1: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 00:54:45.09 ID:C2LfeSHG0

Mマスのssです。
舞田くんから見た新人女性プロデューサーとS.E.Mの話。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1408204475

引用元: 舞田類「like a little girl」 



2: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 00:55:55.63 ID:C2LfeSHG0


11回目の正直――何とかアイドルになる為のオーディションを切り抜け、アイドルとなった俺達の前にプロデューサーがやってきた。
どんな人が来るだろう。何せ知らない世界だ、予想などつかない。それは隣に居るミスターはざまやミスターやましたも同じのようだ。
ガラス張りの窓が心地好いロビーでただその人を待つ。夏の日差しは涼しい所から見れば美しいものだった。

「あ、あの!貴方達が…硲道夫さん、舞田類さん、山下次郎さん…ですよね?」

ガラス越しに光を浴びて、その人がやって来る―…だが俺達3人の前に現れたのは思いもがけない人だった。


「初めまして、…この通り、新人ですが、精いっぱいお仕事します。よろしくお願いします!」


この人が、プロデューサー?

元教師が急にアイドルになると言うのもなかなか不思議な事だが、そんな俺達でさえ互いの顔を見合わせる。
今にも震え出しそうな瞳、細い身体。予想は出来なくても想像していたのはもっとこう、いかにも業界人と言うか、そんなイメージの人だったのに。
目の前に居る女性はまるでlittle girl――少女のようにきらきらと目を潤ませていた。

3: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 00:57:56.28 ID:C2LfeSHG0

「君が私達のプロデューサーか、やや頼りない印象だが…良い瞳をしている。私は硲道夫だ。以後よろしく頼む」

「は、はい!よろしくお願いします!」

「お嬢ちゃん、本当に大丈夫?」

「だ、大丈夫です!頑張ります!」

「頼むよ、あんたについて行けば大金が…」

「大金?何の話ですか?」

「いや、こっちの話。お手柔らかにヨロシク」

ミスターはざまとミスターやましたと並ぶと、その異常さがよく分かる。どちらかと言うとプロデューサー…彼女の方がよっぽどアイドルらしかったし、二人もそれなりにマネージャーやプロデューサーの類いらしかった。
彼女は二人を見上げ握手をする。不安そうな表情はとてもじゃないがプロデューサーには見えない。無理もないか、急に年上の―…それも30代の新人アイドルに囲まれては。
だけど彼女はプロデューサーだ。紛れも無くアイドルの、そして俺達の。


「あの、貴方が舞田さん、ですよね?」

  「ん?そう、僕が舞田類。Call me マイケル!Nice to meet you!これからよろしく」 

声をかけられ慌てて平静を取り繕う。そうして二人と同じように握手を交わす。触れた感触は、とても柔らかかった。
教師をしていた時の事を少し思い出す。自慢じゃないが、俺はそれなりに女生徒からも人気があった。年頃の女の子と言うのは若い男の先生には誰だって優しいのだ。

「一番歳が近いので、少し安心しました。よろしくお願いしますね。ま、マイケルさん?」

彼女が笑った。笑った顔は今まで授業をしてきた女の子達よりは、いくらか大人らしく、とても魅力的だった。


4: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 01:00:27.59 ID:C2LfeSHG0

「では、折角ですしミーティングでもしませんか?お菓子もお茶もありますし」


この女性が俺達のプロデューサー……大丈夫だろうか。ミスターはざまのそれは直球過ぎるが事実でもある。
確かに頼りないと言うのも無理はない。聞くに彼女は今年の3月に女子大を卒業したばかりで、そもそも男性と言葉を交わす事さえ久しぶりだったのだそうだ。
そして話を聞く分に、それなりにお嬢様だった。ミスターやましたは住む世界が違うと笑った。
不思議そうな顔をしているのを見ると、ちょっとした皮肉にも気付かない、ピュアな心の持ち主のようだった。
そんなんじゃだめですよね、と彼女が困ったように笑う。うーん、さっきのスマイルの方が、俺は好きだな。
紅茶といくつかのお菓子を広げながら、他愛も無い話をする。彼女が渡してくれたのはイエローのラベルの紅茶だった。まだ午前だけど、午後ティー。


お喋りが好きなのは、高校の女の子と何ら変わりない。だけど彼女はとても話すのが上手かった。

「3人共、同じ高校の先生だったんですよね。履歴書を見てびっくりしました」

「アイドルこそ教育を変えられる。私はそう思っている」

「…とまあ、こんな感じで連れて来られちゃってさあ。ねえ、舞田くん」

「そこがミスターはざまの良い所だよ☆」

俺達のやりとりを見て、彼女が笑う。ようやく慣れて来たのだろうか。こんなデコボコのアイドルとプロデューサーだ。時間がかかるの仕方がない。
彼女がくれた紅茶を飲みながら、ゆっくりと話す。良いティータイムだ。…なんて、アイドルになったからにはそんな事言ってられないのだけど。


5: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 01:03:14.07 ID:C2LfeSHG0

「えっと、折角なのでユニット名を考えませんか?」

「安心したまえ、もう決めてある。これだ」

プロデューサーがそう声をかけると図ったようにとん、と机の中心に紙が置かれる。ミスターはざまの仕業だ。
ユニット名に関しては俺は何も言われてないけれど、顔を見るとどうやらミスターやましたも同じらしい。
紙を取り出すミスターはざまは妙にキマッてる。実にperfect――本当に彼は面白く、かっこいい人だ。
ミスターはざまが机に置いた紙にはS.E.Mと上手な字で書かれてあった。まじまじと紙を見つめるが、そもそも読み方が分からない。

「あの、これは、」

「セム、と読む。山下くんがサイエンスのS、舞田くんがイングリッシュのE、そして私がマスマティクスのM―…私達の力を合わせた結果だ」

「硲くんそれさあ、頭文字とっただけじゃない?」

「山下くん、こういうのは形から入ると言うのもあってだな」

二人が言い合っているのを余所に、プロデューサーはまじまじと紙を見続けていた。

(どんな反応をするだろう?)

二人を止めながら、彼女の事を見つめてみる。潤んだ瞳がどちらかと言うと輝いているように見えた。あとミスターはざま、Mathmaticsの発音は、Mの部分を強く言うともっとナイスになると思うよ。


6: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 01:05:47.03 ID:C2LfeSHG0

「良いと思います。得意な事ってきっと、力になりますよ」

そんな彼女の一声もあり、結局俺達はそのままS.E.Mと言うユニットになってしまった。
これでいいのか、とミスターやましたが目配せをする。面白いから良いだろうと俺がウインクを返すと、小さく溜め息をしていた。
プロデューサーである彼女がこれで良いと言うのだから、きっと良いのだろう。少なくとも、俺はそう思う。

その後はこれからの方針を話し、一応子供へのアプローチの多い仕事を中心にオーディションをやっていこうと言う話になった。
アイドルと言っても色々なジャンルがある。歌って踊るのも勿論大事だが、見せる層に合わせた仕事と言うのも大事なのだそうだ。
特にミスターはざまにはアイドルになり教育を変えると言う夢がある。それを叶える為の近道だ。
もしかしたら俺達の教え子達がアイドルとしての俺達を見てくれるかもしれないしね。


「それじゃあ、中高生の見る番組を中心にオーディションを受けてみましょう。そうですね、例えば…」

プロデューサーがファイルを捲り、仕事をする時の顔になる。頼りなかった顔が少し凛々しくなって、こんな顔もするのかと思った。
真剣に俺達の事を考えてくれている、そう感じてもおかしくはないだろう。
季節は夏の上り坂、これからきっともっと暑くなる。彼女がふと午後の紅茶を開けるのを見つめる。長い髪が揺れていた。
俺達はそんな風に出会った。夏の暑い日、ゆるやかにドライの効いた事務所の中で。
俺は期待に胸を膨らませていた。ミスターはざま、そしてミスターやましたもそうなのだろう。
プロデューサーはどうだろう。俺に――俺達に、期待をしていてくれているのだろうか?


7: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 01:08:40.23 ID:C2LfeSHG0

数日プロデューサーと一緒に居て分かったが、彼女はそれなりに熱意も、そして技術もある人だった。

「山下さん、ステップ甘いです!」

「歳なんだから労ってちょうだいよ…」

後で知った事なのだが、彼女は女子大でチアダンスをしていたらしい――よってレッスンは想像以上に激しかった。
この事務所はプロデューサーがレッスンまで面倒を見るなんて、なかなか机の上の仕事でさえも大変だろうに、彼女は今それ以上の事をやっている。

「舞田さん、気を抜いたら駄目ですよ!」

すかさず彼女の声が飛ぶ。そうだ、俺はまだアイドルとしては半人前で、彼女を心配する前に自分をどうにかしなければ―…
前を向き直し、心を入れ替える。一歩前で踊るミスターはざまはどうやら3人の中でダンスは一番上手いらしい。
アイドルをやりたいと言い出したのは伊達ではないと言う事か。俺も負けていられない。もう少し、ファイトだ。



「皆さんが少しずつ上手くなって行くのを見ると楽しいです」

「お嬢ちゃん、踊ると人が変わるからね。ほどほどにしてくれると嬉しいんだけど」

「山下さんだって、最初の頃に比べて大分動けるようになってますよ。元々歌は上手いんですし」

俺達に見本を見せようと、レッスンの本を片手に一生懸命歌い、踊る彼女はとても魅力的だった。この頑張りを仕事に活かしたい。そう心から思う。


「硲さんは随分踊れるようになりましたよね!この中だったら一番ですよ」

「私も日々のうのうと暮らしている訳ではない。アイドルとして鍛錬は怠らないつもりだ」

そして彼女は俺達をよく褒めてくれた。
教師を辞め、アイドルの世界に飛び込んだ俺達を何も疑わず温かい笑顔をしてくれる彼女は少なからず俺達の支えになっていた。
誰だって不安なのだ、本当にこれで良いのか、なんて。


「舞田さんはいつも、とても楽しそうにレッスンしますね」

「うん、プロデューサーちゃんが頑張ってるから。俺ももっと頑張らないとね。このレッスンでもっとGrowingしてみせるよ!」

彼女が俺に飲み物を渡す。また、あの紅茶だ。今日も黄色いラベルのレモンティー。彼女はいつもミルクティーの方を飲んでいる。だからだろうか、彼女からはいつもスイートな香りがするんだ。
いつも下ろしている髪を、レッスンの間だけはひとつにまとめている。夏らしくて素敵だと思った。
少し汗ばんでいるのに、彼女からはとても良い匂いがしている。


8: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 01:10:41.03 ID:C2LfeSHG0

「うわー、難しそうなモノ読んでるね?」

「…ただの学習指導要領だが」


彼女がプロデューサーになってしばらく。
俺達は、自然に彼女の元に集まる様になっていた。
かと言ってアイドルとしての本格的な仕事はない―…事務所で割り振られた部屋に来るだけだ。
彼女がデスクワークをしている横でミスターはざまは難しそうな本を読んだり、ミスターやましたはコーヒーを沸かしたり。
……俺は踊って怒られたり。


俺達は見た目はこんな感じだが、皆して新人だ。それは机に向かう彼女も一緒で、それが急に仕事を取るのは難しいらしい。
彼女が溜め息をひとつ吐いて、頬を叩く。どことなく浮かない顔をしているのを見るとやはり、仕事が上手く行かないのだろう。


「つまらなそうな顔してるね?俺のアメリカンジョーク聞く?」

「えっ?あっごめんなさい、私ったらぼーっとしてて」

彼女が笑った。笑ったのだけれど、困ったように笑った。出会った時のスマイルはもう少し、こう…と思った所でミスターはざまが邪魔をしてはいけないと俺を止めた。
別に邪魔をしたつもりはなかった。ミスターはざまはかっこいいけれど、時々真面目すぎるのだ。


9: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 01:13:02.30 ID:C2LfeSHG0

「まあまあ、お嬢ちゃんコーヒーでも飲む?ビーカーで沸かしたやつだけど」

ミスターやましたはそんな俺達を余所にのんびりとしている。競馬新聞を見たり、ラジオを聞いたり―…
ミスターはざまの真面目さとミスターやましたののんびりさを混ぜてふたつにしたら、きっとベストな感じになるんじゃないかな。
彼女はありがとうございます、と一言零してコーヒーを飲んだ。コーヒーカップではなくビーカーから直接飲むのを見るのはとてもユニークだった。
でも、ミスターやましたがやっている時よりも子供の悪戯みたいでちょっとキュートだ。
そして彼女は苦いものは得意ではないらしかった。いつも飲んでいるミルクティーより大分減るのが遅かったし、飲んだ後少し、眉が寄っていたから。


「皆さんを見ていると元気になりますね」

ふと、彼女が俺達を見てそう言った。生真面目なミスターはざま、のんびりゆるゆるしすぎたミスターやました。
そしてどちらでもない、だけどどこか浮いている自分。見るからにアンバランスだけど、実は結構気に入ってるんだ。
だから彼女が、プロデューサーがそう言って笑ってくれるのは嬉しい。彼女もその、アンバランスの要素のひとつだ。
出来たら早く仕事がしたい。また彼女が笑ってくれるような気がする。それまでにしっかり準備、しておかないといけないよね。


「私も君の努力している姿を見ていると、襟を正さねばと、そう思う」

俺だって彼女に元気を貰っている。今だって――そう言おうとしたのだけれど、素直で真面目なミスターはざまが先にそう言った。ミスターやましたがそれに続いて、俺はようやくそうだね、と相槌を打つ事が出来た。
自分の気持ちを伝えるのはこんなにも難しかっただろうか。もう一度彼女が笑って机に向き直すまでそればかりを考えていた。


10: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 01:14:23.84 ID:C2LfeSHG0

デスクワークから離れた彼女はしばしば、俺達を事務所に置き営業に行った。
本当は連れてって行ってもらいたいのだけれど自分の仕事だから、と笑う彼女は頑なだった。
それを無理矢理連れて行ってもらおうなんて言うのもスマートではない。よって俺達はこの歳にもなってお留守番だ。


「…彼女さあ、良いよねぇ」


ビーカーでコーヒーを沸かしながらミスターやましたがぽつり、と呟いた。彼女と言うのはプロデューサーの事だろう。それってまさか―…

「ああ、最初は頼りないと思っていたが、なかなか見所がある。私の目に狂いは無かったようだ」

「…そうだね、昔見てた真面目な女子生徒を思い出しちゃうよねえ」

…なんだ、そう言う事か。俺はほっと胸を撫で下ろす。


(……Why?)

どうして胸を撫で下ろしたりしたんだろう。彼女は良いプロデューサーで、一生懸命で、真面目だ。それが俺達全員に伝わっているなら良い事だろうに。
この前から何かが可笑しい。上手く言葉を紡げない。気の利いた言葉が出て来ない。
教師の時はそれが当たり前に出来ていた気がするのだけれど、少しずつ忘れているんだろうか。


11: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 01:15:21.74 ID:C2LfeSHG0

「舞田くん?惚けているが、どうかしたか」

「へ?俺もプロデューサーちゃんの事はbeautifulだと思うよ!優しいし真面目で、俺達の事をよく見ていてくれてる」

ミスターはざまに聞かれて我に帰る。そうだ、彼女は良い人だ。俺だって皆と同じようにそう思っている。
言葉を返していると、ミスターやましたがそっとコーヒーを淹れてくれた。
ほんの少し目が合って、なんとも言い難い表情をされる。ミスターやましたは少し意地悪く笑っていた。
ビーカーで飲むコーヒーは―…俺には少し苦すぎるらしい。彼女もこうやってビーカーでコーヒーを飲んでいたっけ。
と、言う事は今俺は同じ事をしている訳だ。


「ただいま戻りました!」

勢い良くドアが開き、噂の彼女が事務所へと戻って来る。驚いてコーヒーをこぼしかけたのを見て、ミスターやましたはまた意地悪く笑った。
そろそろ夏も本番。スーツ姿のプロデューサーはこの太陽の下、とても暑かったのだろう。扇風機に当たって髪の毛をなびかせている。

その風に乗って、また甘い匂いが漂って来る。汗をかいた時の仕草がレッスンを思い出させる。sweetなだけじゃなく、Marbelousなんだ、君ってやつは。


12: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 01:17:09.37 ID:C2LfeSHG0

「皆さん聞いて下さい!オーディションです、番組オーディションを受けさせてもらえる事になりました!」


プロデューサーが事務所に戻ってしばらく、俺達はお菓子を広げながらミーティングをしていた。
帰って来た時どことなくテンションが高かったのはそう言う事だったのか――これが、アイドルとして初めてのオーディション。
アイドルになる為のオーディションはそれこそいくつもやって来たが、仕事を獲得する為のオーディションはきっとまた別物だろう。
これがアイドルとしての第一歩、隣のミスターはざまは目を輝かせる。ミスターやましたは興味の無いフリをして頭を掻く。
でもその伏せた顔が笑っているのがここからだとよく見えるんだ。俺はどんな顔をしているだろう。そうだな、きっとキラキラとか、そんな感じかも。


「皆さん、頑張りましょうね!」

だって彼女がそんな顔をしているから、嬉しくて。上手く行かない仕事を繋げて彼女がやってくれたんだ。
嬉しくない訳が無かった。アイドルとして始まると言う期待感もあった。

「勿論!プロデューサーちゃんの為にもここでHop Step Jumpしたいよね☆」

アイドルとして仕事がしたい――その一心で言葉が出た。紛れも無く本心で、実に俺らしいと思った。
彼女の前で言葉が出ないとか、深く考えるのは止めだ。きっとその方が上手く行く。


「そうだねぇ、一攫千金狙うにはまずそれくらいこなさないと」

「漸く一歩、だが大事な一歩だ。次に繋げられるよう万全の準備をしよう」

俺の言葉に二人が続く。うん、悪くない。皆が同じ空気を持っている。
それは彼女も同じだ。期待に胸を膨らませ、それに向かおうとしている。彼女だって、プロデューサーだって俺達S.E.Mを作ってくれる大事な一員なのだ。
同時に嬉しかった。彼女が俺達と同じ気持ちで居る事、そして俺達に期待をしている事が。
一見不思議なアイドルだけど、こう言うのもアリだよね。そうやって、証明出来たら嬉しい。


13: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 01:19:52.86 ID:C2LfeSHG0

「3人はレッスンの量を増やして、自主練の間に私が営業に行く、と…大丈夫ですか?」

「問題ない。この情熱をレッスンにも活かそう」

「硲くんは情熱が好きだねえ」

「それについて行ってる俺達もそれなりだよネ☆」


それからしばらくはオーディションに向けて一直線だった。レッスンが増えてからミスターやましたは特にくたくただった。
だけど彼はそれなりにアイドルと言うものを好きになっているようだった。時々アイドルの雑誌を読んでいたのを見かけたものだから。
ミスターはざまは遅くまで練習していた。自分が納得するまでとことんやる、失敗を恐れない姿は教師の時と何ら変わりは無かった。
ただ、今まさにアイドルになろうとしている彼は時々、教師だった頃よりかっこよかった。

変わって行く二人を前に、俺は良い方向へ迎えているだろうか。アイドルと言う仕事は自分にも合っていると思う。
誰よりも楽しそうにレッスンをしている――プロデューサーの言葉を思い出す。自分が楽しんで、見ている相手が楽しめたらそれが一番素晴らしい。
俺はそんな姿に、近付けているんだろうか。
ドア越しにジャージに着替えたプロデューサーを見付ける。彼女は俺達をずっと見ていた。
どんな顔をするだろう。彼女に、プロデューサーに答えを聞きたい。俺達は、俺はどんな風に映っているだろうか。


「…皆さん、とっても素敵です!」

少し遅れてプロデューサーがレッスンスタジオに入って来た。彼女は笑顔だった。
プロデューサーだけでなく、色んな人にこんな風に笑って欲しい。そうは思うのだけど、今は彼女の笑顔だけで胸がいっぱいだった。
彼女は笑うと少女のようになる。出会ったあの日、俺達に怯えていたのが嘘みたいに朗らかに笑う。
今度のオーディションを成功させたい。俺達はもう3人だけではないのだ。


14: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 01:20:57.25 ID:C2LfeSHG0

だが、現実は酷く残酷だった。


「……ごめんねプロデューサーちゃん。番組オーディション、clear出来なかったよ」

プロデューサーが彼女自身の仕事を頑張っているのと裏腹に、俺達の仕事は芳しくなかった。これじゃあアイドルになる時と変わらない。
いや、プロデューサーが見ていてくれてるのに情けない―…そんな気持ちがしているのはきっと俺だけではないだろう。

真面目なミスターはざまも、普段はのんびりとしているミスターやましたさえバツの悪そうな顔をしている。
プロデューサーは何も言わなかった。俺達がショックな事を彼女はきっと分かっている。この中で俺達の事を唯一見てくれたのは彼女だけだ。
だが俺は彼女の悔しそうな顔が頭から離れなかった。その顔は決して俺達に絶望した訳ではないようだった。嬉しかった、だから余計に苦しいと思った。


15: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 01:28:11.58 ID:C2LfeSHG0

「次は、頑張りましょう。皆さんの良い所分かってくれる人達を、絶対に見付けてみせますから!」

悔しそうな顔を仕舞い込み、彼女が笑った。今日からまたレッスンをするんだろう。君はまた、あのミルクティーを飲むんだろうか。
彼女が控え室から出て行ってからも俺達はしばらく立ちすくんでいた。タイトでユーモアに溢れるアイドルの衣装が、この時ばかりは滑稽で仕方が無かった。


「…全く不甲斐ないな、私達は」

ミスターはざまがそう言って、俺は余計に胸を苦しくさせた。アイドルになろうとして居た時よりよっぽど苦しい―…
誰かに期待されると言うのは喜ばしく、そして誰かの期待を裏切ると言うのは自分達だけでやっているより、よっぽど痛々しいものだった。
芸能事務所に所属する事だけがアイドルではない。
アイドルになるには誰かに自分達はアイドルだと認めてもらわなくてはならない。
誰かにアイドルだと言われて初めてアイドルになる事が出来る、アイドルと言うのは不思議な存在だ。
そして俺達S.E.Mと言うユニットにとって、俺達をアイドルだと認めてくれた一番最初の人は紛れも無くプロデューサーだった。
その人の期待を俺達は裏切ってしまった。
本当にアイドルになる為に、夢を叶える為に、誰かを笑顔にする為に踏み出した一歩は上手く行かない。もう一人で歩けない子供などではないのに。
これが嬉しくも苦しい理由――嬉しいのはその事を、オーディションに落ちて初めて理解したからだ。

何より、彼女にもうあんな顔はさせたくなかった。初めて会った時の笑顔を今でも覚えている。
またあんな風に笑って欲しい、出来れば笑わせるのはアイドルとして立っている自分達であって欲しいと思った。だけど決してそうはならなかった。
今の俺では彼女を笑顔にする事は出来ない。その事実は俺達を沈ませる事くらい容易だった。きっと恐らく、プロデューサーもそうなんだろう。

 
18: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 12:47:20.37 ID:C2LfeSHG0

番組オーディションから少し経って、またレッスンと留守番を繰り返す。
事務所は一見穏やかな雰囲気に戻ったような気がしていたがやはりどこか元気はなかった。

それはミスターはざまがアイドルの本を生真面目な顔で読むようになったからなのかもしれないし、
ミスターやましたがビーカーでコーヒーも沸かさずにソファでぼうっとしているのが多くなったからなのかもしれない。
彼はアイドルの雑誌を読むのをやめてしまったようだ。
またあるいは、俺が踊ったり歌ったり、ジョークを飛ばしたりしないからかもしれない。
そして彼女が溜め息を吐く事が多くなったからかもしれない。多分どれも正解だった。


「ねえプロデューサーちゃん、たまには君とお出かけしたいんだけど」

「え、でも…」

「俺が居たら迷惑かな?」

「そんな事ありません!…一緒に行きましょうか、営業」


ほんの冗談のつもりだったのだけれど、ひょんな事から彼女が初めて営業に連れて行ってくれる事になった。そんなに俺の冗談は笑えないだろうか。
と、言うのもここの所、プロデューサーは特にずっと元気が無かった。彼女は良い人だ。
レッスンでもその他の営業回りから帰って来ても、弱音を吐かず笑顔で接してくれた。だけどその笑顔は俺や他の二人が望んでいるような笑顔ではなかった。
なんとなく、そんな気がした。


19: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 12:49:20.43 ID:C2LfeSHG0

前回俺達がオーディションに落ちた事が引っかかっているのだろうか―…嫌な考えを捨て、夏の日差しに呑まれそうなプロデューサーを追い掛ける。

「そうか、では丁度良い。山下くん、レッスンを開始するぞ」

「いつも急だなぁ、ちょっとは休ませてよ…。よっこいせ、」

ミスターはざまはどうやらミスターやましたの個人レッスンをするらしい。
彼等のアイドルに対する熱意はまだ消えてはいないようだった。
そうだ、いつまでも悲しんでばかりでは居られない。
俺もそうした方が良いかと聞いたが、ミスターやましたはまた意地悪く笑って俺を置いて行った。
プロデューサーは舞田くんに任せればいっか、と言う言葉が彼等が部屋を出てからも頭の中で繰り返される。


(…別に、そう言う訳じゃないんだけどネ)

もっと頼ってくれても良いのに。彼女を見ると、時々そう思う。
だから彼女が事務所に居る時くらいはもっと力になりたくて、つい構ってしまうような気がした。
アイドルなんだからそんな事しなくて良い―…俺が何かをしようとすると、彼女は決まってそう言った。
どうしてだろう、そう言われると何だか、突き放されたような気持ちになってしまうのは。


「いつも一人で仕事をして大変じゃない?」

「そんな事ないですよ。プロデューサーですし」

辛い事があったら、いつでも言って。俺で良ければいつだって力になるよ。
そう、言いかけて何も言えなかった。現時点、俺はアイドルとして彼女に何も出来ていないのだ。
そんな俺が彼女に、プロデューサーに何かを言う資格などないように思えた。
本当はいつだって力になりたい。プロデューサーだと言うのは分かっているけれど、彼女はか細く美しく、凛々しく生きている女性だったから。


20: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 12:58:26.08 ID:C2LfeSHG0

「いやあ、正直厳しいんだよねえ。正直この3人、アイドルって年齢でもないでしょう?」

「そこをなんとか…お願いします!!」


営業先に行って、俺は何故彼女が俺達アイドルと行動を共にしたがらなかったのかがよく分かった。
俺達S.E.Mはただ単純に、非常に仕事を取りづらいアイドルだったのだ。


確かにミスターはざまとやましたは30を越えている。俺だって正直、アイドルとしてデビューするような歳でもない。
それに元教師―…普通に仕事をしてさえいれば良かっただろうと、言われる事だってある。

だから最初は不安だった。本当にアイドルをしていて良いのか自信が無かった。
それを受け入れて俺達をアイドルにしようと一生懸命動いてくれたのは、今こうして横に立って、懸命に頭を下げているプロデューサーだった。
彼女が居るからアイドルとして俺達はようやく一歩を踏み出そうとしている。


彼女は必死に俺達のアピールポイントをうったえてくれた。
俺達が元教師である事、アイドルとして学生達に夢を与えたいと思っている事。
だが、どれも机の向こうのお偉いさんには響いてはくれなかったようだった。


21: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 13:00:30.93 ID:C2LfeSHG0

「君もカワイソウだよね。新人で女性なのに、こんなアイドル抱えちゃってさ。何、押し付けられちゃったの?」

「この前もオーディション落ちちゃったんでしょ。現実見ないとさ、厳しいんじゃない?」


その言葉に、心がずんと重くなる。そう言えば、彼女がどうして俺達のプロデューサーになったのかは全然知らない。
もしかして、彼女はこの人が言うように、俺達3人を押し付けられてここに居るのではないか。
それでも期待をしてくれて、俺達と笑ってくれたのではないか?

唇を噛む。拳を握る。彼女はどんな顔をしているだろう。こんな時何か言えれば良いのに。
自分の無力さを思い知る。ここで何かを言えばプロデューサーまで辛い思いをしてしまう。
心が揺れる。本当に自分はアイドルになれるのか―…?


22: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 23:14:59.85 ID:C2LfeSHG0

「…私は自ら選んでS.E.Mをプロデュースしています。彼等の事を素敵なアイドルだと、胸を張って言えます」

「お願いします。S.E.Mにオーディションを受けるチャンスを下さい!この番組なら3人の魅力が伝わると思うんです―…!!」


彼女は必死に頭を下げている。その時の顔が俺達がオーディションに落ちた時の、悔しそうな顔ととても似ていた。
確かあの時もそうだった。瞳を潤ませ、眉を寄せる。あのときから君はずっと、泣きそうだったんじゃないか?

何より悔しかったのは、俺が彼女の事を少しでも疑ってしまった事だ。彼女は俺達に対していつだって本気だった。
本気でレッスンをし、本気で仕事を取って来て、本気で俺達に期待をしてくれた。こんなに辛い思いをしてまで。
それを少しでも疑った自分が情けなかった。彼女をもっと信じたいと、本気で思った。


23: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 23:21:42.63 ID:C2LfeSHG0

「プロデューサーちゃん、もう良いよ」

だからもう、言う資格が無いとかそう言う事を考えるのはやめよう。
君が辛い思いをしているのは嫌だ。俺が君を信じた分、君は俺を信じて欲しい。君と俺達は、楽しい気持ちを分け合って来た。
だから辛い事だってもっと、分け合っても良いだろう?


「君がイヤな思いをするなら、この仕事は降りる。シンプルなことだよ」

「…折角お時間を頂いて申し訳ないのですが、See you again.このお話はまた今度にしましょう!」

気付けば俺は、彼女の腕を引っ張り部屋から飛び出していた。新人の癖に、そんなお偉いさんの声が遠くから聞こえる。
だけどそれよりも、彼女の鼻をすする音がずっとずっと、頭から離れなかった。
後ろは振り返らなかった。彼女が泣いている気がしたから。


24: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 23:33:07.46 ID:C2LfeSHG0

「すいません…みっともない所を見せて」

「良いよ、俺達の為に怒ってくれたんだから。Don't cry!幸せが逃げちゃうよ」


結局近くの公園まで逃げ込んで、俺達はようやく腰を下ろした。
彼女はやはり泣いていた。流石にもう涙こそ流していないが頬の跡と、赤くなった目がそれを物語っている。
俺達の為に泣いてくれた―…嬉しかったし、苦しかった。この前オーディションに落ちた時、あるいはそれ以上に。
嬉しさと苦しさが同時にやってくるなんて今まで無かったのに。彼女は俺に色んな事を教えてくれた。


「プロデューサーちゃん、いつもあんな風に仕事してたの?」

「…たまに、ですよ。時々ああやって、皆さんの事を分かろうとしてくれない方も居ます。それを伝えきれない私もいけないんですけど」

「君がいけない事なんて、何一つないよ」

頭に手を乗せると、彼女がまた泣き出した。何か良くない事でも言ってしまっただろうか―…
途中で買ったペットボトルのミルクティーを差し出すと、彼女はつよくそれを握った。


25: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 23:38:35.95 ID:C2LfeSHG0

「私、皆さんを初めて見た時とても嬉しかったんです。だって、きっと、素敵なアイドルになるって思ったから」

「先生がアイドルなんて絶対にかっこいいって思ったから。そんな人他に居ないって思ったから…」

「皆さんも全力で私について来てくれて、こんな私に任せてくれました。嬉しかったんです」

「でも私自身の仕事が上手く行かなくて、皆さんの魅力を全然伸ばしてあげられないのが悔しくて―…」


彼女がぽつぽつと、涙まじりにそう語る。彼女はひとりで俺達を育て、そして守ってくれていたのだ。
全然気付かなかった。いつも彼女の笑顔に救われてばかりだったような気がする。

もう一度手を伸ばし、頭に手を乗せる。そしてゆっくりと、頭を撫でる。
こんな小さな身体で俺達の事を守ろうと、傷付けないように必死になってくれた。一生懸命俺達の魅力を伸ばそうとしてくれた。
君は俺が思っているより、よっぽど強い女性だった。泣いている姿はやっぱり、Little girlのようだけれど。


26: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 23:43:24.13 ID:C2LfeSHG0

「…プロデューサーちゃん、もっと俺達に辛い事も話してよ。君と楽しい事だけをshareしたい訳じゃない。楽しい事は倍にして、辛い事は半分にしなくちゃ」

言いたい言葉がやっと声になる。俺達がオーディションに落ちてから、ずっと言いたかったんだ。いやきっと、その前から言いたくて仕方が無かった。
プロデューサーはひとりで仕事をしてるんじゃない。俺達だってひとりで仕事をしてるんじゃない。ましてや3人で仕事をしてる訳でも無い――
もっと俺達を、俺を頼って欲しかったんだ。


「私きっと、皆さんにご迷惑をおかけします…良いんでしょうか?プロデューサーって、そんなに頼りないものなんでしょうか…?」

「4人で頑張らなくちゃ、top idolなんて難しいでしょ?One for all,all for one.助け合って行かないとね!」

彼女の瞳が潤んでいる。だけどそれは出会った頃の震えそうな瞳よりよっぽど強く、輝きを放っていた。
出来れば涙ではなく、笑顔で輝いて欲しい―…そう、切に願った。


27: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 23:51:24.32 ID:C2LfeSHG0

「皆さん、営業の時間です!行きましょう!」

「レッスン後のだらだらした時間、好きだったのになあ」

「駄目ですよ山下さん!今日は番組との打ち合わせなんですから。ああっ硲さん待って下さい!今車回してきますから!」


それからしばらく、彼女は俺達と共に営業へ赴くようになった。
彼女はあの後帰ってから思う事があったらしく、今までのお偉いさんに言われた事を思い出しながら、それらを払拭すべく会議へと持ち込んだ。
歳の問題はどうクリアしていくべきか、弱い所に対してどんな部分を推してカバーをするべきか―…今まで一人で考えていた事を、俺達と共有する事にしたらしい。

何せ俺達は教師だ、頭も良いしその辺の子供よりはよっぽど自分達の事がよく見えている。
解決策を4人で導くのは、解けない難問と言う訳でもなかった。
こんな事ならもっと早く皆に相談するべきだった――そう笑ったプロデューサーを見て、彼女はもう大丈夫だと思った。彼女の顔は晴れやかだったから。



28: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 23:55:15.43 ID:C2LfeSHG0

「舞田さん、申し訳ないんですけど私車出すの下手で…一緒に駐車場来てもらっても良いですか?」

「OK、もちろんだよ!Let's go!」


そして少し変わったのは、俺をよく頼るようになった。
一番歳が近いからなのか、それともこの前の出来事が尾を引いているのか分からないけれど、少しばかり良い思いをさせてもらっている。
がんばんなさいよ、とミスターやましたがそう言って、また意地悪く笑った。

(ミスターやましたは一体、どういうつもりなんだ?)


彼が意地悪く笑う理由を、俺はよく知らない。この気持ちは多分恋だとか、そう言う類いのものじゃない。
ただ彼女が笑ってくれると嬉しくて、それに応えたいと思うだけだ。
だって彼女はプロデューサー、俺はアイドルだし。

いい加減夏の暑さが鬱陶しくなってきたと言うのに、外に出ても彼女は爽やかだった。
長い髪が揺れて、白いシャツが太陽に照らされ光っているように見える。
とても綺麗だ。また触れたら、今度は怒るだろうか―…


29: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/17(日) 23:59:31.57 ID:C2LfeSHG0

「舞田さん、先日はありがとうございました」

「えっ?!あ、ああ、もう心配は要らなそうだね!君が元気になって良かった」


伸ばしかけた手が、彼女の言葉で我に帰って止まる。俺は今、何をしようとしたんだろう。
言葉を必死に取り繕うが、いつもの調子で英語が出て来ない。俺と英語の関係は呼吸のようなものだとばかり思っていたのだけれど。
彼女はそれを知る由もなく、俺を助手席へと乗せる。運転する時の彼女の顔は、いつも少し不安げだった。

「舞田さんにはつい頼ってしまって、すいません」

「良いよいいよ、そんな―…」


彼女の方を振り向くと、あの頃の潤んだ瞳はもう無かった。その代わりに夏の日差しに照らされて、本当に輝いているように見えた。
少なくとも俺にとってはそうだったのだ。この夏の日差しの中、彼女が一番輝いている。

彼女が笑った。
少女のように、けれどそれだけではなく、優しく強く、凛々しく笑った。
綺麗だと思ったし、美しいとも思った。そして首を傾げた時、甘い香りがするんだ。
俺が欲しかったのはこの笑顔だ。俺達を素敵だと言ってくれたあの笑顔がいつまでも離れなかった。もう一度こんな風に笑って欲しかった。
彼女が笑った今、もっともっと見たいと、そう感じてしまった。


(どうしよう、これってもしかして―…)


30: ◆EyqsYGWDiw 2014/08/18(月) 00:08:30.00 ID:JeER4KNF0

「……It's beautiful.」

「何か言いました?」


彼女が車を停めた瞬間、ブレーキと一緒にぽつりと言葉が落ちる。
助手席は日差しを強く感じる。多分顔が熱いのは、それの所為だけではないのだろうけど。
彼女がそれに気付く前に車は事務所の前につけ、後ろに二人を乗せていた。ああよかった、気付かれなくて済みそうだ。



「さあ、行きましょう!きっと楽しい仕事になりますよ」


そう言って、彼女が車を出す。その美しい横顔を、隣で盗み見る。やっぱりなんだか、いつもと違う気がする。
いい加減視線に気付いたのか、彼女がどうかしたのかと声をかけた。
何でも無いと取り繕う自分からはやっぱり英語は出て来ないし、そしてとにかくかっこ悪い。
これ以上かっこ悪い所は見せられない――この仕事が上手く行き、彼女に笑顔をプレゼント出来るように一先ず頑張ってみよう。

君がまた、笑顔で輝くと良いな。
そうさせるのは出来ればアイドルとしてキラキラ輝く俺が良いよね。



 終