魔王「んんっ……」

 猛烈なノドの乾きを覚えて目がさめる。
 窓に視線を向けると、空はまだ暗かった。

 時刻は明け方と言ったところか。
 身体を起こし、枕元に置いてあった水差しから水をコップに注いで一気に飲み干した。

魔王「んくっ、んくっ」

 さすがに、ぬるい。
 けれどノドは潤った。
 

引用元: 魔王「世界征服、やめた」 



9: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/05(火) 20:48:02.24 ID:7iu+BaMYo

魔王「んー……」

 首を回す。
 どうやら頭痛は消えたようだ。

 ベッドから降り立って、軽くストレッチをしてみる。
 大丈夫。

 どこも異常はない。

魔王「風邪は治ったか」

 よしよし。なんのかんの言ってもやはり魔王のようだ。
 身体の作りはそう軟じゃない。
 

10: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/05(火) 20:48:37.16 ID:7iu+BaMYo

魔王「さ、て」

 どうしたものだろうか。
 わたしは一体どれほど眠っていたのか。

 記憶を遡るのも億劫なほど、便器とベッドに世話になった気がする。
 それとアラクネにも。

魔王「完全に起きちゃったしなあ……」
 

11: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/05(火) 20:49:09.35 ID:7iu+BaMYo

 どうしよう。
 まさに自由の時間と呼べるのじゃないか?

 こんな時になにをしたら良いかわからない、ってのは我ながら哀しいと思う。
 それもこれも魔王的な教育を受けてきたからであって、余暇を楽しむとかそう言った……ああ、もう。

 本を読むだとかその程度しか思い浮かばない。

魔王「むう……む? すんすん」

 ん? んん?
 なにか、匂う。
 

12: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/05(火) 20:50:01.18 ID:7iu+BaMYo

魔王「すんすん」

 わたしだ……。
 匂い。いや、臭いの発生源はわたし自身。

 あまり喜ばしくない臭いが身体から立ち込めている。
 汗と、あと、あれ。

 口から出しちゃった感じの残り香が。ががが。
 

13: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/05(火) 20:50:42.39 ID:7iu+BaMYo

魔王「ああ……」

 そうだ。
 まずは湯浴みをしよう。

 身体を隅々まで綺麗にして、髪も洗って。
 ゆっくりと湯に浸かって身体を清潔にしよう。

 それでもって、湯に浸かりながら今日一日をどうしようか決めようじゃないか。
 うん。それが良い。
 

14: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/05(火) 20:51:18.26 ID:7iu+BaMYo

魔王「けってい」

 さ、そうと決まれば浴場だ。
 湯は常にはられている。

 着替えを持って浴場へと足を運ぼう。
 

15: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/05(火) 20:52:05.41 ID:7iu+BaMYo


……。
…………。
………………  

 

16: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/05(火) 20:53:06.21 ID:7iu+BaMYo


魔王「~~♪」

 鼻歌交じりに、身体を洗う。
 ブラシで背中を洗うのはとても心地が良い。

 長い髪を洗うのは毎回面倒だと思うけれど、乾かした後に香る匂いは気に入ってるからまあよし。
 サキュバスから貰った“ぼでーそーぷ”も匂いが素晴らしい。

魔王「ふはー」

 湯に浸かると疲れが吹き飛ぶ感じだ。
 さて、さて、さて。
 

17: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/05(火) 20:53:36.48 ID:7iu+BaMYo

魔王「今日はどうしようかなあ……」

 む。
 なんだか、湯に浸かったら少し眠たくなってきた。

 いけない。
 でも、ああ。なんだか、気持ち良いなあ。

魔王「うぐう……」
 

18: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/05(火) 20:54:41.87 ID:7iu+BaMYo


 *魔王、入浴時に仮眠の為、場面が変わります。


Extra
 ┃
 ┠─ 1:狼と龍
 ┃
 ┠─ 2:首無しの得物
 ┃
 ┗─ 3:妖精の谷の幼子

NEXT >>20 

20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2012/06/05(火) 21:08:05.43 ID:b69PiwRIO
1

26: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/06(水) 07:16:00.73 ID:yK+9YHlXo
 


 ─ 魔界 東方領 ─


 周囲は完全に沈黙していた。
 その場所で息づく者はただ一人。

 果て無き屍の上で血にまみれ酔っている。
 大地は竜族の血で穢れ、数多の命が散っていた。
 

27: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/06(水) 07:16:26.48 ID:yK+9YHlXo

???「あ゛ー……」

 一人。声にならない声をあげる。
 虚無。なにも感じない。

 戦闘が一度終わってしまえば、いつもこうだった。
 

28: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/06(水) 07:17:06.47 ID:yK+9YHlXo

???「うう……」

 記憶がない。
 死屍累々と積まれたものを見れば予想はつく。

 またやってしまったのだろうと彼女は判断する。
 興奮が醒め、意識が戻るとまた東へと舵をとった。
 

29: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/06(水) 07:17:32.86 ID:yK+9YHlXo

 彼女が探しているものは“剣”だった。 
 頑丈なだけが取り得の得物。

 長大な大剣。
 それがどのタイミングでなくなったのかも記憶になかった。

 気付けば手からその得物がなくなり、戦闘が全て素手で行われるようなった。
 手が汚れてしまう。

 前身が返り血で染まっている身分でなにを言うかと思うが、彼女なりの考えがあってのことだった。
 

30: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/06(水) 07:17:59.20 ID:yK+9YHlXo

???「剣……剣……きっと、あっちで落としたんだ……」

 得物越しに叩き潰れる、肉の感触が好きだった。
 素手では味わえない、骨の砕ける感触が心地良かった。

 戦闘でしか満たされない彼女にとって、攻撃方法が素手に限定されることは好ましい状況と言えない。
 いったい、いつからこうなってしまったのだろう。

 遠い記憶を遡れば、兄と楽しく遊んでいた時代もあったはずだった。
 強く、大きく、尊敬できる兄。
 

31: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/06(水) 07:18:35.96 ID:yK+9YHlXo

 もう何年も何年も会っていない。
 会える訳がない。

 ──会えばきっと、殺してしまう。

 きっと楽しい。
 お兄ちゃんと戦えば、どんなに心が躍ることだろう。

 殺せるだろうか。
 殺してくれるだろうか。
 

32: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/06(水) 07:19:04.25 ID:yK+9YHlXo

 だめだ、だめだ、だめだ。
 同胞で殺しあうなんて、だめだよ。

 彼女の中で渦巻く葛藤。
 抑えきれぬ衝動。

 色濃く出てしまった、狂戦士としての血。
 それが彼女の不幸だった。
 

33: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/06(水) 07:19:46.32 ID:yK+9YHlXo

???「お兄ちゃん、元気かなー……」

 うろうろと東へと歩みを進める。
 不思議だった。

 そこいらから竜族の気配を感じる。
 まだまだ頭数はいるのに、襲ってこない。

 歩いても歩いても、竜族は牙を向いてこなかった。
 

34: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/06(水) 07:20:20.47 ID:yK+9YHlXo

???「……」

 そうこうしている内に辿り着く。
 魔界の深遠。

 魔界東方領。領主ヨルムンガンドが住まう“龍の塒”へと。
 

35: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/06(水) 07:20:57.73 ID:yK+9YHlXo


 ─龍の塒─


 そこは随分と不思議な空間だった。
 荒野を越え、渓谷を越え、さらに歩き開ける場所。

 谷の奥深くにぽっかりと出来た大きな空間。
 暗く、深く、奥は見えない。

 行き止まりであるはずの谷の終焉。
 そこには巨大な闇が広がるばかりだった。
 

36: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/06(水) 07:21:23.90 ID:yK+9YHlXo

???「……」

 谷の入り口で立ち尽くす狂戦士。
 “門番”の対応を待っていた。


 ──来たか。


???「……」

 闇の合間から、瞳が現れる。
 巨大な空間に現れる巨大な瞳。

 それは“龍王”であるヨルムンガンドの瞳であった。
 

37: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/06(水) 07:22:10.22 ID:yK+9YHlXo

ヨルムン「久しいな……」

???「……」

 ヨルムンガンドの身体は魔界に存在しなかった。
 巨大すぎるその身体は自身すら全長がわからぬほどの大きさである。

 その全てを顕現したのであれば、魔界がヨルムンガンドの身体によって飲み込まれてしまう可能性すらあった。
 “龍王”は自らが作り出した空間へ身体を押し込み、こうして瞳と声だけをこの谷間から覗かせている。

 巨大すぎる瞳ですら、外界から見えるギリギリのサイズへと変換して投影している。
 “龍王”ヨルムンガンドはそれほどの大きさだった。 

ヨルムン「狂戦士……ベルセルクよ。如何な用でここへ来た」

ベル「向こう、行きたくって……」


 ──ベルセルク。


 幼き日は“ベル”と呼ばれた少女の名前だった。

 

45: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/12(火) 06:44:34.02 ID:n0NmhVZ1o
 



 人狼族の娘と会うのはこれで二度目だった。
 一度目。もうどれだけ前のことかはわからないが、彼女は今ほど狂ってはいなかった。

 狂える戦士の宿命を持つ狼。
 彼女はその戦闘衝動を抑えることが出来ないと自覚していた。

 そんな彼女が選んだ行動は、生まれ育った大地を離れること。
 共に生きてきた兄や一族から離れて生きることを選択した。

 ──生きる。否。

 彼女は死ぬ為にこそ、その地を踏みに行ったのかもしれない。

 

46: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/12(火) 06:45:13.07 ID:n0NmhVZ1o

ヨルムン「(まさか“成る”とは……)」

 確かに以前会った時も彼女の強さは郡を抜いていた。
 けれどもそれは種族の持つ力。その輪に納まる程度の力量。

 “地獄界”で永らえるほどの力を持ってはいなかった。
 しかしどうだろう。

 今、また対峙している者は別種と言えるほど力をつけている。
 種族の限界を破り“成って”しまった。

 王に届きうる牙を彼女は手にしている。
 

47: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/12(火) 06:45:43.29 ID:n0NmhVZ1o

ヨルムン「……」

ベル「どいて、欲しいな……」

 自らの意思で向こう側へと渡った彼女がどうして魔界へと戻ってきたのか。
 理由はわからない。

 恐らくは混濁した意識の中で、自然と魔界へと足が向いてしまったのだろう。
 魔界から地獄界への扉は一箇所だが、向こうからこちらへ出るための道は幾つか存在している。
 

48: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/12(火) 06:47:07.81 ID:n0NmhVZ1o

ヨルムン「(一体、どれほどの悪魔を屠ったのか……)」

ベル「……」

 ぼーっと、まるで酔っ払っているかのように彼女はふらふらとしていた。
 全身に纏わりつく竜族の血で酔っている。

 我が子らの攻撃を止めねば、今頃はさらなる竜の屍が谷を埋めていたに違いない。
 危険極まりない。

 彼女はただただ死を撒き散らす存在になっている。

ヨルムン「良いだろう……」

ベル「や、ったー」
 

49: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/12(火) 06:47:51.11 ID:n0NmhVZ1o

 幸いと言うべきか、彼女は興奮状態ではない。
 “龍王”と呼ばれるヨルムンガンドに牙を向く気はないようだった。

 強き者には猪突猛進するはずの狂戦士がヨルムンガンドに反応しない理由。
 それは彼の身体がどの世界にも属してないことを、本能で察知したからに他ならない。

 引き裂こうにも身体がない。
 食い破ろうにも身体がない。

 実体無き強者。
 それが“龍王”ヨルムンガンドであった。 
 

50: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/12(火) 06:48:47.37 ID:n0NmhVZ1o

ヨルムン「願わくば、二度とこの地に足を踏み入れて欲しくはないものだ……」

ベル「……」

 ヨルムンガンドが“座して”いた地を離れる。
 ゾゾゾ、と音なき音が渓谷に響き鳴る。

 谷の終焉を覆っていた異空間が消え、そこにある本来の姿が顔を見せる。
 魔界から地獄界に通じる巨大な“穴”だった。

 この穴に蓋を出来る者など、どの世界を探してもヨルムンガンド以外にいない。
 彼は遥か昔からこの扉を管理する門番であった。
 

51: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/12(火) 06:49:34.07 ID:n0NmhVZ1o

ベル「……」

 ふらふらと穴に近寄る。
 なんの躊躇いもなしに、彼女は地獄界へと身体を落としていった。

 己が剣を見つけるために、見当違いも甚だしい地獄界へと舞い降りる。
 彼女の剣はアンデッド族の“デュラハン”に盗まれ、今は魔王城に保管されていた。

 しかしこの勘違いは僥倖と言えた。
 万が一、彼女が魔王城に剣があることを知れば魔王と相対することは目に見えている。
 

52: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/12(火) 06:51:03.05 ID:n0NmhVZ1o

 魔界最強である魔王と対峙し、血が騒がぬはずがない。
 種族の限界を破り“成った”彼女の力と、魔王の力。

 激突すれば、魔界が揺れることは間違いなかった。
 けれども両雄が激突することはもうない。

 狂戦士ベルセルクは再び地獄界へと足を踏み入れたのだから。
 

 ──ゾゾゾ、ゾゾゾ。


 再び谷の終焉にヨルムンガンドが座し“龍の塒”には静寂が戻った。


 

60: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/19(火) 21:05:32.66 ID:kqA4MqB7o

 プリン。
 それは昔、一度だけ食べたことがある甘くてぷるぷるした最強に美味しい人間界のお菓子。

 それがバケツサイズで目の前に現れた。
 素敵だ。素敵すぎる。

 わたしは嬉しくって、それにかぶり付きたいんだけど身体が動かなくって
 もどかしくって。
 

61: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/19(火) 21:05:59.95 ID:kqA4MqB7o

 ううん。ううん。
 熱い。身体が熱い、動かない……。

 ううん。

 ──ま。

 ふわふわする。
 最近、こんな感じを味わってばかりのような気さえする。
 

62: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/19(火) 21:06:30.79 ID:kqA4MqB7o

 ──さま?

 ああ、なんでプリンに辿り着けないんだろう。
 プリン。プリン。ああ、プリン食べたい。

魔王「──ぷりんっ!!」

 あ。
 目が覚める。

アラクネ「もう」

 

63: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/19(火) 21:06:58.26 ID:kqA4MqB7o

 気が付くとわたしは全裸で床に敷かれたタオルの上にいた。
 身体が妙に熱い。

 ああ、そうか。なるほど。
 わたしは……はあ。参った。

 呆れ顔を作るアラクネと、脱衣所の隅でわたしを心配そうにみつめるスライム娘たち。
 わたしは全裸で、脱衣所にいる。

 風呂に入ってて気持ちよくって……。
 

64: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/19(火) 21:07:26.04 ID:kqA4MqB7o

魔王「……世話をかけた」

アラクネ「まったくですよ」

 湯船に浸かりながら眠ってしまい、挙句の果てにのぼせたようだ。
 どんどん魔王としての威厳がなくなっていってる気がするのは、きっと気のせいじゃないだろう。

アラクネ「マグマの中でも活動出来る魔王さまがのぼせたなんて、報告を聞いたときは耳を疑ってしまいましたよ」

魔王「言い訳の弁もない……」
 

65: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/19(火) 21:07:57.84 ID:kqA4MqB7o

 ああ、そうとも。
 魔王ともなれば、その気になればマグマの中でだって活動できる。

 けれども風呂と火山の火口とでは勝手が違うだろう。
 リラックス状態で入る湯船。

 脱力しきっていれば魔王だって湯当りの一つもするさ。
 ……と言ってもだ。部下の前で醜態を晒したのは事実。

 くそう。
 アラクネには借しを作りっぱなしだな。
 

66: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/19(火) 21:08:48.93 ID:kqA4MqB7o

アラクネ「さあさ、気が付かれたのならお召し物をどうぞ」

魔王「ん」

 パリっと綺麗に畳まれた下着と魔王着。
 それに袖を通そうとした時だった。


 ──魔王様はここかっ!!


 入り口でこちらを伺っていたスライム娘たちを押し退け脱衣所に侵入してくる不届き者。
 おいおい。穏やかじゃないなあ。
 

67: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/19(火) 21:09:21.78 ID:kqA4MqB7o

アラクネ「大臣!? ここは脱衣所ですよ! 魔王様はまだお召し物を──」

ガーゴイル「そんなことを言ってる場合ではないっ!」

 血相を変えて(と言っても石像だから相なんてないけれど)飛び込んできたガーゴイル。
 何時になく口調が荒く、本当に焦っているようだった。

 わたしは下着を穿くのをやめて、

魔王「アラクネ、よい。ガーゴイル大臣、なにかあったか?」

アラクネ「なにが良いでんすか! ああもう、せめて下着だけでも……」

 

68: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/19(火) 21:09:50.48 ID:kqA4MqB7o

 アラクネはわたしの裸体をガーゴイルに見せたくないのか、必死に身体を隠そうとタオルを巻いてきた。
 別に裸を見られたからといってどうと言うものでもないのに。

ガーゴイル「人払いを」

魔王「ここは謁見の間じゃない、脱衣所だ。魔王であるわたしが許す、言え」

 もう、面倒くさい。
 急いでるんでしょう? さっさと用件を言って欲しいんだよね。

ガーゴイル「……」

魔王「なにがあった?」

ガーゴイル「巨人族が──」

 

69: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/19(火) 21:10:24.85 ID:kqA4MqB7o



 ──巨人族が、魔界からの独立を宣言いたしました。



 脱衣所の時が止まる。
 わたしの裸体を隠す為に持たれたアラクネのタオルが落ちた。

魔王「独立……?」

ガーゴイル「先ほど、巨人族どもの棟梁……“ヘカトンケイル”の部下の者がそう宣言して参りました」
 

70: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/19(火) 21:11:01.11 ID:kqA4MqB7o

 独立? 嘘でしょ?
 これから平和にやっていこうねって、魔王であるわたしが決めたばっかりなのに。

 独立。独立だって?
 冗談じゃない。

 そんな勝手が許されるはずないじゃないか。

魔王「……」

ガーゴイル「魔王様、すぐに謁見の間へ。対策を立てませんことには……」

魔王「わかった」

ガーゴイル「“ヘカトンケイル”は長兄様の非ではございませぬゆえ」

魔王「わかっている」
 

71: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/19(火) 21:11:29.40 ID:kqA4MqB7o

 巨人族。
 魔界でも個体数が少ない稀有な者たち。

 どの“四王”領にも属せず、魔王領にも属さない。
 魔王に忠誠を誓っている訳でもなく、ただただ彼等は棟梁である“ヘカトンケイル”に従い動いていた。

 それでも前代魔王……父の下に付いていたのは、きっと父の人格だのなんだのが原因なのだろう。
 今はそんなことを考えている場合じゃない。

 

72: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/19(火) 21:11:57.97 ID:kqA4MqB7o

 いつかはちゃんと話しを付けなきゃなぁ、とはわたしだって思っていたさ。
 ただ今の今までなにも言ってこなかったし。

 兄様や姉様のがうるさいから、そっちをゆっくりと片付けてからかなぁとか。
 “四王”とも色々話さなきゃとも思ってたし。 

 まさか独立とか訳のわからないこと言い出してくるだなんてコレっぽっちも……。

魔王「……」
 

73: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/19(火) 21:12:41.24 ID:kqA4MqB7o

 うう。
 うう! うう! 面倒くさい……!

 もう! もうもうもう、止めてよ。そんな面倒くさいことは。
 なに考えてるの。

 脱衣所でしゃがみこんで転がりたくなる衝動をどうにかこうにか抑えた。
 動揺で声が震えないよう搾り出すように、

魔王「ガーゴイル。謁見の間で待っていろ。すぐに行く」

 魔王であるわたしは、そう大臣に告げた。
 

82: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/23(土) 02:18:06.15 ID:aSJcvr+ao
 


 巨人族の長。
 “ヘカトンケイル”の使いがやって来たのはわたしが風呂で伸びている頃合だった。

 使者は単眼の巨人“キュクロプス”。
 突然の来訪者に対応したのは説明するまでもなく、大臣のガーゴイル。

 巨人が魔王城を訪れることなどまず、ない。
 それだけで異常事態だ。

 だからこそ、大臣であるガーゴイルが対応した。
 

83: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/23(土) 02:18:38.38 ID:aSJcvr+ao

魔王「……」

 脱衣所から大急ぎで着がえて玉座に座り、事の顛末を耳にする。
 ああ、もう。

ガーゴイル「ヘカトンケイルは本気のようです」

魔王「やはり、気に入らないのか」

ガーゴイル「そのようで」
 

84: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/23(土) 02:20:56.43 ID:aSJcvr+ao

 参った。
 まさか魔界からの独立を……だなんて。

 なにを考えて──いや、わたしが気に入らないのだろう。
 わたしが、と言うよりもわたしの下した命令が。

魔王「むう……」

ガーゴイル「ヘカトンケイルの実力は、有体に申し上げれば前大魔王様と同格でございます」

魔王「……」
 

85: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/23(土) 02:21:27.52 ID:aSJcvr+ao

 そう。
 問題はそこなのだ。

 ヘカトンケイルは前大魔王と喧嘩友達。
 そう言った位置付けの人物らしく、性格も面倒くさいと聞いている。

 兄様のように力尽くで……どうにかなる相手ではない。

魔王「戦ってはいけない、と」

ガーゴイル「“魔王剣”を使えばあるいは……しかし、勝てたところで魔王様の消耗が激しすぎます。対策を立てる必要が」
 

86: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/23(土) 02:22:16.07 ID:aSJcvr+ao

 戦って勝てたところで、他に問題が出てくる。
 ヘカトンケイルの独立宣言はすぐに魔界中に広がるだろう。

 するとどうだ。
 “四王”はどう思う。どう動く。

 やつらの中にはわたしを芳しく思ってない者もいる。
 “死王”やら“魔人王”あたりなら、ヘカトンケイルと戦い消耗したわたしを狙ってくる可能性すらある。

 かと言ってヘカトンケイルを放っておけば他の王たちも独立を宣言するやもしれない。
 正直、参った。
 

87: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/23(土) 02:22:44.75 ID:aSJcvr+ao

魔王「どうしよう……」

ガーゴイル「魔王様。お気持ちは察しますが、しっかりして頂かないことには」

魔王「……」

ガーゴイル「我々の長は貴女様なのですから」

 うう……。
 これが、のんびりと過ごしたツケ。代償とでも言うのだろうか。
 

88: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/23(土) 02:23:25.47 ID:aSJcvr+ao

 そんな馬鹿な。
 ちょっと引き篭もっていただけじゃないか。

 ちゃんと兄様には釘を刺したし、強めにアピールしたせいか姉様からの手紙もパタリと来なくなった。
 わたしはきっちりと魔王らしい仕事をこなした。

 だから間違いはない。
 間違いはないはずなのに……。
 

89: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/23(土) 02:24:14.97 ID:aSJcvr+ao

魔王「(なんでこんな目に……)」

ガーゴイル「対策を考えましょう」

魔王「あ、ああ……」

 対策を考えると言ったってどうしたら良いんだろう。
 なあんにも案なんて出ないのだけど。
 

90: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/23(土) 02:24:59.60 ID:aSJcvr+ao

ガーゴイル「いくつか案はございますが」

魔王「……あるの?」

ガーゴイル「ええ。どれも得策とは言えませんが」

魔王「よい。言ってみろ。案の長所と短所も一緒に」

ガーゴイル「はい。ではまず強攻策の方から──」

 なるほど。
 ガーゴイルが一つ目に提案した事柄は文字通りの強攻策だった。
 

91: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/23(土) 02:25:53.51 ID:aSJcvr+ao

 力尽く。
 まず、わたしの敵になりそうな“敵”を叩く。

 直接的な表現をガーゴイルはしていなかったけれど、多分“死王”と“魔人王”のことを言ってるんだと思う。
 ──を、叩く。叩いてしまう。

 それから巨人族。ヘカントンケイルとの戦いに望むと言うもの。
 だけどさ、これってさ、あれだよね。

 もう戦争じゃん。それ。
 

92: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/23(土) 02:26:23.94 ID:aSJcvr+ao

魔王「……」

ガーゴイル「恐らくこれを実地し成功した後、魔界は魔王様の完全なる統治下となるでしょう」

魔王「だろうね……」

ガーゴイル「しかし、幾つかの種族から恒久的に恨みを買うことにもなります」

魔王「そりゃあね……」

ガーゴイル「ですので。お勧めは出来かねます、最終手段とでも思って頂ければ」

魔王「わかった」
 

93: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/23(土) 02:26:58.74 ID:aSJcvr+ao

 二つ目の案。
 それは足元を固めると言うものだった。

 親王派である“獣王”と“龍王”に話しをつけて、我が軍の力を強固なものとする。
 なんだったら魔王城近辺を強く固めてしまっても良いかもしれない。

 然るに、わたしが直接ヘカトンケイルを──。
 

94: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/23(土) 02:27:51.71 ID:aSJcvr+ao

魔王「ちょっと待て」

ガーゴイル「はい?」

魔王「結局、わたしはヘカトンケイルと戦わなければならないのかな」

ガーゴイル「巨人族を止めたいのであれば……」

魔王「……」
 

95: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/23(土) 02:28:52.06 ID:aSJcvr+ao

 ガーゴイルの予想だと、ヘカトンケイルはわたしの言うことに耳を傾けたりはしない。
 平和的な解決は不可能。

 だとすれば、やつを見逃し好き勝手にやらせるか。
 戦って勝つかの二択。

 好き勝手にやったからと言って、人間界をいきなり滅茶苦茶にするようなやつではない。
 けれど、それを許せばその行為……独立に走る他の魔物が続出する可能性があるとガーゴイルは言っている。
 

96: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/23(土) 02:32:37.18 ID:aSJcvr+ao

ガーゴイル「問題はヘカトンケイルの強さでございます」

魔王「そんなに強いのか」

ガーゴイル「……」

 ガーゴイルが黙ってしまう。相当な強さなのだろう。
 “魔王剣”がなければ、きっと今のわたしでは勝負にならないほどに。

 

97: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/23(土) 02:34:07.86 ID:aSJcvr+ao

魔王「どちらにせよ、衝突は避けられないと……」

ガーゴイル「はい」

 どうやら、どう転んでも戦いは避けられないらしい。
 しかも相手は魔王級の強敵。

 あまりのんびりと考える時間はなさそうだし、早々に色々と決めてしまわなければならないようだ。

魔王「さて……」
 

98: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/23(土) 02:35:01.74 ID:aSJcvr+ao

 どうしたものかね。
 面倒だ。面倒でならない……。

 平和で、だらだら過ごすだけの毎日が欲しいだけだったのに。
 人間界へ降り立ち、甘い物でお腹一杯になりたいと思っただけなのに。

 わたしの周りには面倒ごとしかないのだろうか。
 いくら考えても妙案など浮かぶはずもなく。
 

99: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/23(土) 02:35:36.36 ID:aSJcvr+ao

魔王「大臣」

ガーゴイル「はっ」

魔王「この件に関しては慎重に考えて決めなければならない」

ガーゴイル「はい」

魔王「時間がないのも、まあわかっているつもりだ」

ガーゴイル「……」

魔王「近いうちにどうするか決める」

ガーゴイル「あまり悠長にしている時間はございませんよ」

魔王「わかっている。わたしも珍しく、心底困っているからね」
 

100: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/23(土) 02:36:42.17 ID:aSJcvr+ao

 決めた。
 この問題が片付いたら、一度人間界へ足を伸ばそう。

 自分へのご褒美として……。
 それ位を考えないと、わたしのことだから放り投げて逃げ出してしまうかもしれない。

 頑張りたくない。
 頑張りたくないけれど……。
 

101: ◆H7NlgNe7hg 2012/06/23(土) 02:37:16.09 ID:aSJcvr+ao

魔王「(ヘカトンケイルかあ……)」

 強敵と言える相手と対峙しなければならない。
 自身が負ける。死ぬ危険がとても高いと言うのに。

 わたしは自身の気持ちが高揚していることに気付き、少しだけ恥ずかしくなった。
 
 

 
 

120: ◆H7NlgNe7hg 2012/07/31(火) 14:36:36.72 ID:yPfr0GZxo
 



 ──そして。
 ほんの少しだけ時間が流れた。

 具体的に言えば、一晩だけ。
 ガーゴイルすらいない謁見の間。その玉座に座り、わたしは考えた。

 どうすれば良いのか。
 どのように行動すれば、一番の成果を得ることが出来るのか。

 “ヘカトンケイル”との激突を避けることは不可能。
 これだけは変わらない。

 で、あればだ。
 

121: ◆H7NlgNe7hg 2012/07/31(火) 14:37:03.77 ID:yPfr0GZxo

魔王「周囲をどうするか……」

 “死王”と“魔人王”を駆逐するのは簡単だ。
 わたしが自ら赴き、居城ごと消滅させてしまえばそれで終わる。

魔王「……ヘカトンと闘う前に、疲れるのはなあ」

 正直、無駄な魔力消費は抑えたい。
 それにちょっと暴力的すぎて、わたしの好みでもない。
 

122: ◆H7NlgNe7hg 2012/07/31(火) 14:37:37.16 ID:yPfr0GZxo

魔王「……」

 いくら考えても妙案など出てこない。
 結局のところ“龍王”と“獣王”側に依頼して“死王”と“魔人王”を牽制するしかない。

魔王「はあ」

 大きく溜息を一つ吐く。
 実にわたしらしくない。

 こんな夜更けに一人、玉座へ腰を下ろしてるのもそうだけれど。
 気に入らない。気に入らないよ。
 

123: ◆H7NlgNe7hg 2012/07/31(火) 14:38:19.02 ID:yPfr0GZxo

魔王「……」

 ガーゴイルの出した案を採用する以外、策は思い浮かばなかった。
 一瞬、魔王城地下に居る堕天使……“アスモデウス”に力添えを頼もうかと思ったけれど。

魔王「はあ。時間の無駄だ」

 軽くあしらわれるのが目に見えている。
 やつとはそう多く言葉を交わした訳ではないが、なんとなしに人物像は把握出来ているつもりだ。
 

124: ◆H7NlgNe7hg 2012/07/31(火) 14:39:01.65 ID:yPfr0GZxo

魔王「“龍王”と“獣王”が協力をしてくれなかったら……」

 その時はどうしよう。

 ああ、もう良いや。

 どうにでもなれ、だ。
 

125: ◆H7NlgNe7hg 2012/07/31(火) 14:39:44.92 ID:yPfr0GZxo

魔王「……」

 一人だけの謁見の間。
 色々と考えを巡らせてはみたものの、わたしの頭は“ヘカトンケイル”のことで一杯だった。

 両目の奥が熱い。
 瞳に宿る熱の正体を考えることもなく、わたしは玉座で夜を明かした。
 

126: ◆H7NlgNe7hg 2012/07/31(火) 14:40:20.39 ID:yPfr0GZxo

  
……。
…………。
……………… 

 

127: ◆H7NlgNe7hg 2012/07/31(火) 14:40:47.42 ID:yPfr0GZxo

ガーゴイル「魔王様」

魔王「……」

ガーゴイル「魔王様」

魔王「……ん」

 なんだよ、人の部屋に勝手に入って──。
 

128: ◆H7NlgNe7hg 2012/07/31(火) 14:41:26.18 ID:yPfr0GZxo

ガーゴイル「魔王様、昨晩はお一人で?」

魔王「……」

 そうか。
 昨日は一人で玉座で。

魔王「……の、ようだな」

 大きくあくびをしてガーゴイルの問いに答える。
 普段であれば、はしたないと怒られそうなものだが今日に限ってガーゴイルは口煩くしてこなかった。
 

129: ◆H7NlgNe7hg 2012/07/31(火) 14:42:14.22 ID:yPfr0GZxo

ガーゴイル「なにか案は浮かびましたか?」

魔王「いや。結局はお前が出した案しかないようだ」

ガーゴイル「左様で」

魔王「“龍王”と“獣王”が協力してこなかったらどうしよう?」

ガーゴイル「……」

 やはり懸念はそこだった。
 

130: ◆H7NlgNe7hg 2012/07/31(火) 14:42:48.05 ID:yPfr0GZxo

魔王「雑兵がいくら攻めてこようと、魔王城が落ちることはないだろう。従者たちも弱くはない」

ガーゴイル「はい。ですが万が一、“死王”や“魔人王”が自ら乗り込んできたとなると……」

魔王「アラクネやスキュラの手に余る」

 そう。
 問題はそこなのだ。

 “龍族”と“獣族”が協力してくれたとしても“ヨルムンガンド”と“ベヒモス”自身が出張ってくれないと万全ではない。
 “ヨルムンガンド”はその巨体さから、本体に出向いて貰うのは難しいけれど……。
 

131: ◆H7NlgNe7hg 2012/07/31(火) 14:43:56.08 ID:yPfr0GZxo

 “ベヒモス”は来てくれるだろうか。
 ううん……。

 正味な話し、来てくれないとわたしは思っている。
 だって、なんにも交流をしていないんだもの。
 
 親王派と言われるだけあって、敵対はしないと思うけれど自身が駆けつけるほどの親密さもない。
 これも、ぐうたらしていたツケなのだろうか。

 一度や、二度位は顔を出すなり出させるなりして交流を深めればよかった。
 いや。なんにしても後の祭りか……。
 

132: ◆H7NlgNe7hg 2012/07/31(火) 14:44:28.01 ID:yPfr0GZxo

魔王「……」

ガーゴイル「如何なされました?」

 ちょっと閃いた。

魔王「ガーゴイル」

ガーゴイル「はい?」

魔王「ガーゴイルは魔王城で居残りね」

ガーゴイル「……はい?」

魔王「巨人の元へは、わたし一人で出向くから」

ガーゴイル「……はい?」

魔王「なんだ。これで解決じゃないか」
 

133: ◆H7NlgNe7hg 2012/07/31(火) 14:45:02.60 ID:yPfr0GZxo

 一人で納得する。

 いたいた。

 居るじゃないか。

 一番身近に。

 “四王”に対して切れるカードが。

 頼れる切り札が。
 

134: ◆H7NlgNe7hg 2012/07/31(火) 14:45:29.25 ID:yPfr0GZxo

ガーゴイル「な、なにを仰って……」

魔王「巨人共はわたしが一人で相手をしてやる。だから、ガーゴイル。お前も一人で“四王”を相手しろ」

 と、言うことだよ。

ガーゴイル「……なっ」

 ガーゴイルのことだ。
 兄様の城へ出張った時のように、わたしに付いて来るつもりだったのだろう。

 なにせ相手は前代魔王と同格の巨人。
 大臣として、その戦いに付き従わない訳にはいかない。
 

135: ◆H7NlgNe7hg 2012/07/31(火) 14:45:58.60 ID:yPfr0GZxo

 しかし、だ。
 そんな楽は許さない。

 こんな大変な面倒ごとなんだから。
 一緒に味わおうじゃないか。

魔王「ねえ、大臣?」

ガーゴイル「……」

 有無を言わさぬわたしの決定。
 岩石で出来た顔をしかめて、ガーゴイルは「はあ」と大きく溜息を吐いた。
 

146: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/01(水) 21:16:25.16 ID:idwG+xALo
 


 ──どうする。


 暗がりの中。
 一人の男が声を発した。

 影は二つ。
 まるで秘め事のように声を潜め、男共は会話を交わしている。
 

147: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/01(水) 21:16:57.54 ID:idwG+xALo

アルカ「……」

 片方の影は“魔人王”の称号を持つ、魔人族の長。
 吸血鬼“アルカード”だった。

 その吸血鬼に語りかけるは人狼の長。
 王狼と呼ばれ、アルカードの片腕と称される者であった。

王狼「“ヘカトンケイル”の独立宣言はすでに魔界中へと響いている」

アルカ「……」

 アルカードは答えない。
 王狼に問われるまでもなく、打つべく最善の手を常に考えているからだった。
 

148: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/01(水) 21:17:27.84 ID:idwG+xALo

王狼「これは好機だ。あの小娘以外にヘカトンケイルと渡り合える者などそう居はすまい」

 王狼の言ってることは全て正論だった。
 魔王とヘカトンケイルの激突。

 これは避けられない。
 で、あれば。どちらが勝利するにせよ、生き残った方は多大なダメージを受けることになる。

 これを期とし、魔王城を占拠。
 その後、魔界の王として君臨する道筋は簡単に見えていた。
 

149: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/01(水) 21:17:56.68 ID:idwG+xALo

アルカ「……」

王狼「一体なにが気がかりだと言うのだ」

 一向に口を開かない旧友に対し、王狼が苛立ち混じりで言葉を吐いた。

アルカ「なあ、どちらが勝つと思う」

 静かに。
 アルカードが口を開いた。

 ──どちらが勝つか。

 魔王とヘカトンケイル。
 アルカードは双方が激突し、どちらが勝つかを王狼へと尋ねた。
 

150: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/01(水) 21:18:35.20 ID:idwG+xALo

王狼「……難しいな」

 それに対し、王狼は素直に答える。
 まるで想像出来ない。

 魔王には“魔王剣”がある。
 しかし、ヘカトンケイルの実力は魔界中に轟いてもいる。

 甲乙つけ難い。と言うのが本心であった。
 だからこそ、どう決着が着こうと双方が無傷なはずがない。

 そこに付け入るチャンスがあるのだと、王狼はそう思っていた。
 

151: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/01(水) 21:19:04.53 ID:idwG+xALo

アルカ「……ことはそう単純じゃない」

王狼「……」

 アルカードの口調は重々しく、何時に無く慎重だった。

アルカ「魔王の力は正直、未知数だ」

王狼「だが、ヘカトンケイルの力は折り紙つきだ」

アルカ「わかっている。わかっているが……それでも──」
 

152: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/01(水) 21:19:35.71 ID:idwG+xALo

 言葉が止まった。

 魔界での覇権を握る。
 これは、アルカードと王狼が幼少時より夢物語として語っていた内容であった。

 現在、二人は“魔人族”と言う種のトップに座している。
 夢物語が夢で終わらぬ位置にまで手が届こうとしている。

 けれど。
 

153: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/01(水) 21:20:02.15 ID:idwG+xALo

アルカ「……」

 アルカードの本能が警笛を挙げていた。
 動くときではないと、本能がそう告げているのだった。

王狼「……お前の危惧していることは理解しているつもりだ」

 反乱失敗のリスク。
 魔王が巨人との抗争に勝利し、反旗を翻した魔人族をも蹴散らした時。

 一体、どのような罰を“種”として架せられるのか。
 有体に想像するのであれば根絶やし。

 ここで“魔人”と言う種が潰える可能性すら出てくる。
 

154: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/01(水) 21:20:51.74 ID:idwG+xALo

アルカ「王狼。今回の件では、魔人族は動かない」

王狼「……」

 想像通り。
 いや。王狼としては想像を裏切って欲しかったのだが、アルカードは期待を裏切るような答えを出す男ではなかった。

アルカ「時ではない。王狼、私は何時も口を酸っぱくして言っているな?」

王狼「……」


 ──魔王を倒すのは“人間”だと。


アルカ「だから、今は時ではない。静観こそが、正しい選択なのだ」

 そう静かに告げ、話しに終止符を打った。
 

155: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/01(水) 21:21:17.98 ID:idwG+xALo
 

……。
…………。
……………… 

 

156: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/01(水) 21:21:49.36 ID:idwG+xALo

 
 ──カカカッ!


 これは愉快。
 とばかりに快声が響いた。

 その空間では無数の、数多なる亡者が呻きを挙げている。 
 笑い声の主は“死王”である“リッチ”であった。
 

157: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/01(水) 21:22:16.89 ID:idwG+xALo

リッチ「フフッ、フフッ」

 笑いが止まらない。
 リッチがこんなにも感情を押し殺さずに笑ったのは、幾百年ぶりかと言うほどであった。

リッチ「良いねえ……良いねえ」

 部屋には亡者の魂のみが存在し、右腕となる“ワイト”の姿も見当たらなかった。
 たった一人、リッチは愉悦に浸っている。
 

158: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/01(水) 21:22:45.00 ID:idwG+xALo

リッチ「まさか“ヘカトンケイル”がねえ……クフフッ」

 リッチは知っている。
 ヘカトンケイルの実力を。

 いくら“魔王剣”を使おうが、あの小娘ではまだ勝てない。
 そして両者は激突する気でいる。

 愉快でたまらなかった。
 

159: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/01(水) 21:23:13.04 ID:idwG+xALo

リッチ「ようやっと、あたしに運が回ってきたようだねえ……」

 肉のない顔がほくそ笑む。
 魔界中に散らばせた“グール”の情報によると“魔人族”に動きは見られない。

 “龍族”も“獣族”も主だった行動は見受けられない。
 つまり、此度の紛争で動く気で居る種族は自らを除き皆無であることが伺い知れた。

リッチ「フフッ、フフッ……“魔人王”は存外と肝が小さいようで助かったねえ」

 思考を巡らせる。
 増殖させ続けた“死霊兵”の総数。

 それを束ね、単機の力を尖らせるために製作した“デュラハン”の仕上がり。
 

160: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/01(水) 21:23:42.92 ID:idwG+xALo

リッチ「あたし自ら赴く日が来ようとはねえ……」

 笑いが止まらない。
 ヘカトンケイルを討伐する為、魔王は実力者を連れ城を空けるだろう。

 そこへ総攻撃を仕掛ける。
 なんとも愉快だった。

 いとも容易く魔界を手中に収めることが出来るのだから。

リッチ「デュラハンのレベルも十二分に上がってるしねえ……」

 乾いた笑いが木霊する、死者住まう閨。

 そこには勝利を確信する不死者が一匹。
 魔界の王たる自分を想像し、ニタニタと紫煙を燻らし愉快に笑みを零していた。
 
 

171: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/04(土) 04:42:19.22 ID:i0M9yvr7o
 



 そうと決めてから動き出すのに、さほど時間をかける必要はなかった。 
 巨人の元へはわたしが。

 城にはガーゴイルと従者たちが居れば問題ないのだから。
 全てを迅速にこなせば、また平穏を手に入れるのに時間などかからない。

魔王「じゃあ、留守は任せたよ」

ガーゴイル「全く……」

 ガーゴイルはぶつぶつと未だに文句を垂れている。
 最後までわたし一人で行かせることに反対していたけれど、そこは、ねえ?
 

172: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/04(土) 04:42:55.87 ID:i0M9yvr7o

魔王「十中八九、動いてくるだろうからね」

ガーゴイル「でしょうな」

魔王「帰ってきたら城が臭くなってる……とかは簡便だよ」

ガーゴイル「魔王様こそ、あまり遅い帰りにならないようにお願い致しますよ」

魔王「わかってる。なるべく早く済ませる」

ガーゴイル「……」
 

173: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/04(土) 04:43:21.88 ID:i0M9yvr7o

 ちょっとちょっと。
 ここで黙られたらなんか、わたしが死ぬみたいじゃないか。

 止めてよね。
 死ぬつもりも“ヘカトンケイル”に花を持たせる気も毛頭ないのだから。

 さっさと蹴散らして、わたしがわたしらしく生きられるようにするだけなんだからさ。
 

174: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/04(土) 04:43:48.95 ID:i0M9yvr7o

ガーゴイル「魔王様」

魔王「ん」

ガーゴイル「お気をつけて」

魔王「お前もな」

 さて。
 思い切り背伸びをしてから、ガーゴイルと魔王城門に背を向け“飛竜”に跨る。
 

175: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/04(土) 04:44:31.06 ID:i0M9yvr7o

飛竜「ピュイ!」

 “大甲竜”へ乗り込むよりも手軽で良い。

魔王「心配性な家臣を持つと苦労する」

 わたしはそう一言だけ溢し、飛竜と共に空を舞った。
 

176: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/04(土) 04:44:57.67 ID:i0M9yvr7o


……。
…………。
……………… 
 
 

177: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/04(土) 04:45:33.02 ID:i0M9yvr7o

 
ガーゴイル「門番を務めるなど、幾百年ぶりか。記憶を辿るも思い出せぬわ」 

 魔王城 城門。
 城門の前にはただ一体の石像が鎮座していた。

 従者である“スキュラ”や“アラクネ”の姿はない。
 ガーゴイルただ一人が巨大な門を守っていた。

 城内に住む魔物たちの申し出を全て退け、自身の意思で一人門番をこなしている。
 

178: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/04(土) 04:46:05.93 ID:i0M9yvr7o


***


スキュラ「た、闘うー? ……う?」

アラクネ「はてさて。忙しくなりそうね」

スラ娘A「がっ、がんばります!」

スラ娘B「がっ、がったいしておこうか!?」

スラ娘C「じゃっ、じゃあ……AからHまでのこにれんらくしなきゃっ!」
 

179: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/04(土) 04:46:45.16 ID:i0M9yvr7o

 慌しくなる城内。
 まるで全員が全員、魔物同士の戦闘が起こることを予期しているようであった。


 ──いや、主等は城内で防御に徹していて貰う。


 ざわざわと戦支度をする従者室に響く声。
 その声の主は、大臣であるガーゴイルのものであった。
 

180: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/04(土) 04:47:11.98 ID:i0M9yvr7o

スキュラ「おー、つまり? ……つまり?」

アラクネ「……我々は戦わなくて良い。と?」

ガーゴイル「とは言っておらん。城内を頼むと言っている」

アラクネ「外からの攻撃は如何するおつもりですか?」

ガーゴイル「私が立つ」

 城内に居ろ。と通達したガーゴイルに対して噛み付いたアラクネが溜息を吐いた。
 ガーゴイルが門番として立つと言うことは、自分たちの出る幕などないと言うこと。

 大人しく命令を聞くのが一番だと、魔界に住む大抵の魔物であればそう理解する。
 

181: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/04(土) 04:47:50.93 ID:i0M9yvr7o

アラクネ「一つお尋ねしても?」

ガーゴイル「うむ」

アラクネ「仮想敵の戦力を考えると、勝算の程は?」

ガーゴイル「“数”と“数”であれば問題ない。しかし、懸念はある」

 今、魔界領土の中で活発な動きを見せているのが西方領だった。
 東方領、及び南方領は通常通り。

 逆に、不気味なほど動きを見せないのが北方領だった。
 

182: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/04(土) 04:48:22.43 ID:i0M9yvr7o

ガーゴイル「西ほどわかり易ければ、どれほどやりやすいか」

アラクネ「ですね。まあ、いざとなれば何時でも出るので言って下さいな」

ガーゴイル「そうならないように、祈るばかりだな」


***
 
 

183: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/04(土) 04:49:05.70 ID:i0M9yvr7o


ガーゴイル「(各地でアンデッドの活動が活発になっておる……来るか。リッチよ……愚か者めが)」

 大地へと伝わる魔力の脈動。
 それをガーゴイルは感知し、各地の動向を探っていた。

 予想が確信へと変わる。
 魔族同士の戦争が始まることを。
 

184: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/04(土) 04:49:47.49 ID:i0M9yvr7o

ガーゴイル「……」

 魔像の両眼が真紅に灯る。
 血の通わぬ体に魔力が駆ける感覚が満ち満ちた。

 忘れかけていた感覚を身体が思い出す。
 気分の高揚。高鳴り。闘争心。

 久しく忘れていた魔族の本質が顔を出した。
 

185: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/04(土) 04:50:21.62 ID:i0M9yvr7o


……。
…………。
……………… 
 
 

186: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/04(土) 04:50:48.45 ID:i0M9yvr7o

 
 巨人の城は地上に存在しない。
 天に座す天空城。

 巨大な山がそのまま切り取られ浮上したかのような大陸。
 それこそが巨人の“国”であった。

魔王「おー、巨人共がわらわらとまあ」

 飛竜から見下ろす浮遊大陸。
 城を囲むように巨人たち……“サイクロプス”や“オーガ”などが門番をしている。

 魔王の放つ隠す気のない巨大な魔力に反応し、彼等は殺気立っていた。
 

187: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/04(土) 04:51:14.22 ID:i0M9yvr7o

魔王「ん、ここいらで降ろしてくれ」

 優しさを感じさせるトーンで飛竜に話しかけ降下する。
 降り立った場所は“ヘカトンケイル”が住まう居城よりだいぶ離れた場所だった。

魔王「あまり近づくとお前が危ないからね。逃げてなさい、必要になればまた呼ぶから」

飛竜「ピュイッ」
 

188: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/04(土) 04:51:47.23 ID:i0M9yvr7o

 魔王の言葉を理解し、飛竜は飛翔した。
 巨人の大地へと一人取り残される魔王。

 その両眼は既に灼熱のように燃え盛っていた。

 ──ズン。 ズン。 ズン。

 魔王の来訪を知り駆け寄る巨人たち。
 足音が地鳴りのように響き、うるさいほどだった。
 

189: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/04(土) 04:52:13.32 ID:i0M9yvr7o

魔王「ハハハッ、随分とまあ素早いじゃないか」

 あっと言う間に取り囲まれる魔王。
 そのサイズの違いは赤子と大人ほどの差がある。

魔王「……」

サイクロプス「殺ス、死ナス、命令」

オーガ「グルル……」
 

190: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/04(土) 04:52:40.96 ID:i0M9yvr7o

 殺気立ち、今にも襲い掛かってこようかと言う雰囲気の中。
 魔王は静かに言い放った。


魔王「退け、雑魚共。魔王様の御成りだ」


 慈悲もなく。容赦もなく。
 次の瞬間、周囲は血と肉の集積場へと成り果てた。

魔王「……カカッ」

 顔面に飛び散った血飛沫を舌で舐め取る。
 味など感じもしなかったが、戦いの実感を得るには充分な素材だった。

 

201: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:07:39.48 ID:zkV70tMpo
 



 空気が乾燥していた。
 魔界は地域によって、それこそ人間界のように風土が異なっている。

 湿気が異常に高い地域もあれば、逆もまた然りで乾燥している大地も存在している。
 しかし、魔王城近辺の風土は常に一定。

 魔界でも一番安定した空気を保っている地区である。
 にも関わらず、誰しもが肌の乾燥を覚えるほどに空気に水分が足りていなかった。
 

202: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:10:08.19 ID:zkV70tMpo

 魔王城を囲む平原。
 それをぐるりと囲むように、なにかが蠢いた。

 どろりと纏わり付くような陰湿な空気と、乾燥した空気が交わり異様な雰囲気が魔界中心部。
 魔王城周囲に渦巻いている。

 ──フフッ。フフッ。

 一層濃い、暗がりの中から一匹の魔物が這い出てくる。
 “死王”である“リッチ”が現れた。
 

203: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:10:39.26 ID:zkV70tMpo

リッチ「あんまりにも想像通りすぎると、逆に怖いものだねえ……」

 眼球の欠落した双眸から紫煙が中空へと発散される。
 リッチはお気に入りの煙管を吹かしながら、魔王城を見つめていた。

 魔王は先ほど巨人の移住地へと飛び立った。
 今現在、城に魔王はいない。
 

204: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:11:09.15 ID:zkV70tMpo

リッチ「あの城は今日から、あたしのもんだよ……フフッ」

 外から見れば余りにも無謀。
 魔王が巨人の王である“ヘカトンケイル”との死闘で勝利するやもしれぬ。

 その可能性も捨てきれぬと言うのにリッチは動いた。
 失敗すれば自身の未来はないであろう賭けとも言える行動を取った。
 

205: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:11:42.75 ID:zkV70tMpo

リッチ「(魔人王の坊やは動いてくると思ったけどねえ……あたしが思ったほど、情報を持っていなかったってことかねえ)」

 城さえ落としてしまえば。
 城を手にし“玉座”さえ手中にすれば、あとはどうとでもなる。

 自身にはそれだけの器があるし、どうとでもなると確信もしていた。
 

206: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:12:10.88 ID:zkV70tMpo

リッチ「さて……行こうかねえ。一世一代の晴れ舞台に……」

 ぐつぐつと、まるで煮え滾るマグマのように地面が沸き立つ。
 湧き上がるのは熱ではなく、暗く黒い念。

 もはや毒に近いそれらから生まれ出でる亡者の群れ。
 今はなき“デュラハン”が人間の真似事で編成していた“第一騎兵軍”が姿を現す。
 

207: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:13:15.42 ID:zkV70tMpo

リッチ「そう言えば、先代デュラハン。あの子は随分と長いこと生きていたねえ……」

 思えば惜しい事をしたなとリッチは思った。
 長生きをしたからこそ、自身の思惑を逸れ勝手な行動を取ったものだがあの魔物の功績は大きかった。

 亡者兵をそれなりの錬度で軍隊風に仕上げもしたし、片腕として長いこと扱ってきていた為に魔王とも面識があったほどである。
 生きていれば此度の進軍でも大いにその腕を振るっていただろう。
 

208: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:13:42.24 ID:zkV70tMpo

リッチ「次からはもうちょっと、教養を重視しないとねえ……」

 最も問題だったのは馬鹿であったことだと、内心で毒を吐く。

リッチ「さ。過ぎ去ったことは仕方ないねえ……今ある駒を使うとするよ」
 

209: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:14:43.76 ID:zkV70tMpo

 まるで四足獣のように両手両足を大地へと押し付ける。
 双眸の奥が真紅に灯った。


リッチ「あ゛あ゛あ゛あ゛……」


 嗚咽のような声をあげながら、その口から黒い煙のような物を吐き出す。
 徐々に、徐々に広がるそれらは増殖しながら魔王城を囲うように侵食していく。
 

210: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:15:14.07 ID:zkV70tMpo


 ──ぐつぐつ。ぐつぐつ。


 煮え滾る、黒き怨念。
 “第一騎兵軍”の総量を遥かに凌ぐ量の亡者が文字通り“湧き出て”きた。

リッチ「さ゛あ゛……は゛し゛ め゛よ゛う゛か゛い゛……」

 何千。
 何万と増殖し、増え続ける死霊、怨霊、亡者。
 

211: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:16:05.61 ID:zkV70tMpo

 腐れ、爛れた肉体を撒き散らせながら。
 腐臭を帯び、全てを呪うような声をあげながら。

 魔王城を混沌の坩堝に引き摺りこむべく、

 四王・魔界西方領統治者。死王・リッチが戦いを仕掛けた。
 

212: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:17:09.23 ID:zkV70tMpo


……。
…………。
……………… 

 

213: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:17:39.56 ID:zkV70tMpo

 
 風が乾燥した空気を運んできた。
 湿度を含まないそれは、岩肌にさらなる乾燥を与え心地良さを感じさせる。

ガーゴイル「……」

 魔王城、城門。
 仁王立ちをするように一匹の魔物が遠くを睨んでいた。
 

214: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:18:20.41 ID:zkV70tMpo

ガーゴイル「腐れが……来よったか……」

 乾燥した空気に混じる、淀んだ空気。
 魔王城近辺は既にガーゴイルの領域であった。

 その領域を侵す者。
 正体は割れている。
 

215: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:19:09.40 ID:zkV70tMpo

 既に生身の魔物たちは城内へと避難させていた。

 今回の闘争は“生物”と“生物”の戦いではない。
 およそ肉体を持った者が立ち入れる類のものではなかった。

 そんなガーゴイルの前に、コロコロと髑髏が一つ転がり込んでくる。
 髑髏はカタカタと身体を震わせ、声帯などないはずのソレが音声を発し始めた。
 

216: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:19:39.86 ID:zkV70tMpo

???「久しいねえ……」

ガーゴイル「……」

???「おやおや、挨拶も返してくれないのかい?」

ガーゴイル「貴様。どう言う心算だ」

???「どうもこうも、ありゃしないよ……あたしは、昔っからその席に座りたかったんだからねえ……」

ガーゴイル「身の程を知るには充分過ぎるほど生きたと思うがな」
 

217: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:20:34.43 ID:zkV70tMpo

???「足りないねえ。足りないよ、足りないのさ。あんな西っ側を貰ったところでこれっぽっちも満たされやしないねえ」

ガーゴイル「……」

???「ねえ、ガーゴイル。出来ることなら、あたしも子どもたちをあたら殺したくはないんだよねえ」

ガーゴイル「同感だ。腐れとは言え、魔界の同胞を討つのは気が病む」

???「腐れ……腐れねえ、言ってくれるじゃないか」
 

218: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:21:01.39 ID:zkV70tMpo

ガーゴイル「退け。今ならまだ──」

???「──冗談は顔だけにおしよ」

ガーゴイル「……」

???「交渉決裂……いや、交渉にもなりゃしないね。フフッ、フフッ」

ガーゴイル「時間の無駄だな」

???「ガーゴイル。あんた一匹であたしの子らと闘うつもりかえ?」

ガーゴイル「……」
 

219: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:22:05.98 ID:zkV70tMpo

???「フフッ。フフッ……見物だね。魔界でも図抜けた実力者のアンタがジリジリ齧られ削られていく様は」

ガーゴイル「このような端技、使う機会こそすらなかったが……」

???「……?」

 会話など無駄。
 そう言わんばかりに、ガーゴイルはその岩石で出来た体の両肩から生える巨翼を広げた。
 

220: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:22:34.23 ID:zkV70tMpo

 両眼が朱色に燃え上がる。
 両手両足を大地に衝き立て、まるで獅子のように吼え大地を震わせる。

 ──衝撃。

 その咆哮へ合わせるように巨翼が舞う。
 強烈な突風が巻き起こり、声を発していた髑髏が弾け飛んだ。

 無残に転がる髑髏の眼から見える景色。
 ガーゴイルが咆哮と翼を羽撃かせる度に、土中から“ゴーレム”が湧き出でてきた。
 

221: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:24:08.81 ID:zkV70tMpo
 
ガーゴイル「傀儡を産むなど造作もない……」

 “数”であれば問題ない。
 対戦前にアラクネに放った言葉は真意であった。

 あたら能力の無い亡者兵など、ゴーレムで事足りる。
 ガーゴイルはリッチと同格の“無機物の王”たる力の持ち主であった。
 

222: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/16(木) 02:25:18.43 ID:zkV70tMpo


ガーゴイル「さあ。はじめようか」


 “数”と“数”。
 “無機物”と“亡者”の戦いが始まる。

 魔界・大臣。ガーゴイルが戦いに応じた。
 

235: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/19(日) 00:36:30.03 ID:i+QLYm5zo
 




 ─巨人の天空庭園─


 一人の小柄な少女を取り囲むように群がる人型の魔物群。
 大きさの感覚がズレてしまいそうになるほど、サイズの差は歴然だった。

魔王「……ふう」

 “ヘカントンケイル”が座すであろう城まであと一歩のところまで来ている。
 飛竜の背に乗り、降り立った地からこっち。雑魚共の猛襲は続いていた。

 ボロ雑巾のように千切っては投げ、魔王の来た道は屍山血河と成り果てている。

 

236: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/19(日) 00:37:10.24 ID:i+QLYm5zo

魔王「退け、と言っているのに……」

 尚も魔王を先へ行かせまいと立ちはだかる巨大なる肉の壁。
 それらを振り払おうと、両腕に魔力を集中し近辺を掃討しようとした時だった。


 ──〓〓〓〓.〓〓.〓〓〓〓〓〓〓〓〓.


 聞き慣れない、高周波のような音が魔王の鼓膜を振動させる。
 キィィィ。キィィィ。耳に入る不可解な音。

 その音が合図だったかのように、巨人の群れは魔王から離れていく。
 

237: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/19(日) 00:37:41.58 ID:i+QLYm5zo

魔王「……?」

 ゾロゾロと、まるで道を作るかのように巨人たちは動いた。
 魔王と城とを繋ぐ一本の道。

 頭を垂れ、忠誠を誓う形を取る巨人族。

魔王「……なるほど」

 ズン。と大きく島が揺れる。
 ゆっくりと近づく振動。その根源はすぐに魔王の視界へと訪れた。
 

238: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/19(日) 00:38:13.46 ID:i+QLYm5zo

ヘカトン「……」

魔王「ヘカトンケイル。貴様の登場がもう少し遅ければ、巨人と言う種が滅ぶところだったぞ」

 魔王の心は荒れていた。
 普段は気にしている言葉遣いさえ、乱暴なものに変化している。

ヘカトン「……」

魔王「わたしももう限界なんだ、ここでヤろうじゃないか。それと雑魚は撤退させた方が良い、外を見るような加減は出来ない」
 

239: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/19(日) 00:38:40.48 ID:i+QLYm5zo

 ヘカトンケイルを視認した瞬間。
 魔王の身体を巡る血液と魔力が沸騰しそうになった。

 肌で感じる敵意。相手の身体から発散されている悪意剥き出しの魔力。
 全てを叩き壊したいと魔王の本能が全身に訴えかけている。

ヘカトン「〓〓.〓〓〓〓〓〓〓〓〓.〓〓〓〓〓〓〓〓」

魔王「へえ」
 

240: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/19(日) 00:39:16.96 ID:i+QLYm5zo

 先ほど耳に入った音の正体が解けた。
 ヘカトンケイルが部下へ命令を送る際の、言語のようなもの。

 元々、巨人族の頭はそれほど出来の良いものではない。
 一度に大量の部下へ命令を伝達させるためには、通常の言語ではなくこのような特殊な電波を用いて発信するのが便利であった。

ヘカトン「払いは済んだ」

魔王「一つだけ断っておきたいのだけど、今さら話し合いなんてことは?」

ヘカトン「無粋」

魔王「だよね」

 ヘカトンケイルの言葉を受けて魔王が俯く。
 その口角はニヤリと上がり、見様によっては歓喜に震えてるようにさえ思えた。
 

241: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/19(日) 00:41:07.08 ID:i+QLYm5zo


……。
…………。
……………… 

 

242: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/19(日) 00:41:53.26 ID:i+QLYm5zo
 
魔王「────ガッ!?」

 ザン。ザン。と、まるで小川を水切りのように渡る小石のように魔王の肉体が弾け飛ぶ。
 側頭部から思い切り殴られた。

魔王「ぐっ……」

 ヘカトンケイルからは一時も目を離してはいない。
 けれど、魔王の視界は一瞬の内に回り衝撃は身体中を駆け抜けた。

 不意打ち。
 と言うにはあまりにも不可解な攻撃。

 一体どのようにして殴られたのか、魔王には皆目検討も付かなかった。
 

243: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/19(日) 00:42:49.48 ID:i+QLYm5zo

魔王「ふう」

 ヘカトンケイルは初期位置から移動していない。
 殴られ吹き飛ばされた今も追撃をしようと動く気配すらない。

 余裕なのだ。
 魔王など、取るに足らぬと言う雰囲気がありありと見て取れる。

魔王「……」
 

244: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/19(日) 00:43:46.30 ID:i+QLYm5zo

 ギュッ。と思い切り拳を強く握る。
 この怒りを、苛立ちを。あの憎たらしい顔に。

 顔面に。
 思い切り、思い切り。

魔王「(叩き付けてやる……)」
 

245: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/19(日) 00:44:30.84 ID:i+QLYm5zo

 ここまで激情に駆られたのは初めてかもしれない。
 そんなことを頭の片隅で考えながら、魔王は空中庭園の大地を蹴った。

 地が抉れるほどの加速。
 初動の速さを見せ、一足飛びでヘカトンケイルとの距離を詰める。

魔王「もらっ──」

 紅く光った両眼の光。
 それが残光となり、弾丸のような軌跡を作るほどの速さで突進する魔王。

 けれど。
 

246: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/19(日) 00:46:05.97 ID:i+QLYm5zo

魔王「──ガッ、アッ!?」

 あと、少し。
 ヘカトンケイルの顔面へとその拳を叩き付けられると確信したその時。

 魔王の身体が地面へと叩きつけられた。
 上方から、思い切り殴られる衝撃が突き抜ける。
 

247: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/19(日) 00:47:12.71 ID:i+QLYm5zo

魔王「……ぐっぅ」

 うつ伏せの状態で、まるで蠅のように無残な姿を見せる魔王。
 しかし屈辱を感じる暇はない。

 背中から感じる危機感。
 それは形となって直ぐに現れた。
 

248: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/19(日) 00:49:13.36 ID:i+QLYm5zo

魔王「ッチ!」

 両手で後頭部を多い、魔力を防御へとまわす。
 魔王はうつ伏せのままヘカトンケイルの追撃を受けることになった。

 ──ゴッ、ゴン! ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

魔王「ギッ……!!」
 

249: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/19(日) 00:50:38.28 ID:i+QLYm5zo

 全身に走り抜ける衝撃。
 まるで百の腕を用いて、思い切り殴られ続けているかのようであった。

 降り注ぐ暴力の嵐。
 恐らくは拳から放たれているそれらはひたすらに魔王の小柄な身体へと降り注ぎ続けた。

 そんな中、魔王は両の眼を見開き目にしていた。
 うつ伏せの状態で、殴られ続けながらも視線を上げ、ヘカトンケイルの姿を睨み続ける。
 

250: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/19(日) 00:51:27.64 ID:i+QLYm5zo

魔王「(見た。見たぞ……)」

 尚も続く集中砲火。
 止まぬ拳の豪雨の中で、魔王は自分の失態を強く噛み締めていた。

魔王「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!!」

 思い切り魔力を発散させ、着火させた。
 巻き起こる爆発。

 自爆とも取れる方法を用い、その爆風でもってヘカトンケイルの“間合い”から強制離脱を決行した。
 
 

251: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/19(日) 00:52:14.95 ID:i+QLYm5zo

魔王「ハッ、ハッ……」

 受ける多大なるダメージ。
 けれど、収穫はあった。

魔王「……」

 キツく、ヘカトンケイルを睨みつける。
 騙されていた。いや、興奮状態により考えが行き渡らなかった。

 まず、敵の姿形に疑問を持つべきだった。
 ヘカトンケイルの姿は他の巨人と同様。大きな身体、人間の男性的な体つき。

 “普通に頭があり、手と足が二本ずつ”ある。
 違和感を覚えるべきだったのだ。
 

252: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/19(日) 00:52:48.20 ID:i+QLYm5zo

魔王「ヘカトンケイル……“巨人の王”。いや“百腕魔王”……」

 思い出すヘカトンケイルの二つ名。
 百の腕を持ち、五十の顔を持つ巨人の棟梁。


 それが、魔王の相対する敵の正体だった。
 
 

265: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/27(月) 15:08:12.30 ID:TF2FmHsbo
 




 落ち着いて良く目を凝らす。
 魔王の瞳は赤みをさらに増し“ヘカントンケイル”を睨みつけた。

魔王「……なるほどね」

 ヘカトンケイルを中心に次元が歪んでいた。
 その身体に到底納まりきらぬ百の腕と、五十の頭。

 それらは全て別次元へと収納されており、攻撃の際に姿を現す。
 故に攻撃範囲は見て取れるものではなく、その間合いは予想よりも遥かに広い。

 一度間合いに入り、拳の連打を受ければ先の二の舞。
 多大なるダメージを覚悟しての逃避以外に選択肢はない。

 逃げ誤ればそこで終了。
 全ての肉と骨が砕かれるまで巨腕の鉄槌は下されるであろう。
 

266: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/27(月) 15:08:54.56 ID:TF2FmHsbo

魔王「百腕もそうだけど、百眼も厄介だね」

 百眼。
 五十の頭に付く両の瞳は百の眼になる。

 攻撃範囲に死角なし。
 視覚範囲に死角なし。

 自身を狙う全ての攻撃は百眼で見て捕らえ、それを百腕で打ち砕く。
 恐ろしくシンプルな戦闘体型でありながら突破することは容易ではない。

 まるで単体が一つの要塞のような魔物であった。
 

267: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/27(月) 15:09:23.53 ID:TF2FmHsbo

魔王「悔しいけれど、肉弾戦では勝てそうにない……」

 これまで物理的なぶつかり合いで負けた記憶はなかった。
 強いて言うのであれば“ちぃ姉様”と位か。

 それでもわたしのが強いと断言できるほどだったから、今回のこれはまさに初体験。
 流石はヘカトンケイルと言ったところかな。

魔王「……ふう。よもや、卑怯とは言わないよね」


 ──来い。


魔王「“魔王剣”」
 

268: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/27(月) 15:09:49.60 ID:TF2FmHsbo

 空間が歪み、突き出されたわたしの掌に納まる異形の魔剣。
 それは剣と呼ぶにはあまりにも未完成な物だった。

 刀身も無ければそれを納める鞘も無い。
 鍔も無く、あるのはわたしが握る柄の部分のみ。

 剣とは名ばかりの、ただの棒。
 それは使用者の魔力を喰らい、増幅し、射出する。

 生み出すものは単純なる破壊。
 美意識の欠片もない兵器だった。
 

269: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/27(月) 15:10:17.19 ID:TF2FmHsbo

魔王「“デュラハン”以来か。今日は存分に振るってやる」

ヘカトン「……」

 この日初めて、ヘカトンケイルの体が強張った。
 徐々に両眼が朱に染まっていく。

 現状、ヘカトンケイルにとって“魔王剣”を手にしてこそ魔王は警戒に値する。
 それほどの実力差が個体同士では開いていた。
 

270: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/27(月) 15:10:43.91 ID:TF2FmHsbo

魔王「まったく、魔王だって言うの傷つくよ」

 魔王は魔界最強。
 で、あるはずなのに自身よりも強大なものが居る。

 目の前に、そして魔王城の地下に居る堕天使もそうであった。

魔王「だったらわたしの代わりに魔王をやってくれれば良いのに……」

 ぶつぶつと聞こえぬ声で愚痴を漏らす。
 その唇は年齢相応に尖ったものであった。
 

271: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/27(月) 15:11:11.22 ID:TF2FmHsbo

魔王「──って、物思いに耽るのは戦いが終わってからだね」

 きつく魔王剣を握る。
 つま先から髪の毛先まで行き渡っていた魔力が剣に流れ始めた。


魔王「往くよヘカトンケイル。その百の腕、散り散りにしてあげよう」


 幼さを見せた表情は霧散し、悪鬼のそれとなり魔王は巨人へと邁進した。

 

272: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/27(月) 15:11:54.68 ID:TF2FmHsbo


……。
…………。
……………… 

 

273: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/27(月) 15:12:28.51 ID:TF2FmHsbo

 
 魔王城一帯は凄惨な姿になっていた。
 広がる雄大な草原。

 戦いの火蓋が切り落とされてから数刻。
 草原は土くれと腐敗した肉と骨。それらが混ぜこぜに捏ねられ、破棄されたような物体で埋め尽くされていた。

ガーゴイル「──────ッッッ!!」

リッチ「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ……」
 

274: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/27(月) 15:13:05.47 ID:TF2FmHsbo

 二匹の魔物は未だに駒を産み続けていた。
 一方では土から生まれ出でるゴーレムや石像。

 もう片一方では生ける屍、亡者たち。
 生み出されては互いに衝突し、朽ちて行く。

 戦局は変わらず、ただただこれの繰り返し。
 ガーゴイルはこの戦いに奇妙な感覚を覚えていた。
 

275: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/27(月) 15:13:32.91 ID:TF2FmHsbo

ガーゴイル「(どう言うことだ……)」

 これでは超長期戦になってしまう。
 魔王が帰還すれば数など意味がない。

 一撃で屠られ、そのまま戦いは終結を迎えるだろう。
 なのにリッチときたらひたすらに数と数を叩かせあう長期戦を望んできている。

 不可解であった。

ガーゴイル「(魔王様が確実に負けると、そう思っているのか……?)」

 そう思わなければ合点がいかない。
 

276: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/27(月) 15:14:33.88 ID:TF2FmHsbo

ガーゴイル「(なにか、引っかかる……)」

 この戦いの総大将はガーゴイルとリッチである。
 その双方が、駒を射出する主砲として初期位置に固定されて動けない。

 これではどちらかの駒が駒を殲滅するまで戦い続けるしかない。
 けれど容易に決着が着くほど、互いの創造モンスターの力は離れていなかった。

ガーゴイル「(なにが狙いだ、リッチよ……)」

 前方の大群に注意を引かされたガーゴイル。
 城の後方、大空から一匹の巨大怪鳥が飛来することに気付くことはなかった。

 城の頭頂部。
 謁見の間。

 怪鳥から一つの影が飛び降りた。
 

277: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/27(月) 15:15:10.37 ID:TF2FmHsbo

デュラハン「……」

 “デュラハン”。
 旧個体は“将軍”と言う地位を喜ばしく思っていた節があったが、彼女は違った。

 一切のそれらに興味がなかった。
 ただただ命令をこなす首無し人形。

 リッチが気紛れで選んだ死体から産まれたことにより、性別すら違っている。 
 女性のしなやかさを感じさせる肢体。

 自らの腐臭を気にしているのか、香水を鎧に振り撒いているようでもある。
 以前のデュラハンとは全くもって違う個体になっていた。
 

278: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/27(月) 15:15:46.71 ID:TF2FmHsbo

ガーゴイル「──ッッ!」

リッチ「ほらほら、余所見している暇はないよお……っっ」

ガーゴイル「これが目的かあっ!」

 城内に侵入された。
 蟻は一匹。

 目の前の軍勢を相手にしていたせいで、その一匹の侵入に気付くことが出来なかった。
 それどころか気付いたと言うのに動けない。

 今、ゴーレムの召喚を止めれば城はたちまち亡者の進軍によって埋もれてしまう。

ガーゴイル「……すまぬ。城内は任せたぞ」

 誰に言うでもなく、ガーゴイルは小さくそう呟いた。
 

279: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/27(月) 15:16:14.47 ID:TF2FmHsbo


……。
…………。
……………… 

 

280: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/27(月) 15:16:41.91 ID:TF2FmHsbo

 
 屋根をぶち破り、足が数センチは埋もれる豪勢な赤絨毯に着地する不死者。
 鎧を纏ったその魔物は“デュラハン”と呼ばれる上級アンデッドだった。

デュラ「……」

 辺りを見回す。
 目に付く玉座。ここは謁見の間と呼ばれる部屋であった。

 赤絨毯に足音を消されながら玉座へと近づく。
 自分でもなぜ玉座に近づきたいと思ったのかわからなかった。

 ただ、そうした欲求が彼女に芽生え足が勝手に動き出す。


 ──ちょーっと待った!


 玉座に手をかけようとした瞬間、後方から声がかかる。
 まるで猫のような俊敏さでデュラハンは振り向き、距離を取った。
 

281: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/27(月) 15:17:08.08 ID:TF2FmHsbo

アラクネ「侵入者はあなた一人? 魔王城も舐められたものだわね」

デュラ「……」

 メイド服を纏った女郎蜘蛛。アラクネが姿を現す。

スキュラ「あーあ、屋根……や、やーねえ……」

スラ娘「こわれちゃいました……」

 続々と姿を現す魔王城従者隊。
 デュラハンは完全に取り囲まれる形になり、退路を塞がれてしまった。
 

282: ◆H7NlgNe7hg 2012/08/27(月) 15:17:35.73 ID:TF2FmHsbo

アラクネ「さて。大人しく投降した方が身の為だと思うけど?」

デュラ「……」

 投降は出来ない。
 デュラハンはリッチより受けた命令を遂行するためだけに生み出されたのだから。

 鎧兜の隙間から見える瞳が紅く染まった。

アラクネ「あらら……やる気ですか」

スキュラ「お? おお? 銭湯? お?」

スラ娘「おふろにはいっちゃだめですよう」

アラクネ「そう言った冗談は終わった後でね……来るわよ」

 腰に差された細身の刀剣。
 デュラハンはそれを抜き取り、魔物の群れへと突き進んだ。
 

293: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/01(土) 01:05:34.71 ID:iIqmpV14o
 




 ──ヒョッ!!


 細身の刀剣が空を裂く音が響く。
 厚手の鎧を身に纏っているとは思えないほど“デュラハン”は俊敏な動きを見せている。

 その一撃で首と胴を寸断する凶刃は“アラクネ”の細首に届く前に力を失っていた。

 

294: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/01(土) 01:06:09.72 ID:iIqmpV14o

デュラ「……」

アラクネ「思ったより速くてびっくりしちゃった」

デュラ「……糸」

アラクネ「ん。正解」

 部屋中に張り巡らされたアラクネの糸。
 その糸は敵の動きを止め、攻撃を抑止する。

 デュラハンが糸の存在に気付き辺りを見回した時、すでに謁見の間はアラクネの領域となっていた。
 

295: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/01(土) 01:06:38.27 ID:iIqmpV14o

アラクネ「はい、動かない。動けば動くほど絡むわよ?」

デュラ「……」

スキュラ「いとーいとー。いーとーまきまき、いーとーまきまきっ」

スラ娘「わわっ! あしにからまっちゃいましたぁ……」

 デュラハンとアラクネが必殺の視線を交える中、空気を読まない魔物が二匹。
 一匹は従者長である“スキュラ”であり、掃除と炊飯のエキスパート。

 もう一匹は少し抜けているが、真面目なスライム娘であった。
 

296: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/01(土) 01:07:05.10 ID:iIqmpV14o

スキュラ「もー、部屋を汚しちゃだめだめ」

スラ娘「じゅうちゃちょー! わたしのいともとってください~」

 器用に糸を回収し、片付けるスキュラ。
 戦闘時に作られるアラクネの糸は粘着性が強く、通常であれば簡単に除去できるものではない。

 スキュラだからこそ、そのアラクネの糸を難なく取り除くことが出来ていた。
 

297: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/01(土) 01:07:36.11 ID:iIqmpV14o

アラクネ「──ちょ!? なにやってんの!?」

スキュラ「ふぇ?」

 スキュラが巻き取った一部の糸たち。
 ほんの少しだけ開いた空間。デュラハンはその隙間を見逃さなかった。

デュラ「……ッッ!」

 ここにいてはいけない。
 この部屋はすでに敵の領域だと認識したデュラハンは一目散に部屋を駆け抜けた。

 

298: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/01(土) 01:08:04.74 ID:iIqmpV14o

デュラ「(武器……武器が必要……)」

 自身が装備していた刀剣は糸に絡め取られてしまった。
 城内の魔物は素手で渡り合えるほどレベルは低くない。

 とんだ間抜けがいたお陰で危機は乗り越えられたが、油断は出来ない。
 謁見の間を後にし、デュラハンは城内への潜入に成功した。
 

299: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/01(土) 01:08:38.39 ID:iIqmpV14o


アラクネ「……」

スキュラ「あらあー?」

スラ娘「あわわっ」

 アラクネの肩は震えていた。
 その多脚に握られたクナイ。小型のナイフは終ぞ振られることもなく、綺麗な輝きを放っている。
 

300: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/01(土) 01:09:04.58 ID:iIqmpV14o

アラクネ「嘘でしょ……」

スキュラ「うそつきー?」

アラクネ「あんた何してくれてんのよーっ!」

スキュラ「おうーっ!?」

 スキュラの胸倉を掴み、ガクガクと前後に体を揺さぶる。
 先ほどまで部屋に充満していた張り詰めた空気は完全に霧散している。
 

301: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/01(土) 01:09:44.42 ID:iIqmpV14o

アラクネ「侵入者に逃げられちゃったのよ!?」

スキュラ「だ、だてアラクネが部屋よごすからー」

アラクネ「汚したんじゃないっ! 戦って…………あー、もう、良い」

 スキュラになにを言っても無駄だった。
 彼女は良かれと思って掃除、仕事をした。

 汚れていたと思ったから、掃除をしただけなのだ。
 この娘に戦闘の緊張感や駆け引きを読み取る能力はない。

 わかっている。
 わかってはいるけれど、アラクネは取り逃した魚の大きさを考え、ただただ溜息を吐くことしか出来なかった。
 

302: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/01(土) 01:10:16.10 ID:iIqmpV14o

アラクネ「……直ちに城内へ捜索隊を結成。スライム隊は情報を共有してくまなく探して」

スラ娘「りょ、りょっかいです!」

アラクネ「多分だけど、相手の目的はかく乱よ。城門裏口から大臣を襲撃されないよう、そこは手厚く警護して」

 大雑把に指示を出し、デュラハンが壊し見晴らしがさらに良くなった天井を仰いだ。

 ああ、単独で行動した方が確実に良い仕事が出来たな。と内心に愚痴を吐きながら。
 

308: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/03(月) 16:44:47.97 ID:nnkSdHOEo
 




 ──ヴンッッッ!!


 異形の剣から放たれる破滅の球体。
 それは魔王が“ヘカトンケイル”に向かって放った三回目の攻撃だった。

ヘカトン「ッッッギ!」

 触れる物を悉く消滅させる魔王剣の攻撃。
 それを避けることもなくヘカトンケイルは受け止めた。

 空間がひしゃげ、数々の腕が現れその攻撃を打ち砕かんと攻撃する。
 

309: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/03(月) 16:45:19.56 ID:nnkSdHOEo

魔王「……」

 七本。
 それが、魔王剣の攻撃一回に対するヘカトンケイルの代償だった。

 一回の攻撃を防ぐのに七本の腕をなくしている。

魔王「(参ったね……)」

 現在、魔王の魔力で魔王剣を振れる回数は十三回。
 それ以上の行使は今の魔王では力が足りない。
 

310: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/03(月) 16:45:50.41 ID:nnkSdHOEo

魔王「(ええと、七かけるの十三で……? あー、でも多分、足りないなあ……)」

ヘカトン「……どうした。お前の父親であれば一撃で二十の腕は持って行ったぞ」

魔王「む」

 安っぽい挑発。
 けれど、魔王の心を苛立たせるのには充分な台詞だった。

 ヘカトンケイルは真っ向から魔王の攻撃を受けることを選択した。
 今の魔王では、ヘカトンケイルの腕と本体を消し去る程の魔力を魔王剣に注入出来ない。

 いずれはガス欠がおき、力果てる。
 なくなった腕は時をかければまた復活する。

 とても手堅い、確実な戦法だった。
 

311: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/03(月) 16:46:20.60 ID:nnkSdHOEo

魔王「……すぐにでも引き篭もってる腕を全て引きずり出してやる」

 剣を握る手に力が入る。
 全力だ。残り九回の攻撃を、全弾、全力で撃ち込んでやる。

 魔力切れ? 削りきれない? そんなものは知らない。関係ない。
 全力で粉砕してやる。

魔王「後悔しろ……」

 完全に頭に血が上っていた。
 魔王は慣れない多量の魔力行使により、テンションがハイに成りすぎ思考が常と違っていた。

 ただただ力をぶつけるだけの真っ向勝負。
 自身より力量のある魔物に対して、最もやってはならない戦術を取っていた。
 

312: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/03(月) 16:46:46.97 ID:nnkSdHOEo

魔王「血の一滴。肉の一片も残さず消し去ってやる……」

ヘカトン「力の使い方を知らぬ小娘が」

 「うるさい!」と一喝。
 魔王は魔力を魔王剣に食らわせ、再び標準をヘカトンケイルへと見定めた。

魔王「消、え……ちゃ────ええええええェェェェェ!!!!」

 四球目。
 必殺の魔球が“百腕魔王”の腕(かいな)を消し去りに直進した。
 

313: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/03(月) 16:47:31.66 ID:nnkSdHOEo


……。
…………。
……………… 

 

314: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/03(月) 16:48:01.09 ID:nnkSdHOEo

 
 謁見の間から逃走して少しの時間が経った。
 城内は見回りのスライム娘たちで溢れかえっており、身を隠すのも一苦労である。

デュラ「(頭の悪い魔物たちで助かった……)」

 幾度か危ない場面もあったが、少しばかりの機転を利かせ回避した。
 スライム娘たちは頭の程度が宜しくない。
 

315: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/03(月) 16:48:37.86 ID:nnkSdHOEo

 中には知能の高い娘もおり、リーダー役として動いてはいるが殆どの娘は人間で言う小学校低学年程度の知能である。
 注意を逸らし、包囲を突破するのは容易であった。

デュラ「(しかし、包囲を抜ける為とは言え下に潜りすぎたか……)」

 気付けば頂上の謁見の間から随分と下に降ってしまった。
 豪勢な作りだった上階と比べ、現在デュラハンが居る階は石畳のなんとも殺風景な廊下である。
 

316: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/03(月) 16:49:06.15 ID:nnkSdHOEo

 ──みつからないね。

 ──ねー。どうしよっか?

 ──がったいする?

 ──もうっ! いまがったいしてもしょうがないでしょっ!

 ──でも、もしみつかったらがったいしないとかてないよ?

 ──たしかにー。
 

317: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/03(月) 16:49:36.87 ID:nnkSdHOEo

デュラ「ッ!」

 話し声が壁を反響し話し声がデュラハンの耳に入った。
 正確な数はわからないが、結構な人数だ。

 どこへ逃げるか周囲を見回す。
 逃亡先は二箇所。

 声が聞こえた方向と反対側の廊下。そしてもう一つは目の前にある石で出来た扉の部屋。
 普通であれば部屋へ入る選択肢など考えられない。

 行き止まりであろう個室に入り、取り囲まれたらそこで終了。
 武器を持たないデュラハンは多少の抵抗は試みるも数の暴力で圧し潰されてしまう。

 だと言うのに、デュラハンは石の扉へと足を伸ばし始めた。
 

318: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/03(月) 16:50:07.53 ID:nnkSdHOEo

デュラ「……」

 理由はわからない。
 けれど、この部屋へ入るべきだと本能が告げている。

 集団の近づく気配が身近まで迫っていた。
 時間がない。

 デュラハンは己の本能を信じ、石で出来た特別性の扉を開いた。
 

319: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/03(月) 16:50:55.14 ID:nnkSdHOEo

 ──あっ、このへやどうする?

 ──げぇ。

 ──ここはだいじんさんのおへやだよ?

 ──かってにはいったらおこられるし……。

 ──だいじょうぶっしょー。

 ──いこいこー。
 

320: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/03(月) 16:51:38.96 ID:nnkSdHOEo

デュラ「……」

 最悪の事態は防げた。
 何故、この部屋に惹かれたのかはわからない。

 しかし、直ぐに捕まってしまったのではその理由はわからないままである。
 これで時間は稼げた。

 あとはこの部屋を物色すれば──。
 

321: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/03(月) 16:52:22.16 ID:nnkSdHOEo

デュラ「こ……れは……?」

 物色するまでもなく眼前に入ったもの。
 それは、かなりの大きさを誇る大剣であった。

 分厚く、大きく、大雑把。
 一目で“魔剣”の類であることがわかる魔力を内包している。

 外のスライム娘たちはこの部屋を「だいじんさんのおへや」と言っていた。
 が、大臣が剣を振るうなど聞いたことがない。
 

322: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/03(月) 16:52:50.19 ID:nnkSdHOEo

デュラ「……」

 どうでも良いことだった。
 今、自身が必要としているのは武器。

 その武器が目の前にあるのだからありがたく頂戴すれば良いのだ。
 大剣は好みではないけれど、今はそのような贅沢を言う場面ではない。

 デュラハンは無感情に立てかけられた大剣を手にした。

 

323: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/03(月) 16:53:44.73 ID:nnkSdHOEo

デュラ「────」

 直後、流れ込んでくるイメージ。
 この大剣を今まで有していた人物。

 それは、かつて“デュラハン将軍”と呼ばれていた自分の前任者の遺物であった。

デュラ「そう言う……こと……」

 さらに流れこむイメージ。
 黒い狼、少女。
 

324: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/03(月) 16:54:21.26 ID:nnkSdHOEo

 なるほどと、デュラハンは頷く。
 この魔剣の真の主はデュラハンではなく、脳内にイメージとして流れ込んできた少女。

 恐らくはデュラハンが魔剣の力に魅了され、どうにかして掠め盗ったのだろう。
 奪った挙句、使いこなせていないのだから笑いが出る。

デュラ「この……剣なら……」

 戦い方が頭に流れ込んでくる。
 重かったはずの大剣は羽のように軽い。


 主人を亡くし、行き場を失っていた魔剣が新たなる主を定めた。


 

335: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:47:56.56 ID:5Q7F+zhQo
 



 不毛。
 この戦いを表現するのならば、これ以上に的確な表現は見当たらなかった。

 ただただお互いの作り出す無限とも呼べる駒をぶつけ合う。
 進退せず、現状を維持するだけの戦が続いている。

 積み重なるのはお互いの屍。
 それだけが野原に積まれて行く。
 

336: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:48:28.56 ID:5Q7F+zhQo

ガーゴイル「(時間稼ぎ……? しかし……)」

 先ほどの闖入者。
 その正体はおおよその見当は付いている。

 アンデッド族でリッチ以外に単独で行動し、それなりの実力を持つ魔物と言えば一種しか存在しない。

ガーゴイル「(デュラハン……)」
 

337: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:48:57.31 ID:5Q7F+zhQo

 が。
 ガーゴイルの知るデュラハンは既に消滅している。

 彼の主である魔王が目の前で消し去ったのだから当然だ。
 不相応に装備していた“魔剣”を回収し自室に補完しているのだから間違いない。

 だとすれば、先ほどのデュラハンは新個体。
 ガーゴイルの知らない魔物である。
 

338: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:49:44.60 ID:5Q7F+zhQo

ガーゴイル「(デュラハン将軍が没してからまだ日は浅い……この局面を変えるほどの力を持つはずが……)」

 うう……。
 うう……うう……。

 そこいら中に討ち捨てられた亡骸たち。
 その声が響き、辺りは怨念で渦巻いてる。

 人間であればその邪気に当てられ直ぐに狂死するだろう。
 あるいは腐臭を肺に入れ、内臓を腐らせ苦しみにのた打ち回り朽ち果てる。

 それほど魔王城近辺の空気は淀んでいた。
 

339: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:50:10.87 ID:5Q7F+zhQo


リッチ「あの子は……上手いことやってるようだねえ……」

 ひたすらに“生贄”を産み続けながらリッチが言葉をこぼした。
 リッチが居座るその場所は既に死の沼地と化し、亡者が無限と湧き出ている。

リッチ「お気に入りをデュラハンにしたんだ……うっふふ。やはり性能ってのは大事だねえ……」
 

340: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:50:41.69 ID:5Q7F+zhQo


……。
…………。
……………… 

 

341: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:51:19.24 ID:5Q7F+zhQo


 デュラハンの性能はその元となる人間の力量で大きく変わる。
 性別が違えば、性格も違い、動き、力、思考能力。

 その全てに違いが出てくる。
 今回、デュラハンに使った素材はリッチのお気に入りであった。

 人間であったころは強く美しい女性。
 人間界では騎士と呼ばれ、姫とも呼ばれるほどの人物であることをリッチは知っている。
 

342: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:51:57.34 ID:5Q7F+zhQo

 リッチは美しいものを好み、それと同じくらい憎んでもいた。
 その愛憎の対象となった姫騎士は不幸としか言い様がない。

 村にアンデッド族が襲ってくる。助けて欲しい。
 このような内容の嘆願書がとある小国へと届き、彼女の目に入ることになる。
 
 正義感の強い彼女は、屈強な兵を連れアンデッド族の討伐へと出立した。
 その近辺に強力なアンデッドが出没すると言った情報は聞いたこともない。

 どうせハグレの魔物が夜な夜な村を荒らしているのだろう。
 彼女を含む、誰しもがそう考えていた。
 

343: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:52:29.41 ID:5Q7F+zhQo

 けれど、村で待っていたのは“死”そのものだった。


 ──まっていたよお……。


 考えられないほど桁違いの力を持つ魔物。
 部隊は瞬く間に蹂躙され、残された彼女には凄惨な末路しか残されていない。

 その身体には想像を絶するほどの苦痛と汚辱を与えられ──ゆっくりと首と胴体を切断された。
 

344: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:52:56.72 ID:5Q7F+zhQo

リッチ「ああ……やっぱり、綺麗だねえ……」

 首が離れてもなお止まぬ汚辱。
 それを見せ付けるかのように頭を持つリッチ。

リッチ「頭はあたしのコレクションにしようねえ……身体もちゃあんと、使ってあげるからねえ……」

 頭だけになった姫騎士の最後の記憶。
 それはアンデッド共に自身の身体が弄ばれる最悪の光景だった。
 

345: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:53:28.09 ID:5Q7F+zhQo


……。
…………。
……………… 

 

346: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:54:09.26 ID:5Q7F+zhQo

 
リッチ「良いよお……良い、良い……」

 どんどんと怨嗟が紡がれていく戦場を遠めにリッチが呟く。
 時間が経てば経つほど、自身に都合が良くなっていく。

 デュラハンが期待通りに動けば城門を解き放ち、ガーゴイルへ斬りかかるだろう。
 レベルは相応に上がっている。

 ガーゴイルを打ち砕くのは無理としても、怯ませることは出来る。
 その間、ゴーレムの召喚は止まる。

 となれば亡者共の進軍は進み城内へアンデッドが湧き出ることになる。
 

347: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:54:36.10 ID:5Q7F+zhQo

リッチ「ふふっ……楽しくなってきたねえ……」

 リッチは既に詰み将棋をしているかの如き、この戦を楽しんでいる。
 切り札を持つ者の余裕。

 それが表情に溢れていた。
 

348: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:55:31.06 ID:5Q7F+zhQo


……。
…………。
……………… 

 

349: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:56:10.37 ID:5Q7F+zhQo


 ──ッハァー……ハァー。


 息が、呼吸が苦しい。
 上手に出来ない。

魔王「ッハッハ……」

 ヘカトンケイルに向けての攻撃は都合十回。
 向こうさんが受けて立っているお陰で、一応全弾命中しているけれど……。
 

350: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:56:40.79 ID:5Q7F+zhQo

魔王「あと、何本だっけか……」

 計算できない。
 攻撃に夢中だったせいもあるけれど、わたしって算数とか苦手な方なんだよね。

 掛けたり引いたりもう訳わかんない。
 って今はそんなこと言ってる場合じゃない……。
 

351: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:57:07.91 ID:5Q7F+zhQo

魔王「ええと……一回で、だから……あー、でも多分まだ三十くらいはありそうだ……」

 魔王剣が打てるのは良くてあと三回。
 頭に血が上っていたせいでペース配分考えなかった……。

 やばい。
 限界来る前に限界来ちゃったかもわからない。
 

352: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:57:36.28 ID:5Q7F+zhQo

魔王「(どうしよ……)」

 実を言うと今のわたし。
 体中がボロボロだったりする。

 腕の数が減っているとは言え、あいつは隙が出来るとわたしを殴ってくる。
 まあ迂闊に間合いに入り込んじゃう自分が間抜けなんだろうけれど。

 魔王としてそれなりの防御力。頑強さを誇っているつもりなんだけど……。
 痛い。痛すぎるよ、あいつの攻撃。
 

353: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:58:10.09 ID:5Q7F+zhQo

魔王「(あー……これって勝てるのかな……)」

 そんなことを内心で思っている時だった。


 ──おいおい。そんな弱気なことで魔王が勤まると思っているのか。


魔王「……!?」
 

354: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:58:43.49 ID:5Q7F+zhQo

 突如入り込んでくる声。
 聞いたこのない声質だった。

 ヘカトンケイルが喋りかけて来たのかと一瞬疑ったが、そんな訳がない。
 アレとは殆ど会話もせずに殺し合っている。

 今さらあんな皮肉めいたこと……。

 ──きょろきょろするな。みっともない。
 
 

355: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 22:59:25.58 ID:5Q7F+zhQo

魔王「え、え」

 ──下だ。娘よ、お前が持つ手を見よ。

魔王「え」

 と言われても。
 わたしが装備しているのなんて“魔王剣”くらいな訳で……。
 

356: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/04(火) 23:00:00.28 ID:5Q7F+zhQo

 ──我が名は“魔王剣”。欲する者に力を与える、魔の王の剣よ。

魔王「……」

 喋り出した。
 あんまり唐突だったもので、わたしは一瞬かたまり──。

魔王「────ウガッッッッ!?」


 そこへ、ヘカトンケイルからの痛烈な不意打ちが顔面を捉えた。
 
 

365: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/05(水) 19:58:58.71 ID:RL3di/3Wo
 




──ザンッ──ザンッ。


 これで何度目かと笑いたくなるような衝撃が身体に走る。
 まるで川に投げつけられた小石のように、わたしの身体は地に打ち付けられ跳ね回った。

 勢いがなくなると、はしたなくゴロゴロとのた打ち回りやがて止まる。
 服は泥だらけ。髪もくしゃくしゃ。

 疲労と痛みが身体全体を包んでいる。
 

366: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/05(水) 19:59:25.52 ID:RL3di/3Wo

魔王「ぷふーっ……ごほっごほっ」

 真正面からヘカトンケイルの拳を受けたんだ。
 魔王だって鼻血くらい出るさ。

 うう……。
 苦しい。

 ──情けない……これが今の主(あるじ)か。

 手から伝わる剣の声。
 つか、なんで喋ってるんだろう。
 

367: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/05(水) 19:59:53.01 ID:RL3di/3Wo

 ──我は魔剣の王なるぞ。言葉の一つも喋れるに決まっておる。

魔王「……なんで今の今まで喋らなかったんだ」

 なんか話し方が気に入らない。
 使用者であるわたしより偉そうってどう言うことなんだろ、なんて思いつつぶっきらぼうに疑問を投げつけてみた。

 ──それはな、単純に主の魔力が低いからよ。

魔王「魔力が?」
 

368: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/05(水) 20:00:21.70 ID:RL3di/3Wo

 おいおい。
 わたしはこれでも魔王なわけですよ。

 そんなわたしに対して、魔力が低いって。
 どの口が言うんだろう。口なんて見当たらないけれど。

 ──供給される魔力が低すぎて、目覚めることもままならんかったわ。

魔王「へえ……」
 

369: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/05(水) 20:00:49.45 ID:RL3di/3Wo

 ああ、なんかもうどうでも良くなってきた。
 話しに付き合っても良いことなさそうだし。

 今はヘカトンケイルをどうやって対処するか。
 対処出来るんだろか……。

 それを考えなきゃだってのに、ポッと出の人格に付き合ってる暇はないよ。

 ──おい、主よ。失礼なことを考えておっただろう。

魔王「む」
 

370: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/05(水) 20:01:16.78 ID:RL3di/3Wo

 なにこいつ。
 剣の癖してちょっと鋭い?

 ──今のままでは、無理だな。

魔王「……」

 無理。って言った。
 なにが、とは言わなかったけれど。

 今、この剣は無理と言った。
 わかってるよ。

 なにが無理なのか。
 そこまで頭が回らないほど、わたしの頭は幸せに出来てはいない。
 

371: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/05(水) 20:01:47.34 ID:RL3di/3Wo

 ──我を振れる回数は……ふむ。良くて後、三回。

 ご名答。
 そこまでわかるんだね。

 わたしは無言のまま、剣の言葉に耳を傾けた。

 ──主よ、勝ちたいか。

魔王「……ああ」

 小さく返答する。
 負けたい訳がない。

 ──ならば、我の言葉に耳を傾けよ。我に力を預けよ。
 

372: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/05(水) 20:02:13.86 ID:RL3di/3Wo

魔王「……」

 首を縦に振る。
 アレに。ヘカトンケイルに勝てるのならば。  

 もう理由なんてどうだって良い。
 今のわたしは、個としてヘカトンケイルに負けたくないと思っている。

 思っていたよりもずっと負けず嫌いだったらしい。
 悔しい、力が届かない。

 勝ちたい。負けたくない。
 本来の目的を忘れてしまうほどに、わたしは勝利を欲していた。
 

373: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/05(水) 20:02:44.05 ID:RL3di/3Wo

 ──ならば教えてやる。我の使い方をな。

魔王「ははっ、剣に剣の使い方を教わるだなんてね……宜しく頼むよ、魔王剣」

 ──“百腕魔王ヘカトンケイル”。寝覚めの相手に不足ないわ。 

 ふう。
 と一息つく。

 悠長にお喋りしていたけれど、時間的な余裕があるわけじゃない。
 ヘカトンケイルは移動こそ俊敏な動きを見せる事はない。

 しかし、ただジーッと突っ立っている訳でもなくゆっくりとわたしの元へと歩みを進めている。
 馬鹿みたいに待ってれば簡単に止めを刺されるだろう。
 

374: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/05(水) 20:03:11.01 ID:RL3di/3Wo

 ──良し。ではまず……。

魔王「あー、ちょっと待って」

 ──……?

 心機一転。
 ここから反撃開始だ、の前に。

魔王「少しばかり、身なりがみすぼらしいからね」

 長く伸ばした髪は泥だらけになり、まとまりがない。
 正直に言って長髪は戦闘に向かないんだ。

 バッサバッサと視界を横切ってうざったくすらある。
 

375: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/05(水) 20:03:40.02 ID:RL3di/3Wo

魔王「よいっしょ……と」

 後ろに手を回して、一気に髪を纏め上げる。
 そしてそのまま──。

 ──ザンッ。

 バッサリ。
 手刀でもって、わたしは自身の髪を切り取った。
 

376: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/05(水) 20:04:09.55 ID:RL3di/3Wo

魔王「ふう……サッパリした」

 ──良いのか……?

魔王「ん? なにが?」

 ──乙女が長髪を切るなど……。

魔王「乙女って。わたしは魔王だよ?」

 ──……。

魔王「おかしなことを言う剣だね」
 

377: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/05(水) 20:04:41.62 ID:RL3di/3Wo

 髪なんてまたいくらでも生えてくる。
 それにわたしは昔っから長い髪の毛が鬱陶しかったのだ。

魔王「さあ、やっつけるよ」

 ──……面白い主だ。

 ようし。
 なんだか身体が軽くなった気がする。

 
魔王「反撃開始だ」


 

382: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/06(木) 19:58:54.81 ID:uqP4xYyLo
 


デュラ「……」

 魔剣を手にしてから、どうにも身体の調子がおかしかった。
 温もりを失ったはずの身体は火照り、熱を感じる。

 なにものにも興味が湧かず、常に凍てついてたはずの感情が顔を出し始めていた。
 
 ──戦いたい。

 デュラハンの心に芽生える感情。
 

383: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/06(木) 19:59:24.30 ID:uqP4xYyLo

 敵、敵、敵。

 敵と戦いたい。斬りたい。叩き潰したい。
 首を切り落としたい。頭が欲しい。

 欲しい欲しい。

デュラ「頭が……欲しい……」
 

384: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/06(木) 20:00:15.52 ID:uqP4xYyLo

 デュラハンが手にした魔剣は持ち主に“狂化”を促す作用を持っていた。
 幸か不幸か。魔剣に主と認められた時、その者は戦いの権化と化す。 

 手にすれば、己が理性は吹き飛びただただ戦いのみを糧とする。
 大剣は重量をなくし、振るうほどに攻撃力を増していく。

 敵を殲滅するか、己の行動不能を持ってでのみその戦闘衝動は霧散する。
 使用者を死へと追いやる魔剣。

 デュラハンが手にしたのはただの武器と呼ぶには余りにも禍々しい遺物であった。
 

385: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/06(木) 20:00:51.94 ID:uqP4xYyLo

デュラ「体が……軽い……」

 まるで風そのものになったような感覚。
 廊下を駆け抜けるその速度は、大剣を持つ身とは思えぬ程だった。

 恐怖心はない。
 例え、敵に発見されようが首を刎ねれば済むこと。

 すでにデュラハンの思考回路は常とものと違っている。
 

386: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/06(木) 20:01:26.08 ID:uqP4xYyLo

スラ娘A「あわわっ! てっ、ててて、てきですー!!」

デュラ「……」

スラ娘B「わわわっ、きききちゃあ……!」

 捕捉する二体の標的。
 それは既に敵ですらなく、彼女にとって試し斬り以外のなにものでもなかった。
 

387: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/06(木) 20:02:00.12 ID:uqP4xYyLo


 ──パチャンッ! パチュンッ!


スラ娘A「ふぇ……?」

スラ娘B「ふぁ……?」

 一陣の風が如く、不運にも立ちはだかったスライム娘の間を走り抜ける。
 素早く、正確に二振り。

 デュラハンの大剣はスライム娘の首を難無く通過していた。
 

388: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/06(木) 20:02:45.92 ID:uqP4xYyLo

デュラ「…………」

 雑魚など歯牙にもかけず、走り去る。
 強者とまみえるために。

 すでに、リッチから受けている命など欠片ほども覚えてはいない。
 今はただ、闘うためだけに彼女は駆けていた。
 

389: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/06(木) 20:03:28.83 ID:uqP4xYyLo


……。
…………。
……………… 

 

390: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/06(木) 20:04:23.50 ID:uqP4xYyLo
 
 デュラハンが走り去った廊下。
 そこには首が刎ねられた人型のなにかが二体、横たわっていた。

 ゼリー状のそれらは、ふるふると意思があるかのようにふるえている。

 ──ぷるぷる。

 ──ぷるぷる。

 ゆっくりと、頭部であったそれらが胴体へと元あった場所へと這いずりよる。
 ゆっくり、ゆっくり。

 時間をかけて、刎ねられた頭部は胴体へと帰還した。
 

391: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/06(木) 20:07:29.30 ID:uqP4xYyLo

スラ娘A「ふう……」

スラ娘B「ふぁー」

 再生。
 彼女たちの命を打撃や斬撃で奪うことは出来ない。

 時間はかかるが、切り離された部分はもとあった場所へと接合する。
 例え頭を完全に叩き潰されようと、彼女たちは死なない。

 スライム族とはそう言った、ある意味で不死と呼ばれる種族の一翼を担っている。
 

392: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/06(木) 20:08:20.12 ID:uqP4xYyLo

スラ娘A「うっうぅぅ……」

スラ娘B「ふえぇ……こわっ、こわっがっだよう……」

スラ娘A「しんじゃうかとおもた……ぐすっ……」

 泣きじゃくるスライム二匹。
 けれど、再生した彼女等の身体には傷の一片も見当たることはなかった。
 

399: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/07(金) 01:22:39.08 ID:FpmIARumo
 



 渦巻く怨念。
 ひたすらに大きく膨れ上がったそれは、天候の変わりにくい地域である魔王城周辺すら暗いものへと変えていた。

 うう……。
 うう……。

 亡者の鳴き声がそこかしこから漏れ出ている。
 肉体を失った者たちの叫び声はすでに耳を劈くような悲鳴に成り代わっていた。
 

400: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/07(金) 01:23:07.84 ID:FpmIARumo

リッチ「頃合だねえ……」

 手持ちのほとんどの亡者を召喚し終えたリッチ。
 すでに魔力は枯渇しかかっていた。

リッチ「フフッ……フフッ……」

 ゆったりと歩き出す。
 ガーゴイルが待つ、怨嗟連なる戦場へと。
 

401: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/07(金) 01:23:34.38 ID:FpmIARumo


……。
…………。
……………… 

 

402: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/07(金) 01:24:19.21 ID:FpmIARumo

ガーゴイル「……止まった」

 明らかに亡者の湧きが減ったことに気付く。
 戦場ではすでに亡者よりもゴーレムの数が勝っていた。

ガーゴイル「……魔力切れか」

 既にガーゴイルの魔力も切れ掛かっていた。
 戦闘が始まってからお互いに召喚を行い続けている。

 いくら低級の魔物とは言え、長時間に渡る魔物召喚。
 魔力切れが起きてもなんら不思議はなかった。

 “大臣”であるガーゴイルと“四王”の一角であるリッチだからこそこのような戦いになったとも言える。
 

403: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/07(金) 01:25:02.14 ID:FpmIARumo

ガーゴイル「だとすれば……」

 これからは肉弾戦。
 撤退も考えられるが、総力戦を仕掛けておきながらここで撤退する理由はない。

 ならばリッチ自らが戦場に顔を出すことになる。
 決着が近いことをガーゴイルは感じ取った。

ガーゴイル「謀叛の罪をわからせてやらねばな」

 片手を大地に突き立て、ゆっくりと引き上げる。
 大地から生まれ出でる三叉の槍。

 ガーゴイルは槍を練成し、力強くそれを握り締めた。
 

404: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/07(金) 01:25:37.98 ID:FpmIARumo


……。
…………。
……………… 

 

405: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/07(金) 01:26:25.83 ID:FpmIARumo


 ──不味い。


 不味い不味い不味い不味い。
 やばい!

アラクネ「ちょっと……なに、あれ……」

 私の眼前に広がる光景。
 もうね、ぐっちゃぐちゃ。

 敵の発見からこの状況が作られるのにそう大した時間はかからなかった。
 

406: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/07(金) 01:26:52.54 ID:FpmIARumo

 デュラハンを発見。

 何時の間にか見つけたであろう剣を装備しているけれど、問題はなし。
 物理ではやられることのないスライム隊で圧死。

 一番広い玄関。
 つまり城門をくぐって直ぐの場所で撮りか囲めば楽勝。

 なんて簡単なお仕事だろう。
 とか思ってたんだけど……。
 

407: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/07(金) 01:27:55.55 ID:FpmIARumo

スキュラ「うわはー、ぐちゃぐちゃー……はっ! 掃除しな──もごっ!」

アラクネ「しっ。お黙りっ」

 石柱の影に隠れ様子を伺い見ていた私。を押し退け遅れて来たスキュラが声を出そうとした。
 ふう……幸いにも気付かれなかったみたい。

スキュラ「もごっー……ふごふごーっ」

 手を離せとタコ足を器用に動かして抗議をしてくるけど、ごめんね。
 今はそれどころじゃないのよ。

アラクネ「黙って。ちゃんと見て」

スキュラ「ふごー……」

 私の声質がいつもと違うのかを感じ取ったようで大人しくしてくれた。
 この子、馬鹿だけれどそう言うのを読み取る力はあるのよね。うん、さすが従者長。
 

408: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/07(金) 01:28:22.26 ID:FpmIARumo


……。
…………。
……………… 

 

409: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/07(金) 01:28:51.20 ID:FpmIARumo


 ──きゃーっ!

 ──ひいいっ!

 ──わーわー!

 ──こないでっ、こないでぇ!

 広間にはスライム娘たちのパーツがそこかしこに飛び散っていた。
 

410: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/07(金) 01:29:36.66 ID:FpmIARumo

 中央に陣取るデュラハン。
 それを取り囲むように数多のスライム娘たちが包囲。
 
 その絶対的な数の違いによってデュラハンを捕らえる。
 これが当初の予定、作戦であった。

 しかし、その目論見は見事に打ち砕かれ、広間は見るも無残な姿へと変貌している。

 ──パチュンパチュン!!

 ──パチャチャッ!!

 大剣を振るごとに鳴り響く、水を打つかのような音。
 デュラハンはまるで水風船を割るかのような手軽さでスライム娘たちを両断していった。
 

411: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/07(金) 01:30:03.07 ID:FpmIARumo

デュラ「……」

 今の彼女にとって、これは戦闘ではない。
 ただの駆除であり昂ぶりを感じない。

 邪魔だから排除する。
 それだけの行為だった。

 面白くない、違う。つまらない。
 こいつらじゃない。

 フラストレーションが溜まる中、ただただ大剣を振り続けていた。
 

412: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/07(金) 01:31:03.22 ID:FpmIARumo

 そんな惨状を目に、歯痒い思いを募らせる魔物が一匹。
 アラクネだった。

アラクネ「……」

 謁見の間でデュラハンと相対した時、確かにその強さは感じ取れた。
 けれど、今目の前で大剣を振るっている魔物から感じる強さは桁が一つ違っている。

 この短時間で大幅にレベルアップをしたとは思えない。
 一足飛びで次元を超えてしまった。

 例え本気になったスキュラと力を合わせたとしても、勝てるかどうか。
 それ以前にスキュラがこと戦闘に関して本気を出すとは到底思えない時点で全てが妄想だった。
 

413: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/07(金) 01:31:35.66 ID:FpmIARumo

スキュラ「スラ……スラたち……」

アラクネ「残酷なようだけれど、死なないから大丈夫。と言うか、あの子たちに頑張って貰わないと……」

 今出て行けば、確実に殺される。
 アラクネとスキュラ。この二人が死ねば、命令系統が破綻する。

 城内の守りは崩壊し、どうなるか想像もつかない。
 スライム娘たちには悪いがアラクネにはこうすることしか出来なかった。
 

414: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/07(金) 01:32:11.00 ID:FpmIARumo

アラクネ「お願い……頑張って……」

 ──きゃーきゃーっ!

 ──ひいいいっ!

 ──…………。

 ──……。

 やがて消える悲鳴。
 一方的な惨殺は終幕を迎えた。
 

415: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/07(金) 01:32:39.23 ID:FpmIARumo

デュラ「……」

 強者を。戦いを。
 欲しい欲しい欲しい。

 魔剣から送られる衝動。
 デュラハンはその衝動に突き動かされるまま、敵を求め広間を後にしようとした。

デュラ「……ッ!」

 直後、感じ取るいくつもの気配。
 大量のなにかが蠢くような、気持ちの悪いものだった。
 

416: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/07(金) 01:33:06.49 ID:FpmIARumo


 ──ぷるぷる。



 ──ぷるぷるぷるぷる。



 ──ぷるぷるぷるぷるぷるぷる。

 

417: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/07(金) 01:34:03.52 ID:FpmIARumo

デュラ「……」

 先ほど斬り殺した者たちの死骸。
 彼女にはそうとしか写らない肉片が蠢いている。

 それらはゆっくりと移動し、重なり、やがて一つの塊となった。


 ──スライム集合体。


 雌のスライム娘たちが合体した姿であり、人間界ではその大きさから“クイーンスライム”と呼ばれることもある。
 脆いとされるスライムの性質は硬質ゴムのように頑丈にしなやかに変質し、魔物としてのレベルも大幅に向上している。

デュラ「……フフッ」

 小さく笑う。
 この日はじめて、魔剣を手にしたデュラハンの前に“敵”として現れた魔物。

 それに対し歓喜の感情が彼女を打ち奮わせた。
 

432: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/10(月) 00:19:47.66 ID:k7+U1Gg3o
 


 ──ズチャ。ズチャ。


 魔王城近辺の草原は亡者共の血や臓物。
 すでに腐りきっていた体の腐敗臭などで、酷い匂いが散らばっている。

 大地もそうだった。
 砕けたゴーレムの破片に混じり、腐った液体が絡みつき血沼と化している。

 リッチはその草原を愉快そうに歩いていた。
 

433: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/10(月) 00:21:02.91 ID:k7+U1Gg3o

リッチ「……」

 ぬちゃぬちゃと足に纏わり付く汚泥。
 肉の無い身を通り抜けていく腐臭。

 全てがリッチにとって心地の良いものだった。

リッチ「さあ、仕上げだねえ……」

 やがて見えてくる城門。
 そこには門番であるガーゴイルが待ち受けていた。

 ガーゴイルは三叉の槍を手にし、手持ちのゴーレムを全て後方へ配置している。
 既にリッチとガーゴイルを隔てている物は距離だけだった。
 

434: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/10(月) 00:21:32.13 ID:k7+U1Gg3o

ガーゴイル「こうして顔を付き合わせるのはどれ程ぶりになるか……」

リッチ「あの小娘が魔王に就任して以来、だねえ」

ガーゴイル「……」

 小娘。
 これは魔王を不機嫌にさせるワードであり、同時に彼女へと忠誠を誓うガーゴイルの機嫌も損ねる言葉であった。

リッチ「おやおや。そんなに顔をしかめるもんじゃあないよ」

 機嫌が悪くなったガーゴイルを見てまた愉快になる。
 全てが楽しくて仕方がなかった。
 

435: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/10(月) 00:22:14.05 ID:k7+U1Gg3o

ガーゴイル「もう魔力も感じ取れぬ。まだ続けるのか」

リッチ「……フフッ」

 自然に笑みがこぼれる。
 なるほど、なるほど、と。

 魔力がつきた。
 確かに、召喚に魔力を割いたせいでほとんどの魔力を消費してしまった。

 残された魔力は雀の涙ほどで、とうてい戦闘を行えるほどではない。
 ガーゴイルの言っていることは正しかった。
 

436: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/10(月) 00:22:59.94 ID:k7+U1Gg3o

ガーゴイル「まだ笑うか」

 違和感を覚える。
 魔力が底を付き、手ごまも使い果たしている。

 城内を騒がす魔物が戦局を引っくり返せるはずもない。
 リッチの余裕は一体。

 ガーゴイルは薄気味悪い、嫌な感覚が拭えないでいた。
 

437: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/10(月) 00:23:38.63 ID:k7+U1Gg3o

リッチ「そりゃあ、ねえ……」

 突然、草原に風が吹いた。
 次第に風が強くなり、その風はどう言う訳かリッチに取り巻いている。

ガーゴイル「……ッ」

 どす黒い、とても通常の風とは違う風だった。

リッチ「フフッ……! フフッ……!」

 風が強まり、リッチの纏っていたフードが剥がれて行く。
 その身体は貧相極まりない、骸骨そのもの。

 ただただ、骸骨のそれだった。
 

438: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/10(月) 00:24:29.54 ID:k7+U1Gg3o

ガーゴイル「ヌアァァッ!」

 ただ黙って立って見過ごす理由はない。
 ガーゴイルは手に持っていた槍を構え、リッチへと向かい思い切りそれを投擲した。

 風を切り裂き突進する槍。
 その速さは凄まじく一瞬で距離を殺し標的の頭部へと飛来する。

ガーゴイル「ッ……」

 やはり。
 と、そう言った感想が心の内にあった。

 槍はリッチに届くことはなく、風に当ると同時に腐敗しボロボロと消えてなくなった。
 

439: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/10(月) 00:24:58.05 ID:k7+U1Gg3o

リッチ「フフッ……。そう水を差すもんじゃあ、ないよ」

 風の向こうから愉快そうな声が聞こえた。
 リッチを取り巻く風はさらに強く、色濃くなっている。

リッチ「魔力がない……そうだねえ、今のままじゃないねえ……」

 草原を取り囲む淀んだ空気。腐臭。怨念。呻き声。
 その全てが風にのり、リッチを取り囲んでいる。
 

440: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/10(月) 00:25:59.95 ID:k7+U1Gg3o

リッチ「フフッ……フフッ……」

 それは、アンデッド“リッチ”の持つ能力であった。
 世にある“負”のエネルギー。およそ人が忌み嫌う感情、事象。

 全ての“負”に位置するエネルギーをそのまま“魔力”として受給する。
 用意した亡者たち。同族である、我が子と呼べるアンデッド族。

 その全てが、リッチにとっては生贄であった。
 万を越える生贄。

 祭壇場と化した草原。
 集められた負のエネルギーが“呪い”としてリッチへと降りかかる。

 規格外。
 アンデッドと言う種族そのものを利用した、常識を遥かに超える呪術であった。
 

441: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/10(月) 00:26:49.53 ID:k7+U1Gg3o

ガーゴイル「貴様ッッ……!!」

リッチ「……」

 嵐のような強大な呪い。
 その全てが魔力へと変換され、リッチへと吸収されていく。

リッチ「あ゜っ、あ゜っ……」

 身体が変質していく。
 空洞だった体に内臓が、筋肉が。


リッチ「う゜っ……あ゜あ゜あ゜あ゜!!」

 ──受肉の始まりだった。
 

442: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/10(月) 00:27:27.86 ID:k7+U1Gg3o

 みるみる内に肉へと覆われていく体。
 肉が付き皮膚が出来る。

 双眸に眼球が生まれ、顔面も骸骨のそれでなくなっていく。
 アンデッド特有の腐った体ではなく、まるで魔人族のように張りと艶がある肌。

 長く伸びる髪。
 整えられた黒髪は、リッチが生前に蓄えていたものだった。

リッチ「…………ふふっ」

 艶めく微笑を浮かべる。
 その凹凸のはっきりした身体は女性のそれであり、これこそがリッチへと成る前の彼女の姿であった。
 

443: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/10(月) 00:29:22.10 ID:k7+U1Gg3o

ガーゴイル「……」

リッチ「ああ、なんて気分が良いのかしら」

 肉のない骸骨から発せられる声とは違う。
 声帯を振るわせた声。

 アンデッド族の面影は一切見当たらない。
 ガーゴイルの前に立つ女は、とても数分前まで“死王”と恐れられた魔物ではなかった。

リッチ「うん? どうしたの……? 石像のくせに、私の姿を見て昂ぶったのかしら」

 クスクスと口に手を添え上品に笑って見せた。
 その態度には明らかな余裕が見て取れる。  
 

444: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/10(月) 00:30:18.81 ID:k7+U1Gg3o

ガーゴイル「貴様……貴様は……自分以外のアンデッド族を全て……」

リッチ「そうよ。食べたわ、全部ね」

 悪びれる様子もなく言い放つ。

リッチ「大丈夫。また作れば良いんだから」

ガーゴイル「……」

 沸々と湧き上がる激情。
 部下を、子らを、同胞を駒としか見ていない。

 今すぐにでも目の前の女をこの手で縊り殺したい。 
 そんなガーゴイルの衝動を止めるもの、それはリッチの手に入れた魔力だった。

 突き刺さるような魔力。
 その高は、彼が忠誠を誓う魔王のそれに近しい強さであった。

445: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/10(月) 00:31:20.26 ID:k7+U1Gg3o

ガーゴイル「(まさか、これ程とは……)」

 桁違いの魔力量。
 言わば今のリッチはアンデッドと言う一種族の集合体。

 アンデッドとはリッチであり、リッチとはアンデッド。
 単一種族と呼べる存在に昇華している。

リッチ「ねえ。力の差は、わかるよね……?」

ガーゴイル「……」

リッチ「残念だけどこの姿もずっとって訳じゃないの。さっさと用事を済ませたいんだけど」

ガーゴイル「ならば、その時間とやらを稼がせて貰おうか……」
 

446: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/10(月) 00:32:03.52 ID:k7+U1Gg3o

 自分では勝てない。
 であれば、一時でも長く時間を稼がねばならない。

 自身が信じる存在。
 魔王が帰還するまでの時を。

リッチ「この身体で闘うのは初めてだから、手加減は出来ないからね……」

 リッチの両眼が赤い光を帯びた。
 絶望的な力の差。

 ガーゴイルとリッチの戦いは終焉へと向かっていた。
 

447: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/10(月) 00:36:08.06 ID:k7+U1Gg3o
おわーり。


説明不足な性別。

登場人(魔)物の性別

魔王:主人公(ヒロイン)♀
    ロングヘアーから、戦闘中にショートカットへ。

大臣:ガーゴイル 動く石像。性別なし
    声質は男性。

スキュラ:従者長。♀
      あほの子。

アラクネ:副従者長。♀
      活躍できず。

スライム娘たち:平の従者。全員♀
        がんばってます。

デュラハン(故):♂

デュラハン(新):♀

死王:リッチ。♀
    骸骨時は声がしわ枯れていて性別が判別出来ない。
    受肉すると綺麗目な女性に成る。精神年齢も若返り、伴い口調も変化。   


ガーゴイルに限らず、概観的なイメージは>>1のものを強制するつもりはありません。
一応>>427の方が仰る通りなのですが、絵に起こることはないので“吉永さん~”でも問題ありませんです。

それではありがとうございました。
書けたらまた来ます。

458: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/11(火) 21:44:05.35 ID:entqOwMao
 



 刃が通らない。
 その巨大な怪物。愛らしい顔をした魔物は実に不思議な生き物だった。

 デュラハンの振るう魔剣。
 打ち込み速度も威力も、なに一つ申し分ないそれを“クイーンスライム”の肌は通さない。

デュラ「……」

クイーン「ふふーふ。さあ、観念しなさいっ」
 

459: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/11(火) 21:44:53.12 ID:entqOwMao

 合体によってスライムの知能もあがっていた。
 打撃や斬撃と言った物理攻撃にめっぽう強くなっていることも理解している。

 内気で怖がりな人格ではなく、立派な一匹の魔物としてデュラハンと対峙していた。

デュラ「もっと……もっと、疾く……」

 ダンッ。と床を踏み抜くほどの力でデュラハンは地を蹴った。
 爆発的な推進力を生み出し、剣を抱え自身を弾丸へと変化させ突進した。

 弾丸はクイーンスライムの腹部へと直撃し、切り裂こうと力を加える。
 

460: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/11(火) 21:45:33.06 ID:entqOwMao

クイーン「むっだあぁっ!」

 けれど弾丸はクイーンスライムの腹部を貫くことはなく、ぽよん。
 と間抜けな音と共にデュラハンを吹き飛ばした。

 間抜けな音とは裏腹に豪快な音を立ててデュラハンは壁へと突き刺さった。
 ガラガラとレンガが崩れ、衝撃の大きさを物語っている。
 

461: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/11(火) 21:45:59.04 ID:entqOwMao

デュラ「……」


 ──もっと。 


 もっと力が欲しい。
 魔剣に意識を奪われながらも、デュラハンは自身の意識の中でそう呟いた。

 負けたくない。
 “魔物”なんかに負けたくない。
 

462: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/11(火) 21:46:55.84 ID:entqOwMao

デュラ「イヤ……もう、アレはイヤ……」

 フラッシュバックする生前に刻まれた最後の記憶。
 負ければまたそれを繰り返すのかと、無意識に身体が跳ね上がった。

デュラ「イヤ。イヤ……負けない、負けたくない……魔物なんかに、魔物なんかに……っっ!」

 デュラハンの思いに、魔剣が呼応した。
 剣に内包された魔力が放出する。

 それは今までに魔剣によって斬られた者たちの魔力。
 斬られ、殺され、魔力を剣によって食われ蓄えられた力。

 真の持ち主である“ベルセルク”の手にかかった犠牲者の数は計り知れない。
 その桁違いの魔力をデュラハンは受け取った。
 

463: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/11(火) 21:47:24.70 ID:entqOwMao

デュラ「うぐっ……あ゜あ゜あ゜っっ!!」


 体中に狂い走る膨大な魔力。

 ここに一人。

 枠を踏み越えた新たなる魔人が誕生した。
 

464: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/11(火) 21:47:56.05 ID:entqOwMao


……。
…………。
……………… 

 

465: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/11(火) 21:48:48.17 ID:entqOwMao
 
 ─魔王城 最地下─


 くっくっ。
 と漏れるような声が響いた。

 暑くもなく、寒くもない。
 時の進み方すら感じられない部屋の中央にその堕天使は鎮座していた。
 

466: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/11(火) 21:49:15.13 ID:entqOwMao

アスモ「……今日はよう面白いことが起きるものよな」

 目を瞑りながらにやりと口角を上げる。
 今、魔界のあちこちで巨大な魔力と魔力のぶつかり合いが起こっていた。

 空の上では魔王と巨人の王が。
 草原ではガーゴイルと、リッチが。

 そして城内ではデュラハンが暴れ回っている。
 

467: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/11(火) 21:50:03.28 ID:entqOwMao

アスモ「魔王は──ふむ。魔王剣を起こせたか、よいよい。これで戦いになると言うものよ」

 意識を天上へと向け、まるでその戦いを観戦してるかのように呟いた。
 事実、アスモデウスには全てが見えている。

アスモ「ガーゴイルは──ああ、不味いな。今のリッチには手が出ぬだろうよ」

 ガーゴイルの実力は解っている。
 けれど、それを踏まえても今のリッチは力を跳ね上げていた。

 アスモデウスの勘定では、魔王剣を使わぬ魔王と同格の戦いを演じられる程だろうとまで評価されている。
 ガーゴイルの劣戦は火を見るよりも明らかだった。
 

468: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/11(火) 21:52:36.26 ID:entqOwMao

アスモ「ふむ……おお、おお。これは面白い、実に面白い」

 意識を城内へ移すと、そこではデュラハンが魔剣から大量の魔力を受給していた。
 種族の壁を越えた者がまた一人生まれる。

アスモ「くくっ……まさかベルセルクの魔剣を手にするとはの」

 愉快そうな声を上げる。
 デュラハンの変貌はこの戦いで一番と呼べるほど、大きなものだった。
 

469: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/11(火) 21:53:32.72 ID:entqOwMao

アスモ「成長、いや進化と呼ぶに相応しい。過程を三つ四つ吹き飛ばして成りおったわ」

 愉快愉快と笑い声を漏らす。
 アスモデウスにとって、王座を巡る戦いなど瑣末なことだった。

 この城が誰の所有物になろうが関係ない。
 アスモデウスのやることはただ一つ。

 ──玉座へ座る者へ魔力を分け与える。 

 ただそれだけなのだから。
 
 
474: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/11(火) 23:55:44.99 ID:entqOwMao
 


 魔王城内で吹き荒れる魔力の暴風。
 身体から湧き上がる震えをアラクネは必死に抑えていた。

アラクネ「こん、な…………」

 隣ではそう言ったことに疎いはずのスキュラですら身体を震わせている。
 「ヤダ、ヤダ」と首を横に振っていた。

 噴出す汗に敵の力が尋常じゃないことは嫌でもわかる。
 一体なにが起こったのかアラクネは全く理解できないでいた。
 

475: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/11(火) 23:56:13.32 ID:entqOwMao

アラクネ「スライム娘じゃ相手にならない……」

 一目見て解るほどにある絶望的な力の差。
 魔力の高。

 おそらくは、外に居るガーゴイルですら手に追えない化物。
 デュラハンの魔力が強すぎて、城外の魔力が察知できない。

 巨大な魔力を身近で浴びた為に感覚が麻痺していた。
 スキュラも同様である。
 

476: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/11(火) 23:57:00.93 ID:entqOwMao

アラクネ「今、私たちに出来ることは……」

 落ち着け、と自身の心に言い聞かせる。
 敵は強大。どれだけ足掻こうと戦いで勝てる相手ではない。

 ならば、従者としてなにをすべきなのか。
 アラクネは必死で考えた。
 

477: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/11(火) 23:57:30.33 ID:entqOwMao

スキュラ「うー……うー……」

 スキュラは既に怯えきっている。
 情けないと笑うことは出来なかった。

 アラクネもデュラハンの姿を見て既に戦意を削ぎ落とされている。
 これはもう戦いではない。

クイーン「あうあう……ど、どどど、どうしたらぁ……」

 広間ではクイーンスライムがただただ怯えていた。
 先ほどまで強気だった姿は見受けられず、その巨体をぷるぷると震わせている。

 クイーンとは名ばかりの、ただのスライム娘へと精神が退化していた。
 

478: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/11(火) 23:57:59.21 ID:entqOwMao

アラクネ「あー……うー……」

 頭を痛める。
 やること。しなければいけないこと。

 従者として。
 副従者長として、すべきこと。

アラクネ「はあ……」

 絶望の中、いつもの要領で溜息がこぼれた。
 アラクネは副従者長として、自分の成すべきことを行動に移そうと決意する。

 やれやれ。そんな言葉が脳裏を横切った。
 

479: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/11(火) 23:58:36.56 ID:entqOwMao

アラクネ「スキュラッ」

スキュラ「おぉぉ……?」

 怯えるスキュラの両肩を抱く。
 目線を合わせ、強く語りかけた。

アラクネ「良い? 時間がないから一回しか言わないわよ」

スキュラ「う……?」

アラクネ「貴女は城に居る非戦闘員の爺様方を連れて、裏門から避難して」
 

480: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/11(火) 23:59:20.47 ID:entqOwMao

 魔王城に席を置く老兵たち。
 彼等ではスライム娘よりも役に立たない。

 従者として城のことを考えるのならば、一つでも命を散らせてはいけないとアラクネは判断した。
 デュラハンがこの後どういった行動に出るかは想像もつかない。

 けれど、城内の魔物を生かして戦いを終結させるとは思えなかった。
 スキュラの腕の数と腕力であれば、避難は容易。

 頭が弱いとは言えスキュラは従者長だ。
 魔物たちの信頼もそこそこだがある。

 避難は比較的容易に出来るだろうと、アラクネは判断した。
 

481: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/12(水) 00:00:30.35 ID:m10Cj+dXo

スキュラ「お、おー……わかた……」

アラクネ「よろしい。頼んだわよ、スキュ……従者長」

スキュラ「あ、アラクネ……は? どど、どうす……る?」

 スキュラの問い掛けに一瞬の間が出来る。
 アラクネは震える体を無理矢理に止め、笑顔を作った。

アラクネ「あの子たちも、避難させなきゃね」

 視線の先にはスライム集合体……クイーンスライムが涙を流し、うろたえていた。
 

482: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/12(水) 00:00:57.06 ID:m10Cj+dXo

スキュラ「うう……わ、わたしも──」

アラクネ「──さっ、行動よ。副従者長のお仕事には部下の面倒も含まれてるんだからね」

 スキュラの言葉を遮るようにアラクネは場を締めくくった。
 これは私の、副従者長の仕事なのだと従者長のスキュラにわからせる。

スキュラ「アラクネ……」

アラクネ「なに柄にもない顔してんの、フラグを立てないで頂戴な」

スキュラ「……し、死死死んじゃ、だめだよ」

アラクネ「当たり前よ。私はただ、部下を回収しに行くだけなんだからね」

 そう言い放ち、アラクネは広場へと跳躍した。
 その多脚にはクナイを握り、表情に曇りはない。

アラクネ「魔王城従者隊 副従者長 アラクネ。参ります……」

 誰に言うともなく、彼女は小さく呟いた。
 

483: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/12(水) 00:01:54.17 ID:m10Cj+dXo


……。
…………。
……………… 

 

484: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/12(水) 00:02:52.18 ID:m10Cj+dXo


 ──ミシッ。


 敵の拳が腹部に突き刺さる。
 幾度となく殴られた体の耐久力は、元の強靭な肉体とは思えぬ程に弱っていた。

魔王「ガッ……ハッ…………ッッッ」

 衝撃で吹き飛ばされる小柄な肉体。
 けれど、受身を取り体勢だけは崩すまいと踏ん張り魔王はすぐさま立ち上がってみせた。
 

485: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/12(水) 00:03:37.54 ID:m10Cj+dXo

魔王「くっ……何本か折れた……骨が折れるなんて初体験だよ、まったく……」

 左手で腹部を触る。
 耐久力、回復力を上回るダメージに表情が歪んでいた。

 ──主は闘うのが下手なようだな。

 右手に持つ魔剣が口を出す。
 どうやら自身を振るう使用者の力量に不満を持っているようだった。
 

486: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/12(水) 00:04:08.56 ID:m10Cj+dXo

魔王「わたしはインドア派なものでね……」

 ──なるほど。剣を持つよりは本を持つ方が好みと言うわけか。

魔王「わかってるじゃないか。その通りだよ」

 ──で、あれば死ぬだけだ。

魔王「……」

 軽口の応酬。
 先ほどから魔剣と軽い言い合いになるも、口では勝てなかった。

 口なんてないくせに、ペラペラと良く喋るものだなと魔王は内心で皮肉を呟いている。
 

487: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/12(水) 00:04:41.07 ID:m10Cj+dXo

魔王「そんなことは置いといて、ヤツの腕はあと何本残ってるんだっけ?」

 ──見えている両腕を入れて十三だ。主よ、異空間程度は目で見れるようになって貰わねば困るぞ。

魔王「はいはい。十三本ね」

 魔王剣の減らず口には付き合わず、必要な情報にだけ耳を傾ける。
 巨人の相手だけで手一杯なのに魔王剣の相手をしている余裕などなかった。
 

488: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/12(水) 00:05:44.92 ID:m10Cj+dXo

魔王「くそう……まだまだあるなあ……」

 魔王剣の覚醒後、飛躍的に魔力の使用効率は上がった。
 三十近く残っていたヘカトンケイルの腕も十三まで減らし、残りの魔力もそこそこ残っている。

 ──だが、足りない。

魔王「……だね」

 魔王の魔力はもう底が見え初めていた。
 魔王剣による破球を生み出すとしたら残り二回。

 二回では、ヘカトンケイルを消滅させるどころか腕を滅却することも出来ない。
 状況は絶望的だった。
 

489: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/12(水) 00:06:16.36 ID:m10Cj+dXo

 ──これはいよいよもって覚悟を決めるべきだな、主よ。

魔王「はあ……本当に、それしか方法はないのかな」

 ──断言しよう。ない。

魔王「もっとこう、隠された力とかないの? 実は沢山魔力を溜め込んでました、みたいなの」

 ──ない。第一に我は魔力を使用者に分け与えるとは逆の、喰らう側の存在だ。

魔王「ああ、ああ、そうだったね……」
 

490: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/12(水) 00:07:31.97 ID:m10Cj+dXo

 魔王剣はただひたすらに使用者の魔力を喰らう。
 その高によって攻撃力の上限が決定される魔剣だった。

 魔力の使用用途は百パーセント浪費。
 溜め込み、ましてや使用者に授けるなど論外であった。

 ──クライマックス。と言うやつだな、主よ。

魔王「珍しい言葉を知ってるんだね」

 ──我は博識でもあるのだ。

魔王「ああ、そう……」
 

491: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/12(水) 00:09:39.26 ID:m10Cj+dXo

 腹を据えて、覚悟を決める。
 リハーサルなしの一発本番。

 魔王剣の本当の使い方。
 それをしなければならない。

 今の自分に出来るのか、なんて考える贅沢すら許されない。
 出来なければ拳に砕かれ死ぬだけだと痛いほど理解している。

魔王「はーあ……ほんとにインドア派なんだけどなあ……」
 

492: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/12(水) 00:10:06.77 ID:m10Cj+dXo

 愚痴をこぼしながらも、魔王剣を手にする腕に力を入れる。
 これが最後の攻撃だと全身の細胞に言い聞かせた。

 ──さあ、主よ。我を使いこなしてみよ。

 深く息を吸って、吐く。
 一瞬の間を持ち魔王は身体を躍動させた。

魔王「はあああぁぁぁぁ!!!」

 似合わない咆哮。
 けれど、魔王の表情には戦闘に楽しみを見出す魔族の笑みが浮かんでいた。

 

503: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 20:49:01.53 ID:NKBuqCH3o
 



 一瞬の油断、気の緩み。
 瞬きすらも彼女には許されなかった。

 “クイーンスライム”は敵の放つ恐ろしいほどの魔力量に怯え、合体が解けてしまっていた。
 部下であるスライム娘たちを背に産まれたての化物と対峙する。

 デュラハンは膨大な魔力に翻弄されているらしく、戦闘は先ほどよりもたどたどしい。
 それゆえ、アラクネは今も尚その命を繋ぐことが出来ていた。
 

505: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 20:49:44.74 ID:NKBuqCH3o

アラクネ「くぅっ……!!」

 デュラハンの斬撃が首の皮一枚を掠る。
 チリチリとした熱い感触と、寒気が身体を駆け巡り続けていた。

デュラハン「……」

 デュラハンの動きが止まる。
 剣を無造作に振り回し、ああでもない。こうでもないと言った具合に感触を確かめ始めた。
 

506: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 20:50:11.49 ID:NKBuqCH3o

アラクネ「好機っ!」

 手に持っていたクナイを投擲する。
 狙うは防具の隙間。ダメージにならずとも良かった。

 生身に刃先が掠りでもすれば、毒が通う。
 アラクネが体内で精製し、クナイに塗りたくった毒は神経毒。

 それは獲物の体内を一瞬で巡り動きを奪う──はずだった。
 

507: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 20:50:37.88 ID:NKBuqCH3o

アラクネ「……ッチ」

 思わず舌が鳴る。
 もしかしたら、と抱いた淡い期待は脆くも崩れ去った。

 命を削る毒はアンデッドに効果がない。
 けれど、動きを奪う類の毒であれば……と一縷の望みを託したもののデュラハンの動きは一向に止まらなかった。

 それどころか身体にクナイが突き刺さってることに気付いてすらいない。
 未だ納得がいかないらしく大剣を振り回し、型の確認をしている。

 ただ振り回すだけのものから剣技へと。
 次第にデュラハンの振るう剣には鋭さが増していった。
 

508: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 20:51:05.67 ID:NKBuqCH3o

アラクネ「よし、勝てない」

 元より勝てるとは露ほどにも思ってはいない。
 必要なのは時を稼ぐこと。

 デュラハンの攻撃を受けつつ、彼女は広間に粘着質の糸をこれでもかと張り巡らせていた。
 これで逃げる位の時間を稼げるだろうと計算している。

アラクネ「今のうちにスライムを連れて逃げ……」

 ──フォン!!

 デュラハンが思い切り剣を振り、空を鳴らす。
 準備は整った。逃がさないと態度ではっきり示している。
 

509: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 20:51:32.45 ID:NKBuqCH3o

アラクネ「……させて貰えないですよねぇー」

 諦めが彼女の脳裏を過ぎる。
 どうにかして、スライム娘たちだけでも。そんなことばかりを考えていた。

デュラハン「……」

 そんなアラクネの思考など露知らず、デュラハンは彼女へと邁進する。
 足に絡みつく粘着質の糸。

 通常の魔物であれば絡んだだけで動きは鈍り、行動を制限されるアラクネの糸。
 けれどデュラハンの纏う圧倒的な魔力の前に糸は意味を成さなかった。

 チリチリと触れるだけで糸が切れてしまう。
 それだけ、今のデュラハンとアラクネには魔物としての差が出ていた。
 

510: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 20:51:59.45 ID:NKBuqCH3o

アラクネ「防ぐのは無理、だけど──」

 避けて、時間を稼ぐ。
 諦めかけていた心を立て直す。後ろでぷるぷると震えるスライム娘たちを前に、諦めることなど出来る訳がなかった。

アラクネ「(大丈夫。冷静になれば、避けれなくはないっ)」

デュラ「…………」

 ──ゴウッッ!!

 横薙ぎの攻撃。
 肉厚の剣が、空を切り裂きながらその身へと迫る。
 

511: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 20:52:26.33 ID:NKBuqCH3o

アラクネ「良し、これなら────」

 デュラハンの攻撃に対し、身をギリギリまで伏せることでアラクネは避けようとした。
 速度の乗った打ち込み。けれど、軌道を完全に読まれた剣撃は対象に当ることはない。
 
デュラ「……ッッッッ!!」

アラクネ「──なっ」

 信じられない光景だった。
 迫り来る線での攻撃。それが、速度はそのままで面へと変化した。
 

512: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 20:52:52.87 ID:NKBuqCH3o

 デュラハンは腕力でもって、無理矢理に剣の握りを変えた。
 斬るのではなく叩き付ける。

 鉄塊との正面衝突。
 それはこの戦いを終結させるには充分な威力を持っていた。

 バンッ。と広間に響く鈍い音。
 吹き飛ばされ、壁へと突き刺さるアラクネ。

 体中に痛みが響き渡り、頭いっぱいに警笛が鳴り響いている。
 

513: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 20:53:19.66 ID:NKBuqCH3o

アラクネ「あ──やば……」

 動かない。指一本、自分の力で動かすことが出来ない。
 意識だけが鈍く周囲を認知していた。

デュラ「……」

スライム娘A「あ、あわわわ」

スライム娘B「ふっ……ふくじゅうしゃちょーが……」

スライム娘C「ふぐぅっ……ひっく……」

 部屋の片隅で集まり震えるスライムたち。
 デュラハンはその光景を目にするも、興味を欠片も示さなかった。

 それよりも、今の戦いに納得がいかなかったのかまたぞろ剣を振り始める。
 

514: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 20:53:46.51 ID:NKBuqCH3o

デュラ「……」

 今のは剣技ではない。ただの力技だと自身で理解している。
 剣技。それは彼女が魔物を討つために磨いてきた財産であった。

アラクネ「……」

 掠れゆく視界の隅でそれをただ見ることしか出来ない。
 ああ、だけど良かった。どうやらデュラハンはあの子らに興味がないようだ、とアラクネは安心していた。

 恐らくは素振りが終われば私は殺されるだろう。
 見逃される理由がない。

 朦朧とする意識の中、デュラハンの素振りが静かに終了した。
 

515: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 20:54:13.63 ID:NKBuqCH3o

デュラ「……」

 視線がアラクネへと向く。
 止めを刺そうと、ゆっくり獲物へと足を伸ばす。

アラクネ「ふふっ……」

 もう声は出ない。
 力の抜けるような笑い声だけがこぼれていた。

 剣を突き刺そうと魔剣を構える。
 その時だった。
 

516: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 20:54:41.07 ID:NKBuqCH3o

デュラ「……?」

 魔剣が声なき声を上げ、哭き始めた。
 アラクネを突き刺そうとするデュラハンの意思に反し、城門の方へと剣の意識が向く。

デュラ「……ッッ」

 城門を斬り破れ。
 魔剣からの命令をはっきりと感知した。

 目の前に獲物がいると言うのに、魔剣はアラクネに興味を示していない。
 刃を突き立てれば命と共に魔力を得ることが出来る。

 にも関わらず、魔剣は城門を斬れと言っている。
 デュラハンには理解出来なかった。
 

517: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 20:55:08.56 ID:NKBuqCH3o

デュラ「……」

 口惜しそうにアラクネへと一瞥を残し、背を向け城門へと歩み寄った。
 目の前にそびえる巨大な城門。

 理由はわからない。
 魔剣は理由まで語ろうとはしなかった。

 ただ、斬れと。そう伝わってくる。

デュラ「……斬る」
 

518: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 20:55:35.39 ID:NKBuqCH3o

 前に立っただけでその城門が分厚く、頑丈な物だと言うことはわかった。
 けれど、今の自分なら。この魔剣なら斬ることが出来る。

 そう確信を持って、彼女は剣を十字に振った。

 ──ギコン。ギコン。

 ──ゴゴゴゴゴ。

 ゆっくりと、剣線にそって門が裂ける。
 門が破れたその瞬間。

 城内から、城外から。
 中と外から魔力の入流出が巻き起こる。
 

519: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 20:56:02.22 ID:NKBuqCH3o

スライム娘D「ぴゃぁっ!」

スライム娘E「あうあうぅ……ひぃぃ」

スライム娘F「なんなのぉ……」

 魔王城城門。
 それは、魔力を防ぐ効果を持つ魔防壁の役目を担っていた。

 この門のため、デュラハンの得た巨大な魔力の痕跡は外に漏れることはなかった。
 逆もまた然り。

 デュラハンがアラクネに止めを刺そうとした時。
 城外ではリッチが規格外の魔力を手に入れ、受肉していた。

 魔剣は城門によって遮られていた魔力を感知し、さっさとあちらへ行けと促していたのだった。
 より、上質な“エサ”の方へと。
 

520: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 20:56:38.11 ID:NKBuqCH3o

デュラ「……そういう、こと」

 門が破壊された今、リッチの魔力はデュラハンでも用意に察知することが出来る。
 強い。果てしなく強い。感じ取れる魔力量だけで相手の力量がわかった。

 魔剣から流れてくる激情。
 戦え、叩け、潰せ、殺せ。

デュラ「あぅ……うう、うう……」

 再び塗りつぶされる思考回路。
 ただ、闘うために彼女は決戦の草原へと身体を走らせた。
 

528: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 23:51:34.11 ID:NKBuqCH3o
 



 それは、全て素手による作業だった。
 受肉前は骸骨だった為に身を隠すものもない。

 装備以前に見に纏う布すらないのだから、それも頷ける。

ガーゴイル「……」

リッチ「うふふ……」

 見るも無残な姿。
 両手をもがれ、両翼は粉々に粉砕されている。

 先端が斧のような形状を持つ尻尾も根から引き抜かれていた。
 大地に跪く姿は“大臣”と呼ばれた魔物の姿からは想像しえない姿に成り果てている。
 

529: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 23:52:20.34 ID:NKBuqCH3o

リッチ「さて……と」

 ガーゴイルに意識はもうない。
 紅く灯っていた両眼も今は暗く、なにも写してはいなかった。

 悠々とガーゴイルの横を歩く。
 すでに召喚されたゴーレムたちも砕いてある。

 邪魔するものは、もういない。
 

530: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 23:53:21.63 ID:NKBuqCH3o

リッチ「私が魔王よ……」

 くすくすと笑いが込み上げてくる。
 愉快でたまらなかった。

 とうの昔に崩れ去った美貌。
 それを、条件付とは言えこの手に取り戻した。

 後はこの姿を維持するために玉座を手に入れるだけ。
 簡単なことだった。

 満願成就。
 これを成しえるために。このためだけに、彼女は種族を糧とした。
 

531: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 23:53:47.75 ID:NKBuqCH3o

リッチ「ふふっ」

 そこに罪悪感などない。
 醜い、汚いだけのアンデッドが自分の糧になれたのだからさぞ嬉しいだろう。

 そう思っているほどである。
 なんの後ろめたさも抱いてはいない。

リッチ「~~♪」

 思わず鼻歌まで飛び出てくる。
 そほどリッチの気分は高まっていた。
 

532: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 23:54:48.93 ID:NKBuqCH3o

 ──ギコン。ギコン。

 ──ゴゴゴゴゴ。

リッチ「うん?」

 奇妙な光景が目に入った。
 城門に走る十字の剣線。

 ゆっくりと、城門が崩れ落ちる。
 それと同時にとてつもない魔力を魔王城から感知した。
 

533: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 23:56:02.26 ID:NKBuqCH3o

リッチ「……ッッ」

 知らない。
 まるで感じたことのない魔力だった。

 今の魔王城にこのような高い魔力を持った魔族はいないはず。
 しかも明確な敵意を自身へと放っている。

 誰だ。
 検討もつかない。

 弛緩していた表情は何時の間にかキツいそれへと変貌している。
 一筋の汗が頬を伝った。
 

534: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 23:57:16.59 ID:NKBuqCH3o

リッチ「……」

 ゆっくりと、影が近づいてくる。
 ゆっくり。ゆっくり。

 ゆらゆら、高い魔力がまるで陽炎のように作用され姿が見えない。

リッチ「……お前は」

 やがて対峙する魔王クラスの魔物二体。
 それはかつて、首を刎ねた者と刎ねられた者。

 主人であり従者。
 リッチとデュラハンの数時間ぶりの再開であった。

 けれど、両者。
 お互いに知る姿とはほど遠い容姿。魔力を有している。
 

535: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 23:57:47.96 ID:NKBuqCH3o

リッチ「誰かと思ったら、デュラハン。あなただったの」

デュラ「……」

リッチ「なあに? その剣。その剣のお陰でそんなに強くなったのかしら」

デュラ「……」

 語りかける主に対し、従者はなにも言葉を発さなかった。
 ただ、黙って語りに耳を傾けている。
 

536: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 23:58:52.26 ID:NKBuqCH3o

リッチ「ふうん……」

 嘗め回すようにデュラハンの全身を見渡す。
 十中八九、その剣の影響を受けて魔力が跳ね上がっている。

 魔力。リッチにとってアンデッド族の魔力はエサに等しい。
 自らが生み出したデュラハンであれば、身体ごと吸収するのは容易なことだった。

リッチ「まあ、どうでも良いっか。対して役に立たなかったけど、最後に良い仕事をしたようね」

デュラ「……」
 

537: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/13(木) 23:59:18.90 ID:NKBuqCH3o

 ゆっくりと手を伸ばす。
 掌をデュラハンに向け、薄っすらと笑みを浮かべた。

 リッチにとってこれは予期せぬ収入だ。
 魔力の高に驚きはしたが、その主がデュラハンであれば問題はない。

 問答無用に自身に取り込むことが出来る。
 その肉体もろとも吸収し、また強くなる。

 そう考えていた。

リッチ「おかえりなさい、デュラハン」
 

538: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 00:00:10.27 ID:7wp6qPkVo

 ──。

 ────。

 ──────。
 

539: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 00:00:37.01 ID:7wp6qPkVo

リッチ「……どう言うこと?」

 自身の肉体に還るはずだった魔物は今もなお眼前にいる。
 戻らない。

 なんど試そうが同じことだった。
 デュラハンがリッチに還る事はない。

 死体だったデュラハンに魔力を与え動けるようにしたのはリッチである。
 アンデッドの女王たる彼女からすれば、自らの作り出した子の生殺与奪は簡単に行えるはずだった。
 

540: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 00:01:05.59 ID:7wp6qPkVo

リッチ「……ッッ」

 理解し難いことだが、考えられなくもない。
 デュラハンの制御。管理者が書き換えられている、と。

 リッチが分け与えた魔力を膨大な魔力で書き換え、制御下から離れている。
 だとすれば納得がいく。

 今、対峙している魔物はリッチの部下であるアンデッド・デュラハンではない。 
 向けられる敵意。

リッチ「そう……私に牙を剥きたいのね……?」

デュラ「……う。…………す……せ…………」
 

541: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 00:01:36.07 ID:7wp6qPkVo

 会話になっていない。
 リッチの声はデュラハンに届かず、ぶつぶつと静かに呟いていた。


 闘う闘う闘う闘う闘う闘う返せ闘う闘う闘う闘う闘う闘う闘う闘
 う闘う闘う闘う闘う返せ闘う闘う闘う闘う闘う闘う闘う闘う闘う闘う殺す殺
 す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すすすすすすすすすすすすすすすすすすす。


デュラ「あ゜あ゜あ゜あ゜あ゜あ゜あ゜!!!!!!」
 

542: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 00:02:10.27 ID:7wp6qPkVo

 ──ドンッ。

 まるで魔力が火柱のように昇り立った。
 魔剣から流れる激情を全て受け入れる。

 剣を力強く握り、デュラハンは“自らの意思”でリッチへと刃を向けた。

リッチ「良いわ、来なさい。石像相手じゃ物足りなかったのよ」

デュラ「う゜う゜う゜う゜ぅぅぅぅ……!!」

 魔界が揺れる。
 激突する二つの力は、各々が魔王と同格のそれであった。
 

553: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:42:55.79 ID:KPcNwj8do
 



 生み出される破球。
 形ある物。命ある者。

 有象無象を消し去る、破壊の塊。
 全てを平等に打ち砕く、全能の攻撃。

 魔王剣から放たれるそれをヘカトンケイルは正面から受け止めた。
 一本。二本と消し飛んでいく腕。

 五本、六本、七本。
 

554: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:43:21.70 ID:KPcNwj8do

ヘカトン「…………ッッッ!!」

 余っていた十三の腕。
 その内の七本を消費し、破球を防ぐ。

 目算して魔王の魔力は殆ど残されていない。
 あと一撃、耐えて終わる。

 残りの腕は残り六本だが、乗り切れる。
 空間に納まっていない二本の腕は、言わば利き腕だった。
 

555: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:44:22.24 ID:KPcNwj8do

 失えば再生するのに必要とする時間は他の腕の数倍はかかる。
 けれど、利き腕を使えば恐らくは両腕で破球を消し去ることができるだろう。

 最後の破球を生み出し魔力を使い切れば魔王は動けない。
 そこで戦闘は終了する。

 後は踏み潰すなりなんなり、いくらでも対処しようがある。
 思ったよりも削られた。そんなことをヘカトンケイルは思っていた。

 ──パンッ!

 腕を犠牲に破球を爆ぜる。
 あと一球、凌いで終わりだ。

 そう思い込んでいた。
 

556: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:45:38.95 ID:KPcNwj8do

魔王「────はあああぁぁぁぁ!!!」

 破球の裏。
 魔王はその小柄な身体を破球の裏に隠し、同時に突進していた。

ヘカトン「ぬっ!」

 魔王剣に目が行く。
 本来、刃がないそれには鈍く黒光りする刀身が生えていた。

 使用者の魔力を喰らい、増幅し、射出する。
 それは、技量のない未熟な者が使った場合での使用方法だった。
 

557: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:46:16.45 ID:KPcNwj8do

 精神を集中し研ぎ澄ませ、圧縮した魔力を刃状に留める。
 およそ斬れぬものなど無い最強の刃。

 その斬れ味は次元すら切り裂くほどであった。
 前代の魔王は魔王剣を“剣”とし自在に操り、魔王の座に着いていた。

 ヘカトンケイルの脳裏に苦い思い出が蘇る。
 かつて、全ての腕をあの剣に叩き斬られ敗北した。
 

558: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:46:46.78 ID:KPcNwj8do

 その刃を振らせる訳にはいかない。
 幸い、魔王の供給する魔力は乏しく刀身の長さはそれほどに長くない。

 魔力が多ければ多いほど、刀身を伸ばすことや形状を変えることが出来る。
 けれど、それをこの場面でしないということは“出来ない”という事であった。

 ──勝った。

 一手足りない。
 魔王剣を振る前に、この拳でもって魔王を吹き飛ばすことが出来る。

ヘカトン「終わりだ」

 振り抜かれる巨大な拳。
 ガードをせねば確実に全身の骨が砕かれる威力をもったそれが、魔王の身体へと襲い掛かった。
 

559: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:47:21.00 ID:KPcNwj8do

 ──。

 ────。

 ──────。
 

560: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:47:48.16 ID:KPcNwj8do
 
魔王「……はあ?」

 どうにも場違いな、間の抜けた声。 
 その声を投げかけられた相手は魔王剣だった。

 ──どうしても一手足りない。

魔王「……」

 ──主よ、足りなければどうすれば良い。

魔王「……」

 その答えはさきほど、魔王剣から聞かせられている。
 しかし、口にはしたくなかった。
 

561: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:49:39.25 ID:KPcNwj8do

魔王「他になにか案は?」

 ──ない。

魔王「キッパリと……」

 ──腹を据えるのだ、主よ。元より無傷で勝てる相手ではない。

魔王「でもさ、わたしにだって生活ってものがあるんだよ」

 ──それは勝てた後にある未来だ。死ねばそんなものはない。

魔王「減らず口を……」

 ──さあ。相手は待ってくれぬぞ。

魔王「むう……」

 
 ──腕の一本。安いものじゃないか。

 

562: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:50:30.40 ID:KPcNwj8do


 ──。

 ────。

 ──────。
 
 

563: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:51:24.28 ID:KPcNwj8do

魔王「あああ、もうッ!! 知らないッ!!」

 迫り来る拳。
 ガードすべきその攻撃に対し、魔王は左腕を突き出した。

ヘカトン「ッッ!?」


 ────。


 音にならない、鈍い音。
 骨が完全に砕け肉がひしゃげる。

 その攻撃は完全に魔王の耐久力を上回っていた。
 突き出された左腕。

 骨が砕かれ、肉から尖ったものが飛び出る。
 衝撃に耐え切れず肉片が飛び散り、終いには骨すらも筋から離れ散華した。
 

564: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:52:07.44 ID:KPcNwj8do

魔王「ひぎっっっ!!」

 ──耐えろ! 勢いを殺させるな!

 左腕が完全に消し飛ぶ。
 けれど、その代償に拳の勢いを相殺することに成功した。

魔王「こんなに痛いのは、産まれて初めてだ……」

 時がゆっくりと流れる感触を魔王は味わった。
 全てがスローモーションに思える。
 

565: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:53:13.15 ID:KPcNwj8do

 ヘカトンケイルも次なる行動を起こそうとしている。
 が、一手足りない。

 どう足掻いたところで、魔王の攻撃を防ぐ手立てをヘカトンケイルは持ち合わせてはいなかった。
 躍り出るヘカトンケイルの頭上。

 障害物はなにもない。
 魔王は躊躇なく、残された右腕に握る魔王剣を振るった。
 

566: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:53:51.65 ID:KPcNwj8do



 ────── 死ね ──────

 
 
 透き通るような声。
 その声の主は、未だ幼さが残る少女。

 この魔界を統べる王のものであった。
 

567: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:54:25.21 ID:KPcNwj8do


……。
…………。
……………… 

 

568: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:55:03.49 ID:KPcNwj8do

 
 巨大な魔力と魔力の衝突。
 空の上で魔王とヘカトンケイルが激突している最中、地上でも二つの力がぶつかり合っていた。

リッチ「ッチ」

デュラハン「……ッッ!!」

 重たい、肉厚の大剣を羽のような軽やかさで振り続けるデュラハン。
 リッチと言えど魔力の源である魔剣の攻撃を直接受けることは出来なかった。

 繰り出される攻撃を避け続ける。
 振り回していただけの攻撃は、今や剣技と化し避け続けるのも難しくなってきていた。
 

569: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:55:36.71 ID:KPcNwj8do

リッチ「デュラハンごときが……」

 大きくバックステップをし、距離を取る。
 距離を取らされること自体が屈辱であった。

リッチ「素手じゃ面倒ね」

 ──つぷっ。

 背後に手を回し、自身の首根っこを掴む。
 指が皮膚を貫き自らの骨を掴んだ。
 

570: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:56:03.45 ID:KPcNwj8do

リッチ「う゛……あぁぁぁ……」

 ──ズルッ、ズズズ……。

 掴んだまま骨を引き抜く。
 首裏から背骨が姿を現し、全てを引き抜くとそこには“蛇腹剣”のような物が握られていた。

リッチ「……ふぅ」

デュラ「……」

 その異様な光景を目にするも、デュラハンの心は些かも波立たなかった。
 殺す。それだけが胸中を渦巻いている。
 

571: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:56:45.47 ID:KPcNwj8do

デュラ「あああ゛っ!!」

 大地を踏み抜き、リッチへと突進する。
 空気を切り裂きながら魔剣を振り下ろす。

 ──ギャリッ!

デュラ「ッ!?」

 今までに聞こえなかった音が剣から響く。
 リッチの蛇腹剣が、振り下ろした魔剣を“撃ち落した”音だった。

 地中深くに刀身が突き刺さる。
 上方から加えられた攻撃により、ワンテンポ次へと移る動作を送らされた。
 

572: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:57:22.86 ID:KPcNwj8do

リッチ「ふふっ」

 その隙を逃さない。
 クンッ。と手首を返し、鞭を操るように蛇腹剣を振ると剣先は意思でもあるかのようにデュラハンの腹部へと突き刺さった。

デュラハン「ぐっっっっっっ!!」

 切っ先は勢い弱まることなく甲冑を貫き、デュラハンの腹部を貫通した。
 そのまま無造作に蛇腹剣を振るう。

 魔剣を握ったままのデュラハンはまるで人形のように草原へと討ち捨てられた。
 

573: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:57:53.89 ID:KPcNwj8do

リッチ「さあ、立ちなさい。まだまだでしょう?」

デュラ「……」

 ダメージはなかった。
 元々アンデッドの痛覚は鈍く出来ている。

 それに加え、魔剣の影響で痛覚は完全に消えていた。
 腹を貫かれようが切り裂かれようがダメージはない。
 

574: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:58:52.20 ID:KPcNwj8do

デュラ「ううう……」

 魔剣からも今も流れ来る激情の波。
 再びデュラハンはリッチへと攻撃をしかけた。

 縦に、横に。
 時には跳躍し、回転し。

 魔剣を操り連撃し続ける。
 

575: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 20:59:21.15 ID:KPcNwj8do

リッチ「ふふっ! ふふっ! 当らない、当らないねえ」

 魔力量は互角。
 しかし、デュラハンの攻撃は当らずにリッチの攻撃だけは当り続ける。

 痛みがないとは言え、肉体を削られ次第に動きが鈍くなっていく。
 リッチは嬲るようにデュラハンの身体を削いでいった。
 

576: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 21:00:01.07 ID:KPcNwj8do

デュラ「…………」

 刃が届かない。
 攻撃域の違いが出ていた。

 デュラハンの攻撃は魔剣による直接的な斬撃のみ。
 対するリッチは伸縮性のある蛇腹剣での中距離攻撃だった。

 魔力の使用方法にも差が出ている。
 力の使い方に長けたリッチは魔法を使い、環境を変化させる小細工を弄していた。

 足場を悪くし、動きを鈍く。分身を生み出し惑わせる。
 どれもこれも大した効果は望めるはずがない。

 苛立ち。焦り。
 ちょっとした隙を作れればそれで良かった。
 

577: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 21:00:36.71 ID:KPcNwj8do

リッチ「宝の持ち腐れね……その魔力は私が全部吸収してあげるから、安心なさい」

 完全に経験の差が現れていた。
 純粋に生きた年数が違う。

 “生きた”と表現するには語弊が生まれるが、デュラハンなどリッチからすれば産まれたての子ども同然だった。
 いかに魔剣を駆ろうと、その力を存分に振るえなければ意味がない。

 力に振り回されているだけだ。
 そのような攻撃が、リッチに当るはずがない。
 

578: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 21:02:08.04 ID:KPcNwj8do

デュラ「う゛う゛う゛……」

 苛立ちが膨らむ。
 斬りたいのに斬れない。殺したいのに届かない。

デュラ「あ゛あ゛あ゛っっ!!」

 ちまちまと攻撃を繰り返しても埒があかない。
 ギリギリで当らないと言うのなら、思い切り魔力を込めてその高で粉砕すれば良い。

 ありったけの力を。
 全ての魔力を一撃に込めて、巻き込んでやる。
 

579: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 21:02:37.24 ID:KPcNwj8do


デュラ「ゆ……い………お…………い。……せ……せっ」


 ──許さない。お前だけは許さない。


 ──返せ。


 ──私の頭を。

  
デュラ「返せッッッ!!」


 

580: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 21:03:17.56 ID:KPcNwj8do

 魔界が激しく揺れた。
 うず高く掲げられた魔剣に魔力が集中する。

 チリチリと巻き上げられた草が魔力で焼かれ、朽ち果てていた。
 レベルの低い魔物であれば呼吸をすることすら困難なほど、濃い魔力がデュラハンを集中に発散されている。

 正真正銘、渾身の一撃を込めていた。

リッチ「……ふふっ」

 その光景を見てもなお、リッチは笑みを止めない。
 魔力の高は脅威だが当らなければそれは意味をなさない。

 避けて、終わりだ。
 デュラハンに止めを刺し、霧散した魔力を吸収しさらに力を付ける。
 

581: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 21:03:52.12 ID:KPcNwj8do


デュラ「私の頭を────返せええええええええええええ!!!!」

リッチ「だぁーーーーっめ!!」

 繰り出される最強の一撃。
 全ての魔力を込めた、最後の一撃だった。

リッチ「ふふっ! こんな怒りに任せた攻撃が当るわけ────」


 きっとそれは、様々な偶然が重なり起こった出来事だった。

 

582: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 21:04:20.22 ID:KPcNwj8do


 ──ドシュッ。


リッチ「──えっ」

 じわり。
 背後から、貫かれる。

 受肉したために作られた臓器。
 心臓の部分から無骨な“岩のような物”が突き出ていた。

 

583: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 21:04:51.02 ID:KPcNwj8do

ガーゴイル「……」

リッチ「死……に、ぞこない……がぁぁぁ!!」

 この短時間に再生させるには尻尾だけが限界だった。
 けれど、それは充分すぎる一撃足りえる。

ガーゴイル「止めを刺さぬその慢心が、お前の命取りよ」

リッチ「ごっみっの……分際でぇぇ、ッッッツ!!」
 

584: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/14(金) 21:05:20.69 ID:KPcNwj8do

 慢心。
 受肉し、力を得たからこそ生まれたもの。

 常の彼女であればありえない手の抜きよう。
 それが最後の最後で、命の駆け引きで彼女が敗れた理由だった。

デュラハン「うわああああああああああ!!!!」

 鳴き声のような、断末魔。
 その声にのせ振り下ろされる魔剣の一撃。

 奪った者と奪われた者。
 両者の幕引きを飾るに相応しいものであった。
 

596: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/15(土) 22:05:47.23 ID:PzoPhgpjo
 




……。
…………。
……………… 

 

597: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/15(土) 22:06:17.70 ID:PzoPhgpjo


 ──ふわり。


 身体のほとんどが砕かれ、身動きが取れないガーゴイルの視界に一つの影が落ちた。
 上空から木の葉のように落ちてくるそれは次第に大きくなり、

 すとん。と、まるで重力を感じさせずに落下した。
 

598: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/15(土) 22:07:50.37 ID:PzoPhgpjo

飛竜「ピュイ♪」

魔王「ご苦労様、ありがとう」

 運んでくれた飛竜に右腕で手を振る。
 飛竜は嬉しそうな声を上げ、空の彼方へと姿を消した。

魔王「──おお、ガーゴイルか。随分と面白い格好をしているね」

ガーゴイル「………………なっ」

 絶句。
 ガーゴイルの耳に入った声は聞きなれた、主の声。

 しかし、見た目は声を失うほど大きな違いがあった。
 まず髪の毛。長く美しい黒髪は何処へやら、肩にかかるかどうかのショートヘアーへと変貌をしている。

 そしてなにより。

 ──肘から先の左腕が欠落していた。
 

599: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/15(土) 22:08:17.95 ID:PzoPhgpjo

ガーゴイル「なっ、ななな……」

魔王「しかし、まあ。少し目を離した隙に随分と荒れ果てたものだね」

 ガーゴイルの驚きなど他所に、草原へと目を配る。
 草原は亡者共の血や腐肉。ゴーレムらの亡骸で荒れ果てている。

 それに加え、苛烈な戦いによって地が抉れ地形すら変化していた。

魔王「一体、どう言う戦い方をしたらこうなるんだろうね」

ガーゴイル「────魔王様ッッ!!」

魔王「ひゃっ──って、もう! いきなり大声を出さないでよ、驚くでしょうに」

ガーゴイル「その髪は! その腕は! 一体どうなされたと言うのですか!!」

魔王「あー……」

 魔王の表情が濁る。
 言葉に換えるのであれば「面倒くさいなあ」と言った感情が見て取れた。
 

600: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/15(土) 22:09:20.49 ID:PzoPhgpjo

魔王「ああ、まあ、ね。戦いでね」

ガーゴイル「……」

 大臣は言葉を失った。
 主である魔王が、片腕を失って現れたのだ。

 彼の心境も頷ける。
 けれど、当人の魔王はあっけらかんと状況の説明を求めた。
 

601: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/15(土) 22:09:46.89 ID:PzoPhgpjo

魔王「──で、下はどうなったの? 上は片付いたよ。まあ、被害は見ての通りだけれど」

 ああ、痛い痛い。と付け加えて、大臣の言葉を待つ。
 傷口からは未だにぽたぽたと血が滴っていた。

ガーゴイル「……はぁ」

 大きな溜息を一つ吐いて、満身創痍な身体のまま状況の説明をする。
 説明はそう長いものではなかった。

 リッチが総力戦を仕掛けてきたこと。
 アンデッドを全て吸収し、巨大な魔力を得たこと。

 自身は破れ、見ての通り。
 そのリッチを倒したのは──。
 

602: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/15(土) 22:10:13.54 ID:PzoPhgpjo

魔王「あれ、か」

 視線の先。
 魔剣を振り下ろし、動かずに固まっている魔物が一匹。

 デュラハンだった。
 全ての魔力を放出したために、意識を失っている。

魔王「なるほどね」

 事実上、彼女はアンデッド族最後の生き残り。
 この世における最後のアンデッドモンスターとなっていた。
 

603: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/15(土) 22:10:40.43 ID:PzoPhgpjo

ガーゴイル「処罰はいかがなさいますか。今なら──」

魔王「──彼女にも応急手当が必要だね。わたし程とは言えないだろうけど、重症だ」

 処分も容易だ。
 そう言いかけたガーゴイルの言葉を塞ぎ、魔王が口にする。

魔王「リッチを倒したのは彼女なんでしょう?」

ガーゴイル「……ええ」

魔王「なら問題ないじゃないか。誰も彼もを殺す必要はないよ」

ガーゴイル「……」
 

604: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/15(土) 22:11:06.61 ID:PzoPhgpjo

 優しすぎる。
 彼女の長所ではあるが、魔王としてどうなのだろうか。

 それ故に、今回のようなことが起きたと言える。
 そんなことをガーゴイルは考えていた。

 だがそれは違う。
 魔王。彼女はおよそ一般的な優しさから来る思考からそう言った言葉を発している訳ではない。

 全ては「面倒だから」の一言で説明がつく思考からの言葉であった。
 

605: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/15(土) 22:14:20.70 ID:PzoPhgpjo

魔王「従者たちも無事だと良いけど」

 斬り崩された城門に目をやる。
 城内も荒らされていることがわかった。

ガーゴイル「わかりかねます。この状態では魔力を探るのもままなりません」

魔王「うん。わたしもなんだ。疲れすぎていて、細かい作業が出来ない。正直に言うと、このまま倒れて寝てしまいたい気分だよ」

 おふざけではない、本心からの吐露だった。
 心身ともに疲弊しきっている。

 出来ることならば直ぐにでも眠ってしまいたいほどだった。
 

606: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/15(土) 22:15:25.39 ID:PzoPhgpjo

ガーゴイル「魔王様。次はそちらの説明をお願いいたします」

 目線は頭部と左腕。
 つまり、欠落した部位はどう言うことだ。と目で訴えかけていた。

魔王「……あーっと」

 ヘカトンケイルを倒す為に、犠牲になった。
 そうとしか説明が出来ない。

 ガーゴイルは言葉を失うほかなかった。
 

607: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/15(土) 22:16:20.27 ID:PzoPhgpjo

魔王「魔王だし、生えてくるかなーって思ったんだけど……」

ガーゴイル「……」

 スキュラなどの再生力を持つ魔物や、ガーゴイルのような無機物な魔物。
 それ以外の魔物が腕を生やすことなどありえない。

 魔王だからなんて関係がなかった。
 生えないものは生えない。

 肘から先が残っていれば縫合してどうにかなったかもしれない。
 が、魔王の腕は粉々に砕け散り跡形もなくなっている。

 どうにもならなかった。
 

608: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/15(土) 22:17:34.78 ID:PzoPhgpjo

ガーゴイル「気を、失いそうです……」

魔王「そりゃねえ……それだけ体がバラバラになってたら痛いでしょう」

 意味が通じていない。
 ガーゴイルの言っていることは自身の苦痛ではなかった。

 主のこれから先を慮ってのことである。

魔王「さて。ここで話しててもしょうがないね、帰ろうか」

 魔王城へ。

 魔王はそう言って、ガーゴイルの半身となった体を右腕で抱きかかえた。
 軽い。岩石の身体はとても重いはずなのに、上半身だけとなったガーゴイルはとても軽かった。
 

609: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/15(土) 22:18:30.59 ID:PzoPhgpjo

ガーゴイル「なっ、魔王様! 魔王様に運んでいただくなど──」

魔王「良いから良いから。足がないんだから、無理しないの」

ガーゴイル「魔王さっ──魔王様っ! 姫様っ!」

魔王「ちょっ、暴れないでよ。ただでさえ片腕なくしてバランス取りにくいんだから」

 聞く耳を持たず、歩き出す。
 ガーゴイルが思わずこぼした“姫様”と言う単語で口角が上がった。

 懐かしい。
 そう言えば昔は“姫様”と呼ばれ抱っこされていたものだと思い出した。
 

610: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/15(土) 22:18:59.35 ID:PzoPhgpjo

魔王「ガーゴイル。お前はしばらくその姿のままでも良いかもね」

ガーゴイル「──なっ」

 ふふっ。
 可愛らしく笑う。

 随分と長いこと留守をしていたような気さえする。

 ただいま。

 そう小さくこぼし、斬り崩された城門をくぐった。 

 

616: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/16(日) 03:22:20.03 ID:LiA0wiGMo
 


……。
…………。
……………… 

 
 

617: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/16(日) 03:22:55.36 ID:LiA0wiGMo

 ──ズチャッ。
 
 勢いそのまま、地面へと激突する。
 顔に付着する泥が不快感を引き立てていた。

 じくじくと腕の痛みが継続して続き、血は今も流れ出ている。
 魔王は苦痛に顔を歪めながらも後ろを振り返った。
 

618: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/16(日) 03:23:23.22 ID:LiA0wiGMo

魔王「…………」

 巨人。ヘカトンケイルの身体がゆっくりと“ズレ”た。
 魔王が残した剣線をなぞり、ずり落ち、二つに別れ、やがて力を失い地に伏せる。

 ──上出来だ。

 短く魔王剣が口にする。
 その言葉は、ヘカトンケイルの死を明確に告げたものだった。
 

619: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/16(日) 03:23:49.72 ID:LiA0wiGMo

魔王「勝てた……んだ……」

 ──ああ。拙いながらも、巨人の王に勝ったのだ。誇るが良い。

魔王「……」

 ゆっくりと身体を起こす。
 何時までも地面に抱きついている趣味はなかった。

魔王「──はれっ?」

 ずちゃ。決して気持ちよくない音と共に、再び地面との抱擁を交わす。
 起き上がったつもりなのに、立てない。

 頭上にクエスチョンマークを浮かべる魔王に答えたのは魔王剣だった。

 ──片腕を失ったのだ。バランスを取れていないのだろう。
 

620: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/16(日) 03:24:17.41 ID:LiA0wiGMo

魔王「あ……ああ、なるほど」

 納得する。
 ヘカトンケイルには勝利した。けれど、その代償も大きい。

 ふらつきながらも立ち上がる魔王。
 その心境は憂鬱で一杯だった。

魔王「はあ……」

 ──どうした。勝利者の顔とは思えぬほど締りがない。

魔王「腕、生えないかな……」

 ──スキュラじゃあるまいし、生える訳がないだろう。

魔王「うう……」

 ハッキリと告げられる。
 それは、魔王にとって死刑宣告に等しいものだった。
 

621: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/16(日) 03:24:51.32 ID:LiA0wiGMo

魔王「この先、どうやって生活するんだよう……」

 読書。料理。入浴と洗髪。
 お題は山済みだった。

魔王「後先考えないからあ……」

 涙ぐむ魔王。
 その顔はどこからどう見ても、少女のそれである。

 ──“これ”に負けたのか。巨人の王も憐れな……。

魔王「はあ……だから片腕を犠牲にする作戦なんてイヤだったのに……」

 

622: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/16(日) 03:25:20.44 ID:LiA0wiGMo

 文句を呪詛のように垂れ流す魔王。
 そんな主に呆れている魔王剣を他所に、二つに裂かれたヘカトンケイルが消滅しようとしていた。

 ──おい、主よ。良いのか。

魔王「……へ?」

 ──消えるぞ。

 そう言って、意識をヘカトンケイルへと向かせる。
 生命活動の維持が出来なくなった体が徐々に灰へと変化していた。

魔王「良いのかって、どう言うこと?」

 ──消えてしまっては聞き出せなくなるぞ。色々と、な。

魔王「……」

 灰になった箇所からサラサラと風に流されて消えていく。
 王の死を知ったのか、配下たちの悲痛なる鳴き声が遠くから響いてくる。
 

623: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/16(日) 03:26:07.94 ID:LiA0wiGMo

魔王「そうだね。一応、理由を聞いておこうか」

 よたよたとヘカトンケイルの頭部へと歩み寄る。
 魔王の全身よりもその頭は大きい。それほどのサイズだった。

ヘカトン「……」

魔王「あー、その。なんだろ……」

 ──久しいな。巨人の王よ。

魔王「へ?」

ヘカトン「お前が起きていたのなら、他の戦い方もあったのだがな……」

 ──抜かせ。

 状況が理解できない魔王を置き去りにし、魔王剣とヘカトンケイルが言葉を交わす。
 

624: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/16(日) 03:26:43.10 ID:LiA0wiGMo

 ──貴様が腰を上げた理由はなんだ。

ヘカトン「語る必要もあるまい。これだけ戦えることがわかった、それで充分だ」

 ──……。

ヘカトン「とんだ腑抜けと思ったが、力がない訳ではないようだ」

 ──この我を起こす程度の力はあったからな。

ヘカトン「全くだ」

魔王「ちょっと。わたしを抜きに話しを進めないで欲しいんだけど」

 ──なに。理解する必要もない。

魔王「お前が理由を聞けと言ったんじゃないか……」

 無駄口を叩く間にもヘカトンケイルの身体は朽ちていく。
 時間はもう、さほど残されてはいなかった。
 

625: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/16(日) 03:27:12.85 ID:LiA0wiGMo

ヘカトン「魔王よ、人間はお前が思うほど温厚な動物ではない」

魔王「……え?」

ヘカトン「それだけは……肝に命じ、て……お──」

 灰化が一気に進む。
 巨人の王。ヘカトンケイルの身体は全て灰になり、風に乗って魔界の空へと消えていった。

魔王「……」

 ──と言うことらしいぞ。

魔王「って言われても、ねえ」

 顔をしかめる。
 一体なにが言いたかったのだろう、と魔王は納得がいかなかった。
 

626: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/16(日) 03:28:35.94 ID:LiA0wiGMo

 ──それはおいおい考えるが良いさ。主はまだ若い。

魔王「……それもそうだね。考えるのも面倒だ」

 ──う……む……。むう……。

魔王「うん?」

 ──主よ。我は眠る……供給された魔力が尽きた……ようだ……。

魔王「ああ、そっか。魔力がなかったらまた寝ちゃうんだね」

 ──う、む。……また、呼ぶが良い。話し相手……くらいに、は……。

 言い終える前に反応がなくなる。
 魔王剣が完全に沈黙した。
 

627: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/16(日) 03:31:23.42 ID:LiA0wiGMo

魔王「話し相手が剣しかいなくなったら、魔王も終わりだろうけどね」

 含み笑いをしながら答えた。
 軽口は帰ってこない。

 初めて皮肉で勝てたなと、魔王はおかしな気分になった。
 
魔王「さて、帰ろうかな」

 口笛を鳴らし、飛竜を呼び寄せる。
 遠くから「ピュイ」と鳴く声が聞こえた。

 滑空してくる飛竜の背に飛び乗る。
 片腕のバランスにも次第に慣れ、体勢を崩すこともない。
 

628: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/16(日) 03:32:02.19 ID:LiA0wiGMo

飛竜「ピュイ♪」

魔王「ご苦労様、ありがとう」

 優しく首元を撫でてやると飛竜は目を細め喜んだ。
 戦闘で荒れた心が少しだけ和らぐ。

 巨人の島から離れ、自身が住まう居城へと飛び立つ。
 魔王としての責務を真っ当した彼女の表情は、満足気なものが浮かび上がっていた。
 

640: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/17(月) 22:14:49.09 ID:koFIxOaRo
 


……。
…………。
……………… 

 

641: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/17(月) 22:15:21.07 ID:koFIxOaRo


魔王「くかーっ……んん……」

 気持ちよく眠っていると、カーテンのすれる音が耳に入った。
 曇天模様の空から光が射すようなことはないが、これが起きろと言う合図であることはわかる。

魔王「んー……」

 気分的にはまだ起きたくない。
 わたしは布団を体で巻き込み、起きたくないと態度でアピールをした。

 してみた。
 けれど、それは無駄な努力だ。

 いつも通りに布団を剥がれる。
 うう……優しくないなあ。
 

642: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/17(月) 22:17:51.53 ID:koFIxOaRo

アラクネ「はい、おはようございます」

魔王「……おはよう」

 無理矢理に布団を剥がれて、なんだか肌寒い。
 気温が寒いとかじゃなくってなんだろうね? 自分の半身を引き剥がされるって表現したら良いのかな。

 うーん……。

アラクネ「ほらほら。もう朝ごはんが出来てますからね」

魔王「ん。ありがとう」

 あれから。
 あの戦いから少しばかりの時間が過ぎていた。
 

643: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/17(月) 22:18:19.96 ID:koFIxOaRo

魔王「アラクネ。もう身体に支障はないのい?」

アラクネ「もう。心配して下さるのは嬉しいですが、何度目ですか。ここ最近、毎日ですよ」

魔王「それだけの怪我だった。ってことだろう」

アラクネ「ええ、まあ、はい。そうですけど」

 そう言って笑うアラクネ。
 なんのかんのと言って、あの戦いで一番の重傷者はアラクネだった。

 わたしの左腕は、まあ置いといて。
 ガーゴイルは放っておけば直るし、スライム娘たちに被害はない。

 スキュラもダメージなんて負ってないし。
 壁に叩き付けられ、全身を強く打った彼女こそが一番ダメージを受けた者と言えた。
 

644: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/17(月) 22:19:39.94 ID:koFIxOaRo

アラクネ「魔王様こそ、その“腕”の調子は如何なんです?」

 散らかったわたしの部屋をかたしながら、視線を左腕に移す。
 視線の先。

 なくなったはずのわたしの左腕部には新たなる腕が“装着”されている。
 まあ、義手なんだけれどね。

魔王「まだ慣れはしない、かな。球体関節と言うのは、どうにも動かしにくくて」

アラクネ「それ特注品らしいじゃないですか」

魔王「うん。ガーゴイルが“ドール”の連中に無理を言って作って貰ったらしい」
 

645: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/17(月) 22:20:35.41 ID:koFIxOaRo

 “ドール”。それは魔界でも数少ない種族だ。
 人形に魂が宿った魔物。

 種族的には無機物と言うことで、ガーゴイルの威光が少しだけ役に立つ形になった。
 魔力を流せば自由に動かせる。

 まだ装着したばかりとあって自在に動かせはしないけど、正直たすかってる。
 髪を洗うのも一苦労だったし、なにより片手じゃ読書が手間だった。
 

646: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/17(月) 22:21:34.82 ID:koFIxOaRo

アラクネ「よっし、片付け完了。一日でこれだけ汚すんですから、これも才能ですかねぇ」

魔王「そんなに汚れてはいないと思ったけど」

 一見、散らかってるように見えるかもしれない。
 けれど少しだけ待って欲しい。

 積み上げられた本は、読みたい順に並べられている。
 服だってそうだ。乱雑に脱ぎ捨てただけじゃなくて、洗濯に回す分とか別けているんだ。

 決して汚れているわけじゃないことを理解して貰いたい。
 

647: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/17(月) 22:22:41.18 ID:koFIxOaRo

アラクネ「はいはい。そう言うのを整頓出来ないって言うんですよー」

魔王「なっ」

アラクネ「はーい。髪を梳かしますから動かないで下さいね」

魔王「むう……」

アラクネ「短い髪もお似合いですねぇ」

 似合うかどうかは知らないけど、洗髪の時も楽だし眠る時も楽なのは事実だ。
 出来ることならずっと短いままでいたいのだけど。
 

648: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/17(月) 22:23:44.76 ID:koFIxOaRo

アラクネ「伸ばすんですか?」

魔王「どうだろう。ガーゴイルがうるさい……」

アラクネ「なるほど」

 くすりと笑われる。
 長い髪の方が威厳がある。とか意味わからないじゃないか。

 まさか、自分の趣味を押し付けているんじゃないかと勘繰ってしまうよ。
 そんなはずはないって分ってはいるんだけどね。
 

649: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/17(月) 22:24:19.16 ID:koFIxOaRo

アラクネ「さっ、これで大丈夫ですよ」

魔王「ん。ありがとう」

 なんだか身の回りの世話を焼いてもらうってのはむず痒い気分になる。
 あの後。

 片腕が欠落したわたしの面倒は再び従者隊に任せられた。
 最初はもう大変だったよ……。

 スライム娘には任せられないと、従者長であるスキュラが担当してくれた。
 思い出したくもない。

 あのタコ足は髪を洗うのに適してないんだよ。
 言葉も一方通行だしさ……。
 

650: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/17(月) 22:24:46.92 ID:koFIxOaRo

 アラクネが復帰してくれて大助かりした。
 義手が完成した今も、こうやって面倒を見てもらっている。

 当初の宣言はどこへやら。
 自身のことは自身でやると言ったのに、このていたらく。

 ちょっと恥ずかしい気もするけどさ。ほら、まだ腕も本調子じゃないし……。
 色々と面倒だし……。

 もうしばらくは良いかなって。
 

651: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/17(月) 22:25:17.80 ID:koFIxOaRo

魔王「今日も美味しそうだ」

 顔がにやける。
 スキュラの作ったご飯は美味しい。

 あんなんだけど、料理の腕前は本物だ。
 伊達に長の名を冠しているわけではない。

魔王「いただきます」

アラクネ「はい、めしあがれ」

 うん。美味しい。
 まだちょっとだけ眠気が残っているけれど、問題なくご飯は進む。
 

652: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/17(月) 22:25:45.48 ID:koFIxOaRo

アラクネ「──そう言えば魔王様?」

魔王「んー?」

 ぱくぱくと食を進めているとアラクネが声をかけてきた。
 声色からはなにかを尋ねたい。そんな雰囲気を感じさせられる。

アラクネ「ほら、あの子。アンデッドの」

魔王「デュラハン?」

アラクネ「ええ、はい」

魔王「が、どうしたの?」

アラクネ「いや。どうしたって言うか、どうなったのかなぁと」
 

653: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/17(月) 22:26:12.94 ID:koFIxOaRo

 なるほど。
 自分を痛めつけた相手がどうなったのかを知りたいと。

 いや、違うか。
 アラクネはそんなに狭量なやつじゃない。

 心が狭かったらあのスキュラと上手くやっていけてる訳がないしね。

魔王「うん。今はわたしの配下だよ」

アラクネ「……あら。そうなんですか」

魔王「今頃はリッチの使っていた館を改装でもしてるんじゃないかなぁ」
 

654: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/17(月) 22:26:44.19 ID:koFIxOaRo

 
 ──。

 ────。

 ──────。
 
 

655: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/17(月) 22:27:16.61 ID:koFIxOaRo
 
 魔界西方領。
 “四王”であり“死王”であったリッチが納めていたのがこの地だった。


 ─死者住まう閨─


 腐臭で満ちていたはずの部屋。
 そこいら中に朽ちた死体が転がり、亡者共の呻き声が交じり合っていた部屋。

 しかし、それは過去の姿であった。
 この館の主人であるリッチが総力戦にあたり、全ての駒を。

 死体を、魂を駆り、喰らった。
 今やこの館には亡者の魂はおろか、死体の一つも転がってはいない。
 

656: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/17(月) 22:27:55.68 ID:koFIxOaRo

 そんなガランとした館に一匹。
 甲冑を着込んだ、魔物が足を踏み込んだ。

デュラ「……」

 かつて、亡者共が狂ったように溢れた部屋はもうない。
 彼女が訪れた屋敷は、主と住人を失い静寂のみを生み出し続けていた。

デュラ「……」

 彼女はゆっくりと廊下を歩き、ある一つの部屋を目指していた。
 誰の入室も許さなかったリッチの私室。

 館の最深部にあるその部屋に、彼女の目的はあった。
 

657: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/17(月) 22:28:47.61 ID:koFIxOaRo

デュラ「……」

 目的の部屋へと辿り着く。
 カタカタと震える体を黙らせ、扉を開いた。

 ──キィ。

 音を鳴らし開く扉。
 デュラハンを迎えたリッチの私室は異様なものだった。

 部屋を囲むように作られた棚。
 棚に飾られているのは、透明な瓶。

 その瓶に詰められたものは、人間の“頭部”だった。
 

658: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/17(月) 22:29:47.39 ID:koFIxOaRo

デュラ「……」

 ざわつく胸の内をなんとか諌め、頭部が詰められた瓶を一つ一つ確かめていく。
 その殆どが女性。それも、美しい容貌を持った者たちである。

 ある一つの瓶の前でデュラハンの動きが止まった。
 ブロンドの長髪。長く伸びたまつ毛。まるで眠っているだけかのように、安らかに眠る首だけの美女。

 そっとその瓶を手に取り、胸にしまいこんだ。
 思わず腰が折れ地べたに崩れ落ちる。


 ──みつ……けた……。


 
 

 

659: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/17(月) 22:30:17.28 ID:koFIxOaRo

 特殊な溶液に漬けられ、腐敗することなく眠り続ける生首。
 それはかつての彼女自身。

 どれ程の長い間、眠っていたのだろう。
 恐らく、彼女を知る人間はもう居ない。

 あまりにも時間が流れすぎた。
 なにより、彼女はもう人ではなく魔物である。

 瓶を抱きしめるデュラハン。
 瓶詰めにされた頭部。その双眸から涙のようなものが浮かんでいるのは、気のせいではなかった。 
  
 

671: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:48:13.31 ID:NCJ6fvhdo
 


……。
…………。
……………… 

 
 

672: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:48:43.83 ID:NCJ6fvhdo


 ─魔王城 謁見の間─


ガーゴイル「魔王様」

魔王「ん」

 玉座に腰を下ろす一人の少女。
 髪は短く、未だ幼い顔立ちであるこの子こそが魔界を統べる王だった。
 

673: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:49:34.25 ID:NCJ6fvhdo

ガーゴイル「謁見の希望を申し出ている魔物が一匹おります」

魔王「そうか」

 ガーゴイル。
 身体、翼、そして尻尾。

 その全てが岩石で構築された魔物。
 魔王の右腕とも呼ばれ、大臣と言う職を担っていた。

 先の大戦で負傷した傷など見受けられず、身体は完全に再生されていた。
 

674: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:50:12.17 ID:NCJ6fvhdo

魔王「その魔物はどこに?」

ガーゴイル「控えさせております」

魔王「通せ」

ガーゴイル「ハッ」

 短いやりとり。
 全てはすでに決まっていた事柄だった。
 

675: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:50:49.02 ID:NCJ6fvhdo

ガーゴイル「アンデッド族。デュラハン。参れ!」

 ガーゴイルの号令によって、一匹の魔物が姿を現した。
 甲冑を見に纏い、鎧兜を小脇に抱えている。
 
 デュラハン。
 アンデッド族。

 “首なし騎士”とも呼ばれる魔物。
 けれど、彼女の首にはソレが存在していた。

 玉座に座る魔王に対峙し、跪く。
 

676: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:51:38.22 ID:NCJ6fvhdo

魔王「やあ」

デュラハン「お久しぶりです……」

魔王「思ったより、整った顔をしている」

デュラ「お恥ずかしい……限りで……」

 頭部を取り戻したデュラハン。
 自身の首に合わせ、結合させる。

 そのことによって全てを思い出した。
 自身が人間であったこと。

 リッチによって、魔物に身をやつしたこと。
 出来うることならば思い出したくないようなことまで、全てを思い出した。
 

678: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:52:08.30 ID:NCJ6fvhdo

デュラ「……」

魔王「さて──デュラハン。お前の処遇だったね」

デュラ「ハッ」

 戦いの後。
 全ての魔力を放出し気を失ったデュラハン。

 そして同じく、全ての魔力を撃ち放ち呪縛を解き放った“ベルセルクの大剣”。
 一匹の魔物と一振りの魔剣は魔王によって身柄が拘束されていた。

  

679: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:52:49.57 ID:NCJ6fvhdo

  
 ──。

 ────。

 ──────。
 
 

680: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:53:22.28 ID:NCJ6fvhdo
 
デュラ「……ん」

魔王「お。目覚めたか」

 目を覚ますと、見慣れない景色が視野に入る。
 眼前にはショートカットの少女。

 良く見ると、その子の左腕は欠落していた。

デュラ「……」

魔王「ん? まだ寝惚けているのかな」

デュラ「腕……」
 

681: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:53:53.04 ID:NCJ6fvhdo

 思わず、口に出てしまう。
 寝惚けている。

 そうだ、確かにそうだろう。
 良く思い出せない。

 もしかしたら、寝惚けているどころではなくこれは夢。
 私は眠っているんじゃないだろうか。

 そうだとしたら、この霧に囲まれたような記憶の混乱も頷ける。
 

682: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:54:23.33 ID:NCJ6fvhdo

魔王「腕。ああ、腕ね……全く、これからどうしよう。本当に……」

 私の問いに本気で考え込む少女。
 その姿は年齢相応に可愛らしいものだった。

魔王「──っと、すまない。一人で考え込んでしまった」

デュラ「……」

魔王「現状を把握できているか?」
 

683: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:54:51.07 ID:NCJ6fvhdo

 私の方が明らかに年上なのに、この子はどうしてこんなにも偉そうなんだろう。
 いや、違う。

 ──偉そう。

 なんじゃなくって、きっと偉いんだ。
 よくよく顔を見れば幼さを押し退けてある種の気品が見て取れる。

 何度かお目にかかったことがある、私なんかよりもずっとずっと位の高い他国の姫様。
 この子は、そのお姫様と同じような気品の高さを感じるもの。
 

684: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:55:21.88 ID:NCJ6fvhdo

デュラ「……あれ?」

 ──現状を把握できているか?

 この言葉を聴いて、私は。
 私は、

デュラ「……」

 言葉が詰まる。
 えっと……私って、私は。

 ──わたしって、なんだろう。
 
 

685: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:55:52.59 ID:NCJ6fvhdo

デュラ「……」

魔王「……」

 言葉をなくした私に対して、少女は微笑んだ。

魔王「そうか、記憶がないんだね」

デュラ「……」

魔王「わからないのなら、わからないまま聞いてくれ」

デュラ「……」

 私の沈黙を肯定と受け取ったのか、少女は口を開き色々と説明してくれた。
 

686: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:56:21.92 ID:NCJ6fvhdo

魔王「お前の名は“デュラハン”。首なしの騎士。アンデッドと言われる種族だ」

デュラ「アンデ……ッド……」

魔王「うん。そして──」

 そこからの説明は突拍子もなさすぎて、ビックリした。
 私が魔物だとか、目の前の少女が魔王だとか。

 けれど話しを聞いていく内に思考がスッキリとしていく。
 勿論、全ての記憶を思い出した訳ではない。

 ──魔剣を、魔剣を振るって意識が混濁したところまでは思い出した。

 そうだ。
 私は、ご主人様……リッチの命にしたがって城を内部から。
 

687: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:56:49.09 ID:NCJ6fvhdo

デュラ「──それで、剣を見つけて」

魔王「うん。みたいだね。ガーゴイルめ……私に黙ってあんな剣を保管していたなんて……」

デュラ「あっ、あの……」

 再び一人で話し始める少女。いや……“魔王様”に向かって私は口を挟んだ。

デュラ「わっ、私は……どうなるの……で、しょうか……」
 

688: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:57:21.63 ID:NCJ6fvhdo

 詰まる。
 どうなる。そんなの決まっている。

 私の主人は“リッチ様”だ。
 魔剣に飲み込まれたといは言え、主人を殺した。

 その罪は大罪と言えるだろう。
 殺されるに決まっている。

 馬鹿な質問をしたなと内心で嘆いていると、

魔王「どうなりたい?」

デュラ「……は?」

魔王「どうなりたいの?」
 

689: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:57:51.00 ID:NCJ6fvhdo

 予想を裏切る質問が返ってきた。
 私の処遇を断定する言葉ではなく、私がどうしたいかの質問。

 少し間を空けて、私は答えた。

デュラ「死にたく……ない……です……」

 もう死んでいるようなものなのに、おかしな話だ。
 でも、死にたくない。

 死にたくなかった。
 

690: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:58:37.42 ID:NCJ6fvhdo

魔王「うん。それなら大丈夫、殺さないから」

デュラ「……へ?」

魔王「うん?」

デュラ「えっと……私の処罰は……」

魔王「処罰? なんで?」

 心底「わからない」と言った表情を作る魔王様。
 本当にこの子が、魔界の王かと疑りたくなるほど可愛らしい顔だと思った。
 

691: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:59:04.02 ID:NCJ6fvhdo

デュラ「私……は、リッチ様を……」

魔王「うん。殺したんだったね」

デュラ「……はい」

 そう、私は殺した。
 主人を。魔界四方領の一角を任せられている“死王”のリッチ様を。

 許されるはずが──。
 

692: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 22:59:32.85 ID:NCJ6fvhdo

魔王「いやあ、お陰で助かったよ」

デュラ「……」

魔王「聞いた話しじゃかなり強くなったらしいからね。それも、わたしレベルに」

 な、なにを言ってるんだろう。

魔王「そんなリッチに魔剣の力を借りたとは言え勝ったんだ。いや、大したものだよ」

 褒められている……?
 確かにそう聞こえるのだけど。
 

693: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 23:00:04.88 ID:NCJ6fvhdo

魔王「んん?」

デュラ「……」

 私が唖然としていると、魔王様は「ははーん」口角を吊り上げながら含み笑いをした。

魔王「あれかな。もしかして、リッチを殺したから処罰されると思っているのかな」

デュラ「は、い……」

魔王「あーあー、なるほどね。そんなことを気にしていたんだ」

 「そんなこと」って。
 私からすればとても重大なことで、それこそ処罰を受けても仕方がないことで……。
 

694: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 23:00:37.00 ID:NCJ6fvhdo

魔王「アレは謀叛を起こした。どう転んだにせよ、死罪確定だよ」

デュラ「……」

魔王「だから、君は手間を省いてくれた。ここまでは、よろしいかい?」

デュラ「……はい」

魔王「君の“これまで”なんてどうでも良いことなんだ、悪いけどね。人間だったとか、主人を殺したとか」

デュラ「……」

魔王「わたしが話してるのは、君の“これから”なのだけど」

 言葉が出なかった。
 次々と魔王様の口から飛び出てくる言葉たち。

 そのどれもが私の悲観した想像を打ち砕いてゆく。
 

696: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 23:01:15.11 ID:NCJ6fvhdo

魔王「デュラハン。わたしの部下になれ」

デュラ「……」

魔王「しばらくの間、時間を与える。それから答えを出せば良いよ」

デュラ「あの……」

魔王「ああ、申し訳ないが魔剣は持たせられない。あれは、だいぶ危険だからね」

デュラ「あの、ちがくて……」

魔王「うん? 魔剣のことじゃないのか?」

デュラ「はい。……その、ありがとう……ございます」

魔王「くくっ。礼を言うにはまだ早いよ。もし部下になるのなら、きっと面倒な仕事を押し付けられるだろうからね」

 違うの。
 そうじゃないの。

 下に付くとかそう言うのじゃなくって。
 私を一人の、一匹の存在として扱ってくれて嬉しかった。
 

697: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 23:01:41.99 ID:NCJ6fvhdo

魔王「結論はそう焦らなくて良い。魔王城も修理でごたごたしているしね」

デュラ「……あ。じょっ……城門…………」

魔王「見事な斬れ口だった。目下、城の損害は君が飛び降りて壊した天井と、君が斬った城門だ」

デュラ「す、すみません……」

魔王「良い。君が部下になったら、その時に仕事を押し付けて責任を取って貰うからね」

698: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 23:02:10.24 ID:NCJ6fvhdo

  
 ──。

 ────。

 ──────。
 
 

699: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 23:02:36.72 ID:NCJ6fvhdo
 
 これが魔王様との初対面だった。
 そして、私は魔界西方領へと足を向ける。

 自身の頭を求めて。

デュラ「……」

 ──アンデッド族。デュラハン。参れ!

 呼ばれた。
 さあ、行こう。
 

700: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 23:03:04.05 ID:NCJ6fvhdo

 あれから私は頭を見つけた。
 身体に頭部を結合して、思い出す。

 人間だった頃の記憶を。
 魔物になった馴れ初めを。

 思い出したかったけど、思い出したくなかった。
 泣くだけ泣いて、嘆くだけ嘆いた。
 

701: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/18(火) 23:03:52.46 ID:NCJ6fvhdo

 今、私はこの城にいる。

 第二の人生と呼ぶにはかなり憂鬱だけれど。

 受け入れたくないけれど。

 生きていくしかないから、私は魔王城の城門を叩いた。

 さあ。

 壊した天井と城門の責任をとって、面倒くさいお仕事とやらを魔王様から頂戴しよう。
 
 

713: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:20:38.11 ID:vT1ojqeZo
 

 さて──デュラハン。お前の処遇だったね。


 透き通るような魔王の声。
 玉座に座る少女を前に、デュラハンは深く頭を垂れている。

魔王「ん。面を上げて良いよ」

デュラ「ハッ」

 デュラハンは昔を思い出していた。
 自身が未だ人間であり、姫であり、騎士であったころ。

 こうして、他国の王に謁見を賜ったことがあった。
 老齢の王に比べれば目の前に座す王は余りにも幼い。

 が、懐の深さも圧力も人間の非ではない。
 デュラハンはそう感じている。
 

714: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:21:07.27 ID:vT1ojqeZo

魔王「わたしの期待している通り、と思って良いのかな」

デュラ「はい……私めを、どうか魔王様の配下に」

魔王「ん」

 満足気に目を細める魔王。
 小さく頷き、横に立つ大臣になにかしらの合図を出した。

ガーゴイル「ではデュラハンよ。そなたの配属に付いてだ」

デュラ「配属……」

ガーゴイル「うむ。アンデッド族は先の大戦で全滅……残るはお主だけとなっている」

魔王「だからさ、デュラハン。君には“魔界西方領・領主”になって貰いたいんだ」

デュラ「……なっ」
 

715: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:21:35.75 ID:vT1ojqeZo

 文字通り、目が丸くなる。
 魔界の四方を守る砦。

 四方領の一角を任されると言うことは、そのまま“四王”の名を冠すると言うことになる。
 常識では考えられない采配だった。

ガーゴイル「と言うのも理由がある。西方領は魔界でも特に瘴気が強い。アンデッド族でなければ営むことが難しい」

魔王「って訳なんだ」

デュラ「しかし……」

魔王「言ったよね? 面倒な仕事を押し付けるって」

デュラ「……」
 

716: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:22:13.03 ID:vT1ojqeZo

 有無を言わさぬ魔王の笑顔。
 これは、もう決定事項なのだと表情が物語っている。

デュラ「しかし、私はまだ若輩者です……」

魔王「まぁまぁ。話しを最後まで聞いてみなよ」

ガーゴイル「うむ。任せる……と言ってもお主はまだ魔物としての力量が足りておらぬ」

デュラ「はい。記憶を取り戻し、痛感しております」

ガーゴイル「“四王”となり“死王”の名を冠しても、満足に同胞を増やす術も知るまい」

魔王「うんうん」

ガーゴイル「よって、だ……はあ……」

 段々とガーゴイルの語気が弱まっていく。
 その声には、どこか困ったようなものが含まれている。
 

717: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:22:39.63 ID:vT1ojqeZo

ガーゴイル「しばらくの間、このガーゴイルがお主の片腕として勤めよう」

デュラ「えっ……」

魔王「うんうん」

 媒体を使用し、魔力を絡めての召喚魔法を扱える魔物は少ない。
 まして、瘴気が強い西方領で活動出来る者となると更に人選は限定される。

 その点、ガーゴイルは全ての条件を満たしていた。
 岩石で出来た体は瘴気などものともしない。

 補佐として、教育係として。
 これ以上ない人選だった。
 

718: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:23:09.73 ID:vT1ojqeZo

ガーゴイル「魔王様、良いですか。くれぐれも私が居ない間に──」

魔王「はいはい。その話題はもう充分にしたでしょう」

デュラ「……」

魔王「おっと。置いてけぼりにしちゃったね」

デュラ「や、いえ……」

魔王「もう一つ。これは余計なお世話なのだろうけれどね」

 そう言って、手を叩く。
 デュラハンの後から、一匹の魔物が姿を現した。
 

719: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:23:37.27 ID:vT1ojqeZo

???「ども」

デュラ「……彼女は?」

 血の気のない表情。
 光沢のない眼球。

 包帯をいたるところに巻きつけ、手術着のような衣装に身を包んでいる。
 とても大きな肩掛け鞄をかけているのが印象的だった。
 

720: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:24:45.82 ID:vT1ojqeZo

ガーゴイル「魔人族に属する魔物でな。“ネクロマンサー”と言う」

ネクロ「です」

魔王「わたしが呼び寄せたんだ」

デュラ「はあ……」

 状況が飲み込めずに間抜けな声を出す。
 ネクロマンサーと言われても、デュラハンに理解は出来なかった。
 

721: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:25:22.25 ID:vT1ojqeZo

魔王「ネクロマンサーはね、死体を扱うプロフェッショナルなんだ」

ネクロ「それほどでも」

デュラ「死体を……」

ネクロ「なんでも聞いて」

 表情をなに一つ変えずに発言する。
 抑揚のない声は感情が読み取りにくく、独特の雰囲気を持っていた。
 

722: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:25:54.22 ID:vT1ojqeZo

魔王「デュラハン。身体を彼女にエンバーミングして貰うと良い」

デュラ「え、えんばー?」

魔王「ふふ」

 エンバーミング。
 それは、最近になって魔王が書物から覚えた言葉だった。

 使ってみたくて仕方がなかったのか、満足そうに笑みを浮かべている。
 

723: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:26:25.21 ID:vT1ojqeZo

ネクロ「魔王様マジ博識」

魔王「ふふふ」

ガーゴイル「エンバーミングとは、要約すると遺体の修復、保存処理を施すことを言う」

魔王「あっ、こら」

 勿体つける魔王を尻目にガーゴイルが説明を入れた。
 ネクロマンサーはデュラハンの身体をエンバーミング……修復するために、城へと呼ばれていた。
 

724: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:27:03.99 ID:vT1ojqeZo

魔王「もう。ってこと、君も女の子だ。身体は綺麗に保ちたいだろう?」

デュラ「……」

 デュラハンの胸中は、不思議な感覚で溢れていた。
 魔物になってしまった自身の身体を、女性として案じてくれている。

 腐敗している身体に嫌気が差してもどうしようもない。
 悲観して、諦めて、渋々受け止めていた現実。

 嬉しくて嬉しくて、涙が出そうになった。
 

725: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:27:38.34 ID:vT1ojqeZo

デュラ「ありがとう……ございます……」

魔王「うん。女の子だからね」

 心から。
 この少女に、魔王に仕えようとデュラハンは誓った。

魔王「よし、じゃあ綺麗にして貰って来ると良い」

ネクロ「綺麗にしてあげよう」

デュラ「お、お願いします……」

ネクロ「良いってこと。“死王”と仲良くなって損はない」
 

726: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:28:48.62 ID:vT1ojqeZo

 ネクロマンサー。
 死霊使い。アンデッドを使役する者。

 自身でも生み出すことは出来るが、魔人族であるネクロマンサーに生み出せるアンデッドはどうしてもレベルの低い個体となる。
 強い固体を手に入れるには、協力者の存在が不可欠であった。

ネクロ「先代のリッチはケチだった」

魔王「くくっ。だろうね」

ネクロ「だから、期待してる」

デュラ「はい……なんだか、良くわかりませんけども」

 会話を交えつつ謁見の間を後にするデュラハンとネクロマンサー。
 再び謁見の間は魔王とガーゴイルの二人だけになった。
 

727: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:29:15.96 ID:vT1ojqeZo

魔王「これで西方領も安心だね」

ガーゴイル「私は魔王様が心配ですが……」

魔王「せいぜいクーデターでも起こらないように気をつけるよ」

ガーゴイル「はあ……」

魔王「(ふふふ……しばらくは邪魔者なく自由に暮らせる……)」

 内心でほくそ笑む。
 楽しい日々の始まりを予感していた。

  

728: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:30:07.63 ID:vT1ojqeZo

  
 ──。

 ────。

 ──────。
 
 

729: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:31:00.41 ID:vT1ojqeZo
 
スキュラ「むぅ……」

アラクネ「ん? スキュラじゃない。どうしたの」

 頭巾を被り、その多脚に掃除道具を装備した従者長。
 スキュラが珍しく難しい表情を浮かべ、唸っていた。

スキュラ「き、汚い……」

アラクネ「あーぁ」

 場所は謁見の間。
 ふかふかの赤い絨毯、綺麗な装飾品。

 塵一つ許されない部屋。
 けれど、現状は惨憺たるものだった。
 

730: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:31:56.09 ID:vT1ojqeZo

アラクネ「(大臣が留守してるから……)」

スキュラ「うー……毎日、そ、そうじ……してる、のに」

 玉座にだらしなく腰かけ、涎を垂らしながら眠り込む魔王。
 その周囲は見事に食い散らかされ、読み終わった本やこれから読む本などがうず高く積み上げられている。

魔王「くかー……」

スキュラ「うう……ね、寝てるるし……」

アラクネ「はあ……」

 なんとも幸せそうな表情を見せて眠っている。
 この少女を見て、どこの誰が魔王だと言うことを信じようか。

 どこからどう見ても、だらけきったニートだった。
 

731: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:32:30.20 ID:vT1ojqeZo

スキュラ「ひ、ひっぱたいて……いっかな……」

アラクネ「いや。それも不味いでしょう」

 布団で眠っているのなら、引っぺがすのも手だ。
 しかし魔王は玉座で力尽き寝落ちてしまったせいで、布団も被っていない。

 だからといって一応は君主なのだから引っ叩くわけにもいかない。
 

732: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:32:55.80 ID:vT1ojqeZo

アラクネ「よっと」

 アラクネは糸を吐き出し、ちょいちょいと細工を施した。

アラクネ「ちょいちょい……」

 作り出したものは“こより”。
 それを器用に魔王の鼻腔へと侵入させる。
 

733: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:33:22.11 ID:vT1ojqeZo

スキュラ「おー……おふふっ」

 意図を理解して、スキュラが笑んだ。
 スルスルと深部へと侵入するこより。

魔王「くかー……かー……ふぇ、あふぇ……」

 ──はくちぇっ!

 盛大にくしゃみをかます魔王。
 勢い良く、鼻と涎とがアラクネの顔面を襲った。
 

734: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:35:35.62 ID:vT1ojqeZo

魔王「はぇ?」

アラクネ「……」

スキュラ「ぷーっ、くすくすっ」

アラクネ「魔王……様……?」

魔王「あ、アラクネ? ん。なんで鼻が出てるんだろう」

 ズズッ、と鼻を啜る。
 寝惚け眼のまま周囲を見渡すと、掃除の為に完全武装したスキュラの姿も目に入った。
 

735: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:36:02.64 ID:vT1ojqeZo

アラクネ「おはよう……ございます」

魔王「ん、おはよう。そっか、昨日はここで寝落ちたのか」

スキュラ「も、もー! そう、じ。きき汚い!」

魔王「それにしても、アラクネ。顔が汁まみれだ、ちゃんと顔を洗った方が良い」

アラクネ「……」

 ピクピクと表情が歪む。
 どんな言葉で魔王を罵倒するか、脳内が高速回転を始めていた。
 

736: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:37:06.68 ID:vT1ojqeZo

魔王「ふぁ……シャワーでも浴びようかな」

スキュラ「お、お掃除、して? い?」

魔王「うん。悪いけど頼むよ」

 どっこいしょ。と声を上げて玉座から腰を上げる。
 アラクネが魔王を罵倒しようと口を開こうとしたその時、

魔王「アラクネ。行こうか」

アラクネ「────へ?」

 出鼻を挫かれる。
 文脈が読み取れない。
 

738: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:37:48.49 ID:vT1ojqeZo

魔王「風呂だよ風呂。まだ顔を洗ってないんだろう? 丁度良い、一緒に入ろう」

アラクネ「え? え? や、そうじゃなくってですね」

魔王「良いから良いから。ほら行くよ」

アラクネ「ちょっ」

スキュラ「いてらー」

 アラクネの背中を押して浴室へと向かう。
 すでに魔王に対する怒気は霧散していた。 

 平和で、怠惰な日常が過ぎていく。

  

739: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:38:45.56 ID:vT1ojqeZo

  
 ──。

 ────。

 ──────。
 
 

740: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:39:12.51 ID:vT1ojqeZo
 
ガーゴイル「身体的に問題がないとは言え、長居したい場所ではない」

デュラ「あ、あはは……」

 魔界西方領。
 “死王”リッチが納めていた館には二匹の魔物が居た。

 片方は前任のリッチに変わりその座に着いた“デュラハン”。
 新たなる“死王”であった。

 そのデュラハンを補佐するように、隣に立つのがガーゴイル。
 大臣と言う、魔界でも上位に位置する立場を持つ魔物だった。
 

741: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:39:42.44 ID:vT1ojqeZo

ガーゴイル「それにしても、この館も随分と様相が変わったものだ」

 胸糞が悪くなる館だったが、と付け加えるガーゴイル。
 現在、この館にリッチの用意した調度品は一切おかれていない。

 人間を原料とした家具など使用したくない。
 デュラハンは館の改築に当って、まず最初にリッチの犠牲となった人間の亡骸。

 その供養をしていた。
 

742: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:40:31.56 ID:vT1ojqeZo

デュラ「大臣のお陰です。石造りの調度品って、良いですね」

ガーゴイル「……造作もない」

 新たに建てられた屋敷はガーゴイルが練成したものだった。
 飛竜に協力を頼み、上質な岩石を空輸し、それを元に館を作った。

 家から、家具、寝具、全てが石で出来ている。
 

743: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:40:59.03 ID:vT1ojqeZo

デュラ「さすがに、お布団まで石と言う訳にもいきませんけど」

 くすりとはにかむ。
 この頃は随分と表情も豊かになってきていた。

 ネクロマンサーによる“エンバーミング”によって、身体が修繕された影響だった。
 以前は良く回らなかった舌も、円滑に動くようになり会話も滞りなく行える。
 

744: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:41:29.69 ID:vT1ojqeZo

デュラ「ネクロさんも、このお屋敷に住んでくれたら嬉しかったんですけどね」

ガーゴイル「魔人族と言えどこの瘴気の中で生活するのは難しいだろう」

デュラ「ですよねー」

 定期的な身体のメンテナンスをネクロは承っていた。
 もちろん、無料ではない。

 それなりの見返りは要求している。

ガーゴイル「では、今日も始めるとしよう」

デュラ「了解です」

 毎日繰り返される召喚の儀式。
 低レベルとは言え、少しずつアンデッド族を生み出せるようになってきていた。
 

745: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:41:56.66 ID:vT1ojqeZo

デュラ「──そう言えば」

ガーゴイル「なんだ」

デュラ「ネクロさんの一族と仲良くなれば、アンデッド族って盛況すると思うんですけど?」

ガーゴイル「……だろうな。これほど相性の良い種族もそうはいまい」

デュラ「なんで友好関係じゃなかったんでしょうか」

ガーゴイル「リッチはそう言う女ではなかった。それだけだ」

デュラ「あ、なるほど……」

 ふむん。と顎に手を当てて唸る。
 人間の時から、考え込むときに取るデュラハンの癖だった。
 

746: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:42:23.23 ID:vT1ojqeZo

ガーゴイル「集中しろ。魔力が乱れるぞ」

デュラ「……決めました」

ガーゴイル「?」

デュラ「ネクロさんの一族と仲良くします! あ、私とネクロさんはもうお友達なんですけどね」

ガーゴイル「……」

デュラ「そうすれば、アンデッド族の再興も捗ると思うんですよ」

ガーゴイル「随分と人間臭い考え方だな」

デュラ「はい。なにせ、元人間なので」

ガーゴイル「今までにリッチがしてきたネクロマンサーへの嫌がらせ等は聞いているか?」
 

747: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:42:49.97 ID:vT1ojqeZo

 それは、リッチによる迫害とも呼べた。
 ネクロマンサーの一族は、魔人でありながらアンデッドを使役する。

 逆に言えば、アンデッドが居なければネクロマンサーはまともに戦うことも出来ない。
 魔人族のはみ出し者たちとして蔑まれている。

 であれば、相性の良いはずであるリッチに友好関係を求めるのは当然のことであった。

デュラ「……はい。ネクロさんに聞きました」
 

748: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:43:29.43 ID:vT1ojqeZo

 しかし、リッチはその手を取ろうとはしなかった。
 それどころか、さらにネクロマンサーたちを追い詰めさえした。

 低レベルとは言え、自身以外の魔物がアンデッドを生み出すことを良しとせず。
 その上に使役するなど侮辱以外のなにものでもないと彼女は捕らえていた。

 こうして長い年月、ネクロマンサーの一族は迫害を受け、魔界の隅っこで細々と生活を営んでいた。
 

749: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:44:08.16 ID:vT1ojqeZo

ガーゴイル「彼らの心を氷解するには時間がかかるぞ」

デュラ「大丈夫ですよ。ネクロさんともお友達になれましたし、きっと他の方とも」

ガーゴイル「あの娘は……変わり者だからな……」

デュラ「大丈夫ですよ、きっと」

 目を細め、笑顔を浮かべる。
 その表情に曇りや翳りは見受けられない。

 まだまだ未熟ながらも、デュラハンは“王”としての道を着実に歩みはじめていた。
 

750: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:45:50.08 ID:vT1ojqeZo


……。
…………。
……………… 

 

751: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:46:21.75 ID:vT1ojqeZo

 誰もが寝静まった深夜帯。
 わたしは一人、玉座へと腰をかけていた。

魔王「……」

 魔王城から見れる風景。
 ついこの間まで戦闘で荒れ果てた大地は、最近になってようやく元の風貌を取り戻していた。
 

752: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:47:06.94 ID:vT1ojqeZo

魔王「デュラハンが抉ったところは、さすがに時間がかかりそうだ」

 地形を変形させるほどの攻撃。
 あの魔剣はどれだけの力を秘めているんだろうか。

 なんて、どうでも良いか。

魔王「魔剣と言えば……」

 “魔王剣”。
 ヘカトンケイルとの戦闘以降、一度も魔力を注いでないや。

 一瞬、話し相手にでもなって貰おうかと思ったけれど──。
 

753: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:47:49.28 ID:vT1ojqeZo

魔王「剣しか話し相手がいないってんじゃ、魔王も終わりだよね」

 思いとどまる。
 それになにより、魔王剣に魔力を食わせるのは相等に疲れるんだ。

 自分から疲れる行為をするなんて、馬鹿のすることじゃないか。
 疲れるのって好きじゃないんだよね。

 ってことで、今回はパス。
 

754: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:48:52.03 ID:vT1ojqeZo

魔王「ふう……平和だ……」

 ガーゴイルはまだ出張先である“西方領”から帰ってこない。
 つまり、自由な時間は継続中。

 なんでこんな時間に起きていて、尚且つ玉座に腰を下ろしているのか。
 答えは簡単。

 昼間、眠りすぎて眠くないんだ。
 

755: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:49:42.27 ID:vT1ojqeZo

魔王「……」

 完全なる昼夜逆転生活。
 文章を読み漁るのも良いけれど、こうしてボーッとする時間も最近になって増えてきている。

 平和を噛み締めている、って言ったら聞こえが良いだろうか。

魔王「……」

 ほら、戦いなんてなくったって毎日が楽しい。
 人間界を攻め込まなくったって生きていける。

 ヘカトンケイルを退けてからは、兄様や姉様。
 そう言ったうるさかった人たちの説教もなしのつぶてだ。

魔王「うんうん」

 

756: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:50:40.69 ID:vT1ojqeZo


 ──わたし、もうやめた。


 ──世界征服、やめた。


 玉座でそう呟いてから、大した時間は経っていない。
 かなり思い切ったことを言ったなあ、なんて今は思ったりしているけれど。

 良かった。
 言って、良かった。

 それを実行して良かったと心から思っている。
 だって、今の生活を凄く気に入っているから。
 

757: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:51:52.16 ID:vT1ojqeZo

魔王「──まだまだ続くわたしの人生。楽しみきってやろうじゃないか」

 人間界に赴くのはまだまだ遠い道のりだけれど。

 きっと何時か行ける様になると思う。

 アレもしたい、コレもしたい。

 夢は広がるばかりだ。

 やめて、正解。

 世界征服、やめて良かった。
 

758: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:52:54.53 ID:vT1ojqeZo

魔王「ふふっ」

 明日はなにをしよう。

 考えるだけで、笑えてくる。

魔王「……そうだ!」

 ここで名案。

 稲妻のように、素晴らしいアイディアがわたしの脳天に突き刺さった。





 ────魔王、やめよう。






 
  

759: ◆H7NlgNe7hg 2012/09/19(水) 22:53:22.19 ID:vT1ojqeZo

  
 
    終り。