まどか「世界を!」ウテナ「革命する力を!」 前編

255: ◆ctuEhmj40s 2012/02/02(木) 21:08:26.41 ID:ZL3dlQd80

―――――


交換学生の二人がいなくなり、東館の寮は静かになった。

また、この寮にはウテナとアンシーだけだ。
友達や生徒会メンバーが尋ねてくることもあるが、夜になれば静かになる。
夜という時間は眠る時間であり、この寮もまた夜となって眠ったように静まりかえっている。

今は部屋にはウテナ一人だ。
姫宮は、今は理事長館に赴き、暁生との兄弟水入らずの時間を過ごしている。

アンシーの兄の暁生は優しい人物だ。
いつも妹であるアンシーの事を気にかけている。

このような時間も、何かと人見知りの激しいアンシーに対して週に一回は二人で会う様にしようという、兄妹の約束だった。






256: ◆ctuEhmj40s 2012/02/02(木) 21:10:20.91 ID:ZL3dlQd80


部屋でウテナは思い出す。
この寮に短い間居た、二人の後輩のことを。

静かになると、どうしてもあの一か月のことが頭に浮かぶ。
騒がしくも、楽しい日々だった。
もちろん、今が楽しくないとかそういった意味ではないけれど、それでもあの時間はウテナにとっては特別なものだった。

親しい後輩ができるなど、初めての事だった。
多くの後輩の女生徒は、ウテナに対して羨望の眼差しを見つめるだけだったのだ。

あの二人のことを思い出す。
彼女たちはウテナにとって、初めてできた後輩と言える後輩だった。

それと同時に、ウテナはある種の憧れのようなものを二人に抱いていた。
それは友達同士という間柄だ。
まどか達の普通の友達という関係が、ウテナにはうらやましい。
他愛ないお喋りや、じゃれ合う姿。
まどか達の何気ない日常の一つ一つが、友達という間柄をウテナに再確認させた。

いつか、自分も姫宮と本当の友達になりたい。
お互いに、何でも話し合う。何か困ったことがあったら相談し、何でも助け合う。
姫宮とは、そのような友達になりたい。そう思う。






257: ◆ctuEhmj40s 2012/02/02(木) 21:11:33.31 ID:ZL3dlQd80


そして、彼女たちに手を出した。黒薔薇の黒幕を許すつもりはない。

ウテナは窓の外を見つめた。
外は暗く、学園は静まり返っている。
このどこかに、黒薔薇でみんなを操っている犯人がいるのだろうか。

まどかは何も覚えていなかった。
さやかもあの時のことは夢だと思ったのか、何も言うことはなかった。
おそらく、しばらくたてば完全に忘れることだろう。
しかし、彼女たちを危険にさらしたことには変わらない。

ウテナは自分の不甲斐なさを噛みしめる。

どんなことがあっても、それは避けるべきことだった。
彼女たちを決闘ゲームに巻き込んではならなかったのだ。

またいつか会おうと、自分は彼女たちに言った。
しかし、彼女たちと再び向き合うならば、それは全てが終わった時になるだろう。
そうでなければ、彼女たちに合わせる顔がない。

この決闘ゲームを終わらせ、姫宮を開放する。

それが出来なければ、自分は彼女たちに再会する資格はないのだと、ウテナは感じた。






258: ◆ctuEhmj40s 2012/02/02(木) 21:12:29.77 ID:ZL3dlQd80


結局、彼女たちに姫宮を自分の友達と紹介することは、最後まで出来なかった。

今度会う時には、自身を持って言えるだろうか。
姫宮アンシーは自分の友達だと。

部屋は静かだ。
テレビも着いていなければ、ラジオも音を出していない。
一人の部屋は寂しかった。

そして自分が寂しいと思うことが、ウテナには意外だった。
幼いころに両親を亡くしてからは、部屋は一人でいることが普通だったはずなのに、いつの間にか姫宮が傍に居ることの方が普通となっていた。

そう、自分は寂しいのだ。姫宮が傍にいないことが。

その寂しさが、ウテナには何よりも暖かいものに感じられた。






259: ◆ctuEhmj40s 2012/02/02(木) 21:14:53.64 ID:ZL3dlQd80

―――――


鳳学園から戻った当初は、それは忙しかった。

まずは、先生方に報告や、学んだことを題材に感想文を提出しなければならなかった。
それに友達の志筑仁美やクラスメイトに鳳学園の話を迫られるなど、学問以外でもしばらくは周りは騒がしかった。

しかし、いつまでも同じような日々が続くことはない。
話題の旬が過ぎると、またいつもの日々が戻ってきた。

まどかの家の庭には薔薇が育っていた。

アンシーから教わった通りに育てた薔薇は、元気に育っている。
このまま上手くいけば、きっと綺麗な花を咲かすことだろう。
家庭菜園は父の知久の仕事だが、薔薇の世話は基本的にまどかの役目だ。






260: ◆ctuEhmj40s 2012/02/02(木) 21:15:46.03 ID:ZL3dlQd80


順調な薔薇の世話とは裏腹に、料理の方はなかなか上達していない。
鳳学園での一見以来、一層努力しようと心に決めたのだが、こちらは目に見えた成果は上がらなかった。

弟のタツヤは三歳になった。
元気に幼稚園に通っている。
今のお気に入りは、絵を描くことだ。
今日もヒーローの絵を描いていることだろう。

母・詢子やさやかとの関係は相変わらずだ。良い関係が続いている。

他にも色々あった。
良いことも悪いことも含めて、まどかの周りの世界は変化していく。

春になり、まどかは二年生になった。






261: ◆ctuEhmj40s 2012/02/02(木) 21:17:18.85 ID:ZL3dlQd80

―――――


「はー。あぶない、あぶない。新学期早々遅刻するところだったよ」


何とか予鈴ギリギリで教室に滑り込み、まどか達は一息ついた。
朝から走って息が荒い。机に座ると、ドッと汗が体から吹き出てきた。


「まどかさん。大丈夫ですか?」

友人である志筑仁美が、心配そうな顔でまどかを見つめた。

仁美は良家のお嬢様である。
しかしそんな家柄に対する小さな反抗心なのか、通学は徒歩で行っていた。
そのおかげで、まどか達は毎日同じ道を通って一緒に登校している。


「だ、大じょう……ぶ……」

「情けないなー。2年生になったのに、もっと頑張りなよー。ほら、あの先輩みたいにさ」





262: ◆ctuEhmj40s 2012/02/02(木) 21:18:08.48 ID:ZL3dlQd80


「先輩?」


誰の事だろうか。見滝原中学校に運動が得意な知り合いはいなかったはずだが。


「ほら、あの鳳学園の寮で一緒だった……。あれ、何て名前だったっけ?」


そういえば、そんな先輩がいたような気がする。
姫宮先輩は、薔薇を育てるのが好きな人で運動は得意ではなかったはずだ。

しかしその先輩の名前を、まどかはどうしても思い出すことができなかった。


「はーい。みんな席に座ってー」


と、そこへ担任の早乙女先生が入ってきた。
周りの生徒が席に戻り始める。
じゃあまた後で、とさやかと仁美も席に戻っていった。

今日から新学期だ。また新しい生活が始まる。






263: ◆ctuEhmj40s 2012/02/02(木) 21:20:07.07 ID:ZL3dlQd80

―――――


「今日はみなさんに大事なお話があります。心して聞くように」

そういうと、早乙女先生は突然目玉焼きの話を始めた。
どうやら、また付き合っていた男性と上手くいかなかったらしい。
今回は目玉焼きが原因だったようで、前の方に座っている中沢君がまた犠牲になっていた。

新学期になっても、変わらない光景。


「何か変わらないねー。二年生になったら、色々新しくなると思ってたんだけど」


隣の席のさやかが言う。
今学期はさやかとは席は隣同士だった。


「でも変わらないのもいいんじゃないかな?」


世界は何もしなくても変わっていく。
変わらないものの方が少ないと、まどかは思う。
だから変わらないことは、決して悪いことではないのだ。






264: ◆ctuEhmj40s 2012/02/02(木) 21:21:57.62 ID:ZL3dlQd80


「そんなもんかねぇ」


さやかは、退屈そうな声を出した。
その視線は前の空いた席に注がれている。
あの席は、幼馴染の上条恭介の席だ。

彼は交通事故にあい、現在は病院で療養生活を送っている。
あの事故以来、さやかは毎日病院にお見舞いに通っていた。
さやかにしてみれば、幼馴染のいない学校は退屈なものなのかもしれない。
しかし、この世に変わらないものがないように、彼もまた学校に通えるような日が来るだろう。

変わることと変わらないこと。その両方の正しさを自分に教えてくれたのは、一体誰だったろうか。


「はい。あとそれから、今日はみなさんに転校生を紹介します」

「ついでかよ!」


早乙女先生の天然かどうかわからないボケに、さやかがツッコミを入れる。
周囲から笑い声が上がった。

それにしても転校生か。
いったいどんな子なのだろう。






265: ◆ctuEhmj40s 2012/02/02(木) 21:23:45.54 ID:ZL3dlQd80


「じゃ、暁美さん。いらっしゃい」


そう言うと教室のドアが開き、女の子が入ってきた。

赤いメガネをかけた子だ。
長い髪の毛をふたつ三つ編みして、お下げにしている。

人前に立つことに慣れていないのか、その子は顔を真っ赤にしていた。
少し前を向くと、みんなの視線を受け止めてしまったのか、慌ててまたうつむいてしまった。

早乙女先生が名前を書いているが、書き終わるまでに緊張で倒れてしまいそうだった。


「なんか大丈夫かな? 泣き出しそうだよ、あの子」






266: ◆ctuEhmj40s 2012/02/02(木) 21:25:05.97 ID:ZL3dlQd80


その姿を見て、まどかは昔の自分を思い出した。

自信がなくて、自分に価値なんてないなんて思っていた自分。
小学校の時転校してきて、周りが全部怖かった自分。
自分が何もできないから、周りの人が怖くて仕方がなかった。
いらないと言われてしまえば、本当に自分が消えてしまいそうで。

そんなことはない。
価値が無いなんてことはない。
価値が無い人間なんていないように、人には良いところが必ず沢山あるのだ。

君は、君のままでいればいいんだ。君の普通は、君だけのものだ。
無くしちゃダメだ。この言葉を自分に言ってくれたのは、誰だっただろうか。

もし彼女が自分に自信が無いのなら、言ってあげたい。
誇れるものが無いなんて、そんなことはない。
貴方は誰かに望まれたから、ここに立っている。
だから自信を持ってほしい。貴方は必ず、誰かに好かれているのだから。

そうだ、今度は自分があの子を優しくしよう。

かつてのさやかが、自分を助けてくれたように。

自信が無いのなら、自分があの子の良いところをたくさん見つけよう。
自分に自信が持てるようにしてあげよう。今度は自分が、あの子を助ける番だ。






267: ◆ctuEhmj40s 2012/02/02(木) 21:26:15.87 ID:ZL3dlQd80


「あ、あの…。あ、暁美…ほ、ほむらです。
…その、ええと…どうか、よろしく、お願いします…」


あの子と友達になろう。まどかはそう決めた。




―まどか「世界を!」ウテナ「革命する力を!」  完―







275: ◆ctuEhmj40s 2012/02/12(日) 02:01:44.21 ID:7CyMtkYq0

・登場人物


少女革命ウテナ

天上ウテナ…世界を革命した少女
姫宮アンシー…ウテナの親友


魔法少女まどか☆マギカ

鹿目まどか…魔法少女
暁美ほむら…まどかの親友




???…呪いのメタファー


276: ◆ctuEhmj40s 2012/02/12(日) 02:03:05.38 ID:7CyMtkYq0

―――――


どうして、こんなことになってしまったのだろう。

思い出した。
貴方のことを私は知っていた。憧れてもいた。
色々なことを教えてもらった。

それなのに、忘れてしまっていた。

でも、どうしてなのだろう。

何故、こんなところに再会してしまったのか。
ここは、普通の人が居るような場所ではない。
確かに彼女は超人然とした人間だった。普通の人とはと違うものを持っていた。

でも、どうして。







277: ◆ctuEhmj40s 2012/02/12(日) 02:06:44.24 ID:7CyMtkYq0


天上ウテナ先輩。


まどかは彼女の姿を見た。
かつて出会った時のような、凛々しい姿はそこには無かった。
王子のようなその服はボロボロであり、全身のいたるところが傷ついている。

そして彼女の体を、剣が貫いていた。

一本ではない。夥しい数の剣が彼女の身体を刺さっていた。
鈍く光る剣がそれが天上ウテナを磔にし、痛みを与えている。
そして、剣はそれで終わりではなかった。

新たに現れた剣が突き刺さる。新たな痛みに、天上ウテナは苦悶の声を上げた。

現れた剣は一つではない。
その数、数十か数百か数万か。
数えきれない数の剣が、天上ウテナを串刺しにしていく。






278: ◆ctuEhmj40s 2012/02/12(日) 02:07:37.66 ID:7CyMtkYq0

まどかにはその剣の正体がわかった。
あれは、憎悪の塊だ。

人間の憎悪に光る百万本の剣。
それが天上ウテナを苦しめている。
全身を貫かれ、ウテナは死体の様にぶら下がる。

今の自分は人ではない。それ故に、涙を流す目もことも悲しいと思う顔もない。
しかし、それでも彼女のその姿から目を離せない。

解放してあげたい。この苦しみから、彼女を。
しかし自分には何もできない。

ある生物は神になるのかと自分に聞いてきた。
本当に神様なら、どんなに良かったことだろうか。
目の前にいる一人の少女すらも自分は救うことができない。

今のまどかには、過去と未来のすべてがわかる。
そして、彼女に何があったのか。そのことも知ることができた。


「痺れるだろう?」


一人の男の声が、まどかに届いた。






287: ◆ctuEhmj40s 2012/02/16(木) 22:59:11.30 ID:yIl73+7E0
セリフ一つでみんなを痺れさせる先生は偉大な人。

いまさらですが、ウテナに関しては個人的な解釈を多く含みます。ご容赦ください。
続きを投下します。





288: ◆ctuEhmj40s 2012/02/16(木) 23:00:03.81 ID:yIl73+7E0


「彼女は友達のために全てを犠牲にしたんだ。文字通りその身を捧げてね」


白いコートを着たピンクの髪の男は、まどかにささやく。

まどかはこの男のことを知らない。
過去と未来、全てが見える存在になっても彼のことはわからない。

なぜなら彼は世界のどこにもいない人間だ。
彼は透明な存在であり、世界の風景のどこにもいない。
そう言った意味では、自分と同じ種類のものと言えた。

そして、まどかはこの男のことが嫌いだ。






289: ◆ctuEhmj40s 2012/02/16(木) 23:01:01.37 ID:yIl73+7E0


「彼女の友達は魔女でね」


知っている。
薔薇を育てるのが得意だったあの人だ。


「彼女のお兄さんは世界を救う王子様だったんだ。
そのころ世界は闇になんか包まれていなかった。世界中の女の子を救う王子様がいたからね」


王子様。

その王子様は、世界中の女の子の王子様だった。
どこかに泣いている女の子がいれば慰め、魔物に襲われていれば助けてくれた。

そんな王子様の妹が、彼女だった。






290: ◆ctuEhmj40s 2012/02/16(木) 23:02:39.73 ID:yIl73+7E0


「そして王子様は世界を守るためにその身を犠牲にしていった。
そんな姿を彼女は近くで見ていることしかできなかったんだ」


辛かっただろうねぇ、と男は言う。

世界を救う王子様には、世界中からの助けを求める悲鳴が届いていた。
どんなに疲れていても、どんなに傷ついていてもその悲鳴は鳴りやまなかった。

だから王子様は、どんなにボロボロになろうとも世界を救うことを止めなかった。
妹がどんなに止めても、聞こうとしなかった。
だって王子様なのだから。

そして少女は、兄を守るために行動に出る。


「その子は大好きな兄を助けるために、世界から隠してしまったんだ。希望の光を奪ってしまった。
だから世界中から魔女と呼ばれ、憎悪をその身に受けることになったんだ。
かわいそうにねぇ。本当に王子様を愛していたのは、世界中で彼女だけなのに」


王子様を奪われた人々は、その少女を魔女と呼んだ。
そして魔女は世界中の人間から憎悪を向けられることになった。






291: ◆ctuEhmj40s 2012/02/16(木) 23:04:31.96 ID:yIl73+7E0


『魔女め魔女め魔女め魔女め魔女め魔女め魔女め魔女め魔女め魔女め魔女め魔女め魔女め』


男はいつの間にか、その手に一つの本を持っていた。

それは薔薇の物語。
世界を救う王子が一人の魔女によって奪われ、闇に包まれるおとぎ話だ。

しかしその魔女と呼ばれた少女は、決して世界を憎んでいたわけではない。
ただ、世界を救い続け傷ついていく王子のことが誰よりも心配だった。
だから、世界から隠したのだ。
王子が死なないように、もう頑張らなくてもいいように。

そして少女は魔女になった。
妹を守れなかった王子様は王子様でなくなり、『世界の果て』になってしまった。






292: ◆ctuEhmj40s 2012/02/16(木) 23:06:44.84 ID:yIl73+7E0


「でもその子の罪は当たり前のものだよね。だって世界から光を奪ってしまったんだもの。
人が生きるには光が必要なのに、それを隠してしまった。
だから人々から全身を剣で貫かれる罰を受けることになったんだ」


それが薔薇の花嫁の正体。
体は棘だらけであり、その身に自由はなくただただ責め苦を負い続ける。
心を持つことも許されず、ただ王子の守るお姫様であり続ける。

しかし、あの人はそのことを恨んでいなかった。

当然の罰として受け入れていた。
もはや自分が好きだった王子様が、『世界の果て』になってしまったことも。
彼女を救うことができる、彼女の信じることができる王子様がいなくなってしまったことも。
その心を凍らせ、美しい棺にその身を閉じ込めた。

男が本を閉じる。
タイトルは、『かえるくん、王子様を救う』






293: ◆ctuEhmj40s 2012/02/16(木) 23:07:51.13 ID:yIl73+7E0


「さて次の本に行こうか」


本棚に本を仕舞い、男は次の本を探しに歩き出した。
いつの間にか、まどかは沢山の本棚が並ぶ世界に足を踏み入れていた。


「今更ながら、ようこそ。中央図書館空の孔分室へ」

「図書館?」

「そう、ここは図書館。そして僕は司書だ。君の望む本をお探ししよう」

「そんなの必要ないよ。私は全部が見えるから」

「見えると言っても、その中から目的のものを探すのは大変だろう? 
膨大な本の中から貴方の望む本を探すのが、司書の役目さ。
君が心に抱いたものを、この大海のような世界の連なりから探し出してあげるよ」


砂漠の砂粒の中から一つの砂金を見つけるようにね、と男は続けた。
やがて本棚から一冊の本を取り出すと、再び読み始めた。






294: ◆ctuEhmj40s 2012/02/16(木) 23:09:27.78 ID:yIl73+7E0


「そんな彼女の前に、一人の女の子が現れたんだ」


現れたのは、両親を亡くした一人の少女。

その少女は王子様によって、絶望から救われた。
そして彼女は見た。
魔女になった少女が無数の剣に貫かれ、罰を受け続ける姿を。

そして一つの決心をしたのだ。


『じゃあ、私が王子様になる。私があの人の王子様になって、助ける』

『もし君が大きくなっても、本当にその気高さを失わなければ、彼女は永遠の苦しみから救われるかも知れないね。
でもきっと、君は今夜のことを、すべて忘れてしまう。
仮に覚えていたとしても、君は女の子だ。やがては女性になってしまう』

『なる。私はきっと、王子様になる! 絶対!』


王子がいなくなった少女の王子様になる。
それが彼女が王子になろうとしていた、本当の理由だったのだ。






295: ◆ctuEhmj40s 2012/02/16(木) 23:11:02.93 ID:yIl73+7E0


「時が経ち、その女の子は王子としてその子の前に現れた。約束通り、気高い心を忘れずに王子の姿となってね」


まどかが覚えているのはその姿だ。
あの学園で、彼女はひときわ輝く存在だった。
誰にでも優しく気高く、かっこいい女の人だった。


「世界の果てを見せられようと、気高い心を汚されようと、彼女に拒絶されようと、女の子は諦めなかった。
女の子自身は救うことは出来なかったけれど、魔女になった女の子はその姿に心を動かされ、自分から棺の中から出る力を得ることができたのさ」


結局、その女の子は王子様にはなれなかった。

しかし、魔女になった女の子は救われた。
王子では、女の子は救えない。
彼女を縛り付けていたのは、王子とお姫様の関係という強力な『呪い』だ。

そんな彼女を、その女の子は解放した。
『王子とお姫様』ではない。対等な『親友』という関係性を持って。


「これがこの本のお話。痺れるよねぇ」


男は手に持った本を閉じた。

背表紙にタイトルが見える。
『かえるくん、姫宮アンシーを救う』と書いてあった。






296: ◆ctuEhmj40s 2012/02/16(木) 23:12:18.11 ID:yIl73+7E0


「そのお話の結末が、これさ」


図書館の中央に、天上ウテナはいた。

飾られたようなその姿は一種のモニュメントのようだった。
彼女を見世物のようにしているこの場所が、まどかには不快に感じられた。


「女の子は、解放された彼女の代わりに憎悪を受けることになり、世界の風景からも消えてしまった。
もう誰も彼女のことを覚えていない。
世界を革命しても、誰もそのことに気が付かなかったのさ」


だれも、天上ウテナのことを覚えていない。

彼女は現実の世界では、どこかへ消えてしまった存在だった。
彼女は誰にも知られず、世界中の憎悪をその身に受け続ける。

こんなの、あんまりだ。

助けたい。
助けてあげたい。


「無理だよ」


まどかの考えを見透かしたように、男は耳元でささやいた。






302: ◆ctuEhmj40s 2012/02/26(日) 23:36:56.69 ID:WuABrC9Y0


「それは、私が魔法少女だから? それともアンシーさんじゃないから?」


 男は首を振った。


「君が僕の親友だからさ」


低く、穏やかな声だ。
別段、不快になるものではない。

男の態度はどこまでも紳士的だ。
こちらを嘲るようなことも、見下した雰囲気もない。
ただただ相手に敬意を払う仕草は、喜ばれることはあれど、嫌われるものではないはずだ。

しかし、何故だろうか。
まどかはこの男からは不快感しか湧いてこない。






303: ◆ctuEhmj40s 2012/02/26(日) 23:37:46.31 ID:WuABrC9Y0


「私はあなたと友達になった覚えはないよ」


まどかの拒絶の言葉に、男は心底意外そうな表情を見せた。


「つれないなぁ。君は僕と同じものが見える、そして世界を壊す仲間じゃないか」


仲間。
この男と自分が仲間。その言葉は、まどかの心をざわつかせる。


「私は世界を壊してなんかいない」


まどかは、これ以上なく強く否定した。
少女の祈りが絶望で終わらないようことをまどかは願った。
決して、世界が壊れることを望んだわけではない。






304: ◆ctuEhmj40s 2012/02/26(日) 23:51:43.42 ID:WuABrC9Y0


しかし、まどかの言葉を男は否定した。


「壊したじゃないか。少女が絶望するルールを、これ以上なくね」

「それは…」


まどかの願いによって世界は変わった。
少女の祈りは絶望で終わらなくなり、世界は造り替えられた。
それは確かに、世界を一度壊したことになるのだろうか。


「あれは痺れたなぁ」


恍惚とした表情で、男はまどかのしたことを思い出した。

まどかの祈りは、文字通り世界を壊した。
世の中に存在する理不尽なルールを否定し、新しい世界を創造した。

世界はどこまでも残酷だった。
誰も救われない、人はどこまでも一人で、冷たい世界を歩いていくしかなかった。
しかし目の前の少女は、その世界の一角を壊したのだ。






305: ◆ctuEhmj40s 2012/02/27(月) 00:05:28.29 ID:tBAPwDQD0


「世界を壊した君は僕の友達だよ」

「貴方なんかと一緒にしないで。私と貴方は違うよ」

「同じだよ、君も僕も。理不尽なルールがあって、世界を壊したかった。
生憎、僕の方は失敗しちゃったけどね」

「違う。私は魔法少女になった子たちが、最後まで希望を信じられるようにしたかっただけ」

「同じことだよ」


まどかと男の言葉は、どこまでも平行線だった。

片方は同じと言い、もう片方は違うという。
一つの事柄に関する両者の考えは真っ向から対立していた。






306: ◆ctuEhmj40s 2012/02/27(月) 00:06:47.25 ID:tBAPwDQD0


「じゃあ、君がしたことを一緒に確認していこうか。
ちょうどここは図書館だ。ここにない物語はない。
調べ物をするなら、ここはうってつけさ」


図書館には無数の本が並んでいた。
ここには過去も未来も、すべてのことが記されている。


「そうすれば、君が僕の友達だということをわかってくれるんじゃないかなぁ」


男の提案に、まどかは同意した。

わかっている。
これは男の罠だ。

男の言葉に悪意は微塵も感じられない。
それは、彼がそれを当然のことと考え、それが真実だと考えているからだ。
真実ならば、嘘も歪曲も必要ない。

真実は真実だからこそ、何よりも力を持つ。
男はただ真実を確認し、まどかを認めさせようとするのだろう。

しかし、それはきっと真実ではない。

男が自分の真実を持っているように、まどかはまどかの真実を持っている。
そしてまどかは、自分の願いがこの男と同じものと言われることを認めるわけにはいかなかった。







307: ◆ctuEhmj40s 2012/02/27(月) 00:07:24.26 ID:tBAPwDQD0


「それじゃあ、もっと奥、より深いところに参りましょうか」


男は図書館の奥にまどかを招き入れた。


「もしかしたら君が探している本があるかもしれないしね」


自分は一体、どんな物語を探しているのだろうか。
その正体は、まどかにはわからなかった。







315: ◆ctuEhmj40s 2012/03/08(木) 23:39:45.20 ID:LP/y9n640

―――――


「君は確かに女の子の希望になった。
自分が信じたことを最後まで信じる、良い言葉だよね。
でもそれは、本当に正しい事なのかな?」

空の孔図書館は冷え切っていた。

奥に進むたびに、ぞくりと悪寒が強くなる。
天井は高く、空はどこまでも遠い。
本棚には丁寧に想定された本が無数に並んでいた。

その一つ一つが物語だった。
悲劇も喜劇もどんな物語もここにはあることが、まどかには分かった。






316: ◆ctuEhmj40s 2012/03/08(木) 23:40:32.33 ID:LP/y9n640


「希望を抱くのは、間違いじゃない。絶対に」

「うん。君はそうだよね」

「……何が言いたいの?」


男はまどかの方を向いた。

その瞳はきらきらと輝いていた。
まるで宇宙のようだ、とまどかは思った。


「君は僕と同じ、呪いだということさ」


呪い。

その言葉をまどかは知っている。
その呪いと戦うために、まどかはこの姿になったのだ。






317: ◆ctuEhmj40s 2012/03/08(木) 23:41:51.08 ID:LP/y9n640


かつてまどかが人間だったころ、世界中に泣いている女の子がいた。
彼女たちの希望は絶望になり、祈りは呪いを生んでいた。
そんなシステムが世界にはあった。

ただ女の子たちを苦しめるためだけに、システムがあったわけではない。
それは宇宙を救うために必要なシステムだと言われた。
そのために女の子の祈りは呪いとなり、世界中に災厄を振りまいていた。

そんな彼女たちが泣かないような世界を作りたかった。
そのために、祈りを捧げたのだ。


「そんなはずない。魔法少女のみんなが誰も呪わないような、そんな世界にしたんだもの」

「確かに君のおかげで、あの子たちは希望を抱き続けるようになった。
そういうルールに君が造り替えたからね」


延々と続く階段を下りていく。

本の迷宮はどこまでも続いていた。
男はときおり本を手に取り中を覗くと、「ううん」と唸りまた本棚に戻すことを繰り返していた。






318: ◆ctuEhmj40s 2012/03/08(木) 23:42:42.87 ID:LP/y9n640


「でも彼女たちは、そのおかげで別の、君という呪いに蝕まれることになったのさ」

「私は誰も呪ってなんかいない。私が絶望することはないもの」

「元々の世界をそんな風にしたのが、君の呪いだよ」


ふと、本を探す手を止め、男はまどかを見つめた。


「ねぇ、そもそも呪いって何だと思う?」

 
宇宙の色をした瞳が、まどかを射抜いた。


「君は悪意か何かだと考えているようだけれど、僕はそうは思わないなぁ。
悪意のあるなしに関係なく呪いは実在するよ。
むしろ悪意だけの呪いの方が珍しいんじゃないかな」






319: ◆ctuEhmj40s 2012/03/08(木) 23:44:28.37 ID:LP/y9n640


「それで、私が呪いだって言いたいの?」

「君が変える前の世界だって、みんな最初は綺麗だったじゃないか。
呪いがそういうものから生まれることは、君が一番よく知っていることじゃないのかな」


それは認めざるを得ないことだった。

誰も最初から世界を呪いたかったわけじゃない。
どの子も最初は綺麗な祈りから始まっていた。
それが残酷な現実の中で、いつしか呪いへと変わっていったのだ。






320: ◆ctuEhmj40s 2012/03/08(木) 23:45:18.41 ID:LP/y9n640


「さてと、これなんかどうかな」


やがて本棚からお目当て本を見つけたのか、男は本を一冊取り出すと椅子に座った。
いつの間にか景色が変わり、どこからか紅茶の香りがした。


「これは、ある女の子の物語」


そう言い、一つ咳払いをすると、男は朗読を始めた。


「彼女は家族で交通事故あって命を落としてしまったんだ。
そのとき何でも願いを叶えてくれる神様に出会ったんだ。
死にたくなかった彼女は、とっさに自分が助かることを望んでしまった」






321: ◆ctuEhmj40s 2012/03/08(木) 23:47:04.65 ID:LP/y9n640


まどかは黙って、その朗読を聞いていた。


「おかげで彼女は生き残ったけど、家族は死んでしまった。
家族みんなが助かることも願うこともできたのにね」


空の孔図書館にはまどかとこの男しかいない。
男の声は建物の中を響き、まどかの心に震わせていくようだった。


「さて、彼女は一生一人家族を見捨てて生き残ったという事実と向き合わなければならなくなった。
そして彼女は心のどこかで自分に対する罰を望んでいたんだ。
そのために、救ってしまった自分の命を他人のために使うことにしたんだ。
それが自分に対する罰の代わりだったんだね。
罰を受けることが、彼女の救いだったんだ」


そう言い男は、本を閉じた。
タイトルは『かえるくん、見滝原市を救う』。





322: ◆ctuEhmj40s 2012/03/08(木) 23:49:27.94 ID:LP/y9n640


「ところが世界の新しいルールは、彼女のしたことを責めなかった。
それどころか彼女から罰を奪ってしまったんだ。
可哀そうに。彼女が救われるには大きな罰が必要だったのにね」

「その子が生き残ったのは、絶対に間違いなんかじゃない」


まどかはハッキリと言葉を出した。しかし、男は小さく首を振った。


「でも彼女の罪は本物さ。罪があって罰が無いのは、辛いことだと思うよ」


そう言い、閉じた本を棚に戻した。
いつの間にか二匹の黒いウサギが男の近くに寄り添い、一緒に本棚を眺めていた。

そして再び、まどかと男は図書館の奥へと進んでいく。







323: ◆ctuEhmj40s 2012/03/08(木) 23:50:35.73 ID:LP/y9n640

決して暗いわけではないのに、図書館の中は明るさを感じない。

すべてがはっきりと見えているはずなのに、図書館の奥はもやがかかったように先が見えない。
気が付くと風景はがらりと変わり、見知らぬ場所になっている。
本の分類が変わるたびに、世界も変わっているようだった。
まるで存在そのものがあやふやだ。

たぶん、それは本当の事なのだろう。
いまのまどかも、そしてこの男もすべてあやふやなのだから。


「次はこれなんかどうかな」


ある棚の前で男は立ち止った。

その手に新しく本を手に取る。
ページをめくり、次の朗読を始める。






324: ◆ctuEhmj40s 2012/03/08(木) 23:52:03.72 ID:LP/y9n640


「これは、ある女の子の物語」


リンゴの香りが、どこからか漂ってきていた。

黒いウサギがいつの間にか、少年の姿に変わっていた。
しゃくしゃくとウサギの形に切られたリンゴを口に運び、楽しいお話をせがむ子供の様にうずうずと体を震わせていた。


「彼女の家は教会だった。彼女の父親は世界を救おうと人々に語りかけたけど、誰も聞こうとしなかったんだ。
彼女はみんなが父親の話を聞くようになる魔法をかけてもらった。
おかげでみんな父親の話を聞くようになったんだ」


魔法ですか!痺れました!と二人の少年は驚いたように言った。
だよね、と男はにこにこと少年たちに返事をする。

何が楽しいのか、まどかには分からない。






325: ◆ctuEhmj40s 2012/03/08(木) 23:54:02.91 ID:LP/y9n640

「でもある日、みんな娘の魔法で話を聞いていたことを知った父親は、絶望してしまった。
そして家族を道連れにして死んでしまったんだ」


悲しいですね。悲劇ですね。と二人の少年は、怖い話に身を震わせるように抱き合った。
だよね、と男はやはり、にこにことしながらページをめくった。


「なんてことだろうね。彼女のしたことは結局、大好きな父親の為にならなかった。
それから彼女は二度とこんなことにならないように誓ったんだ」


そう言い男は、本を閉じた。タイトルは『かえるくん、家族を救う』。






326: ◆ctuEhmj40s 2012/03/08(木) 23:55:47.04 ID:LP/y9n640


「ところで世界のルールは、彼女が自分をしたことを正しかったと言ったんだ。
あまつさえ、彼女に自分の祈りを信じろと言ってきた」


エグイですね。残酷ですね。と少年たちは悲しそうに泣き出した。


「自分のしたことが間違っていたのは、彼女自身が一番よくわかっているのにね」


男はまどかを見つめて言った。
感情が読み取れないその声は、何よりも雄弁に事実を語っているようだった。






327: ◆ctuEhmj40s 2012/03/08(木) 23:57:51.89 ID:LP/y9n640


「その子がお父さんのことを思う気持ちは本物だったよ」

「しかし、これは彼女が望んだのは結果じゃなかったはずだ。
自分の家族を壊したものをずっと信じなきゃいけないなんて、可哀そうだよね」

「魔女になったほうが良かったっていうの?」

「彼女にしてみれば当然の結果じゃなかったのかなぁ。
少なくとも救われるよりは納得がいく結末だったと思うよ」


なにせ大好きな家族を殺してしまったんだからね、と言葉を締めた。






328: ◆ctuEhmj40s 2012/03/09(金) 00:01:35.37 ID:PniCoAwt0


黒いウサギたちはいつの間にか、どこかに行ってしまっていた。

また世界は、まどかとこの男だけになった。
助けを呼ぼうと思っても、誰もいない。本を棚に戻し、再び図書館の奥へと続く道のりが始まる。

男は白いコートを翻し、奥へと進んでいく。
まどかはその後ろをついていく。

もしかしたら引き返すことも出来たのかもしれない。
きっと、引き返したところで男は何も言わないし何もしないだろう。
ただ、その場から逃げ出したという事実か残るだけだ。

図書館を巡る旅はまだ終わりそうになかった。






332: ◆ctuEhmj40s 2012/03/15(木) 21:42:10.00 ID:Fh11ewij0


「これは、ある女の子の物語」


どこからかバイオリンの音色が聞こえてくる。
静かだった図書館の中に、一滴の音色が加わる。
音は世界を震わせ、荘厳な景色を世界に照らし出した。


「彼女には好きな男の子がいたんだ。
ある日、その男の子は事故で大好きだった音楽を失ってしまった。
彼女は男の子のために、失った音楽を取り戻してあげた。好きな男の子が悲しむ姿を見たくなかったからね。
おかげで男の子はもう一度音楽を奏でられるようになったんだ」


音色は心も震わせる。

バイオリンの音にまどかの心はこれまでになく震わされた。
視界が暗くなり、足元がふらつく。

それでも音だけは無くならない。
音色と男の言葉は容赦なく、まどかの心を震わせる。






333: ◆ctuEhmj40s 2012/03/15(木) 21:43:20.61 ID:Fh11ewij0


「音楽が戻った男の子は、彼女のことに目もくれなかった。
彼女の思いに気付かずに、音楽で成功して他のお姫様と結ばれ、その後の人生を過ごしたんだ。
誰が音楽を取り戻してくれたか、ずっと気が付かずにね」


そう言い男は、本を閉じた。
それと同時にピアノの音色も止まり、世界は元に戻る。
タイトルは『かえるくん、音楽家を救う』。

男は愛おしそうに表紙をなでると、閉じた本を本棚に戻した。


「結局彼女は何もわかっていなかったんだ。
彼女が欲しかったのは彼の音楽じゃなく、彼の愛だったというのに」


そこで初めて、まどかは男の感情が読み取れた。

それは明らかな侮蔑と嘲笑だった。愚か者を見下し、憐れむ顔だった。






334: ◆ctuEhmj40s 2012/03/15(木) 21:44:55.08 ID:Fh11ewij0


まどかは、怒りと同時に恐怖を感じた。

何をしても表情の読み取れなかったこの男が、初めて感情を表に出したことが重大な意味であるようなことがした。
そしてこの物語が、嘲笑の対象となることに揺るぎない意味を持たせられたような気がしてならなかった。
そして少しでも、そんな風に考えてしまった自分が怖かった。


「そんなはずない! だって…」


必死に言葉を出そうとする。

しかし、一度考えてしまったことが声を縛り上げた。
その間に、男が続けて声を重ねた。


「彼女が彼のことを好きだったのは君も知っているだろう。
どうしようないから諦めることってあるよね」


違う。

確かに彼女は彼のことが好きだった。
でも、その音色を聞くことも彼女の望みだったはずだ。
決して、諦めからその結論になったわけじゃない。






335: ◆ctuEhmj40s 2012/03/15(木) 21:46:39.70 ID:Fh11ewij0


望み。本当にあれが彼女の望みだったのか。

どんな形であれ、彼の傍にいることが本当に彼女の為になることだったのではないか。
彼女のためと言いながら、自分の考えを押し付けただけだったのではないか。

かつてどこかで彼女に言われたことが、脳裏に浮かびあがる。

また同じことを繰り返したのではないか。
一度生まれた疑念は、見る見るうちに大きく膨れ上がった。

言葉を繰り返す。
希望を持つことは絶対に間違いじゃない、と。

希望が絶望になる世界を、自分はどうしても正しいことのように思えなかった。
そんなシステムが世界を縛り付けていることを、希望を抱くことが間違いと言われたことを、自分は否定した。

彼女たちの願いは、もう呪いを生まない。
絶望に染まることもないし、誰かを呪うこともない。

彼女たちの信じた希望は、絶望にならずいつまでも希望となる。
そのはずだった。


「彼女の祈りは彼女を救わなかった。
それなのに世界は彼女に祈り続けることを望んだんだ。残酷な話だね」


そんなまどかを見つめ、男は淡々と言葉を締めた。






336: ◆ctuEhmj40s 2012/03/15(木) 21:47:41.05 ID:Fh11ewij0


男にとって、これは当然の結果だった。

別段、何も仕組んではいない。
ただ、解き明かせば分かることを、道なりに沿って辿っていっただけの事だった。

男はゲームが好きだが、彼女とのこの語らいはゲームでも何でもなかった。

そもそもゲームとは釣り合う敵役が相手に居て初めて成立するものだ。
そして、この少女は男にとって敵でも何でもなくただの親友であり、そして自分と釣り合う存在でもなかった。
初めからゲームとして成立していない。

男にとって自分の相手となるのは、ただ一人だけだ。

油断ならない少女。
瑞々しい、同じ景色を見ることのできる恋人。

きっと自分と同じ景色を見ていることだろう。今こうしているときも。






337: ◆ctuEhmj40s 2012/03/15(木) 21:49:00.82 ID:Fh11ewij0


まどかは何も言えなかった。

男の顔を見るが、相も変わらず何も読み取れなかった。

先ほど現れた動きは嘘のように消え去り、また何を考えているのかわからない顔に戻る。
表情が無いわけではない。
時にはニコニコとし、時には考え込み、時には大仰に天を仰ぐ。

しかし、そのどれもが男の心の内を読み取るのには何の役にも立たなかった。
男の顔は、顔の役割を果たしていない。
表情が変わっても、そこには何の感情もなく、顔はただの飾りの様だった。

きっと、顔がなくてもこの男にとっては同じことなのだろう。
感情を表すことのない、顔の無い男。

その男が、自分と同じ人間だとまどかに語りかけてくる。
世界を変えたことを嘲笑し、世界を呪いで包もうとするこの男と同じだと。


「勘違いしないでほしいなぁ。
僕は君がしたことは馬鹿になんかしていないし、愚かだとも思っていない。
素晴らしいものだと思っているよ。本当だよ?」


心底不服そうに、男は口をとがらせた。
それは思いが大切な仲間に伝わらず、誤解され、悲しんでいるような顔だった。

その表情すら、本心なのかどうか、まどかには分からない。






338: ◆ctuEhmj40s 2012/03/15(木) 21:50:00.49 ID:Fh11ewij0


「僕も同じなんだ。世界中の助けてって声が聞こえるのさ。
今この時もね。だから君と同じように、僕も多くの人を救うつもりだよ」


箱から開放してね、と男は小さくつぶやいた。

開放とは何なのか、男の真意は見えない。
しかしこの男が、何をし、そしてどのような結末を迎えたのか、それだけは見える。

氷の世界を壊そうとした、何者にもなれなかった人の組織。
そして、彼と共に呪いの輪に一人の少女。






339: ◆ctuEhmj40s 2012/03/15(木) 21:51:02.91 ID:Fh11ewij0


「確かに、人には希望が必要さ」


図書館の中が凍りついたように冷え切る。
息をするだけでも体の中が凍りつき、肌や瞳は針を刺されたように痛み、頭は締め付けられるような感覚に陥った。

氷の世界で生きることは、ただ生きるだけでも罰のようだった。
助けなんてどこにもない。
誰も彼もが苦しみ、体を凍てつかせていく。
その世界には終わりのない苦しみだけがあった。

希望だけが、唯一の炎なのだ。

まどかの中には希望がある。
この氷の世界で生きるための松明が。






340: ◆ctuEhmj40s 2012/03/15(木) 21:52:23.48 ID:Fh11ewij0


「でも彼女たちが捧げた祈りを信じ続けることは、本当に彼女たちの希望となりうるものだったのかな? 
それに裏切られてきたのは、それが希望でも何でもなかったことの何よりの証明だと僕は思うんだ。
まぁ、年若い君たちだ。間違いは誰にだってあるさ」


男は厚手のコートを着直した。
雪のように白いコートは寒さから身を守ってくれる。

そのため世界が凍る中でも、男は凍えてなどいなかった。
氷の世界で耐える術を男は知っていたし、また実際に耐えることも出来ていた。
例えすべてが凍りついても、男はその中で存在しつつけることだろう。


「でも君が作った世界では、彼女たちは間違いとわかっていても、その希望を信じ続けなくちゃならない」


氷の世界の松明が消える。
希望の炎は無くなり、再び抗えない寒さが体を襲う。

焼けるような寒さは再び肌を焼き、息も出来なくなる。
それに抗うことも出来ず、ただ心も体が凍りついていく。
体を動かすだけでも痛みが走り、体を動かさなくても体は焼かれていく。


「君は彼女たちに希望を押し付けているに過ぎない。
君は祈りを信じ続けることが希望になると考えているようなだけど、そんなのは君ひとりの希望であって他の誰かの希望じゃない」






341: ◆ctuEhmj40s 2012/03/15(木) 21:54:08.25 ID:Fh11ewij0


凍りついた本棚が、まどかの目の前には広がっていた。
色んな少女が希望を信じた物語。
ここにある本は、全部そのような物語だった。

本は凍りつき、無音の痛みが耳を響かせている。
静寂とは程遠い、頭が割れるような無音が図書館の中を満たしている。

そして、その中で聞こえる男の声にも、暖かみはなかった。


「ここに在るすべての本がそうさ。
ここにあるのは君の世界の住人の物語だよ。
本当の生きる意味を見つけても、それを手に入れることなど出来ない哀しい少女たち。
君は彼女たちから本当の光を奪っているのさ」


凍りかけた心に、男の声はよく響いた。
ガラスを弾くように、言葉は心を叩き、響いた音が体を包む。

痛みと同時に思いが焼かれる。
目の前の少女が寒さで焼かれていく姿に、男は悲しむことも笑うこともしなかった。






342: ◆ctuEhmj40s 2012/03/15(木) 21:54:45.17 ID:Fh11ewij0


「君の希望を信じなければならない絶望。それが、君の呪いだよ」


氷の世界で、まどかは一人ぼっちだった。

心が凍る。
身を寄せ合う相手もいない。ここには自分を守るものなど何もない。
希望の松明は小さく、この寒さに抗うには小さすぎた。










343: ◆ctuEhmj40s 2012/03/15(木) 21:55:32.21 ID:Fh11ewij0


こんなとき、彼女がいればどんなに心強いだろうか。


思い出す。
自分を助けるために、永遠の迷路をさまよい続けた少女のことを。

何度も何度も泣き、心が折れかけ、姿が変わってしまっても、それでも自分のことを助けようとしてくれた一人の友達。
運命の人。

彼女の進んだ道は、救いなどどこにもない道だった。
苦難中での失敗の連続であり、悲しみと絶望だけが待ち受けていた。
それでも彼女は希望を信じ、先に進み続けた。
例え希望などなくても、先に進むしかもう彼女には残されていなかったから。

彼女を見て、そして数々の少女たちの絶望を見て思ったのだ。
希望が絶望に変わるシステムなど間違っている、と。






344: ◆ctuEhmj40s 2012/03/15(木) 21:56:31.32 ID:Fh11ewij0


そして今も彼女は頑張っている。
自分が作り上げた世界を守るために、自分の代わりに戦ってくれている。

約束通り、未来で再会するために。また必ず出会うために。

あの子がいるから、自分は何があっても頑張れる。
どんな絶望にも負けやしない。
彼女が頑張っている限り自分も頑張れる。

そんな唯一無二の親友が自分にはいる。
もう一度会うことを約束し、世界が変わって自分の存在が世界から消滅しても約束を覚えていてくれた。

そうだ。
自分は決して、一人なんかじゃない。

そして世界を呪うつもりもない。
彼女の頑張りを無駄にしないために、そしてみんなの希望が絶望に変わらない世界を作ることを決めたのだ。

私の最高の友達。
本当は隣に居て上げたかった少女。

そして、いつか必ず再会する親友――。






345: ◆ctuEhmj40s 2012/03/15(木) 21:57:20.66 ID:Fh11ewij0




「さて、じゃあ最後に君の友達の話はどうかな?」




男の口から、その名前が語られた。

それは何よりも、恐ろしいささやきだった。






346: ◆ctuEhmj40s 2012/03/15(木) 21:58:18.38 ID:Fh11ewij0

―――――


男の声が聞こえる。
凍りついたまどかの心に、声が響く。


「彼女は君にとってかけがえのない親友だ」


「どんなに望みが潰えようとも、彼女は君との約束を守るために進み続けてきた。
ああ、別の君が彼女の望みをすり潰したこともあったっけ。
それでもあきらめなかった彼女は素敵な女の子だね」


「それでも、諦めなかった彼女を動かしていたものは一体なんだったのかな?」


「彼女は君との約束によって、その人生を縛られた。
たった一人の親友の『助けてほしい』というささやきによって、君を必ず助けることを決意した」


「それからの彼女については語ることもないよね。彼女がどんな苦しみを負うことになったのかは、君が一番よく知っているはずだ。でも、彼女は諦めることは出来なかった。何よりも大切な、君との約束だからね」






347: ◆ctuEhmj40s 2012/03/15(木) 21:59:29.82 ID:Fh11ewij0



「つまり、彼女は君に呪われたんだ」



「どんなに責め苦を受けても進み続ける。
諦めてしまえば楽になるのにそんなことを許さない、呪いにね」


「そして君は、今も彼女を呪い続けている」


「たった一人、世界に残された彼女はまた苦しみ続けるだろう」


「いなくなった君の影を求め、全て妄想だったんじゃないかという疑念に蝕まれ、それでも自分だけが彼女を覚えていることに責任を感じ、そして苦しみ続けるのさ」


「また彼女は進み続けるんだろうね。
どれだけ痛みを感じても、どれだけ血を流しても、例え全身を炎に焼かれても進むんだろう。
本当にいたのかもわからない、君と再会する。
そのために永遠の苦しみを負い続けるのさ」






348: ◆ctuEhmj40s 2012/03/15(木) 22:00:13.11 ID:Fh11ewij0


「残念ながら、ここには君の望む本は無さそうだ」


「君がそんな姿になったせいで、彼女が望んでいた君を救う話はどこにもなくなっちゃったからね」


「そして君が彼女を救う話も、未来永劫生まれない。
君も彼女も永遠に救われることはない」


「彼女にとって君が呪いであるように、彼女もまた君を呪い続ける。
君も彼女も互いを呪いあいながら続いていくしかないんだ。僕と同じさ」


「君が彼女を救う話も、彼女が君を救う話も未来永劫ありはしないよ」


「過去も未来も、君は彼女を呪い続けている。呪いの輪の中に」


「君たちは絶対に幸せになれないよ」






349: ◆ctuEhmj40s 2012/03/15(木) 22:00:49.69 ID:Fh11ewij0


「そんなことないさ」


どこからか、聞き覚えのある声がした。

天上ウテナの声だった。






358: ◆ctuEhmj40s 2012/04/01(日) 23:24:24.16 ID:0F0Vsw6Z0

―――――


正面にいた魔獣を倒すと、すぐさま次の獲物に取り掛かった。

魔獣が消滅すると、瘴気が薄くなり、吸う空気が少し心地よくなる。

残りは一体。翼を広げてビルの間を飛ぶ。
最後の一体は直に見つかった。
上空から奇襲し、手に持った弓に力を込める。

魔力を弓に込めると、矢の形になった。
引き絞り、頭上から魔獣を打ち抜く。

おそらく、向こうはこちらの姿に気づくこともなかっただろう。
打ち抜かれた魔獣は断末魔を上げることもなく、消え去った。

魔獣の消滅と共に、瘴気は完全に消えさった。辺りは静かな夜の路地裏に戻る。






359: ◆ctuEhmj40s 2012/04/01(日) 23:25:32.78 ID:0F0Vsw6Z0



「おつかれさま。暁美ほむら」


変身を解くと、小さな声が聞こえた。


「相変わらず見事な手際だね。とてもついこの間に契約したとは思えないよ」

「見てたの? 覗き見なんて悪趣味ね」

「近づいたら君は怒るじゃないか。それに魔法少女のケアも僕らの仕事だからね」


声の主は小さな白い体をした獣だった。
外見は猫のようなウサギのような愛くるしい姿だが、その中身は決して人間とは分かり合えない生き物であることをほむらは知っている。

そして、そんな相手であっても共生しなければいけないのが、この世界の現実だった。






360: ◆ctuEhmj40s 2012/04/01(日) 23:27:04.96 ID:0F0Vsw6Z0


「必要ないわ」


ほむらは無下にその申し出を断った。


「グリーフシードは僕らが回収しなきゃいけないんだ。
どちらにしろ、君は僕と関わらなければならない。
それなら、僕の支援は受けるのが利口じゃないのかな?」

「私の心配をしているとでもいうの? 
貴方に私たちの心配をするような心は持ち合わせていないでしょうに」

「そりゃそうさ。僕らは感情なんか持ち合わせていないからね。
ただ、君に倒れたら困るからね。君だって倒れたくはないだろう?」


現実に対するささやかな反抗のつもりだったが、別段気が晴れることもなかった。

結局、事実として残るのは、自分がいかに頭の悪い行動をとっているかということだけだ。
個人的な感情で、有益な事象を取り逃がす。
それは愚か者以外の何ものでもなく、そして今の自分は間違いなくその愚か者だった。






361: ◆ctuEhmj40s 2012/04/01(日) 23:29:49.62 ID:0F0Vsw6Z0


理屈の上では分かる。

利害は一致している以上、キュゥべえが自分に何かすることは本当にないだろう。
これはそういう生き物だ。

しかし、心はこの生き物の申し出を受けることを拒否していた。
おそらく自分は、この世界で一番この生き物のことが嫌いだろう。
体の内にある感情は荒れ狂い、泣き、怒り、そしてこの身を焼いている。
こうやって話している今でさえ、その顔を矢で貫きたくて仕方がない。

そうしないのは、そんなことをして無意味なことをどうしようもなくわかっているからだ。
そしてこの手に持つ弓を、無意味なことに使いたくなかった。

この弓は決して無駄なことに使ってはならない。
その元にある感情は何よりも大きく、どんなことよりも大切だった。






362: ◆ctuEhmj40s 2012/04/01(日) 23:30:50.09 ID:0F0Vsw6Z0


「それにね。僕は君のことを心配していないけれど、他の人は君のことを心配しているんだ。感情の無い僕のことを信じられなくても、感情を持つ君たち同士なら信じられるんじゃないのかい?」

「何それ」

「マミ達だよ」


体がピクリと反応した。
路地裏は肌寒いが、きっと震えたのは寒さだけのせいじゃないだろう。


「今日こうして会いに来たのも、彼女たちから頼まれたこともあったからでね」

「……そう」


彼女は相変わらずのようだ。

勝手に離れた自分のことなど放っておけばいいのに、それが出来ない。
人々を守ることに魔法少女としての生き方を見つけている彼女らしい。






363: ◆ctuEhmj40s 2012/04/01(日) 23:32:19.68 ID:0F0Vsw6Z0


「もう一度、彼女たちと一緒に魔獣を狩る気は無いのかい?」

「ええ」

「どうしてだい? 
一人よりも複数の方が効率よく魔獣に対処できるじゃないか。
そのかわり得られるグリーフシードの量も減るけれど、それを補うだけのメリットがあると思うけど」

「損得の問題じゃないわ。これは私自身の問題なの」

「感情の問題かい?」

「ええ」


訳が分からないね、とキュウべえはこの星に来てから幾度となくつぶやいたであろうセリフを口にした。






364: ◆ctuEhmj40s 2012/04/01(日) 23:33:17.76 ID:0F0Vsw6Z0


「美樹さやかが消えてからの君は、明らかに様子がおかしいね」

「そうかもね」

「マミも杏子もまだ本調子じゃないようだし、そんなに君たちにとって一人の命は重要なのかい?」

「重要でない命と重要でない命があるわ。人が死ぬたびに悲しんでいたら、心が持たないもの」

「それじゃあ、美樹さやかは君にとっては重要な命だったというわけだ」

「否定はしないわ」


彼女とも長い付き合いだった。

好きな部分も言えるし、嫌いな部分もあった。
死んで何も感じないと言うには、あまりにも多くの感情が自分にはあった。

そう言った意味では、間違いなく大事な人の一人だったと言えるだろう。







365: ◆ctuEhmj40s 2012/04/01(日) 23:35:14.46 ID:0F0Vsw6Z0


美樹さやかがいなくなってもう一週間になる。

もうそんなに経ったのか、という気持ちもあるし、まだそれしか経っていないという気持ちもある。
一週間という時間は、事実を現実に感じるにも思い出にするに中途半端な時間だった。

彼女の死後、ほむらは一人で魔獣を狩っていた。

理由は誰にも話していない。
その様子を見て仲間が迎えに来たが、何も話すことなくほむらは追い返していた。
他人に分かってもらえる理由ではないし、分かってもらうつもりもなかった。

そうしているうちに、今度はこの獣が説得に来たわけだ。
大方、マミに頼まれたのだろう。確かに人選としては悪くない。

こいつならば冷静に状況を分析し、完璧な理詰めで物事を判断して話をすることができる。
状況さえ味方ならば、素早くメリットを提示し冷静な人間をこれ以上に無い論理で説得することができるだろう。
折しも状況はキュゥべえに分がある。

言われなくともわかっている。
一人で魔獣を狩るなど、メリットよりもデメリットの方が圧倒的に大きい。
理屈では、マミたちの元に戻るのが正しい判断と言えるだろう。

しかし、ほむらはキュゥべえの説得に耳を貸す気などなかった。

理屈など知ったことではない。
キュゥべえの言う通り、これは理屈の問題ではなく感情の問題なのだから。






366: ◆ctuEhmj40s 2012/04/01(日) 23:37:33.38 ID:0F0Vsw6Z0


話していても時間の無駄だ。

そう思い、ほむらは路地裏を後にしようとした。
自分はもう一人で魔獣を狩ること決めている。
元から結論が決まっているのに、こんなことを話していても意味などないだから。


「マミ達の所に、戻ってきてくれないかい」


去ろうとしたとき、頭に声が響いた。


「食い下がるわね」

「言っただろう。魔法少女のケアも僕の仕事なんだ」

「悪いけれど、私にマミ達を慰めることは出来ないわ。
こういうのは自分で気持ちの整理ができるのを待つしかないのよ。
他人が介入してもいい結果にはならないわ」

「僕は君のことを言っているんだよ。暁美ほむら」


いつの間にか、キュゥべえが行く手の先に回っていた。

赤い瞳がじっとこちらを見つめている。
いつも通り能面のようなのっぺりとしていて、語る言葉全てが嘘くさく見える顔だった。






367: ◆ctuEhmj40s 2012/04/01(日) 23:39:00.51 ID:0F0Vsw6Z0


「人間は群体で生きる生き物なんだろう? 
自然でも社会でも、それは同じことさ。
それを考えると、社会から切り離される魔法少女としての生き方は、人間としては致命傷にもなりかねない」

「自分で生み出しておいて、よく言うわね」

「そのことも僕はちゃんと説明したはずだよ。合意の上での契約だったはずさ」


ほむらの言葉をあしらい、キュゥべえは続けた。


「マミ達は問題ないよ。一番僕が問題視しているのはほむら、君さ。
君は魔法少女としての腕は一流だけど、一人の少女であることには変わりない。
それなのに一人でいようとしてることを、僕は危険だと思っているのさ」

「余計なお世話よ」






368: ◆ctuEhmj40s 2012/04/01(日) 23:41:59.83 ID:0F0Vsw6Z0


「それに一人で何をしようとしているかは分からないけれど、一人よりも複数の方が良いことくらい説明しなくても分かるだろう?」


分かっている。

マミ達は優しい。
仲間としても信頼が置ける。

それに方法だけ見れば、やることは魔獣を退治することに変わらない。
目的を心の内に秘めていたところで問題はないし、彼女たちもおいそれとそこに踏み込むことはしてこないだろう。

かつてのような不和は、もう自分たちには無い。
裏切られることも憎しみをぶつけられることも無いだろう。
目的を話しても、もしかしたら問題ないかもしれない。きっと二人とも笑うことはないだろう。

世界は変わった。
もう一人で、頑張ることはない。

だからこそ、それが出来ないのは自分の問題なのだ。






369: ◆ctuEhmj40s 2012/04/01(日) 23:42:54.09 ID:0F0Vsw6Z0


ほむらは歩き出した。キュゥべえに対する返答もしなかった。

自分が逃げていることを理解していた。
理屈の上では、完全に自分の行動が間違えていることは明らかだった。

それでも孤独な戦いを続けること以外、選ぶことは出来ない。
それを説明することは出来ない。
上辺だけの理屈を立てれば、すぐに論破されるだろう。
そうなれば、自分は誰かと居なくてはならなくなる。

それは出来ない。出来るわけがない。今の自分にとって、他者と関わることは一番の絶望だった。


「孤独は人を殺すよ。暁美ほむら」


それでも、かまわない。
自分が魔法少女して死ぬときは、それは彼女と再会できる時なのだから。






370: ◆ctuEhmj40s 2012/04/01(日) 23:43:54.13 ID:0F0Vsw6Z0

―――――


美樹さやかが魔法少女としてその生を終えた時、ほむらの中にあったのは恐怖だった。

美樹さやかは、結局まどかのことを思い出しはしなかった。
あれほど仲が良かったというのに。

その時、ほむらは理解した。
鹿目まどかという人間は、本当にもうどこにもいないのだということを。






381: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 00:45:40.49 ID:QuGSr0TO0

―――――


時間は夕暮れを過ぎて夜になり、繁華街は賑わいを見せていた。

時間的にはまだ中学生が歩いていても、問題ない時間だ。
これがもう少し遅くなれば、見回りの警察に声を変えられ、学校に連絡されてしまう。

当然のことながら、自分は魔法少女で魔獣を退治していました、などという事実は言えるわけがない。

そうなると結果として、学校で先生にお叱りを受け、両親に電話で怒られ、一人暮らしが剥奪されるような危機となる。
夜に魔獣を狩ることは、自分たちにとっては魔法少女としての使命を果たしつつ、学校に通うという社会との関わりも捨てていない褒められた行動なのだが、そんなことは理解されるはずもない。






382: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 00:46:40.92 ID:QuGSr0TO0


よって、ほむらは帰宅を急いでいた。

幸か不幸か、ほむらには趣味と呼べるものはない。
普通の女子中学生が興味を引かれるような本やCDや服にも無関心だった。
そのため、店や看板に後ろ髪を引かれるようなこともなく、真っ直ぐに家を目指して歩いていた。

そのことを、親友に咎められたことがある。

色々なものを見てみようと彼女は様々な場所に自分を案内してくれた。
その時は未知のもので怖かったはずの場所が、どこでも輝いて見えた。
あの時回った場所や、食べたアイスの味は今でも覚えている。

もしかしたら覚えているだけで、もはや色あせた写真のようになってしまっているかもしれないけれど。






383: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 00:49:04.99 ID:QuGSr0TO0


ほむらは小さくため息をついた。

また、だ。また彼女のことを考えてしまっている。

ここ最近、彼女のことを思い出すことが増えた。
町を歩けば自分を案内する彼女の顔を思い出し、学校に行けば初めて出会ったときの彼女の声が頭に響いた。

世界の風景は変わっていないのに、彼女の存在だけが抜け落ちている。
蘇る記憶は、その空白を埋めるようだった。

ほむらはその記憶から目を逸らした。

世界のどこにも彼女はいない。

もしかしたら、心のどこかで受け入れてなかったのかもしれない。
彼女の家族も友達も忘れているだけで、本当は微かでも覚えている。いつかは思い出す、と。






384: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 00:52:06.53 ID:QuGSr0TO0


なんと甘い考えだったのか。

自分が彼女のことを覚えている。
それだけでも条理を覆すような奇跡だったのだ。
それ以上の不条理なまでの都合のよい奇跡など起こるはずが無い。
そんなことを許すほど、世界は歪んでなどいなかった。

美樹さやかは最後まで彼女のことを思い出さなかった。

そのときから、ほむらはまどかを知っている人間と関わることが怖くなった。

ほむらは少しずつ人との関わりを断っていった。
誰にも会わなければ、自分のまどかの記憶を守ることができる。
そこから無意識にほむらは孤独になっていった。

これは罰だと、ほむらは思う。
友達を守らなかった自分への、友達を守り続ける罰。
そして友達を失い続ける罰。
そしてその罰は、自分が自分であるかぎり終わることはない。

記憶は抜け落ちていき、失えば失ったのかどうかもわからない。

記憶の中のまどかが本当にまどかなのか、それを確かめる術はなく、ただそこから目を逸らすしか疑いを晴らす方法はなかった。






385: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 00:53:42.76 ID:QuGSr0TO0


(冷えるわね…)

季節はもう春を過ぎ、夏に入ろうとしている。
夜でも肌寒いことはないし、ましてや冷えることはない。
きっと冷えているのは風ではなく、自分の身体そのものなのだろう。

いっそのこと、心まで冷えきってしまえば楽になるのだろうか。

何も考えず、何も感じず、そうなれば悩むこともない。
きっといつまでも魔獣と戦い、世界を守り続けることができることだろう。

わかっている。こんなのはただの妄想だ。

自分にそんなことは出来るわけがないし、それ以前にしてはいけないことだ。
確かにそうなれば苦しむこともなく、約束を果たすことができるだろう。
しかしそれは彼女のことを忘れることを意味していた。

そんな機械のようになれば、記憶はただの記録となる。
彼女との日々は数字と客観視された無味乾燥としたものとなり、その声も笑顔もなんの価値もなくなるだろう。






386: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 00:54:49.75 ID:QuGSr0TO0


いや、そちらのほうがいいのだろうか。

機械になってしまえば記録を忘れることもない。
真実は消えてしまうが、事実は世界に残すことが出来るのではないか。
自分の中にある真実は時と共に変質していく。
恐らく時間は残酷に真実を変えていき、やがては別の何かに変えてしまうことだろう。

それならば、無味乾燥とした事実だけを残すことがいいのではないか。

誰も彼女のことなど知りはしない。
知らない人間の顔など誰も興味をもたない。

誰ももう彼女の笑顔に価値などを感じないのだ。
ならばそんなものなくなっても…。

ほむらは思考を止めた。そして自己嫌悪に陥る。






387: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 00:55:52.21 ID:QuGSr0TO0

結局、自分が楽になりたいだけなのだ。
そのためにまどかを一人ぼっちにしようとしていた。

最低だ。

自分の弱さが嫌になる。
自分は何も変わってなどいない。
強がっても、口調を変えても、そんなのは外身を変えただけだ。
中身はあの頃と同じだ。まどかに助けられ、彼女に何も返すことができない自分のままだ。

最高の友達だと彼女はいってくれた。
しかし、自分にそんな言葉をかけてもらえる価値があるとは思えない。

何も彼女にしてあげることができなかったのだから。

結局、自分は彼女に何もしてあげることが出来なかった。
だから、今こうして彼女が守った世界を、いなくなった彼女の代わりに守っている。

もう誰も覚えていない。世界のルールを造り替え、多くの少女の希望となった彼女のことを。






388: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 00:56:47.55 ID:QuGSr0TO0

キュゥべえの言葉を思い出す。

誰もそのことを立証することは出来ない。
それが自分の頭の中の夢物語だとしても、それを確かめる術はない。
妄想だと言われても、否定する材料は自分には無かった。

誰も彼女のことを知らない。
そして少数派は、いつの世も大多数によって駆逐される。
自分一人が覚えていたところで世界は何も変わらない。
この世界に、過去もそして未来にも、永遠に彼女はいないのだ。

だから、自分は忘れるわけにはいかない。 

自分が彼女のことを忘れてしまっては、本当に彼女は世界から消えてしまう。






389: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 00:57:58.67 ID:QuGSr0TO0


世界は言う。
鹿目まどかという存在は、最初からいないのだと。

叫び続ける。
まどかはこの世界に居たのだと。

しかし、現に世界にまどかはいなかった。
塵一つ、彼女がいた痕跡はない。
家族も友達も誰も覚えてはいない。

彼女のことを知らない人々を見るたびに、彼女など存在しなかったことを自覚させられた。
彼女の痕跡の無い世界を見るたびに記憶からもまどかが抜けおちていくような感覚を味わった。
彼女がいないことが正しい世界では、異端者は自分の方だった。

まどかと親しい人物と話すたびに、まどかがいないことが当たり前になっていく。
いないことが異常なのに、それが正常になっていく。
いない誰かをいたと言っている自分がおかしいのだと、認めさせられる。






390: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 00:58:52.78 ID:QuGSr0TO0

本当に、まどかはこの世界に居たのだろうか。
ふと、気が付くと不安になる。自分は本当に彼女のことを覚えているのだろうか。

彼女の顔は、本当にあの顔だっただろうか。

彼女の声は、本当にあんな声だっただろうか。

彼女は、本当にこの世界に居たのだろうか。

その疑問には見て見ぬふりをする。
少しでも見つめれば、まどかがいないことが正しいように考えてしまう。
そしてそのことを認めてしまえば、自分はもうダメになってしまう。

嘘でも何でも、まどかはいたと思い続ける。
それが自分に出来る、まどかへの友達としての証だった。






391: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 00:59:42.60 ID:QuGSr0TO0


気がつくと、いつの間にか見滝原の駅の前に来ていた。 

ここには、あまり良い思い出はない。
ここでは自分にとってはあまりにも親しい人が消えていったことが多すぎた。
悲しいことが、ここには詰まっている。

駅とは余所へ行く場所だが、ほむらは見滝原に来て以来、あまり利用したことはない。
いつも自分はここでは見送る側であり、見送られたことも誰かと出会ったこともない。
ここは単なる別れの場所だった。

夕暮れを過ぎ、駅前は帰りの人で賑わっていた。
相変わらず人ごみには慣れない。
用もないので、ほむらは往来を横目に家路に着こうとした。






392: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 01:00:45.15 ID:QuGSr0TO0


どうして、あんなことをしたのか。
後になっても、ほむらはそのことは分からない。

確かに、目につく姿をしていた。
褐色の肌は否が応にも目立つし、明らかに遠出を意識した服装やキャリーバッグを引いた姿は、仕事帰りの人とは明らかに違っていた。
何よりペットのサルがこれでもかと異質な雰囲気を出していたし、以上の理由からその場から浮いていたことは全くもって否定できない。

しかしだからといって、ほむらはそのような人物に話しかけるほど積極的な人間ではない。

長い旅路の中で、余計なことに関心を払わないのは当たり前のことになっていたし、そうでなくとも知らない人と話すのは昔から苦手だった。
だから困っている人を見かけても、昔は一歩を踏み出す勇気はなかったし、今はそんなことをするような殊勝な心は無くなっていた。






393: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 01:05:47.73 ID:QuGSr0TO0

だから、きょろきょろと周囲を見回していた人を見かけても、話しかけることは本来ほむらにとってはあり得ないことのはずだった。


「あの…」


気が付いたとき、ほむらはその女性に話しかけていた。
話しかけた時に誰よりも驚いたのは、当のほむら本人だった。


「はい?」


鈴が鳴るような声と共に、女性が振り返った。

ウェーブの掛かった髪がふわりと揺れた。
バックに座っている子ザルもちゅ?とこちらに視線を返す。
二つの視線に見つめられ、ほむらは動けなくなった。






394: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 01:06:57.16 ID:QuGSr0TO0


「あ、その、えっと…」

「?」


何も考えていなかったので、言葉が出てこない。

そもそも話しかけるなど、思いもよらなかったことなのだ。
元々引っ込み思案なので誰かに道を聞いたこともないし、聞かれたこともない。
こんな時、どう対応すればいいのか分からなかった。

そのほむらの様子に女性は一瞬きょとんとし、そしてクスリと笑うと優しく声をかけた。


「道をお聞きしたいんですけど、よろしいですか? とりあえずホテルの場所をいくつか」

「あ、え、あ、は、はい…」


言われて、ほむらは幾分か冷静さを取り戻した。

しかし答えようとしたところで、見滝原のホテルの場所をあまり知らないことを思い出した。
一つくらいなら知っているが、ビジネスホテルであるし観光に使うにはあまり適していない。

しかたなくとりあえず駅に入り、観光相談所に案内した。






395: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 01:08:17.17 ID:QuGSr0TO0

自分から名乗り出たのに満足に道案内をできないとは、とんだ間抜けだ。
笑われても仕方がない。自分がダメな人間であることを改めて自覚させられる。

やはり、自分はどうしようもなく弱い人間なのだ。


「あら、待っていてくれたんですか?」


声をかけられ、ほむらは自己嫌悪から抜け出した。

気が付くと、案内した女性が戻っていた。
どうやら、考え事をしている間にそれなりに時間が経っていたらしい。


「ありがとうございます。あなたは親切な人ですね」

「考え事をしていたら、行きそびれてしまっただけです」

「それでも親切なことに変わりありません。慣れていないのに、道を教えてくれて」

「すみません……」

「あら、責めているんじゃないですよ。素直に感謝しているだけです」


やり取りが可笑しかったのか、クスクスと彼女は笑った。






396: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 01:09:44.49 ID:QuGSr0TO0


改めて見てみると、やはり普通の人には見えない。
平日にこんな姿をしているというのもあるが、どことなく異質な気配が彼女にはあった。

しかし、不思議と警戒するような気分にはならない。
彼女の柔らかい雰囲気のせいだろうか。
笑った姿を見ると、少し幼く見えた。
もしかしたら、そんなに年齢は変わらないのかもしれない。


「見滝原というんですね、ここ。広くて、歩くのも面白そう」

「え?」


一瞬、ほむらは虚を突かれた。


「ああ、すみません。私変なことを言いましたか?」

「いえ……」






397: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 01:11:25.76 ID:QuGSr0TO0


十分、変だろう。

この駅で降りたということは、何らかの目的がこの場所にあったはずだ。
それなら当然、土地の名前くらいは知っていて然るべきことのはずである。
まさか、用もないのに気まぐれで電車から降りたのだろうか。

だとしたら、随分とゆとりのある人生を送っているものだ。

年は分からないが、少なくとも平日から簡単に悠々自適な人生を送れるような年齢には見えない。
彼女の外見や振る舞いから見える浮世離れしたような雰囲気は、そこから来ているのだろうか。

少なくとも、彼女は普通から離れた人生を送っているようだ。
それは自分も同じだが、かといってこれといったシンパシーを感じることはなかった。

普通の人間とも関係が希薄になっているのに、異質な人間となら上手くいくなどというそんな道理があるはずがない。
そもそも相手の問題ではないのだ。
原因は自分にあり、そしてそれは生涯消えることは無い。
相手が変わったところで、何も変わらない。






398: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 01:13:26.52 ID:QuGSr0TO0

それとも、何かを期待していたのだろうか。

だとしたら、何と女々しい事か。
普通から外れていても、まどかを知らない大多数の中の一人でしかないというのに。

それに気が付いた今は、もう彼女への興味は薄れ始めていた。

結局、そういうことなのだ。
淡い希望に惑わされた気の迷いであり、決して他人のためではない。
これが自分という人間であり、性根なのだ。

彼女の方を見ると「見滝原……見滝原……」と小さく何かブツブツと呟いていた。
何か思い当たるものでのあるのだろうか。
とにかくもう知りたい情報を聞いたようだし、さらに知りたいことがあってもまた案内所に来れば大丈夫だろう。


「ああ、そういえば聞いたことがあります。
そこに住んでいた知り合いがいたことを思い出しました」






399: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 01:15:58.72 ID:QuGSr0TO0


「そうですか」


適当に返事を返す。
それならここで降りたのも、きっとその知り合いのことが頭の片隅に残っていたからだろう。

そうでなかったとしても、別にどうだっていい。

ほむらは一言二言返して立ち去ろうとした。


「あら?」


そこで、女性は初めて気が付いたようにほむらのことを見つめた。


「なにかしら?」

「あなた、もしかしたら見滝原中学校の生徒さん?」

「ええ、そうだけど」

「まぁ。わたしの知り合いの二人も見滝原中学校の生徒さんだったの。
今は確か二年生になったと思うのだけれど」

「奇遇ですね。私も今二年生です」

「なら、もしかしたら……」


ここまで来たら、そのくらいの質問に答えてもいいだろう。

しかし自分に分かるだろうか。
何度も転入したからクラスメイトならばおそらくわかるだろう。
しかし他のクラスとなると、途端に記憶は怪しくなる。

女性は少し懐かしそうに、名前を口にした。






400: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 01:16:51.29 ID:QuGSr0TO0





「知っているかしら。一人は鹿目まどかさんっていうのだけれど」





同名の別人だと思う。

しかし、そんな考えはすぐに消し飛んだ。
そもそもその名前を持つ人間がいたら、自分は気づかないはずがない。

だが、今その名前が耳に届いたことを、ほむらは信じることができない。







401: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 01:18:10.78 ID:QuGSr0TO0


「もう一人は美樹さやかさんっていうの。
知っているかしら? 
まどかさんはおとなしい人で、さやかさんは活発な人なんだけど……」


まさか、でも。

なんで、どうして、なぜ。


「どうしているかしら。元気にしているといいんですけど。……あの?」


視界が回る。
足が浮く。
体の芯が抜けたように、ふらつく。

頭に響くのは彼女の声。
優しく、自分に出来た初めての友達。
この世界に来てから、幾度となく幻想だと言われた記憶。






402: ◆ctuEhmj40s 2012/04/30(月) 01:19:08.14 ID:QuGSr0TO0


封じ込めていたはずの記憶が、堰を切ったように溢れてくる。

出会った記憶。
別れた記憶。
再会した記憶。
奪った記憶。
約束をした記憶。


ほむらちゃん


そこで、ほむらは気を失った。






406: ◆ctuEhmj40s 2012/05/09(水) 23:05:19.39 ID:ISWSPmHC0

―――――


「君たちは彼女たちの呪いそのものだ。僕と同じさ」

「ボクたちを、アンタなんかと一緒にするな」

「その絆は、呪いだよ。君たちは彼女たちを閉じ込めることしかできない」

「それなら確かに呪いだ。でも、ボクたちは外に出るためにここに来たんだ」






407: ◆ctuEhmj40s 2012/05/09(水) 23:06:08.76 ID:ISWSPmHC0

―――――


目覚めると、見たことのない天井が目に焼き付いた。

不安が体を強張らせる。
気が付いたら見知らぬ場所に居れば、誰でも不安になるだろう。
しかし、自分のこの怖がりようは異常だとほむらは思う。

体が震えている。息が荒く、心臓が耳に届くほど早鐘を打っている。

目の焦点が合っていないのだろうか、視界が揺れている。
震える手を無理やり押さえつける。
まるで他人の手のように、言うことを聞かなかった。






408: ◆ctuEhmj40s 2012/05/09(水) 23:07:08.55 ID:ISWSPmHC0


同じ時間を繰り返してきた弊害なのだろう。
何度も同じ光景を見ている内に、それが普通になってしまった。
この先、変わることも変わらないことも全てわかってしまう。
そんなつもりはないが、もしかしたら心のどこかでは神様気取りだったのかもしれない。
一か月から抜け出せない、不自由な神様だ。

そのため、こんな想定外の事態には弱い。
そんなことが起きない場所にいたのだから当たり前である。

環境が変わることに、人一倍慣れていないのだ。
昔から知らない場所に行くことは苦手だったが、更に悪化したように思う。

大丈夫。

そう自分に言い聞かせる。
緊張してしまうことは克服できないが、それをほぐす方法は身につけている。
呼吸を整え、心を落ち着かせる。

何度も行うと体の震えも止まり、ある程度平静に戻ることができた。






409: ◆ctuEhmj40s 2012/05/09(水) 23:07:52.52 ID:ISWSPmHC0


どうしてこんなことになったのか。

まだぼんやりしている頭を叩き、記憶をさかのぼる。
確か自分は魔獣退治の帰りだったはずだ。
そして駅の前を通りかかり、そこで、

知っているかしら。一人は鹿目まどかさんっていうのだけれど


(……!)


その名前で、頭が一瞬でクリアになる。

鹿目まどか。
確かにそう言った。

聞き間違えるはずがない。
それに彼女は、美樹さやかの名前も知っていた。

もはや疑いようはない。
彼女が口にした『鹿目まどか』は、あのまどかのことだ。






410: ◆ctuEhmj40s 2012/05/09(水) 23:09:18.94 ID:ISWSPmHC0


でも、何故?

まどかの存在は、この世界から完全に失われてしまった。
それは、もう疑いようのないことだ。

ならば、いないはずのまどかのことを彼女はなぜ知っているのか。
あの口調からしてまどかの知り合いのようだ。
が、その程度の関係で覚えているはずがない。

いや、結びつきの強さの問題ではないのだ。
それなら、自分だけがまどかのことを覚えているはずがない。
自分が彼女のことを覚えていることは、単なる偶然の産物に過ぎないのだから。

ならば、まどかを知る人間が現れたというのはどういうことなのだろうか。






411: ◆ctuEhmj40s 2012/05/09(水) 23:10:19.90 ID:ISWSPmHC0


まどかの祈りによって、世界の構造は変わった。
希望は必ず絶望に変わるというルールはなくなり、その代償にまどかは人間としての存在を失った。
まどかの犠牲によって今の世界は成り立ち、多くの魔法少女が絶望するだけの未来から救われることとなった。

どんなに目を逸らそうとしても、それが現実だ。
この世界では、まどかがいないことが普通の事であり、正常な状態なのだ。

そのまどかを知る人物が、自分以外に現れた。
それは、この世界に異常が起こっているということなのか。

もしそうならば、何としてでもその原因を突き止めて元に戻さなくてはならない。
この世界はまどかが望んだ世界であり、あの子が守ろうとした世界なのだ。
その世界を守ることが今の自分の願いであり、戦いだった。

彼女が守ろうとしたものを、守らなくてはならない。
それがこの世界でもまどかのことを覚えていた、自分の使命だ。






412: ◆ctuEhmj40s 2012/05/09(水) 23:11:18.78 ID:ISWSPmHC0


(でも、本当にそんなことが?)


ほむらの頭に疑問が浮かぶ。
世界に異常が起きているとなれば一大事だが、その中心にあるはずの魔法少女としての活動には大きな変化は見られない。

ここ数日戦った魔獣は、いつも通りのものだった。
つい先ほども一戦戦ったばかりだが、これと言った変化は見受けられなかった。
出現する頻度も、格別増えたわけでも減ったわけでもない。

平和、というにはいささか物騒だが、魔獣に関してはこれといった異常は見られない。
魔法少女システムに異常が発生したのなら、まずここから変化が現れるべきなのではないか。


(もしかしたら……)


あの不思議な女性。彼女の方にこそ、何かあるのかもしれない。






413: ◆ctuEhmj40s 2012/05/09(水) 23:12:27.16 ID:ISWSPmHC0


思い返してみれば、確かに何か普通の人間とは違う雰囲気があった。
もし彼女が自分と同じ魔法少女だとしたらどうだろうか。

それならば、何らかの奇跡を叶えてその作用で以前の世界のことを知っている可能性もあるのではないか。
魔法少女は条理を覆す存在というのはあの白い獣の受け売りだが、どんな能力に目覚めてもおかしくはない。

だとしたら、彼女はこの世界のことをどのように捉えているのだろうか。

悪しきシステムを破壊した新世界か。
それとも条理を歪め、都合よく改変されたニセモノの世界か。

彼女が潔癖を好む性格だという場合も十分にある。
そんな清純な心を持つ者が魔法少女になることは、得てしてよくあることだ。
それならば、世界を元に戻そうと画策する可能性も……。


(……情報不足ね。これ以上考えても、進展はないわ)


まずは世界に異常が起きているのか、それとも彼女が異常と呼べる人物なのか。
それを見極めなくてはならない。






414: ◆ctuEhmj40s 2012/05/09(水) 23:13:48.06 ID:ISWSPmHC0


まどかを知る人物がいることは異常であり、それは普通とは違う。
そこに何らかの異変があることに疑いはない。

まどかのことならば、自分は動かなくてはならない。
彼女と彼女の願いを守るために自分はここに居るのだから。


(それにしても……)


ここはどこだろうか。
改めて見回すと、妙なところだった。

一言で表すならば、欧州風の書斎、と言ったところか。
壁という壁に木製の本棚が置かれており、大量の英字の辞書や図鑑が並んでいた。
シックな雰囲気でそれだけならば映画に出てくるような書斎で終わるのだが、
その部屋の真ん中にある巨大なダブルベッドがその雰囲気を見事にぶち壊していた。

何を持ってこんなところに、こんなものをおいたのだろうか。
置くならこんなベッドではなく機能美に溢れた執務机だろう。

ともかく、ここはベッドルームらしい。
そうは見えないが、ベッドが置いてあるのだからベッドルームなのだろう。






415: ◆ctuEhmj40s 2012/05/09(水) 23:15:03.14 ID:ISWSPmHC0



無意識に歩いてこんなところに来たとは思えない。

となると、誰かに運ばれてきたことになる。
見知らぬ誰かに運ばれたのか、それともあの――。


その時、がちゃり、と奥の方から部屋の扉が開く音がした。


とっさに布団をかぶり、身を隠した。
おそらく戻ってきたのは、自分をこの部屋に運んできた人間だろう。
それが見知らぬ第三者だったら何の問題もない。

だが、それが例の彼女だったら?






416: ◆ctuEhmj40s 2012/05/09(水) 23:15:50.07 ID:ISWSPmHC0


彼女は要注意人物だ。
何故まどかのことを知っているのか。
どんな異常が起きているにしろ、彼女からは貴重な情報が得られることに違いはない。

何にせよ、彼女とはもう一度接触しなくてはならない。
もし、今部屋に入ってきたのが彼女なら手間は大きく省けることになる。

何ら裏もなく、こちらを助けたのも単なる親切心であり、こちらの欲しい情報を得られる。
それならばいい。

問題は、彼女が魔法少女であり、尚且つ世界に害をなそうとしている場合である。
そうだと考えた時、この状況は『敵』の手の中に落ちていることになる。






417: ◆ctuEhmj40s 2012/05/09(水) 23:17:21.59 ID:ISWSPmHC0


(ソウルジェムは……)


手元にある。
起きた時に体も縛られていないことも考えると、こちらに敵意があるとは考えづらい。
やはり、単なる取り越し苦労だろうか。

いや、こちらの正体に気付いていない可能性もある。
まどかを知っていてこの街を訪れたのなら、やはり何かしらの意図があって見滝原に来たことは間違いない。

しかし、それならまどかとのつながりを知られていない以上、こちらにアドバンテージがある。

今ならば、奇襲が成立する。
そうだ。それが一番、手段としては手っ取り早い。

楽に相手が、どんな人間か推し量ることができる。
命を握られて反応を出さない人間など、早々いない。
一度、生殺与奪を握ってしまえば後はどうとでもなる。

敵ならそのまま事を運べばいい。
もしすべてこちらの考えすぎならば、それはそれで問題はない。
彼女には運が悪かったと考えてもらうしかない。
必要以上の危害は加えないし、自分がただの恩知らずな人間だったという事実が残るだけだ。

ほむらは行動をまとめた。

見知らぬ第三者なら、何もせずにやり過ごす。
あの女性ならば、不意打ちを行い、素性を確かめる。






418: ◆ctuEhmj40s 2012/05/09(水) 23:18:43.79 ID:ISWSPmHC0


ふと、そこでほむらは我に返った。

善意で助けてくれたかもしれない人間に、自分は何をしようとしているのか。

思考が、悪い方へと流れている。
頭に浮かんでくるのは最悪の事態。
そんなことが早々起こるはずはない。おそらく高い確率で杞憂となるだろう。

そんなことは分かっている。

しかし、事はまどかに関係している。
常に最悪の事態というものを想定して動かなければならない。
そうでなくては、守ることができない。

あの子の残したこの世界を。
彼女が祈った、途方もない願いを。

その事を思い出し、ほむらは覚悟を決めた。
少しでも最悪の可能性があるのなら、それを防ぐ手段を取る。
なかったらなかったで構わない。自分がその責任を取るだけだ。

それくらい泥ならば、いくら被っても構わない。






419: ◆ctuEhmj40s 2012/05/09(水) 23:19:49.90 ID:ISWSPmHC0


変身する。
布団に隠れて服装が変わったことは、向こうからは見えないはずだ。

力も使わなければ気取られることは無い。
目を開けられないため直接確認することは出来ないが、あの女性の声は覚えている。

耳に全神経を集中させた。
どくん、と心臓が早鐘を打つ音が頭の中に響いた。
少しの音も拾おうとしている今では、その音すらも煩わしい。

ほむらは息をひそめ、部屋に入ってきたのが誰なのかを伺った。

足音が聞こえる。
世の中にはそれを聞いただけで誰かを判断できる人間もいるらしいが、生憎ほむらにそのような能力は無い。
訓練でもしておけばよかったと過去の自分を恨みつつ、ほむらは耳を澄ませた。






420: ◆ctuEhmj40s 2012/05/09(水) 23:20:56.44 ID:ISWSPmHC0


がさり、と何かが置かれる音がする。

ビニール袋のようだが、聞きたいのはそれではない。

ふぅ、とちいさく息を吐く音が聞こえた。

声と呼ぶには程遠い、空気の流れる音。
それだけで、相手が誰だか判断することは出来ない。

ごそごそ、と衣服を脱ぐ音が耳に届く。
どうやら上着を脱いでいるようだった。


「高かったわね。チュチュ」


あの時の女性の声だった。


布団を跳ね上げ、身をひるがえすと、相手を壁に突き飛ばす。
「きゃ――」と小さく悲鳴が上がった。
混乱している相手に弓を向ける。

一瞬にしてほむらは相手を本棚に追いつめた。






425: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 11:36:44.84 ID:90hsLc3E0


「これから聞くことに答えて頂戴。そうすれば危害は加えないわ」


話しかけながらも、テレパシーを飛ばしてみる。
しかし、何の反応もない。
だが聞こえないふりをしている可能性もある。油断はできない。

声色は出来るだけ冷徹に聞こえるようにして相手に向ける。
付け入る隙を見せてはいけない。
場の空気を支配し、こちらに主導権があることを分からせ、必要な情報を引き出す。
本心を隠すのは得意だったし、冷たい印象を持たれるような振る舞いも造作の無いことだ。
かつての戦いで得た経験を駆使し、空気を凍らせ、目の前の女性に敵意を向ける。

ここまでは予定通り。
これで完全に、彼女はこの場に支配されたことだろう。
ほむらは相手の反応を待った。






426: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 11:38:39.44 ID:90hsLc3E0


「あらあら」


作り上げたはずの場にそぐわない、緊張感のない声が響いた。


「見て、チュチュ。凄いわねぇ、どんな手品なのかしら?」


チュッチ、といつの間にか主人の肩に来ていた子ザルが小さく答えた。
そしてどこからともなく、手品のように爪楊枝で作った小さな剣を取り出すと、ピュンピュンと振り回しポーズをとる。
「似てる似てる」と、その様子を見て彼女は小さく笑った。

予想していなかった、のほほんとした反応に、ほむらは固まった。








427: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 11:39:47.03 ID:90hsLc3E0


おかしい。
自分が求めていたのはこんな状況ではなかったはずだ。
予定では相手と脅して情報を引き出す手はずだったはずである。
それが何故、手品を見せ合っているかのような状況になっているのか。

いや、また挽回の余地は十分にある。
向こうの命をこちらが握っているという状況には変わりない。
圧倒的有利なのは変わらないのだ。

もしかしたら脅しが足りなかったのかもしれない。
土壇場で甘さが出てしまうのは、自分の悪い癖だ。
反省しよう。
しかしとりあえずそれは後だ。
今はこの空気を緊張したものに変えることが先決である。

再び言葉で脅しをかけるか、いっそ矢を壁に撃ちこむことくらいのことを――。

そんな状況を動かそうと頭を働かせるほむらの横を、彼女はするリとあっさり通り過ぎた。

一瞬、あっけにとられる。
そして、相手を逃がしてしまったことに気が付き、ほむらは慌てて弓を向けた。






428: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 11:41:03.83 ID:90hsLc3E0


「ちょ、ちょっとまちな――きゃっ!」


チュ。と彼女の肩にのっていた子ザルが、ほむらの肩に飛び乗った。

再びほむらは硬直する。
想定した中にこんな展開はもちろん無い。
ましてや動物と触れ合うこと事態ほとんど経験がなく、子ザルが肩にのるなど夢にも思わなかった特殊な状況である。

許容以上のアクシデントに見舞われ、ほむらは完全にフリーズした。

どうやら子ザルはほむらのことを手品仲間だと思ったらしい。
チュチュ♪、と期限がよさそうにほむらにじゃれ付いた。
じゃれつかれたほむらは、「や、やめ……」と何も口から出せずに尻餅をつくことしかできなかった。


「ほら、チュチュ。ちょっとはしゃぎ過ぎよ。困っているわ」


主人の声を聴き、子ザルはチュ、と返事をするとトテトテと歩いていく。
そこでようやくほむらは解放された。






429: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 11:42:28.23 ID:90hsLc3E0


「何か食べる? とりあえずお茶とヨーグルトを買ってきたのだけれど」


息も絶え絶えになっているほむらに、彼女は心配そうに声をかけた。


「ひ、人の話を――」

「手品をするのはいいけれど、せっかく倒れたところを運んであげたのだからもう少し感謝してもらってもいいんじゃないかしら? 
あれが感謝の印ならちょっと乱暴だと思うけれど」


肩をさすり、痛めたかのようなジェスチャーを取る。
先ほどの行動に対する不満を表しているらしい。
当然のことだがやはり怒っているようだった。

しかし声色は変わっていない。
それがほむらには不気味に感じられた。
それまでの経緯と仕草からそのことは明白なのに、その感情が彼女からは読み取れない。

そのギャップに、ほむらは少し、気圧された。






430: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 11:43:21.49 ID:90hsLc3E0


「でも元気そうでよかった」


そんなことを知ってか知らずか、彼女は優しく声をかけた。


「急に倒れたから、とりあえず休めるところを探して運んだのだけれど」


倒れた。
そうだ自分は倒れたのだ。あの駅で。

彼女はわざわざ見ず知らずの自分の為に、わざわざこんなところまで自分を運んできたのだろうか。
倒れている自分を運ぶのは、相当な苦労があったことだろう。
いっそのこと救急車でも呼んでしまえば、何の苦労もせずにその場から離れることも出来たというのに。

その優しさが、この上もなく不快に感じた。






431: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 11:44:54.14 ID:90hsLc3E0


「ふざけないで」


温くなった空気を振り払うかのように、ほむらは怒気をこめた。

声は冷えきっていた。
冷たく、温情も愛情もどこにもない。
ただ怒りだけを込めたようなそんな声。

本当に怒りに体が支配されたとき、どこまでも頭は冴え冷徹に物事を実行しようとすることを、ほむらはこの時初めて知った。

相手の態度・緊張感のない空気・何もできない自分。
その全てに、ほむらは苛立っていた。

さらに、こちらが真剣であるにもかかわらず、相手は何の問題もないかのように過ごしている。
そればかりか、自分に対して慈悲の心を向けるくらいの余裕すらある。

それにほむらはひどく侮辱されたような屈辱を受けた。






432: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 11:46:12.05 ID:90hsLc3E0


いや、違う。きっとこの感情は自分がこの世界から感じ取っている印象そのものなのだ。
彼女への感情は、いわばその八つ当たりに過ぎない。

まどかにためにどんなに懸命になっても、世界は彼女を認識せず、何事もなかったかのようにその営みを続けていく。
どんな代償があってこの世界が成り立っているのか、誰もそのことを気に留めることは無い。

こちらがどんなに必死になっても、何も変わらずに時は流れていく。
全てを過去に流し、忘れ去ろうとしているかのように。

そんなことはさせない。あの子がいた事実を消すことは許さない。

ほむらは立ち上がった。
きょとんとした目でこちらを見ている相手に、弓を構えて、魔法の矢を向ける。
それは支配されまいと抵抗する、レジスタンスの狼煙の様だった。


「分かっていないようならもう一度言うわ。私の質問に答えなさい。拒否するなら撃つ」

「無理をしてはダメよ。大人しく――」


矢を放った。
放たれた矢は、彼女に当たらず、向こうの本棚に穴をあけて消えていった。






433: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 11:47:11.51 ID:90hsLc3E0


「次は当てるわ」

「こんなふうに自己紹介するなんて、初めてね」

「貴方の名前に興味はないの。ただ聞かれたことだけ答えて頂戴」


おかしな人、と彼女は小さく呟いた。
ふと、そこで横目でベッドに視線を向けた。

ほむらは座るように促す。
彼女はどうも、と礼を言うと、ふんわりとベッドに座った。


「魔法少女を知っている?」


まずは単刀直入にその質問から始めることにした。


「魔法少女? 何か緊張感のない質問ね」


その緊張感をそれまで壊していたのは他ならぬ彼女自身なのだが、そんな指摘は胸にしまっておく。


「アニメのことを言っているなら、昔いくつか見てましたよ」

「ちなみに嘘をついても私は貴方を撃つつもり。隠すと貴方のためにならないわよ」






434: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 11:48:55.60 ID:90hsLc3E0


「と、言われても」


困ったように彼女はほむらを見つめた。


「私だって撃たれたくないから、嘘はつかないわ。
でもそれをあなたはどうすれば信用してくれるのかしら」

「それはこちらが判断するわ。余計なことは言わないで」

「貴方にとっては余計なことかもしれないけれど、私にとっては重要なの。
正直に答えて撃たれたんじゃ、泣きたくなるもの」


矢の先は、今も彼女を捉えている。
それにも関らず、彼女の物言いにおびえるような様子は一切なかった。






435: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 11:50:47.63 ID:90hsLc3E0


やはり嘘をついているのではないか。

疑いがほむらの中で渦を巻く。
普通の人間ならば、こんな衣装を着た相手に弓矢を向けられて平静でいられるはずがない。

しかし、魔法少女だとしてもそれはそれで疑問が生まれてくる。
それならば、これまで一切抵抗のそぶりを見せなかったのはなぜなのか。

こうやって脅されて質問される状況にたどり着くまでに、自分にはいくらでも隙はあった。
ベテランの魔法少女ならば、そこを突いてこちらを組み伏せることなど容易だったはずである。
新人の魔法少女だったとしても、やはり結果は同じだ。
そもそもこちらの隙など伺わずに襲ってきたことだろう。
成りたての魔法少女というのは、得てして自分の力を過信するものだ。
それに感性が普通の人間と変わらない新米魔法少女に、こうして矢を向けられて平静でいられるだけのメンタルは無い。

率直に言ってしまって、こうして自分がこの場を支配できていることが、既に異常な事態と言えた。
どのように考えても、脅しても怯えない相手を脅すこの状況に至る道筋が考え付かない。

彼女は何者なのか。

疑問はそこに戻る。
一般人にも、魔法少女にも見えない。
あまりにも不自然なこの状況の中心にいる彼女が、ほむらには得体の知れないものに見えた。

正体がわからない。
それは最も恐ろしい物だとほむらは思う。
なまじ、得体の知れないものを知っている分、それが余計に恐ろしく感じる。

自分の想像の外に彼女という存在はある。
もしかしたらすでに自分は彼女の手中に――






436: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 11:52:11.88 ID:90hsLc3E0


「私は貴方に嘘をつきませんよ」


その時、ほむらの考えを彼女の声が遮った。


「余計なことを話さないで。聞こえなかったかしら」

「だって、信用されていないようだから」

「生憎、初対面の赤の他人の言うことを全て信じるほど、私はお人よしではないの」

「あら。もう赤の他人ではないでしょう、私たち」


少々、不満そうに彼女は声を上げた。


「少なくとも私はこれまであなたに嘘はついてないし、倒れたところを介抱もしたわ。
それに道を教えてくれて感謝もしているのよ? 
赤の他人よりも、正直で、介抱して、貴方に感謝しているという要素分くらいには信用してくれてもいいんじゃないかしら。 
いえ、むしろもっと積極的に信用するべきね。
なにせ休ませるためにこんな場所に入る羽目になったんだから。
それに大人しく質問を受けている分、私の忍耐力というものも考慮して、信用してほしいわ」


流れるような彼女の言葉に、ほむらは呆気にとられた。

その言葉の中身にではない。
彼女が普通の人のように感情を表したことが、心の底から意外だった。

もう彼女に得体の知れないような雰囲気は感じられない。
目の前にいるのは一風変わった普通の人間だった。






437: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 11:53:06.99 ID:90hsLc3E0


「善処するわ」


平静を取り戻したほむらは、次の質問に移ることにした。


「キュゥべえ、魔獣、魔女。この中で特別知っている単語はあるかしら」

「一つだけなら」

「それは何? 答えて」

「魔女」


よりにもよって、その単語なのか。


「『魔女』について、貴方は何を知っているの?」

「知っているというか。私は元・魔女なんですよ」


ほむらは混乱した。






438: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 11:59:04.45 ID:90hsLc3E0


「……さっき、私に嘘をつかないと言ったのは嘘だったのかしら」


「と、言われても。私にとっては本当の事ですので」


まさか、本当に? 
しかし、嘘をついているようには見えない。

というより、こんな嘘をつく必要がどこにもない。
魔女などという単語は、この世界の魔法少女の間では存在しない。
そもそも自分が魔法少女であることを隠す嘘ならば、知らないと答えるのがここでの道理だ。

しかし、ならばどういうことなのか。


「貴方の言う魔女とはいったいどんなものかしら」

「多くの人から希望を奪った存在。
王子を堕落させた女。
絶望の集まった虚無の少女。
王子様のいない女の子。
こんなところかしら。昔の自分のことを話すのはちょっと恥ずかしいわね」


何とも断片的で抽象的な物言いだった。

自分の知っている『魔女』と符合する部分もあるが、そうでない部分もある。
強引に解釈すればそれ以外の部分も結びつけることは出来る。
が、無理矢理当てはめたところでそれはただ単に自分の願望にすり合わせただけのように思えた。






439: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 12:00:35.81 ID:90hsLc3E0


元・魔女。
魔女が人間に戻ることなど、ほむらが知る限りでは在りえない。
一つだけ、その不可能を強引に可能する奇跡のような方法もあるが、そんな奇跡を願わなければならないほど、魔女が人間に戻るというのは在りえないことだ。

彼女の言う魔女は、ほむらの知る魔女ではない。
そもそもこの世界に魔女などいない。
そこを考えてもそれは明らかなことだ。


(でも……)


彼女は言った。
自分は昔、そんな魔女だったと。

彼女もまた、罪を背負っているのだろうか。
自分と同じような、一生背負うようなそんな罪を。


「貴方の目的は何?」


その問いには、彼女はハッキリと答えた。






440: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 12:01:36.00 ID:90hsLc3E0


「親友を探すためです」


部屋に声が染み渡る。
その声はこれまで聞いたどの彼女の声よりも、澄んだ、綺麗な声だった。

親友を探す。
彼女にも親友がいるのか。
自分と同じように。


「まだ聞きたいことはあるのかしら」


ベッドの上で彼女は小さく、手を動かした。
手の上では子ザルがゴロゴロと、楽しそうにじゃれ合っていた。
その様子を、彼女は何とはなしに見つめていた。


「貴方、私が怖くないの?」


つい、そんな言葉が口に出た。

言ってしまってから、しまった、と内心後悔する。
無闇に親しくしては、こちらの優位は崩れてしまう。
しかし、彼女はそれも質問と受け取ったのか、別段態度を変えることもなく答えた。






441: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 12:02:40.35 ID:90hsLc3E0


「怖いですよ。でも私は何もできませんから」

「それなら、怖がってくれないかしら。そうしないと、ちゃんとこちらの意思が伝わっているのか不安になって、もっと過激なことをするかもしれないの」

「あら。そういう趣味があるの? 怖い人」


もしかしたら、諦めているのだろうか。

しかし彼女の眼からは、そんな風には感じられない。
さりとて隙を窺っているとも感じられない。
あくまでも平静。動揺も怯えも敵意もない。
なぜこのような状況で、そこまで平静でいられるのだろうか。


「何もできないから、私はあなたを信用するだけです。それしかできませんものね」


信用といったか。
こんな自分を信用しているのか。

だとしたら、何とも能天気なことだ。
こうやって矢を向けている相手を信用するとは、お花畑にもほどがある。


「自分に武器を向けている人間を信用するの? 何とも寛大なことね」






442: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 12:03:29.95 ID:90hsLc3E0


「誰でも無条件に、信用なんてしませんよ」


気が付く。彼女の手が、止まっている。
じっと、碧眼の異国の瞳がこちらを見つめていた。


「あなただから、信用しているんです。他の人だったら信用なんてしませんよ」


曇りの無い、しかし無垢とも言い難い瞳がこちらを見ている。

あなただから信用しているといった。
自分の何を、彼女は信用しているのか。
何を彼女は見て、そして何を判断したのか。


「それであなたを信用して、一つ提案があるのだけれど」






443: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 12:04:43.75 ID:90hsLc3E0


「……何?」

「正直、ベッドに座ったままというのは疲れるし、あなたもずっと立ったまま弓を構えているのは疲れるでしょう? 
話が長くなるのなら、もっとちゃんとした場所で話をしないかしら。
素敵なカフェを知っているなら、そこがいいのだけれど」

「馬鹿なことを言わないで」


誰が好き好んでこの状況を手放すのか。
相手から情報を一方的に引き出せる好機を逃すわけがない。


「でもそろそろ夜も更けてくるし。
急だったとはいえ、こんな場所じゃあ女の子二人が話をするにはちょっと不釣り合いだと思わない?」


困ったように辺りを見回す。
どことなく居づらそうに体をそわそわとさせている。
そこまで不快な空間だとは思わないが、彼女には合わないのだろうか。






444: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 12:05:39.92 ID:90hsLc3E0


今の今まで忘れていたが、そういえばここはどこなのだろうか。

ベッドがあるから寝室ではあるのだろう。
しかし、彼女は見滝原には初めて来たと言っていた。
しかも道も分からない初心者だ。

ならば、個人や知り合いの住居とは考えづらい。
となるとどこかの宿泊施設になるのだろう。
が、こんな部屋があるホテルや旅館など聞いたことがない。
まぁ、どこか特殊なホテルならこんな部屋も――。

ちょっと、待て。


「やっぱり壁薄いのね。あんまりいい素材使ってないみたい」

その声を聴くのに、耳を澄ます必要もなかった。

甘い声。
睦言。
愛のささやき。
 声。

単純に  声。

彼女の言う通り壁が薄いのか、肉と肉がぶつかり合う音もよく聞こえた。






445: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 12:07:33.95 ID:90hsLc3E0


「な・な・な……」

「文句は言わないでね。
倒れたあなたをつれて入れるところなんてこんな場所しかなかったの。
それとも別の部屋がよかった? 
チュチュのおすすめはジャングルルームだったのだけれど」

夜のホテル。しかも女同士。
隣では男女が交わっており、そんな世界の中、自分はベッドに座った女性を前にしている。

そのことを考えると、カッと顔が熱くなった。

他人から見たら自分たちはどんなふうに見えるのだろうか。
夜・制服を着た女子中学生・異国の女性・女同士・ホテル・ダブルベッド・シャワールーム・コスプレ・SM・攻・受――。


「あら、純情」


今度こそ完全にフリーズしたほむらを見て、彼女はクスリと笑った。









446: ◆ctuEhmj40s 2012/05/19(土) 12:08:20.66 ID:90hsLc3E0

そこから、ホテルを出るまでのことはよく覚えていない。

変身を解いたり、制服が見えないように上着を着せてもらったりしたことはおぼろげに覚えている。
が、通ったはずのホテルの通路や受付は何も覚えていない。
チェックアウトなどのその他諸々は自分が出来たとは思えないから彼女が手続きをしてくれたのだろう。
気が付けばいつの間にか外を二人で歩いており、どこかいいカフェが無いか聞かれていたところで、ほむらは我に返った。

ただ、これだけは覚えている。

初めて大人のビラビラを潜った時、少し汚れたような気分になった。






451: ◆ctuEhmj40s 2012/05/29(火) 00:13:43.84 ID:OYeaCUjw0

―――――


その喫茶店に入ると、紅茶の良い香りがスン、と匂ってきた。

時間もそれなりに更けてきていたので開いているかどうか不安だったが、運よく店は開いていた。
開けたドアからチリン、とベルが鳴る。
店長と思しき初老の男性がこちらに気付き、奥の席へと案内する。

淡い明りの電灯や、窓やテーブルに飾られたドライフラワーの柔らかい色が心を落ち着かせる。
「いい店ね」と後ろにいる彼女の感想が聞こえた。

自分の手柄ではない。
この店を見つけたのは巴マミだ。
仲間が出来て心に余裕ができたのか、彼女は以前よりも物事を楽しむようになっていた。
今日もきっと佐倉杏子を連れて、どこか新しいスイーツの店を探して見滝原を渡り歩いたに違いない。
体重が増えていないか少し心配だが、肥えたところで自分には関係ないので何も言ってはいない。






452: ◆ctuEhmj40s 2012/05/29(火) 00:15:19.55 ID:OYeaCUjw0

案内された席に座る。荷物を置きで、立てかけてあったメニューをとりあえず開く。
何か注文しようとしたところで、そこで何を頼めばわからないことにほむらは気が付いた。

紅茶は嫌いではないが、具体的な種類や味の違いを知っているほど詳しくはない。
こういった店に入るときは、巴マミといつも一緒で全て任せてしまっていた。
少しは彼女の紅茶講座に耳を傾けておけばよかったと後悔するが、後の祭りである。
どの紅茶を頼めばいいのか。
付け合せは何にすればいいのか。
全く見当がつかなかった。

メニューを見て混乱していると、「見せて」と前から手が伸びてきた。

少し考えてメニューを渡すと、彼女は数秒見つめ、ウェイターを呼んでテキパキと注文を始めた。
途中、こちらの好みを聞いてきたので答えると、すぐに何か見繕ってそれも注文した。

かしこまりました、と言ってウェイターをいなくなると、テーブルは静かになった。






453: ◆ctuEhmj40s 2012/05/29(火) 00:16:26.40 ID:OYeaCUjw0


「困っていたようだったから。ちょっと出しゃばっちゃったけど、よかったかしら?」

「……ありがとう」


あまり下手には出たくないが、ここは素直に感謝することにした。


「それにしても、こんな素敵な店を知っているのにあまり利用していないみたいね」

「知り合いが見つけたところだから」

「いい友達がいるのね」


友達ではない。
そうほむらは思う。

昔は先輩・後輩という間柄だったが、それはもう過去の話だ。
今は一言で語れるほど、彼女との間柄は簡単ではない。
しかもそれがこちらから一方的なものというのが、より関係を複雑にしている。

よってほむらはこれら複雑に絡み合った関係を説明することを端から諦め、ただ単に「知り合い」ということにしていた。






454: ◆ctuEhmj40s 2012/05/29(火) 00:17:34.09 ID:OYeaCUjw0


「それで、あと私は何を話せばいいのかしら」

「その前に一つ言いたいことがあるのだけれど」


声にあらん限りの不満を込めて、ほむらは言った。


「いつまで私は貴方の荷物持ちをしなければいけないのかしら」


テーブルの横に置いたキャリーバッグに目をやった。
外を歩いているときはずっと運ばされていたが、こちらはまだいい。
問題は先ほどから制服のポケットで動いている生き物の方だ。

幸い悪戯をしたり暴れたりするといったことは無いが、モゾモゾとした制服から伝わる感覚は恐怖以外の何ものでもなかった。
外では外で肩に乗っかかるものだからすれ違う人からは奇異の目で見られ、今は今で店員に見つからないよう隠すのに必死である。
ペットの入店が認められている飲食店はあるが、生憎この店にはそんな表記は無い。
見つかったら間違いなく入店禁止となるだろう。






455: ◆ctuEhmj40s 2012/05/29(火) 00:18:39.54 ID:OYeaCUjw0


「だってあなたは私を信用していないんでしょう? 
それを手元に置いておけば、私は嘘は言えませんよ。文字通り一文無しだから」

「……そうだろうけど」

「それにチュチュは私の友達だから。友達を人質に取られたら、何もできません。
さぁ、早く質問をして解放してくださいな。怖い狼さん」

「……」


なんだかんだ言いつつ、彼女に手玉に取られている。
上手く言いくるめられて、体よく荷物持ちをさせられているとしか思えない。

が、実際問題として人質を握っていることは確かである。

腹立たしいことに変わりはないが、この際自分のプライドは考慮しないことにする。
散々醜態を見られた今となっては、相手を威圧できるだけの空気はゼロに等しい。
これだけが彼女から話を引き出す唯一の道だった。






456: ◆ctuEhmj40s 2012/05/29(火) 00:21:13.64 ID:OYeaCUjw0


「じゃあ、質問を再開するけど」

「はいはい」

「……貴方はまどかとどういう関係なの? どうしてまどかを知っているの?」


一番聞きたかった質問だ。
気を抜くと声が震えてしまいそうになる。
その感情を隠すために、普通に喋るだけでも必死だった。

彼女はまどかの何なのか。

まどかとはどこで知り合い、どういう関係なのか。
本当はどうしてまどかのことを覚えているのか、そこまで聞いてしまいたい。
しかしその質問をすれば「何故?」と聞かれることだろう。
そうなったら自分は全てを話さなくてはいけなくなる。

何度も疑われ、嘲られ、怯えられ、そして誰も信じなかった話だ。
彼女もきっと同じような反応を返すことだろう。
それ以前に、まず魔法少女の話を信用するところから怪しいものだ。

自分とまどかの話は、何も知らない普通の人間が受け止めるにはあまりにも荒唐無稽で、そして膨大すぎた。

一つ一つが嘘のような話で、そしてそんな嘘のような話の積み重ねが自分の歩んできた道だ。
少しでも疑えば全てが壊れてしまう、そんな儚い幻のような物語。
こんな話を真面目に聞くのは、よほどの妄想家かバカのどちらかだろう。

そんな失礼な評価を会って間もない他人に下すほど、他者を見下してはいない。
相手から判断材料となる情報を聞き出して、こちらで最終的な判断をするのが自分にも相手にも良い事だろう。


「まどかさんですか……」


少しの逡巡の後、彼女は話し始めた。






457: ◆ctuEhmj40s 2012/05/29(火) 00:22:10.71 ID:OYeaCUjw0


「まどかさんは私の後輩なんです」

「後輩?」

「ええ。まどかさんとさやかさんで。
私の通っていた学園に、交流の一環で一時期編入していたんですよ。聞いたことないかしら」


そういえば、何度目かのループでそんな話を聞いたことがあった。
一年生の時に、交換学生で美樹さやかと一緒に他の学校で一か月、学校生活を送ったというそんな話だったはずだ。


「確か、鳳学園……」

「あら、やっぱりご存じ? まどかさんとさやかさんとは同じ寮だったんですよ、私」


同じ、寮。そのことを聞いて、ほむらは一つ思い出した。






458: ◆ctuEhmj40s 2012/05/29(火) 00:23:46.10 ID:OYeaCUjw0


まどかたちは、留学期間中は学園内の寮で過ごしていたらしい。
そこは、普段はあまり使われていない寮で、自分たち以外には二人しかいなったそうだ。
その二人の生徒は年上で、一風変わっていたがとてもよくしてくれたという。
一人は何故かぼんやりとしか覚えていないらしいのだが、もう一人の方は一度見たら忘れられないようなインパクトがあったという。

ということは、この人がその先輩なのだろうか。
確かに普通には見えない。


「薔薇を見ようと思ったんですよ」

「バラ?」

「ええ。学園に居た時に、まどかさんにバラの育て方を教えてほしいと頼まれたんです。
ちょうど、まどかさんのお家の近くに来たのなら、ちょっとどんなふうに育てているのか見てみようと思って。
弟子がちゃんと薔薇を育てることが出来ているか、教えた方としては心配ですもの」


バラ。
確かにまどかの家には、バラが咲いていた。





459: ◆ctuEhmj40s 2012/05/29(火) 00:25:29.95 ID:OYeaCUjw0


まどかの父親が手入れをしている花壇の中に、一か所、まどかが植物を育てている場所があった。
そこにバラは咲いていた。
これだけは自分の力で全部育てていると、まどかは言っていた。
聞くところによると、他の植物は父親に手伝ってもらうことはあるが、バラだけは一切触らせていなかったらしい。

最終的には、庭にバラ園を作ることだと嬉しそうにまどかは笑っていた。
前に見た薔薇の温室がとてもきれいで、憧れているのだとも。

見せてもらったバラは、とても綺麗だった。

品種とか出来とか、そういう詳しいことはその時は何一つわからなかった。
けれど、真っ赤に咲いたバラは今まで見てきたどのお見舞いの花よりも比べ物にならないくらい綺麗で、そして良い香りがした。
今でもはっきりと思いだせる。
セピア色になった記憶の中でも、決して色褪せないあの紅い花とあの香りは。

今はもうない、まどかのバラ。
彼女の家に初めて行った大事な思い出でもあり、その中でも特に印象深いバラの記憶。


「……まどかは、貴方の知っているまどかはどんな子だった?」






460: ◆ctuEhmj40s 2012/05/29(火) 00:27:34.21 ID:OYeaCUjw0



「優しい人でしたよ」


まるで遠い過去を懐かしむかのような顔だった。
それでいて、楽しそうに彼女は語り始めた。


「他人が困っていると、自分の事よりもそっちを優先してしまいそうな人でした。
優しいけど、どこか危うい、そんな人でしたね。
自分に自信が無くて、いつも自分が本当にこのままでいいのか悩んでいて。
もしかしたら自分に価値を感じていないから、あんなに他人のために必死になっていたのかもしれないですね。

けど、それでも彼女の優しさは、とても尊いものだったと私は思いますよ。
何であれ、誰かのために必死になれるのは、それだけで素晴らしいことだと思いますから。

さやかさんとは大の仲良しで、引っ込み思案なまどかさんをさやかさんが引っ張っていっている印象がありましたね。
ああでも、二人とも料理は苦手で。寮でも――」


彼女の思い出話は続く。
ほむらはその話を聞いて、まどかのことを思い出していた。

そうだ。彼女はそんな人だった。

おぼろげになっていると思っていた記憶が鮮明になっていく。
彼女の顔・声・仕草・笑顔や伸ばしてくれた手。
今なら全部思い出せる。

まどかは確かにいた。
迷うことは無い。自信を持って言える。
この体と心が覚えている記憶やぬくもりが、彼女がいた何よりの証拠だ。

間違いない。彼女が知っているまどかは、あの「鹿目まどか」なのだ。






464: ◆ctuEhmj40s 2012/06/11(月) 00:02:50.05 ID:/S4PToSU0


「ねぇ。大丈夫?」

「大丈夫よ」


感情を隠すように答える。

こんなときでも平静と同じように答えることができてしまう自分が、少々恨めしい。
本当は言葉で表現しきれないくらい嬉しいのに、体は本心を隠すように働き、空虚な言葉が自然に口に出る。
ここで口に出すべきは感謝か歓喜の言葉なのに、そんなものは臟賦にしまい込んだまま何処かに行ってしまう。

仕方ない、と思っているが、それでもここまで機械のようだと一抹の寂しさを感じてしまう。






465: ◆ctuEhmj40s 2012/06/11(月) 00:03:31.61 ID:/S4PToSU0


その時、向かいからハンカチが差し出された。


「はい」

「……何?」

「気づいていないの?」


呆れたように彼女は言った。


「涙。拭いたらどうかしら」


手を目元に当ててみる。指先にじんわりとした湿り気を感じる。
呆然と拭った指を見ようとすると、視界が歪んだ。
自分は確かに泣いていた。

気付くと、ポロポロと涙がこぼれ落ちてきた。
差し出されたハンカチをありがたく使わせてもらい、少しの間泣いた。






466: ◆ctuEhmj40s 2012/06/11(月) 00:04:23.46 ID:/S4PToSU0


「……ありがとう」


涙は直ぐに収まった。
少し濡れてしまったハンカチを返すと、「どういたしまして」と返ってきた


「あなたにとってまどかさんは、どんな人だったの?」


涙を流した感情を整理するまもなく、その質問はやってきた。

友達だ。

本当にそうだったら、どれだけ良かっただろうか。
そんなことを言えるはずがない。
結局、彼女を苦しめ、人としての生き方を放棄させてしまった自分にそんな資格はない。

誰が許す許さないの問題ではなく、自分がそれを許せそうにない。
たった一人の友達も助けられなかった自分を。


「別に。ただの知り合いよ。深い関係ではないわ」






467: ◆ctuEhmj40s 2012/06/11(月) 00:05:22.14 ID:/S4PToSU0


「嘘」


自分に対する罰の言葉は、たった一言で否定された。


「ただの知り合いに、そんなに一生懸命になるものですか。
本当はどういう関係なの? 幼馴染? それとも義理の姉妹? まさか恋人かしら」


何故そんな方向に行くのか。
的外れな、あらぬ疑いをかけられている。

きっと、この後も何も言わなければ、この人はどんどんと勝手に想像を膨らませていくのだろう。
冗談ではない。自分とまどかの関係を、そんな下種の勘繰りに汚されたくはない。
考えるだけで不快になる。

安い挑発だ。そんなことは分かっている。

だが、効果は抜群だ。
まどかのこととなれば、自分は何もせずにはいられない。
それがあらぬ誹謗中傷ならなおさらだった。






468: ◆ctuEhmj40s 2012/06/11(月) 00:06:07.72 ID:/S4PToSU0


「……友達よ」

「やっぱりね」


予想通り、分かっていてやっていたらしい。
嫌らしい人だとほむらは思った。


「態度でバレバレですよ。まどかさんのことが気になって仕方がないって。
でもあれはさすがにやり過ぎじゃないかしら。人に武器を突きつけるなんて、ね」

「でも貴方、動じていなかったじゃない。平気な顔して」

「まぁ、まどかさんの友達なら、ある程度は信用できるから」

「それが、あの態度の理由?」

「ええ。知り合いのことを信用するのは、当然でしょう?」


ということは、自分が信用されたわけは、ひとえにまどかのおかげというわけだ。






469: ◆ctuEhmj40s 2012/06/11(月) 00:07:03.41 ID:/S4PToSU0


「それに、あなた良い人ですもの」

「良い人? 知らない人間を脅迫する私のどこが良い人だっていうの?」

「友達のためにそこまで頑張れるのは、良い人くらいですよ」


そのとき、オーダーした紅茶と付け合せのお菓子がやってきた。

ウェイターがテーブルの上に丁寧に品を並べていく。
並べ終わると若いウェイターは「ごゆっくり」と挨拶をすると奥へ下がっていった。

紅茶を一口飲む。

味の良し悪しは正直よくわからない。
不味くはないことは分かるが、具体的にどう美味しいのかと聞かれると答えることは出来ない。

だが、飲んで気分が良くなるのは確かだ。
暖かい紅茶の香りと味は心に沁みわたるようだった。

向かいのテーブルからも良い香りがする。
バラのような香りは、また違った風情を感じた。

会話は自然と止み、静かな時間が流れた。






470: ◆ctuEhmj40s 2012/06/11(月) 00:07:52.39 ID:/S4PToSU0


「まどかさんは元気?」


さらりと、聞いてほしくなかった事が静かだった空気に流れた。

自分は彼女に何を話せばいいのだろう。
彼女のことを何と話せるのだろう。


「いなくなってしまったの」

考える前に、口からは懺悔の言葉が出ていた。


「いなくなった? もしかして亡くなられたのかしら」

「亡くなったのは美樹さやかのほう。つい最近ね」

「さやかさんが……?」

「でも彼女がいたことはみんなが覚えている。
まどかも、普通に死ぬことが出来ればどれだけ救われたか」






471: ◆ctuEhmj40s 2012/06/11(月) 00:09:38.56 ID:/S4PToSU0


理解してもらう必要はない。ただ聞いてもらうだけでいい。


「まどかは消えてしまった。文字通り、世界からいなくなってしまったの。
もう誰もあの子のことを覚えていない。あの子の家族も、仲の良かった友達も」


自分が勝手にわけの分からないことを話し始めて、さぞや困惑していることだろう。

それでも話すことを止めようとは思わなかった。
自分は身勝手な人間だと、改めて自覚する。
自覚してもなお、止めようとしない自分にさらに気分が悪くなった。


「私がいけなかったの。私があの子の人生を台無しにしてしまった。
全部私が悪かったのに、それでもあの子は私のことを最高の友達だと言ってくれて。

私のしたことは、結局まどかを苦しめただけだった。
あの子のしたことは無駄じゃない。そんなことは分かっている。

でもまどかが幸せになったとは、どうしても思えない。
きっと今も、あの子はどこかで戦っている。
そこに人としての幸せは無い。
私は彼女から当たり前の人生や幸せを奪ってしまった。
そういうのが一番似合う子だったのに。

選んだのはまどか自身だけど、そうせざるを得ない状況を作ったのは誰でもないこの私なの。
そうなったら、迷わずその道を選んでしまうような子だってわかっていたはずなのに」






472: ◆ctuEhmj40s 2012/06/11(月) 00:10:58.29 ID:/S4PToSU0


ただ一方的に事実を話していく。
まどかのことを知っている相手に、自分の感情をぶつけるかのように話す。

何を期待しているのだろう。慰めてもらいたいのか。
それとも、こんな断片的な会話を聞いたうえで全てを察知してもらって理解者になってほしいのか。

何と、相手に甘えた考えだろうか。

まるでサンドバックのようだ。
相手のことを何も考えていない。
ただ自分のことをぶつけているだけだ。
こんな事では誰にも理解などしてもらえない。

だが、そもそも誰にも理解できない話などどうすればいいのだろうか。
結局、どんなに理解してもらおうと思っても無理な話なのだ。
それならば、こんな態度に出て何が悪いとも思う。
最初から希望など抱いていない。
もうそんなものはとうに消え失せている。

ただ知ってほしかったのかもしれない。
自分以外で『鹿目まどか』のことを覚えている彼女に、自分がしてしまったことを。






473: ◆ctuEhmj40s 2012/06/11(月) 00:12:14.54 ID:/S4PToSU0

ああ、そうだ。
これは懺悔なのだ。

誰もまどかのことを知らなかったから、誰にも謝れなかった。
彼女に話せば、自分は謝ることができる。
貴方の知っている人に、私は酷いことをしてしまった。
私は酷い人間なのだ、と。

返ってくるのが罵倒でもいい。
ただ罪を知ってほしかった。

こんな自分がのうのうと生きていることが、例えまどかの願いであっても耐えることが出来なかったから。

全てを話し終わるまで、彼女は何も言わなかった。


「そう」


きっと自分の言うことは、十分の一も理解してもらえなかったことだろう。
それでもかまわない。
ただ自分の罪を知ってもらう、それだけでいい。






474: ◆ctuEhmj40s 2012/06/11(月) 00:13:21.62 ID:/S4PToSU0


「ごめんなさい。何を言っているのかわからなかったわよね」

「まぁ、そうですね。でも大筋は大体」


今聞いたことを纏めるように数秒考え込むと、彼女は確認するようにこちらを見つめた。


「あなたは鹿目さんの親友だった」

「……はい」

「あなたは鹿目さんを苦しめてしまった」

「はい」

「鹿目さんは、あなたを救うためにあなたの前から消えてしまった」

「少し違いますけど。はい」


それだけわかってくれたのなら、十分だ。

むしろ、そこまで理解してくれたことが驚きだ。
ただの電波話として、軽く流されてもおかしくなかった。
そうだとしても、聞いてくれただけで自分は嬉しかっただろうが。






475: ◆ctuEhmj40s 2012/06/11(月) 00:14:11.26 ID:/S4PToSU0


もういい。
これ以上は望まない。

覚えてもらっただけで十分だ。
自分が鹿目まどかを消してしまった張本人だということを。


「私と同じね」

「――え」


ほむらは、相手が何を言ったのか、よくわからなかった。

聞こえなかったわけではない。
その発言がどういう意味を持つのかが分からなかった。


「私にも友達がいたの。とても大切な、掛け替えのない親友が、ね」





 

481: ◆ctuEhmj40s 2012/06/22(金) 01:42:06.83 ID:z19xm25b0


そう言った彼女の顔は、それまでとはうって変わった複雑なものだった。
それまでのニコニコとした優しい顔であることに変わりはない。
ただそこに、愁いや喜びの欠片があった。

それが何を意味しているのかは、分からない。
ただこのことが、彼女にとってとても重要なことであることは察しがついた。


「それは、ホテルで話していた……?」

「ええ、その人。天上ウテナという人なのだけれど。貴方は何かしらないかしら?」


残念ながら聞いたことは無い。
特徴的な名前であるし、忘れたということはないだろう。

何も知らないことを告げると、「残念」と一言だけ彼女は呟いた。






482: ◆ctuEhmj40s 2012/06/22(金) 01:42:47.74 ID:z19xm25b0


「ごめんなさい。力になれなくて」

「いいの、気にしないで。特に何か期待していたわけじゃないから」


そう言った彼女の顔は、本当に気にしていないようだった。
失望も、かといって諦念があるわけでもない。

その態度にほむらは少し反感を抱いた。
大事な友達の手がかりが掴めなかったというのに、どうしてそこまで冷静でいられるのか。
自分と違い、探せばその親友と会えるというのに。


「冷たいのね」

「何が?」

「いえ。大事な友達のことなのに、あまり必死に見えないから」


そう言うと、少し困ったような顔で彼女は答えた。






483: ◆ctuEhmj40s 2012/06/22(金) 01:44:56.83 ID:z19xm25b0


「必死になってもいいのだけれどね。
たぶん、あの人はそんなことは望まないだろうから。ちょっと歯がゆいけれど」

「どういうこと?」

「あの人は私を解放してくれたの。
それで私がまたウテナに縛られてしまったら本末転倒じゃない」


何とも抽象的な物言いだった。

彼女はどこかの良家の人間で、しきたりなどに縛られていたのだろうか。
それなら、こんなに浮世離れしているのも当然だろう。


「まるで王子様のようね、その人。貴方はさしずめ、鳥かごのお姫様かしら」






484: ◆ctuEhmj40s 2012/06/22(金) 01:45:57.26 ID:z19xm25b0


「正確には王子様気取りでしたけどね。なれもしない王子様になろうとしていましたから」


その言葉には、明らかに棘があった。
明らかに、その人物に対する否定であり、怒りが感じられた。

一体、彼女をそのウテナという人物は、どのような関係だったのだろう。

彼女自身は「友人」と語っている。
しかしただ仲の良かった友人とは思えない。
彼女の言葉には様々な感情が見えた。
ただ肯定的な感情だけではない。
相手を否定的に見る感情もあった。

そんな否定でも成り立つ友情をほむらは知らない。
友人というのは、好きということから始まると思っていた。






485: ◆ctuEhmj40s 2012/06/22(金) 01:47:08.44 ID:z19xm25b0


「どんな人だったの、その人は?」

「王子様になりたかった女の子ですよ」


紅茶を一口すすると、彼女は話し始めた。


「優しく、無邪気な人でした。
周囲からはカッコイイ人だと思われていましたね。
本人も王子様のように気高く生きようとしていましたし、そう言われるだけの特別なものも持っていましたよ。
正々堂々としていて、正義感が強くて。
学園ではとても人気があって、みんなの憧れの的でしたね」


あこがれの的、か。

最初に出会ったころのまどかも、自分にとっては憧れの的だった。
強くて、かっこよくて、優しかった。
そんな彼女に自分は甘えてしまっていた。
友達として何もできなかった。

だから彼女が死んでしまったとき思ったのだ。
今度は自分が彼女を守ってあげたい、と。
それが、自分が友達としてできる唯一のことだと思った。


「それで。貴方もその人に憧れていたの?」






486: ◆ctuEhmj40s 2012/06/22(金) 01:47:52.48 ID:z19xm25b0


「まさか」


彼女は笑った。


「女の子はどうあがいても王子様になれませんから。
ごっこ遊びに夢中になっている彼女を笑っていたと思います。
いえ、軽蔑していた、と言ったほうが正しいかしら。
私のことを見ようとしないで友達面しているあの人の事を、私は軽蔑していました」


辛辣な言い方だった。


「本当に友達?」

「ええ。掛け替えのない親友です」






487: ◆ctuEhmj40s 2012/06/22(金) 01:48:43.21 ID:z19xm25b0


「その割には随分と酷いことを言っているようだけれど」

「まぁ、本当の事ですし。それにいい思い出もたくさんありますよ」

「その思い出の中に、親友になった成り行きが含まれているのかしら?」

「恥ずかしいので聞かないでくださいね。大事な思い出ですから」


そこで、ほむらは追及するのを止めた。
誰にでも触れられたくない思い出がある。
それが大事なものなら尚更だ。

そんな風に考えていた相手を「親友」と呼ぶに至るまで、多くの出来事があったのだろう。
その多くの出来事を語るには、こんな場末の喫茶店と紅茶を飲む時間では場所も時も足りないのだろう。

自分とまどかの話のように。






488: ◆ctuEhmj40s 2012/06/22(金) 01:49:24.35 ID:z19xm25b0


彼女とその人が親友であることには疑いはなかった。

口でこそキツイ物言いだったが、そのウテナという人物を語る時の彼女は本当に楽しそうだった。
そこには言葉にあるような嘲笑や軽蔑は感じられない。
嘲笑や軽蔑はすべて過去であり、思い出だった。

現在の彼女は、その人のことを「友」と語っていた。


「寂しくないの。彼女と会えなくて」


そんな疑問が言葉に出た。






489: ◆ctuEhmj40s 2012/06/22(金) 01:50:01.25 ID:z19xm25b0


「寂しいけど、いつかきっと会えるから。そのために外に出たんですもの」

「私は寂しいの。もうまどかに会えないから」


弱音も口から出た。


「まどかさんは幸せね。こんなに心配してくれる友達がいて」

「そうかしら」

「そうですよ。自分のことを覚えてくれる人が居ることは、幸せなことだと思うわ」


彼女は断言した。

自分の考えとは180度違う。
そう言える彼女が、羨ましかった。






490: ◆ctuEhmj40s 2012/06/22(金) 01:51:20.02 ID:z19xm25b0


「ねぇ。ちょっといい?」

「……何かしら」

「まどかさんとは、どうして会えないの?」


簡単な質問だった。考えることもない。一言で答えられる質問だ。


「まどかはもうこの世界のどこにもいない。あの子は世界の外に行ってしまった。
もう誰も彼女とは……」

「じゃあ、あなたも世界の外に行くべきね」


静かに彼女は言った。






491: ◆ctuEhmj40s 2012/06/22(金) 01:52:15.55 ID:z19xm25b0


「世界の外?」

「まどかさんは今のあなたの世界から居なくなってしまったのでしょう? 
そこに居続ける以上、まどかさんとは会えませんよ」


世界の外? 
まどかが行ってしまった概念の世界に行けというのか。

それこそ無理な話だ。
この人は何もわかっていない。
行ける行けないの問題ではないのだ。


「無理よ。あの子の居る場所に、私は行くことは出来ない」






492: ◆ctuEhmj40s 2012/06/22(金) 01:53:05.20 ID:z19xm25b0


「どうして?」

「まどかの居る場所は、私の居る場所とは違う。
歩いていける場所にいるかもしれない貴方たちとは一緒にしないで。
まどかはどこにもいないのよ」

「それはあなたが閉じこもっているからでしょう。棺の中に居るのがあなただけなのは当然よ」


棺。棺とは何……?


「世界はまどかさんによって変わった。まどかさんは新しい世界の中にいる。
なのに、あなたは一人変わらない棺の中で眠り続けている。
何時までそうしているつもりなの?」






496: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 02:46:03.60 ID:U5nAMCdu0


「何を言っているの?」


まどかを守るのが自分の願いだ。
そして罰だ。

自分はまどかの替わりにこの世界を守らなければならない。
それが自分に出来る唯一の友情の形だ。

守るのだ。まどかの替わりに世界を。
世界をまどかの替わりに。


「もう、あなたがまどかさんを守っている時間は終わっているんですよ」


違う。終わってなどいない。






497: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 02:47:17.83 ID:U5nAMCdu0


「あなたは何をしているの? 
終わったことをいつまでも続けて。
そんなにまどかさんの王子様ごっこがしたいんですか?」

「ごっこ遊びなんかじゃないわ……!」


こちらは真剣だ。
そのことを非難されるいわれはない。
まどかのことを守りたいと本気で考えている。
それは彼女が好きだった世界を守ることで、今となっては実現するのだ。


「まどかが守った世界を守るのが私の役目。
残された私ができる唯一のことなの。
それの何が悪いというの」

「あなたが守りたいのは、世界じゃなくてまどかさんでしょう?」


ぐさり、と耳に音が刺さった。ような感じがした。






498: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 02:48:19.96 ID:U5nAMCdu0


「替わりを守ってもまどかさんを守ったことにはなりませんよ。
本当は気づいているんじゃないですか? あなたも」


止めて、と声を上げそうになった。

しかし、声を上げたところで何になるというか。
止めようとしたということは、それがまぎれもなく自分にとって真実だからだ。

そのことに気づいてしまった。


「世界なんて、本当はどうでもいいんでしょう?」


何の慈悲もなく、そのことは告げられた。






499: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 02:49:38.25 ID:U5nAMCdu0


「態度を見ればわかりますよ。
あなたはまどかさん以外は、心底どうでもいいってこと。
だから平気でどんな手段でも取れるし、他人やましてや自分がどうなろうとも素知らぬ顔でいられるんです。
他人も自分もどうでもいい人が、どうして世界を守りたい、なんてことを考えますか」


彼女の言葉は止まらなかった。

今まで目を逸らしていたことが浮き彫りになっていった。
止めることは出来ない。
彼女の言う「どんな手段」も使おうかと思った。

しかしできなかった。
自分以外の「まどか」がいた残り香に、どうしてそんなことが出来ようか。

そうだ。自分は世界などどうでもよかった。

いや、どうでもよくはない。
ハッキリと言える。
自分はこの世界が、嫌いだった。






500: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 02:51:13.17 ID:U5nAMCdu0


世界にまどかが生きる場所は無かった。

どんなことをしても、彼女は普通に生きることは叶わず、死んでしまった。
彼女に何の罪があったのだろうか。
普通の人生を生きていたはずの彼女が、どうしてそのまま普通に生きることを絶たれなければならなかったのか。

結局、彼女は世界から否定されたのだ。
お前が生きる場所はない、と。

誰もが幸せに生きている。
彼女を殺した世界は、幸せに日々を送っている。

友達を殺した張本人が、目の前で幸せな人生を送っている様を見ているかのようだった。
しかし、それは彼女が望んだことだった。
彼女が守った世界は、彼女の望み通り希望がありうる世界となった。

唯一にして最大の価値が、それだった。
それがあったから、自分はこの世界を憎もうと考えずにいられたのだ。

そうでなければ、誰がこんな世界好きになるものか。






501: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 02:52:11.02 ID:U5nAMCdu0


どうすればいいのだろう。
気が付いてしまった。
自分の本当の気持ちに。

目を背けるのは簡単だ。
だが、そのことを自覚してしまった以上、以前のようには戻れない。

自分はもう、友達が好きだった世界を守り続ける、そんな小奇麗な人間ではない。
大事なものを守れず、失ったことを認められずに好きでも何でもない替わりを守ってその現実から逃げている、
ただの屑のような人間だ。

自分がまどかにしてあげられる事は何一つない。
会うこともできない。
自分の中にあるのは、行き場のない望みと、それを永遠に叶えることのできないことへの喪失感だ。






502: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) 2012/07/19(木) 02:52:59.04 ID:U5nAMCdu0


こんな虚無を自分はこれからも抱えて生きていくのだろうか。
そんなことができるのだろうか。

いや、生きなくてはいけない。
まどかが世界を守ったことを理解し、それを守り続けることができるのは自分だけだ。

何を、ふざけたことを、言っている。

もう、そんなことはできない。
まどかが守った世界に、何も価値を感じられない自分には。

それならば、他の人間と同じように生きていくのか。
何も知らず、何もかも忘れ、まどかの事も忘れて幸せな世界で生きるのか。






503: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) 2012/07/19(木) 02:53:46.67 ID:U5nAMCdu0


何時からだろう。
生きることがこんなにも苦しくなったのは。

息をするだけでも、刃のような空気が肺を切り裂いていくようだ。

光は目を焼き、音は鼓膜を破いていく。
苦しみに対して、自分は何もできずにズタズタにされていく。

どうして生きることがこんなにも苦しくなったのだろう。
理由がなければ、生きることも叶わない。
今の自分に、こんな世界で生きる理由があるのだろうか。






504: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 02:54:29.13 ID:U5nAMCdu0


「まどかさんは、もうあなたの世界にはいないんですよ」


ふと、思った。この人は薔薇のような人だと。

綺麗な花に近づけば、棘によって近づいた者は痛手を負う。
きっとこんな印象を受けるのは自分だけだろうが、希望と絶望の両面を持つ彼女は本当にバラの様だった。


「じゃあ、私はどうすればいいの?」


出た声は掠れていた。
もしかしたら、また泣いているのかもしれない。






505: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 02:55:30.88 ID:U5nAMCdu0


「あなたのことは、私にも分かりません。あなたはどうしたいんですか?」


彼女に問われる。

自分は何がしたいのだろうか。
生きる理由はあるのか。
こんなにも苦く苦しい世界の中で。

まどかがいなくなってしまった世界に、一人取り残された自分は。


「私は……」


少し考える。

世界に復讐したいのか。
まどかと思い込んで、その替わりを目を逸らして守っていくのか。
それともいっそのこと生きることを止めてしまうか。
様々の選択肢が浮かんでは消えていった。

やがて、一つだけ残った。

これだけは、どうしても消えない。
おそらく、これが自分の本当の望みなのだろう。






506: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 02:56:06.76 ID:U5nAMCdu0


「……まどかに会いたい」


それが、自分の本心だ。


「まどかに会って、話がしたい。
手を握っていたい。
一緒にお茶を飲みたい。
困っているなら助けてあげたい」

「それがあなたの気持ち?」

「たぶん、私の本心。私はまどかに会いたいの。もう一度」






507: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 02:57:01.74 ID:U5nAMCdu0


だが、それは叶わない願いだ。
まどかは、二度と会えない場所に行ってしまった。

だから、その気持ちに目を背けるしかなかった。
嘘をつくしかなかった。
その気持ちを抑えるには、まどかを守るように世界を守るしかなかった。

抑えるには、まどかがいなくなったことを認めなればよかった。
まどかの替わりにまどかが好きだった世界を守れば、心は楽になった。
出来なかったことができたような気がした。

それは、本当に自分にとっては救いだった。
大事なものが守れなかった喪失感が埋まったと思った。

だから続けた。
まどかを守り続ける、その繰り返しの続きを。






508: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 02:57:49.19 ID:U5nAMCdu0


「卵の殻を破らねば――」

「え?」

「雛鳥は生まれずに死んでいく。
我らが雛で、卵は世界だ。
世界の殻を破らねば、我らは生まれずに死んでいく。
世界の殻を破壊せよ。
世界を革命するために」


突然の言葉に呆気にとられる。

聞き覚えがある言葉だ。
昔、入院中に読んだ本にあった気がする。
確か、ヘッセのデミアン――。






509: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 02:58:46.65 ID:U5nAMCdu0


「まどかさんは、あなたの世界から消えてしまったのかもしれない」


思い出は、『まどか』という言葉で塗りつぶされる。

かつての入院中の記憶など、とうの昔に彼方へ行ってしまっていた。
『まどか』は自分にとって、切り離せないものとなっている。

何の意味があるのだろう。
いないものに、こうまで縛られている。

自分はまどかの思い出と共に、どこまでも生きていくのか。
それもいいのかもしれない。


「でもそれは、あなたの世界から居なくなってしまっただけ」


いない。
まどかはどこにもない。

この気持ちは、どこに行くのだろう。
どこに行けば、いいのだろう。


「だから、まどかさんに会いたかったら、外に行かないと」






510: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 02:59:37.38 ID:U5nAMCdu0


「外?」

「世界の果ての向こう側。
まどかさんとあなたが居た世界。
でもまどかさんは世界を変えた。
その世界の外に行ってしまった。
それなら、追いかけて探すのが一番の近道じゃないかしら」

「でも、それは……」

「世界は変わった。
それなのに、あなただけは元の場所に留まって、新しい世界に進めずにいる。
そこに居たら、いつまでもまどかさんとは会えませんよ。
まどかさんの居る世界に、ちゃんと行ってみたらどうですか。
まどかさんが願った世界を、彼女がどこかに居る世界に、ね」






511: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 03:01:16.59 ID:U5nAMCdu0


「……」


まどかは概念になった。
それが、あの獣の言葉だった。

もう彼女はどこにもいない。
始まりも終わりもなくなり、一つ上の領域にシフトしてしまったと。
この世界のルールになったしまった、と。


「あなたは、まどかさんの居る世界で生きていますか?」


まどかの居る世界。
まどかがかつていた世界と、まどかがルールとなった世界。


「会いたかったら、外に行くしかないんです。会いたい人の居る、その世界に」


魔法少女が魔女になる世界。
その世界では、まどかは死んでしまう運命だった。

だから、守ろうと必死になった。
どんなことがあっても、必ず彼女を守る。
何度失敗しようとも、諦めない。
そのために全てを犠牲にした。

もう、その世界は無い。

まどかが世界を変えてしまった。
魔法少女が魔女にならない世界に。

今でも彼女は戦っている。
魔法少女たちの希望を守るために、世界のどこかで。






512: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 03:02:32.28 ID:U5nAMCdu0


「ああ……」


忘れていた。
まどかは、消えてなんかいない。

こうして世界から魔女がいなくなっていることが、彼女がいる何よりの証だ。

存在が無くなったはずがないのだ。
そのことは、何よりも自分が知っているではないか。

彼女は生きている。
今もこの世界の中で、必ず。

自分は何をしていたのだろう。
まどかを守る、それはもうなくなった世界の話だった。
それなのにそこに閉じこもり、あの世界を一人続けていた。
まどかが新しくした世界を、見ようともしないで。

何ということだろう。
まどかはいなくなったと思っていた。

でもまどかをいないものと思い込み、世界から消していたのは、自分だ。







513: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 03:04:36.59 ID:U5nAMCdu0


「……でも」

「はい」

「出来るのかしら。今更、外の世界に行くなんて。
もうどうしようもないほど、前の匂いが染みついているのに」


人を信じなくなった。
打算だけで、人間関係を見るようになった。
散々、他人を見捨ててきた。
どんなに汚れても気にしなくなった。

こんな自分を、この世界は受け入れてくれるのだろうか。






514: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 03:05:26.10 ID:U5nAMCdu0

「大切なのは、そこに居る気があるかどうかですよ」


何の不安もなくなるような声だった。


「拒絶するのは、いつだってその人自身です。
世界が拒絶したり、束縛することはありません。
だって人は自由に動けるんですもの。
行こうと思えば、どこにだって行けますよ」


嘘も虚飾もない、ただの現実をそのまま伝えている声だ。

現実は自分にとって、辛く苦しいものだった。
何度心を削られ、血を流したかわからない。

しかし今のその声には、恐れは感じなかった。


「魔女だった私が、こうしてここに居られているんです。あなたができないはず、ありませんよ」






515: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) 2012/07/19(木) 03:06:04.48 ID:U5nAMCdu0


まるで、自分の経験を語っているようだ。

そこで、思い出した。
彼女にも親友がいると言っていた。

自分にとってのまどかのように、この人にも掛け替えのない親友が。


「あなたも外の世界に行ったの? 友達のために?」






516: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 03:07:09.15 ID:U5nAMCdu0


「ええ」


そう言って、彼女は再び紅茶を飲み始めた。

自分も同じように口に運ぶ。
相も変わらず、でも少し冷めてしまっていたが、心が落ち着くような味だった。

二人で静かに紅茶を飲む。
もうあまり会話は無い。

きっとこの人も、大切な友達のことを考えているのだろう。
自分もそうだ。 失礼なことかもしれないが、きっとこの人との関係はこんな感じでいいのだと思う。

仲間とも友達とも違う。
このような関係を、『同胞』とでもいうのかもしれない。

飲み終わるまで、二人の間に会話は無かった。

紅茶も冷めてしまっている。

でも、暖かい時間だと、ほむらは思った。






517: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 03:08:17.73 ID:U5nAMCdu0


「一つ聞いていい?」


ふと、思い出した。
そういえば、今の今までこのことを聞いていなかった。


「何ですか?」


静かにカップを置く。

他人に興味などなくなっていた。
だから、こんなことを聞くのも随分と久しぶりのような気がする。


「貴方、名前は?」


その問いに、彼女は静かに笑って答えた。






518: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 03:09:02.02 ID:U5nAMCdu0


「アンシー。姫宮アンシーです」

そのまま、自分も答えた。


「私は、暁美ほむらよ」


誰かに自分のことを知ってもらう。それがその世界とつながる第一歩だ。







519: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) 2012/07/19(木) 03:09:38.61 ID:U5nAMCdu0

「よろしくね、ほむらさん」

「ええ。よろしく」


いつか、まどかと再会して。

この人にもまどかを紹介したい。
そう、ほむらは思った。






520: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 03:10:42.97 ID:U5nAMCdu0

―――――


いつ間にか、周りは自分と彼女だけになっていた。

あの男は、もうどこにもいない。
どこかに行ったのか。
それとも消えてしまったのか。

自分とあの子の関係を呪いだと言っていた。
呪いの輪の中から自分たちは出ることは出来ない、と。

そんなことはない、と彼女は否定してくれた。

呪いそのものだったあの男は、もうどこにもいなくなっていた。






521: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 03:11:47.81 ID:U5nAMCdu0


「天上先輩」

話しかける。
かつてどこかで、知り合った先輩に。


「私、友達がいるんです。最高の友達が」


その言葉に、彼女は笑って答えた。






522: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) 2012/07/19(木) 03:12:25.89 ID:U5nAMCdu0


「ボクにもいるよ。親友が」


話したいことは多い。
きっとお互いに、友達のことを話し合うのだろう。

そしてきっと、お互いの友達を紹介しあうのも遠くない。
そうまどかは思った。






523: ◆ctuEhmj40s 2012/07/19(木) 03:14:48.89 ID:U5nAMCdu0

これで、当SSは終わりになります。
後日談に入ってから、投下ペースを守れず申し訳ありませんでした。

ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。