3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 19:08:56.82 ID:DA/lrfWLO
俺は激怒した。
かの暴虐非道なブラウン管工房の店長が、新年早々文句を言ってきた挙げ句、
あろう事か、家賃の値上までをもちらつかせて脅してきたからだ。
せっかくの正月気分を、よくもよくも、台無しにしてくれたな!
ラボの前まで来ていた俺は、そのまま回れ右をしてスーパーマーケットへと走った。

ダル 「うは、なんぞそれ?」

やっとの事でラボに運び入れた、このやたらと重たい物体を目ざとく見つけたダルが聞いてくる。

引用元: 岡部「かなり身も蓋もない話なのだがな?」 紅莉栖『なによ』 




6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 19:10:10.85 ID:DA/lrfWLO
まゆり「なんだろう。お米かなー?」

それに続いて、コス作りの手を止めたまゆりも、こちらに視線を送ってきた。

岡部 「鋭いな、まゆり。 だが残念……こいつはもち米だ」

ダル 「へ?もち米? 誰かから貰ってきたん?」

岡部 「違う。貰ったのではない! もちろん買ってきたのだ!」

俺の、なけなしの自費で。

ダル 「そ、そうなん? で、何するわけさ。そんなもん持ち込んで」

一瞬、絶句してしまった。
何をするのか、だと?

9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 19:11:53.44 ID:DA/lrfWLO
岡部 「ダルよ、まさかとは思うが……」

ダル 「へ?」

岡部 「貴様、このもち米から、センセーショナルな未来ガジェットを作れる……とでも言うのか?」

ダル 「はあ? もち米から? そんなもん無理に決まってんじゃん常考」

岡部 「………」

だよな。もち米にも、他の利用方法があるのかと思って一瞬ビックリした……。

岡部 「……お前は相当なアホのようだな、ダルよ」

ダル 「な、なんぞ」

11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 19:13:46.96 ID:DA/lrfWLO
岡部 「そこにもち米があったならば、する事は一つしかないではないか常考!」

岡部 「俺に間抜けな質問をする前に、少しは考えろ!」

ダル 「うぅ……でも、ここは一応聞いとくのがお約束っつーか」

岡部 「やかましい! お約束もへったくれもない!」

俺が怒鳴りながらギロリと睨みつけてやると、ダルは大人しくなった。

まゆり「オカリン、今日はなんだか怖いのです……」

それはそうだろう。俺は今、激怒しているのだからな。

12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 19:16:34.63 ID:DA/lrfWLO
俺はもち米の詰まった袋を手のひらでひと叩きし、今ここに高らかに宣言する。

岡部 「よく聞けお前たち! 我がラボはこれより、オペレーション・ミョルニルを発動する!」

ダル 「……え?」

まゆり「……オペレーション・みょよよ……」

岡部 「言えてない。ミョルニル、トールの雷鎚だ」

ダル 「まーた北欧神話かお。余計に意味が解らんのだが……」

岡部 「……まあ、分かり易く言うならば……餅つきだな」

まゆり「え?」

ダル 「え?」

ダルもまゆりも、二人揃ってポカンとした顔を見合わせた。

13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 19:19:35.39 ID:DA/lrfWLO
今度は一語一語ハッキリと、そしてゆっくり話してやる。

岡部 「聞こえなかったのか? ここでやるのだ。餅つきを。今から」

杵をトールハンマーに見立ててみたのだが、やはりわかりにくかったか……。
しかし、そこまで聞いたダルが、ようやく状況を理解したのか目を白黒とさせた。

ダル 「ちょっ……ここで、餅つき……だと? 正気かよオカリン」

岡部 「もちろん、俺はいつでも正気だ!」

まゆり「で、でも、そんな事したら店長さん、カンカンに怒るんじゃないかなぁ?」

ダル 「そうそう。 下手したら捕まって殺されるかもわからん罠」

15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 19:22:17.33 ID:DA/lrfWLO
ダル 「大体オカリン、前に餅は嫌いだって言ってたじゃんか。なんでいきなり……」

岡部 「餅の事はどうでもいい。 が、店長の事なら鍵を閉めてしまえば問題はない」

いくら、今にも崩れそうなオンボロビルの一室と言えども、鍵くらいは付いているのだ。
さらに意味がわからないといった様子の二人が、じっと、凝視してくる。
俺はそれをまっすぐに受け止め、ニヤリと笑みをこぼした。

岡部 「そもそもお前たちは、今回の餅つきが意図するものをはき違えているようだな?」

まゆり「……?」

16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 19:26:14.45 ID:DA/lrfWLO
まゆりが首を傾げて聞いてくる。

まゆり「どう言うこと? お餅つきは、お餅を食べるためのものだよね?」

岡部 「……違う! 今回俺たちが目指すべく到達点は、餅を食うところにはない、という事だ」

そこまで聞いて、まゆりは頭を抱えた。

まゆり「ごめんね、オカリン。 まゆしぃにはさっぱりわかりません……」

むう……仕方あるまい。

岡部 「……まず、先ほどまゆりが心配していたようだが――」

岡部 「あの“店長がカンカンに怒るんじゃないか”と……そう言ったな?」

俺の問いかけに、まゆりはコクコクと頷きで返してくる。

岡部 「フゥーハハハ! それは大いに結構な事ではないか!」

まゆり「えっ?」

岡部 「むしろそれがこの俺、鳳凰院凶真の狙いなのだからな……ククク」

ダル 「いや、そこが一番意味がわからんし。 ちゃんと順を追った説明plz」

18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 19:29:28.30 ID:DA/lrfWLO
岡部 「……この分からず屋め。 いいか?今回の作戦はな、いわばあの店長への復讐なのだ!」

まゆり「えっ!?」

ダル 「復讐……だと?」

岡部 「うむ、それを踏まえて考えてみろ。 まず最初に、俺たちがここで餅を突くとどうなる?」

ダル 「店長がキレるお。 多分、死ぬほどに」

ダルが即答した。
まあ、こんな事は赤ん坊でもわかるが、ダルにはっきりと言われてしまい、俺は少し指が震えた。
無論、武者震いだが。

岡部 「……そうだ。二階でドンドン鳴って我慢できなくなった店長――」

岡部 「もといミスターブラウンは、まず、間違いなく青筋を立ててここに襲撃をかけてくるだろう」

ダル 「ま、まあ、そうだろうな」

その光景を想像でもしたのか、ダルが身を震わせた。

20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 19:34:00.80 ID:DA/lrfWLO
岡部 「しかーし!ドアには鍵がかかっている……」

岡部 「すなわち、ラボには何人たりとも踏み込む事は出来ないと言う事」

岡部 「すると店長は、一人勝手に怒り狂った挙げ句、カギの掛かったドアを前になすすべを失う」

岡部 「そうなればもはや、奴も一階に帰るほかなくなるだろう?」

まゆり「それはどうかなぁ……もっともっと怒るんじゃないかと、まゆしぃは思うけど……」

岡部 「………」

まゆりの後ろ向きな発言は、この際無視する。

岡部 「……そこで俺たちは、更に餅を突いて追撃を行い、一気に畳み掛けるのだ!」

21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 19:37:20.25 ID:DA/lrfWLO
岡部 「そう……上から絶え間なくドンドンと繰り返してやってやれば……」

岡部 「いくらあの鬼店長といえども心破れ、この鳳凰院凶真の前に泣きながら屈伏する事になるに違いない!」

岡部 「つまり、それこそが今回の餅つき大会の狙い……それが……運命石の扉の……選択」

“お前が泣くまで叩くのをやめない!”
フハハ、実にマッドサイエンティストらしい華麗なる作戦ではないか。

22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 19:40:45.67 ID:DA/lrfWLO
岡部 「……単にお遊びでやる餅つきとはワケが違うのだよ!ワケが! フゥーハハハ!」

いわば、暗黒餅つき大会。

岡部 「フハハッ!フハッハハ……は?」

まゆり「………」

ダル 「………」

岡部 「………」

ククク……どうやらこの二人、俺の恐るべき着想のセンスに、声も出な―――

ダル 「日本昔話かよっ!」

岡部 「アッー!」

突如として、隣にいたダルからツッコミが飛んできた。
胸を叩かれて、結構痛い。

岡部 「ゲホッ、ゲホッ! だ、ダル! 貴様なにをする!?」

ダル 「いやいや、そんなに上手く事が運ぶわけがないがな!」

23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 19:45:19.76 ID:DA/lrfWLO
ダル 「今の話を聞いた限りじゃ、ネズミでも引っかからんのじゃないかと思われ」

まゆり「う、うん。まゆしぃもそう思うよ……」

岡部 「なっ、まゆりまで!」

割って入ってきたまゆりに向き直ると、申し訳なさそうな顔でチラチラと俺を見てくる。

まゆり「それにね、いつもお世話になっている店長さんに――」

まゆり「そんな迷惑な事をしたらいけないんじゃないかなって、まゆしぃは思うのです」

ダル 「まゆ氏の言うとおりだ。 っつー事で、今回はさすがの僕も反対させてもらうお」

岡部 「ぐぬぬ……」

まゆりは敵味方関係なく――そもそもまゆりには敵などいないが――他者に対して底抜けに優しい。
だからまあ、そう言うだろうと予想はしていた。

24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 19:50:02.17 ID:DA/lrfWLO
だが、問題はダルのやつだ。
……まさか臆したか!
くそう。まゆりどころか、ダルにまで作戦を辞退されるとは、思ってもみなかった。
しかし、今日という今日は、あの店長には勘弁ならん。
これは、ラボのメンツがかかっている最終聖戦と言っても過言ではない。
なので、例え二人の支援を得られなかったとしても、この俺一人で作戦を実行に移す。
その覚悟は、もち米を買った時には既に俺の中で決まっていた事である。

岡部 「わかった。もういい……」

ダル 「へっ?」

岡部 「もういいと言っている。 考えても見れば……お前たちまで危険に巻き込む必要はない」

まゆり「お、オカリン……まさか、1人でもやるつもりなのかな?」

岡部 「……無論だ。 そして、お前たちはすぐにこのラボから退避しろ」

岡部 「あとな、ダルよ……」

ダル 「な、なんぞ?」

25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 19:52:54.08 ID:DA/lrfWLO
岡部 「この作戦を終えたとき……もしかしたら俺は生きてはいないかもしれない」

岡部 「だから……出来るならダル、お前に骨を拾ってほしい。 ……さらばだ、エル――」

言いながら、二人に背を向ける。
まゆりが心配そうな顔をしていたが、安心させるためにその華奢な肩をポンポンと叩いた。

岡部 「プサイ・コン―――」

ダル 「ちょ、考え直せってオカリン!」

岡部 「グぬっ……!」

この野郎、遮りやがった。
人がせっかく、かっこいい別れのシーンを演じていたのに!

ダル 「こんなもん、自爆作戦なんてレベルじゃねーよ。問題がありすぐる」

岡部 「なに! 問題だと?」

27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 19:56:11.58 ID:DA/lrfWLO
俺が聞き返すと、ダルはやれやれといった様子で、右手を突き出してきて、指を三本立てた。
そうして話しながら、一本ずつ指を伏せていく。

ダル 「まず一つ。杵と臼が無い件について。 そしてもう一つ。そもそも炊飯器が無い件について」

岡部 「……!」

しまった。そうだった。
となれば、だ。
なにか、代用となる物はないか……?
黙って室内を見回してみる。
まず、杵と臼の代わりになるようなものなど、この未来を見据えた道具制作の場であるラボで見つかるはずが無い。
炊飯器は鍋でなんとかできるかとも思ったが、このメンツでやってみたところで、おかゆになって終わるのが関の山だろう。
くそっ、こんな事で計画が頓挫する羽目になるとは。
俺は一体何をやっているのだ!
このままでは企画倒れもいいところである。
……いや、待てよ。そういえば。

岡部 「……いい事を思いついた。 ルカ子の家から借りてくるとか」

28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 20:00:19.28 ID:DA/lrfWLO
ルカ子の家は江戸時代初期の……確か万治2年から続く、由緒正しき神社だとか。
なので、餅つき道具の一式くらいはありそうなものだ。

ダル 「それを誰が運ぶん?結構な重さっしょ。 ただでさえ歩いて20分はかかるのに」

岡部 「何を言っている?」

15分もかからん。
ダルが歩くのが遅いのだ。
しかし、杵と臼を抱えていた場合はどうなるか見当もつかないが。

岡部 「それは俺とダルとで運べば……」

言いかけたところで、ダルがぶんぶんとかぶりを振った。

ダル 「だが断る。 つか、さっき僕らに退避しろって言ったばかりじゃん」

岡部 「ぐぬっ……」

こいつ……散々人の至らぬ点を指摘しておいて、最終的には我関せずのスタンスを決め込むというのか!
きたない!さすがダルきたないな!

29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 20:03:40.27 ID:DA/lrfWLO
ダル 「次。 大体さ、鍵閉めりゃ大丈夫って言ってたけど」

岡部 「それは大丈夫だ。問題ない」

ダル 「もし警察なんか呼ばれちゃったりしたらどうするん?」

岡部 「……え?」

話を聞いていたまゆりが、飛び上がらんばかりに驚いて、すぐにその目には涙を溜め始めた。

まゆり「えー!オカリン、前科者になっちゃうのぉ……? まゆしぃ、それは嫌だなぁ……」

いや、俺の方が嫌だ。
第一、俺の目的は、世界を混沌に陥れるという理念達成の前に立ちはだかる邪魔者を排除すること。
ただし、合法的に。
―――というものだし。

岡部 「通報……されるのか?」

ダル 「場合によっちゃ」

深々と頷かれてしまった。

ダル 「てか、今回の作戦内容の場合、確実に呼ばれるっしょ」

岡部 「………」

この時点で、俺はかなり打ちのめされていた。
警察の名が出てきた時点で、軽く後悔したくらいだ。

31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 20:06:36.17 ID:DA/lrfWLO
ダル 「んで、最後に一つ」

岡部 「まだ……あるのか」

てっきり三つだとばかり……。
俺はもう立っているのがやっとだというのに、ダルは話を続けた。

ダル 「考えなしにそんな事やって、結果ラボを追い出される事になったらどうするん?」

岡部 「……あ」

ダル 「やっぱりな……。 なんでこんな事も予想出来なかったのさ?」

岡部 「……それは」

ダルに色々とつっこまれて、俺はようやく冷静になった。

32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 20:08:57.57 ID:DA/lrfWLO
なぜ、このような浅はかな作戦を実行に移そうと思ったか。
それは俺が、怒りに我を忘れていたからだ。
しかし、俺だってただ単に怒っていたわけではない。
俺にとって、仲間は財産だ。
なぜなら、例え天才のマッドサイエンティストがここに1人いたとしても、
共に戦ってくれる仲間を無くしては、何も出来る気がしないからだ。
しかし、今、俺には仲間がいる。 それも、七人も。
そしてこいつらは、誰一人として俺を見捨てずにそばにいてくれて。
バカな提案にも付き合ってくれていて。
そんなラボメンたちが、せっかく集まってくれた場所を失う事は、俺にとっては命の次に惜しい。
いや、命よりも惜しいかもしれない。
だから、俺は激怒した。
……そのような場所を、毎度毎度、脅しのネタに使われて、我慢出来るものか。
そんな理由だった。
でも、ブチ切れて感情に任せた結果がそれでは、身も蓋もないではないか。

34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 20:11:05.90 ID:DA/lrfWLO
まゆり「うう、嫌だよ……。 まゆしぃ……そんなの……」

呆れ顔のダルの隣では、まゆりがとうとう泣き出してしまいそうな様を見せていて。
俺は、急に立つ瀬が無くなったような。
そして、血の気が引いていくような。
そんな、なんだかよくわからない気持ちになっていった。

まゆり「ラボ、無くなっちゃうの? どうしよう……」

……俺のバカ野郎。

岡部 「ま、待て。まゆり――」

35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 20:13:51.74 ID:DA/lrfWLO
岡部 「ルカ子よ。久しぶりだな」

るか 「あっ、岡部さん!あけましておめでとうございますっ!」

俺を見つけたルカ子が白い息を吐きながら、パタパタと駆け寄ってきた。
さすがにあの細身に対してこの寒さは厳しいのか、
巫女装束に加えて、首もとには可愛らしいマフラーが巻かれている。

岡部 「うむ。 どうだ、忙しいのか?」

るか 「いえ、今日はそうでもありません。初詣に参られる方も、大分減ってきましたから」

俺は、柳林神社を訪れていた。
境内には解けずに残った雪がそこかしこに見られていて。
まるで、ここだけ都会から少しだけ離れた場所のような気がした。
ルカ子はそんな中で、今日も可憐な笑顔を振りまいている。

岡部 「そうか。 実はな、今日ここに来たのは他でもない……」

まゆり「トゥットゥルー♪ るかくん、杵と臼を貸して欲しいんだぁ、えっへへ♪」

るか 「あ、まゆりちゃん!大晦日以来だね」

まゆり「うん♪」

38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 20:16:23.34 ID:DA/lrfWLO
俺の後ろから、すっかりご機嫌になったまゆりが顔を出した。
いつものように脳天気な笑みを放っている。

るか 「えっと、そうだ。杵と臼って……お餅つきでもするの?」

まゆり「そうだよー。るかくんも一緒にやろうよぉー」

あの後、俺はすぐに作戦を凍結していた。
それに伴い、ラボでの餅つきは中止。
一時休戦だ。勝敗はこの次に持ち越しである。
だって、正月だし。
正月からムキムキのおっさんと死合ってやるほど、マッドサイエンティストも暇ではないのだ!
フゥーハハハ! どうやら命拾いしたようだな……ミスターブラウンよ。

岡部 「……そういう事だ。 どうだろう、ルカ子。頼めるか?」

るか 「は、はい! 大丈夫だと思います。一応、お父さんに聞いてきますね」

岡部 「わかった。 急にすまないな」

るか 「いえ、全然です。それでは!」

そう言って、ルカ子は社務所の方へと駆けていった。
走り去っていく後ろ姿は、どこか嬉しそうだ。

40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 20:19:42.17 ID:DA/lrfWLO
ダル 「ここにフェイリスたんが居ないのが残念なのだぜ……」

今まで黙っていたダルが、肩を落としている。

岡部 「仕方あるまい。奴は今、ハワイなのだ」

どこぞの芸能人か、とツッコミたくなる。
その時、俺のケータイが鳴った。メールだ。
ポケットから取り出して、着信ボックスを確認する。

From.閃光の指圧師
Sub.すごいね
『フェイリスさん、お正月にハワイだなんて、なんか芸能人みたい! 私も行ってみたいな♪ 萌郁』

岡部 「………」

振り返って、萌郁を見る。
指圧師は、黙ってケータイとにらめっこをしているばかりで、こちらには見向きもしようとしなかった。
そんな時、まゆりが俺と萌郁の間に入ってきて言う。

まゆり「ねーねー、まゆしぃも、お餅ついていい?」

岡部 「なに?まゆりがか?」

42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 20:22:12.10 ID:DA/lrfWLO
まゆり「うん♪一回やってみたかったんだぁ」

岡部 「……まあ、いいさ。しかしな、まゆりよ?」

まゆり「うん?」

岡部 「やってみると意外とキツいんだぞ、アレ」

杵は重たいし、持ち方にも少しコツがいるらしい。

まゆり「そうなんだぁ。でも、まゆしぃ、意外と力持ちだからね。どう?」

まゆりが腕を曲げて見せる。
力こぶを作ろうとしているのだろうが、厚着をしているため、そんな事をされてもさっぱりわからん。
けれど、俺は頷いて返してやった。

岡部 「……それじゃあ、まゆりに任せるよ」

まゆり「やったぁ♪ えっへへ」

まゆりが嬉しそうに笑いながら、えいえいと、餅を突く動作を真似ている。

44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 20:24:46.94 ID:DA/lrfWLO
そんな時、再びメール。

From.閃光の指圧師
Sub.やっぱり
『椎名さんって面白いね。 萌郁』

岡部 「………」

ダル 「はああ、僕もフェイリスたんとハワイに行きたかったのだぜ……」

岡部 「まだ言うのか己は!」

ダルの頭をはたいた所で、またメールが届く。

From.閃光の指圧師
Sub.ううん
『橋田さんも面白い。 あ、もちろん岡部くんもね(^-^)b 萌郁』

岡部 「……くっ。指圧師!それくらい口で言え!」

萌郁 「あ……でも……」

岡部 「………」

萌郁は言い淀むと、再びケータイを操作し始めた。
続いて、俺のケータイが着信音を垂れ流す。

岡部 「見ないからな」

萌郁 「………」

45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 20:27:32.20 ID:DA/lrfWLO
岡部 「………」

萌郁 「……っ」

……やれやれ。
萌郁が恨めしそうに見てくるので、俺は渋々とケータイのメールを開いた。

From.閃光の指圧師
Sub.それは無理
『岡部くんって、時々すごくいじわるだよね>< なんで? 萌郁』

俺はたまらず眉間を抑えて、ため息を漏らした。

るか 「皆さーん、大丈夫だそうですー! 早速、準備を始めましょうかー?」

ふと、声のした方を見やると、社務所から出てきたルカ子が、ピョンピョンと跳ねながら、
こちらに向かって手を振ってきている。

岡部 「……おい、行くぞお前たち。大丈夫だそうだ」

そうして、ワイワイと好き勝手していたラボメンたちを振り返ってみたとき、俺は思った。

46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 20:28:32.48 ID:DA/lrfWLO
……おかしな集まりだ。
ただでさえおかしな連中が揃いも揃ったりといった感じなのに、それが正月に神社で餅つき大会とか。
えらくおめでたい。
他人が見たら笑うだろう。
でも俺は、やっぱりこのメンバーで良かった、と。
そう思う。
感情に任せて、暴挙に出なくて良かった、と。
そう思う。
……今回はダルに感謝しないとな。

47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 20:30:54.72 ID:DA/lrfWLO
まゆり「ふぅ。やっぱり、思っていたより大変だねぇ……」

岡部 「まだ足りん。もっと突かなくては、到底うまい餅になどたどり着けないぞ!」

まゆり「でもぉ……」

杵を肩に担いだまゆりが、額の汗を拭う。
俺は、臼の中の餅を返すという、最も重要な役割を担っていた。

岡部 「でも、ではない!」

岡部 「この餅の合否は、お前の肩にかかっているのだ! まゆりよ!負けるな!」

俺の正面で疲れた様子を見せるまゆりに、激を飛ばす。
その周りでは、他のラボメン達がまゆりを応援していた。

るか 「まゆりちゃん、頑張って!」

萌郁 「……頑張って」

ダル 「やっぱ、おにゃのこにはハンマー系が似合うよなぁ」

約一名はおかしな事を言っているが。

49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 20:34:38.69 ID:DA/lrfWLO
まゆり「……うん。 わかった、やってみるよ」

岡部 「うむ。その意気だ、まゆり!」

まゆり「おいしいお餅のためだもん♪ まゆしぃ、頑張っちゃうよぉー!」

そう言って、健気に持ち直したまゆりの顔には、笑みが戻っていた。

岡部 「……いいか、まゆり?」

まゆり「うん!」

まゆりが杵を振り上げる。
それにつられて見上げてみると、空は、いつの間にか晴れ渡っていて。
それでも、肌を刺すような寒さは拭えないけれど――
とんでもなく澄んだ冬独特の空気が、視界一面に広がっていた。
そしてそれは、俺たちを包むように。
この幸せな、おバカな集まりを祝福してくれているかのように。
爽やかにも、抜けるような青さだけを湛えていた。

50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 20:35:20.43 ID:DA/lrfWLO
岡部 「行くぞ!」

まゆり「おす!」

岡部 「ソーッ!」

俺のかけ声の後で―――

まゆり「エイッ!」

まゆりが餅を突く。

岡部 「オウッ!」

俺は餅を返し―――

まゆり「エイッ!」

まゆりが、再び餅を突く。

岡部 「オウッ!」

そのリズムは規則正しく―――

51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 20:36:51.12 ID:DA/lrfWLO
まゆり「え、エイッ!あれ?」

………規則正しく……え。あれ?―――

岡部 「オウッ!?」

ちょ、ちょっと待った。

まゆり「エーイッ!」

岡部 「オウぐああああああああああああああッ!! うあッ!ああああああ!!」

ぐああ。

まゆり「オカリン!」

るか 「あ、やだっ! 岡部さんっ!」

ダル 「うおっ!オカリン!」

萌郁 「………っ!!」

 * * *

54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/01/06(金) 20:43:19.77 ID:DA/lrfWLO
俺は激怒した。
この右手が、全治三週間らしいという事を電話で話すと、クリスティーナが爆笑したからだ。

紅莉栖『封印されし何とかが大人しくなって、かえっていいんじゃないの?』

岡部 「いいわけがあるかっ!」

紅莉栖『……ホントに身も蓋もない話。どうしようもないな』

岡部 「だ、だから、最初に言ったではないか」

岡部 「……すまん」

紅莉栖『い、いいけど。 ……じゃあ、次は私の番ね』

岡部 「……うむ」

もう二度と、あのメンツで餅つきなどやらん。
大体、俺は餅が嫌いだ。




おわり。