1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 22:53:41.37 ID:Svq2uLgno
本編終了後の再構成モノです。
週一から週二くらいのペースで更新できればと思います。
暇潰しにでもして頂ければ幸いです、それでは。

引用元: ほむら「幸せになりたい」 



2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 22:54:56.39 ID:Svq2uLgno
荒れ果てた世界。
憎しみと苦しみが辺りを覆いつくし、生きる者の気配はどこにもない。
空間に漂うのは、不気味なまでに眩い光。
光源は正面に在った。
男性のような彫像のような、白色物体。

その名は魔獣。
世界の理に反する侵略者。




守ろうとした仲間はみんな消えてしまって。
それでもこの世界はまだここにある。
自分自身の力に限界が訪れていることも理解しているけれど、それは歩を緩める理由にならない。

翼を広げる。
黒く黒く染まった翼を。
ほぼ爆発に近い推進力を一気に生み出し、神々しさすら感じさせる白の世界を侵食せんと突き進む。

数条の光が空間を裂く。
推進力を翼で揚力に変換し、舞い上がることでこれを避けるが、その攻撃は本命ではなかったらしい。
飛び上がった空間に遮蔽物は何もない。
代わりにその空間に存在していたのは、空を埋め尽くすほどの魔獣の群れ。
その全てがエネルギーを集束させる様子を、私は他人事のように眺め。

視界が光の束で埋め尽くされ、意識がぶつりと刈り取られる。
その世界で最後に感じたのは、私を労う一つの声。


「おつかれさま、ほむらちゃん」

3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 22:58:01.47 ID:Svq2uLgno
**********************************************


漆黒。
意識を取り戻した私を包み込む世界は、そう形容されるべきものだった。
激しい頭痛を堪えながら、仰向けに横たわる体を後ろにひねる。
ともすれば自分自身すら見失ってしまいそうになる闇の中に、私以外の存在がもう一つ、目の前に。
まばたきを数回して、これが目の錯覚でないことを確かめる。

「まど、か」

「迎えに来たよ」

返される声はただただ懐かしく。
でもどこか、その響きに違和感を覚える。
最後の魔法少女となった自分。自分が事切れるこの時まで、彼女はどれだけの命を看取り続けてきたのだろう。
指摘することはできなかった。

そうしてまどかは、最後の仕事として私に両の手を伸ばす。
私の覚悟は、とっくに出来ていて、

「…………?」

力を振り絞り、その手を一度押し返す。
差し出されたその手に、預かり物を返すために。

「まどかのもの、だよ。 ありがとう」

返事はない。
ただ、下を向いていた手のひらが、上を向いて広げられる。
掌の中に、ふわりとリボンが舞い落ちる。



そして、時間が止まる。

4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 23:01:04.76 ID:Svq2uLgno


「おかえりなさい、私だけの時間」


まどかの力を受け取って、私の力は根本的に変質していた。
その媒体として機能していたリボンを返すことで、過去の力を再び得られると予想して、
それは正解だった。

もう一つ的中した予想があった。
全ての魔女を消し去る概念となったまどかも、その力を振るう時だけは魔法少女の形を取ること。
それは即ち、ソウルジェムが実体化するということ。

立ち上がる。
ここで転んでしまったら、再び立ち上がることはかなうまい。
四肢に力を込め、凍りついたまどかと目線を合わせる。

「ごめんね、まどか、本当にごめん」

聞こえているわけはないが、それでも言わずにはいられない。
どれだけの謝罪を繰り返せばいいのか、自分には皆目検討もつかない。
守ると誓った世界は荒廃し、挙句の果てにはこの手を彼女のソウルジェムに伸ばして。
たとえ平和な世界に至れた所で、そこに自分の居場所はないのではないかとすら思う。
これから行うことへの罪悪感がさらに増し、唇から謝罪が零れる。


「ごめんなさい」

5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 23:03:21.11 ID:Svq2uLgno


「ほむらちゃんは、本当に優しいね」

そして、予想外の声を受けてしまう。
その衝撃はほとんど物理的に、私の心臓を叩いた。

「いいんだよ、わかってるから」

ぎゅっと抱きしめられる。
本当にこの子は、神のようなものになってしまっていて、私の力が及ぶようなものではなくて。
そうであって欲しくはなかったけれど、それが現実で。
どうしようもない現実で。
感じるはずのない暖かさを胸の中で感じながら、言葉を。

「魔法少女というストッパーがなくなった魔獣は、いずれまどかの領域に踏み込んでくる」

「……わたしが世界に与えた歪みを、正すために」

「全時間軸におけるあなたという存在の消去、そして世界改変という事実の消去という形で」

淡々と、
吹き飛ばしたはずの絶望を。

「わたし、何もしなかったことになっちゃうんだね。
 契約したあの瞬間に戻って、
 だけど一つだけ違って、きっとそこにわたしはいない」

彼女の声は、かつて聞いたものとは比べ物にならないほど弱弱しい。
そんなことをさせてたまるものかと、そう思うのに。
そう決心して立ち上がったのに、こうして声を発する彼女の前に、私はどうしても。
最後の一歩を踏み出せず、いつまでも弱虫なままで。
そんな自分を後押しするのは、いつだってこの子。

「だから、お願い」

この一言にだけは力が込められていて。
桃色のソウルジェムが、私の胸元へと差し出された。

6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 23:04:04.76 ID:Svq2uLgno

胸の中にまどかのソウルジェムをかき抱き、地面に倒れ伏せる。
一発の手榴弾と共に。
拳銃の引き金を引くような力はもう、残っていなかった。


「これからワガママを言うけど、許してね」


「私ね、幸せになりたい。
 みんなで揃って、笑ってられる世界が欲しいよ」


きっとその思いは、まどかだって同じなのに。
他を救おうとして、自分の幸福を諦めてしまう。
そんな彼女をまっすぐに見つめ、振り絞るように言葉を吐き出す。


「お願いだから、あなた自身を犠牲にしないで。
 まどかなしで幸せになれる私なんて、この宇宙のどこにも存在しないから」


まどかは微笑んでいる。
その目に涙をいっぱいに貯めながら。


「あなたのいない世界で生き続けることは、私には耐えられない」


私は泣いている。
再会と幸せな未来を心から願い、必死に笑顔を繕いながら。


「どうか私と同じ時を生きて」


そして、胸に強烈な熱を感じる。
捻じ曲がる世界の中、まどかの返した声を、私の耳はきっと捉えていた。

8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 23:05:49.69 ID:Svq2uLgno

ゆらりゆらりと世界は歪む。
上も下も分からない空間の中に、いくつもの映像がフラッシュバックしていく。
彼女が願い、彼女が願うように改変された世界の記憶が流れていく。
消え行く世界の記憶の中、いくつかの場面が私の周りに漂い止まる。

美樹さやかは地下鉄のホームで息絶えた。

巴マミは無数の魔獣に囲まれ、大立ち回りの末に息を引き取った。

佐倉杏子は私を守るため、ソウルジェムを起爆させて跡形もなく消え去った。

まどかの命は、この手で。

各々はそれで満足していたのかもしれない。
でも私は、そんな結末を受け入れられない。
だから私は、この道を何度でも進むと決めた。

世界の歪みは次第に収まり、空間に色が戻り始める。
その色は灰。
そして赤。
幾度となく繰り返したその夜が、私のもとにまた訪れる。

9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 23:07:45.05 ID:Svq2uLgno

「これは一体どういうことなんだい、暁美ほむら」

「話す義理はないわ」

世界は巻き戻った。
時をこえて偏在するまどかのソウルジェムを破壊したことで、彼女の干渉はなかったことになり。
死者を囲い込む夜へ、全ての存在は回帰した。
回答を拒否されたことに何の感慨も覚えていないのか、キュゥべえは私に再度問いかける。

「契約と同時にソウルジェムが砕け散るなんて、聞いたことがないよ」

「わたしが壊した。 ただそれだけ」

彼女の亡骸は私に覆い被さる。
瓦礫に足を挟まれ身動きの取れない私を、ワルプルギスの夜から守るかのように。
いつになっても、私はこの子に守られる。
彼女を守る私は一体どこに。
まだ暖かいその体は、まるで眠っているだけのようだけれども。
抱きしめた所で反応はない。
あるわけも、ない。

残された力でなすべきことは、ただ一つ。
無限の回廊へとまたこの身を投げ打つ。

「君はまた時を遡るのかい」

「当然でしょう」

「結果より大きなエネルギーを得られるのだから、僕達としてはありがたいところだ」

「まどかをエネルギーになんて、絶対にさせない」


私の最高の友達を。
この宇宙の犠牲になどしてたまるものか。


「絶対に諦めない」


天に左腕をかざす。
強く強く拳を握りこみ、腕をひねって盾の砂を逆流させる。
再び世界は歪み、意識は白色に塗り潰されていった。

10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 23:09:24.75 ID:Svq2uLgno

**********************************************


『こいつはあたしが倒すから。 あとのこと、よろしく』

『暁美さん、佐倉さん、早く逃げなさい。 こいつらは私が引き受けるわ』

『最後くらいはさ、誰かのために生きたいんだよ』

『     』


頭の中で声が響く。
どれも彼女達の最期の言葉、私がここに戻るために犠牲になった魔法少女達の遺言。
もう聞くことはないと、そう思っていたけれど、それはただの錯覚で。
世界はこんなにもあっけなく、迷宮に逆戻りしていた。

「っつ、いた……」

頭に鋭い痛みが走る。
動くこともままならないため、ベッドに体を横たえたままソウルジェムを輝かせる。
痛覚をある程度操作して、ようやく自由に体を動かせるようになった。
体の調子は、いつかとさほど変わらないのだが。
何しろこの時間軸に戻ってくるのも久し振りだったため、その違和感もさほど不思議なものではない。

それより私は、動かなければならない。

始点に戻ってまずやるべきことは、武器の調達。
だが、普通の武器による攻撃は、ワルプルギスの夜に通用しないことが証明されてしまったために、
何か別の手を考えなければならない。
考えなければならないが、少なくとも当面の魔女との戦いに武器は必要になる。
窓を開け放ち、夜の闇へと飛び出した。

風が全身へと吹き付ける。
この風を、彼女達もいまどこかで感じているのだろうか。

世界の改変がなかったことになったのだから、きっと正しく時は巻き戻されているはず。
彼女達のいない世界になんて、着地することはないはず。
そう信じる。

11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 23:11:08.63 ID:Svq2uLgno

「………………」

「………………」

こうして不思議なにらめっこを繰り広げている場所は、米軍駐屯基地。
一通り武器を扱えるようになってからは大体ここに忍び込み、銃その他を拝借する習慣がついていたのだが。
その中のたった一度も、こんな場所で出会うことはなかった。

佐倉杏子と。

こんな所で遭遇する少女が、年相応の事情を抱えているわけがない。
そう彼女は判断したのか、硬直を一瞬で解いて、槍を空中から生み出しつつ、後ろへと跳び退る。

「おい、あんた何モンだ? ひょっとしなくても同業者さんって奴かい」

「…………」

それはまさに一瞬の早業で、彼女をベテランの魔法少女たらしめている熟練の証。
そしてその力は、私を何度も助けてくれた力でもある。
ある程度覚悟をしてから探しにいくつもりだっただけに、この遭遇は本当に不意打ちだったから。
体は金縛りされたように全く動かず、口から一つの言葉も出ない。
そんな自分の硬直をほぐしたのは、目の前の彼女が抱えていた包みだった。

12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 23:12:14.14 ID:Svq2uLgno

「それ、何かしら」

「……軍用レーション。 なんかおいしいって聞いたから」

「……まあ、非常食には適しているわね」

「何だよ、その超上から目線っていうか人を哀れむような目は……」

「ごめんなさい、そういうつもりではないのだけれど」


ああ。
まったく、私の気苦労なんてどこへやら。


「あなたと戦うつもりはないわ。 私もここに用があるだけ」

「ふーん? あたしとしても余計なことに魔力使わなくていいから楽だけど」

「お互い無駄は省きましょう。またどこかで」

「ま、機会があればな」

今はまだ、彼女と関わるべき時期ではない。
自分の中でやるべきことを決めてからでないと、感情のまま何をしてしまうか分からないから。
静かに彼女の傍らを通り過ぎ、また彼女も私に背を向け飛び立っていく。
胸の辺りが不思議とうずく。
手足の震えはしばらく、収まらなかった。

14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 23:13:25.42 ID:Svq2uLgno

潜り込んだ基地の中を、私は一人歩く。
武器と弾薬、即ち拳銃やライフルにその弾丸、そして地雷を始めとする爆弾の数々を求めて。
だがふと、これら軍の備品を盗んでいることに対して罪悪感が湧いて降りる。

「終わったら、ちゃんと返します」

この基地で働く人たちにも、彼らなりの幸せがあるのだろう。
毎回のように繰り返すこの盗難で、彼らがどれだけ振り回されているだろうか。
どれだけの苦労をしているのだろうか。
返すなんて行為は私の自己満足でしかない。放った弾も元には戻らない。
それでも私がこの道を進む限り、この道を避けて通ることはきっとできない。

時を止めた空間の中、静止して動かない人たちの間をすり抜けて武器庫へと進む。
そこにいる人たちは、笑って、怒って、居眠りをして、みんなめいめいの表情をしている。
真剣に生きている。

「自分の幸せのために他人を踏みつける私を、どうか許してください。
 私もあなたたちのように、真剣に生きようとしているだけなんです」

誰にも聞こえないことは分かっているけれども、私の口は勝手に動いた。
そして目的地へと辿り着く。
ワルプルギスの夜に重火器を用いても仕方ないことは、もう理解しているから。
必要最低限の銃器を盾に収め、その場を後にした。

15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 23:16:58.78 ID:Svq2uLgno

「ひとまずは、こんなものかしら」

まどかの家の屋根に登って来たキュゥべえの群れを、遥か遠くから狙撃し終えて、一息つく。
一回ごとに場所を変えたから、私を特定できることもないだろう。
次にすべきことは、思考。
私は何をすればいいのか。どんな状態でワルプルギスの夜に向かい合えばいいのか。
自分ひとりの力では及ばない。それはこの身に痛いほど刻み込まれている。
ふと気付けば、その痛みは気のせいなどではなく。
いつの間にか噛み締めていた唇から血があふれていた。

どうすればいい?
ハンカチで血を力任せにぬぐいながら、頭を動かす。
誰一人犠牲にしたくない。
五人で笑いながら、ワルプルギスの夜の先にある日常を生きていきたい。
そこまで考えてようやく、簡単極まりない結論に辿り着く。
一度は不可能だと、諦めてしまった手段に。

みんなを助けて、みんなと話そう。
一度話して信じてもらえないなら、二度でも三度でも話して信じてもらおう。
私一人の力でどうしようもないことだけは確かだから。
それよりほかに、私に出来る事が思いつかなかったから。

16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 23:20:12.50 ID:Svq2uLgno
思考をひとまずまとめ、歩みを進める。
夜の街はひどく暗くて。
明かりは道端の街灯のみで、その道路にも車はおろか歩行者すらいない。


ただそこにあったのは、空間の裂け目。


「結界……嘘でしょう」


魔女の出現する時間と場所、及びその確率は頭に叩き込んである。
世界は全て同一。
この時間この場所に、魔女が現れるはずはない、しかしながら、確かにそこに。
明らかな異常事態であることを理解する。
だが、体を硬直させることはない。
やるべきことは分かっているから。
幸せに生きる人たちの日常を壊さないために、魔法少女としてやるべきことを理解しているから。

体を結界の方角へ向け、強く足に力を込めて地面を蹴る。
まだ見ぬ結界へ侵入した。

17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 23:22:27.67 ID:Svq2uLgno

結界の中は、ひたすらに暗かった。
光がない。道もない。障害物もない。
地面らしきものが闇の中にただ広がっているだけ。
時々ぬうっと空間を通り抜ける感覚があり、それだけが前進しているという証。

この結界を訪れた経験はない。
現れる魔女を見たこともない。
手元の武器も最小限。
正直、怖かった。
せめて使い魔だけでも現れてくれれば戦闘に専念することもできるのだが、あいにくその気配もない。

疲労を感じることはないけれど、ただ歩き続けるのは精神的に磨耗する。
手元の銃をもてあそぶことにも飽きてしまうほど歩いて、そして何度目かも分からない空間の壁を抜けたとき、

刺す様な光が空間に広がり、私の目を眩ませる。

開けた空間に存在していたのは、二つの驚愕。

一つは、

「巴、マミ」

そして、

「…………なんで、なんで魔獣が、この世界に!?」

18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 23:26:18.68 ID:Svq2uLgno

絶対にこの世界には存在し得ない者。いや、物か。
改変世界と共に消え去ったはずの、魔獣が、この世界に結界を作って存在していた。
そして今は、巴マミと戦っている。
彼女も本来ならこの時間にこの近辺にいるはずがない。自分の家に帰っているはずだ。
この魔獣がイレギュラーであることは火を見るよりも明らかだった。
幸いにして、魔獣との交戦経験はありすぎるくらいにある。
体をすぐに動かし、魔獣の放つ光線を回避した巴マミのところへ、一足に跳ぶ。

「加勢する」

「……っと、助かるわ。 どうにも頑丈で困るのよ」

「少々勝手が違う。 狙うべきコアがあるから、そこを撃って」

「あら、詳しいのね」

「何回か戦っているから」

最低限の会話を交わし、

「首の付け根を狙って。 頭はフェイク、画像が浮かび上がっているだけ」

「……何もないところ撃ってたのね。 効きも悪い訳だわ」

また散開する。

左から回りこむ彼女をサポートするため、自分は正面から魔獣の意識を引き付ける。
奴らの攻撃手段は基本的に手から放つレーザー。
貫通力があるためそう防御はできないが、直線的であること、始点が固定であることさえ理解していれば対処できる。
ハンドガンで魔獣の手を射撃し、レーザーの軌道をあらぬ方向へと逸らした。

19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 23:27:41.55 ID:Svq2uLgno

逸らしたのだが、

「ッ!?」

空間に鏡が幾百と浮かび上がる。
魔獣の放った光線は、鏡の間で反射を繰り返し、ジグザグの軌道を描きながら巴マミに襲い掛かる。
が、彼女はそう驚いた風でもなく、逆に現れた鏡をリボンの足場として利用し回避した。
伊達にベテランの魔法少女をやっていないなと、そう思う。

「ふう、リボンが使えるようになるのはありがたいのだけど、直線状に飛ばないビームって反則よね」

「そう、ね。 とても厄介」

「これのおかげで、ろくに攻撃態勢に移れないのよ。 何とか時間を稼げない?」

「やれるかと言われれば、できるわ」

とりあえずは平静を装ったが、汗が頬を伝うのが分かる。
ありえない。 魔獣がこんな能力を使ったことなど、これまで一度たりとも無かった。
だが、よく見てみれば、あの魔獣と外見が完全に一致するわけではない。
間違いなく類似点はあるが、その能力のことを考えても、魔獣であると判断するのは早計。
ひとまずは、

「存分に撃って」

「…………大した能力だわ。 じゃあ、お構いなく!」

巴マミの手をとって、時間を止める。
時間稼ぎとはまた少し意味合いが違うけれど、結果が同じなら構わないだろう。
盛大に撃ち込まれた銃弾。ついでに自分も数発加えておいた。
時間停止を解除すると、少々やりすぎだったか、見事に魔獣は吹き飛んでしまった。
光が消え、空間は闇へと終息していく。
この結界が消えるのも時間の問題だろう。

20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 23:29:01.97 ID:Svq2uLgno

カランと乾いた音が響く。
音の主、落下したグリーフシードは、コマの中心軸が細長く尖ったようなもの。
つまるところ、魔女のもの。
今回出会ったのは、魔獣と魔女の性質を併せ持ったものと想像するのがおそらく妥当か。
魔物とでも名付けよう。
そこまで考えた所で、肩に手を置かれ、飛び上がる。

「協力ありがとう。 助かったわ」

「別に、礼を言われるようなことはしていない」

「私が言いたいのよ」

「……なら、ありがたく受け取っておく」

結界が解け、視界が晴れた。
いつのまにか夜も明けに近く、空は白み始めている。
そして緊張が解けたせいか、今更ながらに実感する。
彼女がそこにいることを。
私たちを守ろうとして散った彼女が、夢幻の存在ではなく、確かにそこに。
どうしてこうも、彼女たちは、不意打ちのように私のところへ。
心の準備くらいさせてほしい。
ともすれば溢れそうになる想いの数々を必死に押し留めるのに精一杯で、会話をそれ以上続けられない。
佐倉杏子と基地で会った事を思い出し、さらに感情の波は揺れ動く。
どうしようもなかった。

21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 23:30:06.38 ID:Svq2uLgno

「ちょっといくつか聞きたいことが……ってどうかしたの? ひどく震えているけれど」

「ごめん、なさい。 色々と話したいことが、あるのだけれど、また日を改めたい」

おかしな素振りを続ける私を見かねたのか、巴マミが声を掛けてくれるけれど。
私はもう完全に背を向けていた。
ぐしゃぐしゃになったこんな顔、見せられる訳がない。

「そうね、私としても準備があるしそのほうが好都合かも。 ただ早い方が助かるのよ」

「明日で、いい」

「なら家の住所を渡しておくわ。 明日の昼にでも来て頂戴」

「必ず」

手にメモ用紙が乗る感覚を確認し、時間を停止させる。
振り向き。


「助けてくれて、ありがとう。 また会えて本当に良かった」


ひどい涙声だった。
聞こえなくて本当に良かったと思う。
凍った空間の中を、私は逃げるように飛ぶ。というか逃げた。





「……いない。 まったく、不思議な子ね」

22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 23:34:04.18 ID:Svq2uLgno

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家に帰り着いた。
巴マミだけではなく、自分にも準備がいる。こんな状態で話などできるわけがない。
落ち着くこともそうだが、自分の中で情報を整理する必要がある。

「まずは、魔物のこと」

魔女とも魔獣とも取れる、奇怪な存在。
姿かたちは魔獣をベースにしているが、魔女のような能力も持ち、グリーフシードは正真正銘魔女のもの。
巴マミの反応を見るに、彼女もアレと戦い慣れているようには見えなかった。
ごく最近発生したものであると考えるべきか。
そうすると、通常通りの魔女もおそらくは存在するということになる。
ただ、何よりも意識しなければならないことは、

「まどかを狙っている可能性がある」

魔獣はまどかを消滅させるための存在。
世界改変の事実が消失した以上、魔獣も本来消失していなければおかしいのだが、確かにここに。
先ほど出会ったものは魔女の性質も混ざっていたし、まどかの消滅を目的としているようには見えなかったが。
先の世界における魔獣そのものがもしこの世界に存在していたら、奴らは間違いなくまどかを狙う。
二つある目的のうち、未だ達成されていない片方を果たすために。
これまで以上にしっかりと警備しないと、そもそも彼女の存在を守れなくなってしまう。
どのような形で魔物と遭遇したか、巴マミに聞いておかなければと思った所で、思考が移る。

23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/05(日) 23:36:30.17 ID:Svq2uLgno
「それから……みんなのこと」

幸いにして、佐倉杏子と巴マミには既に接触できた。
明日、巴マミと話ができるとして、残りの3人とはどうすべきか。

佐倉杏子には、協力を取り付けなければならない。
どのような規模で魔物が広がっているのかは分からないけれど、数によっては手に余ってしまう。
どちらにせよワルプルギスの夜を迎える際には、彼女の力は不可欠となるのだし。
ただ、彼女は一人でいた方が生存確率は高くなる。
危険を背負わせてしまうことになるし、ゆっくりと話すべきだろう。

美樹さやかについては、何よりも契約を阻止すること。
魔法少女としての彼女は、魔女と戦っては魔女化するわ、魔獣と戦っては相討ちするわで、どうしようもない。
一般人のまま日々を送らせ、問題を解決してやらないと、彼女の平穏はない。
この状況下、彼女を戦力として頼ることができたなら、それは助かるかもしれないのだが。
あまりに危険が高すぎた。

そして、まどか。
今の彼女はただの一般人だけれども。
一度神の立場を得てしまった代償は、計り知れなく大きいのかもしれない。
彼女の突発的な契約は阻止しなければならないが、心から彼女がそれを願った場合、私はどう動けばいいのか。
分からないことが多すぎるが、キュゥべえを妨害することも含め、影ながら護衛するくらいしか出来る事はないだろう。
新しいことが分かれば、それを元にまた考え直せばいい。

そこまで考えた所で、とりあえず思考は一段落した。
頭の痛みにまた襲われ、自分が疲労しているという事実にようやく気が付く。

ぼふり。
ベッドに沈み込む感触が、なんとも嬉しい。
明日は巴マミと話ができる。
本当に久し振りに、安らぎを感じながら、心地よい安息へと落ちていった。

35: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/07(火) 23:57:52.28 ID:0lrJo1gHo
**********************************************

 倒しても倒しても、魔獣が減らない。
 それどころか無限に沸くのではないかと思うくらい、後から後から現れる。

『これはまた、大勢でお出ましね』

『何だこの量、いくらなんでも捌ききれねーぞ!?』

 目の前に広がるのは、さらなる魔獣の大群。
 私は佐倉杏子と巴マミと、この絶望的な風景をぼんやりと眺めていた。
 この開けた土地において、疲弊した力を以って、もはや抗える規模ではない。
 逃げるしかなかった。

 光線が飛来する。
 直線的なその攻撃は、しかして無数の方角から発射された時、面を制圧する攻撃の波と化す。
 凄まじい密度だったけれども、巴マミのリボンと、佐倉杏子の槍が作り出す足場のおかげで、ギリギリの回避に成功した。
 しかし、こうして回避を続けても、根本的な解決にはならない。

 時を止めて少しでも距離を取ろう。
 一度身を隠してから、各個撃破して少しでも数を減らし、対処できる数まで落とし込むしかない。
 あまりに厳しい状況だが、やるしかない。
 だが。

 時を止めることができない。
 それどころか、私の口が動くことすら、ない。
 ただ硬直する私に向かって、声が飛ばされる。

『暁美さん、佐倉さん、早く逃げなさい。 こいつらは私が引き受けるわ』

『ふざけんじゃねえ! てめえだけ置いて逃げられるか!』

『あなたが残った所で、私と一緒に死ぬだけよ』

『…………てめえ、囮になる気すらねえじゃねえか……!』

『そうね。 でも、全員共倒れよりまし』

 やめて。
 みんな一緒に死んだほうが、まだいい。
 そう叫ぼうとするのに、私の口は動かない。
 それどころか、未だ抗弁する佐倉杏子を抱え、走り出した。

 そして理解する。
 これは夢だと。
 二人に会い、ぬるい幸せ気分に浸っていた自分を、現実に引き戻すための夢だと。
 そうだ、私は。

『じゃあね、二人とも。 あなたたちを守れただけでも、私は満足よ』

『クソッ、離せ! 離せよ! あたしはこんなこと望んでねえぞ!』

 巴マミがマスケット銃を無数に呼び出し、一斉に発射する。
 私達と彼女の間の地面めがけて。
 地割れが長く走り、土煙が立ち込め、完全にその空間は遮断された。
 それから、長く長く銃撃音が響き続け、

 やがて止んだ。


**********************************************

36: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/07(火) 23:58:45.13 ID:0lrJo1gHo

最低の目覚めだった。
吐き気がするし頭痛も酷い。ベッドから立ち上がる気すら起きない。
だけれども、ここでもう一回寝たら夢の続きを見てしまう気がして、強引に体を起こす。
頭痛はさらに酷くなる。
今日はこれから巴マミに会いに行く予定だが、あの記憶を呼び起こしてしまった今となっては、

「どんな顔をして、会いに行けばいいの」

迷いばかりが頭を巡る。
私は彼女を見捨てたのに。
それでも会いに行かないと、私は前に進めないから、どっちみち選択肢はないのだけれど。
ぼさぼさになってしまった髪を掻き毟る。
顔を洗って来よう。怖いだとか辛いだとか、そんな甘えを言う権利など私にはない。
彼女達の命を何度も犠牲にしたのは、他ならぬ彼女達を救うためだろう。

冷水を顔に叩き付け、目を覚ます。
手短に髪を整え、着替えを済ませ、家を出た。

足を向ける先は、巴マミの家。
彼女の家の住所を紙に書いて渡されているけれど、それは持ってきていない。
とっくの昔にこの体が覚えている。
日差しがかなり眩しい。太陽は既にほぼ真上まで昇っていた。
こんな時間まで寝ていたのかと、ちょっと自己嫌悪に陥って。
手を太陽にかざしながら空を見上げると、そこに不可思議な歪みを見つける。

「…………また、結界」

頭痛と耳鳴りが止まない。
少々約束の時間に遅れてしまいそうだったが、今は少しありがたかった。

37: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/08(水) 00:01:36.53 ID:dyIqxHodo

今度の魔物は、比較的魔女に近い存在だった。
見た目は彫像のような魔獣のそれなのだが、何故かシルクハットを被っていて。
さらに決定的な違いとして、使い魔を有していた。
しかしながら、魔獣としての特質も忘れてはおらず、攻撃の端々に右手からのレーザーを織り交ぜてくる。
結界の中は前と同じようにひたすら闇が広がっていて、障害物はないが足場となるものもない。
厄介だった。

ひとまずは距離を開けて、様子を見る。
宙に浮かぶ7つのシルクハットから、鳩の使い魔が湧き出る。
その白は空を埋め尽くすほどで。
私は魔物を見失ってしまう。
薙ぎ払って視界を確保しようと、散弾銃をそちらに向けたところで、鳩たちの目が一斉に光り。
レーザーが放たれた。

「ッ!!??」

幸いにして、鳩たちの方がレーザーの威力に耐えられなかったのか、ほとんどの光線はあらぬ方向へと飛ぶ。
が、いくつかは私をかすめて、いくばくかの肉を削り取っていった。
レーザーを放った鳩たちは、その威力に自身を溶解させている。
魔物はその姿を露出していた。
機は逃さない。即座に時を止め、手榴弾を放り込み、安全域へ離脱。

どうにかこうにか、討伐に成功し、グリーフシードを得る。
昨日に続き、これもまた魔女のもの。
二体も連続で持っていることは珍しかったが、それだけの力は有していた。

38: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/08(水) 00:04:35.78 ID:dyIqxHodo

それにしても、全く腑に落ちない。
統計はやはりこの遭遇を否定している。
また、魔獣と魔女の混ざり方は個体によって違うようだ。
世界改変の余波がこの世界に残っており、魔女が魔獣の影響を受け、魔物と化したというのが現状の予想。
なぜ世界改変の余波が残ったのか?
どうやって魔女と魔獣は融合しているのか?
疑問は尽きないが、ひとまず推定はこれくらいにしておかないと、他の行動が進まない。
あとは、どう巴マミに説明するかが問題か。
どこまで伝えれば棘が立たないだろう。私が彼女に隠さなければならないことは山ほどある。

ソウルジェムの秘密。 これは×。
魔法少女の秘密。 これも×。
私の能力の秘密。 ×。
まどかの世界改変について。 当然×。
キュゥべえの目的。 ×。
巴マミの辿る運命。 何があろうと×。
魔物についての予想、それから魔獣。 世界改変に関することは話せないから△くらい。

……ほとんど何も話せない。
請われている、魔物に関する情報だけ伝えるしかないか。
どこか遠くの場所で魔獣を狩ってたとでも伝えれば角は立たないだろう、あながち嘘ではないし。
そこから先は、彼女の信頼を勝ち得てから。

彼女を犠牲にしないために。
私の足は確かに動き、巴マミのマンションへと辿り着いていた。

頭痛はまだ止んでいない。
しかし、こんなものに屈していられるほど、私に余裕はない。

39: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/08(水) 00:06:34.14 ID:dyIqxHodo

ドアを開けて。
私は、固めた覚悟を一瞬で粉砕される。

「いらっしゃい。 待ってたわ」

そう応えた彼女の後ろに。



「おーう。 あんたがマミの奴を助けたっていう」

佐倉杏子が、一緒にいた。


「っ、あ、」


ああ、どうしてこうも私は、想定外の事態に弱いのか。

頭の中に記憶がフラッシュバックする。

基地のときは平気だったくせに。

彼女を失ったときの記憶が。

もう逃げ場はない、彼女はそこにいる。

私がたった独り、残されたときの記憶が。

40: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/08(水) 00:09:54.22 ID:dyIqxHodo
**********************************************

『くそ、追い詰められた』

 私と佐倉杏子は、廃ビルのとある一室にいた。
 魔獣どもの巣窟と化していたここに攻め入ったまではよかったのだが。
 隠れて潜り込んだのに、いつの間にか私たちの存在は知覚されてしまっていて。
 こうして追い詰められてしまっている。

 それでも勝算はあった。
 あったのだけれど。
 どうしても私たちは、ある一人の仲間を喪った痛手を引きずりすぎてしまった。
 その結果として散々に打ち負かされ、こうして敗走すらも出来ず立て篭もっている。

『あの防火扉、数分も持たないわね』

『……壊れた瞬間に反撃するしかない。 いちにのさんで、一気に薙ぎ払うぞ』

 息を呑む。
 もはや唯一となる障害物は、所々から異様な匂いを放っている。
 黒い染みが段々と広がり、そして、
 光が収束し、シャッター奥の空間までまとめて吹き飛ばす。

 壁が吹き飛ばされて開けた視界。
 その目の前に、佐倉杏子が立ち塞がる。

『……ごめんな』

 そして突き飛ばされる。
 光線が突き抜けて、たった今背後に開いた穴めがけて。

『…………杏子、杏子! あなた、何を!?』

 慣性に引きずられる私は、容易く穴を通り抜ける。
 疑問符を叫びながら落下していく私は、耳に辛うじて一つの声を捉えていた。

『最後くらいはさ、誰かのために生きたいんだよ』

 ビルからは金属音と爆発音が響く。
 私はその結末を確認することもできないまま、ただ逃げるばかり。
 何度も何度も、恨みの言葉を吐きながら。

**********************************************

41: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/08(水) 00:12:52.30 ID:dyIqxHodo

「――――、………っ!」

限界だった。
私の心は決壊し、玄関で崩れ落ちる。
涙が止め処なく流れ、声にならない声が上がる。
二人が驚いた目でこちらを見てくるのが分かるけれど、感情を抑えられない。
手で口元を覆い、嗚咽の音を殺すのがやっと。

「ごめん、なさい」

聞こえないのを承知で、私は謝罪を口にする。

ごめんなさい。
あなたたちを何度犠牲にしたことか。
私なんかのために。
諦めて、見捨てて、囮にして、見殺しにして。
私は。
私はもう。

耳鳴りが響く。
頭が割れるように痛い。
それ以上何もできず、抗えず、そのまま意識を失った。

42: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/08(水) 00:16:30.67 ID:dyIqxHodo

**********************************************


私は澱み切った水の中に、
彼女たちは月の映る水面の上に。

「――――――、―――――――――!」

私の声は届かない。
ただ泡となり身体の回りを漂うのみ。

私の身体は沈んでいく。
深い深い水の底へ、黒い靄にまとわりつかれながら。

私は手を伸ばすことができない。
そんな権利、私にはない。


そのはずなのに。
物好きな光が一筋、差し込んだ。


**********************************************

43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/08(水) 00:18:12.85 ID:dyIqxHodo

浮かび上がる感覚。
ぼやけた視界は次第に定まり、暖かい電灯をその内に捉える。

「ん、あ」

「目が覚めたかしら」

体を起こしてみれば、自分はベッドの上に横たわっていた。
巴家の玄関で倒れたところまでの記憶はある。
つまるところ、ここは彼女の寝床だろうか。

もう頭痛は消えていた。
体を起こし、ベッドから降りる。

「動いて大丈夫?」

「問題ないわ。 迷惑をかけてしまって、申し訳ない」

「あなたも魔法少女なら、ソウルジェムの濁りには気をつけなさい。 緊急事態だったから使ったわよ」

そういえば、完全に忘れていた。
最近の情緒不安定はそれによるものだろうか。
と思ったが、巴マミと視線を交わしていると、涙が自然に溢れてきて。
残念ながら、ソウルジェムのせいにはできなかった。

「…………」

「もう、しょうがないわね」

ぐしぐしと目元を擦っていると、彼女が私の元に歩み寄ってきて、
私をその胸元に抱きしめる。

「泣きたいだけ泣きなさい。
 事情は後で聞くわ、どちらにしてもこのままじゃ話せないもの」

44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/08(水) 00:22:02.05 ID:dyIqxHodo


彼女の暖かさは、
何よりも激しく心を焼いた。
もはや嗚咽を堪えられずに、泣き喚く姿はまるで子供のよう。



「ただいま……ってうぉ! なんだよこれ何が起きてるのさ!?」

「マミの声ではないね。 ってことは、目を覚ましたかな」

「ちょっと、泣き虫さんの世話をね」

声を上げて。
ひたすらに涙を流しながら。
二本の腕で、強く強く彼女を抱きしめて。

「あー、なんかトラウマでも刺激されたのかね」

「私を見た途端泣き出したのよ。 分かるはずないじゃない」

「……まあ、無理に堪える必要はないよな。
 後でザンゲならいくらでも聞いてやるから、そうしてな」

足音がこちらに近付く。
何かと思ったら、頭に手を置かれていた。
どうやら、私が泣き止むには、もうしばらくの時間が掛かりそうだった。

45: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/08(水) 00:24:51.44 ID:dyIqxHodo


「――私には守りたい人がいた。 あなたたちにとてもよく似ていた」

「思い出して、取り乱してしまった。 迷惑をかけて本当に申し訳ない」

端的に説明をして、頭を下げた。
……本当に、すまないと思う。
巴マミの制服をびしょぬれにしてしまい、今彼女は部屋着に着替えている。

「まあいいわ、それであなたの気が晴れたなら」

「ただし、あたしたちはその誰かさんとやらじゃねーからな、そこは勘違いすんなよ」

「大丈、夫」

私の返事に、納得してもらえたかどうかは怪しい。
こんなナリでは当然か。
あと、勘違いするなと言われても、かなり無理があるのだけれど。
その感情は無理やりに押し込め、ここに呼ばれた目的を果たすべく、語り始める。



「…………話すわ。 あの魔女とも違う存在、魔獣について」



その力のこと。
その性質のこと。
そこまではよかったが、その存在意義については、どうしても推測を混ぜなければならなかった。


「魔獣の求めるものは力、世界を変えてしまうほどの力。
 この世界の安定を求めて奴らは彷徨い、人々からエネルギーを吸い取っていると思われる。
 より効率的にエネルギーを回収するため、似通った存在である魔女とその形を融合させながら。
 ひとまず私は、区別のためこれを魔物と呼んでいる」


しばしの沈黙のあと、声が返る。

46: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/08(水) 00:27:49.90 ID:dyIqxHodo
「……世界の安定か、なるほど、筋は通っているね」

「どういうことだよ、キュゥべえ」

そして、佐倉杏子の返しを受けて、ようやく気付いた。
キュゥべえがそこにいることを。
しかしながら奴は、自分のことよりも、魔獣改め魔物のことに気を取られているようで。
珍しく、考え込むような素振りを見せていた。

「あるがままの状態が一番自然で、一番安定しているってことさ」

「人が次々と食べられていく状態が、あるがままの状態だって言うのかしら?」

「自浄作用って言葉を聞いた事があるだろう? そういうことさ」

「人類はこの地球に必要ない存在だってか。 ケッ、気に入らねえ」

当たり障りのない発言だが、的を得ていた。
奴らはある程度の合理性があれば、おそらく理解ができるのだろう。
ならばそれを逆手に取る。
インキュベーターには、一つ釘を刺しておかなければならない。

「何よりも、強大な力に奴らは惹き付けられる。
 たとえば、世界最強の魔法少女となってしまえるような、素質を持った人間に」

「……興味深いね、君も彼女の素質に気付いていたのか」

「魔物どもは、彼女に引き寄せられてこの街に発生していると、考えるのが妥当」

「ちょっとちょっと、置いてけぼりにしないでちょうだい。 素質を持った人間って誰のこと?」

「鹿目まどか。 マミと同じ、見滝原中学の二年生だよ」

「ふうん。 そいつを食おうとして、その魔物とやらは集まってきてるって訳か」

「魔法少女として契約していない以上、その力は水面下に隠されている。
 そのおかげで、魔物もあまり活性化はしていないけれど」

「契約してしまったらその限りではない、そういう理解でいいのかい」

「あくまで予想に過ぎないけれど、その通り」

47: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/08(水) 00:30:15.12 ID:dyIqxHodo
そこまで説明して、深く息を吸う。
そして、吐き。


「その上でお願いしたいことがある。
 魔物について、私も詳しいことは分かっていない。
 今の状態のまま、彼女が魔法少女になることは、あまりに大きなリスクを伴う。
 どうか不確定要素が消えるまで、彼女に契約を迫らないで欲しい」


”頼む”。
インキュベーターへ。



「ああ、確かに合理的だ。 そうだね、今のところは様子見とさせてもらうよ」



そしてあまりにあっけなく、その言質を得た。


「ただ、僕にもお願いがあるんだ。
 質問があるんだ、とにかく不思議で仕方がないんだよ。
 僕には君と契約した記憶がないし、魔獣なんてものを聞いたこともない。
 だが現実、君は魔法少女で、魔獣とやらはここ見滝原に出現している。
 さあ答えてくれ。 君は何者だ?」

48: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/08(水) 00:31:15.35 ID:dyIqxHodo


その引き換えに、核心を突いた質問が飛ばされるけれど。


「あなたではない存在と契約して、魔獣と戦い続けてきた魔法少女よ」


私の中に眠る長い永い日々が、私にその答えを与えてくれた。


インキュベーターは黙り込む。
欲する答えは与えられただろうと判断し、彼女達の方に向き直る。

「何か、他に聞きたいことはあるかしら」

「色々とあるわね、でもまずは一つ。
 いい加減、あなたのことを名前で呼びたいのだけれど」



なんか、かっこわるいなあ。

60: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/11(土) 00:08:50.43 ID:qTuIu9ono

「暁美さんはこれから、どうするつもり?」

「鹿目まどかの所属するクラスに転入し、護衛にあたろうと考えている」

「そうすると、私とも同じ学校になるのね。 でも私は三年で学年が違うし……うーん」

「何を悩んでんのさ」

声を掛けた佐倉杏子を見て、巴マミの顔に浮かぶのは、
何かを得心したような満面の笑み。


「あーそうだ、そうね、それがいいわ。 佐倉さん、あなたも一緒に転入しなさい」


「…………はぁ!?」


ビックリしたのは彼女だけではなく。
私も表情を変えないようにするのが精一杯だった。

「いやいや待て待て! どうしてそうなった!?」

「あら、あの魔物とやらが厄介なのは分かっているでしょう。
 私がすぐに駆けつけられる訳でもないし、一人よりは二人の方が絶対にいいわ」

彼女の言っていることは正論で。
そして、事実上の協力宣言とも取れた。

「私としては、とてもありがたい、けれど。 彼女の意見はどうなのかしら」

「イヤに決まってんだろ! あたし今更学校とか行きたくないし!!」

「そう言わないの。 私が学校に行く昼間、暇そうにしているでしょう」

「いや、でも街パトロールとかしてるし」

「その子に魔物が引き寄せられるなら、あまり意味はないわね」

「うっ…………」

「いいじゃないの。 それとも、私と一緒に登校するのは、イヤかしら?」

61: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/11(土) 00:10:09.43 ID:qTuIu9ono
巴マミは執拗に粘る。
私としても彼女を応援したいところだが、今更ながらこの二人が一緒にいることを不思議に思う。
前の世界では長い付き合いだったが、ワルプルギスの夜を巡る時間において、二人が顔を合わせることはなかったはず。
やはり何かが、この世界に影響を及ぼしているのは間違いない。
その確信を抱いた所で、ついに嘘泣きモードに突入した彼女の前に、佐倉杏子は折れた。

「あーもーわかったよ! わかったから! 行けばいいんだろう!?」

「ふふ、みんな同じ学校になっちゃったわね」

「……本当に感謝するわ。 これから、よろしくお願いします」

これからどうすればいいのか、私はずっと一人で思い悩んでいたけれど。
蓋を開けてみれば、驚くほど順調に事態は進んでいく。
疑問など何処へやら、とても穏やかな気分で巴家を後にした。










「……嬉しそうに帰っていったな」

「嬉しそうだったわね」

「なあ、そこまで警戒しなくてもいいんじゃないか? あの感じ、わざわざ監視するまでもないと思うんだけど」

「念のためよ、文字通り。 彼女は私たちの知らないことを知りすぎているもの」

62: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/11(土) 00:11:30.63 ID:qTuIu9ono

**********************************************

「今日は皆さんに転校生を紹介します。 さあ、自己紹介いっちゃってー」

「暁美ほむらです。 よろしくお願いします」

「……佐倉杏子だ。 よろしくな」

そうして、見滝原中学に私たちは転入した。
二人まとめての転入とだけあって、色々と手間も掛かったが。
最終的には杏子が魔法でなんとかしたらしい。つくづく便利だと、そう思う。

「二人は従姉妹だそうですよ。 暁美さんが心臓の病気で入院していて、その介添えとして…………」


(………………)

(あんまり仏頂面は、しないほうが)

(誰のせいだ誰の)

(強いて言うなら、巴マミかしら)

(聞こえてるわよ?)

(覚えてろよ……相応の礼はさせてもらうからな)


二人の念話が微笑ましい。
また、私たちの中学生活が始まった。

63: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/11(土) 00:14:12.98 ID:qTuIu9ono

「ねえ、暁美さんって前はどこの学校にいたの?」

「部活って何かやってたのかな?」

「佐倉さんって暁美さんの従姉妹なんだねー」

「運動神経よさそうだけど、なんかスポーツやってたの?」

「二人ともキレーな髪だねえ、うらやましいなあ」

いつものごとく、最初の休み時間は質問攻めとなる。
けれど二人になったおかげか、その質問の量は余計に増えていて。
佐倉杏子は珍しく慌てたような顔をしていた。

(おいほむら、どーにかしてくれこれ)

(久し振りに私以外の同年代の子と話したんじゃない? もっと喜べばいいのに)

(うっせーぞマミ!)

彼女の弱り果てた頼みなど、滅多に見れるものではなかったし。
私もやるべきことがあったから、それを断る理由もない。

……あえて意識しないようにしていたけれど。
この空間には、私がただ会いたい会いたいと切望し続けた人が、その人が、確かにいる。


震える足を。
高鳴る胸を。
掠れる声を。
全てを総動員して、行動に移す。


「すみません、ちょっと疲れてしまったみたい。
 このクラスの保険委員は誰かしら? 保健室まで案内して欲しい」

「あ、ああ、じゃああたしも行くよ。 場所知っといたほうがいいのは同じだしな」

「あ、えっと…………私です」

「よろしく頼むわ」

「鹿目、まどかさん」



時間停止とは全く便利なものだと思う。
どれだけ声を上げて泣いても、誰にも聞かれることはないから。


ここから。
また進んでゆこう、茨の道を。

64: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/11(土) 00:17:18.24 ID:qTuIu9ono
**********************************************

『どうかあなた自身を、大切にして』

何度も何度も繰り返した警告。
キュゥべえを牽制した以上、あまりここでの警告に意味はないのだけれど。
私はまた、その言葉を口にすることを止められなかった。
彼女は随分と怪訝な反応を返していたが、無理もないだろう。
そこまで思い返し、静かに思考を隣の声に傾けた。

「こんなまだるっこしいことしなくてもよ、普通に一緒にいればいいだろうに」

「…………それができたら、苦労しないわ」

今は放課後。
まどかへの警告を終え、最初のパトロールへと佐倉杏子を伴って出向いているところ。
彼女たちはこの後魔女の結界に囚われる。 いつでも駆けつけられるよう、こっそりと尾行していた。
数十メートル先にいるのは、鹿目まどかと、美樹さやか。

出来れば私がそこにいられればよかったけれど。
それを実行に移せるほど、私の心は強くなかった。
佐倉杏子の指摘はあまりにもっともなので、反省はしているのだけれど。


「私、だって」

「ん、何か言ったか?」

「いえ、別に」

65: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/11(土) 00:19:52.81 ID:qTuIu9ono

「まどか、CD買っていってもいい?」

「うん、いつものやつだね」

「にしても、転校生二人ってーのはびっくりしたねえ」

「そうだね。 二人ともすごく綺麗な人だから緊張しちゃった」

「あっちの赤い子は別に気さくそうだったけどねー。 黒い方はちょっと分からなかったけど」

「杏子ちゃんにほむらちゃんだよね……名前で呼んであげようよ」

「なんか保健室連れて行ったんだよね? やっぱ体調悪いのかな」

「うん、心臓の病気だって言ってたよ」

「はー、それはさすがに大へ」

ゆらりと空間が歪み、また戻る。
言葉も半ばに、二人が、空間の歪みに飲み込まれていた。
とうに準備はできている。
ソウルジェムを空にかざし、身体を魔翌力で包み込む。

「行きましょう」

「ああ」


地面を強く蹴り、結界へと突入した。

66: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/11(土) 00:21:12.10 ID:qTuIu9ono
[薔薇園の魔女 ゲルトルート]
  薔薇園の魔女。
  性質は不信。
  なによりも薔薇が大事。
  その力の全ては美しい薔薇のために。
  結界に迷い込んだ人間の生命力を奪い薔薇に分け与えているが、
  人間に結界内を踏み荒らされることは大嫌い。


ハサミを持った使い魔たちが辺りを駆け回る。
この魔女の結界はほぼ、繰り返した世界でのそれと一致しているようだ。
かつて見た魔物の空間のように、使い魔もオブジェクトも存在しない、吸い込まれそうな暗闇ではなかった。
恐怖は、ない。

「ここには使い魔がいるな」

「そうね、見慣れた光景」

佐倉杏子の返す見解も、私のものとほぼ同じ。
やはり彼女も見ているのだろう。
虚無とでも形容すればいいのか、ただ黒しか存在しない世界を。

「ありゃ別の意味で気分が悪くなる」

「よく無事だったわね」

「ナメんなってーの」

言葉を交わしながら、結界の中を駆ける。
その感覚も実に久しかったが、そう長く浸れるようなものでもなかった。

足の裏の感覚が変わったことを感じ、盾を回す。
重力に従い、落下するは手榴弾。

67: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/11(土) 00:22:17.68 ID:qTuIu9ono
「ちょっ」

「先手必勝、行くわよ」

さらに数歩進み開けた視界に。
二人の人間と、一体の魔物。
視認するより早く、私は数発を魔物の足元に投げ込む。
爆音が響き煙が巻き起こるが、しばしの時間の後、ほぼ健在の姿をまた現す。

「効いてねーみたいだが」

「そのようね」

それ自体は、さほど驚くことではない。
薔薇園の魔女・ゲルトルートは、ほぼその形を残しながらも、やはり魔獸との融合を避け得ていない。
その力も増幅している。いつもより苦労するかもしれない。
でも、こちらは二人。
負ける気など欠片もしなかった。
一息に飛び、魔物と彼女たちの間へと割って入る。

「う…………、ぁ、あれ……?」

「後ろに下がりなさい」

「巻き込まれないように注意しときな」

「ぁ、あ、あんたたち、今日の」

「話なら後で」

68: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/11(土) 00:23:04.19 ID:qTuIu9ono

蔓が伸びる。
伸びた蔓は、強烈な運動量を持ち振るわれる。
衝撃で地面が割れ、裂け目が生じる。あの裂け目はどこに続くのだろうか。
そんなことをふと、まどかを抱き飛びながら考える。
あの時感じた熱をまた、この胸に感じながら。

「助けに来た」

今度こそ。
あなたを光のもとへ。
ただ平和で当たり前の日常へと、連れていく。

69: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/11(土) 00:24:52.85 ID:qTuIu9ono

魔力で結界を作って、その場を離脱した。
彼女たちを庇いながら戦うのは、いかに二人がかりでも無謀だろう。

即座に床を蹴り散開する。
光線がコンマ1秒前にいた空間を貫いていく。
壁を蹴り天井を蹴りジグザグに移動する。
複数の蔦が空間を暴れまわる。
その勢いは凄まじく、回避行動に徹するのがやっとだった。

(攻撃手段は蔦と光線か)

(直線と曲線の攻撃手段を持つのなら、遠距離から攻めるのは得策ではなさそうね)

(そーいうこったな、あたしの出番か)

(援護する。 一気に仕留めて)

近接は得意ではないけれど、無限に近い機動力を活かせば撹乱は出来るか。
爆弾は巻き込み性能が高すぎて使えない。代わりに、大量のアーミーナイフを取り出す。
時を止め接近し、ナイフを片端から蔦の根本目掛けて投擲する。

70: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/11(土) 00:27:02.26 ID:qTuIu9ono

停止解除と共に、蔦がその運動量を失い。
魔物は耳障りな叫び声を漏らす。
光線が四方八方にばらまかれるが、単純な直線軌道しか描かないそれを回避するのは容易い。

だが、再び接近し、さらなる攻撃を加えようとしたところで、
生き残りの蔦がしなり、私の胴体を縛り上げ。

そして私はこれ幸いとM72-LAW、口径66mmの凶悪ロケットランチャーを構える。

「支えてくれて感謝するわ、反動きついのよ。 これ」

自由に動く両手を操作し、至近距離の空中からロケット弾をお見舞いした。
かつてゲルトルートであった魔物は、爆発とその衝撃で吹き飛ばされ。
また私を縛る蔓は反動で千切れ、さらに私を後方へと飛ばしていく。
佐倉杏子の攻撃範囲外へ。
身体の自由が奪われているため、着地はどうしてもスマートにならないけれど、特に問題はない。

「ナイストス」

待っていましたとばかりに、空中高所から極大化した槍が振り下ろされ、魔物を地面へと縫い付けた。
着弾してなお、彼女はその力を緩めない。
とどめとばかりに力を圧縮させ、穂先で爆発させた。

71: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/11(土) 00:28:08.98 ID:qTuIu9ono


「…………まだね」

それでも、まだ結界は消えない。
この魔物は力尽きていない。
魔物を串刺しにした槍の柄に立つ彼女もそれを確認し、一つ呟く。

「しゃーねえ。 マミ、頼むわ」

「任せなさい」

そう言い放ち、現れたのは巴マミ。
杏子と入れ替わるように、踊るように、槍の元に降り立ち、
リボンで槍を包み、強大な砲身とした。

「せめて穏やかに。 ティロ・フィナーレ!」

掛け声と共に、莫大なエネルギーがゼロ距離で着弾する。
光が晴れたとき、魔物は跡形もなく消失していた。

「ごめんなさいね、ちょっと前に着いたんだけど。
 しばらくあの二人にちょっかいを出そうとする使い魔を片付けていたの」

「想像以上に使い魔も力を付けているね、魔獣を吸い込んだ弊害か」

「ちぇ、最後においしいところだけ持って行きやがって」

「想像以上に頑丈だった。 感謝するわ」

72: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/11(土) 00:29:36.59 ID:qTuIu9ono

空間が収束して元の風景が戻ってくる。
転がるグリーフシードを回収し、もう一つ残された課題に向き合う。

「――――大丈夫かしら、鹿目まどか、美樹さやか」

「ぇ……あ、うん、平気です…………」

「何よこれ……何がどうなってるの…………」

「無事で何よりよ。 色々と説明しないといけないけれど、まずは場所を変えましょうか」

「ほらよ、立てるか?」

佐倉杏子は、美樹さやかに手を貸した。
まどかは完全に腰が抜けているので、これ役得と私が背負っている。

「あ、ああ……ありがと。
 ごめん、一つだけ聞かせて欲しいんだけど、あんたたち……何なの?」

「魔物を狩る者、魔法少女よ」

ただのクラスメートでありたかったけれど。
その願いは胸にしまい込む。

腕の中に重みを感じる。
重みを伝えるその存在は、ついさっきまでの恐怖に震えて、泣いてしまっている。
私はもはやただのクラスメートではない。そのことに、後悔はない。

78: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/13(月) 00:39:45.42 ID:A4OzF5fSo

時は夕暮れ。
所在は巴家。
三人がかりで、魔女と魔獣についての説明を二人に済ませる。

「……説明は以上よ。 この街は今、異常なまでに魔物の数が増えてしまっている」

「あたしも、本当は別の場所に縄張りがあるんだけどな。
 この街の状況があまりにもおかしくなってるってんで、こいつに呼ばれた」

「その原因が……わたし、だって、言うんですか」

「そんな、そんな出来の悪いファンタジー映画みたいな……」

「君に莫大な才能があるのは、紛れもない事実さ」

「……ええ、そして魔獣についても同様。
 でも、それはあなたのせいじゃないから、罪悪感を覚える必要はない」

「でも、だって、そんな、
 わたしのせいで、死んじゃう人が」

「出ないように私たちが動いているのよ。
 そもそもあなたに引き寄せられるように魔物が出現するお陰で、逆に捉えやすくはなっているし」

「まあおかげさまで、グリーフシードをかなり集められるようになったからな。
 今のところ不都合は出てないよ」

79: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/13(月) 00:40:35.95 ID:A4OzF5fSo

ひとまず事実を伝えることは終わった。
これから先は、交渉。
どうなるかは分からないけれど、ただ私に出来る事は誠心誠意頼み込むことだけ。

「そしてお願いがある。
 あなたの護衛を、私たちにさせてほしい」

「魔獣が現れたのはごく最近なのよ。必ず何らかの原因がある。
 その原因を突き止めて解消すれば、このおかしな状態も元に戻るはずだわ」

「…………それ、あたしからもお願いします。
 まどかのこと、あたしじゃあ守ってあげられないから……」

「でも、でもそうしたら、ほむらちゃんや杏子ちゃんも危ないんじゃ」

「あたしらは、その危険を受け入れて魔法少女やってるんだ。
 街にいようが、あんたの横に居ようが、やることは同じさ」

「私は学年が違うから、すぐに駆けつけることは出来ないけれど。
 二人ならある程度柔軟に動いて、対応してくれる筈よ」

「……わかり、ました。
 迷惑かけてごめんなさい、どうか、よろしくお願いします」

これで彼女の安全は、直接この手で確保することが出来るだろう。
契約を迫る存在もない。あとは魔獣について新しいことが分かるのを待つのみだろうか。
ワルプルギスの夜に加えて、魔物の存在。課題は山積みだけれど、とにかくやれることをやっていくしかない。
今私のすべきことは、この目の前の状況への対処。

80: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/13(月) 00:41:11.53 ID:A4OzF5fSo

二人はとても辛そうな顔をしている。
一人は己の無力さに、
一人は己の強大さに、
それぞれが対照的な悩みを抱え、心を惑わせている。

私は、私の伝えたいと思うことを伝えよう。
そうすることで彼女たちはきっと楽になれると信じて。

「……いきなりこれだけの情報を与えて、申し訳ないと思う。
 でも、きっとあなたたちを守ってみせるから、どうかいつも通りの日常を送って欲しい。
 そしてどうか、魔法少女になるなどとは思わないで欲しい。
 この道は、そうするしか他に方法がない人にだけ与えられる茨道。あなたたちの幸せは、そんなところにはない」

後ろ二人の雰囲気が変わる。
彼女たちもまた、それぞれに悲劇を背負った。
これ以上そんな被害者を増やすわけには、いかない。

81: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/13(月) 00:42:42.84 ID:A4OzF5fSo

**********************************************

今日聞かされたことは、どれもこれも訳が分からないほど非現実的だった。
この世には魔女とか魔獣とか魔物だとかっていう人を食う化け物が居て、それと戦うのが魔法少女?
そんでまどかの魔法少女としての素質がすっごく強くて、それに化け物どもが吸い寄せられていて?
どれもこれも、普通とても信じられない。
けれど、あたしたちは実際にその魔物とやらに襲われた。
あとちょっとで死ぬ所だった。
その現実が、どうしてもあたしに逃避をさせてくれない。

「なんだってのさ、もう」

そしてその現実が、あたしに一つの選択肢を与えている。
願い。
魔法少女になることで、引き換えに与えられる可能性。
あたしにとっての願いはきっと、恭介の腕を治すこと。

それだけじゃない。
まどかが、いつの間にか命の危険に晒されているなんて。
ここで動かないあたしを、あたしは許すことが出来るのか。

しかし。
あの戦いは文字通り命懸けで、彼女たちもまた死を覚悟して戦っていた。
自分にその覚悟が出来るのか。
そう自信に問いかけていると、窓から客が訪れた。

82: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/13(月) 00:43:40.34 ID:A4OzF5fSo
「入ってもいいかい、美樹さやか」

「キュゥべえ……だっけ?」

窓を開けた瞬間、夜風が身体を打つ。
その音はまるで泣いているようで。
何故だろうか、不思議な胸騒ぎがした。

「悩んでいるのだろう、契約について」

「何で分かるのさ」

「僕も永いからね。 どんな子がどんな願いを持っているかくらいは、すぐに分かるよ」

「大したもんだわ」

「そして君には魔法少女の素質がある。 叶えられるよ、その願いを」

「治せるの?」

「ああ。 一切事故の痕跡などなかったような形で、治す事ができるだろう」

「………………そう」

83: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/13(月) 00:44:33.20 ID:A4OzF5fSo

その言葉はひどく甘い。
何をどうしても治らないと通告された恭介の腕を、治せる。
他でもない、このあたしが。

しかし。
あの転校生の言葉が、脳裏に蘇る。
あたしの幸せはその先にはないと。

希望。
恐怖。
願い。
いくつもの感情が、胸の中で交差し、考えをまとめられない。

「ごめん、もうちょい待ってもらえる?」

「当然さ、焦って決めるようなことではないんだろう」

どうするべきか。
その問いにはすぐ答えが出た。
とりあえずは誰かに、話を聞いてみよう。

84: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/13(月) 00:46:12.43 ID:A4OzF5fSo

**********************************************

そんなあたしの方針は、思いもがけない形で叶えられる。

「話がある」

「……うん、いいよ、あたしも聞きたいことあったんだ」

翌日。
学校で、転校生(赤)に呼び出しを食らった。
聞きに行く候補ナンバーツーくらいだったから、ちょうどいいといえばちょうどいいのだけれど。

「屋上があるんだっけ、案内してくれる?」

「はいよ」

廊下を先導して歩きながら、この子のことを考える。
何を願って魔法少女になったんだろうか。
その結果として何を得たのだろうか。
戦うことは怖くないのだろうか。
どこまで答えを貰えるかは分からないけれど、とにかく聞いてみよう。

屋上への階段を上りきり、扉を開く。
ざあっと、涼しい風があたしたちを出迎えてくれた。


「へえ、結構いい場所じゃん」

「あたしのお気に入りなんだよ。 まどかとよくここでお弁当食べてる」

「ああ、そうか。 今度食べにきてもいいかもな」

85: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/13(月) 00:47:00.86 ID:A4OzF5fSo

そこで一度、会話は途切れる。
この会話が本題でないことくらいは、あたしにも分かる。

言葉を選び終わったであろう彼女が、口を開いて。

「あんたはさ」

「さやか。 美樹さやか」

「ああ、さやかは、奇跡を信じるのかい」

「……あったらいいなって、そう思う」

「そうかい、じゃあ教えてやるよ」

言葉が切れる。
一体何を、


「奇跡なんてもんは、無いんだよ」


風はいつの間にか止んでいて。
不快な蒸し暑さと頬を伝う嫌な汗だけを、感じた。

86: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/13(月) 00:47:52.47 ID:A4OzF5fSo

向けられた言葉は、ただただ残酷なもの。
その意味を文字通りに理解することすら、今のあたしには難しい。

「世界ってのは残酷なもんでな。
 願いを叶えた人間は、それと同等以上の絶望を背負い込まなきゃいけないんだとさ」

「……そんなの、誰が決めたのよ」

「知らねーよ。 神様かなんかじゃねえの?
 願った内容は必ず壊される、より重い絶望が振りかかってくるだけだ。
 だから人生の先輩として忠告しといてやるよ。
 魔法少女になんて、なるんじゃねえ」

聞こうとしていたことは、およそ無駄になった。
こうまで真っ向から否定されるとは思っていなかったもの。
でも、まだ、信じたくない。
その思いの向かうまま、子供のような反抗を試みる。

「何で、そんなこと言うの」

「昨日様子おかしかったからな、釘刺しとこうと思った」

「何で、そんなことが言えるの」

「経験」

87: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/13(月) 00:48:32.86 ID:A4OzF5fSo

「……何を願ったっていうのさ、あんたが」

「佐倉杏子」

「……杏子は、何を?」

「父親が神父だった。
 でも、あたしの父親はクソ真面目すぎてね、あまり受け入れてもらえなかった。
 そして父親の言うことを、みんなが聞いてくれるように願った」

「で、どうなったの」

彼女の表情は変わらない。
それは意思によるものか。
それとも。
一つ息を吸い、彼女は言葉を紡ぐ。



「一家心中だ。 あたしを残してな」

「っ、な、」

「あたしに最後に向けられた言葉は、『この魔女が!』だったよ」

88: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/13(月) 00:49:18.98 ID:A4OzF5fSo

零された言葉には、到底受けきれない重み。
言葉を返せない。
何も言うことができない。


「心の底から後悔した。 契約なんてしなければよかったとね」


「今となっては、戦わないと生きていけないから、ただ戦っているだけさ」


「少しなりと思い入れのある相手はできた」


「けれど、あたしが最初に守ろうとしたものは、影も形もない」


「もう一度忠告しておくよ」


「こんな道を、進むんじゃない」


寄りかかっていたフェンスから体を起こし、杏子は屋上から立ち去っていく。
あたしに出来るのは、その後姿を見つめることだけ。
ただ彼女の言葉を、少しでも理解しようと頭を動かすだけ。
だけれども、その一つ一つ吐くように搾り出された言葉は、あたしの脳を完全に麻痺させて。
しばらくは、動くこともできなかった。

89: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/13(月) 00:50:35.08 ID:A4OzF5fSo

「補足がある」

放心するあたしに声を掛けるのは、もう一人の転校生(黒)。
暁美ほむらだったか。
いつから屋上にいたのかすら把握していなかったのに。
とても自然にまるで溶け込むように、給水塔の上に立っていた。

「まだ……あるの?」

「とても大切なことがね」

そう呟くと、彼女はかき消える。
そして私の背後に現れた。
掌に重み。
そこにあったのは、彼女のソウルジェム。
理解できない現象に頭はついてゆかず、ただのろのろと言葉を待つばかり。

「ソウルジェムについて、どのような説明を受けたか覚えている?」

「魔法を使うための、力の源だって」

「そこまでは正解。 ただ、そこから先があの説明には抜けていた」

「……もったいぶらずに、さっさと言ってよ」

90: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/13(月) 00:51:34.32 ID:A4OzF5fSo

イライラする。
理由もなく。
彼女の態度におかしいところはない。八つ当たりであることは理解していたが、理性がどうにも働いてくれない。

「なら単刀直入に。
 その石は私の命そのもの。
 その石が砕ければ私は死ぬし、濁り切ってしまえば私は壊れる。
 その一方で、この身体が砕け散ろうと、魔力で修復すれば何の問題もない」

息が詰まる。
それだけでも十分過ぎるくらいの衝撃だったのに、私の口は勝手に動いて。
さらなる衝撃を呼び寄せてしまう。


「濁り切って壊れるって、どういうことよ」

「魔女になるわ。 絶望と怨念の果てに」


今度こそ呼吸が止まった。

91: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/13(月) 00:52:37.30 ID:A4OzF5fSo



「これが魔法少女の末路」



「願ったものは全て奪われ、絶望と戦いの果てに自らが呪いそのものとなる」



「理解したらその考えを捨てて。 あなたの幸せはこちらにはない」



一つ一つ、重みを込めて発した。
言わなければならない言葉はこれで全て。
けれど、まだここを立ち去るわけにはいかなかった。

膝から崩れ落ちた美樹さやかの元へ歩み寄る。
なおも震える手を、握って。

92: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/13(月) 00:53:20.78 ID:A4OzF5fSo

「あなたのような子を、私は、何人も見てきた」

反応はない。

「とても優しい子たちだった。 だからこそ、悩みの末にその身を捧げていった」

返事はない。

「そして例外なく絶望し、この手にかけられていった」

相槌はない。

「どうかお願い。 私にあなたを殺させないで」


手を握り返す感触が、あった。


それを返答として屋上を立ち去る。
最後に一つだけ注意を残して。

「今言ったことは誰にも言わないで、特に佐倉杏子と巴マミには。
この事実を知った魔法少女たちは、ろくな最後を迎えないから」

93: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/13(月) 00:54:27.28 ID:A4OzF5fSo

屋上を出て、いくつか階段を降り、踊り場に達すると。
そこに佐倉杏子が佇んでいた。
どこか物寂しげなその横顔に、声を投げ掛ける。

「ありがとう、杏子」

「あん? なんのことだよ」

「美樹さやかのこと。 私一人では骨が折れた」

「別に言いたいこと言っただけだし」

それでも結果的に、私はとても助かったから。
とはいえあまり強く出ても仕方がないし、この辺りで引き下がろうか。
窓の外では、体育をやっているらしい、歓声と土埃が沸き上がっていた。
あまり強くない日差しが彼らを熱する。生温い風が彼らを辛うじて冷やしている。

「あまりいい天気ではないわね」

「まあ、そうだな」

二人してぼんやりと、窓の外を眺める。
瞳に移り込む人たちはみな幸せそう。

94: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/13(月) 00:55:18.97 ID:A4OzF5fSo

「楽しそうね」

「ああ、そうだな」

「今日は雨が降るらしいけれど」

「暑いし、ちょうどいいんじゃね」

言葉に前後して雨が降り出した。
雨の日特有の土臭さが鼻孔を満たす。
暑さの中に涼しさが混ざり始め、先ほどまで外にいた一団は校舎へと避難してきた。

「強くなりそうね」

「せっかくだし、外行かねえか」

「何がせっかくなのよ」

そう返すけれど。
私の足は既に昇降口へ向いていた。
キャッチボールでもしようか。

104: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/15(水) 01:31:40.51 ID:ijf6YF/Zo
[暗闇の魔女 ズライカ]
  暗闇の魔女。
  その性質は妄想。
  闇が深ければ深いほどその力を増す。
  完全な暗闇の中においてはほぼ無敵だが、
  灯りの多い現代ではそれほど恐れる魔女ではない。


当たり前の日常がある日突然崩れていくのは、どんな感覚だろう。
こんな感覚です。

あの日CDショップで不思議な化け物に襲われて、それ以来わたしの日々は様変わりしてしまった。
今もわたしの目の前で、命を懸けたやり取りが行われている。

戦っているのはわたしではなく、三人の魔法少女たち。
わたしを守るためにと、その身を危険に晒している。
あれから毎日、放課後は三人と一緒に街をパトロールという名目で回って。
街を歩く度魔物に遭遇してしまう。
目の前で結界だとか、そんなものが出来たことすらあった。
正直言って、もう辛くて仕方がない。
わたしのために、わたし以外の人が傷つくことを、ただ眺めていることしか出来ないのは。

「そろそろ終わりそうね」

今、わたしの横にはマミさんがいて、ほむらちゃんと杏子ちゃんは魔物と戦っている。
二人で敵の相手をし、残る一人は護衛に残るというローテーションなんだとか。
周囲には深い深い闇が広がっていたけれど、爆発と閃光がその闇をなんとか照らしていた。

「閃光弾か、暗闇を力とするこの魔女には特に効果的だね」

105: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/15(水) 01:32:22.87 ID:ijf6YF/Zo

そういうものなのだろうか。
キュゥべえの言うことは正直言って半分も理解できないのだけど。
なんとなく、その光は暖かさを感じさせるものだった。
その光に釣られて、わたしは心の内を吐露してしまう。

「あの、マミ、さん」

「何かしら?」

「……ごめんなさい。 わたしのせいで、こんなに、危険なことばっかり」

この状況はいつまで続くんだろう。
いつになったら解決してくれるんだろう。
ただ心の中に、申し訳ないという思いだけが募っていく。
解決する能力すら、わたしにはないのに。

「気にしなくていいのに」

「そんなこと、できないです。
 だってわたし、何もしないで、ただ見ているばかりで」

「まあ、そうなんでしょうね。
 あなたはきっとそういう子なんでしょう」

106: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/15(水) 01:33:40.34 ID:ijf6YF/Zo

そうやって優しい言葉をくれるけれど、わたしはどうしてもそれを受け入れられない。
気付けば、目元に熱いものが滲んで。

「こんなのって、ない、です。
 あんまりです、関係ないのに、わたしなんかのために」

「…………ふう、しょうがないわね、ちゃんと話さないとダメかしら。
 あとで私の家に行きましょう、お菓子くらいなら出してあげるわ」

その一声と同時に結界が弾け飛ぶ。
月明かりが差し込み、元の世界が戻ってくる。

「はいよ一丁あがり」

「お疲れ様、暁美さん、佐倉さん。
 今から私の家にこの子を連れて行きたいのだけど、いいかしら」

「ん? まああたしはかまわねーけど」

「……問題ないわ。 まどかをよろしく頼む」

「何言ってるの、あなたも来るのよ」

107: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/15(水) 01:34:07.85 ID:ijf6YF/Zo

「……で、なによ。 これ」

「えっと――――お泊り会?」

「いらっしゃい美樹さん、待ってたのよ」

閑静な住宅街の中の高級マンション、その一室に呼び出されて何だと思ったら。
……お泊り会?
しかもそこにいる面子は、まどかと彼女を守る魔法少女一団。
何の冗談だろうか。

「別に、冗談ではないわ」

「いやあたしとしては冗談であってほしかったんだが」

「いいじゃないの、たまにはこれくらい」

「…………何があったの?」

「あのね、マミさんがね……」

108: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/15(水) 01:35:05.06 ID:ijf6YF/Zo


『お友達になりましょう』

『…………、え』

『知らない人に守られてると思うから卑屈になっちゃうの。
 なら、お友達に守ってもらってると思えば少しは楽になれるでしょう?』

『マミお前、それ本気?』

『マジと書いて本気よ。
 いいじゃないの、こんなに可愛いお友達、大歓迎だわ』

『ああ、そう…………』

『やれやれ、マミは言い出したら聞かないからね……』

『異論あるかしら? 暁美さん』

『……ないわ』

『決まりね。 ほらほらじゃあ早く行きましょう!』

『あ、待ってください!
 あの、さやかちゃんも、呼んでいいですか』
 
『んー、まあいいんでねーの?
 あの後もちょっと気になることだしな』

『そうね、じゃあ早く呼んでもらえるかしら』

『暁美さん、ずいぶんと嬉しそうね』

109: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/15(水) 01:38:02.94 ID:ijf6YF/Zo


へなへなと体から力が抜けていく。
本当にこの子達は命懸けで戦っているのだろうか、いやそれはこの目で見ている。
それにしてもこの緊張感のなさというか、なんというか言葉にしかねて、

「あーまあもうなんかいいや、付き合いますよっと」

場の流れに任せてしまおうと思った。

110: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/15(水) 01:39:10.76 ID:ijf6YF/Zo

**********************************************

そして結論から言うと。
私とまどか以外は、酔っ払って寝てしまった。

「……この国では、未成年の飲酒は禁止されているはずじゃなかったかい?」

ああ、こいつもいたか。

「みんな寝ちゃったね。 あはは……」

「呆れるしかないわ」

原因は巴マミが隠し持っていたブランデー。
紅茶にちょっとだけと弁明していたが、未成年の飲酒なんてもってのほかなのに。
まあ魔法少女にあんまり関係はないが。
誰かが誤って混入してしまったらしく、こうして三人のよっぱらいが完成していた。

「まさか杏子ちゃんが泣き上戸だとは思わなかったよ……」

「美樹さやかが慰める側に回るなんてね」

「さやかちゃん、根は優しい子だから」

「大丈夫、知ってるわ」

「まあ、マミの酒乱っぷりに比べたらマシなんじゃないかな」

確かにこの二人はまだ大人しい方だっただろう。
巴マミの暴れ方と比べたら、そういう評価を下さざるを得なかった。

111: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/15(水) 01:40:10.04 ID:ijf6YF/Zo

「彼女の家だから私たちが口を出すまでもないのだけれど」

「これはどうするんだろう……」

「というかキュゥべえ、あなたは知らなかったのかしら? 彼女の飲酒癖のことを」

「僕も初めて見たんだ、知るわけないだろう。 隠れてやることって自覚はあったんだろうね」

普段綺麗に整えられている彼女の部屋は、今となっては無残も無残。
よっぱらいが転がっているからという訳ではなく、単に調度品がめっちゃくちゃになってしまっていたからだ。
ソファに箪笥、机など、ありとあらゆるものに弾痕が残されている。
『もう飲むしかないじゃない!?』と謎の逆ギレを起こした巴マミ御自らの手によるものだ。
飲むことと撃つことはまた違うと思うのだけれど。

「まあ、本人が何とかするでしょう」

「そう、だね」

112: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/15(水) 01:40:48.05 ID:ijf6YF/Zo

そこで言葉が切れる。
いびきが断続的に響いているため、沈黙が訪れるわけではないけれど。
漂う空気は心地よい。
私が何より待ち望んでいた時間が、そこにはあった。
これからやらなきゃいけないこともあるし、まだ解決していないことも山ほど残っているけれど。
この穏やかさが何よりも私の救いだった。

このまま時間が止まればいい。
そう思うけれど、でもそれをすることはない。
その力は確かにここにあるけれど、その力を行使することはない。
私の望みは、この迷宮から抜け出した後も、まどかたちと共に日々を過ごしていくこと。
だから。

静かに時の流れに身を委ねる。
せめてゆっくり流れてくれと願いながら。

113: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/15(水) 01:42:01.48 ID:ijf6YF/Zo



「ねえ、ほむらちゃん」



長いような短いような平静を裂いて。
声が響く。

「何かしら」

「……ほむらちゃんは、何で私のために戦ってくれるの?」

その質問は、ぐさりと私の心に。

「難しい質問」

「あ、えっと、困らせたい訳じゃないんだよ。 ただ、何て言ったらいいのか、その」

「分かっているわ。 あなたにとってみたら、何もかもが突然すぎるものね」

あなたに何もかもを伝えることは出来ないけれど。
せめて少しくらいは。
オブジェのように突っ立っているインキュベーターを軽く皮肉りつつ。

「……何でもない日常を、大切な家族と、大切な友人と過ごしていくこと。
 そんな当たり前の幸せを壊してしまうような仕組みを、許せないから」

「…………すごい、ね」

「自己満足よ」

114: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/15(水) 01:43:04.51 ID:ijf6YF/Zo

結局の所、私も自分の幸せを掴むために戦っているのだから。
そのために本当に色々なものを犠牲にしている。
すごくなんて、ない。
そう思うけれど、今はその言葉は喉元で留めておくことにした。
その代わりに口を開くのは、まどか。



「わたしね」


「死のうと思ってたんだ」





穏やかな空気など。
幻想だった。

115: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/15(水) 01:43:58.48 ID:ijf6YF/Zo

私の沈黙をどう捉えたのか。
彼女は言葉を続ける。

「わたしが死ねば、みんな戦わなくてすむかなって思ったんだ」

体は金縛りにあったように動かない。
ただ音が耳を抜けていく。


「でもね」

「怖くて、出来なかった」

「ずるいよね、わたし」

「戦うこともできないのに」

「死ぬことすら……」


そこで。
ようやく体に、力が戻る。

「バカなことを言わないで!!」

喉がはち切れんばかりに叫び、強く強くまどかを抱きしめる。
腕の中に震える感覚。
今すぐにでも消え果ててしまいそうな、手折られてしまいそうな、弱々しいもの。

116: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/15(水) 01:45:00.04 ID:ijf6YF/Zo

「あなたが、あなたが死んだ所で、この世界は変わったりなんかしない」

「どうしてあなたはいつも、そうやって自分を犠牲にして!」

「それで傷付く人がいるって、どうして分かってくれないの!?」

息を切らして。
心を揺らして。
気が付けば、ただ思いのままに言葉をぶつけてしまっていた。
肩越しに呼吸の音が聞こえる。
それはとても早い。
とてもとても早い。
肩越しに声が聞こえる。
それはきっと。

「ごめんね、ほむらちゃん」

「こんなにも、わたしのために」

その言葉を区切りに、私たちは感情の波に溺れてゆく。
どこまでも、どこまでも。

ごめんなさい。
謝罪の声が聞こえる。
やめて。
あなたをこの迷宮に閉じ込めているのは、他でもない私。

ごめんなさい。
謝罪を繰り返す。
けれど。
全てを知っているのは私だけで、想いは正しく伝わらない。

何をすればよかったのか。
何をしてはいけなかったのか。

何も分からない。
涙の作る渦に、沈んでゆく。

117: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/15(水) 01:46:45.49 ID:ijf6YF/Zo


どれほどの時間が流れただろう。
どれほどの涙を流しただろう。
静かに体に力が加えられる。引き剥がす方向へと。
お互いぐしゃぐしゃの顔で、それでも視線を互いに交わす。

「ねえ、ほむらちゃん」

「何かしら」

「わたしたち、どこかで会ったこと、あるかな」



「カッターを手首にあてた時ね」

「なんでだろう、頭の中にほむらちゃんの顔が浮かび上がって」

「すごく悲しそうな顔で微笑んでいて」

「何かを、言ってたんだ」



私の中に眠る記憶は、痛いほどその存在を主張する。
彼女を殺したときの光景を。
いや、それ以上に。
彼女との日々の全てを。
色褪せることのない、珠玉の日々を。

118: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/15(水) 01:47:37.21 ID:ijf6YF/Zo

沈黙。
だがこの時間は、沈黙のまま終わらせない。


「ええ」

「あなたは覚えていないけれど」

「私は、あなたに助けられた」

「この命を、そして、心を」

「だから」

息を吸い。
想いと共に、言葉へ変える。

「私にあなたを、助けさせて」



「…………そう、なんだ」

「過去のわたしは、あなたを助けられたんだね」

「じゃあ、お願いしてもいいかな」




「どうかわたしを、この地獄から連れ出して」


返答は声にしない。
する必要はない。

127: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/17(金) 22:12:53.81 ID:YSdw+2iGo

翌朝。
案の定、三人は随分と体調が悪そうだった。

「まったく、二日酔いになる魔法少女なんて聞いたことがないよ」

「あ、頭ガンガンする……」

「うるせえ言うな、余計痛む……」

「こんなはずじゃ……」

「みんな、大丈夫? 立てる?」

「ムリ~……」

「二日酔いでサボりだなんて、大した不良ね」

「くっそ、好き勝手言いやがって……あいたたたたたた」

「ごめんなさい、夕方までには治すから……うっぷ」

128: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/17(金) 22:14:36.54 ID:YSdw+2iGo

へろへろの足取りで洗面所に駆け込んでいく。
いつもの凛々しい姿はどこへやら。
仕方がない、彼女たちが復帰するまでは私一人でどうにかするしかないだろう。

幸い魔物については、ある程度の法則が見えている。
二種類が存在して、魔獣が魔女を吸収したものと、魔女が魔獣を吸収したもの。
後者は特に危険だが、これは統計における魔女の出現とほぼ一致している。
ほぼ時間場所を把握出来る分、逆にその対処は容易い面もあった。
そして前者は完全にランダム。
主にこれを警戒して街のパトロールを行っているが、力量としてはまだ対処しやすい部類に入る。

今日出現する予定の魔女はいない。
おそらく、なんとかなるだろう。

「行きましょう、まどか」

「うん、ほむらちゃん」

今の彼女には、一つ芯が通っている。
その表情にも憂いはなかった。
顔をこちらに向けて、一言。

「いつか聞かせてね、昔のわたしのこと」

「ええ、必ず」

129: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/17(金) 22:15:24.21 ID:YSdw+2iGo

足音が遠くなっていくのを確認する。
痛む頭ではそれも一苦労だ。

「あっつつ……行ったかしらね」

「クッソなんであいつらだけ……」

「うー杏子、水とって…………」

「自分で取れバカ……」

「それが君の願いなら、僕は喜んで取ってあげるけれど」

「撃つわよ?」

「やだなあマミ、冗談に決まってるじゃないか」

何でもない会話を楽しみながら、頭痛が治まるのを待ちたいところだけど。
私の耳に残る会話がそれを許さない。
何とか思考を整え、口を開く。

「……ところで、話があるの」

「昨晩の話か」

「あたしは、半分も理解できなかったけど」

130: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/17(金) 22:16:30.23 ID:YSdw+2iGo

どうやらみんな聞いていたらしい。
話が早くて助かる。
あの会話はそのまま流すには、あまりに重過ぎるものを抱いていた。

「暁美さんは、明らかに何かを隠している」

「そうさな。 まあ当初から何もかも色々と怪しかったけど」

「でも、まどかへのあの態度は」

「僕には異様とも見えたね。 あの執着振り、よほどの事情があるんじゃないかな」

「……そんなことを言いたいんじゃないよ、あたしは」

「分かってるわよ。 あの子は悪い子じゃないわ」

「隠し事もヘッタクソだしな、悪事働けるタイプじゃないことだけはよく分かる」

「おいおい聞いていきましょう。
 あの子も、きっと何か事情があるのよ」

そこまで話したところで、また頭痛が再燃した。
ああ、これは夕方までの復帰はダメかもしれない。
いや人の命が懸かっているのだから、そんなことは言ってられないのだが。

「キュゥべえー…………これなんとかならないかしら」

「…………もう試して失敗していることを期待して聞くけど、魔法で一発じゃないのかい」


ああ。
そんな方法があった。


インチキだー!という悲痛な叫びが一つ、部屋に響く。

131: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/17(金) 22:17:30.78 ID:YSdw+2iGo

**********************************************

結局その日は、昼から彼女たちと合流した。
なにやら苦笑いを浮かべていたのは、美樹さやかだけ来なかったことと関係しているのだろうか。
置いてきちゃった☆とは巴マミの弁だが、それでいいのか世帯主。
今はこうしてパトロールを一段落させ、まどかを家まで送り届けたところだった。

「思うのだけれど、夜彼女を一人にしても大丈夫なのかしら」

「できることなら傍に居た方がいいけど、深夜ならあまり問題はない。
 魔獣は人の感情を吸って発現するから、皆が寝静まるような時間には現れにくい」

「相変わらず詳しいね」

「……嘘はついていない」

「わーってるよ。 ただ、不思議なだけだ」

不思議、それはきっと仕方ない感情。
こんなに怪しさ満点の人間もそうはいないだろう。
ああ、人間ではないか。
思わず自嘲がこぼれる。
だが、そんな自嘲にいつまでも浸らせてくれるほど、私を取り巻く現実は甘くない。



「ちょっとあなたに、質問したいことがあるのよ。
 ……ごめんなさい、昨日の会話が聞こえてしまって」

「全部話せとは言わねぇけどさ、やっぱ話せるところだけでも話してくれない?」

「……僕も興味がある。 強要はしないけどね」

132: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/17(金) 22:20:10.19 ID:YSdw+2iGo

「――――ッ」

まさか聞かれていたとは思わず、一気に思考が停止してしまう。
うまい弁明を思いついてくれないものか、頑張って頭を動かそうと試みるけれど。


空回りする頭は一切の答えを与えてくれない。
ハプニング耐性はつけておけと散々自分に言い聞かせているのに、学習する様子は微塵もない。
結局、収拾の付かなくなった混乱は、彼女たちに収めてもらう羽目になる。


「落ち着いて、私たちはあなたを疑うつもりはないから」

「あの泣き方は演技じゃできないもんな、お前が悪者だとかそういうこと言いたいんじゃないから」


……そんな言い方をしなくてもいいじゃないか。
ともかく、出してくれた助け舟には、ありがたく掴まるとする。

キュゥべえに秘密が伝わることのデメリットも少し考えたが、どちらにせよ何も出来ないだろう。
彼女たちには既に強く釘を刺してあるし、無害化は完了しているに等しい。
どちらにせよいつか話さなければならないことであった以上、機会があるのはありがたいことだ。

「……わかった、出来るだけ話す。
 もう夜も遅いけれど、今から行ってもいいかしら」

「ええ、もちろん」

外は暗い。
闇に呑まれそうになる恐怖は、押し殺す。

133: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/17(金) 22:21:08.31 ID:YSdw+2iGo

**********************************************

「ただいま、パパ」

「おかえり、まどか」

ほむらちゃんたちに送られ、家に帰り着く。
本来ならここは安心するところなのだけれど。
わたしにとってこの帰宅は、魔物と同じくらいには問題だった。

つまるところ。
中学生がしばしばこんな時間に帰ってくることは、親にとって立派な問題足りうるということ。

「今日も遅かったね」

「うん、ちょっと、先輩にお呼ばれしちゃって」

「そうか」

優しい口調が逆につらい。
心配をかけているのが、心苦しい。
何も言えないことも。

そんなわたしの悩みを、知ってか知らずか。
子を心配する親の当然の努めとして、パパはわたしに疑問を投げ掛ける。

134: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/17(金) 22:22:02.45 ID:YSdw+2iGo


「確認したいことがあるんだけど、いいかな」

「……うん」

「最近まどかは、目に見えて帰りが遅くなったけれど」

「うん」

「悪いことをしているわけでは、ないんだよね」

「してない、してないよ」

「夜道は危ないけれど、一人で歩いたりは」

「先輩たちがいっしょに」


そこまではいい。
だけど、パパはわたしの答えを噛み締めるように、深々と考え込む。
そして。

「そう、じゃあ最後に一つ」



「パパやママには話せないことかい」

135: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/17(金) 22:22:43.99 ID:YSdw+2iGo


わたしは黙り込んでしまう。
話せるものなら話したいけれど。
何から話していいのか分からないし、何より信じてもらえるとも思えない。
結局、沈黙が回答となってしまった。

「…………分かった」

「パパ、ごめんなさい、心配かけて。
でも、わたし、」

「まどか。 お願いがあるんだ」

せめて何か、と口を無理矢理に開いたわたしに。
珍しくパパが、はっきりとした口調で割り込んでくる。


「今度そのお友達を、うちに連れてきてくれないかな?
晩御飯を作って待っているから」


「……、え?」


「まどかはいい子に育ったからね、おかしなことはしないと信じているよ。
ただ、どんな子と仲良くしているのか、見てみたいんだ」

パパは、やっぱりパパだった。
きっとパパにとってそれは当たり前なのだけど。
今のわたしにはとても、ありがたかった。

「……うん。 みんな、きっと喜ぶよ」

136: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/17(金) 22:23:54.46 ID:YSdw+2iGo

**********************************************


「暁美さんはミルクを入れるのだっけ」

「いえ、構わないわ」

話せる限り話すと約束し、また巴家を訪れたのはいいけれど。
なんとなく、お茶にでもしようか、という空気が流れて。
こうしてくつろいでしまっている。

「いつも思うんだけどさ、マミはいつの間にお菓子類を買ってくるんだよ」

「美味しいお茶菓子は紅茶に欠かせないでしょ、外に出たら大体買うわよ」

「まあありがてー話だけどさ。 むぐ」

「こら、ちゃんとフォーク使いなさい」

「えー」

「……二人とも、そろそろいいかしら」

さすがに痺れを切らした。
こうやってお茶を楽しみたいという気持ちはあるけれど。
今は、伝えるべきことを伝えないと。

「ごめんなさいね、つい」

「ほへふっへからへひひ?」

「早く飲み込みなさい」

「……ふふ」

きっと信じてくれる。
そう私も信じるから。
緊張は、うまい感じにほぐれていた。

「まだ全ては伝えられない。 けれど、私に話せる限りのことを、あなたたちに」

137: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/17(金) 22:25:47.34 ID:YSdw+2iGo

だけど、結局何を話していいのか分からなくなって。
結局説明は一点、端的に済ませた。

「なるほど、時間遡行とはね」

「大したもんじゃん、まるで神サマだわ」

「こちらが私本来の能力で、おそらく時間停止はその副産物」

「それは確かに、私たちやキュゥべえが知らないことを知っていても、おかしくないけれど……」

「まぁ、奇行の数々にも説明つくな」

奇行って。
痴態とか言われなかっただけ、まだマシか。
これ以上は言葉を重ねる意味もない。
ただ視線を送るのみ。
どうか信じてと。




二人の眼もまた、真っ直ぐに私を見据える。
その心は何を思うのか。
永遠とも取れそうな無言の後に、巴マミが口を開く。

138: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/17(金) 22:26:40.57 ID:YSdw+2iGo


「一つ聞かせて?」

「時を遡ってまで、あなたは何を望んでいるの」



それはきっと、わたしの存在意義そのもの。
答えは私の中にある。
とてもとても汚いエゴとして。
自覚はあるけど、今更撤回しようなんて思わない。
この汚さを抱えて、私は生きていく。



「幸せを」

「大切な人と共に在る、幸せな日常を」



私の幸せは、必ずしもあなたたちの幸せとは一致しないだろう。
だけどそれでもいい。
私はただ私のために、あなたたちを救うと決めたのだから。



「そうか」

答えたのは杏子。

「ならいい。 誰かのためなんて言ったら、今ごろあたしはあんたをぶん殴ってたよ」



「……その上でお願いがある」

どうか。

「力を貸して」

139: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/17(金) 22:27:59.15 ID:YSdw+2iGo


「いいわ」

先に口を開いたのは、巴マミ。
引き締めていた表情をゆるりとほどいて。

「お友達の幸せを、応援しない訳にはいかないからね」


そして、


「正直な奴は嫌いじゃない」

打ち震える私に、追い討ちのように。
不敵な笑みを浮かべながら、佐倉杏子が言葉を発する。

「いいさ、協力するよ」




「――――ありがとう」

あなたたちの命、私が預かる。
死なせはしない。
もう二度と。

148: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/18(土) 22:26:02.60 ID:XBY08Lq5o
**********************************************

授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る。
その音はいつもと変わらないはずなのに、懐かしくもあり疎ましくもあり。
私の視界にいたはずのほむらと杏子は、まどかを連れていつの間にか姿も見えない。

「帰ろ、仁美」

「そうですね。 今日もまどかさんはお忙しいのでしょうし……」

あれから数日、あたしは放課後を仁美と過ごすようになっていた。
稽古やら習い事やらで忙しい身だから、すぐに一人になってしまうのだけれど。
まどかやほむらたちに、余計な負担は掛けたくないし。
何よりこの世界の有り様を知ってしまって、彼女を一人にするのは、ただただ怖かった。

「忙しいのは仁美も同じじゃん? よくやるよねー」

「でも今日はお休みなんです」

「あれ、珍しい」

「ですから、今日はさやかさんにお付き合いしましょうかと」

「くー嬉しいこと言ってくれるじゃん、それじゃあ気合入れて遊びに行かないとね!」

今となっては、この子だけが平穏な世界の住人だったから。
その申し出は掛け値なしに嬉しいもの。
断る理由などなかった。

「はい、たまにはいいですよね」

「うんうん、たまには気晴らしできないと息詰まっちゃうよ。
 でどこに行きたいのかな?
 ショッピングだろうとカラオケだろうとさやかちゃんにお任せあれー」

「基本はお任せします、ただひとつだけ行きたい所がありまして」

「うんうん」

「上条恭介さんの、お見舞いに」

149: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/18(土) 22:26:58.00 ID:XBY08Lq5o
**********************************************

「よーっす恭介、来たよ」

「……お邪魔しますわ」

「さやか。 っと、それに……えっと、志筑さん?」

「はい」

結局その申し出を聞いて、そのままあたしたちは病院を訪れた。
少し遊んでからでも、と仁美は言っていたけれど、どうにもそういう気分になれず。
ひとまず必死に平静を装う。
どうしてあたしはこんなにも困惑しているのか。

「CDまた買ってきたよ、こっち置いておくね」

「うん、いつもありがとう」

特にいつもと変わらないやり取りなのに、
どこか居心地が悪い。

「前からお見舞いに参りたいと思っていたのですけれど、なかなか時間が取れなくて」

「そんなに、気にしなくてもいいのに」

「仁美は真面目だからねぇ。 恭介もちょっとはありがたいとか思いなよー」

「ふふ、そうだね」

「もう、そんなことないですわ」

150: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/18(土) 22:27:40.75 ID:XBY08Lq5o

表面は繕うけど。
笑いながら話している二人を見ているのが。
辛い。

「仁美さんは、確か僕のクラスの委員長をしているのだっけ」

「不束者ですが、勤めさせていただいてますわ」

「もう随分と顔を出せていないけれど、最近何かあったりしたのかな?」

「ええ、一度に二人も転入生さんがいらっしゃって………………」


辛くて。
手っ取り早い手段に、訴えてしまう。


「あーごめん! あたしちょっと野暮用できたから、いったん出てくるね!」


返事も聞かず駆け出す。
音を立ててドアを閉めると、看護士さんに怒られた。

151: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/18(土) 22:28:25.37 ID:XBY08Lq5o

「何やってんのかなあ、あたし」

この逃避に何の意味もないことは、重々理解している。
理解しているけれど、飛び出した手前すぐに戻るわけにもいかないし。
ただあてもなく、病院の敷地の中を歩き回る。

仁美はいい子だ。
いつも真面目に努力していて、誰かの力になろうと一生懸命だ。

「それなのに」

そんな仁美に。
いなくなってしまえなんて、そんなことを思うなんて。

あたしはどれほど汚い。
どれほど醜い。
何でこんなことを思ってしまうのか。
唯一残された、普通の友人なのに。

「なんでだろう?」

頭が重い。
ぐるぐるぐるぐると、思考が絡まり、とめどなく巡る。
どこか視界もぼやけてきてしまい、いっそこのまま倒れてしまおうかとすら思う。
ここは病院だしちょうどいいか。

152: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/18(土) 22:29:21.64 ID:XBY08Lq5o


だけど。
その歪みはあたしのせいではなくて。


「…………何これ、あのグリーフなんたらって奴……!?」

黒い靄の中に、それ以上に黒い結晶が突き刺さっている。
すぐに駆け寄って、それが確かにいつか見た形状と一致していることを確認する。
たしかこれが孵ると、あの魔女だか、魔物だかが、この周辺に現れて、人々を襲い出すのだったか。
そんな。
だって。
ここには恭介が居て、仁美が居て。
こんな所で孵ったら、あたしの大切な人たちが。

何か出来ないのかと思うけれど。
あたしにその力はない。
その先にある恐怖に怯え、身を引いてしまったあたしには。

せめて連絡しよう。
まどかに連絡すれば、きっとほむらや杏子、マミさんがそこにいる。
そう思って携帯を取り出し、猛烈な勢いで番号をプッシュするけれど、

「――――――――」

何も音は返らない。
まさかと画面を見てみれば、無情にも映し出される”圏外”の二文字。
ふと周りを見渡してみれば、そこに広がる風景は明らかに異常。

153: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/18(土) 22:30:27.40 ID:XBY08Lq5o

「あ、あ」

後悔ばかりが胸を占める。
あたしは何故契約しなかった。
戦うための力があれば、今頃は全力で駆け出していただろう。
だけど現実には、恐怖が体を縛って震えるばかり。
立っていることも出来ず、ただうずくまるばかり。

この状況を打開する力は、あたしにはない。
それが出来るのは、命を賭して戦う彼女たちだけ。


「……助けてよ………………」


どこまでも身勝手な言葉が漏れる。


でも、その声を聞き付けたように、彼女たちは現れる。


空間が裂ける。


「行きましょう。 ここの魔女が動き出したら被害は…………!?」

「さやか、ちゃん……!?」

「おいお前、何でこんなところに!?」

「……巻き込まれたわね。 危機一髪だったのかしら」


涙が零れるのは、もうどうしようもなかった。

154: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/18(土) 22:32:05.02 ID:XBY08Lq5o

「ごめんね、面倒かけて」

「気をつけてどうにかなるもんじゃなし、別にいいよ」

「前から思ってたんだけど、何であんたそんなにあたしに世話焼いてくれるの?」

「答えにくいこと聞くんじゃねーっての」

「えー、いいじゃん気になるんだってば」

「…………あたしにもわかんねーよ。 ただ、なんか知らないけど口が動くんだよ」

「何それ」

「知るかっての」

みんなは助けに来たのでなく、全く偶然に現れたらしい。
腰が抜けて立てなくなってしまったため、こうして杏子におぶわれている。
ちょうどいいし、いつか聞こうとして聞けなかった質問を片っ端からぶつけてみる。

「……いっつも、こんなのと戦ってるの」

「ああ」

「怖くないの」

「別に」

「凄いね」

「言ったでしょ、それしか選択肢ないんだよ」

「……そう」

「死ぬまで戦って、死んで、それでオシマイ」

「…………」

155: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/18(土) 22:33:09.65 ID:XBY08Lq5o

ほむらの言っていたことが本当なら、魔法少女にとっての終着点は死ですらない。
魔女になって、殺されて、グリーフシードに戻って、また孵化して、を繰り返すのではないだろうか。
あまりにも。
こうして喋っていられる彼女を見ているのが、辛かった。

「………着いたわ。 みんな、気をつけて」

「ええ、大丈夫よ」

「問題ねえ」

ほむらの肩から降り、まどかと一緒に小さく固まる。
そういえば、まどかと一緒にいるのもずいぶんと久し振りのような気がする。
こうして何度も魔女との戦いに伴ってきたのだろうか、不思議と落ち着いた素振りをしていた。

「まどか、落ち着いてるね」

「ほむらちゃんたちのこと、信じてるから」

そんな親友の強さが、とても羨ましい。
自分とは比較にならないくらい命の危険に晒されて、それでもなおこの子はこの子のまま。
そんな強さが、自分にあれば。
静かに目を伏せ、また違う強さを持つ少女達に目を向ける。
魔女が孵ろうとしていた。

156: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/18(土) 22:33:57.90 ID:XBY08Lq5o
**********************************************
[お菓子の魔女 シャルロッテ]
  お菓子の魔女。
  その性質は執着。
  欲しいものは、全部。絶対に諦めない。
  お菓子を無限に生み出せるが、大好物のチーズだけは自分で作ることが出来ない。

魔女シャルロッテ。
高い再生能力と機動力を持つ手強い魔女。
過去のループでは、何度も巴マミがその歯牙にかけられた。

今回は、三人で挑むことが出来る代わりに、魔獣を吸収してさらにその力を増しているだろう。
一人で戦わせるよりはよほど良い状況だが、油断はできない。

「集中攻撃で一気に潰す。 再生する暇を与えないのが一番」

「時間停止中にぶっとばせれば話も早いんだけどな」

「あなた以外の人が動くためには、手を繋いでいる必要があるのよね」

「片手で火力を確保できるかしら」

「……厳しいな」

「片手で大砲を扱うのは、少々無理があるかしらね……」

さすがにそう、話は上手く進まない。
いつものシャルロッテなら私の手榴弾程度でも撃破できるけれど、漂う力場がその楽観を否定する。
正攻法で行くしかなかった。

157: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/18(土) 22:35:04.22 ID:XBY08Lq5o

「なら、時間停止は補助に使う。 私は牽制と緊急回避のため遊撃に徹する。
 急に視界が変わっても、驚かずその場の状況に上手く対処して欲しい」

「……ええ。 よく心に留めておくわ」

「まずは隙を作り出す。
 巨体で動きも素早く、あまり楽には行かないけれど、一度深手を負わせれば一気に畳み掛けられる」

「了解、その役は私が適任かしらね」

「ただし気を付けて。 一瞬の油断が命取りになることだけは忘れないで」

「おい、そろそろ来るよ」

交わすべき言葉は交わした、あとは全力を尽くすのみ。
グリーフシードが砕け、シャルロッテが具現する。
そのぬいぐるみのような姿は、冬虫夏草のように表面から生える魔獣によって台無しにされていた。
思わず目を覆いたくなるが、これは敵。情けを掛けている暇はない。

「準備はいい? 行くわよ」

返答を目で確認すると、構えた銃から散弾を放ち、その姿を強かに打つ。
打って、

158: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/18(土) 22:36:05.39 ID:XBY08Lq5o
「っ」

刹那に距離は詰まる。
幾度も見てきたそれより遥かに、速く、迅く、鋭く。
反応が間に合ったのは全くの奇跡だった。

左右の手を取り時間を停止させる。
左の手を取る巴マミは、また同じタイミングでマスケット銃を乱射し、
右の手を取る佐倉杏子は、槍を器用に片手で袈裟切りに振り下ろしていた。

あまりに巨大なシャルロッテの第二形態。
もはや、魔獣の痕跡はどこにもなく、ただその力だけを増大させていた。
口を大きく開き、斜めに裂かれ、風穴をそこかしこに作りながら静止するその姿は、まさに魔物。
素直に言って、恐怖があった。

「…………間に合って、よかった」

「何よ、これ……」

「一筋縄じゃいかねーな。 気引き締めろ」

二人の手を掴んだまま、後ろへ飛ぶ。
余裕はない。
これだけの力を想定していなかった以上、すぐに行動を修正しなければ、死に繋がる。

「マミは下がれ。 あたしが引き付ける」

「サポートは私が、場合によって前にも出るわ」

「…………ええ、適材適所ね」

彼女の火力でも、この図体を一撃で吹き飛ばすのは難しい。
それでも私や杏子では、なおさら難しいのは明らかだったし、頼るほかはない。
それまで奴の注意を引きつけなければならない、その負担はとても大きいが。

「大丈夫」

「任せな」

そう告げ、時間停止を解除する。
巴マミの浮かべる憂いの表情は、すぐに消えた。

159: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/18(土) 22:37:03.43 ID:XBY08Lq5o

その勢いはまさに怒涛。
伸縮により速度を得るシャルロッテは、しかし溜めを要さずにトップスピードへ乗る。
いかに杏子が機動性に優れていても、手に余っていた。

「ったく……うっとおしいってーのッ!!」

再び杏子の方向転換に追いつき、突撃を敢行するシャルロッテへ槍の絨毯が降り注ぐ。
けれども、貫いたその端から穴が埋まっていき、ダメージになっている気配もない。
結局彼女はまた、地を蹴り回避行動に従事する。

巴マミもまたその役割を果たすのに苦労していた。
魔力を銃に収束させると、その力に反応したシャルロッテが食いついてきてしまうために。
十分な火力を蓄えられないまま、発射し、無駄撃ちとなるということを何度か繰り返している。

決定的に危ない局面もあった。
杏子がシャルロッテの胴を絡ませるように動き回り、その企みが成功したと思った瞬間、
頭部が別の部分から湧き出て襲い掛かってきたのだ。
時間停止のために事なきを得たが、いずれまたそれと同等の危機を迎えるだろう。
打開策を打たなければ。

160: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/18(土) 22:38:05.41 ID:XBY08Lq5o

(…………佐倉さん、手伝ってくれるかしら)

(…………仕方ねえな)

(作戦があるのかしら)

(ええ、ひとまず成功の目処もあるわ)

(ならお願いしたい。 私のすべきことは)

(合図をしたら、マミの手を取って時間を止めてくれ)

(了解)


意思を交わしているのも、戦いの最中。
あまり意識を割き過ぎる訳にもいかない。
やるべきことをやるのみと、杏子の合図を待つ。

161: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/18(土) 22:39:02.29 ID:XBY08Lq5o

すると、視界の隅に。

巨大な砲身を生み出してシャルロッテを狙う巴マミと。

なおも旺盛に襲い掛かる当のシャルロッテ。

その光景は。

雷撃のごとく脳内に信号が走る。

時を止めろ。

彼女を助けろ。

幸いにして、私の方がまだ近い。

間に合う。

壁を蹴り天井を蹴り、彼女の元に辿り着き、それを実行に、

(まだだ!)

移そうとした私の身体は、佐倉杏子によって制される。
そして、目の前で。


ぐしゃりと。
巴マミの身体が噛み砕かれた。

162: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/18(土) 22:40:30.27 ID:XBY08Lq5o

「あ、あ」

信じられない光景に、全ての動きを止める私。
ただ眼が伝える刺激的なオブジェを、私の脳は唯々諾々と画像に変換する。
理解はできない。
したくもない。
そうして硬直する私に、声が飛んだ。


「幻覚だ、止めろ!」


大砲と巴マミの身体が、リボンへ戻り光と解ける。
その光は、困惑しながら口を開いたシャルロッテの中へと潜り込み、魔方陣を形成していく。
事ここに至ってようやく、なすべきことを思い出した。
右手に暖かさを感じ、役割を果たすため、時を止める。
気がつけば、彼女は私の真横に居て、新たに呼び出したマスケット銃を構えていた。

「ちょっと時間がかかるけれど、これなら片手でも問題ないわね」

ああ。
本当に。

「……心臓に悪いから、事前に言って欲しい」

「ごめんなさい、その通りね」

魔方陣は拡大していく。
シャルロッテの中へ中へと侵食を広げながら。
そして光がすべて幾何学模様として文様を刻み、彼女が宣告を終えるのを待って、停止を解除した。

「さようなら」

砲が放たれ、魔方陣は起動する。
かつて魔女シャルロッテだった魔物は、内部から一切の肉片に至るまで粉々に弾け跳び、霧散し。
落下したグリーフシードが、戦いの終わりを教えてくれた。

「よし、ヘマはねーな」

「あなたに会わせる顔がなくなっちゃうじゃない」

「……そうならなくて、何よりだったわ」

163: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/18(土) 22:42:04.17 ID:XBY08Lq5o

何とか目の前の状況を理解しようとする私に、さらに追い討ちのように。

「あー…………ダメだ」

「――――ちょっと、杏子!?」

見た感じ怪我もないし、ソウルジェムの濁りもさほどない。
だけれども、彼女はゆるゆると倒れこんでしまう。
慌てて駆け寄ったけれど、私に応急処置の心得はない。
というかそれ以前に、魔法少女が倒れ込む理由がさっぱり分からない。
結界も解け、遠くに居た二人もこちらに走ってくる。
そんな私たちを、巴マミが制した。

「大丈夫よ、そう心配しなくてもいいわ」

「……腹減っただけだから」

「……え?」

「ちょっと、心配して損したじゃんか」

「……色々事情あってな、使いこなせないんだよ。
 だから多分、な」

「私と二人で魔獣を相手取ってた時、止むを得ずこの力に頼ることが多くて。
 大体しっかり食べれば元に戻るから、あまり問題はないわ」

「食欲キャラだとは思ってたけど、安直すぎない?」

「うっせーバーカ」

「二人とも、ケンカしないで……」

164: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/18(土) 22:42:46.31 ID:XBY08Lq5o
軽快に言葉を交わす皆から目を離し、ふと目線を上にやる。
そこにあるのは、いつも通りの空。
思ったより時間が経過していたのか、茜色がわずかに混じり始めていた。

そして感じる。
思わず手を握りしめてしまうほどの、達成感を。
戦いを終えて、巴マミの命はそこにあった。
それと同時に、先ほどの幻覚が脳裏に蘇る。
いや幻覚ではない。それはきっと、私がかつて起こしてしまった悲劇の光景。

「っ…………!」

「あらあら、ちょっと、どうしたの」

気がつけば、五体満足の巴マミを固く抱きしめていた。
腕に返される抵抗が、彼女の現存を強く主張する。
漏らす言葉はもう、意味を成していなかった。

「あなたが、あなたが…………!」

「……幻覚、コイツにもかかっちまったみたいでな」

「心配かけてごめんなさい。 大丈夫よ、大丈夫だから」

ぼろぼろ、ぽろぽろと涙を流す。
でもこれは嬉し涙だからと頭の中で言い訳をするけれど、それを聞く人は居ない。
全員が私を生温い眼で見ていることに気がつくのは、しばらく時間が経ってからだった。

165: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/18(土) 22:44:25.90 ID:XBY08Lq5o


「それにしても、みんな、無事でよかった……」

「ほんとだよ、ほら立てる?」

「ん、サンキュ」

まどかの声を皮切りに、沈黙が少しずつ破られていく。
その中に欠けた声は、ない。

「美樹さん、出来るだけグリーフシードには近付かないようにね。
 もし見つけても、私たちに連絡したらすぐに逃げなさい」

「……はい、分かりました」

「ほんとだよ、さやかちゃんを見つけたとき、わたし、わたし」

「ごめんね、心配かけちゃったね」

正直なところ私も、心臓が凍る思いだったから。
キュゥべえがこちらにいたことで、ひとまず危険はないと認識していたけれど、
彼女は魔法少女候補生である前に、一人の少女なのだから。
そうやって彼女たちとの会話に浸っていたいけれど、

166: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/18(土) 22:45:49.22 ID:XBY08Lq5o

「……そろそろ、行こうよ。
 魔女は倒したけどさ、魔獣とか魔物はまた出るかもしれないんだろ?」

「そうね、まだ日は暮れていないし」

「じゃ、あたしは帰るとするかな。 みんな、助けてくれて、本当にありがとね」

「あ、ちょっと、ちょっと待って!」

「ん、どしたのさ」

まどかは去ろうとする美樹さやかを呼び止めて、
何故か私たちに視線を向ける。

「私たちにも関係のあることかしら」

「はい、パトロールが終わってからのことなんですけど」

そこで彼女は一度言葉を切るけど。
その間はどちらかというと、楽しみをじらすように悪戯なもの。
満面の笑みを浮かべながら、告げる。

「今日はみんな、うちに泊まっていって」

173: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 16:52:09.99 ID:hAzv6ppPo

「ただいま、パパ!」

「おかえり、まどか。
 そしていらっしゃい。 話はまどかから聞いているよ、お嬢さん方」

「お邪魔します」

まどかがもたらした提案は、とても魅力的で、そしてとても怖いものだった。
私たちは彼女を夜遅くまで連れ歩いているわけで。
彼女の両親が、まどかを心配しないわけはなくて。
まどかの家に招かれることはとても嬉しいことだけれど、そこに叱責は当然予想される。
佐倉杏子や美樹さやかは特段気にしている風でもなかったけれど、巴マミは私と同じ考えのようだった。

(どうするつもり?)

(弁明はするけど、細かい所は話せない)

(場合によっては今後、家の周囲に張り付くなんて間抜けなことになりかねないけれど)

(…………それは避けたい)

普通に警察のお世話になってしまう。
あくまで私たちの世間体は中学生であり、深夜に屋根に張り付いたりしたら一発で通報だろう。

(……ともかく、私がまずは話をする。 場合によっては助けて欲しい)

(了解したわ)

174: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 16:53:06.41 ID:hAzv6ppPo

「自由に掛けていいよ」

靴を脱ぎ、整え、ダイニングへと向かう。
そこには家庭で作られたとは思えないほど、綺麗に整えられた食卓が用意されていた。
今にも襲い掛かりそうな杏子をそれとなく抑え付けて、指示に従い、言葉を待つ。

「ふう、しかし大勢だね。 まどかにこれだけ友達が出来ていたというのは、とても嬉しいな」

「えへへ」

「あたしはずっと前からの付き合いですけどねー」

「はは、ごめんよ美樹さん。
 残りのお三方は、名前を聞いてもいいかな?」

「暁美ほむらです」

「巴マミと申します」

「佐倉杏子、よろしくね」

「暁美さん、巴さん、佐倉さんだね。
 僕は鹿目知久、まどかの父親だ。
 まどか共々、よろしくお願いするよ。
 さて、色々と話もしたいところだけれど、まずは食べようか。
 冷めてしまうのも勿体無いしね」

いっただっきまーすとのんきな声が響く。
とはいえ、私も一つ肩の荷が降りたところで、お腹を減らしているのも確かだった。
ありがたくいただくとしようか。

175: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 16:53:42.89 ID:hAzv6ppPo

「ごちそうさまーっ」

「……よく食べたね、杏子ちゃん」

「杏子、遠慮ってもんはないの……?」

「残す方が失礼だろ」

「ふふ、しっかり食べてくれたようで何よりだよ。
 そろそろお風呂が沸くね。 まどか、美樹さん、先に入ってくるといい」

「……うん、分かった」

「お世話になりますー」

二人は慌しく駆けて行く。
美樹さやかの足の向かう先に迷いがない辺りを見るに、おそらくは慣れているのだろう。
まどかの声は、少し沈んでいたような気がした。

「……」


そうして、

ダイニングには魔法少女と、まどかの父親が残される。

先手を打ったのは私ではなく、巴マミだった。

176: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 16:54:11.22 ID:hAzv6ppPo


「お話、ですよね」

「…………これは驚いたな、まさか気付かれているなんて」

「私たちも近々、来なければならないと思っていましたから」

「まーなー。 夜な夜な娘を連れ回されたんじゃ心配も掛けちゃうよね」

「そうだね。 正直、かなり心配したよ」

「……ごめんなさい…………」

分かってはいたものの、面と向かって言われるとやはりつらい。
ただ謝るしかなかった。

「いやいいんだ、まどかから話はある程度聞いたからね」

「話、でしょうか」

「どこまで聞いたのさ?」

「……実はほとんど何も。
 ひとまずこうして会ってみて、君達が悪い子ではなさそうだと分かったし、そんなに問題はないけど。
 できればもう少し詳しく聞きたいというのも、本音ではあるんだ」

「信じてもらえるのなら、ある程度かいつまんで話します」

「お願いしていいかな、さすがに親として何も知らない状態ではいられないんだよ」

魔法少女以外に真実を伝えようとするのは、正直言って初めて。
でも、よく考えてみたら、知る権利なんて誰にでもあるはず。
娘が渦中にある立場の人にとっては尚更だろう。
そんな当たり前のことも考えつけなかった自分に文句を言いながら、説明を始める。
風呂が長引いてくれることを祈ろうか。

177: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 16:54:43.27 ID:hAzv6ppPo


そこそこに広い鹿目家のバスルームは、二人でも余るほどだった。
本当に久し振りの、束の間の平穏を楽しむには十分すぎるだろう。

「まどかとこうやってゆっくりできるのも、久し振りだねえ」

「そうだね、本当に」

「ちゃんと守ってもらってる? 怪我はない?」

「大丈夫だよ、みんなすごく気を使ってくれるから」

「そうなんだ」

身体を洗うまどかを見ても、目に見えるような傷はない。
きっとその言葉は事実なのだろう。
彼女たちがその力で、この子をしっかりと守ってくれているのだろう。

「背中を流してやろうー」

「わわ、ちょっと、さやかちゃん!?」

「いーじゃん、最近まどか分が不足してさみしいんだってばー」

「うう、別に嫌なわけじゃないけど、前は隠してよお……」

「あはは、ごめんごめん」

178: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 16:55:13.70 ID:hAzv6ppPo

シャワーヘッドを取りながら、まどかの背中に手を当てる。
そこには人肌の温もりが。
人として命を全うする暖かさが。

「…………」

響く水音をBGMにしながら、静かに思いを巡らせる。
命とは、こんなにも脆いものだっただろうか。
日常とは、こんなにも儚いものだっただろうか。

「ねえ、さやかちゃん」

「ん?」

「悩んでるの?」

「…………鋭いなあ」

「わたしに分かることだったら、相談できるようになったら、相談してね」

「ん。 頼りにしてるよ」

そんなことを言いながら、背中を洗い終える。
あたしは先に上がろうか。
考えをまとめるには、風呂場はちょっと不適当だし。
色々と。

179: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 16:55:57.05 ID:hAzv6ppPo

「おじさん、お風呂ありがとうございましたー」

「ああ、ちゃんと暖まったかな?
 それじゃ皆さんも、入れ替わりに入ってくるといいよ」

「お、じゃあいただくとするよ」

「そうね、ひとまずこれくらいで大丈夫でしょうか」

「うん、ありがとう」

その言葉を受け、三人でバスルームへ向かう。
ちょっと能力を使いたくなったけれど、それは意思で押し殺した。




「…………さて、君も悩みを抱えてるようだね」

「おじさんといいまどかといい、何で分かるんですか」

「まあ、僕はそれくらいしか取り得がないから」

「十分だと思います……」

「今日は話を聞く側に回ってばかりだが、僕でよければ相談に乗るよ」

「いえ、私の問題なので」

「おや、そうか」

「はい。 ゆっくり考えて結論を出すつもりですから、問題ないです」

「分かった、なら一つだけお願いをしておこう。
 うちの娘のために、君自身を犠牲にするようなことはやめておくれ」

「――――分かりました」

180: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 16:56:28.73 ID:hAzv6ppPo

「……………………」

「……………………」

その戦力差は圧倒的だった。
私とまどかは、寝室の隅で手を床に付き項垂れる。

「ほら、さすがにマミさんと比較して落ち込むのはさ」

「さやかちゃんは普通にあるからいいよね!」

「屈辱だわ……」

「まあ、二人とも将来に期待しなさい。
 あと大きければいいってものでもないのよ、肩こるし」

「そーそー、絶対動きにくいだけだっての」

「杏子ちゃんだってちょっとあったじゃん! ちょっとだけどね!」

「おいそこを強調すんじゃねえよ!」

「やっぱりあなたも気にしてるんじゃない」

「うるせーぞほむら!」

わいのわいのとバカ騒ぎに興じる。
今日くらいはいいよねと、自分に言い聞かせながら。
彼女のいる光景は、私にとって、あまりにも大きな価値を持っているのだから。

これが私の夢見る未来。

だからこそこれは夢だ。厳しい現実の中で一晩浸かる幸せな夢。

明日からも、きっと頑張れる。

181: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 16:57:21.65 ID:hAzv6ppPo
**********************************************

「………………うっ、え」

酷い夢を見た。
あれほど幸せな気分に浸りながら眠りに就いたというのに、まったく現実は優しくない。
巴マミが噛み砕かれるその光景は幻影に過ぎないのに、私の心を締め付けて潰してしまいそう。

吐き気がする。
時計は深夜の二時を指していた。
こんな時間に家の中を歩き回るのは気が引けるが、この気分の悪さはそう解消しそうもない。
水でも貰いに行こうと、寝室を這って出る。
立ち上がる気力はないが、さすがに廊下や階段を這って移動するわけにもいかないし。
ずるずると足を引きずり、ダイニングに辿り着き、掛けられるのは意外な声。

「あなたも眠れないのかしら」

先客は、あろうことか巴マミだった。
ゆったりした緑色のパジャマに身を包み、静かに紅茶を傾けている。
いつもと変わらないはずのその姿は、どうしてだろう、か弱く映る。

「ええ。 あなたも?」

「どうしてかしらね、すごく嫌な想像が頭に浮かんできて」

「……想像に過ぎないのでしょう」

「そうなんだけれどね。 あの人形が、私自身だったらって考えが、どうしても抜けなくて」

182: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 16:58:41.88 ID:hAzv6ppPo

よく見れば、また紅茶の傍にブランデーの小瓶が転がっていた。
まさか勝手に拝借するわけもなし、持ち歩いているのだろうか。
何はともあれ、

「…………没収」

「ケチ」

「だめ」

「いいじゃないの、ちょっとくらい」

「ダメ」

「むー……」

代わりに、彼女の隣にあるイスを引き、そこに座る。
別に彼女のためではない。これは私のためでもある。

「話なら、聞いてあげるから」

「しょうがないわね、それで手を打ってあげる」




夜は更けていく。
大切な人を傍らに感じながら。
乗り越えた危機を、その奇跡を、事細かに伝えながら。





「あいたたたた…………」

「…………お前、またかよ」

結局また彼女は、二日酔いに悩まされたことを付け加えておく。
早く魔力で治せばいいのに、何故かそうしようとしなかったことも。

183: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 16:59:33.69 ID:hAzv6ppPo
以上、第八回です。
第九回行きます。

184: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:00:35.04 ID:hAzv6ppPo
**********************************************
[ハコの魔女 エリー]
  ハコの魔女。
  その性質は憧憬。
  筋金入りのひきこもり魔女。
  憧れは全てガラスの中に閉じ込める。
  閉じ込められたものはその心までも簡単に見透かされてしまう。


「ああ、その通りだよ。 だけど」

「それでも、叶えたい願いがあるんだろう?」

翌日。
放課後一人で街をぶらついていたあたしが遭遇したのは、一匹の珍獣。
魔法少女としての契約を執り行う存在。

魔法少女と魔女との関連性について質問したら、あっさりと肯定で返されてしまって。
そして間髪を入れず、あたしの悩みを的確に指摘してきた。

「…………まあね」

投げ掛けられた言葉には、ただ同意で返すのみ。
それを言われてしまうと、返す言葉もない。
代わりにこちらも質問で反撃する。

「何で最初に言わないのさ、そういう肝心なことを」

「昔は言っていたよ。
ただ、大体みんな反発するのさ。
契約なんてするか、あるいは、そんなこと知らなければ契約できたのに、とね。
僕としては、奇跡の代価なんてそんなものだと思うんだけどな」

「ふーん」

「もとより、魔女になりうるのは普通の人間も同じだ。
ただ彼らは先に寿命が来るだけで、魔法少女に寿命はなく、それゆえに穢れも溜まりやすい。
それだけの違いなんだけれどね」

キュゥべえは正直、うさんくさい。
何か恣意的にあたしを契約へと導いているような気はする。
でもまどかに手は出していないし、嘘を付いているような気配もない。
結局どうすべきかは、わからずじまい。

185: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:01:18.41 ID:hAzv6ppPo

「あれ、仁美?」

ふと上げた視界に、映る碧の髪の毛。
おかしいな、今日は日本舞踏だか茶の湯だかの稽古だと言って別れたはずなのだが。
胸騒ぎがする。
慌てて雑踏を掻き分けてみれば、そこに居たのは、確かに我らが学級委員長だった。

「ちょっと、仁美、どうしたの?」

「…………」

返事はない。
ただ虚ろな目を虚空に向け、機械的に足を前に運ぶだけ。

「仁美ってば」

様子が明らかにおかしい。
動悸が早くなっているのを自覚する。
この状態、確かどこかで。

「……魔女の口づけだ」

「ちょっと、それって」

「魔女に魅了されている。 このままでは、殺されるよ」

見れば首元におぞましい紋様。
この子はわたしのものだと、声高に主張するがごとく。
辺りをよく見渡せば、周囲の人だかりはみな同じ状態だった。

「……冗談じゃないよ」

慌てて携帯を操作するけど、予定調和のように電話は繋がらない。
あたしは結界に囚われていないから、原因はきっと彼女たちの方に。

こうしている間にも、仁美たちは歩を進めてゆく。
マミさんの忠告は守れそうにもなかった。

「僕も行こう、いざという時のためにね」

「はいはい、ありがと!」

いつか決めるべき時が来ると思っていたけれど。
こんなに早く来なくてもいいじゃない。
慌てて地面を蹴り、彼女たちの後を追いかける。
あたしに何か出来る事はないかと考えながら。

186: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:02:25.39 ID:hAzv6ppPo
**********************************************

全身を苛むのは、焦燥。
根拠はない。
ただ目の前の魔物が、どこまでも邪魔臭い。

「とっとと眠りやがれ!」

佐倉杏子の投擲した槍が、魔物の正中線を貫く。
そのまま結界ごと消失し、グリーフシードを遺した。

「ほい、一丁上がり」

「お疲れ様、佐倉さん」

「大したことねえよ。 ただこの量、なんか引っかかるね」

「……いつもより、多いよね……」

「逆に言えば、魔物が発生する法則を発見できるチャンスとも見られるんじゃないのかい?」

「なるほど、そういう見方もあるのね」

「検証の余地はある。 今日の魔女を片付けたら考えてみましょう」

「あ、今日は強いのが出る日か」

「まだ時間に余裕はあるのかしら?」

「大丈夫だけれど、出来るだけ早く行きましょう」

何故かは分からないけれど、私の心は体を急かす。
早く行け、早く行けと。
その衝動に身を任せたい。
しかしそれは叶わない。

「…………こうやってまた、魔物が沸くからな」

「さっさと片付けるわよ」

明らかに異様。
ただ今は目の前の状況に専念する。
誰かを見捨てる選択肢は、取りたくないから。

187: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:03:03.60 ID:hAzv6ppPo

**********************************************

辿り着いたのは、町外れの倉庫。
集う人々に生気はない。
仁美も同じく。

「いよいよ私たちは、楽園へと旅立てるのですね」

「……何言ってんのよ、ここのどこが楽園なのさ」

「儀式によって作り替えるのです。 ほら、始まりますわよ」

歌うように告げられた言葉と共に、指し示された指。
その先にあったのは、無味乾燥なバケツに満たされた謎の液体に、漂白剤。
それが何を意味しているのかは、いくらあたしでも理解できた。

「密室に塩素ガスか、なるほど分かりやすいね」

冗談じゃない。
背筋を走る寒気に対して、周囲からは歓声と拍手が巻き起こる。
目がイってる。
誰も彼も狂気にまみれ、ただ解放を高らかに叫んでいる。

こんな光景に耐えられる訳がない。
全身を包む嫌な予感に、ただ身を任せた。

手元にある携帯を放り投げる。
今にもバケツへとその中身を零しそうな塩素系漂白剤へ。

日頃の訓練が功を奏し、対象へクリティカルヒット。
視線があたしへ集められるのと同時に、全力で駆けバケツを掴み、窓ガラスをぶち割って放り捨てた。

「んでまあ、こうなるよね」

視線は殺意ないし敵意へと変わる。
さあ、どうしようか。

188: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:03:46.65 ID:hAzv6ppPo
**********************************************

「しつこい……!」

本当に今日は異常だった。
焦れば焦るほど魔物への対応は雑になり、結果として余分に時間を割いてしまう。
武器の無駄遣いも時間停止の濫用も出来ない以上、本来なら丁寧に狩らなくてはならないのに。
どんどん悪循環にハマっていく。

「暁美さん、どうかしたの」

「何のこと」

「貴女らしくないわよ、焦りすぎだわ」

「……嫌な予感がする、とても」

戦いの最中、背中合わせに巴マミから疑問を受ける。
そこまで表に出てしまっていたのか。
隠しても仕方ない以上、素直に打ち明けた。

「時間は!?」

「もうない!!」

対岸から、叫ぶ声は杏子。
念話で返す余裕もなく、声を張り上げて答える。
本来なら既に、郊外にある倉庫へ着いていなければならない時間になってしまっていた。
少し考え込むような間の後に、再び返答。

「先に行け! あたしも何か嫌な予感がする!」

「この場は引き受けるわ。 まだ沸きそうだけど、時間さえ掛ければそう危険はないでしょう」

「…………任せる!」

そう言い残し、結界から一人離脱し。
空を駆ける。
能力を最大限に使いながら。

何が私を駆り立てるのかはよく分からないけど。
ただその何かに間に合うことを祈りながら。

189: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:04:29.56 ID:hAzv6ppPo

**********************************************

「んで、結局、こうなると」

「覚悟の上だろう?」

「そりゃそうだけどさ」

楽園を奪われた彼女たちは、手当たり次第にあたしを襲ってきた。
殴られ蹴られつつ逃げようとしたけれど、それすら許されず。
なんとか物置に潜り込めたのはいいが、ドアが破られるのも時間の問題だろう。

「いったいなーもう、これ抜いたら多分ヤバいよね」

「お勧めはしないね」

脇腹には見覚えのあるシャーペンが刺さっている。
単に同じ銘柄のものだと信じたい。
そして、あたしの置かれた状況はそれに留まらず。

「おまけに結界かあ、さやかちゃん大ピンチ」

自嘲するような声に、返事はない。
別に期待していた訳ではないから、物置の片隅にある歪みを睨むことに専念する。
痛みも少しは紛れるかな。
すると、今度はあちらから話を始めた。

「このまま待っていれば、暁美ほむら達が助けに来てくれるかもしれないね」

「そうだね、でも来れないかもしれない」

再開された会話にちょっと落ち着く。
やっぱりほんの少し期待していたのかな。
そんな自分の弱さに、ほとほと嫌気が差す。

190: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:05:16.57 ID:hAzv6ppPo

脇腹を貫く異物に手をかける。
それだけの動作で、全身に痛みが駆け巡る。


「あたしなりに考えたけどさ、やっぱこの世界おかしいよ」


激痛を押し殺し、握ろうとするけど。
手が血で滑り上手く掴めない。


「なんでみんなが死ななきゃならないのさ」


ようやく取っ手に手がかかる。
力を込める。


「幸せのひとかけらも、あの子たちには与えられないって言うの?」


ずるりずるりと、
血を肉を掻き出しながら抜けていく。


「そんなの、あたしが許さない」


そしてついに詮は抜けて。
血が噴水のように吹き出すけれど、そんなことはどうでもいい。


「君の願いは」


あたしの心は決まっている。
願いは一つ。


「大切な人のために、戦う力を」

191: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:06:01.63 ID:hAzv6ppPo

ようやく辿り着いた倉庫に、青い光が満ちていく。
どこまでも鈍い私はようやく気付く。
焦燥感の正体に。

これが何かの間違いであることを祈りながら、ドアを薙ぎ払い。
その衝撃で巻き込まれた人たちが気絶していることを目視で確かめた後、物置へと力ずくで押し入り。
目に入ったものは、青い騎士。

大剣を天高く掲げる美樹さやかが、そこに直立していた。

「遅かったじゃん、ほむら」

「…………………あなた、どうして…………!」

言わなければならないことは山ほどある。
あれだけ警告したのに。
死ぬと分かっていながら。
どうして待っていてくれなかったの。
全てが頭の中で錯綜し、言葉にはならず消えていく。

「……まあ色々言いたいよね、でも後でお願い。 今はこいつどうにかしないと」

彼女がそう言いながら指差す先には、魔物の結界。
確かにそれは正しい。
不条理なものと分かっていながらも、力が中で滾るのを抑えられない。
節約はできなさそうだった。

192: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:06:52.36 ID:hAzv6ppPo

**********************************************

「つっ!?」

光線が空間を通過する。
数秒前まで私の頭があった空間を。
反応が数秒遅れていれば、今ごろ首なし人形が完成していただろう。

「おいマミ平気か!」

「マミさん!?」

「大丈夫よ」

二つの声に返事をしながら、光の筋を逆に辿る。
特大の魔獣が生き残っている。
これまで見たどれよりも暗い結界の中には、相応の力の持ち主がいた。

「……大物ね」

「狩り甲斐がある」

彼女は強気に嘯くけれど、そこまで私は楽観出来ない。
ここまでに何体の魔獣を倒したか、もう数えるのは諦めている。
力の消耗も著しかった。
ではあるが、結局のところ。

「やるしかないわね」

「アイツが親玉だろ、これで終わりだ」

体と心を奮い立たせて銃を構える。
しかし、体に満ちる緊張感とは裏腹に、魔獣の動きはまったくない。

193: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:07:30.41 ID:hAzv6ppPo


そしてようやく、動く。
魔獣は斜めにその体を滑らせる。
胴の辺りに刻まれた直線に沿って、二つに分かたれた。

轟音と共に上半身が崩れ落ちる。
少し遅れて、下半身もバランスを崩して倒れた。
呆然と立ち尽くす私たちの目に入るのは、

「ヒーロー参上、ってね」

「調子に乗らないで」

「あいたたたごめんごめん!!」

手を固く繋いだ二人。
黒を纏う暁美さんはいつも通り。
青を纏う美樹さんは、何もかもが違う。

片刃の大剣をその手に握り、騎士を連想させる衣装に身を包み。
戦場に立っていた。

194: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:08:15.44 ID:hAzv6ppPo

心が燃え上がる。
噴き上がる衝動にただ身を任せ。
言葉を吐く。

「……契約、したんだな」

「うん」

答えに淀みはない。
まるで予想していたように。
ならば次にあたしが取る行動も、わかるだろう。

「質問に答えろ。 場合によっちゃあ」

駆ける。
駆けて槍を突き付ける。
さやかの眼前へ。

「ここで殺す」

そう伝えて尚、表情に揺らぎはない。
槍を挟んで視線が交錯する。

195: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:08:49.16 ID:hAzv6ppPo

心は静まっている。
この反応は、ある程度覚悟していたから。
思いを伝える。

「いいよ、聞いて」

「何を願った」

「力を」

「何の為に」

「大切な人たちを、この手で護るために」

そこまで伝えると、ひとまず彼女は沈黙する。
構えられた槍に変化はない。
しばしの空白を開けて、また口火を切る。

「あの坊やは、どうしたんだよ」

「手が治っても、死んじゃったらどうしようもないもの」

というか何で知ってるのさ。
その疑問をぶつけてやりたくなったが、余計な事を言って刺されるのはごめんだ。
今は言うべきことを。

「みんなの当たり前の幸せが奪われるのを、黙って見てなんていられない」

「弱い奴らを守って、聖人気取りか」

「あたしが護りたいのは、まどかや恭介たちだけじゃない」

196: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:09:18.79 ID:hAzv6ppPo


視線は怪訝に変わり、
そして驚愕に変わる。


「杏子、あんたたちもだよ」


槍の穂先が揺れる。


「言ってたでしょ、戦って死んでおしまいだって」

「あんたはそれでいいかもしれないけど、あたしにしてみれば冗談じゃないよ」

「あんたがあたしたちを守ってくれるなら、あたしもあんたたちを護りたい」

「それがあたしの幸せ。 あたしの願い」


震えが止まり。
槍は下ろされた。
杏子の口許に浮かぶのは、笑み。

「ふ、あはは」

抑えきれないのか、声が漏れる。
最初こそ小さなものだったけど、次第にその声は大きくなっていって。
杏子が笑い止むまでそれなりの時間が掛かったが、不思議と不快ではなかった。

197: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:10:07.68 ID:hAzv6ppPo

ひとしきり笑った彼女は、


全力の刺突を繰り出す。


寸での所で大剣の腹が受け止めたが、頑強なはずの刀身にはヒビが痛々しく刻まれた。


「なにさ、気に入らなかった?」

「いーや気に入ったよ、すごい気に入った」

「にしてはご挨拶じゃん!」

力を込め、押し返す。
追撃は来ず、距離が空いた。

「あたしを守るとか言ったな!」

「言ったともさ!」

「それがどれだけ重いのか、ホントに分かってんのか!?」

198: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:10:42.29 ID:hAzv6ppPo

空いた距離は一瞬で消える。
さらに開く。
あたしの横を駆け抜けた風は、受け流したはずの右手に重い衝撃を残していく。

後ろを確認はしない。
ただ振り返り様に、大剣を振るう!

「さあね、知ったこっちゃないよ!」

金属音と共に、全力の剣檄は当たり前のように受け止められる。
大剣と槍、絶対的に有利なはずの鍔迫り合い。
それでも押し込めない。

「なら、叩き込んでやるよ」

「上ー等ォ」

数センチの空間を挟んで、お互いの目を睨みつける。
今度はこちらから。
バックステップで距離を開け、ワンテンポおいて斬りかかった。

199: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:11:23.92 ID:hAzv6ppPo

目が付いていかない。
絶え間なく響き渡る金属音だけが、二人の交戦の証として耳を打つ。
わたしには全く理解できなかった。

「……やめて、やめてよ、二人とも!?」

もう敵はいないのに。
それなのに、二人は全力で武器を振るっている。
何が起きてるのかはさっぱり分からないけど、当たれば怪我じゃすまないことくらいは分かる。
だけど、わたしにその争いを止めることはできない。
自身の無力さに打ちひしがれていると、横から声を受けた。

「心配しなくていいわよ」

「二人の顔を見てみるといい」

「……見えないよ」

「……なら、これで」

ほむらちゃんがわたしとマミさんの手を取ると、あたりの雰囲気が一気に変わる。
ちょっとして、空中で二人が静止しているのに気付いた。
その顔は。

「笑ってる……?」

「佐倉さん、あまり気持ちを素直に表現できないからね」

「美樹さやかも、それを分かっているんじゃないかしら」

確かに二人はとても楽しそう。
一歩踏み外せば命の保証もないのに。
相変わらず理解はできないけど、そんな形もあるのかな。

200: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:12:36.05 ID:hAzv6ppPo
第十回行きます

201: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:13:18.85 ID:hAzv6ppPo

「やりすぎ」

拳骨が二人の頭に振り下ろされる。
双方異存はないようで、ただ下を向き俯いていた。

「いくら熱くなったと言っても、限度くらい弁えなさい。 私の力だって万能じゃないのよ」

「……ごめんなさい」

「……面目ない」

「あんな危険なものを見せられたわたしたちの気分も、考えてね…………?」

「本当よ、しっかり反省なさい。
 ほら終わり、鹿目さん、あとの処置お願いね」

「任せてください」

「ちょっとまどか、目が怖いんだけど」

「……お手柔らかに頼むわ」

まあ、そんな保証はないだろう。
そして案の定、消毒液に対する二人の悲鳴がしばらく響く。
ぼーっと三人の騒ぎを眺めている私に、巴マミが声を掛けてきた。

202: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:13:55.59 ID:hAzv6ppPo

「間に合わなかったのね」

「……ええ、でも彼女の願いを聞いた以上、間に合ってもきっと結果は同じだった」

私の願いと彼女の願いは、ほぼ一致していた。
自分が幸せになりたいがために、他人の事情を蔑ろにしてしまっている点まで。
止めるにはそれこそ、殺すほかなかっただろう。
そしてそんな選択肢、今の私に取れようもなかった。

「そうね、彼女がよく考えて決めたなら、私たちが何を言う筋合いでもないかしら」

「そう思う」

視線を三人の方へやる。
一通り手当ては終わったようで、まどかが慣れた手付きで救急箱を片付けていた。
頃合か。

「そろそろいいかしら、話したいことがある」

ただひたすら真剣に、声を発する。
どうしても伝えなければいけないことで、でもなかなかその機を掴めないでいたもの。
その場はきっとこの時。
彼女たちは先の一言で、既に心の準備を終えていた。

「この街にやがて訪れる災厄について」

203: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:14:52.71 ID:hAzv6ppPo

「ワルプルギスの夜、か」

「聞いたことはあるけれど、実在していたのね」

「……それ、何?」

「端的に言うと、超弩級の大型魔女」

「その被害の規模はあまりに甚大で、直接見たという話は聞いたことがないわ」

「それって、どういう」

「みんな死んだってことさ」

その言葉に、事情を知らない二人は身を強張らせる。
無理もないだろう。

「魔獣を吸収して、さらにその力を増している可能性もある」

そしてそれは、おそらく確実のもの。
ただでさえ強力なワルプルギスの夜に、魔獣の力が加わったらどうなるのか。
考えたくもなかった。
だからこそ、私はこの言葉を口にする。


「私一人では勝てない。 みんなの力を貸してほしい」

204: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:15:27.79 ID:hAzv6ppPo

「勿論よ」

即答したのは、巴マミ。
決意をその目に宿して。

「長らくこの街のお世話になったわ。
 ここが私の居場所、何が相手でも守り通してみせる」



「やってやろうじゃん」

美樹さやかも力強く答える。
戸惑いを残しながらも、彼女の心の赴くままに。

「あたしはこの街が好きで、この街に生きる人たちが好きだから。
 どんなにヤバいのが来たって、逃げるもんか」



「仕方ねーな」

佐倉杏子も後に続く。
表面上は誤魔化しつつも、その熱は隠しきれていない。

「昔のあたしだったら、なんて言ったか分からないけど。
 ここで舞台を降りられるほど、受け取ったものは軽くないからな」



「ありがとう、みんな」

役者は揃った。
あとは台本をブチ壊すだけだ。

205: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:16:20.03 ID:hAzv6ppPo

**********************************************

「……わたし、何も出来ないのかな」

部屋でひとり、そう呟く。
今日は色々なことがありすぎて、どうかしてしまいそうだったけど。
わたしの心を占めるのは、無力感。

「これから、大変なことが起こるのに」

さやかちゃんは契約した。
あれだけの危険に晒される恐怖を飲み込んで。
わたしは?
この街が、大災厄なんてものに襲われるのに?

「やあ、お邪魔してもいいかな」

悩む頭に、響くのは声。
窓を開けて、机の上にスペースを作ることで答えとした。
夜の風はまだ少し肌寒い。

「わたしが願えば、この世界も少しはよくなるのかな」

「さて、どうだろう」

その歯切れは、あまりよくない。
不思議な違和感。

「今の僕には判断できないんだ。
魔獣が仮に世界の拒否反応だとするなら、君の契約によっていっそう激化するだろう」

「魔獣を消すことを願ったら?」

「代わりが現れるかもね」

「うう……」

そんなに簡単な話ではないんだろう。
でなければ、これだけの人を巻き込むはずもないか。

「だけど、君に可能性があることは確かだ。
この世界のことを想うのなら、よく考えるといい」

可能性、世界を変える力。
全く実感はないし、ほむらちゃんから固く止められているけれど。
確かに考えることは大切だった。

「ありがと、キュゥべえ」

「感謝されるなんて久し振りだよ」

206: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:16:53.76 ID:hAzv6ppPo

今日はここまでにしようか。
開きっ放しだった窓から飛び降り、地面に着地した。

今日は美樹さやかと契約できたけれど、それがこの世界にどのような影響をもたらすのだろう。
はっきり言って、今の世界は僕の理解を超えている。
観測者としての役割は、とても果たせていなかった。

魔獣については相変わらず謎だらけ。
世界の歪みを正しに来ているのなら、この契約というシステムに対応しているのかもしれない。
滅び行くはずの世界を存続させようとしている、僕達インキュベータへの拒否反応として。
感情を持つ生命体が死に絶えれば、確かに世界の運命は既定のものを辿るだろう。

しかし、所詮推定の域は超えない。
彼女たちもそう結論付けた。
それゆえに、僕もどう動けばいいのか分からない。
あれだけの素質を持った子、本来なら契約させない手はないのだけれど。

「……ままならないね、本当に」

夜の闇に消える。
少しでも情報を求めて。

207: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:18:04.25 ID:hAzv6ppPo

**********************************************

教えられた通り、
重みに任せて叩き割る。

「はぁっ!」

肉厚の大剣が魔獣を頭から両断した。
勢いは全て地面に伝え、地割れを起こし数体を呑み込む。
傾いだ胴体目掛け魔力の砲弾が飛来する。
狙い違わず命中し、残党を粉々に吹き飛ばした。

「よし、悪くねぇな」

「もうちょい褒めてくれてもよくない?」

「着地の後油断しすぎなんだよバカ」

「バカってなんだよバカ杏子!」

「んだコラやんのか!?」

「はいはい、そこまで」

マミさんの制止を受け、渋々剣を収める。
こんなやり取りにも少しずつ慣れてきた。
みんなと共闘して魔物を狩る日々にも。

「今日はひとまず、このあたりかしら」

ほむらがそう告げる。
確かに周りを見渡せば、日はとうに暮れていて。
グリーフシードを拾う動作の中にも、夜特有の静けさを感じられた。

「んじゃ、あたしたちはお先に」

「また明日ね、まどか、ほむら、マミさん」

208: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:18:53.95 ID:hAzv6ppPo

あの日以来、あたしたちは戦いの特訓をするようになった。
来るワルプルギスの夜のために、そしてその後の生活のために。
この道を選んだ以上、あたしたちはひたすらに戦い続ける他ないから。

「ほら、使ってみろ」

「うん、えーっと…………こう?」

言われたとおり、魔力を自然な流れに乗せて開放する。
あたしを中心に、複雑な幾何学紋様が陣として描かれた。

「こりゃ守護陣だな。 外部からの干渉を拒絶するとか、そんなところか」

「へー、それってバリアみたいなもん?」

「まあそんなもんだろ、納得できるなら名前なんざどうでもいい」

「あ、別に固有の名前があるとかそういうのじゃないんだね」

「だから好きに呼べばいいんじゃない?」

なるほど。
自分のイメージがつきやすいものなら、何でもいいわけだ。

「それじゃあ守護陣をありがたくいただい痛ッ!?」

「……自分で考えな」

「またまた照れちゃっ痛い痛い痛い!?」

槍の柄の方で脇腹をぐりぐりと、結構痛いんだけどそれ。
ここからは実践練習ってことか、それなら受けて立ってやる。

杏子もそのつもりだったらしく、槍を実体化させ臨戦態勢に入る。
そろそろ勝ってやる。負けっぱなしでいられるものか。
大剣を強く握り、駆け出した。

209: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:19:24.61 ID:hAzv6ppPo

「はあ、くそ、また……………」

「ベテランなめんじゃねえっての」

負け数にまた一が刻まれていくのを横目で見ながら。
剣を投げ出し、地面に横たわる。
空気も程よく冷え、土の柔らかい感触がどこか心地よかった。

見上げた空には、煌く星たち。
教会跡地の、壊れたステンドグラスや鉄骨たちすらも、その調和に溶け込む。

「綺麗」

「……ああ、そうだな」

手を貸してもらって、上体を起こす。
近くにあった大理石の柱にもたれかかると、熱を奪って火照る身体を冷ましてくれた。

「ここ、元々なんだったのかなあ、教会?」

「ああ、小さくはあったけど教会だったよ」

声色には聞き慣れない感情。
哀愁か、憂鬱か。

210: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:20:06.51 ID:hAzv6ppPo

「知ってるの」

「あたしの家だった」

だから勝手を知っているのか。
訓練場所として迷わずここに来たのも、そういう理由があるのだろうか。
杏子の家、一家心中の舞台となった教会。
なにを考えながら彼女は、今そこに立っているのだろう。

「あの頃もここから見る空は、綺麗だったよ」

「そうなんだ」

二人揃って空を眺める。
溢れ返り降るような星。
あたしたちの営みなんてこの宇宙に比べたら、ちっぽけなものなのだろうか。

手を振り、杏子を呼ぶ。
のろのろと歩いてきた彼女を隣に座らせる。
力を振り絞って、手を握って。

「今でも綺麗でしょ」

「……まあ、そうだな」


ちっぽけだろうとなんだろうと、構わない。
あんたに一つの居場所を与えてやれれば、それでいい。

213: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:34:35.53 ID:hAzv6ppPo

あれからいくらかの日が流れた。
最初こそ未熟だった美樹さやかも、寝る間を惜しんで特訓した。
その中で、ワルプルギスの夜に対抗するだけの戦力は十分に揃って。
何もかもが順調に行っていると。
そう思っていた。



「ん、志筑と美樹は休みか」

教師の言葉は、何故か鋭く私の心を抉る。
いつになっても登校して来ないから、何かあったのかと思っていたけれど。
この二人の組み合わせは、あまりいい予感をさせてくれない。

「じゃあHRは終わりだ、二人が遅刻して来たら先生のところに来るように伝えてくれ」

そう言って教師は退出し、教室の中にはざわめきが広がる。
その規模は、いつものそれではない。
何か噂があって、それを聞きたがろうとする時のもの。

(おい、ほむら)

(分かってるわ)

話が大きくなっていそうな所へ、事情を聞きに向かう。
どういう因果か、まどかを中心に人の輪は出来ていた。

「ごめんなさい、ちょっといいかしら」

「おいまどか、何かあったのかよ?」

「………………、あ、二人とも……」

214: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:35:23.11 ID:hAzv6ppPo

質問攻めに遭っていたのか、明らかに様子はおかしい。
彼女に負担は掛けたくないけれど、ここで足踏みするわけにもいかない。
少しずつ増えてきた耳鳴りを押し殺しながら、話を続ける。

「何があったの」

「その、ここじゃ、ちょっと」

「問題ない」

聞かれたくない話なら、こうして時を止めればいい。
杏子とまどかの手を握りながら、続きを話すように促す。
その手はひどく震えている。

「……わたしも、お母さんが、電話してるのを、聞いただけなんだけど」

心拍数が増えていく。
私の足も震えているのを、自覚する。


「仁美ちゃんと、上条君が、飛び降り自殺したって」


その言葉が意味するところは。
美樹さやかの欠席が意味するところは。
耳鳴りは行き過ぎて頭痛となり、頭の回転を阻害する。
そもそも真実なのか、美樹さやかは風邪でも引いただけではないのか、楽観視はできるけれど。
全身を伝う悪寒と冷や汗が、その全てを否定していく。
凍りついた教室の空気は、時間停止を解除してもまだ、凍っているように感じられた。

215: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:35:50.72 ID:hAzv6ppPo

クラスメート達の呑気な声が、教室にはなおも響く。
私の頭は、鉛でも詰められたようにひどく重い。
何をするべきか。

(ボサっとしてんじゃねえ、行くぞ)

(……どこへ)

(現状確認だ。
 上条ってのは、さやかの想い人とかそんなんだったろ)

(誰から聞いたの?)

(キュゥべえからな)

(……分かった、行きましょう)

棒立ちを続ける私の代わりに、佐倉杏子が行動を決めてくれた。
確かに、今すべきことは現状の把握。
となれば、二人にあまり縁のない私たちだけで行くのは、何とも心もとない。

「確認に」

「……うん」

彼女も元より、そのつもりだったらしい。
混乱に顔を歪ませながらも、頷く力は強かった。

「誰か、早退って伝えといてくれ」

そう言い残し、杏子がいち早く教室から駆けて出る。
まどかの手を引き、後に続いた。

216: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:36:35.78 ID:hAzv6ppPo

**********************************************

「二人とも峠は越した、命に別状はないよ」

「よかった……」

「志筑さんについては目も覚ましている、もう少しすれば面会もさせてあげられるかもしれない。
 ただし上条くんについては、むしろ傷は軽いはずなんだが、意識が戻っていない」

「そうなん、ですか」

「…………志筑さんが、彼を庇うように落下してね。
 むしろ重症なのは彼女だったんだが、大した精神力だ、持ち直したよ」

「面会まで、どれくらいかかりますか?」

「もうちょっと待ってくれ。 今精密検査をしているからね」

「わかりました、ありがとうございます」

217: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:37:26.99 ID:hAzv6ppPo

まどかと医者の会話は、およそ距離の離れたこちらにも届いた。
ひとまず最悪の事態は避けられた、のだろうか。
意識を取り戻したと言うのならば、本人に話を聞いた方がいいだろう。
そうすると、その場には彼女が必要になる。


「次はさやか、か」

「……そうなる。 どこに行ったのかしら」

「心当たりならある、付いて来てくれ。
 最悪無理やり引っ張ってこなきゃならない」

「それなら巴マミをここへ呼んでおきましょう、まどかを一人にはできない」

「頼むわ」


病院の敷地から出て、携帯の番号をプッシュする。
二つ返事で承諾を貰い、杏子と病院を後にした。

動いていなければ壊れてしまいそう。
一人姿を消した彼女は、今何をしているのか。

218: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:38:48.71 ID:hAzv6ppPo

**********************************************

教会跡地にて。
あたしは魔物の群れと交戦していた。

「あああッ!」

大剣を力ずくで振り回し、両断する。
さらにもう半回転を加え、投擲し、背後に回り込んだ一体を刺し貫いた。

「……どういうことよ、こいつらまどかに引き寄せられるんじゃなかったの」

「今はどうやら、君に集まってきているようだね」

「退屈しなくていいけど」

飛来する光線を、地面に描いた陣が打ち消す。
返すようにその軌道を辿り、剣を前面に構えて飛び、また破壊する。
ひとまずそこで、結界は消えた。

全身が重い。
頭は動かない。
ただ戦いの時にだけ、頭も体も冴えてくれるけれど。
頭の中はぐちゃぐちゃだった。

今も頭の中に蘇る。
手を繋ぎながら落下していく二人。
それを止めるための力はあったはずなのに、あたしの体は全く動かなくて。

「ねえ、ほんとに二人は影響受けてなかったの」

「魔力の残り香はなかったよ。 彼らの意思だろうね」

力を手に入れて、あたしは全てを守れると思っていた。
確かに魔物を倒すことは出来るようになった。
全部過去の話。
あたしがそっちに目を向けているうちに、二人はこうして死を選んだ。
守ろうとしていたものは、容易くこの手から零れ落ちてしまった。

今なら、杏子やほむらの忠告がよく分かる。
あたしの望んだものは、きっとこれから奪われていくんだ。

219: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:39:37.81 ID:hAzv6ppPo


「……いた!」

「さやか、てめえ、勝手にいなくなるんじゃねえよ!」


そう塞ぎ込むあたしに、叫び声が飛ばされる。
あたしに忠告をしてくれて、そして無駄に終わらせてしまった当の二人から。

「おや、探しに来てくれたようだね」

「……どのツラ下げて、今更会えってのさ」


何を言えばいいのかも分からない。
今は、彼女たちに会っても、話せることが思いつかない。
ただ逃げようと思い、背を向けその場を飛び立とうとするけれど、


「逃がさない」


知覚も出来ないまま回り込まれる。
そういえば時間停止だっけ、この子の能力は。
逃げられないと分かった途端、身体に力が入らなくなる。

へなへなとその場に崩れ落ち、
無意識に言葉が漏れ出る。

「あたし、ダメだったよ」

「二人とも守れなかった」

「忠告、大人しく聞いてればよかった」

ほむらからの返事はない。
ただ壁としてそこに立ち、あたしが逃げるのを許してくれない。

220: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:40:17.36 ID:hAzv6ppPo



「甘えたこと、言ってんじゃ」



「ねえよッ!」



代わりに答えたのは、杏子。
思いっきり力を込めた拳骨で、あたしを殴り飛ばす。


思いっきり吹き飛ばされたあたしを荒々しく片手で掴み上げ。
ひたすら怒りを込めながら、告げる。


「女の方が目を覚ました。 今すぐ話を聞いて来い」

「……仁美、が?」

「つべこべ言わずさっさと行け、これ以上ナマ言ったら次はコイツで行くぞ」


そう言って、槍を虚空から呼び出す。
それはさすがに、ごめんだった。


「……うん」


地面に落とされる。
仁美が無事なら、それはとても嬉しいことだけど。
立ち上がる力がない。


「掴まりなさい、どうせ立ち上がることもできないのでしょう」

「……ありがと」


この二人はどこまでも、優しかった。

221: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:41:09.91 ID:hAzv6ppPo

**********************************************

病室に足を踏み入れる。
扉を開けてしまった以上、いつまでも廊下に立ち尽くしている訳にはいかない。
ベッドの上には、あたしの親友がいた。
痛々しく全身に包帯を巻きつけて。

「…………仁、美」

「さやかさん」

捻り出した声は、ひどく掠れていた。
何を言えばいいのか。
ただ、こうして生きていてくれたことだけを、ありがたいと感じた。


「申し訳ありません。 上条君を守ることは、できませんでした」


そんなわずかな喜びは、あっという間に霧散する。
彼女の一言によって。


守る?

恭介を?

心中しておきながら、一体何を?

何を言っている?

一体何を?

222: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:41:54.68 ID:hAzv6ppPo


「……ふざけないでよ」

怒りが漏れる。

「心中しておいて、守れなかったってなんだよ!」

止められない。

「守りたかったなら止めてよ! あいつが飛び降りるのを止めてくれればよかったんだ!!」

止まらない。

「一人だけ意識戻って、それで、それで…………!」

止まって。

「あんたなんか、っ」


そこまで吐き出して、ようやく正気に戻る。
あたしは今一体何を言った?
死の淵から戻ってきた親友に、一体何を言った?
そして何を言おうとした?

凍り付く仁美は、返事をしようとしない。
出来るわけもない。


「満足したかしら」


ほむらがあたしの手を取り、時間を止めていた。

223: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:42:58.33 ID:hAzv6ppPo


「あなたが彼女に伝えたかったことは、そんな事ではないはず」

「呑まれないで。 これ以上道を間違えたら、あなたは間違いなく絶望してしまう」

「それから先のことは、もう伝えてあるはずでしょう」


あまりに展開が急すぎて、ちっとも頭が付いて行かないけれど。
ただ最悪の事態を回避できたこと、それだけは分かった。

「…………また迷惑かけちゃったね、ありがとう」

「もう平気かしら」

「大丈夫」

そして時間停止が解ける。
完全に冷静になれた訳ではないけれど、一度吐き出したことである程度落ち着けていた。
ごめんねと心の中で謝罪し、改めて仁美へ言葉を返す。


「無事で何よりだよ。 何があったのか、教えてくれない?」

「勿論です」

そうして仁美は、語り始める。
あたしが見逃してしまった危機を。
誰を責めるでもなく、ただ自分の力不足だと自責しながら。

224: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:43:31.12 ID:hAzv6ppPo

「あれから、何度か折を見て上条さんのお見舞いに参りました」

「バイオリンが弾けない事を何度か口にされて、その度辛そうにしていらしたのですが」

「ある日、突然口にされたんです」

「死にたい、と」

「すぐに止め、その時は納得されたのですが」

「その日以来、その言葉を口にされることが多くなっていきました」

「そしてある日、頼まれたんです」

「一緒に死んで欲しいと」

「当然、止めましたが、決意は固く」

「一人でも死ぬと、もう耐えられないと仰って」

「このまま一人にしてしまえば、きっとそのまま死んでしまうと思って」

「お供をして、その上で私が彼を庇えば、きっと少しは思い直してくれるだろうと思いました」

「でも、結局はこういう事態を招いてしまいました」

「本当に、申し訳ありませんでした」


仁美の語りは、ようやく終わった。
頭がノイズで満たされていく。
あたしは自分の事に必死で、何も気付いていなかった。
心が自己嫌悪と怒りで満たされていく。
ただ、必死に、言葉を繕う。


「仁美、ありがとう。 恭介を守ってくれて」


その一言を必死に言い終えると、病室から駆け出る。
もうこれ以上正気を保てる気はしなかった。

225: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:44:20.35 ID:hAzv6ppPo

「待ちなさい」

病院を飛び出したあたしを、みんなが追いかけてきた。
やめてよ、あたしに構わないで。
こんな奴にそんな価値、ないから。

ほむらにマミさん、杏子、まどか。
みんなとても優しい子ばかり。
こんな自分勝手な奴に振り回される必要なんて、ないから。


「一人にしてよ…………」

「またブン殴られたいのか、てめえは」


それで罪が滅ぼせるならいくらでも殴られるけど。
あたしのしてしまったことは、そんなことでは済まされないだろう。
背中を向け、歩き出す。


「美樹さん、ソウルジェムの穢れは大丈夫なの!?」


マミさんから声が飛ばされる。
のろのろとソウルジェムを取り出してみれば、それは驚くほどに黒ずんでいた。

226: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:44:52.61 ID:hAzv6ppPo


「あはは、こりゃだめかも」

「さやかちゃん……!?」


罰か報いか。
力に慢心して、結局大切なものを守れなかったあたしに対しては、きっとそれが適当だ。
あたしなんかよりも、ただの人間だった仁美の方がよっぽど、正しいことをしていた。
仁美がいなければ、きっと恭介はもうこの世にいなかった。
あたしは別に必要なかった。
むしろあたしなんか、きっと、いないほうがいい。



そう思ったのに。


いつしかソウルジェムは、あたしの手元から消えていて。


「死なせないわ」


そう宣言したほむらが、グリーフシードで浄化していた。

227: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:45:47.25 ID:hAzv6ppPo

おかしい。
いつまで経っても、ソウルジェムの濁りが消えない。
それどころか。

「暁美ほむら、今すぐそのグリーフシードを離すんだ! それ以上はもう吸い取れない!」

「そうしようとしているけれど、吸い付いて動かない!」

どれだけの濁りを溜め込んだのか。
魔女化してしまわないことが不思議なくらい。
そして今の問題はそこですらない。
穢れを吸い込みすぎたグリーフシードに何が起こるのか、この目で確かめることになるとは思わなかった。

グリーフシードが粉々に砕け散り、周囲に結界を作る。
その結界はとても見覚えのあるもの。
パステルカラーに染められた毒々しい病院。

再び現れたのは、魔女シャルロッテ。
全身を漆黒に染めて、意味不明な叫び声を上げながら。

「……また、なのね」

まさかこの魔女と、再び見えるとは思わなかった。
あれほど苦戦した相手と二戦。
三人がかりでようやく倒せた相手なのに。
それでも、やるしかないが。

228: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:46:16.78 ID:hAzv6ppPo

「そこにいて、今のあなたは足手まといにしかならない」

そう警告し、美樹さやかにソウルジェムを返す。
その濁りは少しマシになったけれど、とても平時のそれではない。

「まどかのことだけ、お願い」

頷く様を確認し、既に戦闘準備を整えていた二人のもとへ飛ぶ。
どちらの表情も厳しかった。

「分かるかしら」

「……ええ」

吸い込んだ絶望はどれほどか。
シャルロッテは黒く黒く染まり、耳をつん裂く金切り声を上げ続けている。
思わず目を背けたくなった。

「早く済ませましょう、これが美樹さんの絶望の投影なら」

「一刻の猶予もない」

「……もう話はいいな、行くぞ」

言葉少なに、佐倉杏子が槍を振りかざす。
その顔には珍しく、焦りがあった。

229: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:47:00.41 ID:hAzv6ppPo

**********************************************



彼女たちは、全く敵わなかった。



「みんな…………!?」

黒いシャルロッテはただ凶暴に暴れまわった。
いつかのように何かへ噛み付くのではなく、対象も定めず所構わずその巨体を振り回しながら。
結果、三人は致命傷こそ負わなかったものの、全身に打撃を受け、意識を失い地に這っている。


どうしてこんなことになったんだろう。
良かれと思い選んだ道が、こんな結果に繋がるなんて。
目の前の光景に、なぜか現実味を感じない。
夢であって欲しいなんて。
そんな都合のいいことを。


「勝てないね、このまま続ければ彼女たちは死ぬだろう」

「そんな、そんな……!」

「この状況を覆せるのは、君たちだけだよ」

230: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:47:41.74 ID:hAzv6ppPo

その言葉すらも遠い。
身体に力は入らない。
だけど。


「……それなら、わたし」

「やめな」


そんな身体でも。
出来ることはきっとある。


「こんな身体に、なっちゃダメ」


ソウルジェムを輝かせ、騎士の装束を纏う。
あたしの力は壊すこと。
それ以外の使い方は出来ないから。
だから、せめて。


「みんなが目を覚ましたら、謝っておいて」


大剣を構え、駆ける。
あたしの不始末だ、あたしが片付ける。

232: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:49:14.88 ID:hAzv6ppPo

「っ、あ」

意識を取り戻したのは、病院のベッドの上。
訳も分からず跳ね起きると。

「気が付いたかしら」

同じようにベッドに上体を起こす、巴マミの姿があった。
包帯やガーゼの後が痛々しい。
よく見てみれば、それは私も同じだった。

「シャルロッテ、は」

「……美樹さんが倒してくれたみたい」

そうだ。
こうして生きている以上、シャルロッテは問題ではない。
それよりも。

「美樹さんは行方不明。
 立ち去る所を鹿目さんが見ているから、無事ではあるみたいだけど」

ひとまずはまだ、生きているらしい。
ほっと胸を撫で下ろす。

233: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:49:45.32 ID:hAzv6ppPo


「今は佐倉さんが、鹿目さんを連れて探しに行っているわ」


そしてまた、全身が粟立つ。
その組み合わせは絶対にまずい。
何度繰り返そうと同じなのか。
彼女たちの辿る末路はいつも、ここから始まってしまう。

「動けるかしら」

「あなたが起きるのを待ってたのよ?」

「探しに行く。
 彼女たちでは、あまりに荷が重すぎる」


どうかお願い。
同じ道を辿らないで。
まだ全身に痛みは残っていたけれど、そんなものに気を払う余裕はない。
嫌な予感だけが、頭と胸にひしひしと響いていた。

234: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:50:36.74 ID:hAzv6ppPo

**********************************************
[影の魔女 エルザマリア]
  影の魔女。
  その性質は独善。
  全ての生命のために祈り続ける魔女。
  祈りの姿勢を崩さぬまま、その影の中へとあらゆる命を平等に引きずり込む。
  この魔女を倒したくば、黒色の苦痛を知らなくてはならない。


「……いた」

杏子ちゃんに連れられ、魔力の気配を追って。
辿り着いた先で、さやかちゃんはまた戦っていた。

戦うという表現は適切じゃないかもしれない。
それは一方的な暴力だった。

彼女の周りに、不思議な模様が浮かび上がっていて。
そこに触れた影は片端から消し飛んでいく。
ただ歩いていくだけで、目の前の魔女は消滅していった。

「さやか!」

「…………あれ、杏子じゃん。 まどかも」

結界が解け、工場跡地へ戻ってくる。
そう言ってこちらを振り返った彼女の眼に、生気はない。
無事を安心する前に、恐怖を感じてしまう。
その様はまるで、もう人間ではないようで。

235: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:51:33.09 ID:hAzv6ppPo

「お前……」

「あはは、なんだろうね。 もうなんかさ、全然頭回らなくて」

そう言いながら、彼女はグリーフシードをソウルジェムに押し当てる。
確かに濁りは吸収されていくのだけれど、ソウルジェムの色はちっとも変わらない。
青色は最早どこにもなく、ただただ鈍色が支配するばかり。

「手遅れ、ってやつなのかなあ」

「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ…………!」

「キュゥべえ、なんなのあれ……!
 グリーフシードで、穢れは浄化できるんでしょう!?」

「……もう、手遅れだね」

「そんな…………」

「太鼓判かあ、こりゃいよいよもって年貢の納め時なのかねぇ」

「てめえが一番最初に諦めてどうするんだよ。
 何もかもを護ってみせるって、自分でそう言ってたじゃねえかッ!」

「そうだよ、さやかちゃん!
 お願いだからそんなに簡単に、自分の事を諦めないで!」

杏子ちゃんに続いて、わたしも思いをぶちまける。
もう抑えてなどいられない。
さやかちゃんはどこまでも絶望的なことばかり言う、あまりに自分勝手に。
そんな簡単に、自分の事を諦めないで。
声を掛けるだけでは収まらず、走り寄ろうとしたわたしに、制止の声がかかる。

236: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:52:16.68 ID:hAzv6ppPo

「来ないで」

「イヤだよ」

「来ないでったら!
 今のあたしは力を全然制御できてないんだ、何しちゃうかわかんないんだよ!」

「そんなの関係ない!
 わたしはわたしの意志で動くんだ、さやかちゃんを放っておけないもん!」

「おい待てまどか! それは本当に、」

制止を振り切り、走り出す。
走り出して、


「ぁ」


さやかちゃんの足元から、方陣が広がり。
細剣が地面から生え、わたしのお腹を貫いた。

237: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:52:57.52 ID:hAzv6ppPo

さやかちゃん。
ごめんね。
わたし、それでも。

お腹に激痛が走る。
痛みなどと生易しいものではなく、もはやそれはただの熱と化している。
それでも歩みは止めない。
すると、また足元の陣が光って。


「バカ野郎ッ!!!!」


今度は何本となく剣が突き出されるけれど、そのほとんどは駆けて来た杏子ちゃんが薙ぎ払う。
だけど全部を止めることはできず、残ったいくつかはわたしを庇った杏子ちゃんに。


「てめえ、本当に何も分からなくなっちまってんのかよ……!」


わたしはもう声を出せない。
ただ、前に進もうとするだけ。


「これがてめえの願った、幸せな日常だってのかッ!!」


怒声が響く。
もうそこがわたしの限界だった。
意識は飛び、舞台から退場する。

238: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:53:36.36 ID:hAzv6ppPo

「何よ、これ」

魔力の匂いを辿り、着いた先には。
血みどろの光景が広がっていた。

視認できるだけで、鹿目さんは命の危機にある。
佐倉さんは比較的軽症に見えるけれど、それは魔法少女にとっての肉体的な話。
精神的にどのような状態になっているかは、分からない。
そして何よりも、美樹さんは。
目の焦点も定まらず、返り血に制服を染めて自失している。

「暁美さん、鹿目さんを!」

「分かっている!!」

理解は全く追いつかないけど。
ただ今は、やれることを。
私の力なら、まだ鹿目さんを救うことは出来るはず。
その能力を存分に活かし、即座に暁美さんは鹿目さんを抱えて戻ってきた。

「酷い傷……!」

「まだ間に合う」

「ええ、間に合わせてみせるわ。 あなたは二人を」

そう頼み、力を傷の修復に集中させる。
余計なことは考えない。
とてもそんな余裕はない。

239: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:54:15.21 ID:hAzv6ppPo


「美樹さやか」


血を浴び赤に染まる彼女に、声を掛ける。
努めて冷静を装いながら。


「あなたの願いを思い出して。 あなたはこんなことを望んではいないはず」


幸せな日常が欲しいんでしょう。
それは私も同じだから。


「あなたさえこちらに歩み寄れれば、いつでも私たちはあなたを助けられる」


私がかつてそうだったように。
一人で解決できることなど何もない。


「お願いだから、正気に戻って」


こんな形で、あなたとの日々を終わりにしたくない。
私の幸せには、あなたという人も含まれているんだから。

240: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:54:45.89 ID:hAzv6ppPo

願いか。
あたしの願い、なんだったっけな。


そうだ、思い出した。
大切な人たちを護りたいって、そのための力が欲しいって。


でも、その結果がこれだもん。
救えないよ。


仁美も恭介も傷つけた。

マミさんも杏子もほむらも裏切った。

まどかに至っては、この手で半殺しだ。



こんなあたしに。



救いはいらない。


手元のソウルジェムに目をやる。
黒く黒く染まり、ヒビが入り始めている。
鮮血が紅を一筋。


それを見て、一言声が零れた。




「ごめんね、みんな」




そしてソウルジェムは砕け、グリーフシードが生まれ、魔女が孵る。

241: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:56:02.55 ID:hAzv6ppPo
**********************************************
[かつて美樹さやかだったモノ]
  無力の魔女。
  その性質は暴力。



「さやかぁぁぁぁああああああああああっ!?」


謝罪と同時に、さやかのソウルジェムは砕け散り。
周囲に結界が広がっていく。
それは紛れもなく、目の前に魔女が存在する証。
さやかは音もなく崩れ落ちた。

「何よこれ…………何がどうなってるの!?」

「おいてめえ、さやかに何をしやがった!」

訳も分からず声を発する。
だけど何となく、あれがさやかであるのだろうという想像はつく。
そうとしか考えられなかった。
魔女は叫び声を上げている。
あまりに悲しくて、痛ましい、助けてという声を。


「――――あれが、美樹さやかよ」


その予想は、時間遡行者によって肯定される。
それ自体は予想していたから、驚きはしないけれど。

242: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:57:24.46 ID:hAzv6ppPo

「――――魔法少女の末路は、そういうことなのね」

「ああ、その通りさ」

「てめえ、よくも騙しやがったな…………!」

怒りは収まらない。
お前さえいなければ、さやかはあんな目には、遭う事もなかったのに。
お前さえいなければ。

「誤解しないで欲しい、彼女はそのことを知っていたよ」

「なっ」

「全てを覚悟した上で、彼女は僕に契約を頼んだ。
 君達に全てを話さなかったのは確かだが、彼女についてはそうではない」

「佐倉さん、おしゃべりはそのくらいにして!」

横向きに力を受ける。
ろくな受身もとれず吹き飛ばされ、数秒前にいた空間を巨大な剣が裂いていく。
その形は、とても見覚えのあるもの。

「何を話すのも後。 今は目の前の状況に対処を!」

ほむらがあたしを抱え、飛んでいたと気付くのはそれから。
確かに何を話すにしても、この場を切り抜けなければ仕方がない。
だけど。

243: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:58:44.62 ID:hAzv6ppPo


「……勝てると、思うのか」


その一言に、二人は視線を落とす。
全員それなりの修羅場を潜り抜けているだけあって、認識は早い。

あいつの力は、願いが願いだけに相当なものだった。
しばらくは技術の差があったから負けることもなかったけれど。
訓練の中で、驚くほど貪欲に技術を吸収して、またその力自身も増幅させていった。
その事実は、黒いシャルロッテと戦った時に思い知らされた。
かすむ視界の中見えた、一刀両断の光景だけは覚えている。

それが魔女になって。
おまけに引き寄せていた魔獣を片っ端から吸収したらしく。
はっきり言って、一切の勝ち目はなかった。


「でも、だけど」

「分かってる、諦めてむざむざ殺されるつもりはないよ」


ただ。
あたしは、もういい。


「ほむら、あんたに託す」


時を遡る能力を持っているんだろう。
それなら、きっと。


「こんな結末を、どうか変えてくれ」

「……私も手伝うわ、一人では足りないでしょう」

「悪いな、地獄まで付き合わせて」

「別にあなたとなら、そこまで悪くはないわよ」


ほむらは泣きそうな顔をする。
そして。


「分かった」

244: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 17:59:30.32 ID:hAzv6ppPo

私は嘘が得意ではないらしいから。
その言葉は、時を止めて口にする。
決して誰にも聞かれないように。


まずは杏子。

背後に回りこみ、盾で頚椎を殴打した。

そのまま解除と共に、声もなく倒れ込む。


「あなた、」


また止める。

続いてマミも、停止中に同じように処理する。

二人の魔法少女の意識は、無事に刈り取れた。


「ふざけないで」

「あなたたちを犠牲にすることなんて、絶対に許さない」

「あなたたちがそれで満足でも、私は満足しない」


それを聞く人はいない。
けれど、口は止まらなかった。

245: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:00:40.70 ID:hAzv6ppPo

そして魔物に向かい合う。
これは最早オクタヴィアではない。
それ以上に深い深い絶望が、彼女を支配していた。

二人を気絶させた以上、私が一人で戦うしかない。
でも決して死んでやるわけにはいかない。
私の背中には、三人の命が掛かっているから。

力を込める。
魔力を練り上げる。


すると右手に、一つの温もりが。


「ほむらちゃん」

「お願いだから、死なないで」

246: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:01:33.02 ID:hAzv6ppPo


その温もりを糧に。
私は力を思い出す。
かつて私が振るった、強大な力を。


「――――ああああああああああぁぁぁぁあああああああああああああああッッッッ!」


背が裂ける。
そして生えるのは、黒い黒い黒い黒い翼。


力が噴出し、それを受けて翼は力強く広がる。


握る手を決して離さず、力を鏃に代えて解き放つ。


翼から羽根が追従し、破壊の奔流となって吹き荒れた。

247: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:02:39.07 ID:hAzv6ppPo

**********************************************

「くそ、いてて」

「目が覚めた?」

「…………どうなった」

目を覚ました杏子は、私の姿を認めるや否や表情を変える。
それも当然だろう。

「倒したわ」

「あたしらがここにいるってことは、そうなんだろうな」

場所は巴マミの家。
まどかは家に帰したが、尚も眠り続ける巴マミ、そして美樹さやかの死体はここにあった。
状況を鑑みれば、そこまでは理解できるだろう。
分からないであろうことは、一つ。


「トドメは」

「さした」

「嘘つけ」


パン、と。
乾いた音が私の頬に響く。


「それが何を意味してるか、分かってんのか」

「……分かってる、けど」

「もう一発」


もう片方の頬を叩かれる。
それも仕方がない。
あの状態の彼女にトドメを刺さない事は、数多の人々を危険に晒すことと同じ。
だけど。


「私には、どうしても、できなかった」

「なら、あたしが行く」


そう言い残し、佐倉杏子は家を出て行く。
引き止めることはできなかった。

248: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:03:33.43 ID:hAzv6ppPo

「……死に場所を手に入れたと、思ったんだけどな」

「巴、マミ」

「助けられちゃったみたいね。 ありがとう」

「もうあんなことはしないで」

「ごめんなさいね、あなたには謝ってばかりだわ」


その音に気が付いたのか、もう一人の魔法少女が目を覚ます。
彼女は不思議と落ち着いていた。


「あなたの知ってること、洗いざらい話して貰うわよ」

「ええ」


もっと早くに話せば良かったのか。
それすらも分からない。
もはや理性を制御できなくなって。
ただ、初めて契約した時のこと、みんなを失ったときのこと、これまでのこと、全てを打ち明けた。
世界が一度改変されたことも。
まどかをこの手で殺したことも。
ありとあらゆる感情をぶちまけながら。

249: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:04:42.84 ID:hAzv6ppPo

「そう」

語り終えた後の一言は、とても短かった。
私はただ、断罪を待つ。

「こんな小さな体で、ずっと戦ってきたのね」

「……ええ」

「ここで諦める?」

「絶対に、嫌」

「それなら」

強く腕を引かれ、
強く身体を抱きしめられる。

「あなたは決して絶望してはいけない。
 あなたの背中には世界が、いえ宇宙が乗せられている。
 あなたが犠牲にしてきたもの全てに報いるために、何があっても前を向きなさい」

それはとても厳しい言葉。
でも何故か、すごく優しい言葉に聞こえて。
これで何度目だろうか、涙を流してしまう。

「泣きたい時は泣きなさい、あなたの背負うものに潰されないように」

「う、うぁっ……………………」

「負担を少し軽くしてあげるくらいなら、きっと私にもできるから」

私のやるべきこと。
ワルプルギスの夜を打倒すること。
魔獣の問題を解決し、みんなと一緒に平和を享受すること。

大切な柱が一本折れてしまったけれど、
だからといって、残りの柱を折っていいわけがない。
力を尽くして、それから考えよう。
でも、涙が枯れ果てるまでしばらく、ここで甘えてもいいかな。

250: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:05:27.90 ID:hAzv6ppPo

「……ただいま」

「おかえりなさい」

ようやく泣き止んだ暁美さんを家に帰して。
しばらくしてから、佐倉さんも帰ってきた。


「目的は、果たせたの」


答えはない。
ただ彼女は、ベッドに横たわる死体へと歩み寄る。


「こいつさ、あたしたちのこと護るって言ったじゃん」


「あたしたちの居場所になってやるってさ」


「何があっても死なないで、ずっと一緒にいようってさ」


「それなのにさ」


「マミ、あたしを殴ってくれよ」


「トドメ、刺せなかったよ」


「ばかやろう、ばかやろう。 なんで先に死んじまうんだよ」


「置いていかないでよ、あたしと一緒にいてくれるんじゃなかったのかよ」


「バカヤロウ…………ッ!」


もはや誰に話しかけているのか、それも分からない。
ただ感情のままに言葉を吐き出している。
しかしそれも、きっと無理のないことだった。
死体にしがみつき、涙を流し続ける彼女に、後ろから覆い被さる。


「そんな乱暴なこと、しないわよ」


「守りましょう。 彼女が守ろうとした世界を」

251: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:06:43.86 ID:hAzv6ppPo

**********************************************

部屋で一人呟く。
話し相手は、一匹。

「あれ、なんだったのかな」

「僕にもさっぱりわからないよ。
 ただ、君の力を彼女が引き出したようには見えたかな」

「わたし、どうすればいいんだろう」

「誰かに決めてもらうことではない、それは確かだね」

その通りだ。
みんな自分で考えて、苦悩の末に自分の行動を決めている。
その結果がどんなものであったとしても。

大切な親友を失ったこと。
あまりに非現実的で、とてもその事実を受け入れられない。
だけどきっと、わたしはそれを理解しないと、前には進めない。

ほむらちゃんが言っていた、ワルプルギスの夜が訪れる日。
その日まで、わたしはただ考え続けよう。
一番簡単なことなのに、わたしはそれを避け続けていた。
もし判断しなきゃいけない時が来たら、きっと後悔しないように。

「一人にしてもらっていいかな」

「もちろんさ」

キュゥべえは素直に聞き入れ、窓から去っていく。
さやかちゃんがあんなことになったのは、間違いなくキュゥべえのせいでもあるのに。
何故か憎む気にはなれなかった。

252: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:07:29.28 ID:hAzv6ppPo

**********************************************


「僕はこの世界を、君達に託そう」


「理屈のみに従って行動する僕にはもはや、何が正しいのか分からない」


「世界を観測しても、正しい道理がどこにあるのか分からない」


「だからどうか、ゆっくり考えてくれ」


「感情を持たない僕たちのかわりに、この世界のために」

253: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:08:15.97 ID:hAzv6ppPo

**********************************************


様々な人達の苦悩を乗せて。

様々な生命の想いを乗せて。




そうして、死者を囲い込む夜が訪れる。

254: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:09:09.61 ID:hAzv6ppPo
第十三回、行きます。
最後までお付き合いいただければ、幸いです。

256: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:10:09.58 ID:hAzv6ppPo

[ワルプルギスの夜]
  舞台装置の魔女。
  その性質は無力。
  回り続ける愚者の象徴。
  この世の全てを戯曲に変えてしまうまで無軌道に世界を回り続ける。



「まどか、リボンを貸してくれないかしら」

「そうすることで、わたしが力になれるなら」

彼女のリボンを受け取り、髪を二つに結ぶ。
背中から翼が躍り出る。

ただでさえ強力なワルプルギスの夜は、魔獣の群れを吸収して肥大化し、
それに留まらず、サーカスの構成員として無数の魔獣を引き連れていた。
尋常の力では抵抗できない。
何故引き継げたのか分からないけれど、これ以外に対抗する手段はもはやなかった。

「あなたたちは、私をワルプルギスの夜本体の所まで送り届けて欲しい」

「確かに、一介の魔法少女の力を超えているね。
 ワルプルギスの夜も、君のその黒翼も」

「あなたを送り届けた後は、鹿目さんを守りつつ撤退でいいのかしら?
 残党の魔獣たちと交戦する必要は?」

「この魔獣たちは、ワルプルギスの夜の力によって召還されているようだから。
 核となる魔女を倒せれば、ほとんどはそれに引きずられて消滅するはず」

「了解よ」

「勝算は、あるのか」

「ええ」

「ならいい、ヘマして死んだりしたら承知しねーぞ」

即答する。
かつては魔獣の前に力尽きた身だけれど、今の私には守るべき物があるから。
決して折れてはいけないと、心に刻み込んだから。
ワルプルギスの夜などに、負けるわけにはいかない。
私のすべきことは、もっともっと先に、あるのだから。

「行きましょう」

翼を広げて飛び立つ。
闇を切り裂きながら。
未来を掴むために。

257: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:11:14.01 ID:hAzv6ppPo

先に進む度、光線の密度は高くなっていく。
それは線ではなく、面ですらなく、立体。
かつて私の身体を焼いたような。

「ここが限界ね……!」

「すまねえ、頼んだ!」

二人から声の後押しを貰い、前に進む。
行く手を塞いでいた魔獣は、銃と槍の連撃を受け塵と消えた。

ここからは私一人の戦いとなる。
でも、彼女達から受けた言葉があるから、決して独りではない。
そう心に刻む私に、尚も声が掛かる。
かつて聞いて、そして今、何よりも欲しかった言葉が。


「ほむらちゃん!」

「がんばってぇえええ!!!!」


彼女らしくもなく、大口を開けて、声を張り上げて。
勇気をくれた。



「ついに会えたわね、ワルプルギスの夜」


光の弾幕を抜けて、ぽっかりと空いた空間に浮かぶ舞台装置の魔女に宣戦布告する。
ケリをつけよう。
全ての運命と、全ての因果に。

258: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:12:12.41 ID:hAzv6ppPo


飛び交うビルや炎、光線を避けながら、力を収束させる。


想像するのは、かつての力。


数え切れない魔獣を屠り、死して尚、神をも殺した罪深き力。


時を遡り、世界を翻し、なおも貫く意思の力。


創造するのは、巨大な鏃。


かつて彼女がそうしたように。


私もまた自然とその形を具現していた。


万感の想いを込めて、神殺しの矢を放つ。



「せめて、安らかに」



放った矢は狙い違わずワルプルギスの夜を貫き、地面へと縫い止め。
続く無数の黒い光弾がその身体を、砕いた。

259: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:12:49.38 ID:hAzv6ppPo

そして。

遥か彼方から飛来した黒い鏃が、私の胸を撃ち抜く。


「――っ、――――?」


その形、その色、その力。


全てが私の創造したそれと等しかった。


訳も分からぬまま、私は地へと堕ちる。


胸に凄まじい熱を感じながら。


呼吸は出来ないし、それどころか全身が一切動かない。


何もかもを理解できなかった。

260: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:13:17.33 ID:hAzv6ppPo





だが次の瞬間、全てを理解する。






私の翼は弾け、そこから魔獣が生まれた。

261: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:14:06.19 ID:hAzv6ppPo

(ああ)


(そうだったんだ)


(この世界の魔獣は、私が持ち込んだんだ)


(あの世界の記憶と一緒に、あの世界の力と一緒に)


(だから私はこの力を振るえた)


(私の放った矢は、神を殺すもの)


(神ってなんだっけ?)


(確か)



(時を超え、世界を超え、その力を振るうもの)



(私は、もう)




そして、黒弾が飛来する。
その尽くは私の身体を撃ち抜き、滅ぼした。

262: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:14:45.89 ID:hAzv6ppPo


薄れ行く意識の中、思う。


ワルプルギスの夜を倒しても、きっと魔獣は消えない。


私が滅びても、その力の残渣がいつまでも魔獣を生み続ける。


全ての人類を呑み込むまで。


まどかの力を呑み込んだ所で、もはや留まる理由がないだろう。


ごめんなさい。


私はあなたを、救えなかった。


誰を救うことも、出来なかった。


幸せにはなれない。


なれようもない。


絶望が身体を支配する。


そして暁美ほむらは死に、一人の魔女が生まれる。

263: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:15:26.87 ID:hAzv6ppPo

**********************************************
[かつて暁美ほむらだったモノ]
  深淵の魔女。
  その性質は絶望。



「おい、アレどうしたんだよ!?」

「私に言われたって分からないわよ!」

ほむらがワルプルギスの夜を撃ち抜いた所までは、見えていた。
だが次の瞬間、視界が魔獣どもに覆われて。
再び開いた視界には、巨大な杭を胸に打たれたほむらが地面に磔とされていた。
今はまた、さらに数を増した魔獣どもによって影も形も見えなくなっている。

「うそ、うそ」

「クソッ、とにかくあそこまで行くぞ!」

「早くした方がいい、凄まじく嫌な予感がする!」

茫然自失とするまどかと、いつになく慌てふためくキュゥべえ。
何もかもが異常だが、ここであたしたちまで正気を失うわけにはいかない。
そうなれば、みんな死んでしまう。

264: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:16:06.86 ID:hAzv6ppPo


少しずつ、少しずつ魔獣の数を減らし。
ようやく辿り着いた先に見えたもの。
それは。


「いや、いやだよ、ほむらちゃん…………!」


地面に縫いとめられ、血でその身体を彩るほむらの死体。


その顔は、哀しみと絶望に歪んでいた。


「うそだよ、こんなの、うそだよ」


まどかが死体に歩み寄る。
そして、触れようとして、


「鹿目さん、離れなさい!!」


黒い影が死体から浮き出る。
それが何かは、直感で理解できた。


魔女になったほむらが、そこにいた。

265: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:17:06.51 ID:hAzv6ppPo

「――――――――」

その子は、私には聞こえない声で叫ぶ。
呪いを。


魔法少女だけに、かかる呪いを。


「おい、うそ、なんだこれ」


「やめて、嫌、嫌よ」


二人のソウルジェムが、瞬時にどす黒く濁る。
そして砕ける。


「マミさん、杏子ちゃん」


空ろな声で二人を呼ぶけれど、返事はない。
あるわけもない。
そこに居たのは、二人の魔女。
そこにあったのは、二つの遺体。

266: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:17:47.61 ID:hAzv6ppPo


そしてその子は、私にも聞こえる声で謳う。
絶望を。

「――――――――」

言葉が何かは分からなかったけれど、意味は分かった。
魔獣が山と地から生える。


「ほむらちゃん」


今の私にできることは、なんだろう。
考えに考えたけど、結局何も答えは出せなかった。
このまま死んでしまうのだろうか。

ただ、こんなにも心を傷つけた、彼女が可哀相でならなくて。
もはやそこに心はないと知っていながらも、彼女の血に濡れた遺体を抱きかかえる。


そして。



全ての記憶が、戻った。

267: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:18:27.40 ID:hAzv6ppPo

魔女が嗤い魔獣が躍る地獄で。

わたしは全てを思い出した。

そしてこれから何をするべきか、すぐに答えを出す。



「ほむらちゃん、さやかちゃん、マミさん、杏子ちゃん」


「わたしの願い、分かったよ」



時を超えて、世界を超えて。
彼女達はいつも必死だった。
幸せを掴もうと必死だった。

268: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:18:58.16 ID:hAzv6ppPo


「――君はその命を対価にして、何を希う」


「この世界、プラスとマイナスの総和がゼロなんだよね」


「ああ」


「それ、本当?」


「本当だよ」


「何で分かるの?」


「何で、って」


「そんなわけ、ないじゃない」


こんな。
こんな世界が。
そんな平等な法則で、作られているわけがない。

269: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:19:49.16 ID:hAzv6ppPo


「この世界は圧倒的にマイナスで出来てる」


「馬鹿な……、そんなこと」


「試してみる価値はあると思わないかな」


「しかしそれは、一つの個体に成し得る願いじゃない、神の否定ですらある!」


「神サマは、さっきほむらちゃんが殺しちゃったよ」


「もう神は、居ないって言うのか」


「だからわたしが作り変える。 プラスとマイナスがゼロになるように」


「歴史は確実に変わる、君達がまた出会える保証なんてどこにもないよ」


「絶対に会えるよ」


「魔法少女は奇跡を起こす、か」


そう。
きっと奇跡は起こせる。
起こしてみせる。

270: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:20:31.65 ID:hAzv6ppPo


「いいだろう! 鹿目まどか、君の願いを叶えてみせろ!」


「これはわたしの願いじゃない。 これまで苦しんだ人、これから苦しむ人、みんなの願い!」


だからきっと。
わたしは独りじゃない。


光が集う。
その光はわたしに集まった因果。

それは過去のわたし。
それは過去の魔法少女。
それは過去の世界に生きた人々。


全てを私の中に受け止め、力に変える。


そして光は消え、元の世界が戻ってきた。


わたしは魔法少女として、地獄に降り立つ。


最後の仕事を終えるために。

271: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:21:19.81 ID:hAzv6ppPo

**********************************************

「君の願いは、叶えられた」

「でも、予想と違うね」

「世界は改変されたが、歴史はまだ改変されていない」

「神サマはもういないのに?」

「神は確かにいなくなったが、神の遺したシステムが動いている」


そのシステムが何かは、すぐに理解した。
魔女は消えていたけれど、魔獣は依然としてそこにいる。


「つまり、これを倒したら」

「君の勝ちさ、世界は書き換わる」

「逆に、倒されたら」

「君の負けだ、君という存在は世界から消えてなくなるだろう」

272: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:21:59.67 ID:hAzv6ppPo


「――――そいつは、分かりやすくていい!」

「明確な終点が見えているなら、やることも単純ね!」



槍が魔獣を貫き、
銃が魔獣を砕く。



「マミさん、杏子ちゃん」



「いい顔してんな、まどか」

「あなたの光が、私の希望になったわ。 本当にありがとう」

273: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:22:31.40 ID:hAzv6ppPo


そして、



「散々迷惑かけて、今更出てくるのもちょっとアレなんだけどねッ!!」


大剣が魔獣を叩き割る。


「遅いぞ、バーカ」

「うっさいなあ、これでも出来るだけ急いだんだってば」

「さやかちゃん」

274: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:23:08.09 ID:hAzv6ppPo

最後に。



「諦めるにはちょっと、早かったかしらね」



地雷とミサイルが魔獣を焼き尽くす。



「前を向きなさいって、言ったのに」

「……面目ないわ」

「ほむらちゃん」

275: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:23:36.34 ID:hAzv6ppPo

五人が揃う。
世界最後の魔法少女として、この世界を変えるために。
ちっぽけな存在でしかない一人一人が、この宇宙を変えるために。


「行こう、みんな」


弓を構える。
大小ありとあらゆる魔獣が目の前に聳えるけれど。
負ける気など微塵もしなかったし、負ける理由など欠片もなかった。

276: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:24:35.44 ID:hAzv6ppPo

**********************************************

「おめでとう、君達の勝ちだ」

「当たり前だよ、五人揃えば無敵だもん」


魔獣の群れは殲滅した。
世界改変のための障害は消え。
歴史の改変が、始まろうとしていた。


そしてまずは、杏子ちゃんが光に包まれる。
世界が変わるために、一度全ての存在は消えるから。

277: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:25:07.77 ID:hAzv6ppPo


「っと、まずはあたしからか」


「こんなことになるなんて、思ってもみなかったけどな」

「あたしでもみんなの役に立てたみたいで、よかったよ」

「さやか、あんた次の世界で会ったら盛大に説教だからな」


そう一方的に言い遺し、光に解ける。
彼女らしい最後だった。

278: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:25:38.02 ID:hAzv6ppPo


「あら、次は私ね」


「色々なことがあって、色々な悩みがあったけれど」

「こうして終わることができて、私は満足よ」

「また会って、お茶しましょうね」


そう言って、背中を向けて。
きっと泣いていたのだろうけど、その顔をわたしたちに見せることはなかった。

279: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:26:19.21 ID:hAzv6ppPo


「んであたしか」


「また会うことがあったら、謝り倒すしかないと思ってたんだけど」

「今はそれより、ありがとうって言った方がいいよね」

「本当にありがとう、またよろしくね」


再び現れた彼女は、また光へと消えていく。
名残惜しくはあったけれど、きっとまた会えるから。



そして残されるのは、二人と一匹。

280: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:26:59.39 ID:hAzv6ppPo

「おや、先に僕のようだね」

「うん、そうみたい」


今度はキュゥべえが、光の中へ。
その表情には相変わらず変化も見えないけれど。


「僕はどうなるんだろうね、さっぱり予想が付かないよ」

「観測者の役割も、エネルギー回収の役割も、持たなくなると思う」

「しかしそうすると、やることがなくなるね」

「ううん」


間違いなく、一つの変化が起こる。


「あなたには、感情が与えられると思う」

「…………それはまた、興味深いね」

「手に入れた感情で、新しい世界を生きて。 それがあなたのやることだよ」

「感情か、ありがたく使わせてもらうとするよ」


そうして姿を消してゆく。
その表情は、心なしか普段よりも笑っているようだった。

281: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:27:55.66 ID:hAzv6ppPo


そしてほむらちゃんもまた、光の中に。
その表情は、喜びと悲しみと。


「まどか」

「何かな、ほむらちゃん」

「あなたは、神になるの?」

「ううん、そんなことないよ」


わたしは思い出したから。
あなたの言葉を、あなたの想いを。


「わたしもみんなと同じ時を生きる。 絶対に生きてみせる」

「それなら、いい」

「またみんなで笑おう。 お泊り会して、一緒にご飯食べて」

「お酒だけは遠慮したいけれど」

「えへへ、そうだね」


そして、どうしても伝えたい言葉が一つ。
あの時も伝えようとしたけれど、ちゃんと形にできなかったもの。


「ほむらちゃん、わたし、ずっと言いたかったことがあるんだ」

「偶然ね、私もよ」

「じゃあ、せーので言おうか」


当時は黒に染められた闇の中で。
現在は白に染められた光の中で。


その先にあるのは苦難の道ではなく。
望み続けた幸せが叶う世界。



「「 またね 」」



光が彼女を包み込み、わたしは一人残される。

282: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/19(日) 18:28:40.59 ID:hAzv6ppPo

「これで、最後かな」


光はとうとう、わたしを包む。
世界の改変は終わろうとしていた。


本当にどうしようもない世界だった。
悲しみと憎しみばかりを繰り返す、どうしようもない世界だった。


だけど、その世界で生きた人がいたからこそ、今のわたしがここに在る。
だからこそ、消え行く世界に感謝を。


「ありがとう」


そして。
これから生まれる世界に、祝福を。



「おいで。 幸せな世界」



光が視界を埋めていく。
わたしの意識は、そこで消えた。

300: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/23(木) 23:48:40.37 ID:Cg05IDA/o

「温泉に行きましょう」

「嫌です!」


即答で返す。
だって温泉に行くと、イヤでもそこを意識してしまうから。
わたしになくて、マミさんにある二つの兵器を。


「えーいいじゃん、温泉行きたいよ温泉ー」

「私も時間の都合が取れたら、行ってみたいですわ」

さやかちゃんと仁美ちゃんも加勢する。
それなら、仲間であるはずの二人はどうか。

「おーいいなあ、うまいもんあるんだろ温泉って」

「あ、わたしも……行ってみたいです」

逃げ場はなくなった。
それどころか。

「わたし、体弱くてあまり外出できなかったから、行ったことなくて」

「それなら是非とも連れて行ってあげたいわね、いいところよ温泉って」

これでも断るの?という視線。
一緒に行こうよ、という視線。
断れるはずもない。

「ううぅぅう…………分かりました、行きましょう」

やったあ、というハイタッチが交わされる。
その中にほむらちゃんも混じっていて、ちょっと複雑な気分になった。

301: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/23(木) 23:49:54.21 ID:Cg05IDA/o


電車を乗り継ぎながら、目的地へと向かう。
それはまさに小旅行。

「最近の電車はお手洗いが付いているんですのね」

「あたしもこれは初めて見たけどねー、まるで新幹線だ」

「おーい、さやかに仁美、こっち席空いてるぞ」

杏子さんに呼ばれ、席へ。
その形も、時々見る長椅子ではなく、対面式の四人掛けのもの。

「…………感動ですわ」

「感動、です……」

「ちょっとちょっと、二人ともさすがに世間をだね」

「いいじゃないの、純粋で」

「ところで杏子ちゃん、それなに?」

「味噌漬け沢庵だってさ、おいしそうだったから買ってみたんだけど」

「えっ」

「…………しょっぱい」

「当たり前だと思いますわ……」

めいめい自由なことを話しながら、電車は私たちを連れて走る。
流れる風景も、吹き込む風も、全てが綺麗で、目新しくて。
予定を無理に詰めてでも、来て良かったと思う。

302: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/23(木) 23:50:49.92 ID:Cg05IDA/o

「着いたーっ!」

電車を乗り継ぎ、バスを乗り継ぎ。
はるか見滝原から離れた温泉街に、私たちは到着した。

硫黄の匂いが鼻につく。
土産物屋が道の両脇に広がる。
少しひなびた、旧き良き空気が、日頃の疲れを癒していくけれど。
この子はなかなかそうもいかないらしい。
さすがに見かねたので、声を掛ける。

「……暁美さん、大丈夫かしら?」

「だ、大丈夫……です」

「ちっとも大丈夫に見えねーっつの」

彼女にはちょっと強行軍だったらしい。
まあ、病気のせいでろくに出歩くこともなかったのだから、それも仕方ないのだろう。

「肩、お貸ししましょうか」

「ここまで……来たから、頑張り、ます」

「無理しちゃダメだよ。 限界になったら言ってね」

あれで意外と強情だから。
たぶん、大丈夫だろう。

303: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/23(木) 23:51:43.77 ID:Cg05IDA/o

到着したのは、小さなホテル。
民宿もいいけれど、女子中学生だけで行くのには少し危ないし。

「はぁ、はあ…………」

「ほむらちゃん、よく頑張ったね」

途中坂を登ったせいで、ほむらは息も絶え絶えだった。
言えばおんぶくらいはしてあげたのに。
そう思いながらロビーに上がったところで、一ついい案を思い付いた。
目に入っていたのは、露天風呂の看板。

「あーみんなここにいて! あたし荷物まとめて置いてくるから」

「ん、ならあたしも付き合うか」

杏子は察してくれたらしく、助力を申し出てくれる。
一人だと持つ量も多いしありがたい。
全員分の荷物を分けて持ち、部屋へ運び込む。


「あんたにしては、いいこと思いつくじゃん」

「見直した? 惚れ直してもいいのだぞー」

「アホなこと言ってんじゃねえっての」


そんな下らない事を言い合いながら、浴衣と帯の山を抱えて戻る。
途端にほむらの目が輝いた、よっぽど楽しみにしていたのかな。

「ここからだと、どこに行けばいいの?」

「離れに露天風呂があるみたいですわね」

「決まりね、行きましょう」

「ほむら、もう少し平気か?」

「はい!」

その返事は力強い。
こっちとしても、嬉しくなるくらいだった。

304: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) 2011/06/23(木) 23:53:00.62 ID:Cg05IDA/o

「ふはー…………」

「いいお湯だねえー…………」

露天とは言いながらも、岩がごつごつと張り出しているようなものではなく。
檜で組んだ大型のお風呂が、外を見渡せる位置に設けてあるタイプだった。
でも、疲れた身体を伸ばすには、むしろこちらのほうがありがたい。
思わず頬が緩んでしまう。

「鹿目さん、楽しんでくれてるようでなによりだわ」

「わたしだって、温泉は好きです」


そうしてくつろぐわたしの視界に現れるのは、マミさん。
タオルなどでは到底隠しきれない膨らみを携えて。


「そんなものを持っているのが悪いんですーーー」

ぶくぶくとお湯に沈む。
行儀が悪いと、分かってはいるけれど。

「ほらほら、ふてくされないの。 そのうち成長するってば」

「そうよ、小さいのだって可愛いじゃない」

「……巴さんが言っても、説得力、ないです…………」

ほむらちゃんも、自分の胸元とマミさんの胸元を交互に見つめながら愚痴をこぼすけど。
スレンダーな体型も、彼女になら似合うと思う。

「別に胸の大きさなんてどうでもいいと思うんだけどなあ」

ボーイッシュな杏子ちゃんも、同様。
動き回るにはその方が都合もいいだろう。
その一方わたしは。

305: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/23(木) 23:53:59.70 ID:Cg05IDA/o


「……どうせ幼児体型だよおおおおおおおおっ!!!!」

「おいバカ、風呂場で走るな、あっ」


足をぬめった床に取られ、

視界が90度回転して下へ向く。

思わず目を瞑ってしまい、


「まったく、世話が焼けるんだから」

「反省しろ反省」

「ごめんなさいー……」


マミさんと杏子ちゃんに助けられていた。
反省します。





「……丸見えだったね」

「……丸見えでしたわね」

「……………………」

「……うお!? ほむらがのぼせて溺れてるッ!?」

「暁美さん、しっかりしてください!?」

306: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/23(木) 23:54:39.12 ID:Cg05IDA/o

……また迷惑かけちゃった。
今は部屋に入って、鹿目さんに手当てをしてもらっている。
彼女の顔はまだ、見ることができない。

「だめだよ、ちゃんとのぼせる前に上がらないと」

「……気をつけるね」

「とりあえず晩ごはんまで時間あるし、ゆっくり休んでね」

そう言った彼女は、私の布団のそばに椅子を置いて座る。
それはとても嬉しいけれど、

「……みんなと一緒に、いてもいいよ?」

「だーめ、ほっておけないもん」

せっかく温泉まで来たのに、そこまで手間をかけさせたくない。
しかしながら、その提案はあっさり却下された。

「……ありがとう」

「はい、よくできました」

307: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/23(木) 23:55:23.43 ID:Cg05IDA/o


そこでしばらく言葉は途切れる。
こんな穏やかな時間もいいかな。
そう思うのだけど、

「あれ、ここ動くぞ」

「わっ杏子今そこ開けんなー!」

「何言ってうおっ!」

開けられた仕切り戸の隙間から枕が飛来して。
鹿目さんの顔面にクリーンヒットした。

「……あらあら」

「……鹿目さん、大丈夫ですか?」

ひとしきり震えた彼女は、
静かに枕をどけて。

「さやかちゃーん?」

「うわああああ!? ごめんーっ!!」

そうして大騒ぎが始まる。
眠れそうにはなかったけれど、それを見ているだけで元気がもらえる気がした。

308: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/23(木) 23:56:34.39 ID:Cg05IDA/o

夕食を終える。
普段家では見られないようなものだったけれど、みんなで食べているだけでそれはとても格別で。
ついつい楽しくなって、食べ過ぎて、騒ぎ過ぎてしまった。
もっとも、あの二人ほどではないけれど。

「げっぷ」

「うごけねえ」

「……美樹さん、佐倉さん、食べすぎよ」

「さやかちゃん、こっちに卓球台あるよ」

「っしゃあ勝負だ杏子!」

「いい度胸してんじゃねーか、かかってこいや!」

何と言えばいいやら。
食べた後に運動は、本当のところよくないのだが。
でもなんとなく、彼女たちなら平気な気がする。
自分はというと、運動神経に自信があるわけでもなく、
また当然のように動ける気もしないため、素直に辞退することにした。

「では私は観戦させて頂きますわね」

「マミさん、わたしたちもやりませんか?」

「四人になるし、ちょうどいいわね」

「よし、んじゃまどかこっちきな」

「足引っ張るんじゃねーぞマミ」

「私の台詞よ」


よく分からない火花を散らしながら、チームが分かれる。
とても楽しそうに。



「……志筑さんも、やりたいですか?」

「食後は、ちょっと怖いですわね」

「みんな、タフですよね」

「全くです」


そんな私や暁美さんの憧憬を、知ってか知らずか。
四人は激しいラリーを開始していた。

309: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/23(木) 23:57:37.24 ID:Cg05IDA/o

カツンコツンと、ピンポン玉の打たれ弾む音がリズムよく響く。
どちらかといえば、佐倉さんと巴さんのペアが優勢。
鹿目さんに美樹さんもよくやっているけれど、運動量とテクニックでどうしても差があるようだった。
それを理解してか、挑発が飛ぶ。

「どうしたさやか、足が追い付いてねえぞ!」

「何をこなくそ、 食らえさやかちゃんスペシャル!」

「待ってさやかちゃん、卓球で両手打ちは絶対に何か違うよ!?」

「しゃあああああああ!!」

ダブルハンドから半ばヤケクソに放たれたピンポン玉は、まっしぐらに進む。
狙いを見事に外して、巴さんの方向へ。



「いいわ、それがあなたの必殺技なら」


「私も本気で返してあげる」



彼女は卓球台の遥か後方へ。
当然のようにノーバウンドで突き進む玉が、重力に引かれ落ちる位置へ。



「ティロ・フィナーレッ!」



地面スレスレから振り上げられたラケットが、ピンポン玉に強烈な回転を与えながら弾き返す。
それは美しい円弧を横に描き、浮き上がりながら卓球台で跳ね。
そのままさやかさんの脇腹に突き刺さった。


「ごふぁ!?」

「暁美さんや志筑さんに当たったらどうするの、はしゃぎすぎよ」

「はい、ごめんなさい……」


さやかさんは、怒られて縮こまる。
自業自得としか言いようがないけど、放っておくのもなんとなく。


「私は大丈夫です、それより皆さん浴衣がはだけてますわ」

「……あら、恥ずかしい」

「着付け直しついでに、今度こそ露天風呂に参りませんか?」

310: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/23(木) 23:58:28.93 ID:Cg05IDA/o

「―――――うわあ、すごい」

「絶景、ね」

夜もそれなりに深まって、満天の星空が頭上を覆う。
ホテルから少し歩いた渓流沿いに、その温泉は広がっていた。

「これぞまさに露天、ってか」

「歩いた甲斐、ありました……」

岩に囲まれたお湯は、硫黄の香りをこれでもかと主張している。
ざらざらの岩に腰掛けながら、足を暖める熱を楽しむ。
少し歩いた程度の疲れなど、すぐにどこかへ飛んでいってしまって。

なんとなく、言葉が出ない。
空と地と、私たちを包む世界の雄大さに圧倒されてしまっているからか。
それとも、今日一日限りのこの旅行が、とても楽しいものであるからか。


「こんな日常が、ずっと続けばいいのにな」


そんな私の気持ちは、美樹さんが代弁する。
本当に、こんな時間が、ずっと続いていけばいいのに。
でも。

311: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/23(木) 23:59:13.32 ID:Cg05IDA/o


「残念だけど、そうとは限らないわね」

「……やっぱ、そうですか」


巴さんがそれを否定する。
その否定もまた予想していたように、美樹さんが声を返す。


「マミさんも三年だから、これから忙しいんですよね」

「あー受験かあ……めんどくせえなあ」

「仕方のないことだと思いますけれど、やっぱり嫌なものですね」

「高校にはエスカレーターで上がるとしても、どうしても時間は取られてしまうでしょうし」


「…………大学、それ以上になれば」


みんなの話を聞いている内に。
何故か、口が勝手に動いて。


「もっと離れ離れに、なってしまうかもしれないんですね」

312: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/24(金) 00:00:12.49 ID:GrFMFIkKo

「そうね、その通りよ」

「……そう、ですよね」


あっさり肯定されてしまう。
ちょっと涙が零れそうになって、


「けど、そんな悲観しなくてもいいんじゃないの?」

「一緒にいられる時間が減っても、遠く離れてしまっても、永遠に会えないなんて事はありませんわ」

「いつだってこの空を見上げれば、その先に誰かがいるんじゃないかしら」

「別に電話でもすりゃいいじゃん、気付いたら出てやるよ」


なんとか堪えたと思いきや、


「大丈夫だよ、ほむらちゃん」

「わたしたち、きっとずっと繋がっていけるから」

「だから今の、ここにしかない、この時間を楽しもう?」

「みんなで一緒に笑ってさ」


やっぱり、抑えられなかった。

313: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/24(金) 00:02:59.71 ID:GrFMFIkKo

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「う、ん…………」


夜中にわたしは、ふと目を覚ます。
寝苦しいわけでも、寝すぎたわけでも、なかったのに。
光を感じ、周りを見渡してみれば、小さな明かりが窓際で灯っていた。


そこにいたのは。
長い黒髪を流し、浴衣に身を包んだ、わたしの親友。


「……ごめんね、起こしちゃったかな」

「ううん、なんとなく目が覚めて」


夜になるとさすがに冷え込む。
窓も開け放たれ、体の熱を奪っていく。
だけど、不快かと言われれば、そうではなく。
それは彼女も同じようだった。


「風が気持ちよくて、つい」

「うん、いい風」


さらさらと、黒が風になびく。
そこに交じるのは、膝元の白。


「その子は?」

「さっき窓から、懐かれちゃったみたい」

「そうなんだ」

314: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/24(金) 00:03:34.41 ID:GrFMFIkKo


窓の外は闇。
部屋の中には、仄かな明かり。
虫の鳴き声を僅かに残し、世界は静かにわたしたちを包み抱く。



「ねえ、ほむらちゃん」


一際強く風が吹き抜ける。
優しくわたしの体を、彼女の体を、撫でて過ぎる。



「あなたは今、幸せかな?」

315: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/24(金) 00:04:16.80 ID:GrFMFIkKo


彼女は考え込む素振りを見せてから、
静かに首を横に振る。



「……ううん」


彼女の口から放たれるのは否定。
首を傾げながら、戸惑いをその表情に浮かべながら。


「私、どうしても、分からなくて」

「こんなに満たされているのに、こんなに日々がいとおしいのに」

「何かを、なくしてしまったみたいで」

「鹿目さん、あなたは……?」

316: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/24(金) 00:04:57.47 ID:GrFMFIkKo

ここで肯定を返してくれれば、それでよかったけど。
彼女は違った。
なくしたものを確かに感じていた。
その思いが彼女の胸にあることが、確かな現実だった。
それが悲しくて嬉しくて、わたしはつい気持ちを漏らしてしまう。


「わたしもね」

「ほむらちゃんがそうやって、わたしの苗字を呼ぶ度に」

「ここが、痛むんだ」


手を胸に当ててつぶやく。
分かっていたことだけれど、それは何よりもわたしの心に刺さる。
無垢な棘として。


「…………どういう、こと?」


「その問いには僕が答えよう、暁美ほむら」


ほむらちゃんの膝の上にいた、キュゥべえが口を開いた。

317: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/24(金) 00:06:06.58 ID:GrFMFIkKo

「君には記憶が欠けている。 かつて君たちが生きた世界の記憶が」

「だけど、これを聞いたら、君はきっと今の状態には戻れない」

「君の失ったものを、僕たちは戻してあげられるけど」

「それ以上のものを、君は失うかもしれない」

「僕はお勧めしたくない。 君はそんなものを知らずとも、幸せに生きていけるはずだ」


そうやってキュゥべえが言葉を伝えるけれど。
内心、彼女の答えはもう分かっていた。


「私、思うんです」

「どんなに辛くても、どんなに悲しくても、それはきっと私の歩んだ道なんです」

「それを忘れてしまったのなら、思い出さなきゃ」

318: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/24(金) 00:07:24.20 ID:GrFMFIkKo

彼女はとても強かったから。
わたしのよく知っている彼女のままだったから。
だからわたしも、彼女の意志を尊重しよう。


「ほむらちゃん、額を借りるね」

「うん」


額と額を合わせ手を握る。
目の前には、決意を宿した二つの瞳。


「どうか、受け止めて」


キュゥべえの力を借りて、意識が流れ込む。
幾多の世界を巡り、数多の生命と触れ、那由多の想いを束ね合わせた記憶の奔流が。

319: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/24(金) 00:08:15.98 ID:GrFMFIkKo

真っ白な世界に映像が浮かび上がる。
そこにフラッシュバックする光景は、どれも私の心を鋭く抉る。
犠牲にした命、想い、世界、それはあまりに深く重い。


「無理しなくていいんだよ」

「ううん」


優しい言葉が掛けられるけれど。
私の願いのためには、私はちゃんとこれを受け入れないといけない。


「大丈夫だよ、私は後悔してないから」

「そう、だよね」


何度も難しい道で立ち止まってきた。
でもその度に、良かれと思う道を選んできたから。

私は私の幸せのために。
そのためにずっと動いてきたんだから、逃げたりなんてしない。
私もこの業を、背負いながら生きてやる。


そう決意した私に、記憶の欠片が雨と降る。
まるで流星とも取れるそれを、全身で受け止めた。

320: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/24(金) 00:08:45.26 ID:GrFMFIkKo

静かに目を開け、深く深く息を吸い込む。
そして吐き出す。
一度忘れ去った記憶は、確かにこの胸の中に。


「……ほむら、ちゃん」

「まどか」


掛けられた声には、即答で返す。
とても近くにあったのに、何よりも遠かったその名前で。
そしてとどめに、もう一言。



「また会えたね」



その返答は、熱い抱擁だった。

321: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/24(金) 00:09:12.14 ID:GrFMFIkKo


「ねえ、ほむらちゃん」


肩越しに声が響く。
きっと泣いているのだろう、ひどく声は震えている。


「もう一度聞くね」


何を聞かれるかは分かっているから。
密着した身体を離し、彼女と向き合う。



「あなたは今、幸せかな」

322: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/24(金) 00:09:58.08 ID:GrFMFIkKo





「ええ、とても幸せ」



繋いだ手に力を込める。
戦いの果てに勝ち取った世界を生きていこう。
過去の私のすべての行いを背負いながら、かけがえのない仲間と共に。

323: ◆BcaCp9aHJ6 2011/06/24(金) 00:11:25.40 ID:GrFMFIkKo
以上、完結となります。
ありがとうございました。