P「伊織か?」伊織「お兄様!?」 Re: 中編

502: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 00:27:16.49 ID:pxmzvZq/0
しばらくして、その場にへたり込むマネージャーさん。

マネ「うぅ……こんなんお嫁に行けない……」

麗華「ふんっ! 今日はこのくらいにしといてあげるわ」

りん「あら~……。余計なこと言ったねマネージャー」

ともみ「麗華ってやけに揉むのは上手いから、ちょっと気持ちよく感じるのが性質悪い」

ひかり「すごく色っぽい……」

つばめ「そうね……恐るべし麗華の手さばきね」

春香「いやいや、のんきに言ってないで、現場の雰囲気が……」

真美「麗華お姉ちゃん、ちょっとやりすぎ……」

真「ちょっと! のぞみはボクに同じ事やろうとしなくていいから!」

のぞみ「私も気持ちよくさせてあげますから!」

真「そんなの望んでないよ!」

真は超逃げて……。

引用元: P「伊織か?」伊織「お兄様!?」 Re: 



503: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 00:27:56.39 ID:pxmzvZq/0
「ちょっと、本番前なのにそんな感じで大丈夫?」

新幹P「ああ、いつものことなので大丈夫です」

心配したスタッフが尋ねるも、新幹Pさんはさらりと言った。

しかし春香も言ってたように現場の雰囲気がちょっとアレな感じに……。

魔王エンジェルはやりたい放題だな。

新幹P「Pくんはまだ真っ赤だな」

P「ええっ!? いや、全然そんなことないですって!」

「くっくっくっ! いやあ、若いよねぇ」

P「あなたまでからかわないでくださいよ……」

俺はなんだかどっと疲れた。

椅子に座って水を飲むことにした。

P「うぅ……なんでみんな動じてないんだ……」

俺は机に突っ伏しながらそんなことを呟く。

隣で誰かが同じように突っ伏した。

マネ「Pさんにあんなところ見られるなんて……」

P「あれは失言でしたね……」

504: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 00:28:33.85 ID:pxmzvZq/0
がたがたっと椅子ごと倒れそうになるマネージャーさん。

マネ「Pさん!? いつからそこに!?」

P「最初からいましたよ?」

マネ「……うぅ、お恥ずかしいです」

P「麗華ってばいつもあんなことを?」

マネ「たまにです。さっきは私が胸が無いって言ったから……」

あー、昔からコンプレックスみたいなことは言ってたな……。

俺は気にしないって言ったんだけど、やっぱ本人は気にしてるんだ。

P「あはは、それはマネージャーさんが悪いですけど、麗華もやり過ぎではありますよね」

さっきの光景を思い出すと、また顔が熱くなってきた。

マネージャーさんは正直に言うと俺の好みの容姿だったりする。

そんな彼女が色っぽい声を出し、耳まで紅潮させ、あんな表情までされたら、なんというか……ヤバい。いろいろとヤバい。

マネ「顔赤いですけど、大丈夫ですか?」

心配そうに尋ねるマネージャーさん。

俺は直視できずに、大丈夫です、と言った。

505: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 00:29:03.16 ID:pxmzvZq/0
さて、この日の収録も無事に終わってあっという間にライブ当日となった。

高木「ついにこの日がやってきたね」

765プロのメンバーが揃い、円形に並んでいる。

高木「ここは私の……いや、私たちの始まりの一歩に過ぎないんだ」

社長の言葉は俺に重くのしかかる。

思えばプロジェクトを立ち上げたのは3年前。

俺はこの人に拾ってもらえなかったらどうなっていたんだろう。

始まりの一歩と言うが、俺の中ではもうすでに始まっていたんだ。

彼女たちのファンになったあの日から……。

ここまで紆余曲折してきた。

家から、親から、何もかもから逃げ出し、たどり着いた俺の……。

高木「君たちから何か言うことはないかな?」

506: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 00:29:39.79 ID:pxmzvZq/0
律子「じゃあ、私から……」

律子が一歩、歩み出る。

律子「あなたたちは今では立派なアイドルよ! このライブをファンと一緒に盛り上げましょう!!」

律子の元気の良い励ましが全員の背中を押す。

全員からも掛け声が上がる。

小鳥さんは涙ぐみながら、笑顔を崩さない。

小鳥「私は765プロが、みんなが大好きなの……。そんな大好きなみんなの好きなようにやってください……期待してます」

アイドル達も力強く頷く。

貴音「響、泣くのは早いですよ」

響「うん……わかってるよ……」

自然に俺に視線が集まる。

P「……」

小鳥「プロデューサーさん?」

P「俺からは、無いです……」

507: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 00:30:07.97 ID:pxmzvZq/0
言葉にできない。

考えても考えても言い表せない。一言で伝えられない。

だから、無い。

律子「ちょっと、プロデューサー……」

この期に及んで……と咎めようとした律子を社長が止める。

高木「そうか……」

律子「社長……」

小鳥「プロデューサーさん、一言も……ですか?」

P「ええ、一言も……」

こんなことは今後いくらでもある。

だけど、この一回はこの一回きりなんだ。

そう思うとなんだか言葉が見つからない。

ただ、のど元を締め付けられる感覚が継続的に繰り返される。

508: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 00:30:55.13 ID:pxmzvZq/0
伊織「ありがとう。お兄様……」

俺は俯いていたその顔を上げる。

伊織「社長の言う通り、こんなのただの通過点に過ぎないわ」

千早「そうね。もっと、歌を届けたい」

美希「ミキだってまだまだキラキラしてないよ」

雪歩「私だって、ダメダメなままですから」

亜美「もっと楽しいことしたいよ」

真美「もっと面白いことしたいよ」

あずさ「運命の人だって見つけてませんし」

真「ボクだって女の子らしく、可愛くなりたいです」

やよい「もっと笑顔を届けたいです」

響「自分、まだまだ踊りたりないぞ」

貴音「はい、今のままでは実家の方に顔向けできません」

春香「憧れの舞台はもっと遥か遠くにありますよ」

それぞれが口にして、手を重ねる。

509: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 00:31:21.86 ID:pxmzvZq/0
律子「一緒に有名にしていくんですよねプロデューサー」

小鳥「私たち最初から一緒にいたじゃないですか」

高木「君には信頼してくれる人がいる。さあ、まだまだ物足りないだろう?」

手を重ねる。

P「俺は……」

信頼されたかったんだ。

いろいろ失って気づいたことがたくさんあった。

一人じゃ何にもできないこととか……。

迷惑をかけて、失敗して、前に進めることとか……。

孤独に耐えられる人間が決して強いわけではないとか……。

けれど、これは初めて気づいた。

俺は信用が欲しかったんだと思う。

俺は俺自身の誇りが欲しかったんだと思う。

P「俺は……この先どうなろうともお前たちをプロデュースしたことを忘れない。そしてこれからもよろしく頼む」

頬を伝う滴が止まらない。

だけど今は笑っていたい。

手を重ねる。

510: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 00:31:53.38 ID:pxmzvZq/0
P「765プロー! ファイトー!!」

全員で人差し指を立て、天に向かって突き上げる。

一人一人の背中を押して送り出す。

伊織「お兄様」

P「……お前ももう行け」

伊織「酷い顔ね、にひひっ!」

最後に伊織の背中を優しく叩いて送り出す。

P「うるさいっての……」

歓声が響く。

ここまで応援されるようになったんだ。

もう俺の応援も些細なものになってしまったな。

高木「Pくん。私たちも見守ろう。彼女たちの最初で最後のこの時間を……」

P「ええ……」

これは俺たちの第一歩に過ぎない。

『765プロオールスターズ』『最初で最後のこの時間』   終わり

531: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 22:50:56.62 ID:pxmzvZq/0
『女P』

女P「すっごーい……」

大人の割にそんなしょぼい感想しか出てこない。

女Pは招待されたライブで特別招待席という、いわゆる良い席に座っていた。

しかし彼女もただ見ているわけではない。

この演出いいな、と思ったり、アイドルの歌い方やダンスのフォーメーションなんかもチェックしたり、勉強も兼ねている。

それでも彼女の口からついて出るのはすごいの一言。

専門家らしく細かいあれこれを評価するより、こういった抽象的な表現しかできない評価の方が彼女はより素晴らしく感じるのである。

理性よりも直感だ。

一目見て良いと思えば良いものなのだ。

ライブは終始盛り上がり、アンコールも行って終了した。

女Pの頭というより、心の中は感動で満たされていた。

早くあの人に会って自分の胸中を伝えたい。

きっとあの人なら嫌な顔せずに聞いてくれる。

532: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 22:51:27.92 ID:pxmzvZq/0
……ライブが終わった。

俺は鳥肌を立てつつも、残りの業務に集中しようと思い直す。

まずは労いの言葉をかけるか? いや、いらないだろうか……。

壇上から降りてくる。

P「……」

結局、俺は何も言えなかったが、一人一人と握手を交わした。

しばらくすると舞台裏には女Pさんがやってきた。

P「あれ、どうしました?」

女P「もう、なんだか……すごかったです!!」

目を輝かせぐぐいっと寄ってくる女Pさんに俺はたじろいでしまった。

女P「あとでみんなにも合わせてください!」

P「あはは、もちろんですよ」

これを言うためだけに一番乗りでやってきたのか……。健気というかなんというか……全く悪い気はしないんだけどね。

しばらくして他に招待した方たちもやってきて、いろいろ話した後で解散になった。

533: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 22:52:02.33 ID:pxmzvZq/0
ライブから一月後。

残暑がきついながらも、秋の香り漂い始める。

今日は俺も珍しくオフである。

あのライブからも勢い衰えることなくうちのアイドル達はいろんな番組に引っ張りダコだ。

当然俺の仕事も増えるし、常に新しいことに目を向けていかないと時代においてかれてしまう。

というわけで都心に来ているのだが……。

女P「Pさん、次はあっちのお店が気になります!」

彼女もオフだということで一緒に回っているわけである。

P「あ……全く、大人っぽいんだか子供っぽいんだか……」

呆れるというよりは、意外な一面が見れて面白い。

534: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 22:52:45.50 ID:pxmzvZq/0
女P「ほら、この服! Pさんに似合いそうですよ!」

P「そうですかね? ……それより、いいんんですか?」

女P「何がです?」

P「アイドルの衣装のためにお互いがモデルになるってことだったじゃないですか」

女P「あ、あー……でもPさん自身もおしゃれ必要ですよね?」

こりゃ途中で目的忘れてたな。

P「まあいっか、今日はとことん楽しんでもいいですよね」

女P「はい! 楽しみましょう!」

彼女は朝からとってもご機嫌で、見てる俺が幸せになるほどだ。

女P「ほらほら、これ着てください」

P「……わかりましたから、そんな押さないで」

試着室に向かう。

うーん、スーツ以外の服は最近着てなかったっけ。

535: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 22:53:21.71 ID:pxmzvZq/0
P「どうかな?」

言いながらカーテンを引く。

女P「おー……新鮮でなんというか……かっこいい……」

最後を妙にぼそぼそと言うもんだから聞こえなかった。

P「ん? 新鮮で、何ですか?」

女P「あ、あー! 似合ってるって言ったんです!」

何をそんなに慌てるのか、顔まで赤くして語気を強める。

P「そうですか……。ありがとう」

女P「あ……はい」

俺の顔をまじまじと見て、一転しおらしくなってしまう。忙しい人だなぁ。

P「じゃあ私も何か選んであげます。……じゃなくて選ばせてください」

女P「はい、ぜひ……」

服を選んでみる。

536: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 22:54:15.79 ID:pxmzvZq/0
ところで一般的に女性というものは、自分の中である程度選択肢ができてるらしい。

つまり、どちらがいいかと女性が問う時、その人の中ではどっちがいいかすでに決まっているという話だ。

けれども女Pさんはそんなことは全くなく、俺の選ぶ服を喜んで着てくれた。

女P「どうですか?」

P「うん! アイドルになれますよ!」

女P「えへへ……。Pさんのプロデュースだったらアイドルやってもいいかな……」

自分の顔を隠すように前髪をいじる女Pさん。

そのあとチラッと上目遣いで窺ってくる。

P「あの……本気にしますよ?」

女P「ふえぇ……!?」

実際、この人だったらアイドルになれるだろう。

何より俺にならプロデュースしてほしいという意味に聞こえて、正直、心拍数が一気に上がってしかたない。

要するに、すごくドキドキしてる。

537: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 22:54:55.64 ID:pxmzvZq/0
女P「ご、ごめんなさい! 私もまだプロデューサー続けたいです!」

思い切りカーテンを閉める女Pさん。

俺は、しばらく閉じられた試着室を眺めていたが、なんだかじっとりと罪悪感を感じ始めて、どこを見ていいのかわからなかった。

あれ、よく考えたら俺、振られてない?

再び散策を開始する。二人の間で変わったのは、少しぎこちなくなったくらいだ。

お互い沈黙が続く中、それでも俺は嫌な感じはしなかった。

女P「あの……」

先に沈黙を破ったのは彼女の方だ。

P「どうしました?」

女P「お昼ご飯食べましょ?」

ひょいと覗き込むような形で可愛らしく小首を傾げる女Pさん。

気が付けば昼過ぎだった。

538: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 22:55:36.37 ID:pxmzvZq/0
P「あ、もうこんな時間か」

女P「服屋さん、たくさん回りましたからね」

楽しそうに笑う。

P「何か食べたいものありますか?」

女P「うーん……Pさんにお任せします!」

おお、これはあれか。

俺のエスコート力が試されているのだ。

一見のほほんとしていてなかなか侮れないのかもしれない。

俺はうーんと考えて、行きつけのカフェがあるのを思い出した。

P「じゃあついてきてください」

女P「はい」

女Pさんは返事をすると手振りを交えて話していた俺のその手を自然に取った。

539: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 22:56:47.74 ID:pxmzvZq/0
P「はい?」

女P「え?」

P「あの…………手……」

何か勘違いしてたことに気づいた女Pさんは、わあっ! と慌てて手を離して距離を取る。

女P「あ、いや、Pさんが手を差し出したから手を繋ぐのかなって思って……! 恥ずかしぃ……!」

かーっと沸騰してしまいそうなほどの顔を両手で覆って俺に背を向ける。

P「あー、俺もごめんなさい。勘違いさせるようなしぐさで……」

しばらくして気を取り直した彼女は、未だに頬を朱に染めながら俺の隣を歩く。

俺は俺でいろいろ考えたが、もう一度手を差し出す。

女P「あの……」

P「繋ぎましょ……? えと、その、デートですから…………ですよね?」

男女が一対一で出かけるのはデートだよね?

自信のない根拠を頭の中で何度も反復させながら、思考停止しかける頭を無理やり動かす。

手に温もりを感じる。

思えば、俺はなんでこんなことをしたのだろうか。

手を繋ごうなんて思ったのだろうか。

デートだなんて言ったのだろうか。

気づけば、握った手の平は次第にじっとりと滲んでしまっていた。

540: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 22:57:32.95 ID:pxmzvZq/0
P「えーと、ここです。あ、ラッキーですね」

女P「ん? どうしたんですか?」

手は依然繋いだまま一軒のカフェの前に立ち止まる。

P「いつもは平日でもこの時間は待つことが多いんですよ」

女P「へー! だからラッキーなんですね!」

P「ええ、入りましょう」

お互いに顔を見合わせた後、繋いでる方の手を見てさっと手を離した。

扉を開いて、女Pさんを先に通す。

すぐにお店の人がやってきて二人席に案内される。

女P「Pさんっておしゃれなとこたくさん知ってますね」

P「まあ独り身ですし、休みの日なんて特にやることもないので、こうやって口コミで有名なお店に通ったりするのが趣味になっちゃってますから」

なんとも恥ずかしい話である。

趣味がお店巡り、散歩……お爺さんかよ……。

541: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 22:58:10.81 ID:pxmzvZq/0
P「ここは私が出しますよ」

女P「え、そんなの悪いです……」

P「デートなんて滅多にないんですから格好つけさせてください」

女P「あう、でーと……」

俯いた女Pさんは渋々と了承した。

ランチを済ませ、そのまましばらくコーヒーブレイクを楽しむ。

前のライブの話や、今度行うジュピターのライブの話。

それに関して振り付けや、演出の話を聞いた。

P「へえ、そのダンス一度見てみたいですね」

女P「今度来ますか?」

そんなこんなでキリのいいところで店を出る。

542: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 22:58:39.82 ID:pxmzvZq/0
P「今からアイドルのライブ行きません?」

女P「え? 今から?」

P「ええ、ちょうどチェックしたいアイドルがいまして、女Pさんとなら楽しめるかなって……」

他の女性の話題はタブーだけど大丈夫だろうか……。

と懸念する必要も無かったらしい。

女P「ぜひ行きましょう!」

俺はちょうどチケットを二枚持っている。

念のために二枚買っておいて良かった。

女P「今日はなんていうアイドルなんですか?」

P「まだ駆け出しなんですけど、346プロダクションっていう事務所のアイドル達です」

女P「へー、Pさんがチェックするってことは、次に来るアイドルってことですか?」

P「いや、次に来るかどうかは分かりませんが俺は好きですね」

女P「……そうですか」

あれ? なんか落ち込んじゃった? 何かまずいことでも言ったかな?

543: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 22:59:40.98 ID:pxmzvZq/0
P「あの、やっぱり無理してます?」

女P「え?」

P「いえ、なんだか落ち込んでしまったように見えたので……」

女P「やだ、そんな風に見えました……?」

全然そんなことはないです、とは言ってくれるが、やはりどこか無理してるように見受けられる。

P「いいんですよ。なんなら、これから飲みにでも行きます?」

女P「…………あの」

一言で伝わる重みのある声のトーン。

俺は思わず足を止め、身構えてしまった。

女P「その……アイドルのこと好きって言うPさんに……私、なんだか嫌な気持ちになっちゃって……」

P「……それってどういう」

544: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:00:08.03 ID:pxmzvZq/0
女P「あはは……! お、おかしいですよね! Pさんアイドルのプロデューサーだからアイドルが好きなのは当然なのに!」

嫌なことを笑い吹き飛ばそうというのが見え見えでこちらまで苦しくなってくる。

女P「ごめんなさい。今日は帰ります……」

P「……」

俺はその時追いかければよかったと後になって後悔した。

その日の夜に彼女の部屋を訪ねたのだが……。

女P『ごめんなさい。気持ちの整理をしたいので、しばらく会わないでいただけますか?』

そう言われ、一切取り合ってもらえなかった。

どういうことなんだ……。

気持ちの整理って何だ。どうして会ってはいけないんだ。

気が付けば一か月、お互いに連絡を取ってないどころか顔も合わせてない。

545: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:00:40.06 ID:pxmzvZq/0
P「……はぁ~」

小鳥「プロデューサーさん」

P「……どうしました?」

小鳥「最近ため息多いですよ?」

P「そうですかね……」

律子「プロデューサー」

今度はなんだろ? 正直、ちょっとイライラしていた。

律子「春香からですけど……」

P「なんだ?」

ため息を気づかないうちについて、電話を受け取る。

春香『プロデューサーさん、私、今日はどちらの現場に行けばいいんですか?』

P「なんだって?」

耳を疑った。どちらの意味が分からない。

今日の収録は某テレビ局に向かうだけのはずだけど……。

546: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:01:24.51 ID:pxmzvZq/0
P「……! ちょっと待て!」

そう言ってすぐに保留のボタンを押す。

スケジュール帳を取り出し、事務所のホワイトボードもチェックする。

書いてあることが違う。

小鳥さんのスケジュールも見せてもらうが、あろうことか二つのスケジュールが重なっていた。

ダブルブッキング。

P「……ああ!! くそ! やっちまった!!」

びくりと跳ねる小鳥さんと律子を無視してすぐに対応策を練る。

他の子たちのスケジュールをチェックする。

ダメだ。全員、今日の予定が埋まってる。

最悪、先方のどちらかを切り捨ててしまうしかない。

とにかく、俺は春香にダブルブッキングのことは伝えずにどちらへ行くかを指示した。

547: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:02:46.41 ID:pxmzvZq/0
P「やばい、代わりがいないとなると……」

謝り倒して、信頼を失うしかない。

もう二度と、春香へのオファーが来ないかもしれない……。

いや、765プロへのオファーすら来ないかもしれない……。

そうなれば……。

P「俺のせいだ……」

額に手を当て、がっくりと椅子に腰かける。

律子「プロデューサー……もしかして……」

P「ああ、ダブルブッキングしちまった……」

小鳥「ええええぇっ!?」

P「代わりがいないから、ちょっと謝罪しに行ってくる」

力がすっぽり抜けてしまってるのがわかった。

ふらりと立ち上がり車のキーを粗雑に手に取る。

すると、腕を掴まれた。

548: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:03:21.79 ID:pxmzvZq/0
律子「ちょっと待ってください」

P「なんだよ」

律子「最近変だと思ったんです! ため息ばっかつくし、こんなくだらないミスするし!」

P「ああ、反省してるよ」

もう離せ、と内心では毒づいている。

律子「今回だけです……。竜宮小町を代わりに使ってください」

P「……おい、いいのか?」

律子「幸い、今日は仕事入ってませんので、今から連絡入れてみてください」

P「あ、ああ、わかった」

律子の勢いに飲まれたのもあるし、俺自身もうどうしようもなかったので素直に提案に乗った。

P「もしもし……」

俺は事情を説明して春香と竜宮小町の入れ替えをお願いすると、向こうも快く引き受けてくれた。

549: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:04:02.44 ID:pxmzvZq/0
P「はぁ、助かったぁ……。律子、すまない、ありがとう」

律子「べっ、別に……今回だけですからね!」

ぷいっとそっぽを向く律子だが、あとは任せてください、と頼れる言葉を残してくれた。

律子「その代わり、何があったか話してくださいね!」

律子は事務所を出た。

P「話すことなんて何にも無いんだけど……」

小鳥「まーた、そうやって抱え込もうとするからですよ」

P「いや、だってこれは俺の問題ですし……」

小鳥「でもも、だってもありません! こうやって迷惑かけることになるんですから!」

P「うぐっ……!」

小鳥さんの言った通りなので何も言い返すことができない。

P「……ふぅ。わかりました。律子が戻ってきたら話します」

それで結局、無事に収録を終えたらしく、律子が戻ってくる。

550: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:04:53.68 ID:pxmzvZq/0
律子「じゃあ、なにがあったか聞かせてください」

二人に迫られ、俺は圧迫感を感じながらもぽつぽつと話し始める。

P「先日のことなんですけど……」

二人は興味あるとばかりに前のめりに話を聞く。

P「ある女性とショッピングしたり、ランチしたり……いわゆるデートをしてたんですけど……」

小鳥「デート!?」

律子「プロデューサーがデート……」

P「話、続けますよ? ……それで、俺からアイドルのライブに行かないかと誘ったんです」

小鳥「うっわ……」

あら、やっちまったなという表情の小鳥さん。

551: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:05:34.43 ID:pxmzvZq/0
P「まあ、普通の女性なら誘ってませんよ。同業者だったんで誘ってみたんです。そしたら反応は悪くなかったんですよ」

律子「……同業者ねぇ」

P「でも彼女、話しているうちに落ち込んだ顔をして、謝ったあと帰ってしまったんです」

思い出すだけでも少し嫌になる。

P「その後、部屋を訪ねたんですけど、気持ちの整理がしたいと言われて以来会ってません……」

律子も小鳥さんもふむぅ、と考え込んで複雑な表情をする。

小鳥「うーん、なんというか、情報が……」

律子「足りませんよね」

小鳥「というより、プロデューサーさんはその人のことどう思ってるんですか?」

P「え、あ、俺ですか……?」

頷く小鳥さん。

俺は彼女のことをどう思っているんだろう。

そりゃもちろん、会えなくて嫌だった。

避けられてるみたいで辛かった。

この一か月間彼女のことしか考えられなかった。

会いたいと思ってる。会って話がしたい。

552: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:06:37.42 ID:pxmzvZq/0
P「………………あ」

律子「え?」

小鳥「どうしました?」

P「わかりました。向こうがどう思ってようが関係ないです」

律子「急にどうしたんですか?」

P「もう帰ります! 話聞いてくれてありがとうございました!」

荷物を纏めて、脱いでいたスーツも手に取ってさっさと帰る。

律子「本当、わからない人だなぁ……」

小鳥「きっと大切なことに気づいたんじゃないですか?」

553: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:07:43.25 ID:pxmzvZq/0
帰ってきた。彼女の部屋は俺の部屋の隣だ。

今日は絶対に逃がさない。

俺の言いたいことを言う。

待つこと2時間くらい経っただろうか。

女P「あ……」

ようやく帰ってきた。

P「お帰りなさい」

女Pさんは一礼すると、そそくさと部屋に戻ろうとする。

その手を引く。

P「待ってください」

狼狽する女Pさん。

P「あなたが今どんな気持ちで、なぜ俺と距離を置くのか分かりませんが、俺は嫌です」

彼女はじっと、もの悲しそうな眼差しでこちらを見つめる。

女P「……ごめんなさい。避けてたつもりじゃないんです。ただ、あの日から顔を合わせづらくなっちゃって……」

P「なんですか、それ……」

頭に来てしまった。

554: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:08:32.74 ID:pxmzvZq/0
P「俺がこの一ヶ月間どれだけ悩んだと思ってるんですか!」

彼女の肩をつかんで声を上げる。

女P「ご、ごめんなさいっ!!」

さすがに勢いに圧倒されたのか、大きく肩を震わせる女Pさん。

P「俺のこと嫌いになったんじゃないかと思いましたよ」

女P「!! ……そんな、そんなことありません。だって私は……」

そこで言いよどむ。

P「ねえ、女Pさん」

女P「は、はい! 何でしょうか?」

P「俺、この一ヶ月であなたのことたくさん考えました。何であんなよそよそしい態度をとるんだろうって……」

女P「……」

P「それで、俺も気づきました。何で俺、あなたのことばかり考えてるんだろうって……」

ここまで言ってしまえば、先の内容も自然と分かってしまう。

女Pさんは顔を上げ、潤んだ瞳でこちらを見つめる。

もうそれだけで愛おしい。

555: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:09:41.13 ID:pxmzvZq/0
P「好きです」

暗がりの光の中、彼女の紅潮した顔が浮かぶ。

P「あなたが俺を嫌いでも、俺はあなたが好きです」

彼女の持っていたカバンがするりと落ちたと思うと、次には俺の胸に体を預けていた。

女P「私も好き…………Pさんのこと、大好きです」

小さな体を優しく抱きしめる。

しばらくして見つめ合う。

やがてごく自然に彼女は目を閉じた。

言わなくてもその意味がわかる。

ちょいっと背伸びして、少しでも近づこうとする彼女が可愛くてしょうがない。

それでもまだまだ届かないので、俺の方から顔を近づける。

お互いの息がかかる距離だ。

いつの日か似たようなことがあったっけ。

556: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:11:16.56 ID:pxmzvZq/0
「んんっ!!」

とても大きな咳払いに驚いて、お互いの距離は一瞬で離れる。

スーツを着た男性がすっと、俺たちの横を通る。

恥ずかしさと若干の苛立ちを覚えたが、はい解散、とするわけにはいかない。

P「来て」

女P「あ……」

カバンを拾った女Pさんの手を取り、俺の部屋に連れ込む。

その様子を陰で見てたのは小鳥と律子だ。

小鳥「あちゃあ……これはお楽しみですね。いいものも見れましたし、帰りましょうか」

律子「そうですね。このことはみんなには秘密にしときます?」

小鳥「まあ、聞かれたら話してあげてもいいんじゃないですか?」

そもそもプロデューサーさんの恋バナとかしませんし……と付け足す小鳥。

律子「でも明日はプロデューサーに問い詰めてみましょうか……」

小鳥「……うわぁ。悪い顔してますよ」

この時のために二人も2時間ほど待っていたりする。

557: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:12:25.25 ID:pxmzvZq/0
俺は玄関の鍵を閉めて、靴も脱がずに彼女をもう一度抱きしめた。

どさりと荷物が落ちた音が静かな部屋に響く。

真っ暗でよく見えないが、彼女は俺の懐にいる。

その温もりを感じることができる。

彼女の顔に触れる。

頬を撫で、あごをくっと上げ、顔を近づける。

邪魔する人はもういない。

お互いの呼吸を強く意識してしまう。かかる息がくすぐったい。

女P「……んっ」

数秒間、唇を重ね続ける。

いったん離すと、はぁはぁと小さく吐息を漏らす。

558: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:13:36.02 ID:pxmzvZq/0
もう一度、二度……と何度も何度もキスをする。

次第に深く、長く、熱く、キスを交わす。

 

女P「……んむっ、ちゅ……」

 

女Pさんはすっと顔を逸らし、ようやくキスは中断される。

やや荒く呼気を続けていた。

女P「……はぁ……はぁ……ごめんなさい。……ちょっと、気持ち……良くて、変な感じに……」

言葉だけで恥じらいや、愛しい気持ちが伝わってくる。

俺の方は我慢がきかず、首にキスマークを作る。

女P「ふあぁ……!! だ、だめっ……!! Pさん! Pさぁんっ!!」

くてっと力が抜けたかのように体が沈んでしまう女Pさん。

559: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:14:38.66 ID:pxmzvZq/0
俺はそれを支えて耳元でささやく。

P「大丈夫?」

すると、ピクリと小さく震えて反応を示す。

女P「んっ……はぁ……はぁ……だめって、言ったのに……」

P「あなたが可愛くって……」

女P「もう……」

それきり言葉はほとんど無かった。

ただお互いがお互いを求めるままに愛を交わす。

飽きることなく何度も何度も……。

女P「好き、大好き……」

P「俺も大好きです……」

560: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:15:42.42 ID:pxmzvZq/0
次の日、俺は眠い眼をこすって出勤する。

昨日はあの後、俺の部屋でシャワーを浴びて、いざ! と思ったのだが、避妊具が無かったのでお喋りをしただけだ。

最後にもう一回キスしたっけ……。

いや、一回じゃなかったな。

また女Pさんが軽く痙攣するまで、キスした気がする。

かくいう俺もすごい気持ちよくて病みつきになってしまいそうだった。

というか、もうなってますね、はい。

P「ふわ……。おはようございます……」

小鳥「ぴよっ!! おはようございます!!」

P「なんかやけに元気ですね……」

高木「おお! 聞いたよ君! 何でも彼女ができたそうだね?」

P「はい?」

何で昨日の今日で知ってるんですか……?

561: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:16:25.11 ID:pxmzvZq/0
小鳥「ふふふ……私には何でもお見通しなんですよ!」

P「はあ!?」

何で知ってんだよ! いや、昨日話したけども……! 付き合い始めたことはわからないだろ!

律子「ごめんなさいプロデューサー……昨日、プロデューサーの後を追って、陰で様子を見てたんですよ。小鳥さんが楽し……じゃなくって、心配だからって言うんで……」

小鳥「ちょっと律子さん! そんなこと言ったら……」

P「ほう……このクソ事務員はそんなストーカーまがいのことを?」

小鳥「ぴよぉ……」

P「でも今回だけ許してあげます。小鳥さんに相談しなかったらまだどうなってたかわからないですから」

小鳥「! そ、その通りですよ! 私の完璧なアドヴァイスが無ければ……!」

P「調子に乗るな」

小鳥「はい、ごめんなさい……」

高木「それにしても良かったね……きっと君を心から愛してくれる人なんだろう」

P「俺だって彼女のことを心から愛してますよ」

こんな恥ずかしいセリフだって簡単に言えちゃう! 愛の力ってすごい!

562: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:17:28.55 ID:pxmzvZq/0
なんて考えていると律子がうーんと唸っていた。

律子「でもあの人、どこかで会ったことあるような気がするんですよね……」

P「ああ、961プロのジュピター担当プロデューサーだよ」

律子「あー! そうだそうだ!」

高木「961プロのところか……うむ、ピンと来たよ!」

P「なんですか?」

高木「だったらうちと961でプロデューサー研修をやってみよう!」

P「ええっ!? だって俺も律子も順調にキャリアを積んでますし、向こうも十分に活躍してると思いますよ?」

高木「思えば、うちは他事務所との交流が少なかったしいい機会じゃないか?」

P「いや、でも……」

律子「面白そうですね。初心忘るべからずですし、私はやってもいいですよ?」

高木「そうだね。向こうから吸収できることもたくさんあるだろうし、君も彼女に会うことができるだろ?」

P「でも、毎晩会えますし……」

高木「仕事場での彼女を知っておくことも大事だと思うけどねぇ……」

社長と押し問答していると一本の電話が入る。

それには小鳥さんがいち早く対応した。

自然と静かになる事務所内。

563: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:18:37.60 ID:pxmzvZq/0
しばらくして小鳥さんは電話を切った。

小鳥「あの、黒井社長からでした」

嫌な予感がする……。

小鳥「765プロと961プロでアイドルプロデューサーの研修をやるそうです」

情報回るの早っ! 向こうももうばれたのか……。

しかも決定事項ですか、そうですか……。

ルンルン気分で出勤して、速攻で問い詰められて、ばれた姿が目に浮かぶ。

想像すると死ぬほど可愛いな。

律子「何考えてるんです?」

P「はっ! いや、別に……」

律子「どうせ彼女さんのことでしょ? プロデューサー殿の顔、薄気味悪かったですよ?」

酷いこと言うね。

564: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:19:17.33 ID:pxmzvZq/0
高木「それでは向こうの了承も得られたことだし、決定だね」

小鳥「あ、もう企画の内容が送られてきましたよ」

仕事早すぎ。黒井さんは休んでてください。

律子「うわ、しかもページ数20以上ありますよ」

というわけで、俺たちはその内容に目を通す。

うちからは律子と俺が、向こうからは女Pさんが、それぞれの事務所に二週間ずつ勤務して、実際にプロデュース業を行う。

交換ではなく、最初の二週間は俺と律子が961プロへ出勤し、女Pさんのプロデュースを見たり、自分たちで961プロのアイドル候補生をプロデュースしたり……。

そして、その二週間が終われば、次の日からの二週間は女Pさんが765プロで同じように勤務するということだ。

まあ、四週間は一緒に出勤できるし、悪くないと思ってしまった。

565: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:21:11.59 ID:pxmzvZq/0
そんなこんなあり、今日の午後からレッスンが始まる。

P「1、2、3、4、5、6、7、8……」

手を叩きながらリズムをとる。

それに合わせて振り付けを踊るアイドル達。

あー、会いたい……。

今すぐにでも彼女に会いたい。

P「……」

響「プロデューサー?」

春香「どうしたんですか? プロデューサーさん」

P「……」

今何をしてるのかな……。

ちょっと抜けてるところあるから、仕事でへましてないか心配だ……。

それとも俺が女Pさんのこと考えてるみたいに向こうも俺のこと考えてくれてたりして……。

566: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:21:44.87 ID:pxmzvZq/0
真「ちょっとプロデューサー……。いきなりニヤケて気持ち悪いですよ……」

美希「ハニー!!」

P「うおっ!! みんなどうした? そんなに近寄ってきて……」

千早「え?」

真美「いや、兄ちゃんがボーっとしてたんだけど?」

雪歩「プロデューサーがおかしくなっちゃいました……」

やよい「大丈夫ですか?」

貴音「真、酷い病気と見受けられますが……」

散々な言われようなんだけど……。

実は来週からの研修が楽しみでしょうがないのだ。

ちなみに俺たちがいない間は各個人、各ユニットはセルフで仕事を取ったり、それぞれの現場に向かったりするということだ。

かなりリスクを負うことになるが、マニュアルを作成したので、その通りにやれば大失敗ということにはならないだろう。

それよりも、今日のレッスンは俺の身が入ってなくてアイドル達に呆れられてしまった。

567: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:22:53.90 ID:pxmzvZq/0
P「あー、失敗しました……」

小鳥「ダメですよ。仕事の時は仕事に集中してもらわないと」

P「わかってはいるんですけど……彼女の顔が脳裏をちらついて、会いたい会いたいと思ってしょうがないんです」

小鳥「本当に爆発してくださいよ」

小鳥さんは黒いオーラ丸出しで嫉妬してた。

この日は本当に業務が長く感じた。

まだ7時なのに早く帰るということを念頭に置いていた。

P「お疲れ様です」

律子「お疲れ様です。早いですねー」

P「そうか? そんなことないと思うけど?」

ぱたりと事務所の扉を閉めてさっさと帰る。

小鳥「はあ? あの人、みんなをトップアイドルに導くまでは誰かと付き合う気は無いなんて言ってたくせにさぁ!」

律子「ちょっ、落ち着いてくださいよ……」

ばしばしとキーボードを乱雑に叩き始める小鳥。

どうやら嫉妬の愚痴が始まったみたいだ。

面倒くさいからもう結婚してほしいと思う律子であった。

568: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:23:29.61 ID:pxmzvZq/0
俺は帰路を急ぎ目で歩く。

そうして家に着くと、ちょうど俺の来た方と反対側から女Pさんが帰ってきた。

P「あ、女Pさん!」

女P「Pさん! こんばんは」

P「会いたかったです」

すぐに抱き寄せる。

女P「あ……もう、大胆ですね」

ぎゅーっとしばらく抱きしめ合う。

P「すぐそこですけど、帰りましょう?」

女P「はい、今日はお早いんですね」

P「ええ、あなたに早く会いたくって……」

女P「ふふっ……実は私もPさんの顔が見たくて、早くあがっちゃいました」

P「本当ですか? 奇遇ですね」

手を繋いで、あとちょっとしかない距離を大事に歩く。

569: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:24:29.53 ID:pxmzvZq/0
女P「晩御飯、うちで食べていきませんか?」

P「いいんですか?」

女P「はい。Pさんのために腕によりをかけちゃいます!」

ぐっとこぶしを握って笑顔を向ける女Pさん。可愛い。

そういうことなので、お邪魔することにした。

P「お邪魔します……」

女P「『ただいま』でいいですよ?」

P「…………ただいま」

女P「お帰りなさい!」

久しく言われてなかったな……。当たり前のようで、いつの日か当たり前ではなくなった言葉だ。

たまらなくなり、再び抱きしめ、キスをする。

570: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:25:15.04 ID:pxmzvZq/0
女P「ん……ふあっ……Pさん?」

P「愛してます」

彼女は一気に顔を赤らめると、ばたばたと靴を脱いで部屋の奥に逃げていった。

俺が部屋に行くとすでに彼女の姿はない。

けれどどこからか声が聞こえてくる。

『私のこと見つけるまで、ちゅー禁止です!』

いや、そもそもあなたがいなきゃキスはできないんですけど……。

『晩御飯もお預けです!』

そっちがその気ならこっちもちょっとイタズラしてやろう。

P「しょうがない。じゃあ俺、大人しく帰ります」

『え?』

ドアを開けて閉める。俺はもちろん外に出てない。

『Pさん? Pさーん?』

P「……」

俺は笑いをこらえるのに必死だった。

571: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:26:24.53 ID:pxmzvZq/0
次第に不安げになっていく声に多少胸を痛めながらも、それ以上に愛おしく感じる。

押し入れからひょっこり顔を出す女Pさん。

女P「本当に帰っちゃったの?」

P「いますよ」

女P「きゃあっ!!」

驚いてびくりと肩を震わす。

P「さあ、見つけましたよ。出ておいで……」

俺も彼女の視線に合わせるため、しゃがんで両手を差し出す。

彼女が俺の両手を取ったのでそのまま引き上げようとしたが、ぐっと押されて、後ろに倒された。

P「うわっ!」

背中をついて倒れた俺の上に四つん這いでまたがる女Pさんには扇情的な魅力があったが、同時に、彼女の支配下に置かれたように身動きがとれなくなる。

俺が何か言う前に唇を塞がれる。彼女の唇で……。

572: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:27:53.57 ID:pxmzvZq/0
P「んっ……」

 

女P「んちゅ……んむ……ちゅ、ちゅ……」

 

P「ぷはっ……」

ようやく解放される。俺の口元を見てみると、そこから女Pさんの口元に一本の透明な線が繋がっていた。

透明な線は俺の口に返っていくと、溶けるように消えていった。

女P「えへへ……。私からも、ちゅー、しちゃいました。Pさん顔真っ赤です。可愛い」

P「あなただって、無理したんでしょ? 真っ赤ですよ」

女P「だって、Pさん身長高いから、私からちゅーしようとしてもできないもん」

拗ねたように言う女Pさん。

あ、またゴム買うの忘れた……。

そんなしょうもないことを唐突に思い出して、残念な気持ちになったが、キスするだけでも本当に幸せでしょうがない。

573: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:28:35.32 ID:pxmzvZq/0
しばらくしてイチャイチャも落ち着き、晩御飯を作ってもらう。

彼女の手料理は美味しい以外に、なんだか特別なもののように思えた。

一緒に寄り添って、お酒を飲んで、お喋りをして、帰るときには本気で別れを惜しんで……。

またすぐに会えるんだけどね……。

そうして、早くも研修期間がやってくる。

P「おはようございます。一緒に行きましょう」

女P「ふわぁ……おはようです。……Pさん早いですね」

P「ごめんなさい。ちょっと張り切りすぎでしたかね?」

女P「ふふっ! Pさんらしくて良いと思います!」

準備するんであがって待っててください、と女Pさん。

すっぴんで寝ぼけ眼の彼女も可愛くて愛らしく、ほっこりした。

朝ごはんもまだだったみたいで、時間かかります、とか言いながらもしゃもしゃと朝食をほおばる。

俺はそんな彼女をじっと見つめる。……飽きない。

574: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:29:34.42 ID:pxmzvZq/0
女Pさんはごくりと飲みこむと、もじもじと言いづらそうに、それでも口を開く。

女P「あの、食べてるとこそんなに見られると恥ずかしいです……」

P「あ、ああ、ごめんなさい……」

ふいっと目を逸らす。

ちらちらと視線が合うのが、なんだかもどかしい。

女P「食べ終わりました! 着替えてきます!」

そう言うと、スーツやワイシャツを持って洗面所に入っていく。

女Pさんはちらりとこちらに振り向くと、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

女P「覗いてもいいですよ?」

きゃっ! ……とはしゃぐ女Pさん。ちょっと言ってみたかったんだろうな……。

P「本当に覗きますよ……」

結局のところ覗かなかったけど……。それは俺がヘタレとかじゃなくてね?

まあ、衣擦れの音が妙に気になったのは認めます。

しばらく待って洗面所から出てきたのはさらに綺麗になった女Pさんだった。

575: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:30:31.26 ID:pxmzvZq/0
ナチュラルにメイクを施して、あまり華やかにならないような雰囲気を保っている。

けれど決して地味というわけではない。

少なくとも俺には魅力的な女性そのものにしか見えない。

恋心補正はもちろんあるけど……。

女P「ど、どうですか? 私、変身です……」

最後の言葉が尻すぼみになっていく。ちょっと恥ずかしかったのだろうか……。

P「とっても綺麗です」

彼女は顔を紅潮させ、ありがとうございます、と言った。

準備も整ったので部屋を出る。

P「そういえばばれてるんですよね?」

鍵を閉めながら女Pさんは苦い顔をしてみせる。

576: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:31:25.47 ID:pxmzvZq/0
女P「そうなんですよ。私、嘘が下手みたいで……すみません」

P「そんなところも可愛らしいです」

女P「もう! またすぐにそんなこと言って!」

P「こんなこと、あなたにしか言いませんよ」

女P「あうぅ……」

P「そう言えば、黒井さん以外で誰が知ってるんですか?」

頬を赤らめ俯けていた顔を上げて、視線を斜め上に向ける。

女P「あとは、冬馬と北斗と翔太です。他にも何人か知ってるかも……」

P「そうですか。まあ何て言われようと関係ありません」

女P「はい! じゃあ行きましょう」

張り切る女Pさんに向けて俺は手を差し出す。

577: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:32:12.17 ID:pxmzvZq/0
女P「これは? ……!! もしかして……」

P「いっそ開き直っちゃって見せつけてやりません?」

女P「ええええっ!? 無理無理!! 無理です!! 恥ずかしくて死んじゃいます!!」

P「むぅ……。じゃあ事務所の前まででいいです……」

俺だって、ちょっとくらい拗ねちゃうよ……。

女P「それだったら……」

混乱してるのか、事務所の前までならなぜか許してもらえた。



……私は彼の手を握る。

578: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:32:59.00 ID:pxmzvZq/0
大きくてたくましくて、私のことを守ってくれるみたい。

この胸のドキドキはいつまでたっても小さくならないなぁ。

彼にはいつもドキドキさせられっぱなしだ。

この前の私からの、ちゅ……ちゅーは彼をドキドキさせられたかな?

いつものお返しだもん!

でも本当は自分がちゅーしたいだけだったり……。

って、自分でそんなこと考えて恥ずかしくなってる私ってバカみたい!

ふるふると首を振るう。

あ、また彼に見られた。恥ずかしいよぉ……。

私は顔が赤くなっていくのがわかる。

さっきも赤かったけど、今はもっと赤いと思う。

自然に彼の顔が近づいてくる。

だめだよ、ここ外だし……こういうの路ちゅーって言うんだっけ? 恋愛経験が貧弱な私に誰か教えて!

そんなこと思ってるうちに彼の顔がもうすぐそこに……!

579: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/20(月) 23:33:33.82 ID:pxmzvZq/0
ああ、目を閉じてる姿もかっこいいな。

私の方も吸い込まれていくように、背伸びをして、ちょっとでも彼に近づくの。

唇が触れた瞬間、なんて言うか、電流が走る……かな?

でも、そんな感じでピリピリピリって手足まで迸っていくの。

彼の愛情が、優しさが伝わってきて、お腹のあたりがムズムズってする。

変な感じ。……でも嫌とかじゃなくて、むしろ気持ちいい。

彼の顔が離れる。

優しい笑顔。

ちょっぴり恥ずかしそうな横顔。

けれど、しっかりと握ってくれる温かい手。

ああ、私、幸せなんだな。

お互いの手を繋ぎ、スーツ姿で並んで歩く私たちでした。

『女P』   終わり

593: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:11:06.92 ID:aScrO8Ao0
『新幹少女・ひかり』

さて、ライブからまだ数週。

日差しの強さもこれといって落ち着くわけではなく、薄着の人が大半だ。

暑い。外回りやロケに行くも暑さにやられてしまう。

アイドルはいいよなぁ……。

こんな暑い日には水着を着て、海でマリンスポーツを楽しめる。

俺は単なる付き添いで、楽しそうな彼女たちの様子を遠巻きに眺めているだけだ。

たまたま居合わせた一般客もいいよなぁ……。

自分たちも涼しい格好で、アイドルの水着姿を生で拝めるし、手だって振り返してくれるんだもん。

冬馬「ひゃっほー! 気持ちいいぜ!」

黄色い声を浴びるジュピターの三人。

こんなに騒いでるのは冬馬くんだけなのだが、翔太くんも北斗くんも楽しそうだ。

彼らは今サーフィンをやっている。

うーん、上手い。それにかっこいい。

ちなみに俺は海が苦手だ。

泳げないとかではなく、潮の匂いやしょっぱい海水がなんだか好かない。

でも海につかるのは気持ちのいいものなんだよな……。

594: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:12:00.53 ID:aScrO8Ao0
それにしてもこのロケ、羨ましい。

海で遊ぶだけっていうね……。

もちろん撮影に……ってことだったんだけど、わざわざこんな人が集まるような海でなくてもよかったんでないかい?

俺は大きくため息をつく。

ひかり「Pさん、どうしたんですか? そんな大きなため息ついて」

聞かれちゃってたらしい。

ひかり「Pさんも遊びましょう!」

海が好きなのか、いつになくはしゃいでいるひかりちゃん。

腰を折って、膝に手をつき俺に視線を合わせるように前かがみになるひかりちゃん。

ちょっと胸が強調されるような姿勢になって、たちまち俺の視線は定まらなくなった。

595: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:13:20.32 ID:aScrO8Ao0
伊織「こら! だめよ、ひかり! お兄様を水着姿で誘惑しようなんて……」

ひかり「ゆう……! そ、そそ、そんなこと! し、してないよっ!」

わたわたと手を振って全力否定のひかりちゃん。

結構、胸あるんだな……。

伊織「お兄様も、ひかりの胸ばっか見ないの!」

ひかり「ええっ!?」

P「いや、違う! 伊織、変なこと言うな!」

ぎゃあぎゃあと伊織と言い合ってると向こうから苦笑いで新幹Pさんがだらだらとやってきた。

新幹P「あー、相変わらず賑やかだな」

P「す、すみません……」

新幹P「いや、いいんだけどよ。ひかりもこう言ってることだしちょっと羽目を外してみないか?」

P「新幹Pさんがそう言うなら……」

新幹P「じゃあ水着に着替えてこいよ。俺はもう下に着てるから」

P「俺も一応下に着てますけど……」

新幹P「なんだよ、遊ぶ気満々だったんじゃないのか?」

596: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:14:11.88 ID:aScrO8Ao0
P「違いますよ。もし誰か溺れてしまったら助けないといけないじゃないですか。その時に速く動けるようにするためです」

新幹P「はー、真面目だねぇ……」

とか言いながらさらりと脱ぎだす新幹Pさん。

つばめ「ちょっと!」

のぞみ「プロデューサー……」

あずさ「意外と引き締まってるのね……」

亜美「おっちゃんかっけぇ!」

ちょうど戻ってくる他のメンバーたち。

ちなみに律子は水着を着せられるのが嫌なので、俺に今回だけ代わってくれと言い残し、逃げ出した。

新幹P「ははは……。まあな、伊達に鍛えてねえぞ亜美ちゃん」

ぺしぺしと新幹Pさんのお腹を叩く亜美。

亜美「腹筋すごーい!」

その様子を見た俺はちょっとばかり呆れたが、意を決して同じく脱いだ。

597: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:14:50.67 ID:aScrO8Ao0
あずさ「あらあら~」

ひかり「きゃぁっ!」

つばめ「わぉっ!」

のぞみ「だいたーん!」

伊織「急に脱がないでよ!」

反応は様々だった。

頬に手を当て困った笑顔のあずさ。

咄嗟のことに混乱して怒りをみせる伊織。

驚いたようなリアクションで、じっと上から下まで見つめるつばめちゃん。

けらけらと笑うのぞみちゃん。

そして、手で顔を覆うひかりちゃん。しかし指の隙間からがっつり凝視している。

P「海で水着になっただけなのに、そんな言われると恥ずかしい……」

ひかりちゃんは覆っていた手を下ろすと、やっぱりまじまじと見つめてくる。

598: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:15:45.37 ID:aScrO8Ao0
ひかり「……Pさんって結構たくましいんですね」

俺の体のことを言ってるのだろう。

それも、ある程度ダンスで鍛えてるところはあったからかな。

P「そうかな?」

つばめ「本当だ……」

ペタペタと触ってくるつばめちゃん。

濡れた手が少しひんやりとしていて俺は肩を震わせてしまう。

つばめ「あはは……! ごめんねPさん。……そうだ、ひかりも触ってみたら?」

ひかり「ええ!? ……Pさん、いいですか?」

P「あー……まあ、いいよ」

ひかり「じゃ、じゃあ……」

失礼します、と触りだすひかりちゃん。

ふわぁ……とか、すごい……とか、恍惚の瞳を携えながら感心しているようだ。

そんな最中、のぞみちゃんがそっと近寄ってくる。

599: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:16:50.51 ID:aScrO8Ao0
のぞみ「ごっめーん、足が滑ったー」

とか言いながらひかりちゃんを後ろから突き飛ばすのぞみちゃん。

いやいや、わざとらしすぎるだろ……。

ひかり「ひゃぁっ!!」

俺の身体をぺたぺたと触っていたひかりちゃんは後ろから押されて俺に抱き付く形になった。

水着なんて薄着も薄着。彼女を受け止めたときの感触が柔らかい。

ふんわりと潮の匂いに紛れて漂う彼女のいい香り。

肌と肌が触れ合い、俺は一気に緊張した。

やっぱり結構、胸あるよな……。

伊織「こらぁっ!! ひかり、早く離れて! のぞみ! あんたわざとやったでしょ!」

のぞみ「わっかんなーい!」

相も変わらず笑い転げるのぞみちゃん。この子酔ってんじゃないの?

どうやら海のせいでテンションが上がりまくってしまったようだ。

ひかり「……Pさん」

600: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:17:59.66 ID:aScrO8Ao0
一層、恍惚な瞳を俺に向けながら上目づかいで見上げてくるひかりちゃん。

正直、理性が飛びそうなほど可愛かった。

一瞬、フリーズしかけた頭は再起動して、俺がひかりちゃんを抱きしめているような形になっているという事態に今さら気づく。

P「うわぁ! ごめん! 大丈夫!?」

慌てて放して、距離を離す。

ひかり「ええ、Pさんが支えてくれたから……」

やば……心音が頭に響くほど大きく心臓が跳ねている。

血流が一部に流れていくような感覚が生じて俺は海に向かって急いで走り出した。

冬馬「お、あんたもなんだかんだ言ってはしゃいでんのな」

サーフボードを持ったジュピターとすれ違う。

俺は無言で彼らの横を通り抜けた。

翔太「すごい急いでたね……」

北斗「女難の相でも出てたんじゃないか?」

海に飛び込んで、少し離れたところまで泳ぐ。

海面から顔を出し、様子を窺う。

601: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:19:04.41 ID:aScrO8Ao0
戻ったら伊織がうるさそうだし、また何かあったら大変だ。

みんなが着替えるまでは接触しないようにしよう。

と思いながら、すいすいと泳ぐ。

P「わぷっ……」

押し寄せる波に進路を取られる。

だから海はあんまり好きじゃないんだよ……。

北斗「さっき、Pさんがすごい勢いで海に飛び込んでいったんだけど何かあったんですか?」

新幹P「ああ、実はな……」

新幹Pの説明で納得する一同。

北斗「ああ……じゃあPさん……」

新幹P「そうだと思うぜ」

翔太「ふーん、そんなこととは無縁に見えるけど、やっぱりお兄さんもちゃんとした男ってことなんだねー」

冬馬「興奮を冷ましに行ったってわけだな」

北斗「そういうことだろうね」

新幹P「こりゃいよいよ、ひかりにもチャンス到来ってわけか?」

北斗「うちのプロデューサーも負けるわけにはいきませんね」

602: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:19:45.13 ID:aScrO8Ao0
新幹P「そうだ。ところで女Pちゃんはどこだよ? うかうかしてられねーぞ?」

翔太「あ、あっちでナンパされてるよ」

冬馬「あーあー、プロデューサーのくせに水着に着替えるからそうなんだよ」

しばらくして戻ってくる女P。

女P「えらい目にあったわ……」

げんなりとした様子だ。

翔太「今のしつこかったよねぇ」

女P「助けてよ……」

北斗「すみませんね。今Pさんお取込み中だったみたいで」

女P「な、何でPさんが出てくるのよ!」

北斗「だってPさんに助けてほしかったんじゃないですか?」

女P「そ、それは! その……そうだけど……」

最後の方はもごもごと声量も落ちて、聞き取れない。

新幹P「女Pちゃん一人でいたらダメだろ。せめてジュピターの誰かと一緒にいなさい」

女P「うぅ……気を付けます。Pさんもいないし、水着を着てきた意味が……」

がっくりとうなだれる女Pだった。

603: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:20:53.42 ID:aScrO8Ao0
あずさ「あら、ジュピターの皆さん。また撮影始まるみたいですよ?」

あずさがそんなことを報告しに来る。

北斗「またですか?」

冬馬「さっきので終わりじゃなかったのか?」

亜美「なんかねー、さっきの亜美たちを見てたらもっといい写真が撮れる気がするんだってー」

ひょっこりと出てきた亜美が言う。

あずさ「そうなのよね~。ひかりちゃんをもっと魅力的に撮るんだってカメラマンさんが……」

亜美「それであまとうたちに協力してほしいって!」

冬馬「どういう構図で撮るんだ?」

こういうときに切り替えが素早くできる冬馬だ。

亜美「ひかりんがほくほくに抱き付く感じだって!」

北斗「ひかりちゃんが俺に? ……いい画が撮れるとは思えないけど、まあやってみようか」

新幹P「すまないな北斗」

北斗「いや、むしろ役得ですけど、仕事的には上手くいかないと思います。……一応Pさんを連れ戻してきてください」

新幹P「ああ、あいつは真面目だから撮影が再開するって言えばついてくるだろうよ」

北斗「お願いします。妥協した写真集なんて売りたくないんでね」

翔太「僕たちも必要?」

あずさ「ええ、もちろん」

冬馬「おっしゃ、もういっちょやるとするか!」

亜美「あまとう頼むよー」

冬馬「あまとうって言うんじゃねえ」

新幹P「じゃあ女Pちゃんはみんなの指示出しを頼むよ?」

女P「は、はい! 頑張ります!」

そんなこんなで撮影再開となる。

604: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:22:25.88 ID:aScrO8Ao0
クラゲが浮いてる。

ふわふわしてて気持ちよさそうだなぁ……。

俺はすっかり海を満喫していた。

好まないと言ってはいたのだが、いざ海水に入ってしまうと楽しんでしまうものだ。

新幹P「おーい! Pくん!」

岸の方から新幹Pさんがやってきた。

P「あれ、どうしたんです?」

新幹P「おう、撮影再開するみたいだぜ」

ああ、撮影の後でやっぱり撮り直そうってやつかな?

P「そうですか……じゃあ一緒に戻りましょう」

新幹P「そうだな。というかPくん結構遠くまで来たな……」

P「気づいたらここまで来てました」

新幹P「まあいいんだけどよ……」

605: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:23:21.54 ID:aScrO8Ao0
一方で撮影現場。

「うーん、さっきみたいな表情できないかな?」

ひかり「さっきみたいな表情ですか?」

撮影は案の定というべきか……滞っていた。

さっきみたいな表情と言われてもひかりにはわからない。

北斗とどう関係しているのかもわからなかった。

北斗「うーん、やっぱりいったん別のを撮りませんか?」

「そうだなあ……。でもさっきのひかりちゃん、すごく良かったんだけど……」

この人が言ってるのはひかりがPに抱き付いてた時のことだった。

「……じゃあ、他の子も何枚かもう一度撮ろうか」

北斗の提案が通る。

するとそこで戻ってきたのは……。

P「お待たせしました!」

翔太「お兄さん遅いよ……」

P「ごめんごめん……っていうか俺は遅くてもよくない?」

北斗「来ましたねPさん」

P「?」

北斗「ちょっと俺に代わってこの人で、ひかりちゃんをもう一度撮ってもらえますか?」

「え? でもその人アイドルじゃないでしょ?」

伊織「そうよ! 何でお兄様とひかりで撮らなきゃいけないのよ!」

あずさ「まあまあ、伊織ちゃん……」

北斗「俺は仕事に対して妥協はしたくないんだ」

北斗くんがそう言うとみんなの言葉が詰まった。

606: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:24:03.08 ID:aScrO8Ao0
「うーん、まあ北斗くんがそう言うなら試してみよっか」

ひかり「え? 何? 私、Pさんと? はい? えっ?」

混乱しまくりのひかりちゃん。

俺も訳が分からないし、さっきのこともあるので余計に意識してしまう。

女P「ひかりちゃん、ずるい……」

つばめ「ほら、ひかり、さっさとオーケー出してよね」

そうして再び撮影に入っていく。

顔を真っ赤にさせて緊張気味のひかりちゃん。

俺も、これは仕事だからと割り切っていても多少意識してしまう。

しかし、ここはプロデューサーである俺がなんとかしなくちゃ!

P「ひかりちゃん落ち着いて……」

ひかり「ひゃい……」

ダメかもしれないな……。

607: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:25:12.40 ID:aScrO8Ao0
P「ほら、さっきみたいに身体に触れてリラックスしてみたら?」

そんなんでリラックスできるのか怪しいところだが、俺の方も正気ではないらしい。

けれども無言で触りだすひかりちゃん。

ペタペタと冷やっこい手で撫でられてくすぐったい。

ひかりちゃんは次第にうっとりとした顔つきになっていった。

「!! おお、それだよそれ!」

パシャパシャとシャッターを切るカメラマン。

伊織と女Pさんの表情が死んでるけど、一体何があったのだろうか……。

「ちょっとひかりちゃん抱き付いてみてよ」

伊織「何言ってんのよ!?」

女P「アイドルでもないのにやりすぎでは!?」

食ってかかる二人にカメラマンもたじたじだ。

冬馬「プロデューサーだから関係者であることには変わりないだろ」

のぞみ「そうねー。それにPさんが邪な気持ちを持つかなぁ……?」

仕事には前向きな二人の意見はこの場では効果絶大だったらしい。

つばめ「明らかに私情挟んじゃってるし、冬馬くんとのぞみの言う通りじゃないかしら?」

そう言われては伊織も女Pさんも何にも言えない。

くぅ……と唸るしかできない二人だった。

608: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:26:31.82 ID:aScrO8Ao0
指示を受けるとひかりちゃんは自然な感じで俺に寄りかかるように抱き付いた。

さっきと同じ状況に俺の鼓動も再び速まる。

ひかり「Pさんの心臓の音。とてもよく聞こえる」

P「恥ずかしいから言わないでくれ……」

ひかり「私でドキドキしてくれてるの?」

小声で俺にだけ聞こえるように話すひかりちゃん。

P「ま、まあね……」

俺も小声で返す。

ひかり「私もドキドキしてます……」

ひかりちゃんは、すっと顔を上げてこちらを見る。

恍惚で潤った瞳、上気した頬、艶やかな唇……。

俺の肩に手を回し、背伸びをして、彼女は目を閉じた。

これはそういうことでいいんだろうな……。

もうダメだ。理性が飛んだ。

俺もゆっくり顔を近づける。

……横から思いっきり衝撃を受ける。

P「いってぇ!!」

横に吹っ飛んで砂浜にキスをした。

609: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:27:30.90 ID:aScrO8Ao0
新幹P「こら、Pくん。やりすぎだ」

だからってグーで殴らなくても……。

新幹P「サービスはここまででいいだろ? いい画は撮れたか?」

「ばっちりです! ひかりちゃんの新たな一面というか……とにかくファンの心もさらにグッと掴めますよ!」

そいつは良かった、とにこやかに言う新幹Pさん。

ひかり「Pさん大丈夫ですか? ごめんなさい、私のせいで……」

P「あはは……気にしないで……」

撮影はすべて終了。

ひかりちゃんの新しいショットを皮切りに他の子も撮り直し、より良い写真集に仕上がることだろう。

新幹P「悪かったなPくん、グーで殴って」

P「いや、流されそうになった俺が悪いんです。正しい判断ですよ」

新幹P「お詫びと言っちゃなんだが、この遊園地のチケットをやるよ」

P「えー? 俺、もらっても行かないと思いますけど……」

新幹P「そこは社長にかけ合ってみてくれ」

どうしようかな……。

てか一人で行ってもしょうがなくない?

610: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:28:15.77 ID:aScrO8Ao0
新幹P「ああ、あと言い忘れたが、もし行くならひかりのことよろしくな」

P「は?」

新幹P「実は俺もつばめものぞみも家の事情でその日行けなくなってな……。ひかりは楽しみにしてたから、せめてあいつだけでも楽しませてやりたいんだ」

P「……あー、そういうことなら任せてください!」

数日後。

P「本当に来てしまった……」

ひかりちゃんが来るって聞いて一人にさせるわけにもいかないからなぁ……。

ひかり「あれ? Pさん?」

P「おはよう。じゃあ行こうか」

ひかり「え? ちょっと待ってください…………え?」

狼狽え始めるひかりちゃん。

ひかり「プロデューサーがみんなで行くから来いって……。休み作ったからって……」

P「ああ、なんだかみんな家の用事で行けなくなったって聞いたけど……。それでひかりちゃんは来るみたいだったから代わりに俺が来たってわけ」

つまりは保護者的な役割だと思う。

611: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:29:07.25 ID:aScrO8Ao0
ひかり「な、なんですかそれ? 聞いてないですよ……」

P「やっぱ俺とは嫌だったか……?」

ひかり「いえ! 全然そんなことないです! 行きましょう! すぐに行きましょう!」

ちなみにひかりちゃんは有名人なので一応変装している。

髪はポニーテールにまとめ、赤いフレームの伊達眼鏡を着用。

いつものメイクとは違い、凛としたクール系より可愛さを重視することで雰囲気を変える。

彼女は世間ではクールなキャラで通っているのだ。

P「……」

ひかり「……」

二人並んで人々の行き交う園内を歩く。

これってデートみたいじゃない?

612: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:30:24.95 ID:aScrO8Ao0
P「あの……」

ひかり「は、はい!」

ひかりちゃんも同じことを思ったのか、緊張しているようだ。

P「どこから行きたい?」

ひかり「……どうしよう」

うーんと悩みだすひかりちゃん。

ひかり「……どこでもいいかも」

P「よし、じゃあ定番のジェットコースターだな。絶叫系は大丈夫?」

ひかり「はい、大好きです」

にっこりと笑って答える。

P「………………」

ひかり「Pさん?」

P「あ、じゃ、じゃあ行こうか……」

俺は手を差し出す。反射的に出してしまった。

613: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:31:24.17 ID:aScrO8Ao0
彼女は数秒間手を出したり引っ込めたりしていたが、おずおずと俺の手を取った。

俺は手を握られて、自然に手を繋いでしまったことにようやく気付く。

瞬間、頭が真っ白になって言葉が出ない。

ひかり「行きましょうPさん」

P「あ、うん……」

話しかけられて初めて相槌だけ出てきた。

時間も経つと、手を繋いでる状況に次第に慣れてくる。

楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

ステージを見たり、いろんなアトラクションに乗ったり、ショップを見たり……。

お化け屋敷では、怯えるひかりちゃんが俺の手と裾をつまんで、しまいには腕にぎゅっとしがみついてくるものだから、俺も気が気ではなかった。

614: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:31:49.57 ID:aScrO8Ao0
日の沈む夕暮れ時、この時間の定番はなんといっても観覧車。

多くのカップルが俺たちの後ろで列を作り始めていた。

早めに来てよかった……。

「それでは、次のお客様どうぞ!」

俺が先に乗り込み、ひかりちゃんの手を引いて観覧車に乗せる。

お互い向かいに座り外を眺める。

ひかりちゃんは眼鏡を外した。

沈黙する観覧車の中。

俺はあることを考えている。

一つの質問だ。それは自分に問いかけるもので、答えももう出ていた。

何度も何度も自分に問いかけるけど、いつまでも同じ答えしか出てこないものだった。

だいたい4分の1くらいに達する。

615: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:32:35.92 ID:aScrO8Ao0
ひかり「綺麗ですね……」

さきほどからぼーっと外を眺めるひかりちゃんが言う。

P「そうだね……」

俺は深呼吸をする。今しかないと思った。

P「ひかりちゃん」

ひかり「はい、どうかしましたか?」

夕暮れに照らされ、甘美な笑顔がより彼女を魅力的に映す。

P「……ひかりちゃんと会ったのって確かバレンタインのイベントだったよね」

ひかり「そうですね、あの時のことは忘れもしません」

P「それから違う事務所でもいろいろと一緒に仕事してさ、楽しかったよ」

ひかり「私もです。ふふっ! Pさん急にどうしたんですか?」

P「……悪い、ちょっとだけ聞いてくれ」

ひかりちゃんも笑顔を収めて真剣に話を聞く。

616: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:33:39.04 ID:aScrO8Ao0
P「それで、その、いつの日か俺は君のことばかり考えてるんだ。……特に、この前の海での撮影からひかりちゃんの顔が頭から離れない」

ひかり「……」

P「だから……まあそう言うことなんだけど……」

ひかり「Pさん、はっきり言ってくれないとわかりません」

彼女は俺の目をまっすぐ見据える。

俺も言葉に詰まるが、一瞬のことだ。すぐに覚悟を決めた。

P「俺はひかりちゃんが好きだ」

ひかりちゃんは、ふいと視線を外へと移し、しばらくして言葉を発する。

ひかり「そちらに行ってもいいですか?」

俺は答えずに、黙って席を空ける。

すでに観覧車も頂上近くまで来ていた。

ひかりちゃんが立ち上がったはずみか、揺れるゴンドラに体勢を崩す。

617: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:34:06.56 ID:aScrO8Ao0
ひかり「わわっ!」

P「危ない!」

ひかりちゃんは辛うじて俺の横に座ったが、ぴったりと俺に寄りかかっている。

ひかり「ごめんなさい」

恥ずかしかったのか顔を赤くしてしまう。

それでも俺を見上げるその目には決意の色が浮かんでいた。

直後、彼女から唇を重ねる。

俺は咄嗟の出来事に硬直する。

数秒キスし続ける間にゴンドラは頂上を通過していた。

ひかり「……これが答えです」

とろりととろけたような彼女の目元。

P「言葉で言ってくれなきゃわからないよ」

さっきの仕返しのつもりではないが少し意地悪な部分が出た。

618: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:35:23.61 ID:aScrO8Ao0
ひかり「……そ、それは、つまり、私もPさんのこと……んむっ!」

ひかりちゃんの口を俺の口で塞ぐ。

ひかり「ちゅ、んっ……ちゅ……んゅ……」

さっきよりも深く深く、ひかりちゃんと繋がる。

ひかり「まっ……て……」

P「あ……ごめん。嫌だった?」

ひかりちゃんの制止を聞いて俺はすぐに中断した。

ひかり「はぁ……はぁ……。ううん、そんなことないんですけど……息が……苦しくなっちゃって……」

P「息、止めてたの?」

ひかり「はい……」

P「ははは……もっとリラックスして……」

もう一度顔を近づける。

P「うん、次はゆっくりするから、息ちゃんとしてみて……」

ひかり「Pさん……んっ……」

キスをする。

619: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:36:18.53 ID:aScrO8Ao0
とろけた表情でお互いの目を見て口づけし合う。

ひかり「ちゅ、ちゅ……んむ……んちゅ……」

ひかりちゃんの息遣いが聞こえる。

数十秒もたっぷりとキスをして、ようやく離す。

恍惚に溢れたひかりちゃんの顔からは●●的な魅力を感じた。

ひかり「もっとぉ……」

そう言った直後、ゴンドラの端に俺の身体は押し付けられ、覆いかぶさるようにひかりちゃんが唇を重ねてきた。

P「んぐっ! ……ちゅ、ん……ちゅ……」

なすがままにされ、身動きが取れない。

ひかり「Pさん……好き、好き……ちゅ……ちゅ……」

どんどん激しくなっていくひかりちゃん。

すでに周りが見えておらず、俺も周りが見えないほど彼女とのキスに吸い込まれていきそうだった。

不意にドアが開く。

「……あの、お客様。一周いたしました……」

620: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:37:11.28 ID:aScrO8Ao0
すごく気まずそうに口を開くキャストさん。

後ろに立っている別のゲストも、しらっとした目つきだったり、やけに笑顔だったり……。

P「……」

ひかり「……」

一瞬で真っ赤っかに紅潮するひかりちゃんの顔。

俺も暑すぎると思うんだよね。このゴンドラ暖房でもついてるんじゃない?

「……お楽しみでしたね」

ぼそっと呟くキャストさん。いや、言わなくていいから……。

ひかりちゃんは外していた眼鏡をかけ直し、俺の手を取るとゴンドラからささっと降りた。

周りから奇異な視線を受け、観覧車から離れる。

「あの人たち観覧車でチューしてた!」

「こ、こらっ!」

順番待ちしていた家族の子供に指を指され、恥ずかしさも最高潮だった。

621: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:37:51.51 ID:aScrO8Ao0
夜の園内を二人で歩く。繋いだ手は離していない。

言葉は無いが、必要ない。

ただこうしてるだけで幸せだった。

園内の夜のライトアップで輝く噴水と、照明に照らされる花のある場所で、一つのベンチに二人で腰掛けた。

ひかり「ねえPさん」

P「どうしたの?」

ひかり「私たち、彼女と彼氏ってことでいいんですよね?」

P「えーと、うん、そうだと嬉しいな……」

ひかり「私も嬉しいです……」

夜の暗がりに彼女の表情が捉えづらくなる。

ひかり「でも私、アイドルなのに……」

P「大丈夫、俺が何とかする……。まずはみんなに報告しよう」

ひかり「でも……」

P「俺が何でもする。責任を取る。みんなもきっと認めてくれるよ……」

ひかり「……はい。私、Pさんのこと信じてます」

P「ひかりちゃん……」

潤う瞳をこちらに向け、まっすぐと俺の視線をとらえる。

そして再びキスをする。

ひかり「……私、今とっても幸せです!」

今までに見た中で一番魅力的な笑顔だった。

622: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:38:22.19 ID:aScrO8Ao0
数日後、俺はとあるカフェで相談をしていた。

というのも、相談相手は渦中のアイドル新幹少女とそのプロデューサー。

新幹P「というかまさかPくんから告るとはねぇ……」

意外だという表情で新幹Pさんが呟く。

俺はこの人たちに相談して良かったと思う。

彼らは俺たちの交際に前向きで、支援してくれるということだ。

ひかりちゃんはアイドルを続ける。

これはリスクを承知の上ながら、俺はひかりちゃんのアイドルとしての活躍も好きで……つまり、俺きっての願いでもあった。

つばめ「いやあ、私もひかりから行くんじゃないかと思ってたからねー」

のぞみ「Pさんはいつから?」

今後の方針等の重要な話は不安になるほどにすんなり終わり、彼らの関心は俺たちの恋愛事情らしい。

623: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:40:19.57 ID:aScrO8Ao0
P「……いや、というよりいいんですか? そんな軽い感じで……」

新幹P「だってなぁ……俺は最初からひかりの背中を押すつもりでいたし……」

つばめ「私も早くくっつかないかなーって思ってた」

のぞみ「早くしないとPさん取られちゃうよって言ってるのにひかりったら全然動かないし、不安だったのよね」

新幹P「まあ結果オーライだ。そんなわけで俺たちは応援するしサポートするってわけだ。二週に一回くらいはデートの時間も必要だよな……」

ああ、どんどん話が進んでいく……。

P「でも、マスコミにばれたとき、すごい迷惑かけてしまいます……」

新幹P「気にすんなよ。これは俺の方針ではなくて、会社の方針だ。こだまプロは個人の幸せを尊重してるんだよ」

いい職場過ぎるんですけど。

つばめ「いいよ、ばれても。その時は隠す必要がなくなるだけだしね」

のぞみ「まあアイドルは引退ってことになっちゃうけど、芸能界から引退する必要はないんだし、活動しながら付き合っちゃいなよ」

ひかり「みんなぁ……」

P「良かったねひかりちゃん」

ひかり「うん……」

新幹P「そんで、なんて言って告ったんだ?」

うわ、話題を逸らしきれなかった……。

624: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:41:14.70 ID:aScrO8Ao0
P「……えと、それは……言えません」

つばめ「照れ屋さーん!」

のぞみ「キスした?」

ひかり「きっ! ……ししし、してないよっ! まだだよねPさん!」

P「うんうん! ぜ、全然っ!」

新幹P「したな」

つばめ「したよね」

のぞみ「したわね」

一瞬でばれました。

それからもあれこれ聞かれてようやく解放された。

つばめ「二人とも茹でダコみたいになってるよ」

のぞみ「初々しぃなぁ……」

新幹P「はっはっは……! いい話が聞けたなぁ。まあスキャンダルについてはこっちに任せろ。高木社長にも報告忘れんなよ?」

P「……は、はい。今日はいろいろありがとうございます」

625: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:42:00.43 ID:aScrO8Ao0
新幹P「ただし、ひかりのことは最後まで愛し通せ」

今までで一番重みを感じる言葉だった。

P「……」

何も言わない。簡単に口にしてはダメな気がした。

その代わり、隣に座ってる彼女の手を握る。

ひかり「……」

彼女も何も答えない。

ただ強く握り返してくれた。

俺はこの子と生涯を共にするんだな、と漠然と感じていた。

新幹P「その顔を見て安心したよ。俺たちはもう行こうか」

つばめ「そうね。二人とも末永くお幸せに!」

のぞみ「お二人はゆっくりしていってね」

残された俺たちは、しばらく時間を置いて店を出た。

626: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:43:01.34 ID:aScrO8Ao0
停めていた車に乗り、ひかりちゃんを送ることにした。

ひかりちゃんは助手席に乗る。

車内では765プロアイドルの音楽が流れていた。

ひかり「Pさん、乗せてもらってありがとうございます」

P「お礼なんて言わなくっていいって、彼女なんだから当然でしょ?」

ひかり「彼女……」

呟いて、ふふっと笑うひかりちゃん。可愛い。

P「ちょっと寄り道してもいい?」

ひかり「? ……ええ、いいですよ」

俺が向かった先は車の通りが少ないが、夜になると綺麗な夜景がよく見える、隠れたスポットだ。

ちょっと格好つけすぎだろうか……。

シートベルトを外し、フロントからじっと夜景を眺める。

627: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:44:33.46 ID:aScrO8Ao0
ひかり「綺麗……」

気に入ってくれたみたいで良かった。

ここで、君の方が綺麗だよ、なんて言っていいのだろうか……。

多分言うべきなのかもしれない。ちょっと勇気を出して言ってみようかな……。

P「き、君の方が綺麗だ……」

恥ずかしー……。

ひかり「ありがと。Pさん顔真っ赤です」

彼女は可愛らしく笑う。この笑顔を見れただけでも十分だ。

P「うっ……ご、ごめんね、月並みなセリフで……」

ひかり「ううん、嬉しいです」

少し間が空く。心地よい緊張感が漂う。

628: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/22(水) 17:45:56.68 ID:aScrO8Ao0
ひかり「大好きです……Pさん」

すっと頬にキスされる。

P「俺も好きだ」

お返しとばかりに彼女に口づけをする。

そのまま何度も繰り返しキスを交わす。

 

ようやく距離をとり、お互いに視線を合わせる。

小さく笑って、もう一度顔を寄せ、額と額をくっつける。

ひかり「……幸せです」

これからもこの幸せがずっと続いていくことだろう。

俺は根拠も無しにそう思ったんだ。

『新幹少女・ひかり』   終わり

639: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:31:18.12 ID:7pT4GqwT0
『魔王エンジェル・麗華』

ライブが終わりおよそ三ヶ月が経っていた。

俺はなんとも代わり映えのない生活を送っている。

……と思いきや、乗りに乗ってた765プロはあっちへこっちへ忙しい日々を送っていた。

P「あー、忙しいな」

小鳥「それだけアイドルのみんなが売れてるってことですよ! 嘆かずに頑張りましょう!」

P「わかってますよ」

けれど、忙しいものは忙しい。

俺は基本的には事務や営業、楽曲の製作や、提供者への依頼、新曲の振り付け等々……。

このような仕事が極端に増えてきた。

早く行わないと新曲の発表に間に合わない。

どこから手をつければいいやらで毎日てんやわんやなのだ。

しかし、アイドルたちの現場を優先しなければならない時も当然あるので、そういった大事な仕事を選んでいる。

だから以前とは比べ物にならないほど忙しい。

とりあえず、今日も今日とて現場へ向かう。

640: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:32:46.83 ID:7pT4GqwT0
いつものことだが、優先するのはやよいや真美の年少組。

ここは、二人で出演することも増えてきていて、その場合は保護者が必要だ。

高校生以上のアイドルにはほとんどついていくことはなく、セルフでやってもらっている。

しかし、10時までには帰してもらい、必ず複数で帰ってもらうようにしてる。

傷物にされたらたまらない。

正直な話、犯人を殺しかねないまである。割りとマジで。

P「じゃあ車出すから乗ってー」

真美「はーい!」

やよい「今日もよろしくお願いしまーす!」

今日は魔王エンジェルとの共演だっけか……?

見知った人で助かる。

それに魔王エンジェルはうちとは友好関係を築いているから、面倒も見てもらえるだろう。

特に三条さんからは母性が溢れ出てる。

朝比奈さんもなんだかんだ言いながら仲良くさせてもらってる。

麗華が意外にも面倒見がいい。昔から伊織との交流があったからだろうか。

それにマネージャーさんもいるから、万が一俺がいなくても保護者役をやってくれる。彼女はお人好しさんだ。

まあ、結局は俺も行くことになるんだけどね。

641: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:33:47.72 ID:7pT4GqwT0
ところで未だ人気トップぶっちぎりの魔王エンジェルと、順風満帆高速急上昇中の765プロアイドル。

この組み合わせが増えてきている。

自然、俺も彼女たちと顔を合わせる機会が増えるわけだ。

麗華「お兄様、また会ったわね」

いきなり俺の足を踏みつける麗華。

P「何だそりゃ、ずいぶんなご挨拶じゃないか」

涼しい顔で答える。……だが、痛い。

こいつ、会うたびにドSっぷりがエスカレートしていってるから、俺も念願のポーカーフェイスを習得することができたみたいだ。

麗華「あら、つまらない。結構、きつめに踏んだのに」

それもそうだ。

一応、痛みを分散させるために麗華から見えないところをつねってたりする。

ともみ「ごめん、Pさん」

りん「あーあ、目を離すとすぐこれだから……」

マネ「やめなさい麗華ちゃん」

ほらみろ、まーた怒られてるよ。ざまあみろ。

642: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:34:35.34 ID:7pT4GqwT0
麗華「むっ! なんだかお兄様にバカにされた気がする!」

P「それはこじつけだ。そうやってまた俺をいたぶるつもりだろ」

麗華「あなたをいたぶるのに理由はいらない……わ!」

あ、今こいつグーで殴った! グーで殴った!

P「可愛いもんだな」

けれども強がる俺。

麗華「なっ!?」

少し痛いのを我慢して、麗華の髪の毛をわしゃわしゃ撫でる。

麗華「ちょっと! やめなさい!」

P「おら。さっきの仕返しだ」

両手を使ってわしゃわしゃ……。

麗華「あー! もう一度整えなきゃいけないじゃない!」

P「はっ! 自業自得だ。これに懲りたら意味もなく俺に攻撃するんじゃない!」

麗華「むー!」

ともみ「ほら、さっさと直しに行けば?」

りん「本番始まるよ?」

わかったわかったと、麗華はマネージャーさんを連れて行った。

643: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:35:26.46 ID:7pT4GqwT0
ともみ「Pさんぶちギレていいよ?」

りん「私だったらつかみかかってるわ」

P「いや、立場的にキツいだろ」

二人は納得いかない顔で、あー、と声を揃えた。

麗華は魔王エンジェルのリーダーで、東豪寺家の令嬢だ。

下手なことすればこちらが潰されかねない。

りん「厄介ねー。家の力って……」

ともみ「悪用しそうなのは、麗華だけだよ……」

もっとも悪用なんてするようなやつじゃないのは、俺がよくわかってる。

しかし、彼女たちのなかで麗華は、俺をいじめるいじめっ子という印象らしい。

だからと言って、嫌いというわけではない。

ただ、それが無ければね、と残念がっているようだ。

いわゆる残念な子として認定されたわけである。

644: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:36:09.62 ID:7pT4GqwT0
やよい「麗華さんっていろいろとすごいです……」

真美「また麗華お姉ちゃん、兄ちゃんにちょっかいかけてたね」

真美でさえこの反応である。

しばらくして麗華が戻る。

麗華「裏でマネージャーにこっぴどく怒られたわ」

まるで涼しい顔をして言う麗華。こっぴどいのはお前の態度だ、と思わなくもない。

やや疲れた顔で戻ってきたのはマネージャーさんだ。

P「叱っていただいてありがとうございます」

マネ「でも、あの態度じゃあ効果はないですよ……」

P「気持ちだけでも十分ですから」

マネ「それならいいのですけど……」

そのまま本番が始まる。

いつも通り、数字が取れそうな内容だ。

P「うーん、無難」

マネ「ですね」

面白いんだけどね。

645: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:36:41.02 ID:7pT4GqwT0
終わってからもまだまだ仕事が山積みだ。

P「じゃあ、お疲れさまでしたー」

やよい「うっうー! お疲れさまでーす!」

真美「お疲れちゃん!」

「はーい、またよろしくねー」

Pが帰ったあとで残される魔王エンジェルとその他スタッフ。

麗華「最近、お兄様帰るの早くない?」

マネ「それだけ忙しいってことじゃないの?」

ともみ「打ち上げの話も聞かずに行っちゃう……」

「あー、彼は最近忙しいらしいよ」

近くのスタッフが魔王エンジェルのメンバーに教える。

646: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:37:24.55 ID:7pT4GqwT0
「うちの女の子たちもPさんが帰っちゃったって言って、すげえ残念がってるんだよ」

りん「そんな人気なの?」

「まあね。765プロって最近出てきたけど、勢いがすごいだろ?」

マネ「ええ、そうですね」

「聞けば、ほとんど彼がプロデュースしてるって話じゃないか」

麗華「そうなるけど、それが?」

「麗華ちゃん鈍いね。身長高くて、イケメンで、仕事もできるとあっちゃ、モテモテに決まってるでしょ」

ともみ「あー、納得……」

りん「こりゃ、麗華もうかうかしてられないね」

麗華「べっ、べべべ別に! どーでもいいわよ!」

とりあえず、強がってはみるものの内心不安でしょうがない麗華だった。

647: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:38:26.71 ID:7pT4GqwT0
別の日。

P「おはよーございます……」

マネ「おはよ……って、大丈夫ですか!?」

俺を見て、ぎゃあっ! と驚くマネージャーさん。

春香「ついて来なくていいって言ったんですけどね……」

真「だから休んでください。他の人も心配して、逆に迷惑ですよ?」

P「いや、お前らに何かあったら悔やんでも悔やみきれん。だったら他の人に迷惑をかけた方がマシだ……」

真美「またぶっ倒れちゃうよ?」

りん「あちゃあ、Pさん見てられないよ」

ともみ「休んだ方がいい……」

P「そう言われてもな……新曲の発表に間に合わなくなったら……」

あれこれ言い訳して逃れようと思ったが、意外なことに……。

麗華「だめっ!!」

抱きついて泣きつくのは麗華だった。

648: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:39:08.51 ID:7pT4GqwT0
麗華「だめよ。お兄様が倒れたら元も子もないじゃない」

いつも俺をいたぶって愉しそうにしているのに、こんな時だけ本気で心配して……ずるい。

P「でも大丈夫だって……離れてくれ」

麗華「イヤ、離れない。新曲だって待ってもらえばいいじゃない……」

P「でももう先方にも伝えちゃったし……」

麗華「きっと、わかってくれるわよ」

うーん、と悩んで俺は麗華の頭を撫でる。

P「わかった。社長に言って休ませてもらうよ。自分で企画した方が安くていいんだけど、しかたない」

言うと、その場にいる全員がほっとした様子だった。

春香「麗華さん、ありがとうございます」

麗華「ううん、私も嫌だったから……」

というわけで有給をいただくことになった。

649: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:41:02.81 ID:7pT4GqwT0
社長に説明したら二つ返事でオーケーをもらった。

しかし、特にやることが無い。

一日目はゴロゴロして、疲れを癒したのだが、二日目となると休んでもしかたなく、俺は暇をもて余していた。

逆にストレスが溜まりそうなもんだけど……。

何か暇潰しは無いか考えていると、家のチャイムが鳴る。

P「どちらさま?」

扉を開けると眼鏡をかけ、帽子を被り、長い髪を二つに結んだ少女が立っていた。

服装からただ者じゃないオーラが漂っていた。

なんというか、これは高級感というか……。

俺は一瞬固まるが、何かの間違いだと考えた。

P「お部屋間違えてません?」

麗華「あら、Pさんのお宅を訪ねに来たのだけど」

声で麗華だとわかる。変装してやってきたらしい。

650: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:41:31.63 ID:7pT4GqwT0
P「麗華か! どうした? 仕事は?」

麗華「今日は完全にオフよ。お兄様が暇を持て余してるんじゃないかと思って、来ちゃった」

いやいや、来ちゃった、じゃなくて……。

P「誰かに見られたらどうすんだよ……」

麗華「あなた、気づかなかったくせによく言うわね……」

なんか、ごめんなさい。

麗華「じゃあ行くわよ」

P「は? どこに?」

麗華「私が変装してまで会いに来たんだから、で……デートに決まってるでしょ!」

P「デート? ……そっか、気を遣わせて悪いな」

麗華「さっさと準備してついてきなさい!」

P「あ、ああ……」

なんだか意外だ。麗華だったら絶対に自分でデートのコースとか決めなさそうなのに……。

むしろ、相手に決めさせて文句を言うくらいじゃないか?

651: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:42:38.11 ID:7pT4GqwT0
それはそうと、これは嬉しい。

ささっと準備を整えて、若干高揚した気分で外へ出る。

リムジンが待機していた。

変装しても目立つじゃねーか!

そんなツッコミは飲み込み、背からはやや冷や汗をかく。

若い執事のお兄さんがドアを開けてくれる。

鋭い目付きだが素晴らしい執事であることは容易にわかった。

これでも俺は何人もの使用人を見てきた立場だったからである。

麗華「じゃあ出してくれるかしら?」

「かしこまりました」

渋い声が車内に響く。

P「おい、どこに行くんだ?」

まだ目的地を聞いてないんだけど……。

652: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:44:13.33 ID:7pT4GqwT0
麗華「とりあえず、ランチは行きつけのレストランを予約しているわ」

そりゃまたヤバそうなところなのでは? 値段的に……。

麗華「その後で映画の席を予約しといたわ」

P「ほう、映画は久しく見てないな」

麗華「あまり期待しないでちょうだい……」

まあ、麗華が俺に断らずに映画の予約を取ったってことは名作に違いない。

お嬢様は何かと芸術にも教養があるからな。

麗華「それから、ちょっと移動してディナーも予約してるわ」

P「つーことは、俺の予定も全部予約されてたってこと?」

麗華「いいえ、そんなことないわよ? お兄様が断ってたら全部キャンセルのつもりだったから」

そうだったのか、これは断らないで正解だったな。

653: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:45:13.91 ID:7pT4GqwT0
それにしても、高級車なんて久しぶりだなぁ……。

俺たちは車に優雅に揺られながらレストランにやってきた。

やはり高級感が漂う。

ちなみに麗華の服装はお洒落なドレスだったので、俺も一番高いスーツを着てきた。

麗華「どう?」

P「どうって言われても……緊張するね」

麗華「けれど、身体は覚えてるみたいよ?」

マナーやモラルなんかはきちっとできてるらしい。

そんなことより、コース料理が2万くらいするんだけど……。

こんな高かったのか……。

麗華「今日は私が出すから、お兄様は気にせず召し上がって」

そんなこと言われても気にするだろ!

P「いや、女の子に出させるわけにはいかないよ」

麗華「じゃあ、今回は貸しよ」

いつか返してね? と、にこやかに言われる。

すぐにでも返せるのだけど、今回は彼女の好意に甘えることにしよう。

高級料理の数々はイヤなくらいに舌に馴染んで、懐かしいというか、すごく美味しかった。

654: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:46:28.55 ID:7pT4GqwT0
麗華「それじゃあ、映画を鑑賞しに行きましょう」

連れられたのはこれまた高級感溢れる映画館。

映画館にもランクがあるのか……とこのとき思った。

東豪寺家は割りと映画が好きみたいだが、水瀬家はそうでもない。

なので俺は初映画館だったりする。

大きなプロジェクターはうちにもあったけど。

さらっと館内に入ると内装は当然豪華だ。

麗華「はい、チケット」

P「おお、ありがと」

麗華からチケットを受け取り、係員に渡す。

奥のシアターに進むと、大きなスクリーンがあり、後ろの方に一際大きなVIP席がある。

もしかして、と思ったが、麗華の後をついていくとやっぱりVIP席に座った。

麗華「座ったらどう?」

俺が少し呆然としていると麗華に座るように促された。

P「……いや、飲み物とか買ってこようか?」

麗華「あら、気が利くのね。でもこの席だとその必要はないかしら」

どうやら電話一本でスタッフが持ってきてくれるらしい。

恐ろしいなVIP……。

上映中は使わないけどね、と麗華は言う。

655: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:47:13.36 ID:7pT4GqwT0
しばらく待つとシアター内にブザーが鳴り響き、照明が落ちる。

プロジェクターで見るより音響等も大きく、迫力がある。

内容は純恋愛ものか……。

しかも洋画でなく邦画……。

俺の麗華に対するイメージとは異なるものだった。

しかし、こういうのも悪くない。

なんというか俺のイメージそのものの恋愛というか……こういう恋がしてみたい。

実際に一度も恋愛をしたことがない俺に、そう思わせるような内容だった。

主人公とヒロインが右へ左へすれ違い、ようやく告白。

そこからのキスシーンの時に俺は何を思ったのか、ちらりと隣の麗華を覗き見る。

すると麗華はこちらを凝視していた。

咄嗟に目を逸らす。

恐る恐るもう一度見てみると、ニタリと嫌なくらいにいい笑顔だ。

映画の方は日本らしく、やり過ぎなくらいのハッピーエンドだった。

656: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:48:21.69 ID:7pT4GqwT0
P「結構、面白かったよ。でも麗華が純愛の邦画とはな……」

麗華「うーん、まあ悪くはなかったけど、吐き気がするほどのハッピーエンドだったわね」

どうやらハッピーなのは構わないが最後が気にくわなかったらしい。

麗華「無難なのを選んだつもりだったんだけど、失敗したかしら」

P「確かに最後はアレだったな。全体的によかったと思うけど……」

麗華「ふーん……」

あまり興味無さげな麗華だったが、途端にうふっと笑う。

麗華「キスシーンとか?」

唇に人差し指を当てて片目を瞑ってこちらを見る。

P「……別にそういう訳じゃない」

そのキスシーンで目が合ったことを思い出す。

麗華「あらぁ? 私とキスしたかったんじゃないの?」

言われて顔から火が出そうになった。

P「違うよ! 麗華がどんな顔してんのかなって思っただけだって!」

麗華「あ、そう。あなたはいじめがいがありそうな顔してたわ」

くすくすと笑う麗華。

スイッチが入るんじゃないかと身構えたが、特にそういうわけでもなく、ただ単にからかわれただけだった。

657: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:49:37.05 ID:7pT4GqwT0
麗華「ともあれ、楽しめたのならよかったわ」

P「ああ、ありがとな」

麗華「ちょうどディナーに行ってもいい時間ね。最後まで付き合ってちょうだい」

P「もちろん」

スッと俺の腕に手を伸ばす麗華。

そのまま腕をとって、ピタリと横について歩く。

未だに暑い気温であるのに、さらに温度が上がった気がした。

けれど不快感は全く無く、彼女のいい香りが鼻孔をつく。

P「あはは、なんだか懐かしいかも……」

麗華「そう? そんなことないんじゃない?」

麗華は鋭い。

懐かしいなんてこれっぽっちも思ってない。

何もかも新鮮だ。

伊織以外の女の子と腕を組んで歩いたりしたことはあまり無い。

俺は言葉に詰まって、ただ麗華のペースに合わせて歩くだけだった。

ゆったりと、この時間を楽しむように……いや、実際に楽しんでいるんだろう。

長い時間をかけて例の高級車に戻る。

お待ちしておりました、と若い執事が扉を開ける。

658: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:51:10.23 ID:7pT4GqwT0
麗華「ご苦労様」

P「ありがとうございます」

「ありがたいお言葉でございます」

俺に対してにこやかに言い、自分も運転席に戻った。

さてさて、ディナーもこれまた豪勢な会場だ。

大きなビルのほぼ最上階。夕焼けが綺麗だ。

まだ日は沈んでいない。

ディナーもコース料理でランチの時とは違う高級料理の数々が出される。

P「本当、美味いな」

記憶の底に沈んでいた食事時のエチケットを思い出しながら、料理を口にする。

麗華「気に入っていただけたならよかったわ」

テーブルの向かいで口端を上げてはんなりと笑う麗華。

俺は料理をごくりと飲み込むと、頭を冷やすように水も飲む。

ふと外を見ると、さきほどとはうって変わって、綺麗な夜景が視界に映る。

659: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:52:11.13 ID:7pT4GqwT0
P「綺麗だな」

麗華「ええ、綺麗ね」

食事も済んで、俺たちは窓の側のカウンターに移動した。

夜景をじっと見つめるふりをして、俺は窓に映る麗華の姿をとらえていた。

この夜景と、ロマンチックな雰囲気にあてられたのだろうか……。

なんだか、いつも以上に魅力的に見える。

麗華「さっきから私の顔を見てどうしたの?」

見てるのばれてら……。

P「……ごめん、気になったか?」

隠してもしかたないので、素直に尋ねる。

麗華「ええ、気にはなったけど悪い気はしないわ……。いえ、あるとすれば直接見ないことかしら?」

何で疑問に思うんだよ。

P「そっか、悪かったな」

麗華「それでもこちらを見ないの?」

P「え、あ、ああ、まあな……ずっと見てるなんて変 みたいだろ……」

麗華「そうね。お兄様は罵られて悦ぶ変 だものね」

P「それは違うだろ!」

そうだったかしら? と言って、ふふっと笑う麗華。

660: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:53:16.96 ID:7pT4GqwT0
P「なんというか、今日はありがとな。楽しかったよ」

麗華「またいつでも遊んであげるわ。次はお兄様にエスコートしてもらおうかしら……」

P「麗華の期待に沿えるかわからないけど」

麗華「私はあなたと出かけられればそれでいいの」

P「嬉しいこと言ってくれるね……」

麗華「当たり前じゃない。私の兄みたいな存在だったもの」

P「だった……?」

麗華「まあね、現実的には家族じゃないから……」

そりゃそうだ。

他にもいくらか話をした。他愛もない話から芸能界の噂やら……。

気がつけば夜の9時頃。

麗華「そろそろ行きましょう?」

高級車で俺の家まで送ってくれる。

一日中付き合わせてしまった執事の男性には申し訳ない。

その事を言うと、気にしないでください、と言ってくれた。

彼の笑顔は優しいものだった。

P「ありがとな、麗華」

麗華「今日で何回目のお礼かしら……」

呆れた様子の麗華。

661: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:54:29.68 ID:7pT4GqwT0
麗華「じゃあおやすみなさい。私の方こそ付き合ってくれてありがと……」

背を向けた麗華の腕をつかむ。

麗華「どうしたの?」

P「あ、引き留めて悪い……」

もうお別れかと思うとなんだか急に……。

麗華「あんまり遅いとお父様が心配してしまうわ」

俺は寂しい訳ではないのだ。

ただ、ただ……。

そうして初めて、この気持ちに気づいてしまう。

P「そうか……」

麗華「? 頭でも打った?」

今日、彼女と遊びに出掛けたことだけではない。

この数週間、仕事に集中出来なくなったときは決まって麗華の顔が浮かんだ。

それは、その時からそういうことだったんだ……。

P「……」

麗華「ちょっと、いい加減に……」

俺は強引に彼女を引っ張り抱き寄せる。

麗華「あ……何して……」

P「ごめん。好きだ」

662: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:55:20.05 ID:7pT4GqwT0
もはや迷いは無かった。

こんなに素敵な女性をこれ以上放っておいたら誰かに取られてしまう。

決して焦っていたわけではないが、疑いようの無い気持ちが先行した。

麗華「何よ……強引なのね……」

P「麗華……」

麗華「ええ、私も好き。昔から好き。今も好き。ずっと好き」

ぐすっと涙ぐむ声が聞こえる。

麗華「お兄様ったら……遅いわよ。ずっと待ってたの……」

P「言ってくれれば良かったのに……」

麗華「振られてあなたの傍にいられなくなるのが怖かった……」

麗華も腕を俺の腰に回して、強く抱き合う。

P「でも、これからはずっと一緒だ」

麗華「途中で捨てたりしたらあなたのこと一生許さないんだから……」

P「そんなことするかよ。そっちこそ飽きて捨てるんじゃないか?」

お互いに憎まれ口を叩き合い、そっと笑う。

麗華「そんなところも大好きよ」

P「俺も大好きだ」

663: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:56:18.61 ID:7pT4GqwT0
麗華「でも、どちらにしろ帰らなきゃいけないの」

P「……ああ」

麗華「その顔いいわね……。じゃなくて、声だったらいつでも聞けるでしょ?」

P「今日の寝る前、電話していいか?」

麗華「あなた、私がいなきゃそんなにダメなのかしら……?」

P「もうダメだ。麗華以外のことは考えられない」

麗華「しょうがないわね。待ってるわ」

それじゃあ、と振り返ろうとする麗華だが、何かを思い出したように戻ってくる。

俺はネクタイをつかまれ、思い切り引っ張られる。

麗華は俺の唇を奪い、吸い付くように何度もキスをする。

どんどん深くなっていく甘美なキスに俺の脳もとろけそうになる。

P「……ん、ちゅ……んむ……っ! ……何でそんなに上手いの?」

麗華「そう? 気持ちよかった?」

P「……ま、まあね」

麗華「私もすごい気持ちよかった。……もう一回していい?」

主導権を握ってくるあたり、女王様っぷりを発揮している。

664: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:58:48.30 ID:7pT4GqwT0
今度は頭を両手で押さえられると、ぎゅっと唇を重ねられる。

麗華「ちゅ……んっ……ちゅ、ちゅ……あむ……んむ……」

ヤバい。気持ちいい。てか、キス上手いな本当。

 

麗華「…………はぁ、はぁ、最高……うふふっ……」

P「はぁ、はぁ……麗華、激しいな……」

麗華「そうかしら? ……じゃあ今度こそ、帰るわね」

P「ああ……」

麗華「あなたと私は恋人同士、彼氏と彼女。もうお兄様じゃなくて、これからはPさんね」

P「恋人同士か……。今度、挨拶に行こうかな」

麗華「ええ、待ってるわ……」

麗華は、さようなら、と残して今度こそ帰っていった。

665: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:59:21.68 ID:7pT4GqwT0
付き合い始めて数週間が経過した。

麗華「そんなに緊張しなくてもいいのに」

P「いや、するっつーの……」

だって今日は東豪寺の豪邸に足を運んでいるからだ。

もちろんご家族への挨拶のためだ。

麗華「大丈夫よ。Pさん、うちのご両親も気に入っているもの」

P「それでも、娘さんをくださいだなんて……」

麗華「あー、もう! うじうじしないでちょうだい!」

666: ◆K6RctZ0jT. 2015/04/23(木) 22:59:49.92 ID:7pT4GqwT0
P「麗華……」

麗華「もっと堂々としてもらわないと……。私の旦那さんになるんだから……」

P「……ああ、そうだよな。なぁ麗華、ちょっといいか?」

麗華「何かし……んぐっ……ちゅ、んちゅ……んゅ……」

P「ちゅ…………ありがと、勇気出るわ」

麗華「……あのね、キスするならするって言いなさいよ」

P「言わなくて悪かったな。……じゃあ行くとしよう」

麗華「お父様、驚くでしょうね……」

P「ああ」

何を言われても俺は退く気はない。

たとえ水瀬家から勘当された落ちこぼれでも彼女が好きな気持ちは変わらない。

隣についてきてくれる麗華の横顔をもう一度見て、俺は東豪寺邸の扉を開けた。

『魔王エンジェル・麗華』 終わり

676: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:23:37.59 ID:J9y+JDXx0
『律子』

律子「プロデューサー殿、少し相談があるんですけど……」

P「相談? ああ、いいよ」

律子「ありがとうございます。それで、この仕事受けようか迷ってて……」

そう言って律子は書類を渡してきた。

P「……ふーん」

ざっと目を通してみるとどうやらトークバラエティのようだ。

P「いや、いいと思うけど……何が引っ掛かるんだ?」

資料から律子に視線を戻すと、彼女はさっと顔を背けた。

律子「……え? いえ、えっと、プロデューサーがそう言うのなら私も安心してこの仕事を受けられるかなって……」

P「なんだ。……でも俺は仕事の管理人じゃないから、出来るだけ自分の判断でやらなきゃな」

律子「あ、はい。頑張ります……」

それもそうですよね、と律子は困った様子の笑いを浮かべる。

677: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:24:24.93 ID:J9y+JDXx0
P「別に俺も頼られて嫌じゃないんだけどねぇ……」

律子のことを考えると俺に頼りっきりというのもいただけないよなぁ。

うーん、律子1人でも十分やっていけると思うけど……。

というか以前はそうだった。

最近になって急に俺の意見をよく求めるようになった。

何か失敗をしたという感じではないし……。

…………わからない。

678: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:25:59.04 ID:J9y+JDXx0
とある日。

律子「プロデューサー殿~」

まただ。

P「どうした、意見ならしないぞ? 自分の判断でやれって言ったろ?」

律子「うっ……。いえ、そうじゃなくて……」

うっ、て言った。

そのままもごもごと、言いよどむ。

P「おーい、何が目的なん?」

律子「目的なんて無いですよ! ただ、プロデューサーの意見を……」

P「それがダメだって言ってんの。 自分の力でどうにかしなさい」

律子「だって……」

P「だってじゃなくて……」

律子はしょぼんと落ち込んでしまったかと思うと、顔を上げてムッとした表情になる。

679: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:26:36.79 ID:J9y+JDXx0
律子「鈍感! わからず屋!」

P「………………は? はああああ!?」

律子「もういいです! もう知らない!」

P「おまっ! 何だってんだ!? ……知らねーのはこっちだっての!」

逆ギレ!?

俺も訳が分からず子供みたいに言い返す。

律子はつーんとして、パソコンに向かって業務を再開する。

その様子に、ポカンと呆気にとられていたが、俺も再び仕事で気を紛らわした。

わけがわからん。

ていうか気まずー……。

何で怒ってんだよ。

しんと静まり返る事務所内にがちゃりと扉の開く音がする。

680: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:27:12.84 ID:J9y+JDXx0
雪歩「おはようございますぅ」

律子「あら、おはよう雪歩」

P「雪歩! おはよう!」

律子「プロデューサー……セクハラしないでくださいよ」

咎めるような律子の声。

しっとりと険悪感がにじみ出てる。

P「し、ししし、しねえよっ!」

律子「そんなにどもられたら説得力ないんですけど……」

ぐっ、本当はしようと思ってました!

ところで、今日の律子は何なんだ?

さっきの口論の発端がわからない。

今は完全に不機嫌だし……。

女ってのは、よーわからんわ。

681: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:27:54.43 ID:J9y+JDXx0
雪歩「どうしたんですか?」

雪歩は嫌な空気を察知して尋ねる。

律子「どうもしてないわよ?」

雪歩には笑顔を見せる律子。声の調子も柔らかい。

雪歩「なら、いいんですけど……」

しばらく業務を続ける。

いつもとは違うピリリとした雰囲気が未だに場を支配している。

あー、心なしか疲れてきた。

椅子に座りながら伸びをして、ぐっと背を反らす。

雪歩「お疲れでしたらお茶でもどうぞ」

気の利く雪歩はお茶とお茶菓子を持ってきてくれた。

P「おー、ありがとー。雪歩は気が利くなぁ」

雪歩「いえ、お仕事まで時間ありますから」

そう言って可愛く笑う雪歩。癒されるぅ~。

682: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:28:57.55 ID:J9y+JDXx0
その可愛さがたまらず、雪歩の頭をなでなで……。

雪歩「ひぅっ! ぷ、ぷろでゅぅさぁ……。ふあぁ……」

最初は驚いた様子だったが、続けるうちに頬を染め、猫なで声になっていく。

この反応、なんだかそそるものがあるな。

律子「プロデューサー」

トーンの落ちた声で空気は凍る。

律子「それはセクハラですか? セクハラですよね? セクハラです」

何その流れるような疑問から断定への移行は……。

思わず俺の手も雪歩から離れる。

雪歩「あ……」

雪歩はしばらくじっとしていたが、気づいたように口を開く。

雪歩「り、律子さんもお茶どうぞ!」

明らかにさっきからの律子の様子にびびっている雪歩。

683: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:29:42.60 ID:J9y+JDXx0
しかし、律子はやっぱり物腰柔らかに対応する。

律子「ありがとう、雪歩」

そう言われて雪歩はほっと安堵の息をつく。

雪歩「今日の律子さん、どうしちゃったんですか?」

トテトテと俺の方にやって来て小さな声で話す雪歩。

P「さあな、俺もよく分からない。女の子の日なんじゃねーの?」

律子「プロデューサー! 聞こえてますよ!」

イライラや怒りを、声や表情に乗せて大きな声を出す律子。

P「いや、冗談だって。悪かったよ」

律子「次そんなこと言ったら張り倒しますからね」

笑顔で告げる律子、怖ぇ……。

だって目が笑ってないもん。

雪歩も小さく悲鳴をあげてる。

その日はずっとそんな空気で仕事をしていた。

こんな職場イヤだ……。

それからというもの、俺と律子が顔を合わせるとなんだか気まずい。

684: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:30:36.62 ID:J9y+JDXx0
しばらくしたとある日。

伊織「ちょっと、お兄様」

P「んー? どうした伊織?」

伊織「最近、律子の様子がおかしいのよ」

亜美「そうだよー。なんだか、浮気者になることが多くって……」

P「上の空な……」

浮気してねーよ。

あずさ「とにかく、心配で……」

伊織「っていうより、仕事にならないのよね!」

亜美「とか言っといて、一番心配してたのいおりんだけどねー」

伊織「うっさいわね、あずさでしょ!?」

P「まあ何だ。とにかく仕事に集中してないことが多いってことだな?」

伊織「絶対、お兄様に原因があると思うんだけど?」

P「はあ? 何でだよ……」

685: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:31:08.66 ID:J9y+JDXx0
亜美「だよねー、兄ちゃんといるときが一番微妙な空気だもん」

あずさ「プロデューサーさんと何かあったんじゃないかしら?」

確かにこの前から気まずいなぁ。

P「そうだな、一度言い合いになった」

伊織「ほら、やっぱり」

その言い方にちょっとだけイラっとしたけど黙っておく。

あずさ「どんな風にですか?」

俺はその日のことを思い出しながら少しずつ話をした。

P「……とまあ、そんな感じだ」

伊織「はあ……。それって……」

あずさ「あ、あらあら~……」

P「な、何だよ……?」

伊織「とにかくお兄様が何とかしてよね」

丸投げされてしまった。

というより、俺のせいなのは確定なんだ……。

686: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:31:52.38 ID:J9y+JDXx0
P「……結局家まで来てしまった」

それから数日経った今日、俺は律子の家の前にいる。

竜宮小町は朝からロケがあったので事務所には来ていない。

この時間なら律子も帰っていると思い、やって来た次第である。

意を決してインターホンを鳴らす。

しばらくして扉が開く。

チェーンのかかったドアの隙間から律子が顔を出す。

律子「どちらさまですか?」

角度的に俺の顔は見えてないらしい。

P「律子? 俺だけど……」

律子「へっ? ぷ、プロデューサー!?」

ドアを閉めてガチャガチャと音がしたと思えば、再び扉が開いた。

今度は大きく開いて、律子の全身を認識できる。

687: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:32:27.50 ID:J9y+JDXx0
律子「ど、どうしたんです?」

P「あー、その、実はな、律子が調子悪いって聞いたから、何かできることはないかと思ってな……」

律子「えー……? 別に調子が悪い訳じゃないんですけど……」

P「まあ風邪とかではなさそうだけど、この前俺と言い合いになった時から様子がおかしいって言ってたから、俺のせいなんじゃないかと思う」

律子「プロデューサーは悪くないですよ……」

P「とにかく話し合おう。あがっていいか?」

律子「ちょ、ちょっと待って! 片付けてきますから!」

P「あ、ああ、そう?」

慌てて部屋に引っ込む律子。

数分経って、いいですよ、と招いてくれる。

688: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:33:12.30 ID:J9y+JDXx0
P「へぇ、綺麗なもんだな」

律子「ま、まあ、当然ですよね……」

ふいっと顔を逸らすあたり、普段は汚いのだろうか。

P「律子、もうこの前で二十歳になったろ?」

律子「え? ……はい、プロデューサーには祝ってもらったじゃないですか」

P「じゃあ飲もう」

そう言って俺は買ってきたお酒をどさりと置く。

律子「ええっ!? それお酒だったんですか!?」

P「何か忘れたいときや、ぶっちゃけた話をしたいときにはこれが一番だ」

律子「いや、でも……」

あれこれ渋る律子。

P「俺だって腹割って話すためだ……」

しばらくうーんと唸っていた律子だが、吹っ切れたようだ。

律子「…………飲みましょう!」

作って持ってきた惣菜やらおつまみやら一品料理を卓に広げて、グラスに酒を注いで乾杯する。

小鳥さんも連れてくれば良かったかな……?

689: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:34:12.89 ID:J9y+JDXx0
そこそこ時間も経ってきた。

律子「にゃはははは~! ぷろでゅーさー殿、もっと飲んだらどうですか~!?」

完全に出来上がってしまった。

P「おい、さすがに飲みすぎでは?」

律子「まっさかー! まだまだいけますよ!」

律子はそう言ってまた笑う。

まあいいけど……。

P「それより最近、仕事で悩んでることないか?」

仕事の話を振ってみる。

律子「そーそー! この前のディレクター! 私のこと若いか弱い女の子だからってナメてましたっ!! 気色悪い視線で見てくるしっ!!」

本気の愚痴が始まった。

それから数十分、そんな話を聞かされる。

律子「でも、一番悩んでるのは~……」

690: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:34:49.54 ID:J9y+JDXx0
そう言って立ち上がると俺の方にやって来て、タックルをかましてくる。

P「うおっ! 何だよ?」

律子「ぷろでゅーさーのことだー!」

どしっとのしかかるように俺にしがみつく。

また変な笑い方で笑う律子。

律子「ぜーんぜん分かってないのら!」

P「何が!?」

律子はワイシャツを着崩していて、この体勢だと自然と胸元に視線が向いてしまう。

律子「どこ見てんだー! あははははは……!!」

だらしないのに、吹っ切れて笑う顔が妙に可愛らしい。

俺は思わず彼女の頭を撫でた。

691: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:36:19.58 ID:J9y+JDXx0
律子「ん……。何ですか……。そゆことするからいけないんですよ……」

撫でていた手を彼女の上気した頬に当てる。

律子「ふあ……」

その声で俺は我を取り戻した。

P「あ、すまない……」

手を引っ込めようとすると、その手を掴まれる。

律子「待って、まだ大事なこと言ってない」

さっきとは正反対な律子の態度に緊張感が高まる。

表情は徐々に恍惚としたものに変化し、こちらまでうっとりとした雰囲気に飲み込まれる。

律子は眼を右に左に忙しなくさせる。

ようやく俺に視線を戻すと、そこには決意が窺えた。

律子「あなたが好きです」

時間が止まるような感覚。

692: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:37:24.58 ID:J9y+JDXx0
しかし律子の顔が近づくことで時の流れを実感できる。

どうしよう、なんて考えることさえ放棄した。

彼女がとてつもなく魅力的に映る。

俺はそのまま目を閉じてしまう。

視界が暗くなり、彼女の存在をさらに強く意識する。

次に聞こえてくる音は……。

律子「おえぇぇぇぇ……」

律子が胃の中のものを撒き散らす音だった。

P「……」

びちゃびちゃと身体にかかるこれはアレだよな……。

俺はもう目を開けたくなかったが何とか介抱しなければならない。

P「うえぇぇぇぇ……」

ワイシャツにかかったアレを見て一気にげんなりとした気持ちになる。

とにかく、ティッシュで覆って床に溢さないようにワイシャツを脱いだ。

すぐに律子をトイレまで運ぶ。

P「だから飲みすぎだって言ったんだ」

背中をさすりながら彼女が吐ききるまで待つ。

上裸の男がスーツ姿の女の子を介抱するという変な図は小一時間ほど続いた。

693: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:38:29.68 ID:J9y+JDXx0
律子「うぅぅ……すみません……」

げっそりとした様子の律子。そりゃそうだ。

俺はワイシャツの汚れを落とし、洗濯機を借りることになった。

しかもワイシャツ無しで帰れないし、律子が心配だしで、一晩泊まることにした。

その間は小さいけど、まだなんとか着れるジャージを借りた。

律子にはぶかぶか過ぎるらしい。

P「片付けとかはやっとくから、お風呂入って、歯磨いて、横になっときなさい」

律子「うぅぅ……わかりましたぁ……」

ふらふらと風呂場へ向かう。

その足取りは危なっかしくて、大丈夫だろうかと心配になる。

独り暮らしをはじめてから、からっきしだった家事のスキルは嫌というほど身に付いた。

すぐに部屋は片付き、綺麗になる。

ちょうどお風呂場から呻き声が聞こえたので慌てて駆けつける。

P「大丈夫!?」

律子「無理ですぅ……」

律子が全裸でぐったりしてた。

694: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:39:31.60 ID:J9y+JDXx0
律子「うぅぅ……気持ち悪い……」

出すもん出しきったのにまだダメかい……。

律子「見ないでくださいぃ……」

P「あ、ああ、悪い……」

じゃなくて、今は裸でもしかたない。

P「洗ってやるからしばらく待ってろ」

律子「ええっ!? いいです! 一人でできます! ……うぅぅ……」

P「そんなんじゃ無理だろ」

結局俺は服を着たまま律子の頭や背中を流すことにした。

律子「本当にすみません……」

P「いやいや、誘ったのは俺なんだし、止めるべきだったんだよ」

律子「私がセーブしてたら良かったんです……」


695: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:40:26.46 ID:J9y+JDXx0
まあお互いに非はあるが、そんなことはどうでもよいのだ。

P「痛くない?」

律子「ん……気持ちいです……」

頭を優しく洗う。

P「どこか、かゆいとこない?」

律子「いえ、ありません……気持ちいです……」

背中を優しく流す。

P「そっか……」

シャワーで泡を流したあと、律子の反応が徐々に無くなっていった。

P「律子?」

律子「……」

すぅすぅと静かに寝息をたてていた。

P「あらら、マジか……」

座ったまま寝るなんてなかなか器用なやつである。

P「起きて律子。あと身体拭くだけだよ」

律子「……ふぁい」

一応話しかければ起きるみたいだが、寝ぼけ眼で身体を拭く気配が無い。

696: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:41:17.54 ID:J9y+JDXx0
P「はぁ、しかたないな……。触るけど恨むんじゃねーぞ……」

そう言いつつも俺はごくりと生唾を飲み込み、何とか平静を装う。

頭と背中、かろうじて足もまだいいだろう。

だが正面を拭くとなるとどうしても躊躇する。

P「……おい、頑張って自分で拭けねーか?」

律子「ふぁ……」

聞いちゃいないなこりゃ。

P「マジで後になって後悔するんじゃねーぞ……」

意味もなく、さらに念を押す。

もう一度ため息をついてそっと後ろから手を伸ばす。

律子の裸を直視しないように配慮したのだが、何だか一層●●的な気持ちになってきたのは気のせいだろうか……。

女性の身体って柔らかいよな。

自分の腕と比べたりなんかして水滴を拭き取っていく。

胸やお腹についた水滴も優しく拭き取る。

697: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:41:56.14 ID:J9y+JDXx0
律子「んっ……あ……あぁっ……!」

P「……」

変な声出すな!

俺まで変な気持ちになってくるからやめてほしいものだ。

なんとか拭き終わり、最後に臀部……お尻を拭くことになるのだが……。

P「なぁ、その体勢どうにかならないのか?」

律子「ふぇ……」

眠気MAXの律子は言葉にならない声で答える。

どうやら無理しい。

彼女は今、ひたっと正面から壁に寄りかかってお尻をこちらに少し突き出す形で待っている。

うーん、何というか、率直に言えば……●●い。

背中から腰にかけての綺麗な……じゃなくて!

さっさと済ませてしまおう。

698: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:42:39.18 ID:J9y+JDXx0
恐る恐るバスタオルを当てる。

律子「んぅ……」

やばいなこれ……何がとは言わないが。

変な気分のまま、服を着せる。

下 もいるかどうか聞いたら、いると言ったので、それも着せた。

そういえば髪を下ろして、眼鏡もかけてない律子は久しぶりに見た気がする。

P「ふぅ……大体終わったか?」

律子は眠たすぎてベッドにぐてっと寄りかかってる。

P「あ、歯磨きしてないな」

律子「洗面所に……あふぅ……」

ゆらりと顔を上げてそう言うが、あくびとともにすぐに顔を伏せる。

P「ああ、洗面所な」

このときは気づかなかったが、ナチュラルに律子の世話役をこなしている俺だった。

悶々としていて世話役も何も無いのだが……。

ところで、なんだかデジャヴ?

とある事務員にもこんな感じでお世話したことがあるのだが……。

まあいいか……。

699: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:43:22.08 ID:J9y+JDXx0
P「ほら律子、歯磨けるか?」

律子「うぅ……ん……」

…………どっち?

P「おーい」

律子の傍まで寄っていく。

律子「ぷろりゅぅさぁ……」

不意にそんなことを言うと、律子は身体を起こした。

……かと思えば、後ろに倒れこむように俺に身体を預けてきた。

P「危ねぇな……」

俺は正座をして律子に膝枕をしてあげる。

だらしなく開いてる律子の口に歯ブラシを突っ込み、傷付けないよう優しく磨く。

結局、律子は寝るまで、俺がおんぶに抱っこで世話をした。

700: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:43:50.58 ID:J9y+JDXx0
翌日の朝。

律子「う~……頭いた……」

起きて早々、律子は苦い顔で呟いた。

P「よお、おはよう。そりゃ二日酔いだな」

俺はというと、彼女の部屋で一泊させてもらった。

律子「……お酒はもう控えることにします」

P「うん、ほどほどにな……」

朝御飯を勝手ながら用意して、二人で食べる。

こうしてると何だか夫婦みたい?

まさかな……と思いながら彼女の顔をじっと見る。

少し下を向いて朝食を口に運ぶ律子。

もぐもぐと咀嚼して、ちらりと上目遣いで顔を覗かれる。

俺は咄嗟に顔を横に逸らしてしまった。

701: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:44:24.56 ID:J9y+JDXx0
律子「……何ですか? 今、見てましたよね?」

P「見てないよ」

律子「見てました」

ダメだ。昨日、彼女といろいろありすぎて若干混乱しているんだ。

そういえば、一つだけ確かめたいことがある。

ふと昨日の律子の顔が脳裏をよぎる。

いや、よぎるという表現は正しくないだろう。

ずっと頭から離れないのだから。

P「なぁ……」

律子「何でしょう?」

P「昨日のこと覚えてる?」

言った瞬間、律子は飲んでたコーヒーを吹き出した。

律子「げっほ! ……ごほっ、ごほっ!!」

P「うわ……。大丈夫?」

この反応は覚えてるな。

702: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:44:57.76 ID:J9y+JDXx0
どこからどこまでかはわからないけど。

律子「…………覚えてないです」

P「嘘つくなよ! ……で、どこまで覚えてる?」

律子はしばらく黙ってたが、観念したようにがっくりとうなだれる。

律子「一応、全部……」

P「そっか……。じゃあ、俺のことが好きって言ったのも、そうか……」

律子「や、やめてください……。あれはちょっと気の迷いが……」

P「俺も好きだよ」

律子「は?」

俺は律子の言い訳を遮るように自分の思いも告げる。

何がきっかけかは分からないものだ。

彼女の裸を見たからではない。

彼女の身体を触ったからではない。

彼女が好きだと言った、あのときの表情がずっと頭から離れないのだ。

その時に気づくものだ。

俺も好きだということに……。

703: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:46:45.36 ID:J9y+JDXx0
当の律子は何が何だかわからないといった顔をして固まっている。

俺は彼女の傍に寄り、後ろからそっと抱きしめる。

P「わかんない? こういうことなんだけど……」

律子の顔はみるみるうちに赤くなっていく。

律子「え? う? あぅ……」

突然の出来事にしどろもどろの律子。

P「律子が気の迷いでも、俺はお前のことが好きだって気づかされた」

律子「う、嘘です!」

え? 何? 俺の気持ちは嘘なの?

そう尋ねてみると、律子は首を横に振って全力で否定した。

律子「私が嘘つきました! ……気の迷いなんかじゃないです!」

大きな声で宣言する律子。

相変わらず顔は真っ赤だ。

704: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:47:36.45 ID:J9y+JDXx0
律子「私も……その…………好き、です」

P「そっか……」

俺は律子のあごをくっと引き、その唇に口づけする。

律子「え?」

何が起きたかわからない様子でまたしても固まる律子。

P「急ごう。もうそろそろ出ないと遅刻するんじゃないか?」

律子「……へ? あ、え、ええ……急ぎましょう……」

それぞれ出勤準備をして玄関を出る。

ちなみに俺がこんなにスムーズに支度できてるのは、昨日のうちに洗濯して、今朝にアイロン等を借りたりしたためだ。

シャワーも貸してもらったし、ある程度はスッキリしている。

さて、事務所までは最寄りの駅から二駅という近さだ。

P「どうする? 手でも繋ぐ?」

律子「ええっ!?」

ちょっと驚きすぎじゃありません?

705: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:48:17.77 ID:J9y+JDXx0
P「嫌?」

律子はふいっとそっぽを向き、拗ねたような口調になる。

律子「その聞き方は……ずるいです」

控えめに手を差し出してきた。

P「可愛いな」

その手を握る。彼女の温もりが伝わってくる。

律子「からかわないでくださいよ……」

P「からかってないよ。本当に可愛いと思ってる」

律子「うっ……。あ、ありがとうございます……」

もじもじとしながら彼女はまたそっぽを向いた。

事務所に着くと既に何人かいるようで、喋り声が聞こえてきた。

P「おはようございまーす」

律子「お、おお、おはよーございまふ……」

何でそんなに動揺してるの?

まだ誰も何も言ってないよ?

小鳥「あれ? プロデューサーさんと律子さんが揃って来るなんて珍しいですね」

P「あはは、そうですね。さっきそこで会ったものなので……」

律子「で、ですよねー! あはは、きぐーですねー!」

小鳥「え……あはは……」

律子はバカなの? 思いきり怪しまれてるし、若干引かれてるし……。

可愛いからいいけど、ばれたらめんどうだぞ……。

706: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:48:55.88 ID:J9y+JDXx0
伊織「今日は律子もお兄様も遅かったじゃない」

ほら来た。結構、勘良いんだよな伊織のやつ。

P「昨日も家で調整しててな……」

みんなのスケジュールを……というのを言葉の裏に隠してるつもり。

伊織は数秒俺をじっと見つめて、すぐに律子に向き直った。

伊織「ねえ律子。今日は私たち竜宮小町のミニライブがあるわよね?」

律子「へ? あ、そ、そうね……」

伊織「なのにこーんな時間に来るなんて、昨日は帰ったあと何をしていたの?」

律子「はぇ! ……き、昨日は……その……」

さすが伊織。俺からは情報が漏れないと判断してすぐに対象を律子に移した。

てゆーか、律子はこっちをチラチラ見るな。怪しいだろ。

P「まあまあ、いいじゃないか。最近、調子悪かったんだろ? それをよく知ってるのは伊織たちじゃないか」

これでスルーしてくれれば問題無いけど……。

伊織「…………」

険しい表情で俺と律子を交互に見る。

707: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:49:30.18 ID:J9y+JDXx0
かつかつと俺に近づき、ネクタイをぐいっと引っ張られる。

そして、ごつんと鈍い音が鳴るほどおでこにおでこをぶつけられた。

P「いっ……!」

伊織「何うちのプロデューサーに手出してんのよ」

P「なんだってんだ……」

伊織「付き合ってるなら堂々と言えばいいでしょ!? 何なのはそっちよ!!」

伊織のおでこは赤くなっていて、目元には涙が滲んでいる。

痛いなら、やらなきゃ良かったじゃないか……。

聞き付けたのは竜宮小町の他のメンバーと小鳥さんだ。

小鳥「やっぱり……」

亜美「ええっ!? ……付き合うって何に?」

あずさ「あらあら~、うふふ……!」

伊織は相変わらず取り乱していたので落ち着くまでしばらく待った。

708: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:50:12.19 ID:J9y+JDXx0
P「何でこんな尋問体制なんだよ」

俺と律子は四人に囲まれ、ソファーに肩身狭く座っている。

小鳥「……さて、何があったのか話してください」

P「別に何もないです。けど、もう隠してもしょうがないので打ち明けます」

俺は律子の方を向き、いいよな? と確認する。

彼女は諦めたように、だが決意のこもった瞳で頷いた。

それを見て、もう一度四人に向き直る。

P「俺は律子のことが好きだ」

言うと、キャー! と女の子特有の甲高い声が響く。

伊織だけが複雑な表情の涙目だった。

律子「わ、私もプロデューサーが好きです……」

声量を萎ませつつも、彼女もちゃんと言い切った。

あずさ「じゃあ、しょうがないですね。お二人を応援してあげます」

亜美「兄ちゃんと律ちゃん結婚するのかぁ……おめでとう!」

にこやかに祝福してくれるあずさと亜美。

709: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:51:01.08 ID:J9y+JDXx0
小鳥「あんまり事務所ではいちゃいちゃしないでくださいよ」

そう釘を刺しながらも笑ってくれる小鳥さん。

伊織「……」

あずさ「伊織ちゃん……」

ただ伊織はきゅっと拳を握って、俯きがちな涙目のままだった。

伊織「…………よ……」

P「え?」

伊織「幸せになりなさいよ、ばか!!」

わっ! と勢いよく顔を上げてそう言うと伊織は走って事務所を飛び出した。

P「え? え?」

あずさ「はぁ、これだからプロデューサーさんは……」

どういうことなの?

小鳥「あー、自分の好きなお兄さんが他の女性と付き合い始めると複雑な気分になりますもんね」

P「そういうもんですか?」

あずさ「そういうものだと思いますよ。……伊織ちゃんは私に任せてください」

あずさは席から立ち上がる。

迷子にならないか心配なんだけど……。

小鳥「でも、伊織ちゃんがさっき言ったことが本心なんだと思いますよ」

幸せになりなさい、か……。

妹の言うことは守ってやるのが兄の役目だしな。

ありがとう、伊織。

710: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:51:45.95 ID:J9y+JDXx0
それから数日経った休みの日。

俺と律子は買い物に来ていた。

律子「何か買いたい服でもあったんですか?」

P「買いたいのは俺の服じゃなくて、律子の服だ」

律子「え? 何で私?」

キョトンとする律子。いやだって……。

P「デートにスーツで来るやつがいるかよ!」

律子「あ、あはは……。けど正装が良いかなって思いまして……」

なんだ? これから企業面接にでも行くのか? 俺とのデートはただの外回りか?

P「デートは正装じゃなくてな、オシャレに気を遣うんだ」

律子「でも、オシャレな服ってあんまり……」

P「だから買いに行くの」

なんだか自信無さげな律子の言い分を遮り、俺は言い切る。

ショッピングモールを回ること数分。

P「ここ行ってみよう」

律子「えー……こんなオシャレそうな雰囲気のお店、私に似合いますかね……?」

711: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:52:30.49 ID:J9y+JDXx0
いや、あなた今オシャレって言ったね?

P「自分でオシャレって分かってて何でこういうとこ行かないんだよ」

律子「だって私には似合いませんよ……」

P「違う違う。お店選びは似合う似合わないじゃないだろ」

どうやら自分の容姿に自信を持てない律子は店の雰囲気に気後れしてしまうようだ。

そういや俺は逆だったなぁ……。

しまむらに行くことは元名家の人間のプライドが許さなかった時期があった。

狭いアパートに住むことになった時点でいろいろと吹っ切れたりしたんだけどね。

とりあえず、渋る律子を無理矢理引っ張ってお店に入っていく。

「いらっしゃいませ~」

活発で軽快な声が店内に響く。

P「さて、じゃあ俺が適当に見繕ってくるから試着室の前で待ってて」

律子「え、いいんですか? プロデューサーに悪くないですか?」

P「コーディネートって割りと好きなんだよね。だからいいんだって」

そうして服探しを始めて10分。

P「ほい、じゃあこれ着てみて」

持ってきた服を手渡す。

712: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:53:31.57 ID:J9y+JDXx0
ちなみに3セットほど一気に持ってきてみた。

律子「こ、こんなに……?」

P「着替えはゆっくりでいいから」

ふむぅ、と首を捻って試着室に戻る律子。

未だにその服が似合うのかどうか、訝しんでるようだった。

しばらくして……。

律子「ぷ、ぷろでゅぅさぁ……」

若干涙目の律子が試着室からひょっこり顔を出している。

P「どうした?」

律子「着方が分からないです……」

ずっこけた。それでも元アイドルかい……。

俺はすぐに女性店員を呼び、律子の着替えを手伝ってもらった。

「これは、こうやって、そこに手を通して、そうです!」

律子「ええっ!? これちょっと似合ってないんじゃ……」

「全然! お客様とっても可愛いですよ!」

律子「そんな、お世辞なんていいですよぉ……」

なんか楽しそうだな。俺、ちょっと嫉妬しちゃう。

713: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:54:09.20 ID:J9y+JDXx0
微妙に黒いオーラを出そうとしていた頃、ちょうどカーテンがシャーっと開いた。

律子「ど、どうです……?」

P「可愛い」

ノータイムで答える俺。

律子「うえぇっ!? いいですよ、お世辞は!」

P「ばか、彼女にお世辞を言うやつなんているか」

律子「かっ、彼女…………」

顔を真っ赤にしてもじもじする律子。可愛い。

P「髪下ろしたらもっといいかも……」

律子「髪、ですか……」

ちょっと考え込んで、恥ずかしそうに髪を下ろす。

膝上あたりまでしかないジーンズのオーバーオールと、ややダボっとしたインナー。

髪を下ろしたことでもっとやんわり、ふんわりとした雰囲気を纏う。

身長も高くないので、いつもはしっかりしたお堅いイメージの律子とは違う。

あどけなさが多分に残り、そのギャップが一層彼女の魅力を引き立てる。

「彼氏さん、やりますね……」

にやりと笑みを浮かべる女性店員。

714: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:55:01.74 ID:J9y+JDXx0
そうして、あと2セットも着てもらう。

1つはシンプルにジーンズとジャケットでクールに決まったカッコいい女性。

律子はジーンズと相性がいいらしい。

しかし、本人はピチッとして動きづらいのが好まないと言う。

もう1つはこれからのシーズンに向けてニットウェアとロングのトレンチコート、ややゆったりとして歩きやすそうなタイトスカートとその下に黒のタイツ。

律子「今はちょっと暑いですよね……」

P「そりゃそうだ。これから使うことを考慮して選んだもんだからな」

とりあえず全部似合ってたので買った。

「ありがとうございました~」

律子「ちょっ、プロデューサー! そんなに買ってもらわなくても自分でお金出しますよ!」

P「俺が着せたいからいいんだよ」

律子「ま、またそうやってわけわかんないこと……!」

P「とにかく! これは俺からのプレゼントだから受け取って。俺にも彼氏面させてくれ」

律子「うぅぅ…………」

律子はうんうんと唸っていたのだが、ようやく観念したようだ。

律子「ありがとうございます……」

P「そうそう、素直にね。今夜だって俺の好きなようにするんだから」

律子「なあっ!? 好きなことって何ですか!?」

P「そりゃあ内緒だけど、その反応だと予想できてるんじゃ?」

律子は、かぁっと耳まで紅潮させる。

そのあとも雑貨屋へ行ったり、本屋へ行ったり、CDショップへ行ったり、楽しい時間を過ごした。

715: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:55:33.27 ID:J9y+JDXx0
律子「帰ってきましたね」

そうして日も沈み、今は律子の家の前だ。

律子「ささ、上がってください」

最後は荷物を運びがてら、二人で夕飯を食べましょうということになった。

もちろん二人で作って……。

律子「やっぱりプロデューサー、料理上手いですよね」

P「まあ、三年以上一人暮らししてればな……」

当初は給料も少ないし節約しなきゃいけなかったから、嫌でも上手くなるんだよなぁ……。

そのうち趣味になっちゃったりしてね。

夕食も済ませてまったりと時間を過ごす。

今日は疲れたな。

彼女と肩を寄せてうとうとしてしまう。

716: ◆K6RctZ0jT. 2015/05/05(火) 22:56:13.98 ID:J9y+JDXx0
律子「ぷろりゅぅさぁ…………だいしゅき…………」

あんまりろれつの回ってない律子。眠気にやられてる証拠である。

P「ん、俺も……」

ちらっと横を見てみると案の定と言うべきか律子は口をぽけっと開けて寝ていた。

P「疲れちゃったのか、お疲れ様……」

俺は移動して律子を後ろから抱えるようにした。

こてっと俺の胸と身体に、頭と背中を預けて静かに寝息をたてる。

P「俺も大好きだ」

耳元で囁くとピクッと微妙に反応したような気がした。規則的な寝息からも、恐らく気のせいだろう。

P「これからもよろしくな」

さらにきゅっと強く抱き締め、俺もゆっくり目を閉じた。

『律子』   終わり

752: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/04(土) 23:42:56.64 ID:d+TAySjJ0
『雪歩』

薄暗い事務所の中、俺はディスプレイの光とカタカタと軽快に鳴るキーボードの音に包まれていた。

肌寒くなるシーズンで、俺は暖房を点けずにスーツの上からコートを着ることで寒さを凌ぐ。

今日この日は全くもって全員が休日という珍しい日であるのだが、俺は休日返上で業務に勤しんでいた。

家にいても特にやることは無いし、まだスケジュール調整がごたついていたので整理しなければならない。

しかしこれが終われば今夜の飲み会、と言ってもアイドルたちも来るのでお酒は出ないが、何も考えずに楽しめるだろう。

でも幹事が小鳥さんだからなぁ。お酒出るとこにしてるんだろうなぁ。

まあいいや、そんなことよりさっさと終わらせよう。

仕事は溜めておけばおくほど、どんどんやる気が削がれていくものだ。

仕事をゼロにしてからでなければ十分な休息は得られない。

そういうわけで、今日も今日とて働いているわけである。

…………これってサビ残になるの?

753: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/04(土) 23:43:41.38 ID:d+TAySjJ0
P「うーん…………!」

ふわぁ、とあくびをして一息つく。

ぼけーっとしてると事務所への階段を昇ってくる足音が一つ。

次にかちゃこんと鍵を差して、かちゃりと鍵を開けるような音だ。

もしかして、強盗?

その考えに至るのはごく自然ではなかろうか。

みんなはオフで、休日を満喫しているに違いないからな。

俺は少しだけ身構えた。

何か武器になるものを探すが、そんなものはない。

素手で何とかするしかなさそうだ。

緊張感漂う中、俺は静かにじっと入り口の方を凝視していた。

そこからおずおずと現れたのは…………天使だった。

間違えた。雪歩だった。

754: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/04(土) 23:44:22.69 ID:d+TAySjJ0
P「天使! ……間違えた……雪歩!」

雪歩「きゃあぁぁああぁ……!!」

思ったよりも大声が出てしまい、雪歩は驚いて跳ね上がる。

本人も一人だと思ってたらしく、それが一層驚く要因となったようだ。

雪歩「な、なな、何でプロデューサーが……?」

P「何でと言われても……」

というか何ではこちらの台詞なんだけど……。

とりあえず質問には答えておこう。

P「やることないから残ってた仕事をね」

雪歩は、ほぇー、と感嘆の声を漏らす。

雪歩「いつもお疲れさまです」

P「雪歩はどうしたんだ?」

雪歩「実は私も夜までやること無くて、自主レッスンでもしようかなって……」

そう言って、えへへ……と照れながら笑う雪歩。かわいい。

755: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/04(土) 23:44:57.60 ID:d+TAySjJ0
雪歩「そうだ! プロデューサーにお稽古つけてもらおっかな……」

上目遣いで、ダメですか? と尋ねる雪歩。

P「いや、全然ダメじゃないよ。ただあと一時間くらいかかりそうだから待ってもらえるかな?」

雪歩「はい! 終わるまで待ちます。……じゃあ私、お茶でも淹れてきますね」

P「ああ、ありがとう」

なんだか俺は嬉しくなり、仕事に対するモチベーションも上がった気がする。

雪歩は可愛く微笑みながら、机の上にお茶とお茶菓子を用意してくれる。

しばらくはまたキーボードを叩きつつ、お茶菓子を食べ、お茶をすする。

まあ宣告通り、小一時間ほどで仕事は片がついた。

P「ふぅ……終わったぁ……」

雪歩「プロデューサー、お疲れ様ですぅ」

にこっと微笑む雪歩。可愛い。

756: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/04(土) 23:45:48.90 ID:d+TAySjJ0
P「お待たせ。じゃああとちょっとしたら事務所出ようか」

実は事務所を出て数分歩いたところに765プロ専用のレッスンスタジオを設けたのだ。

夏ライブが成功し、みんなの仕事も増えてきたおかげである。

というわけでそこへ行き、一対一でレッスンすることになった。

到着すると雪歩は鼻歌をまじえながら、にこにことストレッチを始める。

P「どうした雪歩。何か良いことでもあったの?」

雪歩「はい! こうしてプロデューサーとレッスンできるので良かったです!」

彼女は変わった。

前までは気弱で、いつもおどおどしてて、自分をうまく表現できないし、男の人が苦手な女の子だった。

757: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/04(土) 23:46:59.91 ID:d+TAySjJ0
それが今やハッキリとものを言うことができ、男性相手にも物怖じしなくなり、相手の目を正面から見据えることのできる強い女の子になった。

唯一変わらないものと言えば、彼女の素敵な笑顔だけだ。

俺は不覚にもそのストレートな彼女の思いと屈託ない笑顔に胸の動悸が激しくなり、なかなか収まることがない。

それはいつも思う、可愛い、という一言で表すには難しいもので、今すぐにでも抱き締めたい衝動に駆られる。

しかし俺はありったけの理性でそれを押さえ込み、その気持ちがただ一時的なものであると思い込むことにした。

雪歩「プロデューサー?」

P「え? あ、なな、何?」

雪歩「いえ、ボーッとしてたみたいだったので……」

P「ああ、何でもないよ」

目を合わせずに誤魔化して俺も着替えることにした。

758: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/04(土) 23:47:47.36 ID:d+TAySjJ0
P「自主練っていつも何やってんだ?」

雪歩「えっと……最初は筋トレやります」

P「おお、基礎は大事だぞ」

だから最近、雪歩は筋トレで死にかけの状態にならなくなったんだ。

P「じゃあ俺は補助しよう」

雪歩「あ、お願いします」

そう言ってちょっと後悔した。

備え付けのマットを引いて腹筋をするとなると、その補助といえば対面に座って相手の足を押さえるものだ。

自然、距離は近づく。むしろゼロ距離と言ってよい。

さっき押さえ込んだばかりの雪歩への感情はまたしても高ぶってきた。

雪歩「あは、あはは…………。何か緊張してきたかも……」

雪歩の方も距離の近さに驚いているのか、そんなことを言った。

P「と、とと、とりあえず始めよっか……」

雪歩「は、はいぃ……」

奇妙な緊張感が俺たちを覆い始める。

759: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/04(土) 23:49:26.83 ID:d+TAySjJ0
P「そうだ。何回やるの?」

雪歩「えっと、いつもは30回を3セットやってます」

P「じゃあそれでいこう」

必要な会話をすることでこの空気を打破しようと試みる。現にさっきよりも意識しなくなった。

……だが。

雪歩「……んっ! ……ふぅっ! ……んぅ!」

上体を起こす度に吐息を漏らし、白い肌は徐々に赤みを帯び、必死ながらもどこか色っぽい雰囲気を纏い始める。

P「21…………22…………23……」

俺は無機質に数を数えるだけ。

背筋を鍛えるときも足にまたがって押さえる。

雪歩は相変わらず必死な吐息を漏らすので、俺も気が気ではない。

腕立て伏せは一緒にやったが、これは向い合わせでやるのが失敗だった。

前を向くと彼女の動きやすそうな服の中が覗けてしまい、集中できない。

3セット目となるとさらに上気した頬、汗で肌に少しだけ張りつく運動着、抑えようとせずに漏れ出る声。

760: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/04(土) 23:51:12.54 ID:d+TAySjJ0
雪歩「疲れましたぁ……」

P「…………お疲れ様」

俺も疲れたなぁ……。主に心労だけれども……。

P「ちょっと休憩しようか」

雪歩「はい」

P「今日は何時まで練習するの?」

雪歩「お食事が6時頃なので、3時くらいでしょうか」

P「3……!?」

もちろん午後の3時のことなのだが、今はまだ11時だ。

陰でこんなに努力してるとは思わなかった。

P「いつもそんなに練習してたのか……」

雪歩「はい、練習しないと置いてかれちゃうので……」

話せば話すほど健気な子だ。

みんなの足を引っ張らないために、みんなに負けないために辛いことでも頑張る姿は人として美しい。

雪歩の表情からは少しの焦りと陰りが窺えるが、それと相対するように瞳からは輝きが放たれている。

俺はそのように思えてしかたなかった。

761: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/04(土) 23:54:56.08 ID:d+TAySjJ0
しばらく休憩した後、発声練習と今度のお芝居の練習を同時にやることにする。

実は彼女、今度、舞台のキャストを務めることになったのだ。

雪歩『私、あなたがいなければ何もできないんです』

もの悲しく、儚げな雰囲気を纏って雪歩は演じる。

雪歩『けれど、私、病弱でしょう? あなたの負担になるくらいならいっそ……』

雪歩の演じる女性は小さな頃から身体が弱く、彼女を支えてくれる男性とのやり取りのシーンである。

俺は雪歩の演技指導も初めてだったもので、見ていて正直驚いた。

雪歩『いやっ!! ……私のためにあなたが先に逝ってしまわれるなんて、嫌ぁ!!』

特にこのシーン。男性に負い目を感じていた雪歩演じる女性が彼の死に関わる場面だ。

涙を流して叫び、狂ったような姿は普段の雪歩からは想像もできないような名演技。

762: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/04(土) 23:55:53.56 ID:d+TAySjJ0
雪歩「……ふぅ。……どうでしたか?」

数拍置き、目元の涙を拭って俺に笑顔で振り返る。

やりきった表情、それにおそらく人に初めて見せる演技なのだろう、少しばかりの羞恥によって頬を染めていた。

俺はしばらくその顔を見ていた。いや、きっと見惚れていたのだ。

まさか雪歩にこんな才能があったなんて……。

もしかしたら、努力の賜物かもしれない。

P「すごいな。ビックリしたよ。名演技じゃないか」

雪歩「ありがとうございます。大切な人を思い浮かべながらやると上手くいくんです」

雪歩はきゅっと両拳を握って満面の笑顔を浮かべる。

俺は何故かそのまっすぐな瞳を直視できない。不意に逸らした顔は次第に内側から熱を帯びる。

雪歩「あの……」

心配そうに覗き込む雪歩に対して、俺は飛び上がりたくなるほどの驚きで焦ってしまう。

763: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/04(土) 23:57:08.20 ID:d+TAySjJ0
雪歩「だ、大丈夫ですか?」

P「だ、だだだ大丈夫!」

雪歩「顔、赤いですよ……?」

P「やー、ちょっと暑いよねぇ」

雪歩「そうですか? 冷房効いてるはずじゃあ……」

冷房は効いてるんだけど俺の全身からはどうしようもなく汗が滲んできていた。

P「そだ! 次は何するの?」

雪歩「そうですね。次はダンスのレッスンをやろうかなと思います」

P「ダンスか……。せっかくだし二人で合わせてみるか?」

雪歩「いいんですか?」

P「ああ、ちょっと体動かしたいし」

雪歩「あまり無理しないでくださいね?」

P「おう」

とは言っても心臓の大きな鼓動は収まっちゃいない。

体を動かして少しでも気を紛らわせたいと思ったのだ。

764: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/04(土) 23:58:19.97 ID:d+TAySjJ0
けどダメだ。どんどん意識してしまう。

一緒に踊ることを今さらながら後悔した。

自然と近い距離になるし、息を合わせなきゃいけないので相手の顔を窺わなければならないしで、あろうことか俺の方が多くのミスを重ねた。

P「……ごめんな雪歩。足引っ張って……」

雪歩「そんなに落ち込まないでください。今日はたまたま調子が良くなかっただけです」

心配しつつも笑顔で答える雪歩にまた体温が上がる。

これはもう疑いようも無かった。

以前の自分を顧みてみると、しょっちゅう雪歩のことを思い浮かべる自分がいた気がする。

雪歩のスケジュールを過度にチェックしていた自分がいた気がする。

今もずっと雪歩に視線を向けている自分がいる。

雪歩と目が合うとすぐに顔を逸らして体温を上昇させる自分がいる。

ほら、アイドルとプロデューサーだからって、それも人と人だ。

彼女への好意を隠しきれない自分がいて、それに気づいてしまった自分もいる。

765: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/04(土) 23:59:23.69 ID:d+TAySjJ0
気が付けば雪歩のことを後ろから抱きしめる俺がいた。

雪歩「ぷ、ぷろでゅーさー……?」

困惑した顔をこちらに向けて、どうしたんですか? と上擦った声で尋ねる雪歩。

P「…………」

雪歩「あの……」

俺の腕の中にはみるみるうちに頬を真っ赤に染める雪歩がいて、俺は後先も迷惑も考えないで俺の気持ちを伝えるのだ。

P「好きだ……」

ムードなんて無いし、最低の告白になったんじゃなかろうか。

気持ちを伝えることで冷静になっていく頭は次第に罪悪感のサイレンを鳴らしてきた。

P「……!! ご、ごめん! 今のは……っ!!」

忘れてくれ。

そう言おうとする口を塞がれる。

766: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/05(日) 00:00:30.39 ID:sF6EZjCJ0
雪歩は俺の頭に手を回して引き寄せると同時に、めいっぱい背伸びをして彼女の唇を当てられる。

ずっと、長い長い時間、そのままの状態が続く。

気づけば彼女は目を閉じていて、俺も目を閉じていた。

雪歩「んぅ……んぅ……」

小さく小さく漏れる吐息に少しばかりの苦しさが伺える。

それを払拭してあげようと、俺は無理して背を伸ばしている彼女の腰に手を回す。

自分自身も腰を落として彼女が辛くないような体勢でやや上から口づけを交わす。

俺は腰に、雪歩は頭に回していた手を徐々に腕の方へ持っていくと、当然であるかのように指を絡めて手を繋ぐ。

そうして同じ体勢で時間が過ぎていく。

いや、時間なんて概念があったのか忘れてしまうほどに俺の感情は昂っていた。

767: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/05(日) 00:02:05.98 ID:sF6EZjCJ0
ようやくお互いの顔が離れる。

雪歩「はぁ……はぁ……」

でもそれは、ほんのわずかな距離であって、すぐにお互いを求め合った。

雪歩「ん……ちゅっ…………んぅ……んむ……ちゅ……」

今度は短いキスを何度も交わす。

雪歩「ちゅ……ぷろりゅぅさぁ……んっ……ちゅっ……」

とろけた様な眼差しは俺の視線を掴んで離さない。

声も舌足らずなものに変わり、彼女のか弱さが増したように思う。

雪歩「んうっ…… ……ちゅむ……ちゅぱ…………」

顔を離すと、ふあぁ……と口から糸を引きながら吐息を漏らした。

そのまま言葉も無く、強く抱き合う。

しばらくして落ち着くと、壁際に設置されている室内用のベンチに腰掛けた。

続いて沈黙。

……あー、やっちまった。

アイドルとキスしてしまった。

俺は何とも言えない罪的な意識にとらわれる。

768: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/05(日) 00:03:05.27 ID:sF6EZjCJ0
雪歩「プロデューサー」

彼女の声に振り返る。

潤んだ瞳で口元を抑える雪歩の顔は紅潮していた。

その唇を撫でる仕草がいやらしいというか……こちらまで強く意識してしまう。

俺は雪歩に視線を向けて続きの言葉を待った。

雪歩「私も……プロデューサーのこと、好きなんだと思います……」

さらに真っ赤になる顔を見て、思わずそっと肩を抱き寄せる。

小さく声を漏らすと、上目づかいでこちらを覗きこむ雪歩。

雪歩「男の人はまだ苦手ですけど、プロデューサーは全然嫌じゃないです。むしろ……」

そうして雪歩は言葉を切った。

続きが気になるが、聞こうとは思わなかった。大体予想はつく。

769: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/05(日) 00:10:38.91 ID:sF6EZjCJ0
P「……俺でいいのか?」

キスしといて言うのもなんだけど……。

雪歩「プロデューサーじゃないとダメです。プロデューサーだから私、ここまで変われたんです」

P「俺じゃなくても、きっと雪歩は変われたよ」

雪歩「ううん。違うの。プロデューサーだったから……」

一度目を伏せ、次に見せたにこやかな表情に俺の心臓が跳ね上がる。

雪歩「プロデューサー……愛してます」

じんわりと目の奥が熱くなる。

俺はただその言葉が欲しかったのかもしれない。

もちろん誰でもいいというわけではない。

俺が好きになった相手だから、俺も同じように愛する相手だから……。

雪歩「な、何で泣いてるんですか!?」

P「……いや、違うんだ」

何でかうまく言葉にできなず、ただ、彼女の『愛してます』が頭の中で何度も何度も反芻している。

770: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/05(日) 00:11:14.54 ID:sF6EZjCJ0
P「うん。……俺も、愛してる」

雪歩「……プロデューサー」

俺はわからなかったのだ。

人に愛されたことが無いと思い込んでいた俺には人の温もりがわからなかったのだ。

そうして、ようやく、今になってそれを実感することができているんだろう。

今までで、知らない感情があるとは思わなかった。

雪歩「もう一度……」

P「え?」

雪歩「もう一度、キスしてもいいですか?」

あれ? 雪歩ってこんな大胆な子だっけか?

P「え、あ、ああ……」

そんな戸惑いの肯定を返すと、雪歩はゆっくりと近づいてくる。

とろけた様な瞳に、汗の少し混じった鼻腔をくすぐる香りが、俺の神経を敏感にさせる。

ここからは割愛。

771: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/05(日) 00:12:08.11 ID:sF6EZjCJ0
そのあとも、もう一度、もう一度とキスをせがまれ、結局30分くらい経っていた。

最後の方、自主レッスンはおざなりになってしまった。

というか終始、イチャついていただけのように思える。

レッスンは終わり、今日はこのあと765プロでお食事ということになっている。

久しぶりにみんなで食事会をするので、社長がそこそこお高いレストランを予約してくれた。

そこそこお高いが別に騒げないわけではないのでアイドル達も十分に楽しめるだろう。

P「あ……予定の時間にちょっと間に合わないかも……」

雪歩「じゃあ私が連絡しておきますね」

P「うん、助かる」

そして到着するとみんなから、いきなりの質問攻めだった。

772: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/05(日) 00:12:55.14 ID:sF6EZjCJ0
真美「ねえねえ兄ちゃん! どうしてゆきぴょんと一緒にいんの!?」

伊織「そうよ! 一緒に来るなんて疑われてもしょうがないわよ!」

P「いや、たまたまそこで拾っただけだって……なぁ、雪歩……?」

雪歩「う、うん……そうなの、さっきそこで偶然会っただけで……」

響「なーんか、怪しいぞ……」

あずさ「うふふ……もしかしたら、付き合ってたりして~」

あずさの一言で俺の背から冷や汗がどっと流れた。

一般的な冷やかしとして、考えてなかったわけではないが実際言われるとどうしようもないくらいに頭が真っ白になってしまう。

ちらっと雪歩に振り返ると、彼女もまた何て返せばいいかわからないような表情をしていた。

俺たちが言葉に詰まるといよいよ他のアイドルたちも、先ほどのような冷やかしではなくなる。簡単に言えば、声のトーンがマジだった。

773: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/05(日) 00:13:32.52 ID:sF6EZjCJ0
高木「君、その話は本当なのかね?」

高木社長が鋭い眼差しで俺を見る。

この人、俺がアイドルに手を出したからすごく怒ってるに違いない……。

俺は人生最大のピンチを迎えているに違いない。

家を追い出される時より絶望を感じている。

こんなにも雪歩のことが好きなのに……。

しかし今ここでずっと黙ってるわけにもいかない。

俺はようやく、はい、と掠れた声を絞りだした。

雪歩も悲しそうな顔で俺のことを見つめてくる。

社長は動かずにまだ俺のことを睨みつけてるようだった。

が、すぐに顔を綻ばせると大きく笑いだした。

その様子に唖然としたのは俺たちだけではなく、他のアイドル達も同様だった。

774: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/05(日) 00:14:26.92 ID:sF6EZjCJ0
高木「いやぁ、良いことじゃあないか! 君たちは相思相愛なのだろう? だったらこれほど素晴らしいことは無い! お互いが支え合って、末永く幸せに過ごしたまえ!」

P「は? いいんですか? だってアイドルとプロデューサー……」

高木「ん? いつ私が恋愛禁止と言ったんだ? 君たちの想いを尊重してやる方が私は大事だと思うんだがな……」

驚いたというか、呆れたというか……とにかく度肝を抜かれたのだと思う。

他のアイドルはぶーぶーと愚痴っていたが、社長の態度は変わらなかった。

ああ、この人についてきて良かったと心の底から思った瞬間だった。

高木「なぁに、彼に思いを寄せる他のアイドル諸君も励みたまえ! まだ彼を振り向かせるチャンスはいくらでもあるじゃないか!」

何言ってんすか社長……そんなアイドルいるわけないですよ。

この日、アイドル達からのボディタッチが多かったのはきっと気のせいだ……。

それを見て雪歩がぴったりと俺に身を寄せてたのが可愛かったです。

まあ他の子たちの視線も痛かったんだけど……。

775: ◆K6RctZ0jT. 2015/07/05(日) 00:16:20.69 ID:sF6EZjCJ0
それから数日経った。

俺と雪歩は事務所内でもあまり遠慮せずに接するようになったが、誰かに見られると注意されることもよくある。

特に律子と伊織に見つかったら30分のお説教タイムが始まる。

まあ、そんなことはどうでもよくて……それより大事なのは今日、デートへ行くことになっているということだ。

そんなこんなで待ち合わせ時間の30分前に到着。

しかし、すでに雪歩はいた。

P「お待たせ。早いね」

雪歩「いえ、さっき来たばかりですから」

夏から秋への季節の変わり目だがまだ気温はやや高い。

雪歩は白のワンピースの上に肘あたりまでの長さがあるポンチョを羽織っている。

頭には麦わら帽をかぶり、涼しげな雰囲気の格好だ。

顔立ちもよく、アイドルも板についてきたのかオーラを纏っていて、道行く人の目を引いている。

可愛いでしょ? うちのアイドルで、俺の……。

P「じゃあ行こうか」

手を差し出す。

雪歩「はい」

穏やかに言って、彼女は手を取った。

『雪歩』   終わり

786: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:05:05.04 ID:Qf8kntCB0
『あずさ』

最近、ちょっと困ったことがある。

あずさ『もしもし、プロデューサーさんですか?』

P「……あずさ、またか?」

あずさ『すみません、またです~。ここがどこだかわからなくて~』

それはあずさが道によく迷うということだ。

いや、普段から道に迷ってばかりで、その都度、事務所や俺、律子に電話がかかってくるのだが、ここ最近は特に多くなった気がする。

そうすると、決まって俺が迎えに行くことになるのだ。

律子は運転ができないからな。免許取得中だとさ。

787: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:06:02.98 ID:Qf8kntCB0
ところで、なぜかガヤガヤとした喧騒の中にあずさはいるみたいだ。

P「……何が見える?」

俺は小さくため息をついてから尋ねる。

これを聞けば、大体居場所がつかめる。たいして遠くへは行ってないのだ。

一度、名古屋に行ってたことがあるが、それはカウントしたくない。

いつも、ちゃんと地図を見ろと言っているのだが、どうして道に迷ってしまうのか……。

あずさ『えーと……カーブになってる建物が見えます~』

間延びした調子で答えて、きゃっきゃと笑う。実に楽しそうなのはなによりだが、こっちの身も考えてほしい。

それにカーブの建物って、なんだそりゃ?

P「うん、他には?」

あずさ『あと、でっかいビルがいっぱいあります』

あずさはまたしても笑って答える。喧騒も多少気になってきた。

788: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:06:44.00 ID:Qf8kntCB0
全然、割り出せない。俺は再び、他には? と促した。

あずさ『観覧車と大きな船と大きな広場』

う~ん。近場にそんな場所あったか?

相変わらず、電話の向こうからは笑い声の絶えないあずさと喧騒が広がっているようだ。

P「というか、今何してんの? そっち騒がしくない?」

あずさは、えっ? 何て言いましたか~? と聞き返してきたので、声を少し張ってもう一度尋ねた。

あずさ『今はパーティーに参加してます~』

パーティーね。なるほど、どうりで楽しそうで騒がしいわけである。……ってことは屋内にいるのかな?

P「今、建物の中なの?」

あずさ『いえ、外にいますよ~』

何言ってるんですか~? と愉快そうに笑うあずさ。

と、俺はここで気づく。いくらなんでも笑いすぎでは?

P「ちょっと待ってて……」

そう言って俺は電話の保留ボタンを押した。

789: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:07:19.50 ID:Qf8kntCB0
P「小鳥さん」

小鳥「はい、どうしました?」

P「今日って何かお酒のイベントありましたっけ?」

小鳥「いえ、そんなお仕事は無いはずですよ?」

P「あー、そうじゃなくて、都内かどこかでそういうイベント」

小鳥さんは顎に指を当て、しばらく考えると、もしかしてと、やがて首を傾げながらもこちらに振り向いた。

小鳥「今月は10月なのでオクトーバーフェスのことですかね?」

P「それですよ」

俺は急いで目の前のパソコンでインターネット検索をかけた。

確かにヒット。オクトーバーフェスっていろんなとこで行われてるんだな。さすがはお祭り大好き日本人。

あずさの情報からも横浜にいる可能性が高そうだ。赤レンガ倉庫前。

俺は保留にしていた電話を急いで通話状態に戻したが、すでに通話は切れていた。

790: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:08:58.69 ID:Qf8kntCB0
そのあと何度か電話をかけてみたが全く取ってくれない。楽しんじゃってるのね。

あずさはもう仕事帰りだったからよかったものの、正直業務中に呼び出しをくらうこっちの身としてはたまらない。

P「うんと説教してやる」

自分だけ楽しんじゃってさ。まだ業務も残ってるのに……。

小鳥さんは、ビールいいなぁ、とか呟いていたけど、あずさを迎えに行った時に飲んでくればいいと提案したら、きっぱり断られた。

運転していくのだからアルコール類が飲めないのは当然である。つまり行き損になること請け合いなのだ。

小鳥「じゃあ行ってらっしゃい。プロデューサーさん」

俺は大仰にため息をついてげんなりと小鳥さんを見た。

小鳥「そんな顔してこっち見ないでくださいよ」

P「あー、はいはい行ってきますよ。まーた残業決定だよ」

ちなみに律子は亜美真美の現場に行っているとのことだ。竜宮小町なんだからお迎えも律子に行ってほしい。

791: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:10:07.61 ID:Qf8kntCB0
俺は頭を振ってそんなネガティブな思考を振り払う。あずさもまた俺の大事なアイドルで、恩人なのだから。

けど、これじゃただの芦だな。優しいのと甘やかすのは違うからねぇ……。

またしてもネガティブなことを考えながら、事務所を後にするのだった。

小鳥「なんだかんだ言いながら迎えに行ってあげちゃうんだから、プロデューサーさんってお人好しよね」

小鳥はそう独り言を呟いて、小さく笑った。

俺は事務所から車を出す。

それにしても横浜か。ここから結構距離あるな……。

俺はまたうなだれた。

運転してから1時間ほどで大きな車の流れが反対車線に見えてくる。

横浜方面から東京へ流れてくる車両たちを見て、お酒飲んだ人たちかな? と思ったが、それじゃあ飲酒運転だ。

まさかそんなことをする人がいるはずもない。飲酒運転ダメ、絶対。

そんなどうでもいい考察をしつつ、我がアイドル達の曲を聞きながら俺は目的地を目指した。

792: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:11:28.63 ID:Qf8kntCB0
横浜の案内板を見つけて高速道路を抜ける。

高速を降りてからしばらくするとカーブした建物、大きな広場や観覧車が見えてきた。

P「確かにあったな。……ここら辺に停車しておこう」

停車禁止の標識がないことを確認してから、車を停車させ、あずさに電話をかけた。

P「やっぱり出ないのか……」

あずさが応答しないことに様々な憶測が駆け巡り、一気に不安が募る。

俺は車から飛び出し、人波をかき分けてあずさがいると思われるフェス会場にやってきた。

P「あずさ!! どこだ!!」

大声を出したことで周りから奇異の目線を向けられるが、構わずに叫んだ。

P「あずさ!! あずさっ!!」

何かあったら冗談ではない。こっちも彼女を預かっている身だし、俺にとっても大切な人なんだ。

人混みをかきわけて、会場内をあっちへこっちへ走り回る。

人とぶつかり、睨まれ、罵詈雑言を浴びるが構わない。

お前たちとはもう会わない、と自分に言い聞かせてあずさの名を呼ぶ。

793: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:12:17.70 ID:Qf8kntCB0
あずさ「……プロデューサーさん?」

騒がしい中、彼女のいやにまどろっこしい声が俺にしっかりと届いた。

あずさ「やっぱり! プロデューサーさんも黒ビール、飲みにいらしたんですね~」

俺は脱力した。にこにこと幸せそうな笑顔を浮かべるあずさを見て、心配した自分が馬鹿馬鹿しく思えたのだ。

腹の奥がじわっと熱くなり、その熱は瞬く間に頭へと昇っていった。

俺は肩を大きく揺らしながら速い歩であずさに近づき、彼女の両肩を乱暴に掴んだ。

あずさのやんわりとした笑顔はみるみるうちに青く硬直していった。

P「お前! 俺がどれだけ……!」

心配して……、そう言いかけたが、彼女の青ざめた表情を見て俺は思いとどまった。

あずさは今度は顔を紅潮させて涙目になり、俯く。

一気に冷静になったのは俺だ。

彼女はもう大人だ。電話が来た時に俺が突っぱねればよかったのだ。一人で帰ってこいと。

それなのに来てしまったのは俺だ。何も怒る権利まであるわけがない。

794: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:13:19.30 ID:Qf8kntCB0
P「いや、怒鳴って悪い。外で待ってるから充分楽しんだら連絡してくれ。俺は車だから飲めないんだ」

努めて優しく言ったつもりだ。お人好しで来ておいて怒るなんてお門違いだ。

顔を上げたあずさの目元はさっきよりも少し赤く、その目は忘れていた締め切りが過ぎたことを思い出したかのように見開いていた。

あずさ「ごめんなさい、プロデューサーさん。私もすぐに帰ります」

そう言ってあずさは自分の荷物を取りに戻っていった。

せっかく彼女は楽しい思いをしていたのに俺はぶち壊すことなんかして申し訳がなかった。

「あれ、あずさちゃんもう帰っちゃうの?」

自分に対して嫌悪感を抱いていると、そんな声が聞こえてくる。

どうやら、会場で出会った人とお酒を交わしていたらしい。

声の方を見ると複数の男性があずさを取り囲んでいる。

795: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:13:57.13 ID:Qf8kntCB0
あずさ「はい。お迎えが来ましたので……」

ばつが悪そうに言ってこちらを窺う。

その視線を周りの男どもも捉えたようだが、構わずにあずさを引き留める。

「いいよ、いいよ。俺たちが送ってあげるからさぁ、もっと飲もうよ!」

あずさ「で、でも……。明日もお仕事ありますし、私はそろそろ……」

「いやいや、大丈夫だって!」

なかなかにしつこい。俺の姿を認めても引こうとしないし、助けに行った方がいいのではないだろうか……。

あずさの方もかなり困っている。

あずさ「いえ、帰ります」

しびれを切らしたのか、さきほどよりも強い調子ではっきりと言い、踵を返そうとしたとき、不意に彼女の肩が抑えられる。

短く悲鳴を上げて体勢を崩すあずさ。

男は持っていたジョッキを机に置いて、無理やりあずさを振り向かせたのだった。

796: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:14:57.66 ID:Qf8kntCB0
俺の中で激しく警鐘が鳴り、瞬時に走り出していた。

他人が大事なアイドルに軽々しく触れたことと、男の顔があずさの顔に近づくのを見て、さらに足と拳に力が入る。

露骨に嫌がり、自分の手で相手の頬や頭を押し返そうとするあずさ。

しかし、男性に比べて非力な女性では力及ばず、男の舌があずさの首筋を這った。

瞬間、俺はその男の顔面を思い切り殴り飛ばしていた。

周りの人を巻き込みながら吹っ飛ぶ男。その様子を見て固まる周囲の取り巻きと別グループの人間たち。

俺はそいつらには目もくれず放心したあずさを抱えて、フェス会場から逃げ出した。

P「どいて!! どいて!!」

大声で喚き散らすと、何事かとざわめいた客は素直なことに道を開ける。

急いで停車中の車に戻り、エンジンをかける。あずさも放心したまま後部座席に乗り込んだ。

俺はそれを確認して、車を出す。

797: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:15:31.25 ID:Qf8kntCB0
幸い、誰が追ってくることもなく、大きな騒ぎにはならなかったようだ。

あずさに気づいた人もいなかったみたいで、このあとSNSで拡散されることもなかった。

車内は無言だった。いや、しばらくしてあずさのすすり泣く声を聞いた。かける言葉が見つからなかった。

P「さ、着いたよ」

気が付けばすでに事務所に着いていたので、やっとのことで言葉をかけることができた。

あずさ「はい、ありがとう、ございます」

彼女の方もやっと言葉をつむぐことができたみたいだ。

P「……」

しかし、やはり、かける言葉が見つからない。俺は何て言えばいい? 叱ればいいのか? 慰めればいいのか? 答えが見つからなかった。

再び沈黙の中、戻ってきた俺たちを見て、ぎょっとしたのは小鳥さんと高木社長だった。

高木「この世の終わりみたいな顔して、一体どうしたというんだ!?」

小鳥「あ、あの、大丈夫ですか? 何があったんですか?」

798: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:16:12.05 ID:Qf8kntCB0
俺の口から言っていいものかどうか逡巡して、あずさをちらと見る。

彼女は困ったような、今にも泣きそうな、だけれども笑顔を浮かべて、俺の方を見ていた。

なんとなく、俺は席を外した方がいいと思った。彼女の表情がそうしてほしいと言っているみたいだった。

P「大丈夫なのか?」

俺は事務所のドアに振り向きながらあずさに問う。

あずさは一つ頷き、弱弱しく、はい、と答えた。

俺は事務所を出て、屋上へ続く階段を上る。

すでに空は黒に染まり、覆う雲が綺麗な闇を濁らせる。月は光を漏らすことすらせず、目を凝らすと流れていく雲海が果てしなかった。

鉄柵を軽く殴り、視点を落とす。人通りは少なく決して賑やかではないが、車の通りが多いせいか騒音が耳に障る。

このままでいたいとは到底思えないこの場所に、俺は小一時間つっ立っていた。

屋上の扉が開いて俺の名前を呼んだのは小鳥さんだった。

799: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:16:58.79 ID:Qf8kntCB0
小鳥「内容の方は把握しました。プロデューサーさん、お疲れ様です」

P「ええ、それで、あずさは?」

小鳥「泣き疲れて、寝ちゃったみたいです」

なんだそれは、子供か。

小鳥「いっつも嫌な役を押し付けてしまってごめんなさい」

P「いえ、小鳥さんが謝ることではないですし、今回ばかりはしかたないです」

そう言った自分が心底嫌になった。

P「俺がもっと近くにいれば、こんなことには……」

あの時、自分の感情をしっかり制御できていれば、あずさは悲しまずに済んだのだと思うと、後悔どころの話ではない。

小鳥「それと今後について、詳しい話は社長からお話しするそうです」

P「これからのこと? 律子には?」

小鳥「律子さんには明日の朝にお話しします」

何かしらの謹慎処分だろうか……。という俺の予想は見事に……いや、残念なことに当たった。

高木「三浦あずさくんは一週間、自宅謹慎ということにするよ」

800: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:17:34.59 ID:Qf8kntCB0
P「すでに入ってる仕事は?」

高木「それは休まずにこなしてもらう。だから再来週の月曜日から一週間が彼女の自宅謹慎期間だ。それと、お酒もね」

P「あの、俺は?」

高木「? 君は特にないよ? これからも他の子のプロデュースに専念してほしい」

あの場にいた俺に監督責任があるのではと思ったのだが、社長の言い分は違った。

あずさはプライベートであの場にいたのだから、責任はすべてあずさ自身にあるのだと言う。

俺に関しては、よく彼女を守ってくれた、だとさ。そんなんじゃないのに。

高木「すっかり遅くなってしまったね。今日はあずさくんを送っていってくれないか?」

P「はい。お安いご用です」

実際、俺にできることと言えばそれくらいのものだろう。

俺が踵を返そうとすると、社長が、それと、と付け加えた。

高木「あずさくんのわがままも聞いてやってほしい。今日の一件でだいぶ傷心してしまったようだからね」

P「はあ……」

俺は曖昧に返事をして部屋を出た。

それにしても、あずさはわがままなんて、あんまり言ったことないんじゃないか。今日みたいに好き勝手やるけど。

801: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:18:00.42 ID:Qf8kntCB0
眠っていたあずさを起こして車に乗せる。

P「じゃあ、帰ろっか。あずさの家まではちゃんと行けるから道案内しなくていいぞ」

あずさ「お願いします……」

彼女はまだ立ち直れていない様子だった。

車内は再び無言のまま、彼女の家にたどり着くまで、無機的な光とエンジン音が入り込むだけだった。

P「ほら、着いたよ」

俺は停車し、運転席から降りる。後部座席に座っていたあずさを降ろして、玄関の前まで連れてくる。

P「結構いいマンションだな。今度は変なやつに絡まれんように気ぃ付けろ」

あずさ「プロデューサーさん、今日はありがとうございました。ご迷惑おかけしました」

P「……ああ」

本当だよ、という言葉は飲みこんだ。

802: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:23:45.24 ID:Qf8kntCB0
心配したり、呆れたり、少し腹も立ったけど、大事には至らなくてよかった。少しばかり安堵が勝った。

P「じゃあ、またな」

そう言って引き返そうとしたが、左手首をくっと握られる。

P「……どうした?」

俺はきっと怪訝そうな目を向けていたに違いない。

しかし、彼女の潤んだ瞳と紅潮した顔を見て少し気を引き締めた。

あずさは、あの、その、と言い淀むが、握られた手首はより強く握られる。

あずさ「プロデューサーさん。今日のこと忘れさせてください……」

P「はい?」

まるで訳が分からず、聞き返してしまう。

803: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:24:11.77 ID:Qf8kntCB0
あずさ「男の人に、その、な、舐められて、すごく嫌な感じでした」

まあ、そりゃそうだろう。俺だって初対面の人間に首を舐められるのは嫌だ。

あずさ「だから、あの、プロデューサーさんが上書きしてくれたらな~って……」

P「はい?」

一瞬理解できなくて大層な間抜け面をしていたと思う。目の前のあずさはさらに頬を赤くさせ、もじもじと落ち着かない。

俺は頭が痛くなった気がして、こめかみをそっと抑えた。

ようやくして、口を開くことができた。

P「あー、それはお前のわがままか?」

あずさ「……はい。勝手なこと言ってるのはわかってます」

しばらくお互いが喋らない静かな時間が続いた。

804: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:25:33.78 ID:Qf8kntCB0
あずさ「……やっぱり、ダメですよね……。ごめんなさい、本当に勝手なことを……」

首元を軽く抑えて、申し訳なさそうに、あるいはとても残念そうにこちらに眼差しを向けるあずさ。

無理に作った笑顔が今にも決壊しそうなほどで、口端はひくひくと痙攣している。

俺は観念した思いをため息と一緒に吐き出した。

P「今日だけな」

そう言うと、あずさは涙を溜めた目をこちらに向け、きょとんとした顔を見せた。

俺はあまり躊躇なく、彼女の手をどかし、顎を上げて首筋に軽くキスをした。

しばらく放心していた彼女だったが、そのきょとん顔のままついに涙を流す。

P「あ、おい、そんな泣くんなら頼まなきゃよかっただろ……」

あずさ「いえ、違うんです。嬉しくて……」

P「…………変なやつ」

あずさ「もうちょっとだけ、お願いします」

P「今日だけだからな……」

誰に言い訳してるでも、譲歩してるでもなく、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

805: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:26:04.88 ID:Qf8kntCB0
あずさ「このへんです。プロデューサーさんので塗りつぶしてください」

俺の何で塗りつぶすんだよ。そんなことを口に出すのがためらわれ、心の中にとどめておく。

しかたなく俺はあずさの指し示すあたりに顔を近づける。

じっと目が合い、心拍数が跳ね上がる。

やけに色っぽい彼女を目の前にして、ごくりと生唾を飲みこむ。この音が聞こえてないだろうかと、やや不安になる。

P「じゃ、じゃあ、失礼して……」

顔を上に向けるあずさの両肩を優しく抱いて、口を首に近づける。

もう一度キスをした。軽く、優しく、触れる程度に……。

彼女の反応は、あ、と小さく吐息を漏らすだけだったのに、俺の顔はじんわりと火を灯した。

やべぇ……。今はまだ歯止めが効いてるが、いつタガが外れるかわかったもんじゃない。

俺は数秒したのち、あずさから離れた。

806: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:27:12.43 ID:Qf8kntCB0
P「……これでいいか?」

あずさ「……あの、えっと~……いえ……ありがとうございます」

あずさの顔は今まで見たことないほど赤くなっており、少し息づかいも荒めだった。

しかし、その反応を見るからに物足りなそうだ。

P「舐めればいいのか?」

あずさ「えっ!? その…………」

俺の愚直すぎる質問に少々たじろぐあずさだったが、控えめに首肯した。

そして消え入りそうな声で、お願いします……と言った。

 

あずさ「きゃっ! …………んんぅ……」

両肩を抱いてた俺の手は、気づけばあずさの後頭部と背中に回っていた。

ほとんど密着してる形になり、ときたま感じる柔らかい感触に俺の行為も少し激しさを増した。

あずさ「うぅ……ぁ…………ぷろ、でゅーさぁ……さぁん」

スーツの肩口をきゅっと強く握られて、我に返った。

P「あ……っと、ごめん。ちょっとやりすぎた」

離れると、あずさの手は緩み、後ろのドアにもたれかかった。

相変わらず潤んでいて、加えて恍惚としてるであろう瞳に吸い込まれそうだった。

807: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:27:58.33 ID:Qf8kntCB0
そして彼女の首を見て、俺の血の気がさっと引く。

P「……」

あずさ「どうか、しました?」

P「本当にごめん……」

あずさ「なんで謝るんですか……? 私がお願いしたことなのに……」

P「その、できてる……」

あずさ「?」

P「キスマーク、できてる……」

あずさ「え? ……えぇっ!?」

調子に乗ってマーキングしてんじゃねーよ、俺! 完全に無意識だった。何やってんだ。

これにはあずさも驚きを隠せない。

あずさ「あらあら~。うふふっ!」

P「何でそんなにのんきなんだ!?」

あずさ「何でって、それは~……」

P「これからの仕事どうすんだよ!」

あずさ「……あ」

誰かに気づかれでもしたら厄介なことになるかもしれない。

808: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:29:00.02 ID:Qf8kntCB0
あずさ「どうしましょう~?」

俺のせいなんだけど、あずさはのほほんとし過ぎててちょっと腹立つな。若干ニヤケてるし。

しばらく考えて、妙案を思いついた。自分で妙案と言うのもいささか変な話ではあるが……。

P「オッケー、明日は昼空いてるか? 昼頃に事務所近くのカフェでランチだ。そこで何とかしよう」

あずさ「何とか、ですか? わかりました。明日もよろしくお願いしますね」

そう約束を取り付けて、俺は帰ることにした。あずさは嬉しそうにキスマークの部分を撫でていた。

何で嬉しそうなんだ……。お前と俺はアイドルとプロデューサーだぜ?

自分で自分を戒めといて、説得力がないことに気が付いた。

翌日の朝。俺は事務所に早くも出勤していた。時間は七時、ちょい過ぎくらい。

昨日まとめ終わらなかった書類や、企画書などなど、仕事を山積みにして帰ったからだ。

九時頃、ようやくにして二人目出勤。小鳥さんだ。

小鳥「おはようございます。早いですね」

P「ええ、おはようございます。昨日の分が溜まってますので……」

小鳥「あー……それより、昨日あずささんと何かありました?」

P「何かってなんすか? 何にもありませんでしたよ」

小鳥「ほほーう」

彼女は小鳥のくせにフクロウみたいな鳴き声を出して、目を光らせる。

809: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:29:41.04 ID:Qf8kntCB0
小鳥「これは何かあっちゃった系ですね!?」

何でわかるのこの人? ただ面倒は増やしたくない。

P「まあ小鳥さんの想像してるようなもんじゃないと思いますけど、ここはあえてご想像にお任せします」

小鳥「そうですかぁ……」

俺の反応がドライだったせいか、一気にクールダウンした小鳥さん。彼女の流す噂が
一人歩きしなきゃいいけど。

しばらく無言でキーボードを打つ。ところで、朝から仕事はなかなかきついものだ。

適度な休息を挟まないと集中力が切れてしまう。

765プロは存外、自由な職場で、アイドルのプロデュースのしかたも、休憩も自由にできる。

俺はだいたい二時間程度で集中力の限界が来てしまうので、その度に休憩をとる。

P「ふあぁ~……」

毒抜きをするかのようにあくびをして、同時に伸びをする。

小鳥「お疲れですか?」

P「ちょっと休憩しますね」

ソファに寝っ転がって仮眠をとるのも忘れない。うーん、自由だ。そのぶん少人数での作業ではあるが……。

目を覚ませば、きっかり15分だ。そろそろ行ってこようかな。

810: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:30:15.61 ID:Qf8kntCB0
小鳥「あ、プロデューサーさん。おはようございます」

P「おはようございます」

小鳥「あれ? 今からお出かけですか?」

P「ええ、ちょっと買い物に行ってきます。何か買ってくるものありますか?」

小鳥さんはしばし考え、特にないです、と結論付けた。

そうして俺がやってきたのはお馴染みのショッピングモール。

お買い物でもイベントでも毎回お世話になってます。

さて、なぜ俺がこんなところに来たのかというと、昨日のあずさの件である。

あの首のマークをどうするかを考え、すぐに閃いたのが装飾で隠すことだ。

そのため朝一でチョーカーを買いに来ている。

「いらっしゃいませー!」

にこやかな笑顔で迎えてくれるショップのお姉さん。こちらもついつい顔が綻ぶ。

811: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:30:59.03 ID:Qf8kntCB0
「何かお探しですかぁ?」

P「ええ、女性に贈るチョーカーを探してまして」

「チョーカー……」

一瞬、やや強張った表情になりつつも、取り繕ったように笑顔を素早く貼り付けるお姉さん。

「でしたら、こちらです~」

ずらっと並ぶチョーカー。商品のスペース自体は小さいが、種類は豊富だった。

P「……じゃあ、これで」

ほぼ即決で商品を指し示す。黒の革地で、紫の花がサイドに装飾された商品だ。一目見てピンときた。

あとは昼食を一緒に食べるときにあずさに渡してしまおう。喜んでくれるだろうか。彼女が付けてくれなきゃ元も子もないから。

休憩としては長いが、お昼になるまであずさを待つことにした。

あずさ「お待たせしました~」

P「おう、割と早かっだ……げほっ、えほっ!!」

俺がむせかえってしまったのは、あずさが首を隠さずにやってきたからである。

あずさ「だ、大丈夫ですか~?」

P「……あのな……首を隠せ」

俺はしばらく咳き込んだ後にそう答えた。昨日の時点ではそこまでではなかったのだが、今見てみるとかなり目立つ。

というか、視線が吸い込まれていくと言うか……。どことなく色気が漂ってる。

周囲の男たちの目線があずさを拾って、次に俺を拾って、つまらなそうに元に戻す。悪かったね、俺で。

812: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:32:08.34 ID:Qf8kntCB0
あずさ「だって、プロデューサーさん。昨日、何とかするって言ったじゃないですか~」

P「まあそうだけど、ちょっとは隠す努力をしてほしかったよ。なんせあずさはアイドルなんだしな。今はそこまで有名じゃなくても、知名度は上がってるし、もしかしたら気づかれるかもしれないんだ」

気を付けて、と言うと、ちょこっとむっすりした様子で気の抜けた返事をするあずさ。

そうして、ランチを食べにカフェへとやってきた俺たちは、お店の奥の方の席に案内された。

食事を終えると、少々の世間話をして本題へと移る。

あずさ「それでどうやって、どうにかするんですか?」

P「ああ、まずはこのプレゼントを受け取ってくれ」

綺麗に包装されたそれは、四角い箱のような形状だとわかる。

あずさ「あら~。ありがとうございます。開けてもいいですか?」

P「もちろん」

あずさは受け取った包みを開けると、やはり四角い箱が入っていた。

その中身はもちろん先ほど購入したチョーカーだ。

あずさ「まぁ!」

あらあら~、と嬉しそうに見つめているのだが、一瞬のうちにあずさはハッと顔をこわばらせる。

813: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:33:16.57 ID:Qf8kntCB0
あずさ「プロデューサーさん。これって何の目的で買ったのですか?」

P「あ? そりゃあ、首のそれを隠すためだけど」

あずさはうなだれた。怒るでもなく、すっかりと気が抜けてしまったように、口からふわと息をつく。

あずさ「それ以上の意味はないんですね……」

P「ん? 何て言った?」

あずさ「何でもありません」

P「そう。……それな、一目見てあずさに合うだろうなって思ったんだ。今付けてもらっていいか?」

あずさ「私に合う?」

あずさのぴょこっと跳ねている癖っ毛が、ぴょこぴょこと殊更に跳ねた気がした。

そうして一瞬の逡巡の後、持っていたチョーカーを首に巻く。その動作も色気があって、あんまり直視できない。

巻き終わり、じっくりと見てみる。

P「やっぱ俺のセンスに間違いはないようだな。すごくよく似合ってる」

あずさ「本当ですか?」

もちろんさ、と大きく頷く。

814: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:33:58.32 ID:Qf8kntCB0
P「これでしばらく活動してもらえればキスマークも気にならないな」

そう言うと、あずさはやっぱりどことなくむすっとした表情を見せるのだった。

あずさ「でも、このマークに気づかれてしまったらどうしましょう~?」

P「虫に噛まれたって言えばいい」

あずさ「ずいぶん大きな虫さんですね」

P「俺を虫扱いするんじゃない。いや、本当に悪いと思っているんだ」

あずさ「別に気にしないでください。あのままの方が嫌でしたから……」

そうかい、と相槌をうって俺は目を背けた。彼女の目を直視できなかった。

P「さ、そろそろ行こう。仕事があるだろ?」

あずさ「はい」

あずさは笑顔でそう言った。

今日は竜宮小町として収録に臨むことになっている。

律子にはすでに、俺があずさを送ることは伝えてある。

現場に到着すると挨拶も無しで口を出してきたのは妹の伊織だった。

815: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:34:51.50 ID:Qf8kntCB0
伊織「何でお兄様があずさと一緒に来る必要があるのよ?」

律子は昨日の話を聞かされてるので、複雑な表情で伊織をなだめることしかできないでいた。

P「まあ、訳があってな」

と言葉を濁すも、あんまり効果は無いようだ。

亜美「おやおや~! いおりんも愛しの兄ちゃんに送ってほしかったのですかな~?」

伊織「だぁれが愛しよ! あと、亜美はお兄様のこと、に、にに兄ちゃんって呼ぶなぁ!」

亜美「んっふっふ~! じゃあブラコンいおりんだー!」

伊織「な、なな、何言ってんのよ! このバカ!」

亜美にからかわれてぎゃあぎゃあわめく伊織。

P「ちったぁ静かにしろ」

結局、俺が仲裁に立つことになるのだった。

律子「あれ、あずささん? そのチョーカーどうしたんですか? 普段は着けないのに……」

あずさ「うふふっ、律子さんよく気づきましたね。これ可愛いでしょ?」

俺は一瞬ドキリとしたが、あずさは何事も無いように振る舞った。案外、演技派なのかな?

亜美「本当だ! あずさお姉ちゃんいつもよりせくちぃだYO!」

伊織「よく似合ってるじゃない。いいセンスしてるわ」

そりゃ俺が選んだものですからね。と心の中で胸を張る。

816: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:35:39.31 ID:Qf8kntCB0
みんなが注目してる中、伊織が少し顔をしかめた。

伊織「あれ? あずさ、ちょっと首見せてみなさいよ」

だから何でお前はそう鋭いところがあるんだよ……。

伊織「なんか赤くなってるわね」

亜美「これってもしかして、キスマーク!?」

亜美はヒュー! と冷やかし始める。

律子は一瞬で形相を変えて俺に向き直る。

律子「プロデューサー、キスマークって一体どういうことですか?」

その相貌はごみを見る目そのものだった。

P「待て律子。それは本当にそもそもキスマークなのか?」

律子「はぁ?」

威圧感漂う雰囲気には亜美も伊織もただ黙るのみだ。俺は背中の冷や汗が止まらない。

P「だから俺は関係無いし、その赤くなった箇所をキスマークって言う方がおかしいと思うのだが……」

律子「それもそうですね。……あずささん、どうなんでしょうか?」

威圧感を引っ込めてあずさに尋ねる律子。

817: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:36:37.51 ID:Qf8kntCB0
あずさ「実はこれは虫に噛まれてしまって、隠すためにチョーカーを着けてるんです。」

俺の方をちらちらと窺いながら話をするあずさ。その目には若干、俺を責めるような色が浮かんでいるように思えた。

この話を三人とも信じたらしく、それ以上の追及はされなかった。

P「でもゴシップとかに、キスマーク発見! みたいな記事を書かれないように注意しとけよ。そう言う記事を簡単に信じる人もいるんだから」

ごめんなさい皆さん。その赤いの、キスマークなんです。

あずさの視線だけが深く俺の心に突き刺さっていた。

しかし収録は無事に終わり、キスマークについては他の出演者からもツッコまれることは無かった。

P「はあぁぁぁぁ……。何とか乗り切ったな」

俺は大きなため息をつきながら車を運転していた。

あずさ「もうっ! プロデューサーさんってば嘘ばっかりついちゃって……」

隣に座るあずさはぷぅっとふくれっ面を見せている。

P「悪かったって……」

あずさ「でも、いろいろ助かってます。今日、お礼させてください」

一転こちらに向けて笑顔を見せる。

818: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:37:14.98 ID:Qf8kntCB0
P「はあ、あずさがそう言うなら。断る理由もないしな……。特に俺も何もしていないけど」

あずさ「そんなことはないですよ。プロデューサーさんはしっかり私の支えになっています」

照れくさいけどあずさ本人がそう言うのなら、きっと支えになってるんだろう。

P「お礼って言ってもどうすんだ?」

あずさ「……私の手料理じゃダメですか?」

P「……いや、ダメじゃないけどさ。何度も何度もアイドルの家にお邪魔はできないぞ?」

あずさ「そうですよね。……でも、今日だけお願いします」

そういう言い方するのはずるいんじゃないか? 俺は目を合わせることもできずに、彼女の提案に乗っかるしかなかった。

こういうところが彼女たちに対して甘いんだろうな。律子にもよく睨まれるわけだ。

あずさ「いらっしゃい、プロデューサーさん」

ところ変わって、あずさ邸。……と言ってもマンションだけど。

P「お邪魔しまーす」

昨日も来たんだけどね。……そう思うと恥ずかしさが襲ってくる。

あずさは俺を居間に案内して自分は台所へと向かった。

キッチンで白いフリフリのエプロンを着けてウキウキの表情で料理に取り掛かる。

あずさ「プロデューサーさん。何か食べたいものありますか?」

いやいや、家に帰る前にそういうの相談して食材買いに行くんじゃないのかよ。と俺は呆れてしまった。


819: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:37:44.26 ID:Qf8kntCB0
P「うーん。じゃあ、あずさの得意な料理で」

あずさ「わかりました~」

快く承諾してくれたあずさだが、果たして買いに行く必要はないのだろうか。気になるところだった。

俺はこのまま何もせずにただあずさの艶やかな髪や、可愛らしいエプロン姿を眺めているだけなのもはばかられたので、彼女のいる台所へ立ち入った。

P「何か手伝うよ。お米炊いたりとか」

あずさ「じゃあ、お願いします~」

なんとかやることを見つけると、結局二人で料理をする流れになってしまった。そうは言っても、俺はただあずさのサポートをするだけだった。

小一時間で料理は完成し、俺たちは食卓に着く。

P「おぉ、美味しそうですね」

あずさ「ふふっ、プロデューサーさん、口調おかしくなってますよ?」

ついつい敬語になってしまう。手料理を振る舞われることが最近めっきり減ってきたので、こんな時どういう顔をすればいいのか分からなくなってしまった。

彼女が作ってくれたのは肉じゃがだ。いい匂いがする。

820: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:38:37.46 ID:Qf8kntCB0
P「いただき、ます……」

この言葉も久しぶりに使うかな? 一人暮らしの家では使わなくなってしまった言葉の一つだ。

あずさ「召し上がれ」

こちらの言葉も久しぶり。

俺は料理をひょいと口に放り込んでよく味わう。

美味しかった。次々に箸が進む。

あずさはこちらを見て、にこりと微笑んだ。

何とも言えない不思議な感覚に陥った。

まるで俺とあずさが夫婦であるかのような、子供までいるんじゃないかと思えるような不思議な安心感。

映画のフィルムのように、すでに完成した物語を見ているような……。

気づけば食事は終わっていた。

821: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:39:10.19 ID:Qf8kntCB0
憶えているのは、あずさの料理は美味しかったこと。もう一つ覚えているのは、彼女といることが当たり前のようにさえ思える安心感と幸福感。

あずさ「プロデューサーさん、ケーキ食べませんか?」

すでにお皿に移してあるケーキとフォークを持ってきて俺の隣に腰掛けるあずさ。

P「じゃあ、いただこうかな」

イチゴのショートケーキは甘かった。

あずさ「プロデューサーさん」

その言葉に振り向いた。

彼女の唇はもっと甘かった……気がした。

P「……」

あずさ「……」

くっつけるだけのキスはしばらく続いた。

822: ◆K6RctZ0jT. 2015/08/13(木) 23:39:41.25 ID:Qf8kntCB0
最初は呆然唖然としていた俺はなんとか彼女の肩を掴み、引き離す。

そのときのあずさは、目を見開き、少しだけ俺と視線を交わし、困ったように目を伏せるだけだった。

P「アイドルがこんなことしちゃいけないよ」

俺はまっすぐに、合わせてくれないあずさの目を見つめてなお言った。

P「急がなくても、いつまでも待ってるから」

そう言って抱きしめた。

あずさは小さく悲しみとも安堵ともとれない息を漏らし、俺を抱き返してくれた。

あずさ「待たなかったら、後で怖いんですからね……」

彼女はいじけたように言った。

それからしばらくして、最近、ちょっと困ったことがある。

あずさ「ただいま戻りました。プロデューサーさん。……ふふっ!」

それはあずさが迷わなくなったことだ。



『あずさ』   終わり