1 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 18:57:36 OKD3oh8E

霊夢「あいつら、一体どういうつもり!?」

霊夢「今日という今日は徹底的に問い詰めてやる!」


怒りによりやや興奮気味になっていた霊夢の足は、一つの場所を目指していた
爆発しそうなほど逸る心を何とか収めることが出来ていたのは、まだそれを発散すべき時と場所を得ていないからだ


霊夢「毎日毎日そこら中でフワフワぷかぷか……目障りったらありゃしないわ!」

霊夢「何を企んでるのか、今日こそ突き止めてやるわ!」


何ヶ月か前に夜空のみを選んで飛んでいた聖輦船は、今現在、夜も昼もなく好き放題飛び回っている
異変と見れば解決せずにはいられない霊夢にしてみれば、そこで為すべきことはただ一つしかない



転載元:命蓮寺退場の事 



2 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 18:58:32 OKD3oh8E

……だが未だに聖輦船は度々空中に現れる
それは聖輦船の存在が既に霊夢の能力を越えていることを意味していた


霊夢「幻じゃないのよね……ちゃんと見えてるし」


実は霊夢以外の何名かもこの聖輦船に接触しようとした
しかし霊夢と同じくして、それを成し遂げられることはなかった

姿は見えていても、誰もその実体に辿り着くことはない
その事実が霊夢に異変の大きさを自覚させていた
故に真相の究明は博麗の巫女として差し迫った急務であった


3 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 18:59:34 OKD3oh8E

霊夢「今日はまだ空に現れていない……多分、こっちに戻って来ているはず!」

ガサッ…

霊夢「もうすぐ見えてくるはずなんだけど……あったあった!」


見覚えのある石段を駆け上がって、霊夢はようやくその場所に辿り着く


霊夢「……え?」


石段を登り切った霊夢は呆気に取られた


4 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:00:27 OKD3oh8E

霊夢「無い! まさか、またどこかに飛び立った?」キョロキョロ


石畳、石灯篭、そして平地に打ち付けられた基礎
多くの設置物が、そこに確かに命蓮寺が存在していたことを証明していた
しかし肝心の寺そのものが消失している

こちらの動向を察知して先手を打たれたのだろうか


霊夢「いや、違うわね……」


寺があったはずの場所を見て、霊夢なりに命蓮寺の意図を推測する


霊夢「もうこんなに雑草が生えてきてる……これは一日や二日じゃない」

霊夢「かなり前からずっと野晒しだったみたいね。おそらく一ヶ月は戻って来ていない」

霊夢「どういうつもり? ここにはもう戻って来る気がないのかしら?」

霊夢「!……あれは……」


5 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:01:05 OKD3oh8E

すぐ近くに、それまでは無かったはずのものを発見した


霊夢「これは、石碑……?」


元は寺のあった場所の中心に、よく磨かれた岩の断面が現れていた
そして、そこには何やら複雑な文字が記されている


霊夢「…………」


霊夢はその文字を読み解こうとした
しかしその文字は大昔の古語を用いたものらしく、霊夢には読むことができなかった


霊夢「何て書いてあるの? これ」


6 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:02:31 OKD3oh8E

それがおおよそどれほど昔の時代の文字であるか、霊夢は探ろうとした
大昔といっても文明発祥以前のものではないらしい
見覚えのある形がいくつか認められることから、これが現在の知識でも充分解読可能なものであることは理解した

だがその時には既に、霊夢は石碑に対する興味が失せていた


霊夢「よく分かんないけど、商売敵が一つ消えたってことね」


命蓮寺が何を目論んでいたはさておき、この幻想郷から退場するらしいということだけは分かった
そして幻想郷に対する影響力を手放すならば、それは大した異変ではないということ
それさえ分かってしまえば、もはや命蓮寺のことなど気にかける理由は何一つ残らない


7 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:03:31 OKD3oh8E

霊夢「何であんなヘンテコな字で書いたのかしら?」

霊夢「……ま、今更どうでもいいけど」


あの石碑の文字だけは不可解であった
あれが命蓮寺の残した最後のメッセージであるならば、なぜわざわざ現代用の文字を避けて読みにくい古語を使ったのか
伝えるつもりがあるならば、分かりやすくするのが当然のはずなのに、あの石碑は敢えてその手順を外した
その意図は霊夢には全く理解できなかったし、元より興味もなかった


その後、命蓮寺の敷地を訪れる参拝客に多少の困惑はあったものの、すぐにその戸惑いは落ち着いていった
石碑に興味を持った者も何人かはいたものの、結局のところ真剣に解読しようとする者は現れなかった

人々は命蓮寺が現れる前の古来よりの信仰に帰って行き、もう誰も敷地を訪ねなくなっていった
やがて命蓮寺という存在すら忘れ去られ、時折空に現れる聖輦船が元は寺であったことも人々の記憶から消えていった


8 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:04:21 OKD3oh8E


~聖輦船~


ゴゥン… ゴゥン… ゴゥン… ゴゥン…


一輪「聖様」

聖「はい?」

一輪「今この船はどこへ向かっているのでしょうか? 紅魔館ではないようですが……」

聖「……」

一輪「もしや、もう行き先が見つかったのでしょうか??」

聖「いいえ、まだ外の世界への出口が見つかったわけではありません」

聖「そこへ行く前に、済ませておかねばならないことがあるのです」

一輪「?」


9 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:05:11 OKD3oh8E

聖「……時に一輪」

一輪「はい?」

聖「あなたは酒を呑むことが大変好きでしたね」

聖「私が与えた禁酒の戒を保つことには、あなたも相当に難儀したことでしょう」

一輪「は、はい」

聖「しかしもうそれは必要なくなりました」

一輪「……は?」

聖「一輪、たった今を以ってあなたに科した禁を解きます。もはや罰を恐れなくともよろしい」

一輪「そ、それは……どういうことですか!?」


10 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:05:48 OKD3oh8E

聖「何も慌てることはありませんよ。これは罠や引っ掛けで言っているのではありません」

聖「もちろん、仏法の師として弟子であるあなたを見捨てることなどあろうはずもない」

一輪「……」

聖「一輪、あなたは今までよくこの戒を保ちましたね。まことに見事でした」

聖「これからは自分の思う通り、好きなだけ呑んでよろしい。この私が保証します」

一輪「はぁ……しかし、あまり大っぴらに酒を煽るのは、仏言に反することになるのでは?」

聖「一輪よ、あなたは星ばかりが自由に呑んでいるのを見て納得できずにいたことは知っています」

聖「また、そのことに深々なる理由があると慮って何も言わずにいたことも知っています」

聖「その上でこのように申しているのです」

一輪「……」


11 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:06:48 OKD3oh8E

聖「今こそあなたの疑問に答えましょう」

聖「”酒を飲んではいけない””酒を飲んでもよろしい”この二つの言葉は同時に成り立つものであり、仏の意思に逆らうものではないのです」

一輪「えっ??」

聖「そもそも禁酒の戒などというものは、どのような経文にも存在しませんからね」

一輪「!?」

聖「御仏ではなく、私が駄目だと決めたことなのですよ」

一輪「……」

聖「その理由もここでお伝えしましょう」


12 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:07:30 OKD3oh8E

聖「一輪、あなたは元々、酒によって身の破滅を招く因を持っていました」

聖「あなたは過去において、飲酒が元で事故死してしまったことがあるのです」

一輪「!?!」

聖「出会った頃から、あなたには酒を飲ませてはいけないと何となしに感じてはいましたが、ようやく合点がいきました」

一輪「ちょっとお待ちください!」

聖「はい」

一輪「じ、事故死したとは如何なることにございますか!?」

一輪「私は、この通り生きているではありませんか!」

聖「ええ、過去と言ってもかなり昔の話です。何しろ、あなたが生まれるより前の話になりますからね」

一輪「生まれる前って……」


13 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:08:35 OKD3oh8E

聖「その辺りは今強いて詳しく聞かせる必要もないでしょう。凡夫は過去世など知らない方が良いのですから」

一輪「…………」

聖「ともあれ、今日はめでたい解禁の日です」

聖「これは私からのささやかなお祝いの印です。どうぞお受け取りなさい」スッ


ズンッ…!!

大吟醸『大宝』


まるで手品のように、聖は大きな酒樽を取り出して見せた
甲板を軋ませるほどの酒樽を前にして、聖は告げる


聖「では私は勤行を済ませて参ります。もしよろしければ明朝にでも『大宝』の味わいについてお聞かせ頂きたいと思います」


14 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:09:27 OKD3oh8E

聖「くれぐれも申し上げますが、既にあなたの戒めは解かれています」

聖「一晩でその酒樽どころか、全宇宙の酒という酒を飲み干してしまったとしても、私は決してあなたを咎めたりはしませんからね」

一輪「……」


聖が去った後、一輪はしばらく考え込んでから動く


一輪「……取りあえず、呑んでみようかしらね」


一輪が少し探すと、側面に蛇口と器が括り付けられていることに気が付いた
あまりにも用意が行き届いていることに再び罠の可能性を疑うが、聖に逆らうことを恐れてその疑いを捨てる


15 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:10:33 OKD3oh8E

コポコポコポ…


一輪「……」クイッ






一輪「―――――!!」




それこそまさに天下一品と言うべき一杯であった
前祝の際に頂戴した『明鏡止水』とは比べ物にならない

味わいに底知れぬ深みを持ちながら、第一等の酒とも言えない
なぜならば、その味わいは一輪の舌の要求をも超えているからだ


16 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:11:16 OKD3oh8E

”このような味が欲しい”

”このような香りを楽しみたい”

”このような酔い心地を味わいたい”

常日頃からそうやって夢想していた理想の酒すら飛び越えている
その一杯から受ける衝撃によって、一輪は今まで自分がどんな酒を呑みたかったのか全く分からなくなってしまった

白玉楼の酒が何千年ものなのかは知らないが、この酒には到底敵うはずがない
命を賭けてもそうであると言い切れるほどに『大宝』は驚愕の一語に値する代物であった


一輪「…………」


17 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:11:58 OKD3oh8E

~後日~


一輪「……」

聖「いかがでしたか?」

一輪「こ、これは聖様! おはようございます」ササッ

聖「……」スッ

聖「おや、あまり呑まなかったようですね」

一輪「は、はい」

聖「酒はもうよいのですか?」

一輪「はぁ、そのことなのですが……」


18 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:12:44 OKD3oh8E

一輪「心ここにあらずと言うことでしょうか。他のことを考えておりまして、酒に集中することができないのです」

一輪「どんな時でも、酒を呑み始めると他のことは綺麗さっぱり忘れてしまうものだったのですが……」

聖「……」

一輪「こんなことは今まで無かったことです」

一輪「もちろん!この酒の味が劣るというわけでは絶対にありません!」

一輪「そればかりかこの酒は、間違いなく宇宙一の逸品にございます! しかし……一体どうしたものでしょうか」

聖「何も不思議に思うことではありませんよ、一輪」

聖「如何に甘美な上等酒なれども、もはやあなたを酔わすことはできない」

聖「なぜならば、あなたはそれより遥かに優れる甘露を既に知っているのです」

一輪「……!」


19 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:13:27 OKD3oh8E

聖「もうあなたが飲酒の快楽に囚われていないことが明らかであったために、私は戒律を解いたのですよ」

聖「一輪、あなたは自分では気が付いていなくとも、着実に成長しているのです」

聖「一見違いなど無いように見えても、師からすれば弟子の変化は全て分かってしまう。それが師と言うものです」

一輪「お、恐れ入ります……ところで」

聖「はい」

一輪「この『大宝』は……まこと、尋常ならざる味わいにございました」

一輪「一口含んだだけで、自分の中の何かが呼び覚まされる衝撃を受けました」

一輪「まるで今の今まで、自分は眠りこけていたのではないか……そのような動揺すらあったのです」

聖「……」


20 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:14:28 OKD3oh8E

一輪「まさにこれこそ一等酒の中の一等酒。超級と呼ぶにふさわしい代物にございます」

一輪「かような酒は例え天界であろうとも、見つけ出すことは困難を極めましょう」

一輪「どうかお聞かせ願いたい。『大宝』は、一体どのようにして入手されたものなのですか?」

聖「……そうですね。確かにあなたの言う通り、この酒は宇宙の端から端まで探したとしても、決して見つけられるものではありません」

聖「しかしながら、手に入れることはさほど難しくはなかったとも言えます」

一輪「??」

聖「今この船はその酒の元を辿っているのです。おそらく昼までに到着するでしょう」

聖「一輪、あなたにも覚えがあるはずです」

一輪「……えっ??」


21 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:15:08 OKD3oh8E

聖「この『大宝』は、あなたが戒律を乗り越えた時のために用意したもの」

聖「実に千年もの昔に、あらかじめ私が造っておいたものなのです」

一輪「!?」

聖「またその材料は、その土地に在ったものだけを用いています」

一輪「それは……」

聖「あなたの生まれ故郷ですよ」

一輪「!!」

聖「外へと赴く前に、あなたもお別れの挨拶を済ませておきなさい」

聖「心残りのまま旅立っては、胸のつかえも取れないでしょう」

一輪「はっ!」


22 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:15:49 OKD3oh8E

聖「……とは言え、その場所も既に山と森で覆われてしまっているでしょう」

聖「仮に結界の覆いを外したとしても、やはりあなたの知っていた故郷とは異なるもの」

聖「何しろ、千年も昔のことですからね」

一輪「……」

聖「しかし心細く思うことはありませんよ」

聖「あなたが大切に思っているものは、何一つ欠けることなくあなたの中に息づいています」

聖「ただ、目に見える形が変わっているだけなのです」

一輪「……はい!」

聖「さあ参りましょう」


23 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:17:01 OKD3oh8E

それからしばらくして、聖輦船は停止し宙に留まった
そこはやはり山と森ばかりの風景が続くだけの場所であった

一輪は心静かに、そっと手を合わせる


一輪「どうか、どうかご安心ください……」

一輪「散々不孝を続けて参りましたが、何と有り難きお導きでしょうか。私もこのように仕えるべき師を得ました」

一輪「世界中のどこへお連れしても胸を張れる、まこと尊きお方です」

一輪「どうか、ご安心を……」


24 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:18:56 OKD3oh8E
そして大地を見下ろしながら、一輪はかつての故郷に持てる限りの供物を施す


―――ガコッ


ザァァ…


『大宝』は宙に舞い、大自然の中に散っていった










25 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:20:30 OKD3oh8E

~天界~


天子「あれは……まさか光音天様!?」

天子「!!  今度は福生天様まで……!」


計り知れない大きさで全身は光り輝いている
天人たちよりもはるかに高い場所から降りてくるその姿は、彼らを魂を震わせた

雲の無い処に居するとされる梵天たちの姿は、たとえ天人たちでも滅多にお目にかかることはない
そのため不意に起きたこの慶事により天界はお祭り騒ぎになっていた


天子「凄い……こんなの見たことない……」


26 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:21:28 OKD3oh8E

一人現れるだけで大騒ぎになる梵天が、もう立て続けに六人も降りて来ている
その度に天人たちは歓声を上げて梵天をお迎えする
しかしいずれの梵天たちも雲上には留まらずそのまま地上へと降りて行ってしまうので、すぐその喜びは嘆息に変わってしまう

天人たちは何とか梵天たちに雲に留まってもらおうと大急ぎで歓迎の支度をしていた
数百の伎楽を打ち鳴らし、色とりどりの花弁を処狭しと降らせ、選りすぐりの天女たちはあらん限りの敬愛を込めて舞う
もはや予定されていた祭事宴会は当然のごとく取り止めとなり、そのことに頭を煩わせる者は一人もいなかった

しかしそれでも天界人の想いは届かず、梵天たちはこの雲上を素通りして行ってしまう
そうかと思うとすぐ地上から天上へ昇って行き、また元の無雲界にお帰りになられる


27 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/21(金) 19:22:34 OKD3oh8E

天子「一体、地上で何が起きているの……」


地上の様子を探ろうとする者はあったが、梵天の放つ光に目を眩まされてしまい、遠見の技も役に立たない
恐れ多くも梵天たちがお通りになった場所をまさか踏みつけにするわけにも行かず、地上へ降りようとする者もいない
そういうことを一番やりそうで、実際前科もある天子は、既に眷属に捕縛されてしまい身動きが取れない
地上での異変が歪んだ形で天界に伝わったのは、それからかなり時間が経った後のことだった

実はこの時、梵天以外の者たちも地上へ降りて行ったのだが、天人たちはそれを気に留めるどころか気付くことさえなかった


30 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:19:31 gxBwDpdc

~紅魔館~


レミリア「最近急に減ったわね」

パチュリー「何が?」

レミリア「あいつらよ、あいつら」

パチュリー「それなら最近じゃないわよ。ここ一ヶ月ぐらい前から少しずつ減っていたわ」

レミリア「知ってたなら早く言いなさいよ」

パチュリー「別に言う必要もないでしょ? どうせ分かってることなんだから」

レミリア「……まあね」

パチュリー「それよりあなたの方はいいの? まるで準備しているように見えないけど」


31 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:21:45 gxBwDpdc

レミリア「あら、私は一番大事な仕事をしていたのよ? もうほとんど終わってるから、することなんか何も残ってないわ」

レミリア「むしろ今頃準備を始めるなんて乗り遅れもいい所だわ」

パチュリー「ふぅん」

レミリア「それより全部いなくなっちゃったらさすがに困るわね……どれぐらい残りそう?」

パチュリー「素質によりけりだけど、十も残っていればいい方ね」

レミリア「そんなにたくさんはいらないわよ」

パチュリー「ま、実際はほとんど残らないでしょうけど」

レミリア「……ふふん。今度ばかりは期待できそうね」ニヤッ

レミリア「こんなチャンス、滅多に得られるものではないわ。この際今までの付けを一遍に返してもらおうじゃない」

パチュリー「……せいぜい油断しないようにね」


十六夜咲夜「お嬢様、客人が参りました」


32 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:24:31 gxBwDpdc

レミリア「あら、意外と早かったわね。そのまま通しなさい」

咲夜「畏まりました」


出迎えに応じ現れたのは命蓮寺一行
響子よりもやかましい新入りの泣き叫びが、その来訪をレミリアに告げる


オギャア…  オギャア…  オギャア…


レミリア「ご機嫌よう命蓮寺。お加減は如何かしら?」

聖「何とか生き延びております。ご覧の通り、子どもも五体満足で授かることができました」

レミリア「そいつがねぇ……パチュリー」

パチュリー「子どもをこちらへ」

響子「は、はい」


33 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:25:09 gxBwDpdc

促された響子は赤子を抱えたまま側に寄る
万が一にも落としたりしてはならないという緊張が、逸る気持ちを抑えるその足取りからも察することができる
さらに他の者たちも響子に続く


パチュリー「これが哺 器具で、これがお 」

響子「はい、はい……」

パチュリー「雑菌を防ぐために、必ず飲ませる前に高温にして消毒すること」カチャ…

村紗「……」

一輪「ふーむ……」

パチュリー「もちろん器具の方も忘れずに。消毒の最低基準は―――」

小傘「??」


34 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:25:55 gxBwDpdc

レミリア「鼠と奇術師、それと妖精の姿が見えないわね」

聖「彼女たちは私から離れて行きました」

レミリア「あらそうなの。ま、身軽な方が動きやすいでしょうし、悪いことばっかりじゃないと思うわよ?」

聖「ええ……ところで、本当にお礼はいいのでしょうか?」

レミリア「いらないわよ。ちゃんと別の所から回収するつもりだから」

聖「そうですか? 私の腕一本ぐらいなら、差し上げても構わないのですが……」

レミリア「ただの肉の塊なんてもらったてもしょうがないでしょ」

レミリア「第一、あなたの肉は私にとっては猛毒なのよ」

聖「そうですか……しかし、何らかの形でお礼致しませんと……」チラッ

レミリア「……」


35 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:27:49 gxBwDpdc

一輪「もうちょっと! もうちょっと寄せて!」

響子「うーん、おっかしいなぁ」

パチュリー「角度が全然違うわよ」

村紗「そうです。実際の授 というのはもっとこう……」

小傘「これ、いつまで支えてればいいんですかぁ?」ググッ…


聖「このままでは、あの子にも親として範を示すことができません」

聖「どうか、お考え直しを」

レミリア「……やれやれ、お礼をしたくて頭下げるヤツは初めてだわ」


レミリアがもたれかかると、年代物の椅子が軋む


36 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:28:51 gxBwDpdc

レミリア「咲夜」

咲夜「はい」

レミリア「あなたこの間、猫の手も借りたいほど忙しいって言ってたでしょう?」

咲夜「…………いえ? 覚えがございません」

レミリア「あら?言ってなかったかしら? 三百年ぐらい前に」

咲夜「その頃でしたら、まだ私はお嬢様にお仕えしておりませんので……」

レミリア「じゃあパチュリーだったかしら?……まあいいわ、どっちにしろ人手は多いに越したことはないのでしょう?」

咲夜「ええ、そうですね」

レミリア「じゃあ客人たちに仕事を手伝わせなさい」

咲夜「は?」


37 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:29:34 gxBwDpdc

レミリア「それなりにやる気はあるみたいだし、妖精よりは役に立つでしょ?」

聖「よろしくお願い致します」ペコッ

咲夜「は、はぁ……」


紅魔館当主の命により、響子以外の命蓮寺の面々は屋敷内の掃除に駆けずり回ることになった
聖は使用人の衣装に嬉々として着替え、弟子たちもそれに従った


38 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:30:04 gxBwDpdc

キュッキュッキュッ…


聖「ふう、だいぶ綺麗になりましたね」

聖「……しかし、見れば見るほど珍しいものばかり」

聖「まさに異国情緒あふれるとはこのこと。外の世界にはこういうものがたくさんあるのかしら?」

小傘「聖様~」

聖「おや、どうしました?」

小傘「もう掃除が全然終わりません。このお屋敷、大き過ぎて……」

聖「……」

小傘「これじゃ百年経っても終わりませんよー」


39 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:30:46 gxBwDpdc

聖「ふむ、できる所だけで良いとは言われましたが、ちょっとあれを試してみましょう」

小傘「?」

聖「小傘、ちょっとメイド長にお伺いを立てて欲しいことがあるのですが……」

小傘「はぁ」


~少女交渉中~


小傘「……と、言うことです」

咲夜「お嬢様は信用できると仰っているから許可は出す。しかし……」

小傘「?」


40 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:32:59 gxBwDpdc
咲夜「そんなこと、本当にできるのかしら?」

小傘「さぁ……」

咲夜「まあいいわ。やれるものであればやってみなさい」

小傘「はーい」


~少女伝令中~


小傘「いいそうでーす」

聖「分かりました。では……」スッ






41 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:33:47 gxBwDpdc

翌朝、紅魔館は隅々まで掃除され、塵一つ、垢の一欠片も残されていなかった
設備の一つ一つが細部に至るまで磨き上げられ、艶を甦らせた調度品の数々は新品同様の輝きを取り戻していた
律儀に屋敷内のみを掃除してしまったため、返って外装や外庭の汚れが目立ってしまうほどであった


咲夜「これは……」

聖「ひとまず中は綺麗になったと思うのですが、外の方も掃除させた方がよろしかったでしょうか?」

咲夜「……いえ、そんなことより」

聖「?」

咲夜「あれだけの人数、あなた一体どうやって連れて来たの?」

咲夜「あらかじめ許可があったとはいえ、パチュリー様の結界に誰一人引っ掛からなかったなんて……」


42 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:34:33 gxBwDpdc

聖「あの結界は本来、邪なる者を見つけるためにあるものですからね」

聖「彼らが素通りできたことも、ご当主様におかれては何ら不思議なことではないのでしょう」

咲夜「……」

パチュリー「咲夜、もうあなたは持ち場に戻りなさい」

咲夜「パチュリー様……畏まりました」スッ

聖「おはようございます。パチュリー様」サッ


習ったばかりの様式でパチュリーに挨拶する聖
到底使用人らしからぬその堂々とした立ち居振る舞いに、パチュリーは思わず苦笑する


聖「……申し訳ございません。どこか無礼をしていましたでしょうか?」


43 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:35:35 gxBwDpdc

パチュリー「いいえ、そうじゃないわ。ちゃんと教わった通りにできてたわ」

パチュリー「ただ、似合わないなぁと思ってね」

聖「はぁ」

パチュリー「もう掃除はいいわ。これ以上続けたら咲夜の仕事が無くなっちゃうもの」

聖「畏まりました」ペコッ

パチュリー「その使用人風の演技も終わりにしていいわ」

パチュリー「そろそろその衣装も変えた方が良くてよ。魔法を使えば一瞬でしょう?」

聖「そうですか……では」

パン!


聖が両手を叩くと一瞬で元の出で立ちに戻り、纏めた髪が下ろされる


44 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:36:15 gxBwDpdc

パチュリー「うん、やっぱりあなたはその姿の方が似合ってるわね」

聖「結構楽しかったので、私としてはもう少し続けてみたかったんですけどね」

パチュリー「人にはそれぞれ役割というものがある。あなたにはもう不要よ」

聖「そうですか」

パチュリー「……ところで、このおかしな気配はやっぱりあなたによるものなのかしら?」

聖「?」

パチュリー「邪悪な雰囲気ではないけれど、何か、山脈とか大河のような巨大なマナのようなものを感じるのよ」

パチュリー「でもこの計測器は何の反応も示さない。もちろん、地形が変動したわけでもないし……」

聖「あ、そういえば彼らを戻すのを忘れていました」

聖「もういいですよ。無雲界にお帰りなさい」


パチュリー「…………?」


45 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:37:12 gxBwDpdc

聖「失礼しました。要らぬ誤解を生む所でしたね」

パチュリー「気配が消えた……今のは??」

聖「あれは一応、先日掃除を手伝った者たちの上位に当たる存在だったのですが……やはり役には立ちませんでした」

聖「どうも梵天たちは図体ばかり大きくて、物に触れたりはできないようでして」

パチュリー「梵天……まさか、天上界の存在を呼び出したって言うの?」

聖「はい。ですが使いこなすならば、程々に下位の者たちの方が扱いやすいようです」

聖「上位の者になればなるほど、物質的な世界から離れてしまうようですから。姿もほとんど見えませんし……」

パチュリー「……」

聖「やはり下働きをさせるなら、忉利三十三天ぐらいが丁度良いようですね」

パチュリー「……それって、どうやってるのかしら?」


46 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:37:58 gxBwDpdc

聖「私もついこの間できるようになったのですが、でもコツを掴めば簡単ですよ?」

聖「まず天界の頃合の良さそうな力を持ってる者を選んで……」

パチュリー「……」

聖「うん、これぐらいが分かりやすくていいですね。後は強めに想念を送るだけです」

聖「現れよ、旋行天」


―――ドォォン!!


パチュリー「!?」

旋行天「お呼びでしょうか」


47 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:38:41 gxBwDpdc

聖「見栄を張りたい気持ちは分からないでもありませんが、もっと静かに降りて来なさい」

聖「ご覧なさい、パチュリーさんが驚かれてしまったではありませんか」

旋行天「申し訳ございません」

聖「あ、試しに呼んでみただけなので特に用事はありません。もう帰っていいですよ」

旋行天「は!」ササッ


ズワァッ…


命じられるまま旋行天の姿は霧散した
パチュリーはその様子を合点がいったという面持ちで眺めていた


48 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:39:49 gxBwDpdc

聖「難しいのは、このように簡単なことをさせるにも一々細かく指示しなければならないことでしょうか」

聖「天界にも癖の強いのが揃っていますからね。なかなか星のようには参りません」

パチュリー「……やはり、あなたは”魔法使い”なのね」

聖「えっ?……そうですね、パチュリーさんと同じですね」

パチュリー「いいえ、違うわ」

聖「?」

パチュリー「魔法使いというものは、本来そんな簡単になれるものじゃないのよ」

パチュリー「今でこそ猫も杓子も魔法使いになる時代だけど、でもあいつらが魔法を使いこなしているとは言いがたいわ」

聖「……と言うと?」


49 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:40:38 gxBwDpdc

パチュリー「魔法使いになる方法は元々一つしかなかったのよ。でも今は私を入れて三つも選択肢がある」

パチュリー「今流行りの連中はその中で一番簡単な方法ね」

聖「どうするのでしょう」

パチュリー「博霊大結界、あなたもこの名前は聞き覚えがあるでしょう?」

聖「はい」

パチュリー「あの結界には隠された機能がいろいろとあってね……実は魔法使いになるための方途も、その奥に用意されているのよ」

聖「何と! では、それを使えば皆等しく魔法を使えるようになるのですね?」

パチュリー「その通りよ。ただし……」

聖「何かあるのでしょうか?」


50 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:41:17 gxBwDpdc

パチュリー「結界を張った賢者だって、そんな酔狂なことを考えてるわけじゃない」

パチュリー「容易に魔法使いになる代償として、あるものを捧げる必要があるのよ」

聖「代償、ですか?」

パチュリー「そう。もっとも、華美な魔法に憧れる程度の無知が躊躇うものではないのだけどね」

聖「……」

パチュリー「連中はそれを捧げることで、幻想郷の持つ膨大な魔力を、割り当て分だけ引き出して振るうことができる」

パチュリー「博霊大結界はそのための仲介手段なのよ」

聖「なるほど……ではパチュリーさんは?」

パチュリー「私は……私はその仲介手段ってのが、どうも虫が好かなくってね」

パチュリー「私はややイリーガルな手段で魔法使いになったのよ」

聖「イリーガル?」


51 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:42:14 gxBwDpdc

パチュリー「結界を仲介して魔法を扱えるようになる……」

パチュリー「今の時代はそれが普通なのだけど、でも私はその仲介を通さず、直接この幻想郷から魔力を取り込んでいるのよ」

聖「本当ですか!? それは凄い発明ではありませんか!」

パチュリー「……けれども、仲介役の立場としては、自分を無視して素通りされるのは当然面白くない」

聖「……」

パチュリー「だから私は埃っぽい所は苦手なのよ」

聖「そうだったのですか……」

パチュリー「うん。でも後悔はしてないわ。むしろこの程度の代償で済んでるのは儲けものだもの」

パチュリー「私はどうしても魔法を手に入れる必要があった。才能の無い者が目的を果たすには、こうするしかなかったのよ」

聖「……」


52 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:42:58 gxBwDpdc

パチュリー「でもあなたは違う。今の多くの魔法使いとは違うし、当然私とも違う」

パチュリー「本当の魔法使いは外から魔力を引き出したりしない。故にあなたこそ正真正銘の魔法使い」

パチュリー「太古の昔に絶えてしまって久しい、この幻想郷という宇宙の真理に到達できる、唯一の存在なのよ」

聖「……私は、自分がそんなご大層な人物だとは思いません」

聖「人としての尊卑を決定付けるのは、魔法の錬度や熟達などでは絶対にないのです」

聖「私の弟子はそれを命がけで証明してくれましたからね」

パチュリー「それでもあなたは、その願いを成就させなけれなばならない」

パチュリー「……いえ、成就して欲しいのよ。これは私の願望ね」

聖「?」


53 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:44:17 gxBwDpdc

パチュリー「いくらあがいてみても、実際にそこに手が届くのはほんの一握り」

パチュリー「私もその大多数に含まれるけれども、あなたには才能がある」

パチュリー「あなたの願いは途方のないものだけれど、それでもあなたが見事達成することを私も願っている」

聖「……」

パチュリー「どうか覚えていて欲しい。私たちのような者にとっては、あなたこそ希望の星なのよ」

聖「!」

聖「分かりました、約束します」

聖「必ずや、あの子は外の世界へと送り届けます。私の命に代えてでも……」

パチュリー「ええ」コクッ

聖「そのためには、またもあなた方のお力を借りることもありましょう」

聖「その時には、どうかご助力をお願いしたい」

パチュリー「もちろんよ」


54 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:45:06 gxBwDpdc

聖「ありがとうございます……ふふっ」

パチュリー「……?」

聖「もう千年も昔のことなのですね」

聖「あなたに言われたことを、かつて師匠だった者にも言われたのですよ」

パチュリー「そう……その妖怪は?」

聖「今はもうこの幻想郷にはおりません」

聖「しかしきっと今もどこかで、私を見守ってくれているのでしょう」

パチュリー「そうね」

聖「……最後に一つだけ、よろしいでしょうか?」

パチュリー「?」


55 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:45:52 gxBwDpdc

聖「一握りではありませんよ」

パチュリー「えっ?」

聖「私たちは仏というものを無上尊極と定めてはいます」

聖「しかし実は仏と凡夫とは共に同一の存在であり、その間に何ら境界はないのです」

聖「機根が整わぬ者はこの真実に耐えられぬため、方便として境界があるとしているのですよ」

パチュリー「……」

聖「しかしながら、パチュリーさんにはそのような方便を使う必要もないでしょう」

聖「自分の未来はいつだって自分が決めるもの。他の誰でもありません」

聖「『魔法使い』とは、本来そういったものなのでしょう?」ニコッ

パチュリー「……ええ! その通りよ」

聖「では私は先に”向こう”へ行っています」スッ

パチュリー「そう、きっと私もすぐに追いつくわ」


56 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:47:25 gxBwDpdc

命蓮寺一行が右往左往しながら授 の練習をする最中、パチュリーと聖は外へ通じる道を探す
一方は百年かけて蓄積された神秘の集約たる大図書館、もう一方は幻想郷・地底・冥界・魔界まで飛び回り、情報を収集しようとした
しかし三日ほど経過しても、その抜け穴の手掛かりすら掴めない


レミリア「調子はどう?」

パチュリー「まるっきり駄目だわ。ヒントの欠片すら見当たらない」

レミリア「それはそうよ。向こうだって簡単に教えるほど馬鹿じゃないわ」

パチュリー「でもこれじゃいつまで経っても出発できないわ。せめて探索の方途ぐらい見えてくれば良いのだけど……」

レミリア「……何とも愚かな話よね」

レミリア「私たちは皆、背負ったものから逃れようとして、自ら望んでこの世界に入る」

パチュリー「……」


57 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:48:23 gxBwDpdc
レミリア「でも結局、いつまでも同じ場所には留まってはいられない……業が深いとは、こういうことを言うのかしら?」

パチュリー「さあね……」

レミリア「抜け道については、きっと心配しなくてもいいわ」

パチュリー「?」チラッ

レミリア「魔法使いは奇跡を起こす。それだけがこの幻想郷のたった一つの真実なのだから」

レミリア「そうでしょう? パチュリー」

パチュリー「……無論よ」







58 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:50:06 gxBwDpdc

聖輦船が出口を探し求め方々を飛び回る間、抜け殻のようになって洞穴にうずくまる者がいた
かつては命蓮寺の一員であり、聖からは哨戒の任を命ぜられ、賢将の称号を頂いた者

されど今の姿はみじめそのもの
目は虚ろで体は痩せ細っている
体中の水分を出し切っても、なお流れ続ける涙
もう枯れ果てた声で時折うめき声を上げ、かつての主の腰巻を握り締めながら震えていた







ナズ「うう……う……」


ナズ「う……あ……」


59 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:50:49 gxBwDpdc

しかし全ては自ら蒔いた種
美しき過去も、得るはずであった追憶も、まだ見ぬ未来も
全ては幻のように消え去り失われてしまった
他の誰でもない、自分自身の手によって



ナズ「ああああ…………ッ!」



もはや自分は、かつての主を懐かしく思うことさえ許されない
愚かなる愛欲の罠に欺かれ、自ら進んで悪しき業を為した
その報いをまさに今受けているのだ

決して変わることの無いどうしようもない事実が、ナズーリンの魂を引き裂いた


60 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:51:28 gxBwDpdc

ナズ「おお……あ……」

ナズ「はぁっ……はぁっ……」

ナズ「う……た…………」

ナズ「たすけて……助けてくれっ……!」

ナズ「助けてくれ! 星……ッ!」

ナズ「村紗っ! 一輪! ひ……聖様ッ!!」

ナズ「私は…………私は……ッ!!」


今まで何百回と突き刺さった戒めの言葉が、またもナズーリンを串刺しにする


61 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:53:33 gxBwDpdc
聖『地獄に墜ちるというのは、他人が強いてできることではありません』

聖『それは例えて言うならば、自ら作った牢獄に入り、錠に鍵を掛け、そしてその鍵を叩き壊してしまうようなもの』

聖『いくら助けを求め泣き叫んだところで、それでどうして救える者があるでしょう』

聖『決して誰にも救うことなどできないのです』








ナズ「うわあああぁぁあああぁあああああ!!!」




62 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:55:00 gxBwDpdc

聖の言葉に虚盲などなかった
本当の地獄はこの浮世以外には存在しない
振り払うことのできないその痛みが、ナズーリンにそれを理解させた

この苦痛から逃れるためならば、ナズーリンは他の如何なる苦痛も甘んじて受け入れるだろう
魂を焼き尽くす三昧火も、全てを打ち壊す僧伽多の風も、四肢を引き裂き辱める極卒の責め苦も、この痛みには到底及ばない
ほんのわずかな間、一瞬の億千万分の一の間でも今の苦痛を逃れられるならば、喜び勇んでその責め苦を受けよう

しかしこの苦痛から逃れる術などない
天地に遍くおわす諸天善神の奇跡の力を持ってしても、犯した罪を消し去ることはできないのだ




63 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:57:19 gxBwDpdc

ナズ「はぁっ、はっ……お、重い物を、持つ時は」

ナズ「必ず……はぁ、はぁ……しゃがんでから……うううっ!」ググッ

ナズ「く……苦難に遭った時……ふぅ、はぁ、ふぅ……」

ナズ「か、活路を見い出す……ぐう……ッ!!」


必死に過去の記憶を掘り起こして、痛みから逃れようとする
何の気紛れににもならないと分かっていながら、それ以外もはやどうしようもなかった


ナズ「私は、い……いつ如何なる時も……」



ナズ「――――!?」ピクッ



その瞬間突如思い出す
自分はまだ、星の問いかけに答えてはいない


64 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 13:59:05 gxBwDpdc




『ナズーリン、あなたは何がしたいのですか?』






ナズ「………………」

ナズ「それは…………」


信じてきた主神が偽りのものであったことは、既に承知している
己の核たる部分であったはずの信仰を失っても、しかしなお自分は健在であった
だが今は朽ち果てた残骸のように、ただ暗がりで消滅を待つばかり
自分は何を失ったのか


65 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:00:15 gxBwDpdc

ナズ「わ……私は……」


次第に思考がかつての冷静さを取り戻し始める

星は全てを知っていた
全てを知っていながら、あえてこの自分を許したのだ


そして……


ナズ「……そうだ」


その時になってようやっと気が付く
この期に及んでなお、惨めな小ネズミはかつての主を裏切っている
寅丸星と交わした約束よりも、ちっぽけで愚かな自分の心を守ろうとしている

今の姿こそ、聖様の仰る愚か者そのものではないか
自分はこんなことがしたかったわけではない


66 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:01:21 gxBwDpdc


ナズ「……行かないと!」


少女は立ち上がった
自分にはまだ、やり残したことがあるのだ





67 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:02:48 gxBwDpdc

~聖輦船~


ゴウン… ゴウン… ゴウン…

聖「……よし、これでいいでしょう」

村紗「聖、それは?」

聖「模擬盤です。もうそろそろ必要になるでしょう」

村紗「……?」

一輪「聖様、お命じの通り、彩色道具一式をお持ちしました」

聖「ありがとうございます。そこに置いてください」

一輪「は……」スッ


68 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:03:33 gxBwDpdc

聖「村紗、あなたは響子の補佐をお願いします。一輪は引き続き出口の探索を」

村紗「承知」

一輪「はい……聖様はここに留まられるのですね?」

聖「はい。私はこれを仕上げねばなりませんからね」


聖はよく磨かれた木の板に白い絵具を塗りたくっていく
そこに魔力の類は一切感じられず、見た目にはただの小綺麗にしただけの板切れとしか思えない
マジックアイテムにしてはやけに単純な作りであり、これが探索の役に立つとは一輪・村紗共に信じがたかった


聖「村紗、進路は妖怪の山になっていますね?」

村紗「はい。このまま直進すれば、到着まで半時とかからないでしょう」

聖「よろしい……あの方なら、何か分かるかも知れません」


69 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:04:31 gxBwDpdc

~里~


にとり「サツマイモは生育に要する条件・労力に対し、得られる収量、総カロリーの面から見ても抜群の効率を持つもので」

子A「あっ! またあいつだー!」

子B「よーし行くぞー!」タタッ

にとり「これはまさしく救荒作物呼ぶにふさわしい食物であり―――」


ガッ!


にとり「あが!」

子B「おらぁ覚悟しろー!」

子C「やれやれー!」

子A「油断するな!? てっていてきにやるんだ!」


70 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:05:04 gxBwDpdc

ゴッ!

ガッ!

ドスッ!


にとり「ぐっ! おご!」

子D「結構しぶといぞ! もっとやるんだ!」

にとり「い、胃の内容物が容易く逆流することがないのは胃の入り口に弁が設けられているからであり」

子E「たぁー!」


ゲシッ!

ゴン!

ドカッ!


71 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:05:45 gxBwDpdc

にとり「体の……ごふっ!……状況に応じてその弁を開閉することで内容物の流出入を防ぎ」ヨロヨロ…

子B「あっ! 逃げるぞ!?」

子A「逃げるなー! 待て待てー!」


里の子どもたちに取り囲まれ、足や拳や棒やらで散々に打ちつけられる
にとりはたまらず走り出し、その痛みから逃れようとする

ようやく里から逃げ延び、痛みと疲労に耐えながらも歩き続ける


にとり「はぁ、はぁ、はぁ」

にとり「痛覚の発生には始めにまず外部からの刺激が脳の痛覚受容細胞に伝わる必要があり……」

にとり「痛覚受容細胞が痛みの度合いに応じて体へ反応を返すという二段階の化学反応が正常に機能した結果が」ヨロヨロ


72 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:07:08 gxBwDpdc

~妖怪山~


にとり「エンジンが開発されて以来動力源として優位を占めているのはタービンを用いた動力エネルギーから回転エネルギーへの変換であり」

河童A「あっ! またあいつだ!」

河童B「うわ……また来たのかよ。こっち来んじゃねーよ!」

河童C「皆さ~ん! お気を付け下さ~い! 河城にとりが来ましたよー!!」

にとり「強力な動力を発生させる原動機はほぼ全てこの方式を応用したもので風力・地熱・火力・水力いずれの発電にも」

河童D「何だよこいつ、気色悪いなぁ!」

河童A「向こう行け! ぶん殴るわよっ!」

ゴスッ!

にとり「ぐっ!」


73 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:08:27 gxBwDpdc

河童C「あ~ヤダヤダ! 触りたくもない!」

河童D「じゃあ早く通報してよ!」

河童C「もうしてるわよ! ったく、いつものったらくったらして……」

にとり「か、かはっ……山はまさに巨大な水がめとも言える存在でありこれなくしては居住地の安全な」

河童A「気持ち悪いわね! しゃべるんじゃない!」


ドカ!

ゲシッ!


にとり「おごっ! ぐう!」


74 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:09:33 gxBwDpdc

にとり「ち、地上に無数に満ちるとされる動物の中でも多種多様さが最も豊富であると言われるのは小さい者即ち微生物であると言うことが」ヨロヨロ

河童D「走れ! もっと早くッ!」

河童B「あーあ、こいつさえいなきゃ全部うまく行くってのになぁ」


ザザッ…


白狼天狗C「またこいつの件か。いい加減にしろ」

河童A「いい加減にして欲しいのはこっちよ!」

河童C「そうよそうよ! 同じ河童にこんなのがいたんじゃ一々気も休まらないわ!」

河童C「さっさとあいつ始末しちゃってよ」

白狼C「自分たちのゴタゴタをこっちに押し付けるんじゃない。河童のことは河童で何とかしろ」


75 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:10:09 gxBwDpdc

河童E「はあ!? 何で私たちがあんなヤツの面倒見なくちゃならないのよ!」

河童E「もうあいつは仲間じゃないんだから、そっちでチャッチャとアレしちゃえばいいじゃない!」

白狼C「都合のいいことを抜かすな。こっちはそんな事に関わっていられるほど暇ではないんだぞ」

河童D「あんたたちにこれ以外の何の仕事があるってのよ!」


にとりが去った後も、白狼天狗と河童たちは言い争いを続けていた


~森林奥部~


にとり「金は熱伝導、電気伝導ともに優れた性質を持ち空気では浸食されることもなく熱、湿気、酸素、その他ほとんどの化学的腐食に対し」ヨロヨロ

にとり「し、森林の発展には数え切れないほどの段階があり常にその姿は変わるものと言う事ができ今見えるものもやがて……」ドサッ…


76 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:10:54 gxBwDpdc

山から少し離れた森に辿り着き、その奥で痛みと疲労に耐え切れず倒れる


にとり「土壌には無数の微生物が繁殖していて動植物のあらゆる死骸は最終的にこの微生物たちによって分解され」

にとり「ごほっ! ごほっ……!」

にとり「海老のように体を丸めるのは肉体を保護するために最適な状態でありこの姿勢により内臓を守りつつ体温の散逸を防ぐ機能が」


いつからこのようであったのか
体中アザだらけで、衣服は泥と血に塗れている
薄汚れたその身は畜舎に押し込められた豚よりも汚い

山へ行っても里へ行っても、共に怒号と暴力によって迎えられる
こうして一人でいれば痛い目など見ないで済むのに、気が付くといつも足が勝手にその方向に進んでいる


77 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:11:51 gxBwDpdc

にとり「人口の増加に寄与するのは漁業農作物の収量増大であることは言うまでもなくそれに勝るとも劣らないのは食物の保存であり」


そうして訳も分からないことを絶え間なくしゃべり続ける
この煩いは日を追うごとに悪化の一途を辿り、もはや意思の表明すら不可能な段階にまで達している
自分でもそれを止めることができず、今はもう考えていることを口に出すことさえもできない

どうして自分がこんな状況に陥っているのか全く理解できない
自分が誰で、何をしていたのかも思い出せない


にとり「文明の発展には風土気候の安定はさほど関連性を見い出すことが出来ずむしろ困難な状況がその伸張を促進したという側面が……」


にとり「うぅ、うぅう……生命が先か宇宙が先かという論議はもはや科学的な分野を超えた難問でありこれを解き明かすには―――」


78 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:12:57 gxBwDpdc

訳も分からず右往左往し

訳も分からずしゃべりまくり

訳も分からず痛め付けられ

訳も分からず逃げ回り

訳も分からず泣いていた


どうしてこんな目に遭わなければならないのか
自分が一体何をしたと言うのか


79 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:13:51 gxBwDpdc
『苦しい』

『辛い』

『助かりたい』


頭に思い浮かぶのはそのようなことばかりで、それ以外のことは何も分からない
この状況から抜け出す手立てを探すという考えすら浮かばず、ただひたすらその苦しみを味わうことしかできなかった



ゴゥン… ゴゥン… ゴゥン… ゴゥン…





80 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:15:48 gxBwDpdc

~博麗神社~


霊夢「命蓮寺?」

ナズ「そうだ! 今聖様たちは、船で幻想郷中をくまなく飛び回っているだろう!」

霊夢「ああ、そういやそうね」

ナズ「教えてくれ! 今聖様はどこにいらっしゃるんだ!」

霊夢「そんなこと知らないわよ」

霊夢「あいつら、捕まえようとしても直前の所でパッと消えていなくなっちゃうんだから」

ナズ「でもお前は必ず私たちの居所を嗅ぎ付けてきたじゃないか!」

ナズ「何か探す方法があるんだろう!?」


81 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:16:44 gxBwDpdc

霊夢「唾飛ばさないでよ」

ドンッ…

ナズ「う……」ヨロッ

霊夢「あんたたちを嗅ぎ付けた? 冗談言わないでよ」

霊夢「あんたたちの方が、私の行く先行く先で待ち構えてたんじゃない」

霊夢「ああやって目の前でウロチョロされたら、こっちだって退治するしかないじゃない」

ナズ「……」

霊夢「それから、いつまでもそうやって居座られたら、こっちは商売上がったりなのよ!」

霊夢「邪魔だから早く帰った帰った! シッシッ!」

ナズ「……」


82 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:17:57 gxBwDpdc

相手が根負けするまで食い下がるつもりであったが、手掛かりを持たないと思われる以上引き下がるしかなかった
さりとて、ここで他の者に接触するのは危険が大き過ぎる

当面の課題は聖輦船を探し出し、そして無事に辿り着くこと
今の自分は、命蓮寺・毘沙門天という巨大な後ろ盾を失った、まさに退治するには打って付けの妖怪なのだ
命蓮寺の中でも最弱の部類に属していた自分が強敵と出会うならば、それは即、誓いを破ることを意味する

自分はまだ、倒れるわけにはいかないのだ


ナズ「……いいさ!」

ナズ「こうなったらこの幻想郷を隅から隅まで探してやる!」

ナズ「誰が来ようと絶対に逃げ切ってやる!……ご主人ならそうするはずだ!」


バサッ… バサッ…


83 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:18:27 gxBwDpdc

ナズ「早速お出ましか!」バッ

ぬえ「ようやっと持ち直したの? 随分遅かったわねー」

ナズ「……ぬえ?」


おそらく現状で最も安全と思われる相手が出てきたことに、ナズーリンは拍子抜けする


ナズ「何だよ……」ヘタッ

ナズ「会いに来たのなら、声ぐらいかけてくれてもいいだろうに……」

ぬえ「そんなこと言ったって、そうする前に身構えたのはそっちじゃない」

ナズ「まあ、相手がお前で良かったよ」

ぬえ「そりゃどうも」


84 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:19:02 gxBwDpdc

ナズ「……ところで、お前は聖様の行方は知らないか?」

ぬえ「聖? 私が知るわけないじゃない」

ナズ「やっぱりそうか……」

ぬえ「最近いろんな所を飛び回ってるって噂だけど、誰もあの船を捕らえることはできないのよ」

ぬえ「何でも、あともうちょっとって所で、蜃気楼みたいにパッと消えちゃうらしいわね」

ナズ「ふむ……博麗の巫女にも、丁度同じことを言われたよ」

ぬえ「じゃあ話は早いわね。つまり無理よ。捕まらない」

ナズ「それでも私は辿り着かないといけないんだ」

ぬえ「何でそこに拘るのよ。もう関係ないじゃない。私にもあなたにも」


85 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:19:45 gxBwDpdc

ナズ「いいや、関係はある。これはご主人が最後に残して行ってくれた慈悲なんだ」

ぬえ「?」

ナズ「私は、寅丸星の子を守護することを本人から直々に頼まれた」

ナズ「今の今まで忘れていたけど、私はこの誓いを果たさなくてはならないんだ」

ぬえ「ふ~ん、いいんじゃない? そうしたければそうすれば」

ぬえ「でも分かってるの? 聖が言ってたじゃない。これ以上命蓮寺に関わると命を落とすって」

ナズ「それでも私は行く。誓いが果たせなければ、どの道生きていたって仕方ないさ」

ナズ「もう私には毘沙門天様はいないんだからね」

ぬえ「変なヤツね、あんたって」

ナズ「何とでも言ってくれ。私は聖様を探しに行くよ」クルッ


86 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:21:25 gxBwDpdc

ぬえ「……大成する妖怪ってのは、妙なことを考えるものなのかしら?」

ナズ「うん?」

ぬえ「聖から聞かされたのよ。星の話をね」

ぬえ「私は未だに信じられないんだけど、あの宝塔ってのを自分で穴掘って取り戻したって話は本当なの?」

ナズ「……本当だよ」

ナズ「私はそれを間近で見ていたんだ。間違いない」

ぬえ「ふーん……私が地上に出て来た時はさ、何かやたら地層が薄い部分があったのよね」

ぬえ「何かが急に爆発してあそこに穴が開いて、それで私も後から出て行ったんだけど……」

ぬえ「もしかしてあそこが穴掘った跡だったの?」

ナズ「そうだよ」


87 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:25:23 gxBwDpdc

ぬえ「あんな大きい穴、一体何年かけて掘り抜いたのよ」

ナズ「七百年以上……いや、もっと細かく言えば七百六十年以上になるか」

ぬえ「七百年って……その間ずうっとザクザク掘ってたわけ?」

ナズ「そうだよ。ご主人の根性は聖様に並ぶほどだったからね」

ぬえ「……」

ナズ「それにあの窪みだって、宝塔が見つかった時はもっと深かった」

ナズ「後から妖精が埋めていったけど、元々はあの十倍は深かったんだからね」

ナズ「それだって、土砂崩れで全部埋まってしまった所をやり直して、もう三回目に達していたんだ」

ぬえ「はぁ……なるほどねぇ」

ナズ「……」


88 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:25:57 gxBwDpdc

ぬえ「私、聖に言われたのよ」

ぬえ「最後まで穴を掘ったことはもちろん尊いが、それよりもさらに尊いのは、穴を掘り続けることを決意したことだ……って」

ぬえ「だから私も、とてつもない目標に向かうと決意できれば、星のように大成する見込みがあるとか何とか……」

ぬえ「そんな感じで煽てられて、私は星の代役をやってたってわけ」

ナズ「なるほどね。そうだったのか」

ぬえ「でも流石に命のかかった物種となると、話は変わってくるわよね」

ぬえ「私だってまだまだ地上で遊んでいたいのよ。それなのに命落としちゃったら何にもならないじゃない」

ナズ「ご忠告感謝するよ」

ナズ「でももう行かないと。こんな所でグズグズしてらんないからね」タタッ


89 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:26:32 gxBwDpdc

ぬえ「……待ちなさい」

ナズ「まだ何かあるのか?」

ぬえ「船を見つけて、それでどうすんのよ」

ナズ「もちろん乗り込むのさ」

ぬえ「乗り込む? どうやって?」

ナズ「どうやってって、それは……見つけてから考えるさ!」

ぬえ「冷静沈着なあんたらしくもないわね」

ぬえ「向こうは空飛んでるのよ? あんたが乗り込めるわけないじゃない」

ぬえ「跳び上がって船底にでも張り付こうっての? それとも地面に降りてくるのを待つつもり?」

ナズ「……」


90 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:27:12 gxBwDpdc

ぬえ「まず空が飛べないことには話にならないわよ」

ぬえ「どうにかして空を飛ぶ手段を見つけるのが先じゃなくて?」ニヤッ


そう言って、ぬえはしたり顔で腕を組んでみせた


ナズ「そうは言ってもだな……」

ナズ「空を飛ぶ道具でもあれば良いんだけど、今の私じゃ河童たちは相手にしないだろうし……と言って魔法を習得してる暇もない」

ナズ「仮に空を飛べるようになったとしても、もうその頃には全部終わった後だろう」

ぬえ「何だ、ちゃんと分かってるじゃない」

ナズ「?」


91 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:27:53 gxBwDpdc

ぬえ「つまりあんたが空を飛ぶ方法は一つしかないってこと!」

ナズ「……」

ぬえ「どうしたの? チャンスが目の前にあるってのにグズグズしてていいのかしら?」ニヤリ

ナズ「まさか……お前が?」

ぬえ「……」

ナズ「それは、願ってもないことだけど……でも」

ぬえ「はぁああ~? 聞こえないなぁ~!」サッ


ぬえはわざとらしく聞き耳を立てる


92 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:28:29 gxBwDpdc

ナズ「た、頼む!」バッ

ナズ「私を船まで連れて行ってくれ! もう他に頼れるあてがないんだ!」

ぬえ「ふふん! そこまで言うなら仕方ないわね!」

ぬえ「この私が隠し持つ膨大なる神秘のほんの一かけら、しかとご覧に入れて進ぜよう!」

ナズ「あ、ありがたい! 恩に着るぞ!」

ぬえ「……まあさすがに私が運んで行くのは無理だから、あんた一人で飛んで行ってもらう形になるけどね」

ぬえ「そこまでの道のりぐらいは作ってやるわよ」

ナズ「感謝する……しかしどうして私に協力してくれるんだ?」

ぬえ「……」


93 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:29:34 gxBwDpdc

ナズ「おそらく聖様はこの世界の逆鱗に触れた。お前の言う通り、いやそれ以上に危険な状況なのは間違いない」

ナズ「近付けば命に関わると、お前だって今言ったばかりじゃないか」

ぬえ「気まぐれよ、気まぐれ」

ぬえ「最近は根性のある奴がいなくってね。丁度退屈してたところなのよ」

ナズ「……」

ぬえ「それに、近付くぐらいなら別にどうってことないでしょ? もう縁は切ったわけだし」

ナズ「私の口からは何とも―――」


―――ザッ!


早苗「おやおや、これは良い所にいらっしゃいましたね」


94 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:30:20 gxBwDpdc

ナズ「!!」

ぬえ「!? こいつは……!」

早苗「今日は何と喜ばしい日でしょう。これは神に感謝しなくてはいけません」

早苗「退治し甲斐のある妖怪が、一度に二匹も現れるだなんて!」

ナズ「逃げろぬえ! こいつは一番厄介だぞ!」ババッ

ぬえ「そうみたいね!」ババッ


―――ドガァン!


早苗「そんな簡単に逃がすわけないでしょう? ちょっと考えれば分かることじゃありませんか」

ナズ「ぐ……」

ぬえ「……」


95 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:31:17 gxBwDpdc

早苗「さあ! 神の名の下に正義の鉄槌を受けるのです!」ニヤリ

ナズ「ご免だね!! 行くぞぬえ!」サッ

ぬえ「後よろしく! さいならぁ!!」バッ

ナズ「なっ!?」


バサッ… バサッ…

ぬえ「さすがに命取られるのは勘弁だわー! そんじゃ、運が良かったらまたお会いしましょー!」


ナズ「く、くそ……」ジリッ

早苗「あらあら、仲間割れですかぁ? 可哀想に」

早苗「でも仕方ないですよね。所詮あなたは、後ろ盾がないと何もできない小物なんですから」


96 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:31:59 gxBwDpdc

ナズ「そう簡単に……やられると思うなよ!」グッ

ナズ「ビジーロッド!!」

早苗「グレイソーマタージ!」


ズドドドドドッッ!!


ナズ「ぐあっ……!」ドサッ…

早苗「もういっちょ! 開碧通衝!!」


ズォオオオオッ…!!


ナズ「!」ササッ


97 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:32:48 gxBwDpdc

ドカァァカン!!


ナズ「ぐうっ……!!」

早苗「……おや、随分と頑丈ですね」

早苗「今ので充分仕留められると思ったんですけど」

ナズ「はぁ……はぁ……」

早苗「でも何発も食らわせれば結局は一緒ですよね」

早苗「さ、悪しき妖怪は正義の力の前に消滅してもらいましょう」

ナズ「…………」ニヤッ


98 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:34:06 gxBwDpdc

早苗「サモン建御名―――」


―――ザザザッ!


ぬえ「ナズーリン! 合わせ技だっ!!」

ナズ「心得たりッ!!」

早苗「!?」

ぬえ・ナズ「「エクステンド・イリュージョン!!」」


ババババババババッ!!


早苗「……!!」


99 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:34:41 gxBwDpdc

突如早苗の目の前に無数のナズーリンとぬえが現れる
始めから居た本物らしき二匹は、一瞬で増殖した分身に紛れて見えなくなる


ぬえ×??「行くぞォ!!」ダダッ

ナズーリン×??「おおっ!!」ダダッ


早苗「ぐ……」


ヒュン!

ブンッ!

ビシュッ!


早苗「何と面妖な……これは絶対に退治しないと!」


100 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:35:20 gxBwDpdc

無数の分身妖怪が長物を振り回し、一転して早苗は防御に徹する


ヒュヒュン!

ズワッ!

ブゥン!!


早苗「こんなの……どうせほとんど偽物なんでしょう!?」


―――ドカッ!


早苗「ぐう……ッ!」


しかしその真偽は早苗の目には容易に判別しがたい


101 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:35:58 gxBwDpdc

ブンッ!

ヒュワッ!

シュッ!


―――ガスッ!


早苗「くっ……ああもう!鬱陶しい!」

早苗「奇跡の御光!!」バッ


―――ピカッ!!


サァァァァ…


たかが雑魚と侮った相手に大技を使うのは口惜しかったが、背に腹は代えられない
早苗の放った奇跡は周囲の幻を一網打尽にする


102 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:36:38 gxBwDpdc

早苗「観念しなさい! 悪あがきはもう――」

ぬえ「次行くぞ!」

ナズ「承知ッ!!」

ナズ・ぬえ「「パンデミック・レインボー!!」」

早苗「!!」


バババババババババババッッッ!!


折角打ち消した幻が、またも大量に現れた
しかし二回目のものは少し様子が違う


早苗「!?」


103 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:37:18 gxBwDpdc

ぬえ×??「よし行けぇ!!」ダダッ

ナズーリン×??「おおおお!!」ダダッ


早苗「な―――ッッ!!」


今目の前に現れた分身たちはそれぞれ髪と衣装の彩りが異なっている
赤・青・緑に留まらず、黄・白・黒に加えて茶・橙・桃、そして金に銀
多種多様な色彩の偽物たちが一斉に襲い掛かる


早苗「何と気色悪い……!!」ブルッ


妖怪と見たら退治せずにはいられない早苗は、目の前のおぞましい光景にぞっとした
その嫌悪を全て吐き出す前に、既に口と手が動いていた


104 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:38:20 gxBwDpdc

早苗「奇跡の御光!!」バッ


―――ピカッ!


またも幻が打ち消される
しかしその後に現れた自分の姿を見て、早苗は罠に嵌められたことを悟った




早苗「―――ッ!!」




105 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:39:20 gxBwDpdc

キイィィィン…




――――――カッ!!!




早苗「ぎゃあ――――ッッ!!」


幾重に反射し増大された御光が、早苗の両目を直撃した

幻を打ち消した所にあったのはナズーリンの用意した無数の鉱石
体がすっぽり映るほど大きく、なおかつその表面は鏡と見間違う程に磨かれていた
パンデミック・レインボーは攻撃手段ではなく、光を集めるためのものだった


106 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:40:11 gxBwDpdc
早苗「目がっ! 目がぁぁ……ッッ!!」


視力を奪われた早苗が悶絶する
もうそこにはナズーリンもぬえもいなかった









107 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:40:53 gxBwDpdc

ザザザザ……


ぬえ「……うまく行ったみたいね!」タタタッ

ナズ「案外、やってみれば何とかなるもんだね」タタタッ

ぬえ「当然! 何たって作戦を考えたのは私なんだから」

ナズ「いやはや、今回ばかりは恐れ入ったよ、本当に」

ぬえ「あら、今回だなんて余計な単語は要らないんじゃなくて?」ニヤッ

ナズ「ううん、どうにも参ったね」

ナズ「こりゃ確かに認めないとな。お前は間違いなく一級の策士……」ピクッ

ぬえ「……?」チラッ


108 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:41:31 gxBwDpdc

ゴゥン… ゴゥン… ゴゥン… ゴゥン…


ナズ「いた! 聖輦船だ!」

ぬえ「あらっ? こんな所で見かけるなんて珍しいわね」

ナズ「…………よぉし」グッ

ぬえ「何がよし、よ! まさかあんた、今あそこに行こうってんじゃないでしょうね!?」

ナズ「行くさ。そのために洞穴から出てきたんだからね」

ぬえ「冗談言わないでよ! 今は逃げ切るのが先でしょ!?」

ぬえ「向こうは目を潰されただけなんだから、グズグズしてたら二、三十秒もしない内に追い付かれるわよ!」

ナズ「頼む! 今行かなきゃ、きっと永久に行けない気がするんだ!」


109 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:42:47 gxBwDpdc

ぬえ「何それ、何か根拠でもあんの?」

ナズ「それは……ない、けど」

ぬえ「でしょ? ならまた今度にしなさい! 今は逃げることが先!」

ナズ「……」スッ


突然ナズーリンは立ち止まり、地に跪く


ぬえ「何してんのよ! 早くしないと……!」

ナズ「今聖輦船に向かうことができないなら、きっと私もそこまでなんだ」

ナズ「それならば、そのまま運命を受け入れるさ」


110 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:43:27 gxBwDpdc

ぬえ「……ああもうっ!!」ササッ


ヴゥン…


ぬえ「死にたいなら一人で勝手にやってよね! くれぐれも私のいない所で!」


ぬえが真上に手をかざすと、空中に無数の円盤が現れた


ぬえ「あんた程度の目方なら、これを踏み台にしてあの船まで行けるでしょ。途中で船が消えない保証はないけどね」

ナズ「……ありがとう! ぬえ!」クルッ

ぬえ「知らないわよ!もう勝手にしなさい! 私は逃げるからね!」タタタッ

ナズ「そのまま……」グッ

ナズ「そこにいてくれよ! 聖輦船!」タンッ!


ナズーリンは空へ向かって行った


111 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:44:17 gxBwDpdc

~聖輦船~


村紗「まるで話が通じていませんでしたね」

一輪「結局成果はなし、か」

聖「いいえ。成果はありましたよ」

一輪「え?」

聖「懸案であった伊吹萃香のおおよその居所が分かりました。これでようやく彼女を法界に封印できます」

一輪「……聖様、このようなことを申し上げるのは心苦しいのですが……」

一輪「この際、萃香はもう放っておいても宜しいのでは?」

聖「いいえ。一度関わった以上は、最後まできちんと面倒を見るのが仏道の習い」

聖「出口が見つけられない現状では、まず外道に墜ちた彼女を救う必要があります」


112 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:45:17 gxBwDpdc

村紗「……聖、私はどこまでもあなたに従うつもりでいます」

村紗「しかしながら聖、あなたはあの気の触れた河童の言うことを真に受けるのですか?」

村紗「私には、頭のおかしい妄言としか思えなかったのですが……」

聖「村紗、あの河童は大きな障りを抱えながらも懸命に生きているのです」

聖「それを軽んじることなど、誰にも許されることではありませんよ」

村紗「……」

聖「……時に村紗よ、妖怪の山を陣取る天狗という者たちがいますね?」

村紗「?……はい」

聖「あの幾千もの天狗たちが元は何であったか、あなたは知っていますか?」

村紗「いえ?」


113 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:46:20 gxBwDpdc

聖「あれは元々は一人残らず、皆、仏道に励む修行僧だったのですよ」

村紗「!?」

聖「されど道半ばにしながら、彼女たちは些少な知恵を得たことで驕慢の心を起こしてしまったのです」

聖「仏の眼から見れば、児戯にも等しい悟りを真の悟りであると思い込み、やがて自らが御仏を超えたなどと信じるようになった」

聖「その結果あのような姿となったのです」

村紗「…………」

聖「仏道に励み徳を積むうちに、やがて『我尊し』との慢心に囚われ、他者を見下し軽んじる」

聖「これこそ、修行途上の仏子の眼前に現れる恐るべき落とし穴なのです」

村紗「!」


114 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:46:53 gxBwDpdc

聖「今まで無量無数の声聞・縁覚・悟達・阿羅漢たちがこの罠に落ち、あるいは天狗、あるいは魔王の眷属へと変貌させられてしまったのです」

聖「村紗よ、ここまで来てあなた自らが無間地獄に落ちてしまっては、いくら悔やんでも悔やみ切れるものではありません」

村紗「はっ!!」

聖「彼女の探索の能力は確かです」

聖「現に私とて、隠れていた烏天狗たちを彼女の助力によって見つけることができたのですから」

村紗「申し訳ございません! 愚かな発言でした……!」

聖「萃香の詳しい居所は後でパチュリーさんに伺うとして……」クルッ

一輪「?」

聖「少し用事が出来ました。私はしばしの間地上に降りています」


115 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:48:13 gxBwDpdc
聖「あなたたちはその間、侵入者の相手をしていなさい」

村紗「……はっ」

一輪「!……遂に来たわね」

一輪「小傘! 響子! 付いて来なさい!」

小傘・響子「「はい!」」

聖「よろしくお願いします」スッ


一輪たちと聖は、それぞれ別々の方角へ飛び降りて行った





116 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:49:09 gxBwDpdc
ナズ「よっ ほっ」タンタンッ

ナズ「わわっ!……とお」

ナズ「油断禁物だな。一つでも踏み外せば地面に真っ逆さまだ」タンッ タンッ


無数に飛び回る円盤を器用に踏んで、少しずつ船へと近付いて行く
ずっと乗っていると重量により落下し始めるため、途中で休憩することもままならない


ナズ「それにしても……」タンッ タンッ

ナズ「もうちょっと大きくしてくれたら、助かったんだけどな……っと」タンッ

ナズ「まあ贅沢は―――!!」ダンッ!


ズドドドドドドッッ!!




117 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:50:01 gxBwDpdc

ナズ「おわっと! わわわ!」ヨロッ


突然目の前に巨大な拳骨の群れが現れ、ナズーリンは危うく踏み台を失いかけた


ナズ「ふぅ……熱烈な出迎え感謝するよ」

一輪「ほう、今ので落ちないとは器用なものね」

ナズ「しぶといのだけが、私の取り得なんでね」スチャッ


話しながらナズーリンは目の前の状況を冷静に分析していた
足場のおぼつかない自分に対し、この三人はお付きの入道で大空を自由自在に移動できる
こちらが圧倒的に不利であることは疑いようが無い


118 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:50:44 gxBwDpdc

一輪「裏切り者が今更何をしに来たのかしら? 一度は助かった命を再び捨てに来るとは」

ナズ「こっちにも事情ってものがあるんだ。悪いけどそこは通らせてもらうよ!」タンッ

一輪「行かせん! 小傘!響子!」

響子「はい!」

小傘「りょーかい!」

響子「マウンテンエコー!!」

小傘「パラソルスターメモリーズ!!」


――――ズオォォォォッッ!!


ナズ「うわっ!」サッ


119 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:51:32 gxBwDpdc

一輪「逃げられると思うな! 天網サンドバック!!」


ドコドコドコドコドコォォッッ!!


ナズ「ナズーリンペンデュラム!!」


ゴガァァァァン!!


一輪「……!」

一輪「いない……どこだ!」


120 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:52:29 gxBwDpdc

響子「アンプリファエコ―――ッ!!」

小傘「パラソルスターシンフォニー!!」


ギキキィィィン!!

バシュゥゥゥン!!


ナズ「くそっ! バレバレか!」タンッ タンッ


一輪からかなり離れた場所で、ナズーリンは音響と水圧を凌ごうとしていた


一輪「もうあんな所に……」


121 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:53:35 gxBwDpdc

ナズ「全く、笑っちゃうぐらい情け容赦無しか!」タンッ

小傘「はああああっ……!!」ササッ

ナズ「少しは、昔の付き合いのよしみで手加減してくれてもいいだろうに!」タタンッ

響子「ッッワ――――――ッ!!!」


ドドドドドォォン……


一輪「生憎その『よしみ』とやらはもう使用済みなんでね!」


ナズ「なるほど! 確かにその通りだ!……っとお」タンッ タンッ


122 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:54:09 gxBwDpdc

一輪「どうやらすばしっこさに磨きがかかってるようだが……」ヒュン!

一輪「お前の足場を全て崩せば、そこで終わりだ!」

一輪「響子! 小傘! そこをどけっ!!」


小傘「!」ササッ

響子「は、はい!」サッ


一輪「天空鉄槌落とし!!」


ズワッ……


ナズ「!……マズい!」グッ


123 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:54:49 gxBwDpdc

ズドズドズドドドドドッッ!!


ナズ「ブライトネスゴールドダンス!!」


―――ガキィィィン!!


ナズーリンは打ち付ける拳に大量の鉱物で対抗した
そしてまたもその姿は消える


響子「い、いない……」キョロキョロ


タンッ タタンッ




124 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:55:33 gxBwDpdc

小傘「あ、いた! あんな所に!」クルッ

一輪「全くちょこまかと……天上天下連続フック!!」


ドガドガドガドガドガッッ!!


一輪「響子! 畳み掛けなさい!」

小傘「はいっ! マウンテンエコースクランブル!!」


―――ズワァァァァァッッ!!!


ドドドォォォン………


小傘「……当たった?」


125 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:56:10 gxBwDpdc

一輪「油断するな小傘! 確実にトドメを刺せっ!」

小傘「はい!」ヒュン!

一輪「響子、ヤツの位置の確認を」

響子「はい……ロングレンジエコ―――――ッッ!!」


ズワァァッッッ……!!


小傘「いっくわよー! からかさ驚き―――」

ゲシッ!

小傘「ふぎゃっ!?」


不意に頭に衝撃を受け、小傘は技を打ち損ねる


126 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:57:20 gxBwDpdc

一輪「何!?」

響子「えっ?」


探すまでもなく、標的は正面から姿を見せた
足場代わりに踏みつけにされた小傘が体勢を立て直すより早く、ナズーリンは上へ上へと駆け上がって行く


一輪「何というしぶとさ……響子!」

響子「チャージドヤッホ―――――ッッ!!」

一輪「逃がしはしない! 雲界クラーケン殴り!!」


ズドォォォォッッ……!!


一輪「……!?」

響子「あれ?」


127 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:57:58 gxBwDpdc

一輪と響子の胸中に違和感が生じる
ナズーリンの姿は確かに弾幕に飲み込まれたというのに、まるで手応えがないからだ


タンッ タタンッ タンッ


響子「あ、いました! あそこです!」

一輪「いつの間にあんな所へ……もう面倒だ!!」

一輪「小傘!響子! こうなったら直接叩き落してやるわよ!」ヒュン!

小傘・響子「「承知!」」ヒュン!


128 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:58:43 gxBwDpdc

雲山の手に乗り、三人がナズーリンの撃墜にかかる


一輪「覚悟ッ!!」ブンッ!

響子「捉えた!!」ヒュッ!

小傘「討ち取ったりッ!!」シュバッ!


――――ガキィィィン!!


一輪「……ぐっ!?」

響子「消えた?」

小傘「な、何で……」


三人の打撃は届くことなく、またも標的は煙のように消えていた


129 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 14:59:29 gxBwDpdc
小傘「あー! もうあんな所まで!」


気が付けば、もうナズーリンは三人の手の届かない高さまで登っていた


響子「凄い……」

一輪「ふ……さすがね」

響子「?」チラッ

一輪「それでこそ、星の従者よ!」ニヤリ





130 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:00:14 gxBwDpdc

~地上~


早苗「はぁ……ふぅ……」

早苗「あんな汚い手を使うだなんて……! 何と不心得な妖怪でしょう!」


早苗はようやく眩まされた目が治ってきた
視力が戻ると、先ほどの二匹の妖怪に対して強烈な怒りがこみ上げてくる


早苗「ああああッッ!! あいつらだけは絶ッ対に許せません!!」

早苗「ただ退治するだけじゃ足りない! 捕まえて生かさず殺さず、今まで退治したどの妖怪よりも凄惨な地獄を見せてやるッ!!」

早苗「どこにいる! どこに行った!」キョロキョロ


131 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:01:03 gxBwDpdc

早苗「!」バッ


その時、丁度空へと駆け上がって行くナズーリンの姿を発見する
怒りの矛先が定まったことに、早苗は思わず笑みを浮かべる


早苗「……今、そちらへ参りますよ!!」


―――ザッ!


聖「哀れなるかな、東谷風早苗」

早苗「!」


132 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:01:44 gxBwDpdc

聖「尊いその命を投げ出し、自ら亡霊の僕へと成り下がるか」

早苗「あなたは……」

聖「恨んだ者たちも、恨まれた者たちも、とうの昔にこの地を去ったというのに……」

早苗「あなたは妖怪寺の当主ではありませんか」

早苗「最近、方々を飛び回っているようですけど、あのネズミたちもあなたの差し金だったわけですね?」

聖「……」

早苗「やはりあなたを放っておいたのは間違いでしたね!」

早苗「あなたこそ諸悪の根源! 妖怪に与する者は、妖怪よりもさらに罪が重いものと知りなさい!」

聖「東谷風早苗よ、あなたに問う」

早苗「うん?」


133 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:02:42 gxBwDpdc

聖「妖怪と人との違いはどこにありますか?」

早苗「……?」

聖「彼らと私たちに何ら違いはない。なぜそのように、罪人を責める地獄の悪鬼羅刹の如く、妖怪を追い立てるのか」

聖「あなたが妖怪を追い立てるのは、あなた自身の心のみに有らぬということを知らぬのですか?」

早苗「何を言ってるのかまるで分かりませんね!! さっきから訳の分からないことをクチャクチャと……!」

早苗「そうやってご大層な口ぶりで信奉者を増やすのが、そちらの方針なのかしら!?」

聖「……」

早苗「しかし神の代理でもあるこの私に、そんなペテンが通じるはずもない!」

早苗「神とは真実の異名! そして私は神そのもの! 私の言葉こそ真実なのです!」

早苗「妖怪は全て邪悪な存在! 倒すことこそが唯一絶対の正義なのですよ!」

聖「……」


134 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:03:42 gxBwDpdc

早苗「そしてその妖怪に味方する者こそ、この世界最大の邪悪!!」

早苗「詭弁を並べ立てるあなたの方こそ、神の名を貶める悪鬼魔民に他ならない!」

早苗「我が神々の正義の威光によって、その罪の深さを知るがいい!」バッ

早苗「客星忘日衝ッ!!」

聖「愚か者め!!」バッ



聖「紫雲のオーメン!!」



――――カッッ!!


ズドドドドドォッッ!!


135 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:04:42 gxBwDpdc


早苗「」

ドサッ…


聖「東谷風早苗……何と救い難き女人か」


ゴゴゴゴゴゴゴ……


聖「時が来るまで、あなたはそこで眠っていなさい」


―――ズズズゥゥゥン!


響き渡る轟音と共に、早苗は光の届かない世界へ落とされた



136 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:05:37 gxBwDpdc

~聖輦船~


ナズ「届けぇぇえええ!!」ブンッ


ドカッ!


ナズ「ぐ! わわわっ……!」フラッ


ギシッ…


ロッドを船の縁に突き立てて、必死にそこへしがみ付く


ナズ「はぁ、はぁ……ふんっ」バッ


ドドッ……


137 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:06:33 gxBwDpdc

ナズ「はぁ、はぁ……何とか……はぁ、はぁ、ここまで来たぞ!」

ナズ「……」チラッ

ナズ「結構大きい傷付けちゃったな。後で村紗に謝っておか―――!」サッ



―――ドパァァァァン!!



突如現れた水流により、ナズーリンの居た場所は縁ごと押し流された


村紗「謝る必要などありませんよ」


138 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:07:25 gxBwDpdc

村紗「どうせあなたはここで終わりなのですから」

ナズ「……ははっ、元気そうだね、村紗」

村紗「そのまま大人しくやられてくれたら、もっと元気になれたのですけどね」

ナズ「そう言ってくれるなよ。こっちだってそれなりの用事抱えて来たんだからさ」

村紗「……覚悟するがいい。私はあの三人のように甘くはない」

ナズ「だろうね!」ダンッ

村紗「ディープヴォーテックス!!」


ドドドドドドッッ!!


ナズ「ナズーリンペンデュラム!!」


139 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:08:41 gxBwDpdc

ゴガァァァァン!!


水流と水晶の渦が激突する
その中心へ両者は駆けて行く


村紗「落ちよ……撃沈アンカー!!」ブンッ

ナズ「……」グッ


――――ドヒュンッッ!!


巨大な錨がナズーリンめがけて飛んで行く
しかし対するナズーリンは技を撃とうとしない


ナズ「はっ!」ダンッ!


140 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:09:27 gxBwDpdc

村紗「!」

ナズ「……よっと!」スタッ


村紗の放った錨は跳び上がったナズーリンの傍を素通りして行った


ナズ「村紗、そこを通してくれ。喧嘩しに来たわけじゃないんだ」タタタッ

村紗「そうであれば早々に立ち去ることですね」タタタッ

村紗「できれば船からというよりこの世から! 沈没アンカー!!」ブンッ

ナズ「……!」


――――ビシュンッッ!!


141 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:10:02 gxBwDpdc

今度は錨を避けようともしない
だがその錨も当たることはなかった


スゥ……


村紗「!」


ナズーリンは錨が激突する直前にほんの少しだけ体をずらし、その射撃をやり過ごした
当たるものと見越していた村紗は、咄嗟に次の攻撃へ移ることができない


村紗「速い……! ならば!」スチャ

村紗「ディープヴォーテックス!!」

ナズ「ゴールドラッシュ!!」


142 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:10:56 gxBwDpdc

村紗「シンカブルヴォーテックス!!」

ナズ「!?」


――――ドドドドドドォォォッッ!!!


ナズ「うわあっ……!!」

村紗「ファントムシップハーバー!!」

ナズ「!!」


ドパァァァァン!!


ナズ「ぐわああッ!!」


143 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:11:31 gxBwDpdc

連続して打ち出される水流に、ナズーリンは飲み込まれていく


ドドドドドド……


村紗「…………」


溢れ出す水圧が全て船から流れ落ちた時、村紗はその瀬戸際に刺さる黒いものを見つける


村紗「これでもまだ落ちないのですか」

ナズ「ぐ……さ、さすがだ」グイッ

ドサッ…

ナズ「はぁ、はぁ……ロッドが無かったら……はぁ、はぁ……間違いなく、あの世行きだったよ」


144 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:12:03 gxBwDpdc

村紗「これでは切りがありませんね。まずはそのロッドを叩かなければ」ダンッ

ナズ「そうはいくか!」ダンッ


―――ガキンッッ!!


ナズ「ぐ……う」ギリギリ…

村紗「なかなかに頑丈なロッドですね」

村紗「ですが、持ち主はそうでもないのでしょう?」スッ

ナズ「!」バッ

村紗「この距離ならば外さん! 道連れアンカー!!」

ナズ「メタルガーディアン!!」


145 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:13:00 gxBwDpdc

ガガガガァァァン!!


ナズ「く……」ザザッ

村紗「これでも駄目ですか……ディープシンカー!!」


ドドドドォォォッ!!


ナズ「!」グッ

―――ドガッ!


またも水流が押し寄せる
咄嗟にナズーリンはロッドを甲板に突き立てる
そしてそのまま水の中に埋もれていく


146 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:14:19 gxBwDpdc


村紗「…………」



村紗はナズーリンの動きを予測していた
おそらく向こうも、水が全て流れ落ちるのを待つほど愚かではない
そのような隙を自分が与えるわけがないと知っているからだ
ならば次の水流が現れる前に姿を現すだろう


ザパァァァン!


村紗「そこかッ!!」ブンッ


放った錨の先がナズーリンの顔面に届く
今度こそ討ち取った!


147 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:14:50 gxBwDpdc

村紗「……!!」


ブワァア……


だが錨は衝突することなく、そのまま空を貫いていく
ナズーリンの姿は煙の如く霧散した


タタタタッ!


ほんの一瞬気を取られた隙に、ナズーリンはその真横を駆け抜けて行った


ナズ「悪いな村紗! 私は聖様の所へ行く!」

村紗「……」


148 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:15:48 gxBwDpdc
村紗が捉えたのはナズーリンではなく、その残像であった


『シンカーゴースト』


村紗が得意とする、相手の目を欺く幻術
ナズーリンはその技を奪って見せたのだ


村紗「……見事!」ニヤリ









149 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:17:37 gxBwDpdc



……聖白蓮は奥の部屋で侵入者を待ち構えていた
その腕には赤子が抱えられている


アゥ… ア…


聖「ふふ、あなたはまるで無邪気ですね」


聖は指で顔を撫でて赤子の機嫌を取る
その反応によるものか、赤子は少し笑っているように見えた



タタタッ…


150 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:20:03 gxBwDpdc

―――ザザザッ!


聖「……」


ナズ「はぁ、はぁ、はぁ……」

ナズ「ひ、聖様……」


聖「何用ですか? ナズーリン」

聖「私の記憶が確かなら、あなたは破門にしたはずですよ」

聖「もうここに用などないでしょう。見なかったことにしてあげますから、直ちに目の前から消えなさい」


151 : ◆0dUQJag7fY :2014/11/28(金) 15:21:32 gxBwDpdc
―――バンッ!


聖「……」

ナズ「用ならば、ある!」


ナズーリンは両手を床に叩きつけて跪く


聖「ほう? ではその用事とは?」



ナズ「主との誓いを、果たしに来た!!」




159 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:26:33 .BwDIBC6

アッアッ… アウ…


ナズ「……」


ナズーリンの返答から既に三分が経過している
聖は赤子を抱いたまま微動だにせず押し黙っている
ナズーリンもまた同様であった

静寂な空間に赤子の声のみが響く


ナズ「…………」


アァー!


ナズ「!」ビクッ


160 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:27:48 .BwDIBC6

聖「どうですか? すっきりしたでしょう」ニコッ


アッアッ アァー…


ナズ「……」

聖「……して、その誓いとは如何に?」

ナズ「わ、私は、かつての主寅丸星から、お子の面倒の一切を見るようにと仰せつかったのです」

ナズ「その子を必ずやお守りする! それが私の最後のお役目……いえ、私と星との誓いなのです!」

聖「はぁ……」

ナズ「……」


161 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:29:15 .BwDIBC6

聖「ふぅん……そうですか」ユサユサ


アッ アッ ウァー…


聖「どうですか?気持ち良いでしょう。こうやって揺らされていると」

ナズ「……ひ、聖さ」

聖「そんな妄言を唐突に突き出して、はいそうですかと渡すものと思ったのですか?」

ナズ「……!!」


162 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:30:33 .BwDIBC6

聖「星に頼まれた?? そんな証拠がどこにあるというのです」

聖「むしろ赤子に敵意を持っていたあなたならば、この子を仇と思っていたとしても何ら不思議ではない」

ナズ「それは……」

聖「もしや有りもしない出鱈目を言って、奪い取った後でこの子を害するつもりだったではありませんか?」

ナズ「そ、そんなことは!」

聖「もうお帰りなさい。いずれにせよ、命の尊さも分からぬ者に任せる道理はありません」

ナズ「い、嫌だ! 私にはもう、帰る場所なんてない!」

ナズ「ご主人との誓いを果たす!……も、もう、そこにしか希望はないんだ!」


聖「控えよナズーリン!!」


ナズ「!!」


163 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:31:22 .BwDIBC6

聖「先ほどから聞いていれば何ですか」

聖「誓いだの希望だのと、出て来るのは自分本位な言葉ばかり」

ナズ「……!」

聖「ならばこの子はあなたにとって何なのですか? 自分の心を満足させるための単なる手段ですか?」

ナズ「い、いえ……決してそのような……」

聖「何が違うものですか。現にあなたはその誓いとやらが無ければ、この子を見捨てるつもりでいたのでしょう」

ナズ「!!」

聖「守る? よくもそんな白々しい言葉が言えたもの」

聖「あなたはこの子の顔など見てはいない。その向こう側にいるかつての主にしか、あなたは関心がない」

聖「今のあなたの口から出る言葉の一つ一つが、目の前の命を侮辱しているとなぜ気が付かない!」

ナズ「ぐっ……!」


164 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:32:23 .BwDIBC6

ナズーリンは顔を伏せるしかなかった
聖の言葉は自分の本質を見抜いた上でのものだったからだ


アアァー!!


聖「おっとすみません。少し声が大き過ぎましたね」

聖「響子」

響子「……はい」スッ

聖「向こうで他の者たちと一緒に、この子をあやしてあげてください」

響子「畏まりました」

ナズ「う……ううっ……!」グッ


165 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:33:03 .BwDIBC6

ナズーリンは顔を上げることができない
自分は何のために誓いを果たそうとしたのか
星のためと思いつつ、それは自分のためではなかったのか

否、星のためにそうしたとしても、それは子のためではない


聖「ナズーリンよ、あなたはあの子の身上を少しでも思いやったことがあるのですか」

聖「たった一人の母親とは死に別れ、その を飲むことができたのは生まれ出でた瞬間のただ一度きり」

聖「最初で最後の母の を口に含んだその時、頼るべき母は既にこの世を去っていたのですよ」

聖「矮小でか弱く、自分を愛してくれる母親すらなく、それでも懸命に生きようとして出来ることはたった一つ」

聖「力の限り泣き叫び、自分は確かにここにいると知らしめることだけなのです」

聖「その健気なる命の咆哮に、あなたはほんのわずかでも思いを巡らせたことがあるのですか」

ナズ「…………」


166 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:34:50 .BwDIBC6

自らの愚かさを突き付けられ、何も言い返すことができない
何もかも聖の言う通りだった


ナズ「それでも……ッ!」ググッ

聖「……」


ナズーリンはもう一度顔を上がる


ナズ「それでも私は、その子を守らなければならない!」

聖「それは自分のためにですか? それとも星との誓いによってですか?」

ナズ「どちらでもない!!」


167 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:35:29 .BwDIBC6

聖「どちらでもない、とは? ではあなたは、何のためにあの子を連れ出そうと言うのですか?」

ナズ「それは……分かりません!」

聖「分からない?」

ナズ「誓いなんて関係ない! お役目なんてどうだっていい! でも……!」

ナズ「私はあの子を守る! これだけは絶対に他の奴には譲らない!」

ナズ「例えその障害となる者が、あなたであっても!」

聖「…………」


その瞬間、聖の背後で何かが動くのが見えた


168 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:36:33 .BwDIBC6



―――ドッッ!!




ナズ「―――がっ!?」

聖「……」

ナズ「ぐっ?……あ……ご……」ヨロッ


膝を付きそうになりながら、必死に姿勢を正す
その直後、二度目の衝撃が訪れる


169 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:37:50 .BwDIBC6



―――ゴッッ!!




ナズ「ぎっ!!?」

聖「……」

ナズ「……あ…………」ヨロッ

ナズ「ふ、うう……ッ!」ググッ


突然腹に穴が開いたのかと思うような痛みが、ナズーリンの体を貫いた
かすかに残る意識を頼りに思考を働かせる
痛みを堪えながら腹に手を当てるが、穴は開いていない


170 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:40:09 .BwDIBC6



―――ドッッ!!




ナズ「―――ッッ!?」

聖「……」

ナズ「は―――あ―――ッ?」


今度は胸部に衝撃を受けた
心臓が破裂したのかと思ったが、鼓動は続いていた


171 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:41:32 .BwDIBC6

聖「十四回。あなたにも覚えがあるでしょう」

ナズ「!!」


その数をナズーリンは知っていた
忘れるわけがない




―――バゴッ!




ナズ「―――――!!」


172 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:43:13 .BwDIBC6

聖「……」

ナズ「お…………」


今度は顔に衝撃が来た
潰れた顔から鼻血が止め処なく溢れ出る




―――グシャッ!




ナズ「ッッ!?」


173 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:44:39 .BwDIBC6

聖「どれほど辛かったでしょう。どれほど苦しかったでしょう」


今度は右腰の部分
ナズーリンには、まるで自分の体が勝手に自壊しているように感じられた
しかし本当はそうではない




―――メゴッッ!




ナズ「は――――!!」


174 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:49:04 .BwDIBC6

聖「それでも星はあなたを拒まなかった」

聖「あなたの為した全ての罪を、星はそのか弱い体で受け止めたのです」

ナズ「ご、ご主じ―――」




―――ゴッッ!!




ナズ「がッ!!」ヨロッ…


衝撃が走る度に聖の髪が揺れ動く
それを目で見て確認した時、聖は既に拳を打ち終えているのだ

動作の瞬間すら意識させないその速さには、如何なる対処も無意味である
元より聖は避けさせる気など無かったし、ナズーリンもまたその通りであった


175 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:51:31 .BwDIBC6

――キンッ


ナズ「ぐッッ!!」


――カッ


ナズ「ごッ!!」


――キンッ


ナズ「あッ!……ご……ッ」


一輪「……」

村紗「……」


176 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:54:03 .BwDIBC6

物理限界を突破する衝撃音と、ナズーリンのうめき声のみが響く


ナズ「はぁ……はぁ……はぁ……」

聖「……」



…………十四回



その全ての拳を受け切っても、ナズーリンは膝を付かなかった
星がただの一度たりとも弱音を吐いたことがないように、従者たる自分もまた倒れるわけにはいかない
聖が拳を収める頃には、ナズーリンは命を落としてもおかしくないほどに痛め付けられ、至る所から血を流してした


177 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:54:44 .BwDIBC6

聖「……あなたは、どうあっても星の子を連れて行きたいと言うのですか?」

ナズ「はぁ、はぁ……その通りです!」

聖「ならば勝負と参りましょう」

ナズ「はぁ、はぁ……勝負?」

聖「そうです。その勝負とはこれを使います」バッ

ナズ「!……これは」


ナズーリンの目の前に出されたのは、白い木板
その表面には色取り取りの模様と道のようなものが描かれている
それは命蓮寺に居た者は誰もが覚えのあるものである


178 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:55:54 .BwDIBC6

聖「これは模擬盤。寺にあった双六を真似て、私が作ったものです」

ナズ「……」

聖「ナズーリン、あなたにはこの双六で私と一対一の勝負をして頂きます。たった一度きりの勝負です」

聖「ここで見事私に勝利することが出来たならば、あなたの願いを叶えましょう」

ナズ「……!」

聖「私と勝負しますか? ナズーリン」

ナズ「無論です!」

ナズ「必ずや、あなたに勝ってみせる!」


模擬盤を挟み、ナズーリンは向かい合わせに端座する
痛みで意識が朦朧としながらも、決戦の舞台であるその盤上から目を離さなかった


ナズ「いざ……参る!」


179 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:56:50 .BwDIBC6

一輪「……村紗」

村紗「何でしょう」

一輪「あなたなら勝てると思う? 姐さんに」

村紗「……」

一輪「あなたの技術があれば、どんなサイコロだろうと好きな目が出せる」

一輪「ならば双六という土俵では、姐さんにも勝てる可能性があるんじゃなくて?」

村紗「ご冗談を」

一輪「やっぱり駄目かしら?」

村紗「はい。私が双六で、聖に勝てるはずがありません」


180 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:57:38 .BwDIBC6

コロッ…

聖「二マス進むっと」

コロッ…

ナズ「……四マス進みます」


双六の道のりは既に三割に達していた

ナズーリンは思案していた
結局のところ、この勝負は賽の目をいかに操るかに明暗が分かれる
ならば自身の望む目を出した者こそが勝利を収める


181 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:58:44 .BwDIBC6

コロッ…

聖「三マスですね」

コロッ…

ナズ「五マス進みます」


賽の大きい数、四・五・六は全て隣り合って配置されている
つまりその中心を上に向くように投げれば、それだけ有利に駒を進めることができるのである

そのために力を加減して賽を振ることはさほど難しくはない
開始から今までの経験も相まって、この賽の癖もほぼ掴みかけている

その目論見はここまでは当たっていた
既に聖から十三マスも先を行っていることにも自信を持ち始めている
なおかつ聖との差はこれからさらに開く見込みが強いのだ


182 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 22:59:52 .BwDIBC6


……いける!



その時ナズーリンが勝利を確信したことも無理はない
しかしその確信が単なる慢心でしかないことに、ナズーリンはすぐに気が付く


コロッ…

ナズ「よしっ!……六マス進みます!」スッ

聖「ふむ」

ナズ「……」チラッ


183 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:04:02 .BwDIBC6

ナズーリンは頭の中で再度戦術を見直す

聖様との差は現時点で四十七マス
もはや偶然や運では覆しようのない距離が開いてしまった
後は上がりのマスに丁度辿り着く目を出すだけで勝利は手に入る
それまでに賽の振り方を完全にマスターしておく必要はあるが、これでもう安全圏にまで到達したのだ


聖「うーん……」

ナズ「……?」


聖様は賽をまじまじと見つめ、何やら思案顔をされている
まさか賽にイカサマをしているなどとイチャモンを付けるおつもりではないだろう
一度始まってしまった勝負は決着が付くまで終了などしない
聖様が臨む勝負ではなおさらだ


184 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:04:42 .BwDIBC6

ナズ「…………」


ここでナズーリンは自身の甘さを悟る
聖が信じられない行動に出たからだ


聖「……」サッ


聖の手は賽を握ったまま、盤上に近付いて行き……


聖「よいしょ」

トン!


賽『六』


185 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:05:24 .BwDIBC6

ナズ「……?」

聖「六マスですねー」スッ

ナズ「!?」

ナズ「ひ、聖様……何を?」

聖「え? 何というのは?」

ナズ「今ですよ今! 今!……その……賽を振っていないではありませんか!」

聖「何を仰るのですか? ちゃんと振って見せたではありませんか」

ナズ「そ、そんな……審判!」

ナズ「今不正が! 審判ッ!!」


186 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:06:03 .BwDIBC6

一輪「……」

村紗「……」


小傘「べろべろばぁ! べろべろばぁ!」

響子「脅かしちゃ駄目よ、小傘」


ナズ「…………!!」


誰も聖のしたことを咎めようとする者はいなかった
その時になってナズーリンは理解する

ここは聖の領地たる聖輦船
全ての決定権を聖が握り、対する自分には味方など一人もいない
強制力を持った第三者がいない勝負に、公正なルールなど有って無きが如し
全ての事柄は聖の意のままに運ばれるのだ


187 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:06:38 .BwDIBC6

ナズ「こ、これじゃあ……」

聖「どうかしましたか? あなたの番ですよ、ナズーリン」

ナズ「ぐ……」


ここでナズーリンは反撃に出る


ナズ「で、では……」スッ

トン!


賽『六』


188 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:07:33 .BwDIBC6

聖「……」

ナズ「……それでは、六マス」

聖「お待ちなさい、ナズーリン」

ナズ「!」

聖「あなたはまだ賽を振っていないではありませんか」

ナズ「は……はい」


しかしその反撃は空しく一蹴される


189 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:08:27 .BwDIBC6

聖「賽を振るというのはですね、このように空中で手を放して、賽が転がっていくに任せるものなのですよ?」

聖「そのように好きな目を出してしまっては、賽の意味がなくなってしまうではありませんか」

ナズ「……はい」

聖「ではもう一度」

ナズ「……」サッ


―――パシッ


ナズ「!?」


トン!


190 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:09:30 .BwDIBC6

聖「おっと、あなたにしては珍しい目ですね」


賽『一』


ナズ「…………」


またも聖は強行手段を取った
ナズーリンが投げた賽を空中で奪い取り、そして一番小さい目が出るように再度”振って見せた”のである


ナズ「い、今のは……!」

聖「え?」

ナズ「今のは、何ていうか、その……」

聖「どうしました? もしや負けるのが心配になってきているのですか?」


191 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:10:22 .BwDIBC6

聖「私とはまだこれだけの差を付けているのですから、慌てる必要などないでしょうに」クスッ

ナズ「…………」


もはやこれは双六ではない
始めから全ては聖の手の内にあったのだ


トン!


賽『六』


聖「おや、私も良い目が出てくるようになりましたね~」


192 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:11:04 .BwDIBC6

聖「これはもしかすると、勝負は分からないかも知れませんよ?」スッ

ナズ「……」

聖「いち、にい、さん、しい……ごお、ろく」

ナズ「……」

聖「しち、はち、きゅう、じゅう……っと」

ナズ「!?」

聖「さっ、ナズーリンの番ですよ」

ナズ「は…………はい……」サッ


―――パシッ

トン!


193 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:11:49 .BwDIBC6

賽『一』


ナズ「ううっ……」

聖「おっと、またしても低いところですね」

聖「これはいよいよ私にも運が巡って来たのかも!」ニコッ

聖「ではもう一振り」

トン!

聖「……しい、ごお、ろく、しち」ススッ


―――カンッ


ナズ「!?」


194 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:13:06 .BwDIBC6

遂に聖の駒がナズーリンの駒を追い抜いたその時、聖の鬼畜調整が火を噴く
聖の暴走運転によりナズーリンの駒は弾かれ、通路を飛び越えて進行を後退させられた
弾かれた先のマスは振り出しからほど近く
一気に百マス近くも下げられてしまったのである


ナズ「」


ナズーリンは絶句した

何というえげつなさか
情け容赦ないとはまさにこの事
聖に比べれば、配下四人の猛攻も優し過ぎるぐらいだ

だがそれでも自分は勝利しなければならない
頭の天辺からつま先まで、全身が自分ルールで出来上がっているようなこの相手に


195 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:14:01 .BwDIBC6

聖「おやおや、これはお気の毒に」

聖「もう何回連続か分からないほど、一ばかり出ていますね」

ナズ「……」


しかしどのようにして反撃に出れば良いのか
ナズーリンにはまるで検討が付かない

たった一つの明確な解は、この聖輦船において聖すら凌ぐ強制力を持つことだ
しかしそれだけは絶対に不可能である

本気になった毘沙門天すら、聖は力ずくで押さえつけて見せたのだ
配下四人の力を全て合わせて、その数十倍数百倍にしたとしても、今の聖の戦力には及ばない
ましてお役目を解かれ力を失った今の自分に、聖を上回る方途などない


196 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:14:48 .BwDIBC6

聖「さん、しい、ごお……」ササッ

ナズ「……」


もはや聖はマスを一つ一つ進むという規則すら無視している
一歩進むごとに何マスも飛び越え、そればかりか通路を外れて近道すらするようになっていた
あっという間に勝負は終盤に持ち込まれてしまう
自分のこの手を最後に、聖は勝利を手にしてしまうだろう



ナズ「…………ッ!!」


197 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:15:44 .BwDIBC6



やるしか――――ない!!




ナズ「い……行けえッ!!」サッ


―――パシッ

トン!


賽『一』


198 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:16:34 .BwDIBC6
ナズーリンは自分の駒を握り、持ち上げる


聖「……」


駒は高々と上がり、そして一点めがけて振り下ろされる


――タンッ!


駒が降ろされたマスには、『上がり』と書かれている
ナズーリンは対戦者を睨み付けた



ナズ「私の、勝ちです!!」





199 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:17:18 .BwDIBC6
聖「……ナズーリン、今あなたに出た目は一だったはずですが?」

ナズ「そうです!」

ナズ「だからこのように、一歩進んだのです!」

聖「……」

一輪「……」

村紗「……」

響子「……」

小傘「……」


アウー… アッアッ…




200 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:18:00 .BwDIBC6

しばしの静寂の後、聖はゆっくりと口を開ける


聖「……より早く上がりに辿り着いた者が勝利する」

聖「双六とはそういうものですね」

ナズ「…………」

聖「しかしなぜ早く着いた者が勝ちと言われるか分かりますか?」ピタッ


聖は賽の真上に人差し指を置く


聖「それは、順序以外に争う要素がないからです」


201 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:18:30 .BwDIBC6

聖「これはもう必要ありませんね」ググッ


―――パキンッ


ナズ「!?」


そのまま賽は砕け散った
そして、聖は自らの駒に手をかける


聖「ですが、いつの時代、いかなる世界においても……」スッ

ナズ「!!」

聖「勝者とは、最後まで立ち続ける者のことを言うのです」


202 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:19:20 .BwDIBC6

聖の駒は一直線に上がりへと突き進む

まだ終わってはいない
この瞬間こそが本当の勝負なのだ



ナズ「うわぁぁああああッ!!」ブンッ



――――あの駒を上がらせてはならない!


ナズーリンは即座に理解した
あの駒が自分と同じ場所に辿り着いた時、自分の勝利の芽はそこで潰えてしまうのだ


203 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:20:21 .BwDIBC6

ロッドを振りかぶり、聖の駒を破壊する
それ以外に勝利の道はない

だが金剛石より硬い聖の手に守らた駒に、ただのロッドが敵うはずがない
ならばありったけの錬度を以ってロッドを鋼とするしかない


ギキィィィン…!


振り下ろすその瞬間に、宇宙一の硬度を持つロッドが完成する


ナズ「お覚悟ッッ!!」


――――ズドォッ!!!


ナズ「――――――がっ!?」


204 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:21:13 .BwDIBC6

ミシミシミシッ…


ナズ「ぐっ……げぶッッ!!」


ビシャッ…


聖「……」


吐いた血が盤上を赤く染める
駒が握られた聖の手は突如空中に飛び、ナズーリンの腹にめり込んだのだ

今度は先ほどのような手加減された打撃ではない
躊躇なく命を取りに来た一撃であった

もうナズーリンのロッドは駒には届かない
視界が消失し、もはや盤すら見えていない


205 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:21:52 .BwDIBC6

――バキンッ!


聖は残る手で超合金のロッドを握り潰す
全ての手段を封じられたナズーリンは、そのまま前のめりに倒れていく




ナズ「お……」







ナズ「ぁぁああ!!」


ヒュッ…


206 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:22:46 .BwDIBC6


―――――ゴシャァァン!!




カランカラン…


一輪「!!」

村紗「……!」


聖「……」


207 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:25:01 .BwDIBC6
ナズーリンは気を失っていた
しかし倒れる間際にその意地を残した
床に伏せるその瞬間、自らの手で模擬盤を叩き割ったのである

盤上の世界は粉々に砕け散り、もはやかつて上がりと呼ばれた場所は消滅してしまった
もう誰も、上がりには辿り着けない




聖「よろしい!!」




208 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:25:54 .BwDIBC6

聖が立ち上がり宣言する


聖「見事なり、ナズーリン!!」

聖「絶対的な窮地に陥るとも、なお失わぬ勇気と知恵!」

聖「その不屈にして金剛不壊なる精神こそ、まさしく唯一無二の勇者の証!」

聖「やはり星の目に狂いはなかった……村紗!」

村紗「はっ!」


ザバッ!

バシャッ…!


ナズ「はっ!?」ガバッ


209 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:26:49 .BwDIBC6

響子「お疲れ様でした、せんぱい!」

一輪「さすがは星の従者、見上げたものだわ」

小傘「遂にやりましたね!」

ナズ「え? しょ、勝負は……?」

聖「認めましょう、ナズーリン」


聖「あなたの勝ちです!」ニコッ


210 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:27:43 .BwDIBC6



――


――――


――――――――



聖「私は星の所へ向かいます」クルッ

永琳「……」


211 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:28:35 .BwDIBC6

村紗「何か申し開きすることはありますか?」

永琳「いいえ。何もないわ」

永琳「全て、その通りよ」

一輪「……」

村紗「……」ギリッ

村紗「……私には、あなたを罰することはできない」

村紗「しかし約束は守ってもらう」

永琳「ええ、もちろ―――」



―――バゴッ!!


ガシャァアアン!!


212 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:29:06 .BwDIBC6

村紗「!」


永琳「ぐ……ッ!」ドサッ…


てゐ「!!」

鈴仙「お、お師匠様!」

一輪「一発ぐらいは殴らせろ!!」

鈴仙「……!」グッ

永琳「…………」


213 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:29:39 .BwDIBC6

一輪「私は少し出かける。後は頼んだわよ」クルッ

村紗「どちらへ?」

一輪「どこだっていい!」

一輪「今あいつがここに戻って来たら、私は殴り殺さずにはいられない!!」

村紗「……そうですか」


一輪は怒りを押し殺しながら永遠亭を飛び立つ
ちょうどその時、聖は星の部屋に到着した


214 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:30:45 .BwDIBC6



聖「……星、あなたの言う通りでした」

星「そうですか」スッ

聖「何をしているのですか!? やめなさい!」

星「……」

聖「今言ったばかりではありませんか!」

聖「それは飲んではならない! あのネズミが持って来たのは薬などではないのです!」


215 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:31:20 .BwDIBC6

星「そうかも知れませんね」

星「聖、あなたはこれを毒として見るのでしょう」

星「しかし私はそのようには思いません」

聖「何を言って……」

星「仏は甘露と見る、地獄に住まう者は業火と見る、そして人はそれを『水』と呼ぶ……」

星「その譬えが教える通り、この薬は私にとっては薬どころではないのです」

聖「今はそんな屁理屈を捏ねていられる場合ではないのです!」

聖「それを飲めば、ただ苦しみを増すだけなのですよ!」


216 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:31:53 .BwDIBC6

星「いいえ、私はこれを飲まなければなりません」

星「これは断じて毒などではありません。飲めば分かります」スッ

聖「やめなさい! やめなさいったら!」

星「……」

聖「はぁ、はぁ……どうして!」

聖「どうしてそこまでして、あの裏切り者を庇おうとするのですか!」

星「裏切り者とは、ナズーリンのことでしょうか?」

聖「他に誰がいると言うのですか!」

星「彼女は私を裏切ってなどいません」

聖「!?」


217 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:32:28 .BwDIBC6

星「私のためを思えばこそ、あなたに八つ裂きにされることも覚悟の上で、これを持って来たのです」

星「これを飲めば分かることです。彼女がどれほど私のことを思ってくれているのか……」

聖「な、何を言っているのですか……私には……」

星「もう一度よくよく調べてご覧ください。この薬には、ちゃんと本来の効能があるのです」

聖「……?」

星「この薬は、お腹の子にだけは絶対に影響が及ばぬよう作られているのです」

聖「!?」

星「この千年、ナズーリンはずっと私のことを見守ってくれていました」

星「なればこそ分かるのでしょう。何をすれば私が喜び、また悲しむのか」

聖「……」


218 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:33:20 .BwDIBC6

星「ナズーリンは私が悲しむことは絶対にしません。この薬が教えてくれる通りです」

星「私が子を失えば、どれほどそのことに悲しむのか……彼女はちゃんと分かっているのです」

星「だから殺すことはできない」

聖「!!」

星「たとえ仇だと分かっていても、それだけはどうしてもできないのです」

星「考えてもみて下さい、聖」

星「ただ私の命を先延ばしにしたいだけならば、こんな回りくどい薬など作る必要はないのです」

星「堕胎の薬を含ませてしまえば、それで事は全て済んでしまうのですよ」

星「でもナズーリンはそうしなかった」

聖「…………」


219 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:34:35 .BwDIBC6

星「それでも私の命を助けようとしたからこそ、このように知恵を絞ったのです」

星「後であなたたちから責められることも承知の上で、あえてそうしたのですよ」

聖「それは……」

星「ならばこれは私にとって薬どころではなく、もちろん毒などではありません」

星「私にとって、これはまさに命そのもの」

星「私がこれを飲まなければならないというのは、そういったことです」スッ

聖「……」

ゴクッ… ゴクッ…


もう聖には何も言えなかった
計り難きその気高い精神の前には、聖といえどもただひれ伏すしかなかったからだ


220 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:35:15 .BwDIBC6

星「聖、最後に一つだけ頼みがあります」

聖「……言ってごらんなさい」

星「事が済めば、あなたはナズーリンを放逐するでしょう」

聖「!」

星「あなたたちの心情を思えば、それは仕方のないことです。でも」

聖「……」

星「ナズーリンは必ずあなたたちの下へ帰って来るでしょう」

星「その時は、彼女をしっかり鍛えて頂きたいのです」

聖「少しお待ちを……帰って来るとは?」

星「この子の全ては、ナズーリンに託したい。私はそう思っているのです」

聖「!!」


221 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:35:51 .BwDIBC6

星「彼女がこの子の一切を引き受けてくれるならば、もう私には何の憂いもありません」

星「さすればあなたたちも、私の子も、そしてナズーリンも、皆共に等しくその果を得るでしょう」

聖「…………分かりました」スッ

聖「何もかも、あなたの仰る通りに致します……!」

星「どうかよろしくお願いします」

聖「はい!」

星「ナズーリンは強くなりますよ。きっと、あなたたちの誰よりも」ニコッ

聖「……少し休みましょう。あまり長話をしていては体に障ります」

星「はい」


222 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:36:45 .BwDIBC6

聖「…………」


ガクッ…


星が眠りに就いて間もなく、聖はその場で地に伏した


聖「お……」


聖「おおっ……! おおおお!!」

聖「星ッ!! あ……あなたは……!!」


聖は泣いていた
弟に先立たれた時、師匠を失った時ですら流さなかった涙を、今聖は流していた


223 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:37:24 .BwDIBC6

聖「ああぁぁああああ……ッッ!」


何という輝きか
何という気高さか
もはや出会った頃の臆病な虎はそこにいなかった
光り輝くその姿は、とうに人妖の次元を超えていた

自分は今まで、星を正しき道へと導いてきたつもりだった
しかし真実は違った

自分が星を選んだのではない
寅丸星こそが、この聖白蓮を選んだのだ
星を守護する無数の諸天善神・梵天・帝釈・如来が、自分を星の下へと遣わしたのだ


聖「星…………」


224 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:38:11 .BwDIBC6

嗚咽混じりにながらも、聖はその言葉を口にした



聖「あなたには……負けましたよ…………」



水を燃やすは易し

山を投げるは易し

銀河を跳ぶは易し




――――されど、菩薩に会うは難し


225 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/02(火) 23:38:52 .BwDIBC6
聖はこの言葉の真意を悟るに至った



――――――――


――――


――




232 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 18:48:36 uOtP4G6o

ぬえ「……あいつ、うまくやったかしら」


月を見上げながらぼんやり思った
神出鬼没でありながら幻影のようでもある聖輦船
時たま空中で見かけることはあっても、実際に辿り着ける者はいない

追っ手を撒いた後で気になって引き返してみたものの、もうそこに聖輦船はなかった
その後聖輦船を目にすることはなく、事の顛末も分からない
ナズーリンは聖へのお目通りが叶ったのだろうか


ぬえ「ま、私には関係ないけどね」

ぬえ「……ん??」


ザザッ…


233 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 18:50:05 uOtP4G6o

マミゾウ「久方ぶりじゃのう。元気でやっとるかえ?」

ぬえ「何だ、あんたか」

マミゾウ「おやおや、折角こうして会いに来たというのに随分な反応じゃの」

ぬえ「……」

マミゾウ「何じゃ? どうも張り合いがないのう」

マミゾウ「何か気になっとることでもあるのかえ?」

ぬえ「別に……」

マミゾウ「最近お主の活躍を耳にしとらんが、もうお化けは廃業したのかえ?」

ぬえ「やって出来ないことはないけど、どうも身が入らないのよねぇ」

マミゾウ「ふむ」


234 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 18:50:37 uOtP4G6o

ぬえ「そりゃ、前より魔法はずっとうまく使えるようになったけど、でも何かね」

マミゾウ「……」

ぬえ「今更そこらへんの奴を化かしても、大して面白くないっていうか……」

マミゾウ「ほぅ」

ぬえ「最近どうも調子が出ないのよ。これがスランプってやつかしら?」

マミゾウ「ふむふむ」

ぬえ「何かアッと驚くような面白いことでもあればいいんだけど……」

ぬえ「マミゾウ、あんた何か知らない?」チラッ

マミゾウ「儂か? ほっほっほ! そうさなぁ……」

ぬえ「……」


235 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 18:51:22 uOtP4G6o

マミゾウ「まあ無いことも無いんじゃが、おそらくはお前さんのお気に召すものは無いじゃろうな」

ぬえ「あっそ」

マミゾウ「ふむ……なるほどなるほど」

マミゾウ「それは違いないのう。確かにその通りじゃて」

ぬえ「何一人でブツブツ言ってんの?」

マミゾウ「そんなに気になるなら、追いかけてみれば良いじゃろう」

ぬえ「……は?」

マミゾウ「あいつらじゃよ、あいつら」

ぬえ「?」

マミゾウ「お主もあいつらが達者でやっているのか気になるんじゃろう?」


236 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 18:52:23 uOtP4G6o

マミゾウ「なかなかに面白い奴らじゃったから、心残りに思うのも無理はあるまいて」

ぬえ「……」

マミゾウ「ナズーリンならちゃんと到着したようじゃぞ?」

ぬえ「!」ピクッ

マミゾウ「しかしその後どうなったかまでは分からんがのう」

マミゾウ「ま、儂には関係ないことじゃからな?」ニヤニヤ

ぬえ「…………」

マミゾウ「さて、儂はそろそろ行くかの」

ぬえ「……あいつらは」

マミゾウ「うん?」


237 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 18:53:02 uOtP4G6o

ぬえ「あいつら、外の世界に行きたがってるみたいなんだけど……」

マミゾウ「……」

ぬえ「外の世界なんて行って、何するつもりなのかしら」

マミゾウ「さあな」

ぬえ「マミゾウ、あんたは外から来たんでしょ?」

マミゾウ「そうじゃの」

ぬえ「外の世界って、今どうなってるの?」

マミゾウ「外の世界か? ここと何も変わりゃせんよ」

マミゾウ「どいつもこいつも、あっちでもこっちでも好き放題遊び暮らしておるわい」

ぬえ「ふーん……」


238 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 18:53:37 uOtP4G6o

マミゾウ「ま、一つ違うことがあるとすれば、向こうはいつでも命がけになっとるくらいじゃの」

ぬえ「命がけ?」

マミゾウ「向こうは何かに付けては遠慮がないからのう」

マミゾウ「ちょっとでも気を抜けば、あっと言う間にあの世行きなんじゃよ」

ぬえ「……」

マミゾウ「しかし幻想郷に飽きたなら、外の世界に行ってみるのも良いかも知れんのう」

ぬえ「行ってみるって……それが出来ないから、あいつら未だにフラフラしてんでしょ?」

マミゾウ「さもありなん」

ぬえ「あんた、外からこっちに来たんでしょ?」

マミゾウ「そう言ったのう」

ぬえ「なら、また外に行く方法も知ってるんじゃないの?」


239 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 18:58:20 uOtP4G6o

マミゾウ「ほっほっほっほ!」

ぬえ「?」

マミゾウ「そんなにあいつらのことが心配かえ?」

ぬえ「いや、心配ってほどじゃないけど……結末がどうなるかは気になるじゃない」

マミゾウ「そんなの最初から知っておろう?」

ぬえ「え?」

マミゾウ「みんなまとめてあの世行きじゃよ。誰も生き残りゃせんて」

ぬえ「!?」

マミゾウ「お主もそう聞かされたから、ここにいるんじゃろう?」

ぬえ「……うん、まあ」


240 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 18:58:51 uOtP4G6o

マミゾウ「しかし物好きな奴らじゃのぉ~」

マミゾウ「いくら外に行きたいからって、命を落としてしまっては何にもならんじゃろうに……のう?」チラッ

ぬえ「……」

マミゾウ「とどの詰まりを言うとな、外へ行くこと自体は簡単じゃ」

マミゾウ「何も無縁塚なぞ越える必要はない……もっとも、あれは出口ではないんじゃがな」

マミゾウ「外へ出たいと念じておれば、いつの間にかそうなっとる。ここはそのように出来ておるんじゃよ」

ぬえ「……」

マミゾウ「ただしあいつらのような条件付きとなると、これは話が違ってくるわい」

ぬえ「どう違うってのよ」

マミゾウ「違うも違う。これはもう難事中の難事なのじゃぞ?」


241 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:01:08 uOtP4G6o

マミゾウ「何しろ、生きたままこの幻想郷を出た者は、未だ一人もいないんじゃからな」

ぬえ「??」

マミゾウ「不可能ではないのかも知れんが、ロケットやら扉でもって行き来するというわけにはいかなんだ」

マミゾウ「儂も確かに外にはいたんじゃが、そこでカタチを持っておったわけではないんじゃよ」

ぬえ「それって……どういうこと??」

マミゾウ「お主は三途の河というのは知っとるかえ?」

ぬえ「冥界にあるやつでしょ? それがどうしたの?」

マミゾウ「実を言うとあそこは三途の河ではなくての。正式な名称は『渡し』と言うんじゃ」

マミゾウ「本物の三途の河はもっとずっと激しい処なんじゃぞ?」

ぬえ「ホンモノ?? 閻魔たちが仕切ってる方は偽物ってこと?」


242 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:01:46 uOtP4G6o

マミゾウ「偽物とはちと言い過ぎかも知れんの。ちゃんとそれなりに機能しておるからな」

マミゾウ「しかし本家本元の三途とはやはり比べ物にならんわい」

ぬえ「……それ、どんな処なの?」

マミゾウ「さあのぉ……見る者によっては美しいと感じるし、また別の者には苦しいと感じたりするじゃろう」

マミゾウ「楽しいと感じる者もあるじゃろうし、悲しいと思う者もあろうて」

ぬえ「??」

マミゾウ「とにかくあれは一言では言い表せんよ」

マミゾウ「儂もあそこでは何とも言えん神妙な心持ちになってしまったわい」

ぬえ「……あんたはそこを通ってこの世界に来たってこと??」

マミゾウ「左様」


243 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:02:24 uOtP4G6o

マミゾウ「あいつらも外へ行こうとするならば、まず間違いなくあの道を通ることになるじゃろうて」

ぬえ「……」

ぬえ「じゃあ、その三途って処に行く方法はあるの?」

マミゾウ「んん? 何を言っとるんじゃ?」

ぬえ「え?」

マミゾウ「三途の河を渡れば命はないんじゃぞ? お主もそれぐらい知っておろう」

マミゾウ「それとも、お主がそれを知って何か得することでもあるのかえ?」ニヤリ

ぬえ「いや、別に……」プイッ

マミゾウ「……あいつらなら、今は紅魔館におる」

ぬえ「!」


244 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:04:48 uOtP4G6o

マミゾウ「もうそろそろ頃合かも知れん。追い付くなら今のうちじゃて」

ぬえ「……」

マミゾウ「じゃあ儂はもう行くかの。あまり長話しておっては年寄り扱いされてしまうからのう」バッ


ザザザザ…


ぬえ「…………」


ぬえは夜空を見上げた
空も月もこの地上も、いずれもいつも変わらぬ静かな幻想郷そのものである
しかし平静に見えるこの世界にも着実に変化の時が迫っている
何が起こるかは分からないが、この静寂がいつまでも続くことだけは決してあり得ない

他ならぬ自分自身が、そのことを本能のようなもので察していた


245 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:06:51 uOtP4G6o

~紅魔館~


村紗「そちらは如何でしたか?」

パチュリー「お察しの通りよ」

パチュリー「成果はなし。使いの者たちにも探させたけど、書庫にもそれらしき資料は無かったわ」

村紗「ふむ……」

パチュリー「もはや本当にあるのかどうかも疑わしいわね。外へ通じる道なんて」

一輪「困ったわね。いつまでもグズグズしてらんないってのに……」

聖「ではひとまず出口の件は置いておきましょう」

聖「焦っても仕方ありません。しっかり腰を据えて気分転換でもしましょう」

パチュリー「……」


246 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:07:55 uOtP4G6o

聖「……時にパチュリーさん、私はとある鬼を追っているのですけど、少し伺ってもよろしいでしょうか?」

パチュリー「鬼……」

聖「はい。少し前に懲らしめておくつもりで臨んだのですけど、結局最後は取り逃がしてしまったのです」

パチュリー「それは、もしかして伊吹萃香のことかしら?」

聖「あ、そうですね」

聖「その後、天狗たちにも行方を追わせてはいるのですが、なかなか足取りが掴めなかったのです」

パチュリー「そうねえ、あるいはその鬼そのものが消えてしまった可能性があるわ」

聖「と言いますと?」

パチュリー「鬼というものは、たった一度でも敗北してしまうと、もう鬼の形を保つことはできなくなるのよ」

パチュリー「あなたに負けて逃げて行った以上、既に伊吹萃香は鬼ではなくなっている可能性が高いわね」

聖「はぁ」


247 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:08:40 uOtP4G6o

村紗「……ちょっと失礼、鬼が鬼でなくなる、とは?」

村紗「彼女たちは死なない限り、ずっと鬼なのではありませんか?」

一輪「……」チラッ

パチュリー「過去を調べる限り、敗北を経験した鬼の中には、その後行方を晦ませてしまう者が多い」

パチュリー「負けても去らずにいる者もあるけど、それは皆何らかの制限を自らに課して、限定的な勝負をした者だけ」

パチュリー「というより、ほとんどの鬼たちは制限付きで戦うのが常。本気の真剣勝負は実は数えるほどしかやっていないのよ」

パチュリー「そしてその真剣勝負で負けてから、その後再び姿を現した鬼は過去にただの一つも例がない」

一輪「……」

村紗「……」


248 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:09:30 uOtP4G6o

パチュリー「おそらく考えられるのは、鬼は全力で戦って負けてしまうと、その瞬間に消滅に近い現象が起こる」

パチュリー「あの連中が力を出し惜しむ理由なんて、それ以外には考え難いわ」

パチュリー「鬼は好戦的なものと考えられているけど、あいつらだって自らを惜しむ心ぐらいは持っているのよ」

聖「なるほど……」

パチュリー「その鬼も敗北を悟って自ら逃げ出したとあれば、もはや『伊吹萃香』として探しても無意味なのかも知れない」

聖「そうだったのですね……しかし、それでも私は探すのを諦めてはならない事情があるのです」

パチュリー「?」

聖「私の知る妖怪にお聞きしたのですが、実は彼女の居場所が掴めそうなのです」

パチュリー「……どういうこと??」

聖「私には詳しい事情は分からないのですが、その方によれば……」スッ


249 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:11:44 uOtP4G6o

聖「この方角の、おおよそこの辺りにいるのだとか」

パチュリー「ここは……いえ、ここには何も無いはずよ」

パチュリー「その辺りにはもう森しかないし、そもそもこんな遠くまで行ける奴はいないわ」

聖「そこを押してお頼みしたい。どうかこの座標に誰かいないか調べて欲しいのです」

聖「彼女の手がかりを掴めたのであれば、私にはあれを封印する義務があるのです」

パチュリー「ふむ。まあやってはみるけど、成果は期待しない方が良くてよ?……ちょっとそこの!」

小悪魔「あ、はい」

パチュリー「大至急、計測器をここに書く通りに合わせて演算させなさい」

パチュリー「場所は方角45.683のTK7862。距離にして753,785.429フィートよ」サッ

小悪魔「はぁ……」サッ


250 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:13:49 uOtP4G6o
パチュリー「データが上がり次第、ここへ持って来てちょうだい」

小悪魔「了解しました!」タタッ

聖「お手数おかけします」

パチュリー「別にいいわ。どうせ暇だし」

パチュリー「今は……ね」


件の演算結果がここに持ち込まれるまで、そう時間はかからなかった
小悪魔が息を切らせて結果を持って来たのは、夜が明けてすぐのことだった





251 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:14:34 uOtP4G6o

小悪魔「パチュリー様! パチュリー様~!」

パチュリー「……」ピクッ

小悪魔「はぁ、はぁ……計算の結果が出ました!」

パチュリー「ご苦労。それをこちらへ」

小悪魔「は、はい……でもちょっと気になることが」サッ

パチュリー「?」

小悪魔「これを見てもお分かりだと思うのですが、ちょっと数値が変なんです」

パチュリー「…………」

小悪魔「私たちも色々調べてはみたんですけど、どうも計測器は故障してないみたいで……」


252 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:17:06 uOtP4G6o

パチュリー「今すぐ命蓮寺を呼びなさい!」

小悪魔「え?」

パチュリー「グズグズしてたら手遅れになるかも知れない! 早く!」

小悪魔「は、はいっ!」タタッ


~少女伝令中~


聖「萃香が見つかったというのは本当ですか?」

パチュリー「……」チラッ

小悪魔「わ、私はちゃんとご説明したんですよ?」


253 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:18:49 uOtP4G6o

パチュリー「いいえ、萃香が見つかったわけではないわ」

聖「あ、そうでしたか。これは私の早とちりでしたね」

パチュリー「萃香どころか、誰かがそこを通った形跡もないわ」

パチュリー「こんな遠くまで行くこと自体が不可能なのだから、それは当然と言えば当然ね……でも」

聖「?」

パチュリー「明らかに数値がおかしいのよ」

パチュリー「この辺り一帯には森しか無いはずなのに、このデータによるとそうじゃない」

パチュリー「周りは全て森になっているはずなのに、ここだけが一切草木が生えていないことになってるのよ」

パチュリー「まるでそこにだけ小さな砂漠がポツンとあるような状態ね」

聖「……」


254 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:20:02 uOtP4G6o

一輪「それって……」

パチュリー「実際に行ってみなければ分からないけど、ここは幻想郷の秘密に関わる何かが隠されているかも知れないわ」

村紗「では、ややもすると……」

パチュリー「ええ……もしかすると、外の世界へ通じる穴がそこに出来ているとも考えられなくはないわ」

聖「なるほど、それは一度行ってみる必要がありそうですね」

聖「運が良ければ、そこで萃香も捕まえられるかも知れませんね……一輪!」

一輪「はっ!」

聖「小傘と響子を呼びなさい。出立の準備を整えるのです」

一輪「承知!」


255 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:21:47 uOtP4G6o
聖「村紗」

村紗「はい」

聖「大至急、ナズーリンに伝令をお願いします」

村紗「分かりました」


陽が昇り切る頃には、聖たちは聖輦船に乗り込み紅魔館を離れていた
その時には村紗も既に船に戻っていた






256 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:22:27 uOtP4G6o

~聖輦船~


響子「聖様、ちょっといいでしょうか?」

聖「はい、何でしょう」

響子「私たちって、外の世界に行くんですよね?」

聖「そうです」

響子「その外の世界って、どんな所なんでしょうか?」

聖「……なるほど、あなたたちにも教えておいた方が良いかも知れませんね」

聖「小傘もよくお聞きなさい」

小傘「……」コクッ


257 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:24:37 uOtP4G6o

聖「外の世界というのは、まず魔法がありません」

響子「魔法がない……??」

聖「今あなたたちは当然のように手から水を飛ばしたり、口から超音波を放ったりしています」

聖「しかしそういったことは向こうではできなくなります」

響子「……」

聖「おそらく私たちも今の形を保てなくなるでしょう」

聖「分りやすく言いますと、里にいる人間たちと全く同じになるでしょう」

響子「はぁ」

小傘「??」

一輪「……」

村紗「……」


258 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:25:37 uOtP4G6o

聖「従って向こうには、妖怪はもちろん、仙人だとか悪魔だとか、そういったものは一切いないのです」

聖「あなたちもまた、元の人間に戻ることになるでしょう。かつての星と同じように」

小傘「!?」

響子「えっ??」

聖「しかし気に病むことはありません」

聖「人間は人間のままでいることが、幸福への一番の近道なのです」

聖「魔法だとか奇跡の力だとか、そういったものは本来の生命には不要なのですよ」

小傘「……」

響子「……」

聖「その辺りのことは、向こうに着いてから分るようになるでしょう」


259 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:26:26 uOtP4G6o

一輪「……しかし空もまともに飛べないとは、如何にも不便な所ですね」

聖「?」チラッ

一輪「聖様の仰る通りであれば、私たちにできることはかなり限られてしまいます。」

一輪「向こうで我らがお力添えできることはあるのでしょうか?」

聖「もちろんです!」ニコッ

聖「目で見て、耳で聞き、手足を動かし、口を用いて音声(おんじょう)を響かせる」

聖「実はこれが大変な働きを為しているのです」

聖「私のこの……」スッ

一輪「?」

聖「今私の手に掴んだ空間が、魔法の価値の大きさを表しているとすると……」チラッ


聖は天を見上げた


260 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:27:07 uOtP4G6o

聖「口から発せられる声、即ち言葉というものの価値は、この天空全ての大きさを越えるのです」

一輪「!?」

小傘「……えっ??」

聖「魔法というものは、それに比べれば何の価値も無いに等しいのです」

響子「そ、そんなはずは……」

聖「考えてもごらんなさい」

聖「あなたたちはどうして私と共に仏道に励んでいるのですか?」

聖「私が強大な魔力を持っているからですか? それとも妖怪として格を上げる機会を得るためですか?」

聖「そうではないでしょう」


261 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:28:06 uOtP4G6o

聖「あなたたちは私の言葉を信じたからこそ、この仏法を学ぼうと決意したのです。決して振るう魔法の大小ではありません」

聖「もし仮に私がただ魔法を振り回し、その威を示したところで、あなたたちは仏縁を結ぶことはなかった」

聖「私を災害あるいは大妖怪として恐れることはあろうとも、それによって仏道に帰依することはなかった」

聖「私の言葉故にあなたたちは仏法を信じ、その慈悲を求めようとしたのでしょう」

聖「今私が持てる力を数百倍、数万倍したところで、結果は変わりはしません」

聖「言葉というものがなければ、今も私たちはそれぞれが勝手気ままに暮らし、儚い土くれとして空しく生涯を終えたでしょう」

聖「如何ですか? これでもまだ魔法に価値があるなどと言えますか?」

四人「……」


262 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:29:10 uOtP4G6o

聖「今この世界では、魔技を極めることで自らの未来が拓かれるものと信じられています」

聖「ですが真実はその逆なのです」

聖「仮に魔術の頂点を極め、宇宙の帝王として君臨したとしても、そんなものは何の足しにもなりません」

聖「彼らは使命を忘れ、遊戯に迷い、自らを閉じ込める檻をせっせと作っているに過ぎないのです」

聖「そんなものに執着していては、ただ徒に己の業を深めるだけなのですよ」

村紗「……」

聖「例えて言うならば、それは夜空のようなもの」

聖「暗黒の世界において、無数の星々はその輝きを競う」

聖「ありとあらゆる星たちが、我こそは最上、我こそは一等なりと、こぞってその輝きを示さんとする」

聖「しかし所詮そんなものは程度の低い背比べでしかない」


263 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:29:42 uOtP4G6o

聖「時が経ち、やがて夜明けが来ると、そこに計り知れない輝きを持つ者が現れるからです」

聖「そこにひとたび大日天、即ち太陽が現れれば、全ての星々はその絶大なる威徳にひれ伏し、頭を垂れるしかないのです」

一輪「……」

聖「魔法を星の輝き一つとすれば、私たちの発する言葉は、あの太陽の輝きにさえ勝るのですよ」

聖「声仏事を為すとはこのことなのです」

聖「いずれはあなたたちも、この言葉が虚妄でないことを知るでしょう」

小傘「……えーっと、じゃあ向こうではいっぱいしゃべった方がいいんでしょうか??」

聖「その通りです小傘! まさにあなたの言う通りなのですよ!」ニコッ

小傘「え? そ、そうですか……? えへへ」

響子「……」ソワソワ


264 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:30:34 uOtP4G6o

聖「これからは魔法ではなく、音声を大いに響かせることになるでしょう」

聖「響子。きっとあなたも向こうで獅子奮迅の大活躍をすることになります。楽しみにしていなさい」

響子「は、はい!」

聖「私たちもその時に備えて、今から発声練習をした方が良いかも知れませんね」

村紗「ふーむ……」

一輪「発声練習ね……私は異存なんてないけれど、もっとこう、大きいことはできないものかしら?」

村紗「……ならばこういうのはどうでしょう」

一輪「ん?」

村紗「ここで一つ思い切って、世界を救いに行く……というのは?」

一輪「はぁ? あんた何言って」

聖「何と素晴らしい!」


265 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:31:23 uOtP4G6o

一輪「!?」

聖「我が身の安寧に留まらず、衆生救済の戦いに打って出るとは!」

聖「村紗! 私は何という果報者でしょう! 弟子であるあなたから、そのような大宣言を聞ける日が来るだなんて!」

聖「師としてこれ以上の喜びはありません! 御本仏もさぞやお喜びでしょう!」

村紗「ど、どうも……」ニコ…

一輪「…………」

一輪「よぅし!! 今から私たちは、命蓮寺改め『世界を救い隊』と名乗るわよ!」

一輪「小傘! 響子! 向こうに着いたらガンガン行くわよ!!」

小傘・響子「おー!!」

聖「おやおや」ニコニコ


266 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:31:56 uOtP4G6o

村紗「しかし、その名前はもうちょっと何とかならないものでしょうか」

聖「……ふむ、そろそろ頃合でしょう」

一輪「?」

聖「今こそあなたたちにも真実を告げなければなりませんね」

小傘「えっ?」

聖「なぜ星が子を身篭ったのか。なぜ私たちが外の世界を目指すのか」

村紗「!」

聖「そして、仏法とは一体何のためにあるのか」

響子「……!」

聖「その全てをお伝えしましょう」


267 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:35:14 uOtP4G6o

いつにも増して真剣な眼差しをした聖に、四人の弟子たちは気を引き締める
これより先の言葉は、一語一句なりとも聞き逃してはならないことを悟る



聖「皆、よくお聞きなさい」

四人「はっ!」

聖「私は今まで、あなたたちに何度となく仏法を伝授しました」

聖「それぞれの悩みと求めに応じて、私は様々に道を開く方途を示してきましたね」

聖「その智恵は大小高低の差はあれど、皆それぞれに利益を得ました」

四人「はっ!」


268 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:36:15 uOtP4G6o

聖「しかしながら、あなたたちに教えた智恵は仏法のほんの一部でしかありません」

聖「仏の持つ甚々無量の智恵に比べれば、今まであなたたちの受けてきた利益は限りなく些少なものなのです」

聖「なぜならば、あなたたちは未だ仏のご意思を知らないからです」

聖「仏法の目指すところを知らなければ、如何なる智恵もその真の力が現されることはありません」

聖「それは丁度、山と積まれた無上の宝を目の前にしておきながら、何も取らずに引き返すようなものなのです」

四人「……」

聖「ではここで問いましょう」

聖「あなたたちは仏法が何のためにあるのか知っていますか?」

聖「これを過たず述べることが出来る者があれば申し出なさい」


269 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:36:54 uOtP4G6o

一輪「……」

村紗「……」

小傘「……」

響子「……」

聖「そうですね。答えられるはずがありません」

聖「なぜならば、この法門に入る者の因は一つではなく、それこそ千差万別の事由があるからです」

聖「私はあなたたちの機根に応じて、様々に方便を用いました」

聖「一輪よ。血の気の多いあなたには”これは宇宙に挑戦状を叩き付けるものである”と説きました」

聖「村紗よ。罪の意識が深いあなたには”これは御霊を極楽浄土に向かわせる法である”と説きました」

聖「そして小傘に響子よ。死を恐れるあなたたちには”これは自らの存在を安泰ならしめる方途である”と説きました」


270 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:39:07 uOtP4G6o

聖「その全ては嘘などではなく、紛れも無く真実です」

聖「しかしながらそれらは仏が伝えたかった教えではなく、その一心とは異なるものなのです」

聖「仏像も、伽藍も、法衣も、そして戒律でさえも、その一心に至らせるための仮の教えに過ぎないのです」

響子「!?」

小傘「??」

聖「一輪、村紗。あなたたちには既に禁酒の戒めを解きましたね?」

一輪・村紗「「はっ!!」」

聖「私が戒めを解いたのは、既にあなたたちの精神が戒律を超えていたからです」

一輪「……!」

村紗「えっ??」


271 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:39:50 uOtP4G6o

聖「仏の一心に近付く者には、もはやそのような小法は不要なのです」

聖「そればかりでなく、仏像、伽藍、法衣、あるいは様々な仕来たり、儀式でさえも無用の長物に過ぎない」

聖「そもそも仏は、仏像を守れとも伽藍を建立せよとも仰ってなどおりませんし、諸経を繰り返し書写せよとも仰らないのです」

四人「!?」

聖「過去の仏僧たちと同じくして、私がそれらを守るよう言い付けたのは、あなたたちが未熟であった故なのです」

聖「よくよく考えてごらんなさい」

聖「仮に仏像や伽藍が何千何万と建ったとして、それで一体誰が救われますか?」

聖「理や智を得ぬままに、ただ闇雲に妻帯、飲酒を禁じたとして、それで本当に諸悪の根を断てると思いますか?」

四人「……」


272 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:40:56 uOtP4G6o

聖「しかし我が弟子たちよ、これまでの作法や言い付けは何ら仏意に背くものではありません」

聖「なぜならば、これらは全て仏の一心を僅かなりとも知る故に生み出された、知恵の結晶に他ならないからです」

聖「仏の一心……即ち一大乗法が現れるには、時が満ちるのを待たねばならなかったのです」

聖「その時が来るより先に一心を示したとしても、私たちはそれに堪えられず、また理解することもできなかったでしょう」

聖「生死の執着のために不朽なる形状を尊び、目に見えるもの、権威を持つものをとりわけ惜しむことを、御仏はご存知でした」

聖「そのような未熟な私たちを哀れに思し召し、仏は多くの仏僧を遣わし『化城』を顕されたのです」

聖「過去の仏僧たちは、後世の者たちに、仏の慈悲から離れさせまい、忘れさせまい、思い出させようとして、知恵を絞りました」

聖「そしてその結果生み出されたのが仏像、伽藍であり、戒律であり、写経の発明なのです」


273 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:41:31 uOtP4G6o

聖「しかしそれらはやはり方便」

聖「真実の法、即ち仏の一心が示されるならば、それらのものは全て不要となるのです」

聖「仏が本当に私たちに伝えたかったことはただ一つ」

聖「仏法とは、その教えを一粒も残さず、一滴も余さず、全てをただ受け取る……そのためのものなのです」

聖「……今まで私たちには様々な困難、苦難が現れましたね」

聖「それら全てが、私たちに仏の一心を受けさせるために御仏自らが設けられた因であったのです」

聖「星が身篭ったことはもちろん、外の世界を目指すこと……そして伊吹萃香や霍青娥による難も、この例に漏れないのです」

四人「!?」


弟子たちは聖の言葉は理解できていても、それを頭の中で整理することができない


274 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:43:17 uOtP4G6o

村紗「ちょっ……ちょっとお待ちを!」

聖「はい」

村紗「今のお言葉を聞く限りなのですが……」

村紗「それでは、伊吹萃香や霍青娥の襲撃が、仏様によってご用意された未来であった……このようになるのでしょうか??」

聖「その通りです」

村紗「!!」

一輪「!?」

小傘「う、嘘!」

響子「そんな! そんなのって酷過ぎる!」


275 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:43:54 uOtP4G6o

一輪「ひ、聖様!」

聖「はい」

一輪「それだけはどうにも納得しかねます! そんなことのために、星はあのような苦しみを受けたというのですか!?」

一輪「これではあんまりではありませんか!」

聖「落ち着いてよくお聞きなさい」

聖「あなたたちは彼の者たちの襲撃を、絶対に避けるべき事柄であったと思っていますね?」

一輪「……はっ!」

聖「しかし仏の境地に照らしてみれば、あれこそが一切智へと到らしめる慈悲であったのですよ」

一輪「そ、そんな事あるはずが……!」


276 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:44:57 uOtP4G6o

聖「考えてもみなさい。もしあの者たちの襲撃がなかったらどうなっていましたか?」

聖「あなたたちはいつまでも星が無事であることに慢心し、それまでの浅ましい境地を自ら出ようとはしなかった」

聖「星が傷付き倒れた姿を見て、初めて自らを悔い改めようとしたのではありませんか」

一輪「!!」

村紗「……!」

小傘「……」

響子「それは……ッ」

聖「仏はそれが一番良い方途であるとご存知であったからこそ、伊吹萃香、霍青娥を我らの元へと遣わしたのです」

四人「……」


277 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:45:35 uOtP4G6o

聖「この者たちは自らの我欲、我執に従って我らに襲いかかって来た……これは方便」

聖「彼女たちの襲撃は既に過去において約束されていたこと」

聖「その約束に従い、仏の命を受け、私たちを鍛え、導き、目覚めさせる」

聖「そのために我らの前に姿を現した。これこそが実相なのですよ」

小傘「で、でも!……あいつがそんな事考えていたなんて、とても信じられません!」

聖「それはそうでしょう」

聖「彼女たちは今世において、そのような約束など何一つ覚えてはいないのですから」

聖「諸天善神の誘導と仏の如来神通力によって、彼女たちは決められた時に応じて導かれていたに過ぎないのです」

聖「全ての事柄は、仏の手の平の上にあったのですよ」

小傘「……」


278 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:46:13 uOtP4G6o

聖「そして伊吹萃香も霍青娥も、共に我らにとって因縁浅からぬ者」

聖「遥かな昔……かつてこの者たちは、私の母あるいは姉として、共に家族として暮らしていたのです」

四人「!?」

聖「その時代において仏との誓いを交わしたが故に、このように再び巡り合うこととなったのですよ」

村紗「……ひ、聖よ!!」

聖「はい」

村紗「恐れながら、謹んでお聞き申し上げたい!」

村紗「その過去とは……一体、どのようなものであったのですか! そしてその仏とは如何なる者だったのですか!」

村紗「私たちには、まるで訳が分かりませぬ! どうかその真実を明らかにして頂きたいのです!」


279 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:47:42 uOtP4G6o

聖「よろしい。ならば答えましょう」

村紗「はっ!」

一輪「……」ゴクッ…

聖「遥かな過去。この宇宙を離れること十の十乗にも過ぎたる遠くの宇宙に存在した世界」

聖「そこには釈迦如来とはまた別の仏がいました」

聖「彼の仏はその世界における仏法『行浄辺法』を用いて、地上に住まう者たちを広く教化していました」

聖「しかしその仏も遂に命終の時が来ます」

聖「仏は居並ぶ無量無数の声聞・縁覚・菩薩たちに向かって最後の伝授を済ませようとしていました」

聖「そこで仏はこのように仰られました」


280 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:48:26 uOtP4G6o

聖「”あなたたちよ、今までよく私に付いて来ました。その積み上げた功徳は必ずやあなたたちに福徳をもたらすでしょう”」

聖「”その功徳によって、既にこの地は清浄なる輝きを取り戻し、ようやく仏国土としての相を顕すに至りました”」

聖「”―――しかしながら”」

聖「”あなたたちはこの私に比べれば、未だ低い境地に留まっています”」

聖「”智恵は浅く、慈悲は乏しく、その力は限りなく小さい”」

聖「”今まで積み上げた福徳も、あなたたち自身を救うには全く足りるものではない”」

聖「”あなたたちは次なる世において諸々の悪心を起こし、あるいは妖魔、あるいは化生、またあるいは悪人となることが既に決まっています”」

聖「”そしてその世において欲しいままに悪業を重ね、さらに後の世において無間地獄へ転生することも分かっています”」

聖「”そこで犯した罪を悔いながら五十六億七千万年もの間、無量の苦しみを受け続けることになるでしょう”」

四人「…………」


281 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:49:57 uOtP4G6o

聖「弟子たちは仏の言葉を聞いて、大いに恐れ慌てふためきました」

聖「そして口々にこう述べます」


聖「”仏様、何とぞお慈悲をお示しください”」

聖「”どうか私たちをお救いください”」

聖「”どうか我らをお哀れみください”」

聖「”どうかお願いです。無限地獄を断絶せしめる法をお説きください”」


聖「仏は弟子たちの言葉を全て聞き終えてから、このように仰られました」


282 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:50:44 uOtP4G6o

聖「”もちろんです、我が弟子たちよ。そのために私がいるのです”」

聖「”今より命終の後、私はあなたたちの次なる行き先を定めます”」

聖「”あなたたちは次の世において、私と共に巡り合わせて生まれることになりましょう”」

聖「”私は神通力を用いて、あなたたちを再び教化しに参りましょう”」

聖「”しかしながら、その時には既にあなたたちは今の世のことは全て忘れています”」

聖「”そして生来の悪心故に心根が濁ってしまっているため、賢人聖人の言葉にも耳を貸そうとはしないでしょう”」

聖「”そこで私は方便力を用います”」


283 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:51:28 uOtP4G6o

聖「”あなたたちと同じ穢れた卑しき姿となりましょう。あなたたちと同じ凡夫の衣で我が身を包みましょう”」

聖「”あなたたちと同じ愚か者となって、あなたたちを教化せしめましょう”」

聖「”心根が清らかな者たちは、そこで発心して速やかに仏意を得るでしょう”」

聖「”そうでない者たちも、発心した者たちの道行きを助け、即ち仏縁を結ぶでしょう”」

聖「”さらには我見、邪悪に自らを貶めた者たちには、無限地獄より遥かに軽い罰を与え、後に仏縁を得るでしょう”」

聖「”そして時来たらば、あなたたちの機根に合わせて試練と苦難を与えましょう”」

聖「”その障害があなたたちを無限地獄より離れさせ、無上道へと導くでしょう”」

聖「”その時こそ私は方便の衣を脱ぎ捨てて、まさにあなたたちに極楽浄土を示すでしょう”」


284 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:52:05 uOtP4G6o

聖「”我が弟子たちよ、何としてもこれだけは思い出しなさい”」

聖「”私は愚かな信徒が欲しかったわけではなく、また忠実なる下僕が欲しかったのでもありません”」

聖「”あなたたちは全て、仏から下って果ては無限地獄を住処とする者に至るまで、一人も残らず皆愛しい我が子なのです”」

聖「”私はあなたたちを何とか救いたいと願う故に、この身を地上に現すのです”」

聖「”この私の心が分かった者には、私は直ちに一切智を授けるでしょう”」

聖「”その時が来るまで、皆仲良く過ごすのですよ……”」


聖「このように仰られた後、仏は涅槃へと旅立たれたのです」

四人「……」


285 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:56:37 uOtP4G6o

聖「ここに私たちの過去の因縁を明かしましょう」

聖「あなたたちは皆、その時の会座において、仏の最後の言葉を聞き終えた者たちなのですよ」

四人「……!!」

聖「ではここで聞きます」

聖「この仏とは一体何者であったのか、答えられる者があれば申し出なさい」

一輪「それは……」

村紗「もしや聖……あなたが、その仏様の生まれ変わりということなのですか?」

聖「いいえ違います」

一輪「えっ??」

村紗「……は??」


286 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:59:04 uOtP4G6o

聖「かつての私も、あなたたちと共に説法を受ける弟子であったのです」

小傘「んっ!?」

響子「へっ??」

聖「あなたたちよ、心してお聞きなさい」

聖「光り輝く身でありながら、私たちを導くために穢れた衣でその身を包んだ者」

聖「神通力も、天に到る資格も、仏の一切智ですらも、私たちを導くために投げ捨てた者」

聖「無量の苦難をその身に集め、尊きその命でさえも、私たちを導くために差し出した者」

聖「この者こそ我らが友、寅丸星なのです」



四人「―――――――!!!」


287 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 19:59:47 uOtP4G6o

聖「これでお分かりでしょう」

聖「私たちは今まで、星が子を授かったことで、これを荘厳、祝福していたつもりでいましたね」

聖「しかしこれもまた方便」

聖「祝福されていたのは、むしろ私たちの方であったのです」

聖「『子』は無限の可能性を持つ者。前進、変化、成長……即ち『未来』を指し示しています」

聖「星の子は、いつまでも同じ場所で立ち止まる私たちの尻を叩き、叱咤していたのです」

聖「私たちの機根が整いつつあることを知って、星は己が子と共に私たちを祝福していた……これが実相なのです」

聖「この命蓮寺が立て続けに難を受けていたこと自体が、その瑞相であったのですよ」

小傘「そ、それって……」


288 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 20:00:34 uOtP4G6o

一輪「な……ならば聖様!」

聖「はい」

一輪「星は……私たちを導く……ただそれだけのために、自ら傷を負い、苦痛に満ちた最期を迎えたと言うのですか!?」

聖「その通りです」

一輪「!!」

響子「そんな……」

村紗「そ、そこまでして……!」

聖「それまでのあなたたちは地獄の裁きを恐れ、これを逃れようとして仏法を求めていました」

聖「けれども星の導きは、見事その境地より解脱せしめたのです」


289 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 20:01:26 uOtP4G6o

聖「もはやあなたたちは以前のような矮小な悟りになど執着していません」

聖「今のあなたたちは、法を求めるために地獄へ赴くことすら厭わない」

四人「!!」

聖「仏は無限地獄に飲まれ喘ぐ者を見ると、直ちにその者の元へ向かいこれを引き上げる」

聖「助けられた者は訳も分からず仏の手を握り締め、そしてほんの少しばかり浮かび上がる」

聖「しかし僅かに自由な境地を得ると、またしても以前の悪心に従って、その手を振り払い地獄へと墜ちて行ってしまうのです」

聖「仏はその者を追って再び手を差し伸べる」

聖「同じようにその者は浮かび上がるのですが、なおまた地獄へ下ってしまう」

聖「そんなことを何万回、何億回、何兆回……数え切れないほど繰り返しても、仏は最初の時と全く同じように手を差し伸べる」

聖「その者が解脱に至るまで、何度でも何度でも何度でも何度でも……絶えることなくその機会をお与えになる」


290 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 20:02:29 uOtP4G6o

聖「仏はその慈しみの心故に、決してこの者の成仏を諦めることはないのです」

聖「今、絶対とされる太陽の輝きも、あらゆる天体の運行も、果てしなく遠い未来においてはやがて尽きる」

聖「されど仏の慈悲が止むことは無い」

聖「天上を指差せば、これ即ち空に到る。真下を指差せば、これ即ち地に届く」

聖「その指先が空を外す、あるいは地を外すことがあるとしましょう」

聖「しかしそのような事が有り得たとしても、仏の慈悲が消えることは有り得ないのです」

聖「東方より太陽が昇らぬ日が来ようとも、また西方に沈まぬ日が来ようとも、はたまた天地の理すら虚無に帰する時あるも……」

聖「仏が慈悲を施さぬ瞬間だけは、絶対に訪れないのです」


291 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 20:03:23 uOtP4G6o

聖「仏の無量の大慈大悲心に比べれば、全宇宙の働きすら遠く及ばない」

聖「仏はその無限にして恒久なる御心故に、生老病死・八風・三障四魔の迷いも、これを惑わすこと敵わず」

聖「如何なる大火がその身を焼こうとも、仏の広大無辺なる慈悲の思いは妨げられることがない」

聖「その知ることも計ることもできない心が願うのは、ただ一つのことばかり」

聖「今こそ知るべきです。仏の教えとはただ一つ」


聖「それは『全ての者を一人残らず仏にしよう』というものなのです」


四人「!!」


292 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 20:05:39 uOtP4G6o

聖「寅丸星はそのために私たちの前に姿を現した」

聖「卑しき妖獣としてその身を現したのは、私たちを仏とするためなのです」

聖「何の力も持たぬ脆弱な者として生まれたのは、私たちを仏とするためなのです」

聖「今までのありとあらゆる難を甘んじて受けたのは、私たちを仏とするためなのです」

聖「星はただ一つの事のために、方便力を用いて私たちを自在に導いたのです」

聖「『第一の喜びであり、第一の遊楽であり、第一の利益たる無上尊極の境地を、全ての者に得せしめる』…………」

聖「仏の心はこの一点、ただこの一点に尽きるのです」

四人「…………」


293 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 20:06:16 uOtP4G6o

聖「しかし……」

聖「しかし驚くなかれ、我が弟子たちよ」

聖「この教えには、さらにその奥義を秘めているのです」

一輪「!?」

小傘「えっ」

村紗「ま、まだ行き着かぬのですか!?」

聖「その通りです。今のあなたたちの境地ですら、仏とは比べようもない矮小な悟りでしかないのです」

聖「なぜならば、越えるべき地獄の業火の激しさを、未だあなたたちは知らない」


294 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 20:07:39 uOtP4G6o

聖「そしてこれを知り、耐える覚悟のある者でなければ、一大乗法の肝心を授けることはできない」

聖「この法は授かる者の魂を未来永劫に渡って焼き尽くすもの。聞くならば直ちに獄舎に至り、悩乱を起こし怒り狂うでしょう」

聖「その苦の激しさは、阿鼻叫喚の地獄ですら天界の甘露に思えてしまうほどなのです」


四人「…………」


聖「ここに問う。あなたたちにその覚悟がありますか?」

308 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 20:30:32 uOtP4G6o
 
一輪「……舐めてもらっては困ります!」

一輪「あなたの薫陶に比べれば、他の地獄などどうして恐れることがありましょう!」

村紗「右に同じく! 私の腹は既に決まっている!」

村紗「もはや私は地獄など恐れはしない!」

響子「私にもお供させてください!」

響子「だって、こういう時は退いた方がハズレって相場が決まってるもの!」

小傘「私にもそれを言ってください!」

小傘「その先に星が待っているなら、何も怖くなんかない!」

295 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 20:09:02 uOtP4G6o
聖「……よろしい。ならば授けましょう」

聖「今より私はあなたたちに、最大の苦である法界の炎をその身に入れる」

一輪「は、はいっ!」

村紗「……はっ!」

響子「はい……!」

小傘「……」コクッ



聖「過たず聞き届けよ。私たち凡夫は、成仏などできないのです」





296 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 20:10:01 uOtP4G6o

一輪「……えっ!?」

村紗「な――――」

響子「そ、そんなっ!!」

小傘「え? え? えっ??」

聖「仏とは、妙音にて一切を哀れむ者」

聖「仏とは、全ての苦難をその身に集める者」

聖「仏とは、善と悪とを分けることなく一切国土世間に法の雨を降らせる者」

聖「首を切り命を奪うと脅されても、なお我が子らを守らんとする者」

聖「無間地獄の業火の中にあろうとも、なお愛しい者たちを救わんと願う者」


297 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 20:10:48 uOtP4G6o

聖「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、一切衆生を幸福へと導くために、永遠の時を生きる者」

聖「それ故に全ての天地、全ての宇宙、全ての次元を極めた者……それが仏」

聖「計ることもできない量の法や知識を、世界一の智者に入れたとしても、仏には何一つ及ばない」

聖「計ることもできない無量劫の間、世界一の聖人が善行を積んだとしても、仏には何一つ及ばない」

聖「計ることもできない無量那由他阿僧祇劫の間、世界一の勇者が知勇を鍛え続けていたとしても、仏には何一つ及ばない」

聖「……このようにいくら仏を賛嘆しようとも、その功徳の膨大なることを語り尽くすことはできないのです」

聖「仏を計ることができるのは同じ仏のみ」

聖「仏を知ることができるのは同じ仏のみ」

聖「仏に並ぶことができるのは同じ仏のみ」

聖「そして仏と為る者もまた、同じ仏でなければできないのです」


298 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 20:11:50 uOtP4G6o

聖「凡夫は仏と為ることはできない……しかれども、仏の真言にはただの一つも偽り無し」




聖「なぜならば、凡夫はその身そのままで既に仏であるからです」




四人「――――――!!?」


299 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 20:12:26 uOtP4G6o

聖「今こそここに宣言しましょう」

聖「雲居一輪、あなた自身が仏なのです」

一輪「!!」

聖「村紗水蜜、あなた自身が仏なのです」

村紗「!!」

聖「多々良小傘、あなた自身が仏なのです」

小傘「!!」

聖「幽谷響子、あなた自身が仏なのです」

響子「!!」


300 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 20:13:20 uOtP4G6o

聖「そしてこの私もまた、あなたたちに並ぶ仏に他ならない」

聖「生きとし生きる全ての命が、その身そのままで既に仏なのです」

聖「方便の姿を以って地上に降り立ったのは星のみにあらず」

聖「私たちもまた、寅丸星に並ぶ仏なのです」

聖「時に応じ、機根に応じ、ある時は仏法の師となり、またある時は弟子となり、さらには外道の者となり、無数の衆生を仏界へ至らしめている」

聖「その果てしない旅路において、未だ留まることを知らない」

聖「自らが仏であることを覚悟し、その思いを成就させるために旅立つことを決意し、そして今、この幻想郷に立っている」

聖「あなたたちは天界など及びも付かない極楽浄土に住まう資格を得ておきながら、敢えてその資格を投げ捨てたのです」


301 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 20:13:53 uOtP4G6o

聖「迷いと苦悩の淵に沈む者の魂は、仏界から遥か遠くへと別離するが故に、如何なる慈悲も届かない」

聖「無限地獄に住まう者を救うには、自らもまた同じ無限地獄へと向かう以外に方法がないのです」

聖「それ故に、己が身さえも無限地獄へと落とす危険も顧みず、汚辱にまみれたこの地上を選んで現れた」

聖「あなたたちは、それを思い出さないだけなのです」

四人「……」

聖「今の世において、一切衆生の中にその真実を知る者はいない」

聖「かつて自身が仏であったことを知らず、思い出さず、またその境地を取り戻す方途も分からない」

聖「それ故に声聞・縁覚・菩薩界より出ることがない」

聖「さらには天界に忘我し、人界に足踏みし、修羅界に迷い、やがて畜生・餓鬼・地獄の三悪道に墜ち、果ては無限地獄に到り無量の苦しみを受ける」


302 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 20:14:45 uOtP4G6o

聖「穢土の濁悪によって心が満たされる故に、誰も仏の姿が見えない」

聖「邪見に従いその邪なる戒を保つ故に、誰も仏を知ることができない」

聖「悪王がはびこり、善人は追い立てられ、天の神々は魔王の尖兵によって次々に討ち落とされる」

聖「凡夫はもちろん、全ての神々も彼の者たちの侵攻を防ぐこと叶わず」

聖「如何なる強大な善神であろうとも、仏なくば容易く敗れるのみ」

聖「仏に従い、仏を守ろうとも、その神々に命令を下す仏がいないのです」

聖「仏はすぐそこに変わらずあるというのに、その仏を知ることも見ることも触れることも感じることも念じることさえもできない」

聖「これが末法悪世の正体なのです」

四人「……」


303 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 20:17:01 uOtP4G6o

聖「しかし弟子たちよ、思い出してみなさい」

聖「星が命終し、この地に私たちを残していったように、かつての仏たちもまた同様に姿を隠したのです」

聖「自らが去って悪世が起こることも、仏の導きのためなのです」

聖「仏がいつまでもご在世であれば、人々はそれに安心してしまい、やがては慢心を起こすもの」

聖「仏様がいらっしゃれば我らは何をしても大丈夫だ……このような懈怠の念を抱き、仏道を求めようとはしなくなる」

聖「そして勝手気ままに振舞うようになり、結果諸々の悪道へと墜ちるのです」

聖「仏はご存知であったのです。仏あるが故に人々は悪業を作るということを」

聖「即ち、この末法悪世ですらも、仏の広大無辺なる慈悲に含まれているのですよ」

聖「私も長い間この迷いと戯れていたため、かなり遅れを取ることとなりましたが、ようやくそのお慈悲を知るに至りました」


304 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 20:18:08 uOtP4G6o

聖「そしてそれは、末法における一切の闇を払うことと同義なのです」

聖「長きに渡り待ち望まれながら、如何なる聖賢が求めるとも得られなかった仏種三宝……」

聖「善も救い、悪も救い、さらにはそのどちらでもない土くれのような者でさえも、余さず全てを救う大慈悲心……」

聖「この末法悪世を破る一大乗法が、遂にその姿を現したのです」

四人「!」

聖「しかも、あなたたちはその内の二宝を既にその身に備えている」

四人「!!」

聖「しかしそれでも未だ仏界には届かない」

聖「肝心要の最後の宝の、その所在を知らぬが故です」

聖「ですがその宝の所在は既に明らかとなっています。私はその道標となる者」


305 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 20:18:54 uOtP4G6o

聖「……星は臨終の際に、私たちに名と権能を授けましたね」

聖「一輪、あなたが授かった名は『万軍を率いる者』」

一輪「はっ!」

聖「村紗、あなたが授かった名は『魔を破る者』」

村紗「はっ!」

聖「小傘、あなたが授かった名は『守り切る者』」

小傘「はっ!」

聖「響子、あなたが授かった名は『声を聞く者』」

響子「はっ!」


306 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/05(金) 20:19:30 uOtP4G6o

聖「そして私が授かった名は『道を示す者』」

聖「今、私にはその姿がはっきりと見えています。目指すべき宝は、外の世界で我らの到着を待っているのです」

聖「さあ! 今こそ共に参りましょう!」

四人「はっ!!」

聖「遅れてはなりません。今この時を逃せば、次のお目通りは何億年先になるか分かりませんよ?」

四人「承知ッ!!」

聖「私が道案内をします。仏の智恵の在り処まで……」







315 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:24:57 2YpJKR6E

~森~


人里からほど近くの森に、姿を隠し身を潜める者がいた
その妖獣は自分の背丈を越えるほどの大きな荷物を背負い、両腕には産着にくるまれた赤子が抱かれている
今はどこにいるとも知れない追っ手の目を避けるため、移動を繰り返す最中であった


ザザザザッ…


ナズ「……」

ナズ「今日はひとまずこの辺りで休むとしよう」


オギャー! オギャー! オギャー!


ナズ「悪い悪い、今寝かし付けてやるからな」


316 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:25:54 2YpJKR6E

アァー! アッアー!


聖に教わった通り、ゆっくり揺らしながら背中を軽く叩く
そうしてしばらくすると、赤子の泣き声は落ち着いてきて、いつの間にか眠っていた


ナズ「さてと……今日の通知はこのへんかな、っと」キョロキョロ


ナズーリンが周囲を見渡すと、そこに不自然に転がっている岩を見つけた


ナズ「ふんっ……!」ググッ

ゴロッ…

ナズ「なになに?…………!!」


317 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:26:36 2YpJKR6E

ナズ「そうか、遂に!」


ブンッ…

―――ゴカンッ!


ナズーリンはロッドを振り下ろし、暗号もろとも岩を打ち砕いた


ナズ「さあ行こう。みんなが待ってる」



スゥ…



ナズ「!!」バッ


318 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:28:04 2YpJKR6E


――――ドシュゥゥゥン!!



ナズ「くっ!」ザザッ…


後方から感じた気配を察知し、咄嗟にナズーリンは飛び退いた
背後を通り抜けた光射は標的の背負っていた荷物を消し飛ばした


藍「今度こそ仕留めたと思ったのに……全くしぶといわね」

ナズ「また来やがったか……!」


319 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:28:59 2YpJKR6E

藍「分かっているでしょう? どうせお前程度の妖獣が、私の手を逃れられるはずもない」

ナズ「……」ジリッ…

藍「結局最後はみじめに討ち取られるだけなのだから、ここいらで潔く諦める気はないかしら?」

藍「そうすれば、何ら苦しみを感じる間もなく逝くことができるわよ」

ナズ「ハッ! お断りだね!」ババッ

藍「逃がさん!!」ババッ


ナズーリンは一目散に飛び出した
しかしいくら足が速くとも、妖獣の頂点に立つ八雲藍には及ぶべくもない
両腕には赤子を抱え目いっぱい走ることもままならない
捕捉は時間の問題であった


320 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:30:37 2YpJKR6E

ザザザッ…


ナズ「はぁ、はぁ、はぁ……」

ナズ「くそっ! 追い付かれる……!」


ガサッ…


ナズ「!」

ぬえ「よっ! また会ったわね!」

ナズ「ぬえ!」

ぬえ「なぁに? 何だかまたピンチな感じじゃない」

ぬえ「またしてもこの私の詐術が必要なのかしら?」ニヤリ


321 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:31:35 2YpJKR6E

追っ手はすぐそこまで迫っている
今ぬえがこちら側に手を貸せば、もう二度と安全圏には逃げられないだろう
前回のような誤魔化しが通用する相手ではないのだ


ナズ「……本当にいいのか?」

ぬえ「つまんない話は後! とっとと始末付けるわよ!」

ナズ「よし、ならばこいつを頼む!」サッ

ぬえ「え!?」


ぬえは突然の申し出に面食らった
ナズーリンが差し出したのは、その両腕に大事に抱えていた赤子だったからだ


322 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:32:59 2YpJKR6E

ナズ「このままだと、いずれ私は追い付かれるだろう」

ナズ「ならばせめて、こいつだけはお前が逃がしてくれ!」

ぬえ「あんたはどうすんのよ!」

ナズ「……あいつを足止めする!」

ナズ「時間を稼ぐ間に、お前は十八番の幻術で凌いでくれ!」

ぬえ「足止めって……あいつ、体から出てる妖気がヤバ過ぎじゃない!」

ぬえ「前の時とはまるで違ってる! あんなのあんたが敵う相手じゃないわ!」

ナズ「心配要らないさ。お前ほどじゃないが、私にだって幻術がある!」

ナズ「村紗からもらった、取って置きのやつがな!」


323 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:33:45 2YpJKR6E

ぬえ「ったく、毎度毎度訳分かんないことばっか言って!」

ぬえ「ならあんたの好きなようにやってみなさい! 私はこいつを連れて逃げるわよ!」バサッ…

ナズ「……頼むぞ!」


ザザザザ…!


ナズ「さあ……来い!」


どこまで通用するかは分からない
それでもやるしかない


藍「…………」ジャリ…

ナズ「……」グッ


324 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:35:07 2YpJKR6E

藍「遂に観念したようだな、裏切り者の小ネズミよ」

ナズ「いざ……尋常に勝負ッ!!」バッ


ナズーリンは、かつて主神と崇めた相手に立ち向かって行く
しかし……


ズガガガガガッッ!!


ナズ「ぐ!……う」ドサッ…

ナズ「はぁ、はぁ、はぁ」

ザッ…

藍「すばしっこいだけかと思えば、なかなかどうして頑丈なものね」

藍「しかし無意味だわ。ただ徒に苦痛を増しただけ」


325 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:36:34 2YpJKR6E

その抵抗は、まさに蟻が象に向かって行く様な滑稽さを伴っていた
所詮ナズーリンの力では九尾に敵うはずがない


ナズ「くっ」ダダッ

藍「諦めよ。お前が私に勝てる可能性は万に一つもない」

ナズ「……ここだっ!!」ダンッ

藍「九色断罪ッ!!」バッ



ナズ「!!」


326 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:38:03 2YpJKR6E
ヴァシッッ!!   ゴゴゥッ!!  

   ザシュッ!    グワッ…!!
    
 ドザァッッ…!   ゴガンッッ!!
  
   ギキィィィン!! 

        ズオオオォォッ…!! 



――――ドガァァァァン!!!




藍「……ふん」


327 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:40:20 2YpJKR6E
藍が見下ろした先には、やや人の形を残した灰が横たわっていた
わずかに焼け残った腕には金属の棒が握られている


――ズン!


藍「何ともつまらない技だったわね」グリッ グリッ


藍が踏み付けると灰は形を失い、やがて風に乗って散りじりになっていった




ぬえ「!!」ピクッ

ぬえ「あいつの妖気が……」





328 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:41:28 2YpJKR6E

ぬえは背筋が凍った
相手が本気であることは重々承知しているつもりであった
それでも実際にその結果が現れたと感じた時には、身震いせずにはいられなかった


オギャァ!  オギャァ!  オギャァ!


ぬえ「私も……覚悟を決めないとね」


大口を叩いただけあってか、追跡者と自分との距離にはわずかばかりの余裕がある
しかしそれも最期の瞬間がほんの少しだけ先延ばしにされたに過ぎない
今ここで活路を見出さなければ、自分もこの赤子も、ナズーリンと同じ運命を辿ることになる


ゴゥン… ゴゥン… ゴゥン…


ぬえ「!」

ぬえ「聖輦船!……よし!」


329 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:42:18 2YpJKR6E

オギャァ!  オギャァ!  オギャァ!


ぬえ「……ああもう! うっさいなぁ!」


オギャ! オギャ! オギャァ!


ぬえ「静かにしてよ! 折角あともう少しで助かるってのに!」


オギャ! オギャ! オギャー! オギャー! オギャー!


ぬえ「静かにしなさい! 何のためにあいつが命張ったと思ってんのよ!」


330 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:43:40 2YpJKR6E

ぬえ「あんたのせいよ! あんたのせいでこんな目に遭ってんのよ!」

ぬえ「あんたさえ現れなかったら、私たちはこんな苦労することはなかったのよ!」


オギャー!  オギャー!  オギャー!


いくら叱り付けても赤子は泣き止むどころか、ますます声を張り上げて泣くばかりであった


ぬえ「このぉ……!」グッ


このまま思い切り地面に叩きつけて、何もかも終いにしてしまおう


ぬえ「……」


331 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:45:17 2YpJKR6E
一瞬そのように思ったぬえだったが、すんでの所で思い留まった


ぬえ「こいつが死んだら……」

ぬえ「あいつ、がっかりするだろうな……」


ザザザザザ…


追跡者が次第に距離を詰めて来るのを感じる
しかしなぜかそのことに恐怖は感じなかった


オギャー!  オギャー!  オギャー!  オギャー!


ぬえ「よぉし……!」

ぬえ「見せてやるわ! この鵺様の一世一代の大博打!!」





332 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:46:35 2YpJKR6E

~聖輦船~


一輪「!?……ちょっと待って、雲山が何か近づいて来てるって言ってる」

聖「この妖気は……ぬえではありませんか」

小傘「え? ぬえ?」

村紗「聖!」

聖「はい。船を仕舞いなさい」

村紗「はっ!」サッ


命蓮寺は一斉に地上に降り立った
しかしその時には既にぬえの妖気は遠ざかっていた


333 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:47:32 2YpJKR6E

響子「あれ? どこかな??」キョロキョロ

一輪「すぐ近くにいたはずなのに……」

村紗「何やら嫌な予感がしますね」

聖「どうやらただならぬ事態のようです」

小傘「わ、私ちょっと探して来ます!」タタッ

村紗「待ちなさい小傘! 危険です!」

一輪「聖様!」

聖「分かっています……来い! 影照天! 速行天!」

ザザッ!

影照天・速行天「「お呼びでしょうか」」


334 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:48:45 2YpJKR6E

聖「小傘とぬえを守護しなさい。くれぐれも見失わぬように」

影照天・速行天「「はっ!」」ババッ

聖「私たちも後を追いましょう」




一方その時、ぬえは藍の追跡から必死に逃れようとしていた


ヒュッ…

ドカドカドカドカドカッッ!!


ぬえ「ぐっ」ジリッ…


335 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:50:25 2YpJKR6E

遮蔽物のない空中では勝ち目が無い
故に地上で木々に紛れながら逃げるしかなかった
だがその進路も目の前に放たれた無数の柱によって阻まれる
行く先のほとんどを封じられ、もはや逃げ道も残り少ない


藍「援軍など期待しないことね」

ぬえ「さあ……それはどうかしら!?」ニヤッ

藍「鬱陶しい強がりはやめなさい。見苦しいわよ」

ぬえ「……」

藍「愚かなことよ。あんな連中になど肩入れしなければ、遥かに長生きできたものを」

ぬえ「余計なお世話だ! 憤怒のレッドUFO!!」バッ


ババババババッッ!


336 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:54:09 2YpJKR6E

藍「……」

ぬえ「食らえ……ッ!」サッ


ヒュヒュンッ!

ヒュンヒュンヒュン!


藍「……」


真っ赤なUFOが藍目掛けて飛んで行く
しかしその全ては標的の体を透過して、はるか後方へと消えて行くのみでった


ぬえ「!?」


337 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:55:08 2YpJKR6E

藍「ふぅ……九尾の名も地に落ちたものだ」

藍「こんな小細工が通用するなどと思われるとはな」

ぬえ「く、くそ!」

藍「さあ、お前を仕留めれば二人目だ……いや」

藍「そこに抱えているのも入れれば三人目かな?」ニヤリ

ぬえ「やらせるか! 今度はこっちを食らえッ!!」ババッ

藍「無駄なことだ!」

ぬえ「怪奇演舞! 開花の段ッ!!」

藍「飛翔役小角ッ!!」


338 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:56:22 2YpJKR6E




ドッ!!  ―――ゴォォォォォォン!





小傘「あの音は……ぬえ!」タタッ







339 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:57:32 2YpJKR6E

藍「……またしても逃げたか」

藍「寺の連中というのは、どうも逃げ隠れするのが得意らしいな」

藍「だが所詮は時間の問題だ!」ババッ


藍はぬえの行方を追う
抜け目のない九尾の追跡を掻い潜り、ぬえが小傘の元に辿り着いたことは単なる偶然だったのだろうか




小傘「ぬえ……!」タタッ

ぬえ「はぁ、はぁ、はぁ」


340 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:58:33 2YpJKR6E

小傘「ひどいケガ!……その子は??」

ぬえ「んっふっふっふ……遂にやった! 完成だ!」

小傘「え?」

ぬえ「小傘、こいつを頼む! こいつを聖たちの所へ!」

小傘「う、うん!」サッ

ぬえ「こいつには、私の出せる全てを以って魔法をかけた!」

ぬえ「いくらあいつでも絶対に見破れはしないわ!」

小傘「どういうこと??」

ぬえ「話は後! 来るわよ!」


341 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 14:59:40 2YpJKR6E

―――ザッ!


小傘「!!」

ぬえ「しつこい奴だなっ!」

藍「わざわざ弱い者どうしで固まってくれるとはありがたい」

藍「では、我が主の温情に背いたことをあの世でゆっくり後悔するがいい」

ぬえ「……やっぱりその辺りが気に食わないか!」

藍「無限剣舞!!」サッ


ババババババッッ!!


342 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:01:09 2YpJKR6E

小傘「に、逃げ―――」サッ



ガキキィィン!!



ぬえ「!?」

小傘「あ……れ?」チラッ

影照天「我が主君の命により!」

速行天「護衛仕る!」


343 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:02:25 2YpJKR6E

藍「……なるほど、忉利三十三天か」


影照天「お早くお逃げを!」

速行天「ここは我らが食い止める!」

ぬえ「何だか知らないけどチャンスね! 逃げるわよ!」ババッ

小傘「う、うん!」ババッ

影照天「覚悟しろ妖魔め!」

速行天「我らの聖剣、しかと受けてみよ!」


藍「何が聖剣だ。なまくら神が粋がるな」


344 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:03:31 2YpJKR6E

速行天「食らえッ!!」ブンッ

影照天「たぁあああッ!!」ブンッ


ギキィン!!


藍「……」

影照天「ぬ……!」

速行天「ぐ……おおお……!」ググッ


二柱の剣戟は空中より現れた無数の刃によって阻まれた
そしていくら顔を怒らせて力を込めても、その刃を押し切ることができない


345 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:04:07 2YpJKR6E

対して藍はその防護にいささかも力を割いていない
二柱が歯を食いしばって踏ん張る姿をつまらなそうに見つめながら、眉一つ動かさなかった


藍「お前たちには切り札を使うまでもない。消えろ」


シュルシュルシュル…

―――ビシュッ!

―――ヒュンッ!

ズズズズッッ!


影照天「むっ!?」

速行天「ぬおっ……!」


346 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:04:53 2YpJKR6E

周囲の蔦や草、長い木の枝が伸びて行き、そのまま影照天と速行天は捕らえられた
この魔法はもちろん敵の動きを封じるためのものではない


ギシギシッ…!


影照天・速行天「ああああああッッ!!」


―――ブチッッ!!


ズバブシュゥ!!!


体を八つ裂きにされた二柱の残骸は、そのまま空気に溶けて消滅する
所詮忉利三十三天程度の力では、幻想郷随一の式神の相手は荷が重過ぎた


347 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:08:27 2YpJKR6E

ぬえ「……!」


後方の戦いは瞬時に決着が付いてしまったことを、小傘もぬえもすぐに察知した
このまま逃げ続けたとして、聖たちの下へ辿り着くには間に合わないこともまた明らかであった

ならばどちらかが時間を稼ぐしかない
ぬえは己の役目を悟った


ぬえ「……」スッ

小傘「!? ぬえ!何してんの! 早く逃げないと……」

ぬえ「そうだ。だから早く逃げろ!」

小傘「でも」


348 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:09:22 2YpJKR6E

ぬえ「グズグズ言うんじゃない! このノロマ!」

ぬえ「今あんたたちがやられたら、全部お終いなのよ!?」

小傘「……!」

ぬえ「早く行け!!」

小傘「はいっ!」ダダッ


ぬえ「……」

ぬえ「達者でいろよ、小傘……」


ザザザザザ…


ぬえ「さあ来な! ズタボロにしてやる!」


349 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:10:11 2YpJKR6E

―――ザッ!


藍「次は何を出す? 金殿天か? 倶托天か?」

藍「それともお前の下らん奇術でも見せる気か?」

ぬえ「なら食らわせてやるよ! 取って置きの大魔法を……!」ググッ

藍「……」

ぬえ「とぉ見せかけて肉体言語だッ!!」バッ!

藍「……ふん」


350 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:11:51 2YpJKR6E

ガキィィン!

ギィィン!

ゴギンッッ!

ガァァン!!


激しい鍔迫り合いが小傘の背後に響く


小傘「ぬえ……」タッタッタッ


351 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:12:49 2YpJKR6E

しかしそれも長くは続かない


ガゴォォン!!

ギキィィン!!





―――ザシュッッ!!



小傘「……!!」


352 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:14:03 2YpJKR6E
小傘は振り返らなかった
振り返ったところで何の意味も無い
ただ自分たちの危機を増すだけだと分かっていた


小傘「う……ううっ……!」


それでも胸中から湧き上がる感情は抑えがたい
小傘は泣きながらも全力で走り続けていた









353 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:15:01 2YpJKR6E
聖「!……三十三天たちの気が消えた!」

村紗「何と……」

一輪「いよいよヤバいわね……響子!」

響子「……いました! 真正面です!」


ザザッ…


小傘「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」




354 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:16:04 2YpJKR6E

聖「小傘!」

響子「小傘っ!」タタッ

村紗「あれは……」

一輪「あれは星の子じゃない!」

一輪「ナズーリンは!ぬえはどうした!?」

聖「並び来たれ! 離険岸天! 摩尼蔵天! 鉢私他天!」バッ


ザザザッ!!


聖「全員、追っ手を迎え撃て!」

離険岸・摩尼蔵・鉢私他「承知ッッ!!」バババッ


355 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:18:43 2YpJKR6E

小傘「はぁ、はぁ……こ、この子を……お願い」スッ…

響子「わ、分かったわ!」サッ

小傘「はぁ、はぁ……ぬえが、ぬえが……!」

響子「どうしたのよ!」


聖「……!」

聖「二人とも下がれッ!!」


響子「えっ?」



―――ドゴォッッ!!



小傘「――――!!」


356 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:19:54 2YpJKR6E

村紗「!!」

一輪「う、雲山ッ!!」バッ


――ヒュッッ!!


響子「あっ!?」ドサッ…


即座に入道が手を伸ばし、響子は赤子を抱えたまま引き戻された


小傘「う…………」ヨロッ


しかし小傘は間に合わなかった
鋭い爪が小傘の腹を突き破っている


357 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:20:40 2YpJKR6E

藍「我が主よ……」ブンッ


ボゴォッ……!


藍がその腕を払うと、小傘の体は崩れ落ち、消え去ってしまった


藍「これで三人目にございます」ポイッ


ゴトッ…


聖「!!」

村紗「そんな……」

響子「あ……あああ……」


358 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:22:01 2YpJKR6E

藍が放り投げたものは手のように見えた
それは長い棒状の物を握り締めている
その形状は聖以下の誰もが見覚えのある物であった


藍「その経路からして、やはり出口は見つけたようだな。何とも目ざとい奴らよ」

一輪「貴様ッ……! 貴様だけは絶対に許さんぞッ!!」ザッ

聖「決着を付ける時ね」スッ

響子「こ……来いッ」グッ

藍「……」

村紗「覚悟しろ! 一対四でも手加減などしない!」

藍「一対四だと?? 笑わせてくれる」


359 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:22:54 2YpJKR6E

藍「この私が、手土産も持たずお前たちの前に現れると思ったのか?」スッ…

聖「……まさか!」

藍「さあ出でよ! 四大王衆天!!」



――――ドドドドォォォン!!



村紗「こ、こいつら!」

一輪「何だと……」

響子「ま、また……!」

聖「道理で……」


聖「いくら呼んでも来ないはずだ……!」


360 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:24:21 2YpJKR6E

増長天「……」

持国天「……」

広目天「……」

毘沙門天「……」


『四大王衆天』

通称四天王と呼ばれる仏法の守護者たちが揃って現れた

しかし様子がおかしい
目に生気がなく、その視点はただ宙を見つめている
視界に聖たちの姿が入っているかも疑わしい
討つべき敵を睨みつけるでもなく、ただ呆然と立ち尽くすのみであった


361 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:25:56 2YpJKR6E

聖「その様子……式符の力で意識を塗り替えたか」

藍「式神は主の命に従ってこそ、その幸福を享受するもの」

藍「命令に従わぬぐらいなら、いっそ奴隷にしてしまった方が良いのだ」

聖「……外道め!」ババッ

一輪「今度こそ遅れは取らない! 子を守れ響子!」ダンッ

響子「はいっ!」

村紗「地獄を見せてやる!」ダンッ


聖たちは式神たちに一斉に攻撃を仕掛ける
しかし藍の切り札は全て出し切られたわけではなかった


362 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:27:14 2YpJKR6E

藍「雑魚は黙っていろ……さあ来い! 亜人ども!」


――――ズズズズズズ


村紗「!?」

一輪「!」


?×??「ゲッゲッゲッゲッゲッゲッゲ……」


至る所に空間の裂け目が現れ、そこから無数の亜人が這い出てくる
それは監視役として呼び寄せたものの、現地の五行士により阻まれたため、使いどころもないまま捨て置かれた化物たちであった


363 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:28:02 2YpJKR6E

その化物たちは『ホフゴブリン』と呼ばれていた


一輪「何て数……一体どんだけ持ってきたのよ!」


あっと言う間にゴブリンの群れが聖たちを取り囲む
一匹一匹の力は弱いゴブリンも、これだけ数を揃えては馬鹿にならない
藍は群れのはるか遠くから聖を眺めていた


村紗「いくら数がいようとも、奴らさえ倒せば良いのです!」グッ


藍「ここで終わりだと思ったのか?」


一輪「!? 何……」


364 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:29:01 2YpJKR6E

藍「これぞ我が最高の切り札……!」

藍「さあ来いッ! 貴様の役目を果たすのだ!」バッ


ゴゴゴゴゴゴ……


突如黒雲が空を覆い、日の光は全て閉ざされた
分厚い雲の中でも一際大きい雲が藍の頭上に近付き、そしてその中心が裂ける


バサッ…  バサッ…  バサッ…


聖「遂にお出ましか……!」


365 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:30:28 2YpJKR6E

そこから現れたのは黒雲よりもさらに黒く染まった十二枚の翼を背負う者

甘美なる誘惑で相手を魅了し、仏敵たる天狗へと変化せしめる妖魔

妖獣、化生、鬼、悪魔、全ての妖を統括する魔の頂点

魔性の存在でありながら、天界の神としても君臨するただ一人の者


?「私を呼ぶからには、つまらぬ用件ではあるまいな?」

藍「その通りだ。久し振りの地上だろう?」

藍「今回ばかりは手加減なしだ。今こそ心おきなく存分にやるがいい!」



聖「天魔……波旬!!」


366 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:33:13 2YpJKR6E

天魔波旬「オオオォォォオオォォオオオオオッッッ!!!」



ビキビキビキッ…!!

ゴブリン×??「ゴワァアアアアアアアアッッ!!」

増長天「ぬうおおおァァァ!!」

持国天「ごおお……あああああッッ!!」

広目天「はぁああああッ!!」

毘沙門天「ぐううおおああああッッ!!」


367 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:34:44 2YpJKR6E

村紗「!?」

響子「な、何が……」

一輪「これは……!」


その咆哮に震えたのは大気だけではなかった
天魔が雄叫びを上げると、魔物たちは一斉に力を増した
無数のゴブリンはそれぞれが自身の体を二倍にも三倍にも膨れ上がらせる

それは四天王たちも同様であった
生気の抜けた目が光り輝き、別人と見紛うほどに怒らせた顔は、溢れ出る狂気に破裂寸前であった
否、事実いくつもの顔面の血管が千切れ、奇怪な音を出しながら全員血まみれになっていた
その凶暴の相は、鬼ですら到底及ばないほどであった


聖「何ということ……!」


368 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:36:31 2YpJKR6E

藍「さあゴブリンども! 雑魚どもを始末しろッ!!」

ゴブリン「グゴゴガァァァァアアアアッッ!!」


ドドドドド…!


村紗「散らばっては危険です!」

一輪「分かってるわよ!」

響子「援護します!」グッ

響子「―――――――ッッッ!!!」


ゴブリン「ゴオオアアアアア―――」


――――ドゴォォオォォォオオオオン!!!


369 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:37:34 2YpJKR6E

ゴブリン「ガアアアアアアッ!!」

ゴガッ!

ドドッ!

ズガッ!


響子の放った超音波により、取り囲んだゴブリンたちが吹き飛んだ
しかし残る者たちが続いて襲い掛かる
また吹き飛ばされた者も立ち上がり、再度攻撃を仕掛けてくる


一輪「無差別方位弾道拳ッッ!!」


ドガドガドガドガドガドガッッ!!

ドガァァァァァン!!!


370 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:38:30 2YpJKR6E

ゴブリン「ギイイイイイイ!!」

ゴブリン「ガアアアアアアアア!!」

ゴブリン「ゴアアアアアアアア!!」


天魔はなおも上空から魔力を送り込み、魔物たちの力を暴走させていた
一方聖は、三人とは分断された場所でゴブリンたちを迎え撃っていた


聖「ふんッ! はッ! せいッ!!」


ズドッ!!

ドガッッ!!

ドゴォッッ!!


371 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:39:10 2YpJKR6E

聖「フライングファンタスティカ!!」


―――ドゴドゴドゴォォォン!!!


ゴブリン「グギィィィィィ!!」

ゴブリン「ゴォォォオオオオ!!」

ゴブリン「ゲァァアアアアアッ!!」



一輪「あ、姐さんが!!」

村紗「一輪! 目の前の敵に集中しなさい!」

響子「チャージドヤッホ――――――――ッッッ!!!!」


372 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:40:55 2YpJKR6E
聖が再度呪文を詠唱しようにも、ゴブリンたちは絶え間なく襲い掛かりそのような隙を与えない
奇妙だったのは、ここで四天王がすぐに畳みかけて来ないことだった


藍「お前たちに天界の逸品を授ける。今度こそ確かなる勝利を収めるのだ!」


ズワッ…


藍が取り出したのは鞭、扇、剣、そして真っ赤な瓢箪の四種




373 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:42:11 2YpJKR6E

―――幌金縄―――

持国天「……」ギリリッ!



―――芭蕉扇―――

広目天「……」サッ!



―――七星剣―――

毘沙門天「……」ジャキン!



―――紫金紅瓢―――

増長天「……」ガシッ!




374 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:43:06 2YpJKR6E

藍「さあかかれッッ!!」


ババババッッ!!


聖「!!」


――――ズダダダダンッッ!!


聖を取り囲むようにして、跳び上がった四天王が地に降り立つ
四柱に踏み潰されたゴブリンの肉片が、所々に飛び散っている

そして四柱全員が聖目掛けてその宝具を振るう


375 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:44:14 2YpJKR6E

聖「はぁああッッ!!」ブンッ

広目天「ぬんっ!」ブワッ


―――ゴゴゴゴゥッッ!!


ゴブリン「ギィィイィイイイ!!」

ゴブリン「グアアアァアァア!!」

ゴブリン「ギャアァアアッッ!!」


広目天の振るった芭蕉扇はたちまち大火を起こし、周囲のゴブリンもろとも聖を焼き払おうとする
しかし芭蕉扇を振るった先には、既に聖はいなかった


376 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:45:54 2YpJKR6E

毘沙門天「はぁッ!!」ブンッ

聖「ふん!」


―――ザシュッ!!


聖「!」

持国天「はっ!!」ブンッ

ヒュヒュン!!

聖「くっ!」ババッ


毘沙門天の振るう七星剣が切り傷を付けたことに、聖もわずかに動揺した
しかし次に来る持国天の幌金縄はすんでのところで避けることができた
だがそこへ聖の姿を捉えた広目天がさらに襲い掛かる


377 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:47:16 2YpJKR6E

広目天「ぬうんッ!!」ブンッ


―――――ゴワァァァアアアアッッ!!!


聖「はあッ!!」ダンッ


ゴブリン「ガァァァァアアア!!」

ゴブリン「ギイィアアアアッッ!!」


藍「その七星剣をただの剣と侮るなよ?」

藍「それは天界守護の力を備えた、金剛をも切り崩す宝剣よ!」

藍「いかに金剛身を超えた貴方とて、受ければ無傷では済まんのだ!」


378 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:48:04 2YpJKR6E

ヒュヒュン…


―――ビシバシッ!

ギシィッッ…!!


聖「ぬっ……!」


幌金縄が聖を捕らえた
役目に応じ、増長天が進み出る


増長天「急急如律令、奉勅!!」サッ

聖「!!」フワッ…


――――ギュゥゥゥゥン!!


379 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:50:28 2YpJKR6E

増長天がヒョウタンを向けると、聖の体は瞬時にそこへ吸い込まれて行った


一輪「!?」

村紗「ひ、聖!」


藍「全く手こずらせてくれたものだ」

藍「しかしそれもようやく終わったようだな……さて」チラッ


響子「……!」


藍「後はお前たちさえ始末すれば、全ては元通りだ」


全ての妖魔たちが一斉に残りの標的三人に向き直る


380 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:51:14 2YpJKR6E

未だ大群の体を保つゴブリン
宝具を備えた四天王
そして天魔


ゴブリン「ゲッゲッゲッゲッゲッゲ……」

四天王「……」

天魔「フン」


対する一輪たちは大将たる聖を失っている
その結果は言わずもがなである


村紗「このままでは……!」

響子「ど、どうすれば……」


381 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:51:48 2YpJKR6E

一輪「簡単な話よ!」ダンッ

村紗「一輪!?」


村紗と響子がしり込みしている間に、一輪は敵陣に突っ込んで行った


ドガッ!! 

ズゴッッ!!

ガスッ!!


一輪「あいつら全員ブッ飛ばして、姐さんを取り返せばいいのよ!!」


382 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:55:46 2YpJKR6E

村紗「!……確かに、あなたの言う通り!」ダンッ

響子「せんぱい! 私も行きます!!」タタッ


一輪「技を借りるわよ、小傘!」バッ

一輪「非常事態! 親父台風大猛威!!」


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…


―――――ズドドドズドドズドドズドドドドドドォォッッッ!!!


ゴブリン「ゲェエエエエッッ!!」ズゴッ!

ゴブリン「ギャアアアアアアアアッ!!!」ドガッ!

ゴブリン「ギギィィイイイイッッ!!!」ガスッッ!


383 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:56:40 2YpJKR6E

村紗「続いて参る! 響子!」

響子「はいっ!」

村紗・響子「「マンイーター・セイレーンッッ!!」」バッ


ギィィィィィイイイ………ギギギギギギギギィィィン!!!


ゴブリン「ガァァアアアアアアアッッ!!」ザシュッ!

ゴブリン「オゴオオオアアアア!!!」グチッッ!

ゴブリン「ゴゴォォオオオオオッッ!!」パァン!!


藍「無駄なことを……行け、四天王ども」


384 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:57:34 2YpJKR6E

四天王「……」ザッ…


カタカタ…

カタカタ…


藍「うん?」



ピシッ…



――――バキィィィン!!


増長天「ごっ――――ッ!!」

藍「!?」


385 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:58:33 2YpJKR6E


スタッ…



増長天「……ぉお………ッ」ヨロッ

ズシャァ…


藍「な、何だと……!」

聖「これが天界の逸品か」


紫金紅瓢を突き破った勢いのまま、聖は増長天の体の右半分を吹き飛ばした
増長天は倒れたまま消えて行った


386 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 15:59:19 2YpJKR6E

一輪「あ、姐さん!!」

響子「聖様!!」


藍「こ、これでも……」

聖「思ったより大したことはなかったな」

藍「これでも駄目なのかッ!!」

聖「命蓮寺当主、聖白蓮……参る!!」

藍「四天王ッッ!!」


ゴウッ…!


387 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:00:30 2YpJKR6E

毘沙門天「ふんッ!!」ブンッ

聖「はっ!」ヒュッ


ガキンッッ!!

ギィンッッ!!

ゴガンッッ!!


振り下ろされる七星剣はことごとく払われ、その刀身は聖に届かない
広目天も持国天もその様子を伺うばかりで、聖に向かって踏み込んで行くことができずにいた


388 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:01:30 2YpJKR6E

藍「何をしている! 七星剣を援護しろ!」

持国天「……はあッ!!」ブンッ


シュビッッ!

―――ビシビシッッ!


藍「捕らえた! やれ!七星剣ッ!」

毘沙門天「ガぁあッ!!」ブンッ

聖「ふんッッ!」グッ


389 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:02:11 2YpJKR6E

ガキンッ!!

ゴギィン!!


藍「……!」

持国天「ぐっ……!」ヨロッ

聖「はあッ!!」

持国天「ぐうっ!」ドサッ…


もはや幌金縄では聖の動きを制限することはできなかった
ただ周囲に撒き付くばかりで、全く拘束の体を為していない


390 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:03:27 2YpJKR6E

広目天「ぬうんッ!!」ブワァッ


――――ゴゴゴゴゥッッ!!


聖「せいッ!!」

毘沙門天「ハッ!!」


ギギィンッッ!!

ガァァンッッ!!

ゴガンッ!!


そして芭蕉扇に至ってはその大火に見向きもしない
広目天が何度強く扇ごうとも、聖の髪の毛一本すら燃やすことができないのだ
返って対峙する毘沙門天の肉を焼くばかりであった


391 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:04:21 2YpJKR6E

藍「そ……底知れぬ!」


ほんの一年前まで、聖は四天王の一柱にすら手も足も出なかったはずだ
今四天王は、全員が天魔により限界を飛び越えて力を引き出され、さらにはそれぞれが宇宙に二つとない宝具を備えている
しかしそれでも今の聖を押さえ付けるには至らないのである


藍「明らかに成長している……一瞬ごとに!」ギリッ


強敵と出会う度に、苦難に遭う度に、聖はさらにその力を増す
力ずくで押さえようとすればするほど、反発の勢いはますます加速する


392 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:05:17 2YpJKR6E

ギキィィン!!

ガガァァン!!


―――バキィンッッ!!!


藍「!!」

毘沙門天「ぬぅっ……!」ヨロッ

藍「そんな……七星剣まで……!」


既に聖の拳は七星剣の硬度をも越えていた
いかに天界最強の宝剣と言えども、所詮鉄くれは自らを守る術を持たない
聖と打ち合っていれば、やがて破壊されてしまうことはあまりにも当然であった


393 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:06:14 2YpJKR6E

聖「哀れな神よ、せめて我が手によって天に還るがいい」バッ

聖「無量億千万波羅蜜ッ!!」


――カッ!!


毘沙門天「――――――ッッ!!」



―――ドゴォォォォンッッ!!!



毘沙門天の体内から白い光が膨れ上がり、そのまま体を突き破って爆散した
光は毘沙門天の全身を包み、跡形も残らなかった


藍「こっ……」

藍「この役立たずどもめッ!!」


394 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:07:08 2YpJKR6E

聖「ふんッ!!」ググッ


―――ブチブチブチィッッ!!


そして幌金縄は力任せに引き千切られた
もはや宝具も四天王も全く歯が立たない
藍は最後の手段を打たざるを得なかった


藍「何をしている天魔波旬!! 尼僧を押さえろ!!」

藍「この私の手を煩わせる気かッ!!」


天魔「!」


395 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:08:15 2YpJKR6E

天魔「ふんッ!」ババッ


聖「ぐっ!?」ヨロッ

――――ズダンッ!


突如聖は膝を付いた
それが天魔の力の作用であることは、聖は既に承知していた


ゴブリン「ゴ……」ピクッ

ゴブリン「ウ……」ピタッ

ゴブリン「オ……」ガクッ


396 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:08:54 2YpJKR6E

ズガッ!!

ガスッ!!


村紗「……何だ?こいつら、急に大人しくなった??」

響子「??」


ゴブリンたちの体が縮んでいく
理由は分からないが、天魔が力を緩めたらしい


一輪「何だか知らないがチャンスよ!」

一輪「今こそ姐さんの援護に馳せ参じるのよ!」バッ

村紗「了解!!」ダダッ

響子「はいっ!」ダダッ


397 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:10:07 2YpJKR6E

聖は未だに膝を付いたままで、そこから立ち上がることができない
そればかりかその顔には苦悶の表情が現れ、吐血すらしていた
しかし天魔は依然空中に留まったままで、手はかざしていても聖には指一本触れてはいない


聖「ぐ……うう……ッ!」


天魔「ふんッ!!」グググッ


聖「がっ……!!」ギシッ…

ズダンッ!


今度は両手を地面に叩き付けた
体中が軋み、内外至る所に出血している


398 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:11:24 2YpJKR6E

村紗「聖ッ!!」

響子「聖様ッ!!」

一輪「あの黒いヤツだ! 黒いのをブッ飛ばすわよ!」

藍「そうはさせん! 四天王ッ!!」

持国天「はッ!!」ヒュッ

村紗「!」


ガキィィン!!


村紗「くッ!」


399 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:12:07 2YpJKR6E

広目天「ぬうんッ!!」ブワッ


――――ゴゴゴゴゥゥッ!!!


一輪「おわっ!!」

響子「あ、熱っ! 熱っ!! 赤ちゃんがっ!」



聖「ぐっ……おおおお……!」


天魔「はぁぁッ!!」ググッ


400 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:13:35 2YpJKR6E

ミシミシッ…

ギシッ…

ゴキッ…ガゴッ…

聖「ぬうあああッ……!!」


藍「フ……ハハハ!」

藍「そうだ! これこそが天魔の力!」

藍「如何な勇者とて、敵うはずがないのだ!!」


401 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:15:09 2YpJKR6E

『天魔波旬』


彼の者の天界での呼び名は別にある
その名は肉体を持つ天界神の中でも、最も強大な存在であることを象徴する


『他化自在天王』


地上に影響を及ぼすことのできる天界神として、最も高位である第六層に居を定める
その力の働きは意識する対象の生命全てに及ぶ
他化自在天王は、他者の精神と肉体を意のままに操ることができるのである
相手が妖魔であろうと、人であろうと、たとえ神であろうとも、そこに例外はない
天界はおろか地獄の閻魔王すら恐れさせる、別名『第六天の魔王』とも呼称される所以である


402 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:16:44 2YpJKR6E

藍「よし……いいぞ!」


そのあまりにも強大な力に、藍もようやく安堵の色を表す
さすがに精神を屈服させることは不可能であったが、もう一方の肉体さえ押さえれば何の問題もない
天魔さえいれば不安要素など無かったのだ
所詮四天王も宝具も、天魔を援護するためのオマケに過ぎない
それほどまでに天魔は藍にとって最上の切り札であった



―――だが



聖「ふっ……ううッ!!」グッ


藍「!?」


403 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:17:50 2YpJKR6E

聖「ぐ……あああああッッ!」ググッ

ギシッ…!

バギッ…!


骨肉が裂け内臓が破裂する痛みを押して、聖はなおも立ち上がろうとする
如来さえ遥かに見下ろすその驚異的な精神が、天魔の力をも跳ね返そうとしているのだ


藍「う……」

藍「うわああぁぁああああッッ!!」ババッ


堪らず藍は飛び出した

既に四天王も宝具も打ち破られた
ここでさらに天魔まで討ち取られ、よもや何の成果も無しとあっては、もはや自分は主の下へは帰れない


404 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:19:19 2YpJKR6E

藍「今なら! 今ならまだ……!!」


このまま放っておけば、おそらく天魔ですら聖を押さえられなくなる
しかし今この瞬間であればまだ機会はある
既に聖の肉体回復は天魔の魔力を上回る速度を得つつあるのだ
今やらねば、もはや永遠に聖に打ち勝つことはできないだろう


聖「ぐっ……! くうう……!」

ギシギシッ…!


未だ聖は立ち上がれない
一輪たちも四天王に阻まれて手助けできない


405 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:21:33 2YpJKR6E

藍「ここしかない! 食らえぇッッ!!」ババッ!

藍「九色断――――」


?「せぇのぉ……」


?「どかーーーーーーん!!」



――――ズドォォォォンッッ!!!



天魔「がア――――ッッ!!?」


406 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:22:05 2YpJKR6E

藍「何ッ!?」

聖「!」

聖「はッ!!」ダンッ

藍「!!  しまっ―――」

聖「紫雲のオーメンッッ!!」


――キンッッ!!


ドドドドドォォォン!!!


藍「ぐぅわああぁあああッッ!!」


407 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:23:42 2YpJKR6E


フランドール・スカーレット「あれえ?? 外しちゃったぁ~」



―――ザザッ



一輪「あ、あいつら……!」


レミリア「今回は逃がさないわよ?」

パチュリー「それなら心配要らないわ。もう結界は五重に張ってるんだから」

咲夜「……お気を付けくださいませ」


村紗「紅魔館!!」


408 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:24:38 2YpJKR6E

フラン「よーし! 今度こそ!」ニコッ


聖「!?」ババッ

藍「ぐっ……!」ババッ


フランの姿を見た聖と藍は、ほぼ同時にその場から飛び退く


聖「退避! 全員退避ッ!!」

響子「えっ? は、はいっ!」ダダッ

聖「視界に入ってはならない! あれは魔眼だ!!」ダダッ

村紗「魔眼? 魔眼とは一体……」ダダッ

一輪「そんなの後にしなさい! いいから早く逃げる!」ダダッ


409 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:26:04 2YpJKR6E



天魔「おお……あ……ッ!」

天魔「このッ……下賎の妖魔がぁあああッッ!!」ヒュン!


右腕を吹き飛ばされた天魔は、怒りのあまりフランに飛び掛り反撃の魔法を放つ


天魔「死ねぇええええッッ! 死魔の咆哮ッッ!!」バッ

フラン「ぎゅっとして……どかーーーーん!!」


――――ズドゴォォォン!!


天魔「ぎゃああああァァアアッッ!!?」


410 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:28:15 2YpJKR6E

今度は左腕が吹き飛んだ
天魔の持つ他化自在の力も、相手に届く前に破壊されてしまっては何の意味も為さない


フラン「あれれ?? また外しちゃった」


パチュリー「……レミリア、あなた何か細工したのかしら?」

レミリア「虫を千切るのだって、いきなり頭取っちゃったら面白くないじゃない?」

レミリア「生きてるのをいたぶるのが楽しいんだから♪」

パチュリー「あまりふざけていては隙を生むわよ?」

レミリア「何言ってんのよ。愉快なことは、いつだって危険と隣り合わせなのよ?」

パチュリー「……ま、成果さえ上がれば何でもいいけどね」

咲夜「……」


411 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:29:02 2YpJKR6E

フラン「そ~れっ!!」サッ

天魔「―――――ッッ!!?」



―――――ズドゴォォォォン!!!



レミリア「あ」

パチュリー「はい、一つ上がり」


412 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:29:39 2YpJKR6E

藍「し、四天王! 吸血鬼を止めろッ!!」

藍「盾になれゴブリンども! あの赤いヤツを押さえるんだ!」


持国天「ふんッ!」バッ

広目天「はぁッ!」バッ

ゴブリン「ギギギィィイイイ!!」

ゴブリン「ガゴォォオオオッ!!」


ドドドドドド…


フラン「わぁ~! いっぱい来たぁ!!」


413 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:30:54 2YpJKR6E

パチュリー「あら助かるわね。向こうの方から集まって来てくれてるわ」

レミリア「当然よ。あの子を放っておいたら全部壊されちゃうんだから」


持国天「ぬぅんッ!!」ブンッ

フラン「えーいっ☆」サッ


持国天「――――ッッ!!!」


――――パァァァァァン!!


パチュリー「はい二つ」


フランの指が動いた瞬間、持国天の体はまるで水風船を叩き付けたように弾け飛んだ


414 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:31:54 2YpJKR6E

藍「ぐ……畜生めッ!!」

藍「どういうつもりだ! 紅魔館!」


レミリア「あら、何も驚くようなことはしてないわよ?」

レミリア「私たちは当然の権利を行使しているだけ。それぐらいの貸しはあるでしょう?」

レミリア「天魔が出張って来るなんて、そうそうあることじゃないもの……もう死んじゃったみたいだけど」


藍「ぐぅッ……!」


415 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:33:01 2YpJKR6E

フラン「えいやーっ☆」サッ



広目天「こ―――――ッッ!!」


――――ガシャァァァァン!!!


今度はガラス細工のように砕け散った


416 : ◆0dUQJag7fY :2014/12/11(木) 16:34:05 2YpJKR6E

ゴブリン「ギギギギギッ!」

ゴブリン「ゴフゴフゴフッ!」

ゴブリン「ゴオオアアアッ!」


パチュリー「随分弱っちくなっちゃったわね」

パチュリー「ま、これだけの数なら大差ないでしょうけど」


フラン「さーん! にー! いーち! たぁーっ!!」バッ


―――ボコォッ!!


フランが片手を突き出すと宙に穴が開いた
当然ながら、ただの穴ではない