19: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 13:56:59.11 ID:6vmrczOW0
――橋のそば
浅倉透「届くかな」
樋口円香「さすがに遠い」
透 「やってみないとわかんないって」
円香「川幅見ればわかるでしょ」
透 「ん~……」
ガチャガチャ ゴトゴト
市川雛菜「やは~。透先輩、何探してるの~?」
透 「石」
福丸小糸「石? えっと、ここいっぱいあるよ……?」
透 「向こう側まで届きそうな、石」
雛菜「届きそ~?」
透 「えーと。あ」
ヒョイ
透 「こんな感じの石を、こう、ね」
円香「……」
透 「えい」
ヒュッ
パシャッ パシャ シャ
ポチャン
引用元: ・樋口円香「橋と水切りとステージと」
20: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 13:57:56.20 ID:6vmrczOW0
透 「うーん、3回」
小糸「み、水切りだね」
透 「そう」
円香「やっぱり届かない」
透 「あー」
小糸「届かないって、む、向こうまで……?」
透 「うん。ずっと跳ねてくれれば、向こうまで届くかなって」
円香「投げるまでもないでしょ。ぱっと見、50m超えてる」
小糸「う、うん。この川はちょっと……」
雛菜「さすがに無理だとおもう~」
小糸「あっ、流石だけに?」
雛菜「へ~?」
円香「小糸、解ってない」
小糸「ぴぇっ」
21: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 13:58:22.26 ID:6vmrczOW0
透 「ん~」
ゴソゴソ ガチャガチャ
円香(投げるまでも、石を探すまでもない)
円香「ん……」
カチャ
円香「浅倉。これ」
透 「お、いい形」
円香「使えば」
透 「え? 樋口が投げなよ」
円香「……はぁ」
スッ
透 「めざせ、向こう岸」
円香「無理」
ヒュッ
パシャッ シャッ パシャ シャ シャ チャポン
円香「5回」
透 「いいね」
雛菜「円香先輩うま~い」
円香(今ので半分も行ってない。向こう側なんて、届くわけもない)
雛菜「雛菜もやる~」
22: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 13:58:52.38 ID:6vmrczOW0
雛菜「えーい」
ヒュッ ポチャ
透 「あー、跳ねてない」
円香「ていうか普通に投げたら跳ねないでしょ」
雛菜「ふつーに投げるほうが、遠くまで投げられるでしょ~?」
円香「……あ、そ」
ガチャ ガチャ
透 「あ ……ふ、んっ……」ゴトッ
円香「……浅倉?」
透 「よっ、とっ…… この石どう? いい感じで円盤」
円香「両手で持ってる時点で大きすぎ」
小糸「み、みんな、そろそろ事務所行かないと……」
雛菜「あは~、変な形の石~」
小糸「お、おーい……!」
円香「無理。届いてない」
小糸「うぅ……」
透 「っとぉー」
ボッチャン
23: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 13:59:18.49 ID:6vmrczOW0
――橋
テクテク…
透 「はぁ~、石投げて遊ぶなんて久しぶりだった」
円香「高校生にもなってやること?」
透 「樋口も遊んだじゃん」
円香「1回投げただけ」
雛菜「でも~、1回は1回~」
円香「……」
小糸「あ、で、でも分かるよ。せっかく見つけた石、もったいなかったもんね」
円香「じゃあ、そういうことで…… なんで浅倉が投げなかったの」
透 「え? あー……」
透 「見つけたの、樋口だし」
円香「始めたの、浅倉でしょ」
24: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:00:22.46 ID:6vmrczOW0
円香「そもそも、なんで急に水切り?」
透 「うーんと……動画で見てさ。なんか、かっこいいじゃんってなった」
透 「それで、河の向こうまで届くかなって」
円香「狭い川ならできるだろうけど」
透 「すごい人だと40回とか跳ねるんだって」
小糸「へぇー……す、すごいね」
透 「なら、めっちゃ跳ねたらさ、行けると思わない?」
円香「思わない」
透 「えー」
小糸「た、多分だけど……遠くまで投げるだけなら、雛菜ちゃんのやり方がいいんじゃないかな」
小糸「水面で跳ねるたびに、勢い減ってっちゃうから……」
雛菜「あは~、雛菜だいせいかーい」
円香「……だって」
透 「へー」
円香(これは分かってないやつ)
25: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:00:52.58 ID:6vmrczOW0
テクテク…
雛菜「相変わらず、この橋長いね~」
円香「長さ変わったら怖くない?」
雛菜「雛菜が渡るときだけ短くなってくれたら、楽でいい~」
透 「ふふ、いいね、それ」
円香「雛菜限定なの?」
雛菜「んー? じゃあ、みんな一緒に渡ればいいよ~」
小糸「そ、それなら助かる、ね」
雛菜「でしょ~? みんな雛菜に感謝~」
円香「何もないところから感謝生まないで」
雛菜「円香先輩は~、橋が長くなる~」
円香「……困るんだけど」
小糸「あははっ」
透 「……」ピタ
円香「……浅倉?」
26: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:01:18.23 ID:6vmrczOW0
雛菜「透先輩~? 立ち止まってどうしたの~?」
透 「ああ、うん。ちょうど真ん中だなって」
円香「真ん中?」
透 「柱2本あるじゃん。その、真ん中」
小糸「う、うん。……?」
透 「すごいなーって」
円香「なにが」
透 「橋」
円香「……?」
透 「向こう岸、いけるから」
円香「……」
透 「昔は川の向こうに運ぶって、大変なことだったんでしょ」
小糸「こ、この川、昔は暴れ川だったって、前にテレビで言ってたよ」
透 「でもいまは、歩くだけで向こうに行ける」
透 「楽、でしょ」
27: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:01:56.98 ID:6vmrczOW0
雛菜「楽になってこれかぁ~」
円香「なら、バス使う?」
雛菜「え~、お金払うのはやだ~」
透 「ふふ……でも、リッチになったらあるかもよ」
透 「アイドルやっていったら」
円香「……」
小糸「い、印税、とか?」
透 「っていうの?」
円香「はぁ……結局、今のところは歩かないと渡り切らないから。早くいって」
透 「はーい。今日なんだっけ」
雛菜「えーと? なんだっけ~」
小糸「ぼ、ボーカルレッスンだよ」
透 「なら、歌いながらいく?」
円香「いかない」
雛菜「あっ、カラオケいこ~?」
小糸「せ、せめてレッスン終わってからにしよう?」
28: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:02:55.34 ID:6vmrczOW0
透 「皆はあれできた?」
小糸「あれ?」
透 「えーと、ほら、あれ」
円香「……たぶん、発声のこと」
透 「それそれ」
雛菜「なんだっけ~。のどを開く?」
小糸「お、お腹から声を出す、だったよね」
透 「あー」
円香「腹式呼吸」
透 「あった」
雛菜「できたかどうかより、どうなったらできたことになるのか分かんないよね~」
小糸「そ、そうだよね……」
透 「まぁ、まだ始まったばかりだし」
透 「いけるいける」
円香「……」
透 「……」
透 「樋口」
円香「ん」
29: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:03:22.11 ID:6vmrczOW0
透 「どうかした?」
円香「え? ……何も」
透 「嫌なことあった時の顔してる」
円香「……」
円香「別に」
円香「何でもない」
円香(そう)
円香(何でもないこと)
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
円香(それは、事務所に入って間もない頃に言われた)
シャニP(以下P)「通る声だよな」
円香「……はい?」
P 「円香の声。よく通るなって」
円香「……それがどのような評価に繋がるかわかりませんが」
P 「変な意味はないよ。ただの感想」
円香「そうですか。別に、伝えてくださらなくても結構です」
P 「あ、ああ…… ええと、大きい声じゃないけど、低くてよく通る。声だけでファンになる人もいるかもな、ははっ」
円香「……」
30: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:03:48.06 ID:6vmrczOW0
P 「あー、こほん……それでこれが本題なんだけど、そこでちょっと苦労するかもしれない」
円香「……通る分には、都合がいいのでは」
P 「お、気になる?」
円香「いえ、特に」
P 「はは…… ボイトレでも言われると思うよ。声は通るけど細いから、そのまま歌っても喉を潰してしまう。喉に負担をかけない声を身に付けないといけない。発声っていうやつ」
P 「声や歌を使って表現をする人の、一歩目だ」
円香「はぁ」
P 「俺はレッスンの専門じゃないけど、そうだな……透も同じタイプじゃないかな」
円香「……」
P 「小糸は声は小さい……と見せかけて、大きな声も出せるんだよな。雛菜はそもそも、発声が割とできてる。天性かな」
P 「まぁ、まずは腹式呼吸からやることになるんじゃないか。円香は器用そうだから、実際やったらすぐにできるかもしれないよ」
円香「そうですか。まぁ、あなたの発言が的外れでないことを祈っています」
31: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:04:27.22 ID:6vmrczOW0
――レッスン室
トレーナー「たぶん歌とか演劇とか、しっかりやったことのある人はいない……わよね」
透 「えーと」
透 「いませーん」
トレーナー「じゃあ、まずは声を出す姿勢から。声が一番響くのはリラックスした時で――」
トレーナー「――で、姿勢ができたら腹式呼吸になるんだけど……最初は床に寝ながらやると楽ですよ」
トレーナー「息を吸う時に胸が上がらないように、横隔膜を下げてお腹を膨らませる。ゆっくりとしっかり大きく息を吸ったら、腹筋でキープ」
トレーナー「そしたら大きく口を開けて、息を吐ききるまで、あー」
ノクチル「「「「あーー……」」」」
トレーナー「腹筋で息をささえて。限界まで絞りだしてー」
雛菜「あーー……」プルプル
小糸「ぁぁーー……」プルプル
トレーナー「はい、楽にして息吸ってー」
小糸「はぁっ」
雛菜「ひゅ~」
トレーナー「OK、まずは何セットかやってみましょう」
雛菜「あは~、雛菜寝そう~」
円香(でしょうね)
円香(そんでもって浅倉は、下手すると寝てる)
チラ
透 「あーーー……」
円香(……)
32: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:04:53.88 ID:6vmrczOW0
トレーナー「うん、浅倉さんと樋口さんはいい声で通るけど、喉を使っているわね」
トレーナー「市川さん、福丸さんは声量ありますね。まだ喉にかかってるから、そのまま歌うと喉に負担がかかってしまいます。全員まず、基礎練として寝ながらの発声。慣れてきたら立ったまま、お腹から声を出す感覚を掴んでください」
小糸「お腹から声……」
トレーナー「声を、頭に響かせるようにとか、頭から通り抜けるようにとか、前に前に押し出すようにとか、人によっていろいろな言い方はあるけど」
トレーナー「私は、人に届けようとする声かなと思っているわ」
トレーナー「歌っていくとわかるけど、腹筋で息を支えることが重要になってくるから、そのためにお腹周りの筋肉は付けておきましょうね」
トレーナー「まぁ、あなたたちは技術も体力もまだまだ足りないんで、じっくり育てていくしかありません。結局はダンスで全身使うしスタミナもいるから、とにかくまずは体力を付けていきましょう」
小糸「は、はいっ」
円香「はい」
透 「はーい」
雛菜「ふわ~……大変そー」
33: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:05:20.12 ID:6vmrczOW0
雛菜「ねぇ先生~」
トレーナー「先生ではないですが……はい、市川さん」
雛菜「なんかもっと楽な方法ってあります~?」
トレーナー「楽って……」
円香「どちらかというと、コツといったニュアンスですので、気にしないでください」
トレーナー「あ、ああ、なるほど……」
トレーナー「あまり近道があるものではないけど……舌を押し下げる感覚、って感じかな」
雛菜「ふ~ん?」
トレーナー「なんにせよ、まずは声を出してみるしかないです。自分での気付きが第一歩よ」
円香「……気付く、ですか」
トレーナー「そう。自分でやっても、これが正しいのかどうか、実感できない気がするでしょう?」
円香「ええ」
トレーナー「大丈夫、自分で気が付けるから。今までとは違う声がでているって、自分でわかるから」
円香「……」
トレーナー「発声は大事だけど、発声だけがレッスンじゃないですからね。他のこともどんどんやっていきますよ」
小糸「は、はいっ」
34: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:05:47.88 ID:6vmrczOW0
---
円香(……と言われてから2週間ほど。今だ発声が上手くできたか分からないまま)
円香(口を開けるだけじゃ足りない。口を開けることじゃない)
円香(たぶん一番最初にできたのは、雛菜だった)
雛菜「あのね~、喉が下がるんだよ~」
小糸「ど、どういうこと?」
雛菜「首のとこ触ってみて~」
雛菜「あー」
雛菜「から」
雛菜「あーー」
小糸「あっ、お、音変わった!」
雛菜「ほら、喉下がったでしょ~?」
小糸「うーんと……こ、ここ?」フニフニ
雛菜「そこそこー」
透 「へー。私も」フニフニ
35: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:06:13.88 ID:6vmrczOW0
雛菜「あーー」
小糸「舌、下げてるの?」
雛菜「ん~、そんな感じかも~?」
小糸「あー…… ん? あーー」
小糸「できてる? 気がする!」
小糸「あっ、これあれだよ、あくびする時みたい」
雛菜「あぁ、そうかも~」
円香「……」
円香(喉の奥を……あくびの時みたいに……下げる)
円香(……)
円香(……こう?)
36: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:06:40.34 ID:6vmrczOW0
円香(これで声を出せば)
円香(声を出せば……)
円香「……」
円香(レッスンでいいか)
---
ノクチル「「「「あーー……」」」」
トレーナー「うん、みんなOKですね。そのまま慣れていけば、発声はOKです」
円香(その日のレッスンで、私たちは全員、最初のステップをクリアしたそうだ)
37: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:07:25.84 ID:6vmrczOW0
――バス車内
円香(季節は移り、雨の多い季節になった)
ザァーー…
『はい、発車します』
プシュー ブロロロ…
透 「あー」
透 「いくらだっけ」
雛菜「ん~? 駅まで~?」
透 「うん」
小糸「た、たしか250円」
透 「250円かぁ」
円香「……アイス2つ」
透 「うーーん……」
円香「もう乗っているんだから、いまさら」
雛菜「だから雨の日きらーい」
透 「もうちょっと雨が弱かったら、歩いても行けたけど」
円香「さすがにレッスン室ついてびしょ濡れは嫌でしょ」
38: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:08:22.29 ID:6vmrczOW0
透 「そう言えば、聴いた?」
円香「なに?」
透 「曲」
雛菜「もらったやつ~?」
透 「それ」
小糸「き、聴いたよ! 歌詞もだいたい覚えたし」
透 「お、いいね」
円香「一応みんなで聴いたでしょ。事務所で」
透 「その後、家とかで」
円香「まだ、歌詞を少し見ただけ」
雛菜「雛菜はね~、ずっと流してた~」
円香「……周りに聞こえるのマズくない?」
39: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:09:03.00 ID:6vmrczOW0
透 「これ、たくさんの人の前で歌う時が来るのかな」
雛菜「やは~、楽しそ~」
小糸「そ、そうだね……!」
円香「……楽しみにしてばかりもいられないでしょ」
円香「浅倉と雛菜はまだ音取り甘いし。ダンスも課題……私もだけど」
円香「まだ及第点出せるレベルには遠そう」
小糸「う……」
雛菜「む~。そういうの嫌い~」
透 「ふふ。いいね、及第点」
円香「……まぁ、ほどほどにね」
40: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:09:52.54 ID:6vmrczOW0
ドザーー
雛菜「わ~。雨だと川すごい~」
小糸「増水してるね……」
透 「河原も見えないや」
小糸「あ、あのね。レッスン室使えない時の練習ってどうしてるのか、プロデューサーさんに聞いたことがあって」
小糸「イルミネーションスターズの人たちはよく、公園とか河原で練習してたりするんだって」
透 「河原ってあそこ?」
小糸「あ、ど、どこかは聞かなかった……ごめんね」
円香「別に、謝ることじゃないけど」
雛菜「公園で練習とか、青春って感じ~」
透 「ふふっ、やる? 自主練」
雛菜「え~」
透 「いいじゃん、青春。ねぇ、樋口」
円香「知らない」
小糸「わ、私はやってみたい、かも……」
円香「……」
41: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:10:32.62 ID:6vmrczOW0
透 「だってさ。自主練って、何やればいいの?」
円香「私たちは、まず体力作りからじゃない?」
透 「あ~」
円香「前に放クラの人たちの練習見て、2回連続で曲やっても息上がってなかった」
小糸「す、凄いね……やっぱり体力要るなぁ」
雛菜「振付で変わらない~?」
円香「それだけじゃない。私と浅倉は声量も足りてないし」
透 「え、そう?」
円香「トレーナーさんが言ってたでしょ」
小糸「こ、声、奥の客席まで聞こえなきゃいけない、とかあるのかな」
円香「マイクあるからそこまではいいと思う。でも最低限の……」
円香「…………」
円香「……まぁ、レッスンの後レッスン場が空いていたら、とかでいいんじゃない」
透 「あー。いいね」
42: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:10:58.69 ID:6vmrczOW0
円香「あとは、雛菜がやる気になるかどうか」
小糸「う……ど、どう、雛菜ちゃん?」
雛菜「ん~、自主練~? 雛菜はいいや~」
小糸「そ、そう……」
円香「現実的な所、3人でやることになりそう」
雛菜「あは~、じゃあそれ~」
円香「……雛菜がいいならいいけど」
小糸「あぅ……」
透 「で、具体的なメニューは」
円香「……なんか丸投げしてない?」
透 「してないしてない」
小糸「え、えっと……」
雛菜「プロデューサーか~、先生に訊けばいいんじゃない~?」
小糸「あ、そうだよね。メニュー組んでくれるかもしれないし」
43: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:11:26.37 ID:6vmrczOW0
小糸「じゃ、じゃあ、部屋の申請とメニューのこと、私がプロデューサーさんに話しておくねっ」
透 「ふふ、よろしく」
円香「……レッスン室なら、はづきさん」
小糸「ぴゃっ、そ、そうなの?」
円香「うん……メニューのこともはづきさんにしておけば、トレーナーさんに通してくれると思う。……確か」
小糸「わ、わかった」
円香「……」
透 「よろしく」
小糸「う、うんっ」
円香「……」
透 「ふふ」
円香「なに」
透 「なんも」
円香「……」
円香(それから雨は)
円香(数日続いた)
44: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:12:26.77 ID:6vmrczOW0
――橋のそば
ザァーー…
透 「雨あがったのに、水位すご」
円香「夜のうちに止んだくらいだから、まだ水引いてないでしょ」
透 「川の色、めっちゃカフェオレ」
円香「美味しくはなさそう」
透 「わー……いつもの河原とか、どこいったんだろうって感じ」
円香「ちょっと。危ないから、あんまり近寄らないで」
透 「大丈夫。……あ」
円香「うん?」
透 「石。みて」
円香「なに」
透 「ほら、すごくいい形」
45: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:13:10.30 ID:6vmrczOW0
透 「よく跳ねそうでしょ」
円香「この川に投げるつもり?」
透 「まぁ、見てなって」
円香「……」
ヒュッ
円香「……」
パシャッ ジャポ
透 「おー」
透 「1回だけ跳ねた」
円香「……そんなもんでしょ」
46: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:13:39.43 ID:6vmrczOW0
透 「樋口は投げないの」
円香「え?」
透 「……」
円香「いい」
円香「向こう岸まで届くわけないし」
透 「届くかもしれないよ」
円香「……」
円香「無限に跳ねるわけじゃない」
透 「……投げるかな」
円香「え?」
透 「石が無限に跳ねたら、川に石、投げるのかな」
透 「って、思っただけ」
円香「……」
透 「樋口は」
透 「――――――――」
47: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:14:09.24 ID:6vmrczOW0
円香(それは)
円香(この前、まだ雨の降っている日に言われた)
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
――事務所
P 「そういやさ」
円香「……」
P 「声、出るようになったな」
円香「はい?」
P 「発声出来てきたんじゃないか」
円香「……トレーナーさんに聞いたんですか」
P 「え? ああ、トレーナーさんに聞いたわけじゃなくて、前にレッスンに寄った時とか、あと事務所で普通に会話している時とか」
P 「声が出るようになっているなって、聞いてわかったよ」
円香「……」
P 「まぁ、どのレベルまでできるようになったとかは、聞いた方が早いだろうけど」
円香「そう」
P 「ちゃんと身についていってるんだなって」
円香「……ええ、まぁ。やっている以上は、少しは伸びるんじゃないでしょうか」
P 「違いないな。ははっ」
円香「……」
48: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:14:39.23 ID:6vmrczOW0
P 「曲も上がってきて、いま振り付けのベースも考えてもらっているところだ。実際は合わせながら、皆がやりたいことを盛り込んだりして形にしていくから、なんか思うところがあったら振り付けの先生に言うといいよ」
円香「そうですか」
P 「披露の場はまだ日程も決まっていないけど……でも、4人の曲を届けられるステージを用意するつもりだ」
円香「はい……」
P 「あれだけいい曲ができたからさ、俺も楽しみだよ」
円香「…………」
P 「ん? ……なにか、気になることでもあったか?」
円香「……」
円香「はぁ……」
円香「……届けるって」
P 「うん?」
49: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:15:42.68 ID:6vmrczOW0
円香「届けるって、どんなことだと思いますか」
P 「届ける?」
円香「……声とか」
P 「声とか、か。……ああ、声が聞こえていてもその人には届いてないこととかあるよな」
円香「……それくらいの察しの良さを、普段から発揮してほしいものです」
P 「はは…… けどそうか、そういうことなら……自分の意識を乗せることかな」
円香「……」
P 「ほら、発声って口を開けるだけじゃないだろ。俺はいまいち上手くできないんだけど、呼吸とか、喉の開きとかで成立する」
P 「想いを届けるのも、声を大きく出せば届くわけじゃない。そういう方法ももちろんあるけど、声を出すことが意識を、想いを届けることにはならない」
P 「届けようとする意識を声に乗せることが、届けることそのものだと思うよ」
50: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:16:35.92 ID:6vmrczOW0
円香「届かなかったら、それは乗せる意識が間違ってる、と言うこと?」
P 「それが原因の場合もあるし、正しく意識を込めていたとしても、それが正確に届くかは分からない。結局は、受け取った側の問題だから」
円香「……」
円香「まぁ、言いたいことは分かりました」
P 「こんな説明で分かってくれたなら」
円香「と、同時に絶望しますね」
P 「え」
円香「当然じゃないですか。私にはそういう届けたい意識がないので」
円香「乗せる意識がないなら、なにも届かない。どんなに声を出そうとも」
P 「……まぁ、そうだな……いくら大きな声を出しても、意識が乗っていなければ、振り向く人は少なくなるだろう」
P 「でも、それなら」
P 「円香の課題はあと、意識だけなんじゃないかな」
円香「……」
51: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:17:03.36 ID:6vmrczOW0
P 「意識を正しく乗せたなら、大きな声は必要ないよ」
P 「例えばだけど、キッチンの方から透とか雛菜が、小声で『ちょっとちょっと』なんて呼んでる。そしたら、向かうだろう? 意識が届いているわけだから、なんなら声もいらない」
円香「……」
P 「必要な意識を必要な声量で。みんな日常で、無意識にやってるんだよ。それを意識してやれたら……それはどちらかって言うと役者さんとかの特技かもな」
P 「円香は届けたい意識が無いなんて言ったけど、それは嘘だ」
円香「……は?」
P 「円香は嫌がるかもしれないけど……俺に質問したことそのものが、円香にそういう、伝えたい意識があるって証明してる」
円香「……」
P 「とても小さいかもしれない。自分ではまだ気づかないかもしれない、でも」
円香「もういいです」
P 「……円香は」
円香「やめてください」
P 「……」
円香「やめて」
P 「……」
52: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:17:33.28 ID:6vmrczOW0
円香「……」
P 「変に意識する必要はない。円香の魅力はそれだけじゃないから」
P 「思うようにやってみて欲しい。反応は、出してみないと分からない」
円香「……無責任ですね」
P 「ははっ、そうかもしれないな」
P 「さっき言った通り、確実に成果が返ってくるとは限らない世界だからさ」
P 「それでも届けるんだ、って声をあげ続けよう。きっと、円香の想像もしない反応が返ってくる」
円香「まるで賭け事」
P 「だろ。だから楽しいんだ」
円香「そう簡単には乗りません。ミスター・ギャンブラー」
P 「はは、そう言われると……でも、円香にも分かるんじゃないか」
円香「はい?」
P 「自分の想いを、意識を正しく届けるのは難しいことだって分かったんだろう? もしそれが自分の思い通りに相手に伝わったら、ファンに届いたら」
P 「それはもう最高だって、きっと思うよ」
円香「……」
53: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:19:20.74 ID:6vmrczOW0
円香「分からないですよ」
円香「こんなにも価値観が違うんですから」
P 「そうか?」
円香「ええ」
P 「……まぁでも、確かにそうか。その円香の感覚は正しいよ」
円香「……は?」
P 「やることの結果が分かってないと、動けないっていうのは普通かもなって」
P 「じゃあそこまでの道を準備するのも、プロデューサーの役目だな」
円香「……」
円香「……ギャンブラーは少し違っているみたいなんで、訂正します」
P 「うん?」
円香「イカサマ師の方がお似合い」
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
透 「投げるかな」
円香「え?」
透 「石が無限に跳ねたら、川に石、投げるのかな」
透 「って、思っただけ」
円香「……」
透 「樋口は」
透 「結果が分かってないと、石を投げないんだ?」
54: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:20:07.36 ID:6vmrczOW0
円香「……」
円香「さあ」
円香「届きそうなら、投げるんじゃない」
透 「届かないなら投げないか」
円香「……普通でしょ」
透 「あー」
透 「うん、まぁ、そうか」
透 「そうかな? わかんないや」
透 「投げないと分かんないからさ」
透 「届くかどうかなんて」
円香「……」
円香「やな感じ」
透 「えー。なんで」
円香「そういう人を、彷彿とさせるから」
透 「どういう人?」
円香「そういう人」
透 「ふーん……あ」
円香「どうかした?」
透 「二人だ」
円香「うん?」
透 「あっち、ほら」
円香「ああ。うん」
55: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:21:02.20 ID:6vmrczOW0
透 「小糸ちゃーん。雛菜ちゃーん」
ブロロォン…
透 「……声届かないや」
円香「雨上がりだから、車うるさい」
透 「うん」
円香「けど、届くでしょ」
透 「え?」
円香(深く息を吸い込んで、空気をお腹に入れる)
円香「すぅ……」
円香(喉の奥を下げて、口も大きめに開けて)
円香(声を届ける、という意識)
円香(その気持ちが)
円香(声に、乗る)
円香「小糸ーーー! 雛菜ーーー!」
透 「!……」
56: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:21:57.64 ID:6vmrczOW0
雛菜「?」
小糸「!」
小糸「ま……ーん! とお……ん!」ブンブンブン
円香「気づいた」
透 「……」
円香「なに?」
透 「声、めっちゃでた」
円香「ああ…… うん」
透 「やるじゃん」
透 「届きそう。奥の客席まで」
円香「……通るんだって」
透 「え? なに、私?」
円香「違う」
円香「私の声がよく通るんだって、言われた」
透 「へー。誰に?」
円香「……」
円香「トレーナーさん」
57: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:22:29.35 ID:6vmrczOW0
円香「浅倉も言われてたけど。覚えてないの」
透 「えーと。うん」
円香「はぁ……」
雛菜「あは~、透先輩たち、なにしてたの~?」
透 「水切り」
小糸「こ、この河に……?」
円香「私はやってない」
透 「そうだっけ」
小糸「?」
透 「とりあえず、事務所いこっか」
雛菜「はーい」
58: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:23:38.94 ID:6vmrczOW0
――橋の上
ザーー…
雛菜「ようやく晴れたね~」
小糸「っていう話をしてて」
円香「うん、こっちもだいたい同じ」
透 「……」ピタ
円香「……浅倉?」
透 「え? ああ」
円香「なんか考えてた?」
透 「うん。橋、すごいなーって」
円香「向こう岸いけるから」
透 「あれ……言ったことあったっけ」
円香「前に聞いた」
透 「そっか」
小糸「全く同じ場所で言ってたよ、透ちゃん」
透 「そうだっけ」
59: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:24:18.56 ID:6vmrczOW0
透 「でもほら」
透 「この橋を作るにも、いろんな人がいろんな事考えて、いろいろやって作ったんでしょ」
円香「情報量皆無なんだけど」
小糸「え、えーと、橋げたの基礎作って、支柱を作って」
透 「そうそう、そんな感じ」
小糸「あ、じゃあ」
小糸「プロデューサーさんみたいなお仕事だったんだね」
透 「え?」
円香「え」
雛菜「え~?」
小糸「ぴゃっ…… へ、変なこと言っちゃった……?」
60: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:24:50.94 ID:6vmrczOW0
円香「まぁ、変」
小糸「あぅ……」
雛菜「へん、かもしれないけどー」
透 「ふふ、うん、ちょっと、わかる」
小糸「そ、そう?」
透 「うん」
円香「……無理やりこじつけた感あるけどね」
小糸「えぇっ」
雛菜「そのお仕事がライブだとすると~、この橋がステージ?」
透 「観客は?」
小糸「お、おさかなさんっ」
雛菜「スタッフさんが足場を組んで~」
小糸「舞台袖で出番を待って……」
透 「うるさいくらいの川の音は」
雛菜「楽屋にも聞こえるファンの歓声~!」
円香「……」
61: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:25:27.81 ID:6vmrczOW0
透 「じゃあ、立ってみる?」
小糸「え?」
透 「ステージがあるなら、歌うんでしょ。アイドルって」
円香「ここで?」
透 「ここで」
透 「ステージみたいじゃん。橋の真ん中」
円香「……ひとりでやって」
雛菜「え~。円香先輩もやろ~」
円香「え……」
円香「……」
透 「自主練みたいなもんだよ」
小糸「だ、誰もいないよ、円香ちゃん」
円香「……」
小糸「せっかく曲もらったんだし……」
62: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:26:06.44 ID:6vmrczOW0
円香「……はぁ……」
円香「レッスンで合わせればいい話なのに」
透 「これから、どれくらいの人の前で歌うか分かんないじゃん」
円香「人が来たらやめるから」
透 「へーきへーき」
円香「なにが……」
小糸「く、車に乗ってる人は、気付かないよ」
雛菜「ほらほらはやく~」
円香「……」
円香「……一回だけだから」
透 「はーい」
透 「じゃあ…… ……あれ、立ち位置どうする?」
小糸「ふ、振り付けはまだだよ……」
透 「じゃあ、音合わせだけ」
円香「……向かい合ったままで?」
透 「いいでしょ」
円香「……わかった」
透 「せーの」
https://www.youtube.com/watch?v=xZtiRGMGsig
「ひかーりあつーめて」
「ひーびけとおーくへ」
「「せーの」」
「「――――」」
「「――――」」
63: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:26:37.56 ID:6vmrczOW0
円香「……」
透 「……」
雛菜「だーれも通らなかったね~」
円香「……別にいいでしょ。見られた方が恥ずかしい」
透 「あ」
円香「?」
透 「最初のせーの、いらなかった」
小糸「あ、歌い出し、透ちゃんだけだもんね」
雛菜「やは~、透先輩気づいてなかった~」
透 「うん。気づいてなかった」
円香「……」
小糸「あっ、ま、まだ収録もしてないけど、外で歌ってよかったのかな……」
透 「……あー……」
透 「ま、いいじゃん」
円香「よくはない」
円香「……けど、大丈夫でしょ」
円香「誰も聞いてなかったし」
64: ◆WO7BVrJPw2 2020/12/06(日) 14:27:07.68 ID:6vmrczOW0
雛菜「あーっ」
小糸「?」
雛菜「晴れた~」
小糸「雲から光が差し込んで……」
透 「光ったね」
円香「……太陽、眩し……」
小糸「な、なんかまるで」
透 「スポットライトみたいだね」
雛菜「あは~、わかる~」
円香「……」
小糸「円香ちゃん?」
円香「……」
円香「……うん」
円香「わかる」
おわり
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