1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 20:52:10.91 ID:tdtToVHc0
シャロ「晴れましたー!」

4月のある休日です。朝方まで降り続いた雨は上がり、さわやかな午前の空気に木々の雨露が輝いています。

空には虹。野にはたんぽぽ。

シャロ「あ、虹! 虹ですよーかまぼこー」

あたしは足もに寝そべるかまぼこに声をかけました。

みずみずしく黄色い花を咲かせるたんぽぽの中でかまぼこは眠そうに鳴きます。

引用元: シャロ「あたしと5つの物語!」 




2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 20:52:57.25 ID:tdtToVHc0
そこにきらきらした声が聞こえました。

小衣「あんた何してんの?」

シャロ「あ! こころちゃん!」

小衣「ココロちゃんゆーな!」

シャロ「雨上がりのこんな時にはなんだか力があふれてきて。トイズが戻りそうな気がするんです!」

あたしが意気込んでそう言うと、トイズねぇ、とこころちゃんはつぶやき、少し笑みを漏らしてから言いました。

小衣「そうだ! トイズを復活させる方法を思いだしたわ!」

シャロ「ほんとですか!?」

小衣「虹がでてるでしょ? あの虹の脚のところにたどり着けたらトイズ復活のヒントが得られるはずよ!」

シャロ「わー! ほんとですか!? ありがとうございます、こころちゃん!」

小衣「ココロちゃんゆーなってばっ!」

あたしたちのトイズ復活に協力してくれるなんて、やっぱりこころちゃんは優しいです!

あたしは早速皆さんを呼びに走りました。

3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 20:53:40.74 ID:tdtToVHc0
僕はさっきから動かない釣り糸をぼーっと眺めていた。

魚はさっぱり釣れないけど春の光の中で穏やかな池のみなもを眺めていると不思議に幸福な時間を感じる。

ネロ「んー……さっぱり釣れない……」

そうつぶやいたそばから深緑の水面の奥に動く影が見えた気がした。

ネロ「おっ、きたー」

せっかく近づいた魚が逃げないように声をひそめてひとりつぶやく。

そのとき石畳にぱたぱたと足音を立てて走ってきた。

4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 20:54:27.06 ID:tdtToVHc0
シャロ「おーい! ねーろー!!」

ネロ「んあー! 魚が逃げるー! もー、大声出しちゃだめだってば!」

シャロ「あうー、ごめんなさい……」

ネロ「いいよ。それよりどしたの?」

シャロ「あ、そうでした! トイズ復活のヒントです!」

ネロ「トイズ復活のヒント? 何が?」

シャロ「えとえとえと、あ! こうしちゃいられません! とにかくエリーさんとコーデリアさんも呼んでこないと!」

ネロ「あ、ちょっと! ヒントって何ー!? おーい! ……行っちゃった」

シャロは自分の言いたいことだけ行ってしまうと走り去ってしまった。

よくわかんないけど、釣れそうにもないし、僕は腰を上げると空のバケツを下げてシャロの走っていった方へ歩き出した。

8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 20:55:13.85 ID:tdtToVHc0
春といえば、新しい芽生えの季節。

冬までそのつぼみを堅く閉ざしていたお花たちが恥じらいながらその花弁を開く季節。

そう、春はお花畑の季節なのよー!

コーデリア「ああ。私のお花畑~」

淡い色の蝶が私の花の冠の周りを舞う。

シャロ「コーデリアさーん!」

コーデリア「あらぁ、シャロぉ。あなたもお花畑に遊びに来たのぉ?」

シャロ「えっと、そうじゃなくって……トイズ復活のヒントなんです!」

コーデリア「トイズ復活のヒント? お花?」

シャロ「とりあえずエリーさんも呼んできますね!」

コーデリア「わかったわぁ~」

9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 20:56:12.64 ID:tdtToVHc0
私はベッドの上で本を読んでいました。

のどかな午前の空気の中、ひとりだけの部屋で本を読むとなぜだか落ち着きます。

ひとりで読んでるからって、みんなの前じゃ読めない本というわけではありません……///

階段を駆け上がってくる軽い足音。その直後扉を開けて入ってきたのは……

シャロ「エリーさん! トイズ復活のヒントですよ!」

エリー「え!? あの……えっと……なにが?」

シャロ「虹の脚です!」

エリー「虹の脚?」

シャロが指差した窓の外を見ると虹が出ていました。
そういえば朝に雨が降ってたっけ……

シャロ「そうです! 虹の脚にヒントがあるんです! みんなで行きましょう!」

エリー「えっと……でも、外出許可がいるんじゃ……」

シャロ「ああっ! そうでした! ……虹が消える前に急いで生徒会長室に行かないと!」

エリー「あ、シャロ……!」

シャロはそういうと一目散に部屋を飛び出して行きました。

放ってもおけないので、私は本を本棚にしまい、生徒会長室へ向かったのでした。

11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 20:57:23.94 ID:tdtToVHc0
生徒会長室の窓ガラスの向こうには、雨上がりの春の光の中で木や花が若い光をたたえている。

アンリエット「こんな日は何か、いいことがありそうですわね」

石流「そうですね。いい天気で洗濯日和です」

根津「洗濯はすっかり慣れたもんだもんなー」

20「んー。今日の空も美しいが、僕のほうがもっとビューティフォー!!」

根津「だから脱ぐなっつーの!」

アンリエット「はぁ……」

こんなさわやかな日でもこの人たちは相変わらずですね……

そんな風に思いつつ溜め息をついたとき、何とも言えないかわいらしい足音がしました。

この足音は間違いありません。

シャロ「失礼しまーす!」

そう。わたくしのシャーロックですわ。

アンリエット「どうしましたか?」

こんなのどかな日に現れたものですから天使かと思いましたわよ、シャーロック。

シャロ「あのあのー、外出許可をもらいに来ましたー」

12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 20:58:10.74 ID:tdtToVHc0
アンリエット「何処へ行くのです?」

シャロ「あの虹の脚のところです!そこに、トイズ復活のヒントがあるそうなんです!」

アンリエット「なりません」

シャロ「ええー……」

わたくしはシャーロックが残念そうに落ち込んだ顔をちらりと見るとこう付け加えた。

アンリエット「しかし、トイズを復活させようとする姿勢は勤勉なものと言えなくもありません。ですので、今回は特別に認めましょう」

シャロ「やったー!ありがとうございます、アンリエットさん!」

アンリエット「頑張ってくださいね」

シャロ「はい!! 失礼しましたー!」

シャーロックは相変わらずの天使のような満面の笑顔を見せて部屋を出て行った。

最初に駄目だと言ったのには何ら意味はない。

ただ、一旦落としておいて持ちあげるのは恋の駆け引きにおいては初歩のようなもの。

そういうふうにすると、シャーロックはとびっきりの笑顔を見せてくれるのだからちょっと気の毒ではあるけれど、ついそうしてしまうのだ。

あの笑顔で今日も頑張れそうな気がしますわ……

わたくしは心の中でつぶやくとまぶしい太陽のほうを見た。

13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 20:58:57.28 ID:tdtToVHc0
次子「わざわざトイズ復活のヒントを教えてやるなんて小衣もいいやつだなー」

平乃「嘘ですね」

咲「あいつらに無駄足踏ませたいんでしょ」

小衣「あら? あんたたち知らないの? 虹の脚のところにはすてきなものがあるって昔から言うじゃない。

   小さい頃に絵本で読んでからずっと気になってたのよねー。

   このチャンスを生かしてそれが何なのか、シャーロックたちを利用して見つけさせるのよ!」

次子・平乃・咲「……」

小衣「え? なに?」

平乃「意外と可愛いところもあるんですね、小衣さん」

咲「メルヘンだねー」

小衣「え? ちょっとー、どういうこと?」

次子「いやー? いいんじゃないかと思うよ?」

小衣「何でみんなにやにやしてんのよー! 何なのってばぁー!」

16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 20:59:43.75 ID:tdtToVHc0
あたしが生徒会長室のある建物を出ると急にうしろから抱きつかれました。

シャロ「ひゃうっ!」

コーデリア「シャロ。急にひとりで走っていかないでよぉ」

シャロ「コーデリアさん……」

コーデリアさんはあたしをうしろから優しく包み込んで、耳元でそっとそう囁きました。

柔らかな花の香りがします。

エリー「一緒にいきましょう……///」

シャロ「エリーさん!」

横にはエリーさんが立っていて、遠慮がちな微笑みをあたしに見せてくれていました。

ネロ「そうそう。ちゃんと信頼してよね!」

シャロ「ネロ!」

あたしの前にネロが躍り出ました。

シャロ「みなさん……」

あたしは何だか胸の中に温かいものがこみ上げてくるようで、声が詰まるのでした。

17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:00:29.60 ID:tdtToVHc0
コーデリア「さーあ、いくわよぉー!」

MH「ミルキィホームズ、しゅっつどー!!」

あたしたち4人は虹に向かって走りだしました。

あたしたちの横にすっと現れたのは……

シャロ「あ、かまぼこー!」

かまぼこは走りながらこちらを見上げ軽く鳴き声をあげました。

少し強い風があたしたちのうしろから吹きます。

春風はたんぽぽの白い綿毛を巻きあげて空へと舞います。

新しい未来の花を咲かせるたんぽぽの子供たちを連れて真っ白な綿毛は雨上がりの虹がかかる空を羽ばたいてゆくのです。

あたしたちミルキィホームズもそんなふうに虹の向こうの雨上がりの未来に向かってまだまだ走り出したばかりです。

1.たんぽぽ おしまい

18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:01:29.12 ID:tdtToVHc0
2.シャロが小衣で、小衣がシャロで


シャロ「こころちゃーん!」

小衣「ココロちゃんゆーな!!」

私はいつものように抱きつこうとするシャーロックを黄金仮面で殴打する。

ところが、その時に限ってバランスを崩し、脇にあった階段の方へ体が傾いた。

小衣「きゃっ……!」

シャロ「こころちゃんあぶない!」

シャーロックはとっさにそう叫んで私を捕まえるように抱きついたけれど、シャーロックの力だけでは私を支えきれず、二人とも階段を転げ落ちてしまった。

小衣「いったぁ……」

幸い階段は短くて大した怪我はしなかったけれど体中をうって痛い。

小衣「ちょっと、大丈夫?シャーロック……」

私はそう言って横に倒れているシャーロックを見た。

はずだったのだが……

小衣「私……?」

19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:02:15.19 ID:tdtToVHc0
横に倒れているのは警察の制服を着た金髪の少女、つまりIQ1300の究極の天才美少女、明智小衣だった。

小衣「幽体離脱……?」

こういうときにはなぜか不思議と取り乱さないもので、そんな風に呟いた。

そうだとしたら、はやく起きないと取り返しのつかないことになる。そう考えて、私は目の前の私をゆすぶってみた。

小衣「ねえ、起きなさいってば」

目の前の美少女こと私は、んん、と少し声を上げると、薄く眼を開いてこちらを見た。

そして、美少女は、ぼんやりと、え? あたし?、とつぶやいた。

小衣「そうよ。しっかりしなさい!」

そこで気付いた。

幽体離脱だとしたらどうして会話ができてるんだろう。そう思ったとたん私の袖口のフリルに目がついた。

私、探偵服を着てる。しかもこれ、シャーロックの……

まさか……

シャロ「あれー? あたしなんでこころちゃんのお洋服を着てるんですかー?」

小衣「入れ替わってるー!?」

シャロ「ええー!?」

20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:03:02.04 ID:tdtToVHc0
私はいつもリボンで髪を結んでいるあたりに手をやる。

小衣「ない!」

そして後頭部に手をやると、手に触れたシャロリング。

小衣「ある!」

同時にシャロも同じ動きをしたが、口にした言葉だけは逆だった。

小衣・シャロ「ほんとに入れ替わってるー!?」

シャロ「どどどどうしましょう?こころちゃん!」

小衣「ココロちゃんゆーな!」

……と言って手を挙げたがさすがに天才美少女を殴るのは気が引けて、そのまま力なく下ろした。

シャロ「あー、もし戻らなかったらどうしましょー!」

小衣「変なこと言わないでよ!」

自分の声でこんなあほな話し方されたらやたら腹が立つ。

しかも私の声までテレビで見たことのある変なくまのキャラクターの声みたいなんだから、なおいらっとする。

でも、ここは取り乱してられないわ。落ち着こう。頭の中身は私のままっぽい。

21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:03:47.97 ID:tdtToVHc0
小衣「こういうのはね、しかるべき時期が来るのを待つしかないわ」

シャロ「しかるべき時期?」

小衣「そうよ。打開策がすぐに見つかるとも思えないわ。それまでお互い入れ替わってるのを秘密にして過ごすの。わかった?」

シャロ「……はい。わかりました! あたし、一生懸命こころちゃんになります!」

シャロは私の姿形で、少し不安そうではあったけれど、力強く言った。

私は立ち上がろうとした途端、体のあちこちに痛みを感じた。

小衣「あいたたた……」

シャロ「大丈夫ですか!? こころちゃん!」

小衣「うん、大丈夫…… それよりあんたこそ、っていうか私の身体だけど、大丈夫なの?」

シャロ「はい! 大丈夫です!」

小衣「そう。それならいいけど……」

にしてもなんでこんなに痛いんだろう……

22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:04:34.66 ID:tdtToVHc0
小衣「じゃあ、とりあえずあんたは警察署に戻って、次子に言って早く帰らせてもらいなさい。

   まちがっても仕事なんかしたりするんじゃないわよ! いいわね」

シャロ「わかりましたー」

小衣「あほみたいなしゃべり方禁止!」

シャロ「あうー…… はいっ!!」

本当に分かっているんだろうか……

小衣「じゃあ、私は探偵学院にいくから。ちゃんとうまくやってよね」

シャロ「任せてください! じゃあ、皆さんによろしくお伝えください!」

小衣「わざわざ自分のルームメイトにいちいち宜しく言う奴がいるかっつーの!」

シャロ「は! そうでした! こころちゃん頭良いですねー!」

小衣「あんたがアホなのよ…… まあ、とりあえずこれからのことは明日考えましょう。じゃあね」

シャロ「はい!! それでは!」

シャーロックは「キリッ」という表現がいかにも当てはまりそうな感じで敬礼をして言ったものの、どうして左手で敬礼するかな……

やはり不安だ……

23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:05:20.86 ID:tdtToVHc0
屋根裏部屋のきしむドアを開ける。ミルキィホームズの部屋だ。

コーデリア「どうしたのシャロ!? 怪我してるじゃない!」

ネロ「またどっかで転んだんだろー?」

エリー「救急箱持ってきます……///」

小衣「あはは、これくらい大丈夫……ですー」

こんな感じか。自分でいらっとするな、これ……

傷の手当てをしてもらうと、私はベッドに腰掛けて息をついた。

なんとかして乗り切らないとな……

24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:06:07.49 ID:tdtToVHc0
黙っているのも不自然なので同じようにベッドに腰掛けて本を読んでいるエルキュールに声をかけてみる。

小衣「何読んでるの……ですかー」

エリー「えと、これは『ボヴァリー夫人』っていう小説で……」

小衣「あーそっか。エルキュ……エリーさんのご先祖様はフランス人だからフランスの本も読むんですねー」

エリー「え……? シャロ、よく知ってるわね、そんなこと……」

あ、ちょっとこれはまずかったかも……

小衣「えと、その……ってなんでですかー」

エリー「あ、なんだ。冗談だったのね……///」

なんとかごまかせたけど、これは恥ずかしいな……

25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:06:54.23 ID:tdtToVHc0
それはベッドに入る直前のことだったと思う。

コーデリア「あらぁ? そういえば、シャロ、今日は明智さんにあったんじゃないの?」

小衣「え? うん……じゃないや、はいー」

ネロ「あれ? そうなんだ? いつも明智に会った日はその話ばっかりするのに。今日はしないのー?」

エリー「喧嘩でも……した?」

小衣「え……」

シャーロック、こいつらに私の話なんかしてるんだ……

27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:07:40.18 ID:tdtToVHc0
小衣「えっと、私、どんなふうに話してましたっけー」

コーデリア「どんなふうにって……そうね。すごく楽しそうに、小衣ちゃんがああした、こうした、とか?」

ネロ「あと、こういうところがかわいいとか、ああいうところが意外だとか?」

エリー「それで結局は、『こころちゃんがすき』って……///」

ネロ「そうそう。なんだかんだ言っても結局シャロの話は『こころちゃんが大好きですー』って言って終わるんだよなー」

コーデリア「本当にシャロは明智さんのことが好きなのねぇー」

あいつ、私のことそんなふうに思ってたんだ……

小衣「……みなさん、ねましょー!」

何だか気恥ずかしくなった私はそう言うと電気を消してベッドにもぐりこんだ。

紅くなった顔を見られないようにするためだ。

28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:08:26.34 ID:tdtToVHc0
ベッドの中でシャーロックのことを考える。

あいつ今頃どうしてるかな……

ひとりのベッドでちゃんと寝られてるかな……

寂しくないかな……

……何だかシャーロックの顔が無性に見たくなってきた。

小衣「あ」

そんなことを考えているうちに、気づいた。

私の身体にほとんど怪我がなくて、シャーロックの身体が傷だらけなのは、もしかするとあのときシャーロックが私をかばってくれたからなのではないか。

シャーロックは階段から落ちる間、私をかばうように抱きしめてくれていたような気もする。

そう考えると私はいよいよシャーロックに会いたくなって何だか眠れなくなる。

起き上がってベッドを抜け出し、窓の外を眺める。おそらく今、シャーロックがひとりで眠っている方角を。

窓ガラスに映る、私の顔。シャーロックの顔がそこにある。

そっとほほに手を当てる。柔らかい。

シャーロックの繊細な白い肌と、柔らかなほほと手。

そのとき何故だかその手に涙が触れ、指の間を伝うのを感じたが、私はそのまま遠くにいるはずのシャーロックの肌をそっと感じていた。

29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:09:13.16 ID:tdtToVHc0
翌朝目が覚めると、何ということはなく、もとの身体に戻っていた。

朝起きた時に私は涙を流していた。

この涙は私が流したものなのか、シャーロックが流したものなのか、それはわからない。

涙を指先でぬぐって、それを舌でなめとると、急にシャーロックに会いたくなった。

30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:09:59.62 ID:tdtToVHc0
次子「おー小衣!昨日はほんとよくやってくれたよー」

小衣「はぁ!?」

何もせずに家に帰れって言ったのにー!

次子「昨日はやたら愛想よかっただろ? おかげであのあと取り調べがスムーズに行ったわー」

あのあほってばそんなことを……

さっきもおっさんの警官が「こころちゃーん」なんていうもんだから黄金仮面で意識を落としてきたところだが、そういうわけか。

ちょうどそのとき、まさにそのあほの声がした。

31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:10:45.83 ID:tdtToVHc0
シャロ「こころちゃーん!」

小衣「こころちゃんゆーなあ!!」

あほあほシャーロックを思いきり仮面で殴打する。

シャロ「あうー……」

小衣「あんたいいところに来てくれたじゃないの……昨日、あんたがいったい何をやらかしたか教えてもらおうかしら」

私は非常な怒りを抑えながら言った。

シャロ「昨日ですかー? えとえとえとうーん……そうだ! こころちゃんって結構可愛い下 つけてるんですね!」

小衣「ななな……!!///」

いきなり何を言い出すのよ! 自分でも顔が赤くなるのが分かる。

シャロ「あと、小衣ちゃんって日記にあんなことを書いてるんですね! まさかあたしも両想いだなn……あうっ!!」

シャーロックがそう言い終わらないうちから仮面で殴りつけた。今までで一番強く殴った気がする。

小衣「この、あほあほシャーロック!!ばかばかばかばか、ばかー!!」

私は何もかも忘れて声の限り怒鳴りつけた。

だって、シャロがああした、こうした、とか、こういうところがかわいいとか、ああいうところが意外だとか、
それで、結局はシャロがが大好きってことしか書いてないような私の日記が一番読まれちゃいけない人に読まれてしまったんだから……!

2.シャロが小衣で、小衣がシャロで おしまい

32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:11:32.18 ID:tdtToVHc0
3.薔薇園

あたしたちの学院の敷地の隅の方、あまり人の往来がないところに植物園がありました。

ある時、あたしは植物園の方に歩いていくエリーさんを屋根裏部屋の窓から見たのです。

それが、新緑の頃でした。

それからも植物園のほうへ行くエリーさんを見ることはしばしばありましたが、その頃はあたしも特に気にしてはいませんでした。

コーデリア「匂いが変わった気がするのよね」

シャロ「何のですかー?」

コーデリア「エリーよ、エリー」

シャロ「エリーさんですか?」

コーデリア「そうねぇ、ばらの匂いがするわ」

コーデリアさんがそういったのは初夏の頃でした。

ばらの匂い……

あたしはばらの匂いというものがよくわからなかったのでただぼんやりと、そうなのかな、と思って聞いていました。

33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:12:18.45 ID:tdtToVHc0
シャロ「ねーろー?」

ネロ「なに?」

シャロ「ばらの匂いってわかりますー?」

ネロ「ばらの匂い? んー……そういうのあんまりよくわかんないや。でも、なんで?」

シャロ「コーデリアさんが言ってました。エリーさんからばらの匂いがするようになったって」

ネロ「ふーん、ばらねぇ……」

ネロはそうつぶやくと少し考え込むような表情を見せたあと、こう言いました。

ネロ「でも、最近エリー、変わったよね」

シャロ「そうですか?」

ネロ「うん。匂いとかはわかんないけど、なんとなく、表情とか素振りとか見てたらそんな気がする」

あたしはエリーさんのそのような変化に気づいていませんでした。

大げさなのかも知れませんが、あたしの大切な仲間の変化に、あたしだけが気づいていないというのが少し不安でもありました。

35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:13:04.84 ID:tdtToVHc0
エリーさんに何かあったのかな……

そんなふうに珍しく考え事をしながら歩いていたものですから、あたしは知らない間にいつもは来ないようなところまで来ていました。

引き返そうと思ったその時、目の前にある建物が植物園だということに気がつきました。

初夏の夕暮の日差しを受ける厚いガラス張りの古い建物。

ガラスの向こうには様々な植物が見えます。

あたしはふと、その建物に入ってみたくなったのです。

きしむガラス戸を押してその中に足を踏み入れると、いろんな草木や花々があり、足元からアーチ状の高い天井まで緑の葉が西日を受けて輝いています。

あたしはばらを探しました。その花にエリーさんの秘密が隠されているような気がしたからかもしれません。

庭園のような植物園の通路の角に、ところどころはがれおちた白いペンキで塗られた木の立札に「薔薇園」と書いてあるのを見つけました。

ばらのにおい……

あたしはなんだかその先にエリーさんがいる気がして、薔薇園へ足を踏み入れたのです。

色の薄いばらの植わっている花壇のあたりに来ると、西日がまぶしくあたしを照らしたので思わず目を細めました。

たくさんの蝶が舞いました。

暖かい色に照らされたばらの花壇、そこに見慣れた長いつややかな髪が見えました。

エリーさんです。

36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:13:50.95 ID:tdtToVHc0
シャロ「エリーさ……」

あたしは呼びかけようとしてためらいました。

エリーさんの向こうに誰かがいるように見えたからです。

その人はすぐに背を向けて行ってしまい、年齢も性別もあたしにはわかりませんでした。

厚いガラスをすかして入ってくる日差しが柔らかくばらの花の中にたたずむエリーさんの背中を照らしていました。

あたしはなぜか声が出ませんでした。

それはエリーさんのその姿が確かに美しいけれど、とても悲しそうに見えたからかもしれません。

紅いバラの花が一輪落ちる。

エリーさんはふとこちらを振り返りました。

その時のエリーさんの目には、夕日を受けて光る涙があったのでした。

あたしにはかけるべき言葉が見つかりませんでした。

エリーさんは涙をぬぐうと、あたしにいつものようなやさしい声で言いました。

エリー「シャロ……どうしたの? こんなところで……」

シャロ「あの……」

不意にあたしはたまらないほど悲しくなりました。

37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:14:36.98 ID:tdtToVHc0
不意にあたしはたまらないほど悲しくなりました。

シャロ「どうして、泣いているんですか……?」

エリー「ううん。なんでもないの……」

それ以上問いただすことは、あたしにはできませんでした。

そして、何も言わずにあたしたちは薔薇園を出ました。

帰り道、エリーさんがずっとあたしの手を握っていたことを今でもよく覚えています。

薔薇園を出たあとも、エリーさんからは薔薇の匂いがしました。

あたしは子供のように心配そうな視線をエリーさんに向けることしかできなかったのでした。

38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:15:23.50 ID:tdtToVHc0
そのあと、エリーさんはそのときのことを何も話しませんでしたし、あたしもそれ以上のことを尋ねることはできませんでした。

その日の夜、あたしはベッドの中で思い返してみました。

あの人は一体誰だったのか。あの人とエリーさんとはどんな関係なのか、何故エリーさんは泣いていたのか。あたしにはわからないままです。

エリーさんが抱えている苦しみを、あたしはわかってあげられない。

そう思うと急にエリーさんが遠くに行ってしまったみたいでさみしくて、同じベッドで寝ているのに、どうしてだかあたしの目からは涙があふれるのでした。

あたしはそっとエリーさんのほうに手を伸ばしました。

するとエリーさんはあたしの指に指をからめてくれました。

あたしはその晩、そうしてエリーさんのぬくもりを感じながら、その指を離さないように眠りに落ちて行ったのでした。

3.薔薇園 おしまい

39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:16:25.00 ID:tdtToVHc0
4.雪の並木道

ネロ「ほんっと生徒会長って人使い荒いよねー」

シャロ「まあまあ、ネロ。お駄賃もらえたんだからいいじゃないですかー」

ネロ「でもさー……」

あたしとネロは雪がつもって一面まっしろな大通りをあるいていました。

昼前までふりつづいた雪は正午を過ぎるころにはやみ、青空からふりそそぐ日の光は雪に映えてまぶしいです。

あたらしい雪に小気味よい音をたてながらまっしろな並木道にふたりならんで足跡をつけているのは、

アンリエットさんからめずらしくお使いをたのまれたからで、はじめこそいやがっていたものの、

そのぶんお駄賃をあげるから、という言葉にネロはふたつ返事でひきうけ、あたしもそのお供に、

となかばむりにつれてこられたのでした。

少し強い風が吹く。

とおい北の山から吹きつける風は快晴の陽射しの中でもやはり冷たい。

あたしは長すぎるうすい桃色のマフラーに顔をうずめる。

40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:17:11.27 ID:tdtToVHc0
ネロ「シャロ、寒くない?大丈夫?」

シャロ「大丈夫ですよー」

そんなわけであたしをむりに連れだしたのをいくぶんかひけめに感じているらしいネロはしきりにあたしを気遣ったようすをみせます。

あたしはネロの顔をのぞきこむようにしてほほ笑みます。

ネロ「な、なんだよ、シャロ……///」

寒さですこし赤くなったネロのほおに薄くべにがさします。

あたしはそんなネロのようすをふしぎと満たされた気持ちでながめるのです。

シャロ「なんでもないですよー」

あたしがネロについてきたのは理由のないことではありません。

雪のつもったまっしろな道をあるきたかったし澄んだ冬の昼の空気の中をネロとふたりであるくのがたのしそうな、そんな気がしたのです。

ネロとならんでふたりっきりであるく。あたしはふといつかの雪の日をおもいだします。

41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:17:57.72 ID:tdtToVHc0
その日の帰り道、エリーさんとコーデリアさんはなにかの用事で先に行ってしまったのであたしとネロのふたりっきりでした。

12月の寒い日で、前日に降った雪はその日の夕方まで融け残っていました。

そして、石畳の上で半分氷になりかけた雪にあたしは足を滑らせ、転んでしまったのです。

ネロ「シャロ! 大丈夫!?」

シャロ「だ、大丈夫ですー」

そう言って立ち上がろうとすると足首に軽い痛みが走りました。

シャロ「……っ!」

バランスを崩したあたしをネロは抱きとめるように支えます。

ネロ「ほら、大丈夫じゃないじゃんか……」

シャロ「そんな、おおげさですよー」

すると、ネロはしゃがみ込んであたしに背中を向けました。

ネロ「ほら、おんぶしたげるから」

シャロ「でも……」

あたしはネロの意外な行動に少し驚きました。

しかい、とまどいつつも、この少女がとてもいじらしく思えてくるのでした。

43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:18:44.41 ID:tdtToVHc0
いくらあたしが小柄とはいえ、こんな小さな背中に人ひとり背負うのは大変です。

それなのにネロは背中を差し出す。それ以外の方法が見つからないのでしょう。

この少女は人にやさしさを向けるのが上手でない。

こんな不器用なやり方しか、ネロは人にやさしく接するすべを知らないのです。

あたしはそんなネロがたまらなくいとおしく思えてきて、小さな背中に込められた精一杯の親切に身をゆだねることにしました。

シャロ「重くないですか?」

ネロ「ん……大丈夫」

ネロはあたしを乗せてゆっくりゆっくりあるいていく。

ネロのうなじにほほをよせると柔らかな冬の花のような甘美な香気がしました。

シャロ「ありがとう、ネロ……」

あたしはそっとつぶやきました。

ネロ「シャロの手……すりむいちゃってる」

冬の夕べの空は北極光のような赤と青が入り混じった神秘な色を黒い森の上にたたえ、あたしたちは雪が残る石畳の道をあるいていました。

あたしはネロの首を抱きながら、ネロはあたしの手を見ながら、お互いを大事に思って。

44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:19:30.57 ID:tdtToVHc0
ネロ「よく晴れてるね」

今日の空はよく晴れた青空で、降り積もった雪は新しく輝いています。

シャロ「はい! 雪もきれいですー」

あたしたちはあの日と変わらず、二人で歩いています。

意外と持ち重りのする荷物をかかえなおしたとき、ネロの手が伸びてあたしのかかえている荷物をひょいととりました。

ネロ「いいよ。ボクが荷物持つから」

シャロ「でも……」

ネロ「いいのいいの。もうすぐ着くしさ」

そういってネロはあたしの荷物を抱えました。

やっぱりネロは優しくするのに慣れてない。

あたしは復たその不器用で純粋な優しさに甘えることにしました。

シャロ「ネロはやっぱり優しいですー」

ネロ「別にそういうのじゃなくて……ほら、シャロだと落としそうだからさー」

そう言いながら唇をとがらせるネロの精一杯の照れ隠しにやっぱりあたしは笑みを漏らします。

45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:20:17.12 ID:tdtToVHc0
そして、あたしはマフラーを外してネロの首にかけ、ネロの腕に抱きつくとマフラーの残りを自分の首にも巻きつけました。

ネロ「ちょっ……ちょっと、シャロ……///」

シャロ「ネロ、あったかいですー」

ネロ「もう……///」

ネロはあの日と同じ、柔らかな冬の花の香りがするのでした。

あたしはそのあたたかな腕を抱きしめます。

シャロ「ねーろー?」

ネロ「んー?」

シャロ「お駄賃で何か買うんですかー?」

ネロ「えっと……まあね……」

なぜか言い淀むネロをあたしは不思議に思いました。

ネロ「シャロにあたらしい手袋あげようかなって……」

46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:21:03.73 ID:tdtToVHc0
シャロ「え……?」

ネロ「ほら、シャロが雪で転んだ時あったでしょ? あの時、すりむいてるシャロの手をみてさ、思ったんだ。

   あの……この手を守ってあげたいなって……///」

だんだん小さく弱くなってゆく恥ずかしそうなその声に私も照れてしまうのでした。

あたしもその時に抱きついたネロの首が寒くないように、あのぬくもりを失わないように、ネロにマフラーをプレゼントしようと思っていたのです。

しかし、あたしは恥ずかしくなってそんなことは言えず、ぎゅっ、とネロの腕に抱きつき、そっとつぶやきました。

シャロ「……そんなこと言われたら離れられなくなるじゃないですかー」

ネロ「……え? なんか言った?」

シャロ「何でもないですー……///」

今日も、あの日と同じ、二人体を寄せ合って、お互いを大事に思いながら、心の中はあたたかく、一緒に歩いています。

4.雪の並木道 おしまい

48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:21:50.58 ID:tdtToVHc0
5.春

春三月。

卒業生を送り出した後の学院は新入生を迎える四月まで落ち着いた静けさに包まれます。

探偵学院のおじいちゃんの像を見上げ、あたしは昔を思い出します。

その日も静かな庭に桜の花びらだけが舞い、空に浮かぶ雲はゆったりと流れていました。

あたしが初めてこの像の前に立ったあの日……

あたしは立派な探偵になるという夢を胸に抱いておじいちゃんの学院、ホームズ探偵学院の門をくぐりました。

入学を翌月に控え、手続きを終えたあたしは真新しい制服に袖を通して学院の敷地を歩いていました。

新しい場所での期待と不安でいっぱいの心に、何もかもが輝いて映ります。

おじいちゃんの像は学院の庭の中でもわりあい目立つ所にあるので、あたしはすぐに見つけました。

像の前に立ち、見上げる。

よく晴れた春の青空には桜のはなびらが舞い、大理石のおじいちゃんの顔は心なしかほほ笑んでいるようにも見えました。

その時、あたしはうしろから声をかけられました。

49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:22:36.55 ID:tdtToVHc0
女生徒「あなた、一年生?」

あたしはどきっとして振り向きました。

入学式もまだなのに制服を着て学院内を歩いていることをとがめられるような気がしたからです。

シャロ「あの、えっと。あたし、来月ここに入学するんです」

女生徒「そう……」

あたしよりずっと年上に見える彼女はそうつぶやくとあたしの横に立ち、一緒におじいちゃんの像を見上げました。

女生徒「シャーロック・ホームズ、天才的な探偵。私、好きなの」

あたしには突然のその言葉が分かりかねたので彼女の横顔を見つめました。

女生徒「すぐれた才能がありながら、型に収まらない。そんな彼の生き方が、人にはいろんな生き方がある、って言ってるみたいで」

その言葉を聞いた時、あたしはおじいちゃんがよく言っていた言葉を思い出しました。

シャロ「……『人生に正解はない。より正確に言うと、正解は一つじゃない』」

女生徒「あら、いいこと言うわね」

シャロ「この人が言っていたんです」

あたしはおじいちゃんを見上げます。彼女もつられて見上げました。

50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:23:23.15 ID:tdtToVHc0
女生徒「シャーロック・ホームズが? あなた、そんなことよく知ってるわね」

あたしは自分がシャーロック・ホームズの孫であると言ってしまうことに気がひけたのでした。

女生徒「あなたのおかげでとってもいいことが聞けたわ。これでこの像とも別れられるわ……」

シャロ「別れる?」

女生徒「私、今日でここを卒業なの。この像にはほんとに励まされた」

少し強い風が吹き、桜のはなびらを舞いあげる。雲が動く。

彼女は思いついたように言いました。

女生徒「ねえ、あなたのトイズは?」

シャロ「あたしのトイズ……」

あたしのトイズは念動力。けれども、軽いものしか動かせません。その頃のあたしは、そのことを少し引け目に感じていたのです。

シャロ「あたしのトイズは……」

落ちてくるはなびらをくるくると手の上で、宙に舞わせます。

軽い花弁はふわりふわりと翻りました。

シャロ「これだけのトイズです……」

あたしは困ったように笑いました。

51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:24:09.11 ID:tdtToVHc0
すると彼女は意外にも目を輝かせて言うのでした。

女生徒「すごい! とっても素敵なトイズじゃない!」

シャロ「えっ……」

私のトイズをこんなに褒めてくれた人は今までいなかったので、あたしは彼女の反応がすぐには飲み込めませんでした。

シャロ「そんな、全然すごくないです。軽いものしか動かせないし……」

女生徒「そんなことない。とても素晴らしいわ。私にはとてもできないもの。あなただけの、大切な力……」

シャロ「あたしだけの……大切な……」

宙に翻る花弁を見ていると、あたしはなんだか嬉しくなってきて、自然と笑顔になっていました。

女生徒「あなただけのその力、大切にね」

シャロ「はい!」

あたしは心の中でつぶやきました。

おじいちゃん、あたし、がんばるよ。あたしのもってるこの力で……

その時にはすでに、あたしは初め抱いていた新しい生活への不安をすっかり忘れていました。

52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:24:55.52 ID:tdtToVHc0
女生徒「それじゃあ、私、行くね」

彼女が去ろうとした時、あたしは気になっていた疑問を口にしました。

シャロ「あの!」

女生徒「なに?」

シャロ「……あなたは、どんなトイズをもっているんですか?」

女生徒「私のトイズはね……」

そこで彼女は少し沈黙を置き、そして、いたずらっぽく微笑みながら言いました。

女生徒「今探してるところ、かな?」

そのときのあたしはその言葉の意味がつかめませんでした。

ただ去っていく彼女の背中を、靄のかかった陽光の中、見えなくなるまで見送りました。

卒業式がその翌日だったと知ったのはそれからすぐのことでした。

53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:25:42.08 ID:tdtToVHc0
あれから数年。

あたしはおじいちゃんの像の前に同じように立って、同じように見上げています。

舞うはなびらも、たなびく雲も、立派な探偵になるという夢もあのころのままです。

ただ一つ変わったのは、今のあたしにはこのはなびらを宙に舞わせる力がないということ。

あたしだけの力、大切なトイズの力を失ってしまいました。

もしかしたら、彼女があの日、この像の前を去ったのは、トイズの力を失ったからではないだろうか。

おじいちゃんを見上げて問いかける。

ねえ、おじいちゃん。あの人はトイズを失ってしまったの? いまはどうしてるの?

大理石のおじいちゃんは春の光の中では相変わらずほほ笑んだように見えるのでした。

その時、優しげな落ち着いた女の人の声が私にかけられました。

あたしはあの日と同じように弾かれたように振り向きました。

54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:26:28.55 ID:tdtToVHc0
そこにいたのは、アンリエットさんでした。

アンリエット「どうしたのです、こんなところで」

シャロ「アンリエットさん……」

アンリエットさんはあたしの横に立ち、おじいちゃんの像を見上げました。あの時の彼女のように。

シャロ「思い出していたんです。あたしがここに初めて来た日のことを」

風が桜を散らす。

シャロ「あの日となにも変わってません。立派な探偵になるっていう夢も、この景色も。……でも、あたしはトイズをなくしてしまいました。

    夢に近づくために頑張ろうとしてたのに、いまはむしろあの時より夢から遠ざかってます。

    あの時のあたしが今のあたしを見たらなんて言うだろう……」

アンリエットさんは静かに言いました。

アンリエット「あなたはきっとその日よりも、確実に夢に近づいています」

シャロ「それは違います。トイズもなくしちゃいましたし……」

アンリエット「トイズをなくしてしまっても、あきらめなければ戻るかもしれません。

       もし戻らなくても、他のアプローチの仕方があるはずです」

あたしはおじいちゃんの像を見ました。

55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/03/05(土) 21:27:14.94 ID:tdtToVHc0
そのとき、まるでおじいちゃんがあたしに話しかけたように、その声が頭にはっきりとよみがえったのです。

シャロ「……『人生に正解はない。より正確に言うと、正解は一つじゃない』

    夢も、夢をかなえるための手段も、一つだけじゃない……」

アンリエットさんはあたしにほほ笑みました。

アンリエット「その通りですわ。

       ……それに、あなたがここでの生活で得たものもひとつではありませんわ」

シャロ「得たものですか?」

そのとき、遠くから、ネロ、エリーさん、コーデリアさん、あたしの大事な3人の仲間がこちらに走ってくるのが見えました。

シャロ「ネロー!エリーさーん!コーデリアさーん!」

アンリエット「シャーロック、頑張って夢をかなえてくださいね」

シャロ「はい!」

あの女の人はきっといま、新しい夢や、新しいやり方で、自分の道を進んでいる、そんな気がしました。

これから、あたしも仲間たちと一緒にひとつだけじゃない、あたしの正解を追いかけていくのです。

5.春 おしまい