1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 00:32:34.70 ID:/qBsIkgv0
社長「というわけで、新しいプロデューサーを紹介する」

藤木「藤木、源……」

社長「そう、藤木源君だ。みんな、よろしく頼むよ」


アイドル一同(怖い……)

引用元: 藤木源之助「どこだここは?」千早(この人怖い) 




3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 00:34:18.69 ID:/qBsIkgv0
これはどうしたことか、と源之助は思った

果し合いで敗れ、片腕を失い

御前試合で勝利し

全てを失った……はずだった


藤木(腕がある……)

異常な状況下で、まず剣士としての本能が動いた

4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 00:35:36.53 ID:/qBsIkgv0
藤木(芸能事務所、プロデュース、知っている……)


およそ見たことも聞いたことも無い世界へ放り込まれた源之助であったが

うっすらと

言葉も、知識も、己の中にあると感じていた

ここでの名は、藤木源……

5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 00:36:25.55 ID:/qBsIkgv0
亜美(ねー、あの人めっちゃ怖いんだけど……)

真美(目が死んでるよね……)

小鳥(社長は何が良かったのかしら……?)

律子(本当に大丈夫なんでしょうね?)

7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 00:37:55.55 ID:/qBsIkgv0
藤木(アイドル……歌い踊る……遊女とも違うのだな……)


動揺をおくびにも出さず

状況の確認をする

虎眼「へへえ……」

不意に、掛川の虎と謳われた師匠、岩本虎眼のへつらう顔が浮かんだ

8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 00:39:38.30 ID:/qBsIkgv0
その日は顔見せ程度ということで、早々に返された源之助は

未だ混乱していた

藤木「……」

鏡を見た源之助は言葉を失った

そこに映ったのは紛れもなく

藤木源之助の顔であった

藤木「夢……」

9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 00:41:14.31 ID:/qBsIkgv0
あの苛烈な日々は全て夢であったのか

紛れもなく美濃最強の剣士であった師、虎眼

まさしく兄ともいえる存在であった師範、牛股権左衛門

ともに腕を磨いた、数々の兄弟弟子たち

それらを奪った、仇敵、伊良子清玄

そして、許嫁であった、岩本三重……

11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 00:43:28.13 ID:/qBsIkgv0
藤木(「アイドル」を「プロデュース」するために、「社長」に雇われた)

これが、現実の自分であった


歌い、踊る……

藤木「伊良子……」

かつての宿敵の名を、思わず口にしていた

13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 00:46:01.06 ID:/qBsIkgv0
―次の日―

社長「ふむ、では、プロデュースするアイドル候補生を選んでくれたまえ」

藤木「……では」

千早「わ、私ですか……?」

アイドル一同(ほっ……)


あちらが夢であるならば、こちらを生きねばなるまい

最早、あちらに未練も無かった

14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 00:46:51.55 ID:/qBsIkgv0
―面談―

藤木「……」

千早「……」

千早(お、重い……)

藤木「藤木、源……だ……」

千早「如月、千早です。よろしくお願いします」

15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 00:48:23.69 ID:/qBsIkgv0
藤木「……」

千早「……」

千早(何か……話さないと……)

千早「あの、私、歌の仕事がしたくて」

藤木「歌……」

千早「は、はい、私、ずっと歌のことばかり考えていて」

18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 00:49:24.57 ID:/qBsIkgv0
藤木「歌のことばかり考えている……」

千早「は、はい」

藤木「そうか。俺も剣のことばかり考えてきた」

千早「剣道ですか?」

藤木「剣の道……そうだな」

20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 00:50:56.91 ID:/qBsIkgv0
―レッスン―

千早「蒼いー鳥ー♪」

藤木「……」


歌のことなど何一つ分からない源之助であったが

磨き続けた剣の技前が

純粋な筋肉の動きとしての知覚を可能にしていた

21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 00:51:34.30 ID:/qBsIkgv0
千早「いかがでしょう……?」

藤木「もう一度だ」

千早「は、はい……」


これでは駄目だ

23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 00:52:53.08 ID:/qBsIkgv0
千早「あの……?」

藤木「もう一度だ」

千早「は、はい!」


千早(何が気に食わないんだろう……?プロデューサーは何も教えてくれない……)

26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 00:54:46.26 ID:/qBsIkgv0
―その後―

社長「……彼はどうだね?」

小鳥「はあ、誰よりも早く仕事場に来て、誰よりも熱心に黙々と仕事してます」

社長「そうだろうね」

小鳥「でも、心ここにあらずというか……」

社長「……そうだろうね」

27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 00:55:59.86 ID:/qBsIkgv0
社長「藤木君」

藤木「はい」

社長「例の話、決まったよ」


千早「……デビュー……ですか?!」

藤木「ああ」

30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 00:57:04.77 ID:/qBsIkgv0
藤木「曲は、『蒼い鳥』」

藤木「すぐにレコーディングに入る」

千早「……」

藤木「如月、鍛錬を怠るな」

千早「はい……」

31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 00:59:01.11 ID:/qBsIkgv0
―レコーディング―

スタッフA「何時間使ってんだよ……」

スタッフB「誰か文句言えよ」

スタッフC「嫌ですよ、あの人超怖いし」


千早「……ハァ……ハァ……」

藤木「もう一度だ」

千早「も、もういい加減にしてください!」

32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:00:08.78 ID:/qBsIkgv0
スタッフA「お、何か揉めてるぞ」

スタッフB「なんでもいいから早く終わってくれ」


千早「いったい何が不満だというんですか!」

藤木「……」

千早「嫌がらせのつもりなんですか?!」

藤木「そのようなつもりはない」

33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:01:19.83 ID:/qBsIkgv0
千早「……レッスンの時も何も教えてくれない!」

千早「プロデューサーが何を考えているのか、私には全くわかりません!」


痛くなければ憶えない

そう言いかけた源之助であったが

牛股「もう少しこう、手心というか」

諭す兄弟子

そして、欠けた徳利を差し出す師、虎眼の姿

藤木(なるほど……)

35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:02:32.09 ID:/qBsIkgv0
藤木「如月、来い」

千早「は、はあ?」


スタッフC「なんか出て行きましたけど……」

スタッフB「お前、文句言ってこいよ」

スタッフC「……呼んできますけど、文句は先輩が言ってくださいよ」

37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:03:55.76 ID:/qBsIkgv0
―廊下―

千早「なんですか?」

藤木「見ろ」


手には、花瓶

千早「……花瓶がどうしたんですか?」

39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:05:55.86 ID:/qBsIkgv0
藤木「よく見ていろ」

藤木「『虎眼流 流れ星』」

花瓶を宙に放り投げると

猫科動物のような、異様な構え

そこから

キン、という金属音と、やや遅れて何かが壁にぶつかり弾ける音が響いた

藤木源之助の拳は、無刀であろうと凶器そのものである

41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:07:49.70 ID:/qBsIkgv0
千早「あ……あ……」

藤木「腰が抜けたか」

藤木「それだ、憶えておけ」

千早「そ……」

藤木「『流れ星』の速力を生み出すには、脱力が必要だ」

藤木「力みと脱力の繰り返しが、淀みのない力の流れを生む」

藤木「如月、お前には力みしかない」

藤木「脱力しろ」

藤木「……立て」

千早「は、はい……」

腹の部分だけが綺麗に欠けた花瓶が残された

42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:09:22.54 ID:/qBsIkgv0
スタッフC「……」ガタガタ

藤木「如月、先に行っていろ」

千早「は、はい!」

45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:12:06.00 ID:/qBsIkgv0
藤木「見たのか?」

スタッフC「見てません!」ガタガタ

藤木「そうか」

スタッフC「はい!」ガタガタ

藤木「お前の口を封じなければならないかと思っていた」

スタッフC「」

藤木「ならばよし」

48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:13:59.09 ID:/qBsIkgv0
藤木源之助が、およそ人に何かを教えるのは、初めてのことであった

49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:14:30.84 ID:/qBsIkgv0
―その後―

律子「千早、何というか、一皮むけましたね」

社長「ああ、そうだね」

律子「仕事も凄く熱心ですし」

社長「プロデューサーの影響を受けているんだろうね」

53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:16:19.90 ID:/qBsIkgv0
千早「あの、プロデューサー?時代劇のお芝居の仕事も、受けてみようと思うんです」

藤木「そうか」

千早「最近、歌に直接関係ないことも、実は巡り巡って歌に関わってくるって

  そう思えるようになったんです」

千早「プロデューサーのおかげです」

藤木「そうか」

千早「私、プロデューサーに会うまでは、事務所のみんなに嫉妬してたんです」

55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:17:12.14 ID:/qBsIkgv0
千早「ずっとデビューできなくて」

千早「私の方が歌の実力があるのにどうしてって」

千早「私は、どうしてもデビューして、歌わなければならなかった」

千早「でも、薄々分かっていたんです。このままの私ではいけないということが」

藤木「……」

千早「ありがとうございます」

56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:18:14.03 ID:/qBsIkgv0
藤木「……失うことからすべては始まる」

千早「は?」

藤木「如月、お前はきっと、一度何かを失った」

藤木「だから、俺はお前を担当すると決めたのだろう」

千早「……プロデューサーも?」

藤木「腕と、剣の道と、全てを」

千早「プロデューサー……」


藤木源之助の瞳に、再び光が差し始めた

59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:19:48.27 ID:/qBsIkgv0
小鳥「あら?それ……」

藤木「次、如月が出る芝居の過去の映像です」

小鳥「あ、千早ちゃん、受けるんですね」

藤木「はい」

藤木「私は、芝居が全く分かりませんので、少しでも勉強をと」

小鳥「随分変わりましたね」

藤木「ええ、如月は……」

小鳥「いえ、プロデューサーさんが、ですよ」

61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:21:18.23 ID:/qBsIkgv0
藤木(変わった……か)

あれが「夢」か否か

秘め置きし魔剣『流れ星』が使えたことは、

これが単なる夢幻ではないことを物語っていた

藤木(そういえば、あのとき「蓋」をしなかった)

『流れ星』の術理の一つに、刀身を押さえる動作がある

あふれ出る勢いを押しとどめることで、かえって高速で斬ることが可能になる

63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:22:07.12 ID:/qBsIkgv0
藤木(俺も変わりゆく)

ふと、舞台の資料に目をやると、「徳川忠長」の文字

藤木(徳川忠長、改易の後、自刃……)

あの凄惨な御前試合の主催者にして、神のごとく振舞っていた男

藤木「……」

藤木「ふふ……」

藤木源之助の笑みであった

64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:23:31.15 ID:/qBsIkgv0
―その後―

小鳥「最近、よく笑うようになりましたね」

社長「それはどっちが?」

小鳥「どっちもです」

社長「そうかね」

小鳥「スタッフの間では、「天国で結ばれたような二人」と言われてるそうです」

小鳥「確かに、何か入り込めないようなものを感じますね」

社長「ふむ」

67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:24:13.40 ID:/qBsIkgv0
藤木「如月、次の歌が決まった」

千早「本当ですか?」

藤木「これだ」

千早「『眠り姫』……」

藤木「お前のための歌だ」

68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:25:03.81 ID:/qBsIkgv0
―レコーディング―

千早(プロデューサー、いきます)

―誰も明日に向かって生まれたよ―

―朝に気づいて目を開け―

―きっと涙を希望に変えてくために―

―人は新たに生まれ変わるから―

70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:25:33.93 ID:/qBsIkgv0
藤木「……」

源之助の目から、熱いものが溢れた

藤木「如月、俺はお前に会えてよかった」

そして、目を閉じた



「藤木殿、藤木殿!」

72: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:26:37.77 ID:/qBsIkgv0
気が付くと、藤木の目の前には、徳川忠長が家臣達

藤木(腕が無い……)

御前試合において、手傷を負わずに勝ち残ったのは藤木源之助ただ一名

剣術指南役の大役を、今まさに仰せつかっていた


「して、いかがなさいますかな?藤木殿?」

73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:27:31.93 ID:/qBsIkgv0
隻腕の剣士が、この話を断るはずがない


藤木(泡沫の夢……か……)

藤木「折角だが、拙者、固辞したく候」

「……何と……」

75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:29:24.80 ID:/qBsIkgv0
藤木「以後は、一剣士として……」

「物狂いか……。御前試合の剣士をみすみす逃すわけには」

侍であれば、忠長に睨まれれば、駿府では生きてはいけない

「ここで討つ」

しかし、藤木源之助の目に光が戻り、

頬には赤みが差していることに気付く者はいなかった

虎眼流の斬撃は最少にして最速

源之助の流れが、喉元を捉えた、その時

77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:30:56.22 ID:/qBsIkgv0
藤木「……」

「止めた……」

藤木「できれば、追うな。直に追う必要も無くなる」

「剣を捨てるのか?」

藤木「藤木源之助は生まれついての侍なれば、剣を手放すことは御座らぬ」

藤木「……が、他にもすべきことが見つかったのだ」

顔には、穏やかな笑みが湛えられていた

78: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:31:27.81 ID:/qBsIkgv0
以後、藤木源之助の名が歴史に登場することはない

一説によれば、駿府に留まり、賊の手にかかったとも

追手から逃げ切れず自害したとも


しかし、穏やかな笑みを湛えた隻腕の剣士の伝承は、各地に残っている

79: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/12(月) 01:32:42.82 ID:/qBsIkgv0
千早「プロデューサー、どうかしたんですか?」

P「夢を、見ていた」

千早「ダメですよ、居眠りしちゃ」

P「済まない」

千早「それで、どんな夢を?」

P「全てを失った、悲しい夢だった」

千早「……」

千早「よしよし……」

P「……む」


社長「おーい、藤木君いるかねー?次の仕事のことだがー?」

P「はい、こちらに」


終わり