キョン「ペルソナ!」 

キョン「ペルソナ、レイズアップ!」

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/15(水) 21:11:31.45 ID:VmDBicCh0

……

さて。かくして、職員室に現れた二体の満月シャドウを見事撃破した俺たちは
山岸さんの力によって中庭へと舞い戻り、改めて、無事に事が進んだことを伝えた。

「戦車って事は、あの、地下ん時の奴だな」

「ごめんなさい、私がちゃんとナビできていれば、もっと早く倒せたんですよね」

「いえ、気にしないでください」

通信が出来なくなってしまうのは仕方がないことであり、加えて、それ以外の面で、彼女は俺たちを的確に導いてくれているのだ。
むしろ、この上に不満を漏らすことなど、誰ができるだろうか。
さて。時刻は例によって、まもなく00分。新たな影時間の始まりであり、長門からの定期連絡が届く時間でもある。

「後四体か。どうせなら、一気に出てきちゃってほしいわね」

朝倉が、まるで他人事のように言ってくれる。最近戦闘してないからと言って、なんと無責任な奴か。

「……来たわね」

やがて。差し出された、朝倉の手の平に、折りたたまれたメモ用紙が現れる。
毎度思うが、こいつは一体どんな原理で、この場所に届けられているというのだろうか。

「……」

メモに視線を落とす朝倉の表情が、一瞬こわばったのを、俺は見逃さなかった。



6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/15(水) 21:14:09.25 ID:VmDBicCh0

「……どうしたんですか? もしかして、また、よくないことが?」

心配そうに山岸さんが尋ねる。朝倉は、神妙な顔つきで俺たちを見た後

「山岸さん、ちょっと、協力してもらえる?」

「は、はい? 何を……ですか?」

朝倉の突然の申し出に、山岸さんが頭上にクエスチョンマークを浮かべる

「影時間への適正を持った一般人が、急増してるらしいの。もしかしたら、興味本位でタルタロスに迷い込んでるような奴がいないとも限らないわ」

「! ……わ、わかりました。二人で力をあわせれば、ある程度の範囲をサーチすることができると思います」

「じゃ、ちょっとごめんね」

そう断りを入れた後、朝倉の両手が、山岸さんの両手に触れる。

「ベアトリーチェ」

「ルキア」

二人がほぼ同時に、自分のペルソナを召喚する。
考えてみれば、山岸さんのペルソナを実際に目にするのは、これが始めてかもしれない。
赤色を貴重とした、女性型のペルソナだ。よかった、なんかガチムチとかそういう意外な路線じゃなくて。

「……」

二人は言葉を発さず、目を閉じたまま、微動だにしない。
おそらく、今、二人の意識は、ペルソナの力を伝い、このタルタロス中へと張り巡らされているのだろう。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/15(水) 21:19:26.23 ID:VmDBicCh0

一分ほどは、その状態が続いただろうか。俺たちは固唾を呑みつつ、二人のサーチが終わるのを待った。

「……一応なんだけどね」

ふと。二人のサーチ中、背後から森さんに声をかけられた。
いつものメイド的振る舞いとは異なる、いささかフランクな口調で。

「影時間の間、この北高に続く周辺の経路を、適正のある機関がらみの人員で封鎖してるのよ」

相変わらず、彼女らの機関とは、なんとも根回しの良い組織だ。
それならば、誰か無害な一般人が、このタルタロスへ巻き込まれてしまうことは無いと思っていいのですか?

「そう思いたいんだけどね。ただ、こっちもそう人員が豊富じゃないから、完璧とは言えないわ。
 それと、周辺の住民に怪しまれることを懸念して、閉鎖するのは本当に影時間の間だけ。
 つまり、それより前に、北高の敷地内に、誰かが残っていたりしたら、私たちみたいに閉じ込められちゃう可能性はあるわ。
 丁度、あなたのケースみたいに」

古泉か朝倉かが、俺がこのタルタロスへ迷い込むに至るまでのうっかりエピソードをゲロったのだろう。森さんはくすくすと笑いながらそう言い

「あくまでも可能性の話よ、実際にどうかは、すぐにあの二人が教えてくれるわ」

森さんの視線が俺から外れ、目の前で手を握り合い、目を瞑ったまま宙を仰いでいる二人を見つめる。
俺がその視線の先を追った瞬間。二人の頭上に浮かぶペルソナの姿が消えた。
青白い光が止み、ゆっくりと、二人が目を開ける。

「……風花、どうだったよ?」

伊織の言葉で我に返ったように、山岸さんの表情が、焦りに染まる。

「た、大変です。一人、私たちとは別に、このタルタロス内に、人間の反応があります!」

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/15(水) 21:26:42.47 ID:VmDBicCh0

その言葉を聴き、俺は目を見開き、朝倉を見る。
朝倉は、先ほどと同様に神妙な表情のまま

「場所は、校門前。たった今、この影時間に迷い込んできたようね。大方、あなたみたいに忘れ物か何かをして
 帰ろうとした瞬間に、影時間に迷い込んだ、って所じゃないかしら」

そいつと通信は出来ないのか。

「すみません、やっては見たんですが、上手くいきませんでした。どうも、ペルソナ能力に目覚めていない人には、通じにくい傾向があるので……」

なるほど、つまり。

「すぐに参りましょう。お二人は、引き続きサーチをしながら、もし対象が移動するようなことがあれば、連絡してください」

口を開いたのは、アイギスだった。
どうやらアイギスは、今回のクエストに参加する気のようだが
彼女もまた、体育館での一件で、少なからずのダメージを受けているようだった。
あれからまだ、体感時間としては小一時間ほどしか経過していないが、大丈夫なのだろうか。

「ご心配なく、もう充電完了です

俺の思考を読み取ったかのように、アイギスがそう宣言する。
その目は、爛々と燃える炎を映すかのように輝いている。
本人がこう言うのだから、きっと気持ちの整理も付いたのだろう。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/15(水) 21:32:25.64 ID:VmDBicCh0

アイギスは、まるで旧日本軍の兵隊のように、型の決まりきった敬礼をした後

「森さん、順平さん。ご同行を願えますでしょうか」

と、的確に、二人のペルソナ使いを指名した。

「あー、そだな。ゆかりっちはもうちょい休んどいて貰うとして……んじゃま、行っちゃうかね」

「ご一緒させていただきます。前線は私にお任せください」

メイドさんに後方支援を任せる、というのなら未だわかるが、最前線を自ら希望するメイドさんというのも、また随分レアなものだ。
しかし、彼女の話を聞いた限りでは、森さんのペルソナ・レーオポルトとは、ゴリゴリの体術系専門のペルソナであるというのだから仕方がない。
魔法という魔法はほとんど使えないという徹底ぶりだ。
そして伊織。伊織もまた、攻撃力には定評がある。
残るは回復面だが、ワイルドを持つアイギスと俺が居れば、なんとかカバーはしきれるだろう。

「では、朝倉さんと一緒にナビゲートします、タルタロスに突入してください!」

山岸さんの言葉を合図に、俺たち四人は駆け出した。
……闖入者がどこの誰かは知らないが。できるなら、俺たちが到着するまで、無事でいてくれ。

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/15(水) 21:35:15.01 ID:VmDBicCh0

………

かくして。アイギスを先頭に、森さん、伊織、俺とが続き、タルタロスの混沌とした経路を駆け抜けてゆく。
伊織曰く、『前のタルタロスはここまで厄介じゃなかったんだけどな』と言わしめるだけあって、本棟内の作りは果てしなく難解であり、ひどく可変的なものだ。
山岸さんと朝倉のナビゲートに従い、できるだけシャドウとの戦闘を避けながら、校門を目指した。

『そこ、通路を右に折れると、昇降口に出るはずです。くれぐれも、中庭側でなく、正門の方へ向かってください!』

このメンバーで、北校内の造りに詳しいのは俺だけだ。

「左側だ」

廊下を駆けながら、前方を走る三人に叫ぶ。
三人は、俺の声に応えることこそせずとも、昇降口に辿り着くや否や、指定したとおりに、左側の押し戸に向かって軌道を変えてくれる。
ガン。と、硝子と金属によって造られた扉が音を立てて開け放たれる。
久方ぶりに目にする、北高の正門前の風景。
つい10数時間ぶりに見たその光景は、まるで、もう何十年も離れていた風景のように見えた。
そして……その見覚えのある世界の中で、極端な違和感をかもし出している、イレギュラーなオブジェ。

24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/15(水) 21:49:47.45 ID:VmDBicCh0

昇降口からまっすぐ伸びた道の先に、巨大な円形のルーレットが置かれている。
カジノで使われるような、赤と黒の二色のマス放射線状に広がっているやつだ。
そのルーレットのすぐ隣に、光の球体から体を生やした、女性のような姿のシャドウが居る。
更に、注目するべくは、そのルーレットの中心に立てられたポールだ。
高さは大体5メートルほどはあるだろうか。ルーレットを回すためのつまみとしては、随分と大きすぎる。
そのポールの先端のあたりに、光の輪のようなもので体をくくりつけられた、見慣れた女性の姿があった。

「朝比奈さん!」

たかだか10数時間ほどお目にかかっていなかっただけだというのに、その姿は、遠いかなたに分かれてしまった人に再び会えたかのように輝いて見える。
いや、輝いているのは朝比奈さんだけじゃない。
彼女の体をポールにくくりつけている、あの輪が光っているのだ。

「あいつぁ、フォーチュンつったっけか。どんなのだっけ?」

『駅前で戦ったやつですよ。ほら、あのズルいルーレットの』

「あー……あれ、風花、シャドウ来てるのに通信できてるじゃねえか」

『私の力を足した分よ』

ふと、脳内に響き渡る声が、別の誰かのものに換わる。
これは、朝倉の声か。

「朝倉、朝比奈さんはありゃ、無事なのか」

『死んでは居ないわね。今のところ……この後どうなるかは、あんたたち次第でしょうけど』

よかった。ここから見る限りでは、目だった外傷もない。おおかた、このシャドウを目の前にして、失神してしまったとかだろう。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/15(水) 22:00:50.68 ID:VmDBicCh0


「キョンさん、あのシャドウが、あの人に何をしようとしているかはわかりませんが、とにかく助けましょう」

そうだ。のんびり会話をしている場合じゃないな。
順平が剣を構え、森さんがコツコツとつま先を鳴らし、アイギスが指先のカバーを外す。俺は腰の剣に手をあて、ポケットの召喚器を取り出した。
特に合図も無しに、俺たちはルーレットの横に立つシャドウ目掛けて駆け出した。
と、その直前に。

俺たちとシャドウとの間の空間に、突如、巨大な体躯の何者かが割り込んできた。

「うわっ」

伊織が驚いて声を上げる。現れたのは、体中に湾曲した刃を取り付けた、黒いライオンのような生き物だった。
これもまた、シャドウか。

『あっ、そうだ……皆さん、今現れたのは、剛毅のシャドウです。前もそうでした、そいつがいると、運命のシャドウへの攻撃はカットされてしまいます!』

山岸さんが注意を呼びかけるよりも一瞬早く。シャドウが天空を仰ぎながら吼えた。
その瞬間、運命シャドウの体が、いくらか半透明になったような気がする。
いや、実際に成ったのだろう。
なるほど、確かに、あれでは普通の攻撃は有効ではなさそうだ。

「っと、そうだ……まずは、こっちを先にやるんだったっけな!」

『できるだけ急いで。後から来たほうは、力が高いから注意して』

山岸さんと朝倉の声を交互に聞きながら、俺は召喚器を額に当てる。
さっさと朝比奈さんを助けなければ、あのシャドウが彼女に何をするかわからん。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/15(水) 22:11:50.33 ID:VmDBicCh0

「ペルソ」

ガアアア。などという叫び声が、俺の召喚の掛け声をぶち壊す。
同時に、なんと、寒気がするほどのスピードで、俺に向かって突貫してくる、剛毅シャドウの姿が目に入るではないか。
その距離、もはや数メートル。……やばくね? 俺。

「ふもっふ!!」

「うぐふっ!?」

やられる。そう思った瞬間に、わき腹に痛みが走り、重力がうやむやになる。
シャドウの攻撃じゃない。ああ、これはアレだ。いつだか長門に貰った蹴りと同じ意味の蹴りか。
ガッシャン。と、何かが割れ、砕けるような音。多分、シャドウが昇降口の戸へと突っ込んだのだろう。

「やばいわよ、あいつ」

すぐ傍で、森さんの声がする。どうやら、今しがた俺を蹴り飛ばし、あのシャドウの突進の軌道から外してくれたのは、彼女のようだ。
助けてくれなければシャドウに半身を食いちぎられていたかもしれない。しかし、それを回避するために、ヒールで蹴り飛ばされるというのもなんとなく、なんだ。辛い。

「「マハラクカジャ!」」

ぱらぱらと、コンクリートの粉が舞う声に混じって、アイギスと伊織のの声がする。
同時に、俺の体が、金色の光に包まれた。

「ちっと固くしたけど、あんま意味ねーかもな、あの馬鹿力の前じゃ」

立ち上がった俺の傍で、伊織が舌打ち混じりに呟く。
昇降口を粉砕したシャドウはというと、がたがたと忙しなく体を動かし、再び、こちらに向かって突進しようとしている。
また邪魔しようったって、今度はそうは行かんさ。
心中で呟きながら、今度こそ、召喚器を頭に押し当てる。

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/15(水) 22:21:49.22 ID:VmDBicCh0

「ネミッサ!」

パリン。という音と共に、俺の頭上に、銀髪の女性型ペルソナが現れる。
こちらはあのタトゥー少年と違い、俺の呼びかけに対して素直に現れてくれるから便利なものだ。

『メギドラ』

その名前を叫ぶと同時に、シャドウの目前で閃光が爆ぜる。
こちらへ駆け出そうとしていたシャドウの体は、爆風に押し戻され、突進が阻止される。

「レーオポルト!」

「トリスメギストス!」

続いて、森さんと順平が続けて叫ぶ。現れた二体のペルソナがそれぞれ体を震わせ、シャドウへ突進する。

「スカアハ!」

ワンテンポ遅れて、アイギスがペルソナを呼ぶ。なにやら、正座をして空中浮遊している、女性型のペルソナだ。
ペルソナが両手を振るうと、無数の光の矢が中空に現れ、それらが真直ぐにシャドウへと駆けてゆく。
あわせて四人分の攻撃が、総じてクリーンヒット。
これまでの連中ならば、すでにこの時点でくたばっていてもおかしくはない。
にもかかわらず、このシャドウは、まるで何事もなかったかのように四足で立ち上がり、再びこちらに向けて、吼えながら突進してくるではないか。

今度は寸でのところで、自ら回避する。

「ああ、そうだった。こいつ、すげえ固いんだよな」

面倒くさそうに帽子を被りなおしながら、伊織が言う。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/15(水) 22:35:27.43 ID:VmDBicCh0

シャドウは軌道を変え、今度は森さんに向けて突進する。
森さんはそれを、跳躍することで軽く回避し(3メートルぐらい跳んでるように見えるのは、俺の気のせいだろうか)、空中でペルソナを召喚する。

「黒点撃!」

現れたペルソナが、急降下する戦闘機のように舞い、シャドウの後頭部に鉄槌を落とす。
同時に、爆発。
しかし、やはりシャドウは、ひるむ様子は無い。

『ダメージは入ってます、でも、とんでもなく生命力が強くて……』

脳内で、山岸さんの声が言う。

『あっ、其れより、皆さん、ルーレットが回転してます!』

「やべ、忘れてた!」

山岸さんの言葉に、順平があわてて、門の前に鎮座するオブジェへと視線を移す。
見ると、巨大なルーレットが激しく回転し……其れと同時に、中心にくくりつけられた朝比奈さんまでもが、高速回転を強いられているではないか。

「へっ……な、なんですか、これっ!? どうなってるんですかっ!?」

同時に、朝比奈さんが意識を取り戻したらしい。あの速さで回転していたら、もう、周りがどうなっているかなどわからないだろう。

「朝比奈さん、今助けますから、少し待っていてください!」

「ふぇっ、は、はいっ!」

本当なら、今すぐにでもルーレットに噛り付いて、回転を止めて差し上げたいのだが
しかし、彼女は今、スロットのオブジェや、傍らのシャドウ同様に、半透明生命体に換わってしまっているのだ。

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/15(水) 22:49:36.98 ID:VmDBicCh0

『ルーレット、止まります! 気をつけてください! 目が当たったら、私が教えます!』

「はい!」

一体何を気をつければ良いのか、俺には見当も付かないが、とりあえず返事をしておく。
それよりも、今はさっさと、この猛獣シャドウをどうにかしなければ。

「ネミッサ!」

森さんとアイギスの二人を相手に、人知を超えたスピードのコリダ・デ・トロスを繰り広げていたシャドウに向けて、援護射撃を放つ。

『ロマ・グランド』

瞬間、周囲の気温が下がり、空中に無数の氷の矢が発生する。

「落ちろ蚊トンボ!」

掛け声と共に、全弾発射。
弾の当たりやすいデカブツにはもってこいの技だ。

「オーディン!」

氷の矢によって発生した僅かな隙を突き、アイギスがペルソナを呼ぶ。
直後、空から一筋の稲光が舞い降り、シャドウの体を焼く。
しかし、未だ倒れない。

「アカシャアーツ!」

続けて、森さんが吼える。赤い波動が彼女の足元から広がり、それが津波のようにシャドウを襲う。
それでも、倒れない。

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/15(水) 22:58:35.05 ID:VmDBicCh0

と、こんな時に、伊織は何をしているのか。
見ると、伊織は両手に召喚器と剣をぶら下げたまま、何か真剣な表情で、回転するルーレットを見つめているではないか。

「おい、何やって」

『止まりました、ごめんなさい、赤い目です! 何か来ます!』

俺の言葉を遮り、山岸さんが叫ぶ。
何だ。一体何が来るというのだ。
おかしい。奇妙なほどに心臓が高鳴る。これまでのシャドウとの戦いでは感じたことのない、圧倒的な不安と恐怖を感じる。

「おい、しっかりしろよ!?」

伊織が俺の元へ駆けつけ、両肩に手をやり、揺さぶってくる。
くそ、一体何だというのだ。どうして俺はこんなに怯えているんだ?

「失礼します!」

バキ。
耳元でアイギスの声がしたかと思うと、俺の顔面に強烈な痛みが走り、鼻の奥がつんと沁みる。
……今日はよく蹴りを入れられる日だな。

「何すんだ!?」

「すみません、パトラ持ちがいなかったもので。怯えは直りましたか?」

アイギスにたずねられ、気づく。
今、一瞬前まで感じていた、あの奇妙な不安と恐怖が、今しがたの蹴りの衝撃で、全て吹っ飛んでしまっている。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/15(水) 23:09:06.80 ID:VmDBicCh0

「戻ったな、よし、今のうちにやんぞ!」

「ちょっと待て!」

やおら剣を握り締めて駆け出そうとする伊織を引きとめ、たずねる。

「今のは」

「あのルーレットの効果だよ。赤い目に留まると、俺らに厄介なことが起きんだ! ほら、今のうちにあいつをやっちまうぞ!」

成る程、そういうことか。先ほどのアレは、一種のバッドステータスのようなものだったわけだ。
……治してくれたのは良いんだが、もう少しやり方は無かったのだろうか。

「ブレイブザッパー!!」

猛獣シャドウの元へと走った伊織が咆哮し、ペルソナの羽がシャドウを切り裂く。
見ると、いい加減、シャドウは弱り始めているようだ。
このまま畳み掛ければ、次にルーレットを回されるよりも早くに、倒しきることも出来るかもしれない。

「ネミッサ、戦の魔王!」

先刻、戦車型シャドウを葬った鉄拳の名を、今再び叫ぶ。
頭上にペルソナが現れた感覚と共に、俺の周囲の空間から、無数の鉄拳が伸びる。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/15(水) 23:23:25.47 ID:VmDBicCh0

オラオラオラオラオラ。とでも言いたくなる連続攻撃がシャドウの体に食い込む。
さすがに此れには耐え切れなかったのか、ついに猛獣シャドウは四足を折り、その場に倒れこんだ。
チャンスは今しかない。

「ネミッサ、ロマ・グランド!」

「レーオポルト、デッドエンド!」

「シュウ、空間殺法!」

「トリスメギストス、ブレイブザッパー!」

ほぼ同時に響き渡る四声。
四つの現象が同時に一点に降り注ぐ光景は、ある種の圧巻だった。
むしろ一人だけ魔法攻撃を放つ自分に違和感を感じる。
絶え間なく降り注ぐ攻撃を受け、シャドウはついに断末魔の咆哮をあげ、黒い霧へと換わった。

「次です!」

シャドウが完全に消滅するよりも早く、アイギスが叫び、問題の運命シャドウへ視線を移す。
吊られて振り向いた俺たちの目に映るのは、再び回転を始めている、やはり半透明なままのシャドウワンセットだった。

「……なんで実体化しないんだよ!?」

その光景を前に、伊織が叫ぶ。

「以前は、あの剛毅のシャドウを倒せば、運命のシャドウが実体化したんです。ですが、今回は……」

実体でない。つまり、攻撃が通用しないということか。
俺は妙に冷静な気持ちで、高速回転する朝比奈さんを眺めていた。

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 17:17:16.24 ID:nAJcOnOW0

『ルーレット、止まりました……また赤い目です!』

山岸さんの声が響き渡ると同時に。半透明のシャドウが両手を振りかざした。
同時に、手の平の上に電流の球体が作り出され、そこから無数の雷鳴がほとばしる。

「アヌビス、マカラカーン!」

反射的に、アイギスがペルソナを呼ぶ。
しかし、魔法の壁が発生するよりも、稲妻が俺たちの体を打つほうが、僅かに早かった。

「うあっ!?」

全身が一度に鞭で叩かれたかのような衝撃が走り、思わず剣を取り落とす。

「この野郎っ!」

体よく雷鳴を回避したらしき伊織が、半透明のシャドウに向かって剣を振るう。
しかし、想像通り、シャドウの体に刃が当たる事はなく、むなしく空中を舞う。
こっちからは触れもしないというのに、向こうの攻撃はこちらに届くと来たものだ。
それに加え、もう一点の問題点。

「きょ、キョンくん、何なんですかあ、これ」

ルーレットの中心に拘束された朝比奈さんが、力なく項垂れながらそう漏らす。
ルーレットが回転するたび、彼女の体もまた、かなりの速度で回転させられているのだ。
直接な攻撃でなくとも、心身には多大なダメージを受けるだろう。
彼女だけでも救出できればまだ良いのだが、彼女の体は、シャドウとその媒体であるルーレットと共に、こちらの攻撃の届かない次元の住人となってしまっている。

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 17:29:10.33 ID:nAJcOnOW0

『まずいわよ、このままだと、彼女の体がもたないわ』

朝倉、お前に言われんでもわかっている。
しかし、この状況を打破する術が見当も付かないのだから仕方が無い。

『ルーレット、また回ります!』

「ま、またっ……た、助けてくださいっ! きゃああっ!」

朝比奈さんの悲鳴もむなしく、再びルーレットが回転し出す。心なしか、先ほどよりも速度が上がっている気がする。

「このままじゃ、私たちもあの子もなぶり殺しよ、なんとかならないかしら」

森さんが言う。

「こっちも半透明になれりゃいいんだけどね」

ぽつりと、森さんが呟く。
成る程。俺たちがあのシャドウと同様の状態となったら、あるいは、攻撃を当てることも出来るかもしれない。
しかし、一体どうやって半透明になればいいのか。
あのシャドウと交渉し、仲良くなれば、その秘訣でも教えてくれるだろうか?

「ひゃああああ!」

回転するルーレットから、朝比奈さんの悲鳴が撒き散らされる。
くそう。せめて、朝比奈さんが実体で居てくれたなら。

「……朝比奈さんが、実体で居てくれたら?」

ふと、自分の思考が引っかかる。

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 17:36:29.41 ID:nAJcOnOW0

……そうだ。一つだけ、手段がある。
あのシャドウと同じ次元から攻撃を食らわせられる存在が、この場に、たった一人だけ居るではないか。
問題は……果たしてその人が、有効な攻撃手段を持っているかどうかだ。

『ルーレット、止まります! 赤です、これ、絶対ズルしてますよ!』

ルーレットが停止すると同時に、シャドウが両手を羽のように広げ、一度に空中を引っかく。
すると、周囲に無数の旋風が生じ、俺たちの体を切り刻もうと舞い踊る。

「うわ、風はやばいっつーの!!」

吹き荒れる風に、伊織がおののく。

「アヌビス、マカラカーン!」

しかし、幸いなことに、今度はアイギスの補助が追いついてくれた。
風は俺たちの体に触れる直前で、光の壁によって軌道を遮られ、霧散した。

「くそ、どうすりゃ」

「アイギス、伊織、森さん、誰か俺を朝比奈さん……あの人のとこまで飛ばせないですか?」

「は?」

わからないと言った表情で、伊織が俺を見る。

「……やったことはありませんが、思いっきりぶっ叩いたら飛べるんじゃない?」

うん、森さん。俺も真っ先にそう思いましたが、出来ればもう少し安全な方法が……
……そう俺が問いただそうとした時には、すでに森さんの頭上に、レーオポルトが召喚されていた。

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 17:47:44.67 ID:nAJcOnOW0

「歯ぁ食いしばってね」

どうやら俺はまずいスイッチを踏んでしまったらしい。
ええい、ヤケだ。俺は言われたとおり、思い切り歯を食いしばり、両手で召喚器を握り締めた。
こいつを取り落としたら話にならんからな。

「アサルトダイブ!」

森さんのペルソナが動くと同時に、先ほどの雷鳴よりも更に強い衝撃が、俺の体を上方へとたたき上げる。
全身が痺れたように痛む。しかし、ここで痛みに我を失っている場合じゃない。

「ガルダイン!」

そこに、気を利かせたアイギスが、俺の体を爆風で煽ってくれる。
狙い通り、俺の体は空に弧を描き、ルーレットの中心で、体に巻きついた光の輪に、力なく体を委ねている朝比奈さんに向かって落下を始める。

「朝比奈さん、こっち向いてください!」

「えっ……は、はえ!?」

俺の声に気づいた朝比奈さんが、一瞬戸惑った後、空中の俺を見上げ、素っ頓狂な声を上げる。
俺と朝比奈さんの距離が、徐々に縮まってゆく。チャンスは一瞬だ。俺は両手で握り締めた召喚器の引き金に指をかけ、それを朝比奈さんに向ける。

「え、ええっ、キョン君っ、何をっ!?」

「すみません、朝比奈さん!」

そりゃ、突然拳銃を向けられたら、誰だって驚くだろう。あとで謝らなければ。
都合よく、俺の体は、朝比奈さんの真正面に到達しようとしている。
俺はほんの一瞬。召喚器の銃口が、朝比奈さんの顔面に差し掛かった瞬間に、その引き金を引いた。

109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 17:58:28.51 ID:nAJcOnOW0


パリン。

「きゃあああっ!?」

朝比奈さんが絶叫すると同時に。
聞きなれた、何かが割れたかのような音が聞こえ、同時に、俺の体が前方からの風に煽られ、後方へと吹き飛ばされた。
遠ざかる朝比奈さんの体が、青白い光によって吹き上げられている。
そして、その頭上に浮かぶ……黄金色のドレスを纏った、女性の姿。
俺の望みは、どうやら成就されたらしい。

「キャッチでありますっ」

おそらく、この後、地面に叩きつけられる羽目になるだろうと覚悟していた俺の予想を裏切り、駆けつけたアイギスが、俺の体を受け止めてくれる。
所謂お姫様だっこの体勢だ。ありがとう、アイギス。しかし、これはこれで結構痛い。アイギス、硬いし。

「こう言うことか」

同様に駆けつけた森さんが、何が起きているのかわからないと言った様子で、周囲を見渡している朝比奈さんを見上げ。言う。

「な、何ですか、どうなってるんですかっ!? た、助けてぇ、キョン君っ!」

困惑する朝比奈さん。ああ、俺も最初は、何が起きているのか分からなかったっけな。
朝比奈さん、今はとにかく、あなたの頭の中に浮かぶとおりのことを念じてください。
そいつは味方です。貴方を助けてくれるのは、俺たちじゃなくて、そいつなんです。

「は、はいっ!? ……たっ、助けてください、お願いしますっ!」

朝比奈さんが叫ぶと同時に。
彼女の頭上のペルソナが、両手を振り上げた。

112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 18:14:29.91 ID:nAJcOnOW0

『あっ……え、うそ!?』

どうか有効な攻撃魔法を使ってくれと、俺が祈っていると、山岸さんが慌てふためく声がする。

「どうしたんですか? もしかして、攻撃とか出来ないペルソナなんですか、あれ」

もしそうだとしたら絶望的だ。結局のところ朝比奈さんの拘束を解くことも出来ず、引き続きあのシャドウになぶられ続ける。
そんなのだけは御免だ。

『いえ、えっと、オラクルが発動します!』

「なっ、マジかよ!? 何でこんなときに!?」

『私じゃなくて、多分、その人のペルソナです!』

オラクル、という聞きなれない単語に、伊織が反応し、声を荒げる。

「ふ、ふえええ!?」

朝比奈さんの頭上に、赤い光の玉のようなものが現れる。
何かと思った刹那、その光の玉の一部が割け、その隙間から、ギロリと巨大な黒目が現れたではないか。

「何だ、あんなの見たことねえぞ」

伊織が戸惑いの声を上げた直後。瞳が、くるくると回転し、運命シャドウに視線を定めた。
それと同時に
瞳から放たれた閃光が、運命シャドウの頭上に降り注いだ。
ぼおおお。と、低い悲鳴が、あたりの空間を揺らす。

115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 18:25:25.77 ID:nAJcOnOW0

「何だこりゃぁ!?」

それは俺のセリフだ、伊織。
目の前で起きている現象は、どうやら、伊織たちの知るオラクルというものとは随分と異なった事態であるようだが
そもそものオラクルがどんなものかも分からない俺には、余計検討が付かない。
ほんの数秒の後、朝比奈さんの頭上から赤い目の球体が消え、シャドウへの攻撃が止む。
シャドウはかなりのダメージを受けたようだが、まだ生きているようだ。
しかし、これ以上今のような攻撃をくらったらまずい。と、判断したのだろう。

ぼおお。

シャドウが一声を挙げた直後。光の中のシャドウと、その背後の、朝比奈さんを含むルーレットオブジェが、透明度を失う。
馬鹿な奴だな。どうせなら、朝比奈産だけを実体に戻せば、俺たちはまたも、手も足も出せない状態になったというのに。

「ゴッドハンド!!」

俺はすかさずダンテを呼び、叫ぶ。光によって構成された巨大な拳が空中に現れ、実体化したシャドウに向かって、真直ぐに突き落とされる。

「ミリオンシュート!」

「真理の雷!」

追い討ちをかけるように、伊織のペルソナが放った弾丸と、アイギスの巻き起こした巨大な雷電が、シャドウの体を食らう。
すべての攻撃が終わった直後、シャドウは天を仰ぎながら、黒い霧へと換わり始めた。
同時に、背後のルーレットオブジェもまた、中空へと消えてゆく。
すると当然、朝比奈さんがくくりつけられていたポールも消えてしまうわけで。

117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 18:45:44.69 ID:nAJcOnOW0


「うひゃあっ!?」

「キャッチであります」

必然的に、重力に従い落下しだした朝比奈さんの体を、アイギスが軽やかに受け止める。

「大丈夫ですか、朝比奈さん!」

「ふええ、キョン君……な、何がどうなってるんですか? あたし、助かったんですか?」

宝石の如き瞳から、大粒の涙を惜しみなく溢れさせつつ、朝比奈さんが俺に言う。
どうやら、状況はまったく分かっていないらしいな。

「朝比奈さん、どうして学校へ」

落ち着くよう、背中に手を当ててやりながら、たずねる。
この人は、00分を越えた直後に行ったサーチの時点で、既にタルタロスの敷地内に存在していた。
つまり、北高がタルタロスへ変化するよりも前から、北高内に居たということになる。
彼女は一体、深夜の北高で、何をしていたというのだろうか。

「あの、えっと……よくわからなくて、あたし……放課後、部室に行ったのまでは覚えてるんですが」

もつれる舌を必死で正しながら、朝比奈さんが言葉をつむぐ。

「そしたら、えっと……遠くから、トランペットの音が聞こえたんです。
 何だろうって思ってたら、なんだか眠くなってきて……
 それで、目が覚めたら、もうすぐ0時ぐらいで、びっくりして、家に帰ろうとしたんです。
 そしたら、校門の前で、突然……あたりがヘンになって、学校が……その、すごいことに」

118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 19:04:02.82 ID:nAJcOnOW0

すごいこと。たしかに、これはすごいよな。改めて、背後の建造物を見上げ、納得する。

「それで、どうしようって思っていたら、突然あの女の人が来て……気が付いたら、縛り付けられてました」

……成る程。

「トランペットの音、ってのが気になるわね」

話を聞いていた森さんが、ぽつりと呟く。

「それに、そんなに長い間寝っぱなしっていうのもおかしいし」

「でも、順平さんは放っておくと10時間ぐらいは寝ているであります」

「いや、居眠りでそれはしねーよ……?」

「作為的な何かを感じるわ。でも、どこの誰が、タルタロスに朝比奈みくるを呼び込むことで得をするのかしら」

「……まさか、敵対勢力がいるってのか」

伊織が呟く。
敵対勢力。俺がその単語を聞くと、まっさきに、橘京子たちの団体や、天蓋領域が思い出される。
しかし、今回の件にヤツらが関わっているとは……思える根拠もないが、思えない根拠もない。といったところか。

「この現象が涼宮さんの力がらみで起きているなら、何かしらのアプローチをかけてきてもおかしくはないと思うんだけど」

森さんが言う。確かに、佐々木や九曜あたりは、まっさきに影時間適正を持ってそうなイメージがある。
橘の組織が影時間の存在を探知すれば、まず間違いなく、誰かしら適性を持った人間を探し、そいつを差し向けてくるだろう。

119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 19:12:08.66 ID:nAJcOnOW0

「でも、多分あいつらとは無関係よ、朝比奈さんがここにやってきてしまったことは。
 色々と引っかかるのよ。タルタロスが発生する直前まで眠っていたことや、申し合わせたように満月シャドウが朝比奈みくると遭遇したこと。
 ……あなたのケースを聞いたときも思ったけど、まるで、影時間に呼ばれているようだわ」

影時間に呼ばれる。
影時間を作り出しているエネルギーの源が、朝比奈さんを呼び寄せたということか。
つまり、それは……

「涼宮ハルヒ。の、力ね」

……ハルヒ。
そうだ。失念していたが、ハルヒは今、絶賛行方不明中なのだ。
思い当たる行き先は、このタルタロス内しか考えられないのだが、山岸さんと朝倉のサーチをもってしても、それらしき反応は見つからないようだ。

「あ、あの、何がどうなってるのか、わからないんですけど……」

涙目の朝比奈さんが言う。
とにかく、少し状況を整理したほうがよさそうだ。

「山岸さん。一度、俺たちを、そちらに戻してください」

『あ、はい。わかりました』

頭上に現れた光を見上げ、またも朝比奈さんがうろたえているが、もうとりあえず、今は放っておくことにする。

122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 19:37:08.53 ID:nAJcOnOW0


………

まず、朝比奈さんと初対面のS.E.E.Sの面々に彼女を紹介し
朝比奈さんのこんがらがった頭に、なんとか現状を理解してもらい
彼女の持つペルソナの特性を、山岸さんとアイギスによって調査、解説してもらう。
そんな一連のやりとりをする間に、時計の針はまた、00時にさしかかろうとしていた。現在、45分。

「彼女のペルソナは、私のルキアと同じ、完全なサポート型ペルソナです。
 アナライズの力はかなり高いと思います。多分、鍛えれば、私のルキアよりも正確なサーチができるんじゃないでしょうか。
 それと、彼女のオラクルは、ルキアのと違って、全ての効果が相手に向けられるみたいです」

つまり、ナビゲーターがもう一人出来たというわけだ。
しかし、朝比奈さんにナビをしてもらう。というと、なにやら言い知れぬ不安感に見舞われるのだが……

「とはいえ、シャドウも後一体か」

「はい。一応、それで、影時間から出られるようにはなる……と、いいんですけど」

山岸さんが不安げに目を伏せる。と、そこに朝倉が口を挟んで来る。

「ま、長門さんが言うんだからそうなんでしょ」

なんと元も子もないことを。

「でも、少しおかしいのよね。長門さん、始めの頃は、メモ以外のメッセージも送ってくれたんだけど
 今はまったく同期ができないのよね。何かあったのかしら」

ふと。朝比奈さんの例があるなら、長門はどうなのだろうと思う。
あいつもまた、影時間へ呼ばれていても可笑しくないと思うのだが。

123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 19:54:42.87 ID:nAJcOnOW0

「長門さん、ですか? 最近、あんまり顔をあわせてないんですけど……特に変わったことは、無かった気がします」

朝比奈さんが言う。

「涼宮さんが居なくなってしまったっていうことを聞いてから、ほとんどお話してなくて……
 部室にも私しかいないので、あまり行かなくなってましたし、詳しくはわからないんですけど」

おそらく、俺たちのサポートで忙しかったんだろうな。
とにかく、あと十五分もすれば、長門から新しいメモがやってくるはずだ。
最後のシャドウの居場所も、それで――――

瞬間。
いつぞや上空から磔のシャドウが現れた時のような、爆音が当たりに鳴り響いた。

「うわっ!?」

同時に、直立の体勢を保てないほどに強い震動が、あたりを襲う。

「何、どうしたっての!?」

「わっ、わかりませ……! 大きなエネルギーが、近づいてきてます……な、中庭の中心!? 地下から、この中庭の中心に……に、逃げてっ!!」

山岸さんの声を聞き、俺たちは一斉にその場を離れる。
とはいえ、タルタロスの中へ逃げ込むというのも危険だ。俺たちは校舎の壁に張り付くようにして、出来る限り、中庭の中心から離れた。
妹と共に壁際へとたどり着き、中庭を振り返ったのと、ほぼ同時に。
地面が割れ、そいつが顔を出した。

127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 20:08:51.53 ID:nAJcOnOW0


………

「……何、これ」

さすがのわが妹も、この天変地異を前にしては、絶句する他ないらしい。
震動が収まった時。さっきまで、中庭が存在していたはずの空間に……
天空へと伸びた、赤い塔が建っている。
そいつは、中庭の地面を突き破り、たった今、地底から生えてきたのだ。

「な、何だよこれ。タルタロスが二個とか、冗談にもなんねーぞ」

唖然とした様子で伊織が呟く。
伊織はまるで、現れた巨塔とタルタロスを見比べるように―――

「……無い」

―――と、思いきや。赤い塔を見た後、背後のタルタロスを見上げたところで、固まってしまった。

「は? 何が、無いって……! タルタロスが、無くなってる」

それに吊られるように、岳羽さんが上空を見上げ、そう呟く。
あわてて、その場の全員が、タルタロスがそびえていたはずの空間を見上げる。
そこに……あの混沌とした建造物の姿は無い。どれほどかぶりに見る、俺も良く知る北高の校舎が在った。

「……これ、元に戻れたってことじゃ……ない、わよね」

朝倉が呟く。当たり前だ。いくら校舎が元の姿に戻っても、中庭にこんなもんが聳え立つ北高など、俺は知らん。
……腕時計を見ると、長針は55分を指している。つまり、まだ影時間は続いているのだ。

129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 20:27:15.31 ID:nAJcOnOW0

「……モナド」

ふと。アイギスが呟く。

「モナドに似ています。この塔は」

その名前には、俺にも心当たりがある。
数時間前に迷い込んだ、あの赤い空間。
エリザベスという少女曰く、あの空間は、タルタロスの地底に存在していたはずだ。
そのモナドが、地上に出てきたと言うのか?
だとしたら、何故?

「……もしかして、僕らがシャドウを倒したから」

ぽつり。と、天田が呟く。

「僕らのときは、満月のシャドウを倒したことで、逆にニュクスというものを呼び寄せてしまったんです。
 ……ある人に騙されて、利用されていたんですよ」

「っ、そんなわけないわよ!」

天田の言葉を遮るように叫んだのは、朝倉だった。

「長門さんが、やつらを倒せって言ったのよ! じゃあ何、長門さんが私たちを利用したって言うの?」

「落ち着け、朝倉!」

「そうだ、長門さん……時間はっ」

思い出したように、朝倉が自分の左腕を見る。それに吊られるように、俺も。そして、他の何人かが、時刻を確認する。

130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 20:38:16.93 ID:nAJcOnOW0

58分。まもなく、長門からの連絡があるはずだ。
この塔のことや、シャドウのことなど、情報を乞いたい事柄は腐るほどある。

「とにかく、00分を待ちましょう」

古泉が言い、俺たちはしばらく、それぞれの持つ時計に釘付けとなる。
秒針が重々しく回転し、ほんの僅かにづつ、長針が短針へと近づいてゆく。
……二分弱の沈黙の後。全ての時計の針が。重なった。

「……うそ」

まるで何かを取り落としたかのように、ぽつりと、朝倉が言葉を零す。
両手のひらを何度も見つめ、スカートのポケットを探る。

「……無いわ、メッセージも、何も……どうして、何も言ってくれないのよ」

朝倉のこんな表情を見たのは、初めてだ。
大事にしていた何かを、目の前で壊された子どものような表情。
そんな朝倉を前に、俺もまた、大事な何かが崩れてしまったような感慨に陥っていた。
……長門が、俺たちを利用した?

「思えば……彼女と朝倉さんが同期を取れなくなったときに、気づくべきだったかもしれません」

古泉が口を挟む。

「考えられるのは一つ。いつかから僕らにメモを送っていたのが、長門さんではなかったということです」

握りこぶしから一本指を立てながら、古泉は言う。

134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 20:49:14.48 ID:nAJcOnOW0


「僕や朝倉さんを、影時間へ送り出した時点では、彼女は間違いなく、僕らの知る彼女でした。
 しかし、その後のことについてはまったく分かりません。
 彼女からの連絡で、満月シャドウを倒すように言われるようになった時には
 僕らにとっての『長門さん』は、既に『長門有希』ではなかったのかもしれません。
 拘束されたか、あるいは洗脳されているか、詳しいことは分かりませんが」

誰かが長門に取って代わって、俺たちを利用してたってことか。
しかし、長門を拘束なり洗脳なりが出来て、満月シャドウの出所が分かって、俺たちにメモを送れる。
そんな万能なやつが、果たして長門以外に居るだろうか?
……そして、何より。
それならば、俺たちは、満月シャドウを倒して、何をさせられていたのか?

「わかりません。ただ、察するに……何かの封印を解いてしまった、というところでしょうか」

眼前にそびえるモナドの塔を見上げながら、古泉は言った。

「……塔から、無数のシャドウの気配がします。それと、何だろう……かなり高いところに……人の、反応?」

いつの間にかルキアを召喚していた山岸さんが、不可解そうに首をかしげながら言う。

「……やっぱり、人です……どうして、そんなところに……一体、誰が」

俺たち以外に、このタルタロスに存在しうる人間。

そんな奴、一人しか居ないじゃないか。

136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 20:59:54.07 ID:nAJcOnOW0

「何にしろ。行くしか無いでしょう」

古泉が言う。俺も、その意見に異論はない。

「はあ……しかし、いつまでも塔との縁は切れないもんかね」

肩を竦めながら、伊織がため息をつく。

「厄介な塔と、騙されることに関しちゃ、俺ら、一冊本が書けちまうぜ」

「あ、あの、もしかして、これの中に行くんですかあ?」

皆が戦闘態勢に入る中、一人この空気に慣れていない朝比奈さんが、困惑の声を上げる。

「あなたは、私と一緒にここに残ってください。ここから、皆さんのお手伝いができますから」

「そ、そうなんですか? 私でもできますか、それ?」

「えーっと、多分……」

なんとなく破調が似てるな、この二人。
まあ、山岸さんと共同ナビゲートならば、朝比奈さん単体のそれよりは、随分と安心が出来る。

「中の状態は未知です。戦力は可能な限り高めて行きます」

アイギスが言う。

「つまり、全員突撃であります!」

成る程。

142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 21:35:51.51 ID:nAJcOnOW0


………

塔の内部は、思ったとおり、あの地下のフロアの内装と酷似していた。
北高タルタロスと違い、こちらはフロアごとの内装は酷く混沌としているものの
俺たちを含めたまま空間が入れ替わる、などというスペクタクルに見舞われては居なかった。

問題は、出現するシャドウたちだ。
簡単に言えば、こいつらは非常に強い。
かつて、一つの影時間を終わらせた戦士を五人も含む、総勢10人がかりでも、十分に苦戦を強いられるレベルだ。
そんなわけで進むのは決して容易ではなかった。

それでも、なんとか敵を退けつつ、10階ほどまで上ってきただろうか。

『! 皆さん、注意してください! フロア内に、強力なシャドウの……あ、あれ、シャドウじゃなくて、これは……』

脳内に響き渡る山岸さんの声に、俺たちが止まる。

「風花? シャドウじゃないなら、何が出るってのよ?」

『えっ……と……! これ、ペルソナです! 信じられないけど……ペルソナが単独で行動してます! こっちに、来ます!』

「何だって!? おい、風花……」

「順平さん、あれ!」

「はっ? うわ、あいつは!?」

伊織たちの視線の先。
其処に、漆黒の襤褸切れを纏い、巨大な鎌を携えた、死神のような洋装の生き物が居た。

146 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 21:47:15.56 ID:nAJcOnOW0

「ありゃ何だ、伊織!」

「死神シャドウだよ! とっ、とにかくとんでもない奴だ! つか、なんで!? そんなに長く居なかったろ、俺ら!?」

その慌てぶりの異様さに、さすがの俺も、現状がかなり危険な状態であることを悟った。

『そ、それが……だから、シャドウじゃないんです! それ、誰かのペルソナなんです! 多分……上に居る人の!』

あいつのペルソナ?
なるほど。たしかにあいつなら、こんな仰々しいのを背負ってても、可笑しくは無いかもな。

「ペルソナだろうと何だろうと、アレはアレなんでしょ!? また階段の前にでも居座られたら……」

「……また、誰かを犠牲にするしかないんじゃないですか? まともにやったって、勝てないんですし」

「俺はもう死んでも嫌だぜ!?」

……いまいち話が読めないが、とにかく、とんでもないヤツに出会ってしまったらしい。
その問題の死神とやらだが、そいつはなにやらこっちを向いたまま動こうとせず、ぷかぷかと同じ位置に直立している。

「……あの突き当りの先が、階段なんでしょうね。多分」

嫌に落ち着いた天田が、ため息混じりに呟く。

「大丈夫だって、順平! 前だって散々やったじゃない、やられたって風花に連れ戻してもらえるから!」

「そうですよ、そうでないと進めないんですから、諦めてください!」

「いや、ホント簡便だって! あん時はあいつが言うから仕方なく!」
やおら、S.E.E.S組みが内部抗争を始めたとき。俺の隣をすり抜けて、森さんが一歩前へ出た。

150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 22:00:52.13 ID:nAJcOnOW0

「森さん?」

「誰かが囮になりゃいいんでしょ?」

一体何を言い出すのか。しかし、森さんは半笑いを浮かべてこそ居るものの、冗談を言っている様子は無い。

「も、森さん? でも、あいつ、ほんとに冗談じゃなくヤバいんスよ?」

「ご安心を、出来る限り逃げますので。ようするに、階段の前から動かせいいんでしょう?」

「そりゃそうっスけど」

「あなたたちが欠けたら戦力不足です。ですが、私以外の彼らは、皆、上に行かなければ行けない理由がありますから」

「……本気ですか?」

「ええ。ご安心ください、囮になれる程度の力はあると思っています」

メイド的笑顔を浮かべ、森さんはコツコツとつま先を鳴らす。
そして、俺の隣にたつ古泉に、一瞬視線を送り

「やることやってきなさいよ、古泉」

と、呟いた。

「……はい」

古泉のその言葉を合図に、森さんが駆け出す。
前方に揺らぐ、死神ペルソナに向かって。

151 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 22:13:02.98 ID:nAJcOnOW0

「……あれ、一本道でひきつけるって、俺らとすれ違うんじゃねえ!?」

森さんが駆け出した直後。順平が声を上げ、皆が一斉に、頭上にエクスクラメーションを浮かべる。
なるほど。この道は一本道で、突き当りが左へ折れているだけであり、この状況では、結局俺たちは、あの死神と接触しなければならない。
敵の体は大きく、俺たちが問題なく行き交うことが出来るほど道も広くは無い。

「何でもっとはやくそれを言わないのよ!?」

岳羽さんが憤る。あわてて森さんの背中に声をかけるが、遅い。すでに死神は、森さんに襲い掛かり始めている。
その場で踵を返し、森さんがこちらへ駆けてくる。そこで初めて、立ち尽くす俺たちを見て、状況に気づいたらしい。

「……悪い!」

「森さんの馬鹿あ!」

古泉、本音。
さて、どうしたものか。

152 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/16(木) 22:16:47.76 ID:nAJcOnOW0




つづく

1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/17(金) 20:52:08.88 ID:pcos3fpb0

鶴屋「やあやあみくる」

鶴屋「長門っち長門っち~」

鶴屋「はーるにゃーん」

鶴屋「はろーいっちゃん

鶴屋「やあやあキョン君キョン君……」


鶴屋「誰もいねえwwwwwwwwwwwww」

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/17(金) 21:03:09.67 ID:pcos3fpb0


………

さて。11体のシャドウを倒した俺たちの前に、突如として現れた巨大な赤い塔。
その上方に、俺たちではない人間の反応を見つけた俺たちは
その人物に逢うため、天高く聳えるモナドの塔へ挑み始めた……

そして、今。
俺たちの目の前には、こちらへ向かって爆走する斗うメイドさん・森園生さんと
その背後を大変グロテスクに演出する、大鎌を携えた死神の姿がある。
おかしいな。予定なら、森さんがあの死神を、どこか俺たちからは無害な場所へと誘導してくれるはずだったのだが。
ああ、こういう事態をどう呼ぶか、俺は知っている。
作戦失敗。

「仕方ありません、戦いましょう!」

手の中の機関銃を持ち直しながら、古泉が言う。
しかし、それに猛烈に食いかかるのが、岳羽さんと伊織の二名。

「だから、あいつはそういうレベルじゃあないのよ! 捕まったらまずやられるの!」

「あの死神をどうこうできるのは、昔あいつがよくやってたなんかすげえアレぐらいなんだって!」

「え……えっと、じゃあ、僕らも、逃げます?」

古泉のその一言を皮切りに。
その場の九人が、一斉に背後を振り返り、全速力で駆け出した。
ああ、みじめとでもなんでも言えばいいさ。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/17(金) 21:21:59.60 ID:pcos3fpb0

しかしながら。不運なことに、俺立ちの立つこのフロアは、果てしなく一本道の続く迷路の如きフロアだった。
逃げ場も隠れ場もない上に、このまま進めば、反対側の行き止まりへと追い込まれてしまうだけだ。
これ、なんて死亡フラグ?
それにしてもだ。追いついた森さんを加え、総勢10名で全力疾走しているわけだが
その中で、まず、戦闘経験豊富なS.E.E.Sの5人は当然、敏捷性にも長けている。
更に、森、古泉の両名もまた、普段から閉鎖空間で馴らしているだけの運動力はある。
朝倉は基本的に身体能力はチートである。
残るは俺と俺の妹。しかし、その一方である俺の妹の体は今、前方を駈ける天田少年の背中にある。
そして最後に残った俺はというと。特に運動不足ではないものの、身体能力は悲しいほどに一般人レベルであり。
必然的に、背後に忍び寄る死神の手は、真っ先に俺に届いた。

「キョンくぅん!」

俺の体が宙に浮いたことに、一番初めに気づいてくれたのは、我が妹だった。
一瞬遅れて、俺は今、自分がどういう状況に晒されているのかを把握する。
骨がむき出しとなった死神の手が、俺の着る制服の首根っこを掴み上げたのだ。
これは、後ろからいきなり、鎌でばっさりとやられなかっただけ、マシと思うべきなのか?
死神の腕がぐるりと動かされ、俺は死神の方向を向かされる。
眼前に、白骨を模した仮面。
双眸の向こうに広がる闇が、俺の顔を、何かを確かめるかのように、じっとりと見つめている。

「……」

声は出ない。ただ、全身から冷たい汗が噴出している。
二つの空洞は、まるで時を止められてしまったかのように、俺を見つめ続けている。
しかし、奇妙なことに。その視線(?)から、俺の命を奪おうとする意思が、まったく感じられないのだ。
鈍感には定評のある俺が言ったんじゃあ、信用されにくいかもしれん。しかし、これは本当だ。
こいつは決して、俺を殺そうとはしていない。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/17(金) 21:40:46.54 ID:pcos3fpb0


『……』

それは数分間ほどであっただろうか。
やがて、死神は、切られていたスイッチを入れなおされたかのように動き出し
眼前にぶら下げた俺を、もう飽きてしまった。とでも言わんばかりに、地面に放り出した。

「だっ、大丈夫ですか」

真っ先に、古泉が駆け寄ってきてくれる。手には、引き金に指をかけた状態の機関銃を構えて。
その他、数名も覚悟を決めたらしい。皆が召喚器を構える音がした。
しかし、そんな一同の意思とは裏腹に。
まるでスクリーンに映した映像が消えてしまうかのように、俺たちの目の前から消えてしまった。

「……え、何、これ、何だったの?」

呆然としながら、岳羽さんが呟く。
しかし、おそらくその質問に答えられるものは、この場にはいないだろう。
10人が10人とも、呆気に採られた表情で、ぼんやりと中空を見つめていた。

『……あっ、あの、ペルソナの反応が消滅しました……撃破、したんでしょうか?』

忘れていた頃に、山岸さんからの通信が届く。

「い、いえ、俺たちは、何もしてないんですけど」

『えっ……そうなんですか? てっきり、キョン君かアイギスが倒したのかと……』

アイギスならまだしも、俺にそんな度量があるはずもない。
放り出されたときに打ち付けた背中をさすりながら、俺は山岸さんに、事の顛末を簡単に説明した。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/17(金) 21:58:11.95 ID:pcos3fpb0


『……不思議です、今まで、そんな事一度もなかったのに』

山岸さんは一瞬、俺たちと同様に考え込みそうになったが、その直後

『と、とにかく、ご無事で何よりです。また死神が出現しないとも限りませんし、先に進みましょう!』

どこかしらキツネに抓まれたような気持ちを引きずったまま、俺たちは、たったいま逃げ帰ってきた道を改めて辿り、先ほど死神の居た突き当りを左に曲がった。
案の定というべきか、そこには新たなフロアへと続く階段がある。
とにかく、過ぎたことをどうこう振り返っても始まるまい。
この塔があとどれほど続くのかは知らないが、おそらく、俺たちは未だ全体の半分も上っていないだろう。

『例の人の気配は、少しづつですが近づいています。もうすこし近づけば、場所も特定できると思うんですが』

突如として現れたモナドの塔に、突如として現れた謎の人物の反応。
俺には、その正体不明の人物が誰であるか、大体のめぼしは付いている。
おそらく、古泉や朝倉、森さんも、それは同じだろう。

「引き続き、ナビをお願いします」

空中に向かって一言を投げかけ、俺は階段を上り始めた。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/17(金) 22:16:41.82 ID:pcos3fpb0


………

それから、どれほどの時間が経っただろうか。
おそらく、時計がもう一回りするほどの時間は経過したのだと思う。
もう数十度目となる、階段を駆け上がる作業を終えたとき。俺たちの目の前に、其れまでとは違う光景が広がっていた。

「これは……何でしょうか」

360度を赤い壁に覆われた、何もない、床と壁のみの空間。
そこには、天井すらなく、変わりに、真っ暗な闇が、果てしなく高くまで続いていた。

「頂上……なのか? おい、風花?」

『あっ……い、いえ。かなり上層ではあるようですが、頂上ではありません』

頭の中の山岸さんが言う。しかし、目視できる範囲に、階段や、上階へと続く経路は見当たらない。

25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/17(金) 22:33:52.08 ID:pcos3fpb0

『! えっ、これ……何?』

不意に、山岸さんの声がゆれる。

「どうしたんですか、風花さん?」

『そ、そのフロアに……皆さん以外に、一人! 人間……いや、ペルソナ? わかりません、こんな反応、初めてです!』

その一言を合図に、それぞれが周囲に視線を張り巡らせる。
……探すまでもない。その反応の持ち主は、いつの間にか、俺たちの目の前に立っていたのだから。

「うそ」

朝倉の口から、そんな言葉が零れだす。
ああ、俺もウソだと思いたい。

まさかこいつが、俺たちの前に立ちはだかる日が来るなんて、思いたくなかった。

「……エラー」

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/17(金) 22:41:03.91 ID:pcos3fpb0

一見すると、そいつは俺の記憶の中のそいつと、なんら変わりない姿で、俺たちの前に立っていた。
冷たい口元も、どこか眠たそうな瞳も、俺にとっては見慣れた、そいつの当たり前の表情だ。
しかし、違う。そこにいるのは、俺の知るそいつではない。
そいつの中に、俺の知らない何かが入っている。

「有希ちゃん?」

沈黙で張り詰めた空間に、火のついたマッチを投げ込むように、妹がその名前を口にする。
長門は、誰も存在しない空間を見つめながら

「エラー」

と、もう一言呟いた。
それは、長門の理性が発している、俺たちへのメッセージなのだろうか。

「……長門、何が起きてるんだ」

俺は、目の前の冷たい表情の内側に、ほんの少しでも、俺の知る長門の要素が残っていることを信じ
その小さな体躯に向けて、訊ね掛けた。
その声でようやく、長門の視線が、俺の視線と重なる。

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/17(金) 22:51:25.45 ID:pcos3fpb0

「……私の中に、ある、要素、イレギュラー」

覚えたての日本語を持て余した異国人のような口調で、長門が言葉をつむぐ。

「思考、それ、奪い、シャドウ、涼宮ハルヒの、力、カギ、貴方、倒させ」

でたらめに散らばったパズルのピースのような言葉たちが、俺たちの元へ転がり込んでくる。
バラバラなその単語の連なりから、辛うじて一つの事実が読み取れる。
やはり、あの満月のシャドウを倒すことは、俺たちにとって正しい道ではなかったのだ。
しかし、それを倒させるように仕向けたのは……

「……"あなた"だったのね、私たちを騙してくれたのは」

朝倉が、膨れ上がる怒りを押さえ込みながら、目の前に立つ、そいつに向けて、声を投げかけた。
その、直後。

長門が、笑った。


「約10件の不要なプロセスを確認」


今の今まで、ぎりぎりのところで意識を持ちこたえていてくれた長門が、ついに力尽きたのだろう。
目の前に居るそいつは、もう長門ではない。
長門の姿をした、何か。俺たちと敵対する、正体不明の何かだ。

「消去する」

その一言と同時に、長門の体を、見慣れた青白い光が包み込んだ。

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/17(金) 23:02:11.84 ID:pcos3fpb0

「サマエル」

長門の頭上に現れたそいつを前に、俺たちはまず、そのペルソナとしての体躯の巨大さに息を呑まされた。
天田のカーラ・ネミや、岳羽さんのイシスも、ペルソナとしては派手で、巨大な外見をしている。
しかし、長門のペルソナは、それらをはるかに上回る。前兆は20メートルを下らないだろう。三対の巨大な羽根を目一杯に広げれば、横幅も15メートルはありそうだ。
流れる血液をそのまま皮膚へと変えたような、真紅の体を持つ、巨大な竜。それが、長門のペルソナだった。

『ひあっ! き、聞こえますか、キョン君、みなさんっ!』

不意に、頭をよぎる場違いな声。朝比奈さんだ。

「どっ、どうしたんですかっ!?」

『すみません、あの、山岸さんのペルソナの力じゃ、そこまで届かなくて……わ、私のペルソナならできちゃったみたいでっ!』

何と言うことか。
中身は異なるとはいえ、まさかのVS長門戦を、朝比奈さんの単独ナビゲーションのもとに行えというのか。
それ、かなりやばくね?

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/17(金) 23:21:20.33 ID:pcos3fpb0

『え、えっと、その、その人から! 長門さんから、じゃなくて、上の人からっ』

「落ち着いてください、みくるさん」

やけに冷静な声が、混沌を更に入り組ませる朝比奈さんの嬌声を一蹴する。

「そ、そうよ。落ち着いて、わかることだけ話してくれればいいから!」

続けて、両手で弓矢を引き絞りながら、岳羽さんが言う。
それでようやく、落ち着きを取り戻したのか

『は、はい! あの、前のその人は、とりあえず、えーっと……あ、熱いのを感じます!』

などと、曖昧かつ前衛的なナビゲーションをしてくれた。
長門の頭上のペルソナが動き出したのは、丁度、朝比奈さんの声が止んだ瞬間だった。
巨大な体を、まるで小さな虫のようにのた打ち回らせ、長門のペルソナが吼える。
すると、体の前に光の輪が発生し、それが薄い膜のようなものとなり、長門と、そのペルソナの姿を包み込んだ。

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/17(金) 23:26:53.40 ID:pcos3fpb0


『ラクカジャ』

長門の声によく似た、しかしいくらか濁った声が、そう一言呟く。
同時に、長門の体が、黄金色の光に包まれる。

『マハラギダイン』

そこから間を置かずに、すぐにペルソナがもうひとたび吼える。
速い。一瞬のうちに、いくつもの行動を取ってくる。
ペルソナが首を振るうと、そこから赤い閃光が放たれ、俺たちを襲う。
選考の触れた場所から炎の柱が立ち上り、連続して発生するそれは、やがて炎の壁となり、海となった。

「きゃあぁっ!」

朝倉が身を焼く炎に声を上げ体を竦める。まずい。回避行動をとる余裕さえなかった。
いつもなら、アイギスが迅速なマカラカーンでフォローしてくれるはずなのだ。
と、炎を必死でかいくぐりながら、アイギスを見る。
アイギスは俺の視線に気づくと、何かを悟ったように

「すみません、カルティケーヤにしてしまいました」

と、言った。
できれば今度から、そういうのは一言相談してからにして欲しい。

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/17(金) 23:34:29.26 ID:pcos3fpb0

『ええっと、朝倉さんが、危ないです! すごく、、その、ダメージが大きいです!』

朝比奈さんが声を上げる。しかし、回復をしようにも、現在も炎の海は絶賛営業中であり、俺たちはそちらの始末に手一杯なのだ。

「シャミ、おねがい!」

刹那、炎の海から飛び出した妹が叫ぶ。現れた猫男爵ヘリオスが、俺たちの体を光の壁で包んでくれた。
それでようやく、全身にまとわり付く炎から開放される。

「メディアラハン!」

すぐさま岳羽さんが、一同のダメージを癒す。
そこに追い討ちをかけるように、再び長門のペルソナが体を振るわせる。
魔法の壁がある分、今度はこちらも多少は強気だ。
あわよくばカウンターを返してやろうと、召喚器を構える。

『メギドラ』

こんちくしょう。

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/17(金) 23:49:06.97 ID:pcos3fpb0

「メタトロン、緊急回避であります!」

長門のペルソナが起す爆発が、俺たちの体を焼こうとした寸前、アイギスが叫んだ。
刹那、アイギスの体から……これまた、長門のものに負けないほど、巨大なペルソナが現れる。
巨大な翼を持った巨人の如きそいつが、両翼で地表を撫でる。

「のわぁっ!?」

直後、突風が巻き起こり、俺たちの体は空中へと吹き上げられる。
その瞬間、地表で爆発。その爆風が、俺たちの体を更に煽る。
気が付けば、俺たちは長門のペルソナの顔面と並ぶ高度に到達していた。
目に入った地上の遠さに、一瞬背が涼しくなる。しかし、これはある種チャンスだ。

「ペルソナぁ!」

空中でご丁寧に召喚器を構えている余裕はない。
巨大な体躯とは裏腹に小さい、長門のペルソナの頭部をにらみつけながら、俺はペルソナを呼んだ。

『ゼロスビート』

幸運なことに、現れたのは例のタトゥーのペルソナ(名称、今のところ未定・不明)だった。
オレンジ色の光の帯が無数に放たれ、それが長門のペルソナの体に被弾する。

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/17(金) 23:57:39.48 ID:pcos3fpb0

「ワオオオン!」

「ウェルギリウス、ガルダイン!」

「ベアトリーチェ、ニブルヘイム!」

「レーオポルト、ゴッドハンド!」

「シャミ、やっちゃえ!!」

俺に続き、召喚器フリーのペルソナ使い達が、次々と空中でペルソナを召喚する。
ちなみに、明確な技名をぼかした二名が放ったのは、俺の見た限り、コロマル氏はアギダイン、妹のペルソナはメギドラを放った。と、思う。
兎も角、俺たちの攻撃は、残さず長門のペルソナに叩き込まれた。その攻撃に、真紅の巨体がうねり、喘ぐ。
できるならもう何発か攻撃を叩き込んでやりたいところだった。が、贅沢は言っていられない。打ち上げられた俺たちの体が、重力によって、再び地面ね到達しようとしているからだ。

「マハガルダイン!」

「ガルダイン!」

「竜巻!」

考えることは皆一様だ。岳羽さん、古泉、俺とが一斉に、疾風の魔法を、地面に向かって放つ。
以前、中庭に飛び降りた時と同じ要領だ。
地表で巻き起こされた三つのつむじ風が、俺たちの体を、重力から僅かに開放してくれる。

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 00:01:38.33 ID:W39N/MaM0

どすん。

「ぐふっ」

風によって大部分が軽減されたとはいえ、やっぱり痛いものは痛い。
打ち付けられた背中を気にしながら体を起すと、目の前に、うずくまるアイギスの姿があった。
そうだ。思えば、俺たちを上空を打ち上げたアイギスは、地表に残ったまま、長門のメギドラをもろに食らっているのだ。

「アイギス、大丈夫!?」

すぐに岳羽さんが駆け寄り、彼女の体に回復を施す。

「無茶しないでよ」

「すみません。ですが、有効だったようです」

そう言って、アイギスは長門のペルソナを見上げる。
痛みに体を震わせ、辺りの空中を切り裂いて回る長門のペルソナ。
思えば、こいつは先ほどから、一度として、長門の体の中へ帰る様子がない。

「こいつ、本当にペルソナなの?」

俺の心中に浮かんだものと同じ疑問を、岳羽さんが口にする。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 00:07:57.51 ID:W39N/MaM0

「う……」

そのうめき声は、アイギスと同じく、地表に立ち尽くしていた長門から発せられたものだった。
思えばこいつは、自らの体と同等の存在であるペルソナへの攻撃に加え、先ほどの地上に向けての疾風魔法三連発のダメージも食らっているのだ。
長門のバイタリティの程度は計り知れないが、それでもかなりのダメージがあるだろう。
事実、その体には無数の傷が付き、疾風魔法によって、カーデガンのあちこちに切り傷ができていた。

「な、長門さん」

俺たちから少しはなれた場所へ着陸していた朝倉が、困惑したようにその名を呼ぶ。
その目を見て、俺の心にもまた、形容しがたい罪悪感のようなものが芽生える。

「長門」

目の前のそいつは、長門の姿をした何者かなのだ。
頭の中ではわかっている。しかし―――

「……サマエル」

長門が呟き、赤い竜が吼える。

『神の悪意』

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 00:14:19.26 ID:W39N/MaM0

……次の瞬間。
赤竜の目が、奇妙な光を発し、そこから閃光が迸り、地表を襲った。

「うおっ!?」

どこかで、誰かが――多分伊織だ――が声を上げる。
閃光は俺の体にも届いた。しかし、明確なダメージは感じられない。

「何よ、これっ!?」

すぐ傍で、岳羽さんが叫ぶ。
同時に、体に感じる違和感。
頭がくらくらし、体中が痺れたような感覚。
そして直後に、体の中に、巨大な鉛を詰め込まれたような、凶悪な吐き気が俺を襲った。
溜まらず、その場にうずくまる。胃の中身をぶちまけそうになるのを、寸でのところで堪える。
なんだ、こりゃ。

「アイ、ギス」

すぐ隣にいたアイギスの名を呼ぶ。
しかし、アイギスは答えない。視線をそちらへ向けると、アイギスは苦しそうに、両手で胸を押さえながら、地面に力なく倒れている。
やられてしまったわけではない。しかし、どうやら眠ってしまっているようだ。
何だ。俺たちは、何をされたって言うんだ。

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 00:22:08.55 ID:W39N/MaM0

続いて、アイギスをはさんだ向こうに居たはずの岳羽さんを見る。
彼女もまた、苦しそうに胸を押さえながら、顔を真っ赤にし、必死で呼吸をしている。
しかし、眠ってしまっている様子はない。
その向こうには、朝倉の姿が見える。朝倉はというと、やはり同様に、苦痛に顔をゆがめながら、長門に向けて、なにやら口をぱくぱくと動かしている。
何なんだ、この凶悪な攻撃は。

「エラー、消去」

ふと、長門の声がする。

『メギドラオン』

今度は、誰の助け舟も入りはしない。巻き起こされた爆発が、容赦なく俺たちの体を襲う。
熱く、痛い。体の中で、ペルソナが喚いている。

50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 00:34:07.46 ID:W39N/MaM0

……流石に、今のやつは効いたな。
最早頭がくらくらする、などというレベルではない。立っていることも難しいレベルだ。
現に、俺はその爆裂に耐え切れず、コンクリート(だと思う)の床の上に背を投げ出してしまっている。

ちくしょう。此れで終わりなのか。

必死の思いで首だけを起し、俺は長門を見る。
力なく、それでも二本足で立つ長門は、焦点の合わない瞳で、空中を見つめていた。
やっぱり、違う。こいつは、長門じゃあないんだ。
もう、長門もやられちまったんだろうか。もしかしたら、俺たちがやられちまった暁には、この長門のように、わけのわからん意思に精神を食われ
よくわからん、凶悪なペルソナもどきを背負わされる羽目になるんだろうか。
長門。お前はどこに居るんだ?

長門を見ていたはずの俺の視界に、妹の姿がある。
何やってんだ、お前。こんな時に。
妹は、いつも俺をベッドから叩きだすときのように、俺の体に跨っている、
一方の手は俺の胸の上に置かれ、もう一方の手は……例のバスの時刻表を握り締め、それを天高く振りかざしている。
まさか、そいつで俺をたたき起こそうってのか。馬鹿言え、そんなもんを食らったら、逆に昇天しちまう。
ああ、こいつも何かおかしくなっちまってるのか。

終わりか、これで。ついに。
俺たちは、何とたたかっていたかもわからないまま、ここでやられちまうのか。
あいつにも。
ハルヒにも逢えないまま。
まさか、ハルヒも、この長門のように、やられちまってるんだろうか。
だとしたら、辻褄も合うな。イカレちまったハルヒの意思で、俺たちはこの影時間に引き寄せられ
そこで、無駄な戦いをした挙句、このわけのわからん塔の中で殺されちまう。
このまま?
妹のバス停を持つ手が、徐々に俺に近づいてくる。
その様が、やけにスローモーションで見える。

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 00:37:11.72 ID:W39N/MaM0


……ハルヒ。
お前が望んでるのか。
違うよな、こんな結末は。
どんな滅茶苦茶な奴に頭をやられたって、お前がこんなのを望むはず、ないよな。
しかも、岳羽さんや伊織たちをも巻き込んで。

なあ、ハルヒ。
そうなのか?
違うだろ?

未だ、俺は、その答えを聴いてないんだ。
ハルヒに逢って、訊かなきゃならないんだよ。
本当のことを。

やられて、たまるかよ

「ペルソナ!」

叫んだ瞬間。妹の体が、俺の視界から消える。
換わりに、青白い光と共に……青白い彫刻のような何かが、俺の視界に踊り込んでくる。
何だ、こいつは。見覚えがない。

『メサイア』

ああ、そうか。
こいつも、俺のペルソナなのか。

『メシアライザー』

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 00:43:10.89 ID:W39N/MaM0

その声と同時に、彫刻ペルソナ……メサイアとか言ったか。そいつの体が光の固まりに変わり、やがて、風船が弾け飛ぶ様に弾け飛ぶ。
その欠片が、俺の体に、すぐ隣の、アイギスと岳羽さんの体に降り注ぐ。
余った分は、空中を舞い、どこかへと飛んでゆく。多分、このフロアのどこかに居る、皆のもとへ向かったのだろう。

ふと、気づく。頭の痛みも、吐き気も、体の痺れも無い。
体を起そうとすると、いとも容易く起き上がることができた。
隣を見ると、同じように、アイギスと岳羽さんが体を起している。
前方には、先ほど俺の体の上に居たはずの妹が、やはり何もわからないと言った顔で、しりもちをついている。

「……エラー」

とても小さな、長門の声がする。
長門は空ろな瞳で、誰かを……ああ、俺か。俺を見つめたまま、ぼんやりとその場に立っている。
その頭上に、体をくねらせる赤い竜がいる。

倒せる。
両足で地面に食らい付き、立ち上がる。体が軽い。
自分の思ったとおりの言葉が、口をついて出る。

「ペルソナ!」

パリン。青白い光。

『メギドラオン』

背後に現れた白い彫刻が、叫ぶ。
メサイア。

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 00:46:11.89 ID:W39N/MaM0

俺のほかにも、数人が攻撃を放ったらしい。
爆発、雷鳴、火柱、氷柱、バス停。
それらが一斉に、長門の頭上に巣食う赤い悪魔へと牙を向く。

地表に立つ長門が、目を剥き、胸を押さえる。
長門。今助けてやるから、一瞬だけ、我慢してくれ。

「ペルソナ!」

続いて、その名を呼ぶ。


『地母の晩餐』


大地が割れた。

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 00:56:12.86 ID:W39N/MaM0



もともと何も無い空間だった、ということもあり、目覚めたとき、その場に広がっていた荒廃した空間に、違和感は覚えなかった。
その空間の周囲を囲うように、倒れている仲間たちの姿があり、その中心に、同様に倒れた長門の姿があった。

「長門」

その名を呼びながら駆け寄る。
その体の上に、あの赤いペルソナの姿は無い。

「有希!」

俺とほぼ同時に、長門の元にやってくるのは、朝倉だ。
長門の体を抱き起こす役目は、朝倉に譲ってやることにする。

「有希、有希!」

力ないその体を揺さぶりながら、何度もその名前を呼ぶ。
数度目に、朝倉がその名前を呼んだとき。
長門が、目を開けた。

「……朝……倉」

「有希? 有希、大丈夫!?」

言うが早いか、朝倉はベアトリーチェを召喚し、長門に回復魔法を施す。
しかし、長門は一向に、体力が回復した様子を見せない。

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 01:02:31.48 ID:W39N/MaM0

「長門」

恐る恐る。といったように、俺は長門に声をかける。
長門は、俺の顔と朝倉の顔を交互に数度見比べたあと

「……この、先に」

と、呟いた。
この先。俺はその言葉を聞き、周囲を見渡す。
意識を取り戻し始めた面々とは別に、部屋の一部に、天井の闇へと上る光の帯を放つ、正方形の台があるのが見て取れた。

「居る、涼宮ハルヒ……私は、食われ、貴方たちに、涼宮ハルヒの力を……やつに食わせる、術を、犯させた」

もう疑う余地は無い。こいつは紛れも無い、俺たちの知る長門有希だ。
瞳は空ろであり、言葉は力ない。しかし、誰かに意識を乗っ取られたような存在じゃない。

「あの光の先に、ハルヒが居るんだな」

「そう」

と、僅かに肯きながら言ったあと

「……涼宮ハルヒも、また……心を食われ……の……奴隷に」

長門の言葉はあまりにも僅かで、掠れていて、聞き取ることが出来ない。
長門。お前をあんなにしちまったのは、一体どこのどいつなんだ。
教えてくれ、長門。

「……奴……は…………混沌……ハルヒ……助け……」

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 01:08:26.10 ID:W39N/MaM0

混沌。
その言葉を残した直後、長門は役目を終えた天使か何かのように、音も立てず、静かに目を閉じた。

「有希?」

朝倉が、その名を呼ぶ。

「ウソでしょ、有希! 起きてよ、ねえ、有希!」

幾度もその名前を呼ぶ。しかし、長門は目覚めない。

「ウソよ、そんなの……有希……有希いい!」

朝倉が、力なく崩れた長門の体を抱き、その名前を叫ぶ。
程なくして、目覚めた面々が、俺たちのもとへ駆け寄ってくる。

「キョン、その子は……」

言葉を濁らせながら、伊織が言う。

「俺たちの、仲間だよ」

「そ、か……」

一瞬の伊織との問答を終えた俺は、新しく発生した、上部への経路を見る。
この先に、ハルヒが居る。

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/07/18(土) 01:12:01.90 ID:W39N/MaM0


『来なさいよ』

ふと、頭の中に、そんな声が聞こえた気がした。
……言われんでも、今行くさ、

道はたった一つ。
俺たちに、もう、選択肢などは残されていないのだから。







つづく