1: ◆cgcCmk1QIM 20/09/03(木)20:10:50 ID:cO5

:~ある夜/某芸能プロダクション~

未央「(ガチャ)プロデューサー、たっだいまー!」

P「おう、帰り……って、あれ?」

未央「あれ? はこっちだよ。可愛いアイドルがお仕事終えて戻って来たのに、なんで首を傾げてるの。お疲れさま、よく頑張ったねくらい言ってくれてもいいんじゃない?」

P「いや、今日は上がりが遅くなるから、出先から直帰できるように車手配してあったろ。なんでわざわざプロダクションに帰ってきたの」

未央「なんではひどいなあ。誰かさんがひとり寂しく残業してると思ったから、差し入れ持ってきてあげたのに。ほら、飲み物とサンドイッチ」

P「おっ、その袋は万世のカツサンド!!」

未央「へへへ、現場近かったからね。はい。プロデューサー好きでしょこれ」

P「ありがとう大好きです……しかし俺が残業してるってよく解ったな。誰も残ってなかったらどうする気だったの」

未央「えっ、プロデューサー毎日午前様じゃない」

P「なんで知ってるの!?」

未央「ちひろさんが愚痴ってたから。『もう、無理矢理有給取らせちゃおうかしら』って」

P「おお、似てる似てる怖い怖い」

未央「ふふーん、未央ちゃんは演技派アイドルですから……で、『また』お仕事なの?」

引用元: 【モバマス】本田未央「私達の5分前仮説」 


2: ◆cgcCmk1QIM 20/09/03(木)20:11:24 ID:cO5

P「うっ、ま、まあね。秋冬物のフェアのCMにニュージェネを使ってもらおうとな。ほら」

未央「わっ、これすごい大手のデパートじゃない! 大丈夫なの? 競争激しいんでしょ」

P「まあな。だが、期待してくれてていいぞ」

未央「おお、さすが敏腕プロデューサー!」

P「ははは」

未央「……」

P「……」

未央「……ねえ」

P「ん?」

未央「どうしてさ、プロデューサーはそこまでするの?」

P「どうして、って」

未央「残業もなにもかも、全部、私たちのための仕事なんだよね? どうして私たち3人にそこまでしてくれるの?」

P「……そりゃおまえ、仕事だからだよ。俺が本田未央の、ニュージェネのプロデューサーだからだ」

未央「それだけ?」

P「……」

3: ◆cgcCmk1QIM 20/09/03(木)20:11:53 ID:cO5

未央「知ってるよ? 毎日午前様でさ、休日も自主的に出てきて私たちのために仕事してる。家には本当に寝に帰るだけ。プロデューサーはさ、自分の時間全部私たち3人の為に使ってるじゃない」

P「……まあな」

未央「どんどん仕事詰めてさ、自分で自分を忙しくして……そこまでしてる人、他に居ないよ」

P「……」

未央「おかげで私もニュージェネもぐんぐん仕事増えて人気出て。だけどそれ、無理があるじゃない。倒れちゃうよ……ちひろさんも、どれだけ止めても仕事するって心配してた」

P「……うん、心配かけてるのは解ってたんだけどな」

未央「ねえ、どうしてそこまでして仕事するの? しまむーたちも心配してるよ」

P「……うん」

未央「ちゃんとした理由があるなら聞かせて。無いなら休んで。どっちも嫌だって言うなら、私たちストライキするからね」

P「おい、未央」

未央「3人で話し合ってきたの。本気だから」

P「……」

未央「……」

P「……人に聞かせるような事じゃないんだが、いや、聞いてほしかったのかな、俺は」

未央「プロデューサー?」

4: ◆cgcCmk1QIM 20/09/03(木)20:12:19 ID:cO5


P「誰にも話せないから、聞かせられないから、聞いてほしかった……うん、そうかもしれない」

未央「……」

P「……話す前に、一本だけ、煙草を吸ってもいいか?」

未央「……うん、いいよ」

P「すまんな」

未央「お父さんも吸うから。いいよ」

P「……」

未央「……」

P「……」

未央「……」

P「……初めて会った時の事って、覚えてるか?」

未央「うん。道でばったり出くわしたんだよね。私がプロデューサーにぶつかりそうになって、ごめんねって謝って別れて」

P「で、俺がプロダクションに行って、ちひろさんに最初の担当アイドル候補として紹介されたのが卯月、凛……そしてさっき道でぶつかりそうになった女の子、本田未央だった」

未央「あはっ、あれはびっくりしたよねえ。ちょっと運命感じちゃったなあ」

P「俺もだよ。だから俺はお前を最初のアイドルに選んで、その後ニュージェネの担当になった」

未央「懐かしいね。なんかもう、8年も前の事のような気がするよ」

P「俺もだよ……なあ未央」

未央「うん?」

P「もし、これから俺が話すことが変だと思ったら、すぐちひろさんに知らせてくれていいからな」

未央「え?」

5: ◆cgcCmk1QIM 20/09/03(木)20:12:41 ID:cO5


P「俺は、あのときより前の記憶がないんだよ」

未央「……えっ」

P「俺の記憶は、お前と道端でぶつかりそうになった、あの瞬間から始まっている」

未央「……どういうこと」

P「どうもこうも、そのまんまなんだ。俺はあれ以前の記憶が全く無い。あの交差点でお前の顔がパッと近付いてきたあの瞬間が、俺の一番古い記憶なんだ」

未央「……」

P「道でお前と出会って、糸を引かれるみたいにこのプロダクションまで歩いて来て……ちひろさんに初めましてって出迎えられた。アイドルをプロデュースするんだと言われて、お前たち3人を紹介された」

未央「……」

P「俺は未央を選んだ。その後はお前も知ってる通りだよ。新米プロデューサーとして必死にやってきたってわけだ、わけもわからずに」

未央「……私と会った、あの時からの記憶しか、無い」

P「そうだ……いや、もしかしたら、俺という人間はあの時ポンと作られた物なのかもしれないな」

未央「い……いやいやいや、それは突飛すぎるでしょ」

P「そうか?」

未央「そうだよ。き、記憶喪失は本当かもしれないけど。でも、学生しょ……じゃなくて免許とかさ、友達とか、家族とか。プロデューサーって人が居たことを証明してくれるものはあるはずじゃない。突然作られたなんて、そんなことあるわけ」

P「そうなら、良かったんだけどな」

未央「そうなら良かったんだけど、って」

6: ◆cgcCmk1QIM 20/09/03(木)20:14:53 ID:cO5

P「俺が持ってたスマホに登録されてたアドレスは、このプロダクションのものだけ。友人とか個人的な交友の登録は一切無かった」

未央「……」

P「免許の住所は今住んでるマンションの物。俺はあの日が初出勤で、プロダクションの他のスタッフに過去の俺を知るものは居ない。ちひろさんも『はじめまして』だったしな」

未央「……家族は?」

P「戸籍謄本を取り寄せて確認したら、両親と妹がいることになってた。本籍地も訪ねてみたよ」

未央「……どうだった?」

P「商業地のでかい駐車場だった。アスファルトがけっこう痛んでたから、駐車場になってから何十年か経っててもおかしくない感じだったな」

未央「そんな……」

P「ちひろさんに頼み込んで自分の履歴書を見せてもらって前職の会社や通ってたという学校にも行ってみたが、会社は影も形もなし。学校は廃校になったり合併されてなくなってたり。俺の過去を知ってるものは、結局どこにも居なかった」

未央「ちひろさんとかには、相談したの?」

P「できるわけないだろ」

未央「どうして」

P「正気を疑われたく無い。もしそういう事態になったら、お前たちの担当から外されるかもしれない。それだけは嫌だ」

未央「ちひろさんはいい人じゃない。きっと親身に」

P「そうかもしれない。だけど、もしそうじゃなかったら?」

未央「……それは」

7: ◆cgcCmk1QIM 20/09/03(木)20:15:23 ID:cO5

P「俺には『これまで』が無い。このプロダクションとのつながりを失ったら、ほかになにも残らない。それは駄目だ。それは怖い」

未央「なにも残らないなんて、そんな事」

P「……意気地のない奴なんだ、俺は」

未央「ううん、ううん。そんなこと無いよ。私がそうだったら、きっと……やっぱり、絶対聞けないもん」

P「……ありがとうな」

未央「ううん……ごめん。デリカシーないよね、私」

P「……ずっと仕事をしてるのは、結局、それでなんだ」

未央「……うん」

P「俺という人間には、歴史が無い」

未央「……」

P「未央たちの為に、仕事をする。おまえたちが俺をプロデューサーと認めてくれる……それだけが、俺という人間を俺だと定義してくれるものなんだよ」

未央「……」

P「おまえたちがそう呼んでくれるから、俺は『プロデューサー』で居られる。おまえたちが居なかったら、俺は誰でもなくなってしまう。未央たちがステージで輝いていることは、俺の救いなんだ」

未央「……ちょっと、解るかもしれない」

P「……ごめんな、こんな理由で」

未央「ううん……あのさ」

P「?」

8: ◆cgcCmk1QIM 20/09/03(木)20:15:44 ID:cO5


未央「もうひとつ、聞いていい?」

P「ああ、これ以上隠すことなんて無いからな。なんだって聞いてくれ」

未央「……どうして、逃げ出さなかったの?」

P「……」

未央「プロデューサーは、こことの繋がりを失ったらなにも残らないって言った。でも、それは今の話でしょ。最初は……初めてプロダクションに来たときは、ここにだって、私たちにだって、意味なんか無かったでしょ」

P「……ああ」

未央「なにも解らなくて、混乱したはずじゃない。事情が解らなくて、怖かったはずじゃない。叫んで逃げ出したかったはずじゃない」

P「……未央」

未央「それなのに、どうしてプロデューサーはどうして逃げ出さなかったの? ……私たちをプロデュースしてくれることにしたの?」

P「……」

未央「……それもやっぱり、怖かったから? ほかに、すがるものが無かったから?」

P「……違う」

未央「私たちがアイドルになれると思ったからじゃなくて、ほかになにもなくて怖かったから」

P「未央、それは、違う」

未央「私たちは……」

P「笑顔」

未央「えっ」

9: ◆cgcCmk1QIM 20/09/03(木)20:16:22 ID:cO5

P「道でばったり出くわして、未央が俺ににぶつかりそうになって、あの瞬間、俺の人生が始まったとき。俺は、未央の笑顔を見たんだ」

未央「私の、笑顔を」

P「それが凄く綺麗だった。太陽みたいに、未央の笑顔が輝いたと思った。焼き付いてしまったんだ、俺の中に」

未央「プロデューサー」

P「だからだよ。言ったろう? ……プロダクションで未央を紹介されたとき、俺も運命を感じたんだ。絶対、この子は凄いアイドルになるって思った。この子のために頑張りたいって……そう思ったんだ」

未央「……」

P「だから俺は引き受けた。無茶は解ってたけど、この子が輝く力になりたい。どうせ何も解らないならそれをやってみたいと思った。それが理由だよ……うん、一目惚れだったんだな」

未央「おっ、熱烈な愛の告白? バレたらスキャンダルだね」

P「茶化すなよおい……卯月と凛もそうさ。まるで星みたいに輝いてた。だから、3人とも担当させてくれって、ちひろさんに頼みこんだんだぜ」

未央「あはは、ごめんごめん……あのね、プロデューサー」

P「何だよ」

未央「私は、私たちはさ、プロデューサーが居たからアイドルになれたんだよ。きっと、ほかの誰でも私たちをアイドルにできなかったんだ」

P「未央……」

未央「だからさ。プロデューサーは何があっても本田未央の。私たちニュージェネレーションズのプロデューサーだよ。ほかの誰かじゃ駄目なんだよ」

P「……俺の話、信じてくれるのか?」

未央「うん。だって、私のプロデューサーは、こんな嘘は言わないよ」

P「……」

10: ◆cgcCmk1QIM 20/09/03(木)20:16:57 ID:cO5

未央「だからさ。ずっと、私たちのプロデューサーで居てほしいからさ」

P「……うん」

未央「先は長いんだからさ。私たち、ずっとプロデューサーが元気でいてくれなくちゃ、嫌だよ」

P「……解った」

未央「約束。絶対無理しないで、私たちと一緒にやって行って」

P「ああ、解った」

未央「じゃあ指切り!」

P「おいおい」

未央「えー、してくれないの? 未央ちゃんは傷ついちゃうぞ?」

P「解った解った。はいはい。ゆびきりげんまん」

未央「うそついたら針千本のーます」

P「指切った……ははは。指切りしたのって、初めてかもしれないな」

未央「ファースト指切りをゲットできたとは光栄ですぞよ……ね、プロデューサー」

P「ん?」

未央「明日からも、よろしくね」

P「……ああ、任せておけ」

未央「休みも取ってよ」

P「約束する」

未央「うん、ならよし! ……また明日ね、私たちのプロデューサー!」

P「ああ、またな」

未央(勢いよく退室)

P「……」

P「私たちのプロデューサー、か……」

11: ◆cgcCmk1QIM 20/09/03(木)20:17:22 ID:cO5

~30分後/プロダクション近くのファミレス~

渋谷凛「あ、未央、こっち」

島村卯月「未央ちゃん、お疲れさまでした」

未央「うん、お待たせ。ドリンクバー……は後でいいか」

凛「……どうだった? プロデューサー」

未央「……うん、実はね……」





凛「……そうだったんだ」

未央「うん。プロデューサーは……ううん、プロデューサーも、あの時より前の記憶が無かったんだよ」

卯月「私たちと同じ、だったんですね」

凛「プロデューサー……」

卯月「……辛かったでしょうね」

未央「そうだよね。私たちは3人だったけど。プロデューサーは、今までずっと1人だったんだもん」

12: ◆cgcCmk1QIM 20/09/03(木)20:17:51 ID:cO5

卯月「私たちは、3人でも大変でしたものね」

未央「……はっと気がついたら、プロデューサーにぶつかりそうになってて。ごめんねって言って。何かに惹かれるようにあのプロダクションまで走って、しぶりんとしまむーに出会って、なんだかふと不安になって……」

凛「それで我にかえって、話して、気がついたんだ。私たち3人、そこから前の事を何も覚えて無いって。未央はプロデューサーにぶつかる瞬間。私たちは」

卯月「未央ちゃんとプロダクションで出会ったところから、記憶が始まっているって」

未央「……あの時は、怖かったなあ」

凛「うん。思い出しても、身震いする」

卯月「もし、選ばれなくて。何も解らないまま放り出されたらどうしたらいいんだろう、どうなっちゃうんだろう、って」

未央「3人とも担当してくれる事になったときは、ほんとホッとしたよね」

凛「……プロデューサーには、私たちの事、説明した?」

未央「うーん……なんか、言えなかった。負担かけたくないし」

凛「そう、だね」

卯月「……いったい、どうなっているんでしょうね」

未央「しまむー」

卯月「学校に行けば、みんなが私を卯月ちゃんて呼んでくれて。家に帰ったら、パパもママも私を出迎えてくれて」

未央「うちもそうだった。でも」

凛「……知らない人、だった」

未央「うん。私のこと、呼んでくれるけど、大事にしてくれるけど……」

卯月「私、パパとママも、友達も。大好きです」

未央「うん。私だってそうだよ」

卯月「だけど、怖いんです。パパたちが知ってる島村卯月が、本当の私なんでしょうか。それとも、記憶をなくす前の私は、もっと違う誰かだったんでしょうか」

未央「……わかんないや」

卯月「……本当の私って、私たちって、何なんでしょう」

未央「……」

13: ◆cgcCmk1QIM 20/09/03(木)20:18:12 ID:cO5


凛「……世界5分前仮説、って知ってる?」

未央「えーと、世界がもし5分前にポンと出来上がったとしたら、みたいな話だっけ」

凛「まあ、そう。世界がそれまでずっとあったか5分前に出来上がったのか、確かめることはできない、って話」

卯月「む、難しそうです」

凛「……プロデューサーにも、私たちにも記憶が無い。もしかしたら、世界はあの時ポンと出来上がって、世界中のみんなも作られて」

卯月「凛ちゃん?」

凛「私たちだけ、なにかのミスで記憶が作られないままだったのかも。ううん、もしかしたら本当は誰にも記憶なんて無くて、みんな与えられた役割をおっかなびっくり果たしているだけなのかも」

未央「そんなの、確かめる方法ないじゃん」

凛「……聞いてみたら、解るかもしれないよ。親とか、友達とかにさ」

卯月「そんなの、できません」

未央「しまむー」

卯月「私、パパもママも、大好きです。お友達も……最初は不安だったけど最初は知らない人だったけど、大好きになりました。それなのにもし、本当は私たちのことなんか知らないんだって言われたら……」

未央「……」

卯月「私、きっと立ち直れないです……」

凛「……ごめん、無神経な事言って」

卯月「……私たち、これからどうすればいいんでしょうね」

未央「どうすればいいかは、決まってるよ」

凛「未央?」

14: ◆cgcCmk1QIM 20/09/03(木)20:18:39 ID:cO5

未央「……2人は、アイドル、好き?」

卯月「はい。大好きです」

未央「お。即答」

凛「私も、好き。最初は不安だったけど……今は、アイドルとして、高みを目指したいって、そう思ってる」

卯月「はい。こんなことを言うのは変ですけど……もし、私が記憶を無くしていなくても、きっと私はアイドルを目指したはずだと思うんです。記憶をなくす前の私は、きっとアイドルになりたくてあのプロダクションに行ったんです」

未央「……きっと、そうだね」

卯月「もっとすてきなアイドルになりたい。人を笑顔にできる、そんなアイドルに。私、本当にそう思うんです。あのとき出会えたお仕事が、アイドルで良かったって」

未央「だったらきっと、アイドルを頑張ったらいいんだよ」

卯月「未央ちゃん……」

未央「プロデューサーは、私たちと出会ったところからしか記憶が無いって言った。私たちも同じ。だけど……だけどそれは、そこから先は確かにあるってことだよ」

凛「……未央」

15: ◆cgcCmk1QIM 20/09/03(木)20:19:02 ID:cO5

未央「プロデューサーが、私たちがすごいアイドルになれるって、手助けしたいって思ってくれたのも。私たち3人で不安を慰め合ったのも。一緒にへとへとになるまでレッスンしたのも。たとえ知らない人だとしても友達やおかあさんたちが大好きだって思えたのも」

凛「……うん」

未央「……アイドルをステキだと思うようになったのも。確かにあったことなんだよ。だから……私たちは、その夢に向けて走ったらいいんだ。ううん、それしかできないんだよ、きっと」

凛「……」

卯月「……」

未央「な、なに」

凛「ううん。未央はやっぱり、私たちのリーダーだなって」

卯月「はい、私もそう思います」

未央「も、もう、何よ急にー! 茶化さないでよ」

凛「本当だって」

卯月「はい、未央ちゃん今、すごくステキでした!」

未央「も、もー! 恥ずかしいからやめてってばー!!」

16: ◆cgcCmk1QIM 20/09/03(木)20:19:17 ID:cO5


:~数日後/プロダクション屋上~

未央(……あれから何日かたって、私たちはやっぱり毎日アイドルとして頑張ってる)

未央(しまむーもしぶりんも、毎日一生懸命レッスンして、一緒にお仕事して)

未央(……最初、私たちがアイドルに必死だったのは、プロデューサーがちひろさんに記憶が無いと相談できなかったのと同じ理由だったかもしれない)

未央(そう、怖かった。記憶のない私たちに与えられた役割。そこから転がり落ちたら、一体どうなってしまうんだろう、って)

未央(……だけど、その後は違う。私たちはアイドルに魅了された。いろんなものが大好きになった。ありもしない『それ以前』より、それがきっと大事なことなんだと、私は……私たち3人は、信じてる)

未央(だけど)

未央(過去が無いって不安は、時々ひょっこり顔を出す。それは今までも。これからもそうだ。きっとプロデューサーも同じだろう)

未央(夜中、突然なにもかも不安になって叫び出したくなるような。そんな不確かさと、私たちはきっと、これからもずっとつきあっていかなくちゃならないんだ)

未央「……」

未央「あー、もー! なんだかなー!!」

17: ◆cgcCmk1QIM 20/09/03(木)20:19:34 ID:cO5


P「すごい大声だな」

未央「え、あ、プロデューサーいつの間に?」

P「ついさっき。未央が考え込んでるから、驚かせてやろうと思って」

未央「趣味悪い!」

P「あはは、すまんすまん……で、あともうひとつ」

未央「うん」

P「あの時、言い忘れた事があってな。逃げなかった理由。お前たちをプロデュースしたかった理由」

未央「え」

P「……あの時、俺は思ったんだ。もし、この世界が5分前にできたんだとしても。俺だけじゃなく、この子たちにも、ほかの誰にも記憶がなかったんだとしても」

未央「え、プロデューサー」

P「きっと、この子たちの笑顔は、そんな人たちみんなに希望を与えてくれるってな……これまでの事が解らなくても、誰かの希望には、きっとなれるんだって」

未央「……え、あの」

P「ん?」

未央「もしかして、私たちにも記憶がないの、気がついて……る?」

18: ◆cgcCmk1QIM 20/09/03(木)20:20:07 ID:cO5

P「だって『学生証』とか言うんだもん。あれ、お前の実体験だろ。学生証の住所を頼りに学校や家に行ってみたんだよな」

未央「……はいそうです」

P「俺もやった。記憶喪失あるあるだよなー」

未央「笑っていいのかなあそれ」

P「……それに、俺の話を聞いてるときのお前の顔見てれば、解るさ」

未央「……解っちゃいますか」

P「だって、この世界で一番最初に未央の顔を見たのは、俺なんだからな」

未央「……あはは。そうだね」

P「……なあ未央。すごいアイドルになろう。ニュージェネの3人と俺で、すごいアイドルになろう」

未央「……うん」

P「そして、この世界のどこかで誰にも言えない不安を抱えてる誰かを、お前たちの笑顔で照らしてくれ。お前たちにはきっと、それができるんだから」

未央「……うん」

P「だから……いろいろ話そう。お前たちの不安。お前たちのやりたいこと。俺は、お前たちのプロデューサーなんだから」

未央「……」

P「未央、どうした」

未央「……うん。プロデューサーは、やっぱり私たちのプロデューサーだなって」

P「ああ、そうだ。俺は本田未央の、島村卯月の、渋谷凛のプロデューサーだ。だから、お前たちの事は、軽く受け止めてみせるさ」

19: ◆cgcCmk1QIM 20/09/03(木)20:20:38 ID:cO5

未央(そう言って、プロデューサーは秋の空にぐんと胸を張った)

未央(まぶしい、笑顔だった)

未央(でも……きっとその笑顔には、きっとちょっぴり虚勢が混じっていた。不安で仕事にすがりついていたのは、まだほんの数日前の事なんだから。記憶が無い不安の大きさは、それが消えてくれないことは、私たちだって知っているんだから)

未央(だけど、プロデューサーは胸を張ってくれた)

未央(それはきっと、私たちの事に気がついたからだ。私たちも自分の不確かさに苦しんでいるんだって、気がついてくれたからだ)

未央(……私は)

未央(私はトップアイドルになりたいって思った。この人のために、なりたいと思った。これほど強くそう思ったのは、きっと初めてのことだった)

未央(空を見上げる。秋の空は、どこまでも高く続いてる)

未央(私はその空に向けて、歌った)

未央(どこかで不安を抱いている誰かに。そして、私のとなりのこの人に、希望が届くようにと祈りながら……)

(おしまい)