1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:02:02.93 ID:36/V/7SgO
倫太郎「なに? 肝試し大会……だと?」

俺の聞き返しに、ルカ子は、コクコクと頷いた。

るか「は、はい。 その……うちの神社が秋葉原の街興しイベントとして主催するんですけど…」

神社が肝試し大会を主催するとは、なんとも身も蓋も無い話だ。

しかも、随分季節はずれじゃないか?

まあ、こいつの父親ならば、やりかねないか…。

倫太郎「それで……いつやるんだって?」

るか「えっ? 凶真さん、もしかして参加してくださるんですか?」

倫太郎「……いや、まだ決まった訳ではない。 他のラボメン次第だろうな」

るか「そう、ですか…。 あの、パンフレットを置いておくので、皆さんにもよろしくお伝え下さい」

引用元: 紅莉栖「肝試し大会とかw」 



2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:03:45.20 ID:36/V/7SgO
差し出されたパンフレットには、おどろおどろしい赤文字で開催日時や場所などが書き連ねられていた。

それを受け取って、端から端までザッと目を通してみる。

日にちは来週の土曜日……場所はラジ館……か。

他には、下手すぎて逆に怖い、ろくろ首?のイラストが右下のスペースを独占している。

…恐らくはルカ子が書いたのだろう。

これは在る意味評価に値する。 見るものに疑問と恐怖を同時に投げかけるという呪いの絵だ。

車の運転中などに見ると、必ずや交通事故が発生するだろう。

まさか、ルカ子も“機関”の放つ絵画系の能力者だとでも言うのか?

いや、それはないな。 ないない。 だってルカ子だ。

……ただ、このパンフ一つをとってみても、漆原親子の頑張りが目に浮かぶ。

4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:07:06.53 ID:36/V/7SgO
倫太郎「……まあ、俺からも他のラボメンには参加するよう働きかけてみよう」

るか「あ…っ、ありがとうございます!」

倫太郎「いや、ただ善処してみる、と言っただけで、礼ならあとでだな……」

るか「いいえ、ありがとうございます、ですよ。 やっぱり凶真さんは…優しいです」

ルカ子は、そう言いながら頬を紅くする。

うぐ……っ!

倫太郎「ば、馬鹿言えっ! お、俺は全然、優しくなどないぞ」

倫太郎「ラボメン達が肝試しによって、それぞれがどんな反応を見せるのか、実験と観測がしたいだけだ」

ビデオカメラを持参して、皆の阿鼻叫喚の様を、今後の交渉の道具として使わせてもらうのだ。

8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:10:29.68 ID:36/V/7SgO
フゥーッハハハハ!! と、笑おうとして―――。

至「ハイハイ、ツンデレ乙。 るか氏、僕は参加するお。 パンフplz」

話していた二人の背後から、急に巨躯が間に入り込んできて、パンフレットを一枚、ペラリと手に取った。

るか「あっ…橋田さん、いらしてたんですね! ありがとうございます!」

倫太郎「ダル! いつからそこに居たんだ…。 確かメイクイーンに行っていたはず…」

至「うーんと、オカリンがデレ始めた頃じゃね? 流石にオカリンには萌えないワケだが」

倫太郎「ぐっ……くぬぬ。お、俺は断じてデレてなどいないっ!」

ダルめ…また、余計な事を言ってくれる…。

至「ま、やりたい  ゲがあったから、早めに切り上げて帰ってきた訳で。 でも、おかげでいいもんが見れたお」

るか「 ……  …ゲ?」

 

10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:14:20.50 ID:36/V/7SgO
ルカ子がたじろぐ。 耳まで紅くなっている。

サラッと恥ずかしげも無く痴態を晒したダルは、メガネをクイクイしながらパンフに視線を落とす。

至「ふむーん? なになに…?ってうおっ!」

一瞬、つぶらな瞳をギョッさせ、驚愕している様を見せた。 恐らくルカ子のイラストが目に入ったのだろう。

至「こ、この絵すごくね? るか氏が書いたん?」

倫太郎「むう……ダルにも解るか。 これはまさしく“追突事故の発生源”《フロント・スタブ》の能力だ」

これは余程の代物だな。

機関が黙ってはいない。

るか「あ、はい! お父さんが、書いてくれ、って。 変でしょうか?」

至「いやいや、これはなかなか……。 これ、未来ガジェット研究所HPのトップ画像に使っていい?」

12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:17:03.97 ID:36/V/7SgO
るか「あ……ええっ? あの…いいです、けど…」

ふむ……それはさすがにマズいんじゃないか…?

せっかく、我がラボの発明品を見る目があって訪れた客を、のっけから驚かせてしまうのはよくない。

それに、あくまで“未来ガジェット”の宣伝の場に、このような妖怪の類に現れられてしまっては

一気に、我がラボが誇る発明品の数々が、胡散臭くなってしまうのでは無いだろうか。

ましてや、ここでルカ子の能力を世界中に晒してしまう事は危険だ。

すぐにでも、機関の冷酷非道な魔の手が、ルカ子に及んでしまうのではないだろうか…。

……この件については、後でダルとじっくり話し合う事にしよう。

倫太郎「ま、まあ……これで、二名は確保出来た訳だな」

るか「はい、お二人とも、ありがとうございます!」

13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:20:54.41 ID:36/V/7SgO
至「あと、多分まゆ氏も来るんじゃね?」

倫太郎「うむ、それは多分……いや、おそらくそうだろうな」

肝試しという、カップル限定の禍々しいイベントとは言え、まゆりはあれでイベント事が好きだったりする。

それに、まゆりなら幽霊など恐れずに、むしろ、出会ったらお茶なんか振る舞っちゃうんじゃないだろうか?

なんと言っても、ピストル以外の全てとなかよしになれる、お花畑脳を持っているからな……。

……と、そんな事はどうでもいい。

そういえば開催場所がラジ館か。

となればこれは、当然あいつも絡んできているな。

倫太郎「そういえば、フェイリスは主催側になるのか?」

るか「あ、そうでした! 確かにフェイリスさんは実行委員なんですが、自分も是非大会に参加したいと仰ってました」

15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:24:58.90 ID:36/V/7SgO
そうか、やっぱりな。 フェイリスが、秋葉原の街興しイベントに関わっていないはずがない。

ラジ館を貸し切るなど、秋葉家の後押しあってのものだろう。

倫太郎「ふむ…。 となれば、参加するかどうか解らないのは後一人。 指圧師のみだな」

ダル「あ、桐生氏ならさっき下で見たお。 暑い中、外で掃除させられてたのだぜ…」

萌郁は、今日も下のブラウン管工房の前で掃き掃除をしているらしい。

“店の中を片付けようとしたら余計酷くなった”と、前に店長がボヤいていたところを見ると

今日もどうやら外の掃除ばかりを任されているのか。

あの店長、もう真夏は過ぎたとは言え、この日差しの中で女を外で働かせるとは、なかなかにマッドな管理者なようだな。

あまりに酷いようなら、俺から文句を言ってやらん事もない。

なんだかんだあったものの、萌郁も今ではラボの一員なのだ。一応は。

16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:27:16.72 ID:36/V/7SgO
倫太郎「そうか、ならちょっと言ってくる。 パンフレット、一枚持って行くぞ」

るか「あ、はい! 是非、よろしくお伝え下さい」

冷蔵庫から、冷えたドクペとマウンテン10を取り出す。

中を見ると、以前に比べて、ドクペの消費量が減っている事に気付いた。

倫太郎「おい、指圧師」

階段を降りてみると、丁度掃き掃除を終えた萌郁が、一息ついている所だった。

萌郁「あ、岡部くん…」

倫太郎「今日も頑張っているようだな。 ご苦労なことだ」

俺は、ラボから持ってきたマウンテン10を差し出す。

萌郁「あ…うん。 ありがとう」

17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:30:24.73 ID:36/V/7SgO
おずおずと受け取った萌郁と、店の前に置かれたベンチに並んで腰を下ろす。

もう、セミの鳴き声はすっかり聞こえなくなった今の季節ではあるが

これと言って何かが変わった訳でもなく、キツい日差しが、街全体に逃げ場の無いほどに

叩きつけられており、決して涼しいとは言い切れない。

倫太郎「ああ……。 それにしても、暑いな、今日も」

萌郁「うん…結構、大変…」

萌郁が、マウンテン10のプルタブを摘んで、プシュッと、なんとも涼しげな音を立てる。

一口含んで、はぁ、と息を漏らした。

萌郁「美味しい…。 岡部くん、それで…」

“今日は……どうしたの?”だろ? ああ。

18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:32:33.40 ID:36/V/7SgO
倫太郎「こいつを見てくれ。 今度、柳林神社が主催の肝試し大会があるらしいんだ」

ルカ子から貰ったパンフレットを手渡す。

萌郁「肝……試し…」

倫太郎「お前…こういうの好きじゃなかったか?」

萌郁「……苦手。 こわい…」

倫太郎「そう…だったっけ。 俺たち未来ガジェット研究所も、こいつに参加しようと思っているんだが…」

萌郁「…岡部くんも…行くの?」

倫太郎「ああ。 ここだけの話だが、ルカ子が相当頑張っているみたいだからな」

萌郁「そう…」

萌郁は、しばらく視線を落として俯き、考え込んでしまっているようだった。

倫太郎「まあ、苦手なものを無理する必要はない。 俺も、そこまで意地悪じゃないしな」

そういったところで、萌郁が俺の方を見る。 見たと思いきや、また視線をあらぬ方へ泳がせた。

まあ、人の目をチラリとでも見られるようになったのは、大きな進歩だ。

萌郁「わたしも…行く……」

20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:35:07.04 ID:36/V/7SgO
倫太郎「そうか…。 それじゃあ、そういうことで話を進めるぞ」

萌郁「うん…」

倫太郎「また、何かあったら連絡をくれ。 電話が苦手ならメールでもいい。 ただし一通にまとめてな」

そういって、俺はベンチから立ち上がり、ラボへの階段に向かう。

萌郁「岡部くん」

萌郁に呼び止められ、ベンチに座ったままの彼女を振り返る。

萌郁「ごちそうさま」

彼女は、マウンテン10をこちらに向けて掲げると、ペコリと頭だけで会釈を行った。

22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:39:07.88 ID:36/V/7SgO
to.紅莉栖
sub.研究お疲れ
『元気にしているか? アメリカでの生活はどうだ?
研究の方は進んでいるか? 日本の物で、なにか欲しい物があったら送るぞ。
あと、俺たちは今度、ラボメン達と肝試し大会に行くことになったよ。』

倫太郎「……」

入力した文章を見直して、ため息を吐く。

こんな物を送ったら、紅莉栖の邪魔になるんじゃないか?

気分的な意味でも。いかんな。

急いで文章を打ち直す。

23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:41:47.69 ID:36/V/7SgO
to.紅莉栖
sub.研究お疲れ
『アメリカでの生活はどうだ?
日本の物で、なにか欲しい物があったら送るぞ。』

俺は、少ない文章を何度も読み直すと、送信ボタンを押した。

返信が来るまで、妙にドキドキしてしまう。

紅莉栖は海の向こうで日夜研究を頑張っているというのに、俺と来たら遊びの段取りとか…。

そもそも、そんな俺が、軽々しくメールなど送って良いものか。 電話なんて以ての外だろうな。

携帯画面を見つめたまま、しばらく緊迫の時間を過ごした後、返事が届く。

24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:45:04.30 ID:36/V/7SgO
frm.紅莉栖
sub.久しぶり
『アメリカでの生活は順調。 研究も一段落つきそうだから、もう少ししたら休暇が取れそう。
今の所、欲しいものは無いかな。ありがとう。
そうそう、日本のアニメが好きな友達が出来たから、もしかしたらその内アニメ関連で何か頼むかも。
岡部の方はどう?』

緊張の糸が切れ、その反動でか、情けなくも涙が滲みそうになり、それをグッとこらえる。

それより、紅莉栖のやつ、新しい友達が出来たのか。

自然と笑みがこぼれるが、その自分の気持ち悪さに思わず身悶える。

25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:47:10.43 ID:36/V/7SgO
俺は、それを振り払うようにメールを打った。

to.紅莉栖
sub.Re:久しぶり
『そうか、アニメ関連だな。 了解した。
友達にも、よろしく言っておいてくれ。
俺の方は特に変わりはない。 ラボメンも全員元気に過ごしている。
紅莉栖も、身体に気をつけろよ。』

送信後、すぐさま、紅莉栖からの返信を着信する。

frm.紅莉栖
sub.
『thx. 岡部もね。 みんなによろしく』

倫太郎「ふむ……」

これで良かったんだよな。 うん、俺に出来る事は、紅莉栖の邪魔をしないことだけだ。

26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:48:10.99 ID:36/V/7SgO
翌日、ラボにはまゆりとダルが来ていた。

肝試しについてまゆりに話してみると、まゆりは既に知っていたようだ。

フェイリスから聞いたのだと言う。 メイクイーン+ニャン2でも、今日からパンフレットを配布していくらしい。

まゆり「肝試し大会、楽しみだねぇ♪オバケさん、会えるかなぁー」

幼なじみの少女が、脳天気な笑みを浮かべて、これまた脳天気な事を言っている。

至「まゆ氏はオバケとか平気なん?」

まゆり「うん♪ それよりね、いたら素敵な事だと思うなぁー。 ね、オカリンもそう思わない?」

まゆりが、目を輝かせて聞いてくる。

まゆり「幽霊さん、会えるといいよねぇー♪」

倫太郎「…うむ、そうだな」

俺は、昨日の紅莉栖とのメールを思い出し、少し複雑な気分になった。

紅莉栖は頑張っているのに―――俺は遊んでばかり―――。

そんな思いが頭をかすめる。

まゆり「? オカリン、どうしたの? なんか元気がないみたい…」

いや、それは単に俺の考えすぎだったのかもしれないな。

27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:49:19.73 ID:36/V/7SgO
メールには、新しい友達が出来たと書かれていたし、生活は順調だという。

そこまで、俺が気を遣う必要も無いのかもしれん。

複雑な気分を振り払う。

向こうも、それなりに楽しくやっているようだ。

…と、なればだ。 俺がやるべきは、あいつが帰ってきた時に、また以前のように笑いあえる場所……。

未来ガジェット研究所を、ラボメンをつなぎ止めておく事だけだろう。

倫太郎「いや、なんでもない。 本物の幽霊が、果たして肝試し会場に現れるのかどうかを疑問に思ってな」

まゆり「そっかぁ…。 幽霊さんも、元は人間だもんね。 そんな怖い雰囲気のところに、来るはずないよね…」

倫太郎「まあ、人を脅かすのが趣味の物好きな霊なら、ひょっとしたら来るかもしれん。 そう気を落とすな」

まゆり「うん、そうだねぇ。 オカリンみたいな幽霊さんなら来るかも。 えっへへー♪」

こいつは……肝試しの趣旨をちょっと取り違えているようだ。

まあ、始まる前からも、こうして妄想で楽しむのが、こいつなりの楽しみ方なのだろう。

至「そういやオカリンさ、この事、牧場氏に言ったん? 肝試しがあるって事」

こいつ……人がようやく振り払った事を掘り返してくるとは…。

28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:50:05.19 ID:36/V/7SgO
倫太郎「いいや。 言ってない」

言わない方が良いこともあるのだよ…。

倫太郎「それに、言ってもどうせ来られないだろう。やつは、アメリカの…しかもアリゾナにいるのだからな」

至「ふーん、そっかぁ」

なぜか、言い方にカチンとくる。

倫太郎「……なにか含んだような言い方だな。 言いたいことがあるならハッキリと言ってほしいものだ」

しまった……。

言ってしまって後悔する。

ラボメンをつなぎ止める――と考えていたそばから、突っかかってしまった。

至「いやいや、そんなつもりは無いお。 気を悪くしたんなら謝る」

倫太郎「そ、そうか…。 こちらこそ、すまなかったな」

少し、神経質になりすぎているのかもしれんな…。

俺は何をしているんだ。まさかダルに当たるなんて。

しかし、急に、ダルが真面目モードの顔になる。

全てを見透かされているような気がして――そんな筈はないのだが――俺は少し、ギクリとした。

29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:51:57.19 ID:36/V/7SgO
至「いや…。 でもさ」

倫太郎「……ん?」

恐る恐る、聞き返す。

至「ここんとこ、オカリンの様子が変だったからさ。牧瀬氏と何かあったのかと、ちょっと心配になっただけっつうか」

倫太郎「そうか…でも、何でもないよ。 至って平常運転だ。気を使わせて悪かったな」

至「う、ういうい。僕でよければいつでも相談にのるお」

ダルは、そう言うと人差し指と中指を額に持って行き、かっこの悪い敬礼のような真似をして、研究室に向かった。

倫太郎「わかった」

俺は、そんなダルの後ろ姿の滑稽さに少し笑いそうになりながら、答える。

まさかラボメンに――しかもダルにまで心配されようとは、思ってもみなかったな。

まったく、マッドサイエンティストの鳳凰院凶真も、最近は絶不調だ…。

何故なんだろうな…。

胸の中に言い様のないモヤモヤが募る。

31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:53:03.25 ID:36/V/7SgO
俺は、モヤモヤを抱えたまま、肝試しの前日を迎えた。

紅い夕日が差すラボには、俺一人だけが取り残されていた。

俺は、開発室のPCの前に座り、またもや、女々しくも携帯の画面ばかりを眺めてしまっている。

何故かというと、急に、紅莉栖の声が聞きたくなったからだ。

他に理由はない。

……いや、電話をする事で、少しはこのモヤモヤが晴れれば、という自分勝手な思いがあったのかもしれん…。

倫太郎「……」

しかし…電話……してもいいんだろうか。

今、向こうは何時だ?

迷惑がかかるんじゃないだろうか…。

ええい、俺は一体何を悩んでいる。

電話をかけろ、鳳凰院凶真。 そして言ってやるのだ、久しぶりに声が聞きたくなった、と。

それでいいじゃないか。

それで、後はなるようにしかならないじゃないか。

思い切って、発信ボタンを押す。

32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:53:57.36 ID:36/V/7SgO
携帯を顔の横に添え、耳をすますと、自分の心臓があり得ないくらい早鐘を打っているのが解った。

しばらくして、聞こえてきたのは、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため―――のガイダンスだった。

倫太郎「……」

電源ボタンを押して、電話を切る。

そこには、電話が繋がらなかったという残念さと、どこか安心してしまっている俺がいた。

忙しいのだろう。 何せ、やつはサイエンス誌に論文が載るほどの天才少女なのだから。

仕方あるまい。

俺は別に、紅莉栖に気後れしているとか、そんなのではない。

そう考えて、頭をガシガシとかきむしる。

……全く、本当にこのままではよろしくないな。

ラボの象徴たるこの俺がこんな様子では、未来ガジェット研究所の存在自体が、世間に笑われてしまう事になる。

もっとしゃきっとしろ、自信を持てばいい。

お前は鳳凰院凶真にして、唯一無二である狂気のマッドサイエンティストに他ならないのだ。

と、無理な設定で自分を鼓舞する。

やれやれ……。 あれ以来、やたらと感傷的になってしまったものだな。

33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:55:10.11 ID:36/V/7SgO
そして俺は携帯を仕舞い、ドクペでも飲んで頭でも冷やそうと、冷蔵庫に向かったとき、急にラボのドアが開いた。

うん? ダルが忘れ物でも取りに来たのか?

しかし、意外にもラボを訪れたのは―――。

萌郁「岡部くん、いる…?」

萌郁だった。 手には、この辺に最近出来たという――まゆりとルカ子が話していた――ケーキ屋の箱が見える。

珍しいな、萌郁が呼ばれもせずに自分からラボを訪ねて来るとは。

倫太郎「…ああ、指圧師か、よくきたな。 どうした? 何か用か?」

萌郁「あの……いつもの…お礼に…ケーキ…」

随分と藪から棒だな。 それは藪から棒だぞ、指圧師。

視線をあちこちに飛ばしながら、おずおずと箱をこちらに差し出してくる。

いつものお礼? 何のことだ。

倫太郎「指圧師……俺は、なにか礼をされるような事をしたか……?」

萌郁「いつも……マウンテン10…あと、岡部くん…優しい」

さっぱり解らん。 なにがなにでなんだって?

何を言いたいのだ…。

34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:55:59.43 ID:36/V/7SgO
とりあえず、差し出された箱を受け取ってみる。

倫太郎「あ、ああ。 そうか、差し入れか……感謝するぞ」

萌郁「…それじゃあ」

萌郁が、くるっと振り返ってラボを出て行こうとする。

倫太郎「あ、いや、待て指圧師よ」

このまま帰らすのも悪い。

ブラウン管工房からわざわざケーキ屋に行って、この大檜山ビルまで戻って来ると、なかなかの距離だしな。

萌郁「?」

彼女は、顔と上体だけで振り返って、そこに疑問符を浮かべた。

倫太郎「良かったら、一緒に食っていかないか?」

萌郁「…あ、うん」

35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:56:49.50 ID:36/V/7SgO
夕日の差したラボには、俺と萌郁が二人ぼっち。

二人で居ても、こんなもの、端から見ればさながらぼっち同士の残念会のようなものだ。

特になにか話すわけでもなく、お互い黙々とスプーンでケーキを削っていく。

まるで、お通夜の席でケーキを振る舞われた気分だ。

居たたまれなくなった俺の方から、声を掛ける。

倫太郎「なあ、指圧師……お前、コーヒー飲むか?」

萌郁「あ、うん…」

俺は立ち上がると、コーヒーメーカーから、カップ2つにコーヒーを汲み取る。

倫太郎「角砂糖は?」

萌郁「1つ…」

そう言って、また黙る。

おい……。

やれやれ、こんな事まで聞かなければならないのか…。

倫太郎「…ミルクはどうするのだ?」

萌郁「…いい」

36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:57:44.31 ID:36/V/7SgO
ガクッと身体の力が抜けるのが解った。

コーヒー一つ入れてやるのにも、やれやれ、だ。

萌郁の前に、注文通りの品を置いてやる。

それはまだ、熱々で湯気が立っていた。

萌郁「…ありがとう」

倫太郎「あ、ああ」

そんな、ぎこちない会話ばかり。

俺は、以前に比べて、少しはこいつの事が解るようになってきてはいた。

…が、やはり苦手意識は拭えない。

以前いた世界線で、こいつはまゆりに自らの銃で凶弾を浴びせ、時には故意に車で跳ね飛ばし

結果、何度も何度もまゆりを死なせたのだ。

俺にも銃を向けた。

ここではその心配が無いとはいえ、やはり萌郁の姿が目に入ると身体が警戒してしまう。

ピンバッジを渡したラボメンの一員なのだからと、何とか自然に振る舞うようにしてきた。

だが、やはり苦手だ。

37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:58:45.44 ID:36/V/7SgO
萌郁は、今でもラウンダーを続けている。

FBの指示を、今でも仰いでいる。

携帯メールで話す事も少なくなったとはいえ、やはり彼女は携帯電話を一時も手放さない。

そうして、こいつは我がラボの円卓会議の途中でも、フラリと出て行ってしまう事があった。

そして、次に会った時、こいつの無表情な顔にゾクリとしてしまう。

そんな時は、また誰かを殺してきたのだろうか、とか…そんな考えが頭をよぎる。

そういえばこいつ……今日は、一体何の目的でここに現れたんだ?

考えれば考えるほど解らない。 そのイライラと、俺の中のモヤモヤのとばっちりが、ケーキばかりにぶつけられる。

下手にラボに上げるんじゃなかった。

ふと、そんな事を考えている俺の前で、萌郁がコーヒーを一口含み、呟いた。

萌郁「あつい……」

倫太郎「あ、そうか。 お前は猫舌なのか」

萌郁「え…? うん、そう…かも」

萌郁「でも…岡部くんの…入れてくれたコーヒー、おいしい…」

そう言った萌郁の顔は、微かに笑んでいるように見えた。

38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 17:59:40.87 ID:36/V/7SgO
倫太郎「そう、か…」

さっきから、どんどん訳が分からなくなる。

ラボには、カチャカチャという、スプーンの音だけが響いていた。

39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:01:12.32 ID:36/V/7SgO
そして、肝試し大会当日。

俺は夕方に、ラボでまゆり、ダルと合流し、ラジ館へ向かった。

辺りはすっかり暗くなっており、ずらりと並んだ店舗も、次々と店仕舞いの準備を始めている。

至「いや~、なんかドキドキしてきちゃったお。 肝試しとか子供の頃以来じゃね?」

倫太郎「そうだな。 俺も小学校以来だ」

まゆり「まゆしぃはお化け屋敷とか行くけどねぇ♪」

倫太郎「ルカ子達とか?」

まゆり「うん♪ 今度オカリンも連れてってあげるね。えへへー」

倫太郎「楽しみにしておこう」

まゆり「うん、約束するよぉ♪」

今度、か。

ふと、まゆりが、フラフラと歩道の端に寄る。

倫太郎「おい、まゆり。 ちょっとこっちに来い」

まゆり「えっ、なにかなー?」

そう言って、まゆりがこちらに寄ってくると、今までまゆりの歩いていた所を自転車が過ぎ去る。

40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:02:40.93 ID:36/V/7SgO
今、巷で問題となっているという、ブレーキの付いていないやつだ。

運転手は、焦っていた様子でこちらにペコリと頭を下げると、そのまま行ってしまった。

俺はそれを睨みつけてやる。

馬鹿め。

倫太郎「すまん、まゆり。 何でもなかったよ」

まゆり「うーん? 変なオカリン」

ラジ館に着くと、申し訳程度にライトアップされた会場には、既に何人も集まっていた。

二人一組でいる所を見ると、ほとんどがカップルだろう。

しばらくして、特設のしょぼいステージの上に、小柄な猫娘が姿を現す。

えー、皆様。 今日は柳林神社主催の肝試し大会に…。

フェイリス「えー、みニャさま! 今日は、柳林神社主催の肝試し大会に集まってくれて、どうもありがとうなのニャ♪」

あ、みニャさま、だったか。

フェイリス「今日だけ、このラジ館内は、特別にお化け屋敷仕様になっているのニャ!」

フェイリス「みニャさまには、この中で、在る物を探してもらいたいニャ」

フェイリス「それは…コレニャン!」

41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:05:49.44 ID:36/V/7SgO
フェイリスは、自分の襟元に掛けられたお守りを会場に向かって掲げる。

フェイリス「これはニャンと…秋葉原に伝わる、由緒正しき伝説の縁結びのお守りなのニャ♪」

会場がどよめく。
いやいや、待てフェイリスよ。伝説に由緒正しいもクソもあるのか?

フェイリス「これが、2つで1セット。 合計6セットが、この会場のどこかに隠されているのニャ!」

まるで、伝説のバーゲンセールだな…。

フェイリス「このお守りを互いに持っているカップルは、なんと愛の力によって、永遠に結ばれる事間違いなしなのニャ」

フェイリス「ただし…これを手に入れるためには世にも恐ろしい…」

フェイリスの説明が終わると、よーいドンニャン♪の合図で、カップル達が次々と会場に入っていく。

まったく、こんな浮ついた大会だったとはな…。

やれやれ、だ。

まゆり「オカリン? みんなスタートしたよ? 早く行かないの?」

倫太郎「あ、ああ。 そうだったな」

至「お守りが無くなっちゃうでござる」

俺は、まゆりやダル、そして会場前で合流した萌郁、フェイリスを加え
肝試し会場の中へと足を踏み入れた。

43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:08:11.05 ID:36/V/7SgO
入るなり、カップルどもの悲鳴があちこちから聞こえ、隣にいた萌郁が身を震わせているのが見える。

俺たちは固まって、主にフェイリスやまゆりが進行方向を決めてそちらに歩き回った。

途中、お化けや妖怪の格好をした連中が目の前に現れては、ラボメンガールズやダルを脅かしていく。

まゆり「オカリン、すごいねぇー。 まゆしぃもさすがにドキドキするのに」

しまった。リアクションが薄かったか?

至「う、うん。 オカリンって思ったより怖いもの知らずだったり?」

フェイリス「さすが凶真ニャ! 鋼鉄の心《アイアンハート》は、あれから4度転生した今でも健在とはニャ~」

萌郁「…うう……こわい」

倫太郎「い、いや。 俺だって正直ビックリしている……なかなか雰囲気も出ているしな」

至「それをあえて表情に出さない……そこに痺れる――」

倫太郎「――憧れない。 だから俺だって怖がってるって言ってるだろう」

至「あ、おおう……今の、牧瀬氏みてー」

フェイリス「二人はラブラブだニャ♪」

倫太郎「………」

44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:10:23.60 ID:36/V/7SgO
そうこうして歩いていると、廊下の影から死神の格好をした仕掛け人が地獄の鎌を振りかざして飛び出してくる。

ルカ子だ。

至「うおっ!」

フェイリス「ニャニャっ!?」

まゆり「わっ!」

萌郁「ひっ…!」

それぞれが悲鳴をあげる。

死神は更に、俺に詰め寄り、鎌を突きつけてくる。

しかし…俺があまりに反応が薄かったためか、死神は肩を震わせ始めてしまった。

まったく、しょうがない死神だな。

仕方あるまい…。

倫太郎「う、うわー! し、死神っ! ついに、この鳳凰院凶真の魂を狩りにきたのかー!」

言って、シーンとなる。

どうしろって言うんだよ…。

45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:13:23.49 ID:36/V/7SgO
その後、しばらくラボメンが集まってお守りを探すも、一向に見つかる気配がなかった。

ある程度、ドッキリの仕掛けを体験した俺たちは、主にお守り探しの方へと目的を移行させていたのだ。

しかし、なかなかにシビアな配置をしているんじゃないだろうか。

発見したら、会場前の受付からシグナル音が聞こえるようになっているのだが、さっきから聞こえてきたシグナル音によれば

お守りを発見出来たのはまだ2組しか居ないようだ。

つまり、残りは4セット。

こうして、固まって歩いても仕方がない、とメンバーの振り分けをフェイリスが提案する。

至「それじゃあ、僕はフェイリスたんと一緒にいくお」

フェイリス「んじゃ、マユシィは凶真と一緒かニャ。 モエニャンはフェイリスと一緒に来るといいニャ―――」

そこで、萌郁が発言する。

萌郁「あ…っ、あのっ」

また、こいつはおずおずと手を挙げて……。

倫太郎「……」

萌郁「わ、私は……岡部くんと一緒が……いい」

フェイリス「ニャニャ?」

46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:16:10.83 ID:36/V/7SgO
まゆり「モエさん?」

萌郁の意外な意思表示に、誰もが驚き、顔を見合わせる。

萌郁「ちょっと…話したいこと……あって……」

それに対して、萌郁がもじもじとしながら答える。

まゆり「うーん、それじゃあまゆしぃはフェリスちゃん達と…」

倫太郎「い、いやっ、まゆりは俺と一緒に来い!」

萌郁「…え?」

まゆり「で、でも…」

倫太郎「し、指圧師よ。 なにもこんな所で話す事は無いだろう? そうだ、明日…明日なら、いくらでも聞こう。 な?」

萌郁「…あ……で、でも…っ!」

俺は、なおも食い下がって来ようとする萌郁の話を断ち切る。

倫太郎「と、とにかく、まゆりは俺と一緒に来てもらう。いいな?」

至「え? オカリン? いいん、それ。 そんな事して…」

そんな事?またこいつは…。

紅莉栖の事は今は関係ない。

47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:17:34.44 ID:36/V/7SgO
まゆりと二人で周りたいとか、そんなのではない。

萌郁と二人きりになってしまうのがマズいのだ。

倫太郎「…深い意味はない!!そういうの、いちいちウザいんだよ!」

思わず、声を荒げてしまった。

至「あ、おおう…。いちいちって……いや、ごめんお…」

目の前の巨体が、シュンとなる。

フェイリス「ダルニャン……」

嫌な雰囲気のまま、ラボメン一行は二組に別れ、再び出発した。

さっきから嫌な汗をかいてしょうがない。

俺はつい、カッとなってしまった事に後悔する。

汗をかきかき、暗い廊下をひたすら歩く。目的地なんかない。

まゆりは俺の隣を、萌郁は俺の後ろを、ずっと俯きながら付いてきている。

ふと、まゆりが小声で話しかけてきた。

まゆり「ねぇ、オカリン? なんでまゆしぃはこっちだったのかな」

倫太郎「だ、ダルをフェイリスと二人きりにしてやろうという、俺なりの出血大サービスだ」

48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:20:26.61 ID:36/V/7SgO
まゆり「あ、そっか。 ダルくん、フェリスちゃんのファンだもんねー」

何度も同じ嘘に引っかかってくれて、ありがたい。

そうしてホッとする―――。

――のも、つかの間。

まゆり「でも、萌郁さんも話があるって言ってたよ。 ね?」

まゆりが振り返って、萌郁に声をかける。

やはりきたか…。

背後から、闇に消え入ってしまいそうな声が聞こえる。

萌郁「う、うん…」

が、俺は振り返らない。

まゆり「じゃ、じゃあ…まゆしぃ、ちょっと外そうかなー?なんて、えへへ…」

まゆりの気遣いが、今の俺には鬱陶しかった。

もう、何度もこれだ。イライラしてしょうがない。

倫太郎「まゆり…いいって言ってるだろ!おい、指圧師。 話があるなら今言ったらどうだ? え?」

まゆりは、俺の荒げた声にビクリと肩を震わせる。

49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:22:12.04 ID:36/V/7SgO
萌郁「それは……――」

また、萌郁が言いかけて、俺が遮る。

倫太郎「――言えないのか? なら、明日改めて聞こう。 それで構わないよな?」

明日なら構わない。

萌郁「……っ」

それ以上、萌郁は何も言わなかった。

まゆり「オカリン…」

倫太郎「…ここで話してる時間がもったいない。 さっさと行くぞ」

俺は、二人分の気持ちを置いて、そそくさと薄暗い会場内に足を進めた。

50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:24:07.70 ID:36/V/7SgO
紅い夕日が差し込むラボ内には、俺だけが残されていた。

例によって、玄関にはこの後に訪れる来訪者を拒むための、鍵がかけてある。

俺は、一人このラボで、なんとか解決策が無いかと模索していた。

ジョン・タイター…阿万音鈴羽の話していた、アトラクタフィールド理論など、様々な理論に基づき

脱出方法を考えてみるが、やはり俺一人の脳内ミーティングではいい方法など思いつくはずもない。

頼みの綱である紅莉栖にも、例によって連絡がつかない。

完全に手詰まりなのだろうか。

俺は、因果律から外れたおかげで、一人だけ世界から置いてけぼりにされてしまったのか…?

だとしたら、実に笑える。

これ以上の道化が他に居ようか。

そう考えると、無性に笑けてくる。

しかし、心はまだ病んでいないと信じたい。

その時、玄関のドアがノックされる音がラボ内に飛び込んだ。

やはり来たか。ドアの向こうには―――。

萌郁「岡部くん……いる?」

53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:26:56.55 ID:36/V/7SgO
やはり萌郁が来た。

萌郁「ケーキ……持ってきたんだけど…いつもの…お礼……」

相変わらず意味がわからない。

俺は、例に倣って息を殺す。ラボには、時計の秒針が時間を指し示す正確なリズムだけが響いている。

萌郁「いない…の?」

再び、ドアがノックされるが、俺は応えない。研究室のイスの上で固まっている。

しばらくして、来訪者が諦めたのか、階段を降りていく音が聞こえた。

ホッと胸を撫で下ろす。

俺はイスから立ち上がり、冷蔵庫に向かう―――。

倫太郎「よいしょ…と」

――と、その時再びノックの音。

喉から心臓が飛び出すかと思った。

倫太郎「な、なん…だと?」

55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:29:31.21 ID:36/V/7SgO
今まで繰り返してきた46回のループでは、一度もこんな事は無かった。

まさか、萌郁が戻って来たのか?だとしたら、何故―――?

まゆり「オカリーン、いるのー?入るね?」

玄関の方で、鍵を回す音が聞こえ、すぐさま一人の少女が入ってくる。

倫太郎「なっ……まゆり……?なぜだ……」

まゆり「? オカリン、どうしたのかな…すごい汗」

気がつくと、身体中に冷や汗が噴き出していた。

倫太郎「まゆり……? お前、どうしてここに…」

まゆり「えっへへ……どうしてだろ、急にオカリンに会いたくなったとか?」

どうしてだろ?…だと? 俺が聞きたい。

俺は、まゆりにしては珍しい軽口を受け流し、然るべき対応に移る事にした。

倫太郎「そう…か。 なあ、まゆり」

まゆり「うん?何かなー?」

倫太郎「ちょっと、話をしないか?」

まゆり「う、うん……」

57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:33:14.68 ID:36/V/7SgO
まゆりをソファに座らせる。

今の俺には、情報が必要だ。なぜ、今までのループのこの時間に現れなかったまゆりが、急に姿を現したのか。

全く同じ事を繰り返していた、この2日間に、今一体何が起こったのか。

何か、些細な変化でもあったのだろうか。

何から聞き出すべきだ?どうしてここへ来る気になったのか。

なぜ、俺をたずねてきたのか。

そんな事を考えていると、意外にもまゆりが先に話し始めた。

まゆり「オカリン? まゆしぃ…まゆしぃはね、最近なんか変なのです…。 あ、最近とは違うか…えっへへ」

目の前の幼なじみが、舌を出して頭をコツンとする。

まさか、そんなはずは…。

倫太郎「変って…? どんな風にだ…?」

まゆり「なんかね、今日1日を、前にも見たことがあるっていうか…。ううん、今日だけじゃないの…」

倫太郎「な、なにっ!それは本当か!?」

まゆり「え?…うん。 でも、昨日とか一昨日とかじゃなくってね?えっへへ…変なんだけど…」

まさか…今日と……明日? このループ世界を憶えている?

58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:36:32.63 ID:36/V/7SgO
思わず俺は、まゆりの肩を掴んで揺さぶってしまう。

倫太郎「まゆりっ!詳しく教えてくれ!」

まゆり「あ~~あ~~う~~あ~~!」

まゆりは、首をガクガクとさせ、俺はハッとしてまゆりの肩を離した。

まゆり「び、びっくりしたぁ……今のは初めて見たよ…」

ありがたい。

倫太郎「は、はは……」

やったぞ……。何でか解らないが、まゆりのリーディングシュタイナーが発動した…!

まゆり「?」

俺は、少なくとも今回のループでは、一人じゃないようだ。

この、ちょっとした世界線の綻びが、解決策を見つけ出すヒントとなるかもしれない。

倫太郎「フゥーッハハハハハハハ!!!」

静まり返ったラボ内に俺の声が響きわたる。

まゆりは驚いた顔をしているが、俺はなりふり構わず、高らかに笑い続けた。

60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:39:47.43 ID:36/V/7SgO
俺は、ラボにてまゆりと記憶の辻褄合わせをする事にした。

まゆり「うん、それでね? オカリンが“おい、まゆり―――”」

倫太郎「“ちょっと、こっちに来い”ってか?」

まゆり「そうそう! そう言って、近づいたらね…」

倫太郎「まゆりの居たところを自転車が行って…」

まゆり「オカリンすごーい! ねぇ、これってどういう事なのかな?」

どうやら、まゆりと俺の経験したこの二日間の記憶は、一致する点が多いようだ。

倫太郎「まゆり、落ち着いて聞いてくれ。 どうやら、この世界はループしているようなのだ」

まゆり「るーぷ? ループって、どういう事かな?」

まゆりが小首を傾げる。

落ち着いて聞いてくれ、という俺の気遣いは、どうやらまゆりには届かず、ラボ内に溶けて消えたようだ。

倫太郎「つまりだ…、俺たちはこの2日間だけを、何度もリピートしている」

倫太郎「例えば、音楽プレイヤーの中の一曲だけが、延々とリピートされるみたいに」

俺の意思でタイムリープしているわけではない。

まゆり「えー? それじゃあ……次の曲は聴けないのかなぁ?」

61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:45:32.92 ID:36/V/7SgO
倫太郎「うむ、そういう事になるな…」

まゆり「あぁ~、それは……えっと、うん。 なんだか困るねぇ……」

確かに困る。けど、困るなんて言うレベルじゃないのだが…。

まあ、まゆりのそんなお気楽発言のおかげで、俺もどこか気が楽になったような気がする。

まゆり「でも、音楽プレイヤーちゃんが、何もせずにおかしくなったりはしないんじゃないかな?」

倫太郎「なに?」

まゆり「無理に働かせちゃったとか、何か変なボタンをいじくったとか。 そうしないと、おかしくなるのは変じゃない?」

倫太郎「う、うむ…」

まゆりにしては、合理的な考えだ。

しかし、初期不良の可能性もあるのだが……まあ、そうなれば一巻の終わりだな。

まゆり「音楽プレイヤーちゃんが、こうなってしまった理由って、何なのかなー?」

こいつは、あくまで世界を音楽プレイヤーに例えるつもりらしい。

倫太郎「…理由、か」

……思い返してみる。

62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:47:04.80 ID:36/V/7SgO
まゆりの言うとおり、俺たちの繰り返す2日間自体が、世界……いや、音楽プレイヤーのバグか誤操作が原因だとすれば解決法は無くもない。

バグや誤操作を引き起こした原因、それを修正してやればいいだけの話だ。

しかし、そんな単純なものなのだろうか。

と、そんな事を考えていると。

至「とりあえず、全部振り返ってみたらいいんじゃね?」

急にダルがラボに入ってきた。

驚いて、考えていた事が全部吹っ飛ぶ。

これは……次から次へと、一体どうなっているというのだ!?

っていうか、なんでいきなり会話に参加してきているのだ?

と、そんな考えを俺の表情から悟ったのか、ダルが補足する。

至「あ、ごめん。 話はそこで聞かせてもらったんだお」

奴が、玄関の方を指差した。

倫太郎「なるほどな……って、ダルよ…なぜお前までラボに?」

なんとなく解ってはいるが、訊いてみる。

ダルも、今の今までこの時間帯にラボに現れた事はなかった。

63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:48:27.11 ID:36/V/7SgO
つまり……。

至「いやいや、随分ご挨拶じゃね?僕もなぁーんか変だと思ってたんだよね」

至「新発売の  ゲやってんのに先の展開が解っちゃったりさ。おかげで@ちゃんで叩かれたお」

倫太郎「と、言うことは、もしかして……お前も今日と明日を記憶しているということなのか?」

至「うん、多分ね。何でかはわからんけど。おかげで、  ゲも先に進むのが億劫になっちゃって」

どうしようもない奴だな……女子もいるというのに。

まゆり「ダルくんは相変わらず●●●だねぇ」

まあ、まゆりだが。

64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:49:34.18 ID:36/V/7SgO
倫太郎「で、まゆりは今までのループでは、学校帰りにルカ子の家に寄って勉強していたが、今日はラボに来た……間違いないな?」

まゆり「うん♪そうそう。あ、これおいしいねー」

俺たちは、ダルが買ってきたポテチをつまみながら、2日間の振り返りを行っていた。

倫太郎「で、ダルは大学の講義を休んで  ゲを買いに行き、家でプレイに耽っていた…と」

至「その言い方やらしいな。まゆ氏まゆ氏、僕、全然疚しいことはしてないからね?」

まゆり「?」

いや、してるだろ……と思ったが、口にはしなかった。

倫太郎「ふむ…二人の行動におかしな点はないようだな」

至「でもさ、オカリンこそ何してたんって話だよな。 鍵なんか掛けちゃって」

ダルが、さっきのお返し、とばかりに色々と含んだ質問をぶつけてくる。

倫太郎「ぐっ…」

まゆり「えっ?オカリンは何してたの?」

まゆりが、興味津々といった感じで俺に向き直ってくる。

至「まさか女子がいる前では言えない事なん?」

倫太郎「そ、そういう誤解を招くような発言はやめてもらおうか、ダルよ」

65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:50:47.11 ID:36/V/7SgO
至「フヒヒ、サーセン」

まゆり「?」

まあ、誤解もクソもなく、相手はまゆりなのだが。

しかし、全員の記憶を振り返ると言った手前、ここで俺の事だけ話さないという訳にはいかないな…。

倫太郎「俺は……萌郁とここでケーキを食べた」

至「え、マジ?」

倫太郎「うむ…マジだ」

至「え、じゃあ何で桐生氏は今いないん?」

ダルの眼鏡に夕日が反射して、キラリと光る。バーローのアレだ。

こいつ……痛いところばかり突いてくるな。

倫太郎「……追い返した。鍵を掛けていたのも、つまりそういう事だ」

至「ま、なんとなく解ってたけども」

まゆり「えっ…?」

急にまゆりが悲しそうな顔になる。

まゆり「なんでモエさんを追い返しちゃうの…?ラボメン、なんだよ?」

66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:51:41.01 ID:36/V/7SgO
倫太郎「それは…」

それには深いワケがある。

俺が言葉に詰まっていると、ダルが話し始めた。

至「そもそもさ、オカリン」

倫太郎「なんだ?」

至「オカリンがそういう事しちゃうから、世界がおかしくなっちゃうんじゃね?」

倫太郎「なん……だと?」

至「いや、オカリンが前にチラッと話してたイーティング・シュタイナー…っての?」

倫太郎「リーディングシュタイナーだ馬鹿者!」

至「そうそれ、そのヘンテコな能力のお陰で、オカリンの行動がおかしくなってんじゃね、って事」

倫太郎「ぐっ……」

至「変な記憶を持ってるからこそ、桐生氏を追い返したりとかするんだろ?それってパラドックスじゃね?」

否定は出来ない。というか、図星過ぎてつらい。

普通の世界線の場合、パラドックスが起こればそこで線が分岐し、世界の観測者である俺の精神が世界線を飛び越えるだけだ。

しかし、ここはシュタインズゲート。

68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:52:37.96 ID:36/V/7SgO
世界線αとβの間。神をだまして忍び込んだ隙間。

そんなところでパラドックスが起これば、一体何がどうなるのか想像がつかない。

至「もし、オカリンがリーディングシュタイナーを持ってなかったら、と仮定してオカリンの2日間を振り返ってみるべき」

倫太郎「……」

そもそも、リーディングシュタイナーが無ければ、この世界線は無かった、というのは俺の主観だから置いておくとして

客観的に見れば、元からこの世界線で過ごしていた俺は、電話レンジ(故)の過去改変機能など知らずに

紅莉栖とも出会う事はなく、更には入院なども経験せず。

ただのほほんと、ラボの皆と夏期休暇を過ごし、今頃は肝試し大会を楽しみにしていた事だろう。

しかし、そこからのパラドックスが原因だとすれば、あれから2ヶ月半経った今……この2日間だけがループするのもおかしな話だ。

至「やっぱ、この二日の間にオカリンが変な事をするから世界がおかしくなったんじゃね。ってか、それしか思いつかね」

ぐ……まさかダルにここまで押されるとは。

というか、勘の良さに驚いた。

確かに、ダルの言うとおりだ。

リーディングシュタイナーが無ければ、俺は今日、萌郁を追い返す事もなかったし…そもそも明日の事も……。

至「そろそろ白状するお」

69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:53:27.78 ID:36/V/7SgO
倫太郎「な、なにをだ…?」

俺も薄々感づいているが、あえて聞き返してみる。

まゆり「オカリン、明日の肝試し大会で、なんでモエさんに冷たかったのかな?」

まゆり…今の説明で解ったというのか。

今週一番の驚きだな。

まゆり「あの時のモエさんの話って……何だったのかな?」

ここいらが潮時……か。

そろそろ観念しよう。

倫太郎「わかった、白状する……」

71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:54:13.02 ID:36/V/7SgO
至「えーっ!ま、マジかお!それオカリンの妄想じゃなくて?」

驚いたダルが目を白黒させている。

倫太郎「妄想ではない!どっかのスーパーハカーじゃあるまいし」

至「サーセン……ってハカーって言うな!」

まゆり「そ、それより……も、モエさんが…?」

倫太郎「う、うむ…。俺はあの時指圧師と二人きりになった後、ラジ館の屋上で…指圧師…萌郁に…こ、ここ……こ…」

倫太郎「告白……されたのだ……ぐっ……」

言ってしまったあと、こっぱずかしくなって、俺は頭を抱えたままテーブルに肘をつく。

至「納得できねえお、なんでオカリンなんだお!爆発しろーっ!」

ダルがわめき出すが、まゆりだけは冷静にスイーツ脳を発動させたようだ。

まゆり「も、もも、モエさんは、何でオカリンの事が好きになったのかな?」

身を乗り出して、スイーツ(笑)女子特有の、野次馬根性を丸出しにしてくる。

はて……?

そういえば、何でだろう?

今まで冷静に考えた事もなかった。

72: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:55:04.49 ID:36/V/7SgO
なぜだ……?

倫太郎「わからん…」

至「は?」

まゆり「え?」

二人がキョトンとする。

倫太郎「俺は……逃げたんだ。 す、好きだと言われて、すぐに…」

正直、あの時は混乱しすぎて、身体が自然と走り出してしまったわけだが。

まず、言われて最初に、紅莉栖との事が思い返され、次に、萌郁の言葉の意図について思索した。

しかし、真っ白になった頭で検索をかけても、これといって思い当たるところなど見つかる訳もない。

更に、ラウンダーであり、FBの指示とはいえ、まゆりを殺すほど冷酷だった萌郁を見てきたという記憶まで出張ってきて……。

それらの一切合財が集まり、やいのやいのと乱闘騒ぎを繰り広げたわけだ。

不調続きだった、この狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真の頭の中で。

となれば導き出される解は一つ。

にげる。

俺は、萌郁一人を屋上に置いて、脱兎もかくや、という勢いで逃げ出したのだった。

73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:56:53.35 ID:36/V/7SgO
いや、あの時の俺には、選択肢は、これ以外に無かったのだ。

それ以来、あれがトラウマとなった俺は、ループの中でひたすら萌郁を避け続けていた。

今思い返してみると、過去の俺は何であんな事をしたのか解らない。

至「なにやってんだよオカリン」

呆れきった顔をしたダルが、呆れきったという旨を、言葉の音にしてこちらに伝えてくる。

解ってる。いや、今解った。

まゆり「オカリン…」

まゆりは泣きそうな顔をしている。

至「それでビンゴだな…。告白から逃げるとか、いくらなんでもありえね。まゆ氏、すまんけど頼むお」

まゆり「う、うん…」

まゆりは、おずおずと立ち上がると、俺のそばまできた。

途端に視界がフラッシュをたいたように白にまみれ、頬には遅れて痛みがやってきた。

至「うは、今のは強烈だお…」

まゆり「ごめんね、オカリン…」

頭の中が、爽快感に襲われる。

74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:57:52.31 ID:36/V/7SgO
倫太郎「……いや、すっきりした……ありがとうな、二人とも」

頬がビリビリと痛む。まゆりに叩かれたのはこれで二回目だ。

あ……馬鹿につける薬とは、多分この事なんだろうな。

至「なあなあまゆ氏、それ僕にも同じようにやってくんね?」

まゆり「えー?ダルくんはダメー♪」

しかし、これで解った。

以前の萌郁を知っていたために、混乱していた俺は萌郁の告白から逃げた。

ラボメンをつなぎ止めたいという意志とは裏腹に、何も知らない萌郁に冷たく当たってしまった。

全部、世界のよそ者である俺が引き起こしたパラドックスの結果だったのだ。

至「オカリン、今回は僕たちもイレギュラーな事をしちゃったから、このループは見送るべきだけど、きっと次で世界のループは終わりだお」

そうだな…。

まゆり「オカリン、モエさんはモエさんだからね? あんまり変な事ばっかり覚えてるとね」

まゆり「またいつか、神様からコラー!って怒られちゃうかもしれないよ?」

なんだそれ…思わず、笑いそうになる。

そうだ……萌郁はラボメンの萌郁であって、ラウンダーの萌郁ではない。

76: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 18:58:50.95 ID:36/V/7SgO
まゆり自身がそう言うのだから、俺は以後、ラウンダーの萌郁を意識しない事にする。

意識のしすぎは事故の元。

倫太郎「……解った」

やる事は一つ。俺は鳳凰院凶真として、岡部倫太郎として、このラボの幹として。

正しきを演ずる―――いや、正しきに還るのみ。

もし、この世界の元々の俺が、萌郁に靡いてしまうという未来しかないのなら

萌郁の告白を受けるしかループ世界を脱出する手立てはないという心配が出てくるが……。

まあ、それは心配ないだろう。

俺は、どこへ行っても俺のはず。

萌郁、本当にすまなかったな。

倫太郎「二人とも、ありがとう…」

至「よせやい」

まゆり「よせやいやーい♪」

倫太郎「ぷっ……まゆりまで…」

俺たちは、夕日が沈んで、蛍光灯だけに照らされた薄暗いラボの中で、しばらく笑いあった。

77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 19:00:18.47 ID:36/V/7SgO
次のループを迎えると、何故か、まゆりやダルの記憶は消えていた。

なぜ、前の一回だけ…?

まあ、いい。

俺は、設定とか厨二病とかを関係なしに、神の存在とやらを、少しだけ信じる気になった。

78: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 19:03:04.52 ID:36/V/7SgO
俺は、萌郁に導かれるまま、薄暗い階段を昇っていた。

萌郁は、今はまだ何も言わない。ただ、黙って先に階段を昇っていくのみ。

俺はというと、手にいっぱい汗をかいている。手だけ体温が下がっている。

かなり緊張していた。

屋上のドアが、厚みのある金属扉のこすれる音と共に開けられる。

萌郁に続いて外に出ると、そこには満点の星空があった。

ハラハラして酷い顔になっているであろう俺とは裏腹に、なんともロマンチックなものだな。

二人で柵に肘をかけ、街を見下ろす。

しばらくして、ふと―――。

萌郁「岡部くん…」

萌郁の方から話しかけてくる。

倫太郎「な、なんだ? 指圧師よ?相談事なら何でも――」

確か、最初のループの俺はこう言っていたはず。

萌郁「相談、じゃない…んだけど……わたし……わたしは…」

萌郁が、取り出した携帯を開こうとして、やっぱりやめ、再び携帯を仕舞った。

79: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 19:05:30.59 ID:36/V/7SgO
手が震えているのが解って、心苦しくなる。

しばらく、深呼吸を繰り返した後で、いよいよ萌郁は切り出した。

萌郁「…おかべ、くん……わたしね?」

倫太郎「…ああ、何だ?」

萌郁「岡部くんの事……好き……なんだ……」

初回はここで逃げ出した。でも、今はもう逃げるつもりはない。

倫太郎「……な、なにっ!!それは……本当なのか?」

しまった、ちょっとわざとらしかったか?自重しよう…。

萌郁「うん…」

倫太郎「そう、か……」

しばらく黙って、また街を見下ろす。

こうやって、あえて向き合う事をしないのが、萌郁の告白方法というものらしい。

倫太郎「聞いてもいいか? なぜ、俺の事を…?」

萌郁「それは…」

萌郁は、恐る恐る、といった感じで、ポツポツと話し始める。

80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 19:08:02.81 ID:36/V/7SgO
萌郁「岡部くん……いつも、私がいるの……気付いてくれる…」

萌郁「私、存在感……薄いから……でも、岡部くんは…声、かけてくれる…」

そうだったっけ…。

倫太郎「…でも、それは俺だけじゃないだろう?ダルやまゆりだって…」

萌郁「うん…でも、やっぱりみんなでいると…影、薄くなっちゃうから……」

萌郁「そんな、中でも……おかべくん、私に気付いて……私の思ってる事……聞いてくれて……」

倫太郎「……」

萌郁「受け入れて……くれる……だから……」

萌郁は、ぼっち気質なように見えて、実際は誰よりも孤独を恐れていた。

それは、俺だからこそ知っている。

孤独、というより、過去のトラウマからくる“依存対象の欠如”が怖いのだろう。

しかし、ここは萌郁にとって、依存する対象も曖昧な世界。

こいつは、ここでも両親とつらい別れがあったという過去がある。

以前のβ世界線では、FBを母のように慕っていた。

それは、FBが萌郁を気にかけ、必要とし、まるで娘のように接していたからだろう。

82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 19:10:13.33 ID:36/V/7SgO
しかし、今は店長と店員、上司と部下の関係だ。

……二人の関係について、詳しくはわからないが。

つまり、そんな境遇に置かれた萌郁に対する俺の何気ない行動が、萌郁……指圧師のツボを突いてしまったのだろう。

萌郁「だから……私は……岡部くんと…一緒にいたい…」

萌郁「どんな場所でも……私に……気付いてほしい……」

倫太郎「そうだったのか…」

最後まで聞いて、やっぱり心苦しくなる。

でも、これは聞いておかなきゃいけない事だったんだな。

情けない事に、今になってようやく気付いた。

倫太郎「なあ、指圧師……萌郁よ」

萌郁「…?」

萌郁が顔を上げて、こちらを見てくる。

萌郁の気持ちを受け止めた今、俺も、俺の気持ちを返す事にする。

倫太郎「俺には……大切な…そう、とても大切な人がいるのだ」

萌郁は、ハッとした顔をして、また俯いてしまう。

85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 19:15:29.45 ID:36/V/7SgO
その、俯いた顔のまま、萌郁が聞いてきた。

萌郁「もしかして……牧瀬さん…?」

こいつ、勘がいいな……。

まあ、これは隠す事はあるまい。

倫太郎「…ああ、そうだ…。俺は…彼女には、まさに運命すら感じている。 だから……」

言ったあとで恥ずかしくなる。しかし、言い切らねばなるまい。

だから、お前と付き合う事は出来ない。そう言おうとして―――。

萌郁「やっぱり……そう、だったんだ…」

ため息をついた萌郁の肩から、力が抜けるのが解った。

倫太郎「なにっ!?」

萌郁「なんとなく……気付いてた…」

倫太郎「そう、か…」

また、二人して街を見下ろす。人通りもまばらで、どこか薄暗く感じる。

…気づいていた。

萌郁はそれらを知った上で、何故、こんな大胆な事をしたのか…。

87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 19:17:36.68 ID:36/V/7SgO
そんな事を考えていると、再び萌郁の方から話を始めた。

萌郁「やっぱり……本当の気持ちは……こうして伝えないといけない、って思って」

倫太郎「本当の気持ち?」

萌郁「そう……たとえ、それが自分の……願った通りにならなくても」

倫太郎「……」

萌郁「自分の気持ち……殺してしまう事だけは…ダメだって…店長が……」

殺すという単語にギクリとなるが、グッと抑える。

それよりミスターブラウンが…。

彼が、そんな事を言うところを想像して、少し鳥肌が立つ。

しかし、萌郁の……ミスターブラウンの言葉が、まるで俺に対しても言われているような気がした。

思っている事は伝えなきゃいけない。

本当の気持ちを殺してはいけない、か。

萌郁「岡部くん、今日は…話…聞いてくれて……ありがとう……すっきりした……ごめん――」

……と、感傷に浸っている場合ではない。萌郁が話を終えようとしている。

88: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 19:18:48.82 ID:36/V/7SgO
このまま帰しては、こいつの事だ、ひょっとしたらもうラボには来ないかもしれない。

だからここからは、この世紀のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真が、華麗にまるっと収めなければな。

だってこんなの、解決ではあるまい。

たとえこれでループを抜けられたとしても、これで良いわけがない。

ラボの在るべき形は、こうではないのだ。

倫太郎「…フゥーッハハハハ!!」

突然笑い出した俺に、萌郁がビクリと肩を震わせる。

萌郁「あ……え……岡部…くん?」

倫太郎「……指圧師…貴様、何を言っている? すっきりした…だと? そんな、今にも泣きそうな顔をしてか!?」

萌郁「!」

倫太郎「どうやらお前は…死ぬほどこの手の嘘が下手なようだな!フゥーッハハハ……」

さて。

倫太郎「強がるなら、表情に気をつけろ、馬鹿ものが」

萌郁の頬を、一筋の涙が伝う。

萌郁「で……でも……」

90: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 19:23:18.65 ID:36/V/7SgO
倫太郎「萌郁……言いたい事があるなら最後までしっかりと言ってしまえ。気持ちを殺してはいけない」

萌郁「あ…」

倫太郎「それは、お前が言った事だろう?」

これは……増長しているととられても仕方ない台詞だ…。

そもそも、俺が人に言えた口ではないが……こういうときは鳳凰院凶真が実に頼りになる。

俺は、萌郁に向き合う。

倫太郎「萌郁。俺は、お前の言葉をしっかりと受け止めるよ」

今度こそ、な。

今目の前にいる萌郁、そして、冷たく当たってしまった萌郁に、無かった事にしてしまった萌郁に対して―――。

倫太郎「…すまなかったな」

萌郁「おかべ…くんっ…」

途端に、萌郁は顔をくしゃくしゃにして、俺に駆け寄ってくる。

胸元に、暖かい感触。

今まで聞いたことがない、素顔の萌郁の泣き声が上がラジ館の屋上に木霊する。

萌郁の頬が触れている肩口が、徐々に湿り気を帯びていくような気がした。

92: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 19:27:57.47 ID:36/V/7SgO
萌郁「私……うう…解ってて……こんな事したから…ひっく……岡部くんに……嫌われたんじゃ…ないか、って………」

やはり、そんな風に思ってたのか。だが、それは違う。

倫太郎「…馬鹿だな、そんな事はないぞ、決して」

萌郁「もう、岡部くんが……私の事、見てくれないんじゃないか、って……思って…」

そんな事は無いんだ、萌郁。

倫太郎「……」

萌郁「岡部くんに…告白して断られたとき……急にそう思えてきて……こわかった……こわかったの……」

お互い、ばかだよな…。ありもしない事を勝手に考えて勝手に怖がって…。

倫太郎「……いいか、萌郁よ」

俺は萌郁の頭を撫でてやると、空を見上げた。

それにならって、萌郁も空を見上げる。

そろそろ〆にしよう。

94: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 19:31:06.66 ID:36/V/7SgO
倫太郎「夜空ってのは、どこまでも広くて、暗くて……そんな中でも星は、数え切れないほど光ってるよな」

萌郁「…?」

倫太郎「でも、俺はそんな中からでも、大切なラボメンを……桐生萌郁を見つけられる気がする」

萌郁「…!」

倫太郎「例えそれが、一瞬の流れ星だったとしても……だ」

倫太郎「萌郁……。 お前は、お前だけの光……アークライトを持っているのだからな」

柄にもなく、何言ってるんだろうな、俺は。でも――。

倫太郎「俺は、これからもそれを観測し続ける」

それが、未来ガジェット研究所ラボメンNo.001の役割。

いや、世界の観測者の使命なのだ。

倫太郎「お前を見ているぞ、萌郁よ」

決まった。完璧だ。

萌郁「…うん…ぐすっ…」

フハハ、この様子では、感涙に言葉も出ないだろう!

95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 19:32:13.99 ID:36/V/7SgO
萌郁「……岡部くんって…ちょっと……くさいね…」

倫太郎「なにっ!?」

くさい? おれが?

どういう意味だ?臭いってどっちの意味―――。

萌郁「岡部くん」

俺は、萌郁に呼ばれて、空から視線を落とす。

珍しく、視線がピッタリと合う。

萌郁「ありがとう」

そういって、萌郁は屈託のない笑顔を見せた。

97: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 19:34:29.23 ID:36/V/7SgO
紅い夕日が差し込んだラボ内には、俺だけが残されていた。

倫太郎「…ああ、え? なに? ああ、HP見たって? うん、いや、あれはルカ子がだな…本当だ」

倫太郎「すごいよな、ははは。 …うん、うん…楽しかった。 御守り?ああ、ダルが見つけたらしい」

倫太郎「コスプレ少女にあげるとか言ってたな。 いや、阿万音由希の方…うん」

倫太郎「欲しかったって? いや、お前も次は参加すればいい……ああ」

倫太郎「そうか…研究、大変なのか……すまん、俺ばかり。 え? いや、だって普通気にするだろ? いやいや」

倫太郎「え?必要ない? うん…そうか。わかった。……また連絡していいか?」

倫太郎「あ、うん…わかったって。今度は時間を考える。 ああ、あの、それと……く、くく、紅莉栖?」

倫太郎「ひ、久しぶりに声が聞けて…う、うう、嬉しかったぞ……以上だ…」

倫太郎「…ろ、録音などしなくていいっ! …ああ、また、連絡する。 エル・プサイ・コン―――」

言いかけて、プツッ、という音。

倫太郎「――って、ちょっ、おまっ!!」


途中で切られてしまった。

俺は、ここ数日間続いた正体不明のモヤモヤから解放され、まるで羽でも生えたかのように、軽やかに椅子から立ち上がる。

全て、みんなのおかげだ。

98: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/11/17(木) 19:35:38.75 ID:36/V/7SgO
47回繰り返したあの2日間も、意味のない事では無かったんだ。

改めて、そう思う。

さて、今度、時差がわかる時計を買わなきゃな…。

倫太郎「……ぐうっ」

軽く伸びをすると、背中がバキバキと言った。

俺は談話室に向かうと、緊張で渇いたのどを潤すために、冷蔵庫からドクターペッパーを取り出す。

扉を閉めようとして、ハタと気付いて再び開ける。

まゆりが居る時にこれをやったら、きっと怒られるだろうな。

“まーたオカリンは、開けたり閉めたりー”みたいに。

俺は、再び開けた冷蔵庫からドクターペッパーの他に、マウンテン10を取り出すと

それを持って、ラボの玄関を出た。

外には、昨日までの暑さもどこ吹く風の如く、さらりと涼しくて、ふわりと優しい日差しが、街中を包んでいた。

おわり。