打ち止め「あなたのYシャツ貸して欲しいな!ってミサカはミサカは…」一方「あァ?」 前編

307: 【小ネタ】 部屋とTシャツとミサカ達 2010/12/09(木) 20:01:11.13 ID:key1KXU0


第七学区の病院に現在絶賛入院中の打ち止めが
同じく現在入院中である一方通行の病室を訪れると、そこにあったのは実に奇妙な光景だった。



「 何 し て る の か な って、ミサカはミサカは湧きあがる怒りを抑えながら番外個体に質問してみたり」


「何ってわかんないの?あの人のTシャツ盗んでたんだよ」



部屋に合った影は尋ねた彼の者ではなく、
自分と同じようにミサカネットワークから流されたウイルスの影響から
入院し調整を受けている番外個体の姿であった。



「何とか堂々と言ってんの!?どうせ疚しい事に使うつもりなんでしょ返しなさい!
 ってミサカはミサカはあなたがミサカと同じDNAを持つことを証拠に掲げながら叫んでみたり!!」


「『やましい事』じゃなくて『やらしい事』に使おうとしてたんだよ、より正確に言うならオn……」


「教育的指導ォォオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!」



引用元: 打ち止め「あなたのYシャツ貸して欲しいな!ってミサカはミサカは…」一方「あァ?」 



創約 とある魔術の禁書目録 (電撃文庫)
鎌池 和馬
KADOKAWA (2020-02-07)
売り上げランキング: 1,292
308: 【小ネタ】 部屋とTシャツとミサカ達 2010/12/09(木) 20:01:43.63 ID:key1KXU0

打ち止めの華麗なドロップキックが番外個体の身体に向かい吸い込まれるように流れてくるが
それを優雅に避けながらフフン、と口元を歪めた番外個体は対峙する彼女を嘲笑う。



「てゆーか?その言い分じゃ最終信号は疚しい事に使ってたワケだ、あの人のYシャツを。
 ならミサカが此処から持ってこうとしているこのTシャツをどう使ったって責められないよねぇ!!」


「ち、違うもん!!
ミサカは厭らしいあなたと違って精々クンカクンカする位だもん、一緒にしないで!!ってミサカはミサカは……」


「それだって十分変態チックじゃん匂いフェチですかぁ?あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!
 ならミサカの方が健康的でしょ、自然の摂理だし誰だってやるもんね自i……」


「だからハッキリ言うなって言ってんでしょォオォオオオオオオオ!!!!!!!!!!!
なんでこーゆー個体に限って上位命令文が通用しないのさ使えないなあ!!
ってミサカはミサカは憤慨してみるコンニャロォォォォオ!!!!!!!!!!!」




309: 【小ネタ】 部屋とTシャツとミサカ達 2010/12/09(木) 20:02:24.13 ID:key1KXU0





『寄越せよあの人のTシャツ!!ってミサカはミサカは……』

『出たな本性!やっぱり最終信号も狙ってたんじゃん、もうYシャツ貰ってるくせに!!』



ワーギャーワーギャーと己の部屋から聞こえてくる少女達の、
しかし年頃の乙女とは思えない単語が並びまくった会話にそっと聞き耳を立てていた一方通行は
今の状態で自身が部屋に戻った場合どうなるかのシミュレーションを重ねていた。


あんなことを聞いてしまった以上もうYシャツもTシャツも返してほしいものだが、
全部聞いてましたなんて言いながら部屋へズケズケと立ち入るのも何処か気まずいものがある。
此処は彼に宛がわれた病室なのだが。



さて、どうしたものか。




310: 【小ネタ】 部屋とTシャツとミサカ達 2010/12/09(木) 20:03:46.30 ID:key1KXU0




『だってだって!!Tシャツの方が汗とか色々ついてそうだもん嗅ぎたいもん!
ってミサカはミサカは心中を吐露してみる!』


『ならミサカだって絶 の瞬間を……』


『黙れェェェェエエエエエエ!!!!!!!!!!』





少女達の喧嘩はまだまだ決着が付きそうにない。
禁煙家の妻の命令でベランダ族となった夫のように居場所を失ってしまった一方通行は、


(…………仕方ねェ、とりあえずあのガキにやったYシャツ洗濯してこよ)


取り敢えず、
あの少女の変な 癖を少しでも改善させるべく自分の荷物から匂いを消すことを選ぶことにして売店へ向かう。


(どこで育て方間違えたかねェ、本当に―――――)




「すいませン。洗剤とファブリーズ下さい」




一方通行の苦悩はまだまだ続く。


                                      
                                        『部屋とTシャツとミサカ達』(完)



322: ≪番外編≫ 部屋と嫉妬と一方通行 2010/12/10(金) 20:18:54.68 ID:Bn4aMxI0


「……はァ?男ォ?」

「そうそう。打ち止めにも父親離れの時期がきたじゃんよ、きっと」


臨時講師として与えられた職員室の机の前で、
一方通行は仕事とは何ら関係のない私用バリバリの素っ頓狂な声を上げていた。


彼を『父親』と称したのは黄泉川で、
長い付き合いのある人間にしか分からない程度に複雑そうに顔を歪めた一方通行を眺めながらニヤニヤと笑っていた。


表現としてはいざこざを持ち込んだ、よりは素直に可愛い息子を弄って愉しんでいるといった方が近い。


「ウチのクラスの男子にね、打ち止めと同じ部活のやつがいて……なんか最近見かける度に二人で仲睦まじくしてるじゃん」


黄泉川の受け持つクラスの生徒ということは3年生、打ち止めの1つ先輩になる。
同じ部活のヤツなら見かければ挨拶くらいしてもおかしくはないのだが、
黄泉川がネタとして引っ張り出してくるレベルの信憑性はあるのだろう。


別にあのガキがどんな野郎とどんな関係になったところで構わないが
打ち止めの健全な成長を見届ける義務を持つ自分としては、これは色々と調べざるを得ないかもしれない。


フリーズしたように黙りこんだ一方通行を
その学園都市第一位の頭脳で有る事無い事考えているのだろうと判断した黄泉川は、
プクプクと笑いを堪えながら彼に押し出すにして助言をしてやることにした。


「気になるなら自分で調べてみるじゃんよ。あ、でも暴力沙汰はナシな」




その日から、一方通行による一人の男子学生に関する調査が始まった。




323: ≪番外編≫ 部屋と嫉妬と一方通行 2010/12/10(金) 20:19:36.38 ID:Bn4aMxI0


観察初日。
取り敢えず、黄泉川のクラスで授業する際にソイツを観察することにする。


結論は何処にでもいるようなフツーの奴。
誰とでもそれなりに付き合えて、くだらない雑談に華を咲かす。
学校に通った経験の殆どない一方通行でも分かるほどに極一般的な男子高校生だった。


打ち止めは彼女が生まれたその瞬間から自身も周りの環境も複雑な立場にあった少女だ。
『誰か』を選ぶのにそんな暗い世界とは一切関係のない、
陽射しの下で暮らす男を望んだとしてもおかしくないのかもしれない。


一応は、もう暫く観察を続けることにする。




324: ≪番外編≫ 部屋と嫉妬と一方通行 2010/12/10(金) 20:20:13.87 ID:Bn4aMxI0


観察3日目。
黄泉川の言っていた通りの、廊下で暖かな雰囲気を纏いながら会話をする二人を見つけた。


声をかけるか迷ったが邪魔をするのも悪いかも知れないと感じた一方通行だが、
自分がアクションを起こす前にアチラに先に気づかれてしまった。


彼を見つけた打ち止めは焦ったようにアワアワとしながらこちらに取り繕うようにして
「ち、違うんだよコレは!?」と叫んでいた。
隠すことはないのに。


結構ギリギリな時間だったので授業までには教室に戻れよと告げれば
何故だか淋しそうに「うん……」と言われたことだけが、何か引っ掻かった。




325: ≪番外編≫ 部屋と嫉妬と一方通行 2010/12/10(金) 20:20:46.90 ID:Bn4aMxI0


観察5日目。
あの男が別の女と歩いているところを見かける。


打ち止めと奴が何処までの関係を築いているのか定かではないので何とも言えないが、
男が女に接する態度が何か気にかかる。


真っ昼間の学校で、慣れた手つきで派手に化粧で彩られた女の腰を抱き卑下た笑みを浮かべている。
これが夜の街ならこのままホテルへなだれ込むんでもおかしくはない雰囲気だった。


打ち止めと話しているときやクラスメイトと談笑しているときとは明らかに違う男の顔つきに、
何か嫌な物を感じた。




326: ≪番外編≫ 部屋と嫉妬と一方通行 2010/12/10(金) 20:21:18.50 ID:Bn4aMxI0


帰宅した一方通行が女の意見も聞くべきなのかと番外個体へ相談を持ち掛ければ、
あろうことかこのアマは真剣なこちらに対しわひゃわひゃと何がツボに入ったのか床を転がる程に笑い上げてくれた。


「あー、あー、最終信号も可哀想に。これは流石のミサカも同情するよぉ!」


番外個体の反応を見るに、打ち止めがあの男に好意を抱いているのは間違いないのだろう。
やはりそんな男が他の女に手を出しているというのは不快なものだ。


素直に感じたままを言えば、余計番外個体に馬鹿にされた。
核心を突かず何でも遠まわしに言ってくる鼻についた嘲笑が非常にムカついた。


女心が解っていないと散々言われたがそればかりはどうしようもない。
そもそもまともな心根を持つ女が、俺の周りにはいない。


「仕方ない、なら馬鹿なあなたにミサカが最も単純な方法を教えてあげよう」


上から目線にイラっときたが此処は大人しく我慢する。
何せ相手は生まれてまだ6年、心は立派な6歳児だ。ここは大人な対応を見せねば。


「その男をあなたが誘惑して引っかかるか引っかからないか、それだけだよ」




――――― 全世界の6歳児は滅びればいい、そう思った瞬間だった。



327: ≪番外編≫ 部屋と嫉妬と一方通行 2010/12/10(金) 20:21:55.96 ID:Bn4aMxI0


日曜日。
番外個体の服を人形のように着せられた俺は無理矢理あの男の家の付近へと連れて来られた。


このやたらフリル満載のいかにも少女趣味な服装は御坂美鈴がたまには路線の違う物をと番外個体へ買い与えたもので、
自分は滅多に着ないくせに


「あんまり着なくてもお母様に悪いでしょ、こういう時に活用しなきゃ!」


とさも愉快そうに電極対策を施した俺へと着飾りやがった。
ご丁寧にいつの間にか地毛と同系色のウィッグまで用意されているのに腹が立つ。
オイ、カメラ構えんなクソが。


現在午前11時26分、ターゲットは一向に現れない……なんて考えている俺も結構ノリノリなのは気にしないことにする。
きっとコイツに汚染されただけだ。
以上蛇足。


「いやー、化粧も我ながらいい出来だね。お礼はフレンチのディナーでいいよ」


隣でシャッターを切り続ける番外個体に非常に腹が立つ。
というか……


「おィ、オマエが着いてくンなら俺ァこンな格好する必要なかったンじゃねェか」

「何を今更。―――それよりホラ、ターゲット出てきたよターゲット」




328: ≪番外編≫ 部屋と嫉妬と一方通行 2010/12/10(金) 20:23:07.21 ID:Bn4aMxI0


例の男はコンビニか何かの近所にちょっと出てきます、
といった位のサイフをジーンズの尻ポケットにねじ込んだ軽装でケータイを片手に自宅から出てきた。


マジにこの格好で声かけるのか。そりゃあ声くらい能力使えば変えられるだろォがよ……
いざやれと言われると急に物怖じしてしまう。
それはそうだ、『声かけてきた女装野郎は実は学校の先生でした』なんてバレたら大恥だ。


(ちくしょう、やっぱ頼み込んででも番外個体にっ……!!)


離れた電柱の陰からニヤニヤとこちらを見遣る番外個体の下へ戻ろうと一方通行が踵を返すと、
急に男の携帯から着信音が流れ始めた。
どうやら電話らしい。
男がそれを耳に当て何やら話し始めたのでそのまま足を進め聞き耳を立てる。


男は暫くグラビアだのA だの下劣で下らない話しを白昼堂々していたものだが、
ふいに聞き捨てならない言葉が一方通行の耳を突いた。


「ああ、この前言ってたガキ?ガードは一丁前に固ぇが中々上玉だぜ、
 ………ええー、いいじゃん付き合えよ。この前女紹介してやっただろぉが、
 偶には3 とか変わり種も●●てぇんだよ。噂じゃあの『超電磁砲』の妹だっていうから話題性もあるし、お前にも箔が付くぜ?」


この前のガキ。
変わり種。
『超電磁砲』の妹。




一方通行の中で、何かがブチ切れる音がした。





329: ≪番外編≫ 部屋と嫉妬と一方通行 2010/12/10(金) 20:23:45.22 ID:Bn4aMxI0



「あのー。お兄さん、ちょっと宜しいですか?」


友人との会話に夢中になっていた男が
後ろからかけられた声に会話を妨げられたことで不機嫌そうに振り返ると、
そこには白髪・色白・細身の3拍子揃った美女が男の反応を待っていた。


「ちょっと探し物をしているんです、良かったら手伝って頂けません?」


適当に手伝った後遊んでやるのも良いかもしれない。
そう感じた男は美女の言うことを呑んでやることにした。


「良いですよ、何探せばいいんです?」


男が尋ねると、


「楽な話だ、女にホイホイ手ェ出してるクソッタレな男を捜してんだよォ」


口調どころか声までガラリと変わった女は、
一瞬でこれまでの柔和な表情から狂気すら垣間見えるような形相へと一変していた。


「いいぜェ。オマエが人ン家のクソガキに簡単に手を出すってンなら、まずはその汚ねェ汚物をブチ殺してやるよォ」


次の瞬間。
目にも捉えられない猛スピードでもって女の脚が男の 間へと伸びて来て、そして―――――





この世から、男が一人消えた。





330: ≪番外編≫ 部屋と嫉妬と一方通行 2010/12/10(金) 20:24:29.64 ID:Bn4aMxI0





「なあ一方通行、この前言ってた男子学生の話知ってるじゃん?」


週末明けのかったるい朝。
臨時講師として与えられた職員室の机の前で、一方通行は現在『同僚』である黄泉川愛穂に声をかけられた。


「何だか通り魔に酷いケガさせられたって………まさか一方通行じゃないじゃんね?」

「あァ?犯人の通り魔は女って話だろォが」


一方通行が否定を返せば、ああ良かったと黄泉川は安堵の溜息を吐いてボソリと呟いた。


「いやー、この前の話真に受けてヤバいことしてないか心配しちゃって」

「はァ?」


聞かれていたことにヤバい!と顔を青ざめた黄泉川は何やら口をモゴモゴさせて言い訳を吐いている。


「おィ、話せ」


しかし一方通行が昨日と同様、凄味の効きすぎた笑顔で
「仕返しにテメェの旦那に有る事無い事吹き込むぞ」と脅すと脅せば
彼女は「それはイカん!!」とブンブンと首を振って彼の顔色を窺うようにしてバラし始めた。


「いや……打ち止めのヤツ、アイツの持ってたモノクロ系の小物が良いセンスしてたから色々教わってるって言ってて……
 おもしろそうだからちょ~っと一方通行を弄ってやろうかと、ね」


「………モノクロの、……小物?」


「いやクリスマス近いじゃん?だから多分プレゼント用にだと思うんだけど……」



331: ≪番外編≫ 部屋と嫉妬と一方通行 2010/12/10(金) 20:25:20.43 ID:Bn4aMxI0


そうか、そうだったのか。
打ち止めはあの最低野郎に好意を抱いていたのではなかったのか。


もし打ち止めが本気であの男を好いていて、
その彼女があの男の本性を知ってしまったりしたらそれがどれだけ残酷であるか。
それくらいは一方通行にも理解できた。


「そうか……なら良かった」


「お!『良かった』ってことはやっぱり一方通行も実は嫉妬しt ―――――」


「でも一体ンなモンどの野郎に渡そうってんだ?
 今回の件があった以上何処の馬の骨とも知らねェ奴には簡単に預けらンねェぞォ……?」


「      」



彼が打ち止めの真意を知るクリスマスの日まで、あともう少し。




                                    『部屋と嫉妬と一方通行』(完)

360: 【小ネタ】 部屋と師匠とミサカ達 2010/12/12(日) 20:25:32.44 ID:xgz85eY0


とある休日の午後。
打ち止めは、葛藤していた。



休みだからと昼まで寝過ごした打ち止めと一方通行は
ブランチというには遅すぎる食事を摂ったあと話の成り行きでなんとなく散歩に出かけることになった。


麗らかな午後の陽射しを浴びながら近くの公園までやって来た二人は
しかし思いがけないことにそこで倒れ伏している女性を発見する。


飲みかけの缶コーヒーを押し付けながら打ち止めに救急車を手配するよう指示した一方通行は、
女性の異常箇所を能力を使って調べていった。


最初は心配そうにそれを眺めていた打ち止めだが、
直に救急隊員が駆け付けてくると今度は別のことが気になりだしてしまった。



―――このコーヒー、飲んでいいのかな?



あの人の飲みかけコーヒー。
今これを飲めば間接キッスの完成だ。あわよくば唾液だって………
いやいやいや、そこまで疚しい気持ちでなくトキメキ乙女心的な意味で、ねぇ?


あの人は今救急隊員さんに自分がどのような処置をしたか教えている。
飲むなら今しかチャンスはない。
でももし途中で戻ってきたら………


「うぅ~…どうしよう、ってミサカはミサカは~」


そして、冒頭に戻る。



361: 【小ネタ】 部屋と師匠とミサカ達 2010/12/12(日) 20:26:03.83 ID:xgz85eY0


「や、やっぱり飲んじゃおうかな……いいよね?ウン、喉乾いちゃったから仕方ないよウン。
 ってミサカはミサカは自分と周囲を納得させる言い訳を披露してみたり――――」

「みぃ~ちゃった☆」

「ふにゃああああああ!!!!!!!!!」


ようやく決心し缶コーヒーへと口をつけようとした打ち止めだが、
急に後ろから耳元へふっ、と息を吹きかけられたことで缶コーヒーを落とし零してしまう。


「なななななな何するの番外個体!!ってミサカはミサカはっ……」

「やだなー、ミサカ達の司令塔が実は男の飲み物に涎入れるような変態さんだったなんて」

「よ、涎入れようとなんかしてないもん!!あの人の唾液が入ってればいいなぁ、なんて思ってみてはしたけど!
ってミサカはミサカは断固抗議してみる!!」


近づいてきたのはどうやら病院での『調整』帰りらしい番外個体だった。
ちくしょうアイツの所為でコーヒー零しちまったじゃねえか。


「くっそぉぉおおおおお!!ってミサカはミサカは怒り心頭でアホ毛をバチバチさせてみたり~~~!!!!」

「お、やる気?能力ならミサカの方が上なんだけどね!!」


いくらレベルが上だろうがボディラインが上等だろうが、女には身体を張って拮抗しなくちゃならないときがあるのだ。
だからこそ。女なら、


「「いざ尋常に、勝bっ………」」

「風紀委員ですの!!これ以上公共の場で暴れると言うのでしたらこちらの権限でひっ捕らえ……あら?」


オイ何だ人の勝負を邪魔すん――――アレ?


「いつぞやの、お姉さま方?」



362: 【小ネタ】 部屋と師匠とミサカ達 2010/12/12(日) 20:26:31.35 ID:xgz85eY0


「まあまあ小さなお姉様に大きなお姉様ではございませんか、お久しぶりですわね」

「てゆーかミサカ達あなたのお姉様じゃないんだけど」

「あら御免遊ばせ。私お姉様方のお名前を存じ上げませんもので……」


ああ……どんどん人も集まってくるコーヒー零しちゃったし。
あ。あの人もこっち戻ってきた。
はあ……間接ちゅー……


「はぁ……ってミサカはミサカはリストラされたサラリーマンの様な溜息を……はぁ……」

「もし、小さなお姉様は何をその様に落ち込んでらっしゃるのですの?」

「ああ。実はかくかくしかじかでね」

「まあ。かくかくしかじかですの」


ちくしょう、このアマ共楽しそうにしやがって。――――SSは便利ですね。


「私も昔は良くお姉様相手にやったものですわ♪」


ナチュラルに変態発言か。
もっと恥じらい持ってやるべきが乙女だろう、ミサカのように。


「そのような事でしたら、この白井黒子がワンランク上の『ドキ☆愛しのあの方の夜の姿!?映像入手法』を伝授して差し上げますわ」


その言葉にピクリ、と耳を震わせた打ち止めと番外個体。
彼女達はそしてゆっくりと顔を見合わせ―――――――――――――


「「お、お師匠様ァアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」」


此処に、変態淑女とその見習いによる一つの師弟関係が完成した。



363: 【小ネタ】 部屋と師匠とミサカ達 2010/12/12(日) 20:27:01.70 ID:xgz85eY0


キャッキャウフフな乙女オーラ全開のその場所へと戻ってきた一方通行は珍しい組み合わせに首を捻らせた。


「こんなところで何してやがるンだ、変態ツインテール風紀委員」

「あら第一位さん、お久しぶりですわね。覚えていて下さったようで嬉しいですわ」


さすが風紀委員として柄の悪い不良共を幾人も相手にしてきた実績を持つ故か、
一方通行の嫌味な例え(しかし事実)を前に屈するどころか軽く受け流した白井黒子は
学園都市最強の男に向かい呑気にこう申し出た。


「私久方ぶりにお会いしたお姉様方と少しゆっくりとお話ししたく思いますの。
 よろしければ皆様でお茶会でも致しません?そこに丁度ファミレスもございますし」

「行きたきゃ女共で勝手に行きゃいいだろォが。俺ァピンクな空気に晒され続けンのは御免だぜ」


女同士の会話が繰り広げられる中一人ポツンと同伴させられたときの居づらさといったらない。
以前御坂美琴の『近況報告が聞きたい』という申し出に打ち止めと番外個体を連れて昼食を共にした時に苦痛は十分味わった。


だが、一方通行が当然断ることなど白井黒子にはお見通しであった。


(本当はもっと違う形でカマをかけてみようかと思ったのですが……小さなお姉様の為、仕方ありませんわね)


「最近小さなお姉様の学校に通っている殿方で通り魔から酷い暴行を受けた方がいらっしゃったでしょう?
 一方通行さんは被害者が通う学校の臨時と言えど講師であるわけですし、そのお話も聞きたくて………」



364: 【小ネタ】 部屋と師匠とミサカ達 2010/12/12(日) 20:27:27.83 ID:xgz85eY0


途端、断り文句を言おうとした一方通行の口がピタリと止まった。


「被害者の方は下半身を複雑骨折なさった挙句に局部的に潰されたりいたしたのでしょう?
 ………お可哀そうに、さぞや痛かったことでしょうね………」


一方通行からしてみれば自業自得どころか殺されなかっただけマシと思え、なのだが
やはり第三者の目からみれば手酷いものがある。


(追い詰めるにはあと少し、ですわね……)

「ああ。ところでこれは最初に通報を受けた風紀委員が聞いた、一部にしか出回っていない情報なのですが………」


そこで白井黒子は一方通行の肩をそっと掴みキスでも送るかのような近距離で
その続きを彼に向って囁き伝えた。


「通り魔の女は、白髪・細身・高身長でドスの効いた声の主だったそうですわよ―――――?」


学園都市第一位の頭脳を持った男は、そこで静かに陥落した。



365: 【小ネタ】 部屋と師匠とミサカ達 2010/12/12(日) 20:27:55.57 ID:xgz85eY0


公園近くのファミリーレストラン、その一角。


(ちくしょう……結標のヤツ、俺のガキの頃の写真なんてレア物流してやったのに情報操作失敗しやがって……
 いや、一部くらい出回るのは仕方ねェ。風紀委員内の噂に留めたのは褒めてやるべき、か)


「ンでェ?要は俺に何が聞きたいワケなんですかァ、仕事熱心な変態風紀委員さンよォ」

「あ、ドリンクバー4つでお願いしますわ。あとはこのケーキを―――一方通行さんはケーキの方いかがなさいますの?」

「あァ俺はいらね……聞けよ話ィイイイ!!!!」

「ケーキも4つでお願いいたしますわ」

「かしこまりました~」

「いらねェっつってんだろォオオオオオ!!!!!」


一方通行は、白井黒子に押されていた。


「他のお客様にご迷惑ですわよ。風紀委員としてはそれ以上煩くなさると拘束しなければなりませんの」

「オマエ理不尽過ぎンだろソレ」


そんな光景を見て打ち止めと番外個体は感心せざるを得ない。


(さすがお師匠様、ってミサカはミサカは称賛を送ってみる)

(で?お師匠様はここで飲みかけコーヒーを狙おうって腹なのかね?)



彼女達はミサカネットワークを通じて会話をしながら師匠が何を企んでいるのか逐一洩らさないよう観察していく。



366: 【小ネタ】 部屋と師匠とミサカ達 2010/12/12(日) 20:28:24.62 ID:xgz85eY0


「では、ドリンクバーでも持って参りましょうか。一方通行さんはコーヒーで宜しくて?
 お姉様方は?何になさいます?」


廊下側に座った白井がおもむろに立ちあがりドリンクバーの注文をとってくる。
どうやら皆の分を持ってきてくれるらしいが、此処で何かアクションを起こすのだろうか?


「あァ。俺はそれでいい」

「あ!ミサカはオレンジジュースがいいな、ってミサカはミサカはお願いしてみる」

「ならミサカはジンジャーエールで。氷無しね、薄まるから」

「心得ましたわ」

白井と同じく廊下側の、一方通行の隣に座った打ち止めは万一白井が飲み物に何か細工をしていてもいいように
彼にドリンクバーが見えないよう座り直し注目を集めた。


「折角頼んだんだしあなたもケーキ食べようね、ってミサカはミサカは先手を打ってみる。
 偶にはあなたとお茶したいもん」

「俺が甘いモン苦手なの知ってんだろォがクソガキ」

「甘いもの苦手とか何カッコ付けてんの中二病患者(黒い翼が出る)」


便乗した番外個体も一方通行を挑発することで彼にケーキを食べさせることを了承させた。
これで白井が何を計画していたとしてもフォローは完璧である。

暫くするとドリンクバーから白井が帰って来た。
人数分のドリンクがそれぞれへと回る。
そこへ丁度ケーキも運ばれてきて一方通行はそれを嫌々した顔で黙々と食べていた。



367: 【小ネタ】 部屋と師匠とミサカ達 2010/12/12(日) 20:30:51.27 ID:xgz85eY0


コーヒーで流し込みながらなんとかそれに手を付けていた一方通行だがそんなことをしていては直ぐにコーヒーが無くなる。


彼がコーヒーを再び接ぎに行こうとしたところで自身の紅茶を飲み終えた白井が立ちあがり、
ドリンクバーに向かうには打ち止めに席を退いてもらわなければならない一方通行は
彼女に自分のコーヒーもついでに持ってくるよう頼んだ。


表面上平和なお茶会を続けていた4人だがなにやら雲行きが怪しくなってきた。
――――なンだ、何か気分が悪ィ。
一方通行は体調の変化を感じ風邪でも引いたかと自身の額へと手を当てる。
――――なンか身体が熱ィな。


そんな一方通行の様子に気付いた打ち止めは「大丈夫……?」と心配そうに彼を見遣る。
気にしなくていいと一方通行は言うものの、様子がおかしいのは目に見えて解った。


「気分が優れないのでしたら私がテレポートで送って差し上げましょうか?」


白井黒子は腐っても風紀委員だ。
そして、この状態の一方通行が空間移動能力者というこの場において最も役に立つ能力を持つ彼女に頼らない理由は無かった。


だが、一方通行は失念していた。
彼が当初から言う通り



白井黒子は、変態だったのだ。




368: 【小ネタ】 部屋と師匠とミサカ達 2010/12/12(日) 20:32:23.82 ID:xgz85eY0


「さて、準備は整いましたわね」

一方通行達が暮らすマンションのリビングで白井黒子は高々と言った。
彼は今自室のベッドの中だ。


「ねぇお師匠様、あの人に何をしたの?ってミサカはミサカは尋ねてみたり」


打ち止めの素朴な疑問に白井黒子という名の変態淑女は恥じらいもせず答える。


「ずばり、 薬ですわ」

「 やく?」

「勘の鋭い一方通行さんの事ですもの。
 一気に使っては直ぐにバレると思いまして少量ずつ、ケーキを一緒に食べさせることで何杯も飲ませましたの。
 それに関してはお姉様方のフォローもGJでしたわ」


あまりにも堂々と言う白井に目を白黒させる打ち止めと番外個体であったが、
『 薬』という言葉を聞くと何故かドキドキしてしまうのも乙女なのだから仕方ない。


「一方通行さんはもうすぐ切なげなお声を上げながら自身の右手でその興奮をぶち殺す状態に入る事でしょう。
 それを決して邪魔はせず、ビデオと録音機を片手に静かに見守るのが淑女の嗜み。乙女の務め!!
 お姉様に頼まれてあの殿方に何度も同じ手を尽くしてきたこの私に、間違いなどございませんわ!!!」


打ち止めと番外個体には、このとき白井黒子が神のように輝いて見えたという。
あの人は今自室でどんな状態に陥っていると言うのだろうか。


「ミ、ミサカはミサカは先手必勝を叫びながらビデオを片手にベストポジションに向かって走り出してみたり!!!」

「あ!!ズルイ待ちなよ最終信号そこはミサカの定位置って決まって………!!!」


それを認識した瞬間、二人は互いを牽制しながら走りだした。
アイツを出し抜いて自分こそが最高の痴態を写し撮るのだ………!!!
二人はそんな思いでいっぱいだった。
しかし。



369: 【小ネタ】 部屋と師匠とミサカ達 2010/12/12(日) 20:33:59.28 ID:xgz85eY0


パァアアン―――――!!!


そんな二人を、白井黒子はビンタによって嗜めた。


「お、お師匠様何するのってミサカはミサカは…………っ!!!」

「お姉様方……黒子は、黒子は悲しゅうございます。
 何故姉妹であられるお姉様方がこのように醜い争いを繰り広げなくてはならないのでございましょう。
 確かに殿方との恋を仲良く分けあうことなど出来ないかもしれません。
 それでも、それでも、お姉様方が争われることなど何一つないではございませんか……!!!」


白井はレースのハンカチで目頭を押さえながら、
そっと二人に高画質ビデオカメラと超高音質・精密録音機を二人へと差し出し―――――


「画質を優先すれば音質が落ちる、逆もまた然り。
 素人であらせられるお二人がこれらを同時に使いこなせるとは思いません。
 ――――好きな殿方との未来は1つでも、痴態は分けることができますのよ…………?」


迷い子を導く聖者の様な慈愛に満ちた表情で、白井は二人を諭した。
そんな白井の言葉に二人は互いに顔を見合わせる。
先に折れたのは、意外なことに番外個体であった。


「………ごめん、ミサカが悪かったよ。ズルイなんて言って………」

「そんなことないっ!!そもそもミサカが抜け駆けしようとしたのがいけないんだし、ってミサカはミサカはっ―――――!!
…………番外個体、怒ってない?」

「怒ってたら、ミサカから謝ったりしないよ………」


そう言って番外個体は打ち止めの顎にその細い指をそっとかけると
真摯な瞳で打ち止めを真っ直ぐ見つめ、彼女に向かって力強い声で言った。


「二人で、協力しよう?ミサカ達は姉妹なんだからさ!!」

「~~~~うんっ!!ってミサカはミサカは抱きついてみる!!番外個体大好き!!」



370: 【小ネタ】 部屋と師匠とミサカ達 2010/12/12(日) 20:35:10.81 ID:xgz85eY0

姉妹愛を堪能している二人を白井は相変わらず慈愛に満ちた瞳で眺めながら、
彼女は二人に渡したよりも超小型のビデオと録音機で
彼女の愛するお姉様と同じ顔をした二人を撮影していた。


(ああっ……!!お姉様方に頼られ、そのお姉様方を導き、お姉様方が姉妹で絡み合う様子を堪能する………!!
 白井黒子、齢19歳にして我が生涯に一片の悔い無し、ですわっ!!!)


ハァハァと息を荒げながら白井は二人を急かす。


「さぁ、お姉様方!!一方通行さんにバレないよう事を起こすには、ドアを開けるのは必要最低分!!
 お二人が密着した状態で静かに撮影するしかありませんわ!!」

「うん解ったお師匠様!!ってミサカはミサカは番外個体と手を取り合ってあの人の部屋に向かってみたり!!」

「小柄な最終信号が前面に出て映像を担当した方が良さそうだね。ミサカは後ろから音声を撮るからビデオは任せたよ!!」


素早く一方通行の寝室の前へと立った二人は、打ち止めの後頭部が番外個体の胸元へと埋まる密着した形で機器を構えた。
そんな姉妹の様子に白井はもう絶 間近である。


(ああっ………お姉様方っ………!!お二人のその間に、黒子も混ぜてくださいましっ……!!!)



371: 【小ネタ】 部屋と師匠とミサカ達 2010/12/12(日) 20:36:45.85 ID:xgz85eY0

深夜。
リビングに設置された大型テレビの前で打ち止めと番外個体は手をとりあって『ある映像』を見つめていた。


「イイ感じに撮影出来てるじゃない最終信号、見なおしたよ」

「番外個体こそ、あの人の声が最高に撮れてるね!ってミサカはミサカは興奮してきて……うぅ~~~」


テレビに繋がれたヘッドホンを仲良く片耳ずつ装着し二人は思い人の悩ましい声とその痴態を堪能していた。



『……くっ、……なンで、こンなっ……あ、あ!……つ、ゥ…………』



普段の行動がアレなくせに顔を真っ赤にさせて映像を堪能する二人はもはやヘブン状態だ。


「これからもお師匠様の下で二人一緒に頑張ろうね、ってミサカはミサカは番外個体の手を握り締めてみたり!!」

「一人じゃどうとでもならない事も、ミサカ達二人なら何とかなるよ!!」


姉妹愛に興ずる二人は気付かない。
そんな二人を見つめる影が一つ、そこにあることに―――――



「白井黒子、ブッ殺す」


一方通行は彼女が愛する御坂美琴へと電話をかけ、そして―――――――


「あぁん!!あの人の声堪らない、ってミサカはミサカは~~~」

「見て最終信号!!あの人が●●●に手をかけてホラっ………!!!」



(だめだコイツら、早く何とかしないと―――――)


一方通行の苦労はまだまだ続く。



                                      『部屋と師匠とミサカ達』(完)

 
381: >>1 あるいはシャツの人 2010/12/12(日) 22:10:33.43 ID:xgz85eY0
 

打ち止めに襲いかかってきた刃は、しかしその直前で突然現れた塊によって軌道を逸らされた。


「え……?」


何故自分は生きている?
喜ばしい事態の筈なのに、その理解できない要素がより一層打ち止めを不安にさせる。


「どうして……?」

「――――お姉様の大切な妹君を、失うわけにはいきませんでしょう?」


疑問は、同様に突如現れた声によって遮られた。
ああ。この人は。


「………誰だ?」


打ち止めと相対していた男だけが納得できずに声を上げる。
それに声の主は高々と、満ち足りた声で名乗りを上げた。


「風紀委員ですの、婦女暴行および殺人未遂の疑いで拘束いたしますわ!!」

「………黒子お姉ちゃんっ、どうして!!ってミサカはミサカは――――」




382: >>1 あるいはシャツの人 2010/12/12(日) 22:11:28.56 ID:xgz85eY0


何故彼女がこんな場所にいる。これは自分の問題だ、巻き込むわけにはいかない。
そう訴える打ち止めを、白井黒子は眼だけで制した。


「――――大切な人の宝物を護ろうとする意志に、理由が要りましょうか。
 先に行って下さいまし、一方通行さんがお待ちなのでしょう?」


なんとか立ちあがるも足を進めず、躊躇いを見せる打ち止めを白井は更に急かす。


「早くいって下さいな。………お姉様に、黒子の功績はしっかり伝えて下さいね」


その言葉に打ち止めは決心したように踵を返す。
彼女がちゃんと、彼女の愛しい人が待つ上へと向かったことを確認した白井は
愛武器である鉄矢を構えながら眼の前の男に向かい口角を上げた。


「――――――さて。恋する乙女に無粋な真似は通じません事よ、野蛮人さん?」


白井黒子の、孤独な戦いが始まる。






………こんな感じで如何でしょう。どういう状況かは僕にもさっぱりですが。

389: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ 2010/12/13(月) 20:16:17.05 ID:fm92PA60


♪ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る~


12月24日、クリスマス・イブ。
街にはツリーが至る所で彩られ、焼けたチキンや甘いケーキの香りがあらゆる商店から漂っていた。


(遂に来た…!!あの人と二人っきりの、クリスマス……!!)


ここ最近仕事で忙しくしていた一方通行はその日の内に家へ帰ることが中々できないでいた。
彼のその頑張りが自分や番外個体を養っていることは知っているが、
それでも寂しいものは寂しい打ち止めは一週間前に約束したのだ。


『クリスマスは、絶対ミサカと二人っきりでロマンチックに過ごそうね!』、と――――


(番外個体はクリスマスじゃない日に一度、あの人に何しても見逃すってことで賠償したし……)


実の所、これまで打ち止めは一方通行と二人きりのクリスマスというものを体験したことがない。
結婚した黄泉川の新居に二人呼ばれたり、美琴主催のパーティーに出席したり、
ときには妹達全員を集めてネットワーク越しでない初の全生顔合わせをしてみたりもした。
そのどれをも打ち止めは心から楽しんだが、やはり大切な人との二人きりの時間というのは格別に思う。


(えへへ……今日は二人で何しようかなぁ……)


そして、打ち止めは人生初の『特別なクリスマス』を迎える―――。




≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ




390: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ 2010/12/13(月) 20:16:49.33 ID:fm92PA60


12月24日の朝。
打ち止めと一方通行、番外個体は3人で朝食の席を囲んだ。


一人先に食べ終えた番外個体は、約束を果たしてくれるつもりなのか
「用事があるから」と言って出かけていった。


さて、遂に二人きりだ。
あの人はデートの計画とか立ててたりするのかな、と打ち止めの心臓は既に爆発寸前だ。


駅前のイルミネーションも見に行きたいし、美味しいディナーも食べたい。可愛いケーキも買って……


「ンじゃ、取り敢えずデパートでも行くか。夕飯の買い出ししてェし。」


打ち止めの考えを汲んだかのように出かける事を提案する一方通行。


(あぁ、本当に楽しみ! ってミサカはミサカは―――)



391: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ 2010/12/13(月) 20:19:56.29 ID:fm92PA60

ど う し て こ う な っ た 。


「お、キャビア安い」

「え、マジで!?マジでキャビアなんて食わせてくれんの!?」

「流石あくせられーたなんだよ!とうまと違って甲斐性ある!」


現在打ち止めと一方通行は、上条当麻・インデックスと行動を共にしていた。
そこに至るまでの経緯を説明するには、時は1時間前を遡る――――



「お、一方通行じゃねえか」


駅前の大通り、期間限定で設置された大きなクリスマスツリーの前で打ち止め達と上条達は偶然鉢合わせた。


何処に行くのかと問われた一方通行が素直にクリスマスディナーの材料調達と言えば、
それを聞いたインデックスはさぞ羨ましそうに「いいなぁ…」と呟いた。


話を聞けば、上条家にはクリスマスにご馳走を用意するだけの貯蓄が無いらしい。


「とうまは貧乏だからね」

「お前が取っておいた貯金を使い果たすくらい食い尽くしたんじゃねえか!!」


―――――自業自得とはいえ、何だか可哀相になってきた。


誰だってクリスマスは楽しく賑やかに過ごしたいものだ。
その時こそ打ち止めはそう思いはしたが、まさか一方通行があんな申し出をするなんて
彼女は考えもしなかったのだ。



「だったらウチで飯食うか?」



―――今日は、二人だけのクリスマス、だったのに。



392: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ 2010/12/13(月) 20:20:25.75 ID:fm92PA60


そのまま行動を共にすることになった4人は、デパートの地下にある食料品売り場で食材の調達をしていた。
素材にこだわりを持つ一方通行は安さより品を優先させるので値段など気にせず
気に入った物をホイホイ籠へと放り込んでいくのだが、そんな彼に上条とインデックスは目を白黒させるばかりだ。


「5000円もするテリーヌ買ってるし……上条さん家なら有り得ない光景ですよ」

「ねぇねぇ、あくせられーた。七面鳥は買わないの?あそこで売ってるよ?」

「ああゆうのは大抵中身ミックスベジタブルだから買わねェ。自分で仕込む。
……あとはどうすっか、シスター入ると量必要になるしチーズフォンデュでもやるかァ?」

「チーズフォンデュ!!食べたい食べたい、作ってあくせられーた!!」


―――ああ、シスターさんが嬉しそうで何よりです。
確かにあれだけの笑顔を見せられれば良かったと思うが、打ち止めとしては複雑な気分だ。


(二人きりって約束、忘れちゃったのかなぁ……)


「どうしたの、らすとおーだー?お腹痛い?」


打ち止めの憂い顔に気付いたインデックスは声を上げかけるが、
何分彼女が元凶であるので打ち止めは明るい顔など到底できない。


「ううん、違うの。あの人のマリネ美味しいから作ってくれないかなって思って、
ってミサカはミサカはさりげなく希望を述べてみたり」


こういう時、自分が醜い人間であると実感して嫌になる。



393: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ 2010/12/13(月) 20:22:32.00 ID:fm92PA60

「あァ?屋上だァ?」

「うん!デパートって屋上に遊園地があるんでしょ、行ってみたいんだよ!!」

「でもよインデックス、あーゆーのって小さい子用だぜ?お前もうハタチじゃん」

「とうまのバカっ!ホントに乙女心が解ってないんだから!ねー、らすとおーだー?」

「それはどちらかと言えば子供心だと思う、
ってミサカはミサカは味方に付けないことを表明してみたり……」


時刻は午前11時過ぎ。
なんやかんや言ってもインデックスの意見を無下にもできない一行はデパートに設置された屋上遊園地にいた。


「ガランガランだねぇ…、ってミサカはミサカは隠しもせずズバッと見たままを正確に言ってみたり」

「うぅ…なんだか想像してたのと違うんだよ……」


しかし遊園地といっても所詮はデパート。
インデックスの想像したような観覧車やジェットコースターは勿論ない。


「だァから言っただろォが?遊園地なら第6学区にでも行かねェと」

「にしてもホントに誰も居ないなあ…―――うわぁ!!」


上条の急な叫びに一同一斉に注目する。
疑問を抱いたまま彼が凝視する方向をそっと見遣れば、そこには


「うわぁ…ってミサカはミサカは……うわぁ…」

「あの人前にみた『りすとら』の人とおんなじなんだよ。
昼間からワンカップ片手にベンチでうなだれてるとことか」

「こ、こらインデックス!!そんなハッキリ言っちゃいけません!もっと相手に気を使ってオブラートに包んでだな……」


周りが好き勝手その男を言う中、一方通行だけが一人小首を傾げていた。


そうして男の座るベンチへと近づくと、何の躊躇いもなく男へ声をかける。


「ンなトコで何やってんだァ、浜面ァ?滝壺はどォした?」

394: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ 2010/12/13(月) 20:23:02.37 ID:fm92PA60

暫くボーっと地面を見つめていた浜面は、一方通行の声にゆっくりと顔を上げた。


「あぁ……一方通行ぁ……?」


実際そんな事はないのだが、彼の纏うオーラの所為なのか心なしか少しやつれて見えるのが気にかかる。
一方通行も若干引き気味に再度滝壺はどうしたのかと尋ねる。


すると浜面は急に滝のような涙を流しながら「一方通行ぁ…!!一方通行ぁ…!!!」と縋りつき始めた。
良い歳をした大の男がやっているのだ、気持ち悪い事この上ない。


「だァクソ、離れやがれェ!!第一俺らはンな馴れ合う様な関係じゃねェだろォが!!!」

「声かけといてそんな態度はねぇだろぉおおお……!!!!滝壺がぁ、滝壺がぁ……!!!」


浜面のある意味において尋常ではない様子に一方通行は訝しげに眉を寄せる。
滝壺に何かあったのだろうか。
しかしそれなら浜面もこんな所で呑気になどしていないだろう。


(なら滝壺に浮気でもされたかァ……?でも滝壺の奴はンな柄でもねェだろうし……)


一方通行の知り合いと気付き警戒心が薄れたのか、近づいてきた上条達も心配そうに彼を慰める。


「なぁ、何があったんだよ……?あんたが誰かなんて知らないけど、話くらい聞いてやるぜ?」


上条と浜面は、浜面がまだスキルアウトだった頃に御坂美鈴の命を狙った一件で面識があるのだが
互いにそれには至っていないらしい。


見ず知らずの人間の温かい思いやりに触れた浜面は、袖口でゴシゴシと涙を拭いながら思いのたけを暴露した。


「麦野とっ……!!麦野と絹旗に、滝壺とられたぁああああああああ!!!!!!!!!」


瞬間、一方通行の渾身の蹴りが浜面をブチ抜いた。

395: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ 2010/12/13(月) 20:23:45.52 ID:fm92PA60


「ンな下らねェ事でウダウダやってやがったのか!!無駄な時間取らせやがってェ!!」

「だって俺このままじゃクリスマス一人ぼっちだよ!!彼女居るのに!!聖夜に!!オンリー☆俺!!」


良く解らないが彼女さんの女友達に彼女さんを連れて行かれてしまったらしい。
彼と一方通行の話を聞いていただけだった打ち止めは、詳しい事情は知らないがそういう事で納得した。


(もうこうなったら、一人増えようが二人増えようが一緒、なのかな………)


「なら、ミサカ達と一緒にパーティーする?ここにいるヒーローさんとシスターさんも来るんだよ、
 ってミサカはミサカは一人ぼっちにならない方法を提案してみる」

「………っ、いい、のか?俺なんかが着いて行って……」

「―――――まァ、シスター居るンじゃ一人や二人増えたところでメシ作る量変わンねェしな」


やっほおおおおい!!!!
と両手を上げて喜ぶ浜面に上条とインデックスも「キャビアも七面鳥もあるんだよ!」と彼の気分を盛り上げてやっている。



ミサカは、良い事をしたのだ。それでいいじゃないか。
震える腕を、打ち止めはそっと握った。



396: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ 2010/12/13(月) 20:24:22.52 ID:fm92PA60


適当にデパート内のファストフード店で昼食を摂って、
一方通行の指示の下必要な食材を買い上げると時間は既に夕方の4時を回っていた。


最後に人気のケーキ店でかなり大きめのホールケーキを3箱買い
(なにせ暴食シスターとパーティーを共にするのだ、自分の分を確実に確保するにはこれでも足りないかもしれない)、
5人は打ち止めと一方通行の暮らすマンションへと帰った。



部屋の玄関を開けると、靴が3足並んでいた。
1足は見慣れた番外個体のものだ。だがもう2足、この女物のスニーカー達は誰の物だろう?


一方通行が何も言わないのであの人は知っているのかもしれない、と打ち止めがそのまま彼の後ろを着いて行くと
待っていたのは既に家を出ていた筈の黄泉川愛穂と芳川桔梗であった。


「おお、お帰りじゃん。ってうぉ!なんかいっぱい来てるじゃん、ビックリした~」

「あら本当、ワインとシャンパン多めに買ってきて正解だったわね」


二人はそれぞれ酒やらツマミやらを持ちこんでいたから、
当初からここで揃ってクリスマスパーティーをすることは決まっていたらしい。
打ち止めは今朝から彼が二人に連絡をとる所など、一切見ていない。



(やっぱり約束、忘れてたんだろうなあ……)



キッチンにいた番外個体も賑やかな様子を聞きつけたのかリビングへと顔を出してきて
パーティーにおける料理長である一方通行がクリスマスのディナーを完成させるまで、結局、
ロマンチックな要素など欠片もない半ば宴会のようなパーティーが続いた。



397: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ 2010/12/13(月) 20:26:25.32 ID:fm92PA60
芳川が持ち込んだワインは然程アルコール度数が高くないにも関わらず彼らに大きな影響を与えたらしい。


「一番・黄泉川!!脱っぎま~~~す!!」

「二番・浜面!!歌いま~~~す!!」

「三番・上条!!生そげぶしま~~~す!!」


ディナーを粗方食べ終えた頃には、打ち止め以外の人間は既に皆ベロンベロンの泥酔状態であった。


酒が禁止される理由は幼い身体には害が大きいからだ、と唯一成人を迎えていない打ち止めは
自分より製造が後であるのに肉体的に成熟しているからと飲酒を許された番外個体を憎らしく思いながら
一人、周りの雰囲気に着いてゆけず悶々としていた。


「なあ一方通行もなんかやろうぜえ?なんなら上条さんとそげぶゴッコやる?」

「ンなの俺がボコられるだけじゃねェかよォ……あァなら俺『百合子』やるゥ、あれ得意ィ」

「あ、あ!俺ミニスカサンタの衣装持ってるぅ、これの所為で麦野と絹旗が
 『超●●い事考えてる』とか『クリスマスのノリでできちゃったガキの気持ち考えろ』とか
 言って滝壺連れてっちゃったんだけどぉ、あはははははははは」


男性陣も中々に盛り上がりを見せているようだ。しかし何故かそこに黄泉川が便乗して
「なら一方通行と私で野球拳やるじゃん、負けた方が一枚一枚脱いでくの~~」
と何やら変な方向へと向かいかかっているのが気にかかる。


「「野球~をす~るなら、こ~ゆ~具合にしなしゃんせ~」」

「アウトォ!!」「セーフ!!」

「よよいの、よい!!」


よっしゃああああ!!!まずは一勝、いいぞ一方通行このまま爆 剥ぎとれぇええええ!!!!
――――ああ、あの人が勝ったのね。
ミニスカサンタのワンピなんてタイツと帽子と本体しかないしミサカは安心したよ……


「な、なんで一度も勝てないじゃん!!もう下 しか残ってないじゃんよ!!」

「ジャンケンってェのはなァ、振りかざそうとする拳が既に次に出すチョキやらパーやらを作ってンだよォ。
 HUNTER×HUNTERのG・I編でも読んで出直してくるンだなァ」


打ち止めはすでに悟りきった表情で一人ジュースを傾けていた。

398: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ 2010/12/13(月) 20:27:32.93 ID:fm92PA60


パ  とブラジャーだけになった黄泉川は、そこでやっと男性陣から解放されたらしい。
本人は自分の格好など気にもせず悔しそうにビールを開けているので、『解放』という表現が正しいのかは定かでないが。


調子に乗ったのか今度は浜面が芳川に勝負をかけ始めた。
しかし芳川はもう既に絡みモード全開で下 だけの黄泉川に女同士くんずほぐれつの濃厚なちょっかいを仕掛けている。


「なら次はミサカとあなたで野球拳やろぉよ~」


普段の刺々しさは何処へ消えたのか、酒の所為で些か甘え上戸になったらしい番外個体が
今度は一方通行との勝負を所望している。


「あァン?さっきの見てただろォが、オマエが俺に勝てるワケねェだろォが……ヒック」


――――顔赤くしてミニスカサンタで凄まれても何にも恐くないよ、あなた。
呆れ顔の打ち止めが溜息をついて隣を見れば暴食シスターはフォークとナイフをカチカチ言わせながら
「七・面・鳥!!七・面・鳥!!まだまだ足りない七・面・鳥!!」と叫んでいるのが目に入った。
………コイツは酒が入ってもあまり変わらない。


シスターの保護者と言えば、例のフラグ体質故か芳川と黄泉川の絡みに上手い事巻き込まれ
今にも出血大サービス(物理的な意味で)でもおかしそうな勢いだ。
浜面は一方通行の更なる快勝=番外個体の全裸を期待して待機中である。



399: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ 2010/12/13(月) 20:28:20.68 ID:fm92PA60



(ハァ……クリスマスって何だっけ、ロマンチックって美味しいの?……ハァ……)



最早打ち止めからは溜息しか出て来ない。


「野球拳ミサカとやるったらやるの!!ただやってもつまんないしぃ、
 負けたら指定された場所を脱いで晒した素肌を一分ずつ舐められるぅ~」

「俺の勝ちは揺るがねェし別にいいけどよォ、後悔してもしらねェぜェ?」

「いいぞぉ、ね~ちゃん!もっとやれぇ~ってハマヅラはハマヅラは盛り上げてみるアハハハハ」


―――――何やってるんだか、あの人達は。
打ち止めの大人組を見る目は既にウジ虫を見るそれと同類だ。


―――――てゆーかミサカ、何か忘れてる気がするんだけれど……なんだったっけ?


「「野球~をす~るなら、こ~ゆ~具合にしなしゃんせ~」」

「アウトォ!!」「セーフ!!」


――――――アレ?そういえば番外個体って……アレ?アレぇ!!?


「そ、その野球拳ちょっとタンマってミサカはミサカはっ―――――!!!!」

「よよいの、よい!!」



400: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ 2010/12/13(月) 20:29:22.38 ID:fm92PA60



「なン……だと……?」

「はぁい、ミサカの勝ちぃ♪忘れたのぉ?ミサカはネットワークからあなたの動きを先読み出来るんだよ!!
 原作20巻でも読んで出直して来な!!
 解ったら大人しくそのミニスカサンタワンピ脱いでミサカにビー  舐めさせることだね!」


―――――番外個体のヤツ、酔ってなんていなかったぁああああ!!!!!!
アイツ、酔ったフリしてあの人の油断を誘い脱がせるのが目的だったというのかぁああ!!!!


「これは途中で抜け出す事など到底許されないまさにデスゲーム!!
あなたは負けると知りつつ恥じらいながら一枚一枚丁寧に脱ぎ、
そしてミサカにその肌を捧げるんだね!!あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!!!」


――――――なんか、もういいや。


「……っ、クソッタレ!!好きにしやがればいいだろォが!!」

「ならまずは上半身からだねぇ!!あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!!!」


―――――パトラッシュ、ミサカはもう疲れたよ……なんだかとっても眠いんだ……


「あ、らすとおーだー寝るんだったらそのチキン貰っていいかな?」


やがて打ち止めは教会(より厳密にはシスターが身に纏う霊装としては壊れている『歩く教会』)の前で静かに眠りにつき、
そして………



401: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ 2010/12/13(月) 20:30:00.38 ID:fm92PA60




打ち止めが目を覚ますと、すでに日付は変わり25日に突入していた。
時刻は深夜1時。
他の面々はそれぞれソファーやマットレスの上で眠り果てているが、何故か一方通行だけが見つからない。


暫くして耳が覚醒を始めると静かな部屋の中にカチャカチャと僅かな音が聞こえてくる。
音を頼りに打ち止めがキッチンへと向かうと、やはり一方通行はそこにいた。


「どォした?起きたンならキチンとベッドで寝ろよォ」


ロマンチックどころか二人きりの瞬間だって朝の僅かな時間しかなかったクリスマス。
それなのに何にも気にしていないという風なあの人の態度。


(楽しみにしてたの、ミサカだけ、だったのかな……?)


そう思うと途端に涙が出てきた。
気付いたあの人が洗いかけの食器を置いて慌てて駆けてくるのが判る。


「おィ、どォした!?腹でも壊したか!?」

「違うの!!ミサカはっ、ミサカはっ!!う……うぅ……」


あの人は何もわかっちゃくれない。
ああそうだ、言わなきゃ解らないかもしれない。それでも、何も言わずとも解ってほしい。
―――――あなたとの時間を、ミサカがどれだけ大事に思っているか。


「ミサカ、ミサカはね、クリスマスっ……」

「こりゃ明日のクリスマスもしかしてダメかァ?無理矢理休みとったが何処かにズラして……」



(………え、………?)




402: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ 2010/12/13(月) 20:31:35.73 ID:fm92PA60
「え……?クリスマスって……、え……?」

「ンだよ、オマエが時間取れっつったクセして自分は忘れてたンですかァ?
 これでも俺が二日連続でまるまる休み取るって結構大変なンだからなァ」


―――――――え?


「え、だってクリスマスって今日じゃ……」

「はァ?今日はクリスマス・イブじゃねェか。
イブは黄泉川や芳川が来るからオマエと夜出かけるのは25日にしたンだろォ?」


――――――アレ?そう言えば一週間前……


『クリスマスは、絶対ミサカと二人っきりでロマンチックに過ごそうね!』

『あァ?別に良いが…なら24日は黄泉川達くるし何とか2日間休みもぎ取ってくる。約束なァ』


―――――――…………………忘れてたぁあああああ!!!!!!!
あの人とのデートにテンション舞い上がっちゃってヨミカワ達来るの忘れてたぁあああ!!!
悪いのミサカじゃん、勘違いしてたのミサカじゃん、
え?どうしよう、マジ恥ずかしいんだけどマジどうしようマジヤバイよ、どれくらいヤバいかってゆうとマジヤバイ


「熱は?……ねェみてェだなァ……取り敢えず今日は大人しく寝て明日ダメだったら……」

「だだだだだ大丈夫!!もういいの、もう平気なの、ウンもう大丈夫、明日楽しみにしてるね!!
 ってミサカはミサカは………なんかホントごめんなさあああい!!!!」


あの人を置いてミサカはつい走って部屋へと籠ってしまった。
―――――ちゃんと、覚えててくれたんだ。


ああ、顔が熱い。
朝になったら一日を満喫するために今は一刻も早く眠らなきゃいけないのに
この滾る心の火照りは、なかなか抜け切れそうにない。



そして、ミサカ達は新たにクリスマスを迎える―――――。


 
                                   『部屋とクリスマスとミサカ ――前日編――』(完)

428: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ ―当日編― 2010/12/15(水) 20:59:38.39 ID:9KX4szI0




12月25日。
一方通行は駅前の巨大なツリーの前で、一人小さく困惑していた――――。






《番外編》 部屋とクリスマスとミサカ―当日編―





429: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ ―当日編― 2010/12/15(水) 21:00:07.55 ID:9KX4szI0


事は1時間前に遡る。
昨日と同じく一方通行と打ち止め、番外個体に加え黄泉川や芳川、上条、インデックス、浜面の8人で
賑やかに朝食の席を囲んだ彼らは、食事が済むとそれぞれ別れて行動をとることにした。
今度は完全に全員バラバラだ。
それはと言えば、今日一日を共に過ごすことを約束した打ち止めが


『デートっていったらやっぱり待ち合わせからだよね!ってミサカはミサカは雰囲気を大事にしてみる!』


なんてことを言い出した所為だ。


(デートなんて言った覚えはないンですがねェ……)


兄妹や父娘でも二人で出掛けることを『デート』と比喩することもあるが、
なまじあの少女の場合はそれが『どのような意味』なのかは図りづらい。―――大方予想はつくが。


(まァ、アイツも喜ンでるみたいだったし……良しとするか)


なんたって今日は、クリスマスだ。



430: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ ―当日編― 2010/12/15(水) 21:00:44.78 ID:9KX4szI0


打ち止めは誰もいない我が家でいそいそと着替えていた。
今日のファッションはスノーホワイトのファー付きワンピース。
あの人と一緒のときは、何と無く彼の白さとお揃いの様な気がして気に入っている。


(番外個体に悪いことしちゃったかな……)


数分前に出て行った彼女を思い、打ち止めは思案する。
どうしてもと頼み込みクリスマスを譲ってくれた彼女は、今晩は芳川の下で一晩を過ごすらしい。


『ミサカは昨日あの人に好きなだけ悪戯したからね、今夜は最終信号に譲ってあげるよ。
ミサカからのクリスマスプレゼントね。……んじゃ、ミサカは独り者同士芳川と飲み合ってくるから』


番外個体には何かあの人とは別に取っておきのプレゼントを買ってこよう。


(ありがとねっ…、番外個体!!)



431: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ ―当日編― 2010/12/15(水) 21:01:22.99 ID:9KX4szI0


朝食をご馳走になってから二日酔いでフラフラとなったインデックス(しかし食事は人の3倍、しっかりと食べた)を
背負って一方通行宅を出た上条当麻は、自身が暮らす学生寮の前に見慣れない影が立っていることに気付いた。
目を凝らして窺えば、


「あれ……御坂?」


そこに居たのは御坂美琴であった。


「どうしたんだよビリビリ、こんなところで。インデックス連れた俺が言うのもなんだけどココ男子寮だぜ?」


いつもならここで電撃を伴った反応
――例を挙げるなら「アンタが言う台詞じゃないっ!」や「べ、別にアンタには関係ないじゃないっ!」などだ――
が返ってくるものだが、今日に限って美琴は何故か萎らしい。


「どうしたんだよ……――何かあったのか?」


もし彼女がそうだ、と言えばそれだけで上条は事情など求めずに協力するだろう。
しかし美琴の口から出たのは、上条にとっては思いがけない言葉であった。


「昨日は黒子達とクリスマスパーティーしたんだけど今日は皆『彼氏』と過ごすみたいでっ……、
 アンタ今お金ないんでしょ?ち、丁度いいから私がパーティーメニュー作ってあげても、い、いい良いわよ!」

「え、マジ!?でもなんで俺が金無いって知ってるんだ?」


上条が尋ねると美琴は一瞬ビクリと肩を震わせた。


「べ、別に?アンタの事だからどうせそんな所だろうと思っただけよ!」

「ふーん」


美琴としてはそんな重箱の隅を突いたような細かい事より『彼氏』を強調させた方に気付いて欲しかったのだが、
ここは少しくらい目をつむろう。


クリスマスを共にする、まずは第一段階完了だ。



432: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ ―当日編― 2010/12/15(水) 21:01:53.76 ID:9KX4szI0


「お、おまたせっ!って、ミサカはミサカは一度やってみたかったシチュエーションを思い切り堪能してみる!」

「走るなクソガキ、転んでもしらねェぞ」


こんな日まであからさまな子供扱いかと打ち止めは一度口を尖らせるが、
次に続いた「珍しいモン履いてンだから気ィ付けろ」という言葉に一転して顔を真っ赤にさせた。


(奮発して買った新しいブーツ、……気付いてくれたんだ)


気を配った精一杯のオシャレを見てくれること程、最初の第一声として嬉しいものはない。


「ンで?結局何も決めてなかったが何処行きてェんだァ?」

「えっとね、デパート!今日はミサカがディナー作るから!ってミサカはミサカは宣言してみる」

「飯だけで良いのか?」

「あなたが他にも良いって言うならディナーの後に駅前のイルミネーション見に行きたいな……
って、ミサカはミサカはあなたの顔を窺いながら希望を述べてみたり……?」

「なら飯早めに作り始めねェとなァ、駅前混むだろォし」


さりげない言葉は了承の合図だ。


「えへへーっ」

「あァン?」


ニマーっ、と顔を綻ばせた打ち止めはそのまま一方通行の腕へと自身のそれを絡ませ手を繋いだ。


恋人繋ぎくらい許されるだろう。
何たって今日はクリスマスだ。



433: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ ―当日編― 2010/12/15(水) 21:02:55.84 ID:9KX4szI0

浜面仕上は『アイテム』がアジトの1つとしている個人サロンの一角へと来ていた。
昨日麦野と絹旗に連れて行かれてしまった滝壺に携帯は繋がらなかった。
3人の自宅を回ってみても見つからなかったことを鑑みれば、あとは浜面が知る内でパーティーが出来そうな場所は此処しかない。


しかし此処まで来たはいいものの、滝壺に何と言えばいいのだろう。
もしかしたら彼女は自分を●●い事しか考えていない最低な男と思ってしまったかもしれない。
強ち間違ってはいないかもしれないが………あんなに可愛い彼女がいるのだ、少しくらいは仕方ないというものだ。


「しかし俺は誠意を持って滝壺に接するのだ、浜面さんマジ紳士に俺はなるしかひゃああああ!!!!!?」

「………じぃー……」


浜面の紳士になります宣言はしっかりと滝壺に届いていた。
ただし気持的でなく現実的に。


「たたたたた滝壺!?なんで?麦野と絹旗は?」

「むぎのもきぬはたも二日酔い。まだ寝てる」

「イヤ麦野はともかく絹旗まだ呑んじゃダメだろ」


滝壺は相変わらず天然満開のキョトン顔を繰り広げているが浜面としては恥ずかしい事この上ない。
何せ要は『男の欲求に耐え今夜は純愛を目指すのだ』というような内容を聞かれていしまったのだ。
我慢している、は前提に●●い事を考えているが見え隠れだ。


普通なら折れてしまうかいっそのこと開き直ってしまいそうなこの状況下で、しかし浜面は男を見せた。
漢・浜面仕上!!滝壺の為だったらどんな逆境にだって堪えてみせますとも!!
もう二度と麦野に『クリスマスのノリで出来ちゃったりしたガキの気持ち考えろ』なんて言わせねえ!!


「滝壺!!」

「なに、はまづら?」

「滝壺……俺、俺、………ノリじゃなくてキチンとお前としたいんだあああああ!!!!!!」


―――――――――アレ?なんか違くね?


「こんな場所でなぁに宣言してるのかなあ、はーまづらぁー」


以上、なんか浜面だけ危機を迎えているクリスマスの中継。

434: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ ―当日編― 2010/12/15(水) 21:03:26.85 ID:9KX4szI0


デパートで買い物を終えた一方通行はリビングでのんびりとした1日を過ごしていた。
『あなたが昨日美味しい料理を作ってくれたから今日はミサカが一人で作るの!』待ちである。


(そォいや、超電磁砲は上手くいったかねェ)


御坂美琴に上条当麻が金欠でクリスマスもまともに送れないという情報をリークしたのは、何を隠そう一方通行だ。
『メシでも作りに行ってやれ』という内容なら美琴も上条に会いに行く口実ができるし、
インデックスも多少女関係を我慢すれば好きなだけ豪華な食事にありつける。
どちらか一方を優先させたわけではなし、我ながらナイスなアイディアだ。


(らしくねェことしてる気もするが……案外とクリスマスに舞い上がってたのかもしれねェなァ、俺も)


ところでリビングからは何だかキャア!だのウォウ!だの尋常ならない声が上がっているのだが大丈夫なのだろうか。
ソファから立ち上がろうとする度に「大丈夫だ、問題ない!」と牽制されてしまうのでどうにもあちらの様子が解らない。


(………そういえば揚げ物とか手の込んだモンは危ねェからやらせた事無かった気がする)


「キャアアア!!!あひるさんの油がああああってミサカはミサカはああああああ!!!!!」


―――――………そんな料理で大丈夫かァ?


435: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ ―当日編― 2010/12/15(水) 21:04:08.86 ID:9KX4szI0


御坂美琴の振る舞うクリスマスディナーは上条当麻とインデックスに至福を齎した。


「ぷはぁー、美味しかったあ。短髪のヤツ料理できたんだね」

「シスターのくせによく食べるわねえ……てゆうかご飯作ってあげたのに失礼よね、人を何だと思ってるのよ」

「いやあ、やっぱり何だかんだ言って御坂は『お嬢様』って印象が強いからさ。
 こーゆー庶民的なこと?っていうの?出来るとは思わなかったから上条さんも好感度UPというものですよ」


好感度UPという言葉に美琴の顔が一気に赤く染まる。
そんな彼女の様子を、フォークを銜えながらじっと観察していたインデックスはあからさまな棒読みで上条を囃し立てた。


「あーあ、イルミネーション見に行きたかったけどお腹いっぱいで動けないんだよ。
 代わりにとうまが短髪と一緒に見に行ってよ」

「え、お前が腹いっぱいになるとかありえなくね?てゆーか名にその棒読m……―――」

「うるさいんだよ、私だって満腹くらいあるもん!判ったらさっさと行くんだよ!!」


懐かしくも噛み付いてまで起こり始めたインデックスに対し上条はこれ以上のやり取りは得策でないと判断したらしい。
大人しく彼女に従い「悪いけど付き合ってくれ」と美琴を促す。


美琴にとっては嬉しい限りだが、あの欲望に忠実なシスターがわざわざ敵に塩を送りつけるような理由が解らなかった。
上条に連れられて玄関に向かう途中、すれ違いざまにインデックスの方を見遣ると


「――――ご飯作ってくれたお礼。私だって大人の分別くらいあるんだよ」


小さな声で呟かれた。
美琴が声も出せずにそのまま外に出ようとすれば、彼女もはっきりと礼を言うことが相当恥ずかしかったのだろう。


「1時間だけなんだからねっ!シスターは寂しいと死んじゃうんだから!!」


近所迷惑になるほどの大声が、辺り一面に響いた。


436: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ ―当日編― 2010/12/15(水) 21:04:42.77 ID:9KX4szI0


昨日の酒は体内分解を促進させて抜いてあったようだが、日頃の疲れは相当溜まっていたのだろう。
いつの間にかソファで寝込んでしまった自分にそれは流石に失礼だろうと一方通行は叱咤を飛ばす。
時計を見れば最後に確認してからまだ5分程しか経っていなかった事に安堵の息を吐いた彼は、
改めて台所を確認してみた。


先程のような悲鳴は聴こえない。
しかし、何かを調理しているような音もまた聴こえない。


時刻は午後5時。
イルミネーションを見に行く為に早めの夕食を予定していたから既に完成していたとしてもおかしくはないが、
打ち止めの性格を考えると出来たら直ぐにでも運んできそうなもので、何処か違和感があった。


足音を立てずにそっと台所へと向かえば、打ち止めは放心状態で声も出せずに泣いていた。
カウンターとコンロには何がどうなったのか原形を留めていないダークマターが2つ(暗黒物質的な意味で)。


そっとそのまま気付かれないようリビングに戻り一方通行は感慨もなく、
あくまでいつも通りに打ち止めへと声をかけた。


「そォいや、ケーキの材料買うの忘れたなァ。
今からだと買ってくるのに1時間くれェかかるが我慢できるかァ?」


急に話し掛けられた声にハッと反応を示した打ち止めは、
自身の動揺を悟られないよう必死に平淡な会話を取り繕う。


「う、うん!その頃にはご飯も完成してると思う、ってミサカはミサカはあなたを送り出してみる!」


玄関口の閉まるキィ…とした音を聞き届けると、打ち止めはその場に小さく座り込んだ。


「……あと1時間ある。大丈夫。美味しいご飯は作り直せる、
ってミサカはミサカは自分に言い聞かせて気合いを入れてみたり」


(―――こっちは暗部で命懸けの騙し合いしてンだ、これくらいでヘマして堪ンかよ)


外へと出た一方通行は普段使うバス停を横切りあえての徒歩を選んだ。
時間は出来るものではない、作るものだ。

437: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ ―当日編― 2010/12/15(水) 21:05:47.70 ID:9KX4szI0

浜面仕上と滝壺理后は駅前のコーヒーショップにいた。
あの後麦野にさんざん怒鳴られ追い掛け回された浜面はすでに息も絶え絶えだ。
昨日に続き今日までも、彼ら二人はクリスマスらしいことを何一つ揃ってやっていない。


「悪ィ滝壺、あんなこと言って。………やっぱり失望したか?」

「ううん。はまづらがバニーの雑誌持ってたときも
『男とはそんなもんだ、それを受け入れる度量が女を美しくする』ってかきねが言ってたから」

「名言っちゃ名言だけど……アイツ何言ってんだ?」


純真無垢を絵に描いたような滝壺にあんな男の欲望丸出しな思いを暴露してしまい
彼女に引かれたりしないかと不安に感じていたのだが、
彼女の度量の広さというか天然っぷりはそれを上回るものだったらしい。
垣根じゃないが、そこまで大きく受け止められるといつも以上にときめいてしまうではないか。


「――――つーか俺ら、クリスマスらしいこと何一つしてねえな」

「でも、はまづら連れて来てくれた。コーヒーショップじゃなくてあそこに行きたかったんでしょ」


滝壺が指したのは近くで催されているイルミネーションのライトアップだ。
既に周りは混雑していて、特にツリーの辺りは今から集団に加わっても遠目にしか見えないかもしれない。


「いやでも何か混んでるし。滝壺人混み苦手そうだから気ぃ悪くするかなあって」

「………迷わないように手、繋いでくれるならへーき」


そう言うと滝壺はそっと浜面の手を握り取ってレジへと向かい、浜面が財布を取り出す前にさっさとカードで会計を済ませた。
店を出た後も彼の手をぎゅっと握りしめサクサクと煌びやかな明かりへと向かってゆく。
可愛らしいというより、もういっそのこと男前と呼んだ方がピッタリな具合だ。


滝壺に手を引かれながら歩く浜面は、ふいに自分の尻ポケットから不可解な振動が立っていることに気づきそちらに目を遣る。
「……たぶん、むぎのから」という滝壺の言葉に
そういえば雰囲気ブチ壊しなんて事にならないよう携帯を今日はマナーモードにしていたことを思い出す。

麦野からだと知っているという事は出ていいという事だろうか。
滝壺の方を窺いながら通話ボタンを押すと、電話の向こう側の相手は一言、小さく言って電話を切ってしまった。


「ゴメン。……羨ましいからって、調子乗り過ぎた」


彼女が羨んだのは、果たして浜面か滝壺か。

438: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ ―当日編― 2010/12/15(水) 21:06:24.47 ID:9KX4szI0


ケーキを求めて街中を歩いていた一方通行は上条当麻に手を握られて顔を真っ赤にしている御坂美琴を発見した。
手を引かれて歩く姿はさながら迷子にならぬよう気をとめる親子の様だ。
その例えは上条から見ればあながち間違っていないのだろうが、美琴から見れば至って大真面目だから何とも言えない。


(つーかあのヒーロー相手に超電磁砲のヤツよく●●●まで進めたなァ)


女心が解らないのは自分も同類だという自覚はあるが、自覚がある分まだ彼よりはマシな筈だ。
………恐らく。
声をかけるのも野暮だろうと考えた一方通行は大人しく目的地へ向かおうとその場を離れようとしたが、
やはり相手が悪かった。


「アレ?あそこにいるの一方通行じゃねえか?」


おーい一方通行ー、なんて暢気な声が後ろからかかる。
今日ばかりは超電磁砲に同情した。


「お前こんなところで何してんの?打ち止めは?」

「そこの洋菓子屋にケーキ買いに来たンだよ。アイツは飯作ってる」


打ち止めはご飯作ってくれるから偉いよなー、ウチのインデックスはさー、……――――
続く上条の愚痴に既に美琴からはビリビリと抑えきれない小さな電気が発せられている。
『ウチの』という言葉も引っかかったのだろうが、何分この雰囲気の中他の女を話題に出されたのだ。
無理はない。


そんな美琴を横目に確認した一方通行はどうにかしてこの場を離れる手段を考えようとするが、
目の前の鈍感ヒーロー様は「あ、あっちには浜面が!!あの人が彼女さんかなあ?」と次のターゲットをロックオンしている。


「あー……なンつーか……俺はガキ待たせてるから、あとは仲の良いお二人でごゆっくりィ」
(―――――厄介な女。人の事にはやたら口出すクセしてよォ)


『仲の良い』をワザと強調させてトンズラをこいた一方通行は
「な、仲良くなんてないわよ!」と大声でビリビリやっている美琴を尻目に確認し溜息をついた。



439: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ ―当日編― 2010/12/15(水) 21:06:59.23 ID:9KX4szI0


一方通行が帰宅すると、食卓にはささやかながら豪勢な食事がテーブルを彩っていた。
かぼちゃのスープにパスタにリゾット、マリネにテリーヌに―――――北京ダック?


「き、昨日七面鳥食べちゃったから北京ダックにしてみたんだけど………おかしかったかな?ってミサカはミサカは――――」

「いや、北京ダック久しぶりに食うなァと思っただけだ」


ケーキを冷蔵庫にしまうといつの間に用意したのだろう。赤ワインがグラスと共に一方通行の席にだけ置かれた。
打ち止めの席にはアップルサイダーが頓挫している。


「あひるさんの油がけに失敗しちゃって……結構焦げちゃったりしたんだ………
 焦げた所はミサカが食べるからあなたは美味しい所食べてね、ってミサカはミサカは皿を勧めてみたり」


本格的に丸のアヒルを加工する所から始めたらしい打ち止めは、
皮だけしか使われない北京ダックの尚且つ焦げていない箇所という非常に希少な部位を一方通行の皿へと乗せた。
そのまま彼の席へとサーブすると不安そうにこちらを見つめてくる。


「どうかな、ってミサカはミサカは心配しながら尋ねてみたり……」


一方通行がそれを静かに口へ運ぶと、打ち止めは今にも消え入りそうな小さな声で尋ねてきた。


「うめェよ」

「本当のこと言って!………ミサカ、あなたがケーキ買いに行く前に一回料理全部失敗しちゃったの。
 そこから何とか頑張ってみたけど、昨日あなたが作ってくれたみたいにはならなかった!!
 見た目だって貧層だし味も保証できないし………ダメならダメってちゃんと言って、ってミサカは……ミサカは……」



440: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ ―当日編― 2010/12/15(水) 21:07:45.48 ID:9KX4szI0


打ち止めは泣いていた。
涙をぽろぽろと零しながらそれでも表面上の言葉ではなく本音が欲しいと言う。
強い奴だ、と一方通行は素直に感じる。
思えば出会ったときから、この悲痛な運命の下生まれてきた彼女は強く、気高く、優しかった。




「味が濃い。この濃さならテンメンジャンは少しでいい、それかタレは無しでも。後は削いだネギかキュウリの千切りが欲しい。」



だから一方通行は彼女のプライドに倣い、隠さずに本音を吐露する。全部。
普段は恥ずかしくて言えないような台詞も全部纏めて。


「だが、………だが、俺の為に作ったっつーだけで、満足だ。
 栄養管理とか義務だとかそうゆうンじゃない『俺だけの為のメシ』は、オマエらに会ってからが初めてだしなァ」


研究所で餌のように与えられる物でもない、一人味気なく食べていた冷凍食品や外食でない、
自分の為に作られた食事。
打ち止めという一人の少女が、まさしく一方通行の為だけに奮闘して用意した夕食。


「―――――それだけで、十分うめェよ」


うわあああああん!!!!
緊張の糸が切れたのだろう。
もっと幼かった頃のように声を張り上げて泣く姿が一方通行にはひどく懐かしいもののように思えた。
その所為か、彼女との生活にやっと慣れ始めた頃に始めた『撫でる』という行為を一方通行は静かに何度も行った。


彼の白く骨っぽい手が彼女の頭に触れる度、打ち止めは小さく「大好き……」と呟いていた。
一方通行は答えなかった。
代わりに向かい合った細い腕が、そっと打ち止めの肩を引き寄せた。



441: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ ―当日編― 2010/12/15(水) 21:08:22.53 ID:9KX4szI0


バチンっ!と小さく電気が音を発したと思うと、急に部屋の明かりが消えた。
この学園都市で停電なんて事態は非常に珍しい。


(――――超電磁砲がなンか遣らかしたかァ?)


実は彼の勘は見事的中しており、
上条が天然で言った美琴にとって恥ずかしい言葉が彼女を真っ赤にさせると共にひどい電流を生み出したのだが、
この場にいる打ち止めと一方通行には知る由もない。


「………電気、消えちゃったね」

「仕方ねェな―――――コレならどォだ?」

「ふふっ!なぁにそれ、ってミサカはミサカは珍しく珍妙な行動をとるあなたを笑ってみたり」


一方通行が持ちだしたのは外で購入してきたケーキだった。
しかしただのケーキではない。
持ちだされたのは、まるで誕生日のようにロウソクが何本も刺さったクリスマスケーキだった。
その一本一本にライターで火を付けた一方通行は「これで大丈夫だろォ」と満足そうに言い、
それがますます打ち止めの笑いを誘った。


「でも、これじゃ外のイルミネーション復旧するまでに時間かかりそうだね……
 七面鳥じゃなくて北京ダックだし、ケーキも誕生日みたいになっちゃったし。
 クリスマスらしい雰囲気全部吹っ飛んじゃったかも、ってミサカはミサカは少ししょんぼりしてみたり」


真っ暗な部屋で顔も見えないが、打ち止めが本当は『少し』などではなく『かなり』がっかりしていることは声で解った。
伊達に何年も一緒に暮らしていない。



442: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ ―当日編― 2010/12/15(水) 21:09:22.41 ID:9KX4szI0


どうしようか学園都市第一位の頭脳をフル回転させて考えた一方通行は、
去年のクリスマスパーティーで黄泉川がケーキを運ぶとき大声でクリスマスソングを歌いながら持ってきたことを思い出した。
いかにも『クリスマスらしい』雰囲気に打ち止めが手を叩いて喜んでいたのも頭に残っている。


「―――――♪ We wish you a merry Christmas And a happy New Year.」


一方通行は小さく息を吸うと、『歌う』という本当に慣れない行為を始めた。
彼が彼女の為に歌ったのはこれが2回目だ。
そして、意識ある彼女の前で歌うのは、これが初めてだ。


「♪ Glad tidings we bring to you and your kin We wish you a Merry Christmas and a Happy New Year! 」


暫く驚いたようにして打ち止めも彼が1番を歌い終える頃には顔を綻ばせていた。
「こンなンしとけば雰囲気出るだろォが」と呟いた彼が恐らく顔を真っ赤にさせているだろう事は、彼女が一番良く知っている。


「♪ For we all like figgy pudding For we all like figgy pudding」
「♪ ふぉあ うぃー おーる らいく ふぃぎー ぷでぃんぐ ふぉあ うぃー おーる らいく ふぃぎー ぷでぃんぐ」


2番を促した打ち止めは彼に声を合わせ歌い始める。英語の発音が上手くいかないのは御愛嬌だ。


「♪ For we all like figgy pudding so bring some out here! 」
「♪ ふぉあ うぃー おーる らいく ふぃぎー ぷでぃんぐ  そぉ ぶりんぐ さむ あうと ひあー」


そこまで歌うと窓と向かい合う形で座っていた打ち止めが声をあげた。
外をじっと見ているので何事かと同じように見遣れば


「雪!雪だよ見てみて!ってミサカはミサカは興奮して窓を開けてみたり!!」


全ての街灯が消え真っ暗となった夜空に、白く輝く雪が舞っていた。


「ホワイトクリスマス、あなたの歌のおかげだねっ!ってミサカはミサカは喜びを身体全体で表現してみたり!!」


そんな遣り取りをしているうちに街はだんだんと灯りを取り戻してゆく。
――――――あァ、やめろ。今明かりがついたら顔が真っ赤なのがバレちまう。


443: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスとミサカ ―当日編― 2010/12/15(水) 21:10:17.61 ID:9KX4szI0


「電気付いたし、イルミネーション見に行くかァ?」


顔を隠すように俯きながら立ちあがった一方通行に、打ち止めは何も言わなかった。
言えなかった。
何か言おうと顔を合わせれば自分も顔を真っ赤にしていることが知れて、恥ずかしかった。


「うん行く!ってミサカはミサカは勢いよく立ちあがって玄関までダッシュしてみたり!!」

「おィ、クソガキィ!!ちゃんと上着着やがれ風邪引いてもしらねェぞォ!!」



そして、彼らのクリスマスは―――――



「クソガキィ、帰ったらツリーの下ちゃんと見とけよォ」

「なんで?ってミサカはミサカは疑問を提示してみたり」

「サンタさン来てたから」

「あ、それならミサカも見た!クリスマスツリーの下にね、プレゼントが3つ置いてあったの!!」

「………3つ?2つじゃなくてかァ?」

「赤いリボンの2つ以外にいつの間にか黒いリボンのが混ざってたんだよ、ってミサカはミサカは不敵に笑ってみたり」

「………そォかよ」



――――――――円満の完結を迎える。






We wish you a merry Christmas!(楽しいクリスマスをあなたに!)




『部屋とクリスマスとミサカ ―当日編―』(完)


461: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏 2010/12/17(金) 19:19:09.85 ID:MCOcixI0


【 部屋とクリスマスと未元物質 】




「……なぁ。こんな日にこんなトコいて悲しくなったりしないわけ、お前?」

「その台詞、そのままバットで打ち返すわ」


垣根帝督は暗部で使用している『アジト』の一つにいた。
何かと色々揃っているので、垣根は此処がお気に入りだ。


「世間はクリスマス一色、リア充達は恋人同士ロマンチックに過ごしましょうってな。
 俺の相手は基本どれも フレだから今日みたいな日は皆本命といたがるんだよ」

「最っ低」


そんな最低男・垣根が先程から話しかけているのはドレスの女だ。
『心理定規』と呼ばれ垣根達が徒党を組んでいる組織『リバース』で尋問官を務めている女と言えば、お分かりいただけるだろうか。


「つーか俺ら去年もココでこんな感じに過ごしてなかったか、クリスマス」

「そうかもね。でも私の場合はいつ仕事が来ても平気なように待機してるだけだから違うわよ」


いやいやいや。
お前も絶対俺と同類だって、と垣根は思うが口には出さない。出せばウルさく返されるだけだ。


「あーあ、近くに可愛い子がいればなあ」チラッ

「ホント。近くに色男がいればね」チラッ


言いながら二人は互いに顔を見合わせて――――――



「「はぁ。ホント空から落ちてきたりしないかな」」



吐いたため息は冬の空気に混じって白く色付き、直に消えた。


462: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏 2010/12/17(金) 19:20:04.36 ID:MCOcixI0



【 部屋とクリスマスと超電磁砲組 】




「なぁんで、あんなこと言っちゃったんでしょうかねぇ……」

佐天涙子はレストランの個室で溜息を吐いた。
小洒落たフレンチレストランも、メンバーがクリスマスイヴ・当日共に女だけとなると虚しいばかりである。


「でも言いだしたのは佐天さんでしょう」


向かいに座る初春飾利はデザートでありある意味メインディッシュでもあるブッシュ・ド・ノエルに舌鼓を打ちながら
今回の『計画』の主犯である佐天を見た。


「だってさ、ああでも言わなきゃ御坂さん『当日も女4人でワイワイやりましょ』って言うのが目に見えてるし。
 …………ホントは好きな人と過ごしたいクセして、中々言いだせないからってさ」


「だからってあんな強引に『御坂さんも男の人でも誘えばいいじゃないですか』はありませんの!!
 お姉様がもしあの猿人類に何かされでもしたら黒子はどうしたらよいか、ああお姉様!!!!!!」


嘆いているのはご存知、白井黒子である。
よっぽど『愛しのお姉様』が心配なのかまだ成人を迎えていない佐天がこっそりシャンパンに手を伸ばした事にも気付いていない。





463: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏 2010/12/17(金) 19:21:13.07 ID:MCOcixI0


「何かしちゃうとしたら御坂さんの方だと思いますけどねー。………それと佐天さん、風紀委員は白井さんだけじゃありませんよ」


訂正。白井が気付かずとも初春がしっかり見張っていたらしい。
仕方ないと諦めて佐天はグレープジュースを口に含んだ。
と、突然。


「あ、停電」

「………どうやら此処だけでなく街全体で起こってるみたいですわね」


先程まで『お姉様』を連呼していた人間がこうも早く反応できるとは、流石しか言いようがない。


「学園都市で停電なんて、普通なら殆どないことですし…………まさか!!」


何か感づいたのか『お姉様ァアアアアア!!!!!』と叫び声をあげて白井はテレポートしてしまった。
どうしたのだろう、という佐天の疑問を捉えたのか初春は軽く目配せしながら悪戯っ子のような笑みで簡単に言った。


「普通なら起きない学園都市の電気制御の攪乱なんて、誰なら出来ると思います?」


恋のコの字も惚れたホの字もないのは、どうやら自分と彼女だけらしい。
佐天はそんな常識外れの、見ず知らずの超能力者の思い人を心の中で労りながら――――――


「あ、雪だ」



ホワイトクリスマスを引き合いに出せるロマンチックな恋人が座る隣席は、埋まる日が未定なまま未だ空席だ。






464: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏 2010/12/17(金) 19:21:59.98 ID:MCOcixI0




【 部屋とクリスマスと番外個体 】





「女は不条理でね、馬鹿な男ほど可愛く思っちゃうものなのよ」

「芳川ぁ、ミサカには意味わかんないですけどぉ」




465: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏 2010/12/17(金) 19:22:40.13 ID:MCOcixI0


クリスマスはあの人と二人きりで過ごすのだ。
そう豪語した最終信号に家と一方通行を譲ってやった番外個体が(製造月日的にはミサカのが年下なのに)
逃げ込んだ先の芳川の家での飲み会を終えて帰って来たのは、25日を2時間ほど過ぎた辺りの頃だった。


「たっだいまぁー」


―――――返事はない。
二人とも流石に寝てしまったのだろうか。
……まさかミサカを差し置いて二人でしっぽり、なんてことはないだろうな。


一度懸念を抱いてしまえば後はもう嫌な予感しか湧いてこない。
足音を立てないようそっとリビングへと向かえば、なんてことはない。
一方通行はリビングから繋がったキッチンで食器を洗っていた。


「おかえりィ」

「………うん、ただいま。……最終信号は?」


あまりにもあっけらかんと言われるものだから最終信号もからかいどころを失くしてしまった。
今日は一日二人で何をして過ごしたのか、聞きだしながら弄ってやろうと思っていたのに。


「ガキならもう寝たぞ、はしゃぎ過ぎて疲れたみてェだな」

「……ふぅん。そっか」




なんとなく、気まずい。





466: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏 2010/12/17(金) 19:23:22.27 ID:MCOcixI0


番外個体は二人が一日どうしたのか実は何も知らないわけではない。
最終信号が感じたクリスマスで最も幸せだった瞬間。
彼女はそれを無意識に、殆ど反射的にミサカネットワークへバックアップをとった。


(―――――14510号と20000号が騒いでたっけ)


彼女たちにとっての記憶のバックアップは全個体での記憶の共有を示す。
すなわち『妹達』の一体である番外個体も『知って』いるのだ。
彼の、『最終信号だけの歌』を。


番外個体は正直少し羨ましかった。


いつでもあの人に大切にされる最終信号。
あの人が護ろうとする世界の象徴でもある最終信号。
いつでもどんな時でもあの人にとっての最優先事項となる最終信号。


(……ミサカも、『ミサカだけの』何か、欲しいな……)


カチャカチャと食器を洗い続けるあの人はこっちの憂いなんてものには気付いてくれやしない。
だからどうせ気付かないなら、いっその事放っておいてくれればいいのだ。
それなのに。


「そォいや、あのガキとクリスマスにオマエが家空ける代わりに俺に何かさせるって約束したんだってェ?」

「……え?あ。……うん」



467: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏 2010/12/17(金) 19:24:03.74 ID:MCOcixI0


唐突だった。
こちらの気持には全く気付いてくれやしないのに、あの人はいつも『欲求』だけは直ぐに察する。


「何がいいンだァ?俺にも準備っつーモンがあンだから、早いうちに決めて言え」


言えば、ミサカにもくれるのだろうか。
ミサカの一番欲しいもの。


「なら、一緒に寝てよ」

「………………は、ハァアアアアア!!!?????」

「そっちの意味じゃないよ●●魔人、残念だったねあひゃひゃひゃひゃ!!添い寝しろっつーことですぅ」

「添い寝だァ?」

「そう、添い寝。………それで、子守唄かなんか歌ってよ」


あの人は一瞬押し黙った。
ミサカが『歌った』事について知っているのを感づいたのかもしれない。


あの人が拒否したら何と言おうか。
添い寝の方ならまだしも、歌うことを躊躇われるのはちょっぴりショックだ。


「………いいぜェ。どっちで寝る?」



だから、あの人が自分とミサカ、どちらのベットで寝るか聞いているのだと理解するのに数秒かかった。



468: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏 2010/12/17(金) 19:24:45.08 ID:MCOcixI0




自分から言い出したのはいいものの少し緊張する。


あの人のベットで一緒に横になったはいいものの、あの人はミサカに一切手を出さなかった。
ただ、横にいるだけ。
それでもこんな近い距離にあの人が居るのは初めてだった。


「………子守唄っつっても、大したモン知らねェぞ俺ァ」

「クリスマスソングとかでもいいよ。もう過ぎちゃったけど」


あの人は少し悩んでいた。
少し悩んで、やがて小さく口を開いた。




「♪ Lullay, Thou little tiny Child, By, by, lully, lullay.(おやすみ、おまえみどりごよ、 ねんね、ねんね、おやすみよ。)
   O sisters too, how may we do, For to preserve this day.(あねさまいもうと、どうしたら、この一日を守れるの。)
This poor youngling for whom we sing By, by, lully, lullay.(わたしら歌ってきかせてる、あわれなこの子を守れるの。)」




静かな歌だった。
小さな声で歌うあの人の顔は、シーツに埋もれてよく見えなかった。




469: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏 2010/12/17(金) 19:27:23.93 ID:MCOcixI0


学習装置からインストールされた知識のお蔭でだいたいの日本語訳はできるものの、
いかんせん曲の背景が解らない。


「ねぇ、それ何て曲?」

「……歌ってやったんだ、大人しく寝ろ」

「曲名気になって眠れないよ。教えてくれたら素直に寝る」


真っ直ぐ見つめてハッキリと言えば、根負けしたようにあの人は「『Coventry Carol』だァ」、と教えてくれた。
歌ったことが、それともこの曲がそんなに恥ずかしかったのか、
言ったらそれきりあの人はシーツに顔を埋めたまま不貞寝してしまった。


これじゃ全くミサカを寝かしつけていないじゃないか、と思いながらも
しかし好都合と言わんばかりに番外個体はネットワークへと意識を巡らせた。



(――――――もしもし?誰か手が空いてる個体いる?)

(ミサカなら空いていますが、とミサカ10777号は返答します)



10777号。確かロシアにいる個体だったか。



(悪いんだけど『Coventry Carol』って曲について調べてくれない?気になるけど調べられない状況でさ)

(了解しました、とミサカ10777号は番外個体の依頼を快く引き受けます)



こんなときミサカネットワークは便利だと、素直に思う。




470: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏 2010/12/17(金) 19:28:40.16 ID:MCOcixI0






(――――調べ終わりましたよ、とミサカ10777号は番外個体へと通信を繋げます)


10777号からの返信が帰って来たのは10分ほど経った後だった。



(Wikipedia先生は優秀ですね、とミサカは調査が全く苦でなかった事を告げます。
 ―――――『Coventry Carol』、イギリスのコヴェントリーで『刈り込み人と仕立て屋の芝居』という劇中で歌われた曲ですね。
 作者は不明ですが、聖書中のマタイ伝に出てくる物語のヘロデ大王がベツレヘムで行った大規模な幼児虐殺事件を描いているとあります。
 この歌はその中で当時乳幼児であったイエスを逃亡させる場面を歌っているともあります、とミサカは結果報告します)




(………そう、ありがとう)





471: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏 2010/12/17(金) 19:29:50.95 ID:MCOcixI0

言葉が出なかった。
10777号との通信は一方的に切ってしまった。
この人はこの歌の、誰に誰を当て嵌めてこの歌を歌ったというのだろう。


大量の虐殺を行ったという王様?
乳飲み子のイエスを護ろうとする人?
いずれにしても。


「――――ホント、馬鹿だ」


『自分を殺すために生まれてきた存在』にまで気を使うことなんてないのに。
こんなミサカの傷まで、あなたは自分の傷にしてしまう。
確かに最初「あなたの所為だ」と言ったのはミサカだ。
それでも、鵜呑みにしてミサカの事まで自分の『痛み』にしてしまうあなたは、本当に馬鹿だ。


「……でも、そんな馬鹿が、愛おしくてたまらないんだ……」


寝入ってしまったあの人の隣で、芳川の言葉が頭に響いた。





『女は不条理でね、馬鹿な男ほど可愛く思っちゃうものなのよ』






                                         ≪部屋とクリスマスと舞台裏≫(完)


478: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏Ⅱ 2010/12/18(土) 21:51:42.50 ID:osjcNek0




【部屋とクリスマスとアイテム】




「――― 頭、撫でてよ」





麦野の『お願い』に、浜面は動揺した。





「滝壺にするみたいなのを望んでるんじゃない。……ただ、撫でてくれればそれでいい」






479: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏Ⅱ 2010/12/18(土) 21:52:13.11 ID:osjcNek0


滝壺との『デート』を終えて浜面達が戻ってきたのは、結局最初のサロンだった。
そこで2日目の『飲み会』を行ったらしい麦野と絹旗はそれぞれソファで酔いつぶれている。


人混みに少し疲れたのかもしれない。
滝壺も此処に戻ってくるなり横になるといって眠ってしまった。


そんな滝壺の頭を優しく撫で毛布をかけてやった浜面は結局、
先程までの甘い雰囲気の余韻か興奮冷めやらぬ自分だけが酒臭い部屋の隅っこで残っていたワインを一人傾けることとなった。


浜面がツマミを食すために置くグラスの固い音だけが時折部屋に響く。
数時間前まで立っていたイルミネーション前の賑わいとは大違いだった所為か、実はあの幸せな一時が夢だったのかと疑ってしまう。


(イヤイヤイヤ、ドンパチやら物騒な日常に馴れ合い過ぎだろ俺。ああゆうのもアリだって普通)


しかし色々な経緯を経て『アイテム』に加わらなければ滝壺と出会えなかったのも事実である。
妙な気分になるのはクリスマスに浮かれ過ぎた為だろうかと一人葛藤していると、
うんうん呻っていた声が聞こえたのだろうか。
割と近くで眠っていた麦野がムクリと起き上ってきた。



480: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏Ⅱ 2010/12/18(土) 21:53:04.03 ID:osjcNek0

「はよ、麦野。二日酔い大丈夫か?」


イヴでダウンするまで呑んだ挙句、今日また浴びるように酒に投じたのである。
麦野の丈夫さは死ぬほど知っているが、それは『超能力者』としての彼女であって『彼女自身』の強さを指しているワケではない。
こんな二日酔いなんかで言うのも何であるが、心配なものは心配だ。



「……ん。ちょっと気分悪い、かな?」


疑問形とはいえ多少はキツイのだろう。
米神を押さえる麦野に浜面は水を取って来てやることにした。


「ホラ、飲め」


差し出した浜面の男らしい大きな手と麦野の女性らしい細い手が重なった。
否、麦野が、重ねた。


「………麦野?」

「ねえ浜面。……お願い、あるんだけど」


―――お願い?
キョトンとする浜面。
近づいてくる麦野の顔に、ああ。このまま握っていたら水が温まっちまうな、なんて場違いな事を考える。


そして麦野はキスでもするかのように近い距離、唇と唇の距離僅か数センチで静かに『頼んだ』。




「――― 頭、撫でてよ。
 滝壺にするみたいなのを望んでるんじゃない。……ただ、撫でてくれればそれでいい」




481: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏Ⅱ 2010/12/18(土) 21:53:36.66 ID:osjcNek0





「――――― へ?いや、……なんで?つーか、なんで頭?」

「いいから。撫でろっつってんだよ。いいでしょ別にキスだのxxxxだのしろって言ってるわけじゃないんだし」

「セセセセセセ、xxxxって、おま!!!女の子がそんな直接的な表現するもんじゃないでしょう、めっ!!」


何?まだ滝壺と致してなかったワケ?なんて暢気に言う麦野は自分がどんな爆弾発言をしたのか解っているのだろうか。
驚いて思わず後ずさった浜面を追いかけるようにソファから起き上りその後を追う。


「―――クリスマスプレゼント。まだ貰ってないし。頭撫でるだけっていったら安いもんでしょ?」

「いや俺お前にプレゼント貰ってな……」

「滝壺との二人きりの時間」


バッサリと切り捨てるように言う麦野に、いよいよ浜面は逃げ場を失くした。
別段逃げきろうとしていた訳ではないがなんとなく滝壺に目撃されたらマズイなと思う後ろめたさがある。
会話が会話だからだろうか。



482: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏Ⅱ 2010/12/18(土) 21:54:07.09 ID:osjcNek0


「ちっこいガキにでもしてやるようなのでいいんだよ。――― 本当に、それだけで満足なんだ」


ボソリと呟くように発する麦野の目は真剣だった。
真剣で、それでいて何処か思いつめたような切なさを伴っていた。


ここで簡単に容貌を聞いてやる事は、後々麦野を傷つけることにはならないのだろうか。
嘗て浜面は麦野を見捨てた。
滝壺という一人の少女を護る為に、麦野という選択肢を見限った。


それを知り、それを聞いた麦野の『お願い』を聞く事は、果たして麦野にとってプラスなのだろうか。
浜面は考える。


そして、一つの結論を出す。



483: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏Ⅱ 2010/12/18(土) 21:54:37.72 ID:osjcNek0


「酔い、早く醒ませよ」


これは、『気遣い』だ。
酔っぱらった仲間にかける、当たり前の気遣い。


その大きな手でワシャワシャと整えられた髪を掻きまわすのは『プレゼント』でもなければ『色恋』でもない。
ただ麦野の小さな思い出として残るだけの、ありきたりな行為。
麦野も、それを正しく感じ取ったのだろうか。


「絹旗、起きてるんでしょ。さっきからモロバレ」

「べ、別に起きてたんじゃなくて超寝ぼけてただけです!」


わざわざ寝たフリをしてこちらを窺っていた絹旗を起こし、からかう様にこう続ける。


「アンタもして欲しいんならしてもらえば?良い夢見られるかもよん」

「いやそんなして欲しいなんて超思ってないんですけど!?でも私以外全員やったなら此処は超空気を読むべきかな、みたいな!?」

「おおイイぜ、ちびっこ絹旗には寝んねのナデナデが必要だモンな」


手をワキワキとさせながら絹旗の下へ行く浜面。
顔を真っ赤にさせながら大人しく頭を差し出す絹旗。
それを大笑いしながら見つめる麦野。
そして、いつの間にか置きだして写真に収める滝壺。



これが、アイテムのクリスマス。



484: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏Ⅱ 2010/12/18(土) 21:55:06.87 ID:osjcNek0




【部屋とクリスマスとライバル達】




「お前、良い母親になるかもな」


そう言われた御坂美琴はアイツがお父さんで私がお母さんで子供には真琴なんて名前を付けて……、
とそこまで妄想を爆発させ赤面した。
『超電磁砲』の異名を持つ彼女の、渾身の一撃と共に。


「なななななな、何恥ずかしいこと言ってんのよバカーーーーーー!!!!!!」




485: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏Ⅱ 2010/12/18(土) 21:55:34.40 ID:osjcNek0


事は数十分前に遡る。
イルミネーションに彩られた大通りを緊張の面持ちで歩く美琴は、隣を歩く上条当麻をチラチラと見遣る最中で一人の迷子を発見した。


その小さな少女は割と長い時間保護者と離れた状態らしく、
優しく声をかけた美琴に飛びつき堪えていた涙を溢れさせた。


そんな少女を丁寧にあやしながら美琴は「何処で見失っちゃったの?」「いつ頃から一人ぼっち?」と事細かに情報を仕入れていく。


彼女の鮮やかなて付き合って故か、直ぐに少女の保護者は見つかった。
「バイバイ、お姉ちゃん達!!」と元気良く手を振る少女に、良かったなと上条は素直に感じる。


そこで冒頭の一言だ。


『学園都市最強の電撃使い』の一撃は辺り一面の電気機器にも大きな影響を及ぼしたらしい。
自身は『幻想殺し』で守れた上条も、周囲全体となると無力に等しくなる。


バチバチと不気味な音を立て、パチパチと灯りを点したり消したりという妖しい動きを繰り返していたイルミネーション達は
とうとうプツリという音を最後に全ての電気を消してしまった。


それだけならまだしも信号などの交通機関や各商店・家庭の電気すら消えてしまったのはマズイ。
当事者の美琴もどうしよう、やってしまった!と顔を真青にしている。


「落ち着け御坂!!お前のチカラでどうにかならないのか!?」

「此処でやれって言うの!?む、無理よ!!こんな広範囲なんて……キャっ!!」



486: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏Ⅱ 2010/12/18(土) 21:56:13.00 ID:osjcNek0


反論しながら上条の方を振り向こうとした美琴は、未だ暗闇に慣れていない目の所為か
近くのレストランに設置されたコンクリートの階段に躓いてしまった。
そんな美琴がひっくり返る前にと慌てて上条も手を伸ばす。


しかしそこは不幸体質・超フラグ乱立師の上条当麻である。
『不幸な事にも』彼の足もとにも割と大きな小石が落ちていた。
暗闇の中上条はそれに気付く事が出来なかった。
美琴へと手を伸ばしながら足を踏み出した上条は自身もその小石へと躓き、そして――――


「おい大丈夫かビリビ……うわぁあああ!!!」


倒れ込んだ上条の『幻想殺し』は、見事美琴の標準より小さめの心臓部へと収まった。


「い、一体……何処、触って……イヤァアアアアア!!!!!!」

「わ、悪い落ち着いてくれ御坂…ってうぉおおおお!!??」


混乱しながら絶叫を上げた御坂は今にも内に秘めた紫電を全力開放させようとする勢いだった。
上条は今すぐ御坂の胸元から手を退けてやりたいのだが、
こんな状況で『幻想殺し』を彼女から放せば確実に自分は死ぬ。この近距離は絶対だ。


「お、落ち着いてくれ頼むから御坂、右手放せないお前から!!いやそうゆう路線の意味でなく生死の問題で!!」

「せせっせ、●●!!!???べべべべべ別に嫌ってわけじゃないってゆうか寧ろ歓迎なんだけどこんな大勢の前では……その……」

「いや何の話をしていらっしゃるんでせうか御坂さん!?」


上条も美琴も軽いパニック状態である。最早会話が噛み合っていない。
そんな時、こんな状況を切りぬけるキーパーソンとなる人物がやってきたのが上条の目に見えた。
ああ、誰でもいい助けてくれ。この状況を何とかしてくれ。
そして、その人物は―――――


「この変態類人猿!!こんな公衆の面前でお姉様のお、おお、押し倒すだなんてっ……!!」

「お前は白井……!!え、ちょ、本当に違うんです、あの鉄矢を向けないでいただきた……あの、だから、不幸だあああああああ!!!!!」



487: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏Ⅱ 2010/12/18(土) 21:56:42.82 ID:osjcNek0


「取り敢えず、電気の方の復旧はこちらで手配しておきましたわ。
 ……といっても此処まで広範囲ですもの、局ももっと早くから手をつけていたようですが」

「「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」」


危うく婦女暴行罪で風紀委員に拘束されそうになった上条と「ああん、離れたくありませんわお姉様!!」と白井に腕を絡まれていた美琴は
暗闇に目が慣れてきた辺りがザワザワと自分達を本格的に騒ぎ立てる前に何とかその場を抜け出した。


「んで?これからどうする?イルミネーションの完全復旧にはまだ時間かかるって言ってたけど………どっかで暇潰すか?」


ここでウンと頷けば、美琴が上条と共に過ごす時間は格段に伸びる。
過程はどうあれ結果オーライだ。
しかし頷きかけた美琴の頭にそっと、あのシスターの顔が浮かんだ。


寂しそうに、しかし義理立てとして自分にこのクリスマスを譲ってくれたあのシスター。
自分はそれを有難く受け取ってきたが、1時間だけだよと言ったあのシスターは一体どんな思いで自分達を見送ったのだろう。


「………そうだな、――― ケーキ屋さん寄りたいかも。とびきり美味しいケーキ屋さん」



488: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏Ⅱ 2010/12/18(土) 21:57:24.95 ID:osjcNek0


インデックスは誰もいなくなった部屋での突然の停電に困惑していた。
以前停電が起こったときには懐中電灯を持ちだした上条と共に恐い話などをして盛り上がったものだが、
一人ぼっちの家の中ではそんな思い出もただただ心細いだけである。


「とうまぁ……寂しいよぉ……」


自分が美琴へと彼を譲った事を、インデックスは後悔していない。
恋敵である彼女に塩を送ってやる事事態は釈然としないが、一食の恩義と言う借りをその恋敵に作るのはもっと釈然としなかった。
しかし、そんな想いとは裏腹に『寂しい』という感情は消えてくれない。


隣の部屋は誰かと共にこの瞬間を過ごしているのだろう。
インデックスにとっては聞きなれた、
日本人にとってはクリスマスにしか聴かないような讃美歌を流したその部屋からは時折クスクスとした笑い声が洩れてきた。


寂しさを紛らわせるためにポソポソと薄ら聴こえるメロディに合わせて歌ってみる。
そんな彼女の歌声が隣にも聞こえたのか、彼女を讃えるような拍手が壁伝いに送られた。


褒められても隣の賑わいを感じるだけで、寂しさは埋まらなかった。
テレビも付かない、暖房機器も付かないために冬の寒さが身に染みた。


「早く帰って来てよぉ……とうまぁ………」


そんな時だった。
玄関に響いたガチャリという施錠音はその瞬間、彼女にとって神の御神託を聞き入ることと同位となった。



489: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏Ⅱ 2010/12/18(土) 21:57:53.72 ID:osjcNek0


「ただいまインデック……うお寒っ!!そっか、俺ら歩いてきたから体温まってるけど部屋こんなに寒いのか」

「……とうまぁ、ヒグっ……とうまぁ……」

「うお、どうなさったんですかインデックスさん!?お前暗闇恐怖症とかじゃなかったよな!?」


上条の帰宅を認識した途端、インデックスは堪えていた涙をボタボタと零し彼に飛びついた。
ワンワンと泣き続ける彼女に戸惑いながらも上条はその背中をポンポンと叩いてやる。


「そうだよな、こんな暗くて寒い部屋に一人きりじゃ寂しかったよな。ゴメンな」

「……う、……うん……でもとうま、短髪は?」


いるよ。そう言って上条が自身の後ろを見せると、そこには高級ケーキ店の箱を抱えた美琴が立っていた。


「御坂が帰ろうって言ったんだ。お前が一人じゃ寂しいだろうから、って」


上条の言葉にインデックスが窺う様にして美琴を見つめる。
どうして短髪が。
目がそう語っていた。



490: ≪番外編≫ 部屋とクリスマスと舞台裏Ⅱ 2010/12/18(土) 21:58:36.63 ID:osjcNek0


「1時間って、そう約束したからね」


そんなインデックスに美琴は恥ずかしそうに答えた。
実際で、内心美琴は物凄く恥ずかしかった。
なんだかんだ言って彼女に『好敵手』以上の『友情』を感じている、自分に対して。


「でも外、こんな停電になっちゃって、……あんまり見て回れなかったんじゃ……?」

「そこは自業自得だし―――――それにアンタの立場になって考えた。私には寂しすぎて出来ないって、そう思った」


二人の会話にキョトンとする上条を尻目に少女達はそっと手を取り合う。


「ケーキ。買ってきたから食べましょ。アンタどうせお腹いっぱいになんかなってないんでしょ?」

「さっきまではいっぱいだったもん!でも泣いたらお腹がすいたんだよ。とーま、早くお皿並べて!!」


普段は喧嘩ばかりの彼女たちの突然の変わりように上条は目を白黒させる。
そして二人の笑顔を見ながら少し可笑しそうに笑った上条は、


「来年も3人で過ごそうな、クリスマス!!」

「「女心の解らないバカっ!!!」」


今宵これからも、きっと笑いが絶えることはない。




「あ、短髪!!そのオペラは私のなんだよ!」

「お子様はショートケーキでも食べてなさい」





                                      ≪部屋とクリスマスと舞台裏Ⅱ≫(完)



505: ≪番外編≫ 部屋とプレゼントとミサカ 2010/12/19(日) 20:43:29.18 ID:DrGDPmM0



「なんで……」


朝になっても起きて来ない一方通行を心配して彼の部屋を訪れた打ち止めは戦慄した。
なぜなら彼のベッドには


「なんであなたと番外個体が一緒のベッドで寝ているの!?ってミサカはミサカはァァァァアアアアアア!!!!!!!!」


パジャマの上しか着ていない番外個体と、それをしっかり抱え込んだ一方通行が仲睦ましく一夜を共にしていた為である。





【部屋とプレゼントとミサカ】






506: ≪番外編≫ 部屋とプレゼントとミサカ 2010/12/19(日) 20:44:06.41 ID:DrGDPmM0


「うっせェなァ……」


打ち止めの怒声で目覚めた一方通行は寝ぼけ眼を擦りながら奇声を上げた少女を見上げた。
打ち止めはプルプルと肩を震わせながらそんな彼をキッと睨みつけ尋問をかける。


「問1!なんで番外個体と一緒に寝てたの!?問2!なんで番外個体はそんな格好なの!?
 問3!あなたのチェリーは既に奪われてしまったの!?ってミサカはミサカはあなたに追究してみる!!」


打ち止めの質問に一瞬訳が解らないと顔を顰めた一方通行も、
隣でうんぅ…と声を漏らして張り付いてくるお寝坊ワーストを見て納得した。


そういや強請られたまま添い寝したんだったか、と昨夜の事を思い出す。
――――― 思えば中々にこっ恥ずかしいことを自分は致したかもしれない。
そんな余計な事まで思い出しながら。


「解1、お前の勝手な約束の所為でコイツに付き合わされたから。解2、俺は知らねェどうせコイツが自分で脱いだ。
 解3、女子高生が●●云々言うな。つーか俺の歳で●●っつーのはお前の中でアリなのかァ?」

「え、ちょ、それってまさか今回の前にもう済まして、えぇ!?ダメそんな、エェエ!!?ってミサカはミサカはぁぁああ……」

「んん……ちょっと最終信号、朝からキンキン煩い……」


打ち止め本日2回目の奇声に今度は番外個体もしっかり目覚めたようである。



507: ≪番外編≫ 部屋とプレゼントとミサカ 2010/12/19(日) 20:44:51.09 ID:DrGDPmM0


起き上った彼女からシーツがパラリと落ちると
そこからは中々に豊 な果実を包む黒いレースと、魅惑の茂みを覆い隠す揃いのギリギリラインがパジャマの裾に隠れて見え隠れした。


「にゃはぁあああああ!!!!!!」


打ち止めの羞恥に満ちた叫び(本日3回目)にも目もくれず、
当の本人達は呑気に何のアフターかと思うほどの甘い空気(ジェラシーを含んだ打ち止め視点)を漂わせている。


「おいテメェ、真冬なんだから下蹴り脱いだりしてンじゃねェよ。風邪引くだろォが」

「だって……二人でひっついてたら熱くなってきちゃったからさあ」


肌蹴た番外個体のパジャマのボタンを留めてやりながらその下を手渡す一方通行を見て打ち止めは、



「や、やめてぇぇぇえええええええ!!!!!!!!」



本日4回目の悲痛な叫びをあげた。



508: ≪番外編≫ 部屋とプレゼントとミサカ 2010/12/19(日) 20:45:37.69 ID:DrGDPmM0


「あ、ああナルホド……つまりあの約束(>>389)の所為だったのね、ってミサカはミサカは一応は納得してみる。ウン。」

「だからそうだって言ったじゃねェか」


何とか打ち止めを落ち着かせた一方通行はコイツ全く人の話を聞いちゃいなかったなと察しを付けながら受け答える。


「てゆうかイヴにあの人の 首や脇や×××を舐め漁ってたのが『約束』じゃなかったわけね、
 ってミサカはミサカはある意味しっかりとした番外個体に感心してみる。ある意味」

「×××って何だよ、規制しなきゃなンねェよォな所舐めさせちゃねェよ」

「そうだよ安心しなよ最終信号。●●●すら舐めようとしたらあの人に止められたんだよア  ……」

「ハイ、番外個体ちゃん規制ェェェェェェ!!!!!」


今度は一方通行が奇声を上げながら番外個体の口を塞ぐ。
そんな番外個体を半ば羨ましげに見ていた打ち止めは、はたとその後ろのツリーの下に置かれた幾つかのプレゼントボックスに気が付いた。



「あ。そう言えば二日酔いだ何だでクリスマスに開けるの忘れてたね、ってミサカはミサカは今更ながらプレゼントの存在を示唆してみたり」



509: ≪番外編≫ 部屋とプレゼントとミサカ 2010/12/19(日) 20:46:32.35 ID:DrGDPmM0


ツリーの下に置かれたプレゼントの数は6個。お互いが自分以外の2人へ向けて置いた数になる。


「折角だし今からプレゼント交換しよっか、
ってミサカはミサカは自分の買ったプレゼントを二人に手渡しながら提案してみる。ハイ、どーぞ」


打ち止めは一方通行に黒のリボン、番外個体にピンクのリボンの付いたプレゼントを手渡しながらそう言った。
それに薄く微笑んだ二人は自身らが購入したプレゼントをそれぞれ交換する。


「じゃあまずは番外個体のから開けようかな、ってミサカはミサカはリボンを解いてみたり」

「それって好きなオカズは最後に残す、ってヤツ?まあミサカはいいけどさ」


シュルシュルと番外個体から貰ったプレゼントの箱を開けていく打ち止めはそこでビデオの一時停止のように固まった。
同じ様に彼女からのそれを開けていた一方通行も岩と同類となっている。


「最終信号はこの前数学のテストで赤点取ってたから『サルでもわかる算数ドリル』。
 あなたにはミサカ達に構わずに勝手に抜けば?って意味を込めて『  ホール』と『バ  』」






空気が凍った。


「つーかよォ……オマエ一体何処でどんな顔してコレ買って来たンだ一体……」

「ああ店知りたい?師匠お勧めの路地裏店。
あなた案外と好きそうかなってバ  買ったときはすんなりだったんだけど、  ホールは怪訝そうな顔されたなあ」

「もうオマエら白井黒子と会うの禁止だかンな」



510: ≪番外編≫ 部屋とプレゼントとミサカ 2010/12/19(日) 20:47:11.30 ID:DrGDPmM0






「………き、気を取り直して次はミサカのプレゼントを開けてみてよ、ってミサカはミサカは二人を促してみる」


番外個体の件がよっぽど答えたのか、一方通行は失礼にも打ち止めのプレゼントを警戒して開けていた。
まあ仕方ないと言えば仕方ないが。
そして彼は、シュルシュルとリボンを解いた先の中身に驚愕した。


「モノクロの……ライター……?」

「あなた偶に煙草吸ってるし使うかなって思って。―――― 気に入らなかったかな?ってミサカはミサカはそっと伺ってみる」


モノクロの小物と言えば、以前一方通行が打ち止めに男が出来たと勘違いしたときに彼女が購入していたものだ。
彼好みの品を買う為に先輩から色々と話を聞いていたのだが、その所為で一方通行から誤解を受けることとなった曰くの品。


「オマエ、コレ……俺の為に買ってたのかよ……?」

「え、うん。そうだけど……やっぱり気に入らなかったかな?ってミサカはミサカは――――」

「―――― いや。クソガキにしちゃァ良いセンスしてンじゃねェかと思ってなァ」


な!ガキじゃないもん!と文句を飛ばす打ち止めを尻目に何故か安心した気になっている一方通行は
まあ。あの男にゾッコンなンてなってたら今頃ヤバかったしな、なんておかしな方向に思考を傾けていた。
しかしこれ位が本人達にとっても前進なのかもしれない。



511: ≪番外編≫ 部屋とプレゼントとミサカ 2010/12/19(日) 20:47:52.62 ID:DrGDPmM0


「番外個体も開けてみてよ。ミサカ的には結構イイと思うんだ、ってミサカはミサカは自信を持って勧めてみたり」


促されるまま箱を開けた番外個体は目をパチパチとさせた。


「――――― ネックレス?」

「番外個体のアクセサリって可愛い系はあんまりないでしょ?お母様に貰った服とかに合うかなって選んでみたんだけど、
 ってミサカはミサカはクリスマスを譲ってくれたお礼に買って来てみればこれだよチクショーって本音を晒しながら渡してみたり」


暫く押し黙った番外個体は着がえて来ると言って部屋を出ていった。
そう言えば彼女も一方通行も打ち止めに起こされたきり寝巻のままである。
一方通行のプレゼントを開けるのは3人揃ってからの方がいいだろうと判断した打ち止めは、
本当は待ちきれない彼のプレゼントを開ける事を耐え、番外個体を待つことにした。
一方通行もその間に自室に着がえに行った模様だ。




「――――― これで、どう?」


戻ってきた番外個体が着ていたのは以前美鈴から貰った所謂森ガール的なフリル満載の少女服だった。
胸元には先程打ち止めが渡したネックレスが飾られている。


「似合う!!似合うよ番外個体!!ってミサカはミサカは自分のセンスが抜群だった事に自画自賛してみたり!!」


絶賛する打ち止めに、番外個体は恥ずかしげに口を尖らせるといういつもなら絶対しない様な表情で


「………ありが、とう」


と小さく呟いた。
普段は一方通行を挟んだ恋のライバル的なポジションである筈なのに、彼女の嬉しそうな顔を見るのが打ち止めはひどく嬉しかった。



512: ≪番外編≫ 部屋とプレゼントとミサカ 2010/12/19(日) 20:48:55.14 ID:DrGDPmM0




「ンじゃ、最後は俺のだなァ」


そう言うと一方通行はそれぞれ大きさの違う赤いリボンの付いた箱を二人へ手渡した。
自分のものよりも番外個体の箱の方が大きな事に少し動揺する。


「ね、ねぇ!番外個体から開けてみなよ!!ってミサカはミサカはお願いしてみたり!」


こうゆう時に人から先にやらせるのは非常にズルイと思ったが、自分から開けるなどという事は何ともし難かった。
ならミサカから開けるねと言われるがまま素直に実行してくれた番外個体は、
打ち止めのとき同様、箱の中身を見て再び目をパチパチと躍らせた。


「―――― ミュール……」

「ま、要はクソガキと同じだな。オマエあの少女趣味抜群の服に合わせる靴持ってねェクセに、
『お母様から貰ったのだから』っつって着る気満々だったからなァ」


番外個体が与えられたピンクのミュールは、彼はどんな顔でこれを買いに行ったのだろうと考えてしまうほどに可愛らしいもので、
しかしそれが美鈴の服とキチンとマッチするあたり無駄にブランドやらに精通している一方通行らしかった。


「まだ下ろしてねェし室内で履いても問題ねェだろ。合わせてみ?」


美鈴の服。
打ち止めのネックレス。
一方通行のミュール。
それらを全て揃えた番外個体は極めて女性的な普段とは全く違う印象を皆に与えた。
彼女本人も鏡の前でそれを認識すると、そっと胸の前に当てた手を握り締める。


「ウン。ありが、とぉ………大事にする」


番外個体のあんな笑顔見たの久しぶりだな、打ち止めはそう感じた。



513: ≪番外編≫ 部屋とプレゼントとミサカ 2010/12/19(日) 20:50:25.97 ID:DrGDPmM0




「よ、よぉし。じゃあミサカも開けちゃおっかな、ってミサカはミサカは緊張の面持ちでリボンに手を伸ばしてみたり」


終に一方通行のプレゼントを開けた打ち止めは、その先でピタリと手を止めた。
そのままギギギ……と首を回転させると後ろにいた一方通行に静かに尋ねる。


「………コレ、は?」

「Yシャツ。揃いのが欲しかったみてェだから俺でもオマエでもサイズが合う様にオーダーしてきた」


揃いの、Yシャツ。
ミサカでもあの人でも着れるサイズの、Yシャツ。


「ね、ねぇ……ならもしかして今あなたが着てるYシャツって……」

「あァ、俺の分。この後かったりィが仕事だしなァ」


あの人とお揃いの、ペアルックの、Yシャツ。


「―――――― い、」

「……い?」


先程から片言でしか喋らない打ち止めに一方通行は眉を顰める。
選択肢を誤ったのだろうかと
学園都市第一位の頭脳をフル回転させながら本当にプレゼントがこれで良かったのか確認の為に彼女の顔色を窺う。


するとそこへ、




「いぃやっふぅうぅうううううう!!!!!!!!ってミサカはミサカは大・歓・喜ぃぃぃぃぃいいいいい!!!!!!」




一方通行の鼓膜を突き破るかのような打ち止め本日5回目の奇声が辺り一面に響き渡った。


514: ≪番外編≫ 部屋とプレゼントとミサカ 2010/12/19(日) 20:51:17.27 ID:DrGDPmM0




打ち止めは上機嫌で街を歩いていた。
仕事に行った一方通行と、あの服で少し散歩してくるという番外個体が家を出た為に自身も外へと繰り出すことにしたのだ。


現在の打ち止めの服装はいつもの制服。
ただし、その下には先程一方通行から貰った『彼シャツ』が仕込まれている。


(ムフフフフ……ああ、今この瞬間このミサカを誰かに自慢したくて堪らない……むふ、むふふふふふふ)


そんな打ち止めは大通りの前方で恰好のカモ、もとい丁度いい話相手を見つけた。
『妹達』の下位個体の一人だ。


「ねぇ!!あなたは何号?ってミサカはミサカはあなたへ唐突に尋ねてみる!」

「ミサカの製造番号は10032ですが何か御用でしょうか、とミサカは上位個体に尋ねます」

「うん!ちょっとお話に付き合って欲しいんだ。奢るから付いて来てよ、
ってミサカはミサカは上位であるのを良い事に10032号を引き摺り回してみる!」

「あーれー、とミサカは面倒臭ぇなこのJKと思いながらノリに合わせて叫びます。あーれー」



515: ≪番外編≫ 部屋とプレゼントとミサカ 2010/12/19(日) 20:52:15.96 ID:DrGDPmM0


そんなこんなでミサカ10032号こと御坂妹を捕まえた打ち止めは近くのファミレスへと彼女を連れ込んだ。
そして適当に注文を付けた後、無い胸を張りながら御坂妹へと自慢を始めた。


「と、言う訳で!!これがミサカの彼シャツなのだ凄いだろう!!
とミサカはミサカは興味なさ気な10032号へと構わず見せつけてみたり!」


制服のボタンを少し外し、中のYシャツを見せつけた打ち止めは高々と天狗にした鼻をフフンと鳴らし言いきった。
そんな彼女を惚気んじゃねえよこのガキがという顔を隠しもせずに見せた御坂妹は、
これまでの話を聞いてのありのままの感想を打ち止めに伝えた。


「というか上位個体。彼シャツというのは彼氏のブカブカ袖余っちゃうYシャツを着るから彼シャツなのであって、
 袖が余ったところでブカブカでもない、寧ろ一方通行の方がウエストの余る上位個体自身のYシャツを彼シャツと呼ぶかはミサカには甚だ疑問です。
 とミサカは自分の長ったらしい説明口調にウンザリしながら吐き捨てます。砂糖も吐きそうウェップ」


ピシリ、と打ち止めが固まった。
凍りついた打ち止めにも目もくれず席を立った御坂妹は静かに伝票を上位個体の手へと握らせながらこう呟いて店を出ていった。


「国産黒毛和牛を使った極上サーロインステーキご馳走様でした、とミサカは礼儀良く申し上げます。それでは」


カランカランとドアを閉めたベルが鳴り、ハッと意識を取り戻した打ち止めは――――――




「チクショォォォォォオオオ!!!ミサカにとってはこれが彼シャツなんだよコンチクショォォォォオオ!!!!
 でも真の意味での彼シャツも諦めねェからなコノヤロォォオオオオ!!!!」




打ち止めの彼シャツを目論む計画は、まだまだ終わりを見せない。




≪部屋とプレゼントとミサカ≫(完)






546: >>1 あるいはシャツの人 2010/12/29(水) 20:41:52.96 ID:Oee2D/I0


「も~お、い~くつ寝ると~お正月~」

「お正月には~姫初め~女を啼かして遊びましょ~」

「…………最悪な替え歌作ってンじゃねェよ、クソガキ共」


12月31日、大晦日。
夕食を終えダラダラと紅白を見る打ち止めと番外個体はいかにも暇そうだった。
コチラは明日からのおせちを作るのに猫の手も借りたいほどなのに。


手伝えよ、と内心ツッコミを入れながらも打ち止めは兎も角
番外個体を台所に入れればたちまち全ての料理がゴミと化す事を知っていた一方通行は(主に彼女のちょっかいとそれによる打ち止めの暴走で)
一人黙々と正月料理の準備に没頭していた。


打ち止めとの二人暮らし以来必要に駆られて手に入れた料理スキルは最早家族と呼べる人間の中で最も上位の物となってしまった。
学園都市の白い悪魔(ガンダムかよ)と呼ばれた化物もすっかりナリを潜めたものだと悲しい事に自分でも思う。


547: >>1 あるいはシャツの人 2010/12/29(水) 20:42:44.76 ID:Oee2D/I0


そんな半ばどうでもいい事を考えていた一方通行の耳にピンポーン、と大晦日に相応しくない間の抜けたチャイム音が入った。
大晦日っつったら引き籠ってコタツで紅白だろォが誰だこんな時間にと思いながら「オイ暇人共玄関開けろォ」と少女らを急かす。


「ミサカが出るねー、ってミサカはミサカは玄関にダッシュしてみたりー」という声と共にパタパタと軽快な足音が聞こえたので
打ち止めが出たのだろう。
宅急便かも知れないと考え一方通行がハンコを用意していると、


「外寒いんだよ!早く引越しソバ食べさせて欲しいんだよ!!」

「年越しソバな。つーかいきなり来た人ん家で早速食べ物要求してるんじゃありません!!」


お呼びじゃない客人がそこに居た。




548: >>1 あるいはシャツの人 2010/12/29(水) 20:43:20.26 ID:Oee2D/I0


「いやー、色々あって電気もガスも止められちゃいましてね……」

「もう丸一日以上ご飯食べてないんだよ!!部屋の暖房も利かないしもう耐えらんないんだよ!!」


一瞬でも憧れた自分が馬鹿だったイヤあれは気の迷いだと思わせる程に情けない姿のヒーローと聖職者の癖に欲求の塊の様なシスターは
一方通行宅に到着するや否や倒れ込んで床暖房の利いたフローリングで寝転がり始めた。
人の家にも関わらず我が家の様な馴染みっぷりである。


「ソバ作ンのはイイけどよォ、オマエら来る予定無かったから精々4,5人前しか用意できねェぞ」


本来なら一方通行,打ち止め,番外個体,上条当麻,インデックスの5人で食べるのにその量は丁度いいものなのだが、
暴食シスターの存在を考えると明らかに足りない。
しかも丸一日食べていないという上条組には何かしらボリュームのある物を出してやらねばならないだろう。




549: >>1 あるいはシャツの人 2010/12/29(水) 20:43:50.17 ID:Oee2D/I0


「ちと早ェが雑煮でも作るかァ?っつってもさっきまでお節作ってたから用意がねェし時間がかかるがァ……」

「オセチ!?それ食べたいんだよ早く出すんだよあくせられーた!!」


バンバンと机を叩くインデックスを小突いて上条へと「絶対にこの糞シスターは台所へ入れンな」と命令した一方通行は
その辺の物を勝手に食べられない内にと急いで年越しソバと雑煮の準備にかかる。


手伝いを申し出た上条と共に台所へと並び、忙しなかった二人は漸く取り戻した落ち着きに溜息を吐いた。


「本当すいませんね、急に押しかけちゃって……」

「つーかよォ、俺らの周りにゃちったァまともに女は作れる奴はいねェのか」


男二人で正月料理に手を焼く姿は何ともシュールだ。
取り敢えずモチは50個くらい焼いとくかと途方もない数にウンザリしながら、一方通行と上条はまた盛大に溜息を吐いた。




550: >>1 あるいはシャツの人 2010/12/29(水) 20:44:22.34 ID:Oee2D/I0


一方その頃リビングの女子組。


「へえ……お財布落としちゃうなんて災難ね、ってミサカはミサカはシスターさんに同情してみたり」

「そうなんだよ!とうまがドジした所為でもうお腹と背中がくっ付いちゃいそうなんだよ!!」


うう~と余程堪えたのか今にも泣き出しそうなインデックスに打ち止めは
一方通行が密かに買い溜めしていた秘蔵のツマミを隠しながら取り敢えず手持ちのお菓子を勧めた。
渡した瞬間にパッケージだけを残して消えたそれを見て、あの人の一品隠しといて良かったなと切実に思う。
もう1袋欲しいんだよ!!と要求するシスターに言葉の通り手渡してやった打ち止めは、しかしそこで先程から何も言わずに考え込む番外個体が目に入った。


「番外個体どうしたの?ってミサカはミサカは尋ねてみたり」

「…………ねえ、上条当麻とシスターは泊ってくワケ?」


打ち止めの質問を無視してインデックスへと声をかけた番外個体は
「出来れば泊めてくれれば嬉しいかも」とお泊りセットを掲げながら明らかに泊る気マンマンだった彼女を見てまた考え込む仕草をする。




551: >>1 あるいはシャツの人 2010/12/29(水) 20:46:50.15 ID:Oee2D/I0


「ねえホントにどうしたのってミサカはミサカは……」

「なら、今夜はミサカはあの人と一緒に寝るよ」



WHAT?
打ち止めが固まった。空気が凍る。
だが番外個体はそんなこと一切気にせずに言葉を続ける。



「2つの客室のウチ1つはミサカが使ってるでしょ?でも客人に譲らない訳にはいかないし……
仕方ないから此処はミサカが一肌脱いであげるよ」



一方通行達が暮らすマンションは、元々は黄泉川愛穂が所有していたそれを譲り受けたものである。
当時芳川と黄泉川が使っていた部屋を客室とし、うち芳川の部屋を現在は番外個体が使用している為余ったベッドは一つしかない。



「いや~、ホント仕方ないなあ。でも此処は居候のミサカと家主のあの人が我慢するしかないよね」


「仕方ないじゃないよ!!一肌脱ぐって物理的にも脱ぐつもりでしょあの人襲う気でしょ深夜0時に姫初めでしょ、
ってミサカはミサカはさせるモンかと捲し立ててみる!!
番外個体も一応は客人だしぃ?此処はミサカがあの人と寝るべきだよね!ってミサカはミサカは―――――」


「ふざけんじゃねぇよこの元・幼女!!嘗てのロリさもないアンタがミサカに敵うと思ってんの?
今は大人の色気の時代なんですぅ自重しろこのAA!!」



「さ、流石にAAじゃないもん!ってミサカはミサカは反論してみる!!」


「あ、ごっめ~んAAAの間違いだったあ?ってミサカはミサカはぁ、最終信号のマネしてみたりぃ」


「おいそこに直れこのクソアマがァその脂肪の塊引き裂いてハンバーグにすんぞコラ」


「ぎゃはは最終信号のヤツ口癖も忘れてやがんの!それが本性ですかあ?あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」




552: >>1 あるいはシャツの人 2010/12/29(水) 20:47:38.39 ID:Oee2D/I0



同時刻、台所の男達。
男達は悲しきフラグ体質に泣いていた。



「――――――……モテモテだな」

「同情はいらねェ。俺の部屋に布団敷くからそれでいいかァ、三下ァ?」

「あ。泊めて頂けるんでせうか、本当にありがとうございます」



台所へも今も響くワーキャーとした叫び声に一方通行は本日3度目の盛大な溜息を吐いたのだった。




573: 第十話 『部屋と新展開とミサカ』 2011/01/04(火) 01:05:14.28 ID:Ja80mfo0





「「打ち止めも一方通行も番外個体も、退院おめでとう~~~!!!」」

「つーかよォ。なンで自分の退院祝いの金出さなきゃなンねェンですかねェ、俺は」





10月10日。
一足先に退院していた一方通行に追い付く形で打ち止めと番外個体が無事に退院日を迎えた。


9月29日に木原数多からのウイルス攻撃を受けた『妹達』
―――― ことウイルスを直接投下された統率個体である打ち止めと解析の為にウイルスを脳内で喰い止めていた番外個体は、
厳しい『調整』に身を投じることとなった。


そして木原数多とその手勢を封じ『妹達』と学園都市の平穏を庇うべく立ちあがった一方通行も冗談では済まされない怪我を負った。


やっと迎えた退院に事情を知る上条当麻とその同居人であるインデックスは彼らの退院祝いをすることを決めたのだが、悲しきかな。
二人は不幸体質とシスターの名に反した暴食の所為で万年金欠の身である。
そこで上条とインデックスが考えた名案というのが、



『あ!ならお金持ちの一方通行にスポンサーについて貰えばいいんだよ!』

『冴えてるじゃないかインデックス!!』

『なンでだァァアアァァアァアァア!!!!!!!』





「まあ皆無事に日常に戻れたんだし良いんじゃないかな、ってミサカはミサカはあなたのお財布なんて気にせずに無責任に発言してみたり」

「ミサカも良いと思うよ。どーせあなたお金持ってるしそれくらいがお似合いだよ」

「自分で金稼げるよォになってから言えクソガキ共」



574: 第十話 『部屋と新展開とミサカ』 2011/01/04(火) 01:05:53.48 ID:Ja80mfo0




一頻りのパーティーを終えた上条達が帰宅するのを見届けた一方通行は(そう。しかも彼らは会場を一方通行のマンションとしたのだ)、
そのまま靴を履き自身も玄関口を潜った。


「あれえ、お出かけ?ってミサカはミサカは尋ねてみたり」

「仕事だよォ、シ・ゴ・ト。オマエらが見境なく使ってくれるお蔭で働きアリさンになンなくちゃならないンですゥ。
 ただでさえ研究職と教員の二重生活だっつーのによォ」

「うぅ……無駄遣いはやめます、ってミサカはミサカは反省してみたり……」


キチンと戸締りして早く寝るんだぞォ、と告げた一方通行に研究所に泊まるのかと当たりをつけた打ち止めは
忠告通り玄関の戸をキッチリと閉めてカギとチェーン、更には電子ロックの三重防備を施した。
もう子供じゃないのにと思っても事件が起きたのはつい数日前だ。


「気を付けろって言ってくれるのが愛、みたいな?ってミサカはミサカは自分で言ってて恥ずかしくなっちゃったりキャー♥♥♥♥」





575: 第十話 『部屋と新展開とミサカ』 2011/01/04(火) 01:06:42.30 ID:Ja80mfo0






一方通行が訪れた路地裏を更に外れた先にある廃ビルだった。
一見ボロボロに見えるそこは目を凝らせば人の出入りが窺える。


「当事者のお前の到着が一番最後ってのはどうなんだよ。常識的に」

「黙れメルヘン野郎」


一方通行がガラス戸の所々割れたドアを潜ると、垣根を初めとする十数人の男女が彼を出迎えた。


麦野,絹旗,滝壺,浜面の4人から成る『アイテム』の面々。
『スクール』から合流した垣根,心理定規の2人。
土御門,海原,結標の嘗て一方通行が所属した『グループ』の元メンバー3人と、結標が『グループ』時代に人質に取られていた少年達が数人。


彼らは表で普通の生活する一方通行が多少のデメリットと引き換えに
自分たちにとっての学園都市のメリットを目指し行動を共にする現在の『共犯者』である。


一方通行にとって、そして彼らにとって互いに対する『仲間意識』や『信頼』といった感情は一切存在しない。
代わりに互いの強さを認める程度の『信用』は置いている。


「時間通りではあるから遅いだの何だのはそこの心の狭い第2位と違って言わねえけどよ、
 木原の『肉体復元』に関する技術情報は掴めたんだろうなあ?」


文句は言わないと明言している割に既にキレかけている麦野沈利が浜面から馬のようにどうどうと言われながらも一方通行を言及する。
本日のメインテーマの1つがこの話題でもあり、コレは彼らの中では一方通行にしか判別の付かない事だった。



576: 第十話 『部屋と新展開とミサカ』 2011/01/04(火) 01:08:44.05 ID:Ja80mfo0



「………結果から言えば、俺と冥土返しで開発した『クローン技術』を応用した欠損部位補完の為のそれだった。
 肉体全体を再生させるなんてマネしたのはそこのメルヘンだけだったが、プラチナバーグの野郎は俺を狙って木原に試したらしい。
 元々手綱の握れねェ『一方通行』への対策の一つとして、理事会の一部で垣根と同様に脳の保管はしてたみてェだしな」



一方通行の報告に心理定規の肩がピクリと揺れた。
4年前、彼が管理していた『未元物質生産ライン』を含む管轄内を掌握した『グループ』に垣根帝督の引き渡しを交渉した彼女は
垣根の復活の為の技術開発から現状までの経緯を考えて僅かながらも責任を感じているのかもしれない。



「だがプラチナバーグがその技術を応用しようとした所で使いこなせるとは思えねェ。
 一般に知られているのは事故や病気で損失した人体の一部を造りくっつけるモンだ。
 人一人丸々作るクローンよりある意味で調製が色々と面倒な代物を再現するだけの『協力者』が居た筈だ」


「ローマ正教に潜伏していたショチトルから入電がありまして、それに関しては自分が多少掴んでいます。
 今回の一件で露見したアレイスターの死亡情報をローマ正教内に齎したのはスペイン星教の様で、
 その内容があまりにも学園都市内部に精通したものだった為に彼女はスペイン星教の手の者が此方側に潜んでいると推測しています。
 スペイン星教の方にはロシア成教内に回していたトチトリを派遣したのでそちらについても近日中に報告できるかと」


「スペイン星教か……迂闊だったな。ローマ正教にロシア成教,そしてイギリス清教までは常に情報を張っていたが、
 あちらにはあまり手を回していなかった」



577: 第十話 『部屋と新展開とミサカ』 2011/01/04(火) 01:09:51.23 ID:Ja80mfo0


海原や土御門の意見に他の面々が口を挟む事はない。
2人以外は魔術サイドに関しては少々聞き齧った程度の素人であり、専門外だ。
序でに言えば学園都市の様に世界中に知られる大組織に比べ
魔術サイドは各地に別れる宗派の更に一部の人間だけが係わりを持つ能力である為に科学サイドの人間からはその全貌が掴み辛い。


基本定義や情勢の一般公開が微塵も無いだけに、科学 対 魔術が正面からぶつかり合うとなれば科学サイドに多少分が悪かった。


そのうえ現状、魔術サイドのどの組織が学園都市に手を出した所で『クローン能力者のり危険性』を訴えられれば
学園都市側としても国際的にも全面的な非難は出来ない。
そもそも道徳的な問題としてクローン技術は禁止されており、ミサカネットワークを利用したウイルス流出法を提示されると
クローンの人権が通るかも厳しいのだ。


「学園都市入門ゲートの監視は『アイテム』に一任する。が、AIM拡散力場を持たない魔術師を相手にするのは滝壺には難しいだろうし、
 お前は後方支援として俺達の状況を力場の揺れから察知しててくれ」

「わかった、私は魔術を知らないしつちみかどに今回は従う。……むぎのはそれで文句ない?」

「まあ餅は餅屋ってね。良いわよ、ゲートは私と絹旗で担当するからあんたは浜面を護衛に後方支援に付きなさい」


魔術専門家の土御門や海原が今回は中心指揮になるとはいえ、各メンバーはこの『大組織』の中でそれぞれ『小組織』に属している。
滝壺のリーダーはあくまで麦野であり、彼女の配置は麦野に最終決定権がある。



578: 第十話 『部屋と新展開とミサカ』 2011/01/04(火) 01:10:31.00 ID:Ja80mfo0


「外部からの侵入は『アイテム』が阻止するとしても既に学園都市内部に潜んでいる魔術師が居る事は確かだ。
 そこで結標のグループが人海戦術でそいつらを捜索、俺と海原も魔術方面から捜索に当たる。
 発見次第駆逐出来る様垣根は戦闘準備をして待機、心理定規は通常通り敵を確保してからの査問官として動いてくれ」


土御門からの指揮を適確な指示として受け取った3人は自身の名が呼ばれると共に首を立てに振るう。
それを見取った土御門は最後に残った一方通行に顔を向け静かな口ぶりで彼を諭した。


「世界中に散らばった量産能力者全員にこちらから護衛を送る事は出来ない。妹達自身に自衛して貰うしかないのは解るな?
 最終信号から最低でも2人1組での行動を取るよう上位命令文を命じさせろ。そしてお前は今度こそ最終信号を手放すな。
 海原の報告通りスペイン星教には木原を復元するだけの『科学技術を有した魔術師』がいる。お前が何をすべきか、良く考えておけ」






579: 第十話 『部屋と新展開とミサカ』 2011/01/04(火) 01:11:13.81 ID:Ja80mfo0









『お前が何をすべきか、良く考えておけ』


土御門の言葉が一方通行の優秀な脳内で何度も巡り、そして消えた。
俺が何をすべきか。
答えは既に出ている。妹達を、打ち止めを全力で護る。それだけだ。
一方通行には己に課した絶対的なルールがある。


≪ 例え何があっても妹達や打ち止めといったクローンを傷つけない ≫


こんな血塗れの自分が彼女達の笑顔を作れるとは思えない。
それでもせめて、彼女達が自分の内側から生み出した笑顔を護りたい。一方通行はそう思っていた。


だが実際はどうだ。
木原数多によって簡単に打ち止めを奪われ、作戦の為に海原の護符精製として彼女の皮膚を裂いた。
全ては己のミスだ。
打ち止めが狙われている事を知りながら、否、妹達の弱い立場をずっと前から理解していながら彼女達を護れなかった。


(そンで?今回はどうだ、妹達全員を目の届く場所に置くことなンて俺には出来ねェ。
 結局俺はアイツらに絶対的な安全地帯を用意してやることさえ無理っつーワケかよ……)



580: 第十話 『部屋と新展開とミサカ』 2011/01/04(火) 01:12:21.77 ID:Ja80mfo0


一方通行は自分が未だ暗部に属している事を表の生活に関わる人間に話していない。
不本意ながらも友人のカテゴリに入る上条当麻やインデックス、妹達の素体となった御坂美琴、
家族と認める黄泉川愛穂や芳川桔梗、そして妹達の一人である番外個体や打ち止め。


誰一人として一方通行が『日常』へと帰って来て6年経った今でも、
自分から残ったとはいえ学園都市の暗部に居る事を知らない。


打ち止めからミサカネットワークを通じて自己防衛を徹底するよう妹達に勧告させるとなると
多少省いたとしても自分が裏社会に関わっている事が察せられるだろう。
量産能力者を危険視する魔術師が学園都市外部から各個体を狙った場合、護ると誓った妹達も
結局は自分で何とかしろと放りだす事になる。


(アイツらにこンな世界は見せたくなかったっつーのに………クソッタレが!!!)


一方通行にはそれが歯痒くて仕方ない。
それでも、現実を考えれば自分一人でどうにかなる問題では事態は無くなってしまった。






583: 第十話 『部屋と新展開とミサカ』 2011/01/04(火) 01:16:57.68 ID:Ja80mfo0







ミサカ14510号はスネークと称される17600号から対価と引き換えに横流しして貰った一方通行の写真を眺めながら
頬を染め一人ニヤニヤと他者から見れば気持ちの悪い笑みを浮かべていた。



1か月に1度送ってもらう一方通行アルバムの最新版。
学園都市へは中々向かえない彼女にとって、想い人に接せられるこのアルバムは
誰に何と言われようと恋する乙女の真っ当でありがちな手段であった。決してストーカーなどでは無い。



「と、考えながらも……あでもやっぱり一方通行さんには知られたくないわ恥ずかしいキャー
 なんて思ってるんだろ言ってみろよ。まあミサカにとってはその湧き上がる背徳感も美味しいがな、とミサカは推測および意見主張します」


「に、20000号!!いつから見ていた!
 つーかあの人に使う 薬やら用意したりあの人の写真見ながら下品な想像してるヤツに背徳感云々言われたくねーよ!
 とミサカは20000号に写真を横取りされないよう隠しながらツッコミます!!」



20000号が調製機器の問題で在住する研究所から一番近い此処を尋ねている事は知っていたが、
まさか至福の時間(一方通行とのラブラブ妄想タイム)を見られるとは……



「(ラブラブ妄想タイム)って要は賢者モードだろお前も下品な想像してんじゃねーかなあ兄弟、
 安心してコッチに来いよ[xxx]とか[xxxx]とか考えたって何にも問題な――――」


「問題大アリだァァァア!!!!ミサカネットワークから思考を読むなというか思考洩れてた?え、マジで?
 やだちょ、いやでも本当に下品な想像なんてしてないからねカップルストローしか想像してないもんってミサカは――――」


「大丈夫大丈夫中学生みたいな想像(手繋ぎ,一本マフラー,お弁当差し入れetc)しか見てないから、ってミサカはフォローしま……ププッ」


「笑ってんじゃねぇェエエエエ!!!!!」



584: 第十話 『部屋と新展開とミサカ』 2011/01/04(火) 01:20:13.32 ID:Ja80mfo0


大声で怒鳴り散らした14510号はハァハァと肩で息をしながら勢いで飛んだ唾を拭いつつ20000号を睨み上げ、
暫くすると脱力したように溜息を吐いた。


「お前に何を言っても無駄だって事は生まれてからこれまででもうしっかり分かっちまってるよ悲しい事に、とミサカは諦めの意を示します」

「お。なら一方通行ちゃんマジ天使はミサカに譲るということで、とミサカは結論付けちまいます」

「オイコラそういう意味じゃ……、―――――!!!」









普段直には会えない妹達同士の親睦を兼ねた他愛無い雑談を続けていた彼女達は、
しかし次の瞬間2人同時に勢い良く首を後方へ振り翳し目を見開いた。


「右前方50 m先の曲り角に不審な人影を発見。武器の携帯は見受けられたか?とミサカは20000号に確認します」

「いんや、一瞬しか見えなかったが銃器は無かったように思えた。
それでも携帯用ナイフなんかを所持してる可能性もあるから油断は禁物だな、とミサカは14500号に注意を促します」


言葉とネットワークだけで互いの意見を交換し合った2人は声を揃えて通路の陰に隠れる人影に問うた。


「「さて。あなたは何者ですか、とミサカは尋ねます」」


だが彼女らは自らが尋ねた問いへの応答にその僅か数秒後、困惑することとなる。


「あァ。俺だよ」

「一方、通行 ――――――?」




10月10日、日本時刻PM 23:08。
科学サイドと魔術サイド、そして妹達と魔術師を交えた新たな物語がここに幕を上げる――――。



593: 第十一話 『部屋と激突とミサカ』 2011/01/04(火) 20:37:02.10 ID:Ja80mfo0





10月10日 日本時間 22:59


大学内のサークルで行われた飲み会で帰宅が遅れた御坂美琴は不良共が屯する夜の学園都市を歩いていた。
2次会を見送ると告げた美琴に、あと1時間で日付が変わる様な時間帯でもある事から帰宅の共を名乗り出た男子が数人いたが
皆『超電磁砲』と恐れられる超能力者・御坂美琴の実力を知っている為に美琴が丁寧に断りを入れれば彼らはあっさりと引き下がってくれた。



「でもこれだけガラの悪い奴らが雁首揃えてるんですもの、フツーの女の子だったら危ないでしょうね……」



既にその『ガラの悪い奴ら』を幾人か伸した美琴はつい先程電撃を浴びせ昏倒させた周囲の男を眺めながら呟いた。
大多数の子供を預かりながら学園都市の治安が何処か不安定なのは相変わらずだ。


さて、このスキルアウトであろうと思われる男共は如何しようか。
放っておいても美琴としては一向に構わないのだが、
彼らが別の不良達に追い剥ぎされる可能性を考えれば警備員にでも連絡してやるべきかもしれない。
こんな時上条当麻ならほぼ間違いなくお節介に彼らを気遣い何かと対処してやることだろう。



594: 第十一話 『部屋と激突とミサカ』 2011/01/04(火) 20:37:48.33 ID:Ja80mfo0



(べ、別にアイツに褒められたいとかアイツみたいにしたいとかそんなんゃないんだからっ!!)


脳内ですらツンデレを展開する美琴が携帯電話を取りだそうとバッグへ手をかけた所で、美琴は気付いた。
遠くから喧騒が迫っている。


それもそこいらの不良共が織り成す様な罵声の応酬では無く
例えるなら動物達が獲物を捉え様と列を為す緊張感が静かに、そして確実に迫ってくるイメージ。


一度は超能力者である自分を狙ったものかと考えた美琴であったがどうにも近づいてくる気配の殺気はこちらに向いていない様に思える。
何処か近くで美琴の知らぬ厄介な事件が起こっているらしい。


まさか件のトラブルメーカー・上条当麻ではあるまいな。
そんな事を考えた美琴が周囲全体に意識を集中させた美琴はその瞬間何か引っ掛かりを捉える事に成功した。
感じ慣れた能力の感覚。自身と同等のチカラ。



「狙われてるのってまさか……妹達!?」







595: 第十一話 『部屋と激突とミサカ』 2011/01/04(火) 20:38:28.07 ID:Ja80mfo0







10月10日 日本時間 23:01


ミサカ10032号、通称・御坂妹は息を上げながら夜の街を掛けていた。
早く、早く逃げなければ。
彼女がこれだけ自身の死を実感したのは『絶対能力進化実験』で一方通行と対峙したあの夜以来かもしれない。


妹達はこれまでに何度も命の危機に瀕している。
しかしそれは『自分とは別のミサカ』が体感したそれをネットワークを通じて知り得た謂わば『情報』に過ぎない。


だが、今は違う。
今にも殺されそうになっているのは間違いなく自分で、必死にもがいているのも『このミサカ』だ。


死にたくない。
そんな感情が彼女の中で華を咲かす。
与えられた命であると語っていた自分が心の底からそう感じられたのに、その瞬間に死ねと言うのか。


学園都市では風変りなファッションとしても見受けられない様な在り得ない格好―――
―――――古めかしい修道服の様なものを着込んだ訳の判らない一団は、訳の解らない能力を行使しながら静かに歩み寄ってくる。



「―――――っ!!」



後ろからジリジリと迫り来る敵を視認した御坂妹はミサカネットワークで他の個体へ危険を知らせながらひたすら逃げる。
精々が強能力者程度の自分の能力は通じなかった。
学習装置によって武器の扱いや体術も知識としてインストールされているが、
武器なんて日常で携帯している筈もないしあの人数に体一つで挑もうというのは些か無謀だった。



596: 第十一話 『部屋と激突とミサカ』 2011/01/04(火) 20:39:20.10 ID:Ja80mfo0



万事休す。
そんな言葉が脳内を占め始めた彼女が頭を振って逃げる事に集中しようと路地の角を曲った時。
御坂妹の右手が不意に掴まれ、彼女の体が横に伸びた路地裏へと吸い込まれた。



「なっ―――――!!!」



悲鳴を上げようとした口は右手を掴む手とは反対のそれで覆い塞がれ、
暴れようともがく体はビリビリと体全体を弱く取り巻く電流で拘束される。



「ん、ん``ーーーー!!ん``ん``ん``ーーー!!!!」

「ちょ、大人しくなさい!アイツらに見つかっちゃうでしょうが!!」



耳元で囁かれる声は焦っていながらも自分を労る優しい音色だった。
声の通りに大人しくすれば溢れ始めた涙をポケットから取り出したハンカチで拭ってくれる。





「よく頑張ったわね。もう大丈夫よ、あとは私に任せなさい」

「――――お姉、様ぁっ!!」





597: 第十一話 『部屋と激突とミサカ』 2011/01/04(火) 20:40:02.57 ID:Ja80mfo0



しゃくりを上げながら本格的に泣き始めた妹を美琴はしっかりと抱きとめながら路地の奥深くへと進んでゆく。
電気を使って敵が居ないか周囲をサーチしながら、彼女が落ち着いたのを見計らうと美琴は真剣な眼差しで妹を見遣る。



「ジーパンは似たようなデザインだし問題ないわね……上着を貸しなさい、それでアンタはここで待ってなさい」

「お姉様!まさかミサカの代わりになるつもりですか、とミサカは問います!それはあまりにも危険です!!」



御坂妹は美琴を必死で止めようとするが、聞く耳すら持たずに美琴は効率良く妹の上着を脱がせ自分のそれを被せた。
そして自分の荷物や携帯を妹へと押し付けると自身に満ちた笑顔でこう告げる。



「アンタ、私が超能力者だって知っててそれ言ってるワケ?―――――それに。妹を護るのは姉の務め、でしょ?」



相手が何の目的でアンタ達を狙ってるか分からない以上、警備員に連絡は出来ない。
でも黒子に留守電入れといたからそのうちに来てくれると思う。あの子が来たらリアルゲコ太の所までテレポートして貰いなさい。
それで万が一、私や自分がヤバいと思ったら、アイツに連絡なさい。

――――――本当は、巻き込みたくないんだけどね。



598: 第十一話 『部屋と激突とミサカ』 2011/01/04(火) 20:40:51.12 ID:Ja80mfo0



御坂妹は、早口でそれだけ言い残して敵が潜む大通りへと駆けて行った『姉』を今度は止める事が出来なかった。
超能力者の姉ですらあの集団に何らかの危険を感じている。
自分が付いて行った所で足手纏いにしかならない事が理解出来てしまった。



「お姉、さまぁ……!お姉様っ……!!」



自分には、膝を抱えて泣きながら姉を待つ事しか出来ない。
姉の無事を祈ることしか出来ない。


しかし、神は彼女を見捨てなかった。少なくとも御坂妹はその時確かにそう思った。
その一瞬、その僅かな時間の中に限って、そう信じてしまった。










ザリ、と埃や砂利で溢れた薄汚い路地裏の地面を踏みしめる音が聞こえた。
御坂妹は慌てて膝へと埋めていた顔を音の方向に振り向ける。


そして、彼女は見た。
上位個体の隣で6年前の8月31日以降ずっと『ミサカ達』を護り続けてくれた存在。
学園都市第3位を誇る姉を上回る実力を持つ数少ない相手。



「――――― 一方、通行?」



薄暗い夜の街で巡り合った見慣れた少年の口元が、静かに弧を描いた。





599: 第十一話 『部屋と激突とミサカ』 2011/01/04(火) 20:41:40.98 ID:Ja80mfo0









御坂美琴は古めかしい修道服の様な物を着込んだ不可思議な一団を相手に猛攻を奮っていた。
つい先ほどまで御坂妹を追い詰めていた彼らも、一瞬で様変わりした様な標的に驚きを隠せない。


妹と入れ替わり彼女の振りをして戦う美琴は、
しかし能力スペックは億尾も隠さず全力を出しながら一撃、また一撃と死なない程度にしか手加減しない電撃の槍を敵へと叩き込む。


美琴は焦っていた。
圧倒的優位に立ちながらもピリピリと感じる違和感に。
この小さな綻びが積りに積もって大きくて大切な何かを壊してしまうのではないか、そんな風にさえ感じる謎の感覚。



(何が起こっているのか、この目で確かめる――――っ!!)



自分の感じた違和感を確かめるかのように美琴は再び渾身の一撃を
槍や杖や斧、果てには良く解らない様な物まで時代を一回り二回りも遡ったかの如く非合理的な武器を携えた敵相手に炸裂させる。



600: 第十一話 『部屋と激突とミサカ』 2011/01/04(火) 20:42:23.01 ID:Ja80mfo0



瞬間。
敵の一人が不自然な動きをした指をそのままに杖へと触ると、その杖が捉えた美琴の電撃が七色の光を放出しながら四散した。


一方通行の様な反射でもなければ、念動力で造られたシールドで防がれた反応とも違う。
超能力者として幾人もの人間と対峙した美琴が見た事も聞いた事も無いチカラ。
姿形も能力も学園都市とは相反する敵。



「アンタ達、一体何者―――――?」

「……そうですね。その脳内ネットワークとやらで『妹達』の皆さんにはご挨拶しておきましょうか」



行動に反して丁寧な口ぶりを伴って、敵の一団の中から一人の若い男が歩み寄って来た。
彼が近づくと周りに立つ男女は道を空ける。



「初めまして『ミサカ』さん。危険因子たる貴女方を処分しに来ました、魔術師です」



海を渡ってスペインから来たその男は、目の前の『兵器』を見てにこやかに微笑んだ。




601: 第十一話 『部屋と激突とミサカ』 2011/01/04(火) 20:43:54.08 ID:Ja80mfo0



「――――マジュツ、し?」



RPGに出て来るような中二全開の単語を真面目腐った顔で語る男を前に、美琴は目を見張った。
だが美琴の優秀な頭脳は理解出来ないその『マジュツ』という単語を否定しながらも考察を続けてゆく。


6年前、0930事件。
自分が信じてきた科学的ルールが通用しなかった存在。
最も信頼する少年が『友達』と称し助けに走った巨大な少女の様なその偶像。


『天使』。
あの事件の顛末を学園都市は何と公表していた?
思い出せ、思い出せ。



≪ 学園都市の外には『魔術』というコードネームを冠する科学的超能力開発機関があり、そこから攻撃を受けた ≫



『魔術』。
学園都市の『外』の組織。
つまりはあの『天使』を生み出すのと同等のチカラ。




「――――外の、あの子達の事なんて何も知らない様な人間が、……あの子達を否定するんじゃないわよ!!!」




602: 第十一話 『部屋と激突とミサカ』 2011/01/04(火) 20:45:00.63 ID:Ja80mfo0



『魔術』を自分なりに理解し解釈した美琴は、その『魔術』というチカラよりも
学園都市の外から来た妹達のその優しさも強さも持つ心を知らない人間が勝手に彼女達を否定した事に激怒した。


これまでは死なない程度まで攻撃を加減してきたが、妹達に手を出そうというのなら話は別だ。
尋問する一人を除いて全員始末したって構わない。


沸騰した頭が殺意を弾き飛ばす程に熱くなった美琴は全力を込めて超電磁砲を放つコインを弾こうとした。
だが。



「学園都市にはこんな時間でも徘徊する若者が沢山居るんですね」



その言葉に美琴が周囲を見渡せばそう遠くはない距離で
呑気にケータイのカメラを向けながらこちらを観戦している人影がチラホラと窺えた。
いつの間にかステージは人通りが多い場所へと徐々に移動させられていたらしい。


こんな場所で超能力者の美琴が全力を出したらどうなる事か。
一気に冷めた頭で幾つかのシミュレーションを弾き出してみたが何の関係も無い一般人を巻き込んでしまう可能性が大きすぎる。



「ならっ――――!」



コインを懐に戻し美琴はバチバチと指先からある程度加減して発した紫電を、槍を構えた敵へと浴びせかける。
攻撃を向けられた敵はブツブツと早口で呪文の様な物を捲し立てると無防備に突っ立ったまま構えた槍を突き出してきた。



(……?そんな槍一本で私の攻撃を防げるわけ……)



しかし無防備な敵へと向かった紫電は絡め取られる様に槍へと巻き上げられ、
不可解な光を散らしながら物理的に不可能な方向へと弾き飛ばされた。



603: 第十一話 『部屋と激突とミサカ』 2011/01/04(火) 20:45:41.64 ID:Ja80mfo0



躱すでもなく消すでもなく弾け飛んだ美琴の一撃は、あろう事かこちらを窺っていた若者の集団へと突っ込んでゆく。
呑気に写真なんて撮ろうとしていた連中が手加減してあるとはいえ美琴の攻撃を受けて大怪我をしないわけがない。



「しまった――――――!!」



突如電撃に襲われた少年達は叫びを上げる暇すら与えられず
驚愕と恐怖に開いた口を閉じることすら許されぬままに硬直した体の所為で指一本さえ動く事が叶わないでいた。


そんな彼らの下へ美琴が駆け出すが頭の片隅では既に計算してしまった結果が踊り狂っている。
間に合わない。
今から別の電撃を発して少年達に向かった自分の紫電を相殺するにも、自分が身を挺して庇うにも時間が足りない。



(もう、駄目………!!)



諦めと覚悟が美琴の中に生れてしまった。
その躊躇いが走る彼女の脚を半歩分程遅らせる。



604: 第十一話 『部屋と激突とミサカ』 2011/01/04(火) 20:46:46.81 ID:Ja80mfo0



少年達は動かない、動けない。
手を伸ばす美琴の手も、届かない。
誰が見てももう駄目だと思える状況だった。



(―――――っ!)



予期してしまった未来に、見たくもない光景に目を反らして閉じた美琴は
だがそれにより研ぎ澄まされた聴覚によって絶対的な救済者の存在を察知する。






「随分苦戦してるみたいじゃねェか、超電磁砲」






少年達を今にも呑み込もうとしていた紫電が先程の槍とは違う原理で弾き飛ばされた。
飛んでいった先は槍の遣い手。
美琴が本来攻撃しようとしていた相手の胸へと凄まじい電撃が付き刺される。


紫電を『反射』した青年はダン、と地を蹴って美琴の背へと自身の背を向け
背中合わせとなった美琴へと口元に弧を描きながらさも可笑しそうに笑って言った。




「超能力者同士のタッグ戦なンてマニアなら金払ってでも見てェような光景じゃねェか
 ―――――始めようぜ超電磁砲?こっからは反撃開始だってなァ!!」




605: 第十一話 『部屋と激突とミサカ』 2011/01/04(火) 20:47:46.42 ID:Ja80mfo0








急に自分達に対峙した一方通行から発せられた『超電磁砲』という言葉に魔術師達は揃って首を傾げた。
『超電磁砲』というのは確か標的の素体となった人間の異名ではなかったか。


そこで彼らはやっと気付いた。
能力スペックが事前情報とは明らかに事なった目の前の人間が出来そこないの欠陥品などではなく恐るべきオリジナルであった事に。



「あの手の輩は武器構える暇すら与えねェか、武器と声のどちらかを奪っちまえば大抵何も出来なくなる」

「良く解らない法則に惑わされるな、ってワケね―――――後ろ。任せたわよ」

「誰にモノ言ってンだ三下ァ………俺は学園都市第一位の化者『一方通行』様だぜェ?」



目でも口でも合図は無しに、しかし息の合ったタイミングで超能力者達の猛攻が始まった。
第三位の『超電磁砲』、第一位の『一方通行』。
二人によって組まれた突発タッグはそうとは思わせない見事な連携を見せ魔術師達を翻弄してゆく。


携えた武器を構える暇も詠唱させる時間も与えない。
途中仲間が攻撃を受ける間に無から有を生み出す様な奇妙な術を行使する者も見られたが
魔術への対応に戸惑いを見せる美琴を背に追いやりながら彼女の前へと躍り出た一方通行がそれを調整しながら反射する。


反射された筈の敵の一撃は物理法則を無視して七つに分裂し、
内一つが美琴へと向かうが彼女は電気を纏った右手でそれを往なしながら一方通行の背目掛けて飛び出した敵を粉砕する。



606: 第十一話 『部屋と激突とミサカ』 2011/01/04(火) 20:48:45.88 ID:Ja80mfo0



「くっ――――!」



リーダー格らしい唯一美琴と口をきいた魔術師が唇を噛む。
まさかこの段階で超能力者と、それも同時に2人になんて対峙するとは想定していなかった。


一方通行と美琴は余裕の表情で次々と仲間達を昏倒させてゆく。
彼らに自分達を殺す気はないようだが勝ち目はないとみて間違いないだろう。


一体どうすべきか。
最も有効な手段を算出していた彼は、自分の後ろからザリ、と地面を踏みしめた音を捉えた。


―――――来た。
それは、標的たるクローンを一端見失った際最も広い範囲の捜索に走らせたモノだった。
アレならば『この』2人が相手なら勝ち目がある。







「標的の内1体を近隣の路地で発見しました。
 明確な命を受けていない為そのまま連行しましたが如何致しましょう、と一方通行はマスターに指示を求めます」









一方通行が、2人―――――?
美琴の小さな呟きだけが、星の見えない静寂の中響き渡った。






607: 第十一話 『部屋と激突とミサカ』 2011/01/04(火) 20:49:50.05 ID:Ja80mfo0









10月10日 日本時間23:08。



「一方、通行 ――――――?」



ミサカ14510号とミサカ20000号の前に現れた一方通行は多少ばかり不機嫌そうな表情を浮かべながら心なしか拗ねた口調で



「他のこんな白髪に赤眼が一体何処に居るって言うンですかァ?研究の一環でオマエらの居る施設順々に回ってンだよ」

「そうでしたか。そのような情報は受けていなかったので少し驚愕しました、とミサカは弁明します」



あァ、構わねェよ?
そう語る一方通行が自身の右手を、返事を返した14510号の左肩に伸ばし―――――


バチバチバチ!!
伸ばされた一方通行の右手が14510号から発せられた電撃によって弾かれた。



「―――――何しやがンだ、テメエ?」

「あなたは何者ですか、とミサカは再度問います。今度こそ正確な解答を期待しています」



自分を睨み上げるような視線に、一方通行は何の感慨もなさそうにその顔から一切の表情を消し去った。
と言うよりも、何の感情も無い事が彼の基本形であるかのような既視感を覚えるその態度は。



608: 第十一話 『部屋と激突とミサカ』 2011/01/04(火) 20:53:41.64 ID:Ja80mfo0





「何故。オリジナルでは無いと解りましたか、と一方通行は疑問を提示します」


「身長が目測6.7センチ低い、髪が3.2ミリ長い、筋肉の付きが5.2パーセント足りない、ウエストが1.3センチ細い。
 ………他に相違点はまだ解るだけで132項目程ありますが全部羅列する必要がありますか、とミサカは指摘します」




14510号から事細か過ぎるほどに明確に指摘された答えに少年は怪訝そうに眉を顰めた。
答えを確認するかのように自身の髪や腕の筋肉などを眺めながら




「確かに設定年齢はオリジナルの最盛期であった15歳前後でありますがそこまで細かな指摘を受けるとは思いませんでした、
 と一方通行は自分が贋物である事を肯定します」


「ミサカに言わせれば年齢と共に漂いが増した色気とか何とかがまだまだ足りないのが一番の違いかね、
 とミサカはあの人の懐かしい姿に口角が上がるのを抑えきれません。
 ―――ところで、14510号から求められた明確な答えが未だ返って来ては居ませんが?
 大方検討は付きますがその吸いつきたくなる可愛らしいお口から言って欲しいものですね」




応えるべきか否か。
躊躇いを見せるかのように間を空けた白髪赤眼の少年は、しかし考える素ぶりや表情などを一切見せないまま口を開いた。



その言動を嘗ての自分達と重ねた14510号と20000号は確信する。
瞳に宿る感情の色が一点に集中せず常に視界に映るモノを追いかけている様な曖昧な焦点。
強制入力された知識から生まれる独特の口調。
それは。




609: 第十一話 『部屋と激突とミサカ』 2011/01/04(火) 20:54:14.26 ID:Ja80mfo0










「一方通行型量産先端深化能力者02号とでも答えるのが妥当でしょうか、と一方通行は生産ロッドから検体標識を告げます」










一方通行、御坂美琴、妹達――――。
三者にとっての悪夢の様な計画が、今、明かされる。







622: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:31:06.18 ID:V6HRnCQ0







「一方通行型量産先端深化能力者02号とでも答えるのが妥当でしょうか、と一方通行は生産ロットから検体標識を告げます」








623: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:32:15.37 ID:V6HRnCQ0







「……『深化』、ですか?とミサカは疑問を提示します」


「我々は破棄された『妹達第三次製造計画』での番外個体製造ラインを参考に
 オリジナルの全盛期を模する事で全ての個体における能力値を大能力者相当に設定されています、と一方通行は返答します」



予期していた解答とはいえ、
目の前に立つ少年本人から聞かされた言葉にミサカ14510号と20000号は少なからず動揺した。


元来能力値が等しかったとしても『一方通行の模造品』と『超電磁砲の模造品』とでは圧倒的有利となるのが前者である事は
『絶対能力進化実験』の際に『樹形図の設計者』がオリジナル2人の戦闘シミュレーションを予測演算した結果からも既に明らかだ。


だというのにこの少年は大能力者のチカラを有し、妹達にその牙を向けるというのだ。
普通に考えれば真正面から対抗しても勝てる可能性は皆無である。




624: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:32:56.12 ID:V6HRnCQ0



だが。
狼に喰われる運命にあった羊は、普通のカテゴリに収まりきらない存在だった。



「そうですか。お蔭で疑問はサッパリ解決できました、とミサカは少年・一方通行02号に頭を1つペコリと下げます」

「んじゃ、お礼までしてやったんだから可愛いお顔歪めながら這いつくばって●いでごらん?
 とミサカは14510号のセリフを利用して誘惑という名の挑発をしてみます」



1万人近く存在する妹達の中でも『断固セロリ派』を自称する異端2人は、
憧れの人の懐かしい姿を前に先輩クローンらしい大人の余裕を見せつけてみせた。







625: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:33:35.85 ID:V6HRnCQ0








「もうっ!とうまったらまた知らない女の人とイチャイチャしちゃって!!」

「イヤでもアレは不可抗力と言いますか転びそうになってたのを助けてあげたら何かああなっちゃったと言いますか……」



上条当麻とインデックスは一方通行宅で行われた退院パーティーの帰り道、
いつも通りの不幸体質と対を成す超フラグ体質が齎すハプニング●●●イベントに遭遇した。


帰宅を急いでいたらしい若い女性が沿道にあったコンクリートの塊にヒールを引っかけた事に気付いた上条が
女性が躓く前に支えようとした、という内容だ。


だが結果的に上条は、自分も足元に落ちていた別の小石に足を捕られ何とか女性の背が道路に激突する事は避けられたものの
彼女の胸元にそのツンツン頭を丸々ダイビングさせてしまったのだった。



「人を気遣える心は素晴らしいけど胸に飛び込むのはあり得ないかも!
 結局女の人の荷物も毀れちゃったし探すの手伝ってたらこんな時間になっちゃったし!!」

「いやホント……ゴメンなさい」




626: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:34:50.93 ID:V6HRnCQ0



今日はインデックス噛みつかないで来ないんだなー、成長したなホント。
なんて謝りながらも上条がそんな失礼な事を考えているとは露知らずインデックスは彼の得意とする説教を本日は自分が行っていた。


が。
そのインデックスの動きが突如『何か』に反応しピタリと止まった。
俯いた顔を彩る真剣な眼差しはずっと考え込む様に地面を見つめている。



「魔術、の気配がする……」

「魔術?ステイルか神裂でも来てんのか?」

「ううん――――そんな感じじゃない、あんまり感じ慣れてないタイプだからいまいちハッキリとは言えないんだけど――――
 何かを、……攻撃してる?多分遣い手は複数いるんじゃないかな?」



魔術師による何らかの攻撃。


昔土御門に聞いた話だと、第三次世界大戦が終結してからはアレイスター統括理事長の働きで
科学サイドと魔術サイドはお互い必要以上に干渉せず理由ない武力行使も行わないという締結が結ばれた筈だ。


だが実際この学園都市で複数の魔術師が攻撃を仕掛けて来ている。



627: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:35:44.45 ID:V6HRnCQ0



嫌な予感がした。
やっと訪れた学園都市の平穏を何もかもブチ壊す様な『何か』が近づいてくるような、そんな予感が。



「インデックス、その魔術の気配がする場所って判るか?」

「うん。結構遠いけどちゃんと案内できると思う」



上条の意思を呑んだインデックスは何も言わずに彼へと協力の意を見せる。
昔なら魔術の事なのだから自分に任せろと言ったものだが、どれだけ止めても無駄だという事は長い付き合いの中で既に学習してしまった。



ならば、魔術に詳しい自分が最初から彼と共に行動し彼をサポートする方がずっと彼にとって安心だ。
そして。


「誰かが困っているかもしれない」。
それだけで動き手を差し伸べてくれる彼を愛してしまったのだから、インデックスに上条当麻という男を止める事は到底不可能な話だった。








628: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:36:32.95 ID:V6HRnCQ0







ズリ、ズリ―――……

七分袖のシャツとスカートから伸びた傷だらけの手足。
コンクリートで舗装された地面を引き摺られながらも声の一つも上げないグッタリとした茶髪の女。


そして、女の襟首を無情に掴む目の前の『自分』。



「学園都市を拠点とする標的の処分に関する明確な命を受けていなかった為そのまま連行しましたが如何致しましょう?
 と一方通行はマスターへと指示を要求します」

「良くやった05号。そのまま殺さない程度に傷めつけろ。出来るだけ、お前のオリジナルと超電磁砲に見せつける様にな」

「了解しました、と一方通行は行動に移ります」





何ダ、コノ光景ハ?






629: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:38:01.27 ID:V6HRnCQ0



10032号こと御坂妹の襟首を放りだす様に話したクローンは静かに、
しかし正確に急所を狙ってベクトルを器用に操作しながらそのまま彼女を蹴り始めた。


どれだけ理不尽な暴力を受けようとも御坂妹は何の反応も示さない。
完全に意識を失っている。


暫く無感情に彼女を蹴っていたクローンもそれでは「見せつける様に傷めつける」という命令を完遂できないと踏んだのか、
あろうことか彼女の首筋に細い指先を当て生体電流を操る事で無理矢理その意識を覚醒させた。


強制的に再覚醒された痛覚が体中で悲鳴を発する。
現在進行形で与えられる強烈な痛みに御坂妹は思わず声を上げた。



「―――――っ、あ、ぁ、あ!痛っ、いつっ、あ、う、ぅ!!」



自身のクローンが繰り出す刺激に呻く妹達に一方通行の肩がビクリと震えた。
上手く思考が回らない、纏まらない。


妹達を助けなければ。
だが、





『……あ、な、た、の、せ、い、だ』





ロシアで聞いた番外個体の言葉が脳裏に響いた。




630: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:39:47.32 ID:V6HRnCQ0




『だからミサカには糾弾する権利がある。あなたを殺すべき理由がある』




『絶対能力進化実験』が凍結した夜、
御坂美琴が死を覚悟してでも自分に勝負を仕掛けてきたあの気持ちが今ならはっきりと理解できる。


俺の所為だ。


俺が居なければ更なるクローンなど生まれて来なかった。
自分の死で全てが収まるというのなら、一方通行は直ぐにでも自分で自分を刺す事だろう。


目の前のクローン体には確かに自分を糾弾する権利がある、殺すべき理由がある。
だが。



「――――っ、あ!あ!……うぐ、あ、うぅ……」



悲痛な叫びを上げる妹達を助けたい。
しかし、自分の所為で生まれてしまったクローンを傷つけていいのか分からない。


一方通行は困惑していた。





『お前が何をすべきか、良く考えておけ』




何ヲ スベキ カ、解ラナイ。 判ラナイ。






631: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:41:02.78 ID:V6HRnCQ0








能力追跡。
滝壺理后が持つその稀有な能力は、一度記憶したAIM拡散力場の持ち主を捕捉し例え太陽系の外まで逃れても居場所を探知する。



「―――――増えた?、のかな?……うーん……」



小首を傾げながらうーん、うーんと考え込む姿は隣に座る浜面仕上の心を安らかに癒してくれた。


滝壺がうーんと呻く姿を見つめながら、こういう一つ一つの動作全部がこう、小動物、って感じなんだよなぁ……
などと考えていた浜面はご馳走様ですといった仏の顔で「どした滝壺?なんか変な動きでもあったか?」尋ねると



「増えた。あくせられーたのAIM拡散力場が」

「増えたぁ?」



無能力者である上青春時代をスキルアウト、
そしてアイテムという学園都市の暗部の中で過ごして来た浜面にはまともな教養が殆どないと言っていい。
前提からして、ただでさえ馬鹿な頭が滝壺ですら首を捻る様な問題を理解できる筈が無かったのだ。



632: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:42:01.31 ID:V6HRnCQ0



出来るだけ自分にも解る様に、それでいて簡潔に何が起こったか判る範囲で教えてくれ。


滝壺一人で考えるのが難しいなら自分も手伝えばいい等と考えたのが馬鹿だった。
オーダーを受けた滝壺はリクエスト通り3行で答えてくれた。



「あくせられーたのAIM拡散力場が急に増えたの。
 最近追跡してなかったからか何かの装置で隠蔽されてたのか解らないけど突然14個くらいに。
 1つはあくせられーた本人のとして、残りの13個がやけに反応が低いのも気になる……」


「んで、結論を言えばその13個の反応っつーのは何な訳?」



今度は考え込むというより発現を躊躇う様な仕草を見せた滝壺は痛々しい表情で浜面を見上げながら、
ぽつりと小さく言葉を返した。




「前に追跡した最終信号と超電磁砲の違い、に、近い存在」




633: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:42:41.86 ID:V6HRnCQ0





滝壺が感知した反応は『アイテム』以外の組織にも直ぐに伝達された。
感知された13個の反応で妹達のAIM拡散力場に接近していると判断されたものは3つ。


内1つは学園都市の外での反応で在る事から早急な対処は出来ないと見做され、
残り2つの反応を優先的に調査していく事が決定した。



「一方通行のクローンっつーことは『反射』も出来るんだろ?簡単に対処も出来ねえんじゃ……」


「大丈夫。みんなから一番離れたところはむすじめ、もう1つは近場に居たむぎのが向かってくれた。
 感知された能力のレベルも大能力者ってところだし、2人なら何とかなると思う。それに、むすじめの方には本人もいるから」



本人。
つまり一方通行が既に現場に到着しているという事に浜面は一抹の不安を覚えた。
アイツはクローンの事となると考えなしに無茶する傾向にある。


『自分のクローン』と『自分が護って来たクローン』が激突したとき、彼はどうなってしまうのだろう?
沸々と湧き上がる不安を思考の端に寄せて、浜面は自身に与えられた仕事に再び没頭した。


自身の不安が、確かな現実になる事など知らずに。









634: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:43:37.55 ID:V6HRnCQ0








ミサカネットワークを通じて14510号からの報告を受けた打ち止めと番外個体は、
情報としての認識は済んだ物のそれを理解するまでに数秒を要した。


量産先端深化能力者。
クローンによる妹達への襲撃。
一方通行の模造品。


自分達の命を最優先で護りながら、出来得る限り『彼ら』を傷つけずに保護するよう下位個体たちに命じた打ち止めは
『彼ら』に対し『ミサカ達』がどう対応すべきか真剣に悩んでいた。


初めて出来た自分達と同じ境遇の存在。
同胞。
自分達を殺しに来た存在。
学習装置によって強制入力されたであろう『彼ら』の使命。



「どうすれば、皆幸せになれるのかなあ……?ってミサカは、ミサカは――――」



呟くように吐きだされた言葉に番外個体も悲痛な貌を浮かべる。
だが彼女はその直ぐ後に表情を強張らせ、ギョロギョロと恐ろしい形相で周囲を警戒し始めた。



635: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:45:19.61 ID:V6HRnCQ0




≪ 一方通行様がご帰宅なされました ≫




ピンポーンという気の抜ける様な合図と共に
マンション正面玄関のオートロックが解除された事を告げる合成音声が流れた。


ゾワリと番外個体の背中を辿った嫌な気配は、確かに件の『贋物』の物だった。


指紋,声紋,更には眼球によるチェックなどの厳しい検査を
『本人と同じ一品』によって通り抜けた『贋物』は今にも自分と最終信号を手に掛けようと迫って来ている。


危険を察した番外個体は昔に比べ遥かに大きくなった打ち止めの体を何とか担ぎ上げるとベランダへと飛び出した。
自分達の住まいは中々の高層階だったが電撃で空気を爆発させながら段階に分けてゆっくりと着地すれば何とかなるだろう。


少なくとも、『一方通行』という強力な能力を有した自分と同じ大能力者と対峙するよりはずっといい。




『ガキを任せられるか?』




そう尋ねられたのはもう6年も前の話だ。
ロシア側からも学園都市側からも、全てから打ち止めを護れと嘗てあの人の一番大切なモノを託された彼女は
決死の面差しで何十メートルと離れた地面へと飛び降りた。



(最終信号を最後まで護りきれたら、あの人は褒めてくれるかな?)



そんな自分には似合わない感情を、胸に秘めて。






636: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:46:52.73 ID:V6HRnCQ0







妹達の暴走、および侵入者への対策の一つとして研究所内に備えられたAIMジャマーは効果を示さなかった。
設置された部屋へと逃げ込めた時は勝利を確信したが、結局は糠喜びに終わってしまった。



「我々はAIMジャマーによるAIM拡散力場の乱反射を一定まで阻害する装置が埋め込まれています。
 このまま装備が設置された部屋に居れば寧ろあなた方に不利なのでは?と一方通行はお2人に尋ねます」



挑発や蔑みから来る言葉ではなく純粋な疑問として発せられたそれが嫌に反復される。
製造されたばかりの自分達を見ている様で14510号は唇を噛み締めた。


インストールされた目的や手段を顔色一つ変えずに、それがどんな命令であろうと何の反発も無く行う人形。
まさに目の前の少年がそれだった。


死ぬのは嫌だ。だが、殺すのも嫌だ。
子供の我儘の様に矛盾した感情をぶつけ合ったところで打開策は見つからない。



637: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:49:30.45 ID:V6HRnCQ0



≪『反射』の所為で『キャパシティダウン』も使えないだろうけど、どうするよ?
  AIMジャマーを無効化する装置ブッ壊すにしたってあの反射をどうにかしないと無理な話だぜ? とミサカ20000号は意見します≫



ネットワークから20000号が通信してくる。
彼女の言う通り一方通行の反射をどうにかしない限りは絶体絶命の一言から脱せられないだろう。



≪ クローン体が破壊した瓦礫によって援護に向かうまでに時間が掛かる!何とか耐えてくれ!! ≫

≪ いや、研究所に居る14人のミサカ達全員で向かったところで多分結果は変わるとは…… ≫

≪ なら14510号と20000号を捨て置いて逃げるっていうの!?出来るわけないよ!! ≫



14510号と20000号が持つ装備といえば、AIMジャマーが設置された部屋へと向かう途中引き摺り出した
対戦車ライフルのメタルイーターMXとF2000Rトイソルジャーが一丁ずつ。


だが単純な銃火器では『一方通行』という能力を打ち破る事が出来ないのは10031回に渡る『実験』で嫌というほど知っている。



638: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:50:40.54 ID:V6HRnCQ0



元々研究所にいた8名に20000号のように機材の都合から一時的に来訪していた6名を加えた
総勢14名で対抗策を探すも名案は浮かばない。
数で言えばこちらが圧倒しているというのに勝てる見込みは本当に何処にもないのだろうか。



(ん?)



14510号はそこまで考えて引っ掛かりを覚えた。
思い出せ。記憶を共有していた『ミサカ達』には自分が忘れた情報のバックアップなどそれこそ山の様にある。



『一方通行型量産先端深化能力者02号とでも答えるのが妥当でしょうか』

違う。



『我々は全ての個体における能力値を大能力者相当に設定されています』

違う。



『AIMジャマーによるAIM拡散力場の乱反射を一定まで阻害する装置が埋め込まれています』

これだ。
【AIMジャマーを一定まで阻害する装置】。
【一定まで】。



639: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:52:20.03 ID:V6HRnCQ0



AIM拡散力場を乱反射し自分で自分の能力を干渉させ阻害するAIMジャマーは
大量の電力や演算能力が必要で在る為に、大抵の施設ではその装置が持ちうる最大限の効果を発揮しきれていない。


では、その装置に14人の電撃使いが装置へとチカラを貸し与えたら?
もし加わった電力分でより強力な効果を発揮出来たら?



これは賭けだ。
成功率の著しく低い勝負。



≪ 馬鹿げた提案だが、聞いてくれるか?失敗すればこの研究所に居る『ミサカ達』全員が犠牲になるかもしれない。
  だが、成功すれば利用されるが儘の『同胞』を救えるかもしれない。――――のって、くれるか? ≫



1人の問いに、研究所内の13人全てがゆっくりと首を縦に振った。








640: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:53:39.90 ID:V6HRnCQ0







硬直する一方通行を余所に、
数年前の彼と全く同じ姿をした少年は静止命令が来るまで御坂妹に暴力を奮い続けている。


クローンを攻撃する事を拒否した美琴は少年が『マスター』と呼ぶ魔術師に攻撃を仕掛けたが、
新たに現れた別のクローンがそれを庇い立てた。


流石に超能力者の攻撃まで完全反射できなかったのか後方に吹き飛ばされたクローン体の姿が目に焼き付いてからは、
それが一種のトラウマの様に美琴の体を蝕んで彼女に一切の攻撃を躊躇わせた。



顔面蒼白で立ちつくす二人をさも愉快そうに嗤った魔術師は、
御坂妹を傷めつけるよう指示した個体へ卑下た声で次なる命令を加える。



「オリジナルのレパートリーの中に肉を毟り取るものがあったろう、やれ。血液逆流も試してはみたいがそれでは直ぐに死んでしまうからな」

「了解しました、と一方通行は演算に入ります」




641: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:54:30.55 ID:V6HRnCQ0



ビクリ!
一方通行と美琴の肩が震えた。
指を、脚を、腕を、腹を、あらゆる所を千切り採り見せつけ食し蔑んで人間としての扱いをすべて捨て去ったあの行為。


『自分』の指がゆっくりと妹達に近づいてゆく。
実験当時の自分と同じ姿をした『自分』が残虐非道な行為を護ると決めた筈の少女達へ施そうとする。




「嫌!嫌です!ミサカはまだ死にたくは―――――っ!!」




悲鳴を聞く為という理由で激しい痛みの中意識を強制的に保たされていた妹達が死にたくないと叫んでいる。
6年前とは違う、何の拒絶も示さなかった彼女達が恐怖に声を上げながら助けてくれと叫んでいるのに目の前の『自分』はその手を止めない。






『もし、仮に。あの日、あの時、ミサカが戦いたくないっていったら?』






選択肢は終わってなどいない。
これが、答えだ。
一方通行は選びとった運命を掴んだ手を目の前の『自分』へと伸ばし、そして――――――









642: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:56:35.30 ID:V6HRnCQ0








「くっ、はは!?ぎははははははっ!!ぎゃああァはははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」



ベクトル操作を纏った右手が御坂妹を暴行していた個体を貫く。
クローンの腹から決して少なくはない血が流れ出すが一方通行はそれを気にもせず狂気に満ちた嗤いを叫びながらその腹を踏み上げた。



「ぐ、はぁ!!」



足元の『自分』から大きな呻き声が洩れる。
それをしっかりと耳で聞き入れながらもなお一方通行は嬲る様に踏み付ける行為を止めない。



「簡単に死ねると思うなよ、あァ?――――どうした、何か言ってみろよ?」



こんな『自分』は刺しても斬っても討っても射っても打っても蹴っても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺しても殺し足りない。



最早口など開ける状態に無い『自分』を見下ろして一方通行は口角上げた。


一方通行は既に正気でない。
妹達を傷つけていた自分のクローンを『嘗ての自分』と認識し、それを破壊する事で過去の罪を繰り返さずに済むと考えてしまっている。



「止めなさい、一方通行!!」



何とかして彼を止めようと美琴が必死に声を上げるが彼女の声は一方通行に届かない。
静止の声を、受け入れようとしていない。



643: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 17:58:05.09 ID:V6HRnCQ0



無理矢理クローン体から一方通行を引き剥がそうと彼の腕を掴んだ手は全てを拒む彼を象徴するかのように反射されて跳ね返された。


自身が反射した美琴に目もくれず一方通行はこの場に居る2人の『腐っりきった自分』を眺める。


すると、一方通行の視界の端に相手側の急な反撃に主人を護ろうと臨戦態勢に入る個体が映った。
護るべき妹達でなく誰とも知れないクソ野郎を庇い立てるクソみてェな『自分』。


ニヤリ、と一方通行の顔が歪む。




「――――――許せねェンだよ、テメェだけは……」


「な、何を言っている?クローンが新たに生産されたのも、クローン同士で傷つけ合うのも元はといえばお前の所為だ!
 腐りきった自分を棚に上げて私を責めようというのか、ええ!?」




突如として予測しなかった行動に出た一方通行の精神を破壊しようと魔術師は彼を責め立てる。
しかし、一方通行は始めから魔術師など見ていなかった。


彼の視界に映るのは、妹達を傷つける『自分』と、それを許容する『自分』。







「―――――自分(テメェ)だけは絶対に、許せねェンだよおおォおおおおおお!!!!!」








644: 第十二話 『部屋と量産能力者とミサカ』 2011/01/07(金) 18:01:35.40 ID:V6HRnCQ0






目の前の『自分』を本気で殺すつもりで伸ばされた右手が別の誰かの右手によって掴まれた。
これでは『自分』を殺せない。振り解こうと払った右手は、だがより強い力でしっかりと握り絞められた。

掴まれた右手に伝わる熱が、何故だかとても熱く感じる。



いつも窮地に颯爽と現れて救いを与えてゆく『ヒーロー』がこんな『自分』すら救おうと自分に立ち塞がっている。








「腐りきってんのはテメエの方だ魔術師野郎。
 テメエがまだこの反吐の出るみてえな舞台を続けるってんなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!」














お伽噺の様な『ヒーロー』はいつだって傍に居る。
格好良く颯爽と登場出来なくても、躓きながらも転びながらも臨めば必ず『ヒーロー』はやって来る。


自分自身が誰かの『ヒーロー』になれる可能性を、彼はまだ知らない。





665: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:41:28.78 ID:chmuwkna0






「腐りきってんのはテメエの方だ魔術師野郎。テメエがまだこの反吐の出るみてえな舞台を続けるってんなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!」







目の前の『自分』を本気で殺すつもりで伸ばされた右手が、別の誰かの右手によって掴まれた。
いつだって『ヒーロー』は窮地に颯爽と現れて救いを与えてゆく。



『自分』は、こんなにも穢れきっているというのに。








666: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:42:16.66 ID:chmuwkna0



「………離せよ」

「離さねえ」



呟くように囁かれた一方通行の声を上条当麻は突き放した。
一方通行からギリ…という唇を噛み締める音が聞こえたが、俯いてしまった彼の顔は長い前が身に隠れて窺えない。



「……離せよ、これは俺の問題だ。テメエの始末くれェテメエで着ける」



一方通行がもう一度言った。
自分のクローンを―――― 否、『過去の自分』そのものを清算しようとする彼には、目の前の『自分』しか見えていない。




667: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:42:46.58 ID:chmuwkna0



「ここで俺が止めねェと、コイツらはまた同じ事を繰り返しちまうンだよ……俺が止めねェと。俺が、俺が『実験』を……」



唯一、一方通行を抑えつけようとして反射され地面に座り込んでいた御坂美琴だけが彼の表情を捉えていた。


酷い汗だ。
代謝のあまり活発でない彼からは考えられないほどの汗が滝の様に沸々と白い肌を辿り、半ば空ろになった寮の目は瞳孔が開かれ、
興奮状態にある所為か荒い息がハアハアと彼の口元を覆っていた。


一言で言うなら、異常だった。
一方通行を垣間見た美琴がそのプレッシャーに戦慄する。



「今の俺が、俺自身が、あの『実験』を止めなきゃならねェンだよォオオオオオ!!!!!」





668: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:43:19.50 ID:chmuwkna0



一方通行が咆哮した。そして突如、暴れ出す。
何とか上条の右手から逃れようとする一方通行は、能力を『幻想殺し』で封じられている為か自身に装着された歩行補助用の杖を伸縮し
既に瀕死のクローンへと叩き込もうとする。



「うォああああ!!!!!」



一方通行が振り翳した杖で、本気で『自分』を殺してやろうとした途端。
――――― 彼の体が、小さく弾かれた。


ペタリと尻もちをついた一方通行には何が起こったか分からない。
きょとん、としたような表情で茫然と遠くを見つめている。
すると後から追い付く様な形で鈍い痛みが顔面左端から襲ってきた。横目でそっと眺め見遣る。


鼻血が出ていた。
一番痛みを発する患部はそこを中心に赤く腫れ始めている。




669: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:44:02.50 ID:chmuwkna0



「――――― なら、お前はどうなんだよ」



自分は殴られたのだとようやく気付いた一方通行は、殴ったであろう上条へと目線を向けた。
近しい記憶を何処かに置き忘れてしまった様な感覚。急に現実感を突き付けられた。



「あの『実験』に後悔して、もう二度と繰り返さねえと誓ったのは分かる。アイツらに妹達を殺させまいと考えるのも賛成だ。
 ――――― だが、それでお前がクローンを殺しちまったら、それはお前自身が『実験』と同じ事を繰り返す事にならねえのかよ!?
 クローンだろうが何だろうが命ある一人の人間だって知ったんだろう、お前は!?
だったらお前がまたアイツらを手に掛けちまって、それで良いのかよ!?」



見開かれた瞳孔が急速に萎んでいく。
目の前の『自分のクローン』を『過去の自分』と同化していた事にやっと思い至る。
あ、あ……と弱々しい呻きが一方通行から洩れた。
上条の言葉に一瞬光を取り戻した瞳が再び暗く沈んでいくのを、美琴は見た。




670: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:44:42.14 ID:chmuwkna0



後悔。なんてレベルじゃない。
自分自身に付けた楔を、掟を、決意を自分自身で踏みにじってしまったのだ。一方通行は。
自分が犯してしまった事実に恐怖してしまった為か、或いはそれを受け入れられずにか、徐々に放心状態へと陥ってく彼を見て
上条当麻は怒りに顔を歪ませた。







「―――――覚悟はできてんだろうな、魔術師野郎。人の命を弄んだ罪と俺のダチを甚振った罪、両方とも被って貰うぜ!!」








爪が皮膚へと食いこむほど握り締めた拳が、大きく空を切った。







671: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:45:14.59 ID:chmuwkna0






現在地点。絶対座標でX-228561、Y-568714。
貨物列車に使う大量の金属製コンテナが並ぶ操車場の地理を、番外個体は『メモリーデータ』として『知って』いる。


ここは、最後の『実験』で使われた場所だ。
使用検体は10032号、用途は『「反射」を適用できない戦闘における対処法』。



(――――よりによって、やっとの思いで逃げ込んできた場所が此処とはね)



打ち止めを抱える様にして自宅の高層マンションから飛び降りた番外個体は、電撃を使って器用に空気を爆発させながら衝撃を和らげ見事着地。
そのまま製造時に学習装置で強制入力された『証拠隠滅マニュアル』を応用しながら『一方通行型量産先端深化能力者』とやらから逃げ続けていた。




672: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:45:43.62 ID:chmuwkna0


だが、それも此処までが限界の様だ。
コツコツと靴音を鳴らしながら近づく足音が辺り一面に響き渡る。


ゆっくりとした音の感覚は相手が歩いている事を明確に伝え、騒ぎが大きくならない場所へと誘導されたのだと悟った時点で
番外個体はこれ以上逃げる事を諦めた。



番外個体は目の前の『敵』に集中していたが、
傍らに置いた打ち止めにはネットワークから他の個体が遭遇した別のクローンへの情報収集を任せている。
何処か別の個体が一人でも『敵』への対抗策を見出せれば、それで全ての勝利が決まると考えた為だ。


しかし打ち止めの蒼白した表情をみるに他所も芳しくない状況にあるらしい。


―――どうする。
番外個体は考える。




673: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:46:38.68 ID:chmuwkna0



先にも言った様に、これ以上逃げ遂せる事は出来ない。
『敵』は人気のない場所で戦闘を行う為にワザと番外個体を此処まで逃がしたのだ。放置したと言っても良い。
ここまで来たのなら相手も本気で番外個体と打ち止めを殺しにかかるだろう。



(――――― 『敵』は同じ大能力者。でも、能力自体に埋められない差がある)



一方通行が第一位であり、御坂美琴が第三位に甘んじる決定的な理由。
能力の応用性。


美琴も決して能力が狭い訳ではない。
ハッキングに核弾頭の破壊、砂鉄の剣や水分子の電気分解など、異名となった『超電磁砲』以外に寧ろレパートリーがあり過ぎるくらいだ。


しかし、結果的に『一方通行』という能力はそれを上回っている。
運動量、熱量、光、電気量など体表面に触れたありとあらゆるベクトルを任意に操作できるそのチカラは最早反則とさえ言える。
オリジナルの一方通行本人に至っては複雑な風のベクトルを軽々と操ってプラズマを形成した上、
魔術などというフザケタ代物を科学的に解決してしまったチート人間だ。



(『反射』がある限り、同じ大能力者のミサカ程度じゃその壁を貫ききれない……と考えるのが妥当。
 ―――――― 問題はあのクローンに自動防衛能力が備わっているかどうか。
 あれがなければ『反射』に対処出来なくったって、『反射』を演算できないようにすれば勝ち目はある)




674: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:47:33.32 ID:chmuwkna0



一方通行や彼の演算パターンを元にした『暗闇の五月計画』を受けた番外個体には自動防衛能力が備わっている。
だからこそ彼の反射を皆『勝手に働く便利なチカラ』と考えがちだが、あれを無意識下で行うのはかなり高度な技だ。


まず、向かってくる攻撃の速度や予想到達時刻を咄嗟に計算式に書き加えなければならない。
そして反射後の位置設定を正確に演算しなくては敵へ跳ね返る事がない。


つまりはあのクローンが自動防衛能力を持っていなかった場合、
隙を作る―――― 例えば別に意識を向けるなどすれば攻撃への演算が間に合わなくなり普通の人間と同様ダメージを受ける事になる。


その一瞬の隙に最大出力2億ボルトを浴びせれば殺すことだって可能だろう。
番外個体はそう考えていた。
だが、







隠れていたコンテナが一撃で破壊された。
自分達を追っていた『敵』が目の前に姿を現す。
足元を見れば小さな石ころがいくつも転がっていた。蹴ったのだ、石を。
ただそれだけで重量ある金属コンテナが四散し遠い彼方へと飛び散ったのだ。




675: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:48:19.64 ID:chmuwkna0



番外個体と打ち止めを第2撃が襲う。
足元の地面を抉り取られ、衝撃に2人の体が宙を舞った。


こんな化け物相手に、隙なんて作れるのか。
無理だ。出来っこない。


地面に軽く触れただけで、大量の土砂が押し寄せて来る。
足元のレールを踏めば軋みを上げながら自分達を貫こうと怒濤を上げて突き進んでくる。


逃げ切る事など出来やしない。
ましてや打ち倒す事など到底できない相手だ。


クソ……。
番外個体の唇からつう、と一筋の血が流れた。噛み締めた唇が傷ついた事に彼女は気付いていない。


そっと、番外個体の目線が隣で何とか立ち上がった打ち止めへと移った。
全てから護れ。
一方通行から掛けられた、もう6年も前の言葉が脳内に甦る。


全てとは、何だ。
ロシア軍か、学園都市か?否。
そう尋ねた時、一方通行自身に否定された。
全てだ。全てから打ち止めという彼の最も大切な存在を護りきれ。




676: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:49:04.79 ID:chmuwkna0



トン、と。
番外個体の右手が、打ち止めの肩を押した。
小さな衝撃に尻もちをついた打ち止めが訳も分からずに番外個体の方を見上げる。


一方通行のクローンを真っ直ぐ見据えた番外個体の顔は窺えなかった。
覗き見ようと地面に手を突きながら立ちあがる。
すると、



「―――――行きな」



番外個体が呟いた。
理解力の範疇を超えた言葉の受け取りを鼓膜が拒否しているのを感じる。



「どうゆう事……?って、ミサカはミサカは尋ねてみたり」



疑問を上げれば番外個体から溜息を吐かれた。
相変わらず身長差の所為で顔は見えないが、馬鹿にしている声音だけが打ち止めに番外個体の状況を伝える。



「『敵』の目的が分からない以上、司令塔『最終信号』を奪われる事が一番厄介なんだよ……分かるでしょ?
 あの人の邪魔になりたくないなら、さっさと何処にでも行ってくんない?」




677: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:49:47.20 ID:chmuwkna0



確かに番外個体の言う事は最もだ。
木原数多に誘拐され世界中に散らばった妹達の一斉暴走に利用されそうになったのは、つい先日の事でもある。



「なら……なら、番外個体も一緒に―――――」

「馬鹿じゃないの!!」



否定の言葉は、怒声によって一蹴された。



「アンタみたいな能力もロクに使えないヤツが居たって、戦闘の邪魔にしかならないんだよ!!
 最終信号と一緒に行動する限りミサカだって狙われる!とっととミサカから離れてよ、この疫病神!!」



普段から使われる様なからかいの罵声と同じ内容の筈なのに、かかった重みが全く違った。
疫病神。
自分が居れば、番外個体もずっと狙われ続ける事になる。


打ち止めの足がふらふらと頼りない足取りで進んだ。
吹き飛んだ拍子に居ったダメージの所為か、散乱するコンテナを伝いながらのろのろとその場を離れて行く。




678: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:50:28.43 ID:chmuwkna0



途中後ろを振り返ろうとすれば、「さっさと行けよ、ミサカが逃げらんないじゃん!!」と怒鳴られた。
零れ落ちそうになる涙を必死で堪えながら少しでも番外個体から離れられるようにと前へ進む。


ザリ……と自分以外の人間が地面を踏んだ音がした。
酷くゆっくりとした足取りで相手は自分に近づいてくる。
見返らなかった。どうか彼が自分だけを追ってきます様にと考えながら、ひたすら前へと進む。










「もう、満足ですか?と一方通行は尋ねます」

「ふうん、意外とアンタ空気読めるんだ?それともミサカなんかさっさと蹴散らして最終信号を殺しに行けるって?」




679: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:51:00.58 ID:chmuwkna0



『ゆっくりと後ろに進めた歩を戻して』、『敵』の前へと立ち塞がった番外個体がニヤリと笑った。
戦闘ヒーローに出て来る雑魚じゃないのにも関わらず、律儀に番外個体が『演技している』間攻撃を待ってくれていたらしい。



「いえ……ただ、学習装置に沿った知識では『敵の覚悟は無下にするな』、と」

「――――― なかなか良いプログラム使ってんだね。……それだけに惜しいよ、同胞同士で殺し合いなんてさ」



番外個体の体からピリピリと紫電が走った。
静電気でふわりと前髪が散らばる。



「逃がさないよ。………最終信号の下へは、行かせる訳にいかないからね」



命を賭けて敵を狩れ。
大切な人の、最も大切な人を命を張って守り通せ。
そうしたら、



(そうしたら。ミサカの事、あなたはいっぱい褒めてくれるかな……?)



番外個体 ≪外れ者≫ の戦いは、いつだって孤独だ。






680: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:51:30.15 ID:chmuwkna0








番外個体がクローンと戦闘を始めた一方、
調整を受ける研究所内で既に戦闘を始めていた14510号と20000号は攻撃を仕掛けるタイミングを諮っていた。


所内にいる妹達14人での賭け。
これが決まらなければ簡単に全てが陥落する。



≪タイミングを――――皆が一斉に行動を起こさないと意味がない≫



ミサカネットワークを使った情報交換が飛び交う。
≪配置に着きました≫ ≪こちらも≫ ≪いつでもいける≫
14510号と20000号を除いた12名が準備完了の思念を上げる。



≪――――20000号、お前はいけるか?≫



計画発案者として指示を送る14510号が傍らの20000号へと合図を送った。
装備したF2000Rトイソルジャーを装填し20000号が了承を示す。




681: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:52:00.28 ID:chmuwkna0



≪――――――3、2、1≫



20000号が次弾を設定した銃器をクローンへと構える。
それを無駄だと知る『敵』は銃器の方向から予想貫通部位を見定め『反射』の演算を開始した。



≪―――――GO!!!≫



20000号の銃の標準が一方通行のクローンから逸れ、すぐ隣の電灯スイッチへと向かった。
気付いたクローンが自分の位置をずらしてそれを阻もうとするが間に合わない。


ドガガガガガガガという乱雑音が轟き、プラスチック製のスイッチがいとも簡単に破壊された。
部屋中の電気が一斉に消える。
辺り一面が暗闇と静寂に包まれた。




682: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:52:55.36 ID:chmuwkna0



「無駄です。暗闇を形成したところでベクトルから障害物位置の特定が可能です、と一方通行は通告します。そもそも我々には『反射』が――――」



クローンの言葉が不自然に途切れた。
何か、強烈な違和感が体中を締め付ける。
こめかみの辺りに感じる小さな痛みの発信源を探ると複数の細いワイヤーがあった。これは――――



「………………AIMジャマー?」



何故だ。
AIMジャマーには確かに能力者自身にAIM拡散力場を乱反射させる事で能力を使用出来なくさせる効果がある。
だが自分達にはそれを更に阻害する装置が体内に埋め込まれている。
研究所レベルの設備ではAIMジャマーに必要とされる電力や演算能力が足りない為、自分の装置を上回る出力が出せる筈がない―――――。


そこまで考えた一方通行クローン02号は、ある一つの可能性に思い至った。
装置で制御できる以上の出力の確認。
AIMジャマーの最大効力を発揮する為には不足していた電力。
そして敵の本質、『欠陥電気』。




683: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:53:24.74 ID:chmuwkna0



(まさか―――――……)



「―――――― 気付かれましたか」



唐突に掛けられた言葉に、巡っていた思考から02号が意識を声へと集中させる。
小さな物音にもいち早く反応できるようベクトルを操作して物体の位置関係から敵の居場所を割り出そうと演算する。
だが。



「―――――っ!!」



頭が痛い。強烈な痛みが02号を襲う。
演算は出来ない事もないが、今まで能力で全てを補っていた誕生間もない体が初めて体感した痛覚に悲鳴を上げる。


カチャリ、と金属同士が擦れるような音が聞こえた。
マズイと感じて直ぐに演算を開始しようと試みる。しかし――――



「―――――遅いですよ、とミサカ20000号は笑みを浮かべます」




684: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:53:53.24 ID:chmuwkna0



告げられた声は殆ど聞こえなかった。
花火が上がった様な甲高い銃声に言葉の半分以上が掻き消されていた。


じわりと太股から広がった血液を視認しながら衝撃に02号の体が倒れ込む。
倒れ込んだ瞬間に肩へと銃口が向けられた。
至近距離からもう一発、銃弾が体へとのめり込む。



「ぐ、あぁああああ!!!!」



悲鳴と言うものを上げたのは全個体でも初めてかもしれない。
何処かぼんやりとし始めた頭がそんなくだらない事を考える。


自分は、負けるのだろうか。
学園都市最強の存在から生まれた、最強に最も近い存在なのだと教え込まれた自分が『負ける』という感覚に02号は良い様のない不安を覚える。
これが恐怖という感情なのだろうか。




685: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:54:35.25 ID:chmuwkna0



負けてはいけないと思った。


他の個体が全て科学サイド総本山の学園都市へと送り込まれた中で
下位個体への襲撃のテストタイプとして唯一本部から最も近いこの研究所へと送り込まれた02号は、
その試験行為に自分が選ばれた事に誇りを抱いていた。


誇りを抱く事の出来た自分を、命令だからとただ頷くだけの簡素な他の個体とは違うのだという優越感を感じていた。
負けたくない。そう思う。



「く、そおおおおおおお!!!!!!」



AIMジャマーに超能力を完全に封じ切るだけの効果はない。
これはあくまで能力を阻害しその精度を下げる事で能力者の自滅と躊躇を与える為の物だ。


だからこそ02号は自分の死さえも覚悟して近距離から銃を放ったミサカ20000号に能力を向ける。
『一方通行』という能力には一瞬で敵を抹殺できるレパートリーが山の様にある。


しかし。







「―――――― あの人の顔しときながら、こんな馬鹿げた事で死のうとしてんじゃねえよ。とミサカ14510号はあなたの意志を否定します」





686: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:55:29.12 ID:chmuwkna0



後ろから声が届いた。
ハッとして暗闇に慣れてきた目を周囲に向けると1、2、……少なくとも10人以上の妹達がグルリと周囲を囲んでいる。



「―――――な、」



驚く前に、02号の体が完全に冷たい床へと倒れ込んだ。
消音機をつけた14510号の銃から細く煙が上がっている。



「悪かったですね、あの状況下でわざわざ武器まで運ばせて」

「いや。―――――ミサカは上条派だし、決着くらいセロリ派につけさせてやるさ」

「しかし彼は大丈夫でしょうか。足と肩から出血しているようですが」

「最後に打ち込んだのは持ってきてもらった麻酔銃だし急所も外れている―――――― 問題ないだろう。
 それよりも、ここに逃げるまでに負った14510号と20000号の傷が心配だ」



集まって来ていた12人の妹達が一斉に14510号と20000号へと視線を向ける。
注目を浴びた2人は02号とは比べ物にならない傷口から、所々血が流れていた。



「ミサカ達も大丈夫だ。調製ついでに数日治療する程度で治るし……――――おい20000号、倒れたクローンに何しようとしてる?」

「だってえ、●●声の一つでもかまして貰おうと思ったらそんなサービス全然くれなかったしさあ。
 仕方ないから麗しの白い肌(主に下半身)をペ ペ してやろうかと…………」

「(主に下半身)って何だああああ!!!ちょ、ズボンのチャック下げてんじゃねえよ!」




687: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (前篇) 2011/01/15(土) 22:56:11.74 ID:chmuwkna0



クローンに別の意味で手を掛けようとしていた20000号を出血も気にせず「あの人の弟の貞操はミサカが護るうううう!!!」
と叫びながら抑えつけていた14510号を尻目に、本当に心配なさそうだと判断した周りの妹達がネットワークへクローン撃破の伝令を送る。


何とか20000号を黙らせたらしい14510号が立ちあがると周囲はこちらをジト目で見ていた。
「セロリ派って皆あんななのか?」「マジで?」「きっとセロリから変な 癖うつるんだぜ、アイツ自身ロリコンだし」
と不名誉なコソコソ話があたり一帯で騒がれている。


ゴホン、とそれをわざとらしい咳払いで中断させた14510号は麻酔で眠っている事を知りながら
意識無い一方通行クローン02号へと語りかけた。



「―――――あなたの敗因は絶対的な『経験不足』です。あなたのオリジナルならば、例え大能力者だったとしてもミサカ達に勝ち目はなかった。
 ミサカネットワークという直接的な思考交信形態の警戒を怠ったのがその証拠。
 ………しかしあなたには同じ頃のミサカ達異常に『個』が存在する。いつか我々も分かり合える事でしょう、とミサカは希望を述べます」


「………14510号、20000号に下げられた一方通行クローンのチャックを戻しながら言っても全くキマりません」



こうして、ミサカ14510号と20000号の物語は幕を閉じる。









697: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇) 2011/01/16(日) 22:01:47.50 ID:ZRuYJHxE0






まるで紙屑でも丸めるかのように、
あの悪魔の手がそっと触れただけで金属コンテナがグシャグシャに圧縮しこちらに向かって投げつけられる。


打ち止めをこの場から遠ざけた番外個体は一人、『敵』であるクローンと対峙していた。
勝ち目のある戦いでは無い。
同じ大能力者でも天と地ほどの差がある。



(こんな状況で隙なんか見つけられるわけないじゃんっ……!!)



先程ミサカネットワークから伝令された14510号と20000号らによるクローン撃破の情報から鑑みるに
相手には幾ら一方通行のクローンと言えど自動防衛能力までは備わっていないらしい。


隙の一つでも作れれば、反射の意識を別に持っていければ。
しかし、相手の猛攻がそれを許さない。




698: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇) 2011/01/16(日) 22:02:15.48 ID:ZRuYJHxE0



「くっそおおおおおお!!!!」



バヂッと紫電を放ちながら、風船のはじけるような音と共に番外個体から2センチ程の鉄釘が音速を僅かに超えた速さで射出される。
それは狙い通り正確に『敵』の背後に聳えた金属製のコンテナを打ち抜き、その破片が一方通行クローンを襲う。


破片から身を護ろうと反射をそれに裂いた瞬間の第2撃。
新たな鉄釘を構え再び射出を試みた番外個体が目の前の『敵』へ目線を向けると――――――



「―――― へ………?」



一方通行のクローンは何処にもいなかった。
『反射』ではなく脚力のベクトルを操作して回避したとでもいうのか。
自分の背後に危険を感じ、番外個体は鉄釘をいつでも発射出来る状態にしたまま急いで振り向く。
だが。



「脚力操作による回避までは正解です。しかし、我々の『知識』ではその場合全方への警戒が常識とされます、と一方通行は警告します」




699: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇) 2011/01/16(日) 22:02:43.53 ID:ZRuYJHxE0



声が届いたのは、真上からだった。


番外個体がそちらを見遣る前に、肩へと急激な重みが加わる。
足元から地中深くに体全体がのめり込んでいく様な感覚が番外個体の神経を侵す。
そしてその比喩は、強ち間違いではなかった。


軽く押し出す様なレベルでクローンの足が肩に触れただけだった。
だがその瞬間、重力のベクトルでも操作したのか番外個体の体が実際にメリメリと沈んでいったのだ。



「――――っ!」



焦った番外個体は足元で電撃を爆発させ体が完全に沈み切る前になんとか地面から抜け出る。
自分が起こした爆発の瞬間、地中の砂利が大量に足へと突き刺さりジクジクとした痛みを発したがそんな事は気にしていられない。


手中にまだ鉄釘のストックがある事を確認する。
『敵』は余裕だとでも言う様に携帯電話を片手に何処かと連絡をとっている。


チクショウ。チクショウ、チクショウ、チクショウ!!!
まだ自分は殺される訳にはいかないのに。
あの人の大切な宝物が逃げ切るまで、ミサカが足止めしなくちゃいけないのに。
そこまで出来て初めて、あの人に褒めてもらえるのに。



「チクショオオオオオオ!!!!!!」






700: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇) 2011/01/16(日) 22:03:10.03 ID:ZRuYJHxE0





打ち止めはひたすら走っていた。
『敵』が番外個体へと目を向けないように、自分が引きつけなくてはいけないのだ。


しかし、一向に『敵』が近づいてくる気配がない。
ミサカネットワークで番外個体の現在状況を探ろうとしたが、例によって番外個体には上位命令文がストレートには通じない。
番外個体がネットワークへの情報漏洩をストップする限り、打ち止めには手を出す事が出来ない。



(一体……どうして追ってこないの?ってミサカはミサカは………)



最後に番外個体と別れた操車場の方へと何となく視線を向けると、瞬間。
ズドオオオン、と大きな爆発音の様な物が聞こえた。
それと同時に自分と同等のチカラの反応。


まさか。



≪上位個体より伝令、上位個体より伝令。学園都市在住の下位個体で襲撃を受けていない個体へ告ぐ。
 絶対座標X-228561、Y-568714地点の現在状況を述べよ。繰り返す―――――≫



まさか。嫌な予感が打ち止めの中で走った。
まさか、番外個体は嘘を吐いたと言うのか。囮にでもなって自分を助けようとしたのか。




701: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇) 2011/01/16(日) 22:03:40.57 ID:ZRuYJHxE0



≪繰り返す、上位個体より伝令―――――≫

≪こちらミサカ19090号。上位個体が提示した絶対座標より大能力者クラスの同等能力を確認しました。
 ………ところで一方通行クローンにも未完成の上位個体がいるのでしょうかとミサカは―――――≫

≪御苦労ショタグリーン、死ね≫



やはり。
番外個体はあんな暴言を吐いて悪人ぶって、自分をあの場から遠ざけたのだ。
自分を護る為に。自分を庇って。



(助けにいかなくちゃ……でも……)



『アンタみたいな能力もロクに使えないヤツが居たって、戦闘の邪魔にしかならないんだよ!!』



自分を遠ざける為の言葉だったとしても、あれが事実なのは変わらない。
強能力者程度のチカラしか持たない打ち止めがただ駆け付けたところで番外個体のお荷物にしかならないだろう。




702: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇) 2011/01/16(日) 22:04:17.28 ID:ZRuYJHxE0



どうしよう、どうしよう―――――。
14510号や20000号といった下位個体は集団戦法と能力妨害装置を用いる事で勝利できた。
しかし、この場にそんなものはない。


今まで自分達を助けてくれたあの人は、10032号の最後の通信から考えるに直ぐに此処まで来る事は不可能だろう。
ヒーローさんもお姉様も同様だ。
どうしよう――――――。



(あれ、10032号―――――?)



確かあの場所は10032号が一方通行と最後の『実験』を行った場所だった。
地理情報は妹達全体でネットワーク共有した為、地の利で言えば一方通行クローンに比べこちらが有利だ。


何か、何かミサカ達だけが知り得る『勝てる要因』を探し出せ。
何か。



『粉塵爆発って言葉ぐれェ、聞いた事あるよなァ?』



それは6年前、薄れゆく意識の中で10032号が耳にした台詞――――――あの人の、言葉。



(粉塵、爆発―――――?)




703: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇) 2011/01/16(日) 22:04:52.81 ID:ZRuYJHxE0





一方通行クローンの攻撃を紙一重で躱してゆく番外個体も、既に限界に近かった。
8割の攻撃を回避したとしても、残り2割で受けるダメージが大きすぎる。


これだけの怪我を負って、これだけの体力を削っても最終信号と別れてからはまだ10分程度しか経っていないだなんて信じられなかった。
肩から、腕から、腹から、腿から、脚から、一筋一筋流れる血液が肌を伝ってキモチワルイ。



「余所見をしていると早急に決着が着いてしまいますよ……?と一方通行は尋ねます」



背後から聞こえた声に番外個体は再び鉄釘を射出する。
大能力者クラスの電流を込めた渾身の一撃が見事正確にクローンへと襲いかかる。


しかしクローンは難なくそれを反射すると、反射された自身の攻撃に番外個体が怯んでいる間に
脚力のベクトルを操作して彼女のすぐ目の前まで一気に近づいた。
握り締めた拳に加わった強大な能力がアッパーカットとなって番外個体に奮われる。



(あのモヤシと違って……体術の方もそこそこできるワケだ……)



地面を何度かバウンドして倒れ込んだ番外個体は、軋む体を無理矢理起こしながら思考の片隅でそんな下らない事を考えた。
戦闘に集中しなくてはならないのに、先程からずっと一方通行のことばかりが脳裏に浮かぶ。




704: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇) 2011/01/16(日) 22:05:31.65 ID:ZRuYJHxE0



ロシアでの初めての対峙。
協力を約束し、初めて感じた他人の体温。握り締めた互いの手。
教えて貰った『暗闇の五月計画』。


自分に襲いかかる砂利などの物体はある程度までこの自動防衛能力で回避できる。
意識しなくても視界に入っていなくても、体表面に物体が触れた瞬間体から発した電気でそれを弾ける。


だが一方通行クローンの直接攻撃だけは、それで回避する事が出来ない。
体から発した電気全てがクローンの体に触れた途端反射される為、自身の技ですら番外個体の『敵』に回るのだ。


そして何よりもう一つ、番外個体が一方通行クローンに勝てない大きな要因がある。



(なんで本当に……アイツと同じ顔してるんだよ……っ!!!)



一方通行もそうだったのだろうか。
ロシアで自分が立ち塞がった時、今まで彼が見てきた少女達と全く同じ顔をした自分を見て。
こんなにも恐怖したのだろうか。心が壊れかけるほどに。




705: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇) 2011/01/16(日) 22:06:14.78 ID:ZRuYJHxE0



番外個体が再び鉄釘を放った。
射出された鉄釘は足元の地面を大きく抉り、クローンのバランスを崩す。


この一瞬の隙に次の一撃を!
だが、番外個体の中でつかの間の躊躇いが生まれる。
あの人と同じ顔をした少年への攻撃。



「――――――あ、」



撃てなかった僅かなタイムロスの間にクローンが体勢を立て直す。
勝てない、こんな相手に。


あの人と同じ遺伝子に殺されるなら、それもまた一興か。
精神回路を極限まで追い詰められた番外個体がそんな風にさえ考え始めたとき。







≪―――――番外個体っ!≫



自分より年上の、自分より小さな同じ顔をした少女の声が頭を過った。




706: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇) 2011/01/16(日) 22:06:42.71 ID:ZRuYJHxE0



≪番外個体っ、聞こえてる!?番外個体っ!!≫

≪―――っ、聞こえてるよ!煩いなあ、今こっちは必死で逃げてるところだって言うのに――――≫

≪ミサカも戦うから!≫



………は?
その言葉で、自分の嘘がバレていると悟った。


しかし言った筈だ。その程度のチカラでウロチョロされても邪魔にしかならないと。
そんな事も理解出来ないほどこのお子様は馬鹿だったのか?



≪ミサカも戦うから!良い事思いついたの!だから協力して!!≫

≪………良い事って何?それ次第≫



最終信号の息を呑む音が聞こえた。
一か八かの危険な賭けだとでも言うのだろうか。



≪―――――粉塵爆発≫

≪粉塵爆発ぅ!?≫



確かにここのコンテナに入っていたのは小麦粉だ。
だがこのコンテナは番外個体やクローンの攻撃に巻き込まれ何個も破壊されている為、既にいつ起こってもおかしくはない状況だ。
番外個体が全力での攻撃を躊躇っているからこそギリギリで引き起こされないと言い換えても良い。




707: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇) 2011/01/16(日) 22:07:08.42 ID:ZRuYJHxE0



≪だから、そこからちょっとずつ離れて。あの人のクローンをコンテナ群に残したまま≫

≪無茶言わないでよ、ミサカが操車場から離れようとすれば追って来るに決まってんじゃん!≫

≪だから、二人で戦うの―――――あなたが操車場を出ようと出入り口の端まで言ったところで、反対側からミサカが現れる。
 ミサカがあの人のクローンの注意をその場で何とか引きつける。だから『敵』が操車場の中心に立ったところで、全力で撃って≫



番外個体の中に躊躇いが生じる。
自分の全力で、否、その際に起こる爆発であの人と同じ顔をした少年が死んでしまわないか。



≪ミサカも、恐いよ―――――?≫



番外個体の心を読んだように打ち止めが言った。



≪ミサカだって恐いよ……『あの人のクローン』を傷つけちゃう事が、すごく怖い。
――――でも、『あの人のクローン』の手でミサカ達が死んじゃった後に、『あの人』が傷ついちゃうことの方が、もっと恐い≫



番外個体の中で、言い知れない感情が漂った。



≪………ねえ、もし『このミサカ』が死んでもさあ。あの人は泣いてくれるかな………?≫

≪――――それもおもしろいとか絶対に言わないでね。………あの人、きっと壊れちゃうから≫



決意は固まった。
最終信号と共に、自分達が外道になる決意。
『あの人』と『あの人のクローン』を天秤にかけて、あの人を選ぶ決意が。




708: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇) 2011/01/16(日) 22:08:22.34 ID:ZRuYJHxE0







「―――――ミサカネットワークでのお話は済みましたか?できれば遺言も、と一方通行は確認をとります」

「ホント、アンタって馬鹿みたいに律儀だね……『戦闘の流儀』とかほざくのは学習装置をプログラミングした奴の趣味?」

「我々の開発者はヨーロッパ系の為そうかもしれません、と一方通行は自身の性格構成に開発者の出身が一役買った可能性に驚愕しながら答えます」



言いながら一方通行クローンが一気に番外個体との距離を詰める。
少しでも遠ざかろうと番外個体が後ろへ後退する前に喰らう鳩尾への強烈な一撃。


ゲホッ……と番外個体が唾液と一緒に吐血した。
肋骨が鈍い音を立てるのを番外個体は感じた。



「確か……オリジナルの戦術にこんなものがありましたね…………」



不穏な台詞を耳にした番外個体がクローンを見る。
すると。



「風の……ベクトル、操作……!?」

「流石にプラズマの形成まではいきませんが、と一方通行はオリジナルとのスペック差を痛感します」




709: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇) 2011/01/16(日) 22:08:52.54 ID:ZRuYJHxE0



轟々とクローンの両手から小さな竜巻が渦巻いている。
あれで貫かれでもしたらとんでもないダメージになる。


いや、それよりも。粉塵爆発の計画が台無しになる。
あれは微細な粉末が空気中に充満していなければ意味をなさない。
この場を漂う小麦粉が彼の風によって吹き飛ばされてしまえばアウト。


万事、休す。



「く、そおおおおお!!!!!」



不意に、風が凪いだ。
肌に感じる風が不規則に揺らぐ。



「――――――?」



目の前の少年も不可解な現象に首を傾げている。
鰻が泳ぐようなぬるぬるとしたその風の動きは、明らかに自然の現象では無かった。



≪上位個体から詳しい状況は聞きませんでしたが、こんな事もあろうかと待機していて良かったですよ。ほんとーに≫



頭の中で自分以外の声が響く。


――――――ミサカネットワーク。




710: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇) 2011/01/16(日) 22:09:41.45 ID:ZRuYJHxE0



≪こちら19090号ー、只今絶対座標X-228561、Y-568714地点をモニタリング中ー。
 はい風力発電プロペラ係の皆さんイイ感じですよ~~、風渦巻いてます漂ってますコレなら粉散っちゃいませんねー≫


≪ちょ、ちょっと待って!なんでアンタがこっちの計画知ってんの!?≫


≪絶対座標が『最後の実験場』で粉塵爆発の仕組みについてあれだけ上位個体に確認されちゃ解りますって、流石に。
 こっちでそちらを支援できる人数も限られてるんで、直接の戦闘参加ではなくそっちの計画に加担させてもらう事にしましたー。≫



―――――本当。最っ高の姉妹だよアンタら、ミサカの自慢できるお姉様方だ。


一方通行クローンに詳しい『実験』のデータは入力されていないらしい。
自分の完璧な演算が何に阻害されているのか判断できずに戸惑っている。



≪最終信号!今ならイけるよ!!≫


チャンスは今だけ。
クローンが自身の妨害に思考を張り巡らせている間に番外個体がその場を離れようと駆け出した。
気付いたクローンが僅かに遅れてこちらに向かってくる。




711: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇) 2011/01/16(日) 22:10:09.45 ID:ZRuYJHxE0



「番外個体っ!!」



番外個体が逃げ出そうとした出口の反対側から打ち止めが顔を出した。
相手の注意がこちらに向かう様に、わざと声を上げる。
一瞬そちらを振りむいた番外個体が、しかしそれ以降打ち止めには目もくれず出口に向かって走り出す。


――――― 優先順位は、最終信号の抹殺。
『敵の覚悟は無下にするな』。
先程は番外個体が命を掛けて最終信号を逃がそうとしたために、一方通行クローン03号は学習装置の知識に倣って流儀としてそれを認めた。


だが、勝てないと悟り自分の命が惜しくなったのか番外個体は逃げ出した。
故にもう彼女に義理立てしてやる筋合いはない。
03号は攻撃対象を最終信号へと変更する。


03号は『知識』、謂わば0と1の羅列によって構成された文章としてしかその『流儀』を理解していなかった。
変わる事のないたった一つの信念というものを『経験』から得ていない。


故に03号は気付かない。
番外個体が本気で最終信号を見捨てたのだと、そう視覚だけで判断する。


03号の足が最終信号の方へと向かった。
ベクトルで操作された脚力が一瞬で最終信号との距離を詰める。


そして、その体が操車場の中心を横切った時――――――




712: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇) 2011/01/16(日) 22:10:40.04 ID:ZRuYJHxE0



甲高い金属音が響いた。
一秒にも短い時間が何年もの長い時間を刻んでいる様に感じる。


番外個体の手を離れた鉄釘が音速に程近い勢いを伴って03号へと射出される。
最大出力2億ボルトの電流を纏った鉄釘はビリビリと紫電を発しながら空気を貫き――――――






直後、あらゆる音が吹き飛ばされた。
小麦粉の粉塵が撒き散らされた半径30メートルもの空間そのものが巨大な爆弾と化し、
まるで空気中に気化したガソリンに火が着くように辺り一面を焼き尽くす。


空気中の酸素を燃料とした粉塵爆発が一瞬で周囲の酸素を奪い急激に気圧を下げた。
反射によって爆発自体のダメージは負わなかったものの、
この場は密閉空間ではなく外である為に真空状態になる事はないが急激な気圧の変化が03号の内蔵をギリギリと絞り上げ、
初めて感じた『苦痛』に彼の体から荒い息が洩れた。


ハア、ハア、……と呼吸を整える間もなく。
彼が先程の現象が『粉塵爆発』だったのだと理解しきる前に。


ドスドスドス!!!
彼の左腕を、肩を、脚を、電撃を纏った鉄釘が貫通する。
感じた事のない痛みが03号の中を駆け巡った。




713: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇) 2011/01/16(日) 22:11:06.40 ID:ZRuYJHxE0



ベクトル変換は『元の向き』と『変換後の向き』を演算しなければならない高度な能力だ。
よって自動防衛能力を持たないクローン達は相手の攻撃を視認しなければ、その設定を行えない。


紅蓮の煉獄の様な炎の海と爆発によって形成された煙幕によって敵の位置さえ把握できない03号には
何処から次の鉄釘が飛んでくるか判断出来なかった。


ドスドスドスドス!!
鈍い音を立てて再び幾つもの鉄釘が体中に貫通する。
相手は何処か別の場所にいる仲間からこちらの位置情報を得ているらしい。


ミサカネットワークにはそのような戦術利用法もあったのかと頭の片隅で考える。
強烈な痛みで吐いた荒い息が、体に酸欠を引き起こした。
これまで能力によって補っていた体のバランスが、限界が来たのかグラリと揺らぐ。


しかし、始末をつけるには絶好のこの機会に、最後の一撃が彼を襲う事はなかった。
今なら『反射』を使う余力も残っていないだろうに。



「――――――――?」



03号の頭には疑問しか浮かばなかったが、そんな事はどうでもいいとなんとか体力を振り絞って立ちあがる。
ヨタヨタと周囲の無事だったコンテナに手を着きながら番外個体へと歩み寄った03号は一応懐に仕舞っていたサバイバルナイフに手を掛ける。


最終信号はまだダメージを負わせていない。
相手は強能力者程度とはいえ、今の自分が戦って勝てるかは怪しいところがある。
だが番外個体は同じ様に限界が来たのか気絶している。
万一目覚めても自分と同じように大きな怪我をしているのだから殺せるかもしれない。


直ぐに手当てをしなければ危うい傷だった。
このまま死ぬなら、せめて一人でも多くの妹達を殺して任務を全うするべきだ。
半ば義務の様な感覚でナイフを振り翳した03号はそのままその切先を、目を閉じて横たわる番外個体へと向けた。


だが―――――。




714: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (中篇) 2011/01/16(日) 22:13:48.13 ID:ZRuYJHxE0





「折角仔猫チャン達が頑張ったんだし、ムカつく第3位のクローンとは言え助けてあげるべきなんでしょうね」





聞き慣れない声が03号の耳を打った。
そして彼が声の主を見遣る前に輝くビームの様な細い一撃が彼の腹に小さな風穴を開ける。




ドクドクと決して少なくはない血を流しながら完全に沈黙した03号に未だ辛うじて息がある事を確認し、
番外個体も同様に生存確認を施してから麦野沈利は溜息を吐いた。



「折角第1位に借りでもつくってやろうと思ったのに、殆どクローン自身で解決されたかぁ……
 ―――――まあ、最後の最後で止めを刺すのを躊躇っちゃったみたいだけど。2億ボルトの一撃喰らわせてたら勝ってたしねえ」



麦野は懐から携帯を取り出すと此処に向かうよう自分に言った滝壺へと連絡をつける。
彼女の能力でいずれ判るとは思うが一応一方通行クローンの一体が撃破された事を告げると、
結標淡希を通じて暗部の医療班へ彼らをテレポートする様指示を出し通話を切った。



「………さて。――――さっきからそこで覗いてるお嬢ちゃぁん、お姉さんと一緒に来てもらおうかにゃ~?」







ビクリ、と麦野が03号へ原子崩しを放った辺りから様子を窺っていた打ち止めの肩が跳ねる。
そんな少女を見て麦野の口がニヤリと歪んだ。






725: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:33:48.31 ID:o1rSeKJC0



「御坂、お前は一方通行を連れて下がってろ!!」



上条当麻の奮った拳が空を切った。
上条の攻撃が当たりを付ける前に自身の前に、首にかけるにしてはやけに大きい十字架を掲げるが
それは防御の意味もカウンターの意味もなさずに上条の拳を僅かに掠めただけで終わってしまう。


幻想殺しを宿した右手が魔術師の腹に突き刺さる。
だが魔術師は相当のダメージを喰らっているにも関わらず、ニヤリと気味の悪い笑みを溢した。


上条の背筋に蛇が這う様な妙な感覚が漂う。
強烈な違和感。
これを見逃してしまえば取り返しのつかなくなるような、そんな感覚。


しかし、探りを入れる暇はない。
こちらが敵を一手に引き受けてから美琴が警備員や救急車に連絡を入れたようではあるが
なにぶん、御坂妹や一方通行が倒した彼のクローンは出血が酷過ぎる。


未だ放心状態の一方通行と重症人2人を背負って逃げるなど美琴1人にはとても不可能な話だし、
上条としては一刻も早くコイツを倒して新手が来る前にこの場を離れたい所だ。



「喰らえ――――――っ!!」



ゾワリとした感覚を持ったまま、しかし構わずに再度拳を奮う。
幾人もの敵を薙ぎ払ってきた上条の右手は正確に魔術師の顔面を貫いた




726: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:34:15.42 ID:o1rSeKJC0



――――――かと思われた。



「ぐ、は―――――――?」



右手が相手の顔面を殴る直前に、上条の膝が地を着いた。
痺れる様な強烈な痛みが右肩に突き刺さる。



「なっ―――――!!」



見れば、自分の右肩の肉が僅かに抉れていた。
驚愕しドクンと心臓が鼓動を打った途端ジワリと血液が広がり、慌てて左手で押さえつける。


一体何がどうなっている。
俺の拳が突き刺さる前、一体ヤツは何をした――――?


だが上条が疑問に思考を巡らせる暇はなかった。
先ほど主を庇おうと立塞がったクローンが、ベクトル操作したコンクリート片を上条に向かい蹴り上げる。




727: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:34:45.92 ID:o1rSeKJC0



身を捻らせて何とかそれを躱した上条に再び激痛が走る。
何の攻撃も受けていないのに、今度は右腕の関節辺りの肉が小さく削り取られていた。



(一体何なんだよ、この現象は――――っ!!)



恐らくあの魔術師が何らかの魔術で引き起こしている現象なのだという事は理解できる。
だがそれがどのような過程を経てこの現象に至るのか、上条がそれを視認、あるいは考察する前に
超能力による直接的な攻撃がクローンから奮われる。



「とうまっ、それは十字架をシンボルの一つである『人間』に見立てた術式『磔刑の現(イエズス=ナサレス)』だよ!!
とうまの血を吸わせて『とうま本人』に見立てた十字架を磔刑みたいに釘で刺す事で、とうまの同じ場所を傷つけてるんだよ!!」



そうか。最初の十字架はガード材ではなく、俺の拳を十字架で掠めて血液を採る事にあったのか。
つまり。



「要はアニェーゼの『蓮の杖』みてえなモンかよ!!」



そうは言っても、同じ座標攻撃でもアニェーゼ=サンクティスの様な衝撃波とは異なり直接体を甚振るものなので
攻撃事態を幻想殺しで打ち消すことは出来ない。




728: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:35:26.57 ID:o1rSeKJC0



(なら、十字架本体の効果を打ち消せば――――っ!!)



魔術師へと距離を詰めようとした上条の体が吹き飛んだ。
真正面の魔術師だけを見据え無防備だった横から繰り出されたドロップキック。
しかし普通の人間ではありえない力で蹴りだされたそのキックは、
上条の体を横へ横へと押し出し終には後ろにあった路地の壁にぶつかるまで勢いを止めなかった。



「マスターに触れさせる事は致しません。
 超電磁砲によるダメージは相当でしたが貴方の相手を出来ないほどではありません、と一方通行は進言します」



上条を吹き飛ばしたクローンが淡々と告げる。
そんなクローンの頭を一撫でしながら魔術師がインデックスへと目を向けた。



「よくやった04号。―――――禁書目録、私の術に関する貴女の見解は確かに正しい。
 ……しかし、だからと言って貴女に何が出来ます?他者の詠唱に割り込みを入れる強制詠唱も私には通用しないでしょう?」



尋ねられたインデックスが悔しそうに唇を噛んだ。
その通りだ。先ほどから何度試しても『強制詠唱』が作動しない。


あの術式における魔術発動部分は、魔術師が十字架に釘を打ちこんでからそれが上条に連動するまでの部分のみだ。
すなわち『十字架に釘を打ち込む行為』は十字架への物理攻撃に過ぎず、
連動して上条の体が破壊されるのを邪魔しようとしても、タイムロスなしに発動する魔術は略式に略式を重ねた強制詠唱でも間に合わない。




729: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:36:14.06 ID:o1rSeKJC0



「なら――――、」



インデックスの柔らかな声音が歌を紡いだ。
美しくも荘厳な、そして何処か不気味さを纏ったその歌が暗い路地裏に響き渡る。


『磨滅の声』。
相手の魔術の根幹を支える信仰や教義の矛盾点を徹底的に糾弾する事で相手の精神を一時的に破壊する術。


インデックスの歌は的確に相手を苦しめる。
地面に跨った魔術師に上条がすかさず駆け寄った。
そして、



「――――――だから、無駄だと言っているじゃないですか」



届いたのは、『正気を保ったままの』魔術師の声だった。
その声が上条の耳を打った瞬間、彼の腹の、耳の、指先の肉が小さく抉り取られていく。



「ぐ、ああああああああっ!!!」

「『磨滅の声』まで扱えるとは流石です、禁書目録。普通の人間ならばその歌の波長すら再現できないでしょう。
 ―――――だからこそ、あなたの術には穴がある。普通の人間には作れない波長。ならば、私の耳は普通の人間の波長以外拾わなければいい」




730: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:36:49.30 ID:o1rSeKJC0



サイドの髪を掻き上げて、魔術師がチラリと自身の左耳を見せた。
その耳は、取り付けた何らかの装置を覗かせる。



「ははははははは!!!あははははははは!! 主の味わった痛みと同じ痛みを与える事は信徒にとってこれ以上ない苦しみ!
 だが私のこの苦痛も、悲観も!全ては憎き異教徒を廃する為に昇華されるのだ!!あははははは!!!」



一定以上の音波の妨害。
必要な機材を用意すればそれは確かに可能である。
しかし少なからず『魔術師』を名乗る人間が科学に頼った対策をとるだなんて。



(いや……、クローンを作り上げた時点でヤツを『魔術』だけに傾倒した人間と思っちゃいけなかった……)



考えている間にも地面を勢いよく踏みしめたクローンから、
どのようなベクトルを操ったのかメリメリと罅の入ったコンクリートが上条の位置まで新幹線並みの速さで迫ってくる。


コンクリートの滝に飲み込まれる前にと上条がそれを飛び退けると、



(しまった―――――っ、)



迫る地面を囮にしたクローンが、上条のすぐ目の前まで近づいていた。
血液逆流すら可能とする悪魔の右手が彼の顔面へと差し出され、鷲掴みにしようと5本の指が関節を曲げる。


死ぬ。
オリジナルである一方通行の能力発動にかかる時間―――ほぼ0秒を知る上条が自身の死を意識した時、




731: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:37:16.36 ID:o1rSeKJC0



キー――――ン、と耳慣れた甲高い金属音が鳴り響いた。
轟々と呻きを上げて射出されたそれは、音速を遥かに凌駕し目の前の『敵』を打ち落とす。



「―――――確かにさっきはアンタを傷つけちゃった事に動揺した。私がアンタ達を傷つけたくない事も、本当」



カツ、カツ、と品の良いローファーを鳴らして、暗い路地裏を自らが発する紫電で照らしながら茶髪の女がゆっくりと歩いてくる。
学園都市最強の電撃使い、『超電磁砲』の異名を持つ超能力者の序列第3位。
――――――全ての妹達のオリジナル、御坂美琴は怒りをその顔へと顕著に示しながら次の砲弾を構えて宣言する。



「それでも、ソイツに手を出した事は許さない。ソイツは私の獲物よ、―――― これ以上痛い思いをしたくなかったら大人しく地面とキスしてる事ね」



御坂妹と一方通行を託して安全な場所に非難させた筈の美琴が此処に居る事に、上条は驚いた。
疑問はそのまま声へと上がる。



「御坂、どうして……!!いやそれよりも、御坂妹と一方通行はどうしたんだよ!」

「そこの表通りの端で黒子に運んでもらったわ。ついでに一方通行が『倒した』方のクローンも連れて病院まで一直線」



風紀委員の仕事なのか、美琴が御坂妹と最初に遭遇した時には白井黒子と連絡はつかなかった。
しかし機転を利かせ自分の現在位置を探知するGPSのアドレスと留守電を後輩の携帯に残した美琴は、
それを頼りに到着した白井に妹と一方通行、そして彼の弟と偽ったクローンを病院までテレポートさせたのだ。




732: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:37:53.27 ID:o1rSeKJC0



超能力者に戦闘へ加わられるのは非常に厄介だ。
自分達クローンを傷つけたくないと言った美琴を動揺させるために一方通行クローン04号は、
主の前に立ち塞がり自らの体を盾とする事で美琴の動揺を誘う作戦に出る。
だが。



「オリジナルはとんでもなく優秀なクセに、さっきの攻撃で分からなかった?
 ―――――こっちは腐っても超能力者。『死なない程度に加減する』くらい、心得てるのよ」



躊躇なしに射出された美琴の第2撃は正確に04号の脚を貫いた。
動脈などの太い血管が通っている所は避け、致命傷を躱しながら見事に『動けなくなる位置』へ命中させる。


クローンという最大の壁を失った魔術師は狼狽した。
『磨滅の声』を回避する為に装着された装備は『通常での人間の声の波長』以外の波長一切を遮断する。
それはつまり物音一つ察知できない事を示唆する。
今までクローンが盾となる事で回避できていた視認できない動作――――例えば後ろからの攻撃などを防ぐ手段が殆どなくなる。


形勢逆転の状況に上条が膝に力を加えて立ち上がる。
確認するように右手を握り締めた上条は、
先程の魔術で集中攻撃された右手からジュクジュクと赤い血と半透明のよく判らない体液が流れ出すのを半ば呆然と見つめながら



(まだ……もう1発、イケる……)



握力を込めてもう一度右手を握る。まだ、イケる。
渾身のチカラを込めた1撃で、ヒトの命を弄ぶこの腐れ外道を殴りつける事が出来る。




733: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:38:27.19 ID:o1rSeKJC0



「ま、まだだ!!私には『磔刑の現』もある!禁書目録の『磨滅の声』とて、装置を破壊しない事には――――」

「―――― へぇ。よく解んないけど、その装置ってのを壊しちゃえばあのシスターがアンタになんか出来ちゃうわけだ」



既に事は魔術の領分だ。
だからこそ、彼は失念していた。
『自分で装置を用意したわけではない』からこそ、その装置の『欠点』に気づいていなかった。



「私は魔術については何にも知らないけど、そうゆう電子機器ってさ。―――― 私みたいな『電撃使いの領分』なのよね」



妹達を狙うのに、電子機器を『奥の手』とした時点で既に彼に勝ち目はなかったのだ。
理由は簡単。
妹達に手を出されて、黙ってみている姉はいまい―――――


バチバチ!という何かがスパークする様な音がして両耳に装着した装置が爆発した。
衝撃で耳が弾け、鮮やかな鮮血が僅かな肉を伴って飛び散る。



「う、ぐ、ああああああああ!!!!」



思わず魔術師が悲鳴を上げた時、彼は更なる絶望を耳にした。



「ありがと短髪。――――これで心置きなく『磨滅の声』が使えるんだよ」




734: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:39:09.52 ID:o1rSeKJC0



王室御用達の名歌手の歌声と世の全ての不協和音を一斉にかき鳴らしたような心地よくも気持ち悪い、良くも悪くも人間離れした唱が心を占拠する。
世界中の人間全てから糾弾されるような感覚が魔術師を襲う。


死にたい。こんな思いを味わい続けるのなら、いっその事死んでしまいたい。
唐突に、人類全員に詫びたい様な気持ちになった。
唐突に、死んで償いたい気分になった。
唐突に、死よりも恐ろしい何かが自分を襲う感覚に陥った。


あゝ、ああ、アア、嗚呼!!
イヤだ。解放されたい。壊れる。何が。心が。気持ちが。支配される。何に。唱に。唱。一体何。
ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさい








狂った様に叫び続ける魔術師に上条は右手を向けた。
時折混じる謝罪の声に唇を噛み締める。



「いいか、覚えておけ。
 お前が感じるその苦痛は御坂妹や一方通行や――――お前達が利用したクローンの100分の1も満たしやしねえ。
 その苦しみを絶対に忘れる事無く、死ぬまでアイツらに謝り続けろ」




735: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:39:53.67 ID:o1rSeKJC0



魔術師から返事はない。
ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさい
私は悪くない私の所為じゃない計画したのは私じゃない私は違う悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない



今度こそ、上条は拳を握る。
踏み締めた足で重心を置き、その1撃に全てを込める。



「いいぜ。――――お前が自分の罪も何もかも見ねえフリしようってんなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!!」



幻想殺しが男の顔面を貫いた。
後ろに倒れこんだ男は、気絶することで漸く自分を支配する『何か』から解放される。



「現実を見て、自分の罪を全部知れ。―――――償いたいなら、やるべき事は山ほどある」



上条当麻の小さな呟きだけが、夜の街並みに静かに響いた。








736: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:40:22.80 ID:o1rSeKJC0





「――――はあ!?一方通行と弟がいない!?」



御坂美琴が悲鳴を上げたのは、全てを終え、妹たちの様子を電話で白井に尋ねた時だった。
白井の報告によれば病院で治療を受けた後ちょっと目を離したすきに2人も消えてしまったという。
一方通行クローンの傷は応急処置程度で早々動けるものではなかったし、放心状態にあった一方通行も自ら動き回る様子には見えなかった。


誰かに連れ去られたか、あるいは自ら望んで連れて行かれたか。
ともかく、御坂妹の容体も心配だし病院へ向かおうと上条達が結論付けたところで―――――



「な―――――っ、?」



倒れていた魔術師の一団が、消えた。
一瞬だった。先程の魔術師も、上条が合流する前に美琴と一方通行で撃破した魔術師も全員消えている。



「あくせられーたのクローンもいないんだよ!!」



何処を探しても見当たらないとインデックスが騒ぎ出す。
全員、意識が無かった筈なのに。一体何処へ消えたというのだ。




737: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:41:08.37 ID:o1rSeKJC0



「なあインデックス、これが何かの魔術って可能性は―――――?」

「それはないと思う。魔術の気配なんてちっとも感じないし………チョーノーリョクって事はないの?」



超能力。
こんな状況を引き起こせるのは白井のような空間移動系能力者くらいだが、果たしてここまで出来る能力者が本当にいるのだろうか。
移動物体に手も触れる事無く、離れた場所から座標を飛ばすことの可能な能力者―――――



「―――――……ムーブポイント」

「へっ―――――?」



美琴の呟きに上条が声を上げる。
何処かで聞いたことがあるような気もするが………ダメだ、思い出せない。



「そうよ、『座標移動』だわ!!『残骸』事件だけじゃ飽き足らずあの女、また何かしようって言うの!?」



『残骸』事件。
『樹形図の設計者』の残骸を巡って、白井黒子が学園都市外部の化学結社と結託した少女と対峙した事件。
確か白井と戦った女の子ってのも、同じ大能力者でも随分と能力値に違いのあるテレポーターだったって話で―――――



「―――――って、あの時の女の子!?でもあの人、大星覇祭のとき一方通行の元同僚とか言ってなかったか?」

「………一方通行のヤツ、一体何考えてるっていうのよ……」








738: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:41:42.57 ID:o1rSeKJC0








結標淡希が一方通行とそのクローン達、そしてスペイン星教から来たという魔術師達を『回収』したのは
学園都市の暗部で動く彼らがアジトとするビルの一室だった。



「魔術師ってゆうと私達じゃよく解らないし、土御門か海原立会いの下で心理定規に尋問させるよう回しといて」



アジトに戻れば駆け寄ってくる部下の愛しい少年達に愛想良く命令し、結標は自分と一緒に転移した一方通行へと目線を移した。


一方通行の瞳は、生きているものの目ではなかった。
それは大きく見開かれ、ガラス玉のように表情がなかった。
視点が固定され、ただ光を返すだけの剥製のような瞳。


そんな彼の様子に溜息を吐いた結標は、前髪を掻き上げながら面倒臭そうに言葉を漏らす。

「アンタさあ、確かに気持ちは解らないではないわよ?でもそんな事でいちいちウジウジしてんじゃないわよ面倒臭い。
 『敵』側のクローン一体壊しちゃったくらいで一体何落ち込んで―――――――っ!!!?」



突如、結標の体が廃ビルの汚らしい壁へと叩きつけられる。
右手で顔を鷲掴みにされ、中心となる口は覆い塞がれ、男とは思えない白い肌がと寄せられたかと思えば
耳元へと端正な唇が吐息を感じるほどに近づく。


まるでこれから一夜でも共にするかのような空気に結標が硬直する。
頬が僅かに赤らんで、緊張からか快感への期待からか少しでも耳元の呼吸を感じ取ろうと無意識に神経を研ぎ澄ませる。
ねっとりと首筋を舐められて、下腹部が僅かに疼くのを感じた。熱っぽくて荒い息が唇から洩れる。
そして―――――、




739: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:42:42.02 ID:o1rSeKJC0





「解ったようなクチ聞いてンじゃねェぞ、この 乱。テメエ如きが理解できるようなモンじゃねェンだよ、俺達は」





偽物のようなそれから一転して、獰猛な獣を思わせる光沢。
初めて対峙した時の憐れみを含んだものでも、テンションがハイになると出るxxxxらしいものでもない何処までも冷徹な声音。


叩きつけるような叫びでもなく、泣きわめくような呻きでもなく。
深淵に縁どられた澄んだ声。
酷く純粋で、だからこそ言葉に嘘はないと証明する口ぶり。



「……あ、あ―――――、」



喰われる前の草食動物にでもなったかのような感性が結標を襲う。
緊張して動けない。
甘い空気になどではない、命の危機に瀕した際の単純な恐怖感。


メキリ!!!と音を立てて、押し付けられた壁の、顔のすぐ脇の壁が潰れた。
コンクリート製のそれが、まるでトマトでも押し潰すかのように簡単に崩れパラパラと砂埃を立てる。


成長して結標自身彼と並ぶ超能力者に身を置いたとしても、未だ感じる圧倒的な実力差。
一方通行の手が顔面から離れた事で逆に支えを失くした結標の体が、ズルズルと壁を伝って冷たい床に座り込んだ。




740: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:43:50.98 ID:o1rSeKJC0



一度目だけで殺せるほどの殺気を結標に見せた一方通行は、そんな彼女からは既に興味を無くしたのか目線もくれずにその場から立ち去ろうとした。
だがそこで、



「待ちなよ、第一位。滝壺と私からの有難~いお話がまだなんだけど?」



麦野沈利が一方通行の前へと躍り出た。
ヒールを鳴らしながら彼の前へと歩み寄った麦野は、一方通行の顎へとキスでも誘うように細い指を艶やかに這わせる。



「まず滝壺から1つ良いお知らせ。学園都市外の研究所から能力追跡で探知された第一位のクローンは、
 お気に入りのお人形ちゃん達で処理できたみたいよ。
 アンタと一緒に行動してたっていう妹達もあっちのクローンの方も危うかったけど命に別条はないみたい。……あ、2つになっちゃった!」



絡め取るように自分の顎へ手をかける麦野の指を、一方通行は拒まない。
早く次をと目だけで告げる。



「そんな怖い顔すんなって!!……さて、私からも良いお知らせだ。
 アンタのクローンをやっつけようとして番外個体ちゃんが死線を彷徨いました、ってね!
 ま、愛しの最終信号は無事だったみたいだし。よかったじゃない?ほら良いお知らせ!」




741: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:45:27.47 ID:o1rSeKJC0



見開いた一方通行の視線が麦野を射抜く。
殺してやる殺してやる殺してやる……瞳が物語るその声に、常人だったら意識の一つも手放しているかもしれない。
だが麦野は違った。伊達に一つの暗部組織のリーダーを務めてこなかったのだ、これくらい耐性はある。



「私にそんな顔したってしょうがないでしょーが、一方通行。
 そんなに大事なお人形ちゃん達なら、全部手元に置いて外に出さなきゃ良いんだ。
 お部屋の中で囲い込んで適当に撫でてでもしてやれば傷つく事も無い」



麦野の言葉に一方通行が歯噛みする。
牙を剥き出しにして威嚇する姿はさながら野生の動物だ。



「それ以上アイツらを『人形』扱いしてみやがれ……―――ブチ●すぞ」

「おーおー、いつまでも思春期の抜けきらないお子ちゃまはこれだから嫌だねえ……――――」



一方通行の殺気を余裕の笑みで受け止めた麦野は、彼の顎に掛けた手を引き寄せてキスが出来る距離までに近づける。
そして囁くようにそう語ると唐突に一方通行を突き放し――――――



「だったら!!泣き事ほざく暇あんならさっさと元凶ブチ殺して来いってんだよコッチは!!!!
 どんだけアイツら壊されようが壊そうが、生きてさえすりゃあテメエには後で幾らでも泣いて謝って謝って謝って詫びる事が出来んだろォが!!
 メソメソメソメソしやがってガキみてえな我儘してる間にやる事やりやがれ●●●野郎!!!!」





陰鬱な第一位の顔面を、スポーツマンも真青な身体能力をもって勢い良く殴りつけた。






742: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:46:33.26 ID:o1rSeKJC0



一方通行の顔から鼻血が吹き出る。



「あれまあ。近距離で見つめ合っちゃった美人なお姉さんに目が眩んで鼻血までだしちゃいましたか~?
 一方通行マジ●●●~い中二男子~♪」



殴りつけた拳をプラプラと振りまわしながらアノ第一位を挑発する麦野を見て、浜面仕上は蒼褪めた。
おいおいおいおい、こんな所で超能力者同士の全面対決なんて御免だぞ。
せめて隣の滝壺だけでも護らなければと彼女の方を向いた浜面は、しかし滝壺の予想外の反応に驚嘆した。


滝壺は、酷く切なげな表情をしていた。



「むぎのはね、あくせられーたが羨ましいんだよ。何度だって謝れるあくせられーたが。
 本当は正確に言えばあくせられーたも『本人』には一生謝れないんだけど、ミサカネットワークって巨大な意思から『本人達』の思考を汲み取った
 同じ顔をした別の子があくせられーたを許してくれなくても懺悔を聞いて謝罪の場にいてくれる。
 ―――――フレンダはもう、死んじゃったから」



言われて気付いた。
似ていたのだ、麦野と一方通行は。
キレ方だとか口調の野蛮さだとか単純な部分もだが、もっと根底。
大切な人達を、失ってはいけなかった人達を自らの手で押し潰してしまった過去。



「むぎのは私達にちゃんと謝ってくれた。私もきぬはたも、いいよ。って、言った。
 でもフレンダは――――……幾らフレンダのお墓に謝った所で一つも返事が返ってこないの。」



一方通行から見れば妹達はそれぞれ『個』なのだろうが、
彼女達を『妹達』という括りで見る麦野にとっては、一方通行は自分の一番してはいけなかった行いを償える羨ましい存在なのかもしれない。




「むぎの、言ってたよ。『あの個体の考えはどうでした』って妹達から聞いてるあくせられーたを見て、
 フレンダは私に殺された時どう思ったんだろうね、って」




743: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:47:30.83 ID:o1rSeKJC0



熱の冷めたらしい一方通行が袖口で鼻血を拭いながら麦野を見据える。



「――――ケッ」



麦野にある意味励まされた事が恥ずかしいのか何なのか、一方通行は麦野を一瞥しただけでそれ以降なかなか顔を上げようとしなかった。
俯いたままにその場を去ろうとする。



「ああ。待って待って、その前に!第一位サマにはまだ私からの悪ぅいお知らせがあっりまーす」

「―――あァ?」



まだ何かあンのかと言いたげな一方通行など気にも留めずに、
麦野沈利は柱の影へと手を振りながら何かを呼び寄せる様に「ほぉら仔猫チャン出ておいで~」と声を掛けた。



「さあ!第一位への悪いお知らせ―――――」



手品でも始めるマジシャンの様に大ぶりな動作で一方通行へと一礼した麦野は
なかなか姿を現さない『何か』を柱の影から引っ張り出して仰々しい声で舞台を続ける。



「――――愛しの最終信号チャンのご登場でーす!!」




744: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:48:14.88 ID:o1rSeKJC0



麦野が連れてきたのは、少女だった。
何処かの高校の制服を身に纏った、まだ十分に幼いと言える少女。
そしてこの場の誰もが様々な事件で目にした女性達と同じ顔をしている少女。



「………麦野さんに、全部聞いた。
 あなたが今までミサカ達に黙って『こんな所』にずっと居た事も、ミサカ達の為に黙っていてくれた事も、全部」



一方通行は目を見開いたまま応えない。



「どうして言ってくれなかったのなんて、今更言わない。ミサカ達の事を思ってって言うのは理解してる。
 でも、でもね……――――――」



打ち止めがそこで言葉を切った。切れた端から鼻を啜るしゃくりあげた声が届く。



「でもね……、あなた一人で背負わなくても良いじゃない。麦野さんの言う通りだよ、皆生きてるんだよ?
 10032号も14510号も20000号も番外個体もあなたのクローンも確かに怪我はしちゃったけど、生きてるんだよ。
 皆はそんな言葉求めてはいないけど、ゴメンなさいは、いつだって言えるんだよ?」



「一人じゃないじゃない。ヒーローさんもシスターさんもお姉様も此処の人達も、皆、皆あなたを助けてくれたじゃない。
 一人で背負おうとしないで。失う事が恐いなら、ミサカがいつだって証明してあげる」



「ミサカがいつまでもあなたの隣で生き残って、絶対にいなくなったりしないんだって証明してあげる!!」




745: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:49:01.89 ID:o1rSeKJC0



ゆっくりと一方通行に触れた打ち止めが、そっと彼の羽織るシャツに触れた。



「ミサカのYシャツ……ちゃんと着てくれてるんだね……
 ねえ、知ってた?大好きな人のシャツを着るのって『離れていてもいつも一緒にいるからね』って意味なんだよ」



そして、そっと愛しいその人を抱きしめる。





「ミサカは永遠にあなたと一緒にいます、ってミサカはミサカは宣誓してみたり」





一方通行の両腕が、ゆっくりと打ち止めの背中に回った。
壊れ物でも扱うかのようにそのまま静かに力を込める。



「―――――――――あり、が、とォ……」



しゃくり声が混じった。
二重に響く鳴き声が鉄筋とコンクリートに囲まれた部屋いっぱいにBGMとして流れ始める。




746: 第十三話 『部屋と戦闘とミサカ』 (後篇) 2011/01/17(月) 21:50:16.11 ID:o1rSeKJC0



精神年齢変わらないんじゃないかコイツらなんて思いながらも意地らしい2人を横目で見遣った麦野は
茫然と座り込んだままの結標を揺り起こしながら



「いつまでボケーッとしてんだ座標移動。一方通行クローンのショタ個体でも探さなくていいわけ?」

「あ、そうだった!妹達の上位個体みたく幼く出来てる可能性もあるわけよね!!」



跳び起きた結標に能力の調子を確認すると年上としての意識か、
はたまた元来持ち合わせていたリーダー気質なのか部屋全体へと収集を掛ける。



「ホラ。管轄としてはアンタの責任なんだから、きちんと最後まで指揮取りな第一位」



一方通行が一度眼を閉じ、深く息を吸い込んだ。
スペイン星教からの魔術師。未だ姿を見せない残りのクローン。妹達の安全―――――
学園都市第一位の頭脳をフル稼働し最善の案を構築する。



「――――――科学と魔術の最終決戦の始まりだァ」







物語の、最後の幕が音を立てて上がり始めた―――――――――。








763: >>1 あるいはシャツの人 2011/01/21(金) 23:19:52.23 ID:JijPszWC0


美琴 「や、やっぱり本家は零号機から始まってるし、私は二号機でいいと思うのよねっ!」

上条 「と、いいますと?」

美琴 「つつつつつまり……2人乗りでも何でもいいから私に乗れって言っt――――」

白井 「それは違いますわお姉様!!」ババーン!!

美琴 「く、黒子!?アンタどっから―――――」

白井 「お姉様が本家本家と仰るなら、わたくしも覚悟を決めましょう。
    本家の通り二号機の初動はセカンドチルドレンとサードチルドレンによる3 ですわ!!」←セカンドチルドレン

浜面 「えー何、呼んだ~?」←サードチルドレン

上条 「ああ、そういや浜面がサードチルドレンだったな」←ファーストチルドレン

美琴 「………………」

白井 「こんな類人猿を交えるというのは些か気が引けますが……安心なさって下さいな、お姉様。
    二号機をメインで動かすのはセカンドチルドレンたるこの黒子の役目。
    お姉様の挿入口を初めて開くのはわたくしのダミープラグでしてよ。ゆっくり差し入れますから」

美琴 「そ、そんな初めて―――――らめええええええええ!!!!!!」





一方通行 「つーか本家に忠実とか……零号機の俺は三下に乗られるワケなんだろォ?マジ勘弁」

打ち止め 「ならミサカと二人で合体してましょ、ってミサカはミサカは周囲に都知事の影が無いか探りながら誘ってみたり!!」