1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:21:56.88 ID:2UyBBTxQ0

「ばか…」

つぶやく私の足元には、捨てたばかりのコーヒーの空き缶が転がっていた。
ゴミを撒き散らすようなことをしたのは、覚えている限り生まれて初めてのことかもしれない。
そもそも、この安物の缶コーヒー自体、半ばヤケになって一気飲みしたものだ。

「おにぃの…」

搾り出すように言うと、空き缶も、少し遠くに見えている川もぼやけてきて
堪えていた涙が流れ落ちそうになっているのがわかった。
赤沢和馬、私の従兄弟は、大切な『おにぃ』は、もう帰ってこない。
つい先日、とんでもなく理不尽な形で、奪われてしまったのだ。
永遠に。

「おにぃの……ばかぁーーーっ!」

===

Another最終話みてむしゃくしゃして書いた。
初SSなんだけど、需要あるかな?

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1333279316(SS-Wikiでのこのスレの編集者を募集中!)

引用元: 赤沢「Akather…?」 



2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:24:53.46 ID:2UyBBTxQ0
そう叫びながら、川に向けて、缶を蹴飛ばした。
同時に、涙が溢れ出して…

「…いてっ!」

若い男の声に顔をあげると、無人だとばかり思っていた河原に、
中学生くらいの男の子が頭を押さえて立っていた。

「あ…」

さっきの空き缶があたったんだ。
誰にも迷惑をかけずに泣ける、と思ったからここに来たのに。
謝らないと。
そう思った瞬間、足を踏み出していた。

「すみません!! 大丈夫ですか…あっ!?」

踏み出した足がもつれ、前のめりに転んでしまう。
地面があっというまに目の前に広がり…

「あ…あ、ああっ!?」

反射的に喉の奥から変な声が出て、それでも勢いは止まらず、
私は泥だらけになりながら、坂を滑り落ちてしまった。

「う…」

ようやく止まっても、私は動けないままだった。
痛い。それに恥ずかしい。
まったく、ひどい一日だ。
思う存分泣くこともできず、人に迷惑をかけ、挙句、転んだ。
転んだのなんて何年ぶりだろう。
学校では、けっこうクールなキャラで通ってるのに。

「大丈夫?」

優しげな声が耳に飛び込んできて、それで、ようやく顔をあげた。
思いの外、近くまできていた男子中学生が目に飛び込んでくる。
その心配そうな顔は、少しだけ『おにぃ』に似ているような気がした。

「よろしく。榊原恒一です」

彼は、そう言って笑った。

3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:27:45.54 ID:2UyBBTxQ0
目が覚めると、私は自分の部屋のベッドにいた。
なんだか夢を見ていたような気がする…けれど、もう思い出せない。
今日は何曜日だっけ…と壁のカレンダーに目をやって、気づく。
そうだった。今日は転校生に会いに行く日なのだ。
これも『対策係』としての重要な仕事。

「おにぃ…」

懐かしい名前を口に出してみる。

「見ててね。絶対、止めてみせるから」

半分は自分に言い聞かせながら、私はパジャマを脱ぎ始めた。

===

病院の前で、一緒に転校生に会いに行くクラスメイト2人と合流した。
転校生は気胸を患っていて、それで予定より大幅に転入が遅れている。
今日はそのお見舞いを兼ねて、彼を『偵察』しにきたのだ。

「赤沢さん」

3人並んで病院の廊下を歩きながら、風見くんが声をかけてきた。
風見くんは男子のクラス委員長だ。
成績優秀というわけではないけれど、少なくとも外見は実に委員長らしい。

「…やっぱり、確かめるの?」

静かに、彼は疑問を口にした。

「うん」

当然、とばかりに返答する。
そうだ。確かめなければならない。
彼が『死者』なのかどうか。
私のクラスに襲いかかる、『災厄』なのかどうかを。

そうして私たちは、『榊原恒一』と名前が記された病室の前にたどり着いた。

4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:30:27.45 ID:2UyBBTxQ0
病室に入ると、看護婦さんと話し込んでいた男の子が、こっちに目を向けた。
彼が『榊原恒一』なのだろう。
繊細そうで、優しそうな顔をしている。
都会育ちだと聞いていたけれど、彼の顔はどこか懐かしく感じた。
どこかで会ったような気がしたのだ。

「僕たち、夜見山北中学の、3年3組の生徒です」

看護婦さんが去るのを待ってから、風見くんが話し始める。
3人で簡単な自己紹介をしてから、本題に入る。

「東京から引っ越してきたんですよね? どうしてなんです?」

質問の口火を切ったのは、女子クラス委員長のゆかり…桜木ゆかりだ。
これは事前に打ち合わせてあったとおりの内容だ。

「家の事情で…」

ゆかりの質問に、不思議そうな顔で転校生が答えていく。
唐突にこんな突っ込んだ質問をされたら、驚くのは当たり前かもしれない。
でも、確かめなければならないのだ。
クラスのためにも、私のためにも。そして、もしかしたら彼のためにも。

「夜見山に住むのは、初めてですか?」

ゆかりの質問に転校生は少し考えこんでから、答える。

「来たことはあるけど、住んだことはないよ」

「それじゃ、長期滞在は?」

思わず少し口を挟んでしまった。

「さあ…よく覚えてないけど、ずっと小さい頃ならどうかな…」

5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:31:42.25 ID:2UyBBTxQ0
やっぱり、会ったことはないのかもしれない。
そういえば彼は、少しだけ『おにぃ』に似ている。
顔立ちや、雰囲気が。
だからなのかもしれない。

「あの…榊原くん」

質問が一段落すると、風見くんが言いにくそうに口を開いた。
今回の訪問で一番重要な確認をしなければならない。
『死者』の手は驚くほど冷たい。
本当か嘘かもわからない、都市伝説のようなものだが、
それでも確かめてみなければならない。
彼の、転校生の手が、冷たいのかどうか。

「えっと…」

転校生はますます不思議そうな顔をしているが、風見くんは相変わらず言い出せない。
たしかに、いきなり『手を触らせてくれ』なんて言いづらいだろう。
なら…

「さかきば……」

声をかけかけて、病室のネームプレートに書かれていた名前を思い出す。

「恒一くんよね?」

榊原…酒鬼薔薇…どうしても、昨年のあの事件を思い出してしまう。
彼自身、下の名前で呼ばれたほうが気が楽なんじゃないだろうか。

「恒一くんって、呼んでいい?」

6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:32:56.84 ID:2UyBBTxQ0
「え…どうぞ」

恒一くんは少し驚いたようだったが、承諾してくれたようだ。

「これからもよろしくね。恒一くん」

そう言いながら、右手を突き出す。
これなら、自然に握手して…手に触れることができる。

「こちらこそ、よろしく」

恒一くんはそう言って、手を伸ばしてきた。

「ん…」

手が触れた瞬間、違和感を感じた。
私がこの手に触るのは、初めてじゃない。
そんな確信に近い感覚を覚えたのだ。

「恒一くん、本当に、夜見山に住んだことない?」

「え…それはない、と思うよ」

恒一くんは心底不思議そうな顔をしている。
嘘はついてなさそうだった。
それでも、私は納得できない。
私自身、なにかとても大事なことを忘れているような気がしたからだ。

===

それから少し4人で雑談して、私達は病室を出た。

「どうでした?」

病室の扉がしまると同時に、ゆかりが小声で聞いてきた。

「大丈夫。冷たくなかった」

恒一くんの手は、暖かかった。

「よかった」

ゆかりは安心したようにつぶやいて、風見くんと一緒に歩き出す。
でも、私の心の中のもやは晴れず、しばらくその場に立ち尽くしていた。
彼と、どこで会ったんだろう?

7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:34:25.18 ID:2UyBBTxQ0
何日かして、私は熱を出した。
風邪なんてここ何年もひいたことなかったのに。
もしかしたら、病院にいったときに、誰かにうつされたのかもしれない。
頭が割れるように痛くて、起き上がるのすら面倒だった。
学校…どうしよう。
カレンダーと時計を見るために身を起こそうとして、失敗する。
どうやら思ったより症状は重いらしい。

「お嬢様、どうなさいました? もう学校へ行くお時間では?」

部屋のドアごしに、声がかかった。

「起きてるわ…」

「お母様が心配していらっしゃいますよ」

心配している…本当だろうか。
なら、なぜ様子を見に来たのはメイドで、母ではないのだろう。

「熱があるみたい」

次の一言を言い出すには、少しだけ勇気が必要だった。

「…学校、いけないかも」

8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:36:24.22 ID:2UyBBTxQ0
「……そうですか」

少しの沈黙のあと、メイドは答えた。

「それでは、ご両親にそうお伝えしておきます」

「…うん」

別に嫌な両親ではない、と思う。
私をちゃんと養育して、学校にいかせて、ご飯も食べさせてくれている。
でも、それは私がちゃんと勉強して、サボらずに学校に行って、
健康に生きているからではないかと思うことがある。

「お食事はお部屋の前においておきますね」

「わかった」

両親も、メイドも、私の部屋には絶対に入ってこようとしない。
もしかしたら、彼らにとっては私の中身なんて、どうでもいいのかもしれない。
私が学校をサボって、勉強もせずに遊び歩いて、体を壊したら…
彼らはどうするんだろう?
心配してくれるのだろうか?
あるいは叱られるのだろうか?
それとも…またメイドが様子を見に来るのだろうか?

「それでは、お大事に」

部屋の前にいるメイドに聞こえないよう、私はため息をついた。
結局、私は両親の意に反するような生き方ができないくらいには、真面目なのだ。
学校を休んだのだって、1年半ぶりだ。
前回は…『おにぃ』のお葬式のときだった。

「あ」

それで、思い出した。
無理に上半身を起こして、カレンダーに目をやる。やっぱりだ。
今日は転校生…恒一くんが初めて学校にくる日だった。

「待って」

立ち去ろうとしていたであろうメイドを呼び止める。

「やっぱり、学校にいくわ」

9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:37:56.18 ID:2UyBBTxQ0
結局、学校には少し遅刻して到着した。
ふらつく頭を懸命に抑えこみながら、教室に入る。

「泉美、大丈夫なの?」

ちょうどホームルームが終わったばかりだったらしく、
入った途端に友人の杉浦多佳子が声をかけてきた。

「ちょっと、風邪ひいたみたい」

「顔、赤いよ。熱あるんじゃない?」

「…『対策係』としては休むわけにもいかないでしょ」

そう言いながら、多佳子の左斜め前の席に顔を向ける。

「おはよう、恒一くん」

恒一くんは、クラスの男女に囲まれて、質問攻めにあっていたようだった。

「おはよう。えっと…赤沢さん、だっけ?」

それでも返事を返してくれた恒一くんの顔が曇った。

「大丈夫? 具合、悪そうだけど」

「大丈夫よ。ありがとう」

全然大丈夫ではなかったが、今はそれどころじゃないのだ。

「それより恒一くん、あとで話があるの。昼休みにでも付き合ってくれない?」

「話? わかった、けど…」

恒一くんはどこか納得できていない様子だったが、
事情を察知したらしいクラスメイトの勅使川原が質問攻めを再開してくれたお陰で、
それ以上この場でやり取りが続くことはなかった。

10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:41:16.06 ID:2UyBBTxQ0
「恒一くん、一緒にお昼を食べましょう」

昼休みになると同時に、私は恒一くんの席に向かった。
体調は朝より悪くなっていた。もしかしたら意識を保っていられないかもしれない。
倒れたりする前に、伝えなければ…

「赤沢さん、本当に大丈夫?」

「いいからこっち、来て…」

恒一くんの手をひいて、屋上へと向かう。

「ちょ…ちょっと…赤沢さん?」

夜見山市が一望できる屋上のドアを開け放つと、
私は手すりにもたれかかるようにして体を支えた。

「赤沢さん、どうしたの? いきなり」

「恒一くん、お見舞いにいったときに言った、私の役職って覚えてる?」

「『対策係』…だっけ?」

「そう。クラスを守るために、対策を立案し、執行する係」

「守る…? 立案と執行って…」

「恒一くんには、3組がおかれた状況と、決まりを理解してもらう」

『対策係』として、これだけは伝えておかなければならない。
手遅れになってしまう前に。

11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:42:03.91 ID:2UyBBTxQ0
「決まり…?」

「…恒一くんは、幽霊や呪いって信じる?」

「…どうかな。あんまり信じるほうじゃないかも」

「私は信じてるわ。呪いはたしかに存在するって」

なぜなら、『おにぃ』はたしかに死んでしまったからだ。

「だから『対策係』に立候補したの」

「対策、ってさ。なんの対策をするの?」

「…いい? 私は冗談や嫌がらせでこんな話をするわけじゃないわ」

また熱があがったのかもしれない。
頭痛に加えて吐き気までしてきたが、あと数分もてばいい。

「だから、恒一くんも本気で聞いて」

そして、私は恒一くんに3年3組の呪いについて、説明した。
できるだけ突飛に聞こえないよう…もう十分に信じられないような内容だったけれど、
それでも具体的な例を交えながら、事実として受け入れてもらえるように努力した。
もちろん、現在の『いない者』である彼女の名前こそ出さなかったものの、
『いない者』の意味と役割についても伝えた。

12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:44:03.34 ID:2UyBBTxQ0
「…なるほど」

すべてを説明し終わると、恒一くんは、半信半疑、といった目で私を見た。

「…ごめん、やっぱり、ちょっとすぐには信じられないな」

「クラスの大半は、本気で信じてはいないと思う」

「でも、赤沢さんは信じてるんだよね」

「私は…とても親しい人を『呪い』で亡くしたから」

そう言った瞬間、熱があがったように感じた。
心臓の動悸が激しくなったのかもしれない。
以前、病室で恒一くんの手に触れたときと同じ…
私は、恒一くんとこういう会話をしたことがある気がしたのだ。

「赤沢さん?」

心配そうな目で恒一くんが顔を覗き込んできた。

「大丈夫。なんでも…」

言いながら、空を見上げた。
あれ、こんなに今日暗かったっけ?

「赤沢さん!」

視界がどんどん暗くなっていき、気付いた。
私の意識が、途切れかけていただけなのだと。

13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:45:18.29 ID:2UyBBTxQ0
目を開くと、白い天井が飛び込んできた。

「あれ…?」

保健室のベッドに寝かされていると気づくまで、数秒かかった。

「目が覚めた?」

その声に脇に目をやると、恒一くんがベッド横の椅子に腰掛けていた。

「恒一くん? ここ…」

「覚えてないかもしれないけど、赤沢さん、屋上で倒れたんだよ」

「ああ…」

思い出した。
たしか、説明を終えて気が抜けたら…

「今、何時?」

もしかして、けっこう長い時間寝ていたのではないだろうか。

「もう放課後だよ。さっき、杉浦さんと中尾くんが様子を見に来てくれてたんだけど…
小椋さんと打ち合わせがあるとかで、帰っちゃったんだ」

どうやら、友人たちにも心配をかけてしまったらしい。
あとで謝っておこう。

14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:47:35.77 ID:2UyBBTxQ0
「ちょっとごめん」

恒一くんはそうことわって、手を伸ばしてきた。
病院で触ったときは暖かかったけど、
今は心地よい冷たさに感じられる手が私の額に添えられる。

「ん……」

恒一くんに悪気がないのはわかっているけど、やっぱり少し恥ずかしかった。
でも、熱っぽい頭に触れる手の冷たさがとても心地よくて、嫌な感じはしない。
同じ美形でも、勅使川原とかとはちょっと違う。

「熱はだいぶ下がったみたいだね。家には連絡したほうがいい?」

「大丈夫。自分でするから。ありがとう」

今の状態なら、歩いて帰れる気がする。
たとえそれが難しかったとしても、家に連絡されることは避けたかった。
きっとまたメイドか運転手が迎えにくるだけだし、
それで両親が自分に無関心だと実感することも、
そう感じる私の心を自覚するのも嫌だった。

「恒一くん、もしかしてずっとここにいてくれたの?」

「授業には出てたけどね…それに、まだ話したいこともあったし」

恒一くんは、椅子から立ち上がると、ベッドサイドのカーテンをあけて、
保健室の中に誰も人がいないことを確認したようだった。

「さっきの話だけど…その、『いない者』になることには、本人も同意しているんだよね?」

15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:48:11.80 ID:2UyBBTxQ0
「そうよ。強制的に『いない者』にはできない。そんなことしても…ね」

『おにぃ』が死んだ年、孤独に耐えられなくなった『いない者』が
その役割を放棄したことで、現象は始まってしまった。
無理やり役割を担わせても、その二の舞になるだけだ。
恒一くんも、誰が今年の『いない者』なのか、もう見当がついているのだろう。

「いじめや、嫌がらせでは断じてない、と」

「誓って違うわ。先生たちも協力してくれてるのがその証拠」

「そっか…」

恒一くんが結論を出すまで、私は待った。
2分くらい沈黙したあと、恒一くんはようやく口を開いた。

「わかった。それじゃあ、僕もその…対策に、協力させてもらうよ」

それを聞いた途端、私の両肩にのしかかっていた重みがとれた気がした。

「ありがとう」

「でも、ね」

と、恒一くんは言いにくそうに口を開いた。

「どうしたの? 恒一くん」

「これを今言っていいのかわからないんだけど、
僕、病院にいたときに…その…『いない者』と会話したんだ」

16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:50:43.45 ID:2UyBBTxQ0
急いで頭を回らせる。
名前こそ口にしないでくれたものの、恒一くんが誰と会話したのかは明白だ。
どういう事情かはわからないが、病院にいた彼女と鉢合わせしたのだろう。
しかし、それならば…

「恒一くん、まだ転入する前のことだよね」

「うん、赤沢さんたちがお見舞いにきてくれた日のことだから」

「なら、大丈夫だと思うわ。その時点では、
恒一くんはまだ、3年3組ではなかったはずだから」

「そっか…よかった」

「これから気をつけましょう。みんなは…
恒一くんも信じていないかもしれないけれど、呪いは本物だから」

「……」

沈黙したままの恒一くんを見ていると、
なんともいえない気まずさが漂ってきた。

「……」

そういえば、この狭い保健室に2人きりだ。
これって、客観的に見るとわりと恥ずかしい状況…?

「こ、恒一くん?」

「な、なに?」

声をかけてから、話す話題が尽きていたことに気づく。
まずい。きっと恒一くんも気まずさを感じ始めているだろう。
この空気を変えないと…

17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:52:11.15 ID:2UyBBTxQ0
「それじゃ、この話はこれでおしまい!」

「う、うん」

「恒一くん、東京の話をしてくれない?」

「東京の? 別にいいけど…うるさいだけで、そんなにいい場所でもないよ」

「そうなの? 私、こう見えて夜見山からほとんど出たことないのよ」

「出てみたいの?」

「…どうだろう。ねえ、私って東京に似合うと思う?」

私は、あまり都会からきた人と触れ合ったことがなかった。
都会に住んでいた人から見て、私はどう映るのだろう?
やっぱり東京の女の子と比べれば、地味なのだろうか。
それとも…

「うーん…」

少なくとも即答できるほど似合うとは思っていないようだった。
なによ、少しくらい気を使ってくれたっていいのに…

「お世辞でもいいから、似合ってるよ、くらい言いなさいよ」

「あはは、ごめんごめん。でも、赤沢さんって、しっかりはしてるけど
わりと家庭的な人に見えるから、なんだか東京ってイメージと合わなくて…」

「えっ……?」

18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:54:28.19 ID:2UyBBTxQ0
「あっ、悪い意味じゃないんだよ。でも、いいお嫁さんになりそうっていうかさ、
良妻賢母っていうんだっけ。そういう感じ…かな?」

将来はバリバリ働いてそう、とか言われることはよくあるけれど。
こんなことを言われるのは、人生で2度目だった。
『おにぃ』が昔、同じようなことを言っていた。
まだ私が小さくて、強くなかった頃、泣き虫だった頃に。

「…ごめん。怒らせちゃったかな?」

「あ、ごめんなさい。違うの。ただちょっと…驚いただけ」

きっと、恒一くんは私との付き合いがまだ浅いから、
私のことをよく知らないから、そう思ったんだろう。
私はあの頃よりずっと強くなった。
少なくとも『おにぃ』がいなくても生きていけるくらいには。

19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:55:48.69 ID:2UyBBTxQ0
数日後の昼休み、体調もすっかり回復した私は教壇の前で小椋や多佳子と話をしていた。
進路のことや、部活のこと…私と小椋が所属してる演劇部のこと、
そんな他愛もない話だ。
ふと教室の後ろに目をやると、恒一くんが勅使川原や風見くんと話しているのが見えた。
彼は先日の宣言通り、『いない者』対策にしっかり協力してくれている。
あのあとは家に帰るのも一苦労だったし、形だけの心配を向けてくる家族の前で
体調を取り繕うのも大変だったけど…やっぱり無理してでも出てきてよかったと思う。

「ねえ、泉美って最近、榊原くんのほうばっかり見てない?」

「えっ?」

いたずらっぽく言い出した多佳子に驚いて上ずった声が出てしまった。

「それ、あたしも思ってた!」

小椋が追撃してくる。

「ねえ、泉美ってひょっとしてアレ? 榊原くんのこと好きだったりするの?」

「はぁ?」

「泉美に『お気に入り』ができるなんて、初めてじゃない?」

小椋に続いて多佳子までそんなことを言い出す。

「なにそれ。そんなわけないでしょ! クラスに馴染めてるか…ちゃんと『協力』してくれてるのか、気になるだけよ」

20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:56:34.79 ID:2UyBBTxQ0
「ふうん。泉美も素直じゃないねえ」

小椋がころころと笑った。

「違うっていってるでしょ!」

「まあ、彼はちゃんと『協力』してくれてるし、まだなにも起きてない。
泉美が頑張ってるから、今年は大丈夫なんじゃない?」

と、多佳子。

「そうだよね。あたしも泉美はほんとよくやってると思うな、対策係」

「…そうね」

でもまだ、油断できない。現象が始まる時期は、一定というわけではないのだ。

「……でも、仮に泉美に好きな人が出来たとして…わかるよね」

「わかってるわよ、そんなこと」

多佳子の念押しに、少し苛立って答えてしまった。
そんなことは、わかってる。
『対策係』になる者は、クラスの人間と恋愛してはいけない。
クラスの中に、『死者』がいるからだ。

21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:58:51.19 ID:2UyBBTxQ0
『死者』が誰かは、その年度内は決して知ることができない。
つまり、『対策係』が好きな相手が『死者』となるかもしれない以上、
『対策係』の暗黙のルールとして、決してクラス内で恋愛することはできなかった。

『対策係』はクラスみんなの命を預かり、クラスを代表して対策を執行する役割だ。
だからこそ、クラスの誰よりも公正でなければならない。
特定の誰かに強い思い入れを持ってはならない。

『対策係』自身でさえも『死者』なのかもしれないのだ。
それ以上のリスクを冒せないのは当然だった。

「安心して。仮にそんなことがあっても、卒業するまでは私の心に秘めておくから」

「ごめんね。ちょっと確認しただけだから」

多佳子は申し訳なさそうに笑って、小椋に向き直った。

「由美、パン買いにいかない?」

「おっけ!」

ふたりで連れ立って教室を出ていく。
それを見送ってから、席に戻ろうとすると、勅使川原の声が耳に飛び込んできた。

「サカキはどうすんだ、高校?」

22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 20:59:50.31 ID:2UyBBTxQ0
たしかにサカキ…恒一くんは、今後どうするんだろう?
やっぱり東京に戻るのだろうか。

「東京に戻るのか?」

「うん、来年の春には父さんが帰国するし…あっちの高校にいくと思う」

「あっ」

思わず口を挟んでしまった。

「その手があったか…」

恒一くんと勅使川原が、びっくりしたように私のほうを見た。
そうだ、その手があった。

「なんだよ、その手って」

と勅使川原。

「私も、東京の私立にいこうかな」

23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:00:27.20 ID:2UyBBTxQ0
それはわりと魅力的な案に思えた。
これが全部終わったら、東京に出て、夜見山のいろいろなしがらみから解放されて…
そうすれば、形だけの『家族』からも抜けだして、なにかを変えられるような気がした。

「恒一くんは、なんて学校いくの?」

「えっ…慶光だけど…」

「慶光かあ…」

私でも知ってる、東京の有名私立だった。
とても優秀な進学校で、ほとんどの生徒が東京の国公立や有名私立の大学に入学するらしい。
進学校なんて今まで考えたことなかったけれど、高校では勉強にうちこめば、
いろいろなことを忘れて、充実した毎日が過ごせるような気がしてきた。

「赤沢さん、東京…いくの?」

24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:00:55.19 ID:2UyBBTxQ0
よく知った声が後ろから飛んできた。
振り返らなくても、中尾だとわかる。
同じクラスの男子で、対策係の仕事にいろいろと協力してくれている。
彼が、私のことを…悪く思ってはいないことは知っていた。
それに気付かないほど、私は鈍感ではない。
けれど、やっぱり対策係としてはそういう気持ちに応えることはできないし、
私自身、彼になにか特別な感情を抱いているわけでもなかった。

「東京なら、一人暮らしかなあ…」

だから、彼の気持ちには気付かないふりをする。
中尾の呼びかけにはこたえずに、東京での暮らしに少しだけ思いを馳せてみた。
もっとお洒落もできるかもしれない。やっぱりあっちはお洒落も洗練されている気がする。
一人暮らしなら、家族の目を気にする必要もないし…メイドもいない。
今の息苦しい生活よりも、ずっと魅力的な人生に思えた。

25: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:01:51.73 ID:2UyBBTxQ0
「聖心なんとかって、女子高いくんじゃなかったのかよ」

私の妄想の世界は、勅使川原の一言で打ち砕かれた。
それは私が両親から、常々勧められている地元の高校だ。
これといった特徴もない、ミッション系の、清楚なお嬢様学校。
そんなところで次の3年間を過ごすなんて、絶対に嫌だった。

「行きたいなんて、一言も言った覚えないんだけど!?」

思わず声を荒らげてしまった。

「おまえも無駄に苦労してんなあ…」

お気楽そうな勅使川原の声を聞きながら、私は少しだけため息をついた。

 

27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:05:28.08 ID:2UyBBTxQ0
異変があったのは、5月26日の授業中だった。
5月ももう終わりかけていて、もう現象は起きず、
今年は『ない年』なのだと、クラスの多くが思っていた頃だ。

少テストを受けている最中、体育教師が慌てた様子で教室に飛び込んできて、
教壇の前に座っていたゆかりになにかを耳打ちした。

「ゆかり…?」

テスト中にも関わらず、思わず声をかけてしまったほど、
ゆかりの顔は蒼白になっていた。

「先生! すみません! 今日は早退させてください!」

そう言い捨てると、傘とかばんを掴むようにしてゆかりは出ていった。
どうしたんだろう、とクラスのみんなが思ったとき、それは聞こえてきた。

「キャ…アアアアア…ッ……」

「なに、今の?」

「悲鳴…だよね?」

クラスが一気にざわつきはじめる。

「先生! 救急車を!」
血相を変えて戻ってきた体育教師が、担任の教師に叫び、
なにか事件が起きた…なにかとてもよくないことが始まってしまったことを、私たちは知った。

28: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:07:55.02 ID:2UyBBTxQ0
「階段から落ちた時、投げ出した傘の先が喉に突き刺さったんだって…」

教室のどこかで、誰かが小声で言ったそんな言葉が、耳に入ってきた。
ゆかりは、3年3組の女子クラス委員長は、死んでしまった。
普通ではありえないような事故で。

「今年は、ない年だと思ってたのに…」

中尾は、少し猫背になりながらそう言った。
私の席を中尾と多佳子が囲み、少し声を潜めて話しあっているのだ。
この話は、あまりおおっぴらにはできない。
けれど、ゆかりが死んでから、クラスには暗い雰囲気が漂っていた。
みんな小声で、3年3組の呪いについて、ヒソヒソと噂や憶測を言い交わしているのだろう。
今まで呪いなんて信じていなかった連中も、少しずつ不安になってきている。

「可能性としては2つ」

と多佳子。

「今年はない年で、ゆかりの事故は本当に偶然」

でも、そう言う多佳子自身、そうは思っていないのは明白だった。

「もうひとつは…5月から、はじまった」

29: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:08:26.85 ID:2UyBBTxQ0
「対策係としては、希望的な見解にかけることはできないわね」

と、私は即答する。
楽観的に考えることはできない。
なぜなら…

「ゆかりだけならともかく…お母さんも、だしね」

そう。あの日、ゆかりはお母さんが事故にあったという連絡を受けて、教室を飛び出していった。
結果、ゆかりは事故死、そしてその頃には事故にあったお母さんも、すでに亡くなっていた。
こんな偶然、あるだろうか?

30: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:09:10.76 ID:2UyBBTxQ0
「始まってしまったのだとすれば…新しい対策が、必要ってこと…?」

半分ひとりごとのように口に出してみる。
対策係としては、このまま放置しておくことはできない。
なにか…なにか考えなければ。
あとで千曳先生のところにでも相談にいこうか。

「おはよう」

教室の後ろから声が聞こえて目をやると、恒一くんが入ってくるところだった。
あの日、ゆかりの悲鳴を聞いて飛び出していった彼は、凄惨な事故現場を見てしまったらしい。
それで気胸の症状が悪化したとかで、昨日まで再入院していたのだ。

31: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:10:45.56 ID:2UyBBTxQ0
「恒一くん、もう大丈夫なの?」

昼休みになると、私は恒一くんに声をかけていた。

「うん。もう平気。ごめんね、心配かけて」

「そう」

「……」

「……」

声をかけてみたものの、話題が特にあるわけでもなかった。

「それじゃ…お大事に」

「赤沢さん」

ほとんど同時にお互いに声をかけていた。

「なに?」

「あのさ、ちょっといいかな?」

32: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:12:03.65 ID:2UyBBTxQ0
屋上につくと、恒一くんはすぐに口を開いた。

「やっぱり、『いない者』は、うまくいかなかった…のかな?」

「…それはまだわからないけど、あまり期待はできないわ」

これで本当に呪いが始まってしまったのだとはっきりするまでは、
『いない者』を解除するわけにはいかなかった。
でも、十中八九、『いない者』で現象を抑えこむのは、失敗してしまったということだ。

「どうしてだろう…?」

「わからない。『いない者』は万能ではないの。うまくいく年もあれば、失敗する年もある。
失敗した原因がはっきりしている年もあれば…そうでない年もあるわ」

「おまじないみたいな、ものなんだね」

「残念ながら、そうね」

対策としては決して十分とはいえないのはわかっていた。
けれど、それ以上に有効な対策は、この25年間、見つかっていない。

33: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:14:10.27 ID:2UyBBTxQ0
「赤沢さん、僕、入院中少し考えたんだけどさ
僕にもなにか手伝えることがあったら、言ってよ」

「恒一くん?」

「桜木さんは…付き合いは浅いけど、僕にとっても友達だった」

「そうね…ゆかりは、私にとっても、友達…だったと思う」

私もそこまで深い仲ではなかったけれど、友達と呼んでも、ゆかりは許してくれると思う。

「だから、これ以上犠牲が出ないようにするために、
僕にできることがあれば、やろうと思ったんだ」

「そう…」

実際には、『対策係』にできることはもうほとんどない。
唯一有効とされている対策が失敗したのであれば、
あとは手探りで新しい対策を探すほかない。
恒一くんにしてもらえることも、今のところ見当たらなかった。
でも…

「ありがとう。なにかあったら、頼むと思うわ」

34: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:15:05.18 ID:2UyBBTxQ0
「うん。よろしくね」

「こちらこそ、よろしく」

この東京からきた不思議な少年なら、私たち夜見山の人間にできないことを…
なにか、やってくれるような気がしたのだ。
ゆかりが死んで以来、胸の中にくすぶっていたモヤモヤが、少しだけ晴れたように感じた。

「ねえ、恒一く…」

その途端、屋上のドアが乱暴に開け放たれた。

「赤沢! サカキ! ここにいたのか!」

勅使川原だった。

「なによ、なにか用?」

ちょっとトゲのある物言いをしてしまったと思ったが、
そんなことは勅使川原の顔色を見て、どうでもよくなった。

「水野のねえちゃんが…亡くなった! エレベーターが墜落したとかで…」

「沙苗さんが…?」

恒一くんが驚きの声をあげる。
知り合いだったのだろうか?
でも、それより・・・

「赤沢! やっぱり…呪いが…」

勅使川原が青い顔をして言う。
そう。これではっきりした。
3年3組の呪いは、始まってしまったのだ。

35: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:16:52.30 ID:2UyBBTxQ0
「…どうしよう」

日曜日、自室のベッドに横たわりながら、つぶやく。
新しい対策をなにか考えなければならないのに、思いつかない。
それが『対策係』としての責務だというのに。

「どうしたらいいんだろう」

私がなにかしなければ、前に進まない。
クラスはなにも変わらず、人が死に続ける。
友人たちも…恒一くんも、死んでしまうかもしれない。
そんなのは嫌だった。
だから『対策係』に立候補したというのに…

「なのに…なにもできないなんて…」

枕に顔をうずめてみる。
弱くて、みっともなくて、こんな姿、クラスのみんなには見せられない。
『おにぃ』が死んでから、弱い自分は封印したつもりでいたのに。
強い私になったはずなのに。

36: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:18:42.02 ID:2UyBBTxQ0
「なに弱気になってるの。頑張るのよ泉美」

声に出して、自分に言い聞かせてみる。

「強くなりなさい」

「お嬢様。お電話です」

部屋の外から、メイドが呼ぶ声がした。

「誰から?」

ひとりごとを聞かれていないことを祈りつつ、できるだけ冷静な声でそう言った。

「榊原様からです」

37: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:19:44.41 ID:2UyBBTxQ0
「もしもし? 赤沢です」

「榊原だけど…今、大丈夫?」

電話に出ると、恒一くんは少し心配そうだった。

「ええ。少しなら」

別に予定もなかったけれど、近くに立ったままのメイドの前で、
長話をする気にはなれなかった。

「今電話に出たのって、メイドさんかなにか?」

「そうよ」

「へぇ、すごいね。赤沢さんの家、お金持ちなんだ」

「…どうかしたの? 恒一くん」

「赤沢さん、少し話せるかな?」

「うん…けど…」

ちらっと無表情で突っ立ったままのメイドのほうを見る。

「なら、外で会いましょう。第三公園の場所、わかる?」

「第三公園って…夜見山第三公園?」

「そうよ。学校の近くの」

「そこならわかるよ。じゃあ、すぐに出るね」

「ええ。それじゃ、またあとで」

電話を切ると、メイドのほうには目を向けずに言う。

「出かけるわ」

38: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:21:05.49 ID:2UyBBTxQ0
「恒一くん、おまたせ」

公園のブランコに腰掛けた恒一くんは、すぐに見つかった。

「ごめんね。わざわざ出てきてもらって」

「いいの。私、家の電話は苦手だし」

それで思い出す。

「そういえば、恒一くん、私の携帯の番号知らないわよね」

「えっ? 赤沢さん携帯持ってたの?」

「ほとんど使わないけど、ね」

たくさんの番号が登録されてはいた。
けれど、休日に電話したりするほど、仲がいい友達を私は持っていない。
多佳子も、小椋も、中尾も、仲良くはしているけれど…
休日に一緒に遊びにいくような仲ではなかった。
綾野…演劇部にいるクラスメイトと、たまに部活のことで話すくらいか。

39: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:23:28.74 ID:2UyBBTxQ0
「じゃあ、僕の番号も教えるから、番号教えてよ」

「いいわよ」

番号を交換すると、私ももうひとつのブランコに腰掛けた。

「それで、どうしたの恒一くん?」

「…クラスに紛れ込んだ『死者』は記憶をちゃんと持っていて…
本人も死んでいることに気づいていないんだよね?」

「そう。『死者』に関する記録や、周囲の記憶まで改ざんされるから…
卒業式に『死者』が消えるまで、誰が『死者』だったのか知ることはできないの」

「そうか…」

「どうしたの?」

恒一くんの表情は、いつもと変わらないように見えて、少しだけ影があった。

「赤沢さんは、僕が『死者』じゃないかって思わないの?」

40: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:24:09.12 ID:2UyBBTxQ0
「…恒一くんが?」

「僕は、生まれていないのかもしれない」

「…どういうこと?」

「僕が生まれた15年前、僕の母は夜見山で死んでしまったんだ」

「…そうなの」

それは初耳だった。
『死者』となるのは、以前、呪いによって死んでしまった犠牲者である。
恒一くんは、夜見山にはほとんど来たことがないと言っていた。
だから、夜見山で死んだ犠牲者とは成り得ず、『死者』ではない。
そう思っていたが…

「もし、母が僕を生む前に亡くなっていたら…僕は生まれていないのかもしれない」

「お母さんと一緒に、災厄で死んでしまったのかもしれない、ってこと?」

「…それで、転校生として、3組に復活した…とか」

「…なるほど」

気まずい沈黙。

「…恒一くんが『死者』なら…私の大切な人のカタキ、ってことになるのかな」

恒一くんがビクっとしてこちらを見る。

41: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:27:03.88 ID:2UyBBTxQ0
「そ、それは…」

「…なんてね。ふふ、冗談よ」

「じょ、冗談って…こっちは真剣に話してるのに」

「あはは、ごめんね。でもね、恒一くんは『死者』じゃないわ」

「どうして、わかるの?」

隣のブランコに向けて、手を伸ばす。

「握手」

「えっ…」

困惑しながらも、恒一くんは私の手を握ってくれた。

「ほら、ね」

やっぱりそうだ。

「私、あなたとどこかで会った…ううん、握手したことがある」

42: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:27:30.89 ID:2UyBBTxQ0
「そう…かな?」

恒一くんは半信半疑だ。
けれど、私は確信していた。私は以前、恒一くんと会ったことがある。
根拠はない。でも、絶対に会ったことがあると思った。

「頭の記憶としては残っていないけれど…手がね、身体が覚えてる」

「……」

「安心して、恒一くんが『死者』じゃないのは、私が保証するわ」

なおも不安そうな恒一くんに、言葉を重ねる。

「『対策係』としてね」

「…そっか。ありがとう」

それで恒一くんは安心してくれたようだった。
ふと、少し彼に肩入れしすぎているのではないだろうか、と思った。
『対策係』として…なんて、軽々しく口にするべきじゃなかった。
あらゆる可能性…恒一くんが『死者』である可能性も含めて、
対策を講じなければいけない立場だというのに。

43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:28:08.07 ID:2UyBBTxQ0
「でも赤沢さん、仮に『死者』が誰かわかったとして…どうするの?」

「…わからない」

その点については、私も考えたことがあった。
なにかのはずみで、『死者』が誰かわかったとしたら…

「『死者』が消える前に判明したことって、今まで一度もないから…
神社にでも連れて行って、供養してもらうか…あるいは…」

正直、そんな程度のことしか思いつかない。
『死者』に自分が死んでいることを自覚してもらえばいいのだろうか?
それで終わってくれるほど、呪いは生やさしいものではない気がする。

「…そっか」

恒一くんの顔がまた曇る。
不安にさせてしまったのかもしれない。
私は『対策係』なのに、こんなことでどうするんだろう。

「あのね恒一くん…」

なにか勇気付けられるようなことを言おうとしたとき、
恒一くんがまた口を開いた。

「でも、赤沢さんはすごいね」

「…えっ?」

44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:31:44.57 ID:2UyBBTxQ0
「見えない災厄と戦ってる。自分だって危ないのに、クラスのみんなを守るために
一生懸命対策を考えてる。たったひとりで…」

「私はたしかに『対策係』だけど、別にひとりというわけではないわ
多佳子も、小椋も、中尾も…それに恒一くんだって協力してくれてる」

「そうだけどさ、肝心なところはいつも赤沢さんが決めているよね
『いない者』を誰にするか、とかさ」

「…まあ、そうね」

今の『いない者』…見崎鳴は、私が『いない者』に指名した。
誰だって『いない者』になんてなりたくないし、『いない者』に誰かを推薦したくもない。
だから、私が決めるしかなかった。
彼女はクラスで一番孤独に強く、もともとあまり友だちもいなかった。
クラス全員の名簿と、何日もにらめっこして出した結論だった。

「そういうのって、けっこう重たいんじゃないかな、って思うんだ」

45: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:32:19.15 ID:2UyBBTxQ0
「……」

「『クラス全員の命』なんて、ひとりで背負うには、重すぎる荷物だよ」

恒一くんは、自分のブランコを少しだけこいでみせた。

「強いよね、赤沢さんは」

違う。強くなんてない。
だって、ついさっきまで自室のベッドでべそをかいていたのだ。
いくら考えてもこれ以上対策なんて思いつかないし、
どうしていいかわからない。

「そうね。ありがとう」

でも、なんとか口にできたのはそんな台詞。
私が弱さをみせることはできない。
クラスの『対策係』なのだから。

「でも、さ」

恒一くんは、いつの間にかブランコをこぐのをやめていた。

「赤沢さん、本当は大変なんじゃないかと思うんだ。
強いから、僕らには絶対に見せないけど、きっと、辛いんじゃないかなって、思うんだ」

一瞬、言葉が出てこなかった。

49: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:45:50.62 ID:2UyBBTxQ0
「……うん」

そんなことない、私は大丈夫…いろいろと口から飛び出しそうになった言葉はあったのに、
結局、絞り出せたのはその2文字だった。

「やっぱり、そうだよね。いつもありがとう。赤沢さん」

恒一くんは薄く微笑んでそう言った。

「……今日は、もう帰るわね」

もうだめだ。
これ以上ここにいたら、もっと弱い部分を見せてしまいそうだった。
今日は大失態だった。
なぜ恒一くんが相手だと、私はこうなのだろう。

「赤沢さん」

立ち上がった私の背中に、恒一くんが声をかけた。

「ひとりで背負うのが、重くなり過ぎたら、声、かけてね」

「……」

「全部は無理かもしれないけど、半分なら、僕だって背負えると思えるから」

「……ありがとう」

そう答えて、私はすっかり日が落ちてしまった道を歩き始めた。

50: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:47:16.24 ID:2UyBBTxQ0
「恒一くん、お昼食べてなかったの?」

放課後、教室に戻ると恒一くんがひとりでお弁当を広げていた。

「うん、勅使川原たちに付き合ってたら食べそびれちゃってさ」

「あのバカども…」

そういえば、勅使川原たちのカードゲームに
付き合わされている恒一くんを見かけた気がする。

「それにしても、おいしそうなお弁当ね」

お弁当なんて、友達が持ってきたのを覗くくらいしか知らないけど、
恒一くんのお弁当は手がこんでいて、とてもおいしそうに見えた。
でも、この前聞いた話だと、恒一くんのお母さんは亡くなっているはず。
そして、夜見山では三神先生…三神玲子さんと同居しているはずだった。
三神先生は恒一くんの叔母さんで、かつ3年3組の副担任でもある。
あまりお弁当なんて作りそうなタイプには見えないけど…
ということは…

「もしかして、それ、自分で作ってるの?」

51: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:48:07.71 ID:2UyBBTxQ0
「そうだよ」

ちょっと驚いた。

「へえ、料理得意なのね。こんなの私、作れないわ」

「赤沢さんは、料理とかしないの?」

「ちょっとはね。でも、こんなにちゃんとしたものは作れない」

…たまに、家の台所でレトルトを温めるだけなんだけど…。
でも、ぜんぜんできないって自白するのは、なんだか癪だった。

「恒一くん、どんな料理が作れるの?」

「だいたい、なんでも。なにか食べたい料理でもあるの?」

「そうね…」

そういえば、私はあまり食にこだわったことがなかった。
家の料理は豪華だけど、あまり好きになれないし。
食卓に会話がないからかもしれない。

「コーヒー……かな」

我ながら、おかしなことを言ってしまった。

52: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:49:22.44 ID:2UyBBTxQ0
「あははっ! 赤沢さん、それ料理じゃないよ」

「わ、わかってるわよ!」

でも、本当にコーヒーは好きなのだ。
こだわりもある。
昔、家にいるのが苦痛で、喫茶店に入り浸っていた時期があった。
『おにぃ』が私をいろいろなところへ釣れだしてくれる前のことだ。
小学生が長時間居座っていることに、店主にはたいそう不審がられたが、
そのときに覚えたコーヒーの味が、今でも好きだった。

「いや、でも好きな料理がコーヒーって…ははっ」

「恒一くん、笑いすぎ」

「ふふ…ごめんごめん…はは」

なおも笑う恒一くんに、ちょっとだけ腹が立ってきた。

「なによ、そんなに言うんだったら、なにかおいしいものごちそうしてよ!」

「えっ? いいよ」

「…あ」

まずい。冗談のつもりだったのに…

53: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:50:05.55 ID:2UyBBTxQ0
「今度、遊びにきなよ」

「遊びにって…恒一くんの家に?」

ちょっとドキっとした。

「うん。あ、まずかった…かな?」

「ち、違うの。別のいいわよ。行こうじゃないの」

恒一くんが申し訳なさそうな顔になるのを見て、慌てて答えてしまった。

「ほんとに? 楽しみだな」

「…私も、楽しみにしてるわ」

新しい対策を打ち出せていないことへの焦りや、
不安に駆られているクラスメイトたちを尻目に遊ぶことには、
正直なところ罪悪感があった。
けど一回くらい、いいよね。
ちょっとだけ…遊んだって。

54: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:50:55.54 ID:2UyBBTxQ0
わかると思うけど、誤字…wごめんよ

別のいいわよ→別にいいわよ

55: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:51:26.58 ID:2UyBBTxQ0
「お邪魔します」

次の休日に手土産まで持参して、上がりこんだ恒一くんの家は、
質素だけど、生活感があって落ち着く平屋だった。

「いらっしゃい、赤沢さん」

恒一くんの祖父母への挨拶をすませた頃、
三神先生が顔を出してくれた。

「こんにちは先生。お邪魔してます」

「ここでは玲子さんでいいわよ。先生は学校の中だけでこりごり」

そう言ってフランクに笑う姿は、学校で見かける三神先生とは少し違った。
もしかしたら、これが素なのかもしれない。

「それで、今日は何を作ってくれるの?」

そう尋ねると、恒一くんはいたずらっぽく笑った。

「秘密。できるまでそこで座ってまっててよ」

56: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:52:18.17 ID:2UyBBTxQ0
「…期待してるわ」

「恒一くんはね、料理うまいのよ」

自慢げに三神先生が言う。

「いつもお弁当、すごいの持ってきてますよね」

「たまにね、私の分のお弁当も作ってくれるの」

三神先生は嬉しそうだった。

「学校では公私混同しないように、って口を酸っぱくして言ってるんだけど、
それくらいだったらいいわよね」

「できたよ」

恒一くんが、お盆にどんぶりを3つ載せて戻ってきた。

「早かったわね」

「下ごしらえはしてあったからね」

そして、1つのどんぶりが私の目の前におかれる。

58: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:54:11.71 ID:2UyBBTxQ0
「はい、親子丼」

「おいしそう…!」

とは言ったものの、少しびっくりした。
ハンバーグとか、シチューとか…なんだか、そういうものを出される気がしていたのだ。

「びっくりした?」

「…ちょっとだけ」

「まあ、食べてみてよ」

「いただきます」

手をあわせてつぶやいてから、丼の中身を口に運ぶ。

「あ…おいしい」

すごくおいしかった。
ふと、最後に親子丼を食べたのは、いつだったかと考えた。
去年の文化祭公演の打ち合わせで、演劇部のみんなと定食屋に入ったときかもしれない。
でも、そのときに食べた親子丼も、ここまでおいしいものではなかった。

59: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:55:17.86 ID:2UyBBTxQ0
「ハンバーグや中華にしようかとも思ったんだけどね」

恒一くんが照れくさそうに言う。

「やっぱり、本当においしい料理って、こういう肩肘張らずに食べられるものだと思うんだ」

「そっか…」

たしかに、本格的なフレンチなんか出されて、テーブルマナーに気をつけながら食べたら…
食べ物の味なんか、わからないかもしれない。

「おいしいね」

心から、そう思った。

「おかわりぃ!」

いつのまにか完食していた三神先生が、丼をつきだした。

「ええっ! 玲子さん、早すぎですよ。
赤沢さんの分がなくなったらどうするんですか…」

「…なんで私がおかわりする前提なのよ」

60: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:56:09.92 ID:2UyBBTxQ0
「えっ? しないの?」

「…するけど。太ったらどうしてくれるのよ」

「まあ、そのときはそのときだよ」

「赤沢さんは太ってないよ、くらい言いなさいよ!」

「アカザワサンハフトッテナイヨ」

半笑いでそんなことを言う恒一くんに…

「なにそれ! むかつく!」

私は、笑いながらそっぽを向いた。

61: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:56:49.54 ID:2UyBBTxQ0
「今日はありがとう。とってもおいしかったわ
それに、こんなところまで送ってもらっちゃって」

「いいよ。気にしないで。
女の子を夜遅くにひとりで帰すわけにはいかないし、ね」

恒一くんは笑って言った。

「三神先生…玲子さんと、仲いいのね」

「学校だと距離を置いてるからね…意外だった?」

「そうかも。少し羨ましかったかな」

「羨ましい?」

「恒一くんには、本当に大事に思ってくれる『家族』がいるんだな、って」

「赤沢さんにも、家族はいるでしょ?」

「……そうね」

少し小声になって、続ける。

「でも、ふざけてじゃれあったり、本気で喧嘩したり、
心から心配したり…そういうことができる相手はいない、かな」

63: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:57:55.23 ID:2UyBBTxQ0
「…そっか」

「……」

しまった。少し気まずい空気にしてしまった。
私が余計なことを、言ったからだ。

「…もう、赤沢さんの家族だって、きっと本心では赤沢さんのことを大事に思ってくれてるよ、くらい言ってよ。ほんっと、デリカシーないわよね」

冗談ですまそうとして、そんなことを言ってみた。

「僕は、赤沢さんの家族が、どんな人達なのか知らないから」

そうか。

「……」

恒一くんは、そうなんだ。
きっと、とても真面目で…適当なことを言ってその場を取り繕ったり…
嘘で真実をごまかしたり…そういうのが苦手なだけなんだ。
だから彼は正しいほうを向いているように思えて、
そしてこんなにも……

「…でも、家族って、作れると思う」

「えっ?」

64: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:58:34.52 ID:2UyBBTxQ0
「僕も、玲子さんと暮らすようになったのはつい最近だし、
それまでは、血がつながってるって言っても、小さいころに何回か会ったことがあるだけなんだ」

「…そうなんだ」

「だから、いつかきっと、赤沢さんにも、『家族』ができるよ。絶対」

「ふふっ…きっと、絶対…どっちなのよ」

精一杯、慰めてくれようとしていることがわかって、思わず笑ってしまった。

「ありがとう。恒一くん」

65: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:59:13.54 ID:2UyBBTxQ0
担任の久保寺先生が死んだのは、それからしばらくたった朝のことだった。
よりにもよって、教室の真ん中で自殺。
首に自ら包丁を突き刺して、死んだ。

「綾野…大丈夫だから。ね」

ようやく這い出した廊下で、嗚咽する綾野の背中をさする。
ちらっと教室の中に目をやると、あちこちに鮮血がこびりついていて、ひどい有様だった。
もうこの教室は使えないかもしれない。

「恒一くん…?」

気胸を再発していないか、少し心配になって、あたりを見回す。
すると教室の出入り口付近に恒一くんの姿を見つけて、少し安心した。
そして、教室から出てきた見崎さんと目が合う。
お互い、もう目をそらそうとはしなかった。
久保寺先生があんな死に方をした以上、『いない者』が失敗したのは明白だった。
効果がないなら、『いない者』は終わらせよう。

66: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 21:59:42.42 ID:2UyBBTxQ0
「やっぱり…」

多佳子がつぶやいた。

「やっぱり、もう、止められないのかな」

「…大丈夫。止めてみせる」

根拠はない。けど、そう返す。

「私が、絶対に止めてみせる」

67: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:00:31.99 ID:2UyBBTxQ0

夏休み初日、私は自室で終業式で配布されたプリントを眺めていた。
8月頭に、クラスで合宿にいくのだ。
これは主に先生たちが決めた行事で、15年前にクラスで合宿を行い、
神社にお参りをしたところ、惨劇がとまったことがあったらしい。

「お参り…か」

それ以降、何度お参りをしても惨劇がとまった例はなく、
私自身、そんなことで災厄が止まるとは思えなかった。
けれど、あれから何度恒一くんや、
多佳子たちと話しても、有効な打開策はひねり出せていない。
だから気休めにすぎなかったとしても、合宿には行ってみようと思っていた。

「お嬢様。お電話です」

部屋の外から、メイドが呼ぶ声がした。

「誰から?」

真っ先に、恒一くんの顔が浮かんだ。
が、恒一くんには携帯の番号を教えてあったことを思い出す。

「勅使川原様からです」

「あいつ…」

期待してしまっただけに、理不尽な怒りを勅使川原にぶつけそうになってしまう。
今回に限っては、あいつは別に悪いことはしていない…と思う。

68: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:01:22.23 ID:2UyBBTxQ0
「恒一くん、こっちよ」

喫茶店兼バー『イノヤ』の入り口で、店内を見回す恒一くんに声をかけた。

「赤沢さん」

恒一くんが来るというので、こんなところまで出向いてきたのだが
向こうはなにも聞いていなかったらしく、私がここにいることに驚いているようだった。

「勅使川原に呼ばれてきたんでしょう?」

「あ…うん」

「座ったら?」

「赤沢さんも…?」

「そう。クラスの問題だっていうから……
じゃなきゃ、あんな男に呼び出されて出てくるわけない」

実際、電話に出たら勅使川原の第一声が『赤沢! どうしてもお前に会いたいんだ!』で
電話を切ろうかと思った。
恒一くんが向かいの席に座ると、店員の望月さん…同じクラスの望月優矢の姉だ…が、
注文をとりにやってきた。

「いらっしゃい。泉美ちゃんのお友達?」

69: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:01:58.89 ID:2UyBBTxQ0
「ええ。クラスメイトの榊原恒一くんです」

もう顔見知りになっている望月さんと、そんな会話を交わす。
私達が知り合いであることに驚いている恒一くんに、望月さんを紹介しておくことにした。

「望月くんのお姉さんの、智花さんよ」

「あ…初めまして」

「初めまして。ご注文は?」

「えっと…」

恒一くんがメニューで迷っているのを見て、ふと思いついた。

「私と同じやつを」

「えっ…」

「あら…」

ふたりは困惑していたが…

「かしこまりました」

望月さんはちらっと恒一くんに目をやると、それ以上はなにも言わずに去っていった。

「赤沢さん…なに飲んでるの?」

「コーヒー」

70: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:02:46.68 ID:2UyBBTxQ0
「僕、コーヒー苦くて飲めないんだけど…」

以前、それはなにかの折に聞いたことがあった。
でも、ここのコーヒーなら、恒一くんもきっと。

「ここのコーヒーは本物よ。ハワイコナのエクストラファンシー」

聞きなれないであろう名前に、目をぱちくりさせる恒一くんに、さらに言葉を重ねる。

「この前のお礼に、私が奢るから」

なにかお礼をしよう、とずっと思っていた。
けれど、私が恒一くんにしてあげられることなんて、本当に少ないことに気付かされた。
私は料理もできなければ、気の利いた小物が作れるわけでもない。
それなら、せめて私が大好きなコーヒーを、恒一くんにも味わってもらいたかった。
それでおいしいと言ってもらえたなら、ほんの少しだけ、恩を返せる気がするのだ。

「おまたせしました。ごゆっくりどうぞ」

思ったより早く、コーヒーが出された。

「騙されたと思って、そのまま飲んでみて」

なおも躊躇する恒一くんを後押しする。
その一言で、ようやく恒一くんはカップを手に取り、口へ運んでいった。

71: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:03:17.88 ID:2UyBBTxQ0
「……」

ごくり、と恒一くんが喉を鳴らす間、緊張が顔に出ないようにするのが大変だった。
もし、おいしくない、って言われたらどうしよう。
そうだったら…少し悲しい。

「苦いけど…甘い」

カップを下ろした恒一くんは、笑顔だった。

「おいしいね、これ」

「あ……」

よかった。
思わず、顔がほころぶ。
私がおいしいと思うものを、恒一くんもおいしいと感じてくれた。
こんなことが、これほど嬉しいものだとは思わなかった。
この時間が、ずっと続けばいいのに。

72: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:03:43.34 ID:2UyBBTxQ0
「……」

でも、恒一くんは、来年になったら東京に帰ってしまう。
そうしたら、会えなくなるのだろうか。
私がもし、東京の高校に進学することになったら、会ってくれるだろうか。
また、一緒にこんな時間を過ごしてくれるだろうか。

「…恒一くん、東京には帰らないの?」

ふと不安になる。
久保寺先生の事件以来、たくさんのクラスメイトたちが夜見山を出ていった。
夏休みの間だけ出かける人たちもいれば、
年度が変わるまで戻ってこないつもりの人たちもいた。
恒一くんには、いつでも東京に帰れる土壌がある。
むしろ夜見山に残っていることのほうが不思議だった。

「なんだか逃げ出すみたいで、ちょっとね」

73: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:04:15.90 ID:2UyBBTxQ0
苦笑いする恒一くんに、少しだけ安心する一方で、そんな自分がたまらなく嫌になった。
このまま夜見山にとどまれば、恒一くんだって危ないのに。
なのに、私は自分の感情だけで…恒一くんに残って欲しいと思ってしまった。
それで恒一くんになにかあったら、私は自分を許せるのだろうか。

「赤沢さんだって、残ってるじゃないか」

「私は…両親に言っても、絶対に信じてもらえないし
それにおに……大切な人をね、私から奪った災厄と…最後まで戦うって決めたから」

「なら、僕も残らなきゃ」

「…どうして? こんなことに、付き合ってくれなくていいのよ
そもそも恒一くんは、東京の人で…夜見山のゴタゴタには、巻き込まれただけじゃない」

「そうなんだけど、さ」

恒一くんは目を逸らして言った。

「赤沢さんが災厄と戦い続けるって決めたみたいに、
僕も決めたんだ」

そして、まっすぐ私の目を見て、言った。

「僕は赤沢さんと一緒に、最後まで戦うって」

74: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:05:32.61 ID:2UyBBTxQ0
「あ…」

カップを取り落としかけて、ガチャンと食器が派手な音をたてた。

「こ、恒一くんってさ…」

少しこぼれてしまったコーヒーを紙ナプキンで吹きながら言う。

「けっこう、恥ずかしいこともさらっと言うよね」

「そう…かな?」

「うん。そういうの、女の子が勘違いしちゃうから、気をつけたほうがいいわよ」

冗談めかして、言ってみるが
恒一くんの目は、笑っていなかった。

「…きっとそれは、勘違いじゃないよ」

「え…っと…」

顔が瞬時に真っ赤になったのがわかった。

「あの……」

言葉が出てこない。

「こ、恒一くん…その…」

「僕は…」

恒一くんが再び口を開きかけたとき…

「おーっす! ごめんごめん!」

勅使川原が店に入ってきた。

75: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:06:02.96 ID:2UyBBTxQ0
「おまたせー!」


今度は、違う意味で顔が真っ赤になったのがわかった。
そもそもこの店に呼んだのは勅使川原なわけで、彼に咎はないはずなのだが…
どうしようもなく自分が不機嫌になっていくのが止められない。

「…ふんっ」

自分のカップを持って、恒一くんの隣の席に移動する。

「なにそれ…お、俺そんなに嫌われてる?」

「はっきり言われたい?」

勅使川原に、冷たい言葉を投げかけてしまった。
ちらっと恒一くんに目を向けると、苦笑しながらこっちを見ていた。
それで少し気恥ずかしくなってしまって、私はまたコーヒーに口をつけた。

77: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:06:59.75 ID:2UyBBTxQ0
運転手に少し待つように言って、私は車から降りた。
後ろには、途中で拾った中尾と多佳子を乗せている。

「おまたせ」

先に待機していた恒一くんたちに声をかけて、
三神先生…玲子さんに軽く頭を下げた。

「おはよう、赤沢さん」

喫茶店『イノヤ』で得られた情報は大きかった。
三神先生と15年前同じクラスだった、松永さんという人が、
災厄の止め方を知っているかもしれないのだ。
もしこれが事実なら、とても大きな進展になる。

「お世話になります」

三神先生に言う。今日は、私の家から運転手つきで車を一台もってきた。
あとは三神先生が運転する車があるので、
みんなで分乗して松永さんが働く海沿いのホテルまで向かうことになる。

「恒一くん、こっちの車に乗らない?」

できるだけわざとらしくないように、誘ってみる。

「その車で4人は、きついんじゃない?」

78: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:07:44.34 ID:2UyBBTxQ0
「そんなことないよ、意外とよく走るよ」

あっさり断られる。

「そう…」

なら…

「じゃ、勅使川原、私の車ね」

声をかけると、勅使川原は少し嬉しそうに頷いた。

「中尾は車に酔うから前ね」

車に酔って戻している中尾にも声をかけると、私は三神先生の車へと向かった。

80: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:09:14.97 ID:2UyBBTxQ0
車が夜見山を抜けると、張り詰めていた車内の空気が和らいだ。

「無事に夜見山を出られたみたいね」

隣の恒一くんに声をかけた。

「そうだね」

彼も、少し安心したようだ。
少なくとも、これで今日だけは災厄から離れることができる。

「恒一くん、私も慶光受けてみることにしたの」

「赤沢さんが?」

慶光…恒一くんが進学する予定の高校だ。
進学校だし、偏差値も高いけど…
いろいろ調べてみたら、私の学力でもなんとか合格できるかもしれなかった。

「うん。やっぱり私も、東京の高校行きたいなって」

「そっか。じゃあもしふたりとも受かれば、同じ高校だね」

そのために、『対策係』の仕事の傍ら、勉強にももっと力を入れなければならない。
でも、はっきりした目標が自分の人生にあるのは、とても嬉しかった。

82: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:09:46.85 ID:2UyBBTxQ0
「そうしたら、東京を案内してくれる?」

「もちろん。どこか行きたいところとかあるの?」

「渋谷とか、六本木とかかな。とても賑やかなんでしょう?」

「そうだね。少しざわざわしていて、僕は苦手だけど」

実は、このことは両親にはまだ伝えていなかった。
両親は私に、地元の女子高に進学してもらいたがっている。
もしかしたら、両親と生まれてはじめて、真っ向から対立するかもしれなかった。
災厄の件が一段落したら、切り出してみなければ…

84: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:12:07.58 ID:2UyBBTxQ0
「泉美、変わったよね」

ホテルの前で松永さんを探しに行った三神先生を待っていると、
多佳子が声をかけてきた。

「そう?」

「うん。榊原くんと一緒にいるようになってから、変わった」

たしかに、最近は多佳子や小椋、中尾たちよりも恒一くんと過ごす時間のほうが増えていた。
演劇部にも、もう長いこと顔を出していない。
多佳子はそれについてなにも言ってこないけれど、本当のところはどう思っているんだろう?
多佳子の無表情な顔からは、なにも読み取れなかった。

「…ごめん」

「なんで謝るの?」

思わず謝ると、多佳子の目付きが鋭くなった。

85: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:12:30.98 ID:2UyBBTxQ0
「別にやましいことはないんでしょう?」

「ないわ」

けれど、恒一くんに対して、だんだん私は歯止めがきかなくなってきている。
この前の喫茶店で、もし勅使川原が来なかったら…どうなっていたんだろう。
認めたくはなかったけれど、私は恒一くんが…

「まあ、『お気に入り』にしておけばいいんじゃない?」

と、多佳子。

「あと半年なんだし、卒業してから好きにすればいい
そうでしょ、泉美?」

「…うん」

「大丈夫。私は泉美を信じてるから」

そう言い残して、多佳子は相変わらず車酔いの名残で吐いている中尾の介抱に向かった。

86: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:13:27.21 ID:2UyBBTxQ0
「見崎…さん?」

松永さんが戻るまでの間、海で遊ぼうということになったのだが…
そこで、意外な人物を見かけた。

「赤沢さん」

そう言って岩場から立ち上がったのは、今年の『いない者』だった見崎さんだった。
『いない者』はとっくに解除していたけれど、彼女とこうして直接話すのは、それから初めてだ。

「どうしてここに…?」

「家族旅行」

彼女は、つまらなそうにそう吐き捨てた。
その一言で、なんとなく彼女の状況を察することができた。
こんないい天気の海に、たったひとりで出てきているところからも…

「見崎さん、こっちで一緒に遊ばない?」

つい、声をかけてしまった。

87: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:13:56.50 ID:2UyBBTxQ0
「みんないるわよ。恒一くんも、勅使川原も、多佳子も」

「…別にいいけど」

まんざらでもなさそうな表情で、ついてきてくれた。

「あの…見崎さん」

不思議そうな顔で振り向いた彼女に、言葉を続ける。

「ごめんなさい。『いない者』大変だったでしょう」

2ヶ月も、彼女をひとりきりにしてしまったのだ。
対策がうまくいっていたら、本当は卒業式のときにでも、謝ろうと思っていた。

「…別に、大変でもなかったわ」

「…そう」

それでも、見崎さんは薄く微笑んでくれた。

88: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:14:39.11 ID:2UyBBTxQ0
…帰りの車の中は、まるでお通夜だった。
実際、状況はそれとそれほど違わなかったかもしれない。
あのあと、さんざん遊び倒してから、やってきた松永さんに話を聞いていた。
そのさなか、中尾がモーターボートに衝突され、死んでしまったのだ。

「多佳子…」

スクリューに巻き込まれてしまった彼の死に様は、筆舌に尽くしがたいものだった。
それに、多佳子が中尾に好意を寄せていたことには、なんとなく気づいていた。
自分が好きな相手の死に様を、あんな形で見せつけられて、
多佳子がどんな気持ちなのだろう…

「……」

茫然自失、といった状態の多佳子の隣に座ったものの、
慰めの言葉をかけることすらできなかった。
もし、恒一くんが同じように死んでしまったら、私は耐えられないかもしれない。
前を走る三神先生の車に乗った彼のことを考えながら、そう思う。

「…ねえ…泉美…」

震える声で、多佳子が言う。

「泉美…泉美は…死なないよね?」

「大丈夫。私は死なない」

そう答えてやることしかできない。

「大丈夫だから…ね」

でも、大丈夫かどうか、私もどんどん信じられなくなってきていた。

89: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:15:28.53 ID:2UyBBTxQ0
目の前に、スクリューにねじ切られた、恒一くんの首が転がっていた。

「あ…あ……」

くっつけなきゃ。
反射的にそう思って、手を伸ばした瞬間
それは多佳子の顔に変わっていた。

「あなただけ幸せになんてなれない」

首は無表情で、私にそう言った。

「た…たか…」

言葉が出ない私の目の前で、今度は首が見崎さんに変わる。

「あなたが無能だから、こうなったの」

「ご、ごめ……」

謝ろうとして、気づく。
首はまた恒一くんに戻っていた。

「恒一…くん?」

多佳子や見崎さんみたいに、私に話しかけてくれることを祈って、声をかけてみる。

「恒一くん……?」

しかし、呼びかけても首はなにも答えない。

「恒一くん…? ねえ、なにか言ってよ。ねえ…」

恐る恐る、手を伸ばしてみる。

「お願い…恒一くん…やだ…やだよ…」

でも、手が触れた瞬間に、首はドロドロに溶けて髑髏に…

90: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:16:19.46 ID:2UyBBTxQ0

「いやああああっ!」

自分の悲鳴で、目が覚めた。
汗だくで、肩で息をしながらあたりを見回す。
私の部屋だ。

「恒一…くん?」

夢の内容を思い出して、はっとする。
充電していた携帯電話を充電器からもぎ取り、
震える指でリダイヤルボタンを押す。

「……」

無機質なコール音に、こんなに苛立ったことは初めてだった。

「出て…お願い…」

『はい』

出て、くれた。

92: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:17:02.12 ID:2UyBBTxQ0
「こ、恒一くん?」

『赤沢さん?』

驚いたような声音だった。

『てっきり親父かと思ったよ。どうか…したの?』

「…えっと…」

無事だとわかると、途端に気が抜けて、少しずつ冷静になってきた。
今日は…中尾の葬儀がすんで、数日がたっていた。
多佳子はもう取り乱すこともなかったけれど…表情を変えることがなくなってしまった。
心配して何回か電話をかけてみたものの出てはもらえず、折り返しの電話もない。

「……」

『…赤沢さん?』

ここのところ、毎日のように悪夢を見る。
起きればほとんど忘れているので、なんとか耐えられたけれど…
今日のはちょっと鮮明すぎた。

94: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:18:29.36 ID:2UyBBTxQ0
「あれ…恒一くん、今、何時…?」

我ながら、間抜けな質問をしてしまった。

『…朝の5時だよ』

「あ…」

慌てて時計を見る。
本当だ…

「ご、ごめんなさい。起こしちゃったわよね」

『別にいいよ。それで、どうしたの?』

「えっと…」

『ひょっとして悪い夢でも、見た?』

「……うん」

素直に答えてしまってから、顔が赤くなるのを感じた。
この年になって、悪夢で目が覚めて電話するなんて…あまりにも間抜けだ。

『まあ、分かるよ。僕もときどき、悪夢を見るから』

「そう…なの?」

95: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:19:06.25 ID:2UyBBTxQ0
『ここのところ、よくないことが続いてるからね』

「そうね…恒一くんは、どんな夢を見るの…?」

『よく覚えてないよ。でも、学校…3年3組のこと、かな。たぶん』

「私もそう。きっと、クラスのみんなも、もう限界よね…」

きっと、私達だけじゃない。
連絡のつかない多佳子も、最近会うことが減った小椋も、
あの脳天気そうな勅使川原でさえも、きっともう限界だ。

『だから、この災厄を止めないと、ね』

「うん。絶対に、止めなきゃ」

ふと、夢に出てきた見崎さんの台詞が思い出された。

「…わかってるわよ。無能だってことくらい」

96: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:19:50.45 ID:2UyBBTxQ0
『ん?なにか言った?』

「なんでもない!」

大きな声を出してから、我に返る。

「ごめんなさい。自分に苛立ってるの。なにもできない、無能な自分に」

『…少なくとも、松永さんに会ったことは大きな成果だったよ』

「でも、なにも得られなかった。中尾が犠牲になって、多佳子が悲しんだだけ…」

本当のところ、中尾をあの訪問に誘ったことを、私はとても後悔していた。
もしかしたら、あの日どうあっても中尾は死ぬ運命だったのかもしれないけれど…
それでも、もし彼があの海に着ていなければ…と思わずにはいられない。
私のせいだ…と思ったら心が壊れてしまいそうだったので、
努めて考えないようにはしていたけど…やっぱり…

『いや、松永さんは貴重な情報をくれたんだ』

「…そう?」

彼の話は曖昧で、それほど参考になるようなことはなかったように思えるが…

『そのことで、ちょうど今日電話しようと思ってたんだ
今日のお昼くらいに、会えないかな?』

「いいけど……」


『それじゃあ、集合場所はまた連絡するね』

そう言って、電話は切れた。

97: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:20:26.17 ID:2UyBBTxQ0
「それで、このテープを見つけたわけね」

学校の空き教室で、恒一くんと勅使川原と、望月くんに囲まれた
私の手の中には、小さなカセットテープがあった。

「俺達も、探すの手伝ったんだぜ?」

自慢気にいう勅使川原を無視して、恒一くんに向き直る。

「どうして、探す前に私に声をかけてくれなかったの?」

「…中尾、海にこなければ、死ななかったと思うんだ」

恒一くんのその言葉は、私がここのところ考えていたことそのままだった。

「だから、今度のことも、赤沢さんを巻き込むのは…最後にしたかったんだ」

「…そう」

逆の立場だったら、私もそうしたかもしれない。
けれど…

98: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:21:28.14 ID:2UyBBTxQ0
「それでも、今度からはちゃんと、教えてほしい」

恒一くんの目をまっすぐ見つめて言う。

「これは、私からのお願い」

「それは…『対策係』としてのお願い?」

「違うわ。これは…私、赤沢泉美としてのお願い」

「…そっか」

恒一くんは、ため息をついた。

「わかった。今度からはそうするよ」

「…ありがとう」

私は、絶対に恒一くんを…クラスのみんなを守らなければいけない。
そのために、私自身が危険に巻き込まれることなんて、承知していた。
もう『対策係』なんて関係ない。
たくさんの友人を奪われて、大切な人まで奪われるかもしれない…
そんな私自身が戦わなければいけない問題だ。

「それで、このテープの中身は、まだ聞いてないのよね」

「うん。赤沢さんと一緒に聞いたほうがいいっていう話になって…」

と、望月くん。

「…それじゃあ、聞いてみましょう」

カセットをテープレコーダーに差して、再生ボタンを押した。

99: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:22:09.65 ID:2UyBBTxQ0
「……」

帰り道、恒一くんと並んで歩いていても、会話は盛り上がらなかった。
テープの内容が、あまりに衝撃的だったからだ。

『死者を、死に還せ』

クラスの中に紛れ込んだ『死者』
それを殺すことで、死に還す…
そうすれば、災厄は止まるというのだ。

「死に還す…か。簡単に言ってくれるね」

「そうね…だって…そのためには…」

誰かが、手を下さなければならない。
クラスメイトを、殺さなければならないのだ。

「もし…そうなったら、私がやるわ」

それが、きっと『対策係』の最後の仕事になる。

「もちろん、『死者』が誰なのかわかればだけど…」

「赤沢さん」

急に恒一くんが、立ち止まった。

「なに?」

「さっき、僕は赤沢さんと約束したよね。
赤沢さんもひとつだけ僕と約束、してくれないかな?」

101: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:23:10.53 ID:2UyBBTxQ0
「どんな、約束…?」

「もう、ひとりでなんでも背負おうとしないって。
辛いことは、誰かと一緒に乗り越えていくって。
できれば…その、僕と」

「……恒一……くん」

嬉しかった。
けど…

「でも、私…対策…」

「赤沢さん!」

肩を、少し強い力で掴まれた。

「『対策係』は関係ない! 僕は君に、赤沢泉美に約束してほしいんだ!」

「え……」

「君は、泣いたり笑ったりする、普通の女の子じゃないか!
ちょっと気が強いだけで…怖くなることもあるし、悲しくなるときもある!」

肩を掴む力が、少し強くなった。

「それなのに、君はいつも、ひとりで全部抱え込もうとする!
無理して、ひとりで泣いて…悲しいじゃないか!そんなの!」

 
103: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:24:09.43 ID:2UyBBTxQ0
ふと、力が弱くなる。

「だから…僕にも、一緒に背負わせてくれよ。
君が地獄へ行くのなら…僕も一緒に連れて行ってくれよ…」

「恒一…くん」

彼の目を見上げて、問いかけてみる。

「どうして…私にそんなに…してくれるの?」

「それは…」

一瞬迷ったあと、恒一くんは口を開いた。

「赤沢さん…僕は君にことが…」

するり、と私は恒一くんの手から逃れて…彼の顔を両手で包むと
少しだけ背伸びして、彼の唇に、私のそれを押し付けた。

105: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:25:04.83 ID:2UyBBTxQ0
「す……んっ!?」

「ん……」

唇を重ねて、どれくらいたっただろう。
ゆっくりと顔を離すと、恒一くんはとめていたらしい息を吐き出した。

「ぷはっ!」

「ちょっと! なによそれ!」

いらっとして声を荒らげる。

「まったく、やになっちゃう。ほんとムードもなにもないんだから!」

「そ、そんな突然キスされたって…準備できるわけないよ」

恒一くんは、そこで我に返った。

「どうして…急に」

「私、こういうのは自分から言うって決めてるの」

大きく息をすった。

「好きよ、恒一くん」

106: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:27:09.42 ID:2UyBBTxQ0
「僕も、好きだよ。赤沢さん」

照れくさそうに、恒一くんは言ってくれた。

「…わかった。約束するわ
なにかあったら、恒一くん…恒一に、助けてもらう」

「うん。ありがとう。赤沢さん」

「…あのね。私がせっかく…さりげなく呼び方変えたんだから、察してよ」

「えっ…?」

まったく、この鈍い男は。

「泉美って呼んでって言ってるの!」

「わ、わかったよ泉美」

「う…ん」

いざ呼ばれてみると、思ったよりも恥ずかしかった。

107: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:27:43.13 ID:2UyBBTxQ0
下の名前で私を呼ぶ男は、恒一で二人目だ。

「…それと、キスまでしておいてなんなんだけど…
付き合うのは、卒業まで…ううん、災厄が終わるまで、待ってくれない?」

それは、多佳子との約束だった。
もう約束は破ったも同然だったけれど、
それでも形だけは、守らなければいられなかった。
好きだった人を亡くした彼女や…家族や友人を亡くして悲しむ友人たちに
自分の恋を見せつけるようなことは、絶対にできない。

「うん。そうだね。僕もそれがいいと思う。
ふたりで災厄を生き延びて…そしたら、絶対に」

「それまでは、ふたりの秘密に…ね」

もう一度、唇を重ねたくなる気持ちを、深呼吸して抑える。

「それじゃあ、帰りましょう」

合宿が、数日後に迫っていた。

108: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:28:09.71 ID:2UyBBTxQ0
合宿初日。
合宿には、見崎さんも来ていた。多佳子も、望月くんも。
夜見山に残っていたクラスメイトのほとんどが参加していたのではないだろうか。

望月くんが提案した記念写真の間じゅう、私は小椋を心配していた。
私達がテープを聞いたあの日、小椋の兄と綾野が死んだ。
綾野は一家で車ごと崖から転落。
小椋の兄は自室に突っ込んできた重機の下敷きになって。

「小椋…?」

「…あたしは大丈夫だよ、泉美」

そう答えた小椋の目からは、生気が感じられなかった。
合宿には顔を出してくれた多佳子も、同じような目をしていた。
以前よりは…口数は増えたが、会話らしい会話が続かない。

「……みんな、限界だよね」

『死者』さえ見つかれば…という気持ちと
もし見つかってしまえば、手を下さなければならない不安とが織り交ぜになる。

109: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:28:52.12 ID:2UyBBTxQ0
合宿所での食事も、味わって食べられるような空気ではなかった。

明日はいよいよ『お参り』をすることになっているのだが、
その効果はないであろうことを、私は知ってしまっている。
テープを聞いた限りでは、『死者』を見つけ、殺さない限り、災厄は止まらない。

「ちょっといい、勅使川原」

食事が終わると、口数少なかった小椋が唐突に勅使川原に近づいた。

「お、おう。なんだよ」

「あたしの兄貴が死ぬ前の日くらいだったかな…
あんた、旧校舎で『探しもの』するとかって言ってたじゃない?」

「あ…ああ」

言いにくそうにしている勅使川原を見て、はっとする。
あのテープを探しにいく現場に、小椋は鉢合わせていたのだ。

「その『探しもの』って見つかったの? 災厄を止める手がかりになるかもしれないんでしょ」

その言葉に、多佳子も反応した。
なにも言わないものの、睨むようにして小椋たちを見ている。

111: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:30:24.60 ID:2UyBBTxQ0
「い、いや、それがな…」

勅使川原は言いよどんで、望月くんと目を合わせた。

「結局、見つからなかったんだよ」

「…そう。ならいいけど」

小椋はため息をつくと、自分の部屋へ戻っていく。
入れ替わりで、恒一が私のところにやってきた。

「あのテープのこと、みんなにはまだ…」

「うん。言わないほうがいいと思う」

みんな、精神的に疲れはてている。
『死者』が誰かわからなければ意味をなさない対策のことなど、
まだ知らないほうがいいように思えるのだ。

「雷…?」

窓の外に目をやると、どうやら雷雨になっているようだ。

「恒一、あとで私の部屋にきてくれない? 
私の部屋、一人部屋だし…少し話したいの」

多佳子が小椋との相部屋を選んだため、私はひとりで部屋を使うことになった。
この状況の中、ひとり部屋で過ごすのは…ちょっとだけ怖かった。

112: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:30:57.72 ID:2UyBBTxQ0
「『死者』が誰なのかがわかれば…」

「でも、まだ見当はつかないよね…」

恒一と部屋で考えこんでみても、あまり芳しい進展はなかった。

「でもね恒一、私思うの。ちゃんと考えれば…それで本当に少しだけ、
なにかヒントになることがあれば…『死者』が誰だかわかるはずだって」

「どうしてそう思うの?」

「だって、『死者』はすべての辻褄をあわせてクラスに紛れ込む。
そう言われてわけでしょ?」

「うん」

「だけど、少なくとも机の数は、合わせられていない」

毎年、机の数がひとつ足りない。
名簿は改ざんできても、机の数までは改ざんできない。
『死者』とはそんな中途半端なやつなのだ。

113: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:31:29.60 ID:2UyBBTxQ0
「でも、今年は…たしか机の数は合ってたって言ってなかったっけ?」

「…そうね。なぜかしら」

今年に限って、机の数は足りていた。
こんなことは、今までなかったことだ。
そこに、なにか重大なヒントがあるような気がした。
あと、本当に小さなピースがひとつ揃えば、
すべての答えがわかるように思える。

「……だめだ、わかんない」

ベッドに腰掛けて、頭を抱えた。

「わかんないよ……」

もう時間がないのに。
これ以上、災厄が続けば、たとえ卒業式まで生き残れたとしても、
クラスの大半は廃人のようになってしまうだろう。
命より先に、心がもたない。

114: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:32:08.58 ID:2UyBBTxQ0
「もう一度、最初から考えてみよう」

恒一の声が、とても頼もしく聞こえた。

「…うん」

でも、時間だけが過ぎていく。
頭は徐々に回らなくなってきて、不安だけがぐるぐるしはじめる。
心臓の動悸が、少し早い気がした。

「…ねえ恒一」

「ん?」

「逃げよっか」

驚いたように、恒一がこっちを見る。

「二人で、夜見山から逃げない?」

「泉美…?」

「私、『対策係』なんて正直どうでもいいのよもう
恒一が生きていてくれれば、それでいいの」

「……」

「東京、連れてってよ。ドラマみたいに、私をさらってよ」

いたずらっぽく微笑んでみる。

「…そうだね。それもいいかもしれない」

やっぱり、こんなときでも、恒一は私の妄想に付き合ってくれた。

115: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:33:11.79 ID:2UyBBTxQ0
「渋谷と六本木に行きたいんだっけ?」

「うん。私、高校いかないで働こうかな。アルバイトとかして、恒一と暮らすの」

「僕はやっぱり高校にはいきたいかな。ってか泉美、アルバイトなんてできるの?」

「ちょ…っと、なによそれ。バカにしないでくれる?」

「だって…なんていうかさ、ウェイトレスとか、できなさそうじゃ…」

「できるわよウェイトレスくらい。たぶん……」

「お客さん怒鳴りつけて、クビになりそうな気がする…」

「はぁ?」

「泉美は…やっぱり家にいるのがいいんじゃないかな。お金は僕がなんとかするからさ」

「…前、家庭的だって言ってたわよね」

「うん。今でもそう思うよ。
泉美は、強くて、でも繊細で…とても綺麗だから」

「…ほんと、よくそんな恥ずかしいこと、言えるわよね」

「まあ、恋人予約してるからね」

116: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:33:37.65 ID:2UyBBTxQ0
「…そう…ね。恒一は、将来なにになりたいの?」

「僕は…美術が好きだから、そういう仕事につければいいなって思ってるよ」

「恒一なら、なれるわよ。きっと」

「ありがとう。泉美は…? 泉美の夢は、なんなの?」

「私? 私は…」

にやっと笑う。

「恒一の、お嫁さんかな」

「…それなら、絶対になれるよ」

「ふふ…」

笑いがこぼれる。

「そういえば、恒一の絵、見たことないな」

「そうだね。東京の家にはたくさんあるんだけど」

「じゃあ今度見せてよ。東京に着いたら」

「ちょっと恥ずかしいけど…いいよ」

「うん。楽しみ」

今度は涙が、こぼれた。

「本当に、楽しみ」

117: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:34:09.50 ID:2UyBBTxQ0
「泉美……?」

「……ありがとう。夢をくれて」

涙がとまらない。けど、悲しいだけじゃない。

「絶対に、夢、叶えようね恒一」

「うん。災厄に勝って、それから…ね」

「うん!」

力をもらった気がした。
一瞬、『おにぃ』の顔が頭をよぎった。
昔、生きる気力をなくしていたとき、『おにぃ』に助けてもらった。
けど、恒一は『おにぃ』じゃない。
少しだけ似ているけれど、恒一は恒一だ。
そんな彼が、大好きだった。

「ねえ、恒一…?」

隣に腰掛けていた恒一に、少し体重をかけた。

118: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:34:45.14 ID:2UyBBTxQ0
「…泉美…?」

恒一の上半身に重心をもっていき、ベッドの上に押し倒す。

「わかる…よね?」

「…ちょ、ちょっと待って」

押し返してくるわけでもなく、焦った恒一の声が聞こえる。

「ぼ、僕ら一応まだ、付き合っては…」

言いかけた口を、私の唇で塞ぐ。

「ん……」

唇を離すと、一気にまくし立てた。

「いいから私を抱きなさいよこのバカ! あんた男でしょ!」

「…泉美」

ひょっとしたら…もしかしたら…最後になるかもしれない。
そう思わなかったわけではない。
この合宿は、なにか大きな転機になる予感がした。
後戻りのできない戦いが始まるのなら、私はなにも思い残したくなかった。

119: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:35:25.26 ID:2UyBBTxQ0
情事が終わったあとは、恒一の腕の中で丸まって目を閉じていた。
下腹部がじんじんと痛むけれど、嫌な感じはしない。

「ベッド、ちょっと汚しちゃったわね」

シーツに少しだけ血がついてしまった。
このままにしておくのは申し訳ないのだが、
かといって管理人のおばさんに申し出るのは恥ずかしすぎた。
鼻血でも出したことにしようか。

「それより泉美…ごめん」

「…しょうがないよ。突然だったし、お互い初めてだったんだし…」

●●もしないでしてしまった。
これについては、襲ったのはどちらかというと私だった気がするし、
恒一を責めることなんてできなかった。

「もう少ししたら、僕、部屋に戻らないとな」

「そうね」

勅使川原たちが心配してしまうだろう。

「でも、もう少しだけ…ね」

恒一の腕を掴んで、私の胸に回す。

「ん…」

落ち着いてくると、眠気が押し寄せてきた。
そういえばここのところ、悪夢のせいであまり眠れなかった。
恒一の腕の中で眠ったら、少しはいい夢が見られるのだろうか。
そう思いながら、私の意識は遠のいていった…

121: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:35:59.68 ID:2UyBBTxQ0
「おにぃの……ばかぁーーーっ!」

私はそう叫んで泣いて、そして無様に転んだ。

「大丈夫?」

私が転がり落ちた河原で手を差し出してくれたのは、恒一だ。
温かいその手を掴んで、彼の助けを借りて、ようやく私は立ち上がった。

「あなた…夜見北の人じゃないよね」

年の頃は同じくらいに見えたけれど、
彼の着ている制服は見覚えのないものだった。

「うん。東京から来たんだ」

「……そう」

言った途端、『おにぃ』を失った悲しみがぶり返してきて、視界がぼやけた。

「どこか…痛いの?」

耳に心配そうな声が届く。

「違うの…大事な人が…死んじゃったから…」

大粒の涙をこぼしながら、つぶやく。

「…そうなんだ」

それで、次に彼が言った言葉は……

「じゃあ…僕と同じだね」

122: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:36:35.75 ID:2UyBBTxQ0
「あ……」

目が覚めると、涙で頬が濡れていた。

「泉美…?」

心配そうな、声。
夢で見たのと同じ、声。

「あ…ああ……」

思い出した。

「どうしたの、泉美?」

「私…思い出した」

そうだった。
私は…

「1年半前、あなたに空き缶ぶつけたの」

「空き缶…?」

「覚えて…る…?」

「……ごめん」

私は、恒一に会ったことがある。
やっぱり、気のせいじゃなかった。
会ったことも、握手したこともあった。
なのに…なぜ私は忘れていたのだろう。
なぜ、恒一はまだ思い出せないのだろう。

123: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:37:33.36 ID:2UyBBTxQ0
「……あれ」

なにかが引っかかる。
あのとき、恒一は、なぜ夜見山にきていたのか。

『違うの…大事な人が…死んじゃったから…』

『じゃあ…僕と同じだね』

恒一の、大事な人が、死んだから。

私は、夢をたどる。
1年半前の恒一。
河原で出会ったあと、少し話をした。
その内容は、よく覚えていた。
なぜなら、恒一が失った大事な人は…
『おにぃ』のクラスの担任で…
私も、よく知っている…

「あ…あ…」

124: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:38:08.55 ID:2UyBBTxQ0
すべてのピースが、組み合わさった。
足りていた机…
忘れていた記憶…
最初から感じていた違和感が、ひとつに繋がった。

「泉美…大丈夫?」

「……うん。ごめんね恒一。なんでもない」

恒一との約束を…どんなに辛いことでも共有しようという約束を、
破ってしまったことを心の中で謝りながら…
それでも、私は『死者』の名前を口にすることができなかった。
なぜなら、それは恒一のとても大切な……『家族』だったから。

125: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:38:49.02 ID:2UyBBTxQ0
なぜ…あの人なのよ。
服を身につけながら、涙をこぼさないように必死に取り繕った。

「泉美」

恒一が、答えを求めるように私の目を覗き込んでくる。
やっぱり、隠しきれるものではなかった。

「…わかってる。約束でしょ」

服を着終わり、ほどいていた髪を結びながら、目を伏せる。

「…どうしたの?」

「…ごめんなさい。だけど、どうしても言えないの」

だけど、少なくとも、隠し事をしていることまで、隠していたくなかった。

「心の準備ができたら、必ず言うから。もうちょっとだけ待って」

恒一に頭を下げる。

「ごめんなさい」

「泉美…」

そのとき、ドアを激しくノックする音がした。

126: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:39:04.56 ID:2UyBBTxQ0
慌ててお互いから身を離す。
同時に長身の男が部屋に飛び込んできた。

「勅使川原…?」

「やっぱり、ここにいたか! 
サカキ!赤沢!ちょっと聞いてくれ!」

勅使川原はどこか様子がおかしかった。
目は落ち着きなくきょろきょろ動いていたし、
息も荒く、髪も服も、雨にぬれている。

「風見智彦ってやつ、知ってるか!?」

「…はぁ?」

「だからさ! 聞いてんだよ! 知ってるか!?」

いよいよ様子がおかしい。風見くんがどうしたというのだろう。

「知ってるもなにも、クラス委員長で、勅使川原の腐れ縁だろ?」

当然のように、恒一が答える。

「あ、赤沢は!?」

私のほうを向いて、必死の形相で勅使川原が尋ねる。

「あんた何言ってるの? 知らないわけないでしょ」

言った途端、勅使川原は顔を押さえてうずくまった。

「やばい…やばいよ…やばいことに…間違ったのかも…俺…」

勅使川原のただならぬ様子に、私と恒一は顔を見合わせた。

127: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:39:41.38 ID:2UyBBTxQ0
「すぐ確認にいきましょう!」

勅使川原の話を聞くと、私はそう叫んだ。
風見くんは、最近様子がおかしく、それを不審に思った勅使川原が問いただしたところ、
昔のことを風見くんは忘れていた。
それで風見くんが『死者』だと思い込んだ勅使川原は、風見くんを…

「ベランダから落ちただけなら、まだ息があるかもしれないわ!」

「あ…ああ…そうだな」

「しっかりしなさい勅使川原! 恒一くん、すぐに勅使川原を連れて様子を見に行って!」

「わかった! 泉美…赤沢さんは?」

「私は119番に連絡していから行く。急いで!」

128: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:40:15.74 ID:2UyBBTxQ0
ふたりを部屋から追い出すと、携帯を取り出して119番に電話をかける。
もし風見くんにまだ息があれば、急いで病院に運ばないと…

「あれ…?」

かからない。
電波は立っているし、電池も残っているのに。

「……なによこれ」

3回かけても、コール音さえ鳴らなかった。
そうだ。他の人の携帯を借りるか…この施設の電話で…

「泉美、榊原くん知らない?」

振り向くと、部屋の入口に多佳子が立っていた。

「多佳子…?」

「泉美、榊原くんは?」

無表情に、同じ質問を繰り返す。

「多佳子…どうしたの?」

不安になって、後ずさる。
様子がおかしい。

129: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:41:01.93 ID:2UyBBTxQ0
「榊原くんはって!!聞いてんのよおっ!!」

途端、多佳子の表情が歪んだ。

「ひっ…た、多佳子…」

そして、多佳子の右手に握られている金串に気づく。
多佳子は正気じゃないのかもしれない。
逃げなければ…

「泉美…なに探してるの?」

武器になるものを探して部屋のなかを見回していると、
無表情のまま多佳子が近づいてきた。

「ごめん!多佳子!」

謝りながら、多佳子に全力でタックルをぶつけた。

「泉美ぃぃぃっ!」

呻きながら倒れる多佳子の横を駆け抜け…部屋から外へ…

「待てやコラァァッ!」

お腹に鈍い痛みを感じると同時に、私は部屋の中へと吹き飛ばされていた。

130: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:41:32.69 ID:2UyBBTxQ0
「いっ……!」

机の角に背中をぶつけて、痛みに朦朧としながら入り口に目をやると、
小椋が入り口を塞ぐように仁王立ちしていた。

「泉美ぃぃぃっ!」

必死に立ち上がろうとしたところを、多佳子に馬乗りになられた。

「ちょっと大人しくしろっ!!」

なおも暴れようとすると、部屋に入ってきた小椋に腹を殴られた。
痛みで身体から力が抜け、胃の中身が逆流するのを防ごうとして、咳き込む。

「ゴホッ、ゲホッ…な…なんで…」

私を抑えつける2人を見上げる。

「テープ、聞いたのよ」

多佳子が答えた。

131: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:41:58.28 ID:2UyBBTxQ0
「…テープ…?」

まさか。

「さっき様子がおかしかったから、望月の部屋にお邪魔してね
ちょっと『協力』してもらったんだよ」

小椋がニヤリとして言った。
続いて、多佳子が口を開く。

「大丈夫。怪我させたりはしてないから」

「…でも…どうして、恒一を……?」

私の質問には答えず、多佳子はベッドに目を向けていた。

「ねえ泉美、あんたひょっとして、あいつと寝た?」

はっとして目を逸らす。

「ふうん」

無表情だった多佳子の目に、初めて憎しみの炎が見えた気がした。

「泉美、寝ちゃったんだ。榊原…『死者』と」

「なにを…言って…」

133: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:42:43.14 ID:2UyBBTxQ0
『死者』は恒一じゃない。何を言っているのだろう。

「あれほど言ったのに。恋は卒業してからにしろって」

多佳子の言葉に、小椋も頷く。

「恒一は『死者』じゃない! ふたりとも何言ってるの!」

ふたりは顔を見合わせて、無表情にこちらを向いた。

「今年の現象は5月に入って急に始まった」

「なら、『死者』が誰かなんて、決まってるじゃない」

「「そのとき転校してきた、榊原よ」」

ぞっとした。

134: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:43:22.43 ID:2UyBBTxQ0
「ねえ泉美、私たち、泉美に乱暴はしたくないの」

と多佳子。

「『死者』の居場所を教えてくれればいいだけ」

そう言う小椋の手には、いつのまにか鋭利な剃刀が握られていた。

「こ、恒一を見つけて…どうするの?」

「決まってるじゃない」

多佳子はうっすらと笑みを浮かべた。

「死者を、死に還す!!」

「あ……」

殺す気なんだ。恒一を。
きっとこの子たちは、恒一を本気で殺す気だ。
ふたりとも心のバランスが崩れかけているのはわかっていたけれど…
テープを聞いて、タガが外れてしまったんだ。

135: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:43:54.68 ID:2UyBBTxQ0
「で、泉美、『死者』はどこ?」

「…知らない」

「泉美、本当のこと言って?」

嫌に優しい声で多佳子が言う。

「お互い、傷つくのは嫌でしょ?」

「…多佳子。ごめん」

「いいから言えって言ってんだよっ!」

小椋の拳が頬にめり込む

「痛っ…」

血の味が口中に広がり、目の前で星が飛び散ったような気がした。

「由美、殴るのは効果がないってさっき言ったでしょ」

「……わかってるよ」

「じゃ、ちょっと泉美を押さえてて」

あくまで静かな多佳子の声が聞こえてくる。

「ねえ泉美? 最後にもう一度だけ聞くよ。榊原はどこ?」

そう言いながら、多佳子は私の左手の小指を握った。

136: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:44:23.77 ID:2UyBBTxQ0
「…知らない」

「……そう」

「…多佳子…やめて…」

多佳子の力が強まり、左手の小指に痛みが走る。
ゆっくりと反対側に反らされていっているのがわかった。

「多佳子! お願い!」

力を入れてもがくが、小椋がしっかりと押さえつけていて、身動きが取れない。

「多佳子! やめ…痛っ…痛い! あああああああああああああああっ!!!!」

「泉美、『死者』はどこ?」

「あああああっ! やめてよ多佳子! 痛い痛い!痛い!!痛…あっ!!!ああああああ!」

ゴキッっと嫌な音がして、小指から痛み以外の感覚が失われた。

「あ…いやああああああああああっ!!!」

痛みで目の前がチカチカする。
なにも考えられなくなって、目の前がぐるぐるしはじめた。

「あ…あ…」

「それで、泉美」

底冷えするような多佳子の声で、我に返る。

「『死者』はどこ?」

137: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:45:07.36 ID:2UyBBTxQ0
「…どうして…どうして、クラスメイトをそんな簡単に殺すなんて言えるの…?」

心臓が鼓動するペースに合わせてズキズキ痛む指を必死に無視しながら、
多佳子に訴えてみる。

「どうしてって…みんなを守るためよ」

当然のように言い放たれた。
小椋もそれに続く。

「あたしたちは、泉美を殺したりなんかしないよ
『協力』してほしいだけ」

「違うよ…そんなの間違ってる…それに恒一は、『死者』じゃない」

「その根拠は?」

夢、なんて言っても、この子たちは信じてくれるだろうか?
一瞬、口ごもる。

「…泉美、あんた洗脳されてるのよ。『死者』に」

「だから『対策係』は男作っちゃいけないってのに…」

だめだ。ぜんぜん聞く耳を持ってない。

「あたしは兄貴のカタキをうつの」

小椋が私を見下ろしながら言う。

「多佳子だって、好きな男を『死者』に殺された」

138: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:45:36.52 ID:2UyBBTxQ0
「復…讐…ってこと?」

指の痛みが再びぶり返して、目尻に涙が滲んできた。

「そうね。他に私が生きている意味なんて、ないもの」

と、多佳子。

「……復讐なら、私にすればいい。私が…『対策係』が無能だったから…
だから災厄を止められなかった…恒一は悪くない……」

恒一だけは、守らなきゃ。
私がなにをされても、恒一が無事なら、それで…

「お願い! 私はどうなってもいいから、恒一は見逃してあげて!」

「……由美、こりゃだめだね」

多佳子が呆れたような表情をしている。

「うん。ねえ多佳子、あそこに連れていこうよ」

小椋に再び顔を殴られ、私の意識は遠のいた。

139: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:46:29.89 ID:2UyBBTxQ0
朦朧としていた意識がはっきりしてくると、周りを見回してみる。
どうやら放送室に連れてこられたらしい。

「新しい『対策係』から3組のみなさんに大事なお知らせです」

多佳子の声が聞こえる。

「これからお聞かせするテープは、15年前、
途中で災厄が止まった年に、残されたテープです」

そう言って、多佳子はテープを流し始めた。
そこで気づく。
これを施設中に放送しているんだ。

「事実、15年前災厄は途中でとまりました」

声をだそうとしたが、小椋に口を塞がれる。

「そして、今年の死者は『榊原恒一』です
みなさんも、思い出してください。
災厄が、いつ始まったのか。
災厄が始まった、きっかけはなんだったのか」

多佳子は息を吸い込んだ。

140: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:47:04.00 ID:2UyBBTxQ0
「すべては『榊原恒一』から始まったのです
しかし、彼は今、行方がわかりません
3組で総力をあげて『死者』を見つけて、『殺し』ましょう」

やめて…やめてよ多佳子…
心の中で叫ぶ。

「それから『榊原恒一』もしあなたがこの放送を聞いてるのなら…」

ちらっと私のほうを見る。

「前『対策係』赤沢泉美が今、私の目の前にいます」

そして、多佳子は私の左手薬指を掴んだ。


「これから、1分に1本ずつ、彼女の指を折っていきます」

141: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:47:33.26 ID:2UyBBTxQ0
小椋が私を抑える力が強まる。

「これをあなたが放送室に現れるか、死ぬかするまで、続けます」

多佳子は冷え切った目で私を見下ろすと、指を握った手に力をこめた。

「あ…ぐ……く……」

悲鳴をあげまいとして、歯を食いしばる。
ここで泣き叫んだら、きっと恒一くんは…

「泉美、どうせ『死者』は来るわよ。我慢しても無駄なのに」

薬指の痛みがどんどん増していく。

「う…あ…」

小枝がへし折れるような音が放送室に響いた。

「……んんんうっ!!」

「あと、8本」

多佳子が言った途端、どこかから爆発音が聞こえてきた。

142: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:48:00.72 ID:2UyBBTxQ0
続いて、床が大きく揺れる。

「あっ!」

小椋がバランスを崩して、私を抑えていた力が抜ける。

「小椋…ごめんっ!」

思い切り小椋の膝に頭突きを入れた。

「いってえええええっ!」

完全にとけた拘束から跳ね起きると、
多佳子がすかさず戸口を塞ぐように立ちふさがったが、
そちらへは向かわずに窓へと向かう。

「泉美! 待てっ!」

背後から多佳子の声が聞こえたが、そのまま窓を開け放って外へ身体を押し出した。

143: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:48:32.84 ID:2UyBBTxQ0
「隣の部屋へ…」

2階の外壁にある足場はもろくて滑りやすく、
何度も足を踏み外しかけながら、隣の窓ににじり寄る。
少し離れた1階部分から火の手があがっているのが見えた。
さっきの爆発は、あそこで起きたのだろうか。

「泉美いいいいっ!!」

絶叫に振り返ると、放送室の窓から憤怒の形相で小椋が顔を突き出していた。

「…いたぁ!」

外壁にしがみついている私を見つけると、小椋は手に持った剃刀を振りかざし…

「あっ!」

足を滑らせた。

「あああああああっ!」

悲鳴が尾を引きながら落ちていき、すぐに静かになった。

「……小椋……」

そこで、我に返る。
まだ多佳子が放送室にいるはずだ。

145: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:49:09.99 ID:2UyBBTxQ0
隣室は使われていない客室らしく、電気も消えていて人の気配はなかった。
背後の窓を気にしながら扉へ向かう。

「ひっ!」

戸を開けた瞬間、目の前を金串が通り抜けていった。

「泉美い……あんた…小椋を…」

多佳子が廊下にたっていた。

「違う…私じゃ…」

「殺す!」

再び金串が突き出され、すんでのところでそれを躱して廊下に飛び出した。

「来ないでっ!」

身を翻して廊下を反対側に走る。

146: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:49:38.73 ID:2UyBBTxQ0
逃げ続けて、暗い階段に出た。
どうやら施設の裏階段のようだが、埃っぽく、長い間使われた形跡もなかった。

「うそ……」

そして、行き止まりだった。

「みーつけたぁ」

多佳子の嬉しそうな声に、後ろを振り向く。
途端、右肩に焼けるような感覚があった。

「いっ…あああああっ!」

金串が肩に突き刺さっていた。
ゆっくりと、血の染みが制服に広がっていく。

147: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:50:06.85 ID:2UyBBTxQ0
「外したか…」

舌打ちすると、多佳子は金串を引きぬく。
熱かった肩が急に痛く感じられるようになり、耐え切れずにうずくまる。

「多佳子…やめて…」

「大丈夫よ、泉美。『死者』もすぐに送ってあげるから」

そう言って突き出された金串を、最後の力を振り絞って横に飛んでかわす。

「泉美っ!」

私のほうに飛ぼうとした多佳子の首が、
天井から下がっていたゴムチューブに引っかかる。

「ぎ…うぇ」

多佳子はなおも私のほうに手を伸ばすが、途端に天井の梁が崩れ、
多佳子の首に巻き付いたゴムチューブが一気に引き上げられた。

「ぐうっ…げぇっ!!」

「た、多佳子っ!」

反射的に手を伸ばしたが、宙吊りになった多佳子の首は変な方向に曲がっていて…
右肩を抑えたまま、私はその場に立ち尽くした。

148: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:50:34.27 ID:2UyBBTxQ0
「赤沢! 大丈夫か!」

勅使川原の声が聞こえて、足から力が抜けそうになった。
いつのまにか施設は盛大に燃え上がっていて、裏階段からなんとか抜けだした私は、
施設の前に集まっていたクラスメイトたちを見つけたのだ。

「赤沢さん! その傷…やっぱりさっきの放送…」

望月くんが心配そうに覗き込んでくる。
よかった。やっぱり、みんながあの放送を信じたわけじゃなかったんだ。

「私は大丈夫。恒一…恒一は?」

必死にあたりを見回すけれど、恒一の姿はなかった。

「それが…赤沢を探さないとって、あの中に…」

勅使川原が炎に包まれた施設を見やる。
恒一が、あの中に…

150: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:51:13.56 ID:2UyBBTxQ0
「赤沢さん!? どこへ…」

私は駆け出していた。

「赤沢! 今戻ったら死ぬぞ!」

そんなことはわかってる。
けど、恒一が死ぬ以上に怖いことなんて、ない。

「恒一…私をおいて勝手に死んだりしたら…許さないからっ!」

戸口を蹴破り、入り口を塞ぐ炎の中に身を躍らせる。
炎を通り抜けると、エントランスホールは火と煙に包まれていた。

「恒一! どこ!」

叫びながら、髪の先についた火を叩き消す。

「こういちいいいいいいいっ!!」

「泉美!」

声に上を見上げると。
踊り場に恒一がいた。
少し離れたところに、風見くん。
あれ…風見くんって…勅使川原に突き落とされたんじゃ…

151: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:51:44.79 ID:2UyBBTxQ0
「泉美! 逃げろ!」

「えっ…?」

同時に、風見くんがナイフを振りかぶっているのが見えた。
何を…

「ぐああっ…」

ナイフが宙を飛び、恒一の足に突き刺さる。

「何やってるの! 風見くん! やめて!」

「赤沢さん」

恒一の前に立ちふさがった私に、風見くんは冷ややかな目を向けてきた。

152: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:53:00.07 ID:2UyBBTxQ0
「赤沢さんを殺すつもりはなかったんだけど…邪魔するなら仕方ないよね」

「恒一は『死者』じゃない! さっきの放送はでたらめよ!」

「そうかな…? 僕もずっと、『死者』は彼だと思っていたよ」

「違う! お願い! 信じて…!」

「彼が死んで、それでも災厄が止まらなければ…信じてやるよ!」

「恒一に近寄らないでっ!!」

ナイフを振りかぶった風見くんに体当たりする。

「くそっ! 邪魔すんな!!」

腹を蹴り上げられ、息が詰まった瞬間、顔を張り飛ばされた。

「あ…」

声も出ずに、膝をつく。

「泉美っ! くそっ…」

恒一くんが跳ね起きて、風見くんともみ合っている。

「泉美! 僕はいいから逃げろ!」

「やだっ!」

153: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:53:32.66 ID:2UyBBTxQ0
必死に立ち上がって。風見くんが落としたナイフを拾い上げる。
ふと、思う。
これを拾ってどうするのか。

「この『死者』め…死に還れっ!!」

目の前に、風見くんの背中があった。
彼は、新しいナイフをポケットから取り出すと、恒一くんを睨みつける。

「……ごめん」

口の中で、つぶやく。
許してくれるだろうか。恒一は。
私が人を殺してしまっても、それでも一緒にいてくれるだろうか。
彼は優しいから、きっと大丈夫だけれど。
そんな私に、恒一と一緒にいる資格はないかもしれない。
けれど、それでも、恒一が助かるのなら…

154: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:54:02.03 ID:2UyBBTxQ0
「ごめん!風見くん!」

そう叫んで、ナイフを振り上げる。
風見くんの背中の真ん中を狙って。
私の声に振り向こうとしているけれど、もう遅い。
そう思った瞬間。

「…きゃっ!」

さっきよりひときわ大きい爆発が起きた。
ズン、とお腹に響くような音がする。

「泉美! 危ない!」

ふと横を見ると、爆風で砕け散ったステンドグラスが、まっすぐに飛んできていた。
スローモーションのようにゆっくりと飛んでくるガラス片はとても尖っていて…
ステンドグラスは、割れてもやっぱり綺麗に輝いていたけれど…
それを今からでは避けられないことだけは、はっきりとわかった。

「あれ…」

これじゃ、死んじゃう。
恒一と一緒に、いられない。
もしかしたら、これは人を殺そうとした私への罰なのかもしれない。
それなら、死ぬのはどうか私だけにしてください…
そう願いながら、目を閉じる。

155: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:54:33.04 ID:2UyBBTxQ0
「赤沢さん…だっけ。のお兄さんは、どんな人だったの?」

河原で、少し落ち着いた私に、榊原くんは問いかけた。

「優しくて、強くて…いつも憧れてた。本当は、従兄弟なんだけど、ね」

「ふうん」

同意するでも、否定するでもなく、彼は穏やかに私の話を聞いてくれた。

「ねえ、榊原くんの…大事な人は?」

「玲子さんっていってね。僕の…お母さんみたいな人だったんだ」

「…みたいな、人?」

「お母さんの妹…叔母さんにあたる人なんだけど、
僕のお母さん、生まれたときに死んじゃったから」

「そっか…」

玲子さん、と聞いた瞬間、思う。
ひょっとしたらそれは、『おにぃ』の担任だった、三神先生ではないだろうか。

156: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:55:17.21 ID:2UyBBTxQ0
「学校の先生をしていたんだけど、通り魔に刺されちゃって…それで、ね」

「大切な、人だったんだよね?」

「うん。とっても優しくて、何回かしか会ったことなかったのに…いつも一生懸命、僕のことを…」

「……」

彼の話は断片的で、それに学校で見たことのある『三神先生』と違いすぎて、
完全に理解することはできなかったけれど…
玲子さんが、榊原くんにとって、本当に大事な人だったことだけは、伝わってきた。

「どうして…死んでしまったんだろう」

静かに涙をこぼす彼に、彼女は『呪い』で死んだなんて、言えなかった。
少し迷ってから彼の背中に手をあてて、決意する。
こんなことは、絶対に繰り返してはならないんだ。
怒りと悲しみが織り交ぜになった感情があふれ出てきた。

『おにぃ』を殺して、榊原くんの大切な人を奪っていった災厄…
私が、いつか絶対にとめてみせる。
そのために、私は強くなる。
そして…

157: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:56:02.25 ID:2UyBBTxQ0
ステンドグラスの雨の中、懐かしい、匂いがした。
恒一にキスしたとき、大丈夫だって抱きしめてもらったとき、
合宿所のベッドの中…
いつも私を安心させてくれた恒一の匂いがした。

「あ…れ…?」

いつまでもやってこない死に驚いて、目を開く。

「こう…いち…?」

目の前に、恒一の顔があった。
私の左半身を覆うようにして、ステンドグラスを、背中で受け止めていた。

「なに…これ…」

「言ったろ…荷物はふたりで持つんだって…」

恒一の背中は、血まみれだった。
ガラスの破片が、あちこちに刺さっている。

159: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:56:29.90 ID:2UyBBTxQ0
「うそ…うそでしょ…」

私に刺さるはずだったガラスの半分を、その背中で受け止めて…

「恒一…ちょっと恒一! 大丈夫…!?」

横に目をやると、風見くんが全身にガラス片を受けて、絶命していた。
でも、恒一くんだって…かなりの破片を浴びたはずだ。

「…どうだろう。思ったより痛い…かな」

「大丈夫だよ、くらい言いなさいよ、バカ!」

私の右腕を後ろの板に縫いつけていたガラス片を引きぬく。
痛くて目がチカチカしたけれど、そんなことは今どうでもよかった。

「恒一、つかまって」

正面口は火の手が回りすぎていて、もう近づけない。
私は恒一を引きずるようにして、裏庭を目指した。

160: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:57:31.84 ID:2UyBBTxQ0
裏庭に出ると、恒一のブラウスを細かく裂いて包帯がわりにして、
恒一の背中に応急処置をした。
けど、巻いた布はすぐに血に濡れて…震える手で、私は恒一くんの携帯電話を探った。
リダイヤルを押すと、『テシガワラ』という文字列が表示された。

「お願い…かかって…」

必死の思いでコール音を聞く。

『サカキ? 無事か?』

「勅使川原! 赤沢よ! 恒一が大変なの!」

『赤沢? 今どこだ?』

「合宿所の裏庭! 救急車…せめて車を用意できない!?」

『わかった。千曳先生の車を回してもらうから、もうちょっと頑張ってろ!』

そして電話は切れた。

161: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:57:59.93 ID:2UyBBTxQ0
「恒一? すぐ勅使川原たちが来るから、ね」

必死に呼びかける。

「泉美…怪我は…?」

「私の怪我なんてどうだっていいじゃない!!」

せき止めていた感情が溢れて、叫ぶ。

「あんたが死んだら、私だって死んでやるんだから!!
だから…絶対…」

恒一が、少しだけ苦笑したような気がした。
千曳先生の車はまだだろうか。
来てくれたとして、病院までもつだろうか。

「……う」

微かなうめき声。
慌ててあたりを見回すと、近くで積み重なった木材の下に、誰かがいるのがわかった。

「誰か…いるの?」

162: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:58:30.33 ID:2UyBBTxQ0
「泉美…行ってあげて」

微かに目を開いた恒一が、言う。
そうだった。
恒一は、こういう人なんだ。

「…待ってて」

後ろ髪をひかれる思いで木材のところに向かう。

「大丈夫? 誰かいるの?」

木材の下から、まず右腕が、次に左腕、そして最後に、頭が這いでてくる。
でも手を貸そうとして、足が動かなくなった。

「赤沢…さん?」

出てきたのは、三神先生…今年の『死者』だった。

163: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:58:59.26 ID:2UyBBTxQ0
「玲子…さん」

プライベートでの呼び名が、口から出てきた。

「赤沢さん…? よかった。無事だった…のね」

息も絶え絶えになりながら、玲子さんは、それでも私の心配をしてくれた。

「……」

それに答えることなく、反射的に落ちていたツルハシを拾い上げた。

「ごめんなさい…ちょっと…手を貸して…」

懇願する玲子さんを、私は見ることができなかった。
かわりに、恒一に目を向ける。

「……」

もう、彼の意識はないようだった。
恒一が助かるかどうかは、客観的にみて半々といったところだろう。
でも、災厄がある。人を死に引きこむ災厄が。
このままでは、恒一はきっと、悪い方の半分に転んでしまう。

「恒一…」

ここで、私が玲子さんを殺せば…災厄は止まる。
恒一も、生き延びる可能性が生まれるかもしれない。

164: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 22:59:31.94 ID:2UyBBTxQ0
「赤沢さん…?」

不安そうに、玲子さんが私を見ている。
この人を…恒一くんの大切な人を、手にかけることが、私にできるだろうか。
ツルハシを持っている手に力をこめる。

「…うっ」

でも、手を持ち上げることができなかった。
恒一と一緒に笑う玲子さん。
ちゃんとした『家族』として、一緒に暮らしていた。
私が憧れた幸せを、彼らは築いていた。

「……できないよ、恒一……」

涙が溢れ出す。
手からツルハシが滑り落ちそうになる。

「それで、いいの?」

後ろから、別の声が聞こえて振り向いた。

「見崎…さん?」

165: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 23:00:09.44 ID:2UyBBTxQ0
そういえば、彼女も今回の合宿に来ていた。
ふと違和感の正体に気付く。
なぜか、見崎さんは眼帯をしていなかった。

「それで、いいの? 赤沢さん」

「……どういうこと?」

「『死者』を見つけたんでしょ」

どうして、この子が…?

「あなたは間違っていない。『死者』は三神先生」

迷いのない瞳が、私をとらえる。

「なぜ…見崎さんにわかるの?」

「あなたこそ」

「私は……思い出したから」

「それじゃ、私もそんなところよ」

嘘をついているようには、見えなかった。
見ると、見崎さんも、手にツルハシを握っていた。
もしかして、この子も…

「手を、貸そうか?」

私の視線に気付いた見崎さんが言う。

166: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 23:00:39.09 ID:2UyBBTxQ0
「……ダメ」

それはだめだ。

「…これは、私がやらないと」

恒一くんと…ほかの多くの友人を救うため、恒一くんの大切な人を奪って…
それで、恒一くんに死ぬほど謝らなきゃいけない。
そんな役目、人に押し付けられるわけなかった。

「私が、やらないと」

自分に言い聞かせて、ツルハシを振り上げる。

「赤沢さん…!? なにを…」

玲子さんが、目を見開いて私を見る。
もう迷わずに、目を合わせる。
私がやらなければ、きっと見崎さんが手を下す。
私がやらなければ、きっと恒一が死んでしまう。

「ごめんなさい、先生」

ツルハシを握る手に、力をこめる。
倒れている恒一に目を向けて…最後の迷いを、振り払う。

「……さようなら」

そして、ツルハシを、ふりおろした。

167: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 23:01:07.39 ID:2UyBBTxQ0
久しぶりに帰ってきた夜見山は、相変わらず静かだった。
東京の喧騒に慣れてしまうと、ときどき、この静けさが恋しくなる。
私立慶光学園の制服に身を包んで、私は夜見山の街を歩いた。

「まったく、相変わらずね」

夜見山北中学の校舎は相変わらずのオンボロで
災厄じゃなくて老朽化が原因で人死が出てしまいそうなほどだった。
半年前まで通っていた中学を通り過ぎて、夜見山霊園に足を運んだ。

よく手入れされた墓地は、日のあたる丘の上にあった。
旅立っていったたくさんの人達の名前が刻まれた石の中を通りぬけ、
『三神家』と書かれた墓石の前で立ち止まる。

168: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 23:01:35.85 ID:2UyBBTxQ0
「先に、来てたんだ」

墓石の前でかがんでいた人影に、声をかける。

「うん」

そう言って、恒一は立ち上がった。

「早かったわね。おばあさまの家に寄っていくんじゃなかったの?」

「そうなんだけど、やっぱり、先にこっちに来ておきたくなったんだ」

「…そう」

卒業してから、私と恒一は晴れて交際を始めた。

「私にも、お線香あげさせて」

恒一は、微笑んで火をつけた線香を一本、渡してくれた。

「玲子さんも、喜ぶよ」

そうであることを願いながら、手を合わせる。

『ごめんな、泉美』

病院で目が覚めた恒一に、泣き叫びながら
玲子さんを死に還したことを伝えた私への第一声が、それだった。

169: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 23:02:11.25 ID:2UyBBTxQ0
『本当なら、僕がやらなきゃいけなかったんだ』

それからすぐに、恒一くんの記憶からも玲子さんの姿は薄れて行って…
今では、私が断片的に玲子さんとのことを覚えているだけだ。

ほかには…3年3組の、1998年度の『死者』は三神玲子さんで、
合宿中に死亡したことにより、その年の災厄は止まった。
たったそれだけの、『記録』が残ったのみだった。

「泉美、そろそろ行こうか」

「うん」

頭をあげて、恒一の横に並ぶ。
あの後、恒一と一緒の高校に進学したくて、必死に勉強して慶光学園に入学した。
私は学園近くの寮に、恒一は東京の実家に住んでいて、何日かに1回はデートもしている。

「…今日、うちに泊まってくよね?」

「……そう、ね。ほかに行くあてもないし」

「実家はやっぱり…まだだめなの?」

「だめってわけじゃないけど…私とあの家は、今ちょうどいい距離感でやってるのよ」

170: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 23:02:43.27 ID:2UyBBTxQ0
恒一は美術系の学校を志望しているし…
大学はたぶん、恒一とは別々のところにいくと思う。
かわりに大学生になったら、一緒に住む話をしている。
まだ遠い先の話だけれど、恒一と一緒に住んで、
ふたりで…もしかしたら、3人か4人で、家庭を築いていけたら、どんなに幸せだろう。

「そういえば、勅使川原からメールが入っててさ。
せっかく夜見山に戻ってるなら、久々に飯でも食わないかって」

「げえっ……」

「そんなこと言うなよ。しかも『げえっ』って…」

「あはは、冗談よ冗談。私たちのラブラブっぷりを見せつけてやりましょう」

「…勅使川原、かわいそうに」

「なんか言った?」

「…いえ?」

171: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2012/04/01(日) 23:03:54.46 ID:2UyBBTxQ0
「ねえ、見崎さんも呼んであげましょうよ」

あれから、見崎さんとは少し交流するようになった。
たまにご飯を食べたり、電話したりするくらいだけど。

「そうだね。喜んでくれるかも」

「なら、早く荷物置きにいこ!」

「う…僕の部屋に入るの?」

「なによ?」

「だって泉美、ふたりきりになると…」

「…っ!なんでそういう話になるのよ! ●●●!変 !バカ!」

「ははは、冗談だよ」

「…もう! ねえ、恒一?」

「ん?」

振り向いた彼の唇に、自分のそれを重ねる。
微かに私が落ち着くあの匂いがして、幸せで…
嬉しすぎて、少しだけ、ぼやけてしまった視界の中で…
にじむ雲を背景に、二羽のツバメが飛んでいった。



-赤沢「Akather…?」完-