勇者「世界救ったら仕事がねぇ……」 前編

464: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 21:34:43.72 ID:VPuhrSuxo
戦士の村。

戦士「……なに、もう脱出した?」

弟子A「ええ、まあ。なんていうか、包囲が隙だらけだからっつって、女商人さんが」

戦士「まあ、軍隊として攻めるなんてほとんど初めてだろうからなぁ」

弟子B「……兵隊ってのは素人なんすかね」

戦士「無理もないだろう。冒険者がいるから、兵士は守るだけでよかったんだ」

弟子A「大所帯はまだです、あの、子どもたちが」

戦士「ああ、さすがに大人数は難しいだろう」

弟子C「……師匠、準備できました」

弟子D「ほんじゃ、俺ら、子ども連れて行きますんで」

戦士「おう、よろしく頼む」

弟子A「師匠! 兵隊が呼んでますよ!」

戦士「さて、行くか」


465: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 21:35:14.24 ID:VPuhrSuxo
村の門前には、詰め掛けた兵士たちがざわざわとしゃべっていた。

そこへ、戦士がゆっくりと進み出てくる。
兜に胸部全面を覆う鎧、膝や足首もがっちりと具足で固められている。
背中に二つの戦斧をくくりつけて、完全武装の態で歩いてくる。

ざわめきが大きくなる。

戦士は改めて軍容を眺めた。

なるほど、整列もなっていない。
村を蹂躙するには足るかもしれないが、これなら逃げるチャンスはいくらでもありそうだ。

戦士はがしゃん、と背中の戦斧を一つ降ろし、それを地面に突き立てて直立した。
相手の出方を待つ。

やがて、兵士が一人、兵の群れをかきわけて進み出てきた。


兵士「戦士殿ですか!?」

戦士(声がでけー)

466: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 21:35:35.77 ID:VPuhrSuxo
戦士「そうだ」

兵士「兵士長が会談を希望です! こちらへお出でください!」

戦士「この場で結構。要求を聞こう」

兵士「な、な、なにを」

戦士「だから、この場でいいから。どうしてほしいのか、言えってんだよ」

兵士「え、えー、あー……聞いてきます!」ダッ


弟子A「……なんすか、あれ」

戦士「交渉の仕方も分からないんだよ」

弟子B「師匠、あれ、近くまで運んでおきましたから」

戦士「ありがとう」

467: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 21:36:20.78 ID:VPuhrSuxo
兵士が戻ってくる。


兵士「……お待たせしましたっ! まず武装を、解除してください!」

戦士「断る。理由なく武装した連中に囲まれて、そんなことに従う義理がない」

兵士「あ、あなたは、南国の国民です……よ?」

戦士「その前に、この村の代表としてこの場にいる。撤兵して、安全な会談場所を設けるのでなければ従わない」

兵士「そ、そんな……!」

戦士「別に俺はやり合うのでも構わない。せめて目的を言え」

兵士「わ、我々は、戦士殿を迎え入れようと……」

戦士「そのために軍隊を差し向ける必要はないだろう」

兵士「そ、それは……」

戦士「勇者の一味を拘束しに来たってことか?」

兵士「そんなつもりは」

戦士「ふざけるのもいい加減にしろッ!」

468: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 21:37:02.93 ID:VPuhrSuxo
戦士「やましいところがないというなら、なぜ最初から軍隊で取り囲んだ」

兵士「あ、え、う」

戦士「俺はこの村で農業をやっている、お城とも取引がある」

戦士「勇者たちも、誤った事はしていない」

戦士「それなのに、なぜウソをつく!」

兵士「ゆ、勇者は……」

戦士「あ?」

兵士「勇者一味は、北国で反乱を起こしていると」

戦士「元々、孤児院に攻撃を仕掛けたのはあの国だ。自分の身を守るのは当たり前だろうが」

兵士「し、しかし……」

戦士「……大体、他所の国とこの国と何の関係がある?」

兵士「北国と南国は同盟関係にあり……」

戦士「だから俺を拘束する? そりゃとんだ内政干渉だ!」

469: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 21:37:32.96 ID:VPuhrSuxo
兵士「し、しかしですね」

戦士「もういい。軍を退け、会談場所をつくれ。せめて最低限の手順を踏んでからにしろ」

兵士「……」

戦士「いいから伝えて来い!」

兵士「は……はい!」ダダッ


弟子A「いいんですかい?」

戦士「構わん……ガキどもの準備は出来てるな?」

弟子B「大丈夫みたいっすよ」

戦士「じゃあまだ引き伸ばせそうだから、もう、海経由の進路を取って脱出するよう言ってくれ」

弟子B「了解しやした」

470: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 21:38:05.97 ID:VPuhrSuxo
弟子A「ん……?」

戦士「どうした?」

弟子A「動きがあるみたいですね」

戦士「司令官が動いてるのかな」

弟子A「いや、なんつーか、こりゃ」


弟子が言わないうちに、戦士も察しがついた。
まず臭いがしたからだ。一瞬、まさか、と思ったが、遠くで赤く光るのを見て、確信した。

火矢だ。

相手は、最初から交渉する気などなかったらしい。
そのまま、辺鄙な村を焼け落とすつもりで、やってきたのだ。
勇者の一味を、村ごと潰すために。

戦士は顔を赤くして怒鳴った。


戦士「盾を用意しろ!」

471: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 21:38:38.32 ID:VPuhrSuxo
弟子が戦士の叫びに応え、盾を構えて列を作った。
いくら相手が整列も出来ぬ相手とはいえ、多勢に無勢は戦士も知っている。

ならば、どうするか。


戦士「いいか、俺が大将をつぶす! 盾があるやつは村を守れ!」

弟子たち『応!』

戦士「持ってねぇやつは、俺に続けッ!」

弟子たち『応! 応! 応!!』


―――速攻で、頭をひねり潰す。

472: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 21:39:36.78 ID:VPuhrSuxo
戦士は命令を飛ばしたにも関わらず、戦斧を背負いなおすと、一度、村の入り口に走って戻った。
そこには戦士の長身の、さらに三倍にもなる、巨大な斧が突き立っていた。

弟子たちに用意させていたのはそれだ。

この巨斧は神事に使われるものであって、本来、実用に使えるものではない。
弟子たちも、これを運ばされた時、まあ、村の守護を意味するものだから、程度にしか考えていなかった。

……戦士も、「使った」ことがあるのは数回ほどだ。
だが、大軍を前にして、短い時間で決着をつけるなら、やはりこれしかあるまい。
戦士は、斧の柄に手をかけた。


弟子A「し、師匠!? それ、使うんですかっ」

戦士「……すーっ、はーっ」


息を吸う。
息を吐く。

473: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 21:40:13.79 ID:VPuhrSuxo
ちょうど、大地にどっしりと根を下ろした大木のイメージ。
それを両腕で抱え込むようにして力を込める。
前に「使った」時は、魔法使い(そのときは賢者)に腕力を増強してもらって振るったものだが、今度はそういう訳にもいかない。

後ろで兵隊たちも動き始めた。
弟子たちが盾を持って、それを防ぎにかかる。

戦士は全身に力を込めて、地面に突き立った斧を抜き始めた。

地響きのような音がする。
ゴゴゴ、という音が、戦場の叫び声に混じって聞こえてくる。
巨大なシルエットが、村の入り口で膨れ上がってくる。

ぐるり、と戦士は敵軍に振り向いた。

腹に柄を当てた、旗を持つような姿勢から、ゆっくりと上段に振りかぶる。

そして、戦士は、敵軍に一歩を踏み出した。

474: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 21:40:43.23 ID:VPuhrSuxo
ずしぃぃん――ずしぃぃぃん―――


まるで巨人が近づいてくるかのような、大きな足音。


ずしぃん――ずしぃぃん―――


振りかぶられた斧は、すでに武器というよりは断崖に近かった。
なにしろ、それを見上げると、太陽さえ隠されてしまうのだから。


ずしん――ずしいいん―――


そして、人に迫るその速度が、次第に速まってくる。
そうだろう、そんな巨大な斧を振りかぶれば、重みで速度を増すのは必定だ。

巨斧から、声が放たれる。


戦士「死にたくなければ、大将まで道をあけろッ!!」

475: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 21:41:27.04 ID:VPuhrSuxo
人垣が割れた。


ずしん、ずしん、ずしん―――


うわあああああああ!

ひぃいいっ、ひいいいいいい


二つに割れた悲鳴の間を、さらに速度を増した巨斧が通り抜ける。
弟子たちがその後ろに続く、火矢を準備している者たちの油壺を壊し、なお、抵抗するものをなぎ倒す。
人垣は、もはや逃げるどころか、横倒しになって踏み潰される者まで出てきた。

割れた道の先に、陣取っていた兵士長の姿が見えた。
うろたえながら逃げ場を探すが、部下たちに押しとどめられて、あるいは渋滞して、動けない。

待て、と言おうとしたのか、兵士長は制止の素振りを見せた。

だが、遅い。

地面に巨大な斧が、叩きつけられた!

476: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 21:42:37.00 ID:VPuhrSuxo
ずどぉぉおんっ、という轟音。

そして、砂埃。
それに紛れて、戦士は即座に巨斧から手を離し、その先端に走った。
大地を割ったにも関わらず、戦士は自分のコントロールがうまくいったことを確信していた。

そう、兵士長には当てていない。気絶しているだけだ、と。

戦士は背中の戦斧を取り外し、彼の首を引っつかむと、そのまま突きたてた。
煙が次第に収まっていく。
悲鳴も、怒号も、あまりの衝撃にかき消されたようだ。

戦士が叫んだ。


戦士「貴様らの大将は俺が確保した! 全員、武器を捨てろ―――ッ!」

477: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 21:43:32.32 ID:VPuhrSuxo
兵士「ひうっ……」

戦士「……おう、さっきのガキか」

兵士「あ、あ、あなたは、その、あなたはっ」

戦士「武器を捨てろ」

兵士「ひっ、はいっ」ガチャン

戦士「よし、いいか。お前が責任を持って、村から軍を引き離せ」

兵士「わ、私はぁ」

戦士「いいから早くしろ。別に俺はお前らの命がどっちに転んでも構わんのだ」

兵士「わ、分かりましたっ」ダダッ


弟子A「師匠ー、とりあえず、十人ほどぶん殴りましたよーっ」

戦士「よーし、分かった! 今から大将を渡すから、縛り上げといてくれ!」

弟子B「了解しましたーっ」

478: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 21:45:12.00 ID:VPuhrSuxo
戦士「それにしても、ひでぇ様だな。まあ、俺がやったんだが」

弟子B「一目散で逃げていきますね」

弟子A「……師匠」

戦士「ああ?」

弟子A「なんか、妙なもんがいるような気が……」


戦士は、弟子に言われて目を凝らした。
確かに、何かがいる。村から離れていく軍勢の影に、青白い炎が見える。


戦士「……魔物だな」

弟子B「兵隊が足りないからって、魔物も採用したってわけっすか」

弟子A「南のお城は人減らししたんだろ? その代わりに魔物ってのも笑えねぇ」

戦士「確かに笑えないな」

戦士(軍とともに逃げていく、ということは、あれは確かに南国から来たのか)


戦士は舌打ちをした。まだまだ、損な役回りは続きそうだった。

479: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 22:14:20.15 ID:VPuhrSuxo
北国、森のアジト。

勇者「うーん」

僧侶「どうなさったのですか、勇者様」

勇者「いや、結局、俺ってちゃんと仕事してるのかなーって」

僧侶「そ、そういえば……あ、孤児院の土地は」

勇者「それは見つけたよ!」

僧侶「ありがとうございます! でも、その、今すぐ報酬をお支払いするというわけにも……」

勇者「まあ、状況が状況だからねー。でも、踏み倒しちゃ駄目だぜ」

僧侶「そうですわね」

貴族「何を言っておられるのですか、勇者殿」

勇者「なんだよ」

貴族「かつての仲間をお助けしたのに、報酬などせびるとは!」

勇者「めんどくせーな、あんた」

480: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 22:14:50.60 ID:VPuhrSuxo
勇者「大体、ちゃんと契約を交わしているんだから、いいんだよ」

貴族「嘆かわしい、勇者とあろう御方が」

勇者「てめぇ、都合のいい時だけ勇者扱いしやがって」

貴族「何をおっしゃいますか。この手助けも、無報酬でやっていただきたいと思っているだけで」

勇者「はぁあ!?」

僧侶「ま、まあまあ。別に勇者様も、この件については頼まれてしたことではありませんし」

勇者「……そうだな」

貴族(ナイスです、僧侶さん!)

勇者「じゃあこれのお礼は、今度町をつくるから、そこと年契約で商品買うってのはどうだ」

貴族「な、何をおっしゃる」

勇者「孤児院の子どもがたくさん商品を作る予定だから」

僧侶「それはステキですわね!」

貴族「そ、僧侶さん!?」

勇者「契約書つくっとこ」

貴族「ちょっと待て! 誰が承知するか、そんなもの」

481: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 22:15:28.53 ID:VPuhrSuxo
勇者「だって、魔法使いがピンチはチャンスにしろって」

貴族「貴様、都合の良い時だけ魔法使い殿の言葉を使うな!」

勇者「お前、俺が勇者だけでちやほやされた時代はもう終わったんだよ」

貴族「やかましい! 大体、金の話の前に、今後の計画だ!」

僧侶「そ、そうですわね」

勇者「しかしなあ。実際、兵力ではもう負けたも同然だろ」

貴族「そのようなこと……!」

僧侶「確かに、私たちを支持してくださる方も減りましたし……」

勇者「あーあ、勇者効果も数ヶ月か。みんなこき下ろすのだけは早いんだから」

貴族「待たれよ! 何か、何か方策があるはず……!」

482: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 22:16:04.12 ID:VPuhrSuxo
見張り兵「――貴族殿!」

貴族「な、なんだ」

見張り兵「なにやら、怪しいやつがうろついておりまして」

貴族「……このアジトを知られるわけにはいかん。申し訳ないが」

見張り兵「い、いえ、『僧侶を出せ』と騒ぎ立てているものですから」

僧侶「わ、私ですか?」

見張り兵「は、はあ。『僧侶に会えば分かる』と、言うものですから」

僧侶「そ、その、どうしましょうか」

勇者「まあ、会ってやれば? 不審なやつなら、俺が叩き切る」

貴族「……完全に危険人物だな」

483: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 22:16:34.73 ID:VPuhrSuxo
アジトの前。

商人「離せ! 苦しい!」

貴族兵「何を言っているんだ! 武器を大量に抱えて怪しくないとでも言うつもりか!」

商人「違う! 俺は味方なの!」

僧侶「あのう……」

貴族兵「はっ、僧侶殿!」

僧侶「私に御用があるという方は、その……」

商人「あ、俺です、俺俺!」

勇者「軽いやつだな」

貴族「……貴様と変わらん」

僧侶「お話できませんから、離してあげてください」

貴族兵「は、しかし」

貴族「よい。万一があれば、勇者殿が切り殺してくださるそうだ」

商人「お……おいっ!」

484: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 22:17:04.02 ID:VPuhrSuxo
商人「ひでぇ目にあったぜ」

僧侶「失礼ですが、どちら様ですか? 私とは面識は……」

商人「いえ、あります! 面識!」

勇者「お城の門番じゃん。南国の」

商人「あ、そうそう、そうなんっすよ!」

僧侶「お城の門番の方は、このような方だったか……」

勇者「いや、裏門の方だよ。鍵がどうとか、世間がどうとか言ってた」

商人「うおお、俺を知ってる人がいるとは、ついてる!」

勇者「……お前は俺を知らないのか?」

商人「……誰?」

勇者「勇者だよ! あーもう、やっぱりこいつ叩き切ろうぜ」

商人「わー、ちょっと待って、今のなし!」

勇者「なんで、世界で一番有名な男の顔を、みんな知らないんだよぉ!」

485: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 22:17:36.84 ID:VPuhrSuxo
勇者「……で、門番が何の用なんだよ」

商人「ちょーっと待った! 俺はもう、門番は首になったの」

僧侶「そ、そうですか」(視線そらす)

勇者「かわいそうにな。俺と同じ無職か」

商人「何言ってんの!? フリーの商人になったってことだよ!」

勇者「ああ、そう」

商人「勇者のくせに、冷たいなー、あんた」

勇者「そりゃ、知らない人から『勇者ですか? サインください』とか言われるのも面倒だけど、何でみんな知らないかね」

商人「だって、なかなか会う機会がないしさ」

勇者「……俺は覚えてたのに」

貴族「まあ、どうでも良いではありませんか」

勇者「お前も初めて会った時、疑ってたよな」

貴族「記憶にありませんな」

勇者「おい、てめー!」

486: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 22:18:12.46 ID:VPuhrSuxo
勇者「……で、早く用件を言ってくれよ」

商人「え、あ、はい。実はその、女商人から手紙を預かっておりまして……」ゴソゴソ

僧侶「まあ、女商人さんから!」

貴族「どなたですか」

僧侶「かつて、魔王討伐の一時期、私たちと共に戦った仲間です」

勇者「お、女商人か……」

商人「これっす! 魔法使いからの手紙もありますけど」

僧侶「ああ、彼女の字だわ、丁寧な」カサカサ

商人「勇者にも会えるとは思ってなかったので、そっちは持ってないんすけど」

勇者「い、いいよ。女商人からなんて」

商人「……あれ~? かつての仲間じゃないんすか」

勇者「う、うるせぇ。あいつは俺を嫌ってるから、いいんだよ」

487: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 22:18:42.42 ID:VPuhrSuxo
商人「ま、それはそれとして」がっちゃん

貴族「その、武器の山は?」

商人「もちろん、商人が武器を抱えてやってきたとなれば、これは商売しかないっすよ!」

貴族「……まさか、そのためにここまで来たのか?」

商人「女商人から、ここの場所も聞いてきたんでね」

貴族「な、なぜこの場所がばれているのだ!」

商人「離反した同志もいたでしょ~? 詰めが甘い反乱だって、女商人が言ってましたよ」

貴族「ぬ、ぬう……」

勇者「ああ、女商人は冷たいやつだからな」

商人「とにかく、格安で前払い! 反乱が成功したら、残りを頂きましょう!」

貴族「足元を見おって! 誰がそんなものを欲しがるか」

488: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/13(月) 22:22:18.54 ID:VPuhrSuxo
勇者「まあ、待て。貴族」

貴族「ゆ、勇者殿」

勇者「まず、アジトの場所が知られてるってことは、敵方にも知られているってわけだ」

貴族「ぬう……」

勇者「で、それにも関わらず武器を持ってきたってことは、女商人はそれでも勝算を見込んでいるってわけだな」

商人「……その通りっすよ、だんな」

貴族「勝算と言われても……兵をかなり失い、魔物まで出てきたんですぞ!?」

勇者「そうだな、まず武器を買う前に情報を買おう」

商人「よ、よく分かりましたね、俺が情報を持ってるって」

勇者「女商人にも言われてたからな、『頭悪い人は嫌いです』って」

499: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:03:07.92 ID:0z7jsROlo
貴族「しかし、いまさらどのような情報があろうと……」

勇者「そりゃ、分からんよ。で、お前が持ってる情報はなんだ?」

商人「へへ、まずは僧侶さんに渡した手紙っす」

貴族「……ずいぶん、熱心に読まれておりますな」

勇者「それで、他には?」

商人「新聞を持ってきました。南国、東国、北国の全部です」どさっ

勇者「よし、これはいくらだ?」

商人「ま、まけておきますよ」

勇者「ありがとうよ」

貴族「新聞……ですか」

勇者「そうだ。まあ、全体の戦況を把握するにはよかろうさ」

貴族「暢気なことを」

勇者「そうか? おー、『南国も行動、国内の勇者一味に対して』。戦士のことかな」

500: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:03:40.47 ID:0z7jsROlo
貴族「ぬ、ぬう……『北国の反乱、テロリストを鎮圧間近』!? ふざけおって!」グググ

商人「あーちょっと! 破かないでくださいっすよ!」

勇者「ふむ。『勇者が魔物と手を結んだ? かつての英雄の面影なし』」

商人「滑稽でしょ?」

勇者「いや、実際、西の方じゃ魔物と条約結んだしなぁ」

商人「え、マジなんすか?」

勇者「つっても、これはその辺りを書いたわけでもなさそうだな。ただの中傷記事だ」

商人「つまり、勇者のイメージを落とす作戦っすかね」

勇者「だろうな。でも、実際のところ離反者も多いんだろ? 効いてる効いてる」

貴族「笑い事ではありませんぞ!」

勇者「別に笑ってねぇよ」

501: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:04:41.60 ID:0z7jsROlo
貴族「そういえば……ゆ、勇者殿は、魔物と手を結ばれたのですか」

勇者「ああ、その話? 魔王がいないなら、戦う理由もないって相手が言うからさ」

貴族「し、しかし、あの虎はこちらに戦いを挑んできましたぞ!」

勇者「それもそうだ。なんで、あの虎は戦いを挑んできたんだろうな?」

貴族「それは……魔物は人を襲う性質だからでしょう」

勇者「それなら、俺が魔物と不可侵条約を結べたわけがないだろ」

商人「なんすか、それ」

勇者「あー、お互いに手を出し合うのはやめようって約束だ」

商人「へぇ。魔物にも知恵が回るやつがいるんすね」

勇者「知恵が回る、ねぇ?」

貴族「……大体、魔物は生来凶暴な性質を持つとよく知られています」

勇者「そうでもないんじゃねぇか」

502: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:05:30.75 ID:0z7jsROlo
勇者「そのー、俺が会ったのは竜の魔物だったな」

商人「はあ」

勇者「そいつが言うことには、魔物は人を一人襲うごとに、給料が入ると」

商人「歩合制っすか」

勇者「うん、確かにそう言ってた。だから人を襲っていたと」

商人「……仕事だから人を襲うってのも、嫌な話っすね」

貴族「そんなばかな話があるか!」

勇者「だって、魔物自身が言ってたんだもの」

商人「他に何か言ってました?」

勇者「後は、そうだな、魔界に戻れなかったら、いくらここで成績を上げてもなーとか、顔より年収とか言ってたぜ」

商人「ダメな勤め人かよ……」

503: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:06:03.88 ID:0z7jsROlo
貴族「ならば、あの虎の魔物はなんだというのです」

商人「虎の魔物ってのは?」

勇者「なんか北の軍から逃げる途中で、僧侶さんを襲っててよ。そこそこ強かったぜ。ま、俺が追い払ったんだけど」

貴族「つまり、襲ってきたわけでしょう!」

勇者「あいつ、なんか言ってたっけ?」

貴族「……確か、勇者殿の仲間を探していました」

勇者「ふーん」

商人「それって、あれっすね。なんか、北国を手助けしているみたいな」

貴族「……もしや」

勇者「なるほど」

商人「え、え?」

504: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:06:37.20 ID:0z7jsROlo
勇者「つまり、北国は魔物を雇ったわけだな」

貴族「ど、どうしてそうなるのです! 魔物に支配されていると考えるのが筋でしょう!」

商人「……いや、どっちでもよくないっすか?」

勇者「そうだな。どちらにしても、魔物と北国が何かつながってることはありうるわけだ」

商人「仕事でやってるってことっすか」

貴族「くそっ! 王軍に魔物も加わっては、もう勝ち目がないぞ!」

僧侶「……勇者様、貴族様」

勇者「おお、僧侶さん。何か分かった?」

僧侶「ええ。まず、魔法使いさんの方ですが……」

勇者「なんて書いてあった?」

僧侶「それがですね……」

505: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:07:05.06 ID:0z7jsROlo
魔法使い『僧侶へ。おそらく、このままではあんたたちは負ける』

魔法使い『孤児院の襲撃を大々的に報道してもらって、北国を不利に追いやるはずだったのに、効いていない』

魔法使い『それどころか東国まで介入してきた。あそこには教会があり、そこから孤児院に支援も出ていたはず』

魔法使い『それを振り切ったということは、相当な力関係が働いているということ』

魔法使い『私の推測だけど、これは北国の方で何か裏があるとしか思えない』

魔法使い『私はこれから、魔物の残党の線で当たるけれど、新聞などの情報発信の部分が握られている可能性がある』

魔法使い『マイナスイメージが流されては、下手を打てば日に日に悪くなるばかり』

魔法使い『だから、この際、北国の国王を暗殺するくらいしかない』

魔法使い『あなたは嫌でしょうけど、正々堂々はもう無理に近い』

魔法使い『一応、使えそうな人間に当たってみるけど、考えておくこと』

506: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:09:10.02 ID:0z7jsROlo
一同『……』

勇者「要するに、正面からじゃなくて、暗殺しろってことだよな」

商人「ドン引きだよ!」

貴族「承服しかねる!」

僧侶「でも、確かに私たちは追い詰められています」

勇者「ま、まあな~、いくら俺でも、東国も含めれば数千人の兵隊だしな~」

貴族「完全にテロを推奨しているではないか!」

勇者「まあまあ。でも、俺らが魔王城を攻めたやり口も、言っちまえばテロだったしな」

僧侶「神の裁きですよ!」

商人「そ、そうっすか」

勇者「で、で、女商人からも、来てるんだろ?」

僧侶「はい。こちらが、女商人さんからの、手紙です」

507: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:09:58.41 ID:0z7jsROlo
女商人『手短に。南国も動き出しました。勇者一行を相手に、このような動きは異常です』

女商人『おそらく、魔王を倒した数ヶ月の間に、勇者を排除する動きが作られたのでは』

女商人『戦後処理のための三国会談の参加者は、北国の国王、東国の王子、南国の大臣』

女商人『現在、積極的に動いている連中と一致します』

女商人『それでも勇者を排除することを可能にするためには、武力が必要』

女商人『つまり、それが魔物ではないかと思います』


貴族「魔王を倒した勇者殿を、魔物の力で追い払うなどと……!」

勇者「やっぱりな」

商人「やっぱりって、あんた」

勇者「でも、これってさ、魔物と手を組んだから、遠慮なく滅ぼしてくれってことじゃね?」

僧侶「そうなりますね」

貴族「そ、僧侶さん?」

508: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:10:34.72 ID:0z7jsROlo
女商人『北国のお城へ行く、裏のルートを記します。これは敵方にもあまり知られていないでしょう』

女商人『私も、魔法使いと同じように、北の城を直接攻撃することをオススメします』


商人「あー、この人もテロ推奨だよ」

貴族「ど、どいつもこいつも……!」

勇者「まあ待てよ、貴族」

商人「何か秘策でもあるんすか?」

勇者「元からお城に近づくつもりだったんだろ、それは間違ってないじゃねーか」

貴族「それは、確かに……」

勇者「その後、どうするつもりだったんだ?」

貴族「そ、それは、国王に不正義を認めさせ、退位していただくと」

商人「ふわっとしてんなー」

貴族「黙れ! では、他にどんな策があるというのだ」

509: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:11:40.84 ID:0z7jsROlo
勇者「……」

僧侶「魔法使いさんなら、なんて考えるでしょうか……」

勇者「……これはチャンスだって言うだろうな」

貴族「ど、どこがチャンスだと言うのだ」

勇者「要するに、頭を使えってことだよ。北国と魔物は手を組んでいる」

僧侶「そうですわね」

勇者「だったら、お城に行く裏ルートで全速力で近づけば、どこかで魔物に出くわすわけだ」

僧侶「はい」

勇者「じゃあ、魔物に会ったらそいつを倒して……」

勇者「その魔物と北国がつながっていたことを大宣伝する、ってのはどうだ」

貴族「!」

商人「なるほど、自分が魔物と組んでたなら、正当性もないっすからね」

貴族「し、しかし、国王が認めるかどうか……」

勇者「それこそ、そのくらい認めさせなければ、退位なんか無理だろ?」

貴族「……」

510: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:12:21.92 ID:0z7jsROlo
商人「でも、倒すっていうけど、もし魔物に会えなかったらどうするんすか」

勇者「そんときゃ、王殺しでも何でもやればいいさ」

商人「バイオレンスだなぁ」

貴族「……」

僧侶「貴族様、ご決断ください」

貴族「む、うむ」

勇者「国を変えるのに、英雄はいらんって言ったよな、お前」

貴族「そうだ……」

勇者「英雄として言わせてもらうが、英雄なんか利用すればいいんだよ」

貴族「……」

勇者「どうせ、その後の『長い政治の戦い』をやるのはお前だ」

貴族「……分かった」

511: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:15:20.08 ID:0z7jsROlo
商人「よっしゃ! そうと決まれば、後は武器を売って、俺は帰りますよ」

勇者「は? 帰る?」

商人「な、なんで不思議そうに聞くんだよ」

勇者「いや、ここから無事に帰れるわけがないだろ」

貴族「その通りだ。アジトの場所は知られているんだぞ?」

勇者「出て行ったら、途中でとっ捕まるな」

商人「で、でも、俺はなんか分かったら、情報を持ってこいって女商人に言われてるんすよ」

勇者「完全に使いっ走りじゃねぇか……」

商人「か、帰るまでが修行の一環ってなわけでさ」

僧侶「……商人様、今は一人でも力がほしいのです」

僧侶「ぜひとも、力をお貸しいただけないでしょうか」

商人「そ、それは……」

勇者「まあ、どの道このクーデターが成功しなけりゃ、殺されるんだ」

貴族「あきらめるがよい」

商人「うおおお!? いつの間に道を誤ったー!」

勇者(どう考えても最初から女商人の生贄ルートだったろ……)

512: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:16:24.20 ID:0z7jsROlo
―――海上。

男子1「海だー!」

女子1「うーみ、うーみっ」

男子2「うええっっぷ」

女子2「大丈夫?」

少女「水着、持ってくれば良かったかな」

武闘家「やれやれ、そんな暇はありませんよ」

弟子C「……大丈夫だ。順調に、進んでいる」

弟子D「船を操るのは初めてだが、まあ、なんとかなるんでは?」

スラ「ぴきーっ!」 ぴょいん

少女「うんうん、スラちゃんもいるしね」

武闘家「はあ……まったく、あの人が頼む仕事は面倒ばかりなんだから」

513: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:16:54.71 ID:0z7jsROlo
少女「あの人って、あのおばさんのこと?」

武闘家「お、おばさん? いやほら、魔法使いさんですよ」

少女「ふーん、私、あのおばさん、嫌い」

武闘家「ま、まあまあ。魔法使いさんは僕より年下ですし」

少女「じゃあ、あんたはおじさん?」

武闘家「あ、あのですね……」

弟子C「……生意気盛りの年頃だ」

弟子D「容赦なく大人をけなすのは子どもの特権みたいなもんでしょ」

少女「むー、生意気とかじゃないもん!」

スラ「ぴっぴーっ」

武闘家「あははは……」

514: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:17:27.72 ID:0z7jsROlo
弟子C「……おい、武闘家」

弟子D「ちょっと気になるんですがね」

武闘家「な、なんでしょうか」

弟子C「……この辺は、船の行き来はあるのか」

弟子D「要するに、航路になってるかどうかってことっす」

武闘家「いえ、西の方角は魔王の居城があった方角ですから、まだまだ開拓されてないはずです」

弟子C「……なるほど」

弟子D「そりゃまずいっすね」

武闘家「な、なんですか?」

弟子C「……右方、船影が」

弟子D「しかもこっちに向かってきてるし」

武闘家「う、うわわ」

515: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:17:51.23 ID:0z7jsROlo
武闘家「と、とにかくまずは子どもたちに伝えないと……!」

少女「敵なの?」

武闘家「う、うわあ! お嬢さん、びっくりさせないでくださいよ」

少女「敵なのね?」

武闘家「まあ、おそらく。安全のため、隠れてもらわないと」

少女「分かったわ、みんなに伝えてくる」

スラ「ピキーッ!」

武闘家「つ、伝えてくるって」

少女「みんなー! 全員隠れて行動する準備よ!」

子どもたち『おおーっ!』

武闘家「良かった、ちゃんと隠れてくれる気らしい……」

少女「後の事は、私とおっさんどもに任せなさい!」

子どもたち『了解しました!』

武闘家「!?」

516: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:18:23.87 ID:0z7jsROlo
武闘家「お、お嬢さん? 一緒に隠れてもらわないと」

少女「大丈夫よ! 私にはスラちゃんもいるし」

スラ「ぴーっ、ぴーっ」

武闘家「いやいやいや! それとこれとは別ですよ!」

少女「私ががんばるんだもん! 私がリーダーだし!」

武闘家「あ、あのね」

弟子C「……来るぞ」

弟子D「右舷に骸骨だ、やはり魔物の船だな!」

武闘家「ええいっ」ダッ


武闘家は、船の縁に駆け寄って、先にかかった白骨の手を叩き落した。


武闘家「もう、魔物は滅びたんじゃないんですかっ」

517: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:19:17.67 ID:0z7jsROlo
弟子C「……俺が舵を取る」

弟子D「後方を守る! そっちは頼んだぜ」ダッ

武闘家「分かりました!」


武闘家は息を吐いた。

これでも元は冒険者の端くれだ。
幸いにして、魔物は弱い。
船上ながら、顎を突き出してきた骸骨に蹴りを放てば、会心の当たりだった。

だが、近づいてくる船影をにらむと、その甲板には、出番を待つ青白い光が満載されていた。
後に控えた骨の海賊たちもいる。


武闘家「ひ、人魂も!? 私の拳で、通じるのかな」


どぉおおんっ!


叫んだ途端、何かがぶつかる音と、激しい衝撃。
思わず武闘家はバランスを崩した。


弟子C「……砲撃だ!」

弟子D「だ、大丈夫かあーっ」

武闘家「くそっ」

518: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:19:54.79 ID:0z7jsROlo
武闘家が悪態をつく。
嫌な記憶がよぎる、仲間を失ったときの。

揺れる船の船室から、子どもたちが叫ぶ声がする。
武闘家は、船にしがみつきながら、なんとか立ち上がろうとした。

その瞬間、武闘家の横に、影が追いついた。


少女「スラちゃん!」

スラ「ぴいっ!」

武闘家「お、お嬢さん……!」

少女「あいつらを追っ払って!」


脇に抱えたスライムが、大きく息を吸い込む。
ぼうっという音がする。
その透き通った身体に火がともったように見えたのは、見間違いではなかった。

―――激しい炎がスライムから吐き出された!

519: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:20:29.31 ID:0z7jsROlo
熱で、武闘家は思わず顔を背けた。

こちらの船に乗り出していた白骨は、炎をもろに食らって海に投げ出された。

近づいてきた船に、炎が移る。
待機していた人魂が、炎の勢いを食らって吹き飛ぶ。
骸骨たちは大慌てで、焼ける船の帆から、火の粉を払い出した。


弟子C「……チャンスだ!」

弟子D「全力で振り切れ、舵を切れ! みんな船につかまれーっ!」

武闘家「お嬢さん!」

少女「ひゃああ!」

スラ「ぴ、ぴーっ!?」


武闘家は、身を乗り出していた少女を引きずり倒した。
激しい揺れとともに、左方へと大きく船が曲がる。

勢いのついた船が、そのまま波に乗って、魔物の船を引き離していく。

520: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:20:56.77 ID:0z7jsROlo
武闘家「はあっ、はあっ」

弟子C「……よし!」

弟子D「なんとか、なったかぁー?」

弟子C「……追っ手は離れてきている」

弟子D「ふう、はあ、助かったか……」

少女「……へへへ」

スラ「ぴぃ、ぴきーっ」

武闘家「……」

少女「私とスラちゃんのおかげだよね、これは」

スラ「ぴいっ!」

武闘家「お嬢さん」

少女「なに?」


ぱちん。

521: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:21:27.74 ID:0z7jsROlo
少女「え、え……」

武闘家「どうして前に出てきたんですか」

少女「だって、私」

武闘家「あなたはね、船室で隠れてる子たちのまとめ役でしょう」

少女「で、でも」

武闘家「あなたが死んだら、あの子たちをどうするつもりだったんですか!?」

少女「だって、私、役に立たなくちゃって……」

スラ「ぴいっ、ぴいーっ!」

武闘家「……船が大きく揺れて、ケガした子がいるかもしれません」

少女「!」

武闘家「早く、見に行ってあげなさい」

少女「はい……」

522: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:22:04.53 ID:0z7jsROlo
少女「あ、あの」

武闘家「……」

少女「ごめん、なさい」

武闘家「……最初に、みんなを隠したのは、正しい判断です。それに、あの炎を指示したことも間違ってませんでした」

少女「……」

武闘家「でも、ああいうことができるなら、ちゃんと教えてください」

少女「……分かりました」タタッ


スラ「ぴきーっ!」

武闘家「はいはい、君は殊勲賞でしたよ」

弟子C「……キツすぎんか」

弟子D「かわいそうになー」

武闘家「知ってますよ」

523: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/15(水) 21:23:24.32 ID:0z7jsROlo
知ってても言わずにはいられなかった。
手柄がたてたくて、前のめりに飛び込んで、仲間を死に追いやった自分に重なって見えたからだ。


勇者『誰かの役に立ちたかった? 認められたかった、の間違いだろ。お前は』


頭の中に、はっきりと勇者の顔が思い浮かぶ。
後にも先にも、勇者の軽蔑した顔を見れたのは自分くらいだろう、と武闘家は思った。


武闘家「でも、勇者さんじゃないんだから、あんなに前に出過ぎなくていいんです。僕らは」

弟子C「……それは納得」

弟子D「ま、確かにな」

武闘家「それはそれとして、やっぱりすごかったですよねぇ。あの度胸は」

弟子C「……ただの女の子にしておくには勿体ない」

弟子D「立派な魔物使いになれそうだよな」

武闘家「あ、村が見えてますよ!」

弟子C「……よし、近づくぞ」

弟子D「おう、準備するぞ!」

531: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/16(木) 23:57:15.86 ID:47dHPmcIO
おまけ。本日更新不可。

勇者人物評。

魔法使い「あいつ見てると何か思い出すのよね。バーサーカーとか首狩り族とか」

戦士「……まあ。いいやつ、じゃないか?」

僧侶「悪知恵、悪巧みさえなければ理想の御方なのですけど」

女商人「私は嫌いですけど、良い人なんじゃないですか? 私は嫌いですけど」

少女「かっこいいよ? 少しは…」

竜魔物「底の見えない人間だ」

側近「割りと魔王様に似てるわよねー」

遊び人「むかーし、一緒に飲んだんです。懐かしいなあ」

武闘家「 僕に似てませんか?」

盗賊「話の通じないやつよね。仲間がいなかったらどうなってたか」

姫「かっこいいです……」

勇者「全世界のあこがれだよな!」

535: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/17(金) 23:03:40.10 ID:9I6jOEcio
仮設「勇者の村」。


竜魔物「……誰か来たぞ」

盗賊「ホントね。馬車が一台、こっちに向かってくるわ」

遊び人「敵でしょうか?」

魔法使い「あれは女商人の馬車ね」

盗賊「女商人ねぇ」

魔法使い「含みがあるわね」

盗賊「私、ああいう頭が固そうな子って苦手なの」

遊び人「あはは、盗賊さんも固そうですからね」

盗賊「あんた、ところどころで私にきつくない?」


マスター「……到着しましたよ~」

勇者母「あらまあ、ずいぶん早く着いちゃったわ」

魔法使い「酒場のマスター、それに勇者のお母さんも! よく来てくれました」

マスター「ええ。結局、来ることにしたわ」

536: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/17(金) 23:04:07.13 ID:9I6jOEcio
魔法使い「でも、女商人が見当たらないですね」

マスター「え、ええ。彼女、南国に残って情報収集を続ける、と」

魔法使い「情報収集ね……」

マスター「はい、代わりにお手紙」

魔法使い「ありがとうございます」

盗賊「……マスター、お久しぶり」

マスター「やだ、盗賊ちゃんじゃない!」

盗賊「ちゃんづけやめて!」

遊び人「お久しぶりです、マスター」

マスター「やだぁ、いかがわしい遊び人君じゃない!」

遊び人「それ、そのまくら言葉、いい加減はずしてくれませんか?」

マスター「でも……相変わらずやってるんでしょ?」


遊び人は、ぐっと親指を立てた。

537: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/17(金) 23:04:33.76 ID:9I6jOEcio
マスター「それで、魔法使いさん」

魔法使い「なんですか? できれば手紙を読んでおきたいんですが」

マスター「まあ、その前に。ここで酒場を作ってもいいって話を聞いてたんだけど」

魔法使い「ええ。『勇者の町』になる予定ですから」

マスター「それはいいのだけれど、ほっとんど何もないわよね、ここ」

魔法使い「……」

マスター「ただの野っ原よね、ここ」

魔法使い「こんな広い土地を無料で使い放題なんてすごいと思いませんか?」

マスター「誰が酒場を建ててくれるのよぅ!」

魔法使い「男勢がちょっと足りないんですよねー」

マスター「もう、女商人さんに言いくるめられちゃったわ」

魔法使い「あと、孤児院の子どもたちが十数名来て、一生懸命働くと」

マスター「児童労働させる気満々じゃない……」

538: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/17(金) 23:05:07.36 ID:9I6jOEcio
魔法使い「そういえば、男勢いますよ」

マスター「いかがわしい遊び人君? ちょっと大工仕事は頼りないのよねぇ」

遊び人「あはは、こう見えても、現場で肉体労働していたことはあるんですがね」

盗賊「……肉体で接待する労働の間違いじゃないの?」

遊び人「溜まってるお客さんが結構いるんですよね~」

盗賊「否定しなさいよ、あんたは」

魔法使い「そうじゃなくて、ほら、挨拶しなさい、あんた」

竜魔物「……」ペコリ

マスター「ま、魔物!?」

竜魔物「……魔王軍に所属していた、元兵士の竜です。故あってこちらで働かせていただくことになりました。よろしくお願いいたします」

マスター「ご、ご丁寧にどうも……」

竜魔物「その他、スライム隊も、土木工事に参加させていただいております」

スライム隊『ぴっぴきぴーっ!』

マスター「あ、かわいい」

539: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/17(金) 23:05:51.98 ID:9I6jOEcio
マスター「……いやいやいや、どういうことなのよ」

魔法使い「なかなか人手が足りませんので、基礎工事をお願いしています」

マスター「だ、だから、どういう経緯でこうなったの!?」

魔法使い「……あ、もう一匹、あそこにいる露出の高い悪魔も、働き手で」

側近「ん? ちはー」

マスター「あ、こんにちは……」

魔法使い「ちょっと顔色が悪いけど、魔王がいた頃はそれなりの地位にいたらしいから、大目に見てください」

マスター「何を大目に見たらいいのか分からないのだけれど」

魔法使い「……側近、あんたちゃんと挨拶しなさい。この町でお酒を売ってくれる人なのよ?」

側近「何よ、もう! 私はお酒よりもお菓子の方が好きだもん!」

マスター「クッキーならあるけど」

側近「かつては魔王様に仕えた身、しかしながら、これよりはあなたの従順なる僕となりましょう」

マスター「安い子ねぇ」

540: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/17(金) 23:06:39.18 ID:9I6jOEcio
マスター「よく分からないんだけど、やっぱりよく分からないわ」

側近「うまうま」

魔法使い「魔王が死んで、魔界にも帰れなくなった。だから、もうここで生計を立てようということらしいです」

側近「らしいって何よ! あんたの提案に私は乗ってあげただけなんだからね!」

魔法使い「こいつは何の役に立つか分かりませんが、竜の方は力仕事で早速発揮してくれてまして」

側近「こいつって、おい!」

マスター「はぁ……魔物とも仲良くしようってことかしら?」

魔法使い「協力できるなら、種族は問わないということです」

側近「敵対するなら、同族でも容赦しないってことよね、それ」

マスター「……なんとなく、分かったわ」

魔法使い「酒場はすぐに用意できなくても、調理場はすぐにでも作って使っていただければいいなと」

マスター「うん、分かったわ」

541: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/17(金) 23:07:05.93 ID:9I6jOEcio
側近「ね、ねぇ。そこの酒の人間」

マスター「私? 私はマスターでいいわよ」

側近「ま、マスター。クッキーって、もうないのかしら」

マスター「なに、お菓子がほしいの?」

側近「ええ。素朴な味だけど、とってもおいしかったわ」

マスター「……素朴な味」

側近「魔界では魔界タワーの30階にスイーツバイキングがあるのよ! でも、もうこっちの世界に来たら、スイーツなんて二度と口に出来ないと思ってたわ」

マスター「ふふっ、まあ、調理場が出来れば、いろいろ作ってあげるわ」

側近「やったわ! ほら、竜! とっとと調理場を作るのよ!」

竜魔物「……まだ基礎工事だって言ってんでしょ?」

側近「マスター! 酒で作ったゼリーとかいいわよね!?」

マスター「はいはい」

542: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/17(金) 23:09:06.14 ID:9I6jOEcio
側近「そういえば、魔法使いの人間」

魔法使い「普通に、魔法使いでいいわよ」

側近「どうでもいいけど、海の方からも船が来てるわ」

魔法使い「何の旗を立ててるか分かる?」

側近「太陽のマークだったわ」

魔法使い「じゃあ、私の船だわ。きっと武闘家とかだ」

側近「どうするー? 沈めるー?」

魔法使い「私の船だっつってんでしょうが。準備に手間取るから、来るまで待ちましょう」

側近「はーい」スタスタ

魔法使い「さて、じゃあ、手紙を……」

勇者母「うふふ~、魔法使いちゃん」

魔法使い「あ、勇者のお母様」

543: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/17(金) 23:09:43.37 ID:9I6jOEcio
勇者母「もう、こんな大事なこと、どうして黙っていたのよ~」

魔法使い「はあ、すみません……どう転ぶか、分かりませんでしたので」

勇者母「まあ、そうよねぇ」

魔法使い「……?」

勇者母「それで、勇者はどうしているのかしら?」

魔法使い「ちょっと、仲間のところに飛んでしまって……」

勇者母「まあ、そうよねぇ。みんなに知らせないと行けないわよねぇ~」

魔法使い「はぁ」

勇者母「でも、勇者のお母様だなんて、そんな他人行儀に言わなくていいのよ~」

魔法使い「はぁ?」

勇者母「息子をよろしくね」

魔法使い「……は?」

勇者母「式の日取りはいつになるのかしら~」

魔法使い「……」

勇者母「女商人さんから聞いたのよ~」

544: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/17(金) 23:11:23.87 ID:9I6jOEcio
……魔法使いは手紙を読み始めた。


女商人『魔法使いへ。おひさ』

女商人『魔法使いが頭を下げるなんて、初めてだよねv』

女商人『ぶっちゃけ~引き受けたくなかったんだけどぉ、しょーがないからやったげるよ』


魔法使い(イラッ……)


女商人『それでぇ、分かったことなんだけどぉ』

女商人『北、調査中。勇者との合流を確認。東の危険度は薄い。南、姫の侍女と接触』

女商人『南大臣が魔物に? 詳細をさらに確認すべく城内に潜入』

女商人『探検隊の計画、魔法の儀式、研究者を集めている。詳細不明』


魔法使い(やっぱり、私は行くべきかしら……)


女商人『それとぉ、マスターと勇者のお母様がそっちに行くから、よ・ろ・し・く♪』

女商人『それでねぇ、お母様がちょっと動きそうになかったから、魔法使いと勇者が結婚したからお祝いに来てって言っちゃった(汗 ごめりんこ』

女商人『でも、あんたたち、どの道するからいいわよね☆』

女商人『むしろ素直になれないあんたたちを後押ししてあげた私ってキューピッド?』

女商人『そんじゃあね。女商人より?』


魔法使い「……」びりぃっ ぼっ

545: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/17(金) 23:11:54.10 ID:9I6jOEcio
勇者母「それでね~、もし良かったらと思って~」

勇者母「私のドレスも持ってきちゃった~」

勇者母「魔法使いちゃんも、若い頃の私の体型に似ているっていうか~」

魔法使い「しばらく待っていただけますか」

勇者母「え?」

魔法使い「私も、呼ばないと行けない人がいますので」

勇者母「そうなの~? まあ、しょうがないわね~」

魔法使い「では……」ダッ


魔法使い「ふざけんじゃねーよ、あの女ァ!」

側近「な、なによ」ビクッ

遊び人「ど、どうかしましたか」ビクッ

魔法使い「お前ら、後は任せたからな! これ、計画書!」バサッ

盗賊「うわっぷ」


魔法使いは移動呪文を唱えた!

550: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/18(土) 21:00:14.41 ID:syUw3tLeo
盗賊「任せたってどーすんのよ……」

遊び人「計画書ってこの束ですか?」

側近「大体、私らがすることって、もう土木工事くらいじゃない?」

竜魔物「……分かってるんなら、ちょっとは手伝ってくださいっすよ」

側近「え? 何?」

竜魔物「……」


タッタッタ……


少女「おーい……!」

武闘家「みなさーん! 魔法使いさーん!」

側近「あ、おー、ちびっ子ー!」

少女「悪魔のお姉ちゃん!」

側近「何よ、ちょっとの間に背とか伸びちゃった?」

スラ「ぴきーっ!」

側近「やん、スライムもいる~」

竜魔物「……」

少女「竜のおじさんも」

竜魔物「久しぶりだな、人間の少女よ」

551: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/18(土) 21:01:50.19 ID:syUw3tLeo
少女「あの、みんなを連れてきたよ!」

武闘家「魔法使いさんはどちらへ……?」

側近「飛んでったわ」

盗賊「あわててね」

遊び人「紙の束を押し付けられました」

武闘家「は?」

少女「えっと……」

武闘家「そうしますと、どなたがここのまとめ役になるんですか?」

盗賊「そ、そうねぇ」

遊び人「魔法使いさんが中心でしたからね」

竜魔物「……俺は、力仕事しかできんぞ」


一同『……』


側近「……あ、じゃあ、私が」

竜魔物「……少女よ。お前が指揮を取れ」

少女「えっ」

552: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/18(土) 21:02:19.61 ID:syUw3tLeo
竜魔物「あの魔法使いの人間とここへ来たのは、お前だ」

側近「いやほら、私、参謀役だったし……」

竜魔物「聞けば、人間の子どもたちを指揮するのもお前だろう」

少女「し、指揮って……」

竜魔物「……難しい事は大人を頼れ。だが、もともとここへは孤児院を建てるのが目的なのだろう?」

少女「……」

側近「ちょっと待ちなさいよ。私が一番、命令とか出し慣れてるっての」

竜魔物「……何か、嫌なことでもあったのか」

少女「そ、そんなんじゃないけど―――」

竜魔物「気にする事はない。いま成すべき事は、うつむくことではない」

少女「……」

側近「おい、私は?」

553: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/18(土) 21:03:07.15 ID:syUw3tLeo
竜魔物「人間たちよ、それでどうだろうか?」

武闘家「えーっと……」

盗賊「別にいいわよ」

遊び人「指揮官は慣れてませんし」

武闘家「いやあの、そもそもどうして盗賊さんとか遊び人さんがいるのかとか、魔物が平然とうろついているのかとか―――」


ダダダッ


弟子C「……む! 魔物か!」チャッ

弟子D「こりゃあ、戦い甲斐がありそうな連中だ!」チャッ

竜魔物「ほう、威勢の良い連中が来たものだ」

側近「何々? 景気づけにやっちゃう?」

武闘家「あーもう」

男子1「着いたー!」

女子1「ちょっとぉ、荷物持ってよぉ」

女子2「ふぇぇぇぇん、男子2君がいじわるするのー!」

男子2「お、俺は悪くねーし!」

武闘家「あーもう」


ざわざわ―――がやがや―――


少女「……うん」

554: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/18(土) 21:03:34.77 ID:syUw3tLeo
少女「はいはい! 注目!」 パンパン

一同『……はっ』

少女「とりあえず、自己紹介をしようよ、ね?」

竜魔物「……うむ」

武闘家「そ、そうですよ、みなさん!」

遊び人「これはいいまとめ役が出てきてくれましたね」

少女「まず、みんな荷物を置いて―――置いた人から、広場に集合して輪になりましょう!」

少女「それで、えっと……わ! こっちには、スライムさんがいっぱい!」

スライム隊『ぴっぴきぴー!?』(休憩時間でしょうか?)

スラ「ぴっきー!」(自己紹介の時間でござる!)

少女「よぉし、スラちゃん、ここにいる子たちは任せたよ!」

スラ「ぴーっ!」(合点承知の助!)

555: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/18(土) 21:04:05.21 ID:syUw3tLeo
―――仮設「勇者の町」、広場にて。


少女「……はい、じゃあ、まずは私からね。北国から来ました少女です」

少女「えーっと、夢は勇者お兄ちゃんのお嫁さん、です」

勇者母「あらあら、重婚宣言かしらー?」

少女「え、えっと?」

武闘家「よ、よく分かりませんが! 話がこじれそうなので、僕も挨拶しますね!」

武闘家「僕は、魔法使いさんの事務所で働いていた武闘家と申します」

武闘家「その、今回は孤児院の皆さんの護衛として、働きまして……」

少女「また、無職だね」

武闘家「言わないでください……」

少女「じゃあ、次は魔物のみなさん」

竜魔物「……元魔王軍、王城警備担当の竜だ」

竜魔物「まあ、あれだ。魔王様も亡くなって、行き場がなくなった。ご厚意によって、ここで建築の仕事をやらせていただくことになった」

竜魔物「……それと、スライム隊の飼い主なので、何かあったら言ってくれ」

少女「ありがとうございます」

556: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/18(土) 21:04:35.56 ID:syUw3tLeo
側近「元魔王軍、参謀の側近よ!」

側近「いいこと、私たちはあの魔法使いと取引して、同盟を結ぶことにしたのよ」

側近「つまりその、人間共にも私たちを食い物にしようとしている連中がいるわ」

側近「だからそういうやつらと戦うために、一時的に共闘しているだけ。分かったわね!?」

竜魔物「……スイーツの言う事は話半分に聞くっすよ」

スイーツ「スイーツじゃねぇよ!?」

少女「スイーツは置いといて、そちらの人たち」

スイーツ「おい、ふざけんな!」

遊び人「遊び人です。訳があって、南国の探検隊を逃げ出してきました」

遊び人「特技は手品かなー? ま、手わざ口技には自信があります」

遊び人「はい、盗賊さん」

盗賊「……あんた、その自己紹介で私に振るとかなんな訳?」

盗賊「まあいいわ。元冒険者の盗賊よ。探検隊に所属してたんだけど、南国が魔物と手を結ぶってんで逃げてきたわけ」

盗賊「これでいい?」

少女「……そうなんだ」

557: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/18(土) 21:05:31.79 ID:syUw3tLeo
少女「えっと、後は勇者お兄ちゃんのお母さんと、酒場のマスターさん」

マスター「はい」

勇者母「うふふ」

少女「それから、戦士さんの村から、弟子Cさんと弟子Dさん」

弟子C「……戦えなくて残念だ」

竜魔物(……こっちを見るな)

弟子D「どうも」

少女「あと、孤児院のみんなです。男子1君と―――」

子どもたち『はーい!』

少女「あと、スライムさんたちもいます。えへへ、いっぱい集まったね」

武闘家「それで、お嬢さん」

少女「う、うん……えと、計画書、その、文字がいっぱいで読めませんけど……」

武闘家「僕が読んで聞かせますので」

少女「ありがとう、ございます」

558: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/18(土) 21:06:03.16 ID:syUw3tLeo
少女「それで、ね」

少女「この町は、孤児院を追われた私たちに、お兄ちゃんが新しい土地を探してくれるって言って、見つけてもらいました」

少女「だから、お兄ちゃんが町長さんになる、はずです」

少女「でも、今は忙しくて、飛び回っているから―――」

少女「あの、孤児院っていうか、私たちが住むところが中心に、なると思うんです」

竜魔物「……ふむ」

マスター「そうなんだ……」

少女「だから、あのね、私、がんばります」

少女「お兄ちゃんが戻ってくるまで、私が町長代理、でもいいでしょうか……?」

少女「私、無茶したり、しません」

武闘家「……」

少女「みんなの意見も、がんばって聞きます」

少女「だから、その……」

559: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/18(土) 21:06:35.19 ID:syUw3tLeo
側近「いいわよ」

少女「……!」

側近「つまり、あんたが魔法使いの代理でもある、と考えればいいのよね?」

少女「う、うん!」

側近「とりあえず、魔法のことは私も多少の知恵はあるわ。何なりと言いなさい」

竜魔物「……そっすね。魔法だけは得意っすからね」

側近「なぁんか、言いやがったか、このトカゲ野郎!」

竜魔物「俺は雇われの身だ。反対する理由もない」

少女「ありがとう、竜のおじさん!」

竜魔物「……スライムの育成法、まだ伝えきってないしな」

武闘家「お嬢さん、僕も全力でサポートしますよ」

少女「よ、よろしくお願いします」

盗賊「私の方こそ、何の役に立つか分かんないわ。よろしくね」

少女「はい、えっと……盗賊のおばさん」

盗賊「盗賊のお姉さんよ!」

560: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/18(土) 21:07:03.79 ID:syUw3tLeo
勇者母「小さいのに、頑張り屋さんね~」

少女「あ、あの。お兄ちゃんの、お母さん」

勇者母「うふふ、困ったら誰でも頼りなさいね~」

少女「あの、ありがとうございます! あと、お兄ちゃんのことは……」ゴニョゴニョ

勇者母「分かったわ~。財産管理は任せて頂戴ね」

マスター「ちっちゃな町長さん、がんばってね」

少女「あ、よろしく、お願いします!」

弟子C「……ここに定住も良いな」

弟子D「俺もだ。よろしく頼んます」

少女「よろしくお願いします!」

遊び人「僕はあまり役に立たないかな」

少女「そんなことないです!」

遊び人「うん、まあでも、今後の計画も知りたいですし、計画書に書いてあったこと、聞いてもいいですか?」

少女「あ、そうですね。あの、魔法使いのおばさんが残した計画書にはですね……」ガサガサ

武闘家「あ、僕が読みますよ」

561: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/18(土) 21:08:07.41 ID:syUw3tLeo
武闘家「魔法使いさんは、ええっと、今回の事件について、は置いといて、今後の僕らのですね」


―――どっずん。


武闘家が読み上げようとしたそのとき、何か重たい物が地面に振り下ろされる音がした。


―――どっずん、どっずん。


遠巻きの地響きに全員が目をやると、土煙が小さく小さく上がっているのが見えた。
目の良い者にもまだ遠い。

音が声をさえぎるほどではなかったため、武闘家の読み上げが続いた。


武闘家「町を作っていくのは当然なんですが」

武闘家「妨害が予想されるというわけで」

盗賊「……なんか、鉄っぽいものが見えるわ」

武闘家「……特に、盗賊さんと遊び人さんの証言から」

武闘家「探検隊のメンバーが追撃隊に変わりそうだと」


それが足音だと分かったのは、さらに近づいてから。

562: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/18(土) 21:08:36.76 ID:syUw3tLeo
武闘家「人海戦術でやってくるか、あるいは―――」


その小さな影が、どうやら見上げるほどの巨大な鉄の塊だと分かるには、さらに近づいてから。


武闘家「遺跡を調査していたところから見ると―――」


その巨大な鉄の塊が、おそらく、お城一つぶんくらいの大きさだと分かるまでは、さらに。


武闘家「……おそらく錆びていたマシン兵を動かしてくるだろうと」

少女「でっけぇ……」

側近「久しぶりに見たわー、あれ」

盗賊「え? マジ、これ?」

遊び人「大きいですねぇ」


鉄の要塞が、一歩ずつこちらに向かってきていた。

577: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:28:29.35 ID:QQ8+9t3ho
北国、城内。

鳥魔物「虎。説明しなさい!」

虎魔物「うるせ。まだ口が変な感じすんだ」

鳥魔物「やはりお前ほどの魔物でも、魔王様の闇の力がなければ、勇者の仲間すら倒せませんか」

虎魔物「というか、勇者とやりあったからな」

鳥魔物「勇者がもうここに来ていると!?」

虎魔物「ああ。覇気のなさそうなやつだったが、なかなかどうして……」

鳥魔物「城の防備を固めましょう」

虎魔物「ずいぶん弱気だな。数千の兵が戦場にいるんだぜ?」

鳥魔物「やつらは少数精鋭主義です。いわばテロリスト。戦場を堂々と行くことはありえません」

虎魔物「しかし、アジトも分かってんだぜ」

鳥魔物「テロリストに対抗出来るのは警察力です。拠点を叩けば落ちるものではない……」

虎魔物「ふーん?」

578: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:29:05.07 ID:QQ8+9t3ho
鳥魔物「……我々の最大の失敗は、人類を相手に戦争をしようとしたことですよ?」

鳥魔物「やつらは異常に突出した少数に自由を与え、動き回る作戦をとりました」

鳥魔物「つまり、最初から多面展開ではなく、今度のように協力者を作って内部から崩壊させるべきだったのです」

虎魔物「お前の高説は後で聞く。俺はどこにいれば勇者と戦えるんだ?」

鳥魔物「虎、お前は勇者と戦うつもりなのですか」

虎魔物「当たり前だろ! あんなに強い人間と戦う機会、逃してどうすんだ」

鳥魔物「虎! もう、我々はお前と私しかいないかもしれないのですよ!?」

虎魔物「だからなんだよ」

鳥魔物「まともに戦って消耗してはなりません!」

虎魔物「やなこった」

鳥魔物「虎!」

579: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:29:41.32 ID:QQ8+9t3ho
虎魔物「いいから、勇者はどこにいれば会えるんだよ」

鳥魔物「ちっ……おそらく、この城を目指して来ることは間違いありません。やつらは追い詰められていますし」

虎魔物「来なかったらどうする?」

鳥魔物「来られなければそれまで。アジトを潰せば出て来ざるを得ない」

虎魔物「じゃあ、城で待ってりゃいいのか?」

鳥魔物「ええ。ですが、城内に侵入されても、堂々と出ないでくださいよ?」

虎魔物「なんでだよ」

鳥魔物「城内で姿を見せるのはまずいと言ってるでしょう! それに徹底的に消耗させてから叩かなければ、この作戦の意味はない」

虎魔物「つまらん」

鳥魔物「虎!」

虎魔物「分かったよ、うるせーな」

580: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:30:19.63 ID:QQ8+9t3ho
北国王「……おい、お前たち!」タタッ

鳥魔物「ここへは来るなと言ったでしょう……」バサッ

北国王「ひっ、い、いやそれどころではないぞ!」

虎魔物「……」スウッ

鳥魔物「何だというのです? 勇者が現れることは想定済みです」

北国王「そ、それだけではない! 南国が!」

鳥魔物「……あそこには勇者の実家があります。動くのも当然でしょう」

北国王「何を言っておる! 南国が『魔王の復活』を目論んでいるとのビラが撒かれておるのだ!」

鳥魔物「魔王様の……」

虎魔物「復活だと……!?」ヌウ

北国王「ひいっ、まだいたのかっ」

鳥魔物「詳しく話しなさい!」

北国王「お、お前たちの企みではないのか」

鳥魔物「……魔王様が復活なさるなら、お前などと手を組みません」

581: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:31:50.09 ID:QQ8+9t3ho
北国王「こ、これだ。大臣が持ってきていたのだが……」

鳥魔物「見せなさい……」


『南国は魔王の復活を目論んでいる!』

『他国が勇者の仲間を攻撃しているのも再び世界を混沌に陥れんがためである』

『志のあるものは、今すぐ戦争をやめよう! 軍を辞めて上司に抗議しよう!』


鳥魔物「……つまらない檄文ですね」

北国王「ど、どうすればよいのだ!」

鳥魔物「ほ、放っておきなさい」

北国王「お、お前たち、最初からこれが狙いだったのだな!?」

鳥魔物「そんなわけはないでしょう。勇者側の揺さぶりです」

北国王「だとしても……ああ、どうしたらよいのだ……」

鳥魔物「何を恐れるのです。勇者がお前の地位を脅かそうとしているのは事実ではありませんか」

北国王「く、ぐっ……」

鳥魔物(……魔王様の復活ですって!? 人間め、何を考えているのです)

582: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:32:16.74 ID:QQ8+9t3ho
北大臣「陛下っ? 陛下はお出でかっ」タタタッ

鳥魔物「!」

北国王「だ、大臣」

北大臣「陛下! 緊急事態ですっ……!?」

北国王「大臣! ここへは近寄るなと言ったはずだっ!」

北大臣「き、貴様らは、魔物かっ!」

鳥魔物「……」

虎魔物「そうだぜ」

北大臣「陛下……! お下がりくださいっ」

北国王「あ、ああ、うう……」

鳥魔物「おや、王よ。良いのですか、お前の奥方や息子は永遠に目覚めませんよ」

北国王「うぐっ」

583: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:33:08.40 ID:QQ8+9t3ho
北大臣「まさか、王妃や王子が眠り病についたのは……」

鳥魔物「他に何かありますか?」

北大臣「魔物め、我が国を裏から操ろうとしていたのかっ!」

鳥魔物「操るのではなく、協力を仰いでいるに過ぎません」

北大臣「ぬかせっ」

鳥魔物「……」


鳥の魔物は冷たく瞳を光らせると、さっと腕を振り上げた。
とたん、その腕から鋭い羽が噴射され、北大臣に突き刺さった。


北大臣「ぐあっ!」


腕で顔をかばったものの、北大臣は刺さったところから痺れが広がってくるのを感じた。
……これは、毒だ!
痺れ毒、いや先ほどから話に出ていた眠りの毒かもしれない。

北大臣は力を振り絞った。なんとか、自分の背に主君を隠そうと、前に出る。


北大臣「へい、か……お逃げ……」

584: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:33:45.62 ID:QQ8+9t3ho
北国王「……お、おお」

鳥魔物「……」

北国王「大臣……」


王が、がっくりと膝をつく。
呼吸はあるが、見る見る内に生気を失っていく部下を、北国王が抱きとめる。


鳥魔物「……虎」

虎魔物「なんだよ」

鳥魔物「私は南国に飛びます、後は任せましたよ?」

虎魔物「『魔王様の復活』か? ハッタリじゃないのか」

鳥魔物「単に我々の影に感づいただけなら、このような書き方はしないはず」

鳥魔物「……はっきりと書き付けたということは、やつらは何かをつかんでいるとみていい」

虎魔物「そうかねぇ」

鳥魔物「南国は私の支配下にはありません。この際、はっきりさせねば」

585: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:34:41.93 ID:QQ8+9t3ho
虎魔物「分かったよ」

鳥魔物「いいですか、必ず、勇者が疲れたところを狙うのですよ?」

虎魔物「へっ」

鳥魔物「虎!」

虎魔物「うるせ、そう思うんなら、二体で出迎えりゃ完璧だろうが」

鳥魔物「……私は、お前の強さを信頼していますからね」

虎魔物「そりゃうれしいね」

鳥魔物「では、行きます」バサッ 

バサッバサッ――

虎魔物「……」

北国王「う、うう……」

虎魔物「おい、おっさん」

北国王「な、なんだっ」

虎魔物「あー、とりあえずそいつはまだ死なないから、ここで寝かせておけ」

北国王「ぐ、ぐっ……」

586: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:35:11.62 ID:QQ8+9t3ho
虎魔物「けっ。弱いくせに国主になろうとするからダメなんだよ」

北国王「だ、黙れ」

虎魔物「お? それとも、勇者を倒す前のトレーニング相手にでもなってくれるのかな?」

北国王「お、おのれ……」

虎魔物「いいから、あっち行ってろ。命令を待ってるやつらがいるだろうが」

北国王「く、くそっ」タッタッタ……

虎魔物「……」

虎魔物「一応、手当てしといてやるか」ひょいっ

虎魔物「……おっ、なんだこいつ、メスか」

虎魔物「さてはあの男の情婦かね」

虎魔物「ああ、つまらん。弱い男に仕えて何が楽しいもんかね」

虎魔物「ここ縛りつけとこ」

虎魔物「……勇者はまだかなー」


勇者「ここか?」ヒョイ

虎魔物「!」

587: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:36:40.09 ID:QQ8+9t3ho
虎魔物「念じてみるもんだな!」

勇者「うわっ、魔物かよ! 大当たりじゃん」

虎魔物「そうだろう。再戦を待ち望んでいたぜ、勇者」

勇者「へ、へっ、俺は望んじゃいねーよ」

虎魔物「とぼけた振りはやめろっ!」


勇者はほとんど無傷に近い状態だった。
なんという幸運だろう! と虎が考えたのも無理からぬ。

そういえばさっき飛び込んできたこの人間が、緊急事態だとわめいていたのを思い出した。
それはこのことだったのだ。

虎は全身に気を漲らせると、猪突して勇者に体当たりをしかけた。


勇者「ちょっと待―――」


勇者が何事か叫ぶ、それを遮って虎は勇者を跳ね飛ばした。
そこで、違和感を覚えた。

588: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:37:12.23 ID:QQ8+9t3ho
手応えがない。
いや、あった。あったが、先日対峙した感触とあまりにも違う。

見事に吹き飛ばされて壁に激突する勇者を見やり、虎が叫んだ。


虎魔物「貴様、勇者じゃないなっ!」


ぼうん、という音と共に、瓦礫に飛び込んだ男がよろよろと立ち上がる。
確かに勇者のように気迫のない男だった、が、勇者に遥かに劣る戦闘能力。

手にした「変化の杖」を支えにした商人に、僧侶が駆け寄った。


僧侶「大丈夫ですか!? 商人様! 癒しの力を、今!」

商人「も、もうダメ……この作戦、失敗……」

僧侶「おのれ、魔物めっ!」

貴族「なんて卑怯なっ!」

虎魔物「……いや、俺ががっかりしてんだよ」

589: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:37:52.16 ID:QQ8+9t3ho
虎魔物「なんだってんだ? 勇者はどこに行った」

僧侶「そんなこと、あなたには関係ないでしょう!」

虎魔物「関係あるわ。俺はもう、勇者と戦えればそれで良いんだからよ」

貴族「なんだとっ、勇者殿と戦ってどうするつもりだ」

虎魔物「だから、戦うのが目的って言うか、俺は鳥とも考えが違うし……」

商人「ああ、かわいい女の子に回復してもらうと、すごく効く感じがするわー」

僧侶「商人様!」

虎魔物(かなり勢いよくぶつかったつもりだったんだが、余裕ありそうだなこいつ……)

貴族「貴様、国王と手を結んでいたのか!」

虎魔物「だったらなんだよ」

貴族「許せん、成敗する!」

虎魔物「……」

僧侶「貴族様! お気をつけください!」

虎魔物「いや、いいんだけどよ……」

590: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:38:19.43 ID:QQ8+9t3ho
虎魔物「勇者はどうしたんだ?」

貴族「勇者殿は、敵をひきつける役を買って出られたのですぞ!」

虎魔物「……要するに、俺は外れを引いたってわけだ」

僧侶「神の裁きを受けなさい、魔物よ!」

虎魔物「うるせーな。とりあえず、お前、勇者の仲間だったな?」

僧侶「だったらどうすると言うのです」

虎魔物「とりあえず、だ。とりあえず、お前を倒しておこう」

僧侶「くっ……!」


僧侶が杖を構える。

虎は大またで僧侶に近づいていった。
完全になめている、わけではない。


虎魔物(こいつも弱そうに見えるが、勇者の一行だ。隠し玉くらいは持っているだろ)


それならば、間合いを取られて万全に攻撃されるより、こちらから近づいた方がよい。

591: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:38:54.07 ID:QQ8+9t3ho
貴族「ぬ! 僧侶殿、あちらに女性が倒れております!」

僧侶「貴族様、私がひきつけます、早く!」

虎魔物「……お前ら、雑だな。それで、話を聞かないやっちゃな」

貴族「黙れ、魔物よ! やはり王とつながっていたのだな!」

虎魔物「だからな?」

貴族「僧侶殿、女性は助けましたぞっ!」

僧侶「貴族様、お気をつけて!」

虎魔物「……」


虎は、相手の粗雑な態度に不快感を覚えた。
別段、礼儀を重んじている性格ではない、だが、どうにも目の前の連中の態度が気に入らない。
もちろん、殺し合いをする相手の機嫌を取るつもりはないのだろうが、何か目に余る。

僧侶の目の前でぐっと足を踏ん張ると、虎はぶおっと息を吐いた。

ブレスが吐き出せるわけではないが、空気の塊が僧侶にぶつかる。
思わずひるんだところを、右横合いから殴りつける。

転がるようにして、僧侶が吹き飛ぶ。
自ら飛んで威力は多少殺したが、すぐには立ち上がれない。

592: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:39:30.40 ID:QQ8+9t3ho
後ろで、貴族の声が何か叫ぶのを聞いたが、虎は構わずに転がった僧侶を追いかけた。
その頭を踏み潰してやろうとしたが、間も数髪であっさりと避けられる。
さらに、腕を振って大振りの爪で僧侶の腕をはたく。


虎魔物「弱いな、お前」

僧侶「くっ、ふっ」

虎魔物「俺は強い者に憧れて生きてた」

僧侶「はっ、はあっ」

虎魔物「魔王様には勝てなかったが、その御方が倒されたと聞いて、期待してもいたんだ」

虎魔物「だが、勇者はともかく、その仲間たちの弱いったらねーな」

虎魔物「分かるか、俺は闘争の中でしか生きられない男なんだ!」

虎魔物「お前みたいな雑魚に構ってる暇はねーんだよっ!」


がいん、と虎の爪が僧侶の杖を弾き飛ばす。
そして、返す爪が、僧侶の胸元に吸い込まれ―――なかった。

ずぶり、という音。
刃が深々と突き刺さったのは、虎の腹の方だった。


貴族「……構ってもらうぜ」

593: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:40:06.96 ID:QQ8+9t3ho
虎魔物は、振り返って貴族をにらみつけた。

気迫のない、構え。
ただ膨れ上がる、殺気。
今度こそ間違えようもない、目の前の造作の違う男が―――


貴族?「模写変身呪文、解除!」ぼわん

虎魔物「!」

勇者「作戦、成功!」


勇者は剣を引き抜いて呪文を解き、バックステップで間合いを取った。
最初から、この小細工のために。


虎魔物「卑怯者め……!」

勇者「これも全力の内だぜ。それとも手抜きして正々堂々やった方が良かったかい?」

594: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:41:08.31 ID:QQ8+9t3ho
虎魔物はぐっと腹部に力を込めた。
見る見るうちに血が止まり、傷が回復していく。無論、体力は多少使ってしまうのだが。


勇者「げっ、いやーな野郎だな!」

虎魔物「まさかこれを卑怯とは言わねーだろうな?」

勇者「こっちは生身の人間だぜー? 魔物対人間って時点で卑怯ってもんよ!」

虎魔物「ばぁか!」


虎魔物は飛び掛った。
ただし、僧侶の方へ。

怪我をした二人に回復呪文をかけようとしていた僧侶は、まともに体当たりを食らって吹き飛んだ。
今度は完全に不意を突いた、虎はそのまま僧侶に殴りかかろうとした。

すると、耳元で小爆発。


商人「い、雷の杖!」

虎魔物「ちっ、雑魚をかまえば雑魚が騒ぐか」

勇者「商人! お前は女を連れて広間に走れ!」

商人「あい、旦那ぁ!」ダダダッ


商人と勇者が、入れ替わりに虎に駆け寄ってくる。

虎は一瞬、構わず僧侶を殺してしまおうかと考えた。
が、それより先に、鼻面めがけて刃が迫る。虎は刃を払いのけて、勇者を組み伏せようとした。

595: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:42:14.62 ID:QQ8+9t3ho
ところが、勇者は剣をあっさり手放すと、ごろんと虎を右手に転がって逃げた。
火炎の呪文を解き放つが、まるで低威力。

虎が憤然として勇者に駆け寄る。
そうして迫力を込めて勇者を追い詰めようとするが、部屋のカーテンを使ってさっさとすり抜けられる。

虎と自らの位置を交換しあうと、勇者は僧侶に駆け寄って回復呪文を唱えた。
ついでに、倒れた僧侶を抱き起こす。
起こされた僧侶は、ふらふらになっていた。が、勇者の声を聞くと、商人が向かっていた方向へ駆け出していく。

―――残ったのは、勇者と、そして虎。
剣を持たない勇者が、鼻の頭を抑えた。


勇者「……どうも、お前勘違いしてないか?」

虎魔物「何がだ?」

勇者「俺は言うほどには強くないぜ?」

虎魔物「はっ、魔王様を倒したやつが言うセリフでもねぇだろう」

勇者「マジだよ」

596: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:42:43.53 ID:QQ8+9t3ho
勇者「俺はなー、仲間がいなけりゃ何にもできない」

虎魔物「……」

勇者「なんで俺らが、徒党を組んで戦ってるのか、分からんの?」

虎魔物「そりゃあ……」

勇者「人間の一人ひとりは、大して強いわけじゃないからだ」

虎魔物「そんな連中が、どうして魔王様を倒せた?」

勇者「運が良かったんだな」

虎魔物「ばーか言え! お前がいつ戦っても、スライムに負けたりするか!?」

勇者「するね」

虎魔物「はぁ?」

勇者「そのスライムが、寝てる間に十万匹集まってきてたらどうするんだよ」

虎魔物「……」

勇者「俺に出来る事はタカが知れてる」

勇者「でも、魔王を倒すのは、仲間を組んで、本気で考え抜いた」

勇者「後は……だから、運が良かったのさ。いい仲間にも会えたし」

597: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:43:32.16 ID:QQ8+9t3ho
虎魔物「……ほざけ」

勇者「本当だよ! はっきり言うが、お前と普通に遣り合ったら勝てないね」

虎魔物「馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

勇者「してねぇよ。ってなわけで、俺は逃げる!」ピュン

虎魔物「……!」


勇者は逃げ出した!

虎はあわてて、その後ろ姿を追いかける。
追いかけながら、思考が鈍ってきていることを認めた。

自分は勇者と戦いたかったはずだ。それは確かだ。

だが、揺らいでいる。
やつが手ごわい相手であることは間違いない。
けれど、やつの物言いを聞いていると、まるで自分のありようが滑稽に見える。

強敵と認めれば、相手は応えてくれるのではなかったのか。

そして、そこまで考えたとき、虎は天井の高い部屋にそのまま飛び込んでしまった。
―――玉座のある、広間に。

598: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:44:11.53 ID:QQ8+9t3ho
誘い込まれた、と思う前に、集結していた兵士たちが驚きの叫びを上げた。

そして、その中から大声が張りあがる。


貴族「見よ! あれが王と手を組んでいた魔物である!」

北国王「いや、その、これは……」

貴族「北国は、かように魔物に裏から支配され、道を誤っていたのだ!」

北国王「ま、間違いだ! 何かの間違いだ!」

貴族「兵士たちよ! 争っている暇はない! 団結して、あの魔物を捕らえよう!」


兵士たちのざわめきが広がっていく。

虎は、それを眺めた。
なるほど、あの人間の王の権威を失墜させるために、俺をおびき寄せたのか。
喉の奥で、くつくつと笑いが鳴る。


虎魔物(……とことんおちょくりやがって)

599: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:45:15.40 ID:QQ8+9t3ho
虎は、爆発したかのように人垣に割って入った。

悲鳴、叫び声、密集している中で武器を取り出そうとする者。
それらを引っつかんで無理やり道を作ると、玉座までずんずんと歩いていく。

大声を張り上げていた貴族が、一瞬呆然とするが、あわてて逃げろと指示を飛ばす。

虎は悠然と群れをなぎ倒すと、玉座の目の前までやってきた。


虎魔物(もう、構わねぇ。俺は勇者を倒す)

虎魔物(それだけを貫徹してやるんだ!)


そして、人の影に隠れていた勇者を見つけると、にゃあ、と口端に笑いを浮かべた。


虎魔物「勇者っ!!」

勇者「おうっ!」

虎魔物「お前の目的はこれか!?」

勇者「おうっ! これさ!」

虎魔物「なら、もう済んだよなぁ!」

勇者「おうっ、その通りさ」

600: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:45:42.08 ID:QQ8+9t3ho

虎魔物「だったら、やろうじゃねぇかっ!」

勇者「やなこったー!」


虎はその答えも聞かず、猛然と勇者に襲い掛かった。

601: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:46:54.65 ID:QQ8+9t3ho
虎が勇者の手前の地面を殴りつける。
床の石材にひびが入り、勇者を捕らえ損ねたのを見て、虎は確信した。

勇者も、自分と戦いたがっているのだと。

一度、ステップで間を計った勇者が、すぐさま虎に斬りかかる。
もし本人の言うとおり大して強くないのなら、強力な拳の間合いに入ることなど、ありえない。
やる気がないなら、こちらの拳に応じることさえもしないだろう。
虎はうれしくなりながら、襲い掛かる刃に構わず身体を押し付けた。

刀身が虎の体に食いつく、しかし、それ以上、剣を押しも引きも出来なくなる。

すると勇者は、簡単に剣を捨てて、指先に炎の魔法の渦を作った。


虎魔物(見え透いた手だ!)


あっさりと武器を捨て、魔法で弱い部分を狙い打つ、勇者の得意な戦法だ。

最初は面食らったものの、二度も三度も見せられれば、自然に対処も思いつく。
虎は腕を十字に交差させて、硬い頭で魔法ごと勇者を吹き飛ばした。

ちりちりと毛先が焼ける感覚があったが、たいしたダメージがない。
要するに、防御を固めて突進すればどうということはないのだ。

602: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:47:21.43 ID:QQ8+9t3ho
僧侶「勇者様!」

貴族「勇者殿!」

勇者「うおっつ、いってぇー!」

虎魔物「どうした、勇者! その程度か!?」

兵士A「おい、勇者様が……」

兵士B「マジかよ、魔王よりも強いのか……?」

虎魔物「馬鹿言え! 魔王様の方が強かったわ!」


虎が吼えたける。


勇者「お前も十分強いぜ?」

虎魔物「真実だろ。さあ、俺はお前の強さが知りたい!」

勇者「……僧侶さん、よろしくっ」ダッ

僧侶「ゆ、勇者様!」


勇者が広間の床を蹴飛ばした。

603: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:48:22.70 ID:QQ8+9t3ho
商人「旦那、これこれ!」

勇者「ありがとよ!」


商人が、脇から勇者に剣を渡す。

勇者はそれを受け取って、虎の方へ突撃した。

一にも二にも突撃、飛び込んで相手に思考の暇を与えさせない、という戦い方なのだ。
虎は数手を合わせた相手の考えを理解しつつあった。

虎は床に敷いてあるカーペットをつかむと、力任せに引っ張りあげた。
悲鳴を上げて、それに乗っかっていた兵士たちが横倒しになる。
虎と勇者との間に、強引に人の川を作ったのだ。

勇者は舌打ちして迂回する。足元をすくわれては敵わない。

だが、勇者が到達するその隙に、虎は広間の巨大な柱に手をかけた。
みし、ばき、がらがらっという音。
大きな石柱を広間の支えから引き剥がし、虎は逃げようとする兵にも構わず、勇者をめがけて横振りした。

勇者は思わず、足を止める。


勇者「めちゃくちゃな野郎だなっ!」

虎魔物「お前ほどじゃねぇっ!」

604: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:48:55.71 ID:QQ8+9t3ho
言葉の応酬の間に、もう一振り。
振った柱に激突して、人間が軽石のように吹き飛んだ。

勇者は覚悟を決めた。

虎がもう一度、石柱を振りかざそうとしたところへ、勇者は構わず突っ込んだ。
無論、止める理由もなく、巨大な振り子が勇者に激突する直前―――


勇者「鋼鉄変化呪文!」


叫ぶが早いか、勇者の身体が一瞬にして鋼鉄に変化する!

ずどォッ!!

強烈なスイングは、鋼鉄の勇者にぶつかって、城内を激しく揺らした。

605: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:49:25.32 ID:QQ8+9t3ho
虎は石柱を手放した。
鋼鉄と化した勇者は、石柱に跳ね飛ばされることもなく、カーペットをずたずたにしたものの止まっていた。

その勇者をめがけて、虎が走り出す。


虎魔物「馬鹿がっ! 読みを間違えたな!」

貴族「まずいっ! 勇者殿が!」


……鋼鉄変化を使えば、戻るまでに時間がかかる。

虎は両手を合わせて力を込めると、勇者の鋼鉄像に向かってそれを振り上げた。


―――ごごォッんん!!


分かっていたとしても、誰が止められただろう。
凄まじい衝撃が響き渡り、鋼鉄の勇者は、身体半分を床にめり込まされたのだ。

606: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:49:51.66 ID:QQ8+9t3ho
虎魔物「はあーっ、はあーっ!」

貴族「そ、そんな……」


大きく息を吐く虎の前で、やがて勇者の肌に赤みが差してくる。
そして、地面に下半身を埋め込まれた、間抜けな勇者が残った。


虎魔物「……ぷくっ、ぐっ、ぎゃははははっ!」

勇者「……う」

虎魔物「終わりだな」


虎は笑いを収めて、腕に力を込めた。
動けなくなった勇者の前で、思い切り体をそらし、そして振りかぶった。

―――ぼん! と、その頭部に、小爆発。


虎魔物「……けほ」

商人「い、雷の杖」

607: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:50:32.57 ID:QQ8+9t3ho
虎魔物「邪魔するんじゃねーよ、雑魚がっ!」

商人「ひいっ!」


虎は気当たりを発して、商人を追い払う。


勇者「……邪魔じゃなくて、隙を作ったんだよ」

虎魔物「あ?」

勇者「雷よ、我が目の前の一切を―――」

虎魔物「てめっ……!」

勇者「等しく撃ち貫けっ!」


虎が、再度振りかぶるよりも早く。
無論、貴族が駆け寄るよりも早く。

勇者は大口を開けて、雷の玉を膨らませていた。


勇者『勇者雷撃砲!!』


勇者の口から、激しい雷撃がほとばしった。

608: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:51:05.24 ID:QQ8+9t3ho
閃光が、熱線が、あるいは雷そのものだったのだろう、虎の上半身を撃ち抜いた。
頭をかばう暇もない、虎は為すすべなく直撃を受けて。

その場に踏みとどまった。


虎魔物「ゆ、ゆうじゃあ……!」

勇者「今だ、僧侶さんっ!」

虎魔物「!?」


背後に、気配がする。

その気配が、文字通り膨れ上がる。


僧侶「神の名の下に、私は現れるだろう!」

虎魔物「ぎざまらっ……!」

僧侶『鋼 鉄 防 御 呪 文!』


細腕が盛り上がり、法衣がはじけ飛ぶ。
強力な肉体が、魔物の背中を捉えた。

虎の体が、跳ね上がった。

609: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/20(月) 23:55:33.05 ID:QQ8+9t3ho
今夜はここまで。
後はそろそろ、広げた風呂敷に火をつけるだけです。



おまけ。鋼鉄防御呪文について。

商人「勇者にかければ一発だったんじゃ……」

僧侶「あれは、日頃の神への感謝が生み出した奇跡ですから」

勇者「俺はあそこまで膨らまないんだよなー、筋肉」

貴族「びっくり人間でないと世界は救えないのか……」


虎魔物(……防御じゃねぇ、あれは絶対、防御じゃねぇ)

626: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/22(水) 15:35:59.41 ID:ZyfjfC8IO
……天井まで達した、魔物の体が、広間に落下してくる。

激しい衝撃と音。
砕かれた石柱の破片が、魔物の巨体によってまた吹き散らされる。

―――虎は完全に、意識を失っていた。


勇者「……やったか!?」

商人「……やったでしょ」

僧侶「……立ち上がりませんね」

勇者「うーしっ! 勝ったぜ!」


歓声が上がる。ただし、その渦の中心には埋まったままの勇者がいるのだが。


勇者「僧侶さん! ちょっと……抜いて」

僧侶「あ、はい、ただいま!」ぐいっ

勇者「いてててっ! あの野郎、力いっぱい埋め込みやがって」

商人「……筋肉の塊が勇者を引っこ抜く図……と。新聞のネタになりそうだな」カキカキ

627: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/22(水) 15:36:56.66 ID:ZyfjfC8IO
数刻後。

商人「……ほぉ~、あれで死んでないのか。恐ろしいもんだ」


勇者の一行は、頭部の焼け焦げた虎を縛り上げた。
虎には首輪のように縄がぐるりと巻かれており、ぐったりと座り込んでいる。


勇者「ここまでタフな魔物は出会ったことがないな。魔王倒す前に会わなくて良かった」

僧侶「しかし、そのために、この国に災厄をもたらしたのかもしれません……」

勇者「けど、それを俺らのせいにされても困るわな」

商人「北の、氷の洞窟とかにいたんでしたっけ」

勇者「おうおう! あのさっむい地方だな」

僧侶「魔法使いさんが、嫌がったのですよね」

勇者「『こんな寒いところに洞窟探検して、見合う対価があると思う?』」

商人「ひでぇ話だ……」

628: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/22(水) 15:38:15.30 ID:ZyfjfC8IO
貴族「王よ、これで軍を退いてくださいますな」

北国王「う、む……」

貴族「もはや、あなたの威光は失われたも同然です。正義に従うべきではありませんか」

北国王「……」

貴族「何をためらっておられるのです!」

北大臣「……王妃と王子が、魔物に眠らされているからです」

北国王「!」

貴族「なんですと」

北大臣「私も一度、やつの毒を食らいました」

貴族「しかし、こうして魔物は……」

北大臣「もう一体、いたのですよ。鳥の魔物が」

北国王「だ、大臣……」

僧侶「……大臣さん、まだ毒が抜け切ってませんよ?」

北大臣「だ、大丈夫です、このくらい」フラッ

629: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/22(水) 15:40:36.03 ID:ZyfjfC8IO
北大臣「と、とにかく。鳥の魔物を探してからでも、遅くはないでしょう」

貴族「ならん! 今も戦場では戦いが続いているのだ」

北大臣「よろしいですか、貴族殿。このままでは、王妃と王子を失うことになるのですよ」

北大臣「お二人は、神官の解毒呪文も効かなかった。あの魔物に聞かなければ、眠ったままに……」

貴族「だからなんだと言うのだ」

北大臣「だから!? あなたは国母と王太子を失ってでもやれと言うのか」

貴族「そのとおりだ」

北国王「き、貴族……」

貴族「あなたが脅されてしでかした事は、我が国最大の失政と言ってよい」

北大臣「何を、バカな」

貴族「魔王がいた時代には国の領土と国民の命をむざむざ魔物に渡し、平和になってもなお、勇者を敵に回して子どもたちを襲った!」

貴族「これが失政でなくてなんだというのです」

北国王「……」

北大臣「ならば、ならば、勇者が我が国に何を為したと言うのですか!」

630: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/22(水) 15:42:02.16 ID:ZyfjfC8IO
北大臣「我が王は、魔物に苦しめられながら、苦渋の決断を強いられていました」

北大臣「勇者はその苦境を救うこともなく、魔王を倒すのみでそれでよしとしていた」

北大臣「あなたもです! 貴族殿も、一体我が王の苦境に気づかぬまま、謀反を起こしてさらなる苦しみを与えておきながら……」

貴族「黙らんかっ! 非がどちらにあるのかは明瞭ではないかっ!」


勇者「……なんか呼んだ?」ヒョイ

貴族「呼んでないッ!」

勇者「なら、いいけどよ」

僧侶「勇者様、大事なお話をしているのですよ?」

勇者「まあ確かに、俺が入ったところでまとまるわけじゃねーしなー」

商人「あ、分かりますわー、その感じ。せっかく提案しても聞きやしねーっつーか」

僧侶「しかし、これ以上の争いが無意味なことは確かでしょう」

北国王「う、うむ……」

631: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/22(水) 15:42:50.25 ID:ZyfjfC8IO
勇者「とりあえず、その鳥のなんちゃらの居場所が分かればいいんだろ?」

北国王「い、いや……もう、よい」

北大臣「陛下!?」

北国王「もう、これは定めなのだろう……」

貴族「……」

北国王「私が、魔物に脅されていたとはいえ、罪なき子らを襲い、勇者殿も敵に回したのは、事実」

北大臣「陛下は、陛下が決して悪いのではありません!」

勇者「いや、そういうのはいいんだけどよ。じゃあ、虎を起こすか」

商人「ちょっと旦那」

勇者「だって、その鳥とコンビ組んでたんだろ、あいつ」

僧侶「そ、それはそうでしょうけど……」

632: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/22(水) 15:43:41.94 ID:ZyfjfC8IO
別室。虎魔物のいる部屋。


虎魔物「……はっ」

勇者「お目覚めか」モフモフ

虎魔物「……やめろ」

勇者「かなり太い綱で巻いたし、魔法もかけたから、逃げようとすると首がしまるぞ?」

虎魔物「……負けちまったか」

勇者「おう。それも、お前が弱い呼ばわりしていた僧侶さんのパンチがトドメな」

僧侶「恥ずかしいですわ」ポッ

商人「なぜ、顔を赤らめるんすか……?」

虎魔物「あーあ、しかも死に切れてもいねぇ。参ったね」

勇者「まあ、お望みなら、ちゃんと息の根を止めてやるぜ」

虎魔物「……」ゴクッ

商人「多分、勇者ジョークってやつっすよ、虎の旦那」

勇者「いや、その辺はマジなんだが」

633: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/22(水) 15:44:43.62 ID:ZyfjfC8IO
虎魔物「それで、生かしているってこたぁ、何か聞きたいんだろう。悪いがしゃべる気はない」

勇者「……なあ、猫の弱点ってなに?」

商人「またたび、っすかね」

勇者「よーし、またたびの木だぞ~」


勇者はひのきのぼうを取り出した。


虎魔物「馬鹿にしてんのか!」

勇者「さすがに騙されなかったか……」

商人「あとは餌付けがいいんじゃないすかね」

勇者「ビーフジャーキーで大丈夫かな?」ゴソゴソ

虎魔物「だからぁっ! お前ら本当に緊張感がねぇな!」

634: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/22(水) 15:45:43.70 ID:ZyfjfC8IO
勇者「ともかく、俺はお前と一緒にいた鳥の行方が知りたいわけよ」

虎魔物「……なんだ、そんなことか。俺はてっきり、鳥の弱点でも教えろってことかと思ったぜ」

勇者「弱点も聞いとくか」

虎魔物「言うわけねーだろ」

僧侶「勇者様、やはりここは無慈悲な鉄槌を下すべきでは……」

勇者「うーん、魔法使いとかがいれば、洗脳魔法とか得意なんだけどな」

虎魔物「ふん……」

北国王「あっ」

貴族「……なんですか?」

北国王「い、いや。鳥の魔物は、南国に飛ぶと言っていたような……」

勇者「それだっ!」

虎魔物(やべぇ……そういや、このジジイは目の前にいたんだっけ)

635: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/22(水) 15:47:21.34 ID:ZyfjfC8IO
勇者「そうと分かれば、ちょいと締め上げてくるぜ!」

虎魔物「ま、待った!」

勇者「なんだよ、もう」

虎魔物「……情けをかけろとは言わん。ただ、鳥には正々堂々戦ってくれねーか」

勇者「……」

僧侶「……」

虎魔物「俺たちは、とにもかくにも、魔王様の命令を受けて戦ってきた」

虎魔物「たとえ、それで命を落としても悔いはない、そのつもりでな」

虎魔物「でも、だまし討ちみてーな手を使ったりとか、そういうのはよ……」

勇者「いや、魔王を倒した時もあんな感じだったんだけどよ……」

虎魔物「……」

勇者「……そんなに悔いが残ってるなら、あとでもう一回戦ってやろうか?」

虎魔物「マジか?」

勇者(あ、食いついた)

636: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/22(水) 15:48:15.46 ID:ZyfjfC8IO
僧侶「ゆ、勇者様?」

勇者「いやいや、ほら、他にも生き残ってる魔物がいるけどさ、何かあったら、そいつらを人質に取るとかって手もあるし」

虎魔物「他に生き残ってるやつらがいるのかっ!?」

勇者「あ、あー、そうそう」

虎魔物「は、はは……そうか……」

勇者「……」

貴族「勇者殿、この魔物を、どのようになさるおつもりか?」

勇者「……うーん」

僧侶「勇者様、魔物は魔物ですよ」

商人「そうかね、こいつは単純なやつだと思うけどな」

勇者「そうだな……」

637: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/22(水) 15:49:42.90 ID:ZyfjfC8IO
勇者「お前さ、もう人間に手を出さないって誓うか?」

僧侶「勇者様!?」

商人「まあまあ」

虎魔物「……」

勇者「ちょうど、その、生き残ってる連中とは、不可侵条約ってのを結んでんだ。お前がそれを守るなら、今度こそ一対一をやってやってもいい」

貴族「ま、魔物と手を結ぶと言うのですか……」

虎魔物「……そうだな」

虎魔物「俺は戦うしか能のない男だからな」

虎魔物「だから、お前に負けたんだから、お前に従うのもしょーがねーわな」

勇者(都合がいいやつだな)

虎魔物「……よし、お前に従う! それでいいんだろう」

僧侶「勇者様!」

勇者「いいんじゃねぇの。力が有り余ってるなら使ってもらおうぜ」

638: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/22(水) 15:53:26.56 ID:ZyfjfC8IO
北大臣「お、お待ちください。我が国を陥れた魔物を、連れていくというのですか!?」

勇者「あ? あー、そうするか」

北大臣「いやいや、こやつには悪行を話してもらわねば!」

勇者(こいつも都合がいいな)

虎魔物「鳥は強情だ。俺が抑える役を買うぜ、いいだろ?」

北大臣「ぬけぬけと……!」

貴族「お主が言えたことではない。まずは戦乱を収めるのが我々の役目だ!」

北大臣「あ、ちょっと! 腕をつかまないで!」


僧侶「……魔物よ。お前は罪の自覚があるのですか?」

虎魔物「……何の罪だ? 俺は最初から勇者狙いなんだがなあ」

僧侶「お前が再び、人びとを悲しませるなら、私は容赦しないでしょう」

虎魔物「強いやつは歓迎だ」

勇者「ほれ、そうと決まればさくっと行くぞ!」ガシッ

商人「あ、ちょっと待って、食糧の準備が」


勇者は移動呪文を唱えた!

651: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/23(木) 21:34:49.12 ID:K2e8vDofo
仮設「勇者の町」。


隊長『ん、んー。あ、あー……これ、聞こえてるんか?』

隊員『大丈夫です』

隊長『よし……反逆者ども! 無駄な抵抗はやめて、投降しろ!』

隊長『ぐはははっ、今なら女は 婦、男は男 で許してやるぞ!』


竜魔物「……なんだ、あのバカそうなの」

遊び人「僕らのいた、南国の探検隊の隊長です」

盗賊「っていうか、なんなの? あのバカでっかい声は!」

側近「拡声機能よ。あれ、めっちゃ豪華だから、通信機材も一通りそろってんの」

盗賊「かく、なに?」

遊び人「声を拡大する機能というわけですね、原理的にはこう、手で三角を作って大声を出すやつがあるでしょ……」

盗賊「へぇー、あんた詳しいのね」

武闘家「ど、どうするんですか?」

盗賊「どうって、投降するわけにもいかないでしょ……」

652: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/23(木) 21:35:45.92 ID:K2e8vDofo
隊長『おい、聞いているのか、貴様ら!』

隊員『隊長、もう攻撃しましょうよ』

隊長『ん、んー、しかし、まあ、ほら、捕虜とかさ、聞き出さないといかんだろ』

隊員『そんなこと言って、遊びたいだけでしょ』

隊長『うるせぇ、バカ野郎!』


遊び人「声が漏れてますねぇ」

盗賊「完全にあんた狙いじゃない?」

遊び人「あの夜に、ちょっとやりすぎちゃいましたかね?」

弟子C「……城と戦うやり方は習ってないな」

弟子D「ホントだよ、攻城戦の経験があるやつなんて、いる?」

側近「ふっ、ただの要塞じゃないわ。兵器なのよ、あれは!」

653: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/23(木) 21:36:11.86 ID:K2e8vDofo
隊長『まあ、仕方あるまい……反抗の意志をなくさせてやろう』

隊長『全門開放、発射用意!』

隊員『―――準備、完了しました』


ごんごん、という何かがうなるような音が「要塞」の内部から聞こえてくる。
「要塞」に生えた可動部分が足だとすれば、ちょうど腹にあたる箇所に、無数の穴が開いてきて―――

黒色をした大筒が、「町」に向かってせり出してきた。


盗賊「な、なんなのよ」

側近「聞いて驚け、一門が火炎呪文の十発分、火球を撃ちまくり!」

側近「主砲は勇者に対抗するため、最大では村一つを焼き尽くす威力の雷撃砲!」

側近「ちょっと燃費は悪いけど、自立式で移動もできる大要塞!」

側近「実は私が作成にも関わってます(笑)」ドヤ

竜魔物「ほう」


隊長『発射!!』


ずばばばばばばッ!


側近「うきゃああああああ!」バリィィィッ!

盗賊「に、逃げるわよー!」

654: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/23(木) 21:36:39.21 ID:K2e8vDofo
強烈な雷撃が直線上に走って地面を焼くと、周囲に火球が次々とばら撒かれる。
仕掛けてあった爆弾石が爆発していくが、「要塞」にはなんらのダメージも与えられない。
一方、こちらの簡単な柵程度では、なんらの防御にもならず、「町」に集っていた人たちは一斉に後退した。

激しい攻撃に、またスライムが数匹焼け飛び、それから、側近が焦げた。

遠くで隊長の哄笑が聞こえる。
ひとしきりの攻撃が終わると、続いて、ずずぅん、というあの重々しい足音が響き始める。


少女「ど、どうしよ、どうしよ」

武闘家「全員下がって! 下がってください」

少女「あんなの、倒せるわけないよっ!」

武闘家「町長代理! 落ち着いてください!」

少女「う、うん。でもぉ……」

スラ「ぴ、ぴぃ……」

少女「す、スラちゃん……」ギュ

竜魔物「……何をしている、代理」

655: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/23(木) 21:37:06.21 ID:K2e8vDofo
少女「竜の、おじさん」

竜魔物「力を貸して欲しいと言ったのはお前だ」

少女「え? う、うん」

竜魔物「……俯いていないで、早く力を求めるのだ」

少女「えっと……」


少女は顔を上げる。
大人たちがこちらを見ている。

何が出来るかは分からないけれど、言わなくちゃ。


少女「……うん。みんな、力を、貸してください!」

竜魔物「了解した」

武闘家「は、はい! はい!」


大人たちが頷いてくる。
子どもたちも、こっちを見てくる。

そうだ。力を、合わせるんだ。

656: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/23(木) 21:37:46.08 ID:K2e8vDofo
マスター「私たちは、子どもを連れて、もっと下がるわね!」

勇者母「みんな~、逃げるわよ~」

少女「お願いします! みんな、任務は全力で避難することだよっ」

子どもたち『はーい!』


馬車に子どもをつめると、マスターはムチを振るった。
相手は距離をつめる速度は遅い。逃げる分には間に合うだろう。


少女「……あの、武闘家さん、魔法使いさんの計画書に何かないですかっ」

武闘家「え? あ、そうだ! マシン兵について書いてあったんだし……」


魔法使い『マシン兵が出てくるとしたら、戦ったこともないし、私には分からないわね』

魔法使い『側近が知ってそうだし、彼女に聞いてみること』


少女「……側近さん!?」

遊び人「焦げてます!」

側近「ぷけー」プシュー

武闘家「ああもう! ああ、もう~!」

657: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/23(木) 21:38:21.96 ID:K2e8vDofo
竜魔物「……俺が足止めをしよう」

少女「竜のおじさん!」

竜魔物「……その間に、あのアホを起こしてくるんだ」

少女「だ、大丈夫……?」

竜魔物「……スライムの扱いには慣れたか?」

少女「う、うん」

竜魔物「では、複数の魔物を扱う実践を見ていろ」

少女「分かりました!」


竜魔物は防具のプレートの固定具合を確かめると、散り散りになっているスライムに吠え立てた。


竜魔物「全体、集合ッ!」

スライム隊『ピッキィーッ!!』ずざざざっ

658: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/23(木) 21:38:48.68 ID:K2e8vDofo
竜魔物「これより、敵の進軍を遅らせる作戦を行う!」

スライム隊『ピッ!』

竜魔物「三隊に分かれろ! 急急如律令!」

スライム隊『ピーッ!!』


スライム達が竜を中心に集まっていた状態から一斉に列を為し、すぐさまそれを三つに編隊する。

第一隊には、赤く燃えるようなスライム達が。
第二隊には、緑色に落ち着いたスライム達が。
第三隊には、青色に透き通ったスライム達が並んだ。

前方には、爆発で立ち込めていた土煙を割るようにして「要塞」が迫ってきている。
しかし、竜魔物には、素人が新品の馬に得意げに乗り回しているようにしか見えなかった。


竜魔物「見ての通り、やつらは雷撃こそ射程が長いものの、火球は自らの周囲にしかばら撒けていない!」

竜魔物「恐れず、的確に行動せよ!」

スライム隊『ピ、ピ、ピーッ!!』

659: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/23(木) 21:39:21.03 ID:K2e8vDofo
竜魔物「第一隊、火炎呪文用意!」

赤スライム隊『ぴッ!』(了解ッ!)


魔法使いから、爆弾石を埋めた箇所は知らされている。
竜魔物は、それらのポイントに向かって方向を指示すると、「要塞」が無防備に近づいてくる様子を見た。

案の定、拡声器から聞こえてくる声は、嘲るような笑い声しかない。
というより、拡声器の切り方もよく分かっていないようだった。


竜魔物(もう少し……)


火球の射程のぎりぎり手前、相手の視界を防ぐに足る間合いまで、あと一歩。

重々しいが、無警戒な足音が、彼の間合いに―――入った。


竜魔物「撃てッ!!」

赤スライム隊『ぴ、ぴーッ!』(火炎呪文!)

660: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/23(木) 21:39:53.18 ID:K2e8vDofo
ずどどどどっ、という火球の降り注ぐ音に遅れて、爆弾石が弾ける。
無論、「要塞」にはヒビ一つ入る事はない。

それで構わない。
目的は、視界を奪うことである。


竜魔物「次、第二隊、前方に向かって十の位置に穴を掘れ!」

緑スライム隊『ぴ』(是)

竜魔物「斜め下の方向に、押し広げること!」

緑スライム隊『ぴぴっ』(肯定っ)


文字通りの殺到である。ただし、訓練された殺到である。

緑のスライムたちが、土煙の中に次々と飛び込んでいく。
指示された位置の地面に一匹がぶつかると、その下にもぐりこむようにして次のスライムが土を掘り起こす。
あっという間に大人一人分の大きさの穴をほりあげると、続いてさらに深く潜る部隊と横に押し広げる部隊に分かれて、穴を押し広げていく。

穴が斜め下に掘り広げられる間に、闇雲に相手が火球を放つ、が、当たるわけがない。

661: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/23(木) 21:40:28.52 ID:K2e8vDofo
隊長『……何がどうなっている?』

隊員『はあ、なんていうか、よく見えないですね』

隊長『なんか視界を良くするのがあるだろ。自分の武器で見えなくなるのもおかしいだろ』

隊員『よく分からないですね』

隊長『ちっ……じゃあ主砲でも撃つか?』

隊員『あれはチャージが必要だし、大体、魔力が勿体ないですよ』

隊長『面倒だな……まあ、丈夫だからいいけどよ』


漏れ聞こえる会話を聞きながら、竜は「要塞」が無理に動こうとするのを見た。
悪視界の中で、火球と爆発の煙にさえぎられながらも、「要塞」は巨大な足音を鳴らした。

まっすぐ近づいてくる。
自分が無敵であることを、信じて疑わない。


竜魔物(……俺が「無敵」を諦めたのは、いつだったかな)

662: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/23(木) 21:41:07.20 ID:K2e8vDofo
竜魔物「……」

竜魔物「……赤スライム隊、緑スライム隊、撤退!」

赤スライム隊『ぴっぴぴッ』(出番終わりかッ)

緑スライム隊『ぴ、ぴ、ぴ』(是、是、是)


戻るときも怒涛のように。スライム達が飛び跳ねてくる。


竜魔物「……青スライム隊、十一の位置、地面に氷結呪文!」

青スライム隊『ピッピキー!』(いくですよー!)


青スライム隊の放った呪文は、掘り下げた穴の一歩奥に着弾した!
土煙の中を、氷の粒が飛んでいく。
カキン、という硬い音が次々と鐘のように鳴り響く。地面に氷の床が増床されていくのだ。

出来上がった、それは即席のスケート場のようだ。

そしてその氷のリンクに素足のまま、「要塞」が足を下ろす。


―――ずずぅうううううっ


氷床に足を取られただけではない、掘り下げた落とし穴をまんまと踏み抜く。

不気味な重低音ごと、「要塞」は前のめりに沈み込んだ!

674: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 20:49:36.23 ID:wsyQoe1Oo


魔法使い「……って言われてるけど」

僧侶「なるほど、つまり、私が神の名の下に非道を働くのではないかと」

魔法使い「あー、まー、そういうことでもないと思うけど」

僧侶「いいえ! 私とて正義を信じて貫こうとして、子どもたちを見落としていたこともありました!」

魔法使い「ウン、ソーネ」

僧侶「勇者様についても、最初は……い、いえ、今でも多少、信じ切れないところがありますし……」

魔法使い「ハイハイ、ソーヨネ」

僧侶「しかし、失敗に臆していては、目の前の子ども達を救えないとも思い……!」

魔法使い「……僧侶は真面目なのよねー。ま、思考停止しないようにアドバイスしてるから、気長に見守ってあげて頂戴」

 

677: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:38:45.57 ID:wsyQoe1Oo
隊長『うおおおおおおっ!?』

隊員『うわああああっ!』

隊長『なんだ、なんだ、どーなった!?』

隊員『どうも、重みで穴にはまってみたいで……』

隊長『そんなわけがあるかっ、早く立ち上がらんか』

隊員『そう言われましても……手が生えているわけじゃないですから』


竜魔物「全体、集合!」

スライム隊『ピッピキピー!』

竜魔物「……敵の足止めは成功した! これから、間合いを取りながら、相手が起き上がらないように、氷結呪文をかけていく!」

青スライム隊『ぴっぴ~♪』(僕らにお任せ~)

竜魔物「他の隊は、これから要塞から出てくる人間を足止めるか、大砲の破壊に取り掛かるッ!」

赤・緑スライム隊『ピキーッ』

竜魔物「速やかに部隊を整えよ! 急急如律令!」

スライム隊『ぴききーッ!』

678: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:39:17.81 ID:wsyQoe1Oo
―――後方。

少女「ちょっと、お姉ちゃん、早く、目を覚まして!」

側近「ふにゃあ、痺れりれりるぅ」

武闘家「ちょっと喝を入れましょう。ふん!」


どごぉ!


側近「うげあはっ!」

盗賊「……なんか、変な声を出したけど」

武闘家「間違っちゃいましたかね……」

側近「うげぇーっほ、えっほ!」

遊び人「よく考えると、あんな強力な雷撃を受けて痺れただけというのも恐ろしいですねー」

盗賊「確かにそうよね。アホっぽいけど、魔物ってすごいのね」

少女「み、みんな! 一応、お姉ちゃんが頼りなんだから、いじめないで!」

679: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:39:44.85 ID:wsyQoe1Oo
側近「なんなの……?」

少女「お姉ちゃん、敵だよ。大きいの!」

側近「……うん。大きいわね。マシン兵よね」

盗賊「まだ寝ぼけているの? しゃきっとしなさいよ」

側近「何よ、人を痺れさせておいて―――」

遊び人「まあまあ。それより、単刀直入にお聞きしましょう。側近さん、あれの弱点は何かないんですか」

側近「……」

武闘家「いま、竜の魔物さんが止めているところです! 早く対策を立てないと」

側近「え、壊すの?」

少女「こ、壊さないと、こっちがやられちゃうよ?」

側近「そっかぁ、そうよねぇ」

少女「どうすれば、いいの?」

680: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:40:42.90 ID:wsyQoe1Oo
側近「勿体ないんだけどなぁ……高価だし」

武闘家「しかし、今は悠長なことを言ってる場合ではありませんよ!」

側近「わ、分かったわよ」

遊び人「……ついでに、性能も教えていただければ」

側近「なになに!? それが知りたいの!?」ガバッ

遊び人(……しゃべりたい病なんですかね、彼女も)

側近「まあ、そうと決まれば教えてあげるわ!」

遊び人「兵装とか、動力とか、その辺だけでいいです」

盗賊「……あんた、なんでそんな言葉を良く知ってるのよ」

遊び人「はぁ」

側近「うっふっふ。あれはね、旧魔王城に魔法で作ったエンジンをくっつけて、自立式にしたものなのよ!」

側近「もちろん、一部意見には、城に魔力を与えて、巨大な魔物にすればいいじゃないって意見もあったわ」

側近「でも、そうなると雇用が失われてしまうじゃない。旧魔王城で働いている連中とかが」

側近「だから、スキルアップもできるっていう、要塞、兼、職業訓練施設にしたわけよ!」

側近「これは百年前に私の発案で―――」

遊び人「そういうのはいいです」

側近「あ、そっすか……」

681: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:41:25.83 ID:wsyQoe1Oo
側近「さっきも言ったように、主砲は対勇者用の雷撃砲よ」

側近「後は周囲に近寄ってきた人間共を封じ込める火炎球の砲門」

側近「他にも、地面に落ちると勝手に攻撃してくれる機械兵の砲弾とか」

側近「巨大な竜巻を起こすのとか、いろいろあるわよー」

遊び人「……相当危険ですね。全部使われたら、終わりです」

盗賊「対勇者用って、あんなものを食らって平気な人間はいないでしょ……?」

少女「お兄ちゃんは耐えそうな気がするなぁ」

側近「そんで、動力は魔力電池ね。魔力を貯めて、動力に利用できる装置を『電池』っていうのよ」

遊び人「それは、モノですか?」

側近「そうよ。でも、錆びるまで放っておかれちゃったって言うし……」

側近「こっちに持ってきたはいいけど、電池が足りなくなっちゃったんじゃないかしら」

武闘家「だったら、どうして今動いているんですか」

側近「……さあ?」

遊び人「探検隊の計画書には、目的の一つに書かれていましたから、かなり詳しい人物がいたのでしょうね」

682: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:42:03.48 ID:wsyQoe1Oo
少女「と、とにかく、危険なんだよね? じゃあ、弱点、とかは?」

側近「ええとね……」

側近「……?」

側近「うーん……」

側近「ないわね!」

盗賊「いや、ないって言われても」

側近「だって、勇者に負けないように、物理面はかなり強力な鉱物を使っているしー」

側近「並みの魔法じゃ壊れない素材でもあるから、魔法も効きにくいわよ」

側近「ほら、なんか竜がやってるけど、全然ダメージうけてないし」

少女「チッ、使えねー」

側近「おいクソガキ」

遊び人「……普通に考えたら、『エンジン』か、動力が弱点でしょう」

683: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:42:36.41 ID:wsyQoe1Oo
遊び人「何しろ、魔王のいた時代ですでに錆びていた代物と聞きます」

遊び人「何かで『エンジン』を動かしているとしても、動力となる『電池』を、それほどたくさん用意できるとは思えません」

遊び人「おそらく、内部に侵入して、一つでも二つでも奪えば、止まってしまうのではないでしょうか」

武闘家「そ、それです!」

少女「そ、それですって、そんなの危険だよ? 火も雷も撃ってきて……」

側近「そうよぉ。それなら、私が……」

弟子C「……危険は分かりきっている」

弟子D「けど、勇者もいないんじゃ、全員で死力を尽くすしかないでしょー?」

武闘家「そうですよね!」

少女「で、でも」

盗賊「……まあ、動きを止まっている今なら、私が盗んでこれるかなって思うけど」

684: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:43:29.37 ID:wsyQoe1Oo
少女「……大丈夫? 無理しちゃダメだよ?」

武闘家「大丈夫ですよ。一人で飛び込むわけじゃないんですし」

少女「……うん、分かった」

竜魔物「……決まったか?」

武闘家「え、ええ。突入して、動力を奪うと」

竜魔物「……突入するのか。ならば、俺が囮になる。砲門を破壊しようとは思っていたからな」

少女「危ないよ!」

竜魔物「魔物は頑丈だからな」

遊び人「危険なのは誰も同じです。長距離砲もあるんですから」

少女「わ、わかってるけど、気をつけて」

竜魔物「うむ……それで、突入隊は?」

685: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:43:56.60 ID:wsyQoe1Oo
盗賊「あ、私」

弟子C「……おう」

弟子D「俺も」

武闘家「ぼ、僕も行きます」

遊び人「僕も行きますねー」

盗賊「あんた大丈夫なの?」

遊び人「やだなあ、人手は多い方がいいでしょ?」

竜魔物「スイーツ殿は?」

スイーツ「おい」

少女「え、お姉ちゃんスイーツって名前だったの?」

スイーツ「違うから」

686: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:44:51.26 ID:wsyQoe1Oo
隊長『おい、やつらはどうしてる?」

隊員『いやあ、ちくちく攻撃してるみたいですが……』

隊長『ん、おい! 砲門がやられとるぞ!』

隊員『うわわっ、マジだ!』

隊長『主砲でぶっ飛ばせんのか』

隊員『下を向いてる状態で撃ったらこっちが吹き飛びますよ』

隊長『じゃあ、なんか他にないのか!』


―――「要塞」後方部。

盗賊「かなり混乱してるわね」

武闘家「チャンスです、側近さんの言うとおり、後方部に飛び込みましょう!」

687: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:45:31.33 ID:wsyQoe1Oo
盗賊たちは、ぐるりと「要塞」の後方部に回り込んでいた。
側近の話では後方部の入り口にも迎撃装置があるはずだったが、それらしいものは動いていない。
間違いなく、相手は「要塞」の全容を把握していない!

盗賊が、ぐらぐらと揺れる「要塞」の出入り口を発見する。
扉に罠のないことを確かめると、周りに合図を送って、一気に突入した。

全員が入った途端、衝撃で「要塞」が揺れた。
竜魔物が仕掛けたか、相手が業を煮やして何かをぶっ放したのか。
傾いていく通路に、それぞれが振り落とされないようしがみつく。

突入隊は無言で全員を確認すると、あるはずの動力室へと、滑るように駆け出した。

688: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:46:09.87 ID:wsyQoe1Oo
動力室は、あっさりと見つかってしまった。


盗賊「……妙よね」

遊び人「……確かに」

武闘家「な、何がです?」

盗賊「誰もいないじゃない。探検隊の連中とかさ」

弟子C「……振り落とされたんだろ」

弟子D「それか、構造が分からないから、一ヶ所に集まってるとか」

遊び人「どうですかね」

盗賊「……さすがに室内には人がいるわ」

盗賊たちが、動力室の中をそうっとうかがう。
その光景に、思わず全員が息を呑んだ。

動力室の中央に、ガラス状の円柱が立ち並んでいるのだ。
―――人間の詰め込まれたガラス管が。

689: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:46:40.98 ID:wsyQoe1Oo
そのとき、「要塞」がぐらぐらとまた揺れた。

思わずつんのめって、武闘家が積荷を崩してしまう。


警備A「だ、誰だ?」

警備B「おい、そこに誰かいるのか」

盗賊(ばかーっ)

武闘家(ご、ごめんなさい)

弟子C「……出るぞ」

弟子D「いち、に、さん!」


盗賊たちは一斉に襲い掛かった。

戦士の弟子たちが警備兵にいきなり殴りかかり、そのまま昏倒させる。
武闘家は、整備をしていた連中をけり倒して羽交い絞めにする。


盗賊「ふんじばるわよ!」

遊び人「きゅっきゅっきゅーっと」

武闘家「不意をつけてよかった……」

690: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:47:36.72 ID:wsyQoe1Oo
盗賊「……で、なんなのこれ」

武闘家「人が、詰まっていますね」

弟子C「……これが『電池』、か?」

弟子D「これがぁ?」

遊び人「―――探検隊の連中です」

盗賊「!」

武闘家「探検隊って、あの、その」

遊び人「ええ。僕らが一緒にチームを組んでいた連中ばかりです」

盗賊「冗談でしょ?」

遊び人「間違いありませんよ。正規の部隊以外は、みんな『電池』に詰め込んだんですね……」

武闘家「ど、どうしてそんな」

遊び人「確か側近さんは、『魔力の』電池と言っていました。どんな人間でも多少のマジックポイントは持っています」

弟子C「……俺にはないが」

弟子D「俺もないなぁ」

遊び人「……絞ればあります。おそらく、この装置に、人間を詰め込んで、『電池』にしたんです」

691: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:48:19.04 ID:wsyQoe1Oo
盗賊「気持ち悪っ! 頭おかしいんじゃないの!?」

遊び人「……ここの連中は、元々南国にいた冒険者。そして、犯罪者としてつかまってしまった連中ばかりです」

遊び人「おそらく、身寄りや探し人の出ない人物と見て、最初からこうするつもりで、連れてきたんでしょう」

武闘家「なんてバカなことを!」

弟子C「……助からんのか」

弟子D「なんか液に浸かってるけどよ」

遊び人「装置を壊して、息があるかどうか確認してみましょう」

盗賊「……あんた、冷静よね」

遊び人「想定すべきでしたから。一緒にあの時、何人か連れてくればよかった」

盗賊「そんなの、分かるわけないでしょ!」

武闘家「ケンカしてる場合じゃないですよ!」

弟子C「……壊すぞ」

弟子D「息のありそうなやつだけでも、抱えていこう!」


ガッシャァアアン!

692: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:48:58.13 ID:wsyQoe1Oo
―――「要塞」の外。


少女「あ、動きが鈍ってきた!」

側近「おおー、『電池』を奪い取ったのかしら」

少女「だ、大丈夫かな、みんな……」ハラハラ

側近「まあでも、勝算があるから突入したんでしょ」

竜魔物「……ずいぶん、のん気っす、ね」ハッハッ

少女「竜のおじさん!」

竜魔物「後方部で動きがあった、尻が下がる、頭が持ち上がるぞ!」

側近「だから何よ」

竜魔物「あの雷撃砲を撃たれる可能性があるってことっすよ!」

少女「わ、わ、分かった! スラちゃん! 逃げるよっ」

スラ「ぴ、ぴーっ!」

側近「はいはいっと……」

693: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:49:28.68 ID:wsyQoe1Oo
竜魔物「……本当に緊張感ないな、あんたは」

側近「なにが言いたいの?」

竜魔物「勇者と対峙した時は、あれだけびびっていたくせに」

側近「は、はぁ!? だって、勇者は魔王様を倒したのよ! どれくらい強いか分からないんだから、恐ろしいに決まってるじゃない!」

竜魔物「……あれも、十分恐ろしいでしょうが!」

側近「い、いや。私も設計に関わってるから、大体分かるもん」

少女「もう、ケンカはだめ!」

スラ「ぴっぴっぴーっ!」

側近「大体、あれくらいだったら、私の魔法で壊せるもん」

少女「……え?」

スラ「ぴ?」

竜魔物「……そういう冗談はホントいいんで」

側近「なんで疑うのよっ!」

694: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:50:01.24 ID:wsyQoe1Oo
側近「あれよ? 私は魔王様の側近よ? 闇の力が失われたから、多少時間はかかるけど、司令塔を破壊するくらいは訳ないわよ?」

少女「……口だけだよね、多分」ヒソヒソ

竜魔物「……実際、一年間この人の護衛して、いいところは何一つなかったっす」ヒソヒソ

スラ「ぴ、ぴ……」ヒソヒソ

側近「ヒソヒソ話でdisんのはやめてよ!」


そのとき、「要塞」の主砲が、青く光を集めていくのが見えた。
充填に時間がかかっているせいで、少女たちはそれが自分達に向けられていると知った。


少女「あ、危ない!」

竜魔物「……全隊、左右に退避ーッ!」

スライム隊『ピピピーッ!』


しかし、命令が、間に合わない。
あまりにも太く貫く閃光の線上に、少女は完全に入り込んでいることを悟った。

必死に走る。けれど―――


ずばばばばばっ!

695: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:50:35.07 ID:wsyQoe1Oo
雷撃が通り抜けた、そう思った瞬間、少女は目を強くつむった。
強烈な熱と光が通り過ぎていく、自分には、当たっていない。

それから、わずかな時間の後で、少女は自分が誰かに抱えられていることに気づいた。

側近にぎゅっと抱えられていた。


少女「お、お姉ちゃん」

側近「……何よ。ちゃんといいところはあったでしょ?」

少女「で、でも、お姉ちゃんの足……」


一度目に受けた時よりも、どういうわけか側近の傷は深かった。
黒く、煙の上がっている足。熱線に焼かれてしまったのか―――


側近「防御魔法が間に合わなかっただけだし」

スラ「ぴ、ぴーっ」


竜魔物「おい、代理! 無事かっ!?」


少女「でもぉ……」

側近「はいはい。泣いて責任を感じてるなら、ちょっと支えになってねー」

696: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:51:34.11 ID:wsyQoe1Oo
側近は少女につかまりながら立ち上がった。

後方部、動力室には煙が上がっている。ということは、『電池』の破壊には成功したということだ。
現に、遠くの方に、脱出していく一団が見えていた。

それにも関わらず、雷撃砲が撃ち込まれた、ということは。


側近(別の系統から、動力を融通できるようにしてたってことかしら)


それをやり遂げたのだとしたら、驚くべきことだ。
そもそも、この世界の住人の技術力は、きわめて低い。
高層のタワーも、最大でも五、六階建て。
彼女の好きなスイーツバイキングの店は、魔界タワーの30階にあるというのに。

そんな人間が、魔界の兵器を不完全ながら、利用するに至る。


側近「……ねえ、ドラゴン」

竜魔物「……なんすか?」

側近「人間って面白いわね」

竜魔物「はぁ?」

697: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:52:02.41 ID:wsyQoe1Oo
側近「少女! 支えときなさい!」

少女「え、え、うん!」

竜魔物「何をする気ですか?」

側近「もちろん、あいつをぶっ壊してやるのよ!」


側近は少女を支えにしながら、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。

彼女の青い肌に、黒い闇が絡み付いてくる。
最初は霧のようにまとわりついていたそれが、じわりと周囲に広がってくる。

側近は竜魔物に視線を送り、時間がかかるから、と言って行動を促した。
その間にも膨れ上がる、闇。


竜魔物「全隊、時間を稼ぐぞっ!」

スライム隊『ビッピーッ!』(合点!)

698: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:52:35.51 ID:wsyQoe1Oo
竜魔物が大声を上げて、スライム隊を右方向へ走らせる。
相手の視線をそちらにひきつけるため、呪文を唱え、地面を派手に吹き飛ばしながら。

それを見送りつつ、少女は自分の腕にまとわりつく闇に耐えていた。
ぎゅうっと側近の体を抱きしめ、足の支えにならんとする。

次第に、足元に零れ落ちた闇が円を描き、生ぬるい風を二人に向かって吹き付けてきた。

髪の毛が逆巻く。
羽が押される。


側近「闇が来る、夜が来る、箱に閉じ込めた悪意がやってくる」

側近「開け放て、食い荒らせ、打ち砕いて元に戻らぬようにせよ」

側近「たった一度きりの投石で、すべての結束を打ち砕け」

少女「すごい……根暗な呪文……!」

側近「集中切れるから! それ集中切れるから!」


膨れ上がった闇が形を取る。
……黒々とした巨大な弓矢が、二人の前に姿を現した。

699: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:53:49.08 ID:wsyQoe1Oo
側近「ああ、これ、これ、重いわ、やっぱり」ハァハァ

少女「だ、大丈夫? お姉ちゃん!」

側近「……あとは、力いっぱい、引く、だけよ!」

少女「こ、これを引けばいいの?」


―――「要塞」が、竜魔物とスライム隊に狙いをつけて、再び雷撃砲を光らせ始めた。
そういえば、いつの間にか拡声機能が消えてしまっていた。

―――竜魔物たちは全力で直線から外れようと走り続ける。
しかし、速さが落ちてきている。

―――少女たちの方に、脱出した一団が駆け寄ってくる。
背中に数名を抱きかかえながら、大声で何かを叫んでいるが、激しい爆音で聞き取れない。


それらすべてを尻目に、二人、とスライムは、必死に黒い弓矢を引いた。
いや、矢というより、それは巨大なボール。
つまり弓矢というより、それは投石器という言葉が近かったのだ。


少女「うにににに」

側近「ふぬぬぬぬ」

スラ「ぴょよよよ」


……三匹で抱え込んだ黒いボールが、振動音を鳴らす。
まるで、早く全てを壊してやりたい、と叫んでいるかのように。
ぎりぎりまで引き絞り、もはや抱えきれないまでに魔法の弦が引き絞られたとき、にやっと、側近は笑った。

実に悪魔らしい笑顔だった。

700: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/24(金) 22:55:11.02 ID:wsyQoe1Oo
手を離す。
勢いあまって、三匹はそのまま地面にぶっ倒れてしまった。
 
ひゅばっ! という音は聞こえた。

しかし、続けて直線的に「要塞」に向かっていく黒いボールは、何の音も立てずにすっ飛んでいった。
着弾すれども、音はなし。

少女が首を持ち上げて、一体自分のしたことはなんだったのか、を確認しようとした瞬間。


ぞぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


不快な、きわめて気持ちの悪い音が響き渡った!
それも、一度弾けて終わる類のものではない、不協和音のコンサートに迷い込んだように長々と続いていく。


少女「ひいいい、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!」


少女はあまりの気持ちの悪さに体中をかきむしるが、まるで効き目がない。
体の奥底に不快感が染み付いてしまったかのように、後から後からあふれ出てくるのだ。
血が出るほど皮膚に爪を立てながら、見上げると、黒いボールが巨大化して、「要塞」にめり込んでいる。

ぐりぐりと、「要塞」の司令部に黒球が絡み付いている。

そして、ぴゅう、という呼吸のような音を最後に、黒球が消えうせると―――
ぽっかりと球形に凹んだ「要塞」が、静かに立っていた。

707: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/26(日) 08:25:49.12 ID:YeBp9aMdo
側近「見たか! これが闇の力だ!」

竜魔物「……ちゃんとやれば出来るじゃないっすか」

側近「おいお前! やれば出来るって何よ!」

少女「うぇぇえ、あの音きぼぢわるかった……」

スラ「ぴきー……」

側近「ごめんねー。説明してる暇なかったし」


遠くから、突入組が駆け寄ってくる。


盗賊「ちょっとあんた! あんなもんが出来るから最初から言いなさいよ!」

側近「は? 最初から発言を封じてたのはお前らだし。私は最初から私に任せろって言おうとしてたし」

武闘家「さすがに魔王軍の側近ということですか……」

側近「もっと褒め称えろ、人間共! でもあれ時間かかるから速攻はやめて」

竜魔物(なぜ弱点をいちいちばらすのか……)

708: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/26(日) 08:26:23.71 ID:YeBp9aMdo
少女「でも、もう動かないね、あのお城!」

弟子C「……完全に沈黙したな」

弟子D「俺達の勝利ってことでいいのかな?」

遊び人「……おそらく、あの削り取られた部分が制御室でもあったはずです。生き残りがいても、もう動かせないでしょう」

盗賊「……」

武闘家「じゃあ、その、つかまっていた人たちの手当てをしないと……!」

少女「あ、え、うん!」

竜魔物「……よし、では子どもが避難していた場所まで運ぼう」

側近「こら、ちょっと、竜!」

竜魔物「……なんすか。側近殿もがんばりましたね」

側近「いや、そうじゃなくて、あの、私、足やられてるから運んでほしいなって……代理、私、重くない?」

少女「だ、大丈夫だよ」ぷるぷる

スラ「ぴきーっ」(ダイエットしてっ)

側近「おい」

709: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/26(日) 08:27:24.43 ID:YeBp9aMdo
「要塞」は沈黙している。
あれほど派手に攻撃を撒き散らしていたというのに、もはやぴくりとも動かない。

少女たちはそれを尻目に、内部から助け出した人々を寝かせ、手当てを始めた。
戦いを切り抜けた安堵感が彼らを包み、一方で、助け切れずにいた人々への悲しみも広がっていた。
しかし、いずれにしても、この地での戦いは終わり、新しい「町づくり」が始まるのだろう。

天上に太陽が高く上っている。
まだ、日が沈むには早い時間帯だった。

竜魔物は吹き飛んだスライムを回収して天日干しにしていく。
側近は足を治療しつつ、「要塞」の解体の計画を少女と練る。
マスターと勇者母が、ねぎらうために、遅めの昼食を作っていく。
武闘家らが、それの手伝いにテーブルなどを準備していく。
子ども達はスライムと戯れている。

それらから、少し離れた場所に、遊び人は立っていた。

710: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/26(日) 08:27:55.77 ID:YeBp9aMdo
盗賊「……ちょっと、遊び人」

遊び人「なんですか? 『要塞』の片づけはまだですよね」

盗賊「そうじゃなくて! あんた、何か隠してない?」

遊び人「はあ。隠す、ですか」

盗賊「どう考えてもおかしいでしょ。ただの芸人……っつっても、下の方だけどさ、あんなに機械に詳しかったり」

遊び人「それは、魔法使いさんに教えてもらったからで……」

盗賊「うそつけ! 大体、そうだとしても、自分で仕組みを正確に理解してないとおかしいじゃない」

遊び人「……」

盗賊「よく考えたら、あの探検隊の計画書も、私だって見てたけど、『魔王の復活』なんて直接には書いてなかったわよね」

遊び人「魔法については心得が多少あったので」

盗賊「あんたね! とにかく、何か隠しているなら、承知しないわよ」

遊び人「……人には誰でも、知られたくないことくらいあると思うんですけど」

盗賊「あ、そう。いやだっていうならいいけどさ」

711: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/26(日) 08:28:25.24 ID:YeBp9aMdo
遊び人「……」

盗賊「私だって聞かれたくないことはあるわ。でも、あんたのはにじみ出てるのよ。その、分からない部分が」

遊び人「……盗賊さん」

盗賊「なに」

遊び人「一応、他言無用でお願いできますか? 大した話じゃないんですけどねぇ」

盗賊「……口が軽いのはちょっと証明しちゃってるから、確約は出来ないけど」

遊び人「ま、いいです。それならそれでも」

盗賊「とりあえず、お願いよ」

遊び人「僕、貴族の出なんですよね」

盗賊「貴族ぅっ!?」

遊び人「はい」

盗賊「冗談はいいから」

遊び人「……ここ出発にしないと始まりませんよ?」

712: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/26(日) 08:28:54.29 ID:YeBp9aMdo
盗賊「貴族ってあんた、貴族?」

遊び人「ええ。といっても武門より学究の方で功績を挙げていた方なので」

盗賊「ええっと……」

遊び人「お勉強が出来る貴族なわけです」

盗賊「あ、ああ、そう。でも、貴族が遊び人って」

遊び人「ありますよ? 特に 婦はね、没落貴族がやることも多いんです」

遊び人「一通りの教育は受けてますからね、教えなくてもハイソの客の相手が出来る」

盗賊「うえ……」

遊び人「盗賊さんも似たようなところはないんですか?」

盗賊「わ、私は、親分が仁義仁義うっさかったから」

遊び人「なるほど」

盗賊「でも、じゃあ、その……ああいうへんてこなのとか魔法に詳しいのは」

遊び人「学者貴族でしたから」

713: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/26(日) 08:29:31.14 ID:YeBp9aMdo
盗賊「なるほどね……」

遊び人「それに、僕は今度のこと、少し予測できていました」

盗賊「よ、予測?」

遊び人「ええ。僕の出身は南国ですから」

盗賊「だから?」

遊び人「あの国の裏事情も多少知っていたわけです」

遊び人「……魔王軍の技術を研究していたことも」

盗賊「……マジで?」

遊び人「マジです。というか、僕の家がその辺を担当していましたからね」

盗賊「け、研究ったって、どうするのよ」

遊び人「……こういうことです。南国は冒険者を雇って魔物と戦わせていました。いわゆる勇者制度ですね」

遊び人「はした金で旅に出させた冒険者に魔物を倒させて、そこで得た魔王軍の情報を集めて研究に活かす」

遊び人「冒険の書の記録や、持ち帰った武具、妙な機械を集めさせる。規律のある軍隊では出来ません」

盗賊「いやいやいや、っていうか、あの国に貴族なんていたのかって話よ」

遊び人「あー。普段はほぼ城内でお勤めしてますからねー」

714: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/26(日) 08:30:00.30 ID:YeBp9aMdo
盗賊「でも、そんな大事な家が、どうして取り潰しになっちゃうわけ?」

遊び人「権力闘争です」

盗賊「はあ?」

遊び人「僕の家に対抗するグループが、今の南大臣なんですが、いましてね」

遊び人「どんな手を使ったんだか、僕の家は反逆罪で検挙され、両親は処刑されました」

盗賊「……」

遊び人「挙句は研究成果を分捕られ、僕はダンサーと男 に」

盗賊「も、もういいわよ」

遊び人「まあ、逃げ出して、砂漠の町まで行っちゃったんですけど」

盗賊「そうだったの……」

遊び人「そういうわけです。だから、その辺の知識が中途半端にあったんです」

盗賊「……」

715: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/26(日) 08:30:32.62 ID:YeBp9aMdo
遊び人「しんみりさせるつもりじゃなかったんですが」

盗賊「だって、なんて言っていいかわかんないわよ」

遊び人「……正直なんですね。盗賊向いてないんじゃないですか?」

盗賊「だ、だから! 盗賊は足を洗ったんだって」

遊び人「はいはい」

盗賊「……復讐したいとかはないの?」

遊び人「あります。仕事仲間も、あの『電池』に詰め込まれていたし」

盗賊「だったら、私は南国に行くべきだと思う」

遊び人「……でも、ここですることの方が多いですよ」

盗賊「バカ言わないの。あんた、復讐したいんでしょ?」

遊び人「……」

盗賊「せめて、一発ぶん殴るくらい、いいじゃない!」

遊び人「しかし、魔法使いさんも南国に飛んだし―――」

716: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/26(日) 08:31:05.96 ID:YeBp9aMdo
盗賊「何言ってるのよ! あんたがどうなのかが問題なんでしょ!?」

遊び人「……『要塞』にも知識が必要で」

盗賊「あの悪魔娘がいるじゃない!」

遊び人「……芸人が観客に手を出すのは、命がかかってるときだけでして」

盗賊「十分、命を削り取られたじゃない! 反撃しなくちゃ、一生このままよ!?」

遊び人「……」

盗賊「舐めたことをしてくれたら、ふざけんなって言わなきゃ、相手はこっちの気持ちを知りもしないままなの!」

遊び人「……ふふ」

盗賊「あ、遊び人?」

遊び人「そんな真剣になるほど、恨んでるってわけじゃないんですけどねー」

盗賊「はあ!?」

遊び人「分かりました。南国に行きましょう」

盗賊「それでいいのよ」

717: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/26(日) 08:31:28.33 ID:YeBp9aMdo
遊び人「その代わり、盗賊さんもついてきてくれるんですよね?」

盗賊「な、何で私が?」

遊び人「だって、一人旅は危険ですしー」

盗賊「あ、あのねぇ」

遊び人「盗賊さんも一発ぶん殴りたいでしょ?」

盗賊「そりゃそうだけど」

遊び人「僕ら二人は力仕事の役には立ちそうにないですし」

盗賊「……そうかもしれないけど」

遊び人「じゃあ、町長代理に言ってきますね」

盗賊「いやその」

遊び人「……夜の奉仕も無料でサービスしてあげましょっか?」

盗賊「いらねーよ!」

749: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:08:13.44 ID:ayPDxEAdo
―――南国、城内。

姫「……」

姫(お父様は、体調を崩されてお休みになっているし……)

姫(こちらが勘付いたとなれば、南大臣も手を打ってくるでしょう……)

姫(味方が、ほしい)

姫(城内が敵だらけなのだから、本当にいやです)


こんこん。


姫「……!」

姫「……どなたも、ご遠慮していただいておりますわ」

姫「今は一人になりたいのです」

侍女「しかし、つるっと登場」ガチャ

姫「じ、侍女さん!? お暇を出したはずです!」

侍女「そういうわけにもいかんでしょ」

女商人「失礼いたします」

750: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:09:12.70 ID:ayPDxEAdo
姫「ど、どなたですか」

女商人「お初ではありませんが、お目にかかれて光栄です」

侍女「うちのお城に、戦士の村のワインを届けてくれたりしている女商人さんです」

姫「は、はあ。商人さんが一体……?」

女商人「姫様。率直に申し上げます。ここは危険です」

姫「……」

女商人「幸いにして、今、勇者が町を作っているとか。そちらへ亡命してはいかがですか?」

姫「そのようなこと、許されません」

侍女「で、ですけど、姫様……」

姫「私はこの国の王族です。たとえわが身を損なうことになっても、逃げる事はできないのです」

女商人「そうですか。じゃあ、いいです」

侍女「ちょちょちょちょっと! 話が違うよ!」

751: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:09:47.07 ID:ayPDxEAdo
姫「……侍女さん? どういうことですか?」

侍女「あ、いや~その~」

女商人「ここに入れさせていただく条件として、あなたの身の安全を確保することを求めらていました」

姫「まあ」

侍女「……だって! 私は姫様には無事でいてもらいたいんですよ」

姫「そのお気持ちは、本当にありがたいですわ」

侍女「ひめさまぁ」

姫「けれど、私はここに残ると決めたのです」

女商人「……私としても、逃げてもらった方がありがたいですね」

姫「そのようなこと!」

女商人「私たちの、いや、勇者の行動の障害になるかもしれませんし」

姫「あ、う……」

侍女「失礼だぞ!」

女商人「事実ですから」

752: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:10:19.90 ID:ayPDxEAdo
女商人「……南大臣が魔物とつながっているとのお話はご存知で」

姫「侍女から聞きました」

侍女「あいあい」

女商人「私はそれだけではないと確信しています」

姫「どういう意味ですか?」

女商人「仮に南大臣が魔物と結託して勇者を討とうとしているとしましょう」

姫「え、ええ」

女商人「魔王を倒した人間を、どうやって討ち取ると言うのですか」

姫「!」

女商人「仮に勇者のパーティーを分断して、世論誘導をすれば勝算がある、と誤認したとしても、不自然極まりないと思いませんか」

姫「しかし、現に勇者様たちは迫害されて……」

女商人「あの程度なら、おそらく勇者は切り抜けてしまうでしょう」

姫「そ、そうですわよね」

753: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:10:50.30 ID:ayPDxEAdo
女商人「まあ、感情的に勇者が嫌いだから、という理由で行動する人物だと考えることもできますが」

侍女「あのハゲオヤジはそういうタイプでないね~」

女商人「私もそう思います。勇者が嫌いだということは間違いないでしょうが」

姫「……そもそも、南大臣が本当に怪しいのでしょうか?」

女商人「……今回の事件、非常に問題だったのは、三国がほぼ同時に連動して動いたことです」

女商人「新聞紙上でもそう。勇者を非難する記事はあっという間に広がった。いくらなんでも早すぎる」

女商人「つまり、三国には勇者外しでつながっていたということになる」

女商人「さて。北国、東国を結んで、南国の外交を取り仕切っているのは、南大臣です」

姫「も、もう分かりました!」

女商人(もっとしゃべらせてくれてもいいのに)

侍女「こら、話が長すぎでござる」

女商人「要するに、状況的に南大臣が噛んでないとおかしいわけです」

754: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:11:19.57 ID:ayPDxEAdo
女商人「それで、姫様。南大臣は魔物に脅されて行動しているのでしょうか、それとも自分の意思で?」

姫「そ、それは……」

侍女「自分の意思に一票ですな」

姫「そんな! 魔王の手先と手を組むなど!」

侍女「だってー、あの鉄面皮のオッサンが脅されて従うくらいなら、自殺してるかなーって」

姫「ちょっと分かりますけど……」

女商人「彼がどういう理由で手を組んでいるかはしれませんが、私も自分の意思だろうと思います」

姫「でも、それが何の得になると言うのです!」

女商人「南大臣は何らかの得を見つけたのです」

女商人「それが魔物と手を組ませ、勇者を葬る計画につながったと、そう推測できます」

姫「そんな……」

755: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:11:49.74 ID:ayPDxEAdo
女商人「私が聞きたいのは、その点で姫様が何か心当たりがないかということなんですが」

姫「心当たり……?」

女商人「南大臣の得になりそうなことですよ……その様子では、あまりなさそうですが」

姫「……南大臣は、真面目な方です」

侍女「真面目って頭固いってことでっせ」

姫「ですから、その、直接聞くしかありません!」

侍女「えっ?」

女商人「えっ?」

姫「つまり、こそこそ隠れて探るのは、王族に相応しくないというか」

侍女「姫様は混乱している!」

女商人「いや、それは直接聞いて話してくれるならいいですけど」

姫「で、では、い、行きましょう!」バン

女商人「は、ちょ?」

756: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:12:30.65 ID:ayPDxEAdo
姫「とにかくその、ちょっと探りを入れてみるのが必要というか」カッカッカッ

女商人「ちょちょちょっと待ってください!」

侍女「私もまずいなーって思いますよ?」

姫「どうしてですか! 王族に危害を与えるほど、南大臣は愚かではないと……」


南将軍「貴様! なぜ陛下を!」

南大臣「……」


姫「帰りましょう」

侍女「あいあい」

女商人「いやいやいや」

姫「お、お父様が……!?」

女商人「と、とにかく様子を見ましょう……!」

侍女「姫様、ここはこらえて」

757: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:12:58.32 ID:ayPDxEAdo
南大臣「陛下はお休みいただいているだけだぞ。大声を出さないで頂きたい」

南将軍「何を言う! もう臥せって数日だぞ!」

南大臣「陛下もお年ですからな、しばらくお休みすることも……」

南将軍「ふざけるな、貴様が戦士殿の村に軍を差し向けた日からお休みになるなど、都合が良すぎるわ!」

南大臣「……そんなことで私を問い詰めに来たと?」

南将軍「それだけではない! これだ」

南大臣「ほう、その紙切れが何か」

南将軍「我が国が『魔王の復活』を目論んでいる、というビラだ!」

南大臣「はっは、それは勇者側の捏造だろう」

南将軍「馬鹿を言うな!? 勇者が中傷するなら北国のことだろうが! なぜ我が国を名指ししている!」

南大臣「そこまでは分からんが」

南将軍「お前が何かを噛んでいるのだろう!」

南大臣「……」

758: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:13:29.01 ID:ayPDxEAdo
南大臣「将軍、率直に申し上げるが、滑稽にすぎるぞ」

南将軍「滑稽を通り越している! 戦士の村へも派兵しただろう。いくら権限があるからとはいえ、私に断りなく軍を動かした」

南大臣「緊急時だったからな」

南将軍「陛下との面会を拒絶し、私に一言もない!」

南大臣「貴方がご実家に帰られていたからな。伝え遅れていただけだ」

南将軍「……貴様が、魔物とつながっているという目撃情報もあるのだ!」

南大臣「見間違いだろう」

南将軍「大臣、今が緊急時なのだぞ!?」

南大臣「だからなんだと言うのだ?」

南将軍「ふざけている場合ではないのだ……! せめてまともな釈明をせよ!」

南大臣「きわめて真剣なのだが」


南将軍は、すらり、と刀を抜いた。


南将軍「では、私も真剣で相手をすべきなのだな……!」

南大臣「待て、落ち着け」

759: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:13:58.96 ID:ayPDxEAdo
姫「ま、待ちなさい! 将軍!」

南将軍「ひ、姫様!?」

侍女「何で出てきちゃうんすかねー」

南大臣「これはこれは」

姫「将軍、刀を納めてください。そ、そして、大臣、『魔王の復活』とはどういうことです?」

南大臣「嫌がらせでしょう、我が国への」

南将軍「まだ、言うか!」

姫「大臣……ここにいる侍女が、貴方が魔物と会っているのを目撃しているのですよ!」

侍女「えっ、情報提供者の保護……」

南将軍「ひ、姫様……」

南大臣「……」


女商人(参りましたね……)

760: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:14:38.91 ID:ayPDxEAdo
姫「ど、どう申し開きするつもりですか!?」

南大臣「申し開きも何も……あらぬ疑いをかけられているとしか申し上げられません」

南将軍「ひ、姫様もこう言っておられるのに、貴様!」

侍女「……勘弁してください、姫様」

姫「……認めさせたものが勝つのですよ」

侍女「どうやって認めさせるんですか」

南大臣「……」

南将軍「……仮に、貴様がなんら魔物と関わっていないとしても、だ」

南大臣「なんですかな」

南将軍「勇者殿と敵対するなど、どうかしている!」

南大臣「……」

南将軍「確かに彼は英雄でありながら、我が国の負担ともなっていた。だが、あからさまな対決など!」

南大臣「将軍。それが良くないのだ」

南将軍「なんだと」

761: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:15:04.82 ID:ayPDxEAdo
南大臣「我々は勇者殿を政治と関わらせずに置こうと決めたはずだ」

南将軍「う、うむ……」

南大臣「ところが、勇者殿の仲間の一人が他国で反乱を起こし、勇者殿も加担したと聞く」

南将軍「そ、それは」

南大臣「原則に外れたのは勇者殿の方だ。同盟を結んだ友国を助けるのは当然の道理であると言うのに」

南将軍「……我々は、勇者殿に指図できる立場にない!」

南大臣「それは魔王がいた時代に限る。秩序ある時代に、自由すぎる存在は毒にしかならぬ」

姫「黙って聞いて入れば、大臣!」

南大臣「姫様にもこの際、申し上げます。勇者殿に限らず、冒険者の存在が世界を混乱に陥れているのは明白ではありませんか」

姫「どこがですか!」

南大臣「我が王宮にもどうもネズミが入り込んでいる様子。秩序を乱そうとしている輩です」


女商人(……バレているんですかね)

762: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:15:44.84 ID:ayPDxEAdo
南将軍「しかし、我が国は冒険者によって……」

南大臣「さよう。我が国は冒険者を集めることで成り立っては来た。しかし、その結果は財政難に軍の弱体化です」

南将軍「それは……」

南大臣「勇者を輩出しても、彼らに払った莫大な報酬で国の財政が吹っ飛びかけた。兵士の弱さは言うまでもない」

南大臣「冒険者頼みの経済と軍事政策で、どうやってこの先を戦っていくおつもりか」

南将軍「世界は平和になって」

南大臣「まことに大嘘つきだな。北国は反乱に浮き立ち、勇者たちが暗躍する。我々は国を強くせねばならぬのだ!」

姫「だから、だから、勇者様を攻撃するのですかっ?」

南大臣「姫様。我々は約定を守っているだけに過ぎません。秩序や平和を破っているのは勇者の方なのです」

侍女「ま、そーかもしれまーせんけど」

763: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:16:31.58 ID:ayPDxEAdo
女商人「……まずいですね」

女商人「大臣が、ボロを出してくれるかと期待していたのですが」

女商人「おそらく、あれは本心なのでしょう。そうなると、魔物との関係は隠したまま、言いくるめられる恐れも……」

女商人「ここは一度、脱出しましょう」コソコソ


女商人は、広間の柱の影から身を離した。

四者は白熱しているため、身を隠している女商人に気づきもしなかった。
同じところにいた二人ですら、彼女の存在を記憶の片隅にも置いていなかったのだ。

それは女商人側も同じことだ。
意識は、四者に気づかれないように出ていくことに振り向けられていた。

だから、それに出くわした瞬間に、頭が真っ白になってしまったのだ。


鳥魔物「に、人間!?」

女商人「えっ、きゃあっ!」

764: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:16:55.14 ID:ayPDxEAdo
しりもちをついた女商人は、動転する頭を回転させた。
背に負ったバッグをとっさに目の前に持ってくると、激しく突き刺さる音がした。

鳥の魔物が放つ羽の攻撃。
間一髪でそれをバッグで受け止めた、と女商人は思った。
しかし、かすった傷から力が抜けていくのを感じた。


女商人(ど、毒!)


女商人は、あわてて転がった。
隠れられる場所まで走ろうと試みる。

せめて柱の影まで! そう思う彼女の背を、風の鎌のようなものが切りつける。

痛みを感じて、女商人は息を吸った。
こうなったら、この手段しかない。


女商人「いやああああっ、魔物がいる! 殺される!」

765: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:18:19.51 ID:ayPDxEAdo
一斉にこちらを向く人々の顔。
女商人はそれを見ながら、柱に転がり込んだ。
バッグをあさって毒消し草を引っ張り出すと、口に含んで摂取する。


女商人(戦闘、久しぶりでしたから……)


荒い息を吐くと、防御策として身を低くする。
いや、それ以前に、傷の痛みで経っていられなかった。
鳥魔物はこちらを見つけた四人の方へ飛んだようだ。

しまった、姫も侍女も残した、と思った女商人が見やると、南将軍が二人を抱えて離れたのが見える。
そして、それらに適当に羽を撒き散らしながら、鳥魔物が大臣に迫る。


女商人(薬草、くっ、落としたか……)

766: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:19:41.02 ID:ayPDxEAdo
南大臣「……間が悪いことだ」

鳥魔物「……ハゲ。『魔王の復活』を知っているのはお前ですね!」

南大臣「……」

鳥魔物「答えなければ殺しますよ」

南大臣「その通りだ。骨の魔物から聞いていなかったのか?」

鳥魔物「せ、船長が生きていたというのですか!」

南大臣「それすらも知らないとは、魔王軍といえど、ひとたび軍が崩壊すればこんなものか」

鳥魔物「我々を侮辱する気ですか」

南大臣「滅相も無い。だが、ここへ来たということは北国もいよいよ追い詰められているのかな」

鳥魔物「……答える義務はありませんね」

南将軍「だ、大臣……魔物と何を話している!?」

南大臣「……」

南将軍「答えよ!」

南大臣「魔物には学ぶべきところがある」

南将軍「き、貴様!」

767: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:20:55.23 ID:ayPDxEAdo
南大臣「事実だ。彼らは魔王軍として規律に基づき行動していた」

南大臣「我々が魔物にしばしば敗れたのは、彼らの士気の高さ、指揮能力の高さによる。もちろん、身体能力それ自体も大きかったがな」

南将軍「しかし、勇者殿に魔王は敗れた!」

南大臣「つまり、人間は勇者がいなければ何もできない愚者に成り果てているのではないだろうか」

侍女「さすがに無理ありまくりっすよ」

南大臣「そうでなくとも、英雄を待望して自身を鍛えない兵士。魔物の襲撃を言い訳に生産能力を落としている農村漁村」

南大臣「人間は勇者の存在のために、意欲を失っている。人間は勇者を乗り越えなければならん」

姫「そのために、魔物と手を結ぶ……と?」

南大臣「魔物は良い契約相手です。合理的に説明すれば、こちらに危害を加えてくることもないのです、姫様」

姫「た、たった今、危害を加えたではありませんか!」

鳥魔物「あれは自己防衛に過ぎませんが?」

768: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:21:25.24 ID:ayPDxEAdo
言い争っているところへ、骨の魔物が、すうっと姿を現した。


鳥魔物「船長! ……では、ありませんね」

骨魔物「船長は勇者に倒された。私は幽霊船の副長を務めていた骨だ」

鳥魔物「まさか、友軍に再び会えるとは思いませんでした」

骨魔物「私は多少、動向を探っていた。虎の魔物と行動を共にしているはずでは?」

鳥魔物「置いてきました。それより、魔王様の復活とは!?」

骨魔物「さえずるな。それに、どうやら、知られたくない相手がいるようではないか」


侍女「あ、あいつですよ! 大臣と喋っていたの!」

南将軍「もう言い逃れはできんぞ、南大臣!」

南大臣「言い逃れをする必要などないのだ。陛下も魔物と同盟を結ぶ路線で一致しているのだからな」

姫「そ、そんな……!」

769: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:21:54.89 ID:ayPDxEAdo
南大臣「衝撃を受けると思って公表を避けていたが、いずれ発表するつもりだった」

南大臣「我々は魔王軍のノウハウを受け、彼らは保護を受ける。対等な契約ではないか」

姫「なんてバカなことを!」

南大臣「強力な存在とはいえ、敵軍を根絶やしにすることの方が狂気ですよ」

南将軍「……もう、ガマンできん!」

侍女「あ、ちょっと!」


南将軍が刀を構え直した。
一直線に距離を縮めて、南大臣と魔物たちへと斬りかかる。
だが、気迫空しく、振り下ろされた刀は空を切る。

……骨魔物が放った銃撃に、鎧ごと貫かれたからである。


姫「し、将軍―――!」

770: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:22:28.32 ID:ayPDxEAdo
南大臣「哀れな男だ」

姫「大臣……」

骨魔物「人間よ、これは正当防衛である」

鳥魔物「ふん」

姫「大臣、あなたは、この国をどうするつもりなのですか」

侍女「ひめさま、も、逃げましょう……」

南大臣「無論、強くするつもりです。この国も、人間も」

姫「それが、勇者様を半ば追放し、将軍を殺させる理由だというのですか」

南大臣「意見が相容れないばかりか、襲い掛かってきたのは彼らですからな。我々は何も間違ったやり方をしていない」

姫「……あなたは、恥知らずです」

南大臣「姫様、お部屋にお戻りください。あなたを傷つけるつもりも、ありません」

姫「お断りします!」

侍女「姫様!? 無理がありますってー!」

南大臣「……魔物たちよ、今後の件で協議する必要がある。時間は取れるか」

骨魔物「承知した」

鳥魔物「良いでしょう」

姫「無視する気ですか!?」

771: ◆WPwc2pN1N6 2012/02/29(水) 19:23:26.60 ID:ayPDxEAdo
……騒ぎ立てる女性陣を遠巻きに、女商人はずりずりと床を這っていた。
背中の傷が思ったよりも深く、立ち上がれない。


女商人(しくじった……思ったより、深入りしてしまっていた)

女商人(『魔王の復活』……誰か、口を滑らすと、思っていたのに……)

女商人(あと、少しで、核心に、迫れるのに……)

女商人(……)

女商人(今度は、失敗しないようにって……)

女商人(決めたのに……)

女商人(……ゆうしゃ)


女商人は次第に意識が遠ざかり、自分がどうなっているのかもわからなくなっていた。
自分の呼吸だけははっきりと聞こえるのに、周りの音が小さくなる。

その体に、不意に魔法がかかってきた。
回復の魔法―――女商人の意識が呼び戻されて、代わりに痛みが再び襲い掛かってくる。

女商人は、顔を上げた。


魔法使い「あれ? 全回復してないわね」

791: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/02(金) 21:35:51.44 ID:QcFkB7bco
女商人「か、回復魔法は魔力を惜しまないでと言ったでしょう」

魔法使い「癒しの力よ……」


女商人の傷がみるみるうちに癒えていく。


魔法使い「魔法使いの生命線は魔力よ、惜しまなくてどうするの」

女商人「そんなことだから、いつもぎりぎりの戦いを強いられるのです」

魔法使い「うるさい。助けられたんだから、素直にお礼を言いなさい」

女商人「いやです」

魔法使い「……そういえば、あんた、誰と誰が結婚したって?」

女商人「おめでとうございます。仲人を引き受けてもいいですよ?」


魔法使いは女商人の首を締め上げた。


女商人「ふぐぐ」

792: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/02(金) 21:36:26.97 ID:QcFkB7bco
魔法使い「手紙も読みにくくするためとはいえ、くっそふざけた文体で書き殴って!」

魔法使い「虫唾が走るわっ! 怒りのあまり、ここまですっ飛んできちゃったじゃないの!」

女商人「し、知りませんよ、そんなこと」

魔法使い「ええ? 大体、あんたの方こそ勇者にコンプレックス持ってるくせに、私に押し付けるとかどういう了見よ!?」

女商人「だ、誰がコンプレックス……」

魔法使い「『私は勇者なんか嫌いなんですっ!』」キリッ

女商人「そりゃそうでしょう! あんな何も考えてないバカを!」

魔法使い「そのバカに叱られたのがそんなにショックだったわけ?」

女商人「……そんなことありません」

魔法使い「あんたを釈放させるために、あいつがめちゃめちゃ奔走したってのを聞いて、ボロ泣きしてたくせに~」

女商人「自分の不甲斐なさを呪っただけです」

魔法使い「『ぐすっ、こんな大きい借り、返しきれな』」

女商人「わあああああ! なぜ知ってるんですか!」

793: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/02(金) 21:37:21.72 ID:QcFkB7bco
女商人「はぁ、はぁ」

魔法使い「当て付けなんかせずに、本心を言えばよかったのよ」

女商人「ほ、本心?」

魔法使い「『勇者と結婚させてください』って」

女商人「……はっ、それはあなたの願望でしょうに」

魔法使い「ノーよ。確かにあいつは優秀なカードね。けど、パートナーにするには自覚が足りないもの」

女商人「要するに、もっと大人になったら結婚してってことでしょう?」

魔法使い「曲解しないでくれる? それに大人になれって思ってるわけじゃないもの」

女商人「……」

魔法使い「だから―――」


ひゅばっ、という風切り音が、二人の間を刺し貫いた。

魔法使いは杖を持ち直して女商人の方を向く。


魔法使い「状況は?」

女商人「毒の羽! 大臣と王もグル!」

鳥魔物「ぎゃあぎゃあとやかましい人間どもですね」

794: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/02(金) 21:39:53.29 ID:QcFkB7bco
魔法使い「『魔王の復活』については?」

女商人「前、前! 羽に触れただけで、毒が」


鳥がぐっと身を縮める。
その体を一気に広げると、無数の羽が二人へ向けて発射された!

しかし、対する魔法使いは杖をかざして一言のみ。


魔法使い「真空竜巻呪文」


勢いよく飛び出した羽が、強烈な魔法の風にさえぎられて、あえなく吹き散らされてしまう。
魔法使いはマントを探ってこぶし大の球を取り出し、相手が驚く間にそれをぶん投げた。

到着する直前に、ぼふっという大きな音。
破裂した球の中から、茶色けた煙と粘性の泥状の物体が噴出したのだ。
鳥の魔物は思わず腕で身を守っていたものの、まともに泥を被って悲鳴を上げる。

臭い。
その泥は、ぬるぬるするだけではなくて、強い異臭を放っていたのである。

……魔法使いは鳥がひるんだ隙に女商人の手を取ると、即座に迂回路を取った。

795: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/02(金) 21:40:54.54 ID:QcFkB7bco
いつの間に攻撃を受けたのか、将軍の横で倒れている姫と侍女が倒れている。
魔法使いはそれを見付けると、女商人をそちらに走らせて、自らは広間の奥、会議室の方へ駆け出した。

南大臣と骨の魔物はすでにそこに入る途中だった。
相手方の気は姫たちを助けに入った女商人に向けられている。
―――当然、骨魔物の銃口も。


魔法使い「……闇の底に膨れ上がる大地の怒りは、瞬く間に噴き上がるだろう!」


魔法使いが呪文を唱えながら飛び出してきたのを見て、骨魔物はあわてて銃を構えなおす。
しかし、それを制して南大臣は扉をばたんと閉めてしまった。


魔法使い「溶岩噴出呪文!」


ぼごおっ、と勢いよく灼熱が広間のカーペットから噴き出した。
しかし、雪崩を打ってぶつかった扉は、ばちばちっと音を立てて、溶岩をはじいてしまう。
跳ね返った溶岩は、玉座を飲み込んでそれを焼き尽くしていく。


魔法使い「結界!? 本気すぎて笑えねーわよ!」

796: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/02(金) 21:41:35.53 ID:QcFkB7bco
鳥魔物「く……くっさいです! これ臭いんですが!」


魔法使い「ちっ……こいつを締め上げるか?」

女商人「魔法使い! 姫様と侍女の手当てをお願いします!」

魔法使い「毒を食らってるだけでしょ!?」

女商人「あ……! 毒消し草、毒消し草」

魔法使い「……」


魔法使いは鳥魔物の方へ杖を振り向けると、泥に苦しんでいる彼女に毒針を投げつけた。

当たれば―――しかし、鳥は肉体に当たるより先に、膨らんだ羽の先で、毒針を叩き落した。
そのまま勢いよく全身を震わせて、びちゃびちゃと泥を振り払う。
取りきれない泥を壁にこすり付けるようにするが、臭いはなおも残る。

魔法使いは隙をついて魔法を唱えようとしたが、女商人との距離を見て考え直した。
彼女らの方に走りながら、鳥と対峙する位置に回る。


鳥魔物「に、人間ども―――」

魔法使い「いいの? お味方は奥の間に行ってしまったようだけど」

鳥魔物「どいつもこいつも!」

797: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/02(金) 21:42:21.68 ID:QcFkB7bco
魔法使い「あら? そういえばあんた、北国で活動していたバードってやつ?」

鳥魔物「……!」

魔法使い「なるほどね。北国でタイガーがやられたから、こっちに逃げてきたわけ」

鳥魔物「……虎がやられたというのですかっ」

魔法使い「ええ。北国から報せが届いたわ」

鳥魔物「そんなはずはありません!」

魔法使い(まだよく知らないけど。勇者が行ってるなら何かしてるでしょ)

鳥魔物「……待ちなさい、そういえば、その呼び方、誰から聞いたのです?」

魔法使い「は?」

鳥魔物「その腹立たしい呼び方、それは、あの、悪魔族の馬鹿がしていたものにそっくりです」

魔法使い「側近のことかしらね」

鳥魔物「あの女も生きていたのですか!? 魔王城にいたのに!」

魔法使い「……」

798: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/02(金) 21:42:57.54 ID:QcFkB7bco
鳥魔物「あの女……! 魔王様が敗れたというのに、生き残っていたんですか!」

魔法使い「……」

鳥魔物「それもべらべらと私達の素性まで……!」

魔法使い(同盟を組んでるとか言ったら血管でも切れそうね、こいつ)

鳥魔物「答えなさい、人間! あの女は魔王様に殉ぜず、おめおめと生き残り―――」

魔法使い「それってあんたも同じよね」

鳥魔物「に、人間」プルプル

女商人「どうして煽るんですか! あと、毒消しじゃ効きませんよ!?」

魔法使い「頭を使いなさい!」

鳥魔物「……あの女は、人間と手を結んだ、ということですか。魔王様を殺した人間と―――」

魔法使い「それもあんたと同じよね」

鳥魔物「……」プルプル

女商人「万能薬、持ってるでしょう!?」

魔法使い「ああ、うるさい」ポイッ

799: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/02(金) 21:43:30.34 ID:QcFkB7bco
魔法使い「あんたに聞きたい事はあるわ」

鳥魔物「私にはありません」

魔法使い「あんたは側近から、一番の魔王崇拝者と聞いたわ」

鳥魔物「……その通りですが?」

魔法使い(頭の良い振りして、やっぱりこいつもアホね)

魔法使い「そのあんたが、あのハゲジジイの『魔王の復活』に加担するつもり?」

鳥魔物「何を言っているのか―――魔王様の復活など、我が悲願に他ありません!」

魔法使い「……」

鳥魔物「私が……」

魔法使い「ん?」

鳥魔物「私が、闇の力がこの世界から失われていくのに気づいて……」

魔法使い「……」

鳥魔物「どれほど、絶望したか……」

魔法使い「そうね。四天王なんだし、魔王の前にあんたも倒すべきだったかもね」

800: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/02(金) 21:43:57.01 ID:QcFkB7bco
魔法使い「でも、知らないのよね? あのハゲジジイの言う『魔王の復活』は」

鳥魔物「聞く必要はありません」

魔法使い「いや、あの」

鳥魔物「側近、あの女と通じて、何を吹き込まれたか知りませんが」

魔法使い「……」

鳥魔物「お前達の数匹など、造作なくひねりつぶせるのです」

魔法使い「聞きなさいよ」


鳥は羽の腕を振り上げて、顔の前で交差させた。
人の顔に程近かったそこに、見る見るうちに金のくちばしが盛り上がる。
肩肉が、胸が、筋肉で膨れ上がってくる。


魔法使い「ちっ」

鳥魔物「あの人間も言っていましたね……私達と取引などと」

鳥魔物「勇者ならいざ知らず―――」

鳥魔物「お前達ごときが、愚かな」


くわぇっ、という一声を上げると、空気が震えた。

815: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/03(土) 22:15:06.25 ID:61Nj/Xxgo
―――数刻前、城外裏門。


弟子A「師匠、本気でお城に攻め入る気ですか?」

戦士「別に攻め込むつもりはない。ただ軍を退いてもらうついでに、一言言ってやりたいだろ?」

弟子B「そりゃあ、師匠だけっすよ」

戦士「お前、攻め込まれてたら、嫁さんが死んでたかもしれんのだぞ」

弟子A「お、脅さないでくださいよ」

戦士「それに、魔物の姿も見えた。魔物退治もやってもらわにゃならん」

弟子A「だからってこんな人数でお城に行かなくても……」

戦士「これ以上人を割くと、村の守りが危うくなる」

弟子B「師匠はほんとヤバいっすね」

戦士「何がやべーんだよ」

816: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/03(土) 22:15:39.06 ID:61Nj/Xxgo
その時、空から人影が飛び降りてきて、戦士の前で着地した。
背中の斧の留め具を外し掛けて、戦士はその影がよく見知った人物であることに気づいた。


戦士「魔法使い!」

魔法使い「戦士、こんなところで」

戦士「どうした? あのお嬢さんと武闘家は無事に着いただろ?」

魔法使い「ああ、ごめん。ちゃんとは確認してなかったわ」


弟子A「……かわいいな、おい」ヒソヒソ

弟子B「勇者パーティの一人やん、知らんの?」ヒソヒソ

弟子A「マジかよ! あんだけエロい奥さんもらって、パーティでも美女がいたとか師匠勝ち組すぎるわー!」

弟子B「奥さんに言いつけるぜ?」


魔法使い「……何を話してんのよ、あんたの弟子は」

戦士「すまんな。下半身で動いている連中が多くて」

817: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/03(土) 22:16:00.09 ID:61Nj/Xxgo
戦士「……女商人が?」

魔法使い「ええ。城内にまで、潜入調査をしているわけ」

戦士「潜入調査ねぇ……」

魔法使い「どう思う?」

戦士「危険だな。あいつは思いつめてやりすぎるタイプだ」

魔法使い「でしょうね。ま、それもあって私はこっちに来たわけだけど」

戦士「っつーか、潜入調査って何を調べるんだ?」

魔法使い「……南大臣が魔物とつながっているところまでは知ってる?」

戦士「知らんな。だが、そういえば、村を囲んだ軍のそばに、魔物がいた」

魔法使い「じゃあ、すでに実験済みなのかしら」

戦士「実験?」

魔法使い「ええ……一から話した方がいい? でも、実験済みだとすると、もう時間がないかもしれない」

戦士「……おい、お前ら! ちょっと集まれ」

弟子A「へ?」

弟子B「なんすか、なんすか」

818: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/03(土) 22:16:43.10 ID:61Nj/Xxgo
戦士「一応、先に作戦だけ練っておこう。どうする?」

魔法使い「……そうね。私としては、城内に先行した女商人の救出」

魔法使い「あるいは儀式をやってるとしたら、それを破壊するか、少しでも遅らせたい」

戦士「分かった。じゃあ、やっぱり俺らが敵を引き付けた方がいいだろう」

弟子A「ま、マジですか」

弟子B「ちょっとこの人数じゃ力不足なんじゃあ……」

戦士「だらしがねぇな。何、時間を稼ぐだけだ」

魔法使い「場合によっては突入してほしいんだけど」

戦士「……よし、これも修行だ。命を張れ」

弟子A「む、むちゃくちゃですよ!」

弟子B「まあ、師匠だから仕方ないっすよねー」

戦士「それから、魔法使いは二階へぶん投げてやる。確か王の間は二階だったな?」

魔法使い「……あんたの案はなんでかちょっと飛んでるのよね」

819: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/03(土) 22:17:17.86 ID:61Nj/Xxgo
戦士「よし、作戦開始まで待機だ」

弟子ズ『へーい』


魔法使い「……悪いわね」

戦士「構わん、それで、要点だけ押さえて話してくれ」

魔法使い「分かったわ」

魔法使い「……まず、軍といた魔物ってのはどのくらいのレベルの魔物だったか覚えてる?」

戦士「まあ、その辺の雑魚と言っていいのだな。人魂とか、骸骨とか」

魔法使い「そこがおかしくない? そういうやつらは、まあ、スライムなんかはともかく、魔界に追い返したはずよ」

戦士「魔王の闇の力が消えて、弱体したからだったか」

魔法使い「そうね」

戦士「だがそれは、たまたま逃げ伸びていたやつらがいたのかもしれん」

魔法使い「確かにね。私も強力なやつが何体か残っていることは知ったわ」

魔法使い「だけど、雑魚の、とりわけ闇の力がなければこの世界に居続けることができない連中は別よ」

戦士「……要するになんだ。要点が分からん」

魔法使い「『魔王の復活』」

戦士「あ?」

820: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/03(土) 22:18:10.34 ID:61Nj/Xxgo
戦士「冗談だろ。魔王はきっちり倒したはずだ」

魔法使い「そうよ。だけど、南国の魔物を研究していた連中は、そのシステムに目をつけたの」

戦士「シス……テム?」

魔法使い「仕組み、組織……つまり、闇の力よ」

戦士「闇の力……」

魔法使い「そう。子どもが殴りつければ倒せる程度のスライムを、凶暴な魔物に変えるのは、その力があってこそ」

魔法使い「その闇の力を、なんらかの儀式を行うことで、魔王並のシステムとして再現すること」

魔法使い「それが『魔王の復活』というわけ」

戦士「……魔物を凶悪化させるってことか?」

魔法使い「それもあるかもしれない」

魔法使い「たとえば、それによって魔物を支配したり、自分の力を高めたりできるかもしれないし」

戦士「そりゃすげー。それで、消えかけていた魔物を復活させたり?」

魔法使い「そういうこと」

821: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/03(土) 22:19:07.90 ID:61Nj/Xxgo
戦士「時間がないかもってのは、要するに、その実験が大詰めってことか」

魔法使い「飲み込みが早くて助かるわ」

戦士「しかし、そんなの、よく分かったな」

魔法使い「南国の、計画書をちょっと入手してね……途中で、ビラを撒いたりしたんだけど」

戦士「……よし」


戦士は気合を入れ直した。
魔王そのものではないにしても、魔王並の力を得ようとしている相手とやりあうとなれば、心構えから変えなければなるまい。
小手を擦り合わせてから、顔をパンと打つ。


戦士「後続の連中は来るかな?」

魔法使い「ビラを撒いたわ、間を置かずに行動してくれればいいんだけど……」

戦士「なるほど。いずれにしても、時間が勝負だ。早速やろう」

魔法使い「うん」

822: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/03(土) 22:19:39.20 ID:61Nj/Xxgo
戦士は魔法使いの足を抱え上げた。
バランスを取って、彼女が自分の胸を蹴り上げて跳べるように調整する。


魔法使い「スカート、のぞかないでよ」

戦士「勇者じゃあるまいし、そんなことするか!」


ぐっ、と押し上げるようにして戦士が魔法使いを投げる。
勢いよく持ち上げられた魔法使いは、二階の高い位置にある手すりをつかんだ。


戦士(パンツは見えなかったな)


すばやく城内に入り込んだ彼女を見届けると、戦士は弟子達を連れて裏門を叩いた。


戦士「頼みます!」

弟子A「……うわ、マジで堂々と叩いたよ」

弟子B「鬼が出るか、蛇が出るか」

823: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/03(土) 22:20:09.92 ID:61Nj/Xxgo
ギイィィィ……


男「……誰だ」

戦士「隣村の戦士というんだが、王様はお休みかね?」

男「戦士?」

戦士「ああ。緊急でお会いした用事があって、裏から訪ねたんだ」

男「……戦士、戦士だと?」

戦士「なんだよ」

男「くひひひひっ、俺、俺だよ!」

戦士「誰だよ」

弟子A「師匠の知り合いってこんなんばっかだな」

弟子B「女の子はかわいいのになぁ」

戦士「うるせーよ」

男「覚えていないか? 男冒険者だよ! もっとも、今は元冒険者だがな」

戦士「本当に誰だよ」

824: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/03(土) 22:20:43.01 ID:61Nj/Xxgo
元冒険者「悲しいねぇ。まあ、救国の英雄様は、昔の知り合いのことなんか覚えてもいないか」

戦士「……」

元冒険者「お前のおかげで商売あがったりだった! 魔王なんぞ倒さず、冒険稼業で地道に暮らしてりゃあ良かったんだ」

戦士「その冒険稼業で死んだ連中も大勢いる」

元冒険者「だから!? 弱肉強食って言うだろ。あの頃は、身一つの仕事は腐るほどあった」

元冒険者「それが今はどうだ! あちこちで締め出され、挙句の果ては実刑も食らっちまった」

戦士「しらねーよ」

元冒険者「だが、今は違う。俺は力を手に入れたからな」

戦士「……お前ら、ちょっと下がれ」

弟子ズ『へい!』

元冒険者「ひょっとしたら、お前にも勝っちまうかもな。魔王を倒したお前にも」

戦士「あと、武器の準備」

弟子ズ『へい!』

825: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/03(土) 22:21:22.50 ID:61Nj/Xxgo
元冒険者「見せてやるぜ、俺の闇の力をなぁ!」

戦士「お前の力じゃないだろ、それは」


元冒険者の口、鼻、目、耳、あらゆる穴から闇があふれ出してくる。
ぼぉぉぉ、という音も漏れてくる。闇の音色とでも言うべきか、噴出した闇が男の体を覆う。

戦士は後退しながら、背中の留め具を外した。
斧をまず一本、片手に持って構える。
何しろ戦士にとっては、武器を両手に持つ事は考えにくいことだったのだ。
……思い切り振付ければ武器の方が絶えられなくなってしまうので。

肌を闇色に染めていく元冒険者に向かって、戦士はいきなり斬りかかった。

ところが。
がいん、という軽い音ともに斧がはじき返されると、さすがの戦士も狼狽した。


戦士「こりゃ、骨が折れるぞ……魔法使い」

弟子A「げ。師匠相手で傷がつかないとか」

弟子B「俺達じゃ相手にならないってことっすか」

戦士「びびるな! 相手は同時に三人も相手にはできねぇ!」


叫ぶ戦士の視線の奥に、赤い目をした闇色の魔人が数人駆け寄ってきた。
これで、数の上でも有利がなくなる。

戦士は背中の留め具をもう一つ外して、両手に斧を装備した。

826: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/03(土) 22:21:59.06 ID:61Nj/Xxgo
魔人はさらに悪いことに、各々武器を持って陣形を組み始めた。
それは整然と隊列を組んで襲い掛かってきた魔王城の魔物を思わせる。

魔人が、次々と襲い掛かる。
戦士は激しく打ち込まれてくる剣戟を片手斧で受け止めながら、ぶしゅぶしゅと息を吐く二人目を振り払った。

もはや弟子に指示を言う暇もない。

前列に立っていたため、三人目の攻撃が鎧に直撃する。
続いて、四人目の攻撃。
しかし、戦士は列に帰ろうとするそいつを、上段から斧で殴りつけた。


ごがぁんっ!


景気のよい音をさせて、四人目が態勢を崩す。
そこへ弟子達が勢いよく武器を突き上げた。
不意をついた攻撃が、突き刺さる―――と思ったのもつかの間、刺さった武器を魔人が引っ張り上げた。


弟子A「うっひー、武器が!」

戦士「手放しとけ! 別の物を使え!」

827: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/03(土) 22:22:27.05 ID:61Nj/Xxgo
弟子B「師匠、盾になりますんで」


弟子の一人が組み立て式の大盾を取り出した。
視線と言葉の意味は分かる。戦士に大技を撃つ時間を稼ごうと言うのだ。

しかし―――


戦士「バカ言うな! やつらは強いぞ」


盾を構えて突っ込む弟子と共に、戦士は二丁斧を握って突撃した。
案の定、弟子は盾ごと魔人に押し倒され、そのまま殴りつけられる。
戦士は、さらに馬乗りを試みた魔人の腹を右斧でなぎ払い、残った斧で自分に振り下ろされる武器を払った。

その横合いから、鎖状の武器で打ちつけられる。
文字通り面食らって戦士が頭を振ろうとすると、重ねて次の攻撃。


戦士「ぐっ!」

元冒険者「くひひっ、くひひっ、おもしれぇ、おもしれぇ!」

元冒険者「強いと思い込んでるやつを、横っ面殴り飛ばすのはおもしれぇなぁ!」


戦士は兜に、剣を叩きつけられた。

828: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/03(土) 22:23:12.47 ID:61Nj/Xxgo
戦士(くそっ)


視界が回る。


元冒険者「もう終わりかぁ?」


頭が回る。


戦士(クズども!)


斧をつかむ。


元冒険者「英雄も、大したことがなかったな」


さらに、殴られる。


戦士(なりたかったわけじゃねぇ)


くらくらする、すべて。

その中で、戦士はあることに気がついた。
何かが高速で近づいてくる、先ほども聞き覚えのある―――


元冒険者「……なんだ?」


誰かがつぶやいた瞬間、戦士に何かが激突してきた。

829: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/03(土) 22:24:40.41 ID:61Nj/Xxgo
激しい轟音を立てて、戦士は強力な攻撃に押し倒された。
続いて次の着弾は、魔人たちの一人に直撃した!


元冒険者「な、な、なんだ!? ぶぐっ」

商人「ぐべぁっ!」

勇者「よっしゃあ! ちゃんと城までついたぞ!」

虎魔物「ちゃんとじゃねーだろ、これ」

勇者「敵だな! おらっしゃああ、突撃っ!」

虎魔物「うるせぇ! まだ肩車かよっ!?」


虎の巨体にまたがった勇者が、剣を振りながらあたりを指し示す。

ふらふらになった戦士が頭を上げる。処理が追いつかない。
戦士の目の前で、太い毛並みの揃った腕が振り落とされる。


勇者「ストップ! タイガーストップ!」

虎魔物「なんだよっ、技の名前みたく言うんじゃねぇ」

勇者「戦士がいるぞ、戦士がっ!」

虎魔物「ああっ?」


戦士「いるぞじゃねーんだよ……バカやろうが……」

830: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/03(土) 22:25:37.91 ID:61Nj/Xxgo
勇者はひょいっと虎の肩から飛び降りると、すぐさま戦士の傍に近寄った。


戦士「なに、してんだ、お前……」

勇者「うひょー、戦士が膝をつくとか久しぶりじゃん?」

戦士「うるせぇ……」

勇者「癒しの力を与えよう!」キラアッ

戦士「……ちょっと油断しただけだ」

虎魔物「誰だこいつ」

勇者「魔王を倒したときのメンバーだぜ」

虎魔物「弱そうだな」

勇者「意外と打たれ弱いんだ。攻撃は強いんだけど」

虎魔物「ほうほう」

戦士「おい、あの黒いの、つぶすぞ」

勇者「なんなんだ? あれ」

戦士「魔法使いと女商人が城内に入っている、やつらは邪魔だ」

勇者「ふーん」

虎魔物(暴力的な会話だな)

831: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/03(土) 22:26:13.42 ID:61Nj/Xxgo
元冒険者「……あの」

勇者「っしゃあ! じゃあ、ちゃきちゃきっと倒すぜ!」

元冒険者「ふ、ふはは、勇者まで現れたとは好都合……」

勇者「おら、戦士、起き上がれ!」

戦士「あーくそっ、思い切り殴りやがって」

勇者「なんかつぶれてんのいるぞ」

戦士「おい、あいつ引っ張りだしてやれ!」

弟子A「へ、へいっ!」タタッ

虎魔物「そういえば、ここに飛び込んできた時、もう一人吹っ飛んでいったような気がするが」

戦士「うおっ、そういえば、魔物じゃねぇか!」

勇者「遅いよ、戦士……」

元冒険者「聞けよ、お前ら!」

832: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/03(土) 22:26:50.94 ID:61Nj/Xxgo
戦士「気をつけろ、連中、硬さだけはある」

勇者「硬い敵……虎、お前、硬いのとやりあったことある?」

虎魔物「蟹の魔物は素手で叩き潰していたからな……」

勇者「ああ、なら、茹でたり雷撃で貫いたりすれば楽だわ」

元冒険者「くっ、くくく……俺を硬いだけのやつと思ったら」

勇者「商人! 早くこっち来いや!」

商人「ひでぇーっすよ、だ、旦那!」バタバタ

元冒険者「……」

勇者「商人、賢者の石持ってろ、賢者の石」

商人「お、重いっすね……」

勇者「それ、売ろうとなったら国家予算分くらいあるから、壊すなよ」

商人「ひい!?」

勇者「回復役はお前な。握って祈り続けろよ!」

戦士「なあ、勇者。時間はないが、一応、聞いてやってくれないか」

勇者「あ?」

元冒険者「……」

833: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/03(土) 22:27:20.93 ID:61Nj/Xxgo
勇者「どうしたんだい、勇者さんに言ってごらん?」

元冒険者「……ククク」

勇者「長引くならもう斬るけど」

元冒険者「いいか! お前が魔王を倒したせいで、俺達は職を失ったんだ!」

元冒険者「俺達がどんなみじめな思いをさせられたか、お前に、分かるかっ!」

勇者「そんなに魔王を倒してほしくなけりゃ、最初から魔王軍に加わってれば良かったじゃねぇか」

虎魔物「後ろ向きな志望理由で、部下は採用してねぇなぁ」

元冒険者「……」

戦士「……もういいか?」

勇者「あ、いいこと思いついた」

元冒険者「な、なんだ」

勇者「ここにいる虎は、魔王軍の元四天王なんだよ。倒したら賞金くらいもらえそうじゃね?」

虎魔物「おい、勇者……」

元冒険者「……へっ」

834: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/03(土) 22:28:16.50 ID:61Nj/Xxgo
元冒険者「へ、へへへ、笑わせるぜ……」

元冒険者「勇者も四天王もいるってんなら、そいつらを全員倒したら、俺は魔王並ってところか?」

元冒険者「くひっ、くひひっ、そういうのも悪かねぇな」

虎魔物「……不愉快なやつだな。殺すか」

勇者「あ、じゃあ、この場は虎に任せていいかい?」

虎魔物「おい、人間ども。勇者ってのはなんでこうなのかねぇ?」

戦士「知らん」

商人「話が通じないと専らの噂だったんでさ」

勇者「悪いがタイガー。俺達は門でうろうろしている場合じゃねぇんだ」

虎魔物「それは俺もだ。鳥の気配を感じるぞ」

勇者「じゃあ、やろうじゃねぇか! 全員、武器を構えろ!」


見事な号令。
勇者の一団、全員が戦闘体勢に移る。

魔人たちは、思わず後ずさった。

864: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/06(火) 23:10:36.65 ID:knbMleMLo
勇者「だが、俺は剣を捨てるっ!」

商人「ちょっとぉお!?」

勇者「そして雷よっ!」


魔人たちに投げ込まれた剣に向かって、勇者はすばやく呪文を唱えた。
激しい雷が、城の天井すら突き破って剣へと収束する。

しかし突然の攻撃とはいえ、魔人たちは難なくそれを避けていた。
―――ただし、散り散りに。


勇者「とらみぎっ!」


勇者は叫びながら、直進して焼けた剣を拾いに走る。

言われた虎は、相手がこちらを振り向くより先に、右手に避けた魔人の腹を蹴り飛ばした。
轟音と共に、城の壁にめり込ませる。

それを見て、戦士が斧を地面につきたてながら、斧を横手に振り上げた。
今度は、しっかりと、両手に持って。
戦士はちょうど大木に斧を入れる要領で、斜め上から思い切り振り下ろした。

今度こそ、魔人は避けることも出来ず―――


ずだーんッ、という見事な伐採音。


魔人は城の壁ごと真っ二つになる。撃ち込まれた斧の持ち手には、ヒビが入っていた。
周りの魔人どもが戦慄する。

865: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/06(火) 23:11:33.96 ID:knbMleMLo
勇者「うひゃひゃーっ! ぼーっとするなよ!」


奇声を発して勇者が元冒険者に襲い掛かる。
無論、戦士に力で劣る勇者の攻撃で、傷がつくはずもない。ないのだが。
いまや誰もが気づいていた。
腕力も防御力も関係の無い、どうしようもないほど恐ろしい人間が、目の前にいる。

元冒険者が振るわれた刃を受け止めつつ、勇者の鼻柱を殴りつける。
見事に当たって勇者は転んでしまう。
しかしそれは、前方に向かって、つまり元冒険者の方への転倒だった。

勇者は殴られたお礼とばかりに、元冒険者の足を取って、そのままひっくり返した。
さらに、股間部分を殴りつける。
激痛に耐え、逆に自分の腕を引っつかんできた元冒険者の腹で、魔法を放つ。


勇者「燃えろッ!」


ズドォン!


自分が焼けることも構わない、勇者の火炎呪文が、元冒険者の腹を焼く。
灼熱の痛みに魔人がのたうちまわる。

振り払ったと思った時には、勇者は別の魔人の元へ体当たりをかけていた。

866: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/06(火) 23:13:09.08 ID:knbMleMLo
虎魔物「一匹ずつやるぞ!」

弟子A「応!」

戦士「商人! 斧を投げろ!」

商人「へい、戦士の旦那!」


とっさに上を見上げるその隙に、虎が力いっぱい魔人を殴りつけた。
決して耐えられない攻撃ではない、だが、あまりの衝撃に跳ね飛ばされて動けない。

一矢報いてやるとばかり、別の魔人の手によって、虎の腹に槍が突き立てられた。
しかし、刺さったままの槍ごと体を持ち上げられた時、圧倒的な腕力の差を彼らはようやく認識した。


虎魔物「打ち込め!」

戦士「ああ」


戦士は頷くと同時に、放り投げられた斧を受け取って、そのまま虎の方へと駆け出した。
ぶら下がった魔人がもがく、しかし、間に合わない。

戦士の斧撃は、確実に、ぶらさがった魔人を撃ち抜いた!

867: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/06(火) 23:13:45.54 ID:knbMleMLo
元冒険者は、絶望でも怒りでもなく、ただ混乱した。
自分は力を手に入れたのではなかったのか。
勇者よりも強い、少なくとも、戦士よりは強いはずだ。

それが、目の前でさっさと仲間を屠られる様を眺めて、一体、何が起きたのかをすっかり見失ってしまった。

自分の腕ごと焼いた相手が、戦意喪失したと見るや、勇者はすかさず立ち上がって、商人を呼んだ。


勇者「上行くぞ、雑魚にかまうなっ!」

商人「本気っすか!?」

勇者「戦士ー! 後は任せたーっ!」

戦士「早く行けーッ!」


答える戦士の声を受けて、商人が賢者の石を握りながら駆け抜けていく。
一方、それをちらちらと見つめて、虎の魔物が言った。


虎魔物「俺も鳥を追いたいんだけどよ」

戦士「行け行け。数体ならともかく、一匹くらいならもう大丈夫だ」

虎魔物「話が分かるやつは助かるね」


虎魔物もまた、勇者を追って、奥へと駆け出していく。

後には撃ち捨てられた魔人と、戦士の一団が残るだけだ。
戦士は斧を構えなおして、元冒険者に振りかぶった。

868: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/06(火) 23:14:29.08 ID:knbMleMLo
元冒険者「くそ……」

戦士「終わりだな」

元冒険者「……なんでだ」

戦士「……」

元冒険者「お前と俺で、何が違う。俺があの時、勇者についていったら、俺が英雄扱いされていたんじゃないか」

戦士「そうかもな」

元冒険者「お前と俺のレベルなんてそんなに違わなかっただろうが。なんでだよっ!」

戦士「知らん」

元冒険者「おかしいだろうがっ、魔王を倒さなくても、俺達は生きられたじゃないか」

戦士「……」

元冒険者「魔王なんか倒さなくて良かった。そうすれば、食いつなぐ分には問題なかった……」

元冒険者「自分の仕事を奪う馬鹿がどこにいる? 俺達は何も間違ってない……」

戦士「正しいかどうかは問題じゃない」


戦士は斧を、両手に持ち直した。
勢いよく振りかぶって、元冒険者の上にぎらりと刃を閃かせる。


戦士「大事なものを奪われそうになったら」


振り下ろす。


戦士「誰だって戦うだろうが」

869: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/06(火) 23:14:55.95 ID:knbMleMLo
広間前。

勇者達は、全力で廊下を駆け抜けていた。
妨害多数と想像していたのは、完全に外されて、彼らは入り口にいた連中のほかは、さしたる人影にも会わず、扉の前まで走ってきた。
息を切らせながら、勇者が叫ぶ。


勇者「商人っ、賢者の石使えよ!」

商人「無理っすよ、旦那! なんかこれ集中してないと発揮できねぇ!」

虎魔物「……どれ、貸してみろ」

商人「うわあっ、あ、あんたはでかいんだから、急に話しかけないでくれ!」

虎魔物(どういう理屈だ)

勇者「あーもう、役にたたねぇ! 広間つくぞっ!」


勇者が広間の扉を蹴破る。
彼らの目の前で、鳥魔物が哄笑を響かせていた。

鳥魔物は、目の前の物体を手指で締め上げていた。
ぐちゃぐちゃになったそれが、彼女の指からぼろぼろと崩れ落ちる。

ちょこまかと逃げ回り、即席の罠をかいくぐり、小賢しいちまちました攻撃を加えてくる相手を。
あまつさえ、自身を侮辱した人間を、ようやっと握りつぶした歓喜に、彼女は震えていた。

……ただし、周囲からは、玉座をにぎにぎしているようにしか見えない。


鳥魔物「魔王様の仇を、思い知りなさい!」グワシ グワシ

勇者「なにやってんだ、あいつ」

870: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/06(火) 23:15:51.96 ID:knbMleMLo
魔法使い「あまり刺激しないでね。やっと混乱呪文がかかったんだから」

勇者「魔法使い! 無事だったか」

魔法使い「私はなんとか。でも、お姫様とかが……」

女商人「……遅すぎです」

勇者「あれ、お、女商人じゃねーか」

女商人「一体、今まで何をしていたのですか」

勇者「北国に行ってたんだよ」

女商人「あなたが一歩遅れるごとに、苦しむ人が一人増えるのですよ」

勇者「知るか。つーか、なんだよ、その丁寧語。気持ち悪いぜ?」

女商人「……頭の悪い言葉を使ってばかりだと、本気で頭が悪くなりますよね」


ドン、と魔法使いが杖で床を叩いた。


魔法使い「こんなときまでなんなのあんたたち」

魔法使い「早いところこの二人を治療しなさい!」

女商人「……ちっ」

勇者「分かってるよ! ほら、商人!」

商人「わわわ、二人いっぺんは無理っすよ、旦那」

871: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/06(火) 23:16:33.63 ID:knbMleMLo
女商人「商人、ネタは手に入った?」

商人「え~っと、まあ、なんとか」

女商人「武具はちゃんと売り切ったの?」

商人「へ、変化の杖とかは自分で使って、折っちゃいまして」

女商人「……で、売上金は」

商人「そんな重いものを持ち歩けるわけないでしょー」

女商人「……」

商人「い、いやいや、ほら、証文もらってますから! ほら!」

女商人「ちゃんと回収できるまで無償奉仕でいいかしら?」

商人「か、勘弁してくださいよっ!」

女商人「ほら、そっちの足を持ちなさい。薬草の効果を高める方法を教えてあげるから」

商人「ううっ、兵士時代だったら不敬罪だな、これ」


商人は、姫と侍女の体を抱えながら広間を出て、廊下に寝かせる。
女商人がそれに付き添って、四人は安全な場所へと逃げ出した。

広間の方から、勇者の声がする。


勇者「そっちのおっさんは!?」

魔法使い「南将軍はもう……」

872: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/06(火) 23:18:01.28 ID:knbMleMLo
商人「ひいぃぃ、将軍もやられちまったのかよ! 俺って場違いすぎるよなぁ」

女商人「何を言ってるの。場違いも何も、その場に居合わせたものしか戦えないのよ」

商人「そ、そんなもんすかね」

女商人「……いつだって勇者がやってくるわけじゃないんだから」

商人「旦那は気紛れで行動するからなぁ」

女商人「そういう意味じゃないわ。ほら、服を脱がして、傷の具合を」

商人「うひぃ、もう解雇されたから不敬じゃない不敬じゃない」

女商人(なんでそういうところは真面目なのかしらね)

商人「うわ、血が……」

女商人「くっ……思ったより、あの鳥の攻撃が深手だったのかしら」

商人「応急処置をしたら、なるべく早く医務室に行きたいっすね」

女商人「何言ってるの。お城から全力で逃げるのよ」

商人「そ、そんなにやばい?」

女商人「城内は敵だらけでしょ」

商人「商売って命がけだなぁ」

女商人「今更何言ってるのよ。さあ、私達ができることだけやりましょう」

商人「……うっす!」

873: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/06(火) 23:18:39.90 ID:knbMleMLo
鳥魔物が混乱しているのを遠めに、三人は頭をつき合わせて相談をしていた。


魔法使い「できれば、あの鳥をひきつけて、その間に広間の奥へ行きたいのよ」

勇者「なんでだ?」

魔法使い「あの中で『魔王の復活』が行われようとしているの」

虎魔物「魔王様だと……」

魔法使い「また説明しないといけないわけ? というか、なんで魔物がここにいるのよ」

勇者「こっちも説明している場合じゃねぇだろ!」

魔法使い「……あんたは私たちの敵?」

虎魔物「俺は鳥を抑える役目で来ただけだ。だが、魔王様が復活するとなれば……」

勇者「ストーップ! 魔法使い、魔王が復活するのか!?」

魔法使い「しないわ」

勇者「虎、そういうことだ。あと、お前は負けを認めて俺に従うんじゃないのか!?」

虎魔物「……ちっ、しょうがねーな」

勇者「うーし、じゃあ、こうしよう。虎は鳥を抑えに来たんだから、がんばれ」

勇者「んで、魔法使いは広間の奥に行く。俺は露払いだな」

虎魔物「適当だな」

魔法使い「……仲間相手に、戦えるの?」

虎魔物「一度、あいつとも戦ってみたかったからな」

874: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/06(火) 23:19:24.09 ID:knbMleMLo
勇者「じゃあ、その線で行こうぜ! あと姫様は……」

魔法使い「女商人たちが、廊下に連れ出したわ」

勇者「よし、んじゃあ、虎、任せたぜ」

虎魔物「ああ」

魔法使い「……後ろの人間たちを襲うつもりじゃないでしょうね」

虎魔物「そうだな、それも可能だな」

魔法使い「勇者、本気でこいつを信用するの?」

勇者「虎、お前はどうしたい?」

虎魔物「……」

虎魔物「魔王様の復活はありえないのか」

魔法使い「側近って分かる? 魔王城にいた」

虎魔物「あの悪魔の小娘か。鳥が嫌っていた」

魔法使い「そう。彼女にも、やつらがやろうとしている計画書を見てもらったわ」

虎魔物「……なんて言ってた?」

魔法使い「『人間にもとんでもないクズがいるもんね』」

虎魔物「……分かった」

虎魔物(要するに、魔王様に対する侮辱ってわけだな)

875: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/06(火) 23:20:12.74 ID:knbMleMLo
虎魔物「だったら、俺も腹を決めた」

勇者「じゃあ、早速行くぞ! 魔法使い!」ダッ

魔法使い「叫ばなくても分かってるわよ」


勇者と魔法使いが、鳥魔物の脇を駆け抜けていく。
虎魔物がその後を追い、いまだに混乱から覚めていない鳥魔物の頭を勢いよくぶっ叩いた。

羽根が空中に飛散する。
それほど力は入れていないつもりだったが、と虎が思った瞬間、羽根の乱舞が押し寄せてきた。
虎は頭を腕でかばい、あわせて地面を思い切り踏みつけた。
足元にある冷えた溶岩がめくれ上がり、そのつぶてで羽根を叩き落す。

実を言えば、虎には毒が効きにくいのである。
しかし、いちいち放たれる羽根を律儀に食らってやる必要もない。

さきほどは反射的に攻撃したのだろう。
鳥が虎の姿を確認すると、さすがに驚きの声を上げた。


鳥魔物「と、虎!?」

虎魔物「よう」

876: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/06(火) 23:20:48.11 ID:knbMleMLo
鳥魔物「あなた、北国で勇者を片付けていたはずでは!?」

虎魔物「ああ、それは済んだ。済んだから、ここへ来たんだよ」

鳥魔物「なら、あなたも手伝いなさい。魔王様が復活なさるのですよ」

虎魔物「……」

鳥魔物「あ、あなたも、魔王様が亡くなって、寂しそうにしていたじゃあないですか」

虎魔物「魔王様は勇者に倒されたんだろ」

鳥魔物「何を、そんなこと」

虎魔物「実を言うと、俺も勇者に負けちまった」

鳥魔物「……何ですって」

虎魔物「正確には復数人にやられたんだがな。とにかく、もう、負けは負けだね」

鳥魔物「魔王様が復活すれば、話は別です!」

虎魔物「復活してどうすんだ」

鳥魔物「は……?」

虎魔物「確かに俺も復活はうれしい。だがそれをやってるのは、魔物じゃない、勇者と敵対している人間じゃないのか」

鳥魔物「……」

虎魔物「人間に復活させられれば、魔王様とてその人間に顧慮を払わないわけにはいかねーだろ」

877: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/06(火) 23:21:45.94 ID:knbMleMLo
虎魔物「そんなみじめな王に仕えるのか、俺らは」

鳥魔物「そ、そんなこと……」

虎魔物「じゃあ、どうするって? ま、みじめに生きるよりは、さっくり死んだ方がいくらかマシだと思うわけだ」

鳥魔物「……」

虎魔物「もちろん……」

鳥魔物「お前は負けたからでしょう! 私は負けていない!」


鳥魔物は羽根を大きく広げた。
禍々しい空気が虎に向かって流れ込んでくる。

虎は、それを胸いっぱいに吸い込みながら、嬉しそうに応えた。


虎魔物「その通り、だから、お前も、やる気でやってくれよ!」


虎魔物が叫んだ。
身を低くすると、その頭上を激しい風の斬撃が通過していく。
転がるようにして鳥の近くへ、虎が近づいた。

鳥は大きくバックステップで間合いを広げると、爪をかざして窓のガラスを切り裂いた。
飛び散ったガラスの破片を風に乗せて、虎にたたきつける。

878: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/06(火) 23:22:23.37 ID:knbMleMLo
虎が右手に避けると、足に鋭い痛みが走った。
ばら撒かれた羽根が、なにかまきびしのように硬くなっているのだ。


虎魔物(ちまちまと面倒くさい……!)


大胆な攻撃と、陰険な攻撃を組み合わせて襲い掛かってくる。
その上、虎と引けを取らぬ腕力の持ち主。
それが鳥魔物だった。

全力を出させてもらえない不満を飲み込むと、虎は相撲を取るような格好を取った。
例の身を縮めて伸び上がる攻撃姿勢に、鳥魔物も間合いをさらに取る。

取るのはいいが、そのままでは勇者たちに奥の間へ入られてしまう。


勇者「おい、まだか!?」

魔法使い「結界が強すぎるのよ……」


二人がしゃべっている様を、鳥が横目でちらと見る。
その瞬間、虎魔物が飛び出した!

879: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/06(火) 23:23:18.52 ID:knbMleMLo
もちろん、全力で走って飛び上がったとしても、鳥魔物に届くはずがない。
虎は彼女の横にぶら下がっていた分厚いカーテンに飛びついたのだ。

びりいぃっ!

豪快に爪をふるって引き裂くと、それを手早く丸め取って脇に抱える。
そして、丸めたカーテンを持って鳥魔物の方に走り出した。

拍子を一つ外された鳥は、急な進路変更に戸惑いつつ、あわてて羽根を飛ばす。
その打ち出された羽根と、鳥魔物に向かって、虎が丸めたカーテンを投網のように広げる。

そのままカーテンに絡めとられるわけにもいかない。
鳥魔物は広げられたカーテンから右方向へ脱出する。

その姿を、虎の腕が捉えた。


ずどん! という激突音。


まさしくそれは激突だった。
虎は腕と牙で鳥に食らいつき、鳥はそれを振りほどこうと爪で虎の顔面を滅多に切り裂き、打ちまくる。
絡み合って、二体の獣が広間を転がっていく。

どちらかの絶叫が何度か上がり、何回転かしたところで、鳥魔物が虎を投げ飛ばした。

少しふらつきながら、二匹が立ち上がる。
互いに顔面を真っ赤に染めて、片方はにやりと笑い、もう片方は反吐を吐く。


鳥魔物「虎、虎っ!」

虎魔物「おう、いい顔になってきたな」

880: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/06(火) 23:24:11.66 ID:knbMleMLo
鳥魔物「なぜ邪魔をするのです!?」

虎魔物「邪魔じゃねーよ。俺はお前とも戦いたかったのさ」

鳥魔物「私が、魔王様を失って、どれほど、苦しんだか……!」

虎魔物「それで勇者への八つ当たりじゃ、つまらんわな」

鳥魔物「お前には、魔王軍の資格はありません!」

虎魔物「ありがてぇ、ずーっと魔王軍やめて、魔王様とかと戦いたかったからな」


さらに二体が取っ組み合おうとしたその瞬間、扉の前にいた魔法使いが叫んだ。


魔法使い「勇者、離れてーっ」

勇者「うおっ」


魔法使いが勇者を突き飛ばす。
奥の間の扉が爆発したように吹き飛んで、魔法使いを押し倒す。

二体が思わずそちらを見やると、闇色の空気がじわりとそこから漏れ出していた。

魔物たちは感じていた。
その闇の匂いはちょうど、魔王の闇の力に似ていると。

899: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/07(水) 23:32:39.76 ID:cF3n7zHfo
破裂した扉の向こう側から、南大臣が姿を見せる。
続いて、骨の魔物が。
最後に、真っ黒い球体が、広間の方へ転がって出てきた。

むわっとした黒い霧が、球体から発せられる。
思わず咳き込んで、勇者が魔法使いを引きずりつつ、距離を取る。
だがその勇者の腕を、骨魔物の銃弾が、ドン、と一つ穿たれた。


勇者「でっ……!」

南大臣「これは勇者殿。わざわざお越しいただき、ありがとうございます」

勇者「……こりゃなんだ?」

南大臣「わが国王、そして『魔王システム』の核です」

勇者「ふーん」


虎魔物「人間、今なんて言った?」

南大臣「ああ、喜びたまえ、これが君達魔物とも共存できる、『魔王システム』だ」

虎魔物「そのへんてこな球体が魔王様だってのか?」

南大臣「魔王ではない。魔王のかけらを集めて、その闇の力を利用できるように調整されたシステムであって……」

鳥魔物「かけら……?」

南大臣「……魔王の本質は、魔物を強化し、統制し、的確に運用する、闇の力にある」

南大臣「優れて魔力の高い魔物であった魔王は、それを個人で操っていたようだが、やつが死んでもそれを利用できる画期的なシステムだ」

南大臣「そのために、魔王の死体からいくつか『かけら』を集めさせていただいた」

鳥魔物「……」

900: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/07(水) 23:33:11.82 ID:cF3n7zHfo
南大臣「見よ、闇を奪われた骨魔物の彼も、力を得て活き活きと動いている」

骨魔物「活き活きは言いすぎだ……」カラカラ

南大臣「君達も感じるだろう、魔王の闇の力を」


吹き付ける波動は、確かに懐かしいざわめきを彼らに与える。
しかし、鳥魔物と虎魔物は、その感覚にこそ、激しい嫌悪感を覚えた。


南大臣「しかもこれのすばらしいところは、人間も利用できることであって……」


びゅばっ、という音が広間をよぎり、南大臣に突き刺さる。
鳥魔物から放たれた羽根が、まっすぐに大臣の頬に突き刺さったのだ。

南大臣はしかし、それをつまらなそうに振り払って落とす。
突き刺さった痕のひとつ、ふたつも見当たらない。


南大臣「……このように、些細な攻撃を物ともしない」

鳥魔物「人間、よもや、これが『魔王の復活』などと言うのではないでしょうね」

南大臣「その通りだ。魔王の統治能力を、人間も利用できれば、きっとすばらしい社会が作られる」

鳥魔物「そのくだらんクス玉が統治能力ですって?」

南大臣「システムの核と言った。魔王がいかにして、世界中に魔物を送り込むことが出来たか、それを再現できるのだぞ」

鳥魔物「……」

901: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/07(水) 23:33:48.37 ID:cF3n7zHfo
南大臣「まあ、君が魔王シンパであることは聞いていた」

鳥魔物「……」

南大臣「だが、個人では強大な力やシステムを使いこなす事は出来なかった」

南大臣「人間も同じことではないか、たった一人がすべてを決め、すべてをこなす」

南大臣「……実際に、魔王は敗れ去ったではないか」

鳥魔物「魔王様を侮辱しないでください」

南大臣「では、勇者殿でも良かろう」

勇者「俺がなんだってんだよ」

南大臣「……勇者殿。あなたは、魔王を倒した後、何をされていましたか」

勇者「ごろごろしてた」

南大臣「それ以後ですよ。わが城内に武器を持って押し入るまでの間です」

勇者「北国で、ほれ、戦ってた」

南大臣「……北国で内乱の手助けをしていましたな」

勇者「……ちょっと待て。魔法使い助けるから」ガラガラ

南大臣「……」

902: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/07(水) 23:34:15.05 ID:cF3n7zHfo
南大臣「魔王を倒すほどの力を持ちながら、一国の争いを収めるどころか、内乱の火種を炎にする」

南大臣「各国の不安材料だった魔物を残したまま、それを討伐することもしない」

南大臣「……力を持て余して、秩序を乱す冒険者どもと同じだ」

勇者「いや、勇者は便利屋じゃねーし」

南大臣「便利屋ならまだマシですな! 救世の英雄が、わが国ではたかりのような生活を送ってはばからない!」

勇者「だから、仕事を探してただろうが」

南大臣「数ヶ月も経ってから、でしょう」

勇者「そりゃそうだろ。姫様と結婚して、永久就職いけるか! って思ってたし」

南大臣「……し、正直が過ぎるのではありませんか?」

南大臣「とにかく! お分かりでしょう」

南大臣「いかなる力の持ち主でも、それが個々人に属している限り、真に使いこなすことなどできないということが」

虎魔物「わけが分からんな」

勇者「まったくだ」

903: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/07(水) 23:34:50.94 ID:cF3n7zHfo
勇者「いいか、ハゲジジイ。だったらてめぇはどうなんだよ」

南大臣「私は、陛下とともに、人間の跳躍を目指しました」

勇者「はっ、ジャンプくらい、誰でもできるわ」

南大臣「比喩ですよ。勇者殿にしか出来ないことを、人類全てが出来たらどうなりますか」

勇者「俺にしか出来ないことは、雷呪文くらいなもんだろ」

南大臣「……魔王を倒すことが、誰にでも出来るなら」

勇者「勇者の価値がなくなる」

南大臣「そうではありません。誰もが活き活きと生きられるのです」

南大臣「そればかりではない、元来、力において人に勝る魔物とも共存し、生きていくことが可能だ!」

勇者「だってよ?」

虎魔物「気持ち悪いってのは強者の意見か、骨」

骨魔物「……少なくとも」


骨魔物は、カタカタと顎を鳴らす。


骨魔物「四天王の方々と違い、我々は魔王様の闇の力を無くしては、この世界では生きられぬ」

904: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/07(水) 23:35:16.29 ID:cF3n7zHfo
虎魔物「ふん! それは魔界に帰りそびれたのが悪いんだろうが」

鳥魔物「……」

南大臣「虎の方は気づいているようですな。ご自身の意見が、強者の論理だと」


南大臣の笑顔を見て、勇者は床に唾を吐き捨てた。


勇者「俺が馬鹿だと思って、煙に巻こうとしているだろ」

南大臣「……なんですかな」

勇者「仮にこれで全員が強くなっても、相対的に弱いやつらが苦しむだけだろ」

南大臣「……」

勇者「北国の内乱もさー、元は孤児院が襲撃されたから反撃したんだよ」

勇者「子どもが攻撃されたんだよ」

勇者「僧侶さんは、それで腹が立って戦っただけだ」

南大臣「それはしかし、政治的に影響力のある人間が孤児院を作っているからでしょう」

勇者「関係ないだろ、そんなもん」

905: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/07(水) 23:35:52.34 ID:cF3n7zHfo
勇者「間違うときは、集団でやっても間違うんだよ」

勇者「お前らが今やってんのも大間違いだ」

勇者「いいか、今すぐその変な球体を引っ込めろ!」

南大臣「……あなたには弱者の思いは」

勇者「知るか! 俺はエスパーじゃねーんだよ」

鳥魔物「……もういいです」


鳥魔物が静かにつぶやく。


鳥魔物「お前達は、魔王様を侮辱しました」

鳥魔物「それだけで、私にとっては十分すぎるほどです」


突然、鳥魔物がくわぇーッと奇声を発した。

906: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/07(水) 23:36:27.03 ID:cF3n7zHfo
全員が驚いて固まる中、鳥魔物は翼を広げると、一直線に跳躍した。

南大臣が、身構える。
その横合いで、骨魔物が銃を乱射した。

銃弾を魔風によって吹き飛ばす。
鳥はその場にいた誰をも無視して、「くだらんクス玉」に爪を立てた。
がりっ、という引っかき音が鳴り、その右爪を叩くようにして左腕で球体を殴りつける。


南大臣「き、貴様!」


大臣のあせるような声。
骨の激しい銃撃。
そして、後に追いすがる虎の影。

それらを無視して鳥はひらりと舞い上がり、今度は球体の上部を殴りつけた。


鳥魔物「こんな、こんなくだらんものを……!」


うなりながら、さらに彼女の怒りが加速していく。

907: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/07(水) 23:39:25.20 ID:cF3n7zHfo
上方に飛び跳ねた鳥に釣られて、全員の意識が勇者に向いていない。

そこで、勇者はようやく魔法使いの様子がまずいことに気づいた。

雷撃呪文でも撃つべきかと考えた勇者の腕の中で、魔法使いがぬる、と赤色をにじませている。
勇者の怪我から移った血ではない、彼女自身の頭部から流れている血だ。
荒い息を吐く魔法使いに、回復の呪文をかける。


勇者(やべぇ、なんだこれ)


思ったより、回復が効かない。
……いつのまにか、闇の力が広間に充満し、魔法が効きにくなっている!


魔法使い「……ハァ、ハァ」

勇者「ま、魔法使い!?」

魔法使い「……出た?」

勇者「うん、出た」

魔法使い「まずいわ……儀式を、済ませる、前に」

勇者「しゃべんな! どうするかだけ、言え!」

魔法使い「て、撤退……」

勇者「いやいやいや」

908: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/07(水) 23:41:11.19 ID:cF3n7zHfo
勇者「だってあれ、壊れやすそうだぞ?」


見ているうちにも、鳥魔物が球体に傷を付けていく。
傷口から、黒い霧が噴出してきている。


魔法使い「暴走……」

勇者「ま、魔法使い!?」


連戦で疲労が溜まっていたためか、魔法使いは息を荒くしたまま気絶する。
勇者が仕方なく、彼女を引きずりながら移動しようとすると、虎魔物が飛び込んできた。


虎魔物「……勇者!」

勇者「おう、虎! まずいぞ、あれ、暴走するらしいぞ!」

虎魔物「ちっ、鳥のやつも暴走してやがるからな」

勇者「どうする、なんか魔法も弱まってるし!」

虎魔物「……」

勇者「とりあえず、俺があの骨をぶん殴って……」

虎魔物「いや、どうせなら一度撤退しろ」

勇者「お?」

909: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/07(水) 23:42:36.76 ID:cF3n7zHfo
虎魔物「その女がこの事態の知恵を握ってんだろ」

勇者「そりゃそうかもしれんが」

虎魔物「なら一旦、退いて、そいつの傷を癒せ」

勇者「おい……」

虎魔物「態勢を整えるだけだ、早くしろっ!」

勇者「バカ言え!」

虎魔物「鳥を押さえるのは、俺の役目だと言ったろう」


ずがあっ!


勇者「……今、なんかすげー音したぞ」

虎魔物「ほれ、もうそいつ死にそうじゃねーか。早く行け」

勇者「ばっか、お前、ここで逃げられるか」

虎魔物「あー、もういい」ヒョイ

勇者「ちょっと待て」


虎魔物が勇者と魔法使いを抱え上げる。
抗議を無視して、それを広間の向こう側へと、した投げで思い切り放り投げた。

910: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/07(水) 23:43:08.86 ID:cF3n7zHfo
勇者「うおおおっ!」


空を飛んでいたのは何秒か。

勇者が着地をしたのは、広間の端を越えて廊下のあたりだ。
同じく投げ飛ばされた魔法使いも、妙な格好をして床に滑り込む。


勇者「魔法使い、無事かっ!」

商人「旦那!?」

勇者「うわ、お前ら」

女商人「どうしたのですか、ま、魔法使いまでこんな様で」

勇者「ちょっとしたうっかりミスだ! こいつは任せるっ!」


叫んで勇者が再度飛び込もうと、広間を覗き込む。
すると、その勇者の顔に、嫌な薄気味の悪い風が吹き寄せてきた。

奥の方が、完全に黒い霧に覆われている。
隙間から見える、その光景に、勇者は息を飲んだ。

球体がぱっくりと、割れている。
その中に、どろりとした人型のモノがうごめいている。
それも一つや二つではない、みっしりとつまっている……。

911: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/07(水) 23:44:51.59 ID:cF3n7zHfo
割れた球体の周りで激しくぶつかり合う影。
しかし、それをはっきりと見る間もなく、鈍く腹に響く衝撃が、勇者たちに向かって来た。


ずずぅぅぅんん―――びりっ、びりぃぃぃ―――


肌に衝撃がまとわりついてくる。
皮膚を持っていかれるような重みを感じて、勇者は嫌なものを感じた。
とうとう、叫ぶ。


勇者「―――全員、撤退!!」


返事もしないで、女商人は軽い侍女を抱きかかえると、すぐさま走り出した。
その後を商人が追う。

勇者は魔法使いを背中に無理やり乗せて、全力で逃げ出した。
ぐったりと勇者にもたれかかってはいるものの、呼吸音が首筋にかかってくる。


勇者「ちっ、マジかよ、俺が、逃げる、とはな」

魔法使い「はっ、はっ、はぁっ……」

勇者「ったく、こいつを、背負うのも、久しぶり、だし……」

魔法使い「城下町……避難……」

勇者「しゃべんな! やるから!」

912: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/07(水) 23:45:20.00 ID:cF3n7zHfo
城外。

ずぅぅんん、ん―――



戦士「……なんだ?」

弟子A「なんか、音しましたね」

弟子B「やばい感じがするっすね……」


勇者「―――うおおおおおい! 戦士ぃいいいいいい!」


戦士「あいつが血相変えるとは、何の冗談だ」


勇者「撤退ぃいいい! 避難んんんんんん!」


戦士「……おい、お前ら」

弟子ズ『へい!』

戦士「早く荷物まとめろ! 町の人に逃げるように指示を飛ばせ!」

弟子A「い、今からっすか!?」

弟子B「無理があるっすよ」

戦士「いいから行け、できる限り、俺たちの村の方まででも後退しろ!」

弟子ズ『……分かりやした!』ダッ

913: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/07(水) 23:47:05.77 ID:cF3n7zHfo
戦士「……勇者!」

勇者「逃げるぞ! なんかやべー!」

商人「冗談やめてくださいよ!」

戦士「魔法使いは!?」

勇者「頭を打っただけだ! 多分!」

女商人「……向こうに丘があります。そこまで死ぬ気で走りましょう!」

戦士「おい、商人。姫様は俺が抱えてやるから、寄越せ!」

商人「頼みますっ、もう、人を抱えるのは、無理っ!」


戦士が姫の体を受け取ったとき、振動が城の奥から走り抜けた。
窓ガラスが次々と割れて、フレームはゆがんではぎ落ちていく。
石積みの城がごとごとと揺れ動き、まるで生き物のようにうねり始めた。

いよいよ時間がない。

勇者は全員を励ましながら、その後を追いかける。
ふらふらになって走るもの、がちゃがちゃと鎧を鳴らして駆けるもの。
それらの背後を守りつつ、勇者は振り返った。

闇色の球体が、城を包んで膨れ上がっていた。

914: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/07(水) 23:48:21.82 ID:cF3n7zHfo
城内。

闇に包まれている中で、魔物たちは盛んに動いていた。
何しろ闇の力は、魔物たちを凶暴に、強力にさせる「システム」なのだ。
その球体から発せられる瘴気は、新たな魔物さえ産んでいた。

……しかし、虎はそれが制御されたものではなく、暴走した結果であることを知っている。

鳥がぱっくりと割った球体の中に、うごめく人型を見かけて、虎は思い当たった。


虎魔物(そういえば、あの人間が言っていたな。「わが国王」と)

虎魔物(国主を犠牲にしたというのか……それとも、良かれと思ったのか?)


その自慢げにしていた人間は、噴き上がる瘴気に当てられて、近くに倒れている。
虎はそれを足蹴にすると、闇雲に銃を放っている骨をぶん殴った。

続いて、跳ね回る鳥の姿を見やる。
見れば、彼女の全身は闇の力でぱんぱんに膨れ上がっている。

過剰なのだ。

虎も感じていた。
闇の力が全身に流れ込んでくる、それはいい。
問題は、その力が、自分でも操ることが出来ないほど、過剰に流れ込んでくることだ。


虎魔物「……鳥ぃっ!」

915: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/07(水) 23:49:39.14 ID:cF3n7zHfo
虎魔物「鳥、聞こえるだろうがっ!」

鳥魔物「……! ……!」


鳥魔物が何かを叫ぼうとしている。
しかし、頭の先から喉にいたるまで、無理やり物を詰め込まされたように彼女は腫れ上がっている。

虎も、頭が沸騰したように熱くなってくる。


虎魔物「鳥、とりっ!」


指先が腫れ上がって重みを増す。
爪が熱を持って、弾け飛ぶ。

弾け飛ぶ―――もう、活発に動くどころではない。
過剰な魔力が彼らの体を崩壊に導き始めていた。

虎魔物は、闇の中をもがきながら、割れた球体にしがみついた。
鳥魔物が、転がって虎の方に向かってくる。

鳥が、腫れ上がった腕で、球体の中にいる人型を引き裂いた。

虎は、その鳥を殴りつけて、押し倒す。


虎魔物(くそったれ、こんなつまらん―――)


虎の意識が途切れた。

928: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/08(木) 23:27:10.06 ID:IvUDu5Pto
―――山の中。

魔法使い『もう、降ろしてよ……』

勇者『アホか、今日中にもう一山越えるってのに、お前は歩けるのか』

魔法使い『山を越えるのにこんな調子じゃ、あんたが潰れるでしょ』

勇者『ぐははっ、俺の体力は人並み以上だからな!』

魔法使い(確かに、こいつ鎧の魔物に一人で突っ込んで、ぼっこぼこにされても死ななかったし……)

戦士『勇者、そうは言っても休憩しよう』

僧侶『少し寒くなってきましたし、無理をしてはいけません』

勇者『ええ~っ、ほこらが見えてるわけでもねぇのによー』

魔法使い『なに、それとも、私の胸が気になるって言うの』

勇者『投げ捨てるぞ』

戦士『まあ、体力ないくせに、魔法使いは大きいからな』

勇者『あ、それは俺も思うわ』

僧侶『お二人とも……休む覚悟はよろしいですか?』

929: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/08(木) 23:27:36.80 ID:IvUDu5Pto
切り株。

戦士『まあ、しかし、なんだ。思ってたよりもお前らタフなんだな』

勇者『んあ?』

僧侶『そうでしょうか』

魔法使い『……馬鹿にしてるの?』

戦士『厭味じゃないから、聞いてくれよ』

勇者『ふっ、まあ、何しろ、勇者だからな』

戦士『ほら、俺はともかく、お前ら全員、冒険するのは初めてだろ?』

勇者『おい聞けよ』

魔法使い『そうでもないわ……私は父親の事業が失敗して夜逃げしてから、ずいぶん冒険まがいのことはしたし』

僧侶『なるほど! それで野宿支度の手際がお上手だったのですね!』

魔法使い『無自覚なのよね、それは』

僧侶『え? え?』

930: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/08(木) 23:28:10.52 ID:IvUDu5Pto
戦士『それにしちゃ、ずいぶん体が弱いな』

魔法使い『この仕事を選んでからは、太陽を見る機会が少なくなったから。手に職をつけるのも大変だったわよ……』

勇者『不健康なやつだな。体も軽いし、ちゃんと食ってんのか』

魔法使い『そりゃあんたと比べれば食べてないけどさ』

僧侶『ダメですよ、勇者さん。各人の食べる分量は、度を越してはならないのです』

魔法使い『……僧侶の食べる分量は相当あるわよね』

僧侶『ええ。最近も少し、成長していまして』

戦士『ヒットマッスルがな』

勇者『上腕筋って言えよ』

僧侶『そうなんですよ~! 神父様に言われたとおり、肉体を鍛えれば神様は答えてくださると言うことですよね!』

戦士『女子力か』

勇者『女子力だな』

魔法使い『私、筋肉の話題で盛り上がるのは女子と違うと思う』

僧侶『筋肉は盛り上がってますよ?』

魔法使い『……』

931: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/08(木) 23:28:50.77 ID:IvUDu5Pto
勇者『まあでも、お前も筋トレくらいしろよ』

魔法使い『毎日冒険で移動しているのに、それに加えろと?』

戦士『いいじゃねぇか、お互いの弱いところは助け合うのがパーティーだ』

魔法使い『……それは傷の舐めあいって言わないかしら』

僧侶『魔法使いさん。私達に傷はありません』

勇者『そうだぞ。俺の親父も、一人で冒険して死んじまった口だからな。強がって死ぬより全然マシだ』

戦士『……』

魔法使い『そうね……ごめんなさい』

僧侶『むしろ、魔法使いさんがいなければ、私達、きっと生き残れませんでしたわ』

戦士『まあな。こいつが突っ込んで、遺跡の罠を作動させたりしたときは……』

勇者『ああー、うっせうっせ!』

魔法使い『じゃあ、私も、強がりはやめるわ』

勇者『当たり前だろ、そんなもん!』

魔法使い『とりあえず、町までおぶってもらおうかしら』

勇者『ま、町まで!? 山越えたら降りろよ!』

魔法使い『弱い私を助けるのがリーダーの務めでしょ』

勇者『弱くねぇよ、お前は。強かっつーんだよ、それ』

945: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/09(金) 20:22:00.75 ID:d0DnM1M+o
―――テント。

魔法使い「……」

魔法使い(夢か……)

魔法使い「……!」

魔法使い「夢!?」ガバッ

僧侶「いきなり動いてはいけません!」

魔法使い「そ、僧侶!? 北国にいるはずじゃ、あ、これも夢……?」

僧侶「違います。殴って確かめましょうか」

魔法使い「あんたに殴られたらまた夢を見そうだわ」

僧侶「そんなことはないと思いますが」

魔法使い「まあ、でも、どうしてここに」

僧侶「北国で私が為すべき事はめどがついたのです。南国の危機を聞きつけて、それで……」

勇者「……ん、お!」

魔法使い「ゆ、勇者」

勇者「目が覚めたのか! ちっきしょー、お前がいないと作戦会議できねーだろっ!」

僧侶「勇者様! お触り厳禁です!」

946: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/09(金) 20:22:33.31 ID:d0DnM1M+o
魔法使い「……勇者。どうなったのか、言いなさい」

勇者「あれ見ろ」


勇者がテントの外を指し示す。
その先には、城にぎゅうぎゅう詰めになっている黒色の球体が、今にも弾けんばかりに脈打っていた。


勇者「鳥の魔物があの中の球体を割って、ああなっちまった」

魔法使い「……そう」

勇者「あの状態で一時停止はしているが、どうしようもねー」

勇者「魔法も効かんし、武器もよく分からん」

勇者「大体、あの闇の中に入ってると、息苦しくて力が抜けるしな」

魔法使い「そりゃそうよ。魔王の、闇の力を再現したものなんだから」

僧侶「あれが、闇の力だと?」

魔法使い「魔王城に突入したときとか、魔王と戦ったとき、感じてたでしょ?」

勇者「おーおー! そういや視界も悪くなってたしな」

魔法使い「あれは魔王が薄めて世界中に張り巡らせていたけど、今はあそこに集中しているからとんでもなく濃いわ」

勇者「で、打つ手は?」

魔法使い「……多分、ないわ」

勇者「おいおい」

947: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/09(金) 20:23:04.19 ID:d0DnM1M+o
魔法使い「だって、あの闇の力を振り払うとき、光の玉って使ったでしょ?」

勇者「ああ、使ったな」

僧侶「あの、魔王が魔法を食らうようになったあれですね?」

魔法使い「そう、あれ」

勇者「じゃあ、それを使えばいいじゃん」

魔法使い「魔王を倒すときに使っちゃったのに?」

勇者「……お、おう」ポン

魔法使い「だから、儀式を始めさせる前に止められればよかったんだけど……」

僧侶「……魔法使いさん」

魔法使い「なに?」

僧侶「この際、お聞きしますが、あの禍々しい力を、人間が復活させたというのは本当ですか」

魔法使い「本当よ、南大臣が、魔物と協力して」

僧侶「なんと愚かしいことを。魔物に操られていたとはいえ……」

勇者「いや、あの大臣は、自分でやってたけどな」

魔法使い「うん」

僧侶「なんてことを!」

948: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/09(金) 20:24:04.11 ID:d0DnM1M+o
魔法使い「なんてことをって言われてもねぇ」

勇者「あいつ、勇者が嫌いみたいだったからな」

僧侶「好き嫌いで世界を滅ぼそうとしたのですかっ!」

魔法使い「良かれと思ってやったんでしょ。多分」

勇者「ああ、そうっぽかったな」

魔法使い「……ま、敵を私達だけに設定したのがまずかったのね」

勇者「どういうことだ?」

魔法使い「人間の魔法や行動は制限されるけど、魔物は活発になるでしょ、あの力って」

魔法使い「だから、鳥の魔物が攻撃していたって聞いて、ああ、案の定って思ったわ」

勇者「魔物は味方だと思ってたから、対策を練ってなかったのか」

魔法使い「そういうことね」

僧侶「何の話か分かりませんが、あれを放置してはおけませんよ!」

魔法使い「いや、打つ手がね……せめて、何か、対抗できる道具があれば……」

勇者「……」

魔法使い「計画書に、何かあったかな……でも……」

勇者「やっぱり、俺が突入すっか」

魔法使い「はぁ?」

949: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/09(金) 20:24:31.94 ID:d0DnM1M+o
勇者「ん……あの場では、お前も倒れたしな。撤退は間違ってなかったとは思うが」

勇者「闇の力に対抗するなら、光の力といえば、俺の雷撃呪文が一番だろ?」

僧侶「そ、そうですよね」

魔法使い「あんた一人の魔法で足りるわけないでしょ」

勇者「それはどうか分からん。とにかく、核さえぶち抜けば、どうにかなるんじゃね」

魔法使い「……核を叩く必要はあるわ。でも、下手を打てば、国一つ滅ぶわよ」

勇者「もう城が滅んでるんだから、いいじゃねぇか」

魔法使い「良くない! 万一のことがあれば、世界中に飛び散る可能性もある!」

勇者「放っておいても、いつぶっ壊れるかわからんだろうが」

魔法使い「あ、あんたね……頭を使いなさいよ」

勇者「だから、使った結果だ」

僧侶「ゆ、勇者様……」

魔法使い「何、もしかして、責任を感じちゃってるわけ?」

勇者「あ?」

魔法使い「あのハゲジジイに責められたこととか、気にしてるとか」

勇者「別にあのジジイに言われたからじゃないが……」

勇者「俺も考えてはいたんだ」

魔法使い「何をよ」

950: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/09(金) 20:25:01.69 ID:d0DnM1M+o
勇者「なんつーかさ、俺は、それなりに力のある人間だって自負はあるわけよ」

僧侶「それはもちろん、勇者様ですから」

勇者「うん。でもな、魔法使いが言ってたみたいに、俺って存在だけで、疎ましがられるっつーか」

魔法使い「……」

勇者「なんか、俺が魔王を倒さなければ良かったんだ、みたいなことも言われるし」

勇者「ばっさり切り捨てるより、魔王と共存したほうが良かったんじゃね、みたいにも思ってな」

魔法使い「あのね」

勇者「まあ、聞けや」

勇者「だから、ほれ、連れてきてたけど、虎の魔物。あと竜魔物とかも」

勇者「話してみると変な連中だが、まあまあ面白いやつらだったし……魔王とも、そうできたのかなーって思うとな」

僧侶「ま、魔王は子ども達の親を奪い、村や国を襲ったのですよ」

勇者「まーな! 俺も親父をやられたし、復讐心もあって一生懸命だったし」

勇者「けど、そうじゃない未来もあったのかもしれねーと思うと」

勇者「ちょっと、嫌な気分になる」

951: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/09(金) 20:25:36.59 ID:d0DnM1M+o
勇者「考えてみりゃ、あのハゲジジイも、俺を過剰に意識しなければ、あんなことをしなかったかも知れん」

魔法使い「そんなの……妄想よ。結果論よ!」

勇者「お前も前に言ってたじゃん。勇者はうかつに手を出せない存在だって」

魔法使い「……」

勇者「魔物とは手を組めるのに、俺とは組めなかったわけだ。そりゃそーだわな、俺はコントロールできない」

勇者「魔物とも『協力』できなかったけどな! ぶはは!」

僧侶「ゆ、勇者様は、正しい道を、選んできました」

勇者「ほんとにそうかな」

僧侶「そ、そんなこと……」

勇者「誰もが話のダシに俺を使って、すねたり、ねたんだり、言い訳にしたりする」

勇者「だったらいっそのこと、世界征服でもした方がマシだったんじゃねぇの」

魔法使い「……」

勇者「俺はしたくないから、しなかったけど」

勇者「でも、少なくとも、そうだな、世界を救うついでに亡くなってくれた方が、世界にとっちゃ、良かったんじゃねーのか」

勇者「だったら、まあ……」

魔法使い「……ない」

952: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/09(金) 20:26:23.09 ID:d0DnM1M+o
勇者「あ?」

魔法使い「そんなことは、絶対に、ない」

魔法使い「たとえ、世界中が、あんたが必要ないって思ってても……」

魔法使い「私は、あんたに、いて、ほしい」

勇者「お?」

魔法使い「私は、あんたに、何度も背負ってもらったのに……」

魔法使い「……」

魔法使い「……勝手なことはやめてよ」

勇者「お、おお?」

魔法使い「私は! あんたを見返したくて! 独立しようってがんばってたの!」

勇者「み、見返すってな。俺は魔王倒したらニートだったし」

魔法使い「そんなの、関係ないわよ!」

魔法使い「あんたがいなくてもやれるんだって、事務所開くまで走って走って」

魔法使い「結局、あのジジイの計画に手を貸しちゃうし、最悪だったけど」

魔法使い「あんたが、引っ張ってくれなかったら、今度のことだって何もできなかった」

魔法使い「分かってんの!?」

勇者「そ、そうか」

953: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/09(金) 20:27:02.86 ID:d0DnM1M+o
僧侶「そうです!」

勇者「お、おう?」

僧侶「勇者様は、冒険の途中でも、率先して苦しんでいる子ども達を助けてくださいました」

僧侶「私は、それに必死になってついていったに過ぎません」

僧侶「だ、だからこそ……私は、今度は勇者様を頼らずに子ども達を助けようと、思ったのです」

僧侶「ふふ、結局、いっぱい助けられてしまいましたが」

勇者「い、いやあ、まあ、その、ねぇ」

僧侶「勇者様に教えていただいたこと、たくさんあるんですよ?」

勇者「そ、そうですか」

僧侶「だから、いなくなった方が良かったなんて、悲しいこと、言わないでください」

僧侶「きっと、あの魔物も、勇者様に出会ったからこそ、改心したのでしょうし」

勇者「それは違う気がするが」

僧侶「……私は、あなたに出会うまで、ずっと神のお告げを待ちながら生きていました」

勇者「あ、ああ」

僧侶「あなたに出会ってからなのです。自分なりに悩み、考え、戦い始めたのも」

僧侶「教会を出て、本当に子ども達と向き合おうとしたのも、あなたのおかげなのですよ?」

勇者「……」

勇者「なんだよ」

954: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/09(金) 20:28:22.59 ID:d0DnM1M+o
勇者「なんだよ、なんだよ! 俺はずっと、みんなに嫌われてると思ってたよ」

魔法使い「そんなわけないでしょ」

僧侶「そ、そうですよ」

勇者「だって、戦士は結婚式にも呼んでくれなかったし」

勇者「僧侶さんは、一人で頑張るみたいな感じでさ」

勇者「魔法使いはいつもどおりのお説教ばっかりでさ」

僧侶「で、ですから、勇者様を頼らずとも、と思ってですね……」

魔法使い「あんたから独立したくてやってたのに、好きだの嫌いだの言えるわけないじゃない」

勇者「うん、そっかぁ、うん」

魔法使い「あんたこそ、私のこと、うるさいやつって嫌ってるんじゃない」

勇者「ばか。頭使って考えてみろ」

魔法使い「なにが」

勇者「お前がいなかったら、相手に翻弄されるだけだったろ?」

魔法使い「……そうね」

僧侶「ふふ」

勇者(本当に、そういうことは、ちゃんと言葉で言ってくれよ……)グスッ

勇者「……へへ」

955: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/09(金) 20:29:28.19 ID:d0DnM1M+o
遊び人「いちゃついているところを申し訳ありませんねー」ヒョコ

勇者「うおおおっ! びっくりさせんな!」

遊び人「あ、訂正。盛り上がってるところを」

魔法使い「言い直さなくてもよろしい。なんなの?」

遊び人「いくら良い雰囲気だからって、3P始められるのはちょっと」

魔法使い「……闇の底から膨れ上がる」ボォ

僧侶「神の前に……」ブワ

勇者「やめろ!」

遊び人「……いえ、さっきから、戦士さんが、作戦会議を始めたいと」

勇者「あ、ああ。悪かったな」

遊び人「外で立ち聞きをして、やきもきしておりまして」


がさっ。


勇者「おい、戦士!」

魔法使い「あのおっさんめ!」

956: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/09(金) 20:29:58.59 ID:d0DnM1M+o
魔法使い「……ちょっと待ちなさい、そういえば、あんたもどうしてここに?」

遊び人「南大臣を一発ぶん殴りたいと思っていたんですが」

勇者「そりゃ、無理だな。多分、今頃城内でぴくぴくしてるぜ」

遊び人「ざまーみやがれぇ!」

勇者「ど、どうした」

遊び人「いやいや。それはそれですっきりします」

魔法使い「ああ、そう……」

遊び人「それでその、これ」サッ ぴかー

僧侶「こ、この輝きに満ちた宝玉は」

魔法使い「光の玉!?」

勇者「お前、隠し持ってたのか!?」

遊び人「いやいや。酒場のマスターが」

魔法使い「マスターが、どうして」

遊び人「それはですね……」

957: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/09(金) 20:30:26.26 ID:d0DnM1M+o
―――仮設「勇者の町」。

遊び人『そういうわけで、ちょっくらぶん殴ってやろうかと』

盗賊『ま、これから必要なのは力仕事でしょ? ちょっと私らにはねー』

武闘家『そんな、人手が足りる状況ではないですよ!』

少女『その、復讐……とかなの?』

遊び人『……いいえ、そうではないと思います』

盗賊『じっとしていられない性質だから、かもね』

少女『……』

側近『何よ、人間たち、なんとかってところに行くつもり?』

遊び人『ああ、悪魔っ娘さん』

側近『その呼び名はやめてほしいわ』

盗賊『そういえば、あんた、あんなにすごい力があるなら、十分必要じゃないの?』

側近『あー無理無理。計画書読んだときに言ったじゃない』

遊び人『「魔王の復活」、ですか』

側近『ふん。その馬鹿らしい呼び方はやめてほしいわ』

958: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/09(金) 20:31:07.05 ID:d0DnM1M+o
側近『結局、連中は魔王様の闇の力を数十人を犠牲にして、再現しようってわけよ』

側近『でも、確かにあの術式、儀式で、魔王様なみの力は再現できても、不安定でしょうがないわ』

遊び人『……魔王個人の力が大きすぎるから扱えるシステム、というわけですね』

側近『そういうこと。悔しいけど、勇者が魔王様をほぼ一直線に狙ったのは大正解だったわけだし……』ゴニョゴニョ

側近『とにかく、何度も言うけど、あれが暴走でもしたら、私には制御は不可能だってことよ』

側近『つーかむしろ、私の中の闇の力に反応して、被害が拡大しかねない』

遊び人『魔物はみんなそうでしたっけ』

側近『竜とか、タイガーとか、あの辺の連中は闇より腕力で戦うじゃない。あいつら魔法使えないし』

盗賊『要するに、あんたはもうお荷物ってわけね』

側近『う、うるさいわね!』

マスター『……お話のところ、悪いんだけど』

少女『あ、酒場のおばさん』

マスター『お姉さんね。荷物、開いてもらってもいいかしら』

武闘家『わ、分かりました、やりましょう』

マスター『勇者さんからもらったサイン入りグッズとかもあるんだけどぉ』ぴかー

側近『ひ……!?』

959: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/09(金) 20:32:18.10 ID:d0DnM1M+o
側近『ひぎゃあああああああ!? なにそれなにそれなにそれ!』ガクガク

マスター『え?』ぴかー

側近『やめてー! それ見せないで近づけないでぇ早くしまってぇえええええ!』ガタガタ

マスター『はい』サッ

側近『ううう……なによ、それぇ……』ブルブル

マスター『なにって、サイン入り色紙でしょ?』

側近『い、板紙じゃない! その、宝玉ぅうううう』

マスター『これ?』サッ ぴかー

側近『いやあああああああ! もういやああああああああ!』ダダダダ

武闘家『……逃げちゃいましたね』

盗賊『こ、これは、見ただけで分かるわ、すごいお宝ね。勇者の汚いサインが入ってるけど』

マスター『色紙と一緒にもらったのよ。もう使わないからって』

遊び人『それは、おそらく光の玉では?』

少女『光の玉?』

遊び人『魔王の闇の力を振り払ったとされる道具です。こんなところで見られるとは』

少女『お兄ちゃん、なんてことを』

マスター『……使うなら、あげるけど』

960: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/09(金) 20:32:47.41 ID:d0DnM1M+o
盗賊『……ねえ、遊び人』

遊び人『はい。言いたい事は分かりますよ』

盗賊『あの小娘が逃げ出すくらいの代物なんだから、役に立つんじゃないかしら』

遊び人『間違いなく。それも、魔王の闇の力を再現しようとしているとしたら、絶対に』

少女『うん』

遊び人『そういうわけです。理由ができてよかった』

少女『あの……無理はしないでね?』

盗賊『大丈夫よ、届けてくるだけだもの』

遊び人『一発殴る、も入ってますけどね』

少女『絶対、帰ってきて!』

盗賊『もちろんよ』

遊び人『約束しますよ』


遊び人「というわけです」

勇者「……」

魔法使い「おい。勇者おい」

983: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/10(土) 22:14:05.20 ID:hdEsplvqo
勇者「だぁーってよぉー、一回こっきりしか使わなかったやつなんか、どこやったか覚えてるわけねーだろ!」

勇者「大体、光の玉なんて、魔法使いに聞くまで記憶の片隅にもなかったわ!」

勇者「ほらあの、みんなの『貴重品』入れだってさ、冒険終わったら、いつのまにかどっか行ったし」

僧侶「ああ、『貴重品』入れですか」

魔法使い「いや、私はね、あの中身を分け合った時に見当たらなかったから、使っちゃったんだと思って……」

勇者「まあ、その前に俺があげちゃってたわけだが」

勇者「……」

勇者「魔法使いさんや」

魔法使い「なに?」

勇者「お前、分け合ったってなんだよ」

魔法使い「あー、あんたがお城にいる間に、みんなで処分した」

勇者「おいてめー!? そういや、変化の杖とか雷の杖とか、なんでっかしらねーやつが持ってるなーとか、思ってたんだよ!」

魔法使い「さあ! 作戦会議を始めないとね! もたもたしてられないわ!」

984: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/10(土) 22:15:09.51 ID:hdEsplvqo
テント前。

魔法使い「……現状はもう知っての通り。南国の城を、闇の力が覆ってしまっている」

戦士「城下町にいた人たちは、避難してもらった。ちょうど兵隊が外にいたからな、誘導は任せている」

勇者「……」ムスー

魔法使い「あれの核になっているのは、魔王のかけら、つまり魔王の遺体の一部ってわけね」

遊び人「計画自体は、それを利用して魔王の使う闇の力を再現することだったわけですね」

勇者「……」ムスー

魔法使い「つまり、核の部分を完全に消滅させれば、よりどころを失うことになる」

魔法使い「闇の力が発動すると、下手に近寄れなくなるから、難しかったんだけど……」

勇者「……」ムスー

魔法使い「そこで、これ。光の玉を使う」

魔法使い「魔王の闇の力を振り払った代物よ。これを使って、道を開く」

勇者「……」ムスー

僧侶「あの、勇者様?」

魔法使い「ごめんって言ったじゃない」

勇者「なんかー、いろいろ言うけど、みんな俺をないがしろにしてるよなー」

985: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/10(土) 22:16:55.85 ID:hdEsplvqo
戦士「勇者、下らんことを言って拗ねてねーで、ちゃんと話聞けよ」

勇者「分かってるけどよー」

戦士「ふー……言ってもわかんねぇか?」

勇者「はい! ちゃんと聞きます」

盗賊「なんか力関係がよく分かるわね」

遊び人「昔のまんまですね」

魔法使い「続けて、いい?」

女商人「……別に、詳細な作戦の必要はないでしょう」

商人「そうっすかね」

女商人「最大戦力で叩く。魔王を倒したメンバーがいるのよ、魔王の一部なんか楽勝でしょ?」

魔法使い「さらっと言ってくれるわね……」

僧侶「しかし、実際のところ、妙手があるわけではないでしょう?」

魔法使い「それは,、まあ事実よ。私達は闇の力を操る魔王とは戦ったけど、闇の力そのものと戦ったわけじゃないわ」

魔法使い「あれを安全に除去する方法を検討するほど、あれが安定してくれるとは思えないし」

986: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/10(土) 22:24:36.97 ID:hdEsplvqo
魔法使い「だから、突入メンバーは私達だけでもいいと思ってるわ」

勇者「勇者一行ってやつだな」

盗賊「私達を足手まとい扱いする気?」

戦士「ついてきたければついてこい」

魔法使い「……おそらくだけど、暴走した魔物なんかは出てくるおそれはあるわ」

女商人「そのくらいなら、私が出てもいいです」

商人「え、マジっすか?」

遊び人「じゃあ、僕も突入します」

盗賊「えっ? マジで?」

魔法使い「でもね、北国での争いは終わったしで、東国の動きも気になるし、そっちも注視してもらいたいのよ」

戦士「じゃあ、お前ら、村に戻って監視の役目」

弟子ズ『了解っす!』


姫「……」

侍女「姫様?」

987: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/10(土) 22:31:12.15 ID:hdEsplvqo
姫「あの、魔法使い様」

魔法使い「なにかしら」

姫「お父様は……あの中に?」

魔法使い「……ご説明したように、闇の力を再現する儀式に参加したと大臣が言っていました」

姫「では、わが王家がこの事態を引き起こしたことは間違いないのですね」

侍女「姫様は悪くないですよ! 悪いのはいつだって男なんです!」

姫「……ありがとう、侍女さん」

女商人(どういうなぐさめよ)

勇者「姫様、体は大丈夫なんですか」

姫「ええ、勇者様。僧侶様の呪文がよく効きまして」

僧侶「ええ。回復力の強いお身体でしたわ」

勇者「そりゃよかった……あー、まあ、その、気にしなくてもいいっていうか」

姫「……いいえ。私は責任を取らなくてはならないでしょう」

988: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/10(土) 22:40:02.43 ID:hdEsplvqo
侍女「ひ、姫様……まさか、一緒に戦うとか!?」

姫「え? いえ、そういうわけではなくてですね」

魔法使い「……今後の事件処理のことね」

姫「はい。今度の事件で、多くの方が……犠牲になりました」

姫「私は、王家の一員として、その責を、負いたいと思います」

女商人「バカバカしいですね。今度の事件は魔物の残党の行動によるものだ、脅されていただけだ、としてしまえばよろしい」

盗賊「相変わらず極端ね」ヒソヒソ

遊び人「この人も変わりませんね」ヒソヒソ

姫「そんなこと、できるわけがありません」

女商人「責任を取るって、首でも差し出す気ですか」

侍女「こらー、不敬っすよ、不敬!」

戦士「……まだ、終わってもいないのに事後処理を口にしないでください」

姫「そ、そうですね」

戦士「それに、まだ陛下が亡くなられたとも限らん」

姫「そ! そうですわね……」

989: ◆WPwc2pN1N6 2012/03/10(土) 22:51:14.09 ID:hdEsplvqo
魔法使い「戦士の言うとおり、事後は事後よ。準備が出来たら、即突入するわ」

僧侶「やりましょう」ガタン

魔法使い「ほら……勇者」

勇者「んあ?」

魔法使い「ちょっと救世主らしく、バシッと決めなさいよ」ヒソヒソ

勇者「ん……そーだな」


勇者「この戦いが終わったら……」

勇者「みんなでうまいもんでも食いに行くか!」

僧・魔・戦『おう!』


盗賊「え、なに、死亡フラグ?」ヒソヒソ

遊び人「彼ら流のギャグですかね」ヒソヒソ

女商人「縁起の悪い言い方はやめなさいよ!」


勇者「……魔王と戦う前もこうやってたんだが」