1: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 12:49:43.06 ID:zyFBEZ370
 咲とメガテンシリーズの設定を借りた二次創作になります。
 ほとんど京太郎しか出てきません。
 メガテンシリーズの設定を借りているので時々戦闘描写が出てきます。
 抑えた表現にしてありますので、それほどグロテスクにはなっていません。
 

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1399607373

引用元: ・京太郎「操り人形よ、糸を切れ」 



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3: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 12:51:38.40 ID:zyFBEZ370
五月中旬、地方新聞に小さな記事が出た。

 記事の内容は清澄高校に通う男子高校生がひき逃げにあい、意識不明の重傷を負った。清澄高校近くの商店街に向かう交差点で、倒れているのを通行人が発見して、病院に担ぎ込んだ。発見が早かったおかげで命をつなぐことができた。内容は大体このようなものだった。

 現場の状況から男子高校生を引いた車の運転手はまったくブレーキを踏んでいないことがわかった。ブレーキ跡がなかったのだ。

4: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 12:53:47.61 ID:zyFBEZ370
金属がひしゃげるような大きな音が商店街近くから聞こえていたこともあり、人がいないと思って突っ込んできた車に男子高校生が引かれてしまったのだと警察は予想を立てていた。犯人がどこへ消えたのかはわかっていない。

 男子高校生の意識が戻ったのは、事故から三日後である。まったく事故なんて起きたのかわからないという様子で、男子高校生は目を覚まし、自分の体に巻きついている包帯みて笑っていた。金髪に近い髪の毛をしていたのだが、事故のショックで色が抜けてねずみ色になってしまっていた。


5: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 12:55:59.34 ID:zyFBEZ370
男子高校生が目を覚ましたとき両親は涙を流して喜んでいた。医者が両親に語っていたのだ。

「もしかしたら二度と意識が戻らないかもしれない。体の傷というのは元に戻るけれども、脳に強い衝撃が与えられている可能性がある。そのときは覚悟をしてもらわなくてはならない」

と。言葉を濁してはいたものの、何がいいたいのかというのは両親にもわかっていた。だからこそ、男子高校生が目を覚ましたとき、何よりも両親は喜んだのだ。髪の毛の色が灰色へと変わったことなど、まったくどうでもいいことだった。

 両親は男子高校生に事故の話しをして聞かせた。事故の前後の記憶を息子が失っていたからだ。

 両親にこのように尋ねた。

「どうして俺は病院にいるのだ」

6: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 12:57:44.53 ID:zyFBEZ370
両親はすべてを察した。両親はこれまでのことを話した。

 行方不明になった男子高校生を探しにいくといって電話をかけてきたこと。いつになっても帰ってこなかったこと。心配していると朝早く電話がかかってきて、そこで息子が事故にあったと知ったということ。病院で警察が両親のことを待っていて、そのときにノーブレーキで走ってきた車にはねられて、そのまま放置されたこと。本当ならばそこで終わっていたはずだが運がよかったのか、すぐに発見され、病院へと担ぎ込まれたということ。 

 男子高校生は神妙な表情を浮かべた。両親はそれをみて混乱しているのだろうと思った。意識失ったら、いきなり病院だったのだ。そしてひき逃げされたなどというのだから、混乱してもしょうがないことだと。

7: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 12:59:23.84 ID:zyFBEZ370
事故にあった男子高校生と同じくらいの年齢の男子高校生が二人病室に入ってきた。友人を探してくれと頼んだ生徒が一人。そして探し出した生徒が一人である。

 二人は涙を流しながら京太郎にお礼を言った。依頼をした生徒は

「自分が頼まなければ、こんなことにはならなかった。すまなかった」

といって涙を流していた。本当に申し訳がないという表情であった。思いつめて悲惨な結末を選びそうだった。男子高校生が探し当てた生徒は

「あなたが見つけてくれなかったら僕はきっと帰ってくることはできなかった。本当にありがとう。見ず知らずの僕のために、命をかけてくれる人がいるなんて思いもしなかった。何度お礼を言っていいのかわからない。本当に、ありがとう」

本当に言葉にならないのだろう。何度も何度もお礼をいっていた。

8: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:01:05.57 ID:zyFBEZ370
事故にあった男子高校生は

「そっか、大丈夫だったか。ならいいんだ。記憶が飛んでいて、最後にどうなったわからなかった。でも、元通りになったのなら満足だよ。俺は」

といって微笑んだ。

 両親は一人息子が少しだけ大人になったと思った。まだ小さな子供だと思っていたが、友人たちへの振る舞いの中に、何かを成し遂げた人間の厚みのようなものを見た。

 両親は何を成し遂げたのかを息子にたずねたりはしなかった。生きて帰ってきたこと、そして成長したこと、それだけあれば十分だったからだ。しかし無茶をしたことを少しだけ愚痴ることにはした。心配した人間がいたのだと伝えておかなければ、どこかに飛んでいきそうだったからである。

9: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:02:32.65 ID:zyFBEZ370
そうしていると病室に警察官と老人が入ってきた。警察官は両親よりも年上の男性である。男子高校生に、事故にあったときの状況を聞きたがったのだ。もう一人は警察官よりもさらに年上の男性。老人だった。身長が高く、不思議と頼れる雰囲気をまとっていた。若い時代は、さぞかしもてただろう。

 警察官はすぐに病室から出て行った。男子高校生が事故にあう前の記憶を失っていることがわかったからである。医者からもすでに説明を受けていたので、根掘り葉掘り聞くことはなかった。それに、老人からも話を聞いていたので、特に男子高校生から話を聞く必要がなかったのである。

 見知らぬ老人が、病室に入ってきたのは老人が男子高校生を助けてくれたからだ。両親が男子高校生に教えてくれた。

「この方が見つけてくれたから命を拾うことができたんだ」

11: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:04:10.64 ID:zyFBEZ370
早朝、散歩をしていると金属が引きちぎれるような音が聞こえ、音がしたほうへと向かうと男子高校生が交差点で倒れていたという。

 老人に対して頭を下げてお礼を言った。

「ありがとうございます。あなたが助けてくれなかったら、俺は生きていられなかった。友人も、あなたなのおかげでしょうか。もしそうなら、そのことについてもお礼をいいます」

 老人はうなずいた。

「察っしのとおりだ。交差点で君を見つけ、君が見つけた友人も私が助けた。よく、見つけられたね。感心するよ。そして最後まで、あきらめずに立ち向かった君の友人も」

 男子高校生は老人に尋ねた。

「失礼ですが、お名前を教えてください。俺は、須賀京太郎。いつまでも恩人の名前を知らないままではいられません」

12: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:05:54.95 ID:zyFBEZ370
老人は答えた。

「私の名前は葛葉ライドウ。隠居だよ。昔は探偵をやっていた。退院できたら私の友人に紹介したいとおもう。事故で傷ついた心を癒すことができる人物が知り合いにいるのだ。気晴らしを用意しよう。京太郎君さえよければの話だがね」

 京太郎は老人に答えた。

「もちろん、ありがとうございます」

 京太郎が退院したのは、それからさらに三日ほど後のことである。その間彼にお礼を言っていた男子高校生が二人、毎日彼の病室に通い、学校の話をしてくれていた。時々、病室から抜け出して中庭に出て、そこで野良猫と遊ぶ京太郎の姿が目撃されている。野良猫は真っ黒な猫で、印象的な緑の瞳をしていた。


13: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:06:44.64 ID:zyFBEZ370
新学期が始まってすぐのことだ。

 リュウモンブチにかよう男子高校生が執事から外出禁止を言い渡された。

「敷地から出てはいけない」

しかし彼は禁止を破ってしまった。友達と遊びたかったのだ。


17: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:09:31.83 ID:zyFBEZ370
 

 五月に入ったあたりから、京太郎は悩みを抱えていた。彼の悩みとは、心の中にある微妙な空白である。

人間誰しも、心の中に問題をかけているものである。

欲望なのか、それともまったく別のものなのかは、人それぞれ。

思春期の男子高校生ならば、悩みがあってもまったくおかしなことではない。

 彼自身もそのように捕らえていた。この胸の中にある微妙な空白は、おそらく世間で言うところの思春期のせいなのだと。

 誰もが感じている空白なのだ。

きっと時間の流れが解決してくれる。

 

胸の中の空白を感じるようになった京太郎は一生懸命になることが多くなった。

できる限り勉強をして、できる限り友達と会話をし、できる限り部活動に出て行くようにした。

 先生から荷物を運ぶ仕事を頼まれてみたり、部活動で先輩の命令を聞いてみたりしてできる限り動いてみた。

動いていたら、心の空白が埋まると思ったのだ。

そうすることで、何かが見つかるかもしれない。そう考えた。




18: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:12:49.03 ID:zyFBEZ370
しかし京太郎の胸の空白は広がっていった。

人のお願いを聞いてみても、まったく何も答えが出てこなかった。

一生懸命になって動いてみても、まったく心が埋まらない。

空白が広がるばかりで、何も得るところがない。

まったく理屈などない。

しかし自分の心がどんどんかけていくのが、京太郎はわかった。

 京太郎の中学時代からの友達が京太郎に言う。

「何をあせってんだよ。動き回ってよ? 

そこまで人の仕事を手伝う理由があるのか? 

金でももらってんのか?」

 京太郎は友達に答えた。

「わからないけど、なんとなく落ち着かないんだ。

だからとりあえず動いてみようかなって。

人の役に立ってれば、見えてくるものがあるかなってさ、そんな気がするんだよ。それだけ」

 友達が言う。

「だったらよ、運動系の部活にでも入ればよかったじゃねえか。

人のお願いを聞くなんてあほらしい事をやらねぇでよ。

体もでかいし、センスもある。

何でマージャンなんだよ。室伏が将棋やるようなもんだぞ。

動いてなきゃやってられないならさ、無理せずに自分にあったことをやればいい。

お前そんなにミーハーじゃねぇだろうが。はやってたら飛びつくタイプじゃねえだろ。

いくらマスコミが持ち上げてもよ、結局マージャンじゃねぇか。一部のマニアが騒いでるだけ。

お前も知ってんだろ? 一回でも卓に座ったらマージャン人口に加算して発表してるって話。

やめとけやめとけ、お前にはあわねぇよ」

友達は、中学時代からの付き合いがあるので、京太郎の才能が運動に向いていることを知っていた。頭も悪くないのもしっている。

19: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:15:50.43 ID:zyFBEZ370
頭が悪くないといって、将棋だとかチェスのような室内で遊ぶものに熱中できるという話でもない。

仮に世界で一番頭のいい人間がいたとしても、興味を持たないのならばいつになっても技術は伸びない。

続かない。

やる気がないから先を見ない。

 飛ばせてもらえない鷹。

情熱と才能がかみ合っているという、のどから手が出るほどうらやましい幸運がある。しかし、それを生かす環境にいない不幸な現状。それが友達から見た京太郎だった。

 しかしこれは、まったく京太郎を知らない人間から見てもすぐに同じ事が分析できただろう。

マージャン部にいるときの少年はあまりにも空気がかみ合っていない。

 だから友達は、無理をしてマージャン部に入ってストレスが沸いているのだと考えた。

魚が空で生きていけるか?

 京太郎が飛ぶには、広い空が必要なのだ。

20: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:18:01.45 ID:zyFBEZ370
京太郎はいった。

「そういうことじゃないんだよストレスって感じじゃないと思う。

たぶん。

心の中が真っ白になるっていうか。

そういう感じ。

それにマージャン部はしょうがないんだよ。

人数がたりないからってさ、頼まれたんだ。

知ってんだろ、副会長。

それに高校生になったら、勉強もやらないといけないから運動系は無理だ。

だから、ちょうどいいかなって」

すると友達がいう。

「ああ、中学時代に世話になったってんだろ。

わかってるよ。

俺も世話になったからな。

いい先輩だと思う。

だからって何の義理もないやつのパシリまでやる必要はないと思うけどな。

幽霊部員で十分だ。

そうだろう。

名前だけ貸してやればいい。

毎日部活に出て、いいようにされる理由にはならねえよ。

22: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:20:38.34 ID:zyFBEZ370
俺たちの耳にも届いてんぞ、お前の扱いは。

宮永が入ったら余計に扱いが悪くなったこともな。

そこまで義理立てする必要はねえよ、マジで。

義理を立ててるのは副会長さんにだろう。

副会長さんもパシリなってくれとはいってねえはずだ」

こういって冷たい表情を浮かべた。

 京太郎は答えた。

「しかたがないだろ。

一応部員だし、俺だけしか男子がいないし、上下関係がある。

しょうがない」

 友達が言う。

「お前がいいならそれでいいさ。

お前の問題だからな。

それは俺がなに言っても仕方がねえさ。

お前の好きなようにすればいい。

でも、俺だけじゃないぜお前の事を見て、もったいないと思ってんのは。

鷹はネズミとは暮らせねえよ。

しんどくなったらいつでも相談してくれ。

力になるよ。

これでもお前の友達だと思ってんだ。

でもまあ、好き勝手いって気を悪くさせたな。

すまなかった。でも、本気で心配してんだぜ。

そんじゃあ、そろそろ昼ごはんの時間にしようぜ。

宮永はどっかいったみたいだし、俺たちは、食堂へ、ゴー、だな京太郎」

そういって京太郎と友達は食堂へ向かった。

23: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:23:57.05 ID:zyFBEZ370
食堂に人は少なかった。

注文を入れるとすぐにお目当てのものが用意された。

普段より五分くらいは早かった。

 広々とした食堂で、昼ごはんを食べていると、女子生徒たちの会話が聞こえてきた。

「スマホにさアブリをいれるわけよ。

そうするとクピドが好きな人と自分を引き合わせてくれんの」

と切り出す

「おまじないじゃん。

高校生にもなってさぁ」

といって切り返し、

「これが効くんだよ。

私も結んでもらったんだ。

試してみたらいいよ。

無料だし」

とさらに切り返す、

「まあ、そこまでいうなら試してみるよ。これかな」

といって携帯電話を操作する。そうして

「なんか変な契約書みたいなのが出てきたけど、大丈夫なのこれ。

面倒なのはごめんだわよ」

というと

「ああ、契約者は契約相手を傷つけないってやつでしょう。

問題ないよ。

みんな何もなかったし。

私も何もなかった。

せっかく結ぶんだから仲良くやれってことでしょ、たぶん」

というと相手側の女子生徒は、

「たぶんってあんた。

まあ、そうだろうね。

傷つけたらだめだわね」

といって、アブリを携帯電話にインストールしていた。

「お、なんか男前のスタンプゲット。なにこれ?」

というと、おまじないを進めた女子生徒が言う。

「その人が結び付けてくれるのよ。

拝んどきなさい、ありがたいらしいから」

「ありがたいのか」

すると女子生徒たちは軽く目をつぶりムニャムニャと拝んでいた。

 珍妙な光景である。

 

24: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:27:09.75 ID:zyFBEZ370


 女子生徒を横目に見ながら、京太郎と友達は昼食をとっていた。

友達がいう。

「なんか、はやってんな。

昔からかわんねえな女子ってのは。

あんなことやってる間に告白すれば楽勝だろうが。

男子高校生の 欲をなめんなっての」

 京太郎が

「そうだね」

とやや棒読みの返事をした。

 京太郎の皿の上に友達のから揚げが移動した。

友達が、京太郎に差し出してきたのだ。

どういうつもりかと京太郎が友達を見る。

「頼みがある」

と友達が言う。

から揚げはお願いを聞いてもらうための支払いである。

 京太郎は少し緊張した。

「何だよ」

友達があまりにも真剣だったからだ。

 友達は

「行方不明になった俺の幼馴染を探してほしい」

といった。さらに続けた。

「正直、俺の話を真面目に聞いてくれるのはお前だけさ。

そうやってすぐに真剣になってくれるのもな。

だから頼みたい。

俺も必死で探しているが、幼馴染がどこへさらわれたのかがまったくわからない。

警察に話してみてもきいてくれない。

笑われたよ。ほかの友達に話しても同じだった。

もしもお前にまで笑われたらと思うと怖くて言い出せなかった」

26: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:31:41.73 ID:zyFBEZ370




 京太郎はすぐに答えた。

「どんな顔だ。

見つけられるかはわからないが、探す相手がわからなきゃ見つけられねえ」

 このとき京太郎はまったく何も考えていなかった。

おそらく後から考えても理由はわからないだろう。

 友達は言う。

「茶化さないでくれただけで、お前が友達でいてくれてよかったと思う。

みんな俺がうそを言っていると思って、すぐに薄笑いを浮かべるんだからな」

つづけて、

「俺の幼馴染が悪魔にさらわれた、四日前の話だ。

悪魔はマネキンみたいな姿だった。

俺と幼馴染が久しぶりに遊んで帰っているときだった。

急に雨が降り出した。

まったく周りがどうなっているのかわからないくらいの勢いだった。

そうしていると雨の向こう側から、人間の形をした何かが現れた。

やっと何が歩いてきていたのかがわかったとき、悲鳴も出なかった。

ショッピングモールに突っ立っているマネキンがさ、人間みたいに動いて、男子高校生を担いでさらっていくんだぜ。

頭がおかしくなったかと思ったよ。

何とか動き出して、邪魔をしたが、まったく手も足も出なかった。

俺が足にしがみついているのに、まったく問題ないってな具合だった。

俺は振り払われて終わりさ。

何もできなかった。

雨がやんだとき、幼馴染は消えていた。

夢でも見ているのかと思った。

地面は乾いていたからな。

でも消えてしまった幼馴染と、びしょびしょになった俺の服が夢じゃないと教えてくれた。

警察にあわてて連絡した。

幼馴染の家にも電話して聞いたよ。

でもな、全部笑われた。そんなことがあるわけないってな。

幼馴染は家出したことになった。

それが自然だからって。

それで通された」

 京太郎は黙っていた。

確かにおかしな話だからだ。

悪魔などというのは存在しない。

そんなものがいたのならば、世界は混沌としているからだ。

 しかし人が消えうせるなどということもない。

27: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:34:37.37 ID:zyFBEZ370


友達が力なく笑った。

「やっぱりうそ臭いか。

しょうがないよな。

自分でもそう思うよ。

こんなことあるわけがない。

あっていいわけがない。

マネキンが男子高校生を担いでさらっていくなんて、小さな子供の悪い夢じゃないかってんだろ。

そうだよな。

たぶん、たぶんな俺の頭の中がおかしくなったんだ。

何かの病気にかかったんだと思う。

脳みそなのか、心なのか。

みんなそういう。

俺もそうだと思う。

ありがとう京太郎。

お前くらいだよ、笑わないで最後まで聞いてくれたのは。

病院にいけってさ、いわれたんだ。

そうするよ。本当に、きいてくれてありがとう」

 京太郎の携帯電話が鳴った。

携帯電話はマージャン部の部長からだった。友達が

「いいよ」

というので電話をとった。

28: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:40:39.03 ID:zyFBEZ370


 軽い挨拶を交わす。

そうするとすぐに部長が本題を切り出してきた。

お願いだ。

京太郎はまたかと思った。

「備品がなくなったから買出しに行ってくれないかしら。

後、ついでに買ってきてほしいものもあるの。

合宿で使うのよ、用意し忘れちゃってね。

放課後は練習だから、須賀くんにお願いしようと思って。

あと、ユウキがほしいものがあるらしくってね。

知っているかしら最近はやっているパ」

京太郎は胸の空白がうずいた気がした。

暗い顔をしている友達を見る。

 京太郎は部長をさえぎって言った。

「お断りします。

用事があるので当分部活には顔を出しません。

合宿の用意は自力でお願いします。

失礼します」

電話越しに部長のあわてる声が聞こえてきた。

京太郎は電話を切る。

そして机の上に見えるようにおいた。

29: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:43:02.80 ID:zyFBEZ370


 京太郎は友達に言う。

「お前のことを信じるよ。

もしも嘘だったとしてもかまわない。

それならそれで納得するよ。

俺の見る目がなかったってだけのことだと思うようにする。

うそなら今、すぐに言ってくれ。

怒ったりしない。

笑って流す。

でも、お前が本気なら、探す相手の写真を俺に見せてくれ。

俺はお前の妄想に付き合って、行方不明になったお前の幼馴染を探す」

 友達は涙ぐみながら、携帯電話を取り出した。

「写真ならある。

久しぶりに会ったときに写真を撮ったんだ。

携帯に送っておくよ」

京太郎の携帯が震えた。

友達からのメールだった。

メールの内容を見ると、さわやかな男子高校生が微笑んでいる写真が貼り付けられていた。

学生服が京太郎たちのものとは違っていた。他校の生徒であることがわかる。

「リュウモンブチだったか、この学生服は」

 京太郎はつぶやいた。

 

30: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:45:13.61 ID:zyFBEZ370


 京太郎は商店街に向かった。

友達の幼馴染がさらわれたのが商店街だったからである。

友達は何度も商店街を捜したらしいが、何も見つけることができなかったという。

「せっかく買ったカツサンドは雨で台無しになった」

といって力なく笑っていた。

 奇妙なマネキンとも二度と出会っていないという。

友達は別の場所を探し、京太郎は商店街を探すことに決めた。

友達は

「疲れたらさっさと引き上げてくれたらいい」

と京太郎に言った。

自分自身を信じきれていないのだ。

 京太郎は友達に言った。

「俺が見つけたらどうする」

まったく、疑がわない。

そういう調子だった。

続けていう。

「見つけたとき、それでおしまいってわけにはいかないぜ。

貴重な男子高校生の時間を使うわけだからな」

 友達は京太郎の心遣いがうれしかった。

 京太郎に答えた。

「一ヶ月昼飯をおごってやるよ。

一番いいやつだ。

それとサンキューな京太郎。

信じてくれてありがとう」

31: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:47:42.88 ID:zyFBEZ370


 商店街に向かう道のりに、交差点がある。

見通しがよく、まっすぐに伸びた道が四つ重なり十字を二つ切った形になっている。

 交差点で京太郎は声をかけられた。

老人だった。

背が高い、それに非常に整った顔つきである。

若いときにはずいぶんもてただろう。

老人が京太郎に言う。

「すまないが、リュウモンブチまでの道を教えてもらえないかな。

このあたりに土地勘がなくてね」

老人のそばに黒猫が控えていた。

緑色の瞳をした印象的な猫だった。

黒猫は京太郎を見てニャーンとないた。

 京太郎は老人に地図を描くことにした。

リュウモンブチまでの道のりを言葉で説明するのが難しかったからだ。

そもそも清澄からリュウモンブチまでは歩いていける距離ではない。

京太郎は思いつく限りの手順をノートに書き記して、老人に渡した。

 どうして地図を描こうと思ったのかはわからない。

なんとなく助けようと思っただけのこと。

人を助ける理由をいちいち必要としない性格である。

32: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:50:22.47 ID:zyFBEZ370
京太郎の手作りの地図を受け取ると京太郎に御礼をしたいと老人がいい始めた。

「ここまで親切にされると、さすがにまったく何も礼をしないわけにはいかない。

よかったらこいつを持っていってくれ。

なに、たいしたものではない。

雨が降りそうだろう。

君はどうやら傘を持っていない。

私のことは気にしないでいい。

電車に乗っていくからね。

君はこれから探し物をするのだろう。

雨にぬれて探し物をするよりはいいはずだ。

なんてったって防水加工もされている」

そういって、老人はどこからかマントを取り出した。

百八十センチを越す京太郎の体でもすっぽりと隠せる大きさだった。

 このマント少し昔の時代のデザインをしている。

袖を通すものではない。

ポンチョのようなものだ。

大正時代の学生が着ていたのをどこかで見たことがあると京太郎は思った。

 京太郎は断ろうと思った。

そこまでのことはしていないからだ。

そもそも地図ひとつでこんないいものをもらうのは無茶がある。

33: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:52:28.93 ID:zyFBEZ370


 しかし京太郎は受け取ってしまっていた。

よくわからないが、いつの間にか受け取っていたのだ。

記憶がはっきりとしない。

何か、心の中で揺れ動くものがあったのかもしれない。

しかし不思議なことだった。

気を失っていたのかとさえ思うくらいだった。

 猫が老人に対して、攻撃を仕掛けていた。

何か気に入らないことがあったのだろう。

「人探しがんばりな心優しい少年。

その意思、大切にしなよ。

あんまり怒るなゴウト、これも仕事だ。

行くぞどうやら間違いないらしい」

 京太郎がぼんやりとしている間に老人は姿を消していた。

強い風が吹いたように京太郎は感じた。

 交差点には京太郎一人だけである。

 京太郎は反射的にマントを羽織っていた。

雨がほほをぬらしたからだ。

そこでやっと京太郎の意識がはっきりとした。

 京太郎は少し申し訳がないという気持ちになっていた。

老人からあまりにも過ぎた対価を受け取ってしまった。

そんな気持ちがわいていた。

 しかし便利なものは便利である。

これで雨にぬれずにすむ。

京太郎は商店街へと走って向かった。


34: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:55:24.24 ID:zyFBEZ370


 雨が少しずつ強くなっている。

 シャワーでも浴びたかのように京太郎の髪の毛はぬれてしまった。

 「おかしい」

雨にぬれながら歩く京太郎は、自分がどこを歩いているのかがわからなくなっていた。

迷ったわけではない。

商店街への道をしっかりと歩いているはずだった。

道に迷うなどということは高校生になってあるわけがない。

迷うにしても通いなれた道を迷うわけがあるか。

しかし京太郎は道に迷っている。

 道に迷ったことがおかしいのではないと京太郎は感づいていた。

景色が違うのだ。

今まで自分が立っていた場所、息を吸っていた場所と微妙に違った場所に自分が立っている。

まったく科学的ではない。

理論的ではないけれども、どこかから間違いなく違った世界に巻き込まれてしまっている。


35: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:57:10.91 ID:zyFBEZ370


 脳裏に走るのは雨とともに現れたマネキンの話。

 あまりにもファンタジーな感覚が、理論を越えた世界を予感させている。

怪物、悪魔たちの世界。

 しかしそんなものがあるのか。

現実的ではない。

あまりにも荒唐無稽ではないか。

 もしかしたらただの勘違いであるということもある。

恐ろしい話を聞いた後には、何を見ても恐ろしく感じるのと同じ理屈。

その延長線上に自分がいるのではないか。

気の迷い。

そうだったのならばいっそ。

そう思っているところで、答えが出てきた。

 彼の頭の中からではない。非常にわかりやすい形、肉体を伴って現れたのだ。

怪物である。

 悲鳴も出なかった。降り続いている雨が怪物の足音を消していたのだろう。水滴にゆがむ景色の中に、明らかに人間ではない背格好の生命体が現れたのだ。悲鳴を上げるような余裕はなかった。心臓が一段下に下がるような寒気が彼を包んだ。

 「地獄に迷い込んだか」

と彼はつぶやいていた。

37: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 13:59:39.82 ID:zyFBEZ370


 額にへばりついている前髪を一気にかき上げる。

そしてしっかりと怪物をにらんだ。

その姿を彼は文献の中で見知っていた。

地獄でもがく畜生。

人間の腰あたりまでの身長で、満たされない魂を抱えて苦しみ続ける罪人の姿。

 ガキ。

人間の形に近い。

しかし人間のように見えるだけであった。

ガキの両目には何も入っていない。

暗闇があるだけだ。

生命体なのかすら怪しい気配に心が折れそうになった。

 彼を見つけたガキは、腹を抱えて笑っていた。

うれしいらしい。

ガキは常に腹をすかせている。

いくらものを食べようとしても食べることができないからだ。

水を飲もうとすれば水がガキから逃げる。

ものを食べようとすれば口に入ることはなく燃え尽きる。

地獄で攻められるとは恐ろしいこと。

地獄ならばそうなっていただろう。

 しかしここならどうだろう。

地上ならばその罰を受けるのだろうか。

おそらく受けない。

なにやら口元に食べ残しがついている。

カラスの羽である。

38: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 14:03:09.22 ID:zyFBEZ370


「あれが自分の未来の姿」



 ガキを前にした彼は一目散に逃げ出した。

頭が動かなかったのだ。

戦うなどとは思わなかった。

ただ、危険から遠ざかりたかった。

 勇気なき行為、しかし彼の行動は正解だった。

彼が逃げ出した直後に彼がいた空間が火を噴いたのである。

彼はその熱量を背中に感じていた。

そしてその熱量が与える危機感は、命を奪うのに十分な威力を予想させた。

おそらく彼がそのまま立ちすくんでいたとしたら、人間の丸焼きが出来上がっていただろう。

 何も考えずに彼は走り続けた。

考えられなくなっていたのである。

心臓のなる音がうるさい。

怪物との出会い、命を奪いにきた何かの力。

命の危険を連続して回避したことで、いよいよ考えることがあできなくなっていた。

彼の肉体は本能に従って、危険から遠ざかりつづけた。

39: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 14:05:36.03 ID:zyFBEZ370


 しかし、終わりではない。

ガキも必死である。

何せ食べることができない世界から食べられる世界に来て、一番に出会えたのがあんなにもおいしそうな獲物なのだから。

「逃げて結構ですよ」

といって、見逃す理由がない。

彼よりもずっと身長が低いはずなのに、足も折れそうなほど細いのに、野生動物のごとき勢いでガキは彼の背中に迫っていた。

 京太郎は逃げ切ることができなかった。

目の前に大きな川が迫っていたのである。

何日も雨が降り続いた後のような、濁流ができていた。

こんなところに川があるわけがない。

ここにあったのは道路のはず。

 見たことのない川が出来上がっていたことも、ありえないほどの水量なのも、京太郎はどうでもよかった。

背中に激痛が走る。

追いかけてきたガキが彼の背中に飛び乗ったのだ。

40: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 14:07:31.98 ID:zyFBEZ370


 ありえない思考が彼の頭に流れた。

「戦う」

背後から迫る気配が何者であるかなどというのはどうでもいいこと。

しかしおそらくどうにかしなければ自分が助からないのは紛れもない本当。

終わりたくない。

人間世界のあらゆる倫理観と感情が、終わりへと向かう極限の瞬間でもって完全に破壊された。

薄っぺらな常識は本能の爆発の前に砕け散り

「生き残る」

単純明快な真理が人間という畜生に京太郎を変貌させた。

 背中にのるガキが京太郎の肩に噛み付いた。

ご馳走を前に怪物はしとめるという行動を取れなかった。

生きたまま腹に収めるつもりだ。

 京太郎は背中のガキを跳ね飛ばした。

恐るべき生命力の力。

死に接した肉体が、限界を超えて力を発揮する。

自分に乗りかかった怪物を、背中の力、肩の動きを利用して宙に浮かせる。

あまりにも見事な肉体操作術。

恐るべき肉体操作センスである。

 肉体の限界を軽々と超えるその膂力は自分の肉体を壊してなお動く。

出力の限界を取っ払った筋肉が骨を削る。

神経は痛みを忘れた。

41: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 14:09:46.97 ID:zyFBEZ370


 跳ね飛ばされてもなおあきらめきれないガキは京太郎に向かって突っ込んできた。

勢いよく突っ込んでくる怪物の体を、尋常ならざる力で京太郎は受け止めた。

命がつながりさえすればいい。

この一瞬だけのため、すべてがささげられている。

肉体など後でいい。

 そのまま、ガキの首を脇で締め上げて勢いよく地面に京太郎は倒れこんだ。

これを人間に行えば、首の骨が折れる。

してはならない技。

今までの京太郎ならば思いもつかない行動である。

しかし、何よりも優先される自分自身の生存のため、彼は何の良心の咎めもなくたやすく命を刈り取りにゆく。

 しかしそれは失敗だった。

ガキは自分もろとも火炎を放ったのである。

彼の体に火がついた。

京太郎の服が燃え上がり髪の毛がいやなにおいを発する。

視界が一気に失われていった。

眼球が焼けたのだ。

42: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/09(金) 14:12:05.26 ID:zyFBEZ370


 締め上げられながらガキが笑った。

これで終わりだろう人間、俺には耐性がある。

しかしお前は何もない。

このままエサになるがいいと。

 火炎に包まれた京太郎だったが、ひるまなかった。

生きるのだという執念が彼を突き動かしていた。

あきらめれば終わり。

なんとしても生き残る。

それだけが、戦闘続行のエネルギーなのだ。

彼は雄たけびを上げた。

彼の肉体に力が満ちる。

 ガキの首を脇に挟んで閉めたまま、彼は川へと飛び込んだ。

後のことは考えない。

今このときの命をつなぐのだ。

あまりにもシンプルな思考が、冒険の火蓋を切った。

どちらが生き残るのか、激流にたずねよう。

少なくとも今このときに終わることはない。

賭けに出たのだ。

京太郎とガキは濁流に飲まれた。

二つの姿は消えうせた。


53: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 06:04:52.73 ID:dE+hyaGd0

「生きている」

目覚めた彼が一番に思ったことだった。

完全に自分は死んだと思っていたのである。

あのような異常な状況で命をつなぐなどということができるわけがない。

しかし、幸運にも考えることができている。

胸の奥に不思議な達成感があった。


 次に考えたのは、

「自分はどこにいるのだろうか」
だった。

 目覚めた彼の目の前に悲惨な光景が広がっていた。

見渡す限りのゴミの山だ。

空はよどんでしまって動かない。

ごみの山を作っているのは生ごみの類ではない。

何かの部品のようなものがたくさん捨てられている。

素人の目で見ても何のごみなのかさっぱりわからない。

しかし、歯車のようなもの、ばねのようなものやたらと人工的な輝きの部品が見える。

工芸品の残骸だろうと京太郎は当たりをつけた。

機械のようなものの集まりのはずなのに臭いがひどかった。


 雨は降っていない。


 彼は自分の状態を確認して頭を抱えた。

何も身に着けていなかったからである。

靴もなければ、ズボンもない。

当然下着もない。

理由はすぐにわかった。

あの怪物の火炎である。

あの火炎で何もかもを焼かれてしまったのだ。


 彼ははっとして髪の毛の感触を確認した。火炎で焼かれたのならば、髪の毛はひどいことになっているはず。

54: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 06:11:21.70 ID:dE+hyaGd0


髪の毛を触ってみて彼はほっとした。

まっすぐな髪の毛の感触が帰ってきたからである。

京太郎は、おかしいとは思わなかった。

火達磨になったという客観的な事実というのは、京太郎本人ははっきりと理解していないのだ。

知っていれば、おかしいと思っただろう。

何せ、眼球まで焼かれたのだ。

髪の毛が無事なわけがない。


 しかし彼は歩き出した。

戦いを経験したことで頭がパニックになっているのだ。

そして目的が見つかったというのも大きな理由だ。

とりあえず身に着けるものを手に入れたい。


 生まれたままの姿のままでは心もとない。

できれば服を見つけたい。

まともなものがないにしても、せめて急所を隠すことができるものがほしかった。


「ごみの山にあればいいのだが」


 彼がごみの山を探し回っているとき驚くことがあった。

声が聞こえてきたのだ。

また、怪物の類だろうか。

彼はそう考えた。

しかしどうやら違うらしい。

「助けてくれ。動けないんだ」

なんとも不思議な声だった。

声なのかそれともきしんでいる音なのかわからない声。

発泡スチロールがすれているような奇妙な音が声に重なって聞こえるのだ。


 何かの罠かもしれない。

明らかに怪しい。

怪物と一線交えたあと聞こえてくる奇妙な声。

近づきたいと思うものはいないだろう。

そして知恵のある怪物ならば相手を誘って食らう行動も取れるだろうと彼は考えた。

55: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 06:16:42.41 ID:dE+hyaGd0

しかし冒険せねば成らないときもあると彼は考える。


「もしかしたら自分と同じように襲われた人間なのかもしれない」

そのもしかするとを考えたとき、捨てておくわけには行かなかった。

襲われたのならば、また戦うしかないだろう。

彼はごみの山から、武器になりそうな、先端がとがった鉄パイプを拾った。

そして恐れながら声のするほうへと歩いていった。


 声はごみの山からきこえていた。

ごみの山に近づいて

「誰かいるのか」

と声をかけてみると、

「きてくれたのか。

生きているものの波動を感じて、声を出してみたんだ。

近づいてきてくれてありがとう」

と返ってきた。

 声の主がごみの山に埋もれていることに京太郎は気がついて、ごみをどかしていった。

ごみの山には、金属のかけらのようなものが引きちぎられてばら撒かれていた。

折れた剣の残骸もあった。

物騒な場所である。

 彼は声の主の姿を見て驚いた。

人形だったからである。

細かい飾りはついていない。

ポーズをとらせて人の動きを見る人形があるが、それとよく似ていた。

それが口をきいていたのだ。

56: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 06:22:07.73 ID:dE+hyaGd0

人形は小さかった。

彼の手のひらに収まるほど小さい。

それに壊れている箇所がいくつもあった。

右腕と、左足にひびが入っている。

胴体もひどい。

そして心臓の部分に穴が開いていた。


 人形にも計り知れぬ事情があるのだろう。

京太郎が、神秘体験をしてきたように。

「助けてくれてありがとう、少年。

お前がここにきてくれなかったら、俺は死んでいただろう。

少年はなんて名前なんだ。

俺も名乗りたいが、名前が思い出せない。

名前を交換できないのが残念だが、少年の名前を知りたいと思っているんだ。

だめだろうか、恩人の名前を聞かせてもらいたいんだ。

教えてくれるか?」

といい、彼の手のひらで人形が震えた。

声を発しているらしい。

そして今も人形からは命が抜け続けているのが京太郎にはかんじられた。

感覚的なものだ。

何か大切なものが失われつづけているのがわかる。

 彼は名前を教えた。

「須賀京太郎だ」

うそを言うような気分にはならなかった。

頭がまわらなかったといったほうがいいだろうか。

怪物との戦いはまともに考える力を弱めていた。


 名前を答えると彼の体から力が抜けていった。

少し気分が悪くなった。

体が若干重たくなる。

人形が震えはじめた。

何事かと思っていると、人形が話し始めた。

「どうやら少年と俺はつながってしまったようだ。

抜け落ちていたマグネタイトが少しだけ満ちてきた。

やっぱ、人間のマグネタイトはいいな。

おいしいわ。

あと、少年。

どうやら少年は俺の主人になったらしいぞ」

能天気な調子だった。

「これで、外に出て行ける!」
人形は喜んだ。

57: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 06:26:12.26 ID:dE+hyaGd0

 京太郎はそれどころではなかった。

力が抜けたことに問題はない。

目の前に敵が現れたことに問題があるのだ。

 ガキが現れたのた。

それも二体。

京太郎を見つけて、笑っている。

 京太郎は覚悟を決めなければならないかと静かな覚悟を固めつつある。

しかしあきらめきってはいない。

とがった鉄パイプを相手にぶち込む構えである。

 しかし、勝てるとは思っていない。

なにせほんのついさっきぼろぼろにされた相手、しかもそれが二つ。

勝てるわけがない。

 あきらめかけた京太郎を励ますものがいた。

手のひらの人形だ。

「まて、あきらめるな。

まだ早い。

まだ俺たちは少しも戦っていない。

まだぴんぴんしてるじゃないか」

そういって、人形が震えたのである。

そして早口でさらに励ました。

「よくきけよ。

少年と俺は今や一心同体といってもいい。

お前が終わったら、俺も終わる。

俺は外に出たい。

自由を手に入れたい。

このチャンスを逃したくない。

だからあきらめるな」

無機物も死にたくないらしい。

命があるかは知らないが。
 
 しかし戦力差は歴然としてある。

根性でどうにかできるのも限界がある。

相手は奇妙な業を使う。

さっきは運がよかった。

しかし今はどうしようもない。

裸で、怪物と向かい合う。

終わったも同然ではないか。
 
「あきらめるなっていってんだろ!」

と人形が輝いた。

58: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 06:31:25.36 ID:dE+hyaGd0

 輝きからほんの少し遅れて強烈な破裂音がごみの山に響いた。

 京太郎の目には見えていた。

人形から稲妻が発せられたこと。

その稲妻が、二体のガキを打ち据えたこと。

 襲い掛かってきたガキ二体がしびれて動けなくなっている。

「いい魂を持って生まれたな少年。

いい技を引き出せた。

稲妻の奇跡ジオだ。

俺と交わった少年ならば、こいつを自在に操れるようになるだろう。

さあ、ぼさっとせず、さっさと止めを刺せ。

すぐ立ち直って、襲い掛かってくるぞ」

どうやら、戦力差は埋められそうだった。

二体のガキは完全に沈黙していた。

しびれて動けないらしい。

彼はとがった鉄パイプを、しびれているガキのひとつに突き立てた。

怪物でも急所はあるらしい。

頭と体をつなぐ細い首にとがった鉄パイプを突き入れると動かなくなった。

 残った敵は後ひとつ。

痺れから回復してきたが、何が起きたのか理解できていない。

右往左往している。

パニックだ。

人間風情にやられるとは考えもしなかったのだろう。


 人形が彼に言う。

「呪文を唱えろ、ジオだ。

俺が手伝ってやる。

マグネタイトはいただくけどな。

ガキに狙いをつけろ」

いわれるままに、ガキに手のひらを向けて京太郎は狙いをつけた。

そして呪文を唱えた。

「ジオ!」

強烈な光、破裂音。

そして倒れる敵。

とどめは必要ない。

稲妻はガキの命をとった。

ここにある命は京太郎と人形だけだ。

 どうやら彼は生き残ったらしい。

襲い掛かってきた敵はもういない。

59: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 06:35:22.72 ID:dE+hyaGd0

「よくやった。

どうやら筋がいいな。

戦士としての素養がある。

魔術は俺が補助をしてやらないでもすぐに使えるようになるだろう。

そしておめでとう。

成長したみたいだな」

人形が手のひらで震えていた。

何のことなのか京太郎はわからなかった。

しかし、胸の奥で何か熱いものがこみ上げるのを感じていた。


 京太郎は考えない。

 なぞは多い。

ごみの山の存在、自分が今どこにいるのか、そして自らに起きている変化について。

 しかし考えたところで意味などない。

 真実を見つけたとしても何も手に入るものがない。

仮に怪物がどこから生まれてきたのかだとか、この世界で生れ落ちたものなのかと考えていく。

 そして答えを見つけたとする。

しかしそれが何になるのか。

命がつながるというのだろうか。

 また、自分自身におきた超能力の習得。

それがどのような理屈で行われているのかを解き明かすことにも意味がない。

 道具は道具として機能すればそれでよく、理屈を解き明かすことに意味などないからである。

車を車として使用できるのならば車の中身を理解する必要などないという考え方だ。

 それは興味を持った人が調べればいいこと。

 それよりもまず身の安全を確保するのが重要だった。

ごみの山に怪物たちが暮らしているのは間違いない事実なのだから。

 命があるというのが京太郎の一番なのだ。


60: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 06:39:06.22 ID:dE+hyaGd0

たまたま京太郎は命をつなぐことができた。

しかし何度も幸運に恵まれるとは限らない。

もしかすると、自分よりもはるかに強い怪物がどこかに潜んでいる可能性もあるのだ。

ぼんやりと立ち尽くしているわけにはいかない。

 道を示してくれたのは手のなかに収まっている人形だった。

人形はいった。


「この近くに安全な場所があるようだな。

マグネタイトの濃度がものすごく薄い場所がある。

悪魔たちはそこに近づかないだろう。

人間的にいえば、空気がない場所ってことだからな。

少年なら関係ないだろう。

一応人間だからな。

そこへ行って休めばいい。

道なりに歩いていけば見つかるはずだ。

細かい道は俺が教えてやろう。

くそみたいに汚い異世界だが、ピクニックだ。

楽しくやろう」

京太郎が人形に対して尋ねた。

「どうして俺を助けてくれるのか」

人形は少し馬鹿しにしたような調子で答えた。

「さっきも言ったが、俺と少年は一蓮托生。

少年が終わったら俺も終わる。

少年はわからないかもしれないが、そういう関係なのさ。

俺は外の世界に出たい。

どうしても自由になりたいんだ。

そのためには少年が外に出てくれないと困るわけだ。

今の俺はまったく自力で動けない。

少年ががんばってくれないとどうにもならないのさ。


 そして俺には少年の体力が下がっているのがわかる。

魔力も限界に近い。

このままガキどもと戦いつづければ近いうちに破滅するだろう。

最高のスポーツカーでもガソリンが入ってないとただの鉄くずだからな。

ならば休んで、力を蓄えなくてはならない。

そして力を身につけたのならば、俺と一緒にここを抜け出そう。

まあ、信用できなくたっていいさ。

外に出られたらそれでいい」
 

61: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 06:42:51.47 ID:dE+hyaGd0

京太郎は

「わかった」

といった。

難しいことは考えなかった。

お互い利用する価値がある。

それだけがあればよかったのだ。

難しいことを考えるのは、余裕ができてからでいい。

生き残ったあとで、考えればいいのだ。

 
今の彼は今までの彼とは違っている。

しかし気がつかない。

自分の姿を自分の眼球で捉えることができないように、本人はいつになってもわからない。

鏡の前に立つか、教えてもらうかしないとわからないのだ。

 心の空白が満ちたことに京太郎は気がついていない。

 
 道なりに歩いている間に彼はさらに消耗することになった。

ガキの集団が、彼を襲ったからである。

まったく衣服を身につけていない彼にとって、ガキたちの攻撃というのは非常に危険だった。

 しかし、人形から授かった力で持って、彼はガキどもを退けることができた。

光の速度で敵を打ち倒す稲妻は、猫のごとく飛び掛る怪物なんぞ問題としない。

 しかし稲妻の支払いとして、体から何か大切なものが抜け落ちていくのを感じていた。

体力でもなく、魔力でもない。

もっと根本的なものが抜けているように感じられた。

彼がその不調についてもらすと、人形が答えてくれた。


「それはお前のマグネタイトが減っている証拠だ。

力を使う代償に体力、魔力、マグネタイトを使用している。

非常に効率の悪い戦闘状態だ。

ジオ一発にありえないほどの消耗を強いられている」
 
「回復する方法はないのか」

問うと

「今はない。

しかし落ち着いたのならば回復する方法を試すことができる。

それを待て」

と人形は答えた。

何はともあれ、死ぬことはないとのことだった。


「生きている限り人間はマグネタイトを生み出せる」

と人形が教えてくれた。

62: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 06:46:33.86 ID:dE+hyaGd0

彼は人形の導きに従い、道を歩いていった。

ごみの山を抜け、汚らしい腐った川を渡っていった。

この世のものとは思えないほど汚れている世界を見て、ためいきがでる。

息をするのも苦痛である。

漂ってくる腐った臭いが非常に気分の悪いものだからだ。


 せめて、空が晴れていたらよかったのにと思う。

めまいがするほど青い空を見たい。

心のそこからそう思った。

 そしてガキの集団戦を二度ほど経験し、彼は目的地に到達した。

 そこは何もなかった。

ごみの山もなければ、汚らわしいものもなかった。

ただただ、地面があるだけ。

空は曇っているとも晴れているともつかない状態。

フィルターをかけたような空である。

 彼は目的地が、懐かしい場所のように感じられていた。

彼はここが、自分がつい先ほどまで暮らしていた世界なのではないかと感じていた。

人形に感想を述べると、人形は


「そのとおり、ここは現世に非常に近い場所だ。

しかし現世ではない。

かといって異界でもない場所。

いうなら境界線上の世界だ。

世界の肌と肌が触れ合っている場所、はっきりとしていない場所だ。

あいまいなものしか、ここには入ってこれない。

だから、この場所に入ってこれるのは人間か、人間と契約している悪魔くらいのものだろう。

普通の悪魔には感知することもできないからな。

人間世界にいる人間が、悪魔を見つけられないのと同じように。


理屈を話してやってもいいが、なれないことをして疲れているはずだ。

今は休め。

俺が見張っておく」

といって彼に休むよう促した。

63: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 06:50:02.53 ID:dE+hyaGd0

彼が腰を下ろして休み始めたとき

「そういえば、どうして少年はこんなところに来てしまったん?」

と人形がやさしく話しかけてきた。

「こんなところに来る人間なんてめったにいない。

自分から命を捨てるようなものだからだ。

見るからに人生をあきらめたってやつならわからなくもない。

手の込んだ方法だとは思うがな。

しかし少年はそうじゃないだろう。

いったいどうしてここに流れ着いた」
 
「友達の友達が行方不明になったから探していた。

そうしたらガキに襲われて、ここに流された」

と正直に答える。

人形が心底驚いていった。

「友達の友達なんて赤の他人じゃないか。

どうしてそんなやつのために一生懸命になったんだ。

何か見返りがあるのか?
 女か、金か」

といってたずねてくるので、京太郎は少し考えてから答えた。

「友情のため」
 
すると人形が

「マジかよ」

といって笑った。

「俺はうそをよくつくから、本当か嘘かすぐわかる。

少年はどうやら、本当に友達のためにここにきたみたいだな」

といって、それ以上は何もたずねてこなかった。

人形は楽しそうに笑っていた。

「そういうのは好きだぜ、俺は」

というので京太郎は不思議だった。
 

64: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 06:54:15.08 ID:dE+hyaGd0

現世と異世界の境界線で、しばらく彼が体を休めていると人形が大きな声を出した。

「少年、誰かがここに近づいてくる。

人間じゃない。

おそらく使役されている悪魔だ。

どうするやれるか」

 使役される悪魔とはいったいなんだという疑問が沸いていたけれども京太郎はぐっとこらえ

「勝ち目はあるか?」

といって人形にたずねた。

まず命を守ることが重要だったのである。

もしも勝てないようならば、逃げなければいけない。

しかも京太郎は素っ裸のうえ武器はとがった鉄パイプ一本である。

 いい状態ではない。


 「大丈夫とは言い切れない。

しかし俺がさらに力を引き出せば、もしかするかもしれない。

しかし消耗がさらに増える。

どうする? 

お前がいいというのならば対価として呪文を深化させて見せよう」

と人形は答えた。


 まだ京太郎の知らない神秘の能力がこの世界には存在している。

そしてそれを身に着けている存在がいて、引き出せるものがいる。

 命を買うことができるかもしれない。

 彼はうなずいた。

命をつなぐことこそ何よりも重要であると判断したのである。

 彼の体から力が抜けていった。

マグネタイトを人形が吸い上げたのだ。

その代わりに、新たな力が彼の体の底から湧き出してきた。

どうやら支払ったものの対価のようである。

65: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 06:58:53.37 ID:dE+hyaGd0

人形は彼に言った。

「やはり相性がいい。

ここまで簡単に力を引き上げられるとは思わなかった。

目覚めた雷の力は、今の取引をもってさらに成長した。

ジオンガ、少年の新しい呪文の名前だ。

よく覚えておけ。

しかし何度も打ち込めない。

今の少年では四発が限界だ。

よく考えて使えよ」
 
人形の説明が終わるかどうかというところで、境界線上の世界に見慣れない姿をした怪物が現れた。

一言で言ってしまえば、マネキンである。京太郎ははっとする。

「こいつが、誘拐犯か? もしくはその一味」

 京太郎のこの疑問、答えを出してくれるものはない。

 京太郎の眉間にしわがよった。

しわを作らせた原因は、マネキンだ。

 このマネキン非常に奇妙な姿かたちをしていた。

つるつるとしている質感の中に、生々しいものが見えた。

 マネキンの背中から女性の手足が投げ出されている。

ブランコでもこぐような姿勢をとっているのではないだろうか。

女性の体を包むようにマネキンの外殻が作られている。

少なくとも京太郎の目からはそのように見えた。

 無理やり異物を埋め込んだせいで歩くたびに体が極端にゆれる。

それこそブランコがゆれるように、一歩歩くたびにバランスが崩れるのだ。

その崩れたバランスを立て直すために無理やり体を動かす。

しかしそのバランスを直す作業がまたバランスを崩す原因となるので、いつになっても安定しない。

 京太郎の印象は、

「ガキよりも醜悪」

だった。

66: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 07:05:31.60 ID:dE+hyaGd0

見た目の美しさの話ではない。

マネキンの姿かたちは、美術館で展示されていても十分鑑賞に堪えられる。

背中から伸びる女性の手足も解釈しだいでは現代美術的といえるだろう、悪趣味ではあるけれども。

 しかし汚れていると京太郎は思う。

見るに耐えない姿かたちである。

ガキのように醜いといういみではない。

心だ。

このマネキンは心が醜い。

何を思って作り出したか。

作者の悪意が透けて見える。

この悪意のにおいが少年の美意識を刺激した。

 手のひらの人形が楽しそうに笑っていたが、京太郎は気がつかなかった。

「高ぶっているな。

いわなくてもわかる。

倒したいよな。

いいぜ。

ぶっ潰そう」

醜悪なマネキンが叫ぶ。汚らしい高音だ。その音で人形の言葉はかき消された。

言葉を吐き出す知能がないのだ。

窓ガラスをこするような音はマネキンの雄たけびらしい。

相手もやる気満々だ。

 怒りの表情を浮かべた京太郎の

「ジオンガ!」

の呪文で戦闘が始まった。

 京太郎の魔力で打ち出せる稲妻は後三発。

 稲妻が、マネキンを捕らえる。

マネキンを捕らえた稲妻は、マネキンだけでは飽き足らず、地面を這い回り、ひびをいれた。

 すさまじい威力である。

67: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 07:06:34.94 ID:dE+hyaGd0

この戦いが始まったとき、京太郎は自分自身を不思議に感じていた。

 「頭の悪い行動だ。

逃げたほうが簡単に命をつなげられるのに、まったく後悔していない。

何なのだ、この気持ちは」
 
答えは出ない。

しかし今はそれでよかった。
 
 彼は自分から発した信号を信じた。

人形に頼った行動ではない。

自分自身の強い願いから行動を開始した。

この事実ひとつあればいい。
 

68: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 07:11:24.08 ID:dE+hyaGd0

悪魔を打つ稲妻のちからは最高だった。

ジオとは比べ物にならないほど強力な稲妻がマネキンを打つ。

光の速度で迫る稲妻は到底回避できない。

空気を引き裂く音は耳を押さえたくなる。

 マネキンにぶつかった稲妻はまだ壊したりないと地面に喰らいついていった。

地面を四方八方に走る稲妻が地面をえぐる。

地面には蜘蛛の巣のような傷ができた。

 人間から発するエネルギーなどとは思えないほどの威力は、人形の言う

「奇跡」

との評価をまったく曇らせない。

 しかしまだ、マネキンは動いている。

稲妻の余波で地面が傷ついたというのにマネキンはほとんど傷ついていない。

表面にひびが入ったくらいのもの。

巻き上げられた砂埃で汚れた位のものだ。

 マネキンは一気に距離をつめてきた。

つるっとした顔面が近寄ってくるのは気持ちが悪い。

 攻撃するつもりだ。

体をひねり、右手を振り上げようとしている。

しかし体の中に埋め込まれている何者かがいるため、動きの重心がずれて行動がぎこちない。

 それがどうにも気持ちが悪い。

 しかしその状態であっても稼動速度は、ガキとは比べ物にならないほどすばやかった。

 威力も桁違いだ。

大きく振りかぶられた右腕が空を切る。

かすりもしない。あまりにもわかりやすい攻撃だったからだ。

「今から殴ります」

といわれておいて、回避行動をとらないわけがない。

そしてよけられないわけもない。

 回避直後、京太郎の体に小石がぶつかる。

何事かと小石が飛んできたほうを見る。

視線の先には十センチほど爆ぜた地面がある。

 何が起きたのかを推測するのはたやすいことだった。

マネキンの不恰好な攻撃が地面をたたいたのだ。

69: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 07:14:46.00 ID:dE+hyaGd0

恐ろしすぎる威力。

しかしこの威力を誇ることもないマネキン。

マネキンは今、崩れた姿勢を整え次に備えようとしている。

 京太郎は青ざめた。

「一発でもまともに食らったらどうなる」

自分の肉体は地面よりも硬いだろうか。

 装備品のひとつでもあれば話は変わるのかもしれないが、あいにくの全裸である。

武器はとがった鉄パイプ一本しかない。

頼みの綱のジオンガも効果が薄い。

何度目かの命が失われるという恐れがはしる。

 この後もなんどか攻防を行った。

京太郎の目は相手の攻撃を完全に見切っていた。

絶対に攻撃を受けたくないという気持ちが、集中力を高めたのだ。

もう簡単に相手の攻撃を受けるようなことはない。

とんでくる小石さえ体に当たらない。

 少しばかり余裕が出てきたときわずかな疑問が浮かぶ。

京太郎は思う。

「どうして、溝に引っかかる?」

 マネキンはやり取りの中で何度か体勢を崩したのだ。

体勢を崩したことに問題があるわけではない。

たまたまバランスを崩すことは誰にでもある。

それに加えてもともとバランスが取れていないマネキンなのだから、おかしなことはひとつもないはずだった。


 崩したことに問題があるのではない。


 崩れるにいたった原因が問題なのだ。


70: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 07:18:40.78 ID:dE+hyaGd0

「なぜ自分が作った溝に足をとられて、ぐらつくのか」

 京太郎はおかしいと思った。

ありえない話だ。

自分が作った穴に足を取られるなどというのは。

一度くらいなら、ドンくさいといって笑えるかもしれない。

しかもそれが、何度か続いた。

 そのたびに疑問が頭に上ってくるのだ、どうしてと。

「見ればわかる溝に足を取られるやつがあるのか。

それも命の取り合いをしている今に」

 しかし疑問がわいてきても答えは出てこない。

相手はおしゃべりができないマネキンなのだからたずねたところで教えてくれるわけもない。

 そんな時、左手の中で収まっている人形が京太郎に助言を送ってきた。

「あいつの中に入っている誰かを引っ張り出せ。

どうやらマネキンのなかみが、稲妻に耐性を持っているようだ。

しかし、完全にマネキンのお友達ってわけでもない。

少年への攻撃を内側から妨害している。

助け出せば、力になってくれるだろうよ」

続けていった。

「何度も言うが、俺とお前は一蓮托生だ。

絶対にあきらめるなよ。

お前が終わったら俺も終わりなんだ。

俺は絶対に外に出たい。

だからがんばる。

弱点を探すし、作戦も考えよう。

だから、脳みその入っていないマネキンなんかであきらめるな。

いざとなったら逃げればいい。

少年のほうがずっと動くのが早いからな」

といって左手の中で震えていた。

71: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 07:22:09.91 ID:dE+hyaGd0

この助言の後、京太郎はマネキンから距離をとった。

一息で三メートルほど後ろに飛ぶ。

人間離れした肉体の力。

京太郎は自分の能力をおかしいとは思わない。

 人形がいう。

「びびったか!」

 悪魔の弱点を見抜いても京太郎の目からおびえが消えていることに人形は気がつかなかったのだ。 

京太郎は呪文を力強く唱えた。

助言で得た情報と、自分の頭の中にある仮説を試すためである。

「ジオンガ!」

 呪文は後二発。

 稲妻は見当違いなところへ落ちた。

マネキンと京太郎を一本に結ぶ直線、その真ん中あたりに落ちている。

 大きく土煙が上がる。地面に直接ぶつかったため、大量の土が空に舞い上がった。

しかし、無機物には関係がない。

そもそも眼球なんぞついていない。

マネキンが、土煙の向こうから追いかけてくる音が聞こえる。

 人形が大きな声を出して励ました。

恐れで、手元が狂ったと思ったのだ。

「びびるな! 

いざとなったら逃げればいいだけだ! 

思い出せ! 

生き延びれば次がある!」
 
勝たなくてもいい。

生き延びさえすればいい。

いざとなれば逃げればいいという考えが人形にはある。


 京太郎はあきらめてもいなければ、逃げるつもりもなかった。

72: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 07:27:42.16 ID:dE+hyaGd0

京太郎が狙うのは罠だ。

稲妻は地面に打ち込まれた。

そして地面を深く抉り取った。

ジオよりもはるかに強力なジオンガの威力ならば、地面をえぐるなどというのはたやすいことである。

ジオンガの作った穴は深さ三十センチセンチ直径一メートルほど。

 はっきりいって落とし穴と呼べない。

あまりにも雑すぎて「みぞ」と呼ぶのがいいだろう。

 こんなものたいした問題にはならない。

ガキであってもらくらく飛び越えてくる。

 攻撃にはならない、無意味な行動のはずだ。

 マネキンと京太郎の間にできた落とし穴。

普通の人間であっても、この穴を避けて通るはず。

京太郎もそうする。

簡単に避けられるはずだ。

 しかし京太郎はマネキンの行動から罠になると考えた。

相手は自分で考えて動いていない。

「お前は俺さえみていない。

なにかしらの決まったパターンを常になぞっているだけだ。

自分で作った穴に引っかかるようなお前に、この落とし穴は避けられない。

俺を追いかけるしかないお前にはな。

そうだろ?」

 推測は正しかった。

目標を追いかけてたたくしか行動のパターンがないという京太郎の推測どおり、土煙を抜けてマネキンが突っ込んできた。


そして京太郎を狙いまっすぐ進んでくる。

マネキンは拳を振り上げていた。

京太郎とマネキンの間には大雑把な「みぞ」がある。

罠にならないような穴である。


 しかしマネキンにとっては有効な罠になっていた。

73: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 07:31:14.79 ID:dE+hyaGd0

マネキンが落とし穴にはまる。

はまった瞬間立て直そうとするができない。

攻撃姿勢に移っていたため、簡単に姿勢を戻せなかったのだ。

 マネキンは無様にこけた。

 無様をさらしたマネキンを見て京太郎は左手の人形を地面にすてた。

人形はここから必要ないからだ。

とがった鉄パイプを握り締めた。

 マネキンとの距離を一気に京太郎はつめた。

これから賭けに出るためだ。

 人形は放り投げられたのにもかまわずに

「うまい!」

と叫んでいた。

 体勢を元に戻そうとする五秒ほどの無防備な時間。

しかし獣のごとく駆け回るものたちには長すぎる時間。

 マネキンの背後に京太郎は回りこんだ。

埋め込まれた何者かを引きずり出すためだ。

引きずり出すことができさえすれば、もしかするとこの危機を乗り切ることができるかもしれない。

 多少無理をしたとしても命が拾えるのならばそれにかける。

 マネキンの背中に生えた何者かの手足を京太郎は見た。

胸が震える。

怒りだ。


74: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 07:36:05.49 ID:dE+hyaGd0

手足が生えている部分に、マネキンのつなぎ目が見えた。

無理やり押し込めたのだろう、マネキンの背中はひび割れているような模様がジグザグにできてしまっている。

 マネキンの背中を京太郎は鉄パイプで殴りつけた。

全力での攻撃で、鉄パイプがへし曲がった。

もう武器としては使えないだろう。

 しかし背中のつなぎ目がほつれた。

目立たなかったひび割れが、はっきりと見えるようになった。

そしてひび割れの間にわずかな隙間ができた。

 京太郎は両手をひび割れに突っ込んだ。

無理やり両手をひび割れに突っ込んだせいで、皮膚が切れた。

しかし気にしない。

そのまま、力任せに背中を引き裂きにかかった。

 京太郎を引き剥がそうと必死でマネキンはもがいた。

マネキンに死の恐怖が迫っていたからだ。


 マネキンが暴れる間、何度も彼の体をマネキンの手足が襲った。

背後にいある相手に攻撃を加えることはできないはず。

しかしマネキンにはできるのだ。

 人間ではかなわないような挙動も、マネキンだから許されていた。

人間をマネた怪物であるけれど人の限界に付き合う必要はない。

 しかし攻撃はできるが、攻撃に威力がない。

地面を削るほどの力はでていない。


 しかし人間の肉体を痛めつけるのには十分すぎた。

殴打によっ京太郎の肉体がひび割れた。

ひび割れから血が流れた。

当たり所が悪いところは骨が折れていた。

75: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 07:39:44.00 ID:dE+hyaGd0

しかし京太郎は止まらなかった。

止まれば終わるからだ。

痛みをこらえる必要はない。

感じないからだ。

戦いの興奮が忘れさせてくれている。

いまはただ引き裂けばいい。

 雄たけびを上げていた。

全身全霊を持ってマネキンの背中を引き裂きにかかったのだ。

彼の命は風前の灯である。

しかし赤々と燃え上がっていた。

 勝利したのは京太郎である。

 マネキンが断末魔をあげた。

生存本能に任せた救命活動がマネキンの生命活動を停止させたのだ。

しかしこの結末は奇跡ではない。

人形は後になって教えてくれた。

「どうやら悪魔をエネルギーにして動いていたらしい。

少年がエンジンを引き抜いたから、マネキンはただのマネキンに戻ったってわけだ。

よくやった。

格上あいてにいい戦いだった。

人間らしい野蛮な戦いだったよ」
 

助け出したものが何者かというのは京太郎にはわからない。

 マネキンの中には人間のようなものが納まっていた。

何かいいようのない液体で体がぬれている。

液体に対して悪い印象を京太郎は受けなかった。

かといってあまりいいものであるとも思わなかった。

ただ、何か懐かしいもののような気がした。


 京太郎は朦朧としていた。

マネキンの攻撃は京太郎をしっかりと痛めつけていたのだ。

 しかし人間のようなものはしっかりと引っ張り出せた。

 それだけあればいいと京太郎は思う。

76: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/17(土) 07:41:53.08 ID:dE+hyaGd0

そしてひとつだけわかったことがある。

助けた存在は人間ではないということだ。

背中に羽が生えていた。

 放り出した人形を拾い、助け出した何者かを引きずって、現世と異世界の境界線上に京太郎は歩いていった。

もう限界だった。

ただ、安全なところへ行かねばならないという気持ちだけが支えてくれていた。

 血液も流れて、意識が持たない。

活動できているのはアドレナリンが出ているからである。

興奮が痛みを忘れさえてくれている。

体が冷えれば、痛みが襲ってくるだろう。

忘れている疲労も襲い掛かるに違いない。

 彼は境界線上に入り込んで、意識を失った。

 人形が笑っていた。

「危なっかしいやつだが、面白いやつだ。

外に出るという俺の目的が達成できればいいと思っていたが、どうにも愉快なことになるかもしれないな」

助けた悪魔も京太郎も気を失っていたので、このつぶやきは誰にも知られなかった。

87: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 04:55:13.92 ID:QRHU3mk+0

京太郎が目を覚ましたとき、彼は肉体から痛みが引いていることに気がついた。

指の痛みもない。

たたかれてひび割れた肉体も回復している。

何事が起きたのだろうかと不思議がっていると、人形が彼に教えてくれた。

「あの天使がお前の傷を癒したのさ。

奇跡の技には、命を助けるものもある。

雷だけが奇跡ではないからな」
 
見知らぬ人物が京太郎の近くにいた。羽が生えている。

京太郎が引っ張り出した人物が、元気に動き回っているのだ。

人形によると天使らしい。

 天使は京太郎が目覚めたのに気がつくとかれのそばによってきた。

そして、天使が彼にお礼を言った。

「助けてくれてありがとうございます。

あなたが助け出してくれなければ、私はマグネタイトをすべて消費して、消えてしまうところでした」
 
そして

「あなたさえよければ、あなたの仲魔になりたいのですが、どうでしょうか。

サマナーなのでしょう? 

装備は見当たりませんけれど」

といってきた。

人形がそれを聞いて、彼に伝えた。

「俺と同じ状態なのさ。

マグネタイトが失われてしまったせいで存在が危うくなっている。

命をつなぐために契約したいってことさ」

 彼は契約を結ぶことに決めた。

断る理由がないからである。

戦う人数が多ければ、命をつなげる可能性が広がっていくのは明白である。

人員は多いほうがよい。

 契約を結ぶとき、彼の体に激痛が走った。人形と契約をしたときには感じなかった痛みである。人形はいう。

88: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 04:59:30.63 ID:QRHU3mk+0

「俺と違って実体があるからな、容量が多いのさ。

お前がマグネタイトを分け与え、仲魔が力を貸す。

もっと楽に契約する方法もあるが、正当な訓練をつんでいないお前にはできない。

何より素っ裸だからな、何も持っていない状態ではどうしようもない。

しょうがないから少し古い方法で、魂をつながせてもらっている。

その痛みは魂の痛みさ。よく覚えておけよ、その痛みが力になる」

激痛の後、彼の体には見たこともない模様が刻まれていた。

現代では使われていない文字のようだった。

しかしそれはすぐに彼の体の中に沈み込み、消えていった。

 痛みが去った後、彼の体が鉛のように重たくなった。

天使が喜びの声を上げた。

「あぁ、失われていた力が満ちてくる!」

京太郎は何を言っているのかがさっぱりわからなかった。

しかし魂が結ばれたことを実感していた。

何か奇妙なつながりがある。

 痛みと、鉛のような重さが去ってから、彼はとりあえず身につけられるものを探すことに決めた。

 積極的に服を見つけようとする理由は二つ。

 怪物相手に裸は無理があること。

そして、新しい仲魔の性別。

 一つ目の理由。

身を守るものがまったくないという無防備な自分自身というのが精神的にはいただけない。

怪物がうろちょろしているのに、裸一貫というのは頭がおかしくなりそうになる。

できるのなら戦車の中にでもこもっていたいのが本当の気持ちだ。

 二つ目の理由、京太郎にとってはこれが一番大きな理由である。

天使の存在だ。

いまさら不思議の国の住人がいることに混乱しているわけではない。

問題なのは性別である。

天使は女性であったのだ。

女性であるというのに加えて見た目が問題だった。


 見た目がきれいだというのが問題ではなく天使の服装が問題なのだ。

身に着けているものがまったくないといっていいような珍妙な服装だったのだ。

肉体を隠せていない。太い革のベルトのようなもので体を締め上げているだけなのだ。

この装束で町の中を歩き回ったら一発逮捕である。

昔こういう格好をして歌っていた男性歌手がいたが、あれよりも少し面積が少ない。

89: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 05:04:11.85 ID:QRHU3mk+0

人形が天使について説明をしてくれて京太郎はさらに驚いた。

「天使は基本的にこの格好だぞ。

あんまり俺は好きじゃないけどな。

もう少し面積を減らしたほうが、センスがいいとおもう」

などというのだ。

悪魔のセンスにはついていけないと京太郎は思った。


 正式な服装であるからといって刺激がなくなるわけではない。

 なにより自分の裸を女性にみられることに少年は羞恥心を感じていた。

彼は露出狂ではないのだ。

 
 身に着けるものを探したいという人間らしい願いは思いのほか簡単にかないそうだった。

 正直に話をするわけにもいかないので、オブラートに包んで話をした。

「身を守るものがほしい。

正直、戦いを乗り切れない可能性が高いようなきがする。

防御面に不安がありすぎる」

という話をした。

すると天使が彼に教えてくれた。

「それならいいところを知っていますよ。

私の見立てどおりならこの異界はブラウニーたちのような戦う意思のない悪魔たちの暮らしている世界。

彼らは力は弱いですがそこそこ文化的な暮らしをしています。

ですから交渉すれば服を手に入れられるはずです。

 うわさで聞いたことがあります。

ごみの山に侵食された世界のブラウニーたちが特殊な金属を生み出す鉱山に身を寄せていると。

おそらくこの世界のことでしょう。

私がさらわれてからどのくらい状況が変わっているかはわかりませんが、うわさどおりなら鉱山に集まっているはずです」

 それを聞くと、京太郎はすぐにブラウニーたちの集落を目指して移動を始めた。

契約の痛みは薄まりつつある。

歩けないほどつらくない。

 世界と世界の境界線上も安全ではないというのが人形の意見でもあったので、すぐに移動することになった。

 移動中に何度かガキの群れに襲われることになった。

しかし不思議なことにまったく脅威ではなかった。

天使が戦列に加わったこともある。

天使はどこから引っ張り出したのか弓矢でガキたちを攻撃して戦った。

ガキたちは天使の弓矢攻撃でほとんど一発で命を失っていく。

頼れる仲魔である。

90: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 05:10:27.98 ID:QRHU3mk+0

しかしそれ以上に京太郎自身も成長していた。

ガキの動きを遅いといい、ガキの肉体をやわらかいと感じるようになっていた。

拳を一発叩き込むと、ガキはただの肉の塊になった。

 そして奇妙な感覚が自分自身に身につきつつあると京太郎は気がついていた。

きっかけはゴミの山の暗がりからガキが襲い掛かってきたときである。

完全に死角から飛び出してきたガキの攻撃を京太郎は見もせずに迎撃したのだ。

今まで生きてきてこれほどまで勘が鋭くなることなど京太郎にはなかった。

 しかもこの勘の鋭さは道中、何度も発揮された。

不意打ちをたくらむガキをたやすく見破り、ガキに囲まれようとまったく問題なく戦い抜けた。

偶然ではなく確かな感覚として京太郎は何かを手に入れているのだ。

 成長といっていいのか、この変化を京太郎は不思議に思った。

いくらなんでもこんな変化が起きるとは思っていなかったのだ。

「俺はいったいどうなっている」

 しかし人形はおかしくないといった。

「あれだけ戦えば誰だって強くなれるさ」

 意味がわからない京太郎が説明をお願いした。

 人形は京太郎のお願いを聞いて説明し始めた。

「命がけの戦いは、魂を成長させるのさ。

そして魂の成長に伴って、肉体は魂の力で満ちていく。

 今の少年なら、ガキがいくら襲ってきても相手にならないだろう。

少年は今、御伽噺の中にいるのさ。

戦えば強くなる。

おとぎ話のヒーローさ。

まあ、死なない限りだけどな」

 その説明を受けた京太郎はさらに疑問に思う。

戦ったら強くなるというのならば、おかしくないかと。

そして疑問を解決するため人形にぶつけた。

「それだと、ほとんどの人間が強くなっていないとおかしくないか。

軍人とか、格闘家とかさ。

みんながそうだとは言わないけど、戦いはどこでも起きているはずだから」
 
人形が笑った。

「命がけっていってんだろう。

弱いものいじめは修行にはならないの。

 人間が主導する世界でいくら生き物を倒しても弱いものいじめにしかならないさ。

人間同士の戦いも同じさ。

全身全霊をかけて戦えるチャンスなんてまずない。

弱肉強食のルールが人間世界では死んでるのさ。

 だからといって山にこもっても意味がない。

人間が野生動物に負けるってのは油断とか事故扱いだろ?」

91: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 05:14:52.35 ID:QRHU3mk+0

 人形が続ける。

「そういうのじゃないのさ修行ってのは。

本当に独りぼっちになって格上と戦うのが修行さ」

 
「そんなものか」

 奪い合いの経験をした京太郎は修行の意味が実感できていた。

これまで自分が行ってきたような経験、そのものだったからだ。

嘘偽りのない弱肉強食のルールに巻き込まれ、試練を乗り越え力にする。

結果が今の京太郎なのだ。自分自身が証明をしているのだ。

疑う理由がない。

 京太郎たちは会話をしながらブラウニーたちが暮らしている鉱山へ歩いていった。

 鉱山への道にもごみの山がついてきた。

どこまでもしつこいごみの山である。

臭いもきつい。

 京太郎は少しだけ不思議に思った。

「金属だとか、工芸品みたいなもので作られたごみの山のはず。

だがいったいどこからこのなまごみのような臭いがするのだろう」

 ごみの山にはやはりガキが暮らしていて、京太郎たちを襲ってきた。

もしかすると、ガキのにおいかもしれない。

 ごみの山のガキたちは京太郎たちを阻むことはできなかった。

京太郎はすでにガキの力をはるかに超えて成長していた。
 
 
 ガキたちよりも汚らしい空。

 汚れた地面。

 ごみの山から発する生ごみのような臭い。

 さっさとこの場所から離れたいと京太郎は思う。

耐え切れない光景耐え切れない悪臭である。

 そんな気持ちをやわらげてくれたのが、仲魔たちとの会話である。

92: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 05:17:35.47 ID:QRHU3mk+0

天使が教えてくれた。

「実を言うと私、この世界に生まれて十年くらいなんですよね。

でも心配しないでください。

一応天使の常識は持って生まれてます。

 でもそれだけなんです。

頭の中にもともとあった状態で生まれてきたんです。

 情報はしっかりと入っていて、いろいろなことを知っている。

便利だなって気もしますが、私思ったんです。

 それって、つまらないなって。

 頭の中にデータはあるけど、実感がないなんてつまらないでしょ?

 ですから、現世に下りてみたんです。

実感したいと思ったんです。

 でも意気込んで現世に下りてはみたもののマグネタイトを補給できないのを忘れていましてね。

おなかがすいてふらふらになっちゃいまして。

 そんなときです。

いいにおいが漂ってきたんです。

焼きたてのパンの匂いでした。

これはいいなとおもって、匂いのするほうに歩いていったんです。
 
そうしたらマネキンに襲われちゃって、抵抗できずにそのままつかまっちゃいました。

 そんで、いつの間にかマネキンにつめられていたんです」

 特に大変なことが起きたわけではない調子で話をする天使だった。

 人形は話を聞いてあせっていた。

「こいつ、ちょっと散歩するくらいのノリで堕天してるじゃねえか」

 人形も話をしてくれた。

93: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 05:20:26.82 ID:QRHU3mk+0

「なあ少年よ。

俺をただのデッサン人形だと思っていないか。

それは勘違いだ。

 聞いて驚いてくれ。

実はもう少しマグネタイトが戻ってきたら自力で移動できるようになる。

いつまでも少年の手の中で収まっているつもりはないぜ。

 まあ、少年のおこぼれに預かれているだけなんだけどな。

お礼を言っておくよ。ありがとう。

 いまはこんななりだがもとは自由自在に動けてたんだ。

力がなくなってこんなことになってるけどな。

 俺は、空を飛ぶのがすきなんだ。

特に、人間の世界を飛ぶのが。

だから今の状況はどうにも耐えられない。

 少年の手の中はそんなに嫌いじゃないがな、やはり空を飛びたい。

自由になりたい」

 その話のついでに人形が京太郎をほめた。

 「少年のマグネタイトはおいしいぞ」

 京太郎はなんともいえない顔をした。

吸血鬼にお前の血液はおいしいぞといわれたような気がしたからだ。

 人形がいう。

 「一応ほめてんだぞ。

マグネタイトは命が生み出すエネルギー。

悪魔にとっては悪魔そのもの。

マグネタイトで肉体をつくるのだから、いいマグネタイトで作りたくなるのは人情だろう。

悪魔だけどな。

マグネタイトにも良いマグネタイトと悪いマグネタイトがある。

人間にはわからないかもしれないけどね、あるのさ。

いいワインと悪いワインがあるようにな。

当然だが悪魔はいいマグネタイトをほしがる。

何せ自分の肉体のよしあしに直結する問題だ。

ちなみに少年のマグネタイトはワイン味かな。

うまいぞ。もうちょっとこっちに流してくれてもいい」

 京太郎的にはどうでも良かった。

目の前で吸血鬼が自分の血液をテイスティングしているような気分になった。

どうでもよかったので京太郎は天使に話をふる。

94: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 05:23:25.51 ID:QRHU3mk+0

十センチくらい地面から浮きながら移動している天使が答えた。

「私はどちらかというと、日本酒みたいな味に感じますけどね。

感覚器の違いでしょう。

あと、私のことはアンヘルと愛情をこめて呼んでください。

天使なんて他人行儀な呼び方は嫌いです。

私たちはもう魂までつながってしまったんですから」

 天使改めアンヘルの発言が微妙に頭に引っかかる京太郎だった。

しかし突っ込まないことに京太郎は決めた。

突っ込んで聞いてもわからないだろうし、突っ込んで聞いてもいい方向に転ばないような気がしたからである。

 
 ブラウニーの集落に京太郎たちはたどり着いた。

鉱山の周りに小さな掘っ立て小屋がいくつも立ち並んでいた。

 掘っ立て小屋は非常に小さい。

人間が生活することは難しいだろう。

できなくはないが、腰を曲げて暮らすはめになる。

 その小さな掘っ立て小屋が集まって、集落を作っている。

集落を視界に納めた京太郎はたくさんの煙突と、煙突から煙が空に上っているのを見る。

この煙は生活の火が生み出した煙である。

 ここでは小さな悪魔たちが身を寄せ合って暮らしているのだ。

 集落に近寄っていくとすぐにブラウニーたちの歓迎をうけた。

ブラウニーたちは武器を用意して構えている。

武器が狙う先には京太郎たちがいた。

 ブラウニーたちは京太郎を威嚇してきた。

「来たな人間。

俺たちはお前たちのようなものには屈しない。

この世界は人間たちの世界ではないのだ。

この世界から出て行くがいい」

どうやら、侵略者であるように思われているらしかった。

人形が震えた。

95: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 05:26:02.38 ID:QRHU3mk+0

「誰かと勘違いしている可能性があるな。

見ろよ、あの目を。

少年ではない何かを見ておびえている。

攻撃はするなよ。

あれはただおびえているだけだ。

俺たちを誰かと重ねてる。

俺が推測するところでは、こんな心理状況だろう。

『俺たちを襲った人間と同じように、お前たちも俺たちを襲うのだろう。

俺たちにもいじがある。

簡単にはやられてやらない。

時間稼ぎ位してやる』

とな。

どうする、気に入らないか?

 弱いものが調子に乗っていると見るか?

 たたかうか?」

 京太郎は、目を閉じた。少し考えるためだ。

 妖精たちは大きな声を出して、京太郎を威嚇し続ける。

「近寄るな!」



「帰れ!」

の大合唱が始まった。

 小さな妖精が使う武器など、おもちゃと変わらない。

それを必死に京太郎に突きつけている。

 その剣幕はすさまじく戦いは避けられないのかと思われた。

小さな悪魔たちも生きるのに必死だ。

 しかし警戒はだんだんとゆるくなっていった。

怒声がどんどん小さくなっていくのである。

 警戒を解いた原因は京太郎である。

目を瞑って考えた京太郎は、戦わないことを選んだのだ。

京太郎は自分とブラウニーたちが同じだと思ったのだ。

生きるのに必死なのだと。

わかるからこそ、戦う理由がない。

 京太郎は警戒を解いてもらうために両手を挙げてブラウニーたちの前に進み出た。

96: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 05:29:34.84 ID:QRHU3mk+0


 彼は静かだった。

自分に敵意を向けるブラウニーたちに微笑みさえ浮かべる余裕があった。

人形はアンヘルに渡しておいた。

 無防備以前の問題として京太郎は真っ裸である。

天使をつれているがあまりにも無防備。

武器と防具を持って戦いに出てきている妖精たちは、その姿に毒気を抜かれた。

 ブラウニーたちは考える。

「どうして真っ裸なのか?」

「なぜ、微笑んでいるのか」

油断させるにしても真っ裸になる必要はない。

ブラウニーたちは知っている。

人間は服を着て生活をすることを。

ガキのように裸でいることはめったにないことを。

もともと人の生活によくかかわる悪魔である。

人の事情をよく知っているのだ。

 そして冷静になり始めた。

「サマナーにしても真っ裸になるやつがあるか?

 召喚機もハーモナイザーも持ってねえぞ」

もしかして勘違いなのではないかという思い。

もしもという可能性を考えられるようになってしまうと自分の行動を省みるようになる。

そして冷静になってしまえば、恐れおののき惑うこともなくなる。

 威嚇の声は消えた。

 しかし疑問は残る。

「何ゆえ、全裸なのか」

悪意のない人間だとして何ゆえ全裸なのか。

考えても理解が追いつかない。

 妖精たちの中から京太郎に質問をするものが現れた。

わからないのならば聞いてみればいいとの判断である。

「どうしてここにきた。

ここは異界。

人間がいる世界ではないはずだ。

悪魔とともにある少年よ、なぜ真っ裸なのか」

 この問いかけに対して、正直に京太郎は答えた。

97: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 05:33:09.83 ID:QRHU3mk+0

「ガキに襲われて川に飛び込んだ。

流れ着いたのが、この世界だった。

服はガキに燃やされた。

俺が今生き残れているのは仲間のおかげだ。

ここにきたのは、あなたたちならば身に着けるものを持っているかもしれないと知ったからだ。

あなたたちに危害を加えるつもりは一切ない。

おびえさせて申し訳ないと思っている。

しかし俺も切羽詰っているのだ。

せめて下着だけでもいい。

譲ってもらえないだろうか。

俺のマグネタイトでよければ交換としてもらいたい」

うそを伝える意味がなかった。

疚しい気持ちなど一切ない。

少しもやましいところがないと表現するために急所さえ京太郎は隠さなかった。

 ブラウニーたちと交渉する自分たちの主人を背後から見守る仲魔たちは思う。

「勇ましい」

凶器を突きつけられて囲まれているというのに少しの恐れも見せずに交渉する姿。

これが仲魔たちには頼れる姿に見えていたのだ。

 しかし、そんな仲魔たちとは裏腹に京太郎の頭の中では何度も同じ言葉が繰り返されていた。

「露出狂ではない。

俺は露出狂じゃない。

決して見せて喜んでいるわけではない」

 
 彼がそのように答えると、ブラウニーの集団の中でもいっそう小さなブラウニーが現れた。

小さなブラウニーの手には男用の下着が握られている。

ずいぶん昔の時代の下着に見える。

いわゆるふんどしといわれるものだった。

小さなブラウニーは彼に下着を差し出していった。

「これでいいか?

 その代わりにマグネタイトがほしい。

マグネタイトをくれるか?」

 京太郎はすぐに答えた。

「もちろん。ありがとう」

 彼は小さなブラウニーの手を軽く握った。

つないだ手からマグネタイトが失われていくのがわかった。

体が重くなる。

 小さな体のブラウニーがいう。

「変わった味のマグネタイトだ、人間には珍しい混じり物のある酒の味。

しかし悪くない。
ありがとう少年。

約束を果たそう」

98: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 05:38:57.15 ID:QRHU3mk+0

京太郎は、下着を手に入れることができた。

彼は着慣れない下着をなんとか身につけて、少しばかり心に余裕を持つことができるようになった。

 彼が下着を身につけている間に、ブラウニーたちは完全に落ち着いていた。

下着とマグネタイトのやり取りを見て、京太郎の言葉を嘘ではないと判断したのだ。

悪魔には悪魔のルールがある。

そして常識があるのだ。

 京太郎が何とか裸ではないといえる状態になった。

京太郎はほっとする。

 京太郎がほっとしてすぐ、人形が大きく震えて彼に注意を促した。

「少年、また来るぞ。

こいつらを狙っているのか、それとも俺たちなのかはわからない。

やるってんなら、やるしかないだろうな。

ふんどし締めたんだ。

気合入れな、しっかり戦えよ」

 注意のすぐ後、ゴミの山の方向からマネキン二体が走ってくるのが見えた。

先ほどの天使入りマネキンよりも高性能らしい。

まったくつなぎ目がなく、生きた人間のような滑らかな動きをしていた。

 「うっとうしい限りだ」

と京太郎はためらわずにジオンガを放った。

稲妻はマネキンを捕らえた。

天使が入っていたから稲妻がききにくいと人形が話しているのを京太郎は覚えていた。

そのため、天使が入っていないだろう人形に対して、遠距離からの攻撃で始末しようとたくらんだ。

 衝撃でマネキンたちが三メートルほど吹っ飛んだ。

しかしすぐに行動を再開していた。

しびれているようにはみえない。

 相手が悪いというのが彼の感想だった。

生きていない怪物には、電撃はたいした意味がない。

今の攻撃ではっきりした。

天使が入っていなくとも、効果は変わらなかったのではないかと京太郎は考えた。。

99: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 05:42:50.55 ID:QRHU3mk+0

稲妻が通用しにくいという事実がある。

しかし京太郎は不安ではなかった。

彼は恐れのない目で、マネキンたちを見つめていられた。

今回は一人ではないからだ。

頼れる仲魔がいる。

アンヘルだ。

大きな白い翼で羽ばたいて、アンヘルは空を飛んだ。

空を舞うアンヘルはツバメよりもずっとすばやい。

 空に舞い上がったアンヘルは、マネキンたちを上空から攻撃し始めた。

どこから引っ張り出してきたのか、弓矢を構えている。

そして上空から次々と矢を当てた。

弓矢での攻撃は簡単にマネキンたちの体にヒビをいれた。

 致命的ではない。ひびが入るだけ。

 しかし京太郎にとってはとても頼もしい攻撃だった。

ヒビが入れば、それをたたけばいいだけのことだからだ。

ヒビが入って壊れかけているのなら素手で壊すのは簡単だ。

 今回は完封できると京太郎は考えていた。

油断ではない。

マネキンたちは京太郎たちに対応できないのだ。

 まずマネキンたちは京太郎しか攻撃できない。

手が届く範囲にいるのが京太郎だけだからだ。

アンヘルは空を飛んでいる。

空を飛ぶ存在を打ち落としたいというのなら、京太郎のように魔法を使うか、飛び道具が必要だ。

しかしマネキンはどちらもない。

 ならばと、手の届くところにいる京太郎を狙うが京太郎自体が非常にすばやくマネキンには捕らえられない。

今の京太郎にとってマネキンの動きは遅すぎた。

近寄るのも、追いかけるのも遅い。

戦いを乗り越えた結果だ。

 しかし京太郎が一番の弱みと見たのは、マネキンの運動パターンのすくなさだった。

京太郎が争った天使入りのマネキンと行動パターンがおなじなのだ。

滑らかに動くのが余計に動きの読みやすさにつながっている。

バッティングセンターで次の玉を待つような気持ちである。

 京太郎は終わりまでの流れが見えていた。

ここまではっきりと動きが読める上、援護射撃がある。

むしろひっくり返されるほうが難しいだろう。

ほとんど戦況はつんだ状態だったのだ。

 

100: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 05:47:19.30 ID:QRHU3mk+0

 すみやかにマネキンは始末できた。

あっけなく二対のマネキンは京太郎の鉄拳とアンヘルの弓矢の前に倒れた。

 ブラウニーたちが歓声を上げた。

 観戦していたのだ。

命がけのはずなのだが、祭りの余興でも見ているような調子である。

何か、マネキンたちに恨みでもあるのだろう。

 しかしすぐに悲鳴が上がった。

京太郎が見たこともない図形のパターンが鉱山の集落から、二百メートルほど離れたところに浮かび上がったからだ。

悪魔たちはそれが何のパターンなのかを知っていた。

人形がいう。

「追加戦力を呼ぶつもりだ。

サマナーなのか?
 
戦い方がへたくそなやつだな。

一気に物量で押しつぶすのがサマナーのセオリーだろうに。

まあいい、馬鹿ならそっちのがいい。

少年、どうやら相手がやる気になったらしい。

腹くくれよ」

 命がけなど今に始まったわけではないと京太郎が減らず口をたたこうとしたが、残念ながらできなかった。

強くなったとは思っていたが、上には上がいる。

奇妙な図形のパターンから現れたものはまたしてもマネキンであった。

 二百メートルほど集落から離れたところにマネキンは姿を現した。

 それもどうやら天使入りマネキンと同じ中にエネルギー源をつんでいるタイプある。

人間をモデルにしているマネキンのシルエットとしてはおかしな形だった。

背中から人の手足のようなものがみえている。

アンヘルのときと違うのは、おそらくエネルギー源はばらばらにされているというところだろう。

腕と足の配置からどうやっても中身が無事ではないと推測できた。

 非道であるとイラつくような気持ちが京太郎にはわいてこなかった。

いまさらいってもしょうがないのに加えて異様なエネルギー量を感じていたからだ。

どうやら力の桁が違うらしい。二百メートル近く離れているのに、異様な圧を感じていた。

101: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 05:51:07.61 ID:QRHU3mk+0

人形が悲鳴を上げた。

「ブラウニーを見捨てて逃げたほうがいい! 

身につけるものも後で探せばいい。

あれには勝てない。

マグネタイトが、少年の千倍近い。

どこから引っ張ってきやがった。

上級悪魔のエネルギーを積んでやがる。

感覚がぶれやがる!」

 悲鳴を上げたくなる気持ちは京太郎もわかっていた。

一見すると先ほど完封したマネキンと変わらない。

しかし、受ける圧力がまったく違う。

自分が小さなアリのように感じられた。

あのマネキンは巨大なゾウだ。

踏み潰されて終わるだけ。

 しかし彼は逃げなかった。

正義感からではない。

勇気を振り絞ったわけでもない。

当然、ブラウニーたちを思ったからでもない。

 生きる道は前にあると叫ぶものがいたからだ。

この叫びは京太郎だけに聞こえる叫びだった。

自分自身の内側から届けられたものである。

前に進む道は命を削る道に違いない。

人形のいう言葉も間違いではない。

 しかし、彼の本能が叫ぶのだ。

「ゆけ!」

 京太郎は目覚めた本能に従ってマネキンに向けて走り出していた。

少しでも生き残れる可能性がある道を選んだのだ。


 「聞こえなかったのか! さっさと逃げろ!」

との人形の叫ぶ声は京太郎には届かなかった。

生き延びるためには戦うべしという京太郎にとって逃げるという道は死の道である。

叫びは聞こえている。

しかし選ぶつもりがない。

 

102: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 05:54:57.42 ID:QRHU3mk+0
 
京太郎が前に進むか逃げるかを悩んだ時間は、一秒もないほど短い。

本能に従って生きる獣そのものといっていいほど早い判断である。

事実、京太郎はほとんど獣同然の根拠しかもっていない。

そしてその根拠にしたがって動いた。

 しかし非常に短い迷いの時間にマネキンは準備を完了させていた。

鉱山に広がったブラウニーたちの集落をマネキンは射程距離に収めたのだ。

射程距離およそ百八十メートル。

すでに呪文を唱え終わっていた。

 異界の曇り空を破り火が降ってきた。

一つや二つではない。

雨だ。

火の雨が鉱山を打つ。

 ブラウニーや京太郎たちはまったく回避することができなかった。

火の雨なのだ。

雨をよけて歩くことができないように、この攻撃をよけきることはできない。

 空からふる火の雨を受けたブラウニーたちはあわてて姿を隠していた。

地面にもぐるものもいれば、集落に駆け込むものもいた。

ほとんどは、地面に穴を掘って、火の雨をしのいでいた。


 雨が降るように空から火が降ってくるこの修羅場において、京太郎は落ち着いていた。

強力なマグネタイトを宿すマネキンをまっすぐにらんで、少しも道を火の雨に譲らない。

それは彼が目の前の相手に勝機を見出していたからである。

人形はまったく勝利することなどできないように感じていたというのに。

 二人のどちらにも非はない。

人形が悪いわけでもなければ、京太郎が悪いわけでもない。

 これは、両者のものの図り方の違いがあるだけなのだ。

103: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 06:05:04.95 ID:QRHU3mk+0

人形は悪魔としての一般常識に頼った。

マグネタイトが多ければ、それだけ強いという常識である。

悪魔というのはマグネタイトを頼りにして肉体を作る。

ということはマグネタイトが多ければ多いほど肉体は強いものになる。

マグネタイトの質というのももちろん肉体のよしあしに関係してくる。

しかし悪いマグネタイトでも大量に所有できているというのならばそれだけで強いと判断してかまわない。

人間の感覚で言えば、身長が大きく筋肉がついているのならば強かろうという発想とよく似ている。

人間の場合も大体それで正解である。

悪魔の常識を持つ人形にとって目の前に現れたマネキンというのは身長五十メートルをこえる巨人のようにしか見えないのだ。

 一方で京太郎は自分の本能に頼った。

 理屈などないのだ。

ただ、そんな気がした。

物影から襲い掛かるガキどもをなんとなく打ち落とせたように、なんとなくこの行動を選べるのだ。

しかし不思議ではない。

この感覚は誰もが持つものだからだ。

京太郎は生き残りたいという一身で戦いに赴く獣である。

この異世界にたどり着いてから京太郎はただ命を拾うために戦ってきた。

命がけの戦いは文明社会に生きる人間の獣としての本能を目覚めさせた。
 
この六感は生き延びるために必要な行動を察することができるという誰もが持つ動物的直感である。

 結果、人間としての本能を選ぶ京太郎と、悪魔としての常識を選ぶ人形の行動の違いにつながった。

 空から振ってくる火の雨を受けながら京太郎は確信した。

彼は独り言をいう。

「初めて火であぶられたときよりもずっと弱い。

痛みこそあるが、それだけだ。

命が奪われるようなあの独特の感覚がない」

続けて、

「予備のガソリンを積み込んだ原付だ。

ぜんぜん怖くない」

といって体を焼かれながらマネキンめがけて加速した。

 京太郎は勘違いをしている。

マネキンの放つ火はガキの火よりもずっと強い。

それをシャワーのごとく浴びても平気でいられるのは、京太郎が成長したからである。

104: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 06:08:25.88 ID:QRHU3mk+0

「マスター、いったい何を考えているのです!」

と火の雨からブラウニーを助けていたアンヘルが叫んだ。

彼女は身近にいたブラウニーたちを翼の下に隠して逃げる時間を稼いでいた。

アンヘルも人形と同じく悪魔の常識に従って相手の力量を判断している。

そのため京太郎の行動は自殺志願者にしかみえなかった。
 
 火の雨をその身に受けながら進む少年に対してアンヘルは支援行動をとった。

火の雨は少年の体を焼き続けている。

癒さねば命は失われるだろう。

そして契約を結んでいるアンヘル自身も終わる可能性が非常に高い。

それを防ぐために、肉体回復の魔法ディアを連続して京太郎にかけ続けた。

 一方的に攻撃を京太郎は受けていた。

まだ京太郎の拳が届く距離ではない。

後二十メートルほど離れている。

火の雨はいまだやまない。

 しかし、おびえてはいない。

マネキンはもう目の前だからだ。

頭がおかしくなりそうなほどマグネタイトを所有していようが京太郎には関係ない。

目の前にいる相手を殴れないわけがあるか。

まずはやってみなければわからない。

単純な考えしか今の京太郎にはない。

 いよいよ京太郎の射程距離五メートルにマネキンがはいる。

戦闘開始から六秒ほどしかかかっていない。

そして射程距離に収めたことで確信する。

「こいつは張子の虎だ。水風船だ」

と。

 降り続く火の雨に焼かれながら京太郎は攻撃した。

大振りに振りかぶった右ストレートがマネキンの頭部パーツに打ち込まれる。

マネキンが大きくぐらつく。

マネキンの頭部にひびが入る。

ひび割れからマグネタイトが噴出した。

小さな器では巨大なエネルギーをとどめきれないのだ。

「マグネタイトが漏れ出しやがった」

と彼の左手の中で人形が呆然とつぶやいた。


105: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 06:11:40.73 ID:QRHU3mk+0

人形は本当に勝てないと思い込んでいたのだ。

エネルギーを把握できるため相手と自分たちの力が天と地ほど離れていると信じた。

しかしそうではなかった。

ただの思い込みだった。

やる前にあきらめていただけだ。

おびえてしまっていた。

 人形が震えだし、叫んだ。

一蓮托生などといっておいて、この有様。

役に立たねばすまないという心があふれたのだ。

恐れるなといった自分が、何より恐れていたことを恥じた。

「少年、俺を使え!
 
俺の空っぽの器にマグネタイトをほうりこめ。

奪い取って俺たちのものにするんだ。

右手でこのグロマネキンを押さえ込め。

後は俺がやってやる!

 いいとこみせるぜ!」

 ふらついているマネキンを京太郎は地面に転ばせた。

ふらついているマネキンに勢いをつけてラリアットをかましたのだ。

とんでもない勢いでラリアットを頭部にかまされたせいでドミノでも倒すようにパタンと倒れた。

しかし常識はずれの腕力でたたきつけられたため勢いが死なない。

バスケットボールのように何度かはねたのだ。

そのときに背中に埋め込まれている手足が邪魔をして、マネキンがひっくり返った。

背中を見せている状態である。

 京太郎はマネキンの背中に馬乗りになった。

そして人形のいうとおりに右手でマネキンのうなじを押さえ込んだ。

卑怯といいたければいうがいい、プライドなど命の前には意味なしとの構えである。

 人形が呪文を唱え始めた。

耳には届いてくる。

しかしどこの国の言葉ともわからない。

 呪文が終わると、京太郎の右腕とグロテスクなマネキンの間に霊的なつながりが生み出された。

奪うためにはつながらねばならない。

ガソリンと同じである。

パイプでつながねばやり取りはできない。

 人形が叫んだ。

「吸魔!」

106: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 06:15:04.72 ID:QRHU3mk+0

直後、京太郎の右腕が激しく痛み始めた。

上級悪魔の上質なマグネタイトの奔流が彼の霊的な回路を駆け抜けているのだ。

 神経が悲鳴を上げた。

霊的なエネルギーのやり取りを修羅場の真っ最中に行うのだ。

痛くないわけがない。

 加えて、グロテスクな人形が激しく暴れ始めた。

命の危険にあることを感じ取っているのである。

強力な上級悪魔のエネルギーだけがマネキンの優位を支えてくれているのだ。

相手がマグネタイトを奪う方法があるというのならば、敗北は確実である。

言葉にしなくともマネキンもすぐに理解しただろう。

心臓を握られているのだ。

この少年を引き剥がさねば、自分は終わりだ、と。

 背中に乗っているはずの京太郎のわき腹にマネキンの腕が突き刺さった。

押し倒された状態でありえないほどの出力である。

ありえない挙動である。

しかし、無機物であるため人間の常識は通用しない。

関節はおかしな方向に曲がる。

ありえない姿勢からありえないほどの出力を出せる。

 たとえ部品が壊れようとも、勝てばよしの構えである。

ありえない挙動をしたために、グロテスクなマネキンの右腕は京太郎のわき腹につき刺さったまま折れてしまった。

別に困らない。

後で付け直せばいいだけのことだから。

 続いて左腕も限界を超えた攻撃を加え、少年のわき腹に突き刺さって壊れた。

部品がいくら壊れてもかまわないのだ。

勝利できればそれでかまわない。

 「勝利した」

とマネキンのサマナーがこの光景を見ればそう考えただろう。

状況が勝利を約束している。

何せ腹部に腕が突き刺さっているのだ。

一本でも命が失われるのに、二つも刺さっている。

しかもマネキンの腕の中には何もない。

空洞なのだ。

腹に刺さればどうなる。

京太郎とマネキンの周囲が赤く染まるのだ。

 京太郎はまだ人形のうなじを押さえつけていた。

目は真っ赤に充血し、全身から脂汗が吹き出ている。

彼の口元が真っ赤に染まる。

意識が遠くなるのを、下唇をかんで耐えているのだ。

京太郎はここで耐えることが命をつなぐことにつながると信じている。
 

107: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 06:19:20.78 ID:QRHU3mk+0

京太郎は追い込まれてもなおマネキンから離れなかった。

覚悟のためである。

尋常ならざる覚悟が、即昇天の攻撃を受けてもマネキンにしがみつかせた。

リミッターをはずした筋肉の作用で、マネキンを押さえ込んでいる右腕は骨が砕けつつある。

意識は腹部に与えられた衝撃で途切れかけている。

しかしそれでも生きるために彼は修羅場の中で命を賭けつづける。

 だがこの光景は彼の力だけで作られているわけではない。

彼の仲魔の仕事が彼を支援しているのだ。

今、グロテスクなマネキンからマグネタイトを吸い上げている人形。

この人形が少年の魂を、肉体に縛り付ける杭の役割を果たしている。

 攻撃の衝撃で、彼の魂が飛んでいくことはないだろう。

 それに加えて、ブラウニーの集落近くで待機しているアンヘルが肉体回復の奇跡ディアをかけ続けている。

仲魔の仕事が、京太郎の魂と肉体をこの世につなぎとめる結果を生んだ。

 しかし状況は最悪だった彼の肉体をアンヘルの力で回復させても出血が止まらない。

突き刺さった二つの腕が彼のわき腹から抜けることがないのだ。

命は失われ続ける。

 我慢比べの形になった。

京太郎の覚悟と仲魔たちが押し切るか。

それともグロテスクなマネキンが取り込んだ上級悪魔のマグネタイトが振り切るか。

上回ったほうが勝利する。


 このまま状況が硬直するのかと思われたとき、火の雨がやんだ。

京太郎の勝利ではない。マネキンの魔力が高まっていく。

すべての力を少年を排除するために使うつもりだ。

 グロテスクなマネキンが呪文を唱えはじめた。

とめる方法などない。

 機械で合成された声が聞こえてきた。

「アギダイン」

少年の左手のひらに収まっている人形は怖気だった。

この呪文の威力を知っていたからである。

グロテスクなマネキンと少年の周りに熱が集まってくる。

魔法が発動する準備段階であっても、肌を焼くのに十分な熱が集まってきていた。

 しかしこの状況でも京太郎はあきらめていない。

まだ命が残っているからだ。

命があるのならば戦いは終わっていない。

生き延びるため、更なる力が振り絞られる。

 完全に京太郎の右手の骨が折れた。

彼はマネキンのうなじを握りつぶしたのだ。

死にたくないという一念が肉体の不可能を可能に変えた。

 

108: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 06:23:30.17 ID:QRHU3mk+0

しかし遅かった。

呪文は唱えられている。

仮に術者の命が消えたところで発動が止まるわけではない。

トリガーを引かれたら、銃弾は飛んでいく。

魔法も同じだ。消えたりしない。

 強力な熱が集まり、一気に爆発した。

あまりにも強力な火だった。

強く燃え上がるため周囲の空気を断末魔の火は暴食し始めた。

ナパーム。

この魔法を見たものはそう例えるに違いない。

燃え上がるためにはるか彼方の酸素まで奪い取り、熱で命を奪うよりも酸欠で命を奪い取る恐るべき兵器。

 それがたった一人の命を奪うために使われた。

 離れたところで支援を行っていたアンヘルは天高く火が燃え上がるのを見て、終わったと思った。

どうあがいても逃れられる威力ではない。

目標物であろう少年を焼いてもなおたりぬと、空を焼きにかかり、周囲の空気を食い尽くす。

そしてまだ足りないと、ブラウニーたちの集落あたりの空気さえ奪っていく。

 力の弱い悪魔たちは気分が悪くなったのだろう、地面に座り込んでしまった。

 
 しかしそれでも少年は生きていた。

アンヘルは自分に少年のマグネタイトが供給されているのに気がついたのだ。

いまだ爆心地のはっきりとしない視界の中にいるだろう少年に肉体回復の魔法ディアをアンヘルはかけ続けた。

生きているというのならば魔法をかけて肉体を再生できるからだ。

 視界がはっきりしたところで意識を失って倒れている少年をアンヘルが見つけた。

すすまみれになっていた。

わき腹に刺さっていたマネキンの腕はきれいに焼失している。

いったい何が起きたのか。

アンヘルが急いで少年の元へと飛んでいく。

 そこには人形をしっかりと握った少年と、少年とマグネタイトの交換をした小さなブラウニーがいた。

ブラウニーも少年に負けず汚れていた。

少年はすすだらけだが、ブラウニーは泥だらけだ。

少年は気絶しているが、ブラウニーは元気そうだった。

109: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 06:26:14.74 ID:QRHU3mk+0

「いったいどういう理屈なの」

といってブラウニーに問う。

するとブラウニーは壊れた鏡の破片と地面の穴をアンヘルに見せた。

「穴掘りは得意なのさ」

と小さなブラウニーが答えた。

 京太郎が助かったのは魔道具、魔反鏡の効果のおかげである。

異世界にはほぼすべての魔法を跳ね返す魔法がある。

この魔法を使うことができる悪魔は魔法で命を奪われる可能性がほとんどゼロになる。

この魔法を使うためには大量の魔力が必要になるため、力の強い悪魔しか使うことができなかった。

 力の弱い悪魔たちは、この魔法の存在を知っていた。そして考えた。

「もしも自分たちがあの力を使えるようになったのならば」

と。

 しかし弱い悪魔たちには、魔法を習得する技量も使うだけの魔力もなかった。

肉体を作るマグネタイトをやっと維持できる弱い悪魔たちには手が届かない。

 しかし弱い悪魔たちはあきらめなかった。

生き延びるためだ。

 弱い悪魔たちは道具を生み出すことで魔法を跳ね返す魔法を再現した。

人間が空を飛ぶために飛行機を生み出したように道具を作ることで成し遂げたのだ。

 この道具は使用すると、魔法を跳ね返す壁を作ることができる。

しかし常に壁があり続けるわけではない。

一瞬、そして一度きりだ。

一度きりの使い捨てだが、その効果はとんでもなくすばらしい。

一回だけほとんどすべての魔法を跳ね返す。

もしも一瞬でも相手がひるめば、その間に逃げ延びることも、倒しきることもできる可能性が生まれる。

 力の弱い妖精たちはこの鏡を用いて、弱肉強食の世界を生き抜いてきた。

 生き延びるための道具が京太郎を救った。

110: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/24(土) 06:28:52.29 ID:QRHU3mk+0

アンヘルは不思議そうに尋ねた。

「どうしてマスターを助けたの。

逃げればよかったのに」

弱いのならば、逃げるべき。

それを悪いというものはいない。

生きるための大切な手段の一つだ。

しかしあえて残った。

何か理由があるのか。

命はたった一つ。

それは悪魔も人間も変わらない。

 小さなブラウニーは答えた。

「恩返し。

この無鉄砲な小僧が注意を引いてくれたからみんな無事に逃げ延びることができた。

命の恩人を見捨てておいて平気でいられるブラウニーはいない。

俺たちはそういう悪魔だからな。

それに恩人を素っ裸のままにしておくこともできないね。

天使の姉ちゃん、小僧を連れてついてきな。

ブラウニー印の服とお守りを用意しよう。

また、素っ裸になられたら困る」

 そういうとブラウニーは集落にむけて歩き始めた。

 京太郎をひょいと肩に担いでアンヘルは後をついていった。

京太郎を休ませるのならば少しでも安全な場所のほうがいいと判断したのだ。

かりに裏切られたとしてもブラウニー程度ならば自分だけでも対処が可能であるともアンヘルは考えていた。

 少しばかり油断が過ぎると思われてもしょうがない。

 しかし油断するのもしょうがないこと。

何せ今まで感じたこともないような力がアンヘルの体の奥から沸いてきていたのだから。

その原因が肩に担いでいる京太郎であることは間違いなかった。

 集落にはブラウニーたちが戻ってきていた。

復興作業をはじめようとしているのだ。

壊れたのならばまた作ればいい。

ブラウニーは前向きだった。

123: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/31(土) 04:41:21.20 ID:eeASHe4O0

戦いから一時間後、京太郎は目を覚ました。

 京太郎は布団の上に寝かされていた。

アンヘルが京太郎を運び、ブラウニーたちが布団を用意してくれたのだ。

 しかしサイズが合っていなかった。

京太郎は人間のなかでもかなり身長が高い部類に入る。

小さな体のブラウニーたちとは規格が違う。

そのためどうしても手足がかなりはみ出てしまう。

京太郎が使っているのはブラウニー用の布団なのだ。

 京太郎の肉体は力でみなぎっていた。

切り裂かれていたはずの腹部も、すっかり元通りである。

意識もはっきりとしていた。

そして不思議な実感がある。

京太郎は気絶する前の自分よりも強くなっていると感じていた。

人形のいう成長した状態である。

 目覚めた京太郎はこんなことを考えていた。

「今度こそ、気を失わないようにしよう。

無様に気を失ってしまったが、今度こそは意識を保ったまま勝利したい」

 逃げたいとは京太郎は思っていない。

京太郎の胸の中に充実感があるからだ。

この充実感は弱肉強食の充実感である。

一度味わえば、離れられなくなる。

 もしも今の京太郎がこの実感を友人知人に語って聞かせたのならば、間違いなく京太郎に考え直せというに違いない。

何せこの充実感はあまりにも獣的である。

危険すぎる。

命がいくつあっても足りなくなるだろう。

 冷静になった京太郎が思い返せば危険な状態だったと思えるだろう。

京太郎は馬鹿ではない。

命はそういう使い方をするものではないからだ。

 しかし今の京太郎にはこの充実感から離れられない。

生きるために戦い、勝ち取る。

このすばらしい流れ。

満たされる自分の空白。

試練を乗り越えたことで身につく圧倒的な力。

何もかも素敵すぎた。

 戦い、生き残ることが京太郎のすべてになりつつあった。

今まで感じたことのないこの感覚に京太郎は浸っているのだ。

だから思い出せないのだ。

124: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/31(土) 04:45:17.27 ID:eeASHe4O0

目覚めた彼に一番に声をかけてきたのは人形だった。

京太郎が寝かされている部屋のテーブルの上に人形が座っていた。

人形が座わっているテーブルの上には着替えが用意されている。

近くには、アクセサリーのようなものが見えた。

 人形の様子が少し違っていた。

今まではかすれていた声がはっきりと聞こえるようになっているのだ。

ぼろぼろだった人形の表面に活力が戻ったように見える。

生き返ったようだった。

しかしまだ、壊れたところが多すぎる。

「今回も生き残れたな。

少年と一緒にいると本当にどきどきさせられるね。

俺たち悪魔にはあんな無茶はできない。

マグネタイトが自分の何百倍もある相手に挑むなんて、ありえないことさ。

それに調子のいいことを言っておいて、少年には恥ずかしいところを見られちまったな。

それで、どこらあたりまで覚えてる?

少年はあの不細工なマネキンを倒したんだぜ、わかるか?」

 京太郎は

「燃やされたところまで。

焼かれる前にうなじを握りつぶしたのは覚えている」

と正直の答えた。

京太郎が意識を失ったのは、断末魔の火が周りの空気を奪ったからだ。

火で死なずにすんだのは、ブラウニーの仕事である。

 すると人形が体を震わせていった。

「そこまで覚えているのなら上出来だ。

少年はその後気を失った。

グロイマネキンはあの後消し炭になった。

ブラウニーの援護のおかげでな。

援護射撃はあったが、少年の手柄だよ。

がんばらなかったら、あの結末はなかった」

そして続けていった。

「どうやら少年はブラウニーたちに気に入られたらしい。

もともと世話をするのが好きな悪魔たちだ。

お前見たいな無茶な人間は好かれるもんさ。

世話をしてやらないとだめになりそうな人間を見ると、悪魔の本能を抑えられないようになる。

それにマグネタイトの支払いもいいしな。

お前のために服を用意してくれたみたいだ。

ありがたくもらっておけよ。

それと雷の力を高めてくれるアクセサリーまで持ってきてくれている。

お前の力にしてほしいそうだ、お礼を言っておけよ」

 

125: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/31(土) 04:52:42.45 ID:eeASHe4O0

京太郎が布団から抜け出して机に近づいていった。

人形が据わっている机の上には、人間用の服が一式と不思議な輝きを宿したアクセサリーが用意されていた。

外敵を退けてくれた京太郎へのお礼である。

 ブラウニーたちが用意してくれた人間用の服とアクセサリーは京太郎には珍しいものばかりだった。

机の上にたたまれておかれている人間用の服は、ぱっと見たところ着物だった。

そしてそのそばに置かれているアクセサリー。

このアクセサリーというのがエキゾチックな印象のピアスと腕輪。

そしてひときわ目を引く、植物の蔓を編んで作った指輪だった。

どれもこれも、京太郎には見慣れないものばかりだった。

着物も、不思議なアクセサリーも京太郎の周りにはないものだったのだ。

 腕輪もピアスも見たことのない物質で出来上がっているのが京太郎にはわかった。

腕輪は金属のように見えるが金属特有の冷たさがない。

それはピアスの金属も同じだった。

表面にはこれまた見たことのない模様が掘り込まれていた。

文字ではない。

何かの怪物をイメージして掘り込まれている。

どこかエキゾチックな印象がする形だった。

ピアスに関しても同じことが言えた。

おそらく同じ怪物だろう。

 指輪は少しだけ事情が違うようだった。

 指輪だけが事情が違うというのは見た目の話である。

この指輪というのが指輪らしくない。

植物の蔓が絡み合って、指輪の形を作っているだけなのだ。

しかもどうやら植物は生きているらしい。

触ってみると京太郎はマグネタイトが流れているのに気がついた。

この指輪は無機物ではなく、命がある。

 しかしブラウニーたちが用意してくれたのだから

「うそではないだろう」

と、ほかのアクセサリーと服と同じように京太郎は身に着けていった。

裏切られるなどとは少しも京太郎は考えていなかった。

霊感のためではない。

ただの馬鹿である。

 着心地は最高だった。

ものすごく体に合うのだ。

単衣を着てみて、はかまをはく。

ブーツを履いてみて、アクセサリーをつけてみる。

少しもおかしなところがない。

きれいに収まるのだ。

何もかもが。

 

126: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/31(土) 04:57:16.79 ID:eeASHe4O0

 しかし少しだけ問題があった。

ファッションセンスが古かった。

百年近く離れている。

どう見ても大正時代のファッションである。

上下が和服で足元だけが、ブーツ。

どうにも時代錯誤の印象があった。

 人形がいった。

「たぶん、デザイナーのセンスが大正時代で止まってんだろうな。

悪魔が人間世界でデザインの勉強なんて、なかなかできないことだ。

そのあたりは勘弁してやれよ」

 京太郎の単衣とはかま、そしてブーツはきっちりと体に合っていた。

これは京太郎が眠っている間にブラウニーたちが採寸したからである。

お手伝い妖精にこの程度の仕事は朝飯前なのだ。

 アクセサリーに関しては、特別な問題はなかった。

腕輪をつけて、ピアスを耳につけて、指輪を右腕の中指にはめた。

 ピアスの穴は開いていなかったが、京太郎は無理やりに耳たぶに装着した。

痛みはなかった。

少しばかり血が流れていたが、すぐに止まった。

肉体を傷つけることになったがためらいがない。

それは生き延びるのに役立つからである。

 指輪は特別な指輪であった。

植物の蔓で出来上がった指輪は、彼が指にはめたとき、彼の指に食い込み、彼の力を吸い上げ始めた。

これには京太郎もうめき声を上げた。

マグネタイトをすわれたのだ。

鈍い痛みが京太郎を襲う。

痛みはすぐに引いていった。

 指輪は彼の指におとなしく納まっていた。

京太郎のマグネタイトに満足したのだ。

少し雰囲気が変わっている。

 とげが生えていた。

何がおきたのかわからないと不思議がっている京太郎に人形が説明をした。

「そいつは少年のための武器だよ。

魔法使いの杖みたいなもんさ。

相性のいい植物が、少年の力をさらに引き上げてくれる。

武器を持って戦うよりそっちのほうがいいだろう。

大事に使えよ」

 

127: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/31(土) 05:03:25.17 ID:eeASHe4O0

そして人形はうれしそうにいった。

「最高の話題を提供してやろう。

力が戻ったおかげで、俺は空を飛べるようになった」

そういって机の上に座っていたぼろぼろの人形が宙に浮いた。

 ふわふわと浮いて、歩くくらいのスピードで部屋の中を飛び回った。

京太郎に見せるためだ。

人形の願いがひとつかなったことになる。

喜ばしいことだ。

 京太郎は、素直に感想を伝えた。

「すげえ怪しい」

呪いの人形としか言いようがなかったのだ。

力が戻ってうれしいのか、笑いながら飛んでいるのも薄気味悪さに拍車をかけている。

 人形が彼の顔にぶつかってきた。

抗議のためである。


 京太郎が部屋から出た。

部屋の外が騒がしかったからだ。

 部屋の外にはブラウニーたちが待ち構えていた。

京太郎の目覚めを待っていたのだ。

京太郎を見つけたブラウニーがいう。

「おっやっと目が覚めたか。
 
助けてくれてサンキューな小僧! 

それにしてもどうだ俺たちの仕事は? 

いい仕事ぶりだろう? 

びしっと決まってるな! 

うんうん、いい感じだ。

着物もしっかり合ってるしブーツもしっかり合ってる。

ピアスも腕輪も問題なし! 

一時間でいい仕事をした!」

 そして続けていった。

「俺は自分の仕事を確かめるためにきただけなんだがよ、どうにもオヤッサンが小僧に話があるみたいなんだ。

ちょっと俺についてきてくれよ」

 ブラウニーはこういうとさっさと歩き出していくので、京太郎はあわててついていった。

ブラウニーは小さいのにやたら動きが早いのだ。

それに加えてまっすぐに京太郎は立てない。

ブラウニーたちの家が京太郎の体のサイズとあっていないのだ。

急がないと完全においていかれること間違いなしである。

質問をする暇などなかった。

 ブラウニーの案内で京太郎は少し大きな部屋に到着した。


128: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/31(土) 05:08:22.25 ID:eeASHe4O0

案内をしてくれたブラウニーが言う。

「小僧は体がでかいからな。

宴会場で話をするほうがいいだろう」

 京太郎と人形がおとなしく待っているとアンヘルが現れた。

 アンヘルをみて京太郎はおかしいなと思った。

どうにも印象が違うのだ。

理由はすぐにわかる。

つい先ほどまで豚箱確定な服装だったのが、清楚なお嬢様のような服装に変わっていたのだ。

しかし大正時代のファッションである。

ハイカラさんで通りそうだった。

話を聞くとブラウニーたちに服を着るように言われたのだという。

「お母さんみたいな口調のブラウニーにひっぺがされました。

一応抵抗してみたんですが、だめでした」

 といって頭をかいたみせた。

「今まで着ていた天使の正装はブラウニーたちが弓矢に改造してくれてます」

アンヘルがいう。

しかしどういう技術なのか京太郎はわからなかった。

 アンヘルは京太郎にこのように伝えた。

「ブラウニーの代表者は、もう少ししたらここにくるそうですよ。

それまでは、おとなしくしてましょうね。

あと、少しいいたいことがあるのですけれども、マスターには本当にドキドキさせられます。

マスターがやられちゃったら、私も終わりなんですよ。

ちょっとくらい気をつけてください。

まだ私、人間世界を探索しつくしてないんですから」

といって笑った。

続けて

「人間と一緒になるのはすばらしいことですね。マスターのおかげで少し強くなりました」

といった。

 なにやらアンヘルは興奮しているようだったが、京太郎は何がなんだかわからなかった。

 しかし何かうれしいことがあったのだとしかわかった。

 アンヘルが興奮に任せて話をしていると、ブラウニーの代表者が現れた。

ほかのブラウニーたちよりもふけていた。

昔話に出てくるおじいさんのような長いひげを生やしている。

ブラウニーの代表は京太郎にこのように話しかけてきた。

129: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/31(土) 05:12:24.82 ID:eeASHe4O0

「お待たせして申し訳ない。

復興作業をしてまして」

続けてこういった。

「まずはお礼を言わせてください。

あなたが戦ってくれたおかげで被害が最小ですみました、ありがとうございます。

私たちはここを離れなくてすみます。

そして、疑ったことを謝ります。

申し訳ないことをした」

 京太郎はこのように返した。

「いや、こちらこそありがとうございます。

こんなにいい物をたくさんもらってしまって、本当にありがとうございます」

戦ったのは自分のため、生きるためであったのだ。

恩を着せるつもりなどない。

当然、お礼を言われる筋合いなどない。

たまたまブラウニーたちが生き残った。

それだけのこと。

そんな気持ちが京太郎の中にはあった。

報酬を求めたわけではないのだ。

ほめられる必要もない。

むしろ、自分がもらいすぎたのではないかという気持ちがあった。
 

 京太郎はそのままブラウニーの代表と話しをすることになった。

人形が、ブラウニーたちと話がしたいといったからだ。

人形が京太郎に教えてくれた。

「情報収集だよ。

情報はあったほうがいいからな」

 人形がブラウニーに質問した。

「いつから、こんなことになったんだ。

もともとこの世界にマネキンはいなかったんじゃないか?」

 ブラウニーの代表は答えてくれた。

「数ヶ月前にマネキンの怪物たちが現れました。

すぐに消えうせると思っていましたが、どうやらマネキンたちは私たちの存在が邪魔らしい。

私たちのような悪魔を徹底的に追い込んでいきました。

私たちが敗北を重ねるにしたがい、ごみの山の範囲は広がり、いつの間にか何もかも汚されてしまいました。

できる限りほかの種族と連携をはかりあらがいましたが、今はこの鉱山に集まっているものたちだけです。

この場所が私たちの世界のすべてです」

 この答えを受けて人形がブラウニーの代表者に

「ゴミの山を守っている者たちがいるのではないか」

と質問した。

130: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/31(土) 05:15:02.76 ID:eeASHe4O0

人形の発言の意味が京太郎にはわからなかった。

 人形の質問はどうやら問題になるらしくブラウニーの代表はいったん話を中断してブラウニーたちで会議を始めた。

 ブラウニーの会議中に京太郎に人形がこっそり教えてくれた。

「あのごみの山はこの世界の色とあまりにも違っている。

見ればわかるよな。

見た目も悪けりゃ、においも悪い。

シンデレラの世界に宇宙船が出てくるわけがないのと同じさ。

世界には世界の色がある。

あまりにも色と合わない異物は自然と排除される。

この世界のもとの色はかなり牧歌的な色のはず。

ブラウニーのような戦う力のないものが集まる小さな世界なのが証拠だ。

戦いの気配というのがない。

ということは狂気に触れている産物が転がっているなどということ自体が不自然なのさ。

わかるかな、自然の流れとして排除されるってのが。

人間でも同じようなやつらが集まるように世界もそうなる。

当然そうなるべき流れというのがある。

しかしそれがなされていない、ってことは川の流れを止めるダムのごとき存在があると推測できる。

そしてこういうときには流れを止めるために結界が使われる。

結界は悪魔の力で張ることができる。

となればごみの山にもいるはずだろう。

ごみの山の守護者が」

 ブラウニーたちの会議が終わったようで、代表者が答えてくれた。

131: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/31(土) 05:18:10.77 ID:eeASHe4O0

「そのとおり、ゴミの山の四方を囲うように四体の悪魔が守っております。

人形殿が言うようにこの世界をよどませているのでしょう。

しかし恐ろしく強い。

私たちが力を集めてもまったく歯が立ちませんでした。

おそらく、あなたたちでも勝ち目はないでしょう。

 私たちはあなたを危険にさらすつもりはありません。

悪魔の世界は弱肉強食。

強いものが弱いものを好きにしてかまわない世界。

そういうこともあるのだと思い、どうか現世へとお帰りください。

悪魔のことは悪魔が決める。

それが自然の流れでしょう」

 京太郎は何も言わなかった。

どうしたらいいのかがわからなかったからだ。

京太郎の胸の奥でもやがかかる。

久しぶりの感覚。

そして流されてきて初めて感じる感覚だった。

 体を震わせながら人形が言った。

「少年、こいつらのいうとおりさ。

こういうこともある。

自然の流れが壊れることはある。

流れが止まったとしても、それはそれでしょうがないことさ。

力が弱ければ、食われていくだけ。

そういうこともある。

それでいいと暮らしているやつらが言う。

それなら、それでいいのさ。

わかるだろ。

人には人の事情がある。

悪魔には悪魔の事情がある。

それでいいのさ。

わがままは言ってくれるなよ、こいつらはそれでいいといったんだ、俺たちが口を出していいことではないさ。

助けてほしければ、助けてほしいというさ。

 それとも、こいつらを無視してたたかうか?

 それはこいつらの意思を無視した振る舞いじゃないか?」

そういうこともあるだろう、そういうこともある。

それだけのことだと人形が笑った。

132: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/31(土) 05:23:02.87 ID:eeASHe4O0

京太郎が決断を下そうとしたときに、建物が揺れた。

ブラウニーたちが悲鳴を上げた。

何者かによる攻撃である。

 京太郎は動き出していた。

本能が刺激されたのだ。

対応しなければならない相手が外にいると。

 京太郎は心を切り替えた。

戦うためだ。

狭い掘っ立て小屋を中腰になりながら急ぎ、外に出て行った。

 集落の入り口付近に人影があるのを京太郎は見つける。

京太郎とは八十メートルは離れていた。

そこには、スーツをきた鈍色の長い髪の女性と、フードで顔を隠した男性が立っていた。

女性はブラウニーの住居に向けて火炎を打ち込んでいる。

建物のゆれは、この二人の仕業である。

どうやら、敵対者であるらしい。

 京太郎の決断は早かった。

「ジオンガ!」

を打ち込んだのである。

四の五の言わずに先手を取る。

交渉するつもりなど京太郎の頭にない。

戦い、命をつなげることが京太郎の一番になっている。

 稲妻は先ほどの戦いよりもさらに力を増していた。

稲妻は攻撃対象者に着弾。

しかしそれでもまだ噛み付き足りないと周囲一メートルを蹂躙した。

かつての稲妻とは格がちがっている。

京太郎の成長と、雷の力を増幅するアクセサリーの作用のためだ。

 魔法を唱えていた女性は、魔法攻撃をやめた。

魔法を唱えていた女性の体が帯電している。

稲妻の副作用で、体の自由が奪われているのだ。

 京太郎が追い討ちをかけようとしたとき、フードの男が彼に話しかけてきた。

「この鉱山までかぎつけていたかヤタガラスよ!

この生ごみ漁りが得意な害獣! 

権力に尻尾を振る狐! 

いつも俺の商売の邪魔をしやがって! 

いや、しかしさすがというべきか最強のサマナー葛葉ライドウ。

ヤタガラスのサマナーを偽装して送り込んでくるとは。

しかも雷の異能力者とは! 

まあいい。まあいいさ。だがな、俺たちの商売は邪魔させない。覚悟しろヤタガラス!」

何かと勘違いしているらしかった。

 興奮のためだろうとんでもない早口だった。

133: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/31(土) 05:26:24.45 ID:eeASHe4O0

京太郎は攻撃を続けなかった。

自分の後を追って出てきた仲魔たちに戦闘体制に入るよう合図を出す必要があったからだ。

京太郎は狭い掘っ立て小屋から飛び出てくる仲魔たちにハンドサインを送る。

細かい合図を決めていたわけではない。

しかし、指先の動かし方で京太郎が距離を離せと命じているのがわかる。

 頭からフードをかぶった人物は女性に命じた。

「後のことは任せた。

キヨスミの小僧はお前が始末するのだ。

中級呪文しか使えないのなら何とでもできるだろう。

なんとしてもこの世界から出すな。

俺は仲間と一緒にライドウを始末する」

 そして一瞬で姿を消した。

 京太郎の後ろでぷかぷかと浮いている人形が教えてくれる。

「魔道具を使ったな。

一気に安全地帯まで撤退したようだ。

少年のことをライドウの仲間だと勘違いしているらしい。

理由は知らないが、ヤタガラスが動いているみたいだな。

ヤタガラスに目をつけられるとはよほどたちの悪いことをやっているらしい。

 まあいい、俺たちには関係のない話だ。

歴代最強と呼び声高いライドウが出てきているのなら、早いうちに追い込まれるだろう。

 今は喜ぼう。

自分からサマナーの有利をすててくれたことに。

俺たちが生き残る可能性が増えていいかんじだ」

 頭からフードをかぶった男を人形は馬鹿にした。

戦いに卑怯も何もないのだから、サマナーの本領を発揮して数で押しつぶせばいいだろうという発想である。

134: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/31(土) 05:33:24.34 ID:eeASHe4O0

空中に浮かんでいる人形は京太郎に忠告してきた。

命令を言い渡された女性についてだ。

「少年、残念だがあの女は人間じゃない。

美人だが悪魔だ。

俺みたいなのにはすぐにわかる。

人間とは違った気配がある。

しかも今までの悪魔とは格がちがう。

マグネタイトの量はたいしたことないがマネキンや、ガキみたいにバカじゃない。

しかも結構気合がはいってる。

少年、女と思って気を抜いて戦ったら本当の天国に送られちまう可能性大だ。

油断すんなよ」

 京太郎は油断などしていなかった。

何せ彼の信頼できる感覚が、今までにないくらいに警戒しろと騒いでいる。

おそらくグロテスクなマネキンが束になってかかってきたとしても、これほどに心臓が冷え切ることはないだろう。

「見た目なんて何の判断材料にもならねえよ」

 スーツを着た、鈍色の長髪の女性悪魔がいう。

「もう、よろしいですか。では、はじめましょう」

といって動き始めた。

黙って話をさせていたのは、女性悪魔が京太郎たちを分析していたからだ。

そして分析した情報から戦術を練っていたのである。

猫のような目が京太郎を捕らえている。

美しい目だった。

しかし光がない。

 悪魔の唇が呪文を唱えた。

聞き取れなかったが、間違いなく邪悪なものであった。

真っ黒な気配が京太郎を包み込んだ。

しかし痛みはない。

 何がおきたのか京太郎にはわからなかった。

京太郎には神秘についての知識がない。

 京太郎は呆然とした。

理解が追いつかなかったのである。

彼には戦術を練ってくる相手との戦闘経験がない。

力押しばかりが戦いで無茶をすることがすべてだった。

頭を使って追い詰めてくる相手がいるという発想自体が消えていた。

そのため自分が何をされたのかと考えてしまった。

この思考が、隙になった。

 相手は獣、自分も獣、それだけが京太郎の勝負の形だった。

そういう経験しかしてこなかったため、そのように、思い込んでしまったのだ。

みんなそうだろうと

 しかし今は違う、それでは追いつけない。今のままなら人間が獣たちを追い詰めたように京太郎は追い詰められていくだろう。

135: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/31(土) 05:36:41.58 ID:eeASHe4O0

人形が叫んだ。

「ぼうっとするな!」

 スーツを着た悪魔が一気に距離をつめてきていた。

隙を見逃すわけがない。

電車二両分の距離があったが、すでに半分に縮められている。

 アンヘルが援護射撃を行う。

しかしあたらない。

弓矢での攻撃を、軽いフットワークで女性悪魔は避けたのだ。

 次の援護射撃をアンヘルは用意できない。

京太郎を巻き込む可能性が非常に高くなるからである。

 女性悪魔が京太郎の射程距離に入った。

ここまで一秒かかっていない。

今まで出会った悪魔とはまったく比べ物にならないほど移動が早い。

瞬きひとつが致命的な隙になるだろう。

 京太郎が集中した。

恐るべき速度を持つ女性悪魔である。

しかしあきらめるには早い。

まだ戦いは始まったばかりである。

稲妻の射程距離に入っているのはもちろんのこと、京太郎の拳での間合い約五メートルにも女性悪魔は入ってくる。

まだ始まったばかり。

ここから本番である。

隙を生み出したことにこだわるのではなく、次を見なければならない。

 京太郎に慢心はない。

女性悪魔がみせた動きの数々。

足の運び方。

視線のあり方。

戦術の組み立て方。

どれもこれも京太郎よりも上を行っている。

慢心できる要素などどこにもない。

 京太郎は稲妻を叩き込む算段である。

有利を生かす。

自分が唯一相手をしとめられる可能性。

それにかける。

戦いを長引かせる気持ちなど京太郎にはない。

136: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/31(土) 05:41:21.21 ID:eeASHe4O0

稲妻を放つべく構えた瞬間、京太郎の視界が鈍色の髪の毛で埋まった。

女性悪魔の長い髪の毛が移動の勢いで翻って京太郎の視界を埋めたのである。

京太郎の視界右端に女性悪魔の頭の先から、肩のラインが見える。

京太郎は懐に入られたのだ。

 慢心などないはずだった。

相手が自分よりも強いことはわかっている。

命がけなのもわかっている。

油断させてくれるものなどない。

 答えは、とても簡単だ。

目で追うことさえできなかった。

それだけである。

それほどこの敵対者の動きは早い。

 悪魔の両腕が軽々京太郎に届く距離、京太郎が気がついたときには女性悪魔の攻撃モーションが始まっていた。

京太郎は攻撃の予備動作から相手の狙いを察する。

あごだ。

京太郎のあごを狙っている。

相手も戦闘を長引かせるつもりはないのだ。

 状況を正しく理解した京太郎の背筋が凍った。

「いつ、つめられた?」

 まったく反応できずにここまで接近を許すことなど京太郎は一度もなかった。

始めて怪物と戦ったときでも、動き自体は見えていたのだ。

それだけ京太郎のセンスが優れていたということである。

 だからこそ、震えてしまう。

高い肉体操作センスを持つ京太郎だからこそ、相手との力量差を正確に理解できてしまった。

ぼんやりとした力関係ではなく、ひっくり返せないほどの差。

そんな相手と命の取り合いをしなければならない現実。

これらが寒気に変わった。

 彼は両腕を使った防御行動に入った。

よけるのは無理と判断したのだ。

このまま攻撃をあごに受けたらどうなるのか。

考える必要はない。

ざくろだろう。

137: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/31(土) 05:44:21.13 ID:eeASHe4O0

「うぬぼれていた」

と京太郎は後になって反省した。

「防御さえすれば問題ないだろうなどと、甘く見積もっていた。

魔法でなければ命を持っていかれることなんてないなどと。

上には上がいるな」

 京太郎に慢心はなかった。

 単純な力量差があっただけのことだ。

 京太郎が吹っ飛ばされた。

百八十センチを超える男の体が、野球の内野ゴロのように地面を転がっていく。

女性悪魔の拳での攻撃が単純に強かった。

京太郎のガードなどまったく問題にせず、そのまま打ち抜いた。

打ち抜いた衝撃で京太郎の体が吹っ飛んだのだ。

 十メートルほど地面と水平に吹っ飛んで地面に転がされている京太郎の姿を見ても、アンヘルと人形には状況が把握できていなかった。


アンヘルは呆然。

人形は何が起きたのかわからずあせっている。

なにせあっという間に女性悪魔が移動していて、京太郎が吹っ飛ばされたようにしか仲魔たちには見えていない。

二人のやり取りが早すぎるのだ。

 仲魔たちは血の気が引いていた。

京太郎の死を予感したのだ。

 一方で地面を転がる京太郎はほっとしていた。

攻撃を防いだにもかかわらず腕から伝わる衝撃で京太郎の意識が空中で途切れかけたためである。

地面に転がされている自分がいる。

京太郎は意識があることで生きていることを確認した。

そしてまだ戦えると思った。

まだ命をつなげられる可能性につながる。

それを喜んでいた。

138: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/31(土) 05:48:03.34 ID:eeASHe4O0
 
しかし状況は悪かった。

攻撃を防いだ両腕の骨が内側に向けて折れていた。

骨の折れ方が悪かったのだろう骨が腕を切り裂いている。

女性悪魔の攻撃が強すぎるのだ。

 しかしすぐに京太郎は立ち上がった。

戦うためだ。

京太郎は両腕を使わずに、転がる勢いを利用して立ち上がった。

京太郎は女性悪魔を見る。

 京太郎に痛みはない。

アドレナリンの作用である。

 京太郎は自分の状況を他人事のように感じていた。

「たしかアドレナリンだったはず。

教育テレビあたりでやっていたな」

強烈な一発が京太郎の頭を冷やしたのだ。

生き延びるためには獣であることを捨てなくてはならない。

そう思うようになった。

 悪魔は再び距離をつめてきた。

自分の攻撃で吹っ飛んでしまった京太郎にもう一発、女性悪魔は食らわせるつもりだ。

 女性悪魔はもう一度、拳で攻撃を仕掛けてきた。

京太郎の状況を見ての攻撃だった。

京太郎は今両腕を上げられない。

一発目の攻撃で両腕が完全に壊れているからだ。

女性悪魔は思う。

「これで終わり」

と。

 ガードができないという予想は正しかった。

京太郎が両腕を動かそうとしても両腕は反応を返さない。

骨だけではなく神経まで損傷していたのだ。

 しかし問題はない。

京太郎は悪魔の攻撃にあわせて

「ジオンガ!」

と叫んでいた。

 狙いはつけていない。

つける必要がないのだ。

京太郎が狙ったのは自分自身である。

動きを追いきれないなら、追わなければいいだけのこと。

かつて京太郎自身が受けたガキの自爆攻撃。

自分ごと獲物を狙うあの方法ならば、すばやい悪魔であっても巻き込めると考え実行した。

139: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/31(土) 05:50:17.87 ID:eeASHe4O0
 京太郎の体がスパークした。

稲妻が京太郎自身から発せられる。

稲妻が京太郎を噛む。

 そして京太郎の顔面に向けて攻撃を仕掛けていた悪魔の動きが止まる。

自爆攻撃に巻き込まれたのだ。

 自爆攻撃に巻き込まれた女性悪魔の体に稲妻が噛み付く。

稲妻が直撃したのは京太郎だ。

しかし稲妻はそれだけでは満足しない。

有り余る力で周りにいるものに噛み付いていく。

地面にも噛み付く稲妻が京太郎だけで満足するわけがない。

 京太郎は不思議に思った。

「思いのほか、痛みが少ない」

 自滅覚悟の稲妻だった。

手加減をすれば、負けると京太郎は思ったのだ。

自分がガキの火から生き延びれたように。

 しかし、思ったよりも威力が弱かった。

京太郎の体にはわずかな痺れしかない。

 しかし女性悪魔は身動きがとれずもがいていた。

稲妻の力である。

 女性悪魔と京太郎の症状に差が出ている。

この差は雷に耐性を持つかどうかの差である。

魂を変質させて雷の力を手に入れた京太郎にとって雷は恐れるものではない。

 京太郎と悪魔の肉弾戦から離れたところから、アンヘルが彼に支援を送る。

「死ぬ気ですか!」

奇跡の技ディアが発動し、彼の肉体を癒す。

140: ◆hSU3iHKACOC4 2014/05/31(土) 05:52:39.00 ID:eeASHe4O0

しかし完全に回復することはなかった。

両腕の損傷がひどすぎるのだ。

彼の両腕にはまだ痛みが残っていた。

しかしこぶしを握ることはできた。

 無茶な行動を取った京太郎に怒るアンヘル。

 アンヘルのそばで現状把握に努めていた人形が彼に伝えた。

「そいつは呪文でお前の能力を下げている! 

さっきお前にかけられたのは能力低下の呪文だ!」

 女性悪魔が雷の力から立ち直ってきた。

美しい顔は少しも崩れていない。

直撃ではなかったためだ。

余波では縛りきれない。

 まったく表情に変化がない女性悪魔を見て京太郎は気に入らないと思っていた。

「少しくらいあせって見せてくれてもいいじゃないか」

 京太郎は自分の心の動きを相手が自分よりも格上だからだと考えた。

及ばない相手に対するくだらない嫉妬だと。

 京太郎はすみやかに計画を実行するつもりだ。

「しびれさせて、命を奪う」

運動能力では相手が上、しかし稲妻の力という有利がある。

ならば有利をいっぱいに使えばいい。

心の動きなど考察する余裕はない。

154: ◆hSU3iHKACOC4 2014/06/07(土) 05:00:01.13 ID:z6esO8tE0

京太郎がさらに攻撃を仕掛けようと構えた。

戦いの算段はついている。

後は動くだけだ。

 しかし、京太郎は攻撃を打ち込めなかった。

あっけにとられたからだ。

女性悪魔は両手を上げて降参のポーズをとったのだ。

そして女性悪魔は五メートルほど後ろに飛んだ。

 拳をどこに落とせばいいか京太郎は迷ってしまった。

やる気満々だったところに水を指されてしまった。

 あまりにも現場の緩急がつきすぎて、京太郎の頭がついていけていない。

戦いはまだ始まったばかりだ。

京太郎も女性悪魔もまだぴんぴんしている。

せいぜい稲妻を浴びただけ。

京太郎の両腕が壊れただけだ。

「どういうつもりだ」

京太郎がたずねると悪魔が答えた。

「私の負けです。

あなたの雷の力は私と相性が悪い。

しかもサマナーらしからぬ運動能力を備えている。

おそらくこのまま戦えば私が敗北するでしょう。

それはとても困ります。

マスターの命令を達成できなくなってしまいます。

しかし交渉の余地があると思うのです。

アナタたちの会話からアナタたちは私たちの敵対者ではないことがわかりました。

マスターは私にあなたをこの世界から出すなと命令しました。

ならば私はあなたたちをこの世界から出さないように働きます。

しかしヤタガラスとは関係がないのでしょう? 

何が目的でこの世界にいらしたのかはわかりませんが、あなたたちは私たちと命がけの戦いをしなければならない理由がないはずです。


ヤタガラスとの戦いが落ち着くまで、おとなしくしていただけませんか。

見逃していただけるのならば、対価をお支払いします」

155: ◆hSU3iHKACOC4 2014/06/07(土) 05:02:48.28 ID:z6esO8tE0

大きな声を出して京太郎に人形がいった。

「そいつの言うとおりだぞ少年。

俺たちがそいつらと争う理由はない。

せいぜいティータイムを邪魔されたくらいのもんだ。

ブラウニーたちへの義理もない。

むしろ十分なくらい果たしてやったくらいだ。

この交渉の時間も、ブラウニーたちが逃げ延びるためのものと解釈することができるぜ。

どうする、提案をのむか?

少年が望むのならば、お前を現世まで案内してくれるかもしれない。

金もいくらかもらえるかもしれない。

サマナーの財布ってのはいつの時代も重たいもんだ。

そして当然、アンヘルと俺の目的も達成できるだろう。

現世への帰還が果たされる」

 人形は笑っていた。

敵対していた悪魔のやり方に好感を持ったのだ。

勝ち目が薄いと判断すれば、次の手段をさがす。

目的を達成できる別の方法をとる。

そのやり方が趣味に合ったのだ。

156: ◆hSU3iHKACOC4 2014/06/07(土) 05:04:57.77 ID:z6esO8tE0

自分の心から敵対する力が抜けて行くのが京太郎にはわかった。

頭を使えるほど冷静になった京太郎にとって、この申し出はまったく問題のない話なのだ。

どこにも悪いところがない。

京太郎は積極的に戦いたいわけではない。

弱い悪魔たちを助けたいわけでもない。

命が助かればそれでいいと思っている。

それだけが満足だったはず。

そうだったはず。

それならば、なにもかも理にかなう。

何せ本当に戦う理由がどこにもない。

冷静な自分自身がささやくのだ。

「交渉で命が拾えるのならば、それが一番だろう」

と。

 戦う理由がないのは本当だ。

追い詰められているブラウニーたちは戦わないでいいという。

それが当たり前なのだといってほうっておいてくれといった。

女性悪魔は戦いたくないという。

そのために対価を支払うとさえ言う。

京太郎の仲魔たちは外に出て行けたのならばそれでいいという。

 そして京太郎自身も女性悪魔に悪意がない。

痛みはある。

しかしそれが何だというのだろうか。

戦いなのだから痛みを覚えることだってある。

自分も攻撃したのだから、反撃されたことに憎しみを持つことはない。

戦いはそういうものだとわかっている。

157: ◆hSU3iHKACOC4 2014/06/07(土) 05:07:15.35 ID:z6esO8tE0

京太郎の迷いを悪魔は見逃さなかった。

女性悪魔は交渉に慣れていた。

京太郎の目から獣の鋭さが薄れていくのを見抜かれた。

「現世への道ならば、私が案内しましょう。

もちろんお金が必要だというのならば、お渡しします。

私には必要のないものですから」

ここぞとばかりに、踏み込んで交渉を始めた。

 「この少年は、命が惜しいだけだ。

生き延びるために戦っていただけ」

と女性悪魔は京太郎の内面をほとんど正しく分析していた。

命が助かるという道を示したとたん京太郎の目の中から勢いが消えたのを見抜いていたのだ。

これだけで分析を完成させたのならばたいしたものだ。

しかしちょっとした視線の変化だけがヒントになっているわけではない。

 この分析を助けているのは、京太郎との出会いである。

女性悪魔は京太郎が自分たちを攻撃してきたときの状況を覚えている。

魔法でブラウニーたちの集落を襲っているときに京太郎が現れて、邪魔をした。

女性悪魔はその行動を解釈した。

「他人を助けるためではなく、自分の命のための行動だったのだ」

と。

158: ◆hSU3iHKACOC4 2014/06/07(土) 05:09:32.21 ID:z6esO8tE0

女性悪魔が交渉を一気に進めたのは京太郎を流れに乗せるためだ。

 欲望を刺激する対価の話を一番にきってきたのも同じく京太郎を流れに飲み込むためである。

自分の欲望を前に出せない勇気のない人間を助けてやるための行動とよくにている。

「動きたいけれども、動く勇気がない。

誰かに背中を押してほしい」

そんな気持ちを持った人の弱さをついてきた。

「理にかなっているのだから、要求を呑むのは自然なこと。

だって、みんなそうするだろうから。

それが賢いやり方だから、自分もそうすればいい」

そう思わせれば、心は一気に流される。

そして操られるのだ。

 京太郎は心中をほとんど正しく見抜かれていた。

京太郎はこのタイプの知的生命体とであったことがない。

人間の中にもこの程度の策略を練るものはいる。

しかし、出会ったことがなかった。

対策を立てるなどということは思いもつかないのだ。

 加えて、京太郎の頭の中は混乱していた。

戦いと交渉の緩急がきつすぎるのだ。

冷静を装ってはいるが、頭はまだ戦いから抜け出せていない。

冷静に戦える状態ではあるが、冷静に交渉できる状態ではない。

159: ◆hSU3iHKACOC4 2014/06/07(土) 05:11:58.02 ID:z6esO8tE0

京太郎の心はここで終わってしまってもかまわないという方向に向かっていた。

まったく戦う理由が見当たらない。

弱い悪魔たちも、自分の仲魔たちもそして京太郎も誰もが納得している。

悪魔たちは弱肉強食でいいという。

仲魔は目的が達成できたらそれでいいという。

京太郎は、命が助かれば、それでよいはず。

 京太郎は自分の命をつなげることがこれまでのすべてだった。

悪魔に襲われて、悪魔と戦ってきた。

それは大儀があったからではない。

自分の命が大切だった。それ以外に目的などなかったはずだ。

 そして生き残るという目的だけで十分だった。

生き残ることを目的にしたとき心が晴れたのだ。

生き残ったことで、満足した。

とても素敵な気分にもなったのだ。

それは嘘ではない。

 会話をする前にすでにまとまってしまっていた。

京太郎は命が大切。

仲魔は外に出て行きたい。

女悪魔は戦いたくない。

どこに間違いがあるのか?

 どこにもない。


 会話をする気持ちに京太郎なっていた。

戦闘本能はしぼんでしまっている。

冷静を手に入れたことで現状を把握することができた京太郎は、獣としての自分を押さえ込んだのだ。

命が大切。

丸く収まるのならそれでいい。

160: ◆hSU3iHKACOC4 2014/06/07(土) 05:14:31.36 ID:z6esO8tE0

彼はまず自己紹介をした。

特に意味があることではない。

ただ、名前を知らないままでは話をするのが難しいと思ったのだ。

「俺の名前は京太郎だ。

あんたの話に興味がある。

良ければあんたの名前を教えてもらいたい」

 すると女性悪魔が答えた。

「私は造魔です。あなたのように」

 といいかけたところで、京太郎がさえぎった。

「ゾウマさんか。よろしく」

京太郎の早とちりである。

 京太郎から離れたところで交渉を見守るアンヘルが苦笑いを浮かべた。

 人形は空中でわらっていた。

「話しは最後まで聞こうよ、少年」

 京太郎にゾウマさんと呼ばれた悪魔は言いかけたことばを飲み込んだ。

猫のような目に少しだけ光がさした。

「まあいいです。

ちょっと驚きましたが、いいです。

私のことはゾウマさんでいいでしょう。

私はゾウマさんです。

ゾウマさんですか。いいですね。

それでは、京太郎さんは何を求めますか。

すぐに用意できるのは現世への道とお金です。

お金に関しては私が動かせる範囲内でお願いすることになります。

ここはお互いにつめていきましょう」

 京太郎が頭を少し働かせた。

ブラウニーたちのことが思い浮かんだのだ。

ついでに助けたらいいだろうという気持ちがわいた。

ブラウニーたちから贈り物をもらいすぎたので、お返しの気持ちもある。

「現世への道と、ブラウニーたちの安寧を約束してもらえませんか。

ブラウニーたちと俺には縁がある」

161: ◆hSU3iHKACOC4 2014/06/07(土) 05:17:22.00 ID:z6esO8tE0

 京太郎が伝えるとゾウマさんは少し考えて見せた。

ものすごく仕事ができるように見えた。

交渉のためのポーズだ。

初めから答えは決まっている。

じらしているのだ。

「かまいませんよ。

それだけでいいですか?

 お金は必要ありませんか?

 宝石でもいいですよ?

 各種商品券もそろえてますよ?」

 京太郎は首を横にふった。

「別にそういうものがほしくてここにきたわけじゃない。

命が助かればそれでかまいませんよ。

ブラウニーたちも助かるのなら、とくに嫌がる理由もない。

理由なんてない、はず」

 ゾウマさんは無表情を崩さなかった。

ゾウマさんが予想していた結果とほとんど同じだったからだ。

ゾウマさんはブラウニーたちのことを京太郎が気にするとは思っていなかった。

しかしそれ以外はほとんど思ったとおりに話が進んでいった。

 

 京太郎の表情が曇ったことにゾウマさんは気がつかなかった。

交渉がうまくいきほっとしてしまったからだ。

162: ◆hSU3iHKACOC4 2014/06/07(土) 05:20:15.22 ID:z6esO8tE0

そしてこんなことをいった。

「京太郎さんが話のわかる人でよかったと思います。

提案を聞いてもらえなければ、とんでもない損害をこうむることは間違いありませんでした。


それでは、キヨスミ高校の近くに案内しましょう。

自宅近くに送り届けるよりも安心できるのではないですか?」

これはゾウマさんの油断だ。

もしも戦いになればうまく立ち回ったとしてゾウマさんは引き分け。

戦えば、ほとんど間違いないといえるほどの可能性で敗北する道がゾウマさんには見えていた。

サマナーらしからぬ京太郎の戦法。

京太郎の戦法を支える京太郎の肉体操作センス。

そして京太郎の雷の異能力。

この組み合わせがゾウマさんとは非常に相性が悪かった。

 だから交渉がうまくいって、ほっとしたのだ。

そして口にしてはならない言葉を出してしまった。

 ゾウマさんの提案に京太郎の動きが一瞬止まる。

ゾウマさんの提案に引っかかるものがあったのだ。

京太郎が引っかかったのは

「キヨスミ」

この単語である。

 京太郎は、ゾウマさんから視線をきった。

そして自分の姿かたちを確認した。

京太郎は思ったのだ。

「どこに、キヨスミの学生というヒントがある?」

 現在の京太郎は大正ロマン丸出しの格好だ。

ガキと雨の降る町で出会い、火で焼かれて増水した川に飛び込んだ。

そしてごみくずに占拠された異界に京太郎は流れてきた。

そのときに学生服は完全に灰になった。

素っ裸になりつい先ほどまで困っていたのだ。

今の格好はブラウニーたちがプレゼントしてくれたもの。

どこをどう見ても現代の格好ではない。

この格好で出歩いていたら八墓村で活躍した探偵のコスプレと間違われるだろう。

163: ◆hSU3iHKACOC4 2014/06/07(土) 05:22:08.25 ID:z6esO8tE0

視線をきったまま京太郎は考えた。

「どこから判断した?

 この辺りにある高校はキヨスミだけじゃない。

そもそも、なぜ高校生だと判断できた。

俺のなりを見て髪の毛を染めている大学生とは思わなかったのか?
 
派手なピアスに派手な腕輪をつけて指輪をはめている。

これが高校生の格好か?

なぜ、キヨスミと判断できた?
 
学生服からか?
 
俺が学生服を着ていたところを見ていたのか?

ならば、どこから見ていた?
 
ガキに襲われたあの場所か?

あの場所は現世だったか?」

 冷えた頭が、疑いを浮かばせた。

 そして疑いの思考をきっかけにして記憶がよみがえってきた。

畳の香りをかいで懐かしい時代を思い出すように、関連した出来事がかすれた記憶を呼び覚ますのだ。

しかし京太郎が思い出す光景はノスタルジーな気持ちにはさせてくれない。

 脳裏にちらつく光景があった。

きっかけの光景だ。

学校の食堂で、何かをしていた記憶。

 はるか昔の出来事のように京太郎は感じた。

かすんで思い出しにくい。

命がけの戦いが記憶をかすれさせているのだ。

164: ◆hSU3iHKACOC4 2014/06/07(土) 05:25:11.82 ID:z6esO8tE0

しかし、薄れていても思い出せるものがあった。

京太郎の友の姿だ。

笑われるかもしれない覚悟で、馬鹿にされる覚悟で話をしてくれた友達の姿が思い浮かぶ。


 二人の様子を離れたところから見守っているアンヘルと人形が緊張しはじめた。

ゾウマさんから視線を切っている京太郎から剣呑な雰囲気が流れ始めていたからだ。

マグネタイトを供給されているアンヘルと人形には主の心の動きがうっすらと感じ取れるのだ。

 京太郎がゾウマさんに質問をした。

疑惑を晴らすためではない。

確信を得るためだ。


 細かい推論など京太郎には必要なかった。

答えはとっくの昔に出会っている。

あの奇妙なマネキンどもと、京太郎は出会っている。

「なあゾウマさん。ちょっとだけ、話のついでに教えてほしいことがある」

 ゾウマさんは答えた。

「なんでしょう。

質問によりますけれど」

交渉がうまくいったことで油断したのだ。

そして質問を拒否して険悪なムードになることをゾウマさんは恐れた。

 京太郎が質問した。

「ゴミの山を作ったのはあんたたちかな?」

 ゾウマさんは少し考えて答えることにきめた。

ゾウマさんは京太郎を命をつなげることだけが大切な人間であると分析していた。

そのため、道徳的に問題がある行動を自分たちがとっていてもおそらく無視してくれるだろうと考えた。


「そのとおりです」



次回 京太郎「操り人形よ、糸を切れ」 後編