1 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/07(木) 23:40:31.95 ID:xhWoooAO
ドォン!
「ぐわぁあああ!」
「ぎゃ、ぐ…ぁあああ…!?」
原理不明の砲撃は焼きレンガの防壁に直撃し、運の悪い民兵3人ほどを巻き込んだ。
この戦場で悲鳴なんか昨日の夜中からずっと聞き続けているものだが、近くで悲鳴を上げる奴がいると非常にうるさいものだ。
“ああ、緊迫した戦線がここまで来たのか”と、嫌でも実感させられる。
槍使い「…くっそ、刃物なら良いモンが沢山あるのにな…」
太陽が眩しい。
人間対魔族の開戦から一夜が明け、既に7時間は経過しただろうか。
火薬銃と砲撃の火力の違いが、俺たちの状況の悪さを分かりやすく表していた。
2 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/07(木) 23:48:53.35 ID:xhWoooAO
ゴツッ
槍使い「ッたぁ!?…レンガの破片…さっきの砲撃で砕けたやつか」
せいぜいへそ辺りまでしか隠れないであろうレンガの防護壁の砕けた部分にそっと顔を近付け、向こう側を伺う。
敵も敵で、こちらの火薬銃を警戒してかまだ積極的には攻めて来ない様子だ。
開戦直後に走り寄ってきた敵歩兵の大群を銃で一斉に始末できたのはデカかったようだ。
火力に差はあれど、向こう側の損失もデカいだろう。
槍使い「…だが、困ったな…このまま銃と砲撃の力比べをしていては…」
このままでは全滅必至だ。
4 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/08(金) 07:59:41.24 ID:0MPH3wAO
魔族「コー…ォオ……」
槍使い「…げ」
青い炎の塊の顔のように見えなくもない部分が、こちらに向いたような気がする。
それだけならばまだ良いのだが、ついでに奴はどう見ても腕にしか見えない部分までも、こちらに向けて突き出している。
奴と俺との距離はメートルにして60か70mといったところだろうか。
60?70?
弓矢ならまだ良い。この焼きレンガの壁に守られる。
でも奴の“砲撃”となれば話はかなり別だ。
槍使い(…この防護壁はもうダメだ…場所を変えよう!)
5 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/08(金) 12:18:28.48 ID:0MPH3wAO
ドォン!
槍使い「うわっ!」
案の定、俺が先程まで居た場所は地面から粉々に砕け散ってしまった。
咄嗟に飛び退いて直撃は避けたが、爆風は強く俺の背中を押す。
槍使い「痛っ!…く、ぉお…!」
だが幸運だ。吹き飛ばされた所は新たな焼きレンガ防護壁の裏。
なんとか安全な場所に逃げおおせることができた。
槍使い(…火薬銃は…いくつか置いてあるな、よし)
自慢の槍を持っているとはいえ、槍では遠くの敵は倒せない。
使えない棒をいつまでも抱えるよりは、使ったことがなくとも銃や弓を手に取るべきだろう。
槍使い「……仕方ない、応戦だ」
俺は銃を手に取り、慣れない手つきで撃ち始めた。
のどかな郊外の朝。しがない俺の初陣は現在、泥沼と付け焼き刃で飾られている。
6 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/08(金) 12:45:19.21 ID:0MPH3wAO
ドォン!
ドォン!
槍「爆音があちらこちらから聞こえて来やがる……分が悪いな…」
槍(…レンガ壁の上からちまちま撃ってはいるが、当たっているとは思えない)
槍(くっそー、良くないな…ただでさえ俺らは街の男と傭兵を集めただけの戦力だってのに…)
銃に火薬のチップと弾を充填する。
簡単な扱い方だけは昨日知り合った傭兵のおっさんが教えてくれたからわかるが、打ち方のほうはサッパリだ。
それでも槍よかマシだと、騙し騙し撃っていく他ないのだが。
槍(…さて、補充完了!撃つか…)
俺がレンガから顔を出したその時、
魔族「コー……」
槍「!」
例のデカい奴は、真直ぐこちらに腕を向けていた。
7 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/08(金) 17:29:37.08 ID:0MPH3wAO
??「馬鹿、伏せろっ!」
槍「うお!?」
奴の身体に纏わる炎が腕に集まったのを見て死を覚悟した時、俺の左側から何者かが勢い良く飛び掛かってきたのでまた死を覚悟した。
ドォン!
額当てが砂利に食い込む音と同時に、すぐそこで爆音は響いた。
槍「いたた…あーもう、なんだよこの爆発は…」
??「おいお前、怪我はないか?無いならまずは礼の一言でもくれよ、助けたんだから」
槍「あ、おう…ありがとうな」
??「抜けた奴だな…まぁいい」
8 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/08(金) 21:01:30.68 ID:.xih3Lo0
??「俺は飛脚をやってるモンだが、今ここでは指令の伝達役兼衛生兵だ」
槍「衛生兵か、そりゃあありがたい!」
??「あ、勘違いするなよ?死に損なってもお前は怪我してないからな、救助テントへは連れていかねえぞ」
槍「? 俺は別に行きたくないから大丈夫だ」
??「ほぉう?ここに残って闘う気力があるのかい?お前」
槍「ああ、まだ火薬銃の弾もあるしな」
??「へぇ~…肝が据わってるな!俺に声かけられた他の民兵は皆、“テントへ連れていってくれ!”と泣いてたもんだが」
槍「……おいおい、みんなやる気ないなぁ」
??「仕方ねえよ」
ドゴォオオオン!
槍「っ…!こ、鼓膜が…」
??「…ふぅ~…この状況じゃな、誰だって逃げだしたくもなるさ」
槍「まぁ不利っちゃ不利だからな…あ、俺よりもあそこで伸びてる奴が3人…ああダメだ、一人死んでるから2人、できればテントに連れていってやってくれ」
??「……ははは」
槍「ん?」
??「いや、面白い奴だなお前」
9 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/08(金) 21:15:17.97 ID:.xih3Lo0
??「ほっ、よっこいせ……重いなこいつら!使えないくせに!」
槍「そう言うなって、こいつらも有志で来てるんだから」
??「…優しいねぇ、がたいは良いくせに」
槍「そうか?ははは」
??「おい、褒めてないぞ…さっきみたいに気を緩めるなよ?俺は一度テントに戻るし、まだまだやることがある」
槍「大丈夫さ、二回も命を助けてもらおうなんて思っちゃいないさ」
??「言ったな?聞いたぞ?」
槍「おう、ありがとうな」
??「……」
飛脚「…がんばれよ、俺は戦闘に参加できない…代わりに奴らをぶちのめしてくれ」
槍「任せろ!」
飛脚「死なないようになー!」
そう言って、細身な男は二人の男を抱えて足早に去って行った。
物影に隠れながらの素早い退避は見事なもので、俺は再び目の前の赤レンガに砲弾が当たるまで、その後ろ姿をぼーっと眺めていた。
10 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/08(金) 21:25:17.64 ID:.xih3Lo0
槍「俺の町にも、あんな良い奴がいたんだな…まだまだ俺も自分の町をよく知らなかったって事か」
今度は素早く顔を壁から突き出し、すぐに引っ込めた。
一瞬だけしか見ていないが、先程のように炎の奴はこちらへ向いていないようだった。ならば丁度いい。
槍「よし、もう一度銃にチャレンジだ…」
今度は余裕をもって壁から頭をのぞかせる。ただし銃は素早く構え、炎の巨人の頭へと狙いを定める。
撃ってはたして効くのかわからないが、これしかない。撃つしかない。
槍(…まさか、鍛冶屋の俺が銃を使う事になるとはな…よし、ここだ)
引き金を引く。香ばしい火薬の煙と共に、おそらく弾は奴の頭部に着弾した。
でも相手は頭をぐらりと揺らしただけで、すぐに体勢を立て直しているではないか。
槍(……ちょっとちょっと、なんだよこれ、何で効いてないわけ?)
まさか現在のおされぎみの理由とはこれのことだろうか?
なるほど、逃げ出したくなる奴が現れるはずだ。
魔族「コーォオオォ……」
槍「……またか」
11 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/08(金) 21:37:21.12 ID:.xih3Lo0
ドゴォン!
ドゴォン!
槍「うおっ……やめてやめて、やめろって」
どうやら炎の奴2匹から目をつけられたようだ。
火力に見合わない連射間隔が、急速に赤レンガの防壁を突き崩してゆく。
槍「く、こりゃたまらん…また移動か!」
どこもかしこも砂埃で曇って見える。
まさに激戦といった感じだ。緊張するしかなり怖い。
それでも俺は、最寄りの赤レンガの防護壁のもとへと到着することができた。
駆け込み、崩れるように背を持たれて着席する。
槍「はぁ、はぁ…参ったな…」
俺のいた赤レンガの壁はまたしてもオシャカになってしまった。
このままカニ移動をし続けていたら、もう二度と安全に右側へは戻れないかもしれない。
それはきっと戦力の分断を意味しているんだろうが、今さら分断されたところでという感じでもある。
12 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/08(金) 21:38:40.50 ID:.xih3Lo0
槍「……それにしても銃が効かない…となるとなぁ」
槍はあるし剣も刀もあるのだが、この砲撃の嵐を掻い潜って向こう側まで到着できるのかどうか疑問だ。
こうなる前に俺らの軍も開戦直後に相手陣地に走り込めば良かったなぁ。
「おいマーシー、隣失礼するぞ」
槍「?」
素早く駆けよってきた小さな人影は、ぽすんとスマートな動きで俺の隣に腰を下ろした。
少女「遅れて済まないな、派遣された傭兵部隊の第二隊だ、戦況の報告を頼む…引き継ごう」
槍「? 傭…兵…?」
少女「第二隊だ、いの一番に到着したんだ、さっさと報告してくれ」
槍「え?……お前が傭兵?」
少女「ああ、言うと思ったがそうだ、私が傭兵だ」
冷静な口調で、グラブの紐を締め直しながら話しかけてきた栗色の髪の子供。
思えば、ここで俺とこの少女が出会えたのも運命だったのかもしれない。
13 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/08(金) 21:46:50.29 ID:.xih3Lo0
少女「…第一部隊はもうほとんどが居ないだと?」
槍「ああ、奴らの砲撃を見るなり逃げ出したやつもいれば、小さな怪我をしただけでテントへすごすご退散した奴もいる」
少女「……なるほどな、期待以上に使えない奴らだ」
槍「あ、でも悪くは言わないでくれよ、こうして火薬銃を壁の裏に置いといてくれたんだ、役には立ってるから」
少女「…その寛大さは現代の魔族に見習わせたいところだな」
槍「?」
少女「…まあそんなことはどうでもいい」
少女「第一部隊はほぼ壊滅、残存して辛うじて相手を食いとめているのは町からの民兵…それういう事なんだな?」
槍「そうだ、状況はかなり悪い」
少女「…わかった」
槍「伝達役ありがとうな、お嬢ちゃん…さ、ここは危ないから早く戻って傭兵の部隊に伝えてくれ」
少女「それには及ばない」
槍「え?」
少女「私は伝達役ではない…そのままさ、傭兵としてここに来たのだからな」
槍「……」
槍(…これはもう、俺も、俺の町も終わったかもしれないな…)
14 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/08(金) 23:15:17.40 ID:.xih3Lo0
ドゴォン!
また、背の壁を火球が叩いた。
槍「っ……お嬢ちゃんな、来てくれたのはありがたいけどな、俺らの町の命運はもう尽きたみたいだから」
少女「命運?」
間近で轟く爆音にも怯まず、まだ小さな背丈の少女は腰に備えた何かを取りだした。
ベージュ色のぼろ布に包まれたそれははたして剣か、火薬銃か。
なんて考えもしたが、どちらであっても同じだろう。この戦の結果が覆ることは無い。
槍「お嬢ちゃんの人生はまだまだ長い、いくら傭兵が金を稼げるからとはいえな、命は大事だぞ」
少女「ははは、人生か」
槍「真面目に聞け」
少女「真面目さ」
槍「…他の金に目がくらんだおじさん達はどうだっていいんだ、あいつらはもう直らない」
槍「だけどお嬢ちゃん、お前はまだ引き返せる…まだ危ない所へ身を投じるには早すぎる、今すぐ逃げるんだ」
少女「……ふ」
槍「真面目に聞いてくれってば」
少女「見たところ三十かそこら、といったところか」
槍「…?」
少女「マーシー…いや、お前は民兵か」
少女「よく見ておくんだルーキー、戦いを教えてやる」
人の話なんざ一ミリも聞いてないような不敵な笑みを浮かべた幼い少女の右手には、短い鉄製のメイスが握られている。
15 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/09(土) 23:46:53.12 ID:wPg732AO
ドォン!
槍「っ!」
少女「ふ……ペッ、防壁を壊そうとしているな…一度姿を見られたら最後、隠れた壁が消えて無くなるまで砲撃は続けられる」
槍「厄介な奴だよ、あのデカい魔族は…」
少女「奴の名は“シドノフ”、惨劇軍の中でも最も強力な魔族だ」
槍「……惨劇軍?」
少女「奴等の呼ばれ名さ」
ドゴォン!
槍「うわ…危ないぞ!伏せてろ!」
少女「シドノフの表面は硬い鱗と青い炎で覆われている…あの炎が一番の邪魔だ、あの火焔が集まり砲弾となる」
槍「……」
少女「お前も顔を出して見てみろ」
16 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/09(土) 23:52:37.84 ID:wPg732AO
ヒョコ
槍(…青い炎の巨人…あいつがシドノフか)
少女「あの炎には自身の鱗を強化する力がある…お前が使っている火薬銃の威力では、炎を纏った状態のシドノフに致命傷を負わせることはできないだろう」
槍「! そうなのか…あの炎にそんな力が…」
少女「おい伏せろルーキー」
槍「え?」
少女「ノロマが」グイッ
ドゴォン!
槍「ぐあ、痛…か、髪の毛が抜けたぞ、今の…」
少女「鼻と耳と髪の毛が吹っ飛んでも良かったならそのまま突っ立っていても良いんだぞ」
槍「…ありがとうございます」
少女「うむ、よろしい」
槍(…なんなんだよ、この子供は…)
17 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/10(日) 00:00:30.28 ID:Ut9BjMAO
少女「ここの壁も長くは保ちそうにないな、狙ってきているシドノフを片付けてしまおう」
槍「…そんなの…やれるなら既にやってるさ」
少女「ほう?」
槍「今言ってたな、あの炎には守りを堅くする力があるって…その通りだよ、銃で奴の頭を撃っても駄目だった」
少女「だろうな」
槍「頭を撃っても駄目ならどこを撃っても駄目だろう?近付けず、銃は使えない…」
少女「だから勝ち目がない、とでも言いたいのか?」
槍「そうだよ」
少女「頭が固いな、工夫しろルーキー」
槍「…ルーキールーキーって…なんだよお前は」
少女「ベテランさ、少なくともお前よりはな」
槍「ベテランって…」
少女「信じられないなら見ていろ」
19 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/10(日) 19:34:10.91 ID:3km2H1E0
少女「…よしルーキー復習だ、奴…シドノフは砲撃を行う時、その身体にある変化が起こるが…その変化とはなんだ?」
少女がショートメイスを真っ直ぐ水平に、シドノフを指し示すように伸ばした。
指差されたシドノフはそれに気付いたのは、顔らしきその部分をこちら側へ向けてきた。お互いにお互いを確認したといった具合だ。
槍使い「えっと……ある変化?」
俺はまたぼーっとしていて砲撃を食らうのもいやなので、少しだけ顔を出すにとどめる。
少女「そうだ、ヒントは炎だな」
槍使い「炎…あっ」
奴が砲撃を放つ際に見せる変化。俺は自分が撃たれる瞬間までそれを見ていたので知っていた。
魔族「コーォ…ォオオ…」
シドノフという名の奴が、少女と同じく腕をこちら側へ向け…。
そして、奴の身体は段々とその青いオーラを失ってゆき…。
槍「…全身にあった青い炎が、砲撃を放つ腕にだけ集中する!」
少女「正解だ、“ステイボウ”」
シドノフの腕が光を放つよりも先に、少女のメイスが光った。
20 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/10(日) 22:17:20.20 ID:3km2H1E0
魔族「ゴボッ……」
槍使い「あ!や、やった!」
杖の先端が光った瞬間を見たと思ったら、その一コマ先では長い鉄銛に頭部を貫かれたシドノフの姿が映っていた。
この少女が何かを詠唱し、何かを放ったのだ。
槍使い「…ま、魔術師か!これはすごい!」
少女「伏せろ」
槍使い「!」
音を立てて倒れる巨人を見ていた俺は、隣にいた少女が既に壁に持たれて座っている姿を見て冷や汗をかいた。
“伏せろ”。
そりゃ三度目ともなれば体も自然になれてくる。
ドゴォン!
槍使い「あ、危なかった…」
少女「注意散漫だな、よく今まで生き残れたものだ」
槍使い「自分でも不思議だよ…」
少女「二体が狙ってきていると言ったんだ、一体を倒してももう一体は砲撃を続けてくることくらいはわかるだろう」
槍使い「…すいません」
少女「ふ、まあいい」
……変に大人びた少女だった。
21 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/10(日) 22:24:28.31 ID:3km2H1E0
少女「今見せた通り、シドノフは砲撃の瞬間に隙ができる、火薬銃でも多少は効くだろう、頭なら一発かもしれん」
槍使い「…砲撃の瞬間か…」
少女「タイミングはシビアだがそれしかない……まぁ、接近戦をしてくるヤハエやタイエンがいないだけマシな状況だ、砲撃に気をつければ問題ない」
槍使い「? ヤハエ?タイエン…?」
少女「ああ……それも奴らの名だ、まだ見ていないのか?3本の黒い爪を持った奴と、幅の広い剣のようなものを持った奴だ」
槍使い「あ、そいつらなら知ってるぞ、開幕直後は俺らの軍勢も大きかったからな、銃撃と弓で大体全て片付いたと思う」
少女「! 奴らは始末できたのか…だからシドノフだけは残っているのか、通りで姿を見ないと思ったら…」
ドゴォン!
槍「うおっ……」
少女「…長話をするほどレンガのバリケードは頑丈ではないようだな、あともう一体のシドノフは任せたぞ」
槍「え?おい、どこへ行くんだ」
少女「聞いて思っていたよりも状況は良いようだ、シドノフだけなら問題ない…別の場所で奴らを掃除してくる」
22 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/10(日) 22:30:29.40 ID:3km2H1E0
槍「そ、そうか……俺が奴を倒すのか……」
少女「甘えるな、方法は教えたぞ、一体くらいは自分で倒して見せろ、でなければお前も役に立たないただのルーキーだ」
槍「…辛辣なお言葉で……でも、その通りだな」
俺は手に持った火薬銃に追加の火薬チップを込めた。
気付けば両手は緊張と興奮でじんわりと湿っている。
槍「……俺も大人だし男だ……お嬢ちゃんよりも戦績が悪いってんじゃ、ちと格好が付かないからな」
少女「ふ、お嬢ちゃんか…まあ良い、がんばれよルーキー」
槍「…おい」
少女「ん?私はもう行くぞ」
槍「…俺が3体以上あいつらを倒したら……今度は“ルーキー”じゃなくて、名前で呼んでくれるか?」
少女「3体、ほう…良いだろう、目標が高い事は良い事だ」
槍「ああ、これができたら俺のことはちゃんと名前で、“ホムラ”って呼んでくれよ」
少女「ホムラか、良いだろうルーキー」
槍「ははは、まだやっぱルーキーか」
少女「当たり前だ、お前の名を呼ぶのは3体倒した時だ…それとな、ルーキー」
少女「次に私と会う事があれば、私の事は“お嬢ちゃん”ではなく“ハープ”と呼べ」
23 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/10(日) 22:38:28.05 ID:3km2H1E0
少女、いやハープはやけに印象に残る薄い笑みを見せて、駆け足で砂埃の中へ消えて行った。
何度も何度も鳴る爆音にも怯まない勇敢な後ろ姿だった。
槍(……ルーキーか…子供にルーキー呼ばわりなんて、かっこ悪いことだな)
火薬銃を握る。こいつには、あの少女の放った銛ほどの威力はないだろう。
だがいける。彼女自身が俺に言ってくれたのだ。これでも出来ることはあるのだと。
槍「……よし、目標は3体って言ったけど…やれるだけやってやろう!」
俺は素早くレンガの防壁から胴を出した。
黄土色の砂埃が2つの戦陣の間に吹き流れる。風は北、採石場の辺りから流れている。
魔族「コォー…ォオオ…」
土色に霞んだ遠景の中に、青白い炎の目立つ巨体が腕をこちらに向けたのを見た。
槍(……よく狙え、よく見定めろ、落ち着け…炎が腕に集まったらだ…集中しろ……)
自分に言い聞かせる。目を凝らす。
狙いは、奴の炎が腕に集まり、いざ砲撃を放たんと光る……その瞬間だ。
魔族「コォー……ォオ…!」
槍「!」
腕が光った。
24 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/10(日) 22:44:08.79 ID:3km2H1E0
ドォン!
ザッ!
槍「はっ!はっ!はっ……!」
爆音がこちらの壁を叩いた音か?撃針が火薬を潰した音か?
極度の興奮と緊張の中に居た俺は、鳴り響いた音がどちらの攻撃なのかもわからないほどの思考回路になっていたようだ。
俺が引き金を引いたか、それとも相手が放ったか。どちらかはわからないが、俺は何かの後すぐに、こうして壁に背をもたれ、隠れたのである。
殺すか殺されないかの一瞬だった。これではまるで決闘だ。
……これが戦場か。
槍(やったか?やってないか?…どっちだ、覗き見るか?その間にまた砲撃がきたら………ん?)
俺は自分の右手が握る火薬銃を見た。
槍「……」
火薬銃の銃口からは、もくもくと細い煙が漏れ出ていた。
あの一瞬で俺だけが爆発音をとどろかせた事を示す、勝利の煙だ。
25 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/10(日) 23:24:29.84 ID:3km2H1E0
槍「うっそ…嘘だマジか本当か?本当なのか!?」
ついつい興奮し、レンガの壁に乗り上げるようにして勢いよく顔を出した。
レンガに真新しい爆撃の痕は無い。それはつまり…。
魔族「……」
槍「!」
見えた。
身体から全く炎の出ていない、白い巨体。シドノフだ。
その死体が2つ。ひとつはハープと名乗った少女が倒したもの、そしてもうひとつこそが……。
槍「……俺が…倒した…!」
嬉しさのあまりに笑みが零れてしまう。
あれほど苦戦していたシドノフを、たった一発の弾丸で倒したのだ。この俺が。
槍「よし……よし!よしっ……!いける…いけるぞ…!」
俺は高鳴る鼓動を落ちつけるため、再び壁に背をもたれて銃の手入れを行う事にした。
しばらく、銃を扱う手は興奮で震えていた。
26 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/10(日) 23:35:09.09 ID:3km2H1E0
ダァン!
銃が弾を打ち出す軽快な炸裂音が鼓膜に心地いい。少なくとも腹の底を震わすような砲撃よりはずっとだ。
槍「……よし、二体目!」
そっと顔を出して確認する。
なんと俺は、二体目のシドノフを始末することができたのだ。
俺が倒した数なんてのは、まだ盤全体で見ればそうでもないだろうが、俺らかすればあからさまな火力差から圧倒的に不利だと感じた戦況は一転したのである。
絶対に倒せない。そう思っていた奴を倒す事ができたという希望は、俺ら民兵の軍にとってはあまりに大きなものだ。
槍「はっ…はっ…!」
レンガの壁からレンガの壁へ移動する。
この壁を急遽設置してくれた町の職人たちには感謝だ。これがなければ敵を食いとめられず町は滅んでいただろうし、こうして反撃し、撃退に漕ぎつけようとする一人の男の役に立っている。
町長はレンガ職人に名誉ある称号を贈るべきだ。
槍(よし…倒せる、倒せるぞ)
次に俺がする事は決まった。
27 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/11(月) 23:29:09.61 ID:mlaaYUAO
民兵「はぁっ…ハァ…ッ…!」
ドゴォン!
民兵「ひぃいい!」
パラパラ…
民兵(こ…殺される…!このバリケードを出たら間違なく…いや、ここにとどまっていてもいつかは…!)
民兵(戦いが始まった当初は良かった…足場の悪い道でノロノロと走り寄ってくる奴等を撃ってなんとかなった…だけど今は…)
魔族「ゴォオオォ…!」
民兵「ひっ…!」
魔族「コォー…!」
民兵(やめてくれ…!撃たないで、撃たないでくれぇ…!)
ダァン!
槍「………よし」
民兵「……え…?」
槍「おう、怪我はないか?大丈夫か?」
民兵「あ、ああ…俺は大丈夫……でもあっちにいる奴は顔が酷く爛れて…」
槍「わかった…ありがとうな、良く持ち堪えた…そいつをテントまで運んでくれ、あとは任せろ」
28 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/12(火) 12:27:28.33 ID:nvIPTMAO
民兵「だ、だけど俺の持ち場はここで」
槍「そいつの治療が先だ、ここは俺がなんとかするから」
民兵「そんな事言っても……あんたにだって持ち場が」
槍「俺の持ち場は問題ないさ、片付けてきたからな」
民兵「なん…!本当かい!?」
槍「センセイにコツを教わったんだ、俺はそのコツを他の奴に広めなきゃいけない」
ドゴォン!
槍「…っ…あっぶね…!まだここを狙ってる奴がいたか…」
民兵「……倒せるのか!?あの炎の巨人達を!?」
槍「ああ、倒せるよ……今さっき倒したじゃないか、あれが記念すべき3体目だな」
民兵「………!」
槍「だからもう、敗北に怯え震えることはないんだ」
槍「…この戦、勝てるぞ」
30 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/12(火) 22:47:15.32 ID:zH/41nU0
「コォォー…!」
飛脚「お!?」
青く強く燃える右腕が、遠くで自分を狙っていた。
衣服を湿らす程度の汗が一斉に噴き出す。
瞳孔が開く。
負傷者を探すため戦場を駆けている最中の無防備な前傾姿勢。
勢いに任せた身体が向く先は正面。その先に見えた、今すぐに砲弾を放たんとする白い巨人。
応急処置を行うための、それでも最低限と割り切った道具を詰め込んだだけの小さな皮の鞄が、今この一瞬ではひどく重く感じられた。
砲撃と真向かいの体勢の自分。今まさに腕からは、凝縮された炎の塊がこちらを撃ち抜こうと滾っている。
31 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/12(火) 22:49:05.70 ID:zH/41nU0
飛脚(伏せ、無理だ身体の勢いが前方向へ強すぎて倒れることができない)
飛脚(左右、同じく勢いが強い、十分な回避を行えるフットワークは至難)
飛脚(なら、)
極限の緊張が生む高速の思考。
身体が勝手に動く。
飛脚「――上だ!」
魔族「…ーォオオオ!!」
飛脚の男は前へ蹴り出るためのエネルギーを、一瞬の判断で真上へ飛ぶための力へ変換した。
前方へ全力で駆けていた彼が突然直角に飛びあがる様は、奇怪なものであったが美しかった。
飛脚「ふう!あぶねえあぶねえ!よそ見はいけねえ!」
魔族「……!」
笑う男の真下をスレスレに火炎の砲弾が過ぎ去ってゆく。
32 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/12(火) 23:51:00.96 ID:nvIPTMAO
タタタタ…
飛脚「おーい……ってあれ?あいつはここに居たはずだが」
飛脚「…ひでえな、レンガも半壊になってやがる……砲撃に耐えかねて場所を変えた、ってとこか」
飛脚(…右側のバリケードは殆ど駄目だな…向こう側の味方と合流するには1、2発を壁無しでなんとか避ける必要がありそうだ)
飛脚(てことはあいつ、やっぱ左へ行ったか…よし、探してやろうかね、奴が助けた二人は無事一命を取り留めた、ってな)
飛脚(………?)
飛脚の男はここでやっと異変に気付いた。
飛脚「…ここ…あのデカい魔族がいねぇ…な…?」
34 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/13(水) 22:18:06.50 ID:JwVdOlw0
槍「よし、左!撃てるぞ!」
「おお!」
ダァン!
魔族「ブゴォ!」
またも命中。俺の弾では無かったが手柄なんて関係ない。
負けの匂いしか漂わなかった戦いに勝利の欠片を見出せたのだ。手柄なんて二の次も良い所だ。
今俺がやるべきことは3匹、5匹と自己のスコアを伸ばして功績を得る事などではない。
全ての力を結集して、俺らの町を守ることが最優先なのだ。
「ホムラ、すごいぞ!このタイミングなら奴に銃が効く!」
槍「ああ、俺らは左右に銃を構え、相手がどちらかに砲撃を放った時、狙われていない側の銃でその隙を突く……これなら撃ち手がガンマン紛いの事をするリスクもない」
「あいつらに銃は効かないもんだと半分諦めていたが、これなら…!」
槍(……皆の士気も戻って来たみたいだ、良かった)
槍(よし……よしよし、これなら順調にいける…油断さえしなければあいつらを全滅できる…)
槍(そうすれば……この戦争も終わりだ!町に平和が戻る…!)
飛脚「おい!おいおいなんだこれよぉ!?おい!」
槍「!」
俺の隣に、聞き覚えのある大きな声の男がスライディングで寄って来た。
35 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/13(水) 23:23:27.33 ID:l.gnKwAO
槍「あ、お前は飛脚の…」
飛脚「なんだよおい、怪我人置いてきて戻ってみりゃさ、やけに静かで、んでほらこんな状況だぜ?」
槍「な、なにを言いたいのかわからないぞ、落ち着けよ」
飛脚「落ち着けるかよお前ぇ!」
男はけらけら笑いながら、槍使いの彼の肩を強く叩いた。
飛脚「何時間も膠着状態だったのに、なんだってこんな状況に?あの巨人がバタバタと倒れるしさ、もう俺も何がなんだか…」
槍「それか、あいつらを倒す方法が見つかっただけだよ」
飛脚「うお?本当か!?すげぇじゃんか!みんな弾がきかねーきかねーって喚いてたのに」
槍「はは、なー、すごいよなぁ」
ダァン!
槍「……感謝しなくちゃな」
飛脚「?」
36 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/14(木) 06:03:56.70 ID:1tSP16AO
少女「さて、だいぶ数も減ってきた…砲撃音も聞こえない」
少女「……ホムラ、といったか」
少女「奴が“工夫”したのだろうな…ふ」
少女「私は教えただけだ…それ以上の事はしていない…」
少女「……ふ、甘いかな」
少女「だがこの辺鄙な町に再び平和を取り戻すには、勇気が必要だ」
少女「…シドノフ程度に怯えていてはいかんな」
少女「…大丈夫だろうが」
37 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/20(水) 21:57:21.11 ID:yvFlxQAO
槍「……勝った」
無音の戦場に俺は立っていた。
あと数発で弾が切れる火薬銃と全く役に立たなかった自慢の長槍とを両の手に抱え、ただただここに立ち尽くしていたのだ。
「………来ないのか?」
「敵は……?」
俺に続くようにして民兵達も壁の陰から出てくる。
遠くの草影を疑うように注意深く目を凝らしながら、次々と戦士達が姿を見せる。
俺はひょっこり出てきた頭の数の多さを見て初めて、沢山の仲間と共に戦ってきたのであると実感した。
槍「………」
「……」
民兵達と俺の、豆鉄砲を食らったような目が合う。
そして咳を切ったように、戦場は歓喜の叫びに包まれた。
38 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/20(水) 23:43:14.75 ID:yvFlxQAO
槍「……よっしゃぁああぁあッ!」
青い空に叫んだ。
戦場での高翌揚感も、達成感も、全てをまとめて吐き出したかったのだ。
緊迫した火薬の香りのする息を吐き出し切り、沢に近い緑の匂いのする空気を腹いっぱいに吸い込む。
いつも通りの、俺らの住む町の美味い空気だった。
槍「…戦争から守れたんだな…町を…バンホーを…」
「おいホムラ!やったじゃないか!」
槍「…ああ!計画を聞いて黙って実行してくれたみんなのおかげだよ、やった!」
気がつけば、俺の周りには人だかりができていた。
39 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/21(木) 23:34:23.46 ID:poVEYUAO
「あんた鍛治屋なんだってな?いやぁ自警でもないのにすげえよ!」
「ホムラっていうのか、礼を言わせてくれ!」
「やったぁああぁああ!」
飛脚「…ほぉお…あいつ…ただぼーっとしてる奴かと思ってたが、やるじゃねぇか」
飛脚「あんなに囲まれちまってまぁ…ありゃりゃ、姿が見えねーや…」
飛脚「…じゃあ言葉だけでも……ありがとうよ、町を守ってくれてな」
飛脚はそのまま誰に対してでもなく手を振ると、怪我人を探しに歩きだしてしまった。
途中ですれ違った少女には気付いていない様子だ。
40 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/23(土) 02:08:05.19 ID:H3w3LkAO
ただでさえ慣れていない祝福の喝采を、多くの戦友から一斉に浴びている俺は一歩の身動きもできなかった。
祝勝会とは戦場でそのまま行われるものだったのだろうか?
とにかく俺は、なかなか冷めない興奮の渦中の中心で、実感のない手柄を称えられていたのだ。
少女「その様子だと、お前はホムラ、かな?」
槍「! あんたは」
人の渦の外で、薄く大人のように微笑む少女を見つけた。
彼女が纏う服にも靴にすらも、目立つ傷や汚れは見られない。
41 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/25(月) 00:15:42.86 ID:V84L.UAO
少女「あちこちにレンガの残骸が散らばっているな」
槍「砲撃が激しかったからな…バリケードとして使えるレンガはもう、いくらも残ってない」
俺と傭兵の少女……ハープは、一緒に戦場の傷跡をおさらいするかのように練り歩いていた。
勝ったは良いが、まだ怪我人や、…死体がある。
そいつらを残して勝利を祝うなんてできるわけがない。
早々に祝賀会は御開きとなり、皆四方へ探索しに散ったのである。
少女「もっと早く来れば良かったな」
槍「そんな、充分ハープさんは早かったさ」
少女「傭兵の第一陣で来ていれば少しはマシに片付いただろう、それは事実さ」
槍「…ハープさんのおかげで勝てた戦なんだ、何もハープは自責することはない」
少女「ふっ、そうかな…」
細かな瓦礫の上を、少女が小さな歩幅で進んでいた。
42 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/25(月) 23:10:18.70 ID:V84L.UAO
槍「…あ、ハープさん、聞きたい事が」
少女「ハープで良い」
槍「…ハープは傭兵の第二陣てして来たんだろう?その他の二陣の傭兵達は?」
少女「ん?ああ…奴等か、奴等は……ほら、あそこにいる」
槍「?」
ハープが指で示したのは町側の林。
枝葉と幹に邪魔されて良く見えはしなかったが、多くの人がそこで蠢いていることは理解できた。
槍「…あの人達が?もう着いてたのか…」
少女「終盤頃にな、相変わらず全く役に立たない奴等だ」
槍「……俺としては、来てくれただけでもありがたい」
少女「ほう…」
43 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/26(火) 20:39:50.75 ID:en2pTQAO
幼女「傭兵と衛生兵達が勝利を聞いて動きだしたな」
レンガの塀の上に立ち、辺りを見回しながらハープさんが呟いた。
長い黒髪は束ねられず、そのままさらさらと風に靡いている。
槍「……ハープさんは何歳なんだ?」
少女「お前も死体の片付けでも手伝いに行ったらどうだ?」
槍「あー、…うーん、死体かぁ」
少女「死体が怖いか?」
槍「そういうわけじゃないけど、俺の役目じゃないかなって」
少女「…お前の役目じゃない…?」
少女「……ホムラ、背中の“それら”はなんだ?いつから刀狩りを始めてた」
槍「ああ、見ての通り剣だ。落ちてる剣は拾って、一応また鍛えないと」
少女「…鍛える」
槍「行ってなかったっけ、俺町では鍛冶屋なんだけど」
44 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/26(火) 22:58:52.66 ID:kb9ZpR20
少女「…刀剣の鍛え役か、戦果を見る限りでは銃も向いていると思うがな?」
槍「うーん、銃は苦手だなぁ、俺は槍の方が向いてるよ…ていうかそもそも、自警じゃないし」
少女「槍、か…ふ、確かに振り回す格好は良いだろうが、戦場では飛び道具こそ最も実用的だぞ」
槍「飛び道具ねぇ…」
少女「師を得て付け焼刃な術を習うよりは銃を扱った方が堅実だ、便利だからな」
槍「……んー、俺はハープさんみたいな傭兵になるつもりはないから…はは、良いよ、鍛冶屋で」
少女「……そうか、才能はあると思ったのだがな」
槍「ははは、ありがとうございますセンセイ…」
少女「……おお、そうだ忘れていた」
槍「? 何?」
少女「この町の長を訊ねたいんだが、どこにいる?地形や民兵の総数などの確認をしたい」
槍「地形?総数…?変わった用事だなぁ…」
少女「私の役目だ」
槍(もう戦は終わったのに、傭兵ってのは調べごともしなくちゃいけないのか……大変だな)
槍「うーん、そうだな、町の長か……わかった、テントにいるから案内するよ」
少女「ほう、ありがたい、頼んだぞ」
46 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/27(水) 23:45:23.85 ID:Um6ZOwAO
―――――――
??「あなた方の意見も良くわかります、しかしこれはあらかじめ決められた事…」
民兵「あらかじめ決められた事、だけで済むかよ!」
??「契約の通りです」
民兵「ああそうだろうよ、確かにな、だがあの傭兵達ときたらもう、最悪だ!」
??「最悪」
民兵「ぁあ!一度目の砲撃に怖じ気付いて逃げ出した奴もいれば、レンガの破片で頬を切ったくらいで救急テントへ逃げおおせる奴までいる!他に民兵の重傷者がいるのにな!」
??「そういった彼らはギルドの契約違反として最低報酬無し、最高除名となりますから、問題はありません」
民兵「いいやあるね!やつらのせいで俺らバンホーの民は……」
「失礼する」
民兵「!」
??「どうぞ」
47 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/28(木) 23:54:38.98 ID:UBUJBa.0
パサッ
槍「あ、どうも裁判長さん、この嬢さんは…」
少女「傭兵の第2部隊のハープだ、お前がこの軍の責任者か?」
民兵「…おいホムラ、必要でない時以外はここに立ち入るなと最初に言っただろう」
槍「すまん、けど頼まれたから…」
裁判長「構いません話は聞きましょう…はい、私がこの民兵たちを率いる責任者です」
民兵「ちょっと、裁判長…!」
少女「何故裁判長が町の命運をかけた戦いの頂点に?町長はどうした」
裁判長「町長は魔族の軍勢がこの町にやってくると聞いた夜にどこかへ逃亡しました、なので私が代わりの責任者となっています」
少女「…なるほど、ではこれから指揮を執るのはお前」
裁判長「遅れましたカギルと申します、お嬢さん」
少女「これはすまない、私はハープだ、カギル裁判長」
民兵「……おいホムラ、誰だこの子供は」
槍「んー、わからん」
48 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/29(金) 00:21:16.93 ID:SqVYz6AO
裁「…それで、傭兵のハープさん、私に何か御用ですか?」
少女「構わないのであればまず一つ、周辺の起伏なども記したこの町…バンホー全体の地図を貸していただきたい」
槍(あ、本当に借りるんだ)
民兵「…おい、さっきから大人を馬鹿にするような喋り方をして…」
裁「それは構いません、…地図程度であれば…と言いたいのですが、いつまた魔族軍がやってくるかわかりませんので」
少女「“もし奪われ魔族の手に渡ったら”」
裁「それが一つ、そしてもう一つ、私はハープさん貴女を信用していません」
民兵「そうだ、第一子供が傭兵だと…」
裁「背丈見掛けはあえて問いませんが、信頼できない相手に我が町の地図は預けられません」
少女「……つまり私が傭兵であることの証を見せろということか」
裁「いいえ」
少女(……お)
槍(? …ハープさん…今笑ったか…?)
49 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/30(土) 02:14:15.12 ID:nwfRHoAO
裁「私達はあの魔族の軍達が海さえ渡り、ついに我々の町バンホーを襲撃する所にまできたことを知り…」
裁「そしてハープさん、あなた方傭兵を雇いました」
民兵「決して少なくはない額でな」
少女「……」
槍「……」
裁「私達はあなた方傭兵に相応な期待を寄せていました」
裁「…しかし昨晩からの戦いではどういう事か、あなた方傭兵はあまりに…粗末」
民兵「そうだ、あんたら傭兵全てが悪いとは言わねぇが、だが大多数の傭兵達の様子はひどいもんだ!」
裁「聞くところでは、敵前逃亡はもちろんのこと、仮病まで使い戦線から離脱しようとする傭兵がいたとか」
少女(……なるほど…)
裁「あなた方はあまりに粗末だ、私達は過半数のあなた方を信用していない…」
少女(裁判長のカギル、か…冷静な判断はできるようだ)
裁「よって、地図は貸し出せません」
50 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/31(日) 01:35:16.20 ID:7OEohQAO
少女「……よし、わかった…地図を借りるのは諦めよう」
裁「ご理解ください」
少女「わかっている………だが持ち出しはせず、この場で地図を見る…そこは協力してくれるか?」
裁「外部に持ち出さないのであれば断る理由はありません」
少女「それはありがたい、地図はどこに?」
裁「地図は……ああ、こちらです、この紙が地図です」
少女「ふむ、かなり大きな用紙だな……一枚図か」
槍「………」
民兵「…おいホムラ」
槍「……なんだ」
民兵「いや、なんでもない…ただ、お前っていつも変なモンや人を連れてくるなぁってよ」
槍「なんだそれ…まぁ、あの子が結構変わってるっていうのは事実だけどさ」
民兵「…あ、裁判長が地図の高低差について説明し始めた…こりゃダメだ」
槍「ああ、そうだな…面倒臭そうだ、出よう」
51 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/10/31(日) 23:58:10.65 ID:7OEohQAO
パサッ
槍「……ふー…」
民兵「やれやれ、あのよくわからんガキもそうだが、裁判長のキッチリ癖に付き合うのも嫌なもんだ」
槍「あの子を疑っているのか?あの子は傭兵だぞ」
民兵「…最初から思ってた事だけど、お前どうしてあのガキを連れてきたんだ?傭兵には見えないがね」
槍「この目であの子が…ハープさんが戦うのを見たんだ、だから連れてきた」
民兵「さん、ね…どうしちゃんだかねホムラよ…おぞましい戦場を見て気でも違ったか…」
槍「おい俺はマトモだぞ、そんな言い方は無いんじゃないか」
民兵「正義感に高翌揚したガキを騙す奴とはな…戦は終わった、家でゆっくり休めよロリコン…」
槍「おいっ」
シュボッ…
ジジジ…
民兵「………ぶはー…うめぇ」
槍「……もういいよ、テントへ戻る」
民兵「はいよ」
54 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/01(月) 12:09:22.26 ID:N6dd8kAO
槍(…たしかにハープさんは子供だ、どう見ても)
槍(そりゃ俺だって、姿を見ただけでは“何の冗談だ”ってなるさ、けどさ)
―――おい、ルーキー
槍(………)
槍(…ただの子供じゃないと思うけどな、俺は)
「おい、そこの赤髪!暇なら死体の片付け手伝え!」
槍「げ、死体か……オッケー、わかった!」
槍(…ふぅ、ハープさんの事を案じるよりもやる事があったんだったな……)
槍(……町の人…傭兵の人、勝ったとはいえ、死んだ人や負傷した人はそう少なくない)
槍(…弔ってやらなきゃな)
55 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/01(月) 22:43:14.35 ID:N6dd8kAO
パサッ
少女(朱金の町バンホー…アカガネや鉄を豊富に蓄える低い山に囲まれた……他の町からは離れた田舎の町だ)
少女(近くに海はあるが断崖絶壁…そして山…港を作れないために産出された鉱物や金属は陸路で輸出しなければならない)
少女(……資源は豊富にあったから物流の不便さには困らなかったのだろう…孤立してはいるがそれなりの人口を持つ町だ)
少女(……だが今は全てにおいて最悪な状況にある)
少女(この海に面した断崖…そして周囲に助けを求められない孤立した町)
少女(惨劇軍は海を泳ぎ人間の棲む世界へ侵攻する……奴らは断崖絶壁だろうと執念で登ってくる)
少女(そんな奴らとこの小さい町は…ひとつの前線として立ち向かわなければならない宿命にある…)
少女(人間の棲む世界を守るには、なんとしても水際で…)
56 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/03(水) 06:06:10.89 ID:LxmcJ6AO
ゴォオォ………ン…
少女「…?鐘?」
裁「…きっと弔いのために誰かが鳴らした鐘でしょう」
少女「…そうか…この町には寺か何かがあったのか、知らなかった」
裁「ですが昔と比べ、神にすがる人は減りました」
ゴォオォ………ン…
裁「今は戦時中ですから、どの道神を崇める暇などないのですが…それも成るべくして成った事なのでしょう」
少女「…神か」
裁「緊迫した戦場でも教えの戒に縛られず、あらゆることを事を合理的に行えるので、まぁ、統括者の私としてはありがたい現代の宗教観です」
少女「……」
裁「…難しい話でしたね、それとも貴女に何らかの信仰があったのか、とにかく申し訳ございません」
少女「いや、構わない」
少女「…だが死者のために鐘を鳴らす事ができるのであれば良かった、まだ他人を思いやる心がここには残っている」
裁「?」
少女「死者を弔えなくなった町はじき滅びる」
裁「…誰の言葉か定説かは知りませんが、その土地の者が何を信仰するかにもよるでしょう」
少女「私の経験から来た言葉だよ」
裁「弔えなくとも町は動きます」
少女「そう思うか」
少女(そんな町や村は無かったがな)
59 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/03(水) 21:56:18.98 ID:7CkFMSg0
少女「……うむ、ありがとう、カギル裁判長、細部までよく書きこまれた良い地図だった」
裁「そうですか、私の書いたものが貴女の何らかのお役に立てたなら幸いです」
少女「? これは自ら…?」
裁「はい、町の裁判長をやってはいますが常に出番がある訳ではないので、判子作りやこういった細かな仕事も兼ねています」
少女「…それはすごい、他の作品も是非見てみたいものだ」
裁「……ありがとうございます、いつか時間のある時にお見せしましょう」
少女「いつか…か、そうだな、この戦が完全に終わってからだな」
裁「そうですね、完全に……む」
裁「ハープさん、完全にとは?」
少女「言葉の通りだ、奴らは第二波、大三波と来る」
裁「……は、つみみですが…」
少女「? こんな海沿いの町、一度の進攻で済むはずが無いだろう」
裁「…聞いていません、今日までの戦いは相手の総戦力と呼べそうなほどの軍勢でしたよ、これで終わりではないのですか、奴らが再び来るという確証は」
少女「来るさ…それじゃ、私は傭兵の集合地点に戻るので話はここまでだ、地図ありがとう」
裁「! お待ちを…!」
パサッ
裁「……まだ終わっていない…?そんな、まさか…」
60 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/03(水) 22:46:43.61 ID:7CkFMSg0
ゴォオォ………ン…
槍「…62回、これで全員分だな」
女「ありがとうございます…」
槍「…あいつは頑張りましたよ、最期まで」
女「……うっ…ううっ…」
槍「いつも俺に良い石を持ってきてくれる…本当に、本当に良い奴でした」
女「う…うわぁぁあ…」
槍(…62人、この町の規模からしたら多すぎる命だ)
槍(彼らの家族から稼ぎ頭が消えて…そして生活に困窮する町の人間は何人になる?)
槍(妻と一人の子供だけの家族だとしても、少なくとも更に124人のか弱い人々が不幸になる)
槍(…何故戦争なんて起きてしまったんだ、何故…)
「よっ、ホムラ大先生!」
槍「ん?」
飛脚「良い名前だなあんた、髪の色とピッタリだ」
槍「おお、あんたか…今日は良く会うなぁ」
飛脚「へへへ、偶然だねぇ……と言いたいところだが、あんたがここにいるって聞いたもんでな、それで来たんだ」
槍「どうしてわざわざ俺を?」
飛脚「まぁまぁ、待てよ」
パンッ
飛脚「……ナムナム」
槍「……」
61 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/03(水) 22:54:58.58 ID:7CkFMSg0
飛脚「……仮設治療テントの中でも、怪我をした奴らの間ではあんたの話で持ちきりだったぜ、ホムラ」
槍「そうなのか?俺は何もしてないんだけど…」
飛脚「おいおい、何もしてねーはねーよ、それじゃアンタ以上に何かした奴がいるのかって話になっちまう」
飛脚「…誰もが噂してるよ、ホムラ、お前の軍師としての才能のすごさをな」
槍「……あ、俺がみんなに指示を出したって事か」
飛脚「それしかねーだろ」
槍「…うーん」
飛脚「すごいよあんた、マジで…あんたのおかげで、不謹慎だが」
槍「……」
飛脚「……この広場で不幸にも横たわっている……62人“だけ”で済んだんだ」
槍「…62人“も”死んだ」
飛脚「違うね、あんたが居たから62人“だけ”で済んだ、居なけりゃ奴らの攻略法もわからず全滅だっただろう」
飛脚「何を気に病んでるのか知らないけどな、アンタのおかげで俺ら町の奴らは生きてる、だから感謝はされど、あんたが悔いることはねえよ」
槍「……」
――ハープさんのおかげで勝てた戦なんだ、何もハープは自責することはない
槍「……そうだな、そう思っておこう」
飛脚「ああ、誇れ誇れ!ホムラ、あんたはヒーローだぞ!」
62 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/03(水) 23:07:15.44 ID:7CkFMSg0
あいつはヒーローとか誇れとか言ってくれたが、俺自身は全くそんな浮ついた気持ちにはなれなかった。
俺がこうしてヒーロー呼ばわりされているのも、元はと言えばハープさんが俺に奴らの対処法を教えてくれたからで、俺自身が発見した事ではない。
それに多くの尊い命の上にどっかりと偉そうに座って祝杯を口にするなど、担がれても出来ることではない。
夕方になり、町が赤く染められる頃にはいくらかの人々が祝いの酒を交わしているようだったが、俺はその輪に混ざる事はできなかった。
それに近くを通れば強引に引き込まれて飲まされそうだし、賑やかそうな所には極力近づかないようにした。
俺にはやることがある。
槍「……あった、ここが傭兵達の仮設テントかな……?」
戦いを終え、弔いを終えた俺はそのまま、傭兵達の宿舎の前に赴いていた。
町の外れの今日の戦場に近い、割となだらかな場所に白い布は多く佇んでいる。
64 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/04(木) 20:58:17.79 ID:9LP.BPQ0
「余りの仕事だから楽だろうなーって思ったら、案の定だったな」
「こんな具合で続けてれば金も良い感じに溜まっていく…このご時世ありがたいことだ」
槍(……テントの中から声が聞こえる…けど多分勝手に入っちゃいけないんだろうな)
「だけど俺らは二番手だったから良かったが、一番にここに来ていたらと思うと…」
「馬鹿野郎、運だよ、運…大金手にするもおっ死ぬのもみんな運の上さ」
槍(んー、男の話声ばかりだ…やっぱり女の傭兵なんて少ないんだろうな、戦場でも全然見なかったし…)
「黙れ小娘、期日は期日だ、我々は明日ここを発つ!」
槍(! な、なんだ?随分な大声だな)
「で、でも私、見たんです!聞いたんです!魔族達が集まって、またすぐに強襲をかけようって話しているのを…」
「そんな事知るものか!町の奴らは期日を“戦闘終了まで”として我々を派遣した!我々はその通りに帰還する!」
槍(……すぐここのテントからだ、怖そうな男と…小さな女の子の声がする)
槍(…さっきの声はまさかハープさん…?いや、それにしては雰囲気が違うな…)
槍(覗き見盗み聞きは趣味じゃないけど、俺らの町に関するトラブルみたいだ……少し聞いてみよう)
65 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/04(木) 21:13:16.79 ID:9LP.BPQ0
少女「…それはあんまりではないですか隊長!?継続して任務についていれば、戦闘を行った後に町からは大きな謝礼が待っているのかもしれないのですよ!?」
隊長「ふん、口約束で人助けをするなど我々傭兵の流儀から外れている、わかっていないな小娘」
少女「……」
隊長「我々は書面の上での約束が全てだ、正式な契約無しに町の防衛などやっていられるか!」
少女「そんな…!」
隊長「それにお前は魔族の会話を聞いたと言っているが、我々二番隊が到着した頃には戦闘の終盤だっただろう?果たしていつその会話とやらを聞いたのか……んん?」
少女「そ、それは…この町へ到着する前の鉱山で耳にしました」
隊長「ッ……デタラメをごちゃごちゃぬかすな!いいか、俺がこの部隊の隊長だ!お前には何の権利も権限もない!」
少女「うっ…そ…そんなのひどい…!ひどすぎる!」
隊長「それとな、口の聞き方に気をつけろよ小娘、俺ら傭兵は金はもちろん、酒や女に飢えている馬鹿ばかりだ…お前のようなガキだって食っちまう輩は多い」
少女「!!」
隊長「あまり生意気な事を言っていると……よう?移動中の馬車の中でどっかの頭のネジが抜けた馬鹿に…」
バサッ
槍「おい、子供相手だろう、そこまでにしておけ」
少女「!」
隊長「! おい、なんだおめえ!」
槍「…町の人間だよ、民兵だ」
少女(……)
槍(…あれ、ハープさん?今までの声って…それもこの人が?)
隊長「民兵がここに何の用だ、あん?俺らはここの防衛に来たが、てめえらと慣れ合うつもりはねえぞ」
槍「…いや、戦場にあるあんたらが置いていった火薬銃の処理について聞きにきただけだよ、あんたが隊長なんだろ?」
隊長「ほう、なんだそんな事かよ…勝手にしろ、そいつの持ち主は俺らじゃねえ、死体だ」
槍「ん、そうか、わかった」
66 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/04(木) 21:47:01.63 ID:9LP.BPQ0
隊長「おら、用が済んだらさっさと出てけ、酒がまずくなる」
槍「…ああ、わかったよ」
少女「……」
槍(ハープさん……だよな?まるでこの男に怯えているような顔してるけど…)
少女「…ひどい!見損なった!こんな人が隊長だなんて!」
槍(!? え!?いきなり何!?)
隊長「あぁん?俺がこの隊でのルールだ、規律だ…何よりも、これは俺だけのやり方じゃねえ、傭兵ならみんなそうするだろうよ、誰だってタダ働きしたかねえだろ?」
少女「…傭兵って本当に、お金がないと何もしないのね…!」
隊長「チッ……大人の世界をなんもわかっちゃいねえガキがよぉ…口だけはいっちょまえってかァ!?」
ジャキンッ
少女「ひっ…!」
槍「! おい!子供相手に剣なんか出すなよ!」
隊長「黙れ、お前には関係無い」
少女「…いいわ、あなたたちが予定通り帰るというのであれば、私だけでもここに残る!」
隊長「はっ、勝手な行動だな小娘?お前の報酬はパーになるばかりか、協会へ違約金を払う始末になるぜ」
少女「……それでも構わないわ、勝手にする、帰りたければさっさと帰ればいいのよ!」
バサッ
槍「あっ、おい待…」
隊長「全く、少し“お使い”ができるからって、協会もよくあんな小娘を派兵できたもんだ…」
槍「…おいあんた、あんな小さな子相手に何ムキになってるんだよ」
隊長「古く昔から言うだろう、女子供はうちに帰りな、ってな…俺ら傭兵はお遊びでやってるわけじゃねえ、わかったらお前もさっさと出ていけ」
槍「……ああ、わかった、今度こそ出て行くよ」
パサッ
67 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/04(木) 22:07:20.91 ID:9LP.BPQ0
少女「……」
つかつかつか…
槍「おい、おーい」
少女「?」
槍「…いや、えっと…呼び止めてごめんな、おじさんも特に用があるってわけじゃないんだけどさ」
少女「…ふ、なんだそれは?下手に女にがっつく輩以上に怪しい呼び止め方だぞ」
槍「その喋り方!やっぱりハープさんじゃないか!」
少女「はっ、なんだ?私は着替えてもいないぞ、他にどう見間違える」
槍「そりゃそうだけど…見間違えるっていうか、確信が持てなかったというか、ハープさんって感じじゃなかったし…」
少女「“あんな喋り方はしない”と?」
槍「そう、それだ!それ!」
少女「私は私だ、見間違えるな」
槍「ははは…」
少女「で、お前は私に自分の趣味が非常に年下の女であることを伝えに来たのか、それとも他人の話を盗み聞きするのが趣味であることを伝えにきたのか、どっちだ?」
槍「ちょ……人聞き悪いな、どっちでもない」
少女「それともただ、あの使えない傭兵隊長に銃の件について聞きに来ただけか…」
槍「それもあったかもしれないけど、ハープさんに用があって来たんだ」
少女「? 私にか」
槍「ああ、お礼を言いたくて」
少女「……ふ」
槍「?」
68 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/04(木) 22:46:57.13 ID:9LP.BPQ0
少女「何だそんなことか……聞いた話ではお前は何体ものシドノフを倒したんだろう?礼を言われるのはお前の方じゃないのか」
槍「それは全部ハープさんが俺に教えてくれた事だろ、全部ハープさんのおかげだよ」
少女「そんな事を言いにここまできたのか?」
槍「え?……あー、うん、そうだな、うん」
少女「ふ、律義な男だな」
槍「よく言われるよ」
少女「人の人生なんて短いものだ、出世はできる時にしておけよ」
槍「…ハープさんだってそうじゃないか」
少女「?」
槍「さっき、隊長の人と喧嘩してただろ」
少女「…ああ、あれか」
69 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/04(木) 22:48:21.98 ID:9LP.BPQ0
槍「ハープさんは俺らじゃどうしようもなかった魔族達を何体も何体も倒して、この町の救った……本当はハープさんこそ脚光を浴びる、この町のヒーローになってるはずだろう?」
少女「ふ、ヒーローね」
槍「でも何故か俺がヒーローになっちまってるよ、おかしいだろ、それはハープさんが自分から自身の手柄を申し出なかったからだろ?」
少女「私にはそんな名誉、邪魔なだけだからな」
槍「なんで……」
少女「私は正義感に駆られてこの町へやってきた、“世間を知らない小娘傭兵”だからな」
槍「……それって」
少女「……」
槍「…ハープさん、さっきの…何のための演技だったんだ」
少女「…ふ、あれはただの確認作業だよ」
槍「え?」
少女「今日は疲れたな?ホムラ」
槍「ん、ええあー、そうだな?うん」
少女「この町に風呂付きの宿はあるか?」
槍「ん、え?あ、あるっちゃあるけど」
少女「よし、では案内してくれ」
槍「ちょ、ちょっとまってくれよハープさん!案内頼むなら先歩かないでくれって…」
71 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/05(金) 22:46:15.13 ID:6dLlaQAO
『世界を統べるともなれば、力による統治だけでは完璧な王とは言えん』
『王たるもの、知識を活用して巧く世界を管理しなくてはならん』
『暴力や威圧だけでは完璧な支配はできん……民の意志、心まで掌握してこそ、真の王と呼ぶに相応しいのだ』
『…が、時に知識だけではどうにも打破できん障害が、この覇道には現われる…そう』
『言葉も心も通じぬ、頭の足らん力だけの馬鹿者だ』
『心を掌握できず、相手が戦意を保持し続ける…ともなれば、知識だけで世界を統べることは不可能だ』
『…だから覚悟しておけ、備えるのだ、忘れるな』
『王への道には、必ず戦わねばならぬ敵が現われる事を……』
72 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/06(土) 00:34:13.53 ID:8OWSEBw0
カララ…ギギギ
俺の家の引き戸は途中で何かを噛んだように音が鈍く、重くなる。
でも俺はそれを不便に思った事はないし、祖母も特に気にしていないみたいなので放っておいている。
少女「ここがお前の家か、随分と小汚いな」
槍「ほっといてくれ…ただいま、ばあちゃんいるか?」
そっと半開きの戸から顔だけを出して窺う。
自分の家とは思えないほどの慎重な開け方だと、初めての奴からはよく言われる。最初だけね。
婆「ちぇいやぁあああああああああ!!」
槍「うおおおおっ!?」
少女「ん?」
齢八十を超えているとは思えない素早い動きで廊下を踏みこみ、切れ味最高の長刀の刃を俺に向かって突いてきた。
俺は足を地に付けながらも上半身を後方に折り曲げ倒すという、常人には考えられないだろうが昔から親しみ慣れた動きでその一撃必殺の突きを回避した。
半開きの戸を挟み向かい合う俺と祖母。
そして俺の隣には、ハープさんが何ともなさそうな顔でこのやり取りを眺めていた。
婆「……ほお!ホムラじゃないか、戦は終わったのか?」
槍「……終わったよ、町中響き渡る大きさで勝利宣言が叫ばれてただろ…」
婆「ふん、耳が遠いでな……魔族共がついにここまで押し寄せてきたものかと思ってしもうたわ」
槍(今日でなくても長刀は突き出すくせに…)
73 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/06(土) 00:45:25.23 ID:8OWSEBw0
婆「ふむ、魔族との戦には勝ったのか…それはめでたいことじゃな………ん?んん…?」
ここでやっと長刀を引いてくれた祖母は、ずいっと前に出てきて、戸の陰に隠れていた背の低い少女を注視した。
まるで観察するかのようなべっとりした視線でハープさんの事を眺めている。
槍「ああ…この子は今日の戦」
婆「お前の嫁にしちゃ少し若過ぎんかのぅ?」
槍「ばあちゃん聞いて、この子は今日の戦でお世話になった…」
婆「じゃがまぁお前も良い歳だ、嫁が来てくれるだけでもありがたい事じゃな……うむ、あたしは構わんよ」
槍「うん分かった、とりあえずこの荷物を工場に持っていきたいからそこ通して」
婆「ほっほっほ、めでたいのおホムラ、ついにお前にもこの時がやってきたかぁ…」
槍「…あ、ハープさん、ばあちゃんの事は気にしないでくれ、俺はこの荷物置いてすぐ戻ってくるから」
少女「ふ、良い母じゃないか」
槍「祖母だよ…まあね、近頃のボケが治ってくれればいいんだけど…」
婆「? おいホムラ、嫁を置いてどこに行く気だ」
槍「……荷物置いてくるだけだよ、そしたらハープさんに宿の案内しなくちゃいけないからすぐ戻ってくるってば、じゃ」
キシッ、キシッ…
少女「…はは、嫁か……間違っても、というやつだな」
婆「ん?違うのかい?」
少女「ああ、歳の差があまりに離れているからな」
婆「ははは、そりゃそうじゃな!言われてみりゃ確かにそうだ」
74 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/06(土) 00:55:11.54 ID:8OWSEBw0
少女(……) ヒョコ
少女「…板の間の廊下…襖もあるようだが、奥にある物々しい扉は…?」
婆「ああ、あれかい?ありゃあホムラの工房だ、あいつは鍛冶屋だからね」
少女「自分の家に工場を持っているのか、すごいな」
婆「あいつの父から継いだ工場だがね、その前はあたしの夫のモンだったよ」
少女「親子3代、か」
婆「いや、あたしの親父もそうだったから4代だね、祖父は知らんけどね」
少女「……なるほど、代々受け継がれての役職か…」
婆「んっふふ、ホムラはおっちょこちょいだが、先代達から受け継いだ技はしっかり持ってるよ…この町、いや!この国で一番の鍛冶屋だよ、アイツは」
少女「この国一番、スケールの大きな話だな」
婆「法螺じゃあないよ?あたしが保証する」
少女「……ふ、そう?じゃあ信じてみるか」
婆「はっはっは!信じな信じな!いつかあいつに何か頼んでみな、何だって作っちまうからね」
少女「ふふ、頼もしいな……いつか、ね…頼んでみるよ」
婆「おう、そうしなよ!」
キシッ、キシッ…
槍「あー、肩が痛い……さすがにあの本数の刀を一度に運ぶのは骨が折れるなぁ」
少女「刀…戦場で集めていたものか」
槍「そう、ダメになったやつは打ち直しするから」
少女「マメだな」
婆「ふふ、そういうやつさ」
少女「ははは、そうかもしれないな」
槍「? なんだよ二人して…」
75 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/06(土) 01:08:32.75 ID:8OWSEBw0
婆「ホムラ、嫁じゃない子なら変な事するんじゃないよ!わかってるね!」
槍「何もしないっての!宿に案内するだけ…あーもう面倒臭い、いってくる」
婆「あんまり遅くなるんじゃないよー!」
槍「はいはーい」
少女「……ふふ、良い祖母と孫じゃないか」
槍「はー、ばあちゃんには困ったもんだ、最近はホント、ボケがひどい」
少女「………ふ、そうか…だが年寄りにはあまり辛く当たってやるなよ」
槍「そんなことしな……って、ハープさんに言われたくないな、そういうの」
少女「ああ、それもそうだな?」
すっかり暗くなった時分、石造りの町の道を照らす石灯が連なる先を遠目に眺め、溜まった一息を吐きだす。
息が白くなっても不思議ではないくらい、今日は疲れた。
俺がやるべきことはひとまず全てを済ませたはずだ。
戦って、刀剣の管理をして、仲間を……弔って。
槍「…戦って、辛いなぁ」
少女「ん?……そうだな、辛いものだ」
今日の俺は最善を尽くしたはずだ。肩の荷は全て降ろしたはずだ。
町を守った。期待通りの達成感は結構ある。……だが。
俺の愛する町の、そこに住む愛すべき住人が戦場で何人も斃れた。
それだけはどうしようもなく……やるせなく、胸に閊えて吐き出せない事実だった
77 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/06(土) 22:03:51.31 ID:aZLfhAAO
m1XpEVMm
惨劇のシドノフ、図体は他の種よりも大きく、見た目通りの火力もあるし、単体の頑丈さで見てもトップだろう。
身体に纏わる青い炎は自身を強化する力があるらしく、その状態では半端な攻撃は通用しない。
炎の鎧はシドノフが腕から火炎を打ち出す際に一瞬だけ消えるから、その時を狙うしかない。
放置しておくと厄介だ、戦場では真っ先に消してしまいたい。
79 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/07(日) 21:50:14.29 ID:oxX16yE0
ガサガサ…
飛脚「へいへい、救護と連絡係は戦いが終わっても忙しいですよーっと…」
飛脚「俺もさっさと家に帰って寝ちまいたいが、まだまだ戦場の後片付けが残ってるからな…まったくしんどいぜ」
飛脚「とはいえまあ、こんなしんどい仕事も苦にならない体力馬鹿だけがこういう役職についているわけなんですがー…」
飛脚「……あーもう!どこだよ合わせ砥!このテントの箱にあるってのは嘘か!?」
ガサガサ…
飛脚「そもそもこんなノロマで精密な道具を最前線のテントに置いておくなんて、管理の奴らはあったまおかしいんじゃねえの?くそ、時間だけが無駄に過ぎていくぜ…」
兵士「……」
飛脚「待てよ、もしかして管理の奴らが俺に適当な事教えたってのもあるか…?本当はこのテントには置いてないとか…」
兵士「……」
飛脚「ある、大いにあるぞそれは……畜生、うろ覚えな記憶で俺に面倒な仕事を増やしやがって」
兵士「ゲホッ…」
飛脚「ん?」
ズリッ…ズズズッ…
飛脚「げ!?し、死体…!?」
兵士「はぁ…はっ………」
飛脚「…じゃない、生きてるのか!?お前!?」
兵士「は……そ、そうか、俺は…まだ、生きてるのか…ゲホッ」
飛脚「…!」
80 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/07(日) 22:43:18.48 ID:oxX16yE0
飛脚(! ひどいな、傷は浅いが全身ボロボロだ、出血も……)
兵士「はぁ、はぁ…く、目が…霞む…」
飛脚(…酷い、このテントに来るまでの這いずった痕が血でくっきりとわかる)
飛脚「…待ってろ、全然下手だし最悪腕とか壊死するかもしんねーが俺が止血する、救護班へ行くまでの応急処置だ」
兵士「く…す、すまないな…死んでりゃ、楽だったもんだが…」
飛脚「うっせー黙ってろ!今包帯探してるから…!確かさっきここに…」
ガサガサ…
飛脚「……あった!ここで物探ししていたのも損じゃなかったな!」
兵士「はぁ…は…うっ……」
飛脚「おい、持ちこたえろよ、大丈夫だ、すぐに救護班のテントまで運んでやるからな…」ギュッ
兵士「……俺はもう、はっ…傷が深い、間にあわないさ…」
飛脚「馬鹿野郎諦めんな!何もしてねーで諦める奴は、何もできずに死んじまうんだぞ!」
兵士「く、最期に…伝えなければ…はっ、聞いてくれっ…」
ギュッ
飛脚「よし!大雑把止血完了だ!最期かどうかはしらねーが救護班に運びながら聞いてやる!しっかりつかまってろよ!」グイッ
兵士「ダメだ、ここからでは…っ…遠すぎる…」
飛脚「おぶされ、俺の首絞め殺すくらいしっかり掴まれ!諦めるなよ!」
81 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/07(日) 22:57:04.76 ID:oxX16yE0
タタタタタタ…
兵士「…!…早……」
飛脚「へへへ!馬鹿野郎、バンホー最速の飛脚だぜ!?何か喋るってのは構わねえが、舌は噛むなよ!そんなんで死なれちゃたまったもんじゃねえからな!」
兵士「……わかった、遺言はやめよう、そのまま一兵士として聞いてくれ…」
飛脚「一兵士ね、へへ、伝達役兼衛生兵の俺で良いなら聞いてやるよ」
タタタタタ……
兵士「…“奴ら”は、撤退した」
飛脚「? 撤退だ?あいつらは能無しみてーに最初からガシガシ、俺らを攻めてたじゃねえか」
兵士「逃げるという知恵が、あった…ということだ…ゲホッ」
飛脚「……待てよ、俺らはもう奴らは微塵も残っちゃいねえ、そう思ってるが…」
兵士「…なんだ、俺らは…町は、勝ったのか…?あの白い巨人はどうした、奴らも退いたのか…?」
飛脚「勝ったさ、全員倒した……どっかの誰かさんの大活躍のおかげでな?まるで奇跡だったよ」
兵士「……」
兵士「俺は最前線…山を越え、奴らが渡って来た海を望める崖まで進入した」
兵士「その時は既に気分が高揚していた…そこへ到達するまでに数多の“奴ら”を殺していたからな…」
兵士「事実、敵の数も奥へ向かうほどに薄くなっていった…奥へ行けば崖だ、前線付近よりも数が少ないのは当然のことだったが…その“うかれ”を差し引いても、俺は数えきれないほどの“奴ら”を殺してきたんだ」
飛脚「……」
兵士「………だが、海を望める崖まで来たところで、俺はやられたんだ」
兵士「…崖の下に居た、大量の“奴ら”の軍勢に…!」
82 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/07(日) 23:05:58.71 ID:oxX16yE0
飛脚「!? 崖の下にもいるってのか!?あいつらが!」
兵士「おぞましい光景だった……顔を崖下に向けた瞬間、千の大群が一斉に火矢を放ってくるかのように、俺に火砲を浴びせてきた…」
兵士「崖の縁がどんどん削られ、下に落ちるかと思った……岩の破片が体中に突き刺さった、だがその痛みに耐えて俺は逃げてきた」
飛脚「……おいおいマジかよ、俺らの町は今頃勝利にうかれてやがるぞ…!」
兵士「駄目だ…それはいけないぞ、町中の人間が皆殺しにされる…」
飛脚「…くそったれ!何人も死んだってのに、それだけでも辛いってのによ…!これ以上まだ俺らの町は戦わなきゃいけねえってのかよ…!」
兵士「奴らは追ってきはしなかった…だからまだ来るつもりはないんだ……俺らが油断したその時、奴らはやってくるつもりなんだ…」
飛脚「~!ああもう!畜生!ふざけやがって!」
飛脚「なんで戦なんかしなきゃならねーんだよ…!」
タタタタタ……
83 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/09(火) 21:47:16.65 ID:X5JgJuI0
少女「うん、良い湯加減だ」
槍「……」コホーコホー
少女「すまないなホムラ、宿の案内だけでも良かったのに」
槍「いやいや、湯焚きくらいさせてくれ、恩義があるからさ」
少女「頼めば宿の者がやってくれるだろうに」
槍「ははは、そうなんだけどな」コホー
俺とハープさんは湯けむりの漏れる小窓越しに話していた。
先程のハープさんの言う通り本来は俺の湯焚きは必要なく、この宿の若い女主人にでも任せておけば良いものなのだが、そこは俺の性分というか頑固な親切の押し付けというか。
とにかく世話になったお礼を少しでも返したいと言う気持ちで、こうして俺自身が働いているのだ。
この湯焚きの手伝いの他ちょっとした雑用をすることでハープさんの賃料を減らしてくれるように主人にお願いしたら、「あんたそんな趣味があったのか」と冷ややかな目で見られたが、繰り返しでも言うが恩義があるのだから当然のことだと俺は思っている。
返せる恩は返せる時に返さなければならないと、俺の親父も言っていたから。
少女「火の扱いが上手いようだな?温度にムラが無い」
槍「そうか?ありがとう、まあ火を扱うのは本職だからな、こんくらいは扱えないと」
少女「…こんくらい、か、なかなか難しいがな?そこらの宿の人間にもこうは上手く沸かせないだろう」
槍「こら、ここの主人に聞こえるぞ」
少女「おっと、だが事実だ」
槍「気をつけてくれよハープさん、ここの女主人はポルよりも怒りやすいからな」
少女「はは、そうか、それはおっかない…よしておこう」
84 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/10(水) 21:19:29.77 ID:KTOeqyY0
チャポ…
少女「……ふー、この町に来る前までは既に戦火で荒れ果てているだろうと思っていたが、無事で良かったな」
槍「町の奴らがみんなで守ってるからな、俺を含めて」コホーコホー
少女「そうだな、驚いたよ」
槍「?」
少女「町の中とはいえ、いつ奴らが押し寄せてくるかもわからないというのに、女も子供も老人も、みな慌ただしく戦いに備えていた」
槍「そりゃそうさ…力のある若い男だけじゃない、みんな朱金街を守りたいと思ってるから」
少女「誰も逃げ出そうとはしない……ふ、逃げたのは雇った傭兵だけだったか?」
槍「シドノフ…だっけ?あいつで切羽詰まった時はさすがに逃げ出したい奴もいただろうけどな」コホー
少女「ははは、それが普通なんだよ」チャポ
少女「ここへ来るまでにも私はいくつかの街や村を見てきた…ここはどちらかといえば、奴らの侵攻が遅い所だったからな」
槍「ああ、そうらしいな…他の街では制圧されてたり、」
槍「……皆殺しにされていたり、酷いありさまだと聞く」
少女「そう、まさに“惨劇”だ、準備も何もあったものではない…ここはその点、前もって備えることができて幸運だと言えるが」
槍「……」
少女「ふ、失言だと訂正はしないぞ、こればかりは幸運だとしか言えないのさ…渦の発生しやすい海岸に感謝しろ」
槍「…なぁ、ハープさん、聞きたい事があるんだ」
少女(……ち、教えたがりが、言われなくても私は答える)
槍「……ハープさん?」
少女「ああ、どうした、何でも“知りたいこと”があるなら私に聞け」
槍「? うん」
85 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/10(水) 21:33:53.47 ID:KTOeqyY0
槍「さっきの、傭兵達のテントでの事なんだけど」
少女「うむ」チャポ
槍「……ハープさん言ってたよな、奴らが強襲を仕掛けてくる…とか」
少女「ああ、言った」
槍「! やつら魔族の軍勢がまたこの町へ攻めてくるってのか!?」
少女「当然だ」
槍「え……!な、なんでだよ、俺らはあいつらを全員…!」
少女「まだまだルーキーか?…ま、町民の寄せ集めの民兵軍団じゃ勝手というものも知らないか」
少女「ホムラ、考えてもみろ、奴ら“惨劇軍”は“一度だけ街を襲う”とでも宣言してここへ泳いでやってきたのか?」
槍「……」
少女「一発勝負で白黒を付けようとするほど奴らはお前のように律義じゃない、駄目だと諦めるまで奴らはここを大群で攻めたてる」
槍「…それっていつ攻めてくるんだ!?」
少女「ふ、私が知るか」
槍「私が知るかって……ハープさんテントでは相手の魔族から聞いたって言ってただろ!?」
少女「おい湯焚き、ヌルくなってるぞ」
槍「……」コホー、コホー
少女「うん、極楽」チャポ
86 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/10(水) 21:44:47.33 ID:KTOeqyY0
少女「テントで私が騙っていた話はデタラメだ」
槍「え?」
少女「本当は魔族達の会話など聞いてはいない、私の予想に適当な理由を付けた、まさに騙りさ……そもそも今日の戦場にいた魔族共は人語は使えないし」
槍「……なんでそんなことを、じゃあ魔族達はこの町を再び襲うなんて」
少女「それだけは残念だが事実になるだろうな、全ては傭兵達をこの町へ留まらせるための、まぁ“一応”の挑戦だった」
槍「……そんな」
少女「少しでも武器や囮が増えれば気持ちでもやりやすくはなるからな、保険のつもりだったが…帰ってしまうというのであればそれで構わんさ、どうせ役立たずだからな」
槍「…」
槍「…ハープさん!」
少女「ん?」
槍「……本当に奴らは再びここを攻めてくるのか、教えてくれ」
少女「来るだろうな、世界全土で海沿いの灯りある街を狙うように“惨劇軍”はやってきている」
槍「……」
少女「肩の荷が下りたと思ったか?まだまだ終わってはいないぞ、ルーキー」
槍「……ホムラだって」
少女「ははは、こだわるな?ホムラ」
槍「…くそ、いや、とにかく早くみんなにこれを伝えないと不味いな」
少女「焦る事は無い、昨日の今日で攻めてくるほど奴らも馬鹿じゃない……来るのは一通りの軍勢が揃ってからだろう」
槍「一通りの…軍勢」
少女「そうだ」
87 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/10(水) 22:03:29.24 ID:KTOeqyY0
ザパァアアア・・・
槍「!」
少女「ふう……奴らは今も備えているだろう…今度はシドノフ、タイエン、ヤハエだけでは済まないかもしれん…恐らくロッコイもやってくるはずだ」
槍「? たい…?ろっ…?」
少女「とても強い奴らが大勢でけしかけてくるという事だ」
槍「……うん、そりゃまずい」
少女「奴らが攻めてくる前に、…この町に気力が残っていればだが?戦いに備えるべきだろうな」
槍「……ああ、そうだな」
少女「タオルタオル……っと、……ホムラ、お前は戦えるんだな?」ゴシゴシ
槍「もちろん、奴らが来るっていうのなら俺はこの町を守るために戦う」
少女「そうか、偉い偉い……この町の人間全てがお前のように律義かはわからないがな?」
槍「……」
少女「後半に怒涛の攻めを見せて勝ったとはいえ、被害は大きかったそうじゃないか…その傷を癒している最中のこの町が、再び敵に立ち向かえるかどうか…」
槍「……む、むむむ…難しいかもしれない…みんな町を守ろうって気持ちは本当なんだけど」
少女「皆の勇気を奮い立たせる何かが必要だな?ふ……さて、私は着替えて出るぞ」
槍「! ああ、すまないな、壁ごしに長話しちゃって」
少女「構わん、良い湯だった」
槍「……ありがとうございます」
少女「ん?……はは、私に頭を下げて礼を言う男はなかなか見ないな、久しぶりだ」
やっぱりハープさんはどこか大人びた含み笑いをこぼしながら、壁越しの風呂場から気配を消した。
槍「……みんなに勇気を、か」
そしてここに問題と課題が残った。
88 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/11(木) 21:21:34.30 ID:guxtLCc0
少女「ああ、もう行ったようだな」
少女「そうだな、何か思いついたのか走って…」
少女「当然だろうよ、最初はそれだ」
少女「……その次、か…さあな、私は奴の事を何も知らん」
少女「別になんとも」
少女「…私か?そうだな、加わるだろうが」
少女「……あまり無い事だろう、ここまで自発的に、能動的になる町は」
少女「重油に水を注ぐようなことがあってはならないだろう?それさ、気が進まない」
少女「ああ、すぐ終わるだろうがな」
少女「…だが、子供は甘やかされるほどに努力を怠るものなんだよ、センジュ―――」
89 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/11(木) 23:10:02.33 ID:fqZtwoAO
────────
兵士「………」パチ
目を覚ます。白い布の天井は低い。
そこは負傷者を寝かせるためのテントの中だった。
兵士「っく…!生傷が痛む…」
今は何時で、ここはどこの救急テントなのか。
自分が助かったという感動や安心すべき事実を全て置き去りにして、白髪の男は起き上がろうとしていた。
だが胸や腕に負かれた大袈裟な包帯装束は、男の傷の深さを痛みで表している。
兵士(…周りには町の奴等が寝てる…テントの入口からは薄く日が差してるし…明るい)
きっと朝か昼だろうと男は推測した。
午前の5時程度だろうか。当たりである。
兵士「…!そうだ!奴等がまたやってくる事を伝えなければ…!」ズキン
兵士「ぐ!…ぅう……」
立ち上がろうとしても痛みが立ちはだかる。使命感に駆られる男の焦りが募る。
90 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/12(金) 23:50:37.12 ID:L2k4PS.0
それでも男は地面を這いずるようにして外へと出た。
救急班の人間がその場に居たなら考える間もなく一秒で止めてしまいそうなほどの痛ましい姿で、朝靄のかかる薄暗い道をあてもなく歩く。
兵士(誰か居ないか、どこかに誰か…!早く伝えなければならないんだ!)
辺りを見回す。朱色のレンガの町並みは、まだその形を保っている。遠目にも火や煙は上がっていない。まだ奴らは来ていない。
それでも油断のできない数の“伏兵”を目の当たりにしてしまった彼は、整っていながらも静かな町の中に人影を探そうとしていた。
兵士「誰か……!」
片足を引きずるようにして、息を切らし小走りに道の角を曲がってゆく。町の外れの慣れない道だ。
彼は更に焦る。どんなに仕事の無い閑古な日であろうと、どこかしらに人がいてもいいはずなのにと。
だが彼は、今この時はよほどの働き者でもない限りは活動していない早朝の時間であることに気付いていなかった。
昨日に疲弊し誰もが睡眠を貪っている町の中で、彼はしばらく一人不安に走りまわっていた。
ただ、男の不安も5分ほどで収まることになる。
92 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/13(土) 22:59:13.99 ID:XaeaeTg0
兵士(! 人がいる!)
遠くでは二人の男が広場の石造りのベンチに座りながら何かを話していた。
民兵「レンガの防壁を作るために必要な土はある、職人もみんな生きてるし工場も動かせる」
飛脚「じゃあ急がないとそろそろヤバいんじゃねえか?」
民兵「ああ、製作は普通のレンガよりも質を落とせば倍以上の早さで作れるらしい」
飛脚「おお、良かった……ならなんとか間に合いそうか?」
民兵「いや、それがなぁ」
「おーい!」
飛脚「ん?」
民兵「! おい、あいつは」
男は片足を引きずりながらも走ってやってきた。
飛脚「お前!まだ怪我治ってないだろうが!出歩いてんじゃねえよっ!」
兵士「いつ奴らが攻めてくるかもわからん時に呑気に寝ていられるか!?今はどうなってる!」
飛脚「落ちつけ!とにかくまず座れ、傷が開くぞ!」
兵士「……ああ」
男はベンチではなく暖色のタイル張りの地面に腰を降ろした。
93 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/13(土) 23:11:14.64 ID:XaeaeTg0
兵士「……っつ…」
飛脚「ほれ見ろ、無茶すっからだ……あんた、見張り台下の救急テントで寝てたよな?ここまでずっと歩いてきたのか?」
兵士「…治療を受ける前にお前の背で寝てしまったからな……起きてみれば外は明るい、焦るに決まってるだろう」
飛脚「ん、ん、……まぁ、だなぁ」
兵士「それで、一晩明けたんだろう、攻め込まれてはいないようだが…みんなはどうしてるんだ?」
飛脚「みんなまだ無事だよ、ぐっすり寝てる」
兵士「…それもあるがそうじゃない、お前は俺の話をみんなに知らせたのか?」
飛脚「そりゃ知らせたよ、ただ事じゃないからな…みんな大慌てさ」
兵士「…お前の話を皆信じていたか?」
民兵「最初はこいつの話もみんな、半信半疑で聞いていたよ…こいつが駐屯所で話してたのを俺もその場に居て聞いていたが、お世辞にも町の会議になるほどの信用はされてなかった」
飛脚「けっ……所詮俺は飛脚だからな」ボソ
兵士「最初は、とは?」
民兵「ああ、その後すぐに駐屯所のテントに二人がやってきてな、そいつらも同じことを口にしたんだ」
民兵「“奴らはまたやってくる”って口を揃えてな、こいつはともなく、“あの二人”が言うならみんな信じるしかなかったぜ」
94 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/13(土) 23:24:04.08 ID:XaeaeTg0
パサッ
司令部のテントの入り口が開かれた。
「カギル裁判長!傭兵達が帰ったっていうのは本当なんですか!?」
裁「ん、おはようございます」
「奴らは結局何もしていないのに、これからまた戦が始まろうって噂は出回っているはずなのに!」
裁「おーはーよーう、ございます」
「…おはようございます!説明してくださいカギルさん!」
裁「ええ、傭兵達は帰りました、町が協会と結んだ契約の期間が終了しましたから」
「そんな…!」
裁「延滞手続きをしようと交渉をしましたが傭兵達自身が反対し帰還するというのであれば仕方のない事です…我々バンホー側ではどうすることもできません」
「くっ……!どうしてそこで一歩深く踏み込んで止めなかったんですか!金を積めばあいつらも留まってくれたでしょうに!」
裁「正式な契約でなければ危険です、私的に留まってくれるよう交渉しても逃げられてはそれこそドブに捨てるようなもの…次に傭兵達を雇う場合はもう一度協会に依頼を出すしかありません」
「それじゃあいつになるかわかったもんじゃない!」
裁「はい、だから傭兵達には何も手続きの書類は持たせませんでした……傭兵との契約はこれで最後となるかもしれませんね」
「…それでいいんですか!カギルさん!」
裁「は」
「あなたが聞いたんでしょう…!焦って下さいよ!きっちり正式契約結ぶその姿勢は嫌いじゃないが、傭兵に金を握らせてもそれは良かった!…カギルさん、あんたが言ったんでしょう!?“魔族軍が再びやってくる”と…!」
裁「……はい」
95 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/13(土) 23:33:29.53 ID:XaeaeTg0
カーン カーン カーン
鋼を鍛える音が工場に響く。
蒸し暑い空気の中で、半裸の男は黙々と金槌を振るっていた。
ガチャッ
そしてここでもまた、入り口は音を立てて勢いよく開いた。
「ホムラ!あんたがホムラだな!」
槍「おう、いらっしゃい…熱いから近づかない方がいいぞ」カン、カン
「実はあんたに頼みがあってな!難しいかもしれないが…」
槍「俺は銃は作れないぞー」
「……えっ?なんでわかったんだ?というより作れないのか?」
槍「あんたで朝から4人目だよ、全く……これ見てわかるだろ、俺はあんな細かいものは作れないよ」カンッ
「…いやぁ、昨日の戦ではホムラが銃で大活躍したって聞いたから、てっきり」
槍「だからー…あれは傭兵達が落としてった銃を使ってただけだよ」
「! え、じゃあ傭兵達の使ってたやつなら大丈夫ってことか!?」
槍「はいはい、そーだよー…まだ武器管理所に行けば“落し物”が残ってるんじゃねーの」
「おおお!ありがとうなホムラ、無駄足かと思っちまったぜ!」
槍「無駄足ってなお前……」カン、カン
槍「…あ、そうだ、今リーチの長い軽い剣を作ってるんだが使ってみたり…」
槍「って、居ねえし」
槍「……はー、ハープさんが言ってた奴らが来るって話、案外すぐにみんなに信用してもらったのは良かったが、俺の作る刀剣の方はさっぱりだな」カン、カン
槍「みんな銃ばっか頼りやがって……そりゃ俺も使ってたけどさ…」カン、カン
96 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/13(土) 23:45:18.65 ID:XaeaeTg0
兵士「……昨日の“功労者”ホムラと、そして…カギルが?」
民兵「すごいだろ?今のところ戦場で最も信用できる男と、指揮系統で最も信用できる男が“来る”って言ったんだぜ」
飛脚「あーあー、すごかったぜ昨日のその対応の変わりようといったらな?俺の言葉じゃ半笑いだった奴らが二人の言葉ではマジ顔だ」
民兵「いやいや三人に言われりゃ信じるしかないよな?ははは」
飛脚「うっせ、てめーも信用してなかっただろ」
民兵「そんなことねーよ、はっは」
兵士「……そうか、あの二人が…」
飛脚「ああ、緊急で町の会議が開かれてな、厳戒態勢は継続されることになったよ、みんなものすごい顔をしてたが納得するしかなかったよ」
民兵「…勝利の余韻に浸っている最中だというのにな、みんなうなだれていたり…泣く奴もいた、だがカギルさんが言った事だ、嘘ではあるまいしよ」
兵士「そうか……では町の態勢に問題は無いんだな?」
民兵「一応見張りも立てたからな、問題は無い…ただし壊れたバリケードの修復、物品の再補給にはもうちょっとの時間がかかりそうだ」
飛脚「おう、さっきまでその話をしていたとこだぜ」
兵士「そうか、確かにそれは課題……」
兵士「……なあ待ってくれ、…お前」
飛脚「あん?名前で呼んでくれよ、俺は“ハヤテ”」
兵士「…ハヤテ、テントにホムラとカギルの二人が来て、同じ事を言ったと…」
飛脚「ああ、二人も“来る”って言ったよ」
兵士「お前が二人に話したのか?奴ら魔族軍が崖の下にいるということを…それとも、二人は俺と同じく崖の所まで…」
飛脚「……あー、それなんだけど、良くわかんねーんだよな」
民兵「ああ…うんうん、言ってたな」
飛脚「なんでも、ハープ…?だっけ?そいつが言ってたんだとか、なんとか」
97 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/11/13(土) 23:59:37.32 ID:XaeaeTg0
兵士「ハープ…?聞いたことのない名前だな」
飛脚「ああ、昨日ホムラも言ってたが、傭兵さんなんだってよ」
兵士「傭兵!?…そんな奴の言う事を信用したのか!二人は!」
民兵「みんなそんな感じだったよ、特に俺も傭兵は嫌いだったからな、信じたくはなかった」
飛脚「だけど俺はこの町の自警であるあんたから聞いた話だ、そのハープっていう女が言っていたってのとは無関係だが、別の方向からの情報だ」
民兵「二つの別の切り口からの情報だ、それにカギルさんが信じた情報ともなればそれは信じるしかないだろう」
兵士「……ハープ、か」
飛脚「その女も会議に召喚しようと思ったが居なくてなぁ…ホムラが言うには“宿で見たのが最後だった”、だと」
民兵「とはいえ無視はできない危険性がある情報だからな…直接的な証人は無しだったが、厳戒態勢続行ってことで会議は終了したわけさ」
兵士「……そうか、そのハープという女については謎が残るが良かった」
飛脚「昨日の戦の傷跡も深い…今は寝てる奴が大半だが、いくらかの奴が今朝がた崖下の魔族軍の様子を確認してくるって言って出かけて行ったよ、それで自警さん、あんたの証言は証明されることになる」
兵士「ナガト」
飛脚「?」
長「俺の名だ、自警団のナガト」
飛脚「おう、名前か…よろしく、ナガトさん」
長「ああ」
民兵「よろしくな!…へへ、町の自警の人と知りあう機会は無かったが、ここで知り合えたのも何かの縁だな」
長「…はは、かもな」
長(……ハープ…流季の人間の名前ではないな…髪や肌の色を見ればわかるだろうか)
長(ハープはまだこの町にいるか……?直接話を聞いてみたいな)
99 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/14(日) 21:39:57.34 ID:ObeNoo60
少女「余裕のない時だというのにわざわざすまない、世話になった」
女主人「おう、気にしないでよ、ここは戦争だろうが抗争だろうがいつでも開けてる…割高になっちまってるがね」
少女「ふふ、その分はホムラが取り返してくれただろうかな?」
女主人「あー?っははは、そうだねぇ、あいつの湯焚きで割高の分くらいにゃなるかねぇ…おっと、煙草失礼するよ」
少女「竹枕、といったか…珍しいものにも触れられたよ、またいつか機会があれば来る」
女主人「ああ、いつでも来なよお嬢ちゃん……ま、ドンパチやってる最中じゃ部屋の半分は怪我人の病室になっちまってるがね、部屋が開いてたら一番良いのに泊めたげる」プハー
少女「……ふふ、じゃ、失礼」
女主人「……あ~~、そうだアンタ」
少女「ん?」
女主人「ハープっていったかしら、間違いないなら町の男衆が皆、アンタのことを探してたわよ」
少女「…そうか」
女主人「なに、デカイ と良い尻にしか興味のないような男共だ、取って食おうなんて考えはないだろうから…暇があるなら男衆のところに寄ってあげたらどうだい」
少女「ふ…そうだな」
女主人「……」スパー
女主人「…ふぅ~~……ま、どっちでもいいな、呼びとめちゃってごめん…またね、綺麗なお嬢ちゃん」
少女「綺麗、か、……ふふ、じゃ、綺麗な女将さん」
女主人「あら」
カラララ・・・パタン
女主人「……」スパー
女主人「…ホムラといい村の衆といい、なんなんだかねぇ…あの子に気があるわけじゃないとは思うが…」
100 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/14(日) 21:54:20.12 ID:ObeNoo60
少女(……ふう、良く寝た……当分は寝ずに大丈夫だろう)
少女(“惨劇軍”も町の民間兵も膠着状態だが、どちらから来るかと言えば“惨劇”側だろうな)
少女(まぁ後手に回るのは悪くない…地形も攻め込むにはほぼ一直線で来るしかない起伏だ、籠城するには最適だろう)
少女(奴らが一斉に来たところをどう処理するか……下ごしらえの時間はそう長くは無いだろうが、民兵達には迎え撃つチャンスがある)
少女(さて、彼らはどう待ち伏せをするだろうか……)
「うおー!魔族軍の砲撃だあー!」
少女(……ん?子供の声?あの民家の曲がり角からか…まさか本物の砲撃が来たわけではあるまい、様子を見るか)
タタタタタタ・・・
「うるぉー!くらえ人間ー!」ブンッ
少女(……ボールか、まぁそんなものだろうな)
「ははーん!そんなどんくさい砲撃なんて簡単に避けてやるぜー!」ヒョイッ
ボンッ ボンッ
「あ、おい避けるなよ!自分で取れよな!」
「ばーか!人間がわざわざ武器を相手に返してやるかってーの!」
コロコロ・・・
パシッ
少女(うん、綺麗に紐が編まれている…見てくれよりは弾む良い球だ)
「あっ…どうしよ、お姉ちゃんくらいの子だよ、ボール当たってなかったかな…」
「……ごめんなさーい」
少女「……ふふっ、男の子ってみんな楽しそうでいいなぁ、はいっ」ポイッ
「…ありがと!」
101 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/14(日) 22:03:25.25 ID:ObeNoo60
パシッ
子供「…お姉ちゃん、バンホーの人じゃないよね?」
少女「ん、わかる?」
子供「うん、だってそんな砂漠の人みたいな色のケープ着てる人なんてここにはいないもん」
少女「良くわかったねぇ?うん、この服は砂漠の村で買った物なの」
子供「え、本当に!?すっげー!」
少年「さ……砂漠ってすっごく、すごく遠いんじゃ…?」
少女「うーん…そうよ、とっても遠いの、あっつーくて、なっが~~~い砂漠を歩いてね、そこの村で売ってたものなの」
子供「へー…すっげぇ……触ってみて良い?」
少女「あら、ふふ、いいよー」
少年「…僕も!」
ゴワゴワ・・・
子供「……」
少年「…うわぁ、硬くて…なんだかやだなぁ」
子供「うん、でもなんか…砂漠って感じするかも」
少女「ふふっ……砂漠って感じ、かぁ……」
子供「…でもねーちゃん、これすごいオンボロだぜ?裾も袖もボロボロじゃん、綺麗なのに変えればいいのに」
少女「んー、私、これ気に入ってるから」
少年「……確かに汚いけど、なんだか良いなあ、こういうの……かっこいい」
子供「そうかぁ?」
少女「ふふっ」
少女(……この様子だと子供たちは皆元気だろうな、センソウゴッコをする余裕もあるし世界への興味もある)
少女(…なるほどな、ホムラ…お前らが必死になって守りたい気持ちもよくわかる、ここは平和で、実に良い町だ)
102 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/14(日) 22:47:04.03 ID:ObeNoo60
タタタタタタ・・・
飛脚「はぁ~やれやれぇ、やっぱり俺は物運びとかそういう役回りなのねー…ったくよぅ、本業なだけに怒れねえこの立場!っかぁ~」
飛脚「…しかもなんだよ、土を運ぶための台車が足りないって?だからってその台車の調達まで俺にさせるか?フツー」
飛脚「物を頼んでるんだったら他の使えない奴にでも取りにいかせろってんだよ、俺が運べばリアルだが三人力くらいにはなるってもんなんだから……」ブツブツ
飛脚「……っておいおい、俺もなんだってこの立場に落ちつこうとしちゃってるわけよ」
タタタタ・・・
子供「! あ、飛脚のあんちゃんだ!」
少年「わっ…」
飛脚「お?おお、なんだ彫金屋のガキじゃん、久しぶり」ザザッ
子供「相変わらずはっえー!また背中乗せてくれよ、暇だろ!」
飛脚「ああん?ばーか、俺は仕事があんの、ていうか今戦争中なんだぞ、暇であるはずがねえ、飛脚見くびんな」
子供「俺乗せながら仕事してよ」
飛脚「できるかっ!できるけど」
少年「……」
飛脚「お、そっちのガキは…おー!この前俺の背中に乗せてやったら気分悪くしてたあいつか」
子供「あっははは!ばっかだよなー!」
少年「こ、怖かったんだよ…しょうがないでしょ…」
飛脚「ははは、いやぁお前みたいな怖がってくれる奴がいるから飛脚冥利に尽きるって……おん?」
少女「……」
飛脚「…えーっと?お前は…」
103 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/14(日) 22:54:13.62 ID:ObeNoo60
子供「あ、このねーちゃんなー、砂漠から来たんだって!」
飛脚「砂漠……」ジィー
少女「あんまり、じっと見ないで欲しいなぁ」
飛脚「かかか、すまん」
飛脚(……ん?確か言ってたな、ホムラとカギルさんも…ほぼ黒髪で背丈も十なんぼかそこらの…こいつがウワサの“ハープ”って女か?)
少女「……ふふ、お兄さん、足が速いのね」
飛脚「ん、まあな!この町…や!世界最速の飛脚といやぁこの俺ってレベルだからな!」
子供「たとえが一気に飛んだな」
少女「…すっごーい……ねえねえ!さっき背中に乗ってー、とか言ってたでしょ?私も乗ってみたいなぁ」
少年「や、やめといた方がいいよ!本当に速いから…」
飛脚「えー、うーん……乗せてやりたいのはやまやまなんだが、大事な仕事の途中だしなぁ」
少女「少しだけで良いわ!ものすごく速いんでしょっ?」
飛脚「そりゃ速いに決まってるがよう…」
少女「嘘なの?」
飛脚「ぁあん?」
子供(げ)
少年(わ、ハヤテのお兄ちゃん、怒ってる…)
104 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/14(日) 23:01:35.31 ID:ObeNoo60
少女「…なんだ、期待して損しちゃった!」
飛脚「おい待てガキ、ちょっと待て、おい」
少女「……何?」
飛脚「俺が速くないだと?ほほう、そりゃあ面白れぇ…俺が速くなきゃこの世で速いのはたった一つ、光か音だけになっちまうってもんだぜ」
少女(これほど安い挑発で食いついてくる奴もそうそう居ないな、貴重な男だ)
飛脚「良いぜ、用事のついでだ、特別に乗せてやる……しかも俺の本気でな!」
子供「ほ、本気だって!いいなぁ!」
少年「死んじゃうよそれ!おねえちゃん、絶対にやめた方がいいって…!」
少女「本当?ありがとう!でも遅かったらこれから“ウソツキ”って呼ぶわよ?」
飛脚「フフン、上等だぜ……絶対に呼ばせはしねえ速さってもんを見せてやるぜ…さあ、乗れ!」
少女「へへ、楽しみっ」ダキッ
子供「あ、ねーちゃん!しっかりつかまってないと落ちるから気を付けなよ!」
少年「気持ち悪くなったらすぐに降りてね!」
飛脚「よおし、準備は良いか?」
少女「うん」
飛脚「ギャフンと言わせてやるぜー…いくぞ、3!2!1……」
ドゥンッ
少女(! 肉体強化…)
飛脚「スタートぉおおおおッ!」
105 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/14(日) 23:11:47.06 ID:ObeNoo60
ドドドドドド・・・
少女(! すごい、なんて速さだ…子供たちがもうあんな遠くに…そして、耳が風を切る音が…!)
飛脚「うおおおッ…どうだ!風は気持ちいいかよ!?これが飛脚のハヤテの本気ってやつだぜぇ!」
少女「…ああ!すごいな、肉体強化ができるのか!」
飛脚「おう!?難しい言葉知ってるじゃねーかお前ぇ!そうよ、人間の限界を超える秘訣がこれだ!」
少女「随分速いし…この速度からの蹴りはかなり強力だろう!?昨日の戦では使わなかったのか!?」
飛脚「!」
ザザッ
少女「むぐっ」
ザザザザ・・・ズザザ・・・
少女「……おい、止まるなら一言くらい言え」
飛脚「…おいおい、さっきもさっきでクソガキだったが、今のお前の喋り方には更にナマがかかってやがるぜ、どういう事だ?」
少女「子供たちの手前だ、そこだけは私もわきまえるのさ」
飛脚「……ほーう…?それに昨日の戦って、ねぇ?まるでその場にいたかのような口ぶりじゃねえのよお前」
少女「何故遠まわしに探るような聞き方をする?民兵の間では私が怪しい謎の人物として解釈されているのか?」
飛脚「! あんた……あんたが“ウワサ”のハープか!?」
少女「そうだ、……もういい、降ろしてくれ」
飛脚「……ああ」
飛脚(……おいおい、マジでこいつがハープかぁ?ホムラに…それとカギルさんはこんな子供の言う事を信用したってのかよ?)
106 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/15(月) 23:43:55.98 ID:T.bVX.c0
少女「よっ、と…ふう」スタッ
飛脚「へぇ~……あんたがハープ、ねぇ…」
少女「何だ」
飛脚「……別にぃ?生意気なガキはまぁまぁ許せても、ませたクソガキってのは可愛げがないもんだと思っただけだよ」
少女「歳なんて関係ないさ」
飛脚「お前がゆーなってのガキー」
少女「……ふふん」
飛脚「まあいいや、でもあんたがホムラやカギルさんの言ってたハープって人で間違いは無いんだな?」
少女「ん?そうだろうが…あの二人がどうかしたのか、私の事を言っていたとは?」
飛脚「…さあ、俺も二人の事は詳しくは知らねー、同じ町の人間とはいえ昨日の今日までは接点が無かったし」
少女「……ああ、あの二人に共通して言ったことといえばそうか、“魔族が再び来る”と伝えた、それの事を言っているのだろうか」
飛脚「そうそれ、それだよ、何でお前がそんなこと知ってんの」
少女「……さあ」
107 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/15(月) 23:57:12.70 ID:T.bVX.c0
飛脚「おーーーいぃ、大人の言う事にはちゃんと答えろよ、町の外の人間だってもそこはしゃんとさせるぞ、俺は」
少女「…お前、子供が嫌いか?」
飛脚「素直な奴は好きだぜ、俺の子供も素直だからな」
少女(ん?若そうに見えるが、この年で子持ちか、大変だな)
少女「……ふーん、まあ良いか、教えてやる」
飛脚「本ッ当にさっきから可愛げないなお前」
少女「といっても教える事は無いがな……私は魔族が攻めてくるという情報を手にしたわけではないから」
飛脚「おん?」
少女「予想を二人に教えてやっただけだよ、私は」
飛脚「……よ、予想!?おいおい、そんなアナログでアバウトな情報をアドバイスしたのか!?」
少女「ああ、といってもほぼ確実な予そ―――」ガシッ
少女「おい髪が抜ける、おい離せ、痛いだろ」グワシグワシ
飛脚「てめー適当な情報で俺らの町を騒がしてんじゃねーーーよクソガキがーー」ガシガシ
少女「やめろと言ってるだろ、抜ける、おい」ガシガシ
飛脚「狼少女にはキツイお仕置きが必要なんだよばーか」パッ
少女「…ふん、確かに法螺かもしれんな、少女は実際に狼が群れをなしてやってくる像を見たわけではない」
飛脚「……」
少女「だが似たような光景ならばいくらでもこの目で見ているのだ……少女は羊飼い、狼の群れがいつ来るか、その予想は大体わかっているからな」
飛脚「……嘘だとか、俺はそう思っちゃいねえよ」
少女「ん?」
飛脚「俺はあんたの法螺だけだったら耳も貸さずに更にゲンコツひとつお見舞いしてやってるところだが、あんたの他にも同じように“狼がくるぞ”言う奴がいるんでな」
飛脚「…あんたがどーして狼が来るってのがわかるのか、それは知らないし聞くのも面倒臭いから聞かないけどよ、……だが狼少女の経験では来るってんだな?」
少女「ああ、奴らは来る」
飛脚「……へええ、参ったなぁ」
109 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/16(火) 21:20:44.42 ID:Dbo5x6.0
飛脚「……ハープっつったか」
少女「ああ、だが狼少女でもどちらでも」
飛脚「かっこつけやがって、ハープでいいだろ……お前に言わなきゃいけないだろう事がひとつあってな」
少女「私にか?特に何も知りたいとは思っていないが」
飛脚「呑気なもんだなお前……傭兵の部隊だよ、あいつら今朝帰っていったぞ」
少女(傭兵……ああ、アレか)
飛脚「お前傭兵なんだろ?あいつらと一緒に帰っておかないとマズイんじゃねえの」
少女「別に、私がここに残っているのは私自身の意志だ」
飛脚「いちいちキザだなっ!?…格好つけは結構だけどな、歳も歳だからそんなもんだ、でもよ、報酬はどうなんだよ、そりゃマズイだろ」
少女「報酬なんていらないさ、ボランティアのようなものだからな」
飛脚「…タダ働きどころじゃすまないぞ、この町は戦のせいでしばらく鳥馬車は出さないからな……いざ帰りたいってなっても思うように帰れやしねーんだぞ」
少女「それではより一層、この町にいるしかないということだな」
飛脚(……何なんだよこいつ)
少女「閉鎖された町、迫る危機……そこに立ち向かう兵(コマ)がひとつ増えた、そう考えておけばお前らとしてもラッキーなものだろ?」
飛脚「ッ……俺はンな事言ってんじゃねえんだよ!」
飛脚「お前いくつだよ!親は!?いいや居ても居なくてもいいね、複雑な事情があってもどうでもいい、お前はまだ若い、もう何年かすれば美人にもなるだろうよ」
少女(何年か?ははん、変わらんさ)
飛脚「良いか、お前に帰る場所があっても無くてもな、お前にはまだまだ未来があるだろ!戦争で格好良く戦うってのも悪くはねえよ、俺も憧れるさ」
少女「……」
飛脚「けどなチビ、よう、いいかよく聞けよ、子供は戦場に居ちゃダメなんだよ、とっとと帰れ!」
少女「………ふふ、昔からの言い伝えで“栗色の髪の女は勝利を導く”と云うだろう」
飛脚「昔からかわかんねーけど、そりゃ“黒髪の女は勝利を導く”の間違えだ、自分に都合のいいように諺ねじ曲げんなっ」
少女「ん?違ったか」
110 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/16(火) 21:36:50.87 ID:Dbo5x6.0
飛脚「ああもう、だから!そんなことはどうでもいいんだよ!」
飛脚「お前が仮に勝利に導く縁起の良い女だとしてもな、そんな、チビな?ガキな?奴はな、戦なんて知らなくていいんだよ」
少女「ふん」
飛脚「どうしてもセンソーしたいってんならせいぜい17過ぎてからだ、大人になるまでは絶対にやっちゃいけねえ」
少女「……ふふ、お前、私を気遣ってくれているのか」
飛脚「…そうだよ」
少女「ははは、そうか…素直じゃない子供は嫌いなんじゃないのか?」
飛脚「嫌いだけどほっとくわけにはいかねーだろ」
飛脚「馬鹿野郎…子供は色々覚えて、変わって大きくなってくんだからよ…嫌いって一言突っぱねていいもんじゃねえだろ」ブツブツ
少女(…優男だな、口は悪いが)
少女「ふ、ありがとう、お前のような男に育てられる子供はきっと幸せだ、良い子に育つ……えーっと、お前」
飛脚「俺はハヤテだよ……ったくホント喋りだけはませてんな…当たり前だろ、世界一の飛脚である俺の子だぞ」
少女「ふふ……でも私はここに残るからな、そこは諦めてくれ」
飛脚「は?おい、大人の言う事くらいな…」
少女「私は大人さ」
飛脚「馬鹿言え」
少女「ふふ、まぁなんにせよだな、戦場をろくに知らない奴に戦場を語られたくは無いな?」
飛脚「なっ、てめっ…!」
少女「良いんだ、子供はそれで良い」
飛脚(ああダメだ、こいつ子供だけど……子供だけど!顔を何発か殴りてぇ!)
111 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/16(火) 21:52:36.34 ID:Dbo5x6.0
少女「ま、諦めろ…このご時世、子供でも傭兵に志願すれば誰だって戦場に出れる時代だ」
飛脚「……そうなの?」
少女「私も適当に書類を済ませて……死んだ時のための物々しい契約書を書いて、ここに来たからな」
飛脚「…チッ、子供までこんな事しなきゃいけねえのか、今は」
少女「それほどまでに“惨劇軍”は人間の世界を侵攻しているのさ…倫理も道徳も崩れ始めようとしている」
飛脚「……」
少女「ルーキー、もしもこの町が、新たにやってきた魔族との戦いに破れて全滅したとする……」
飛脚「なっ!?さ、させねえぞ!」
少女「当然だ、たとえだよ」
少女「…滅ぼされたこの町だけで、奴らの侵攻は止まりはしない」
飛脚「! そうか、自分の町ばっか考えてて想像もしてなかった」
少女「ああ、この町が戦に……もしも千が一負けてしまうような事があれば、次は街道を進んだ隣の村だ、その次は町、そしてまた町へ」
飛脚「……」
少女「ハヤテ、確かに子供が戦争に駆り出されるのは倫理と道徳に反しているだろう、だが多くの町を、人の命を守るためであるならば仕方ないと妥協はできないか?」
飛脚「……腐ってンなぁ…魔族も人間もよう…」
少女「純粋に真っ直ぐであるのは構わないがな……だが現実は子供の手を借りて血に染めてでも、この町は奴らの侵攻を食い止める努力をしなければならない、わかるか」
飛脚「……チッ、わかりたくはないけどよ」
少女「うむ、ハヤテ、お前の考えが間違ってるわけじゃない、時代が時代で、場所が場所なだけだ」
少女「……そんな胸糞の悪い流れを食い止めるために、我々は尽力しなければならないのさ」
飛脚「…くっそ、お前の口車に乗せられたのかどうか勘ぐっちまってる俺もいるが、ここは納得しておこう…確かにそうだ、その通りだよ」
少女「ああ、そういうこと」
少女(…そう、この町で奴らを食い止めないと後々の戦も面倒だからな)
112 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/17(水) 22:53:45.55 ID:o4KneoAO
飛脚「…でも、絶対に危ない真似はするなよ」
少女「過保護だ」
飛脚「……傷だらけになった、あるいは死体になっちまった子供を運ぶのは俺なんだよ」
少女「ああ……衛生兵?」
飛脚「そうだよ、伝令・報告から運搬まで色々やらされてるけどな」
少女「…ふむ、そうだな…確かにお前の脚の速さなら適所か…」
飛脚「…あ!そうだよ忘れてた」
少女「?どうした」
飛脚「長々と話してる暇はなかったんだわ…さっさと台車を届けないと!」
少女「ああ、仕事の途中と言ってたものな」
飛脚「……またまだお前に話さなきゃならねー事は余りあるが、今はここまでだ…俺はガキが戦場に行くなんてのは意地でも認めたくないからな」
少女「優しさだけ漉して受け取ろう」
飛脚「……そこは丸ごと貰っとけ」
飛脚「………じゃ、俺は行く、何か話したい事があればいつでも…あー、時々は衛生兵のテントにいるからな」
少女「ふ、わかった……またなハヤテ、速くてスリルがあったよ」
飛脚「…へっ…じゃあな」
117 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/18(木) 20:22:28.88 ID:/IXJSZ.0
裁(…私は間違っていたのでしょうか)
朝食のベーグルを手に持ったまま既に何分も経つ。男は机いっぱいに広げられた町の地図を眺めていた。
ぶれない瞳はまっすぐに町の中心点を見つめたまま動かない。
裁(間違ってはいない、私の決断は正しかった)
裁(“警備は配置しなくても良い、戦は終わった”……町の人々はそう思っているが、私はそれに流されるわけにはいかないのだ)
裁(少女は“来る”と言った…私はそれを信じた、いや、信じたい事ではなかったが信じるしかなかった)
裁(もしこれから帰ってくるであろう偵察役の者が“魔族なんていなかった”と言ったとしてもそれは変わらない……)
裁(…私は町を守るために、あの小さな子供の言葉を否応なく信じるしかなかったのだ)
男は左手のベーグルを一気に半分食いちぎり、勢いよく咀嚼し始めた。
裁(…私も、傭兵の言葉など信じたくはなかった)
地図に緻密に引かれた等高線を睨みながらの朝食は忙しい様子だ。
118 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/18(木) 23:21:34.78 ID:/IXJSZ.0
カァァァ……ン
裁「!」
町のどこか遠くで鐘の音が響いた。
大きく振るった撞木と大きな鐘がぶつかり合う音は町中に響いたことだろう。
一度の音はその瞬間に、町へ緊張を走らせた。
裁(……海岸の偵察に向かわせた民兵たちが帰ってきたか……)
カギルとホムラ、そしてハヤテが伝えた敵残存と襲来の報告を受けた晩の明けから翌朝すぐに、彼は民兵の数人に魔族の軍が潜んでいるという崖の下を捜索するよう指示を出した。
この鐘の音はいわばその報告を知らせるものであった。
裁「……一突きで敵は無し…我々の勝利でこの町にはすぐに平和が戻ってくる…。」
真剣な面持ちでテントの隙間から零れるまばゆい朝日を睨む。
ベーグルのもう半分を頬張る。
裁「…二突きで……。」
長い間。音は鳴らない。ベーグルが口の中が渇かせてゆく。
裁「……鳴らないでくれ…私の判断……間違っていてくれ…。」
そして
カァァァァ……ン……。
裁「……!」
彼はこの日はじめて、生まれつきの冴えた決断力を呪った。
120 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/19(金) 23:50:35.97 ID:n1hdsUAO
町の人々はすぐに鐘の鳴った物見台へと駆け込んだ。
2度鳴った鐘は“魔族軍の残存”を表すシグナルとして、あらかじめ打ち合わせされていた。
だが町の者はその不吉すぎる鐘の音を「もしかしたら間違いで鳴らしたのかも」と信じたかった。
偵察から帰った民兵達から直接確認をするために、彼らは大勢で小さな木造の物見台へと集まったのである。
民兵「………」
物見台にはうなだれるように柵に寄り掛かる、顔色の悪い民兵が居た。
物見台へやってきた町の人々は、彼を下から見上げ、そわそわと互いに話している。
「あいつはどうしたんだ」とか、「どうなんだ」とか。
偵察から帰った男はしばらく口を開かず黙っていたのだが、血の気の引いたその暗い表情は全てを語っていたのだ。
それでも偵察役の男は声に出し、集まった大勢の町民達に告げた。
民兵「…崖の下を見た……まるで、蟻の巣をかっさばいたようだった…恐ろしい光景だった…!」
その言葉に、集まった人々の多くは各々の叫びや悲鳴をあげた。その場に崩れる者もいた。
121 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/20(土) 00:24:55.71 ID:rIVaFyE0
「やはりいたのですね、魔族軍は」
「!」
一人の男もまた、その場へと歩みやってきた。
赤と白の布を垂らした最高裁判長の派手な正装は、薄い鎧を纏う臨戦態勢の町人衆の中では非常に浮いている。
民兵「……カギル裁判長…」
裁「辛い役を任せてしまいましたね、申し訳ございません」
民兵「…良いんだ、これは俺が自ら望んで請け負った役割だから…」
裁「……あとの3人はどうしました?一緒に偵察に向かったでしょう」
「ま、まさか殺されて…!?」
民兵「あいつらならそれぞれ遠い持ち場で待機してる人達に“凶報”を伝えに行ったよ、みんな無事だ」
裁「良かった、無事で何よりです」
カギルは薄く微笑んだ。目は笑えなかったが。
民兵「……カギルさんが傭兵を言う事を信じた……俺はそれが許せなかったんだ」
裁「?」
民兵「あの飛脚の男はナガトも同じ事を言っていたという…ナガトは馬鹿正直な男だ、信用できる…だけど、それでも俺は信じたくはなかった…カギルさんの言う事であっても…」
柵に額を当て、陰鬱な息を大きく吐き出す。
民兵「傭兵の言う事を信じたくなかったというのもある…それに、何より、まだこの最悪な戦いがしばらく続くなんてのを認めたくなかったんだよ…俺は…」
裁「私も同じ気持ちです」
民兵「くそ……おぞましかった…軽い気持ちで崖の下を覗いたんだ…“どうせ何もいないにきまってる”って」
裁「でも、いたのですね」
民兵「…背筋が凍るってああいう事なんだろうな……下一面に、まるでフジツボのようにびっしりと白い肌の魔族が岩肌を覆っていたんだ…」
裁「……」
民兵「見た瞬間ひどい吐き気と立ちくらみがしてな……ショックだった…隣に居てくれた仲間が支えてくれなきゃそのまま崖下にふらっと落ちていたよ…」
顔面の半分を手で覆う男の弱々しい震える話声は、聞く者全てに恐ろしい情景をリアルに伝えていた。
122 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/20(土) 00:39:45.85 ID:rIVaFyE0
裁「心に傷を負ったでしょうが、聞きたい事はいくつかあります」
民兵「ああ、何でも聞いてくれ……見てきたことでも感じたことでも、何でも話すよ…」
裁「おおよそで良いです、数で表すとしたら魔族の軍は何体程度に見えましたか?」
民兵「……数えきれない、おおよそもわからないな…水中にもぐっている奴もいるかもしれないから…」
裁「なるほど、では何体以上か、という訊き方ではどうでしょう」
民兵「そいつは見た限りでの最低数って意味かい?…そうだな、ざっと百はいるだろうな…」
裁「……百ですか」
民兵「ああ、顔を出した見たのは一瞬だったからじっと観察はできなかった…すまない」
裁「彼らはあなた方を捕えるまたは殺そうとしたりなどはしましたか?」
民兵「それは……砲撃はされた、あの大きな炎のやつだ、あいつの群れが一斉に撃ってきたよ…だが顔を引っ込めたあとはそのまま、追ってきたりもしなかった」
裁「……ふむ、怪我はありませんでしたか?」
民兵「石ころの破片が何個か頭にぶつかってコブがいくつかできた程度だよ、問題ない」
裁「……」
その場にいた全ての町人が沈黙した。
聞く限りは最悪の状況だ。誰も口を開く気にはなれなかったのだろう。
誰ひとり絶望に打ちひしがれパニックに陥る者がいなかったのは救いか。
裁「……わかりました…悪い知らせではありますが…とにかく敵はまだ残っており、こちらを攻め込む準備を整えているということに間違いはありません、そこに気付けたことは不幸中の幸いでしょう」
裁「この町はまた再び、戦の準備をしなくてはなりません…相手の戦闘方法は昨日の戦でだいたい把握できたので、今は効果的な待ち伏せをできる事を喜びましょう、皆さん」
「……そうだな!逆に考えよう、俺らは奴らの出方も全部わかってるんだ…!」
「昨日はやれたんだ、次いつかはしらねえが、いつ来ても大丈夫なように備えておけば……!」
カギルは怯えず、恐れず。そんなまっすぐな目と姿勢で、その場で俯き気味になっていた者達を励ました。
123 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/20(土) 01:07:37.16 ID:rIVaFyE0
裁(傭兵は今から協力を要請しても時間がかかり過ぎる……何より民兵たちは彼らを望んではいない、民兵たちの和を崩し損ねかねない傭兵は論外だ)
裁(となると、今町にいる民兵たちで立ち向かわなければならないということになる…昨日の死者が…62名、男手はかなり減った)
裁(負傷もなく残存している男で戦場に駆りだせるのは500人前後といったところか、それをどう振り分けるかがカギとなるな…)
裁(偵察役の彼の話によると一見して確認できた勢力は百……とのことですが、それは崖の一角を見た数…実際は面している崖のそこらじゅうにいると思っても不思議ではない)
裁(…となると敵の数は千を超えるか…?馬鹿な、勝てるはずがない…倍違う勢力にどう足掻けばいい)
裁(崖を崩落させ、奴らを岩で押しつぶすか…?有効かもしれないが、誰がそんな危険な役回りを進んで引き受けるというのだろう、膨大な量の炸薬が必要にもなる…理想の攻めではあるが不確定要素とリスクが大きい)
裁(ならばレンガで防壁を多く築き、遠くから銃で確実に始末してゆくやり方が一番だろう…準備も早くできるし、不測の事態も起こりにくい…被害を最小限に留めることができる)
裁(昨日の戦では銃が全ての魔族達に効くことがわかった、未だ皆の士気は高いはず……そうだな、これが最善の戦法か…そうだ、きっとそうだろう)
裁(…こちらから攻めるのは得策ではない…奴らがいつ動き出すかもわからない……もしも民兵たちが出ている間に町が襲われでもしたら…最悪の事態だ)
裁(こちらから攻めるのは論外、籠城を覚悟で防衛に徹する……やはり今回もこれでいこう)
カギルは頭の中で慣れない戦のシミュレーションを行っていた。
周りでは町民が何を準備しようかと盛り上がっている最中だったが、彼は自分の世界に浸っている。
民兵「…カギルさん、ひとつ提案があるんだ、聞いてくれないか。」
裁「…ん!はい、なんでしょうか」
だが物見台の上の偵察役の男の呼び声で、一気に現実へと引き戻される。
民兵「カギルさんに情報を提供してくれた、ハープって傭兵の事についてなんだ」
裁「……ハープ、さん、ですか」
偵察役の男も気が進まないような表情はしていたし、その顔から言いたい事を汲み取ったカギルもまた、気の進まない表情をしてみせる。
126 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/21(日) 18:06:52.19 ID:w70.EwAO
裁「ハープさんを探す…?」
民兵「ハープがカギルさんに情報を流したんだろう?ナガトが命からがら手に入れた情報と同じものを」
裁「…ええ」
民兵「ナガトは瀕死になってまでそいつを知らせてくれた…何故ハープは知っていたのか?気にならないか」
裁(………)
裁(彼女が私にそれを告げたのは戦いの後、割とすぐにだった)
裁(…まさかあの時点で崖側まで行き、戻ってきた…とは考えにくい…それでは戦闘中もナガトさんと同じように、敵陣へ攻め込んでいなければならないはず)
裁(となると、彼女の勘?…だとすれば酷い話だ、信じてしまった私を含めて)
裁(だが…勘、だけではなかった、あの時の彼女の目には強い自信が宿っていた)
裁「……是非、ハープさんから話を伺いたいですね」
127 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/21(日) 21:29:14.79 ID:C6xhizU0
槍「ふぃー、あっちいな…タオルタオル」
ゴシゴシ
槍「……うん、まぁこんなもんだな」
俺の手には一本の大きなヤジリが握られている。
傷付いたり切れ味が鈍くなった刀剣は少なかったので、武器の修理はすぐに終わった。というのも大破し欠けた刀剣なども多くあり、直せるもの直せないものが両極端だったのだ。
もう直しようのないほどの欠け、あるいは折れがある刀剣については熔かして再利用をするしかない。
ということで今はその鉄くずを使っての新たな武器を作っている最中なのだ。
槍「……うん、これも大丈夫だな」カランッ
詰まれたヤジリ達の山に手の中のそいつも投げ込んでおいた。最初は慣れない仕事だったが、もう既に何十本も完成させ手が感覚を覚えてきている。
量産しようと思えばこれからはもっと時間が短縮されるだろう。
槍「飛び道具がどれほど必要かってのがわかったからな…銃は作れなくても、こいつなら俺にだってできる」
俺は、最も効果的な自分の“やれること”を模索していた。
128 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/21(日) 23:15:02.50 ID:C6xhizU0
カーン、カーン
槍(何百本と作っておかないと、…いや、それじゃ足りないかもしれないくらいだな)
カーン、カーン
槍(使い捨てにするにはちょっと燃費が悪いか…?んじゃ何作ればいいんだか…鎧はもう作ってあるし、分野もちょっと違うし)
カーン、カーン
少女「おーい、ホムラ」
槍(本当は一番効率の良い刀剣類を作りたい…欲を言うなら槍を作りたい、けどあいつらに近付ける隙なんてないし…ジレンマだよなぁ)
カーン、カーン
少女「おーい、打つのをやめろー」
槍(なんとか、なんだっけ…シドノフさえ全部倒すことができれば、懐に入って叩く事もできるんだけど)
カーン、カーン
少女「……そうか、そんなに叩きたければ手伝ってやる」パラッ
槍(そのためにはやっぱり投擲武器や銃も必要だし…)
少女「かなり細めの“スティ・エンジュ”」
ゴォン!
129 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/21(日) 23:26:44.78 ID:C6xhizU0
槍「な、なな!なんだこりゃ!」
少女「手を休めてくれたか、お邪魔するぞルーキー」
槍「えっ、ハープさん!?いつからいたんだ!?」
少女「お前がそいつを打っている間から居たとも」
槍「…ぁああ、打ち始めたばかりだってのにジャベリンが……なんだよこの鉄柱、いきなり落として…」
少女「イヌエンジュの鉄製版、といってもわからないか…まあいい、そんな柔鉄を打つのは後回しにしろ」
槍「ん?」
少女「お前の叔母が“頼めば何でも”と言っていたのでな、こいつのために頭を下げにきてやったんだ」
ゴトッ
槍「メイス?」
少女「島国で買った割と頑丈で高いショートメイスだが、昨日の戦闘で先が歪んでしまったんだ、直してくれ」
槍「……ん、オッケー、大丈夫だ、これなら直せる」
少女「そうか、頼むぞ…先のバランスが悪いとどうも、放出する術が上手く真っ直ぐ飛ばなくなるからな」
槍「…でもこれハープさん、どうやったら変形したんだ?昨日はずっと術で…」
少女「奴ら(シドノフ)を殴っていたら歪んだ」
槍(…この人…あんなやつらに突っ込んだのか?)
132 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/23(火) 21:43:14.23 ID:iwI5o0E0
少女「あ、忙しそうなら表面はいくらか崩れていても良いからな、どうせ数ヶ月だけの使い捨てだ」
槍「うん、オッケイ…メイスは何度も扱ったことあるから問題ないよ」
少女「頼もしい、本当に武器なら何でも作れそうだな?」
槍「ははは、何でもってわけじゃないがさ……んじゃ、分解するからな」コン、コン
カランッ
少女「…ほうその鋲を抜いて分解するのか、使っていたが気付かなかった」
槍「フランジをネジバナ状に噛んで固定するタイプのメイスは珍しいからなー、使ってる人でも知らない人は多い」カラン、カランッ
少女「む……悪いな、恥ずかしながらあまりに込み入り過ぎた専門用語はわからない」
槍「はは、いや、それが普通だから」
133 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/23(火) 22:24:39.04 ID:iwI5o0E0
槍「ネジバナ固定のメイスは根元でしっかり噛んで頑丈だし、分解もできるからゆがんだりして壊れた時の直しも容易、鍛冶屋や武器屋としちゃあかなりありがたい構造でさ」
少女「流石、詳しいな」
槍「おうよー……でも銃はサッパリだから、今この時ばかりは役立たずだけどな、ははは……」
少女「何も武器は銃ばかりではないだろう…」
槍「よし、この歪んだフランジか…このくらいなら根元に気をつければ低温でも大丈夫だな」
少女「……」キョロキョロ
少女(…ふむ、ソードや刀、シールドからバックルまで様々なものが乱雑に置いてある)
少女(が、銃は無い……さすがにそこまでの精密さは出せないか、専門外なんだろうな)
槍「あ、そうだハープさん」カチャ
少女「ん」
槍「これとは関係なくてさ、町の事なんだけど」
少女「ここでは私の存在が大きくなってしまっているようだな」
槍「そうそうそれだよ、昨日すごかったんだぜ」
少女「先程も外で会った民兵から聞いたよ…どうも私の信用は傭兵達だけでなく民兵側にも無いらしい」
槍「あー…みんな傭兵嫌いだからな…」
134 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/24(水) 21:25:28.09 ID:2O/ijmA0
槍「とはいえ、あの様子だときっとみんなハープさんに会いたがってると思うんだ」
少女「会ってどうするね」
槍「…さあ?会ってじかに聞きたいんじゃないか、どうして敵がまだいるって分かるのか、とか」
少女「くだらないな、私が何を言ったところで裏付けにはならないだろうに」
槍「…うーん」
少女「逆に、そもそも何の確証もなく兵を揚げて町を無防備にしてしまう方が可笑しいだろう。戦慣れしていないとはいえ、一陣を倒した程度で勝った気になってしまうという事の方が私は信じられんね」
槍「言われてみれば、うーん、確かに…」
カンカン、カンッ
槍「……うん、でもやっぱりハープさんはみんなに会ってくれた方が町のためになりそうだ」
少女「?」
槍「ほら、俺も含めてだけどさ、この町は戦なんて縁が無かったから…良いとこ魔獣や盗賊から町を守るための自警団が敷かれていたくらいでさ、今回については全くなんだよ」
少女「狙ってのことかは知らないが、塹壕を掘らず壁を建てた点では多少評価できるぞ」
槍「はは…何のことかよくわからないけどさ」カンッ
槍「きっとハープさんはスゴい。きっとハープさんなら、俺がやられそうになっていた時みたいにこの町のために良いアドバイスができる、そう思うんだよ、俺は」
少女「……アドバイス、ね」
カンカン、カンッ
135 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/24(水) 21:43:13.66 ID:2O/ijmA0
槍「…んー…あちゃあ、ちと曲げすぎたか……」コンコンコン
少女「私は教師ではない、どちらかといえば貪欲に学び、活発に行動してゆく原石のような生徒に近いだろう」
槍「んー?生徒?」コンコンッ
少女「それは自他、…“自々他”共に認めている、私は教えるのが上手いわけじゃない」
槍「そんなこと無かったけどな…こうして俺はあの戦場の死線だか弾道だかをなんとか掻い潜って生きてるわけだしさ」
少女「お前は運が良かったんだな」
槍「えー、運かよ」
少女「普通なら何匹もシドノフを殺している途中で自分が“無敵”だと勘違いして、つい一発でも奴らの砲撃を浴びて四散している……お前に慢心が無かったからたまたま生きていたんだよ」
槍「ひ、ひどいなその言い方……素質って言ってほしいな、そういうプラスな面はさ…」コンッ
少女「…熟練した教官が教えでもすれば気も引き締まり注意の仕方もよく身につくだろうし、少々油断してしまうような奴でもあの戦場を生き残す事ができる、だが私が教えたのではそこまで上手くはいかない……私の教えでは生兵法で何人も殺してしまうかもしれんのだよ」
槍「本職かそうじゃないかって話じゃないのか?そういうのって」
ジュゥゥゥゥウウ・・・
槍「…この鍛冶だってさ、謙遜はしないぜ?俺はそりゃあ自分でも認めるほど力のある鍛冶だ、そいつは数十年も積み重ねてきたもんだ…けどさ」
少女「……」
カランッ
槍「別に、完璧に鉄を直せなくても、硬度が無くてもさ…5、6年打ってきただけの奴にでも、腕の善し悪しはあれど鍛冶ってのはできるもんだからさ……はい、これ、熱くないから」
少女(……おお、歪みが直ってる)
槍「ハープさんが自分は完璧じゃないとかそう思っていてもさ、生兵法でも…今のこの町にはさ、どうしても戦の知恵が必要なんだ」
少女「……」
槍「頼む…って、頼りっぱなしにしてしまうのもなんだ、ハープさんが良ければで良い…ハープさんさえ良ければ、俺らを助けて欲しいんだ、生兵法だろうが、せめてその知恵だけでも」
少女「…ふむ」
136 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/24(水) 21:58:01.71 ID:2O/ijmA0
少女「……うん、まっすぐだ……良くあの湾曲具合からここまで元の形に戻せるものだな…」
槍「そう、それが俺の仕事」
少女「…“使い捨てで終わると思っていたが、うまく使えば長く善く使えるものだ”ということだな」
槍「?」
少女「一期一会という事だよ、ホムラ」
槍「? …?」
少女「ふふ、じゃあホムラ、私は組み立てまでは見ていない、こいつを元の形に戻してくれないか?」
槍「ああ!そうだった、オッケー」
カチャ、カチャ・・・
少女「…そうだな、力や知識を得ても慢心の無いお前であれば、私も断る理由は無い」
槍「! この町の手助けをしてくれるのか!?ハープさん!」
少女「まぁ、そもそも協力といえばそうだ、ここに残るつもりだったからな」
槍「…ありがとうハープさん、本当にありがとう」
少女(……本当は協力などといわず、独力で進軍を止めに来たんだが…まぁ、いいか)
『――回りくどいことだな、何も持たぬ何も思わぬ人形共を相手にわざわざ共闘をする必要などなかろうに、さっさと潰してしまえば良いのだ――』
少女(うるさい、私が決めたことだ)
槍「でもやっぱり危険だからさ、ハープさんはこの町の関係者でもないし……危ないと思ったらすぐに逃げ出しても良い」
少女「?」
槍「俺らのやるべきことだからさ、何かあって逃げ出したくなったらすぐに逃げて良い…ハープさんが俺らの危ない事に巻き込まれる筋はないからな」
少女「…ふ、どこぞの飛脚と同じでお前も優男だな…大丈夫だよ」
槍「?」
137 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/24(水) 22:11:47.04 ID:2O/ijmA0
カチャッ・・・
少女「……見た目は変わらないな」
フンッ
少女「ガタも無い」
槍「だろ?へへ」
少女「“イアニュス”」シュボッ!
槍「うおっ!?熱っ…!?」
ボボボボボ・・・
少女「…うむ、狙った鉄くずにしっかり炎が飛んだ、精度は良くなっているみたいだな」
槍「ハープさん…あのジャベリンに何か恨みでもあるのか?」
少女「鉄が真っ赤に熱を帯びたところを見るに、術の質も悪くない…うん、良い仕事だホムラ」
槍「あ、おう…ありがとう…ごめんなジャベリン…さすがの俺でももうお前は直せないぜ…」
少女「これほどの腕なら都会でも十分にやっていけると思うがな?そっちではこの町以上に戦争の空気が充満している、需要もあるはずだ」
槍「え?そうなのか?」
少女「…知らないのか…今はだいたいどこでも“惨劇軍”と交戦しているぞ…まぁこことは違って、人が多い場所では金もある、良い傭兵も雇えるし全く問題は無いんだがな」
槍「…へー…都会か…町出た事ないからわからないなぁ」
少女「世辞ではないがお前ほどの腕の奴は見たことが無い、向こうでも店を開けるだろうし繁盛するぞ」
槍「んー、興味無いから良いや」
少女「慢心も無ければ欲も無いときたか、なかなか居ない人間だな」
槍「バンホーはこういうモノを作るのが好きな奴らが集まってる町だからさ、俺にとっちゃここの方が仲間も多いし……なんつーか…住みやすい、ははは」
少女「ん、そうだな…お前がそう言うならその方が幸せだろう…何も幸せは人多い都会にあるわけではないから」
槍(相変わらず歳わからないなぁ、この人)
138 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/25(木) 21:12:21.91 ID:kW49a1g0
槍「…あー、ハープさんや、ちょっと気になってた事があったんだけどさ、もし急ぎとか無ければ良いかな、アドバイス」
少女「ふ、構わない、私が自信をもって答えられるものなら」
槍「おー、ありがとう。やっぱこういうのは素人が議論するよりも戦場に慣れてそうなハープさんに聞くべきかなって」
少女「それで何を訊きたいのか」
槍「これから魔族らがまた攻め込んでくるわけじゃないか」
少女「そうだな」
槍「えっと、シドノフってやつはどうしようもないと思うんだけど、他の奴らが相手なら槍とか剣でもイケるかな?と思ってさ」
少女「…そうだな?刃物でも奴らを殺す事は可能だ、理論上はだがね。シドノフでさえ条件が揃えば斬り殺す事もできるだろう」
槍「本当か?…昨日もシドノフってやつ以外もちらほらいたんだけど、近づいてくる前に弓と銃でなんとかなっちゃったからさ、よく分からなくて」
少女「ふむ、そうだな……これも町を勝利に導くための大事なアドバイスの一つだな」
槍「ああ、もしも俺の作ったエモノで戦えるのなら弾切れとかしないし、町のみんなもこういうのは慣れてるだろうし、良いと思うんだ」
少女「…ホムラ、この場で返答はできる。だが少し待ってくれないか」
槍「?」
少女「これは大事な話だからな、お前だけが食べるにはすこし栄養価が高すぎる情報とでも言おうか」
槍「! …えーっと?つまり、でっかいケーキはみんなで切り分けようっていう事か?」
少女「そうだ、町の者にも言っておかなくてはならない事も含むからな」
槍「…遠まわしだな」
少女「な 違う!うつってなどいない!」
槍「? ま、まぁわかった、皆の前で話しをするってことだな」
少女「……そうだ」
槍「そうか、そうだな……俺だけが知ってて良い事じゃないからな」
槍(ハープさんが町の皆の前に出るわけだな……みんなはどういう反応するんだろ、想像つかねえなー)
139 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/25(木) 22:35:52.75 ID:uRB.FAAO
LfXMdtYt
不幸のヤハエ、気持ち悪いだろう?サイズなども割と人に近いから、戦場でこいつの姿に嫌悪感を抱く奴は多い。
“惨劇軍”では地を走り数で攻めるいわば歩兵の役割を持つ。リーチのある武器を持たないように見えるが、こいつの武器は何より腕にある。
腕には関節が無く、突き出せば短い槍程度まで伸ばすことができ、なおかつ黒い爪には触れた部位を麻痺させる力がある。
爪で肌を切り裂かれた事に気付かず失血死、という事もあったな。とにかく腕とその間合いには気をつけながら、距離に余裕をもたせて片付けなければならない相手だ。
141 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/28(日) 00:33:02.75 ID:l5Fkeig0
「急げ急げ!いつ来るかわからないんだ!疲れてないなら走っておけ!」
槍「おっと」
俺のすぐ目の前を台車が横切った。木製の荷台には車輪が耐えられるかわからないほどの量のレンガが詰まれており、それはがたがたと重い音を立てながら足早に去ってゆく。
少女「忙しそうだな」
槍「敵襲に備えてるのかな?」
少女「この様子ならお前以外の奴も慢心はしてなさそうだ、安心したよ」
辺りを見回してみれば確かに、人々が慌ただしく走っているように見える。
しきりに物を運んだり、何らかの書簡を握りながら走っていたり。戦が始まる前の町の緊張感にそっくりだ。
槍「いやぁ、みんなのやる気があるみたいで安心だ、俺だけやる気があっても困る所だったから」
少女「違いない。“センセイ”としても教えがいがある」
槍「ああ、頼むよハープさん…とにかく総括してるカギルさんのいる所まで行かないと」
少女(カギル……あの男か)
槍「カギルも俺と同じで生粋のバンホーの民だから戦については全くだけどさ、家が家だから剣術や武術はやっててさ」
少女「ほう、健康的だ」
槍「まーとにかく、何を取っても頼もしいってんでさ、この町の命運を背負うリーダーになってもらったんだ、実際昨日の戦もカギルさんの指示であそこまで形にできたってのもあるし」
少女「ほう、昨日の戦は経験者全く無しで?配備も?」
槍「らしい。読んだ本を参考にしたとか言ってたな」
少女「……読んだ本を参考に、程度の奴をよく将軍にしたものだ。この町の人間は図太いのか?」
槍「ははは、いや、カギルさんはそれだけすごい人なんだよ」
少女(…信頼はされているんだな。よほどの人柄らしいな、奴は)
142 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/28(日) 22:44:44.17 ID:l5Fkeig0
俺とハープさんは慌ただしく人が行き交う中を呑気に歩いていた。
忙しそうにしてすれ違ってゆく町の人々の中には、俺とハープさんを見て一秒ほど動きを止めてしまう者もいた。
何か思う事があったのだろう。それでも各々は自分の役割を果たすために足早に去ってゆく。
普段なら呑気に町の職人たちが骨を休めるためだらだら歩いている昼間の町も、やはり戦時か。みんな働いているが、溌剌という言葉が出るほどは気持ちの良い雰囲気じゃあない。
少女「~♪」
だがハープさんは呑気に知らない曲の鼻歌を上手に奏でながら、町の角の要所要所を飾る風車を楽しそうに眺め歩いているのであった。
人の、いいや、人々の気も知らないでといいたくなる観光気分なハープさんの姿だったが、慌てない彼女はどこか、俺の心にある平和な日常の落ちついた心を見せていてくれるようだった。
槍「ハープさん、まだ慌てなくてもいいんだっけ」
少女「うん?そうだな、でも予想だぞ、数日だけだ」
槍「…そうか、数日か」
でもやっぱり、骨休みをするには足りない日常のようだ。
今日は敵は来ないかもしれないが、明日は来るかもしれない。
だから休んでなどいられない。戦いの日に備えておかなければならない。
槍「…数日で俺も何かしなけりゃな」
少女「ん、そうだな」
町外れの大きなテントに、俺とハープさんは到着した。
テントの辺りに集まる大勢の民兵たちが、俺ら二人を見るなり退くように道をあけてゆく。
143 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/28(日) 22:52:04.17 ID:l5Fkeig0
「…もしかして」
「あの赤髪、ホムラだろ?…じゃあやっぱり」
槍「……」
一躍有名人になったものだと、皆の視線を背中で受けるのは少し恥ずかしかったが、俺はあまり気にしてないふりをしてテントの入り口を開けた。
槍「失礼しまーす……カギルさん、あ、居た」
裁「! ホムラ…さん…と、あなたは」
少女「……」
テントの中には数人の民兵と、何人かの町人がいた。
それぞれ机の上の紙やら地図やらを見て議論している最中であったようだ。
皆があっけにとられたような顔をして俺とハープさんを見ている。
槍「あーっと?もしかしてお邪魔だったかな」
裁「…ホムラさん、貴方を呼ぼうかと思っていたくらいです、わざわざ足を運んでくださってありがとうございます」
槍「ありゃ、そうでしたか、良かった良かった」
裁「それと……ハープさん、貴女も」
カギルさんの朱色の目が微笑むように細く、ハープさんを一瞥する。
ハープさんは表情を変えず、ませた風に「うむ」とでも言いたげに頷いただけだった。
……この二人はどことなく話が合いそうな気がする。
144 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/28(日) 22:58:33.75 ID:l5Fkeig0
「ハープ…!?おい、本当に子供かよ…」
「こんな子供が…」
テントの中に居た民兵たちはハープさんの姿を見て驚きを隠せない様子だった。
…カギルさんと俺が、こんな子供の言う事を信じた。その具体的なビジョンを見てしまったのだ、驚きもする。
俺も第三者だったら、こんな小さな子供の言う事を信じて指揮を執るカギルさんを責めたくもなるだろう。
「おい、今テントに入っていった子供って……!」
槍「うおっ」
テントの外側も慌ただしくなってきた。
入り口からは民兵達が入ってきて俺の背中を圧迫している。噂のハープさんをじっくり見ようと駆けつけたのだろう。
裁「……やれやれ、このテントもかなり大型ですが、これからの話をするにはもっと幅が必要なみたいですね」
槍「は、ははは…そうですね………おい、ちょっとみんな一旦出て、これ以上入れないから…」
「うお、本当に子供だ!」
「なんであんな子供を…」
少女「汗臭い」
145 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/28(日) 23:12:12.38 ID:l5Fkeig0
一斉に押し掛けてきた噂好きの民兵達に向かって、ハープさんは殺気立った目つきでメイスを振るうのだからこれも少し騒動となった。
だがまぁ、小さな女の子がメイスを振りかざしながら向かってくる姿に民兵達は皆気押されてテントから退散していったので、ある意味早く誘導が済んだのかもしれない。
裁「会場を設けるにも時間がかかるので、青空会議といきましょう、みなさん」
そんなこんなでテントにあった椅子、そこらにあった板材やら布やらを寄せ集めたものを皆の席とし、テントの外にはカギルさんを囲うように大きな人の輪ができていた。
民兵だけでなく職人や、騒ぎを聞いて様子を見に来た女や子供までいる。
……これが祭りの日なら、美味い酒を飲んで良い感じに騒げそうな井戸端の会場だ。
裁「…まず、皆さんが気になっている事からですが…私は知っていますが、貴女はハープさんで間違いはありませんね?」
少女「ああ」
槍「……」
輪の中で胡坐をかき、頬杖をつく猫背の少女のませた後ろ姿はちょっとシュールだった。
裁「先程、崖の偵察に向かった方々が報告をくれました…ハープさんの言った通り、魔族達はまだ大勢、崖の下に潜み、我々の町を襲う機会を狙っているようです」
槍「あ、偵察に行った人はもう帰って来てたのか…」
裁「…敵発見を知らせる鐘が鳴ったでしょう、ホムラさん」
槍「あ、はは、そうだっけ?作業場にいたから聞こえなかったのかも」
少女(……なるほど、町の騒々しさは偵察の結果を受けてのものなわけか)
147 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/29(月) 22:25:32.67 ID:daxU/zg0
裁「我々バンホーの人間は戦場に鬨が響いた時、戦の終わりを肌で感じました…肩の荷が下りるとはまさにこのことだったのかもしれません」
弓「そうね…一時はどうなるかと思ったけど、上手くいって良かったわ」
裁「ええ、私もここ数日の疲れが一気に押し寄せたような気持ちになったものです…全ての終わりを予感しました、少なくともしばらくは来ないだろうと安堵したのです…」
少女「……」
槍「……」
ハープさんの頬杖は揺れることなく安定していた。
裁「…さて…その夜、衛生兵のハヤテさんは戦場で瀕死のナガトさんを発見しました。彼は発見されるまでは行方不明…その生存は絶望的かと思われていましたが、彼は無事保護されすぐに処置を受けました」
衛生兵「かなりの失血だったがハヤテの応急処置でなんとか一命は取り留めた…もしあの場にハヤテが向かっていなければ大変な事態になっていただろう」
少女「それで?」
裁「はい。……実はナガトさんは、戦が一時的とはいえ我々の勝利で一旦の幕を降ろした後でも、戦場の奥へ奥へと進み、敵の掃討を続けていたそうなのですね」
少女「ほほう?馬鹿だが勇猛だな?」
「! おいガキ、ナガトさんを…」
槍「ま、まぁまぁ」
裁「…敵の掃討に夢中となり、森と山の奥へ、奥へと彼は進んでゆきまして…そしてたどり着いた場所が…東の海岸です」
少女「……ふむ?海岸は“惨劇軍”の陣地とも言える場所だが、そこまで掃討しに向かったのか?」
裁「はい……彼はそこで、海岸の底に魔族の大群が潜んでいるのを見たのです」
少女「ははは、そいつはそれで命を持って帰還できたのか?それは大したプロモーションだ。“ナイト”にでもしてやったらどうだ?」
槍「……」
148 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/29(月) 22:44:58.85 ID:daxU/zg0
民兵「……おい、傭兵のガキ」
ハープさんの右後方で立つ大柄の男が低い声を挙げた。子供に向けたものとは思えない威圧感の籠る声だ。
少女「ふふ、防衛戦にも関わらず一人敵陣へ乗り込み多くの首を取ろうとでもしたのかね?それとも彼は指揮官直々に奇襲命令を受けたのか…?」
民兵「お前……これ以上ナガトさんを愚弄するか?」
少女「愚かといえばそうだな。守るべき町があるというのに、一人持ち場を離れて敵陣へ突っ込む…いくら手柄をあげようがそれは愚か者の勇み足に変わりはない」
民兵「…」
男の眉間に一気に皺が集まる。
槍「…いかん」
民兵「離してくれ」
右腕が上がりそうになったのを見た俺はすぐ立ちあがり、男の肩をそっと手で抑える。
……だが彼の気持ちは分からないではない。同じ町の、同じ町を守る仲間である事に変わりはないのだ。それを愚かと言われれば、俺も少しかちんと来るものはある。
槍「なぁ、ハープさん…もうちょっと言葉を…」
少女「指揮官の指示を全うできない兵(コマ)など黒に成る歩兵も同じだ」
民兵「お前……!」
少女「結果としてそいつの働きは功を成しただろうがよ、町まで前線が押しやられた時に同じ褒め言葉はくれてやれないな。そう思うだろう?カギル」
微動だにせず胡坐をかく少女の目線は、きっと向かい座るカギルさんへと向いていた。
裁「……そうですね、確かに結果としてナガトさんは我々に危険を知らせてくれましたが…防衛戦から大きく離れ独断で行動したという事、それは関心できないことです」
民兵「……」
裁「成した功績は称賛されるべきです、彼はいち早く我々に危険を知らせて、先程の鐘として町に確かな方向を示してくれました…それとは別に、私の指示を無視して敵陣へと乗り込んだ、これはハープさんの言う通り、軽率であったと言えるでしょう」
槍(……公平だ)
裁「ですがナガトさんの性格を私は知っています。…彼は愚かではない、決して愚かではないのですよ、ハープさん」
少女「ふん」
149 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/29(月) 23:05:29.11 ID:daxU/zg0
民兵「……」
槍「……」
一時の沈黙は、立ちあがった者が着席するまで続いた。
裁「…さて、間をおいて魔族が再びこの町を攻めにやってくる…その予想は私にもありました」
槍「え」
裁「ですがここまで、数日中に第二波が寄せてくるほど早いものだとは予想だにしていなかったのです…ハープさんの言葉を聞いて悩みましたが、警戒するに越したことはないだろうと」
民兵「……勘、ですか?」
裁「保険ですかねぇ。信じるのは癪でしたが――」
少女「…」
裁「――失礼、信じ断ずるには尚早でしたが、誤った判断の奥に町の危険を据えてはいけないだろうと思っての決断だったのです」
ご理解ください、とカギルさんは周りに小さく頭を下げた。
周りの人々もそれに反応するようにおどおどと頭を下げる。
裁「……正直に明かしますと、私情を一片であろうと挟むのはいけないと分かってはいるのですが、私は傭兵が好きではないのです」
槍(カギルさんもかぁ……確かにキッチリしてる人はあまり肌に合わなそうな連中だし)
少女「まぁ、広く好かれる人種ではないな」
裁「…ですがハープさん、貴女はどうにも、違うように感じます…貴女はそこらの傭兵のように粗野でも無能でもないように窺える」
少女「ほう」
裁「貴女の言葉を聞いた時、私は“まさか”と思いました…半信半疑だった…ですがそれは現実となった、脅威は存在していた…」
裁「………ハープさん…私は貴女がどれほど何かを知っているのかは分かりません、ですが私にはこの町の指揮を執るのに慣れていない……正直、苦しい」
裁「どうか、この私に、…いえ、バンホーに、協力していただけないでしょうか」
150 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/29(月) 23:19:20.34 ID:daxU/zg0
カギルさんは深く頭を下げた。静かな会釈のようだった。
少女「…」
ハープさんは頬杖をついたまま動かない。そのままの表情で、そのままカギルさんを見ているだけだった。
民兵「……」
衛生兵「……」
俺を含めて、辺りに座る者達は皆、困惑していた。
カギルさんは深く頭を下げているが、ハープさんはそれに何も応えない。ここで流れが止まるとは誰が予想しただろう。誰かが予想しようとも、今ここにいる中の俺は最も予想外だった。
槍(おいおいおいー…ハープさん協力してくれるんじゃなかったのかー…?)
ハープさんもカギルさんも動かない。なんとも怖いシーンだ。どこかギスギスとした空気が淀み、ドロドロと流れているのがわかる。
カギルさんの下げた頭の行方はどこへゆくのだろう。そしてこの小さな傭兵は何を思っているのだろう。誰もがそんな事を考え、硬直しているに違いない。
民兵「……頼む」
だが沈黙は、ハープさんの後ろに座る男によって破られた。
民兵「…頼む、お願いだ…この町には戦を経験した奴なんか一人も居ない…俺ら自警ですら、何をどうすればいいのか、わからん…」
少女「……」
大男は地に膝を付き、両の手も付き、頭を深く、深くさげていた。猫背に腰を降ろしたハープさんよりも頭を低くした、傍からはみっともないようにも映る姿だ。
民兵「……頼む…あんたは、ホムラが言うには、昨日の戦のために貢献してくれていたのだとか…戦の仕方を俺らに教えてくれたのだとか…!頼む!」
民兵「…二度もこの町を助けてくれなんて、厚かましいとは分かっている…だが、あんたは戦を知っているんだろう!?俺らよりもずっと…だから…」
槍(……!)
大男を皮切りに、周囲の者も皆、ハープさんに頭を下げていた。
槍「……お、俺からもたのむ」
今さらだが、俺も頭を下げた。
151 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/11/30(火) 21:40:19.79 ID:atdmciA0
少女(ホムラめ……何故自分の手柄にしなかった…面倒な事を)
弓「私からもお願いします、ハープさん」
衛生兵「どうかお願いします!…子供だからとか、そんなことは今は関係ない…どうか町のために、お願いします!」
少女(予定と違うぞ……本来なら私はこう、下から頼まれるのではなく横から茶々を入れる立場でサポートをだな…)
槍「……ハープさん?どうしたんだ?」ボソ
少女(……悪気はないんだろうがよ…はぁ、仕方ない)
少女「私は最初から協力するつもりでここに残っているんだ、頭を下げなくても力になる…そういうのはやめてくれないか」
槍(あ、もったいぶってたけどやっぱり協力するんだ、良かったぁ)
裁「わかりました、ではやめます、ありがとうございますハープさん」スッ
槍(わあ、カギルさん切り変え早えー)
152 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/01(水) 22:07:24.84 ID:aAEXJoc0
物資を運ぶ台車が右往左往する中、物見台の真下の広い空間を占拠するように俺達は座り込んでいた。
雲は多少あれど日差しは眩しく、戦時でなければ散歩でもして欠伸をかきたいくらいの良い日和だ。
もちろん今は欠伸などかいていられない。ハープさんを囲うように集まる人々の面持ちは真剣だった。
少女「――なるほど、ここにいる者のほとんどは各役割の代表者、というわけか」
裁「はい。皆さんにはこの司令部のテントをベースとして集まっていただき、情報を報告、そして共有してもらっています」
民兵「俺はカギルが属する自警支部の支部長をやっている」
衛生兵「僕はこの町の医者をやっていたので、救護班などの担当で」
弓「私は弓術の道場を開いていたので、ここでは弓などの指南をしています」
槍「あ、じゃあ俺は武器の鍛錬担当…?」
裁「いいえ、申し訳ありませんが大体の武器は余るほど揃っていますので、ホムラさんは一般の兵士です」
槍「だよな、何も言われてなかったものな…」
裁「他に職人の方々もいますが、それを含めると数が膨大になってしまうので、主に我々が集まり各々の意見を総合して作戦などを立てていました…もちろんそれに関係する職人の方々の意見も聞きながら、ですが」
少女「……ハヤテは?」
裁「? ハヤテさん…ですか?」
弓「飛脚のハヤテさんの事?彼がどうかしたの?」
少女「奴は何らかの代表ではないのか、たとえば――運搬、連絡とか」
裁「代表とするには……大きな声では言えませんが、性格上の適性も加味して代表を選びました。ハヤテさんは何かの代表というわけではなかったはずですが」
少女「ん、そうか」
154 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/02(木) 22:05:09.12 ID:YhVyhp20
裁「我々は先程まで次の戦闘への備えについて会議していたのです」
槍「次の戦闘かー…今はどんな準備をしてるんですか?」
民兵「今はとにかくレンガの補充だな…昨日の戦いで身を隠すためのレンガ壁が大幅に減らされてしまった」
弓「まぁそれほどレンガの壁の防御性が有能であることが分かった、ということでもあるんですけどね、今は過剰生産って言ってもいいくらい、とにかく沢山作るようにしてます」
少女「そうだな、塹壕を掘るよりは有効な判断だ」
裁「……塹壕ですか」
少女「国家間で戦争をしていた時代においては、銃や魔術を扱って遠距離戦を挑むのであれば塹壕に身を隠す戦い方が堅実とされている…今この時の戦ではまた違うがね」
槍「穴掘って身を隠して撃つ、か……でもそっちのほうがレンガみたいに壊れる心配はないし…」
弓「……確かに、横一線に掘った塹壕を設ければ一方的に、安全に遠距離から攻撃できますね」
少女「いいや、シドノフの砲撃による爆風の影響がある…塹壕はかえって危ない」
裁「……シドノフ?」
槍「あ、大きな炎の魔族の呼び名らしいですよ」
民兵「シドノフ?初耳だな…」
弓「私もはじめて聞きました…傭兵の方々も名前で呼んではいなかったと思います」
少女「…ふむ、そうだな…まずは奴ら魔族についての話をしようか」
裁「……深くご存じですか?であれば、是非お願いします…」
少女「ああ、まずは敵を知ってもらわねばならないからな、曖昧な印象だけで挑んでは対峙した時に恐怖故の躊躇を生むだろう」
民兵「…頼む」
155 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/02(木) 22:21:08.19 ID:YhVyhp20
少女「では、近くにあれば紙をくれ、大きめの白紙を頼む…あとできればペンも」
裁「紙ですか、白紙とまではいきませんが、裏面が白紙のものであればテントの中にあります」
民兵「俺が取ってこよう、えーっと何番目の引き出しだったか」
少女「いや、必要な書類の上にわざわざ書くのは悪い、やっぱり良いよ」
弓「あ、それでしたら物見台の方の倉庫を探せばあったような…」
槍「じゃあ俺も探してくる」
少女「気遣いありがとう、だが探すのが面倒なら構わない…“テブノマリア”、“ネブノマリア”」
パサッ
コロンッ
「「「…!!」」」
その場にいた一同が皆驚愕した。
ハープさんがよくわからない言葉を紡ぐいだかと思えば、その一瞬光った手元からは白い紙と、細いペンが現れたのだから。
裁「魔術…!」
民兵「……すごい、炎を出したり水を出したりだけではないのか…」
少女「魔術は良いぞ、様々な応用が利くしものによっては日常の生活にも役立つ…若くから勉強していなければ習得は苦労するがね」サラサラ
槍「…少し魔術を使いたくなってきたかも…今からでも使えるかな」
少女「ものによるな」
ハープさんはなめらかにペンを動かしはじめた。
156 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/02(木) 22:29:40.02 ID:YhVyhp20
槍(……絵上手いなぁ)
ハープさんの手に握られたペンが淀みなく紙の上を焦げ茶色で満たしてゆく。
線だけで表現される緻密な陰影の濃淡は写実的だが、どこかにハープさん自身のセンスを混ぜたような独特な描き方というか、印象的な部分もあった。
その完成に着々と近づいてゆく人ならざる生物の絵を、みんな唾を飲みながら見守っていた。
少女「“テブノマリア”」パサッ
描き終わったのか、ハープさんはもう一枚の紙を手元から出現させた。
そしてまた焦げ茶色のインクを紙の上に丁寧に乗せてゆく。
裁「……上手ですね、写実的といいますか」
少女「絵が好きだったからな、描き初めてからかなり経つ…成長は遅かったがね」
弓「…………絵はどの程度描いていらしたんですか?」
少女「……さあ、結構」サラサラ
言葉を濁しながらも絵は鮮やかに仕上がっている。
157 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/02(木) 22:42:01.73 ID:YhVyhp20
少女「さて、まずは代表的であろう4枚を仕上げた」
ハープさんの正面には4枚の魔族を描いた絵画が並べられている。
弓「…絵で見ても、グロテスクですね」
どれも人のような形をしているかもしれないが、人ならざる姿の異形の生命だった。
そして俺を含むみんなは、そいつらのうちのいくつかの姿を知っていた。
民兵「こいつだ!こいつが炎の…」
少女「そう、こいつが惨劇のシドノフ」サラサラ
ハープさんが絵の上に名前を書きこんでゆく。
裁「…惨劇の?シドノフ?」
少女「奴ら魔族軍は人々から忌み嫌われ“惨劇軍”と呼ばれている…その中でも代表的に強く、巨大であり恐怖の的…それがこの“シドノフ”だ」
槍「…絵で見ただけでも心臓が逸るな」
民兵「ああ…できればもう二度と、絵ですらもこいつの姿は拝みたくはなかった」
昨日の記憶がよみがえる。銃口を向けた自分と、腕を向けてくるシドノフの巨体。その間に生まれる緊張感…。
少女「惨劇軍が人間の世界に侵攻を始めたのは3年ほど前から…奴らはまず巨大な港町を襲った。用意も何も無かった港町はロクに抵抗することもできず壊滅、それが世界規模の惨劇の皮切りだった」
158 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/02(木) 22:58:19.26 ID:YhVyhp20
サラサラ
“不幸のヤハエ”
どのような種か?何の目的があってのことか?人々は次々と町や都市が陥落しそうになりつつある中考えたが、答えはでなかった。
中には和平協定を結ぼうとする町もあったようだが、魔族達は全く聞き入れない。抵抗があろうともなかろうとも例外なく、狙われた地域は皆殺しに遭っている。
サラサラ
“災厄のタイエン”
人間への恨みか、支配権を取るためにきたか。惨劇軍侵攻の理由についての臆測は色々あったがただ一つ間違いない事に人間も気付いた。
奴らには言葉を聞きいれる知恵など無いという事。また命乞いなどせず、四肢を切り落とされようと人間を殺そうとする執念にも。
そう、とにかく悟ったのだ。奴らとは何であれ、殺されたくなければ戦うしかないということにな。たとえそれに理由がなくとも。
サラサラ
“凶兆のロッコイ”
惨劇軍の出現により傭兵達や自警団は都市部をはじめ様々な場所に拡散した。だが大規模に傭兵を雇う金の無い貧しい村や小さな町などは安い賃金で質の悪い傭兵達を雇うしかなかった。
その結果がじわじわと前線を押し込まれる現状だ。…全体でみれば都市部や城下町などの勢力は強い。最終的には人間の勝利に終わるだろう。
だがここのように小さな、しかも運悪く海岸沿いの町となると…町を防衛できるかどうか、かなり怪しいところだ。
159 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/02(木) 23:12:05.70 ID:YhVyhp20
コロン
ペンが地面に転がり、そしてふわっと煙がたなびくようにして消えてしまった。
少女「人は何百年も…いや、何千年も魔族と戦ってきた。ここ数百年は住み分けもできて落ちついていたが、惨劇軍が来てから状況はかなり変わってしまった」
槍「……」
裁「……」
少女「昔は人間の間でも多くの戦争があったからな…そうだな、その時は戦のための道具も数多く発明されたものだ」
弓「戦のための…」
少女「だが“何があったのかは知らないが”それらの発明の多くは歴史から姿を消した…“良く分からないがおそらく”戦が無くなり不要となったのだろう、あっても物騒なだけだからな?」
民兵「…なるほど…」
少女「……だがこいつらだ。惨劇軍の出現により、その平和ボケした現代は窮地に立たされている」
皆が4枚の絵を見る。グロテスクな造形の異形の魔族達。町の人間を何十人も殺した宿敵だ。
誰もがこの姿に嫌悪感と憎悪を覚えているだろう。俺ですらこいつらの事は許せそうにない。
少女「昔の戦争道具があれば戦いは楽に進むだろう…だが今はない。危機的状況だな?しかしこいつらに刃向かう事ができないか、といえばそんな事は決してない…勝算は十分にある」
裁「……勝てますか、生き残れますか、この町は」
少女「……“工夫の仕方”は教えてやる…実行するのは、この町の人間自身だ」
少女(そう…自分の身を自分で守る、それこそあるべき姿なのだから……私はあまり深くは介入したくはない)
少女(私が直接参戦して加勢しなければ勝てない程度の町であるならば――…まぁ、一時的に勝ったとしても、すぐに滅ぶだろう)
161 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/04(土) 00:17:45.98 ID:y3mbNIE0
少女「…」ヒョコ
槍「ここが焼き煉瓦の工場、忙しそうだからあまり幅とって歩かないようにしてくれな」
俺はハープさんの案内役として一緒に煉瓦工場を訪れていた。
工場と言っても今は外で煉瓦を野焼きしてまでの大量生産を行っているので、作業工程の様子は工場に踏み入れる前から見ることができた。
人もいつもの数倍はいるだろうか。女や子供もせっせと働いている。…とはいえ、子供らは結構楽しみながら働いているように見える。戦が迫っているという緊張感はあまりないようだ。
少女「…大量生産でも焼き煉瓦は使うんだな?」
槍「うーん、最初に煉瓦のバリケードを作った時はさ、時間がないから日干しでいいんじゃないかってあったんだけどな…どうも職人は手を抜きたくはなかったみたいでさ」
少女「職人気質というやつか」
槍「すごい団結力だったよ…数日であの煉瓦を焼き上げたんだ」
少女「…ま、戦闘前に焼き上げられるなら構わないけどな…強度が高いに越したことはない」
槍「日干しだったらあの砲撃を耐えられたかどうか、いやぁ、とにかくこの工場の人には世話になったよ」
少女「……」
ハープさんは工場内を見回した。
土の匂いと火の匂いがそこらじゅうで燻っている。マスクでもしなければ咳でも出そうな室内だ。
見知らぬ少女の姿を見てこちらに気付いたのか、工場の奥から汗だくの作業着姿の男が近づいて来る。
煉瓦工「おっ?ホムラさんじゃないかい!なんだい、何か必要なモンでもあるのかい?」
槍「あ、どーもどーも、忙しいとこ来ちゃったみたいですんません」
煉瓦工「構わん構わん、うちの煉瓦が戦に使えるってんだからもうね、これに誇り持ってる俺もやる気十分!ってやつでねぇ、へへ」
162 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/04(土) 00:34:34.68 ID:y3mbNIE0
煉瓦工「お?」
少女「…」
槍「あ、この人は俺のセンセイです」
煉瓦工「…センセイ?はっはっは、随分ちびっこな先生…」
少女「土は足りているのか?」
煉瓦工「おぅ?」
ハープさんは仏頂面で初対面の彼に質問を吐きかけた。
だが彼も大人で、ハープさんと目線を合わせるようにしゃがんで微笑んだ。
煉瓦工「土かー、土が足りないんだよなぁ。いいや、足りなくはねえ、そいつは違うな」
少女「?」
煉瓦工「いや、まさかここまで連日に渡り煉瓦が必要になるとは思わなかったからさぁ、原料は採石場の外れで採れるから問題ないとはいえ、そいつを採ってくるのに手間がかかっちまってるんだよ」
少女「…なるほど、運ぶのに時間がかかるということか」
煉瓦工「そそそ、一手間かかっちまうからな…それでも逐次土は運ばれてきているから、生産が途切れてるってわけじゃあねえ」
少女「あまり大きな問題では無い?」
煉瓦工「ん、そうだな!運ぶのはこっちの管轄じゃないからトラブんねぇか不安ってだけ!」
槍「バリケードの用意は万全だと思って良いってことか、良かったー…」
壁無しであいつらと戦う場面を想像してみると、おぞましいものだ。予想の中での俺は一分と戦場に立っていられない。
少女「よし…煉瓦は数あるに越したことはない、積めばそれだけいくらでも守りや戦術の幅を広くできる」
煉瓦工「お嬢ちゃん頭良さそうだな?はっはっは、こりゃ本当に先生かー!?」
槍(ははは、本当に先生だったりしてな…ただの傭兵ではないんだろうけど、俺には詳しく訊く勇気は無いや)
163 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/04(土) 00:49:56.88 ID:y3mbNIE0
少女「……ん?これは」ジャラッ
煉瓦工「お、そいつか」
少女「えっ…と、この石は…なんだっけ、思い出せない、いや待て言うな、先に言うな思い出す」
槍「ああこれヒバシ石じゃないですか、こんなに沢山!?」
少女「……」
煉瓦工「鑢窯の良い燃料になるかなーって使ってみたんだが、どうも質がダメなやつのようでな、まとめて買ったはいいが上手く熱を持たないもんで…全部使い道が無くて困ってるんだ」
槍「うっわ…え?ここに積んである木箱も?全部ヒバシ?」
煉瓦工「いやー、倉庫から土を洗いざらい出した時に一緒に出てきたんだ、ひどいもんだろ、この量…ホムラさん買ってくれないか?安くするよ?はっはっは」
槍「えー…ははは、いやぁこんなに沢山は使わないかな…今は戦時中だし」
少女「……職人の会話は楽しそうで良いな、ホムラ」ボソ
槍「え?あ、ごめんハープさん、つい」
煉瓦工「…はっは、まぁなんだ、ヒバシ石っていうのは強く擦ると火花を出しながら熱を持つ石でな、窯の作業では時々使うんだ」
少女「…そうか、この国はヒバシ石の産出国だったな」
槍「俺も時々こいつを使って火を熾してるよ、着火だけだと摩耗しにくいからこんなには使わないけど」
煉瓦工「はっはっは、いやー邪魔だなこの木箱、戦争終わったら全部捨てるかなー…」
少女「商売の口出しはあまりしたくないが、使い道が無いのであれば売るなりした方が良いだろう…ともあれ今は戦いの時だ、今は煉瓦にだけ集中すればいい」
煉瓦工「はは、それもそうだなー」
槍(俺も刀剣類に集中した方がいいのかな?…いや、カギルさんに任されたし、ハープさんの案内が最優先か)
164 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/04(土) 01:07:05.14 ID:y3mbNIE0
少女「自分が何をするべきか、迷っているのか?」
槍「! いや、迷っているわけじゃないんだけど」
少女「うむ」
槍「俺は、俺のできる事をしなくてもいいのかなと思ってさ」
少女「職人として働けないのは歯がゆいか?私を案内するのは面倒だろう」
槍「いやいやいや?そんなことはないって。ただ不安になっただけだから」
少女「…不安」
槍「ああ……カギルさんは武器は沢山あるって言ってたけどさ、その武器っていうのが俺からしてみれば、結構粗末なものが多いんだ」
少女「鍛冶屋として見たら、か」
槍「確かに刀剣類はこの戦じゃ使わないかもしれないけどさ、いざ戦ってる時に刃が欠けたり、折れたり、とんでもない奴だったら抜けたりとか。そんなことになったら困るだろ?」
少女「確かにあるかもしれないな?まだその武器とやらを見ていない身としてはなんとも言い難いが、お前が言うなら間違いは無さそうだ」
槍「切れ味も悪いだろうし……せめて調整するくらいはやりたいんだけどなぁ」
少女「…ホムラ、お前は私の案内役としてやっていればいい」
槍「え、……うん、まぁそうなんだけど、確かにそれは大事だってわかってる、この戦のアドバイザーであるハープさんには町の色々なところを見てもらいたい、その重要性は俺にも分かってるんだが――」
少女「ホムラ」
槍「……」
少女「…刀剣類の切れ味は、焼き煉瓦とはまた別の話だ、ホムラ」
槍「? …どういう事なんだ」
少女「まず圧倒的に……遠距離からの銃もしくは弓を主体として攻撃する、出番が少ないということがあるだろう」
槍「うん、それはなんとなくわかってる……だからこそさ、」
少女「切れ味や刃の欠けない頑丈さは重要ではないんだ。さっき会議している間に敵の話をしただろう?奴らの皮膚はやわらかく、鈍い包丁でも容易に傷つけることができるほどだ」
槍「……」
少女「お前にとっては納得いかないことかもしれないが、奴らを相手にする場合は……あまり刃物の質は重要ではないんだよ、ホムラ」
166 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/05(日) 19:57:10.53 ID:I9IISro0
少女「お前の作る武器が良い物だということは私もわかっている」
少女「だがそれらを作る以上に、お前には“やるべき価値のある事”があるんだ」
槍(……わかってる、刀剣は必要ないってことは重々承知だ)
少女「戦場で活躍したお前は有名人だ、見回る事で町の皆もやる気が出るだろう…これは大事なことだ」
槍「ああ、わかったよハープさん」
少女「…さあ、ここは大丈夫そうだ、次へ行こう。次は木材の工場が近いか」
槍「おう、木材だな…こっちだ、ついてきてくれ」
少女「頼もしいぞ」
少女(すまない、ホムラ)
少女(私の役割は“手助け”なのに、私のせいでしばらくお前には歯がゆい思いをさせてしまうだろう)
少女(お前も早く表舞台に立って活躍したいだろうに…すまない)
『――鍛冶屋の力など戦場では微々たるものだ、所詮は一人の兵と変わらんよ――』
少女(…言ってくれるな)
167 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/05(日) 22:34:27.90 ID:I9IISro0
なだらかな下り坂をハープさんと歩いてゆく。
斜面の脇に聳える岩壁に根付いた木々は、道をゆく俺らに日傘でも差してくれているかのように高く陽を受けていた。
まばらな木陰がのせいで陽の光が眩しい。
槍「なあ、ハープさん」
少女「どうしたホムラ」
槍「ハープさんはいつから傭兵を?」
少女「結構前から」
槍「…ハープさんの結構前っていつ頃なんだよ」
少女「ホムラにとってはいつ頃だ?」
槍「俺にとっての結構前?……うーん、そうだな」
いつが結構前なのだろう。人生の一区切り分か、二区切り分だろうか。では人生の一区切りとはどのくらいのものなのだろう?
人生の節目について、深く考えてみた。
槍「……俺の中ではそうだな、両親が死んだ日、ってところかな」
少女「両親が、か」
槍「ハープさんは……多分わからないと思うけど、両親が死ぬってかなり大きな事なんだ」
少女「……」
槍「婆ちゃんはいるから寂しくはなかったけど、それでもとても辛かった、命日には毎年泣いちまってたよ」
少女「そうか」
槍「……もう親の命日に泣かなくなってから大分経つ、それで顔もちょっとぼやけてる」
槍「どんな大事なことでも、ちょっと忘れはじめちまってる……そんくらいの前が“結構前”だと俺は思う」
少女「……私も」
槍「?」
少女「きっとそのくらいだ」
槍「……(はぐらかされたなぁ)」
168 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/05(日) 23:06:00.95 ID:I9IISro0
少女「……」
槍「……」
ハープさんは無口だ。無表情も相まって、何を見ているのかも何を思っているのかもわからない。
いや、むしろ普段彼女が喋っている時の方がわからないだろうか。ハープさんの考えを訊くたびに、彼女というものが何なのか更にわからなくなってくる。
少女「~♪」
だが時々思いついたように吹き始める軽快な口笛の音が、ハープさんの人らしいあどけなさを表していた。
ハープさんは俺と同じ一人の人間であることを、時々かすれる高い音色が物語ってくれるのだ。
ちょっと人とは違うかもしれないが、ハープさんは俺と同じ人だ。
かなりミステリアスではあるけれどさ。
少女「? 私の顔に何が」
槍「ん?いいや、そういえばハープさんの服がボロボロだなーって」
少女「…ほっとけ」
槍「この町には腕の良い呉服屋があるんだぜ、後でそこも紹介するけど」
少女「戦が終わって、気が向いてたらな」
槍「……気に入ってるのか?それ」
少女「そうだよ」
169 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/06(月) 21:55:17.26 ID:MBBe2EY0
飛脚「はあっ!はあっ!」
木材「ようハヤテ、早かったな。運んで欲しいのはまずこのゴシキ1本、モモヒシ2本…」
飛脚「や、っすませろ馬鹿野郎!何往復目だッ!」
木材「3往復?」
飛脚「2:1で休憩挟ませろ!訊いてねえぞ!」
木材「何がさ」
飛脚「採石場から煉瓦工房までの運搬ならまぁわかる、だが採石場からこの木材工房までってのは往復するにゃちとキツイ!」
木材「仕事だろ?全うしろよ。……で、あとは端由(ハユ)を2本…」
飛脚「うわあああああ端由はやめろおおおおお」
少女「む…建物が見えてきたが、木材工場は賑やかなようだな?」
槍「んー?確かに騒がしいなぁ…寡黙な工場長がやってるはずなんだけど」
少女「フル回転で稼働しているということだろう、良い事だ」
槍「どこも忙しいのか。まあ当然…なのかな……?」
170 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/07(火) 20:34:12.57 ID:ylY.46k0
槍「あれ?飛脚のハヤテじゃないか」
飛脚「ふー、ふー……あえ?ホムラ!ようホムラ!昨日ぶりだな!」
槍「相変わらず勢いが良いな……その木材は?運ぶのか」
飛脚「そうそう、聞いてくれよホムラ…採石場の奴らもそうだが、この木材工房の奴らもひでえんだよ!重い木材ばっかり何往復も運ばせやがってさぁ……」
少女「それは災難だが、適材適所だと思うね」
飛脚「そう、それもまた悔しい事実……」
飛脚「……ってオイ!」
少女「?」
槍「あ、ハヤテにはまだ紹介してなかったか、この人が俺とカギルさんの言ってたハー」
飛脚「んなこと知ってらァ!さっき会って散々生意気な口きかれたわ!」
槍「会ったんだ?」
少女「ふ」
飛脚「ああ、いけすかねえ!そのかっこつけた笑い!辛い力仕事の上に不愉快を上乗せしやがって!余計に重くなる気分だぜ!」
槍「ははは…まぁ、こういう人だしさ」
少女「気分を害したならすまないが町の主要な工場を回っている最中なものでな、動き回るなら運が悪ければまた会う事もあるだろう」
飛脚「…ん?どういう事だよホムラ」
槍「あー、うん、色々あってなー…」
171 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/07(火) 21:47:32.03 ID:ylY.46k0
飛脚「――はン、なるほどな。つまりお前の手助けってのは助言っつーことか」
少女「アドバイス、あくまで横から言葉を挟むだけに留めておくつもりではある」
槍「ハープさんは俺ら以上に戦に詳しい、きっと力になってくれるはずだ……確かに子供かもしれないが…」
飛脚「子供だからこそだろ、俺は良いと思うぜ」
槍「?」
飛脚「子供が戦場に立ちさえしなきゃ細かい事は気にしないってこった…まー?子供の指図受けるってのは釈然としねーけどよ?」
槍「はは、みんなもそのくらいの理解があればいいんだけどな、お前は寛大だな」
飛脚「そうそう、戦場に立って戦うのは大人の仕事!ガキはすっこんでろ~」
少女「で、ハヤテ」
飛脚「呼び捨てかよ」
少女「ハヤテちゃんは救護や連絡を受け持っていると聞いたが、ハヤテちゃんの上司はどちらになるんだ?」
飛脚「ちゃんって何だよオイ!」
少女「細身だし女みたいな顔をしているから」
飛脚「男だクソガキ!“さん”か“様”に改めろ!」ガシガシ
少女「痛い、離せ、おい」
槍(あ、こんなに仲良かったんだ)
172 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/07(火) 21:59:49.99 ID:ylY.46k0
飛脚「んでぇー、俺は基本連絡係中心に(運んでばっかりだけど)やってるから、俺の上は連絡係の統括さんだな」
少女「連絡か…救護ではないんだな?そして髪の毛が一本抜けたぞ、どうしてくれるんだ」サスサス
飛脚「知らねーよガキ。…救護は経験者の人しか主に就けないから俺は違う、救護の仕事も戦場での急患を引っ張って救急テントまで運ぶくらいだからな」
槍「連絡係の責任者って誰だっけ?」
飛脚「自警で鐘撞き担当のサナキさん、いつも夕方に鐘鳴らしてるおっちゃんだよ」
槍「あー、ってぇえ?あの人が?結構歳いってるだろ…」
飛脚「ああ見えて昔は都会の方でバリバリ働いてたらしいぜ?カギルさんが選んだんだから間違いはないだろー」
槍「……そうだな、カギルさんが選んだ人なら大丈夫だな」
少女「……ハヤテ」
飛脚「だから呼び捨てにするなっての…随分立ち話しちまったぜ、さっさと運ばないといけないから、またなホムラ」
槍「あ、おう、また会ったらな」
少女「お前は戦場に出たくはないのか?兵士として」
飛脚「!」
少女「……私――」
飛脚「急いでるんだ、話ならまた次会った時にしてくれ!」
タタタタタタ・・・ ガラガラガラ・・・
槍「うお、速いなあいつ…」
少女「……」
173 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/08(水) 00:05:18.58 ID:9L84x2AO
災厄のタイエン、見た目は厄介そうだが、そこまでではない。
巨大な剣のような武器の柄を手の平に貫かせた人型の奴だ。
鎧のように見える外角は見た目の重厚さとは反して薄く、実はナイフで一凪ぎするだけで内部の肉体を傷付けられる。
ただし肉体は常に焼けたように熱く、血なまぐさい青の炎をゆらめかせている。斬るのは良いが、ナイフのような獲物では傷口から噴出す熱でやられる。
結局こいつも遠くから撃てば問題ないのだが、近くでやり合うつもりなら頭か脚を狙えば熱は出ない。
動きが身軽で素早いから注意する事だ。
177 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/08(水) 20:40:39.24 ID:tRU49WY0
土煙に紛れて坂の向こうに消えていったハヤテを見送ると、ハープさんが隣にいない事に気付く。
槍「あれ?」
少女「ふむ、ここもフル稼働か」
槍「もう中に入って……おーい、あまり勝手にうろついていると危ないぞー」
少女「危ないぞ」
槍「え?」
ハープさんの視線の先を追おうとした瞬間、俺の右顔面に丸太の断面が激突した。
木工「あ!大丈夫か!?怪我ないか!?」
槍「いだだだ……」
少女「本当に余所見の多い奴だな、戦場に出る前に死んでしまうんじゃないか?はは」
実に笑えない冗談だ。
木工「ひゅっと飛び出してきたお前も悪いんだからな、出入りはいいけども、気をつけて入ってくれよ」
槍「あだだー…すんません……どうですかね?この工場の作業は」
木工「ん?忙しいねぇ、いろんなところに小屋を仮設するらしいからね、材木を切って運んで大忙しさ」
少女「工程で詰まってはいないか?円滑か?」
木工「ん~。全然平気、遠くへ運ぶのは色々な人が手伝ってくれるんでね、普段よりも一つの作業に集中できていいよ」
槍「……ここも大丈夫そうだな」
少女「ああ、問題はなさそうだ」
178 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/08(水) 20:51:11.12 ID:tRU49WY0
木工「あんたらは何?自警の人?」
槍「ああ、はい…町の主要な工場とか、各拠点を回って作業状況の確認をしているんです」
木工「……ん?あんたはホムラさんか?」
槍「あ、わかります?」
木工「あー思い出した、親方のお得意さんじゃないか、忘れてたよ…すまんね」
槍「いやー、ははは…普段は滅多に工場から出ないもんですから…」
木工「そうか……俺は特に、忙しすぎて作業が手につかないなんて所の話は聞いてないなぁ」
槍「それなら一番良いんですけどね」
木工「まあねぇ…魔族の軍共がまたやってくるっていうんだろ?そんな時にどこか一つでも工場が止まったら、その準備に支障を来たしちまうだろうからね、そうなったら大事だ」
少女「採石とここ木材、主要であるこの二つは確認して問題は無かった」
槍「どっちも戦が始まる前からフル稼働だったから、事故とか起きてないかなーと心配だったけど、いや、良かったよ」
木材「ははは、石はわかんないけどここは安心していいよ、親方は鉄の男だから」
槍「確かに、ははは…」
179 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/08(水) 21:01:04.55 ID:tRU49WY0
槍「それじゃあそろそろ次に行くんで…親方によろしく言っておいてください」
木工「ああ、そっちも頑張ってくれな」
少女「先を急ごうホムラ、呑気に話をしている暇はない」
槍「わかってるって……えーっと、次はどこ回るんだっけ…」
木工「あ、ホムラさん、親方が前に言ってたけどね」
槍「ん?」
木工「“俺にできる事があるなら何でも言え!”ってさ、今張りきってるから、欲張りな注文するなら今だよ」
槍「……はは、暇になったらで」
木工「あっはっは、わかった、伝えとく」
少女「……次は?」
槍「んー、治療中の人を集めてるテントがすぐ近くにあるな、手折橋を渡ればすぐのところだ」
少女「病人か…それは大事だな、見にいこう」
槍「よし、こっちいってすぐだ、ついてきてくれハープさん」
少女「ああ」
180 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/09(木) 22:46:49.87 ID:kFzowZA0
弓「……で、ですね。カギルさんのアイデアでこの二本の矢を使っていただくことになりました」
民兵「二本の矢…?」
弓「はい、こちらです」スッ
民兵「……先に色が付いてるな、矢文か?」
弓「はい、敵の襲来を察知したら鐘を鳴らす前にこの矢を、あちらにある町側の物見台に放ってください、見えますか?」
民兵「…お?大きな木の板が貼ってあるな」
弓「あそこをねらって矢を射ってください、色によって敵の襲来が瞬時に察知できますからね」
民兵「なるほど……その後に鐘を鳴らせばいいんだな?」
弓「はい……ですが大きな音に反応して敵がこの物見台へ砲撃を放とうとするかもしれません…危険だと思ったらこの矢だけでも構いません、放ってくれればそちらの物見台の鐘を鳴らしますので」
民兵「ああ、わかった了解だ、腕は覚えがあるから安心してくれ」
弓「頼みましたよ」
弓(…さて、次の物見台へも行って伝えなきゃ)
弓(それにしてもカギルさんはすごいなぁ、こんなアイデアまで本で学んでいるなんて…私も何か勉強しようかしら)
181 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/12(日) 00:10:18.34 ID:UVvFFYA0
ギシッ、ギシッ・・・
弓(おっと…ふぅ、物見台ってどうしてハシゴなのかしら、らせん状にしてでも階段を付けてくれなきゃ疲れちゃうわ…)
子供「弓のおばちゃんおかえりー!遅かったね」
弓「あら?どうしたの、西手折橋の物見台には行ったの?」
子供「うん、頼まれた通り行ってきた」
弓「手紙はちゃんと届けてくれた?」
子供「もちろん!」
弓「うん、良くできましたー」ナデナデ
子供「へへ…ねぇねぇおばちゃん」
弓「んー?」
子供「俺、働いたよ!次戦になったら、俺も出たい!」
弓「……うーん」
子供「俺だってホムラのあんちゃんみたいに活躍したい!一緒に町守りたいよ、おばちゃん!」
弓「…ダメ、子供はダメって決まってるの、絶対にね」
子供「えー」
弓(……ハープ…あの子も駄目なんだけどね、本当は…うーん…でも力を借りないわけにはいかないしー…)
182 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/13(月) 22:36:50.34 ID:yCtj8YAO
川の流れが山の冷たい水と風を運んで来る。
架の低い手折橋を渡る俺ら二人の足元は、冬間の寒さを感じていた。
少女「ん、あれか」
槍「そう、テントが沢山並んでるだろ」
川の向こう側には白い大きなテントが林立し、救護のマークを示す旗がその頂点を飾っていた。
川辺で座りながら刃を研ぐ者、顔を洗う者、焚き火で川魚を焼く奴まで居た。
激しく動けない兵士達は、各々の範囲で暇を潰したり、楽しんだりしているように見えた。だが、
槍「…表情が…」
少女「暗いのは当たり前だ、戦で死にかけて、心が穏やかなはずは無い」
俺は結構、無感情に戦に臨んでいたのかもしれない。
死んで当然、死んだら仕方ない。
町のためだと。
少女「町を守りたい気持ちは彼らにもあるだろうが、全員に決死の覚悟を背負わせるのは現実、無理だ」
槍「……うん…」
確かにそうかもしれない。
187 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/15(水) 20:23:49.67 ID:VLtO9B20
救護「あら、“六つ指”のホムラさん」
槍「あ、どうも」
とりあえず救護班の統括テントの入り口に手をかけようとすると、その布の扉は向こうから開いてくれた。
長い黒髪の女性が俺に軽く頭をさげ、挨拶してくれた。俺も頭を下げる。
救護「何か用?また指を切っちゃった?ふふ」
槍「いやー、あれはもう勘弁です…二度としませんよセンセイ」
救護「あら?」
先生の細い目が下に向く。
仏頂面な少女と目があったようだ。
救護「綺麗なコね?もしかしてあなたが怪我しちゃったの?」
少女「別件だ、ここの事情を把握しに来た」
槍(うわっ、せっかく救護さんが屈んで目線まで合わせて喋ってくれてるのに、すげー淡白な返しだ)
192 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/17(金) 00:09:43.53 ID:JjY8H520
救護「事情?……ホムラさん、あなたの子?」
槍「いやいやいや、違います、俺は独身です」
少女「私は傭兵だよ」
救護「傭兵さん?……随分と若いわね」
少女「あなたは救護班の人間?」
救護「え?うん、そうよ、私の名前はマモリ。救護班の責任者よ」
少女「ん、私の名前はハープだ、よろしく。マモリ」
救護「ハープ……?あれ、もしかして」
槍「ああ、マモリさん――」
少女「“その”ハープだ」
槍「…」
救護「あら!男達が噂してた事って本当だったの!じゃあ貴女がこの町のために頑張ってくれたのねー」ダキッ
少女「むぐ、…そうだ、ここへは現場の視察に来た…問題があればそれを改善するためにな。患者は多そうだが問題ないか?」
救護「ませてる~可愛い~」ナデナデ
少女「おい、こいつを剥がせホムラ」
槍「え、なんで俺が…」
少女「こいつは恐らく嫌よ嫌よも好きと解釈する面倒なタイプだ、剥がしてくれ」ナデナデ
槍「ははは、マモリさんね…あってるかもしれない」
グイッ
195 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/17(金) 21:33:08.74 ID:JjY8H520
救護「怪我人の多さもさることながらね、重傷を負った人も多くて困っているのよ」
槍「結構余裕そうに見えたけど」
救護「いやぁーねぇ、息抜きは必要よ?ホムラさん」
少女「治療が追いついていないということか?救護に当たれる人間は足りているのか」
救護「うーん、正直ちょっち少ないかな。町の女の人で手の空いてる人には手伝ってもらってるけど、実際に治療を施せる町医者はさすがに少ないから、ね」
少女「…ふむ」
救護「ま、重症患者や早くしないと後遺症が出そうな人から先に治療するようにして対応してるわ、患者さんも辛いだろうけどこれしかないって感じね」
少女「……傷口をふさぐくらいの応急処置なら私にもできる。気が向いたらになるが…手伝える時はこちらへ来るようにしよう」
救護「あらっ!止血できるの?すごーい!ありがとー!」
少女「…それよりもまずはここの人員を増やす事を考えよう、素人の付け焼刃でも止血程度はできるように教えなければな」
救護「あ、それなら私が教えているわよ、まだ形にしかなってないけど…次の患者さんが来た時には対応できると思う」
少女「ん?そうか、ならば安心だな」
槍「怪我をするかもしれない俺としても安心できる言葉だな」
救護「ふっふ、任せなさいよ、私はプロなんだから」
196 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/17(金) 21:44:33.26 ID:JjY8H520
「落ちついてください!また傷が開きますよ!」
「煩い黙れ!さっきここらへんを歩いていたと聞いたんだ!今この時以外にいつがある!」
「誰かこの人とめて!押さえてー!」
槍「……なんか外が騒がしいな」
少女「薬の幻覚を見てパニックになっているんだろう、戦場ではよくある」
救護「この声……ナガトさんかしら、また床から抜けだしたのね」
槍「え、ナガトさん?…ナガトさんって自警団の?」
少女(ナガト、昨日の戦で一人で突っ込んでいった馬鹿のことか)
救護「ものすごい傷の深さとその数だったけど、タフだったのね、死ななくて良かったわー彼」
槍「…ええっと、ナガトさんは何か心に傷でも?なんであんな取り乱したみたいな大声上げて…」
救護「さあ?特に精神に異常を来たすような薬をあげたつもりはなかったけど…」
少女「元々蛮勇を好む性格だったんだろう?常に暴れ回っていないと気が済まないんだろうよ」
槍「…そうだとしたら怖い人だな」
「ここに入っていったんだな!?」
「あ、ああ、見たには見たが…お前寝てた方が良いんじゃないか」
「ちょ、ちょっとマモリさんに用があるなら安静に…!」
救護「…声がもう、すぐそこから聞こえるわね」
槍「え、大丈夫なんですかあの人…」
救護「さあー、あんまり動かないで欲しいんだけどね…あの人すぐ出歩いたりしてるから、手に負えないわ」
197 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/17(金) 21:56:06.06 ID:JjY8H520
バサッ
長「傭兵のハープは居るかッ!?」
槍「うわっ、びっくりした」
救護「自分のテントでゆっくり休まないと駄目でしょ、戻ってなさいよナガトさん」
長「それどころじゃ……!」
少女(こいつがナガトか、血の気が多く気の短そうな顔だ)
長「…本当に子供か、お前」
槍「えーっと…ナガト?さん?ハープさんに何か用があったのか?」
長「……さん?傭兵に“さん”を付けるか……あんたは誰だ、ホムラか」
槍「あ、うん、まぁ」
長「……まぁ、あんたは良い」
槍「え」
少女「…」
長「一度お前と会って話がしたくてな、ハープ」
救護「あら?うふふ」
少女「お前が噂に聞くナガトか」
長「…ああ、そうだ、俺は自警団のナガトだ」
少女「…くく、なるほど、向こう見ず考えずな行動、私の想像していた通りの人間だな」
長「……あ?」
198 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/17(金) 22:08:07.28 ID:JjY8H520
少女「聞くところによればお前、指揮官(カギル)の作戦などもろくに聞かずに敵陣へ斬り込んでいったと云うじゃないか?」
長「…ああ、敵の本拠地まで相手を掃討しにな、孤軍奮闘とはまさにあのことだろうよ……それがどうした?」
少女「なんだ、反省も何も無しか?」
槍(うっわ、空気悪いな…やめてくれよ二人とも…)
長「ふん、俺はあんたら傭兵のように、他の使えない奴とは違うんでな…多くの敵を凪ぎ払って何が悪い?」
少女「おっとその通り、正しい返しだ……しかし結果論だな、もしもお前が隊列を乱したせいで敵の軍勢が自陣(バンホー)へ到達した時、同じ言葉を言えるかな」
長「それは…お前もそうだろう?ハープ」
少女「? 言っている意味がわからないな」
長「そのままだ、お前も俺と同じ、“次なる敵の勢力”を見たはずだぞ」
少女「……ああ」
長「お前も崖の側まで進んだんだろう?お前は俺と同じで、また敵が来ることを知っていた…見たはずだぞ?崖の下に…」
少女「おいおい、勘違いするな…私のはただの“予想”だ」
長「……!」
少女「私は必要以上に持ち場を離れてはいない…常に前線で“木偶の棒”を潰していたよ」
長「…お前…予想なんて、そんなもので…!?」
少女「ふん、確信に近い予想だ」
199 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/17(金) 22:17:18.07 ID:JjY8H520
長「…ホムラっ!言え!なぜこんなガキの言う事を信用した!?」
槍「え、俺にくるかよ…!?」
長「当然だ、わけのわからない胡散臭い傭兵のガキの言う事だぞ、妄言だと疑わなかったのか!?」
槍「いや……うん、ホントっぽかったから」
長「…」
槍「俺は確証はなかったけど、用心するに越したことはないだろうなって思ったから、夜の会議ではみんなに伝えておいた」
長「……」
少女「一度返り打ちにしただけで二度と来ないと言い切れるこの町の風潮にこそ、私は驚きだがね?」
長「…ふん、わかった、もういい…失礼する」
救護「あら、戻るの?ちゃんと安静にしてなさいよ」
長「わかってる、“気は済んだ”」パサッ
槍「……なんだったんだ、あの人」
少女「さあな」
救護「ほんと、あの人には困っちゃうわー…面倒ったらもう、ね」
203 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/20(月) 21:09:23.72 ID:09d78UAO
~~~~~~
救護「……うん、倉庫に今までの蓄えが沢山あったから、救命物資が不足するって事はないわねー」
少女「全て?」
救護「包帯から箇所専用の副木までね」
少女「…よし、なら救護班については問題無いか。次へ行こう、ホムラ」
槍「わかった」
救護「あ、待って待って座って、言い忘れがあった」
少女「?」
キシッ
救護「…この町には着床師がいないのよ」
少女「……ん~、そうだった、着床師だ…忘れていたな…」
槍「え?この町って着床師いないんですか?義足や義手の工房もあった気がするんだけど」
救護「義肢を作る工房はあっても、それをくっつける着床師自体は隣町まで行かなきゃ居ないのよね…」
槍「…うっわ!いきなり怪我が怖くなってきたなそれ…おいおい、本当なのか…」
少女「…大怪我を負った兵にとっては辛いものがあるな、皆は知ってるのだろうか」
救護「ん~…脚をやっちゃった兵士さんがいたけど、その人は知らなかったわね…」
槍「うわぁ…怪我してから知らされたくない事実だな…」
救護「隣町から戦場のここまで来てもらうわけにはいかないしね…それだけかな、本当に困った事は…」
206 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/21(火) 21:08:37.59 ID:Dhs4PlM0
救護「それじゃあ、またね、ハープちゃん、ホムラさん」
槍「忙しい中、わざわざありがとうございました、先生」
少女「状況は芳しくないが仕方ない、兵たちには怪我しないよう工夫してもらう」
救護「うふふ、そうね、怪我なんてしないのがイチバンよ」
救護「ね?ホムラさん」
槍「ええ…ははは、そうですね…」
少女「急いでいるからな、次に機会があればまたここに寄るよ、マモリ」
救護「きゅーん、いつでも来てっ!お茶淹れて待ってるからねー!」
少女「…次に行こう、急いで」パサッ
槍「そうだな、結構長居をしちまったしな…行こうか」
救護「じゃあねー!」
少女「……ホムラ」
槍「?」
少女「“六つ指”とは何だ」
槍「……いやー、痛いよ?」
少女「…そうか、なんとなくわかった…」
槍「あれはもう、言葉にならない悲鳴が出そうなくらい…」
「ぐぃぁああぁぁあああ!」
槍「……」
少女「…今みたいな感じだろうか?」
槍「あー…近いかな?」
少女「何が起きたのか気になるな、行ってみよう」
槍「…うん、そうだな」
213 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/23(木) 22:32:44.38 ID:TxtXPrc0
兵士「ふ、おっ、おおおぉおお……」
川辺に男が倒れていた。いや、地面に寝ながら脚の出血を抑えていた。
痛みによるうめき声を漏らしながら、痛みと出血に耐えているようだった。
槍「おーい…!っておい、どうしたんだその傷!」
少女「!」
兵士「ぐぅっ…た、助けてくれ」
槍「どうしてこんなになったんだ…!大怪我だぞ!?」
兵士「傷口が開いた…薪割りをしていたんだ…」
男は近くに転げている木片に目をやった。小さな手斧と薪がそこにある。
少女「……これか、怪我人が無茶をしたもんだ」カランッ
槍「大きな傷だ、血が溢れ出る大きさだ…こりゃまずい…!ハープさん!マモリさんを呼んでくれ!」
少女「必要ない、私が治療する」
槍「治療ったって…」
少女「おい、気はあるか」
兵士「は、早く…頼む、血が止まらない…」
少女「止めてやる、その代わりにお前の髪の毛を一本だけいただくぞ」
兵士「はっ…はっ……え…?」フツッ
少女「よし、これでいい」
槍(髪の毛……?)
ハープさんはおもむろに、民兵の髪の毛を一本だけ毟り取り…
少女「Chrasscatedcleyduwhelle」
その時、何かを唱えた。
215 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/26(日) 22:44:47.54 ID:f5.beQ.0
斧で怪我をしたか、傷口が開いたか。
大きな裂傷の痛みに苦しむ患者の正面に屈むハープさんは、その男の長い髪の毛を一本だけ摘まんでいた。
男の傷口からは血が流れている。血の出かたを見るに深い傷だろう。いち早く処理しなければならない出血量だ。
少女「落ちつけホムラ、戦場で味方が負傷してもその様となっては困るぞ」
槍「!」
俺は自身の手が何を掴むでも触るでもなく、患者と俺の中間をただただ無意味に泳いでいることに気付いた。そして、
少女「まずは可能であれば傷口を塞ぐこと、でなければ患部を圧迫して止血すること」
槍「……?」
ハープさんの右手には針のようにまっすぐ張った髪の毛が握られている。
…ハープさんが摘まんでいた髪の毛は、重力に負けてゆるく下を向いていたはずだったが…。
槍「…ハープさん、それは…?」
少女「…紐、糸、植物の蔦、動物の毛……力を込めれば太めの鎖、荒縄…ひも状の物であれば何でも好きな形、好きな強度にできる」
ハープさんの手に握られていた針のような髪の毛がらせん状に形を変える。
少女「私が独自に覚えた実に便利な術だが、お前には無理だろうな」
糸が、患者の皮膚を静かに刺した。
217 :以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/27(月) 22:48:58.20 ID:PLbvhsAO
「…先生、これ…できますか?」
護「……無理ね、絶対に」
「先生でもですか?」
護「似たような処置を施す事ならできるし、ある程度うま~くやる自信もあるわ」
「……」
護「だけどこれは…」
タタタタタ…
パサッ
衛生兵「マモリさん!重傷患者の傷口が開いてしまったと…!」
「あ、救護長…」
衛生兵「マモリさん、処置はどうなりまし…」
護「…これ」
衛生兵「え?」
護「見てくださいよ、これを」
衛生兵「これって…患者さんを…?」
護「失血によるショックで眠っています、命に別状は無いです」
衛生兵「……マモリさん、まさかとは思いますが、この…髪の毛の縫合は貴女が?」
護「…止血の縫合はできますけどねー…私」
護「……お裁縫と、お刺繍はね~…」
223 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! 2011/01/04(火) 17:59:46.47 ID:IGFFRZo0
~~~~~~~~~~
女工「……はい、綿の在庫が沢山あったのでガーゼから何まで問題なく生産できています」
少女「素晴らしい、この町は総じて準備が良いな」
女工「あはは、そ、そうですか…ありがとうございます…」
少女「大抵の町では売れない品はとことん薄く、いざという時にてんてこ舞いになるものだがな、この分ならどこを見ても安心だろうか」
槍「……」
少女「ホムラ?自分の指に何か付いているのか」
槍「いやいや、何でもない」
少女「ここももう見る必要はない、出るぞ」
槍「…ああ、そうだな、忙しいとこすんません、ありがとうございました」
女工「いえいえ~」
少女「では、失礼」
女工「は、は~い…(この子おじいちゃんみたいで怖いなぁー…)」
224 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! 2011/01/04(火) 18:13:18.48 ID:IGFFRZo0
少女「亀甲織といったか?あれは良いな、直に見たのは今日が初めてだったが手触りも、何より見た目も美しい」
槍「んー、ここじゃあそこまで珍しくないからなんとも」ゴソゴソ
少女「町を歩き回る度に驚くことが多い、ここはお前が思っている以上に素晴らしい町だぞ?」
槍「うーん」ゴソゴソ
少女「……その髪の毛で魔術の真似事でもする気か?」
槍「!」
少女「“ばれた?”じゃない、お前には無理だ」
槍「……だってさ、あんなの目の前で見せられたら使ってみたくなるじゃないか」
少女「Chrasscatedcleyduwhelle?」
槍「なんつってるのか良くわからないけどそれ、使えたら便利だ」
少女「はは、織り手なら分かるが。お前は鍛冶屋だろう、わざわざ血のにじむような努力をしてまで会得するものでもない」
槍「むむむ…」
少女「いくら自分の髪の毛を睨んでいても曲がりもせんさ、魔力を扱うには理論が分かっていなくては」
槍「…くっそ、やっぱり金槌馬鹿には無理かっ」ポイッ
少女「得手不得手だよ、自分の得意なことに槌を打ち込めばいい」
槍「あー…肉体の強化ならできるんだがなー…」
少女「……」
225 :あはっぴぃにゅうにゃぁ2011! 2011/01/04(火) 18:29:14.71 ID:IGFFRZo0
少女「じゃあ、そろそろ…戻ろうか」
槍「ん?どこに?」
少女「本部とやらだ、最初に集まった所へ戻り横槍…指示を出す」
槍「もう見て回らなくてもいいのかい?ハープさん」
少女「重要な施設は回ったから十分だ、これ以上は時間の無駄だろう…見るとしても、残りの武器の把握といったところだな」
槍「そうか…で、ハープさん、この町はどうだった?感想があるとしたら」
少女「うむ」
少女「人々は活気に溢れ、品も良く、色合いも鮮やかな町だな」
槍「じゃなくて、この町が魔族と戦えるかっていう話」
少女「苦戦の末に大変な被害を被るだろが滅ぶ事はない」
槍「…嬉しいけど大惨事は防げないってことか」
少女「やり方一つさ、土地を上手く使えば人命の被害は最小にとどめることもできる」
槍「本当か!?」
少女「何もせず考えなしに戦っていれば人への被害も相当になるだろうけどな、方法は教えるさ」
槍「…よっし」
少女「皆の協力がなければできないことだから、そこはお前にも頑張ってもらいたいところだな、ホムラ」
槍「おう、まかせろ!よしよし、俄然やる気出てきたぜ」
少女「ふ」
227 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2011/01/05(水) 20:57:06.99 ID:o2PRQyg0
飛脚「ぐへぇー…重いっ!」ブンッ
ドゴッ
工兵「の割にゃまだまだ勢いは衰えるところを知らないみたいだな?ハヤテさんよう」
飛脚「馬鹿言え、いっぱいいっぱいだ!さっさと帰ってガキの面拝みたいぜ!」
工兵「ああ、娘がいたんだっけなアンタ?」
飛脚「…へへー、まあな、いっちょまえに“とーさん”、なんてよー!」
工兵「おうおう、親に似て可愛く育ちそうだ」ガラガラ・・・
飛脚「だろ?だろ?マイワイフの黒髪を見習ってよ、髪も濃くなっていって欲しいもんだぜ?鳶色の髪の女なんざ自分で云うのもアレだがやっぱ黒くなきゃ…」ブツブツ
工兵「あー、カミさんもそうだったな、べっぴんだったなー」ガラガラ
飛脚「えー?」
工兵「……よし、こんなもんだ、もう良いだろうハヤテさん」
飛脚「お、やっと仕舞いか!」
工兵「手伝ってくれてありがとうな、あんたやっぱ力持ちだわ」
飛脚「だろ!?物運ぶ時にはいつでも呼べ!光と音の次くらいに戸を叩きに来てやるよ」
工兵「そいつぁ心強い、木材(こっち)の仕事が忙しい時にはその運搬を頼もうかね」
飛脚「はっは!まぁ、戦が明けたらな!」
工兵「ははは、当然」
工兵「じゃ、あんたも疲れただろう、本部の共同テントに戻って一休みするといい」
飛脚「おいよー」
229 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2011/01/05(水) 23:35:49.76 ID:bUwCskAO
飛脚「よっ、お疲れ~」
民兵「お、ハヤテじゃんか、お前もテントに?」
飛脚「おうよ、今日はもう木ィばっかし運んでさ、肩も腰も…全く勘弁してほしいぜ」
民兵「あ~~…特に重い木材も多かったからなぁ。なんだっけ?名前には詳しくないもんで……ゴシキ?カッチュウ?」
飛脚「あんなもん端由(ハユ)に比べりゃスカスカだ…エンボウ4本と一緒に担がされた時にはもう死ぬかと…」
民兵「はは…いつ惨劇軍が来るかもわからないからな、束の間だろうが、今日はゆっくり身体を休ませておけ」
飛脚「おう……ん?惨劇軍?」
民兵「カギルさんがそう呼んでたぜ?」
飛脚「…ふーん、そんな呼び名があったのか。まぁ呼び方がわからないよかマシってなもんだな」
民兵「今まではずっと“奴ら”とか“魔族共”だったからな、コレ一つって呼び名があれば便利には違いない」
飛脚「シンプルに“魔族軍”でも良い気はすっけどな」
民兵「はは、一等。…でもなんだ、カギルさんが言ってるんだ、何かちゃんとした由来があって付いた名なんだろう」
飛脚「む~ん」
230 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2011/01/06(木) 00:00:19.33 ID:2MjELkAO
飛脚(……“惨劇軍”ね。ま、間違ってはいねぇな…奴らは町の平和を脅かす惨劇でしかねぇ)
飛脚(俺のガキはまだまだ目を離せねぇ歳だ…戦が長引いて妻(あいつ)にだけ負担を強いたくはない…)
飛脚(かといって俺が町を守らないわけにはいかねえ!この町は俺が育った町だ、それを守らなくちゃあ男じゃねえ)
飛脚(…けど…こんなチマチマした物運びだけで…町を守るなんざよ)
飛脚(武器も、弓のひとつもなんも持たずに戦場の連絡と救護…それだけでよ)
飛脚(…そんなんで…俺は町を守ってるって、でっかくなった娘に言えるのかな…俺は)
――お前は戦場に出たくはないのか?兵士として
飛脚(…チッ…!クソガキが…!出たいに決まってるだろうが…!)
飛脚(でも…でも、もしも戦場で俺が死んじまったら…残った家族はどうするんだ!?)
飛脚(それだけじゃねえ、これはカギルさんが決めた配置なんだ……一度も間違った判断を下した事の無いカギルさんが与えた俺の役割…)
飛脚(…やりたくてもやれねぇんだよ、ナマガキ…チクショウっ)
231 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2011/01/07(金) 21:35:52.11 ID:jqNEewg0
夕時、本部テントの周辺は灼灯の灯りで昼間のように明るかった。
蜂蜜色の光は夕日と混ざり、場を更に赤く染め、近くで走り回り遊ぶ子供たちの肌の色は黄金のように輝いているようにも見えた。
そんな無邪気に、能天気に走り回る子供達の姿を見つけた母親達は、息を切らしながらもしっかりと子供達を叱りつけて、各々は自らの家へと退いてゆく。
夕時を過ぎ夜ともなれば、町のおもてに残るのは男や一部の女達だけとなるだろう。
未だ戦の硝煙の香りがする町はずれから背の低い影達が次々に去っていく。
どこからか流れてきた最後の温い空気に、屋根の上の風車が力なくからからと回る。
飛脚のハヤテは、そんな本部テントに戻ってきた。
飛脚「ふー…今夜は冷えそうだな」
弓「あ、ハヤテさん、お疲れ様です」
飛脚「お?ツガエの姐さん!おつかれーす、わざわざ俺のお出迎え?へへへ」
弓「うふふ、まさかー、男衆がちゃんと時間通りに本部に戻ってきているか、帳簿に記しているんですよ」サラサラ
飛脚「味気ない答えだなぁつまんねえ、はっはっはっ!」
弓「ハヤテさんは奥さんがいらっしゃるんですよね、私みたいなオバサンにうつつぬかしていると、愛想尽かされますよー?」
飛脚「げ、そいつはいけねえ、へへ…」
弓「婦人の方々が大鍋で美味しい“ぼたん”を作ってくれてますから、ハヤテさんも食べたらどうです?美味しかったですよ」
飛脚「なんだと!?そいつは食わずにはいらねれえ!いってくる!」タタタ・・・
弓「いってらっしゃ~い……あらら、やっぱり足が速いなぁ、もうあんなところに…」
「ぅいー疲れたー…」
弓「あ、お疲れ様でーす」サラサラ
237 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2011/01/07(金) 23:46:32.25 ID:jqNEewg0
槍→焔
飛脚→疾
裁→限
少女→ハープ
弓→番
長→長(何故かこれだけ途中から変更してた)
救護→護
ごっちゃになって過去の呼び方がうっかり出るかもしれないけどなるべくそうならないように頑張ろうと思います。
238 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2011/01/08(土) 00:00:15.35 ID:mttbGGM0
疾「うひゃー!こりゃまた、でかい鍋だな!どっから持ってきたんだ!?」
「お、ハヤテか!さっさと取らないと肉が無くなるぜー」
疾「よう、おつかれ!そいつはいけねえな、さっさと食っちまわないと…皿はどこだー?」
ガヤガヤ・・・
長「……」ジャキッ、ジャキッ
限「ナガトさん、食事時くらいは武器の手入れはせずとも良いと思いますが」
長「! カギルさん」
限「とはいえ凄まじい人だかりですから、ある程度待たなくてはならないですね」
長「…そうやって待っていれば、肉は全て食われてしまうぜ、カギルさん」ジャッ・・・
限「ええ、そうかもしれませんね」
長「食える時に肉は食って置くんだ…大事なことは先にやっておかなきゃ駄目だ、後悔は先には立たない」
限「…戦は好きですか、ナガトさん」
長「俺の勝手な行動を責めるかい、カギルさん」
限「…さて、どうでしょうか」
長「戦が好きなわけじゃあ…ない、といえば嘘になるけどな」
長「……つい、頭がカッと、まるで脳が茹って燃えるみたいになるんだ…奴らの姿を見ていると」
限「……」
長「奴らを見ていると…つい、恨みや憎しみが暴走しちまうんだよ、カギルさん」
239 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2011/01/08(土) 00:13:50.62 ID:mttbGGM0
「おらおらおら!ハヤテ様のお通りだ!さっさとそのくっせぇ肉を5切れほど皿に盛ってもらおうか!」
「ばかやろてめ、列に並べ飛脚風情が!」
長「最初に来たのは剣と、黒い爪を携えた魔族の歩兵たちだった」
長「俺らの準備は万全だったな…素人の扱いとはいえ、弩弓と火薬銃はたちまちにやつらを蹴散らしていった…」
長「列を成して、竹槍の伸びる地面に足をひっかけて、もたつく奴らを撃ち抜く様はなんとも…興奮したよ。勝利を確信したりもした。“いける”ってな」
長「俺の手投げ槍も近づく奴らを次々に貫いていった…血の出ないあいつらを傷つけることは、不思議と心も痛まない、順調だった」
長「…だが、奴らの死体の山の奥から、青い炎に燃え盛る“あいつ”の姿を見た時…全ての状況は変わってしまった」
長「標的がデカイから楽だろうなーって思ったぜ?皆さ、動きも遅かったしな…誰もその丸腰の巨体を気に留めもしなかった」
限「……青い炎を纏う魔族…“惨劇のシドノフ”、ですね」
長「…ふん、そう呼ばれているらしいな、奴は」
長「……そうだな、惨劇でしかなかったよ……余裕こいて壁から体丸出しで獲物撃ってた俺らに、火の玉が直撃するまではな」
限「そうですね、あのような魔族がいるとは私も予想していませんでした」
長「銃も、弓も効かない…みんな恐れ慄いて、気がつく頃には俺らは逃げ腰で、防戦一方となっていた」
限「ええ、非常に緊迫していました」
長「壁に隠れて、砲撃に恐怖する仲間がどんどん、次々に奴らによって殺されていった」
長「…俺の隣の壁にいたあいつも、震える声で“ナガト、助けて”と言ったんだ」
長「……あいつは、“助けて”の“て”を言い切る前に顔が吹き飛んじまった」
240 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2011/01/08(土) 00:27:30.50 ID:mttbGGM0
限「……」
長「怒りに震えるって言葉の意味を初めて理解したぜ、カギルさん…あれはな、本当に目の前が真っ赤になるんだ、文字通り“カーッ”となっちまうんだ」
長「何の目的かも知らねえが、この町をめちゃめちゃにしやがる魔族共が憎い…旧くからの俺の親友を殺したシドノフが憎い…」
長「あいつらの姿を見るなり、さっさと逃げ帰りやがった傭兵達にもムカっ腹が立つ、何もできずに怯えるだけのつかえねえ民兵にさえも多少怒りを覚えた」
長「…なあカギルさん、抑えられねえんだよ、この怒り、わかってくれよ、俺は元々短気だ」
限「……」
長「今この話をしただけでも俺の右手は無意識にジャベリンを握って、目はこの本陣に“敵影”を探しちまう」
限「…ナガトさん、あなたは少し休まれるべきです」
長「だろうよ俺もそう思う、だが無理だ、今すぐにでも奴らの塒を攻めようとする自分を抑えられない…クソ」ジャッ、ジャッ、ジャッ・・・
長「…調子が狂いっぱなしなんだよ、俺はもう…どんな些細なことにでもすぐ頭に血が上って…クソっ、鬱陶しい…視界が赤ェよ…」ジャッ、ジャッ・・・
限「…どうか休まれてください、ナガトさん…軍人にはよく、そういった精神の病に蝕まれると聞きます」
長「……」
限「十分に空腹を満たしてゆっくり睡眠をとって下さい、お願いします」
長「…すまない、カギルさん…本当にすまない…クソ…」
限「……」
限(…彼は随分と参っている……いや、他にも心を病んでいる者は多い…困った)
限(これもまた、どうにかしなければ…どうにかしなければ。山積みだ、本当に困った)
241 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2011/01/08(土) 00:39:39.56 ID:mttbGGM0
疾「ふんふんふーん…♪良い匂いだ…ボタンなんていつでも食えるわけじゃねえよなぁ、贅沢なもんだぜ」
疾「よし、早速この分厚い肉を…いただきまー…」
ハープ「ほう、ポルの肉だな?癖の強い匂いですぐにわかった」
疾「ぶふっ!?」
ハープ「多少筋張ってはいるが、その野生的な風味を好む者は多い…私も好物ではある」
疾「…おいガキ、いきなり後ろから出てくるな、お前の保護者はホムラだろ、さっさと親んとこ帰れ!シッシッ」
ハープ「ふ、奴は肉を取りに行って、人だまりでもみくちゃにされているだろうよ」
疾「あいつもか…あのボンヤリした性格で鍋の懐まで行けるかねー…?」
ハープ「行けないだろうな、先を譲り、譲り、そのまま皿には何も盛れずに終いだろう」
疾「はっはっは!あり得るな!…ちったぁ何か、菜っ葉くらいは盛ってくると思うけどな?」
ハープ「どうかな」
疾「さすがに戦のヒーローだぜ?ちったあ優遇されて、案外豪華な皿になってるかもしれねえぜ」モグモグ
ハープ「ふふん、賭けられるか?」
疾「ああ、俺が勝ったらさっさとホムラにくっついてどっかいってくれ」
ハープ「私が勝ったら…そうだな、その肉を一片だけいただこうかな」
疾「はっはっは、いやぁ、マセガキがいなくなって清々してメシが食えるぜ~」モグモグ
ハープ「……お、噂をすればバカが来たぞ」
タッタッタッタッ・・・
焔「くっそ、駄目だった…列に並んでも全然前に進まないぜ、あれ…」
疾「……」
ハープ「いただきます」ヒョイ
242 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2011/01/09(日) 00:44:18.40 ID:LUBx2sAO
ハープ「………」モグモグ
疾「ホムラ、お前は戦における才能はあるかも知れねえ」
焔「はあ…」
疾「だがよ、何かにぶつかってく度胸ってのがお前には足りねえんだよな」
焔「ぶつかるっつってもなぁ」
疾「欲しいものがあんなら周りを押し退けてでも掴み取る!って気概よ」
焔「そうまでして欲しいものは無いしな…」
疾「こっれっだっかっら職人は…もっとハングリーになれよ!お前はよっ!」バシバシ
焔「叩くなよ」
ハープ「ふん、肉ごとき、1つ取られたくらいでムキになるな」
疾「ばっ…そういうんじゃねえ!」
243 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2011/01/10(月) 17:39:33.23 ID:jwzAUYlAO
疾「で?ハープ、町についてはどうだったよ」
ハープ「モグモグ…おむ?」
疾「バンホーを見て回ったんだろ?」
ハープ「…」ゴクン
ハープ「特に問題は無いな。粗を探せば、人体接合が可能な着床師が一人もいないという事くらいか」
疾「げ、いねぇのかよ?」
焔「驚くよな」
ハープ「この町には居ないらしいな?良い技を持った職人が多い割には以外だが…まぁ、町の防衛とは直接関係のない事だ」
疾「…腕や脚が吹っ飛んだら、戦が終わるまでは治療おあずけだろ?そいつは知りたくなかった事実だなオイ…」
ハープ「重傷を負えば復帰はできないという事だが、一度苦痛を覚えた新兵がすぐに戦場に戻れるかといえば、NOだ」
ハープ「着床師の有無はこの町の民兵達にとってはあまり関係ないだろう、問題ない」
疾「…問題無しってわけじゃねえだろ」
ハープ「あとは町で不足している物資だが…全体的にそこまで困窮していないようだから、余所へ調達する手間をかける必要は無いだろう」
244 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2011/01/10(月) 18:01:48.52 ID:jwzAUYlAO
焔「ハヤテは随分と忙しそうにしてたな?日中」
疾「あ、そーなんだよ…マジ大変だったんだぜ?木材の運搬がよ…」
焔「ははは、お疲れだな」
疾「戦が小休止しようが、俺にゃ休みなんてものはねーわけだよ…重い木材ばかり運ばせるしな」
焔「採石場に持っていったよな?何に使うんだか」
疾「さあな…色々な用途があるんだろうよ…足場にしたりとか」
焔「ほー…」
疾「…というかホムラてめぇ!俺が町を駆け回っている間に何してた!」
焔「え?……案内」
ハープ「のどかな散歩だったな」
疾「老けろ」
焔「いやぁ充分これから老けるんで」
245 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2011/01/11(火) 22:54:14.89 ID:cRJJpArAO
ハープ「私だって無意味に散歩していた訳ではないさ…それなりに苦労したとも」
焔(果たしてそうだったかな…)
疾「いいや、絶対に俺のが苦労してるねー…流した汗の量がもう違ぇよ」
ハープ「ふん、頭が疲れたんだよ、あ・た・ま」
焔(あ、今のは子供っぽかった)
疾「やっぱり生意気だコイツ…俺のガキがお前みたいに育ったら間違なく後頭部からひっぱたいてるぜ…」
ハープ「ふん」
疾「………」
疾「……はぁ、まあ良いや…ひとまず今は休戦状態、まだまだ俺の仕事も平穏なもんだ、良い事だ」
焔「そうだな…次の敵襲に備えて準備をしちゃあいるが、みんな疲れてるもんな」
ハープ「ああ、交代で見張りや夜番を継続させておく必要はあるが、ひとまず休める時には体を休める事は大切だな」
疾「俺は昼番だからいつも通り~」
焔「おー、俺と同じだな」
疾「昼間見たんだから当然だろ」
246 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2011/01/12(水) 20:50:17.63 ID:TYh2S5AR0
ハープ「聞いた話では、民兵は昼夜の2つに分けているらしいな?」
疾「気の抜けない状況だからなー…物見台なんかは人を多く使って、何回も交替で見張りを立ててるぜ」
焔「へぇー」
タタタタタ・・・
「おーぅい、ホムラさんよぉーい」
ハープ「誰か来たぞ」
疾「誰だあの人、知り合いかホムラ?」
焔「? あ、石屋のおっちゃん…どうもーお疲れ様です」
「おうおう、お疲れよーぅ…今の俺は“そるじゃー”だけどな!はっはっは」
焔「あははは…」
「聞いたぜホムラさんよー、戦で凄かったんだってぇ?」
焔「あはは…いや別に、俺は大したことはしてないんすけどね…」
疾「…やっぱりヒーローだな」ボソ
ハープ「手柄を鼻にかけず謙虚な分、逆に皆からの評価は高いようだな」ボソ
「ほれほれ、ボタンの肉!取ってきたからわけてやるよー、食いな食いな!」
焔「え?本当ですか…うわーありがとう、おっちゃん…すごい食いたかったんだこれ」
「どうってことねえよぅ、あんたこの町の救世主なんだからな、もっと食ってくれよー」
焔「…ありがとうございます!いただきます!」モグモグ
「よしよし…ははは、うめーだろぉ」
焔「ふはいへふ…」モグモグ
疾「腹減ってたんだなあんた」
ハープ(…あ、腹が鳴りそう)
248 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2011/01/13(木) 22:30:23.03 ID:WAGYSyeQ0
焔「もぐもぐ…むがむが、噛み切れね…」モグモグ
疾「根性だ、根性、お前ならできるぞ」
焔「おう…」モグモグ
「誰か手ぇ空いてる人ー!皿ー!皿追加でもってきてー!」
「ちょっとまっててー!こっちも忙しいのー!」
遠くで婦人の方々が忙しく動き、大きな声をあげている。
戦に備えているこの本部は町の女がいるからこそ成り立っていると言っても過言ではない。
男以上にまめに働き、こんな遅くまで炊事に精を出しているのだ。
俺なんかはハープさんに町を案内しただけで疲れているというのに、まったくタフだなと思う。
ハープ「…人手が足りないようだな、行ってくる」
焔「え?ハープさんが」
疾「やめとけやめとけ~、足手まといだぞ、はっはっは」
ハープ「なに、ここの裏方の様子も見ておきたいからな」
濃い栗色の長髪を翻して、ハープさんは一度だけ薄い微笑みで俺らに振り向いた。
そしてそのままくるりと再び翻り、女衆が集う湯気濛々の煮炊きテントへと駆けて行く。
彼女も彼女で、小さいのにすごいパワーだと感心させられる。
知識量にしても物事の経験の度合いにしても、俺のような職人一筋でやってきたような人間を軽く上回っている風なオーラがハープさんからは感じられるのだ。
疑問を口に出す事は極力今まで控えていたのだが、一体彼女は何者なんだか。
焔「…まぁ、町を一緒に守ってくれようとしてるんだ。良い人に違いない」ボソ
疾「あん?」
焔「あ、なんでもない」モグモグ
256 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/14(金) 23:36:04.69 ID:yOPUHuXv0
疾「…なぁホムラよー」
焔「ん?なんだ」モグモグ
ぼやーっとしている間に手持ちの皿の上の猪肉は冷えてきたようで、白い油を帯び始めた。
不味そうな見た目にならないうちに食ってしまおう。
疾「俺は救護であり連絡係じゃんかよ」
焔「ああ、そうらしいな?」
疾「そうなんだよ」
疾「まぁ言っちまえば非戦闘員なわけだよな?」
槍「そうだな、もう誰が見ても完璧な裏方役職だな…適任だと思うけど」
疾「…いやな、非戦闘員といえどもさ、近くに敵がやってきた来た時はどうしようもないと思うんだよな、俺」
槍「あー…でも非戦闘員とはいえ、護身用の携帯武器はいくつかもらってるんだろ?」
疾「……こいつのことか?」ガチャッ
ハヤテは服の裾を捲り上げ、腰のベルトに括りつけられた鉈を見せた。
皮のホルダーに収まった短めで肉厚な刃は、主要な獲物として扱うにはあまりにも鈍臭く感じる。
焔「えー?護身用に配られたのってそれかよ…それってキコリやマタギがよく山入る時に持ってくアレじゃないか?」
疾「な?ひでーだろ?こんな短い鉈じゃあ振り被ってる間に死んじまうよ…または、こんなもの扱って戦うくらいなら逃げた方が十分の護身になるぜ…非戦闘員とはいえよ、こんな獲物じゃあんまりだと思わねえ!?」
焔「うーむ、確かにな…これは」
257 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/14(金) 23:55:23.04 ID:yOPUHuXv0
焔「ちょっと失礼」
疾「ん」
疾風の腰のホルダーから鉈を抜き取る。
鋼が絡んじまえば、皿に残った脂身の多い肉の事などもう後回しだ。
焔「んー、普通すぎるな、普通に鉄だ」
朱金を混ぜてあるのだろう、純度の低い鉄を打ったものだ。
確かに鉄に朱金を混ぜれば溶けやすく加工もし易くなるのだが、代わりに鋼の硬さは大半が失われてしまうという欠点がある。
焔「ほっ!」ブンッ
ドカッ
やや力を入れて近くの切り株に振り下ろすと、刃は数センチまで刺さった。…だが鉈にしてはあまりにも鈍くさい威力だ。
焔「んー、切り株を割れとまでは言わないけどなぁ…やっぱ鉈としての形も、材質も悪いな」
疾「うんうん」
焔「…確かに素人にも作りやすいだろうし量産はできるだろうが、これで命を繋げっていうのは酷かもな」
疾「だろ!?あんたもそう思うだろ!?」
焔「ああ、二級…いいや、こんなんじゃ三級品だな、いやぁ酷い」
疾「…だからさホムラ!もうちっと良い獲物を俺のために作っ」
焔「鋼の専門家としちゃあ見逃せない軍備品だ、カギルさんに提案してみるよ」
疾「……え?」
焔「だから、こんな粗末なもんをみんなが持ってたら大変だからさ、カギルさんに変えてもらうよう提案するって」
疾「………ああ、そうか」ボソ
焔「?」
疾「そうだな!是非そうしてくれ!このままじゃあ敵がおっかなくて仕方ねえよ、へへ」
259 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/16(日) 17:55:01.05 ID:x2PKWHss0
腹も適度に満たし終えた俺らは本部をぶらぶらと歩いていた。
適当に本部の様子を窺いながらカギルさんを探しているといった具合だ。
「火薬のチップは新たに町の花火職人が作ってくれているらしいぜ」
「そうなのか、後で貰いに行こうかね」
「爆薬は貴重品だから少ししかくれないけどな」
本部にいる民兵達は皆、思っていたよりも疲弊していないようだ。
人によっては隅の方で静かにしているが、半分以上はいつも通りといった具合のように明るくやってくれている。
…聞くところによれば、身内や友を前の戦で失った奴はだいたい心をやられているようだ。
何年も、何十年も付き合っていた友人や兄弟を一瞬で失ってしまうのだ。確かに穏やかなはずもない。
焔(…俺も、何人か知り合いを失った)
仕事での付き合いをしていた奴ばかりだったからなのだろうか。俺自身に問いかけても、そこまで心に傷を負っていないらしい。
知り合いが死んでも涙一つ出ないってのはおかしい。
やっぱり俺はドライな人間なのだろうか。ちょっと心配になってきた。冷徹な人間だとは思われたくないし、なりたくないなぁ…。
疾「風呂入りてーなぁ、頭が痒ぃ」ボリボリ
焔「…そうだな」
汗ばんだ体を洗って、戦に関係ない雑念も一緒に水に流してしまいたい。
本部の近くに風呂は無いもんだろうか。うーん。
260 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/16(日) 18:16:12.04 ID:x2PKWHss0
疾「突貫で小さな小屋を作っちまえるんだから、本部も屋外じゃなくて全テントにしたって良いと思うんだけどな」
焔「確かに、外ってのは何だか落ちつかないな…けどこんな広さを全部屋根で覆うって難しいと思うぞ?屋外でないと大鍋も使えないだろうしさ」
疾「むむむ」
焔「まぁまぁ、居住するスペースとか重要なところはテントが連なってできてるんだし、これで我慢しておこうぜ、何も中央までテントにする必要もないだろう」
疾「…むーん…」
本部は白い大きなテントでO字型を形成し、それらにはカギルさんがいる作戦を統括する会議室のようなものであったり、俺ら民兵が寝るための寝台が設けられているものなどがある。
その中央は屋根のない広場で、大きな焚き火がごうごうと燃えていたり鍋が美味そうな湯気をたなびかせていたりしている。
テントの外側には急遽建設された木造の物置や緊急のための治療施設があり、きっと武器課なんかはここにあるのだろう。
男も女も皆集まっているので、いつもは静かな町の外れではあるが、祭りのように随分と賑やかな雰囲気に包まれている。
焔「前はたまにここを通る事もあったけどさ、こう賑やかだと本当に俺らの町か?って思っちまうな」
疾「なー、ここが一つの町なんじゃねえかってくらい賑やかだぜ」
テントの布に背中を預けて休んでいる民兵の伸びた足に躓かないよう、慎重に歩く。
そうして進んでいると、見覚えのある顔をした男に出くわした。
261 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/16(日) 18:38:01.89 ID:x2PKWHss0
長「…」ジャキッ
テントの布に腰を預ける男は、物凄く悪い目つきでジャベリンの刃先を研いでいた。
俺らの存在に気付いたようで、こちらを浅く睨むように見ている。
疾「あ、おめー…またかよ!安静にしてろって言っただろ!」
長「じっとなんかしていられるか」
焔「ナガトさんか、怪我は大丈夫なのか?」
長「ナガトで良い……怪我はマモリが治療してくれた、走らなければ問題はないさ…」
その割には表情に生気がない。怪我の痛みのせいかはわからないが、険しい顔だ。
長「ハープはどうした、一緒ではないのか」
焔「あの人は炊事の方の手伝いに言ったよ、まったく元気な子供だよ」
疾「いやぁー生意気なのがいなくなって静かでいいや、はっはっは」
焔(お前も年下なのに生意気だけどな)
長(お前も年下なのに生意気だけどな)
焔「…ハープさんは、人が本部に集まってきたら、それぞれの代表者に対して提案をするらしい」
疾「意見や提案だけは出すっつってたな、そういや」
長「ハープ“さん”か……あんな子供に指揮の一端を任せるとは、この町の未来は暗いな」ジャキッ
焔「…ナガトは傭兵を嫌ってるから嫌なんだろうけどさ…あの人は凄い人だぜ」
262 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/16(日) 18:52:34.51 ID:x2PKWHss0
焔「シドノフの砲撃が止まなくて“死ぬかなー”って思ってたらいきなりハープさんが現れてよ」
焔「“これが傭兵か”って絶望してたらさ、あっという間だよ、彼女が魔術でシドノフを倒したんだ」
長「…ふん」
焔「戦い方も教わったしさ、そのおかげで戦況をひっくり返す事が出来た」
長「…」
焔「ハープさんのおかげで町がまだ存在できてるようなもんだよ…それを考えたら、ナガトもちっとは彼女を信頼したって良いんじゃないか?」
長「いけ好かないがな」
疾「うんうん」
ジャッ・・・ジャッ・・・
長「…まぁ、感謝はしておこう…俺も大人げなかったな」
焔「あれ?思っていたよりも素直だなあんた」
長「熱しやすい性格なんだ、どうしてもこう荒れた状況だと…」ジャッジャッ・・・
ナガトが焚き火の灯りを短いジャベリンに反射させ、刃先を覗き込んだ。
長「はっ!」ドカッ、ドカッ
そして、それを傍らに置いてあった薪に突き立てる。二度の突きで、薪は両断された。
長「ふぅ…どうも、何も考えられなくなっちまうっていうのか」
焔「…そうか」
彼は頑固で一徹していそうな見た目とは別に、ナイーブな性格の持ち主らしい。
263 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/16(日) 19:03:44.06 ID:x2PKWHss0
焔「まぁ、怪我人なんだ、無茶はしないでくれよ」
ナガトが使っていた砥石を手に取る。砥石は自警団で使っていたものなのだろうか、面に年季が入っている。
長「カギルさんにも休むように言われたよ…だがじっとしてられないんだ」
疾「あのなぁ、傷口が開いたら元も子も無いだろ?せっかく助けてやったんだ、もちっと自分の命を大事に扱って欲しいぜ」
長「…ああ、そうだな、そうしたい」
空に向けて大きな息を吐いた。大げさなアクションだが、そうでもしないと彼は心を制御できないのだろうか。
焔「ああそうだ、俺らは今カギルさんを探しているんだ、どこにいったか知らないか?」
長「カギルさんか…どこに行ったっけな…やっぱり統括本部じゃないのか?そっちに歩いて行った気がする」
焔「そうか、ありがとう…あまり武器の手入れに集中し過ぎない方がいいぞ、ちゃんと床に入って休んでくれよ」
ナガトの手からジャベリンを取り上げる。
金属面を見るに材質は若干違うようだが、ついこの間俺が生産していたジャベリンと同じ形だ。
俺は手にした砥石を地面に置き、ジャベリンの両刃を両面とも一回ずつだけ研いた。
焔「ほらよ、じゃあ俺らはカギルさんのところにいってくるか……またな、ナガト」
疾「またな!休めよ!」
長「…ああ」
264 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/16(日) 19:12:09.44 ID:x2PKWHss0
長「……」
ホムラから手渡されたジャベリンを見る。
荒っぽく片手でざっと研かれたかに思えた刃は、意外と綺麗に整っているように感じた。
だが先程の研き方はどう見ても雑だ。切れ味は落ちたかもしれない。
長「…あいつは鍛冶屋だったか…この町にも鍛冶屋はいくつかあったな」
武器を保管する蔵を整理していた時の事を思い出す。
大量に保管された、非戦闘員のほぼ全員に支給された携帯用の鉈の刀身が脳裏に浮かぶ。
あの鉈を思い出すたび、この町の鍛冶屋には雑な奴が多いと考えてしまう。
自分が扱うジャベリンはある程度上手くできてるので文句は言わないが…。
長「職人の町といえど、腕の悪い分野もひとつはあっても可笑しくないか…」
新たな薪を立てて置く。ジャベリンを強く握る。
長「はっ!」
そして、刃を振り下ろす。
長「!」
薪は白樺の箸を折った程度の小さな音を立てて、静かに真っ二つに割れた。
265 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/17(月) 20:03:50.69 ID:HtErXyPm0
それは数分前のこと。
番「…休息を取る民兵の方々は全員、この本部に戻ってきたようですね」パサッ
民兵達の名前が羅列した数枚の紙が男の前に差し出される。
限「ご苦労さまですツガエさん、貴女も是非休まれてください」
男は口だけ微笑んで書類を受け取った。
本部の作戦会議室には臨時の町長となったカギルが上座に腰を降ろしていた。
軽めの夕食を終えた彼はこれから指揮を別の人間に預けて浅い眠りにつく。名簿の確認作業は今日の最後の仕事である。
誰もトラブルに巻き込まれていないようであるし、逃げ出しても勝手に出歩いてもいない。カギルが胸を撫で下ろした瞬間だ。
番「そうですね、私も疲れてしまいましたから、うふふ…普段の稽古よりも大変で、もう歳なのでしょうかね?」
限「何を言いますかツガエさん、それを言うなら私の方が歳ですとも」
番「あら」
カギルは苦笑いしながら自分の腰をとんとんと叩いた。普段よりも休みなく忙しかったためか、腰にきているらしい。
しかし温和に笑いあえる程度の負担は、逆に話題となって二人にとっては喜ばしい事であっただろう。
「カギル裁判長はいるか、いるならば失礼する」
番「あら、この声は…」
穏やかに些細な歳取り体調不良自慢を始める二人の会話を、一人の来訪者が横に割った。
266 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/17(月) 20:16:47.05 ID:HtErXyPm0
ハープ「お邪魔だったかな」
限「いいえそんなことは。こんばんは、ハープさん」
ハープ「こんばんは」
番「こんばんは、外は寒かったでしょう?お茶でも淹れましょうか?ふふ」
ハープ「いいや構わないよ、先程美味しい鍋を頂いたからね」
限「町の方ではありませんが、太陽橋の近くに小屋を立てている猟師さんが獲ってくださったポルの肉を譲ってくれましてね」
ハープ「それは随分と気前が良い猟師だ…魔族を恐れて普通は森には踏み込めないものだが」
番「うふふ、ええ、感謝と共に危ないのでもうしばらくは入らないようにと言っておきました」
限「とはいえ彼も血気盛んでしてね、なかなか聞かないのです」
ハープ「ははは…まぁ、太陽橋か。あの辺りならよほど東へ向かわない限りは安全だろうが…」
限「でハープさん、こちらへはどのような用件で」
ハープ「おっといけない、忘れてしまうところだった…まず話しておかなければならないのが着床師の件かな」
限「? 着床師ですか」
ハープ「ああ、実は――」
267 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/17(月) 20:21:50.84 ID:HtErXyPm0
―――――
(ヾ*・∀・)ノ゙ いつも使うタイミングを逃してしまう便利な合間
―――――
268 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/17(月) 20:33:14.99 ID:HtErXyPm0
限「――なるほど、盲点でした…」
番「うーん…まさか一人も居ないなんて…予想外ですね」
ハープ「担当してる本人が戦中はどうしても着床師は望めないと言っていたからな、諦めるしかないだろう」
限「……」
ハープ「かといってこれはわざわざ民兵達に伝えておく情報ではないだろう、失ったのであればそこまでだ」
番「…え?それって酷くありませんか」
限「…私もそう思います、この情報はなるべく控えておきましょう」
番「ええっ?」
ハープ「民兵達が着床師が居ないことを知ったところで、無駄に戦意を喪失させるだけにしかならないからね」
番「それはわかるのですけど、民兵の方々を騙しているみたいで…」
ハープ「元々いないのだから仕方がないさ、肢を失った者には戦が終わるまで痛みに耐えてもらうしかない」
番「うーん」
限「私は彼らの不安を煽りたくはありませんし、彼らが怪我をすれば可能な限り即時に治療を施します、私は現状を維持しておくのが最善だと思います」
番「…そうですね、カギルさんやハープさんの言うとおりですね、わかりました」
ハープ「極力、士気を下げるような情報は最低限に留め控えておくようにお願いしたい。民兵を捨て駒にするつもりはない事をわかって欲しい」
番「ええ、わかっています」
269 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 20:35:07.58 ID:o1CDFlCb0
ハープ「二つ目は防衛前線の構造についての提案。強化しなくてはならない箇所がいくつかある」
限「強化しなくてはならない箇所ですか、補強という意味でしょうか」
ハープ「近しい。煉瓦を積むだけでは不十分な箇所も出てくるだろう」
限「…地図で示していただけますか」
ハープ「もちろん図を見ながら」
番「こちらですね」パサッ
ハープ「例えばこの物見台、爆風により崩れないよう足元をレンガで固めること、今のままでは火砲直撃で運良くて2発で沈むだろう」
限「! …ええ、必要な事ですね、ありがとうございます」
番「確かにそうですね、遠くを見るためだけのものと軽視してました…」
ハープ「それと最前線の煉瓦の壁に限り、敵側に向かって反るようにして追加して施設して……」
限「ふむふむ…」
ハープ「敵はシドノフだけではないのだから、後方に構える弓で雑魚を減らさなければならないだろう、位置は守りの堅いこちらと、こちらに重きを…」
番(…凄い)
ハープ「楔土嚢の上は油で満たしておけばいざという時は役に立つだろう、辺りの木は更に伐採する必要があるが…」
番(戦争経験がある傭兵とはいえ子供だからって、ちょっと侮っていたけど……この子って結構すごいのかも)
ハープ「聞いてる?」
番「は、はい!」
ハープ「ざっとこんなところか、ざっとだが」
限「ありがとうございます、またひとつ大きな勉強になりました」
270 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 20:53:48.20 ID:o1CDFlCb0
ハープ「本当ならもっと多くの炸薬や油があれば良いのだがそうもいかないな」
限「? 何故油を?」
番「…ハープさん、お茶淹れますよ?やはり一緒に飲んでいっては…」
ハープ「構わない、すぐ出るから」
コポポポ・・・
ハープ「油というのはつまり…奴らは火に弱いんだ」
限「火に?」
番「それって可笑しな話じゃないですか?」コトッ
ハープ「奴らは炎を纏っているから、か?」
限「はい」
ハープ「まったくもってその通りだ、シドノフは…いや、一時的にはタイエンもか。奴らは自ら青い炎を纏う」
ハープ「しかし奴らが耐性を持つのはその特殊な青い炎のみで、実際は奴らは熱に非常に弱い…高温の炎に触れれば、皮膚は紙のように容易く燃える」
限「……実に、貴重な情報ですね?」
ハープ「しかし普通の炎では到底燃えない、そこまでの壁が熱いとでも言おうか……皮膚が燃えない温度と、急速に熱に弱くなる温度の境界がはっきりしていると言えるな、融点とでも喩えるか?」
限「……」
ハープ「奴らを焼くのであれば、油を大量に撒いた地点であったり…」
「すいませーん、カギルさんいますかー…?」
ハープ「…おっと?新たな客だな」
限「この声は彼ですかね、…どうぞ、中へ入って下さい」
271 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/19(水) 23:36:29.46 ID:o1CDFlCb0
焔「あれ?ハープさん居たのか」
燃えるような紅の髪をした、煤の汚れが清潔感のなさを際立たせる呑気な男。
疾「ァあん?ハープまたてめーかよっ」
細く流れるような鳶色の髪をした、女のように細いが威勢の良い若い男。
限「こんばんは、ホムラさん、ハヤテさん、用件は何でしょうか」
綺麗に切り整えられた茶褐色の短髪をした、厳格そうな背の高い男。
ハープ「……ふうん」
予感がした。
過去にも何度かこの掌に掴んだ覚えのある感触が確かに過ぎった。
細すぎて見えない糸が、両の手の五指に強く絡みつくような感覚。
荒れた山の道に落ちる二百本の木の枝のひとつひとつが、糸によって形を作ってゆくような感覚だ。
伝わるだろうか?いいや、自分だけが分かっていればいい。
『――何かを手繰り寄せたか?――』
ハープ(ああ、何かに触れた気がする)
273 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/20(木) 19:38:34.34 ID:mPgdQo/X0
番「こんばんは、二人とも…さあさ、お茶です、どうぞ」コトッ
疾「お!ツガエ姐さんサンキュ~」
限「長くなるようでしたらどうぞ、お掛け下さい」
焔「ああ、すいません」
キシッ
ハープ「ふふ、どうした、お前らも横槍か?」
焔「“も”って…ハープさんは料理の方の手伝いをしてたんじゃなかったのか」
ハープ「細かい事など気にするなよ」
疾「茶美味ぇー」ゴクゴク
焔「…」
限「…」
焔「……あ!そうだった、ぼんやりしてた、鉈について相談しに来たんだった」ゴソゴソ
疾「忘れんの早すぎだろ」
限「ナタですか?」
ハープ(鉈?武器についてか)
焔(ハープさんからはあまり武器の切れ味は重要じゃないって言われてたけど、やっぱり譲れないところはある…言うべきところでは言わなきゃな)ゴソゴソ
ゴトン
274 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/20(木) 20:06:42.74 ID:mPgdQo/X0
限「ナタ」
番「鉈ですね?確かこれは非戦闘の民兵の方々が携行しているものでしたね」
焔「はい、救護班や連絡兵に配られたとか」
限「そうですね、鍛冶屋の方の一人が、この鉈を大量に余らせているということなので使わせていただきました」
ハープ「ほう、どれどれ?」カチャッ
疾「あ、それ俺のだからな!勝手に触るなよ」
ハープ「……ふむ」ツツツ
番「…短いですよね?普通の鉈よりは」
ハープ(刃が驚くほど鈍い…そしてこの材質…質量……薪を割るにも苦労しそうだ)
焔「ええ、携帯するには良いサイズだとは思いますけどね」
限「このナタに問題があるのですか?正直、非戦闘員への支給武器なので使う機会はほとんどないと予想されます、質が最高のものであるとは考えていません」
焔「これが最高だなんて言ったらお笑いモンですよ、俺にとってはたまに使うのでも御免な品です」
ハープ(……あれ?)
疾(ん?)
限「…どういう事でしょうか、詳しくお聞かせ下さい」
焔「まずは見てください、ここ!ここですカギルさん、見えますかココ!」ズイッ
限「み、えます、そんなに近づけなくても焦点は合っています」
焔「これは刃の腹の辺りはまだ未使用のものだと持ち主のハヤテからは聞きましたけど、現時点で見てくださいよこれ、刃が光ってる」
限「ええ…」
焔「これはいけない。ところどころ深く厚く光っているし、横から見れば引っ掻いたような筋も入ってる…これじゃあまるで鋳品だ、切れ味も何もあったもんじゃない、ただの板ですよ、板」
疾(こいつ…なんか勢い増してないかぁ~…?)
ハープ(…自分の領分では饒舌なのか…)
275 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/20(木) 20:23:56.55 ID:mPgdQo/X0
焔「というかあり得ない!なんだこの打ち方!そもそも打ったのかも怪しい!ただの朱金だってのにこの腕の悪さ!こんな粗悪品を生みだす輩がよくバンホーで飯を食ってけるもんだ!」
限「あの」
焔「比率で言ったら鉄を3、朱金を7ってところか…鉄が入ってると聞けばちっとは朱金が入っても大丈夫だろうと考える人も多いがそれは違う!7割も朱金が入ってたら鋼はもうボロボロだ、これを造った奴は何もわかっちゃいない!」
限「ホムラさ」
焔「1割だけでも鉄の酸化を10倍早めるって言われてる朱金を7割も入れるなんて…ンならいっそ朱金だけでナタ造れって話だ!クズ鉄だかなんだか知らないが貴重な鉄をこんなもんに混ぜたって申し訳にもなんねえよ!」
限「すいませ」
焔「形はまあ良いよ別に、ていうか形なんて二の次だ、こいつがそのままの材質で一等良い型のナタになったとしても高が知れてるし、クズモンだって事実は何も変わらない」カチャ
限「わかりましたので…」
焔「おらァ!」ブンッ!
ドカッ!
限「うおっ」
ハープ(えー)
番「ちょ、ちょっとホムラさん!?」
疾「おいおい何してんだよアンタ!それ木椅子だろ!薪じゃねーよ!」
焔「見てくれよこれカギルさん!こいつは本気で振りおろしても椅子さえもほとんど切れやしない!椅子も割れないで鉈って言えると思うか!?」
ハープ(口調、口調)
限「いや……鉈で椅子を斬った事などないので…なんとも…」
焔「こんな粗末な鉄切れを使うならまだクラブでも握ってた方がマシってもんだ!非戦闘員ったってだよ!」
限「…」
焔「救護班や連絡係だって戦場にいりゃ敵と対峙することだってある、その時に持ってたのが馬鹿職人のこさえた錆びた鉄片でしたなんてよぉ、そんなねぇだろ、そんなのよぉ……」
焔「……あ」
限「……」
番「……」
疾「……」
ハープ「……」
276 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/20(木) 20:37:22.99 ID:mPgdQo/X0
焔「……ごめんなさい、本当にごめんなさい…」
疾「怖ーっ…こいつ怖ーっ…」
番「あ、あはは…大丈夫ですから、とりあえず落ち着きましょう?あはは……」コポポポ
ハープ「椅子が真っ二つにならなくて良かったな」
限「……」
カチャッ
限「…ふむ、私も剣を扱ったことはあります、刃の質などでしたらわかります…良いものとは言えませんね…」
焔「……」
疾「…救護と連絡やってる当人としてもさぁカギルさん、窮地に陥った時にそいつで切りぬけろって言われたら、結構焦っちまいますよ?ホント」
限「ふむ…」ブンッ
ハープ「武器としてのナタは扱った事がないな」
限「…私もです」ゴトッ
限「そうですね、確かに鍛冶屋のホムラさんがわざわざ直々に言うくらいです…専門家のあなたが言うのですから、何理かあるでしょうね」
疾「! じゃ、じゃあこいつを取っかえてくれるのか!?」
限「ええ、今の…パフォーマンスといいますかね?はは、いえ失礼…武器としての鈍さは伝わりましたからね、是非とも早急に検討させていただきたいところです」
焔「本当ですか、ありがとうございます」
限「ですが」
焔「?」
限「このナタの代わりになる携帯武器を用意しなくてはなりません」
279 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/22(土) 20:19:21.52 ID:J3HFVfhd0
焔「……代わりとなる武器」
限「確かにこのナタは切れ味も悪く質も低いかもしれません、ですが武器として最低限活用することはできます、紛いなりにも握れる柄があり、鋭角を持った、質量の高い金属ですからね」
焔「…じゃあ、このナタモドキよりも武器として扱いやすいものであれば良いんですね?カギルさん」
限「はい、ただし可能な限り質が一定であることが求められます…まぁ、これは贅沢でしょうかね、やはりそれはいいです」
限「何にせよ必要なのは予備も含めて150本の携帯可能な護身用の刃物です」
疾「ひ、150!?多すぎだろ!」
限「予備も含めてです、実際に扱うの方は100人程度でしょう、しかし非戦闘員は町全体で見た場合は女性も含めればかなりの人数となります、予備は多ければ多いほど良いのです」
焔「……」
限「鍛冶屋のホムラさん、このナタの質は悪い、…が、だからといって何も持たずに捨て置くにはこの町の現状においては、余裕の無いものがあります、つまり――」
焔「これよりも質の良い武器が150本ほどあればいいってことですか?」
限「はい、まさしくその通りです」
番「……鍛冶屋さんとはいっても、150本も同じ…携帯できるような武器を在庫として持っているものなのでしょうか?」ヒソヒソ
ハープ「……さあな」ヒソヒソ
疾「無理だろ…そりゃ“ヒゴガミ”程度の長さのナイフならそりゃあ使いでもあるし売れるだろうが…」
限「このナタと同じようなサイズであることが望ましいですね、かなり……中途半端なサイズです」
ハープ「ナタとしては帯に短し、剣としては襷に長しといったところかな」
限「何に分類すべきか私もよくわからないサイズの武器です、それを今夜中に用意することは可能ですか?」
焔「……うーむ」
限「一夜にして何百も打つことはできないでしょう…現実的ではない、非常に難しい事だと思います」
疾「……」
280 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/22(土) 20:46:55.42 ID:J3HFVfhd0
番(武器屋なら在庫としてそういった中くらいの刃物を大量に置いているのはわかるけど…)
疾(鍛冶屋は直すのが本職だろ…)
ハープ(以前工房の中を見た時にはいくつも武器が置いてあったが、何百までいくほどの量の同じ品はなかった筈だ)
焔「……うーん」
疾「…なぁ焔、なんとかなんねーのか?」
限「武器として長さはもちろんですが、質が均一であることが望ましいですね、不平不満を防ぐことができますし、同じ武器を携行することで一体感も生まれます」
焔「……」
限「やはり、難しいでしょうか」
疾「なんとか……駄目か、ホムラ…」
焔「いいや」
疾「?」
焔「ククリ、カルド、カタール…短剣つっても色々な種類があるから、どれにしようか悩んでるんだ」
限「…それは、ひとつの種類が150本にまでのぼらないということでしょうか」
焔「ん?はは、まさか、そんなわけないじゃないですか…一種につきン百本なんて当然のようにありますよ」
限「え」
疾「マジで?」
焔「最高級品質とまでは言えないけど、先代からの力作が何百と蔵に置いてあるから、まぁ大丈夫かな」
281 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/22(土) 21:01:07.42 ID:J3HFVfhd0
ハープ「…自分の蔵から短刀を引っ張ってくると言っていたが、何百の短刀をどうやって運んでくるのやら」
番「ふふ、きっとハヤテさんが頑張って台車でも引っ張ってくるのではないでしょうか」
ハープ「ああそうか、奴がいたか…なら戻ってくるのも早そうだな」
コポポポ・・・
コトッ
ハープ「ん?」
番「お茶です、温まりますよ?」
ハープ「だから要らないって」
番「まぁまぁ美味しいお茶ですから、そうぞ、ふふ」
ハープ「……わかったよ、いただこう」ズズズ
ハープ(…苦いの苦手なんだって)
番「ハープさんは兵法にお詳しいですね?傭兵さんってみんなそうなんですか?」
ハープ「ん?……さあ、知っている奴は知ってるし、興味の無い奴はからきしなんじゃないか」
番「そうですか…じゃあハープさんは沢山勉強したんですねぇ」
ハープ「ああ、特別に物覚えが良いわけではないのだが“おかげさまで”何度も復習したよ、本当に何度もね」
番「?そうですか」
限「……スゥー…スゥー…」
番「…ふふ、カギルさんたら机に突っ伏して…ここ最近の疲れが溜まっているんですね」
ハープ「無理もない、元はただの裁判長だったのだろう?一般人が町一つの指揮を執るなど、並みの精神力ではできんことさ」
番「確かにそうですね…カギルさんは凄い方です」
ハープ「惚れてる?」
番「いえいえ、私は旦那さんがいるので、うふふ」
ハープ「おっと、それは失礼」
282 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/22(土) 21:25:28.40 ID:J3HFVfhd0
番「もしかしたら既に聞いたかもしれませんが、この町の町長さんが雲隠れしてしまいまして」
ハープ「ああ、聞いたよ、それで代わりにカギルが町の代表になったとか」
番「はい。…町長さんはなんというか、独善的と言いましょうか、務めていた時からも非常に勝手にやっていた人間だったのですが…まさか私たちも戦になるとわかった途端に逃げ出すとは予想もしてなくて…」
ハープ「逃げ出したのは頭だけか、ははは、情けないな」
番「…でも、彼の気持ちもわからなくはないんですね」
ハープ「ん?」
番「だって、今は確かに要塞のように武装していますけれど…ここはただの町なんですよ」
ハープ「ああ」
番「一介の小さな町が、戦なんてしたこともないような職人だらけの町が、凶悪な魔族の軍勢と戦うなんて…」
ハープ「ふん、まあ確かに絶望的な話ではある」
番「…本当なら、これは国がやるべきことだと私は思うんですよ」
ハープ「…ああ」
番「可笑しいですもの、町人が民兵として戦ったり、町が民間の傭兵を雇って戦うなんて…もっと国も何かしてくれたっていいのに」
ハープ「…さあ、国も防衛するところが多すぎて手が回らないんじゃないのか」
番「……そうなのでしょうか」
ハープ「だとしたら仕方ないじゃない」
番「…うん、そうですけど…はい、そうですね」
ハープ「国の規模でみれば不満もあるだろうが、今は町でなんとかするしかないんだよ」
番「はい…ハープさんの言うとおりですね、今こんな弱音を吐いても何にもなりませんね、ふふ」
284 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/24(月) 21:45:26.14 ID:7ikQk4Ea0
ハープ「そうだ、今は下向きに傾げている暇なんて無い。射手なら上向きに仰げ」
番「……ふふ、言われちゃうなぁ」
番「……」
番「…ねえハープさん、貴女って本当に子供――」
「おーい!ハヤテ様が戻ってきたぞぉー!言った通り本!150本以上だ!すげぇぞこれ!」
番「――あら」
ハープ「! 馬鹿二人が戻ってきたようだ、迎えてやろうか」
番「…そうですね、ふふふ、やっぱりハヤテさんは脚が早いなぁー」
ハープ「おいカギル起きろ、二人が戻って来たぞ」
限「起きていますよ」
番「あれ!?いつの間に…もしかして寝たふりしてました?」
限「そんなことよりも問題の武器を見ましょうか、どれどれ外へ…」パサッ
ハープ(あ、頬に涎付いてる)
286 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/24(月) 23:21:34.39 ID:8ULxufGAO
焔「ショートブルメラ、つまりククリタイプの鉈のような剣っていうのかな、使い勝手は保証しますよ」
疾「いやぁー台車さえあればこの量でも楽勝だな!」
限「これは……すごい」
微笑むカギルさんの眼下には、台車いっぱいに短剣が積まれていた。
程よく湾曲した刀身を振るえば、薪だろうが竹だろうが力一つでスパッと鮮やかに切れるだろう。
限「どれ中身を拝見………おお」シャッ
焔「小振りだから携帯しやすいし、不慣れな人でも扱えると思いますよ」
番「わぁ、面白い形の剣」
ハープ(…ブルメラか…振って良し、投げて良しだな)
限「…素晴らしい品質ですねホムラさん、見ただけでわかります」
焔「いやぁ、ありがとうございます」
疾「運んだのは俺だぜ!」
限「…本数もかなりある、良いでしょう助かりました…是非この短剣を使わせていただきたいです、よろしいでしょうか?」
焔「もちろん喜んで!」
限「ありがとうございます、ホムラさん」
焔「こちらこそ、俺や先代らの技が町のためになるのなら」
疾「おーい、俺はホムラも台車に乗せて運んでやったんだぞ…蔵から運び出したりも…」
番「ふふっ」
疾「笑ったな!ツガエ姐さん!」
番「え?そう?」
287 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/25(火) 21:51:21.94 ID:NQgEqJRy0
限「……ふぁああぁ」
焔「あ」
気が抜けたのか、カギルさんは大口を開けて欠伸を零した。
限「! すみません、つい」
疾「へえ、カギルさんでも欠伸するんだ」
番「こらっ、ハヤテさん失礼ですよ」
カギルさんは照れ隠しなのか、小さく咳払いをする。
限「…しばらく睡眠時間を削ってばかりでしたからね、そろそろ仮眠を取らなくてはなりません」
焔(ああ、カギルさんずっと頑張ってたのか)
疾「んー、そうだなぁ……俺もさっさと寝ようかな?眠いし」
ハープ「ホムラも寝ておけ、仮眠だけでもしておかなければ、いざという時に行動力が下がるからな」
焔「……そうだな、じゃあ俺らも一休みとしようか…」
昨日の昼に戦があったというのに、その疲れは今の夜にまで残っているように感じた。
肩や脚がどことなくだるい。
限「先程、ナガトさんとも話をしましたが…」
疾「おう、俺らも会ったよカギルさん」
限「そうですか?でしたら彼の様子を見てわかるはずです、つかの間でも休みは取った方が良い」
番「ですね、敵がまた攻め込んでくるかもわかりませんけど…休む時はゆっくり休むようにしなくては駄目ですね」
焔「はい、ゆっくり寝ときます」
その前に体がベトベトだ。風呂に入りたいもんだ。
近くに共同浴場があったような…。
288 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/26(水) 00:07:33.73 ID:hIW7MstAO
ブルメラ。…これはショート、ブルメラか。
刃に向かって強く「く」の字に湾曲した刀身が特長の剣。
振るえば大抵のモノならば容易に断ち切る事ができ、短いタイプのブルメラであれば初心者にも扱い易いだろう。
ブルメラは大昔から山の民の間で使われていた、生活の上では欠かせない短剣だったらしい。
刃先は潰されているが針のように尖っているため、劣化を気にすることなく、鎧や甲殻に突き刺す使い方もできる。
また、投げた時の殺傷力は格別だ。
293 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/26(水) 20:01:19.69 ID:BvzEyQFg0
かぽーん
疾「うぃぇええぃ…」ザバァ
疾「…ふぉー、あったけえ…良いねぇ夜のこの時間じゃ人もいねえ…まさかこんな時間も開いてるなんてなぁ、戦のせいかね」
疾「これじゃまるで温泉を独り占めしてる気分だぜ、はっはっはっ」
カラララ・・・
ペタペタ・・・
焔「うわっ寒…やっぱり夜だなぁ、さっさと湯船に浸かろう…湯船湯船…あれ?」
疾「~♪」
焔「…って、ぇええ?」
疾「ん?おお!やっと来たかホムラ!あったけぇぞ!」ジャバジャバ
焔「なんだハヤテか、びっくりした」
疾「は?なんだよどうした…あ!湯船入る前に股間洗えよ!」
焔「言われなくても洗うっての…つーかハヤテそれ、髪の毛括るなよ、下ろしとけ」
疾「そンままだと湯にだらーんて藻みてぇになっちまうだろ、これでいーんだよ」
焔「…」ザバァー
焔「お、温かい…」
疾「しかも今だけ俺ら独占だしな!得した気分だよなー」
焔「だな、広くて気分が良さそうだ……さっさとそっち入ろ、かけ湯だけじゃ寒すぎる」
ザパァァ・・・
294 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/26(水) 20:24:51.91 ID:BvzEyQFg0
焔「あ゙~~~~…」
疾「い゙~~~ねぇ…」
焔「…ジジ臭いな、お前いくつだっけ」
疾「22、…そういうあんたは?ジジって歳でもないだろ」
焔「30」
疾「なんでぇ8つ違うだけじゃねえかよ、俺はむしろもっと歳食ってるのかと思ってたぜ」
焔「もっと歳取ってたとしてもその口ぶりなんだな…」
疾「はっはっは!歳の差なんて気にすんなよ、気楽にやってこうぜ!」
焔「俺の台詞なソレ」
ジャバッ
疾「あー、人がいねぇと脚も気にせず伸ばせていいわぁ…」
焔「そうだなぁ…」チャポ
疾「…戦が長引いてよ、町のやつらが少しずつ消えていったら……本当に誰も来なくなるかもなぁ」
焔「馬鹿言え、そんな風にさせないために俺らがいるんだろ」
疾「俺ら、ね…」
焔「?」
疾「…俺は戦場に出て、アンタみてぇに暴れ回れないから頑張りようっての?そういうのが見えなくてよ」
焔「…そりゃそうだが」
疾「…だからアンタが代わりに…俺にできないことをやってくれよ」
焔「……」
疾「あんたのおかげで良い短剣を握れた…ありがとうな」
疾「でもよ、それでも俺には銃も、弓も、槍も握ることはできないんだ、救護と連絡係だしな…へへ」
295 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/26(水) 20:46:39.10 ID:BvzEyQFg0
焔「お前、戦場に出たかったのか」
疾「それでもカギルさんの言ってることは正しいんだよ」
疾「…俺だってそう思う、救護と連絡係…脚の速さなら誰にも負けねぇ自信がある俺にはもうピッタリの役職じゃねえか」
焔「……」
疾「駆け足で怪我人拾って、サッと風のように退避させる…んで要り用とあれば即行で伝令だってやる…これほど俺にハマった役もねえ」
焔「でもお前は戦場に出たいんだろ?なんでカギルさんに言わなかったんだ」
疾「……さあ、流されちまったのかな……いいや、俺自身も納得してたしよ、俺の分野だってんでさ」
疾「…でもホント、もどかしいな?適材適所っつってもやれることは運んだり伝えたりだけでよ」チャポ
焔「……」
疾「友達が苦しい顔して戦ってるってのに、俺はそれを走り回ってみてるだけで……隣で手を貸してやることができないんだぜ」
焔「簡単に言う事かもしれないけどさ、そこまで思いつめるのならカギルさんに役を変えてもらうよう相談してみれば良いんじゃないか?」
疾「…馬鹿言えェ、駄目って言うに決まってる」チャポ・・・ブクブク
焔「子供みたいな事言って子供みたいな事すんなよ」
疾「だって“あの”カギルさんだぜ?相談しても“規定事項です”とかなんとか言われて突っぱねられそうだよ」
焔「そこまで厳しい人じゃな……どうだろう、そうかもしれない」
疾「あ~~もどかしい!できれば俺も戦の時には参戦してぇ!」
焔「…そうだなぁ」
疾「?」
焔「次何かあった時に、何でも良い…手柄を立ててみれば良いんじゃないか?」
疾「手柄?」
焔「おう、囲まれた窮地の民兵をよ、颯爽と駆けつけて敵達をズバッと」
疾「……あの短剣で?」
焔「…おう」
疾「…さぁーて!これからも衛生兵頑張るかぁー!」
焔「……」
296 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/27(木) 19:29:25.18 ID:gMwLFRke0
戦っている時は夢中だったし、自分の生死もかかっていて全く気が付かなかった。
俺と同じように、敵と真正面から現状に抗いたいという奴も、町の中にはいるのだ。
死と隣り合わせの戦なんてそれだけ聞いたら俺だって御免だが、この戦には家族が、いや皆が住む町の命運がかかっている。
恐ろしい、それでも戦いたい、戦わなきゃならないという思いは大なれ小なれ、皆にあるのだ。
…しかし、ハヤテのように運悪く、真っ向から敵と対峙できない奴もいる。
だから俺ら一般兵達はそいつらの思いも背負って、いつか来る戦場に立たなければならないのかもしれない。
死んだ町の人々の魂やら、何やら。
まだまだ数日の経験だが、戦ってのは歩くたびに荷物が増えるもんだなぁと実感する。
槍「…あー、擦り傷が沁みるなぁ…」チャポ
疾「だなぁー」
敵の軍勢は再び町にやってくる。
できればどうかあと二日くらいは、ゆっくり風呂に入らせて欲しい。
298 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/27(木) 22:46:12.44 ID:gMwLFRke0
焔「……」
白い布の低い天井を見上げながら、温かい毛布の中で考える。
何を考えてるかって訊かれたら、まあ、眠くてまともに何も考えられやしてないんだが、それでも俺の頭の中では様々な事が旋回していた。
町をめぐって、皆の活気と想いを見た。
ハヤテのような非戦闘員の想いも垣間見ることができた。
怪我人、職人、非戦闘員。それら全ての人々の想いが、俺ら一般兵には相当の重圧がのしかかっている事を肌で感じた一日だった。
確かにこの重圧は精神的にはちと辛いものがある。
だが考えてみれば、むしろ良い傾向だ。まだ誰もこの町を諦めておらず、絶望に打ちひしがれてもいない。
…ナガトさんのように精神がやられ制御が効きにくくなってしまった人はいても、現実から逃げ出そうとする人はほとんど居ないように感じた。
きっと良い事だ。良い現状に違いない。
焔「あとは次の戦に備えて…そこからだ」
天井に呟きかける。
初戦では随分とボロボロにされてしまったが、戦い方がわかった以上、さらに万全な状態であれば負ける要素などどこにもない。
それに…ハープさんもいる。
彼女が何者なのか未だに全くわからないが、心強い存在であることは違いない。心から尊敬できる、まさにセンセイのような人だ。
だが町を守るのは彼女ではない。俺ら町人だ。
焔(…民兵達が全員団結すれば、いけるさ……)
俺は愛するこの町の皆を信じている。
それぞれの笑顔を思い浮かべながら、俺の意識は闇の深くに沈んでいった。
300 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/28(金) 21:32:30.00 ID:biR3oamL0
――――――――――
カラララ
『この棚に砥石、ムクノハ、トクサ…』
『……』
カラララ
『こっちは鎚だ、木槌から歯振り…』
『じいちゃん』
『? なんだホムラ』
『飽きた、外でボール蹴って遊びたい』
『外で遊ぶのは一日一時間と約束しただろう』
『えぇー、足りない、もっと遊びたい』
『お前はそれより先にやらなきゃならんことがある』
『刃物の勉強?だから飽きたってば』
『これで遊ぶんだよ、ホムラ』
『えー…?』
ゴトッ
『いいか、石を触るんだ、平たいものでな、そいつを色々なものを用意して…例えばこれらだな』
カチャカチャ・・・
『それ、砥石じゃん』
『うむ、この石の粗さを手触りだけで当てるんだ、どうだ?』
『…それ楽しいの?』
『もちろんだとも!俺も昔ァよく親父にやってもらったもんだ、さあ、目ェ瞑ってやってみろ!』
『本当に面白いのかなこれー…』
サスサス
――――――――――
302 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/30(日) 19:42:20.92 ID:+Z/if+4AO
『駒の配置、なかなか上手くなったではないか』
ハープ(お前は私が駒遊びをするのには反対だったんじゃないのか?)
『能率が悪いのでな、しかしたまにはこういったやり方も悪くない』
ハープ(……ふん)
女の子「すー……すー……」
ナデナデ
ハープ(…私単騎で奴等を潰すのも悪くはない、結果は同じだ。しかし世の人がそれに甘えるようでは、世直しの意味が無い)
『今回の侵攻など滅多に無い事だ、次を気にするほどか?』
ハープ(…どうだろうかな)
『良いがな。たまには趣向を変えて見るのも気分転換になる』
ハープ(…そういう言い方、好きじゃないな)
『……おい、まだ眠るな』
ハープ(? なんだよ)
『聞きそびれだ。…お前、惨劇軍の魔族共の説明に何故“アレ”を抜いた?』
ハープ(…“アレ”は全ての軍勢に混じっているわけじゃないだろ…希な存在さ)
『この町には来ないと高を括っているのか?』
ハープ(いるかどうかもわからない存在を教えて、無駄に士気を下げたくもないのでな…居たら居たで、布陣も変えなければならないし)
『“アレ”が混じっていないことを祈っておけよ』
ハープ(……ふん…)
ハープ(居たら居たで……潰してやる)
304 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/30(日) 20:53:07.18 ID:ENOemRMa0
鋭利にそそり立つ断崖絶壁を、そろりそろりと白い影達が移動する。
黒い爪を、あるいは鋭利な鱗を、剣を、棘を。存在する全ての鋭利な部位を用いて、白い影達が岩肌を移動する。
「ォオン?」
黄色い隻眼を光らせる一体の魔族が、岩を踏み外した。
がらりと音を立てて崩れ落ちる脆い壁面と一緒に、一体のヤハエは風を切って静かに落下してゆく。
「グギッ」
詰まるような小さな悲鳴は壁を這う軍勢達にまで届かなかったし、軍勢達は落ちていった一体の兵など気にも留めなかった。
落ちれば剣山のような壁面に叩きつけられる決死の大移動。既に何体もの魔族兵が落下し、突き刺され息絶えている。
しかし恐怖を持ち合わせない魔族達は気にせずひたすら移動を続けた。
目指すは朱金の町、バンホーの採石場。
平たい地面に降りた時こそ、新たな惨劇の始まり。
「――おら、さっさと進め雑兵共。我らが魔族王様と俺の名を汚してくれるなよ。――」
時折白銀の月光を遮るように旋回する蝙蝠の翼は、どの目から見ても禍々しい。
物見台に立つ、彼からも。
民兵「……! な、なんだアレは……!」
309 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/31(月) 22:08:04.88 ID:MJ2JnbqR0
「おーい、ホムラー…」
ガシッ
サスサス・・・
焔(……滑らかな表面…何千だろう…万いくかなこれ……)
焔(細かいな…こんな石があったらどれだけ滑らかな刃が研げるだろう…)
疾「……」
焔「うーむ…しかし仕上げに使うにはちょっと細かすぎる…」サスサス
疾「…おーい…」
焔「鏡面を出すつってもこりゃあやりすぎだな…むにゃ…」
疾「…起きる気ないなら手ェ離せ鍛冶馬鹿!」
ベシッ
焔「いて」
310 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/01/31(月) 22:26:12.27 ID:MJ2JnbqR0
蛍羽虫が月明かりを反射するテントの白におびきよせられているためか、本部のテント群は淡くも温かな光に包まれ、明るかった。
懐かしいようなそうでもないような夢の中を泳いでいる最中を俺をハヤテは何を思ったが平手で起こしやがったので、今俺は仕方なくテントの外で寒さに震えている。
疾「まあまあ、いいからいいから!来いって!」
焔「ふぁああ…何が良いんだよ良くねえよ眠いんだよ…」
人気のない真夜中のテントの脇を、誘われるがままそろりそろりと付いてゆく。
疾「トイレに行く最中に偶然見たんだ、ほら、アレだ」
焔「ん?」
疾風がテントと木造家屋の僅かな隙間から覗ける向こう側を指差した。
そこを覗けということなのだろうか。
焔「女湯くらいのもん見れなかったら怒るぞ、ハヤテ」
疾「へへ、そこまで上等なもんかは知らねえけど、珍しいもんだよ」
自分の歳も置かれている状況も忘れて、俺は童心に帰り隙間に片目を合わせた。
焔「……ん?」
311 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/01(火) 21:25:43.32 ID:a/aJN3RB0
限「ッ…… ッ……!」
隙間の奥には、割と見慣れた男性の姿が見えた。
両の手に小振りの剣を握り、美しい演武を舞っているカギルさんだった。
焔「…カギルさん、こんな遅くに何やってんだ」
疾「さーなぁ?でもよ、カギルさんが剣握ってる所なんて新鮮だろ?」
焔「……剣のすっげー使い手だってことは知ってたが、実際に見たのは初めてだ…」
顔から汗を迸らせ、滑らかな動作で剣を振るい踊る様は、カギルさんが剣術の達人であることを瞬時に理解させた。
焔「すげぇな、見たことのない動きだけど、ありゃ本当に達人だ」
疾「そうなのか?…まぁかっこ良い動きだし」
焔「……」
深い夜の闇の中で映える赤と白の衣。
カギルさんは常に本部の席に座していなければならない、指令役をもった人だ。
この人もまた、ハヤテのように戦場に出られないもどかしさを感じているのだろうか。
疾「うーん、でもやっぱ素人目にはわかんねぇな」
焔「……」
ハヤテがわざわざ夜中に俺を叩き起こしてこの光景を見せたのには、そういった意味もあるんだろうか。
それとも特に深い意味なんて無いんだろうか。無いのかもしれない。俺が言うのもなんだが、こいつ馬鹿そうだし。
俺らはしばらくの間、カギルさんの演武をこっそりと拝ませてもらった。
312 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/01(火) 21:58:14.55 ID:a/aJN3RB0
焔「あー、完璧に目が冴えた」
疾「悪い悪い」
焔「悪びれた風も無い顔してんなお前」
疾「んなことねえよ!へっへっへ」
大きな焚き火に焦がされる一歩手前になりながら、俺らは地にだらりと体を預けていた。
テントに戻って毛布に包まれていた方が体には良いんだろうが、どうも今だけは、暗く人も多い陰気な寝室には戻る気になれなかったのだ。
もちろん、カギルさんの舞いを見て気分が高揚したというのもある。
焔「…剣、かぁ」
疾「あん?なんだよいきなり」
焔「なんでもね」
疾「言えよー」
焔「…」
焔「ハープさんに言われたことなんだけどな」
疾「また“さん”付けかよ」
焔「…彼女が言うには、剣や刀や…槍なんてものは、この戦じゃあんまり使えないんだそうだ」
疾「なに?あのガキ、お前にそんなこと言ってやがったのか?」
焔「まぁ…鍛冶屋としてはかなーーーり悔しい所も、俺もあったさ」
焔「だけどハープさんの言う事は正しいって俺自信思ってるから何も言えないんだ」
疾「……」
ハヤテも何も言わなかった。
一度、あの戦場を見ればわかる事だ。刃物を握って近づこうなど砲撃の的。
まさに自殺行為だし、運良く懐に入れたところで敵の首ひとつでも取れる気も全くしない。
じゃあどうすりゃいいのかって、
焔「はぁ…銃なんだよなぁ~…」
疾「ガキの言う事だが、否めねぇなあ…」
ハヤテの腰に括られた一本のブルメラが俺の目に悲しく映っていた。
313 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/01(火) 22:11:15.46 ID:a/aJN3RB0
ぱちぱちと音を立てる炎の奥には、小さな物見台が見えた。
丁度良くこの位置からは遮蔽物が無いらしく、かなり遠くの採石場辺りにあるはずの物見台の頭がちらりと覗ける。
額当てを上手く下げて無駄な光を減らしてみると、その影はさらにくっきりと見られた。
焔「…煉瓦の壁の生産、みんな頑張ってたなぁ……」
疾「だろ?その“頑張ってた”の中には俺も入ってることを忘れるなよ?」
焔「はいはい、よく頑張ったよ…」
疾「なんだそれ!もっと褒めろ!」
焔「お前な、もっと謙虚になれないのか」
疾「はっはん、世界一の飛脚が謙虚になる理由なんざどこにも無いぜホムラ!」
俺も随分と面倒臭い奴に絡まれたもんだ。
焔「世界一ってなぁお前、簡単に言うけどよ…世界ってのは多分そんな甘いもんじゃねえからな…」
疾「ああん?まるで世界を見てきたかのような口ぶりじゃねえか」
焔「別に見ちゃあいないが……井の中のなんとかってことだよ、この町は海じゃないのさ」
きっと世界には俺以上の鍛冶屋が何百人、下手すれば何千人もいるのだろう。
俺も自分の腕に自信が無いわけではないが……。
焔「……ん?」
疾「どうだかなー?少なくともこの町と、隣町じゃあ俺より脚の早い奴の話は聞いたことが無いぜ?俺ァよ」
焔「…おいおい、可笑しいな、さっきまで見えてたのに」
疾「……なにしてんのお前」
額当てを上げ下げして、目に入る光を調節する。
だが、いくら目を細めても、眺めても、遠くにわずか見えていたはずの物見台が、もう見えないのだ。
315 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/02(水) 21:23:00.08 ID:1grC/U+z0
~~~~~~~~~~~
「やっちまえ」
空に浮かぶ蝙蝠が一言高い声で命じると、周囲の魔族達は一斉に林の中を駆けだした。
傾斜が強く足場の悪い山道に苦戦しつつも、魔族達は一直線にその場所を目指す。
民兵「やばい……やばいやべぇ!何か向かってきてやがる…!?」
採石場前の物見台には一人の男がいた。そして恐怖している。
無理もないだろう、彼は高い視点から見下ろす山道の中に、多数の光る目を見てしまったのだから。
民兵「くそっ…!岩肌に何かうごめいてると思ったらこれだ…!」
幸い採石場は町とは距離がある。こうして見張り役の自分が気付けた事は町にとっては幸いだ。
男は振るえる手で素早く弓を持ち、特製の矢をつがえ、汗ばむ手が滑らないよう、慎重に構えた。
民兵「……頼むぜバンホー…ツガエ先生…この一矢だけは絶対に外さないでくれ…!」
狙いは町に立つ、ここから最寄りの物見台。
民兵「……っ!」ドヒュッ
多少の距離はあるが物見台のどこかに当たれば良いのだ。男は覚悟を決めて、矢を放った。
民兵「……よし…!」
狙った物見台の足の部分に、放った矢の花火の明りが煌々と光っているのを確認する。敵襲来の連絡はひとまずこれで完了だ。
光る矢を放ち、敵襲を町側の物見台に知らせることで、この物見台が敵に目立つ鐘の音を鳴らさずに済む。
見張り役一人の命も尊ぶ作戦のひとつだった。
民兵(あとは俺は町に走って退避…!俺自身も敵の襲来を知らせなければ…!)
男はすぐにハシゴに足をかけて、二段飛ばしで降り始めた。
こちらへ迫りくる眼光の移動速度はかなりのものだった。山道で足を取られていたとしてもそう時間はない。
ここから早く逃げなければ、敵の襲来を知らせただけで殺されてしまうかもしれない。
見張りとしての責務を全うしたとはいえ、ついでに死ぬのはやはり御免である。だが……
「キキキ、なんだぁ逃げ腰の野郎がいやがるぜ」
民兵「は――――!」
物見台の根元に向かって飛び込んできた青い火球を見て、男は死を悟った。
316 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/02(水) 21:43:27.18 ID:1grC/U+z0
民兵「…やべぇ…」
土煙と共に崩れ落ちた物見台。
男は落下し柱の下敷きとなったが、辛うじて生きている。額当てが無ければ頭蓋が割れていたかもしれない。
痛みは無かった。
先程まで興奮していたからだろうか。
民兵「くそ、はやく…逃げ……!」
血まみれの掌で覆いかぶさる木材をどけようとした時、その上に腰をかけた存在に汗を噴き出した。
蝙蝠「逃げるなよ人間、犬じゃねえんだから」
民兵「…っ!ぁ…ぁああ…!?」
一言で姿を表すならば“コウモリ”が妥当だが、手と足が長くサイズも人間ほどある、架空の生き物で言うところの“悪魔”のような風貌。
オレンジ色の眼光は笑むように三日月形に歪み、地に伏した男の真上で悠々と足を組んでいる。
蝙蝠「…ん?なんだその格好は、随分と軽装だな、惨劇軍も舐められたもんだぜ」
民兵「や…やめてくれ…!くそ、やめろ…!」
蝙蝠「ハァ?人語なんざわかんねーんだよ猿、恐れ慄くなら俺の使ってる言葉でビビれっての」
民兵「何をする…!くそ!殺せ!やるなら一思いに殺してくれ!」
蝙蝠「お?それならわかるぜ!“ナミダ”ってやつだろ!それならビビッてんのもよくわかる!ハッハッハァ!」
――グシャ
男の顔面は鋭い鉤爪によって深く引き裂かれ、彼の意識はそこですぐ途絶えた。
蝙蝠「……全ての人間に“惨劇”を!」
「「「ォオオオォオオォオォオオオ!!」」」
林から続々と現れる、白い肌の魔族達。
生命の本能を怯えさせる邪悪な咆哮が岩場に木霊した。
彼らの次なる標的は、町だ。
317 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/03(木) 22:01:04.19 ID:GBgMXIGb0
カァァァン・・・ カァァァン・・・・
町中の物見台が、音叉のように次々に警鐘を鳴らし始めた。
その中でもより速く音を刻む物見台こそ、異常を発見した方角の物見台だ。
眠っている民兵達にとってはさぞ心臓に悪いことだろう。
何せ、自分らの陣地に一番近い物見台から金がけたたましく鳴っているのだから。
「採石場近くの物見台辺りから煙が上がっているーッ!採石場の辺りから敵が来るぞーッ!」
人が叫び、迫る危機を知らせる。跳び起きたであろう男達の表情には余裕が無い。
いつかくるであろうとは思っていても、あまりに早すぎる夜襲に、誰もが恐怖し、恐慌した。
疾「ふぅー…起きててよかったなホムラ!」
焔「ああ、着替える手間が省けたのが良い方向に転んでくれりゃ良いんだが…!」
もちろん、俺自身にも恐怖はあった。
だが、どれだけ絶望できる状況なのかを掴めなければ、俺は絶望なんてしている暇は無い。
早とちりして落胆するよりも先にやることがある。
318 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/03(木) 22:34:24.03 ID:GBgMXIGb0
限「集まりましたか、みなさん」
広場には鐘の音で叩き起こされた何十人かの民兵が集まっていた。
燃え盛る大きな焚き火を背に、額に薄く汗をにじませたカギルさんが俺らをまとめている最中だ。
「カギルさん、警鐘が…!」
限「ええ、のんびりしている時間は無いので急ぎます、我々は採石場方面からやってくるであろう敵を迎え撃つための準備に取り掛かります」
長「何故採石場に奴らがいる?そこへ行くには町と繋がっている坂道を登る必要があるはずだぞ」
「鐘を鳴らす方角を間違えたんだ!もしかしたら正面から来てるのかも……」
焔「それはない、俺はこの目で採石場の物見台が崩れ落ちるのを見たんだ、あそこで何かあったことは間違いないよ」
限「その通りです、採石場付近の物見台から放たれた花火矢の色は…間違いなく、採石場からの異常を伝えるものでした」
「じゃあどうして採石場が……」
「そんなこと考えている場合か!?今にも敵は迫ってるんだろうが!」
「早く持ち場に行かないと…」
「採石場から敵が来るなんて知らねえぞ!?持ち場ってどこだ!?」
限「……」
「カギルさん!どうすれば良いんだ!?」
「カギルさん!」
焔「……」
兵たちは焦りの色を隠せなかった。
かくいう俺も隠せない。何故なら、採石場の辺りから敵が来るなんて事は誰も想定していなかったからだ。
あの辺りは剣山のように鋭い石が立ち並ぶおっかない場所で、道なんてものは一切ない、まさに剣山地獄のような所だ。
そこから敵がやってくるなんて、地と垂直に切り立つ岩壁を伝い渡るなんて命がけの事をしない限りは…。
…命がけで…岩肌を伝い、裏のルートから奇襲を仕掛けてきたってのか?
焔「……!くそ、あいつら、まさか……なんて奴らだ!?」
限(……どうする…)
319 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/04(金) 22:43:07.85 ID:Xz/HJxQ10
長「テメェら、ヘタってんじゃねえ!」
焔(うわ)
隣にいたナガトが突然大声を出したので、この場に居る皆は一瞬肩を竦めた。
至近距離の俺だけはあまりの声量に違う意味で驚いた。
長「今にも敵は攻めてくる、敵がやってくるルートはわかった、ならば奴らとぶつかる意外に手はねぇだろ」
「ぶつかるったって、どうやって…!」
長「敵が来てるんだろ?なら俺らも敵の方へ行けばいいだろうが」
焔「まぁ確かに」
疾「…んー、だよなぁ、敵が町まで来るってんなら、町に着く前に行って戦うしかねえな…当たり前だけど」
限「…防壁無しで魔族と挑むとなると…かなり苦戦を強いられそうですが、採石場からのルートでは防壁もありませんね、連携でカバーするしかないでしょう」
焔「防壁無しか…」
最初の戦では煉瓦の壁のおかげで何度も命を守られたが、今回はその準備が整っていない場所での戦いとなる。
敵の主力と言っても過言ではない、青い炎の巨人“シドノフ”。
あいつの腕から放たれる砲撃を果たして、壁無しで対処できるのだろうか…。
ハープ「木を盾にして戦うしかあるまい」
焔「! ハープさん、居たのか」
限「木を盾に、ですか…なるほど、採石場までの緩い坂道の脇は林、両サイドから坂を挟むようにして火線を斜め前方に向けるようにして戦えば…」
長「時間が無い、それでいくぞ」
突然現れた背の低い少女の提案の合理性を考える暇も無く、ナガトは先陣を切って走り始めてしまった。
「お、おい!一人でいくな!危険だぞ!」
「独断の行動は…!」
焔「俺も行くぞ、独断どうこう言ってられるほど余裕のある状況じゃないからな」
限「急ですが仕方ありません、ですが向こうでは可能な限り連携が取れる状態にしてください」
「なっ…」
疾「俺も行くぜ!大丈夫だお前ら、怪我をしたら俺が連れ戻してやるからよ!」
焔「皆も準備が整ったら向かうんだ、坂道は使わずその脇の林を移動して、会えたらそこで落ち合おう」
俺は腰に銃がしっかり備わっていることを確認すると、すぐさまナガトの後を追った。
321 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/04(金) 23:21:56.90 ID:Xz/HJxQ10
ダッダッダッダッ・・・
焔「はっ…はっ…暗いな…!」
前方をゆくナガトの靡く後ろ髪を目印に夜道を全力疾走する。
夜の山から降りてきた生臭い冷えた空気は肺を凍てつかせるようだ。
疾「とりあえず敵の規模や、配置は把握しておかないとな!」
対して俺の隣を併走するハヤテは余裕そうな表情だ。スタミナは俺より遥かに上回っているのだろう。
焔「ああ、さすがに銃…っ…一丁で、敵全員とガチンコするつもりは無いぜ…しばらくは敵と味方を待つ形になるだろうな…っ」
疾「味方を待つか……お?後ろからも続々と、兵たちがやってきてるぞ!問題なさそうだ!」
焔「そうか、…じゃ、陣を展開すればすぐ戦えるってことかっ」
疾「多分な!……そうだっ」
焔「?」
疾「おらよっとォ!」ガシッ
焔「おい!?」
走っている最中、ハヤテは通り過ぎざまに道に刺し立てられた長い松明を引っこ抜いた。
長さは2mほどもある、大きなトーチだ。
疾「こいつを目印にするぜ!おーい!後ろ走ってるお前らー!こっちだー!」ブンブンッ
焔「…なっ…なんでこの状態で叫べるんだっ…!?」
ハヤテが後ろ向きに俺と同じ速度で走りながら松明を振るい、後方の味方に向けて叫ぶという荒技をやってのけている間に、そろそろ件の坂に到達しそうである。
焔「……ハヤテ、気をつけろよ、敵が近いかもしれねえっ…」
疾「おうよ!」
坂道に入ると同時に、俺とハヤテは脇の木々の合間へと潜り始めた。
焔(夜の山道での戦闘…考えただけでも恐ろしいな)
322 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/04(金) 23:40:34.47 ID:Xz/HJxQ10
「「「ォォオオオオォォォオォォオオォオオ!!」」」
長「…~!!」ビリビリ
ォォオオォオオォオ・・・
長「…全軍で一斉に吠えて…威嚇のつもりか、おもしれぇ…!」ザザッ
長(今の方向で奴らとの大体の距離はわかった…まだそう近くは無い、だが近づいてきているとすれば油断はできない距離…)
焔「ナガト、来たぞっ…!」
長「ホムラか、…声は抑えとけ、奴らに悟られるかもしれん」
焔「いっ…言われなくても…もうっ、声出ない…はぁっ……!」
疾「あれ、じゃあこれ持ってこない方が良かったか?」
焔「……あ」
疾風の右手にはごうごうと炎を燃やし続ける松明が握られていた。山の闇の中で、炎は眩い光を放っている。
長「…今はまだ味方の目印になるかもな、持っておけ…敵に遭遇したら捨てれば良いだけの話だ」
疾「俺、これずっと持ってんの?」
焔「引っこ抜いた責任はちゃんと取れよ…」チャキ
銃を取り外し構える。
火薬チップは十分に補充されているので、残弾は問題ないはずだ。
経験上は一発で小さめの奴なら倒せる…シドノフは…しっかり当てることができるだろうか。
タッタッタッタッ・・・
「来たぞ!どうすればいい!」
長「林の中で2、3人一組で散れ、間隔を開けて広がれば侵攻をカバーできるはずだ」
そうこう考えている間に、後続の民兵達も次々に到着している。
気付けば坂道脇の林には、大勢の民兵が展開されていた。
長「ふん、口では臆病だが、やればできるじゃねえか」
ナガトも鎖付きの手持ちジャベリンを手に握った。
今まさに、戦いが始まろうとしている。
323 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/06(日) 15:11:53.48 ID:F7mJ0S4d0
限「…隊列はそれで以上です、先に向かった民兵達に知らせて誘導し整えてください」
「はい!」
限「私も指揮として後でそちらへ向かいます」
「了解!向こうでお待ちします!」
タッタッタッタッ・・・
限「…武器は」
「今、蔵から7割くらいのものを積みだして、今すぐにでも向こうへ運び出せます!」
限「よし…わかりましたすぐに戦場へ届けてください」
「わかりました!」
限「次に…」
ハープ「町の守りもある程度固めておけよ」
限「! ハープさん……はい、わかっています」
ハープ「失態だったかもな?向こうの物見台の真下の防壁、築き忘れていただろう」
限「…はい。慢心です…大きな失態です」
ハープ「落ち込むな、私が見張りの安否でも確認しにいってやろうか?」
限「…及びません。責任は戦が終わった時私が全て受けます」
限「この時だけはまだ私は汗を拭ってはいけないのです」
ハープ「…良い心構えだ、誰であれ、お前の下につく奴は本望だろう」
限「…」
ハープ「さて、私も様子見に行ってこようかな」
限「危険ですよ」
ハープ「奴らほどじゃないさ」
タッタッタッタッタッ・・・
限「…」
弓「短弓隊の装備が整いました」
限「…はい、では煉瓦壁のエリアで待機させてください、警戒は十二時と十時です」
弓「了解しました、カギルさん」
限(……私も行かなければ)
324 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/06(日) 15:28:38.26 ID:F7mJ0S4d0
蝙蝠「お?…面白いねぇ…こうも早く布陣を固めてくるとは」
蝙蝠のような顔をした魔族は、魔族の軍勢の前に立ち、遠くを眺めていた。
かなり遠方には街明りが見え、その手前には小さな炎の群れが存在している。
蝙蝠「あれを目印に陣を敷いていると見た。…そこらにいる兵どもを全員殺せば、シドノフの砲撃が町へ届く距離まで近づけるな」
邪悪に笑む。
蝙蝠「主砲(シドノフ)一体でも近くに野放しにできりゃあ、あとは撃ちまくるだけだな…この程度の町なら簡単に潰せる」
「ォオオオオン!」
蝙蝠「うるせえ下級種(ヤハエ)、てめえらは捨て石だ、さっさと行ってさっさと死ね」
「コォオオオ…」
蝙蝠「…チッ、思ったよりも辿りつけたシドノフの数は少ないな…堅い岩肌もシドノフの巨体は支えきれなかったか。まぁいい」
蝙蝠「…よーしクズ共、この俺、ダマ様が命じてやる!シドノフは可能な限り早く敵陣を突破して町をブチ壊せ!」
「「「ォオオオオオオォオオ!」」」
ダマ「他のカス共はシドノフを護って、人間共を殺して、あとは勝手に死ぬまで暴れてろ!」
「「「ォオオオオオオォオオ!」」」
ダマ「……」
「「「…………」」」
ダマ「…特攻!」
「「「ォオオオオオオォオオ!」」」
重い足音の群れが散り、町に向かって前進を始めた。
325 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/06(日) 15:39:58.42 ID:F7mJ0S4d0
「「「ォオオオオオオォオオ!」」」
ドドドドド・・・
長「…来るぞ」
焔「わかってる、距離はあるだろうってのに足音が聞こえてくるからな」
長「まさか奴ら、一点集中で来ないだろうな」
焔「来られたら開いた陣形のほぼ中心にいる俺らが大変だな」
長「何十体の群れとか、想像以上の集団で来られても逃げるなよ」
焔「逃げねえって、ナガトこそ逃げるなよ」
長「笑わせてくれる」チャキッ
長「…ジャベリンの調子が良い、礼を言うぜ」
焔「お?そうか?」
長「これが終わったら一本、俺の専用ジャベリンを打ってもらおうかね」
焔「金取るぜ?」
長「終わったらだ」
ダッダッダッダッ・・・!
疾「! 足音、すぐそこじゃねえか!」
長「チッ、深緑が邪魔で近づかれないと見えないな」
焔「言ってられねえよ、迎え撃つぞ!」
ガササッ
魔族「ォオオォオオン!」
326 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/06(日) 15:55:16.40 ID:d7/UFHoAO
危難のダマ、惨劇軍の上位種だ。
両腕には繋がった長いフィルム状の組織を持ち、その形を自在に操る事ができ、翼にもできるようだ。
柔らかそうに見えるが衝撃には強く、非常に鋭いらしい。
上位種は高い知能と力を持つ。出会ったら逃げろ。
328 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/06(日) 18:09:52.12 ID:F7mJ0S4d0
焔「来た!」
魔族「ォオン!」
間合い十数メートルといったところで初めて敵の姿を視認できた。
勢いの良い左右のステップで柔らかい地面を突き刺しながら、木々の合間を縫うようにして人型のそいつは現れた。
前にも戦に姿を現したことのある人型の魔族、ハープさんの説明にもあった“ヤハエ”である。
魔族「フッ!」ジャリッ
焔(速っ…!)
鎧のような足先は安定しないこの山道でも上手く走ることができるらしい。
一体のヤハエは俺のすぐ目の前にまできていた。
329 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/06(日) 19:34:12.06 ID:F7mJ0S4d0
焔(間に合え…!)チャキッ
手にした火薬銃を白い影に向ける。
激しい左右の動きに戸惑う暇も狙い澄ます暇も無く、ただただ引き金を二度引いた。
ドォン!ドォン!!
緊張が走る爆音が二度、鼓膜を殴る。
銃口から漏れる火薬の光は夜の闇に映え、胴体に二つの穴を開けた魔族の姿を瞬時にくっきりと映し出した。二発とも命中したようだ。
ヤハエ「ォン……!」
魔族の体が大きくよろめいた。
倒れ地面に落ちるかと思いきや、だが敵は強く地面を踏み、留まった。
ヤハエ「…ォオオオオッ!」
焔「くっ」
大きく開けた気味の悪い口が咆哮する。そして振り絞られた長い二本の腕が、黒い爪を剥き出しにする。
長「あまり弾を無駄にするな」ヒュッ
焔「!」
ドスッ
背後から俺の脇を抜けるようにして、“何か”が目にも止まらぬ速さで飛び出した。
ヤハエ「……!」
黄色く光るヤハエの目玉らしき部分を一本のジャベリンが抉り、後頭部にまで貫けている。
長「まだ来るぞ、注意しろ」
焔「…!お、おう!」
さすが敵陣の最深部にまで一人で攻め込んだ男だ。武器の取り回しも慣れたものだ。
330 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/06(日) 21:32:06.02 ID:F7mJ0S4d0
「ォオオオオ!」
長「! ぼーっとするな!左前方から来るぞ!」
焔「ぼーっとすんなっつっても!」
指示された場所とは反対方向に2歩飛び退く。俺みたいな素人が銃を近距離で扱うのはマズいのだ。
疾「やっぱこれ俺の松明のせい!?どっかに置いとくか!?」
長「こんな場所じゃ投げ捨てるわけにもいかないだろ!」
そんなコントをしている間に、向こうから青い炎の明りがうっすらと見えてきた。
タイエン「ボォオオォオォ…!」ブンッ
焔「げっ、なんだこいつ…!タイエンか!」
こいつもハープさんの描いた絵の中にいた魔族だ。
説明と絵の通り、ちゃんと巨大な重量感ある剣を両手に突き刺している。
大剣を緩慢な動きで振り被り、侵攻を妨げる木々を何度か切りつけて凪ぎ払いながら進んで来る。
長「…あいつは動きが遅い!銃で倒してくれ!俺は素早い爪の奴を殺る!」
焔「おっけ、任せろ!」ダァン!
疾「…持ってるのもなんだしここに突き刺しといていいか?」
長「勝手にやってろ!」ドヒュッ
次々に前方から現れてくる歩兵たち。
昼間の戦闘では遠くから弓と銃で狙い撃ちの的にできたが、こうも狭い場所ではある程度の距離にならなければ敵の姿を見ることすらできない。
焔(くそ、やっぱり銃は使い慣れないな…!)ドゥンッ!
タイエン「ブボォッ…!」
敵の数は何体か?
敵はどこまで展開しているのか?
様々な不安を抱えながらも、俺らはこの場所を食いとめるだけでも精いっぱいだった。
331 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/06(日) 21:43:10.41 ID:F7mJ0S4d0
タイエン「ボォオオオ…ッ!」ザッ
長「! またタイエンが現れたな…こいつは動きが鈍いからやりやすいぜ」チャキッ
焔「…他にはもう、ひとまず後続は来なさそうだな…発砲音や叫び声が遠くからも聞こえる、敵は広く浅くって風に展開してるみたいだぜ」
長「…どこかしらが突破されていたらマズイな…」
疾「おい、よそ見はするなよ!少しずつ近づいてるぞ!」
長「大丈夫だ、こいつは手にした剣の重みを支えるので精いっぱい…」
タイエン「…ボォォォオオッッ!」メラッ・・・
ナガトが余裕の表情を見せたその時だった。
向こうの木々の狭間に立っていた鎧姿の魔族、タイエンの様子が変化している。
タイエン「ォオオオオッ……!」メラメラッ・・・
長「…!?なんだあれは…!」
焔「あの炎は…」
タイエンが低い姿勢で剣を構えると、その体は腕伝いに青い炎が伝わってゆき、数秒も経たぬうちに全身が眩しい青い炎に包まれていた。
焔「! あれはやばいぞナガト!右に跳び避けろ!」
長「!!」
タイエン「ボォァァアアァアァッ!!」
ダンッ
先程まで鈍くさく緩慢だった動きのタイエンが、突然だ。
鎧の隙間から勢いよく青い炎を吹き出しながら、大剣を真上に振り被って、俺らのすぐ真上にまで跳躍してきたのだ。
332 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/06(日) 21:51:50.73 ID:F7mJ0S4d0
ズガァンッ!
長「ぐあっ…!?」
焔「!」
地面は叩き割れ、剣は地中に半分ほど埋まっていた。
長「……あぶねぇっ…!」
疾「大丈夫か!?」
長「…あとコンマ2くらい俺がトロけりゃお前が要りようだったな…!」
ナガトは剣が脳天を突き刺す寸前のところで横へ回避できたらしく、タイエンから十分な距離を開けてジャベリンを構えている。
タイエン「ボォオオォォオオッ…!」グググ・・・
焔「! 剣を抜こうとしてるぞ!さっきの速さでまたこられたらマズい!」
長「わかってる!」ヒュッ
ナガトが短いジャベリンを強く握り、敵へ向けた左手とは反対方向にそれを振り被り、体のバネを振り絞った。
長「でぃやぁあ!」ビュッ
タイエン「ボォオ!」ズボッ
ジャベリンを放たれたのと剣が地面から抜かれたのはほぼ同時だった。
333 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/06(日) 22:11:14.29 ID:F7mJ0S4d0
タイエン「……」ドシャァッ
長「…はーっ!はーっ…!」
焔「……危なかったな」
横たわる鎧騎士の魔族の体。もう青い炎は出ていないようだ。
頭部にはジャベリンが深く突き刺さり、半分まで貫いているという実に痛ましい姿だった。
長「なんだ、さっきのあの機動力は…チッ、焦った」ズポッ
疾「それ何度も使うのか?」
長「もちろんだ、だから鎖を繋げてる」
焔「ナガト、さっきのタイエンから出た青い炎、初めて見たか?」
長「いいや…初めてではないが、前はああなる前に有無を言わさず倒してたからな」
焔「…すげえ」
長「何度か身体から炎が噴き出すのは見たことがあったが、スピードと力が高まるものだとは…さっき初めて知ったよ」
焔「そういやハープさんも“タイエンの青い炎に気をつけろ”とか言ってたような…次からは注意だな」
長「デカい奴とは違って硬くはならないらしい、まぁ問題ないだろう」
焔「……ああ…」
辺りを見回す。
銃撃の音と声は、相変わらず聞こえてくる。だがこの付近では特に敵の姿は見えなかった。
長「……加勢しにいくぞ、今回は持ち場どうこう言ってられるほどの余裕は無いぞ」
焔「今回は賛成だ、行こう」
疾「よし、じゃあ松明も持ってくか」
焔「…怪我人を見つけたら本当にそれ捨てて、救護の務めをしろよ?」
疾「わかってるって」
俺ら三人は他の民兵達の戦いを援護することにした。
もしかしたら既に敵のいくらかは突破しているのかもしれないが…仲間が戦っている中で引き返して待ち伏せるのも気持ちが良くないからな。
タッタッタッ・・・
長「もう誰も殺させねえぞ…!」
焔「…ああ、当然」
334 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/07(月) 20:36:05.03 ID:NWLgelwj0
民兵「うおおおッ!」ダァン!
硝煙が炸裂する光を浴びて夜闇に白く濁る。
ヤハエ「オッ…!」
弾丸が怪物の額を貫き、後頭部から形容しがたい色の体液を勢いよく噴き出させた。
民兵「大丈夫か!?」
「ああ、なんとか掠り傷……いや、な、なんだこれ」
民兵「! お前それ……腕がパックリじゃねえか…!」
「な…なんだこれ、くそぉ、なんだよこれ…痛みは無いのに血が…血が止まらねぇ…!」ドクドク
周囲の戦闘音が焦燥感を更に駆り立てる。
山道は味方の銃声と敵の方向が入れ混じり、誰がどこにいるのかもわからない混戦状態となっていた。
民兵「しゃがめ、応急処置だ…包帯だけでも巻いておくぞ」シュルッ
「す、すまない…ああ、寒いな…」
民兵「しっかりしろ、大丈夫だ」シュルシュルッ
――ドォンッ!
民兵「!」
「!」
聞き覚えのある爆発音が近くに轟いた。丁度仲間のために包帯を巻いている男の背後からだ。
大きな音と共に、熱い余波が二人に息を吹きかけるようにして駆け抜けてゆく。
焼けるほどでは無く、獣の涎のような生ぬるさのある風だった。
民兵「……やべえ」
「逃げろ!俺を置いていけ!間にあわない!」
民兵「馬鹿野郎、そんなことできるか!」ジャキッ
介抱していた男はさっと身を翻し、火薬銃を背後に向ける。
335 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/07(月) 20:53:42.11 ID:NWLgelwj0
忘れもしない、民兵達にとっての恐怖の対象が林の奥にいた。
暗がりでもわかる青く妖しげに光を放つ炎と巨体。
民兵「…惨劇のシドノフッ…!」
名は既に民兵達の間で広まっていた。
当初は「デカイの」や「大きな炎の」などのようなで曖昧さで通っていたが、固有名詞が手に入った事で怒りと恐怖ははっきりとした形で言葉に現れるようになったのである。
シドノフ「コォオオォ…」
「おい、やるつもりならまだ……」
民兵「ああ、まだ撃たない…わかってるさ、ホムラって奴が言ってたように、敵が炎を集めたら、だろ?」
引き金を絞る手に汗が滲む。
照準は頭ではなく、シドノフの大きな腹に向けられていた。頭部に一発を当てる自信が彼になかったからである。
だが引き金を連打して、数発の弾を一気に撃ちだす覚悟は彼にあった。
不安定な一撃よりも確実な数撃を狙っているのである。
シドノフ「コォオオォオオ…!」メラッ・・・
民兵(! 来る…っ!)カチッ
巨人の体に纏わりつく青い炎が、前に伸ばされた腕へと集まってゆく。山の暗闇の中では遠目からでも炎の収束は確認できた。
そして炎の過半数が腕へと凝縮された時、男の指は覚悟を決めた。
民兵「今だ喰らえッ!!」ドゥンドゥンドンッ!
しかし完璧なタイミングであるとほくそ笑んだ男から放たれた弾丸は、思惑とは別に
ゴッ ガッ ガキッ
民兵「えっ…」
想定外の鈍すぎる3回の音と、そしてカウンターであると言わんばかりに颯爽を木々の間を穿つ火球となって、男ら二人へと帰ってきた。
ドゴォン!
男が最期に見たのは目の前に迫る火球と、シドノフの前を一瞬だけ遮った、暗い影であった。
336 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/07(月) 21:09:21.99 ID:0oezgzWAO
凶兆のロッコイ、両腕に巨大な甲殻の盾を備えた魔族だ。
他の種とは違い単純な防御能力が高い、厄介な奴だ。
細い脚だけでなく、“眼”以外の頭部も硬いために、弓や銃でもなかなかダメージは通らない。
弱点は眼、そして胴体や腕などの内部だ。爆弾を足下に投げ込めれば楽に倒せるのだが、そう上手く事は運ばない。各々が工夫するしかないな。
ロッコイは味方を守るという多少高度な思考回路を持つためか、知能は他よりもやや高い。油断するな。
339 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/08(火) 20:38:04.82 ID:/uXI2kaW0
ダマ「最初にはいなかったロッコイを動員してある、奴らも新たな種族に戸惑ってる事だろうな、キキキ」
バッサバッサ
坂道沿いの森の真上に巨大な蝙蝠がホバリングしていた。
目と額が妖しく光を放つ、人型の不気味な蝙蝠だ。
天女の羽衣のような組織を翼のように動かし飛ぶ様は、この世のあらゆる生物に形容し難い。
ダマ(キキ、展開範囲も疎らで良い感じだ)
夜の空から見下ろされる戦場の様相は決して簡単に視認できるものではないが、シドノフが放った砲撃により立ち上った煙が、自勢力の拡散の度合いを示している。
町の人間にとってはあまり喜ばしい事ではないが、魔族軍の側にとっては目的の成就に近づきつつある希望の印だった。
ダマ(よしよし、このまま部分で迎撃網を突破しちまえば町まですぐに火の手が伸び………!?)
余裕から来る高見の見物。だが一瞬、森から見えた発光に体に緊張が走った。
――ヒュ
ダマ(クソが、避けられねえ)
愚かにも堂々と空を舞っていた蝙蝠の魔族めがけて、一本の鉄銛が隼の狩りの如く一直線に接近してきた。
視認できた頃には既にこの魔族も退避が不可能であることを悟ったらしく、
――ガァンッ!
ダマ「チィっ!サル風情がやりやがったな…!」
羽衣の翼を盾に身を守ることはできたが、そのまま飛行能力を失い山道へと落ちていった。
340 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/08(火) 22:56:34.61 ID:4JxE+PwAO
ガササッ………
タッ
ダマ「…翼で防いだと同時に飛び道具も消えた…魔術か、小賢しいサルが居やがるな?」
蝙蝠は森に落下したが傷は負っていなかった。
盾にした翼も傷ひとつなく、全くダメージは無いように見える。
ダマ(俯瞰で戦況を占いたいところだが、再び対空で攻めてこられても困る…仕方ない、同じ目線でも充分だ)
341 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/09(水) 20:34:10.40 ID:TuWTjxqk0
「ほう、やはり“上位種”が居たか」
ダマ「!」
遠方の茂みから足音が姿を見せる。
魔族の光る目は、暗がりからこちらへ近付く影の姿を確認した。
ダマ「…砂漠民のケープに…表情を完全に覆うボロ布」
「上位種は皆知っているようだな、前に会った奴にも同じ事を言われたよ」
ダマ「キキキ、“生まれた時からな”。ただ伝説か何かだと思っていたぜ、まさか実在するとはな」
蝙蝠の魔族の正面に姿を現したのは、砂漠色のケープに身を包んだ背の低い人間だった。
顔などの表情は全て隠しているが、ハープである。
少女「伝説とまでいくか。ならばその伝説がお前にすることは解っているな?」
顔を覆うベージュの切れ端をほんの少しだけ下げる。睨む左の眼光だけが露出した。右手に握った短いメイスが地面と水平に持ちあげられる。
ダマ「殺れるもんなら殺ってみろ人間(サル)、俺は危難のダマだ、死ぬ間際にド忘れしねぇようにそのボロ布にでもメモしとけ」
羽衣が繋がる両腕と連動し、空を切って構えられる。肉弾の構えと共に翻る羽衣は戦旗の如き勇猛さを以て、蝙蝠の翼へと姿を変えた。
ダマ「血でな」
少女「はん、お前の?」
互いの獲物が振られた。
342 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/09(水) 21:07:16.05 ID:TuWTjxqk0
互いは既に、ほぼゼロ距離にまで詰め寄っていた。
片方はメイスを握り、片方は体を半ひねりさせている。
ダマ「キヒャハハッ」ブンッ
魔族の羽衣は空を切る硬質な翼となって、今まさにハープを斬りかかろうとしていた。体のあと半ひねりで翼の刃は真に肉薄する。
ハープ「やっぱり飾りではないか、形を自在に変えられる」ヒュッ
ダマ「!」ゴッ
胴を真っ二つにしようと振られた刃は、下から振り上げられたメイスによって殴り上げられた。
だが非力一撃は翼を折るにも、振りの勢いを殺すまでにも至らず、ただ少女の小さな体を、刃の死線を潜らせるだけの勢いとしかならなかった。
しかしハープにとってはそれだけで良かった。
ハープ「辛くであろうと敵の一撃を凌げば次は自分の手番、盤上でも机上でも」ブンッ
ダマ「やっぱおめぇ速いな」
メイスは既に振られていた。
普通であれば防戦一方の流れに持ち込まれる強力な一撃の後だというのに、彼女はそれに怯んでいなかったのだ。
――メリ
ダマ「グ、ギッ……!」
乱暴に振られた鉄片が細い腰に食い込む。
華奢な少女が振るったメイスを受ける細身の魔族。一見して迫力を感じさせない一撃だが、その威力は早くも歪み始めたメイスのフランジが軋み声で物語る。
――ドゥンッ!
ダマ「っ!」ズザザッ・・・
地面に爪を刺した両足すら、山道に数メートルの傷跡を残した。ハープの一振りの威力はあまりにも大きかったのだ。
ハープ「お前のせいで民兵の布陣が狂った、まさに“盤”狂わせだ、不愉快極まりない、死ね」
ダマ「…キキキッ!こっちこそ計画が狂った!“惨劇狩り”がこのエリアにいるとは想像もしてなかったぜ!?」
ハープ「こちらも上位種がいるとはな、まさかだ、“これだから慢心は良かんのだ”と嘲笑される始末、ああ思い出しただけで不愉快だ」
ボロ布の隙間から覗ける少女の表情は嫌悪と怒りで満ちている。
343 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/09(水) 21:43:21.04 ID:TuWTjxqk0
ハープ「さて、お前を殺す前にひとつ訊いておくか」ヒュンッ
メイスを振り上げる。振り下ろしか、術の発動か。どちらとも取れる構え。
魔族のダマも思わず固く身構える。
ハープ「お前らの頭はいつまでこの“コマ遊び”を続けるつもりだ?」
ダマ「コマは我が君の命ずるままにだ、我が君が惨劇軍を生み続ける限り、永遠さ」
ハープ「下らん王だ、共存共栄の次に馬鹿馬鹿しい、いつまで引きずるつもりだ?」
ダマ「サルには解らぬさ、そのように我々の言語を扱え理解できたとしてもな!それもまた永遠だ!キキキキキキキィィィ!」
蝙蝠は高い声で狂ったように笑った。ひとしきり高い声で笑うと落ちついたのか、含み笑いとなった。
ダマ「テメェが何者かは知らない、何が目的かもな、キキキ…だが俺らが行う事は何ら変わらない、人間への惨劇だ」
ハープ「今さら貴様ら能無しに和解など求めんよ、言葉も通じぬ馬鹿に付ける薬はただ一つだ、死ね」
メイスを大きく振るう。恐らくどうしようもなく避けられない術が、魔族に襲いかかるだろう。しかしダマは笑った。
ダマ「――キキキ、サル如きが調子に乗るなよ」
ハープ「…!(まずい)」
――ドゴォン!!
二人とも巻き込む位置から、火球は突如として飛んできた。シドノフの砲撃が二人の間に割って入ったのである。
爆煙を貫き、翼を生やしたダマが夜空へ飛翔する。
ハープ(くそ、手下に合図を出していたか、逃げられた…!)
ダマ「キキキィ!我が君に栄光あれ!ハッハッハッハァーッ!」
けたたましい笑い声と共に、恐ろしい蝙蝠の姿は海岸へと舞い戻っていった。
345 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/11(金) 19:45:56.09 ID:GqHK/gDj0
戦いの傷跡が今だ残るレンガ壁の防衛線。
弓や銃を構えた者達が整然と陣を連ね待機している。
兵達の激しい動きは無い、静かな持ち場。
しかし兵達が身構える向こう側の林の暗黒からは、叫び声や爆音が絶え間なく響いている。
「…音が鳴りやまないぞ」
「こっちには来ないんじゃないのか」
「俺らは本当にここで良いのか?」
番「お願いします、待機していてください…どうか堪えてください」
一部、民兵の中にはあまりに静かでもどかしい時間に押しつぶされそうになっている者もいた。
待てど待てど、敵は来ない。
しかし自分達の仲間は、林の奥で命を削り戦っている。
番「ここをガラ空きにしてしまっては、それこそ町の存命に関わります…今敵が見えなくても、決して動いてはならないのです」
「坂道に敵の勢力全てが集中していたら?」
「というより、この様子だと…本当にそうかもしれん…」
番「…それでも、お願いします、カギルさんを信じて待機してください…陣形を崩してはいけません」
彼女も唇を噛みしめて断腸の思いを抱えていた。
時折遠くから聞こえてくる民兵の悲鳴はさすがに心を揺さぶるのだ。
「…これで最後まで敵が来ることなく町が壊滅してたら……まさに町長と似たものだな」ボソ
「おい」
「…へいへい」
番「……」
唇から血がにじむ。
346 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/12(土) 18:05:00.05 ID:3IMGTbHM0
焔「せっかくシドノフを見つけたってのに…!」ドゥン!ドゥン!
火薬銃を撃つ。
弾は蒼炎を纏う巨人に当たるかと思いきや、割って入るように飛び込んできた魔族の盾によって防がれてしまった。
銃弾を受けた盾は岩壁のように破片を飛び散らせながらも、その形を崩すには至らない。分厚い盾だ。
ロッコイ「……ホォオオ…」
シドノフ「……」
ズシン、ズシン・・・
長「…やばいな、俺のジャベリンもあの盾には通用しないぞ」
焔「多分、凶兆のロッコイって奴だな…シドノフとセットになって現れてきたか」
疾「おいどうするんだよ、あのでっかい奴、どんどん前線を押し出してきてるぞ」
長「…どうすりゃいい…なんとか進軍を止めなくては」
焔「町まで押し切られるとマズイな」
盾持ちによって守られているシドノフは時折、俺らのような邪魔な民兵に向かって砲撃を放ちつつ、ゆっくりと町側へと歩を進めていた。
そしてその進軍を、巨大な二枚の盾を持った魔族、ロッコイが護っている。
焔「あの盾、驚くほど死角がないぞ。シドノフには一発も当たる気がしない」
長「俺もだ、銃以上に遅いこの武器ではとても奴に突き刺すことはできん」
かなり悪い状況だった。
歩兵として襲いかかってくるタイエンやヤハエは処理できるが、鉄壁の防御によって守られる奴らを食いとめる手段は、今はなかった。
疾「…一旦で良い、後退しねえか?大砲でも引っ張ってくりゃ盾を壊せるかもしれねえ」
長「前線を自分から引き下げるわけにはいかない」
焔「いや、一度下がろう…カギルさんにも報告しなきゃ駄目だ、このまま無駄に攻撃しても、砲撃でうっかり俺らがやられちまうかもしれない」
疾「そゆこと」
長「…わかった、退ろう…しかし諦めるわけじゃ」
焔「わかってるって」
347 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/13(日) 21:52:15.44 ID:bLYKyixg0
「ツガエさんの方からは報告がありませんな」
限「となると敵はまだ、ある程度離散しながらも正面から押し寄せていると考えるべきでしょうか」
「そうでしょうな、しかし油断はできませんぞ、何せ」
――ドゴォンッ!
「……ふぅ~…やかましい音が、鳴りやまないのですからな」
限「…ええ、食い止めにかかった民兵方が心配です…こちらも水際である程度の用意はしているのですが…間に合うかどうか」
限(火砲、弩砲…配備が間にあったとしても、それだけで大丈夫とは思えない…民兵が今苦戦しているように、きっとそれだけでは足りない)
限(そろそろ周りの者も気付くだろう…爆音は次第に近づいてきている。敵の進軍を止めなければならないのだ)
限(しかし何故民兵達は手こずっているのだろうか、他人事のように言うのは好きでは無いが、ここまで押されるのには何か訳が……)
タタタタタタ・・・
疾「カギルさーん!」タタタ・・・
限「! ハヤテさんご無事で、ホムラさん方は?」
疾「あいつらもすぐに来る!報告にしにきた…!ハッ、ハッ…!」
限「深呼吸してください」
疾「……必要ねッ!」
限「なんと」
疾「それより大変だ!敵の中にえーっとなんだっけ、ロッコイって奴がいた!盾の!」
限「ハープさんの話にあった魔族ですね、それで」
疾「思いのほかそいつの動きが機敏でよ、青い炎の巨人ってタイエンだっけか?そいつをずっと守るもんだから、今どうしようもない感じになってんだ」
限「青い炎の巨人……はシドノフですね」
疾「そうだそれだ!」
限「攻撃を防がれるという意味なのですか?」
疾「ああ、守りが鉄壁でよ、どうやっても攻撃がシドノフに当てらんねーんだ、何とかならねえかな?指示を仰ぎに戻ってきたんだが」
限「…考えさせて下さい、10秒だけ」
疾「10秒?」
349 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/14(月) 12:24:01.65 ID:Apdx+2/AO
限「………」
疾「………」
~10時間後~
限「………」
疾「町滅んだ」
351 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/14(月) 19:15:22.44 ID:TFBgoyWj0
限(常に味方を守る事が可能な敏捷性に銃を防ぎきる防御性能の対処を完璧に施す事ができれば九割勝利)
限(しかし火薬銃の威力は弩と比べても大差なくそうした場合それを超える遠距離兵器は数機の錐砲と大砲のみ)
限(落ちつけ、こちらから砲撃を当てられるという事は敵からもこちらに砲撃を浴びせることが可能という事、それでは大型の兵器はまさに水際でしか配備できず数が足りない)
限(要所に配置したとして錐砲は敵を狙う正確性は無いし大砲も発射まで若干のラグがある、それらに完璧に依存することはできない)
限(やはり現実的なのは水際で兵器を使うよりも民兵方が林の中で倒すというのが現実的だ、しかし現状ではロッコイの防御力により困難、これを歩兵の装備を変えるなどしてなんとかできるかどうかだ)
限(思いつく限りでは敵の盾を打ち砕く携帯装備としてはスリングが妥当だが狭い場所では扱いにくい武器だと訊く、いやそもそも接近戦は困難を極めるか)
限(であれば一撃で敵を倒すほどの投擲武器さえあれば良いのだがそのような威力の投擲武器といえば爆弾を手投げで扱うしか方法は…)
――奴らは火に弱いんだ
限(いや待てよ)
――奴らが耐性を持つのはその特殊な青い炎のみで、実際は奴らは熱に非常に弱い
――高温の炎に触れれば、皮膚は紙のように容易く燃える
限(ハープさんの話が正しければ…)
――奴らを焼くのであれば、油を大量に撒いた地点であったり…
限「……あります。必要とあれば広範囲をカバーすることができる撃退法が」
疾「九びょ……ええ!?マジですか!?」
限「何数えてるんですかハヤテさん」
疾「すげえよカギルさん!作戦思いついたのか!!どんな方法なんだ!?」
限「…それは…」
タタタタタ・・・
焔「はっ…はあっ…!」
長「ふっ、は、はっ……!」
限「……二人もきましたか、今から説明しましょう…準備さえできるかどうかはわかりませんし、不確定要素の多すぎる策ですが」
352 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/16(水) 22:45:30.31 ID:bt4/3ZkP0
…………
長「…油を撒いて火の壁を作る、ね」
限「はい。油を撒いた地点に火を放ちます、厚い火の壁を作りだす事ができれば、その地点を完璧に防御することができるはずです」
焔「おいおい待ってくれよカギルさん」
限「はい」
焔「奴らが炎に弱いってのは初耳のような…」
疾「俺も」
長「俺もだ」
限「…ああ、ハープさんが教えてくださったのですよ」
長「…皆に言えばいいものを、勿体ぶってやがるのか」
焔「まぁまぁ」
焔「…ハープさんが効くっつったのなら間違いないと思って大丈夫だろうな、信用してやってみる他無いだろう」
限「はい、そうなのですがしかし火が弱点というのは聞きましたが、半端な炎では燃えないということなのです」
疾「? 松明の炎くらいだったら効くのか?」
限「全くわかりません、実践していないので」
長「…マジかよ、そんな不確かな事をやるってのか」
焔「他に方法が無いんだ、どこまで効くかわからなくとも俺は良いと思うけどな」
疾「んー、確かに油敷いて燃やすだけだし効率は良さそうだなー」
限「不確定要素は非常に多いですけれどね、まずはよく燃える油の確保から入らなければなりません」
長「アテは?それすらも無いとなると」
限「ありますよ、最近大量に油を溜めた所が」
長「……?」
限「楔土嚢というものがありましてね。ハープさんの指示でそこに油を溜めていましたので、活用させていただきましょう」
353 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/17(木) 20:03:52.98 ID:+R4M04ru0
疾「クサビドノー…って何だ?ホムラ」
焔「俺も知らない、なんですかそれ」
限「端的に言えば貯水ボックスを積み重ねて作った土嚢ですね、地面に楔型の脚を突き刺すことで土嚢としての安定性を得つつ貯水の重量で更にアイゼンとしての機能を…」
長「あー、それに油を入れていると?」
限「端から大半を折って言えばそういうことです、およそ全ての楔土嚢には油を溜めてあるので、量の心配は無いかと思われます」
疾「そういや所々に変なバケツの壁があったような気がすんな」
焔「…その楔土嚢はどこに?敵は坂から攻めてくるんですけど、正直攻めてくる範囲は予想できませんよ」
限「かなり広域ですか」
焔「下手したら太陽橋の方からも来るかも」
長「……迂回してくる可能性は否定できないな」
疾「ほぼ町の横側にまで行くってのかよ?あいつらにそんな体力あるのかねー」
限「あり得ないことではないですね、そこにも炎の防壁を敷きたい……が、困りましたねそれは」
疾「え?」
限「木材工場までの壁面付近には楔土嚢が一定間隔で設置してありますが、太陽橋付近には楔土嚢が無いのです」
長「なに」
限「木材工場までの範囲はなんとか人を集めて迅速に行う事はできるかもしれませんが、太陽橋までとなると結構な量の楔土嚢を他所から運ばなければなりませんね」
焔「油を運ぶ必要があるってことか」
限「そういうことです、台車を使ってでも迅速に、大量の油を運ばなくてはなりません」
長「…木材工場から太陽橋?かなりの距離があるだろう、どれだけの油を撒くのか想像もできないぞ」
限「足りなければ更に撒くしかありませんね、太陽橋まで打ち水ならぬ打ち油です」
焔「油を撒いて着火か……タイミング良く火を放てば、敵をそのまま焼き殺すこともできるかもしれないな」
限「民兵達を退かせて油を敷く準備に回しましょう、急がなければ」
354 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/18(金) 20:17:30.19 ID:vcfOEXUr0
――カァン、カァン、カァン
――カァン、カァン、カァン
「撤退の鐘だ!一旦町に戻るぞ!」
「撤退!?そんなこと出来るか!このまま逃げ帰ったところで…」
――ドゴォン!!
「…っ!言ってる場合か!このままだと犬死には明らかだぞ!」
「く…!くそお…!」
タッタッタッタッタッ・・・
ハープ「撤退か…懸命だな、高度な命令を与えられた魔族らに対抗するには現状では難」ドゴォン!
ハープ「…うるさ、私らもさっさと戻るか。本部が何か閃いたのかもしれん」
『―名案であることを祈りたいものだな―』
ハープ「愚策であれば私が入れ知恵をするか…私自らが魔族共を処理するかだな」
『―心配か―』
ハープ「ふふ、杞憂になる。これは慢心じゃない」
『―どうだかな―』
ハープ「賭ける?」
『―……―』
ハープ「なんだ、そっちも期待してるんじゃないか」
357 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/20(日) 21:44:29.23 ID:HQuWETB10
「火攻めか…!」
限「我々の住む町が見えない程度の距離に火線を敷きます、可能な限り森を焼かない範囲で、太陽橋まで」
「おしわかった!楔土嚢に油が入ってるんだな!?」
限「いくつかの分担で…4台としましょう、4台の車を出し、油による線を引いてください」
限「…それとまだ心配はある。楔土嚢にある油は確かに引火性も火力も高いですが、それだけで相手を食いとめられるだけのものとなるかはわかりません、何せ量を使います」
「うむ」
限「村の者を集めて、使えそうな油はあるだけ出しましょう、いざとなれば敵にかけて燃やすこともできるはずですから」
「了解……!今すぐ人を集めて運ばせる!」タタタ・・・
「兵は集まったか!?撤退率は!?」
「半分以上は確認した!後も続々とこちらに向かってる!」
「来た奴はすぐに作業に回そう!急ぐぜぇ!」
焔「慌ただしくなってきた、俺らも何かしなくちゃな」
限「ではホムラさん方には太陽橋まで行っていただけますか」
焔「俺らが?」
限「腕の見せ所ですよ」
疾「! よ、よし!任せろ!いや任せてください!くれ!」
焔「…なるほど、わかりました、一番離れているところに俺らが、ですね」
限「はい、一番油の供給が遅くなるであろう場所です…いち早く向こうに楔土嚢を届けなくてはなりません」
長「だろうな」
限「…ハヤテさん、あなたは飛脚と聞きます」
疾「ぇい」
焔(なんだその返事)
限「それも優秀であるとか…なのでしたら、大量の油を台車に積み、そこの人を乗せつつも、安全にそれを運ぶことができるはず」
疾「当然、どれだけ積もうが俺に不可能はないっすよ!カギルさん!」
限「肉体強化はできますか?」
疾「はっはっは!もちろん!」
限「…心強い」
限「ではすぐに頼みます、火急です!太陽橋まで、火を!」
疾「まかせろッ!てくださいッ!」
焔「じゃー行こうか」
359 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/21(月) 21:16:39.52 ID:ok2ty6gd0
慌ただしい夜だ。
いち早く俺らに用意された台車は、興奮するハヤテが言うにはかなりの高級品らしいが、台車の質なんて俺はよくわからない。
だが本人はカギルさんに頼まれたのもあってか俄然やる気十分らしく、先程からその場で素早い足踏みをしてたり「邪魔くせえ」とか喚きながら上着をその場に投げ置いたりと、完全な走り体勢を整えている最中だ。
焔「とりあえずまずは油のバケツを台車に詰め込まないといけないな」
長「可能な限りは取っていきたいところだ…足りないでは済まない」
焔「そうだな、後悔の無いよう余分に多く積んでもいいかもな」
俺とナガトはこれからハヤテが引く台車の荷台に乗っている。俺らの役目は油を荷台に積み、太陽橋までそれを撒くこと。
“火の壁”を広域にまで展開するには、太陽橋までダッシュで油を運ぶ飛脚と、同時に油を撒く俺らが必要という事だ。
長「…俺らは一番遠く、楔土嚢の無いエリアに油を撒く…他のエリアの奴らとは違って、再びと油を取りに戻ることはできない、わかってるな?ハヤテ」
疾「あん?わかってら」タタタッ
焔(まだ足踏み…体を暖めてんのか)
長「本当に解ってんのか?つまり、無理だとしても大量の油をこの荷台に乗せちまうってことだぞ」
疾「それがなんだってんだよ」タタタタッ
焔「つまり重量オーバー限界、下手すれば荷台が壊れるほど積むっていうことだろ」
長「そういうことだ、俺ら二人も乗せているんだ、普段の荷運びとは訳が違う…」
疾「へぇ」タタタタタタタ・・・
焔(ん?だんだん足踏み早くなってないか…)
疾「俺が重くて台車引けねーって心配してくれてるわけ?へぇー、そうかいそうかいへぇへえ」
タタタタタタタタタタタタタタ
長「…!」
ダンッ!
細いはずの両の脚が、目にも止まらぬ準備運動を終えて突き刺すように地面へとハの字に配置された。
疾「俺の脚の心配してくれるのは良いけどよぉ!先に荷台に油を積む遅さの心配をするべきだろおがよぉ!ああ!?」
焔「…おうよ!任せろ!」
長「若造が…言ってくれるじゃねえか」
台車の取っ手を掴んだ時の疾の表情は確かに笑ってた。俺らも不敵に笑ってた。町の危機だってのにな。
360 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/22(火) 20:05:52.22 ID:1nDsHIBY0
~~~~~~~~~~~~
ダマ「…退いたは良いが、骨を折られた。やっぱり強化してやがる」
わき腹を抑えながら林道を歩く魔族がいた。
途中までは翼で逃げ帰っていたものの、激痛に耐えかねて飛行が不安定になり、徒歩での撤退を余儀なくされたのだ。
ダマ「まさかこんな場所にまで“惨劇狩り”が居たとは…しかも噂に違わない力の持ち主…ッ!」
いくらかに砕かれた肋骨が肉を刺す。高位の魔族といえど痛みは激しいらしい。
ダマ「キィイィッ…本来なら第一波で町を壊滅できたはずだというのになんという…失態!」
ダマ「兵を無駄に使ってしまった…これでは我が君に合わせる顔が無い…」
ダマ「……」
ダマ「…キキキィ…だがいい…俺は司令塔としての役目を果たせなかったが、奴らには既に指示を出した」
ダマ「俺が出す指示は絶対だ…奴らは肉体の限界を超えて死ぬまでその通りに動き続けるコマ…奴らは遂行する」
ダマ「…キキキ、“惨劇狩り”…お前が何者であろうと、広域に散開したシドノフは止められないぞ…」
片足を引きずるように、海岸へ歩いてゆく。
ダマ「キ…キキキキ…惨劇あれ…人間どもに、惨劇あれ…!」
368 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/23(水) 19:54:02.21 ID:6raanIMc0
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疾「準備運動はオッケーだ!ソッコーで行くぜ!」
と言い終えた瞬間には馬車は既に発進していた。
焔「うおっ!?」
長「ぐっ!」
予想以上の初速に、俺もナガトもよろめいた。取っ手を掴んでいなければその場に置き去りにされていたかもしれない。
焔「う、うおお、さすがだな!ブルメラを運んでた時より速い…!」
疾「馬鹿野郎あんなもん平常運行も甚だしいぜ!これが本気の速達ってやつよォ!」ダダダダダ
長「す…すげえ…正直見くびっていたぞ」
真横の風景が目まぐるしく変わり、前方の道がぶつかってくるように後方へ流れる。
風は耳を切り、髪をよく洗う。口は覆っていなければまともに息もできなかった。
疾「へいへい置いてくぞ!もっと気合い出せやァ!」
民兵「げっ!?ハヤテ!?」
前を走っていたはずの台車を一瞬で抜き去った。爽快だ。
焔「すごい…この速さなら太陽橋まですぐに着くな!」
疾「ぁあ!?当たり前だろ!俺にかかりゃあ太陽橋だろうが街道だろうが変わりねぇ!」
長「おいおい、速いは良いが目的を見失うなよ!まず太陽橋の前に油を積むんだからな!」
疾「へいへい了解してますよォ~っと!」ダダダダダ
今にでも町には魔族の軍勢が迫っているが、ハヤテの脚の速さはそのような危機感を忘れさせるものがあった。
ハープ「あれ?ハヤテじゃないか、おーい――」
バヒュンッ ガラガラガラガラ・・・
ハープ「……いってしまった、速いな」
ハープ「先程から騒がしく何かを運んでいるようだった…奴もそれだろうか」
ハープ「…まぁいいや、とりあえずカギルの所まで戻ろう」
369 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/23(水) 22:09:16.72 ID:6raanIMc0
ガラガラガラ・・・
焔「ハヤテ!楔土嚢のあるポイントは覚えているんだろうな!」
疾「ぁああん!?ったぼーよ!町の飛脚の土地勘を舐めてもらっちゃ困るぜオイ!」ダダダダ
長「お前の脚を信頼してやる!ありったけ油を積むからな!」
疾「はっはっは!望むところだぜオイ!」ダダダ
焔「いや待て!一つのポイントから積んだんじゃあマズい!地点での油の不足が無いよう、3つからまんべんなく拝借しよう!」
疾「ぽちぽち止まるってことか!?」ダダダ
長「ああそれがいいな!盲目だった!そうしよう!」
疾「いちいち止まるのは面倒だが仕方ねぇ……了解ィ!」ダダダダ
焔「……!おい、あそこに積んである箱みたいなのがもしかして…」
疾「おうよ、楔土嚢ってやつだな!急停止するから一気に降りて積めよ!?」
長「任せろ!お前も手伝えよ!」
疾「あったぼぉ!」
焔「y…!舌噛んだ」
疾「よーし、到着ッ!」
キキキィ・・・ザザザザ・・・
372 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/24(木) 20:40:37.13 ID:AtLd1DDO0
走り出す時も一瞬だったが、停止も一瞬だった。
発進時には急な勢いを味わったのでよろめき戸惑いはしなかったが、急停止の勢いは体にガクッと伝わってきた。
長「一度に二つだ!山積みにするぞ!」ダンッ
焔「おう!」ダンッ
停止とほぼ同時に荷台から飛び降りて、楔土嚢と思わしきブロックが積み上げられただけのような壁面へと走る。
ここに積まれている多くの油バケツを、ある程度まで荷台に移さなければならない。重労働になりそうだ。
疾「うおおおお!1分で積んでさっさと次行くぜえええ!」
長「げ!?」
ハヤテは先に走り出した俺やナガトをすぐに追い越し、さっさと土嚢の壁面へと向かっていった。やる気充分なようだ。
疾「おら二人ともさっさと体動かせよ!まだ二か所で給油ストップしなきゃいけねえんだからな!」タポタポ
長「わかってる!…む、なかなか重いな…!」タポッ
焔「おお、やっぱり油臭いな」タポタポ
疾「俺らが首尾よくやんねーと魔族共が押し寄せて…」
――ドゴォン!
長「…!」
疾「遠くで砲撃があったみてえだな…おい!120パー振り絞って運べ!間にあわねえ!」
長「わかってるさ…!」
焔「間にあえ間にあえ…!」
どこか遠くで鳴り響いた爆発音が俺らの体を急かす。
音は遠かったが油断はしていられない。じっと何分か立ち止まって呆けていれば、奴らはこの町へ到着してしまうのだから。
焔(太陽橋まではかなり遠い…間にあうか…!?)
今は一心不乱に油を運ぶ。
373 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/24(木) 21:09:39.65 ID:AtLd1DDO0
――ドゴォン!
――ドゴォン!!
ゴトッ
焔「はぁ、はぁ…よし!二つ目のエリアの油はこれくらいでいいか!」
長「あ、ああ…!次へ行くぞ!」
疾「おう…ッ…!はあッ…!」
爆音が響く中、既に油を大量に載積した台車は2つ目の土嚢を発とうとしていた。
次の土嚢から油を回収した後、太陽橋に行く丁度中間辺りから油を撒き始める事になっている。
だが俺らのスタミナというのも、急ぎの重労働にはかなり堪えてきているらしく、先程から脚やら腕やらがとてつもなく痛い。
肉体労働は苦手でもなくむしろ得意な部類だったので自然体で構えていたが、実際に“本気の速さで重労働”となると、肉体はあっさりと悲鳴を上げてしまうのだ。
疾「はっ…はあ…よ、し…!次に行くぞッ…!…ペッ」
糸を引く唾を暗がりの路傍に吐き捨てて、ハヤテは再び台車の取っ手を握った。体は小刻みに震えていた。
無理も無い。こいつは本気で走り、本気で重い荷を積み…それを数秒の休息も無く続けているのだから。
長「…!行くぞ!急ぐぞ!」
焔「…ああ、…ハヤテ、俺らより速く走れるか?」
疾「はぁあ…なにいって、んだよ…!ばかやろう…!」ガタンッ・・ガラガラ・・・
俺が問うと、ハヤテは再び地面を蹴り、台車を走らせ始めた。
強い踏み込み、さほど整備されていない荒れた地面。積まれた油の水面が慌ただしく揺れる。
俺とナガトは楔土嚢が零れてしまわないように体で覆いこむので精いっぱいだ。
焔(……くそ)
俺は、多分ナガトもだが。満身創痍のハヤテに“代わるぞ”とはいえなかった。
ハヤテは誰より辛そうにしていても、今この場においてこの荷物を最も速く運べる奴はハヤテしかいなかったからだ。
大事が一刻を争うが故に、今にも倒れてしまいそうなハヤテの身を案じることはできない。そのもどかしさに、戦場の残酷な匂いの片鱗を感じた。
374 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/02/24(木) 22:09:59.71 ID:wcVMTz6AO
額当て。
バンホーの民兵らが装備しているヘルムの一種だ。額当ては様々な地方で点々と見られるため、珍しい防具ではないだろう。
ただ、この地方では金属ではなく木製のものを使っているようだな?
さほど性能は高くないだろうが…ま、重く邪魔になるよりはマシか。
バンホーの男らは長髪が多いから、それを纏める役割も担っているのだろう。
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