FEif】カムイ「私の……最後の願いを聞いてくれますか?」―2― 中編

724: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/21(月) 22:58:34.14 ID:YMg0j3fv0
リンカ「だが、ここで死体を晒す意味なんてない。……白夜は地まで落ちた。そう考えるしかないのか?」

ピエリ「シュヴァリエのことで、白夜の評価は地の底に落ちてるから、ピエリには関係ないの」

カムイ「ピエリさん……」

ピエリ「カムイ様、心配しないでなの。ピエリ約束守るの。それにリリスが一緒にいてくれるの。見てなの」シャキン

カミラ「ピエリの使ってる槍ね……。あら、そのリボン…三t年」

ピエリ「……リリスはピエリと一緒に戦ってくの。だからもう大丈夫なのよ」

リンカ「心の中にある、そういうことだな」

ピエリ「リンカの言う通りなの。だからピエリ頑張るの、リンカも守ってみせるのよ」

リンカ「なっ、あたしは自分の身くらい自分で守れる」

ピエリ「遠慮しないの。ピエリが先に走って敵をえいえいしちゃうの!」

カムイ「そうですね、遠慮しないでいいですよ、リンカさん。何が起きるかわかりませんからね」

リンカ「……それもそうだな」

ピエリ「リンカ、物わかりいいの!」

リンカ「だが守られてばかりのつもりはないぞ。あたしも同じように戦わせてもらう、ピエリを守るようにな」

ピエリ「むーっ、負けたくないのよ」

カミラ「ふふっ、仲よくなったわね」

カムイ「ええ、ピエリさん、本当に大丈夫みたいですね……」

 タタタタタッ

エルベ「カムイ様、ご報告が」

カムイ「エルベさんですか。その、なにかわかりましたか」

エルベ「はい、住民から話を聞いたところ、襲撃した一団はノートルディア山へ向かったと」

カムイ「ノートルディア山ですか?」

引用元: ・【FEif】カムイ「私の……最後の願いを聞いてくれますか?」―2― 



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725: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/21(月) 23:10:58.12 ID:YMg0j3fv0
エルベ「はい、あそこにある山です」

ピエリ「結構大きな山なの、みんなハイキング気分なの?」

カミラ「あらあら、健康志向な襲撃者ね」

リンカ「港町の維持を捨ててまで登る必要があるというのか?」

カムイ「そんなに大きな山なんですか?」

エルベ「あそこに見えるのですが、何を言って……?」

カムイ「あっ、すみません。私は目が見えないもので」

エルベ「!?」

カムイ「そうですね、驚かれるのも無理はないと思います。それに信じてはもらえませんよね、いきなりこんなことを言われても」

エルベ「……そ、それはそうですが。でも、本当なんですか?」

カムイ「はい、ですが今はそのことについて話す時間ではありませんから。それで、彼らが向かったということはノートルディア山には何かあるということですね?」

エルベ「ええ、話によると、頂上には『七重の塔』と呼ばれる塔があるとのことです」

カムイ「七重の塔、ですか?」

カミラ「……カムイ、これは私たちをおびき寄せる罠よ」

カムイ「そうでしょうね。すでに相手は七重の塔の構造を理解しているでしょうから、そこに飛び込まないといけないわけですね」

726: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/21(月) 23:23:46.83 ID:YMg0j3fv0
リンカ「だが、この蛮行を許すわけにはいかない。そうだろ?」

カムイ「ええ。それに、ここを襲った方々の目的も気になります。それに、虹の賢者と呼ばれる方がいるとしたら、たぶんその塔の中でしょう」

カミラ「マークス兄様が教えてくれたのね」

カムイ「はい、力を授けてくれるとか聞きますが、一段が向かったとしたら、賢者様が狙いであったのかもしれません」

カミラ「そう、でも、虹の賢者様も、カムイと顔を合わせたら、すぐに力を授けてくれるはずよ。だって、こんなに可愛いもの」

ピエリ「でも力を授けるってどんな感じかな? こうやって杖でひょひょいって感じなの?」

リンカ「ふん、そんな簡単に力がつくとは思えないがな」

カムイ「力というのは魅力的ですが、必要最低限で十分なものです。大きすぎると暴走したり、魅入られたりしますから」

エルベ「……」

カムイ「では、行動しましょう。エルベさん、私たちは七重の塔を目指し進みます。港町の皆さんの介抱、およびディアへの連絡などの指示を出しておいてください」

エルベ「わかりました。それらが終わり次第、私もあとを追わせていただきます」

カムイ「はい、ですが無理はなさらないようにしてくださいね」

エルベ「わかっています、それでは私はこれで」

カムイ「よろしくお願いしますね」

エルベ「はい」

 タタタタタタッ

カムイ「皆さんを集めてください。ノートルディア山の頂上にある七重の塔へ向かいます」

727: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/21(月) 23:35:09.38 ID:YMg0j3fv0
エルベ「さて……そろそろ、この恰好も潮時――」

アクア「ちょっといいかしら?」

エルベ「はい、なにか――!!??」

アクア「向こうに動けないほど衰弱してる人がいるの、手を貸してくれない?」

エルベ「……あ、あんたは」

アクア「え?」

エルベ「いや、なんでもありません。その方はどちらに」

アクア「こっちよ」

エルベ「わかりました」

アクア「……」

エルベ「……」

アクア「やっぱり、信用できない?」

エルベ「え?」

アクア「私が白夜にいたっていうこと、あなたは知っているんでしょう。その反応、私のことを少なからず知っているようだから」

エルベ「……」

アクア「いいの。この島で行われた蛮行を思えば、私のことを訝しむことは間違ってないことだから。でも、カムイたちには――」

エルベ「そんなこと思ってねえよ」

アクア「えっ?」

エルベ「……あの家か?」

アクア「え、ええ」

エルベ「わかった。後は俺がやっておくから、早くカムイ様に合流したほうがいい。行き先が決まったそうだからな」

アクア「そ、そう……」

エルベ「ん? どうした」

アクア「……いえ、なんでもないわ。その、ありがとう。教えてくれて」

エルベ「別に気にするな。さっ、行きな……」

アクア「ふふっ」

 タタタタタタッ

728: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/21(月) 23:47:00.69 ID:YMg0j3fv0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~^
―ノートルディア公国・ノートルディア山、登山道―

カムイ「……」

ピエリ「はぁ、はぁ……長いの」

リンカ「こ、このてい、どで、へこたれ、るとはな」

カミラ「リンカ、言葉が途切れ途切れになってるわよ。そんなに疲れてるなら、私の竜に乗せてあげるわ」

リンカ「だ、大丈夫だ。これ、しきの、山、上り切って……みせるっ」

ピエリ「リンカ、顔真っ赤になって、るの。ピエリ、まだまだいけるの」

カミラ「二人とも、背伸びをし合うのは構わないけど……、上り切って戦えるかしら?」

カムイ「どうでしょうか。そもそも、屋内戦になる以上、馬やドラゴンで戦うのは至難の業ですからね」

カミラ「あら、カムイは私が戦えるか心配かしら?」

カムイ「ふふっ、皆さんの腕を信頼しますよ。問題は、相手がどういう手でやってくるかということですね」

カミラ「……そうね」

リンカ「はぁはぁ、はぁはぁ、ながい、長すぎる!」

ピエリ「うええええん、ピエリ、疲れたのおぉお」

カミラ「ふふっ、しょうがないわね。リンカもピエリも乗りなさい、私の竜はそんな柔じゃないから」

リンカ「はぁはぁ、あたしは」

ピエリ「ピエリ、もう疲れちゃったの。甘えさせてもらうのよ。うん、楽ちんなの!」

カミラ「ピエリは素直で可愛いわ。ささっ、リンカも乗りなさい」

リンカ「うっ……、しかし」

カミラ「遠慮しないで頂戴。仲間なんだから」

729: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/22(火) 00:00:43.95 ID:HArXbws00
リンカ「……あ、ありがとう」

ピエリ「あー、リンカ照れてるの!」

リンカ「違う、これは疲れて熱くなっているだけだ!」

カミラ「そういうことにしてあげるわ。ほら、乗りなさい」

リンカ「あ、ああ……やはり不思議な感じだな。こう浮いているというのは」

ピエリ「なんだか楽しいの!」

カミラ「このまま、少し先を見てくるわ。網を張られているか心配だもの」

カムイ「わかりました。何かあったらすぐに戻って来てくださいね」

カミラ「ええ、わかってるわ」

 バサバサバサバサ

カムイ「……」

アクア「カムイ」

カムイ「アクアさん、大丈夫ですか?」

アクア「平気よ。まぁ、平気じゃないのものいるけどね」

カムイ「?」

ニュクス「だ、だから、大丈夫だって言ってるじゃない」

ギュンター「いえ、もう何度も膝に手を付いておられますゆえ。それに、ニュクスも今は城塞に住まう家族ですので」

カムイ「ふふっ、面白い組み合わせですね」

ニュクス「カムイ、私は別に平気だって言ってるのよ」

アクア「さっきまで膝に手を付いていた人の言葉とは思えないわね」

ニュクス「うっ……///」

ギュンター「はっはっは」

730: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/22(火) 00:15:00.65 ID:HArXbws00
ニュクス「……はぁ、でもこうやって馬に乗せられてるのはフェアじゃないわ」

ギュンター「さようですか。では、私が負ぶって進むことにいたしますかな?」

ニュクス「やめて頂戴。見た目はこうだけど、私は結構な歳なのよ」

ギュンター「大人であろうと子供であろうとも、女性でございます。お気になさらず」

ニュクス「わ、煩わしいわね///」

アクア「ふふっ、おじいちゃんに甘える子供みたいね」

ニュクス「それは心外ね。そもそも、気を使ってきてるのはギュンターのほうじゃない。私は甘えてなんていないわ」

ギュンター「はっはっは、確かにそのとおりですな」

ニュクス「ほら、ギュンター。もう疲れてきたんじゃない? あなたもいい歳なんだから」

ギュンター「ご心配なさらず。これでも体力には自信がありますゆえ、ニュクス様はお気になさらず」

ニュクス「……そ、そう」

カムイ「やはりギュンターさんは、おじいちゃんですね」

アクア「ええ、お爺さんオーラがにじみ出てるわ。だからニュクスが年相応に見えるのかもしれないけど」

ニュクス「年相応って、私は大人の女性よ。何度も言わせないで」

ギュンター「ふっ」

ニュクス「な、なに?」

ギュンター「いえ、大人のと付けるのは子供にありがちだと思いましてな」

ニュクス「へぇ、そんなことを言うのね、ギュンター」

ギュンター「おや、どうやら怒らせてしまったようですな。これは機嫌がよくなるまで私が馬をお引きするしかありません」

ニュクス「そうね、そうしてもらえるかしら?」

ギュンター「では、そのようにいたしましょう」

カムイ「ギュンターさん、手慣れてますね」

アクア「ニュクスへの理由提供に隙が見当たらないわ。それに乗せられてるニュクスも、ニュクスだけどね」

ニュクス「何か言ったかしら、アクア?」

アクア「なんでもないわ」

731: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/22(火) 00:26:04.25 ID:HArXbws00
カムイ「それで、なにかありましたか、アクアさん」

アクア「……カムイ、この襲撃が不思議でならないわ。ノートルディアの人々に危害を加えただけで、それ以外の意図が読み取れない」

カムイ「そこは私も思うところです。街も放棄して、早々に七重の塔へと向かったようですから。ノートルディアへの攻撃が目的ではないのかもしれません」

アクア「考えたくないけど、私たちをおびき寄せるためということはないかしら?」

カムイ「私たち?」

アクア「正確には、あなたをノートルディアに呼ぶためといえばいいかしら?」

カムイ「まさか、そんなこと……」

アクア「この襲撃、おかしいタイミングで起きているは、あなたの王族としてのお披露目の直後、しかもその日に起きているわ」

カムイ「それは、そうですが。でも、なぜ私を呼ぶ必要があるんですか?」

アクア「単純な理由なら、やはりあなたを殺すためというのが答えになるわ」

カムイ「……」

レオン『最初、このノートルディア襲撃も、その内通者が仕掛けたことなんじゃないかと一瞬疑った』

アクア「思い当たる節があるの?」

カムイ「……だとするなら、ここで問題が解決してくれるんですけどね。でも、ここまで偶然をつなげられる物でしょうか?」

アクア「そうね、できる奴はいるかもしれないわ」ボソッ

732: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/22(火) 00:36:00.12 ID:HArXbws00
カムイ「アクアさん?」

アクア「なんでもないわ。これが誰かの手のひらの上の出来事だとしても、七重の塔で待っているであろう彼らを、野放しにする理由にはならないわ」

カムイ「ええ、そうですね。まずは、彼らを倒してからでも遅くないでしょうから」

 バサバサバサ

カミラ「カムイ、戻ったわ」

ピエリ「ふー、楽しかったの! 体中に風を感じたのよ」

リンカ「ピエリ、耳元で叫びすぎだ」

カムイ「それで、どうでしたか?」

カミラ「ざっと飛んでみたわ、七重の塔の形が見えるところまではね。道中にこれと言った物は何もなかったところをみると、やっぱり、中で私たちが来るのを待っているとしか思えないわ」

カムイ「そうですか。しかし、待っていても埒が明きません。皆さん、戦闘の準備を整えてください」

ギュンター「そろそろ時間のようですな」

ニュクス「そうみたいね。……その、ありがとう、ここまで乗せてくれて」

ギュンター「いえいえ、お気になさらず。それに面白い時間でもありましたからな」

ニュクス「面白いって、酷い言われようだわ」

ギュンター「ははっ。それではカムイ様、まずは私が先行いたしましょう」

カムイ「はい、わかりました」

733: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/22(火) 00:45:38.14 ID:HArXbws00
◆◆◆◆◆◆
―ノートルディア公国・七重の塔内部―

ギュンター「……どうやら、入ってすぐということはないようですな」

カムイ「そのようですね。皆さん、上がって来てください」

ニュクス「そのようね……。それにしても、面白い構造の建物ね、階段が伸びるように続いているなんて」

アクア「複雑な構造みたいだから、さすがに罠を仕掛けることをあきらめたようね。でも、……外から見る限り、開けた空間が多そうね」

ギュンター「しかし、この様子では、あの二つの階段から先はもてなしの準備を整え終わっているでしょうな」

カムイ「ええ、たぶん、そうで……っ!」

ニュクス「カムイ、どうかしたのかしら?」

ギュンター「! アクア様、ニュクス、私の後ろへ」

ニュクス「えっ、なにもいな――」

 ヒュン

ギュンター「はっ!」キィン グサッ

ニュクス「ギュンター」

ギュンター「浅い傷です、お気になさらず……。しかし、優先的に女性を狙うのは感心しませんな」

 サッ

 ザザッ

忍「……ふっ、気付かなければよかったのだがな。まぁいい、のこのこと死ににやってきた馬鹿ばかり、一人ずつ殺してくれる!」

ニュクス「年寄りを労わりなさいよ。この頃の若いのは、感心しないわね」

忍「ふっ、では労わりの心を持って、まずは老いぼれから殺してやろう!」ヒュンッ

ギュンター「そのような攻撃では……」キィン

 グルグルグル キィン

ギュンター「!?」

忍「おまえだけ、孤立させてやる!」

ギュンター「くっ!」

734: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/22(火) 00:56:31.82 ID:HArXbws00
ニュクス「ギュンター! 行かせないわ、これで!」

 ボウッ ボワッ

忍「その程度か」

ニュクス「くっ、外装に細工をしてるのね。魔法があまり効かない……」

忍「ふっ、いくら歴兵であろうと、敵陣に孤立すればどうなるか、理解できるだろうな? 見殺しにする気分はどうだ?」

カムイ「くっ、皆さん、ただちに攻撃を開始してください。私たちはギュンターさんを救出に向かいます。カミラ姉さんたちは、後続が上がってくるまでの間、敵を受け止めてください!」

カミラ「カムイ! くっ、流石に竜は大きすぎたみたいね」

忍「こんな室内に竜で乗り込んでくるとは、馬鹿もいいとこ――」

ピエリ「竜だけじゃないの、馬もいるのよ! えい」ザシュッ

忍「ぐえっ!」ドサッ

ピエリ「一人目なの! みんな入るまで、ここ死守するのよ!」

忍「ふっ、ならそうして見せろ!」ヒュン

 キィン

忍「!?」

リンカ「ピエリ、気をつけろ!」

ピエリ「リンカ、ありがとなの」

リンカ「礼はいい。それよりも貴様ら、なぜ罪もない人々を殺す!」

忍「ふっ、それが命令だからだ、おかしなことか?」

リンカ「命令だからといって殺すだけでは飽き足らず、あのような行為を、一体あれになんの意味がある!」

忍「あれでいいんだよ。いいじゃねえか、死んだ肉をどうしようと俺たちの勝手だ。しばらくはこういうことができなかったからな、欝憤晴らしには最適だったんだよ。お前も同じようにクビねじ切っておもちゃにしてやる!」

リンカ「貴様ら!」ブンッ ザシュッ

忍「ぐへあっ」ドサッ

リンカ「はぁはぁ、くっ、なんなんだ。なんでこんな、こんな、くそっ!!!!」

カミラ「リンカ、落ち着きなさい。もうすこしで皆が上がりきれる。終わったら直ぐにカムイの元に向かうわよ」

735: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/22(火) 01:07:37.24 ID:HArXbws00
ギュンター「くっ、抜かりましたな」

忍「でやぁ!」ブンッ

ギュンター「! でいっ!」

忍「動きが鈍いな。老いぼれ、そろそろ人生を終わらせるには良い頃合い、そうだろ?」

ギュンター「ふっ、ならその老いぼれをすぐに倒せないお前たちは、相当な腑抜けというわけだな」

忍「言わせておけば! 死ねえええ」ブンッ

ギュンター「ふっ、力ばかりで弱いですな。それに、私だけに気を向けているとは、愚かなことだ」

忍「なにを言っ――!」

カムイ「追い付きましたよ。てやっ!」ザシュッ

忍「ぎゃ……」ドサッ

忍「くっ、追い付かれたか」

カムイ「すみません、ギュンターさん。遅れました」

ギュンター「いえ、ただの腑抜けに負けるつもりはありませんよ。っ……すこしばかり傷を負ってしまいましたな」

ニュクス「なら、これ使いなさい」ポイッ

ギュンター「むっ、傷薬ですか」パシッ

ニュクス「ええ、たまたま手元にあったから、これで直しなさい」

ギュンター「ふっ、こんな傷、唾でも付ければ治るもの、ですがご厚意は頂きましょう」

ニュクス「素直じゃないわね」

アクア「あなたもね、ニュクス」

ギュンター「別に問題はありませんぞ。さて、形勢逆転と言ったところですな」

736: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/22(火) 01:15:38.93 ID:HArXbws00
忍「ふっ、後ろががら空きでよく言う。言ったはずだぞ、一人ずつ殺すとな!」

 ザッ

カムイ「伏兵!? アクアさん!」

アクア「えっ?」

忍「遅い! これでも、喰らえ!」ヒュン

アクア「この程度の、攻撃なら――!! 槍に鎖が絡まって、ぐっ、引っ張られる!?」

ギュンター「アクア様、すぐに武器を手放すのです!」

アクア「わかって、ああっ!」ドサッ

カムイ「アクアさん! 今すぐに向かいま――!」

アジロギ「そうはさせぬぞ、暗夜の王女よ!」

 ザッ ヒュンッ!

カムイ「くっ! こんな時に!」

アジロギ「ふっ、仲間が死んで行く様を、その気配で察しているがいい。大丈夫だ、あとで同じ場所に送ってやる……」

カムイ「そんなこと許しません。くっ、アクアさん、逃げてください!」

アクア「ううっ、でも、まだこの距離なら――」

 ヒュン ザシュ ザシュ

アクア「きゃあっ。ぐっ、足が……」

忍「ふっ、流石にこれで早くは動けねえだろ。最初の一人だ、派手に殺してやるぜ」

アクア「っ!」

忍「死ねええええ!!!!」

カムイ「アクアさん!!!!」

アクア「!!!!!!!」

アクア(だめ、避け切れない……!)

忍「その首、もらったああああああ!!!!!」



 
 

 ヒュン ザシュ

737: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/22(火) 01:25:22.66 ID:HArXbws00
アクア「…………」

 ポタッ


 ポタタタタタッ

忍「あぐぁ、く、い、一体、どこから、投げて………」
 
 ドサッ

アクア「……私、生きてる? 一体何が起きて……」

「入口は階段だけってわけじゃないんでな。こんなところから失礼させてもらうぜ」

 スタッ

アクア「あ、あなた」

エルベ「間に合ってよかったよ」

アクア「……あなた正規の兵じゃないわね。その身のこなし、どうみても忍びこむことが生業の人間の動きよ」

エルベ「……そうだな、間違ってないぜ」

忍「新手か? だが別にどうでもいい、どちらにせよ」

エルベ「フウマの切り返し忍術を駆使して孤立させて殺すから問題ない、そうだろ?」

忍「!?」

アクア「え、フウマ、あなた何を言って?」

忍「貴様、なぜ俺たちのことを……」

エルベ「名前出された瞬間に慌てたりするなんてな。まぁ、それ以前に使ってる手裏剣がフウマのものって言うのも、安直だな。暗夜の人間にはわからないとか思ったのかもしれないが、俺みたいに知ってる奴もいることくらい考えろ。白夜の仕業にしたけりゃ、武器も攻撃手段も、全部白夜琉にするのが基本、まぁ白夜方面にあるんだから、ある意味白夜の仕業って言えるかもしれねえがな」

忍「くっ、お前は何者だ」

エルベ「そうだな。もう、暗夜兵の真似はやめねえと。港町で眠ってる本人に悪いしな」バサッ ザッ

アクア「これは、変装していたのね。港でカムイに話しかけた時から?」

???「それより前からだ。俺のことを心配してくれる兵士がいたんで、少し部屋で休んでもらってんだ」

アクア「……悪いことをするのね。えっと、その名前は?」

???「……アシュラだ」

アクア「アシュラね……助けてくれてありがとう。おかげで助かったわ」

アシュラ「いや、俺は礼を言われるような立場にはいない。だから、気にしないでくれ」

アクア「?」

忍「貴様、俺たちの邪魔をするか!」

アシュラ「正直に言うが、お前たちが何してるかなんて正直興味はねえ。上の命令の通りに動いてるお前たちのしたいことに対してはな」

忍「なら、なぜ邪魔をする……」

アシュラ「仕方ねえだろ……」

「恨みを晴らすべき相手が、こんなにわんさかいるんだからよ」

743: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/24(木) 01:16:31.14 ID:l3VnDCHF0
◆◆◆◆◆◆
―ノートルディア公国・七重の塔内部―

アジロギ「恨みを晴らすべき相手か、俺はお前に恨まれる理由など見当もつかないがな」

アシュラ「そうだろうな。俺たちのことなんて気にもしねえことだろうよ」

アクア「アシュラ……」

アシュラ「あんたは俺の後ろに隠れてな。次持ってかれたら、流石に守り切れねえ」

アクア「ええ、助かったわ。ありがとう」

アシュラ「気にしないでくれ。こんなことで返しきれるものじゃねえことくらいわかってるからよ」

アクア「?」

アシュラ「ははっ、その話は、おいおいさせてもらうさ。今は、フウマの連中にしか興味が向かねえからな」

アジロギ「ふっ、まさか、ここでフウマの名を聞くことになるとは思わなかったな。簡単にはいかないものだ」

アシュラ「てめえらの事情なんてどうでもいい。てめえらがフウマ公国の人間、それだけで攻撃するには十分な理由だからな」

アジロギ「ふっ、俺達がフウマ公国の仕業にしようと企てている白夜の兵であるという可能性もありえる、そうは思わないか?」

アシュラ「……てめえはよく出来てるみてえだが、ほかの奴らの動揺が駄々漏れじゃ、そんな戯言に耳を傾けるつもりもねえよ。それに、白夜だったとしても別に問題もない」

アジロギ「ほう……ならば」カチャ

アジロギ「その力試してみろ!」ヒュンッ

 クルクルクル ガシンッ

アシュラ「また引き寄せるのか、一辺倒で芸がねえな」

アジロギ「ふっ、華やかさとは無縁要らぬものなのでな。お前たち、準備をしろ」

ザザッ

忍「……」チャキ

744: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/24(木) 01:28:25.19 ID:l3VnDCHF0
アシュラ「たいそうな数隠れてやがったみてえだな。また、同じように孤立させて命を狙うか?」

アジロギ「ふっ、そのつもりはない。お前という予想外のネズミが増えただけで、俺たちの目的は変わらないのでな」

アシュラ「へっ、殺すから関係ない、そういうことか?」

アジロギ「そういうことだ。だが安心しろ、俺たちも一緒に死んでやるからな……」

アシュラ「なに?」

アジロギ「こういうことだ!」ヒュンッ

 ガシンッ ドゴンッ

アクア「通風路を壊した?」

アシュラ「てめえら、何の真似だ」

アジロギ「ふっ、皆の者、火を放て」

忍「御意!」ヒュン

 ガッ ガガッ ガッ!

 ボワッ ボウッ

アクア「まさか、こういうことをしてくるなんて、一緒に死ぬつもり?」

 タタタタタッ

カムイ「アクアさん、大丈夫ですか、怪我は」

アクア「ええ、少しね。でも大丈夫よ、彼が助けてくれたから」

アシュラ「……」

カムイ「そうですか。しかし、まんまと罠に嵌められたようですね。私たちは」

ギュンター「そうなりますな。すでに退路は断たれているようです」

カムイ「はぁ、私を狙っていたというなら、ここまでの準備には感心してしまいますね」

アシュラ「関心してる場合じゃないと思うぜ」

745: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/24(木) 01:38:08.65 ID:l3VnDCHF0
カムイ「エルベさん、いえ、今はアシュラさんでしたか。いろいろと聞きたいことがありますが、今は悠長に話をしているわけにもいかないようですね」

アシュラ「そういうわけだ…。この燃え広がりようじゃ、上に上にと進むしかなさそうだしな」

カムイ「アシュラさん、あなたの素性については今は不問にしますから、ここは一つ力を貸してくれませんか?」

アシュラ「ああ、構わねえさ」

アジロギ「ふっ、手を取りやってくるか。面白い、先で待っているぞ」シュタッ

忍たち「……」シュタッ

カミラ「カムイ、ようやく追い付いたわ……あら、見慣れないのがいるけど、これは敵かしら?」

アシュラ「………」

カムイ「そうですね、今の間は敵ではないと思います。アクアさんを助けてくれましたから。それよりも、私たちが入ってきた入口はどうなっていますか?」

カミラ「ええ、皆が上り切ったところで、敵もいたからすぐに皆離れて、その瞬間ね。このままじゃ、みんな仲良く焼け死ぬことになるわ」

ピエリ「ピエリ、こんなところでこんがりお肉になりたくないの。お肉は食べる方がいいのよ」

リンカ「さすがに炎の部族だと言っても、炎に耐えられるわけじゃないからな」

ピエリ「当り前なの、リンカ意味わからないのよ」

リンカ「冗談に決まっているだろう! 少しは察してくれないか」

ピエリ「うふふ、ピエリわからなかったの。でも、このままじゃ本当に焼け死んじゃうのよ」

746: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/24(木) 01:51:10.76 ID:l3VnDCHF0
カムイ「はい、わかってます。さすがに一つの階段を使って全員移動するには時間が足りる気がしません。二手にわかれて進軍しましょう。敵は死ぬことを前提にこのような策に出ています、注意してください」

ピエリ「それはいいけど、カムイ様はどっちから行くの?」

カムイ「私たちは左の階段から進軍します。先に仕掛けますから、他の皆さんはその後に続いて来てください」

アシュラ「そうか、なら俺は右から行かせてもらうぜ、あいつが消えていったのはそっちの方角だからな」

カムイ「……しかし」

アシュラ「いきなり信じろってのは無理な話だってのはわかってる。だが、あいつだけは俺が殺る。これだけは譲れねえ」

カムイ「わかりました……。ですが、一人で行かせるわけにはいきません。カミラ姉さん」

カミラ「……わかったわ。カムイと離れるのは寂しいけど、ピエリ、リンカ」

リンカ「ああ、早いところ動き出そう。もう入口から始まった火の手が迫ってる」

カムイ「はい、次を上ったらもう下には戻れません。皆さんと合流するのは、最上階かその手前でしょう」

ピエリ「片方だけ途中止まりかもしれないの」

リンカ「ピエリ、身も蓋もないことを言うんじゃない……心配になってきたぞ」

カムイ「その時は、潔く諦めるしかないでしょう」

リンカ「諦めるな! 諦めるなよ、そこで!」

アシュラ「ふっ、変わった王女様だな。生きて上で会えたら色々話すことがある、だから死なないでくれよ」

カムイ「はい、わかっています。アシュラさんも、どうか死なないように」

アシュラ「死ぬのは怖いからな。そのつもりだよ」

タタタタタッ

カムイ「では私たちも上がることにしましょうか」

747: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/24(木) 02:03:27.30 ID:l3VnDCHF0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ピエリ「突貫するの!」

忍「来たか。くらえ!」ヒュンッ

 キィン

リンカ「ピエリ、前に出すぎだ!」

ピエリ「リンカ、ありがと。ピエリみんな八つ裂きにしてやるの! えい!」ズビシャ

 ドサッ

 シュタッ サッ タタタタッ

忍「この間合い、もらっ――」

 スゥ

忍「んっ、これは影!?」バッ

カミラ「いけない子」

 バサバサバサッ

カミラ「室内だからって、下ばかり見てるのはよくないわ。それっ!」ザシュッ ビチャ

 ドサッ

カミラ「……つまらないわね」

忍「その余裕もここまでだ! 死ねえええっ」

アシュラ「ほらよっ!」パシュッ
 
 トンッ

忍「かはっ……、ば、馬鹿な後ろに回られて……いた、だっ……とぉ」

アシュラ「相手にならねえな。こりゃ、この連中が捨て駒にされるのも納得が行く」

カミラ「……ええ、でも結構な量がいるわね。後続も攻撃を受けているみたいだから、本気で足止めして焼死させるつもりみたいね」

アシュラ「ふっ、どうやら王女様を殺すことは、ここにいる全員の命よりも重要なことらしい」

カミラ「……ねぇ、あなたの言っていたこと、本当のことかしら?」

アシュラ「何のことだ?」

カミラ「この一団がフウマ公国の者だという話」

アシュラ「信じたくないか?」

カミラ「ええ、そうよ。フウマ公国が白夜に寝返ったなんて、信じたくないことだから」

アシュラ「寝返ったか。それは無いと思うがな」

748: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/24(木) 02:15:04.34 ID:l3VnDCHF0
カミラ「えっ?」

アシュラ「今、多くを言うつもりはねえが。フウマ公国が今さら白夜に味方するメリットなんてねえ。あいつらは自分の国を大きくすること、それだけが目的だからな」

カミラ「………じゃあ、誰の命令で動いているというの? 私たち、いえ、暗夜王国への裏切りともいえることをしているのよ?」

アシュラ「ここにいる奴らは上の命令で動いてるのは確かだ。あの忍者はそれを重々理解してるだろうが。他の奴らはちがうな、なにせ――」

 キィン
 パシュッ ザシュッ

忍「ぐっ、ああっ、なぜわかっ……」ドサッ

アシュラ「ほとんどの敵からは命を掛けている感じがしないんでな。多分、要人の暗殺成功で生き残れるみたいに話をされてるんだろうが、それを信じることに意味なんてねえのさ。もともと、こいつらは捨て駒なんだからよ。フウマは、ここにいる奴らの命を犠牲にすることも含めて考えて、国を大きく出来る確信があるから、その命令している誰かに従ってるってわけだ」

カミラ「……そう。でも、答えを出すのは後でもいいわね。今は、ここを登り切ることを考えましょう」

アシュラ「そういうことだ」

ピエリ「まだまだ、階段から下りてくるの」

リンカ「一体何人いるんだ……」

アシュラ「なら、倒し続ければいいさ。無限に出てくることなんてありえないんだからよ」パシュッ

カミラ「その通りね。というわけだからリンカ、行くわよ」

749: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/24(木) 02:24:53.48 ID:l3VnDCHF0
リンカ「えっ、カミラ、ぐあっ、も、持ち上げるな!」

ピエリ「リンカ、羨ましいの!」

リンカ「これのどこが羨ましく見える! これでどうするつもりだ」

カミラ「簡単なことよ、私とリンカで一気に肉薄して階段入口を抑えるだけよ。アシュラとピエリは、すぐさま追撃して頂戴」

ピエリ「わかったの。おじさんも一緒に頑張るの、援護してほしいのよ」

アシュラ「へいへい、おじさんなりに頑張らせてもらうさ」

カミラ「それじゃ、行くわよ。それっ!」

 バサッバサッ!

忍「突っ込んでくるか、馬鹿――」トスッ ドサッ

アシュラ「上ばっかりに気を配ってばかりじゃだめだな」

ピエリ「それじゃピエリも行くの!」タッ ダッ

忍「!? この室内でこのような動きを!?」

ピエリ「平伏せなの!」ブンッ ザシュッ

忍「」ゴロゴロゴロ ドサリッ

カミラ「ふふっ、リンカ準備はいいかしら?」

リンカ「ああ、何時でもいいぞ!」

 パッ

忍「よし、まだ階段までは来て――」

リンカ「でやあああっ!」ブンッ

忍「ぐえっ!」ドチャッ

 タタタタッ ダッ
 
忍「その隙、もらっ――」

 バサッ

カミラ「はい、お疲れ様。おやすみなさい」ブンッ ザシュッ

 ドサリッ

750: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/24(木) 02:35:09.90 ID:l3VnDCHF0
ピエリ「階段入口、確保したの!」

リンカ「まだ安全じゃないんだ、気を抜くんじゃないぞ」

ピエリ「リンカも同じなの。それじゃ誰が先に行くの? 絶対この先、敵が待ち構えてるのよ」

アシュラ「決まってる、俺が行くさ」

カミラ「ふふっ、まだ完全にあなたのことを信用したわけじゃないわ。先に上がって階段を塞がれるかもしれないじゃない?」

アシュラ「なら、どうする?」

カミラ「私も一緒に上がるわ。それで問題ないはず、でしょ?」

ピエリ「カミラ様、大丈夫なの? 信用できなかったピエリに言ってほしいの。今すぐにでもおじさんのこと、えいってするのよ」

カミラ「そうね、私と同行できないってアシュラが答えたら、えいしていいわ」

ピエリ「やったの。おじさん、どうするの?」

アシュラ「選択肢なんて一つしかねえようなものじゃねえか。いいぜ、カミラ王女様、一緒に来てくれるか?」

カミラ「ええ、もちろん。リンカ、ピエリ、合図したら上がって来なさい。気をつけながらね」

ピエリ「わかったの」

リンカ「ああ、気をつけるんだぞ」

カミラ「ええ。それじゃ、行きましょう」

アシュラ「ああ……」

751: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/24(木) 02:49:44.03 ID:l3VnDCHF0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

カムイ「てやっ!」ザシュッ

ギュンター「でいっ。ふっ、この程度とは情けない」

ニュクス「本当ね。次の階層に上がりましょう。ぐずぐずしてられないわ」

アクア「ええ、下の燃え広がり方からしても、ここも時間の問題よ」

カムイ「はい、私が先行します。ギュンターさん、フォローをおねがいします」

ギュンター「はい、くれぐれもお気をつけて」

 タッ タッ タッ

カムイ「………」

 スッ

カムイ「!」

 ダッ

カムイ(……気配がありますね。正面に一人、二人、ざっと五人ほどでしょうか)

???「……本当に来てしまわれたのですね」

カムイ「……その声は」

???「正直半信半疑ではありました。そんなにうまく偶然が重なることなどありえないと、そう思っていましたので。ですが、本当にこうなってしまうのなんですね」

 ザザザザザッ

忍「……」チャキ

ギュンター「敵は準備ができているようですぞ、カムイ様……」

カムイ「……わかっています。どうやら、話し合いというわけにはいかないようですね、スズカゼさん」

スズカゼ「お久しぶりです、カムイ様。あの国境線での戦い以来ですね」

カムイ「そうですね。今回も私を捕らえるために来たんですか?」

スズカゼ「そうだと嬉しいのですが。そういうわけではありませんよ」チャキッ

カムイ「そうですか……」チャキッ

スズカゼ「いつかした約束の通り、今は敵同士ですので、手加減の必要はありません」

カムイ「はい、そのつもりですよ、スズカゼさん」

スズカゼ「わかりました。……それでは、カムイ様――」

「そのお命、奪わせていただきます」

754: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/24(木) 20:46:43.90 ID:l3VnDCHF0
◇◇◇◆◆◆











 北の城砦の一部屋に未だ灯が見える。すでに真夜中という時間、日付もとうに過ぎているというのに、その部屋の主は何やら作業に没頭していた。
 被ったカチーフに額に光る赤い装飾、大きくどこか鋭いものも感じる爬虫類のような瞳で手元にある箱を丁寧にラッピングしていく。仕上げは最終段階に入っていた。

「えっと、これをこうして……できました。はぁ、もう真っ暗ですね」

 綺麗に包装を終えた包みを見下ろしながらリリスは安堵の息を漏らす。結びに使ったリボンは今日が誕生日の相手の色と同じものである。

「ふふっ、喜んでもらえたらいいなぁ……。くしゅん、さすがにちょっと寒いですね。もう寝て明日に備えないと」

 最後の灯が静かに消える。明日は友人の誕生日、ここ最近で一番仲が良くなった人の誕生日で、リリスはそれがとても楽しみで仕方がなかったのだった。

「人の誕生日が楽しみになるなんて、今までの私じゃ考えられませんね」

 そんなことを呟いて、リリスは静かに眠る。朝起きたら、まずは何をしようかと頭の隅で考えながら、同時にその子を思い浮かべる。青い二つ結びの髪、そして子供っぽいその子の事。

「ピエリさんの誕生日、とっても楽しみです」

 期待に胸を膨らませ、リリスはスヤスヤと眠り――

755: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/24(木) 20:49:17.58 ID:l3VnDCHF0
◇◇◇◆◆◆










「どうですか?」
「……これはダメですね」

 フローラと主君であるカムイの言葉をぼんやり聞きながら、彼女は気落ちしていた。
 昨日と変わらないリリスの自室の中には、フローラとカムイの他にも二人の姿があった。ジョーカーとフェリシアである。フェリシアが持った水の入ったバケツが静かに置かれる。
 注意を払って置かれたその静かな音でさえ、今のリリスの頭の中を揺らすくらいであった。

「ううっ、カムイ様……私」
「そんな体で動いたらだめですよぉ、リリスさん」
「まったく、昨日まではしゃいでたリリスがいきなり風邪を引くなんてな」
「昨日までいろいろと準備していたから、終わったことで気抜けしたのかもしれないわね」

 三者三様に思ったことを述べる。リリスは風邪を引いた、今朝起きて皆の前に顔を出した時、その真っ赤なトマトのような顔であったこと、そしてどこか覚束ない足取りだったこともあって、子供が見ても分かるくらいに彼女は病人であったのだ。
 そこからは電光石火の如くベッドへと運ばれ、今に至っている。

「ごめんなさい、私、いろいろと皆さんに迷惑を、掛けてしまって」
「気にしないでください。今日のピエリさんの誕生日会ですけど……」
「はい……」

 カムイの口からこぼれた誕生日会という言葉に、リリスの心が萎んでいく。せっかくの準備も一瞬で水泡に帰したことを理解しなくてはいけなくなったからだ。だけど、それは自分だけが背負うものだとリリスは考えている。ジョーカーもフェリシアもフローラも、そしてカムイもピエリの誕生日に向けて何かしら準備をしていたのは知っている。自分の体調管理の至らなさで、みんなの準備を台無しにするのを、リリスは容認できなかった。

「私は、ここで休んでますから、みなさんはピエリさんの誕生日会に行ってきてください」
「何言ってやがる、病人を置いていけるほど……」
「元々、今日はみんな城塞を空けるからと、何人か王城の使用人さんが来てくれる予定でしたから、大丈夫ですよ」
「それはそうだが」
「リリスさん一人だけ残して、私たちだけでピエリさんの誕生日会に行くなんて」

 ジョーカーとフェリシアの言うことはリリスを思ってのことで、その気遣いはとてもうれしいものだった。でも、うれしいからこそ、できれば皆には誕生日会に出席してほしいと思っている。

756: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/24(木) 20:52:17.82 ID:l3VnDCHF0
◇◇◇◆◆◆











「ピエリさん、今日のパーティー楽しみにしてますから、私は大丈夫です。その、後日に改めてピエリさんに誕生日プレゼントを手渡しますから。だから、みなさんは私のことを気にしないで、行ってください」
「リリスさん……」
「カムイ様、ピエリさんにはよろしく伝えておいてください。ふふっ、明日からはいつも通りのお仕事ですから、私、早く治しちゃいます。ゴホッ、ゴホッ。それに皆さんが会場に行っているなら、風邪を移す心配もありません、今日はゆっくり休んでますから」

 リリスは皆に行くようにとの一点張りを続け、最初カムイも残ると告げていたのだが、やがて押し切られる形で、四人は会場に行くことを承諾した。そして、出発を告げる言葉を受けて、扉が閉じられて、リリスは一人になった。

「……」

 誰もいなくなった部屋の中、夜の間に良く見上げる天井が明るい事がこの上なく寂しく感じて、口元まで布団を被る。息が掛かる音と、時折外から聞こえる枯れ木の揺れと、鳥の憂鬱な鳴き声は、部屋の中にある静寂の存在感を押し広げていく。その静寂から視線を逸らすように机に目を向ければ、綺麗にラッピングされた包みが鎮座している。本当ならピエリの屋敷に向けて進んでいたはずであろう包み、一生懸命考えて選んだプレゼントの入った包み。

「……最悪です」

 一番渡すべき日に、それを渡せないことが何とも歯痒く、プレゼントから視線を逸らしたい一心で頭まで布団を被る。真っ暗な世界の中に入ると、妙に落ち着けるのは、何も見えないからでもあった。そこに見慣れた世界があって、誰もいないことを認識するよりかは、暗い世界の方が幾分か気は楽になる。

「………寂しい」

 しかし、口は正直だった。
 その思いをどうにか封じ込めるように、リリスは目を閉じる。熱で混乱する頭はいろいろなことを引きずり出してくる。そして、今日がピエリの誕生日であるからか、思い出すのはピエリの事ばかりだ。

(……私と、ピエリさんが初めて出会ったのは……たしか、ミューズ公国で透魔兵が暴れているのを止めに行った時でしたね……)

 その時、まだ二人は友人ではなかったし、味方でもなかった。ピエリはラズワルドと一緒にカムイを捕らえに来ていた立場で、最初に対峙したとき、ピエリの刃はリリスの命を刈り取るために振るわれていた。二人がマークスから受けていた命令は、カムイを取り戻すことであり、その他の命に関しては何も触れていなかった。ラズワルドはできる限り人命を優先するが、ピエリはその範疇ではなかったから、対峙した際には文字通り殺すつもりで刃を振るっていたのである。

(……ふふっ。みんなにはおかしい話って言われちゃうかもしれません……ね)

 今とは全く異なる昔のことを思い出しながら、リリスの意識は静かに消えていく。そして手繰り寄せるように、初めて出会った時のことを夢に見た。

757: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/24(木) 20:56:25.81 ID:l3VnDCHF0
◇◇◇◆◆◆












「うーっ、痛い、痛いの」

 破壊されつくしたミューズ公国の船着き場、そこから中心へと至る橋の前だった。目に見えない透魔の兵たちは指示を出していたリーダー格が消滅しても、見えない者たちは未だに攻撃を続けている。目に見えない敵の存在を知らないピエリからしてみれば、その気配は察することのできるものではなかった。
 突然の攻撃と負った傷によって、ピエリの混乱は必然的でもあった。馬から落とされ、武器を失い、自身の身を守る方法が何もないということを理解した心は、退化して自衛を行う選択肢を見せるが。それは敵にとって興味を引く行動でしかなかった。
 見えない気配がピエリを再び捉え、手に持った剣を振り下ろそうとするまでにそんな長い時間は必要なく、死という絶対的に逃れられないものを覚悟しながらも、泣き叫ぶのをやめない彼女に、その刃な容赦なく振り下ろされることになった。
 そんな凶刃を受け止め、制したのがリリスであった。
 まだ攻撃手段を持たないリリスにとって、それは命の危険を伴う行為であったが、それを言っていられないほど状況は切羽詰まっていた。
 ピエリがマークスの臣下である、それがここで戦死したとなれば、マークスもカムイを見限る可能性があったこと、そして何よりカムイは皆に暗夜軍にできる限り死者を出さないように取り計らうよう伝えていたからでもあった。
 リリスにとって、すべてはカムイのために行われたことであり、ピエリが助けられたのはほんの些細な偶然であった。その目の前で起きたことを見つめながらも、ピエリは泣き叫ぶことを止めなかった。それは、この時のリリスはピエリにとっては敵であったのだから。

「ふぇええん、痛い、痛いの。うえええええん」

 返り血でいつもきれいになっているピエリにとって自分の血で汚れていくのというのは、あまりにもイレギュラーなことであった。だからかもしれない、攻撃する敵がいなくなっても彼女は泣き止まなかった。

「うえええん、びええええええええん」

 泣き叫ぶ子供、大きな子供、頼れるものがいない現実というものはピエリにとって辛いものだった。このまま、無残に死んでいくのだと、否応にも認めなくてはいけないと思っていた矢先だ。

「大丈夫ですよ。すぐ、治療しますから」

 少し前まで殺そうと思って槍を向けていた相手からそう言われたのだ。優しい手つきで傷口の具合を確認し、杖を振るう。
 集中して作業をしていることもあり、なおかつ先の戦闘で疲れているというのに、リリスはピエリの治療に専念していた。
 それでも、ピエリの不安は払拭しきれないもので、再びその顔には不安の色が滲み始める。

758: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/24(木) 20:59:05.51 ID:l3VnDCHF0
◇◇◇◆◆◆













「ふぇ、ふぇえええん」
「大丈夫、大丈夫ですから……。泣かないでください、ね?」

 子供をあやすようにリリスの手は優しくピエリの頭を撫でる。お気に入りのリボンも含めて、優しく触れた手がピエリの不安を見事に和らげているようだった。

「ひっ、ううっ、ぴ、ピエリ、痛いの嫌いなの」
「大丈夫です。もうそろそろ傷口が塞がりますから、安心してください」

 何度も入念に術を掛けて、治療を終える頃にはピエリの嗚咽は無くなって、むしろ敵である自分にここまで尽くしてくれるリリスに不思議な視線を向けていた。リリスから感じる壁の無い感じが、妙にしっくりとくる。だから、自然と言葉を紡いでしまう。

「ねぇ、なんで、ピエリを助けたの。ピエリ、あなたのこといっぱい攻撃したのよ?」
「カムイ様がそう望まれたからです、それ以外に理由なんてありませんよ。もしも言われなかったら放っておいたと思いますから」

 この頃のリリスからすればピエリもどうでもいい人間の一人と言えた。カムイからの命令、そして生存を最優先しているリリスにとっては、ピエリは命令の中で救わなければならない命であって、そこに個人的に思うことなどなかったのだから。そんな融通の利かない発言だったからなのか、それともピエリと同じように遠慮の要らないその言い方が良かったのか。

「……ピエリ」
「?」
「ピエリはピエリっていうの、あなたはなんていう名前なの、教えてほしいのよ」

 自然と名前を求めていた。考えたわけでもなく、かといって知りたいと思ったわけでもなく、ただ自然とそう言葉が綴られて、それにリリスは訝しい顔をしながら答えて名前を返す。
 リリスという名前、カムイに仕える臣下の名前、ただそれだけの意味だけしかないはずの名前だった。生きながらえた命をカムイのためだけに費やすことを選んだ人生の中で、それ以上の意味が含まれることなどあり得ない、そう思っていたのだから。

「ピエリ、リリスの事気に入ったの。今度会った時も殺さないであげるの!」
「なんですかそれ。私は殺す価値がないって、そういう意味ですか?」
「気に入ったからなの。だからリリスは特別に殺さないのよ」

 無邪気にそう告げるピエリの姿に、当初リリスは混乱していた。混乱して、でもどこかその言葉に心地よさに似たものを覚えていた。特別という言葉は、なんだかとても新鮮なもので、リリスはこういう時にどういう顔をすればいいのかよく理解できていなかった。笑えばいいのか、困った顔をすればいいのか、どういう顔をすればこの問い掛けの答えになるのかが、全くわからずじまい。しまいには色々と顔を作って、それを見ていたピエリに笑われる始末だった。

759: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/24(木) 21:01:58.05 ID:l3VnDCHF0
◇◇◇◆◆◆











「ふふ、リリス、なんだか変な顔してるの。笑ったり渋い顔したり、見てて面白いのー」
「……その、特別ってどういう意味なのか、分からなくて……」
「特別、リリスには難しかったの?」

 ピエリの問い掛けの答えはYESだった。仕事と考えれば人々との繋がりに理由を付けられるリリスであったが、こうやって今現在の接点が命令の延長線上であるピエリとの関係性、これを説明できる言葉が見当たらないのだ。

「はい、私には難しいです。だって、ピエリさんとは今初めて会ったばかりですし、それに味方じゃありませんから」
「そうなの? なら簡単に言うの、ピエリ、リリスと友達になりたいのよ」

 リリスの胸の中に一瞬だけ、暖かい何かが生まれたのは多分この時だった。

「友達……ですか? もしかして、傷を治してもらったからとか――」
「ちがうの。ピエリはリリスの考え方とかとっても気に入ったのよ。だから友達なの」
「まだ出会って一日も経ってないのに」
「ピエリが気に入ったからいいの。リリス、ピエリと友達になりたくないの? そんなのひどいの、ふぇっ、ふぇえええ……」
「いえ、そういうわけじゃなくてですね。……私、よくわからないんです」
「なら、教えてあげるの!」
「わわっ、手をいきなり取らないで……」

 一方的に言葉をピエリは繋げて、無理やり手を引っ張る。
 リリスの体は振り回されるままに、ぶらぶらと揺れるが、その視線は目の前で歯を見せて笑うピエリばかりを捉えて離さなかった。

「一緒にお料理作ったり、好きなことを教えあったり、一緒にお出かけしたりするの。ピエリとリリスで今度お出掛けするの」
「無理ですよ。私たち、敵同士じゃないですか」
「あっ、そうだったの……。リリスだけピエリと一緒に来るの。それなら、今度お出掛けできるの」
「それはできません。カムイ様に付き添うのが私の役目ですから」
「うー、融通利かないの」

 リリスの言葉に唇を尖らせる姿は、どちらかというと思う通りにいかないことに悪態を吐く子供のようだけど、その握りしめられた手から感じる温もりは確かなものだった。
今まで感じたことのない暖かいもの、カムイに握りしめられたものとは違う、形は違うけど大切なものだと思える、そういうものだった。だからかもしれない、握られた手をさらに握り返すように、リリスの手に力が籠る。

「でも、その、もしも、敵同士じゃなくなったら、連れて行ってくれますか?」

 それはリリスにとって初めて口にした言葉だった。
 もしも心に感じる物がなかったのなら、ここで握られた手はすぐに解かれ、こんな約束もなかったことだろう。
 そんなやんわりとした絆の思い出が次第に眩んでくる。

「ふふっ、リリス。少し恥ずかしそうなの」
「そ、そんなことないです」
『リリス……顔赤いの』

 顔に触れる冷たくもひんやりした感触が、彼女の意識から懐かしい光景を静かに消し去って――

760: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/24(木) 21:08:10.73 ID:l3VnDCHF0
◇◇◇◆◆◆













 ぼんやりとした視界が緩やかに回復し始めた頃には、見慣れた天井が広がる。
 寝る前に掛けたはずの布団は定位置に戻っていて、熱さを含んだ頬にひんやりとしたものが触れていた。誰かが直してくれたのだろうかと周囲を見回すと、相手はそれに気づいたようだった。

「……だ、誰ですか……」

 思った以上に水を取っていなかった喉から漏れる声に、頬に触れていた手が止まる。
 徐々に覚醒し始めたリリスの視界には二つに結んだ髪と、灰色に白のストライプのリボンに、どこか無邪気さの混じった見慣れた顔が見えるようになる。ピエリがそこにいた。

「リリス、すごい声してるの。お水飲まないと、干からびて死んじゃうのよ」

 手渡されたコップ一杯の水、眠り続けていたことで体中に感じる汗の感触に軽い嫌悪を抱きつつ、それを飲み干すと。段々意識がまともになってくる。

「はぁ、はぁ。あれ、なんで、ピエリさんがここにいるんですか?」
「ひ、ひどいの。ピエリ、リリスが風邪引いたって聞いたからお見舞いに来たのよ」

 ピエリの手には小さなバスケットが握られていて、顔を覗かせるのは果物や瓶などであり、お見舞いの品一式と言って問題なかった。

「あ、ありがとう。えっと……」
「今渡したら、リリス落っことしちゃいそうなの。だから、机に置いておくの」
「うん、ありがとう。それと、ごめんね」
「ん、なんでリリスが謝るの? ピエリ何も悪いことされてないの」
「だって、今日は……」

 繋げようとしたところで、リリスは思い出したように机に目を向ける。
 そこにはラッピングを終えた包みが今も静かに置いてあって、それをピエリが静かに眺めている。バスケットが静かに置かれると、ピエリはその包みを静かに指差してリリスに問いかける。
 この包みはなんなのかという少し意地悪な質問だ。ピエリ自身それが何か分かっているからか、悪戯めいた顔でリリスを眺めてくる。

「ううっ、わかってるのに聞かないでください」
「何のことかわからないの。だからピエリに教えてほしいのよ」

 綺麗にラッピングされていて、渡す相手を意識してリボンもお気に入りの色にしたのだから。でも、それを言ったら、今日風邪を引いた理由をピエリの所為にするみたいで、リリスはとても言える気がしなかった。つまり、どうすればいいのかわからなかった。
 短い沈黙があった。ピエリもリリスも何も言えないままだった。
苦し紛れにリリスが視線を窓に向けると、すでに赤い光が差し込んでいて、ずっと眠り続けていたんだなと、今考えるべきことではないことを考えてしまう。

「リリス、ピエリに遠慮しないでいいの」
「私、遠慮なんて……」
「大丈夫なの。だからこの包みの事、ピエリに教えてほしいの」

 だから、そうやって差し出された船は、リリスにとってありがたいものだった。
 だけど、未だに思うこともあってか、その声は小さくか細いものだ。

761: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/24(木) 21:11:45.06 ID:l3VnDCHF0
◇◇◇◆◆◆













「……エリ…んへの…………トです……」

 目線を逸らして、口籠った声で伝える。
 大きな声で云えないのは、やっぱり風邪を引いた理由に関連付けされてしまうことがいやだったからだ。ピエリの誕生日に嫌な思いをさせたくないというのがリリスの思うところだった。
 でも、それはピエリにとって不満だった。だから、静かにリリスの横に歩み寄って屈む。ベッドに横たわる視線の高さ、二人の位置が平行になった。

「リリス、聞こえなかったの」
「ううっ、もっと小さい声でいいなら」

 さらに小さな声でならと、リリスは言う。この距離からでも聞こえないかもしれないという声かもしれないが、ピエリには関係なかった。ずいっと頭をリリスの顔の真上に持ってくる。その顔はとても楽しそうで、いろいろと考えていることに意味がないと思えるほどだった。

「そう、なら、囁いてくれればいいの」
「ピエリさん……」
「ふふっ、初めて会った時からずっとリリスわからないことがあると、いろいろな顔するの。でも今はそういう顔してほしくないのよ。だから、気にしないで教えてほしいの」

 見つめてくれるピエリの目は何処までも純粋にまっすぐだった。リリスの頭をよぎる心配事は杞憂だと静かに告げてくれる。だから、リリスもそのピエリの気遣いに身を任せることにした。

「リリス、この包みは何なの?」
「え、えっと。ピエリさんへの……誕生日プレゼント……です」

 もう誤魔化せない距離で告げた言葉。綺麗な包み、一生懸命準備したもの、そういう意味もすべて込めて、それが何なのかをピエリに告げた。

「……ごめんなさい。今日は……ピエリさんの誕生日なのに、心配かけてしまって……」
「ううん、体の具合が悪くなる時は悪くなっちゃうの。だから気にしないのよ」

 そう言って、ピエリは静かにそのラッピングされた箱を手に持ってリリスに手渡した。手に感じる重さ、でもその直後に暖かい温もりが手の中に広がるのがわかる。

「ピエリさん?」
「リリスの手、冷たいの。ピエリが温めてあげるのよ」

762: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/24(木) 21:17:04.78 ID:l3VnDCHF0
◇◇◇◆◆◆














 ベッドに腰を下ろして、ピエリの手がリリスの手を包み込む。窓から差し込む赤い光が、だんだんと弱くなっているのがわかった。

「……リリス。ごめんなの」
「なんで謝るんですか?」
「ピエリ、今は時間があるからここに来てるだけなの。もう少ししたら戻らないといけないのよ」

 ピエリはこれでも名門貴族である、夜から本格的に行われるパーティーを考えると、今ここに来ていることもかなりの無茶だとリリスは理解していた。夕刻の終わりは二人の静かな誕生日会の終わりを告げる者、時間を切り張りできるのなら、少しだけ巻き戻せればいいのにとリリスは心でごねるけど、もとはと言えば自身の体調管理の至らなさであるのだから、文句を言うのはお門違いだった。

「それじゃ……、早く戻らないといけませんね」

 絞り出すように現実を告げる。出会って初めての誕生日は、こんな形で終わってしまうのが、すごく悔しく感じた。

「リリス、すごく悲しそうな顔してるの」
「だって……本当はもっとお話ししたかったんですよ。プレゼントも、もっと違う雰囲気で渡したかったんですから……。最悪です」
「ピエリは最悪じゃないの。だって、こんなにリリスがピエリのこと思ってくれてるってわかったから」

 冷たい手が額に触れて、髪と一緒にリリスを撫でる。

「リリス、イイ子イイ子なの」
「私、全然いい子じゃありませんよ。誕生日の日に風邪引いちゃうような、そんな子なんですから」
「ううん、ピエリとってもうれしいの。夜まで作業してたってカムイ様から聞いたの。無理しすぎなの、どうして無理したのよ」
「その、ピエリさんは初めて、初めて出来た友達だから……」

 言葉に詰まる。胸がドキドキし出すともう止まらない。言葉をつなげようにも、どうすればいいかわからなくて、頭の中が真っ白い靄でいっぱいになっていく。

「そ、その……私が風邪を引いたのはピエリさんの所為だって思われたら、どうしようって。本当なら、こんなこと考えなくてもよかったはずなのに。ごめんなさい」
「ふふっ、嫌われちゃうかもってリリスが思ってくれて、ピエリとっても嬉しいの。だけど、体壊しちゃダメなの、次の誕生日は風邪引いちゃダメなのよ」
「ピエリさん……」

 握られた手の暖かさなのか、それともピエリの言葉が力になったのか。もしかしたら両方かもしれない。リリスの頭で沸々とできていた靄が、その姿を静かに消していく。代わりにあるのは暖かいものだ、初めてピエリに手を握ってもらえた時に感じた、確かな温かみ、それが心の中でふわふわと浮かび上がっていく。

「だから、ピエリ、リリスから受け取りたいの。リリスが準備してくれたプレゼント、受け取りたいのよ」
 先ほど手渡されたラッピングされた箱にリリスの視線が落ちた。
 今の間だけは頭の中はとてもすっきりしている、やることも分かっていた。ここを逃したら今日はもう動けない気がしていたこともあって、リリスの手はそれを両手に携える。

「ぴ、ピエリさん」

 一度間を置く。心臓が静かに鼓動を速めていく、恥ずかしさと嬉しさが混じった心境に、一滴だけ加える勇気はどちらにも力を与えてくれる。言葉と行動で紡いでいく。
 静かに差し出す。ラッピングがされたその箱、一生懸命選んで準備した中身、リリスにとって初めて友達に送るプレゼント。それは確かにリリスからピエリへと手渡された。

「お誕生日おめでとうございます」
「リリス、ありがとうなの、ピエリとっても嬉しいの!」








 ピエリリス誕生日番外 おわり

766: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/26(土) 22:11:17.67 ID:n3bWLVfc0
~~~~~~~~~~~~~~~~~

アシュラ「……攻撃は来ないみてえだな」

カミラ「そうみたいね……襲撃されるとばかり思っていたけど。もしかして人手不足かしら?」

アシュラ「はっ、ならいいが、そういうわけでもないみてえだぜ」

カミラ「……!」

 スタッ

アジロギ「やはり、俺を追ってきたのはお前のほうだったようだな」 

アシュラ「……攻撃せずに待ってくれるのかい。なんだ、気が変わったのか?」

アジロギ「そうだな、気が変わったといえば確かにその通りだ。お前に一つ聞きたいことがある」

アシュラ「……俺は聞かせることなんて何もねえよ」

アジロギ「先ほどお前は言っていた、俺たちのすることに興味はないと」

アシュラ「……」

アジロギ「だが、恨みを晴らす理由はあるらしい。お前は何のために俺達の邪魔をする」

アシュラ「……それか、そうだな、おしえてやっても――」

カミラ「残念だけど、それに答える時間をあげるつもりはないわ。早くあなた達を殺して合流しないといけないから。カムイが待っているの、遅れるわけにはいかないわ」

アジロギ「ふっ、最上階に上がったとしても生き残れるわけもないというのにな。いや、お前だけなら脱出できるだろうが」

カミラ「そういう煽りに乗るつもりはないわよ」

アジロギ「……ならば、その願いを踏みにじるのが、俺の最後の戦いとなりそうだ」

チャキッ

アシュラ「……ようやくその気になったか?」

アジロギ「ふっ、元からそのつもりだ」

767: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/26(土) 22:24:43.14 ID:n3bWLVfc0
忍たち「……」

タタタタタッ

リンカ「カミラ、大丈夫か!」

ピエリ「カミラ様、今追いついたの! いっぱい敵がいるのよ」

アジロギ「奴らの後続が来る前に蹴りをつける。だが、あの男は俺の獲物だ、皆の者、邪魔はするなよ」

アシュラ「……へっ、指名されちまったな」

カミラ「あいつはあなたに任せてあげるわ」

アシュラ「いいのか」チャキッ

カミラ「ええ、わざわざ指名してくれてるのだから、ちゃんと相手してあげるのも礼儀よ?」

アシュラ「……こんな戦いの場で礼儀も何もないけどな、任せとけ」

カミラ「ええ、期待してるわ。ピエリ、そういうわけだから」

ピエリ「よく分からないけど、周りの奴だけやっちゃっていいの? いっぱいえいして問題ないってことでいいの?」

カミラ「ええ、完膚なきまでにやっちゃいましょう。遠慮なんていらないわ、もちろんリンカもね」

リンカ「わかった、ピエリとあたしが先行するから、カミラは縫うように孤立したのを倒してくれ。」

カミラ「ええ、わかってるわ。それじゃ、まとめて殺しちゃいましょう?」

アシュラ「ああ、それじゃ御手並み、拝見させてもらうぜ」

アジロギ「……望むところだ。……アジロギ、参る!」

 ダッ

768: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/26(土) 22:37:37.56 ID:n3bWLVfc0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

忍たち「一人残らず殺してしまえ!」タタタッ

ニュクス「煩わしいわね……。といっても、あなた達に魔法はあまり効果が薄いみたいだから、どうするべきかしら」

ギュンター「では、足止め程度に攻撃を加えていただければ、あとはどうにかいたしましょう」

ニュクス「そう、ならそうさせてもらうことにするわ」

ギュンター「おや、どうにかできる、そう言われると思っていましたが」

ニュクス「状況が状況よ、背伸びするつもりはないわ。それに、ここまで乗せてもらった恩が返せていないのは癪だから」

ギュンター「……では、よろしく頼みましたぞ」

忍「なにごちゃごちゃいってやがる!」

ニュクス「悪かったわね。気づいてあげなくて」シュオオン ボワッ

忍「ふっ、この程度で、殺せると――」

ギュンター「ニュクス様の攻撃では、ですな?」

 ズシャ

ギュンター「しかし、私の攻撃では話が違うということですな」

忍「かはっ……」

 ドサッ

ニュクス「さぁ、次は誰の番? 怖気づいたならさっさと帰りなさい、子供は帰って寝る時間よ」

 ザッ ザッ

忍「ならば複数で掛るまでだ。調子に乗るなよ、餓鬼が!」

769: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/26(土) 22:50:33.62 ID:n3bWLVfc0
ニュクス「はぁ、ギュンター私の近くに来て頂戴」

ギュンター「ふむ、何をする気で」

ニュクス「こうするのよ」パッ ドンッ

 ボワワワッ

忍「!? 炎の壁だと」

ギュンター「そこですな」ポイッ ズシャ

忍「ぐへぇ」ドサッ

忍「ならば抜けるまでだ! うおおおおおっ」

 バッ

忍「抜け……ぐっ……体が重い!?」

ニュクス「呪縛補助の範囲に入り込むなんてね。さよなら」ボウッ

忍「ぐぎゃ、ぐぎゃあああああああ」プスプスプス

ニュクス「流石に至近距離なら――」

 バッ

忍「よし、この距離なら! 死ねえええ」

ニュクス「っ!」

 ザザッ キィン

ギュンター「ニュクス様、油断は禁物ですぞ」

ニュクス「ええ、そうみたいね」

 シュタ

忍「この老いぼれがあああ!!!!」ブンッ

ギュンター「ふっ、甘く見てもらっては困る!」

 スッ

ギュンター「はぁっ!」

 ズシャッ ブンッ ゴロゴロゴロ

忍「」

ギュンター「あまり過信されぬように」

ニュクス「ギュンター、ありがとう」

ギュンター「礼はこの窮地を抜けてからにいたしましょう。まだ、戦いは終わっていませんのでな」

ニュクス「はぁ、少しは私の心も汲んでくれないかしら?」

ギュンター「はっはっは、たしかにそうですな。お気になさらず」

ニュクス「ふふっ、わかったわ」

770: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/26(土) 23:04:16.60 ID:n3bWLVfc0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~^


 キィン

カムイ「はぁっ!」ブンッ

 サッ

スズカゼ「はっ! せや!」ブンッ

カムイ「くっ!」

アクア「カムイに手は出させないわ!」キィン

スズカゼ「……アクア様、お久しぶりです。強くなられましたね」

アクア「ええ、スズカゼ、答えてくれる? この襲撃、本当に白夜が行ったというの?」

スズカゼ「アクア様の質問に答えるつもりはございません」

アクア「なら、力づくでも答えてもらうわ!」ブンッ

 サッ

カムイ「逃がしませんよ、スズカゼさん! でやあああっ!」

 ザシュッ
 
スズカゼ「くっ……やりますね、カムイ様」

カムイ「ええ、皆さんがちゃんと動いてくれますから。スズカゼさんには誰も寄り添っていないように感じますが?」

スズカゼ「……ふっ、気配を読まれている以上誤魔化しようもありません。どうやら、私の方が劣勢のようですから」

アクア「なら、どうして戦い続けるの。もう、勝敗は決しているといってもいいわ。ここで死ぬことに意味なんてない」

スズカゼ「多くの住民が殺されるところを黙って見ていた私に、生き残る価値などありませんよ」

771: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/26(土) 23:16:06.80 ID:n3bWLVfc0
アクア「スズカゼ……」

カムイ「見ていることしかできなかった、ということですか?」

スズカゼ「ええ、このノートルディアで行われた蛮行を見ていることしかできなかった、そんな男です。そんな人間が生きていることなど許されるわけがありません」

カムイ「そうですか」

スズカゼ「それに、カムイ様たちが助かる見込みも薄いでしょう。いずれ、この塔は炎に包まれます。ここに入った者たちを生かして帰さないことも、目的の一つなのですから」

アクア「それを、ここにいる者たちは知っているの?」

スズカゼ「存じ上げていません。ですが、薄々気がついてはいるのでしょう、生きて帰れるはずはないということ、表向きな任務の遂行が、生存に繋がると信じているのですから」

カムイ「……やはり、襲撃部隊の命などどうでもよいということですね。この作戦立案者のことをレオンさんが聞いたら、渋い顔をするでしょうね。部隊の生存を考えない指揮官は無能だとさえ、零すでしょうから」

スズカゼ「あなたに救われた命、このお返しは苦しみのない死という形でお返しいたしましょう。炎に身を窶し死んで行くこともないでしょうから」

カムイ「優しいですね、スズカゼさんは」

アクア「優しさなら、もっと違う形でもいいと思うわ」

スズカゼ「すみません、私はこれでも不器用ですから、今できる最大限の優しさはこれくらいです」

カムイ「ふふっ、そうですか。……でも、そうなるつもりはありませんよ」

スズカゼ「それは、私の刃で死ぬつもりはない、そういうことでしょうか?」

772: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/26(土) 23:30:42.25 ID:n3bWLVfc0
カムイ「ええ、私はここで死ぬつもりなんてありません」

スズカゼ「すでに逃げ道の無い、この塔から出ることができない。それを理解しているのにですか?」

カムイ「スズカゼさんの考えを理解するつもりはありません。残念ですけど、私はわがままなので、自分の考えを貫かせてもらいます。もう、流される結果の最適を選ぶつもりはないんですよ。自分の得たい結果を引き寄せることに決めたんですから」

スズカゼ「カムイ様……」

カムイ「ですから、あなたに殺されるつもりはありませんし、この塔と共に燃え死ぬつもりもありません。まだ、この先を私は歩み続けます。ですから、あなたの優しさを受け取るつもりはありません」

スズカゼ「ふっ……やはりカムイ様は強い御方ですね。そのあり方をとても羨ましく思います」

カムイ「……なら逆に聞きますが、スズカゼさんは流されるままにここへとやってきたんですか?」

スズカゼ「……」

カムイ「ノートルディアでの一件を黙って見ていたことも、私の命を奪うのも、すべて流された故にですか?」

スズカゼ「それは違います、カムイ様」

アクア「……」

スズカゼ「ここにいることは私が選んだこと、後悔はありません、ここであなたに命を奪われることになっても、それはしかるべき結果ですから」

カムイ「スズカゼさん……」

スズカゼ「カムイ様、私はあなたを殺します。この優しさを押し付けさせていただきます。ですが、それをカムイ様が拒むのでしたら、私を殺してください」

カムイ「………」

スズカゼ「……」

カムイ「いいでしょう、スズカゼさん」

アクア「カムイ……」

スズカゼ「カムイ様……ありがとうございます」

カムイ「武器を構えてください。私はあなたをここで殺します」

「白夜に仕える一人の人間、スズカゼとしてのあなたを……」

784: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/28(月) 20:47:52.27 ID:ILi98R2F0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 スタッ

アジロギ「……やはり、ただ俺たちを知っているというわけではなさそうだな。こちらの技を知っているように見える」

アシュラ「それにしちゃ余裕だな。その態度」

 キィン

アジロギ「ふっ、これでもいっぱいいっぱいなんだがな。お前にはすべてが筒抜けのようなのでな」

アシュラ「ああ、てめえらの十八番は、それなりに理解してるからよ」

アジロギ「そうか……。それを見抜くことが出来ないからこそ、俺がこの任務に選ばれたのだろうな」

アシュラ「ちがうな。てめえは選ばれたんじゃねえ」

 スタッ

アシュラ「捨てられただけだ」

アジロギ「……ふっ、違いない。こうして、何一つ任務の本題を果たせることもなく、死んでいく無能の使い道など、釣り餌ぐらいなものだ。唯一できることと言えば、カムイ王女をここにおびき寄せ、焼死させられる可能性を与えることくらいだ」

アシュラ「……恨んでるんじゃねえのか、てめえの雇い主……いや、公王のことをよ」

アジロギ「恨みか、そんなものはない。この任務の先にあるのが公王、祖国の力となれるならば、恨むことない。そのことについてはな」

アシュラ「なら、何に対してならあるっていうんだ?」

アジロギ「俺自身の力量の無さ以外に、恨むことなどありはしない」

アシュラ「……それが答えってことか?」

785: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/28(月) 20:59:03.62 ID:ILi98R2F0
アジロギ「祖国のために義を尽くすが、俺たち兵の役目、そこに階級の差などありはしない。公王が望まれる発展を得るために、命を捧げることはこの身には有り余る大儀だ」

アシュラ「同情するぜ、どうやら部下にはそんな志は無さそうだからよ。それに、この部屋の生き残りはてめえだけになっちまったみたいだしな」

アジロギ「ふっ、そのようだな。烏合の衆とでは、はなから勝敗など見えていたも同然のことだろう。だからこそ、こういう計画なのだからな」

アシュラ「それで、どうするんだ」

アジロギ「決まっている、命尽きるまでお前たちを一人でも多く殺す。それが公王が俺に与えた命令であり、捧げられる唯一の忠誠なのだからな」

アシュラ「そうかい……。なら、その忠誠、俺が砕き散らしてやるさ」

アジロギ「やれるものなら、な!」

 ブンッ

アジロギ「せやあああああっ!!!!!」

アシュラ「くらいな!」パシュッ

アジロギ「ぐっ、まだ、まだ死ぬことなど、できぬ。お前らの一人も殺さずして!」

アシュラ「殺されるつもりなんてねえ。だが、てめえみたいな奴はもっと違う国に仕えるべきだったかもしれねえな。無抵抗の住民を殺した挙句に、ここで死ぬのが最後の大義なんてのは、同情するぜ」

アジロギ「俺にとっての祖国は一つだけだ。それ以外は偽りだ」

アシュラ「……そうだな。だから、俺の故郷を……祖国を潰したてめえらを、許すわけにはいかねえんだよ」

アジロギ「……ふっ、そういうことか。まさか、亡国の亡霊とこの地で会うことになるとはな」

アシュラ「そういうことだ。感づかれることは言いたくなかったけどよ」

アジロギ「なら、この結果も納得が良く。だが、それを認めて負けなど認めるのは、癪なのでな!」

 ザッ

アシュラ「来いよ、撃ち落としてやる」

アジロギ「そうして見せろ! てやああああっ」ヒュン ヒュヒュン ヒュン

 サッ

アシュラ「……逃げられると思うなよ!」

 ダッ

 パシュッ

 ドスッ

786: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/28(月) 21:11:06.29 ID:ILi98R2F0
アジロギ「ぐっ、ぐおおっ、ぐっ」ポタッ ポタタッ 

アシュラ「………終わりだな」

アジロギ「そのようだ。ふっ、要人を一人も殺すこともできずに死んで行くとはな」

アシュラ「……」

アジロギ「どうした、笑わないのか? 任務を果たせない、使えぬ男が目の前にいるのだぞ?」

アシュラ「明日は我が身だからな、俺もそうなる日が来るかもわからねえ」

アジロギ「そうか……」

アシュラ「それに言っただろ、お前のやろうとしたことに興味なんてねえ。だから、笑うつもりはねえよ」

アジロギ「く、くはははっ。ならば、せいぜい頑張ることだ、コウ……ガの民……よ」ドサリッ

アシュラ「……言われなくてもそうさせてもらうさ」カチャリ

アジロギ「」

カミラ「終わったみたいね。アシュラ」

ピエリ「すごいの、あの手裏剣の雨、どうやって避けたのよ。ピエリに教えてほしいの」

アシュラ「コツなんてねえよ。それよりそっちは」

ピエリ「いっぱいミンチにしてあげたの。すごく返り血浴びて、ピエリ綺麗になったの」ベトベト

リンカ「ピエリ、かなりの量を浴びてるぞ。一応これで体を拭いておくんだ」

ピエリ「ありがとなの。リンカもなんだかんだで優してくれるから、ピエリうれしいのよ」

カミラ「本当ね。リンカもピエリと仲良くしててうれしいわ」

リンカ「ばっ、これは一緒に戦ったからなだけでお、他意はない。本当だぞ」

アシュラ「お楽しみのところ悪いが、話してる暇はねえみたいだ。もう炎が迫ってきてるみたいだからよ。後続がつっかえないように上り切るとしようぜ」

カミラ「ええ、そうね。それじゃ、みんな早く上がりましょう」

アシュラ「ああ。……」

アジロギ「」

アシュラ「あばよ」

787: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/28(月) 21:21:50.15 ID:ILi98R2F0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

スズカゼ「……これで!」

 キィン

カムイ「そうはいきませんよ、スズカゼさん。今度はこちらからです。せやあああっ」 

スズカゼ「まだ、ぐっ……」

 スタッ

スズカゼ(……先ほどの攻撃の傷が広がり出しているようですね……)

アクア「スズカゼ、もう終わりにしましょう。傷が開いているのでしょう?」

スズカゼ「そうですね。結構、大きくなってきたと思います」

アクア「なら……」

カムイ「アクアさん、余計な真似はやめてください」

アクア「カムイ!? あなた、本気なの」

スズカゼ「……やはりカムイ様ですね。もう迷いは消し去っているということですか」

カムイ「はい、それがスズカゼさん、あなたの望みなんですから」

スズカゼ「ええ、その通りです。ふっ、本来あなたに殺されることを願うことも許されない命でしたから、カムイ様の決断は私にとってうれしいものですよ」

カムイ「それはありがとうございます……では行きますよ。スズカゼさん」シュオオオン

スズカゼ「……カムイ様、お手数をおかけします。ですが、負けるつもりはありませんよ」

カムイ・竜『……ええ、それでいいんです。では、行かせてもらいます』

 バッ ブンッ

 サッ
 
スズカゼ「まだまだです。今度はこちらの番ですよ」

 サッ

スズカゼ(いくら早いと言っても、あの巨体では旋回に時間が掛るでしょう、その隙をつけば。背骨に深く切り込めば、いくら竜であろうとも致命傷は避けられないはず)

788: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/28(月) 21:31:04.98 ID:ILi98R2F0
カムイ・竜『くっ、早いですね』

スズカゼ「ええ、これが私の持ち味ですので」

 シュンッ

カムイ「……」

カムイ・竜『さすがに、眼で追えそうにありませんね』

カムイ(流石に真正面から捕まえるのは厳しですか。となると、これくらいしか方法が思いつきません、一か八かですが)

スズカゼ(どうやら、私を見失っているようですね。ならば、今がその機会、逃がすわけにはいきません!)

 フッ

スズカゼ「そこです!」

アクア「カムイ、後ろよ!」

スズカゼ「この距離なら流石に避け切れないでしょう、これで終わりです、カムイ様!」

カムイ・竜『そうですね。でも、これで、捕まえられそうです』

 シュオオンッ

スズカゼ「人に戻るというんですか……」

カムイ「……さぁ、スズカゼさん、勝負です」

アクア「カムイ、何をして。この状態で生身に戻ったりしたら」

スズカゼ「一思いに!行かせていただきます!」

カムイ「間に合ってください!」ブンッ

 ザシュッ

 ポタ、ポタタタタ

789: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/28(月) 21:40:53.16 ID:ILi98R2F0
スズカゼ「……あなたという方は、本当に傷つくことを恐れないのですね。痛いことは苦手と言っていたではないですか」

カムイ「……はい、痛いのは苦手ですし、傷つくのは怖いです。でも、こうでもしないとあなたを拘束できませんからね」

 チャキッ

スズカゼ「ぐっ!」

カムイ「……ふふ、私の勝ちです」

スズカゼ「なぜ止めを刺さないのですか?」

カムイ「ふふ、なんででしょうね?」

スズカゼ「嘘付きですね、カムイ様は」

カムイ「いいえ。そうでもありませんよ、スズカゼさん」

スズカゼ「なぜ、そうなるのですか? 私はこうして、殺されずにいるというのに」

カムイ「言ったでしょう、白夜に仕えるスズカゼさんを殺すと。今を持って、あなたは私の物です。暗夜王国王女の所有物になったんですよ」

スズカゼ「こんな私を手に入れても……あなたにとっては重荷でしかありませんよ」

カムイ「そうかもしれませんね。でも、あなたは私が初めて指名した臣下の一人なんですよ。リンカさんとあなたは私にとって初めて自分で指名した部下なんです。それを手放すつもりはありません」

スズカゼ「……カムイ様」

カムイ「だからここであなたは生まれ変わるんです。白夜の忍ではなく、私に仕える一人の臣下として」

スズカゼ「……それは、命令でしょうか」

カムイ「はい、物に自由など許しませんので。拒否権はありませんよ」

スズカゼ「……」

カムイ「……」

スズカゼ「命を救われ、そしてここでもう一度救われることになるとは思っていませんでした。もう、それを自分のために使うことは出来そうにありません」

カムイ「では、よろしいですね」

790: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/28(月) 21:50:14.03 ID:ILi98R2F0
スズカゼ「はい。この命、カムイ様のために役立たせていただきます。白夜と刃を交えることになっても」

カムイ「ええ、改めてよろしくお願いしますね。スズカゼさん」

スズカゼ「それよりも、カムイ様、腕の傷を……」

カムイ「まだ、回復できる方がいませんから。今は刺さったままでいいです。それよりも、いつまでも私に密着していたいんですか?」

 サッ

スズカゼ「も、もうしわけありません……ぐっ」

カムイ「傷が広がるとやっかいですから、少し待っていてください」

アクア「カムイ!」

 タタタタタタッ

カムイ「あっ、アクアさん。どうにか丸く納まりま――」

アクア「ふんっ!」ボコッ

カムイ「あうっ、な、何をするんですか、アク――」

 ダキッ ギュウゥッ

カムイ「えっ?」

アクア「……ばかよ、あなたは」

カムイ「えっと、アクアさん?」

アクア「やめて頂戴。そんな風に身を犠牲にして、受け止めるなんてこと、心臓が止まるかと思ったわ」

カムイ「……ご、ごめんなさい」

アクア「謝るなら最初からしないで、あなたに何かあったら、どうすればいいのかわからないわ」

カムイ「心配を掛けてしまったみたいですね。でも、スズカゼさんも私も無事ですから……結果良ければ――」

アクア「だまりなさい」

カムイ「はい……」

791: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/28(月) 22:00:59.62 ID:ILi98R2F0
ギュンター「おや、アクア様を困らせているようですな。カムイ様」

ニュクス「本当、アクアを困らせることに掛けては、カムイは天才ね」

カムイ「ギュンターさん、ニュクスさん。無事で何よりです、それで敵は?」

ギュンター「後続も間に合いましてな。すべて始末を終えたところです。もうこの階層に敵の姿はありません」

ニュクス「それが良い知らせ、悪い知らせは炎が全く衰える気配がないってことかしら」

カムイ「そうですか。アシュラさんや、カミラ姉さんのことも気になります。上にできる限り行きましょう。そういうわけですから、アクアさん一度離れてくれますか?」

アクア「いやよ」

カムイ「……あのですね。私の血で、アクアさんの服も結構汚れちゃいますから」

アクア「いや」

カムイ「……」

ニュクス「ふふ、やっぱりアクアにとっては特別なのね」

ギュンター「そのようですな。とりあえず応急処置を――」

アクア「私がするわ。あと、スズカゼ」

スズカゼ「はい」

アクア「戻ったら、少しお話しましょう? ね?」

スズカゼ「……覚悟しておきます」

792: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/28(月) 22:10:41.16 ID:ILi98R2F0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

アシュラ「遅かったな……? 一人頭数が増えが、大丈夫かよ?」

カムイ「ご心配なく、この方は仲間ですから。それよりも、ここで終わりですか?」

アシュラ「残念だがそうみたいだぜ。それに、ここは人が出られそうな場所が見当たらねえときた。下にはもう戻れそうもねえ」

スズカゼ「はい、私達が先に来た時もここまでしか階層がなかったので。虹の賢者と呼ばれる方を探しましたが、見当たらずでした」

アシュラ「なるほどな。その虹の賢者を殺すことも、目的の一つだったってことか」

カムイ「そうですか。ふふ、スズカゼさんが私を殺すことに固執したのもわかります。これは確かに袋小路ですね」

アシュラ「でも変な話だ。外から見たときにはもう少し建物があったはずなんだが。どっかに秘密の入り口でもあるのか?」

カムイ「それを探せばいいんですか……」

カミラ「それよりも、カムイ。なんでアクアがカムイに抱きついているのかしら?」

アクア「……」

カミラ「ふふっ、また尋問しないといけないわね」

アクア「……」

カミラ「本当に何が……。カムイ、左腕のそれは何?」

カムイ「あっ、これはですね」

アクア「また、無茶したのよ」

カミラ「そう、それはよろしくないわね。アクアの行為も納得ね。これをやったのは誰かしら? もう死んじゃてるかもしれないけど」

スズカゼ「申し訳ありません、私です」

カミラ「そう、戻ったらお仕置きしてあげるから、楽しみにしてなさい。大丈夫よ、すぐに終わるわ」

スズカゼ「……はい、逃げも隠れもいたしませんので」

793: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/28(月) 22:18:53.06 ID:ILi98R2F0
 ボワワワワッ

アシュラ「ちっ、もうここまで炎が来やがったか」

カムイ「くっ……万事休すですね、どうすれば……」

 シュオオオン……

カミラ「えっ、階段? さっきまでなかったはずなのに」

???「ほっほっほ、早くこちらへ来るのじゃ。焼け死にたくなければのう」

アクア「いきなりすぎて、あやしいけど……」

アシュラ「へっ、地獄に仏ってのはこのことだ。俺は行くぜ、ここで焼け死ぬのを待つよりかは何倍もましだからな」

 ダッ

カミラ「カムイ、行きましょう」

カムイ「はい、ここで待っていても意味はありませんから、信じて進んでみましょう」

 タタタタタタッ

カムイ「ここは……」

???「よく来た、カムイよ」

カムイ「私の名前を知っている? 一体誰ですか? もしかして敵の残党ですか?」チャキ

???「そう構えるでない……」

アクア「……老人のようね」

???「ほっほっほ、確かにその通りじゃな」

カムイ「えっと、あなたは一体」

???「わしか?」

虹の賢者「わしは虹の賢者と呼ばれておる、ただの後先短い老いぼれじゃよ」

794: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/28(月) 22:29:39.04 ID:ILi98R2F0
◆◆◆◆◆◆
―暗夜王国・王都ウィンダム・レオン邸―
 
~同時刻~

 ピチャン

カザハナ「今日は思ったより早かったんだね」

レオン『……』

カザハナ「ははっ、そうだよね。いろいろと疲れてるよね。ごめん」

レオン『……』

カザハナ(はぁ、やっぱり、この前のことが尾を引いてるってことだよね。それに、こんなに早く帰ってきたってことは、やっぱり門前払いされちゃったってことかな)

 ピチャン

カザハナ(あたしたちを連れて、白夜へ向かうって言う話……。確かに口実は出来てるけど、それが許されるわけないよね)

レオン『……カザハナ』

カザハナ「な、なに?」

レオン『間違いは正されるべき、そう思わないかな?』

カザハナ「それはそうかもしれないけど、でも変なことしなくてもいいよ。だって、レオン王子の意見に賛同してくれた人だって――」

レオン『そうだね、何とかするしかないよね。毒は早く取り除かないといけない。間違ってないよ』

カザハナ「え、何を言って……」

 ガチャン

 キィィイ

レオン「……」

カザハナ「!!!!!!」サッ

レオン「……」

カザハナ「れ、レオン王子? な、何入ってきてんの! 変態、●●●!」

レオン「……を抜かないと」

795: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/28(月) 22:43:48.53 ID:ILi98R2F0
カザハナ「えっ?」

レオン「毒を抜かないといけないんだ」

カザハナ「毒、毒ってなんのこと?」

レオン「毒だよ。そう、毒さ、猛毒と言ってもいいね」

カザハナ「もう、意味わかんない。こ、こんなことしないって信じてたのに! もういい、サクラ達に言いふらしてやるんだから、結局レオン王子は、女の浴室に入ってくる変態だって!」

カザハナ(もう、一体何なのよ。ああ、レオン王子に裸まで見られて――もうやだ!)

 タタタタタッ

レオン「ふふっ、ねえ、カザハナ――」

カザハナ「なによ!」









「似合ってるよ。だから、足を止めてくれないかな」










カザハナ「な、何言ってん――」

 ピタッ

カザハナ「…えっ……。あれ」

カザハナ(な、なんで立ち止まってんのよ、あたし、早く、早く部屋に戻って、サクラ達に……)ドクン

 ドクン ドクン ドクン ドクン!

カザハナ「はぁはぁ、んぐっ、あああっ」

カザハナ(いきなり、胸が苦しく……。体が動かない、なにが、なにが起きて……)  

レオン「似合ってるよ」

 ドクン! ドクン! ドクン!

カザハナ「あぐあああああっ!!!!!! んぐああああっ!!!!!!」ドタッ

カザハナ(心臓が、心臓が、破裂、しちゃ……いそう……)

レオン「……とっても苦しそうだね、くくっ」ガシッ

 ググッ
 
カザハナ「んぐっ、はぁはぁ、ぐぅああああっ、れ、レオン王子っっ、痛い、痛いからぁ! やだぁ、やだよぉ」

カザハナ(やだ、やだ、こんなの、いやぁ……。なんで、いきなりこんなことされないといけないのよ)

レオン「ふふっ、カザハナ今の恰好、とても似合ってるよ、だからさ――」







「死んでくれないかな。今ここで……さ」







第十四章 おわり

796: ◆P2J2qxwRPm2A 2015/12/28(月) 22:46:01.71 ID:ILi98R2F0
○カムイの支援現在状況●

―対の存在―
アクアB+
(カムイからの信頼を得て、その心の内を知りたい)

―城塞の人々―
ジョーカーC+
(イベントは起きていません)
ギュンターB→B+
(恋愛小説の朗読を頼まれています) 
フェリシアC+
(イベントは起きていません)
フローラC
(イベントは起きていません)
リリス(消滅)
(主君を守り通した)

―暗夜第一王子マークス―
マークスC+
(イベントは起きていません)
ラズワルドB
(あなたを守るといわれています)
ピエリC+
(弱点を見つけると息巻いています)

―暗夜第二王子レオン―
レオンC+
(イベントは起きていません)
オーディンB
(二人で何かの名前を考えることになってます))
ゼロB
(互いに興味を持てるように頑張っています)

―暗夜第一王女カミラ―
カミラB+
(白夜の大きい人に関して話が上がっています)
ルーナB
(目を失ったことに関する話をしています)
ベルカC+
(イベントは起きてません)

―暗夜第二王女エリーゼ―
エリーゼB
(イベントは起きていません)
ハロルドB
(ハロルドと一緒にいるのは楽しい)
エルフィC
(イベントは起きていません)

―白夜第二王女サクラ―
サクラB+
(イベントは起きていません)
カザハナC
(イベントは起きていません)
ツバキC
(イベントは起きていません)

―カムイに力を貸すもの―
サイラスB
(もっと頼って欲しいと思っています)
ニュクスB
(イベントは起きていません)
モズメC+
(イベントは起きていません)
リンカC+
(イベントは起きていません)
ブノワC+
(イベントは起きていません)
シャーロッテB
(返り討ちにあっています)

804: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/07(木) 21:57:09.09 ID:6pu6Te7x0
◆◆◆◆◆◆
―暗夜王国・クラーケンシュタイン城『議会室』―
(カムイがノートルディアへと出立した日)

マクベス「まさか、レオン王子とあろう方が、未だにそのような案をあげてくるとは思いもよりませんでしたが……」

レオン「多くの兵を消耗しないようにというのが僕の考えだ。兵の消耗を見過ごすのは軍師としてどうかと思うけどね。捕虜と言えども王族は王族、使えるカードは使うべきだって僕は考えてる」

マクベス「よもや捕虜を使って揺さぶる必要などなくなったことくらいわかっておられると思いますが。それに人質として王族が機能するとは思えません。現に白夜は捕虜のことを省みず、暗夜に攻撃を仕掛けてきたこと、忘れたわけではないでしょうな?」

レオン「……」

貴族A「マクベス様の言う通りですよ。いやはや、王子とあろう御方が暗夜王国の力に疑問を抱いているとは思いたくありませんが……」

レオン「できる限り戦力を失わないようにするのは当たり前のことだ。財が湧水のように出てくると勘違いしている人には、理解できないことかもしれないけどね」

貴族A「それは、誰のことを言っているのですかな、王子」

レオン「どうしたあなたが気にされるのか、思い当たる節でも?」

貴族A「王子!」

マクベス「お静かに、ここは議会の場です。レオン王子も調和を乱すような言葉は慎むようお願いします」

レオン「……」

806: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/07(木) 22:10:17.18 ID:6pu6Te7x0
貴族B「私としてはレオン王子の案も悪くないと思います。白夜を降伏させるには人員と時間は多い、少しでもそれを削減できる面はあります」

マクベス「しかし、ガロン王様の望まれているのは征服であり、降伏ではありません。そこを勘違いされては困ります」

貴族B「そうですか、ですが私はレオン王子の考えに賛成という形を取らせていただきます。農村部の方たちは現状、自らの生きる場所の維持で手いっぱいでありますゆえ、兵の召集を行えば、それだけで弱気衰えていくことになりかねません。レオン王子の案では地方農村部の者たちへの出兵は上がっておりません。未だ農村部ではノスフェラトゥの被害も報告に上がっていますので、そのことを考えれば――」

マクベス「あなたの意見、参考にはさせていただきますよ」

レオン「……それで、どうするつもりなんだい?」

マクベス「今日は案を提出するだけの時間ですよ。今すぐに決められるものではありませんよ。提出されている案は多くありますが、皆さん多くに目を通していただきますように、お願いいたします。それでは、今日の議会はこれで終わりです」

レオン「……」

マクベス「レオン王子も自分以外の案に目を通して置く様にお願いいたしますよ」

レオン「言われなくてもわかっている」

マクベス「では」

 ガチャ バタン

807: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/07(木) 22:24:55.43 ID:6pu6Te7x0
貴族B「中々、うまくはいかないものですね。レオン王子」

レオン「……すまない、兄さんから話を聞いて僕の案に賛成してくれたというのに……」

貴族B「いいえ、お気になさらず。先日のカムイ王女様の式典にて、マークス王子と話をさせていただきましたゆえ、私の方がレオン王子に頼っている身ではありますので」

レオン「僕の案がたまたま貴殿の物に合致しただけだ。それにやはり農村部に住む民は白夜侵攻に賛成ではない、そういうことなんだね」

貴族B「いいえ、地方の農村部に住む人々にとって、白夜と暗夜の戦争など関係のないことですよ、レオン王子」

レオン「えっ?」

貴族B「そうですね、レオン王子がよく耳にするのは反乱をおこす懸念のある部族や、地域の方々でしょう?」

レオン「そうだね。暗夜内部で反乱がおきないように取り計らう必要がある」

貴族B「はい、それは間違っていません。ですが、レオン王子、マークス王子が気にされているのはそういった余力をもった方々ではないのです」

レオン「?」

貴族B「アの方が気にされているのは人手が足りず、自己防衛手段も乏しく、限られた大地で生きることに全力を注がなければ暮らしを維持できない、そういった方々のことです」

レオン「……」

貴族B「たしかに援助を頼めば良いというかもしれませんが、地方農村部の土地に住まう人々が、どういう境遇かは理解していると思います」

レオン「敗戦国の生き残り……だよね」

808: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/07(木) 22:37:03.60 ID:6pu6Te7x0
貴族B「はい、彼らは潜在的にガロン王様を恐れています。援助を頼むことで死ぬことさえもあり得ると思っているほどにです。出来る限り、視察の際に援助を行っていますが、そういった集落の数は前年に比べて増え始めています」

レオン「父上だってそのことは知っているはずだよ。後手後手になっているのは、何か理由があるはずだ、そうだろう?」

貴族B「……理由ですか、それがあるのなら良いのですが」

レオン「?」

貴族B「……レオン王子、今から私の発言ですが、貴族ではなく、あくまで私個人の意見として扱っていただけないでしょうか?」

レオン「それは……」

貴族B「……」

レオン「……わかった、約束するよ」

貴族B「ありがとうございます……」

レオン「それで、君の個人としての意見というのはなんだい?」

貴族B「……今のガロン王様は民のことなど見ていない、私はそう思えてならないのです」

レオン「……それは民を人として、と言うことかな?」

貴族B「いいえ、国を動かす人間にとって民を人としてみることあまり良くないことでしょう。悪魔でも国は民を駒として扱う必要があります。ですがガロン王様は駒も見ていないし人も見ていない。そう思えてならないのです」

レオン「どういう意味かな、それは……」

809: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/07(木) 22:49:14.50 ID:6pu6Te7x0
貴族B「私はマークス王子が生まれるよりも少し前から、暗夜王国に身を置いてきました。だからこそ、感じるものがあるのですよ。今のガロン王様には暗夜王国の地図は広がっていないと」

レオン「……」

貴族B「レオン王子、あなたが白夜の王女とその臣下を助けたいという思いさえも、ガロン王様にとっては興味の対象になっていないと思ったほうがいい。今のガロン王様は作戦をマクベス様にすべて一任している。昔のガロン王様ならしないようなことを、今しているのですから」

レオン「……」

貴族B「私はあなたの計画に賛成しています。交渉の可能性、それで白夜との戦いに終わりを作ることができるのであればと。民があっての国であり、駒を的確に運用できてこそ、王たる資質であると私は考えています。残念ながら、私は今のガロン王様の言葉に命を掛けて従えるかどうか、正直決め兼ねているのです」

レオン「その言葉は反逆の兆候と言ってもいいものだ。僕に向かって父への不信感を口にするなんて」」

貴族B「わかっております。ですが、私はガロン王様の武勲ではなく、決意を曲げない国造に心惹かれ同じ旗を仰いできました。でも今や空を見上げてもその旗は靡いていないのです」

レオン「……」

貴族B「ですから、私はマクベス様ではなく、あなたの計画に賛同しています。あなたの考えるもの、そこにわずかですが見える、共存を模索しているその姿にです」

レオン「……」

貴族B「私から言えることはこれだけです。それでは失礼いたします。また、明日にお会いしましょう」

 タッタッタッ

レオン「……」

810: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/07(木) 23:01:23.37 ID:6pu6Te7x0
◆◆◆◆◆◆
―王都ウィンダム・レオン邸―

レオン(父上の前に暗夜王国の地図が広がっていない……そう言っていた。彼は地方農村部の査察を行っている貴族だ。父上の下で働いて来た時間は長く、暗夜王国の繁栄を目で見てきた分、彼の言葉には信憑性がある……)

レオン(いや、だからなんだ。僕は父上の息子だ。父上が育て上げてきた暗夜王国の王子だ、父上を信じないでどうするんだ……)

レオン「……」

レオン(でも、姉さんの式典はタイミングを考えるにおかしかった。確かに、いろいろと内通者の件も考えれば手を出せない位置にはできたけど、部族の者にはあれは力の誇示にしか見えなかったはずだから。民のことを考えれば、あんな式典をやる必要なんてなかったはずなんだ)

レオン「……だめだ。今は、三人を白夜に引き渡せる形を作らなきゃいけないって言うのに……」

 コンコン

レオン「誰だい?」

カザハナ『レオン王子、あたしだけど』

レオン「カザハナ?」

カザハナ『……ちょっと、入ってもいいかな?』

レオン「別に構わないよ」

 ガチャ バタン

レオン「それで、どうかした?」

カザハナ「……」ジーッ

レオン「どうしたんだい、僕をそんなに見てさ。顔に何か付いてるのかい?」

カザハナ「やっぱり、自覚ないんだね」

レオン「?」

811: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/07(木) 23:12:43.58 ID:6pu6Te7x0
カザハナ「レオン王子が本当に悩んでる時って顔色全然違うからさ。ツバキやサクラにもバレバレなんだから」

レオン「……そう。それで、何の用かな?」

カザハナ「今日の会議って……白夜侵攻の話だったんでしょ」

レオン「それは……」

カザハナ「隠さなくてもいいから、そんな気がしてたからさ」

レオン「……ああ、白夜侵攻に関する作戦の立案があった。僕も考えた案を出させてもらったよ」

カザハナ「そう、でも見たところ、うまくいかなかったぽいね」

レオン「はは、その通りだよ」

カザハナ「やっぱり」

レオン「それで……解決できない僕を見物に来たってこと? 暇だよね、カザハナはさ」

カザハナ「そ、そうじゃないから。また一人で悩んでるのかなって思ってさ……」

レオン「……」

カザハナ「言ったよね、力になるって。ツバキもサクラも、レオン王子の力になれるなら協力するって言ってるし、それに今回のことはあたしたちにも関係あることだから」

レオン「本当に僕は君たちに助けられてばかりだ。支えられて、甘えて、日常に新しい色さえも分けてもらった」

カザハナ「レオン王子……」

レオン「だから思うんだよ……僕ほどの無能はこの世にいない……」

812: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/07(木) 23:26:22.33 ID:6pu6Te7x0
カザハナ「無能って、そんなことないよ!」

レオン「カザハナは優しいよ、本当にさ。でも、今はその優しさがとても辛いんだ」

カザハナ「辛いって……」

レオン「僕がほしかったものを、君たちはすぐに渡してくれる。示してくれる……それがとても辛い、辛いんだよ」

カザハナ「れ、レオン王子」

レオン「………」

カザハナ「あ、あの…さ」

レオン「今回は放っておいてくれないか。僕一人で、何とかしてみせるから」

カザハナ「そ、そんなこと言われても!」

レオン「お願いだ、カザハナ。これ以上、僕自身の無力さを……見ないでくれないか」

カザハナ「……そんなこと、レオン王子は――」

レオン「……」

カザハナ「……ごめん。お節介だったよね……。あ、あたしってそういうのわからないから……」

レオン「……」

カザハナ「でも、あたしたちレオン王子のこと信じてるから……それだけは忘れないで」

レオン「……」

カザハナ「…………」

 ガチャ バタン

レオン「……八つ当たりして、まるで子供じゃないか」

カザハナ『でも、あたしたちレオン王子のこと信じてるから……それだけは忘れないで』

レオン「信じてる……か」

レオン(姉さん、僕に誰かを信じる資格なんてあるのかな? 姉さんにさえ、本当のことを告げられない僕が、誰かを信じるなんて虫が良すぎるよ。僕一人の力でどうにかしてからじゃなきゃ、信じることなんて……)

カザハナ『でも、何でもかんでもカムイ様の発言を基準に取るのは間違ってるってあたしは思う』

レオン(……僕は……自分一人で決められるのか。自分が定めた、目標に向かって歩けるのか。僕は……姉さんの示した基準だけをずっと、ずっと……追いかけてきたって言うのに……)

813: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/07(木) 23:40:15.57 ID:6pu6Te7x0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ガチャ バタン

カザハナ「あはは、サクラ……今戻ったよ」

サクラ「カザハナさん……大丈夫ですか」

カザハナ「大丈夫、大丈夫だから……。えへへ、えへ……へ……」

ツバキ「カザハナ、レオン王子に何か言われたんだよね」

カザハナ「……」

サクラ「話してもらえませんか……」

カザハナ「……あたしたちの力なんていらないって……、返されちゃった」

サクラ「カザハナさん」

カザハナ「あたしたちが優しくしてくれることが辛いって、言われちゃって……」

サクラ「……」

ツバキ「カザハナ」

カザハナ「ツバキ、サクラ、どうすればよかったのかな。あたしたちは、やっぱりただの捕虜としているべきだったのかな? あたしが最初、レオン王子にお風呂の件とか話に言った所為でこんなことになっちゃったのかな……」

ツバキ「今さら前のことを掘り返すのはよくないよ」

カザハナ「でも……」

サクラ「ツバキさんの言う通りですよ。それに、そのことがあったから、私たちはレオンさんと仲良くなれたんですよ」

カザハナ「でも、レオン王子、力なんていらないって、あたしたちのこと重荷みたいに言ってたから」

ツバキ「はは、多分だけどレオン王子は素直に甘えられないんだよー。特に一番辛い時はね」

814: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/07(木) 23:54:14.87 ID:6pu6Te7x0
カザハナ「何それ、意固地なだけじゃん」

サクラ「……昔から弱さは見せないようにしてたそうです。レオンさんがまだ幼かった頃は、親族間での争いが多かったって聞きましたから。たぶん、私たちの手を今までとっててくれたのは、まだレオンさんの中で他人だったからかもしれません」

カザハナ「どういうこと?」

サクラ「その恥ずかしいことですし、自惚れてるだけかもしれませんけど、私たちはレオンさんにとって大切な人になってるんじゃないかって、そう思うんです」

カザハナ「あたしたちが?」

ツバキ「うんうん、俺もそう思うよ。それにカザハナのことだから、レオン王子に信じてるって言ってあげたんじゃないかなー?」

カザハナ「う、うん」

ツバキ「なら、信じて待とうよ。俺たちの信じるレオン王子のことさ。俺達が先に折れたら、そこで終っちゃうよ。信じて待つのって難しいことだけどさ、でも無駄にはならないはずだよ」

サクラ「ツバキさんの言う通りです。私もレオンさんを信じて待ち続けますから。その、しばらくは話し辛くなっちゃうかもしれないけど……問題が解決したら、きっとレオンさんから声を掛けてくれます」

カザハナ「サクラ、ツバキ……ありがと」

サクラ「えへへ」

カザハナ「でも……それまでのお風呂、とっても気まずい気がするんだけど」

ツバキ「それは、お互い我慢するしかないかなー」

サクラ「そ、そうですね」

カザハナ「……仕方ないか、えへへ。まぁ、我慢してあげないと」

ツバキ「カザハナは機嫌治るの速いねー」

サクラ「ふふっ、機嫌が戻ってよかったです」

カザハナ「うん」

カザハナ(きっと、大丈夫だよね……)

815: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/08(金) 00:08:23.16 ID:VUEBvKTf0
◆◆◆◆◆◆
―暗夜王国・クラーケンシュタイン城―

マクベス「ミューズ公国へ、ですか?」

ガロン「ああ、ノートルディアの件はカムイに、そして白夜侵攻の作戦立案はマクベス、お前に一任している。わしは口を出すつもりはない」

マクベス「承知しました。護衛にはガンズとゲパルトたちを付けましょう」

ガロン「うむ、明日にはミューズへと向けてわしは出る……。白夜侵攻の件、多くの案が挙がっているようだな」

マクベス「ええ、無限渓谷からの正攻法を支持する動きが多くあります。この作戦は暗夜の武力の高さを見せつけるには効果的でしょうから、表向きはこの作戦を行うこととなるでしょう」

ガロン「ふむ、では、それよりも先んじて行われる先行作戦は少数で出し合っているようだな?」

マクベス「はい、現在カムイ様が解放に向かっているノートルディアを含んだ南東海域を使っての先行部隊の作戦です。問題は今二つに枝分かれしているということでもありますか」

ガロン「ほう?」

マクベス「レオン王子は未だに王族捕虜を使用した作戦を立案されておられます。これに多くの地方を管轄する貴族の者たちが賛同している形と言えるでしょう。王都駐在の貴族は私の案、イズモ公国までを支配侵略する作戦に関心を持っていると言ったところです」

ガロン「ほう、イズモは中立国であったが、その点を心配するつもりはない。マクベス、お前にすべて一任していることを忘れぬようにな」

マクベス「もちろんでございます。中立的に決めさせていただきますのでご安心を、ガロン王様」

ガロン「そうか、話は以上だ。ミューズ公国に滞在中の合間、王都のことはお前に任せよう」

マクベス「ありがたきお言葉です、ガロン王様。……それでは、私は失礼させていただきます」

ガロン「うむ……」

 ガチャ バタン


816: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/08(金) 00:20:21.79 ID:VUEBvKTf0
ガロン「ふっ、どちらになろうと構わぬというのに律儀な男だ。何を選んでも、運命を変えることはできぬというのにな」

 ガタッ

ガロン「マクベスと同じく、奴も律儀な男だ。幾らあがこうとも変わらぬというのに、愚かなことよ」

ガロン「命令通りに動く良い駒ではあったが、それもここまでだろう」

ガロン「戻りはしないというのに、いろいろと策を巡らしていたが、ふっ、実ることもない努力を続ける道化というのは見ていて愉快なものだ」

ガロン「その行いは新しい火種になるには十分……いや、奴にとっての火種にならずとも別に問題はあるまい。いずれはまた別の火種になる、どちらに転ぼうとも、我にとっては楽しむべき余興に過ぎぬ」

 バッ
 
ガロン「さぁ、愚かな者たちよ、どちらに進むか!?」

ガロン「行きつく果てが同じであろうと、その道筋は幾つも存在している。せいぜい愉快な催しで我を楽しませるがいい、それこそが――」

「お前達が我に示せる、唯一の娯楽であり愉悦なのだからなぁ」

824: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/11(月) 21:41:15.73 ID:8mfHbC5+0
◆◆◆◆◆◆
―暗夜王国・クラーケンシュタイン城―

マクベス「では、今日の議会はここまでとします」

レオン「………」

レオン(結局、昨日と変わらずの平行線だ。南東海域からフウマ公国を経由して白夜領への侵攻は同じだ。だけど中立国も侵略の対象とするマクベスの考えと、中立国には手を出さずに中立国のいずれかで交渉をまずしようという僕の考え)

レオン(誰も白夜の攻勢など恐れていない今、やっぱりサクラ王女たちを使っての交渉のメリットは……ないに等しい)

レオン(一体どうすれば……)

マクベス「それにしてもレオン王子、本日もいつもどおりの時間にやってくるとは、少々問題ではありませんかな?」

レオン「なんだいマクベス、来る時間に問題はなかったはずだよ」

マクベス「そうですな。議会には十分すぎるほど間に合っております。しかし、本日はガロン王様がミューズ公国へと向かわれることになっておりましたのに、出国のご挨拶に現れないというのは問題でしょう」

レオン「父上が、ミューズ公国に?」

マクベス「おや、お聞きになっていなかったのですか? 昨日話が上がりましたので、てっきりレオン王子は知っているものかと思いましたが……」

レオン「……初耳だ。父上からそのような話は聞いてない」

825: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/11(月) 21:54:40.23 ID:8mfHbC5+0
マクベス「そうですか。ともかく、ガロン王様はミューズ公国に向かわれました。この私にはその予定を話してくださいましたが、唯一ウィンダムに残っているご家族に言葉もないとは」

レオン「何が言いたいんだい、マクベス」

マクベス「とくになにもありませんよ。しかしご安心を、ガロン王様の留守であろうとも、皆さんの意見をないがしろにしたりは致しません。もっとも、今の状況では私の案に落ち着きつつあるというのが現実ですが」

レオン「……そうだね。滅ぼすことだけを考えれば、マクベスの案は理想形だよ。後々の問題も一緒に解決できる」

マクベス「当然です。ガロン王様の望みは征服、その先に暗夜王国以外の国などある必要もないのです。わかっているとは思いますが」

レオン「……わかっている」

マクベス「ならば、よいのです。では、私はもう戻らせていただきます。まだ、明日の準備が残っておりますので。それでは、レオン王子、またお会いしましょう」

 ガチャ バタン

レオン「……わかってる。わかってるんだよ……父上が望んでいることが白夜の降伏ではなくて、白夜を征服することだってことくらい」

レオン(でも、僕は姉さんにサクラ達のことを頼まれているんだ……。投げだせるわけない)

レオン「姉さん達はもうディアに付いた頃だよね……。姉さんが帰ってくるまでに、どうにかしないといけない……」

レオン(このままだと、今は僕の案を支持している者たちも、いずれマクベスの案に流されることになる……)

レオン「……戻ろう、ここで時間を潰しても何も解決したりしない」

826: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/11(月) 22:06:42.37 ID:8mfHbC5+0
 ガチャ バタン

レオン(でも、一体何をすればいい? カザハナに八つ当たりして、その答えもうやむやにしたままで……)

???「おやおや、まだ残っていたのですか、レオン王子」

レオン「………それは僕のセリフだよ、マクベス。早くに戻って準備をするんじゃなかったのかい?」

マクベス「ええ、資料の忘れ物をしましてね。すぐに戻ろうと思いましたが……」

レオン「なんだい、まだ僕に何か用があるって言うのかい?」

マクベス「ええ、少し思うことがありますゆえ、少々良いですかな?」

レオン「どういう風の吹きまわしだい?」

マクベス「ご心配なくレオン王子。これはむしろ、あなた自身のために、聞いていただきたいことです」

レオン「僕自身のため?」

マクベス「ええ。ここでは場所もなんでしょう、貴賓室を一つ準備させますゆえ、そちらに」

レオン「……いいだろう」

マクベス「ふっ、ではこちらへ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

マクベス「そちらに御掛けなっていただいて結構です」

レオン「それで、僕自身のためになる話、それをしてくれると言っていたけど」

マクベス「はい、話と言うのは白夜の捕虜に関することです。レオン王子がそれほどまでに彼らを利用しようとしているのか、とても不思議でしたので」

827: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/11(月) 22:22:05.76 ID:8mfHbC5+0
レオン「捕虜と言っても一般兵にすぎないと言うのなら問題ないけど、サクラ王女は王族で、残りの二人はその臣下。利用価値はある」

マクベス「王族だからと言って、それが利用価値になるという証明にはなりませんよ。やはり、あなたのお考えは不可思議なものでしかありませんな」

レオン「……」

マクベス「レオン王子、正直に申し上げますが、白夜の捕虜を救うことに意味などありません。前のあなたでしたら、国内の反乱問題が終わりを迎えたと同時に彼らを処刑したことでしょう、別に処刑したことを白夜へ公表する必要などありません。それに手元にいない幻想の人質のほうが、使い勝手がいいのですよ。特にほぼ勝ちが見えているこの戦いでは尚更でしょうな」

レオン「そ、そんなことは……」

マクベス「やはり、レオン王子は弱くなられたようだ。ガロン王様も、ご子息が他国の要人にばかり気を向ける腑抜けになったと思われれば、さぞ悲しむことでしょう」

レオン「父上は僕に捕虜の件を任せてくれている、その発言は父上の裁量を疑問視しているようにも聞こえるけど?」

マクベス「そうでしたな、これは失礼しました。ですが、この頃のあなたはガロン王様の提案に対して、多く意見することが多いように思えます。他人よりも自身の身の振り方をただされた方がよろしいのではありませんかな?」

レオン「僕はただ……」

828: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/11(月) 22:34:21.87 ID:8mfHbC5+0
マクベス「意見しているだけと言いたいようですが、あれは意見と言うよりわがままの類、我慢ならない子供という歳でもないでしょう。王子であるあなたがガロン王様に意見しているというのは、全体の士気にも影響しかねません。だからこそ、ガロン王様は本日の出国の件を、あなたに教えなかったのかもしれませんね」

レオン「何が言いたい?」

マクベス「ガロン王様はあなたが誑かされていると思っておられるということです。故に前のあなたに戻るため、毒を取り除くのが一番良いことと言えるでしょう」

レオン「何を言っている……」

マクベス「御心当たりはあると思いますが、あなたを誑かす毒のことくらいは、そう今でもあなたはそのことばかりを気にしてばかり、とてもではありませんが」

レオン「口を慎め、マクベス!」

マクベス「目くじらを立てないでほしいものですな。私は悪魔でも正論を述べているつもりです。白夜は捕虜に価値がないと最初の攻撃で示しているというのに、そんな者たちに気を向けるなど、時間の無駄ですな」

レオン「時間の無駄、だって言うのか……」

マクベス「暗夜王国……いえ、ガロン王様の目的を成就させることを考えれば捕虜など必要ない、それがわからないわけではないでしょう、レオン王子」

レオン「……」

829: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/11(月) 22:47:22.78 ID:8mfHbC5+0
マクベス「レオン王子、あなた自身から彼らに処刑を告げる必要はありません。このマクベスに、一言申し上げてくださればよいのです」

レオン「……」

マクベス「白夜の捕虜を処刑しろと。そう申していただければ、私が決めたこととして処理させていただきます。今のあなたが変わるには、その背に乗せた無駄な物を落とす必要があります。そう、戦争が始まった直後のレオン王子に戻っていただきたいのです…」

レオン「……」

マクベス「さぁ、レオン王子。ガロン王様、暗夜王国の民……。なにより、あなた自身のために、要らぬ荷は下してしまいましょう。それが最良の判断となるはずですから」
 



 ドクン




レオン「……最良の、判断?」

マクベス「はい、あなた自身のために、その心の枷を取り払いましょう。私がお手伝いいたします、レオン様」




 ドクンドクン




レオン「僕は……」

レオン(やっぱり、僕は……自分一人で決められない……。マクベスの言うとおり、僕はサクラ王女たちと出会って、もっと弱くなったのか……)

マクベス「ふっ……さぁ、レオン様、あなた自身のために、白夜の捕虜を」




 ドクンドクンドクン




レオン「白夜の捕虜を…………」

830: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/11(月) 22:59:02.45 ID:8mfHbC5+0
マクベス「はい、かつてのレオン様に戻られるために、あなた自身のために、あの者たちを殺しましょう」




 ドクンドクンドクンドクン




レオン(殺してしまえば、殺せてしまえば……、僕は……駄目な人間だって……知ってもらえる)

レオン(知ってもらえたら……求めてもいい立場になれるかもしれない……)

レオン(……なら、それでもいいのかもしれない)

マクベス「さぁ、レオン様。あなた自身のために、この私に命令してください。それが、あなた自身のために、なるのですから。さぁ、白夜の捕虜たちを殺せと……」

レオン「白夜の……」

レオン(失敗したら、きっと、きっと姉さんは……そうしてくれるはずだ)

マクベス「さぁ、レオン様……」

 ドクン

レオン(だから、もう、ここであきらめても……いいよね、姉さん)

 ドクンドクン
 
レオン「白夜の捕虜たちを……」

 ドクンドクンドクン

レオン(殺―――)







『あたしたちレオン王子のこと信じてるから……それだけは忘れないで』

831: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/11(月) 23:11:17.42 ID:8mfHbC5+0
 ドクン……ドクン……ドクン

レオン(……)

レオン(…………)

レオン(………………)

マクベス「レオン様、どうされました。ささ、命令を、あなた自身のために、白夜の捕虜を殺してしまうのが一番、ご安心ください、レオン様の手を煩わせたりなど……」

レオン「……」

レオン(……忘れるわけにはいかない)

レオン(サクラ王女もツバキもカザハナも、僕を信じる以外にできることなんてないのに、その僕がそれを投げ出してどうするんだ)

レオン(まだ、僕は彼女たちを引き取った責任を、何一つ果たせてない)

レオン(最初、サクラ王女たちを引き取ったのは姉さんがそれを望んだからで、僕自身の考えじゃない。正直、姉さんのためにそうしただけだった)

レオン(でも、このサクラ王女たちを白夜に帰したいっていう思いは僕自身の考えだ。姉さんに頼まれたんじゃない、僕自身が考えたことだ)

レオン(それを今ここで、捨てるわけにはいかない。ここで、もし投げだしたら、僕は信用することされることを永遠に受け入れられなくなってしまう)

レオン(……それはだめだ。そんな姿を姉さんになんて見せられない……)

832: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/11(月) 23:26:50.13 ID:8mfHbC5+0
レオン「マクベス……」

マクベス「はい、レオ――」

レオン「……途中で投げ出す方が示しが付かない、そうは思わないかな?」

マクベス「! 何をいきなり、白夜の捕虜を殺すのではなかったのですか!?」

レオン「お前の考えはよくわかった……確かにお前の言うとおり僕は弱い」

マクベス「レオ……レオン王子、私は、あなた自身のために、白夜の捕虜を殺すべきだと進言しているのです」

レオン「白夜の捕虜を殺したところで、僕は変わらない。それと勘違いしないでほしいけど、僕は何も変わってない。基から僕は弱いままだ」

マクベス「なにを言って!?」

レオン「僕に関する話は以上だ。それとお前が白夜の捕虜をよく思っていないことはわかった。どうやら、どんなに話し合ってもお前と意見が合うことはない。たしかにそれがわかったのは僕自身のためになったよ、礼を言わせてもらう」

マクベス「……レオン王子、正気なのですか!?」

レオン「僕は正気だよ。だから、諦めるつもりはない」

 ガタンッ

レオン「時間を取らせたね。資料を取りに戻ったところだったんだろ。早く取って戻ったらどうだい?」

マクベス「…………」

レオン「僕は明日の準備をしないといけないから、これで失礼させてもらう……それじゃ」

 ガチャ バタン

833: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/11(月) 23:37:34.00 ID:8mfHbC5+0
マクベス「そうですか」

マクベス「……諦めるつもりはないですか」

マクベス「……」

マクベス「……ひょ」

マクベス「……ひょほ」

マクベス「……ひょーっほほほほ!」

 ガタンッ

マクベス「まさかここまで毒が入り込んでいるとは、諭してどうにか決別していただこうと思いましたが、どうやら無理ということですねえ……」

マクベス「仕方ないですねえ、ここはもう実力行使以外に方法はないでしょう」

マクベス「レオン様の体を蝕む毒、あの白夜の害虫を力づくでも抜いて差し上げなければ。このままではレオン様はどこまでも弱いまま……」

マクベス「これも、レオン様のため。かつての冷酷なレオン様に戻っていただかなければ……」

マクベス「毒は早く取り除かないといけません。大丈夫、準備は整っていますからねえ」

マクベス「毒をさっさと抜いて差し上げましょう――」

「レオン様を誑かす、とても悪い毒を……この私の手で」

843: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/15(金) 21:12:23.34 ID:uGA9V7Z60
―暗夜王国・王都ウィンダム『レオン邸』―

レオン「すまないが、今日は長丁場になると思う」

メイド「そうですか。ということは、お帰りは明日になるということでしょうか?」

レオン「最悪そうなうはずだ、できれば今日中に線引きを済ませたいからね」

メイド「……サクラ様たちのことですね」

レオン「ああ、それと少しだけ思うことがあってね、すまないが……」

メイド「わかりました。本日の間はレオン様がお帰りにならない限り、門を閉じておきます、ご安心ください」

レオン「そうしてくれると助かるよ」

メイド「いいえ、お留守を預かるのも私たちの仕事ですので、サクラ様たちのことはお任せくださいませ。それに皆様、レオン様に遠慮してか、この二日間はお風呂に入られていないようですので」

レオン「……それは間違いなく僕の所為だろうね。何とかしないと」

メイド「ふふっ、今日でそれが解決するとよいですね」

レオン「そのつもりだよ。サクラ王女たちのこと、任せるから。それじゃ」

メイド「はい、お気をつけて行ってらっしゃいませ」ペコリッ

 ガチャ バタン

メイド「さて、夜に向けて色々としないと――」

 テトテトテトテト

メイド「?」

サクラ「あっ」

カザハナ「え、えっと」

844: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/15(金) 21:25:54.93 ID:uGA9V7Z60
メイド「サクラ様にカザハナ様?」

ツバキ「一人足りてないよー、僕もいるからさ」

メイド「これはツバキ様も、一体どうされましたか?」

サクラ「え、えっと。そのレオンさんは……」

メイド「ただいま、お出かけになられました。今日は最悪帰ってこられないかもしれないと仰せつかっております」

サクラ「そうですか」

カザハナ「そう……」

ツバキ「ははは、二人ともがっかりしてるね」

メイド「ふふっ、ツバキ様の言う通りです、そんなにがっかりしないでください。今日だけ帰ってこないだけの話ですから」

カザハナ「そんな、がっかりなんてしてないし」

メイド「いいえ、この二日間は一言も口をきいていなかったようですから、カザハナ様の気の落ちようは、目に見えてわかりましたので」

カザハナ「ううっ、仕方無いじゃん。だって、元はと言えばあたしが原因だったわけだし……それにさ」

サクラ「はい、レオンさんのことを信じて待つことが今できる私たちのことじゃないかって思って」

メイド「では、どうしてレオン様をお探しに?」

ツバキ「二人はレオン王子の姿が見たかったみたいだからねー」

メイド「まぁ、そうなんですか」

カザハナ「まだ問題を抱えてるのかなって……」

メイド「問題は抱えていますよ。でも、昨日に比べてみれば、何か吹っ切れているようにも感じられましたから」

845: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/15(金) 21:37:51.66 ID:uGA9V7Z60
サクラ「そ、そうなんですか?」

メイド「ええ、それに皆さんのこと、とても心配していらっしゃいましたから、今日中に色々なことを解決させるつもりのようですので」

カザハナ「そ、そう。なら、別にいんだけどさ」

メイド「……ふふっ、こうしてみると、やはりお互い大切に思い合っているということでしょうか」

サクラ「えっ?」

メイド「レオン様がご家族以外の方を心配されたことなどほとんどありませんから。サクラ様たちは、そういう意味でとても特別な方々と言ってもいいでしょうね」

カザハナ「特別になれてる……ってこと?」

メイド「はい、多分ただの捕虜でしたら、シュヴァリエ公国の反乱鎮圧の件が始まる前に、何かしらの出来事が起きていたかもしれませんし、私もこうやって世間話をすることもなかったでしょう。レオン様にとっての重要な外交的カードである前に、私個人はサクラ様たちを信頼できる方と思っていますから」

サクラ「な、なんだか照れてしまいます……」

メイド「ふふっ、そうやって照れている姿もどこか愛らしいものですね」

カザハナ「でしょ、サクラはとっても愛らしいんから」

ツバキ「うんうん、たしかにねー」

サクラ「あ、愛らしいって……そ、そんなことは」

846: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/15(金) 21:48:04.45 ID:uGA9V7Z60
メイド「やはり愛らしい方です。どこか頑固なところも、その可愛らしさを引き立てていると私は思います」

サクラ「が、頑固なところって……」

ツバキ「はは、サクラ様って印象のままに話しかけると、時折みせる頑固さに驚く人は結構多いからねー」

カザハナ「たしかにそうかも」

メイド「……ところでですが」

サクラ「はい?」

メイド「お風呂に入りたいのであれば、私が監視に付かせていただきますが、いかがでしょうか?」

サクラ「……え、えっと」キョロキョロ

ツバキ「……」コクリ

カザハナ「……」コクリ

サクラ「……あの、折角の申し出ですけど、遠慮させてもらってもいいでしょうか?」

メイド「そうですか」

サクラ「はい」

メイド「サクラ様たちは自身の体を伝う、瑞々しいお湯の滴る音をレオン様だけに聞いてもらいたい、そういうことですね」

ツバキ「その解釈は、さすがに引くかなー」

サクラ「そ、そそそ、そういう意味じゃありません!」

カザハナ「ちょ、どういう解釈してんのよ、あんた!」

847: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/15(金) 22:00:25.63 ID:uGA9V7Z60
メイド「違うのですか? 確かに扉を一つ挟んだ先から聞こえる水音というのは、そそられるものがあるものですのでてっきり……。それにサクラ様やカザハナ様が浴びたお湯、ツバキ様が浴びたお湯……おっと、これはいけませんね。ツバキ様のお湯はなんだかイケない香りがします」

ツバキ「なんで俺だけイケないのかなー?」

サクラ「わ、私やカザハナさんが使ったお湯をどうするんですか。そもそも何に使うんですか!?」

メイド「冗談です。でも、皆さん毎日お風呂に入りたいから、監視付き条件でお風呂を勝ち取りましたのに、どうして?」

サクラ「……私たちがレオンさんと仲良くなれたきっかけだから、それにこれはカザハナさんが繋げてくれたものです、それを破ったりできません」

カザハナ「サクラ」

メイド「ふふっ、お風呂場で始まる繋がりということですね」

カザハナ「???」

サクラ「? お風呂で始まる繋がり……はうっ////」

カザハナ「え、サクラ、どういう意味かわかったの?」

メイド「……サクラ様は、思ったよりもおませさんですね。いえ、見た目の印象に反して耳年増というか」

サクラ「ちがいますちがいますから……ううっ////」

カザハナ「???」

ツバキ「あのー、サクラ様に変な想像させないでもらえないかなー?」

848: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/15(金) 22:12:18.66 ID:uGA9V7Z60
メイド「ふふっ、ごめんなさい。……でも、こうやって話してみて、皆さんがレオン様にとって大切な存在になれたのが、なんだかわかった気がします」

サクラ「えっ? でも、メイドさんたちのほうがレオンさんと過して来た時間は……」

メイド「そうですね、確かに時間は長いです」

メイド「でも、これは仕事で積み上げてきた時間、友人や家族のようなそういう温かみのある物ではありません」

サクラ「温かみですか?」

メイド「はい、サクラ様たちのように近くで話をしたりはしますが、それは職務の範囲です。たしかに信頼関係はありますが、そこにあるのは単純なイエスとノーの関係と言えばいいかもしれません」

カザハナ「イエスとノーの関係?」

メイド「そうです。できるかできないか、それだけのことです、曖昧さというのは職務の世界ではあってはいけないものですから」

ツバキ「曖昧さ?」

メイド「はい、曖昧です。曖昧な答えや曖昧な態度は、主君を困らせるだけのこと、そして私たちに求められるのは曖昧な答えや行動ではなく、出来ることだけでしたから」

メイド「でも、皆さんを見ているとその曖昧さこそが、温かみのようなものなのだと感じるのです」

ツバキ「俺はサクラ様を主君としてみてるけどねー」

メイド「ふふっ、言わせてもらいますが、ツバキさんも曖昧じゃないですか。特にその見た目と反してぶっきらぼうなしゃべり方、俺というのはいささか主君に対しての言葉ではないですよ」

ツバキ「え、えっとー」

849: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/15(金) 22:25:57.71 ID:uGA9V7Z60
メイド「普段は落ち度のない佇まいなのに、どこか近く感じられる口調、それはあるツバキ様の持つ曖昧さ。サクラ様を主君と言いながらも、その心の距離は近い場所にあります。カザハナ様も幼馴染の距離感と従者としての距離に一定の者があるようですし、それをサクラ様はちゃんと理解しています。だから、こんな状態でも皆さんは仲間で争うこともなく、ずっと一緒にいられるんですよ」

カザハナ「な、なんだか照れくさいんだけど」

ツバキ「でもー、俺の口調のこと駄目だって言ってくる人もいるよー」

メイド「ふふっ、それは曖昧ではなくて、その人にはそう見えているということです。ツバキ様の振る舞いに曖昧さを見出し、そこから自分で理解して初めて、その温かみがわかると私は思いますから……ふふっ、この答えもどこか曖昧ですね」

カザハナ「なら、メイドさんも曖昧になってみたらいいんじゃないかな。その、あたしも言っててよくわかんないけど」

メイド「ふふっ、それはできませんよ。でも、そうですね、今日の一件が一段落した時は、すこしだけ曖昧にレオン様にお仕えするのも悪くはありません」

サクラ「曖昧にですか」

メイド「そうですね、レオン様の紅茶に入れる砂糖の量を適量にしておきましたとか、そういった具合です」

カザハナ「あはは、確かにそう言われると、飲みなれてるのか、一般的な適量なのか、少し考えちゃうね」

メイド「そうした相手の曖昧な言動の意味を考えられる間柄、相手の言葉の曖昧さに手を差し伸べられる関係をレオン様は皆様に見出しているはずです。だから、レオン様のことを信じてお待ちください」

850: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/15(金) 22:37:15.54 ID:uGA9V7Z60
サクラ「はい、もちろんそのつもりです」

カザハナ「はは、でも、あたしのことは尾を引きそう……帰ってきたら、話しかけたほうがいいのかな?」

メイド「そうですね、それもいいかもしれません。ただもしも早く帰られた場合は、機嫌が悪いと思いますから、その場合はやめた方がいいかもしれません」

ツバキ「早い場合は、やっぱり話がうまくいかなかったっていうことになるのかな?」

メイド「難しい問題でしょうから、最悪門前払いもあり得るでしょう。それに色々とありますので」

サクラ「いろいろ?」

メイド「はい、では私はこれで、皆さんはいつもどおりにお過ごしください……」

 カッ カッ カッ

カザハナ「色々ってなんだろ?」

ツバキ「俺たちには聞かせたくないことかもしれないけど、今気にしても仕方ないよー」

サクラ「そうですね。カザハナさん、それじゃ戻りましょうか?」

カザハナ「……」

カザハナ(もしも早く帰ってきた時は……ちょっと声、掛けてみたほうがいいのかな?)

サクラ「カザハナさん?」

カザハナ「あっ、うん。今行くよ」

カザハナ(あたしはどっちかと言うと、たぶん曖昧なのは苦手なタイプだし……やっぱり、心配だし、これくらいはいいよね?)

851: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/15(金) 22:49:29.11 ID:uGA9V7Z60
◆◆◆◆◆◆
―暗夜王国・クラーケンシュタイン城―

レオン「どうなってるんだい? 午後の議会が中止、実施は夜からと言われて待っているのに……始まる気配もない」

貴族B「さぁ、私にもなぜこうなったのか見当がつきませんね。他の貴族もすでに退屈だと言わんばかりのようですが……。あれほど作戦の説明をすると言っていたマクベス様は現れる気配もありませんね」

レオン「……奴が姿を見せていない点も気になる。ちょっと奴を訪ねてくる、お前はここで待機していてくれ」

貴族B「わかりました」

 ガタッ

レオン(マクベスめ、一体何をしている? 昨日の今日で顔を合わせたが、奴に動揺は見えなかったし、むしろ僕が見ていることに不思議そうにしていた)

レオン「昨日、あんな話を持ちかけてきておいて、いい度胸だよね。本当に」

 コンコンコン

マクベス『はい、どちら様で?』

レオン「マクベス、僕だ。返事を待つつもりはない、入らせてもらうよ」

 ガチャ バタン

マクベス「これはこれはレオン王子。一体どうなされましたかな?」

レオン「それはこちらの台詞だマクベス。午後の議会を中断して夜にしたことは別にいい、その夜の議会も始まらないのはどういうことだい?」

マクベス「……そのことですか。いやはや、人が揃っていない以上、始めることが出来ないというのが私の話です。午前の内に話をしましたな、私の推し進めるイズモ公国制圧に関して、この作戦で重要な役割を果たすことになる人物を交えて話をしようと」

852: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/15(金) 23:03:02.84 ID:uGA9V7Z60
レオン「別に構わないよ。しかし、本当に切り替えできるのがすごいね、マクベスは……」

マクベス「?」

レオン「これには僕も感心するよ。確かにお前は僕よりずっと冷酷で、演技がうまいってことだろうね」

マクベス「……」

レオン「昨日、僕が毒に唆されているから捕虜を殺すように迫った時のことを、まるっきり忘れているみたいじゃないか?」

マクベス「……」

レオン(だんまりか……、さすがに面と向かって指摘されれば……当然か)

マクベス「くく」

レオン「?」

マクベス「くくっ、ふはははははっ」

レオン「何がおかしい!?」

マクベス「いえいえ、何を言われるかと思っていましたが、これは呆れかえるというものですよ。何か毒のある物でも召し上がられされましたかな?」

レオン「そんなものを食べた覚えはない」

マクベス「そうでしょうか、それともすでにその身に何かしら毒が蔓延しているのでは?」

レオン「マクベス……」

マクベス「くくくっ。レオン王子、そう慌てる必要もありません。それにそのような毒を付けたままというのはいささか、問題でしょう」

レオン「毒、だって?」

マクベス「ご心配なさらず、私にお任せください。その毒を払って差し上げましょう」

レオン「な、なにを……」

マクベス「ご安心をこれはあなたのためですので」




マクベス「失礼いたしますよ……、レオン王子」

853: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/15(金) 23:14:52.43 ID:uGA9V7Z60
◆◆◆◆◆◆
―王都ウィンダム・レオン邸―

 ポツ ポツポツポツ……

 ザーーーー

メイド「雨が降ってきたようですね……」

メイド(すでに門は閉めました。レオン様がお帰りにならない限りはもう開けることもないでしょうが……)

メイド「今日は眠れそうにもありませんね。他の者たちに交代で休憩を――」

 ドンドンドンッ

メイド「来客? 雨が降り出したばかりですが、今日はお帰り願いましょう。さすがに、レオン様ということはないでしょう。お戻りになられるには早い時刻ですから」

メイド「どちらさまでしょうか?」

???「………」

メイド「すみませんが、本日は出迎えは致しかねます。申し訳ありませんが、日を改めていただいて――」

???「……僕だ」

メイド「!? 失礼いたしました」ガコンッ 

 ガチャ キィィ

レオン「……」

メイド「レオン様、こんなに早くお戻りになられたのですか?」

レオン「……ああ」

メイド「その、どうでしたか?」

レオン「問題なかったよ。すべて解決する」

メイド「そうですか、ならすぐにでもサクラ様たちにお会いください、皆さんお風呂はレオン様じゃないといけないと言っておりましたので、お湯とサクラ様たちの着替えは準備ができていますので」

レオン「そうか」

メイド「では、すぐタオルをお持ちしますね」

レオン「なあ、おまえ」

メイド「はい?」

 ガシッ

メイド「えっ? レオン様?」

レオン「……お疲れ様」

854: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/15(金) 23:23:57.23 ID:uGA9V7Z60
 シュキンッ






 ザシュ





メイド「え……」

 ポタッ

 ポタタタッ

メイド「……あえっ」

 ポタポタポタタタッ

メイド「ぐっああ――」

 パシッ

メイド「むぐっむーっ」

レオン「黙って死ね、王族に仕える使用人だろ」

 ザシュザシュザシュ

メイド「――――っ!!!!! ――――っっっ!!!!!」

 ザシュザシュ

メイド「――こふっ……」

メイド(れ、レオン様……ど、うし……て)

 ポタ、ポタポタポタッ……

 クタリッ

 ブシュッ
 
 ドサッ

 ベチャ

レオン「……次」

 ガチャン

メイド「あっ、レオン様。もどられ――」

 ザシュ 

執事「レオン様、お疲れ様でござ――」

 ザシュッ

メイド「え、レオンさ――」

 ザシュッ

 ドサッ

 ザシュザシュザシュ
 ドサドサドサ

レオン「使用人はこれで全員か。生き残らせても意味はないからこれでいいはず」

 ベッタリ

レオン「この上着は、もう必要ないか。この先は、別に見られても構わないし、繕う必要もないしね」ファサ

 テトテトテトテト

レオン「さて………どこにいるかな、毒たちは?」

855: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/15(金) 23:34:39.90 ID:uGA9V7Z60
 ザーーーーー
 ザーーーーーー

カザハナ「はぁ、雨かー。これじゃ、レオン王子が帰ってきたらびしょ濡れになってそう」

カザハナ「サクラには、少し出てくるって言ったけど……、玄関で待ってても別にいいよね……」

カザハナ(それに早く帰って来てたとしても、悪い知らせって決まってるわけじゃないし……)

 テト テト テト

カザハナ(でも、もしも見かけたらどんな顔すればいいんだろ? 笑うべきかな、それとも)

 テト テト テト

カザハナ(ううっ、な、なにをすればいいのかわかんない。でも、顔を見るくらいなら)

 ドタッ

カザハナ「うわっ、ご、ごめんなさ――」

レオン「……」

カザハナ「って、え、えええええ。れ、レオン王子。ど、どうして、ここに」

レオン「どうしてここにって、ここは僕の屋敷だろ?」

カザハナ「え、えっと、それはそうだけど……」

レオン「カザハナ、お風呂に入ってなかったんだよね。さっさと済ませようか」

カザハナ(あ、声が何だか厳しい気がする……っていうことは、そういうことだよね)

レオン「早く、来ないのかい?」

カザハナ「い、いいの?」

レオン「ああ、さぁ行こうか? お湯の準備は済んでるらしいから」

カザハナ「さ、サクラ達は?」

レオン「あとでいいさ。それに、何か問題でも?」

カザハナ「う、ううん。それじゃ、おねがいできるかな?」

レオン「ああ」

856: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/15(金) 23:45:25.43 ID:uGA9V7Z60
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
―レオン邸・浴室―




レオン「死んでくれないかな。今ここで……さ」




カザハナ「あぐぅ、ううっ」

カザハナ(体が、動かな……なにも……考えられなく――)

レオン「ふふっ、似合ってるよ、だから今すぐ死んで見せてくれよカザハナ。そうだね、その湯船で死んでほしいかな」

 ドクンッ ドクンッ ドクンッ

カザハナ「……は、い」

カザハナ(頭が、クラクラする。心臓が痛い、勝手に体が……)

 ヒタ ヒタ ヒタ

カザハナ(湯船……久しぶりのお風呂だったのに……まだ、入ってない……)

 ペタリ

レオン「さぁ、早くしてよ」

カザハナ「わ……かりま……した」

カザハナ(湯船にあたしが映ってる……。目、どこ見てるんだろ……あっ、どんどん近付いて――)

 ポチャン 
 
 コポコポコポ……

 コポコポコポコポ……

カザハナ「……」

レオン「くくっ」

カザハナ(目の前、何も見えない……なんであたし、お湯に顔突っ込んでるの?)

カザハナ(ああ、そうか、レオン王子に死んでくれって言われたから……)

 コポコポコポ

カザハナ(そうだよね、言われたら従うしかないよね……。だって、似合ってるって言われたら、あたし、体の自由が……)

 ゴポゴポゴポ

カザハナ(……息が詰まる……。空気が…ほしい…苦し……しんじゃう……)

 ゴボボボボ

カザハナ(いやだ、死にたくない、しにたく、しにたくない!)

 バタッ バタバタ バシャンッ

レオン「?」

857: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/15(金) 23:58:00.45 ID:uGA9V7Z60
カザハナ「かはっ! ごほっ、ごほっ はー、はー、ごほっ ごほっ」

カザハナ(なんで、あたし、あんな命令に従って…… 意味、わかんない」

レオン「似合ってるよ、だから死んでよ」

カザハナ(聞けるわけ、ないでしょ……)

カザハナ「ごほっ、ごほっ、はぁはぁ、ぐっ、はぁはぁ」

レオン「……。ふむ、どうやら死に掛けると暗示は消えてしまうようですねえ。毒の分際でどこまでも往生際が悪い……いや、運がいい」

 ヒタヒタヒタ

カザハナ「ごほっ、ごほっ、はぁはぁ……ぐっ」ガシッ

レオン「まあ良いです、喜んでください、あなたが死ぬのを手伝ってあげますから。遠慮しないでください、ここまで色々と言うことを聞いてくれたご褒美ですから、ねえ!」

 ブンッ

 バシャン 

カザハナ「!!!! おぶっ、ぐぶっ、はぁ!」

レオン「暴れるな、この白夜の豚。死ぬ時くらい、潔くしてくださいよ、ねえ?」ググッ

カザハナ「!!!!!!」バシャバシャ

カザハナ(お湯が、喉に、うえっ、はうっ、うううっ、こんな、こんな、こんなことで……)

カザハナ「!!!!」パシッ

カザハナ(ふり、ほどけば……!)

レオン「触らないいただけますかぁ? まったく、今まで従順にしてきたじゃないですか、最後も同じように」パシンッ

カザハナ「っ! っ!!!!!」バシャ……バシャ、バ……シャ

レオン「従順に死んでくださらないと」

カザハナ「んぐっ!!!!!! はぁ!」バシャバシャ バシャ

レオン「ねえ?」ググッ

 ゴポッ ゴポポポッ

858: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/16(土) 00:07:55.02 ID:siVAYOHF0
カザハナ(力が……はいらない……)

 バシャ……バシャ

カザハナ(サクラ、ツバキ、レオン王子……)

カザハナ(あたし、あたし…………)

 ゴポッ ゴポポポッ

 バシャ……パシャ……

カザハナ(まだ、死にたく……ないよぉ……)

カザハナ(死にたく………)

カザハナ(死に………)

カザハナ(……)

カザハナ()

 ゴポポポポポッ ゴポ………

 ゴホッ……

 クタリッ

 パシャン……

 ………

レオン「……」バシャン

レオン「……ひょ」

レオン「……ひょほ」

レオン「ひょほほほ、ひょーっほほほほほほ!!!!!! やりましたよ、一人殺してやりました。いろいろと役には立ってくれましたが、最後の最後で手を煩わせるとは、使えない女でしたねえ」

レオン「さて、あと二人を殺せば……毒抜きは終わり、早く向かわないといけま――」

 タタタタタタッ

 バタン!

レオン「!……」 

レオン「……」

「これはこれは、どうされましたかレオン様、そのように慌てて?」


 第十五章 前篇 おわり

863: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/19(火) 20:32:20.97 ID:A0JTwaBo0
◆◆◆◆◆◆
―ノートルディア公国・七重の塔―

カムイ「あなたが虹の賢者様なのですか?」

虹の賢者「いかにも。よくここまでたどり着いたのう、お前さん方」

カムイ「いえ……、ご無事で何よりです。マークス兄さんもあなたのことを心配されていました」

虹の賢者「ほう、そうか。このような老体に気を向けてくれるとは、なんとも嬉しいことよのう。それにお前さんも面白い風貌をしておるのう」

カムイ「そんな、面白い恰好でしょうか?」

虹の賢者「ふぉふぉふぉ、女子に腕を取られながら、そうも堂々とわしに会いに来る者は珍しいのでな」

カムイ「あっ」

アクア「……」

カムイ「アクアさん、賢者様の前ですから」

アクア「嫌よ」

カムイ「はぁ、無茶をしたことは謝りますから、今は放してくれませんか?」

アクア「……」

カミラ「ふふっ、アクアもカムイの前ではわがままな子になっちゃうわね」

カムイ「アクアさん」

アクア「……わかったわ」パッ

虹の賢者「ほっほっほ、別に手を繋ぎ合っておってもよいのじゃが、手間が省けただけよしとするかのう」

カムイ「手間が省けたとは?」

虹の賢者「こちらの話じゃ。さて、ここでは少々狭いのでな、奥の部屋で話をしよう。付いて来なさい」

カムイ「……はい。わかりました」

864: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/19(火) 20:45:04.56 ID:A0JTwaBo0
虹の賢者「どうやら、これで全員のようじゃのう」

カムイ「はい、一つお聞きしてもよろしいですか?」

虹の賢者「なにかのう?」

カムイ「ここは迫りくる炎に耐えうる場所なのですか? あなたに誘われるままにここまでやってきましたが……」

虹の賢者「残念だが、人には見えないように階段を隠していただけじゃ、いずれここにも火の手は至る。ここを襲った連中の考えるとおり、まさに袋小路だったというわけじゃ」

カムイ「……そうですか」

虹の賢者「なに、そうしょぼくれた顔をするでないぞ」

カムイ「潔く諦めろ、そういうことですか?」

虹の賢者「そういうことではない。今からお前さんにここから仲間を助ける秘術を授けよう」

カミラ「あら、大盤振る舞いね」

虹の賢者「ふぉふぉふぉ、豊満な女子が沢山おるのでな。こんなところで焼き爛れていくというのは、世の男たちの夢を奪うことになりかねんからのう」

カミラ「……」

ピエリ「豊満、豊満ってどういう意味なの? カミラ様」

アシュラ「あっはっは、面白い爺さんだな。これが虹の賢者か、そこらへんの●●●爺さんと何も変わらねえように思えるが」

スズカゼ「どちらにせよ、今の状況を打破するには、その秘術に賭けるしかないでしょう」

カムイ「……本当にそんなものがあるんですか?」

虹の賢者「賢者を甘く見ては困るのでな。さぁ、カムイよ、わしの傍へ」

カムイ「はい、わかり――」

 ガシッ

865: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/19(火) 20:55:55.58 ID:A0JTwaBo0
カムイ「……?」

アクア「カムイ……」

カムイ「大丈夫ですよ、ここに来て何かもう一波乱ということはないと思います。だから、ここで待っていてください」

アクア「……」

ニュクス「アクア、ここはカムイを賢者を信じましょう?」

アクア「ニュクス」

ギュンター「そうですぞ。どちらにせよ、その秘術とやらがなければ、私たちはここで焼け死ぬ以外に道はありません、今は……」

アクア「……カムイ、ごめんなさい」

 パッ

カムイ「いいえ、心配してくれてありがとうございます。お待たせしました、賢者様」

虹の賢者「うむ、では手を取るといい、カムイよ」

カムイ「はい、これでいいですか?」ガシッ

虹の賢者「うむ、お前さんはここにいる仲間達に信頼されておるようじゃのう」

カムイ「……はい、私と一緒に歩んでくれる。素晴らしい仲間たちです」

虹の賢者「ふぉふぉふぉ、よい答えじゃ。さて、今はちと急がなくてはいかん、じゃから悪いのう」シュオォオオン

 ブォオン

866: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/19(火) 21:06:05.84 ID:A0JTwaBo0
ピエリ「ん、なんか床が光ってるみたいだけど、これってなんなの?」

カミラ「これは……」

ニュクス「!!!!これは魔方陣!?」

ギュンター「カムイ様!」ダッ

 ドン

ギュンター「!? これは結界」

アクア「そんな、カムイ!」

カムイ「皆さん! あなたは一体何をするつもりなんですか!」

虹の賢者「仲間を救う秘術をお前さんに授けるという話じゃが、あれは嘘じゃ」

カムイ「なっ! 騙したというんですか!?」

虹の賢者「出来れば、二人きりで話がしたいのでのう。お前さんの仲間たちは先に送ってやるだけのことじゃ」ブンッ

 ブォオオオン

 シュンッ!!!!

カムイ「!!!!」

カムイ(皆さんの気配が消えた!?)

カムイ「賢者様! いったい何を、何をしたんですか!」

虹の賢者「安心せい、ただある場所に送っただけじゃ」

カムイ「私と話すためにですか!?」

虹の賢者「然様、安心しておくのじゃ、お前さんの仲間はみな無事。お前さんに関係する重要な話をするためじゃ、神刀『夜刀神』に選ばれし人よ」

カムイ「……信じて、よろしいんですね。皆さんが無事だということを」

虹の賢者「もちろんじゃ」

カムイ「………いいでしょう。私に関係する話、聞かせてもらえますか」

867: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/19(火) 21:17:39.75 ID:A0JTwaBo0
虹の賢者「うむ、お前さんが巻き込まれてきた今日ここまでのことを、わしは知っておる。その最中、白夜王国、そしてシュヴァリエ公国でお前さんが暴走したことものう」

カムイ「……ええ。どちらも私が弱かった故の出来事です。白夜王国ではミコトさんを、シュヴァリエ公国ではリリスさん、そしてクリムゾンさんを失いました。そして、その結果暴走して、どちらもアクアさんに助けてもらって今の私がいます」

虹の賢者「そうか。あのお嬢さんは、お前さんがまた獣の衝動に駆られる可能性を恐れているようじゃな」

カムイ「アクアさんは私を竜石に繋ぎとめてしまったことについて、思いつめていたようですから、責任を感じているのかもしれません。だから、ああやって私を大切にしてくれるのかもしれません」

虹の賢者「竜石のことだけではないとは思うが、その答えはお前さんが直に見つけるのが一番じゃろう」

カムイ「?」

虹の賢者「してカムイよ。シュヴァリエ公国との件でお前さんを亡き者にしようとした策略は終わってはおらぬ。そして勘違いは正さねばならん」

カムイ「……そうでしょうね。今は、仕掛け人は静かにしていますが――」

虹の賢者「それこそが勘違いなのじゃ、カムイ」

カムイ「?」

虹の賢者「カムイよ、シュヴァリエ公国を巻き込んだ騒動の目的は、お前さんを排除することではない。そして、このノートルディアの一件もじゃ」

868: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/19(火) 21:28:09.86 ID:A0JTwaBo0
カムイ「…どういうことですか」

虹の賢者「確かにシュヴァリエ公国での一件で、お前さんは狙われていたのは確かじゃ。しかし、それも真の目的のための前段階、本当の目的は他にあった。そして、このノートルディアの件も表向きはお前さんをここに呼び寄せ亡き者にするためのものじゃが、裏で本当の目的が動いておる」

カムイ「……本当の目的」

虹の賢者「カムイよ。お前さんはすべての人間を怨むほどの悪意を知っておるか?」

カムイ「すべての人間を怨むほどの悪意、ですか?」

虹の賢者「生きとし生けるすべての人間を殺したい、苦悩させたい、争わせたい、そう言った悪意。お前さんは一度、すべてを殺したいという悪意に駆られ掛けたことがあるはずじゃ」

カムイ「……」

虹の賢者「今、世界にすべての人間を怨むほどの悪意が伝染しようとしておる。光が入ることさえ許さぬ、そんな膨大な悪意。そして、今一つの悪意が新たな悪意を産むために、光を取り込もうと動き始めておる」

カムイ「悪意を産むためにですか?」

虹の賢者「悪意は新たな悪意を産む、増殖する、とても簡単にのう。悪意とはそれほどに甘美であり、心の隙間へ簡単に浸透していく。そして悪意はさらなる悪意を育てるために吸収されていくものじゃ。このままいけば、大きな悪意が産声を上げることになる。ノートルディアとシュヴァリエの一件は、この悪意を育て新しい悪意を産むために仕向けられたことに過ぎぬのじゃ」

869: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/19(火) 21:38:36.42 ID:A0JTwaBo0
カムイ「……その悪意は何を喰らおうとしているんですか」

虹の賢者「お前さんがよく知る者たちじゃ。そして、その者たちは王都ウィンダムでお前さんの帰りを待っておる」

カムイ「……まさか、レオンさんたちを狙っていると?」

虹の賢者「悪意を抱えた主体者の目的が達せられることはない、しかし主体者はそれがなされると信じ動いておる、それだけで十分じゃからのう」

カムイ「目的が達せられないのにですか?」

虹の賢者「悪意単体の望むものなど関係ないからのう。重要なのは悪意によって悪意の花が芽生え成長し、新たな悪意を創造していく、この連鎖だけ。今日までに芽生え果てていった悪意たちも、すべてが捨て駒でしかない。そして、捨て駒によって新しい悪意が生まれる」

カムイ「……その悪意の大本は一体なんなんですか?」

虹の賢者「言ったじゃろう、すべての人間を怨むほどの悪意じゃと、そしてこれは人を悪意に染め上げるために手を広げ続けている。小さな火種が、やがて大きな火事へと変化してくように仕向けているのじゃよ」

カムイ「……それが私が倒すべき敵なのでしょうか?」

虹の賢者「それを決めるのはカムイ、お前さんじゃよ」

カムイ「私、ですか?」

870: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/19(火) 21:49:33.69 ID:A0JTwaBo0
虹の賢者「そうじゃ。それともお前さんは、わしが白夜の人民こそが敵だと唆せば、それに阿吽の呼吸で頷き、白夜を蹂躙するというのかのう?」

カムイ「……いいえ、そんな命令には従えませんよ。そして、それに流される私についてくるような人はいないはずです」

虹の賢者「そういうことじゃ。カムイよ、お前さんが選んだ道にこそ、あの者たちは付いて行くはずじゃ」

カムイ「私の選んだ道ですか」

虹の賢者「お前さんはすでにその準備を始めておるようじゃ。ところでお前さんは正義を月の形に例えたようじゃのう」

カムイ「……はい、ツバキさんに教えてもらいました。月は形によって名前を変えるものだと、そしてどんなに形が変わっても月は月であり続けると」

虹の賢者「そうか、正義とは見る者たちによって形の変わるもの。それを理解しているお前さんを夜刀神が選んだことは、間違いではないようじゃ」

カムイ「賢者様?」

虹の賢者「カムイよ、お前さんに最後に話しておくべきことがある」

カムイ「なんでしょうか?」

虹の賢者「カムイよ、真の平和のために『炎の紋章』の謎を解き明かす運命を背負いし者よ」

カムイ「炎の紋章……ですか?」

虹の賢者「然様、この悪意という闇夜に支配されつつある世界を照らす一筋の光となる力。しかし、その力に至れる英雄となれるかはお前さん次第じゃ」

カムイ「わかりました」

871: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/19(火) 22:00:46.73 ID:A0JTwaBo0
虹の賢者「わしは今からその扉をあけるための鍵を託そうと思う。そのために、ここまでこの命を繋いできたのじゃからな」

カムイ「命を繋いできたって」

虹の賢者「この鍵を託すこと、そしてお前さんを送り届けることでわしの一生は終わりを迎えることじゃろう」

カムイ「……そんな」

虹の賢者「良いのじゃ、これはわしが唯一行うことのできる罪滅ぼし、いや滅ぼしでもなんでもない。お前さんに辛い責務を押し付けるだけの行為、偽善以外の何物でもない」

カムイ「……」

虹の賢者「またお前さんが拒むのであれば、それでも良い。わしは拒むものにこれを無理やり与えたりせん、拒む者に与えたとてこの力が助けになることはあり得んからのう。大丈夫じゃ、どちらの返事にせよお前さんは必ず送り届けよう」

カムイ「…拒んでも良いですか?」

虹の賢者「然様じゃ、さぁカムイよ。選んでほしい、この老いぼれの荷物と共に戦ってくれるかどうかを……」

カムイ「………賢者様」

虹の賢者「うむ」

カムイ「その力、背負わせてください、これが私の答えです」

虹の賢者「………そうか」

カムイ「ええ、仕えるものはどんなものでも私は引き入れます。だから賢者様、あなたの責務を私に押しつけてください。必ず、その鍵で扉を開いて、先に進んでみせますから」

虹の賢者「そうか……では、カムイよ。夜刀神を掲げてみせよ!」

カムイ「はい」

 チャキン

872: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/19(火) 22:14:59.57 ID:A0JTwaBo0
虹の賢者「では施させてもうおうかのう、この老いぼれの心残りをな」



虹の賢者『我は神刀を鍛えし者』
    『禁忌を犯せし者』
    『伍色を紡ぎし者…』
    『我が名に応えよ』
    『炎の紋章よ』


カムイ「!!!」

虹の賢者「今はまだ変化を感じることはできないじゃろう。じゃがいずれ、お前さんと共に歩む暗夜の勇者が現れる」

カムイ「暗夜の勇者ですか?」

虹の賢者「その時、『夜刀神』は姿を変えることじゃろう。長き夜に一つの終わりを迎える存在。『夜刀神・長夜』へと」

カムイ「それが炎の紋章……というわけではなさそうですね」

虹の賢者「ふぉふぉふぉ、大丈夫じゃ、長夜へとたどり着けた時には、すでにお前さんは至れる場所に達しておるはずじゃ」

カムイ「わかりました」

虹の賢者「うむ」

 ドゴォン

カムイ「! もう時間切れみたいですね」

虹の賢者「ふぉふぉふぉ、炎の紋章への門出にはふさわしいのう。さて、おまえさんを仲間たちと同じ場所へと送ろう。これ以上遅れては、間に合うことも間に合わなくなってしまうかもしれんからな」シュォオオン

カムイ「!」

虹の賢者「さて、その腕の傷も癒しておくとするかのう。このあと、すぐに動かなければならんはずじゃ」

カムイ「賢者様、ありがとうございます」

虹の賢者「ふぉふぉふぉ、礼を言うのはわしじゃ。カムイよ、ありがとう」

カムイ「はい」

虹の賢者「ここから先は、お前さん次第、そのことを忘れるでないぞ」

カムイ「……」コクリッ

虹の賢者「それではな」ブンッ

 シュンッ

虹の賢者「……ごふっ」ポタポタ

虹の賢者「カムイよ、お前の信じる道を……」

虹の賢者「……」

 ドゴォン
 ガシャンッ

873: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/19(火) 22:29:45.11 ID:A0JTwaBo0
◆◆◆◆◆◆
―暗夜王国・王都ウィンダム周辺―

 シュンッ

カムイ「ぐっ………」ドサッ

カミラ「カムイ!」タタタタッ

カムイ「カ、カミラ姉さん? ここは――あぶっ」ダキッ

カミラ「心配したのよ、何かされなかった?」

カムイ「いいえ、とくに危ないことはされてませんよ」

カミラ「そう、よかったわ。もしも変なことしてたらノートルディアに戻って、あのおじいさんを殺さないといけなかったから」

カムイ「そ、そうですか。それで、ここはどこなんですか?」

アクア「ウィンダムの近くよ。最初はどうなることかと思ったけど、みんな無事みたい」

ニュクス「これほどの大人数を一気に送り届けるなんて、流石は賢者と呼ばれるだけはあるということね。それで、一体どんな話だったの?」

ピエリ「びっくりしたけど、気づいたらみんな一緒だったの。カムイ様だけいなかったから心配したのよ?」

アシュラ「まったく、一体何がどうなってんのかわからねえが。どうにか死なずに済んだってことだけは確かなんだよな?」

スズカゼ「そういうことになりますね。ですが、どうして転送先にここを選んだのでしょうか?」

カムイ「ここはウィンダムの近くなんですか………」

アクア「ええ、そうよ。それであの賢者はどうしたの?」

カムイ「すみませんがそのことは後でお話します、今はレオンさんの家に向かいますしょう」

アクア「どういうこと?」

 ポタッ ポタッ ポタタタタッ

ピエリ「雨が降ってきちゃった、このままレオン様のお家にお泊まりするっていうことなの?」

カムイ「それで済めばいいんですが、そう言うわけにはいかないでしょう」

アクア「……レオンに危機が迫っているっていうことなの、カムイ?」

カムイ「レオンさんだけじゃありません。サクラさん達にも危険が迫っている可能性があります」

アクア「内通者が動いたって言うこと?」

カムイ「多分ですが、そう考えるのが妥当かもしれません」

カムイ(敵の目的が私ではなくてレオンさんだとするなら、ここで待つことはできません)

カムイ「皆さん、急ぎましょう」

「取り返しのつかないことになる前に……」

877: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/24(日) 20:34:13.13 ID:rz7GH9wk0
◆◆◆◆◆◆
―暗夜王国・レオン邸―

 ザーッ 

レオン「……カザハナ……」

カザハナ「」チャプン……

レオン?「どうされました、レオン様。そんなに顔を真っ青にされて?」

レオン「……どうして」

 ヒタヒタ

レオン?「……なにをしてるんですか? レオン様」

レオン「……」

 バシャン バサーッ

 ギュッ

レオン「冗談はよしてくれないか。……なぁ、カザハナ?」

カザハナ「」

レオン「……いつもみたいに声を出してくれ。頼む、頼むから……」

カザハナ「」

レオン「あ……ううっ、くうっ、ううああ」

レオン「あ、ああああ、うああああ」

レオン?「何をやっているんですか、そんな白夜の豚が死んだくらいで声を上げるなんて、暗夜の――」

レオン「……さ…ぁ」

レオン?「? なんでしょうか、レオンさ――」 

レオン「貴様ああああああ!!!!!!」

 シュォオオン
 
 ドゴォン

レオン「はぁ、はぁ、はぁ」

レオン?「あぶなかったー。どうしましたレオン様、そんなに自分の姿を見るのが嫌なのですか?」

レオン「貴様、何をしたかわかっているのか……」

レオン?「何をしたとはそれは愚問ですねえ。レオン様にとっての毒、その一つを排除しただけ、残りの二つも今から――」

レオン?「いえ……、こちらから向かう必要はなさそうですねえ」

878: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/24(日) 20:46:27.75 ID:rz7GH9wk0
レオン「何を言って――」

レオン?「レオン様のお心遣いに感謝いたします。先の魔法の音に気づいたみたいようで、のこのこ死ににやってきてくれるようです。残りはそこの小娘よりは気が利くものですねえ」

 タタタタタタッ 

 オトガシタノハ、コッチカラダッタハズダケド……

 ミテクダサイツバキサン、ヨクシツノトビラガ!

レオン(この声は……サクラ王女とツバキ)

レオン?「ひょほほほ、少し協力していただきますよ、レオン様」

レオン「協力だと!?」

レオン?「はい、大丈夫、レオン様の手を煩わせたりなどしませんので、そこにいていただけるだけで十分ですから」

レオン「貴様、何をするつもりだ」

レオン?「なに、レオン様が命を掛けて守る意味など無いということを教えて差し上げるだけですよ……」

サクラ「ツバキさん、こっちです! え、こ、これは?」

ツバキ「れ、レオン王子が二人?」

レオン「二人とも……」

レオン?「……」ニヤッ

サクラ「一体何が――え……?」

カザハナ「」

サクラ「カ、カザハナさん……」

ツバキ「カザハナっ!」

レオン「サクラ王女、ツバキ!」

レオン(早く知らせないと、そいつの狙い――)

レオン?(さて、早く済ませましょう。レオン様、見せて差し上げますよ、この者たちがあなた様のことなど、信用していないという、その証明をねえ)

879: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/24(日) 21:01:38.59 ID:rz7GH9wk0
サクラ「カザハナさん!」

 サッ

サクラ「!?」

レオン?「サクラ王女、止まって。騙されちゃいけないよ二人とも、あれは僕の偽物だ……」

サクラ「え、ど、どういうことですか!?」

ツバキ「偽物?」

レオン「何を、言って……」

レオン?「僕の案に賛成的でない者たちの差し金だよ。僕がここにたどり着いたときには……カザハナは……」

サクラ「それじゃ、カザハナさんは……」

レオン?「残念だけど……」

ツバキ「そんな……」

レオン「ち、ちがう……ちが――」

レオン?「僕の責任だ。だからこそ、こんな卑劣なことをしたお前のような下衆を許すつもりはない」

レオン「……騙されないでくれ! お願いだ、カザハナはそいつに、そいつに……」

レオン?「二人ともあいつの言葉に耳を貸す必要はない。こいつの止めは僕が刺す」

サクラ「……でも、まだカザハナさんが」

レオン?「近づくのは危険だし、二人を守るためだ。危険は冒せない」

サクラ「……」

レオン?「だからこそ二人は見ててほしい、カザハナを殺した奴が死んで行く様をね」

ツバキ「………」

レオン「……駄目だ、そいつの、そいつの言うことを聞くな! 二人とも、騙されちゃいけない!」

レオン?「往生際が悪いよ。ここまできたら自殺するくらい出来ないのかな、呆れちゃうね」

レオン「惑わされるな、そいつはお前たちの命を狙ってる! 言うことを聞いちゃいけない!」

レオン?「話はもう終わりだよ。さぁ、二人ともちゃんと見ておくんだ。カザハナを殺した下衆の、哀れな末路をね!」

880: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/24(日) 21:15:02.83 ID:rz7GH9wk0
ツバキ「……」

サクラ「……わかりました」

ツバキ「そうさせてもらうよ」

レオン「……二人とも、信じてくれ…」

サクラ「……」

ツバキ「……」

サクラ「ごめんなさい」

レオン「!!!!」

レオン「……」

レオン「……ははは、そうだよね……」

レオン(……結局、僕は歩み出すのが遅すぎたんだ。そうだ、カザハナを守れなかった僕が信用されるなんてこと、あるわけないじゃないか。この状況を見てそんなこと考えるまでもない、カザハナが死んでることで気が動転してたら、あいつの言っていることのほうを信じるはずだ)

レオン?「それじゃ、いくよ」

レオン(あと十秒も経たない間に、二人も倒れる。僕は結局、後手後手に回ってばかりの無能じゃないか……。これじゃ、僕を信じてくれたカザハナが報われないよ、本当にさ)

レオン「カザハナ」ギュッ

カザハナ「」

レオン「……ごめんよ」

レオン?「……謝るなら、最初からしなければいいんだ。哀れなやつだね」

レオン?(左右の二人にも死んでもらいましょう。結局、こいつらはレオン様を隠れ蓑にしていただけ。結局、レオン様のことなど信じていないんですからねえ。大丈夫、これでレオン様を誑かす毒は消えてなくなる。そうすれば、私の知るレオン様に戻っていただけます)

サクラ「……レオンさん」

レオン(サクラ王女が話し掛けているのは、眼の前にいる奴だ。僕のことじゃない)

レオン(結局、僕に守れるものなんて、何もなかったんだ……。ごめん、姉さん。僕は、やっぱり無力だ)

サクラ「大丈夫ですよ、レオンさん。信じてますから」

レオン?「ありがとう、サクラ王女。それじゃ――」

レオン?(死んでもらいましょうか!)

881: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/24(日) 21:26:28.55 ID:rz7GH9wk0
 ショォォォオオオオン

レオン?(喰ら――)


サクラ「えいっ!」ドンッ


レオン?「なっ」


 ドサッ バシャンッ!





サクラ「……あなたのことなんて信じてません!」

レオン「……え、なにが起こって」

サクラ「ツバキさん!」

ツバキ「はい、サクラ様」タタタタッ

 スッ

ツバキ「レオン王子、立てますか?」

レオン「なんで、だってお前たちは、あいつの言うことを信じたんじゃなかったのか?」

サクラ「信じてなんていません。だって、レオンさんじゃないんですから」

レオン「……どうして、わかったんだ」

サクラ「カザハナさんの傍に寄り添ってくれてたから。私が信じてるレオンさんなら、カザハナさんのことをその場にそのままにしておかないはずだって、そう思ってましたから」

レオン「……でも、カザハナは――」

サクラ「いいえ、まだ諦めるのは――」

 バシャン!

レオン?「がほっ、どうして、こんな白夜の豚に、私の幻影が!?」

ツバキ「うるさいよー」ブンッ

 バキィ

レオン?「がはっ」

 バシャン

レオン「……」

サクラ「早く、行きましょう。レオンさん」

ツバキ「そうだよ、早くしないといけない。カザハナを助けるためにもね」

レオン「だって、もう……」

サクラ「蘇生処置を試してみましょう。まだ、カザハナさんが助かるかもしれません」

レオン「……でも、僕は……」

サクラ「レオンさん!」

 バチン

レオン「あ……」

サクラ「ちゃんとしてください!」

882: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/24(日) 21:37:01.14 ID:rz7GH9wk0
サクラ「レオンさん、おねがいします。カザハナさんを助けるために、力を貸してください」

ツバキ「俺からもお願いするよ。こいつに止めを刺したいけど、今はカザハナを助ける方が先だからさー」

レオン「……僕は、君たちに信じてもらえてるって思ってもいいのかい。こんな無能な僕を、二人は信じてくれるのかい?」

サクラ「もちろんです、レオンさん」

ツバキ「もちろんだよ、レオン王子」

レオン「サクラ王女、ツバキ………」

ツバキ「それに、カザハナも言ってくれたと思うよ。レオン王子のこと信じてるって」

レオン(カザハナ……)

『あたしたちレオン王子のこと信じてるから……それだけは忘れないで』

レオン「僕はカザハナの言葉と、二人の言葉を信じるよ。それが君を助ける力になるはず。だから、僕はもう迷わない……)

レオン「……僕の部屋に向かう、付いて来て」

サクラ「はい。ツバキさん、行きましょう」

ツバキ「了解ー。とりあえず、そこの下衆さん。あとで叩きのめしに来るから、覚悟しておいてよー」

レオン?「ぐっ、レオン様。私は、あなたが元に戻ると……」

レオン「……覚悟しておくんだね」

 タタタタタタタッ

883: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/24(日) 21:48:40.62 ID:rz7GH9wk0
 バタンッ
 
 ガサッ バサバサバサッ 

レオン「ツバキ、そこらに置いてある書物を片っ端にでいい、一カ所に投げ入れてくれ」

ツバキ「もうやってるよー。サクラ様、ここに」

サクラ「はい、えっと、レオンさん、衣装棚から法衣を借りますね」ファサ

レオン「下ろすよ。一、二の三」

 ゴロンッ

カザハナ「」

サクラ「すぐに蘇生処置を始めます。レオンさん、カザハナさんの胸を強く押してくれますか?」

レオン「そ、それはツバキのほうがいいんじゃないか。僕は……」

ツバキ「いやー、レオン王子。俺は扉を抑えつけるので手いっぱいみたいですからー」

レオン「え?」

 ドゴンッ ドゴンッ

レオン?『殺せないじゃないですか。こんなところに隠れて、白夜の豚がレオン様を誑かして、生きているなど煩わしい』

ツバキ「うへぇ、レオン王子には厄介なファンが多いんですねー」

レオン「そうみたいだ」

 ドゴンッ ドゴゴンッ

ツバキ「ははっ、魔法の音がするけど、この扉は頑丈だねー」

レオン「ああ、耐魔法の処置を施してある。でも、長くは――」

ツバキ「なるほどね。なら少しでも長持ちするようにここは俺が抑えてるから、カザハナのこと頼んだよ」

レオン「……わかった」

884: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/24(日) 21:57:58.12 ID:rz7GH9wk0
サクラ「レオンさん、カザハナさんの胸の中心を三十回手で押してください。力強く、骨を折るつもりで構いません」

レオン「い、いいのか?」

サクラ「命が助かるなら、それくらい力が必要です。終わったら手を放してください。私が合図したらまた同じことを繰り返してもらえますか?」

レオン「……わかった」

サクラ「ではレオンさん、始めてください」

レオン「うん」
 
レオン(大丈夫だ、必ず、必ず助かる。助けてみせる)

レオン「終わったよ、サクラ王女」

サクラ「はい」

サクラ(きっと大丈夫です。だから、カザハナさん、戻って来てください……)

サクラ「すぅー……ふぅー。すぅー……ふぅー」

サクラ(肺は膨らんでる……)

サクラ「レオンさん、もう一度です」

レオン「わかった……」

885: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/24(日) 22:06:51.89 ID:rz7GH9wk0
 ドゴォン

ツバキ「もう諦めたらどうかなー?」

レオン?『それはこちらの台詞ですねえ。そこで自害してくれるなら、手を引いていいんですよ?』

ツバキ「そんなのはごめんだねー」

レオン?『なら、早くここを開けてください。レオン様にとってあなた方は毒、わからないことじゃないでしょう?』

ツバキ「俺たちから見たら、あんたの方がよっぽどレオン様にとっては毒だねー」

レオン?『何を根拠に』

ツバキ「レオン王子はね。それほど冷酷な人じゃないよ、人間そんなに簡単に変われない。君が見てるのは、君にとって都合のいいレオン王子であって、レオン王子本人じゃないってことだよ。そんな理想像を押し付けられるレオン王子の身にもなってみたらどうかなー?」

レオン?『捕虜風情がレオン様を侮辱するとは、許せませんよ』

ツバキ「最初から許すつもりもないよねー」

レオン?『ええ、そうですがね』

 ドゴォン

886: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/24(日) 22:18:29.00 ID:rz7GH9wk0
サクラ「ふぅー……。もう、一度です」

レオン「…ああ」

レオン(カザハナ、起きてくれ。まだ、僕は君たちを白夜に返していないんだ)

レオン(一人でも欠けてちゃいけないんだ…。だから、だから――)

サクラ「……レオンさん、もう一度!」

レオン「わかってる!」

レオン「……いつまで寝てるつもりだ」

カザハナ「」

レオン「おまえはまだ、ここで死んでいい人間じゃない」

カザハナ「」

レオン「僕がそう言ってるんだ。だから――」

レオン「早く眼を覚ますんだ、カザハナ!」

 ……



 ……ンッ



 ……ドクンッ……

カザハナ「ごふっ……」

サクラ「!」

レオン「!」

カザハナ「ごほっ、ごほごほごほっ。う……ううっ」

サクラ「……カザハナさん、よかったぁ、よかったよぉ」ギュッ

レオン「カザハナ……」スッ

 ピトッ

カザハナ「……ん…うううっ」

レオン(生きてる……助けられたんだ……)

レオン「良かった、よかった、カザハナ……」ポロポロポロ

サクラ「まだ意識ははっきりしてないけど、もう峠は越えたはずです。心臓もちゃんと動いてますし、息も安定してます」

レオン「うん。……サクラ王女、すまない、怖いを思いをさせてしまって。なんとお礼を言ったらいいのか……」

サクラ「いいえ、私がお礼を言わなくちゃいけません。カザハナさんに謝るのは、今の状況をどうにかしてからにしましょう」

 ドゴ ドゴンッ

ツバキ「サクラ王女の案に賛成かな。こっちはそろそろ限界みたいだからねー」

887: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/24(日) 22:30:34.45 ID:rz7GH9wk0
レオン「……そうだね。もう、迷うつもりはないよ」

 ガチャッ ガサガサッ

レオン「……ツバキ。これを」ポイッ

 チャキン

ツバキ「……俺は捕虜だよ、レオン王子」

レオン「君たちは僕を信じてくれた。そして僕も君たちを信頼してる。僕にとって信頼できる仲間だからこそ、これを託しているんだ」

ツバキ「……はは、なんだか照れちゃうね。そうか、はは、なんだか嬉しいよ、レオン王子」

レオン「僕の命令を聞いてくれるか、ツバキ」

ツバキ「もちろんだよ。レオン王子」

レオン「ありがとう、ツバキ。それとサクラ王女」

サクラ「は、はい」

レオン「カザハナと一緒に、ここに隠れていてくれ」

サクラ「いえ、私も――」

レオン「カザハナの傍にいてくれ。もしも意識が戻った時に一人じゃ心細いはずだから」

サクラ「レオンさん」

レオン「え、えっと。あと、これは僕をサクラ王女たちが信じてくれてる、そう信じているから言わせてくれないかな?」

サクラ「はい?」

レオン「僕に、君たちを守らせてほしい。こんな僕を信じてくれた君たちを、守りたいんだ」

サクラ「な、なんだか照れてしまいます。……わかりました、レオンさん。私たちの命、預けさせてください」

レオン「ありがとう。……ツバキ、合図したら扉を開けてくれ、あいつを後悔させてあげたいからさ」シュオン

 ギギギギギ シュオオオオオオンッ

ツバキ「わかったよー」

888: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/24(日) 22:43:00.12 ID:rz7GH9wk0
レオン?『何をゴチャゴチャ話をしているんですか? まあいいです、もうそろそろ扉も限界、開けたらすぐに殺してあげますからねえ』

ツバキ「はは、それは楽しみだねー」

レオン?『その余裕、どこまで続くか――』

レオン「ツバキ!」

ツバキ「!」
 
 カチャ ガチャン

レオン?「えっ?」

レオン「覚悟はいいね?」シュオオオオオオン

 ドゴォン

レオン?「ひええええっ!」
 
 サッ

レオン?「ふぅ、どうにか避けられました。さすがはレオン様の攻撃ですねえ……。!!」

 バチバチバチバチ 

レオン?「魔力の余波を受けて、幻影魔法が……このままでは!?」

 タタタタタタッ

レオン「逃がさないよ」

ツバキ「サクラ様、鍵を閉めて待っててくださいねー」

サクラ「はい。あの、レオンさん」

レオン「なんだい?」

サクラ「カザハナさんと一緒に待ってますから、必ず迎えに来てくださいね」

レオン「うん、必ず迎えにくるよ」

サクラ「は、はい///」

 バタン ガチャンッ 

レオン「行くよ、ツバキ」

ツバキ「わかったよー。それに、俺もあいつを叩きのめさないと気がすまないからね」

889: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/24(日) 22:55:54.83 ID:rz7GH9wk0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 タタタタタッ

???「くっ、幻影が維持できな――」

 ボンッ!

???「し、しまった」

レオン「鬼ごっこは終わりだよ」

???「そのようです、レオン様……」クルッ

レオン「まさか……お前だったとはね……」




レオン「ゾーラ」





ゾーラ「くっ、なんですかこれは、なんで私の思ったとおりに進まないのですか? 白夜の捕虜を全員始末してレオン様はかつての冷酷さを取り戻すはずだったのに!」

レオン「お前が裏で暗躍していたのか」

ツバキ「こんなのに惑わされてたとか、カザハナ知ったら傷つくだろうなぁ」

ゾーラ「死ねばいいんですよ、あんな小娘。うまく利用できましたよ。カムイ王女に罪を着せるための情報もペラペラしゃべってくれました。所詮は夢見がちな小娘、『似合って』という言葉で心に隙間ができるとは思いませんでしたからねえ」

レオン「なんども僕に化けて接触していた、そういうことだね……」

ゾーラ「ええ、察しがいいですねえ。ですが流石にカムイ王女には見抜かれかけましたから、一度だけにしましたが」

レオン「……姉さんにも言語チャームを仕掛けたのか!?」

ゾーラ「カムイ王女は隙のない方でしたから、まさか背を指摘されるとは思いませんでしたからねえ。ですから言語チャームなど仕掛ける暇もありませんでしたが、うまく事は運びましたよ。結果は失敗でしたが」

レオン「昨日、僕にも仕掛けてくれたみたいだね。マクベスに扮して話しかけてきた時に『あなた自身のために』っていう言葉でさ」

890: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/24(日) 23:06:09.49 ID:rz7GH9wk0
ゾーラ「……すでに解除済みというわけですか、流石はレオン様です」

レオン「嫌な話だけど、お前の仕掛けた言語チャームはマクベスが処分してくれた。僕に下級魔法が掛ってることに気が付いてね。そして、昨日お前がさんざん僕に望んでいたことを思い出した」

ゾーラ「ええ、私はレオン様の心の底に眠っている願望を言葉にして差し上げようとしただけのこと。なにせ、何も工夫をこらしていない下級魔法の言語チャームに掛るような状態でしたからねえ」

レオン「そうだね。そこは僕の落ち度だ」

ゾーラ「………ならお分かりでしょう? このゾーラ、すべてはレオン様のためにやったこと。レオン様を悩ませる毒を取り除いて、昔のレオン様に戻っていただきたいという思いを――」

レオン「……てみろ」

ゾーラ「?」

レオン「もう一度同じことを言ってみろ。生まれてきたことを後悔させてやる」

ゾーラ「レオン様……」

レオン「ゾーラ、僕が管理する捕虜に手を出したこと、そして姉さんを罠に嵌めたこと……。これだけでもお前を死罪にするのは容易い、その罪を理解しているのなら、今すぐにでも自害しろ」

ゾーラ「……なぜ、なぜですか? 私は冷酷で威厳のあるレオン様に戻って頂けたらと……」

レオン「……」

ゾーラ「そうですか…。もうかつてのレオン様はいないということですか。ならもう、仕方ありませんねえ」

891: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/01/24(日) 23:23:59.25 ID:rz7GH9wk0
 パチン

 ……ピチャン

 ………ピチャン

 ガチャ ガチャ 

???「……」チャキッ

???「…」チャキ

レオン「ツバキ」

ツバキ「なにかいるね、すごく気配は感じられる」

ゾーラ「ひょーっほっほっほ!!!! レオン様、あなたの本当の姿はこの私が引き継ぎましょう。お任せください、白夜の捕虜も一緒に送って差し上げますから。私なりの最後の老婆心とでも思ってくださいねえ」

レオン「やれるものならやってみなよ。僕は、お前に負けるつもりなんてさらさらない。もちろん、サクラ王女たちを殺させるつもりもね……」

ゾーラ「さぁ、皆さん切り刻んでしまいなさい!」

???「!!!!」ダッ

ツバキ「レオン王子、指示を。戦う準備は出来てるから」

レオン「ああ、ツバキ、全力で敵を駆逐しろ。手加減は無用だ。思う存分、剣を振え」

ツバキ「了解したよ」

レオン(負けるわけにはいかない。必ず守り通して見せる!)



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆◆◆◆◆◆
―レオン邸『玄関ホール』―

 ガチャン!

カムイ「これは血の匂い……それに、この倒れている気配は……」

シャーロッテ「使用人みたいだけど……酷えことしやがる」

モズメ「ううっ、滅多刺しにされとる……。こんなんひどいわ」

アクア「一体誰がこんなことを……」

シャーロッテ「……どうやら私たちも同じようにしたいみたい」

 タタタタタッ

???「……」チャキ

???「……」カチャコ

カムイ「!? この敵は……」

シャーロッテ「なにこれ、気配はあるけど姿が見えないじゃないの。卑怯極まりないわね」

モズメ「でも、気配駄々漏れやから問題あらへん、森の獣と変わらんよ。それよりシャーロッテさん、早くサクラ王女とカザハナさん助けへんと」

シャーロッテ「わかってるわよ。か弱い女の子を虐めるような奴ら相手に、手加減はしねえ」

カムイ「さぁ、皆さん武器を構えてください。これより、戦闘に入ります――」

「レオンさん達を、助け出しますよ」

902: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/01(月) 21:59:54.80 ID:zJb0+Tk/0
◆◆◆◆◆◆
―暗夜王国・レオン邸―

???「!」チャキッ ブンッ

 サッ

シャーロッテ「甘いんだよ。おらぁ!!!」ブンッ
 
 ザシュッ

モズメ「いくで!」パシュッ パシュッ

 トススッ 

???「」ドサッ

 シュォオン

シャーロッテ「ありがと、モズメ」

モズメ「気にせんでええよ。それにしても気味悪いわ、当たった手ごたえはあるのに、その場から消えてまうなんて」

カムイ「敵の詮索は後回しです。今はレオンさん達を見つけ出しましょう」

シャーロッテ「で、どうするの?」

カムイ「ゼロさん、それにオーディンさん。レオンさんがサクラさん達を守るためにどこに陣を取るか予想できますか?」

ゼロ「陣取るねえ、なら一番向いてるとすれば……」

オーディン「……レオン様の自室だな。あそこはこの家の中で一番頑丈にできてる」

カムイ「では、そのレオンさんの自室までの案内をお願いできますか?」

ゼロ「ああ、いいぜ」

オーディン「はい、任せてください」

カムイ「……信頼してるんですね。レオンさんのこと」

ゼロ「レオン様がこんなことで死んじまうとは、そもそも思っちゃいないからな」

オーディン「レオン様が倒れるときは、少なくとも俺とゼロが倒れた後のこと。そう黒き風がそう囁いている」

903: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/01(月) 22:19:01.23 ID:zJb0+Tk/0
カムイ「ふふっ、では二人ともお願いします。シャーロッテさんとモズメさんは後続から接近する敵の排除を」

シャーロッテ「わかりましたぁ」

モズメ「わかったで」

オーディン「カムイ様、俺が先行します。ゼロ、援護よろしく」

ゼロ「ああ、お前に見惚れる奴を片っ端からイ抜いてやるさ。そういうわけでカムイ様は俺たちより――」

カムイ「ゼロさん、そういうわけにもいきませんよ。あの、オーディンさん――」ピトッ

オーディン「ひええええっ。いきなり触らないでくださいぃ」

ゼロ「何に怯えてんだ、お前は」

カムイ「そんなに怯えないでくださいよ。これじゃ約束の名前決めの時、困りますよ?」

オーディン「今は名前を決める時じゃないんですから」

カムイ「私とオーディンさんで先頭を進みましょうと……、そういう意味で手に触れたのですが」

オーディン「そ、そういうことですか……あの、すみません、いろいろと……」

カムイ「いえ、こちらも色々と考えられることがあったと思いますから。それで、私と一緒に戦ってくれますか?」

オーディン「ふっ、いいだろう、この漆黒のオーディン、カムイ様と敵陣を駆け抜けさせてもらう」

カムイ「はい、頼りにしてますよ、オーディンさん」

オーディン「ああ」

カムイ「他の皆さんは数名を玄関ホールの守備に、残りの方々は館内の敵を殲滅してください。相手は姿が見えません、不意打ちには十分気をつけるようにお願いします」

ゼロ「それじゃあ、行こうか」

カムイ「ええ」

904: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/01(月) 22:32:54.01 ID:zJb0+Tk/0
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

レオン「はぁ!」

ツバキ「それっ!」

 シュオォォン ザシュ

???「」ドサッ 

レオン「くっ、次から次へと切りがない……ツバキ!」シュオォオン

ツバキ「こっちもなんとかできるけど、これじゃ何時になってもあいつに近づけそうにないね」

ゾーラ「ひょーっほほほほ!!!! どうしたのですか? これではいつまでたってもこの私に手が届きませんよぉ? まったく、そんな白夜の人間など放って私を殺しに来ればいいではないですか。前のレオン様ならすぐにそうしたでしょう」

レオン「お前の指図を受けるつもりはないよ。昔から僕は変わっていない、そしてツバキは僕の仲間だ。お前のような下衆なら切り捨ててもいいが、ツバキはそれに該当しない。これが僕の答えだ」

ゾーラ「そうですか、ならその仲間と一緒に殺されるといいでしょう。これで、どうですかねえ!」シュォオオン

???「」ズビシャ ドサッ

 サッ

ツバキ「よっと、自分の仲間も巻き添えとか、無茶なことするねー」

ゾーラ「関係ありませんからねえ。この者たちが死のうと死ななかろうと、レオン様は元に戻られない。つまり、ここで死んでも何の問題もない、そういうことです」

905: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/01(月) 22:44:43.73 ID:zJb0+Tk/0
レオン「仲間を過剰に犠牲にする戦いに何の意味がある?」

ゾーラ「過剰? 過剰とは面白いですねえ。望みが達せられなければ、犠牲は無駄というもの。まさか、レオン様とあろう方がそれを理解していないとは」

レオン「そうだね、お前の言っていることは間違っていない。考え行動した以上結果を出さなければいけないことは、戦う以前にすべての物事の決まりでもある」

ゾーラ「そうでしょう、レオン様」

レオン「……だが、ゾーラ。お前の野望はすでに崩れている。僕はお前の思い通りになるつもりはない。なら、その野望を続ける必要はない、仲間を失った果てが僕の死しかないなら、君は作戦の立案者には向いていないよ」

ゾーラ「レオン様の死が、私をレオン様にしてくださいますから問題はありません。なに、あなたのご家族の方々も見破れないほどに完璧なレオン様として、私が後を引き継がせていただきますので、この犠牲は無駄ではありません。それにこの犠牲の中にちゃんとレオン様も入っておられます。あなたの犠牲があってこそ、私はレオン様になり得るのですからねえ」

ツバキ「聞いてるだけで鳥肌になりそうなんだけど……」

レオン「僕はすでに背筋が凍ってるよ。こんな奴と知り合いだったなんて、本当にゾッとするよ。その不安も今日で終わりにさせてもらうからね」

906: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/01(月) 22:59:31.08 ID:zJb0+Tk/0
ゾーラ「言ってくれますねえ、いくら魔法に精通していると言えど、このまま続けば私の勝ちでしょう。物量で押しつぶしてあげます。レオン様の最後にしては美しくはありませんが、これも仕方ないこと。レオン様も白夜の豚もグシャグシャになってしまいなさい」

???「」シュォン

レオン「まだ来るみたいだ」

ツバキ「ボヤいてる暇なんてなさそうだよー」

レオン「ああ……」

ツバキ「レオン王子……」

レオン「なんだい、ツバキ」

ツバキ「もしかして、俺に戦うように言ったこと、後悔してるとか」

レオン「そうだね、正直ここまでのことをゾーラがしてくるとは思っていなかった。間違いなく、敵の力を甘く見過ぎていたんだと思う」

ツバキ「ははっ、なら俺も同じだよ」

レオン「そうかい?」

ツバキ「威勢がいいのは負けの証拠、そう思ってるからねー」

レオン「そんなこと言ったら、ツバキはいつも威勢がいいじゃないか」

ツバキ「あー、そうでしたっけ」

レオン「とぼけるのはよくないね。だけど、僕はツバキのそういうところ嫌いじゃないよ。カザハナと同じで遠慮のないところとかね」

ツバキ「そうですか、よかったー。正直、最初は嫌われても別にいいかなーって思ってたから、そう言われるとなんだか照れちゃうね」

レオン「ははっ。ツバキ、僕と一緒に限界まで戦ってくれるかい」

ツバキ「もちろんだよ、レオン王子」

ゾーラ「さぁ、皆さん行ってきなさい!」
 
 タタタタタタッ

ツバキ・レオン「来い!!!!」

シュオォン

 チャキッ

907: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/01(月) 23:16:46.80 ID:zJb0+Tk/0
???「!!!!」ブンッ

 ザッ

レオン「え?」

 タッ シュオォォン

「必殺アウェイキング・ヴァンダーーーー!!!!!」

 バチィン!!!!

「まだ終わりじゃありません。せやああああっ!」ダッ

 ザシュン

「最後に俺がイカせてやるよ」パシュン ドスッ

 ドサッ
 
レオン「な、なんで――」

???「」ザッ チャキン!

ツバキ「レオン王子!」

ツバキ(こ、これじゃ、間に合わない!)
 
 タタタタタッ ダッ

「ぶっ飛ばすぞ、おらぁ!」ドゴンッ

???「」フワッ
 
「跳ねたみたいやな。ほな、これでもくらい!」バシュンッ ドスッ

???「」ドサッ

ツバキ「す、すごい」

「ふぅ、どうにか間に合ったみたいですね」

レオン「ど、どうして姉さんここに?」

カムイ「色々ありましたから。とりあえず、ギリギリ間に合ったので及第点というところでしょうか」

シャーロッテ「援護ありがとうございますぅ、モズメさん」

モズメ「おおきに。シャーロッテさんが走り出したから追いかけたけど正解やね。跳ねた気配を打ったんは初めてや」

ゼロ「しかし、気配だけでもわかるもんだ。どこに当たればイけるのか」

オーディン「だけど俺の姿どうだった。これこそ、真打登場って感じに決まったんじゃないか」

カムイ「ええ、すごかったですよ。オーディンさんのおかげで、私も斬り込むことができました」

909: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/01(月) 23:29:41.52 ID:zJb0+Tk/0
ゾーラ「な、か、カムイ様、どうしてここに!?」

カムイ「初めて聞く音色ですね。一体どちら様かは知りませんが……。レオンさん達を襲った方々の来る方角にいると言うことは、敵で間違いなさそうですね」

ゾーラ「くっ。どういうことですか、あなた方はノートルディアへ向かったはず。とてもすぐに戻ってこれる距離ではないと言うのに」

カムイ「ええ、本来なら間に合うこともなかったんでしょう。でも、これではっきりしました。どうやらあなたが私とレオンさんが探していた内通者、その正体なんですね」

ゾーラ「私は宮廷魔術師のゾーラ。まだカムイ様とは正式にお顔合わせはしていませんよ」

カムイ「正式には?」

ゾーラ「教えて差し上げたではありませんか、クリムゾンに疑問を抱いている者たちがいると。あなたは予想通りに動いてくれたのでなによりでしたよ」

カムイ「……あれはレオンさんが私に伝えたこ――まさか、あの時私に会いに来たレオンさんが偽物だったと言うことですか」

ゾーラ「ひょーっほほほほ。しかし世界を気配で認識するあなたには、私の背を見抜かれてしまっていたようですから、あれ以降悪戯ができませんでした、本当に鼻の利く方です。不愉快ですねえ」

カムイ「……私も一枚噛まされていたということですね。ですが、これであなたが私たちの敵であると言うことが、証明されましたね」

910: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/01(月) 23:45:35.49 ID:zJb0+Tk/0
ゾーラ「証明など必要ないこと。なぜなら、ここに来てしまった以上、皆さんには死んでもらわなければなりませんからねえ。ご心配なく、カムイ様はノートルディアで死んだと言うことにさせていただきます。後世には役に立たない王女の一人として、名を残していただきますよ。あなたの仲間たち共々ねえ」

カムイ「そうですか、私の仲間にはカミラ姉さんやエリーゼさんも含まれているんですよ」

ゾーラ「私の好きにしてよいと、言われていますからねえ。現場のことは現場が決めることですからねえ。カミラ様もエリーゼ様もカムイ様に誑かされた不幸な御方ですねえ」

レオン「ゾーラ!!!」シュォオオオン!

 ヒュン!

ゾーラ「ひょーっほほほ。カムイ様、あなたはシュヴァリエで死ぬべきだったんですから、私が丁重に送ってあげます。ありがたく思っていただきたいですねえ」

カムイ「……たしかに私はシュヴァリエで死ぬべきだったのでしょう。ですがまだ生きてここにいる以上、その送迎を受け入れるわけにはいきません。だから、あなたに殺されるわけには参りませんよ」

ゾーラ「そうですか。なら力づくでそうさせていただきます。さぁ、皆さん、ここにいる者を全員八つ裂きにするのです!」

 タタタタタタッ

 シュォオン
 
???「」チャキ チャキッ

シャーロッテ「奥に逃げたみたいですよぉ?」

ツバキ「ここに来て奥に逃げるかー」

ゼロ「別にいいだろ。それに追い詰めて追い詰めて、追い詰め切った先の恐怖に震える姿を見るのが楽しみになるからな」

オーディン「そうかもしれないが、結構気配の数が多くなってきたな」

モズメ「せやな。森の中で四方を熊に囲まれた時を思い出すわ」


911: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/01(月) 23:57:12.84 ID:zJb0+Tk/0
カムイ「レオンさん、カザハナさんとサクラさんは?」

レオン「ああ、僕の部屋に匿ってある。ゾーラが奥に消えた以上、しばらくは安全なはずだよ」

カムイ「そうですか。すみませんがレオンさん、力を貸していただけますか? ゾーラさんから話を聞かなくてはいけませんから」

レオン「……だ」

カムイ「レオンさん?」

レオン「……逆なんだ、姉さん」

カムイ「何がですか?」

レオン「本当は僕が姉さんに頼むべき立場なんだ……」

カムイ「頼むべき立場というのは、一体」

レオン「カムイ姉さん、サクラ王女たちを助けるために、僕に力を貸してくれ」

カムイ「ど、どうしたんですか。レオンさんらしく――」

レオン「ちがう、ちがうんだ。僕は力を貸してあげるなんて、そんなことを言えるような人間じゃないんだ……」

カムイ「……」

レオン「僕は、姉さんたちの前で、ただ強くあろうとしてた。何でもできるって、出来のいい弟だって……そう思われて、悪い気はしてなかった」

カムイ「…レオンさん」

レオン「でも、実際は違う。僕は、姉さんに支えてもらいたかった、姉さんに甘えたくて、弱い僕を知ってもらいたかった。でも、姉さんに弱い自分を見せたら、拒絶されるんじゃないかって怖かった」

カムイ「……」

912: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/02(火) 00:14:32.34 ID:aOI6mm1u0
レオン「姉さんの目がもしも見えていたら、僕は素直になれたんじゃないかって、前まで思ってた。だって、目が見えないこと以外に、姉さんに出来ないことはほとんどなかったから、僕の悩みに気づいてくれるって。僕の悩みに気づいてくれないのは、目が見えないからだって……、そんなことあるわけないんだ。ただ、僕が意固地に弱みを隠し続けてきただけで、それを姉さんの所為にしてただけなんだ」

カムイ「……」

レオン「だから、だから、僕は頼まれる側じゃないんだ。こんな弱い僕は頼む側なんだ。だから、姉さん、僕に力を――」

 ダキッ

カムイ「レオンさん」

レオン「姉……さん」

カムイ「ごめんなさい。私はずっと、あなたを苦しめていたんですね」

レオン「ううっ……」

カムイ「どんなことがあっても、レオンさんなら大丈夫、レオンさんなら心配いらない。私もレオンさんのことを悩みや辛さなどとは無縁な人と、考えてしまっていたのかもしれません。だから、私はあなたの本当の悩みを考えたことがありませんでした。本当に私は、駄目な姉さんですね……」

レオン「謝らないでよ。僕が意固地で素直じゃなかっただけなんだ。そんな意固地な僕に、素直になることを教えてくれた人たちを助けたいんだ」

カムイ「はい、姉さんに任せてください。レオンさんのためにこの力を振います。戦いが終わったら、悩み事も言ってください、私もそうですけど、カミラ姉さんも力になってくれるはずです」

レオン「カミラ姉さんも、力になってくれるのかな」

カムイ「はい、だってレオンさんは私とカミラ姉さんの可愛い弟なんですから」

レオン「……うん、約束だよ」

カムイ「はい」

レオン「……姉さん、僕に力を貸してほしい」

カムイ「ええ、それじゃ行きましょう」チャキンッ

「レオンさんの大切な人たちを助けるために」

916: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/06(土) 22:07:56.36 ID:gAjlaBJv0
◆◆◆◆◆◆
―暗夜王国・レオン邸―

???「」チャキ ダッ

ブンッ キィン!

カムイ「今です!」

オーディン「ふっ、俺の黒き闇の力が――」

レオン「わかったよ、姉さん」シュオンッ

 バチィン ドサッ

???「」シュオォン

 サッ

オーディン「ふっ、そんな攻撃でこの漆黒の――」

ツバキ「横から失礼するよー。それっ」ブンッ

シャーロッテ「援護しますよぉ。えいっ!」ブンッ

 ザシュンッ ドサッ

???「」タタタタタッ ダッ

オーディン「ふっ、斬り込みの勢いはいいが、空中では避けられ――」

モズメ「これでもくらい!」パシュッ

ゼロ「一緒にイかせてもらうぜ」パシュッ

 ザシュシュ! ドサッ

カムイ「これで足止めは片づけられたみたいですね」

レオン「姉さん、ありがとう」

カムイ「いいえ、私は攻撃を受けただけです。皆さんが援護に入ってくれなかったとっくにタコ殴りにされてましたから」

ツバキ「少しびっくりしたよー。いきなり前に出るものだから」

シャーロッテ「本当ですよぉ。無理はしないでくださいね?」

カムイ「私の範囲では大丈夫なことしかしてませんよ」

シャーロッテ「えへへ、カムイ様、ちょっと耳貸してくれますか~?」

カムイ「いいですけど、一体なんですか?」

シャーロッテ「そんなこと言ってると、アクア様に恐ろしい無茶したって零すぞ」

カムイ「あはい、すみません」

モズメ「さすがはシャ―ロッテさんや」

ゼロ「ほぉ、あのカムイ様が言うことを聞くとはねえ」

オーディン「……」

917: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/06(土) 22:17:54.38 ID:gAjlaBJv0
カムイ「あれ、オーディンさん? どうしたんですか、いつもなら『俺の力の暴走の前には~』とか、言うところじゃないですか」

オーディン「……俺、攻撃避けてるだけだったし」

ツバキ「そうだねー」

シャーロッテ「たしかに」

モズメ「せやな」

ゼロ「たしかにな」

レオン「まったく、何をやってるんだお前は」

オーディン「みんな早すぎるんだよ。もっとこうさ、『錆がまた増えちまう、お前の血でな』とか、『視界に入ったが最後、このサジタリウスの餌食になるがいい』みたいな、そんな口上をさ」

ツバキ「……ええっと」

レオン「ツバキ、すまない。オーディンはこういう奴なんだ。でも実際腕は立つ」

ゼロ「ああ、腕は立つぜ。変なことを零してるが実際実害はないから安心しておけ」

オーディン「実害はないって……、まるでぱっと見たら実害があるみたいな言い方だよな、それ」

カムイ「まぁ、オーディンさんに実害があるかどうかは、今は置いておくとしてですね」

オーディン「母さん、やっぱりめげそうだよ」

918: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/06(土) 22:30:06.73 ID:gAjlaBJv0
カムイ「ゾーラさんが逃げた先には何があるんですか?」

レオン「この先には庭園がある。多分奴のことだ、待ち伏せしてるだろうね」

カムイ「出来れば、相手が痺れを切らすまで待ちたいところですが。この気配だけの敵は無限に現れるようですから、罠と承知で進むしかありません」

シャーロッテ「結構危ない作戦ね」

モズメ「せやけど、このまま待っててもジリ貧やし。相手はどこから来るかわからへんから、玄関ホールで待ってる皆もそうやけど――」

ツバキ「なにより、サクラ様とカザハナの安全もあるからね。今はあいつの目的が僕たちを殺すことになってるみたいだから」

レオン「こっちから出向いて、正面から叩こう。回り道をしてる暇はないよ」

カムイ「……。レオンさん、庭園への入口はいくつありますか?」

レオン「庭園へはこの先を二手に分かれた先にそれぞれある形だよ」

カムイ「わかりました。私とゼロさんとオーディンさんは左から向かいますので、レオンさんは残りの方たちと一緒に右からお願いします」

レオン「残りって、何を言ってるんだい姉さん」

カムイ「囮は少ない方がいいです。それにゾーラさんにとっては私たちすべてが敵ですから、すぐに全員を私の方へ差し向けてくるはずです。私達が戦闘を開始して、敵の注意が私達に固まったのを見計らって、レオンさん達は一気に強襲してゾーラさんを仕留めてください。たぶん、この見えない敵もゾーラさんが呼んでいるはずですから」

レオン「……大丈夫なんだよね」

919: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/06(土) 22:42:03.77 ID:gAjlaBJv0
カムイ「はい……でも、そうですね。今、私はレオンさんに力を貸している立場ですから――」

レオン「いや、大丈夫だよ。こっちが囮になって姉さんに裏をかいてもらおうかと思ったけど、手前で何かを仕掛けられたら、何もできなくなる。さすがに、ゾーラもそこまで馬鹿じゃないはずだ。だから、僕は姉さんのその作戦で行くことにする。陽動をお願いできるかな?」

カムイ「はい。任せてください」

レオン「うん。ツバキ、モズメ、シャーロッテ。僕のタイミングに合わせてくれるかい?」

シャーロッテ「はぁい、まかせてくださぁい」

モズメ「まかせてな」

ツバキ「わかったよ」

カムイ「それじゃ、行きましょう」

 タタタタタタッ

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

オーディン「この先が庭園です、カムイ様」

カムイ「わかりました。オーディンさん、これを。たぶん役に立つはずです」

オーディン「これは……」

カムイ「では……準備はいいですか」チャキンッ

オーディン「リザイア持たせられたって、そういうことだよなぁ」パララララッ

ゼロ「安心しろ、少なからず俺が仕留めてやるさ」カチャッ

カムイ「結構、うるさく行きますよ。陽動しないといけませんから」

オーディン「え、結構うるさくって、どう――」

カムイ「てやぁっ!」ドゴンッ

 ガシャン! ザーーー

オーディン「蹴り開けした、この人蹴り開けしたよ!」

ゼロ「勇ましくていいねえ。股のラインが見えるところとか、特にねぇ」

920: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/06(土) 22:54:13.88 ID:gAjlaBJv0
 シュオォォン

カムイ「!」サッ
 
 バチィン!

ゾーラ「ひょーっほほほ。罠ということもわからないとは、つくづくお馬鹿な人ですねえ。レオン様を誑かした最初の毒も、同様に取り除かないといけないと言うことでしょう」

カムイ「レオンさんを誑かす毒ですか、なんだか●●な感じがしますね」

ゼロ「ああ、なんだかゾクゾクするフレーズだ」

オーディン「 靡な毒も使えるってことか、すごく●●だな……」

ゾーラ「そんな減らず口も、すぐに言えない体にしてさしあげますよ」シュオオオオオオオン

 ピチャン ピチャン

???「」

ゾーラ「この雨の中で、気配を探れますか?」

カムイ「……やってみなければわかりませんよ」

???「」ダッ ピチャピチャ ブンッ

 キィン

オーディン「カムイ様に手を出すな。くらえ!」

 シュォオン グチャリ

???「」ダッ

ゼロ「余所見はよくないぜ」パシュッ

 ドスッ

???「」ドサッ

 ピチャン ピチャン ピチャン

???「」チャキッ

ゼロ「続々出てきやがったか」

カムイ「それでは行きましょうか、二人とも」ダッ

オーディン「って、カムイ様、俺が前に出ますから――」

???「」ブンッ

 ザシュッ

オーディン「ぐっ、だが、これも想定内だ。くらえ、リザイア!!!」

 バシュンッ

オーディン「ふぅ、どうにかなったな」

???「」フラッ

カムイ「せやぁ!」ザシュッ

???「」ドサッ

ゼロ「おらおら、たった三人に手こずるとはねぇ。歯ごたえの無い奴らだ」パシュパシュパシュ 

 トスッ トトスッ

 ドサリッ

921: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/06(土) 23:04:42.01 ID:gAjlaBJv0
ゾーラ「……苛立ちますねえ。ここまでコケにしてくるとは、でもこれだけだとは思わないことですよ。まずはあなた達を」シュオオオンッ

???「」ザザザザッ

ゾーラ「血祭りにして差し上げますからねえ」

カムイ「雨に混じってますが、結構な数がこちらにさし向けられたみたいですね。陽動としては上出来でしょう」

オーディン「あとは、耐えるだけ耐えろってことでいいのか」

カムイ「はい、耐え切って生き残りますよ。オーディンさん、ゼロさん」

ゼロ「当然だ。こんなところで死んだら、面白くないからな」

カムイ(あとは任せましたよ、レオンさん)

~~~~~~~~~~~~~~~

モズメ「……始まったみたいや」

レオン「よし、モズメとシャーロッテは後続が来たら対処してくれ、僕とツバキは突き進む」

シャーロッテ「わかりました~。モズメ、準備はいい?」

モズメ「準備はできとるよ。雨の中やけど、こういう中で弓を扱うのも慣れてるから、安心してや」

ツバキ「頼りになるね。これなら俺たちも安心して進めるよ」

シャーロッテ「でも、この雨の中で戦いとか、正直勘弁してほしいわ」

レオン「文句ならゾーラに言ってやるといい。あいつがそもそもの原因なんだからな」

シャーロッテ「それもそうよね。ふふっ、どうしてやろ?」

モズメ「シャーロッテさん、顔怖くなっとるよ」

ツバキ「ははっ、二人ともじゃれ合いはここまでにしてさ。ね、レオン王子」

レオン「ああ……。それじゃ、行くよ」

922: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/06(土) 23:15:15.12 ID:gAjlaBJv0
 ガチャン

 ダッ

 キィン シュオォオン

 ウワアアアア、キズガヒドイコトニナッテキタ。ダレカリザイア、リザイアサセテオクレー

 オーディンサン、マエニデスギデスヨ!

 ユカイソウデナニヨリダナ

シャーロッテ「まだまだ、余裕はありそうね」

モズメ「せやな。でも、次から次へと来られたら、いくらカムイ様達でも……」

レオン「ああ、だからゾーラを止める」

 ピチャン ピチャン

???「」チャキッ

レオン「ツバキ!」

ツバキ「わかったよー。こいつら出てきたばかりじゃ、何もできないみたいだからさ。ご愁傷様」ブンッ
 
 ゴロンゴロン ドサッ

レオン「そうみたいだね。追いかけてくる奴らはいるかい?」

シャーロッテ「少ないけど、こっちの動きに気づいたのが少しだけいるみたいね」

モズメ「まだ対処できるくらいや」パシュッ!

 トスッ ドサッ

レオン「思ったより、気付くのが早いみたいだね」

ツバキ「みたいだねー。でも、ここまで来たらもう突き進むしかないかな」

レオン「ああ、その通りだ。このままゾーラの場所まで押し切る」

???「」サッ

シャーロッテ「レオン様!」ダッ

 ブンッ キィン

???「」バッ ブンッ

 キィン

シャーロッテ「やろぉ、手えだすんじゃねえ!」ブンッ ドゴンッ

???「」ゴロン

シャーロッテ「はぁはぁ、大丈夫でしたかぁ?」

レオン「あ……ああ。大丈夫だ、ありがとう」

シャーロッテ「本当は怖かったんですよぉ。でもレオン様にもしもがあったらって、がんばっちゃいましたぁ」

レオン「へ、へぇ……」

モズメ「レオン様、結構な数が追ってきとるよ」パシュパシュ

レオン「急ぐよ、みんな」

レオン(この先にテラスがある、奴はそこにいるはずだ……)

923: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/06(土) 23:26:27.23 ID:gAjlaBJv0
 タタタタタタッ

ツバキ「っと」キィン

レオン「これで!」シュオォン! ザシュッ

 ドサッ

ゾーラ「! な、なぜここにレオン様が!? あいつらの後方にいたのではないのですか!?」

レオン「生憎、お前の考えることなんて予想済みでね。ここまで接近を許すなんて、やっぱりお前にはそういった才能はない。あるのは、下衆の才能だけだ」

ゾーラ「ぐっ……言ってくれますねえ」

レオン「さぁ、大人しく覚悟するんだね」シュオォン

ゾーラ「ひょほ、ひょーっほほほ! 甘いですよお、レオン様!」シュォオオン

 ザザザザッ

 ザザザザッ

ゾーラ「この数をそんな人数でどうにかできると思っているのですかぁ」

ツバキ「レオン王子、どうするー?」

レオン「シャーロッテ、モズメ。この雑魚たち、任せられるかい?」

シャーロッテ「わかりました~」

モズメ「シャーロッテさんと一緒に片づけたる」

ゾーラ「何を言ってるんですかねえ。この私に近づけるわけなんて、無いに決まってるんですよぉ!」

???「」ダダダダダッ 

シャーロッテ「目触りなんだよぉ!」 ブンッ クルクルクルクル ザシュッ!

モズメ「負けてられへんよ!」パシュッ ザシュ!

レオン「行くよ、ツバキ」

ツバキ「はい、レオン王子」ダッ

 シャキンッ バシュッ!

レオン「塵になれ!」シュォオオン ザシュシュシュッ ビチャァ

ゾーラ「レオン様、この私の魔法で、汚れから解放されてくださいねえ!」ボワワッ ヒュンヒュン

レオン「そんなのは、ごめんだよ」サッ

924: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/06(土) 23:38:54.05 ID:gAjlaBJv0
???「」サッ ダッ!

 ドゴォン ドサッ

シャーロッテ「レオン様には指一本触れさせねえからな。……モズメ、平気?」

 ピタッ

モズメ「はぁはぁ、んっ、すこし辛くなってきたわ」

シャーロッテ「あと少し頑張るだけなんだから、女の根性見せなさいよ」

モズメ「ふふっ、やっぱりシャ―ロッテさんは頼りになるわ。なんやか、あたいのおっ母となんかそっくりなこと言っとる」

シャーロッテ「ありがと。だけど、まだそんな歳じゃないし、これでもか弱い女の子で通してるんだから」

モズメ「もう、レオン様、そう思ってくれてそうにないで?」

シャーロッテ「……ま、まだ、許容範囲のはず……」

モズメ「せやな、本当はもっと、暴れまわってるはずやし」

シャーロッテ「言ってくれるわね、モズメも」

モズメ「ご、ごめん。でも、そんなシャーロッテさんやから、あたい背中を預けられるんや」

シャーロッテ「私もよ。それじゃ残りをちゃちゃっと、こなすわよ」

モズメ「まかせとき、シャーロッテさん」パシュッ 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ゾーラ「行けええ!」

???「」ダッ

ツバキ「しつこいね、もう負けを認めたらどうかなー?」

ゾーラ「認めるくらいなら、死んだ方がマシというものですねえ」

レオン「なら、さっさと自害したらどうだい。もうお前の負けだ」

ゾーラ「いいえ、私が望む、レオン様に戻られるのなら、死ぬまで戦いをやめたりしませんよお」

レオン(くそっ、あいつの持っているあの本が、こいつ等を呼び寄せている媒体か。あれさえどうにかできれば)

925: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/06(土) 23:50:06.31 ID:gAjlaBJv0
ゾーラ「さぁさぁ、まだまだ出して差し上げますよ!」シュオォン

???「」

ツバキ「はぁはぁ…、んっ、レオン王子!」

レオン「ああ、どうにかしてゾーラの懐に飛び込まないといけない。でも、一体どうすれば……」

ツバキ「……一か八かだけど、面白い方法がありますよー」

レオン「どういう方法だい」

ツバキ「えっとですね――」

???「」サッ

 キィン シュオォンッ バシュッ ドサッ

レオン「……なるほどね」

ツバキ「もう、みんなも限界かもしれない。だけど、失敗した時は……」

レオン「だけど、その瞬間をゾーラが見逃すかな?」

ツバキ「それをさせないようにするがの、レオン王子の役目ですよ。俺もこんな案を出したくないよ。ぶつけ本番、俺実はすごい苦手だから」

レオン「そうは思えないけど」

ツバキ「ええ、隠してますから。あまり知られたくないことなんで」

レオン「……そう。なんだか、僕たちは少し似てるね」

ツバキ「そうかもしれませんねー。だから、正直上手く行くかわからないことは、あまり試したくないんだけどね」

レオン「大丈夫だ」パシッ

ツバキ「?」

レオン「僕はツバキの剣の腕と動きを評価している、それだけで僕はお前を信じる理由になる」

ツバキ「ははっ、俺はレオン王子が面と向かって言ってくれたってことだけで、信じる理由になるよー」

レオン「意見は一致したね」

ツバキ「そうみたいだね」

レオン「……やるよ」

 ダッ

926: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/07(日) 00:01:12.31 ID:MV5Gykml0
ゾーラ「むっ?」

 タタタタタッ

レオン「はあっ!」

ツバキ「せい!」

???「」ドサッ

ゾーラ「突撃ですか、レオン様らしくもない手ですねぇ。いやいや、カムイ様などのことを気にして、強硬手段に出たということですか。甘い甘いですねえ、自分だけでも生き残れるようにするなら、他は捨てきらないといけませんからねえ!!!!」パララララッ シュオオオオオオンッ

 ピチャン ピチャン ピチャン

???「」ダッ

ツバキ「レオン王子、前に出ます!」

レオン「任せたよ」

レオン(あとはタイミング次第だ。すべてがうまく、タイミングよくかみ合うことを、それだけを……)

ツバキ「くっ、邪魔だああああ!」ザシュッ

ツバキ(一人目、ここから)

レオン(次の攻撃が来る。ツバキ!)

ツバキ「それじゃ、始めるよ。レオン王子!」ダッ

 キィンッ ギギギギギギッ

ツバキ(思ったより難しいね、この攻撃を受け止め続けるのは、だけど、そうしないといけない。あとは……)

ゾーラ「おやおや、疲れているのですか? 受け止めてしまうとは、どうやら死にたいみたいですねえ」シュオオオオンッ

レオン(今だ!)

 ダッ バシュッ

レオン「捉えたぞ、ゾーラ!」シュオオオオンッ

ゾーラ(……なんですかそれは……。レオン様とあろう方が、そんな避けられない空中で私を捉えたなどと……。確かにその白夜の毒を踏み台にして私を狙うと言うのは、いい案ですが……)

ゾーラ「お笑い草ですねえ、レオン様!!!」シュオオオンッ

ツバキ(レオン王子!)

レオン「……」

レオン(捉えられたみたいだね。流石にツバキと僕とでは、ゾーラの考える脅威判定は、僕になるはず。でも、これで――)

レオン「決まりだ」パッ

 ザシュシュシュ!!!

927: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/07(日) 00:15:53.43 ID:MV5Gykml0
???「」グチャリッ

ゾーラ「甘いですよお。待機していた者が一人いるのですから、盾にさせていただきました」

レオン「……」

ゾーラ「やはり、あなたは私の知るレオン様ではありません。潔くここで塵になってくださいねえ!!!!」シュオオオオンッ

ゾーラ(これで終わり、レオン様を殺して、私が新しくレオン様として、かつての姿を――)

レオン「やっぱり、僕にだけしか気を配ってない。それがお前の汚点だ、ゾーラ」

ゾーラ「なにを――」

ツバキ「そう、それに感謝しないとね」

ゾーラ「?」

ツバキ「その三人目が邪魔だったんだからさ」ガシッ

ゾーラ「!?」

???「」グググッ

ツバキ「お返しするよ!」ブンッ

???「」

ゾーラ(まさか、この気配だけの奴を投げてきた!? まったく――)

ゾーラ「使えないですねえ!」シュオンッ ボワッ

 グシャ ビチャ!!!!

ゾーラ(し、しまった。もう一度魔法の準備――)

 サッ パララッ

ゾーラ「えっ?」

レオン「……燃えろ」

 ボワワ

ゾーラ「あつっ!!!! あああっ」

 メラメラ シュン パサパサッ

ゾーラ(し、しまった。あの方から頂いた魔術書が……で、ですが、まだ――)

ゾーラ「まだ終わりでは――」バッ

 シュキンッ

レオン「チェックメイトだ、ゾーラ」

 バシュッ ボトリ

ゾーラ「あ、あえ?」
 
 ポタポタポタポタ プシャーーーー

ゾーラ「ひぎゃあああああああああ。腕、私の腕がああああああ」

 ドサッ 

ゾーラ「ひぎいいいああああああ」

レオン「ふぅ……ツバキ」

ツバキ「ははっ、何とかうまくいった。死ぬかと思ったよー」

レオン「本当だよ。……奴らの気配は消えたみたいだね」

ツバキ「そうみたいだ。でも、殺さないの?」

レオン「ああ、こいつにはまだ死んでもらうわけにはいかない。……本当はすぐに殺してやりたいところだけど、聞きたいことがある」

「いろいろとね」

931: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/10(水) 23:00:29.89 ID:Z7K9Z7PL0
◆◆◆◆◆◆
―レオン邸・庭園―
 
 ガシッ ガンッ

ゾーラ「ぐぐっ、止めを刺さないとはやはり甘くなられましたねえ、レオン様」

レオン「黙れゾーラ。洗い浚いしゃべってもらおうか」

ゾーラ「ひょほほ、殺したくても殺せないというのは、辛いものですねえ。ですが、何も話すつもりはありませんよ、あなたのような軟弱な王子などに」

レオン「……そうかい。じゃあ」ググググッ

ゾーラ「ぐっ、ぐぐぐっ……」

カムイ「レオンさん、こういった形では何も話してくれそうにありませんよ」

レオン「……本当に止めを刺さなかったのは間違えだったよ。使い物にならないね」パッ

 ドサッ

ゾーラ「ごほ、ごほっ。ひょほほほ、カムイ様も残念でしょうがないでしょうねえ。目の前に、あなたの従者が死ぬ原因ともなった人間がいると言うのに、殺せない。本当に同情しますよぉ」

カムイ「……良かったですね、ゾーラさん。ここにピエリさんがいたら、あなたはとっくに血達磨になってたことでしょうから」

ゾーラ「そうですか、それは感謝しないといけません。ありがとうございます、カムイ様。ひょほほほほほ、愉快痛快ですねえ」

カムイ「……あなたの野望を最後の最後でどうにか折ることはできました。でも、私たちはあなたの策に絡めとられていた、敗北と言っていいですね」

932: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/10(水) 23:14:40.12 ID:Z7K9Z7PL0
ゾーラ「ええ、ここまでうまく嵌ってしまうとは思いませんでしたよ。最後の最後であなたが邪魔に来なければよかったんですから。ですが、あなたの心にも一筋の傷を与えられたのですから、私としてはとても満足というものです。あなたの従者を、一人殺すことができましたから、もう少し死んでしまえばよかったんですけどねえ。その心が壊れてしまうくらいに」

カムイ「あと一歩でそうなるところでしたよ」

ゾーラ「ひょほほほ、あなたはこの国の王族などにならなければよかったんですよ。そうすれば、私がこのようなことをする必要も、従者が死ぬこともなかった。火を見るよりも明らかな事実ですねえ」

カムイ「なぜ、こんなことをするんですか。誰も得をしない、こんなことを……」

ゾーラ「かつての栄光あるレオン様に戻っていただく、ただそれだけのために行ったまで。これは、あのお方も望まれていたこと。まぁ、シュヴァリエ密告の件は私の独断ですが、本来ならそれが仕上げでしたのでねえ。それにあのお方なら既にこの事は見抜いていたことでしょう、それを黙認したと言うことはわかっていたんですねえ」

レオン「……何をわかっているって言うんだ」

ゾーラ「すでにレオン様が毒に犯され腑抜けになってしまうことを見抜いていたのでしょう。だから、私に任せてくださったのですよ」

933: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/10(水) 23:35:02.56 ID:Z7K9Z7PL0
カムイ「……任せたとは一体何をですか?」

ゾーラ「ひょほほほ、レオン様の監視ですよ。白夜の捕虜に誑かされていないか、私も最初はこんなこと必要ないと思っていましたが、日にレオン様が白夜の豚どもに蝕まれているのをひしひし感じました。ですから、化けて探らせていただきましたよ。あのカザハナという小娘はすぐ術に掛ってくれました。色々としゃべってくれましたよ。ですからシュヴァリエ反乱の首謀者の一人として、カムイ様を仕立て上げるのはとても簡単でした」

カムイ「……私が正規軍を率いると言う話を聞いてマクベスさんが悩んでいたことも、すべて理解した上でやったと言うことですね」

ゾーラ「ええ、マクベスがあなたに向けているものがどんなものかは、赤子でも理解できますよ。どちらに転んでもマクベスにとっては痛手にならない、あなたへの不信感ばかりが募るものにできました。本当に見ていてこれほど面白いものはありませんでしたよ。もっとも、あなたがシュヴァリエで死ななかったことは、誤算ですがねえ。あなたが死ねば、レオン様も目が覚めるだろうと思ったのですから。しかし、それはどうやら間違えでした。一番の毒はやはり白夜の豚どもだったと言うこと、その点ではカムイ様には嫌がらせをしただけに過ぎないでしょう。ひょほほほ、愉快ですねえ」

カムイ「それがあなたの理由ですか……」

ゾーラ「私にとっては命を掛けるに値する理由ですよ、ここまでやってきた諜報が実を結んだと思った矢先で、邪魔をしてきた 豚に言われたくないですねえ。まあ、もっとも私の変装を完璧に見破れなかった時点で無能以外の何物でもありませんねえ!」

カムイ「……」

ゾーラ「本当に、死んでしまったあなたの従者は不幸な方ですよ。主がしっかりしていれば、死ぬこともなかったというのに、こんな主の下で命を掛けていては、いずれそちらの皆さんも犬死することになるでしょうねえ。ひょーほほ―――」

カムイ「!!!」ガッ ドゴンッ

934: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/10(水) 23:48:35.81 ID:Z7K9Z7PL0
ゾーラ「がっ、はうっ!!!」

カムイ「……」

ゾーラ「ひょほほほ、殺しますかぁ?」

カムイ「………」

ゾーラ「さぁ、殺してもいいんですよお? もっとも、話は聞けなく――」

カムイ「…………本当に、その通りですね」

ゾーラ「?」

カムイ「あなたの言うように、リリスさんが死んだのは私の未熟さでしょう。あなたの変装に気付けなかったことよりも、その先でリリスさんの言葉に耳を傾けられなかった。あなたに言われなくても、痛感してるんですよ」

ゾーラ「ひょほほほほ。そんなあなたに付いて行くのですから、臣下はみな馬鹿揃いというわけです。これは傑作ですねえ」

カムイ「ですが、一つだけ言わせてもらいます」グッ

ゾーラ「なんですか、言って――」

 ブンッ ドゴンッ

ゾーラ「げぴっ!」
 
 ドサッ

カムイ「私を信じてくれたリリスさんと、今も私に力を貸してくれる皆さんを侮辱することは絶対に許しません。もう、あなたから聞くことは何もなさそうです」

レオン「姉さん、こいつを生かしておく意味は無い、僕が――」

カムイ「いいえ、私がやります。こんな人をレオンさんが斬る必要はありませんから」

 ザッザッザッ チャキッ

ゾーラ「……こんな人ですか。それを斬るカムイ様は一体何なんでしょうねえ?」

カムイ「さぁ、なんでしょうか。どちらにせよ、その答えをあなたに言う必要はありませんね」


 ヒタッ ヒタッ

935: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/10(水) 23:58:55.22 ID:Z7K9Z7PL0
ゾーラ「ひょほ、ひょほほほほほほ」

レオン「この土壇場で、怖さに気が狂ったか?」

ゾーラ「壊れた、違いますねえ。壊れるのは皆さんのほうですよお」

レオン「貴様、何をいきなり、言いだす」

ゾーラ「本当に、甘い方ですよ。あなた達は!」

 ザッ ブンッ

 キィン!

カムイ「くっ……一体どこから!?」

 カラカラカラカラカラカラ シュオンッ

カムイ(この音は式神!? どうしてこんなとこ――)

レオン「姉さん!」」

 バチィン

カムイ「きゃああああああっ!!!!」ドサ ドサリッ

レオン「!!! 姉さん、姉さん、しっかり!」

ゾーラ「ひょほほほ、さすがに倒し残りがいるとは思いませんでしたか。やはり無能ですよお、助かりましたよあなた達」

???「」チャキッ

???「」カチャ

レオン「くっ、一体どこにいたっていうんだ」

???「」チャキッ ダッ ブンッ

シャーロッテ「させるかよ!」

 キィン

シャーロッテ「けっ、武器も見えないって意味わかんないんだけど、カムイ様に手を出すんじゃないよ!」ブンッ 

 サッ

???「」クルクルクルクル 

シャーロッテ「決めてくれるじゃねえか」

???「」チャキッ

シャーロッテ(本当にこいつらだけなのか。だとしても、こいつ、さっきの奴らより強い)

???「」カラカラカラカラカラ シュオンッ!

オーディン「ここは俺に任せてもらおうか、この漆黒のオーディンの力、受け止められるか!!」シュォオオオン ボワッ

 ガキィン

???「」クスクスクスクスッ

オーディン「笑うような仕草を取るとか、余裕ってことかよ」

???「」カサリッ

オーディン(……他に気配は感じないが注意しないと)

936: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/11(木) 00:13:07.53 ID:b2UZb6i90
カムイ「シャーロッテさん、オーディンさん。くっ……」

カムイ(思った以上に魔法をもろに受けてしまいましたか。すでに戦闘は終わったと油断していたということでしょう)

ゾーラ「ひょほほほ、どうやら一人は殺せそうですねえ。最後の最後でよくやってくれました。さぁ、誰か一人を殺してください、おねがいしますよ」

カムイ(なんでこのタイミングでこの二つの気配は現れたんでしょう。ゾーラさんはあの時、すべての気配に指示を出していたはず。従わなかった者たちがいたと言うことですか。媒体はレオンさんが燃やしたから増援を呼んだわけでもないはずですから。くっ、守り切るには人数が足りません)

???「」

???「」

オーディン「カムイ様には指一本触れさせない」

シャーロッテ「来るなら来いよ!」

カムイ(……くっ、どうにか、どうにかしないといけないのに)

ゾーラ「ひょーっほほほほ。その抗おうとする顔、実に滑稽ですよお。でも、それも終わりですよ」

???「」

 カラカラカラカラカラ

???「」チャキッ
 
カムイ「ぐっ、折れるわけには……いきませんよ」

レオン「姉さん、立っちゃ駄目だ」

ゾーラ「さぁさぁ、抗うように死んでくださいねえ。さあ、やってしまいなさーい!」

 フラッ

937: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/11(木) 00:25:40.35 ID:b2UZb6i90


ゾーラ「?」

???「」

ゾーラ「何を、しているのですか。さっさと、や―――」

 ズシャ

 ポタポタポタタタ……

レオン「えっ……」

ゾーラ「ひょ?」

 ポタタタタタッ 

ゾーラ「な、なぜ、私に、え、これは、ど、どういうっ」

???「」 シュオンッ ズビシャ

ゾーラ「あひっ、私の私の、私の胃が、腸が……。もど、もどし――」

???「」ブンッ パシュッ プシャアアアアア

ゾーラ「ヒュー……そ、そんな、ヒュー わ、私は言われた……りに、それをあなたも望まれたはずなのに……」

???「」ガシッ グチャッ

 グッググッグッ ビチャアアアッ 

ゾーラ「…ロ……様……」ドサリッ バシャンッ

レオン「な、何が起こって」

???「」カラカラカラカラッ シュオンッ シュオンッ

オーディン「って、あぶね! 思い出したように攻撃してくるなよな!」

シャーロッテ「ほんとどうなってのよ。あの下衆、裏切られたってこと!?」

レオン「くっ、姉さん」

カムイ「一体、何が、何が起きたと言うんですか、レオンさん」

レオン「わからない、本当にないが起きたんだ?」

 ………

 ピチャン ピチャン……

938: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/11(木) 00:37:26.22 ID:b2UZb6i90
シャーロッテ「攻撃はおさまったみたいだけどよお。一体何なんだよ、これ」

カムイ「……て、敵は?」

シャーロッテ「無茶すんじゃねえよ。ほら、肩貸してあげるから」

カムイ「あ、ありがとうございます。シャ―ロッテさん、オーディンさん、敵はどうですか?」

オーディン「気配が全く感じられない。あの短時間で移動したのかもしれないな。ゾーラを殺すのが目的だったと考えれば、もう長居する必要は――」

レオン「……だとしたら、これは不思議なことじゃないか」

カムイ「……レオンさん、どうしたんですか」

レオン「無いんだ」

カムイ「無い?」

レオン「ゾーラの死体だよ」

カムイ「えっ?」

レオン「無いんだ、奴の死体が。確かに致死量の攻撃を受けて死んだはずのあいつの亡骸が、肉の欠片一つもね……」

カムイ「……殺すことも死体を回収することも、含めて彼らの目的だったのかもしれません」

レオン「だとしても――!」

カムイ「そのことは後にしましょう。もう、敵はいなくなってしまいましたから。それに、まずは無事を確認するのが先ですよ」

939: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/11(木) 00:50:40.09 ID:b2UZb6i90
レオン「それもそうだったね。かなり待たせちゃった気がするけど」

カムイ「ふふっ、今の言葉はよくないですよ。女の子を待たせるのはいけないことですよ」

シャーロッテ「そうですよぉ。っていうか、カザハナとサクラ様はどこにいるのよ?」

レオン「大丈夫だ、安全な場所にいる。だけど万全ってわけじゃない、だからこそツバキたちをそこに向かわせたんだ」

シャーロッテ「そうだったんですかぁ。さすがはレオン様ですね!」

レオン「ああ……結果的にはあまり良い選択じゃなかったかもしれない、あの現れた気配の目的が僕たちの命だったら、誰か失ってたかもしれない」

カムイ「どうにかなったんですから、今は十分じゃないですか」

レオン「……その、姉さん」

カムイ「なんですか、レオ――あつつつ……」

シャーロッテ「結構深いから気をつけてください。でもこれはアクア様に怒られそう」

カムイ「間違いないですね。それで、どうしました、レオンさん?」

レオン「その、ありがとう。僕に力を貸してくれて……」

カムイ「いいえ。当然のことですよ。でも、これからは私のためにレオンさんの力を貸してくれますか?」

レオン「もちろんだよ、姉さん。」

カムイ「ありがとうございます。それじゃ、行きましょうか……」

レオン「うん」

カムイ「………」

カムイ(賢者様が言っていた『すべての人間を怨むほどの悪意』……。ゾーラさんもそれに絡み取られていたのかもしれませんね。そしてこれも新しい悪意を産むものになっていく……)

カムイ「……すべてが悪意を産んだら、最後には何が生まれ出ると言うんでしょうか……」

940: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/11(木) 01:09:46.36 ID:b2UZb6i90
◇◇◇◇◇◇
―ミューズ公国・アミュージア『宿舎feel』―

???「そうか、噂通りにやってきたということか」

白夜兵「はい……ですが。ここまで流れてきた噂の通りというのは……」

???「元々罠であるのは承知の上だ。それに白夜のことを考えれば、もうこの機会しか残されていないと言っていい」

白夜兵「……リョウマ王子は反対していましたね、俺達の作戦には」

???「……そうだな。あの頑固さは、一族を守るために離反したあいつに少し似ていたから、少し臆したが、折れるつもりは毛頭なかった。あそこで折れたら、あいつに笑われる気がしてならなかった」

白夜兵「クマゲラ様は炎の部族の方でしたか」

クマゲラ「ああ……。俺たち一族は頭が固く、すぐに熱くなる。でも、それしか知らん。知らん以上、そこにある機会に賭けるしかないってことだ。それにリョウマ王子は成功する可能性が低いから反対したわけじゃない」

白夜兵「俺達に死んでほしくないと言っていましたね」

クマゲラ「ははっ、すでに死ぬと思われていると言うのも、何とも言えないがな……。リョウマ王子には作戦の確率ではなく、俺たちの命を守ることの方が重要だったのかもしれん」

白夜兵「……俺達がガロンを倒せば、すべてが元通りになるんでしょうか?」

クマゲラ「それはわからん。わからんが、その可能性に賭けてみたからこそ、俺たちはここにいる。違うか?」

白夜兵「……そうですね。すみません、俺……」

クマゲラ「気にするな。それよりも、ガロンが謁見する日取りを探っておけ。暗夜に感づかれないようにな」

白夜兵「はい、任せてください、では失礼します」

 タタタタタタッ



クマゲラ「んっ、グビグビグビ……ぷはぁ、異国で飲もうと酒の味は変わらん。戦争をしていても変わらないものばかりだ」

クマゲラ「……リョウマ王子から話は聞いているが、できればこんな地であいつと再会したくはない。あいつはすでに暗夜の一員とはいえ、一族の繋がりを捨てて一族を救った結果として、同じ一族の者と戦うことがあっていいはずもない」

クマゲラ「……」

クマゲラ「……だが、嫌でも再会するように火が靡くというのなら、その時は力比べでもするとしようか……」

『結局、クマじいには敵わなかったな』

『一族を抜けるからって、手加減をするつもりはない。それに、お前は手加減されるのは死ぬほど嫌いだろ』

『当り前だ。全力を出すのが礼儀に決まってる、私は全力でやったんだ、だから負けても悔いはない。……まぁ、一回くらいはクマじいに勝ちたかったけどな……。残念だけど仕方無いさ』

クマゲラ「あれが最後の力比べなら、俺の連戦連勝で終わりだが……。もしも、あと一回することがあったら、それが最後の真剣勝負、それはそれで楽しみだ。そうだろ―――」




「リンカよ……」



 第十五章 おわり

941: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/11(木) 01:11:18.03 ID:b2UZb6i90
○カムイの支援現在状況●

―対の存在―
アクアB+
(カムイからの信頼を得て、その心の内を知りたい)

―城塞の人々―
ジョーカーC+
(イベントは起きていません)
ギュンターB+
(恋愛小説の朗読を頼まれています) 
フェリシアC+
(イベントは起きていません)
フローラC
(イベントは起きていません)
リリス(消滅)
(主君を守り通した)

―暗夜第一王子マークス―
マークスC+
(イベントは起きていません)
ラズワルドB
(あなたを守るといわれています)
ピエリC+
(弱点を見つけると息巻いています)

―暗夜第二王子レオン―
レオンC+
(イベントは起きていません)
オーディンB→B+
(二人で何かの名前を考えることになってます))
ゼロB→B+
(互いに興味を持てるように頑張っています)

―暗夜第一王女カミラ―
カミラB+
(白夜の大きい人に関して話が上がっています)
ルーナB
(目を失ったことに関する話をしています)
ベルカC+
(イベントは起きてません)

―暗夜第二王女エリーゼ―
エリーゼB
(イベントは起きていません)
ハロルドB
(ハロルドと一緒にいるのは楽しい)
エルフィC
(イベントは起きていません)

―白夜第二王女サクラ―
サクラB+
(イベントは起きていません)
カザハナC
(イベントは起きていません)
ツバキC
(イベントは起きていません)

―カムイに力を貸すもの―
サイラスB
(もっと頼って欲しいと思っています)
ニュクスB
(イベントは起きていません)
モズメC+
(イベントは起きていません)
リンカC+
(イベントは起きていません)
ブノワC+
(イベントは起きていません)
シャーロッテB
(返り討ちにあっています)
スズカゼC+
(イベントは起きていません)
アシュラC
(イベントは起きていません)

949: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/16(火) 22:35:10.87 ID:Lo0qQGmU0
◇◆◇◆◇








・透魔王国if「イントロダクション」


 あの運命の白夜平原。暗夜と白夜、どちらにもつかないことを決めたカムイは自身について来てくれるわずかな者たちと共に旅立った。
 その道中、暗夜からカムイを探しにやってきた城塞の面々と合流する。するも、無限渓谷にてガンズの部隊と交戦、ギュンターは渓谷へと落ちてしまう。 ギュンターの安否がわからないままに孤立状態となったカムイ達の元に、差出人不明の手紙が届く。
 一行はその指定された場所、ミューズ公国周辺へと向かう。そこでアクアと再会し、彼女のペンダントに宿る力の導きにより透魔王国という世界の存在を知る。しかし、到着と共に現れた謎の兵たちと交戦、その多さに圧倒されかけた時、生き残りの透魔の民が現れ、この窮地を脱することに成功する。
 彼らの住まう隠れ砦にたどり着いたカムイ達は、無限渓谷から落ちて行方知れずとなっていたギュンターと再会を果たす。それも束の間、透魔の民の一人、ロンタオからこの透魔王国を長い間見守り、そして狂ってしまったハイドラという竜の話を聞く。
 白夜と暗夜の双方が争うように裏から操っていると聞いたカムイ達は、ハイドラを倒すこと決意。そして仲間を集めるとともに、白夜と暗夜の争いを一つの終わりへと導くために行動を開始した。暗夜と白夜の空が入れ替わる日というタイムリミットまでに、透魔王国に点在する泉を通して各地へと向かい、問題解決と信じ共に闘ってくれる仲間を集めることに翻弄した。
 そして、最後に残ったマクベス軍師率いる好戦派を打倒し、仲間達を連れて透魔王国に戻ったカムイであったが、そこには攻撃を受ける砦の姿があり、変わり果てたロンタオと愉快そうに笑うギュンターの姿があった。
 ギュンターが透魔王の眷属であるという事実に揺れながらも、一度窮地を脱したカムイは、そこで皆との絆を確かめ合い、夜刀神を終夜にまで進化させる。

 そして、ハイドラを倒すために進軍を開始するのだった。

950: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/16(火) 22:40:07.14 ID:Lo0qQGmU0
◇◆◇◆◇





 『ギュンターif』


「………仰せの通りにいたしました。透魔王様」

 皺の混じった声が黒い空間に木霊すると、それに対応するように言葉が返る。声はよくやったと労うと同時に命令を下す。
 真っ暗闇の先、姿は見えないが確かにそこに存在する何かの指示は単純明快なものであった。

「奴を器にし、我に差し出せ、呪縛から解き放たれた今、器にすることこそが我の野望を確かなものにする。さすれば、お前の願いも共に成就することだろう。忘れていたお前の願い、今こそ叶える時だ」
「……わかりました」

 静かに頭を下げる彼に対して、複数の影が視線を送る。送るも誰ひとりとして言葉を掛ける者はいない。
 いや、言葉を掛けることをしないのではなく、今は空っぽになっているからこそ、言葉を出すことが出来ないという状態であった。
 命の無い器たちは、透魔王の力によって管理運営されている。その中で自我を持っている彼は、唯一透魔王に意思を持って従った人物ということになる。
 それは確かに、彼の心の中にある確かな言動として、発せられることとなった。

「これより、カムイ一行を殲滅して参ります……」

 その足取りは重くも確かな意思を持つものだった……

951: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/16(火) 22:45:46.40 ID:Lo0qQGmU0
◇◆◇◆◇








 
 死体を操る透魔軍の攻撃を退けながら、手薄な場所を攻めて突き進んできたカムイ達は、地下通路を経ての王宮の入口広間へとたどり着いた。王宮の中は手が届いていないようで、埃と蜘蛛の巣が部屋の隅のあちこちに張り巡らされている。それを見た城塞の面々は仕事が出来ていないというように顔をしかめた。
 あのジジイ、人に口酸っぱく掃除について言ってるくせに新しい主の城は汚れてるじゃねえか、そうジョーカーが零せば皆は同意するように頷く。その中にはカムイも含まれていた。

「さすがにこの城を一人で隅々奇麗にするのは酷というものですよ。それに彼らの目的を考えれば、城も将来使わなくなるのでしょうから」

 歩むだけで埃がふわりと動く、そんな広間を進むカムイたちだったが、それはすぐに止まることになった。
 二階へと続く道に影がある。顔をあげればそこにいるのが誰だかすぐにわかった。

「……お待ちしておりましたぞ、カムイ様。いえ、今はカムイと呼ばせていただきましょうか」

 階段を一歩一歩降りてくる、その身には隙はなく、顔に走った傷跡は痛々しさよりも、今は強大な壁のような印象を与える。その壁はカムイと一定の距離を保つように動きを止めた。
 手にした血で黒く染まった槍と朱が彩る鎧、そして邪悪な笑みが張り付いたその顔。記憶の中にある面影とは異なるその人の名を呼ぶ。

「ギュンターさん」

 ギュンターさん、そう呼ばれて彼は楽しそうに唇をさらに吊り上げる。普段の笑みとは違う悪意の微笑は、知る者達から彼が変わってしまったということを突きつける。寡黙で普段は感情をあまり出さない彼が、常に笑っていることさえも、目に見えない歪さを与えてくる。
 自然と各々が己の獲物に手を添え始める。いつ何が起きてもわからないこともそうだが、まるでここに来ることがわかっていたかのように現れたギュンター、そこから考えられるこの状況を察してのことだ。それは、紛れもない事実としてすぐに現れる。
 幾つもの気配が突如としてこの広間に現れ、ギュンターの号令を待つようにただ待ち続けている。

952: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/16(火) 22:51:28.03 ID:Lo0qQGmU0
◇◆◇◆◇







「やはり、罠でしたか。すべては私たちを城に入れるための芝居だったと言うことですね」
「罠とわかっていても、お前ならそうすると思っていた。世界を救うというくだらない願いを成し得ようとするお前なら、例え罠だとしても懐に入ることを選ぶと思いましたのでな」
「ええ、と言っても、皆それを承知でついて来てくれました。ここであなたの罠を掻い潜ることができれば、私達が一歩有利になりますからね……」

 夜刀神の輝きはすでに強いものとなっている。ここまで付いて来てくれた双方の兄弟が紡いでくれた輝き、そして仲間たちの輝きはすでに夜刀神を終夜にまで高めている。それは、カムイのために戦うことを決めた皆の心が紡いだ絆の力、その体現の一つでもあった。
 しかし、その輝きを見てもギュンターは動じることもない。むしろ、愉快な催しを見る子供のようだ。違うとすれば、張り付いているのが邪悪に満ち満ちた笑みであることだろう。

「ふっ、そのようなおもちゃでどうにかなるようなものではない、透魔王様の力の前に役に立つものではありませんな」
「それを決めるのはギュンターさんではありません。本人に直接突き刺して、効くか効かないのか確かめさせてもらうつもりです」
「そうですか。しかし残念ですが、透魔王様の前に行くのはお前の死体だけで十分、そう聞かされています。無駄な抵抗はやめてはどうですかな。兵にむざむざ無能なりに考えた命令を出す必要も――」

 黙れこのクソジジイ、その言葉が突如投げられた暗器をギュンターが避けたと同時に放たれる。カムイの後方で少し前まで澄まし顔で待機していた男、ジョーカーは過去稀に見る凶悪な面を携えて暗器を放っていた。
 そこに世話をしてくれた恩師に対する口に出さない尊敬などの面影はなく、ただただその存在を否定したいと言うものだけがあった。

「てめえ、カムイ様が温厚な方だからって言いたい放題言ってくれるじゃねえか」
「ふっ、主の命令もなく噛みつくとは、臣下としては落第点だなジョーカー」
「気安く名前を呼ぶんじゃねえよ。カムイ様を裏切っておきながら、恩師面するんじゃねえ」

953: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/16(火) 22:57:12.06 ID:Lo0qQGmU0
◇◆◇◆◇







 立て続けに三本の暗器が空を切る、それぞれカムイの後ろにいる者たちからだ。一つはジョーカーのもの、そして残りは彼の左右から放たれたものだ。それをギュンターは軽々と避け、再び目を向ける。その久しく見ていなかった服装で、誰かはすぐに理解できた。

「ふん、やはり部族は部族か。主の命令を待たずして噛みつくようでは、まだまだ躾が足りなかったように見える」
「私はカムイ様を侮辱した人物と戦場であったのなら、容赦はするなと教えられております」
「カムイ様のことをひどく言うのは許しません。覚悟してくださいギュンターさん」

 カムイを守るようにしてフェリシアとフローラが前に出ると、恩師を前にしてその瞳やか前に揺るぎはない。すでにギュンターを倒すことに迷いがないことを語る。それはカムイの横に寄り添う最後の従者も同じであった。
 手に持った魔法書を開き、いつでも放つ準備を整える。ギュンターはそれに興味深い顔を返した。

「それがお前の答えか」
「カムイ様を守るのが私の使命です。そして何より、ここには同じくらい大切で守りたい人たちがいるんです」

 それがどういうものかをギュンターは知っている。だからこそ、虫唾が走った。

「ほう、では、お前が守りたいものも壊してやろう。壊れていく姿を見ながら涙を流す姿、さぞ愉快なものだろうな」

 その宣言にあるのは殺気と憎悪であったが、それをリリスは真正面から受け止め、静かに本を持つ手に力を込める。

「ふっ、気概はいいが、所詮は烏合の衆、ここで死ぬことから逃れられないというのにな」
「そういうわけにはいきませんよ、ギュンターさん」

 握りしめた夜刀神を構えながらに、カムイはギュンターと目線で対峙する。

「私たちはあなたを倒します。そして、この先で待っているすべての元凶にも負けるつもりはありません。それがここまで戦ってきた私たちが目指す場所なんですから!」

 それは彼女について来た者たちの総意だった。一人一人がその目標を共有している。強き絆が生み出す一体感は、突風にも似た衝撃を感じさせるものだった。
 だからこそ、話は終わりだと誰もが理解する。この先、刃は言葉で止まらない。どちらかが倒れ伏すまで戦いが終わることはない。
 ギュンターの手が静かに上がり始め、その合図は気配達に武器を握る。それに合わせてカムイ達もそれぞれが構えに入った。
 剣を握りしめ、矢を掛け、魔法書めくり、獣人たる者たちは己を獣人たる由縁たる姿へ。ギュンターはその準備が終わるのを待っているようにも見える。それは余裕か、それとも……
 答えを模索する暇だけは与えないと言うように、その手は静かに下ろされた。

954: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/16(火) 23:01:41.69 ID:Lo0qQGmU0
◇◆◇◆◇








 敵の装備は統一されたものではない。暗夜の鎧、白夜の甲冑、どれにも属さないゴロツキたちの姿も見てとれ、それはまさにカムイ達と同じ連合軍と言える様相だった。
 しかし、そこに人間的な動きは何もない。死を恐れない相討ちを想定した行動の元、動き続ける透魔兵の攻撃は強烈無比という言葉が似合っている。対人ならば意味を持つフェイントや脅しが全く通用しない。抑えていては一人倒せばまた一人という感覚で現れる増援に対処できなくなる。
 死を受け入れるのではなく、死がそもそも存在しない兵たちである以上、この戦いの終結はギュンターを倒す以外にない。ないと言うのに、カムイ達は最初の場所からさほど動けないでいた。

「ジョーカーさん、ギュンターさんまでの道、確保できそうですか?」

 受け止め敵を薙ぎ払いつつ、カムイは問いかける。帰ってきた返答は難しいであった。
 ギュンターとの距離はそれほど離れていない、距離にして三十メートルかそこらである。しかし、そのギュンターの眼前には未だに彼の呼ぶ増援と、他とは違い特殊な命令を受けているであろう動かぬジェネラルが沈黙を守っている。そしてやっとその先にギュンターがいるのだ。

「クソジジイが、距離を置いて傍観とか腰ぬけにもほどがあるな」

 悪態を吐きながら敵の処理を続ける。ギュンターはその声を聞いたのか、楽しそうな面持ちで彼らの方向をゆったり監視するばかりだった。来れるものなら来てみるがいい、もっとも辿りつけるとは思えないが、そんな余裕と挑発の混じった表情は、まるで宴を楽しむようにすら思える。
 防戦一方となりつつあるカムイ達、しかし留まっていることでわかり始めたこともある。それは増援の出現する大まかな方角で、それらのほとんどは城門の方角から現れていると言うことで、上層階へと続く階段付近から現れている者たちは、ギュンターが召喚しているらしい。その量は決して多くはないし、詠唱することが出来ない状況にすることができれば、増援を断ち切ることができる。

955: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/16(火) 23:05:38.27 ID:Lo0qQGmU0
◇◆◇◆◇






 そう考えていたところで、フローラとフェリシアが敵の攻撃を受け切るように間に割って入る。考え事をしていた間に、見逃していた敵を処理した形だ。

「カムイ様、考え事をする時は少しまわりを確認してください」
「すみません、フローラさん。ところで、ここから見えるあの城門、あれはどうやって閉じるものかわかりますか?」

 カムイの質問を踏まえ、フローラは少しばかり離れた視線の先にある城門の形を捉える。その門は鉄扉があり手動開閉式だと言うのがわかるが、その構造には不思議な点があった。それは門の閉めるべき鉄扉が閉じられても、少しばかり奥行きがあるということ。上方に何かしらの仕掛けを施し、それを隠すために作られた石造りの空間があると言うことだった。
 鉄扉を閉じた先の空間に何かがまたあることを表しているようだと考え、フローラはその構造的な形からもう一つの仕掛けを予想して口にした。

「鉄扉は手動ですが、あの外部構造を見る限り、落し格子の類が鉄扉を守るように設置されていると思われます」
「それは、簡単に作動させられますか?」
「……手順通りに作動させるのは難しいかもしれません。ここは管理されなくなって日が長いようですから、こうして城門が通れる状態なのは逆に奇跡的ともいえますね」
「それじゃぁ、どうするんですか、姉さん」

 攻撃を受け止め、すぐさま暗器を持ち替え敵を鮮やかに処理しつつフェリシアが声を上げる。フローラとしては、話の腰を折らないでほしいと内心ため息を漏らしながら、受け止めた攻撃に対して前蹴りと突き刺しという少々野蛮な方法で敵を処理して続きを口にする。それはあまりにも単純なことである、あるが故に今のカムイ達にとっては十分魅力的なことだった。

「というのが私の案になります、カムイ様」
「なるほど~、さすが姉さんですぅ」
「それで行きましょう。今出来る最善策はそれくらいしかありませんから」

956: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/16(火) 23:10:05.25 ID:Lo0qQGmU0
◇◆◇◆◇






 その言葉と共に周囲を見回す。すでに仲間たちはそれぞれ近くにいた者たちと共闘し、それぞれが一つの連隊として行動していた。この大きな広間の中、迫りくる刃を受け止めることは一人ではできない、仲間と共にあって初めて均衡に持ち込める。その中でカムイの探す者たちは、すぐに見つかった。
 赤い閃光を放つ剣、低空を維持しながら戦いを続ける竜、そしてそれを弓の驚異から守るように、駆け続ける二つの騎兵の姿。カムイはすぐに声をあげた。

「マークス兄さん! カミラ姉さん!」

 ジークフリートを振いながらも、その声は確かに彼の耳に届く、それは共に同じ場所で戦っている彼女も同じであった。マークスが指示を出す。彼らと共に戦っていた騎兵二人が阿吽の呼吸でカムイまでの道を切り開き、その合間を縫うようにカミラとマークスが通り抜け、その後に続いて騎兵も至った。

「カムイ、何か策があるのか?」
「はい、少しばかり危険ですが、任せたいことがあります。お願いできますか?」
「もちろんよ、カムイのお願いなら何でも聞いてあげる」
「この状況を打破する可能性があるのだろう。大丈夫だ、お前の指示に私も従おう」

 二人がカムイに寄せる信頼の熱さを物語る問答ともいえた。カムイの信じる道、示す道に命を掛けられると言う物の現れであり、それを汲み取ってすぐに彼女は案を出す。

「あの城門の上にあると思われる格子を落としてもらえますか」
「……なるほど、外からの増援を防ぐというわけだな」
「はい、城の主に遠慮することはありません、装置を破壊して二度と開けられないようにしてもらって構いません」
「ふふっ、そうね。これから倒しちゃう人の城に遠慮なんて必要ないもの。わかったわ、任せて頂戴」

957: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/16(火) 23:15:48.75 ID:Lo0qQGmU0
◇◆◇◆◇






 カミラとマークスの了承を得たところで、後続の騎兵二人が隣接する。ゾフィーとサイラスだ。その二人して特徴的な髪を揺らしながら、ここまで頑張ってきた愛馬を優しく撫でている。愛馬たちはそれに、まだ戦えると言うように答えるように尻尾を揺らした。

「サイラスさんにゾフィーさん、聞こえていた通りです」
「ああ、わかっている。相変わらず無茶なことを考えるよ、カムイはさ」
「あはは、確かにそうだね。いやー、こんな人の下で働いてるなんて、リリスさんも大変だよね。サイラスさん、なんとか言ってあげないと、男が廃るよ!」
「な、なんでサイラスさんにそんなこと言うんですか、ゾフィーさん!」

 割って入ってきたのはリリス本人であった。その顔は少しだけ朱の色が入っていて、怒っていると言うよりは恥ずかしいと言った感じで、戦場には場違いといえる花があるような感じさえした。
 ゾフィーはそんなリリスを見て、ごめんなさいと悪びれた様子もなく答えながら、サイラスに目線を向けた。

「サイラスさん、奥さんが恥ずかしがってるよ」
「お前が困らせてるんだろう。まったく、調子に乗っていると痛い目を見るぞ」

 そう諭すサイラスの左手薬指には輝きがあり、それはリリスも同じである。二人はすでにそういう仲で、この戦いが終わったらというありがちなテンプレート台詞の交換も済ませていた。その二人の間柄をよく知っていたのは他ならぬゾフィーでもあった。

「えへへ、ごめんなさい。だけど、この戦いが終わらないと二人が結婚式あげられないんだから、あたし頑張るよ」
「ふっ、ゾフィーの言う通りだな。よし、ゾフィーよ。私と一緒に先陣を務めてもらいたい。頼めるか?」
「もちろんっ! あたしとマークス様の力で道を切り開いてみせるからね!」

 自信満々に語るが、ゾフィーはおっちょこちょいである。どれくらいおっちょこちょいかというと、馬小屋から馬を逃がしたり、リリスが植えた花を持ってきてしまったり、敵を攻撃して衣服を剥ぎ取ったり、いろいろな意味でおっちょこちょいだった。
 一度、ゾフィーとリリスの模擬戦闘をサイラスが見たことがあるが、見事にリリスが引ん剥かれて恥ずかしさの余り泣き出すという事態もあり、そのあと無茶苦茶色々あった。
 だが、それを差し引いてもゾフィーの実力は皆からの折り紙つきで、この采配に異を唱える者は誰一人としていなかった。

958: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/16(火) 23:20:30.12 ID:Lo0qQGmU0
◇◆◇◆◇







「うふふっ、それじゃサイラス。私たちは仕掛けを二人が破壊してる間の援護に回るけど、ちゃんと付いてこれるかしら?」
「カミラ様、安心してください。それにここで死ぬつもりなんてありませんから」

 そう告げてリリスに目を向ける。リリスといえばモジモジしつつ、赤い顔をそのままに、指をちょんちょんと付けたり放したりしていた。戦闘中であろうとも、未だに意中の人の目線には恥ずかしさを覚える初なところがリリスにはあったのだ。

「リリス、大丈夫だ。必ずゾフィーと一緒に戻ってくる。だから、ここで待っていてくれ」

 愛する者に安心させるように笑みを浮かべる彼を見て、リリスはさらに顔を赤くする。何時ものゆったりとした構えとは違う年相応の乙女らしく、リリスは顔を本に埋めて膝を落とした。
 落して、でも確かにサイラスに聞こえるくらいの声の大きさで、早く迎えに来てくださいね、と甘えるような声を漏らす。周囲に花が咲き乱れるような、ふわっとしたものが広がるようなものを皆が感じた。

「はわわわ~、リリスさんとっても可愛らしいですぅ」

 敵をなぎ倒しながら、フェリシアは率直に。

「本当に可愛いわ。でも、私の婚期はいつになるのかしら」

 敵を刺し殺しながら、フローラは悲観的に。

「リリス、それ以上はやめておいたほうがいいぞ」

 敵の腕を飛ばしながら、ジョーカーは予感的に。

「そうですね、こんな可愛いリリスさんを見続けるためにも、ちゃんと守り切らないといけませんね!」

 敵を突き殺しながら、カムイは使命的に。
 それぞれリリスと過ごしてきた者たちが思い思いに剣を振るう。そのリリスを大切に思ってくれている、それがたまらなくサイラスは嬉しく思う。
 体中に力みなぎるように、その約束を果たすために今すべきことに意識を向け始める。そう、向けるための言葉を添えて。

「ああ、リリスを任せた」

 それが見事に合図となった。先陣を切るマークスとゾフィーの馬が駆け出し始め、リリスは未だに顔を赤に染め上げつつも眼の前に迫りくる敵と向き合い、カミラとサイラスも時を同じくしてマークスとゾフィーを援護するように武器を振っていく。戦いの流れを変えるために、カムイ達の歯車が動き始めた。

959: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/16(火) 23:24:31.02 ID:Lo0qQGmU0
◇◆◇◆◇









 城門の落とし格子を作動させる仕掛けがある制御室への入口は城門の近くにぽっかりとあり、そこにマークスとゾフィーが飛び込み、内側に錠を掛ける。中は馬を待機させられるほどの空間であるが、上の機材のある空間からは何者かが下りてくる気配が感じられた。

「ゾフィー、ここからは白兵戦だが。騎馬戦以外の心得はあるか?」
「大丈夫、サイラスさんにみっちりしごかれたから、閉所の戦闘も十分こなせるよ」

 握った槍を片手にそう答える。頼もしい限りだとマークス、すぐさま階段を駆け上がり始める。まずは侵入者に気づいた先兵を倒し、その影から現れたもう一人を、今度はゾフィーが槍で持って叩く。
 華麗な連携を取りつつ上がりながら、マークスはゾフィーに目を向けた。
 ゾフィーはサイラスとリリスの子供ではない。いわゆる戦災孤児にあたる少女である。暗夜領のある村が何者かに襲われていた時、サイラスがそれに気付いて向かった結果として、村の人々が命を掛けて守り通した若人の中にゾフィーはいた。
 当時はまだ今より三歳ほど年下であったゾフィーは当初から、村の人々の仇を討つことを望み、カムイ達の行軍に参加することを望んでいた。その頃のことはマークスも覚えている。覚えているからこそ、今のゾフィーは良い意味で成長したのだと思えた。

「人とは変われるものなのだな」
「えっと、マークス様?」
「いや、初めてお前を見た時、復讐以外のことを知らない、そのような顔をしていたからな。それに取り込まれたお前と、共に戦う日が来るとは思わなかった」
「ひ、ひどい。あたしだって、成長してるのに……」

 怒りながらもちゃんとマークスのサポートに回る限り、彼女の言っていることは本当だと言うことがわかる。そして、こうして彼女から復讐という理由を取り除いたサイラスには一目置ける部分があるのだ。

960: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/16(火) 23:30:01.10 ID:Lo0qQGmU0
◇◆◇◆◇








「すまなかった。しかし、よもやサイラスとリリスの件は言われるまで私たちは誰ひとりとして気付かなかったことだった」
「ああー、あたしはてっきりみんな知ってるのかと思ってたんだけど、だって、その……」

 ゾフィーは気まずそうに頬を掻きながら、邪魔というように再び下りてきた敵に蹴りを浴びせて後方へと落し、それにマークスが手早く止めを刺した。
 彼女が気まずそうに告げたことというのは、サイラスとリリスが付き合っているということを単純に知ることになった夜の情事に関することである。夜の情事といえば多くは言わなくてもいい。ゾフィーは度々それを耳にしていたから、ああ、二人はそういう関係なんだなとすぐに察した。
 養子としてサイラスに引き取られた当初は、あまり折り合いが良いと言うわけではなかったが、サイラスもリリスも親身になってゾフィーに接してくれた。現実の世界で一月と少しの出来事だとしても。ゾフィーにとっては三年間の星海生活は、二人との交流がほとんどであった。
 だからかもしれない、少ししてからは悩んだことはサイラスやリリスに聞いてもらった。血は繋がっていなくても、頼りにしてほしいと言うサイラスと、ゾフィーの役に立ちたいというリリス。二人のおかげで、ゾフィーは戦う理由から復讐という感情を取り除くことができた。
 そんな二人が付き合っていて、その頃はまだ互いに指輪も持っていなかったことから、ある日、一度こちらの世界に戻ってきた時だ。
 それで、サイラスさんとリリスさんはいつ式をあげる予定なの?と零したのである。おっちょこちょいなりに考えた気の利いた一言だった。
 途端に集まっていた皆の顔がサイラスを射抜き、リリスはきょとんとして少ししてからその顔を真っ赤に染め上げることになった。

961: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/16(火) 23:39:20.88 ID:Lo0qQGmU0
◇◆◇◆◇








「ふっ、あの時のサイラスとリリスの狼狽ぶりもそうだが、告げた後に皆知らなかったの、とお前がきょとんと零したのも面白いものだ」
「だって、いつもサイラスさんとリリスさん、私の様子を見に来てくれてたんだよ。二人一緒に出てるのに、それで気がつかないなんておかしな話だよ」
「いや、星海の管理は主にリリスが行っていた。サイラスがお前のいる星海に行く際に、リリスがその水先案内人を務めている……そう思っていたんだが、よもや、二人が付き合っているとは夢にも思わなかった」

 次第に敵のペースが下がり始めているのを二人は感じ取る。もうそろそろ仕掛けを制御する部屋に達するかもしれないと言えるほどに、天井が迫り始めていた。

「えへへ、でもあたしの発言のおかげで、二人とも指輪の交換できたんだから、結果良ければっていうことで」
「そうかもしれん。この戦いが終わり次第、式をあげると言っている。この戦い、負けるわけにはいかないのでな」

 サイラス、そしてリリスが夫婦として歩み始めてはいるが、それを正式なものとする儀式が控えている。そう考えると、この戦いの負けられない理由が一つ増える。それは重荷ではなく、未来を繋げる強い希望そのものだった。
 だからこそ、話はここで終わるべきだったのだ。

「でも、一つ気になることがあって」
「何がだ?」
「えっと、その、サイラスさんとリリスさんがその、夜、えっと、まぁ、その、あれのことなんだけど」

 マークスは、そのあれをというのを理解した。確かにそういった行為で愛と絆が強まるということもあり得るだろう。愛する者を抱くと言うことはそういうことだ。
 しかし、戦いの最中に自身を育ててくれた義理の親、その二人の情事に何を思うことがあるのか? ゾフィーが一体何を気にしているのか、マークスには点で予想がつかなかった。

962: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/16(火) 23:44:22.67 ID:Lo0qQGmU0
◇◆◇◆◇








「どういうことをしているのかわからない、ということか?」
「いや、さすがにあたしだってこの歳だし、えっと、よくわからないけど、何をするかくらいわかってるから」
「では、何を気にしている?」

 マークスは踏み込んだ。正確には踏み込む必要はなかったのに、踏みこんでしまった。
 ここでマークスは流せばよかったのだ。気になるようだが、今は戦闘中だ、その手の話ならば終わった後に他の者に聞くといいだろう、といった言葉を使って終わらせるべきであったのだ。

「その……サイラスさんとリリスさんが疲れ果てて寝てるところを覗いたことがあるんですけど……」

 若いながらの好奇心という奴だが、それがいったいどんな気になることに繋がるのか、それがさっぱりマークスには予想できない。否、予想できないことこそが普通なのだ。
 再び現れた敵をささっと片付け、ゾフィーは仕草を交えて説明を再開する。それはベッドかそれとも布団か、四角い何かを現わしているようだった。

「サイラスさんの隣がすごくこんもりしてて」

 マークスの中にその少しばかりの想像図が浮かび上がる。あの二人が共に寝ていると考えて、ベッドもしくは布団であってもサイズは普通より大きいだろう。しかしこんもりとしていると聞いて、リリスはそれほど大きいわけじゃないとなる。

「……まさか、不倫だと?」
「いやいやいや、サイラスさんまじめな人だからそれはありえないよ。それに、その日はリリスさんとサイラスさんとあたししかいなかったし、それにそのこんもりの正体もわかってるから」
「リリス……だというのか」
「うんそうだよ」

 どうやらリリスのようであった。しかし、こんもりしているという表現から察するに、それはリリスの体格ではないのではないか、でもゾフィーはそれがリリスだったと言う。多分、それがゾフィーの気になっている点というやつだ。

「では、こんもりしているというのは」
「うん、その時もぞもぞってそのこんもりしたのが動いて、顔が出てきたんだけど」

 間を作るように敵が現れ、それをマークスが切り落とす。
 一体何が出てきたのか、雰囲気を乗せたゾフィーは真剣な顔のままに伝える。

「それ、竜状態のリリスさんだったんだ」

964: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/16(火) 23:50:38.16 ID:Lo0qQGmU0
◇◆◇◆◇






 竜状態、ああ、竜状態というとあの鰭と尾鰭もあるあの状態か、確かにあの大きさならばこんもりとするのも仕方無い。マークスは納得した。そして同時にゾフィーはなぜリリスが竜の状態で眠っていたのかわからないと言うことなのだろう。そう、この時点でマークスにもわからなかった。
 だが……ここでマークスは思い出す、この話の始まりの位置、つまりこの状況に至る前に二人が何をしていたのかということに関してである。
 夜の営み……疲れ果てた二人……竜状態のリリス。

「うっ……」
「マークス様、大丈夫ですか?」

 思わず立ちくらみが起きた。ゾフィーはその二つから導き出せるものがないようだった。ゾフィーはなんで竜状態になっているのか、人の姿で寝ないのかと首をかしげている。純粋な子だとマークスは素直に思う。
 マークスは先ほどリリスを安心させるためほほ笑んだサイラスを思い出すが、それはすでに邪なものにしか思えなくなっていた。
 サイラス、カムイの親友。そうか、つまり竜属性ということか。意味不明な解釈がマークスの頭を駆け抜ける。そういえば、竜状態のリリスにはあれがあると、ピエリが言っていた気が、まて、つまり、サイラスは……。思い出さなくてもいい情報ばかりが噴火し、恐ろしい結末を引き寄せようというところだった。

「マークス様、仕掛け部屋に着いたみたい!」

 ゾフィーの言葉に今すべきことを思い出す。仕掛け部屋の器具のほとんどは錆付いていて、もうこの状態を維持しているのはある種の奇跡といえる状態になっていた。
 今ここに限って言えば、これがこの状態を維持していたことは幸運であった。もしも綻び落ちていたら、敵はそれを踏まえた作戦で仕掛けて来ていただろうからだ。さすがに、落し格子が落ちるという事態は予想していないはずだ。
 マークスとゾフィーは互いに留め具と思われる場所を確認してそれぞれが左右に展開、武器を構える。力をこめて振り下ろせば、その留め具は容易く壊れることは誰の目にも明らかだった。

「これで落ちるはずだ。準備はいいな、ゾフィー」
「任せて、いっくよ!」

 呼吸を合わせて、武器を振り下ろす。鈍い鉄の音が木霊し、それは次に破壊音を奏で。そして勢いと共に轟く悲鳴のように叫びがあがった。
 重々しい鉄の格子は、まるでギロチンのように下へと落下し、それを確認してマークスはすぐに踵を返す。

「よし、これで大丈夫だろう。すぐにカムイ達の元へ向かうぞ」
「はい……ところで、リリスさんが竜状態だった理由なんだけど……」

 そのゾフィーの無垢な質問に対してマークスは少しだけ思案した。
 思案して真面目な顔のままに、残念だが、私には皆目見当がつかないとお茶を濁し、階段を駆け降りるのだった。

965: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/16(火) 23:54:20.09 ID:Lo0qQGmU0
 今日は前半だけでお願いします。後半は今週末くらいに

 #FEのガーネフ強かった。

969: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/25(木) 22:20:36.65 ID:/mUgx/Fs0
◇◆◇◆◇







 格子が落ちた音は、カムイ達に聞こえるほど大きく広場を揺らす。土煙りと埃が舞う城門付近の様子は多くの目に入る。それは時折、向かったサイラスを心配するように様子を眺めていたリリスの瞳にも映った。
 カムイ様と彼女が声を上げる。それは防戦一方の流れを変える合図となり、それを皮切りにカムイの両足に入る力の意味合いが変わり始める。踏ん張り耐え続けた足は、今まさに前線を押し上げるための力へと変わりゆく。受け止め続けた刃の重さ、それを押し返すために体重と勢いをつけて剣を突き上げた。
 その変化は周囲の者たちにすぐに伝わる。言葉に出さずとも、仕えてきた彼らにはそれがすぐにでも理解できた。押し返された敵の懐にジョーカーが入り込み倒せば、その合間を縫うようにフェリシアの暗器が後続の兵に傷を与え、動きの鈍くなったところでフローラが止めを刺す、先ほどとは違ってその場に留まることはない。リリスの魔法によって足止めされた兵に、再びカムイ達が攻撃を仕掛けていく。そうして敵の波に割って入る様を見て、ギュンターは感心した声を漏らした。
「なるほど、ここ数ヵ月でそれなりにできるようにはなった、ということか」
 城門を閉じた格子には頭の空っぽな亡者が次々に押し掛けている。いずれ壊れるかもしれないが、それを期待することはできない。あそこに溢れている雑魚にこの者たちを質で越えるほどの実力はない、いずれ殲滅され鉄扉さえも閉められることだろう。ギュンターの予想通り、格子が落ちたことを皮切りに、防戦から移り変わったカムイの陣営は、城門周りの敵を片付け始めていた。
 戦場の時間はとても早い、気が付いたときには鉄扉は閉じられる。これ以上の援軍に思いを馳せることはない。ギュンターの答えは明確であった。
「では、どこまでできるようになったか試させていただきましょう、カムイ」
 次の合図を出す。残っていた石像のように動かずにいたジェネラルが重い腰を上げ、大槍と大盾を構えて横に並ぶと、カムイ達に向けて前進を始めた。

970: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/25(木) 22:27:21.98 ID:/mUgx/Fs0
◇◆◇◆◇







「はわわ、強そうなのがいっぱい来ましたよぉ」

 フェリシアの言葉にカムイの視線が上がる。ギュンターまで残り二十メートルほどの位置、動き始めたジェネラルの軍勢が行く手を遮るようにカムイ達を待ち受けている。ぱっと見たところでも、その盾と鎧には多くの術文字が刻まれており、魔法に対する抑止力、魔法カウンターを手にしていることがわかる。リリスは苦々しく笑った。

「私、攻撃面で役に立てそうにありません」
「逆に気張って倒れたりしたらお人好しがうるさいからな、補助に専念してろ」
「ここは私達に任せてほしいですぅ」

 フェリシアとジョーカーの言葉を言われる前からそのつもりであったが、改めて言われるとなんと物悲しいことか。

「とりあえず、そういうことで行きましょう。ジョーカーさん、対重装甲装備は大丈夫ですか?」
「心得ておりますのでご安心ください」

 そう口にしてジョーカーの手に違う武器が握られる。針手裏剣と呼ばれるそれは鎧の隙間を狙うことに特化した武器であり、鎧の中にある無防備な本体に有効な武器であった。
 迫りくるジェネラルの隊列、しかしジョーカーの視線は彼らを映してはいない。その壁の先、わずかながらに見える影ばかりを睨んでいた。
視線の先、ジェネラルに隠れてはいるがわずかながらに見える影、その存在があったのだ。

(ジジイ、主への忠誠がどうとかビシビシ言いやがったくせに、なんでてめえがそっち側にいるんだ?)

 ギュンターの離反は、思いのほかジョーカーの心に影響を与えていた。ジョーカーにとってギュンターというのは技を授けてくれた恩師であり、同時に目標でもあった。
 手を伸ばしてもそう簡単に届かない頂にいる。そのあり方はジョーカーにとってはいずれ越えてみせるものであった。にもかかわらず、ギュンターはその頂から姿を消して、汚泥にその身を窶している。

(カムイ様を裏切るよりも大事なことなんてあるわけねえ。そう俺に教えたのはジジイ、てめえだろうが……)

 武器を持つ手に自然と力がこもる、だが、頭の中は思った以上に静けさを守っていた。ギュンターの教えは何時でも冷静に、主君のために忠実たれというものである。先ほどギュンターに攻撃を加えた時に血の気をすべて使い果たしたのか、今はカムイの命令を静かに待てるほどになっていた。

「カムイ様、ご命令を」
「はい。私たちは敵の注意を誘いますので、隙を見て倒してください。おねがいしましたよ」

 その言葉と共にカムイが駆けだし、次いでフェリシアとフローラも後を追う。近づく三人の陰にジェネラルの鎧が静かに揺れ、大槍が勢いを持って突きだされる。それを受け流し、カムイが懐に向けて剣による一撃を浴びせるが、丸みを帯びた鎧はそのダメージを半減する。いくら夜刀神といえど剣は剣、その本質のままに大した被害をジェネラルは受けぬままに、その大盾が頭上へと掲げられる。
 少しの間を置いて振り下ろされたそれを寸でのところで彼女がかわせば、後続からフローラとフェリシアの暗器が投げ込まれる。大盾を振り下ろした影響もあり、動きが鈍くなったところでジェネラルの顔が静かに上がる。視界を確保するためのわずかながらの覗き穴、そこからみえる三人の姿。再び、攻撃を加えようと足に力を加えたところである。突如視界が黒く染まり、少しの時間を置いて彼は倒れ伏す。ジョーカーの放った攻撃は、そのわずかな覗き穴を的確に捉えていた。

971: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/25(木) 22:30:57.39 ID:/mUgx/Fs0
◇◆◇◆◇







 血の匂いを嗅ぐわせることなく大きな音を立てて倒れ伏す鎧、後続のそれらも同じように次々と処理していく。巧みな連係を前にして、考えることのできない木偶集団は哀れにも壁としての役割を果たしているとは言い難い。殲滅だけを念頭に置いた思考は対処する術を知らない、魔法に対する心得を装備出来ても、戦術に対する心得など使い捨ての駒が教わっているわけもないのだから。だからこそ、敵ジェネラルはただ漠々と戦列を崩さず迫り、そしてその壁を越えてやってくる者たちもまた漠々と相手を切り付けることだけが行動理由であった。
 ジェネラルの陰に隠れて近づいていた者たちが、その壁を飛び越し現れる。無茶苦茶な陣形、ただ一人でも殺せればよいという考えの元に一斉に飛び出してきたそれらであったが、考えられる人間からすれば予想の範囲内であった。

「リリスさん」
「はい、行かせてもらいますね」

 ジェネラルとは違い、何かしらの仕掛けのある装備を持っている節はなかった。その数四、リリスの口元がつり上がる。それは彼女の竜としての一部分、獣の本能が顔をのぞかせた瞬間だった。
 魔法書を開くと同時に、幾つもの魔方陣が地面へと広がり、それぞれ敵が浮かぶ地面の下へと滑りこむ様に飛び立ち、その真下で確かに彼らを捉えた。そんなことを彼らは気にしない、だからこそ容赦ない制裁を浴びせることができるのだ。

「皆さんに手を出さないでください!」

 詠唱を終えるとすぐに真下の魔方陣が淡い光を放つ、それは優しくも思える光であったが、やがてそのその頭上から迫りくる彼らへと放たれる火球を放つ光へと変わる。空中という避けられない空間で迫りくる火球に成す術もないまま、その爆発を持って終わりが訪れ、動かなくなった骸が生々しい音を立てて地面へと落下した。
 すでに壁は崩れ去り、カムイたちの目にはあと少しに迫る老兵の強かな面影が見える。刃を交えることに躊躇はないと、カムイの足は力強く駈け出した。
 無限渓谷から落ちて死んだと思われたギュンターと再会したとき、一番に喜びの声をあげていたのはカムイであった。そして、白夜と暗夜、双方の問題に一つの終わりを迎えた時、共に闘って行きたいと約束さえしていた。
 それを信じて戦ってきたカムイにとって、この現実がどういったものなのか想像に難しくない。誰にでもわかることなのだ。
 すでにギュンターへの道は開かれている。今さらそれを止めることはなく、そもそもここで決意が揺らぐような人ならば、透魔の民が最後の砦としていたあの場所で、裏切られたときにその心は折れてしまっていたはずだからだ。
 でもそこで折れることがなかったのは、支えてくれた兄妹たちがいたからであり、その支えられた分、カムイには支えなければいけない人々がいた。
 ギュンターに近づくにつれて、皆の顔に色々な感情が込み上げて来ているのが見て取れた。
 ここにいる五人にとってギュンターという人物の影響はかなりのものである。城塞で過ごした時間、彼らの中でギュンターというのは生活の中でいなくてはならない人であったのだ。
 カムイにとっては育ての父であり、フェリシアとフローラにとってはフリージアという単語を利用して迫ってくる無頼漢から守ってくれた騎士であり、リリスにとってはカムイと一緒にいさせてくれるために城塞にいることを許してくれた恩人であり、ジョーカーにとっては今の自分を構成するすべて教えてくれた師匠であった。
 全員、ギュンターと出会うことがなければ、悲惨な運命を迎えたことを否定できない者たちばかりだった。

972: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/25(木) 22:43:10.03 ID:/mUgx/Fs0
◇◆◇◆◇








 だからこそ、その運命という歯車を入れ替えてくれたギュンターを倒すということが、今になって圧し掛かっていた。これが本当に正しいことなのか、ギュンターを倒さずに元凶だけを倒す方法を考えればいいんじゃないか、そういったことばかりが頭の中に浮かび始めていた。
 実際そんな時間はない、表の世界に対して透魔王は攻撃を開始している。どこからでも現れる兵、それに襲われ続けている白夜と暗夜、それを考えればもう、選択肢などありはしないのだ。
 だからこそ、透魔王はギュンターをカムイ達の前に差し向けてきたのだろう。ギュンターを生かすためにあれこれと考えてもいい、戦い苦悩してもいい、結果的にカムイ達が苦しみ、地団駄を踏ませることができればそれでいい。その間に表の世界を滅ぼせるのなら、それで十分に構わないのだ。
 本当に狡猾だ。人の嫌だと思うことを狙って行い、それによって自分に現実的な利益さえ手にする周到さ、だからこそ、その手際の良さは嫌悪称賛したい。

「本当に嫌になります」
「カムイ様、いきなりどうされましたか?」

 ジョーカーの意識が向くと、ほかの皆も同じようにカムイの言葉に耳を傾けはじめる。攻撃は止まない、止めればギュンターとの距離がこれ以上縮むこともないはずなのに。皆の手は戦いを止めることはなかった。
 だから、カムイも同じように攻撃を続けながら言葉を紡ぐ。

「私もできることなら、ギュンターさんと戦いたくはありません。ギュンターさんを倒すことで私達に得なんて一つもないんですから」

 カムイ達が選んだ道はギュンターを倒して先を進む道、どんな苦難があろうともそこを進みゆくことを決めた以上、その選択の責任は選んだ当事者すべてが忘れずに覚えていかなくてはいけないことだ。そして、その始めの出来事がこうして五人に与えられている。

「私はこの先に得るべき結果があると信じています。ギュンターさんとこうして戦うことになった今でも、その目指す場所は変わっていません。たとえ、そこにギュンターさんがいなかったとしても……」

 目指す場所は変わっていない。争いの終わった平和な世、世界を覆う悪意という闇を光がかき消した光景。ギュンターと約束したその世界、それを目指すことをカムイはあきらめない。だからこそ、ここにいる皆に問わなくてはいけなかった。

「そんな、そんな世界を目指す私と一緒に……歩んでくれますか?」

 彼女の言葉は静かに四人に告げられる。誰もが作業の手をやめることはなく、ただ無言の肯定を返す。その無言は肯定として受け取られ、最後のジェネラルが倒れ伏した。

973: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/25(木) 22:45:43.14 ID:/mUgx/Fs0
◇◆◇◆◇








 ギュンターは馬に跨り最後となる魔法書の詠唱を始めていた。馬に取り付けられた盾は長き間使ってきたこともあって無数の傷が走っている。そして、その目にあるのは向かってくるだろう殺すべき対象を刈り取るという信念だけであった。

「ふっ、やはり命令だけに忠実な駒では、お前たちを倒すことはできないということだな」

 手にした槍に力を込め、辿り着いた者たちをその視界に捉える。

「……ギュンターさん」

 その言葉と一緒に四つの足音が追い付く。ギュンターと戦うことを選び、カムイと一緒に目指すことを決めた者たちがそこにいた。それらはギュンターを静かに見つめているだけで、言葉はなかった。 

「そうか、決めてきたということか。しかし、その信念が勝つというわけではないぞ」
「ええ、その通りです。ですが、あなたに殺されるつもりはありません、そして殺させるつもりもありません」
「ふっ、そうか」

 言葉とともに最後の詠唱が終わりを迎え、周囲に最後と思われる透魔兵が姿を現し始める。もう、この先詠唱する時間や隙はない。これがギュンターにとって最後の援軍と言えた。
 だが、その顔に悲観や落胆の色はない。手にあるすべてを使ってギュンターは命令に忠実に従う、ハイドラの課した命令はカムイを器にして差し出すことでしかない。ギュンターにとっていえば周りの者などどうでもよかった。

「覚悟しておけよジジイ」
「ジョーカーか、別に貴様の命などどうでもいい。今この場から去るのなら、その命は助けてやるぞ?」
「寝言は寝て言え、カムイ様を守らずに逃げるくらいなら、自殺してやるよ」
「そうか、なら今すぐ自害すればいい。所詮、お前では守り切れんからな」
「てめ――」
「ジョーカーさんだけじゃありませんよぉ! 私だってカムイ様を守ってみせるんですから!」
「フェリシア、話に割り込んでくんじゃねえ!」
「ふええ、ごめんなさいぃ」

 そのやり取りはどこかギュンターにとって懐かしいとさえ思える。このあと誰が二人の間に入るのかも予想できていた。

「二人とも、無駄話はそこまでよ。準備しなさい」
「姉さん、ごめんなさい」
「言われなくてもわかってる」

 フローラが二人を諭す。そして、カムイの横には最後の一人の姿がある。最後に現れた一人、そして真実を知った今でならわかる。本来ならこちら側にいるべき人物。

「カムイ様」
「わかっていますよ、リリスさん。サポートをお願いしますね」
「はい、任せてください」

 そのすべてが城塞での生活風景で、そこに最後現れるのはいつもギュンターの仕事であった。
 だからこそ、カムイ以外の人間の命になど興味はなかった。

「カムイ、その命を亡くし、ハイドラ様への器とさせていただきますぞ」
「そうはさせません。あなたに私を殺させるわけにはいきませんから」

 カムイの構えに合わせて、皆の準備が整う。カムイ達の増援はいずれ至ることだろうが、ギュンターにそんなことは関係なかった。
 使い終えた魔法書を床へと落とし、自身の使い古してきた大槍に力を込めた。

「では、行くぞ!」

 その言葉を合図に両者の足は確かな力を持って床を蹴った。

974: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/25(木) 22:51:22.81 ID:/mUgx/Fs0
◇◆◇◆◇









 力強く蹴りあげた敵に止めを刺して、カムイは一気に反転する。迫りくるギュンターに気付いたからだ。
 一人馬を駆っているが、翻弄するのではなくカムイだけに的を絞った攻撃は、出現させた木偶が倒される合間を縫うように加えられていく。波状攻撃の様相を呈していた。
 火花が散る度に照らされるギュンターの表情は真剣そのものであり、先ほどまでの合間憎悪に滲んでいたものとはまったくの別物だった。

「カムイ様から、離れてください!」
「ふっ、そんな魔法で私を倒せるとでも?」
「関係ありません。カムイ様から引き剥がせるのなら!」

 リリスの魔法により進路変更せざるを得ない状況になっても、その馬術は匠であり木偶の頭上を軽々しく飛んでみせると、そのままの勢いをもった大槍をカムイへと振り下ろす。向かってきた木偶を仕留めるために放とうとした剣先であったが、ギュンターの行動変化を読み取って距離を取ることに切り替える。すると先ほどまでいた場所、ちょうど頭があった部分を大槍が通過した。

「……本当によく動きますね。気づかなければ頭が飛んでましたよ」
「老体と甘く見られては困りますな。これでも若い者に負けるつもりはありませんので」

 着地と同時に振り下ろした大槍を引き寄せつつ、もう一歩前に踏み出せば、またしてもギュンターの攻撃範囲にカムイの体がすっぽりと入る。それを踏まえてカムイは敵の一体を掴み上げ、そのままギュンターに向かって蹴り飛ばし、すかさずその陰に隠れて距離を狭めた。
 無論、ギュンターにとって彼らは木偶である。刺し殺すことも容易いが、そうして槍を振るわせようというカムイの算段には気づいている。となればと、手綱に力をこめて馬へ跳ぶように指示を出せば、馬はカムイの頭上を越えるように高く跳躍し、ちょうど真上に差し掛かるあたりで大槍が真下へと振るわれた。
 隠れていた視界の端に映った影から視線をあげたカムイの目の前を横切る槍先は、寸でのところで足を止めたカムイの眼前を掠め、少しだけ毛先を奪い去っていった。

「やはり、現役の頃のようにはいかないようだ」

 そう零すギュンターの顔には余裕がある。一方のカムイにはその余裕がなかった、さすがに一対一でギュンターに勝てるとは思っていなかったが、その差を思った以上に見せつけられる。こちらの選んだ行動に対して、ギュンターは的確に対処してくる。それに加えて老体とは思えない体力も、その強さに花を添えていた。
 床に足が付いたと同時に馬が反転し、そのままの勢いで振り返ったギュンターの一撃がカムイの背中に向かって差し込まれるが、それをカムイは避けて瞬時に振り替えると、ギュンターの槍が先ほどカムイの前にいた木偶を貫いていた。槍先が死体に納まっている今がチャンスだと、手に持った終夜を握りしめて飛びこもうとした瞬間だった。
 力強い風切りの音と共に脇腹に恐ろしい激痛が走る。死ぬとまではいかないまでも、その突然の攻撃に呼吸が一瞬止まり、両足に入れて蹴り込んだ勢いが真横に向けて放出されるように、彼女の体は床へと叩きつけられる。凄まじい衝撃に止まった呼吸の再開に体が務める反面、何が起きたのかを理解するためにギュンターを見やれば、馬が一回りを終えたところであった。

「ふん、まだまだですな」

 その言葉とともに大槍が振られ、槍先に刺さっていた木偶がズルリと床へと落ちる。その古めかしい大槍の槍先より少し下の腹に真新しい傷があった。空振りの直後にギュンターが馬に指示を出してそのまま槍の腹でカムイを吹っ飛ばした証であった。
 遠心力の加わった一撃はカムイのペースを乱すには十分で、この気を逃さないようにと手綱が音を上げる。死の宣告ともいえるその音と共に馬が駆けだそうとした瞬間に、ギュンターの進行方向に向けて幾つもの火球が花を咲かせた、青き衣がカムイの前に現れた。

975: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/25(木) 22:56:01.47 ID:/mUgx/Fs0
◇◆◇◆◇







「カムイ様、ご無事ですか!」
「ぐっ、リリスさん。なんとか、死なずには済みましたけど」
「今すぐ治療します、動かないでください!」

 そうしてリリスは魔法書を閉じる。すでに火球は姿を失い、ギュンターの進行を邪魔するものはいなかった。だと言うのに、リリスはギュンターに背を向けて魔法の杖を取り出し詠唱を始める。それは私を殺しても構わないと宣言するも同じだった。

「ほう、それがお前の忠誠か。無駄な死に方を選ぶ必要はない。今すぐにそこをどけ!」

 ギュンターの持つ大槍が再び構えられる。それにカムイは力を入れようとするが、すぐに治療が終わるわけではないので、剣を杖のようにして立つことしかできない。

「リリスさん、そこを退いてください。ギュンターさんが来ます」
「わかってますよ。もうすぐ終わりますから、安心してください」

 それは嘘だとわかった。かなり時間の掛る治療魔法を施しているのだ。多分、治療が終わるのとギュンターがここに達するのはほぼ同時、だと言うのにリリスは動く気配を見せない。

「くっ、リリスさん。このままではあなたが死んでしまいます。私なら、どうにかもう一度受け切れるはずです。だから……」
「いいえ、受け切ってもその次にやられてしまいます。そこでカムイ様がやられてしまったら、私もやられてしまいます。だから、ここはカムイ様を助けることの方が共倒れにならない選択なんです」
「それは困ります! 私はサイラスさんになんて謝ればいいんですか!」
「大丈夫です。サイラスさんは私のしたことを認めてくれます。だって、サイラスさんはカムイ様に仕える私に恋してくれたんですよ」

 顔を赤くしながらそう答える。そこには死が迫っているというのに、慌てている様子はなかった。
 ギュンターの馬が駆け出す音が響き始める。一刻の猶予もないというのに、カムイの体には未だ力が戻らない。治療魔法の完成はあと少しに迫っていた。

「私はこの戦いが終わるまで、カムイ様のために命を掛けるって決めて、サイラスさんはそれを許してくれました。だから、私はあなたに仕える一人の従者として、今も一緒にいられるんです」

「リリスさん……」

 杖に光が灯っていく、優しく温かみを持った光、やがてそれがカムイの体を包みこむ。その瞬間にギュンターの姿は背中にまで達していた。ほぼ同時にリリスの手が動く、カムイを突き飛ばすように手を前に突き出す。それに合わせてカムイが後ろへと転がると共に、重たい音がリリスの体を揺らした。

「っ!!!!!!!」

 脇腹にめり込む大槍の腹、骨の軋む音が内部からリリスの体に響き渡ると、そのまま体が数回跳ねて床へと倒れる。死にはしなかった、死にはしなかったが、カムイ以上にもろにダメージを受けたためにその体にはまったく力が入らない。

「リリスさん!!!」

 叫びと共に両足に力を込めてギュンターへと肉薄する。肉薄して、そのギュンターの表情に違和感を覚えた。
 一瞬だけ、ギュンターは自分のしたことを理解できていなかったように、その槍を見据えていた。わなわなと手が震えているようにも感じられるその仕草は、どこか信じられないという叫びさえも感じられる。ギュンター自身が行ったことに関して、困惑しているという印象であった。

「な、なぜ、ぐっぐおあああああ」

 突然の叫びにカムイの動きが一瞬だけ止まるが、今がその時だと一気に剣をギュンターに向けて繰り出す。繰り出した剣先は物の数秒でギュンターに肉薄するかもしれないという場所まで向かい。甲高い音でによって弾かれた。

「……ふっ、やはりこの程度か」

 その顔は先ほどまでの真剣なギュンターとはどこか異なっているように感じた。先ほどまでの勝負をするために身を捧げていた姿とは、明らかな異質さがある。そしてその言葉は自分に向けられたものではないと、カムイにはどこか理解できてしまった。

「カムイ、貴様には無力さをくれよう。出来損ないの役割としては丁度いい!」

 大槍の持ち方が変わる。突き刺すことに念頭を置いた構えると、リリスへと向けて進み始めた。

976: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/25(木) 22:59:44.13 ID:/mUgx/Fs0
◇◆◇◆◇








「リリスさん!」

 意識はまだはっきりしていた。だから治療すれば死ぬことはないということもぼんやりとだけ理解できる。でも、今のリリスにはそれをするほどの余力がなかった。
 遠くに見えるカムイと止めを刺しに向かってくるギュンターであるが、先にたどり着くのはギュンターだということは彼女にも理解できた。

(ここで終わり、ということでしょうか……。いや、そうですよね……)

 諦めたように観念したように、リリスは指をゆっくりと動かす。血は出ていないけど、内出血と骨の破損で体中がぼろぼろになっていることはわかった。動くことで傷が広がることは間違いなかったし、動いたところで逃げ切れるわけでもないと理解していた。 

(サイラスさん、ゾフィーさん……)

 自分には得られないものだと思っていたからこそ、サイラスから受け取った指輪はとてもうれしいものだった。
 最初はサイラスの馬の世話をしたことからだった。それからカムイに関しての話、そして自分が人間でなく竜であることの方が本質であることを話して、それでもサイラスはリリスを親友として迎えてくれた。
 だから、そこから膨れ上がった思いが恋情になって愛情になって行くのに時間は掛らなかった。
 愛し合って、ゾフィーという血の繋がりはなくても、我が子のように接してあげられる子と出会えた。そう考えれば、リリスの人生は素晴らしいものだといえた。

(最後の最後でドジしちゃったのかな、私……。ドジはフェリシアさんの特権なのに……、あっ、今のフェリシアさんに聞かれた怒られちゃいそうですね)

 だからこそ、最後はカムイのために命を掛けられたことが良かった。ぶれることなく、自分を貫きとおせたことが何よりも誇りの思えた。
 同時に、そんな不器用な自分を愛してくれたサイラスに申し訳がなかったのも事実だった。

「えへへ、ごめんなさい。サイラスさん、ゾフィーさん」

 静かに目を閉じる。もう最後の時を待つのに時間はいらないというように。迫りくる馬の駆け足と床の振動は、さながら処刑の秒読みにも感じられた。だからそれを受け入れるようにリリスは目を閉じ――
 振り下ろされる何かの音を聞いた。
 そして、すぐに火花が散るような甲高い音を聞く。
 それは何かが何かを受け止めた音で、静かに目が開かれると、頭上を何かしらの影が通って行ったのが見て取れた。

「俺の妻に手を出さないでもらえるかな」

 そして次に耳に入ってきた言葉に自然と顔が動く。大槍を正面から剣で受け止める後姿、それが何者なのかを理解してリリスの目からは涙がこぼれ始める。謝ったばっかりだというのに、その人がいることがとてもうれしかったから。

「サイ、ラスさん……」
「リリス、間に合ってよかった……」
「えへへ、私、カムイ様、守れたみたいです」
「ああ、待っててくれ。すぐに治療できるようにする。でやああああっ」

 彼の握る剣に力が生まれて、受け止めていた大槍を押し返すとリリスの頭上を通り過ぎた影の正体が空より飛来し、ギュンターの眼前へとその手に持った斧を振り下ろす。ギュンターはそれに合わせて距離を取って、互いに仕切り直しと言わんばかりに睨み合う形と相成った。
 城門の処理を終え、いち早く駆けつけたサイラスとカミラであった。

977: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/25(木) 23:02:01.25 ID:/mUgx/Fs0
◇◆◇◆◇







「間一髪、ってところかしら、判断が遅れていたら間に合わなかったわね」
「カミラありがとう、俺の願いを聞いてくれて」
「別に構わないわ。私もカムイのことが心配だったもの、ゾフィーとマークスお兄様には悪いけど、仕方がないわ。さて、私が牽制してる間に早く済ませちゃいなさい」
「ああ、リリス。もう大丈夫だ」

 サイラスの手が優しく抱き寄せると、寄り添うようにリリスはその体を掴む。心の奥からじわっと広がり始める安心感と幸福感がとてもうれしく感じて、戦いの最中だと言うのにまた顔が火照ってきてしまう。少しだけ、体が昂ぶっているのもわかった。

「さ、サイラスさん」
「大丈夫だ、すぐに治せる。だから、今は――」
「ち、違うんです。その……」

 顔を赤くしてもじもじと体を揺らして、その瞳はどこか熱く揺れている。サイラスも戦いの最中でありながら、すこし顔に明かりが灯っていた。

「そ、その、嫌だったらいいんですけど。その――」

 リリスの繋ごうとした言葉の意味をサイラスは理解する。しかし、今は戦い中だ、そう戦い中、戦い中であるが、やはり愛する者からおねだりされたらそれは仕方の無いことだと、誰に弁解するのかもわからない小言を頭に並べた。
 閉じられた目と突きだされた唇、もしかしたら知らない間にリリスはそれをすることによって、傷を回復す手段を確立したのかも知れない。いや、そんなことあるわけないが、多分そうだろうとサイラスは納得した。
 納得した以上、待たせるわけにもいかない。彼の中の騎士の誓が許さない。騎士の誓と呼ぶには、あまりにもふしだらな気がしなくもないが、ここに限って言えば騎士の誓は額縁に突っ込んで飾っておくくらいにした方がいい。サイラスは思った以上に欲望に素直な男だ。

「リ、リリス……」
「サイラス……さん」

 夫婦らしい掛声、甘ったるい空気、二人の世界はとても甘くて入っていけない。リリスを按じて駆け付けたカムイも、どうにかこうにか敵の処理を終えて駆け付けたジョーカー達も、片手に杖を持っているにもかかわらず近づけないままでいた。
 この二人を知っている誰かじゃなければ入れないと、固唾をのんで見守る四人の前で今まさにラブロマンスが最高潮になろうと言う時だった。

「ちょっとちょっと! 二人ともさすがにそういうのは戦い終わった後にしてよ。みんな対応に困ってるから!」

 駆け付けたゾフィーによって、差し押さえられたのだった。

978: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/25(木) 23:06:41.36 ID:/mUgx/Fs0
◇◆◇◆◇







「ふふっ、やっぱり面白い子たちね」

 後ろから聞こえる会話に舌鼓を打ちつつ斧を構えて、間髪入れずに一気にギュンターへ攻撃を開始する。上空を取られているということがどういうことなのか、ギュンターは察している。察しているからこそ、攻撃を受け切ることに専念し始める。カミラの攻撃は勢いを衰えさせることなく続いて行くが、それを見据える目にはおどろおどろしい怨念が立ち込めている気概すらあった。

「ギュンター、あなた王族や貴族が死ぬほど嫌いだったのね」
「ああ、お前たちのように自身の悦楽を優先するような者たちには虫唾が走る。理不尽なことを強要することこそが生きる理由だと思っているようなお前達にはな」
「……わからないわ」
「何がだ」
「いいえ、ギュンターあなたが王族や貴族を嫌うことに関してはわからないわけじゃないの」
「自身は汚れていると認めるというのか?」
「ええ、一度は自分可愛さにカムイを殺そうとした私に清らかな血が流れているわけないもの。だから私にはあの子の姉である資格はないのかもしれないわ。でも、カムイは私を許してくれた、だから私はあの子を守るために戦う」
「ほう、調子のいいことだ」
「ええ、本当にね。だけど、幼い頃からカムイと一緒に過ごしてきたあなたから見れば、城塞で一緒に暮らしてきたあの子たちは、あなたの嫌う貴族や王族の類ではないはずよ」

 カミラの言葉にギュンターは何を言い返すでもなく、大きく槍を振って距離を取ると、先ほどまでまったく命令を理解していなかった透魔兵が集まり始めてくる。それは確実にギュンターを守るようにして集まっている。そしてギュンターに対する違和感は現実的な変化となった。

「ふん、やはり人間とはこのような生物ということか。思いの質が低いから、最初の形を忘れそこに従事ようとする。ことごとく志を持たない生物であるということだな」

 ギュンターの発言にしては、それはいささかおかしなものに感じられた。感じられたからこそカミラはその正体におおよその察しがついた。

「……そう、あなたが元凶さんね。人の体を借りてあいさつに来るなんて、マナーがなってないわ」
「このような先の短い老体を使っているのだ。やはりカムイは我が野望の邪魔にしかならぬ存在、いとも簡単に人を紐解いてしまう。お前のような尻軽ならばいざ知らず、心の淵に眠っていた憎悪を思い出したこの老い耄れさえもな」
「ふふっ、カムイを褒めてもらえてるようで悪い気はしないわ。さっさとギュンターの中から出ていったらどうかしら、挨拶ならもう済んだでしょう?」
「むろんそのつもりだ、憎悪だけを残してギュンターの中から去ってやろう、もはやこの老いぼれに利用価値はない、最後くらいはその本能に準じて死なせてやる。はーっはっはっは」

 ギュンターの声帯から出るとは思えない、おぞましい声が放たれ、ギュンターの体を這いまわるようにして紫の炎が靡き始める。それは憎悪という感情を知覚できるようにしたら、そうなるだろうという色であった。

「そうやって、何人もの人間を憎悪に染めてきたというのね」
『染め上げた? 違うな……解放しているだけだ。抑えなければならない苦しみから――』
「冗談も休み休み言ってください」

979: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/25(木) 23:11:20.99 ID:/mUgx/Fs0
◇◆◇◆◇







 ハイドラの言葉へと切り込むようにその影はカミラの横に現れる。手に持った終夜と目に宿る折れない意思、それらを携え彼女は元凶の意思と初めて対峙する。倒すべき敵、ハイドラの意思と。

「カムイ……」
「ありがとうございます、カミラ姉さん。リリスさんを助けてくれて」
「気にしないで、それよりも…」
「ええ、これが私たちの倒すべき相手ということです。思ったとおり人の弱みに付け込む下衆ですね」
『ほう、カムイか。ギュンターのことで細々と考えると思っていたが、いかにも人を携える者だ。簡単に犠牲を容認できるその精神、ほとほと感心する』
「感心される筋合いはありません、それにしても失うものもない戦いはとても楽そうですね」
『はっはっは、お前たち人間が教えてくれたことだ。守ることなど無意味だとな、元から興味など示さぬ方がいい、我を利用するだけ利用した人間たちのようにな』

 ギュンターの体を借り君臨する悪意の塊から滲み出るのは人類という種に対する敵意、体が強張るほどの殺意だった。それを受け続けながらもカムイは目線を逸らさない。逸らすわけにはいかないからだ。

「だから、人々の心に眠る悪意に手を差し伸べ、争わせているというのですか」
『有効的に利用してもらっているだけだ。貴様がどちらかを選べば、もっとことは楽に進んだだろうが、それも今となってはどうでもよいことだ。人間塔のはどんなに高貴に装っても、その下にあるおぞましいまでの欲望をごまかせはしない。それに従わせてやっている我はある意味救いを与えているとはいえないか、カムイ』
「人の心を操り、意図的に誘導しているあなたが救いの使者なら、ガンズさんのような無頼漢は救いの神かもしれませんね」
「カムイ、その例えはどうかと思うわ。ガンズが救いの神なら、エリーゼは救いそのものね」

 苦笑しながらカミラは零した。

「それくらい、ハイドラの言っていることは的外れということですよ。でも、エリーゼさんが救いそのものという意見には個人的に賛成ですよ。それ以外のことで賛成するつもりはありませんよ、ハイドラ」
『そうか、では無駄話は終わりだ。さぁ、ギュンターよ。我の力を少しばかり与える……最後の役目を果たすがいい』
「は……い、透魔……王様」

 憎悪の炎が体を包みこむ。もはやその目に光はなく、ただおぼろげにカミラの横に佇むカムイを眺め、その手に大槍と盾を手にする。よもや、ここに残っている敵の数を見てもギュンター側に勝利の目はない。ないことをわかっていても、その手は槍を降ろさないでいた。
 それに相対するようにカムイも剣を取る。そこに躊躇や迷いはなかった。

980: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/25(木) 23:18:16.10 ID:/mUgx/Fs0
◇◆◇◆◇







 ギュンター自身、それが終わりのまどろみであることには気づいていた。
 ぼんやりと槍を構える体は、もはや自身の意思ではどうにもならないことにも気づいていた。体に巻きついた憎悪の感情は、確かにギュンターの持っていたもので、ハイドラはそれを目覚めさせたのだから。
 だからこそ、殺してはならない人々が生まれた。そして、それを傷つけた時に動揺したことでギュンターは察していた。すでに復讐に身を窶すことなど出来ないほどに、その身に怒りなど宿っていなかったのだと。
 槍を掲げると周りに集まっていた透魔兵たちが武器を構え始める。それは選ばなかった先にあったかもしれない光景だった。

『ギュンターよ、先の戦い見事であった』

 頭の中に忌々しい光景が浮かぶ。暗夜王国の玉座に座る男に武勲を認められた。それは騎士として暗夜に仕えてきた者たちが憧れる光景である。王国を支配する権力者から活躍を評価してもらえることは騎士の誉れであり、ギュンターもその一人であった。

『ギュンターよ。お前の力、そしてそのあり方にわしと同じものを感じている。そこでだ、お前にも我が一族に加わることを許そう。この血を飲むがいい』

 それは王直々にギュンターを認めるという意思の表れであった。一族に加わること、それを容認するなら血を飲み、竜の血を得よというものだった。
 それをギュンターは拒んだ。拒んだのは、一族になることよりも彼にとって大切な物があったからだ……。それは彼の妻子だった。
 カムイの進撃に合わせて、ギュンターの指示通りに透魔兵の一団が動き始める。それを牽制するように二騎がカムイの前に現れる。

「カムイ様、前衛は私が引きつけます」
「お願いしますね、リリスさん」
「はい、サイラスさん、お願いできますか」

 リリスはサイラスの背中に問い掛ける。共に闘うパートナーとして、同時に夫婦としての二人の形があった。

「ああ、任せてくれ。俺はリリスを乗せて迎撃に回る、ゾフィーも付いてこれるか?」
「もちろん。サイラスさんとリリスさんは乗馬でも楽しむ気分で、戦ってくれても構わないよ~」

 そして寄り添うようにゾフィーが二人に話しかける。まるで家族のように話し合い、そして互いが互いの絆を信じていることに体の憎悪は膨らんでいく。膨らんでいくのに、心にあるのはとてつもないほどに穏やかな気持ちで、静かに思い出せるのはある日にした他愛もない話だった。

『結婚ですか?』
『あまり、この城塞にいる者たちでそのような話は聞かないのでな』

 本当に平和な昼下がりだった。リリスが厩舎の整理を終えて戻ってきた時にポロッとギュンターが零した質問で、それを聞いたリリスは少しだけ考えに耽ると、すぐに苦笑いを零した。

『考えたこともありませんし、結婚するつもりもないですよ。ずっと、カムイ様のために仕事をしていきたいって思ったからここに来たんですから、誰かに恋をするなんてありえないことです』
『そうか、だがいずれお前にも大切な者が出来るかもしれんからな、少しは考えておくといいだろう』
『ギュンターさん、思ったよりもロマンチストなんですね。もっと寡黙な人かと思っていましたけど』

 リリスはそう言いながら、いろいろと考えるように首をかしげ、そしてやはりアンニュイな顔を再び張り付けて溜息を漏らした。

『やっぱり、私が結婚して誰かと一緒に幸せに暮らしている姿は想像できません。私、ロマンスとか全くわかりませんから』
『そうか。だが、私の見立てではお前は花も恥じらうような乙女のように思えなくもない。カムイ様はあれでどちらかと言えば、男と言える部分が強いのでな』
『……ギュンターさんは冗談がうまいんですね』

 そう言って苦笑いしていた彼女であったが、今視線の先にいる彼女は確かに乙女のように顔を赤らめたり、愛する者と共にあり幸せそうに笑みを浮かべていた。。

(ふっ、あんなに結婚など考えてもいなかったお前が、愛する者に囲まれて幸せそうに笑う日がくるとはな……)

 そこで知ったのだ。もう、体と心は離れてしまっているということ、この体が開かれた悪意に取り込まれてしまったという事実を、ギュンターは人知れずに理解した。
 だから、次に見えた光景さえも、彼は受け止めることができてしまう。自宅で愛する妻子が凶刃に倒れている姿、そして切り捨てた正規兵たちの死様。変わることのないギュンターの暗い過去が静かに清算されていく。

981: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/25(木) 23:23:33.61 ID:/mUgx/Fs0
◇◆◇◆◇







 ギュンターの馬が駆け出してカムイへと肉薄していく。手に携えた槍は確かな殺意を持っているが、それはカムイを殺す確かな意思を持っていないと自ずと理解できていた。だからこそ、違う光景が浮かびあがってくる。ギュンターは力強く馬で野を駈けていた。
 どこに向かう道なのかを彼は知っている。妻子を殺した正規兵たちの返り血を落とすこともなく、ギュンターは馬を駆る。王城に向かい、鬼の形相で迫るギュンターはガロン王の行方を訪ねて回り、大臣からその行き先を告げられ、彼は急いでそこに向かった。ギュンターにとっての故郷と呼べる村へ。
 迫るギュンターとカムイの距離。そんなカムイの後続から二つの影が後を追う。手に持った暗器の輝きと伝染する氷の冷たさをもろともせずに、彼女たちはカムイに迫りくるギュンターの馬を見据えた。

「フローラさん、フェリシアさん!」
「はい、カムイ様! フェリシア、準備はいい?」
「任せてください、大丈夫ドジなんてしませんから」
「……ふふっ、戦闘技術はあなたのほうが上なんだから、もっと自信を持ちなさい、フェリシア」
「はい、えへへ、姉さんに褒めてもらえました。行きますよ、ギュンターさん!」

 カムイの後方左右に二人が広がり、その手に持つ獲物を構えて一気に前に出ると、スカート下からさらにもう二本の暗器を取り出し一斉に放出する。幾つもの暗器は黒き線となってギュンターの馬めがけて飛翔する。やがてその大半をギュンターは避けることなく馬に命中し、彼の体は静かに放り出された。

(……あの時も、そうだったな)

 落馬した視線の先、記憶の中の故郷はすでに炎に包まれていた。村人の悲鳴も無く、あるのは平積みにされた遺体とそれを見て笑うガロンの姿だけだった。炎に照らされるガロンは愉悦に満ちた表情で、遅れてやってきたギュンターに対しても機嫌の良い声を出していた。
 そして、それがガロンにギュンターが斬り掛った瞬間だった。妻子と故郷を失ったことでギュンターの精神は崩れ、やがて使い古した大槍はガロンを殺すための凶器となるも、その怒りが成就することはなかった。
 落馬した影響からか、それとも憎悪がそれを見せつけるためにギュンターの体を切り刻むのか、顔の傷が開きギュンターの顔を赤く染める。ガロン王に返り討ちに会い、負うことになった傷跡だ。その傷跡から流れ出た血が右目に混じり始め、視界が染まっていくのを見ながらもギュンターは全く違うことを思い出していた。
 断片的に連なる記憶は、今馬を倒した二人の使用人の記憶だった。

『フリージアから参りました。フローラです』
『あ、あの、おな、同じくフリージアから参りました。フェ、フェリシア、です。そ、その、よろしくおねがいしましゅ』
『フェリシア、噛んでるわよ』
『ご、ごめんなさいぃ』
『……お前たち、一つだけ聞いておきたいことがある』
『はい、なんでしょうか?』
『お前達がここに来たのはそう言われたからか、それとも故郷のためか?』

 初めて二人と出会った時の記憶、二人が城塞にやってきた理由はすぐに理解できた。部族の反乱の話がいくつも上がっていた頃、その抑止力として幾人もの部族の令嬢が召集されていたからだ。
 そして、その中で城塞の任に当てられたのが、氷の部族フリージアの双子の娘たちだった。
 フローラもフェリシアも自分がここにいる意味を少なからず知っていた。そして、この先どうなるかわからないということも、ギュンターの質問にどう答えればいいのか、フローラは考えていたことだろう。

『故郷の皆のためです』

 だからだろう、フェリシアがすぐさま出した答えを聞いてフローラの顔は強張っていた。だけど、フェリシアは言葉を止めなかった。

『私、すごいドジで、村の皆を困らせてばっかりで……。だけど、そんな私でも村のためになることできるってそう思ったから、私はここに来たんです。それに姉さんも一緒だから怖くなんてありません」
『フェリシア……。私も故郷のためにここにいます。誤魔化すつもりはありません。これで満足ですか?』

 二人の目はとても強いものだった。それは覚えている。聞くだけ聞いたのだから、言いたいことがあれば言えばいいとそのフローラの目は語っていた。
 だからこそ、ギュンターは二人の面倒をちゃんと見ることに決めた。この二人に己が味わったような悲劇が訪れないようにと願いながら。
『その気持ち、努々忘れぬことだ。では、来なさい。主であるカムイ様がお待ちだ』
『はい』
『よ、よろしくおおお、おねがいしますー!』

(……フェリシア、フローラ。ふっ、あの頃の固い態度が懐かしいものだ)

 視界の朱色を拭うことなく受け身を取り、すぐさま態勢を立て直したギュンターは、迫りくるカムイに向けて盾と大槍を構える。強烈なシールドバッシュで攻め入るも、それをカムイは避け切り、すぐさまギュンターの背後へと回り、その視線を追い掛けたところで視界の端に影が一つ映った。

982: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/25(木) 23:28:02.75 ID:/mUgx/Fs0
◇◆◇◆◇







 それは俊敏に背を低くして間合いを詰め、ギュンターの体がカムイへと向き直ったところで一気に姿を現した。

「ジョーカーさん、今です!」

 カムイの一声に反応して、その手に握られた暗器の一閃がギュンターの握る盾の握り手に差し込まれる。瞬時の出来事に対応することのできないギュンターは、その握り手に差し込まれた暗器を外す瞬間を見失う。それはまさに指の骨を粉砕する勢いをもって押し込まれた。
 激痛に体は悲鳴を上げるが、ギュンターはその手際の良さに内心安堵していた。昔は何をやっても覚えが悪く、掃除すらこなせない木偶の坊だったのに、今ではこうして主の命令通りに物事をこなす仕事人になっているだから。

「ジジイ、見直したか?」

 挑発的な笑みを浮かべて血に濡れたギュンターにジョーカーは囁く。うまくできただろうと見せつける姿はまるで子供のようで、どこか褒めろと言っているようにさえ感じられる。
 この顔は今までよく見てきた。幾度となくできただろうと自慢げに笑う、その度に粗を見つけてやったことを思い出せる。ギュンターにとって言えば、ジョーカーは唯一の弟子と言える存在だった。

『そんなこともできんとはな』
『うるせえ、今までできてなかったことがすぐできるわけねえだろうが』
『口の悪さだけは一級品ではあるがな』
『主だけに尽くせって言ったのはジジイてめえだろうが! ちくしょう、今度こそ……』

 その粗探しはもっと長く続くものかと思っていた。もう少しの間、授ける術がまだあったのかもしれなかった。それは水泡のようにギュンターの手から離れていくというのに、そんな夢を見てしまう。

『……ふっ、このままではお前のことを一人前だと認める日は、永遠に来ないかもしれんな』
『けっ、上から目線でその態度はどうなんだ?』
『お前と同じだ。私もカムイ様だけが主、そしてお前は不出来な男だ、遠慮する必要などありはしない。それとも、優しくしてもらいたいのか?』
『ジジイに優しくされるとか、明日は槍でも降るんじゃねえかと心配になるからやめろ』
『たしかにな。想像して見れば、これは気色悪い以外の何物でもないというものだ』
『ああ、カムイ様が俺を慰めてくれる以上、ジジイから受け取るのは厳しさで十分……だが、もしも俺が見事に事を成し得た時は……いや、なんでもねえ』

 そう言って言葉を濁したジョーカーはどこか恥ずかしそうにしていた。今思えば、そういうことを素直に強請るのも槍が降って来そうな出来事かもしれないと、内心でギュンターは笑った。

(ふっ、わかっているジョーカー。主の命令通りに職をこなしている、よく出来たものだ。しかし、だとしても及第点だがな)

 斬り裂け、骨までもが露出した左手はもはや盾を持ち続けることもできない。大きな音が鳴り響く、だが痛みを理解しない憎悪は槍を振るう。それをジョーカーは軽々と避けた。
 最後の役目が切り替わる。勢いのままに振り返った先、眩い炎のような剣を構え待ち構える最後の一人がいた。

983: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/25(木) 23:33:32.60 ID:/mUgx/Fs0
◇◆◇◆◇







 視界にノイズが走る。ザラザラとした意識の中に見えるその姿は、懐かしい記憶にある復讐への心が芽生えた頃にまで遡っていた。
 ガロンの隠し子だという娘の世話係という話が舞い込んできた時、すでにギュンターは抜け殻のような人間だった。拘束されていたことよりも、愛する者を守れなかったこと、その不甲斐無さに押しつぶされていた。
 だから、その子の世話係というのを聞いた時は虫唾が走った。虫唾が走り、同時に心に悪い思考が沸き起こる。ガロンという存在に一矢報いることができるかもしれないと。そんなことを考えた。
 その命令にギュンターはすぐに従った。そして出会ったのが……彼女だった。

「ギュンターさん……」
(カムイ様……)

 初めて会った時の彼女は、ガロンにすべてを奪われた時のギュンターと何も変わらなかった。なんでここにいるのか、どうして生きているのか、それすらも理解できないし、考える気にもなれない、まるで抜け殻のようであった。
 ギュンターはガロンのご機嫌取りと並列するように、しばらくの間は言われたとおりにしてきた。自分の不幸はガロンの所為だと口には言わなかったが、誰の命令で動いているかを仄めかすようなことはしていた。鞭で叩くことは日常的で殴ることさえあった。
 それでもカムイは言うことを聞いたりしなかった。痛がりもしなかった。ギュンターに興味を示すこともなかった。そんな日々が続いたある日、ガロンに鞭を渡された時、ガロンに媚を売ることをやめた。
 それがギュンターにとって復讐する心を薄れさせた最初の出来事だったのかもしれない。鞭を無理やり丸めて作ったボール、それを投げ合う日々。カムイは言葉よりもキャッチボールでの意思疎通が好きで、ギュンターもそれに興じていた。

『………』
『………』

 二人の間をボールが静かに行き来する。カムイもギュンターも声に出さずにいるが、それで意思疎通はできていた。
 元気かと投げれば、元気だよとボールが返ってくる。何かしたいことはないかと投げれば、これだけで十分だよと返ってくる。芯がしっかりしている、子供なのにどこか神聖なものをギュンターは感じていた。
 そして気づけば心のうちにあった復讐を望む心は次第に息を潜める。皮肉なことだった、ギュンターの復讐という願いは、利用しようとしていたカムイによって抑え込まれてしまったのだから、でもそれで別に構わなかったのだ。

(本当にカムイ様は不思議な御方だ……)

 愛する者をすべて失ってもなお、生きる理由を見つけるなら復讐だけしかないと考えていたギュンターにとってカムイとの生活はどこか新鮮だった。互いが何も持っていなかったからかもしれない。でもそれだけじゃなく、心を開き始めたころから甘えてくれるカムイに愛しさに似たものさえ感じていた。
 復讐に身を窶すよりも、その生き方はどこか心地良かった。そして、復讐こそが死んだ者たちへの弔いになると……信じていた自分がいたことを今になって知った。

(……結局、それで満たされるのは私だけだ。死んだ者たちが何を望むのかなど、わかるわけもないことだというのにな)

984: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/25(木) 23:40:07.77 ID:/mUgx/Fs0
◇◆◇◆◇







 ここで戦う透魔兵たちのほとんどは意思を持たない。ただ操られている死体であるから、願望を口にしたりはしない、死んでいるからだ。
 そして何よりも、カムイをそれに巻き込んでいることの意味を理解できなかった。するなら一人ですればいい、巻き込む必要などない。カムイに出会う前に、もう一度ガロンを殺すために動けばよかったのにそれをしなかったのは……知っていたからだ。妻子がそんなことを望んでいないということを。
 村の者たちはわからない、大切なものに違いはない。だから、確認のしようなどない。だが、妻子だけは別だった。それほどまでに彼らをギュンターは愛していたのだから、疑う余地もないことだったのだ。
 残った力を振り絞って行われる攻撃をカムイはすべていなしていく、力の差は歴然で距離はどんどん詰まって行く。あと数歩でギュンターの懐にカムイが入り込む距離になった。
 そして、そんな暴力を振るう体に抗うことをギュンターはしなかった。それは眼前に至った少女のことを信じているからだ。

『ギュンターさん』
『どうしましたか、カムイ様?』
『え、えっとですね……。その……』
『おやおや、私に言い辛いこととは、一体なんでしょうかな?』
『茶化さないでください。でも、確かに面と向かって言うのはなんだか恥ずかしいですね。ふふふっ』

 紀億の中のカムイが笑う。そして、それに釣られて記憶の中のギュンターも笑った。
 穏やかだった、幸せだった。

『えっと、その、義父さんって、今日は呼んでもいいですか?』
『……』
『な、なんですか、そんな顔しないでください。は、恥ずかしいじゃないですか』
『いえ、申し訳ありません。何分突然のことでしたので……。しかし、どうしてそのようにお呼びになりたいと?』
『だって、ギュンターさんは私にとって義父さんって呼べる唯一の人だから。その嫌ですか』
 
 そう悲しそうに言うカムイに、その時のギュンターはやんわりと断った。

(……嫌なわけありませんよ、カムイ様。ですが申し訳ありません、やはり恥ずかしいのも確かでしたから、その願いを聞き入れることはできませんでしたな)

 復讐のために近づいた少女にギュンターは救われ、そしてその後に今の皆が集う場所が出来あがった。
 すべてを失いマイナスから始まった第二の人生と考えても、ここまで城塞で過ごしてきた日々たちは手から溢れるほどの幸福だった。
 そして、その幸福を投げ出して再び復讐に身を投じたギュンターに、もうこの先を求めるほどの力は残っていない。夢から覚めたのは、復讐者としてのギュンターなのか、それともカムイと出会った後のギュンターだったのか。考えても、意味の無い問いかけだった。

985: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/25(木) 23:44:38.85 ID:/mUgx/Fs0
◇◆◇◆◇







 渾身の力を振り絞って槍が突きだされる。踏み込んだカムイのこめかみめがけて突き進んだそれは、彼女の数本の髪の毛を切断するに至り、その腹から一刀両断される。床に叩きつけられた槍は金属音を響かせ、そのまま終夜の剣先が静かに返される。カムイの構えが終わった。

「はああああああああっ!!!!!!」

 入れ替わるように彼女の足が床を蹴る。渾身の力で踏み込んだ体は全体重をぶち当てるようにして突き進む、時間が静かに流れているとわかった。
 鎧の隙間に剣先が静かに入り込む、感じたのは皮膚に走る冷たさと、引き千切れる肉の音、体重に任せた一撃は老体の体を蝕み、やがて体そのものを貫くにまで至る。滴り始めた血は静かに彼女の姿を濡らし、やがて体を舞う憎悪の炎は役目を終えた灯りのように、ふっと姿を消しさった。

「……見事、……でしたぞ」

 自然と言葉が漏れる。弱弱しく手がカムイの体を抱きとめ、自然と残った右手がカムイの髪を撫でた。
 短く押し殺した嗚咽が聞こえ、見てみれば鎧に数滴の雫が落ちている。その雫はギュンターが仕えてきたことに意味があったことを示すものでもあった。

「……敵将を倒して涙を流すとは、カムイ様らしいですな。本当に優しい方だ」
「敵将じゃありません、私はギュンターさんを、殺してしまったんです。主であるのに、臣下を切り捨ててしまったんです……」
「……こんな私をまだ臣下と呼ぶとは、甘いですぞ」
「甘くて構いません。ギュンターさんから見たら、まだ私たちは手間のかかる子供なんですから……」

 そう言ってカムイは静かにギュンターの胸から顔を放す。その顔は確かに涙を流しているが、どうにか堰き止めようと踏ん張っている。まだ嘆くことはできないと知っているから、まだ彼女たちの戦いは終わっていない。泣くのはすべてが終わってからでいいと、その目は力強く語っていた。

「こんな子供の私たちをここまで育ててくれてありがとうございます。ギュンターさん」

 手をしっかり握りしめられる。とても温かかった、温かくて、同時に静かに眠気がやってくる。もう長くないと悟った。
 なら、もう、留まることはできない。子供たちはもう歩み始めているのだから、しっかりと送り出すのが親の使命だとわかっているから。
 気づけば、城塞の面々がカムイと共にいた。誰もがギュンターを見ている。そしてそれらは悲観的なものではなかった。だから、待たせるわけにもいかない、彼らには未来がある。もう、私の未練と復讐という古い場所に縛り付けるわけにはいかない。押し出すくらいの力は残っている。でも、格好をつけるのは、なんだか恥ずかしかった。いつも通りでいいと、ギュンターは顔を静かに上げる。

986: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/25(木) 23:49:49.69 ID:/mUgx/Fs0
◇◆◇◆◇







「後のことは任せるぞ、お前たち」



 何時ものように強い言葉を告げる。告げた口は最後の息を吐き、やがて静かに頭が下りて行く。
 眠気は寒いものではなく、むしろどこか温かい。
 やがて力の抜けた手がカムイの握りしめていた手の内から零れた。

987: ◆P2J2qxwRPm2A 2016/02/25(木) 23:51:31.34 ID:/mUgx/Fs0
◇◆◇◆◇







 
「………」

 動かなくなったギュンターから手を放す。その顔は既に向かうべき上層を睨みつけていた。

「皆さん、行きましょう」

 短い言葉を紡ぎカムイは静かに駆け出す。それに続いて他の者たちも後を追い上層へと向かう。
 残されたのは折れた槍と壊れた盾、そして子供たちを送り出して安らかに眠る老兵だけだった……





 これは違う世界の話




 復讐に翻弄された男の戦いが終わリを迎えた話




 If(もしも)の一つ
 



【透魔王国ギュンターif おわり】