奉太郎「古典部の日常」 前編

314: ◆Oe72InN3/k 2012/09/14(金) 18:43:09.33 ID:6Kb1AlQG0
俺は今、ウサギに囲まれている。

里志「ホータロー、どうしたんだい?」

そして、何故か里志と二人っきりだ。

奉太郎「この状況をうまく言葉にできないものか考えていた」

里志「それはまた、難しい事を考えているね」

里志「だって僕でさえ、この状況は理解に苦しむよ」

そう言う里志の顔はいつも通りの笑顔。

俺は小さく息を吐くと、一度整理することにした。

俺たち4人は、動物園に来ていた。

と言うのも千反田がどうしても行きたいらしく、特にすることが無い暇な高校生の俺たちは行くことになったのだが。

最初は4人で行動していた筈だ、だったら何故里志と居るのか?

確か、伊原と千反田が一回別行動をしようと言って……どこかに行ってしまったから。

確かというのは、俺が単純に話をちゃんと聞いていなかったからである。




315: ◆Oe72InN3/k 2012/09/14(金) 18:43:38.04 ID:6Kb1AlQG0
それで里志にどこに集合か聞いているか? と聞いたのだった。

すると里志は……

里志「え? てっきりホータローが聞いていると思ったんだけど」

と答えた。

俺と里志は数秒間、顔を見合わせるとお互いに溜息を吐く。

里志「うーん、じゃあ動物でも見ながら探そうか」

と里志は意見を述べた。

無闇に探すよりは、確かに効率がいいかもしれない。

そう思った俺は渋々承諾したのだが……

園内をほとんど見終わっても、伊原と千反田は見つからなかった。

そして成り行きでウサギ小屋で休憩を取っている所である。

316: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/09/14(金) 18:44:08.65 ID:6Kb1AlQG0
ウサギ小屋で二人っきりというのは、実際にその状況になるとかなり辛い。

なんといっても男二人だ。

奉太郎「それで、大体見回ったと思うが」

奉太郎「どうするんだ、これから」

里志「僕は別にホータローと二人でも構わないんだけどね」

里志「一生に一度、あるかないかだよ」

里志「ホータローと二人で見る動物園、なんてさ」

……こいつはどうにも前向きすぎる。

奉太郎「俺が嫌なんだよ、何が楽しくてお前と二人で周らないといけないんだ」

里志「はは、そう言われると困るね」

しかし、本当に困ったな。

動物園はそこまで広くはないが、迷路みたいに入り組んでいる。

全部周ったとしても、すれ違いになる可能性が高い。

ん? 待てよ。

連絡を取る方法……あるじゃないか。

317: ◆Oe72InN3/k 2012/09/14(金) 18:44:36.56 ID:6Kb1AlQG0
奉太郎「おい里志、お前携帯は?」

里志「前にも言ったけどね、携帯じゃなくてスマホだよ」

さいで。

奉太郎「んで、そのスマホで伊原に連絡は取れないのか?」

里志「さすがホータローだよ! その考えは無かった!」

どこか演技っぽく言うと、里志は続けた。

里志「ってなると思うかい? 今日は忘れてきたんだ」

肝心な時に……

奉太郎「……帰って明日謝るか」

里志「それはダメだよホータロー」

里志「だって、来る時は摩耶花と千反田さんに道を任せていただろう?」

里志「僕たちだけじゃ、家に帰り着く事は不可能だね」

奉太郎(よくそんな情けない事を自信満々に言えるな)

318: ◆Oe72InN3/k 2012/09/14(金) 18:45:10.60 ID:6Kb1AlQG0
なんで、こんな事になってしまったのだろう。

奉太郎「……そういえばそうだったな」

奉太郎「それじゃあ、どうするか……このままここに住むか?」

里志「悪い案では無いね、でもそれだと学校に行けなくなってしまう」

里志「動物に囲まれて朝を過ごす、一度はやってみたいけどね」

里志「でもやっぱり……もう一回、周ってみるのが最善かな?」

奉太郎「……分かった、もう一度周ろう」

そう言い、ウサギ小屋から出ようとした時に、視線を感じた。

なんかこう……獰猛な動物に睨まれるような。

319: ◆Oe72InN3/k 2012/09/14(金) 18:45:36.90 ID:6Kb1AlQG0
摩耶花「あんた達、何やってんの?」

里志「タイミング、完璧じゃないか!」

里志「摩耶花! 助かったよ」

檻に入っているのは俺、里志、そしてウサギ達。

それを外から不審者を見る目で見ているのが伊原。

奉太郎(ウサギ達の気持ちが、少し分かった)

摩耶花「時間も場所も言ったはずよね、なんでこんな所にいるのよ」

里志「ご、ごめんごめん。 ホータローと周っていたらついつい忘れちゃって」

摩耶花「ふーん、折木と回った方が楽しいんだ。 ふくちゃんは」

320: ◆Oe72InN3/k 2012/09/14(金) 18:46:26.96 ID:6Kb1AlQG0
里志「そ、そんな事は無いよ、摩耶花と周った方が100倍楽しい!」

奉太郎(1/100で悪かったな)

摩耶花「ま、いいわ」

摩耶花「鍵閉めておくから、またね」

摩耶花「ちーちゃん、行こ?」

これからの人生、ウサギと共に過ごすことになるのだろうか。

える「え、ええっと……私は……」

里志「千反田さん! 開けて!」

摩耶花「ちーちゃんに頼るんだ? へえ」

奉太郎「……はぁ」

321: ◆Oe72InN3/k 2012/09/14(金) 18:47:13.59 ID:6Kb1AlQG0
いつまでも続くその光景を、俺はウサギ達と一緒に眺めていた。

奉太郎「そろそろ行くぞ、時間が勿体無い」

そう言うと伊原もようやくふざけるのを止め、俺たちが檻から出るのを待つ。

奉太郎「それで、お前たちは何をしていたんだ」

摩耶花「ちょっと、買い物をね」

買い物? 何かお土産でも買っていたのか?

える「これです!」

そう言いながら千反田が取り出したのは、ウサギの置物?

奉太郎「これを? 部屋にでも置くのか?」

える「部屋と言えばそうです、部室に置こうと思って……」

なるほど。

確かにあの部室は簡素すぎる。

伊原が描いた絵は映えているが、どうにも寂しい。

322: ◆Oe72InN3/k 2012/09/14(金) 18:47:54.21 ID:6Kb1AlQG0
奉太郎「まあ少し寂しかったからな、けど別行動してまで買う物か? これ」

摩耶花「そ、それは」

伊原の態度を見て、察した。

大方、何か里志に買ったのだろう。

奉太郎「ま、いいさ」

奉太郎「それより一度、飯にしよう」

里志「うん、ウサギと遊んでいたらお腹が減っちゃったよ」

その言い方だと、俺もウサギと遊んでいたみたいに聞こえるのでやめてほしい。

える「ウサギさんと遊ぶ折木さん……ちょっと気になります」

ほら、こうなるだろ。

奉太郎「俺は遊んでないぞ、見ていただけだ」

里志「そうそう、ホータローがウサギと遊ぶところはちょっと見たくないかな」

える「……そうですか、残念です」

323: ◆Oe72InN3/k 2012/09/14(金) 18:48:36.11 ID:6Kb1AlQG0
何がどう残念なのかは置いといて、レストランに入る。

動物を見てから肉を食べる気は、あまりしなかった。

伊原と千反田も同じ考えのようで、麺類を頼んでいる。

だが、里志は肉を食べていた。

人それぞれなのだろうか、あまり気にする様な奴には見えないし。

摩耶花「ふくちゃん、よくお肉食べられるね」

里志「それはそれ、これはこれだよ」

里志「一々気にしていられないさ」

ふむ、こういう考えもありなのかもしれない。

等と、少し哲学的な事を考えながら昼飯を済ませる。

324: ◆Oe72InN3/k 2012/09/14(金) 18:51:02.75 ID:6Kb1AlQG0
食後のゆっくりとしている時に伊原が席を立ち、里志を連れ出していった。

どうやらプレゼントでも渡すつもりなのだろう。

それに着いて行く様な真似はさすがの俺でもできない。

える「あ、あの。 折木さん」

対面に座る千反田が話しかけてきた。

える「これ、プレゼントです」

これは意外。

俺にもプレゼントをくれる人が居たとは……

奉太郎「おお、ありがとう」

千反田がくれたのは、ペンダントだった。

中に写真が入っており、その写真には綺麗な鳥が写っていた。

しばらくペンダントに見とれていた。

気付くと、千反田が俺の方をじーっと見つめている。

奉太郎「……今は付けないからな」

える「え、はい……そうですか」

奉太郎「……恥ずかしいだろ」

える「そ、そうですよね。 分かりました」

325: ◆Oe72InN3/k 2012/09/14(金) 18:51:36.01 ID:6Kb1AlQG0
……次に学校に行くときにでも、付けて行くか。

そんな会話をしている内に、伊原と里志が戻ってきた。

慌ててペンダントを隠す、なんとなく。

奉太郎「さて、これからどうする?」

里志「僕とホータローは大体見て周っちゃったからなぁ」

里志「二人で周ってきたらどうだい? 僕達はここで待ってるよ」

える「いいんですか? じゃあ摩耶花さん、行きましょう」

摩耶花「今度はフラフラしないでここに居てね、二人とも」

はいはい、分かりました。

女二人で話したい事もあるだろうし、これでいいか。

何より座っている方が楽だ。

と言っても里志と二人で話す事も無いのだがな……

326: ◆Oe72InN3/k 2012/09/14(金) 18:52:04.31 ID:6Kb1AlQG0
里志「ホータロー」

それは俺だけの話であって、こいつはあるみたいだ。

奉太郎「なんだ」

里志「僕が摩耶花に貰ったもの、分かるかい?」

奉太郎「さあな、見当もつかん」

里志「これだよ」

そう言って、里志はテーブルの上にそれを置いた。

ゴトン、という大きな音をたてて。

置かれたのはかなり重そうな招き猫だった。

奉太郎「これは……」

里志「正直な話、最初はまだ怒っているのかと思ったよ」

里志「でもそんな感じじゃなかったんだ、それで仕方なく受け取った」

奉太郎「気持ちが大切って奴じゃないのか」

327: ◆Oe72InN3/k 2012/09/14(金) 18:52:30.66 ID:6Kb1AlQG0
里志「ホータローにしては良い事を言うね」

里志「でもこの気持ちはちょっと重すぎる」

奉太郎「確かにな、随分重そうだ」

里志「かなり、ね」

里志「僕の巾着袋が破けないかが、今一番心配な事だよ」

にしても。

奉太郎(でかいな……)

テーブルの上に置かれた招き猫は、とても大きな威圧感を放っていた。

里志「それより、だ」

里志「ホータローは何を貰ったんだい?」

見られていたか? いや、そんな筈は無い。

奉太郎「何も貰ってないぞ」

里志「嘘はよくないなぁ、友達じゃないか僕達」

奉太郎「……」

最近になって、里志はやたら勘が鋭くなってきている。

俺にとっては迷惑な事この上ない。

328: ◆Oe72InN3/k 2012/09/14(金) 18:53:32.09 ID:6Kb1AlQG0
奉太郎「なんで、分かった」

里志「何年友達やってると思っているんだい? 顔を見ればすぐに分かるさ」

奉太郎「なるほど、まあいい、確かに貰った」

里志「何を?」

奉太郎「それは言わない」

里志「残念だなぁ」

奉太郎「一つだけ言えるのは、その招き猫より小さいって事くらいだな」

里志「はは、いい例えだ」

そう言うと、里志は窓から外を眺めた。

329: ◆Oe72InN3/k 2012/09/14(金) 18:54:01.55 ID:6Kb1AlQG0
里志「今日は、中々に楽しかったよ」

奉太郎「そうか? いつも通りだろ」

里志「いいや、違うね」

里志「ホータローとこういうちょっと離れた場所に来るっていうのは、新鮮だよ」

里志「最近はホータローも活発的とは程遠いけど、動くようにはなってきたしね」

里志「そんな毎日が、少し新しくて楽しいのかもしれない」

奉太郎「ふうん、そんなもんか」

里志が楽しいと自分で言うのも、結構珍しいな。

里志「それと、こういう突発的な災難ってのもね」

そう言い、外を指差す。

なるほど、これは確かに災難だな。

空は、どんよりとした色をしていた。

そんな会話を聞いていたのか、やがて雨は降り出した。

里志「こりゃ、二人とも雨に降られたね」

奉太郎「だろうな、一緒に行ってなくて良かった」

330: ◆Oe72InN3/k 2012/09/14(金) 18:54:43.78 ID:6Kb1AlQG0
本来なら、傘を持って探しに行くのが優しさだろう。

だが俺達は二人とも傘なんぞ持っていない。

ならば諦めて降り注ぐ雨を眺めているのが効率的と呼べる。

それに伊原にはフラフラするなと言われている、これならば仕方ない。

奉太郎「いつまで降るんだろうな」

里志「うーん、すぐに上がりそうだけど、どうだろうね」

里志も俺と同じ考えなのか、探しに行こうとは言わなかった。

奉太郎「いよいよする事が無くなったな」

里志「そうだね、こうしてみると男二人ってのは寂しいもんだ」

奉太郎(さっきまで、ウサギ小屋ではしゃいでたのはどこのどいつだ)

俺は未だに上がりそうに無い雨を見ながら、コーヒーを一杯頼む。

331: ◆Oe72InN3/k 2012/09/14(金) 18:56:06.81 ID:6Kb1AlQG0
ほんの5分ほどで運ばれてきたコーヒーに口を付ける。

里志「それにしても、後2年かぁ」

奉太郎「2年? 何が」

里志「僕達が高校を卒業するまでだよ」

奉太郎(卒業か、考えたことも無かったな)

奉太郎「まだ2年もある」

里志「ホータローにとってはそうかもしれないけど、僕にとっちゃ後2年なんだよ」

それもまた、感じ方の違いと言うものだろう。

奉太郎「楽しい時間はすぐに過ぎる、か」

里志「……ホータローがそれを言うとは思わなかったかな」

奉太郎「俺にもそれを感じる事くらいはあるさ」

里志「ふうん、ホータローがねぇ」

奉太郎「……里志は毎日が楽しそうだな」

332: ◆Oe72InN3/k 2012/09/14(金) 18:57:13.96 ID:6Kb1AlQG0
里志「まあね、楽しもうとして楽しんでいるからそうでなくちゃ困る」

奉太郎「それもそうだな」

里志「でも、たまには楽しくない日も欲しいとは思うけどね」

奉太郎「……なんで、そう思う?」

里志「さっきホータローが言ったじゃないか、楽しい時間はすぐに過ぎるって」

里志「つまり楽しくない時間なら、長く感じるって事さ」

里志「そうやって、一日を大切にしたいって思うこともある」

里志「それだけの話だよ」

奉太郎「そうか、じゃあ俺は随分と長い高校生活を送れそうだ」

里志「それはどうかな? 終わってみると案外早い物だよ」

現に既に高校生活の1年は過ぎている……少し納得できるかもしれない。

里志「それとね、終わってから気付くこともあるんだ」

奉太郎「終わってから?」

里志「うん、その時はつまらないって思ってた日々も、終わってから振り返ると楽しかった日々に思える」

里志「つまり結局は、時間が過ぎるのは早いんだよ」

里志「楽しくない日が欲しいって言うのは、無理な話かもね」

333: ◆Oe72InN3/k 2012/09/14(金) 18:57:40.10 ID:6Kb1AlQG0
奉太郎「ふむ、まあ俺には無縁だと思うがな」

奉太郎「現に今も退屈で仕方ない」

里志「ははは、それには同意するよ」

そう里志が言うと、少しの沈黙が訪れた。

ふと窓の外に視線を流すと、どうやら雨が上がったようで、雲の隙間から陽が差し込んでいる。

里志「ホータロー」

里志に呼ばれ、顔を向けると店内の入り口を指差していた。

そのままそっちに顔を向けると、雨に降られた千反田と伊原の姿見える。

334: ◆Oe72InN3/k 2012/09/14(金) 18:58:35.18 ID:6Kb1AlQG0
千反田は俺たちを見つけると、どこか嬉しそうに笑顔になっていた。

伊原は俺たちを見つけると、どこか不服そうに、睨んでいた。

奉太郎「千反田はともかく、伊原になんと言われるかって所か」

里志「そうそう、よく分かってるよホータローは」

奉太郎「フラフラするなと言ったのは、伊原だったと思うがな……」

里志「それを摩耶花の前で言ってごらん、摩耶花は絶対にこう言うね」

里志「折木は臨機応変って言葉の意味、知ってる?」

里志「ってね」

奉太郎「里志がそこまで断言するなら、言わない事にしよう」

里志「懸命な判断だよ、ホータロー」

そう言い笑う親友と共に、腕を組み、待ち構えるライオンの元へと食われに行くのであった。

第10話
おわり

341: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 13:51:13.49 ID:9ri033Qy0
~折木家~

里志とはあんな事を話していたが、時が経つのはやはり早い。

少し前まで、やっと高校生かー等と思っていた物だ。

気付けば進級していて、そして気付けばすぐ目の前に夏がやってきている。

初夏と言うのだろうか、セミが鳴いていてもなんもおかしくない暑さ。

そんな暑さに叩き起こされ、俺は不快な朝を迎えた。

奉太郎(暑いな……)

唯一幸いな事は……今日は日曜日、学生身分の俺は休みである。

しかしとりあえずは水を飲もう、このままでは家の中で死んでしまう。

寝癖も中々に鬱陶しいが、まずは喉を潤さなければ。

そんな事を思い、リビングに赴く。

リビングに着くと、いつ帰ったのだろうか……姉貴が居た。

供恵「おはよ、奉太郎」

奉太郎「帰ってたのか、おはよう」

確かこの前海外へ行ったのが2ヶ月くらい前か?

いや、1ヶ月前くらいか。

奉太郎「今回は随分と早かったな」

供恵「そう? 外国に行ってると感覚が狂うのよねー」

そんなもんか。

342: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 13:51:52.63 ID:9ri033Qy0
供恵「あ、そだそだ」

そう言いながら、姉貴はバッグから物を探す素振りをする。

俺は姉貴に視線を向け、水を飲みながら姉貴の話に耳を傾けた。

供恵「お土産、買ってきたわよ」

供恵「買ってきたってのは変ね、貰ってきたが正しいかしら」

そう言い、手渡されたのは4枚のチケットだった。

奉太郎「沖縄旅行、3泊4日?」

供恵「そそ」

供恵「この前の友達らと行って来なさい」

沖縄か、確かにありがたいが……

しかし、そんな時間は無いだろう。

奉太郎「あのなぁ、俺たちは高校生だぞ」

奉太郎「1週間近くも離れるなんてできない、学校があるしな」

供恵「ふうん、そっか」

姉貴は素っ気無く言うと、それ以降は口を開こうとしなかった。

話はどうやら終わったらしい。

奉太郎(里志は確か妹がいたな、あいつにあげるか)

チケットを渡すついでに里志と遊ぼうかと思ったが、外の暑そうな空気にその気は無くなる。

343: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 13:52:35.36 ID:9ri033Qy0
奉太郎(学校がある時にしよう、今外に出たら干乾びてしまう)

奉太郎「一応礼は言っておく、ありがとう」

供恵「可愛い弟の為だからねー」

奉太郎「それと、一ついいか?」

供恵「ん? なに?」

奉太郎「このチケットって、海外のお土産では無いだろ……」

供恵「そりゃーそうよ、商店街の人に貰ったんだもん」

さいで。

ま、とにかくこのチケットは次に会った時にでも渡すとして……

今日は何をしようか?

奉太郎(あれ、俺ってこんな行動的だったか?)

いや、違う。

別にする事なんて求めていない。

ただ、ごろごろとしていればいいだけだ。

そう思うと、寝癖を直すのもなんだか面倒になってきた。

その結論に至ってから、俺の行動はとても単純な物になる。

30分……1時間……クーラーが効いたリビングで過ごす。

やはり、こうしているのが俺らしいという事だ。

344: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 13:53:14.18 ID:9ri033Qy0
奉太郎(二度寝でもしようか……)

そんな事を考え、しかし部屋まで戻るのも面倒だな、など考えているときにインターホンが鳴った。

……リビングには姉貴もいる、任せよう。

供恵「はーい」

供恵「あ、久しぶりね」

供恵「ちょっと待っててねー」

姉貴が転がる俺の頭を足で小突く。

もっと呼び方という物があるだろう……全く。

奉太郎「……なんだ」

供恵「と・も・だ・ち」

供恵「来てるわよ」

その時の姉貴の嬉しそうな顔と言ったら……省エネモードに入った俺には起き上がるのも辛い。

しかし、尚も頭を蹴り続ける姉貴に負け、今日一番嫌そうな顔をしながら起き上がる事にした。

無視し続けては後が怖い、これが本音というのが悲しい。

奉太郎(寝癖直すのも面倒だな……このままでいいか、とりあえずは)

345: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 13:53:43.63 ID:9ri033Qy0
姉貴は友達と言っていたが……里志だと助かる。

伊原や千反田まで居たら、とても面倒な事になって仕方ない。

しかし、悪い予感というのは良く当たる物で、玄関のドアを開けると見事に全員が揃っていた。

奉太郎(暑いな……)

顔だけを出し、問う。

奉太郎「日曜日にわざわざ何をしに来た」

里志「古典部としての活動だよ」

休日に? 馬鹿じゃないのかこいつらは。

奉太郎「明日でいいだろ……」

摩耶花「あんた今何時だと思ってんの? 寝癖も直さないで……」

奉太郎「今日は家でごろごろすると決めたんだ、帰ってくれ」

える「今日でないとダメなんです!」

迫る千反田に咄嗟に後ろに引くと、頭だけを出していた俺は当然の様に挟まる。

幸い、その失敗に気付いた者は居なかった。

346: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 13:55:02.64 ID:9ri033Qy0
奉太郎(こいつは毎回毎回……しかもこの暑さでよくこんな元気があるな)

里志「千反田さんもこう言ってるし、折角来たんだからさ、いいじゃないか」

奉太郎「……今日は暑すぎる、今度にしないか」

暑い、休日、面倒くさいの三拍子、断る理由としては結構な物だろう……多分。

里志「だってさ、どう思う? 二人とも」

里志はそう言うと、二人の方に振り返り答えを促した。

摩耶花「いいから来なさいよ、暑いのは皆一緒でしょ」

える「アイスあげますから、はい!」

奉太郎(アイス……? 物凄く子供扱いされているな、俺)

当然、他二名は来い、と言うだろう……だがここで引くほど俺も甘くは無い。

347: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 13:55:48.26 ID:9ri033Qy0
奉太郎「とにかく! 今日はダメだ」

里志「はあ、仕方ないなぁ」

少しだけ残念そうな顔を里志がしたせいで、やっと帰ってくれるのかと思ったが……里志が無理やりドアを開いてきた事で若干だが焦った。

奉太郎「お、おい」

里志は大きく息を吸うと、ひと言。

里志「おねえさーん!」

この馬鹿野郎。

それを予想していたかの様に、直後に姉貴が現れる。

供恵「里志くん、お久しぶり」

供恵「どしたの?」

くそ、最近は里志も俺の使い方を分かってきたのか……やり辛い。

姉貴に苦笑いを向けながら、俺は言う。

348: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 13:56:21.26 ID:9ri033Qy0
奉太郎「いや、なんでもない」

奉太郎「今から、皆で遊びに行くところだ。 ははは」

供恵「ふ~ん、行ってらっしゃい」

姉貴は物凄く嬉しそうに笑うと、リビングに戻っていった。

それを見届けた後、満足気に笑う里志に向け、ひと言伝える。

奉太郎「……覚えとけよ、里志」

里志「はは、夜道には気をつけておくよ」

349: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 13:56:48.86 ID:9ri033Qy0
~古典部~

こんな感じで、俺は折角の休みだと言うのに古典部の部室まで足を運ぶはめになった。

全員が席に着き、話を始める。

摩耶花「そうそう、この前ふくちゃんと遊んだときなんだけどね」

摩耶花「30分も遅れてきて、笑いながら謝ってきたの」

摩耶花「少し遅れちゃったね、ごめんねーって」

摩耶花「酷いと思わない!?」

える「そうですね……福部さん、それは少し酷いと思いますよ」

里志「千反田さんに言われちゃうと、参っちゃうなぁ」

これが古典部としての活動か、なるほど納得! ……帰ってもいいだろうか。

頬杖を突きながら俺は異論を唱える、当然だ。

奉太郎「そ、れ、で」

奉太郎「古典部の活動ってのはこの事か?」

350: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 13:59:22.18 ID:9ri033Qy0
3人の視線が俺に集まる。

数秒の間の後、千反田が思い出したように手を口に当てた。

える「……そうでした! 今日は目的があって集まったんでした!」

奉太郎(おいおい……)

溜息を吐きながら、新しく設置されたウサギの物置に目をやった。

窓際に置かれたそれは日光に当てられ見るからに暑そうだ、可愛そうに。

える「それでですね、今日集まったのは……」

える「今年の氷菓の事についてです!」

里志「ああ、文化祭に出す奴だね」

摩耶花「でも今年って文集にするような事……ある?」

奉太郎「あれって毎年出すのか?」

摩耶花「当たり前でしょ、3年に1回とかどんだけする事のない部活なのよ」

奉太郎「……ごもっとも」

里志「ホータローにとっては3年に1回でも随分な労力に違いないけどね」

俺は里志を一睨みすると、少し気になった事を千反田に訪ねる事にした。

351: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:00:14.39 ID:9ri033Qy0
奉太郎「ちょっといいか」

える「はい、どうぞ」

千反田はそう言うと手を俺に向けた、司会はどうやら千反田努めてくれるらしい。

奉太郎「それが、今日じゃないとダメな事か?」

千反田は人差し指を口に当てながら、答える。

える「いえ、今日じゃないとダメという事は無いですね」

つい、頬杖で支えていた頭が少しずれる。

奉太郎「……さっき言っていたのはなんだったんだ」

奉太郎「俺の家の前で、今日じゃないとダメとかなんとか」

える「ああ、あれですか」

える「えへへ、そう言わないと、折木さんが来ないと思いまして」

奉太郎「……」

千反田は、こういう奴だっただろうか……?

どうにも最近は、里志やら千反田やら、俺を使うのに慣れてきているのだろうか。

そうだとしたら……俺の想像以上に面倒な事になってしまう。

奉太郎「……帰っていいか」

える「それはダメです! 氷菓の内容を決めないといけないです!」

一応持ってきていた鞄を掴む俺の手を、千反田が掴む。

352: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:02:16.74 ID:9ri033Qy0
あーこれは、断れないパターンか。

奉太郎「……分かったよ、手短に終わらせよう」

渋々承諾するも、一刻も早く家に帰り休日を満喫したい。

里志「と言っても、内容が無いよね」

摩耶花「そうね、去年は色々とあったから良かったけど……」

里志「今年は内容がないよね」

える「困りましたね……」

里志「内容がないと困るね……」

奉太郎「別に何でもいいだろ、今日の朝は何食べたとかで」

里志「内容がないよう!」

里志が席を立ち、一際声を大きくし、嬉しそうな顔で言う。

どっちかというと……叫んでいた。

摩耶花「ふくちゃん、少しうるさいよ」

奉太郎「黙っててくれるとありがたいな」

える「福部さん、お静かに」

353: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:08:05.04 ID:9ri033Qy0
俺達3人の意見がぴったりと合うのは中々に珍しい、まあそれほど里志がうるさかったと言う事なのだが。

流石に3人に言われると、里志はようやく静かになった。

まさか千反田までもが言うとは思っていなかったが……

一旦静まった部屋の空気を変えるように、千反田が口を開く。

える「ではこういうのはどうでしょう? これから文化祭までに何かネタを見つける、というのは」

摩耶花「……それしか無さそうね」

悪い案ではない、が。

奉太郎「見つからなかったらどうするんだ? 今年は何か芸でもやるか?」

える「私、何もできそうな事が無いです……すいません」

摩耶花「ちーちゃん、本気にしないで」

える「あ、冗談でしたか」

こいつは本気で何か芸でもするつもりだったのだろうか。

少しだけ見たい気はするが……

354: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:08:43.53 ID:9ri033Qy0
奉太郎「で、今は6月か」

俺は机を指でトントンと叩きながら言う。

奉太郎「後4ヶ月で何か見つけろというのは……難しいと思うぞ」

里志「あ、いい事思い出したよ」

またどうでもいい事を言うんじゃないだろうな、こいつは。

摩耶花「くだらない事言わないでね」

伊原もどうやら同じ意見の様だ。

しかし……伊原の視線が恐ろしいな、俺に向けられてないのが幸いだが。

里志「千反田さん、一つ気になることあったんじゃなかったっけ?」

奉太郎「ばっ……!」

える「あ、そうでした!!」

くそ、やられた。

今日は里志が口を開くとろくな事が無い。

える「折木さんに是非相談しようと思っていたんです!」

俺の返答を聞く前に、千反田は続ける。

える「実はですね、DVDの内容が気になるんです!」

355: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:09:12.47 ID:9ri033Qy0
奉太郎「俺はお前の説明を飛ばす癖が気になるな」

える「す、すいません」

える「お話しても、いいでしょうか?」

奉太郎「……それと文集とどう関係があるんだ、里志」

里志「特にはないね、でも新しい発見ってのは重要な物だよ。 ホータロー」

奉太郎「……はぁ、分かった」

奉太郎「千反田、話してみてくれ」

える「ありがとうございます」

える「それでは最初から、お話しますね」

コホン、と小さく咳払いをすると話が始まった。

356: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:09:38.81 ID:9ri033Qy0
える「昨日のお話なんですが、摩耶花さんとDVDを貸し借りして見ていたんです」

える「私は摩耶花さんが見終わった後に、お借りしました」

える「一つはコメディ物のお話で、もう一つはホラー物でした」

奉太郎(ホラーとコメディが同じDVDに入っているのか……少し見て見たいな)

摩耶花「それよ!」

伊原が机を叩き、声を挙げる。

こいつは俺の寿命を縮める為にやっているのではないだろうか? 等疑ってしまうのは仕方ない。

それと……急に大声を出すのは、本当にやめてほしい。

奉太郎「それって、何が?」

357: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:10:12.37 ID:9ri033Qy0
摩耶花「私が見たのは、片方がコメディ……ここまではちーちゃんと一緒なんだけど」

摩耶花「……もう片方は感動系だった!」

つまり二人が見ていた話の系統が違う……と言う事か?

える「そうなんです! 変ではないですか?」

一つ案が浮かんだ、成功すれば見事に手短に終わらせられるいい方法。

奉太郎「普通だろう、伊原がホラーを感動して見ていただけの話だ」

摩耶花「おーれーきー!」

おお、怖い。

仕方ない、逆転させよう。

奉太郎「じゃあこうだ、千反田が感動物を怯えながら見ていた、これで終わり」

える「お・れ・き・さ・ん! 真面目に考えてください」

……どっちに転んでも怖い思いをするのは俺の様だ。

358: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:10:45.03 ID:9ri033Qy0
奉太郎「……分かった、少し考えるか」

なんで休日にこうも頭を使わなければいけないんだ……

全ての元凶の里志を見ると、それはもう楽しそうに笑っていた、あの野郎。

奉太郎「まず、DVDを見た日は同じ日か?」

える「はい、そうです」

奉太郎「ふむ」

可能性としては、あるにはあるな。

順番としては……

コメディをA、ホラーor感動物をBとして考えよう。

恐らく順番はA→Bに間違いは無い。

問題はそのBがホラーか感動物か、ということだ。

もう少し、情報が必要だな……

奉太郎「そのDVDはどこで見たんだ?」

える「場所……ですか?」

える「神山高校の、視聴覚室です」

奉太郎「視聴覚室? 学校まで来たのか?」

える「ええ、昨日は摩耶花さんと遊んでいまして……DVDを見ようって事になったんです」

える「それで、私の家には機材がありませんし……摩耶花さんの家は用事があり、お邪魔する事ができなかったので」

える「私たちは、学校で見ることにしたんです」

奉太郎(……学校の物を私物化する奴は初めて見たな)

359: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:11:21.49 ID:9ri033Qy0
える「私は一回部室まで来て、その間に摩耶花さんが見ていました」

ん? それはおかしくないか。

奉太郎「なんで一緒に見なかったんだ?」

える「見終わった後に、感想をお互いで交換しようと思っていたからです」

奉太郎(随分と暇な奴らだな……)

まあそれならば一緒に見なかったのは納得がいってしまう。

える「摩耶花さんが見終わった後は、今度は私が見させて頂きました」

える「私が終わった後、感想を交換しているときにお互いの意見が違う事に気付いたんです」

奉太郎「なるほど、な」

それならば話は早い、条件は揃っている。

深く考える必要も無かったな。

里志「……さすが、ホータロー」

里志「何か分かったみたいだね」

摩耶花「え? もう分かったの?」

奉太郎「まあな、でも一つ確認したい事がある」

える「確認、ですか?」

360: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:11:54.47 ID:9ri033Qy0
奉太郎「ああ」

奉太郎「俺が聞きたいのは、何故もう一度二人で見ようとしなかったのか、だ」

奉太郎「意見が違った時点でそうするのが手っ取り早いだろ」

える「あ、そ、それでしたら……」

何故か千反田が言い淀む。

摩耶花「先生にね、ばれそうになっちゃって」

何をしているんだか、こいつらは。

奉太郎「……許可くらい取っておけ、次から」

奉太郎「だがそれのせいで、お前らも気付かなかったんだろうな」

える「は、早く教えてください! 気になって仕方がありません!」

奉太郎「わ、分かったから落ち着け、それと少し離れろ」

千反田が少し距離を取るのを見て、俺が話を始める。

奉太郎「結論から言うぞ」

奉太郎「そのDVDには、話が3本入っていたんだ」

361: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:12:23.19 ID:9ri033Qy0
える「3本……ですか?」

奉太郎「そうだ、だから千反田達が見た内容が違っていた」

える「でも、でもですよ」

える「3本話があったとしますね」

える「わかり辛いのでA,B,Cとしますと」

奉太郎「千反田が言いたいのはこういう事だな」

千反田 A→B→?

伊原 A→B→?

える「そうです!」

える「でもこれですと、私と摩耶花さんが見ているお話が違うのはおかしくないですか?」

奉太郎「ああ、そうだな」

摩耶花「……そうだなって、まさかまた私とちーちゃんが見たものは受け取り方が違ったとか言うんじゃないでしょうね」

奉太郎「それを言うと後が怖い、だからさっき確認しただろ」

奉太郎「DVDを見た場所について、だ」

362: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:12:56.43 ID:9ri033Qy0
奉太郎「つまりはこういう事だ」

千反田 C→A→?

摩耶花 A→B→?

える「この場合なら、見た内容が違うと言うのも分かります……ですが」

える「どうして話の始まる場所が違っていたんですか?」

奉太郎「同じ場所で見た、というのが原因だ」

奉太郎「一度DVDを抜いていれば、こんな事は起こり得ない」

奉太郎「伊原がA→Bと見た後に巻戻しが行われないまま、千反田がC→Aと見たんだ」

奉太郎「伊原は元から2本しか入っていないと思っていたんだろう? なら巻戻しをしなかったのは説明が付く」

摩耶花「……なるほど!」

える「確かにそれなら……納得です」

363: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:13:30.34 ID:9ri033Qy0
奉太郎「話が3本入っているという結論に至ってからは、千反田の言い方に少し引っ掛けられたがな。 分かれば簡単な事だ」

える「私の、言い方ですか?」

奉太郎「さっきこう言っただろう」

奉太郎「一つはコメディ物のお話で、もう一つはホラー物でしたってな」

奉太郎「一瞬、千反田が最初に見たのがコメディ……つまりAだと思った」

奉太郎「だがそうすると伊原と合わなくなるからな」

奉太郎「最初に見たCがコメディとは考え辛い」

える「なるほど、つまり……」

私 ?→?→?(コメディとホラーは見ている)

摩耶花さん A→B→?(コメディと感動物を見ている)

える「この時点で、Aはコメディだという事が分かるんですね」

奉太郎「そうだ、Bがコメディだと言う事もありえない」

奉太郎「そこから考えられるのは一つしかない」

奉太郎「伊原がまず最初の二つを見て、その後千反田が最後の話と最初の話を見た」

奉太郎「そのせいで、意見に違いが出たんだろう」

364: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:13:57.51 ID:9ri033Qy0
える「さすがです! 折木さん!」

奉太郎「考えれば分かるだろ……DVDのパッケージでも見れば書いてあるだろうしな」

摩耶花「あー、これ……もらい物なんだよね。 中身だけの」

奉太郎(DVDをあげた奴に俺が被害を受けているのを伝えたい)

える「そういう事でしたか、すっきりしました」

える「では、今度は全部見て感想を交換しましょう! 摩耶花さん」

摩耶花「うん、また持ってくるね」

奉太郎「暇な奴らだな、全く」

摩耶花「折木にだけは、それ言われたくない」

奉太郎(その通り、としか言えんな)

すると、ずっとニヤニヤしていた里志が口を開いた。

里志「確かに、分かってみれば簡単な事だったかもね」

里志「それに良かったじゃないか、文集のネタが一つ増えた」

……こんな事を文集にするのか、勘弁して頂きたい。

365: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:14:25.52 ID:9ri033Qy0
奉太郎「こんなつまらん事を文集にしても誰も買わんだろ」

里志「そうかな? 僕は結構楽しめたけど」

える「私も良いと思いました、ありがとうございます」

そんな改まって頭を下げることでも無いだろうに……少し、照れる。

奉太郎(それはそうと)

奉太郎(16時……俺の休みが……)

明日からは、また学校が始まってしまう。

何が楽しくて休日の学校に来なければいけなかったのか……くそ。

それからまた関係の無い話を始める3人を眺め、やはりこれは放課後に済ませられた会話だったと俺は思った。

……やはり、納得がいかんぞ。

第11話
おわり

366: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:15:08.39 ID:9ri033Qy0
以上で第11話、終わりとなります。

続いて第12話を投下致します。

367: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:16:02.31 ID:9ri033Qy0
帰り道、里志が巾着袋をくるくると回しながら話しかけてきた。

里志「いやあ流石だね、ホータロー」

里志「DVDの謎は無事に解決! お見事だったよ」

奉太郎「何がだ、あんなのは誰にでも思い付くだろ」

奉太郎「あれを謎と言ったら、全国のミステリー好きに失礼って物だ」

里志「いやいや、僕なんかじゃとても思いつかないよ」

あ、この感じ……次に恐らく。

里志「データーベースは結論を出せないんだ」

ほら言った。 へえ、そうなんだ。

そんな里志を軽く流すと、朝に姉貴から貰った物を思い出す。

奉太郎「ああ、そういえば」

奉太郎「これ、やるよ」

里志「ん? これは……沖縄旅行?」

奉太郎「姉貴に貰った奴だが、使ってる時間なんて無いだろ、家族とでも行ってくればいい」

里志「気が効くねぇ、ありがたく貰っておくよ」

千反田か伊原にあげてもよかったんだが、高校を一週間近く休むのは結構でかい物があるだろう。

その点、里志は大して気にしなさそうだし、まあ……いいんじゃないだろうか。

368: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:16:40.95 ID:9ri033Qy0
里志は巾着袋にチケットを仕舞うと、そのまま缶コーヒーを取り出す。

奉太郎「よくそんな物を持ち歩いているな」

里志「さっき買ったんだけどね、せめてものお礼だよ」

そう言うと、里志は缶コーヒーを投げ渡してくる。

銘柄を見ると、微糖の文字が見えた。

奉太郎(甘いのは好きじゃないんだがな……)

フタを開け、口に含んだ。

やはり甘い。

奉太郎(不味くは無いし、まあいいか)

そしていつもの交差点に差し掛かった。

ここで里志とは別々の道となる。

そのまま今日は別れると思ったが、里志は立ち止まると俺に顔を向け話しかけてきた。

369: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:17:12.43 ID:9ri033Qy0
里志「ホータロー、今日はどうだった?」

奉太郎「どうって、何が」

里志「前に話した事だよ、楽しい日だったかっていう奴さ」

ああ、あの時の話か。

奉太郎「全く楽しくは無かった、気付けば休日が終わってしまったからな……勿体無いという感情はあるぞ」

里志「あはは、気付けば終わったって事は楽しかったんじゃないのかな?」

奉太郎「俺はとても、そうとは思えん……」

里志「ホータローにもいつか分かる時が来るさ、それじゃあまた明日」

奉太郎「ああ、また明日」

奉太郎(俺にも分かる時が来る、か)

奉太郎(楽しいと思う日もあるにはあるが)

奉太郎(今日は確実に無駄な日だったな……)

370: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:17:49.84 ID:9ri033Qy0
そんな事を考え、コーヒーを飲みながらゆっくりと歩いていると、前から見覚えがある人影が自転車に乗ってきた。

そいつは目の前で止まり、自転車を降りる。

奉太郎「……まだ何か用か、千反田」

える「用事、という程の事ではありません」

える「今日の、お礼を言いに来たんです」

奉太郎(お礼? DVDの事か?)

える「ありがとうございました、折木さん」

奉太郎「なんだ改まって、言いにきたのはそれだけか?」

える「もう一つあります」

える「ペンダント、着けて来てくれたんですね」

奉太郎「ああ、まあな。 折角貰った物だから」

少し恥ずかしくなり、顔を千反田から逸らす。

える「嬉しいです、ありがとうございます」

奉太郎(それだけを言いに来たのか? でも何か、言われるのを待っている?)

これでも一応1年間、千反田えるという人物と過ごしている。

そんな経験が、俺に違和感を与えていた。

何か、何かあったのか? と聞こうとする。

だがそれを聞いたら、今の仲が良い友達という関係が壊れてしまうような、そんな気も同時にする。

371: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:18:29.03 ID:9ri033Qy0
千反田は礼儀正しいが、わざわざ俺の帰り道にまで来て再度礼を言う事など……しない。

それを今やっているという事は、つまりは普通では無いのだ。

千反田はもう言う事が無い筈なのに、俺の方を見つめていた。

奉太郎「……千反田」

俺は、聞いてもいいのだろうか?

しかし、やはり嫌な予感がする。

える「はい」

言わなければ、何があったんだ? と。

だが……

奉太郎「……また明日、学校で」

俺は、口にできなかった。

える「はい、また明日、ですね」

千反田の顔は一瞬悲しそうな表情になったが、すぐにいつも通りに戻っていた。

奉太郎(俺は、間違えたのだろうか? 聞くべきだったんじゃないのか……?)

372: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:18:55.24 ID:9ri033Qy0
~折木家~

リビングには、俺と姉貴が居る。

姉貴なら、分かるかもしれない。

奉太郎「なあ、姉貴」

供恵「んー?」

煎餅をぼりぼりと食べながら、反応があった。

奉太郎「千反田……友達の女子なんだが」

奉太郎「今日帰り道であってな、何か言って欲しそうな雰囲気だったんだ」

奉太郎「なんだと思う?」

供恵「そりゃー、告白じゃないの?」

奉太郎「……真面目に考えてくれ」

供恵「うーん、ふざけているつもりは無かったんだけど」

供恵「それじゃないとなると……何か悩みでもあったんじゃないかな」

373: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:19:21.83 ID:9ri033Qy0
あの千反田に悩み?

とてもそうは見えなかったが……

奉太郎「悩み、か」

供恵「そうそう、人間誰しも悩みの一つや二つ、あるもんよ」

奉太郎「そんな物か、そういう姉貴にはあるのか?」

供恵「ないね」

奉太郎(一つや二つあるんじゃなかったのかよ……)

奉太郎「俺は、そいつにそれを聞いてやれなかったんだ」

奉太郎「聞いたとして、今の関係が壊れそうな気がして……」

供恵「あんま思い悩む事もないでしょ」

奉太郎「……友達、だぞ」

供恵「ほんっと、あんたは無愛想な癖に愛想がいいんだから」

供恵「悩みっていうのはね」

供恵「自分からどうにかしようとしないと、どうにもならないのよ」

供恵「これあたしの経験談ね」

供恵「それで、今あんたが言ってたその子は」

供恵「心のどこかで、自分の抱えている悩みをあんたに聞いて欲しいと思ってたんだと思う」

供恵「でも向こうから言って来なかったって事は、まだ自分から解決しようとしてないのかもね」

374: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:19:52.99 ID:9ri033Qy0
奉太郎「いや、ちょっと待て。 言って来なかったってのは自分で解決しようとしているからじゃないのか?」

奉太郎「だからこそ、言わなかったんじゃないのか」

供恵「その場合もあるわ、だけど今日……その子はあんたに聞いて欲しそうにしてたんでしょ?」

奉太郎「まあ、そうだな」

供恵「だったら簡単じゃない、あんたに頼ろうとしてたのよ」

供恵「奉太郎だったら解決してくれるかもしれない、とか思ってね」

奉太郎「それなら尚更……」

奉太郎「手を差し伸べるべきじゃなかったのか?」

供恵「それは違うね、ちょっと悪い言い方になっちゃうけど」

見事に即答、だな。

供恵「その子は、奉太郎に甘えようとしてたんじゃないかな」

甘えようと?

確か前に、千反田はその様なことを言っていた気がする。

……そういう事か。

375: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:20:21.20 ID:9ri033Qy0
奉太郎「それでも、いいんじゃないのか」

供恵「それはダメ」

供恵「それはその子にとっても、奉太郎にとっても決していい方には転ばない」

供恵「あんた、意外と優しいからね」

供恵「でも向こうが相談してくるまで待つって言うのも大事よ」

奉太郎「……そんなもんか」

供恵「深くは考えないで、ゆっくり待っていればいいのよ」

そう、か。

そうだな、そうするか。

奉太郎「……分かった、助かったよ」

供恵「じゃあ、はい」

奉太郎「ん? なんだその手は」

供恵「コーヒー淹れて来て。 相談料」

やはり姉貴は、苦手だ。

376: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:20:48.26 ID:9ri033Qy0
~翌朝~

今日はいつもより少しだけ、快適な朝を迎えられた。

昨日の千反田の顔を思い出すと、少し引っかかる物があるが……

ま、爽やかな朝だろう。

姉貴はどうやらまだ寝ている様で、姿が見えない。

一人準備を済ませ、家を出ようとした所で一度振り返る。

奉太郎(ありがとうな、姉貴)

姉貴の部屋に向け、一度頭を下げた。

見られていないから、できる事だ。

奉太郎(さて、行くか)

俺は、この時……また何も変わらない一日が始まると思っていた。

377: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:21:15.46 ID:9ri033Qy0
~学校~

退屈な授業が一つ、また一つと過ぎて行く。

奉太郎(今日は確か、文集の事で集まる予定だったな)

奉太郎(昨日で全部終わったと思っていたが……流石にそんな事はないか)

そんな事を思いながら、午前の授業は終わった。

昼休みになり、他の生徒が思い思いに弁当を広げている時に、意外な奴が教室にやってきた。

摩耶花「折木、ちょっといいかな」

伊原か、一体なんだというのだ。

奉太郎「珍しいな、何か用事か?」

摩耶花「今日の放課後、ちょっと委員会の仕事が入っちゃってね」

なるほど、つまり。

奉太郎「遅れるって事か、俺に言わんでもいいだろう」

摩耶花「ふくちゃんもちーちゃんも見当たらないから、仕方なくあんたの所に来てるのよ」

摩耶花「それくらい察してよね」

奉太郎「そうかそうか、まあ分かった」

という事は、今日の放課後は俺も少し遅れてもいいか。

摩耶花「あんたは遅れないで行きなさいよ、いつも適当なんだから」

と、うまく物事は進まない様だ。

心を見透かされているようで気分が悪いな。

奉太郎「……分かってる、始めからそのつもりだ」

摩耶花「なんか怪しいなぁ、まあそれならいいわ」

摩耶花「しっかりと伝えておいてね」

そう言い残すと、別れの挨拶も満足にしないまま伊原は自分の教室へ帰っていった。

釘を刺されてしまっては仕方ない、放課後は素直に部室に行くことにしよう。

最初は、俺と里志と千反田で話し合うことになりそうだな。

ま、適当にネタを出しておけば問題ないだろう。

さて……そろそろ午後の授業が始まるか。

378: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:21:42.82 ID:9ri033Qy0
~放課後~

ようやく授業が終わった。

この後にもやらなければいけない事があると思うと……憂鬱だ。

だが、遅刻したら後で伊原になんと言われるか……分かった物じゃない。

俺はゆっくりと、部室に向かった。

ゆっくりゆっくりと古典部へ向かっていたら、途中で一度伊原に会い早く歩けと言われてしまう。

全く、今後の学校生活は是非とも伊原を避ける事に力を入れて行きたい物だ。

そんな事を思いながら古典部に着き、部室に入る。

どうやらまだ里志は来ていない様だった。

379: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:22:18.53 ID:9ri033Qy0
奉太郎「千反田だけか」

える「こんにちは、折木さん」

える「摩耶花さんも福部さんもまだ来ていませんね」

奉太郎「ああ、伊原は委員会で少し遅れるとさ」

える「そうですか、では福部さんが来たら文集について始めましょう」

奉太郎「そうだな」

そう言うと会話は終わり、俺は千反田の正面に座ると本を開き目を通す。

10分……20分……30分と時間が過ぎていった。

奉太郎「……遅いな」

える「そうですね……私、探してきましょうか?」

奉太郎「いや、もうちょっと待とう」

しかし、あいつは何をやっているんだか……

える「分かりました、もう少し待ちましょう」

再び俺は本に視線を戻す、だが千反田が何故か俺の方をちらちらと見てきて集中ができない。

380: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:22:57.08 ID:9ri033Qy0
奉太郎「……何か言いたい事でもあるのか?」

える「え……あ、まあ……はい、そうです」

える「少し、お話しませんか?」

奉太郎「……なんの話だ」

える「文集の事です!」

奉太郎「却下だ、里志を待つ」

える「いいじゃないですか、二人でも話は進められます!」

奉太郎「二人より三人の方が効率がいい」

える「……」

静かになったか、やっと。

ちらっと、千反田の方を見た。

奉太郎「うわっ!」

びっくりした。

机から身を乗り出し、俺のすぐ目の前にまで千反田の顔がきていた。

える「真面目にやりましょう、折木さん!」

381: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:23:50.07 ID:9ri033Qy0
奉太郎「わ、わかった、そうだな、話し合いをしよう」

える「はい!」

満足したのか、笑顔の千反田が居る。

やはりこいつと二人は疲れてしまうな。

奉太郎「それで、文集についてだったか?」

える「ええ、そうです」

える「確かに去年より文集にする様な事が無いのは確かです……」

える「ですがそれでも! 書くことはあると思うんです!」

奉太郎「ほう、じゃあその書くことを教えてもらおうか」

える「ええ、昨日の夜考えていたんですが」

える「私達一人一人の視点で、古典部について書くというのはどうでしょう?」

ふむ、少し面白そうではあるな。

一人一人、つまり4人の視点からの古典部という事か。

合間合間に、物凄く不服だが……前のDVDの件等を挟めば読む方も退屈しないかもしれない。

382: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:24:26.00 ID:9ri033Qy0
奉太郎「いい、かもしれない」

奉太郎「ページ数も稼げそうだな」

える「本当ですか、良かったです」

える「……真面目に書いてくださいね、折木さん」

奉太郎「……分かってる、真面目にやるさ」

奉太郎「後は里志と伊原にも話して、最終決定って言った所だな」

える「分かりました、他にもいくつか考えないといけませんが……」

える「それはお二人が来てから、決めましょう」

奉太郎「そうだな」

意外にも話はすぐに終わった。

少し拍子抜けしたが……千反田が出した案が良かったのだから仕方無い。

383: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:24:51.15 ID:9ri033Qy0
奉太郎「ちょっと手洗いに行って来る」

える「はい、分かりました」

俺は首に掛けていたペンダントを机の上に置くと、部屋を出た。

部室から男子トイレは意外と遠く、急げば10分ほどで往復できるが……

俺は生憎急いでいない、15分ほど掛かるだろう。

トイレを済ませ、手を洗っていると何やら遠くから物音が聞こえてきた。

奉太郎(何の音だろうか、何か倒れた音か?)

奉太郎(まあいいか)

手をハンカチで拭きながら、部室へと戻る。

384: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:25:17.79 ID:9ri033Qy0
~古典部~

変わり果てた姿だった。

部屋中の物が散乱している。

奉太郎(さっきの音は……これか?)

椅子は倒れているし、机の周りは足の踏み場もない程だ。

奉太郎(それより、千反田は!?)

部屋の中を見回すが、いない。

襲われて、逃げたのか?

それともどこかに連れて行かれた?

奉太郎(くそっ!)

現在いる場所は特別棟の4F。

このフロアには階段が2つある。

俺はトイレに行っている間、一人も会わなかった。

犯人が使った階段は……恐らく古典部側だろう。

部屋から去り、階段を駆け下りる。

奉太郎(どこだ……!)

385: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:25:43.87 ID:9ri033Qy0
1階降りる度に、廊下に出て辺りを見回す。

そんな事を3回繰り返し、見つけた。

特別棟の1Fに、千反田が居た。

奉太郎「千反田!」

える「あれ? 折木さん、どうしたんですか?」

横には里志も居て、状況がうまく飲み込めない。

里志「ホータロー? どうしたんだいそんな慌てて」

奉太郎「……なんで、ここに、いるんだ……千反田」

途切れ途切れに、聞いた。

える「ええっとですね、福部さんが委員会の仕事で各部長達に用事があったみたいなんです」

える「折木さんが部室から出て行った後に、すぐ福部さんが来られまして」

里志「それでホータローがトイレに行っている間に千反田さんを連れて行ったって訳だね」

386: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:26:09.35 ID:9ri033Qy0
奉太郎「……無事なら……いいんだ、良かった」

俺は一度息を整えると、部室で見た光景を告げた。

奉太郎「……部室が、滅茶苦茶な事になっている」

える「滅茶苦茶とは……?」

奉太郎「見れば分かる、千反田は何か違和感……変な奴をみたりとか、なかったか?」

える「いえ、特には……」

里志「とりあえず、さ」

里志「その滅茶苦茶にされた部室に行ってみよう、じゃないと何が何だか分からないよ」

そう里志の言葉を聞くと、俺を先頭に3人で部室へと向かった。

第12話
おわり

388: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:27:13.94 ID:9ri033Qy0
~古典部~

改めて見ると、部室は酷い有様だ。

里志「これは……酷いね」

える「そんな、こんな事をするなんて……」

二人とも、結構なショックを受けている様だった。

それもそうだ、いつも4人で使っている部屋なのだから……俺が受けたショックも結構な物である。

奉太郎(一体誰がこんな事を……)

しかし、いつまでも呆然とはしていられない。

奉太郎「とりあえず、元に戻そう」

奉太郎「これはあまり見ていたくない」

二人も納得したのか、俺の意見に賛同する。

里志「そうだね、片付けよう」

える「……はい、分かりました」

389: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:27:55.75 ID:9ri033Qy0
そして、俺たちは散らばった物を片付け始めた。

この前買ったばかりのウサギの置物は耳の辺りが折れていて、見ていて辛い。

える「……」

やはり一番ショックを受けているのは千反田で、無言でそれらを片付けていた。

しかし、不幸中の幸い、とでも言えばいいのだろうか?

1冊だけ飾ってあった【氷菓】は無事だった。

他にはガラス等は割られていなく、壊して周った……と言うよりは散らかした、と言った感じだろう。

それでも、見つけ出してやる。

古典部の部室をこんな事にした、犯人を。

ある程度片付けが終わり、全員が席についた。

千反田はさっきまで座っていた席に着き、俺はその正面に座る。

里志は俺の横に座り、顔から笑顔は消えていた。

部室が滅茶苦茶だ、と俺が伝えた時から……里志には元気が無かった。

390: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:28:21.73 ID:9ri033Qy0
俺は千反田と里志に目をやると、ゆっくりと話始める。

奉太郎「誰か、怪しい奴を見たのはいないのか?」

空気は辛いものがあるが……なんとか見つけなくてはいけない。

……古典部の為にも。

それを分かってくれたのか、千反田がゆっくりと口を開いた。

える「……いえ、福部さんと一緒になってから1Fまで歩きましたが……その様な人は居ませんでした」

里志「僕も、この部屋に来るまでに誰にも会ってはいないね」

里志「降りるときは勿論、千反田さんが気付かないで僕が気付くってのは考え辛いよ」

奉太郎「そうか……」

ふと、ある事に気付く。

391: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:28:49.38 ID:9ri033Qy0
気付くと言うよりは、思い出した。

……俺のペンダントは、どこにいった?

辺りを見回すが、見当たらない。

椅子の下、ポケットの中、机の中……

あった。

それは机の中に、置いてあった。

それを取り出し、胸の前でペンダントを開く。

少しの希望を持っていたが……

中身は無惨にも、割られていた。

奉太郎「……くそ」

思わず口から言葉が漏れる。

里志「……ホータロー」

える「人の物をここまでするなんて……酷すぎます」

しかし前ほど、俺は怒ってはいなかった。

何故かは分からないが……前の時は恐らく、千反田が傷付けられた事に怒っていたのだろう。

だが間接的に千反田も、傷付いているかもしれないが。

392: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:29:22.78 ID:9ri033Qy0
奉太郎(……ペンダントが少し濡れているな、中に何か液体でも入っていたのだろうか)

未だにペンダントを見つめる俺に向け、千反田が言った。

える「折木さん、見つけましょう」

える「ペンダントを割った犯人を……部室をこんな事にした犯人を!」

怒って、いるのだろうか?

少し違う……

悲しんでいる?

俺には複雑な感情は分からないが……千反田の意見には同意だ。

こいつがここまで言うのも珍しい。

奉太郎「ああ、そうだな」

奉太郎「何故こんな事をしたのか……理由を聞かなきゃ、気が済まん」

里志「うん……そうだね」

里志「僕も、気になるかな」

3人でそれぞれ顔を見合わせ、決意を固めた。

だが、どこから手をつけていいのか……分からない。

393: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:29:56.99 ID:9ri033Qy0
部屋を沈黙が包んでから10分程だろうか? 伊原が部室にやってきて俺達のいつもと違う空気を察する。

片付けをした、と言っても壊れた物は戻りはしない。

それは伊原も気付いたのか、口を開く。

摩耶花「皆、どうしたの? 何かあったの?」

奉太郎「……ああ、説明する」

事情を説明すると、伊原は怒って犯人を捜しに行くかと思ったが……落ち着いていた。

摩耶花「そう、そんな事が……」

摩耶花「でも、良かったよ……ちーちゃんが無事で」

摩耶花「それと氷菓も、無事だったみたいだね」

本当に、全くその通り。

犯人にとっては恐らく、たかが文集程度の認識だったのだろう。

える「摩耶花さんがくれた絵も……無事です」

それは気付かなかったな、と思い絵の方に顔を向ける。

あれは、まあそこそこ高い位置に飾られている。

犯人もわざわざ何かしようとは思わなかったのだろう。

それでも、破かれなかったのは良かったが。

394: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:30:22.58 ID:9ri033Qy0
奉太郎「不幸中の幸い、って所か」

里志「この状態で一つや二つ無事な物があってもね……」

奉太郎「それでも、全部壊されるよりはマシだ」

伊原も千反田も何か言いたそうにしていたが、俺は少し声を大きくし、言った。

奉太郎「一度、状況を整理しよう」

奉太郎「伊原もまだ理解していない部分もあるだろうしな」

続けて俺は、話をまとめる。

395: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:33:52.51 ID:9ri033Qy0
奉太郎「まず、最初に部室に居たのは千反田と俺だ」

奉太郎「里志と伊原は委員会の仕事で遅れていた」

奉太郎「そして、文集について俺と千反田は少し話をしていたんだ」

奉太郎「区切りが良い所になった時、俺はトイレに行った」

奉太郎「急げば10分ほどで戻れたが……暇だったからな、ゆっくり歩いて15分ほどは掛かったと思う」

摩耶花「あんたゆっくり歩くの好きね……」

奉太郎「好きって訳じゃない、ゆっくり歩いた方が楽だからだ」

伊原の突っ込みに、少しだけ空気が和らいだのを感じた。 感謝しておこう……

こういう時の伊原の存在は意外と侮れない。 空気を変えてくれるのはとてもありがたいものだ。

奉太郎「俺が知ってるのはここまでだ。 千反田、説明頼めるか?」

そこまでしか俺は知らない、千反田に補足を促すとすぐに説明を始めた。

える「ええ、分かりました」

396: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:37:21.05 ID:9ri033Qy0
える「福部さんが部室に来たのは、折木さんが御手洗いに行ってからすぐでした」

える「恐らく4分か5分程……だったと思います」

奉太郎「多く見ておこう、そっちの方がやりやすい」

奉太郎「俺が部屋を出てから里志が来たのは……5分としておく」

奉太郎「すると犯人は、10分の間に犯行を行ったって事か」

10分……意外にも長い。

部屋を荒らし、その場から去る時間を入れても……大丈夫だろう。

える「分かりました。 そしてその後は、福部さんと必要な書類を取りに行く為に特別棟の1Fまで降りて行きました」

摩耶花「その間に変な人は見なかったの?」

それは一度俺が聞いたことだが……一から見直すのもあるし、まあいいだろう。

える「……見かけませんでした、見逃していると考えると……すいません」

奉太郎「お前が謝ることではない。 里志、続き頼めるか?」

そう言うと、里志もすぐに口を開いた。

397: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:38:28.02 ID:9ri033Qy0
里志「僕が千反田さんを呼びに来たのは、委員会で必要な書類があったからだね」

里志「その書類を持ってくれば良かったんだけど……委員室に忘れちゃったんだ」

里志「ちゃんとしていれば、こんな事にはならなかったのかもしれない」

里志「ごめんね、皆」

そう言う里志の顔は、笑顔だったが……とても辛そうに見えた。

こいつは、自分を責めているのだろう。

奉太郎「お前も謝るな。 悪いのは部室を荒らした犯人だろ」

里志「……うん、そうだね」

里志はそう言い、俯く。

その後、流れを分かったのか伊原が自分の行動を口にした。

摩耶花「私はずっと図書室にいたわ」

摩耶花「来る途中にも、怪しい人は居なかった……と思う」

摩耶花「……ちょっと、難しいかもね」

伊原は笑っていたが、里志同様、悲しそうに笑っていた。

奉太郎「……かもな、高校の生徒全員が容疑者となってはな」

何か新しい情報でもあれば、ある程度絞り込めるかもしれないが……

そして再び、伊原が口を開く。

398: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:39:49.46 ID:9ri033Qy0
摩耶花「今日は、文集の事で話し合うなんて雰囲気じゃないよね……さすがに」

摩耶花「一回帰ってさ、また明日仕切りなおさない?」

その言葉に、里志が同意を示す。

里志「僕もそれが良いと思うな」

里志「……ホータローにも期待してるしね」

これは、やらなくてはいけない事だ。

それも……手短に等とは言っていられない程の。

……少し、引っかかることもあるしな。

奉太郎「ああ、何か……思いつきそうなんだ」

嘘ではない、だがすぐに答えがでそうではなかった。

える「分かりました、では今日は解散しましょうか」

それを聞き、里志と伊原が帰り支度を始める。

俺も鞄を持ち、教室を出ようとした所で千反田がまだ座っているのに気付いた。

奉太郎「千反田、帰るぞ」

える「……ええ、分かってます」

える「……すいません、もうちょっとだけ……残ることにします」

千反田は俺の方を見ず、教室全体を見ているよな眼差しでそう言った。

それもそうか、千反田も何か……思う所があるのだろう。

399: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:40:17.20 ID:9ri033Qy0
奉太郎「そうか、気をつけてな」

無理やり引っぱって行く事もできたが……そんな気にはなれなかった。

俺にはそんな権利は、ありはしない。

400: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:41:52.10 ID:9ri033Qy0
~帰り道~

里志「にしても、一体誰がやったんだか……」

摩耶花「そんなに酷い状態だったの?」

里志「そりゃ、ね」

里志「滅茶苦茶にされてたよ、氷菓と摩耶花の絵が無事だったのが不思議なくらいだ」

里志と伊原が会話をしている、だが少し……考えるのには邪魔だった。

悪いと思いつつ、俺は里志と伊原に向け静かにして貰えるよう頼む。

奉太郎「すまん、ちょっと静かにしてもらってもいいか」

奉太郎「少し、考えたいんだ」

それを聞いた里志と伊原は、文句をひと言も言わず口を閉じた。

こいつらのこういう所は、嫌いにはなれない。

401: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:42:17.40 ID:9ri033Qy0
奉太郎(さて、と)

奉太郎(荒らされた部室、割られたペンダント)

奉太郎(10分の時間、部屋に散乱していた物)

奉太郎(千反田の証言、里志の証言)

ダメだ、情報が繋がらない。

奉太郎(くそ、何か足りないのか?)

奉太郎(集められる物は集めた筈だ……何かがおかしい?)

考え方が違うのだろうか。

少し、視点をずらそう。

奉太郎(動機は一体何だったんだ……恨みがある人物?)

奉太郎(そんな奴、居るのだろうか……)

古典部に、恨みがある人物。

つまるところ、俺と千反田と里志と伊原に恨みがある奴……

402: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:42:44.22 ID:9ri033Qy0
居た。

居るじゃないか、一人。

かつて、千反田を騙した奴だ。

奉太郎(そういう、事なのだろうか)

奉太郎「なあ」

里志「ん? 何か思いついたかい?」

奉太郎「今回の、動機はなんだと思う? 犯人の」

里志「動機、ねえ」

摩耶花「決まってるでしょ、何か恨みでもあったんじゃないの?」

やはり、そうか。

里志「うーん、それにしてはぬるかった様な気がするんだけどなぁ」

ぬるかった……氷菓や絵の事を言っているのだろう。

奉太郎「時間がなかったんだ、それは仕方ないだろう」

里志「ま、そうだね」

恨み……か。

403: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:43:14.85 ID:9ri033Qy0
奉太郎(最初から、一連の流れに沿ってみるか)

奉太郎(まずは最初、俺がトイレに行った)

奉太郎(所要時間は10~15分、まあゆっくり行ったから15分掛かったが)

奉太郎(俺が出て5分後に里志が部室を訪ねてきた)

奉太郎(そしてそこから千反田を連れ出す)

奉太郎(この時点で残り時間は10分)

奉太郎(その間に犯行を行ったって事だが……)

奉太郎(犯人はどうやって俺達を監視していたのだろう?)

奉太郎(どこか階段から見ていた……いや、千反田は怪しい人物は見ていないと言っていたな)

奉太郎(廊下の物陰……? これは無いだろう、隠れられる場所が無い)

奉太郎(後は……部室の、中?)

俺が一度出した答えは、恐ろしいものだった。

奉太郎(部室を思い出せ……)

奉太郎(あそこには、何があった……?)

奉太郎(まさか)

404: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:43:52.69 ID:9ri033Qy0
そこには……部室には、人が一人隠れられそうなロッカーがある。

奉太郎(俺と千反田が部屋から出て行った後に、犯人は部屋に入ってきた)

奉太郎(そして次に、部屋を荒らした後……ロッカーに隠れた)

これが、答えなのか?

そして、思い出す。 千反田の居場所を。

そいつが部室にまだいる可能性は? ありえなくは、無い。

奉太郎(待てよ、千反田はまだ部室にいる筈だ)

奉太郎(だとすると------)

奉太郎「里志! 伊原! 忘れ物をした!」

奉太郎「先に帰っててくれ!」

里志「……ホータロー、何かに気付いたみたいだね」

摩耶花「私達も行った方がいいんじゃない? 本当にそうだとしたら危ないわよ」

奉太郎「いや、大丈夫だ」

奉太郎「後で連絡はする、頼むから帰ってくれ」

里志「……分かった、後で連絡待ってるよ」

奉太郎「ああ、すまんな」

405: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:44:22.33 ID:9ri033Qy0
そう告げると、俺は学校へと戻る。

大分歩いてきてしまった……学校までは、20分程か?

奉太郎(20分……もう一度、整理しよう)

奉太郎(犯人はC組の奴なのか……?)

俺は走りながら、必死に頭を働かせる。

全ての視点から物事を見直す。

おかしな所は無いか?

全て、筋が通っているか?

走りながら、必死に考える。

……学校が見えてきた。

俺は、学校に着くのとほぼ同時に……

一つの結論に辿り着いた。

406: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:44:52.85 ID:9ri033Qy0
~古典部前~

奉太郎「……はぁ……はぁ」

こんなに全力で走ったのはいつくらいだろうか。

マラソンの時は大分手を抜いて走っていたからな……生まれて初めてかもしれない。

奉太郎(間に合った……だろうか?)

ドアをゆっくりと開ける。

……間違いない、大丈夫だ。

奉太郎「……今回の事を全ての視点から見つめなおした」

奉太郎「そして、全ての証拠に繋がる奴が一人、居る」

奉太郎「今回の部室荒らし、それはお前にしかできなかったんだよ」

奉太郎「いや……お前で無ければ矛盾が出るんだ」

奉太郎「お前以外には、ありえない」

407: ◆Oe72InN3/k 2012/09/15(土) 14:45:34.22 ID:9ri033Qy0











                       「そうだな? 千反田」











第13話
おわり

417: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:17:49.59 ID:CPK7BhnA0
違うと言って欲しかった。

折木さんの推理は間違っていますよ、と。

しかし。

える「さすがです、折木さん」

千反田が発した言葉は、自分のした事……千反田がした事を認める物だった。

奉太郎「……どうして、こんな事をしたんだ」

える「動機、ですか」

える「それを言う前に、ちょっと気になる事があるんです」

える「どうして折木さんは、私が犯人だと思ったんですか?」

奉太郎「どうでもいいだろ……そんな事」

これ以上、言いたく無かった。

理由は確かにある。

だがそれを言えば千反田が犯人だと言うような物で……言えなかった。

418: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:18:18.74 ID:CPK7BhnA0
える「ダメです、折木さん」

える「私、気になるんです」

いつもより弱々しく、千反田はそう言った。

える「正直に言います、ここまで早く見抜かれるとは思っていませんでした」

える「理由を、教えてください」

言うしか、ないのだろうか。

奉太郎「……分かった、だが」

奉太郎「説明が終わったら動機を話してもらうぞ」

える「ええ、分かりました」

……仕方ない、やるか。

419: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:20:01.04 ID:CPK7BhnA0
奉太郎「まず、時間の問題だ」

える「時間? 10分のですか?」

奉太郎「ああ、まずはそこが間違いだった」

奉太郎「古典部の部室から男子トイレまで行くのに掛かる時間は、古典部の部員ならまず知っている」

奉太郎「ゆっくり行けば15分……【急いでいけば10分】ってな」

える「ええ、そうですね」

奉太郎「犯人側の視点に立ってみろ、わざわざ時間を多く見積もって犯行をする奴がいるか?」

奉太郎「そんな事をするのは余程呑気な奴くらいだろう」

奉太郎「つまり、犯人が実際に犯行を行えた時間は【5分】だ」

える「……5分、ですか」

奉太郎「とても短すぎる、見つかるリスクも高すぎるんだ」

奉太郎「そんな中、犯行を行う奴は居ない」

奉太郎「時間が5分、余分にあったお前以外にはな」

420: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:20:55.78 ID:CPK7BhnA0
える「……なるほど、確かにそうですね」

える「でも私は福部さんの証言によってアリバイがあるんです」

える「それはどうお考えで?」

奉太郎「里志の事か、あれはお前にとって予想外だったんじゃないか?」

奉太郎「10分の時間があったお前にも、里志が来るという予期せぬ事態によって犯行時間は5分となってしまった」

奉太郎「そして、里志は見てしまったんだよ。 お前が部室を荒らす姿を」

える「……」

奉太郎「これはお前にとって不運な出来事だった、しかし同時にアリバイを作る事ができるチャンスでもあった」

奉太郎「里志を共犯にする事によって、な」

える「……福部さんはそれを認めないと思いますよ、証拠がありません」

421: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:21:29.14 ID:CPK7BhnA0
奉太郎「俺は記憶力がいい方ではないが、不自然な言葉ははっきりと覚えている」

奉太郎「あいつはこう言った」

【それでホータローがトイレに行っている間に千反田さんを連れて行ったって訳だね】

奉太郎「ってな、俺が特別棟の1Fに行ってお前らに状況を知らせた時だ」

奉太郎「何故、里志は俺がトイレに行っていた事を知っていたんだ?」

奉太郎「ただ部室から千反田を連れて行っただけなのに、お前はわざわざそんな会話をしたのか?」

える「……」

奉太郎「恐らく、こんな会話があったんだろう」

422: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:22:00.80 ID:CPK7BhnA0
~~~
える「ふく……べさん……?」

里志「ち、千反田さん? 何をしているんだい!? ……何か、あったの?」

える「……すいません、理由は言えないんです」

える「本当に申し訳ありません、少し……協力して頂けませんか」

える「折木さんは今お手洗いに行っています、今ならまだ、大丈夫です」

~~~

423: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:22:26.48 ID:CPK7BhnA0
奉太郎「まあ、こんな感じだろう」

奉太郎「大雑把にだが、この様な会話があったと俺は推測している」

奉太郎「……何故、里志が協力したのかは分からないがな」

える「……分かりました、それは認めます」

当らない方が、よかった。

える「でも、ですよ」

える「それだけで私が犯人、というのは少し難しいと思うんです」

える「今のは全て折木さんの推測、あくまでも確実な証拠とは言えません」

える「他に、理由はあったんですか?」

424: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:22:58.92 ID:CPK7BhnA0
まだ、まだやるのか。

これ以上、お前が犯人だなんて真似……くそ。

奉太郎「……分かった、話を続ける」

奉太郎「次に不審な点は、部室を片付け終わった後だ」

奉太郎「具体的には、お前から貰ったペンダントを俺が見つけた時だな」

える「あの時、ですか」

奉太郎「千反田は記憶力が良かったな、会話を思い出してみろ」

える「……」

千反田は首を傾げ、回想をしている様子に見えた。

える「特に変な所は無いと思いますが……」

奉太郎「あるんだよ、少し待ってろ」

そう言うと、俺は覚えている限りの会話をメモに取り、机の上に置いた。

425: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:23:25.19 ID:CPK7BhnA0
~~~
奉太郎「……くそ」

里志「……ホータロー」

える「人の物をここまでするなんて……酷すぎます」

える「折木さん、見つけましょう」

える「ペンダントを割った犯人を……部室をこんな事にした犯人を!」

~~~

426: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:24:01.05 ID:CPK7BhnA0
える「普通、ではないですか?」

奉太郎「ああ、そうかもしれない」

える「……真面目にやってます?」

奉太郎「ふざけてこんな真似……俺はしない」

える「……そうですか、ではどの様な不審な点が?」

奉太郎「確かに会話だけでは不審ではない」

える「会話だけでは? どういう意味でしょうか」

奉太郎「状況によって、変わるんだよ」

える「状況……ですか」

奉太郎「つまり、俺とお前の位置関係だ」

奉太郎「あの時俺は【千反田の正面に座っていた】そして【ペンダントは胸の辺りで開いた】んだ」

奉太郎「千反田の視点からでは、見える訳が無いんだよ」

奉太郎「ペンダントがどういう状態になっていた、なんてな」

える「……!」

奉太郎「それが分かるのは、お前がペンダントを割ったからだ」

奉太郎「……間違いないな?」

427: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:24:29.68 ID:CPK7BhnA0
える「……やっぱり、凄いですよ、折木さんは」

える「ですが、ですがですね」

える「……ペンダントに被害を受けたんですよね?」

える「それがどのような状態かは、ある程度予想はできる筈です」

える「その証拠も、決定的とは言えませんよ」

奉太郎「……もう、やめにしないか」

なんで……

俺は友達を。

好きな奴を犯人にしなければいけないのか。

……

える「まだ、ダメです」

える「納得させてください、折木さん」

える「気になるんです、私」

奉太郎「……」

428: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:25:22.06 ID:CPK7BhnA0
奉太郎「……これが最後だ」

奉太郎「推理に、感情は入れてはいけない」

奉太郎「けど、俺にはどうしても引っ掛かる事があったんだ」

奉太郎「……無事だった氷菓と、伊原の絵だ」

える「……氷菓と、絵」

奉太郎「氷菓は窓際に飾ってある、とても大切な物のようにな」

奉太郎「ただ荒らすのが目的の犯人だったとしたら、氷菓が無事というのはあり得ない事なんだ」

奉太郎「仮に俺が【自分とは全く無関係の場所】で部屋を荒らすとしよう」

奉太郎「そこにはとても大切そうに飾ってある文集が置いてあった」

奉太郎「……当然、その文集は破り捨てるなり……する筈だ」

奉太郎「犯人には手を出せない理由があった、それは自分にとっても大切な物だったからなんだ」

奉太郎「伊原の絵も同様、大切な物だったんだよ」

奉太郎「……お前にとってな、千反田」

429: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:25:54.93 ID:CPK7BhnA0
える「……そう、でしたか」

奉太郎「俺は、それに気付いたとき少しだけ安心した」

奉太郎「千反田はやっぱり、千反田なんだなってな」

奉太郎「お前自信の優しさは、隠せなかった」

える「……お見事です、折木さん」

える「もう一度、認めます」

える「今回の部室荒らし、犯人は私です」

える「大正解……ですね」

なんで、こんな事になってしまったんだ。

どうして千反田を責めなければ、いけないんだ。

奉太郎「答えてくれるんだろうな、部室を荒らした理由」

える「ええ、約束ですからね」

える「……お話します、理由は一つです」

430: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:26:26.46 ID:CPK7BhnA0




える「私は、折木さんに嫌われたかったんです」




奉太郎「……俺に、嫌われたかった?」

える「ええ、折木さんならきっと……私が犯人だと気付いてくれると思っていました」

える「福部さんを巻き込んでしまったのは申し訳ありません、福部さんは責めないでください」

つまり、ここまで千反田の予想通り……という訳なのか。

奉太郎「……俺に嫌われたかった理由は、なんだ」

える「……それは、お答えできません」

える「でもいつか、話せる時が来るかもしれないです」

431: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:27:11.48 ID:CPK7BhnA0
なあ、千反田。

お前の言葉を聞いて、俺は確信した。

お前は俺に嫌われたくなんて、無かったんだなって。

だって、そうじゃなければ【いつか話せる時が】なんて言う訳ないじゃないか。

俺に嫌われてしまえば、その機会さえ無くなるのだから。

奉太郎「……そうか、一つ聞きたい事がある」

える「はい? なんでしょうか」

奉太郎「お前は本当に、心の底から俺に嫌われたいと思っていたのか?」

える「っ!……」

明らかに、千反田がうろたえた。

それは既に、俺の質問に対する答えであったのだろう。

奉太郎「……俺がお前の事を嫌うなんて事は、絶対に無い」

奉太郎「例えその嫌われたくなった理由を教えてもらってもな」

える「それは、残念です」

える「……私の作戦は最初から失敗だったって事ですね」

千反田は笑いながら、俺に言ってきた。

432: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:27:46.74 ID:CPK7BhnA0
奉太郎「そうなるな」

える「……折木さん」

える「まだ、ありますね……何か」

……こいつは、どこまで鋭いんだ?

奉太郎「お前は、やっぱり千反田なんだな」

こいつの観察力は、俺もよく知っている。

それが……千反田えるという奴だ。

奉太郎「……もう一つだけ、理由がある」

える「教えてください、全部」

奉太郎「これが本当に最後だ、お前が俺に嫌われたいと思っていなかった理由、だな」

奉太郎「俺の割られたペンダント、濡れていたんだよ」

える「……濡れていた?」

433: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:29:23.89 ID:CPK7BhnA0
奉太郎「ああ、最初は割られた拍子に水か何かが出たのかと思っていた」

える「違うんですか?」

奉太郎「違う、一度拭いたらもう濡れたりはしなかった」

奉太郎「俺は、人の変化に気付きづらい」

奉太郎「だから特別棟の1Fでお前に会ったときも、気付かなかった」

奉太郎「こうして正面から話し合って、ようやく気付いたよ」

奉太郎「……お前の眼が、赤くなってることにな」

奉太郎「ペンダントが濡れた原因は、千反田が泣いていたからだ」

434: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:29:51.62 ID:CPK7BhnA0
える「ふふ、そこまで分かっちゃうんですね」

える「……やっぱり、私には完全犯罪は無理みたいです」

える「折木さんに探られては、どうしてもばれてしまいます」

える「……すごいですよ、本当に」

える「なんでも分かっちゃうんですね、折木さんには」

奉太郎「今回は、今回ばかりは」

奉太郎「知りたくなかった、けどな」

える「そうです……か。 本当に、私の心の中まで推理されるとは思っていませんでしたよ」

奉太郎「……一年も一緒に居たんだ、そのくらい分かって当然だ」

435: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:31:50.04 ID:CPK7BhnA0
千反田の顔に、変化があった。

下唇を噛み、何かを堪えていた。

える「わたし……やっぱり、だめですね」

える「決めたのに、自分で決めたのに」

える「やっぱり……おれきさんには……」

える「さっきまで、おれきさんと……話す前まで、決めていたのに……」

える「おれきさんと、話していたら、……揺らいでしまいます」

える「……わたし、きらわれたく、ない……です」

3度目、くらいだろうか。

千反田の泣き顔を見たのは。

俺は、千反田に近づき、肩を掴み。

奉太郎「前にも言っただろ、俺はお前の味方だ……嫌いになんて、ならない」

千反田を、抱きしめた。

436: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:32:23.47 ID:CPK7BhnA0
える「すいません……ひっぐ……私、とんでもない事を……うっ…」

える「おれきさんに……ううっ……嫌われたほうが……よかったかもしれません……っ」

える「……ごめんなさい……ごめんなさい……」

奉太郎「すまんな、お前の気持ちに気付けなくて」

奉太郎「今回の事は伊原には黙っておく、それがあいつの為にもいいだろ」

奉太郎「もし、さっき言ってた理由を俺に話せるときが来たら、絶対に話してくれ」

奉太郎「俺は、千反田の味方だから」

小さく、千反田が頷いた。

437: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:33:53.24 ID:CPK7BhnA0
これで、千反田の方は無事に終わった。

……里志の方にも、聞きたい事がある。

奉太郎(まあ、とりあえずは後回しだ)

どうなるかと思ったが……千反田の優しさが行動に出ていた事もあり、俺はそこまで危惧していなかったのかもしれない。

、、、それから1時間程、千反田を抱きしめていたのだが……

える「あの、折木さん……ちょっと恥ずかしいです」

奉太郎「う……あ、す、すまん」

急いで千反田から俺は離れた。

える「ふふ……冗談です、ありがとうございます」

奉太郎「あ、ああ」

千反田は元気が戻った様だ。

438: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:34:21.10 ID:CPK7BhnA0
える「帰りましょうか、もう暗くなっちゃってます」

奉太郎「……そうだな、家まで送って行く」

える「い、いえ。 大丈夫ですよ」

奉太郎「いや、送って行くよ……心配だからな」

える「……では、お願いします」

本音を言うと、もう少し……千反田と一緒に居たかった。

勿論口には出せないが。

439: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:36:42.97 ID:CPK7BhnA0
~帰り道~

える「……やはり、今回の事は私が馬鹿でした」

える「もっと他に、方法があったと思います……」

奉太郎「その話はもう終わりだ。 それとな」

奉太郎「他の方法は絶対にやめてくれ、疲れる」

える「……そうですね、ふふ」

える「折木さんの頼みなら、もうしません」

える「折木さんには、どう頑張っても嫌われないと……分かっちゃいましたから」

奉太郎「……ああ」

える「あ、後ですね」

える「その……一つだけ、いいでしょうか?」

奉太郎「ん、どうした」

える「折木さんは……私の事、どう思っていますか?」

440: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:38:16.96 ID:CPK7BhnA0
どう、思っているって。

それはつまり、そういう事なのか。

なんて答えればいい? というか答えていいのか、これ。

というか急だな、どうすればいいんだ。

まずいな、焦ってるぞ俺。

奉太郎「ち、千反田の、事か」

落ち着けよ、落ち着け。

奉太郎「凄く、真面目な奴だと思う」

別に変な事を言う訳じゃない。

奉太郎「優しい奴だし、純粋でもある」

ただ思っている事を、言えばいいだけ。

奉太郎「それに、その……可愛い」

奉太郎「じゃなくて、綺麗」

奉太郎「……いや、すまん」

441: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:39:51.84 ID:CPK7BhnA0
ああ、馬鹿か俺。

これが、穴でもあったら入りたいという状況か。

……あまり嬉しくは無い、学習の仕方だったな。

える「え、え、あの……それって、折木さん……」

奉太郎「いや、いやなんでもない。 忘れてくれると……助かる」

俺がそう伝えると千反田はニコッと笑い、答えた。

える「だ、だめです。 忘れられません」

える「私も、折木さんの事は……その」

える「……すいません、まだ、ダメみたいです」

奉太郎「べ、別に……いいさ」

内心ちょっと、悲しかったが……まあ、仕方ないのか。 でもなぁ……。

える「あの、今度……今度はちゃんと、言ってくれると嬉しい……かもです」

える「今は、まだダメなんです。 でもいつか、お願いします」

奉太郎「……却下だな」

442: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:40:35.12 ID:CPK7BhnA0
える「え、そんな……」

奉太郎「……冗談だ」

える「酷いです! 折木さん!」

千反田が膨れ顔で数歩先に進んで行く。

奉太郎「すまんすまん、分かった。 その時まで……待ってる」

その時というのは、千反田が俺に嫌われたかった理由を話してくれる時、だろう。

える「……はい、お願いします」

振り返り、そう言う千反田の笑顔は……とても綺麗だった。

そしてまた、千反田の家に向かい歩き出す。

奉太郎(しかし、意識し出すと妙に恥ずかしいな……それは千反田も一緒か)

える「お、折木さん。 何か喋ってくださいよ」

奉太郎「……喋ることが特に無い、無駄な事はしたくないんだ」

443: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:42:10.80 ID:CPK7BhnA0
える「……じゃあ今日、私の所に来てくれたのは無駄な事ではなかったんですね」

える「それと、私を家まで送ってくれたのも、ですね」

奉太郎「そ、それは」

やはり、駄目だ。

千反田と居るとどうにも調子が狂ってしまう。

奉太郎「まあ……そうなるな」

える「ふふ、ありがとうございます」

奉太郎「千反田と居ると、省エネが捗らん……」

える「もう、折木さんそればっかりじゃないですか」

444: ◆Oe72InN3/k 2012/09/16(日) 23:42:42.31 ID:CPK7BhnA0
える「頭を動かすのも、体も動かすのも、悪くないですよ」

奉太郎「ううむ……たまには、そう思う事もある」

える「なら良かったです」

える「ではまた、気になる事があったら折木さんに相談させてもらいますね!」

奉太郎「……ああ、引き受けてやる」

える「え、あ、ありがとうございます」

俺が素直に言ったのが、そんなに意外だったのだろうか……

奉太郎(ま、いいか。 やらなければいけないことなら手短に、だ)

奉太郎(今日はもう一つ、やらなくてはいけないことがあるけどな……面倒だ)


第14話
おわり

451: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 03:01:58.02 ID:E5Os0heU0
~月曜日~

える「折木さん、昨日の推理もお見事でしたね!」

奉太郎「ふ、普通だろ。 あのくらいなら」

える「そんな事ありません! 折木さんだからこそ出来た事だと思います!」

奉太郎「わ、分かったからちょっと離れてくれ!」

える「あ、す、すいません!」

える(●●はちょろいですね……)

奉太郎「全く、その顔を近くにするのはなんとかならんのか……」

える「ごめんなさい、悪い癖だとは思うのですが……」

奉太郎「ま、まあいいさ。 ……悪い気はせんしな」

える「え? すいません、最後の方が聞こえなかったのですが……」

奉太郎「い、いや! なんでもない、気にするな」

える「そうですか……気になります」

える(聞こえた聞こえた、もう少しで落とせそうですね)

奉太郎「か、簡便してくれ」

452: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 03:02:25.62 ID:E5Os0heU0
~火曜日~

える「今日は少し、暑いですね……」

奉太郎「ああ、そうだな……」

える「汗でべたべたしてしまいます……」

奉太郎「そ、そうか。 それは……大変だなぁ」

える「折木さん、どうしたんですか? 顔が赤いですよ?」

奉太郎「な、なんでもない! 気にするな!」

える「いえ、汗もかいてますし……大丈夫ですか?」ピトッ

奉太郎「ば! 額と額をくっつけるな!!」

える「え、ご、ごめんなさい……折木さんの顔色が悪かった物ですから……」

える(目が泳いでますね……あと一押しでしょうか?)

える「では、手で……失礼します」

奉太郎「さ、触るんだったらおでこを触れ! 体中を触るな!」

える「あ、ごめんなさい……迷惑でした……よね」

奉太郎「い、いや……そういう訳じゃ……」

える「では! 触ってもいいでしょうか?」

奉太郎「あ、う……だ、だめだ!」

奉太郎「きょ、今日はもう帰る」

える(意外としぶといですね……)

453: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 03:02:53.11 ID:E5Os0heU0
~水曜日~

える「今日は何をしましょうか! 折木さん!」

奉太郎「別に何もしなくていいだろう、特にする事がある訳でも無いし」

える「いいえ! それはいけません!」

える「折木さん、ちょっと後ろを向いてください」

奉太郎「後ろを? まあいいが……」

える「……私は誰でしょうか?」ピタッ

える(耳元で……そっと囁く……これでいけるはずです)

奉太郎「……ち、千反田」

える「正解です! さすがは折木さんですね!」

える(耳元に息をふーっと、どうでしょうか)

奉太郎「ひゃ! な、何をするんだ!」

える「折木さん、変な声が出てますよ……どうかしましたか?」

奉太郎「お、お前がそんな事をするからだろうが!」

える「そんな事……ちょっと分からないです」

える「私、何かしましたか?」

奉太郎「な、なんでもない。 忘れてくれ」

える「変な折木さんですね……」

奉太郎「あ、ああ。 今日はちょっと体調が悪いから……帰る事にする」

える(ガードが固いですね、明日はもうちょっと大胆に攻めてみましょう)

454: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 03:03:19.71 ID:E5Os0heU0
~木曜日~

奉太郎「……」

える(小説に集中して私には気付いていないみたいですね……チャンスです)

える「おーれっきさん!」

奉太郎「わっ! な、なんだ千反田、いきなり抱きつくな!」

える「えへへ……折木さん暖かいです」

奉太郎「は……離れろ馬鹿! 誰かに見られたらどうするんだ!」

える「……見られても、いいですよ」

奉太郎「ち、千反田? それってつまり……」

える「折木さんに抱きついてる所を、見られても……私は構わないと言ったんです」

奉太郎「……」ゴクリ

える「……折木さんは……嫌なんですか?」

奉太郎「お、俺は……」

里志「やー! 今日もいい天気だねー! って……ホータロー!?」

える(ちっ)

える「……冗談です、折木さん」

奉太郎「そ、そうか……」

里志「え? 何をしてたの!? 今、千反田さんがホータローに抱き付いていた様な……」

える「気のせいです」

里志「で、でも確かに」

える「福部さん、私は気のせいですと言いました」

える「そうですよね?」

里志「あ、あはは……そうだね、気のせいだ」

える(少しくらい、空気を読めるようにならないんですかね……)

える(明日で今週は最終日……もうこうなってしまっては仕方が無いです。 最後の手を使いましょう)

455: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 03:04:04.08 ID:E5Os0heU0
~金曜日~

奉太郎「……それで、話ってなんだ? 千反田」

える「あ、あのですね……」

える「実は、私」

奉太郎「ま、待て。 お前が言うのはもしかして……」

える「や、やめてください! 恥ずかしいんですから……」

える「……折木さんの、予想通りだと……思います」

奉太郎「そ、そうか。 こういうのって俺の方から言うべきではないのか……?」

える「ム、ムードが大事なんですよ! 私が言いたいので、言わせてください……」

奉太郎「……すまん、こういうのは慣れていなくて……」

える「大丈夫ですよ、そういう所も……好きなんです」

奉太郎「……」

える「私! 好きです! 折木さんの事が!」

える「いつも変な事をしてすいません……そのくらい、大好きだったんです」

奉太郎「……俺も」

奉太郎「俺も好きだ、千反田」

える「は、はい!」

奉太郎「千反田……」チュ

奉太郎(●●はちょろいな……)


おわり

466: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 18:52:40.35 ID:E5Os0heU0
数回のコール音の後、電話は繋がった。

里志「……もしもし、ホータローかい?」

奉太郎「ああ、用事は……言わなくても分かるか」

里志「うん、今日の部室荒らしの事だよね」

奉太郎「そうだ、単刀直入に聞くぞ」

奉太郎「何故、千反田に協力した?」

そう、里志は千反田の部室荒らしに協力をしていた。

里志とは長い間付き合いがあるが……今回、何故千反田に協力をしたのか? それは俺にも分からなかった。

こいつは適当にやっている様に見えて、根は真面目でもある。

そんな里志が部室の物を散乱させている千反田を見て、何を言ったのか? 何を思ったのか? それを聞かずには今回の事を終わらせたく無かった。

里志「今日、僕がどんな風に動いたか……初めから説明した方がよさそうだね」

里志「言いたい事はあると思うけど、最後まで聞いてくれると助かるよ」

里志「僕は……委員会の事で千反田さんに用があったんだ。 そこはホータローも知っているね」

里志「今日、僕は……」

467: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 18:53:46.30 ID:E5Os0heU0
~~~

さて、厄介な事になってしまったよ……なんでわざわざ部長達に呼びかけをしにいかなければならないのか。

初めから書類を回しておけばこんな事にはならなかったのに、まあ……他の人を責める訳にもいかないかな。 この件は他人任せにしていた僕の責任でもあるしね。

里志「と言っても、部活の数が半端じゃないからなぁ……」

里志「とりあえずは、古典部から行こうかな」

今日は確か、文集の事で集まる予定になっていた。

昼休みに委員会の仕事があった事をホータロー達に伝えておきたかったんだけど……急な事だったせいで伝える暇が無かった。

過ぎたことは仕方ない、部室に行けば二人は居るだろうし……その時にでも説明しよう。

特別棟に入り、僕は古典部の部室へと向かった。

丁度、4Fの廊下に着いたところで何やら危なげな音が聞こえてくる。

里志「古典部の方から聞こえてくる? 何の音だろう?」

古典部の前に着き、音がやはりこの中から聞こえてきているのをしっかりと確認した。

ドアをゆっくりと開ける、何をしているんだろう?

僕がその時見たのは、確かホータローがいつの間にか着ける様になっていたペンダントを……

床に叩き付けている、千反田さんの姿だった。

468: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 18:54:24.88 ID:E5Os0heU0
里志「千反田さん!? 何をしているんだ!?」

える「ふ、福部さん? どうしてここに……」

どうして、という事は……千反田さんは今日、僕が委員会で遅れるのを知っていたのだろう。

つまり、千反田さんにとってこれは見られてはいけない事だ。

里志「なんでそんな事をしているんだ! 何か……ホータローとあったのかい?」

える「……いえ、そういう訳では無いです」

里志「じゃあ、なんで……」

える「……折木さんに、嫌われなければ……ならないんです」

里志「……全く言ってる意味が分からないよ、千反田さん」

える「すいません、でも……どうしてもなんです」

ホータローに嫌われたかった……?

僕から見たら、千反田さんとホータローはとても仲が良い様に見えていた。

ひょっとしたら付き合ってるんじゃないか? とも思った程に。

そんな千反田さんが、どうして? 分からない、僕はホータローほど頭の回転は良くは無い。

それでも……ホータローが何かした。 という事では無いらしい。 千反田さんの言葉からそれは分かった。

える「……福部さん、これを皆さんに言うのは……福部さんの自由です」

える「でも私は、私にはこの方法しかなかったんです」

える「これが……一番良い方法だったんです」

里志「さっぱり分からないね、これが良い方法だなんて……とても思えないよ」

える「そう……ですよね。 すいません」

469: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 18:54:52.15 ID:E5Os0heU0
いつもの千反田さんと、雰囲気が違った。

とても悲しそうに見えた、千反田さんは自分でも……こんな方法は取りたく無かったのかもしれない。

これでは駄目だ、なんとか……うまく終わらせたい。

千反田さんは何か考えがあり、こんな事をしたのだろう。 つまり……今のままホータローにばれるよりかはマシかもしれない。

それに僕はホータローを信じている、きっと千反田さんを助けてくれる。 僕には考え付かないけど……ホータローならもしかすると。

里志「……分かったよ、千反田さん」

里志「委員会の仕事でね、各部長達に用事があって来たんだ」

里志「悪いけど、付いて来て貰えるかな? 総務委員会の仕事なんだ」

える「……すいません、福部さん。 ありがとうございます」

僕が協力するのを、千反田さんは理解したのだろう。 礼儀正しく頭を下げると真っ直ぐと僕の方を見ていた。

やっぱり、とても普通の理由ではこんな事をする人ではない。 何か……あったのかな。

える「行きましょう、福部さん」

える「あまり、時間もありません」

~~~

470: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 18:55:24.14 ID:E5Os0heU0
里志「と、言う事だよ」

要するに……里志は今、この状況を分かっていたのか。

俺が千反田をなんとかして、里志に連絡を取るまでの事を。

千反田といい、里志といい、予測されるのはあまり良い気分では無いぞ……

奉太郎「……そうか」

里志「何か言いたい事があったら、好きなだけ言ってくれると助かるよ」

里志「言うだけで満足できないなら、好きなだけ殴るといい」

奉太郎「……いや、やめておく」

奉太郎「面倒なのは嫌いだ、特に言う事はない」

里志「……そうかい、悪かったね。 ホータロー」

奉太郎「終わり良ければ全て良しって事だ。 まだ終わりが良かったのかは分からんがな……」

里志「うん、そうだね。 ああ、それとホータロー」

里志「一つ千反田さんは、嘘を付いていたよ」

471: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 18:55:51.11 ID:E5Os0heU0
奉太郎「……嘘? 内容を教えてくれるか」

里志「千反田さんは、僕が来たのをホータローがトイレに行ってから5分と言っていたよね」

里志「それが嘘なんだよ、本当に僕が来た時間は」

里志「ホータローがトイレに行ってから【1分後】だったんだ」

奉太郎「1分後? その嘘に意味があるようには思えないんだが……」

里志「僕もそう思ったさ、まあ自分の感情を必死に抑えて部室を荒らしていたのだろうし……時間感覚が狂っていたのかもね」

そう、だろうか? あの千反田がそんなミスをするとは思えない。

千反田が部室を荒らしている最中に俺が戻ってきてしまったら全て終わってしまうのだから、時間を気にしていなかった筈が無い。

千反田の目的は……今日の放課後、俺と二人で話す事だった筈だ。 もっとも最初の予定では俺がどこかに呼び出すというのを予想していただろう。

それは千反田の「ここまで早く気付かれるとは思わなかった」という言葉に繋がる。

つまり……どういう事だ。 どうも引っかかる、何故そこで嘘を付く必要があった?

里志と千反田の会話を思い出せ、そこに何かある筈だ……

不自然な点が……

472: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 18:56:18.69 ID:E5Os0heU0
あった。

そういう事か、だとすると……あの言葉の真意は何だったのか。

それはつまり……俺に嫌われたかった理由と直結する物だろう。 という事はだな、もしかすると。

……可能性の一つではあるな。

里志「ホータロー? どうかしたのかい?」

里志の呼び掛けによって、我に帰る。 少し、考え込みすぎていた。

奉太郎「ああ、いや。 なんでもない」

奉太郎「すまなかったな、長々と」

里志「気にしないでくれよ、僕が面倒な事にしたのは間違いないんだからさ」

奉太郎「……まあ、そうだな。 今度何か奢って貰う事にする」

里志「はは、お安い御用さ。 じゃあ、そろそろいいかな?」

奉太郎「ああ。 また明日」

里志との会話は、俺にとって得るものがあった。

一つの可能性が……できれば外れて欲しい物ではあるが。

悩んでいても仕方ない、俺にこれは……解決できるのだろうか? 答えは、出そうに無かった。

しかしだ、可能性がゼロでは無い限り……やってみる価値はあるかもしれない。

それは省エネとは程遠い、成功する訳でも無いし、俺の予想が当たっているとも言えない。 だけどこれは、やらなくてはいけないことの様な気がした。

季節は夏、時刻は19時、場所は家のリビング……俺は、折木奉太郎は、決意を固めた。

473: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 18:56:52.29 ID:E5Os0heU0
~古典部~

ドアをいつも通り開けると、全員が揃っていた。

里志「相変わらず来るのが遅いね、ホータローは」

える「こんにちは、折木さん」

ここまでは普通、悪く言えば予想通り。 しかし一つ誤算があった。

摩耶花「……話してよね、昨日の事」

しまった、伊原の事を忘れていた。 非常にまずいぞ……

どうする? 諦めて話すか?

論外だ、他に方法は……

摩耶花「ちょっと、折木聞いてる?」

千反田と里志がいかにも気まずそうな顔をしている、一番気まずいのは俺だというのに。

474: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 18:57:20.20 ID:E5Os0heU0
奉太郎「ああ、どう話そうか悩んでいた」

あまり人に罪を被せるのは好きではないが……仕方ないか。

奉太郎「……犯人は、C組の奴だった」

あれだけの事を少し前にしたんだ、多少は目を瞑ってもらうしかない。

摩耶花「……また、あいつか」

摩耶花「私ちょっと行って来る!!」

える「ま、待ってください! 摩耶花さん」

俺や里志が止めていたら、間違いなく振り切られていただろう。 その点、千反田が声を掛け静止させたのは正解だったかもしれない。

しかし、ここからどう切り返すか。 当の千反田もその後の言葉が続いていない。 伊原が痺れを切らすのも時間の問題だ。

奉太郎「……あいつには、昨日きつく言っておいた」

奉太郎「……千反田がな」

すまん、千反田。 許してくれ。

475: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 18:57:54.49 ID:E5Os0heU0
摩耶花「ちーちゃんが? 確かに昨日ちーちゃんは残っていたけど……本当に?」

伊原が疑うのも無理はない、千反田は人を厳しく罵る等の事を全くしない。 少なくとも俺は一度も見たことが無い。

奉太郎「ああ、とても口には出来ない言葉を使っていた」

える「……」

千反田の視線がちょっと怖い、後で呪われないか少し心配になる。

摩耶花「……そう、ちーちゃんが……」

奉太郎「そうだ、C組の奴もかなりショックを受けていた。 もう関わっては来ないだろう」

奉太郎「俺ももし言われたとしたら、立ち直れそうに無い……そのくらい酷かった」

える「……」

やめてくれ、そんな視線を向けないでくれ。 悪いのはそう、伊原だ。 伊原が気にしなければこんな事にはならなかったんだ。 だから俺は悪くない。

と必死で心の中で言い訳をするが、千反田には通じていない様子だった。

476: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 18:58:34.70 ID:E5Os0heU0
奉太郎「ま、まあそういう訳だ。 だからもう大丈夫だ」

摩耶花「……うん、分かった。 でも、ちーちゃんがそこまで言うなんて……想像できないな」

そりゃそうだ、俺も想像できない。

里志「まあ、さ。 皆無事だったし、結果オーライだよ」

里志「って事で文集について話し合おうよ! 当初の目的はそれだった訳だしね」

える「え、ええ。 そうですね」

里志のナイスフォローもあり、この場はどうやら収まった。 しかし千反田から放たれている正体不明の圧力は俺に圧し掛かっていた。

……とりあえず、後で謝ろう。

摩耶花「おっけー、気持ち切り替えていこ!」

伊原もどうやら納得した様子だ。 それならばそれに乗るしかない。

伊原の発言で、文集についての会議が始まる。 あれをこうしたらいいとか、内容の順番はこうしたらいいとか。

俺は合間合間で「ああ」とか「それがいいな」とか適当に口を挟むだけだったが。

そして、珍しくこの会議をいつまでも続けていたいと願っていた。 これが終われば勿論帰る事になるだろう。

伊原と里志は付き合っている、それは周知の事実である。 つまりは一緒に帰るのが普通……いつも通りだ。

となると、残るのは俺と千反田。 俺は今更になって先ほど伊原にした言い訳を後悔し始めている。

……手遅れだが。

477: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 18:59:12.97 ID:E5Os0heU0
~帰り道~

嫌な事を待つ時間という物は、とても早く過ぎ去ってしまう。

以前里志と会話をした時は楽しい事はすぐに終わる……みたいな事を言っていた気がしたが、それに一つ付け加えたい。

回避したい事を待つ時間は、すぐに来る。 という事を。

そんな訳で今は千反田と二人で歩いている。 無言で。

奉太郎(気まずいな……)

何か話そう、とりあえずは。

奉太郎「その、悪かった」

える「……酷いです、折木さん」

奉太郎「すまん、あれしか思いつかなくて」

える「でも、あそこまで言う必要も無かったと思います!」

それは確かに、その通り。 現に俺は少しだけあの状況を楽しんでいたのだから。

478: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 18:59:40.05 ID:E5Os0heU0
千反田もそれに気付いていたのか、こんな事を言った。

える「折木さん、少しだけ楽しんでいましたよね」

奉太郎「い、いや……そんな事はない」

傍目から見たら俺はさぞかし怪しかった事だろう。 苦笑いをしながら顔を千反田とは反対側に動かしていたから更に怪しい。

える「……やっぱり、楽しんでいたんですね」

奉太郎「……少し、少しだけ」

える「折木さん、私はこれでも知り合いが多くいます」

突然何を言っているんだ? と思った。 会話の繋がりが俺には全く分からなかった。

える「……折木さんは人の悪口を言うのが大好きな人です」

える「……折木さんは人使いがとても荒い人です」

える「……折木さんは人の事を貶めるのが楽しくてたまらない人です」

える「私も少し……楽しめるかもしれません」

479: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 19:00:07.86 ID:E5Os0heU0
そういうことか、こいつめ。 つまりは俺の評判はガタ落ちとなり、外に行くだけで指を指され、顔を伏せて歩くことになる。

まさか千反田も本気で言ってる訳ではないだろうが……そうだよな? 本気ではないよな?

でもとりあえずは、なんとかせねば。 俺はゆったりと暮らして行きたい。

奉太郎「……すいませんでした」

える「……嘘ですよ、冗談です」

える「折木さんには感謝しています、そんな事はとても出来ません」

良かった、やはり本気では無かった。

える「ですが、私も恥ずかしいので……あまり、言わないでくださいね」

奉太郎「あ、ああ。 分かった」

こうして普通に話していると、千反田が何に悩んでいるのかなんて全く分からなくなってくる。 とても悩みがありそうには見えない。

少しだけ……聞いてみるか。

480: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 19:00:41.10 ID:E5Os0heU0
奉太郎「千反田」

奉太郎「その、昨日言っていた理由なんだが」

千反田は動じることも無く、俺の話しに耳を傾けていた。

奉太郎「……いつ頃になりそうだ?」

える「話せる時、の事ですね」

える「遅くても……3年生になる前に、早くても今年の終わりくらいには」

予想以上に、時間はある様だ。

奉太郎「……そうか、分かった」

俺は一つ、里志との会話から抱いていた疑問に答えを得た。

千反田はあの時一つ嘘を付いていた。 単純に考えてしまえば別にどうでもない嘘である。

しかし、俺には引っかかる事がある……それは。

里志と千反田の会話、最後に千反田が言った言葉だ。

里志の記憶が正しければ千反田は最後にこう言った。

「あまり、時間もありません」と。 それはどういう事か?

最初は俺が戻るまで時間が無いと言っているのだと思った。 しかしそれは違う。

481: ◆Oe72InN3/k 2012/09/17(月) 19:01:07.81 ID:E5Os0heU0
里志と千反田の会話……大体だが恐らく3分程だった筈だ。

里志が来る時間を入れても4分、この時点で最低でも俺が戻るまで6分の時間があった。

その状況で、あまり時間が無いと言うであろうか? 答えは否。

つまり千反田が言った言葉は、その状況から出た言葉では無い。

それはもっと大きな、いわばタイムリミット……

先ほど千反田が言った話せる時までの時間、それまでの時間があまり無い、と言う事なのだろう。

そしてその話せる時が来る時に、千反田の身に何かが起こる。 それが俺の出した答えだった。

だが、今の俺にはどうしようもない。 千反田の悩みが何かなんて皆目検討も付かない。

けど俺にとって有利な事はある。 予想以上にあった時間だ。

その時までに、俺は答えを見つければいい。 千反田に対する答えを。

今はまだ夏、冬とは程遠い。 セミの鳴き声がやかましい程だ。

しかし、懸念しなければいけない事もある。

時間が流れるのは俺の予想以上に、早いという事だ。


第15話
おわり

489: ◆Oe72InN3/k 2012/09/18(火) 23:18:19.22 ID:kxAEl/Vt0
時刻は恐らく23時くらいか。

日にちは7月30日、丁度夏休みに入ってちょっと経ったくらいだ。

そして俺は今、神山市の郊外にある神社に来ている。

月は頭上からは少し外れており、神社の奥からこちらを照らしている。

その神社というのもただの神社では無い、倒産してしまった神社である。

これは里志に聞いた話なのだが、最初は神社が倒産? そんな馬鹿な事がある物か。 と思っていた。

しかしどうやら、神社は倒産する物らしい。 現に俺が今いるこの神社は倒産しているのだから。

勿論入るのには許可が必要だと思う。 だが里志に言わせれば「問題ないよ、ばれなければね」だそうだ。 間違ってはいないかもしれない。

そして何故、ここに俺が居るのか? ちなみに一人では無い、横にはもう一人居る。

正確に言えば、神社の入り口にはもう二人程居る。

この状況を説明するには少し、記憶を掘り返さなければならない。

一週間ほど前だっただろうか? 夏休み前の最終登校日だったのは覚えている。

490: ◆Oe72InN3/k 2012/09/18(火) 23:18:53.61 ID:kxAEl/Vt0
~~~

~古典部~

普通、一学期の終業式が終わってしまえばそのまま家に帰る者や、友達と遊びに行く者が大多数だろう。

だが、この部活動が活発な神山高校では家に帰れば夏休みだというのに未だに残って部活動に励む者の方が多い。

それに対し俺は「頑張れ」とか「お疲れ様」等とは思わない、なんせ俺もその励む者の中の一人なのである。

そんな事を考えながら小説のページを捲る、やはり頑張れくらいは思った方がいいかもしれない。

奉太郎「……」

周りが静かなら、それは心地よい物なのだろうが……生憎先ほどから3人ばかし、何やら盛り上がっている様子だ。

「静かにしてくれ」と言いたいが、俺もそこまで傲慢ではない。

里志「それでさ、丁度夏休みに入ることだし……行ってみない?」

摩耶花「ええ……ちょっと嫌だな……」

える「でも……ちょっと、気になるかもしれないです」

491: ◆Oe72InN3/k 2012/09/18(火) 23:19:23.35 ID:kxAEl/Vt0
何やら不吉な言葉が最後に聞こえた。

その言葉のせいで小説に集中するのもできず、顔を里志達の方に向ける。

奉太郎「……何の話だ?」

里志「お、ホータローが食いついてくるとは思わなかったかな」

摩耶花「と言うか……話聞いてなかったの?」

奉太郎「いや、聞いてはいた。 覚えていないだけで」

軽い冗談のつもりだったが、伊原の目つきを悪くさせるには十分だった様だ。

里志「30日辺りにね、やろうと思っているんだ」

奉太郎「何を?」

里志「肝試し」

492: ◆Oe72InN3/k 2012/09/18(火) 23:20:02.35 ID:kxAEl/Vt0
奉太郎「またくだらん事を……千反田の家で肝試しでもするのか?」

自分で言って、あそこは中々肝試しに向いているかもしれないと思う。 夜は真っ暗になるし、何より広い。

える「酷いですよ折木さん、私の家にはお化けなんて出ません!」

奉太郎「じゃあ伊原の家か」

摩耶花「折木の家でいいんじゃない? 怠け者のお化けとか出そう」

これは失敗、伊原を突くとどうにも手痛いしっぺ返しを食らってしまう。

里志「冗談も程々にさ、うってつけの場所があるんだよ」

里志「随分前に倒産した神社があるんだけど、最近では誰も寄らなくなってるんだ」

里志「そこなら丁度いいと思うんだけど、どうかな」

それはまた……つまりは廃墟、という事か。

しかしそれは千反田が納得するのか? そういうのは厳しそうなイメージがあるのだが。

える「そうですね、本当にお化けが出るのか気になります」

奉太郎「いいのか? 千反田はそういうのはしないと思ったんだが」

える「ええ、倒産してしまった神社なら問題は無いです」

さいで。

493: ◆Oe72InN3/k 2012/09/18(火) 23:20:33.09 ID:kxAEl/Vt0
里志「それで! 皆で肝試ししないかい?」

摩耶花「み、皆で行くならいいかな……」

える「私も、30日ならば大丈夫です」

奉太郎「……今回は断っていいのか」

里志「いや、駄目だね」

奉太郎(なら何故確認するんだ……)

里志「じゃ、全員参加って事で」

里志「ああ、それと」

里志はそう言うと、巾着袋から割り箸を4本取り出した。

里志「二人一組で一周しよう。 そっちの方が盛り上がる」

その為の割り箸か、準備がいい奴だな。 この状況にならなかった時、里志はどんな顔をして割り箸を取り出すのか少し興味があるが。

いや、もしかすると取り出さずに持ち帰って一人でくじ引きをするかもしれない。 寂しい奴だ。

494: ◆Oe72InN3/k 2012/09/18(火) 23:21:20.48 ID:kxAEl/Vt0
摩耶花「ふ、二人で行くの?」

える「楽しそうですね、やりましょう!」

伊原はやはり、こういうのが苦手なのかもしれない。

それにしてもくじ引きか……

心の中でしか言えないが、順位をつけるとしたら1位が千反田。 次に里志。 はずれは伊原。 心の中では遠慮は必要無い筈だ。

奉太郎「よし、引くか」

とても口にしたらただでは済まない事を思いながら、俺はくじ引きに挑む。

里志「皆掴んだね。 せーの!」

全員が割り箸を引き抜く、俺の割り箸には……

奉太郎「赤い印が付いているな」

里志「僕のは無印だね、という事はホータローとは一緒に周れない」

今更思うが、男二人で肝試しはちょっと嫌だ。 なのでこれはこれで良かったのかもしれない。

495: ◆Oe72InN3/k 2012/09/18(火) 23:21:46.16 ID:kxAEl/Vt0
しかし次に千反田が言った言葉によって、男二人の方が良かったのかもしれない、と心が揺らぐ。

える「私は無印です、福部さんと一緒ですね」

つまり?

摩耶花「……」

奉太郎「良かったな、一緒に周れるぞ」

俺がそう言うと、伊原は持っていた割り箸を真っ二つに折った。


~~~

496: ◆Oe72InN3/k 2012/09/18(火) 23:22:40.43 ID:kxAEl/Vt0
そして俺は、今ここに居る……伊原と共に。

奉太郎「……はぁ」

摩耶花「悪かったわね、私で」

奉太郎「いやこっちこそ、俺で悪かった」

摩耶花「……ふん」

全く、もう1/3程は周っているのに会話は今のが最初だ。

特に何事も無く周る。 そして丁度裏手に周った時、道が無い事に気付いた。 裏には山がそびえ立っており、木で埋め尽くされている。

奉太郎「ん、通れないぞ……これ」

摩耶花「ええ? ふくちゃんはちゃんと下調べはしたって言ってたんだけどな……」

奉太郎「ふむ、ってことは」

奉太郎「この神社の中を通れって事か」

摩耶花「確かに廊下はあるけど……屋根は無いし、大丈夫なのかな」

奉太郎「下調べは済んでいるんだろう? なら大丈夫だろ」

摩耶花「そ、そうね。 行こう」

と言いつつ、伊原は先に行こうとはしない。 目で俺に「行け」と合図はしている。

それに逆らっても良い事なんてのは無い、仕方なく伊原の指示に従うことにした。

497: ◆Oe72InN3/k 2012/09/18(火) 23:24:24.49 ID:kxAEl/Vt0
奉太郎「……本当に大丈夫か、これ」

床はとても弱そうで、ギシギシと木が軋んでいるのが伝わってくる。

それに加え、所々穴が開いている。 本当に里志は下調べをしたのだろうか?

最初の一歩を踏み出したときは少し穴に足を取られてしまった。 しっかりチェックはしてもらいたい物だ。

摩耶花「ちょ、ちょっと折木」

奉太郎「ん、なんだ」

摩耶花「……手、繋いで」

俺は一瞬自分の耳はついにおかしくなってしまったのかと思った。 それを確認する為に再度聞く。

奉太郎「え? なんて言った今」

498: ◆Oe72InN3/k 2012/09/18(火) 23:25:14.22 ID:kxAEl/Vt0
摩耶花「……手! 繋いで!」

やはり俺の耳はおかしくなってしまったのか。 お化けが出るより余程怖い。

そんな事を考え、ぼーっとしている俺の手を伊原が掴む。

摩耶花「……歩き、にくいから」

奉太郎「……そうか、まあいいが」

良かった、俺の耳はおかしくなんてなってなかった。

伊原と手を繋ぎ、ゆっくりと廊下を進む。 しかし暗くて下がよく見えない。

足を先に出し、ここは大丈夫か確認しながら進む。

そんな事をしばらくしている間に廊下の終わりが見えてきた。

砂利の地面に足を付けると、伊原はすぐに手を離す。

摩耶花「……行こ、もうすぐでしょ」

奉太郎「ああ、そうだな」

なんとも……何も無い肝試しであった。 強いて言えば伊原と手を繋いだ事くらいか。 確かにこれは貴重な体験である。

そして神社の階段を降り、下で待つ里志と千反田の元に到着した。

499: ◆Oe72InN3/k 2012/09/18(火) 23:31:14.46 ID:kxAEl/Vt0
里志「お疲れ様、二人とも」

える「どうでした? 何か出ました?」

奉太郎「いや、なんにも出なかったぞ」

奉太郎「それより里志、ここは下調べしたのか?」

里志「勿論さ、裏に廊下があっただろう?」

奉太郎「あるにはあったが、穴は開いているし暗くて床は見えないしで危なかったんだが……」

里志「あれ? おかしいなぁ……穴は開いてなかったと思ったんだけど」

里志「まあ、僕達は灯りを持っていくよ。 念のためにね」

……俺たちにも灯りくらい寄越せ。

里志「じゃ、行って来るね」

える「行ってきます! また後ほど」

そう言い、里志と千反田は出発して行った。

500: ◆Oe72InN3/k 2012/09/18(火) 23:31:57.99 ID:kxAEl/Vt0
出発してから割りとすぐ、3分ほど経っただろうか? 隣から伊原が声を掛けてくる。

摩耶花「……さっきはありがとね」

奉太郎「ん? 何の事だ」

摩耶花「手、繋いでくれたこと」

奉太郎「ああ、別に構わんさ」

摩耶花「……そっか」

しばらくの沈黙、そして再び伊原が口を開く。

摩耶花「折木ってさ」

摩耶花「ちーちゃんと私に対する態度、違うよね」

奉太郎「……一緒だと思うが」

摩耶花「それ……本気で言ってるの?」

摩耶花「仮にさ、ちーちゃんが手を繋いでくれって言ったらどう思う?」

奉太郎(千反田が手を繋いでと言ったら、か)

奉太郎「いや、まあ……繋ぐ、かな」

摩耶花「……やっぱり違う」

そうなのだろうか? 確かに、千反田に言われたら少し恥ずかしいかもしれない。

ああ、そういう事か。

501: ◆Oe72InN3/k 2012/09/18(火) 23:32:24.89 ID:kxAEl/Vt0
奉太郎「そう、かもな」

摩耶花「それでさ」

摩耶花「何か進展はあった? ちーちゃんと」

あると言えばある、無いと言えば無い。 どちらにでも当てはまる物だと思う。

奉太郎「さあな、俺にもわからん」

摩耶花「……ふうん」

奉太郎「……どうして急に?」

摩耶花「……最近、折木とちーちゃん前より仲が良さそうに見えたから」

摩耶花「何か進展あったのかな、って思っただけ」

奉太郎「……そうか」

俺としては、前とは何も変わらず千反田との距離はあるつもりだった。

しかし伊原が言うからには、そうなっているのかもしれない。

502: ◆Oe72InN3/k 2012/09/18(火) 23:32:51.68 ID:kxAEl/Vt0
摩耶花「私はさ」

摩耶花「応援、してるから」

奉太郎「応援? 何を?」

摩耶花「……折木の事」

奉太郎「てっきり逆かと思っていた」

摩耶花「そんな訳ないでしょ、正直に言うと」

摩耶花「ちーちゃんと折木、お似合いだと思ってるんだ」

奉太郎「……」

第三者から言われると、ちょっと恥ずかしい。

奉太郎「それは、どうも」

奉太郎「……ありがとな」

摩耶花「……くっ……あはは」

何を急に笑っているんだ、こいつは。

503: ◆Oe72InN3/k 2012/09/18(火) 23:33:18.38 ID:kxAEl/Vt0
奉太郎「悪霊にでも取り憑かれたか」

摩耶花「ご、ごめんごめん」

摩耶花「折木が素直にお礼を言うのが面白くって」

俺はそこまで礼儀を軽んじていただろうか? やはり伊原は何か悪霊に……

摩耶花「……あんた、なんか失礼な事考えてない?」

いや、取り憑かれていなかった。 いつもの伊原だ。

奉太郎「い、いや」

これから伊原になんと言われるか、どうしようかと思っていた所に里志達が戻ってくる。

里志「たっだいまー」

える「戻りました……」

意外と早かったな、月は丁度頭上まで動いてきている。 そこまで時間は経っていないだろう。

そして千反田が何故か元気が無い、何かあったのだろうか?

奉太郎「元気が無いな、何かあったのか?」

える「いえ、何もありませんでした……」

それで元気が無かったのか、分かり辛い。

504: ◆Oe72InN3/k 2012/09/18(火) 23:33:51.21 ID:kxAEl/Vt0
里志「それより、さ。 ホータロー」

奉太郎「ん? どうした」

里志「嘘は良くないな、ジョークならまだしも嘘は良くない」

奉太郎「……言っている意味がわからんのだが」

える「確かに廊下はあったんですが、穴なんて開いてなかったですよ?」

摩耶花「え? 嘘だ、開いてたよ?」

奉太郎「俺も確かに見たぞ、だから慎重に進んだんだ」

里志「……それは妙だね、違うルートでも通ったのかな?」

奉太郎「ま、そうだろうな」

える「……確認しに行きましょう!」

摩耶花「うん、気になる」

おいおい、またこの階段を上れと言うのか。 冗談じゃないぞ。

里志「……そうだね、確認すれば終わる事だよ」

奉太郎「……分かった、行くか」

毎度毎度このパターンだ。 結局は強制されてしまう、断るのもできるが省エネにはならないだろう。 千反田がいる限り。

そして俺達4人は再び階段を上る。

505: ◆Oe72InN3/k 2012/09/18(火) 23:34:17.42 ID:kxAEl/Vt0
里志の灯りのおかげもあり、すんなりとその現場には到達できた。

里志「僕達が通ったのはこの廊下だけど……ホータロー達は?」

奉太郎「俺達が通ったのもこの廊下だ、なあ伊原?」

摩耶花「うん、この廊下だよ」

里志がその廊下を灯りで照らす。

える「ほら、穴なんてありませんよ?」

千反田がそう言い、俺と伊原で廊下を覗き込む。 そこには確かに穴は……開いていなかった。

摩耶花「……うそ、なんで……?」

奉太郎「……本当だ、確かに穴なんて開いていないな」

里志「ってことは……考えられるのは一つだね」

える「な、なんでしょうか!? 気になります!!」

いつになく千反田のテンションが高い。 夜中と言うものは人のテンションを上げるらしい。

里志「つまり……ホータロー達はどこか異次元に行っていたんだよ!!」

摩耶花「い、いやあああああああ!!」

伊原はそう叫ぶと、しゃがみ込んでしまう。 俺には異次元へ行った事よりその叫び声が怖かった。

506: ◆Oe72InN3/k 2012/09/18(火) 23:35:05.63 ID:kxAEl/Vt0
奉太郎「……里志、本気か?」

里志「あはは、ジョークだよ」

里志「でもさ、可能性も無くはないよね?」

奉太郎「まあ、少し妙ではあるな」

える「折木さん、私……気になります!」

まあ、ここまで来たんだ。 別にいいか。

奉太郎「……分かったよ、考えよう」

と言う訳で考える事となったのだが、大体の見当は既に付いている。

奉太郎「里志、一度灯りを消してくれないか」

里志「灯りを? 分かった」

里志が灯りを消すと、辺りは真っ暗となる。

かろうじで……月の光によって俺達の影は見える。

507: ◆Oe72InN3/k 2012/09/18(火) 23:35:37.76 ID:kxAEl/Vt0
俺はその影を指差しながら、言う。

奉太郎「原因はこれだな。 温泉に行ったときに見た首吊りと似たような物だ」

える「でも、ですね」

える「この廊下には天井なんてありません。 一体どんな影が穴を見せたのですか?」

千反田の言葉を聞き、俺は近くに落ちている葉っぱを一枚拾った。

それを廊下の方に手を伸ばし、かざす。

奉太郎「これだ、この神社の裏は山となっている」

奉太郎「俺と伊原が通ったときは丁度山から月が見えていた」

奉太郎「そして、その木の葉っぱが穴を見せていたって所だな」

える「……なるほど、それで私達が行ったときは穴が無かったんですね」

里志「僕達の時は光源もあったしね、それが余計に影を消したのかも」

奉太郎「ま、実際はこんなもんさ……異次元とか馬鹿な事を行ってないでそろそろ帰るぞ」

508: ◆Oe72InN3/k 2012/09/18(火) 23:36:10.44 ID:kxAEl/Vt0

里志「ま、摩耶花ー。 帰るよ?」

摩耶花「……ふくちゃんの、ばか」

これはどうやら、里志は埋め合わせをしなくてはいけなくなりそうだ。 穴だけに。

そんなつまらない事を考えながら、前を行く里志と伊原の後に続く。

える「やはり、なんでも分かっちゃうんですね。 折木さんには」

奉太郎「何でもって訳でもないさ、分からない事だってある」

える「……そうですか。 あの」

える「手、繋ぎましょうか」

奉太郎「あ、ああ。 ほら」

俺と千反田は、里志達には見えないように……そっと手を繋いだ。

奉太郎(確かに、伊原とだった場合……接し方は変わるな)

奉太郎(どうにもこれは……心臓に悪い)

そして俺は一つの事を思い出す。

廊下を歩いたときに、最初は確かに穴につまづいた。

あれは……何だったのだろうか?

第16話
おわり

516: ◆Oe72InN3/k 2012/09/19(水) 22:16:48.30 ID:5dtdEAz50
ドンドン、ドンドン

私「え?なんすか」

私「なに? 投下の時間?」

私「でも、あれは日課じゃなくて」

私「投下しないと肩パン?」

私「ええ……でも」

私「じゃあ顔パン? って、ええ」

私「すればいいんだろ!!」


第17話、投下します。

517: ◆Oe72InN3/k 2012/09/19(水) 22:17:14.67 ID:5dtdEAz50
供恵「あんた、一体どこで寝てるのよ」

姉貴に顔をぺちぺちと叩かれ、目が覚める。

奉太郎「……どこ、って……」

頭の回転はまだ良くない、姉貴の言葉をゆっくりと飲み込む。

昨日は確か、里志の発案で肝試しに行った。

その後に千反田を家まで送って行った、歩きながら寝そうなくらい眠そうな千反田を。

そして俺が家に着いたときには1時を回っていた気がする。

そのまま俺はソファーに横になって……そうか。

奉太郎「……あのまま寝ていたか」

供恵「昨日は夜遅かったみたいね、何をしていたの?」

奉太郎「別に、里志と遊んでいただけだ」

供恵「奉太郎が不良になっちゃうなんて……お姉さん悲しいなー」

供恵「もうあんたに構ってあげられないなんて……」

518: ◆Oe72InN3/k 2012/09/19(水) 22:17:47.56 ID:5dtdEAz50
奉太郎「そうか、じゃあそろそろ俺の顔を叩くのをやめてくれないか」

供恵「あら、ごめんなさい」

そう言うとようやく姉貴は俺の顔を叩く手の動きを止めた。

奉太郎「……ふぁぁ」

でかいあくびをしながら起き上がる、ソファーにしてはよく寝れた方だろう。

供恵「そんなあんたに朗報ー」

奉太郎「なんだ」

姉貴がこう言う時は、大していい事でもない……むしろその逆の方が多いと思う。

供恵「これ、映画のチケットなんだけどね」

供恵「2枚あるからあげる」

そう言い、チケットを渡される。

奉太郎「ほう、中々気が利くな」

供恵「照れるなぁ。 有効期限明日までだけどね」

奉太郎「おい」

519: ◆Oe72InN3/k 2012/09/19(水) 22:18:26.17 ID:5dtdEAz50
そんな漫才を朝からしたせいで、なんだか今日は既に疲れてしまった。

それに加え、生憎外は雨模様。 今日は外に出る気がしない。 ……いや、いつもか。

奉太郎(里志でも誘って明日、行くか)

そう思い、電話機を取る。 俺のモットーは思い立ったらすぐ行動なのだ。 嘘だが。

たまたま近くにあった電話機に感謝をしつつ、里志の携帯の番号を押す。

家でも良かったが、外出している可能性も考えると携帯に掛けた方が手短に済むという物だ。

珍しく30秒ほどかかっても里志には繋がらず、諦めかけた所で電話は繋がった。

520: ◆Oe72InN3/k 2012/09/19(水) 22:19:21.81 ID:5dtdEAz50
里志「あ、ホータロー?」

奉太郎「ああ、忙しかったか?」

里志「いや、そういう訳じゃないんだけど」

摩耶花「……、………」

電話の奥から伊原の声が聞こえた、恐らく「折木って本当に空気が読めない」とか「タイミングが悪い奴」とか言ってるのだろう。

いや……決め付けは良くないな。

里志「ご、ごめんね。 摩耶花がホータローに怒ってる」

そうでもないか。

奉太郎「あー、そうか。 明日は空いているか?」

里志「明日もちょっと……ごめん」

奉太郎「分かった、それなら仕方ない」

奉太郎「頑張れよ」

里志「まあ、うん。 そうだね」

奉太郎「じゃ、また今度」

と言い、電話を切る。

521: ◆Oe72InN3/k 2012/09/19(水) 22:19:54.34 ID:5dtdEAz50
奉太郎(さて、どうするか)

その様子を見ていた姉貴が口を出してくる。

供恵「かわいそーに、お姉さんと一緒に行く?」

奉太郎「遠慮しておく」

供恵「それは残念、でもあんたの友達は里志君だけじゃないでしょ」

供恵「前に家に来た子、あの子でも誘ってみたら?」

奉太郎「……千反田か、ううむ」

別に気が進まないって訳ではない。 だが……あいつはどうにも休みの日は忙しそうだ。

奉太郎「ま、するだけしてみるか」

姉貴が後ろで嫌な笑い方をしているのが分かった。 何だというのだ、全く。

再び電話機を取り、千反田の家の番号を押す。 できれば携帯に掛けた方が無駄が無くていいのだが……あいつは携帯を持っていない。

2回ほどコール音が鳴ったところで、電話は繋がった。

522: ◆Oe72InN3/k 2012/09/19(水) 22:20:21.88 ID:5dtdEAz50
える「もしもし、千反田です」

奉太郎「千反田か、折木だ」

える「あ、折木さんですか。 どうされました?」

奉太郎「姉貴から映画のチケットを貰ったんだが、明日どうだ?」

それをどこで入手したか。 そして目的は何か。 それをする日はいつか。 これを完璧に一文で伝えた、省エネとはこういうことだ。

える「え、あ……明日、ですか」

奉太郎「あー、何か予定があるならいい。 すまなかったな」

える「い、いえ。 そういう訳ではないんです」

奉太郎「ん、じゃあどういう訳で?」

える「……折木さんから遊びの誘いがある事が、とても意外だったもので」

さいで。

奉太郎「……まあ、じゃあ明日行くか」

える「分かりました! 朝からにします?」

奉太郎「そうだな、夕方からは雨らしいからそうしよう」

える「では、明日の朝……一度、折木さんの家に伺いますね」

奉太郎「分かった、じゃあまた明日」

523: ◆Oe72InN3/k 2012/09/19(水) 22:20:49.69 ID:5dtdEAz50
……電話が切れない。

奉太郎「……なんだ、どうした」

える「え? 何もないですが……」

奉太郎「……そうか」

える「はい、ではまた明日」

……またしても。

奉太郎「何か用でもあるのか」

える「そういう訳では無いですが、折木さんが電話を切ると思ったので」

奉太郎「……俺はそっちから切ると思っていた」

える「……すいません、では切りますね」

奉太郎「ああ、またな」

奉太郎「あ、そうだ」

切れた。

何時に来るのか聞くのを忘れていた。 わざとでは無いが長引いて、結局は聞けなかったとはなんとも情けない話である。

524: ◆Oe72InN3/k 2012/09/19(水) 22:21:15.65 ID:5dtdEAz50
奉太郎「まあ、いいか」

後ろを振り向くと、姉貴は未だに嫌な笑いを俺に向けている。 余程、暇なのだろう。

とにかく、明日の予定は決まった。 それにしても俺から遊びに誘うのが意外だと言っていたが、そうだろうか?

里志はたまに遊びに誘う事もあるし、俺が今日は何処に行こう。 と決める事だって無かった訳では無い。

だが言われてみれば……千反田を誘った事は無かったかもしれない。 当たり前と言えば当たり前だが……

千反田がそう思ったのも、仕方ない事だ。

奉太郎「……さて、今日はゆっくりするか」

ま、特にする事も無い。 ましてや里志や伊原、千反田によって俺の休日の一日が消費される事も無い。

供恵「あー私ちょっと出るから、留守番よろしくね」

奉太郎「そうか、気をつけてな」

そう言いながらも姉貴は、既に家から出ていた。 その行動の早さだけは俺には真似できそうにない。

奉太郎「……ニュースでもチェックしよう」

特に他にする事もない。 小説を読む気分でも無かった俺は、情報収集という画期的な事を思いつく。

ゆっくりとパソコンの前まで移動し、電源を付けた。

起動までには少し掛かることを俺は知っている、その間にコーヒーでも淹れよう。

台所へ行き、コーヒーを淹れる。

パソコンの前に戻ると、既にデスクトップが映し出されていた。

525: ◆Oe72InN3/k 2012/09/19(水) 22:21:47.34 ID:5dtdEAz50
奉太郎「……」

しばらくの間、ニュースに目を通す。

やがてそれにも飽き、パソコンを落とそうとするが……落としたとして、何をしようか。

奉太郎「……そういえば、前に千反田がチャットをやっているとか言っていたな」

俺もそれは一度使ったことがある。 あの時はただ単に、千反田に事情を説明する為だった。

……少し、暇つぶしでもしよう。

チャットルームまで行くのにそこまで苦労はしない。 なんと言っても指を動かすだけだから。

やがてチャットルームの入り口が目に入る。

そのままチャットルームのロビーに入ると、何個か部屋があり、少し目を引く名前の部屋があった。

2013/7/31 11:04【気になります】

おい、なんだこれは。 千反田が作ったのだろうか? それにしても……もっとこう、入る人が目的は何なのか分かるように立てろ。

この部屋の名前が俺には気になって仕方ない。 しかし閲覧者として入るのも……気が引ける。

奉太郎「……入室してみるか」

名前を打つ。 前回は打ち間違えた結果、ハンドルネームが「ほうたる」となってしまった。 俺は同じ過ちを二度は繰り返さない。

丁寧に「ほうたろう」と打ち、それを変換。

「法田労」

どこかのお坊さんみたいな名前になってしまった。 しかし確定してしまったのを消すのは面倒だ。 同じ過ちでは無いし別にいいか。

そして入室をクリックする。

526: ◆Oe72InN3/k 2012/09/19(水) 22:22:17.81 ID:5dtdEAz50
《法田労さんが入室しました》

L:こんにちは

L:代わったお名前ですね

L:変わった、です

法田労:千反田か?

L:え?なんで解ったんですか?

L:分かった、です

法田労:いつも見ているからな、お前の事は


奉太郎(少し、暇つぶしにからかってみるか)

527: ◆Oe72InN3/k 2012/09/19(水) 22:22:51.45 ID:5dtdEAz50
L:えっと、いつも見ていたと言うのは、どういうことですか?

法田労:言葉通りだ。 たまに朝、昼はあまり見ていないが……放課後なんかはほとんど毎日見ている。

法田労:休みの日なんかも、たまに見ている

L:あの、すいません

L:まちがっていたら、ごめんなさい

L:ストーカーさんですか?

法田労:千反田がそう思えば、そうかもな

L:ふしぎな人ですね、それよりわたしの話、きいてくれますか?

法田労:構わないが、この部屋名だと人は余り寄ってこないと思う

L:それはすこし、思っていました

L:法田労さんが、初めてでしたから

法田労:まあ、そうだろうな

法田労:それで、気になるってのは何だ?

528: ◆Oe72InN3/k 2012/09/19(水) 22:23:17.89 ID:5dtdEAz50
L:あ、そうでした

L:気になると言っても、ちょっとちがうかもしれません

L:じつは、ですね

L:明日、その

L:友達と映画にいくのですが、時間を決めるのを忘れてしまったんです

法田労:それで?

L:どうすればいいのか、おしえてください


奉太郎「……単純に電話をすればいいだけだろう」

奉太郎「しかしなんか、悪いことをしている気分だな」

奉太郎「言い出すタイミングも……失ってしまった」

奉太郎「……ま、いいか」

529: ◆Oe72InN3/k 2012/09/19(水) 22:23:44.14 ID:5dtdEAz50
法田労:そんなの、その友達に電話すればいいだけだろう

L:ええっとですね、そのお友達は、とても面倒くさがりな人でして

悪かったな……

L:いちど終わった話をまたしても、迷惑かとおもうんです

法田労:なるほど、面倒な友達だな、それは

L:ええ、そうなんです

こいつ、俺が聞いていないのを良い事に。

法田労:大体の時間も決めていないのか?

L:あ、それはきめています

L:朝に、そのお友達の家にうかがうことになっているんです

法田労:そうか、なら適当な時間に行けばいいんじゃないか?

法田労:あくまでも、迷惑ではない時間に

法田労:大体、そうだな……10時くらいなら迷惑ではないと思う

530: ◆Oe72InN3/k 2012/09/19(水) 22:24:17.91 ID:5dtdEAz50
L:そうですか、ではそのくらいの時間にいくことにします

L:ありがとうございます、たすかりました

法田労:いいさ、暇だったしな

L:変わったストーカーさんですね、ふしぎなひとです

法田労:まあ、そうだな

L:あ、そうです

L:もうひとつ、聞いてもいいですか?

法田労:ああ、いいぞ

L:えっと、ですね

L:あした、お洒落して行こうとおもっているんです

L:あまり派手なのも、どうかとおもうんです

L:どのくらいが、いいんでしょうか?

531: ◆Oe72InN3/k 2012/09/19(水) 22:24:48.59 ID:5dtdEAz50
法田労:お洒落か、別に

チャットを打つ手が止まる、続ける言葉が思いつかない。

「別にしてこなくていいさ」と打ちそうになり、ある程度消した所で誤ってエンターを押してしまった。

L:別に、なんですか?

L:あれ、います?

法田労:ああ、すまない

法田労:別に、普通でいいんじゃないか?

法田労:いつも通りで、いいと思う

L:そうですか、ではそうする事にします

法田労:ああ、それがいい

L:やはり、ふしぎな人ですね

L:わたしは、法田労さんの正体が、少し気になります

532: ◆Oe72InN3/k 2012/09/19(水) 22:25:15.74 ID:5dtdEAz50
法田労:さあな、分からない方がいい事も世の中にはあるんだ

L:そうなんですか、それなら仕方ないですね

法田労:ああ

そこで一度、チャットが止まる。

千反田もこれ以上聞きたい事は無いだろう。

とうとう最後まで言い出すことができなかったが……まあ、いいか。

法田労:それじゃ、俺は出る

L:はい、ありがとうございました

L:明日、楽しみにしていますね、おれきさん

L:あ

《Lさんが退室しました》

533: ◆Oe72InN3/k 2012/09/19(水) 22:25:41.64 ID:5dtdEAz50
奉太郎「……やられた」

奉太郎(あいつ、分かっていたのか……)

まあ、良くは無いが……明日の時間を決められたのは悪く無い事だ。

しかし、千反田にまんまと騙された。 俺が騙していたと思ったが、騙されていたのは俺の方だった。

電話をしてやろうかと思ったが、そこまでしなくていいだろう。 どうせ明日会う事になる。

パソコンの前からソファーに移動する。

俺は倒れこむように、ソファーに横になった。

奉太郎「……あいつは将来、入須みたいになるのではないだろうか」

奉太郎「……やっぱり、納得いかん」

もっと早く、気付くべきだった。

そうすれば俺は今日失敗をせずに済んだだろう。

534: ◆Oe72InN3/k 2012/09/19(水) 22:26:16.71 ID:5dtdEAz50
例えば……最初の方のあれだ。

俺が確か「面倒な友達だな」 と言った時。

あいつは「ええ、そうなんです」 と言った。

俺の正体に気付いていないからあんな事を言ったのかと思ったが、その逆だろう。

千反田は俺に気付いていたから、敢えてそう言ったのだ。

いつもの千反田なら、あそこで同意は絶対にしない。 そう……絶対に。

違和感は今思い出すと他にもあった。

千反田は人を疑うことはあまりしない。 だがそれにも限度と言うものはあるだろう。

例えば見ず知らずの人間に「今日は学校、お昼からだよ」と言われても、確認くらいはするだろう。

それを今日の千反田はしなかった。 俺という見ず知らずの人間に言われているのにも関わらず。

535: ◆Oe72InN3/k 2012/09/19(水) 22:26:42.87 ID:5dtdEAz50
俺の意見を全て受け、その通りにすると言っている。

今日初めて会った人間をそこまで信用するのも、千反田は絶対にしないだろう。

その点C組の奴は案外うまい事、千反田をはめる事ができたのかもしれない。

それらを思い出すと、やはり気付ける要素はあったのだ。 俺が千反田は気付いていないと思い込みさえしなければ。

まあそんな失敗に頭を悩ませても仕方がない。

明日は映画を見に行く事になっている、昼寝でもして体力を温存しておかなければ。

そう理由をこじ付け、俺はソファーに横になりながら瞼を閉じる。

外から聞こえてくる雨音は、俺に眠りをもたらすには十分だった。


第17話
おわり

545: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:17:49.97 ID:BccZl9/d0
奉太郎「……ん」

窓から差し込んできた日差しによって、目が覚める。

時計に目をやると、今は9時を少し回った所だった。

奉太郎(……なんだか、目覚めがいいな)

多分、昨日は早く寝ていた事もあり俺にしては随分とすっきりした気分で起きれたのかもしれない。

俺は今日、映画を見に行くことになっていた。 千反田が家に来るのは確か11時……それまである程度は時間がある様だ。

そのまま起き上がると、俺はリビングへ向かう。

姉貴はまだ……起きていない様だった。

早々に、着替えを済ませてしまおう。 その後にゆっくりしていればいい。

一度リビングから離れ、身支度を済ませる。

再びリビングに戻り、パンを一枚食べた後にコーヒーを淹れる。

そのまま新聞を手に取り、内容を頭に適当に流し込む。

奉太郎(こうして俺は年を取って行くのか)

等と、少々悲しい現実を思いながら約束の時間まで過ごした。

546: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:18:15.89 ID:BccZl9/d0
時計に目をやると10時50分を指している。 そろそろ来る頃だろう。

そう思ったのを狙ったかの様に、インターホンが鳴った。

奉太郎(10分前行動とは、俺も見習いたい物だ)

インターホンに出る必要は……ないか。 千反田以外に、この時間来客は無い。

そのまま玄関に行き、靴を履く。

ゆっくりとドアを開けると、やはりそこには千反田が居た。

奉太郎「……おはよう」

える「折木さん、おはようございます」

547: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:18:42.20 ID:BccZl9/d0
千反田は……白のワンピースを着ていた。 手にはカバン……確か、トートバッグだとかそんな感じの名称だったと思う。

夏の日差しが丁度良く千反田を照らしていて、ワンピースがとても似合っている。

俺に笑顔を向ける千反田に……少し、見とれてしまった。

える「あの、折木さん?」

気付くと千反田は俺のすぐ目の前まで来ていて、いつもの顔の近さにハッとする。

奉太郎「あ、ああ」

奉太郎「……すまん、まだ寝ぼけているかもしれない」

そう言い訳をすると、千反田は俺の顔を覗き込みながら言った。

える「もう、駄目ですよ。 昨日決めたじゃないですか」

……ああ、チャットの事か。

548: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:19:15.06 ID:BccZl9/d0
奉太郎「……そうだったな」

奉太郎「悪いな、面倒くさい奴で」

える「ふふ、折木さんが自分の事を話さないので、ちょっと嘘ついちゃいました」

その事をすぐに嘘という辺り、やはり千反田はそんな事を本気で思っている訳ではないだろう。

奉太郎「じゃ、行くか」

える「はい、歩いて行きますよね?」

奉太郎「ああ、そんな遠くないしな」

そして俺と千反田は映画館に向かい、歩き始める。

奉太郎「そういえば」

える「なんでしょう?」

奉太郎「……服、似合ってるな」

える「あ、は、はい。 ……ありがとうございます」

千反田は顔を少しだけ赤くし、そう言った。

俺も少し、顔が熱いのに気付いていたが。

549: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:19:52.29 ID:BccZl9/d0
~映画館~


そこまで混雑はしていない様子だった。 むしろ映画館にしては人が少ない方だと思う。

受付に行く前に、俺は持ってきていたチケットを2枚取り出す。

奉太郎「千反田、チケットだ」

える「はい、ありがとうございます」

チケットを渡し、受付を済ませようとする俺の肩を千反田に掴まれる。

奉太郎「ん? どうした」

える「あ、あの……折木さん」

える「このチケットって、その、しっかり読みました?」

しっかり読んだ? 軽く目を流して読んだには読んだが、しっかりとは呼べないか。

奉太郎「軽く目を通しただけだが……何かあったか」

える「い、いえ。 あの、ちょっと……ですね」

える「……チケット、読んでみてください」

550: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:25:03.13 ID:BccZl9/d0
そう言うと、千反田は顔を俺から逸らしてしまう。 なんだと言うんだ。

仕方ない、見れば何か分かるか。

そして俺は、チケットに目を落とす。

【カップル様限定、映画ご招待】

やはり、やはりやはりやはり。 姉貴が持ってきたものにはろくな物が無い。 くそ姉貴め!

しかしいくら悪態をついてもこの状況は変わらない。 ……もう映画館に来てしまっているのだから。

未だに顔を背けている千反田に向け、言う。

奉太郎「……俺のミスだ、謝る」

える「あ、い、いえ」

千反田は俺の方に向き直り、右手で左腕を掴みながら続ける。

える「……別に、カップルだと思われるのは嫌では無い、です」

える「その、でも……ちょっと恥ずかしくて」

551: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:25:30.70 ID:BccZl9/d0
奉太郎「あ、ああ。 そうか」

そんな事を言われてしまい、なんだか逆に恥ずかしくなってきてしまった。

奉太郎「……ま、まあ。 行くか」

える「は、はい。 そうですね、行きましょう」

ぎこちない会話をしながら受付へと向かう。

受付に居た人にチケットを2枚渡し、代わりに入場券を貰った。

受付の人が俺たちに向けニコッと笑いを向けたが、悪いのはこの人じゃない、姉貴だ。 恨むのなら姉貴を恨むべき。 そんな事を思いつつ、一応は愛想笑いを返す。

その後は上映まで少し時間があったので、近くにあった椅子に千反田と共に腰を掛けた。

える「そういえば、ちょっと気になったんですが」

奉太郎「ん、なんだ」

える「どうして折木さんは映画に行こうと思ったんですか?」

奉太郎「どうしてって言われてもな……他にする事も無かったから」

552: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:25:57.61 ID:BccZl9/d0
える「ふふ、そうですか」

奉太郎「……その笑いが若干気になるな」

える「なんでもないですよ、気にしないでください」

奉太郎「いつも自分だけ気になると言って置いて、俺には気にするなと言うのか」

える「じゃあ、聞いてもいいですよ。 気になりますって」

奉太郎「……言わないからな」

える「……そうですか、少し残念です」

奉太郎「……はあ」

奉太郎「分かったよ、言えばいいんだろ」

える「ほんとですか。 是非お願いします!」

奉太郎「……私、気になります」

自分で言うのもなんだが、かなりやる気の無い気になりますだったと思う。 それに加え棒読み。

553: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:26:30.25 ID:BccZl9/d0
える「なんか納得できないですが……分かりました」

千反田はそう言うと、右手で前髪を触る。

奉太郎「……何をしている?」

える「……折木さんの真似です」

える「折木さんが考えるときって、いつもこうしているので」

そうなのだろうか? 自分では記憶にはあまり無い。

奉太郎「そうなのか、知らなかった」

える「いつもやっていますよ? ですので私も」

奉太郎「……それで、何か分かったか」

える「ええ、分かりました!」

奉太郎「その心は」

える「なんだかこうしていたら、面倒くさくなってきてしまいました」

554: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:26:56.95 ID:BccZl9/d0
奉太郎「そうか、それならこの話はやめよう」

える「え、だめですよ。 ちゃんと気になってください」

奉太郎「……なんでそこまで気にしなければいけないんだ」

える「今は私が折木さんの真似をしているので、折木さんは私の真似をしなきゃだめなんです」

奉太郎「千反田の真似……か」

奉太郎「ええっと、そうだな」

奉太郎「ちたんださん、かんがえてください、いっしょにかんがえましょう」

える「あの、私はもっと元気が良いと思いますけど……」

奉太郎「そうか? 周りから見たらこんな感じだぞ」

える「え? そうなんですか?」

奉太郎「ああ」

える「……もうちょっと、愛想を良くしないといけませんね」

奉太郎「……」

える「……」

555: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:27:40.98 ID:BccZl9/d0
奉太郎「……冗談だけどな」

える「え、じゃあ私は元気良いですか?」

奉太郎「ああ、さっきの10倍程には」

える「それは良かったです……どうしようかと思いました」

奉太郎「それも冗談だと言ったら?」

える「おーれーきーさーん! もう冗談はやめてください!」

奉太郎「分かったよ、それで話の続きをしよう」

奉太郎「ええっと、なんだっけか」

える「私が笑った事についてですね」

奉太郎「そうだった……ってまだ俺の真似をするのか」

える「はい、こうして折木さんが考える時の真似をしていると何か浮かんで来そうなんです」

奉太郎「ふむ、そうか」

556: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:28:08.05 ID:BccZl9/d0
奉太郎「でも笑ったのは千反田本人だろ? なら別に考えなくてもいいんじゃないか」

える「あ、そういえばそうでしたね」

える「では、お話しましょう」

える「つまりですね、私が笑ったのは」

える「折木さんが自主的に動くと言うのが、面白かったんです」

……さいで。

奉太郎「……言っとくがな、そこまで俺は動かない訳ではないぞ」

える「……そうなんですか?」

奉太郎「そうだ。 俺だって動くときはある」

える「例えば、どんな時でしょうか」

奉太郎「……そうだな、例えば」

557: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:28:34.62 ID:BccZl9/d0
10秒……30秒……1分。

奉太郎「今この時だ。 俺が自主的に映画館に行こうと言った」

える「無かったんじゃないですか」

える「私の、勝ちですね」

何を持って勝ちとするのかは不明だが、そういう事にしておこう。

奉太郎「ああ、千反田の勝ちだ。 すまなかった」

える「えへへ」

俺に勝ったのがそんな嬉しいのかと思うほど、千反田は気分が良さそうにしている。

奉太郎「そこまで嬉しいのか、俺に勝てて」

える「勿論です! いつも折木さん頼みでしたので」

奉太郎「ま、千反田がそれでいいならいいか」

える「その言い方ですと、折木さんに勝ちを譲ってもらったみたいで納得できません」

奉太郎「……どういう言い方ならいいんだ」

558: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:29:05.48 ID:BccZl9/d0
える「そうですね……例えば」

える「さすがは折木さんです! ありがとうございます」

える「こんな感じでお願いします」

奉太郎「そうか」

える「では、どうぞ」

奉太郎「……ん、それ言わないと駄目なのか?」

える「駄目ですよ」

奉太郎「……さすがはちたんださんです、ありがとうございます」

える「やっぱり折木さんの言い方だと納得できません……」

奉太郎「じゃあやらせるな、それより」

奉太郎「そろそろ時間じゃないか?」

える「あ、そうですね。 行きましょうか」

そして、俺達は向かう。 何が上映するのか未だに知らない映画を見に。

そう、知らなかったのだ。 映画の内容が何かを。

559: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:29:33.31 ID:BccZl9/d0
ドラマ等なら、ラブストーリーを見た二人はその後良い展開になるだろう。

しかし……姉貴がそんなロマンチックな物を用意している訳が無かった。

映画のタイトルは

「農家よ、今こそ立ち上がれ」

千反田はそのタイトルを見ると、とても嬉しそうにしていた。

何かの参考になるのだろう。 なんの参考になるのか知らないが。

俺は映画が始まってから5分ほどで、眠くなってきた。

……それにしてもこの映画、観客が驚くほど少ない。

俺と千反田は真ん中くらいに座っていたのだが、その列には他に客は居なかった。

少し顔を上げると前の方に人影が見えることから、数人は客が居るのだろう。

恐らく多分……居ても10人ほど。 勿論俺達を含めて。

映画の内容は田を耕す人々や、現在の農家の在り方。 誰が楽しくて見るのだろうか?

える「……折木さん、すごいですね」

560: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:30:00.55 ID:BccZl9/d0
ああ、一人居た。

少なくとも一人は居た。 良かったな監督。

俺は非常に寝たかった、しかしそれを隣に座っているこいつは許してくれない。

見る人が見れば盛り上がるのかもしれない場面で、小声で俺に話しかけてくるからだ。

俺はそれに「ああ」とか「うん」とか「ほう」とか適当に返しているのだが、当の千反田は全く気にしていない。

そして2時間程その苦行をこなし、ようやく映画が終わる。

千反田は終始楽しんでいた様子で、良かった良かった……

える「面白かったですね、折木さん」

奉太郎「ん、ああ……そうだな」

える「……本当ですか? とても眠そうにしていましたが」

気付いていたのか、ならなぜ話しかけた。

奉太郎「正直な、眠かった」

奉太郎「……気付いていたなら寝かせてくれ」

える「確かに、何も知らない人が見たら退屈な映画だったかもしれませんね」

える「でも少し……折木さんにも興味を持って欲しかったです」

興味、ねえ。 まあ人生何があるか分からないしな。 万が一にでも興味が向いてしまう可能性が無きにしも非ず。

奉太郎「……興味が向けば楽しくはなるのかもしれないな」

える「ええ、そうですね」

561: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:30:32.68 ID:BccZl9/d0
~映画館外~

奉太郎「丁度昼くらいか」

える「丁度お昼くらいですね」

千反田と同時に言い、つい顔を見合わせる。

奉太郎「……何か飯でも食っていくか」

える「あ、それなんですけど」

える「私のと折木さんのお弁当、作ってきちゃいました」

奉太郎「おお、本当か」

千反田の料理の腕は前に食べたことがあったので知っている。 これはとても嬉しい。

える「はい、どこか公園で食べましょう」

奉太郎「分かった」

タイミング良く、近くにあった公園に俺と千反田は入る。

ベンチに腰掛けると、千反田はカバンから弁当箱を二つ取り出した。

562: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:30:59.83 ID:BccZl9/d0
える「これ、折木さんの分です」

奉太郎「そうか、ありがとう」

そう言い、千反田が両手に持っている弁当箱を右手と左手に分けて掴んだ。

える「……あの」

奉太郎「……冗談だ」

千反田から右手に持っていた弁当箱を貰う。

える「少し、驚きました」

奉太郎「俺が大食いだったことか?」

える「……折木さんがそんな冗談をした事に、です」

奉太郎「ああ、俺には人を笑わせる事は向いていないかもな」

える「あ、そんな事はないですよ。 とても面白かったです」

やめてくれ、そんな目だけ笑っていない笑顔を向けられては惨めな気分になってしまう。

奉太郎「あ、ああ……そうか」

563: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:31:33.99 ID:BccZl9/d0
そんな惨めな気持ちを振り払うために、弁当を開く。

俺にはとても名前が分からない食べ物が、野菜を中心に入っていた。

奉太郎「うまそうだな」

える「ふふ、そう言って貰えると嬉しいです」

える「新鮮な野菜等を使っているので、とてもおいしいと思いますよ」

える「お肉とかも入れたかったのですが、時間があまりなくて……すいません」

奉太郎「いやいや、作ってきてくれただけでありがたい。 文句なんて一つもない」

奉太郎「……では、千反田先生の料理解説を聞きながら食べるとするか」

える「あ、任せてください!」

まずは一つ目……これは何かの野菜、だろうか。

える「それは菜の花のお浸しです、結構有名ですよ」

奉太郎「確かに結構見ている気がするが……これって菜の花だったのか」

564: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:32:27.77 ID:BccZl9/d0
える「ええ、香りもいいので私はよく食べています」

ふむ、確かに。 春の香りがする。 夏だが。

奉太郎「おいしい、なんかもっと気の利いた事が言えればいいのだが……おいしいな」

える「ふふふ、それだけで十分ですよ。 ありがとうございます」

それはそうと、この隅のほうに可愛く飾られているのは何だろうか。

える「あ、それはペチュニアです。 一応食べられますね」

奉太郎「そうなのか? 生のままに見えるが」

える「あくまでも飾りだったので、そのまま置いといてもいいですよ」

ふむ、最後にちょっと食べてみるか。

565: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:32:58.09 ID:BccZl9/d0
奉太郎「こっちは、普通の卵焼きか?」

える「それはですね、中に桜えびが入っています」

奉太郎「ほう、どれどれ」

うまい、これは何個でもいけそうだ。

える「どうですか?」

奉太郎「これは是非、また作って欲しい」

える「えへへ」

える「折木さんさえよければ、いつでも!」

それからいくつかの解説をしてもらい、弁当を食べ終わる。

千反田も食べ終わったところで、千反田がカバンからタッパーを取り出した。

える「これ、デザートにどうぞ」

奉太郎「イチゴか、ありがとうな」

千反田が持ってきたイチゴはとても甘く、疲れた体に染み渡った。

それもすぐに食べ終わり、さてどうしようかと話していた時だった。

566: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:33:24.46 ID:BccZl9/d0
ふと顔に水滴が当たり、顔を上に上げる。

奉太郎「予報より、早かったみたいだな」

まだ弱いが、雨が降ってきた。 ここまで早く降るとは思っていなかったので傘は持ってきていない。

える「強くなりそうですね、その前に帰りましょうか」

奉太郎「ああ、そうだな」

そして俺と千反田は公園から出る、雨はまだ……降ったり止んだりでそこまで気にする必要はないだろう。

ここから家までは歩いて20分程くらいかかる、それまで持ち堪えてくれればいいのだが。

える「あの、今日はありがとうございました」

奉太郎「俺は暇だったからな、別にいいさ」

える「また今度、遊びましょうね」

奉太郎「……ああ、そうだな」

それから5分程歩いたところで、千反田がふと何かに気づいた様子で立ち止まった。

567: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:33:51.65 ID:BccZl9/d0
奉太郎「……どうした?」

える「これ、スイートピーですね」

そう言い、千反田が指を指したのは人の家に飾ってあった花だった。

奉太郎「ん? ああ、花か」

える「夏咲きのスイートピー、素敵です」

奉太郎「人の物だからな、持って帰るなよ?」

える「……私がそんな事をすると思います?」

奉太郎「さあな、もしかしたらするかもしれない」

える「酷いですよ。 ただ……好きなんです、このお花」

奉太郎「……そうか」

える「ごめんなさい、行きましょう」

花、か。 俺には全く持って分からない感情だ。

568: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:34:30.28 ID:BccZl9/d0
える「あ、折木さん」

える「今度は私が誘いますね?」

千反田が少しだけ俺の前に出て、振り返りながらそう言った。

奉太郎「……楽しみにしておく」

奉太郎「それより、前を見ないと危ないぞ」

その言葉を最後まで言ったか言わないかくらいの時だった。

える「きゃあ!」

予想通りと言ったらあれだが……千反田が転んだ。

奉太郎「……言わんこっちゃない」

奉太郎「大丈夫か?」

える「ご、ごめんなさい。 大丈夫です」

奉太郎「とてもそうは見えないんだが」

える「このくらいなら、大丈夫ですよ」

しかし膝の辺りを擦りむいており、転んだにしては結構な血が出ていた。

……仕方ない、とりあえずは血を止めよう。

569: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:35:02.33 ID:BccZl9/d0
奉太郎「少し、待ってろ」

俺はそう言い、近くにあったコンビニで水を買ってくる。

奉太郎「これで洗い流せ、見てるだけでも痛々しいぞ」

える「わざわざすいません、ありがとうございます」

そして千反田の傷口を綺麗にし、ついでに買っておいた絆創膏を貼り付ける。

奉太郎「大丈夫か?」

える「は、はい。 大丈夫です」

える「あの……折木さんって、意外と優しいんですね」

意外は余計だろ、気にしないが。

奉太郎「意外にな、そんな事より」

奉太郎「雨が少し強くなってきたな」

空を見上げると、大分薄暗い雲が敷き詰めていた。

える「みたいですね、段々と」

気付けばポツポツからサーと言った感じになっている。 ……分かりづらいか。

570: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:35:53.25 ID:BccZl9/d0
える「コンビニで雨宿りしていきますか?」

奉太郎「ああ、いや。 今から段々強くなってくるだろうし。 帰った方がよさそうだ」

える「あ、は、はい」

そして俺と千反田は再び歩き出したのだが、どうにも千反田は足を痛めてるらしい。

足を庇う歩き方をして、無理をして俺に付いて来ている様子だった。

奉太郎「……足が痛かったなら、そう言ってくれ」

奉太郎「さっきのコンビニで休んでもいけただろ」

える「ご、ごめんなさい。 あまり迷惑を掛けたくなかったので……」

全く、今まで1年と半年程も俺に迷惑を掛け続けよく言えた物だ。

奉太郎「今更一個増えた所で何も思わない」

える「……はい」

奉太郎「……はぁ」

571: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:36:22.42 ID:BccZl9/d0

俺は千反田の前に行くと、しゃがみ込む。

奉太郎「乗れ」

える「え、え、でも」

奉太郎「いいから、そっちの方が手短に済む」

える「……迷惑ですし」

奉太郎「今更一個増えても何も思わないってさっき言っただろ、逆にそっちの方が俺は助かる」

える「で、では……失礼します」

人に負ぶさるのに、その挨拶はどうかと思うが……別にいいか。

奉太郎「じゃ、いくか」

える「は、はい……ありがとうございます」

千反田はそう言い、どこか恥ずかしそうにしていた。 確かに俺も少し、恥ずかしい。

会話は自然と無くなり、道をゆっくりと進む。

奉太郎「足はまだ痛むか」

える「……」

返答が無かった。 俺はそのまま頭だけを後ろに向ける。

572: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:37:09.27 ID:BccZl9/d0
奉太郎(こいつ、寝やがった)

千反田は小さく寝息を立てながら、俺の背中で寝ていた。

別段、会話をしたい訳ではなかったし、構わないのだが……少し重い。

だが重いから起きてくれとは俺でも口にはできない、仕方あるまいと無言で歩くことにした。

30分程だろうか、ようやく千反田の家が視界に入ってくる。

奉太郎「……おい、起きろ」

える「……あ」

える「……お、おれきさん」

える「……すいません、寝てしまってました」

奉太郎「いいさ、それよりそろそろ着くぞ」

える「……ありがとうございます」

千反田はそう言い、俺の背中から降りる。

573: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:39:21.90 ID:BccZl9/d0
奉太郎「足は大丈夫か」

える「ええ、おかげさまで……もう大丈夫です」

その言葉は嘘ではなかったらしく、見た限り普通に歩いている。

える「今日は本当にありがとうございました」

奉太郎「……えらくエネルギー消費が激しかった一日だ」

える「次は、私が負ぶりますね」

いや、それはなんか違うだろう。

奉太郎「遠慮しておく、ここら辺でいいか?」

える「あ、はい! また遊びましょうね」

奉太郎「……そうだな」

俺は千反田に軽く手を挙げると、振り返り自分の家へと向かう。

える「……折木さん!」

一度千反田の方に振り向く、声を掛けずとも千反田は口を開き言葉を続けた。

574: ◆Oe72InN3/k 2012/09/20(木) 23:39:51.42 ID:BccZl9/d0
える「あの、花言葉ってご存知ですか?」

奉太郎「花言葉? 知らないが」

単語自体は聞いた事がある、しかし内容まで知っている訳ではない。

える「そうですか、それではまた」

何だったのだろう? 深い意味があったのだろうか。

……考えるのはちょっと面倒だな。 いくら普段エネルギーを使っていないからといっても今日は疲れた。

奉太郎「ああ、またな」

雨は既に上がっていた、神山連峰から差し込む夕日に夏の一日を感じながら、俺は帰路につく事にした。



第18話
おわり

587: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:31:12.06 ID:mwRcZwGX0
8月のある日。

外で喚いてるセミ達も、この暑さでは焼かれるのでは無いだろうかと俺が心配するほど……今日は暑い。

しかし俺は出かけなければいけない。 昨日の夜、悪魔の電話があったせいで。

あれは確か、俺が風呂を出た後だった。 姉貴が「千反田さんから電話きてたわよ」と言うので渋々掛けたまでは良かった。

……あいつはこんな事を言っていた。

「明日古典部で集まる事になりました」

「折木さんも勿論来ますよね」

「福部さんが何やら話したい事があるらしいです」

との事らしい。

姉貴から電話が来たと聞いたときは、またどうせくだらない事だろうとは思ったが……里志が俺たちを集めるとは少し珍しい。

それに興味もあったせいか、俺は特に考えもせず行く旨を伝えてしまった。

……今日のこの気温を知っていれば、快諾は絶対にしなかっただろう。

だが、快諾をしなかったと行っても結局は行くことになっていたのかもしれない。

588: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:31:38.81 ID:mwRcZwGX0
しかしそれでも、やはりこの暑さでは外に出る気は失せると言う物だ。

ああ……この思考をする時間……それこそ無駄かもしれない。 それに行かなければあいつは……千反田えるは家まで迎えに来てしまう可能性もある。

奉太郎「……面倒だ」

夏の気温と言う物に少しの悪態を着きながら俺は外へと繋がる扉を開けた。

ようこそ夏へ! と言わんばかりの湿気と温度。 学校へ着く前に行き倒れしてしまうかもしれない。

倒れればそのまま病院へと運ばれるだろう。 そして涼しい病室で俺は夏を過ごす。 案外良い物かもしれない。

奉太郎「……暑い」

だが意外と人間は丈夫にできている、案外倒れない物だ。

自転車で来ればある程度は快適に学校まで行けたかもしれないが、自転車は姉貴が使用中なのでそれも叶わなかった。

今決めた、里志に何かアイスでも奢って貰おう。 そのくらいの権利は俺にあるだろう。

589: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:32:11.70 ID:mwRcZwGX0
~古典部~

奉太郎「……暑いな」

摩耶花「分かってるわよ、一々言わないで」

奉太郎「……寒いな」

摩耶花「気休めにもならないから、やめてくれない?」

奉太郎「……」

摩耶花「気まずいから何か喋ってよ」

理不尽だろ、これは。

奉太郎「……それで、後の二人はどうした」

摩耶花「さあ、まだ時間まで少しあるし……そろそろ来るんじゃない?」

千反田は百歩譲って許すとして、里志は集めた側……俺に言わせれば加害者だ。 何故あいつが居ない。

奉太郎「帰ってもいいか」

摩耶花「良いわけないでしょ」

奉太郎「……はぁ」

約束の時間まではもう少しある、もし5分過ぎても来なかったら帰ろう。 家でアイスでも食べたい。

590: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:32:41.92 ID:mwRcZwGX0
奉太郎「……」

摩耶花「……」

奉太郎「来ないな」

摩耶花「見れば分かるわよ」

奉太郎「じゃ、またな」

摩耶花「ちょっと、あんた本当に帰るの?」

奉太郎「俺はそこまで気が長くないからな、時間は無駄にしたくない」

摩耶花「よく言うわ……ほんと」

伊原を無視し、ドアに手を掛け開く。

える「おはようござい-----ひゃ!」

奉太郎「うわっ!」

丁度ドアを開けたところで、千反田が飛び込んできて俺とぶつかる。 千反田は見事に後ろへと倒れていた。

奉太郎「……大丈夫か」

える「あ、はい。 なんとか」

そのまま千反田に挨拶をして帰るわけにもいかず、仕方なく俺は再び席に着いた。

591: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:33:08.19 ID:mwRcZwGX0
摩耶花「帰るんじゃなかったの?」

伊原は少し声を大きくし、俺に向け言ってくる。

える「え、駄目ですよ。 福部さんが来るまで待ちましょう」

狙って言ったな、伊原め。

奉太郎「……分かったよ、だがあまりにも来なかったら帰るからな」

すると伊原が俺の耳に顔を近づけ、小さく言葉を発した。

摩耶花「……ちーちゃんには甘いんだね」

奉太郎「……俺は酷く後悔している」

摩耶花「……何を?」

奉太郎「……お前に話したことを」

摩耶花「……誰にも話さないわよ」

奉太郎「……そうか、あまり期待はしないでおく」

える「あれ? 何を話しているんですか?」

摩耶花「え、ああっと……」

奉太郎「な、何でもない」

える「なんでしょう……気になります」

さあて、どう回避しようか。 伊原のせいで全く持って面倒な事になってきたぞ。

592: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:33:36.23 ID:mwRcZwGX0
里志「みんなー遅れてごめーん!」

える「あ、福部さん。 お待ちしてました」

たまにはタイミングがいい事もあるな、里志は。 アイスを奢って貰うのは簡便してあげよう。

奉太郎「遅いぞ、何をしていた」

里志「色々あってね、僕も大変なんだよ」

摩耶花「何かあったの?」

里志「いや……ちょっと、ね」

える「なんでしょう……もし私達に相談できることでしたら……」

奉太郎「どうせくだらない事だろ」

える「酷いです! 折木さん!」

える「もし、福部さんが思い悩んでいたら助けてあげるのが仲間という物ですよ!」

これが友情と言う物なのか、なるほど。

摩耶花「それで、ふくちゃんどうしたの?」

里志「え? 寝坊した」

593: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:34:04.09 ID:mwRcZwGX0
この時の千反田の顔は中々に面白かった。 今まで見たことの無いようなじっとりとした目で里志を見ていたのだから。

奉太郎「……里志、今日俺たちを集めた用事はなんだったんだ」

里志「あ、そうそう。 実はね」

里志「皆で旅行にいかないかな?」

奉太郎「行かない」

里志「……千反田さんはどうかな?」

える「旅行、ですか?」

里志「そそ、折角の夏休みだしね」

摩耶花「いいとは思うけど、どこに行くの?」

里志「夏と言ったら海! 沖縄に行こう!」

える「沖縄ですね! 行ってみたいです!」

摩耶花「沖縄って言っても……そんなお金無いわよ」

奉太郎「そうだそうだ、お金なんて無いぞ」

やはり、里志にはあげるべきではなかった。 回りまわって結局は俺が被害を受けることになるとは想像もできなかった。

594: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:34:30.27 ID:mwRcZwGX0
里志「ホータローは知ってるでしょ。 沖縄に行く方法」

える「え、そうなんですか?」

奉太郎「さあな、検討もつかん」

里志「おっかしいなぁ、ホータローが居なければ行けなかった筈なんだけど……」

摩耶花「ちょっとふくちゃん、早く説明してよ」

里志「チケットさ」

里志「もう大分前だけどね、ホータローに貰ったんだ」

里志「それもぴったし4枚! 僕はこれをメッセージだと思ったよ」

奉太郎「……どんなメッセージだと思ったんだ」

里志「皆で旅行に行きたいっていう、ホータローのメッセージさ」

奉太郎「やっぱりそれ返せ」

里志「人に一度あげたものを返せって言うのはどうかと思うよ? ホータロー」

摩耶花「折木もたまにはいい所あるじゃん。 行こう、皆で」

奉太郎「俺はこの為に渡した訳では無い、返せ」

える「福部さんの言うとおりです! 一度あげた物を返せというのはあまり良くないと思いますよ。 折木さん」

595: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:35:09.21 ID:mwRcZwGX0
奉太郎「……沖縄に行きたいだけだろ、千反田」

える「そ、そんな事はないですよ!」

える「別に沖縄に行きたいとは……思っていないです」

奉太郎「そうか、残念だったな」

奉太郎「里志、千反田は沖縄に行きたくないそうだ」

奉太郎「とても心苦しいが、3人で行こう」

俺がそう言い、里志の方に顔を向けると里志は何故か全てを悟った様な顔を俺に向ける。

里志「そうなの? 千反田さん」

える「い、いえ! 私は……」

える「……行きたいです」

里志「らしいよ、ホータロー」

里志「……良かった、これで全員参加だね」

ああ、俺は嵌められたのか。

この古典部には俺の味方など最初から居なかったのだ。

596: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:35:35.37 ID:mwRcZwGX0
奉太郎「やはり、奢ってもらう事にした」

里志「え? なんの話しだい?」

奉太郎「気にするな、その内分かるから」

里志「なんか、嫌な感じだね。 とても嫌な感じがする」

摩耶花「そ、れ、で!」

摩耶花「いつ行くの?」

里志「うん、それも決めないとね」

里志「三泊四日あるから、満喫できそうだよ」

里志「じゃあ、予定を決めていこうか」

597: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:36:48.10 ID:mwRcZwGX0
~沖縄~

結局は、こうなる。

里志「着いたね! 沖縄!」

奉太郎「まずは旅館に行こう、荷物を置きたい」

沖縄までは飛行機で来たのだが、あの乗り物は俺を苦しめる為に存在しているのかもしれない。

あれに年がら年中乗っている姉貴を少し、尊敬する。

摩耶花「それにしても、旅館もちゃんと付いてるチケットなんてすごいね」

摩耶花「ほんのちょっとだけ、折木に感謝しておくわね」

奉太郎「形のある物をくれ」

里志「まあまあ、とりあえずは旅館に行こうか」

里志「それから観光でもゆっくりすればいいしさ」

奉太郎「ああ、そうだな……それより」

奉太郎「あいつは何をしているんだ」

俺はそう言い、首で千反田を指す。

里志「千反田さんは、多分……興味を惹かれる物があるのかもね」

確かに、さっきから静かに周りをくるくると見回している。 目を輝かせながら。

奉太郎「おい、千反田」

える「え? あ、はい」

奉太郎「行くぞ、観光なら後でゆっくりすればいい」

える「あ、そうですね。 分かりました」

598: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:37:14.35 ID:mwRcZwGX0
~旅館~


俺達が泊まる事となっている旅館は、高校生が旅行で泊まるにはとても豪華すぎる程だった。

える「わあ、素敵な旅館ですね」

千反田がそう言い、俺に笑顔を向けてくる。

奉太郎「そ、そうだな」

不意打ちの笑顔に、少し動揺してしまった。

里志「僕達の部屋は……ここだね」

里志「二部屋あるから、僕とホータローは左の部屋で、千反田さんと摩耶花は右の部屋でいいかな?」

摩耶花「うん、じゃあ一回荷物置いてくるね」

える「また後で」

伊原と千反田はそう言うと、自分達の部屋へと入って行った。

俺と里志はそれを見て、同じく自分達の部屋へと入る。

里志「それにしても、随分と立派な所だね」

奉太郎「そうだな、一応姉貴にも何かお土産買って行ってやるか」

里志「うん、それがいい」

俺と里志は荷物を置くと、その場に座り込む。

599: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:38:09.35 ID:mwRcZwGX0
里志「もう、夏も終わりが近いね」

里志が思い出したかの様に、口を開いた。

里志「この旅行が終われば、すぐに秋が来そうな気がするよ」

奉太郎「そうか? まだ結構時間があるだろ」

里志「あっという間さ、ついこないだまで中学生だったんだ」

里志「それが今は高校生、この分だと大人になるのもすぐかもね」

奉太郎「……そう、かもな」

少しの沈黙、窓から吹き込んでくる風が俺の髪を揺らしている。

里志「そうそう、それよりさ」

里志「ホータロー、千反田さんと何かあった?」

奉太郎「……お前もか」

里志「お前も? って事は摩耶花に何か言われたね」

奉太郎「ああ、最近仲が良くなった様に見えるとかなんとか」

里志「はは、それじゃあ僕と摩耶花は一緒の意見だ」

奉太郎「……時間が経てば、自然とそうなるだろ」

奉太郎「俺とお前だって最初から仲が良かった訳ではないしな」

600: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:38:41.21 ID:mwRcZwGX0
里志「まあ、そうだね。 それは確かにそうだよ」

里志「でも、ちょっと違うと言うか……うーん、なんて言えばいいのかな」

そして、次に里志が口を開こうとした時に扉越しから声が掛かる。

摩耶花「ちょっと、いつまで休んでいるのよ」

摩耶花「まだ夜まで時間あるしどっか行かない?」

里志「……この話は、また今度にしようか」

奉太郎「……分かった」

里志「ごめんごめん! 一回中に入って計画立てようか?」

里志はそう言うと、扉を開け中に伊原と千反田を入れる。

二人が中に入り座ると、そこを中心として里志が持ってきた地図を開いた。

里志「やっぱりさ、沖縄と言ったら首里城じゃない?」

摩耶花「あ、ちょっと行って見たいかも」

える「私は水族館に行ってみたいです! 色々と周る所が多そうですね」

三人がそんな事を話しながら、盛り上がっていた。

601: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:39:21.08 ID:mwRcZwGX0
ああ、駄目だ。 やはり俺は……こういうのは合っていない。

こんな感じは前にもあった、いつだったっけか。

……図書室で話した時か、あの時は確か……本の謎で盛り上がる三人を眺めていたんだった。

俺がこいつらの様に他愛の無い事で楽しめる様には多分、ならないだろう。

特に行きたい場所等があった訳でも無く、今回の旅行もただの成り行きだったのだ。

少しだけ自分は薔薇色なのだろうか? と前に思った事があった。

けどやはり、本質的な部分は変わらない。

俺には、灰色の方が似合っているという物だ。

摩耶花「ちょっと、折木?」

奉太郎「……ん、すまない」

その思考を、伊原によって遮られた。

摩耶花「またあんた、くだらない事考えてたんじゃないの?」

奉太郎「……ああ、そうだな」

摩耶花「……? ま、いいわ」

摩耶花「とりあえず行く場所は決まったから、準備したら外でいいかな?」

里志「うん、了解」

える「分かりました、では一度戻りますね」

奉太郎「ああ、また後でな」

……そんな事を考えていても仕方ないか。

折角の旅行だ。 少しは楽しもう。

602: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:39:59.96 ID:mwRcZwGX0
それからは、良く分からない城や沖縄の街中を四人でぶらぶらと歩いた。

夏の日差しは神山よりも随分と乾いていて、大分爽やかだったと思う。

沖縄特産の物を食べたり、所々にある観光名所を回っていたらあっという間に辺りは暗くなっていた。

里志「早いなぁ、もう暗くなってるよ」

摩耶花「明日もあるんだし、まだ時間はたっぷりあるでしょ」

える「そうですね。 明日は是非、水族館へ行きたいです」

奉太郎「よっぽど気に入ったのか、水族館が」

える「はい!」

里志「はは、じゃあ明日は水族館でいいかな?」

摩耶花「うん、異論無し!」

そんなこんなで早くも明日の予定は決まった様だ。

奉太郎「分かった、じゃあそろそろ戻るか」

俺の言葉を聞き、三人は旅館に向かって歩き始める。

前を歩く三人はどうやら、今日の事で話をしている様だった。

奉太郎(……疲れたな)

少し、歩きすぎた。 旅館に着いたらすぐにでも寝たい気分だ。

603: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:40:26.73 ID:mwRcZwGX0
夜の気温は心地が良いものだ、海が近いせいもあるのだろうか? 吹いてくる風が気持ちいい。

そんな風が一際強く吹いたとき、俺の少し前を歩く千反田が振り返る。

にこりと笑い、歩みを止め、俺の横に並んで歩き始めた。

奉太郎「……どうした」

える「いえ、折木さんが少し疲れている様子だったので」

奉太郎「そうか? いつも通りだが」

える「それならいいんですが」

える「どうですか? 沖縄は」

奉太郎「……いい所だとは、思うかな」

える「何か意味がありそうな言い方ですね」

奉太郎「まあな」

える「それはどういう意味でしょうか?」

奉太郎「敢えて言うなら、地元の人が何を言っているのか分からないって事だ」

える「……ふふ、確かにそうですね」

える「暮らすのは少し、苦労しそうです」

奉太郎「千反田は沖縄に住みたいのか?」

604: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:40:52.25 ID:mwRcZwGX0
える「い、いえ。 私には家があるので……」

ああ、そうだった。 これは、しまったな。

奉太郎「……すまん」

える「何故、謝るんですか?」

える「前にも言いましたが、私は自分の場所をつまらない所だとは思っていませんよ」

える「楽しい場所、という訳でもないですが……」

だったら、だったらなんで。

何でそんな悲しそうに言うんだ。 お前は外を見たいんじゃないのか? と言おうとする。

だがそれは、言葉には出せなかった。

俺はとても、千反田の人生に口を出せるほどの人間ではない。

人から尊敬される程の人間でもない。 だから言葉に出せなかった。

奉太郎「……旅館、見えてきたぞ」

える「あ、ほんとですね。 明日は水族館、楽しみです!」

605: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:41:20.34 ID:mwRcZwGX0
~旅館~


伊原と千反田と別れ、俺と里志は自分達の部屋へと戻ってきた。

奉太郎「……ふう」

里志「よっぽど疲れたみたいだね、まあ……それもそうか」

俺は窓際に置かれていた椅子に腰を掛ける。

吹き込んでくる夜風が俺の心を安らがせる。

里志「それで」

もう片方の椅子に里志が座り、話しかけてきた。

里志「ホータローはさ」

里志「自分が優しいと思った事はあるかい?」

さっきの話の続きではないらしい、また別の話だろう。

それより……俺が、優しいと思った事?

奉太郎「無いな」

里志「確かにそうだね、ホータローは優しくない」

無いと言ったが、改めてはっきり言われると少しムッとするな……

奉太郎「そう言うお前は自分が優しいと思うのか?」

里志「勿論! 甘すぎるくらいに優しいさ」

606: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:41:47.41 ID:mwRcZwGX0
里志の顔は、いつもの笑顔が消えていて……真剣その物だった。

言葉からしてふざけている物と思っていたが、里志の真剣な顔を見て少し驚かされた。

奉太郎「随分と自信があるな、今度伊原に聞いてみよう」

里志「はは、摩耶花に聞いたら絶対に優しくないって返って来ると思うよ」

奉太郎「……それなら優しくはないんじゃないか」

里志「うーん、どうだろうね」

奉太郎「今日のお前は、話していると疲れるな……」

里志「それは悪いことをしてしまった、じゃあ僕はお風呂に入ってくるよ」

奉太郎「ああ、俺は後で入ることにする」

里志が居なくなった後、窓から外を眺めた。

海の匂いが少しだけして、新鮮な気分になる。

奉太郎「俺が優しいか……」

奉太郎「やはり、ないな」

まだまだ先は長い、明日は水族館か。

朝が、早そうだな……


第19話
おわり

608: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:42:41.49 ID:mwRcZwGX0
顔を何者かに蹴られ、目が覚めた。

頭を掻きながら起き上がる。

奉太郎(こいつは……寝相が悪すぎるな)

蹴った犯人はすぐに分かる、この部屋には俺と里志しか居ないのだから。

奉太郎(まだ4時か、少し距離を置いて寝よう)

里志と距離を置き、再び寝ようとしたのだが……

寝言がどうにもうるさい。 どんな夢を見ているのだろうか。

奉太郎(……少し、外の空気でも吸ってくるか)

眠いが、仕方ない。

戻ってもまだ里志がうるさいようだったら押入れに突っ込んでおこう。

そう思いながら扉を開け、廊下に出る。

ふと左から物音がし、そちらに視線を向けた

609: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:43:15.16 ID:mwRcZwGX0
える「あ、おはようございます」

奉太郎「おはよう、伊原の寝相は悪いのか」

える「え?」

奉太郎「……いや、なんでもない」

お互いどこに行くかを言う訳でも無く、外に出た。

旅館の裏手に回ると、海が見渡せるベンチが何台か設置されており、そこに俺と千反田は腰を掛けた。

える「折木さんって、意外と朝が早いんですね」

奉太郎「本当にそう思うか?」

える「……違うんですか?」

奉太郎「俺が起きたのは、顔を蹴られたからだ」

える「顔を? ええっと……」

奉太郎「……里志は寝相が悪すぎる」

える「あ、そういう事でしたか」

える「少し、想像できますね」

奉太郎「俺はてっきりお前も同じ様に起きたと思ったんだが」

える「私はいつも朝が早いので、自然と目が覚めました」

奉太郎「ふむ、伊原も随分と寝相が悪そうだけどな」

610: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:43:48.79 ID:mwRcZwGX0
える「そんな事はないですよ! 摩耶花さんはとても」

える「その……可愛く寝ていました」

俺は寝相が悪そうだな、と言った。

対する千反田は可愛く寝ていたと言った。

千反田はうまく否定する言葉が出なかったのだろう。 千反田も中々に苦労している様だな。

奉太郎「……少し、つまらない話をしてもいいか」

える「はい、いいですよ」

奉太郎「あの話は、まだ話せそうに無いか」

これは確認だった。 後どのくらいの時間があるのか、と。

だが、話の内容を聞きたいという気持ちも少しあったのかもしれない。

える「……すいません、まだ……できません」

える「もう少し、もう少しなんです」

千反田はそう言いながら、俺の顔を見ながら話している。

611: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:44:27.72 ID:mwRcZwGX0
える「私の気持ちに整理が付いたら、必ずお話します」

そう言う千反田の顔は、とても申し訳無さそうにしていた。

そして最後の言葉を言うときには、俺から顔を逸らしていた。

そこまで申し訳無さそうにされてしまうと、なんだか悪いことをした気分になってしまう。

奉太郎「……変な事を聞いてすまなかった」

える「い、いえ」

奉太郎「少し眠いな、俺はもうちょっと寝る事にする」

える「そうですか、私もそろそろ戻ります」

それから会話は無かった。

終始申し訳無さそうにしている千反田を見ていると、やはりこの会話はするべきでは無かったのかもしれない。

える「では、また後で」

奉太郎「ああ」

最後に挨拶を軽くすると、俺は再び部屋へと入る。

奉太郎(……押入れに押し込むか、こいつ)

俺の布団を巻き込み、とても幸せそうに里志は寝ていた。

……その後、何度か里志を押入れに入れようとするが中々うまく行かない。

仕方がないので俺が押入れで寝る事にした。

気分はどこかの青い狸である。

意外にも寝心地が良く、すぐに夢の中へと俺は入って行った。

612: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:44:54.15 ID:mwRcZwGX0
~水族館~


朝は少し面倒くさい事になってしまった。

起きたら押入れの扉は開いていて、里志と伊原が俺の事を携帯のカメラで撮っているのが最初に見た光景だ。

……携帯ではなく、スマホか。

まあそんな事はどうでもいい。 その写真を消すのに大変な労力を使ってしまったのだ。

しかし……中途半端に寝て起きたせいで、若干頭が痛い。

だが折角来ているんだ、少しくらいは我慢しよう。

あまりこいつらに、迷惑は掛けたくはない。

そして今は水族館へと来ている。

里志「この水族館は結構有名だね」

里志「大きく分けて、3つのエリアがあるみたいだよ」

摩耶花「へぇー。 どんなのがあるの?」

里志「まずは一つ目、サンゴ礁」

奉太郎「サンゴ礁? それって見ていて楽しいのか」

里志「ただサンゴを見るだけじゃないさ、そこに住んでいる魚達も一緒に見れるみたいだね」

える「は、早く行きましょう!」

里志「あはは、落ち着いて千反田さん」

613: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:45:26.44 ID:mwRcZwGX0
里志「次に二つ目、黒潮」

里志「ここが多分、一番迫力があるんじゃないかな?」

摩耶花「黒潮って言うと……サメとかかな?」

里志「そう、その通り!」

奉太郎「ほお、それはちょっと見てみたいな」

える「そうですよね! あの、早く行きましょう」

奉太郎「少しは里志の説明に耳を傾けろ……時間はあるんだし」

える「あ、す、すいません……」

里志「じゃあそんな千反田さんの為に、手っ取り早く説明を終わらせちゃうね」

里志「もう一つは深海」

える「深海……ですか」

614: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:45:59.53 ID:mwRcZwGX0
里志「そう、沖縄の周辺に住んでいる深海魚が見れるみたいだね」

里志「深海は面白いよ、普段見れない魚がいっぱいいる」

奉太郎「ま、暇はしそうにないな」

摩耶花「そうね、じゃあ行こうか?」

摩耶花「ちーちゃんも早く行きたそうだし」

える「ご、ごめんなさい。 私、楽しみで」

里志「良い事さ、ホータローにもこのくらい興味を持って欲しい物だね」

奉太郎「ふん、いいから行くぞ」

615: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:46:29.97 ID:mwRcZwGX0
~館内~

奉太郎「まずはどこから周るんだ?」

里志「そうだね……どうしようか?」

摩耶花「あ、じゃあサンゴから見たいかな」

える「はい! 行きましょう」

奉太郎「特に決まっていないなら、そこから周るか」

それにしても、随分と広いな。

前に千反田と行った所よりも2、3回り大きいのではないだろうか?

俺は少し、楽しんでいるのかもしれない。

水族館に行きたいと言った千反田には感謝しておこう。

奉太郎(千反田よ、ありがとう)

摩耶花「折木何やってるの? 置いて行くわよ」

奉太郎「ちょっとくだらない事を考えていた、行くか」

616: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:47:05.29 ID:mwRcZwGX0
~サンゴ~

摩耶花「ここは、ヒトデとかが居るのかな?」

里志「うん、そうみたいだね」

える「あ、あの。 これって触ってもいいんでしょうか?」

奉太郎「いいんじゃないか? 他の人も触っているし」

える「で、ではちょっと失礼して……」

そう言い、千反田は水槽の中に手を入れた。

える「か、可愛いですね。 」

てっきりヒトデを触るのかと思ったが、千反田はナマコを触りながらそう言っていた。

奉太郎「それが……可愛いのか?」

える「え? 可愛いと思いますが……」

里志「僕はこっちの方が好みかな」

そう言う里志が手に持つのはウニ。

617: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:47:32.26 ID:mwRcZwGX0
奉太郎「……なあ、伊原」

摩耶花「な、なに」

奉太郎「お前はあいつらが持っている物が可愛いと思うか?」

摩耶花「なんか嫌だけど、折木と思っている事は一緒だと思う」

奉太郎「そうか、少し安心した」

しかし放って置いたらいつまでも里志と千反田は夢中になって、他の所に回れなくなってしまう。

奉太郎「おい、そろそろ行くぞ」

二名とも、渋々と言った感じで水槽から離れて行った。

でも確かに、あのウニやナマコの水の中で優雅に暮らしている生き方は学べる所が大いにあるだろう。

省エネに終わりはないのだ。

618: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:47:58.23 ID:mwRcZwGX0
里志「ええっと、ここは熱帯魚かな?」

奉太郎「みたいだな」

少し大きめの水槽には、色々な種類の熱帯魚達が居た。

摩耶花「……かわいいなぁ」

そう呟く伊原の顔は、とても子供っぽく見えた。

伊原は元々童顔であるが……この時は本当に中学生……ひょっとしたら小学生にも見えた。

える「本当ですね、可愛いです」

える「で、でも。 この大きなお魚は小さなお魚を食べてしまわないのでしょうか?」

奉太郎「……」

想像してみた。

客がたくさん見ている中で、食べられていく小さな魚達。

奉太郎「いや、ないだろ」

619: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:48:25.08 ID:mwRcZwGX0
える「そうなんですか、なら良かったです」

摩耶花「わぁ……」

……今度は伊原か。

奉太郎「いつまで見ている、次に行くぞ」

俺がそう言うと、伊原は俺の方を睨み付ける。

なんというか、この態度こそが里志と千反田とは違うのだろう。

そして俺はふと思う。

何故、憎まれ役が俺なのだろうか。

里志「まだ他にも小さなエリアがあるみたいだけど、違う所に移ろうか?」

える「ええ、そうですね。 他のエリアも気になります!」

摩耶花「うん、どうせ来たならざっとでも全部見たいもんね」

奉太郎「んじゃ、最初の場所に一回戻るか」

620: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:48:51.11 ID:mwRcZwGX0
~館内~

摩耶花「次はどこに行こうか?」

奉太郎「旅館に行こう」

摩耶花「……ちょっと黙っててね」

奉太郎「……ああ」

これが多分、気のいい奴だったら「そうだ! 旅館に行こう!」となるのだろうが、伊原相手では絶対にならない。

里志「あ、じゃあ次は黒潮の所に行かない?」

える「大きなお魚がいる所ですね! 行きましょう!」

ま、否定する理由も無い。 流れに乗って行くか。

摩耶花「おっけー!」

621: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:49:52.65 ID:mwRcZwGX0
~黒潮~

奉太郎「……すごいな」

とても巨大な水槽の中に、サメやマンタが居る。

迫力は物凄い物がある、これは……

える「……すごいですね」

千反田も思わず声を漏らしていた。

摩耶花「うう……ちょっと怖いね」

える「……可愛いです」

え? これも可愛いに入るのか?

里志「やっぱりこうでなくちゃね! 水族館に来たからには!」

里志「このでっかい水槽を見ていると、自分達が水槽の中にいるんじゃないかって錯覚しちゃうよ」

える「……来て良かったです、本当に」

奉太郎「そうだな、これは来て良かったと思う」

摩耶花「折木がそんな事言うのって、珍しいね」

奉太郎「……俺も普通に感動とかするからな、言っておくが」

里志「え、そうだったの?」

622: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:50:25.84 ID:mwRcZwGX0
こいつは。

奉太郎「それは冗談なのか? 本気で言っているのか?」

里志「いや……割と本気だったけど……」

さいで。

える「このガラスが割れたら……すごい事になりそうですね」

突然割れるガラス、逃げ惑う人々。

そしてサメは人々を食らい尽くすのだ。

いや、確かこのサメは人にあまり危害を加えないとか言っていた気がする。

奉太郎「まあ、割れないだろ」

える「……そうですか、それなら良かったです」

摩耶花「ちーちゃん、折木ー! 次行くわよ」

俺は渋々、巨大な水槽から離れる。

あ、伊原や千反田や里志はこういう気持ちだったのか。

さっきは悪いことをしてしまったな……

623: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:51:38.48 ID:mwRcZwGX0
~館内~

奉太郎「次はどうする?」

里志「うーん、僕と摩耶花は行きたい所に行っちゃったしね」

摩耶花「ちーちゃんに決めてもらおうか? 折木に聞いてもろくな事無いし」

悪かったな、ろくな事しか言えないで。

奉太郎「でも行ってない所はあと一つだろ? なら別に決めなくてもいいんじゃないか」

里志「あ、確かにそうだね。 じゃあ行こうか?」

える「あ、あの」

千反田が何かを言いたそうに、既に次に向かい歩いている俺達に声を掛ける。

摩耶花「どうしたの? ちーちゃん」

える「……すいません、少しはしゃぎすぎたみたいで……疲れてしまいました」

える「旅館に、戻りませんか?」

里志「意外だな、千反田さんがそんな事を言うなんて」

摩耶花「でも確かにちーちゃん、すごく楽しんでたもんね」

奉太郎「……」

里志「ま、じゃあ戻ろうか?」

摩耶花「うん、大分時間も経っていたみたいだしね」

624: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:52:23.40 ID:mwRcZwGX0
……何かおかしいだろ、これは。

俺が言った時と変わった事は……無い。

ここまで来ると自分自身が少し、かわいそうに思えて仕方ない。

だが、旅館に戻れるならまあ……いいか。

そして俺たちは、旅館へと戻って行った。

625: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:52:56.38 ID:mwRcZwGX0
~旅館~

伊原と里志は少し買い物をすると言って、二人で出て行った。

一度は俺と里志の部屋に集まった四人だったが、今は俺と千反田しか居ない。

奉太郎「それにしても、珍しいな」

える「何がです?」

奉太郎「お前が疲れたって言った事だ」

える「あ」

える「あれはですね、少しだけ……嘘だったんです」

奉太郎「ん? どういう意味か教えてくれ」

える「疲れたというのは本当です。 ほんの少しだけでしたけど」

える「本当はですね、少し、その」

える「折木さんが辛そうに見えた物で」

626: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:53:27.74 ID:mwRcZwGX0
奉太郎「……そうか」

える「どこか、具合が悪かったんですか?」

奉太郎「いや……少し頭が痛かっただけだ」

奉太郎「別にそこまでしてくれなくても……良かったんだがな」

素直にお礼を言えない自分に少し、腹が立ってしまった。

える「そうでしたか、では余計なお世話でしたね……すいません」

奉太郎「なんでだ」

える「え?」

奉太郎「悪いのは俺だ、何で俺を責めない?」

える「何故、ですか……自分でもちょっと、分かりません」

える「でも、折木さんは悪くないですよ」

627: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:53:54.97 ID:mwRcZwGX0
奉太郎「……そうか、すまなかったな」

奉太郎「少し、一人にしてくれるか」

俺が変な事を言ってしまうのは、頭が痛むからだろう。

そう思わないと、どうしようもなかった。

える「はい、分かりました」

える「それでは折木さん、お大事に」

千反田はそう言うと、俺の部屋の扉を閉めようとする。

奉太郎「……千反田」

聞こえるか聞こえないかくらいの声だったが、しっかりと聞こえていた様だった。

える「はい? どうかされましたか?」

奉太郎「その、ありがとな」

える「……はい!」

俺は千反田のその声を聞くと、ゆっくりと瞼を下ろす。

ああ、やはり頭が痛む。

旅館まで戻ってきたのは、正解だった。

少し、寝よう……

628: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:55:13.73 ID:mwRcZwGX0
寝たのは確か夕方だったが、俺はそのまま朝まで眠っていた。

その日が確か二日目だったから、今日が終わればもう帰らなければならない。

飛行機は朝の予約となっている、実質的には今日が最終日か。

今日は朝から沖縄市内を全員で周り、お土産やら特産品等を食べ歩いたりした。

そして夕方になって日が傾き始めたところで里志が思い出した様に言った。

里志「そういえば……海に行って無くない?」

俺達はその言葉でようやく、気付けたというのがあれだが……

だがもう夜になる、諦めるしかないだろうと俺が言ったのだが千反田が納得しなかった。

える「では、海辺で花火はどうでしょうか?」

との提案を出してきたのだ。

勿論これには里志と伊原は大賛成。

俺も否定する必要も無いので賛成し、今は海へと来ている。

629: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:55:48.68 ID:mwRcZwGX0
~海~

買いすぎた。

何を買いすぎたかと言うと……無論、花火をだ。

これがいい、これもいい、とやっている内に、とても四人で使うには多すぎる量の花火となっていた。

かれこれ一時間もやっているのに終わりがまだ見えない。

俺はそれに飽き、少し離れた所で座り込む。

10分ほどそうやって眺めていたら、里志も花火に飽きたのかこちらにやってきた。

里志「隣、いいかい?」

奉太郎「ああ」

そう返事をすると、里志は俺の隣に腰を掛ける。

里志「この前の話の続きでもしようか」

この前の話……ああ。

奉太郎「俺と千反田が仲良くなったとか、そんな話だったか」

630: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:56:23.05 ID:mwRcZwGX0
里志「うん、その話さ」

里志「それで、どうなんだい?」

奉太郎「どう、と言われてもな」

奉太郎「まあ、お前達から見ればそう見えるのかもな」

里志「ホータロー自身はそれを感じているんだろ?」

奉太郎「どうだろうな、自分の変化は良く分からんからな」

里志「……僕は回りくどいのは嫌いだからね、単刀直入に聞くよ」

里志「ホータローは、千反田さんの事をどう思っているんだい?」

伊原はどうやら、本当に誰にも言っていない様だった。

里志が知らないという事はそうなのだろう。

奉太郎「前に、伊原にも同じ様な事を聞かれたな」

里志「はは、摩耶花は結構勘が鋭いからね。 僕は常日頃から用心しているよ」

里志「……それで、ホータローは摩耶花の質問になんて答えたのかな?」

631: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:56:57.20 ID:mwRcZwGX0
奉太郎「……言ったさ」

奉太郎「千反田の事が、好きだと」

里志「……やっぱりそうか」

里志「僕はさ、意外性がある人間が好きなんだ」

奉太郎「つまり、普通に人を好きになった俺は好きになれないって事か」

里志「……まさか、逆だよ」

奉太郎「……逆?」

里志「僕にとってはね、何事にも興味を示さないホータローこそが普通なんだ」

里志「だからそんなホータローが、人を好きになったって事が意外な事なんだよ」

里志「違うかい?」

奉太郎「灰色の俺が普通だって言うなら、そうかもな」

632: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:57:44.06 ID:mwRcZwGX0
里志「それは冗談なのかな?」

奉太郎「そんなつもりは無いが」

里志「……いや、そうだね」

里志「確かに今のホータローは灰色だよ、間違い無い」

奉太郎「なら、少し安心した」

里志「少なくとも今は、だけどね」

里志「それを決めるのはホータロー自身さ、周りから見たらどうこうって話じゃない」

奉太郎「なら俺が自分は薔薇色だと思えば、そうなるのか?」

里志「それも少し違うね、その内分かると思うよ」

奉太郎「今のままで十分だ、変化なんて……いらない」

里志「……それは、千反田さんに関しても?」

奉太郎「分からん、まだ答えが出ていないんだ」

里志「そうか……まあゆっくりと決めなよ、時間は沢山あるんだからさ」

そうだろうか。

奉太郎「いや……あまり、無いかもしれない」

里志「どういう事だい?」

633: ◆Oe72InN3/k 2012/09/22(土) 20:58:12.93 ID:mwRcZwGX0
奉太郎「時が経つのは早いって事さ」

里志「前にした話だね、それは」

里志「確かにそれなら、少し焦らないといけないかもしれない」

奉太郎「ああ、そうだな」

奉太郎「……少なくとも、今年が終わる前に……答えを出さないといけない気がするんだ」

里志「はは、応援しているよ。 ホータロー」

奉太郎「ああ、そうだ。 一つ聞きたい事があるんだった」

その時、波が強く打ち付けられた。

奉太郎「-------、-------、---?」

里志「-------、---、----------」

俺と里志の声は、波の音に掻き消された。

だが里志の返答はしっかりと聞こえていた、少し、少しだけだが。

……夜も遅い時間になってきたな、風は大分冷たい。

そうか、もう……夏も終わりか。

若干の肌寒さを覚え、一つの夏が終わるのを俺は感じていた。


第20話
二章
おわり