1: 名無しさん@おーぷん 20/11/30(月)20:20:24 ID:2Ls
円香の激甘ssです。

書いてて自分でも解釈違い起こしそうなくらい激甘ですが、電波を受信したので形にしてみました。

信頼度七億くらいの円香だと思ってくだされば。

本当に、よろしければでいいので気が向いたらよろしくお願いします。


引用元: 【シャニマスss】モノクローム・メモリーに 




2: 名無しさん@おーぷん 20/11/30(月)20:20:47 ID:2Ls
【さよならを】







「えと、これでプレゼントはOKと……他は何買うんだっけ? もう全部買ったか?」

「はい。強いて言えば、はづきさんがいつも飲んでるインスタントコーヒーがもう無くなったと聞いていますが」

「そっか、そりゃ大変だ。……途中にあるコンビニに適当に寄れば良いよな?」

「……そうですね。今からいちいち戻るのも面倒ですし」

「よし。すまんな、買い物に付き合わせちゃって」

「別に。あなたのために来たわけじゃありませんし」

「ははっ、そうだな……でも、来てくれたことにありがとうくらい言わせてくれ」

「だから、好きにすれば」

「うん、そうする。ありがとう、円香」

「……どういたしまして」



 そこまで素直に言われてしまうと、嫌味の一つも出てこなくなってしまう。

 子供みたいな笑顔を浮かべて──生きていくだけで、想い出になるような。


3: 名無しさん@おーぷん 20/11/30(月)20:21:05 ID:2Ls
「そう言えばさ」

「……なに?」



 事務所に向かって歩きながら、次の瞬間には消えていってしまうような会話をする。心のどこにも残らない。世界のどこにも響かない。そんな、なんでもない日常の話を。

「クリスマスパーティー楽しみだな」とか。

「ノクチルはみんな初参加だよな」とか。

「小糸はみんなと距離を縮められるかな」とか。

「雛菜って実はこういうパーティーとかって好きじゃなさそうだけど、大丈夫かな」とか。

「透は、そもそも予定忘れてないかな」とか。

「円香も、楽しみか」とか。

 その全部に「はい」と答えて。最後だけ、やっぱり「いいえ」と答えた。


4: 名無しさん@おーぷん 20/11/30(月)20:21:31 ID:2Ls
 ……音が遠くなっていく。空には雪が降っているんだろう。私の目の前には、黒い革靴と、それに触れて溶ける粉雪みたいな氷。単調なリズムで刻まれる、かつり、かつりという足音だけが近くに残っている。

 ───そのリズムがはたと止まった。

「重いだろ? 持つよ」なんて。知った風な口ぶりが、少し気に食わない。

 だから何かを言ってやろうとして。「あなたの方が、両手いっぱいに持っているのに」とか「余計なお世話です」とか、いろんな言葉が頭に浮かんで。

 口からこぼれ出たのは、白い息と。

「はい」という、自分のものとは思えない優しい声。小さく弱く──甘い声。

 あなたは笑って────きっと笑って────私の手から、荷物を引き取った。

「行こうか」と言って、また歩き出す。その声はやっぱり遠い。でも何故か、そんななんでもない言葉が、心に積もっていくような気がした。 


5: 名無しさん@おーぷん 20/11/30(月)20:21:45 ID:2Ls
 軽くなった手をポケットに突っ込むと、ちゃり、と金属が擦れる音がした。家の鍵だ。私の家と、透が無くした時のために持たされているスペアキーの二つ。おもむろにそれを取り出す。

 鍵には、面影色のイルミネーションが映し出されていた。

 街は少しずつ夜に沈んでいく。赤に緑に黄色に彩付いていく。そんな華やかな色では決してなく。ただ、モノクロームの世界に一つだけ差し色があるかのように。

 あなたが、ぼんやりと映っていた。


6: 名無しさん@おーぷん 20/11/30(月)20:22:00 ID:2Ls
「円香?」



 どうかしたか、と。私の名前を呼ぶ。

 雪に紛れて、届かないはずなのに。届かなければよかったのに。

 ただ、名前を呼ばれただけ。たまたまあなたのことを想っている時に、声が聞こえただけ。

 ここに居ても立っても居られないくらいの感動も。

 自分が変わらざるを得ないような、そんな衝動も。

 なにも、なにもないはずなのに。本当に、なにもないのに。



「───すみません、今行きます」



 気付いてしまうには、まだ早すぎて。

 気付いてしまうには、もう遅すぎて。

 ───でも、気付きたくて。気付いてしまったら本当になってしまうのが怖くて。

 だからまだ、それに名前をつけないでおこう。私のこの気持ちに気づかないでおこう。

 

 むりやりに空を見上げる。灰色の空にはらはらと花が舞っている。あなたの色のような、そんな花が。花は地面に触れると、すっと散っていく。──過ぎていく。まるで時間のように。あなたと出会ってからの毎日とは違う、あの日のように。


7: 名無しさん@おーぷん 20/11/30(月)20:22:22 ID:2Ls
 大切だと思っていた……嘘。でも、確かに心地よいと感じていたあの日は、今日と比べてどんなに色づいているだろう。

 鮮明で、

 透明で、

 光り輝いていただろう。

 ……答えはきっと、残酷だ。



 そして、あなたがいる──あなたといる未来(これから)と比べると。



 そんなことを想ってしまう。

 ああ、もう。

 ずかずかと断りもなく私の心に巣食うあなた腹が立つ。……なにより。それを好ましいと思う自分に腹が立つ。少し足早にあなたの横へ。持ってもらった荷物をなにも言わずにひとつ奪いとり、私は右手が、あなたは左手が空く。お互いの人差し指を絡める──想像の中で。



「──……バカみたい」

「えっ、な、なにがだ……?」

「うるさい。……あなたじゃない」



 本当に、どうかしている。盛りのついた猫じゃあるまいし。それに、なんでこんな──ああ、もう。



「──……ほんと、バカ」



 今はとにかく、その言葉に縋る他はない。


8: 名無しさん@おーぷん 20/11/30(月)20:22:45 ID:2Ls
【恋して】







 冬の街は静かだ。もちろんクリスマスだったりお正月だったりすると少し騒がしくなるけれど、人の音は蓋をされた空へと吸い込まれていってしまうから。それに今日みたいに雪が降っていれば尚更だ──白い夜に音は似合わない。

 事務所までは、歩いて30分もしない道だ。夜が空に染みきる前に、到着するだろう。

 そこには、透がいて。小糸が、雛菜がいて。はづきさんや、社長さんが。……今日は確か、放クラのメンバーが、レッスン後に打ち合わせに訪れるはずだ。


9: 名無しさん@おーぷん 20/11/30(月)20:23:02 ID:2Ls
 このまま帰ると、ただいまと言って、誰かが笑顔で迎えて。

 このまま帰ると、お土産があるぞ、なんて言って。

 このまま帰ると、誰かが淹れた机上のコーヒーがちょうどいい温度になっていて。

 このまま帰ると、それを一口すすって、「さて」なんてわざとらしい声を出して。

 このまま帰ると、「ありがとう、助かったよ円香」と。誰かを見ながら、そう言うに違いない。

 ……このまま帰ると、どうなるのだろう。なにもならない。どうもしない。それが正解だ。

 

 ───もし、このまま。……このまま、帰ってしまったら。



 …………────。


10: 名無しさん@おーぷん 20/11/30(月)20:23:16 ID:2Ls
「──……寒いです」



 わざとらしかったかもしれない。演技力不足の烙印を押されても仕方ないだろう。自主レッスンだけでは追いつけそうにない。また、適当なレッスンを入れてもらうことにしよう。明日にでも、無理なら、明後日にでも。いつだっていい。来月だって、来年だって。



 ────だから今は。


11: 名無しさん@おーぷん 20/11/30(月)20:23:50 ID:2Ls
 私の気持ちを知ってか知らずか──知っているはずがないだろうけど──あなたはいつものように「じゃあコーヒーでも飲もうか」なんて言って、いたずらっぽく笑う。

 スマートフォンを取り出し、はづきさんに電話をしてから私に微笑みかけて、近くの喫茶店まで引き返していく。私は、なにも言わずそれについていく。


12: 名無しさん@おーぷん 20/11/30(月)20:24:15 ID:2Ls


 今日はなにを飲もうか。いつものようにブラックでもいいけれど。

 やっぱり今日は、少し砂糖を入れよう。ミルクも入れよう。

 その方がきっと温まるから。



 そして。



 その方が、きっともう少しだけ───あなたと話せるから。