1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 09:12:47.14 ID:OWqI6Hhz0
【リストカット事件】
世の中の人間を分類すると二つのカテゴリーに分けられる。
殺す人間と、殺される人間だ。
こんなやるせない話をしたってどうしようもないんだけれど
それはとても単純なことであって
そして紛れもない事実なんだ。
仮に私たち軽音部に当て嵌めてみるとすると
みんなは、どちらに該当するんだろう。
えっ、私?
私はもちろん――
2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 09:16:02.43 ID:OWqI6Hhz0
・・・
「みーおー!」
「おはよう、律」
「おっす!ごめんごめん、遅くなっちゃった」
「あと5分遅かったら置いて行くところだった」
「あ、危ねぇ……」
彼女は田井中律、家が近所で、小さい頃からの幼馴染だ。
私たちは普段はこうして一緒に登校している。
「それじゃあ行こうか」
「おぅ!そうだ聞いてくれ、昨日な……」
3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 09:19:07.90 ID:OWqI6Hhz0
何気ない朝、私はいつものように律と話をしながら学校への道を歩いた。
そういえば最近は日差しが強くなってきた。
まだ季節は春だってのに、やんなっちゃう。
そろそろ日焼け止めのクリームが必要かな。
いや、まだ早いか。
「そういえばさ澪、昨日のアレ観た?」
「観たよ、新しく始まったドラマだろ?」
「じゃなくて、ニュースだよニュース!」
「あぁ、あの手を切っちゃうってやつ?」
「そうそう。怖いよなー」
4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 09:23:34.03 ID:OWqI6Hhz0
「そうだな、気をつけないと……」
最近は物騒な事件が多発している。
住みにくい世の中になったもんだ。
まだ十数年しか生きてないけど。
「手首だけ切って持って行っちゃうんだぜ?あー気持ち悪ぃ!」
「確かに……気味悪いよな」
気味の悪い話だ……
律にはそう言いながらも、私はこの事件に個人的な興味を持っていた。
気に入っていた、と言ってもいいかもしれない。
大人の手、子どもの手、動物の手、あらゆる"手"を犯人は切断し――
――持ち去るのだ
死者はまだ出てないし、犯人もまだ捕まっていない。
とにかく気をつけないとな、特に律に何かあったらと思うと……
……気が気でならない。
5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 09:27:30.07 ID:OWqI6Hhz0
「最近澪、こういう話してもあんまり怖がらなくなったな。脅かしがいがなくなったっての」チェー
「お前がそうやって私をいじめるから克服したんだよ」
「ふーん……手首切っちゃうぞー!」ウガー
「やめろ」ボカッ
「ってー……」サスサス
律の言うとおり、私は怖がりだった。
痛いことや血なまぐさいこと、グロテスクなことが嫌いだった。
だったというのは今は違うって事だ。
かといって、そこまで得意じゃないのもまた事実。
だいぶ克服したんだけどな。
7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 09:32:13.44 ID:OWqI6Hhz0
「ねみー」フアー
「ほら、もう教室だぞ。しっかりしろ」
律は早くも眠さに負けてダウンしそうだ。
どうせまた休み時間まで寝るつもりなんだろう。
それで結局私が後でノート見せるはめになるんだ、まったく……
でもかわいいから許す。
「おはよう、澪ちゃん、りっちゃん」
「おぉ、ムギか。おはよう」
「よー」ダラー
「どうしたのりっちゃん?」
「いつものことだよ。眠さと暑さにやられただけさ」
8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 09:36:41.68 ID:OWqI6Hhz0
「いつも通りね」
この子は琴吹紬、軽音部の一員だ。
担当はキーボード。
小さい頃からピアノを習ってたらしく、腕前は相当のものだ。
最近になってわかったんだが、超が付く程のお嬢様だ。
キーンコーンカーンコーン
「席につけー。出席とるぞー」
私たちはそれぞれの席へ向かった。
律は返事をした瞬間に机に突っ伏した。
おいコラ、早すぎるぞ。
ムギの方を少し見てみると、呆れつつも笑っていた。
1限目の授業の用意をしながら、眠っている律の方をぼーっと眺めた。
9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 09:41:00.84 ID:OWqI6Hhz0
軽音楽部というのは私が所属している部活だ。
私はもともと文芸部に入るつもりだったんだけど
律の泣き落としやムギの加入で、軽音部に入ることになった。
……半ば強制的に。
まぁいいけど、律と一緒だし。
軽音部は現在4人で活動している。
私と、律とムギ、そして――
――平沢唯。
唯は私たちとはクラスが違うんだけど
私個人としては、彼女にとても興味を持っている。
見た感じ天然で鈍くさいイメージだが、楽器をもたせてみると意外と天才肌だったりと不思議な子だ。
感情の起伏があんまりなくて、っていうかほとんど無表情に近い。
そんなところも惹かれるんだけど、私が彼女に興味を持つ一番の理由は――
彼女の白い手首が、白磁のように淡い、"痕"を浮かび上がらせていたからだ。
私がその手首を見た瞬間……どうしてそう思ったのかはわからないけど。
「リストカット、か……」
私も、手がほしい。
美しく映える、唯の手が。
何故か、そう思ったんだ。
11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 09:45:27.91 ID:OWqI6Hhz0
休み時間になった。
私は次の授業の教科書とノートを用意していると、案の定律がやって来た。
眠そうな顔だな、それもまたかわいいんだけど。
律の隣にはムギもいた。
そう言えばムギって金髪じゃん、不良じゃん、どうでもいいか。
「今日さ、さわちゃんが昼休みに音楽室の片付け手伝ってくれって言ってた」
「まぁ音楽室は私たちが部室として使ってるからな、わかった」
「それじゃ澪、よろs
「 サ ボ る な よ 」
「…………はい」
このやろう、ほんとにサボるつもりだったのか。
っておいムギ、何目を光らせてるんだよ。
律もいらんことを吹き込むな!
そんな感じで軽くツッコミを入れ、2人は席に戻っていった。
何か去り際にコソコソ話してたけど、まさか、ね……
16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 09:49:50.62 ID:OWqI6Hhz0
昼休み。
授業が終わり机の上を片付け、律とムギに声をかけようとした。
が、そこには2人の姿はなかった。
「あいつら……」ピキッ
ほんとにサボるとは……
律はともかく、ムギは律に唆されてのことだろう。
仕方ない、許してやるか。
だが律、お前はダメだ。
帰ったら……
「たっぷりお仕置きしてやるからな。ふふふ……」
不適な笑いを発しながら音楽室の前まで着くと、扉の向こうから聞き覚えのある音が聴こえた。
これはギターの音かな。
17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 09:54:51.56 ID:OWqI6Hhz0
「唯……」
「あ、澪ちゃん」
扉を開けるとそこにはギターを練習する唯の姿があった。
なるほど、あのギターテクニックはこれがあってのことか。
意外と努力家なんだな、見直した。
「どうしたの、澪ちゃん」
「山中先生が音楽室の片付け手伝いしてくれって……もしかして聞いてない?」
「うん」
やれやれ、なんて部長だ。
そう言いつつ唯の手首に視線を傾けると
そこには変わらず、白く美しい"痕"が存在していた。
ほんの数秒、私はそれに見とれてしまった。
18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 09:59:00.68 ID:OWqI6Hhz0
私が唯に惹かれた理由はまだある。
これは軽音部で一緒に過ごすうちにわかったんだけど
唯の目には愁いにも似た哀しいものがそこにはあった。
それにその奥には、ぞっとするような感情が込められているようだった。
もちろんそんなこと本人には言ってないし、誰もそんなことには気づいてなんかいない。
あるいは私の思い違いかもしれない。
「偉いな、こうやって努力して。私も見習わないと」
「えへへ、ありがとう」
そう言って唯は微笑んだ。
でも、心のそこからは笑っていないような気がした。
それは私だけがそう思ってるだけなのかもしれない。
扉の開く音がした。
19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 10:03:24.05 ID:OWqI6Hhz0
「あら、澪ちゃん来てくれたの」
「どうも」
「どう、唯ちゃん。弾けるようになった?」
「うん。先生のおかげ」
「先生がギターを?」
「そ。昼休みに唯ちゃん練習してたから」
山中先生がギターを教えてたのか。
先生がギター弾けることも驚きだけど、あの唯が練習か……
これは律に言って聞かせる必要があるぞ、うん。
「他のみんなは?」
「サボりです」
「やっぱりね。ま、当てにはしてなかったけど」
……そんなに信用なかったですか、私たち。
20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 10:08:02.54 ID:OWqI6Hhz0
「……で、それはここ。ゴミはある程度纏めといたから残りも纏めて出しといてちょうだい」
「わかりました。って先生、どこ行くんですか?」
「だって、あなたたちがいるなら私が居なくても大丈夫でしょ?」グッ
そう言って、ウインクして出て行った。
いや全然大丈夫じゃないんですけど。
てゆーかあんたもサボりか。
「それじゃ澪ちゃん、残り片付けよっか」
「はぁ……そうだな」
私はしぶしぶ残りの作業にとりかかった。
唯のリストカットの痕がチラチラ見え隠れするたび
私の意識はそちらに向かった。
唯は私の視線には全く気付いてはいなかった。
21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 10:11:56.97 ID:OWqI6Hhz0
一通り片付けも済み、残りはゴミ捨てだけとなった。
さて、どちらかが行くかなんだけど……
「そういえば唯、いつも昼休みに練習してたのか?」
「うん。みんなに迷惑かけないように早く上手くならないとと思って」
「唯……」
感動したよ。
いつも部室でぼーっとしてる唯からは想像も付かない言葉だ。
てゆーか、放課後もそれぐらい熱心にしてくれよ。
いや、そういう私もお茶したりとか、熱心ではないけどさ。
「……」
ゴミ捨て、私が行ってくるよ。
いや、行かせてもらいます。
25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 10:16:52.44 ID:OWqI6Hhz0
手伝うと言う唯を振り切って、私は3つのゴミ袋をかかえ焼却炉へ向かった。
重い……やっぱり手伝ってもらえばよかった……
若干の後悔を感じながら、なんとか焼却炉までたどり着いた。
結構時間経ってるな、お昼ごはん食べる時間あるかな……
そんなことを考えながら、ゴミ袋を投げ込もうとしたとき――
ビリッ
「あ」
破けた。
最悪だ……また拾い直さないといけない。
昼ごはんのこと、律のこと、そしてこの破れ散らばった残骸。
沸々と湧き上がる苛立ちを覚えつつ、再びゴミを集めた。
ほとんどが紙類で、中には誰かが書いたであろう詩のようなものも見つけた。
歌詞か何かかな、誰だろう……軽音部?いや、もしかして先生が?
せっかくだから読んでみた。
今後の作詞の参考になるかもしれないと思ったからだ。
「甘い言葉にご用心、あんまそんなの慣れてない。かなり警戒注意報、だけどどうやら裏がない」
なんだこれ……
と、とりあえず一応もっておこうかな、私の考えてたのとは全然違うけど。
結局このゴミ袋にはこの一枚だけだったが、他のゴミ袋にあるかもしれない。
そう思い、他のゴミ袋も探ってみた。
代わりにあるものを見つけた。
重い……やっぱり手伝ってもらえばよかった……
若干の後悔を感じながら、なんとか焼却炉までたどり着いた。
結構時間経ってるな、お昼ごはん食べる時間あるかな……
そんなことを考えながら、ゴミ袋を投げ込もうとしたとき――
ビリッ
「あ」
破けた。
最悪だ……また拾い直さないといけない。
昼ごはんのこと、律のこと、そしてこの破れ散らばった残骸。
沸々と湧き上がる苛立ちを覚えつつ、再びゴミを集めた。
ほとんどが紙類で、中には誰かが書いたであろう詩のようなものも見つけた。
歌詞か何かかな、誰だろう……軽音部?いや、もしかして先生が?
せっかくだから読んでみた。
今後の作詞の参考になるかもしれないと思ったからだ。
「甘い言葉にご用心、あんまそんなの慣れてない。かなり警戒注意報、だけどどうやら裏がない」
なんだこれ……
と、とりあえず一応もっておこうかな、私の考えてたのとは全然違うけど。
結局このゴミ袋にはこの一枚だけだったが、他のゴミ袋にあるかもしれない。
そう思い、他のゴミ袋も探ってみた。
代わりにあるものを見つけた。
28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 10:21:21.16 ID:OWqI6Hhz0
「なんだこれ。人形?」
そこらへんの雑貨屋に売っているような不細工な顔をした
携帯キーホルダー形のごくごく平凡な人形―――のはずだったのだが
「この人形、手が……」
そこには、両手首から先が切断され、切り口から綿が飛び出た人形があった。
29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 10:25:38.48 ID:OWqI6Hhz0
リストカット事件の犯人は、持ち去った手をどうするんだろう。
私はこっそり持ち帰った手のない人形を、ポケットの中で軽く握ってみた。
山中先生がこの事件の犯人……?
いや、こんな人形があったからといって、山中先生が犯人だと疑うのはおかしい。
「しかし……」
だがもし彼女がそうなら、いったい手はどこにあるんだろう。
そんなことを考えてると、あっという間に午後の授業が終わった。
「今日は職員会議があるから、用のない生徒は職員室に入らんように。以上」
担任はそう言い残し、そそくさと去って行った。
ふーん。
職員会議、ね……
―――
――
―
31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 10:32:56.59 ID:OWqI6Hhz0
「可能性は……ゼロじゃないはずだ」
私は律に断ってその日の部活を休むことを告げた。
少し泣きそうな顔をされたが、頭を撫でてやったら大人しくなった。
その後ろでムギが鼻血出しながら、体調が悪いのかと聞いてきた。
見た目で言えば確実にお前の方が体調悪そうだけどな。
家の用事だと告げ、唯の方を見てみると、本を読んでいた。
おいコラ、ギターの練習をしなさい。
そんな彼女らを部室に残し、私は今、先生の家の前にいる。
「えいっ!」ガシャン
普通に考えたら不法侵入だよな、これ。
32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 10:35:38.62 ID:OWqI6Hhz0
窓を破り、中に入った。
へぇ、意外に綺麗な部屋だな。
机にテレビ、鏡台に本棚、至って普通だ。
見たところ、先生が犯人であることを示すようなものは何もない。
やっぱり山中先生は関係ないのか……
まぁまだ先生は会議中だし、もう少し探ってみるか。
私はキッチンへ向かった、すると何やら異臭がした。
「う……」
饐えた臭い、冷蔵庫か?
私は迷わず冷蔵庫を開けた。
その中には――
33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 10:39:35.65 ID:OWqI6Hhz0
・・・
「ふぅー、疲れた」
会議を終え、ようやく家にたどり着いた。
全く、くだらないこと延々とよく話せるわね。
私は一人ごちながら鍵を開け、中に入った。
部屋に入ると、すぐに異変に気づいた。
窓ガラスが割られ、部屋の中にその破片が散らばっている。
「空き巣……?」
しかし部屋が荒らされた痕跡はなく、金品も無事だった。
被害といえば、割れたガラスぐらいのものだ。
誰かがボールでもぶつけたのかしら。
そう思ったがボール1つ見つからない。
じゃあやっぱり空き巣?
大体こんな白昼堂々と…………まさか!?
身体が緊張するのを感じながら、私はすぐに"ある場所"へ向かった。
35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 10:43:52.92 ID:OWqI6Hhz0
「ウソよ……ない………ない、ない!犬も猫も、人形の手さえもない!一体誰が!?何故手だけ!?」
冷蔵庫を開けるとそこには存在していたはずのものがひとつ残らずなくなっていた。
誰よ……私の手を奪い去ったのは、一体誰?
リビングに戻りうなだれる私には、今の状況を把握することで精一杯だった。
いや、待って…………手だけ?
"手"しか盗まれてない?
空き巣じゃない、その誰かは手だけを持ち去っていった。
まるでここに手があることを最初から知っていたかのように。
"ここに手があること"を知っていた……?
「そう……そういうことね」
間違いない、"彼女"だ。
彼女以外にここに手があることを知りうる人なんて存在しない。
さて、どうしたものかしら。
まず盗んだ"手"の在り処を聞く。
そして手を切断した後は……うふふふふ。
殺してあげるわ♪
―――
――
―
37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 10:48:14.65 ID:OWqI6Hhz0
翌日、私は彼女を音楽室に呼び出した。
「手をどこに隠したのか言いなさい」
「手?」
相変わらずとぼけた表情をするのね。
全くの演技なんだろうけど、末恐ろしい子ね。
でもそれも想定内なのよ。
「とぼけたって、あなたが犯人だということは判ってるわ。そう……」
私は一息おいて、彼女の目に目線を合わせた。
「あなたは人形の手まで盗んでいったわね?何故"あれ"が手だと判ったの?
それは、ここの掃除をしてるときにあの切断された人形を見つけたからでしょう?
それで私を疑って、私の家に忍び込んだ……そうね?」
「……」
私も迂闊だった、まさかゴミ箱を掘り返すなん思わなかった。
それにあたなはとても慎重に行動した。
でも、それもこれも全部ここで終わり。
だってあなたは致命的なミスを犯したんだもの。
「手をどこに隠したのか言いなさい」
「手?」
相変わらずとぼけた表情をするのね。
全くの演技なんだろうけど、末恐ろしい子ね。
でもそれも想定内なのよ。
「とぼけたって、あなたが犯人だということは判ってるわ。そう……」
私は一息おいて、彼女の目に目線を合わせた。
「あなたは人形の手まで盗んでいったわね?何故"あれ"が手だと判ったの?
それは、ここの掃除をしてるときにあの切断された人形を見つけたからでしょう?
それで私を疑って、私の家に忍び込んだ……そうね?」
「……」
私も迂闊だった、まさかゴミ箱を掘り返すなん思わなかった。
それにあたなはとても慎重に行動した。
でも、それもこれも全部ここで終わり。
だってあなたは致命的なミスを犯したんだもの。
40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 10:52:35.82 ID:OWqI6Hhz0
「いい?私の家には、あなたが手を奪った"証拠"が残っていたの」
「証拠?」
思ったとおりの反応ね、笑ってしまいそう。
私は既に用意していた"証拠"を彼女に突きつけた。
「――――平沢唯ちゃん。これはあなたの髪の毛よね?」
そう言って、一本の茶色い髪の毛を見せ付けた。
43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 10:56:25.40 ID:OWqI6Hhz0
・・・
私は別棟の屋上に来ていた。
ここからなら音楽室の様子を見ることができる。
ねぇ先生、知ってる?私の幼馴染も唯と同じ、茶髪なんだよ?
先生ほどは長くないけど、唯の長さにとてもよく似た……
「とてもよく似た、ね……」
あの時、先生は私たち"2人"を音楽室に残していった。
もちろん真っ先に疑われるのは、私たちのどちらかだろう。
だから私は、そこに少しスパイスを加えてみた。
「スパイスふたーさじけいーけーんしちゃーえー……」
先生が唯に掴みかかった。
これで唯の手が切られるのも時間の問題だろう。
そして私がそれをいただく……完璧だ。
そう思っていた矢先、音楽室への階段を上る人影を見つけた。
その人物は階段を上り終え、音楽室の扉に手をかけた。
「あの後姿は……」
45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 11:02:16.03 ID:OWqI6Hhz0
・・・
生徒の首を絞め上げる、なんて先生でしょう。
どう?唯ちゃん、そろそろ手の在り処を吐いたらどうなの?
「せ、先生……く…る、しぃ………」
彼女の口からそんな言葉が聞こえたが、私は尚も力を緩めなかった。
こうなったら仕方がない……短い間だったけど、さようならね。
そして更に力を加えようとした、その時だった。
「さわちゃん……?」
誰かの私を呼ぶ声がした。
呆気にとられて振り返ると、後ろには田井中律が立っていた。
彼女は私が平沢唯の首を絞めている光景を見て、信じられないという表情をしていた。
しかし、この行為が命取りとなった。
平沢唯はその一瞬の隙をついて抵抗を試みた。
彼女が取り出したのは何やらスプレー缶らしきものだった。
隠し持っていた催涙スプレーだった。
私は避けきれずにまともにくらい、怯んだ。
46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 11:07:55.94 ID:OWqI6Hhz0
「助けて!」
平沢唯の叫ぶ声が聞こえる。
まずい、今騒がれると……
「唯!逃げろ!」
その声を聞いた彼女は、私から距離をとった。
まずい、非常にまずい。
これじゃ私の計画が……
スプレーによって涙がとめどなく溢れる。
誰かが背後に向かう足音が聞こえた。
視界はまだはっきりとは戻らない。
ぼんやりと私の目に平沢唯の姿が映る。
ダメよ、そんなところにいちゃ、手を切れないじゃないの。
後ろから誰かの近づく気配がする。
涙で視界がはっきりしないまま、後ろを向く。
そこには椅子を振りかざした田井中律の姿があった。
そしてそれが私の見た最後の光景となった。
ゴンッという鈍い音と共に私の意識はだんだん遠のいていった。
49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 11:13:29.92 ID:OWqI6Hhz0
・・・
私は屋上から一部始終を見ていた。
やるじゃん、律。
でも、もうちょっと登場が遅くてもよかったんじゃないか?
律の登場によって、私の計画は全て崩れた。
その律はというと、先生を縛り、唯を避難させ、どこかへ走り去ったようだった。
あー、失敗しちゃったなぁ……
あの時私が人形の手を盗んだのも、お前の髪を現場に残してきたのも
先生に唯が犯人だと思わせ、手を切らせるためだったのに。
さすが愛しの幼馴染、見事にぶっ壊してくれた。
そんなことを考えてるときだった。
「澪!」
「ん、律か……?」
振り向くとそこにはいつものカチューシャをつけた幼馴染が肩で息をしていた。
現場から直接走ってきたみたいだ。
その……あれだ、とりあえず落ち着けよ。
「どうしたんだ?」
「どうしたんだ?じゃねぇよ!さわちゃんが唯を……」
50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 11:18:38.92 ID:OWqI6Hhz0
幼馴染は今しがた起こった事件を報告しに来たようだ。
かなり端折ってたけど、言いたいことはよくわかった。
でも私は既に知ってるんだよ、だってずっと見てたんだもん。
「と、とにかく澪も来い!」
そういって幼馴染はドアの奥へ消えていった。
私は今しがた幼馴染が去って行ったドアの方をしばらく眺めていた。
それにしても、何で私がここに居るってわかったんだ?
付き合いの賜物ってやつかな。
51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 11:23:04.53 ID:OWqI6Hhz0
再び音楽室を見てみると、そこには相変わらず唯がいた。
横たわった先生をじっと見ているようだ。
唯が叫んだことによって、何人かの生徒が集まりだしていた。
これはちょっとした事件になりそうだな。
それでも私に罪悪感はない。
残念だ、という気持ちだけだ。
「しくじったなぁ……」
それにしてもなんてタイミングだよ、律。
冷たい人間だと思われるかもしれないが、別にかまわない。
ま、真相は誰一人知らないだろうけど。
仕方ない、私も行くか、一応軽音部員だし。
私は屋上を後にし、音楽室へ向かった。
―――
――
―
52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 11:28:17.40 ID:OWqI6Hhz0
その日、リストカットの犯人は生徒に対して暴力を揮ったということで、無期限の謹慎処分を受け、学校から姿を消した。
顧問がいなくなった軽音部だが、学校側の計らいで存続することになった。
まぁその時に和が一役かってくれたことは後でわかったんだけど。
どうやら唯が和に頼み込んでくれたらしい。
まさか今回の事件での一番の被害者が、軽音部の存続を望むとはな。
「だって、静かに読書できる場所は必要だもんね」
唯はしれっとそう答えた。
あの、私たち一応軽音部なんですけど。
楽器でうるさい音を掻き鳴らす部活なんですけど。
しかし、それを口に出すようなことはしなかった。
なぜなら、ほんの一瞬だけど、唯が笑ったような気がしたからだ。
それは、先ほどの冗談にばかばかしく思ったのかもしれない。
あるいは、私の反応に対してのものかもしれない。
でもそれが軽音部に対しての暖かいものだとしたら。
「いや、それはないか」
「何が?」
隣で幼馴染が聞いてくる。
「ううん、なんでもない」
54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 11:34:03.78 ID:OWqI6Hhz0
「ところで」
私は一つ聞いておきたいことがあった。
なぜ律はあの日あの時間に音楽室へ向かったのか。
だって、律は音楽室なんか放課後以外立ち寄らないじゃないか。
「ん?あぁ、その……練習しに、な」
「練習?」
57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 11:37:31.18 ID:OWqI6Hhz0
聞くところによると、私が山中先生の家に侵入したその日、律は私が部活に来なかったことを気にしていた。
どうやら、掃除をサボったことで私が怒ってると勘違いしたらしい。
それについて三人で話しているときに、唯が昼休みに音楽室で練習してることを知った。
なんとなく私と顔を合わせづらかった律は、償いがてら練習をしに音楽室へ向かったらしい。
しかし、誰かの倒れる音がして扉を開いてみると、山中先生が唯の首を絞めている光景を目の当たりにした。
「ほんとごめん!でも、結果的には澪のおかげってことになるのかな?」
ありがとう、そう言って律は笑った。
なんだ、結局は私が自分で招いた結果だというわけか。
そう思うと自然に笑いがこみ上げてきた。
―――
――
―
58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 11:41:28.90 ID:OWqI6Hhz0
それは5月末、春ごろの出来事。
軽音部が関わった最初の事件。
ただ、彼女の白い手首を見るたびに思い出す。
「澪ちゃん、どうかした?」
「いや……」
失敗に終わった私の計画を……
「なんでもないよ」
唯を殺してみたいと思った、最初の出来事を……
リストカット事件 -終-
61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 11:45:19.93 ID:OWqI6Hhz0
【暗黒系】
この行為に意味などない。
ただその響きが脳裏にこびりつき、私を縛り離さないのだ。
行為を反芻する行為。
罪を実感する行為。
もし罪をなくしたら人は、何を贖罪するんだろう。
ねぇ、あなたはどう思う?
65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 11:49:20.44 ID:OWqI6Hhz0
・・・
ムギがアルバイトを始めた。
それを聞いたのは2年の夏のことだった。
詳しく聞いてみると学校からちょっと離れた喫茶店で働いてるそうだ。
もっとも私たちがそれを知ったのはムギが働き始めてから結構時間が経ってたんだけどね。
何せ本人であるムギが内緒にしていたのだ。
発見したのは唯だった。
まぁ唯が喫茶店へ通っていたということも驚きだけど。
案の定と言うべきか、律がみんなでその喫茶店へ行ってみよう!と言い出した。
「な、いいだろ?ムギ」
「私は全然かまわないけど」
「みんなも行くよな?」
行かないといっても無理やり連れて行くつもりなんだろ?
次のシフトが週末だということで、その日に行くことになった。
「ムギ先輩、迷惑じゃないんですか?」
そう言い出したのは後輩の中野梓。
軽音部待望の入部希望者で、私たちのたった一人の後輩だ―――
66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 11:54:14.81 ID:OWqI6Hhz0
当時私たちは入部希望者獲得に向けて4人で色々な案を出し合った。
着ぐるみを着て勧誘したり、メイドのコスチュームでおもてなししたり、ライブをしたり……
それでもただの一人も入部希望者は現れなかった。
軽音部はあまり人気がないようだった。
まぁ私としては、どっちでもよかんたんだけど。
みんなほとんど諦めかけていたその時、現れたのが梓だった。
「あのー、軽音部ってここですか?入部希望なんですけど……」
律は確保ォ!と叫んで梓のもとへ飛んで行った。
梓が避けて壁に激突したんだっけ。
ムギはお祝いしなきゃと言い、どこかへ電話をしていた。
そのあと特大ケーキが運ばれてきたんだよな。
そして唯はというと――
「え……?ほ、ほんとに!?」
驚きを隠せない様子で、読んでいた本を落としたぐらいだ。
私は、そんなみんなを見つめていた。
そして落ち着いてから改めて梓を歓迎した。
結局入部したのは梓一人だったが、それでも軽音部にとっては十分すぎる収穫だった。
67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 11:59:25.68 ID:OWqI6Hhz0
――梓の問いにムギはにっこり笑った。
「ううん、大丈夫よ。最終的にはちゃんとみんなを呼ぼうと思ってたのよ」
まぁムギのことだからたとえ迷惑だったとしても断ったりはしないだろうけど。
その横で律は何かたくらんだような表情を浮かべている。
いいか、ムギの邪魔になるようなことだけはするんじゃないぞ。
仮に私がそう言ったところで聞くようなやつではないけど。
「よーし、それじゃあ週末に駅前集合で!遅れんなよ!」
とりあえずお前ははしゃぎすぎだ。
71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 12:04:47.07 ID:OWqI6Hhz0
「ごめんね、ムギちゃん」
「いいのよ。もともと招待するつもりだったし、最近仕事にも慣れてきたから」
フンスと頑張るポーズをとるムギ。
一つ一つの動作が可愛らしい。
「私、その日は一生懸命頑張るから。だからみんな応援してね」
「まっかせとけー!」
だからはしゃぐなっての。
それでもムギは嬉しそうに微笑んだ。
―――
――
―
75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 12:08:49.78 ID:OWqI6Hhz0
翌日、私はいつものように学校へ行き授業を受けた。
2年のクラス替えで私は、律やムギ、そして唯とは別のクラスになった。
やれやれ、この振り分けには悪意を感じるよ。
正直律と別のクラスになったのは少し堪えたけど、まぁ会えない訳じゃないし。
これは決して強がりとかじゃないからな、悪しからず。
それに、新しいクラスに全く知り合いがいないというわけでもなかった。
真鍋和、生徒会に所属していて、唯の幼馴染らしい。
あの事件では、部活存続の件でお世話になった。
そのときに唯から紹介され、それ以来言葉を交わすようになった。
「今日も生徒会の仕事があるのか?」
「えぇ、今日は書類整理よ」
「生徒会って大変なんだな」
和は笑って私に手を振り、教室を後にした。
私はとりあえず作ってきたお弁当を机に置いた。
ふむ、やっぱり一人でご飯食べてると寂しいやつに見えるのかな?
そんなことを考えながら私は今しがた和が出て行った扉のほうに視線を向けた。
知っている顔がそこにはあった。
「唯……?」
別のクラスのはずの唯がそこに立っていた。
77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 12:14:10.16 ID:OWqI6Hhz0
リストカット事件以来、唯は私に積極的に話しかけて来るようになった。
もちろん同じ軽音部なんだから、もともと付き合いはあったんだけど。
それがより親密になったような感じかな。
もともと唯はあまり話すようなタイプではなく、普段はずっと本を読んでいる。
なのにギターはうまい、練習している様子はないのに……なんなんだ一体。
唯はまっすぐ私の机に向かってやってきた。
「ちょっといい?」
「あぁ、どうしたんだ?」
「これを見てほしいんだ」
そう言って唯が差し出したのは一冊の黒い手帳だった。
78: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 12:20:02.48 ID:OWqI6Hhz0
「手帳?」
「うん」
「唯の?」
「違うよ」
唯はそれ以上のことを何も話さなかった。
もっと説明があってもいいと思うんだけど……
とにかく読んでみることにした。
手帳には次のことが書かれていた。
80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 12:25:38.82 ID:OWqI6Hhz0
『5月10日
T山にて楠田光恵という女性を解体する。胸から下へゆっくりとナイフを滑らせる』
『6月21日
買い物袋を抱えバスを待っていた女性に声をかける。彼女は中西香澄と名乗った。
――……H山の小屋で静かになった彼女を解体していく。まず最初に……』
なんだこれは。
今から食事をしようとする人間に対して見せるもんじゃないだろう?
「この手帳、この前偶然拾ったものなんだけど、聞いたことのある内容でしょ?」
「中西香澄、楠田光恵……マスコミが騒いでる連続猟奇殺人の被害者だっけ?」
「うん。私はね、その事件をニュースで観るのが好きなの」
「どうして?」
答えのわかりきってるんだけどね。
唯は少し微笑んだ。
81: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 12:28:01.26 ID:OWqI6Hhz0
また懐かしいもんもってきたな
82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 12:28:45.05 ID:OWqI6Hhz0
あ、かくとこ間違えた
85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 12:31:31.99 ID:OWqI6Hhz0
唯と深く関わるようになってわかったこと。
唯は人間が目を背けたくなるような冷たく暗いデリケートな部分を好む習性があるらしい。
一般的にそのような人は"GOTH"と呼ばれるようだ。
唯にそんな側面があることを知って驚いた。
私にも本やいろいろその手についてのことを進めてくるようにもなった。
もちろん最初の方は断ってたんだけど、唯に気圧されて受け入れるようになった。
そのおかげというべきか何というか……
私もGOTHに近づいているようだ。
慣れって怖い。
「それが、"異常"な事件だからだよ」
唯は愉快そうに言った。
私もその事件については知っていた。
この頃嫌でも目に入るぐらい多くのメディアで取り上げられているし。
手帳には続きがあった。
『水口ナナミ……S山近くの蕎麦屋で知り合った。
山の南側の森へ行くと神社があった。彼女と一緒に森へ入った』
ふむ……
なかなか興味深いかも。
86: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 12:36:57.57 ID:OWqI6Hhz0
「これ、どこで拾ったんだ?」
「喫茶店だよ」
「どこの?」
「ムギちゃんのとこ」
ムギのアルバイト先か。
そういえばムギがアルバイトしてるのを発見したのも唯だったよな。
その時に拾ったのだろう。
89: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 12:39:19.88 ID:OWqI6Hhz0
「多分……その手帳は犯人が落としたものだと思うの」
「ふーん」
「水口ナナミって人、澪ちゃんはニュースで聞いた?」
唯の言いたいことはよくわかった。
水口ナナミという女性が殺害されたという報道はまだされていない。
ということは……だ。
私たちが水口ナナミの第一発見者になるかもしれない、ってことだ。
「ねぇ澪ちゃん、明日お蕎麦食べに行こうよ」
―――
――
―
91: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 12:43:36.23 ID:OWqI6Hhz0
翌日、私は唯に連れられて蕎麦屋に行った。
土曜日のお昼時にもかかわらず、店内は閑散としていた。
「なぁ唯、もし次の被害者が出たとすれば……それはこの手帳を届けなった私たちの責任だぞ?」
本来はこの手帳を警察に届けるべきだった。
当然のことだ。
でも私たちはそうしなかった。
それは好奇心からか、はたまたこの手帳を半信半疑でいたからか。
私たちが冷たい人間であるからなのか。
「そうだね、いたたまれないね」ズルズル
唯はなんでもないかのように返事した。
いや、全く心がこもってないんですけど。
92: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 12:47:48.65 ID:OWqI6Hhz0
蕎麦屋を出て私たちはS山に入った。
そこら中で蝉の鳴く声がする。
えぇい、暑苦しい!
私のそんな気持ちを嘲笑うかのように蝉は鳴き続ける。
唯の方を見ると、彼女も若干イライラしているようだ。
「もう、何で見つかんないんだろう。こんなに何時間も歩いているのに!
こんな虫とか雑草がたくさんの不衛生な場所なんてあんまりだよ。
これは何?嫌がらせ?これでウソだったら最悪。ねぇそう思わない?澪ちゃん」
うるさい……私だって同じような気持ちだよ。
そもそもお前が来ようって行ったんだろ、文句言うな。
大体あんな手帳を信じた私たちも私たちだ。
よく考えたら誰かのいたずらかもしれないじゃないか、趣味が悪いのは別にして。
太陽だって容赦なく照り続けてるし……暑いな、くそっ!
そんな風に自己嫌悪に陥っていると、不意に唯が動きを止めた。
「どうしたんだ?」
返事はなく、ただただ立ち尽くしている。
私は唯の傍へ行ってみた。
そこには、疑いようのないリアルがあった。
95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 12:57:17.39 ID:OWqI6Hhz0
それが私たちと水口ナナミとの出会いだった。
彼女の内臓は黒く変色して、木のいたるところへ巻きつけられていた。
腹は大きく裂かれ、彼女の頭部がそこに収まっていた。
眼部はくり抜かれ、目があったであろう部分には土が詰まっていた。
眼球は両手に握らされており、その双眸は私たちを凝視していた。
そこには生前の姿などここにはなかった。
いや、あるいは最初からなかったのかもしれない。
「……」
以前唯と観た映画のようなフィクションとは違い、それは紛れもなく本物だった。
96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 13:00:14.65 ID:OWqI6Hhz0
私たちはどちらも言葉を発しなかった。
ただただその光景に釘付けになっていた。
「……」
唯の方を見ると、彼女は無表情にそれを眺めていた。
しかし私にはそれが笑っているようにも、悲しんでいるようにも見て取れた。
あるいはそうだったのかもしれない。
これ以上ここにいる必要もないので、帰ることにした。
立ち去り際、彼女は無言のまま落ちていた水口ナナミの服を鞄につめていた。
―――
――
―
98: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 13:05:04.56 ID:OWqI6Hhz0
日曜日、私たちは待ち合わせをしていた。
律、梓はすでに来ていて、今は唯が来るのを待っている。
「遅っせーなぁ、唯。まさか寝坊か?」
「もうとっくに約束の時間は過ぎてるです……」
結局昨日はそのまま唯と別れたが、夜に再び電話がかかってきた。
私が持ち帰ってしまった手帳の催促だった。
『どうせ明日会うんだからその時に渡すよ』
『わかった。でも皆には内緒ね』
100: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 13:09:06.86 ID:OWqI6Hhz0
警察には連絡しなかった。
私たちのせいで彼女は発見されないまま忘れ去られるのだろうか。
あるいは誰かが偶然見つけるかもしれない。
「お、来た来た!」
「遅いです!」
「ごめんね。寝坊しちゃった」
唯はとても可愛らしい服装でやって来た。
いつもの地味で質素な雰囲気は一変し、とても派手な姿をしていた。
髪形は大きく変わり、目もいつもの暗くて辛そうな感じから一変していた。
101: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 13:13:16.51 ID:OWqI6Hhz0
喫茶店へ向かう途中、私は唯と話をした。
律と梓は前を歩きながら何か言い合ってる。
どうやら唯のイメチェンについての談義らしい。
「どうしたんだよ、その髪と服装」
そう言うと唯はおもむろに手帳を取り出した。
昨日のとは別の手帳のようだ。また手帳か……
唯は幾分今の自分を楽しんでるようだった。
「実はあの時持ち帰った所持品に入ってたんだ。見て、これが元の彼女だよ」
どうやら服だけではなく持ち物までも持って帰ったようだった。
唯は手帳を開き、そこに貼ってある一枚のプリクラを指差した。
その中には、今の唯と同じ服装の、同じ髪型の水口ナナミがいた。
髪形合わせたことによって、そっくりに見える。
「当分その服装で過ごすつもりなの?」
「うん、そのほうがおもしろいじゃん」
……何が?
104: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 13:18:31.04 ID:OWqI6Hhz0
「あ、澪ちゃん。そういえば手帳……」
「水口ナナミはこんなの欲しがらないよ、きっと」
「それとこれとは別なの!」
やれやれ……唯の考えてることは私にはわかんないな。
私は持ってきた初めの方の手帳を取り出した。
前を見ると律と梓がじゃれ合っていた。
手帳を渡しながら、それとなく聞いてみた。
「その手帳、落とし主に心当たりは?」
「うーん、そうだね……」
105: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 13:21:58.95 ID:OWqI6Hhz0
唯は口元に手を当てた。
当日のことを思い出しているようだ。
「手帳を拾ったあの日、私は2回トイレに行ったの」
「ふーん、それで?」
「最初にトイレに行った時は何も落ちてなかったんだけど、でもその直後すごい夕立があってね。
帰ろうとしてたお客さんがそのまま居座って、しばらくしてムギちゃんが外へ出て行ったの」
ムギが?買いだしか何かか?
106: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 13:25:25.21 ID:OWqI6Hhz0
「2回目のトイレの時にそれを見つけたの」
「へぇ……」
「きっとあの時のお客さんの中に犯人がいたんだろうね。この近所に住んでるのかな」
そこでこの話は終わった、喫茶店へ着いたからだ。
中に入ると、唯の言った通りムギが働いていた。
そこは決して大きくはないけれど、シックで落ち着いた雰囲気の喫茶店だった。
ムギが注文をとりにきて、それぞれ思い思いの品を告げた。
私たちの注文した分はムギが全部用意してくれた。
この辺は部室とあんま変わんないな。
相変わらず手際がいい、良いお嫁さんになりそうだ。
他の店員はいなかった。
「今日ってムギだけなのか?」
「基本的にはマスターと私なんだけど、今日はお友達が来るって言ったら、マスターが一人でやってみるかって」
「すごいですね……」
「一応ここは父の会社の系列のお店でね。それに今日は貸切にしたから大丈夫よ」
貸切って……さすがお嬢様。
いつも思うんだけど、ムギのお父上様は何をなさっている方なのですか。
107: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 13:30:19.64 ID:OWqI6Hhz0
ムギにお礼を言い、喫茶店を後にし、私たちはそれぞれの帰路へついた。
唯と梓は私たちとは反対方向だったので、そこで別れた。
二人の後姿を見ながら、私は何やら嫌な予感がしていた。
「なぁ澪、今から澪んち寄っていい?」
「ん、別にいいけど」
特に断る理由もなかったので、軽く承諾した。
それに今日は律とあんまり絡めなかったからな、久しぶりに何か話そう。
ついでに晩御飯も作ってやろう。
実際、料理は律の方がうまいんだけど。
私はふと後ろを振り返ったのだが、2人の姿はもうそこにはなかった。
私は家に着くまで唯の言った言葉を反芻していた。
手帳、夕立、水口ナナミ、喫茶店、そして今日の唯……
「どーしたんだよみおー」ヒョイ
「……何でもないよ」
ばか、急に覗き込まれるとびっくりするだろ。
108: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 13:34:03.56 ID:OWqI6Hhz0
家に着くと時刻はもう夜の7時を回っていた。
結構長居してたんだな、とりあえず晩御飯だ。
律に何がいいか聞くと、何でもいいと言われた。
だからそれが一番困るんだっての、お前を食ってやろうか。
とりあえず冷蔵庫を開けてみると、それなりに具材が揃っていた。
別にいいか、ありあわせのもので。
律はリビングのソファに寝転んでニュースを見ていた。
画面の向こうではアナウンサーが連続猟奇殺人事件について話していた。
少し気になってので、私は手を動かしつつ、ニュースに耳を傾けた。
「なー、みおー」
「何だ?」
「この人、前の人に似てないか?」
「は?」
「だから、この前の被害者に雰囲気が似てるってことだよ」
いったん手を止め、テレビのほうに移動した。
スクリーンには生前の中西香澄の写真が映し出されていた。
言われてみれば、確かによく似ている。
殺人犯の追い求めるタイプ、か。
109: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 13:38:33.09 ID:OWqI6Hhz0
・・・
贖罪、贖罪、贖罪……
私の前には一人の女の子が眠り続けている。
とても愛らしい子で、とても素敵な子だった。
私の理想像、私の追い求めるタイプ。
贖罪、贖罪、贖罪……
人が呼吸をするように。
太陽と月が交互に昇るように。
私はただ行うだけ、意味など何もない。
贖罪、贖罪、贖罪……
行為を抑える為の行為。
罪を実感する為の行為。
そんな私が望むもの。そして失うもの。
贖罪、贖罪、贖罪……
贖罪、贖罪、贖罪……
暗黒の思想が渦巻く心の中で。
罪をなくした私は、いったい何を贖罪すればいいの?
「ねぇ、教えて」
111: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 13:43:34.91 ID:OWqI6Hhz0
・・・
皆で喫茶店へ行ってから数日が経過した。
午後の授業を終えて、私は部活をしに音楽室へ向かった。
「おーす」
「よー」
「あら、澪ちゃん」
「こんにちはです」
机で律とムギがお茶を飲んでいて、少し離れた場所で梓がギターを弾いていた。
そこに唯の姿はない。
「唯は?」
「休み」
唯は今日学校を休んだらしい。
私たちは風邪でもひいたのだろうぐらいに思っていた。
112: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 13:48:20.13 ID:OWqI6Hhz0
部活が終わり、それぞれ家への道を歩いた。
「どうしたんだろうなー、唯のやつ」
「さぁ?」
「まぁ、週あけてそれでまだ来てなったらお見舞いにでも行こーぜ」
「そうだな」
そして私は律と別れ、帰宅した。
部屋に戻り、私は携帯電話を開いた。
唯からメールがあった。
文面はただ一言、『たすけて』。
「おいおい。これじゃ何があったかわからないじゃないか」
とりあえず電話をかけてみたが結果は不在、何度かけても一緒だった。
水口ナナミの格好をした唯の姿が目に浮かぶ。
時刻は午後6時を少しまわったところ、晩御飯までにはまだ時間があるな。
113: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 13:53:40.69 ID:OWqI6Hhz0
外はまだ少し明るかった、夏になると日の落ちる時刻が遅くなる。
しばらく歩くとごくごく普通の一軒家が見えた。
「ここだよな、唯の家って」
表札には確かに『平沢』の文字がある。
私はまず呼び鈴を鳴らしてみた。
返事はない。
「……?」
もう一度呼び鈴を鳴らしてみたが、やっぱり返事はなかった。
諦めて帰ろうかと思ったが、私はふと思い立ち、家のドアに手をかけた。
鍵はあいていた。
不用心にもほどがある。
とりあえず中に入ってみることにした。
114: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 13:58:33.88 ID:OWqI6Hhz0
家の中へ入り、とりあえず玄関でしばらく待つ。
だが誰かが出てくる気配はない。
というより人がいる気配がしない。
廊下を渡ると、奥はリビングとキッチンがあった。
小部屋はここにはないようだ。
「上か……」
玄関まで戻り近くの階段を上がる。
上がりきると、すぐ横の扉には『ういのへや』という文字がある。
……うい?
廊下の奥に『ゆいのへや』のプレートのかかった部屋を見つけた。
「ここが唯の部屋か」
散らかった衣類、乱雑におかれた教科書、溜まった埃やゴミ。
そんな部屋を想像をしていたのだが、中は意外に整頓されていた。
そして、部屋の主はそこにはいなかった。
115: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 14:02:47.40 ID:OWqI6Hhz0
中に入り、軽く辺りを見渡す。
それにしても綺麗な部屋だ。
ふと目の端に黒いものが映った。
それは机の上に置かれていた。
「なんだ、手帳か」
以前唯が私に見せてきた、犯人のもとと思われる手帳だった。
手帳をポケットに入れ、部屋を出る。
他の部屋を見る必要はないだろう。
きっと今現在この家に私以外の人はいないだろうし。
私は平沢邸を後にした。
「鍵は……仕方ないか」
外は少し薄暗くなっていた。
水口ナナミの格好した唯を犯人が見つけたら、唯は殺されるだろうか。
できれば私は、その行為の残骸をこの目で見てみたい。
だが手帳を落とした犯人がもう一度殺人を犯すだろうか?
それにまだ唯が犯人に捕まったと決まったわけでもない。
だがメールがきた以上探さない訳にもいかない。
どうなったのか興味があるしね。
116: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 14:07:31.90 ID:OWqI6Hhz0
部屋に戻ると早速私は手帳を開いた。
犯人に繋がるヒントがあるかもしれないと思ったからだ。
が、特筆するようなことは何もなかった。
それでもページをめくる。
すると、後ろの方にメモ的なものが残されていた。
そこにはこう書かれていた。
×K山 ×Y山
×P山 ◎L山
△J山 ×W山
×A山 ×D山
×O山 △X山
×E山 △R山
◎H山 ×M山
・ ・
・ ・
・ ・
119: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 14:13:29.72 ID:OWqI6Hhz0
「ふむ……」
たくさんの山がずらりと並べられ、その前には記号がつけられていた。
おそらくこの記号は死体遺棄に適しているかのどうかについてだろう。
これは3人の被害者が◎のついた山で発見されたことから推測できる。
となると、私が向かうべき場所は――
―――
――
―
121: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 14:18:39.73 ID:OWqI6Hhz0
「暑い……」
翌日、私は手帳に◎印の書かれた近くの山に来ていた。
夏も本番に近づいてきたからだろうか、さっきから汗が止まらない。
しかしそんなことはお構いなしと言うかのように、太陽は上から照り続ける。
「暑い……暑すぎる……」
大体何の確証もないのに闇雲に探し回るなんてどうかしてる。
唯が本当に殺されたかどうかなんて判りはしないのに。
そもそも本当に唯は犯人に捕まったのか?
いや、もしかしたらあの手帳でさえ犯人のものなのかさえ判らない。
それでもその時の私は、そのことに気づくのに何故か時間がかかった。
「明日また探せばいい……何も焦ることじゃない」
頭に何度も言い聞かせたセリフを口にする。
この辺が潮時かな……
124: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 14:23:05.60 ID:OWqI6Hhz0
私はいったん山を降り、バス停のベンチに腰掛けた。
汗で粘つく衣服が不快だ、頬を伝う汗が鬱陶しい。
持参したミネラルウォーターを一口飲み、軽く汗を拭いた。
結局収穫も手がかりすらゼロ、最悪だ……
再び手帳を開いてみる。
手帳の中で解体されていく3人の女性。
使った道具から内臓の色まで、感情を交えることなくこと細かく描写されていた。
「……」
汗はとめどなく噴き出してきた。
夏ってこんなに暑かったっけ……
顔から滴り落ちた汗が、手帳の文字を滲ませた。
どうやら水溶性のインクでかかれていたようだ。
もう一度タオルで汗を拭いた。
そうしているうちにバスがやって来た。
私はそれに乗り込み、町へ戻った
確認しなければならないことがある。
―――
――
―
125: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 14:27:27.47 ID:OWqI6Hhz0
・・・
気がつくと私は、自分の手足の自由が利かないことを発見した。
「ん……」
どうやら縛られているようだ、私は監禁されたのだろうか。
それに目隠しか何かされて、辺りの様子が全くわからない。
何で私がこんな目に……
逃げようにも逃げられないので、覚えてる限りの記憶を思い起こしてみた。
私は確か喫茶店に居た、そうだ喫茶店だ。
いつもと変わらない常連の顔ぶれ。
そこで私はいつものように本を読みつつ、晩御飯のメニューを考えていた。
だけど、それからが思い出せない。
それにしてもここはどこなんだろう。
一体誰が?何の為に?
彼女に送ったメールは届いただろうか。
結局そのあとに見つかってしまったんだけど……
いずれにしろ、私の運命は彼女次第ってことになる。
扉の開く音が聞こえた。
誰かの足音が、一歩一歩着実に、私の方へ近づいてきた。
126: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 14:31:46.44 ID:OWqI6Hhz0
・・・
「いらっしゃませ」
軽快な挨拶、いつもの聞き慣れた優しい声。
私はムギの働く喫茶店へ来ていた。
冷房が茹った身体を心地よく冷やしてくれた。
店内を流れるクラシックが心地よかった。
回りを見てみると、客は他にはいなかった。
私は迷わずカウンターの席へ向かった。
ムギは目の前にメニューを置いてくれた。
「アイスコーヒー」
ムギは笑顔で答えてくれた。
一人かと聞かれたので、そうだと答えると、ムギは珍しいわねと言った。
「ちょっとムギに聞きたいことがあってね」
「私に?」
何かしらと言いながらコーヒーを出してくれた。
私は礼を言って一口すすり、再び口を開いた。
127: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 14:37:41.78 ID:OWqI6Hhz0
「唯ってさ、ここの常連だったのか?」
「唯ちゃん?そうね、みんなが来る前からよく来てくれてたわよ」
洗浄済みのコーヒーカップを拭きながらムギは答えた。
だろうね、まぁそれは本人から聞いたんだけど。
私はもう一口紅茶を飲み、気分を落ち着かせた。
「そっか……ところで―――
―――唯はまだ生きてるのか?」
128: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 14:41:26.77 ID:OWqI6Hhz0
ムギは動きを止めた。
瞳の奥が濁った色を発した気がした。
だがすぐに表情をとりなした。
「何のことかしら」
知らないふりをするムギ、まぁ大方予想通りだ。
私はおもむろに手帳を取り出した。
ムギの表情が再び変わる。
「先日、唯がここで拾ったものなんだけど、見覚えはあるか?」
私はそう言ってムギに手帳を手渡した。
ムギは数ページをペラペラとめくった後、私の方を見て笑った。
その目には感心と、何か諦めに近いものが見て取れた。
「よくわかったわね。これの持ち主が私だってこと」
ビンゴ。
129: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 14:45:24.60 ID:OWqI6Hhz0
「半分は賭けみたいものだったけどな」
私は山に死体を探しに出かけたこと、そこで考えたことを説明した。
「犯行内容を手帳に書き記したのは自分を抑えるため、ってところかな。理想の殺人なんてそうそうできるものじゃないし」
「抑えるため、ね。上手い表現だわ」
ムギは相変わらずクスクス笑っている。
表情を見る限りでは本当に楽しそうだった。
しかしそのムギの中にも暗黒の思考は生まれ、手帳を読み返しては沈めていたのだろう。
私は説明を続ける。
「私の考えが正しかったら、犯人はある程度限られた範囲内にいるんじゃないかと思ったんだ。
多分持ち歩くかなんかして、手帳を頻繁に読み返せる状態にしていただろうからね」
「うんうん」
ムギは自分が犯人であるかのことを忘れたかのように話を聞いていた。
気にせず私は、自分なりの推理を続けた。
130: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 14:52:00.49 ID:OWqI6Hhz0
「そう考えると、犯人は手帳をなくしたことにすぐ気付いたんじゃないかと思ったんだ。
でも、探しに言ったときは何もなかった。普通に考えるなら、誰かに拾われたという考えが妥当だろう。
内容を読まれたら確実に警察に届けられる。すると、3人目の死体が発見されるのも時間の問題だ。
まぁでも、それだけならまだマシだ。問題なのは、そこに筆跡や指紋という、大きな証拠が残ることだ」
となると、次の犯行は犯せない。
手帳の発見された付近では警察が見張ってるかもしれないしな。
「しかしそれでも唯はいなくなった」
「ふむふむ……」
ムギは顎に手を当てて私の話を聞いている。
おそらく第三者目線で私の推理を頭の中で展開しているのだろう。
聡明なムギなら可能なはずだ。
「でも、それだけじゃ誰が犯人かなんてわからないわよね。どうして私なのかしら?」
やっぱり、ムギも第三者目線で私の推理に沿って自分へ繋がる道を考えていたわけか。
でも残念ながらこの先は推理じゃない。ただの、賭けだ。
「だから賭けたんだよ、可能性にね」
「?」
でも、探しに言ったときは何もなかった。普通に考えるなら、誰かに拾われたという考えが妥当だろう。
内容を読まれたら確実に警察に届けられる。すると、3人目の死体が発見されるのも時間の問題だ。
まぁでも、それだけならまだマシだ。問題なのは、そこに筆跡や指紋という、大きな証拠が残ることだ」
となると、次の犯行は犯せない。
手帳の発見された付近では警察が見張ってるかもしれないしな。
「しかしそれでも唯はいなくなった」
「ふむふむ……」
ムギは顎に手を当てて私の話を聞いている。
おそらく第三者目線で私の推理を頭の中で展開しているのだろう。
聡明なムギなら可能なはずだ。
「でも、それだけじゃ誰が犯人かなんてわからないわよね。どうして私なのかしら?」
やっぱり、ムギも第三者目線で私の推理に沿って自分へ繋がる道を考えていたわけか。
でも残念ながらこの先は推理じゃない。ただの、賭けだ。
「だから賭けたんだよ、可能性にね」
「?」
133: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 14:56:51.68 ID:OWqI6Hhz0
私はムギの手から手帳を取って、あるページを見せた。
それは私がさっき汗で滲ませた文字のあるページだった。
「これってさ、水溶性のインクで書かれてるんだろ?ということは、だ。
これがもし屋外で紛失したとすれば、雨が降ったら文字が全部消えちゃうわけだ。
もちろん、犯人はそのことは知っているはず。だから、私は次の考えに賭けたんだ」
ムギは無言でじっと私の目を見ていた。
それは普段のおっとりなムギとは違う、真剣な眼差しだった。
「手帳は誰かに拾われたが、雨に濡れて"内容は確認できなかった"」
こう考えれば警察に通報されてないことも、水口ナナミの遺体が発見されてないことにも説明がつく。
もし手帳が屋内で発見されていたなら、まず間違いなく警察へ届けられただろうから。
拾ったのが唯や私じゃなければ、の話だが。
手帳の中身さえバレなければ、犯人にとっては好都合なわけだ。
それに、手帳なんていくらでもつくれるからな。
これで私も唯がいなくなった理由に納得ができる。
「手帳が雨に濡れる可能性があるのは、あの日、あの夕立の中、外に出て行った……」
「私しかいない、というわけね」
134: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 15:00:40.73 ID:OWqI6Hhz0
しばらくの間、沈黙が流れた。
店内にかかっているクラシックの音楽が大きく聴こえた。
ムギは納得したように頷いた。
「素晴らしい推理ね。そうよ……私もあの夕立の中で落としたんだと思ってた」
唯はここの3階にいる、外の階段から回ったら行ける、そう言ってムギは出て行こうとした。
私はとっさにムギを呼び止めた、このまま見送るとムギとはもう二度と会えなくなってしまうような気がしたからだ。
「もう学校には来ないつもりか?」
その言葉には答えず、ムギは私に微笑みを向けた。
それは優しくも悲しく、温かくて冷たいものだった。
私の頭の中には、軽音部が結成されてからの様々な記憶がよみがえった。
合唱部に入部希望の彼女を無理やり引き入れたこと、初めてのセッション、合宿、甘くて楽しいティータイム。
もちろん彼女は犯罪者だ、罪を償わなければならない。
でもそれ以上にムギは大事な仲間だった。
私はムギに警察に通報するようなことはしないと告げた。
しかし彼女は何も言わず、目を閉じ、ただただ首を左右に振っただけだった。
私はもう何も言わなかった。
ありがとう、そう言ってムギは店を立ち去った。
扉が閉まる直前に見えた彼女の横顔からは、一筋の雫がこぼれていたような気がした。
136: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 15:05:23.85 ID:OWqI6Hhz0
・・・
扉が開いた音が聞こえ、誰かの足音が近づいてくる。
何でこんなことに……まさか何かの事件に巻き込まれたのかなぁ。
その短い時間の中、あらゆる思考が浮かんでは消え、浮かんでは消えていった。
目隠しが外された、扉から漏れる陽の光が目に降り注いで痛い。
「おはよ」
逆行の中に佇むその影は、私のよく知ってる長い黒髪の女の子だった。
彼女は私の姿を見て一瞬何かを考え、猿轡を外し、そのまま壁のほうへ向かった。
「澪ちゃん、手足の縄を解いてほしいんだけど。それに早くしないと犯人が……」
「犯人は来ないよ」
「……どうして?」
彼女はその問いには答えなかった。
138: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 15:09:45.50 ID:OWqI6Hhz0
・・・
ムギの言ったとおり唯は3階に転がされていた。
目隠しに猿轡、両手両足は縄か何かで縛られていた。
私は猿轡を外し、ふと壁のナイフセットが目に入り、そちらへ向かった。
唯が犯人が戻って来ることを危惧している。
「犯人は来ないよ」
「……どうして?」
きっとムギはこの街には戻ってこないだろう、そんな気がした。
たとえ戻ってきたとしても、私たちの前に姿を現すようなことはないだろうと。
ふと唯の方を見て、縄を解いていないことを思い出した。
「喫茶店にいたんだと思うんだけどさ、それからが覚えてなくて……気付くとこうなってたんだけど、澪ちゃん何か知らない?」
驚いたことに唯は自分が次のターゲットだったなんて微塵も思っていなった。
唯は誘拐か、変質者による犯行だと思っていたらしい。
まぁ知らないなら知らないにこしたことはないか……
大方飲み物に仕込まれた睡眠薬かなんかで眠らされたんだろう。
本人は露知らずってとこだろうけど。
140: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/02/10(金) 15:14:22.13 ID:OWqI6Hhz0
唯はぶつぶつ何かを言いながら階段を下りていった。
自分をこんな目に合わせた居もしない犯人への怒りが込められているようだった。
そんな唯は放っておいて、私は記念として壁にかかったナイフセットに目を向けた。
結局それらは記念として持って帰ることにした。
そしてこれまでのこと、これからのことについて少し考えてみた。
山中先生がいなくなった、ムギもいなくなった。
まるでアガサ・クリスティの小説だ。
「ほんとひどいめにあったよ」
唯の呟きに私は曖昧に返事をした。
唯がこの先、連続猟奇殺人鬼の真犯人を知ることはおそらくないだろう
事件もきっとすぐに忘れ去られる、そんなものだ。
空を見上げてみると、雲行きが怪しくなってきた。
「一雨来そうだな……」
店内を再び覗いてみると、がらんとしていて中は無人、音楽だけが流れていた。
私は扉を閉め『OPEN』の札を『CLOSE』に裏返した。
雨が降り出してきた、きっとムギの心が泣いているんだろう。
しかし雨は、罪を洗い流してくれるようなことはしてくれなかった。
暗黒系 -終-
自分をこんな目に合わせた居もしない犯人への怒りが込められているようだった。
そんな唯は放っておいて、私は記念として壁にかかったナイフセットに目を向けた。
結局それらは記念として持って帰ることにした。
そしてこれまでのこと、これからのことについて少し考えてみた。
山中先生がいなくなった、ムギもいなくなった。
まるでアガサ・クリスティの小説だ。
「ほんとひどいめにあったよ」
唯の呟きに私は曖昧に返事をした。
唯がこの先、連続猟奇殺人鬼の真犯人を知ることはおそらくないだろう
事件もきっとすぐに忘れ去られる、そんなものだ。
空を見上げてみると、雲行きが怪しくなってきた。
「一雨来そうだな……」
店内を再び覗いてみると、がらんとしていて中は無人、音楽だけが流れていた。
私は扉を閉め『OPEN』の札を『CLOSE』に裏返した。
雨が降り出してきた、きっとムギの心が泣いているんだろう。
しかし雨は、罪を洗い流してくれるようなことはしてくれなかった。
暗黒系 -終-
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