1: 名無しさん@おーぷん 20/11/29(日)15:45:34 ID:UxO
円香と凛が出てくるssです。メインは円香です。

ちょうどデレステの方で『さよならアンドロメダ』のイベントをやっていたということもあるのですが、予想以上に自分の中で上手くハマってくれた気がします。

相変わらず趣味全開ですが、よろしければぜひ。

引用元: 【モバ・シャニss】空なんて見上げなくても 



2: 名無しさん@おーぷん 20/11/29(日)15:45:57 ID:UxO
【空ばかり見上げていても】







「うわー、な、見てくれ円香! うわぁ……ははっ綺麗だなぁ!」

「……わかってます、見てますから。……はしゃぎすぎ」

「はは、すまんすまん。でも──……いや、こんなに綺麗な景色、なかなか見たことないよなあ。いつぶりだろう、こんな綺麗な景色を見るの。もしかしたら今までで一番かもしれない……」

「思い出に順位をつけるの、女々しいですよ」

「うっ……そ、そう言われてしまうとな……」

「──とにかく、まずホテルに行って荷物を下ろしたいんですが」

「あ、ああわかった。挨拶はとりあえず俺が回っておくよ。荷物下ろして少し休んだらゆっくり来てくれ。一応確認だけど、18時には集合な?」

「はい。……それでは」


3: 名無しさん@おーぷん 20/11/29(日)15:46:11 ID:UxO
 じゃあな、と言って彼は笑った。

 また会うのに、なんて思いたくなかった。

 別れ、細い道を一人で歩く。途中ふと振り返ると、来た道の温度は白く、そして暗かった。

 なんの理由もないけれど。

 ただ立ち止まって、変わりもしない景色を眺め続ける。少し騒がしい音が向こうから聞こえるけれど、私には関係のないことだ。少なくとも、今は。



 もう営業していない古い定食屋の向こうには、薄白く染まった山がある。

 手前には、秋が死んで冬を待つ裸の丘。

 その丘の周りを回るように、何台もの車がやってくる。その多くはまだ素顔のままだが、一台だけ、空気も読まずヘッドライトを灯していた。そしてちょうどその車だけ去っていく。どこかこの道の向こう。再び山奥の中へと走っていく。

 ───見上げる道の向こうにあるのは、雲ひとつない寂しい青空。何かを待っているのだろう。でも何を待っているのか、きっと自分でもわからないに違いない───ただ、この空白を埋められるものを探している。……そんな空だ。



「なんかさ、広いなーって感じ、しない?」



 ……透だったらきっと、そんな表現をするだろう。説明不足で不真面目で、それで何よりも本質を捉えた表現。私だって知っていた。私だってそう思っていた。でも口にするのはいつも、あの子が先。そんな私たちの関係を鏡見(かがみ)てしまう……やっぱり、そんな空だ。



 瞬きをした。

 雲もないのに、風が吹いた。

 何かが流れていった。

 ……私は空から目を切り、ようやく前を向く。

 右足で地面を蹴ると、砂利の音がする。一番小さい石が一番遠くに飛んで止まった時、私はようやく歩き出した。

 ───後ろに聞こえる声は、さっきよりも少しだけ大きくなっていた。


4: 名無しさん@おーぷん 20/11/29(日)15:46:43 ID:UxO




 ホテルに着きチェックインを済ませ自分の部屋へと向かう。エレベーターを降りると、意外な人物と遭遇した。

「あ……樋口さん、だよね」

「……こんにちは。渋谷さんも、このホテルだったんですか」

 廊下で会話を交わした相手は、この時代きってのトップアイドル───渋谷凛だった。その名前は、およそこの日本で知らない人間はいないのではと思われる───そのくらいのオーラと、そして実力とを兼ね備えたアイドルだった。

 今日は、凛とその同僚のアイドルが主演を務める───アンドロメダを走る電車を巡るドラマの撮影だった。私は、序盤で意味深な台詞を残し降車していく脇役を演じることになっている。……まさしく、アイドルとしての格の違い、実力の違いを反映した立ち位置だ。

「今日の撮影、よろしくね。私も全力でぶつかるから、そっちも」

「……はい。胸を借りるつもりで」

「ううん。そんなこと、思わなくていい。……樋口さんのやりたいように、やって」

「───わかりました。ではまた後ほど、打ち合わせで」



 ……自分でもわかりやすいなと思うくらいにわざとらしく、話を切った。印象は良くないかもしれないが、他の宿泊客もいる以上、ホテルの廊下で長く話し込むわけにはいかないだろうと判断したからだ。

 そして驚いたのは。そんな、言い訳にも捉えられるであろう私の行動に込められた意図を、彼女は即座に見抜き、礼を返し去っていったのだ。……まさしく、トップアイドル。うちの事務所ににだって一人もいないレベルの、途方もない高みにいる彼女。



『私も全力でぶつかるから、そっちも』



 ……そんな彼女の言葉が、頭から離れないでいる。少なくとも彼女は──渋谷凛は──あの瞬間、私のことを対等だと表現したのだ。同じレベルで、同じ土俵に立つ、同じ一人の役者だと。



「──────はあ」



 ため息の温度は、自分でも理解できないほど熱かった。

 荷物を置いたら台本を確認しながら少し部屋で休む予定だったが、それはやめにしよう。

 台本の確認なんて、歩きながらでもできる。

 でも、暗くなって見えなくなる前に───ここはどんな景色だったかを、少しでも目に焼き付けよう。変わらないままで。でも、変わらざるを得ない激流に飲まれた時でも声を上げられるように。

「──……何か」

 あの人と似ている気がする。ああ、だから合いそうにはないな、なんて思いながら部屋の鍵を開ける。

 少し乱暴に荷物を置き、すぐに部屋を後にした。


5: 名無しさん@おーぷん 20/11/29(日)15:47:06 ID:UxO




「あれ、円香。もう来たのか」

「……来ちゃいけませんでしたか。なら、ホテルに戻ってますが」

「あ、いやいや違うよ。少し休むのかなと思ってたから」

「……気が変わったんです。私も挨拶に行ってきます」

「え、もう俺が済ませたけど」

「でも、本人が行く方が印象もいいでしょう」

「それはもちろんそうだけど……無理、してないよな?」

「……は? 挨拶回りくらい、基本でしょう。何度も自分たちでやった。今更、何?」

「───いや、やっぱり一緒に行こう」

「だから」

「円香」

 ……──。ぴしゃりと、声を封じられた。

 彼の顔からはいつもの人の良さそうな笑顔が消えていた。代わりに右の眉根だけを少し下げた、厳しい表情が浮かぶ。怒られているわけではない。それはわかっている。

 なのに。

 有無を言わせぬ強引さがこの人にあるなんて。思ってはいたけれど、信じてはいなかった。

「一緒に、行こう」

 その声色は、表情に似つかわしくないくらい優しかった。


6: 名無しさん@おーぷん 20/11/29(日)15:47:28 ID:UxO




 私たちは、監督さん、スタッフさん、そして共演者の人へと挨拶回りに向かった。丁寧でいいね、なんて言ってくれる人もいれば、本番前なのに目障りだと言った感情を隠さない人もいた。

 挨拶の最後は渋谷さんたちだった──これはあえてのことだ。渋谷さんと同じ事務所でアイドルをしている大和さん、森久保さんとは初対面だったが、それなりに言葉を交わした。特に森久保さんの方は、もしかしたら小糸と仲良くなれるかなと思う。



 ……そして、改めて渋谷さんのもとへ。



「……渋谷さん。先ほどはどうも」

「あ、樋口さん。うん、よろしく」

「あれ、二人は知り合いだったんですか?」

 心底意外そうな声が私の後ろからする。知り合いじゃ悪かったかと嫌味の一つで言ってやりたくなったが、それよりも前に渋谷さんがはっきりと言い切る。

「いえ、先ほどお会いしたばかりです。ホテルの廊下でばったり」

「ああそうなんですか。今後とも機会があればどうか良くしてやってください」

「はい。……でも、まずは今日をしっかりこなすことからです」

「はは、そうですね。それでは後ほどよろしくお願いします」

「……よろしくお願いします」

「……樋口さん。急ぎじゃなければ、少し聞いていい?」

 突然の呼びとめに、彼の顔を僅かに覗く。パッとした表情を見せて小さく頷いた。

「──はい。なんでしょうか」

「樋口さんの台詞のところなんだけど……ぇと、ここだ。樋口さんは、どんな想いを秘めて、この台詞を話すの?」

「……本番になってみないとわからないこともありますが、今の予定で構いませんか?」

「うん。……あ、私もやったほうがいいかな? ちょっと合わせてみよっか」

「はい。……それじゃあ軽く。渋谷さんの方からでいいですか?」

「わかった。じゃあ、いくね……」


7: 名無しさん@おーぷん 20/11/29(日)15:47:45 ID:UxO




『ねえ、あなたはもういくつもの星を渡って、いくつもの夢を見てきたんだよね? なら、教えて欲しいことがあるんだ』

『……答えられることなら』

『幸せって、どんな形をしているの?』

『……決まった形はないけれど。私が感じたことで、いいかしら?』

『うん。知りたいんだ、僕は。すごく、すごく』

『……──それは────』


8: 名無しさん@おーぷん 20/11/29(日)15:48:02 ID:UxO




「ぶおおおおー。ぶおおおおー」

 ……演技は、彼の気の抜けた汽笛の音で終わりを迎えた。少し気に触るけれど、気に留めないことにした。それよりも、気にすべきことがあったからだ。

「……どうでしたか?」

「───うん、すごく良かった。私の方はどうだった?」

「すごく、心の距離が近くなったかのような想いで演技をしていました。きっとそれだけ、役に入り込んでいたんだと思います」

「……わかった。樋口さん、ありがとう」

「いえ、こちらこそ」

「───それと、これが本当に最後だから、一つ聞いてもいい?」

「はい……答えられることなら」

「幸せって、どんな形をしてると思う?」

「それは──……」

「汽笛にかき消される台詞じゃなくてさ。樋口さんは、どう思ってるのかな」

「……──すいません。それは私には答えられません」

「……そうだよね。ごめん、ヘンな質問して」

「いえ……それではまた、本番はよろしくお願いします」

「うん。……じゃあまた後で」



 礼をして、別れる。

 後ろを振り向くと、彼がいつもの気取った笑いを浮かべていた。その顔を見て、ようやく息ができたかのように体の力が抜けた。こんなに寒いのに、首の後ろにじわりと汗をかいている。空気の重さは陽の光と反比例するように増していく。

 遠くの星が、少しだけ光って見えた。目を凝らさないと見えないそれすらもきっと、何かの目印になっているのだろう。


9: 名無しさん@おーぷん 20/11/29(日)15:48:26 ID:UxO




「……なんで、ついてきたんですか」

 挨拶回りを終え休憩所で座っていると、彼が缶コーヒーを買ってきてくれた。いつも飲んでいる微糖ではなく、少し甘めのカフェオレだけれど。……その甘さが、寒空の中にいた体に染みていく。ほぅ、と息をついたところで、私は先程の行動の意図について問いただした。

「……言わないよ」

 それは、意外な返答だった。

「どうして」

「……言うと、円香が怒るから」

「は?」

 なに、それ。私のせい……私のため? 気を使われていることは気分が悪いし、それよりもわかった気になられるのが特に気分が悪い。……そんなこと、とっくにわかっているものだと思ったけど。

「言って」

「言わない」

「ちょっと、ふざけないで」

「ふざけてないよ。真剣だ。これ以上なく」

 今度は表情にこそ出ていないが、言葉のニュアンスに彼の決意が現れていた。翻意する気はないのだろう。

「なら、話さなくていい。理由を教えて」

「だから、円香が怒るかなって」

「そうじゃない。どうして私が怒るのか、その理由を教えて」

「言いたくない」

「言って」

「……どうしてもか」

「どうしても」



 ……自分でも、どうしてかはわからない。なぜ私はこんなにも、彼の言葉に執着するのか。彼の行動に、理由に、想いに気を張るのか。それがわかりたいから聞くのかもしれない。でも、そうじゃないだろう。私はきっと、彼の返答に───



「答えになってしまうと思ったから。円香のじゃない、俺の」

「───どういうこと?」

「あの時、俺が円香を見て思ったことが───きっと、何かの答えになってしまう。そんな気がしたんだ。だから、言わない。……言えない。それは、円香が自分で探して、自分で見つけるものだと思うから、俺の答えを見せて惑わせるようなことはしたくないんだ」

「……あなた、自分でもなに言ってるか、わかってないででしょう?」

「えっ、いや、そんなことはない……あー、でももしかしたらそうなのかな。ハッキリしてることもあるんだけど、モヤモヤしてる部分もあるというか」

「……はあ」

 わざとらしく、大きなため息をつく。それを聞いて彼が一層しゅんとうなだれた様子を見せる。……大型犬じゃあるまいし。男性の中でも長身の部類であろう彼の反応に少し、心が柔らかくなる。漏れた微笑みを、コーヒーを飲んで噛み殺す。

「じゃあ、もう少しついてきて」

 彼の目を見ずに、小さな声で言った。聞こえなければいいと思った。聞こえていて欲しいとも思った。どちらも本当だ。どうでもいいわけじゃない。でも、どっちでも良かった。

 彼がどちらを選んだとしても。私がそのあとで選び直せばいいんだから。



「──……ああ!」

 どうやら聞こえていたようだ。私は立ち上がり、飲み終わった缶をゴミ箱に捨てる。

「じゃあ、行きますよ」

「いいよ。どこにいく?」

「決まってるでしょ」



 ……あなたが言ったんでしょう?



「私の答えを探しに、です」


10: 名無しさん@おーぷん 20/11/29(日)15:49:00 ID:UxO
○ ◇ ○ ◇ ○



 星の海を渡る電車の中。

 窓から見える景色は夢のように光っていました。

 夢は光っていると教えてくれたのは、誰だったでしょうか。たしか、妹のためにお話を作るのが好きだった男の子でした。そうです。冬が積もり、ふわふわの雪に体を投げ出すのが好きだった彼が言っていたことでした。

『夢みたいに綺麗なら、消えちゃったり見えなくなっちゃったりしないのかな』

 シューベルが不安そうにいいます。

 だから僕は、せいいっぱい元気を振り絞って答えました。

『だいじょうぶだよ。消えてしまったり見えなくなってしまっても、また見つければいいんだ』

 シューベルは花のような笑顔を浮かべ、言いました。

『うん、わかったよ。君が隣にいてくれるなら、ぼくはずっと走っていられるような気がするよ』

 そう笑ったシューベルは、次の星についたとき、汽車から姿を消してしまいました。

 車掌さんに言うと、彼は幸せを見つけたからここで降りたのだと言いました。

 言葉の意味がわからないまま、電車は星を後にしました。きっともうシューベルトは会えない。そんな気がして、僕は声を押し殺して泣きました。



 ふらふらと汽車の中を歩いていると、食堂車の窓を絵にあげ、宇宙(そら)を眺めている少女に出会いました。彼女のことは、覚えています。僕がこの気じゃに乗った時にはすでに、彼女の姿があったからです。僕はたまらず、彼女に聞いてみることにしました。

『ねえ、あなたはもういくつもの星を渡って、いくつもの夢を見てきたんだよね? なら、教えて欲しいことがあるんだ』

『……答えられることなら』

『幸せって、どんな形をしているの?』

『……決まった形はないけれど。私が感じたことで、いいかしら?』

『うん。知りたいんだ、僕は。すごく、すごく』

『……──それは────』



 ぼう、と。ぼおう、と。そして最後に長く、汽笛が鳴りました。彼女の声は、宇宙の彼方まで響くその音に重なってしまっていたけれど。



「……そうなんだ。うん、そうだったら……きっと彼は幸せなんだ」



 言葉(おもい)は、確かに届いたのでした。


11: 名無しさん@おーぷん 20/11/29(日)15:49:18 ID:UxO




「樋口さん」

「お疲れ様です、渋谷さん。私はこれで上がりですが、少し見学させていただいてもいいですか?」

「う、うん。いいけど……樋口さん、私より歳上だよね? なら普通に、凛でいいよ」

「いえ。アイドルとしては、渋谷さんの方がずっと先輩ですから」

 そう言うと、彼女は照れ臭そうに笑った。

「やだなあ。そう言われるとなんか、どんどん緊張しちゃう」

「先輩なんですから、どっしり構えていればいいと思います」

「ど、どっしりってタイプじゃないけど……まあいいや。樋口さん。すごくいい演技だったね」

「ありがとうございます。渋谷さんも、夕方よりずっと感情が乗っていました」

「……うん。でも」

 彼女がハッキリと物事を口にするタイプであろうことは、私にもすぐに予想はつく。その彼女が言い淀むとしたら、それは──────今この場では、それしかあり得ないだろう。

「はい。……私、見つけたので」

「すごいね。……プロデューサーさん?」

「……まあ、当たらずも遠からずと言う感じです」

「そっか。樋口さん、また今度一緒になった時はよろしくね」

「はい。早く肩を並べられるように努力します」

「負けないよ」

「お手柔らかに」

 ふふっと、彼女が柔らかく笑った。背が高くすらりとした、どちらかといえば硬い雰囲気を持つ彼女が見せたその表情は、アイドルとしてではない、ただ一人の少女のもの。しかし逆説的にそれが何よりも渋谷凛をアイドルたらしめているのだなと、納得したりもする。



 ────星降る夜は落ちていく。銀色に光る、アンドロメダに向かって。


12: 名無しさん@おーぷん 20/11/29(日)15:49:36 ID:UxO
【空なんて見上げなくても】







「うわー、な、見てくれ円香! うわぁ……ははっ綺麗だなぁ!」

「……わかってます。というか、昨日見たでしょう」

「そうなんだけどさ……やっぱり夜に見る景色と朝に見る景色って違うじゃないか。光の具合とか温度とかもそうだけど、なんか心の持ちようがさ」

「……まあ否定はしませんが」

「だろ? あっ船が出てるのか……! 少し下に降りてみよう」

「……私は私で自由に散策しますから、あなたもご自由に」

「そう言われると少し、寂しい気にもなるな……」

「なに?」

「い、いやなんでもない。

 ……そういえば円香、渋谷さんと随分仲良くなったみたいだね」

「そうでもありませんが」

「いやいや、昨日撮影終わった後、夜なのに丁寧に俺のとこまで挨拶に来てくれてさ。『樋口さんとたくさんお話しさせていただきました』って」

「……それ、渋谷さんの真似? 似てないし不快だから、すぐにやめて」

「ごめんごめん。……どうだった、話してみて」

「あれが、アイドルなんだなって思いました」

「円香だってアイドルだ」

「私は、ああはなれない」

「そんなこと……」

「ある。……あなただってわかってるでしょう?

 彼女は、変わっていくものも変わらないものも全てを飲み込んでいく空のよう。蒼く、どこまでも高く……彼女を見たら、全部が彼女色に塗りつぶされていく。……私には、できないこと」

「円香──……」

「でも」

「──……っ」

「……でも、きっと私にだけできることだってある。

 変わらないままで居続けて、それでも変わっていく彼女たちにだって負けない何かがきっとあるって……なんでもありません」

「な、なんだよ。そこまで言ったら言い切っちゃってもいいじゃないか」

「うるさい。ばか」

 ……最後は、子供じみた罵倒しか出てこない。頭の中も後悔と羞恥で埋まってしまっている。目を閉じて、少し足早に歩を進める。後ろから「円香」と声が聞こえた時に目を開けると、ちょうど道との境界である柵の直前だった。


13: 名無しさん@おーぷん 20/11/29(日)15:49:58 ID:UxO
「わ──」



 思わず、感情が口を突く。

 目の前には、広い広い湖があった。

 いや、湖があったのは知っていた。何度も目にしていた。

 ───でも今。まさに今私は、この湖を美しいと思ったのだ。この湖の広さを感じたのだ。



 目を奪われる。ただ言葉もなく、冷然とした景色に圧倒される。

「湖にさ」

 隣に、彼の姿がある。どこか抜けている、子供らしい一面も多いけれど───その横顔は、追いつけないほどの差を感じさせる、精悍な顔つき。

「空が映っているだろう? ……太陽だって、雲だって、飛んでいる鳥だって。空にあるものはみんなみんな、湖に映ってる」

 鏡みたいに。と彼は言う。私は次の言葉を待っている。

「でも、空に湖は映らない。大きな石があることも、そこに隠れている魚がいることも。いつだってそこに、証があるのに」

「──────。」

「だから」と。彼は言う。

「円香はきっと、そうなりたいんじゃないかな……わかったようなこと、言いたくないんだけど」



 ───そうなりたい?

 そうなればいいとか。それを目指せばいいとか、そうではなくて。わたしが、そうなりたいと望んでいると言うの?

 あなたは──────。



「0点です。前も言いましたけど、わかった気になって私たちを決めつけないで」

「……ごめん」

「───全然、違う」


14: 名無しさん@おーぷん 20/11/29(日)15:50:11 ID:UxO
 ──────だから。





「……もっと他に、ないんですか?」

「え……?」

「……はあ。三度目はありませんよ。

 あなたが私のことどう思ってるか、聞かせて欲しいって言ったんです。わかった気のままでいられるのは、嫌だから」



 見抜かれるのは怖い。

 わかられるのは怖い。

 見抜けないのも、わからないのも全て怖い。



 だから、全部違ったまま。全部間違ったままでいい。

 ──────もう少し、湖を見て話をしましょう。時間はまだ、あるのだから。



「……なに?」

「いや……ははっ、そっか。ああ、まだあるんだ、例えば……」


15: 名無しさん@おーぷん 20/11/29(日)15:50:20 ID:UxO
 光が湖面に反射して帯のように太陽を映し出す。

 その太陽を挟むようにして、私たちはとりとめのない話を続ける。私たちは二人、そんなくだらない、意味のない時間を過ごしていった。

 ただずっと──────同じ時間を過ごしていた。