前回 キョン「ペルソナ!」

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/12(日) 17:53:39.35 ID:8cf0fVxu0

……一瞬の出来事だった。
爆音と爆風が、俺を追い越すように、赤い空間を走り抜けて行く。
次に振り返った時、既にそこに、白い蛇の姿は無かった。跡形すらも残されてはいない。

「お迎えに上がりました」

呆然と虚空を見つめる俺に、再び、少女の透き通った声が掛かる。
振り向くと、少女は先ほどと同じ、天使になりかけたような微笑とともに、いまだしりもちをついた体制の俺に、手袋に包まれた手を差し出していた。
何がなにやら分からぬままに、その手に触れる。
冷たい。


「我が主人が、あなたを呼んでいらっしゃいます。あなたを、ベルベットルームへお連れいたします」



9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/12(日) 18:13:54.74 ID:8cf0fVxu0


………

「どうぞ、こちらへ」

少女は、カードを納めた書物を閉じると、作り物のような笑顔を崩さぬまま、俺の手を引いて歩き始めた。
成すがまま。とでも言わんばかりに、俺は無言で、その幼い背中を見失わぬよう、歩みを進める。
迷路のように入り組んだ赤い回廊を、少女は迷わずに進んで行き、途中で、いくつかの下り階段を降りた。

「あの、ここは」

「タルタロスの地下、深層"モナド"と呼ばれるエリアでございます」

滑り気を帯びた階段を降りながら、少女は、俺を振り返らずに言う。
何と言うことだ。俺は34階から、一気に地下まで落ちてきちまったってのか。

「ご無礼をお許しください。あなたをこちらへと導いたのは、私の意志でございます。
 本来ならば、私のほうから伺うべきででしたが、なにぶん、地上は空間が不安定ですので」

そういえば、先ほどからしばらくここにいるが、どこぞの道の作りが突如変化したり、壁が出現していたりといった超常現象を目の当たりにした覚えがない。
地上のタルタロスと違い、地下は空間とやらが安定しているのか。

「到着いたしました」

ふと、少女の歩みが止まる。
見ると、突き当たりの壁に、これまでに見たものとは風体の異なる、青い片開きの扉が立っていた。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/12(日) 23:29:40.51 ID:8cf0fVxu0


「ようこそ、ベルベットルームへ」

少女が俺を振り返り、笑顔を浮かべながら、青い扉のノブをつかむ。
ガチャリ。と、乾いた音と共に、扉が開かれる。
その瞬間、扉の向こうから光があふれ出し、俺は思わず目を閉じた。




………

「ようこそ、ベルベットルームへ」

ついさっき、少女の口から発せられたのと同じ言葉が、俺の耳に届く。
彼女の声とは違う。皺がれた、老人のような声だ。
早鐘を打つ心臓に抗うようにして、ゆっくりと瞼を開く。

先ほどまでの真紅の光景と相反するかのような、あらゆる面を濃い青色で染められた部屋だった。
規則的に並べられた窓。壁の本棚。なにやら、食器類のおかれた小さな机。窓際に一人佇む、無人の椅子。
インディゴブルーのオブジェと化しているため判りにくいが、その一つ一つの形状には見覚えがあった。

「部室……」

思わず、その言葉が口を突いて出る。
そこは、青に侵食された、SOS団の部室だった。
俺はその部屋の中央、団長席の向かいに置かれた椅子に腰をかけている。
そして、俺の目の前。団長席に腰をかけて、俺を見つめている、どこか奇妙な風貌の老人。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/12(日) 23:46:39.63 ID:8cf0fVxu0


「おや、お気づきに為られましたか。失礼、私どもも、お客人にとって神聖なる場所を踏み荒らすような真似はしたくありませんでしたが」

虫眼鏡のような瞳で俺を見つめながら、老人がいやらしく笑う。
どこか不気味で、悪魔的で、しかし、何かしら頼もしさを感じさせるような、奇妙な男だった。

「何しろこの度のこの異界は、特別不安定な時空上に存在しております。
 我々が留まれるほど安定した空間を探したところ、こちらのお部屋しか見つからなかったのです。
 おそらく、この影時間を作り出している力の持ち主が、とても不安定な精神の持ち主であるからなのでしょう」

男はひとしきり喋った後

「これは申し送れました。私はこのベルベットルームの主、イゴールと申します。そして彼女は」

「エリザベスとお呼びください」

声に振り向くと、男の腰をかけたデスクの横に、先刻のプラチナ・ガールが立ち、俺に向けて、例の笑顔を浮かべていた。

「ベルベットルームは、ペルソナを使う者達の道しるべにございます。貴方は、半年振りの、私たちのお客様でございます」

ペルソナ。
当然のごとく零れだしたその言葉に、俺の手が無意識に、左ポケットのピストルへ伸びる。

「あなたは以前のお客様同様に、非常に特殊な能力をお持ちのようだ。中庸であり可変たる、ワイルドの力の持ち主……そして」

老人が一瞬声を止める。

「……あなたにはとても強力なコミュ、絆の力を感じますな。今までに例のない……あなたの絆の先にいるのは、"世界"の力の持ち主だ」

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 00:00:28.26 ID:jSYQ8t6a0


「ま、待ってくれ」

張本人である俺を無視して、男と少女……イゴールと、エリザベスと名乗った二人の話は、どんどん見知らぬ方向へ流れて行く。
コミュ。ワイルド。世界。どれも耳に覚えのない言葉だ。
そういえば、二番目の言葉は、順平と天田が口にしていたような気もする。

「何だ、その、世界とかっていうのは」

「今はまだ、わからなくとも良いのです。いずれ時が来れば、判るでしょう。
 貴方の中に感じますからな。世界のアルカナを持つ、とても強力なペルソナを……」

そう言って、イゴール老人は、くつくつと喉の奥を鳴らした。

「さて……あまりお時間を取らせてしまうのも何でしょう。この度お越しいただいたのは、私どものご挨拶のためですので。
 あるいは、またいずれお会いするときが来るかもしれません。
 よろしいですか。貴方の中には、まだ無数に、また、あるいは無限に、あらゆる姿の自分自身が存在しています。
 彼らは時が来れば、貴方の前に姿を現すでしょう。大切なことは、受け入れることです」

「主ともども、貴方様の行く末をお祈りしております」

エリザベスさんが微笑み、左手をすっと差し上げる。

「上へ参ります」

その言葉と同時に。青い床がごうんと音を立てて、俺達を含む四角い空間が、上昇を始めた。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 00:17:25.14 ID:jSYQ8t6a0


「ご安心を、貴方をお仲間方の下へとお返し致します。
 では、またお会いする機会に恵まれるまで、さらばですな」

「まもなく、地上でございます」

突如、頭上から降り注ぎ始めた光に、俺は天井を見上げる。
見慣れぬ色をした、見慣れたSOS団部室の天井が、まるでからくりか何かのように、真ん中から左右に分かれ、開いて行く。
その隙間から射すまばゆい光に、俺は再び瞼を閉じることを強いられた。



………

気がつくと、俺が腰をかけていたはずの椅子は跡形もなく消え去り
俺は、あの中庭の中央に立っていた。

「あっ、キョン君!」

直後、聞きなれた声が俺の愛称を呼ぶ。振り返ると、満面の笑顔を浮かべながら、こちらへ駆けてくる我が妹の姿があった。
その後ろに、朝倉と天田。それに、別行動していた古泉たちと、山岸さん。更に、見覚えのない女性二人の姿があった。
古泉たちは、首尾よく庫とを済ませたようだな。

「大丈夫でしたか。突然姿をなくしてしまわれたそうですが」」

「ああ、まあな。戻ってくるのにちょっと手間取ったが、問題ない」

「貴方が一人で、よく戻ってこれたわね」

朝倉、痛いところを突いてくれるな。事実、あの白い蛇のシャドウに出会い頭に殺されかけもしたのだから、反論のしようがない。

49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 00:27:54.16 ID:jSYQ8t6a0

「あ、ゆかりちゃん、アイギス。この人が、さっき話した……えっと、キョンさん。彼女達が、私たちの残りの仲間です」

「私、岳羽ゆかり」

「アイギスと申します」

山岸さんに仲介されて、新たに増えた二人の少女と挨拶を交わす。
アイギスと名乗ったほうの女性が、どこか奇妙な体つきをしている気がするが、とりあえずは気にしないでおくとしよう。
こちらが挨拶を返しつつ、名前を名乗ろうとすると

「よろしく、キョン君」

「よろしくお願いします、キョンさん」

……もはや、他人に本名を呼ばれる機会など、一生訪れないのかもしれない。
お手上げ侍であります。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 01:09:10.16 ID:jSYQ8t6a0


………

俺があの不思議空間へ連行されていた間。古泉と順平、そしてアイギスさんたちの働きによって、一体のボスシャドウが退治されたという。
彼ら曰く、ボスシャドウの総数は13体。俺達がグラウンドで戦ったものたちと、中庭を襲った巨人とを合わせて、現在五体まで倒したことになる。まだ半分も行っとらんのか。
で、次は。

「長門さんからの連絡待ちよ。もうすぐ、また日付が変わるわ」

腕時計を見ながら、朝倉が言う。何かおかしい。俺達が妹を救出したのが、確か0時を過ぎてすぐの事だったはずだ。
それからモナドへ落ち、あの部屋を訪れ……そんなうちに、もう一時間も空いてしまったというのか。

「……キョンさん」

「はい?」

不意に話しかけてきたのは、意外な事に、先ほど挨拶をしたばかりの、金髪の少女・アイギスさんであった。
……先ほども感じたものだが。この人の体を近くで見ると、やはりところどころに違和感を感じる気がする。
彼女はしばらく俺の顔を、無表情のまま見つめた後で

「あの部屋へいかれましたか?」

「あ……」

「そうでありますか」

俺が何かを返す前に、彼女はなにやらに満足をしたらしく、勝手にうなずき、ふいと別の方向を向いてしまった。
あの部屋。このタイミングでその名前を出すということは、やはり、あの青い部屋のことだろう。
アイギスさんはというと、俺から離れた後、中庭の隅へと歩いてゆき、そこで壁を見つめたまま、じっと何やらを考えているようだ。
……やっぱり不思議な人だ。

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 01:16:40.56 ID:jSYQ8t6a0


「これは半分、長門さんへのメッセージとしてだけど。
 ある程度人数が増えたんだから、ここからは分担して探索しながら、順番に休憩を取ったほうが良いわね。
 安定してるらしいこの領域内でなら、数時間前の誰かさんみたいに、うたた寝したおかげで散り散りにされちゃったりしないでしょうし」

さっくり。朝倉の辛らつな言葉の暴力が、俺のわき腹をずきりとさせる。
等と言ううちに、時間が過ぎたのだろう。いつの間にか、朝倉の手の中には、新しいメモが収められていた。

「……これはちょっとしたスペクタクルね」

「おや、どのような?」

専売特許を取られた古泉が、一瞬、緊張した表情となり、朝倉の言葉を催促する。
そういう俺も、何かしらいやな予感はしていた。あの朝倉をもってして、スペクタクルなどと言わしめる事象とは、一体どのようなことか。
できるならば、俺達にとって良い方向へと傾いた事柄であると嬉しいのだが。
しかし、次に朝倉が口を開いた瞬間。俺の淡い期待は、容易く八つ裂きにされてしまった。

「これは、私たち側の問題で、山岸さんたちには伝わりにくいかもしれないけど。一応、みんなの前で発表しておくわね」

一呼吸。

「涼宮ハルヒが、もとの時空から消失したわ」

オーケイ、よく分かった。
つまり、この世界に神も仏もいないと言う訳だ。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 01:29:01.95 ID:jSYQ8t6a0


「涼宮って……古泉が言ってた、例の?」

「の、ようですね」

古泉からどういった説明を受けたかは知らないが、どうやら伊織は、涼宮ハルヒという存在について、多少の知識があるようだ。

「えっと……どういうこと? それって、貴方達の仲間なの?」

岳羽さんの質疑を聞き、俺はちらりと古泉を見る。
俺の視線に気づいた古泉は

「もとより異能力者同士出逢った身です。この際、隠す必要もないでしょう。それに、この影時間が発生している原因でもあるのですから。
 お話しますよ。できるだけ手短にね」

そんなわけで。影時間の中庭を舞台に、古泉の語りが始まった。
内容は、涼宮ハルヒという存在の、その破天荒な性質と、其れによって発生したと推測される、この影時間の原因。
そして、涼宮ハルヒを取り巻く、古泉や朝倉、パトロンたる長門、そして、何故だか振り回される運命にある、この俺の役どころなど。
古泉は、一通りの事の顛末を僅か10分ほどで語り終えた。久々の新鮮な反応がお気に召したのか、いやに楽しそうに。

「えっと……つまり、その涼宮さんは自覚を持たない神様で、その人が作り出した新しいエネルギーのせいで、この影時間が発生してる、っていうこと……かな?」

山岸さんが上手に情報をかいつまみ、復唱してくれる。

「ええ。最初は、影時間に適正を持つ人間はごく一部でした。その僅かな例が、あなた方S.E.E.Sの皆様や、彼などです。
 ですが、日を追うごとに、一般人の中で、影時間に適正を持つものが増えてきているようです。特に、この北高……タルタロスの周囲でね。
 彼の妹さんなどは、そんな折にタルタロスの存在に気づき、巻き込まれてしまった例です。……もっとも、彼女の場合、必然であったという気もしますが。

話に上がった妹はというと、長い話に飽きたのか、いつの間にか、例の位置で硬直しているアイギスさんの足元で、興味深そうに彼女の姿を見上げていた。
つか、あの人何やってんだろ。

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 01:37:17.60 ID:jSYQ8t6a0


「なるほど……このままだと、そこらじゅうの人が、僕らのように、影時間に適正を持つようになってしまう、ということですか」

「はい。そして、どうやらこのタルタロスへと足を踏み入れた者は、例外なく、この影時間の折の中に閉じ込められてしまう様です」

「……月高のより、よっぽどタチ悪くない?」

「お待たせしました。合体完了であります」

不意に、フリーズから復帰したアイギスさんがやってくる。手にはなにやらタロットカードのようなものを手にしている。

「ああ、アイギス……って、あんた、今の話全部スルーしてたの?」

「すみません、何度やってもメパトラが消せなかったもので」

「はあ」

俺達には理解不能な次元の会話が交わされる中、俺は朝倉に声を掛ける。

「で……ハルヒが消失したってのは、どういうことなんだ」

「其れを説明しようと思ってたら、ホ が語り始めたんじゃない」

「んっふ」

前々からなんとなく感じていたが、この二人は、相性があまりよくないようだな。

「まさか、ここに来たって事か」

俺は、考えうる可能性の中で、もっとも大事に発展しそうな事案を、恐る恐る提唱してみる。

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 01:57:42.88 ID:jSYQ8t6a0


「そのケースが一番厄介ね。まあ、私にしてみれば、さっさと自分のしでかしたことのでかさを理解させて、情報を改変させるのも悪くない手段だと思うけど。
 革新を嫌う古泉君や長門さんにとっては、避けたい展開なんでしょ?
 でも、残念なことに、その可能性が一番高いわ。彼女は昨日……私たちの時間でいうと、一時間前になるかしら。
 0時丁度に、長門さんたちのいる時空から消滅。その瞬間から、閉鎖空間も発生しなくなったらしいわ」

マジか。話を聞く限り、確定的じゃないか。
もし、前のように、新世界を創ろうとしてるというのなら、古泉たちの機関はそれを察知できるはずだ。
しかし、それも確認されていない。となれば、残る行き先は、影時間の折の中のみだ。

「でもね。彼女が私たちと同じように、この影時間にやってきたなら、一時間の間に何らかのアプローチがあってもいいはずでしょ?
 彼女の場合、こんな世界を垣間見て、冷静でいるわけがないじゃない。
 きっと、ペルソナに目覚めて、ついに不思議を見つけたってはしゃぎまわってるか、子どもみたいにおびえてるかのどっちかよ。
 そして、そのどちらの場合にせよ、私たちにも感知できる異変があるはずよ。彼女の力が発動することによって、ね」

「前者なら、おそらく、涼宮さんのペルソナ能力は強大なものでしょう。山岸さんや朝倉さんが、その存在を、タルタロス内に感知できるはずです。
 後者の場合、彼女が助けを求めたなら、僕らが彼女のもとへ導かれるか、彼女がこの中庭へやってきているはずです」

「じゃあ、あいつはどこにいるってんだ」

「可能性は、一つよ。この世界は、そもそも涼宮さんの精神が産み出したエネルギーによって発生しているもの。
 彼女はこの世界を訪れたのでなく、この世界に飲み込まれた。
 ……メカニズムとしては、閉鎖空間と似たようなものよ。彼女の精神が産み出した、此れまでとは違う形の異世界。
 その異世界は、徐々に現実の世界を侵食している。
 適正者を増加させるという形でね」

つまるところ、この影時間もまた、あのハルヒの鬱憤の表れだというのか。

「少し違うわ。おそらく、この世界は、涼宮ハルヒの持つ力が、彼女の許容量を超えたことによって産み出された世界。
 言うならば、涼宮ハルヒの精神の暴走によって生まれた世界」

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 02:07:10.48 ID:jSYQ8t6a0

 

「つまり。この世界は、涼宮さんが無意識下に産み出したものでなく、本当に無意識のうちに産み出してしまったということです。
 ……そうですね。彼女の力というものを、擬人化して考えていただけたら、分かりやすいかと思います」

擬人化。二次元志向者でもあるまいし、俺はそういった物事に詳しくないぞ。
日本国に塩鮭を食わせる要領で片付けられる物事なのか。

「良いですか? 涼宮さんの元には、彼女の願いをかなえてくれる存在……では、いっそペルソナとしましょう。
 彼女には、どんな願い事もかなえてくれるペルソナが付いていました。
 彼女のペルソナは、涼宮さんが不機嫌ならば、閉鎖空間を作り出すことで彼女の機嫌を晴らし
 彼女が宇宙人、未来人、超能力者を求めれば、その要望に応じた存在を集め、彼女を満足させていました。
 しかし、そうした超常現象を発生させるうちに、彼女のペルソナは、その力を増していきます。
 ペルソナは、その力を使うごとに強さを増して行く。あなたも自覚があるでしょう?
 僕のウェルギリウスも、以前は使えなかった魔法を、日に日に覚えて行っています。
 兎も角、そうして彼女のペルソナは力を付けていきました。
 その結果、涼宮さんのペルソナは、涼宮さんの支配化を上回る行動力を身につけてしまったのです。
 力は有り余っている、しかし、涼宮さんの願望を実現させるだけでは、その力を発散しきれない。
 その結果、生まれたのが、影時間。そして、このタルタロスと、そこを這いずり回るシャドウの群れ。
 そして、涼宮さんに似て貪欲な彼女のペルソナは、涼宮さんに近しい人から順に、この世界への適正能力を付加してゆく」

「迷惑な話ね。飼い犬が飼い主に似るようなものかしら」

朝倉がため息をつく。
なるほど。とても思考力に恵まれているとはいえない俺にも、現状の由来が分かってきた。

73 名前:そいや世界アルカナって3にはいないんだっけ?[] 投稿日:2009/07/13(月) 02:29:00.68 ID:jSYQ8t6a0


「しかし、それだけには飽き足らず。涼宮さんのペルソナは、涼宮さん自身をも巻き込み始めたのです。
 自らの力が産み出したタルタロスの檻の中へと……
 彼女の精神そのものを取り込めば、彼女のペルソナは、更に強い力を手にすることができる。
 あるいは、世界そのものを、影時間へと変えてしまうほどの力を……この部分は、僕の憶測ですがね」

……つまり。

「時間がないってことよ」

朝倉が言う。
朝倉は、長門から届いたメモへと視線を移し

「連絡は、涼宮ハルヒの消失だけじゃないわ。
 次の満月シャドウの情報。0時丁度から40分後、北高第一体育館!
 あんたが延々しゃべってくれたおかげで、あと25分しかないわよ!」

「え、体育館……ですかっ?」

俺達の話を聞いていたらしい山岸さんが、甲高い声を上げる。

「えっと……あ、探知できます。えっと……最短で、20分で到着できます……ただ、シャドウの妨害を受けた場合は、未知数です」

20分。古泉のトラフーリを乱用しても、最短時間よりは掛かるだろうか。

「レベル重視で行くしかないわね」

朝倉が言う。

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 02:44:43.29 ID:jSYQ8t6a0


「はい、お呼びでありますか」

「ちょっとは自重しろよ……」

アイギスさん、岳羽さんの順で、別世界からこちらへと意識を移してくる。

「えっと、アイギスとゆかりちゃんと……あ、キョン君も入りますね」

「俺ですか?」

レベル順というからには、戦闘能力の高いものから順ということだろう。
そのくくりの中で、俺が任命される理由が分からない。何故に?

「え、だって……あの、黒髪のペルソナのレベルは、かなり高いと思うんですが」

山岸さんが言う。黒髪のペルソナ。おそらく、あの貼り付けの巨人を一瞬で消し去ってしまった、タトゥー多きペルソナのことであろう。
ああ、確かにあいつは強いな。しかし、あいつを狙って召喚できるだけのペルソナテクは、俺には備わっていないわけなのだが……

「あと、万が一のトラフーリがつかえる古泉さん……が、適任だと思います。今回の場合。ちょっと、直接攻撃の属性が偏りますけど」

「承知いたしました。こうしている間にも時間は過ぎて行きます、迅速に向かいましょう」

名前を呼ばれた古泉が、笑顔で答える。
その利き手には、例の機関銃が携えられている。なんともいびつな光景だ。

「じゃあ、そのメンバーでお願いします。まず、本棟……昇降口から塔内へ、西側へ進んでください!」

どうやら議論を行っている余裕はないらしい。四人視線を合わせると、俺達は同時に駆け出した。

79 名前:関係ないけどアイギス編でハルマゲって使えたっけ[] 投稿日:2009/07/13(月) 03:11:50.64 ID:jSYQ8t6a0


……

さて。流石は一山を乗り越えた経験を持つ戦士達というべきか。
正直、アイギス(この名称は、本人曰く『さん付けはこそばゆいであります』とのお話によるものだ)と、岳羽さんの戦闘力はハンパ無かった。
岳羽さんは攻撃力に欠けるものの、俺や古泉のそれと比べればはるかに優勢であり(マハガルダインなどという広範囲の強攻撃を難なく使うし)
アイギスに至れば、これはもはやチートである。俺の見た限りで、アイギスが使役するペルソナの数は、軽く十体を超えている。
成る程、これがワイルドというものなのか。などと感心しつつ、同じワイルドであるという俺との間にあるこの差は一体何なのかと、むなしい気持ちにもなった。

とは言え、そんな訳もあり、戦闘は楽に進んだ。
アイギスのSPには底が無いのだろうか。毎度羽の生えたペルソナを召喚し、核爆発とも形容したくなる魔法を起している割に
彼女が疲弊する様子は一切見られない。

「あいつの機動力は、ちょっとあたし達とは別だから」

というのは、岳羽さんの言葉だ。
鈍感であると周囲に評される俺でも、だんだん彼女がどんな存在であるか分かってきた。
成る程、つまり彼女は、一種の長門や朝倉と似た存在であるらしい。
どこの世にでも、超常たる存在は在る物なのだな。

82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 03:24:28.28 ID:jSYQ8t6a0

『あ、そこ、階段を下りずに、非常用の斧のケースの上辺りに向かって、三回転半で飛び込んでください! できるだけ美しく!』

誰だ、俺たちのナビゲーターたる山岸さんにアルコールを摂取させたのは。
などとツッコミたくなる衝動を抑え、俺達は彼女の言うとおり、なんとも奇妙な体制で壁に飛び込む。結果として、その行動によって新たな道が開けるのだから文句は言えない。

兎も角、俺達は急いだ。気分的には、画面左下に制限時間が表示されている気分だ。
もはや俺のペルソナなどに出番などありはしない。俺の役目といえば、適当に自分に害をなす悪魔に剣を振るうか
時折発せられる、岳羽さんのチューインソウルを要求する声に応じて、ポケットに詰め込んだ謎のチューインガムを放り投げ渡すくらいだ。
それは古泉とて似たようなもので、奴はなにやら刀を構えた武者の如きシャドウが群れで現れた場合に、トラフーリを使う以外の役目を命じられていなかった。

『その通路を直進してください! 多分、壁があると思いますが、無視して良いです! その先が体育館です!』

漸く、俺達の目的と直結する指令を受けた我々SO.E.E.S団(アイギス命名)は、途中、通路を阻むシャドウなどは一蹴しつつ、長い通路を駆けた。
コンクリートの壁を貫いた瞬間。視界が、これまでより幾段か広い物へ変わった。

「……何これ、シャドウなんかいないじゃない」

岳羽さんがそう呟く。確かに、見たところ、体育館内にシャドウらしき姿は無い。
これまで巨大なものが主であった満月シャドウ達が、このようにナリを潜めていることは、いささか不可解であるのだが。

『長門さんの言った時間は、もう一分ほど過ぎています。反応もあるんですが……注意してください、皆さん』

「了解であります」

両腕のバルカンを顕わにしたアイギスが、機械音的弾丸装丁音を立てつつ、そう返答する。
どこかに隠れているということか。

「でも、姿を隠す満月シャドウなんて、いたっけ」

岳羽さんがぼやきながら、周囲を見渡す。俺の目に映る限りで、シャドウらしき姿は見当たらない。

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 03:31:08.67 ID:jSYQ8t6a0


「奇妙ですね。確かに反応はあるのですが……?」

ふと。古泉が、その口調に曇りを現す。
振り向くと、古泉の視線の先に、壁に取り付けられた、背の丈ほどの鏡が存在した。

「どうした、なんかあるのか?」

あるいは、鏡だけに映るシャドウなどというのもありえるだろうか。と、俺は古泉の下へ駆け寄り、奴の視線の先にある鏡を覗き込む。
しかし、そこに異様なものは存在しない。

「どうしたの―――あっ」

俺と同様に、岳羽さんが、俺と古泉の間から、鏡を覗き込む。その光景が、鏡越しに、俺にも見えた。

あれ、岳羽さん。あなたは岳羽さんだったはずじゃ―――

……誰だっけ、岳羽さんって?

ああ、兎も角。お前にあえて嬉しいよ。

何もかも忘れてしまおう。俺は柄にも無く表情を緩め、鏡越しに俺を見つめる、その双眸に見入った。

なぜなら。


鏡の中で微笑むそいつは、ほかならぬ、涼宮ハルヒだったのだから。

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 03:36:37.39 ID:jSYQ8t6a0


……

「よかった……帰って、来れたんだね」

ハルヒが言う。
可笑しいな。勝手にどこかに行っちまってたのは、お前のほうじゃないか。
違うか。そうだ、思い出した。俺が勝手に、お前の前から消えちまってたんだな。
つまり、俺はあるべき場所へ帰ってこれたわけだ。
よかった、ハルヒ。お前にまた会えて。

「うん、私も嬉しい……ねえ、ずっと一緒にいられるよね?」

ハルヒが言う。いつもよりも口調が柔らかなことが、俺の欲望を増長させる。
今、ハルヒは、俺にしか見せない内の内を見せてくれているのだ。
ああ、勿論さ。
言葉よりも何倍も、お互いの目つきが思考を伝え合う。

「……嬉しい」

言葉と共に、俺の胸に、軽い重みが伝わる。ハルヒが、俺に抱きついてきたのだ。
拒むわけも無く、それを受け入れる。背中に手を回す。
やわらかい。

「もう、どこにも行かないで」

分かってるさ。勝手に消えちまって、ごめんな。
ハルヒの僅かな重みを感じながら、俺の意識は薄れていった――――

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 03:45:32.66 ID:jSYQ8t6a0

書き溜めはしてないっす


「おらぁ!!」

……瞬間。
遠いかなたへ飛びそうになった俺の意識を、無理矢理に現世へと呼び戻したのは。
過去に幾度か聞いた覚えのある、女性の声だった。

「えっ!?」

俺の胸の前で、誰かが声を上げる。
その声が、誰のものか、一瞬分からなくなる。しかし、それがハルヒの声でないという、その一点だけは判る。
視線を下に移し、漸く現状を理解する。

俺の胸の中に、岳羽さんが居た。

「……きゃあっ!!?」

直後に、●声を放ちながら、岳羽さんが俺の胸の中から脱出する。
ああ、そうだよな。それ正しい反応だと思う。
しかし、一体何があって、俺の胸の中に岳羽さんの体が在ったというのか?

「あんたもよ、調子のんな!」

「うわっ! ……え、あれ、も、森さん?」

続いて聞こえたのは、古泉の声だ。
振り向くと、そこには―――何たることか。アイギスを抱擁した古泉の姿があるではないか。

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 03:49:04.42 ID:jSYQ8t6a0


「あっ、てめ、古泉!」

つい一瞬前まで、俺もまた、岳羽さんを抱きすくめていたという事実など忘れ、叫ぶ。
その声が決定的となったのか、空ろな小泉の眼が、風船を割ったかのように、俺の見知った古泉のそれに戻る。

「あっ……え、あ、すみません!」

古泉は、胸の中のアイギスを跳ね除けると同時に

「えっ……な、何で貴女が!?」

目の前に立つ、もう一人の人物に視線を向け、困惑の声を放った。
ああ、その言葉は、できるなら俺も投げかけたい。
古泉と俺、視線の先に居るのは―――



「古泉、あんた、この程度の洗脳に負けるような男だったかしら?」




森さんだ。

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 04:00:29.03 ID:jSYQ8t6a0


「退いて!!」

何が起きているのか。判らぬ俺にむけて、森さんが叫ぶ。
下手すりゃ、朝比奈さんの誘拐事件の時をも越えるかもしれない、此れまでに見たことの無い剣幕で。

「「は、はい!」」

今のは、俺と岳羽さん、二人分の声だ。
俺たちが飛びのき、発生した空間を、森さんの肉体が、軽やかに突き抜けて行く。

「ていっ!」

一閃。剣を振るったかのような勇ましき音を発しながら、森さんの足が宙を切る。
その軌道の先に―――等身大の鏡が在った。
俺にとっては見慣れたものだ。体育館内に取り付けられた、等身大の鏡。
その鋭利な表面が、森さんのヒールの先端を叩き付けられ、無数の罅に見舞われる。その瞬間。
破壊された鏡の罅の隙間から、二つの黒い光が零れだし、それらはそれぞれ、体育館の両端に向かって奔った。
やがて、間を置かずして、二つの暗黒が形を作る。
ステージ側に現れたのは、巨大なハート型をモチーフとしたような、機械的シャドウ。
そして、反対側に現れたのは、なにやら太りすぎた司教の如き姿をした、牧歌的シャドウだ。

「……また、やられるなんて」

俺のすぐ隣で、岳羽さんの声がする。それもまた、此れまでに聞いたことの無い、大いなる憎悪によって彩られた声だった。

「許さない、絶対に……!!」

その声が、俺の鈍い感性に告げる。
成る程。どうやら、このシャドウ達は、彼女にとって、触れてはいけないものに触れてしまったわけだ。

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 04:11:42.81 ID:jSYQ8t6a0


「イシス!!」

真っ先に、ステージ側、ハート型のシャドウに向けて、岳羽さんが駆け出す。
それと同時に、彼女の頭上に、半月型をかたどったオブジェの如き様相のペルソナが現れる。
体育館までの道のりで、幾度も目にした姿だ、しかし、そのペルソナのとる行動は、此れまでの俺の認識とは大いに異なる。

『メギドラオン』

僅かに脳裏に伝わったその名称は、アイギスが決まり文句としていたモノだ。
まさか、その魔法を、岳羽さんまでが仕えるとは、どんなカンの持ち主でも思うまい。
兎も角、閃光はハート型シャドウを遅い、大いなる爆発が、鉄工に包まれたシャドウの体を穿った。
シャドウは、どこにあるとも判らぬ口から強大な悲鳴を上げ、痛みに戦く。

「攻撃は、私たちに任せろ」

俺の背後にかけられたのは、ほかならぬ森さんの声である。
何故ここに森さんが居るのか。その所以は判らないが、兎も角彼女が俺たちの味方であることに換わりは無いようだ。
彼女の言葉の通り、俺は強く意識しながら、ポケットから取り出した拳銃で、頭を撃ちぬく。

「ダンテ!」

『マハタルカジャ』

俺の呼び声と重ねるように、低い声がキーワードを告げる。
それを俺の喉が復唱したか否かは、未だ僅かにぼやけた俺の思考では察知出来ない。

「レーオポルト!」

そう叫ぶ森さんの声を聞き、彼女に視線を向ける。同時に、彼女の頭上に、無数の紐によって体を拘束された、巨人の如きペルソナが出現した。

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 04:22:18.61 ID:jSYQ8t6a0


『ブレイブザッパー』

その声は、森さんのものであったのか、果たして他の何かによるものだったのか。
兎も角、その声に呼応するようにして、森さんのペルソナは、胸部から刃らしき二本の鉄板を出し、その刃で、ハート型のシャドウの体を引き裂いた。

『刹那五月雨撃』

続いて響き渡ったのは、岳羽さんの声だった。
彼女の頭上に現れたオブジェ的ペルソナが戦慄くと、それと同時に、何も無い空間から無数の光の矢が現れ、一斉にシャドウの体を穿った。
全身を脅かす痛みに、シャドウが吼え、体を奮わせる。

『ガルダイン』

続いて耳に触れたのも、岳羽さんの声だった。
彼女が両手を振りかざすと同時に、ペルソナの眼前から緑色の閃光が放たれ、一直線にシャドウを襲う。
閃光はシャドウの体のもとへとたどり着くと、幾度と無く弧を描き―――まるで、シャドウを切り刻むように―――おぞましい空間に、一種の芸術的光景を飾った。
それをぶち壊すのが、ハート・シャドウのうめき声だ。
岳羽さんのペルソナが弧を描くたび、シャドウの体には深い切り傷が発生し、そこから真紅の液体が零れだす。
猛攻がシャドウの全身を朱に染めるのに、そう時間は掛からなかった。
岳羽さんのペルソナが姿を消した直後、、シャドウは耐えかねたように体を揺さぶった後、切り傷から漆黒の煙を出しながら霧散した。

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 04:23:38.88 ID:jSYQ8t6a0





つづく

 

138 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 15:38:10.24 ID:jSYQ8t6a0


「はあっ」

巨大なハートマークが消滅すると同時に、岳羽さんが大きく息を吐き、その場に崩れ落ちた。
一度にペルソナを酷使しすぎたのであろうか。俺は急いで、例のチューインガムを手に、彼女の元へと駆け寄る。

「大丈夫ですか、岳羽さん」

「うん……ごめ、大丈、夫……」

そう応えた声が、不自然に震えている。
彼女は荒く呼吸をしながら、カーデガンの袖で必死に目元を拭っていた。どうやら、単にSP消費による疲労が祟った、と言う訳ではないらしい。

「ゆかりさん」

声に振り向くと、どうやらあちらも蹴りが付いたらしい。立ち上る黒い煙を背に、古泉とアイギスが駆け寄ってくる。
アイギスは、崩れ落ちた岳羽さんの隣へとしゃがみ込み、桃色のカーデガン越しに、その丸められた背中を撫でた。

「……すみません、私が事前に気付けていれば」

「ううん……アイギスは、悪くないよ……私が、弱かっただけよ」

しゃくり上げる岳羽さんの声を聞き、アイギスもまた、何かを憂うような表情を浮かべる。
ふと。先ほど、シャドウの術中に嵌っている最中に、ハルヒの幻影が口走っていた言葉を思い出す。
……そうか。あれは、岳羽さんの言葉だったのか。

「……流石は、人の精神から生まれた異形、と申しましょうか」

身を寄せ合う二人には聞こえない程度の音量で、古泉が言う。
例によって顔が近いが、今はそんなツッコミより、早急にツッコミを入れなければならない相手がいる。

139 名前:視力落ちすぎわろた[] 投稿日:2009/07/13(月) 15:49:29.88 ID:jSYQ8t6a0


「あなたが、どうしてここに」

その質問を、隣の古泉の分もまとめて、現れた人物……森さんに向けて投げかける。
森さんは、お決まりとなったメイド服の裾をぱたぱたと叩きながら

「そうですね。言うならば、元の世界での仕事がなくなってしまったので、加勢に参りました」

と、微笑みと共に答えた。
なるほど。ハルヒが姿を消した今、閉鎖空間は発生しない。
となれば、神人狩りのために、機関の人間が時間を割かれる必要は無いわけだ。

「あなたも、長門さんの情報操作を受けられたのですか?」

「いえ、私は天然ものです。影時間が発生し始めた最初期からのね。彼と同じです」

と、森さんの視線が、俺を見る。
成る程。しかし、不思議なのは、ハルヒに近しい人物から優先して、影時間への適正が発生しているというなら
特にハルヒと近しい存在ではない森さんが、俺と同時期に適正を得ているというのは、いささか不思議な話だ。
……と、そこまで考え。ふと、傍らで身を寄せ合っている二人のペルソナ使いの姿が目に入る。
……まさか、この人。半年前まで有ったっていう影時間からして、適正を持ってたんじゃないだろうか。

「どうでしょうね」

どこから挑んでも食えなさそうな鉄壁の笑顔で答えをはぐらかされる。もう、その反応は、俺の疑問を肯定しているようにしか見えないんですが。

「……ごめん、キョン君、もう大丈夫……えっと、その人は」

と、数分ほどは時間を要したであろうか。
落ち着きを取り戻し、アイギスに支えられながら立ち上がった岳羽さんが、森さんを見て首をかしげる。

141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 15:59:06.79 ID:jSYQ8t6a0


「申し後れました、古泉の上司の、森園生と申します。皆様のお力になるべく、参りました。
 皆様のことは存じ上げております、S.E.E.Sの皆様でいらっしゃいますね?」

「あ、どうも……」

「よろしくお願いします、であります」

メイド的動作と語調で、森さんがぺこりと頭を下げる。それに応える様に、二人のペルソナ少女も、頭を下げ、挨拶を交わす。
準備の良い彼女は、既に事態の顛末を、長門あたりから聴いて来たのだろう。
彼女の登場は、俺達にとっても好都合だった。正直、そろそろ、端的なメモだけでなく、外の状況を判っている生身の人間に、状況を聞きたかったところだ。

『あっ――、聞こえますか、アイギス?』

「! はい、聞こえています」

と、やおら空から降り注いで来たのは、山岸さんの声だ。

『ごめんなさい、体育館に入るなり、皆さんの反応が途絶えてしまって……皆さん、ご無事ですか?』

「……はい、重傷者はおりませんが、少々精神攻撃を受けました」

『! ……もしかして、あのラ……ホテルの時のシャドウが、出たんですか?』

「大丈夫よ、風花。もう倒してやったから、二体まとめて」

『そう、ですか……すみません、私が察知できていれば』

頭の中で、山岸さんが表情を曇らせ、か細い声が更に痩せる。
口ああは言っているが、やっぱり、岳羽さんにはしばらく休憩してもらったほうが良いかもしれない。と、根拠は無いが、感じる。

142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 16:03:35.12 ID:jSYQ8t6a0

『シャドウは倒せたんですね、よかった……あ、えっと……すみません、四人のほかに、そこに誰かいらっしゃいますか?』

「はい、おります。詳しい自己紹介は後ほど申し上げますが、私は貴方がたの味方です。ペルソナも持っています」

『! ほ、本当ですか? あ、えっと、とにかく、今皆さんを中庭へと呼び戻しますんで、できるだけ一箇所に集まってもらえますか?』

言われたとおり、俺たち五人は体育館の中央にて、近しい地を踏みあう。

『集まりましたね? では……エスケープロード』

声と同時に、例の光の輪が、俺たち五人の頭上に現れ、一瞬にして視界を染めた。


………



143 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 16:14:50.11 ID:jSYQ8t6a0

まったり進みながらなんとなく軽いおまけ

・キョン
運命 ダンテ スキル:アギラオ、マハラギ、キルラッシュ、ヒートウェイブ、マハタルカジャ、ミドルグロウ...
愚者 ??? スキル:竜巻、ジャベリンレイン、地母の晩餐 ??? ??? ??? ??? ???

・古泉
法王 ウェルギリウス スキル:ガルーラ、マハガルーラ、メディラマ、マハラクンダ、タルンダ、スクンダ、リカーム...

・朝倉
月 ベアトリーチェ スキル:ブフーラ、マハブフーラ、コンセントレイト、マリンカリン、ディアラマ、吸魔、デカジャ...

・妹
正義 ヘリオス スキル:タルカジャオート、テトラカーン、マカラカーン、ジオダイン、魔術の素養、メギド...

・森
刑死者 レーオポルト スキル:デッドエンド、ブレイブザッパー、ミリオンシュート、イノセントタック、デビルスマイル...

146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 16:33:31.82 ID:jSYQ8t6a0


……

中庭へ帰還した後。森さんが全員と挨拶を終えた時点で、時計の長針は00分を過ぎていた。

「……向こうの状況は、あんまり変わりないみたいね」

届いたメモに目を落としながら、朝倉がつまらなそうに言う。
なかなかメモの内容を話さない朝倉に業を煮やし、俺は横からメモを奪い取った。


・森園生 → 協力せよ

・満月シャドウ → 30分、職員室に。二体、もしくは三体。


……相変わらず、必要最低限の情報しか書かれていない。

「連荘かよ。ま、さっさと倒しきっちまうのに越したこた無いんだけどな」

はあ。と、でかいため息を吐きながら、伊織がぼやく。
確かに、いい加減動き尽くめで疲れた来た気はする。回復魔法で有る程度はごまかせるものの、やはり精神的にも支えが欲しくなるところだ。
と、そうだ。精神的にといえば。

「山岸さん、岳羽さんとアイギスなんですが」

「あ……はい、なんとなく、わかってます。しばらく休んでもらおうかと」

俺が事の顛末をどこから説明しようかと悩むのを遮って、山岸さんは肯いた。

147 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 16:41:56.05 ID:jSYQ8t6a0


「ただ、その分、キョン君にもう少し動いてもらうことになるかも……大丈夫ですか?」

ここでもう駄目です、などとはのたまえるはずが無い。
しかし、何故また俺が必要なのでしょうか?

「あ、それは……ワイルドの人がいると、ナビゲートがやりやすいんです。最近気が付いたんですけど」

成る程。つまり、俺かアイギスのどちらかは、メンバーに入っていたほうが好都合というわけか。
仕方ない。いささか気疲れしているのは否めないが、ここは俺ががんばるしかないようだ。

「次は、十分に休憩が済んでる、コロちゃんと、妹さんに行ってもらおうかと」

マジですか。思わず口からそう洩れそうになる。
いや、妹の能力がなんとなくハンパでないのは分かるし、ペルソナ戦士であるS.E.E.S団の面々が認めるコロマル氏もまた、立派なファイターなのであるのはわかるんだが。
それでもなんとなく、大丈夫かと思いたくなってしまう面子に思えるのは、俺の偏見だろうか。

「大丈夫よ、コロちゃんは良い子だし、妹ちゃんはあんたとは色々似ても似つかない子だから」

いつの間にやらコロマルと仲良くなったらしき朝倉さんが、もはやお決まりのように、俺を戦力面から突付いてくる。

「あと、山岸さんにも少し休んでもらうから。次のナビは私がやるわよ」

なんと。確かにお前も、最初の頃、ナビゲーションまがいの事をしては居たが。
しかし、山岸さんのナビゲートの明確さと比べると、正直心細く思えてしまうのだが。

「馬鹿ね、ペルソナは成長するのよ。戦闘面だけじゃなく、サポート面の力だって上がってるわよ」

成る程。本人がそう自負するのなら、任せるとしよう。
仮に、いざ朝倉じゃ駄目だとなれば、その場で山岸さんに代わってもらうことも無理ではないだろうし。

148 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 16:52:00.80 ID:jSYQ8t6a0


「で、最後は……このメンバーだと、回復面が心配なので」

「あ、僕、行きますよ」

名乗り出たのは天田少年。
前線メンバーと比べて、なんと豪華な回復役であろうか。
兎も角、メンバーは決まった。メンバー内最年長が俺という、うたい文句だけで判断すればなんとも寂しいパーティーであるが。

「あたし、がんばるからね、キョン君」

おなじみのご機嫌スマイルでそう宣言するわが妹。
うん、がんばってくれな。俺もがんばるから。
でも、一つだけ聴きたい。お前が片手にぶら下げているその物騒な獲物は、おもちゃだよな? そう言ってくれ。

「これ? 可愛いでしょ、来る途中にシャミがもってきてくれたの。お気に入りなんだあ」

うん、可愛いかどうかは別として、おもちゃなんだよな? それは。
万が一そうでないのなら、今すぐ光陽園学院前のバス乗り場にダッシュで行って、それを元に返してきなさい。

「キョンさん、タルタロスの外に出られたら苦労してませんよ」

冷静なツッコミをありがとう。
天田君。もしよければ、その調子で、俺の妹に何があったのか教えてくれないか。
俺の記憶の限り、わが妹はあんなもんを笑顔で振り回せるようなスペシャルパワーの持ち主ではなかったはずなんだ。

「ああ……タルカジャオートだと思います。ようは……まあ、ずっとタルカジャが掛かりっぱなしになるってだけなんですけど」

もし、あの状態の妹にボディプレスを食らったら、果たして俺の体は無事でいられるだろうか。
ああ、神様仏様ペルソナ様。どうか、この事件が終わったら、ペルソナ能力なんてもんは無かったことになりますように。

166 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 19:42:57.60 ID:jSYQ8t6a0


………

疲労度と回復スキルの兼ね合いで決定したこのパーティーが、実は攻撃面で見た場合、アギとジオの二種類のみに偏ったパーティーであることに気づいたのは
俺達がタルタロスを上り始めて、4階層の半ばへと差し掛かった頃だった。

「大丈夫だよ、シャミはとーっても頭いいんだから」

どうやらわが妹も、古泉や朝倉のように、自らのペルソナを分析しつくすタイプではなく
俺のように、言ってみればペルソナ任せ。その場のテンションに合わせて、なんとなく乗りこなすタイプのペルソナ使いのようだった。
こいつが戦闘時にやることと言えば、とりあえずペルソナを呼ぶこと。自慢げに構えたバス停のシンボルが役に立っているシーンはめったに見られない。
そして、妹曰くのシャミ(シャミはいつからこんな貴族のような様相になってしまったのか)が現れ、そこらに雷が落ちるやら、爆発が起きるやら……
はっきり言って俺から見ても多大なSPの無駄遣いを繰り広げているかのように見えるが。
ところが、どういうわけか妹のSPの減りは遅いようだ。
これもまた、こいつ特有の何やらが利いているのだろうか。

「ワウ」

すっかり妹にいじくられている姿が定着してしまったコロマル氏はと言うと、流石、こと戦闘ともなれば、妹のおもちゃであることに甘んじるはずもなく。
どこで習得した技術なのかわからないが、口にくわえたナイフで悪魔を切り裂き、軽やかに戦場を駆け回る。
そして、遠吠えと共に現れるのは、彼の容姿とは相反して、全身が漆黒の鎧に包まれた、三つ首の猛犬の姿をしたペルソナだ。
こいつはまず火を吐く。そして、時折正体不明の暗闇を床にぶちまけ、その上に立っているシャドウ達を一瞬で飲み込んでしまったりもする。

で、毎度おなじみ俺の役目。主に強敵出現時のマハタルカジャ。以上。
できるならば例の刺青坊主を召喚し、戦線に加わりたいのだが、どういうわけか、奴はこういう場合には出てきてくれんのだ。
まあ、兎も角、そうして俺達は進んでいった。
今回は、そう時間的に余裕が無いわけでもなく、俺達は山岸さんのナビゲートにのんびりと従いながら、ゆっくりと職員室を目指した。

170 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 19:54:00.45 ID:jSYQ8t6a0

『あ、そこの窓を……硝子部分に向かって飛び込んじゃってください。あ、ちょっと怖いかもしれませんが、ちゃんと消えますから』

オーケイ。俺の命、貴方に預けます。
そんな無言の宣誓でもしなければ、なかなか遂行できそうにないからくり抜けを数度行った後。

『着きました、目の前が職員室です。……時間は、少しだけ過ぎています。今のところ、通信に以上はありませんか?』

「はい、大丈夫です」

天田少年が、ありもしないイヤフォンを弄るような動作をしながらそう返答する。
ドアの向こうには、シャドウが居るらしき気配はない。しかし、体育館の時のようなケースもあるので、慎重を心がけるに越した事は無い。
引き戸に手を当て、後ろの三人を振り返る。天田少年とコロマル氏は、神妙な顔つきで肯き、妹は状況を判っているやらいないやら、いつもの半笑顔を浮かべていた。

「いくぞ」

ガラ。俺が腕を引くと同時に、そんなチープな音と友に、目の前が開ける―――

はずが。

「……なに、これ、机?」

現れた光景を前に、流石にぽかんとした様子で、妹が呟く。
ああ、見たところそのようだ。俺にとっても見慣れた、北高備え付けの机と椅子。
それらが、まるで昔のどこかの映画で見たようなバリケートのように、無造作に積み上げられているのだ。
そんなおかげで、部屋の中の様子などは判りもしない。

「……新手の、嫌がらせですかね」

嫌がらせか。同じ精神攻撃の一種でも、体育館のヤツらと比べて、えらく可愛いもんだな。
同時に、よりいっそう理不尽な苛立ちを感じないでもないが。

171 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 20:00:03.84 ID:jSYQ8t6a0

多分朝倉は森さんあたりと作戦会議の真っ最中でナビどころじゃなかったんだよ!
決して一眠りしたおかげで頭の中が空っぽになっていたわけなどではないので、あしからず。ああ、言い張るとも。

さて……どうしたものかな。目の前の即席バリケートは、見たところかなり分厚く作られているようで、ちょっとやそっとでは崩れそうに無かった。

「キョンくん、この先に用事があるんだよね?」

「ああ」

「じゃ、どかしてあげるね」

ああ、妹よ。そんな簡単に行けば話しは

「えいっ」

ずごごごごごごご。

がらがらがらがらがら
がしゃん。がらがら。ぱき。ぴき。ぺし。からから。がたがた。

……ありのままに起こったことを話すぜ。
妹が一押しした瞬間、机と椅子の山が揺らぎ、室内に向かって一度に崩れていった。
……何を言ってるのかわからんだろう。実のところ、俺もよくわからん。判る奴がいたら説明してくれ。

「あれー……誰もいないよ?」

妹はと言うと、そこらに散乱したバリケートの残骸(別名、机及び備え付けの椅子である)を邪魔そうに蹴飛ばしながら
ずかずかと職員室内へと入っていく。
あわてて、俺達三人も顔を見合わせ、その後に続く。

174 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 20:07:39.57 ID:jSYQ8t6a0

「……たしかに、何もいませんね」

室内に立ち入り、まず最初に天田がそう呟く。
そこには本来あるべき教員達のデスクも無く、家具や備品と言ったものも見当たらない。
たった今妹によってぶちまけられた椅子と机たちが、寂しげに散乱しているのみだった。

「……山岸さん? まだ、通信できてますか?」

ふと思い出し。天井を見上げながら尋ねる。別に彼女が屋根裏に潜んでいるわけではないのだが、彼女と話す場合、なんとなく上を見てしまうのだ。

『…………』

しかし、返事はない。やはり、満月シャドウと戦闘をする際には、彼女と通信することは難しいのだろうか。
……などと、考えた、その時。
これは一種の奇跡と言っても良いだろう。俺がたまたま視線を向けていた、天井の一点に、とある変化が生じた。

ぴき

端的に表現すれば、罅だ。いびつな模様の欠かれたパネルが敷き詰められた天井に、突如、罅が入ったのだ。
まさか、今しがたの妹の超人パワーが、何か悪影響でも起したと言うのか。
いや、違う。だったら、天井でなく、この部屋の床が抜けるほうがまだ話がわかる。

床が抜ける。
そうだ。床が抜けたら、下の階層の天井が抜けるわけだ。

「避けろ!」

俺が叫ぶとほぼ同時に、コンクリートの粉塵を空中に撒き散らしながら、巨大な白い兵器が、混沌とした職員室の中央に降臨した。

175 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 20:14:22.44 ID:jSYQ8t6a0

「うわあっ!?」

間一髪のところで、全員、その兵器の総重量を一身に背負う役目からは遁れられたようだ。
その代わりに、丁度その空間に転がっていたバリケートの残骸たちは、金属部分はひしゃげ、木製の部分は見事なまでに粉々になりと、散々な有様だった。

「なにこれ、戦車!?」

妹が叫ぶ。その通り。俺達の眼前に現れたのは、一台の戦車だった。
しかし、一介にそれと知られているものと比べると、いささかサイズが小さいような気がする。それに、カラーリングが不自然なまでに真っ白であり、これもまたおかしい。
トドメにその戦車は、我々の予想範囲をはるかに超えた柔軟に蠢き、カラカラと笑い声を上げ始めたのだから。

「こいつですね……まずいな、僕が見たこと有る奴じゃないや……」

天田が小さく舌を鳴らし、そうぼやく。
ならば、コロマル氏なら何か知っているだろうか。

「クゥン?」

ですよねー。
よろしい、ならば『ガンガンいこうぜ』である。

「やっちまえ!」

不意打ちを食らいかけた遅れを取り戻そうと、俺はいち早く頭部を打ち抜いた。

『マハタルカジャ』

赤い光が俺たち四人の体を包み込み、その肉体の持つ運動力を上昇させる。

177 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 20:41:09.83 ID:jSYQ8t6a0

「カーラ・ネミ!」

続いて、天田が動く。
少年の懐から銃声が聞こえると同時に、彼の頭上に天文学的形状のペルソナが発生する。
現れたペルソナの腹の辺りに当たる部分から、図太い電撃の帯が放射され、戦車シャドウの土手腹に、うねりながら打ち込まれる。
あたりは悪くない。そもそも、このシャドウは、キャタピラの足を持ちながら、こんな厄介な地形に降りてきたため
あがくことこそできても、まともに移動をすることなどは出来ないのだ。すなわち、こちらの攻撃を回避される心配もない。

「シャミ、行っちゃえ!」

「ワオォォン!」

続いて、室内に、二人の小柄なペルソナ使いの声が響き渡った。
あちらとこちらで同時に立ち上る、それぞれ犬と猫の様相を持つ二体のペルソナ。
コロマル氏のペルソナが吐き出した火球が、戦車の右のキャタピラに。そして、妹の放ったジオダインの電撃が、戦車の左の胴の辺りを穿った。

「硬いですね」

一連の攻撃を見届けた後、天田がそう呟く。言葉の通り、戦車シャドウは三発の高位魔法を一度に食らっておきながら、そう弱った様子を見せない。
こりゃ、長期戦か。
やがて、戦車シャドウが、主砲の砲身をぶんぶんと振り回しながら、全身を振るわせ始める。
今度は、あちらが攻撃を仕掛けてくるらしい。
戦車は物理法則を無視した動きで、主砲をまっすぐ天井に向け、轟音と共に何かを撃ち放った。
直後、破裂音。その瞬間、身構える俺達を襲ったのは、意外なものだった。
臭い。

「キョン君、乾君、なにこれっ!?」

「毒ガスです! 気をつけてください!」

181 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 20:58:27.10 ID:jSYQ8t6a0

ああ、毒ガス。なるほど、それならこの強烈な匂いにも説明がつくな。
しかし、どう気をつければ良いのだろうか。呼吸をせずに居れば何よりなのだろうが、それは人間として色々と無理がある。
見ると、嗅覚たくましきコロマル氏には相当効いたらしく、もはや体を横倒しにしてしまっている。
密閉された空間で、充満する毒ガス。

「ダンテ!」

『ヒートウェイブ』

早くもつらくなり始めた呼吸を必死で抑えながら、ダンテを召喚する。
行うのは、魔法で無く、超体術系。ダンテがどこぞから取り出した巨大な羽ペンを抱えて、かつてはグラウンドが見渡せた、職員室の窓側の壁へと駆けてゆく。
そこで、一閃。光を纏った羽ペンを横に振るう。
次の瞬間、爆発音にも似た破壊音と共に、横に並べられた十数枚ほどの窓ガラスが、一度に砕かれた。
幸いなことに、外は風が強い。狭い空間を空気が移動する音がして、タルタロスの外へと、瘴気を含んだ空気が零れだしてゆく。

「ぷはっ」

数秒後、もうある程度毒が薄まったと判断したのか、天田が足りない酸素を求めて、呼吸を再開する。
ほぼ同時に、俺と、妹も、すっかり欠損した酸素を補うために、あわてて横隔膜を動作させる。
思ったとおり、既に大分、毒ガスの臭いは薄まっていた。最も、臭いだけで判断しても、実際にどの程度毒素が残っているかわからないが。

『メディアラハン』

すかさず、天田が、全員の体力を補うべくペルソナを召喚する。
さて、この一連の流れの間、戦車シャドウはと言うと、
どうやら何度も連続で今の砲弾を撃つことはできぬらしく、しばらく砲身をあちらこちらへ振り回し、よくわからぬダンスを踊っていたが
俺達の行動が終了したと、ほぼ同時に。何かを思い立ったように動きを止めた。
そして、次の瞬間。
戦車の上部の蓋が開き、そこから何か、小さな羽根の生えた生き物が飛び出した。

183 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 21:07:56.33 ID:jSYQ8t6a0

「何だっ!?」

声を上げるが、遅い。遅い上に、現状への不満を叫ぶだけでは、シャドウへの攻撃は成立しない。
とにかく、戦車シャドウから飛び出した謎の生物は、一瞬、ハチドリのように戦車の周りを飛び回った後、目にも留まらぬ速さで、俺の元へと向かってきた。

「うおっ!」

戦車同様、全身が白で塗りたくられた出来損ないのぬいぐるみのようなそいつの突進を俺は間一髪で回避する。

「二体いたっ!?」

叫んだのは、天田。その言葉が、俺に長門のメモを思い出させる。
そうだ、この部屋にやってくるシャドウは、二体か三体だったっけな。

「この野郎っ!」

苦し紛れに、両手で抱えた大剣の刃を、空中に浮かぶそいつに向けて放つ。しかし、ハチドリシャドウの動きは早く、俺には追い切れない。

「ワンッ!」

いつの間に回復したのか、俺の視界に飛び込んできたのは、ナイフをくわえたコロマル氏だった。
なにやら、体が青い光に包まれている。マハタルカジャの赤い光とよく似た光だ。
見ると、コロマルは普段からすばしっこくはあるが、今日、この度のコロマルほどに俊敏なコロマルは初めて見ると言うほどに、鮮やかな動きで、ハチドリシャドウと間合いを取り合っている。
なるほど。これは、速度を上昇させる魔法なのか。おそらく、コロマルが自ら使ったのだろう。
青い弾丸となったコロマルの速度は、決してハチドリ・シャドウに引けをとってはいない。シャドウのほうも、コロマルと対峙するのに精一杯で、こちらをどうにかする余裕はなさそうだ。

「今のうちに、この戦車を!」

天田が吼え、召喚器の引き金を引く。

184 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 21:16:21.58 ID:jSYQ8t6a0

『マッドアサルト』

現れた天文学的ペルソナが、今度は直接と言わんばかりに全身を震わせ、戦車シャドウに突進する。
俺と妹もそれに続く。

「ヒートウェイブ」

「えーいっ!!」

ダンテの振るう光の羽ペンと、妹の振るうバス停・シンボル……って、おい。
とにかく、その二つが、左右から同時に戦車の体を捕らえる。

「もう一発!」

更に駄目押しといわんばかりに、天田が連続してペルソナを召喚し、仰々しい圧し掛かり行為による追撃を浴びせる。
身軽な妹が、そこに再び、三度と獲物を振るう。
その連撃を食らった瞬間、戦車の外装が弾き飛ばされ、砲身から黒煙を上がった。
ぼすん。と、鈍い爆発音が、シャドウの体の中から聞こえた気がする。
よし、一匹。
コロマルは持ちこたえているだろうか?
と、コロマルとハチドリシャドウの戦場を振り返ったときだった。

コロマルとの追いかけっこを一瞬抜け出したのだろう。ハチドリシャドウが、こちらに向けて、なにやら両手を向けている。
次の瞬間、その両手が光り輝く。

「うわ、キョン君、こっちも光ったよ!」

妹の声に、今度は今しがた破壊した戦車シャドウへ視線を向ける。
すると、どうだろうか。妹の言うとおり、ハチドリの手と似た輝きを帯び始めた戦車の機体が、見る見るうちに、最初の姿へと戻ってゆくではないか。

188 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 21:25:27.97 ID:jSYQ8t6a0

復活しやがった。

「キョンさん、駄目です、あっちを先に始末してください! こっちは僕と妹さんで抑えておきますから!」

天田は両手で槍を構え、戦車に向けて身構えながら、俺にそう言った。
俺はその言葉の通りに、剣と銃とを構えながら、再開されたシャドウとコロマルの戦場に目を向けた。
まさかこの白塗りハチドリが、こんな厄介な魔法を使うとは思ってなかったぜ。

「マハラギオン!」

一瞬の思考の結果、選んだのはその魔法だった。
いくらすばやいシャドウでも、あたりを火で包まれてしまえば、回避することは出来ないだろう。
更に、コロマルは火炎魔法にめっぽう強い。というか、むしろまったく効いていないか、逆に吸収してエネルギーに変えている気がする。
俺の思惑通り、マハラギオンの炎がコロマルに危害を加えることは無く、ハチドリ・シャドウの機動力を奪い、ダメージを与える。

「ワゥウウウウ」

炎の檻の中で、一瞬、シャドウが動きを止めた。そのときを待っていたと言わんばかりに、青いコロマルが宙を舞い、シャドウの小さな体を捕らえた。
コロマルの加えたナイフの刃が、シャドウの体を、上半身と下半身とに二分する。まさに会心の一撃だ。
よし、今度こそ、一匹。

「天田、大丈夫……」

そう言いながら、天田たちを振り返った俺の視界に、またもあの奇妙なまでに輝かしい閃光が飛び込んできた。

「えっ、まだ倒してないよ!?」

わけがわからないと言った風に声を上げる妹。
次の瞬間に何が起きるのかは、正直予想がついた。
ハチドリが、復活している。

189 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 21:35:05.11 ID:jSYQ8t6a0

「こいつら、お互いでお互いを回復しやがるのか!」

何と言うボスだろうか。掟破りも良いところである。
だったらどうしろと言うのだ。両方を同時に倒せとか、面倒なこと言わないよな?

「それか、両方いっぺんにかです!」

うん、同じことだな。
っていうか、むしろそっちのほうが難しいじゃねえか。
……待てよ。そういえば、こいつら、最初はどんな状態で現れたっけか?
そうだ。あのハチドリは最初、この戦車の体の中に居た筈だ。
だったら、あの状態で、中身もろとも戦車を潰しちまえば良いんじゃないのか。
それぐらいなら、なんとかなりそうじゃないか?

「コロマル、一回退け!」

物は試しと、俺はコロマルに叫ぶ。縦横無尽に動き回っていたコロマルの体が停止し、俺の方へと、例の超人的スピードで駆けてくる。
その背後を、ハチドリシャドウが猛烈な勢いで追尾してくる。
しかし、その軌道は、途中でコロマルのものからズレる。ハチドリが一直線に目指しているのは、戦車シャドウの元だった。
狙い通りだ。大方、一度復活させた後での動作点検でもしようとってんだろう。
それか、あるいは単純に、強固な戦車の体の中に逃げ込みたいだけか。
どちらにせよ、その一瞬が、俺達にとってはまたとないチャンスである。

「! ―――今ならまとめていけます、一気に叩いて下さい!」

直後、天田は俺の考えを察したらしく、迅速にペルソナを召喚しながら、俺達にもそれを促した。

『マッドアサルト』

本日数回目の、球体ペルソナの圧し掛かり攻撃が、二体分のシャドウの命を詰め込まれた鋼の機体に降り注ぐ。

191 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 21:41:26.64 ID:jSYQ8t6a0

「ってえええい!」

その脇で、妹も絶好調である。へこんだバス停をブンブンと振り回し、幾度と無く戦車の体に凹みを増やしてゆく。
そこに、コロマルのペルソナが吐く炎が加わる。いかにも総攻撃って感じだな。

「くそ、予想以上に硬い!!」

マッドアサルトの連発をペルソナに求めつつ、天田は声を上げた。
まずい。戦車の上部の蓋が、がたがたと音を立て始めた。
この一瞬を逃しちまったら、またあの厄介なハチドリとの戦いを繰り返さねばならんのか。
そんなのはごめんだ。
諦めて溜まるものか。

「ペルソナ、レイズアップ!」

いつの間にやら、アイギスの掛け声が移ってしまった。
とにかく一秒でも早く攻撃に参加しようと、俺はペルソナを召喚した。
パリン。眼前が青い光に包まれ、体を仰ぐ風を感じる。
この時点で、俺はこれまでと何かが違うことに気づいていた。
その違和感が、一体何から来るものなのか? 答えは、すぐにわかった。

『戦の魔王』

頭の中に響き渡る声が、これまでと明らかに違う、女性のものだった。
頭上を見上げると……そこには、長い銀色の髪を持ち
これまた、ボンテージとも薄いスーツとも着かぬものが張り付いた肌を持った、女性型のペルソナが浮かんでいた。
なんと芝居じみたタイミングか。

「やっちまえ、戦の魔王!」

197 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 21:55:21.53 ID:jSYQ8t6a0

その声を合図に。俺の視界の端から、巨大な半透明の握りこぶしが無数に現れ
それはまるで連続ミサイルのように、まっすぐに、戦車シャドウの機体へと叩き込まれていった。
シャドウの体は、その一つ一つを受けるたびに、これまでの強固さがウソのように大げさに凹み、歪み、潰れてゆく。
戦車シャドウが潰れた瓦礫の塊と言うほどまでに変形した頃、漸く攻撃は止み、俺の頭上から、銀髪のペルソナの姿が消える。
やがて、それを待っていたかのように、潰れたシャドウが震え始める。
……まだやるってのかよ。
と、思ったのもつかの間。すぐ、シャドウの体が黒い霧へと替わり始めたのを見て、俺は息をついた。

「……キョン君、すごーい!」

一瞬の間をおいて、妹が黄色い声を上げる。
いや、妹よ、正直、お前のあの雄姿には適わんよ。

「……あなたは、なんていうか、前のリーダーやアイギスさんとかより、数撃たない派なんですか?」

と言うのは、まるで、今までがんばってたのは何だったんだとでも言いたげな天田の言葉だ。
俺もできるものなら数を撃ちたいのだが、なにぶんその機会がなかなか回ってこないのだから仕方が無いだろう。
兎も角、これで倒したシャドウは全部で九体。俺のペルソナは三体目、か。

「時間は……あと10分で0時ですね。山岸さんからの連絡を待ちましょうか」

天田の言葉に従い、俺達はひと時、荒れ果てた職員室内で、僅かの間だが、休息を取ることになった。
見ると、ダンテが空けた壁の大穴から見える空に、例の金太郎飴的満月が浮かんでいる。

「綺麗だねー、ほらほら、乾君も見て見て」

「ああ……あんまり、良い思い出は無いですけどね」

影時間に浮かぶ満月か。
あと三体のシャドウを始末すりゃ、こいつともおさらば出来るわけだ。すんなりことが進んでくれるのを祈っておくとしよう。

200 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/13(月) 21:59:18.11 ID:jSYQ8t6a0


『……あっ、や、やっと見つけた……もしもし、聞こえますか?』

「あ、はい。聞こえてます。シャドウなら、無事倒しましたよ」

五分ほどは穏やかな時間が流れただろうか。やがて、頭の中に響き渡る声が、俺達をこの超常的現実へと引き戻した。

『よかった、すみません、やっぱりシャドウの近くにいると、ナビできないようです。改善できると良いんですが
 あ、えっと、遅れてすみませんが、中庭へ戻しますね』

毎度お手数かけます。
さて、あと五分あまりで……また次の影時間がやってくるわけだ。
えーと……これで、何周目になるんだっけ?







つづく