2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) 2011/08/28(日) 08:53:51.05 ID:VokUT5SI0



「---ごめんなさい」

引用元: ほむら「…まるで犬のようね」 


3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) 2011/08/28(日) 08:54:41.47 ID:VokUT5SI0

「…ぅん?誰?」

 誰かの囁くような声で、暁美ほむらは目を覚ました。
 そして体を起こそうとした時、隣に鹿目まどかが寝ていることに気がついた。
 しかも、がっちりと抱きつかれており、まったく動けそうにない。

「………え?な、何故まどかが私のベットに?!」

 落ち着け、落ち着くのよ、と自分に言い聞かせ、高鳴る鼓動を抑えようと努める。
 そしてある程度落ち着きを取り戻したほむらは、自分の置かれている状況の把握を始めた。

 ソウルジェムは?---ある。ここは?---私の病室。今日は?---ループの初日。ここまでは間違いない。
 じゃあ、どうしてまどかがここに?この時点では、私とまどかの面識はまだ無いはず。

 …駄目だ。まったく分からない。
 そもそもループ開始直後に何か起こったことなど、今まで一度も無い。

 考えても仕方ない。今はこの寝顔を存分に堪能しようと、まどかの顔を覗き込む。
 まるで、ひどく後悔しているような、苦しそうな表情だった。
 しばらく眺めていると、まどかはベットの振動で目を覚ましたようで、薄く目を開けた。
 その目は、まるで泣き腫らしたように赤い。
 戸惑うほむらを余所に、まどかはゴシゴシと目を擦り、再びほむらと目が合うとこう言った。

「…えっと、あなた、誰?」

4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) 2011/08/28(日) 08:55:40.76 ID:VokUT5SI0

 ほむらは突然のことで驚きはしたが、初めに比べ、だんだんと落ち着きを取り戻していた。
 まどかとはこの時間軸では初対面のはずなので、それ相応の対応をとることにする。

「いや、それはこっちの台詞よ。ここは私の病室。貴女こそ、誰?どうしてここに?」

「え?あれ?!わたし、何でここで寝て---」

 アタフタとするまどかを見てほむらは、やはり面識は無いのだなと確信した。

「落ち着きなさい。まずは深呼吸。はい、吸って……吐いて……」

 ほむらの言葉に従い、まどかは深呼吸を繰り返す。

「落ち着いた?で、そろそろ放してくれるとありがたいのだけれど…」

「え?……あ!ご、ごめんなさい!!」

 まどかは、自分がほむらに抱きついたままだということに気がつき、謝罪の言葉と共に離れる。
 ほむらの視界はぼやけている。離れたまどかを見ようとすると、自然と目が細められる。

 そういえばまだ視力の回復を行っていなかった。
 まどかの目の前で魔法を見せるわけにはいかない。
 とりあえずはメガネを掛けるしかないようだ。

5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) 2011/08/28(日) 08:56:37.43 ID:VokUT5SI0
 ほむらはベットの傍らにおいてあるメガネを掛ける。
 視界がクリアになると、不安げにほむらを見つけるまどかが見えた。

「どういう経緯でここに?説明して頂戴」

「えっと、わたし、診察が終わった後、病院内をフラフラ散歩してて。
 表の表札を見て、気がついたらこの病室に入ってたの。その後の記憶は、その、覚えてなくって…
 ……ごめんなさい、訳分かんないよね。
 実はわたしも、どうして自分がこんな事したのか、訳分かんなくって…」

「…そう」

 まどかの説明では詳しいことは分からなかった。まどか自身にも覚えが無いとは。
 これは、まさか『魔女の口付け』か?いや、そんな形跡はみられない。
 そもそも何を目的に、魔女がそんな呪いをかけるというのか。

 ---そうか。
 ほむらはひとつの結論を導き出した。
 これは『魔女の口付け』なんかじゃない。
 
 この時間軸のまどかは、電波なサイコさんキャラなんだ!!

6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) 2011/08/28(日) 08:57:32.94 ID:VokUT5SI0

 そうと分かれば話は早い。類は友を呼ぶってね。
 私も電波さんになれば、まどかとすぐに仲良くなれるわ!

「貴女、名前は?」

「え!あ、か、鹿目、まどか…です…」

「ねえまどか。貴女は前世って信じる?」

「……えっ?」

「私ね、何だか貴女とは初対面ってカンジがしないの。それは貴女も感じているんじゃないかしら」

「え、えっと、言われてみれば、た、確かに、そう…かも……」

「ふふっ、やっぱりね。今日のこの出会いは、決して偶然なんかじゃないわ。
 私たちは、ホロスコープの導きによって再会した、前世からの仲なのよ!」

「ホロ…なに?……前世…の仲……?」

「そうよ。私たちは前世では恋人同士だったの。
 ああ!やっと会えたわ愛しい人よ!さあ、再会の口付けを……」

 ほむらはまどかの両肩を掴んで抱き寄せると、そっと顔を近づけていく。
 まどかは固く目を閉じ、全身を緊張させた。

7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) 2011/08/28(日) 08:58:44.52 ID:VokUT5SI0

 ほむらとまどかの唇があと数センチという距離まで迫った時だった。

「お~~~い。まどかぁ~、どこぉ~?診察終わったんなら帰ろ~よ~。
 おぉ?!この部屋からまどかの声が聞こえてきたぞ。ちょいと失礼しま~す」

 美樹さやかがドアを開け、部屋の中を覗き込んできた。
 そしてその視線の先には、ほむらとまどか。
 さやかから見てこの二人の様子は、まどかが襲われているようにしか見えなかった。

「う、うおぉぉ!!まどかに何してんだぁぁ!!」

 瞬時にさやかは駆け出し、そのままほむらへ飛び蹴りを喰らわせた。
 ほむらは「きゃっ!!」と悲鳴を上げて倒れた。

「さ、さやかちゃん!」

「まどか大丈夫?!さ、早く逃げるよ!」

 さやかはまどかの手を掴み、引っ張る。

「さやかちゃん待って!違うの!あ、違くはないけど、とにかく違うの!!」

「ちょっとまどか!意味分かんないって!早く早く!!」

「いいからちょっと落ち着いて!大丈夫、大丈夫だから!」

「早く早く!早く!!早く!!!」

「ぅんもう!!さやかちゃん、まて!おすわり!」

「私は犬か!!」

8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) 2011/08/28(日) 08:59:58.61 ID:VokUT5SI0

 そうさやかは叫んだが、事実まどかの言葉でさやかは足を止めた。
 まどかとさやかはほむらに歩み寄り、

「だ、大丈夫ですか!」

「あ~、その、なんだ、ごめん。怪我ない?」

と声を掛ける。
 ほむらは倒れたまま、胸に手を当てていた。

「うっ、し、心臓が…」

「しっかりして!さやかちゃん、ナースコール!」

「そ、その必要はないわ…。まどかがキスしてくれれば…」

 ほむらはまどかに手を伸ばし、再びキスを迫る。
 さやかは手ごろなスリッパを見つけると、それを手に取り、

「いい加減に、しろ!」

と叫びながらほむらの頭を引っぱたいた。

 病室に、スパーンと小気味良い音が響いた。


9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) 2011/08/28(日) 09:01:04.43 ID:VokUT5SI0

*


「ごめんなさい。冗談が過ぎてしまったようね」

 ベットに腰掛け、まずはほむらが謝罪した。

「いいよいいよ。私も思いっきり引っ叩いちゃったし、お互い様ということで。
 …それでさ、まどか。そろそろ紹介なんかしてくれてもいいんじゃない?」

「……へ?」

 さやかの言葉に、まどかは首を傾げる。

「いや、この子、アンタの友達かなんかでしょ?私、まだ名前も分からないんだけど…」

 言いながらさやかはほむらの方を見る。ほむらはニコッと微笑み返す。

「ううん、違うよ。わたしも今日始めて会ったの」

「はああ?!まどかも初対面?!おかしいでしょ?!
 アンタ、名前も知らないヤツの病室になんでいたのさ!」

「てへ♪わたしもよく分かんない」

 さやかは深いため息をついた。

10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) 2011/08/28(日) 09:02:14.79 ID:VokUT5SI0

「てっきりまどかの友達だと思ってたよ。…じゃあ、長居しても悪いし、そろそろお暇しようよ」

 さやかはそう言って椅子から立ち上がった。そしてほむらに視線を戻す。

「アンタも見ず知らずの私たちにつき合わせちゃって、悪かったね」

「…ほむらよ」

「えっ?」

「私の名前は暁美ほむら。
 私、ずっと入院してて友達いなかったから、久しぶりに同年代の子と話ができて楽しかったわ。
 また、話し相手になってくれるかしら?」

 さやかが一瞬返事に詰まると、さやかが口を開く前にまどかが前に出て答えていた。

「うん。わたし、鹿目まどか。まどかって呼んでね。
 って、さっきもわたしの名前、言ったてたよね。えへへ、よろしく!
 で、こっちが……」

「美樹さやか。さやかで良いよ」

「ほむらちゃん、また来るからね。今度はもっとゆっくりお話しようよ。
 じゃあね~バイバイ~」

 まどかとさやかは笑顔で手を振りながら、病室を後にした。


 しばらく時間が経過した後、ほむらは気が抜けたようにため息をついた。
 ループ開始直後からの急展開に、若干疲れを感じていた。
 しかし悪い気はしなかった。うれしい誤算といったところか。
 この時点でまどか達と面識を持てたのは大きい。
 信頼も得やすいし、学校が始まっても自然と近寄れ、キュゥべえからの勧誘を妨害しやすくなる。

11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) 2011/08/28(日) 09:03:03.96 ID:VokUT5SI0

「この時間軸も幸先いいわね。うまくやれればもしかしたら---
 いや、油断は禁物ね。
 ちょっとうまく行ってるからって胡坐かいてると、前の二の舞になりかねないわ。
 気を引き締めていきましょう」

 ほむらは一人呟くと、メガネを外し、三つ編みを解いた。
 その時、ほむらの視界に、床に落ちた処方箋と薬の入った袋が写った。
 初めは自分用のものが落ちてしまったのかと思ったが、袋の中身は見覚えのない薬であった。

「これは私のものではないわね。そうすると、さやかかまどかの?
 ……そういえば、まどかはこの病院で診察を受けていたと言っていたわね。
 ということは、まどかのものね。
 …どこか悪いのかしら?」

 ほむらは目で処方箋の薬の名前を追った。そこに書かれていたものの一つに---

「……リスペリドン?」

---強力な鎮静作用をもつ薬があった。

 リスペリドンは精神全体の高ぶりを抑える作用がある。
 統合失調症に、躁病、自閉症において投与されている。
 他にも強い不安感や緊張感、睡眠障害、強迫性障害、引きこもりなど
 様々な精神症状に対して処方される薬である。

 まどかの不可解な行動。
 鎮静作用をもつ薬。
 これらが何を意味しているのか、ほむらにはさっぱり分からなかった。

「一体、この時間軸では何が起こっているの?
 はっ!!まさか、この時間軸のまどかは---」

 この時ほむらに、一つの天啓が降りてきた。

「---ヤンデレなのね!!
 私はいつでもウェルカムよ!まどかぁぁ!!」

 しかしそれは、まったくの的外れであった。


12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) 2011/08/28(日) 09:04:37.78 ID:VokUT5SI0

*


 現ループのまどかの行動を説明するには、順序としてまずは前ループでの出来事から知る必要がある。
 よって物語の時間は、ほむら主観時間における約一ヶ月前、つまり前ループに遡る。


 この時間軸のほむらはいつもと変わらない入院生活、転校初日を過ごし、
 何とかまどか達のグループと仲良くなることに成功していた。
 (初日のまどかへの警告のせいで、ちょっと電波入った奴だとは思われてはいるが)
 キュゥべえからのまどかに対する勧誘も何故か行われておらず、
 魔女や魔法少女の事柄を一切知らないままであった。

 そして転校してから最初の土曜日。
 この日、まどか、さやか、ほむらの三人はショッピングモールに来ていた。
 洋服やアクセサリーの店を見て回り、次の目的地にとまどかが指差したのは、本屋だった。

「ちょっとあそこの本屋に寄ってもいい?」

「私は構わないわ」

「いいよ。ちょうど雑誌の発売日だったし。まどかは何買うの?」

「特に決まってないけど、何か可愛いのがないかなって」

「本で可愛いのってアンタ…」

13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) 2011/08/28(日) 09:05:26.67 ID:VokUT5SI0

 三人は雑誌、コミック、小説のコーナーを見て回り、次に絵本のコーナーが目に入った。

「そうだ。たっくんに何か絵本を買ってこうかな」

「お~。やっぱ私の嫁は偉いねぇ~。家族におみやげとは」

「えへへ。あ!これなんかいいかも!」

 まどかが手にした絵本は、シンデレラであった。
 表紙にはデフォルメされた可愛いキャラクターが載せられていた。

「まあ、定番っちゃ定番だよね。
 でもまどか。それ、アンタんちに無いの?
 表紙だけで選んでも内容一緒じゃあ意味ないよ?」

「ん~、確か無かったはずだよ」

「まあ、それならいいんだけどさ。
 ちっちゃい子に読み聞かすにはちょうどいい内容だもんね。
 よーし、それ買ったら次はCDを見に行こうよ!」

14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) 2011/08/28(日) 09:06:25.57 ID:VokUT5SI0

 会計を済ませ、本屋を出てCD屋へ行く途中。

 たい焼きを二つ抱え、走る幼子とすれ違う。
 まどかが危なっかしいなと思っていると、案の定幼子は通行人に衝突し、転んでしまった。

「あうっ!ご、ごめんなさい。…あれ?たい焼きが…」

 どうやら転んだ拍子にたい焼きを手放してしまったらしい。
 キョロキョロと探していると、少し離れたところに落ちているのを見つけた。
 幼子が手を伸ばそうとした矢先、グシャッ、と通行人に踏み潰されてしまった。
 通行人は気にも留めず、スタスタと歩き去っていった。

「ううっ、たい焼きが……キョーコに怒られる…ぐすっ…ひっく…」

 泣き出してしまった幼子に見かねたまどかは、やさしく声を掛ける。

「大丈夫?ケガは無い?たい焼き、ダメになっちゃったね。
 近くにお父さんかお母さんがいるのかな?
 泣かないで。ちゃんとあやまったら、きっと許してくれるよ」

15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) 2011/08/28(日) 09:07:53.66 ID:VokUT5SI0

「ひっく…お父さんも、…ぐすっ…お母さんも、い…ぐすっ…いない…
 これは…キョーコと……キョーコに怒られる…」

「キョーコ?あなたのお姉ちゃんかな?」

 これだけ泣いているのだからきっと怖いお姉ちゃんなのだろう、とまどかは思った。

「よし!わたしが買ってあげるよ!だから元気だして!ほら!」

「ふぇ?ほんとに?」

「うん、本当に。ほら行こう」

 そう言うとまどかはたい焼き屋まで行き、たい焼きを二つ買って幼子に渡した。

「はい!もう慌てて走ったり、よそ見しちゃダメだよ」

「うん!ありがとうおねえちゃん!わたし、千歳ゆま!」

「ゆまちゃんっていうの?わたしは鹿目まどか」

「まどかおねえちゃん、本当にありがとう!バイバイ!」

 幼子は大きく手を振り、駆けていった。まどかはそれを心配そうに見送った。

16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(栃木県) 2011/08/28(日) 09:08:44.80 ID:VokUT5SI0

「ああ、また走っちゃって。大丈夫かなぁ。
 …って、二人ともなんでこっち見て笑ってるの?」

「優しいのね、まどか。見ず知らずの子供に買ってあげるなんて」

「そうそう。まどかったら迷わず助けに行くんだもん。ちょっと感心しちゃった。
 普通は可哀想だと思っても、なかなかできないもんだよ。すごいよまどか」

「そ、そう、かな?」

「そうよまどか。貴女のその優しさは誇っていいものよ」

「えへへ、なんか照れちゃうな~」

 三人は談笑しながらCDショップへと向かう。
 その途中、ほむらは先ほどの幼子のことを考えていた。
 ほむらには、あの幼子には見覚えがあった。
 いくつ前の時間軸かは忘れたが、学校が襲撃されたことがある時間軸だったはず。
 そうだ、間違いない。あの時、佐倉杏子と一緒にいた小さい魔法少女だ。
 ということは、近くに佐倉杏子もいるのだろうか。
 これを機に接触できれば-----

「………」

 ほむらが思考に耽っている背後で、一人の少女が物陰から姿を現した。
 その少女はケータイを取り出すと、ボタンを操作し、誰かへと電話を掛ける。
 数回の呼び出し音の後、相手が出た。

「…織莉子?……ああ、見つけたよ。間違いない。鹿目まどかだ」

26: 1 2011/09/03(土) 16:05:30.86 ID:GwxAzmJI0

*


 ほむらがCDを眺めていると、魔女の気配に気がついた。

 突然の事にほむらは驚き、同時に疑問を感じた。
 今までの時間軸において、この時間この場所で魔女が現れたことは、一度もない。
 少なくともほむらには覚えが無い。

 辺りの人に気づかれないよう、こそっりソウルジェムを取り出し、魔翌力を辿ろうとする。
 ---近い。
 ソウルジェムの反応は、すぐ傍にグリーフシードがあることを告げている。
 この反応であれば、可視範囲内にあってもおかしくない距離だ。

 辺りを見渡す。
 まどかは変わらずヘッドフォンを耳に当てている。視聴しているのだろう。
 さやかはホクホク顔で会計を済ませている。どうやら収穫があったようだ。
 店内をくまなく見渡す。どこにもグリーフシードは見当たらない。
27: 1 2011/09/03(土) 16:07:19.58 ID:GwxAzmJI0

 ---どこだ。早く見つけて始末しなければ。でないと、被害が出る恐れがある。
 焦る気持ちを抑えながら、もう一度店舗を見渡す。
 その時、店舗入り口にひとりの少女が立っていることに気がついた。
 その少女もほむらに気がついたらしく、目が合うと、ニタァ、と歪んだ笑顔を返してきた。

 あいつも見た覚えがある。そうだ、学校で襲撃してきた奴らだ。確か呉キリカだったか。
 何故ここに?何をする気?
 いや、目的は決まっている。まどかの殺害だ。もう織莉子に嗅ぎ付けられたか。
 手に何か持っている。グリーフシードか!間違いない。魔女の気配の正体はあれだ!

 キリカは孵化寸前のグリーフシードを掲げると、魔翌力を注ぎ込み始めた。

 まさか、ここで孵化させる気か!

「待ちなさ---」
28: 1 2011/09/03(土) 16:08:42.25 ID:GwxAzmJI0

 ほむらは叫んだが、途中でやめた。もう手遅れだった。
 すぐ目の前にあったCDの置かれた棚、レジのあったカウンター、
 店内に流れていた音楽、それらが一瞬にして姿を消す。
 そして店内の明るかった色彩が、グロテスクな色彩に一変する。

 魔女の結界だ。

「うわ!!何だこれ…」
「あれ?ここ、どこ、だ?」
「うわーーん!おかーーさーん!」

 他にもいろんな戸惑いの声があがる。子供の泣き声も聞こえてきた。
 当然だろう。魔女の存在を知らなければ何が起こっているのか、検討すらつくはずが無い。

 気がつけば、周りにはネコのヌイグルミに似た何かがうろついていた。魔女の使い魔だ。
 その使い魔は子供にゆっくりと近づいていく。
 ほむらがそれに気がついた時には、ヌイグルミの縫い目が割れて現れた巨大な口が、
 子供の腕から肩までを食いちぎっていた。

 グチャ。ゴキッ。グジュ。
29: 1 2011/09/03(土) 16:09:45.48 ID:GwxAzmJI0

「きゃああああぁぁ!!!」
「うあぁ!!くるなぁ!!」
「た、助け---ぎゃああ!!」

 子供が食い千切られるのを皮切りに、あちこちから悲鳴があがった。
 
「くっ!!」

 ほむらは素早く変身を済ますと、盾の裏に右手を伸ばし、中から拳銃を取り出した。
 続けて時間を停止させ、使い魔に向けて発砲する。
 弾は使い魔の数センチ手前で、ピタッ、と止まった。
 人を襲っている使い魔を優先に、次々と標準をあわせ、引き金を引く。

 爆薬を使えればいいのだが、それでは無事な人まで巻き込んでしまう。
 ちまちまと狙い撃つしかない。

 弾が無くなると、またもや盾の裏に右手を伸ばし、新しい弾倉を取り出す。
 そして弾の無くなった弾倉を捨て、新しい弾倉を装填する。
30: 1 2011/09/03(土) 16:11:03.29 ID:GwxAzmJI0

 ここで時間停止の効果が切れた。
 時間が動き出すと同時に、弾を撃ち込んでいた使い魔が爆ぜる。
 残った使い魔は気にしてないのか気づいていないのか、変わらず人を襲おうとする。
 そんな使い魔に落ち着いて銃を向け、撃つ。撃つ。撃つ。

「…片付いたかしら」

 ほむらは辺りを見渡す。
 動くものは一つもない。
 そう思った時、視界の端に動く二つの影を捉えた。
 
「ほむらちゃん!!大丈夫?!ケガしてない?!」

「ほむら!一体何なのさ、さっきの…それに、その格好---」

 どうやらまどかとさやかも結界に囚われてしまったらしい。
 使い魔に魔女に呉キリカ。もう、どう考えても、魔法少女のことを隠し通せるとは思えなかった。
31: 1 2011/09/03(土) 16:12:23.98 ID:GwxAzmJI0

「落ち着いて。事情は後で必ず話すわ。ここは危険なの。
 とりあえずここから脱出しましょう。二人とも、決して私の傍から離れないで。さあ行きましょう」

「待って!」

 脱出口を探すため歩き出そうとするほむらの腕を、まどかが掴んだ。

「待ってよほむらちゃん!他の人も連れて行かないと!
 ここにいたら、さっきの化け物に襲われちゃうよ!!」

 まどかが指し示す方には、突然の惨劇に戸惑い混乱し、途方にくれる人々がいた。
 半数以上は生き残っている。被害は軽微で済んだ。

 どうするか。このままぞろぞろと歩いてたら格好の的だ。さすがにこの人数を守りきれる自信はない。
 かといって放っておくわけにもいかない。まどかがそれを望んでいる以上、それは成されなければならない。

「………」

「…ほむらちゃん?」

「おい、ほむらってば!」

 ---仕方が無い。魔翌力を消費するが、やるしかない。
32: 1 2011/09/03(土) 16:13:22.41 ID:GwxAzmJI0

 ほむらは生存者達に向き直る。

「…皆さん。一度ここに集まってもらえますか」

 ほむらの呼びかけに、生存者は戸惑いながらも従う。
 生存者にしてみれば、目の前の年端もいかない少女に従うのは癪な感じがしたが、
 一体何が起こっているか分からない以上、従うしかなかった。
 生存者とまどか達が集まったところで、ほむらはその周囲に結界を張った。

「これは結界です。この中にいればさっきの化け物は近寄れません。
 しばらくここで待っていてください」

「ここで待てって、どういうことだよほむら!私たちを追いてっちゃうのか?!」

 さやかが叫ぶ。
 ほむらは直接答えず、全員に説明を続ける。

「皆さん全員を連れて歩くのは不可能です。
 よって、脱出するのではなく、この空間を元に戻す方法を取ります。
 時間は掛かると思いますが、くれぐれも焦れて結界の外に出ないよう、お願いします」
33: 1 2011/09/03(土) 16:14:49.13 ID:GwxAzmJI0


 言い終わると同時にほむらは踵を返し歩き出す。
 だがその歩みはすぐに止まった。
 そして疑問に思う生存者の目の前でスッ、と姿が消えた。
 次の瞬間、それまでほむらがいた空間に、巨大で歪なネコの頭部のようなものが激突していた。
 おそらく魔女の一部だろう。

「あっれ~?どこいっちゃったのかな?」

 魔女の残骸の上に黒い服の魔法少女が、キリカが着地する。
 残骸を投げつけ、避けたところを切り刻むつもりだったようだ。

 キリカは周囲を見渡し、ほむらの姿を探す。
 
「どこにも居ないや。もうどっか逃げちゃったかな?足の速いことで」

 キリカは残骸から降りると、生存者達へと歩を進める。

「ま、いいけどね。えっと、あれだ。些細なことだ。
 標的はすぐ目の前。まったくもって楽な仕事だよ。
 『私が着くまで待て』って、織莉子は何を心配してたんだか。
 今織莉子が進めてる計画って要は標的をヤツから隠し、その間に[ピーーー]ためのものだろう?
 今ここで殺しちゃえば目標達成任務完了!ってね!」
34: 1 2011/09/03(土) 16:16:16.04 ID:GwxAzmJI0

 キリカはまどかの正面で足を止めた。ただならない空気に、誰も口を開かない。
 そんな中、まどかがおずおずと質問する。

「…えっと、あなたは?」

 キリカは答えず、手に爪を出現させる。

「じゃあね、ばいばい」

 そして右腕を振りかぶり、まどか目掛けて振り下ろす。
 まどかは短く悲鳴をあげ、頭を抱えてしゃがみこむ。
 辺りに血しぶきが飛んだ。
 地面が赤く染まる。
35: 1 2011/09/03(土) 16:17:30.96 ID:GwxAzmJI0

「………え?」

 しかしキリカの爪はまどかにも結界にも届いていなかった。
 キリカは自分の右腕を見る。肘から先が無くなっていた。
 それを認識して数瞬後、遅れて痛みが襲った。

「ッッうぅ!!」
 
 キリカは右腕をおさえてうずくまる。

 ジャコンッ!

 いつの間にかキリカから少し離れた右横に、ポンプアクション式の散弾銃を持ったほむらが立っていた。
 ほむらはスライドを前後させて装弾すると、銃口をキリカに向ける。

「くそっ!消えたり現れたり、一体どんな魔法だ!」

「まったく、躾がなってないわね。美国織莉子は何をしているのかしら」

「ッ!!織莉子を知っているのか?!」

「ええ、知ってるわ。貴女達の持つ魔法がどんなものなのかもね」
36: 1 2011/09/03(土) 16:18:47.54 ID:GwxAzmJI0

 ほむらはまどかの顔をちらっと見る。不安。心配。そんな表情をしている。

 ここで呉キリカを殺しておかないと後々面倒なことになる。
 だが、まどかの目の前で人を[ピーーー]わけにもいかない。
 まどかはきっと、自分を殺そうとした相手だろうと、助けてあげてと言うに違いない。
 助けてあげようじゃないか。命だけは。

 キリカに視線を戻す。
 
「貴女に勝ち目なんて無い。見逃してあげるからさっさと消えなさい。
 ほら、ハウスよ。織莉子の犬」

 キリカが驚いた表情を浮かべたかと思うとすぐ歪んだ笑顔に変わり、

「いやだね」

と言いながらゆらりと立ち上がる。
37: 1 2011/09/03(土) 16:20:07.98 ID:GwxAzmJI0

「キミは織莉子の存在を知っている。
 つまりそれは織莉子に危害が及ぶ可能性があるということ。
 そんなの、許せるわけないじゃないか!」

 キリカは右腕をおさえるのをやめ、再び爪を出現させる。右腕から血がどくどくと溢れ出る。

「だいたい、どうして退く必要がある?私はまだ生きている。
 この命ある限り、私は私に対する全ての要求を完全に拒否する!」

 そして言い終わらないうちにほむらへと突撃する。
 ほむらが引き金を引く。銃口から散弾が円錐状に飛び散る。
 キリカは地を蹴りほむらの背後へ跳ぶ。そのままがら空きの背中へ爪を振った。
 カチッという音を立て、ほむらの盾が起動する。ほむらを除く全てのものの時間が止まった。

「…やっぱり速いわね」

 後ろを振り向く。爪は、十数センチのところまで迫っていた。
 キリカから距離を取り、銃を構える。そして時間停止を解除した。
38: 1 2011/09/03(土) 16:21:11.04 ID:GwxAzmJI0

「!!また消え---」

 ドガッ!!

 着地した瞬間を狙い、ほむらはキリカの左足を撃った。 
 散弾が命中し、小さな穴を無数に開ける。キリカはうつ伏せに倒れた。
 
「ぐッッ!!」

「……終わりよ。もう帰りなさい」

「言っただろう。全ての要求を拒否する、と。
 まだ終わらない!諦めるという選択肢は私には無い!」

 きりが無い。このままでは四肢全てを潰しても意味がなさそうだ。
 ほむらがどうするべきか思案していると、

「よく言ったわキリカ」

背後から声と魔法弾が降りかかった。背中と右腕に喰らってしまう。
39: 1 2011/09/03(土) 16:22:29.75 ID:GwxAzmJI0

 ほむらは舌打ちする。自分が時間をかけ過ぎてしまったことに気づいたのだ。
 奴だ。奴が来た。忌々しい、アイツが!
 苦虫を噛み潰したような表情で背後に立つ声の主を、美国織莉子を見る。

「たとえどれ程道が昏くとも、諦めなければ光は見えるもの。
 どうしても見えなければ陽を照らす。そうやって人は進んでいくのよ。
 キリカ、私の道を照らしなさい。---」

 織莉子は虫を見るような目でまどかを睨む。

「---鹿目まどかを殺して世界を救うために」

「わかったよ織莉子。それがキミの望みなら」

「ッ!!させない!!」

 ほむらは織莉子に向けて撃った。
 織莉子は小さく、ふっ、と笑い、あらかじめ撃たれることが分かっていたかのような反応で避ける。
 そして自身の周囲に魔法弾を展開させ、撃つ。ほむらへではなく、---

「…え?」

---まどかに向けて。
40: 1 2011/09/03(土) 16:24:18.66 ID:GwxAzmJI0

「まどかぁぁ!!!」

 ほむらは盾を起動させて時間を停止する。まどかに駆け寄って気がつく。
 まどかの背後には一般人。とても全員を逃がすことはできない。
 ほむらは拳を強く握り締め、覚悟を決める。
 可能な限り強固な防御結界を張り、ほむら自身はまどかを抱きかかえ、来る衝撃に備える。

 時間が動き出す。
 結界に阻まれ織莉子の攻撃威力は低下した。
 しかしそれでも、ほむらの全身数箇所にハンマーで叩かれたような衝撃が加わった。

「っああ!!」

 状況が一変してしまった。

 辺り一面にキリカの速度低下が効き、且つ予知能力を持つ織莉子に、ほむらの攻撃は当たりづらい。
 そして織莉子はほむらを無視してまどかを殺しにくるだろう。
 こいつらにとって大事なことはまどかを[ピーーー]ことであり、他の生死はどうでもいいのだ。
41: 1 2011/09/03(土) 16:25:41.41 ID:GwxAzmJI0

「ほ、ほむらちゃん!」

 腕の中のまどかが心配そうな声をあげる。
 これはもうダメだ。とても他人を守りながら戦える状況じゃない。
 まどかだけでも逃がさなくては!

「ッ!!まどか!つかまってて!逃げ---」

「逃がさないよ!」

 立ち上がろうと力をこめた左足に、激痛が走る。
 ヨロヨロとしているが、いつの間にかキリカが立ち上がっていた。爪でほむらの足を裂いたのだ。
 ほむらは自分の足を見る。
 傷は骨までは達していないようだ。しかし筋をやられた。すぐには動けそうに無い。

「さやか!まどかを連れて逃げて!!」

 ほむらは叫んだ。だが反応がない。
42: 1 2011/09/03(土) 16:26:43.62 ID:GwxAzmJI0

「こいつらは私が抑えるから逃げるのよ!!早く早く!!」

「………」

 先ほどより大きな声で叫ぶ。またしても反応がない。
 はっ、として振り返る。
 さやかはほむらを見ていない。青ざめた顔で一点を見つめている。
 ---織莉子だ。あいつの目を見ている。織莉子に威圧され、目を逸らすことができないのだ。
 さやかだけではない。周りの誰も動けない。全員理解しているのだ。逃げたら殺される、と。

 万事休すか。もう手段は無いのか。また時間を遡らねばならないのか。
 いや、まだだ。考えるのをやめてはいけない。諦めてはいけない。
 まだまどかが生きている。それだけで、私は頑張れる。
43: 1 2011/09/03(土) 16:27:54.28 ID:GwxAzmJI0

「よし、今度こそばいば---」
「!!キリカ!下がっ---」

 時間を停止させる。織莉子に気づかれたようだが、かまわない。
 盾の裏から手榴弾を取りだし、ピンを抜く。
 レバーを放し、カウントする。
 爆発する寸前でキリカへと放る。手から離れた手榴弾の時間が止まった。
 盾を構え、結界を張り、時間停止を解除する。

 解除した次の瞬間、手榴弾が爆発を起こした。
 
「---い、ッ!!おおっと!危ない危ない」
「---て!…ふう、キリカ大丈夫?」

 キリカは織莉子の声に反応していたようで、魔法と無事な方の足をうまくつかい、
 ほむらから距離を取り、かすり傷程度しか受けていなかった。
 だが、確実に距離ができた。これで次の手を考える時間を稼げるだろう。
 首の皮は、まだつながっている。
44: 1 2011/09/03(土) 16:29:09.51 ID:GwxAzmJI0

「…織莉子、結界が崩れ始めた」

 キリカがそう織莉子に告げた。
 結界の至る所にひびが走り出した。もうこの魔女の結界も限界だろう。
 時間が無い。結界が崩れて通常の空間に戻れば、さらに一般人の犠牲が出る可能性がある。
 その前に織莉子を倒さねば。

「キリカ。動ける?」

「ああ。速くはないが、動くことはできるよ」

「そう。貴女はあの子を抑えてて。その間に私が鹿目まどかを[ピーーー]わ。…できる?」

「もちろんだ。子供扱いしないでほしいな」

 織莉子とキリカは会話を隠そうともしない。それでもやれるという絶対の自信があるのだ。
 キリカがほむらとの距離を詰めていく。その斜め後ろを織莉子が行く。
45: 1 2011/09/03(土) 16:31:09.67 ID:GwxAzmJI0

 まずい。非常にまずい。この状況を脱する考えは未だ浮かばない。

 急にキリカが加速し、ほむらの右から回り込んできた。織莉子は逆に左へと回る。
 キリカの爪がほむらに襲い掛かる。
 爪をほむらは盾で受ける。同時に盾の裏から拳銃を取り出す。だが、---

「遅い!!」

「うッ!」

---手を下から蹴られ、銃を弾かれた。
 蹴られた指先の痛みを感じたのは一瞬だけだった。
 気がついた時には、キリカの爪がほむらの二の腕に食い込み、切り飛ばされていた。

「あぐぅ!!」

「これで私の右腕の仇はとった、ぞ!」

 顎を蹴られた。
 仰け反り、上下が反転する視界には、織莉子がまどかに魔法弾を撃つ瞬間が写った。

 ああ、この時間軸もダメだったか。またやり直さなくては。
 それにしても、まどかにとても怖い思いをさせてしまった。私が弱いばっかりに。
 ごめんなさい、まどか。
 ほむらはゆっくりと瞼を閉じた。
46: 1 2011/09/03(土) 16:32:07.28 ID:GwxAzmJI0

 ガキィィィン!

 ほむらの耳に聞こえてきたのは人体への着弾の音にしてはおかしい、高い金属音であった。
 ほむらはゆっくりと瞼を開いた。

 織莉子が怪訝な表情をしている。
 まどかが恐怖と驚愕の混ざった表情をしている。
 そして二人の間には、鎖のついた槍が突き刺さっていた。

「でりゃあぁぁ!!」

「?!!」

 突然、上空から小さい魔法少女が現れ、鈍器のようなものをキリカへ叩き付ける。
 キリカはとっさに爪で受け、払う。その小さい魔法少女は、少し離れたところに何事もなく着地した。
 
 キリキリキリと音を立てて鎖が巻き取られ、槍の先端が持ち主のもとへと戻る。
 その持ち主、赤い魔法少女、佐倉杏子がまどかに向かって話す。

「おいアンタ!ゆまが世話んなったってな!
 どういう経緯かは分からねぇが、命狙われてるってぇのは分かった!
 たい焼きの礼だ!助けてやるぜ!」

57: 1 2011/09/10(土) 16:57:35.49 ID:QHjvi9XB0

*


 織莉子がふっ、と吹きだした。そして杏子と対峙する。
 杏子は槍を右手右肩に担ぎ、右足に体重を乗せ、左足は地面につま先だけ触れている状態にしている。

「たい焼き?それが貴女が私と敵対する理由ですか?ずいぶんと安いのですね」

「はっ!十分だろうが。少なくともテメエの命よりは高いぜ。この大量虐殺テロリストヤロウが」

 杏子の言葉に、織莉子は眉をひそめる。
 杏子は左手で少し大げさな動きで織莉子を指差す。

「おいテメエ、まさか自覚が無いとか言わねえだろうな。あんだけ無意味に一般人を殺しといてよぉ」

 杏子は織莉子に気づかれないよう、ジリジリと左足を前に出す。

「大儀達成の為の、必要な犠牲です。無意味ではありませんよ」

「なぁに言ってんだか。そんじゃあ、どんな意味があったのか教えてもらおうじゃねぇか」

 杏子の左足が一足分前へ出た。そこで止まらず、尚もジリジリと進める。

58: 1 2011/09/10(土) 16:58:23.64 ID:QHjvi9XB0

「…そいつは、鹿目まどかは、近い将来世界を破滅させるのです。
 今のうちに消さないと、大変なことになります」

「はぁ?バカかテメエは。あんなフツーの奴が、どうやって世界滅ぼすってんだよ」

 織莉子は一瞬ほむらを見た。

「……今の貴女には、何を言っても理解できないでしょうね」

「はあ?!バカにしてんのか!」

 杏子の左足が二足分前へ出た。いつの間にか左足はつま先立ちではなく、べた足になっていた。
 
「あの子に教えてもらいなさい。
 今は何も答えてくれないでしょうけど、いずれ時がくれば全て話してくれるわ」

 織莉子はほむらを指差した。杏子は目を向けず、視線を織莉子から逸らさない。
 視線を向けずともほむらを指していることは分かっていた。

「へいへい、ご忠告どうもありがと、ね!!」

59: 1 2011/09/10(土) 16:59:36.57 ID:QHjvi9XB0

 杏子は一瞬にして左足に体重移動、右足で地を蹴る。
 さらに腰の回転の勢いを加えて、槍を横薙ぎに振った。
 普通なら届かない間合いだが、槍は節ごとに鎖で繋がれた状態で分離し、間合いを伸ばす。
 結果、一瞬にして槍の矛先が織莉子に迫る。

 これで相手が普通の魔法少女であったなら、完全に出遅れ、杏子の不意打ちの餌食であったであろう。
 だが織莉子は予知能力を持つ。
 当然のようにひらりと跳んで避けた。
 そこへ、

「おらぁ!!」

 と叫びながら杏子は間合いを詰め、いつの間にか収縮して棒状に戻っていた槍の柄を打ち込むも、
 それも読まれており、両手で杏子の手元を押さえられた。

「ぐっ!」

 杏子の腹部に激痛が走る。織莉子に膝を入れられた。今、二人はほぼ密着状態だ。

60: 1 2011/09/10(土) 17:00:33.46 ID:QHjvi9XB0

「っのヤロォ!」

 杏子は顔面めがけ、柄を打ち込むも、それも避けられた。再び距離が開く。

「…ちっ、やるな。
 ゆま!こっちは時間が掛かりそうだ!そっちはキッチリ抑えとけよ!」

「うん!わかった!!」

 杏子の呼びかけに、ゆまはギュッっと鈍器(ハンマー?)の柄を握りなおす。
 キリカは多量の出血の影響か、足元がフラフラし、自分から仕掛ける様子を見せない。

 ほむらはゆっくりとだが、立ち上がった。動ける程度には回復したらしい。
 左手を下に振った。するとゴトッゴトッと音を立てて銃器や爆弾が散乱した。
 まどかの足元にも手製爆弾や弾薬などが転がっていく。
 ほむらはその中から拳銃を手に取る。口でスライドを銜え、いっぱいに引いて、口から離す。
 スライドが戻り、弾丸が装填された。そして銃口を織莉子へと向ける。

61: 1 2011/09/10(土) 17:01:31.36 ID:QHjvi9XB0

「きょ………赤い人、まどかを助けてくれてありがとう。私も加勢するわ」

「……おう。足ひっぱんなよ」

「………」

 織莉子は黙ったまま、それらを見た。
 動かず、じっと何かを考えている。どうやら何か疑問に思うことがあるようだ。

「!!!」

 不意に織莉子の表情が引きつった。そして杏子を睨む。

「なるほど。ずいぶんと派手な登場をした割に、やけに間怠いと思ってたら……
 そういうことですか」

「あん?何がだ?」

「とぼけるつもりですか。まあいいでしょう」

 織莉子はキリカに向き直る。

「キリカ。今日はもう退きましょう」

62: 1 2011/09/10(土) 17:02:13.62 ID:QHjvi9XB0

「へっ?織莉子、私なら大丈夫だ!片腕だけでも、こんなちっこいのにやられはしないよ!」

 キリカはゆまを睨む。ゆまも負けじと睨み返す。

「そうじゃないわ。もうすぐ新手が来る。流石に四人は相手にできないわ」

「でもアイツは私たちの身元を---」

「今ここで私たちが倒れるわけにはいかないの。
 生きてさえいれば、救世を成し遂げる機会はまだあるわ」

「…分かったよ織莉子」

 キリカは残念そうに織莉子のそばまで下がる。

「今日はこれでお暇します。それではごきげんよう。いずれまた会いましょう」

「逃がすか!!」

 杏子は織莉子に向けて槍を投げた。
 織莉子は魔法弾をばら撒く。土煙が上がり、姿が見えなくなる。
 煙が晴れるとそこに織莉子とキリカの姿はなかった。

63: 1 2011/09/10(土) 17:03:10.50 ID:QHjvi9XB0

「ちっ」

 杏子は苛立ちを隠すように、菓子箱からスティック菓子を一本取り出し、口にくわえる。

「……ゆま。そいつのケガ、治してやんな」

「うん」

 ゆまはほむらの右腕を拾うと、その腕をほむらの切断面にくっつけた。

「…え?」

 くっつけて僅か数瞬。ほむらの腕は完全に接着していた。
 ほむらは指先が動くことに驚愕する。

「こんな短時間で骨や筋肉、神経まで繋がってる?!」

「わたしの魔法は、治癒魔法っていうの」

「これほどまでに治療に特化した魔法……貴女、契約で誰かの治癒を願ったわね」

「うん。キョーコのケガを治してって」

「おい!余計なことは言うな」

 杏子がゆまに制止をかけた。

64: 1 2011/09/10(土) 17:03:56.66 ID:QHjvi9XB0

「あら、いいじゃない。他人の為に一つしかない願い事を使う。
 とっても素晴らしい事だと思うわ」

 突然の新しい訪問者に、全員が振り返る。
 そこには黄色を基調とした外見の、マスケット銃をもった少女がいた。
 そしてその足元には白い猫のような生物。

「マミ、アンタ遅すぎだ。もう魔女も『敵』もいないぜ。
 せっかく時間を稼いでやったってのによ」

「あらそう。ごめんなさいね。別の場所でグリーフシードを見つけて、そっちを処理してたの」

 マミと呼ばれた少女、巴マミはまどかとさやかに歩み寄る。

「キュゥべえ。彼女達が新しい魔法少女候補の子なの?」

「そうさ。特にこっちの子はもの凄い素質を持っているようだ。
 鹿目まどか。ボクと契約し---」

 白い猫のような生物、キュゥべえが話を始めようとしたのを、ほむらが割って入った。 

「悪いけど話は後にしてくれるかしら。ここはまずいわ。場所を変えましょ。
 …話があるなら、そっちでしてちょうだい」

「それもそうね。キュゥべえ。その話は後にして、とりあえず移動しましょう」

65: 1 2011/09/10(土) 17:04:33.59 ID:QHjvi9XB0

 ほむらはまどかとさやかに手を差し伸べる。

「さっ、二人とも。ここから出ましょう。立てる?」

「あ、あの、ほ、ほむらちゃん、その、ええっと」
「……え…っと、ほむら、…わ、わたし…」

「聞きたいことがあるのは分かるわ。後でちゃんと説明するから。
 ここに居ると面倒なことになるの。まずは安全な場所まで移動するのが先よ」

 そう言って二人の手を掴み、立たせる。

「………」

 ゆまは落ちていたキリカの右腕を見ていた。

「よし!ゆま移動だ。ぼっとすんな。置いてくぞ」

「あっ!待ってよキョーコ!」
 
 ゆまは一度振り返り、やがて杏子の後へと走っていった。
 結界にヒビが走る。やがてパリンとガラスが割れるように空間が割れ、通常の世界に戻った。
 結界のあった場所に居たのは巻き込まれた一般人のみで、
 ほむらや杏子といった面々の姿はどこにもなかった。

66: 1 2011/09/10(土) 17:05:36.93 ID:QHjvi9XB0

*


「魔法少女ぉ??」

 高速道路上の陸橋の上へと場所を移し、各自の自己紹介を終え、
 説明を受けたまどかとさやかの第一声がそれだった。
 ちなみに説明はマミが行った。
 魔女のこと。それを退治する魔法少女のこと。ソウルジェムのこと。
 そして、願いを一つ叶えてくれること。
 一通り聞き終えたさやかが疑問を口にする。

「じゃあ、さっき私たちを襲ったのが魔女ってやつなの?
 なんか正直な話、見た目でアンタ達魔法少女とまるで区別がつかないんだけど」

 マミがほむらと杏子を見る。ほむらが答える。

「違うわ。あれも魔法少女よ。いい?
 最初に現れたのが魔女の『使い魔』。
 次に出てきた黒い魔法少女が持ってきたのが『魔女』。死体だったけどね。
 で、まどかを殺そうとしたあの二人、そして私達が『魔法少女』」

67: 1 2011/09/10(土) 17:06:18.56 ID:QHjvi9XB0

「いや、おかしくない?
 さっきの説明だと、魔法少女は魔女から人を守る存在だって」

「そうそう。私もそれが気になってんだ。
 何で魔法少女でもないのにこいつらが狙われるのかがね」

「……それは私にも分からない。
 でも、どんな理由だろうと私はまどかを絶対守るわ」

 杏子は深いため息を一つついた後、まどかとさやかへ視線を移す。
 まどかは俯いて口を閉ざしたままであった。

「…おい、大丈夫か?さっきから黙り込んじゃってるけどよ。
 ほれ、食うかい?気が滅入ってるときはな、甘いもん食うのが一番なんだよ」

「あ、うん。大丈夫。ありがとう」

 まどかは菓子を受け取ると、ポリポリと食べ始めた。
 食べ終わると顔を上げ、キュゥべえに質問する。

68: 1 2011/09/10(土) 17:07:10.85 ID:QHjvi9XB0

「ねえ、わたしが凄い素質を持ってるって話、ホント?」

「ああ、凄いなんて言葉じゃ到底足りないね。
 キミなら史上最強の魔法少女になれるだろう」

「ならわたし、魔法少女になる!」

 そう言った瞬間、ほむらが目を大きく見開く。まどかの肩を強く掴み、自分の方を向けさせる。

「何を言っているの貴女は!死ぬ寸前だったのよ!
 こんな血生臭い世界に入り込んではダメ!」

「そ、それ言ったらほむらちゃんだって魔法少女じゃん!」

「わ、私は---」

 ほむらの脳裏に、自分が契約した日のことがフラッシュバックした。

 崩壊した街。
 戦死した巴マミ。
 ワルプルギスの夜。
 魔法少女姿の、笑顔のまどか。
 そして、事切れてもう動かない、まどかの遺体。

 震える腕を、拳を強く力を込めることで抑える。

69: 1 2011/09/10(土) 17:08:02.46 ID:QHjvi9XB0

「---私には、他に選択肢が無かったの。
 でも、貴女は違う。そもそも貴女には魔法少女になる理由がない。
 無駄に命を捨てるようなマネは、私が許さない」

「でも!」

「でもじゃねぇよ」

 杏子が口を挟む。

「こんなもんはな、それ以外の方法が無い奴が仕方なくやるもんなんだ。
 ガキの遊びじゃねーんだよ。
 それとも何か?何でも願いを叶えてくれるってゆう奇跡に目が眩んでんのか?」

「そんなんじゃないよ!わたしはただ---」

「理由ならあるじゃないか」

 キュゥべえがまどかの肩に乗り、語りだす。

「話を聞いた限りでは、まどかの命を狙っているのは魔法少女なのだろう?
 だったらその対抗手段としてまどかも魔法少女になるべきだ。
 魔法少女になったまどかなら、どんな敵だろうと撃退できるよ」

70: 1 2011/09/10(土) 17:08:53.74 ID:QHjvi9XB0

「その必要は無いわ。私がまどかの傍に居ればいい。
 私がまどかを絶対に守ってみせる。まどかが戦う必要なんてない」

 ほむらはキュゥべえの首根っこを掴むと、ポイッとマミの方へと放った。
 キュゥべえはマミの胸にポスッと収まる。

「私も、今すぐの鹿目さんの契約には反対よ。これは彼女の人生を大きく左右する選択。
 鹿目さん。一時の感情で決断してはダメよ。絶対後で後悔するから。
 ゆっくりじっくり考えて決断して。
 その結果魔法少女になりたいと思ったのなら、その時なればいいのよ」

「それじゃ遅いとボクは思うんだけどなぁ」

「大丈夫よ。私も鹿目さんたちを守るわ。佐倉さんたちもそうでしょ?」

「ゆまもやるよ!」

「…あー、まあ、暇なときにな」

71: 1 2011/09/10(土) 17:09:50.00 ID:QHjvi9XB0

 杏子は頬を掻きながら言った。続けてさやかへと話しかける。

「まっ、そういうわけだからアンタも契約しようなんて考えるなよ」

「私はならないよ。叶えたい願いも無いし、一生魔女を狩り続ける生活なんてゴメンだしね」

「ホントか?なんか、『あの二人は私が倒す!』みたいなこと言い出すんじゃないかって思ってたんだけどよ」

 さやかは言われて織莉子とキリカを思い出した。そして二人と対峙する自分を想像する。

 織莉子の虫を見るような瞳。
 息も出来ないほどのプレッシャー。
 慈悲に溢れている様で冷徹極まりない言葉。
 
 さやかは急速に青ざめた。そして、---

「う…、お゛えぇぇぇ!」

 ---胃の内容物を戻してしまった。

72: 1 2011/09/10(土) 17:10:33.37 ID:QHjvi9XB0

「おいどうした!大丈夫か!」

 杏子がさやかの背中をさする。さやかは涙目になりながら口に残った吐瀉物を吐き出している。

「これは過度のストレスによるものだね」

 淡々とした言葉をキュゥべえは続ける。

「おそらくはあの二人の魔法少女に対して、そうとうなトラウマを植えつけられたのだろう」

「……美樹さんは、契約はやめた方がいいわね。
 一度刻み付けられた恐怖心は簡単には拭えない。
 そんな、戻すほどのものならなおさらね。
 無理して戦うことはないわ」

「げほっ、ご、ごめんなさい…」

「気にすんなよ。つーかさ、それが普通の反応だよ。
 いきなりあんな目に合わされれば誰だってそうなる。
 さやか。アンタは何も悪くない」

73: 1 2011/09/10(土) 17:11:18.80 ID:QHjvi9XB0

 杏子はさやかに水の入ったペットボトルを差し出す。
 さやかは礼を言ってからそれを受け取り、口をゆすいだ。

「さて、お前らさぁ、守るったって実際どうする気なんだ?
 昼間の学校はお前ら二人がついてるからいいとして、家とかさ」

「夜は交代で鹿目さんの家の周囲を見張るしかなさそうね。
 ローテーションでやりましょう。手が空いてる人は、街で魔女狩りね」

「おっ!私がこの地域で狩ってもいいのか?」

「ええ、ローテーションに加わってくれればね。
 暁美さんもそれでいいわよね?」

「……ええ、問題ないわ」

 比較的魔女が多く出現する見滝原で堂々と狩りができる。
 これが杏子にとっての報酬となったようだ。
 やる気の出た杏子は、ニヤッと笑いながらまどかへと振り向く。

74: 1 2011/09/10(土) 17:12:26.01 ID:QHjvi9XB0

「へへっ!そういう事なら話は別だ。
 アンタのことはキッチリ守ってやるよ!大船に乗ったつもりでいな!」

「う、うん……」

 まどかの気の無い返事に、マミがはっとした。

「そういえば鹿目さんの同意を得て無かったわね。
 ゴメンなさいね、話を勝手に進めちゃって」

「あ!い、いえ、いいんです。ちょっと考え事してて…」

「契約のこと?そんなに結論を急がなくてもいいのよ」

「でも…」

 まどかとマミのやり取りを、一歩引いたところでほむらが心配そうに聞いていた。
 そのほむらに、杏子が話しかける。

「どうした?黙り込んじゃってさ」

「…いえ、何でもないわ」

「嘘つけこのヤロウ。あっちがすげー心配だ、って顔してるぜ。
 なあ、ウジウジしてねぇで言いたいことがあるならハッキリ言いな。
 アンタが何を考えてんのか分からねぇが、どんな思いだろうと伝えなきゃ意味がないぜ」

75: 1 2011/09/10(土) 17:13:02.06 ID:QHjvi9XB0

「………」

「どうせ何か変なこと言って、相手に嫌われたらどうしようとか考えてんだろ。
 びびってんじゃねぇよ。もし嫌われたとしたら、そりゃあ最初から嫌われてたのさ。
 はっきりしていいじゃねえか。どっち転んだって、今よりは清々するはずだぜ。
 思ってること、考えてること、全部吐き出しちまえよ」

 杏子の言葉に、ほむらは雷に撃たれたような感覚に襲われた。

 そうだ。杏子の言うとおりだ。
 しかも私の場合、今言わなければ取り返しのつかない事態になることだってありえる。
 今すぐまどかに言わなくては。私の気持ちを、全部!!

「…まどか」

 まどかはほむらの呼びかけで振り返る。

「お願い、私と約束して頂戴。『絶対に契約しない』って」

76: 1 2011/09/10(土) 17:13:41.29 ID:QHjvi9XB0

「…なんで、ほむらちゃんは私が魔法少女になることに反対なの?」
 
「……さっきも言ったけど、契約したら血生臭い世界が待ってるからよ。
 テレビで見る魔法少女の世界とは違うの。
 魔女との戦いは終わりがなく、しかも常に命がけ。
 一瞬のミスがそのまま死に繋がる世界なの。
 加えてあの二人のように、他の魔法少女に対して攻撃を仕掛けてくることもある。
 殺し合いに発展することだって珍しくないわ。
 心優しいまどかには相手を殺すなんてそんなこと出来ないでしょうし、私は絶対させたくない!」

 ほむらは一度呼吸する。そして続きを話す。

「いつ死んだっておかしくない。明日どころか一秒後に生きているかすら分からない。
 そんな世界に貴女を巻き込みたくないの」

「…ほむらちゃんは、それでいいの?
 わたしなんかの為にケガしたり、し、死んじゃうかもしれないんだよ?!」

77: 1 2011/09/10(土) 17:14:42.97 ID:QHjvi9XB0

「まどか。『わたしなんか』なんて言わないで。自分の価値を低いものだと決め付けないで」

「でも…」

「それに、私は死なないわ。約束する。
 契約しないってまどかが約束してくれたら、貴女を絶対悲しませるようなことは絶対しない!」

 ほむらはまどかの手を握る。

「お願いだから契約しないで。貴女を、私に守らせて!」

 握った手にぎゅっと力がこめられる。

「ほむらちゃん……わたし」

 まどかはほむらのそれに答えようとした時だった。

78: 1 2011/09/10(土) 17:15:27.70 ID:QHjvi9XB0

「その代わりに、私をまどかの好きにしていいから!!」

 ほむらのこの発言に、全員が首を傾げた。

「学校に行くときにカバン持ちをさせてもいい。
 授業やテストで分からないところはテレパシーで教えてもいい。
 購買にパンを買いに行かせてもいい」

 ほむらのこの発言に、全員が頭上に疑問符を浮かべた。

「お金がないなら融資してもいい。
 気に入らない奴がいたら消させてもいい。
 ストレスが溜まったのならサンドバックにしてもいい」

 ほむらのこの発言に、全員が沈黙した。

「夜でも寂しければ呼び出してもいい。
 そのまま抱き枕にしてもいい!
    犬でもxxxxxxでもxxxxの相手でも!!
 何でも命令していいから!!!」

 ほむらのこの発言に、全員がほむらから一歩離れた。

「うわぁ…」

 一人、さやかがそう呟いた。

88: 1 2011/09/18(日) 08:39:33.98 ID:UN7svkXM0

*


 結局、しばらく沈黙が続いた後、マミが一番に口を開いた。

「ねえ。親睦を深める為にも、明日皆で遊びにいかない?」

 どうやらマミは、先ほどのほむらの言葉を聞かなかったことにしたようだ。
 提案に全員が賛同し、今日の護衛はほむらが担当と決まり、解散となった。

 そして翌日。

「ごめーん!待った~?」

「遅いよさやかちゃん」

「二十分遅刻よ」

「こりゃあ何かおごってもらわねぇとな」

「ゆま、クレープがいい!」

「ゆまちゃん、私の家に来ればケーキがあるわよ。今度遊びに来ない?」

89: 1 2011/09/18(日) 08:40:21.61 ID:UN7svkXM0

 駅前に六人が集まった。
 年長者らしくマミが音頭をとる。

「それじゃあ行きましょう」

「どこに行きましょうか」

「映画なんてどう?話題作がまだやってるはずよ」

「いいですね~。私、見たいのがあったんですよ~。凄く楽しみです」

「いいんじゃねえか、それで。映画なんて何年ぶりだろうな~」

「ゆま、映画館初めて~」

 行き先が決まり、わいわいきゃっきゃうふふと映画館へと足を運ぶ。
 だが一行は、たどり着いた映画館の放映予定を見て、愕然とした。

「…放映は午後から……だと…?」

 現在の時刻は、午前の少し早い時間であった。

90: 1 2011/09/18(日) 08:40:55.72 ID:UN7svkXM0


 まどかが皆に意見を求める。

「どうしましょう…三時間以上空きができちゃいましたね」

 全員がう~んと唸りながら考える。
 マミが案を思いついたらしく、手をポンッと叩いた。

「そうだ!。それまでカラオケなんてどう?
 もともとは映画の後にしようかと思ってたんだけど、
 順番が逆になっただけで問題ないわよね?」

「……私、最近の曲なんて分からないわよ?」

「いいじゃんいいじゃん歌えれば何だって。
 私なんか最近どころか、昔のだって知らねえぜ」

 渋い表情のほむらの肩に、杏子が肘を乗せる。

「そうだよ。流行の歌じゃなくても、ヘタクソでもいいんだよ。
 こーゆーのはさ、皆でワイワイやるから楽しいんじゃん!
 ほらほら、レッツゴー!」

 そう言ってさやかは先頭を歩き出した。

91: 1 2011/09/18(日) 08:41:27.34 ID:UN7svkXM0

*


 受付を済まし部屋へ入ると、まずさやかがリモコンを握った。

「へっへ~。一番手はこのさやかちゃんが頂いちゃいますよ~」

 もう歌う曲を決めているようで、すぐさま番号を打ち込み、転送、そしてマイクを握る。
 全員が席に着くころには曲が流れ始め---

「…あれ?」

 ---なかった。さやかは再度番号を打ち込み、転送する。
 しかし、本体側がそれを受け付けている様子は無かった。

「おっかしーなー。故障かな?」

 本体に直接番号を打ち込むも、反応が無い。

「う~ん。完全に故障ね。店員さんに言って、部屋を変えてもらいましょう」

 マミが立ち上がり、カウンターへ話をつけに向かう。

92: 1 2011/09/18(日) 08:42:01.91 ID:UN7svkXM0


 数分後。
 新しい部屋へと案内された全員が驚いた。

「何この部屋?!パーティー会場?!!」

 さやかがそう叫んだ。
 無理もない。この部屋は優に二十人は入れるであろう広さがあったのだ。
 おまけにパーティー用の設備もあり、豪華このうえなかった。

「この部屋しか空きが無かったらしいのよ。
 料金は普通の部屋と同額でいい、って言っていたわ」

「へぇ~。なんか得した気分だな」

 杏子はそう言いながら飲食物のメニュー表を手に取った。
 ゆまも横から覗き込む。

93: 1 2011/09/18(日) 08:42:35.11 ID:UN7svkXM0


「って、おい!!いきなり食いもんって!アンタ歌わないつもりか?!」

 すかさずさやかの突っ込みが入った。
 杏子はチッチッチッと舌を鳴らす。

「分かってないな。腹が減っては、って言うだろ?」

「この後、昼飯も控えてんだけど」

「もちろんそれも食べるさ」

「アンタ、どんだけ食うんだ…」

「まあまあ、こっちは気にせずどんどん歌ってくれ。
 食い終わったらアタシも入れるからさ」

「さいですか……」

94: 1 2011/09/18(日) 08:43:48.52 ID:UN7svkXM0


 さやかは気を取り直し、ピッ、ピッ、とリモコンを操作して曲を入れる。
 場を盛り上げる為だろか、やがて流れ出したのはテンポが速めの曲だった。

『限界を超えた~、ゼロのさーきでー、踊り続けるのーさー』

 それをノリノリでさやかは歌う。
 曲が終わると、拍手が起こった。

「なかなかやるわね、さやか」

「わー、さやかちゃん上手~」

「上手いわね、美樹さん」

「うん。美味いよ、さやか」

「さやか、これ美味ーい!」

 杏子とゆまは、運ばれてきた料理をひたすら口に運んでいた。

『うおぉぉい!!そこの二人!!ウマイの意味がちっがぁぁぁう!!』キィィイイン!

95: 1 2011/09/18(日) 08:44:22.54 ID:UN7svkXM0

*


 マミの番が回ってきた。

『このおーぞらにー、翼をひろーげー、飛んでーゆきたーいーよー』

「おー、マミも美味いなー」モグモグ

『…私は突っ込まないわよ?』

「いや、でも上手ですよマミさん!」

「う~。上手い人の後って歌いずらいよぉ~」

「大丈夫よまどか。貴女なら上手く歌えるわ」

96: 1 2011/09/18(日) 08:44:56.11 ID:UN7svkXM0

* 


 まどかの番が回ってきた。

『今、はーしーるんだ、土砂降りのーなーかをー』

 まどかが歌っている最中だった。

「そういえばここ、パーティー用の設備があるんだっけ。
 よーし、このプロデューサーさやかがかっこいい演出をしちゃいますからね~」

 さやかは設備用のリモコンを見つけると、デタラメにボタンを押し出した。
 ボタンを押すたびに照明が点滅し、角度を変え、効果音が鳴り響く。

「うーん、何か面白いのは無いのかな?」

 そう言いながらさらにボタンを押す。すると、まどかの周りにスモークが炊かれ始めた。

97: 1 2011/09/18(日) 08:45:46.74 ID:UN7svkXM0


『わっ!わっ!か、火事?!!』

「まどか落ち着いて。ただのスモークよ」

 多量のスモークはまどかの全身を包み込む。その時だった。

「ん?なんだあれ」

 まどかの頭上に、光る何かが浮いていた。

「あれは、光輪?」

 それは、輪状の蛍光灯の光がスモークに映し出された、光の輪だった。
 照明の効果もあり、今のまどかの姿はまるで---

「---まるで天使のようよ、鹿目さん」

「おー、いいねえまどか。なんか神々しいよ」

「当然よ、まどかですもの。さあ皆のもの、天使の歌声に耳を傾けなさい」

『ちょっ!は、はずかしいよ~』

98: 1 2011/09/18(日) 08:46:51.91 ID:UN7svkXM0

*


 ほむらの番が回ってきた。
 ほむらは音が流れる前にマイクを握り、こう言った。

『今も昔もこれからも、ずっと愛しています』

 この発言に、さやかは飲んでいたお茶を吹き、マミは目を丸くし、
 杏子とゆまは手から食べ物を落とした。

「ほむらの発作だ!!」

 杏子がそう叫んだ。
 ゆまが身を盾にするように、まどかの前に立つ。
 マミがソウルジェムから拘束用リボンを取り出す。
 さやかが手にスリッパを装備する。

『…ただの台詞じゃない…』

 ほむらの呟きを聞き、全員が画面を確認する。確かにそういう台詞が出ていた。
 さやかがぷっ!と吹き出した。

「あっはははは!!
 ごめんごめん!だってさぁ、昨日のことを考えたら、ねぇ?」

 部屋が笑いに包まれた。

99: 1 2011/09/18(日) 08:48:07.83 ID:UN7svkXM0

*


 杏子の番が回ってきた。

『上手いこと橋をわたれどもー、行く先の似た様な途をー』

「おー、何だよ歌えるじゃん。新しいの」

『お?これ、十年位前のやつだぜ?』

「え?そうなの?」

「…確かリメイクされたんじゃなかったかしら?」

「というか。そんな前の曲、どうやって知ったのよ…」
 
『……ほむらー、ちっちぇえこと気にしてっと、大きくならないぞー』

「誰の胸が大きくならないですって?」

『誰も胸なんて言ってねえよ』

「あっはははは!!」

「さやかちゃん、笑いすぎだよぉ~。
 ほむらちゃんも落ち込まないで。大丈夫だよ。まだ大きくなる望みはあるよ!」

100: 1 2011/09/18(日) 08:48:53.10 ID:UN7svkXM0
*


 ゆまの番が回ってきた。

『しっあわっせは~、あーるいてこーないー、だーから歩いてゆくんだね~』

 ほむらはへぇと声を漏らす。

「カラオケではあまり歌われない曲だと思ったけど、
 こうして聞いてみると結構いいわね」

「そうだね。みんな知ってるからノリやすいしね~」

『休まないであーるーけーー、それ!』

『「「「「「ワン!ツー!! ワン!ツー!!』」」」」」


101: 1 2011/09/18(日) 08:49:36.48 ID:UN7svkXM0
*


 カラオケが終わると、ファーストフードの店に入った。
 会計を済ましてテーブルに着くと、さやかが時計をちらっと見た。

「映画の上映開始って、あとどれくらいですかねぇ~?」

「心配しなくても大丈夫よ。まだ時間はあ…る………えぇ?!」

 時計に目を落としたマミは、素っ頓狂な声をあげた。

「大変!あと、十分ちょっとしかないわ!」

「ぶえぇ!!マジですかマミさん!!
 ッ!もったいないけど、しょうがない!これは捨てるしか---」

 さやかが立ち上がり、トレーの上に乗せられたハンバーガーやポテトを捨てようとする。
 その時だった。


102: 1 2011/09/18(日) 08:50:35.04 ID:UN7svkXM0

「おい、何やってんだ。喰いもんを粗末にするんじゃねえ」

 杏子がさやかの手を掴んだ。

「だって急がないと間に合わないじゃん!」

「だってもでももない。喰い終わらずに捨てるのは私が許ねえ!殺すぞ!!」

「なっ、なんだとぉ!!」

 さやかが杏子に掴みかかろうとする。
 そこへ、

「やめて!!」

 と叫びながらまどかが割って入った。両手で二人を押し離す。

「せっかくのお互いを知る為の親睦会なのに、何でいきなりいがみ合うの?!
 二人とも落ち着いて!まずはちゃんと話をしようよ!」

「はぁ?!まどか何言ってんのさ!アイツが先にケンカふっかけてきたんじゃん!!」

「ふざけんな!そりゃあアンタが食いもんを捨てようとしたからだろう!!」

103: 1 2011/09/18(日) 08:51:08.59 ID:UN7svkXM0

 まどかの制止を振り切り、二人は互いに詰め寄ろうとする。
 さやかが拳を振り上げる。杏子も拳を振り上げる。

「このぉ!!」

「テメェ!!」

 もうダメだ。そう悟ったまどかはヒッ、と短く悲鳴を上げて瞼を強く閉じた。

 しかし拳が相手に届くことはなかった。

「さやか!やめなさい!」

「佐倉さん、ちょっと落ち着きましょう?」

 さやかをほむらが、杏子をマミが、後ろから両腕を押さえていたのだ。

「は、離せ!ほむら邪魔すんな!!」

「マミ!止めんな!こいつに一発入れねぇと私の気がすまねえ!!」

104: 1 2011/09/18(日) 08:51:40.27 ID:UN7svkXM0

 しかしそれでも尚、さやかと杏子は暴れ、相手に殴りかかろうとするのをやめない。

「やめてよぉ!!!」

 まどかが、普段からは考えられない声量で叫んだ。

「なんでこんなことでケンカになっちゃうの?!!
 こんなの絶対おかしいよ!!!」

「…ふんっ!!」

「…ちっ!!」

 まどかの必死な姿に興が削がれたのか、ようやく二人は暴れるのをやめた。
 ほむらとマミは二人を席に着かせる。

「…少しは落ち着いたかしら?」

「………」

「………」

105: 1 2011/09/18(日) 08:52:13.83 ID:UN7svkXM0


 さやかも杏子も、一向に口を開こうとしない。
 マミは咳払いを一つつくと、二人に向かって話し出した。

「まず、ケンカの原因は美樹さんが昼食を捨てようとしたから、でいいわね?佐倉さん」

「…ああ。こいつが食いもんを粗末にするから止めたんだ」

「しょうがないじゃん!時間がないんだから!」

「そんなん、理由になってねえっつってんだろうが!」

「やめなさい!!
 ……美樹さんは映画に間に合わせようとしたのよね?」

「そうです。それなのにこいつが!」

「なにぃ?!」

「もうっ!ちょっとは大人しくできないの?」

106: 1 2011/09/18(日) 08:52:49.99 ID:UN7svkXM0


 マミは深いため息をついた。
 気を取り直し、さやかと向かい合う。

「……まず美樹さん。今日のメインである、映画に間に合うように、という気持ちは分かるわ。
 でもね、だからといって捨てるのはやり過ぎだと思うの。
 映画なら一本遅れてもまだ観れるわ。そこまで慌てる必要は無いのよ」

「…うっ…」

「ははっ!そーらみろ!」

 次にマミは杏子と向かい合う。

「次に佐倉さん。貴女の食べ物を大切に、という気持ちも分かるわ。
 でもね、もう少し言い方というものがあると思うの。
 どんな正論も、言葉使い一つで、ただの暴言に変わるのよ」

「…あいよ…」

「…ぷっ」

 さやかが吹いた。杏子は、むっとした顔でさやかを睨む。
 マミが手をパンッパンッと叩く。

107: 1 2011/09/18(日) 08:53:22.97 ID:UN7svkXM0

「はい。それじゃあお互いの考えが分かったところで、仲直りの握手をしましょ?」

 さやかと杏子はしばらく相手の目を見た。
 そしてどちらともなく、スッと左手を差し出す。

 ギヂッ!!

 互いの手を握った途端、周りに骨や肉が軋む音が微かに響いた。
 その音の発生源であると思われる二人は、互いに笑顔を浮かべる。

「あー、何というか悪かったね。緊張しててさ。ちょっとテンパっちゃった」

「いーよいーよ。私の方こそ言い過ぎだった。スマン」

 二人とも、他は普段のまま、左手だけが異様に緊張していた。
 いや、よく見るとこめかみに血管が浮き出し始めている。

108: 1 2011/09/18(日) 08:53:55.00 ID:UN7svkXM0


「お詫びといっては何だけど、今度ご飯奢るよ」

「いーのかい?私もゆまも結構食うぜ?」

 二人の左の前腕がパンプアップしだした。
 微かに歯軋りまで聞こえ出す。

「ダイ、じょーぶ。食べ、放題、の店、知ってる、か、ら!!」

「そう、デス、か。そんじゃ、まあ、お言葉、に、甘えようか、な!!」

 言葉が途切れ途切れになってきた。
 さすがにもう平穏を演じきれなくなってきたようだ。 

「……もう。勝手にしなさい…」

109: 1 2011/09/18(日) 08:54:41.93 ID:UN7svkXM0


 マミは呆れたようにため息をついた。そして呟く。

「さて、また時間が空いちゃったわね」

 それを聞いたまどかが、案を思いつく。

「それならここでお喋りしてましょうよ。
 変にどこか行くと、また逃しちゃいそうですし…
 ほむらちゃんもそれでいい?」

「お喋りは構わないのだけれど、場所は移動しましょ」

「どうして?ここじゃ嫌なの?」

「ええ、周りのお客さんや店員の目が、ちょっと、ね」

 そう言ってほむらは周りを見渡す。つられてまどかとマミも見渡す。

110: 1 2011/09/18(日) 08:55:27.17 ID:UN7svkXM0

 ジロリッ  ギョロッ  

「ひぃ!」

「あ、はは、そりゃあ、あれだけ大声で叫べば、こうなるよね。
 …あれ?そういえば、ゆまちゃんは?」

 席にゆまが居ないことに、まどかはようやく気がついた。

「ほら、あっちよ」

 ほむらはレジのあるカウンターを指差す。そこには---

「ごめんなさい!ごめんなさい!うるさくして、ホントにごめんなさい!」

 ---目に涙を浮かべながら、ひたすら店員や他の客に謝り続ける、ゆまの姿があった。
 謝られた客と店員は、ばつが悪い思いで、必死にゆまをなだめていた。

 --キミは何も悪くないんだよ。
 --だから頭を上げてちょうだい。
 --悪いのは、あのお姉さん達なのだから。

111: 1 2011/09/18(日) 08:56:02.15 ID:UN7svkXM0


 ゆまは恐る恐る頭を上げる。

「ゆるして、もらえますか?」

 --ああ、もちろんさ。
 --僕達はお嬢さんを許します。
 --そもそも私たちは、貴女に何も怒ってないのよ。
 --だから、君は何も気に病むことはないんだ。

 客の一人が、ゆまの頭を優しく撫でる。

「…えへへ」

 ゆまの表情が笑顔に変わる。
 それを見た客と店員も、つられて笑顔に変わる。
 そして、客と店員は一斉にほむら達に振り返った。
 その表情には、「こんな幼い子に謝らせるなんて!!」という非難が込められていた。

112: 1 2011/09/18(日) 08:56:56.60 ID:UN7svkXM0

「ひぃぃ!!」

「あわわわわ。で、出ましょうマミさん!」

 慌てた様子でまどかとマミは立ち上がった。

「ほら、さやか。杏子。置いてくわよ」

 ほむらが二人を促す。未だに二人は互いの手を握り潰し合っていた。
 一同は外に出ると、映画の時間までゆっくり出来る場所を探して歩き出した。

「んもう!ほむらちゃん、気づいてたんなら教えてくれてもいいじゃない」

「ふふっ。ごめんなさいね、まどか。とても言い出せる空気じゃなかったんですもの」

「こんな時だけ空気読むの?!読めるんだったら昨日も読んでよ!」

「ううっ、まどかが怖いわ。しくしく、しくしく」


113: 1 2011/09/18(日) 08:57:57.89 ID:UN7svkXM0

「そんなワザとらしい泣き真似なんてしてもダメだよ!」

「泣き真似といえば、ゆまちゃん上手だったわね」

「ちょっとほむらちゃん、急に話を逸らさないで。
 それに泣き真似って、それは酷いよ!」

 ゆまは笑顔で答える。

「えへへ。だって、たくさん練習したからね~」

「えぇぇ!!あれ、泣き真似だったの?!」

「んとね、ゆまが泣いて謝ると、みぃーんな許してくれるんだよ!
 だからね、何かあったときは泣いた振りしてごめんなさいって言えって、キョーコが」

 ゆまはニカッとした、いい笑顔で語った。

 まどかは思った。ああ、あのお客達と店員に伝えてやりたい。
 みんな、ゆまちゃんに騙されてる、と。


122: 1 2011/10/01(土) 20:33:44.10 ID:gq77mqsR0
*


 映画を見終え、映画館から出る頃には暗くなり始めていた。

「いや~、映画面白かったね~。
 正直、テレビのCM見たときはビミョーかなって思ってたんだよね~
 もうさ、あんこが可愛くって可愛くて」

 そう語るさやかの手には、パンフレットがあった。どうやらこの映画を気に入ったらしい。
 杏子は黙ったまま、ポップコーンを口に運ぶ。

「ふふっ。どうやらこの映画で正解だったみたいね。
 この映画を見ると、あんこちゃんの事しか考えられなくなるって評判でね。
 ずっと気になってたのよ」

 マミは興奮冷めやらぬ表情を浮かべている。
 対照的に杏子は若干下向き加減だった。

「確かにあんこちゃん可愛かったですもんね~。これじゃあ仕方ないですよ。
 わたし猫派だけど、あんこちゃん飼いたいな~て思っちゃいましたもん」

 まどかもこの映画を気に入ったらしく、手にパンフレットを持っていた。
 杏子のポップコーンが空になる。

123: 1 2011/10/01(土) 20:34:14.74 ID:gq77mqsR0

「そう。まどかは犬を飼いたいのね。まどかさえよければ都合するわよ?」

 ほむらは後ろからそっとまどかの肩に手を載せると、徐々に胸の方へと手を伸ばしていく。
 しかしその手は、まどかの「めっ!」という言葉と共に叩かれ、払われてしまう。
 杏子はポップコーンの容器をひっくり返し、底に残ったかすを口にする。

「ほむらが言うと、卑 な意味にしか聞こえないよ」

 さやかの言葉に、杏子を除く全員が笑った。

「……なあ」

 これまで沈黙していた杏子が、突如口を開いた。
 全員杏子へと振り返る。

「あんこあんこ、って連呼すんの、やめない?」

 さやかが首を傾げる。

「え?どうしてさ。あんこちゃん可愛いじゃん。ね~」

「そうだよキョーコ。あんこは可愛いんだよ」

「あれ?佐倉さん、もしかして苦手だった?」

「いや、そんなんじゃないんだがな……」

「こんなに可愛いのに、変なの」

 さやかはそう言うと、パンフレットを開く。

124: 1 2011/10/01(土) 20:34:47.47 ID:gq77mqsR0

『ドック ~あんこの庭~』

 -- あらすじ --

 ある日、教会に一匹の生まれたての子犬が迷い込んでくる。

 その教会の娘、モモは、子犬に『あんこ』と名前をつけて、とても可愛がった。

 しかし、信者数低迷の為か、教会を畳むこととなる。

 引越し先の家は、動物を飼うことを禁止されている為、あんこを里親に出すことになった。

 それから数日後、里親の下からあんこは脱走する。

 行き先はもちろん、幼年期を過ごした、思い出の教会。だが、そこには誰も居なかった。

 それでもあんこは待ち続けた。いつの日か、モモとその家族が帰ってくると信じて。

 はたして、あんこは家族と再会できるのだろうか…。

125: 1 2011/10/01(土) 20:35:32.99 ID:gq77mqsR0

「いや、何と言うか、あんこって言葉を聞くと、私が呼ばれてるような気がしてな…」

「…えっと?」

 まどかが首を傾げる。

「まどか。杏子という字を訓読みにしてみなさい」

「…どういう字を書くの?」

「果物のあんずを漢字にするの」

 ほむらは宙に指で字を描く。

「あ、わかったよ!確かにあんことも読めるんだね!」

 まどかは感心したように言った。
 杏子は黙ったまま何かを考えている。

 まどかの発言内容に、さやかが食いついた。

「ほっほ~う。あんずにあんこか~。いろんな読み方があるんだねぇ~。
 よし!今日からアンタのことをあんずちゃん、いや、あんこちゃんと呼ぶことにしよう!」

126: 1 2011/10/01(土) 20:36:23.12 ID:gq77mqsR0

「はぁ?!なぁにいってやがんだ!うっぜぇ!」

「んもう、照れちゃってるよ。うひひひひ。あんこちゃん、かっわいぃ~~」

 さやかは後ろから杏子に抱きつくと、---

「なっ!!や、やめろ!!離れろよ!!」

「よいではないか、よいではないか」

 ---そのまま杏子の背におぶさった。
 その様子を見ていたまどか達は、自然と笑顔になる。

「一時はどうなるかと思ったけど、何だか大丈夫そうね」

「そうですね。今ではあんなにじゃれ合ってますもんね」

「キョーコとさやか、仲良しになった!」

「きっとあの二人は、根本的なところが同じの、似たもの同士なのでしょうね」
 
 話に花を咲かせ、帰路も和気藹々としながら歩く。
 だが楽しい時間にも終わりが訪れる。

127: 1 2011/10/01(土) 20:37:13.20 ID:gq77mqsR0

「そんじゃ、私こっちだから。バイバイ~」

「ゆま、狩りの時間だ。行くぞ」

「うん。みんな、またね~」

「今日は楽しかったわ。今度は私の家でお茶会しましょうね。
 確か、今日は私が見回る日ね。一度家に帰って身支度したらそっちに向かうから」

 さやか、杏子、ゆま、マミと別れ、まどかとほむらの二人きりになった。
 足は自然とまどかの家へと向かう。

「ほむらちゃんの家はこっちでいいの?」

「ええ。それにマミが来るまで誰かが一緒にいないと危険ですものね」

「…そうだったね。すっかり忘れちゃってたよ。私が狙われてるって。
 なんだか嘘みたい。あれはただの夢だったんじゃないかって思えちゃうの」

「そうだったら良かったのだけれど、残念なことに、これは紛れもない現実よ。
 でも心配いらないわ。絶対に守ってみせるから」

128: 1 2011/10/01(土) 20:38:24.55 ID:gq77mqsR0

「どうしてほむらちゃんは、わたしにそこまでしてくれるの?
 わたし達、まだ出会って一週間くらいだよね。
 お互いのこと、まだよく知らないのに…」

「…出会ってからの時間なんて関係ないわ。
 貴女だって、当時は通りすがりの子供だったゆまを助けたじゃない。
 それに、お互いのことをよく知らないというのなら、今から沢山知ればいいのよ」

「そう、だよね…。うん。そうだよ。
 じゃあさ、マミさん来るまで、ほむらちゃんのこと沢山教えてよ!」

「ええ、いいわよ。まどかは私の何が知りたい?」

「うーん、そうだねぇ~。まず、趣味とか、休日は何して過ごしてるとか、
 髪のトリートメントは何使ってるとか、……あ!どこの病院に入院してたかとか。
 どの棟のどんな部屋とか、どんな入院生活だったかとか。えっと、えっと、あとは-----」

「ちょ、ちょっと待ってちょうだい。そんなに沢山、一遍に聞かれても答え切れないわ」

129: 1 2011/10/01(土) 20:40:00.48 ID:gq77mqsR0

「あ!ご、ごめんね。
 えへへ。何だか聞きたいことがありすぎちゃって」

「もう。まどかは意外とあわてんぼさんね。
 えっと、まずは趣味かしら。趣味はね-----」

 ほむらはまどかの質問に一つ一つ、丁寧に答えていく。

「-----っと、こんなものかしらね。今度は私が聞く番かしら」

「うん。何でも聞いてよ」

「そうねぇ……」

 聞いた直後、まどかははっとした。
 もしかしたら、ほむらがまたセクハラまがいの言葉を口にするのではないのかと思ったのだ。

「普段、音楽とかはどんなのを聞くの?」

「え?あ、えっとね、ジャンルとかは別に拘ってなくって、
 店で視聴して気に入ったやつとか、たまに演歌とか…」

 一瞬身構えたまどかは、肩透かしをくらった。
 その後の質問も、まどかの予想に反して、存外にまともな質問だった。
 そうこうしているうちに、まどかの家が見えてきた。

「もうすぐわたしの家に着いちゃうね」

「そう。それじゃあこれが最後の質問ね」

 この時にはもう、まどかの警戒はすっかり解けていた。

130: 1 2011/10/01(土) 20:41:08.16 ID:gq77mqsR0

「まどかの今日の   、何色かしら」

「リボンついた無地の白だよ、って、ほむらちゃん何聞いてるの?!」

「うふふ。そう、白なのね。可愛いわまどか」

 不意の質問に、まどかは赤面してしまった。
 恥ずかしさを誤魔化すためか、ほむらをポカポカと叩く。

「んもう!ほむらちゃんのバカ!バカ!バカ!!」

「ふふ、うふふふふ」

「ほーむーらーちゃん?!」

「ふふ、あはは、あははははは」

「…ほむらちゃん?」

「ふふ、ごめんなさい。こんなに楽しいのは本当に久しぶりなの。
 ずっと闘って、戦って、今思うとすごく殺伐とした毎日を過ごしてたわ。
 そんな日々を忘れるくらい、今日は夢のような一日だったわ」

「…今日だけじゃないよ。これからもずっとずううっっと、続いていくんだよ」

「…そうよね」

131: 1 2011/10/01(土) 20:42:07.18 ID:gq77mqsR0

 ほむらはそう呟くと、足を止めた。まどかはそれに気づき、足を止め、振り返る。

「ねぇまどか。貴女、今幸せ?」

「え?うん。幸せだよ」

「家族や友人は大切?」

「うん。大切だよ」

「そう。ずっとこの幸せな日々を過ごしたいと思うのなら、大切な人達と一緒に居たいなら、
 絶対に魔法少女になっちゃダメよ。そんなものにならなくても、貴女は素晴しい人間なのだから」

「…前にもそれ、わたしに聞いたよね」

「あら?そうだったかしら」

「うん。ほむらちゃんの転校初日に。
 そんなに念を押すほどわたしって信用ないのかな?」

 まどかは少し悲しそうな表情を浮かべる。
 ほむらは慌てて、アタフタしながら弁解する。

「そ、そんなことないわ!私は貴女を信用してる!
 さっきのはちょっと、言ったってことをド忘れした私のミスというか-----」

132: 1 2011/10/01(土) 20:43:19.57 ID:gq77mqsR0

 その様子を見たまどかは、

「えへへ。冗談だよ冗談。さっきの仕返しだよ~だ」

 と笑いながら言うと、走り出した。

「あ!…もう、まどかったら!待ちなさい!」

 ほむらもその後を追い、走り出す。


 もともと家の近くまで来ていたので、すぐにたどり着いた。
 まどかとほむらはそこで足を止める。

「まだマミさんは来ていないみたいね」

「そのようね。でも、すぐに来ると思う。
 今のうちに紅茶でも淹れて、差し入れしてあげたらどうかしら。
 きっと喜ぶと思うわ」

「そうだね。そうするよ。ほむらちゃんは?」

「私はマミが来るまでここに居て、引き継いで帰るわ」

「そっか。もう遅い時間だもんね。
 じゃあね、バイバイ」

133: 1 2011/10/01(土) 20:44:22.07 ID:gq77mqsR0

 まどかは家の玄関へと向かう。
 その背後にほむらは声を掛ける。

「まどか」

 その声に、まどかは振り返る。
 ほむらは若干下を向いていた。

「さっきも言ったけど、私は貴女を信用しているわ。
 だから、---」

 ほむらが顔を上げ、まどかと目を合わせる。

「---だから、私の忠告もきちんと聞いてくれていると信じてる。
 じゃあね。また明日、学校で会いましょ」

「うん。また明日、学校でね」

 まどかは玄関のドアを開け、家に入っていった。

 紅茶を淹れ、自室へ持っていく最中、まどかはある事に気づき、あっ!と声をあげた。

「ほむらちゃん、家の中で待っててもらえばよかった。
 昨日のアレも返すの忘れちゃってたし。…まだ居るかな?」

 自室に入るとカーテンを開け、外に居るはずのほむらの姿を探す。
 だが、もう帰ってしまったらしく、どこにもほむらの姿は無かった。

134: 1 2011/10/01(土) 20:45:46.85 ID:gq77mqsR0
*


「やあこんばんわ。鹿目まどか」

 夕食後、まどかがタツヤに絵本を読み聞かせ終わり、
 タツヤが眠りについたタイミングを見計らって、キュゥべえがやってきた。

「あ、キュゥべえ。こんばんわー。どうしたの急に。
 マミさんと一緒じゃなくていいの?」

 まどかは向かっていた机から、ベットの上に座ったキュゥべえに向き直る。
 机の上には、昨日購入したシンデレラの絵本があった。それを早速タツヤに読み聞かせたらしい。

「ああ大丈夫だよ。むしろボクがこっちに居たほうがキミは安全さ。
 外をマミが警戒し、内にいるボクは近づく魔力を探ることができる。
 二重に敵を感知をする形になるね。
 これを抜けるのは、魔法少女といえど不可能に限りなく近いだろう。
 だから安心していいよ」

135: 1 2011/10/01(土) 20:46:43.23 ID:gq77mqsR0

「そ、そうなんだ」

「それに、いざという時はボクと契約して魔法少女になってくれればいい。
 魔法少女になったまどかなら、どんな敵が攻めてこようと返り討ちさ」

「う、うん…」

 まどかは肩を窄め、下を向く。

「怖いのかい?」

「え?えっと、違うの。別にキュゥべえとマミさんが頼りないって訳じゃなくて…その…」

「契約するかを迷っているんだね?」

「…うん。わたしって運動も勉強も出来ないし、自慢できる才能とかもなくって。
 誰かの役に立ちたいって、いつも思うんだけど、何も出来ない自分が嫌だったの。
 でも、キュゥべえに魔法少女としての才能があるって言われたとき、
 わたしにも誰かの役に立てることがあるのかな、って思えたの」

「それだったら話は早い。さあまどか、願いを決めるんだ。
 魔法少女になったキミならどんな魔女にも負けることはないだろう。
 この街に蔓延る災厄を、キミが払い除けるんだ。
 間違いなくキミはこの街の、陰の英雄になれるだろう」

136: 1 2011/10/01(土) 20:47:51.48 ID:gq77mqsR0

 まどかは顔を上げ、キュゥべえの目を見て話しだす。

「でも、でもね。わたし、ほむらちゃんと約束したの。絶対に契約しないって。
 そしたら、ほむらちゃんは死なないし、ずっと一緒に居てくれるって約束してくれたの」

「なるほど。キミは暁美ほむらの言葉をそう解釈したんだね」

「…?キュゥべえ?」

 キュゥべえは机の上に移動する。そして机の上の絵本に気がついた。

「これは、シンデレラだね」

「うん。キュゥべえも知ってるの?」

「もちろんさ。いい話だよね」

 キュゥべえがまどかに振り返る。
 一人と一匹の距離は先ほどより近く、そして目線の高さは同じになった。

「まどか。キミは昨日、二人の魔法少女に襲われたんだよね?
 その時、キミはどう思ったんだい?」

「…え、ど、どうって聞かれても……」

137: 1 2011/10/01(土) 20:48:40.82 ID:gq77mqsR0

「これはボクの予想だけど、不安や恐怖の他に、理不尽や不条理を感じたんじゃないかな。
 そして使い魔に殺される人達や、まどかの為に身を挺した暁美ほむら、
 彼らを見ながら、自分の力の無さに歯がゆい思いを感じはしなかったかい?」

「……した、かも…」

「普通の人間のままでは、魔女や魔法少女に対抗することなんて出来やしないからね」

「………」

「ねえまどか。キミは暁美ほむらのことが大切かい?」

「…うん。大切な、わたしの友達だよ」

「キミは、本当にこのままでいいと思っているのかい?」

「…どういうこと?」

「さしずめ、僕はシンデレラに魔法をかける魔法使いといったところかな」

 まどかは首を傾げた。
 キュゥべえは構わず話を続ける。

138: 1 2011/10/01(土) 20:49:35.99 ID:gq77mqsR0

「鹿目まどか。キミは魔法少女の戦場という名の『舞踏会』に出てみたいと思わないかい?
 そしてその容姿と佇まいで、暁美ほむらという『王子様』に認められたいとは思わないのかい?
 もしキミが望むのであれば、ボクは最高の『ドレスと馬車』を用意することが出来るよ。
 ただし、この魔法を掛けるには、まどかの同意がなければダメなんだ。
 嫌がるシンデレラに、魔法使いは無理やり魔法を掛けることはできない」

「ほむらちゃんに、認められる?」

 キュゥべえの口が僅かにつり上がる。

「そう。正直言って、暁美ほむらの魔法少女としての能力はとても低い。
 このままでは敵の魔法少女はおろか、魔女にさえやられかねないね」

「そんなことないよ!ほむらちゃんは絶対に負けたりしない!」

「その暁美ほむら自身が言っていたじゃないか。
 魔女との戦いは常に命がけ、いつ死んでもおかしくない、と」

「…ぅ!」

139: 1 2011/10/01(土) 20:50:22.29 ID:gq77mqsR0

「キミは確か、敵の魔法少女に襲われたとき、暁美ほむらに助けられたらしいじゃないか。
 その恩に報いたくはないかい?」

「……でも、ほむらちゃんはわたしが魔法少女にならなくていいように、って頑張ってくれてるのに…」

「だが、暁美ほむらが死んだらそれまでだ」

 キュゥべえのその言葉に、まどかは息を呑んだ。

「どんな約束にせよ、それは相手が例え死んだとしても守らなきゃいけないものなのかい?」

「………」

「謝罪や罪滅ぼしは、生きてさえいれば、後でも出来る。
 だけど、死んだら終わりさ。死者にはどんな言葉だって届きはしない」

 まどかは机をドンッと叩く。

「ほむらちゃんは死なないって言ってるでしょ?!
 わたしは信じてるもん!!」

 キュゥべえはやれやれといったカンジに尻尾を振る。

140: 1 2011/10/01(土) 20:51:20.19 ID:gq77mqsR0

「まどか聞いてくれ。まだ続きがあるんだ。
 これはマミですら知らないことなんだけど、数日後、この街に強大な力を持った魔女がやってくる。
 ボクらの間ではこの魔女のことをワルプルギスの夜と呼んでいる」

「…ワルプルギスの、夜?」

「そう。このワルプルギスの夜を放っておいたら、この街には甚大な被害が出るだろうね」

「…ほむらちゃん達じゃ、勝てないって言うの?」

「まあ、四人揃えば勝算はあるだろう。
 でも、それはあくまで可能性の話だ。負けたってなんらおかしくはない。
 そこでまどか、キミの出番だ。キミが加わり五人になれば、勝率はグンッと上がるだろう。
 いや、キミの素質を考えれば、あっさり倒すことだって出来るかもしれない」

141: 1 2011/10/01(土) 20:52:30.32 ID:gq77mqsR0

「………」

「…今すぐとは言わない。よく考えておいてくれ。キミにとって、何が一番大事なのかを」

 キュゥべえは窓の縁に上る。カーテンに隠れ、キュゥべえの姿は黒いシルエットになる。

「まどか。君は『舞踏会』にいる誰よりも綺麗で可憐、優雅になれる素質を持っている。
 その姿に、誰もが君へと振り返るだろう。---そう。『王子様』までもが、ね。
 ワルプルギスの夜という『舞踏会の開催日』は着々と迫っている。
 決心がついたら呼んでね。キミが望めばボクはいつでも駆けつけるよ」

 そういい残すと、まるでそこに窓が無いかのように飛び去った。

 残されたまどかは、下を向いて黙ったままだった。

146: 1 2011/10/08(土) 23:31:41.84 ID:Ytwh+CC40

*


 それから数日が経過した。
 懸念された織莉子による襲撃も無く、何事もない平和な日々のようであった。

 まどか護衛のローテーションは、今のところ問題なく動いている。
 それどころか各々に自由な時間が出来るので、フリーの日は思うが侭に行動していた。

 マミは新作のケーキを買ってきてはお茶会を開き、
 杏子とゆまは風見野でも張り切って魔女を狩り、
 ほむらはまどかへのセクハラに余念がない。

 そんなある日、ほむらは放課後全員に収集をかけた。
 場所はほむらの住むアパートだ。
 殺風景な部屋の中央に鎮座するちゃぶ台を取り囲むように
 マミ、杏子、ゆま、まどか、そしてほむらが座る。
 さやかは幼馴染の見舞いがあるらしく、欠席した。
 全員にお茶と菓子が行き渡ったところで話を切り出す。

「数日後、この街にワルプルギスの夜が来るわ。
 マミ、杏子、ゆま。力を貸してほしい」

147: 1 2011/10/08(土) 23:33:35.46 ID:Ytwh+CC40

 開口一番、ほむらはそう告げ、頭を下げた。
 ゆまは首を傾げる。おそらくワルプルギスの夜を知らないのだろう。
 まどかはビクッ、と体を震わせる。
 マミと杏子はその言葉の意味を理解したらしく、表情が引き締まる。
 マミが疑問を口にする。

「それは、本当なの?そうだとしたら、何故貴女がそれを知っているの?」

「……ごめんなさい。今、それを言うわけにはいかないの。
 でも信じてほしい。この魔女は私一人ではどうにもならない。みんなの協力が必要なの」

「事情は話さず、協力だけしてくれって?そりゃあ、虫がよすぎやしねえか?」

「…終わったら必ず話すわ。約束する」

 マミは口に手を当て、何かを考えている。

「だいたいよぉ、それ手伝ったとしてさ、私に何か見返りあんの?
 ワルプルギスの夜といえば、超弩級の魔女って噂じゃん。
 そんな危ない橋渡らせるってのに、何の見返りも無いんじゃなぁ…」

148: 1 2011/10/08(土) 23:35:21.53 ID:Ytwh+CC40

「手伝うメリットは無くとも、放置するデメリットはあるわ。
 放っておけば、この街は間違いなく崩壊する。犠牲者も沢山出るでしょうね」

「はっ!ぶっちゃけた話、どんだけ犠牲者が出ようが、そんなの私には関係ないね」

「ダメよ佐倉さん、そんな考え方は。
 魔女の魔の手から人々を守る。それが本来の魔法少女のあるべき姿なのよ」

 マミの言葉に、杏子は一瞬戸惑った表情になった。だが次の瞬間にはその表情は消えていた。
 杏子は少し声のトーンを落として話す。

「そう思ってんなら、マミはそうしたらいい。
 私は、私のやり方を曲げるつもりは無い」

「…あいかわらずね」

「…マミもだろ」

 マミと杏子はしばらくお互いにらみ合う。そして二人同時に目線を逸らす。
 不意に杏子が立ち上がった。

「とにかく、事情は話さない、見返りも無いってんじゃあ、私はこの話には乗れないね。
 私は帰らせてもらう」

149: 1 2011/10/08(土) 23:37:06.51 ID:Ytwh+CC40

 背を向けて部屋を出ようとする杏子に、ほむらは問いかける。

「待って杏子。貴女は何が欲しいの?一体どんな見返りがあれば貴女は手伝ってくれるのかしら?
 グリーフシードならいくつか持っている。協力してくれるなら、それを全部譲ったっていいわ」

 杏子は足を止め、振り返る。

「グリーフシードはいらない。ただ私は、お前が知ってる事が聞きたい。全部話せ」

 その言葉に、ほむらは戸惑う。

「さっきも言ったけど、それなら後で必ず---」

「いいや、私は今聞きたいんだ。それができねえってんなら、私は降りるだけだ」

「…そう。残念だけど、仕方ないわ」

「……ふん。ゆま、帰るぞ」

 再び踵を返して歩を進めようとする杏子を、まどかが呼び止める。
 
「待ってよ杏子ちゃん。杏子ちゃんは街の人を見捨てちゃうの?
 ただ、みんなで協力して魔女を倒す。それじゃあダメなの?」

 まどかはほむらに向き直る。

「ほむらちゃんも隠し事なんてしないでさ、話して欲しいなって」

150: 1 2011/10/08(土) 23:39:02.12 ID:Ytwh+CC40

 杏子は黙ったまま口を閉ざす。
 ほむらはまどかに聞いて頂戴と言う。

「こればっかりは、まどかの頼みといえど聞けないわ。
 これを話すと、知られたくない秘密のことや、
 私の持つ魔法の性質とその弱点まで曝け出すことにつながるの。
 私にとってそれは、致命的な事なのよ」

 まどかの表情が曇る。

「それって、マミさんや杏子ちゃんを信頼していないってこと?」

「それは違うわ。たとえ信頼している仲間であっても、
 話せることと話せないことがあるってだけよ」

「でも、それを話せば杏子ちゃんは協力してくれるんだよ?」

「………」

 ほむらの表情が若干引きつった。指先が忙しなく動いている。

「…ほむらちゃん?」

「………少し、考える時間を頂戴。
 ワルプルギスの夜を倒すには杏子の協力が必要。それは分かってるの。でも…」

151: 1 2011/10/08(土) 23:40:36.34 ID:Ytwh+CC40

 ほむらは俯き、口を閉ざしてしまった。代わるように杏子が話し出す。

「話はついたみてえだな。ほむら、私は、お前が話してくれるのを楽しみに待つことにするよ」

 まどかは杏子に向き直り、語りかける。

「…杏子ちゃんはさ、何でそんなにほむらちゃんの事情が知りたいの?」

「あー、話の内容は気にはなるが、そこが重要って訳じゃあないんだ。
 なんつーかさ、事情を話してくれる、ってことが大事なのさ。正直、内容は二の次だ。
 話してさえくれれば、それがどんなにブッ飛んだ内容だろうが、私は構わない。
 ましてや笑い飛ばしたり、バカにしたりなんか、絶対にしない。ちゃんと最後まで聞くさ」

「…魔女を退治した後じゃダメなの?」

「ワルプルギスの夜に関する情報を、倒した後に知ったってしょうがねえじゃん。
 たとえそれが、戦うときに何の役にも立たないものであってもな」

 まどかはそれ以上聞けなかった。杏子の意思は固いと判断したのだ。
 まどかはマミに向き直る。

「マミさんは、ほむらちゃんの力になってくれますよね?」

「さっきも言ったけど、魔法少女は魔女を倒すのが使命よ。見返りなんていらない。
 この街に危害が及ぶのであればなおさらよ」

152: 1 2011/10/08(土) 23:42:04.84 ID:Ytwh+CC40

 その言葉に、まどかの表情が一瞬緩む。

「でも、連携して戦うのは難しいでしょうね。やるとしたら、個々でやるしかないわね」

「そ、そんな…」

 まどかの表情がまた曇った。

「仕方ないわよ。やっぱり、何かを隠している相手に背を向けるのは、ちょっと怖いわ。
 何もないって分かっていても、ね…」

 マミはほむらをちらっと見る。ほむらは俯いたままだった。

「どうやら、後はほむら待ちってところだな。ま、決心がついたならまた声掛けてくれよ。
 茶ぁ、ごちそうさん。おいゆま、いつまで飲んでんだ。行くぞ。
 今日の魔女狩りルートは、病院からだったな」

「あ!待ってよキョーコ」

 杏子とゆまが部屋を出た。
 それに続くようにマミも立ち上がる。

「私もいくわ。それじゃあね」

 バタンッと扉の閉められる音が部屋に響く。
 部屋にはほむらとまどかが残された。
 まどかが何かを言おうとした瞬間、ほむらが立ち上がった。

「あ…」

「家まで送るわ。行きましょ」

153: 1 2011/10/08(土) 23:43:09.12 ID:Ytwh+CC40




 まどかの家へ向かう道の途中、しばらく続いた沈黙を破ったのはほむらだった。

「まどか、ありがとう。まどかは私のフォローをしてくれたのよね?それなのに、私のせいで……。
 折角まどかがくれたチャンスを生かせなくて、本当にごめんなさい」

「ふぇ?あ、ああ!いいよいいよ、気にしないでほむらちゃん。
 結局、私じゃあ、何も変えられなかったわけだし。
 …その、ちょっと聞きたいんだけど、ワルプルギスの夜ってどんな魔女なの?」

「強大な力を持った大型の魔女よ。自分の結界に篭らず、現実の世界で暴れまわるの。
 一般の人間からはその姿は見えず、大きな災害という形でしか認識できないわ」

「災害?もしかして、本当に街全体が危ないの?」

「ええ。でも大丈夫。私たちが必ず倒すから。犠牲者なんて絶対出させないわ。
 だから心配は要らない。まどかは安心して避難してちょうだい」

「…避難……」

「ああ、ワルプルギスの夜が近づいてくると、おそらく街全体に避難勧告がでるはずよ。
 …危ないから、見に行こうなんて考えちゃダメよ 」

「そんなことしないよ。ほむらちゃん達が遊びでやってるわけじゃない、ってちゃんと分かってるから」

「…そう。それならいいの」

154: 1 2011/10/08(土) 23:45:09.02 ID:Ytwh+CC40

 再び二人は沈黙する。すたすたと足音だけが響き渡る。
 まどかは何かを決心したように口を開く。
 
「ねぇ、ほむらちゃん。わたし---」

「あー!!!まどかにほむらーー!!おーーい!!」

 だが、まどかの声は前方から来たさやかの大声にかき消され、途中からほむらには聞き取れなかった。

「こんなとこでどうしたのさ?今日、ほむらん家で集まりがあったんじゃなかったっけ?」

「ああ、それはもう終わったのよ」

「えっ、そうなの?せっかくこのさやかちゃんが駆けつけたってのに~~!」

 さやかはわざとらしく悔しそうな身振りをする。その手にはCDの入った袋が握られていた。
 まどかがそれに気がつき、指摘する。

155: 1 2011/10/08(土) 23:46:08.34 ID:Ytwh+CC40

「ああこれ?それがさ~、せっかく見舞いに行ってやったってのにさ、都合悪いんだって~」

「じゃあ上条君には会えなかったんだ」

「そ~なのよ。だから急いでこっち来たらもう終わってるって…。ホント今日は空振りばっか……」

「あはは。ついてないねぇ、さやかちゃん。
 心配しなくても今日の集まりの内容はちゃんと教えてあげるよ」

「くぅ~、やっぱまどかは優しいねぇ~。流石は私の嫁だ!」

 そう言うと、さやかはまどかに抱きついた。

「わっ!もう、さやかちゃんったら」

 まどかはさやかの頭を優しく撫でる。

 ほむらはその様子を微笑ましく、同時に羨ましそうな目で見ていた。

156: 1 2011/10/08(土) 23:48:05.75 ID:Ytwh+CC40

*


 ほむらがワルプルギスの夜のことを話した翌日のことだった。

「ねえ。さやかはさぁ、僕をいじめているのかい?」

「…え?」

 幼馴染である上条恭介の見舞いに来ていたさやかは、彼からの突然の質問に驚いた。
 いや、驚いたというより、意味が分からないといった考えの方が強かった。
 そしてさやかは疑問に思う。いじめている?なんの冗談だろう、と。

「なんで今でもまだ音楽なんて聴かせるんだ?嫌がらせのつもりなのか?」

「なんでって…。だってそれは、恭介が音楽好きだから---」

 それを聞いた恭介は激昂し、

「もう聴きたくないんだよ!!自分で弾けない曲なんて!!」

 と叫ぶと、ケガをしている左手で、CDをケースごと叩き割った。
 手から血がポタポタと垂れる。
 しかし、それを痛がっている様子がまったく無い。
 まるで、痛覚や触覚といった感覚が完全に麻痺しているかのように。

157: 1 2011/10/08(土) 23:49:58.45 ID:Ytwh+CC40

「…!!や、やめて!!!きっと治るから!!諦めなければきっと---」

「諦めろって言われたのさ。今の医学ではどうしようもない。
 この腕はもう、動かないんだ。奇跡か魔法でもない限り……」

 奇跡か、魔法。
 さやかの脳裏に浮かんだのは、何でも願いが叶う、キュゥべえとの契約のことだった。

「…あ………」

 さやかは顔面蒼白で、プルプルと手を震わせる。声がうまく出せないようだ。


 ---あるよ。奇跡も魔法も、あるんだよ。

 そうさやかは言いかけた。だが、それを口にはしなかった。いや、出来なかった。
 口にしよう、声を出そう、伝えようとするたびに、代わりに胃から吐瀉物が込みあがってくる。
 無理にでもその言葉を発したら、同時に口から撒き散らしてしまいそうだった。

 原因は分かっていた。先日の織莉子襲撃の件だ。未だに思い出すと気持ち悪くなる。
 さやかは頭を振った。そして自分を叱咤する。
 何をしている!早く恭介に言うんだ!治る!その腕は、治るんだよ!!

158: 1 2011/10/08(土) 23:51:29.09 ID:Ytwh+CC40

「……ゴメン。恭介の気持ちも考えずに……。私、ちょっと無神経だった…」

 さやかの気持ちとは裏腹に、声に出たのは謝罪の言葉だった。
 それを聞いた恭介は、はっ、とする。

「いや、僕の方こそごめん。さやかは厚意でしてくれていたのに…。
 …すまないが、一人にしてくれないか。頭を冷やしたいんだ。
 それと、今度からは音楽に関係しているものを持ってくるのはやめてくれると嬉しい、かな…」

「…うん、わかった。また来るね。バイバイ」

 さやかは静かに病室のドアを閉めた。

 病室を出ると、その足で屋上へ向かう。
 屋上は心地よい風が吹いていた。
 さやかはフェンスに寄りかかり、遠くの景色を眺める。
 頭に浮かんでくるのは先ほどのやり取り。
 なぜ、たった一言が言えなかったのだろう。
 …そんなこと、考えるまでも無いじゃないか。

159: 1 2011/10/08(土) 23:53:41.75 ID:Ytwh+CC40

 怖いんだ。どうしようもなく。
 恭介の腕を治すことと、魔法少女になって戦うことを天秤にかけても釣り合わないくらいに。
 そして口に出してしまったら、もう行くしかないことが分かってしまったのだ。

 恐怖と暴力と理不尽が渦巻く、魔法少女の戦場へ---

 さやかは込み上げてくる吐き気を懸命に堪える。

「…ッああ!!」

 ガンッ!ガンッ!!ガンッ!!!

 気がつけば、さやかは何度もフェンスに拳を叩きつけていた。

「…ううっ……なんで…私は………ぐすっ……」

 しばらく叩き続けると、やがて嗚咽とともに、ズルズルと膝から崩れ落ちた。

「………」

 その様子を、離れた位置からキュゥべえが見つめていた。
 しばらく眺めていたキュゥべえは、ため息を一つつくと、踵を返し、去っていった。

164: 1 2011/10/16(日) 11:36:01.19 ID:NT8qNy6V0

*


 学校からの帰り道、まどかはゆまと一緒に歩いていた。

 さやかは幼馴染の見舞いに行き、マミは街へ魔女狩りに、杏子はゲーセンで時間を潰し、
 ほむらは教室の掃除当番なので別行動だった。
 その結果、まどかの傍にはゆま一人が残ったのだった。
 ゆまとは学校の門の前で合流した。
 どうやらそのまま自宅周囲の警備にあたるつもりのようだ。

「キョーコ、遅いね~。今日はまどかおねえちゃんを守る日なのに」

「そうだね。もしかしたらゲームに夢中になっちゃってるのかもね」

「む~。そんなのダメだよ。ゲームよりこっちが大事なのに…
 よし、キョーコを探しに行こう!」

「そうだね。一緒にゲームやりに行こっか」

「違うもん。ゲームやりに行くんじゃなくて、キョーコを叱るんだもん」

「ふふふ。そうだよね。ガツンと叱ってあげなきゃね」

 まどかとゆまは進路をゲームセンターへと変え、歩き出した。


165: 1 2011/10/16(日) 11:37:59.74 ID:NT8qNy6V0

 数十分後。

「…いないね」

「…うん。キョーコ、どこ行っちゃったのかな?」

 もしかしたら杏子はもう、まどかの家へと向かっていて、すれ違いになってしまったのではないか。
 そう思った二人は、急ぎまどか宅へと向かう。
 時間が遅い為か、道に人通りが無かった。
 それを疑問に思った直後だった。
 横手の狭い路地に、フラフラとした足取りで歩く、一人の少女がいた。
 その少女はまどかと同じ学校の制服を着ており、ウェーブの掛かった髪を風に靡かせていた。

「あれ?仁美ちゃん?今日のお稽古事はどうし---」

「…!!まって!!」

 まどかがその少女の名を呼ぶのと、ゆまが制止をかけるのは同時だった。


166: 1 2011/10/16(日) 11:39:29.15 ID:NT8qNy6V0

「---あら、鹿目さん。ごきげんよう」

 まどかへと振り返った仁美の目からは、生気がごっそり抜け落ちていた。

 ---普通じゃない!一体何が?!

 まどかは仁美の首に、何かの刻印のようなものを見つける。

「あれは、『魔女の口付け』だよ。
 魔女が人から生気を奪ったり、自殺や事故に見せかけて殺したりするときに使うんだ」

「え?!じ、じゃあ、この近くに魔女が---」

「うん。はやく倒さないと、この人が危ないよ!」

「あらあら。何をお話しているのですか?
 わたくし、そろそろ行かなくてはなりませんの」

「行くって、どこに行こうとしてたの?」

「それは、ここよりもずっと良い場所ですのよ。
 そうですわ。鹿目さん達も是非ご一緒に」

167: 1 2011/10/16(日) 11:41:40.30 ID:NT8qNy6V0


 気がつけば、まどかとゆまは、数人の男女に囲まれていた。
 そしてその全員に『魔女の口付け』があった。
 仁美の誘いを断れば、何をされるか分かったものではない。
 だが、悪い事ばかりではない。着いていけば魔女のもとにたどり着けるかも知れない。
 ここは着いて行くのが得策か。

「あ!そうだ。ほむらちゃんやマミさんに連絡を---」

 まどかはケータイを取り出し、ほむらへと電話を掛けようとする。
 だが、

「そいつはちょっと遠慮してもらおうか!」

 電話が相手を呼び出すその前に、人垣の中から飛び出す黒い影があった。
 その誰かは、まどかへと駆け寄りながら左手に爪を出現させ、下から払うように振る。


168: 1 2011/10/16(日) 11:43:38.54 ID:NT8qNy6V0


「でやぁ!!」

 咄嗟にゆまは変身し、まどかの前に割り込み、ハンマーで爪を受ける。
 ガキィィィン!!と甲高い音が辺りに響いた。
 衝撃で、まどかの持っていたケータイが、地面を転がっていった。
 襲撃者はゆまと競り合いになるも、ゆまに押され、力勝負は分が悪いと思ったのか、後ろに飛び退いた。

「やあ、ちっこいの。この前の続きをしようじゃないか!」

 襲撃者はそう言った。
 まどかはこの襲撃者に見覚えがあった。
 黒を基調とした魔法少女の衣装。
 右目の眼帯。
 腕が無く、バタついている右袖。
 そして、鋭利な左手の爪。
 名前は確か、呉キリカ、だったはず。


169: 1 2011/10/16(日) 11:44:59.50 ID:NT8qNy6V0

 そこまで思い出して、まどかは血の気が引いた。

 まずい!この状況は非常にまずい!!
 この人達は確か二人組みで、もう一人がどこかに居るはず!
 ほむらちゃんはこの二人を相手にした時、完全に押されていた。
 それが今はゆまちゃん一人。
 このままじゃ、あの時のほむらちゃんみたく、ゆまちゃんが---

「は、早くほむらちゃん達を呼ばないと!!」

 キリカとゆまが戦闘を始めた。
 戦っている音が響く中、まどかは必死に落としたケータイを探す。
 だが、一向に見つからない。どこにも無い。
 そんなはずは無い。そんな遠くに転がっていったはずはないのに!

「鹿目さん。これをお探しですか」

 その声に、地面に向けていた視線を上げると、仁美がまどかのケータイを持っていた。

「仁美ちゃん!見つけてくれたの?!ありがとう!
 ちょっと急いで電話したくって---」


170: 1 2011/10/16(日) 11:46:21.74 ID:NT8qNy6V0


 まどかは仁美に手を差し出すが、仁美がケータイを返す様子はない。
 それどころか、ケータイを操作し、電源を切った。

「…仁美、ちゃん?」

「ふふふ、鹿目さん。これから行く世界には、もうこんなものは不要ですのよ」

 そう言うと仁美はケータイを自分のポケットにしまいこんだ。

「…!!仁美ちゃん!返して!!」

「ダメですわ。そもそもこんな無粋なもの、必要ありませんもの。
 さあ、時間がもったいないですわ。行きましょう」

 仁美は踵を返して歩き出した。その後を、同じく操られている人達が付いていく。
 まどかはゆまへと振り返る。

「まどかおねえちゃん!こっちは大丈夫だから!!さっきの人達を助けてあげて!!」

「はっ!!余裕だねぇ!その余裕が何時まで持つか、見ものだね!!」


171: 1 2011/10/16(日) 11:47:50.66 ID:NT8qNy6V0

 ゆまとキリカは喋りながら、互いに目線を外さない。
 まどかの目には、二人の実力は互角に映った。
 いきなりピンチになるようなことは無いはずだ。

 それに---
 いつまで経っても来ないことを心配して、杏子が来るかもしれない。
 街を巡回中のマミが通りかかるかもしれない。
 異常を察したほむらが駆けつけるかもしれない。

 むしろ心配しなければならないのは、仁美の方ではないか?
 このままでは確実に、魔女に殺されてしまう。

 ---行くしか、なさそうだ。それも一人で、だ。

 まどかはギュッと拳を握り締め、学校のカバンを肩に掛けると、仁美達の後を追って行った。

172: 1 2011/10/16(日) 11:48:54.79 ID:NT8qNy6V0

*


 キリカとゆまが動いたのは、同時だった。

「はあぁぁ!!」

「でりゃあ!!」

 キリカは右足で踏み込むと同時に、左手の爪を振りかぶり、右下へと切りつける。
 ゆまは左足で踏み込むと同時に、右脇に構えていたハンマーを左上へと振り上げた。

 キイィィン!

 爪とハンマーがぶつかり、どちらも相手に触れることなく、横へ流れる。
 キリカは勢いに乗ったまま、左足でステップを踏み、右の後ろ回し蹴りを放つ。
 ゆまはその時すでにジャンプしていて、キリカの蹴り足を踏みつけ、
 さらに高度を上げ、キリカの頭上の高さまで跳んだ。

「えぇい!!」

 そして振りかぶっていたハンマーを、キリカの頭上へ、力の限り振り下ろす。
 完璧なタイミング。ハンマーがキリカの脳天に直撃し、頭を粉砕する---はずだった。



173: 1 2011/10/16(日) 11:49:56.63 ID:NT8qNy6V0


「ちぃ!」

 キリカの速度低下魔法が発動した。キリカを除く、全てのものの動きが遅くなる。
 キリカの出していた右足は、そのまま前へ出る踏み込みとなり、着地と同時に左膝を跳ね上げる。

「うっ!!」

 ゆまは腹に喰らってしまい、体がくの字に曲がる。

「もういっちょ!」

 キリカは左足が地に着くと同時に、右の蹴りを放とうとする。
 だがすぐに止めた。すぐさま左手で頭部をガードする。

 ブオッ!

   ドガッッ!!

 風を切る音と、まるでトラックが人を撥ねたかのような音が響き渡る。
 ゆまのハンマーが、キリカのガードした左腕の上から叩きつけられていた。

「くっ!」

 キリカは片足が浮いており、踏ん張ることができず、吹っ飛ばされた。
 ゆまは右手で、ハンマーの柄を短く握って振っていた。
 その動きは、腹部のダメージなど無いかのようだった。
 だが、小手先だけで当てただけの攻撃では致命傷にはならなかったようで、
 キリカはすぐさま体制を立て直した。


174: 1 2011/10/16(日) 11:50:41.63 ID:NT8qNy6V0

 完璧に膝が入ったはずなのに---
 キリカは、ゆまがダメージを受けていないことに、内心驚いていた。
 あれだけキレイに入ったのだ。内臓がつぶれてもおかしくない。
 実際には、喰らった直後に治癒魔法を掛けただけなのだが、
 そのことを知らないキリカには、ゆまがひどく頑丈に思えた。

 絶対当たると思ったのに---
 ゆまは、完璧なタイミングで放った打ち下ろしをかわされたのが、信じられなかった。
 相手を遅くする魔法---思っていた以上にやっかいだ。
 ゆまの主観では、キリカが瞬間的に急加速したように感じた。

 ゆまはチラッと、横目でまどかの安否を確認する。
 なにやら揉めているようだ。
 どうやら先ほどの『魔女の口付け』を受けていた人は、まどかの友達らしい。

 その友達は、周囲の人達を引き連れて、どこかへと歩き出した。
 まどかが、ゆまに視線を向けた。
 その意味を、ゆまは瞬時に理解した。


175: 1 2011/10/16(日) 11:51:44.83 ID:NT8qNy6V0


「まどかおねえちゃん!こっちは大丈夫だから!!さっきの人達を助けてあげて!!」

「はっ!!余裕だねぇ!その余裕が何時まで持つか、見ものだね!!」

 ゆまはキリカから視線を外さず、まどかに言った。
 キリカは、速い。少しでも隙を見せれば、たちどころにまどかは殺されてしまうだろう。
 少なくとも、まどかの姿が見えなくなるまでは、まどかとキリカの直線上にいて、
 妨害しなければならない。
 ゆまはハンマーを両手で持ち、体の前に構える。

 キリカは体勢を直そうと、右足を僅かに右にずらし、足の間隔が肩幅ほどにする。
 それを見たゆまは、左に半歩分、移動する。

「-----」

 一瞬、何かを考えた様子のキリカは、左にスッと一歩移動する。
 ゆまもそれに対応し、右へ一歩移動する。
 キリカは、右にスッと一歩移動する。
 ゆまも、左へ一歩移動する。
 キリカは、右にスッと一歩移動する。
 ゆまも、左へ一歩移動する。
 やはりキリカはまどかを狙っているのか、まどかとの直線上からゆまを外そうとする。


176: 1 2011/10/16(日) 11:53:09.67 ID:NT8qNy6V0

「………」

 キリカは黙ったまま、再度、右へ一歩踏み出そうと足を浮かせ、
 ---そのまま前へ踏み込んだ。

「ぇッ!!」

 ゆまには、突然キリカが、眼前にワープしたように感じられた。
 キリカは横から払うように爪を振る。
 完全に反応が遅れたゆまは、慌てて柄で爪を防ごうとする。

「遅い遅いぃ!!」

 だが、間に合わなかった。

「いっッ!!」

 ゆまの両腕に裂傷ができ、右手の指が千切れかける。
 ハンマーを握っていることができず、落としてしまった。
 キリカはさらに左で踏み込み、裏拳をゆまの側頭部に打ち込む。
 続けて、よろめくゆまの後頭部を掴み、下に押し込み、顔面へと左膝を跳ね上げる。
 グシャッ、という音をたてて、ゆまの鼻骨が折れた。
 鼻から血がボタボタと垂れる。

177: 1 2011/10/16(日) 11:53:46.98 ID:NT8qNy6V0

「まだまだぁぁぁ!!」

 キリカが止まらない。膝を何発も、何発も、何発も、ゆまの顔面に打ち込んだ。
 
 グシャッ。グシャッ。グシャッ。
 ゆまの顔面が痣だらけになっていく。
 ゆまが呻き声を上げた。

 グシャッ。グシャッ。グシャッ。
 ゆまの顔面の至る所が切れ、血が流れ出る。
 ゆまの呻き声が小さくなった。

 グシャッ。グシャッ。グシャッ。
 ゆまの瞼が腫れあがる。
 ゆまの呻き声が聞こえなくなった。

 グシャッ。グシャッ。グシャッ。
 ゆまの顔面が蹴られるたびに、前歯が減ってゆく。
 ゆまは完全に沈黙した。 

 グシャッ。グシャッ。グシャッ。
 ゆまの顔面が蹴られるたびに、その体がビクッ、ビクッ、と痙攣する。

 グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。
 グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。
 グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。グシャッ。
 ゆまの顔面が蹴られるたびに、周りに、湿気を帯びた肉を打つ音だけが響く。


178: 1 2011/10/16(日) 11:54:34.84 ID:NT8qNy6V0

「…ふう、こんなもんかな」

 ようやくキリカは蹴るのをやめた。
 ゆまはぐったりとし、ピクリとも動かない。
 キリカが放り投げると、そのまま転がり、うつ伏せの状態になった。

「思ったより時間掛かっちゃったな。
 まあ、急ぐアレでもないけど。…でも、まあ、そろそろ行ってみるかな」

 キリカはゆまに背を向け、歩き出す。

「…ん?」

 二、三十メートル歩いたところで、背後から足音が聞こえた。
 その音は、全力で走っているような間隔で、キリカの耳に届いた。
 ---通行人か?こんな場所に?何故走ってる?
 そう思ったキリカは後ろを振り返る。

179: 1 2011/10/16(日) 11:55:40.13 ID:NT8qNy6V0

 そこには、

「だぁ゛あ゛あ゛!!!」

 血だらけになりながらも、駆け寄るゆまの姿があった。
 その異様な姿に、キリカは一瞬反応が遅れた。
 さらにキリカは右回りに振り向いた為、腹部が完全にがら空きだった。
 キリカがそのことに気づいたときには、ゆまはすでにハンマーを大きく振りかぶり、
 野球のフルスイングのように振っていた。
 ハンマーはキリカの右脇腹を捉える。
 インパクトの瞬間、ミリミリッ、とも、ミシミシッ、ともつかない音を、キリカは自分の体内から聞いた。

「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!!」

 そのままゆまは、ハンマーを振り抜く。
 キリカは吹き飛ばされ、路地の壁に激突した。
 壁に小さなクレーターができる。
 ゆまは手の甲で鼻を拭う。
 多量に流れ出ていた血が、完全に止まっていた。

 ゆまは、地面に倒れたキリカを見下ろしながら言う。

「まどかおねえちゃんの所には、絶対に行かせないよ!!」


180: 1 2011/10/16(日) 11:56:19.68 ID:NT8qNy6V0

*


 まどかは仁美達の後に続き、廃工場へと入っていった。
 全員が入り終わると、ガラガラと音をたててシャッターが降りる。

「あッ!!」

 まどかが叫ぶ間に、シャッターは閉じられ、工場内は密室となった。
 まどかは工場内を見渡す。
 工場内は物が少なく、ガランとしていた。
 ふと、数人が動き出した。それぞれの手にはバケツや、種類の違う洗剤や入浴剤が数本、握られている。
 バケツが床に置かれ、洗剤が注ぎ込まれる。そのラベルには、『塩素系』と記載されていた。
 さらにOL風の人が、入浴剤の蓋を開ける。こちらのラベルには、『硫黄系』と記載されたいた。
 まどかはそれらを見て、母親から言われたことを思い出す。



181: 1 2011/10/16(日) 11:57:21.04 ID:NT8qNy6V0

『いいかまどか。こういう塩素系の漂白剤はな、
 他の洗剤と混ぜると、とんでもなくヤバイことになる。
 あたしら全員、猛毒のガスであの世行きだ。絶対に間違えるなよ』

 まどかは、今、目の前で、『とんでもなくヤバイこと』が行われようとしていることに気がついた。

「駄目!混ぜちゃ駄目ッ!!みんな死んじゃう!!」

 まどかが駆け寄り、入浴剤投入を阻止しようとする。だが、

「邪魔してはいけません!」

 それを、仁美が妨害する。

「あれは神聖な儀式ですのよ。私達はこれから素晴しい世界へ旅に出ますの。
 それがどんなに素敵なことか、あなたにもすぐに解りますわ」

 仁美の言葉に、周りから歓声と拍手が起こる。

 ---全員、正気じゃない!!

182: 1 2011/10/16(日) 11:59:29.11 ID:NT8qNy6V0

「はなして!!」

 まどかは仁美の手を振り解くと、洗剤の入ったバケツを掴み、放り投げた。
 バケツは窓ガラスを割り、外へと消えていった。

「これで大丈夫---」

 まどかが振り返ると、そこにはまどかを鋭く睨みつける目、目、目。

「---じゃない!!」

 不穏な空気を感じたまどかが逃げ出すのと同時に、仁美達が追ってきた。
 まどかは適当なドアを開け、フロアを出る。
 しかしドアの先は、外ではなく室内。
 外に出なくちゃ---
 そう思いながら、次のドアを開ける。
 また室内。
 もたもたしていられない。こうしている間にも、後ろから迫っているんだ!
 その時、まどかの目に、カギの付いたドアが映った。
 ここを通ってカギを閉めれば、追っ手からの時間を稼げるはず。
 まどかは駆け寄り、部屋へ入る。


183: 1 2011/10/16(日) 12:00:27.65 ID:NT8qNy6V0

「…え…?」

 そこで始めて気がついた。
 その部屋は、倉庫だった。窓も、出口も、隠れる場所も、無い。
 これでは逃げ場が無い。袋小路だ。
 まどかはもう一つ気がついた。
 部屋の奥に、誰かが居る。

 箱の上に座る、一人の少女。
 少女は手の平の上でグリーフシードを転がし、弄んでいた。
 少女が、まどかに気づく。
 ゆったりとした動作で立ち上がり、まどかを見る。
 まどかにはその少女に見覚えがあった。

 全身を包む、白い衣装。
 まるで害虫を見るような、鋭く、冷たい瞳。
 何かに怒っているかのような、表情。
 呼吸を忘れるほどの、威圧感。

「ごきげんよう。鹿目まどか」

 その少女は、美国織莉子だった。

184: 1 2011/10/16(日) 12:02:19.86 ID:NT8qNy6V0

*


 もう、どのくらい戦っているのだろうか。
 分からない。
 いつの間にか、時間のカンカクがなくなっている。

 もう、どれだけの傷を受けたのだろうか。
 解らない。
 からだのいたるところが、アザと切り傷でいっぱいだ。

 もう、まどかおねえちゃんは、友達を助けられたのだろうか。
 判らない。
 もしかしたら、魔女のもとについてしまったかもしれない。

 だとしたら、キケンだ。早く助けに行かなくちゃ。
 でも、それには、この黒いのをやっつけなくちゃダメだ。
 でも、-----

 ゆまは後ろに下がる。
 キリカの爪が、鼻先を掠っていった。 

 -----後だ。考えるのは後にしよう。そもそも考えているヨユウなんてない。
 今は、ただ、目の前の、こいつを!ぶっとばす!!

185: 1 2011/10/16(日) 12:03:09.34 ID:NT8qNy6V0

 ゆまは、キリカ目掛けて全力で前へ踏み出し、跳ぶ。
 そのまま空中でハンマーを真上に振りかぶると、キリカ目掛けて振り下ろした。

「だりゃぁ!!」

 キリカは右へ跳び、避ける。
 ハンマーが地面に叩きつけられ、凄まじい衝撃音と共に、新しいクレーターができる。
 現在戦っている路地は、ゆまによって、クレーターだらけになっていた。

「…ちっ!!」

 キリカは舌打ちをする。
 キリカの体にも数箇所、打撲痕があった。
 その中でも一際ダメージが大きそうなのが、右脇腹だ。
 距離が出来るたび、キリカは右脇腹を押さえていた。
 その表情には、苦痛が見え隠れしている。
 ゆまのハンマーがもろに入った箇所だ。
 おそらく肋骨が折れていることだろう。

186: 1 2011/10/16(日) 12:04:16.02 ID:NT8qNy6V0

 一方のゆまは、四肢の切断や臓器の破裂等の、
 戦闘に支障が出る怪我だけは、瞬時に治していた。
 他の怪我---顔や体に受けた打撲や裂傷は、放置している。
 全ての怪我を、治しはしなかった。
 いや、治さないのではない。治せないのだ。
 理由は明確だ。
 ソウルジェムである。
 ゆまのソウルジェムは、輝きが失われ、濁りが限界に達しようとしていた。

 ムダ使いはできない。ケガを治すのは、後まわしでいい。
 このようにゆまは判断した。

 それに、もうすぐだろう。
 もうすぐだ。
 もうすぐ、ここに---


187: 1 2011/10/16(日) 12:05:02.15 ID:NT8qNy6V0

「おいおい、私のツレに、なぁ~にしてくれでんだ、テメェ」

 ゆまでもキリカのものでもない声が、キリカの背後から聞こえてくる。
 

 ---ほら、来た。

 ゆまは、声の主に、杏子に笑顔を向ける。
 対照的に、キリカは苦々しい表情になる。

「へへっ!こっちはキッチリ抑えといたよ!」

「ああ!よくやった、ゆま。後は私達に任しとけ!」

 突如、銃声が響いた。
 音速を超えた鉛の塊が、キリカの膝を貫く。

「あっ!」

 キリカはバランスを崩し、片膝をつく。
 そしてゆまの後方から、煙をあげるマスケット銃を持ったマミと、ほむらが姿を現す。


188: 1 2011/10/16(日) 12:05:41.96 ID:NT8qNy6V0


「こんな小さな子に手をあげるなんて、許せないわね」

「呉キリカ。貴女はもうおしまいよ。観念しなさい」

 杏子、マミ、ほむらはキリカへと歩み寄り、取り囲む。
 キリカは顔を下に向けている。
 よく見ると、微かに体が震えているのがわかる。
 マミはキリカのもう片方の膝を撃ち抜く。
 両膝を打ち抜かれたキリカは、短い悲鳴と共に横に倒れ、そのままうつ伏せに転がる。

 ほむらは怪訝な顔をしながら、キョロキョロと辺りを見渡す。


189: 1 2011/10/16(日) 12:06:33.16 ID:NT8qNy6V0


「……あれ?…まどかは、どこ…?」

 ほむらの言葉に、ゆまの表情が引き攣る。
 対照的に、キリカは口端が吊り上る。
 キリカは、ガバッ、と顔を上げ、杏子、マミ、ほむらを見る。
 三人の姿を確認すると、キリカはうつ伏せのまま、

「ふっ、くっくくく…
 あっははははははははは!!」

 大声で笑いだした。
 左腕しかまともな四肢がなく、もう戦闘不能に陥っているのにも関わらず、
 勝ち誇った表情で、キリカは笑い続ける。

「織莉子、作戦は、---」

 キリカは、顔に手を当てながら言う。

「---作戦は、大成功だぁ!!!
 私達の勝ちだ!!
 あっははは!!
 あっはははははははは!!
 あっははははははははははははは!!!」

194: 1 2011/10/23(日) 12:03:05.42 ID:P8hJTuya0

*


 まどかは、生まれて初めて、自分の『死』を意識した。
 いや、以前にもあったのかもしれないが、それらの比ではなかった。
 まどかはこの時初めて、蛇に睨まれる蛙の気持ちが理解できた。
 何かしら行動しなければ死ぬ。
 それが分かっているのに、足が、体が、脳が、竦んで動かない。

「覚悟は-----」

 不意に織莉子の声が耳に入ってきた。

「-----できてますか?」

 その背筋の凍る声に、まどかは全身を振るわせる。

「せめてもの慈悲です。私の手で、苦しまないよう、終わらせてあげましょう」

195: 1 2011/10/23(日) 12:04:19.55 ID:P8hJTuya0

 織莉子がまどかに歩み寄る。
 それを見たまどかは、先ほどまで固まっていた体が一転して、弾かれたように素早く動き出す。
 まどかは、肩に掛けっ放しだったカバンから、円柱状の何かを取り出す。
 織莉子の足が止まる。まどかが持つ物が何か、瞬時に理解したのだ。

「こ、来ないで!!」

 まどかの声は、若干震えていた。

「爆発させちゃうよ!!」

 まどかは円柱状のもの-----ほむらの手製爆弾を、目の前に掲げる。
 この爆弾は、初めて魔法少女のことを知ったあの日、足元に転がってきたのを拾ったものだった。
 まどかはほむらに返そうと思っていたのだが、なかなか言い出せなかったり、忘れてしまっていたりしていたのだ。

「……それが?」

 織莉子は一歩、まどかとの距離を詰めだす。

「これ以上近づいたら、わたしと、い、一緒に、ドカンッ!、だよ!!」

「……それが?」

 織莉子はまた一歩、まどかとの距離を詰めだす。

「わ、わたしは本気だよ、脅しじゃないんだから!!」

「……だから、それがどうしました?」

 織莉子は怯まず、距離を詰めていく。

196: 1 2011/10/23(日) 12:05:21.51 ID:P8hJTuya0

「遠慮などせず、起爆させればいいではありませんか。私は構いません。
 私にとって重要なことは、貴女の死による救世であって、私の生死は問題ではないのです。
 自ら幕を引きたいのであれば、どうぞ。
 私としても、それは望ましいことです」

 織莉子は、表情を一切変えずに言った。本気でそう思っているのだろう。

「な、なんでわたしが死ぬことが、世の中を救うことになるの?!」

 まどかは叫んだ。

「そんなの、絶対おかしいよ!! わたしが何をしたっていうの!!」

 織莉子の足が、止まった。

「……あの子からは、何も聞いていないのですか?」

「あ、あの子?誰のこと?!」

「暁美、ほむらですよ。その様子では、何も教えてもらっていないようですね」

 まどかは何も答えようが無かった。織莉子が何について言っているのか、分からなかった。

「いいでしょう。何も知らずに死ぬのは、誰でも嫌ですものね。教えて差し上げましょう」

 織莉子の言葉を、まどかは待った。
 何故自分が狙われるのか、その答えが、やっと分かるのだ。
 それが分かれば、話し合いで解決できるかもしれない。

「貴女は、自分が何かしたか、と尋ねましたね。結論から言うと、まだ何もしていません」

 まどかは怪訝そうな表情になる。
 まだ、とは何だろう。

「これからなのです。これからそう遠くない将来、貴女は-----」


197: 1 2011/10/23(日) 12:06:44.64 ID:P8hJTuya0

 織莉子の話の途中、ドアが勢いよく蹴り開けられた。
 ドアの向こうには暴徒と化した人達-----ではなく、バケツを両手で持った、さやかが居た。

「このォ!!」

 さやかは織莉子にバケツを投げつける。
 織莉子は、特に慌てる様子も無く、右手で払い除ける。
 だが、バケツには液体が入っていた。織莉子の右腕を中心にして、体に液体が付着する。

「まどか大丈夫?!」

 さやかはまどかの姿を確認すると、すぐさまその手を掴む。

「早く早くッ、逃げるよ!!」

 さやかは、まどかの手を引くのと同時に、蓋の開いた容器を織莉子へと放った。
 容器は中身を撒き散らしながら、放物線を描いて宙を飛ぶ。
 織莉子はバケツの時と同様に、容器を払い除ける。
 まどかとさやかは部屋を出て、ドアを閉める。
 その時だった。

「うっ、ごほっ、がはっ!」

 突如発生した強烈な腐卵臭を嗅いだとたん、織莉子は気管と肺に痛みを感じだした。
 そして、段々と息苦しくなってくる。
 織莉子は意識的に深呼吸するが、十分な酸素を取り込むことが出来ない。

198: 1 2011/10/23(日) 12:07:59.22 ID:P8hJTuya0

 織莉子は、さやかが投げつけたバケツと容器によって発生した、猛毒である硫化水素ガスを吸い込んでしまったのだ。

 織莉子のソウルジェムが光を放つ。

「……ごほっ……ごほっ………はぁぁぁ、すぅぅぅ……はぁ……ふぅ……」

 数秒後、織莉子の呼吸が正常に戻る。
 魔法で呼吸中枢を修復したのだ。
 織莉子は目を閉じ、息をゆっくり大きく吸い、そしてゆっくり大きく吐く。
 すぅ、と目が開かれる。
 その瞳は、刃のように鋭く、見たものを凍りつかせるような、冷たい目だった。


199: 1 2011/10/23(日) 12:09:17.72 ID:P8hJTuya0

*


 さやかはまどかの手を引きながら、工場内を走っていた。

「さやかちゃん、どうしてここが?! それに、仁美ちゃん達は?!」

「仁美達は、何か、全員寝てた!」

 さやかは後半の質問だけ答える。

「そこにあったバケツとかを持っていったんだけど、やっぱりアレ、危ないモンだったんだね!」

「えっ、ひ、仁美ちゃん達大丈夫なの?!!」

「ダイジョーブでしょ!! 私がピンピンしてるんだから、危ないガスとかは出てないはず!!」

「じゃあ何で-----」

「あーーもう、そんなのあとあと!!」

 さやかは大声を出し、まどかの問いを強引に終わらす。

「今はここから出て、ほむら達と連絡つけないと!!」

 目の前に迫るドアを、さやかは走った勢いそのままに蹴破る。
 そしてドアの向こうに見えたのは、緑色に光る、非常口の表示。

「やった、出口-----」

200: 1 2011/10/23(日) 12:10:27.96 ID:P8hJTuya0






 コッ、  コッ、  コッ、  コッ、  コッ、 






201: 1 2011/10/23(日) 12:12:14.84 ID:P8hJTuya0

 それは、とてもゆったりとした動作だった。
 どう見ても、急いでいるようには思えない、優雅な歩行。

 確かに置き去りにしたはずだった。
 うまく撒けるような経路を通ったはずだった。
 全力で走ったのだから、歩きで追いつかれる訳などないはずだった。

 追いつかれる道理など、どこにもないはずだった。
 にもかかわらず、それは今、二人の目の前に現れた。
 まどかとさやかの向かう先-----EXIT表示の下にあるドアの前へと美国織莉子は歩き、そして立ちふさがる。

「どこに、行こうというのです?」

 まどかとさやかは驚き、足を滑らしながら止まる。

「貴女の行くべきところは、そちらではありません」

 まどかとさやかは倒れそうになりながらも反転し、来た道を引き返そうとする。

「貴女が真に行くべきところ。そこは、-----」

 まどかとさやかは、織莉子に背を向けて走り出す。
 織莉子は、自身の周囲に水晶玉を展開させると、

「-----地獄です」

 二人目掛けて、撃ち放った。

202: 1 2011/10/23(日) 12:13:56.36 ID:P8hJTuya0

*


 -----まるで、スローモーション映像みたい

 ふと、まどかの脳裏にそんな感想が過ぎった。
 まどかの周囲から音が消え、目に映る景色は色が褪せていく。
 それとは対照的に、瞳孔が開き、あらゆるものの細部を視認できることに気がついた。

 さきほどの毒物の影響であろう、織莉子の右腕の傷。
 服の皺。表情。目。そして、迫り来る、たくさんの水晶玉。
 水晶玉は高速で回転、迫ってきているにも関わらず、細かい装飾までもが見て取れる。

 -----あれ?だいぶ近づいてきた?
 -----あれに当たったら痛そう

 まどかは、どこか他人事のように、水晶玉を眺めていた。
 
 -----あっ
 -----だめだ、避けられないや
 -----もうすぐ当たっちゃうね、これ
 -----ああ、もうすぐ終わるんだ

 -----わたしの、人生

 -----みんな、ごめんなさい
 -----ほむらちゃん、ごめんなさい
 -----わたしの為に色々してくれたのに
 -----本当に、ご

         メキョ
            ブチュ
                 
                  
                    
                ボトッ……
                      
                      
                      







203: 1 2011/10/23(日) 12:16:16.63 ID:P8hJTuya0

*


 ほむらはキリカに向かって歩きながら、拳銃を取り出す。
 そして、キリカを見下ろす位置から、銃口を未だ高笑いを続けるキリカの頭に向けて二回、キリカのソウルジェムに向けて一回、引き金を引いた。
 
 パンッ、パンッ、パンッ、と乾いた音が響き渡る。

 反響音が消えると、辺りに静寂が戻った。

「まどかは、どこ?」

 ほむらは、ゆまに尋ねる。
 ゆまは自身の肩を抱き、震えていた。

「ねえ、まどかはどこ? 一緒にいたんでしょ?」

 ほむらは再度、ゆまに尋ねる。
 ゆまは、ほむらの問いかけに気がついていないのか、何も喋らなかった。


204: 1 2011/10/23(日) 12:17:11.03 ID:P8hJTuya0

「ねえ、-----」

 ほむらは、ゆまの肩に手を置く。そして、

「-----まどかはどこって聞いてるの!! 答えなさい、千歳ゆまぁぁ!!」

 その小さな体を、激しく揺さぶりだした。
 すかさずマミと杏子が止めに入る。

「ちょっ、ほむら、落ち着けって!!」

「やめなさい暁美さん、手を離しなさい!」

 ほむらの手は、マミと杏子によってゆまから剥がされ、腕を押さえられる。

「離しなさい!!」

 ほむらは叫び、二人の手を振り解こうとする。

「まどかが、まどかが危ないの!!」

 ほむらは尚も振り解きに掛かる。
 それを、マミと杏子は強引に押さえつける。

「…………どか…ねえ…ゃんは、……」

 ゆまは、呟くような小さい声で言った。
 三人がゆまに注目する。

205: 1 2011/10/23(日) 12:18:22.46 ID:P8hJTuya0

「…じょのく…づけを受……友達を助…に………」

 そこまで聞いたほむらは、今までの時間軸でこの時期にあった出来事を、必死に思い出そうとする。

 確かこの時期は、お菓子の魔女や箱の魔女が出現する時期ではなかったか?
 いつかの時間軸では、お菓子の魔女によってマミが殺され、そしてマミと入れ替わるようにさやかが契約し、箱の魔女を倒した。

 今回の時間軸では、魔女狩りはローテーション制。
 そして昨日、杏子とゆまがお菓子の魔女を倒したはずだ。
 と、なれば。
 やはり、箱の魔女だ。

 『魔女の口付け』を受けた友達とは、志筑仁美のことだろう。
 もしこれがさやかのことなら、ゆまはさやかと名指しで答える。
 そして、それ以外の人物且つ友達という表現で、まどかが助けに行くであろう人物は、ほむらには一人も思い浮かばなかった。


206: 1 2011/10/23(日) 12:19:53.84 ID:P8hJTuya0

 そして、この時期の志筑仁美は、硫化水素ガスによる集団自殺を行う。
 これまでの時間軸で、頻度の高かった場所は-----

「-----廃工場だ!!」

 ほむらはそう叫ぶと、マミと杏子の手を振り解き、時間を停止させる。

「おい、待てって!!」

 時間が停止する寸前、ほむらの肩を杏子が再び掴む。
 ほむらの盾から砂時計が出現、起動し、時を止める。

「なっ、なんだこれ?!」

「杏子?!」

 ほむらは、時が止まった世界に、杏子を連れて来てしまった。
 ほむらは思わず舌打ちする。

「へぇ、なるほどね。これがお前の魔法か」

「……そうよ。……仕方ないわね。こうなったら貴女も一緒に来てもらうわよ」

207: 1 2011/10/23(日) 12:21:47.21 ID:P8hJTuya0

 ほむらは杏子の左手を掴み、引っ張る。

「お、おい、どこに行く気だ!」

「向こうにある廃工場よ。おそらくあの辺りのどこかに、まどかは居るはず!!」

「それならマミとゆまも連れてけば-----」

「……ああもう!」

 ほむらはマミの手を掴む。
 マミの時間も動き出す。

「-----はっ、これは?!」

「杏子!」

 ほむらは、急かすように、早口で言う。

「ゆまは走れそうに無いわ。連れて行くのであれば抱えてて頂戴!」

「ああ」

 杏子は、空いている右腕で、ゆまを脇に抱える。
 ゆまの時間も動き出す。

「行くわよ、走って!!」

「え、ちょっと、何これ、暁美さん説明-----」

「そんなのは後にして頂戴!」

 ほむらは、マミの問いに声を被せる。

「時間が惜しいわ。まだ何か言うのなら置いてくわよ!!」

 ほむらは右手を杏子と、左手をマミと繋いだまま、廃工場へ向けて全力で走り出した。

208: 1 2011/10/23(日) 12:22:53.60 ID:P8hJTuya0

*


「ッ!!」

 織莉子の表情が、歪んだ。
 その行動を予期できなかったらしい。
 織莉子の放った水晶玉は、まどか-----を突き飛ばしたさやかに命中し、体の至る所を抉っていった。
 
「……え?」

 まどかは何が起こったか理解できなかった。
 気がつけば自分は床にうつ伏せで倒れいた。
 そして、背中の上に覆いかぶさっている腕が、さやかのものだと気がつくのに、数秒かかった。

「さ、さやか、ちゃん……?」

「………………げほっ……」

 さやかは呼びかけに応えず、まどかの顔の横に、ドロォ、とした血を吐き出した。
 まどかは、顔から血の気が引くのと同時に、

「いやぁぁぁ!!」

 悲鳴をあげた。

「さやかちゃん、しっかりして!!!」

「……ま……、わ……はいい……、にげ…」

 まどかは急いでさやかの肩の下から手を回すと、さやかを抱えて起き上がり、必死に逃げだす。
 そうはさせまいと、織莉子は再び水晶玉を展開させる。

209: 1 2011/10/23(日) 12:24:28.11 ID:P8hJTuya0

 その時、

「おらぁぁ!!」

 突如、外と面している壁が、斜めに大きく裂けた。杏子が槍で進路上の壁を切り開いたのだ。
 壁が裂けた次の瞬間には、裂け目からマスケット銃の銃身が覗き、織莉子へ向けて火を噴く。
 
「なっ?!!」

 織莉子は回避は間に合わないと判断し、展開させていた水晶玉でガードする。
 織莉子の注意が、壁の裂け目に向く。
 その直後。

「えっ?!!」

 織莉子の背後に、ほむらが立っていた。
 織莉子がその気配に気づいた時には既に、ほむらはその無防備な背に向けて、拳銃の引き金を引いていた。
 弾丸は織莉子の皮膚を抉り、筋組織を突き抜け、肺に、心臓に、穴を開ける。

210: 1 2011/10/23(日) 12:26:06.45 ID:P8hJTuya0

「……がはっ!」

 織莉子が血を吐いた。
 足から力が抜け、膝が崩れる。

「……ま……だ……」

 それでも織莉子の目はまどかを追い、震える手で水晶玉を撃とうとする。
 だが、その前にほむらによって後ろ襟を掴まれ、壁へと投げつけられる。
 ドガンッ!と音をたてて背中から激突する。

「………ぁぁぁああ!!!」

 織莉子は叫びながら、壁に寄りかかりつつも、尚も立とうとする。
 ほむらは弾を撃ちつくした拳銃を捨て、盾の裏から新しい拳銃を取り出し、安全装置を解除すると、躊躇うことなく引き金を引いた。
 次々と弾丸が発射され、織莉子の体を穿っていく。
 織莉子の動きが完全に止まったところで、ほむらは織莉子のソウルジェムへ狙いを定め、引き金を引いた。
 銃口から弾丸が爆音と共に螺旋状に回転しながら飛び出す。
 そして、的確に織莉子のソウルジェムへと着弾した。

211: 1 2011/10/23(日) 12:28:03.42 ID:P8hJTuya0

*


 薄れゆく意識の中、織莉子は思った。
 悔しいなぁ、と。

 結局、私は何も成せなかった。

 もうちょっとだった。
 あと一歩だった。
 手を伸ばせば届きそうなところまできていた。
 それなのに。
 それなのに、間に合わなかった。掴めなかった。届かなかった。

 彼女らが現れたということは、あの子も-----キリカもやられてしまったのだろう。
 私は、あの子を犠牲にしたにもかかわらず、救世を成すことができなかった。
 あの子に会ったら謝らなくては。でも、許してもらえるかしら?

212: 1 2011/10/23(日) 12:29:43.00 ID:P8hJTuya0

 そうだ、あの子に紅茶を淹れてあげよう。あの子は甘いのが好きだった。
 砂糖とジャムを入れた、シロップみたいにとびっきり甘いのが。
 それと、スコーンも焼いておこうかしら。蜂蜜やジャムも沢山用意しないと。
 それで許してくれるかは分からないけど、精一杯伝えよう。

 キリカ-----
 貴女が居なければ、私はここまで来れなかったでしょう。
 貴女が居なければ、私はとっくに壊れてしまっていたでしょう。
 貴女が居なければ、私は世界を救おうなんて思わなかったでしょう。

 ありがとう。私の傍に居てくれて。
 ごめんなさい。こんな不甲斐ない私で。

 ちょっとだけ待ってて頂戴。今、私もそっちにい-----




213: 1 2011/10/23(日) 12:34:20.98 ID:P8hJTuya0

*


 パリンッ、と音をたてて、織莉子のソウルジェムが、砕け散った。

217: 1 2011/10/30(日) 11:59:24.98 ID:vrMS+f+W0

 ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ

 ピピピッ、

    ぱしっ、

「……う……ん…」

 目覚まし時計のベルで目を覚ましたまどかは、目を擦りながら、のそのそと布団から出る。
 一階に降りてリビングに入る。

「おはよう、まどか。ごはん出来てるよ」

「……ん」

 台所から、タオルで手を拭きながら、エプロン姿の父親が出てきた。
 ちょうど洗い物が終わったところのようだ。

「あ、そうだ。パパ、今日のお弁当は多めに入れて」

「いいけど、急にどうしたんだい?」

「えっと、今日は体育があるから、お腹すくだろうな~と思って」

「わかったよ。じゃあ弁当箱も大きいのにしようか。おかずも少し多めに入れておくよ」

「うん。ありがと」

 まどかは席に着くと、テーブルの上の朝食を眺めた。
 テーブルの上には、トースト、ベーコンエッグ、サラダ、暖かいミルクココアが、ずらりと並んでいた。

「いただきます」

 いつもと同じメニュー。何ら変わりはないはずなのに、いつもより美味しく感じた。
 生きて食べるご飯は、とても美味しい。
 まどかは、全て平らげた。

「ごちそうさまでした」

 そして、使用した食器を重ねると、流しに置きにいく。

218: 1 2011/10/30(日) 12:00:56.71 ID:vrMS+f+W0

『-----死亡が確認されたのは、呉キリカさん、美国織莉子さん、の二名。
 いずれも死因は銃器によるものと断定して-----』

 不意に、テレビのニュースから、あの二人の名前が聞こえてきた。
 魔女の結界内ではなく、現実の空間で死んだため、死体が残り、発見されてしまったのだ。

 呉キリカと美国織莉子は、死んだ。
 ほむらが、まどかを守るために、二人を殺したのだ。

 いいや、違う。
 まどかは思った。
 違うよ。それは違う。
 そうじゃない。そうじゃなくて、わたしが、ほむらちゃんに『殺させた』んだ。
 自分の手を汚すことなく、友達にその役目を押し付けたんだ。
 わたしが、生きる為に。その為だけに、あの二人を殺させたのだ。

 まどかは、あの二人に殺されかけはしたものの、不思議と恨みも憎さも、安堵感も、湧いてはこなかった。
 それどころか、悲しい気持ちを覚えている。

 その度に、まどかは考える。
 何故、わたしは生きているのだろう。
 あの二人を犠牲にしてまで生きる価値が、わたしにあるのだろうか。
 そういえば織莉子は以前、わたしが世界を滅ぼすと言っていた。
 そして、わたしが何かしたかという問いには、まだ何もしていないと答えた。
 結局、理由を聞きそびれてしまった。
 わたしが一体何をどうすれば世界が滅ぶのだろうか。
 どんな方法にせよ、わたしにできるのであれば、それは誰でも出来るのではないだろうか。

219: 1 2011/10/30(日) 12:02:34.95 ID:vrMS+f+W0

 歯を磨き、髪を整え、服を着替え、靴を履いて家を出る。
 いつもの待ち合わせ場所には、さやかが一人で待っていた。

「まどか~、おっはよ~」

「おはよ~、さやかちゃん。……体、大丈夫?」

「うん。も~全然なんとも無い! いや~、魔法って凄いねぇ~」

 さやかは能天気そうに笑いながら言った。

 さやかは、一命を取り留めた。ゆまの治癒魔法が間に合ったのだ。
 普通なら医者も匙を投げる重傷を、ゆまは見事に治してくれた。
 その際ゆまは、自分自身も怪我しているにもかかわらず、一心不乱にさやかの治療にあたった。
 その様子は、鬼気迫るものがあった。
 そしてゆまは、治療を終え、まどかの姿を見るや、頭を下げて泣きながら謝った。
 内容は、まどかから離れたことだった。
 まどかには、ゆまが謝る理由が分からなかった。
 一体、それの何が悪いのだろうか。それどころか、よくやってくれたじゃないか。
 ゆまのおかげで仁美達を救いに行けたし、さやかも助かったじゃないか。
 その旨を伝えると、ゆまはまどかに抱きつき、わんわんと泣き出した。
 魔法少女であっても、強い力を持っていても、やはり年端もいかない幼子なのだ。

220: 1 2011/10/30(日) 12:03:42.39 ID:vrMS+f+W0

「それじゃ、行こっか」

「うん」

 まどかとさやかは、学校へと歩き出す。
 いつもなら仁美も一緒に登校するのだが、この日は居なかった。
 仁美は今日、学校には来られないだろう。

 何故なら、今頃、仁美は警察から事情聴取を受けているはずだからだ。

 無理もない。
 仁美達が気絶していた建屋から、死体が出たのだ。
 おまけに集団自殺を行おうとした痕跡まである。
 事件に関与していると思われても仕方ないことだ。

 やはり、現場から仁美だけでも連れ出すべきだった。
 まどかは、そう思った。

 まどかがそのことに気がついたのは、就寝直前であった。
 上着を羽織り、急ぎ廃工場に向かうも、そこはすでに警察によって封鎖された後であった。

 実際には、それどころではなかった。その事を考える余裕など、微塵も無かったのだ。 
 しかし、例えそうであっても、何故そうしなかったのか、何故その考えが浮かばなかったのかと、自責の念ばかり浮かんでくる。

 自分のことばかり考えているからだ。-----そんな言葉ばかり、脳裏に浮かんでくる。
 
 こんなんじゃ駄目だ。変わらなくちゃ駄目だ。今日からわたしは変わるんだ。昨日までとは違う、私に。

221: 1 2011/10/30(日) 12:04:40.51 ID:vrMS+f+W0

*


 ほむらが教室に入ると、すでにまどかは席についていた。

「ほむらちゃん、おっはよ~」

「おはよう、まどか」

 ほむらが席に座ると、まどかが話しかけてきた。

「ねえ、ほむらちゃん。今日は天気もいいし、お昼は屋上に行こうよ」

 ほむらは首を傾げる。
 そんなこと、今言わなくても、お昼休みになってからでいいのでは?
 でも、まあ、答えは決まっている。

「ええ、いいわよ」

「ホント?! えへへ、お昼が楽しみだね~」

 まどかは喜びの声をあげた。
 その様子に、ほむらは少し違和感を感じた。

 -----そうだ、まどかの反応が少し大げさではないか?
 もしかしたら、お昼の屋上で何かサプライズでもあるのだろうか。
 もしそうなら、私は何も気づいていないふりをしなくちゃ。
 一体何を用意しているのだろうか。
 なんだか、私も楽しみになってきた。

「ふふっ、そうね。楽しみね」

 ほむらは笑顔を向けた。

 やがて一時間目が終わり、休み時間になると、

「ほむらちゃん!」

 まどかが話しかけてきた。

「あら、まどか。何をそんなに慌てているの?」

「えへ。早くほむらちゃんといっぱいお喋りしたくってさ。休み時間は短いからね~」

 まどかは輝くような笑顔で言った。
 自然とほむらも笑顔になる。

「-----でね、この前スーパーの帰りに-----」

222: 1 2011/10/30(日) 12:05:25.50 ID:vrMS+f+W0

 二時間目が終わり、休み時間になると、

「ほ~むらちゃん!」

 ポンッと、まどかがほむらの肩を叩いた。
 そしてそのまま肩揉みを始める。

「ま、まどか?」

「いいからいいから。今まで頑張ってくれたお礼だよ」

「……今まで? 何か、もう終わった、みたいな言い回しね」

「え~? もう大丈夫じゃないの?
 ほら、今朝のニュースでも流れてたし」

「……まだ、まどかを狙ってる輩がいるかも知れないわ」

「それは考えすぎじゃないかな? って、話が逸れちゃってるよ」

 まどかは一つ咳払いをした。 

「とにかく、すぐには返しきれないと思うけど、少しずつ返せたらな~って」

「そんな、別にいいのに……。私は-----いえ、私達は、恩を売りたくて貴女を守ってたわけじゃないのよ」

「いいからいいから。ほら、ほむらちゃんの肩、すごい凝ってるよ。たまには力を抜いて休まないと」

「ん……そうよね。じゃあお願いしようかしら」

「任せてよ!」

 まどかの手に力がこめられ、肩を揉みほぐしていった。

223: 1 2011/10/30(日) 12:06:28.10 ID:vrMS+f+W0

 三時間目が終わり、休み時間になると、

「ほむらちゃ~ん!」

 席を立つほむらの後を、まどかがついてきた。

「ほむらちゃん、どこに行くの?」

「ええ、ちょっと…………に」

「え? なに?」

「だから、お花を摘みに……」

「え? お花? どこの花壇のお花を摘む気なの?
 駄目だよ、育ててるのを摘んじゃ-----」

「だから! 私はトイレに行きたいの!」

 ほむらに、クラスの視線が一斉に集まる。

「ッ!!」

「あ! 待ってよほむらちゃん!」

 ほむらは恥ずかしさのあまり顔を赤くし、逃げるように駆けていった。
 授業開始のチャイムが鳴るまで、ほむらは戻ってこなかった。

224: 1 2011/10/30(日) 12:07:39.12 ID:vrMS+f+W0

 そして昼休みになった。
 屋上にてまどかとほむらはベンチに並んで座り、膝の上に弁当を広げる。

「あれ? さやかは?」

「さやかちゃんなら、マミさんに用事があるって言ってたよ。だから今日は、お昼は一緒できないんだって」

「そう。なら、私達だけでいただきましょ」

 そう言ってほむらは、コンビニの袋からサンドイッチを取り出す。
 まどかは弁当の蓋を開ける。
 その弁当は、いつも使用しているものより大きく、そしていつもより多く入っていた。

「あら? まどか、今日はいつものお弁当箱ではないのね」

「うん。昨日洗うのを忘れちゃっててね。
 おまけに時間も無かったから、パパが、しょうがないからこっちのお弁当箱を使いなさい、って」

「そうなの。でも、貴女には少し、その、量が多くないかしら」

「う~ん、そうだね、ちょっと、全部は食べきれないかな。
 ……そうだ! ほむらちゃん、ちょっと食べてくれない?」



225: 1 2011/10/30(日) 12:08:10.55 ID:vrMS+f+W0

「え? 私がもらってもいいの?」

「うん! やっぱりわたし一人じゃ、この量は食べきれないと思うし」

「分かったわ。まどかさえよければ、ちょっと頂こうかしら」

「遠慮なく食べていいよ! あっ、この唐揚げがおいしいんだよ!」

 まどかは箸で唐揚げを掴むと、

「はい、あ~~ん!」

 と言った。
 ほむらはまたしても恥ずかしさで赤くなる。

「ちょっ、待ってちょうだい。自分で食べれるわ」

「でも、ほむらちゃん、箸ないじゃん」

 ほむらは言われて気づいた。今日買ったのはサンドイッチ。当然箸は付けてもらっていない。

「て、手で掴めるわ」

「それじゃあ手が油まみれになっちゃうよ。ほら口を開けて。あ~~ん」

「あ、あ~~ん」


226: 1 2011/10/30(日) 12:09:21.63 ID:vrMS+f+W0

 まどかは笑顔を浮かべ、ほむらの口に唐揚げを優しく運ぶ。
 ほむらはそれを噛み締めた。

「ん! 凄く美味しいわ!」

「よかったー。今度はこっちの卵焼きね。はい、あ~~ん」

「……あ~~ん」

「どう?」

「うぅん! こっちも美味しいわ!」

「でしょ? パパの卵焼きは絶品だよね~」

「ええ! お義父さまにとても美味しかったと伝えてちょうだい」

「よーし、次は-----」

 まどかは、ほむらに食べさせるおかずを選ぶ。まだ自分が食べるつもりはないようだ。
 数回食べさせてもらったところで、ほむらが手で制止を掛けた。

「まどか、ちょっと待ってちょうだい」

「どうしたの?」

227: 1 2011/10/30(日) 12:10:53.98 ID:vrMS+f+W0

「さっきから私ばかり食べているわ。このままだと、まどかの食べる分が無くなってしまうわよ」

「え? ……ん~、まだちょっと多い気がするけどな~」

「それに、貰ってばかりで、なんだか悪いわ」

 そう言うとほむらは、まどかに自分のサンドイッチを差し出す。

「コンビニで買ったもので申し訳ないけど、一つどうかしら」

 まどかはサンドイッチに手を伸ばそうとするも、

「ありがと、ほむらちゃん。でも、これはほむらちゃんが食べて」

 ゆっくりと手を引いた。

「いいの?」

「うん。気持ちだけ貰っとくよ。
 それに、ほむらちゃん、買ってきたのってサンドイッチだけでしょ?
 わたしが貰っちゃったら、ほむらちゃんの分が無くなっちゃうよ」

「そう? 私も結構な量を、まどかから頂いているのだけど」

「大丈夫だよ。わたしのお弁当、まだこんなに入ってるし。
 それよりほむらちゃんだよ。サンドイッチだけじゃ栄養が偏っちゃうよ。
 はい、じゃあ、次はこのポテトね。あ~~ん」

 ほむらは何か違和感を覚えたが、まどかの笑顔と美味しそうな料理の誘惑には勝てず、流されるまま、まどかの好意に甘えることにした。

228: 1 2011/10/30(日) 12:12:01.98 ID:vrMS+f+W0


 結局、食べ終わってみれば、まどかの弁当のほぼ半分を、ほむらが食べた。
 その上、自分の買ったサンドイッチも平らげたので、少しお腹がきつくなった。

「も、もう食べられないわ……」

「えへへ、ほむらちゃん、沢山食べたもんね。……少し、横になる? お腹、楽になるかもよ」

「そうね。じゃあ-----」

 まどかの膝枕で寝たいわ、とほむらが言おうとした時、

「ほむらちゃん、膝貸してあげる!」

 まどかは笑顔で、自らの足に誘導する。
 ほむらの視線は、まどかのスカートから伸びる生足に釘付けになった。

 -----これは夢か幻か。
 ほむらは自分の頬を抓ってみた。
 痛い。
 夢じゃない。
 紛れも無い現実だ。

229: 1 2011/10/30(日) 12:13:02.07 ID:vrMS+f+W0

 これは、褒美だ。
 もし神様がいるとしたら、いつも頑張る私にくれたご褒美だ。
 遠慮は逆に失礼になるだろう。
 ならば頂こうじゃないか。
 思う存分、まどかの太ももを堪能するのだ。

「じゃあ失礼して-----」

 ほむらは、まどかの太ももに、そっと、頭を乗せた。

「-----」

 頭の中が真っ白になる。
 今の気持ちを、言葉にできない。
 まどかと出会えて、本当によかった。
 得も言われぬ感動が、そこにはあった。

 そうか。そうだったのだ。
 今日感じたまどかの違和感は、ちょっとした不自然さが目についてしまっただけなのだ。
 まどかの不自然な行動は、全てこの瞬間の為に行ったものなのだろう。
 はじめからこれが-----私を膝枕することが目的だったのだ。


230: 1 2011/10/30(日) 12:13:34.84 ID:vrMS+f+W0

 嬉しい。
 とても嬉しい。
 かつて無いほど、まどかが甘えさせてくれる。
 幸せは、ここにあったのだ。
 そう、まどかの膝の上に。

 ふと、ほむらはこの時間軸での出来事を振り返る。

 この時間軸は、まどかもさやかも契約していない。
 杏子、ゆま、マミとも協力体制にある。
 まどかを狙う織莉子とキリカは排除できた。
 一人、志筑仁美が被害を被っているが、その事以外はおおむね順調といるだろう。
 後は、杏子とゆまとマミと私でワルプルギスの夜を倒すだけだ。

 あとちょっとだ。あと一歩。あと少しで掴むことが出来る。
 まどかとの約束を守り通した、希望の夜明けを。
 数多の時間を遡行してまで行った、今までの努力は無駄ではなかったのだ。
 そう思うと、ほむらの目から涙が溢れる。

231: 1 2011/10/30(日) 12:14:33.39 ID:vrMS+f+W0


「……ほむらちゃん? 目、どうしたの?」

「な、なんでもないわ。ちょっとお腹いっぱいで眠くなっちゃったの。そうしたらあくびが……」

「そうなの? まだ時間あるし、しばらく寝てても大丈夫だよ。わたしが起こしてあげるから」

「ありがとう、まどか。お言葉に甘えて、少し寝させてもらうわ」

 そう言うと、ほむらは目をつぶった。
 眠くなったと言ったのは嘘だが、目を閉じると不思議と睡魔に襲われた。
 そして、そのまま眠りに落ちる。

 寝息を立てるほむらの頭を、まどかは優しく微笑みながら撫でる。

  タッ、タッ、タッ、タッ、タッ

 微かに足音が聞こえてきた。
 ほむらが眠りにつくのを見計らったように、誰かが屋上へ上がってきた。
 
「おっす、まどか」

「こんにちは、鹿目さん」

 まどかは声の方を向く。

「……さやかちゃん。マミさん」

 名を呼ばれた二人は、真剣な表情でまどかに歩み寄ってきた。


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