妹「起きて。お兄ちゃん、起きて」

兄「あ……き、君は誰？」

妹「なに言ってるの？　妹だよ」

兄「え？」

妹「お兄ちゃん……また覚えてないの？」

兄「い、いや」

妹「一週間前にお兄ちゃんは記憶を失って、病院に入院して、昨日、病院から帰ってきたんだよ」

兄「あ……そ、そうだったんですか？」

兄「（そういえば、誰かと会話していた夢を見たような気がしたけど……現実だったのか）」

妹「……明日、また病院に行かないといけないかな」

兄「い、いや、覚えています（病院とかは全く覚えてないけど）」

妹「本当に？」

兄「あ、はい（あの夢？　の時、すごく泣いていたし、もう悲しませたくない……）」

妹「そっか……良かった。でも、一応、五日後に先生が家に来るからね」

兄「え？　家に来るって？」

妹「あ……そっか。ここってすごくヘンピなところでしょ？」

妹「わたし、車椅子だから。来てもらう方が楽なんだ。その分お金はかかるけどね」

兄「え？　車椅子？」

妹「今は椅子に座ってるからわからないけど、片足があまり動かないの。だから車椅子」

兄「そ、そうなんですか」

妹「今までずっとお兄ちゃんに迷惑かけてたんだし……私頑張るよ」

兄「……す、すみません」

妹「謝らないで。それから敬語もやめて。兄妹なんだから」

兄「あ、はい……すみません」

妹「……」

兄「あ、ご、ごめん」

妹「うん、お兄ちゃん、なにかあったらなんでも言ってね？」

兄「う、うん」

女「おはよう」

男「おう、おはよう」

女「今日も良い天気だね」

男「ああ、そうだな。良い洗濯日和だ」

女「もう、結構日にちが経つよね。ここに来て」

男「そうだな。だいぶここにも馴染んできたな。最初の頃はかなり苦労したよ」

女「そうだよね。本当に何にも無いところだもん。テレビもラジオもなんにも見れないし」

男「しょうがないだろ。電波届かないんだから。本来なら電気すらつかない場所なんだし」

女「自家発電で、どうにかなってるもんね」

男「金持ち最高」

女「水道はないけど」

男「井戸最高」

女「ガスもないよ」

男「最近は電気でなんでも出来るんだぜ？」

女「お店がないよ」

男「それは言うな」

女「まぁ、でもいいよ。わたし、自然大好きだし」

男「うんうん、自然が一番」

女「それじゃ、ちょっと買い出しに行ってくるね」

男「おう。美奈子さんに迷惑かけるなよ」

女「うん、大丈夫だって」

男「行ったか。さて、俺は掃除と洗濯するか。後、新聞を取りに行くか」

兄「夢……か？　いや、過去の記憶？」

兄「あの女は誰だ？　顔が全然思い出せない」

兄「妹……なのか？」

妹「おはよう、お兄ちゃん」

兄「あ、おはようござい」

妹「……」

兄「お、おはよう」

妹「大丈夫？　身体の調子は良い？」

兄「うん、大丈夫」

妹「そっか、良かった」ｷｺｷｺ

兄「（昨日も思ったけど本当に車椅子なんだな）」

妹「どうかした？」

兄「いや、なんでも。えっと、俺、なにかする事無いかな」

妹「え？」

兄「昨日、ずっと家でじっとしていたし、その、なにかしたいなと思って」

妹「いいよ。お兄ちゃんは大人しくしてて」

兄「でも……（車椅子だし、家事とか絶対に大変だ）」

妹「私が車椅子だから？」

兄「え、いや、その」

妹「わかった。じゃあ、お兄ちゃんは洗濯してくれる？」

兄「あ、うん、わかった」

妹「やり方は私が教えるから」

兄「うん、わかった」

兄「終わったよ」

妹「ありがと、お兄ちゃん」

兄「いや……（まだ掃除終わってないのか。……仕方ないよな）」

妹「えっと……じゃあ、リビングでゆっくりしてて」

兄「わかったよ（下手に手伝うより、そうした方がいいかな）」

　リビング

兄「新聞かぁ、そう言えば今日って何日だろう」

兄「10月22日か。最近、寒いわけだ」

兄「えっと、強盗犯逃亡か。都会だけどこの近くだな」

兄「オマケにテロ集団の一員の可能性有りか。……怖いな」

兄「妹さんは守ってあげないとな、俺が」

男「今日も良い天気だな」

女「そうだね」

男「というわけで俺は寝る」

女「ダメだよ。ちゃんと起きて掃除洗濯しなくちゃ」

男「なんか家事をすべて俺に押し付けてないか？」

女「そんなことないよ？　ちゃんと料理はわたしがするから」

男「えっ……」

女「な、なによ」

男「は、はは、料理は俺がやるから大丈夫さ」

女「なんで棒読みなの？」

男「えっと、今日はカレーでも作ろうかなぁ」

女「カレーか、お兄ちゃん辛口好きだよね？　じゃあ、今日は辛口カレーにしようかな」

男「ま、まるで作れるような素振りだけど……作れないよね？」

女「つ、作れるよ！　カレーくらいっ。超おいしいカレー作ってあげるから覚悟しててよね！」

男「……」

女「そ、そんな絶望的な顔しなくても……」

男「父さん、母さん、僕もそちらに行くかもしれません」

女「わたしの料理で死んだりしないよ！　だ、大丈夫だよ。美奈子さんに教えてもらうもん」

男「美奈子さんかぁ。あの人なら料理上手いし、大丈夫かな」

女「……」

男「ど、どうした？」

女「知らないっ」

男「？」

兄「……またあの夢」

兄「美奈子って誰なんだ？　知り合いみたいだが」

妹「おはよー。お兄ちゃん」

兄「あ、おはよう」

妹「ちょ、朝食出来てるよ？」

兄「あ、うん」

妹「きょ、今日は色々と手をこんだものを作ってみました」

兄「そうなんだ（緊張してる？）」

妹「お、おいしいかな？」

兄「え？　うん、おいしいよ？」

妹「よ、よかったー」

兄「料理っていつも俺が作っていたの？」

妹「え？　い、いや、私だけど……」

兄「なら、どうしてそんな怖がってたんだ？」

妹「えっと……お兄ちゃん記憶喪失だから、味覚変わってるかもしれないし」

兄「いや、変わらないでしょ……」

妹「普通、そうだよね……」

兄「うん、たぶん」

妹「で、話は変わります」

兄「いきなりだな」

妹「食材が尽きようとしています」

兄「あ、そうなんだ。じゃあ、俺が買いに」

妹「いや、明日、私が買いに行きます」

兄「え、でも」

妹「大丈夫だよ。私ひとりで行くわけじゃないから」

兄「そうなの？」

妹「うん、いつも買い出しの時に手伝ってくれる人がいるのです」

兄「えっと、それって美奈子って人？」

妹「え…………？」

兄「ち、違った？」

妹「なんで……なんで知ってるの？」

兄「い、いや、なんとなくそう思って（なんで覚えてるんだ？　ああ、あの時の夢か）」

妹「思い……出したの……？　ねぇ！　思い出したの！？」

兄「い、痛いって」

妹「ご、ごめん」

兄「えっと……夢で見たんだ」

妹「夢？」

兄「ああ、今朝っていうか寝てる時に女の人と俺が話している夢を見たんだ」

妹「……」

兄「たぶん、あの女の人はキミだと思うんだけど」

妹「そ、そっか。まだ全部は思い出してはいないんだね？」

兄「う、うん」

妹「順調に記憶が戻ってるってことだね。もしかしたらもうすぐ全部記憶が戻るかもしれないね」

兄「ああ（笑ってる……良かった）」

妹「あ、そうだそうだ。買い出しは私と美奈子さんで行くから」

兄「俺もついて行った方がいいんじゃないか？」

妹「ごめん、お兄ちゃん。私、心配だからお兄ちゃんにはあんまり外に出て欲しくないかも」

兄「で、でも、女二人だろう？　なんか最近物騒だし……」

妹「大丈夫だよ。美奈子さんのお兄さんも居るから」

兄「そ、そっか」

女「おはよう、お兄ちゃん」

男「おはよう」

女「寒いね、ぶるぶるする」

男「俺が温めてやろうか？」

女「うーん、遠慮しとく」

男「うわ、ショック」

女「そんなことより、今日の新聞」

男「ん？」

女「テロ犯の一人が脱走だって」

男「あ、マジだ」

女「てことで、買い出しよろしく」

男「最低の妹だ」

女「お兄ちゃんにはたくさんの保険金かけとくから大丈夫だよ」

男「なにが大丈夫なのか俺には判らない」

女「え？　わからないの？」

男「うん、わからない」

女「お兄ちゃん買い出し行く」

男「うんうん」

女「逃亡犯に殺される」

男「うんうん」

女「保険金がっぽがっぽ。わたしイケメンとウハウハ」

男「えっと兄妹の縁ってどうやって切れるんだっけ？」

女「冗談だよ、冗談」

男「まぁ、いいや。買い出しに行ってくるよ」

女「え？　本当に行くの？」

男「当たり前だろ。食材無くなって来てるんだから」

女「そ、そうだけど……今日くらい大丈夫だよ」

男「あ、もしかして心配してんのか？」

女「そ、それは……」

男「さっきはあんなこと言った癖に」ﾆﾔﾆﾔ

女「ば、ばかぁ！　もう、勝手に行けばいいじゃん。死んでも知らないから」

男「はいはい」

女「……やっぱり、やめよ？」

男「行かないと食うもんないだろ？」

女「……」

男「心配すんな、気をつけるから。大体、脱獄犯って奴は身を潜めるもんなんだよ」

女「……」

男「えっと……今日は何が安いかなぁ。今日は10月24日だから……」

　外

男「寒いなぁ、買い出し行くのも久しぶりだ」

男「原付乗るのも久しぶりだ。事故らないようにしないと」

　スーパー前

男「ついたっと」

男「えと、メモメモ。うわ、結構な量買うんだな。仕方ないけど」

？「……」ﾄﾞﾝｯ

男「うわっ」

？「……っ」

男「す、すみません（ニット帽にマスク……いかにも怪しい男だな）」

？「気をつけろ、糞餓鬼が。殺すぞ」

男「す、すみません（怖っ……殺すとか言ってるよ……痛い奴だ）」

？「ふんっ」ｽﾀｽﾀ

男「……はぁ、絡まれなくて良かった」

男「さっさと買い物済まして帰ろう」

　ピーポーピーポー

男「ん？　なんだ？」

男「なんかスーパーの外が騒がしいな」

　スーパー前

男「すげー人だかり……救急車とパトカー」

野次馬Ａ「なんか人が刺されたらしいよ！」

男「え……？」

野次馬Ｂ「マジかよっ」

野次馬Ｃ「俺……見ちゃったよ、犯人」

野次馬Ａ「マジかよっ」

野次馬Ｃ「ニット帽でマスクしてた男だった」

男「え……？」

野次馬Ａ「うわーまじかよ。もしかして、あいつじゃない？　あの脱獄犯」

野次馬Ｃ「そ、そこまでは……たぶん、そうかも」

野次馬Ｂ「外出歩かないようにしようっと……」

男「……」

妹「起きて？　お兄ちゃん、起きて」

兄「え……あ、妹」

妹「やっと起きた。朝ご飯もう出来てるよ」

兄「そ、そうか。ありがとう」

妹「じゃあ、先にリビングで待ってるね」ｷｺｷｺ

兄「……（またあの夢……いや、過去の記憶か？）」

兄「（俺ってかなり怖い体験してたんだなぁ……）」

兄「ふぁ……（眠い……新聞でも読むか）」

兄「（捕まったテロの一人が脱獄か。しかも、この近くか、怖いね）」

兄「え……？」

兄「捕まったテロの一人が脱獄って……夢でも確か」

兄「ま、待ってくれ。た、確か夢の時、日付は何日だった……？」

兄「チラシを見た時……10月24日だった」

兄「……じゃあ、今日は何日だ……？」

兄「10月……24日」

兄「なんで……あれは過去の記憶じゃなかったのか……？」

兄「え……？　じゃあ、あれはなんだったんだ……？」

妹「どうしたの？　そんな暗い顔して」

兄「い、いや、なんでも」

妹「今日、買い出しに行ってくるけど、なにか要るものある？」

兄「買い出し？　なんで！？」

妹「な、なんでって……昨日、行くって言ったでしょ？」

兄「あ……そうか、美奈子さんと」

妹「なにもないなら行ってくるけど」

兄「待って！　行くな！」

妹「えぇ？　な、なに？」

兄「ほら、新聞見ろ！　テロ犯が脱走したって書いてあるだろ！？」

妹「あ、うん。怖いよねー。気をつけないとね」

兄「いや、怖いよねーじゃなくて、今は危ないだって！」

妹「え？　うん、そうだけど、こういう犯人って身を潜めるから大丈夫だよ」

兄「大丈夫じゃない！！！！」

妹「お、お兄ちゃん？」

兄「ご、ごめん……今日は行くのやめてくれ。一緒に居てくれ」

妹「う、うん、わかったけど、大丈夫？」

兄「大丈夫だから、頼む。今日は行かないでくれ」

妹「……うん、ちょっと、美奈子さんに電話してくるね」

兄「……（なにやってんだろ、俺）」

兄「（本当に人が刺されるかどうかも判らないって言うのに）」

兄「……糞、こういう時、テレビとかラジオが無いのがもどかしいな」

女「うう、良かった……良かったよ」

男「お、おい、もうくっ付くなよ」

女「だって……だって！」

男「俺は無事だったんだから、な？」

女「うん……そうだけど、そうだけど！　お兄ちゃん、酷いよ！」

男「今日まで言わなかった俺も悪いけど……でも、お前を怖がらせたくなかったから」

女「……」

男「ごめん（昨日の出来事、言わなかったんだけど）」

男「（新聞で時刻と場所まで書かれてるから誤魔化せなかったんだよな）」

女「お兄ちゃんが死んだらわたし……わたしぃ……」

男「大丈夫だって。俺は死なないよ」

女「……今日、一緒に寝て良い？」

男「えー」

女「……」

男「ごめん、そんな死にそうな顔しないでくれ。わかった、寝るよ」

女「じゃあ、一緒にお風呂入って良い？」

男「それはダメ」

女「……」

男「そんな顔しても絶対ダメ」

女「……」

男「ダメだって言ってんだろ」

妹「朝だよー。起きて、お兄ちゃん」

兄「あ……妹」

妹「うん、妹だよ」

兄「……（あんなに俺のこと、心配してくれて）」

妹「？　お兄ちゃん？」

兄「……」ｷﾞｭｯ

妹「わっ！　な、なに？」

兄「ごめんな、心配させて」

妹「え？　え？　な、なに？　なんなの？」

兄「いや、ちょっとね」

妹「ちょっとで抱きつくって。ま、まぁ、いいけど」

兄「……」ﾊﾅﾚﾙ

妹「あ……」

兄「ん？　なに？」

妹「い、いや、べつに」

兄「寒っ（最近、特に寒いな）」

妹「……」

兄「両手を広げてなにしてんの？」

妹「か、カイロ代わりにもう一度どうかな？　っと思いまして」

兄「さてと、顔でも洗ってくるかな」

妹「うわー、華麗にスルーされてるよ」

兄「ふぁ……（眠いし、寒いし）」

妹「……さっきは自分から抱きついてきた癖に」

兄「……新聞」

兄「（やっぱり、事件が起きてる）」

兄「（10月24日、○○スーパー前で男性が何者かに腹部を刺され意識不明）」

兄「（て事は……あれは過去の記憶じゃなくて、未来予知）」

兄「（俄かに信じられないけど……現実に起きてるしな）」

妹「お兄ちゃん、新聞読んでるの？」

兄「ん？　ああ」

妹「お兄ちゃん、ありがとね……もし、あのままスーパー行ってたら」

兄「いや、お前が無事でよかった」

妹「……うん」

兄「な、泣くなよ」

妹「だ、だって……」

兄「はぁ、もう……よしよし」

妹「あ、頭、撫でないでっ」

兄「……」ﾅﾃﾞﾅﾃﾞ

妹「お、お兄ちゃん、お礼に一緒に寝てもいいよ？」

兄「うん、断る」ﾅﾃﾞﾅﾃﾞ

妹「この状況で断られるとは思わなかったよ」

兄「あれ？　トイレの電球が」

兄「妹？　トイレの電球が切れてるんだけど」

妹「え？　本当に？」

兄「電球の換えってどこにあったっけ？」

妹「それはあそこに……って、そう言えば無かったんだった」

兄「（指差したところは……あの扉か？　確か倉庫だって妹は言ってたが）」

兄「一応、探してみようか。あそこ倉庫だろ？」

妹「そ、倉庫だけど、ダメだって。無いって電球っ」

兄「いや、だから、探してみるんだろ？」

妹「そ、倉庫の場所変えたんだよっ」

兄「は？」

妹「倉庫はこっち。外にあるからっ」

兄「なに隠してんだよ……」

妹「べ、べつになにも隠してないよ……？」

兄「そうか？　じゃあ、べつに開けても良いよな？」

妹「い、良いよ……？」

兄「じゃあ、開けるな」

妹「だ、だめぇ！　やっぱだめぇ！」

兄「もう遅い……って、あれ？」

妹「……」

兄「鍵かかってるんですけど……」

妹「そ、そうだね」

兄「鍵は？」

妹「そ、倉庫は新しくこっちになったので、そこ開ける必要ナッシング！　イエーイ！」

兄「か・ぎ・は？」

妹「ま、まぁ、人間、誰しも何かを失う時がある……ということだけは言っておこう」

兄「つまり、無くしたんだな？」

妹「……そ、そうともいう」

兄「……」

妹「やめて、その、人を虫けらを見るような目で見ないで」

兄「はぁ……まぁ、いいや、そう大したものはないんだろ？」

妹「うんっ、ないよ！」

兄「そっか……なら、いいかな」

　メシッ

兄「……」

妹「……」

兄「え……？」

妹「……」

兄「な、なぁ？　今、なんか音がしなかった？」

妹「き、木が軋む音じゃない……？」

兄「……ど、泥棒とか入ってないよな？」

妹「こ、こんなヘンピな場所に来るとは思えないけど……」

兄「鍵……無くしたんだよな？」

妹「ご、ごめん」

兄「いや、いいけど、たぶん、お前が言った通り木が軋む音だと思うし」

妹「……」

兄「今日、一緒に寝るか」

妹「え？　いいの？」

兄「まぁ、念のためな（あんな事件があったからかな、ちょっと心配し過ぎか？）」

妹「……や、優しくしてね」

兄「なんだろう。急に一緒に寝なくても良い気がしてきた」

妹「ご、ごめ！　今の嘘っ、無し！」

兄「はぁ……なんか真剣に心配してる俺が馬鹿みたいだ」

妹「え、えへへ」

兄「狭っ」

妹「狭ければもっとくっ付けばいいじゃない――マリー・アントワネット風」

兄「くっ付いても何の解決にもならないだろ……」

妹「なるかもしれないよ？　信じるって大切」

兄「偶には疑うことを覚えた方が人間成長出来るよ」

妹「明日も一緒に寝ようね」

兄「嫌だ。自分の部屋で寝なさい」

妹「お兄ちゃん、私のこと心配じゃないの？」

兄「それってかなり卑怯だと思うんだけど……」

妹「……くす」

兄「どうした？」

妹「ううん、ちょっとね」

兄「そうか……（なんか思うところがあるのかな？）」

妹「最初の頃はお兄ちゃんすごくよそよそしかったけど」

兄「え？　そうか？」

妹「うん……でも、なんか最近は……すごく良い」

兄「……」

妹「お兄ちゃん……好き」

兄「そうかい……って、なに泣いてるんだよ」

妹「べつに……」

兄「き、記憶はなかなか戻らないけどさ……」

妹「……」

兄「俺はお前の兄だから……なにがあっても」

妹「……」

兄「（ちょ、ちょっと、キザだったかなぁ……ひかれた？）」

妹「……」ｷﾞｭｯ

兄「……」ﾅﾃﾞﾅﾃﾞ

男「料理するのめんどくせー」

女「じゃあ、わたしが作るよっ」

男「そ、それはちょっと」

女「ぶぅー、ちょっとは信頼してよ。作らせたら意外とおいしいかもっ」

男「でもなぁー」

女「最近は美奈子さんに教えて貰ってるから」

男「そっか。美奈子さんに」

女「お兄ちゃん、美奈子さんの話題になると嬉しそうだよね」

男「う、うるさい」

女「でも、ダメだよ。美奈子さんには鉄壁のお兄さんが居るから」

男「知ってる。何度か睨まれたから」

女「しかもーお医者さんなんだよー、超イケメンだしー」

男「だからなんだよ」

女「絶対美奈子さんと出来てるよ！」

男「きょ、兄妹だぞ？　ありえないだろっ」

女「え？　兄妹って一番恋人になりやすいポジションだと思うんだけど？」

男「真顔で冗談言わないでくれ」

女「冗談じゃないんだけどな」

男「はぁ、今日も俺が料理を作るかね……」

女「んー、じゃあ、美奈子さんに料理作って貰う？」

男「え？　マジ？」

女「……やっぱやめようかな」

男「な、なんで」

女「だって、お兄ちゃん……嬉しそうだし」

男「そんなことないって」

女「……しょうがない、呼ぶか」

兄「（またこの夢か）」

兄「（いや、予知夢っていうのか？）」

兄「（でも、最近、予知って感じじゃないんだよな）」

兄「（夢の中の俺は……なんか記憶を失ってない感じがするし）」

兄「（それに……美奈子とかいう人。どうやら、俺と妹と仲が良いみたいだけど）」

兄「（どんな人なんだろ……夢の中の俺は好意を向けているみたいだが）」

妹「おっきろー！」

兄「お、起きてるよ」

妹「うん。おはよう、お兄ちゃん」

兄「おはよう」

妹「昨日は気持ちよく寝れたでしょ？」

兄「そうだな」

妹「うんうん、やっぱり今日も一緒に寝ようね？」

兄「今日は一段と寒いなぁ、雪でも降ってんじゃないか？」

妹「またまた華麗にスルーだよ」

兄「腹減ったな」

妹「朝食出来てるよ」

兄「いつもありがとな」ﾅﾃﾞﾅﾃﾞ

妹「……えへへ」

兄「あのさ、俺、美奈子さんに会ってみたいんだけど」

妹「え……？」

兄「いや、だから、美奈子さんに会ってみたいんだって」

妹「み、美奈子さんは無理だよ」

兄「なんでだよ？」

妹「美奈子さんは……忙しい人だもん」

兄「でも、お前の買い物に付き合ってくれてるんだろ？」

妹「……それは、暇な時に頼んでるし」

兄「じゃあ、その暇な時でいいからさ」

妹「……うん、わかった」

妹「なんで急に美奈子さんのこと訊いてきたの？」

兄「それは……（予知夢なんて言ったら心配するかなぁ）」

妹「思い……出したの？　美奈子さんのこと」

兄「えっと、まぁ、美奈子さんって言う人と仲が良かったのは思い出したって感じかな」

妹「……」

兄「（な、なんで黙ってるんだ）」

妹「お、お兄ちゃんはさ……美奈子さんのことどう思う？」

兄「え？　いや、どう思うかって言われても……（全然覚えてないしなぁ、顔すら覚えてないのに）」

妹「……」じーっ

兄「えっと、まぁ、好き……なんじゃないかなぁ？　なんて（予知夢だとそんな感じだったし）」

妹「……そっか」

兄「（悲しそうな顔してるな……）」

妹「もうすぐ会えるよ……」

兄「え？」

妹「美奈子さんと」

兄「そ、そうか」

女「お金がないわ」

男「お金がないな」

女「ねぇ、お兄ちゃん、金庫の暗証番号教えて？」

男「ヤダ」

女「なんでよぉー」

男「無駄使いさせない為」

女「し、してないよぉ」

男「ほう？　あの洋服の山はなんだ？」

女「お、女の子はいつまでも綺麗で居たいの……どんなにお金をかけても」

男「あのなー、昔はこんな無駄遣いしても良かったよ？　でも、もう出来ないの」

男「親戚に散々金奪われて、もうこんな高い服買ってる余裕ないの」

男「俺たちちょっとお金持ち庶民わかる？　庶民なんだよ？」

女「わ、わかったってば」

男「ならよし」

女「でも、倉庫の鍵まで教えてくれないってのはおかしいと思う」

男「それだけお前が信用ならないってことだよ。このダメ人間」

女「……お嬢様だったあの頃に戻りたい」

男「大丈夫だよ、俺が死んだら鍵も番号もお前にもわかるようにしてる」

女「じゃあ、わからなくていい」

男「……ごめん」

女「……いい」

男「今日の新聞はーっと」

男「10月27日……またテロか……」

男「最近、過激だよなぁ。テロに協力している奴らも居るみたいだし」


男「金、出さないとな」

男「えっと、鍵はっと……確か、ここだな」

　倉庫扉前

男「開けてっと」

男「金庫、金庫」

男「えっと、暗証番号は……」

兄「……鍵ってあそこにあったのか」

兄「しかも、あの倉庫……大したものないって言ってた癖に、妹の奴」

兄「鍵……無くしたんじゃなく、知らなかったのか」

兄「あいつ……俺が記憶喪失で鍵の場所が判らないことを悩まない為に、嘘ついてたんだな」

兄「金庫のありか判っても番号覚えてないしな……夢も途中で終わったし」

兄「てか、これって本当に予知してるのか……？」

兄「……本当にあったよ、鍵」

兄「やっぱり、予知夢？　いや、過去の記憶か？」

兄「はぁ……わからん」

兄「まぁ、いいや。新聞でも読むか」

兄「えっと、10月27日……テロか」

兄「夢と一緒だ……」

兄「やっぱり予知夢……なのか？」

妹「おおおおおお兄ちゃんがひとりで起きてるっ！」

兄「そんなに驚くことか？」

妹「いつもは叩いたり、殴ったり、鼻をつまんで口を塞いでも起きないのに！」

兄「微妙に殺されそうになってるな」

妹「お、おはよーのちゅーしても起きないのに！」

兄「え……ちょっと、口洗ってくる。うがい薬ってあったっけ？」

妹「やめて、傷付くからやめて」

妹「あ、そうだ。お兄ちゃん、今日は夕方からお医者さんが来るから」

兄「え？　医者？」

妹「前にも言ったでしょ？　私、この通りだから来て貰う方が楽だって」

兄「あ、ああ、そうだったな」

妹「一応、お兄ちゃんの部屋で診察だって」

兄「そうか」

妹「私も一緒に居たいけど、気が散ったらいけないからリビングに居るね」

兄「おう」

　兄の部屋

医者「こんにちわ」

兄「あ、こんにちわ（男だ……なんかイケメンだ）」

医者「僕のこと覚えてる？」

兄「え？　えっと」

医者「嘘は言わなくていいからね。正直に話して」

兄「いえ、すみません、なんか病院のことは全く覚えて無くて」

医者「そう。じゃあ、いつから記憶があるか、わかる？」

兄「えっと……退院してからです」

医者「そう。妹さんのことは妹さんだと覚えている？」

兄「最初は覚えていませんでした。でも、最近、夢を見るようになって」

医者「夢？」

兄「は、はい（これ言って変に思われないかな？）」

医者「大丈夫、正直に話して？」

兄「はい、その……変だと思うんですけど」

医者「うん」

兄「予知夢を見るんです」

医者「予知夢？」

兄「は、はい」

医者「予知夢っていうのは、未来の夢を見るってこと？」

兄「はい、いやでも、なんか少し違うんです」

医者「違う？」

兄「えっと、うまく言えないんですけど、その夢では確かに未来が見えるんです」

兄「でも、僕自身は記憶を失ってなくて、妹や他の知り合いと普通に会話してるんです」

兄「なんていうか、記憶を失ってない僕の未来って感じです」

医者「それは過去の記憶ではないのかい？」

兄「最初は僕もそう思ったんですけど……事件や事故とか、全部夢と一緒なんです」

兄「夢で起きた事件が現実でも起きたんです」

医者「ふむ」

兄「俺っておかしいんでしょうか……？」

医者「いや、予知夢というのは稀に見るそうだから、おかしくはないよ」

兄「え？　そうなんですか？」

医者「正確には違うけどね、人間が未来を見たっていう錯覚はよくあるということだよ」

兄「それって……デジャブですか？」

医者「そう、よく知ってるね。既視感とも呼ばれている」

兄「でも、それって初めてなにかをしている時に前にやったことがあるって錯覚するアレでしょう？」

兄「僕が見たのは夢なんですよ？　デジャブとは違います」

医者「夢も同じだよ、既視感と似ている」

兄「え？」

医者「既視感というのは過去の経験から初めてした体験でも前にもやったように感じる錯覚のことを言う」

医者「夢も一緒だ。夢も過去の記憶から、睡眠中にあたかも現実の経験であるかのような体験をする」

医者「どちらも過去の出来事から、錯覚を起こしている」

兄「で、でも、確かに僕は予知をしたんです。事件が本当に起こったんです」

兄「それにさっきも、今日の夢を見ました。新聞の事件が夢でも起こっていました」

医者「ふむ、では、君はその記事の詳細を知っているかい？」

兄「え？　テロが起きて……」

医者「何人死んで、どこで起きた？　何時？」

兄「えっと……」

医者「夢でも現実でもその記事を読んだのだろう？」

兄「そ、そうですけど……詳しくまでは……その、覚えていません」

医者「人間は色んな経験をしている。君はよく新聞を読んでいるみたいだね？　妹さんから聞いたよ」

兄「は、はぁ、一応、世間の情報は新聞しかないので……」

医者「過去の君もそうだっただろうね。新聞を読んでいたはずだ」

兄「……そうですね、たぶん」

医者「さっきも言ったが夢というものは過去の記憶から形成される。無意識にね」

兄「えっと……なにが言いたいんですか？」

医者「僕はこう考えてる。君は過去の記憶から似たような事件を無意識に夢として思い出し」

医者「今日の事件と被らせて、未来を見たと錯覚している」

兄「で、でも、まったく同じなんですよ？　日付も一緒だったし！」

医者「そう、だったらさっきの質問に答えて欲しい、記事の詳細は？」

兄「……」

医者「この文字をみて欲しい」ｶｷｶｷ

兄「つまよう？」

医者「最後の一文字はなんだと思う？」

兄「じ？」

医者「正解だ。人間はすべて見えなくても無意識に補正する生き物なんだ」

医者「予知夢も既視感も同じだよ。似たような体験を無意識に補正しているだけなんだ」

兄「……」

医者「夢を見ることは悪いことではない。ちゃんと記憶を取り戻している証拠だ」

兄「……」

医者「難しく考えず、ゆっくり記憶を取り戻していけばいい。焦りは禁物。考え込むのも禁止」

医者「記憶というものはふとしたキッカケで戻るものなんだ」

医者「少し色々言ったが、あまり考え込まないで欲しいから言ったんだ」

医者「また予知夢を見たとしても、気楽に考えて欲しい。未来をちょっと見たみたいな軽い感じでね」

兄「わかり、ました」

医者「うん、今日の診察は終わりだよ。お疲れ様」

兄「あ、ありがとうございます。わざわざ」

医者「いやいや、なにかあったらいつでも電話してね」

兄「はい」


妹「大丈夫だった？」

兄「ああ、でも、ちょっと疲れた」

妹「そっか。じゃあ、もう寝ちゃう？」

兄「ああ、そうする（本当は倉庫の中見たかったんだけど、今日はいいや。明日で）」

妹「もう遅いもんね。じゃあ、おやすみ、お兄ちゃん」

兄「ああ、おやすみ」

男「今日も良い天気だから、星が綺麗だ」

女「そうだね」

男「10月28日、今日はすごい事件とか無いな。政治関係ばっかりだ」

女「いつもあったら困るでしょ」

男「それもそうか。ふぁ……眠い」

女「もう？　まだ7時だよ？　お子ちゃまだね、お兄ちゃん」

男「うるさい、俺はもう寝るぞ」

女「はいはい、わたしも一緒に寝てあげるから」

男「それはいらない」

女「いけず」

男「……」ｽﾀｽﾀ

女「無視すんなー！」

　男の部屋

男「あいつは……まったくもう」

男「……」

男「……」ｽﾔｽﾔ

女「きゃぁああああああああああああ」

男「！」

　リビング

男「どうしたっ！」

女「ひぃ……」

？１「……」

？２「……」

男「（覆面……？　あの倉庫の部屋が開いてる……外から窓を割って入ってきたのか？）」

男「な、なにやってんだ！　お前ら！　妹に手出してんじゃねぇ！」

男「うおおおおおお」

？１「……っ」

男「死ね！」

？２「……」ﾄﾞｺｯ

男「ガハッ！」

女「お、お兄ちゃぁん！」

男「ふ、ふざけてんじゃ―――グハッ！」

女「もうやめて！　お願いだから！」

？１「……」ﾎﾞｿﾎﾞｿ

？２「……」ｺｸｺｸ

男「……」

？「っちゃん？　お兄ちゃん！？」

兄「はっ……！」

妹「お兄ちゃん！　起きた！」

兄「い、妹」

妹「すっごくうなされてたよ……怖い夢でも見たの？」

兄「いや……（あの夢……）」

妹「もうお昼過ぎて夕飯になりそうだよ……ごはん食べれる？」

兄「あ、うん、食べれる」

妹「よ、良かったぁ……じゃあ、リビングに行こう？」

兄「あ、ああ」

兄「（あれも……過去の出来事なのか？）」

兄「（未来予知じゃないのか……？）」

兄「（もし、未来の出来事だとしたら……10月28日）」

兄「（今日、あいつらに襲われる）」

兄「……な、なぁ、妹」

妹「ん？　なに？」

兄「か、過去に人に襲われたりしたこと……無いか？」

妹「は？　なに？」

兄「いや、だから、過去に人に襲われたことないかって」

妹「んん？　べつにないけど……」

兄「そ、そうか」

妹「お兄ちゃん、私、●●だから安心して？」

兄「そんなこと聞いてねぇよ！」

妹「え？　そういうことが知りたかったんじゃないの？」

兄「違うって……」

妹「んー？」

兄「（つまり、過去にそういう体験をしたことはない）」

兄「（じゃあ、つまり、あの夢は未来……）」

妹「お兄ちゃん？」

兄「え？　あ、なに？」

妹「大丈夫？　なんかさっきからずっと考え込んでるけど」

兄「……もう時間が無い」

妹「な、なに？」

兄「とにかく、ここから出るんだ！」

妹「え？　え？」

　外

兄「糞、もう薄暗い！　妹、懐中電灯」

妹「あ、うん」

兄「いいか？　町の方に逃げるんだ……それから、警察に連絡してくれ」

妹「警察？　なんで？　なにかあったの？」

兄「7時半くらいに強盗がウチに入ってくる」

妹「え？　ウチに？　嘘、こんなヘンピなところに？」

兄「ヘンピでもうちはかなりの金持ちだ。そういう輩が現れてもおかしくない！」

妹「で、でも、なんでお兄ちゃん、そんなこと知ってるの？」

兄「とにかく俺の言うことをきいてくれ！」

妹「わ、わかった」

兄「よし」

妹「お、お兄ちゃんはどこ行くの？」

兄「家だ」

妹「い、家って……強盗入るんでしょ！？」

兄「ああ」

妹「ああって、危ないよ！」

兄「確かに危ない……でも、黙って金品奪われてたまるか！　あの屑親戚みたいに！」

妹「お、お兄ちゃん」

兄「お前は携帯繋がるところまで行って、連絡してこい。それから、保護してもらえ」

妹「ど、どうしても行くの？」

兄「ああ、行く」

妹「……気をつけてね」

兄「おう」

　家――リビング

兄「時間は7時過ぎ……鍵はある。それから、金属バット」

兄「よし……ブッ倒してやる」

兄「……」ﾄﾞｸﾄﾞｸ

兄「……」ｶﾞﾁｬｯ

　倉庫

兄「……お、お前ら人ん家で勝手なこと―――え？」

少女「……」

兄「（やせ細った女の子……？　手足と口を縛られてる？）」

男「……」

兄「（見たことある男だ……そうだ、こいつ……あの夢のニット帽の男）」

兄「（そして、もう一人――え？　なんでこの人が？）」

医者「……こんばんわ、兄くん」

兄「な、え？　な、なんであんたがウチに」

医者「へー……まだ思い出してないんだ。てっきり、ここを開けたから思い出したとばかり」

兄「え？」

少女「っ！　～～～～！」

兄「（少女は俺に気付いた途端、なにか俺に言っている……）」

兄「（なんだ？　何を言おうとしているんだ？）」

少女「～～～～！」

女「お兄ちゃん！」

妹「お兄ちゃん！」

兄「え？」

？「……」ｶﾞﾁｬｯ

兄「（背中に冷たい感触……何故か銃とわかった）」

？「全部思い出した？　お兄ちゃん」

兄「……」

『記憶というものはふとしたキッカケで戻るものなんだ』

妹「ほんとうに覚えてないの？」

兄「す、すみません」

妹「そ、そんな……金庫の番号は覚えてない？」

兄「き、金庫？」

妹「うん、今、金庫の番号がどうしても必要なの。覚えてない？」

兄「すみません……全然、覚えていません」

医者「完璧に記憶喪失だね」

女「やっかいね。こんなところで躓いている暇なんてないのに」

妹「なんで……なんで、お兄ちゃんがこんなことに……」

兄「……」

妹「お願いです！　お兄ちゃんを助けてください！」

医者「それは無理だ。記憶喪失と言っても思い出す可能性もあるから」

女「それに暗証番号を知っているのは兄くんだけでしょ？」

妹「わたしはどうなっても構いませんからっ！」

医者「キミがどうなろうと僕たちが必要なのはこの金庫の暗証番号だ」

女「妹には悪いけど、兄くんには記憶を取り戻して貰う」

兄「（どうして）」

妹「うぅ……そんな……いつもお兄ちゃん任せだったから、いけなかったんだ」

兄「（この娘は）」

妹「金庫の番号もお兄ちゃんしか知らなくて……うぅ」

兄「（泣いているんだろう？）」

兄「そうか……そうだったんだ」

兄「思い出しましたよ、全部」

？「そう、良かった。お兄ちゃん」

兄「俺をお兄ちゃんと呼んでいいのはあの娘だけです、美奈子さん」

女「そう。残念」

兄「足……全然悪くないんですね」

女「そうね、医者を呼ぶって口実で作った設定だから」

医者「暗証番号……思い出したんだね？」

兄「はい、美奈子さんのお兄さん」

医者「じゃあ、早速だけど開けて貰うよ」

兄「その前に、ウチの妹の縄を解いてください」

医者「それは無理だ。逃げられても困る」

兄「……」

男「さっさと金庫を開けろ、殺すぞ」

女「開けて、兄くん」

兄「……」ﾋﾟﾋﾟﾋﾟ　ｶﾞﾁｬｯ

男「あの資料を探せ、あるはずだ！」

医者「は、はい」

兄「……」

女「兄くん動かないで」

兄「なにを……探してるんですか？」

女「とある政治家の悪行が連なってる資料よ」

兄「そんなもの……あるとは思えませんけど」

女「あるよ。あなたのお父様は優秀だったから、だから殺されたのだけど」

兄「な！　父さんが殺された！？」

女「静かにして」

兄「……」

女「貴方のはお父様は情報屋としてはかなり優秀だったわ。そして、誰もが恐れていた」

女「情報屋でここまで権力が高かったのは貴方のお父様くらいなものよ」

女「だから、貴方のお父様に弱みを握られている人たちにいつも狙われていた」

兄「……」

女「資料ね。いくら貴方の本家を探しても見つからなかった。だから、ここしかないと踏んだのよ」

女「私もこんなことしたくなかった」

兄「い、いまさらなにをっ」

女「私と兄さんの親が人質に取られてるの」

兄「え……」

女「いっつも殺伐としてた。組織の為に何人もの人の命奪って……全然楽しいことなんて無かった」

兄「……」

女「でもね、あなた達に出会って、少し変わったの」

女「あの情報屋の息子と娘だからもっとヤバイ奴らと思ってたけど、かなり能天気な子どもだったんだもん」

兄「……」

女「いつも仲良しな兄妹で、羨ましかった。私と兄さんはいつの間にか仕事だけの関係になってたから」

女「だから、資料だけ奪って逃げるつもりだったの」

兄「……」

女「でも、出来なかった。暗証番号が必要だったから」

女「元々、覆面被ってあなた達脅して番号を聞き出して、資料奪ったらそのままトンズラするつもりだった」

女「都合良ければ、またあなた達と何食わぬ顔で買い物に付き合いたかったわ」

兄「本当に都合が良いですね」

女「そうだね。でも、トラブルが発生した。あなたが記憶喪失になったの」

兄「だから、俺の妹の振りをして、記憶を取り戻そうとした」

女「一番、記憶を取り戻しやすいのは日常だからね」

女「新聞も昔に見たものを見た方が思い出しやすいと思ったから変えておいたの」

兄「……」

女「おかしかったなぁ、兄くん、本当に私のこと妹だと思ってるんだもん」

女「なんか……ついつい、甘えちゃった」

兄「……今考えるとかなり変ですけどね」

女「言わないでよ、お兄ちゃん」

兄「……」

女「でも……もう少しだけ、兄くんの妹で居たかったなぁ……なんて」

医者「見つかった。美奈子、もう行くぞ」

女「もうお別れだね」ｶﾞﾁｬｯ

兄「（口封じは当たり前か……）」

男「さっさと殺せ。殺らないなら、俺が」ｶﾞﾁｬｯ

兄「……っ」

女「……」ﾊﾞﾝｯ

男「ぐあっ！　な、なんで……！」

女「お前うざかったんだよね……私にいちいち触ろうとしてきてさ」

男「な、いいのか！？　こんなことバレたら、お前らの親は」

女「……」ﾊﾞﾝﾊﾞﾝﾊﾞﾝｯ

医者「もうやめとけ、死んでる」

女「はぁ、すっきりした」

兄「い、いいのか？　仲間殺して」

女「こんなの仲間じゃないよ。というより、もともと兄さん以外仲間なんて居ないよ」

医者「そうだな、自分の親を人質に取ってるような組織に仲間は居ない」

兄「そ、そうですか」

女「組織が後でやってくると思うから、その前に逃げて」

兄「いいんですか？　俺たちを逃がして」

医者「元々そうするつもりだったんだ」

兄「警察に話してもいいんですか？」

医者「べつに構わないよ。君たちにそれだけのことをしたからね」

兄「……」

女「許してもらえるとは思わないけど……ごめんね、騙して」

兄「……」

女「後、ひとつだけ言わせてね」

兄「なんですか？」

女「貴方のこと……好きだった」

兄「な……」

医者「もう行くぞ、美奈子」

女「じゃあね、また会えたら……嬉しい」

兄「大丈夫か？」

妹「う、うん……すっごく怖かった」

兄「ごめん……ごめんな」

妹「ううん、お兄ちゃんが無事でよかったぁ」

兄「ああ、全然無事だから。もう、ここを離れよう」

妹「え？　離れるの？」

兄「ああ、金庫の通帳と現金持って、また違うところで暮らそう」

妹「うん、わかった」

　数年後――

妹「おおおおおおお兄ちゃん！」

兄「うわ、うっぜ」

妹「でででででーとってどういうこと！」

兄「普通に喋れよ」

妹「うがー！　わたしというものがありながら！」

兄「じゃあ、行ってくるな」

妹「あ、うん、気をつけ――そうじゃない！」

　噴水前

兄「お待たせ、美奈子さん」

女「こんなところに待ち合わせってかなりキザだよね」

兄「……」

女「ごめんごめん、じゃ、行こうか？　お兄ちゃん」

兄「そ、それやめてくださいよ」


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　おわり