2 : ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 14:56:20.19 ID:sF5yimZr0
一人の少女が暗い路地裏を一人で歩いていた。
中学生か高校生ぐらいだろうか、大人以上に育った胸を窮屈そうに制服にしまいこんでいる。
その手のひらには黄色い石が乗せられていた。
石は、裏路地のわずかな明かりを反射して鈍い光を放つ。
「反応なし…ね。」
独り言を小さくつぶやき、少女はあたりを見回した。
闇の中で鮮やかな金髪が輝き、縦ロールが小さく揺れる。
「…あっ」
少女は何かに気がついたように急に立ち止まった。
人気のない裏路地とはいえ、繁華街の一部だ。
メインストリートのざわめきが鳴り響き、小さな音はほとんどかき消されてしまう。
しかし少女は鋭く、ほんの小さな音を、ごくわずかな気配を見逃さなかった。
「出てきて、怖がらなくていいから。」
少女は中腰になり、ビルの室外機に視線を向けた。
そしておだやかな表情で微笑む。
「ぴっ!?」
小動物らしい高い声がした。
少女はゆっくりと足音を殺して室外機の裏に回り込む。
そこには黄色いスカーフを巻いた小動物がいた。
小柄な体躯、平べったい鼻。猫でもない、犬でもない。
「あら、珍しい。」
少女は思わずうれしそうな声を上げた。
ぶっそうな裏路地を徘徊する行動とは裏腹に、歳相応の少女らしく可愛いものは好きなようだ。
なかば強引に、少女はその小動物を持ち上げる。
「かわいい小豚さんね。」
その小動物…黄色いスカーフを巻いた小豚ははじめはジタバタと抵抗していたが、少女の胸に抱きしめられると急におとなしくなり抵抗をやめた。
(どうしよう?)
少女は小豚をながめながら首をかしげた。
街では普通見ることもない小豚、しかも黄色いスカーフが首に巻かれている。
ほぼ確実に誰かのペットだろう。
近くに飼い主らしき人は見当たらない。
この場合、やはり警察に預けるべきだろうか。
しかし、少女としては警察に届けるのは気が引けた。
そのひとつの理由はこの可愛い小豚を少しでもながく愛でていたいということ。
そしてもうひとつ、女子中学生が夜中に一人で裏路地をうろついていたと
分かれば、補導されかねないということだ。
優等生として知られている少女は、できればそういう事態は避けたかった。
(一日くらい預かっても、悪いことにはならないわよね?)
庇護欲と規範意識のはざまで、少女はこの小豚を自宅に連れて帰ることにした。
一人の少女が暗い路地裏を一人で歩いていた。
中学生か高校生ぐらいだろうか、大人以上に育った胸を窮屈そうに制服にしまいこんでいる。
その手のひらには黄色い石が乗せられていた。
石は、裏路地のわずかな明かりを反射して鈍い光を放つ。
「反応なし…ね。」
独り言を小さくつぶやき、少女はあたりを見回した。
闇の中で鮮やかな金髪が輝き、縦ロールが小さく揺れる。
「…あっ」
少女は何かに気がついたように急に立ち止まった。
人気のない裏路地とはいえ、繁華街の一部だ。
メインストリートのざわめきが鳴り響き、小さな音はほとんどかき消されてしまう。
しかし少女は鋭く、ほんの小さな音を、ごくわずかな気配を見逃さなかった。
「出てきて、怖がらなくていいから。」
少女は中腰になり、ビルの室外機に視線を向けた。
そしておだやかな表情で微笑む。
「ぴっ!?」
小動物らしい高い声がした。
少女はゆっくりと足音を殺して室外機の裏に回り込む。
そこには黄色いスカーフを巻いた小動物がいた。
小柄な体躯、平べったい鼻。猫でもない、犬でもない。
「あら、珍しい。」
少女は思わずうれしそうな声を上げた。
ぶっそうな裏路地を徘徊する行動とは裏腹に、歳相応の少女らしく可愛いものは好きなようだ。
なかば強引に、少女はその小動物を持ち上げる。
「かわいい小豚さんね。」
その小動物…黄色いスカーフを巻いた小豚ははじめはジタバタと抵抗していたが、少女の胸に抱きしめられると急におとなしくなり抵抗をやめた。
(どうしよう?)
少女は小豚をながめながら首をかしげた。
街では普通見ることもない小豚、しかも黄色いスカーフが首に巻かれている。
ほぼ確実に誰かのペットだろう。
近くに飼い主らしき人は見当たらない。
この場合、やはり警察に預けるべきだろうか。
しかし、少女としては警察に届けるのは気が引けた。
そのひとつの理由はこの可愛い小豚を少しでもながく愛でていたいということ。
そしてもうひとつ、女子中学生が夜中に一人で裏路地をうろついていたと
分かれば、補導されかねないということだ。
優等生として知られている少女は、できればそういう事態は避けたかった。
(一日くらい預かっても、悪いことにはならないわよね?)
庇護欲と規範意識のはざまで、少女はこの小豚を自宅に連れて帰ることにした。
3 :らんまマギカ1話2 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 14:59:44.74 ID:sF5yimZr0
住宅地の中にある家族向けマンションの、『巴』というプレートのある部屋に少女は入っていく。
「おなか減ってるでしょう? ちょっと待ってて。」
少女は、小豚をリビングに下ろすと台所に向かった。
そしてしばらくしてスープ皿に入れたミルクを小豚の前に置いた。
「ぴぃ?」
小豚は戸惑ったように、上目づかいで少女を見つめる。
少女は小豚の視線に、にっこりと微笑みを返した。
すると小豚は意を決したようにミルクを舐めはじめた。
ミルクは弱めにレンジで温めている。
この温度ならおなかを壊すことはなく、熱くて飲めないようなこともない。
ミルクひとつにもなかなか気配りがきいている。
「あら?…変な子ねぇ」
少女はつぶやいた。
なぜなら、小豚はまるで感動したかのように目から涙をこぼしつつ、 ミルクをすすっているのだ。
人間以外の動物も、ホッとしたり安心したときに涙を流すのだろうか?
少なくとも少女の知識の中において、そんなことはない。
動物が涙を流すのは乾燥や汚れから目を守るため――
(あっ!)
少女はふいに何かに感づいた。
「ちゃんと体を洗ってあげないと目も痛いわよね。ごめんね、すぐに気づかなくて。」
「ぴっ ぴ!?」
小豚はあせるように声を出したが、少女は気にも留めず、風呂場へ行った。
シャワーの音が小豚の耳に壁越しに聞こえる。
少女は、再び小豚の前に現れると身構えさせる間もなくつまみ上げた。
「ぴーっ! ぴーっ!」
小豚は激しく抵抗するが、少女はただの女子中学生とは思えない強い腕力で押さえつけてくる。
「大丈夫よ。お風呂ってとっても気持ちいいんだから、怖がらないで。」
そして、少女は小豚を風呂場へ運び、浴槽に浅く張られた湯の中に放り込む。
少女は小豚の様子をろくに確認もせずに、すぐに風呂場の扉を締めて着替え始めた。
「ちょっと待っててね。わたしも一緒にシャワー浴びるから。」
いそいそと少女は衣服を脱ぐ。
可愛いペットと一緒にお風呂、そんな平和な日常に少女は憧れていた。
だから、こうして気持ちをはやらせる。
少女はそそくさと衣服を脱ぎ捨て、そして再び風呂場の扉をあけた。
ガチャリ
「…」
「…」
扉を開ける音を最後に、空気が固まった。
おかしい。
お風呂場には可愛い黒い小豚以外いないはずだ。
では、今目の前にうつるこの青少年は何なのか?
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) 2011/09/25(日) 15:03:40.52 ID:MKyW8e0AO
期待
5 :らんまマギカ1話3 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:04:05.31 ID:sF5yimZr0
ガチャン
少女はいったん扉を閉めて、大きく深呼吸をした。
(おちつくのよ、マミ。魔女との戦いで疲れたからってあんな幻覚をみることないじゃない。冷静に、冷静になるのよ。)
気を取り直してもう一度、少女は扉を開ける。
ガチャリ
そこにはやはり、全裸の謎の青少年が居た。
いや、正確には全裸ではなく頭に黄色いバンダナを巻いているが。
「そ、そのっ! せめて服は着るべきだと思う。」
謎の青少年は目を泳がせながら言った。
(しゃべった!? これはわたしの幻覚じゃないの?)
だとすれば一体…
「あっ!」
ここにきてようやく、少女は自分が男子の前に裸体をさらしているという事実に気がついた。
「きゃああああっ! チカン! 変 !」
金切り声をあげ、凄い勢いで少女は風呂場から逃げ出した。
**************************
「…変身体質?」
けげんな顔で、少女は言った。
「俺だってこんなバカバカしい話、信じたくもない。だがな―」
少女と向かい合う青年は、そう言って自分の頭にマグカップの水をかけた。
コンッ
マグカップが宙を舞って床に落ち、青年の姿は消えた。
その代わりに、黒い小豚が青年の座っていた場所に現れる。
「信じられない…けど、信じるしかないみたいね。」
少女はその小豚に、こんどはヤカンのお湯をかけた。
立ち上がる湯煙に隠れるように、先ほどと同じ青年の姿が浮かび上がる。
「でも、どうしてそんな体質になったんですか?もしかして、魔女の呪い…?」
少女は質問した。
少女にはこういった非常識なことには少しだけ心当たりがあったからだ。
「いや、そんなメルヘンなものじゃない。」
しかし青年はきっぱりと否定した。
きっと『魔女の呪い』をおとぎ話か少女アニメの中のものだと思っているのだろう。
「俺はこう見えても武闘家でな、修行の旅をしている。こんな体質になってしまったのは、中国で修行をしていた時に呪いの泉とやらに落ちてしまったせいだ。」
『呪いの泉』それこそが魔女の呪いではないのか、少女はそう思ったが口には出さなかった。
この世に実在する魔女のことを語ったところでどうせ少女アニメにでも影響されたおかしな子だとしか思われない。
相手の言っていることも非常識なのだから信じてもらえるなどと余計な期待はしない方がいい。
人は、見たものしか信じないのだから。
私だって、見なければ彼の変身体質など信じようとも思わない。
そう考えて、少女はこれ以上話すことはないと判断した。
6 :らんまマギカ1話4 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:07:03.04 ID:sF5yimZr0
「そうなんですね。…いきなりさらっちゃった上にチカン扱いしてしまってすいませんでした。」
少女は話を終わらせるためにまとめはじめる。
「いや、むしろ世話になったな。服まで借りてしまって。」
青年も長居をするつもりはないらしい。
話が終わったと判断してそそくさと立ち上がる。
「いえ、着る人のいない服ですから。もらってくれて構いません。」
「じゃあな、ミルクうまかったぜ。」
青年は手を振って玄関から外へ立ち去った。
(『ミルクうまかったぜ』か…)
少女はそんな台詞を堂々と男らしく言う青年におかしさを感じた。
(でも、悪い人じゃなかったみたいね。)
もしかしたら秘密を打ち明けても信じてもらえたかもしれない。
そんなほのかな後悔が少女の胸に去来する。
「名前ぐらい、聞いておいてもよかったのかな?」
ひとりぼっちの広い部屋で、少女はちいさくつぶやいた。
「あかねさん…」
重い荷物を背負いながら、男はちいさくつぶやいた。
男は見知らぬ町を歩いている。
右も左も分からない、まるで迷路のような町だ。
こんな状況の時、彼の心をはげますもの、それは今口ずさんだ『あかね』という女性の存在だった。
しかし今日は不思議と『あかねさん』の顔は思い浮かばなかった。
かわりに一昨日会った少女の顔が思い浮かぶ。
少女といってもおそらく2つか3つぐらいしか歳は変わらないだろう。
小豚となった自分をもてなしてくれた優しい少女だった。
正体を知っても丁寧に対応してくれた。
もしご両親にでも見つかっていればえらいことになっただろうに…
そこまで考えたところで、男の頭の中に疑問が浮かんだ。
なぜあの時、彼女の家族はいなかったのか?
独断でペットを拾ってきたというのに誰かをはばかる様子もなく堂々と自宅に入っていったのはなぜか?
それに貸してくれた男性物の衣服についても「着る人がいない」と言っていた。
もしかして、彼女は家族もおらず、ひとりで暮らしているのだろうか?
男は、少女に同情をいだいた。
何ヶ月も親が家に帰ってこない、彼はそんな家庭環境で育ってきた。
男子らしいたくましい態度していながら、男は孤独に暮らすことの寂しさをよく知っていたのだ。
「…」
『あかねさん』の名をつぶやくように、男は少女の名前をつぶやこうとしたが
できなかった。
少女の名前を知らなかったからだ。
「名前ぐらい、聞いとけばよかったな。」
男はそんな独り言を虚空に放した。
7 :らんまマギカ1話5 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:10:27.74 ID:sF5yimZr0
あたりは人気のない倉庫街。
何の答えも返ってくるはずもない。
しかし、異変は起こった。
突如、目の前に西洋の城のような岩壁が広がり、ニョキニョキと地中から石柱が生えてくる。
「な、なんだ、これは!?」
あまりのわけの分からなさに混乱する男のまわりに、石柱がまるで生き物のように集まってきた。
よく見れば空中にもいくつかの石柱が浮かんでいる。
いつの間にか彼は、すっぽりと石柱に囲まれてしまった。
(よく分からんが、なんだかやばそうだ。)
男は、迷わず石柱に人差し指をぶつけた。
「爆砕点穴!」
叫び声と同時に石柱はこっぱみじんに砕け散る。
「よし、いける!」
そう判断した男は、次々に石柱を破壊していった。
指に触れただけで硬い石が粉々になっていく。
もしこの場に第三者が居たなら、この異空間に負けず劣らず男の存在も異様に感じたことだろう。
ついには無数にあった石柱のほとんどが消え去り、巨大な甲冑が男の目の前に現れた。
「お前がこいつ等のボスか? なんだか知らないがここから出しやがれ。」
彼の身長の何倍もあろう相手にも、男はまったくひるむことなく凛として言った。
しかし甲冑は聞く耳もないといった様子で、巨大な剣のような腕を男に振り落とす。
それに対して男は、なぜかベルトをするするとズボンから抜いた。
そして、頭上へと落ちてくる馬鹿でかい刃物に対してそのベルトを振りかざす。
不思議なことに、ベルトは鋼鉄のように固くまっすぐに伸び、丈夫な短刀となって巨大な剣を止めた。
「妖怪ふぜいが、俺にケンカを売ったことを後悔しな!」
男は甲冑妖怪の刃物状の腕を払いのけると一気にそのふところに飛び込んだ。
そして、甲冑妖怪をベルトで滅多切りにする。
しかし、斬れているのは外側の布切れの部分だけで、内部の鎧はほとんど傷ついていない。
「くっ、硬い!」
男がそうしている間にも、甲冑妖怪は両腕をクロスさせて男を逃がさないようにしながら、その刃物のような腕で抱きしめようとする。
もちろん、抱きしめられたら男は十字型の切り後を残して四つに裂かれることだろう。
「…まったくムカつくぜ。なんでこんなわけのわからないことに巻き込まれなきゃならねーんだよ。」
男はベルトでの攻撃をやめ、うつむき立ち尽くす。
甲冑妖怪はそれをあきらめととったのか、一気に腕を内側に、男を切り刻むように抱きつこうとした。
その時、
「獅子咆哮弾!」
強大な閃光が立ち上がり、とてつもない重量をもって甲冑妖怪の頭上に降り注いだ。
甲冑は押しつぶされ、周りの地面が隕石の落ちた後のクレーターのように大きく陥没する。
「…ふぅ」
閃光が去り、男はため息をもらした。
8 :らんまマギカ1話6 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:13:02.20 ID:sF5yimZr0
足元に転がる甲冑はもはや原型をとどめず、ただの鉄くずに成り果てていた。
男はあらためてあたりを見回す。
相変わらず、あたりは城壁に囲まれた中世欧州の城のようになっている。
「ボスを倒しても元にもどらないのか。」
男はわずかにいらだちを見せたが、それはまるでショッピングモールの出口が分からなくなった程度の気軽さだった。
さきほどの戦闘になど恐怖も不安も全く感じていないのだ。
「あぶないっ!魔女を相手に油断しないで!」
ふいに、どこかで聞いたような声が響いた。
あたりを振り返ると、さきほどの甲冑がぼろぼろの体をもたげて腰ぐらいまで立ち上がっている。
「しぶといっ。」
そう言った男が再び戦闘態勢に入るより早く、黄色い光線が甲冑妖怪を包んだ。
「ティロ、フィナーレ!」
こんどこそ甲冑妖怪は霧散し、まるでペンキで壁を塗り替えるようにあたりの風景が変わった。
そこは元の倉庫街だ。
男は妖怪を倒してくれた人物に礼を言おうとその姿を探す。
すると、鮮やかな金髪の少女が目に入った。
「あっ あなたは!」
「おまえは!?」
男と少女の声がかぶった。
男は茂みに隠していた自分の荷物から衣服を出して着替えていたし、少女も西洋のアンティーク人形のような格好をしている。
それゆえ以前にあったときとは全く格好が違い、互いに近づくまで気づかなかった。
しかし、近くで見ればはっきり分かる。
それほど互いに印象的だったのだ。
少女は先日、小豚状態だった男をもてなしてくれたその少女だった。
*********************
「俺の名前は響良牙、前にも言ったように武闘家だ。」
「私は巴マミ、信じられないかも知れませんが魔法少女です。」
闇夜の中、二人は改めて自己紹介をした。
「僕の名前はキュゥべえ、魔法少女を作り、サポートするのが仕事さ。」
そして、巴マミの肩の上に乗った小動物も自己紹介をする。
動物がしゃべっていることに若干の違和感を感じながらも、良牙は話を続けた。
「しかし、いったいあの化け物はなんだったんだ?バラバラに砕いてやったはずなのに蘇りやがった。」
獅子咆哮弾で決着がつかなかったことが、良牙にとっては少々屈辱だった。
彼はそれだけ戦いや強さにプライドを持つ人間だった。
「あれは魔女と言って、人々に災いをもたらすものです。魔法少女はあの魔女を倒すことが使命なんです。」
「魔女は魔法じゃないと倒しにくいようになっているからね。僕にとっては魔法を使わずに魔女を倒せる君の存在の方がおどろきだよ。」
マミとキュゥべえがそれぞれ問いに答える。
「魔法じゃないと倒しにくい?ちょっとキュゥべえそれはわたしも初耳よ。」
マミは責めるように言ったが、あまり真剣に怒っている様子ではない。
気心の知れた相手だからできる軽口なのだろう。
「いや、俺が倒したわけじゃない。」
9 :らんまマギカ1話7 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:15:30.61 ID:sF5yimZr0
「同じさ。あと二、三発もさっきの技をすればあの魔女は良牙ひとりで倒せていたよ。」
そういうものなのか、と良牙はどうもすっきりしない感じがした。
自分が三発以上必要な敵を巴マミは一撃で倒してしまったのだ。
巴マミが自分よりも数段強いとすればそれで納得するしかないのだが、どうもそうではなくて相性の問題らしい。
「ところで、どうして良牙さんはまだこの町に? 旅をされてるって・・・?」
今度はマミの方から質問が出た。
もっともな問いだ。
あれから二日経ったのに、流浪の生活を送っているはずの良牙とまたこの町で出会うなんて普通は考えられない。
「え、なに! もしかして、ここはまだ見滝原なのか!?」
なぜか良牙は激しく狼狽した。
「もしかしても何も、わたしの家から200mほどしか離れてませんよ。」
良牙が何をあわてているのか分からないが、マミはとりあえず冷静につっこんだ。
「そんなっ! もう何ヶ月も風林館を目指していると言うのにぜんぜん近づけない!」
「風林館ならそんなに遠くないじゃないですか。…もしかして、わたしのことバカにしてるんですか?」
良牙のわけの分からないオーバーリアクションにマミは腹を立てた。
それに対してキュゥべえは冷静に、良牙に質問をする。
「良牙、つかぬことを聞くけど、君はここからどうやって風林館に行く気だい?」
「そりゃあ、富士山が北にあるから、日の昇る方向へ歩いて―」
良牙はおそろしく大雑把な脳内地図を披露した。
しかも冗談めかしてではなくいたって真顔でそれを言っているのだ。
常識を超えたトンチンカンぶりにマミはあきれ果てた。
こうなれば一瞬でも腹を立てた自分がバカらしくなってくる。
「うん、良牙が方向音痴なことはよく分かったよ。」
「なにっ!? なんで分かったんだ?」
良牙の真剣な表情に、もはやマミもキュゥべえもつっこむ言葉すら見つからなかった。
「…ところで、良牙。僕は君の強さとさっきの技に興味があるんだ。」
間が空いたところで、すかさずキュゥべえは話題を変える。
「そこで提案なんだけど、もうしばらく見滝原に居てくれないかい?」
突然のキュゥべえの提案に、良牙もマミも目を丸くした。
「そんなこと言われても、宿を借りる金なんざないぞ。」
良牙は率直に答える。
「だったら、マミの家にいれば良いじゃないか。」
キュゥべえはけろっと言い放った。
「キュゥべえ、なに言ってるのよ!」
「そんな無茶なことできるかっ!」
マミも良牙もあわてて否定した。
10 :らんまマギカ1話8 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:17:45.15 ID:sF5yimZr0
「いやいや、別に無茶な話ではないよ。良牙は変身体質なんだろう?夜寝るときには良牙が変身していれば問題ないんじゃないのかな?不安なら僕も一緒に居るよ。」
「…それなら、安心だけど。」
マミは愛らしい小豚の姿を思い出し、思わずそう答えてしまった。
「マミにとって、彼ほど強くてしかもグリーフシードを消費しない味方がいるのは凄く心強いと思うよ。魔女との戦いはずいぶんやりやすくなるハズだ。」
キュゥべえの言葉に、マミは納得したようにうなずく。
秘密を共有し、ともに戦える仲間。
それはマミが心の底で求め続けてきたものだった。
図らずもそれが今、手に入るかもしれないのだ。
「良牙にとっても十分なメリットがあると思うよ。魔女との戦いは君にとって良い修行になるはずだし、風林館に行きたいのなら僕かマミが暇なときにでも案内してあげられる。それに流浪の野宿生活も良いけどさ、屋根の下でゆっくり眠ることも時には必要なんじゃないのかな?」
良牙もまた、キュゥべえの言葉に心が動いた。
魔女との戦いに納得がいっていないのがその理由のひとつ。
それに良牙は流浪の旅と言ってはいるが、実は方向音痴ゆえにろくに家にも帰れないので結果的に流浪の旅になっているに過ぎない。
修行のためというのは完全な後付だった。
だから屋根の下でちゃんと寝ることのできる生活というものには誘惑される。
「どうだい、二人とも?」
すでに勝利を確信したキュゥべえが改めて返答を求めた。
「え…」
「えっと…」
「「よろしくお願いしますっ!」」
良牙とマミは声をはもらせて互いに頭を下げる。
こうして、魔法少女と武闘家の奇妙な同居生活が始まった。
12 :らんまマギカ2話1 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:23:17.92 ID:sF5yimZr0
響良牙と名乗る武闘家との出会い。
それは巴マミにとって驚きの連続だった。
変身体質もさることながら、その高い戦闘力はどうしたものか。
彼女は魔女の結界での良牙の戦いを遠巻きに見ていた。
魔女の使い魔に囲まれているから急いで助けようとした矢先、彼は自力で次々と使い魔を倒していった。
しかもその倒し方がすさまじい。
指先ひとつで触れるだけで防御力に優れた石柱型の使い魔がこっぱみじんに砕け散るのだ。
そして、ベルトを剣のようにして魔女の攻撃を防ぎ、さらには巨大な光を出して魔女をぺしゃんんこにしてしまった。
マミははじめ、男性のような体格をした魔法少女なのかと思った。
しかし近づいてみてみれば紛れもなく男性、それもつい先日会ったことのある青年だったのだ。
その日の晩はかなり長く情報交換が続いた。
魔法少女と武闘家、お互い未知との遭遇だった。
良牙によれば、魔女を倒した光やベルトを硬直させたものの正体は魔法ではなく「闘気」なのだという。
(まるで少年漫画ね。)
マミはそう思った。
気の概念の源流は格闘技にあるのだが、そんな知識をマミはもたない。
マミにとっては闘気で攻撃するなど漫画の中の話でしかなかった。
そういえば、良牙の武闘家としてひたむきに強さを求める姿勢や常識はずれな方向音痴もどことなく漫画っぽい。
(少年漫画からそのまま飛び出してきたような人…)
そう考えてマミはつい笑ってしまった。
良牙が少年漫画から飛び出てきた人間なら、わたしは少女漫画だ。
彼と対比することで自分の存在もまたありえないことをマミはあらためて実感した。
マミは良牙に、魔法でリボンを自在に操り紅茶を注いでみせた。
さすがの良牙も目を丸くしていた。
マミはリボンにもポットにも指一本触れずにお茶を注いだのだ。
格闘新体操の達人でも触れもせずにリボンを操ることはできないし闘気でティーポットを動かそうとしても、逆にティーポットを粉砕してしまうことは目に見えている。
だから、魔法と信じるしかない。それが良牙の見解だった。
もともと不思議なものには慣れっこなので別段おどろきもしないらしい。
ただの闘気や手品でないとだけ分かれば良牙にとってはそれで十分だったのだろう。
一方キュゥべえの興味は良牙が魔女を倒すために使った技、獅子咆哮弾にあった。
良牙の説明によれば、獅子咆哮弾は単純な闘気のかたまりではなく負の感情を重たい気に変化させて威力を増す技だという。
それを聞いたキュゥべえは「やはりそうか!」となにやら納得していた。
キュゥべえの言うには負の感情を力に変える獅子咆哮弾は負の感情のかたまりである魔女に近いところがある。
そのため、威力のわりに魔女にはとどめになりにくいらしい。
13 :らんまマギカ2話2 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:25:51.53 ID:sF5yimZr0
(でも、それだけじゃ無さそうね。)
キュゥべえが魔女や魔法少女以外のことに興味を持つのは珍しい。
付き合いの長いマミでもこんなことは初めてだった。
獅子咆哮弾には他に、キュゥべえの興味をそそる何かがある。
マミはそんな確信をいだいた。
それが何かまでは想像がつかないが、もしかしたらキュゥべえの存在そのものに関わるヒントになるかもしれない…
そこまで考えたとき、マミはハッとした。
「わたしは、キュゥべえを疑っている…?」
***************************
『今日はキュゥべえの奴はついて来ないのか?』
良牙はマミにテレパシーを送った。
『ええ。新人発掘ですって。こう言ってはなんですけど、彼は普段から営業活動には余念がないんです。』
マミはテレパシーを返しながら、自分の肩の上に乗る小豚の頭をなでた。マミとしては特に意味のない、ペットを愛でるだけの行為だ。だが、そんなことにも小豚の顔が赤くなる。
『し、しかしこの状態でも会話できるとは便利なもんだな。』
テレを隠そうと冷静をよそおう良牙。
マミはクスッと小さく笑った。
ぶっきらぼうで言葉遣いが荒いときもあるが、決して粗野ではない。
むしろ、なんだか可愛い人だ。
(いい人みたいで良かった。)
これから魔女と戦うかもしれないというのに、自然とマミの心ははずんだ。
『良牙さんがテレパシーを使えるのはわたしかキュゥべえが居るときだけですから、気をつけてくださいね。』
マミは良牙に説明をしながら、自分の指輪に触れる。
すると、指輪は丸い宝石状に形を変え、黄色い輝きを放った。
わずかながら魔翌力反応がある。マミの瞳に緊張が宿った。
(魔女が…近くにいる!)
『それは?』
マミの肩に乗った小豚が不思議そうに黄色い石を眺めていた。
『ああ、これがソウルジェムです。魔法少女の証であり、魔女を探す魔翌力探知機にもなっていて…』
「あ」
説明をはじめたと思ったら、マミは急にテレパシーを切り口で声を出した。
「良牙さんはちょっと待っててくださいね。」
そう言ってマミは小豚を肩から下ろしそそくさと立ち去った。
(へ? 一体どうしたんだ?)
取り残された良牙は、途方にくれるしかなかった。
14 :らんまマギカ2話3 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:28:07.84 ID:sF5yimZr0
暁美ほむらは、キュゥべえの姿を追っていた。
(ついに、まどかを見つけられてしまった。)
気持ちはあせる。
どうにかして、キュゥべえと鹿目まどかの接触を阻まなければ、『またもや』鹿目まどかが魔法少女になってしまう。
そうなれば、鹿目まどかはやがて魔女に―
「…見つけた。」
暁美ほむらの目に、白い犬のような猫のような、奇妙な小動物の姿が映る。
もはや、手段を選んでいられない。
ほむらはためらいもせず拳銃を取り出し小動物に向けて発射する。
銃弾は白い獣をかすった。
(はずしたか。)
そう思った、その瞬間、ほむらの腕に黒い小動物が飛びかかってきた。
「きゃあっ!? なに、コレは?」
手に持っていた拳銃が、その小動物の体当たりにより手からこぼれ落ちる。
それとほぼ同時に、黒い小動物は見事に着地し、ほむらに視線を向けて対峙した。
平べったい鼻、突き出た耳、その姿はどうみても豚だった。
キッとにらみつけてくるその目は、ほむらを敵視している。
(何なのこの豚は? インキュベーターの同類?)
ほむらの頭の中を無数の疑問符がかけめぐった。
どうあれ確かなことは、この小豚はキュゥべえ…彼女の言うところのインキュベーターを守ろうとした。
「敵には、違いないわね。」
ほむらは左腕につけている盾に右手をかざす。
すると、彼女以外のすべてのものが動きを止めた。
、
ほむらはそのまま右手で盾の裏側から銃器を取り出す。
そして無造作に、小豚にそれを撃った。
銃弾は小豚に当たる手前で、ピタリと動きを止めた。
他のすべてのものと同様にこの空間の背景と成り果てている。
動けるのはほむらただ一人のみだ。
ほむらはもう一度盾に手をかざした。
するとこの世界は再び動き出した。
が、勢いよく動き始めた弾丸は小豚にあたらず、コンクリートの地面をけずった。
小豚が時間が動き始めると同時に大きくジャンプをしたからだ。
(かわされた!?)
ほむらはおどろきを隠せなかった。
15 :らんまマギカ2話4 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:30:44.51 ID:sF5yimZr0
彼女は時間停止の能力を持っている。
その能力を使えば銃弾があたる寸前まで、相手は一切の回避行動がとれない。
それなのにかわされたということは、相手が高速で動いているか先読みをしているということになる。
どちらにしても、そうとうな戦闘センスの持ち主だ。
(得体が知れないわね…)
ほむらは内心で舌打ちをした。
この得体の知れない存在の相手をしている隙に白い小動物…インキュベーターはすでに逃げている。
してやられた格好だ。
そうとなれば、人に見つかる危険を冒してまでこれ以上ここにいるメリットもない。
(わたしも逃げるか…)
ほむらはどこからともなくスタングレネードを取り出し爆発させた。
すさまじい閃光と煙があたりを包み、それが過ぎた後にはほむらの姿は消えていた。
(逃げたか…キュゥべえを襲っていたようだが、あれも魔法少女なのか?)
黒い小豚こと、良牙は考えた。
あの少女がキュゥべえに向けて撃った銃撃の、発射前に間に合うように良牙は飛んだはずだった。
しかし、良牙が拳銃を体当たりで飛ばしたのは発砲した後だった。
おかしい。
構える間も狙う間もなく銃を撃てるものなのか。
いや、それどころかそもそも発砲音すら聞こえなかった。
まるで、時間が飛ばされたようなそんな不思議な気分だ。
種明かしは分からないが、相手がいつ撃ってくるか分からないのならとにかく動いてよけるしかない。
良牙はそう思い、回避行動をはじめた。
結果的にはそれが功を奏して銃弾をよけることができた。
だが不気味だ。
少女は銃を握ってすらいなかったのに、次の瞬間、すでに発砲していたのだ。
銃を構えるヒマすらはおろか取り出す時間すら全くなかったはずなのに。
(チッ、奇妙なガキだ。)
悩んでも仕方がない、早くマミちゃんのところに戻ろう、そう思い良牙はあたりを見回した。
(…ここは、どこだ?)
マミはもちろん、キュゥべえも逃げてしまったので見当たらない。そしてここは見知らぬ町。
この状態では、良牙に帰還できるあては何もなかった。
「ぴーッ! ぴ、ぴー!!」
哀れな小豚の鳴き声だけがあたりに響いた。
16 :らんまマギカ2話5 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:34:18.56 ID:sF5yimZr0
(我ながら、とんだ失態ね。)
巴マミは黒い小豚…良牙がいなくなっていることに気付き、頭を抱えた。
そもそもの失敗は、いつもより一杯多く紅茶を飲んだ事だ。
昨晩は話が長くなったので睡眠が足りていない。
だからカフェインを多めにとったのだが、それが裏目に出た。
男性である良牙の前で堂々と事情を説明するわけにも行かない。
しかし、魔女との戦いを控えているのに下手に我慢することもまたできない。
結果、マミはどこに行くかも言わずに良牙を置き去りにして『お手洗い』に行ってしまった。
いくら良牙でもほんの数分の間に迷子になることはあるまいと油断していたのだ。
(もし、魔女の結界にでも巻き込まれたら…)
本来の良牙なら並の魔女ぐらいあっさり倒してしまうだろう。
だが、今の小豚状態の良牙では使い魔一匹にもとうてい勝ち目がない。
(急がなきゃ)
気持ちはあせる。
『マミ、聞こえるかい?』
その時、テレパシーがマミの思考に入り込んできた。
聞きなれたこの声は、キュゥべえだ。
『キュゥべえ、どうしたの?』
『マミとつながって良かった。実は、魔女の結界に飲まれてしまったんだ。一般人も二人いる。助けに来てくれないかい?』
一般人が魔女の結界に巻き込まれた。…緊急事態だ。
魔法少女の使命を人々を魔女から守ることだと認識しているマミにとって「助けない」などという選択肢は存在しない。
『わかった。すぐ行くわ!』
マミはソウルジェムの示す方向へと走り出した。
『ところで、キュゥべえ。良牙さん見なかったかしら?』
走りながらもマミはテレパシーを飛ばす。
激しい運動をしながらでも息を切らすことなく会話できる。
これもまたテレパシーのメリットだろう。
携帯電話ではこうはいかない。
『良牙なら、さっき僕が襲われていた所を助けてくれたよ。』
『襲われた!? 魔女に?』
そうだとすれば、良牙も一緒に魔女の結界に巻き込まれたのだろうか。
小豚の状態でどうやってキュゥべえを助けたのかは知らないが事態はかなり緊急を要するようだ。
『いや、魔法少女に襲われた…どちらにしてもあの位置なら良牙もこの結界に巻き込まれている可能性が高い。』
しかし、キュゥべえはマミの予想とは全く異なることを言った。
『どういうこと? 話が見えないわ。』
『すまない。なんで魔法少女に襲われたのか僕にもよく分からないんだ。とりあえず、考えるのは後にしよう。 良牙や一般人の安全を考えれば魔女を倒すのが最優先だろう。』
『そうね。分かったわ!』
キュゥべえが「分からない」というのは珍しい。それだけ想定外の事態が起きているということだろう。
だからといってマミは混乱などしなかった。
こういう場合の優先順位ははっきりと決まっている。 第三者の命が最優先。
そう考えることにマミには迷いがなかった。
17 :らんまマギカ2話6 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:36:30.51 ID:sF5yimZr0
鹿目まどかと美樹さやかは混乱していた。
いつものように学校に通い、いつものように放課後はショッピングモールへ寄って、いつものように家路につくはずだった。
それなのに、この異空間は一体、何なのか。
きっかけは鹿目まどかが奇妙な『声』を聞いたことだった。
助けを求めるその声を追って鹿目まどかは閉鎖中のエリアに入り込み、美樹さやかもそれを追っていった。
暗く閑散とした空きスペースの中で、傷を負った小動物が倒れていた。
まどかがその小動物を助けようと抱きかかえたその時だった。
ショッピングモールの壁がチラシ紙を破くように裂けて、その中から不規則で奇妙な図面が現れた。
いつのまにか、あたりはその奇天烈な景色に囲まれ、元のショッピングモールの通路や部屋は消え去っていた。
「冗談だよね、あたし、悪い夢でも見てるんだよね!?」
さやかは叫んだ。
何もかもが常軌を逸している。
血のように赤い色の蝶が巨大なひげの生えた触覚をもたげて歩き回り、真っ黒なハサミが鳥のように宙を舞う。
とげとげしいイバラはまるで触手のようにあたりをうね回る。
その異形のものたちは二人の少女を取り囲みながら、徐々に距離を詰めてきた。
(もしかして、おそいかかってくるの?)
まどかもさやかも口には出さないが、その予感を感じていた。
これから自分たちはこの気持ち悪いクリーチャーに食べられて死んでしまう。
漫画やアニメになれた現代っ子だからこそ、そんな予感が頭に浮かんでしまう。
恐怖を募らせる二人に、異形のものたちはもう触れてしまう位置にまで近づいてきていた。
(もうダメ!)
そう思った瞬間、とつぜん赤い蝶が吹き飛んだ。
それだけではない、異形のものたちが次々と後ろに吹き飛び、まどかとさやかから引き離されていく。
(一体、なに?)
二人の少女は呆然としてそのようすをながめた。
「危なかったわね。でももう大丈夫。」
優しく、強い声がして、金髪の少女がまどかとさやかの目の前に現れた。
「キュゥべえも一緒ね。」
「ああ、マミ。間一髪間に合ったね。」
それまでまどかの腕の中でじっとしていた白い小動物がいきなり人間の言葉をしゃべりはじめた。
「うわっ、ホントにしゃべった!」
さやかが驚きの声を上げる。
「だから、わたしは嘘つかないよー。」
まどかがそれに答えた。
「いや、すまない。マミとのテレパシーと体の回復に集中していて君たちと会話をする余裕がなかったんだ。」
白い小動物は愛らしい姿とはうらはらに、理路整然と自分の事情をのべる。
18 :らんまマギカ2話7 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:38:28.63 ID:sF5yimZr0
「え? いや、謝るほどのことでも…って、ええ!?テレパシー??」
しかしさやかはなおさら混乱するだけだった。
「いろいろ聞きたいとは思うけど、その前に、ちょっと一仕事片付けちゃっていいかしら?」
余裕のある口調で、金髪の少女は怪物たちの前に出た。
彼女がスカートをたくし上げると、大量の銃が落ちてきた。
長大な、数世紀前の西洋の銃のようだ。
金髪の少女はそれを片手にひとつずつ持つと、怪物たちをめがけて発砲した。
二丁の銃から発砲された二発の弾丸は、吸い込まれるように二匹の怪物の眉間を貫いた。
金髪の少女は弾を撃った銃を投げ捨てると、そのまま別の銃を取り、流れるような動作で再び発砲した。
銃弾はまたもや怪物に命中する。
金髪の少女を敵とみなしたのか、怪物たちは奇妙な叫び声をあげ、次々に少女に襲い掛かっていった。
しかし、何者も金髪の少女に触れることすらできなかった。
少女は踊るように華麗に、全方向から襲ってくる怪物に銃弾を浴びせる。
銃を撃っては捨て撃っては捨てを繰り返し、一匹一匹確実に、しかしスピーディーに、マミは怪物たちを撃ち抜いていった。
「すごい…」
ながめているまどかはつぶやいた。
気がつけば数え切れないほどいた怪物たちはほとんど姿を消し、異様だった風景もその『メッキ』がはがれていた。
一仕事を終えた金髪の少女がまどかとさやかの方を振り返る。
「私は巴マミ。あなた達と同じ見滝原中学校の3年生よ。」
その時、どこからか小動物の鳴き声が聞こえてきた。
「ぴーっ! ぴーっ!」
「あら、よかった。良牙さんも無事ね。」
そう言って金髪の少女がしゃがんで手を地面に近づけると、そこに黒い小豚が走りこんできた。
(『りょうがさん』って、ペットに『さん』付け!?)
さやかは内心つっこむが、この異常事態の中でまだ言葉に出せるほどの余裕はない。
金髪の少女は変な顔をするさやかを気にもせず、その小豚を手のひらに乗せ、自分の肩へ移動させた。
「そして、キュゥべえと契約した魔法少女よ。」
怪物たちを一人で退治したその少女は、壮絶な戦いぶりからは想像できないほど、柔和な笑みをしていた。
20 :らんまマギカ3話1 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:43:23.90 ID:sF5yimZr0
「ケーキ、うまっ!」
「もう、さやかちゃん、行儀悪いよぉ」
「いいのよ、美樹さん、鹿目さん。」
鹿目まどかと美樹さやかは、巴マミの家に招かれた。
「キュゥべえに選ばれた以上、他人事じゃないしね。」
そう言ってマミはキュゥべえの方を見た。
その赤い瞳はいつもと変わることなく不思議な輝きを放っている。
長い付き合いだというのに関わらず、目を見ても何を考えているのかは分からない。
(人間じゃないから仕方ないのかな?)
少し寂しげに、マミは小豚のままの良牙を見た。
黒い小豚は、魔法少女についてすでに説明を受けているので興味なさげに、ただの小豚のフリをしてカーペットの上で寝転んでいた。
それでも、マミの視線に気付くと、その表情を感じ取り、不思議そうな顔をする。
小豚の体でも、人間は表情やしぐさで感情を伝え合うことができるようだ。
マミはこのまだ出会ったばかりの小豚にキュゥべえには感じなかった安堵を感じた。
「うんうん、何でも聞いてくれたまえ。」
「さやかちゃん、それ逆。」
良いタイミングでボケるさやかとすぐにつっこむまどか。
なかなか良いコンビらしい。
そんな二人をほほえましく眺めながら、マミは黄色い石を取り出した。
「わぁ、きれい…」
その輝きにまどかが見とれる。
「ソウルジェムというの。キュゥべえとの契約によって生み出す宝石よ。魔翌力の源で、魔法少女の証でもあるの。」
さやかとまどかは二人してソウルジェムを眺める。
「契約って、どういう?」
さやかの問いを受けて、いままで黙っていたキュゥべえが前に出た。
「僕は、君たちの願いごとをなんでもひとつだけ叶えてあげることができるんだ。」
「え!?」
「なんでも?」
『なんだって!?』
キュゥべえの言葉に、まどかとさやかは驚きの声を上げた。
しかし、それ以外にこの場には居ないはずの男性の声が聞こえた。
まどかとさやかは目を丸くしてあたりを見回す。
「あれ? マミさん、お兄さんが?」
素朴な疑問をさやかはぶつけた。
「ああ、これは違うの。良牙さんがね、テレパシーで話しかけてくれたのよ。」
そう言ってマミは黒い小豚を抱き上げた。
小豚は先ほど聞こえた男らしい声からは想像できないほど可愛らしくあたりを見回している。
その様子は思ってもいない事態にあせっているように見えた。
21 :らんまマギカ3話2 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:46:04.41 ID:sF5yimZr0
「ね、良牙さん。」
マミは挨拶をうながした。
『あ、ああ。驚かせてすまない。俺は響良牙だ。』
マミの腕の中で、黒い小豚はぺこりと頭を下げた。
「ええええええええ!? 小豚がテレパシー??」
「かわいい! この小豚ちゃんも魔法を使えるんですか?」
まどかとさやかは今日何度目かの驚きのリアクションをとった。
「いや、良牙は魔法を使えないよ。今は僕やマミがテレパシーを仲介してるんだ。」
キュゥべえが解説を加えた。
「じゃあ、じゃあ、魔法少女になったら動物とお話できちゃうの!?」
まどかは熱心に、キュゥべえにせまった。
「残念だけど、普通の動物は無理よ。」
急にせまられたキュゥべえに助け舟を出すように、マミが答えた。
「契約の願い事を『動物とお話』にすれば出来ると思うけどね。」
キュゥべえはすかさず、契約を結ばせるのに有利な補足説明を加えた。
さすがと言った表情でマミはキュゥべえを見つめる。
『ってことは、魔法少女になったらなんでも叶うってのは本当なのか?』
良牙は、魔法少女の契約について詳しいことを聞いていなかった。
自分にはあまり関係が無いと思っていたからだ。
しかし何でも叶うというのなら興味がある。
「うん。ただし、願いを増やしてくれとかそういうズルは無しだよ。あと、宇宙全体に関わるような大きすぎる願いだと制限が出てしまう。でも、地球規模の願いなら、たいていは叶うはずだよ。」
「たとえば、億万長者とか、不老不死とか、満漢全席とか!」
さやかの問いに、キュゥべえはこくりとうなずいた。
「うん、そういうことなら叶うよ。」
そしてあっさりと「叶う」と言ってのける。
キュゥべえの説明を聞いて、まどかとさやかと良牙は三者三様、考え込んだ。
「あ、良牙は無理だよ。男だし、魔法少女の素質も無い。」
『んがっ!』
黒い小豚はしゅんとなった。
(それ以前に人間じゃないといけないでしょ、フツー)
さやかは心の中でつっこんだ。
「願いと引き換えに魔法少女になると、魔女と戦う使命を課されるんだ。」
落ち込む良牙をよそに、キュゥべえは説明を続けた。
「…魔女ってショッピングモールで出てきた、あの?」
まどかがか細い声で質問する。
つい数時間前の恐怖を思い出したのだろう。
「あれは魔女の使い魔に過ぎないわ。本物の魔女はもっと…恐ろしいものよ。」
真剣な表情で語るマミに、まどかもさやかも息を飲んだ。
「キュゥべえに選ばれたあなたたちには、大きなチャンスがある。でも、それは死と隣りあわせなの。」
22 :らんまマギカ3話3 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:48:05.04 ID:sF5yimZr0
答えを決めかねたように、まどかとさやかは互いを見合わせる。
「すぐに決める必要は無いわ。…と言っても情報が足りないわよね。」
マミは何やら思案しながら二人をみつめた。
「そこで提案なんだけど、二人ともしばらく私の魔女退治に付き合ってみない?」
「え!?」
マミの提案に、まどかとさやかは素っ頓狂な声をあげた。
******************
学校の休み時間、まどかとさやかは校舎の屋上に来ていた。
「ねー、昨日のことさ、夢じゃなかったのよね?」
さやかは今朝からずっとまどかが聞きたかったことをまどかに聞いた。
「わたしも信じられないんだけど、きっと夢じゃないと思う。」
そう言ってから、まどかは少し考えた。
確かに、昨日化け物に襲われたことや『魔法少女』に助けられたこと、そして自分達がその『魔法少女』になるかも知れないこと。
あまりにも現実離れしている。
それに比べて、今朝から今まではいつもと全く変わらない日々が続いていた。
この変わらない日常を過ごしていると、どうしても夢だったと思えてしまう。
しかし、同じ経験を二人でしている。だから、夢じゃない。
「さやかちゃんとわたしが二人とも覚えてるんだから夢じゃないよ。」
まどかは自分の結論をさやかに告げた。
「へへ…二人しておんなじ夢見てたー、なんてオチだったりしてねぇ」
真剣な表情をするまどかに、さやかは自嘲気味におどけてみせた。
「ははは、もしそうだったら、また仁美ちゃんに禁断の愛だとか言われちゃうよぉ」
「ちっちっちっ、前世からの運命なのよ。例の転校生には負けないんだから。」
「なにそれ、もー」
そんな冗談を言い合って、まどかとさやかは笑いあう。
秘密を共有する相手が友だちでよかった。
二人とも心からそう思った。
その時だった。
「ちょっと、いいかしら?」
黒髪の少女が二人の目の前に立っていた。
つい昨日、二人のクラスに転校してきた暁美ほむらだ。
「お、転校生?」
「ほむらちゃん、どうしたの?」
暁美ほむらは昨日、なぜかまどかに寄ってきた。
まどかとさやかにとってはちょっとした不思議ちゃんである。
しかし、そんな程度のことは昨日の出来事のインパクトの前には二人にとってどうでも良いことになっていた。
そう、今の今までは。
「…キュゥべえや、巴マミと接触したわね?」
その台詞に、まどかとさやかの表情はこおりついた。
23 :らんまマギカ3話4 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:49:52.87 ID:sF5yimZr0
暁美ほむらはその二人の目の前で、自分の指にはめている指輪を宝石状のソウルジェムに変えて見せる。
「えっ!?」
「ほむらちゃんって…」
「わたしは魔法少女よ。」
まどかが言うよりも先に、ほむらは答えた。
「迷っているようなら、言っておくわ。魔法少女になるのはやめておきなさい。」
いきなりやってきて口出しするほむらに、さやかはわずかながら不快を感じた。
「…意見してくれるのは構わないけどさ、理由ぐらい言ってよ。」
「あなたは、死ぬ覚悟はできてるの?」
「!?」
突然の迫力のある言葉に、思わずさやかは押しだまってしまった。
「わたしは魔法少女になってから、何度も人が死ぬところを見てきたわ。わたし自身も、明日死んでしまうかも分からない。…その点は巴マミも同じ。あなたたちは、そんな生き方をしたいの?」
「うっ…それは…」
明日死んでしまってもおかしくない。
マミが「死と隣り合わせ」と言っていたのと意味はおんなじなのだが、具体的に明日死ぬかもしれないと言われると、しり込みしてしまう。
「忠告が無駄にならないよう、祈ってるわ。」
それだけ言うと、ほむらはきびすを返して、その場を立ち去ろうとした。
「ちょっと待って!」
それを、まどかが呼び止める。
「ほむらちゃんは、どんな願いごとをして魔法少女になったの?」
ほむらは振り返りまどかを一瞥したが、質問には答えずにそのまま去っていった。
*************
「ふぅん、転校生が魔法少女ねぇ…」
巴マミは考えるような素振りをした。
鹿目まどかと美樹さやかは放課後、巴マミと会っていた。
マミの魔女退治を見学するためだ。
「その子の言ってる事は正論よ。でも、気になるわね。」
まどかとさやかの報告によれば、その転校生はマミのことを知っているらしい。
そのわりに、マミとは接触しようとしていない。
(場合によっては、争わないといけないのかもね。)
魔法少女同士の関係は必ずしも友好的とは限らない。
ある意味魔女よりも魔法少女の方が危険な場合もありうるのだ。
『良牙さん、いざというときは二人を頼みますね。』
マミは肩に乗せた黒い小豚にテレパシーを送った。
『おう。いよいよ、魔女狩りか。』
良牙は勇ましく答えた。
伝えていないから当然なのだが、マミの危惧など伝わっていない。
「あ、そう言えば今日はキュゥべえは居ないんですか?」
出発前に、思い出したようにまどかが聞いた。
24 :らんまマギカ3話4 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:51:49.69 ID:sF5yimZr0
「ええ。今日は別の町に魔法少女の勧誘に行っているらしいわ。」
「そりゃまー、熱心なことで。」
マミがあきれ気味に答え、さやかも肩をすくめてみせた。
(なんか、やな感じがしやがる。)
良牙はぼんやりとそんなことを思った。
それは、少女達を死と隣り合わせの戦いに駆り立てるキュゥべえに対する嫌悪感か、それともこれから始まる魔女狩りに不吉な予感がするのか。
良牙自身にもはっきりとした判別がつかなかった。
*************
魔女の結界は古びた廃ビルで見つかった。
「かなり強い波動ね…」
マミは、自分についてきた二人を振り返った。
まどかとさやかを魔女や使い魔から守れる自信が無いわけではない。
しかし、二人が魔女に精神を乗っ取られないとも限らない。
念のために万全を期すべきだろう。
マミはそう考えて、どこからともなくティーポットを取り出した。
その口からはほのかに湯気が漏れている。
「良牙さん、お願いします。」
そう言うとマミは、ティーポットのお湯を黒い小豚にかけはじめた。
「わわっ、マミさん何を!?」
「良牙さん煮豚になっちゃう!」
まどかとさやかからは突然の奇行に見えたらしく、あわてた様子を見せる。
しかし、二人が本当に驚いたのはその後だった。
なんと、もくもくと上がる湯煙の中からたくましい青年の姿が浮かび上がってきたのだ。
「おう、任せとけ!」
青年は右の拳を左手で受け止めて、力強く答える。
「ええええええええ!?」
「豚が、人間になった!!」
まどかもさやかも、驚きを隠せず、大声をあげる。
「すごい! 魔法ってこんなことも出来るんですか!?」
「いえ、これは私の魔法じゃないの。」
興奮気味のまどかをさとす様に、マミはやさしく言った。
「俺はもともと人間だ。とある呪いのせいであんな姿になってしまったがな。」
良牙も事情を説明する。
「呪い…そうか、これが魔女の呪いなんだ!」
さやかは何やら早合点をした。
「そういう訳じゃないらしいけど…まあいいか。」
魔女に逃げられてしまう可能性もあるので、あまり説明に時間をかけることもできない。
マミは誤解をそのままに、魔女の結界をこじあけた。
25 :らんまマギカ3話6 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:53:23.63 ID:sF5yimZr0
結界の中では、マミが先頭になり、良牙を最後尾にして進んだ。
前から来た使い魔はマミが、後ろから来る分は良牙が片っ端から倒していく。
「すごい…」
「素手で倒せるんですか、あれ?」
ただただ感心しため息をもらすまどかと、もしかしたら自分にも倒せるんじゃないかと言いたげなさやか。
二人は対照的な反応をしていた。
「普通は無理よ。良牙さんが異常に強いだけだから。」
マミはまどかやさやかに無茶をさせないためにもきっぱりそう答えた。
「いや、俺なんかまだまだ。」
しかし良牙は強さをほめられてうれしそうな様子を隠しきれていない。
単純な良牙を見て、マミは思わず小さく笑った。
「さあ、もうすぐ結界の最深部よ。」
そう言ってマミが扉を開けると、その先には巨大な化け物が座っていた。
緑色の、何かがどろどろに溶けたような頭。
ステンドグラスのような光沢を持つ蝶の羽。
黄色い、頭と同じく何かが溶けたような胴体。
そして、三本の人型の脚は正座しているように折りたたまれている。
「う…グロい。」
「あ、あんなのと戦うんですか?」
「確かに気持ち悪いな、あれは。」
さやかとまどかのみならず、良牙まで同じような感想をもらす。
「大丈夫、下がってて。良牙さんはこの子達をお願いしますね。」
それだけ言うと、マミは前に進み、魔女と対峙した。
(さて、俺もマミちゃんの戦いぶりをみさせてもらうか。)
良牙は今までなんだかんだできちんとマミの戦いを見たことが無い。
マミが実際どの程度やるのか、それを知るには良牙にとってもいい機会だった。
さっそく、マミはマスケット銃を大量に召喚し、魔女に向かって乱れ撃つ。
だが魔女はその羽ですばやく飛び退き、銃弾をかわした。
「ちょ! マミさぁん、当たってないじゃないですか!」
さやかが叫ぶ。
「いや…もともと狙ってねーな、あれは。」
しかし良牙は冷静にマミの動きを見ていた。
「狙ってないって、それじゃ一体?」
まどかの問いに、マミの戦い方を知らない良牙は答えられない。
そうしている間にも、マミは魔女の触手に胴をつかまれ、思い切り壁にたたきつけられた。
だがマミはもがきもせずに、捕まったまま銃を撃ち続ける。
(なんだ? この戦い方は?)
良牙はマミの戦いに違和感をもった。
マミに何か狙いがあるのは分かる。
しかし捕まったままで、逃がれようともせずに戦うのはどういうことか。
26 :らんまマギカ3話7 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:55:00.18 ID:sF5yimZr0
倒すのには効率がいいのかも知れないが、恐怖感は無いのか。
敵に捕まってしまって屈辱は感じていないのか。
良牙はマミの表情を見た。至って冷静な表情だ。
決して焦っているわけでも怯えているわけでもない。
しかし―
(執念が感じられねぇ)
良牙にとってそれは信じがたいことだった。
今まで良牙が戦ってきた相手は、いつも並々ならぬ執念を持っていた。
それは、己の欲望を叶えるためであったり、生き残るためであったり、あるいは単純に強くありたい、勝ちたいという執念であったりする。
だがマミの戦い方からはそのどれも感じられなかった。
(あいつは、何のために戦ってるんだ?)
良牙がそんなことを思っている間にも、戦いは進展した。
マミの撃ったハズレ弾から、リボンが飛び出してきて四方八方から魔女をがんじがらめに縛ったのだ。
マミは魔女が動けなくなったのを確認すると、自分の胴に巻きついている触手を冷静に撃ち切ってスタッと地面に着地した。
「これが私の戦い方!」
そう言いながら、マミは常識外れな大きさの拳銃を右肩に出現させた。
その大きさはとても手で持てるものではなく、肩に担いでなおあまりある。
もはや拳銃というよりも大砲だ。
「ティロ・フィナーレ!!」
マミのかけ声と共に銃口から黄色い閃光が魔女に向かって放たれた。
閃光は魔女の緑色の頭部を木っ端微塵に吹き飛ばす。
それと同時に魔女の体は炎上し、やがて跡形も無く姿を消した。
「か、勝ったの?」
「すごい。」
唖然とするまどかとさやかをよそに、マミはいつのまにか魔法で紅茶を出現させて優雅にお茶をたしなんでいた。
やがて結界は崩壊し、奇妙な迷宮はただの廃ビルへとその姿を変えた。
マミは変身を解くと、なにやら刺の付いた玉のようなものを拾った。
「これがグリーフシード…魔女の卵よ。」
「た、卵ぉ!?」
そう叫んださやかだけでなく、まどかにも緊張が走る。
「大丈夫。これはね…こうして使うの。」
マミは自分のソウルジェムと拾ったグリーフシードを近づけた。
すると、ソウルジェムから濁りが抜けてグリーフシードが黒ずんだ。
「こうやって魔法少女は魔翌力を回復するの。これが魔女退治の見返り。」
まどかとさやかは「上手く出来てる」といった表情でグリーフシードを眺めていた。
しかし良牙は突然別のことを口にした。
「で、そこでコソコソしてるヤツもグリーフシードがお目あてなのか?」
「そうね。あと一回分ぐらい残っているし、あなたにも分けてあげるわ。」
マミも壁に向かって話しかけだした。
27 :らんまマギカ3話8 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:56:06.29 ID:sF5yimZr0
すると、壁の後ろから、一人の少女が現れた。
「え、ほむらちゃん?」
そこに居たのはまどかとさやかのクラスの転校生、暁美ほむらだった。
「あなたの獲物よ。あなただけのものにすればいい。」
ほむらはそれだけ言うと、きびすを返して去っていった。
「何よ、あの転校生。相変わらず感じ悪い。」
さやかはほむらが見えなくなったのを確認して舌を出した。
一方、良牙はマミの肩に手を置いてテレパシーで語りかける。
『昨日、キュゥべえを襲っていたのはアイツだ。』
『…そう。油断は出来ないわね。』
魔法少女同士で争わなければならない、その予感にマミは小さくうつむいた。
46 :らんまマギカ4話1 ◆awWwWwwWGE 2011/10/02(日) 14:30:04.94 ID:JUrskdvQ0
「ジジイ、てめー待ちやがれ!」
赤髪の、おさげの少女が屋根の上を飛んだ。
「らんま、きさまぁ! 老い先短い師匠の趣味になぜ邪魔をする!?」
おさげの少女の飛んだ先には小柄な老人が居た。
彼は風呂敷に山盛りの女性用下着をかついでいる。
「下着ドロがえらそーにするな!」
少女は飛び移ったそのままの動作で老人にけりを放った。
しかし、老人は俊敏な動きでけりをかわし、すばやく別の屋根へと飛ぼうとする。
「逃がすかぁっ! 猛虎高飛車!」
少女は足で追わずに、その場で構えをとって叫んだ。
すると、少女の手のひらから光の弾が出現し、老人めがけて飛んでいった。
「ば、ばかもん! そんな技を使ったら…」
さしもの老人も空中での回避は出来ないらしく、背中から光の弾に直撃した。
「ぬおーっ」
老人は勢いを付けて落下し、思いっきり地面に衝突した。
すぐにそこへおさげの少女がやってきて、老人の頭を踏みつける。
「ケッ、ざまあ見やがれ。」
「らんま、お主というやつは…」
老人はさっきまでの元気さからは考えられないほど細い、絶望に打ちひしがれたような声を出した。
「ワシが集めてきたスイーツを見てみるのじゃ!」
少女は老人を捕まえた今、彼の言うことなどどうでも良かったが、一応言われたように彼が盗んできた下着を確認した。
「あ。」
少女の表情が固まる。
それもそのはず。
本来取り返すはずだった女性もの下着は、彼女の猛虎高飛車という技によって大半が消し炭と化していたからだ。
「らんま、貴様の愚行のせいで、ワシの宝物がこのような無残な姿になってしまったのじゃぞ!」
さっそく責任転嫁をはじめる老人。
ちょうどそこへもう一人別の、ショートカットの少女がやってきた。
「らんまー、お爺ちゃん捕まえたの?」
「あ、あかねっ! これはそのっ!」
「どうしたのよ? 捕まえたかどうか聞いてるのに。」
ショートカットの少女は歯切れの悪いお下げの少女をけげんな顔で見る。
だが、奪還品の確認をした瞬間、それではすまなくなった。
「…らんま、何これ?」
ショートカットの少女の視線の先にあるものはバラバラになり焼けた布切れの一団だった。
かつて下着だったそれは、いまや誰の目からもゴミとしか認識されない。
「ワシは、みんなの下着を守ろうと必死で止めたんじゃ。しかしらんまの奴が破壊しおって…」
老人はその場で思いつく限りの方便で、話を摩り替えようとする。
ショートカットの少女はそんな老人の肩に、やさしく自分の手を乗せた。
「お爺ちゃん…」
そうやさしく呼びかけながらも、ショートカットの少女は徐々に肩をつかむ力を強め、老人に逃げられないように体制を整える。
47 :らんまマギカ4話2 ◆awWwWwwWGE 2011/10/02(日) 14:31:52.55 ID:JUrskdvQ0
そして、表情を変えて一言。
「寝言は寝ていわんかいっ!!」
ショートカットの少女は華麗に老人を蹴り上げて、地平線のかなたまで飛ばした。
「らんまももうちょっと考えて戦ってよね。」
ショートカットの少女は振り返ると、おさげの少女にも文句を言う。
「そんなこと言っても仕方ねーだろ、こっちはあのジジイを追い回すので手一杯なんだしよ。」
それに対して、おさげの少女は慣れた様子で反発した。
互いに本気で憎んでいるわけではない。
むしろ、こういう軽口を言い合える仲というのは、互いの信頼関係ができている証拠だろう。
そんな、いつものやり取りをする少女達を白い小動物が遠目に眺めていた。
(獅子咆哮弾に似た技だ。)
『それ』は思った。期待の新人の勧誘を巴マミに任せてまでこの風林館に来た甲斐があったと。
そして、お下げの少女の交友関係を知ることが出来たのも大きなメリットだった。
友人同士だと連れ立って魔法少女になってくれることも多いし、そうでなくともピンチの時には互いを守るために
契約してくれることがある。
『それ』にとって、契約を取るために友情を利用するのは常套手段の一つとなっていた。
**********************
川沿いのフェンスの上を、早乙女乱馬は歩いていた。
『彼女』の服は濡れていた。
たまたま帰り道に、近所のお婆さんの水撒きを頭からかぶってしまったのだ。
「せっかく女になったんだし、パフェでも食べにいこーかな?」
そんなことをつぶきながら、いつもの帰り道を行く。
「らんま、キミにお願いがあるんだ。」
突然、あどけない少年のような声が聞こえた。
不思議に思い、らんまは辺りを見回した。
すると、住宅の塀の隙間から、一匹の白い小動物があらわれた。
「ひゃあっ!?」
らんまは全身を震わせてやけにオーバーリアクションで驚く。
「ね、猫ぉ!? ち、近寄るんじゃねぇ!」
そして、へっぴり腰になりじりじりと後ずさった。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。キミに危害を加える気は無いよ。」
一方の白い小動物はたんたんとしゃべりながら、らんまとの距離を詰めようとフェンスに上り歩み寄る。
「ひぃっ、ば、化け猫!!」
らんまは恐怖でバランス感覚を失い、ついにはフェンスから足を踏み外した。
なんとかフェンスにしがみつくらんま。
白い小動物はそのすぐ上までやってきた。
「ボクはキュゥべえ。猫じゃないよ。」
キュゥべえと名乗るその小動物は猫との違いである耳を強調するように、斜め向きで言った。
「へ…? 猫じゃない?」
おびえる小ネズミのような目で、らんまはその小動物を見上げた。
48 :らんまマギカ4話3 ◆awWwWwwWGE 2011/10/02(日) 14:33:53.60 ID:JUrskdvQ0
「ハァー!ったく、びびらせやがって。猫じゃないなら最初に言えよ。」
らんまは腹の底からため息をもらした。
公園のベンチに大また開きでどっかりと腰をかけ、もう何も怖くないといった様子だ。
「清々しいほどの態度の変わりようだね。キミほどの猫嫌いは初めてだよ。」
「大きなお世話だ。」
ついでに言うなら、小動物がしゃべっていることにこれほど驚かないのもキュゥべえとしては珍しかった。
(武闘家というのは世間の常識から大きく外れた存在らしい。)
キュゥべえは響良牙というこれまたいろんな意味で常識外れの武闘家を思い出した。
「で、頼みってのは何だ?」
そう聞きつつ、らんまはキュゥべえが何者か推測していた。
こういう不思議な存在はおそらく呪泉郷がらみだろう。
もしかしたらこいつも『耳長イタチ溺泉』にでも浸かったのかもしれない。
だが、キュゥべえの頼みは全くらんまの予想外のものだった。
「ボクと契約して、魔法少女になってよ!」
「てめー、ぶん殴られてーか?」
脊髄反射的に、らんまは答える。
「わけが分からないよ。そんなに即答せずに少しは考えてくれても良いじゃないか。」
「うっせー、おめーなびきの客か同類だろ? オレは絶対あんなフリフリ着たりしねーからな。」
そう言いながら、らんまはあたりの様子を探った。
おそらく、こいつの正体はコスプレマニアか何かのオタクだ。
きっと、この小動物は良く出来たラジコンで近くに操縦者が隠れているに違いない。
らんまはそう結論付けた。
「ボクはなびきという人を知らないし、衣装を着てもらうことが目的ではないよ。」
キュゥべえは弁解するが、らんまはいかにも疑わしいといった表情でその顔をしかませる。
「それに、タダで魔法少女になってくれなんて言わない。魔法少女になってもらう見返りに何でもひとつだけ、
キミの願いを叶えてあげることが出来るんだ。」
『何でも叶えられる』、その言葉にらんまは反応してしまった。
叶えたい願いはある。本当にこの小動物にその願いを叶えられるとは思えないが、万が一を期待して、らんまは言ってみた。
「なんでも? それじゃ、いますぐオレを完全な男にしてみせろ。」
疑い半分…どころか9割が疑いだが、それでもらんまの表情は真剣だった。
「あー、それは無理だね。」
しかし、あっさりと否定され、らんまはガクッと力が抜けた。
「全然、『なんでも叶える』になってねーじゃねーか!」
「技術論で言えば可能だよ。でも、男になるということは魔法少女になるという条件を踏み倒す気満々じゃないか。
そうでなくても、男になったら魔法少女としての資質が大幅に下がってしまう。それじゃ、ボクとしては契約を
結ぶ意味が無いよ。」
キュゥべえは願いを叶えられない理由を説明する。
てっきり『現実的な願いで頼む』とか『整形外科に行ってくれ』とかそういう返しが来ると思っていたらんまは、
『技術論で言えば可能』という言葉に不気味さを感じた。
キュゥべえの言い分では、まるで説明に上がった悪条件さえなければ本当にらんまを男に変えてしまえるみたいではないか。
(いや、どうせハッタリだ。)
らんまは自分にそう言い聞かせ、キュゥべえの話に乗らないことにした。
49 :らんまマギカ4話4 ◆awWwWwwWGE 2011/10/02(日) 14:36:16.78 ID:JUrskdvQ0
「そんじゃ、あいにくだったな。オレは他に叶えたい願いなんてねーんだ。とっとと帰りな。」
「そうか、わかった。ボクも無理強いはできない。残念だけど、他をあたることにするよ。」
キュゥべえはやけに諦めよくそう言うと、ベンチから降りて公園をあとにした。
「…なんだったんだ、あいつは?」
一人残されたらんまは半ば呆然とつぶやいた。
結局最後までラジコンを操っているような人影は見当たらなかった。
********************
男は大型トラックを止めて、高速のサービスエリアに入った。
高速道路から降りれば、この25tトラックを止められるような場所はなかなか無い。
また高速に戻ってくるまでの、最後の息抜きを済まさなければならない。
男はそそくさと用を足すと、タバコと夕刊を買ってトラックに戻った。
まだ予定到着時刻まで多少時間がある。男はタバコを吸って時間をつぶした。
そして、そろそろ出発しようかと思ったとき、灰皿がひっくり返ってしまった。
(なんでひっくり返ったんだ?)
自分の体は触れていないし、車はエンジンを切っているので振動もしていない。
男は不思議に思いながらも、灰皿を元に戻し落ちた灰を雑巾でふき取った。
そんなことをしていたおかげで、結局出発は時間ぎりぎりになってしまった。
高速を降りたら住宅地を抜ける。
住宅地は子供やお年寄りがよく通るので注意しなければいけない。
とくに、この時間は近所の高校の下校時間とかぶっていることを男は知っていた。
国道も狭い住宅地の中では左右1車線になり、道幅も縮む。
荷物を満載した大型トラックではどうしてもスレスレで人や物にぶつかりそうになる。
男は慎重に速度を下げ、女子高生が渡ろうとしている横断歩道の前で止まろうとした。
が、男がアクセルから足を離したのにもかかわらず、なぜかトラックは加速した。
「なんだ!?」
男は足元に目をやる。
すると、白い猫…のような生き物が前足で思い切りアクセルを踏んでいた。
「こいつ、どっから?」
男はその『猫』を蹴飛ばそうとするが、『猫』は飛び上がって男の蹴りをよけ、そのまま男の顔面にはりついた。
「うわっ、やめろ!」
男はあわててブレーキを踏むが、それがかえって仇となった。
急加速の後の急ブレーキでトラックは完全にバランスを失い、勢いよく歩道に乗り出して横転した。
*******************
「あかねの奴おそいなー」
乱馬は夕飯の席でつぶやいた。
「今日はバレーの助っ人だったわよねぇ。あの子、祝勝会でもやってるのかしら?」
天道家長女の天道かすみが言う。
三女のあかねが帰ってこない、そのためこの大家族は食卓の前で『待て』の状態を続けている。
「それじゃ、もう頂いちゃおうか?」
あかね・なびき・かすみの三姉妹の父・天道早雲も空腹に耐えられず、ゴーサインを出そうとした。
「まって。今日はただの練習のはずよ? 祝勝会なんてあるわけないじゃない。」
50 :らんまマギカ4話5 ◆awWwWwwWGE 2011/10/02(日) 14:38:58.76 ID:JUrskdvQ0
はやる父親を次女のなびきが制した。
「ホントかね、なびきくん? そうだとすれば探しに行った方が良いんじゃないか?」
早乙女乱馬の父にして天道家居候の早乙女玄馬はさっそく探しに行こうと立ち上がる。
つられて早雲も立ち上がって探しにいこうとした。
「こういう事があるからさぁ、携帯ぐらい買ってって言ってるのに。」
なびきがぼやく。
「そうは言ってもねぇ、なびき。うちの稼ぎじゃこの人数養うので精一杯なんだよ?」
早雲のその言葉に、玄馬と乱馬は居心地が悪そうに目をそむけた。
その時、電話が鳴った。
すぐにかすみが応対する。
「…ええ。はい。え? あかねが? はい。わかりました。」
なにやらあかねに関する電話らしい。一同はかすみに注目した。
かすみには似つかわしくない、いつになく緊迫した声だ。
そしてかすみの受話器を持つ手が震えている。
ただ事ではないことを、居間にいた全員が理解した。
電話を終えたかすみはゆっくりと振り返った。
「お父さん、みんな、落ち着いて聞いてね。あかねが―
**********************
天道あかねは、包帯にまかれてミイラのような状態で病室に置かれていた。
「嘘だろおい、これがあかねだっていうのかよ…」
そんなはずはない。
乱馬少年は目を、耳を、そして現実を疑った。
あのあかねが車にはねられたぐらいでこんなことになるなんて、とても信じられなかった。
確かに、天道あかねの頑丈さには医者も驚いていた。よくぞ生きていたものだと。
「彼女なら、軽自動車ぐらいは軽い骨折で済んだのかもしれません。」
医者は言うべきかどうか悩むそぶりを見せたが、やがてきりっと前を向いた。
「大型トラックの直撃を受けて生きているのはもはや奇跡です。どうかみなさん命があったことを―」
「ふざけんじゃねぇ!あれが生きてるって言えるのかよ!」
乱馬は医者のむなぐらをつかんで言葉をさえぎった。
「あかねはなぁ、意地っぱりでぶきっちょで可愛くねーけどな…あかねは、あかねは、もっと騒がしくて、わがままで!!」
医者は沈痛な面持ちで視線を下げた。
なんで、こんな時にでも悪口しか出てこないのだろう。
もっと伝えたい言葉は他にあるはずじゃないか、こんな事になる前に言いたい事はもっとあったじゃないか。
乱馬は医者をつかんでいた手を離し、あかねに近寄った。
『それ』は指の一本も動かない。
ただ、呼吸のためにわずかに腹部が大きくなったり縮んだりするのを繰り返しているだけだ。
あかねであったそれは、もはやただの置物にすぎなかった。
『乱馬のバーカ! 変 !』
あかねを思い出そうとしても、ひどい言葉しか思い出せない。
「ははっ、そーだよな、考えてみたらくだらない喧嘩ばっかしてたよな、俺達。」
そのくだらない喧嘩が、どれほどかけがえのない時間だったのか。
51 :らんまマギカ4話6 ◆awWwWwwWGE 2011/10/02(日) 14:41:04.93 ID:JUrskdvQ0
ただの置物と化したあかねを目の前にして、ようやく乱馬は気付いた。
その時間は二度と帰ってくることは無い―
魔法か、奇跡でもない限り。
乱馬は遠い目をして窓の外を見た。
赤い夕日は自らの滅びを受け入れるように、悠然と沈んでいっている。
それはまるで、この無常を受け入れろと乱馬に迫っているように見えた。
(そんなこと、できるかよ…)
そうだ。
こんな結末、受け入れられるはずもない。
今までだって、奇跡みたいなことや信じられないことをたくさん起こしてきたじゃないか。
今回だって、何か方法があるはずだ。
医者が無理だと言ったぐらいで諦めてたまるか。
乱馬は諦観を押し付けようとする赤い夕日をキッとにらみつけた。
すると、ふいに視界のはしを白い小動物が横切った。
(あれは!?)
乱馬には、たしかに見覚えがあった。
一見猫のように見えるが、異常に長い変な耳が歴然とその違いを主張している。
(『何でもひとつだけ、キミの願いを叶えてあげることが出来るんだ。』)
あいつの言葉が乱馬の脳裏によみがえる。
また、適当な理由をつけて願いを叶えないのかもしれない。
あとでとんでもない見返りを請求されるのかもしれない。
それでも、万が一にでもあかねが助かるのなら、なんの迷いがあるだろうか?
乱馬は急いで走り出した。
途中、病院のトイレの蛇口で水をかぶり、女に変身する。
男の状態ではキュゥべえが契約を結んでくれない可能性があるからだ。
そして、すぐさま病室の中からキュゥべえが見えた場所へ向かった。
「どうしたんだい?そんなに血相を変えて?」
らんまがやってくると、待ち構えていたかのようにキュゥべえは声をかけた。
「しらじらしいぜ。オレが来るのを待って、あかねの病室のそばに居たんだろ?」
らんまは踏みつけそうなほどにキュゥべえに近づいた。
「キミはボクの姿を病室の窓からみたんだね?」
「それがどうした?」
「いや、なんでもない。」
そう言ったものの、キュゥべえは不思議に思った。
キュゥべえ自身はおさげ髪の少年(もしくは青年)にしか姿を見せた覚えが無いのだ。
この赤髪の少女はキュゥべえの姿を見ることはおろか、あかねの病室にも入っていないはずだ。
それなのに、おさげ髪の少年に姿を見せたところ、この少女がやってきた。
しかも、少年と同じ服装で。
(おそらくは、早乙女らんまは響良牙と同じ変身体質。それも男女の変身だね。)
キュゥべえはほぼ確信を抱いた。
しかし、わざわざここで本人に確認をとったりはしない。
52 :らんまマギカ4話7 ◆awWwWwwWGE 2011/10/02(日) 14:43:33.03 ID:JUrskdvQ0
今から魔法少女として契約してもらおうというのにそれを知っていたとすれば、後々不信の原因になるだろう。
知らなかったことにした方が何かと都合が良い。
「そんなことより、おめーに叶えてほしい願いがある。」
「なんだい? この間の願いはナシだよ。」
もちろん、らんまの願いが何かは分かっている。
それでもキュゥべえはしらをきった。
なるべく、誘導されたという印象を与えず、自分の意思で決めたと思わせなければならない。
そうでなければこれまた後々の不信につながるし、誘導された願いではどうしても魔法少女としての力も弱くなる。
「てめー! この状況でオレの願いが分かんないのかよ!」
らんまが激昂する。
「ボクには人間の考えは分からないよ。ちゃんと、キミの願いを口に出していってくれないと叶えることもできないしね。」
また適当にはぐらかされるのかと思い、らんまはますます憤った。
「うるせぇ! 何でも叶えられるなら、あかねを…天道あかねを治してみろよ! 事故の前みたいに不器用で、
意地っ張りで、かわいくねー元のあかねを返してくれよ!」
らんまはキュゥべえをつかみ上げ壁に押し付け、ヤンキーがカツアゲでもするような体制で願いを言った。
しかし、キュゥべえはみじろぎもせず、平然とその何を考えているのか分からない顔をらんまに向ける。
「契約したら魔法少女になって魔女と戦わなきゃいけないんだけど、それは構わないのかい?」
「妖怪退治は武闘家のつとめだ。その程度構うかよ!」
らんまはキュゥべえを壁に押し付ける力をさらに強める。
早くしろとせかしているのだ。
キュゥべえは、やれやれと呆れたような態度を装ってから、おごそかに口を開いた。
「おめでとう、キミの願いはエントロピーを凌駕した。」
その言葉と同時に、らんまは急に体全体が痛くて熱いような感覚におちいり、力なくキュゥべえを手放す。
そして、らんまの体の中から光に包まれた緋色の宝石が生まれ出て宙に浮かんだ。
「受け取るといい、それがキミの運命だ。」
らんまはその宝石をわしづかみにするように右手につかんだ。
不思議と体の痛みが治まり、同時に宝石を包んでいた光も消えていく。
「…これは?」
「それはソウルジェムと言うんだ。これかららんまには、このソウルジェムを使って魔法少女に変身して
魔女と戦ってもらうよ。」
「ふーん」
らんまは興味なさげに言った。
「そんなことよりも、あかねは本当に治ったんだろーな!?」
「キミの魔翌力とあかねの重症具合だと一瞬で全快ってわけにもいかないけど、一週間もすれば完治だと思うよ?」
キュゥべえはけろっと『完治』という言葉を出した。しかもたったの一週間で。
医者がよってたかっても生命維持がやっと。意識を取り戻す可能性すら無いと言っていたのに。
らんまはまだ魔法少女について説明したげなキュゥべえを無視してあかねの病室へと駆け出した。
力任せに扉を開け、上履きで強引に走り、息を切らしたまま病室のドアを開ける。
「あかねぇ!」
看護士の制止をふりきり、むりやりにあかねのそばに行く。
あかねはただただ静かな吐息をもらしていた。
ふと、その吐息の中に小さなノイズが混ざる。
53 :らんまマギカ4話7 ◆awWwWwwWGE 2011/10/02(日) 14:45:07.27 ID:JUrskdvQ0
「…ら………」
そのほんの小さなサインに反応し、らんまは叫んだ。
「オレだ、あかね、分かるか!?」
その言葉に反応して、ゆっくりだがはっきりと、あかねは口にした。
「…ら……ん…ま……」
*************
「お医者さんの言うには奇跡か魔法みたいだってさ。」
そう言って、冷静を装うなびきの目にも泣きはらして充血した赤さや、涙が乾いた跡がはっきりと見て取れた。
「まさかもう意識を回復するとは、さすがに天道くんの娘だ。こりゃ一週間もすれば全快かも知れん。」
玄馬は早雲の肩を持って、明るく言って見せた。
「しゃおつめくん、ぽくわ、ぽくは…っ!」
その早雲は、さっきから涙が流れっぱなし、鼻水もたれっぱなしで、もはやまともな日本語も話せない。
「なーに、あかねちゃんが回復したら二度とこんなことにならないようにワシが闘気吸引のツボを…うごっ!」
「やめな、ジジイ!」
八宝斎が余計なことをしようとするのでらんまは遠慮なくぶん殴った。
「でも、本当に良かった。」
ここでようやく、警察や医者・病院との対応を冷静にこなしていたかすみの目から涙がこぼれた。
なんて、芯の強い人だろう。らんまは素直にそう思う。
かすみは人一倍やさしくて情が深いはずなのに、今の今までみんなの混乱が大きくならないように涙をこらえていたのだ。
(本当に、これでよかったんだよな…)
魔法少女になってしまったこと。その対価として奇跡を買ったこと。不安がないといえば嘘になる。
しかしらんまはこの風景を見て思う、後悔なんてあるわけが無いと。
「それじゃ、オレは風呂入ってくるぜ。」
らんまはそう言って居間を後にし、風呂場に向かった。
あわただしくて自分自身でもすっかり忘れていたが、病院で水をかぶってからずっと女のまんまだし、
水に濡れてから乾いた服がちょっと気持ち悪い。
(熱いシャワーでも浴びて、今日は何日かぶりにすっきり寝るか。)
乱雑に服を脱ぎ捨てて風呂場に入り、らんまはシャワーの栓をひねる。
湯気と共に大量のお湯があふれ出し、らんまの体全体を覆った。
柔肌をすべるように流れるお湯が感覚を刺激して心地良い。
(そーいや、あんまり熱いシャワーはお肌に悪いってあかねがいってたかな?)
一応、女だし、多少は気をつけてみるかとらんまはシャワーの温度を下げた。
「え?」
ふと、違和感をいだき、らんまは自分の腕を見てみた。乙女の柔肌が若々しい張りでお湯をはじいている。
胸を見た。ふたつの大きなふくらみはクラスの女子と比べてもトップクラスだろう。
そして、股間部には男子としてあるべきものが存在していない。
「な…あ…ああ……なんじゃこりゃぁーっ!!」
らんまの絶叫が風林館にこだました。
「乱馬くん、静かに。近所迷惑でしょーが。」
居間から聞こえるなびきのお叱りも、今のらんまには全く聞こえはしなかった。
75 :らんまマギカ5話1 2011/10/10(月) 13:40:33.36 ID:TV00bxRh0
『♪味ないな 和えたいな 切れないな このキムチ♪』
『♪胃痛いの 癒えないの 終電逃してばかり♪』
軽快な音楽が流れる。
『♪だって だって 手羽先揚げフライで♪』
『♪からしレンコン アルコール依存したい♪』
そのリズムに合わせてモニターの中の映像が移り変わる。
『♪ほら ラオチュウ パイチュウ ピーチュウ ショウチュウ 飲んで♪』
『♪こっちを向いて 酒だと言って♪』
映像はみんなフリフリの衣装を着たらんまだ。
『♪そう rice to meat you good to sea food きっと♪』
『♪私のお酒あなたのレバーに飛んで飛んで飛んでいけー♪』
『♪ウコン汁♪』
画面の中でらんまは振り返ったり、ピースしたり、ウインクしたり、楽しそうに跳ね回っている。
(どうしてこんなことに…)
当のらんまはこの映像作品をただぼうぜんとして眺めていた。
「いやぁ、我ながらうまく出来たもんねぇ。これなら売り上げ倍増間違いなし!やったわね、らんまちゃん。」
そんならんまの肩をたたきながら、なびきは満面の笑みで言った。
「ボクとしては、できればこういう風に目立つのは止めて欲しいんだけどね。」
キュゥべえはなびきに反発するが、なびきは全く気にする様子も無い。
キュゥべえに実力行使に出られるような直接的な力が無いことをすでに把握しているのだ。
「いーじゃない、減るもんじゃなし。…にしても、あんたホントにカメラに写んないのねぇ。」
「ああ。カメラはもちろん肉眼でも普通の人には見えないよ。本来はキミにも見えないけれど、
いちいち乱馬に言葉をとりついでもらうのも時間の無駄だから姿を現しているんだよ。」
なびきのふとした疑問にキュゥべえは答える。
「面倒くさい。後ろめたい事が無いなら普段からずっと姿を見せとけば良いじゃない。」
「それは―」
キュゥべえは何か答えようとするが、なびきはその言葉は別に返答を求めているわけではないらしく、
そそくさとパソコンに向かって動画の編集作業の続きを始めた。
一方、らんまはまだ立ち直れない。
「…ああ、オレがここまで落ちるなんて。」
「何言ってんのよ。らんまくんははじめっから落ちるほど高いトコに登ってないわよ。」
なびきは傍若無人に言い放つ。こんなことになったきっかけはつい昨日にあった。
**************
「―そうか、乱馬は変身体質だったのか。」
夜遅く、天道道場の瓦屋根の上でキュゥべえは言った。
「ああ。そこだけでもどうにか元に戻してくれねぇか?」
らんまの言葉にキュゥべえは首を振る。
「残念ながらそれはできない。魔法少女になった時点でキミの体は変化をしているんだ。
前の状態に戻すなんて能力はボクには備わってないよ。」
「…変化?」
らんまは気味悪そうに自分の体を見下ろした。
「魔法を使って魔女と戦うための必要最低限の処置だけどね。
たぶんそのせいで契約を結んだ時点の姿で固定されてしまったんだと思うよ。」
「だったら、男の姿で契約したらそのまんまずっと男でいられたってことか?」
「おそらくはね。」
76 :らんまマギカ5話2 2011/10/10(月) 13:41:44.71 ID:TV00bxRh0
キュゥべえはそこは否定しない。
「でも、よほど素晴らしい素質がない限りボクは男とは契約しないから、
どちらにしろ乱馬は契約で完全に男に戻ることは出来なかった。」
だが結局はダメだったらしい。
考えてみれば、「男にしてくれ」という願いがダメならば男のまま契約を結ぶことも
また出来ないのは当然だろう。
「どうしようもねぇのは分かったけどよ、何で体を変化させるなんて大事な事を今まで言わなかったんだ?」
らんまはキュゥべえのことをもともと胡散臭いとは思っていたが、今回のことでより不信感を強めていた。
「それは心外な言葉だね。」
しかし、キュゥべえは堂々と開き直る。
「キミが黙っていなければ今回のことは避けられた事態のハズだよ。
むしろ、ボクにはキミがあわよくば契約の対価を踏み倒そうとしていたように思えるんだけどね。」
これにはらんまも痛いところをつかれた。
確かに黙っていたのはらんまの側も同じなのだ。
契約を結ぶためにわざわざ女になった以上、「本当は男です」などという言い訳が通用するはずもない。
その上、キュゥべえが言うようにあわよくば踏み倒せるという考えも無かったわけではない。
「ば、バカヤロー。オレがそんなせこい真似するかよ!」
図星だったのを隠そうと、らんまは虚勢を張る。
「オレの言いたかったのは、今後はそういう情報の行き違いを無くそうって話だ。」
「それはボクからもぜひお願いするよ。」
結局、らんまは男に戻るどころか、現状維持のままよくわからない妥協までしてしまった。
「それじゃあ、早速だけど今からボクの説明にしたがって魔法少女の仕事を実際にしてもらうよ。」
そんならんまの心情を知ってか知らずか、キュゥべえはケロリとして言った。
そろそろ本題に入ろうといった風情だ。
「おう。」
らんまは腕をならしながら答える。
魔法少女になったこと自体はやむをえない事情に流されたに過ぎない。
しかし武闘家の本能ゆえ、らんまは『魔女』とやらとの戦いをそれなりに楽しみにしていた。
「まずはソウルジェムを取り出して―」
「ああ、取り出したぜ。」
「それを高く掲げて―」
「こうか?」
「そうそう。そして、自分の思う魔法少女をイメージしてみて。」
「うーん、魔法少女か…」
らんまは少女アニメの類など見たことがない。
魔法少女というものに関しては、なびきの商売のためにコスプレさせられそうになったり、
クラスの女子やオタクな男子が持っているアイテムを垣間見て得た知識しかないのだ。
らんまは乏しい情報をもとに精一杯頭の中で魔法少女というものを描いてみた。
すると、ソウルジェムが光を放ち、その光がらんまをつつんだ。
「おおお、これはっ!?」
やがて光が服の形を成していった。
その服装は真っ赤なゴスロリ風衣装となった。
「恥ずかしがっていたわりにはなかなか派手だね。」
77 :らんまマギカ5話2 2011/10/10(月) 13:42:44.42 ID:TV00bxRh0
キュゥべえの言葉にうながされたように、らんまは自分の格好を確認した。
「は、派手すぎるだろ、いくらなんでも!」
「ボクじゃないよ。らんま、あくまで君の中のイメージが具現化したに過ぎない。」
らんまの責めるような視線に、キュゥべえは冷酷な事実を告げた。
「残念ながら一度変身後の姿を決めたら簡単には変えられない。
当分の間、その姿で戦ってもらうことになる。」
らんまは大きくうなだれた。どうしてこんな格好を想像してしまったのか。
言われたままに素直に魔法少女を想像したのがそもそもの過ちと言うべきだろう。
カシャッ
その時、らんまの背後からカメラのシャッター音が鳴った。
「へ?」
音のしたほうに、らんまが振り返り、キュゥべえも視線を向ける。
「乱馬くん、そんな趣味を持ってたなら早く言ってくれたらよかったのに。
最近は単純に露出が高いのよりもその手の写真が良く売れるのよねぇ。」
そう言って現れたのは、ショートボブの女子高生、天道家次女のなびきだった。
「キミは…?」
キュゥべえがなびきに近づく。
「あら、そんなところに猫が。っていうかしゃべってる。」
なびきはキュゥべえの存在に大した驚きは見せなかった。
彼女もまた非常識には慣れっこらしい。
「あたしは天道なびき。乱馬くんの義理の姉にあたるわ。あんたは?」
「ボクはキュゥべえ。魔法少女を作るのがボクの仕事さ。」
「魔法少女?」
なびきは不思議そうな顔をする。
「キミもボクと契約して魔法少女になってくれかい?
魔法少女になってくれるなら何でもひとつ、願いを叶えてあげられるよ。」
「何でも…ですって!?」
「あんまり信じねー方が良さそうだぜ?」
欲望を刺激されたなびきにらんまが注意する。
なびきはあごに手をあて、考えるしぐさをした。
「そうね、魔法少女っていうのが何をするのか分からないし、簡単にオーケーっていうのは難しいわね。」
「それなら、ちょうど良かった。
今かららんまに魔法少女として初仕事をしてもらうところだからなびきも付いてくれば良い。」
渡りに船、とばかりにキュゥべえは提案した。
「え? なびきを連れてくのか?」
らんまは露骨に嫌そうな顔をした。
なびきが性格的にやっかいだというのもあるが、それ以上にあかねの為に契約したということを知られたくなかった。
「そうね。お願いするわ。」
「それじゃあ、決定だね。」
しかし、らんまを無視して話はとんとん拍子で進んだ。
**********************
「―こういう風に裏路地とかで魔女を探すんだ。」
「なんだかけっこう地味ねぇ。」
78 :らんまマギカ5話2 2011/10/10(月) 13:43:42.67 ID:TV00bxRh0
「しっかし本当に魔女なんているのかよ?」
らんまとキュゥべえとなびきは町内を循環していた。
らんまのソウルジェムに反応は無い。
「この辺りは住宅地だからね。繁華街と比べれば魔女のエネルギー源になる負の感情は少ないのかもしれない。」
「もうちょっと絵的に映えるシーンを撮りたいんだけどさぁ、どうにかならないの?」
たんたんと解説をするキュゥべえ。一方なびきはカメラをらんまに向けながらつぶやく。
「なびき、お前絶対勘違いしてるだろ?」
そんなやりとりをしつつ、歩いているとようやくソウルジェムに反応が出てきた。
「光り方が変わった?」
「らんま、これは近いよ、気をつけて。」
「らんまくん、こっち向いて。戦いの前の緊張した顔でアップ撮るから。」
そんなことを言っている間にも、まわりの風景が変化しはじめる。
ピンクやうす黄色のパステルカラー中心の空間。
ありとあらゆる場所にレース風の模様がついている。
「な、なんだこりゃ!?」
これには流石にらんまとなびきも驚いている様子だった。
「これが結界さ。らんまの魔翌力が魔女を刺激したんだろう。…さっそく使い魔が来たよ。」
キュゥべえはそう言って結界の奥に顔を向けた。
らんまとなびきがその方向を振り向くと、この世の生き物とは思えない何かが歩いてくる。
「…おい、これって。」
「うわぁ、まるでお爺ちゃんの頭の中みたい。」
近づいてきた使い魔は、二種類いた。
ひとつはヒモを脚にして歩いてくるブラジャー、もうひとつは翼の生えたパンティーだった。
「おそらく、女性用下着に執着する人間の邪念に反応して変質した魔女だろう。
魔女の性質そのものを変えてしまうなんて、よほどの執念だね。」
この異常な風景にも、キュゥべえは臆することなく解説を続ける。
「その邪念の持ち主に思い当たるのが嫌なところね。」
なびきが呆れ気味に言った。
「ああ。そういや、この間ジジイが盗んだ下着を潰しちまったのはこの辺だったな…」
らんまも露骨にテンションが下がっている。
「こんな使い魔でも人死にかかわるかもしれないんだ。油断はできないよ。」
「はいはい、倒せばいいんだろ?」
キュゥべえはあくまで緊張を保とうとするが、もはやらんまはやっつけ仕事の雰囲気だ。
案の定、らんまのパンチやキックで使い魔たちは簡単に倒されていく。
「…らんまくん、魔法少女になったのよね?」
らんまが戦っている間、なびきがキュゥべえに質問する。
「そうだよ。」
「でも、魔法使ってないじゃない。」
「あれはあくまで使い魔だからね。魔女が現れたら魔法を使わざるを得ないよ。」
「うーん、それはいいんだけど絵的にねぇ。」
なびきはカメラを回しながら肩をすくめた。
80 :らんまマギカ5話5 2011/10/10(月) 13:47:38.77 ID:TV00bxRh0
そうしている間にも、らんまは使い魔をあらかた片付けた。
「よし、魔女に逃げられないうちに結界の奥に進もう。」
キュゥべえが先導する。下着模様の迷宮の中をらんまとなびきが付いていった。
結界の最深部に、それはいた。
巨大な黒タイツとガーターベルトが2対、逆向きに合わさって四足のクモのような形になっている。
そのタイツの中には何も入っていないにもかかわらず、着用されているかのように脚の形を保ち、
2つのガーターの接合部分の上には黒いブラが乗っかっていた。
魔女はらんまたち一行に気が付くと、ブラがカエルのまぶたのように開き、中から真っ赤な目玉が現れた。
「うわぁ…キモチ悪い。」
なびきがつぶやいた。
グロテスクさの中に、『ジジイ』こと八宝斎の偏執狂ぶりがふんだんに盛り込まれている。
らんまとなびきにとっていろんな意味で常軌を逸した存在だった。
それでもらんまは臆することなく飛び蹴りで魔女に向かっていった。
しかし、魔女は軽いステップでいとも簡単にらんまの蹴りをかわし、
防御のしにくい着地のタイミングを狙って蹴り返してきた。
「ぐわっ!」
らんまはまともに蹴りを食らい、壁まで飛ばされ叩きつけられた。
「くっ…こいつ!」
「らんま、魔法を使うんだ。魔女には格闘技だけでは勝てない。」
キュゥべえがアドバイスを加える。
だが、らんまは格闘技を馬鹿にされたように思え、かえって意固地になった。
「くそ、無差別格闘流を…オレをなめるんじゃねぇ!」
今度はさっきよりも高く飛び、魔女の真上に出る。
(四つ足じゃ、真上からの攻撃にゃ対処できないはずだ。)
そう思っての作戦だった。
しかし、魔女は前足を人間のように直立状態、後ろ足を逆立ち状態になって立ち上がった。
「な、しまっ…」
そう言っている間にもらんまは逆立ち状態になっている魔女の脚に挟まれ捕まってしまった。
「もしさぁ、魔法少女になったらあたしもあんなのと戦わなきゃならないの?
らんまくんがあんなに苦戦する相手じゃちょっと自信ないわねぇ。」
観戦中のなびきは驚きもせずに、平然とキュゥべえに質問をする。
「大丈夫。魔法を使えばあの魔女にだって勝てるし、なびきもらんま以上に強くなれるかもしれない。」
「ふーん。」
キュゥべえは強さへの憧れを刺激するように煽るが、なびきは無感動に相づちをうつ。
「これなら、どうだ!!」
魔女の脚にはさまれてなかなか抜け出せないらんまは奇策に出た。
なんと、いきなり自分のスカートを大きくめくったのだ。
魔女の目がらんまの下半身に釘付けになる。
しかし、らんまのはいているのは男物のトランクスだった。
トランクスを目の当たりにした魔女は、突如苦しみだし、脚をたたんで丸くなった。
魔女の邪念の元になっている八宝斎は、男性物下着は大嫌いなのだ。
その性質を、この魔女は受け継いでしまっていた。
81 :らんまマギカ5話6 2011/10/10(月) 13:48:17.82 ID:TV00bxRh0
魔女が脚を離すと同時に、らんまは飛んで魔女から距離をとった。
「接近戦がダメならこれでどうだ、猛虎高飛車!」
らんまは着地と同時にすかさず闘気技をくり出す。
「残念だけど、獅子咆哮弾の類似技では魔女は倒せない。」
キュゥべえがつぶやく。
その言葉になびきは思った。
(この子、良牙くんの知り合い? それでらんまくんに目を付けたのかしら?)
猛虎高飛車の光の塊を食らった魔女は全身が燃え上がりあっけなく姿を消した。
「倒せてるわよ?」
「あれ?」
キュゥべえは首をかしげてみせた。
んなことを言っている間にも、パステルカラーの魔女空間はいつの間にか普段の夜空に入れ替わっていた。
「へっ、魔女がどんなもんかと思ったけど、オレの前じゃ敵じゃねーな。」
らんまは堂々と胸を張る。
「けっこう、苦戦してたじゃない。」
冷静につっこむなびきにらんまはバツの悪そうな顔をする。
そんならんまにキュゥべえが近づいていった。
「らんま、あの技は一体?」
「ああ、あれは猛虎高飛車って言ってな。強気とか勝気を闘気に反映させて気を膨らませる技だ。」
らんまの答えにキュゥべえはしまったと思った。
強気や勝気なら魔女の「絶望」とは真逆と言って良い、非常に強い正の感情エネルギーだ。
たしかにそれなら魔法の攻撃でなくても魔女に大ダメージを与えられるだろう。
(でも、ボクは負の感情エネルギーを吸収するようにできてるんだよなぁ。)
もしかして、らんまを魔法少女にしたのは失敗だったのではないか。
早くもキュゥべえはそう思いはじめていた。
(いや、魔女を倒すのが上手い魔法少女はグリーフシードの回収役として役に立つ。)
そう考え直し、キュゥべえは今回の魔女がグリーフシードを落としていないか探した。
「らんま、なびき、これを見て。」
早速発見し、キュゥべえはらんまとなびきを呼んだ。
そこにはトゲの生えた小さな玉のようなものがあった。
「これはグリーフシードと言って、魔女を倒すと手に入るんだ。」
「『手に入る』って、何かに使うのか?」
らんまは素朴な疑問を口にする。
「ああ。魔法を使うとソウルジェムにけがれが出てくる。グリーフシードはそのけがれを吸ってくれるんだ。
つまり、使った分の魔翌力を回復してくれるアイテムと考えてくれていい。」
「なるほど。」
そう言ってらんまは自分のソウルジェムを取り出してみた。
全く魔法を使っていないので、透き通るようなきれいな緋色をしている。
「…よく分からないけど、けがれてるのかしら?」
「いや、全然。」
「じゃあ、今回は使わなくていいわけか。」
82 :らんまマギカ5話7 2011/10/10(月) 13:49:22.15 ID:TV00bxRh0
そう言ってらんまはグリーフシードをポケットに入れた。
「そうだね。グリーフシードはけがれを吸いすぎるとまた魔女を発生させてしまう。
だから、ある程度使ったらボクを呼んでほしい。
けがれを吸ったグリーフシードを回収するのもボクの役目なんだ。」
説明しながらもキュゥべえは思った。
らんまは魔法を使わなくてもたいがいの魔女は倒せてしまうだろう。
そうすると、グリーフシードの使用はどうしても少なくなる。
だとすれば、十分にけがれを吸ったグリーフシードをらんまから回収することは困難になってしまう。
(やっぱり、らんまを魔法少女にしたのは失敗だった。
仕方がない、ここはらんまをきっかけに魔法少女を増やして…)
そう考え、キュゥべえはなびきに言った。
「さて、なびき。魔法少女についてある程度理解してもらえたと思うけど、キミも契約してくれるかい?」
「あー、あたしやっぱやめとく。」
しかし、なびきはあっさりと断った。
「叶えたい願いはないのかい?」
キュゥべえは食い下がる。
「一生あんなのと戦わなきゃならないなんてさぁ、どんなお金持ちになってもワリに合わないわよ。」
なびきはかたくなに断る。
(なびきのやつ、始めっから契約する気なんてなかったな。)
らんまは直感的にそう思った。何が目的かは分からないがなびきはそういう嫌らしい奴だ。
「そうか。残念だけど無理強いはできない。まだらんまにはフォローが必要だからボクはしばらくこの辺りに居る。
また気が変わったら言って欲しい。」
「そうね。変わればね。」
いかにも軽薄な言い方でなびきは答えた。
らんまの魔法少女初日はこうして終わった。
***************
翌日放課後、なびきはキュゥべえが居ないことを確認して、自室にらんまを呼んだ。
天道家の面々や玄馬からはまたいかがわしい撮影でもされるとしか思われない。
しかし、なびきはいつになくシリアスだった。
「らんまくん、もしかして男に戻れなくなったのって魔法少女になったから?」
「え? あ…ああ。」
そんななびきに圧され、つい聞かれるがままらんまは答えてしまう。
「それで、らんまくんは何をキュゥべえにお願いしたの?」
なびきの表情は険しい。
「そ、それは…」
『あかねのために』なんて答えられない。
それを言ってしまえば天道家全体に、そして誰よりもあかねに大きな負い目を負わせてしまうことになる。
だが、答えられないのがかえって答えになってしまった。
「あかねでしょ。」
「うっ!」
なびきとて確信まではないはずだ。
しかし、らんまの歯切れの悪さや動揺が『それが正解です』と言ってしまっている。
「…やっぱり。まあ、あたしとしてはらんまくんに『ありがとう』って言わなきゃね。」
83 :らんまマギカ5話8 2011/10/10(月) 13:51:32.36 ID:TV00bxRh0
「ちょっと待った、これはあかねには…」
「分かってるわよ。こんなことあかねにもお父さんにも言えやしないって。」
どうやら、らんまの思考パターンはなびきには読まれているらしい。
「でもさ、らんまくんは当然、いまのまま完全に女の子になっちゃうのは嫌よね?」
「あたりめーだ。とりあえず、シャンプーとこの婆さんにでも相談してみるさ。」
「それも良いけどさ、あたしに策があるわ。もし男に戻りたいなら乗ってみない?」
なびきは表情を軽くしてウインクしてみせた。
らんまは思案した。たしかになびきは悪知恵に関してはなかなかのものだ。
自信を持って『策がある』とまで言っているからには試してみる価値はあるかもしれない。
「マジか? 何かアテがあるなら頼む!」
らんまは力強く答えた。
「その意気やよし! それじゃあ、まず魔法少女に変身してみて。」
「ああ、えーっとソウルジェムを出して…」
まだ慣れていないらんまはガサゴソとポケットを探し、ポーズもとらずに変身する。
「んー、魔法少女の変身ってさ、もうちょっと色っぽくして欲しいかな。」
「そんなのどうだって良いだろ。」
「まあいっか、それじゃ、笑顔でこっち向いてー。」
そう言ったなびきの手にはカメラが握られていた。
「おいこらまて、なんで撮影する?」
話が違う。らんまは今の完全女状態から抜け出すために話に乗るといった。
それなのに、なぜなびきの小遣い稼ぎの撮影をさせられているのか。
また騙されたと、キレ気味のらんまに対して、なびきはチッチッチッと指をふってみせた。
「分かってないわねぇ。これが男に戻るための作戦よ。」
「んなわけあるか、こんにゃろう!」
「まーまー、落ち着いて聞きなさい。あのキュゥべえってのちょっと胡散臭いでしょ?」
「…ああ。」
らんまは控えめに同意した。
キュゥべえは一応あかねの命の恩人であるはずだから、悪く言うのには同意すべきでない。
しかし、どうにも胡散臭く感じている自分も否定し切れない。
なにより同意もとらずに人の体を変化させるというのはとてもマトモな相手とは思えなかった。
「だからさ、ゆさぶりをかけてみるわけよ。
できるだけキュゥべえの嫌がりそうなことをして、反応を見てみるの。
上手く行けば『お前なんか魔法少女失格だ』なんて感じでさぁ、元に戻れるかもしれないし、
そんなに上手く行かなくてもキュゥべえの本音が見えてくるかもしんないでしょ。」
「その嫌がりそうなことのひとつが、これだってのか?」
らんまはなびきのとった写真を見ながら言った。
「まあ、あたしの実益を兼ねてることは否定しないわ。ヒトってそういうものでしょ?
あたしは、何のために行動しているのか分からないヒトは信用できないもの。」
なびきの言う「何のために行動しているのか分からないヒト」とはキュゥべえのことなのだろう。
確かに何が狙いか分からない相手よりは目的がはっきりしている相手のほうが信頼しやすい。
少なくとも予想外の裏切りということは考えにくいからだ。
「ちっ、仕方ねーな。オレがちゃんと男に戻れるようにするのが目的なんだよな?
だったら、恥は書き捨てだ。協力するよ。」
「ふふ、そう来なくっちゃ。」
84 :らんまマギカ5話9 2011/10/10(月) 13:52:11.50 ID:TV00bxRh0
しぶしぶ同意するらんまに対し、なびきは楽しげにうなずいた。
**************
それから数時間にして、ネットアイドルとしてサイトが開設され、『魔法少女ランマちゃん』のイメージ動画が作成された。
(なびきのやつ、ぜったい利益優先だよな?)
らんまはなびきの口車に乗って、好きなように写真やビデオをとらせてしまったことを悔やんだが、もはや後の祭りだった。
「ここまでするなんて聞いてねぇ。」
「あら?心外だわ。あたしは嘘はついていないし。問題があるなら、らんまくんの確認不足ね。」
ぼやくらんまになびきは平然とそう言った。
「らんま、認識の相違を一方的に相手の責任に押し付ける態度はよくないよ。」
いつの間にか部屋にやってきたキュゥべえもらんまに追い討ちをかける。
おそらくまた魔女狩りに連れ出そうとして来たのだろう。
「へー、キュゥべえちゃん、良いこというじゃない。」
「ありがとう。でも、こういう派手な活動はやめて欲しいな。」
(くそっ、こいつら同類かよ!)
被害者はただ泣き寝入りするしかできなかった。
86 :らんまマギカ5話オマケ 2011/10/10(月) 13:55:02.43 ID:TV00bxRh0
94 :らんまマギカ6話1 ◆awWwWwwWGE 2011/10/16(日) 22:42:18.77 ID:dEl3/Y9C0
薄暗いゲームセンターは、まるで貸しきり状態だった。
赤髪の少女は、このゲームセンターの一角でひたすら踊り続けていた。
「音ゲー」と呼ばれるジャンルのゲームで、音楽に合わせてステップを踏むことで得点を上げるものだ。
少女は完璧にステップを踏みながら、得点に関係のない手のフリや足のターンなども加える。
単純に得点を稼ぐためのステップだけでなく見栄えも重視するのは上級者のたしなみと言えるだろう。
これが客の多い時間帯なら、ギャラリーから拍手喝さいが送られたはずだ。
しかし、それなりに設備の整ったゲームセンターでも、平日の昼間となればほとんど客は居ない。
だから、どんな凄腕プレイにも拍手が来ない代わりに、人気ゲームをどれだけ連コインしても文句は言われない。
少々寂しいことを除けば、ゲームを楽しむには理想的な状況だろう。
「よぉ、久しぶりじゃねーか?」
ダンスを続けながら、少女はおもむろに口を開いた。
「ああ。しばらくぶりだね、佐倉杏子。」
あどけない少年のような声が、少女の背後から聞こえる。
しかし少女はゲームに集中し、後ろを振り返りなどしない。
「実はちょっと困ったことになった。キミの力を借りたい。」
「魔女狩りなら、マミに当たった方がいいんじゃねーのか?」
音楽がサビに入り、少女のステップが激しくなる。今がこのゲームの佳境なのだ。
「ああ、魔女ならね。…でも、今回の相手は魔法少女だ。」
少年のような声を無視するように、少女は無言でダンスをする。
脚を広げて腰を落としたかと思うと、手のひらを地においてステップを踏み、
その手をつっぱる力を利用して華麗にターンジャンプをする。
そして、ポーズをとっての着地でフィニッシュを決める。
『ヒュー! ヒュー! マーベラス! グレイト!』
ゲームに内蔵された音声が少女のダンスを絶賛した。
少女の体はきっちりゲーム画面の逆側、声のした方に向いていた。
「へぇ、面白そうじゃん。話を聞こうか。」
彼女の視線を向けた先には、白い小動物がたたずんでいた。
******************
「新しく契約を結んだ魔法少女がね、全然魔法を使ってくれないんだ。」
白い小動物こと、キュゥべえは頭をうつむき気味にして残念そうな表情を装う。
「ふーん、魔女退治さぼって仕事しない魔法少女をシメろ、って話か。」
赤い髪の少女・佐倉杏子はお菓子をつまみながら会話をする。
ひっきりなしにモノを食べている割には、杏子の体格は貧相だった。
少し知識のある人が見れば、成長期の栄養不足や精神負荷の影響に思い当たるだろう。
「いや、魔女退治はしてくれている。」
「じゃあ、何が問題なのさ。」
杏子の疑問は当然だった。
彼女は魔法少女となって魔女と戦ってもらうとキュゥべえに説明されて契約したのだ。
それが魔法少女の仕事なら魔女と戦って退治できているなら魔法を使おうが使うまいが関係ないはずだ。
「その魔法少女の義理の姉とか言う人がね、魔法少女をアイドルにしたてて、商売にしちゃってるんだ。
そういう事をされると魔法の使えない一般人が多くこの世界に関わることになってしまう。
ボクとしてはできればそういう事態は避けたい。」
95 :らんまマギカ6話2 ◆awWwWwwWGE 2011/10/16(日) 22:43:20.87 ID:dEl3/Y9C0
キュゥべえの説明に、杏子はまだ納得がいかなかった。
杏子は普段、魔女の使い魔を倒さない。それは使い魔に殺される人間を見殺しにする行為だ。
そんなことをしている自分をとがめないくせに、一般人が巻き込まれる事をさけたいというのは話の筋が通らない。
杏子としては善悪などどうでもいいことだったが、胡散臭い話には乗りたくなかった。
いぶかしがる杏子の反応を見てなのか、キュゥべえは付け加えた。
「彼女達はどうやら、グリーフシードの販売もしているらしい。
管理能力のない一般人の手にグリーフシードが渡るぐらいなら、杏子、キミが持っている方が助かる。」
その言葉に杏子の目の色が変わった。
別に、一般人がグリーフシードを孵化させて自滅してもかまわない。そんなことはどうでもいい。
それよりも、その新人魔法少女を倒せば売るほどに余ったグリーフシードが手に入る。
杏子にとってはそれが重要だった。
グリーフシードが手に入るのなら、キュゥべえの目的が何かなど大した問題ではない。
「へー、初心者一匹倒してグリーフシードがっぽりか。ワリの良い仕事じゃねーか。」
そう言って、硬いアーモンドチョコレートを一気にかみ砕いたとき、すでに杏子の意思は決まっていた。
*********************
「ふむ、確かに変身せんのぉ…」
化けガエルのような顔をした老婆がうなった。
「ばーさんでも分かんねぇのかよ。」
さすがにらんまは落ち込んだ表情をしていた。
無差別格闘流創始者の八宝斎に聞いても、骨接ぎ屋の東風先生に聞いてもダメだった。
そして、最後の望みをかけた本命のこの妖怪じみた中国出身の老婆に聞いても分からなかったのだ。
もちろん、らんまとて彼らにすべてを説明したわけではない。
あかねのために怪しげな契約をしたなどと言えるわけが無かった。
結局らんまの説明は「猫のような変な奴に呪いをかけられて、男に戻れなくなった。」という
程度の抽象的なものにならざるを得なかった。
「とりあえず試せるものは試してみるのが一番じゃ。鳳凰山から開水壺を取り寄せてみるとしよう。」
開水壺と止水桶という対を成す二つのアイテムがある。
止水桶でくんだ水を浴びれば、呪泉郷の呪いを固定化し、お湯をかぶっても元の姿に戻らなくなる。
一方、開水壺は止水桶の効果を打ち消し、変身体質に戻すアイテムだ。
今回は止水桶のせいではないが、変身後の姿に固定されていると言う点では止水桶を使ったのと同じ状況だ。
開水壺で変身体質に戻れる可能性が無いとも言い切れない。
「ああ、すまねーな、ばーさん。」
「ムコ殿が謝ることはない。シャンプーのためじゃて。」
そう言って老婆は微笑んで見せた。
早乙女乱馬は色々あってシャンプーと言う中国人の少女とも許婚ということになってしまっている。
この老婆はそのシャンプーの曾祖母にあたるのでらんまのことを「ムコ殿」と呼ぶのだ。
らんまは「それじゃ」と簡単に挨拶をして、この老婆・コロンが経営する猫飯店を後にした。
(しっかし、鳳凰山から取り寄せだと当分先だな。)
鳳凰山というのは中国奥地の電気ガスもろくに通っていない未開の地だ。
下手をすれば届くのは何ヶ月も先になるかもしれない。
そのうえ、開水壺は鳳凰山の人々にとっては秘宝である。
いくらコロンの顔が広いとはいえ、そう簡単に渡してくれるものかどうかもあやしい。
96 :らんまマギカ6話3 ◆awWwWwwWGE 2011/10/16(日) 22:44:21.77 ID:dEl3/Y9C0
(届くのを待ってる間に他の方法も考えたほうがいいな。)
そんなことを考えながら、らんまは今日も魔女探索を始めた。
別に必ず魔女を倒さなければならないわけではない。
らんまは魔法を使う必要がないし、使い方自体まだよく分かっていないからグリーフシードは必要ない。
それでも魔女退治をする理由のひとつは、なびきが何か思うところありげに魔女退治を勧めてきたこと。
もうひとつは、魔女退治がちょうどいい修行になることだった。
魔女によって戦い方が全然違うし、ほどよく強いのでらんまは魔女との戦いに楽しみすら感じていた。
もちろん、町の人たちを守るというのも大事だと思うが、まだ一般人が巻き込まれるところに出会っていないので
その点についてはいまいち実感がわかない。
らんまが河川敷をうろついていると、突如結界が展開された。
(…来たか!)
らんまは身構える。
キュゥべえの説明では魔法少女になると、その魔力に反応して魔女やその使い魔が攻撃的になるらしい。
そのせいか、らんまとて魔法少女になるまでは魔女の結界になど巻き込まれたことは無かったが、
今では向こうから仕掛けてくる。
もっとも、らんまが意図的に魔女の出そうな場所に行っているせいもあるだろうが。
今回出てきた化け物は、子供のらくがきのような姿をしていた。
結界がところどころはげて夕焼け空が見えている。
おそらくは魔女ではなく使い魔なのだろう。
「さっそく、終わらせてもらうぜ!」
らんまは躊躇無く、使い魔に飛びかかった。
が、その目前に槍が降って来る。
「わっ、何しやがる!」
とっさにらんまは身を翻して槍をかわした。
もう一歩前に出ていたら槍はらんまにあたっていただろう。
「おいおい、そいつは使い魔だよ? グリーフシード持ってるわけないじゃん。」
まだあどけなさの残るその声は頭上から聞こえてきた。
らんまが上を向くと、長い髪を乱雑にポニーテールにまとめた少女が槍を片手に堤防の上に立っていた。
赤いノースリーブのワンピースはへその辺りから下が前に開き、その奥からひらひらのスカートがのぞいている。
普通の人が見ればきっと何かのコスプレの類かと思うだろう。
しかし、らんまには先ほどの槍と少女の格好で相手が何者か理解した。
(あいつは…魔法少女!)
いきなり現れた魔法少女は言葉を続けた。
「っていうかさ、そのカンフーみたいなカッコ、変身してないよね? アンタ、魔女退治なめてるワケ?」
その魔法少女―佐倉杏子はガムをクチャクチャとかみながらしゃべる。
そして、言い終わったらプーッとガムの風船を大きく膨らませた。
ムカつく態度でどうでもいいことに難癖を付けてくる。
喧嘩を売られているというのはらんまにもよく分かった。
「すまねーけどな、オレが強すぎるからグリーフシードも変身も必要ねえんだ。
魔女とか使い魔とかぶっ倒してるのも、ただの暇つぶしだから邪魔されたら困るんだけどなぁ」
自分以外の魔法少女の強さを測るにはちょうど良い、らんまはそう思って相手を挑発しかえした。
「へぇ、ルーキーがナマ言ってくれるじゃん。そんじゃ、これはどうだ!」
97 :らんまマギカ6話4 ◆awWwWwwWGE 2011/10/16(日) 22:45:19.65 ID:dEl3/Y9C0
そう言うと杏子は急に機敏な動きをして堤防から飛び降りた。
落下しながらも槍をらんまに投げてくる。
「危ねーな、おい。」
らんまはのん気につぶやきながら猛スピードで落ちてくる槍をかわした。
一方杏子は頭から落ちていたにもかかわらず、ちゃんと足から着地して、一瞬で態勢を立て直す。
そして、すぐに新しく槍を生成するとらんまに斬りかかった。
「おっ!? よっ。」
上から落下してきた槍をかわしてすぐに杏子の攻撃が襲ってきたのでらんまは反撃の余裕もなく防戦に回った。
(なかなか良い動きしやがる。)
間断なく繰り出される槍の突きを避けながら、らんまは思った。
動きだけを見れば、あかねよりは確実に強いだろう。
シャンプーと同等かそれ以上…
(けっこう、厄介だな。)
シャンプー並の実力というだけなら、らんまは女の状態でも勝てる。
だが、刃物というのがなかなか厄介だ。
らんまはかつて、自分より格下とみなしていたライバルから気付かぬうちに木刀で打ち込まれたことがあった。
木刀だから打ち身が残る程度で済んだが、もしそれが真剣だったならば致命傷を負っていたことになる。
刃物を使う相手は、たとえ格下であってもほんの一度隙をつかれただけで終わりだ。
とうてい油断できないし、下手にしかけることもできない。
(でも、あんまりマジになって大怪我させるわけにもいかねーしな。)
そんなことを考えながら避けているのがバレたのか、杏子が表情をすごませた。
「アンタ、本気で戦ってねえな!」
その言葉と同時に、槍は多節昆に化け、大きく横なぎにらんまに襲い掛かった。
予想外の攻撃に、らんまは反応が間に合わず、まともに食らってコンクリートの堤防に叩きつけられた。
その衝撃で堤防のすぐそばに置いてあったタイヤの山が崩れ、らんまの姿はその下敷きになって消える。
「ったく、ウゼェやつだ。」
杏子は吐き棄てるようにそう言った。
「さーて、後はこいつの義理の姉だかなんかって奴からグリーフシードをぶん捕ればいいわけか。」
いつの間にか使い魔は完全に逃げおおせて、もともと不完全だった結界は跡形もなく解けている。
杏子は河川敷に背を向けてその場を去ろうとする。
その時だった。
急に轟音がなったかと思うとタイヤの山がはじけ飛び、光の弾が杏子に向かって飛んできた。
「な、なんだ、コレ!?」
杏子は髪を焦がすほどの際どさで何とか光の弾を避ける。
(あいつの魔法か? でも、全く魔力を感じなかった。)
杏子がタイヤの山があった場所を振り返ると、そこには変身したらんまの姿があった。
「なによ、ソレ? 髪だけじゃなくて服の色まで被ってるじゃん。超ウゼェ。」
「うるせぇ、ホントはこんな格好したくねえんだ。大事な服に穴開けやがって。」
二人の赤い魔法少女が対峙する。
杏子はまたも右手に槍を生成した。
杏子からしてみれば、相手の魔法の性質がまるで読めない。
98 :らんまマギカ6話5 ◆awWwWwwWGE 2011/10/16(日) 22:47:10.95 ID:dEl3/Y9C0
その上、思い切り叩きつけたはずなのに早くも立ち上がる回復力。
正直に言えばどう攻めていいのか分からなかった。
一方のらんまも、気軽に攻めにうつることはできなかった。
槍が突然多節昆に変わるなどというありえない変化を目の当たりにして魔法が真に魔法であることを理解した。
格闘技の経験だけではどんな攻撃が来るか想像もつかない。
双方、手詰まり状態でにらみ合いが続いた。
やがて、しびれを切らしたように、杏子が突進していった。
突き出された刃をらんまは際どく避けると、距離を保ったまま相手から見て左に回る。
相手が右利きならば、左に回った方が隙が多いし、攻撃もされにくい。
とっさのことに、杏子はすばやく反応して槍を多節昆に変え、大きく右から左へ横なぎした。
らんまはそれは飛んでかわすと、さらに左に回る。
「ちっ、ちょこまかと逃げてばっかでウゼェ!」
もともと槍と素手ではリーチに差がありすぎるのでらんまが仕掛けるには杏子のふところに飛び込まなければならない。
しかし、らんまは距離を保って避け続けるだけで自分から仕掛けようとしなかった。
らんまの動きを追っていく杏子の足取りは、自然に螺旋を描く。
「アンタも早く武器を出しな! それとも、武器を出す暇も無いのかい?」
そう言いながらも杏子は攻撃の手を緩めない。
「わりぃな。オレは普段武器つかわねーんだ。魔法の使い方もよくわかんねーしな。」
らんまはわざと余裕の表情を作った。言っていること自体は本当のことだ。
しかし、杏子はそれを挑発と受け取ってさらに熱くなる。
「…だったら、このまま刺身になっちまいな!」
杏子は左手にも槍を出し、両手で突きのラッシュを繰り出す。
普通の人間ならば片手で槍を突いたところで力が入らないので槍の二刀流など意味が無い。
だが杏子の槍は片手でも十分に力強い突きを連打してきた。
「わっ! とっ!」
さすがにこれはらんまも避けるのが苦しい。
(確かにこのままじゃ刺身になっちまう…だが!)
「飛竜昇天波!」
らんまは叫ぶと同時にあろうことか誰も居ない虚空に向けてこぶしを振り上げた。
「なにっ!?」
杏子は本能的に危険を感じ、とっさに防御体勢をとる。
その直後だった。
冷たい空気が重いパンチのようにぶつかってきたかと思うと、
それを中心に竜巻がまき起こり、杏子の体は空高く舞い上げられた。
「魔法少女か…なかなかの相手だったが、無差別格闘早乙女流の敵じゃねぇな。」
大技を決めて勝利を確信したらんまがつぶやく。
(さて、あいつをキャッチしてやんねーとな。)
そう思ってらんまは空を見上げた。飛竜昇天波は高威力でも殺傷力は低い。
ただし、巻き上げられた場合に頭から落ちたりすればその限りではない。
らんまは杏子の巻き上げられたあたりから目測で落ちてきそうなところに陣取る。
が、落ちてきたのは杏子ではなく槍だった。
99 :らんまマギカ6話6 ◆awWwWwwWGE 2011/10/16(日) 22:48:09.67 ID:dEl3/Y9C0
「げっ! まだ攻撃できるのかよ!?」
予想外のしぶとさにらんまも思わず不意を突かれた。
杏子は落下しながらも次々とらんまに槍を投げ落とす。
らんまはそれをキリキリ舞いになってかろうじて避ける。
「あれが、アンタの魔法か! おもしれぇ!」
杏子は着地すると、地面に突き刺さった多くの槍同士の間に防壁を出し、即席のリングを作り上げた。
こうなるとらんまは逃げ場が無くなる。
一方の杏子はさきほどまでの戦いでハイテンションになったのか、目をらんらんと輝かせていた。
「へっ、こうなったら何としてでもグリーフシード分捕らせてもらおうか!」
まるで、獲物に襲い掛かる虎や狼のごとく、杏子は襲い掛かる。
だがそれは虚勢だった。
飛竜昇天波のダメージは十分に受けている。今の杏子は魔法でむりやり動かない体を動かしているに過ぎない。
そして、そのための魔力もそろそろ限界だ。
もともと杏子は回復魔法は不得意で効率が悪い上に、すでに今までの戦いでかなりの魔力を消費しているのだ。
戦い続けるだけの魔力はあと数分しかもたないだろう。
それでも、決して杏子は無謀や蛮勇のみで虚勢を張っているわけではなかった。
あれだけの大技を使ったのなら相手もそろそろ魔力の限界が近いはずだ。
だからこっちにはまだ余裕があるとアピールすることで、相手を降参させようというのが杏子の算段だった。
当然、魔法少女としては初心者のらんまには杏子の心理的駆け引きが理解できるわけも無い。
らんまはこの見た目によらずタフネスを誇る魔法少女を相手に、必死で槍を避けていた。
「ちょっと待て!」
「なにさ?」
杏子は槍を振り回しつつ答える。
「グリーフシードってそんなに大事なもんなのか?」
らんまも必死でかわしながら質問をした。
「ふざけんな!そんだけ必死で守っておいて!」
杏子は今度は演技ではなく激昂する。
それを争って今こんなに激しく戦っているのではないのか。
杏子からすればらんまの態度は自分をなめているようにしか見えなかった。
「わかった、わかった!グリーフシードならくれてやる。」
らんまはポケットに入れていたグリーフシードを取り出して杏子に向かって投げた。
「え、マジで?」
予想外のらんまの行動に戸惑いながらも杏子は槍を動かす手を止めて、しっかりとグリーフシードをキャッチした。
そのおかげで、戦闘が停止した。
杏子は一瞬、グリーフシードを得たことに喜びそうになるものの、すぐにまた嫌悪感が湧いてきた。
どう見てもらんまの態度が杏子に恐れをなして降参という様子ではないのだ。
「テメェ、やっぱあたしのことなめてるな?」
「バカやろう、タダじゃねえ。それやるから魔法とかについていろいろ教えろ。」
「取引…ってわけか。」
杏子は思った。
どうやら、こいつの身の回りには他に魔法少女がいないらしい。
100 :らんまマギカ6話7 ◆awWwWwwWGE 2011/10/16(日) 22:49:14.73 ID:dEl3/Y9C0
そのうえ、グリーフシードの価値もよく分からないほど情報が不足している。
敵とか味方とかいう以前に情報が欲しいのは当然だろう。
杏子は話に乗ることにした。
これ以上戦い続けるのは、ソウルジェムの限界が怖い。
倒してぶん捕ったのではなく貰うというのがプライドをつっつくが、背に腹は代えられない状況だ。
「分かった。それじゃ、腹減ったからこの辺のメシ屋つれてけ。」
そう言って杏子は変身を解いた。
こうして、らんまの魔法少女同士の初めての戦いは勝敗がつかずに終わった。
**************************
「あ、らんちゃん。いらっしゃい。」
二人がお好み焼き屋に入ると、高校生ぐらいに見える少女が出迎えた。
他に店員はいない。
「よう、うっちゃん。オレは豚玉たのむ。」
らんまは軽い挨拶をすると早速注文をした。
「あいよ。…ん? なんや、その子?」
うっちゃんと呼ばれた店員はらんまの横に居る少女に目をつけた。
杏子はらんまによく似た赤い髪をしているが、全般的に体格は貧相で顔も似ていない。
第三者から見てもまず親戚には見えないだろう。
(変な誤解を与えてはならない。)
らんまは思った。
この店員、うっちゃんこと久遠寺右京もいろいろあってらんまの許婚ということになっている。
そっちの意味での「ライバル出現」とでも思われたら面倒だ。
「いやぁ、こいつが見た目によらず強くてな。服破られちまったよ。」
そう言ってらんまは杏子の攻撃で破れた腹部を見せる。
「らんちゃんに怪我を!?」
右京は巨大なコテを握って杏子をにらみつけた。
「あー、違う違う!お互い恨みっこ無しの正々堂々とした果し合いだ。なっ?」
らんまは杏子を振り返って目で合図した。
「ああ。良い勝負だった。」
杏子は棒読みで答えた。
事情はよく飲み込めなかったが、別にことを荒立てる理由も無い。
「そんならしゃあないな。…にしても、こんな子がらんちゃんに怪我させるほどのつわもんとは、世の中広いもんやなぁ。」
ついさっき、鬼の形相でにらみつけていた右京が、すでに好奇の目で杏子を見ている。
杏子をあくまで武闘家としてのライバルだと思わせることに成功し、らんまはホッとした。
********************
「にゃに? みゃほうをふはってにゃはっただほ!(何、魔法を使ってなかっただと)」
熱々のミックス玉をほうばりながら杏子が叫んだ。
「ああ、無差別格闘流三代目当主・早乙女乱馬とはオレのことだ!」
らんまは胸をはって親指で自分を指差して答えた。
杏子は強引にお好み焼きを飲み込む。
「いや、そんな流派聞いたことねーし。」
101 :らんまマギカ6話8 ◆awWwWwwWGE 2011/10/16(日) 22:50:44.85 ID:dEl3/Y9C0
らんまはガクッと落ち込んだ。
しかし、杏子の方はより大きなショックを受けていた。
ルーキーのわりにやたらと動きがよかったのは確かに説明が付いた。
格闘技の道場の跡取りというのならそのぐらいのレベルでも不思議ではないだろう。
だが、魔法を使わずにこの自分と引き分けたというのだ。いや、実質は引き分け以下だ。
自分は見栄を張っていただけだが、まだらんまには余裕があったのだから。
もしこいつが本格的に魔法も使いこなすようになってしまえばどうなるのか。
自分など足元にも及ばなくなるのではないか?
(ちっ、気分わりぃや)
杏子はいらつきを抑えるように大声で注文をした。
「ねーちゃん、ビール!」
まるっきり常連のオヤジのような台詞だ。
「あいよ、お待ち!」
右京は、二つ返事で杏子にビールを差し出した。
が、それを見て杏子は固まった。
「おい、なんだこりゃあ?」
「なんや言うて、決まっとるやないか。ノンアルコールビールや。」
すごむ杏子に全く恐れるような気配も無く、右京は堂々と言った。
その態度がさらに杏子をいらだたせる。
「テメェ、あたしが頼んだのはビールだ!」
「どう見ても中学生ぐらいにしか見えへんあんたにそんなもん出せるわけないやろ。」
二人の意見はどうやらどこまで行っても平行線だった。
「おい、おまえら何やってんだ!?」
あわててらんまが止めに入るがもはや二人とも聞く耳を持たなかった。
「いくら客商売いうたかて、ウチは媚びで商売しとるわけや無い。
タチの悪いガキにはお灸をすえたらなあかんな。」
そう言って右京は巨大なヘラを構えた。
「へぇ、おもしれえ、やんのかよ?」
一方の杏子は変身こそしないもののどこからとも無く槍を取り出した。
「自分、アホやな? ガキ相手に喧嘩なんかせーへん。…ただ、性根叩きなおしたるだけや!」
言うのと同時に、右京は焼きそばの束を投げつけた。
杏子は焼きそばをかわそうとするが、身動きの不便な店の中、左腕が焼きそばに当たってしまった。
すると奇妙なことに、焼きそばは杏子の左腕に絡み付いて離れなくなった。
「なんや偉そうにしてて、こんなんも避けられへんのか?…ん?」
右京は得意になって挑発するが、杏子の様子がおかしい。
さっきから機嫌は悪そうだったが、それどころではない。
完全に目が据わっている。
ビールが出てこないとかそんな程度の怒りでないことは右京とらんまの二人にもよくわかった。
「テメェ…」
杏子は腕に焼きそばを絡ませたまま右京に近づく。
もはや槍は消えていたが、どこか、有無を言わせぬ迫力があった。
102 :らんまマギカ6話9 ◆awWwWwwWGE 2011/10/16(日) 22:55:46.37 ID:dEl3/Y9C0
「な、なんや。」
すぐ目の前にまで近づいてきた杏子に、右京はやや気圧されていた。
杏子は焼きそばの絡まっていない右手のほうで右京の胸倉をつかんだ。
そして一言―
「食いモンを粗末にすんじゃねえ!!」
「へ?」
「え?」
完全に予想外の言葉に、右京もらんまもあっけにとられた。
*****************
「ちょっと待ちや!」
お好み焼きも食べ終わり、もう帰ろうというときになって右京が呼び止めた。
「どうした、うっちゃん?」
らんまは振り返る。しかし、右京は首を横にふった。
「今回はらんちゃんやなくて、そっちの子や。」
「あたしか?」
杏子は嫌そうな顔をした。
初対面で乱闘直前までやらかしてしまったのだ。何を言われることやらと杏子は警戒する。
「ああ。あんたの食いモンに対する心意気が気に入った。食いっぷりもなかなかのもんや。
そこでやな、もしよかったらウチで働かへんか?」
それは、杏子にとって、いや、らんまにとっても全く意外な提案だった。
きょとんとする杏子に対して右京は言葉を続ける。
「時給700円でまかないもつけたる。どないや? きょうび中学生でこんな条件ええバイトはないで。」
現実的な交渉を持ち出されて、杏子も表情を変えて思案をする。
「…わりぃけど、通いつめるにはちょっと遠いんだわ。住み込みつきなら考えてもいいぜ?」
「うちん家でええなら泊めたるで。女の一人暮らしやさかい、物騒やと思っとったし丁度ええわ。」
とんとん拍子で話はまとまっていく。
「え? 住み込みってお前家族とかいないのかよ? うっちゃんも知らない奴をそんな簡単に…」
ただひとりらんまは話についていけない。
「あたしゃはぐれモンさ。家族なんていねーよ。ま、世話になった奴に挨拶ぐらいしてくけどな。」
自嘲気味に微笑みながら答える杏子は、なにやら背景にいろいろありそうだった。
「この食いっぷりなら、根は間違いなくええ子や。うちは問題ないで。」
確かに杏子の食いっぷりは良かった。
大盛りのミックス玉に追加でモダン焼き、さらにノンアルコールビールを丸一本。
飲食店を経営する身としては良いお客さんなのかもしれない。
しかしそんなもので人間性を評価していいものか。
(ホントにいいのかよコイツら…)
らんまの懸念をよそに、こうして佐倉杏子の風林館暮らしがはじまった。
122 :らんまマギカ7話1 ◆awWwWwwWGE 2011/10/24(月) 22:08:51.52 ID:uw73suYD0
巴マミは、肩に黒い小豚を乗せて魔女を探していた。
今日は鹿目まどかと美樹さやかは来ない。友人のお見舞いに行くという。
一般的な社会生活と魔法少女としての魔女退治とを両方成り立たせるのは難しい。
(せめて、協力できる魔法少女が他に居たら良いのに。)
マミはつくづくそう思った。
『たまにはサボってもいいんじゃねえのか?』
マミの心の声がテレパシーとして漏れていたのか、肩に乗せた良牙が反応した。
『ダメよ。そのほんの一日サボったおかげで死んでしまう人が居るかもしれないのよ?』
マミは小さく顔を横にふる。マミの魔法少女としての縄張りは小さくない。
一般人が巻き込まれることを防ぐためには魔女退治をサボることなど出来なかった。
(それにしても、精力的なもんだ。)
良牙は感心しつつもなかば呆れていた。
マミは近所の大人たちともそつなくやりとりできるし、学校の成績も悪くない。
クラスメートとも問題なくつきあえている。
それなのに、誰も彼女が何をしているか知らず、親友の一人も居ないのだ。
決して、パンスト太郎のように性格に難があるわけではない。
他人を巻き込まないために距離を保っているのだ。
そこまでして、名も知らない他人を守るために日々自分の時間を削り、命を危険にさらして戦っている。
良牙にはとうてい真似できそうにもなかった。
薄暗い夜の公園にさしかかったとき、良牙は急に背後に気配を感じた。
『気をつけろ。』
良牙はマミに注意をうながす。
マミが振り返るとそこには、以前の魔女退治の際に見かけた黒髪の魔法少女が立っていた。
「分かってるの? 貴女は無関係な一般人を危険に巻き込んでいる。」
あいさつもなしに、黒髪の魔法少女こと、暁美ほむらは話しはじめる。
「分からないわね。それがキュゥべえを襲った理由?」
マミは、あえて自分が見ていないことを言った。
良牙やキュゥべえの証言を信用していないわけではない。どちらかといえば相手の反応を見たかった。
案の定、ほむらはハッとした。マミに知られるはずが無いと思っていたのだろう。
「まさか、その小豚…!?」
ほむらは何か言おうとするが、マミはそれをさえぎって自分のせりふを続けた。
「キュゥべえが死んで魔法少女が居なくなれば巻き込まれる一般人はもっと増えるわ。
あなたの守りたい一般人って何なのかしら?」
彼女は一般人を巻き込んでいると言って自分を非難したが、本人が一般人の安全のために戦っているようには見えない。
日々街の平和のために魔女退治にいそしんでいるマミにとって、ほむらの言葉はうそ臭くしか聞こえなかった。
しかし、マミの糾弾はほむらには響かなかったらしい。
ほむらは気を取り直した様子で落ち着いて答えた。
「アイツは…キュゥべえは一匹や二匹殺したってなんとも無いわ。
それよりも、鹿目まどかを魔法少女にされたら困るのよ。」
「どういうこと?」
鹿目まどかを魔法少女にしたくないという意味は、マミにも分かった。
まだ本人にも言っていないが鹿目まどかは魔法少女としてとんでもない素質を持っている。
123 :らんまマギカ7話2 ◆awWwWwwWGE 2011/10/24(月) 22:10:10.37 ID:uw73suYD0
もし、鹿目まどかが魔法少女となって、グリーフシードの取り合いにでもなれば勝ち目が無い。
嫌がるのも道理だ。しかし―
「キュゥべえが何匹もいるとでもいうの?」
「あら、そんなことも聞かされずにアイツの片棒を担いでいたのね。」
さも当たり前のように、ほむらは言ってのけた。
「疑わしいなら本人に聞いてみることね。あなた自身がよく知りもしないのに、
他人を魔法少女にしようなんて迷惑だわ。」
それだけ言うと、ほむらはきびすを返して消えていった。
『どうにもうさんくせえな。』
良牙がつぶやく。
『誰のこと?』
マミが質問する。
言わんとしていることは分かっている。それでも、あまり聞きたくなかった。
『両方だ。あの魔法少女もキュゥべえも。』
『…ええ。』
良牙にも言われて、マミはようやくキュゥべえの存在を疑わなければならないと自覚した。
長い付き合いであるにもかかわらず、確かにマミにはキュゥべえに関する情報が足りていなかった。
客観的に見れば、キュゥべえは十分に疑わしい存在だ。
それでも、マミの主観はキュゥべえを疑いたくは無かった。
彼は…キュゥべえは家族をすべて失って心細い自分を支えてくれた存在なのだ。
もしキュゥべえに何らかの悪意があるとしたら、自分はその事実に耐えられるだろうか?
*************************
「…良牙さんにキュゥべえも居るしさ、二匹もマスコットがいるなんてマミさんずるいよ!」
いつものように、鹿目まどかと美樹さやかは学校の帰りに病院に寄り、そこから家路へとついた。
キュゥべえを肩に乗せたまどかはいつになく強く熱弁している。
「いや、ボクはマミの専属というわけじゃないよ。」
まどかとは対照的に、キュゥべえはいつもの通り冷静だった。
「でもさ、良牙さんは専属だよね? やっぱりうらやましいよ。」
「で、猫を家に連れ込んで怒られちゃったってわけ?」
さやかは肩をすくめて『あきれた』のジェスチャーをした。
「ティヒヒ、エイミーっていうの。お部屋の中はダメだけど、お庭なら飼っても良いって。」
あきれられているのも気にせず、まどかは猫を飼う許可を得たのを思い出して笑った。
『ティヒヒ』というのはまどかの癖になっているいつもの笑い方だ。
付き合いが長いせいだろうか、それともまどかの癖が面白いからか、さやかはついつられて笑ってしまう。
「ははっ、そりゃ良かったじゃん。でもさぁ、まさかそのエイミーちゃんに熱湯かけたりしてないよね?」
さやかは軽く冗談を飛ばしてみた。
しかし、その『冗談』を聞いたまどかは急に歩みをとめて、表情が固まった。
「…さやかちゃん、どうして知ってるの?」
「マジでするなよ!?」
考えるよりも早く、光速でさやかはつっこんだ。
「だって、だって! 黒い小豚ちゃんが変身できるなら黒猫だって変身できるはずだよ!」
124 :らんまマギカ7話3 ◆awWwWwwWGE 2011/10/24(月) 22:11:04.10 ID:uw73suYD0
「いや、その理屈はおかしい。ってか良牙さんは人間だから。」
「まどか、念のために言っておくけど、ボクには熱湯をかけないで欲しい。」
さやかのみならずキュゥべえにもつっこまれ、まどかは軽くしょげかえった。
そうしてバツが悪くてよそ見をしたとき、まどかは異変に気が付いた。
「あそこ…何か…」
まどかの指差したところには、黒いトゲの生えた球体が突き刺さっている。
「グリーフシードだ! 孵化しかかっている!」
キュゥべえが叫ぶ。
「うそ…何でこんなところに」
「早く逃げよう! 結界が閉じればキミ達は逃げられなくなる。」
まどかだけならともかく、キュゥべえも焦っているということは本当に危ない事態なのだろう。
それでも―いや、だからこそ、さやかは捨てておけなかった。
「あたしはこいつを見張ってる。放っておけないよ。こんな場所で魔女になられたら…」
****************
「―それで、美樹さんとキュゥべえがグリーフシードのそばに居るのね?」
「はい、キュゥべえの言うにはすぐにでも孵化しそうって…」
まどかの報告を受けたマミは病院へ急ぐ。
小走りの肩の上には乗りにくいのか、黒い小豚も地面を走って付いてきた。
(まったく、美樹さんも無茶をするわね。)
マミは思った。
たしかにキュゥべえと一緒に居れば、マミはテレパシーで案内してもらって助けに行けるし、
さやか自身もその場で魔法少女になって戦えるという保険がついてくる。
なかなかの妙手と言えなくもない。
(でも、そんな風にその場の勢いで契約しちゃったら…私と同じじゃない!)
こんな形で美樹さやかを契約させてはならない。キュゥべえへの不信が、その思いを強くさせる。
しかし、まどかの案内が必要である以上、魔法少女の能力で速く走るわけにも行かない。
「あっ!」
急に、マミは足を止めた。
(この手があった!)
マミは魔法でティーポットを取り出し、やおら黒い小豚にお湯をかけた。
すると、たくましい男の肉体のシルエットが浮かび上がる。それと同時に魔法で服を着せる。
もともと魔法のバリエーションは広いという自信のあるマミだが、服を着せるのは自分の変身と
大して要領がかわらないのですぐに出来るようになった。
「…なんだ急に、こんなところで?」
湯煙の中から現れた良牙はなぜマミが自分を人間に戻したのか理解していない。
いや、良牙だけでなくまどかも首をかしげていた。
「良牙さん、鹿目さんをおぶって走れるかしら?」
それを聞いて、良牙はポンっと手を打った。
「なるほど。わかったぜ。」
そう言うとまどかが身構えるよりも早く、その両腕でまどかの足と背中を抱きかかえた。
「え、きゃぁ!…こ、こんなのって!」
驚く以上に、まどかは恥ずかしがって頬を染めた。
125 :らんまマギカ7話4 ◆awWwWwwWGE 2011/10/24(月) 22:12:45.61 ID:uw73suYD0
なぜならその体勢は、俗に言う『お姫様だっこ』だったからだ。
一方の良牙はまどかが子どもっぽく見えるせいか、照れる様子はまったくない。
「鹿目さん、ごめんなさい。でも一刻をあらそう事態だから。」
「ウダウダやってる暇はねえんだろ? いくぞ!」
マミと良牙は心置きなく、常人離れしたスピードで走り出した。
あっという間に、病院に着いた。
「ここね…」
マミは息も切らさず病院の壁を見つめる。
そこには黒い亀裂が走っているが、すでにグリーフシードの姿は消えている。
そして、さやかとキュゥべえもいない。
「あいつらの姿がないな…もう結界にのまれてやがるのか?」
まどかを抱きかかえたまま良牙は言った。
まどかを『お姫様だっこ』しながらかなりのスピードで走ったというのに、良牙は疲れた様子など全くなく、鼓動も変わらない。
むしろ良牙よりも、まどかの心臓のほうがはるかにドキドキと激しく脈打っていた。
「あの…そろそろ降りても?」
「ん? ああ、すまない。」
そっけない態度で地面に降ろしてもらってからも、まだまどかは頬を赤らめている。
そうしている間にも、マミは指輪状にしているソウルジェムを使って、魔女の結界への入り口を作った。
「二人とも、行くわよ!」
まだ魔女が孵化したばかりだからか、使い魔の数は少ない。
その上、ベテラン魔法少女のマミと、並みの魔法少女よりは強いであろう武闘家の良牙がいるので
使い魔は出るなりすぐに倒されていく。
一般人のまどかから見れば、気付く間もなく使い魔たちが倒されていた。
(すごい…)
こんな風になりたい。まどかは心からそう思う。
力そのものに憧れているわけではない。
彼らは人を守ることができる。
それに対してまどかはどうだろうか?
両親に守られ、学校でも美樹さやかに守られ、今はこうして巴マミと響良牙に守られている。
守られてばかりだ。
きっと、まどかが守る側に回っても昨日飼いはじめたあの黒猫すら守り切れないだろう。
仕方がない。まどかの力では自分自身を守ることすらままならないのだから。
(でも…それでいいの?)
このままみんなに守ってもらって、将来は自分のことを守ってくれる素敵な旦那さんを見つけて、
歳をとったら介護師の人や自分の子供に守ってもらって、ずっとそんな調子で…
(そんなの嫌!)
ずっと人から守られてるだけでは愛玩動物と何ら変わりない。
そんな人生で収まることを望まない、熱いものがまどかの内には確かにあった。
ただ、平素の彼女はあまりにも理想的なまでに飼いならされた状態であるがゆえに、
親も周囲の人間もまどかの内にあるものに気付かず、それを解き放つきっかけを与えてやることも出来なかった。
しかし、その『きっかけ』が、とてつもない大きな『きっかけ』が向こうからやってきたのだ。
(魔法少女に…私、なりたい!)
126 :らんまマギカ7話5 ◆awWwWwwWGE 2011/10/24(月) 22:14:07.50 ID:uw73suYD0
気が付けば、まどかは言葉に出していた。
「マミさん、私、マミさんのような魔法少女になりたいです!」
「え? でも、願い事は?」
「私、マミさんが誰かを助けるために戦っているのを見せてもらって、
同じことが私にもできるかもしれないって言われて、何よりもそれが嬉しかったんです。」
話し込みはじめたまどかとマミを邪魔しないように、良牙は使い魔退治に徹する。
もともと魔法少女たちの事情は良牙にとって知ったことではないし、口出しするいわれもない。
「大変だよ。怪我もするし、恋したり遊んだりしてる暇もなくなっちゃうよ。
私だって、無理してカッコつけてるだけで、本当は怖くて辛くて一人で泣いてばっかり…」
「でも、それでもがんばってるマミさんに、私、憧れてるんです!
だから、マミさんと一緒に戦います。」
凛として、まどかは言った。これは夢じゃないか、マミは思う。
ずっと、一人で戦い続けてきた。
魔女に対抗する力のない人をこの世界に巻き込むわけにはいかない。
助けた人から感謝されたことも、逆に恐れられたこともあったがいつでもこちらの対応は同じだった。
『ここで見たことは全部忘れてください』
この言葉を何回言っただろうか。
本当は、怖かったり辛かったりすることも、自分の手で人を守れたときの喜びも、ずっと誰かと共有したかったのに。
支えてくれる家族はとうに無く、クラスメイトにも本当のことは話せない。
魔法少女になったその時から孤独を運命付けられている…そう、思っていた。
しかしここ最近はどういうことだろう。
良牙さんに鹿目さんに、もしかしたら美樹さんも仲間になってくれるのかもしれない。
うれしい。
今まで何度も、もうダメだと思ったことが、魔女と戦い続ける日々にくじけそうになったことがあった。
でも今は違う、共に戦ってくれる仲間が居るなら、くじける理由なんてない。いくらでも戦える。
「ありがとう…でも、願いごとは何か考えておきなさい。」
自分でも目がうるんでいるのがわかる。涙は隠しているつもりだが、これではあまり意味が無いだろう。
「ごめんなさい、良牙さん、話し込んじゃって。」
そう言ってマミは戦闘に戻る。
その動きはいつもより軽快で、果敢だった。
(なんか…軽いな。)
良牙はよくない意味でそう思った。
見た目にはたしかになめらかで、美しいほどの戦いぶりだが、どこか心ここにあらずといった感じがする。
今回の使い魔たちはそうそう強くないのでマミならそれでも十分に勝てるだろう。
(まあいいか)
小さな懸念をそのままに、良牙は先へ進んだ。
**************
「おまたせ!」
マミは目ざとく美樹さやかとキュゥべえを見つけて合流する。
「はぁ、間にあったぁ…」
さやかは安心のため息をもらした。
「魔女の孵化までには少し時間がある…とは言えうかつに近づくのは危険だ。」
127 :らんまマギカ7話6 ◆awWwWwwWGE 2011/10/24(月) 22:17:51.36 ID:uw73suYD0
再開を喜ぶひまもなく、キュゥべえが状況をのべる。
「グリーフシードのうちに処理できるかしら?」
「魔女になってから倒すよりもそっちの方が安全だろうね。」
たったそれだけの、簡素な会話をかわすと、マミはグリーフシードのもとへと向かった。
真っ黒く濁りきったグリーフシードはわずかに脈打っているように見えた。
マミは、素手では触らずにリボンを召喚してそれでつかむ。
『キュゥべえ、このままグリーフシードを処理するのは無理かしら?』
『すまない、孵化直前のグリーフシードはボクの手に余る。
ある程度ダメージを与えてから渡してくれないかい?』
テレパシーで処理方法を確認すると、マミは大砲を召喚し、グリーフシードに向けて砲撃を放った。
グリーフシードを閃光が包む。
砲撃を受けた後のグリーフシードは黒から灰色へと色を変えていた。
『あとはボクが処理しよう。』
グリーフシードの状態を確認したキュゥべえはマミの居る方へ近づこうとする。
しかし―
『待って、キュゥべえ! グリーフシードがすごい勢いで濁ってる!』
マミの言うように、グリーフシードはみるみるうちに黒く変色していった。
『…そうか! 病院というこの場所が魔女のエネルギー源である負の感情を溜め込んでいるんだ!
まずいよ、すぐにでも魔女が孵化する!』
キュゥべえがそう言い終わるのも待たず、グリーフシードは完全に濁り切って、植物の芽が出るように
小さな桃色の魔女の姿が現れた。
「せっかくご登場のところ悪いけど、すぐに終わらせてもらうわ!」
マミは、長銃を大量に召喚し、片っ端から撃っては捨てる。
銃弾はことごとく魔女に命中する。
「すごい!」
圧倒的に押しまくっているマミに、まどかとさやかはいつものようにマミの勝利がそこにあることを確信した。
そんな中、良牙だけは険しい表情をしていた。
「なんだありゃあ? 効いているのか?」
「え?」
魔女は身じろぎもせず、苦痛に顔をゆがませることも無い。
もともと戦闘行為などとは無縁な上に、今までマミの一方的な勝利だけを見てきたまどかやさやかには
それもマミが強いために魔女が抵抗もできないだけにしか見えなかった。
だが、良牙には敵がはじめから避けるつもりも反撃するつもりもないようにしか見えない。
マミも十分に戦いなれている。冷静な状態ならば何かがおかしいと気付いただろう。
しかし、舞い上がっていた彼女の目には圧勝している自分の姿しか映っていなかった。
リボンでがんじがらめに縛った魔女に、トドメを刺そうとマミは特大の大砲を召喚する。
魔女は身動きひとつとれない。まどかもさやかも、マミ自身も、勝利を確信した。
―その時だった。
魔女の口の中からどす黒い塊が吐き出され、一瞬にしてそれが野太い大蛇のようにマミの眼前にまで迫った。
「―え?」
何が起こったのか分からず、マミは完全に動きを止める。
蛇に睨まれたカエル、その言葉が文字通りぴったり当てはまる状態だ。
大蛇はおもむろに口を広げ、獲物の頭にかじりつこうとした。
128 :らんまマギカ7話7 ◆awWwWwwWGE 2011/10/24(月) 22:18:58.37 ID:uw73suYD0
「獅子咆哮弾!」
せつな、怒号が響く。
マミを食いちぎろうとしていたどす黒い大蛇は間一髪、横殴りに飛んできた光の弾に弾き飛ばされた。
「バカやろう、戦ってる最中にボサッとすんじゃねえ!」
良牙はまどか達のいる場所から駆け下りて、魔女と対峙した。
「…え、あ、良牙さん?」
マミはまだ平常心をとりもどしていない。
そうしている間にも、黒い恵方巻きのような怪物は、傷ついた外皮を脱ぎ捨てて良牙に襲い掛かってきた。
良牙は敵を十分に引きつけると、食べられそうになる直前に落下型の獅子咆哮弾を放った。
獅子咆哮弾は重さで攻撃する技であるが故に、横に飛ばすよりも落下型の方が強力だ。
だが、落下型獅子咆哮弾を食らってもなお、この黒い魔女は脱皮を繰り返して襲いかかってくる。
「くそ、ダメだ。やっぱり獅子咆哮弾じゃラチがあかねえ。マミちゃん、早く攻撃を!」
魔女の攻撃をかわしながら、良牙が叫ぶ。
「え、ええ。ティロ・フィナーレ!」
ようやく気を取り直したマミが、さっきから溜めていた渾身の魔力を砲撃にして叩き込んだ。
轟音がうなり、どす黒い塊は炎に包まれる。
その様子を見て、ようやく良牙もマミも、そしてまどかやさやかも勝利を確信した。
「まったく、浮かれながら戦うからだ。」
汗をぬぐいながら良牙がこぼした。
「ごめんなさい…、私…」
言われるまでも無い。とっくに自分で気付いていた。
仲間が増えていくことに浮かれ切っていて、いつもの用心深さがまったく消えうせていた。
なまじ経験豊富で多少気が散っていても戦えるだけに、自分を戒めることが出来ず大きなミスをしてしまったのだ。
「マミさぁーん!」
さやかとまどか、そしてキュゥべえが二人に駆け寄ってくる。
「良牙さん、かっこいい!」
「ピンチに颯爽と登場! まるでヒーローじゃん!」
一般人二人はくちぐちに良牙を褒めはじめた。あまり褒められなれていない良牙はついつい顔を緩めてしまった。
「ま、まあな。はは、やっぱそーだよな?」
「取ったぁ!」
と、その瞬間、さやかがぺろ キャンディーの柄のようなステッキで良牙の頭を叩いた。
「…なにしやがる?」
「あ、ホントだぁ。浮かれたらさやかちゃんでも一本取れちゃうぐらい隙だらけなんだ。」
抗議する良牙に対し、まどかは感心したようにつぶやいた。
「ふっ、違うよまどかくん。あたしはすでに一流武闘家並みの技量を身に付けたのだよ。」
わざとらしく自慢するさやか。
どうやら良牙自身の注意した浮かれながら戦ったらどうなるかというのを実践したつもりらしい。
「おまえらなぁ…」
良牙は内心、まるで乱馬のような手を使いやがってとぼやいた。
そう、良牙こそが簡単に浮かれたり落ち込んだりして戦いに影響してしまうタイプだったのだ。
「おかしいわ。」
129 :らんまマギカ7話8 ◆awWwWwwWGE 2011/10/24(月) 22:20:35.15 ID:uw73suYD0
「ああ、まだ終わっていないよ。」
平和なやり取りをしている中、マミとキュゥべえが言った。
「まだ、結界が解けてないもの!」
その言葉に、良牙もはっとした。
「あぶない、下がってろ!」
言っている間にも、黒い大蛇はまたもや脱皮をして襲いかかってくる。
「獅子咆哮弾!」
「ティロ・フィナーレ!」
今度はほぼ同時に、マミと良牙の攻撃が打ち込まれる。
それでもなお、漆黒の魔女は脱皮をしてその内側から襲いかかってくる。
「ええい、しつこい!」
「なんなの、この魔女!」
マミも良牙も、もはややけになって魔女を攻撃する。
しかし、何度やっても同じだった。またもや魔女は脱皮を繰り返す。
そして今度は、脱皮の勢いをそのままに、魔女はまどかに向かって突進した。
「ちっ、一番弱そうなのを狙ってきやがったか!」
良牙の気も切れてきて、獅子咆哮弾で叩き飛ばすことができない。
やむなく走って魔女を追いかける。
マミは魔力を溜めて砲撃の準備をしているが、間に合うかどうか分からない。
「え…あ…」
まさか自分が狙われるとは思っていなかったまどかは、恐怖に身がすくんで動けない。
「まどかぁ!」
さやかがまどかをかばって前に出る。
ターンッ
その時、乾いた音が鳴り響いた。
それと同時に漆黒の大蛇は身をうねらせて倒れこんだ。
マミの銃ではあんな音はしない。
「その男は…一体何者なの?」
上のほうから声がする。
一行が声のしたところを見上げると、巨大な釘の上に拳銃を片手に持った黒い魔法少女の姿があった。
そのすぐ横には魔女の使い魔とおぼしきものが頭部を撃ち抜かれて倒れている。
「あなたは!?」
「…ほむらちゃん?」
そう、そこに居たのは鹿目まどかと美樹さやかの同級生にして、魔法少女の暁美ほむらだった。
137 :8話1 ◆awWwWwwWGE 2011/10/31(月) 01:03:59.62 ID:pQvE8nTy0
「もう一度聞くわ。その男は何者なの?」
暁美ほむらは鋭い目つきで響良牙を一瞥し、また巴マミをにらみつける。
暁美ほむらの前に置かれたケーキと紅茶は全く減っていない。
巴マミは落胆していた。
形はどうあれ、暁美ほむらは鹿目まどかを守った。
鹿目まどかが魔法少女になるのを嫌がっているのなら、見殺しにしていてもおかしくない。
それでもまどかを守ったということで、最低限の信頼はできる人間だと判断し自宅に招いたのだ。
しかし、話は全く通じなかった。
助けてくれたことに礼を言っても微笑みもせず、ケーキとお茶を差し出しても食べようともしない。
どこから来たのか、なぜあの魔女の弱点を知っていたのか、何を目的に付け回してくるのか…
そう言ったこちらの質問には一切答えない。
本来社交的なマミにとっては理解しがたい相手だった。
素直な性格の美樹さやかにいたっては露骨に不快感を表情に出している。
「俺は武闘家だ。ワケあって、マミちゃんに世話になっている。」
良牙は簡潔に答えた。普段より声のトーンが一段低い。
彼もまたほむらに対する警戒心を解いてはいないようだ。
「武闘家? 魔法を使っていないというの?」
さすがにこれにはほむらも驚いた様子だった。
「ボクも驚いたけどね。確かに彼に魔力は全く感じられない。」
キュゥべえが代わって答える。
(キュゥべえが居なければ少しは事情を話してくれるのかしら?)
マミはふとそんなことを思った。ほむらがキュゥべえを敵視しているのは間違いないようだ。
キュゥべえに手の内を知られたくないがゆえに黙秘を続けているのならば、
秘密厳守を約束した上で時と場所を選べばちゃんと話してくれるのかもしれない。
もっとも、そうするにも相互の信頼がそれなりに必要だ。最低限でも、今後共存する必要がある。
「こちらからの質問、いいかしら?」
マミは言った。
「答えられることならね。」
ほむらは相変らずの対応だ。
「わたしとしては、あなたを縄張りから追い出したりするつもりは無いけれど、あなたはどういうつもりかしら?
今後、共存するために必要なものは?」
追い出したりしない…というのはマミにとっては決して軽々と決断できることではない。
縄張りの主として、よそのものの魔法少女を受け入れるということは、彼女の今までとこれからのトラブルをすべて
背負うことを意味する。
その上、まどかやさやかが魔法少女になればグリーフシードの配分なども差配しなければならなくなる。
そういった苦労がある以上、信頼できる相手で無い限り自分の縄張りには受け入れないのが普通だ。
それが魔法少女たちの常識である。
半信半疑の暁美ほむらを受け入れるというのはマミにとっては一種の賭けだった。
(彼女はキュゥべえに関して何か知っている。)
それがマミが賭けに出た理由のひとつ、そして、もうひとつは―
「『ワルプルギスの夜』を倒すことに協力すること。」
ほむらが言った。
マミは目を丸くした。ちょうど、自分の考えていたことをこのよそものの魔法少女が口にしたのだ。
138 :8話1 ◆awWwWwwWGE 2011/10/31(月) 01:05:17.53 ID:pQvE8nTy0
マミが魔法少女の仲間を欲しがっている理由は単に寂しがり屋というだけではない。
最大の理由は『ワルプルギスの夜』に対抗する戦力を集める必要性だ。
そのために、あえてほむらを縄張りに受け入れようとしているのだから
それがほむらの要求でもあるというのなら願ったり叶ったりの状況ではある。
しかし、それ以上に疑問が頭をよぎる。
「なんで、あなたがそれを知っているの!?」
『ワルプルギスの夜』という魔女が来るのはマミが独自に、これまでの出現のパターンや時期を調べて予測したものだ。
他の魔法少女はもちろん、キュゥべえにだってまだ言っていないのに、どうしてほむらがそれを知ることが出来たのか。
しかし、ほむらはマミのその疑問には答えようとせずに言葉を続けた。
「それと、鹿目まどかを魔法少女にしないこと。」
これもまた、マミにとっては信じがたい言葉だった。
マミを縄張りの主として共存する以上、ほむらの方からことを荒立てない限り喧嘩になることなどないのだ。
いくらまどかの魔法少女としての素質が高くてもグリーフシードの奪い合いでもしない限り害が無いはず。
それなのに、なぜ意地でもまどかを魔法少女にしたくないのか。
そんなにまどかを魔法少女にしたくないのなら見殺しにすればよかったのに、なぜ助けたのか。
「この二つさえ果たしてくれるなら、私は見滝原から出て行っても、必要ならば協力するのも構わない。」
ほむらは唖然とするマミを無視してそれだけ言うと、席を立った。
「私の話すべきことはそれだけよ。邪魔したわね。」
早くも去ろうとするほむらを、マミは呼び止めた。
「待って! あなたは何のために戦っているの?」
ほむらはちらりと振り返ったが、何も言わずそのまま巴宅から出て行った。
「分からない…」
マミはつぶやく。
「もとから仲良くするつもりなんてねーだろ、あいつは。」
良牙が言った。
言わんとすることはマミにも分かる。
暁美ほむらが魔女を倒したタイミングがあまりにも良すぎる。
まどかが魔女に襲われるまで、マミや良牙のピンチを無視して戦いを眺めていたとしか思えない。
そうだとすれば彼女にとってマミや良牙は死んでも良いと考えていたことになる。
一人でやっていく自信のある魔法少女ならそう考えても不思議は無い。
しかし、ますます不思議になることがある。
なぜ、まどかだけを守ったのか?
(もしかして、鹿目さんを魔法少女にしたくないのもキュゥべえを襲ったのも、純粋に鹿目さんを守りたいから?)
ふと、そんな推測がマミの脳裏を巡った。
だが、その推測には致命的な欠陥がある。
暁美ほむらが鹿目まどかだけを守ろうとする動機が無いのだ。
当のまどかも、あまりほむらに対して好意を持っているようには見えない。
むしろ、自分が魔法少女になることを妨げようとするほむらの発言に愕然としている。
とてもほむらがまどかの意を汲んでいるようには思えなかった。
「鹿目さん、あの子の言うことは気にしなくて良いわ。
魔法少女になるかならないか、どんなお願い事をするか、それは自分の判断で考えなさい。」
そう言ったのものの、まどかは簡単に契約できなくなったとマミは思った。
139 :8話3 ◆awWwWwwWGE 2011/10/31(月) 01:06:16.51 ID:pQvE8nTy0
「…はい。」
まどかは弱々しく返事をする。
今、まどかが魔法少女になれば、ほむらはマミに対して何らかの行動を起こすだろう。
まどかが契約すれば、結果としてマミに迷惑がかかる。まどかはそれを意識しないほど無神経ではない。
ほむらの言葉はすでに十分にけん制としての意味を発揮していた。
マミもまどかもそれ以上互いに何もいえなかった。
「ところで、マミさん―」
そんな膠着した空気をさやかが動かす。
「『ワルプルギスの夜』って何ですか?」
「それはね、大型の魔女で―」
マミは気を取り直して説明を始めた。
******************
授業中の教室、廊下ですれ違ったとき、休み時間、鹿目まどかは視界に入るたびに暁美ほむらをみつめていた。
決して友情でも憧れでもない。
(なんで、ほむらちゃんは私のしたいことを邪魔するの?)
昨日からその疑問がまどかの頭から離れなかった。
(やっと、なりたいものが見つかったのに、どうしてなっちゃいけないの?)
まどかにとっては考えれば考えるほど理不尽だった。
まず、まどかが魔法少女になったところで、直接的にはほむらに迷惑をかけることはない。
まどかに魔法を教えたり、フォローをするのはマミの役目だ。
マミには足手まといになって迷惑をかけるかもしれないが、ほむらに口出しされる筋合いのあることではない。
それに、ほむら自身が魔法少女なのだ。
自分は魔法少女になってもよくて、まどかはダメというのはどういう理屈なのか。
納得のいく説明など全くない。
結局は、グリーフシードを独占したいがために邪魔をしているとしか思えなかった。
形としては、ほむらは命の恩人なのかもしれない。
昨日まどかが魔女に狙われた時、ほむらがその魔女にとどめをさしたのだから。
しかし、まどかはマミや良牙を信頼している。
きっと、ほむらが来なくても間に合っただろう。根拠は特にないがまどかはそう思っていた。
だからこそ、まどかはマミへの要求という形で魔法少女になることを邪魔したほむらを憎んだ。
恩を売ってそれをかさに着ての要求というのは、気持ちの良いものではない。
誠心誠意をもって、どうして魔法少女になってはいけないのか説明ができないから政治的な手段を
使ってくるというやり方に好感を持つ方が無理がある。
(そんなことよりも―)
まどかは魔女に襲われた瞬間を思い出す。
『一番弱そうなのを狙ってきやがったか!』
響良牙はそう言っていた。
客観的に見てまどかは『一番弱そうなの』になってしまうのだ。
確かにそうだろう。実際に、まどかは怖くて動けなかったのだから。
それに比べて、魔女などという怪物を相手にすれば同じ一般人でしかないはずのさやかは
勇敢にもまどかをかばって前に出た。
自身は動くことすらできなかったのに。
140 :8話4 ◆awWwWwwWGE 2011/10/31(月) 01:07:50.18 ID:pQvE8nTy0
まどかは自分がいかに弱い存在かを痛感させられていた。
(…このままじゃ、私、何の役にも立たない。)
無力感を味わうほどに、まどかの中で魔法少女への憧れは強くなる。
(こんな私でも、魔法少女になれば人を助けたり守ることが出来るのに!)
しかし、魔法少女になることはできない。今まどかが魔法少女になればマミに危害が及ぶかもしれない。
たとえるなら、大空を駆け巡る日を待ち望んでいた雛鳥が、
初めて空を飛ぶ日の来る直前に羽を切られるようなものだろうか。
他人からはそうは見えないが、まどかも健全な中学生である。
人並みに、いやそれ以上に成長への欲求を持っていた。そしてその道筋が急に閉ざされてしまったのだ。
大きな落胆と、募る不満、そして取り残されていくことへの恐怖感。
その抑圧された思いは、暁美ほむらへの憎しみへと転化していた。
「まどかさん。」
不意に、背後で声がした。
「え、あっ、仁美ちゃん?」
急に頭の中の葛藤から引き戻されて、まどかは慌てた。
クラスメートで、親友の志筑仁美である。
「暁美さんと何かあったんですか? そんなに怖いお顔をされて…」
言われてまどかは初めて気が付いた。
今日はずっと、ほむらをにらみ続けていたことに。
「わたし…」
なんと言って良いのかも分からなかった。
人への憎しみで頭が一杯になって周りが見えなくなるなんて今までになかったことだ。
まどかは自分の中にそんな攻撃的な面があることにショックを受けていた。
「えーと、こないだ帰りにたまたま会ってね、その時になんか気になること言われたらしいよ。」
美樹さやかが割って入り、まどかの代わりに説明をする。
しかし言葉は曖昧で、隠し事があるということを隠せていなかった。
「大丈夫ですの?」
「うん、大丈夫、全然平気!」
まどかは目一杯、明るく元気に答えた。
そうはっきり言われては、何があったのか追求することも難しい。
気遣いをするのなら、これ以上この話題を続けないことだろう。
仁美は友だちの力になれないことを残念そうに席に戻った。
一方、事情を知っているさやかは困ったことになったと思った。
さやかとしても、あの転校生はあまり信用していないが、形の上では助けてもらったのは事実だし、
何より巴マミがさしあたっては共存するという方針をとっている、
ここで自分やまどかがことを荒立てるわけには行かない。
それなのに、まどかの暁美ほむらに対する視線は露骨過ぎる。
意外にも、ほむらはまどかににらまれて動揺しているようだった。
先生にあてられてから教科書を開いていたし、体育の幅跳びでは着地に失敗して膝をすりむいていた。
(まー、さすがに朝からずっとにらまれてたらそうなるか。)
どことなくほほえましくもあるが、あまりのん気に構えてもいられない。
そう思ったさやかは、ほむらに声をかけた。
141 :8話5 ◆awWwWwwWGE 2011/10/31(月) 01:09:19.42 ID:pQvE8nTy0
「なあ、転校生、ちょっと話したいことがあるから付いてきてくれる?」
****************
「いや、すまないね。まどかが変なことになってて。」
さやかは肩をすくめて「まいった」とジェスチャーして見せた。
「かまわないわ。人から憎まれることぐらい覚悟の上よ。」
ほむらは笑みをもらすこともなく答える。
あまり言語外の言葉というものが通じないのか、単純にノリが悪いのか。
どちらにしても、共感を得るより簡潔に伝えたいことを言ったほうが早そうだ。
さやかはそう判断した。
「あたしもさ、まどかが魔法少女になるのは反対なんだ。正直、あんたのことはまだよく分かんないけど
そこだけはあんたに賛成するし、協力してもかまわない。」
それは、さやかの本音だった。
巴マミすら、一歩間違ったら死んでいたかもしれないのだ。
とても戦闘に向いているようには見えないまどかは魔法少女になるべきではない。
どうしても叶えたい願いもないのならなおさらだ。
昨日の戦いを経て、さやかはそう考えるようになっていた。
「…そう。それなら鹿目まどかに魔法少女にならないように言ってくれたら助かるわね。」
ほむらは相変らず涼しい顔をして言ってのけた。
さやかとしては「もうちょっと愛想の良いこと言えないのかよ」と思うが、いちいちいらついても仕方がない。
そういう奴なのだ。ようやくそう割り切った。
「ああ。ついでに、あんまりあんたのことにらまないように言っとくよ。」
「それは―」
何か気になることがあったのか、ほむらは一瞬、言葉に詰まった。
「…どっちでもいいわ。」
そうして無関心をよそおう。しかしそれは、さやかには強がりのように感じられた。
「あと、あたしが魔法少女になるのはかまわないんだよね?」
「あまりお勧めはしないわ。それでも危険に身をさらしたいのなら好きにすれば良い。」
ほむらが魔法少女になられたら困るのは、あくまでまどかだけのようだった。
さやかとしては、こういう形でほむらと話をつけ、自分だけ魔法少女になれる状況を作ってしまうのは
抜け駆けをたくらんでいるようで心苦しい。
しかしそれでも、さやかには叶えたい願いがあったし、それはまどかのように魔法少女そのものに憧れるような
浮いた気持ちでもなかった。
(ごめん、まどか。でもあたしは魔法少女になるよ。)
さやかは心ひそかに決意を固めた。
*************************
生きた心地がしない。志筑仁美は思った。
彼女は世間がうらやむ上流階級の生まれであり、それ相応の英才教育を受けている。
しかし、それはまさに孤独との戦いだった。
無邪気にすごすべき子供のころから、いかに有能な人間か、家柄にふさわしい教養があるか、
そんな風にばかり大人たちから見られ、値踏みされて育つ。
子供同士でもそれは同じで、いかに自分のほうが有能で、正しい家柄かということを
直接的な言葉を使わずにまわりくどい態度でアピールしあう。
誰にも心を許せない、息をつく暇も与えられない。
142 :8話6 ◆awWwWwwWGE 2011/10/31(月) 01:10:47.56 ID:pQvE8nTy0
それが、仁美の見てきた上流階級の生活だった。
公立中学校への進学を許されたのは仁美にとって僥倖といえただろう。
ここで初めて、仁美は本当の意味で友だちといえる人間関係を構築できた。
鹿目まどかと美樹さやか、仁美にとってかけがえのない友人である。
彼女達は学力や礼儀作法といった面では仁美の知っている上流階級の子女達にはとうてい及ばないだろう。
しかし、彼らとは違って、心の底から信頼できた。
いつでも外見を飾り立てている人間とは違って、まどかとさやかはあくまで自然体なのだ。
だから仁美は思う。
どんなよく出来たお嬢様、お坊ちゃまよりも彼女達のほうがよほど素晴らしいと。
だが、仁美はその「よく出来たお嬢様」の部類に入る人間である。
ずっとまどかやさやかとベタベタしているわけにはいかない。
数多くの習い事をこなし、よく分からない偉い人たちの交流に参加し、高校は名門校にいかなければならない。
そのため学校の外でまどかやさやかと一緒にいられる時間は限られていた。
そうなれば、まどかとさやかが共有していて仁美は知らないことが増えてくる。
仁美は友人の輪の中にいながら孤立感を深めていくことになった。
特に、最近はまどかとさやかが二人して自分に対して何か隠し事をしているのが強く感じられる。
はじめから無いものがずっと手に入らない不満よりも、一度手に入れたものを失う恐怖の方が何倍も恐ろしい。
仁美は心ならずもまさに今それを体験していた。
このままでは仁美はいずれ、まどかとさやかの二人から取り残されていくだろう。
そして、自分の人生は無意味な見栄の世界に埋もれていくだろう。
それは仁美にとって絶望的な未来だった。
仁美とて、昔はたくさん習い事をして少しでも高みを目指すことにそれなりの意味を感じていた。
しかし、とある事件をきっかけにそれらが無意味としか思えなくなっていた。
仁美には小学校時代、友人…というほどの間柄でもないが、家同士の付き合いでよく会う知り合いがいた。
名を美国織莉子といった。
明朗であり、理知的であり、かと言って冷たさや必要以上の気取りを感じさせず人当たりも柔らかい。
何よりも、向上心・克己心にあふれ、決して弱音をはかない。
そんな彼女は生徒からも教員からも人気で、小学校でも中学に行っても生徒会長をつとめた。
誰もが前途洋洋たる彼女の行く末を想像しただろう。
だが、美国織莉子は突如、生徒会長を辞めさせられ、まともに学校に通うこともできなくなった。
彼女自体には何の落ち度もない。
国会議員であった父親が汚職の疑いをかけられ自殺したのだ。
汚職議員の娘という汚名をこうむった織莉子は、今までの途方もない努力がすべて水泡と帰した。
今では学校にも通えない引きこもり少女であり、途方にくれて夜な夜な徘徊しているという噂まである。
志筑家も、それまで美国家とはそれなりに深く交流してきたのに汚職が発覚するとすぐに縁を切った。
結局はじめから本心からの交流などなかったのだ。
美国織莉子の顛末は、上流階級の子女というものの存在意義を雄弁に物語っていると仁美は思う。
どんな努力をしたところで、自分という存在は家柄を飾るための装飾品に過ぎないのだ。
決して独立した一個の存在として扱われることはない。
そんなことのために貴重な青春の時間を、人生を無駄に使わなければならない。
この運命を呪わずにいられるだろうか?
143 :8話7 ◆awWwWwwWGE 2011/10/31(月) 01:11:54.16 ID:pQvE8nTy0
仁美は気が付けば、あらぬ方向へと足を運んでいた。
この先に何があるのだろうか?
『こっちに来なよ、きっと楽になれるよ!』
どこからともなく無邪気な声が聞こえ、仁美をいざなう。
(楽に? ああ、今より楽になれるのでしたら喜んでそちらに。)
なんとなく思考が鈍くなっているような気がしたがどうでもよかった。
楽になりたい、このどうしようもない状況から早く抜け出したい。
その道筋があるのなら、なにを戸惑うことがあるだろうか?
「仁美ちゃん…仁美ちゃんってばっ!」
いつの間にか、鹿目まどかが目の前にいる。
何をあせっているのだろう?
「今から、ここよりもずっと良いところへ行きますの。まどかさんもぜひご一緒に…」
そうだ、それがいい。仁美は思う。
苦しみのない世界へ、まどかさんと共に行けるのならばなんと素晴らしいことだろう。
違和感のある仁美の対応に、はじめはまどかも焦っていたが、急にすっと落ち着いた。
「…そうだね、私も思ってたんだ。このままずっと何の役にも立てずにここで生きていくよりももっと良い所があるって。」
まどかの言葉に、仁美は死んだ魚の目をしたまま微笑み、まどかの手をとった。
よく見ればまどかと自分の首筋に、いつの間にか同じマークが付いる。
美しいこのマークはきっと素晴らしい世界に旅立つために選ばれた者の証なだろう。
仁美はそう思い、まどかと二人で手を取り合いながら街中を進んでいった。
167 :らんまマギカ9話1 ◆awWwWwwWGE 2011/11/07(月) 23:29:47.59 ID:cJMCcfD00
黒い小豚を肩に乗せた巴マミは、とあるOLの後をつけていた。
別に何の変哲もない、どこにでもいそうなOLさんだが、ひとつだけ普通と違うところがあった。
それは、首筋にスタンプのような黒いマークがついていることだ。
『あれが、本当にそうなのか?』
肩に乗った小豚がテレパシーで語りかける。
『ええ、魔力を感じるもの。間違いないわ、魔女の口づけよ。』
マミたちの尾行に気付かず、OLはどこかうつろな表情で工業地区へと向かっていった。
途中、歳も格好もバラバラな人たちがOLに合流していく。
誰一人、何の言葉も交わさない。
死んだ目をした人々が、無言のまま合流していく様はどう見ても異常だった。
そして彼らはよく見れば全員、このOLと同じマークが首についている。
(まいったわね、こんなにたくさん…)
ざっとみたところ10人ほどいるようだ。
多くの人数を守りながら戦うのはかなり神経を使う。このままの人数で結界に飲み込まれでもしたら大変だ。
「ピーッ!!」
肩の上の小豚こと良牙が、ふいに叫んだ。
マミは何をあわてているのかと辺りをうかがい、絶句した。
なんと、この亡者のような集団に鹿目まどかも加わったのだ。
友だちだろうか、同じ見滝原中学の制服を着た女子と手をつないでいる。
彼女らの首筋には確かに魔女の口付けがあり、二人とも死んだ魚のような生気のない目をしていた。
(そんな…どうして!?)
次に魔女の犠牲になるのは自分の知り合いかもしれない…そんなことは今までずっと肝に銘じてきたつもりだが、
やはり現実になると動揺を隠し切れない。
(何が何でも助けないと!)
マミはこぶしを強く握り締めた。
そうしている間にも、うつろな目をした一行は小さな町工場へとたどり着く。
マミは、出来るだけ一行に紛れるように静かに工場の中へ付いて行った。
工場の広間では、工場長らしい男が一行を待ち受けていた。
「俺はダメなんだ…」
人数が揃うなり、男は暗い声で演説を始めた。
「小さな町工場ひとつ切り盛りできなかった。俺の居場所なんてどこにもねえんだ!」
彼の足元には、何かの液体が満たされたバケツと、その横に空の洗剤ケースが倒れていた。
そこに、別の洗剤を持ったOLが歩み寄る。
『まずいわっ!』
マミがそうテレパシーするやいなや、良牙は飛び出し、OLが手に持っていた洗剤を体当たりで弾き飛ばした。
一方マミもすばやく変身し、リボンを出現させ工場長をしばりあげる。
これでさしあたって集団自殺は防ぐことが出来た。
しかし、魔女の呪いはなかなか強固らしい。
集まった人々への洗脳は解けず、いっせいに怒りの眼差しがマミと黒い小豚に向けられた。
「ぴっー、ぴーっ!」
良牙は「どうする?」とでも言いたげに鳴き声をあげる。確かに厄介な状況だった。
168 :らんまマギカ9話2 ◆awWwWwwWGE 2011/11/07(月) 23:31:32.29 ID:cJMCcfD00
魔女の口づけで操られているとはいえ、一般人に怪我を負わせることは出来ない。
(止むを得ないわね。)
マミは何を思ったか、天井や床にマスケット銃を打ち込んだ。
「プリジオーネ・ディフェンシヴァ!」
掛け声と同時に、銃弾を打ち込まれたところからリボンが伸び、上下にまっすぐ伸びて刑務所のような檻を作った。
『意味は?』
足元にかけよった良牙がたずねる。
『守りの監獄…これで、彼らは魔女や使い魔に襲われることも、私たちに危害を加えることもないわ。』
名前はともかく便利な技だ、良牙はそう思った。
たしかに閉じ込めてしまえば自分と相手の身を同時に守れる。
しかし、マミにとっては苦渋の選択だった。
最近は使い魔ばかりを相手にしていたうえにこの間の久々の魔女もほむらが倒してしまった。
そういった事情でマミは今、グリーフシードが手に入らず魔力が不足がちだ。
それなのに十数人をいっぺんに閉じ込めるという大型魔法を使ってしまった。
今度の魔女は可能な限り省エネで倒さなければならないだろう。
『良牙さん、すいません、今回もお願いします。』
マミはティーポットを出して良牙にお湯をかける。
「宿代だ。気にすんな。」
湯気の中から現れた青年は力強くそう答えた。
一方、「食事」を邪魔された魔女が黙っているわけはない。
マミが探すまでも無く風景が変わり、魔女の結界に包まれた。
「なんだこれは、家電の店か?」
良牙がつぶやく。
さもあらん、この魔女の結界ではあたり一面、テレビモニターがうずたかくレンガのように積み重なっていた。
「来るわ!」
マミと良牙に向けてわらわらと人形が飛んでくる。
美術の授業で見たことがあるようなデッサン人形に羽を付けたような使い魔たちだ。
大きさもそれらしく、数十センチといったところだろう。
マミはすぐさまマスケット銃を撃ち放った。
一見無造作に撃っているように見えるがそのことごとくが的確に小柄な使い魔たちに命中した。
良牙もまた、番傘を振り回して片っ端から使い魔を破壊していく。
(よかった、それほど強くない。)
使い魔には大した破壊力は無さそうだ。
この分なら、魔女もうんと強いということは無いだろう。
まだ使い魔しか相手にしていないものの、マミは少し安心した。
「きゃあああああ!」
その時、まどかの悲鳴が聞こえた。
マミと良牙が声の方を振り返ると、まどかが一匹の使い魔に追われ逃げ回っていた。
(え? 鹿目さんは私の「プリジオーネ・ディフェンシヴァ」で閉じ込めていたのに…?)
マミは疑問ゆえにすぐさま動けなかった。が、その間にも良牙は動く。
「いま行く!」
169 :らんまマギカ9話3 ◆awWwWwwWGE 2011/11/07(月) 23:33:32.88 ID:cJMCcfD00
良牙はすぐさまジャンプして使い魔にむかい、そのままとび蹴りを食らわせた。
使い魔はバラバラに砕け散った。
「大丈夫か?」
良牙がまどかに聞くと、まどかはらしくない不気味な笑みを浮かべた。
「△※○、■×▽◎×。」
そして、意味の分からないことを言って良牙の腕に抱きつく。
「何をふざけ…っ!?」
そう言っている間にも、まどかの髪の毛がみるみる長くなり色も黒く変わっていった。
気が付けば服も黒一色に染まり、顔は前髪に隠れ、完全にまどかとは別人になっていた。
(しまった、こいつが魔女だ!)
魔女に捕まった良牙は全身に力が入らなくなり、ふにゃふにゃになっていった。
魔女空間のあたり一面にあるモニターには、良牙の記憶の中の映像が再生された。
池に落ちて小豚になったシーン、中華料理屋で茹で殺されそうになったシーン、
道に迷ったあげく雨に濡れて途方にくれるシーン…
使い魔と戦うマミの前にもその映像が映し出された。
(あれ、あの人…?)
映像を見ていれば、良牙の記憶だというのは大体察しがつく。
その中でマミが特に気になったのはよく映っている赤い髪のお下げの女性だった。
良牙とケンカをしているように見えるシーンが多いが、互いに嫌っているようには見えない。
むしろ、お互いに十分な信頼関係があるが故のじゃれあいのようにマミには見える。
(もしかして、良牙さんの…)
一度気になったらもう目が離せない。
人の記憶をのぞくことは悪いと思いつつも、マミは目をそむけることが出来なかった。
お下げの女性と良牙が仲良くしているシーンも多い。
しまいには、良牙がお下げの女性を押し倒しているシーンや裸で一緒に風呂場にいるシーンまでも現れた。
マミとて年頃の中学生である。過激なシーンに動揺した。
(そ、そうよね、良牙さんなら彼女がいたって当然よね。)
けっして惚れっぽい方ではない、マミは自分をそう認識している。
しかし、マミは確かに残念なような悔しいような思いを感じた。
良牙をペットのように飼っていたせいでいつの間にか自分のものだと思い込んでいたのだろうか。
魔女退治にあけくれて恋愛もまともにしていないわが身を恨んでか、それとも―
「×◎▼※!」
「しまっ…」
映像に目を取られている隙に、気付かずマミは使い魔に腕をとられていた。
モニターの映像は早くもマミの記憶に入れ替わる。
それは、数年前のあの日、交通事故でマミが家族を失ったときの映像だ。
続いて、かつて仲間になった魔法少女が去っていくシーンも映し出される。
(わたしは…また、一人に…いや! もう一人になりたくない!)
あらがおうとするも、体に全く力が入らない。
『死んじゃえば、もう一人にならなくて済むよ。』
何者かのテレパシーがマミの思考に入り込む。
170 :らんまマギカ9話4 ◆awWwWwwWGE 2011/11/07(月) 23:34:47.09 ID:cJMCcfD00
(わたし、死んだら…パパとママにも会えるのかな…)
懐かしい父と母の愛情に包まれていたころの映像を映し出され、マミの精神はいくばくか退行し、
自分自身の存在を否定しそうになる。
その時だった。
「マミさん、しっかり!」
力強い少女の声とともに、青い閃光が走り、次々と魔女の使い魔たちが砕かれていく。
あまりに速い動きにはっきりとは見えないが、そこにあったのは青い服を着た魔法少女の姿だった。
少女は、ツインテールの生えたモニターを魔女と見定めると、一直線に飛び掛り、そのまま剣で突き刺した。
魔女は何かしかけるヒマも無く、黒い血しぶきをあげて結界ごと崩れ去る。
「まったくもー、まどか達だけならともかくさ、マミさんと良牙さんまで危機一髪なんて心臓に悪いよ。」
軽口をたたきながら、青い魔法少女は話しかけてきた。
マミよりもやや高めの背丈、活発そうなショートカット、まっすぐな瞳。
「み、美樹さん!」
見間違えるはずもない、彼女はまぎれもなく美樹さやかその人だった。
***************
翌日、鹿目まどかは志筑仁美とともに病院へ検査に行っていた。
昨晩「夢遊病」であらぬところで発見されたせいだ。
本当は、夢遊病なんかではない。魔女の呪いに負けてしまったのだ。
それを知っているまどかは落ち込んでいた。
(わたしって、何にも出来ない上に魔法少女にも向いてないんだ。)
絶望的なまでの無力感がまどかを支配していた。
普段なら、まどかが契約できない状態のときに抜け駆けして魔法少女になったさやかを責めていたかもしれない。
しかし、今のまどかにはそれも仕方ないと思えた。
まどかは魔女についての知識を持っていながら、親友である仁美を守れなかった。
それどころか、自分が魔女の負の感情に支配されてしまったのだ。
知識があっても魔女に操られるような貧弱な精神しかないのならば、
魔法少女になったところで簡単に負けてしまうに違いない。
鹿目まどかは魔法少女に向いていない、暁美ほむらでなくともそう思って当然だろう。
自分が魔法少女に向いていないのが悪いのであって、さやかを恨むのは筋違いなのだ。
そう思うと、悔しさと自分へのいら立ちでもうどうにかなってしまいそうだった。
「まどかさん、夢遊病ぐらいでそんなに落ち込まずに。」
仁美がやわらかくまどかを諭す。本当に夢遊病ならこんなに落ち込まない。
そう思いつつも、仁美に真実を伝えることもできない。
まどかはただ、力なくうなずくだけだった。
『志筑仁美さん』
院内のアナウンスが仁美の名を呼ぶ。
「それでは、検査が終われば先に上條さんの病室に行っていますね。」
今日は一日病院でつぶれる。
そういうわけで、どうせなら検査の合間に上條君に会いに行こうという予定だった。
まどかや仁美が思いついたわけではない。
さやかがまどかと仁美に強引にお見舞い品を持たせて上條君に渡してくれとせがんだのだ。
上條君とは、まどかや仁美のクラスメートであり、さやかの幼馴染である。
171 :らんまマギカ9話5 ◆awWwWwwWGE 2011/11/07(月) 23:36:19.88 ID:cJMCcfD00
一ヶ月ほど前に交通事故に会いあちこち痛めたが、彼の回復経過は順調だった。
しかし、上條恭介は最近かなり落ち込んでいた。
彼の左手は完治の可能性が無く、得意なバイオリンが二度と弾けないと医者に言われたからだ。
そんな上條にお見舞い品を渡せというさやかの意図は、まどかには分かっている。
さやかはまどか達が互いに落ち込まないように励ましあえる状況をわざわざ作ってくれたのだ。
だが今のまどかにとってはその優しさが痛かった。
上條恭介はバイオリンなどやっていることもあり、そこそこの家の息子である。
さすがに志筑家と肩を並べるほどの名家ではない。
それでも仁美は彼を「同じ世界の人間」だとみなしていた。
「なんとか、またバイオリンを弾けるようになりそうなんだ。」
恭介は仁美に語った。
まどかはまだ検査中なので、個室の病室には恭介と仁美の二人しかいない。
「大変ですわね。大怪我をしたというのにまたすぐ習い事をしなければならないなんて。」
仁美はうなずいて答える。
彼女もまた、今日の検査が終われば習い事に行かなければならない。
安息など、仁美には許されないのだ。
だが、恭介から返ってきたのは意外な答えだった。
「大変なんかじゃないさ。もし二度とバイオリンを弾けなくなっていたらと思うと、そっちの方が怖いよ。」
「え?」
仁美は一瞬あっけに取られた。
「バイオリンは親御さまに勧められたものではないのですか?」
勧めるなんて甘いものじゃない。志筑家では習い事は完全に強制だった。
仁美の意思など関係ない、嫌でもやらなければならないのだ。
「はじめは親に勧められてイヤイヤやったさ。でも今は違う。」
恭介は少し照れくさそうにしながら言った。
「バイオリンを弾くことが僕の生きがいなんだ。だから、すぐにでもまたバイオリンを弾きたい。」
「…それが、周りの人たちにとっては家柄の自慢にしかならなくてもですか?」
仁美の口からつい本音がこぼれた。
家柄を飾るためだけに、高尚な趣味を持ち、高い能力を見せ付ける。
そんな上流階級の生活に仁美は絶望すら覚えているのだ。
それはともかく仁美の言葉は聞き様によっては恭介をあるいは上條家を侮辱したともとれる発言をしてしまった。。
仁美はハッとして口をつぐんだ。
しかし恭介はとくに気に留める様子も無い。
「かまわないさ。」
恭介は力強く語る。
「利用したければすればいい。都合が悪いのなら勘当でも見ないフリでもなんでもすればいい。
バイオリンを弾けるなら、僕は人からどう思われようが、どんな暮らしをしようが関係ない。」
少し興奮しているようには見えるが、その言葉には軽薄さやその逆の必要以上の気取りも無かった。
つい最近、左手が回復傾向になったという状況が彼の気を大きくしている面はあっただろう。
しかしそれを差し引いても上條恭介は真剣にそう思っているのだ。
それは、仁美にとっては衝撃的だった。
172 :らんまマギカ9話6 ◆awWwWwwWGE 2011/11/07(月) 23:37:20.61 ID:cJMCcfD00
仁美は与えられた習い事をただ与えられるがままにこなしているだけで、本心では
大した興味を持っていなかった。
それゆえに本当にしたいことができず、見つからなかったのだ。
だが、上條恭介は違う。
たとえ親から勧められて始めたものでも、やりたいと思ったことにとことんひたむきで、
生まれや立場を呪うことが無い。
その恭介のひたむきさに、仁美は自分の小ささを知った。
(私は…しがらみに捕らわれず自分のしたいことは何なのかを考えるべきなのかも知れません。)
仁美はそう思い、恭介の輝きに満ちたまなざしを見つめるのだった。
***************
「でやあ…スクワルタトーレ!」
美樹さやかは青い閃光と化して響良牙に斬りかかった。
良牙は番傘を広げて幾筋もの斬撃を防ぎきる。
やがて、動きが止まったところで、さやかは良牙に蹴り飛ばされた。
「いたた…生身でそんなに強いなんて…」
しりもちをついたさやかが言った。
「ちっ、驚いてるのはこっちだ。」
ついこの間までごく一般的な女子中学生に過ぎなかったさやかが、一日にして良牙を上回るスピードと、
それなりのパワーを身に付けてしまったのだ。
目の前で巴マミの戦いを見続けてきた良牙からしても、信じがたいことだった。
「もうちょっと肉体強化を強めにできなかったの?」
さやかは横にふりむいてたずねる。
その視線の先には、白い猫のような生物―キュゥべえがいた。
「出来なくもないけど、それだと魔力消費がバカにならないよ。
それに、魔法少女の身体強化はあくまで日常生活に不便が出ないレベルまでなんだ。」
相変らず、この奇妙な生物は理屈っぽい。
「へー、だったらこれ以上強化したらどうなるの?」
「例えば、握手したり抱きついたつもりが攻撃になったり、重いものを背負っても気付かないほど
鈍感になったりすることがありうる。
もちろん、良牙のように自分で鍛えた筋力ならばその辺の繊細な力のかけ方も分かるだろうけどね。」
キュゥべえの説明に、良牙は若干耳が痛い気がした。
実は良牙は重いものを背負わされたり弱い攻撃を受けても気付かないほどの鈍感体質になっているのだ。
「じゃあさ、良牙さんはどうやって鍛えてるの?」
あっけらかんと、さやかはたずねる。
「そうだな…たとえば、これを持ってみるか?」
そう言って良牙は番傘をさやかにむかってやわらかく山なりに投げた。
「え? カサ?」
さやかは空中で番傘をキャッチしようと手を伸ばす。
しかし、キャッチした瞬間に、さやかは番傘の重さに引っ張られ、大きく前のめりにこけた。
良牙が軽く投げただけの番傘は、魔法少女となったさやかにも支えきれず地面に深く突き刺さった。
「重っ! いつもこんなの持ち歩いてんの!?」
なんとか、さやかは両手でふんばって良牙の番傘を持ち上げる。
「ああ。これだけでも少しはトレーニングになるだろ。」
良牙は自慢げにニヤリとした。
173 :らんまマギカ9話7 ◆awWwWwwWGE 2011/11/07(月) 23:38:24.05 ID:cJMCcfD00
「…でも、魔法少女に筋力トレーニングって意味があるのかしら?」
一連のやりとりを眺めていたマミがつぶやく。
「無意味ではないよ。魔法少女の肉体だって基本は骨と筋肉で動いているからね。
ただ、魔力の無駄遣いにならないように注意をしたほうが良いだろう。」
キュゥべえの言葉に、マミは今更ながら自分の体もそれ自体は普通の人間と大差ないことに気が付いた。
魔法少女になってからというもの、傷なんてすぐに治してしまっていた。
体の一部を貫通する程度のダメージなら、魔力に余裕がある限り簡単に回復してしまうだろう。
しかし体そのものは人間のものなのだ。
ここ最近、ベテラン魔法少女らしくもなく立て続けにピンチにあったからこそ
その事実は重く感じられた。
「良牙さん、美樹さん、そろそろ切り上げましょう。 お茶にしますよ。」
あまりトレーニングで魔力を使いすぎるわけにもいかない。
マミは良牙とさやかに声をかけた。
「はーいっ!」
元気な返事をしてさやかは駆け寄ってきた。その後ろから良牙もあるいてやってくる。
***************
その夜だった。
『おい、起きろマミ、せっかく来てやったのに寝てんじゃねぇ!』
(なによ…うるさいわね…)
頭に入り込んでくるテレパシーに寝ぼけたままの頭でマミは答える。
目をこすりながら辺りを見回すが暗い部屋があるだけだった。
テレパシーを送ってきた相手はマンションの下にでも居るのだろう。
『いつまで寝ぼけてんだ、これが魔女の襲撃だったら死んでるぞ、こら!』
『うるさいわね。前から言ってるでしょ、もうちょっと女の子らしくおしとやかにしなさいよ、杏子!』
悪態をつく相手に、マミはとっさに慣れた反応で返した。
(…え?)
そして、自分が驚くべき台詞を吐いたことに気付き、ようやく頭が醒める。
『杏子!? 杏子なの?』
『さっき自分でそう呼んだじゃねーか。』
相手はあきれたような声のテレパシーを返してきた。
『本当に、杏子なのね…』
伝えたいことは山ほどあった。
しかし、いざとなると言いたい言葉が出てこない。杏子のほうから会いにきてくれたというだけで心が一杯だった。
そんなマミの気持ちを知ってか知らずか、杏子は用件を切り出した。
『キュゥべえから聞いたぜ、新人が入ったんだってな?』
『ええ、なかなか優秀よ。情けない話だけど、いきなりピンチを助けられちゃったわ。』
『あたしさ、引っ越すことにしたんだ。』
杏子の話は急に飛ぶ。
マミはついていけずに相槌をうつことも返事も出来なかった。
『だからさ、あたしの縄張りをそいつに預けとこうと思ってな。』
『ちょっと待って、引っ越すってどこに? どうして!?』
引っ越すぐらいならなんでウチに来てくれないのか、マミは残念に思う。
174 :らんまマギカ9話8 ◆awWwWwwWGE 2011/11/07(月) 23:39:19.57 ID:cJMCcfD00
『あー、めんどくせーなー。』
マミの質問に対し、杏子は心底うざったそうにぼやいた。
『風見野じゃとっくにあちこちから目ぇ付けられてたからさ、そろそろトンズラここうって思ってたんだ。
そんなときにちょうど、住み込みで雇ってくれるバイトが見つかってね。』
マミはいちいちテレパシーで『うんうん』などと相槌をうって聞いていた。
『よかった、本当に。』
マミのテレパシーに感情のノイズが混ざる。それは、心の底からの喜びだった。
『ずっと、心配してたのよ。でも、あなたが社会復帰してくれるならこんなに嬉しいことはないわ。』
『だーっ! うっせぇ! お前はオカンか!?』
照れ隠しなのか本気でうざがっているのか、杏子は怒ったようなテレパシーを送る。
『ふふふ、そういう事なら分かったわ。あなたの縄張りはあたしの方でちゃんと管理するから、
新しい土地でもがんばってね、杏子。』
『お前こそ、余裕こいてくたばんなよ?』
相変らず減らず口を叩く杏子だったが、その相変らずっぷりにマミは未だに絆が消えていないことを知り
すっかりうれしくなった。
『ところで引越し先はどこ?』
『ああ、風林館のお好み焼き屋。』
『えっ、風林館!?』
予想外の地名に、またもマミは驚きを隠せなかった。
182 :らんまマギカ10話1 ◆awWwWwwWGE 2011/11/17(木) 01:03:45.46 ID:uRw5lDTl0
昼時のお好み焼き屋はにぎわっていた。
「へぇー、お昼も始めたのかい。助かるねぇ」
「でもキミ学校は?」
客層は主に地元の自営業者や主婦、ヒマそうな大学生などだ。
まれに、営業でやってきたらしいサラリーマンなどがまざる。
「へい、豚玉おまち!」
佐倉杏子は威勢良く言うと、すべるようにスピーディかつ静かにお皿を置いた。
「学校? なにそれ食えるの?」
わざとらしく、杏子は笑みを浮かべる。
そんな杏子に客は苦笑いを返しながら、お好み焼きにコテを入れるのだった。
こんな調子で、杏子は右京が帰ってくる午後五時まで店番をしている。
「またせたな。あんこちゃん、交代や。」
「あんこじゃねぇ、『きょうこ』だ。」
五時が来ると店長の右京と店番を変わり、杏子は自由時間を与えられる。
杏子はさっさと着替えを済ませて天道道場へ向かった。
「たのもー!」
元気よく声を張り上げると、道場の中に通される。
そこで、杏子は道場主である天道早雲の行う一般向け護身術講座にまざって型を習った。
「やっぱりあんこちゃんは筋が良いね。うちのあかねより上かもしれないなぁ。」
「いえ、あたしなんてまだまだです。」
同居人にして雇い主の久遠寺右京が杏子のことを『あんこ』と呼ぶのですでに風林館では
『あんこ』が定着してしまっている。
もはやいちいち指摘しても無駄なので、杏子も面倒くさい時は聞き流していた。
ともあれ、そんなやり取りをして、天道早雲は道場をあとにした。道場に残った杏子は掃除を始めた。
掃除をするから代わりにただで武術を教えてくれと杏子が自分から頼んだのだ。
広い道場だが、そんなにモノも無いので掃除に時間はかからない。
「いやー、良い汗かいた。帰りにビールでも買ってくか。」
掃除を終えた杏子は、宝石のように輝く汗を拭きながらつぶやいた。
早乙女らんまが帰っているなら手合わせをお願いするところだが、今日は病院へ見舞いに行ったまま、
まだ帰ってこないらしい。
やむなく杏子は、そのまま部屋に帰ることにした。
********************
杏子は右京に与えられた部屋に帰って着替えを始める。
「やあ、ごきげんだね、杏子。」
その時突然、何者かに声をかけられた。
杏子はとっさにその場にあった漫画本を投げつける。
本は部屋の隅にいた猫のような小動物にあたった。
「いきなりあんまりじゃないか。」
大して痛がる様子もなく、その小動物はしゃべる。
「のぞくんじゃねえ! バカ!」
「ボクは人間じゃないし、性別もないから気にしなくても良いよ。」
183 :らんまマギカ10話2 ◆awWwWwwWGE 2011/11/17(木) 01:04:57.47 ID:uRw5lDTl0
怒る杏子に対して、その小動物…キュゥべえは悪びれる様子もない。
「あたしが気にするっつーの!ったく、空気よめねー奴だな。」
「まったく、人間の価値観はよく分からないよ。」
杏子はそそくさと服を着てキュゥべえに向き直った。
「それよりも、話が違うじゃねーか。新人魔法少女があんなに強いだなんて聞いてないぜ?」
「らんまの強さについて聞かれた覚えはないね。それに、格闘技はボクの専門外だ。
魔法少女と武闘家を比べて強さを分析するなんてボクにはできないよ。」
そう前置きしてからキュゥべえは続ける。
「でも、杏子の手には負えないとなったら他の子に頼んだ方がよかったかな?」
その言葉に杏子はカチンと来た。
「ふざけんじゃねえ。格闘技やってるとか知らなかったから不覚をとっただけだ。
あたしはまだ負けちゃいないし、諦めてもいねーよ。」
「と、言うとらんまの仲間になったからここに引っ越したのではないのかい?」
キュゥべえの質問にさらに杏子は表情をすごませる。
「そんなワケねーだろ! あたしはここを縄張りにするために引っ越したんだ。」
(そうさ、あたしは寂しくなったわけでも絆されたわけでもねぇ。)
杏子は自分に言い聞かせるように強く念じる。
たしかにこの街に来てからの日々は充実していた。
だが、杏子はそんな健全な日々にうつつを抜かすつもりでここに来たわけではない。
(あたしは、もう誰にも頼らないって決めたんだ。)
だから、あくまで今の状況を利用しているに過ぎない。
風見野では魔女はあらかた狩りつくしたし、長いこと住んでいたせいで警戒され、
ホテルへの無断宿泊はおろか万引きすらやりにくくなった。
今までだって住所不定じゃなにかと不便だったし、そろそろ潮時だったのだ。
そんなタイミングで格好の縄張りと、そこでの住み込みのバイトが見つかった。
ついでにマミに借りを返すことも出来て一石二鳥どころか三鳥だ。
そう、たまたま渡りに船だった。
加えて、あのらんまという女にもマミとは別の意味で借りを返さなければならない。
「それなら良かった。ボクとしてもグリーフシードを売りさばくような魔法少女は増えて欲しくないからね。
杏子には期待しているよ。」
それだけ言うと、キュゥべえはただの猫のように窓から外に飛び出して去っていった。
(ちっ、念押しに来たのか。)
杏子はキュゥべえの前で感情を出してしまったことにいら立ちを覚え、
腹立たしい気持ちのままで見送った。
*******************
木棍が空を切る。
らんまはそれをやすやすと飛び越えるとそのままとび蹴りを放った。
杏子はかろうじて蹴りを避けるが棍をもどすのが間に合わない。
らんまは左手で棍をつかみ、右手を拳にして杏子の顔の前で寸止めした。
勝負あったらしく杏子は棍を手放して両手をあげた。
「魔法がねーとこんなもんか?」
「ちっ、悪かったな。」
杏子は舌打ちをした。
184 :らんまマギカ10話3 ◆awWwWwwWGE 2011/11/17(木) 01:06:09.17 ID:uRw5lDTl0
「だったら今度は魔法だけで勝負しようぜ?」
「つまり、一方的に殴られろってか?」
ふざけんなとでも言いたげな表情でらんまは返した。
らんまの魔力は低い。
キュゥべえは杏子にそう伝えていた。
その証拠か、いまだにらんまは魔法で自分の武器を出すことすらできていなかった。
らんま本人としては傷の治りなどはじゃっかん早くなったような気がするらしいが、
もともと回復力に優れているのでいまいちよく分からないとか言っていた。
「武器を出すぐらいならさ、そんなに難しくないだろ?
頭ん中で使いやすそうな武器を考えて、魔力を込めればそれで終わりだぜ。」
あまりにも魔法少女としての習熟が遅いらんまを見かねて杏子が言った。
そうは言われても、らんまは普段特定の武器になど頼らない。
臨機応変、その場にあるものを最大限生かすのが無差別格闘早乙女流のモットーだ。
そのせいか、らんまはどうしても集中してひとつの武器を創造するという作業ができなかった。
「しかし分からねえな。」
ふと、らんまはつぶやいた。
「なんでおめーはこの道場に通う? 俺が言うのも変だが、
魔法少女なら魔法で戦えば良いじゃねえか。」
たしかに、らんまは魔法少女についていろいろ聞き出すために杏子との戦いを半端に終わらせ、和解しようとした。
だが、それはらんまの事情であって、杏子の利益ではない。
杏子がなぜ「うっちゃん」に勤め、この道場にまで来てまでらんまをマークするのか、
マークされる側の当人としては不思議で仕方が無かった。
「そりゃあさ、魔法少女はいつも生きるか死ぬかの戦いをしなきゃなんないんだ。
少しでも強くなりたくって当たり前だろう?
魔法少女だって魔力切れもあるし、身体能力の高い方が有利だから
天道道場に来て鍛えてもらっている…それじゃ何かいけないのかい?」
用意してあったかのように、杏子はすらすら答えた。
その様子に、らんまはますます杏子には別の目的があると確信を強めた。
「いきなり人を襲ってきたお前にしちゃ、動機が普通すぎる。」
らんまの答えに、杏子はにやりと口元を歪ませる。
「仕方ないね、本当のこと言ってやるよ。」
らんまの疑いはもっともだろう。杏子は思った。
実際に自分は、らんまのクセや弱点を探り、グリーフシードを盗むために近づいているのだ。
(そうさ、はじめっからそれだけだ。だから、疑われても当然だ。)
自分もそう思っていて、相手からも疑われているのだ。期待に答えてやるのが当然だろう。
「あたしは前の戦いに納得がいってないんだ。だからアンタをぶっ倒して、
ついでに溜め込んでるグリーフシードをぶん捕ってやる。」
「奇遇じゃねーか。前の戦いが気に食わねーのは俺も一緒だ。
俺だって魔法があんなもんだと知ってたら不覚は食わなかったさ。」
らんまにとっても、無理に仲良くする必要はないらしく、売られた喧嘩は買ってやると言った態度だ。
らんまと杏子、二人の赤い少女は互いの視線に火花を散らせる。
「だがな、その前にひとつ聞きたい事がある。
どうやって、ここに俺っていう新人の魔法少女がいるって知ったんだ?」
こういう時、身内に被害が及ばないようにするには黙秘するのが正解だろう。
しかし、杏子にとってはキュゥべえは身内ではないし、口止めもされていない。
隠し立てするような義理はどこにもなかった。
185 :らんまマギカ10話4 ◆awWwWwwWGE 2011/11/17(木) 01:07:45.11 ID:uRw5lDTl0
「キュゥべえにおいしい縄張りがあるって言われてね。
あんたがグリーフシードを売りさばいてるの、キュゥべえの奴は気に入らないらしいぜ?」
「え、お前、今なんて!?」
よく聞こえなかったのか、らんまが聞きなおす。
「キュゥべえに教えられたって言ってんだ。」
「いや、俺が聞きたいのはその後だ。」
「『あんたがグリーフシード売りさばいてるのをキュゥべえが気に入らない』ってトコか?」
杏子が台詞を言いなおすと、らんまは首を横にひねった。
「お前、キュゥべえに騙されてんじゃねーのか? そんなの俺はしてねーぞ。」
らんまの言葉に、杏子もはっとした。
前々から、キュゥべえをうさんくさいとは思っていた。
しかし、今まで嘘をつかれたことは無かったのでその点は安心していたのだ。
だが、キュゥべえが場合によっては嘘を付くとすれば、これまでの情報を一から洗いなおさなければならなくなる。
「…マジかよ、本当にやってないのか? あんたの義理の姉がやってるとか聞いたぞ。」
「義理の…姉?」
らんまは頭をひねったが、すぐに怒りに満ちた表情に変わった。
「あ、あんにゃろーまさか!!」
事情の分からない杏子はいぶかしげにらんまを見つめる。
「いや、すまねー。どうやら今回悪いのはキュゥべえじゃないみてーだ。
先になびきの奴をこらしめねーとな…」
*****************
天道なびきは、帰宅後、自分の部屋に入るなり拘束された。
突如、槍が襲ってきたかと思うとその槍が無数の鞭にばらけて、なびきに巻きつき行動の自由を奪ったのだ。
「なに!? 一体コレは?」
焦るなびきの前に、魔法少女姿の杏子が現れる。
「へ、一丁上がり!」
「あ、あんこちゃん!? 助けて! らんまくん!」
驚き、おびえた様子で助けを求めるなびきは、とてもらんまの言うような女狐には見えなかった。
そのらんまがゆっくり歩いてなびきの前にやってきた。
「誰が助けるか、怯えたフリなんてしやがって。いい加減に観念しやがれ。」
そしてあっさりと、なびきの『助けて』という願いを裏切る。
らんまは知っていた。
なびきには戦力は全く無いがシャンプーや右京に襲われても平然としているような人間なのだ。
この程度の事態で怯えるなど演技に決まっている。
「分かんないわねぇ。あたしが何したって言うのよ?」
案の定、なびきはさっきまでの演技をやめて、普段の家庭内の会話と変わらない様子で文句をたれた。
「なんだコイツ? えらく態度が変わるじゃん。」
戦うすべを全く持たない人間がどうして拘束されてもこうも堂々としているのか、杏子にはよく理解できなかった。
「こーゆー奴なんだ。おめーも騙されないように気をつけろよ。」
らんまは杏子にそう警告してから、なびきを問いただす。
「さて、『預かってる』って言ったグリーフシードをなんで売りさばいてんのか説明してもらおうか?」
「あー、そのこと。いいじゃない、別に。らんまくんには無用の長物なんだし。」
186 :らんまマギカ10話5 ◆awWwWwwWGE 2011/11/17(木) 01:09:21.03 ID:uRw5lDTl0
凄むらんまに対して、なびきは全くひるむことなくしれっと答える。
(ああ、絵に描いたようなヒドい奴だ。)
杏子はさきほどのらんまの忠告に、内心大きくうなずいた。
「てめー、魔法少女について色々調べたいから預かってるんじゃなかったのかよ!?」
「あら、その目的はある程度達成してるわよ。」
「は?」
なびきの意外な台詞に、らんまは耳を疑った。
「あんこちゃんはさ、どうしてこの街に来たわけ?」
この事態でも親しげに『あんこちゃん』などと言ってくるなびきに、杏子は若干不気味さを感じた。
「あ、あたしはキュゥべえにグリーフシードを売りさばいてる悪い奴が居るからシメてくれって言われて、
それでグリーフシードがっぽりもらえるなら楽な仕事だと思って来たんだ。」
杏子はもうらんまにバレている部分はかまわず本音を話した。
このなびきという女はマミのように自分の正義にこだわったりはしない。
そういう人間だということだけははっきり分かったので、取り繕う必要も無いと思ったのだ。
「なるほどね。つまり、キュゥべえは魔法少女に対して公平ってわけではないし、
都合の悪い魔法少女は他をけしかけて潰そうとするような奴ってことね。」
なぎきは杏子から聞き出したばかりの情報を使った分析を披露する。
おそらく元から考えていたシナリオだったのだろう。
「確かに、そう考えると黒い奴だな。見た目は白いくせに。」
らんまがうなずく。少なくとも、キュゥべえに対する不信感を増大させるのには足る情報である。
「それに、キュゥべえが魔法少女をつくる目的は、魔女を倒すためじゃなくって、
グリーフシードが欲しいっていう推測も補強されるわよね?
しかも、使用済みグリーフシードを。」
なびきはウインクして見せた。「状況把握が前進したでしょ?」とアピールしているのだ。
「ちょっと待て。あんたたちキュゥべえの思惑なんてさぐってどうするつもりなのさ?」
らんまとなびきのやり取りを不思議そうに眺めた後、杏子が割り込んだ。
「ああ。キュゥべえとの契約でちょっと納得いかねーとこがあってな。
どうにかして契約を無くして元にもどれねーかって考えてんだ。」
「元に…戻るって!?」
杏子は狐につままれたような顔をした。。
彼女の周りには、そんなことを考えている魔法少女は今まで一人もいなかった。
(あたしだって、納得のいかなかったことはあったはずなのに…)
なぜ、そういう発想を一度もしなかったのだろうか。
考えてみて、すぐに理由にいきついた。
魔法少女でなくなったところで、杏子の取り戻したいものはもう何も戻ってこないのだ。
いや、それどころか不登校児なうえにマミのように財産があるわけでもない杏子は魔法少女で無ければ
生活していくことすら困難だっただろう。
失ったことを魔法のせいだとしても、その魔法のおかげで生かされていることになり、契約自体を
踏み倒すことはできない。
結局、すべてが自業自得とあきらめるしかなかったのだ。
だが、らんまはまだ大切なものを失う前らしい。
(ち、やっぱいけすかねぇよ。)
杏子ははきすてるようにそっぽを向いた。
そうしている間にも、らんまとなびきのやり取りは続く。
187 :らんまマギカ10話6 ◆awWwWwwWGE 2011/11/17(木) 01:10:29.41 ID:uRw5lDTl0
「それなりに分析が進んだことはわかった。でもな、俺が命がけで取ってきたもんをそんな風に
商売にされておとなしく引き下がってると思うか?」
「なによ、分け前よこせってわけ? あんたも結構ケチねぇ。」
「グリーフシードを返せって言ってんだ! ケチだとかお前にだけは言われたかねーよ! 」
わなわなと怒りをあらわにするらんまに対して、なびきはけろっとして言った。
「無理。もう売れちゃったから。商品は発送済み。」
そのやり取りを眺めていた杏子は、キュゥべえがなびきを嫌がっているのも分かる気がした。
自分もあまり深くかかわらない方がいいのじゃないかと思ってしまう。
「でもね、買い手がなかなか面白いわよ?」
唖然とするらんまをよそに、なびきは楽しそうに語った。
「グリーフシード買ってくれた顧客にさ、『美国織莉子』って子が居るのよ。」
らんまも杏子も「それが一体どうした」といった様子で黙っている。
「あんたたち知らないの? 何年か前に汚職疑惑で自殺した美国議員の一人娘よ。」
「ふーん。」
「そんなの知らねーよ。」
なびきは面白がって言ったが、二人の反応は薄かった。
それもそのはず、勉強なんて二の次で格闘にいそしむらんまと不登校児の杏子では
新聞なんて読まないしテレビニュースも見ないのだ。
「そんな有名人が本名書くとは思えないね。どうせ偽名だろう?」
杏子がツッコミをいれる。
「住所が美国邸だもの、本人よ。」
「だったら、アレだ。政治家の娘だったら金持ちなんだろ? 興味本位で買ったんじゃねえか?」
らんまは変な趣味を持った金持ちを何人か知っている。
おかげでらんまの頭の中では金持ちとは物好きの変わり者という思い込みがしみついていた。
「まー、その可能性は否定できないけどねぇ。
でもさ、自殺した議員の娘が魔法少女だったりしたら面白いと思わない?」
「別に。」
楽しそうに語るなびきに対して、らんまも杏子も無感動に首を振る。
「あんたたち、つまんないわねぇ。」
そんなことをつぶやきながらもなびきは別のことを考えていた。
(ふぅ…今回は危なかったけど、なんとか興味をそらして武力制裁をまぬがれたわ。)
********************
「信じられない…本当に届くなんて。」
暁美ほむらは驚きを隠せなかった。
あやしげなインターネットサイトで売られていたグリーフシード。
それを試しに注文してみたら、本当に本物のグリーフシードが配達されてきたのだ。
そのグリーフシードは完全未使用のきれいな灰色で、パンティのような模様が刻まれていた。
(さらのグリーフシードを売るなんて、よほど余っているのかしら?)
しかも、送り主の住所と名前まではっきりと明記されている。
『東京都練馬区風林館××-×× 天道方(天道道場) 早乙女乱馬』
もしこれが、このグリーフシードを取ってきた魔法少女の本当の住所ならマヌケにもほどがある。
魔法少女は巴マミのような善良な存在ばかりではない。
188 :らんまマギカ10話7 ◆awWwWwwWGE 2011/11/17(木) 01:11:16.48 ID:uRw5lDTl0
ある種の魔法少女に対しては売るほどに蓄えられたグリーフシードを「奪いに来い」と言っているようなものだ。
(それとも…罠?)
罠だとすれば相当に危険だ。
売るほどに余るグリーフシードをどうやって蓄えたか?
こうやってエサで魔法少女を誘い出しておいて、返り討ちにして奪い取る。
あるいは注文の際に集めた情報を元に魔法少女を探し出し、奇襲をかける。
そんな方法がありうるからだ。
そうでなくても、まっとうな方法で大量のグリーフシードを余らせることができるなんて思えなかった。
考えてみると、注文の際に本当の住所を晒してしまったのが悔やまれる。
暁美ほむらの情報は、この「早乙女乱馬」といういかにも偽名くさい魔法少女に筒抜けになってしまった。
やろうと思えば「早乙女乱馬」はいつでもほむらに奇襲を仕掛けられる状態なのだ。
「狩られる前に…狩る?」
そんな過激な選択肢も浮かんでしまう。
だが、これが罠ならばどう動こうと相手の想定の範囲内だろう。
(いえ、向こうから関わってくるまで放っておけば良いわ。)
ほむらはそう開き直った。
自分のなすべきとは…たった一人の友人を守ることだ。
自分の身が危険に晒されていようと、よそで誰かが罠を張っていようと関係ない。
興味があるとすれば、こういう輩に対してキュゥべえ…いや、インキュベーターがどう動くかということぐらいだ。
この件はそれで割り切った暁美ほむらは、グリーフシードをしまうと新聞に目を通した。
今日の新聞ではない。数年前のものだ。
(今までの時間軸と時事はあまり変わらないわね。)
そんなことを思いながら、ページをめくる。
ふと、あるページでほむらの手が止まった。
「まさか!?」
ほむらはそう言って、今度は新聞と同じ日付の週刊誌を取り出した。
さらに、自らの通う見滝原中学校の生徒名簿を調べる。
(この時間軸には、美国緒莉子と呉キリカが居る!)
ほむらは普段から硬い表情をさらに硬くして拳を握り締めた。
201 : ◆awWwWwwWGE 2011/11/24(木) 02:19:19.51 ID:GujHiiOv0
柵や壁の無いテラスは、庭との境目があいまいである。
降り注ぐ太陽光は庭の木々にさえぎられ、柔らかい木漏れ日となってテラスにあふれていた。
そのテラスに置かれたテーブルの上には、温かい紅茶と小さなフィナンシェが二組置かれている。
そして、テーブルにつけられた二つのイスには二人の少女が座っていた。
「…本物ね。」
少女の一人がつぶやいた。
白い髪をやや高めのサイドテールでまとめ、スカートや肩をふくらませた時代物の西洋のお嬢様のような服装をしている。
その彼女の手の平には、灰色の、意匠を凝らした工芸品のようなものが置かれていた。
「ふーん、変わった子もいるもんだねー」
もう一人の少女はのん気に間延びした声で答えた。
黒いショートカットの髪に、見滝原中学校指定のブラウスとスカート。
ブラウスのすそは外に出して、左右で長さも模様も違うニーソックスをして、だらしない…
少なくとも優等生ではありえないいでたちをしている。
「アイドル気取りの魔法少女が現れるぐらいは想定の範囲だけど、
まさかグリーフシードを売るなんてね。」
白い髪の少女はそういってため息を吐いた。
「…で、この乱馬って子は違うのかい?」
「違うわ。『アレ』が魔法少女になれば私には分かるはずだもの。」
「ふーん。」
黒髪の少女は大きく伸びをして両手をあたまの後ろで合わせた。
そして、そのままの格好で言った。
「でも、始めるには丁度良い相手かもね。」
まるで、文通でもはじめるかのような気楽な言い方である。
しかし、白髪の少女はその意味を知っていた。
「確かに、あの子なら目立つわ。陽動としては良いマトだけど…」
白髪の少女はその目に戸惑いを見せる。
その様子を見て、黒髪の少女は急に真剣な顔つきになって相手を見つめた。
「おりこ、言ってくれ。私はおりこのためだったら平気だから。」
「…分かったわ。お願い、キリカ。行ってきて。」
白髪の少女も決意を込めたまなざしで答えた。
「魔法少女狩りの1人目は、早乙女乱馬よ。」
**********************
「先生の話だと、もうこのペースの回復ならそろそろ退院できるって。」
病室のベッドの上でショートカットの少女が明るく答えた。
右腕にはまだギブスをはめ、逆側の左腕にはチューブが刺さっている。
「ホントかよ? もうちょっと居た方がいいんじゃねーのか?」
早乙女乱馬は首をかしげた。
異常なペースで回復しているとは言え、まだ手足のギブスもとれない状態で退院となるとかえって不安になる。
「心配してくれるのは良いんだけどさ、勉強だって遅れちゃったし、武術の方も早く勘を取り戻さなきゃ。」
「ばーか、誰があかねの心配なんてするか。俺はな、お前みたいな凶暴女は当分病院に預かってて欲しいって言ってんだ。」
らんまは相変らずの減らず口を叩く。
「なんですってぇ! あんたに凶暴女とは言われたくないわよ、ら・ん・ま・ちゃーん!」
202 :らんまマギカ11話2 ◆awWwWwwWGE 2011/11/24(木) 02:21:09.04 ID:GujHiiOv0
あかねと呼ばれた少女はギブスの付いた手で器用に目の下を広げて見せて、あっかんべーをした。
そして、いつものように喧嘩になるかと思いきや、あかねがクスッと小さく笑った。
らんまもつられてヘヘッと微笑んだ。
「久々だな、こーゆーのも。」
「ふふっ、ホントね。」
それだけ言うと、らんまとあかねは無言で見つめ合う。
その瞳に宿るものは、敵意でもなく、情熱でもなく、もっと確かな感情だった。
「あかねがこんな状態じゃ、喧嘩もできねーや。今日はもう帰るぞ。」
しばらくしてようやくらんまが口を開いた。
「ふん、戻ったら思いっきりぶん殴ってやんだから。今から覚悟しときなさいよ!」
あかねの減らず口に、らんまは背中を向けたまま手を振って答えるのだった。
******************
「へー、あれがアンタの契約した理由かい?」
病院を出るなり、らんまは声をかけられた。
聞こえてきたのは木の上、葉に隠れて佐倉杏子がそこにいた。
「のぞきとは趣味が悪いんじゃねーのか?」
「いいだろ、別に。減るもんじゃなし。」
そう言って、杏子はひらりと木の枝から飛び降りる。
らんまから見てもなかなかの身のこなしだった。
「あんたも甘いもんだねぇ。たかが友だちのために命を棄てるなんて。」
「命を棄てる、だ?」
おおげさな杏子の表現に、らんまは顔をしかめた。
「だってそうじゃん。魔法少女はいずれ魔女との戦いで死んじまうし、
どれだけ人のために尽くしたってそれを信じてもらえない。
マトモに生きようとすればするほどピエロになっちゃう運命なのさ。」
したり顔で杏子は語る。
杏子の言うことはらんまにはいまいちピンと来なかった。
らんまの周りには魔法少女と同じぐらい非常識なものごとがあふれているから
信じてもらえないなんてことは無いように思えるし、自分が魔女ごときに殺されるとも思っていない。
「なんだか知らねーが、俺はそのうち魔法少女やめるから関係ねーな。」
「へえ、何かアテがあったのかい?」
余裕を見せようとしたらんまだったが、杏子にそう返されて言葉を失った。
コロンが取り寄せている開水壺で元に戻れるという保障はどこにもない。
元に戻れるアテなんて始めから無いのだ。そういう意味では呪泉境に行けば治る変身体質よりもタチが悪い。
「その様子だと、アテは無い…か。」
答えられないらんまをよそに杏子は語り続けた。
「あたしはひとつだけ、魔法少女をやめられそうな方法しってるよ?」
わざとらしく杏子はもったいつける。
「本当か!? 教えてくれ!」
らんまは杏子につめよった。
その熱心さに杏子は一瞬とまどったが、すぐにすまし顔に戻って言った。
「簡単さ、あのあかねって子に魔法少女になってもらえばいいのさ。
『らんまを元に戻してください』ってのをお願いにしてね。」
203 :らんまマギカ11話3 ◆awWwWwwWGE 2011/11/24(木) 02:22:49.14 ID:GujHiiOv0
その言葉に、らんまはしばらく考えてから首を横にふった。
「そんなことできるかよ。トラックにひかれちまうようなドジのあかねじゃ魔女に殺されちまう。
それじゃ、俺の願いが意味なくなっちまうじゃねーか。」
「難しく考えなくていいじゃん。あの子にあんたの願いで一命を取りとめたって教えりゃ
なんでも言うこと聞いてくれるぜ?」
杏子はわざと挑発的に、いやらしい笑みを浮かべる。
「そのために契約したんじゃねーのかよ?」
「てめぇっ!」
らんまは思わず杏子の胸ぐらをつかんだ。
自分は決してあかねを思い通りにするためにキュゥべえと契約を結んだわけではない。
それははっきりと自信を持って言えることだ。
だからこそ、らんまは自分の思いに泥を塗られたような気分だった。
「喧嘩するなら場所変えようか?」
杏子は胸ぐらをつかまれても焦ることなく、にやりとして言った。
(ちっ、こいつ、はじめっから喧嘩を売るために…)
らんまはまんまと乗せられたことを悔やんだが、喧嘩を売られて引く気もしなかった。
********************
らんまにとってはいつもの空き地、杏子にとっては幸せそうで癪な住宅地の一角で、二人は対峙した。
「言っておくが、万が一俺を倒せてもグリーフシードは手にはいらねーぞ。」
そう言いながららんまはゆっくりと構えをとる。
「知ってるよ。それが目的じゃないさ。
同じ街に二人魔法少女が居るんだ、どっちが上か決めといた方がいいだろ?」
杏子もその間に変身をすませた。
そして、互いににらみ合い仕掛けるきっかけを探す。
「いくぜ!」
やがて、業を煮やした杏子がらんまの元に走りこんだ。
杏子は大きく横なぎに槍を振り回す。
らんまはそれをひょいと上に避けた。
「そう来ると思った!」
叫ぶや否や、杏子は振り切った槍をそのままの体勢で斜め上に振り上げる。
丁度、宙に舞うらんまを追撃するかっこうだ。
らんまは追撃してきた槍を、なんと足で蹴った。
「へ、空中戦は早乙女流の得意だぜ。」
槍をしっかりと握っていた杏子はバランスを崩す。
そこにらんまは一気に間合いを詰めて、パンチを叩き込もうとした。
しかし杏子はすばやく槍を消すと、不用意にしかけて来たらんまの拳を、見事に腕で横にさばいた。
(早雲おじさんの型かよ!?)
らんまは目を見張る。
まだ短い期間しか練習していないのに、杏子は油断していたとは言えらんまの拳をさばけるだけの技術を天道早雲から習得していたのだ。
喧嘩を売ってきたのもうなずける。だが武術ではらんまの方が上を行く。
らんまはさばかれた勢いを逆に利用してそのまま回転し裏拳を繰り出した。
杏子はきわどくそれをかわすと一旦、後ろに飛び退いた。
204 :らんまマギカ11話4 ◆awWwWwwWGE 2011/11/24(木) 02:24:37.58 ID:GujHiiOv0
「へへ、あたしの武術も大したもんだろ。無差別格闘佐倉流…なんつって。」
そう言って杏子はらんまに良く似た、左腕を前に出す構えをしてみせた。
「おめー、こっちの勝負で俺に勝てると思ってんのかよ?」
らんまもいつもの構えをして応じる。
「もいっちょ、いくぜ!」
今度は杏子は無差別格闘流の型で拳を繰り出すように見せかけて、すばやく槍を作り出し、いきなり槍攻撃に切り替えた。
らんまはとっさに避けるが刃が服をかすめる。
それならと、らんまが間合いをつめようとすると、今度は槍を消して無差別格闘流の型で防御に徹する。
防御に集中されてはいかにらんまでも決定打は打てない。
やりにくいとらんまは思った。
距離をあければ魔法を使った奇抜な攻撃にさらされ、つめれば攻めあぐねる。
(なら、槍が届かない遠距離だ。)
らんまは思い切り距離をとった。
らんまには猛虎高飛車や場合によっては獅子咆哮弾という飛び道具がある。
その距離を保てば独壇場だという判断だ。
だが、その時、急に杏子は動きを止めた。
「おい。」
戦闘中の掛け合いではなく、落ち着いた口調で杏子は呼びかける。
「なんだ?」
らんまも構えを緩めた。
「感じねーのかよ? 魔女の気配。」
「なんだって!?」
杏子のブラフ…ということも考えられるが、ひとまずらんまはソウルジェムを宝石状にして手のひらに乗せてみた。
ソウルジェムの輝きは大きく揺らいでいる。
「来るぞ!」
そうしている間にも、あたりはタイルを貼りかえるように異空間に変わって行った。
それは、真っ暗な闇の中あちこちに障子が浮かぶ奇妙な世界だった。
使い魔による前置きも無く、魔女があらわれる。
落ち武者のような巨大なガイコツの下に女性ものの和服、さらにその下に一本足。
ガイコツの目のくぼみにはまたも目と口のついた顔が二つある。
「趣味のわりぃ魔女だな。」
らんまがつぶやいた。これはムースの趣味にでも影響されたかなどと考える。
「グリーフシードはあたしがもらうぜ!」
杏子はすぐさま魔女に飛びかかった。
魔女は身軽にひょいひょい飛んで杏子の槍をかわすが、あっさり追い込まれその頭蓋骨の脳天に特大の槍をくらって砕けた。
「なんだ、雑魚い魔女だな。」
杏子がつぶやく。
「やれやれ、また仕切りなおしかよ。」
らんまも杏子の勝利を確信し、肩をすくめて言った。
しかし、結界はまだ解けない。
そして気が付けばあたりは綿飴のようにもこもこした巨大な使い魔や、つぼ型の三脚の使い魔などに囲まれていた。
205 :らんまマギカ11話5 ◆awWwWwwWGE 2011/11/24(木) 02:26:50.63 ID:GujHiiOv0
「さっきのは使い魔だったのか!?」
状況把握に戸惑いながらも、らんまは使い魔たちを倒し始めた。
しかし、つぼ型の使い魔は小さな紙風船のような使い魔を量産し、綿飴状の使い魔にはパンチやキックがまるで利かない。
さらに、先ほどの魔女も、かち割られたガイコツを脱ぎ捨てて、目の中に入っていた顔が本体となり再び動き出した。
「こりゃあ、山盛りだな…」
杏子がつぶやく。
らんまと杏子は長期戦を迫られた。
****************
「あれ? おかしいな? 二人も魔法少女が居る?」
数の多い敵をちまちま倒しているらんまと杏子の背後から声が聞こえた。
「残念だけど、こいつはもう先約済みだぜ。グリーフシードが欲しいなら他当たりな。」
自分から魔女の結界に入れる存在は魔法少女しか居ない。
てっきり声の主を魔女の気配を感じてやってきたよその魔法少女だと思った杏子は振り返りもせずにそう言った。
「近所にまだ他の魔法少女が居たのかよ。」
らんまも同じように考えてつぶやく。
だが、新しくやってきた魔法少女は意外なことを言った。
「ま、いっか。二人とも殺しちゃえば間違いない。うん、それがいい。」
「へ?」
らんまが振り返った瞬間、いきなり黒い鉤爪がおそってきた。
「うわっ、あっぶね。」
らんまはリンボーダンスのように大きく背中をそらしてなんとか避けた。
「お? 今のをかわすとは早乙女乱馬はなかなか強敵だなあ。」
大きな独り言をつぶやきながら、黒い魔法少女が飛び退いた。
「なんだお前は!?」
杏子は叫ぶが、魔女との戦いに手をとられよその魔法少女の相手まではできない。
「じゃあコレはどうかな?」
黒い魔法少女は、先ほどは右手だけだった鉤爪を両手に生やした。
「おい、グリーフシードの取り合いなら魔女を倒した後にしろよ!」
らんまがそう言っている間にも黒い魔法少女は容赦なく斬撃をしかけてくる。
らんまは避けるのが精一杯だった。
(速い…っ!)
信じられないことに、この魔法少女はらんまが今まで戦ってきた誰よりもすばやかった。
「グリーフシードはいらないよ。もともと、私が仕掛けたグリーフシードだしね。」
言いながらも息をつく間もなく黒い魔法少女は激しく飛び回り攻撃をしかけてくる。
「しかけた!? てめー、どういうことだよ?」
らんまは防戦一方だ。
スピードで負けている上に、相手が刃物を使ってくるのではうかつに攻撃に移って隙を作れない。
「早乙女乱馬、キミを閉じ込めるためにグリーフシードを孵化させたのさ!」
黒い魔法少女はらんまの真後ろに回った。
(…そういう使い方もできるのか!)
使用限界ギリギリの、真っ黒なグリーフシードを放置すれば遠からず魔女が孵化するだろう。
206 :らんまマギカ11話6 ◆awWwWwwWGE 2011/11/24(木) 02:27:59.42 ID:GujHiiOv0
それを魔法少女の縄張りの中に置いておけば、そこの縄張りの魔法少女がほぼ確実に釣れる。
この黒い魔法少女は、らんまを狙ってグリーフシードのそういう裏技的使い方をしたらしい。
それはともかく、真後ろを突かれたらんまは前転で攻撃をかわすと、転がる途中で思い切り足を伸ばして飛び上がった。
らんまの頭が、勢い良く身を乗り出した黒い魔法少女のおなかにヒットする。
黒い魔法少女は血を吐き出しながら後ろに跳び下がった。
そこに、杏子が横切る。
すると今まで杏子を追っていた魔女が黒い魔法少女に目を向けた。
「てめーが仕掛けた魔女に食われちまいな!」
杏子は魔女のターゲットが変わったのを確認すると、黒い魔法少女に中指を立てた。
そしてらんまに言った。
「これで貸しイチだな。」
「いや、これでチャラだ。」
そう言って、らんまは猛虎高飛車を飛ばし、杏子の背後に居た大型の使い魔を倒した。
が、余裕を得たのもつかの間で、黒い魔法少女はあっという間に魔女を倒してしまった。
「おい、杏子、おめーあの魔法少女に負けてんぞ。」
「うるせえ、あたしが弱らせてたからだ。」
らんまと杏子が言い合っているうちに、黒い魔法少女は一瞬にして杏子に接近した。
「こいつ、遠くで見るより速っ―」
杏子が槍を構えるよりも速く、黒い魔法少女は杏子の脚に鉤爪を飛ばした。
杏子の太ももに赤い筋を作って鉤爪は地面に突き刺さる。
「思い出した。キミは佐倉杏子だ。キミは回復が苦手!」
どこで知ったのか、黒い魔法少女は杏子の名前と特性を言い当てる。
らんまは杏子を助けに行こうとするが、黒い魔法少女がやたらに飛び回るので同士討ちになりそうで割り込めない。
「だから、脚を痛めればしばらく手出しできない!」
黒い魔法少女は圧倒的なスピードで杏子を翻弄する。
「てめっ」
杏子はなんとか黒い魔法少女と渡り合おうとするが、徐々に脚に切り傷が増え、やがてひざを落とした。
(しまった。こいつは斬り合いで勝てる相手じゃない。範囲攻撃で仕留めるべきだったんだ。)
杏子は悔やむが時既に遅し、脚をやられて動けなくなった杏子を後にして黒い魔法少女はらんまに向かっていった。
「また来るか!」
らんまは構えるが、まだ特に対策は思いつかない。
らんまの持ち技には奇策があれこれあるが、自分よりすばやい相手、しかも刃物持ちにしかけられる技というのはかなり限られる。
「らんま、魔法を使え! 武器を想像しろ!」
杏子が叫ぶ。
(武器? あいつを止められるような道具…)
らんまは必死で集中した。その間にも黒い魔法少女が迫ってくる。
「これだ!」
その叫び声と、黒い魔法少女の攻撃が降りかかるのはほぼ同時だった。
黒い魔法少女の攻撃は、緑色の物体に阻まれらんまに届かずに止まっている。
「こ、これは!?」
黒い魔法少女は目をむいた。
207 :らんまマギカ11話7 ◆awWwWwwWGE 2011/11/24(木) 02:29:20.21 ID:GujHiiOv0
自慢の鉤爪は、なんとタタミに突き刺さり、抜けなくなってしまったのだ。
らんまは黒い魔法少女が驚いているすきに、タタミを上から押して相手の動きを封じる。
「無差別格闘早乙女流『畳替し』!」
自信に満ちた声でありふれた技名を披露し、らんまは肩を広げた異様な構えをとった。
杏子は知っている、あの技は…
「そして、猛虎高飛車!」
ふんづけたタタミの上から、らんまは容赦なく光の弾を下に向けて発射した。
黒い魔法少女は刺さった鉤爪を消して、なんとかタタミの下から抜け出そうとする。
が、すんでのところで間に合わず、タタミごと猛虎高飛車を食らった。
一方のらんまは、自分の攻撃に巻き込まれないように寸前で飛び退いている。
やがて、焼けたタタミの下からぼろぼろになった黒い魔法少女が現れた。
「まだやるか?」
らんまが問いかける。
既に杏子も槍を支えになんとか立ち上がっていた。
「残念ながら、ここまでだね。…さようなら!」
黒い魔法少女は突然、あらぬ方向へ走り始める。
「逃がすか!」
杏子が槍を投げる。が、その槍は魔女の使い魔によって阻まれた。
奇妙なことにさっきまで居なかったタイプの、シルクハットをかぶったふわふわの使い魔だ。
やがて、黒い魔法少女の姿が消えるのと同時に、結界が崩れ去った。
「ちっ、なんだったんだあいつは?」
らんまは腕を押さえながらつぶやいた。
腕だけではない。傷は浅いがあちこちに切り傷がある。
「あたしと同じようにキュゥべえがけしかけたんじゃねーのか。」
杏子は変身を解いて座り込んだ。
**************
「ごめんよ、おりこ。またキミの手をわずらわせてしまうなんて。」
あちこちを包帯で巻かれた状態で、黒い魔法少女・キリカは言った。
「十分よ。キュゥべえが目を向けるだけの出来事にはなったはずだわ。」
おりこはキリカの負傷を魔法で癒しながら答える。
「でも…」
「そんなことよりも、キリカが生きて帰ってきたことがうれしいわ。」
おりこはやさしくキリカの反論を封じる。
そう言われるとキリカは何も言えず照れたようなすねたような微妙な表情をしてみせるのだ。
「このソウルジェムでよくもったものね。」
おりこはキリカのソウルジェムを手に持って眺めた。
その魂の入れ物は、まだ機能するのが不思議なほど大きくひび割れていた。
「ああ。おかげで『なりかけ』の状態をずいぶん調整できるようになったよ。」
そのキリカのほほえみを、おりこは悲しく思った。
目的のためにはキリカの命すらも駒に使わなければならない。
そして、キリカはそれを厭わない。
208 :らんまマギカ11話8 ◆awWwWwwWGE 2011/11/24(木) 02:30:30.36 ID:GujHiiOv0
だが、おりこの望む本当の世界はキリカとともにある未来なのだ。
「お願い…生きて…」
おりこは搾り出したようなか細い声でつぶやくのだった。
215 :らんまマギカ12話1 ◆awWwWwwWGE 2011/12/03(土) 20:19:22.07 ID:KU+OuFtU0
その日、らんまは猫飯店を訪れた。
「待っておったぞ。」
「らんま、早くするね。」
オーナーのコロンと看板娘シャンプーが出迎える。
「おう、すまねー。」
そうして通された店の奥の居間には、木桶と鉄瓶が置かれていた。
「開水壺、やっと届いたね。」
「思ったより早かったがの。」
そう言ってシャンプーは鉄瓶を持ち上げてみせる。
一見、ただの鉄瓶だがこれが開水壺である。
「ちょっと待て、なんで止水桶まで頼んだんだ?」
らんまが疑問を口にする。
「試さねば、本物の開水壺かどうか分からんじゃろ。…シャンプー、やるぞい。」
コロンに言われて、シャンプーは開水壺を机の上に戻した。
そして、コロンが桶に汲んである水を杓子ですくって、シャンプーにかける。
「ぎゃああああ! 猫っ!」
らんまは鳥肌を立てて部屋の隅へ逃げた。
水をかけられたシャンプーが、猫に変身したからだ。
「まったく、ムコ殿の猫嫌いにも困ったものじゃな。」
そうつぶやきながら、コロンは猫になったシャンプーに、まずは普通のヤカンのお湯をかけた。
設定温度は約40度。猫は気持ち良さそうにお湯を浴びるが、人間にはもどらない。
これが止水桶の効果だ。呪泉郷の変身体質の人間を変身後の姿に固定してしまう。
次に、コロンは開水壺に水道水を入れた。
火も電気も通していないはずなのに、開水壺の中の水は一瞬で沸きたちお湯になった。
そのお湯を、コロンは遠慮がちに少量、猫にかけた。
豊満な胸を腕で隠しながら、裸体のシャンプーが現れる。
「うむ、開水壺は間違いなく本物じゃな。」
コロンが満足げにうなずいた。
「猫のままお湯あびるのも、案外気持ちよかたね。」
服をまといながら、シャンプーはのん気なことを言う。
心に決めた相手の目の前だから平気なのか、あまり羞恥心は無いらしい。
「おお、これなら多分、男に戻れる…!」
変身体質に戻るとはいえ、らんまにとって男に戻れないよりがは何倍もましだった。
プライドの問題もあるし、女のままでは日常生活上の不便も多い。
それに魔法少女としてのいろいろな厄介ごとも、面倒になったときには男になってごまかせる。
「よし、ばあさんやってくれ!」
らんまはさっきまで猫におびえてへっぴり腰だったのが嘘のように、胸を張って堂々といった。
「乱馬が男に戻れば私もうれしいあるね。」
シャンプーは殊勝な台詞を口にしたが、内心は違っていた。
今回、あかねも右京も何も出来なかったのに、自分とコロンだけが乱馬が元に戻るための手助けをしたのだ。
これから乱馬を我が物にするために、かなりのポイントになったはず。
216 :らんまマギカ12話2 ◆awWwWwwWGE 2011/12/03(土) 20:20:46.29 ID:KU+OuFtU0
シャンプーが目配せをすると、コロンはにやりと口元をゆがませて答えた。
(やっぱり、おばばも同じ心積もりね。)
シャンプーはニヤてしまうのを微笑で隠してらんまに開水壺を渡した。
らんまはためらうことなく熱いお湯をドバドバ頭からかぶる。
しかし―
「熱い…」
そうつぶやいたらんまの声は、女の声のままだった。
「乱馬…」
シャンプーも信じられないものをみたかのように呆然とたちつくす。
膨らんだ胸部と小さな背丈、見間違えるはずもない。らんまは女性の姿をしていた。
「ふむ、どうやら開水壺では男に戻れんようじゃの。」
落ち着いた声で、コロンは言った。
もともと開水壺が今のらんまの状態に対して有効であるという保障はどこにもない。
この結果もコロンはある程度予測していたのだろう。
「さてムコ殿。これからどうするかの?」
らんまは口を閉ざした。
開水壺でどうにもならないのなら、マトモなアテなど無いのだ。
やはりあのキュゥべえをどうにかするしかないのか。
「まあ、考えようによっては得をしたかもしれんのぉ」
つぶやくように、コロンは言う。
「お湯で変身が解けぬなら、即席男溺泉でも変身体質を治せるかも知れん。」
その言葉に、らんまはパッと顔を明るくした。
「それだ! ばあさん、その手があったか!」
もしその方法で、男に戻って変身体質からおさらばできるならばそれに越したことはない。
魔法少女になったおかげで完全な男に戻れるかもしれないなんて、まさに「災い転じて福となす」だろう。
「そういうと思ってな、ホレ、用意しておいたぞい。」
そう言ってコロンが取り出したのは一見、ただの入浴剤だった。
しかし、らんまには見覚えがある。
「それは…」
「即席男溺泉あるか!」
正確には即席男溺泉の素。
水に溶かすと、その水が一回限り男溺泉の効果を発揮する入浴剤でる。
らんまは期待に胸が広がる。
「ばあさん、はやくやってくれ!」
はやるらんまに、コロンは即席男溺泉の素をコップの水に混ぜ、遠慮なく顔面からぶっかけた。
が、
「…はぁ、効果なしかよ。」
らんまはがっかりした様子を隠しきれず、ため息をもらした。
身長も胸も声も、即席男溺泉を浴びる前と何も変わらなかった。
「むむ、どうやら呪泉郷の呪い自体が効かぬらしいの。」
コロンはあごを撫でながら頭をひねった。
217 :らんまマギカ12話3 ◆awWwWwwWGE 2011/12/03(土) 20:23:02.66 ID:KU+OuFtU0
コロンも即席男溺泉が通常通り一回きりの効力ぐらいは発揮するだろうと思っていたのだ。
それならば今回は失敗でも、らんまは、呪泉郷に行って今までとは逆の水をかぶると男になる変身体質になることが可能だ。
そのうえで止水桶を使えば完全な男に戻ることも出来るはずだった。
しかし、呪泉郷の呪い自体が効かないならば、それすら出来ないことになってしまう。
「乱馬、落ち込むことないね。私、乱馬のためなら何でもするね。」
シャンプーはらんまの肩に抱きつきながら言う。
「シャンプー…」
らんまは微笑むシャンプーの瞳を見つめた。
『魔法少女になってもらえばいいのさ。『らんまを元に戻してください』ってのをお願いにしてね。』
らんまの脳内に先日の杏子のセリフが再生される。
それは今のところ唯一、らんまが男に戻れそうな方法だった。
(シャンプーに魔法少女の契約をしてもらって、その願いで俺が男に戻る…)
そんな考えが脳裏を横切ったところで、らんまはあわてて首を横に振った。
(いや、ダメだ!)
あかねのためにした契約のツケをシャンプーに払わせるなんて、外道と言わざるを得ない。
魔女との戦いが命がけならばなおさらだ。
「乱馬?」
不思議そうにシャンプーがたずねる。
らんまはなんでもないと生返事をした。
「…わしとしてもムコ殿にできるだけ協力したい。
そこでじゃ、男に戻れなくなったことについて何かもうちょっと心当たりなぞないかの?」
「う…それは…」
コロンの言葉に、らんまは台詞をつまらせる。
コロンからすれば、それは何か隠しているという答えに思えた。
「あのあかねが重傷になったり、佐倉杏子という奇怪な術を使う小娘がやってきたり…
ムコ殿が男に戻れなくなったことも含めて、大きな出来事が立て続けに起きておるような気もするが、
ムコ殿は何か知らぬかの?」
「しらねーよ…た、たまたまだろ。」
らんまはあくまでとぼける。
(どうにも怪しいのう。)
コロンはますますらんまをいぶかしげに見つめるのだった。
*******************
「ボクは知らないよ。」
その猫のような生き物は平然と答えた。
風林館の空き地で、一人の少女が小動物と戯れている。
他人から見ればそんなほほえましい光景にみえなくもないだろう。
しかし、少女はあきらかに腹を立てた様子で小動物をにらんでいた・
一方のその小動物は、まるで目の前の少女の怒りなど通じないかのようだ。
「あのぶっ壊れてる魔法少女はあんたがけしかけたんじゃないっていうのか?」
その少女、佐倉杏子がたずねた。
彼女は左手で猫飯店の肉まんを食べながら、右手に槍を持って白い小動物に突きつけている。
「ああ。ボクだって見境無く攻撃をしかけるような魔法少女を呼んだりはしないよ。
あくまでグリーフシードの販売をやめて欲しいだけだからね。」
218 :らんまマギカ12話4 ◆awWwWwwWGE 2011/12/03(土) 20:26:46.47 ID:KU+OuFtU0
自分はまっとうである、そう言いたげな小動物キュゥべえを、杏子はキッとにらんだ。
「ここはもうあたしの縄張りなんだ。どんな魔法少女だろうとけしかけるんじゃねえ。」
「キミの縄張り…本当にそうだったらボクとしても別に文句は無いんだけどね。」
キュゥべえはかわいらしい外見とは裏腹に、嫌味交じりの反論をする。
「それに、この件に関してはボクの他にあたるべき相手がいるんじゃないのかい?」
言わんとすることは杏子にも分かった。
早乙女乱馬が魔法少女で、グリーフシードを余らせているという情報をよそにばら撒きそうなのは一人しか居ない。
「言われなくても、天道なびきからも聞いてみるさ。」
「聞くだけとは、杏子にしては控えめだね。」
このかわいらしい小動物は、杏子に暗に強硬手段をすすめた。
だが、杏子としては天道家に対して滅多な手は打てない。
早乙女乱馬だけならまだしもその父親、それに天道なびきの父親の天道早雲、この二人も相当な実力な上に
まだその後ろに八宝斎だとかいうふざけた名前の老師匠が控えているという。
さらに、無差別格闘流の一味以外にも天道家には武闘家の出入りがあるらしい。
そんな武闘派集団を相手に喧嘩を売るほど杏子は無謀ではなかった。
「あんたこそ、一般人を巻き込みたくない割には過激だね。
そんなにあの連中が気に食わないのかい?」
「ああ。他にも魔法少女のルールを乱しそうな人間がまわりにウヨウヨいるからね。
そういう人間をこれ以上かかわらせない為にも、天道なびきには早く手を引いてもらわないと。」
キュゥべえの弁を聞いて、なるほどと杏子は思った。
確かにこの近所の武闘派集団が魔女狩りに参戦すれば、らんまのようにグリーフシードを余らせる連中が
ゴロゴロ現れるだろう。
あるいは魔法少女にならなくても魔女を倒せてしまう人間もいくらか居るかもしれない。
そうなれば、キュゥべえの存在意義そのものがなくなりかねない。
「それなら、余計な手出しせずにあたしがここを縄張りにするのを黙ってときな。」
杏子はそう言って槍をひっこめた。もう行って良いという合図だ。
「健闘を期待しているよ。」
皮肉にしか聞こえない台詞を言って、キュゥべえはその場を去っていった。
***************
二人の魔法少女ににらまれ、天道なびきはため息をもらした。
「最近、あんたたち仲良いわね。」
「「そういう話じゃねえ!」」
らんまと杏子は見事に声をハモらせる。
「キュゥべえじゃなけりゃお前しか原因がいねーだろーが!」
「誰にグリーフシード売ったか吐きな。」
先日らんまと杏子を襲った魔法少女はおそらくらんまを狙っていた。
その動機になりそうなのは売るほどにたまったグリーフシードの独占。
つまり、なびきのグリーフシードの販売で情報が漏れた可能性が大きかった。
腹を立てている様子の二人に、なびきは突然、手のひらを差し出した。
「なにさ?」
いぶかしがる杏子に、なびきは平然と言い放つ。
「情報料。」
「誰が払うか。」
219 :らんまマギカ12話5 ◆awWwWwwWGE 2011/12/03(土) 20:29:49.05 ID:KU+OuFtU0
らんまはなびきの言うことを予想していたらしく、即答した。
「だったら言えないわね。あたしだって大事な顧客の情報をただで売ることはできないもの。」
「てめー、こないだ自分から客の情報ばらしてたくせに! ふざけて―」
カッとなってつかみかかろうとする杏子をらんまが抑える。
「それじゃ、俺が次に手に入れたグリーフシードをまたくれてやる。それでいいだろ?」
らんまの言葉に、杏子は息をのんだ。
『おい、あんたも前の戦いで魔力を消費してるんだ。そんな約束はよしとけよ。』
杏子はテレパシーでよびかける。
『いや、いいんだ。俺なら魔法無しでも魔女と戦える。それよりも、あの黒い魔法少女はいろいろ知ってそうだ。
グリーフシードを変わった使い方した上におめーの名前まで知ってたんだからな。
もしかしたら魔法少女をやめる方法もあいつに聞けば分かるかもしれねー。』
『それ以前に、会話の成り立つ相手かどうか怪しいけどな。』
吐き棄てるように、杏子は言った。
「良いわよ。その条件で。」
そう言って、なびきはおもむろに手帳を開いた。
「えーと、グリーフシードを売った相手先よね…」
その様子をもどかしそうにらんまと杏子がながめる。
「住所がはっきりしてるのは二人だけなんだけど、一人はこないだ言ってた美国緒莉子っていう議員の娘ね。」
「んー、そいつは多分違うんじゃねーか?」
らんまが首をかしげる。なびきは気にせず続けた。
「あと一人は、見滝原市だって。」
「なんだって!?」
見滝原という地名に杏子が食いついた。
らんまがいぶかしげにたずねる。
「知ってるのか?」
「ああ。見滝原の魔法少女なら知ってる。けど、あの黒い魔法少女とは見た目からして全く違う。」
杏子の脳裏には、懐かしくも複雑な感情を抱く、ある魔法少女の姿が浮かんでいた。
町の平和を守るために戦い続ける、あの金髪の魔法少女。
魔法少女としての師であり、魔法少女となってから唯一心を許した相手であり、
そして、違う道を進んだ少女、巴マミ。
彼女のことをどう説明すべきか、杏子はためらった。
「じゃあ、そいつが前の黒い魔法少女をけしかけたって可能性は?」
「違う!」
杏子は思わず即座に否定した。しかもなかなかの大声を出してしまっている。
気が付けば、らんまとなびきがきょとんとした顔で杏子をみつめていた。
(なにムキになってんだ、あたしは。)
借りも返し、もう吹っ切れたつもりでいたのに、杏子はまだマミにこだわっている自分を認識させられた。
「ああ、いや。見滝原を仕切ってる魔法少女はそういうタイプじゃない。それだけのことさ。」
できるだけ平静を装って杏子は答える。それは自分に言い聞かせる言葉でもあったかもしれない。
「ふーん、名前は『暁美ほむら』ってなってるけど、あんこちゃん知ってる?」
杏子が動揺したのを知っていてわざと気にしないような、そんな余裕ぶった態度でなびきが質問する。
その態度に杏子はじゃっかんのいらつきを覚えた。
220 :らんまマギカ12話6 ◆awWwWwwWGE 2011/12/03(土) 20:31:11.37 ID:KU+OuFtU0
「知らないね。そもそもさ、グリーフシードを買ったからって魔法少女かどうかも怪しいんじゃないか?
売ってる奴が魔法少女でもないくせにしゃしゃり出てきてるわけだし。」
嫌味のつもりで、杏子は余計なひとことを追加する。
しかし、なびきに悪びれる様子など全く無かった。
「まー、それでもしゃーねー。他に情報なんてねぇんだ。俺は見滝原に行ってみるぜ。」
らんまは早くも見滝原に行くことに決めたらしい。
「それならあたしも行くよ。あんたが一人で行ったら他の魔法少女に敵と思われかねないしね。」
杏子はらしくもなく、協力的な姿勢を見せた。
(もしあの黒い魔法少女が見滝原にいるなら、マミの奴が危ない。)
そんな杏子は、表向きはらんまの、内心ではマミの心配をしている。
いつからそんなお人よしになったのかと、杏子は自分に苦笑した。
228 :らんまマギカ13話1 ◆awWwWwwWGE 2011/12/11(日) 21:18:35.25 ID:owmHm4Nx0
次々に飛んでくる椅子や机を、巴マミはひとつひとつ正確に打ち落としていく。
地面も見えないほどに高く張られたロープの上、マミの下半身は一歩ずつ確実に歩みを進め
同時に上半身では次々と銃を放っていた。
(勝てるっ!)
十分に距離を詰めたところで、マミは巨大な大砲を出現させた。
物理法則を無視して、大砲は空中にあって落下しない。
目の前にいる、黒いセーラー服を着た六本腕の化け物へ向けて、マミは照準をしぼった。
ここでこの大砲を打ち込めば、この魔女は終わりだ。だがマミにとって魔力の消費も大きいだけにはずすことは出来ない。
マミは集中する。
が、その隙に、下半身だけのセーラー服と脚がロープの上を滑ってマミの背後からぶつかった。
「きゃあっ!」
小さく悲鳴をあげたマミは、足を踏み外して落ちそうになる。
そこを、なんとか右手を伸ばしてロープを掴んで一命をとりとめた。
しかし、魔女は容赦なく、かろうじてぶら下がっている状態のマミに大量の椅子や机を投げつける。
ロープを握り締める手を、少しでも緩めれば一巻の終わりだ。
本来の巴マミならば、このような事態でも難なく対応できただろう。
彼女にはそれができるだけの技術と経験が十分にあった。
だが――
(怖い)
その感情がマミの思考を止めた。
マミは動くことすら出来ず、大量の椅子や机が飛んでくるのを呆然とながめる。
「マミさんっ!」
「大丈夫か!?」
マミに当たる直前、椅子と机は青い光によって片っ端から叩き落された。
「え、ええ。」
なかば放心状態でマミはうなずく。
椅子と机を叩き落した青い閃光は速度を落とし、マミと同じロープの上で着地した。
その正体は、美樹さやかだ。
さやかはすぐさまマミにかけよって、彼女を持ち上げた。
一方、その間に響良牙は、椅子や机を手で払いのけながらしゃにむに魔女に駆け寄っていった。
鉄パイプと木材の塊など、彼のパワーとタフネスの前には何の障害にもなっていなかった。
「いくぜ、獅子咆哮弾っ!」
良牙は魔女の至近距離まで来て獅子咆哮弾を放つ。
直撃を受けた魔女は六本の腕をだらんと下げて弱った様子をみせた。
(今ならいける!)
魔女の状態を見たさやかは、足元に大きな魔方陣を出現させると、弾かれたかのように勢い良く飛び出した。
瞬時にスピードが上がり、さやかの姿はもはや青い光線にしか見えなくなる。
この速度で椅子や机に衝突すればシャレにならないダメージを受けるだろう。
だが獅子咆哮弾を受けてグロッキーになった魔女はそれらを飛ばしてこない。
さやかは何の抵抗もなく魔女の懐に飛び込み、一気にその胴を貫いた。
それと同時に結界が崩れ去り、元の地面と壁が現れる。そこは、市内の廃校だった。
229 :らんまマギカ13話2 ◆awWwWwwWGE 2011/12/11(日) 21:19:47.00 ID:owmHm4Nx0
「ふう、終わったか。」
良牙が汗をぬぐう。
「やっぱ、前衛は忙しいなー。」
さやかはばったりと尻餅をついてすわりこんだ。
「ごめんなさい、私、また……」
おどおどした様子で、魔女を倒した二人にマミが語りかけた。
「怖いと思うと、何も考えられなくなるの。今までこんなこと無かったのに…」
本人の弁解を聞くまでもなく、良牙とさやかは知っていた。
ちょっと前までの巴マミは、どんな窮地においても冷静さを失わず戦い続けることができる優秀な魔法少女だった。
「多分、あのお菓子の魔女以来。」
「気にしてないですよ、誰にだって不調はありますし。
あたしなんてマミさんが居なかったらとっくに死んじゃってたし。」
沈んだ様子で語るマミに、さやかは軽くおどけて言った。
たしかにマミはこのところ不調が続いていた。
お菓子の魔女に続き、この間のハコの魔女、そして今回の学園の魔女と、魔女との戦いに関して言えば
三回も連続でピンチにおちいり人に助けられている。
とても、ベテラン魔法少女とは思えない戦績である。
「しばらく魔女退治から離れた方が良いんじゃないのか?」
落ち込むマミを見かねて、良牙の口からそんな言葉が漏れた。
「え?」
考えてもいなかったことだったのか、マミは間の抜けた声を出す。
「あー、あたしも賛成。マミさんには休養も必要ですよ。」
「でも、魔女退治は?」
「俺もさやかちゃんも居る。それでも足んなきゃあの黒いのも呼べば良いだろう。」
黒いのとは暁美ほむらのことらしい。
たしかにマミ一人が抜けたところで戦力として不足はない。むしろ贅沢なほどだろう。
しかし、この数年間戦い続けて生きてきたマミには戦わなくて良いというのは想像もしていないことだった。
魔法少女としての使命がなくなれば、一体自分に何が残るのだろうか?
そんな不安感がマミの瞳に影をさす。
「その代わり、帰ってきたときに温かい紅茶をお願いしますね。」
冗談めかして、さやかが言った。
「ああ、俺も頼む。」
良牙も便乗する。
230 :らんまマギカ13話3 ◆awWwWwwWGE 2011/12/11(日) 21:21:09.68 ID:owmHm4Nx0
「え、ええ。」
マミは作り笑いを顔に浮かべてうなずいた。
*************
『ってなわけでさー、しばらくマミさんは戦えそうにないのよねー。』
翌日の授業中、さやかは居眠りのフリをして暁美ほむらにテレパシーを送った。
『困ったものね。ワルプルギスの夜が来るまでに立ち直ってくれると良いのだけど。』
一方のほむらは教科書を読むフリをしながら答える。
こんな風にまともに授業を受けていないのはさやかもほむらも一緒なのに、ほむらは先生に当てられると
ばっちりと当てられた内容を答えてしまうのだ。
どういうカラクリなのかは分からないが不公平だとさやかは思う。
『そんでさ、そっちの方はどうなの、風見野は?』
『魔女が完全に狩りつくされているわ。グリーフシードが入らない代わりに当分放置していても問題ないわね。』
マミの昔馴染みだとかという魔法少女が譲ってくれた風見野の縄張りには、今はほむらが入っている。
もともと「新人に」という話だったらしいので、本来ならさやかが治めるべき縄張りである。
しかし、いきなりひとり立ちさせるのも不安だということでマミはほむらに行かせることにしたのだ。
マミにとってはおそらく、どこまで信頼して良いか分からないほむらを遠ざけたいという意思もあっただろう。
『ふーん、風見野の前の魔法少女はマジメなんだかケチなんだか…』
『おそらく後者ね。』
『なにあんた。知ってんの?』
『ええ。多少はね。』
ほむらはあまり自分のことを語らないからよくは分からないが、彼女もおそらくベテラン魔法少女だ。
ベテラン同士がこうも知り合いだらけだと、さやかは常連客だらけの町のラーメン屋にでも間違えて入った部外者の気分だった。
(まだ先の話だけど、公園デビューってのもこんな感じなのかなぁ)
さやかはぼんやりとそんな事を考えだした。
子どもを見守る将来のさやかの隣には、一回り背丈が高くなりたくましくなった上條恭介の姿がある。
こういう未来だったら、公園デビュー程度のアウェーは怖くない。
平凡な、でも幸せなそんな未来絵図を幼いころからさやかは描いていた。
隣に居るのは、常に恭介だった。他の人物を無理やりあてはめてもどうもしっくりこない。
(あたしには、恭介しかないんだ。)
ただの思い込みかもしれない、しかしその思いは日に日に強くなっていた。
「…さん。」
誰かの声が聞こえる。
「きょーすけぇ?」
いつのまにか夢の中に居たさやかは夢見心地のまま返答をした。
「誰が、上条君ですか、美樹さん!」
露骨にいらだった、三十路過ぎの女性の声でさやかは起こされた。
「え? へ? あれ? 早乙女先生?」
混乱してあたりを見回すさやかを、クラスメート達の苦笑が包んでいた。
231 :らんまマギカ13話4 ◆awWwWwwWGE 2011/12/11(日) 21:21:56.40 ID:owmHm4Nx0
************************
「まったく、ほむらもこういう時こそテレパシーで教えろってのよ!」
昼休み、さやかは屋上でまどかに愚痴を言った。
「えー、それって魔法少女の職権乱用じゃないのかな?」
まどかは明るく冗談で返す。
その様子にまどかは魔法少女になることをきっぱり諦めたのかと思い、
さやかは内心胸をなでおろした。
「そういえば、上条君そろそろ退院するんだよね?」
ふいに、まどかが言った。
「え? そうなの? あたし聞いてないけど。」
「仁美ちゃんが言ってたよ。本人から聞いたって。」
「そうなんだ……」
なぜ仁美にそれを言って自分には言わないのか、さやかにはよく分からなかった。
(いや、きっとたまたまタイミングの問題でしょ。)
そうだ、そうに違いない。
さやかはそう思って、それ以上深く考えないようにした。
恭介は昔っからその辺の連絡とかは適当で、頭の中にはバイオリンの楽譜しか入っていないのだ。
いちいち気にしていたらキリがない。
そんな恭介だからこそ、彼から音楽を取り上げた運命をさやかは受け入れられなかった。
「……これで、よかったんだよね?」
独り言のように、さやかはつぶやく。
無言で、まどかはうなずいた。
「ところでね、エイミーが――」
しばらくして、まどかが何か言い出そうとしたときだった。
「あれ、ほむら?」
屋上の階段部屋のドアが開いて、そこからほむらが姿を見せた。
「美樹さやか、『ワルプルギスの夜』対策で話がしたい。」
ほむらは相も変わらず愛想のひとつもなく、一方的に用件を告げる。
「えーと……」
場所を変えるか、まどかの前で話すか、さやかは悩んで言葉を詰まらせる。
そうしている間、まどかは立ち上がり、小さな声で言った。
「私、邪魔みたいだから教室にもどってるね。」
「え、ちょっと待って、まどか。」
まどかの言葉に何か普段とは違うものを感じとり、さやかは呼び止めようとした。
232 :らんまマギカ13話5 ◆awWwWwwWGE 2011/12/11(日) 21:23:22.78 ID:owmHm4Nx0
「さやかちゃん、授業中もずっとほむらちゃんとお話してたんだよね?
魔法少女のお仕事だったら仕方ないよね、私なんて邪魔にしかならないし――」
振り返ってまどかはそう言うと、そのまま小走りに走り去っていく。
ひどく自分を低くしたまどかの言い回しに、さやかは狼狽した。
「ちょ……あたしは何もそんなこと言って……」
そして、引き止めようとするさやかをほむらが制止した。
「鹿目まどかを巻き込むつもり?」
「いや、そういうワケじゃなくて!」
あんたとは違ってあたしはまどかの気持ちも考えてやらないといけないんだ、さやかはそう言ってやりたかった。
しかし、有無を言わせぬほむらの表情を見て、こいつにそんなことを言っても通じないと諦める。
「……分かった。追わないよ。で、ワルプルギスの夜対策って?」
「最悪巴マミが戦えない場合に備えて――」
***************
落ち込んだ様子で、まどかは学校の廊下を歩いていた。
そこに、たまたま巴マミが通りかかる。
「あら、鹿目さん。今日は美樹さんと一緒じゃないの?」
「あ、マミさん。さやかちゃんはほむらちゃんと話し合いで……」
その時ふと頭の中に疑問がよぎり、まどかは言葉を濁した。
さやかとほむらが話し合いをするのに、なぜ見滝原の魔法少女のリーダーであるはずのマミに話がいかないのか。
「鹿目さん、ちょっとそこでお話しない?」
まどかの表情を見て何か思ったのか、マミはそう切り出した。
二人は校舎の中庭に移動した。
「……私ね、戦力外通告出されちゃった。」
マミはまどかが何か聞こうとする前に、機先を制して言った。
「え? どうしてマミさんが?」
「このところ不調続きでね。しばらく休んだ方が良いって美樹さんと良牙さんが。」
本人にとっては辛いだろう事を、マミはたんたんと言ってのける。
「不調だからって、そんな……」
「あら、もちろん二人とも私を心配して言ってくれてるのよ。
せっかくだから、それで今は休ませてもらってるの。」
「マミさんでも、そんなことがあるんですね。」
まどかは不思議な気持ちでマミの横顔をながめた。
そう言われてみればマミにも落ち込んだ様子が感じ取れないことはない。
しかし、まどかとは違いそこにもがき苦しむような暗さはなかった。
「今まではなかったわ。でもね、今は戦うのが……戦って死ぬのが怖いの。
これまでだって、恐怖感が無かったわけじゃなかったんだけど、
どれだけ怖くても頭で考えたり、体を動かしたりすることは鈍らなかった。」
その言葉に、まどかは薔薇の魔女との戦いのマミを思い出した。
あんなに大きくて怖い姿をした魔女に脚をつかまれ、壁に叩きつけられながらも冷静に罠を張って魔女の動きを封じた。
あの時のマミの様子からは、まさか怖くて動けなくなるなんて想像も付かない。
「どうして、怖くなったんですか?」
「たぶん、死にたくないから……かな。」
まどかの質問に、マミは簡潔に答えた。よく意味が分からなかったまどかは首をかしげる。
233 :らんまマギカ13話6 ◆awWwWwwWGE 2011/12/11(日) 21:24:33.54 ID:owmHm4Nx0
「私はね、今まで心のどこかでずっと、『死んじゃっても良い』って思ってたの。
もともと魔法少女にならなかったら死んじゃってたんだから、それで当たり前だってね。」
「そんなのって……そんなのおかしいです!」
何がどうおかしいのか、まどかにはきちんと理論立てて説明することは出来ない。
それでも、マミが本来死んでいたからといって死んでも良いと言われたら、絶対にそんなことはないとまどかは思う。
「ふふ、普通に考えたらおかしいのかも知れないわね。私は事故で全部失くしちゃったから……
どうしてもっていうほど棄てられないものも無かったし、死んだらパパとママのところに行けるって思ってた。」
マミは自嘲気味に小さく笑う。
「でもね、今は……良牙さんがいて美樹さんがいて鹿目さんがいて、まだよく分からないけど暁美さんもいて……
みんながいるから、死にたくないって思えるの。そしたらね、私、すごく臆病になっちゃった。」
「そんな……」
まどかはなんと答えたら良いか分からなかった。
ずっと一人で戦ってきたマミにとって、自分が大事なもののひとつになっているというのはうれしいことだ。
でも、大切なものを持っていることが弱さにつながっているなんて。
「私はずっと、死にそうな時でも冷静に動ける自分をそういう才能があるんだとか強くなったんだとか勘違いしてたわ。
でもね、私はほんとは弱かったみたい。ただ今までは自棄になってただけで、魔法なんて手に入れたって
本当は何にも強くなってなかったの。」
その言葉にまどかはハッとした。まどかは今まで力を手に入れたら強くなれると思っていた。
しかし、そうではないとマミは言っている。
それは、強くなるために魔法少女になりたいというまどかへの戒めだろうが、その理をとれば新たな疑問が浮かぶ。
(それじゃ、『強い』って一体なに?)
「それじゃあ、良牙さんやさやかちゃんやほむらちゃんは強いんですか?」
まどかはおずおずとたずねた。
「……そうね、みんな形は違うけど、それぞれの強さを持っていると思うわ。」
そう言ってマミは目を上の方にやり、しばし考える。
「良牙さんは強さ自体を求めている人だから、死ぬ恐怖さえ戦う強さに変えちゃいそうね。
なんてったって、自分の不幸を技に変えちゃうんだから。」
マミがおどけて言うと、まどかもつられてクスリと笑った。
「美樹さんの強さは恐れを知らない強さね。向こう見ずとか無謀に繋がっちゃうこともあるけど、
ああいう強さは時に実力以上の力を出せるタイプだと思うわ。」
実力以上の力、という言葉にまどかはお菓子の魔女との戦いの時に自分をかばって前に出たさやかを思い出した。
魔女が相手なら、契約前のさやかはまどかと何も変わらない一般人だったはずだ。
それでも前に出て戦おうとした。無謀といえば無謀だが、まどかには無い強さには間違いない。
「暁美さんの強さは……多分、生き延びるための強さだと思うわ。いつも手の内を明かさず奥の手を隠しているし、
積極的に魔女を倒しにいくよりも効率的にグリーフシードを手に入れられる立ち回りをしている。
ある意味、一番魔法少女に向いているのかもしれないわね。」
(……そんなあの子が、どうしてワルプルギスの夜を倒そうとしたり鹿目さんにこだわったりするのかは知らないけれど。)
マミは内心頭をひねった。あれだけ手の内を隠す慎重なほむらが、なぜワルプルギスの夜に挑むという無謀を行うのか。
誰かの復讐なのか、それともこの町によほど守りたいものがあるのか、何にしろよほどの執念がありそうだ。
「みんな、私とは違って強いんですね……」
そう言ったまどかの声はまだ沈んでいた。
例に挙げられた良牙、さやか、ほむらはもちろん、マミも精神的な意味を含めて十二分に強いとまどかは思う。
死んでも良いからピンチでも冷静でいられるというのはそれも十分強さのひとつに入るだろうし、
自分の弱みを見せることで励まそうとする行為はまどかから見ればむしろ立派すぎた。
少なくともまどかは自分がそれをできるとは思えない。
まどかは声と一緒に気持ちを沈ませた。
234 :らんまマギカ13話7 ◆awWwWwwWGE 2011/12/11(日) 21:26:11.45 ID:owmHm4Nx0
「いえ、鹿目さんには鹿目さんにしかない強さがあるわ。」
そんなまどかにマミはきっぱりと言い切った。
そのはっきりとした口調は、おせじやその場しのぎの方便ではないことを思わせる。
「私に?」
しかしそれでも、まどかにはまるで分からなかった。
自分がそんな強さを発揮したようなことに心当たりは無い。
「ええ。鹿目さんは魔法少女になってもならなくても、鹿目さんにしかない強さがある。
だから、落ち込むこともうらやむ必要も無いわ。」
「その、その強さってなんですか?」
まどかはすがるように質問する。
「言えないわ。だって、こういうのは本人が意識しちゃったらわざとらしくなるものだから。」
それに対してマミはあくまではぐらかすのだった。
****************
普段何かに集中している人間ほど、急に暇になると何をしていいのか分からず時間を持て余してしまうものだ。
帰宅後、良牙とさやかを魔女探索に送り出したマミは、とくにアテもなくテレビのチャンネルをめくっていた。
いつもなら自分が魔女をさがして駆け回っている時間である。
(いまいち面白くないわね。)
そう思ってマミは結局テレビの電源を切った。
実はテレビ番組が面白くなかったというよりも普段あまりテレビを見ていないので見方が分からない。
(やっぱりお菓子作りにしようかしら、それとも受験勉強……)
マミは自分で思っていたほど落ち込まなかった。
ずっと、マミは魔法少女として魔女を倒すことを自分の使命だと考え、それを果たしてきた。
生存と引き換えに魔法少女になったために、自分の生きる意味をそれに限定してしまっていたのだ。
だからマミとしては魔女退治をしていないとなんだかズルをしているようで落ち着かない気持ちはある。
しかし、さやかと良牙は魔法少女として戦えないマミにも存在意義を認めた。
言われたときは分からなかったが、「温かい紅茶をお願いします」とはそういう意味だ。
今まで考えたこともなかったけれど、魔法少女じゃなくても自分には生きている意味がある。
そう考えるとマミは、妙にうれしかった。
その時ふと、インターホンが鳴った。
マミの住居はオートロック式のマンションなのでインターホンを押した相手は一階のマンションの入り口前に居て、
マミが認証しないと建物の中に入れない。
そそくさとマミはモニターから相手を確認した。
「……って杏子、なにやってんの?」
思わずマミはつっこみを入れた。モニターには見紛うはずもない、佐倉杏子の姿がそこにある。
もちろんマミとしては杏子が来てくれることは一向に構わない……むしろうれしいのだが、なぜインターホンなのか。
杏子はむかしからまともにインターホンを鳴らして部屋に入るなんてほとんどしたことがない。
テレパシーで呼び出したり、窓から侵入してきたり、マミにとって佐倉杏子はそういう人間だった。
「わりぃ、ちょっとツレがいるんだけど、上がって良いか?」
連れが居るから普通にインターホンを押したのかとマミは納得する。
たしかに杏子の背後に赤い服を着た女性の人影が見えた。
(あの人……どこかで見たような?)
そうは思っても、インターホンに付いた小さなモニターではよく分からない。
235 :らんまマギカ13話8 ◆awWwWwwWGE 2011/12/11(日) 21:29:28.49 ID:owmHm4Nx0
「分かったわ。お茶は二人分で良いわね?」
「あー、野暮用だから茶なんていちいちいらないって。」
面倒くさそうに杏子が言う。
「そうはいかないわ。お客さんが居るもの。
それに杏子もジャンクフードばかりじゃなくてちゃんとビタミンとかポリフェノールもとらないと。」
そう言いながら、マミは杏子たちに承認を与え入り口のロックを解除する。
「…ったく、ババ臭い。」
入り口を通過する際、杏子はそんなセリフをつぶやいた。
************
「はい、どうぞ。」
「どうも頂きます。」
おさげの髪の女性は律儀にそう言ってティーカップを持ち上げた。
女性と言ったのはマミから見ればいくらか年上に見えたからだ。
「しっかし、魔法少女はおめーみたいなアバ ばっかだと思ったら、きちんとした子も居るんだな。」
「あんたにだけは言われたくないね。」
杏子は椅子の上であぐらをかいて非常に行儀が悪い。これならアバ といわれても仕方がないだろう。
一方のおさげの女性の方は堂々と椅子に腰掛けて、行儀が悪いとは言わないがまるで男性のような立ち振る舞いだ。
マミは二人のやりとりにくすりと笑いながらも、戸惑っていた。
(この人良牙さんの……彼女よね?)
あのモニターだらけの魔女の結界の中で見た覚えがある。
この早乙女乱馬という魔法少女はまちがいなく、良牙の記憶の中に頻繁に登場したあの女性だ。
マミは気が気ではなかった。まさか良牙の彼女まで魔法少女になっていたとは予想外だったが問題はそこではない。
いくら寝るときは小豚になっているとはいえ、よその女が一緒に暮らしているというのはいろいろまずいのではなかろうか。
こうやって話している間に良牙がもどってきたらどうしよう。
下手をすれば修羅場になってしまうのではなかろうか。
しかし、そんなマミの気持ちなど杏子やらんまに分かるはずもない。
杏子はさっそく話をはじめた。
「で、マミ、『やけみほむら』を知ってるか?」
「え?」
マミは一瞬何を聞かれたのか分からず怪訝な顔をする。
「俺たちは黒い魔法少女に襲われてな、その犯人とは限らねーんだけど、
『やけみほむら』って名前だけが今のところその手がかりなんだ。」
らんまが補足説明を加える。
それを聞いてようやく、マミは『やけみほむら』が人名をさしていると把握した。
「ああ、『あけみほむら』さんなら、この町に居るわ。……たしかに黒い魔法少女と言えなくもないわね。」
やや「あ」の音を強調して、マミは答えた。
「マジか、いきなりビンゴかよ!?」
「そいつの特徴は? 見た目とか、武器とか。」
らんまと杏子は二人とも身を乗り出す勢いで聞いてきた。気おされながらもマミは答える。
「ええと、黒髪のセミロングで背はそんなに高くないんじゃないかしら……武器は銃火器を使うわ。」
マミのその説明に、二人は一気に意気消沈した。
襲ってきた黒い魔法少女は背は高めだったし、銃火器など一切使わなかった。
236 :らんまマギカ13話9 ◆awWwWwwWGE 2011/12/11(日) 21:30:14.21 ID:owmHm4Nx0
「まーそうだよなー。考えてみればあんな凶暴な奴がマミの下でおとなしくしてる方が不自然さ。」
肩をすくめて杏子が言う。
「ちっ、ヒント無しかよ。あいつを追うのは諦めるしかねーか……」
らんまも肩を落とした。
「でもあの調子だと回復したらまた襲ってきそうだし、マミも気をつけときな。」
「ええ。分かったわ。ありがとう。」
杏子の忠告にマミは素直に答える。たしかに放っておけない情報かも知れない。
さやかやキュゥべえにはもちろん、ほむらにも伝えておかなければならないだろう。
(あんまり長いこと休ませてはくれそうにないわね。)
マミはホッとしたような残念なような、複雑なため息をついた。
その時だった。
ガチャリとドアノブを回す音がして、誰かが玄関に入ってきた。
「あれ? 誰かお客さん来てるの?」
玄関から聞こえた声は美樹さやかのものだ。
『美樹さん、ストップ、ストップ! 良牙さんを隠して!』
あわててマミはテレパシーを飛ばす。
「え!? なに、どうして?」
「なんだ一体?」
しかし腹芸は通用せず、さやかともう一人は玄関でごちゃごちゃとしている。
「ん? あの声はたしか?」
玄関から聞こえたそのもう一人の声にらんまが反応した。
(ああ、もうだめ……)
マミは思わず顔を覆った。
「マミちゃん、一体何があったんだ?」
やがてそう言って上がりこんできた男に、らんまは確かに見覚えがあった。
いや、見間違えるはずもない。
彼こそは、早乙女乱馬が自ら認めるライバルにして、中学時代からの腐れ縁の響良牙だった。
「良牙、おめーこんなとこで何やってんだ?」
「え、な? 乱馬、なんでお前がここに?」
らんまと良牙は互いに目を丸くして見つめ合った。
何が起こったかよく分からないさやかはきょろきょろと辺りを見回し、
やがて同じように分からない様子の杏子を見つけると、とりあえず初対面なので頭を下げた。
住宅地の中にある家族向けマンションの、『巴』というプレートのある部屋に少女は入っていく。
「おなか減ってるでしょう? ちょっと待ってて。」
少女は、小豚をリビングに下ろすと台所に向かった。
そしてしばらくしてスープ皿に入れたミルクを小豚の前に置いた。
「ぴぃ?」
小豚は戸惑ったように、上目づかいで少女を見つめる。
少女は小豚の視線に、にっこりと微笑みを返した。
すると小豚は意を決したようにミルクを舐めはじめた。
ミルクは弱めにレンジで温めている。
この温度ならおなかを壊すことはなく、熱くて飲めないようなこともない。
ミルクひとつにもなかなか気配りがきいている。
「あら?…変な子ねぇ」
少女はつぶやいた。
なぜなら、小豚はまるで感動したかのように目から涙をこぼしつつ、 ミルクをすすっているのだ。
人間以外の動物も、ホッとしたり安心したときに涙を流すのだろうか?
少なくとも少女の知識の中において、そんなことはない。
動物が涙を流すのは乾燥や汚れから目を守るため――
(あっ!)
少女はふいに何かに感づいた。
「ちゃんと体を洗ってあげないと目も痛いわよね。ごめんね、すぐに気づかなくて。」
「ぴっ ぴ!?」
小豚はあせるように声を出したが、少女は気にも留めず、風呂場へ行った。
シャワーの音が小豚の耳に壁越しに聞こえる。
少女は、再び小豚の前に現れると身構えさせる間もなくつまみ上げた。
「ぴーっ! ぴーっ!」
小豚は激しく抵抗するが、少女はただの女子中学生とは思えない強い腕力で押さえつけてくる。
「大丈夫よ。お風呂ってとっても気持ちいいんだから、怖がらないで。」
そして、少女は小豚を風呂場へ運び、浴槽に浅く張られた湯の中に放り込む。
少女は小豚の様子をろくに確認もせずに、すぐに風呂場の扉を締めて着替え始めた。
「ちょっと待っててね。わたしも一緒にシャワー浴びるから。」
いそいそと少女は衣服を脱ぐ。
可愛いペットと一緒にお風呂、そんな平和な日常に少女は憧れていた。
だから、こうして気持ちをはやらせる。
少女はそそくさと衣服を脱ぎ捨て、そして再び風呂場の扉をあけた。
ガチャリ
「…」
「…」
扉を開ける音を最後に、空気が固まった。
おかしい。
お風呂場には可愛い黒い小豚以外いないはずだ。
では、今目の前にうつるこの青少年は何なのか?
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西・北陸) 2011/09/25(日) 15:03:40.52 ID:MKyW8e0AO
期待
5 :らんまマギカ1話3 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:04:05.31 ID:sF5yimZr0
ガチャン
少女はいったん扉を閉めて、大きく深呼吸をした。
(おちつくのよ、マミ。魔女との戦いで疲れたからってあんな幻覚をみることないじゃない。冷静に、冷静になるのよ。)
気を取り直してもう一度、少女は扉を開ける。
ガチャリ
そこにはやはり、全裸の謎の青少年が居た。
いや、正確には全裸ではなく頭に黄色いバンダナを巻いているが。
「そ、そのっ! せめて服は着るべきだと思う。」
謎の青少年は目を泳がせながら言った。
(しゃべった!? これはわたしの幻覚じゃないの?)
だとすれば一体…
「あっ!」
ここにきてようやく、少女は自分が男子の前に裸体をさらしているという事実に気がついた。
「きゃああああっ! チカン! 変 !」
金切り声をあげ、凄い勢いで少女は風呂場から逃げ出した。
**************************
「…変身体質?」
けげんな顔で、少女は言った。
「俺だってこんなバカバカしい話、信じたくもない。だがな―」
少女と向かい合う青年は、そう言って自分の頭にマグカップの水をかけた。
コンッ
マグカップが宙を舞って床に落ち、青年の姿は消えた。
その代わりに、黒い小豚が青年の座っていた場所に現れる。
「信じられない…けど、信じるしかないみたいね。」
少女はその小豚に、こんどはヤカンのお湯をかけた。
立ち上がる湯煙に隠れるように、先ほどと同じ青年の姿が浮かび上がる。
「でも、どうしてそんな体質になったんですか?もしかして、魔女の呪い…?」
少女は質問した。
少女にはこういった非常識なことには少しだけ心当たりがあったからだ。
「いや、そんなメルヘンなものじゃない。」
しかし青年はきっぱりと否定した。
きっと『魔女の呪い』をおとぎ話か少女アニメの中のものだと思っているのだろう。
「俺はこう見えても武闘家でな、修行の旅をしている。こんな体質になってしまったのは、中国で修行をしていた時に呪いの泉とやらに落ちてしまったせいだ。」
『呪いの泉』それこそが魔女の呪いではないのか、少女はそう思ったが口には出さなかった。
この世に実在する魔女のことを語ったところでどうせ少女アニメにでも影響されたおかしな子だとしか思われない。
相手の言っていることも非常識なのだから信じてもらえるなどと余計な期待はしない方がいい。
人は、見たものしか信じないのだから。
私だって、見なければ彼の変身体質など信じようとも思わない。
そう考えて、少女はこれ以上話すことはないと判断した。
6 :らんまマギカ1話4 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:07:03.04 ID:sF5yimZr0
「そうなんですね。…いきなりさらっちゃった上にチカン扱いしてしまってすいませんでした。」
少女は話を終わらせるためにまとめはじめる。
「いや、むしろ世話になったな。服まで借りてしまって。」
青年も長居をするつもりはないらしい。
話が終わったと判断してそそくさと立ち上がる。
「いえ、着る人のいない服ですから。もらってくれて構いません。」
「じゃあな、ミルクうまかったぜ。」
青年は手を振って玄関から外へ立ち去った。
(『ミルクうまかったぜ』か…)
少女はそんな台詞を堂々と男らしく言う青年におかしさを感じた。
(でも、悪い人じゃなかったみたいね。)
もしかしたら秘密を打ち明けても信じてもらえたかもしれない。
そんなほのかな後悔が少女の胸に去来する。
「名前ぐらい、聞いておいてもよかったのかな?」
ひとりぼっちの広い部屋で、少女はちいさくつぶやいた。
「あかねさん…」
重い荷物を背負いながら、男はちいさくつぶやいた。
男は見知らぬ町を歩いている。
右も左も分からない、まるで迷路のような町だ。
こんな状況の時、彼の心をはげますもの、それは今口ずさんだ『あかね』という女性の存在だった。
しかし今日は不思議と『あかねさん』の顔は思い浮かばなかった。
かわりに一昨日会った少女の顔が思い浮かぶ。
少女といってもおそらく2つか3つぐらいしか歳は変わらないだろう。
小豚となった自分をもてなしてくれた優しい少女だった。
正体を知っても丁寧に対応してくれた。
もしご両親にでも見つかっていればえらいことになっただろうに…
そこまで考えたところで、男の頭の中に疑問が浮かんだ。
なぜあの時、彼女の家族はいなかったのか?
独断でペットを拾ってきたというのに誰かをはばかる様子もなく堂々と自宅に入っていったのはなぜか?
それに貸してくれた男性物の衣服についても「着る人がいない」と言っていた。
もしかして、彼女は家族もおらず、ひとりで暮らしているのだろうか?
男は、少女に同情をいだいた。
何ヶ月も親が家に帰ってこない、彼はそんな家庭環境で育ってきた。
男子らしいたくましい態度していながら、男は孤独に暮らすことの寂しさをよく知っていたのだ。
「…」
『あかねさん』の名をつぶやくように、男は少女の名前をつぶやこうとしたが
できなかった。
少女の名前を知らなかったからだ。
「名前ぐらい、聞いとけばよかったな。」
男はそんな独り言を虚空に放した。
7 :らんまマギカ1話5 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:10:27.74 ID:sF5yimZr0
あたりは人気のない倉庫街。
何の答えも返ってくるはずもない。
しかし、異変は起こった。
突如、目の前に西洋の城のような岩壁が広がり、ニョキニョキと地中から石柱が生えてくる。
「な、なんだ、これは!?」
あまりのわけの分からなさに混乱する男のまわりに、石柱がまるで生き物のように集まってきた。
よく見れば空中にもいくつかの石柱が浮かんでいる。
いつの間にか彼は、すっぽりと石柱に囲まれてしまった。
(よく分からんが、なんだかやばそうだ。)
男は、迷わず石柱に人差し指をぶつけた。
「爆砕点穴!」
叫び声と同時に石柱はこっぱみじんに砕け散る。
「よし、いける!」
そう判断した男は、次々に石柱を破壊していった。
指に触れただけで硬い石が粉々になっていく。
もしこの場に第三者が居たなら、この異空間に負けず劣らず男の存在も異様に感じたことだろう。
ついには無数にあった石柱のほとんどが消え去り、巨大な甲冑が男の目の前に現れた。
「お前がこいつ等のボスか? なんだか知らないがここから出しやがれ。」
彼の身長の何倍もあろう相手にも、男はまったくひるむことなく凛として言った。
しかし甲冑は聞く耳もないといった様子で、巨大な剣のような腕を男に振り落とす。
それに対して男は、なぜかベルトをするするとズボンから抜いた。
そして、頭上へと落ちてくる馬鹿でかい刃物に対してそのベルトを振りかざす。
不思議なことに、ベルトは鋼鉄のように固くまっすぐに伸び、丈夫な短刀となって巨大な剣を止めた。
「妖怪ふぜいが、俺にケンカを売ったことを後悔しな!」
男は甲冑妖怪の刃物状の腕を払いのけると一気にそのふところに飛び込んだ。
そして、甲冑妖怪をベルトで滅多切りにする。
しかし、斬れているのは外側の布切れの部分だけで、内部の鎧はほとんど傷ついていない。
「くっ、硬い!」
男がそうしている間にも、甲冑妖怪は両腕をクロスさせて男を逃がさないようにしながら、その刃物のような腕で抱きしめようとする。
もちろん、抱きしめられたら男は十字型の切り後を残して四つに裂かれることだろう。
「…まったくムカつくぜ。なんでこんなわけのわからないことに巻き込まれなきゃならねーんだよ。」
男はベルトでの攻撃をやめ、うつむき立ち尽くす。
甲冑妖怪はそれをあきらめととったのか、一気に腕を内側に、男を切り刻むように抱きつこうとした。
その時、
「獅子咆哮弾!」
強大な閃光が立ち上がり、とてつもない重量をもって甲冑妖怪の頭上に降り注いだ。
甲冑は押しつぶされ、周りの地面が隕石の落ちた後のクレーターのように大きく陥没する。
「…ふぅ」
閃光が去り、男はため息をもらした。
8 :らんまマギカ1話6 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:13:02.20 ID:sF5yimZr0
足元に転がる甲冑はもはや原型をとどめず、ただの鉄くずに成り果てていた。
男はあらためてあたりを見回す。
相変わらず、あたりは城壁に囲まれた中世欧州の城のようになっている。
「ボスを倒しても元にもどらないのか。」
男はわずかにいらだちを見せたが、それはまるでショッピングモールの出口が分からなくなった程度の気軽さだった。
さきほどの戦闘になど恐怖も不安も全く感じていないのだ。
「あぶないっ!魔女を相手に油断しないで!」
ふいに、どこかで聞いたような声が響いた。
あたりを振り返ると、さきほどの甲冑がぼろぼろの体をもたげて腰ぐらいまで立ち上がっている。
「しぶといっ。」
そう言った男が再び戦闘態勢に入るより早く、黄色い光線が甲冑妖怪を包んだ。
「ティロ、フィナーレ!」
こんどこそ甲冑妖怪は霧散し、まるでペンキで壁を塗り替えるようにあたりの風景が変わった。
そこは元の倉庫街だ。
男は妖怪を倒してくれた人物に礼を言おうとその姿を探す。
すると、鮮やかな金髪の少女が目に入った。
「あっ あなたは!」
「おまえは!?」
男と少女の声がかぶった。
男は茂みに隠していた自分の荷物から衣服を出して着替えていたし、少女も西洋のアンティーク人形のような格好をしている。
それゆえ以前にあったときとは全く格好が違い、互いに近づくまで気づかなかった。
しかし、近くで見ればはっきり分かる。
それほど互いに印象的だったのだ。
少女は先日、小豚状態だった男をもてなしてくれたその少女だった。
*********************
「俺の名前は響良牙、前にも言ったように武闘家だ。」
「私は巴マミ、信じられないかも知れませんが魔法少女です。」
闇夜の中、二人は改めて自己紹介をした。
「僕の名前はキュゥべえ、魔法少女を作り、サポートするのが仕事さ。」
そして、巴マミの肩の上に乗った小動物も自己紹介をする。
動物がしゃべっていることに若干の違和感を感じながらも、良牙は話を続けた。
「しかし、いったいあの化け物はなんだったんだ?バラバラに砕いてやったはずなのに蘇りやがった。」
獅子咆哮弾で決着がつかなかったことが、良牙にとっては少々屈辱だった。
彼はそれだけ戦いや強さにプライドを持つ人間だった。
「あれは魔女と言って、人々に災いをもたらすものです。魔法少女はあの魔女を倒すことが使命なんです。」
「魔女は魔法じゃないと倒しにくいようになっているからね。僕にとっては魔法を使わずに魔女を倒せる君の存在の方がおどろきだよ。」
マミとキュゥべえがそれぞれ問いに答える。
「魔法じゃないと倒しにくい?ちょっとキュゥべえそれはわたしも初耳よ。」
マミは責めるように言ったが、あまり真剣に怒っている様子ではない。
気心の知れた相手だからできる軽口なのだろう。
「いや、俺が倒したわけじゃない。」
9 :らんまマギカ1話7 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:15:30.61 ID:sF5yimZr0
「同じさ。あと二、三発もさっきの技をすればあの魔女は良牙ひとりで倒せていたよ。」
そういうものなのか、と良牙はどうもすっきりしない感じがした。
自分が三発以上必要な敵を巴マミは一撃で倒してしまったのだ。
巴マミが自分よりも数段強いとすればそれで納得するしかないのだが、どうもそうではなくて相性の問題らしい。
「ところで、どうして良牙さんはまだこの町に? 旅をされてるって・・・?」
今度はマミの方から質問が出た。
もっともな問いだ。
あれから二日経ったのに、流浪の生活を送っているはずの良牙とまたこの町で出会うなんて普通は考えられない。
「え、なに! もしかして、ここはまだ見滝原なのか!?」
なぜか良牙は激しく狼狽した。
「もしかしても何も、わたしの家から200mほどしか離れてませんよ。」
良牙が何をあわてているのか分からないが、マミはとりあえず冷静につっこんだ。
「そんなっ! もう何ヶ月も風林館を目指していると言うのにぜんぜん近づけない!」
「風林館ならそんなに遠くないじゃないですか。…もしかして、わたしのことバカにしてるんですか?」
良牙のわけの分からないオーバーリアクションにマミは腹を立てた。
それに対してキュゥべえは冷静に、良牙に質問をする。
「良牙、つかぬことを聞くけど、君はここからどうやって風林館に行く気だい?」
「そりゃあ、富士山が北にあるから、日の昇る方向へ歩いて―」
良牙はおそろしく大雑把な脳内地図を披露した。
しかも冗談めかしてではなくいたって真顔でそれを言っているのだ。
常識を超えたトンチンカンぶりにマミはあきれ果てた。
こうなれば一瞬でも腹を立てた自分がバカらしくなってくる。
「うん、良牙が方向音痴なことはよく分かったよ。」
「なにっ!? なんで分かったんだ?」
良牙の真剣な表情に、もはやマミもキュゥべえもつっこむ言葉すら見つからなかった。
「…ところで、良牙。僕は君の強さとさっきの技に興味があるんだ。」
間が空いたところで、すかさずキュゥべえは話題を変える。
「そこで提案なんだけど、もうしばらく見滝原に居てくれないかい?」
突然のキュゥべえの提案に、良牙もマミも目を丸くした。
「そんなこと言われても、宿を借りる金なんざないぞ。」
良牙は率直に答える。
「だったら、マミの家にいれば良いじゃないか。」
キュゥべえはけろっと言い放った。
「キュゥべえ、なに言ってるのよ!」
「そんな無茶なことできるかっ!」
マミも良牙もあわてて否定した。
10 :らんまマギカ1話8 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:17:45.15 ID:sF5yimZr0
「いやいや、別に無茶な話ではないよ。良牙は変身体質なんだろう?夜寝るときには良牙が変身していれば問題ないんじゃないのかな?不安なら僕も一緒に居るよ。」
「…それなら、安心だけど。」
マミは愛らしい小豚の姿を思い出し、思わずそう答えてしまった。
「マミにとって、彼ほど強くてしかもグリーフシードを消費しない味方がいるのは凄く心強いと思うよ。魔女との戦いはずいぶんやりやすくなるハズだ。」
キュゥべえの言葉に、マミは納得したようにうなずく。
秘密を共有し、ともに戦える仲間。
それはマミが心の底で求め続けてきたものだった。
図らずもそれが今、手に入るかもしれないのだ。
「良牙にとっても十分なメリットがあると思うよ。魔女との戦いは君にとって良い修行になるはずだし、風林館に行きたいのなら僕かマミが暇なときにでも案内してあげられる。それに流浪の野宿生活も良いけどさ、屋根の下でゆっくり眠ることも時には必要なんじゃないのかな?」
良牙もまた、キュゥべえの言葉に心が動いた。
魔女との戦いに納得がいっていないのがその理由のひとつ。
それに良牙は流浪の旅と言ってはいるが、実は方向音痴ゆえにろくに家にも帰れないので結果的に流浪の旅になっているに過ぎない。
修行のためというのは完全な後付だった。
だから屋根の下でちゃんと寝ることのできる生活というものには誘惑される。
「どうだい、二人とも?」
すでに勝利を確信したキュゥべえが改めて返答を求めた。
「え…」
「えっと…」
「「よろしくお願いしますっ!」」
良牙とマミは声をはもらせて互いに頭を下げる。
こうして、魔法少女と武闘家の奇妙な同居生活が始まった。
12 :らんまマギカ2話1 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:23:17.92 ID:sF5yimZr0
響良牙と名乗る武闘家との出会い。
それは巴マミにとって驚きの連続だった。
変身体質もさることながら、その高い戦闘力はどうしたものか。
彼女は魔女の結界での良牙の戦いを遠巻きに見ていた。
魔女の使い魔に囲まれているから急いで助けようとした矢先、彼は自力で次々と使い魔を倒していった。
しかもその倒し方がすさまじい。
指先ひとつで触れるだけで防御力に優れた石柱型の使い魔がこっぱみじんに砕け散るのだ。
そして、ベルトを剣のようにして魔女の攻撃を防ぎ、さらには巨大な光を出して魔女をぺしゃんんこにしてしまった。
マミははじめ、男性のような体格をした魔法少女なのかと思った。
しかし近づいてみてみれば紛れもなく男性、それもつい先日会ったことのある青年だったのだ。
その日の晩はかなり長く情報交換が続いた。
魔法少女と武闘家、お互い未知との遭遇だった。
良牙によれば、魔女を倒した光やベルトを硬直させたものの正体は魔法ではなく「闘気」なのだという。
(まるで少年漫画ね。)
マミはそう思った。
気の概念の源流は格闘技にあるのだが、そんな知識をマミはもたない。
マミにとっては闘気で攻撃するなど漫画の中の話でしかなかった。
そういえば、良牙の武闘家としてひたむきに強さを求める姿勢や常識はずれな方向音痴もどことなく漫画っぽい。
(少年漫画からそのまま飛び出してきたような人…)
そう考えてマミはつい笑ってしまった。
良牙が少年漫画から飛び出てきた人間なら、わたしは少女漫画だ。
彼と対比することで自分の存在もまたありえないことをマミはあらためて実感した。
マミは良牙に、魔法でリボンを自在に操り紅茶を注いでみせた。
さすがの良牙も目を丸くしていた。
マミはリボンにもポットにも指一本触れずにお茶を注いだのだ。
格闘新体操の達人でも触れもせずにリボンを操ることはできないし闘気でティーポットを動かそうとしても、逆にティーポットを粉砕してしまうことは目に見えている。
だから、魔法と信じるしかない。それが良牙の見解だった。
もともと不思議なものには慣れっこなので別段おどろきもしないらしい。
ただの闘気や手品でないとだけ分かれば良牙にとってはそれで十分だったのだろう。
一方キュゥべえの興味は良牙が魔女を倒すために使った技、獅子咆哮弾にあった。
良牙の説明によれば、獅子咆哮弾は単純な闘気のかたまりではなく負の感情を重たい気に変化させて威力を増す技だという。
それを聞いたキュゥべえは「やはりそうか!」となにやら納得していた。
キュゥべえの言うには負の感情を力に変える獅子咆哮弾は負の感情のかたまりである魔女に近いところがある。
そのため、威力のわりに魔女にはとどめになりにくいらしい。
13 :らんまマギカ2話2 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:25:51.53 ID:sF5yimZr0
(でも、それだけじゃ無さそうね。)
キュゥべえが魔女や魔法少女以外のことに興味を持つのは珍しい。
付き合いの長いマミでもこんなことは初めてだった。
獅子咆哮弾には他に、キュゥべえの興味をそそる何かがある。
マミはそんな確信をいだいた。
それが何かまでは想像がつかないが、もしかしたらキュゥべえの存在そのものに関わるヒントになるかもしれない…
そこまで考えたとき、マミはハッとした。
「わたしは、キュゥべえを疑っている…?」
***************************
『今日はキュゥべえの奴はついて来ないのか?』
良牙はマミにテレパシーを送った。
『ええ。新人発掘ですって。こう言ってはなんですけど、彼は普段から営業活動には余念がないんです。』
マミはテレパシーを返しながら、自分の肩の上に乗る小豚の頭をなでた。マミとしては特に意味のない、ペットを愛でるだけの行為だ。だが、そんなことにも小豚の顔が赤くなる。
『し、しかしこの状態でも会話できるとは便利なもんだな。』
テレを隠そうと冷静をよそおう良牙。
マミはクスッと小さく笑った。
ぶっきらぼうで言葉遣いが荒いときもあるが、決して粗野ではない。
むしろ、なんだか可愛い人だ。
(いい人みたいで良かった。)
これから魔女と戦うかもしれないというのに、自然とマミの心ははずんだ。
『良牙さんがテレパシーを使えるのはわたしかキュゥべえが居るときだけですから、気をつけてくださいね。』
マミは良牙に説明をしながら、自分の指輪に触れる。
すると、指輪は丸い宝石状に形を変え、黄色い輝きを放った。
わずかながら魔翌力反応がある。マミの瞳に緊張が宿った。
(魔女が…近くにいる!)
『それは?』
マミの肩に乗った小豚が不思議そうに黄色い石を眺めていた。
『ああ、これがソウルジェムです。魔法少女の証であり、魔女を探す魔翌力探知機にもなっていて…』
「あ」
説明をはじめたと思ったら、マミは急にテレパシーを切り口で声を出した。
「良牙さんはちょっと待っててくださいね。」
そう言ってマミは小豚を肩から下ろしそそくさと立ち去った。
(へ? 一体どうしたんだ?)
取り残された良牙は、途方にくれるしかなかった。
14 :らんまマギカ2話3 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:28:07.84 ID:sF5yimZr0
暁美ほむらは、キュゥべえの姿を追っていた。
(ついに、まどかを見つけられてしまった。)
気持ちはあせる。
どうにかして、キュゥべえと鹿目まどかの接触を阻まなければ、『またもや』鹿目まどかが魔法少女になってしまう。
そうなれば、鹿目まどかはやがて魔女に―
「…見つけた。」
暁美ほむらの目に、白い犬のような猫のような、奇妙な小動物の姿が映る。
もはや、手段を選んでいられない。
ほむらはためらいもせず拳銃を取り出し小動物に向けて発射する。
銃弾は白い獣をかすった。
(はずしたか。)
そう思った、その瞬間、ほむらの腕に黒い小動物が飛びかかってきた。
「きゃあっ!? なに、コレは?」
手に持っていた拳銃が、その小動物の体当たりにより手からこぼれ落ちる。
それとほぼ同時に、黒い小動物は見事に着地し、ほむらに視線を向けて対峙した。
平べったい鼻、突き出た耳、その姿はどうみても豚だった。
キッとにらみつけてくるその目は、ほむらを敵視している。
(何なのこの豚は? インキュベーターの同類?)
ほむらの頭の中を無数の疑問符がかけめぐった。
どうあれ確かなことは、この小豚はキュゥべえ…彼女の言うところのインキュベーターを守ろうとした。
「敵には、違いないわね。」
ほむらは左腕につけている盾に右手をかざす。
すると、彼女以外のすべてのものが動きを止めた。
、
ほむらはそのまま右手で盾の裏側から銃器を取り出す。
そして無造作に、小豚にそれを撃った。
銃弾は小豚に当たる手前で、ピタリと動きを止めた。
他のすべてのものと同様にこの空間の背景と成り果てている。
動けるのはほむらただ一人のみだ。
ほむらはもう一度盾に手をかざした。
するとこの世界は再び動き出した。
が、勢いよく動き始めた弾丸は小豚にあたらず、コンクリートの地面をけずった。
小豚が時間が動き始めると同時に大きくジャンプをしたからだ。
(かわされた!?)
ほむらはおどろきを隠せなかった。
15 :らんまマギカ2話4 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:30:44.51 ID:sF5yimZr0
彼女は時間停止の能力を持っている。
その能力を使えば銃弾があたる寸前まで、相手は一切の回避行動がとれない。
それなのにかわされたということは、相手が高速で動いているか先読みをしているということになる。
どちらにしても、そうとうな戦闘センスの持ち主だ。
(得体が知れないわね…)
ほむらは内心で舌打ちをした。
この得体の知れない存在の相手をしている隙に白い小動物…インキュベーターはすでに逃げている。
してやられた格好だ。
そうとなれば、人に見つかる危険を冒してまでこれ以上ここにいるメリットもない。
(わたしも逃げるか…)
ほむらはどこからともなくスタングレネードを取り出し爆発させた。
すさまじい閃光と煙があたりを包み、それが過ぎた後にはほむらの姿は消えていた。
(逃げたか…キュゥべえを襲っていたようだが、あれも魔法少女なのか?)
黒い小豚こと、良牙は考えた。
あの少女がキュゥべえに向けて撃った銃撃の、発射前に間に合うように良牙は飛んだはずだった。
しかし、良牙が拳銃を体当たりで飛ばしたのは発砲した後だった。
おかしい。
構える間も狙う間もなく銃を撃てるものなのか。
いや、それどころかそもそも発砲音すら聞こえなかった。
まるで、時間が飛ばされたようなそんな不思議な気分だ。
種明かしは分からないが、相手がいつ撃ってくるか分からないのならとにかく動いてよけるしかない。
良牙はそう思い、回避行動をはじめた。
結果的にはそれが功を奏して銃弾をよけることができた。
だが不気味だ。
少女は銃を握ってすらいなかったのに、次の瞬間、すでに発砲していたのだ。
銃を構えるヒマすらはおろか取り出す時間すら全くなかったはずなのに。
(チッ、奇妙なガキだ。)
悩んでも仕方がない、早くマミちゃんのところに戻ろう、そう思い良牙はあたりを見回した。
(…ここは、どこだ?)
マミはもちろん、キュゥべえも逃げてしまったので見当たらない。そしてここは見知らぬ町。
この状態では、良牙に帰還できるあては何もなかった。
「ぴーッ! ぴ、ぴー!!」
哀れな小豚の鳴き声だけがあたりに響いた。
16 :らんまマギカ2話5 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:34:18.56 ID:sF5yimZr0
(我ながら、とんだ失態ね。)
巴マミは黒い小豚…良牙がいなくなっていることに気付き、頭を抱えた。
そもそもの失敗は、いつもより一杯多く紅茶を飲んだ事だ。
昨晩は話が長くなったので睡眠が足りていない。
だからカフェインを多めにとったのだが、それが裏目に出た。
男性である良牙の前で堂々と事情を説明するわけにも行かない。
しかし、魔女との戦いを控えているのに下手に我慢することもまたできない。
結果、マミはどこに行くかも言わずに良牙を置き去りにして『お手洗い』に行ってしまった。
いくら良牙でもほんの数分の間に迷子になることはあるまいと油断していたのだ。
(もし、魔女の結界にでも巻き込まれたら…)
本来の良牙なら並の魔女ぐらいあっさり倒してしまうだろう。
だが、今の小豚状態の良牙では使い魔一匹にもとうてい勝ち目がない。
(急がなきゃ)
気持ちはあせる。
『マミ、聞こえるかい?』
その時、テレパシーがマミの思考に入り込んできた。
聞きなれたこの声は、キュゥべえだ。
『キュゥべえ、どうしたの?』
『マミとつながって良かった。実は、魔女の結界に飲まれてしまったんだ。一般人も二人いる。助けに来てくれないかい?』
一般人が魔女の結界に巻き込まれた。…緊急事態だ。
魔法少女の使命を人々を魔女から守ることだと認識しているマミにとって「助けない」などという選択肢は存在しない。
『わかった。すぐ行くわ!』
マミはソウルジェムの示す方向へと走り出した。
『ところで、キュゥべえ。良牙さん見なかったかしら?』
走りながらもマミはテレパシーを飛ばす。
激しい運動をしながらでも息を切らすことなく会話できる。
これもまたテレパシーのメリットだろう。
携帯電話ではこうはいかない。
『良牙なら、さっき僕が襲われていた所を助けてくれたよ。』
『襲われた!? 魔女に?』
そうだとすれば、良牙も一緒に魔女の結界に巻き込まれたのだろうか。
小豚の状態でどうやってキュゥべえを助けたのかは知らないが事態はかなり緊急を要するようだ。
『いや、魔法少女に襲われた…どちらにしてもあの位置なら良牙もこの結界に巻き込まれている可能性が高い。』
しかし、キュゥべえはマミの予想とは全く異なることを言った。
『どういうこと? 話が見えないわ。』
『すまない。なんで魔法少女に襲われたのか僕にもよく分からないんだ。とりあえず、考えるのは後にしよう。 良牙や一般人の安全を考えれば魔女を倒すのが最優先だろう。』
『そうね。分かったわ!』
キュゥべえが「分からない」というのは珍しい。それだけ想定外の事態が起きているということだろう。
だからといってマミは混乱などしなかった。
こういう場合の優先順位ははっきりと決まっている。 第三者の命が最優先。
そう考えることにマミには迷いがなかった。
17 :らんまマギカ2話6 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:36:30.51 ID:sF5yimZr0
鹿目まどかと美樹さやかは混乱していた。
いつものように学校に通い、いつものように放課後はショッピングモールへ寄って、いつものように家路につくはずだった。
それなのに、この異空間は一体、何なのか。
きっかけは鹿目まどかが奇妙な『声』を聞いたことだった。
助けを求めるその声を追って鹿目まどかは閉鎖中のエリアに入り込み、美樹さやかもそれを追っていった。
暗く閑散とした空きスペースの中で、傷を負った小動物が倒れていた。
まどかがその小動物を助けようと抱きかかえたその時だった。
ショッピングモールの壁がチラシ紙を破くように裂けて、その中から不規則で奇妙な図面が現れた。
いつのまにか、あたりはその奇天烈な景色に囲まれ、元のショッピングモールの通路や部屋は消え去っていた。
「冗談だよね、あたし、悪い夢でも見てるんだよね!?」
さやかは叫んだ。
何もかもが常軌を逸している。
血のように赤い色の蝶が巨大なひげの生えた触覚をもたげて歩き回り、真っ黒なハサミが鳥のように宙を舞う。
とげとげしいイバラはまるで触手のようにあたりをうね回る。
その異形のものたちは二人の少女を取り囲みながら、徐々に距離を詰めてきた。
(もしかして、おそいかかってくるの?)
まどかもさやかも口には出さないが、その予感を感じていた。
これから自分たちはこの気持ち悪いクリーチャーに食べられて死んでしまう。
漫画やアニメになれた現代っ子だからこそ、そんな予感が頭に浮かんでしまう。
恐怖を募らせる二人に、異形のものたちはもう触れてしまう位置にまで近づいてきていた。
(もうダメ!)
そう思った瞬間、とつぜん赤い蝶が吹き飛んだ。
それだけではない、異形のものたちが次々と後ろに吹き飛び、まどかとさやかから引き離されていく。
(一体、なに?)
二人の少女は呆然としてそのようすをながめた。
「危なかったわね。でももう大丈夫。」
優しく、強い声がして、金髪の少女がまどかとさやかの目の前に現れた。
「キュゥべえも一緒ね。」
「ああ、マミ。間一髪間に合ったね。」
それまでまどかの腕の中でじっとしていた白い小動物がいきなり人間の言葉をしゃべりはじめた。
「うわっ、ホントにしゃべった!」
さやかが驚きの声を上げる。
「だから、わたしは嘘つかないよー。」
まどかがそれに答えた。
「いや、すまない。マミとのテレパシーと体の回復に集中していて君たちと会話をする余裕がなかったんだ。」
白い小動物は愛らしい姿とはうらはらに、理路整然と自分の事情をのべる。
18 :らんまマギカ2話7 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:38:28.63 ID:sF5yimZr0
「え? いや、謝るほどのことでも…って、ええ!?テレパシー??」
しかしさやかはなおさら混乱するだけだった。
「いろいろ聞きたいとは思うけど、その前に、ちょっと一仕事片付けちゃっていいかしら?」
余裕のある口調で、金髪の少女は怪物たちの前に出た。
彼女がスカートをたくし上げると、大量の銃が落ちてきた。
長大な、数世紀前の西洋の銃のようだ。
金髪の少女はそれを片手にひとつずつ持つと、怪物たちをめがけて発砲した。
二丁の銃から発砲された二発の弾丸は、吸い込まれるように二匹の怪物の眉間を貫いた。
金髪の少女は弾を撃った銃を投げ捨てると、そのまま別の銃を取り、流れるような動作で再び発砲した。
銃弾はまたもや怪物に命中する。
金髪の少女を敵とみなしたのか、怪物たちは奇妙な叫び声をあげ、次々に少女に襲い掛かっていった。
しかし、何者も金髪の少女に触れることすらできなかった。
少女は踊るように華麗に、全方向から襲ってくる怪物に銃弾を浴びせる。
銃を撃っては捨て撃っては捨てを繰り返し、一匹一匹確実に、しかしスピーディーに、マミは怪物たちを撃ち抜いていった。
「すごい…」
ながめているまどかはつぶやいた。
気がつけば数え切れないほどいた怪物たちはほとんど姿を消し、異様だった風景もその『メッキ』がはがれていた。
一仕事を終えた金髪の少女がまどかとさやかの方を振り返る。
「私は巴マミ。あなた達と同じ見滝原中学校の3年生よ。」
その時、どこからか小動物の鳴き声が聞こえてきた。
「ぴーっ! ぴーっ!」
「あら、よかった。良牙さんも無事ね。」
そう言って金髪の少女がしゃがんで手を地面に近づけると、そこに黒い小豚が走りこんできた。
(『りょうがさん』って、ペットに『さん』付け!?)
さやかは内心つっこむが、この異常事態の中でまだ言葉に出せるほどの余裕はない。
金髪の少女は変な顔をするさやかを気にもせず、その小豚を手のひらに乗せ、自分の肩へ移動させた。
「そして、キュゥべえと契約した魔法少女よ。」
怪物たちを一人で退治したその少女は、壮絶な戦いぶりからは想像できないほど、柔和な笑みをしていた。
20 :らんまマギカ3話1 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:43:23.90 ID:sF5yimZr0
「ケーキ、うまっ!」
「もう、さやかちゃん、行儀悪いよぉ」
「いいのよ、美樹さん、鹿目さん。」
鹿目まどかと美樹さやかは、巴マミの家に招かれた。
「キュゥべえに選ばれた以上、他人事じゃないしね。」
そう言ってマミはキュゥべえの方を見た。
その赤い瞳はいつもと変わることなく不思議な輝きを放っている。
長い付き合いだというのに関わらず、目を見ても何を考えているのかは分からない。
(人間じゃないから仕方ないのかな?)
少し寂しげに、マミは小豚のままの良牙を見た。
黒い小豚は、魔法少女についてすでに説明を受けているので興味なさげに、ただの小豚のフリをしてカーペットの上で寝転んでいた。
それでも、マミの視線に気付くと、その表情を感じ取り、不思議そうな顔をする。
小豚の体でも、人間は表情やしぐさで感情を伝え合うことができるようだ。
マミはこのまだ出会ったばかりの小豚にキュゥべえには感じなかった安堵を感じた。
「うんうん、何でも聞いてくれたまえ。」
「さやかちゃん、それ逆。」
良いタイミングでボケるさやかとすぐにつっこむまどか。
なかなか良いコンビらしい。
そんな二人をほほえましく眺めながら、マミは黄色い石を取り出した。
「わぁ、きれい…」
その輝きにまどかが見とれる。
「ソウルジェムというの。キュゥべえとの契約によって生み出す宝石よ。魔翌力の源で、魔法少女の証でもあるの。」
さやかとまどかは二人してソウルジェムを眺める。
「契約って、どういう?」
さやかの問いを受けて、いままで黙っていたキュゥべえが前に出た。
「僕は、君たちの願いごとをなんでもひとつだけ叶えてあげることができるんだ。」
「え!?」
「なんでも?」
『なんだって!?』
キュゥべえの言葉に、まどかとさやかは驚きの声を上げた。
しかし、それ以外にこの場には居ないはずの男性の声が聞こえた。
まどかとさやかは目を丸くしてあたりを見回す。
「あれ? マミさん、お兄さんが?」
素朴な疑問をさやかはぶつけた。
「ああ、これは違うの。良牙さんがね、テレパシーで話しかけてくれたのよ。」
そう言ってマミは黒い小豚を抱き上げた。
小豚は先ほど聞こえた男らしい声からは想像できないほど可愛らしくあたりを見回している。
その様子は思ってもいない事態にあせっているように見えた。
21 :らんまマギカ3話2 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:46:04.41 ID:sF5yimZr0
「ね、良牙さん。」
マミは挨拶をうながした。
『あ、ああ。驚かせてすまない。俺は響良牙だ。』
マミの腕の中で、黒い小豚はぺこりと頭を下げた。
「ええええええええ!? 小豚がテレパシー??」
「かわいい! この小豚ちゃんも魔法を使えるんですか?」
まどかとさやかは今日何度目かの驚きのリアクションをとった。
「いや、良牙は魔法を使えないよ。今は僕やマミがテレパシーを仲介してるんだ。」
キュゥべえが解説を加えた。
「じゃあ、じゃあ、魔法少女になったら動物とお話できちゃうの!?」
まどかは熱心に、キュゥべえにせまった。
「残念だけど、普通の動物は無理よ。」
急にせまられたキュゥべえに助け舟を出すように、マミが答えた。
「契約の願い事を『動物とお話』にすれば出来ると思うけどね。」
キュゥべえはすかさず、契約を結ばせるのに有利な補足説明を加えた。
さすがと言った表情でマミはキュゥべえを見つめる。
『ってことは、魔法少女になったらなんでも叶うってのは本当なのか?』
良牙は、魔法少女の契約について詳しいことを聞いていなかった。
自分にはあまり関係が無いと思っていたからだ。
しかし何でも叶うというのなら興味がある。
「うん。ただし、願いを増やしてくれとかそういうズルは無しだよ。あと、宇宙全体に関わるような大きすぎる願いだと制限が出てしまう。でも、地球規模の願いなら、たいていは叶うはずだよ。」
「たとえば、億万長者とか、不老不死とか、満漢全席とか!」
さやかの問いに、キュゥべえはこくりとうなずいた。
「うん、そういうことなら叶うよ。」
そしてあっさりと「叶う」と言ってのける。
キュゥべえの説明を聞いて、まどかとさやかと良牙は三者三様、考え込んだ。
「あ、良牙は無理だよ。男だし、魔法少女の素質も無い。」
『んがっ!』
黒い小豚はしゅんとなった。
(それ以前に人間じゃないといけないでしょ、フツー)
さやかは心の中でつっこんだ。
「願いと引き換えに魔法少女になると、魔女と戦う使命を課されるんだ。」
落ち込む良牙をよそに、キュゥべえは説明を続けた。
「…魔女ってショッピングモールで出てきた、あの?」
まどかがか細い声で質問する。
つい数時間前の恐怖を思い出したのだろう。
「あれは魔女の使い魔に過ぎないわ。本物の魔女はもっと…恐ろしいものよ。」
真剣な表情で語るマミに、まどかもさやかも息を飲んだ。
「キュゥべえに選ばれたあなたたちには、大きなチャンスがある。でも、それは死と隣りあわせなの。」
22 :らんまマギカ3話3 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:48:05.04 ID:sF5yimZr0
答えを決めかねたように、まどかとさやかは互いを見合わせる。
「すぐに決める必要は無いわ。…と言っても情報が足りないわよね。」
マミは何やら思案しながら二人をみつめた。
「そこで提案なんだけど、二人ともしばらく私の魔女退治に付き合ってみない?」
「え!?」
マミの提案に、まどかとさやかは素っ頓狂な声をあげた。
******************
学校の休み時間、まどかとさやかは校舎の屋上に来ていた。
「ねー、昨日のことさ、夢じゃなかったのよね?」
さやかは今朝からずっとまどかが聞きたかったことをまどかに聞いた。
「わたしも信じられないんだけど、きっと夢じゃないと思う。」
そう言ってから、まどかは少し考えた。
確かに、昨日化け物に襲われたことや『魔法少女』に助けられたこと、そして自分達がその『魔法少女』になるかも知れないこと。
あまりにも現実離れしている。
それに比べて、今朝から今まではいつもと全く変わらない日々が続いていた。
この変わらない日常を過ごしていると、どうしても夢だったと思えてしまう。
しかし、同じ経験を二人でしている。だから、夢じゃない。
「さやかちゃんとわたしが二人とも覚えてるんだから夢じゃないよ。」
まどかは自分の結論をさやかに告げた。
「へへ…二人しておんなじ夢見てたー、なんてオチだったりしてねぇ」
真剣な表情をするまどかに、さやかは自嘲気味におどけてみせた。
「ははは、もしそうだったら、また仁美ちゃんに禁断の愛だとか言われちゃうよぉ」
「ちっちっちっ、前世からの運命なのよ。例の転校生には負けないんだから。」
「なにそれ、もー」
そんな冗談を言い合って、まどかとさやかは笑いあう。
秘密を共有する相手が友だちでよかった。
二人とも心からそう思った。
その時だった。
「ちょっと、いいかしら?」
黒髪の少女が二人の目の前に立っていた。
つい昨日、二人のクラスに転校してきた暁美ほむらだ。
「お、転校生?」
「ほむらちゃん、どうしたの?」
暁美ほむらは昨日、なぜかまどかに寄ってきた。
まどかとさやかにとってはちょっとした不思議ちゃんである。
しかし、そんな程度のことは昨日の出来事のインパクトの前には二人にとってどうでも良いことになっていた。
そう、今の今までは。
「…キュゥべえや、巴マミと接触したわね?」
その台詞に、まどかとさやかの表情はこおりついた。
23 :らんまマギカ3話4 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:49:52.87 ID:sF5yimZr0
暁美ほむらはその二人の目の前で、自分の指にはめている指輪を宝石状のソウルジェムに変えて見せる。
「えっ!?」
「ほむらちゃんって…」
「わたしは魔法少女よ。」
まどかが言うよりも先に、ほむらは答えた。
「迷っているようなら、言っておくわ。魔法少女になるのはやめておきなさい。」
いきなりやってきて口出しするほむらに、さやかはわずかながら不快を感じた。
「…意見してくれるのは構わないけどさ、理由ぐらい言ってよ。」
「あなたは、死ぬ覚悟はできてるの?」
「!?」
突然の迫力のある言葉に、思わずさやかは押しだまってしまった。
「わたしは魔法少女になってから、何度も人が死ぬところを見てきたわ。わたし自身も、明日死んでしまうかも分からない。…その点は巴マミも同じ。あなたたちは、そんな生き方をしたいの?」
「うっ…それは…」
明日死んでしまってもおかしくない。
マミが「死と隣り合わせ」と言っていたのと意味はおんなじなのだが、具体的に明日死ぬかもしれないと言われると、しり込みしてしまう。
「忠告が無駄にならないよう、祈ってるわ。」
それだけ言うと、ほむらはきびすを返して、その場を立ち去ろうとした。
「ちょっと待って!」
それを、まどかが呼び止める。
「ほむらちゃんは、どんな願いごとをして魔法少女になったの?」
ほむらは振り返りまどかを一瞥したが、質問には答えずにそのまま去っていった。
*************
「ふぅん、転校生が魔法少女ねぇ…」
巴マミは考えるような素振りをした。
鹿目まどかと美樹さやかは放課後、巴マミと会っていた。
マミの魔女退治を見学するためだ。
「その子の言ってる事は正論よ。でも、気になるわね。」
まどかとさやかの報告によれば、その転校生はマミのことを知っているらしい。
そのわりに、マミとは接触しようとしていない。
(場合によっては、争わないといけないのかもね。)
魔法少女同士の関係は必ずしも友好的とは限らない。
ある意味魔女よりも魔法少女の方が危険な場合もありうるのだ。
『良牙さん、いざというときは二人を頼みますね。』
マミは肩に乗せた黒い小豚にテレパシーを送った。
『おう。いよいよ、魔女狩りか。』
良牙は勇ましく答えた。
伝えていないから当然なのだが、マミの危惧など伝わっていない。
「あ、そう言えば今日はキュゥべえは居ないんですか?」
出発前に、思い出したようにまどかが聞いた。
24 :らんまマギカ3話4 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:51:49.69 ID:sF5yimZr0
「ええ。今日は別の町に魔法少女の勧誘に行っているらしいわ。」
「そりゃまー、熱心なことで。」
マミがあきれ気味に答え、さやかも肩をすくめてみせた。
(なんか、やな感じがしやがる。)
良牙はぼんやりとそんなことを思った。
それは、少女達を死と隣り合わせの戦いに駆り立てるキュゥべえに対する嫌悪感か、それともこれから始まる魔女狩りに不吉な予感がするのか。
良牙自身にもはっきりとした判別がつかなかった。
*************
魔女の結界は古びた廃ビルで見つかった。
「かなり強い波動ね…」
マミは、自分についてきた二人を振り返った。
まどかとさやかを魔女や使い魔から守れる自信が無いわけではない。
しかし、二人が魔女に精神を乗っ取られないとも限らない。
念のために万全を期すべきだろう。
マミはそう考えて、どこからともなくティーポットを取り出した。
その口からはほのかに湯気が漏れている。
「良牙さん、お願いします。」
そう言うとマミは、ティーポットのお湯を黒い小豚にかけはじめた。
「わわっ、マミさん何を!?」
「良牙さん煮豚になっちゃう!」
まどかとさやかからは突然の奇行に見えたらしく、あわてた様子を見せる。
しかし、二人が本当に驚いたのはその後だった。
なんと、もくもくと上がる湯煙の中からたくましい青年の姿が浮かび上がってきたのだ。
「おう、任せとけ!」
青年は右の拳を左手で受け止めて、力強く答える。
「ええええええええ!?」
「豚が、人間になった!!」
まどかもさやかも、驚きを隠せず、大声をあげる。
「すごい! 魔法ってこんなことも出来るんですか!?」
「いえ、これは私の魔法じゃないの。」
興奮気味のまどかをさとす様に、マミはやさしく言った。
「俺はもともと人間だ。とある呪いのせいであんな姿になってしまったがな。」
良牙も事情を説明する。
「呪い…そうか、これが魔女の呪いなんだ!」
さやかは何やら早合点をした。
「そういう訳じゃないらしいけど…まあいいか。」
魔女に逃げられてしまう可能性もあるので、あまり説明に時間をかけることもできない。
マミは誤解をそのままに、魔女の結界をこじあけた。
25 :らんまマギカ3話6 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:53:23.63 ID:sF5yimZr0
結界の中では、マミが先頭になり、良牙を最後尾にして進んだ。
前から来た使い魔はマミが、後ろから来る分は良牙が片っ端から倒していく。
「すごい…」
「素手で倒せるんですか、あれ?」
ただただ感心しため息をもらすまどかと、もしかしたら自分にも倒せるんじゃないかと言いたげなさやか。
二人は対照的な反応をしていた。
「普通は無理よ。良牙さんが異常に強いだけだから。」
マミはまどかやさやかに無茶をさせないためにもきっぱりそう答えた。
「いや、俺なんかまだまだ。」
しかし良牙は強さをほめられてうれしそうな様子を隠しきれていない。
単純な良牙を見て、マミは思わず小さく笑った。
「さあ、もうすぐ結界の最深部よ。」
そう言ってマミが扉を開けると、その先には巨大な化け物が座っていた。
緑色の、何かがどろどろに溶けたような頭。
ステンドグラスのような光沢を持つ蝶の羽。
黄色い、頭と同じく何かが溶けたような胴体。
そして、三本の人型の脚は正座しているように折りたたまれている。
「う…グロい。」
「あ、あんなのと戦うんですか?」
「確かに気持ち悪いな、あれは。」
さやかとまどかのみならず、良牙まで同じような感想をもらす。
「大丈夫、下がってて。良牙さんはこの子達をお願いしますね。」
それだけ言うと、マミは前に進み、魔女と対峙した。
(さて、俺もマミちゃんの戦いぶりをみさせてもらうか。)
良牙は今までなんだかんだできちんとマミの戦いを見たことが無い。
マミが実際どの程度やるのか、それを知るには良牙にとってもいい機会だった。
さっそく、マミはマスケット銃を大量に召喚し、魔女に向かって乱れ撃つ。
だが魔女はその羽ですばやく飛び退き、銃弾をかわした。
「ちょ! マミさぁん、当たってないじゃないですか!」
さやかが叫ぶ。
「いや…もともと狙ってねーな、あれは。」
しかし良牙は冷静にマミの動きを見ていた。
「狙ってないって、それじゃ一体?」
まどかの問いに、マミの戦い方を知らない良牙は答えられない。
そうしている間にも、マミは魔女の触手に胴をつかまれ、思い切り壁にたたきつけられた。
だがマミはもがきもせずに、捕まったまま銃を撃ち続ける。
(なんだ? この戦い方は?)
良牙はマミの戦いに違和感をもった。
マミに何か狙いがあるのは分かる。
しかし捕まったままで、逃がれようともせずに戦うのはどういうことか。
26 :らんまマギカ3話7 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:55:00.18 ID:sF5yimZr0
倒すのには効率がいいのかも知れないが、恐怖感は無いのか。
敵に捕まってしまって屈辱は感じていないのか。
良牙はマミの表情を見た。至って冷静な表情だ。
決して焦っているわけでも怯えているわけでもない。
しかし―
(執念が感じられねぇ)
良牙にとってそれは信じがたいことだった。
今まで良牙が戦ってきた相手は、いつも並々ならぬ執念を持っていた。
それは、己の欲望を叶えるためであったり、生き残るためであったり、あるいは単純に強くありたい、勝ちたいという執念であったりする。
だがマミの戦い方からはそのどれも感じられなかった。
(あいつは、何のために戦ってるんだ?)
良牙がそんなことを思っている間にも、戦いは進展した。
マミの撃ったハズレ弾から、リボンが飛び出してきて四方八方から魔女をがんじがらめに縛ったのだ。
マミは魔女が動けなくなったのを確認すると、自分の胴に巻きついている触手を冷静に撃ち切ってスタッと地面に着地した。
「これが私の戦い方!」
そう言いながら、マミは常識外れな大きさの拳銃を右肩に出現させた。
その大きさはとても手で持てるものではなく、肩に担いでなおあまりある。
もはや拳銃というよりも大砲だ。
「ティロ・フィナーレ!!」
マミのかけ声と共に銃口から黄色い閃光が魔女に向かって放たれた。
閃光は魔女の緑色の頭部を木っ端微塵に吹き飛ばす。
それと同時に魔女の体は炎上し、やがて跡形も無く姿を消した。
「か、勝ったの?」
「すごい。」
唖然とするまどかとさやかをよそに、マミはいつのまにか魔法で紅茶を出現させて優雅にお茶をたしなんでいた。
やがて結界は崩壊し、奇妙な迷宮はただの廃ビルへとその姿を変えた。
マミは変身を解くと、なにやら刺の付いた玉のようなものを拾った。
「これがグリーフシード…魔女の卵よ。」
「た、卵ぉ!?」
そう叫んださやかだけでなく、まどかにも緊張が走る。
「大丈夫。これはね…こうして使うの。」
マミは自分のソウルジェムと拾ったグリーフシードを近づけた。
すると、ソウルジェムから濁りが抜けてグリーフシードが黒ずんだ。
「こうやって魔法少女は魔翌力を回復するの。これが魔女退治の見返り。」
まどかとさやかは「上手く出来てる」といった表情でグリーフシードを眺めていた。
しかし良牙は突然別のことを口にした。
「で、そこでコソコソしてるヤツもグリーフシードがお目あてなのか?」
「そうね。あと一回分ぐらい残っているし、あなたにも分けてあげるわ。」
マミも壁に向かって話しかけだした。
27 :らんまマギカ3話8 ◆awWwWwwWGE 2011/09/25(日) 15:56:06.29 ID:sF5yimZr0
すると、壁の後ろから、一人の少女が現れた。
「え、ほむらちゃん?」
そこに居たのはまどかとさやかのクラスの転校生、暁美ほむらだった。
「あなたの獲物よ。あなただけのものにすればいい。」
ほむらはそれだけ言うと、きびすを返して去っていった。
「何よ、あの転校生。相変わらず感じ悪い。」
さやかはほむらが見えなくなったのを確認して舌を出した。
一方、良牙はマミの肩に手を置いてテレパシーで語りかける。
『昨日、キュゥべえを襲っていたのはアイツだ。』
『…そう。油断は出来ないわね。』
魔法少女同士で争わなければならない、その予感にマミは小さくうつむいた。
46 :らんまマギカ4話1 ◆awWwWwwWGE 2011/10/02(日) 14:30:04.94 ID:JUrskdvQ0
「ジジイ、てめー待ちやがれ!」
赤髪の、おさげの少女が屋根の上を飛んだ。
「らんま、きさまぁ! 老い先短い師匠の趣味になぜ邪魔をする!?」
おさげの少女の飛んだ先には小柄な老人が居た。
彼は風呂敷に山盛りの女性用下着をかついでいる。
「下着ドロがえらそーにするな!」
少女は飛び移ったそのままの動作で老人にけりを放った。
しかし、老人は俊敏な動きでけりをかわし、すばやく別の屋根へと飛ぼうとする。
「逃がすかぁっ! 猛虎高飛車!」
少女は足で追わずに、その場で構えをとって叫んだ。
すると、少女の手のひらから光の弾が出現し、老人めがけて飛んでいった。
「ば、ばかもん! そんな技を使ったら…」
さしもの老人も空中での回避は出来ないらしく、背中から光の弾に直撃した。
「ぬおーっ」
老人は勢いを付けて落下し、思いっきり地面に衝突した。
すぐにそこへおさげの少女がやってきて、老人の頭を踏みつける。
「ケッ、ざまあ見やがれ。」
「らんま、お主というやつは…」
老人はさっきまでの元気さからは考えられないほど細い、絶望に打ちひしがれたような声を出した。
「ワシが集めてきたスイーツを見てみるのじゃ!」
少女は老人を捕まえた今、彼の言うことなどどうでも良かったが、一応言われたように彼が盗んできた下着を確認した。
「あ。」
少女の表情が固まる。
それもそのはず。
本来取り返すはずだった女性もの下着は、彼女の猛虎高飛車という技によって大半が消し炭と化していたからだ。
「らんま、貴様の愚行のせいで、ワシの宝物がこのような無残な姿になってしまったのじゃぞ!」
さっそく責任転嫁をはじめる老人。
ちょうどそこへもう一人別の、ショートカットの少女がやってきた。
「らんまー、お爺ちゃん捕まえたの?」
「あ、あかねっ! これはそのっ!」
「どうしたのよ? 捕まえたかどうか聞いてるのに。」
ショートカットの少女は歯切れの悪いお下げの少女をけげんな顔で見る。
だが、奪還品の確認をした瞬間、それではすまなくなった。
「…らんま、何これ?」
ショートカットの少女の視線の先にあるものはバラバラになり焼けた布切れの一団だった。
かつて下着だったそれは、いまや誰の目からもゴミとしか認識されない。
「ワシは、みんなの下着を守ろうと必死で止めたんじゃ。しかしらんまの奴が破壊しおって…」
老人はその場で思いつく限りの方便で、話を摩り替えようとする。
ショートカットの少女はそんな老人の肩に、やさしく自分の手を乗せた。
「お爺ちゃん…」
そうやさしく呼びかけながらも、ショートカットの少女は徐々に肩をつかむ力を強め、老人に逃げられないように体制を整える。
47 :らんまマギカ4話2 ◆awWwWwwWGE 2011/10/02(日) 14:31:52.55 ID:JUrskdvQ0
そして、表情を変えて一言。
「寝言は寝ていわんかいっ!!」
ショートカットの少女は華麗に老人を蹴り上げて、地平線のかなたまで飛ばした。
「らんまももうちょっと考えて戦ってよね。」
ショートカットの少女は振り返ると、おさげの少女にも文句を言う。
「そんなこと言っても仕方ねーだろ、こっちはあのジジイを追い回すので手一杯なんだしよ。」
それに対して、おさげの少女は慣れた様子で反発した。
互いに本気で憎んでいるわけではない。
むしろ、こういう軽口を言い合える仲というのは、互いの信頼関係ができている証拠だろう。
そんな、いつものやり取りをする少女達を白い小動物が遠目に眺めていた。
(獅子咆哮弾に似た技だ。)
『それ』は思った。期待の新人の勧誘を巴マミに任せてまでこの風林館に来た甲斐があったと。
そして、お下げの少女の交友関係を知ることが出来たのも大きなメリットだった。
友人同士だと連れ立って魔法少女になってくれることも多いし、そうでなくともピンチの時には互いを守るために
契約してくれることがある。
『それ』にとって、契約を取るために友情を利用するのは常套手段の一つとなっていた。
**********************
川沿いのフェンスの上を、早乙女乱馬は歩いていた。
『彼女』の服は濡れていた。
たまたま帰り道に、近所のお婆さんの水撒きを頭からかぶってしまったのだ。
「せっかく女になったんだし、パフェでも食べにいこーかな?」
そんなことをつぶきながら、いつもの帰り道を行く。
「らんま、キミにお願いがあるんだ。」
突然、あどけない少年のような声が聞こえた。
不思議に思い、らんまは辺りを見回した。
すると、住宅の塀の隙間から、一匹の白い小動物があらわれた。
「ひゃあっ!?」
らんまは全身を震わせてやけにオーバーリアクションで驚く。
「ね、猫ぉ!? ち、近寄るんじゃねぇ!」
そして、へっぴり腰になりじりじりと後ずさった。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。キミに危害を加える気は無いよ。」
一方の白い小動物はたんたんとしゃべりながら、らんまとの距離を詰めようとフェンスに上り歩み寄る。
「ひぃっ、ば、化け猫!!」
らんまは恐怖でバランス感覚を失い、ついにはフェンスから足を踏み外した。
なんとかフェンスにしがみつくらんま。
白い小動物はそのすぐ上までやってきた。
「ボクはキュゥべえ。猫じゃないよ。」
キュゥべえと名乗るその小動物は猫との違いである耳を強調するように、斜め向きで言った。
「へ…? 猫じゃない?」
おびえる小ネズミのような目で、らんまはその小動物を見上げた。
48 :らんまマギカ4話3 ◆awWwWwwWGE 2011/10/02(日) 14:33:53.60 ID:JUrskdvQ0
「ハァー!ったく、びびらせやがって。猫じゃないなら最初に言えよ。」
らんまは腹の底からため息をもらした。
公園のベンチに大また開きでどっかりと腰をかけ、もう何も怖くないといった様子だ。
「清々しいほどの態度の変わりようだね。キミほどの猫嫌いは初めてだよ。」
「大きなお世話だ。」
ついでに言うなら、小動物がしゃべっていることにこれほど驚かないのもキュゥべえとしては珍しかった。
(武闘家というのは世間の常識から大きく外れた存在らしい。)
キュゥべえは響良牙というこれまたいろんな意味で常識外れの武闘家を思い出した。
「で、頼みってのは何だ?」
そう聞きつつ、らんまはキュゥべえが何者か推測していた。
こういう不思議な存在はおそらく呪泉郷がらみだろう。
もしかしたらこいつも『耳長イタチ溺泉』にでも浸かったのかもしれない。
だが、キュゥべえの頼みは全くらんまの予想外のものだった。
「ボクと契約して、魔法少女になってよ!」
「てめー、ぶん殴られてーか?」
脊髄反射的に、らんまは答える。
「わけが分からないよ。そんなに即答せずに少しは考えてくれても良いじゃないか。」
「うっせー、おめーなびきの客か同類だろ? オレは絶対あんなフリフリ着たりしねーからな。」
そう言いながら、らんまはあたりの様子を探った。
おそらく、こいつの正体はコスプレマニアか何かのオタクだ。
きっと、この小動物は良く出来たラジコンで近くに操縦者が隠れているに違いない。
らんまはそう結論付けた。
「ボクはなびきという人を知らないし、衣装を着てもらうことが目的ではないよ。」
キュゥべえは弁解するが、らんまはいかにも疑わしいといった表情でその顔をしかませる。
「それに、タダで魔法少女になってくれなんて言わない。魔法少女になってもらう見返りに何でもひとつだけ、
キミの願いを叶えてあげることが出来るんだ。」
『何でも叶えられる』、その言葉にらんまは反応してしまった。
叶えたい願いはある。本当にこの小動物にその願いを叶えられるとは思えないが、万が一を期待して、らんまは言ってみた。
「なんでも? それじゃ、いますぐオレを完全な男にしてみせろ。」
疑い半分…どころか9割が疑いだが、それでもらんまの表情は真剣だった。
「あー、それは無理だね。」
しかし、あっさりと否定され、らんまはガクッと力が抜けた。
「全然、『なんでも叶える』になってねーじゃねーか!」
「技術論で言えば可能だよ。でも、男になるということは魔法少女になるという条件を踏み倒す気満々じゃないか。
そうでなくても、男になったら魔法少女としての資質が大幅に下がってしまう。それじゃ、ボクとしては契約を
結ぶ意味が無いよ。」
キュゥべえは願いを叶えられない理由を説明する。
てっきり『現実的な願いで頼む』とか『整形外科に行ってくれ』とかそういう返しが来ると思っていたらんまは、
『技術論で言えば可能』という言葉に不気味さを感じた。
キュゥべえの言い分では、まるで説明に上がった悪条件さえなければ本当にらんまを男に変えてしまえるみたいではないか。
(いや、どうせハッタリだ。)
らんまは自分にそう言い聞かせ、キュゥべえの話に乗らないことにした。
49 :らんまマギカ4話4 ◆awWwWwwWGE 2011/10/02(日) 14:36:16.78 ID:JUrskdvQ0
「そんじゃ、あいにくだったな。オレは他に叶えたい願いなんてねーんだ。とっとと帰りな。」
「そうか、わかった。ボクも無理強いはできない。残念だけど、他をあたることにするよ。」
キュゥべえはやけに諦めよくそう言うと、ベンチから降りて公園をあとにした。
「…なんだったんだ、あいつは?」
一人残されたらんまは半ば呆然とつぶやいた。
結局最後までラジコンを操っているような人影は見当たらなかった。
********************
男は大型トラックを止めて、高速のサービスエリアに入った。
高速道路から降りれば、この25tトラックを止められるような場所はなかなか無い。
また高速に戻ってくるまでの、最後の息抜きを済まさなければならない。
男はそそくさと用を足すと、タバコと夕刊を買ってトラックに戻った。
まだ予定到着時刻まで多少時間がある。男はタバコを吸って時間をつぶした。
そして、そろそろ出発しようかと思ったとき、灰皿がひっくり返ってしまった。
(なんでひっくり返ったんだ?)
自分の体は触れていないし、車はエンジンを切っているので振動もしていない。
男は不思議に思いながらも、灰皿を元に戻し落ちた灰を雑巾でふき取った。
そんなことをしていたおかげで、結局出発は時間ぎりぎりになってしまった。
高速を降りたら住宅地を抜ける。
住宅地は子供やお年寄りがよく通るので注意しなければいけない。
とくに、この時間は近所の高校の下校時間とかぶっていることを男は知っていた。
国道も狭い住宅地の中では左右1車線になり、道幅も縮む。
荷物を満載した大型トラックではどうしてもスレスレで人や物にぶつかりそうになる。
男は慎重に速度を下げ、女子高生が渡ろうとしている横断歩道の前で止まろうとした。
が、男がアクセルから足を離したのにもかかわらず、なぜかトラックは加速した。
「なんだ!?」
男は足元に目をやる。
すると、白い猫…のような生き物が前足で思い切りアクセルを踏んでいた。
「こいつ、どっから?」
男はその『猫』を蹴飛ばそうとするが、『猫』は飛び上がって男の蹴りをよけ、そのまま男の顔面にはりついた。
「うわっ、やめろ!」
男はあわててブレーキを踏むが、それがかえって仇となった。
急加速の後の急ブレーキでトラックは完全にバランスを失い、勢いよく歩道に乗り出して横転した。
*******************
「あかねの奴おそいなー」
乱馬は夕飯の席でつぶやいた。
「今日はバレーの助っ人だったわよねぇ。あの子、祝勝会でもやってるのかしら?」
天道家長女の天道かすみが言う。
三女のあかねが帰ってこない、そのためこの大家族は食卓の前で『待て』の状態を続けている。
「それじゃ、もう頂いちゃおうか?」
あかね・なびき・かすみの三姉妹の父・天道早雲も空腹に耐えられず、ゴーサインを出そうとした。
「まって。今日はただの練習のはずよ? 祝勝会なんてあるわけないじゃない。」
50 :らんまマギカ4話5 ◆awWwWwwWGE 2011/10/02(日) 14:38:58.76 ID:JUrskdvQ0
はやる父親を次女のなびきが制した。
「ホントかね、なびきくん? そうだとすれば探しに行った方が良いんじゃないか?」
早乙女乱馬の父にして天道家居候の早乙女玄馬はさっそく探しに行こうと立ち上がる。
つられて早雲も立ち上がって探しにいこうとした。
「こういう事があるからさぁ、携帯ぐらい買ってって言ってるのに。」
なびきがぼやく。
「そうは言ってもねぇ、なびき。うちの稼ぎじゃこの人数養うので精一杯なんだよ?」
早雲のその言葉に、玄馬と乱馬は居心地が悪そうに目をそむけた。
その時、電話が鳴った。
すぐにかすみが応対する。
「…ええ。はい。え? あかねが? はい。わかりました。」
なにやらあかねに関する電話らしい。一同はかすみに注目した。
かすみには似つかわしくない、いつになく緊迫した声だ。
そしてかすみの受話器を持つ手が震えている。
ただ事ではないことを、居間にいた全員が理解した。
電話を終えたかすみはゆっくりと振り返った。
「お父さん、みんな、落ち着いて聞いてね。あかねが―
**********************
天道あかねは、包帯にまかれてミイラのような状態で病室に置かれていた。
「嘘だろおい、これがあかねだっていうのかよ…」
そんなはずはない。
乱馬少年は目を、耳を、そして現実を疑った。
あのあかねが車にはねられたぐらいでこんなことになるなんて、とても信じられなかった。
確かに、天道あかねの頑丈さには医者も驚いていた。よくぞ生きていたものだと。
「彼女なら、軽自動車ぐらいは軽い骨折で済んだのかもしれません。」
医者は言うべきかどうか悩むそぶりを見せたが、やがてきりっと前を向いた。
「大型トラックの直撃を受けて生きているのはもはや奇跡です。どうかみなさん命があったことを―」
「ふざけんじゃねぇ!あれが生きてるって言えるのかよ!」
乱馬は医者のむなぐらをつかんで言葉をさえぎった。
「あかねはなぁ、意地っぱりでぶきっちょで可愛くねーけどな…あかねは、あかねは、もっと騒がしくて、わがままで!!」
医者は沈痛な面持ちで視線を下げた。
なんで、こんな時にでも悪口しか出てこないのだろう。
もっと伝えたい言葉は他にあるはずじゃないか、こんな事になる前に言いたい事はもっとあったじゃないか。
乱馬は医者をつかんでいた手を離し、あかねに近寄った。
『それ』は指の一本も動かない。
ただ、呼吸のためにわずかに腹部が大きくなったり縮んだりするのを繰り返しているだけだ。
あかねであったそれは、もはやただの置物にすぎなかった。
『乱馬のバーカ! 変 !』
あかねを思い出そうとしても、ひどい言葉しか思い出せない。
「ははっ、そーだよな、考えてみたらくだらない喧嘩ばっかしてたよな、俺達。」
そのくだらない喧嘩が、どれほどかけがえのない時間だったのか。
51 :らんまマギカ4話6 ◆awWwWwwWGE 2011/10/02(日) 14:41:04.93 ID:JUrskdvQ0
ただの置物と化したあかねを目の前にして、ようやく乱馬は気付いた。
その時間は二度と帰ってくることは無い―
魔法か、奇跡でもない限り。
乱馬は遠い目をして窓の外を見た。
赤い夕日は自らの滅びを受け入れるように、悠然と沈んでいっている。
それはまるで、この無常を受け入れろと乱馬に迫っているように見えた。
(そんなこと、できるかよ…)
そうだ。
こんな結末、受け入れられるはずもない。
今までだって、奇跡みたいなことや信じられないことをたくさん起こしてきたじゃないか。
今回だって、何か方法があるはずだ。
医者が無理だと言ったぐらいで諦めてたまるか。
乱馬は諦観を押し付けようとする赤い夕日をキッとにらみつけた。
すると、ふいに視界のはしを白い小動物が横切った。
(あれは!?)
乱馬には、たしかに見覚えがあった。
一見猫のように見えるが、異常に長い変な耳が歴然とその違いを主張している。
(『何でもひとつだけ、キミの願いを叶えてあげることが出来るんだ。』)
あいつの言葉が乱馬の脳裏によみがえる。
また、適当な理由をつけて願いを叶えないのかもしれない。
あとでとんでもない見返りを請求されるのかもしれない。
それでも、万が一にでもあかねが助かるのなら、なんの迷いがあるだろうか?
乱馬は急いで走り出した。
途中、病院のトイレの蛇口で水をかぶり、女に変身する。
男の状態ではキュゥべえが契約を結んでくれない可能性があるからだ。
そして、すぐさま病室の中からキュゥべえが見えた場所へ向かった。
「どうしたんだい?そんなに血相を変えて?」
らんまがやってくると、待ち構えていたかのようにキュゥべえは声をかけた。
「しらじらしいぜ。オレが来るのを待って、あかねの病室のそばに居たんだろ?」
らんまは踏みつけそうなほどにキュゥべえに近づいた。
「キミはボクの姿を病室の窓からみたんだね?」
「それがどうした?」
「いや、なんでもない。」
そう言ったものの、キュゥべえは不思議に思った。
キュゥべえ自身はおさげ髪の少年(もしくは青年)にしか姿を見せた覚えが無いのだ。
この赤髪の少女はキュゥべえの姿を見ることはおろか、あかねの病室にも入っていないはずだ。
それなのに、おさげ髪の少年に姿を見せたところ、この少女がやってきた。
しかも、少年と同じ服装で。
(おそらくは、早乙女らんまは響良牙と同じ変身体質。それも男女の変身だね。)
キュゥべえはほぼ確信を抱いた。
しかし、わざわざここで本人に確認をとったりはしない。
52 :らんまマギカ4話7 ◆awWwWwwWGE 2011/10/02(日) 14:43:33.03 ID:JUrskdvQ0
今から魔法少女として契約してもらおうというのにそれを知っていたとすれば、後々不信の原因になるだろう。
知らなかったことにした方が何かと都合が良い。
「そんなことより、おめーに叶えてほしい願いがある。」
「なんだい? この間の願いはナシだよ。」
もちろん、らんまの願いが何かは分かっている。
それでもキュゥべえはしらをきった。
なるべく、誘導されたという印象を与えず、自分の意思で決めたと思わせなければならない。
そうでなければこれまた後々の不信につながるし、誘導された願いではどうしても魔法少女としての力も弱くなる。
「てめー! この状況でオレの願いが分かんないのかよ!」
らんまが激昂する。
「ボクには人間の考えは分からないよ。ちゃんと、キミの願いを口に出していってくれないと叶えることもできないしね。」
また適当にはぐらかされるのかと思い、らんまはますます憤った。
「うるせぇ! 何でも叶えられるなら、あかねを…天道あかねを治してみろよ! 事故の前みたいに不器用で、
意地っ張りで、かわいくねー元のあかねを返してくれよ!」
らんまはキュゥべえをつかみ上げ壁に押し付け、ヤンキーがカツアゲでもするような体制で願いを言った。
しかし、キュゥべえはみじろぎもせず、平然とその何を考えているのか分からない顔をらんまに向ける。
「契約したら魔法少女になって魔女と戦わなきゃいけないんだけど、それは構わないのかい?」
「妖怪退治は武闘家のつとめだ。その程度構うかよ!」
らんまはキュゥべえを壁に押し付ける力をさらに強める。
早くしろとせかしているのだ。
キュゥべえは、やれやれと呆れたような態度を装ってから、おごそかに口を開いた。
「おめでとう、キミの願いはエントロピーを凌駕した。」
その言葉と同時に、らんまは急に体全体が痛くて熱いような感覚におちいり、力なくキュゥべえを手放す。
そして、らんまの体の中から光に包まれた緋色の宝石が生まれ出て宙に浮かんだ。
「受け取るといい、それがキミの運命だ。」
らんまはその宝石をわしづかみにするように右手につかんだ。
不思議と体の痛みが治まり、同時に宝石を包んでいた光も消えていく。
「…これは?」
「それはソウルジェムと言うんだ。これかららんまには、このソウルジェムを使って魔法少女に変身して
魔女と戦ってもらうよ。」
「ふーん」
らんまは興味なさげに言った。
「そんなことよりも、あかねは本当に治ったんだろーな!?」
「キミの魔翌力とあかねの重症具合だと一瞬で全快ってわけにもいかないけど、一週間もすれば完治だと思うよ?」
キュゥべえはけろっと『完治』という言葉を出した。しかもたったの一週間で。
医者がよってたかっても生命維持がやっと。意識を取り戻す可能性すら無いと言っていたのに。
らんまはまだ魔法少女について説明したげなキュゥべえを無視してあかねの病室へと駆け出した。
力任せに扉を開け、上履きで強引に走り、息を切らしたまま病室のドアを開ける。
「あかねぇ!」
看護士の制止をふりきり、むりやりにあかねのそばに行く。
あかねはただただ静かな吐息をもらしていた。
ふと、その吐息の中に小さなノイズが混ざる。
53 :らんまマギカ4話7 ◆awWwWwwWGE 2011/10/02(日) 14:45:07.27 ID:JUrskdvQ0
「…ら………」
そのほんの小さなサインに反応し、らんまは叫んだ。
「オレだ、あかね、分かるか!?」
その言葉に反応して、ゆっくりだがはっきりと、あかねは口にした。
「…ら……ん…ま……」
*************
「お医者さんの言うには奇跡か魔法みたいだってさ。」
そう言って、冷静を装うなびきの目にも泣きはらして充血した赤さや、涙が乾いた跡がはっきりと見て取れた。
「まさかもう意識を回復するとは、さすがに天道くんの娘だ。こりゃ一週間もすれば全快かも知れん。」
玄馬は早雲の肩を持って、明るく言って見せた。
「しゃおつめくん、ぽくわ、ぽくは…っ!」
その早雲は、さっきから涙が流れっぱなし、鼻水もたれっぱなしで、もはやまともな日本語も話せない。
「なーに、あかねちゃんが回復したら二度とこんなことにならないようにワシが闘気吸引のツボを…うごっ!」
「やめな、ジジイ!」
八宝斎が余計なことをしようとするのでらんまは遠慮なくぶん殴った。
「でも、本当に良かった。」
ここでようやく、警察や医者・病院との対応を冷静にこなしていたかすみの目から涙がこぼれた。
なんて、芯の強い人だろう。らんまは素直にそう思う。
かすみは人一倍やさしくて情が深いはずなのに、今の今までみんなの混乱が大きくならないように涙をこらえていたのだ。
(本当に、これでよかったんだよな…)
魔法少女になってしまったこと。その対価として奇跡を買ったこと。不安がないといえば嘘になる。
しかしらんまはこの風景を見て思う、後悔なんてあるわけが無いと。
「それじゃ、オレは風呂入ってくるぜ。」
らんまはそう言って居間を後にし、風呂場に向かった。
あわただしくて自分自身でもすっかり忘れていたが、病院で水をかぶってからずっと女のまんまだし、
水に濡れてから乾いた服がちょっと気持ち悪い。
(熱いシャワーでも浴びて、今日は何日かぶりにすっきり寝るか。)
乱雑に服を脱ぎ捨てて風呂場に入り、らんまはシャワーの栓をひねる。
湯気と共に大量のお湯があふれ出し、らんまの体全体を覆った。
柔肌をすべるように流れるお湯が感覚を刺激して心地良い。
(そーいや、あんまり熱いシャワーはお肌に悪いってあかねがいってたかな?)
一応、女だし、多少は気をつけてみるかとらんまはシャワーの温度を下げた。
「え?」
ふと、違和感をいだき、らんまは自分の腕を見てみた。乙女の柔肌が若々しい張りでお湯をはじいている。
胸を見た。ふたつの大きなふくらみはクラスの女子と比べてもトップクラスだろう。
そして、股間部には男子としてあるべきものが存在していない。
「な…あ…ああ……なんじゃこりゃぁーっ!!」
らんまの絶叫が風林館にこだました。
「乱馬くん、静かに。近所迷惑でしょーが。」
居間から聞こえるなびきのお叱りも、今のらんまには全く聞こえはしなかった。
75 :らんまマギカ5話1 2011/10/10(月) 13:40:33.36 ID:TV00bxRh0
『♪味ないな 和えたいな 切れないな このキムチ♪』
『♪胃痛いの 癒えないの 終電逃してばかり♪』
軽快な音楽が流れる。
『♪だって だって 手羽先揚げフライで♪』
『♪からしレンコン アルコール依存したい♪』
そのリズムに合わせてモニターの中の映像が移り変わる。
『♪ほら ラオチュウ パイチュウ ピーチュウ ショウチュウ 飲んで♪』
『♪こっちを向いて 酒だと言って♪』
映像はみんなフリフリの衣装を着たらんまだ。
『♪そう rice to meat you good to sea food きっと♪』
『♪私のお酒あなたのレバーに飛んで飛んで飛んでいけー♪』
『♪ウコン汁♪』
画面の中でらんまは振り返ったり、ピースしたり、ウインクしたり、楽しそうに跳ね回っている。
(どうしてこんなことに…)
当のらんまはこの映像作品をただぼうぜんとして眺めていた。
「いやぁ、我ながらうまく出来たもんねぇ。これなら売り上げ倍増間違いなし!やったわね、らんまちゃん。」
そんならんまの肩をたたきながら、なびきは満面の笑みで言った。
「ボクとしては、できればこういう風に目立つのは止めて欲しいんだけどね。」
キュゥべえはなびきに反発するが、なびきは全く気にする様子も無い。
キュゥべえに実力行使に出られるような直接的な力が無いことをすでに把握しているのだ。
「いーじゃない、減るもんじゃなし。…にしても、あんたホントにカメラに写んないのねぇ。」
「ああ。カメラはもちろん肉眼でも普通の人には見えないよ。本来はキミにも見えないけれど、
いちいち乱馬に言葉をとりついでもらうのも時間の無駄だから姿を現しているんだよ。」
なびきのふとした疑問にキュゥべえは答える。
「面倒くさい。後ろめたい事が無いなら普段からずっと姿を見せとけば良いじゃない。」
「それは―」
キュゥべえは何か答えようとするが、なびきはその言葉は別に返答を求めているわけではないらしく、
そそくさとパソコンに向かって動画の編集作業の続きを始めた。
一方、らんまはまだ立ち直れない。
「…ああ、オレがここまで落ちるなんて。」
「何言ってんのよ。らんまくんははじめっから落ちるほど高いトコに登ってないわよ。」
なびきは傍若無人に言い放つ。こんなことになったきっかけはつい昨日にあった。
**************
「―そうか、乱馬は変身体質だったのか。」
夜遅く、天道道場の瓦屋根の上でキュゥべえは言った。
「ああ。そこだけでもどうにか元に戻してくれねぇか?」
らんまの言葉にキュゥべえは首を振る。
「残念ながらそれはできない。魔法少女になった時点でキミの体は変化をしているんだ。
前の状態に戻すなんて能力はボクには備わってないよ。」
「…変化?」
らんまは気味悪そうに自分の体を見下ろした。
「魔法を使って魔女と戦うための必要最低限の処置だけどね。
たぶんそのせいで契約を結んだ時点の姿で固定されてしまったんだと思うよ。」
「だったら、男の姿で契約したらそのまんまずっと男でいられたってことか?」
「おそらくはね。」
76 :らんまマギカ5話2 2011/10/10(月) 13:41:44.71 ID:TV00bxRh0
キュゥべえはそこは否定しない。
「でも、よほど素晴らしい素質がない限りボクは男とは契約しないから、
どちらにしろ乱馬は契約で完全に男に戻ることは出来なかった。」
だが結局はダメだったらしい。
考えてみれば、「男にしてくれ」という願いがダメならば男のまま契約を結ぶことも
また出来ないのは当然だろう。
「どうしようもねぇのは分かったけどよ、何で体を変化させるなんて大事な事を今まで言わなかったんだ?」
らんまはキュゥべえのことをもともと胡散臭いとは思っていたが、今回のことでより不信感を強めていた。
「それは心外な言葉だね。」
しかし、キュゥべえは堂々と開き直る。
「キミが黙っていなければ今回のことは避けられた事態のハズだよ。
むしろ、ボクにはキミがあわよくば契約の対価を踏み倒そうとしていたように思えるんだけどね。」
これにはらんまも痛いところをつかれた。
確かに黙っていたのはらんまの側も同じなのだ。
契約を結ぶためにわざわざ女になった以上、「本当は男です」などという言い訳が通用するはずもない。
その上、キュゥべえが言うようにあわよくば踏み倒せるという考えも無かったわけではない。
「ば、バカヤロー。オレがそんなせこい真似するかよ!」
図星だったのを隠そうと、らんまは虚勢を張る。
「オレの言いたかったのは、今後はそういう情報の行き違いを無くそうって話だ。」
「それはボクからもぜひお願いするよ。」
結局、らんまは男に戻るどころか、現状維持のままよくわからない妥協までしてしまった。
「それじゃあ、早速だけど今からボクの説明にしたがって魔法少女の仕事を実際にしてもらうよ。」
そんならんまの心情を知ってか知らずか、キュゥべえはケロリとして言った。
そろそろ本題に入ろうといった風情だ。
「おう。」
らんまは腕をならしながら答える。
魔法少女になったこと自体はやむをえない事情に流されたに過ぎない。
しかし武闘家の本能ゆえ、らんまは『魔女』とやらとの戦いをそれなりに楽しみにしていた。
「まずはソウルジェムを取り出して―」
「ああ、取り出したぜ。」
「それを高く掲げて―」
「こうか?」
「そうそう。そして、自分の思う魔法少女をイメージしてみて。」
「うーん、魔法少女か…」
らんまは少女アニメの類など見たことがない。
魔法少女というものに関しては、なびきの商売のためにコスプレさせられそうになったり、
クラスの女子やオタクな男子が持っているアイテムを垣間見て得た知識しかないのだ。
らんまは乏しい情報をもとに精一杯頭の中で魔法少女というものを描いてみた。
すると、ソウルジェムが光を放ち、その光がらんまをつつんだ。
「おおお、これはっ!?」
やがて光が服の形を成していった。
その服装は真っ赤なゴスロリ風衣装となった。
「恥ずかしがっていたわりにはなかなか派手だね。」
77 :らんまマギカ5話2 2011/10/10(月) 13:42:44.42 ID:TV00bxRh0
キュゥべえの言葉にうながされたように、らんまは自分の格好を確認した。
「は、派手すぎるだろ、いくらなんでも!」
「ボクじゃないよ。らんま、あくまで君の中のイメージが具現化したに過ぎない。」
らんまの責めるような視線に、キュゥべえは冷酷な事実を告げた。
「残念ながら一度変身後の姿を決めたら簡単には変えられない。
当分の間、その姿で戦ってもらうことになる。」
らんまは大きくうなだれた。どうしてこんな格好を想像してしまったのか。
言われたままに素直に魔法少女を想像したのがそもそもの過ちと言うべきだろう。
カシャッ
その時、らんまの背後からカメラのシャッター音が鳴った。
「へ?」
音のしたほうに、らんまが振り返り、キュゥべえも視線を向ける。
「乱馬くん、そんな趣味を持ってたなら早く言ってくれたらよかったのに。
最近は単純に露出が高いのよりもその手の写真が良く売れるのよねぇ。」
そう言って現れたのは、ショートボブの女子高生、天道家次女のなびきだった。
「キミは…?」
キュゥべえがなびきに近づく。
「あら、そんなところに猫が。っていうかしゃべってる。」
なびきはキュゥべえの存在に大した驚きは見せなかった。
彼女もまた非常識には慣れっこらしい。
「あたしは天道なびき。乱馬くんの義理の姉にあたるわ。あんたは?」
「ボクはキュゥべえ。魔法少女を作るのがボクの仕事さ。」
「魔法少女?」
なびきは不思議そうな顔をする。
「キミもボクと契約して魔法少女になってくれかい?
魔法少女になってくれるなら何でもひとつ、願いを叶えてあげられるよ。」
「何でも…ですって!?」
「あんまり信じねー方が良さそうだぜ?」
欲望を刺激されたなびきにらんまが注意する。
なびきはあごに手をあて、考えるしぐさをした。
「そうね、魔法少女っていうのが何をするのか分からないし、簡単にオーケーっていうのは難しいわね。」
「それなら、ちょうど良かった。
今かららんまに魔法少女として初仕事をしてもらうところだからなびきも付いてくれば良い。」
渡りに船、とばかりにキュゥべえは提案した。
「え? なびきを連れてくのか?」
らんまは露骨に嫌そうな顔をした。
なびきが性格的にやっかいだというのもあるが、それ以上にあかねの為に契約したということを知られたくなかった。
「そうね。お願いするわ。」
「それじゃあ、決定だね。」
しかし、らんまを無視して話はとんとん拍子で進んだ。
**********************
「―こういう風に裏路地とかで魔女を探すんだ。」
「なんだかけっこう地味ねぇ。」
78 :らんまマギカ5話2 2011/10/10(月) 13:43:42.67 ID:TV00bxRh0
「しっかし本当に魔女なんているのかよ?」
らんまとキュゥべえとなびきは町内を循環していた。
らんまのソウルジェムに反応は無い。
「この辺りは住宅地だからね。繁華街と比べれば魔女のエネルギー源になる負の感情は少ないのかもしれない。」
「もうちょっと絵的に映えるシーンを撮りたいんだけどさぁ、どうにかならないの?」
たんたんと解説をするキュゥべえ。一方なびきはカメラをらんまに向けながらつぶやく。
「なびき、お前絶対勘違いしてるだろ?」
そんなやりとりをしつつ、歩いているとようやくソウルジェムに反応が出てきた。
「光り方が変わった?」
「らんま、これは近いよ、気をつけて。」
「らんまくん、こっち向いて。戦いの前の緊張した顔でアップ撮るから。」
そんなことを言っている間にも、まわりの風景が変化しはじめる。
ピンクやうす黄色のパステルカラー中心の空間。
ありとあらゆる場所にレース風の模様がついている。
「な、なんだこりゃ!?」
これには流石にらんまとなびきも驚いている様子だった。
「これが結界さ。らんまの魔翌力が魔女を刺激したんだろう。…さっそく使い魔が来たよ。」
キュゥべえはそう言って結界の奥に顔を向けた。
らんまとなびきがその方向を振り向くと、この世の生き物とは思えない何かが歩いてくる。
「…おい、これって。」
「うわぁ、まるでお爺ちゃんの頭の中みたい。」
近づいてきた使い魔は、二種類いた。
ひとつはヒモを脚にして歩いてくるブラジャー、もうひとつは翼の生えたパンティーだった。
「おそらく、女性用下着に執着する人間の邪念に反応して変質した魔女だろう。
魔女の性質そのものを変えてしまうなんて、よほどの執念だね。」
この異常な風景にも、キュゥべえは臆することなく解説を続ける。
「その邪念の持ち主に思い当たるのが嫌なところね。」
なびきが呆れ気味に言った。
「ああ。そういや、この間ジジイが盗んだ下着を潰しちまったのはこの辺だったな…」
らんまも露骨にテンションが下がっている。
「こんな使い魔でも人死にかかわるかもしれないんだ。油断はできないよ。」
「はいはい、倒せばいいんだろ?」
キュゥべえはあくまで緊張を保とうとするが、もはやらんまはやっつけ仕事の雰囲気だ。
案の定、らんまのパンチやキックで使い魔たちは簡単に倒されていく。
「…らんまくん、魔法少女になったのよね?」
らんまが戦っている間、なびきがキュゥべえに質問する。
「そうだよ。」
「でも、魔法使ってないじゃない。」
「あれはあくまで使い魔だからね。魔女が現れたら魔法を使わざるを得ないよ。」
「うーん、それはいいんだけど絵的にねぇ。」
なびきはカメラを回しながら肩をすくめた。
80 :らんまマギカ5話5 2011/10/10(月) 13:47:38.77 ID:TV00bxRh0
そうしている間にも、らんまは使い魔をあらかた片付けた。
「よし、魔女に逃げられないうちに結界の奥に進もう。」
キュゥべえが先導する。下着模様の迷宮の中をらんまとなびきが付いていった。
結界の最深部に、それはいた。
巨大な黒タイツとガーターベルトが2対、逆向きに合わさって四足のクモのような形になっている。
そのタイツの中には何も入っていないにもかかわらず、着用されているかのように脚の形を保ち、
2つのガーターの接合部分の上には黒いブラが乗っかっていた。
魔女はらんまたち一行に気が付くと、ブラがカエルのまぶたのように開き、中から真っ赤な目玉が現れた。
「うわぁ…キモチ悪い。」
なびきがつぶやいた。
グロテスクさの中に、『ジジイ』こと八宝斎の偏執狂ぶりがふんだんに盛り込まれている。
らんまとなびきにとっていろんな意味で常軌を逸した存在だった。
それでもらんまは臆することなく飛び蹴りで魔女に向かっていった。
しかし、魔女は軽いステップでいとも簡単にらんまの蹴りをかわし、
防御のしにくい着地のタイミングを狙って蹴り返してきた。
「ぐわっ!」
らんまはまともに蹴りを食らい、壁まで飛ばされ叩きつけられた。
「くっ…こいつ!」
「らんま、魔法を使うんだ。魔女には格闘技だけでは勝てない。」
キュゥべえがアドバイスを加える。
だが、らんまは格闘技を馬鹿にされたように思え、かえって意固地になった。
「くそ、無差別格闘流を…オレをなめるんじゃねぇ!」
今度はさっきよりも高く飛び、魔女の真上に出る。
(四つ足じゃ、真上からの攻撃にゃ対処できないはずだ。)
そう思っての作戦だった。
しかし、魔女は前足を人間のように直立状態、後ろ足を逆立ち状態になって立ち上がった。
「な、しまっ…」
そう言っている間にもらんまは逆立ち状態になっている魔女の脚に挟まれ捕まってしまった。
「もしさぁ、魔法少女になったらあたしもあんなのと戦わなきゃならないの?
らんまくんがあんなに苦戦する相手じゃちょっと自信ないわねぇ。」
観戦中のなびきは驚きもせずに、平然とキュゥべえに質問をする。
「大丈夫。魔法を使えばあの魔女にだって勝てるし、なびきもらんま以上に強くなれるかもしれない。」
「ふーん。」
キュゥべえは強さへの憧れを刺激するように煽るが、なびきは無感動に相づちをうつ。
「これなら、どうだ!!」
魔女の脚にはさまれてなかなか抜け出せないらんまは奇策に出た。
なんと、いきなり自分のスカートを大きくめくったのだ。
魔女の目がらんまの下半身に釘付けになる。
しかし、らんまのはいているのは男物のトランクスだった。
トランクスを目の当たりにした魔女は、突如苦しみだし、脚をたたんで丸くなった。
魔女の邪念の元になっている八宝斎は、男性物下着は大嫌いなのだ。
その性質を、この魔女は受け継いでしまっていた。
81 :らんまマギカ5話6 2011/10/10(月) 13:48:17.82 ID:TV00bxRh0
魔女が脚を離すと同時に、らんまは飛んで魔女から距離をとった。
「接近戦がダメならこれでどうだ、猛虎高飛車!」
らんまは着地と同時にすかさず闘気技をくり出す。
「残念だけど、獅子咆哮弾の類似技では魔女は倒せない。」
キュゥべえがつぶやく。
その言葉になびきは思った。
(この子、良牙くんの知り合い? それでらんまくんに目を付けたのかしら?)
猛虎高飛車の光の塊を食らった魔女は全身が燃え上がりあっけなく姿を消した。
「倒せてるわよ?」
「あれ?」
キュゥべえは首をかしげてみせた。
んなことを言っている間にも、パステルカラーの魔女空間はいつの間にか普段の夜空に入れ替わっていた。
「へっ、魔女がどんなもんかと思ったけど、オレの前じゃ敵じゃねーな。」
らんまは堂々と胸を張る。
「けっこう、苦戦してたじゃない。」
冷静につっこむなびきにらんまはバツの悪そうな顔をする。
そんならんまにキュゥべえが近づいていった。
「らんま、あの技は一体?」
「ああ、あれは猛虎高飛車って言ってな。強気とか勝気を闘気に反映させて気を膨らませる技だ。」
らんまの答えにキュゥべえはしまったと思った。
強気や勝気なら魔女の「絶望」とは真逆と言って良い、非常に強い正の感情エネルギーだ。
たしかにそれなら魔法の攻撃でなくても魔女に大ダメージを与えられるだろう。
(でも、ボクは負の感情エネルギーを吸収するようにできてるんだよなぁ。)
もしかして、らんまを魔法少女にしたのは失敗だったのではないか。
早くもキュゥべえはそう思いはじめていた。
(いや、魔女を倒すのが上手い魔法少女はグリーフシードの回収役として役に立つ。)
そう考え直し、キュゥべえは今回の魔女がグリーフシードを落としていないか探した。
「らんま、なびき、これを見て。」
早速発見し、キュゥべえはらんまとなびきを呼んだ。
そこにはトゲの生えた小さな玉のようなものがあった。
「これはグリーフシードと言って、魔女を倒すと手に入るんだ。」
「『手に入る』って、何かに使うのか?」
らんまは素朴な疑問を口にする。
「ああ。魔法を使うとソウルジェムにけがれが出てくる。グリーフシードはそのけがれを吸ってくれるんだ。
つまり、使った分の魔翌力を回復してくれるアイテムと考えてくれていい。」
「なるほど。」
そう言ってらんまは自分のソウルジェムを取り出してみた。
全く魔法を使っていないので、透き通るようなきれいな緋色をしている。
「…よく分からないけど、けがれてるのかしら?」
「いや、全然。」
「じゃあ、今回は使わなくていいわけか。」
82 :らんまマギカ5話7 2011/10/10(月) 13:49:22.15 ID:TV00bxRh0
そう言ってらんまはグリーフシードをポケットに入れた。
「そうだね。グリーフシードはけがれを吸いすぎるとまた魔女を発生させてしまう。
だから、ある程度使ったらボクを呼んでほしい。
けがれを吸ったグリーフシードを回収するのもボクの役目なんだ。」
説明しながらもキュゥべえは思った。
らんまは魔法を使わなくてもたいがいの魔女は倒せてしまうだろう。
そうすると、グリーフシードの使用はどうしても少なくなる。
だとすれば、十分にけがれを吸ったグリーフシードをらんまから回収することは困難になってしまう。
(やっぱり、らんまを魔法少女にしたのは失敗だった。
仕方がない、ここはらんまをきっかけに魔法少女を増やして…)
そう考え、キュゥべえはなびきに言った。
「さて、なびき。魔法少女についてある程度理解してもらえたと思うけど、キミも契約してくれるかい?」
「あー、あたしやっぱやめとく。」
しかし、なびきはあっさりと断った。
「叶えたい願いはないのかい?」
キュゥべえは食い下がる。
「一生あんなのと戦わなきゃならないなんてさぁ、どんなお金持ちになってもワリに合わないわよ。」
なびきはかたくなに断る。
(なびきのやつ、始めっから契約する気なんてなかったな。)
らんまは直感的にそう思った。何が目的かは分からないがなびきはそういう嫌らしい奴だ。
「そうか。残念だけど無理強いはできない。まだらんまにはフォローが必要だからボクはしばらくこの辺りに居る。
また気が変わったら言って欲しい。」
「そうね。変わればね。」
いかにも軽薄な言い方でなびきは答えた。
らんまの魔法少女初日はこうして終わった。
***************
翌日放課後、なびきはキュゥべえが居ないことを確認して、自室にらんまを呼んだ。
天道家の面々や玄馬からはまたいかがわしい撮影でもされるとしか思われない。
しかし、なびきはいつになくシリアスだった。
「らんまくん、もしかして男に戻れなくなったのって魔法少女になったから?」
「え? あ…ああ。」
そんななびきに圧され、つい聞かれるがままらんまは答えてしまう。
「それで、らんまくんは何をキュゥべえにお願いしたの?」
なびきの表情は険しい。
「そ、それは…」
『あかねのために』なんて答えられない。
それを言ってしまえば天道家全体に、そして誰よりもあかねに大きな負い目を負わせてしまうことになる。
だが、答えられないのがかえって答えになってしまった。
「あかねでしょ。」
「うっ!」
なびきとて確信まではないはずだ。
しかし、らんまの歯切れの悪さや動揺が『それが正解です』と言ってしまっている。
「…やっぱり。まあ、あたしとしてはらんまくんに『ありがとう』って言わなきゃね。」
83 :らんまマギカ5話8 2011/10/10(月) 13:51:32.36 ID:TV00bxRh0
「ちょっと待った、これはあかねには…」
「分かってるわよ。こんなことあかねにもお父さんにも言えやしないって。」
どうやら、らんまの思考パターンはなびきには読まれているらしい。
「でもさ、らんまくんは当然、いまのまま完全に女の子になっちゃうのは嫌よね?」
「あたりめーだ。とりあえず、シャンプーとこの婆さんにでも相談してみるさ。」
「それも良いけどさ、あたしに策があるわ。もし男に戻りたいなら乗ってみない?」
なびきは表情を軽くしてウインクしてみせた。
らんまは思案した。たしかになびきは悪知恵に関してはなかなかのものだ。
自信を持って『策がある』とまで言っているからには試してみる価値はあるかもしれない。
「マジか? 何かアテがあるなら頼む!」
らんまは力強く答えた。
「その意気やよし! それじゃあ、まず魔法少女に変身してみて。」
「ああ、えーっとソウルジェムを出して…」
まだ慣れていないらんまはガサゴソとポケットを探し、ポーズもとらずに変身する。
「んー、魔法少女の変身ってさ、もうちょっと色っぽくして欲しいかな。」
「そんなのどうだって良いだろ。」
「まあいっか、それじゃ、笑顔でこっち向いてー。」
そう言ったなびきの手にはカメラが握られていた。
「おいこらまて、なんで撮影する?」
話が違う。らんまは今の完全女状態から抜け出すために話に乗るといった。
それなのに、なぜなびきの小遣い稼ぎの撮影をさせられているのか。
また騙されたと、キレ気味のらんまに対して、なびきはチッチッチッと指をふってみせた。
「分かってないわねぇ。これが男に戻るための作戦よ。」
「んなわけあるか、こんにゃろう!」
「まーまー、落ち着いて聞きなさい。あのキュゥべえってのちょっと胡散臭いでしょ?」
「…ああ。」
らんまは控えめに同意した。
キュゥべえは一応あかねの命の恩人であるはずだから、悪く言うのには同意すべきでない。
しかし、どうにも胡散臭く感じている自分も否定し切れない。
なにより同意もとらずに人の体を変化させるというのはとてもマトモな相手とは思えなかった。
「だからさ、ゆさぶりをかけてみるわけよ。
できるだけキュゥべえの嫌がりそうなことをして、反応を見てみるの。
上手く行けば『お前なんか魔法少女失格だ』なんて感じでさぁ、元に戻れるかもしれないし、
そんなに上手く行かなくてもキュゥべえの本音が見えてくるかもしんないでしょ。」
「その嫌がりそうなことのひとつが、これだってのか?」
らんまはなびきのとった写真を見ながら言った。
「まあ、あたしの実益を兼ねてることは否定しないわ。ヒトってそういうものでしょ?
あたしは、何のために行動しているのか分からないヒトは信用できないもの。」
なびきの言う「何のために行動しているのか分からないヒト」とはキュゥべえのことなのだろう。
確かに何が狙いか分からない相手よりは目的がはっきりしている相手のほうが信頼しやすい。
少なくとも予想外の裏切りということは考えにくいからだ。
「ちっ、仕方ねーな。オレがちゃんと男に戻れるようにするのが目的なんだよな?
だったら、恥は書き捨てだ。協力するよ。」
「ふふ、そう来なくっちゃ。」
84 :らんまマギカ5話9 2011/10/10(月) 13:52:11.50 ID:TV00bxRh0
しぶしぶ同意するらんまに対し、なびきは楽しげにうなずいた。
**************
それから数時間にして、ネットアイドルとしてサイトが開設され、『魔法少女ランマちゃん』のイメージ動画が作成された。
(なびきのやつ、ぜったい利益優先だよな?)
らんまはなびきの口車に乗って、好きなように写真やビデオをとらせてしまったことを悔やんだが、もはや後の祭りだった。
「ここまでするなんて聞いてねぇ。」
「あら?心外だわ。あたしは嘘はついていないし。問題があるなら、らんまくんの確認不足ね。」
ぼやくらんまになびきは平然とそう言った。
「らんま、認識の相違を一方的に相手の責任に押し付ける態度はよくないよ。」
いつの間にか部屋にやってきたキュゥべえもらんまに追い討ちをかける。
おそらくまた魔女狩りに連れ出そうとして来たのだろう。
「へー、キュゥべえちゃん、良いこというじゃない。」
「ありがとう。でも、こういう派手な活動はやめて欲しいな。」
(くそっ、こいつら同類かよ!)
被害者はただ泣き寝入りするしかできなかった。
86 :らんまマギカ5話オマケ 2011/10/10(月) 13:55:02.43 ID:TV00bxRh0
【おまけ①】今回のオリ魔女
『下着の魔女』
Triumph Tuche
その性質は倒錯(性的な意味で)。
女性美を象徴するものを喜ぶが、反面、男性的なものは苦手とする。
トランクス、股引、猿股などがあれば簡単に隙を付くことができるだろう。
【おまけ②】らんまの魔法少女姿
__
,. -―/-、`)
〈V〉†ヘ==べ゙ミ、
(咒){ {从从! }ヾ
,.ィゝ(V ゚ -゚ノ|ノ
〈y)' と{フ_]†[j⊃、
〈リ .</,、,、,、ヽ.ヾ〉
〈ノ`~(,ノU~´
※おさげが大きすぎるのは気のせいです
※基本的に某ゲートボールの魔法少女風
※頭部のぬいぐるみをウサギの代わりにパンダで
【おまけ③】余談
乱「そういやなんでパソコンとビデオカメラまでもってんのに携帯買わないんだ?」
な「ただで貰えるかもしれないからに決まってるじゃない。たまにプリペイドの携帯は使ってるけどね。」
乱「ふーん、毎月携帯代払うのはきついってことか?」
な「そーいうんじゃなくって、プリペイドだと足が付きにくいでしょ。連絡取りたくない相手とは切りやすいし。」
乱「つまりは詐欺に使ってるってことじゃねーか。」
な「失礼ね、ビジネスよ、ビ・ジ・ネ・ス。」
QB(なんでだろう、なびきは人間なのにたまに同胞じゃないかと思えるよ。)
『下着の魔女』
Triumph Tuche
その性質は倒錯(性的な意味で)。
女性美を象徴するものを喜ぶが、反面、男性的なものは苦手とする。
トランクス、股引、猿股などがあれば簡単に隙を付くことができるだろう。
【おまけ②】らんまの魔法少女姿
__
,. -―/-、`)
〈V〉†ヘ==べ゙ミ、
(咒){ {从从! }ヾ
,.ィゝ(V ゚ -゚ノ|ノ
〈y)' と{フ_]†[j⊃、
〈リ .</,、,、,、ヽ.ヾ〉
〈ノ`~(,ノU~´
※おさげが大きすぎるのは気のせいです
※基本的に某ゲートボールの魔法少女風
※頭部のぬいぐるみをウサギの代わりにパンダで
【おまけ③】余談
乱「そういやなんでパソコンとビデオカメラまでもってんのに携帯買わないんだ?」
な「ただで貰えるかもしれないからに決まってるじゃない。たまにプリペイドの携帯は使ってるけどね。」
乱「ふーん、毎月携帯代払うのはきついってことか?」
な「そーいうんじゃなくって、プリペイドだと足が付きにくいでしょ。連絡取りたくない相手とは切りやすいし。」
乱「つまりは詐欺に使ってるってことじゃねーか。」
な「失礼ね、ビジネスよ、ビ・ジ・ネ・ス。」
QB(なんでだろう、なびきは人間なのにたまに同胞じゃないかと思えるよ。)
94 :らんまマギカ6話1 ◆awWwWwwWGE 2011/10/16(日) 22:42:18.77 ID:dEl3/Y9C0
薄暗いゲームセンターは、まるで貸しきり状態だった。
赤髪の少女は、このゲームセンターの一角でひたすら踊り続けていた。
「音ゲー」と呼ばれるジャンルのゲームで、音楽に合わせてステップを踏むことで得点を上げるものだ。
少女は完璧にステップを踏みながら、得点に関係のない手のフリや足のターンなども加える。
単純に得点を稼ぐためのステップだけでなく見栄えも重視するのは上級者のたしなみと言えるだろう。
これが客の多い時間帯なら、ギャラリーから拍手喝さいが送られたはずだ。
しかし、それなりに設備の整ったゲームセンターでも、平日の昼間となればほとんど客は居ない。
だから、どんな凄腕プレイにも拍手が来ない代わりに、人気ゲームをどれだけ連コインしても文句は言われない。
少々寂しいことを除けば、ゲームを楽しむには理想的な状況だろう。
「よぉ、久しぶりじゃねーか?」
ダンスを続けながら、少女はおもむろに口を開いた。
「ああ。しばらくぶりだね、佐倉杏子。」
あどけない少年のような声が、少女の背後から聞こえる。
しかし少女はゲームに集中し、後ろを振り返りなどしない。
「実はちょっと困ったことになった。キミの力を借りたい。」
「魔女狩りなら、マミに当たった方がいいんじゃねーのか?」
音楽がサビに入り、少女のステップが激しくなる。今がこのゲームの佳境なのだ。
「ああ、魔女ならね。…でも、今回の相手は魔法少女だ。」
少年のような声を無視するように、少女は無言でダンスをする。
脚を広げて腰を落としたかと思うと、手のひらを地においてステップを踏み、
その手をつっぱる力を利用して華麗にターンジャンプをする。
そして、ポーズをとっての着地でフィニッシュを決める。
『ヒュー! ヒュー! マーベラス! グレイト!』
ゲームに内蔵された音声が少女のダンスを絶賛した。
少女の体はきっちりゲーム画面の逆側、声のした方に向いていた。
「へぇ、面白そうじゃん。話を聞こうか。」
彼女の視線を向けた先には、白い小動物がたたずんでいた。
******************
「新しく契約を結んだ魔法少女がね、全然魔法を使ってくれないんだ。」
白い小動物こと、キュゥべえは頭をうつむき気味にして残念そうな表情を装う。
「ふーん、魔女退治さぼって仕事しない魔法少女をシメろ、って話か。」
赤い髪の少女・佐倉杏子はお菓子をつまみながら会話をする。
ひっきりなしにモノを食べている割には、杏子の体格は貧相だった。
少し知識のある人が見れば、成長期の栄養不足や精神負荷の影響に思い当たるだろう。
「いや、魔女退治はしてくれている。」
「じゃあ、何が問題なのさ。」
杏子の疑問は当然だった。
彼女は魔法少女となって魔女と戦ってもらうとキュゥべえに説明されて契約したのだ。
それが魔法少女の仕事なら魔女と戦って退治できているなら魔法を使おうが使うまいが関係ないはずだ。
「その魔法少女の義理の姉とか言う人がね、魔法少女をアイドルにしたてて、商売にしちゃってるんだ。
そういう事をされると魔法の使えない一般人が多くこの世界に関わることになってしまう。
ボクとしてはできればそういう事態は避けたい。」
95 :らんまマギカ6話2 ◆awWwWwwWGE 2011/10/16(日) 22:43:20.87 ID:dEl3/Y9C0
キュゥべえの説明に、杏子はまだ納得がいかなかった。
杏子は普段、魔女の使い魔を倒さない。それは使い魔に殺される人間を見殺しにする行為だ。
そんなことをしている自分をとがめないくせに、一般人が巻き込まれる事をさけたいというのは話の筋が通らない。
杏子としては善悪などどうでもいいことだったが、胡散臭い話には乗りたくなかった。
いぶかしがる杏子の反応を見てなのか、キュゥべえは付け加えた。
「彼女達はどうやら、グリーフシードの販売もしているらしい。
管理能力のない一般人の手にグリーフシードが渡るぐらいなら、杏子、キミが持っている方が助かる。」
その言葉に杏子の目の色が変わった。
別に、一般人がグリーフシードを孵化させて自滅してもかまわない。そんなことはどうでもいい。
それよりも、その新人魔法少女を倒せば売るほどに余ったグリーフシードが手に入る。
杏子にとってはそれが重要だった。
グリーフシードが手に入るのなら、キュゥべえの目的が何かなど大した問題ではない。
「へー、初心者一匹倒してグリーフシードがっぽりか。ワリの良い仕事じゃねーか。」
そう言って、硬いアーモンドチョコレートを一気にかみ砕いたとき、すでに杏子の意思は決まっていた。
*********************
「ふむ、確かに変身せんのぉ…」
化けガエルのような顔をした老婆がうなった。
「ばーさんでも分かんねぇのかよ。」
さすがにらんまは落ち込んだ表情をしていた。
無差別格闘流創始者の八宝斎に聞いても、骨接ぎ屋の東風先生に聞いてもダメだった。
そして、最後の望みをかけた本命のこの妖怪じみた中国出身の老婆に聞いても分からなかったのだ。
もちろん、らんまとて彼らにすべてを説明したわけではない。
あかねのために怪しげな契約をしたなどと言えるわけが無かった。
結局らんまの説明は「猫のような変な奴に呪いをかけられて、男に戻れなくなった。」という
程度の抽象的なものにならざるを得なかった。
「とりあえず試せるものは試してみるのが一番じゃ。鳳凰山から開水壺を取り寄せてみるとしよう。」
開水壺と止水桶という対を成す二つのアイテムがある。
止水桶でくんだ水を浴びれば、呪泉郷の呪いを固定化し、お湯をかぶっても元の姿に戻らなくなる。
一方、開水壺は止水桶の効果を打ち消し、変身体質に戻すアイテムだ。
今回は止水桶のせいではないが、変身後の姿に固定されていると言う点では止水桶を使ったのと同じ状況だ。
開水壺で変身体質に戻れる可能性が無いとも言い切れない。
「ああ、すまねーな、ばーさん。」
「ムコ殿が謝ることはない。シャンプーのためじゃて。」
そう言って老婆は微笑んで見せた。
早乙女乱馬は色々あってシャンプーと言う中国人の少女とも許婚ということになってしまっている。
この老婆はそのシャンプーの曾祖母にあたるのでらんまのことを「ムコ殿」と呼ぶのだ。
らんまは「それじゃ」と簡単に挨拶をして、この老婆・コロンが経営する猫飯店を後にした。
(しっかし、鳳凰山から取り寄せだと当分先だな。)
鳳凰山というのは中国奥地の電気ガスもろくに通っていない未開の地だ。
下手をすれば届くのは何ヶ月も先になるかもしれない。
そのうえ、開水壺は鳳凰山の人々にとっては秘宝である。
いくらコロンの顔が広いとはいえ、そう簡単に渡してくれるものかどうかもあやしい。
96 :らんまマギカ6話3 ◆awWwWwwWGE 2011/10/16(日) 22:44:21.77 ID:dEl3/Y9C0
(届くのを待ってる間に他の方法も考えたほうがいいな。)
そんなことを考えながら、らんまは今日も魔女探索を始めた。
別に必ず魔女を倒さなければならないわけではない。
らんまは魔法を使う必要がないし、使い方自体まだよく分かっていないからグリーフシードは必要ない。
それでも魔女退治をする理由のひとつは、なびきが何か思うところありげに魔女退治を勧めてきたこと。
もうひとつは、魔女退治がちょうどいい修行になることだった。
魔女によって戦い方が全然違うし、ほどよく強いのでらんまは魔女との戦いに楽しみすら感じていた。
もちろん、町の人たちを守るというのも大事だと思うが、まだ一般人が巻き込まれるところに出会っていないので
その点についてはいまいち実感がわかない。
らんまが河川敷をうろついていると、突如結界が展開された。
(…来たか!)
らんまは身構える。
キュゥべえの説明では魔法少女になると、その魔力に反応して魔女やその使い魔が攻撃的になるらしい。
そのせいか、らんまとて魔法少女になるまでは魔女の結界になど巻き込まれたことは無かったが、
今では向こうから仕掛けてくる。
もっとも、らんまが意図的に魔女の出そうな場所に行っているせいもあるだろうが。
今回出てきた化け物は、子供のらくがきのような姿をしていた。
結界がところどころはげて夕焼け空が見えている。
おそらくは魔女ではなく使い魔なのだろう。
「さっそく、終わらせてもらうぜ!」
らんまは躊躇無く、使い魔に飛びかかった。
が、その目前に槍が降って来る。
「わっ、何しやがる!」
とっさにらんまは身を翻して槍をかわした。
もう一歩前に出ていたら槍はらんまにあたっていただろう。
「おいおい、そいつは使い魔だよ? グリーフシード持ってるわけないじゃん。」
まだあどけなさの残るその声は頭上から聞こえてきた。
らんまが上を向くと、長い髪を乱雑にポニーテールにまとめた少女が槍を片手に堤防の上に立っていた。
赤いノースリーブのワンピースはへその辺りから下が前に開き、その奥からひらひらのスカートがのぞいている。
普通の人が見ればきっと何かのコスプレの類かと思うだろう。
しかし、らんまには先ほどの槍と少女の格好で相手が何者か理解した。
(あいつは…魔法少女!)
いきなり現れた魔法少女は言葉を続けた。
「っていうかさ、そのカンフーみたいなカッコ、変身してないよね? アンタ、魔女退治なめてるワケ?」
その魔法少女―佐倉杏子はガムをクチャクチャとかみながらしゃべる。
そして、言い終わったらプーッとガムの風船を大きく膨らませた。
ムカつく態度でどうでもいいことに難癖を付けてくる。
喧嘩を売られているというのはらんまにもよく分かった。
「すまねーけどな、オレが強すぎるからグリーフシードも変身も必要ねえんだ。
魔女とか使い魔とかぶっ倒してるのも、ただの暇つぶしだから邪魔されたら困るんだけどなぁ」
自分以外の魔法少女の強さを測るにはちょうど良い、らんまはそう思って相手を挑発しかえした。
「へぇ、ルーキーがナマ言ってくれるじゃん。そんじゃ、これはどうだ!」
97 :らんまマギカ6話4 ◆awWwWwwWGE 2011/10/16(日) 22:45:19.65 ID:dEl3/Y9C0
そう言うと杏子は急に機敏な動きをして堤防から飛び降りた。
落下しながらも槍をらんまに投げてくる。
「危ねーな、おい。」
らんまはのん気につぶやきながら猛スピードで落ちてくる槍をかわした。
一方杏子は頭から落ちていたにもかかわらず、ちゃんと足から着地して、一瞬で態勢を立て直す。
そして、すぐに新しく槍を生成するとらんまに斬りかかった。
「おっ!? よっ。」
上から落下してきた槍をかわしてすぐに杏子の攻撃が襲ってきたのでらんまは反撃の余裕もなく防戦に回った。
(なかなか良い動きしやがる。)
間断なく繰り出される槍の突きを避けながら、らんまは思った。
動きだけを見れば、あかねよりは確実に強いだろう。
シャンプーと同等かそれ以上…
(けっこう、厄介だな。)
シャンプー並の実力というだけなら、らんまは女の状態でも勝てる。
だが、刃物というのがなかなか厄介だ。
らんまはかつて、自分より格下とみなしていたライバルから気付かぬうちに木刀で打ち込まれたことがあった。
木刀だから打ち身が残る程度で済んだが、もしそれが真剣だったならば致命傷を負っていたことになる。
刃物を使う相手は、たとえ格下であってもほんの一度隙をつかれただけで終わりだ。
とうてい油断できないし、下手にしかけることもできない。
(でも、あんまりマジになって大怪我させるわけにもいかねーしな。)
そんなことを考えながら避けているのがバレたのか、杏子が表情をすごませた。
「アンタ、本気で戦ってねえな!」
その言葉と同時に、槍は多節昆に化け、大きく横なぎにらんまに襲い掛かった。
予想外の攻撃に、らんまは反応が間に合わず、まともに食らってコンクリートの堤防に叩きつけられた。
その衝撃で堤防のすぐそばに置いてあったタイヤの山が崩れ、らんまの姿はその下敷きになって消える。
「ったく、ウゼェやつだ。」
杏子は吐き棄てるようにそう言った。
「さーて、後はこいつの義理の姉だかなんかって奴からグリーフシードをぶん捕ればいいわけか。」
いつの間にか使い魔は完全に逃げおおせて、もともと不完全だった結界は跡形もなく解けている。
杏子は河川敷に背を向けてその場を去ろうとする。
その時だった。
急に轟音がなったかと思うとタイヤの山がはじけ飛び、光の弾が杏子に向かって飛んできた。
「な、なんだ、コレ!?」
杏子は髪を焦がすほどの際どさで何とか光の弾を避ける。
(あいつの魔法か? でも、全く魔力を感じなかった。)
杏子がタイヤの山があった場所を振り返ると、そこには変身したらんまの姿があった。
「なによ、ソレ? 髪だけじゃなくて服の色まで被ってるじゃん。超ウゼェ。」
「うるせぇ、ホントはこんな格好したくねえんだ。大事な服に穴開けやがって。」
二人の赤い魔法少女が対峙する。
杏子はまたも右手に槍を生成した。
杏子からしてみれば、相手の魔法の性質がまるで読めない。
98 :らんまマギカ6話5 ◆awWwWwwWGE 2011/10/16(日) 22:47:10.95 ID:dEl3/Y9C0
その上、思い切り叩きつけたはずなのに早くも立ち上がる回復力。
正直に言えばどう攻めていいのか分からなかった。
一方のらんまも、気軽に攻めにうつることはできなかった。
槍が突然多節昆に変わるなどというありえない変化を目の当たりにして魔法が真に魔法であることを理解した。
格闘技の経験だけではどんな攻撃が来るか想像もつかない。
双方、手詰まり状態でにらみ合いが続いた。
やがて、しびれを切らしたように、杏子が突進していった。
突き出された刃をらんまは際どく避けると、距離を保ったまま相手から見て左に回る。
相手が右利きならば、左に回った方が隙が多いし、攻撃もされにくい。
とっさのことに、杏子はすばやく反応して槍を多節昆に変え、大きく右から左へ横なぎした。
らんまはそれは飛んでかわすと、さらに左に回る。
「ちっ、ちょこまかと逃げてばっかでウゼェ!」
もともと槍と素手ではリーチに差がありすぎるのでらんまが仕掛けるには杏子のふところに飛び込まなければならない。
しかし、らんまは距離を保って避け続けるだけで自分から仕掛けようとしなかった。
らんまの動きを追っていく杏子の足取りは、自然に螺旋を描く。
「アンタも早く武器を出しな! それとも、武器を出す暇も無いのかい?」
そう言いながらも杏子は攻撃の手を緩めない。
「わりぃな。オレは普段武器つかわねーんだ。魔法の使い方もよくわかんねーしな。」
らんまはわざと余裕の表情を作った。言っていること自体は本当のことだ。
しかし、杏子はそれを挑発と受け取ってさらに熱くなる。
「…だったら、このまま刺身になっちまいな!」
杏子は左手にも槍を出し、両手で突きのラッシュを繰り出す。
普通の人間ならば片手で槍を突いたところで力が入らないので槍の二刀流など意味が無い。
だが杏子の槍は片手でも十分に力強い突きを連打してきた。
「わっ! とっ!」
さすがにこれはらんまも避けるのが苦しい。
(確かにこのままじゃ刺身になっちまう…だが!)
「飛竜昇天波!」
らんまは叫ぶと同時にあろうことか誰も居ない虚空に向けてこぶしを振り上げた。
「なにっ!?」
杏子は本能的に危険を感じ、とっさに防御体勢をとる。
その直後だった。
冷たい空気が重いパンチのようにぶつかってきたかと思うと、
それを中心に竜巻がまき起こり、杏子の体は空高く舞い上げられた。
「魔法少女か…なかなかの相手だったが、無差別格闘早乙女流の敵じゃねぇな。」
大技を決めて勝利を確信したらんまがつぶやく。
(さて、あいつをキャッチしてやんねーとな。)
そう思ってらんまは空を見上げた。飛竜昇天波は高威力でも殺傷力は低い。
ただし、巻き上げられた場合に頭から落ちたりすればその限りではない。
らんまは杏子の巻き上げられたあたりから目測で落ちてきそうなところに陣取る。
が、落ちてきたのは杏子ではなく槍だった。
99 :らんまマギカ6話6 ◆awWwWwwWGE 2011/10/16(日) 22:48:09.67 ID:dEl3/Y9C0
「げっ! まだ攻撃できるのかよ!?」
予想外のしぶとさにらんまも思わず不意を突かれた。
杏子は落下しながらも次々とらんまに槍を投げ落とす。
らんまはそれをキリキリ舞いになってかろうじて避ける。
「あれが、アンタの魔法か! おもしれぇ!」
杏子は着地すると、地面に突き刺さった多くの槍同士の間に防壁を出し、即席のリングを作り上げた。
こうなるとらんまは逃げ場が無くなる。
一方の杏子はさきほどまでの戦いでハイテンションになったのか、目をらんらんと輝かせていた。
「へっ、こうなったら何としてでもグリーフシード分捕らせてもらおうか!」
まるで、獲物に襲い掛かる虎や狼のごとく、杏子は襲い掛かる。
だがそれは虚勢だった。
飛竜昇天波のダメージは十分に受けている。今の杏子は魔法でむりやり動かない体を動かしているに過ぎない。
そして、そのための魔力もそろそろ限界だ。
もともと杏子は回復魔法は不得意で効率が悪い上に、すでに今までの戦いでかなりの魔力を消費しているのだ。
戦い続けるだけの魔力はあと数分しかもたないだろう。
それでも、決して杏子は無謀や蛮勇のみで虚勢を張っているわけではなかった。
あれだけの大技を使ったのなら相手もそろそろ魔力の限界が近いはずだ。
だからこっちにはまだ余裕があるとアピールすることで、相手を降参させようというのが杏子の算段だった。
当然、魔法少女としては初心者のらんまには杏子の心理的駆け引きが理解できるわけも無い。
らんまはこの見た目によらずタフネスを誇る魔法少女を相手に、必死で槍を避けていた。
「ちょっと待て!」
「なにさ?」
杏子は槍を振り回しつつ答える。
「グリーフシードってそんなに大事なもんなのか?」
らんまも必死でかわしながら質問をした。
「ふざけんな!そんだけ必死で守っておいて!」
杏子は今度は演技ではなく激昂する。
それを争って今こんなに激しく戦っているのではないのか。
杏子からすればらんまの態度は自分をなめているようにしか見えなかった。
「わかった、わかった!グリーフシードならくれてやる。」
らんまはポケットに入れていたグリーフシードを取り出して杏子に向かって投げた。
「え、マジで?」
予想外のらんまの行動に戸惑いながらも杏子は槍を動かす手を止めて、しっかりとグリーフシードをキャッチした。
そのおかげで、戦闘が停止した。
杏子は一瞬、グリーフシードを得たことに喜びそうになるものの、すぐにまた嫌悪感が湧いてきた。
どう見てもらんまの態度が杏子に恐れをなして降参という様子ではないのだ。
「テメェ、やっぱあたしのことなめてるな?」
「バカやろう、タダじゃねえ。それやるから魔法とかについていろいろ教えろ。」
「取引…ってわけか。」
杏子は思った。
どうやら、こいつの身の回りには他に魔法少女がいないらしい。
100 :らんまマギカ6話7 ◆awWwWwwWGE 2011/10/16(日) 22:49:14.73 ID:dEl3/Y9C0
そのうえ、グリーフシードの価値もよく分からないほど情報が不足している。
敵とか味方とかいう以前に情報が欲しいのは当然だろう。
杏子は話に乗ることにした。
これ以上戦い続けるのは、ソウルジェムの限界が怖い。
倒してぶん捕ったのではなく貰うというのがプライドをつっつくが、背に腹は代えられない状況だ。
「分かった。それじゃ、腹減ったからこの辺のメシ屋つれてけ。」
そう言って杏子は変身を解いた。
こうして、らんまの魔法少女同士の初めての戦いは勝敗がつかずに終わった。
**************************
「あ、らんちゃん。いらっしゃい。」
二人がお好み焼き屋に入ると、高校生ぐらいに見える少女が出迎えた。
他に店員はいない。
「よう、うっちゃん。オレは豚玉たのむ。」
らんまは軽い挨拶をすると早速注文をした。
「あいよ。…ん? なんや、その子?」
うっちゃんと呼ばれた店員はらんまの横に居る少女に目をつけた。
杏子はらんまによく似た赤い髪をしているが、全般的に体格は貧相で顔も似ていない。
第三者から見てもまず親戚には見えないだろう。
(変な誤解を与えてはならない。)
らんまは思った。
この店員、うっちゃんこと久遠寺右京もいろいろあってらんまの許婚ということになっている。
そっちの意味での「ライバル出現」とでも思われたら面倒だ。
「いやぁ、こいつが見た目によらず強くてな。服破られちまったよ。」
そう言ってらんまは杏子の攻撃で破れた腹部を見せる。
「らんちゃんに怪我を!?」
右京は巨大なコテを握って杏子をにらみつけた。
「あー、違う違う!お互い恨みっこ無しの正々堂々とした果し合いだ。なっ?」
らんまは杏子を振り返って目で合図した。
「ああ。良い勝負だった。」
杏子は棒読みで答えた。
事情はよく飲み込めなかったが、別にことを荒立てる理由も無い。
「そんならしゃあないな。…にしても、こんな子がらんちゃんに怪我させるほどのつわもんとは、世の中広いもんやなぁ。」
ついさっき、鬼の形相でにらみつけていた右京が、すでに好奇の目で杏子を見ている。
杏子をあくまで武闘家としてのライバルだと思わせることに成功し、らんまはホッとした。
********************
「にゃに? みゃほうをふはってにゃはっただほ!(何、魔法を使ってなかっただと)」
熱々のミックス玉をほうばりながら杏子が叫んだ。
「ああ、無差別格闘流三代目当主・早乙女乱馬とはオレのことだ!」
らんまは胸をはって親指で自分を指差して答えた。
杏子は強引にお好み焼きを飲み込む。
「いや、そんな流派聞いたことねーし。」
101 :らんまマギカ6話8 ◆awWwWwwWGE 2011/10/16(日) 22:50:44.85 ID:dEl3/Y9C0
らんまはガクッと落ち込んだ。
しかし、杏子の方はより大きなショックを受けていた。
ルーキーのわりにやたらと動きがよかったのは確かに説明が付いた。
格闘技の道場の跡取りというのならそのぐらいのレベルでも不思議ではないだろう。
だが、魔法を使わずにこの自分と引き分けたというのだ。いや、実質は引き分け以下だ。
自分は見栄を張っていただけだが、まだらんまには余裕があったのだから。
もしこいつが本格的に魔法も使いこなすようになってしまえばどうなるのか。
自分など足元にも及ばなくなるのではないか?
(ちっ、気分わりぃや)
杏子はいらつきを抑えるように大声で注文をした。
「ねーちゃん、ビール!」
まるっきり常連のオヤジのような台詞だ。
「あいよ、お待ち!」
右京は、二つ返事で杏子にビールを差し出した。
が、それを見て杏子は固まった。
「おい、なんだこりゃあ?」
「なんや言うて、決まっとるやないか。ノンアルコールビールや。」
すごむ杏子に全く恐れるような気配も無く、右京は堂々と言った。
その態度がさらに杏子をいらだたせる。
「テメェ、あたしが頼んだのはビールだ!」
「どう見ても中学生ぐらいにしか見えへんあんたにそんなもん出せるわけないやろ。」
二人の意見はどうやらどこまで行っても平行線だった。
「おい、おまえら何やってんだ!?」
あわててらんまが止めに入るがもはや二人とも聞く耳を持たなかった。
「いくら客商売いうたかて、ウチは媚びで商売しとるわけや無い。
タチの悪いガキにはお灸をすえたらなあかんな。」
そう言って右京は巨大なヘラを構えた。
「へぇ、おもしれえ、やんのかよ?」
一方の杏子は変身こそしないもののどこからとも無く槍を取り出した。
「自分、アホやな? ガキ相手に喧嘩なんかせーへん。…ただ、性根叩きなおしたるだけや!」
言うのと同時に、右京は焼きそばの束を投げつけた。
杏子は焼きそばをかわそうとするが、身動きの不便な店の中、左腕が焼きそばに当たってしまった。
すると奇妙なことに、焼きそばは杏子の左腕に絡み付いて離れなくなった。
「なんや偉そうにしてて、こんなんも避けられへんのか?…ん?」
右京は得意になって挑発するが、杏子の様子がおかしい。
さっきから機嫌は悪そうだったが、それどころではない。
完全に目が据わっている。
ビールが出てこないとかそんな程度の怒りでないことは右京とらんまの二人にもよくわかった。
「テメェ…」
杏子は腕に焼きそばを絡ませたまま右京に近づく。
もはや槍は消えていたが、どこか、有無を言わせぬ迫力があった。
102 :らんまマギカ6話9 ◆awWwWwwWGE 2011/10/16(日) 22:55:46.37 ID:dEl3/Y9C0
「な、なんや。」
すぐ目の前にまで近づいてきた杏子に、右京はやや気圧されていた。
杏子は焼きそばの絡まっていない右手のほうで右京の胸倉をつかんだ。
そして一言―
「食いモンを粗末にすんじゃねえ!!」
「へ?」
「え?」
完全に予想外の言葉に、右京もらんまもあっけにとられた。
*****************
「ちょっと待ちや!」
お好み焼きも食べ終わり、もう帰ろうというときになって右京が呼び止めた。
「どうした、うっちゃん?」
らんまは振り返る。しかし、右京は首を横にふった。
「今回はらんちゃんやなくて、そっちの子や。」
「あたしか?」
杏子は嫌そうな顔をした。
初対面で乱闘直前までやらかしてしまったのだ。何を言われることやらと杏子は警戒する。
「ああ。あんたの食いモンに対する心意気が気に入った。食いっぷりもなかなかのもんや。
そこでやな、もしよかったらウチで働かへんか?」
それは、杏子にとって、いや、らんまにとっても全く意外な提案だった。
きょとんとする杏子に対して右京は言葉を続ける。
「時給700円でまかないもつけたる。どないや? きょうび中学生でこんな条件ええバイトはないで。」
現実的な交渉を持ち出されて、杏子も表情を変えて思案をする。
「…わりぃけど、通いつめるにはちょっと遠いんだわ。住み込みつきなら考えてもいいぜ?」
「うちん家でええなら泊めたるで。女の一人暮らしやさかい、物騒やと思っとったし丁度ええわ。」
とんとん拍子で話はまとまっていく。
「え? 住み込みってお前家族とかいないのかよ? うっちゃんも知らない奴をそんな簡単に…」
ただひとりらんまは話についていけない。
「あたしゃはぐれモンさ。家族なんていねーよ。ま、世話になった奴に挨拶ぐらいしてくけどな。」
自嘲気味に微笑みながら答える杏子は、なにやら背景にいろいろありそうだった。
「この食いっぷりなら、根は間違いなくええ子や。うちは問題ないで。」
確かに杏子の食いっぷりは良かった。
大盛りのミックス玉に追加でモダン焼き、さらにノンアルコールビールを丸一本。
飲食店を経営する身としては良いお客さんなのかもしれない。
しかしそんなもので人間性を評価していいものか。
(ホントにいいのかよコイツら…)
らんまの懸念をよそに、こうして佐倉杏子の風林館暮らしがはじまった。
122 :らんまマギカ7話1 ◆awWwWwwWGE 2011/10/24(月) 22:08:51.52 ID:uw73suYD0
巴マミは、肩に黒い小豚を乗せて魔女を探していた。
今日は鹿目まどかと美樹さやかは来ない。友人のお見舞いに行くという。
一般的な社会生活と魔法少女としての魔女退治とを両方成り立たせるのは難しい。
(せめて、協力できる魔法少女が他に居たら良いのに。)
マミはつくづくそう思った。
『たまにはサボってもいいんじゃねえのか?』
マミの心の声がテレパシーとして漏れていたのか、肩に乗せた良牙が反応した。
『ダメよ。そのほんの一日サボったおかげで死んでしまう人が居るかもしれないのよ?』
マミは小さく顔を横にふる。マミの魔法少女としての縄張りは小さくない。
一般人が巻き込まれることを防ぐためには魔女退治をサボることなど出来なかった。
(それにしても、精力的なもんだ。)
良牙は感心しつつもなかば呆れていた。
マミは近所の大人たちともそつなくやりとりできるし、学校の成績も悪くない。
クラスメートとも問題なくつきあえている。
それなのに、誰も彼女が何をしているか知らず、親友の一人も居ないのだ。
決して、パンスト太郎のように性格に難があるわけではない。
他人を巻き込まないために距離を保っているのだ。
そこまでして、名も知らない他人を守るために日々自分の時間を削り、命を危険にさらして戦っている。
良牙にはとうてい真似できそうにもなかった。
薄暗い夜の公園にさしかかったとき、良牙は急に背後に気配を感じた。
『気をつけろ。』
良牙はマミに注意をうながす。
マミが振り返るとそこには、以前の魔女退治の際に見かけた黒髪の魔法少女が立っていた。
「分かってるの? 貴女は無関係な一般人を危険に巻き込んでいる。」
あいさつもなしに、黒髪の魔法少女こと、暁美ほむらは話しはじめる。
「分からないわね。それがキュゥべえを襲った理由?」
マミは、あえて自分が見ていないことを言った。
良牙やキュゥべえの証言を信用していないわけではない。どちらかといえば相手の反応を見たかった。
案の定、ほむらはハッとした。マミに知られるはずが無いと思っていたのだろう。
「まさか、その小豚…!?」
ほむらは何か言おうとするが、マミはそれをさえぎって自分のせりふを続けた。
「キュゥべえが死んで魔法少女が居なくなれば巻き込まれる一般人はもっと増えるわ。
あなたの守りたい一般人って何なのかしら?」
彼女は一般人を巻き込んでいると言って自分を非難したが、本人が一般人の安全のために戦っているようには見えない。
日々街の平和のために魔女退治にいそしんでいるマミにとって、ほむらの言葉はうそ臭くしか聞こえなかった。
しかし、マミの糾弾はほむらには響かなかったらしい。
ほむらは気を取り直した様子で落ち着いて答えた。
「アイツは…キュゥべえは一匹や二匹殺したってなんとも無いわ。
それよりも、鹿目まどかを魔法少女にされたら困るのよ。」
「どういうこと?」
鹿目まどかを魔法少女にしたくないという意味は、マミにも分かった。
まだ本人にも言っていないが鹿目まどかは魔法少女としてとんでもない素質を持っている。
123 :らんまマギカ7話2 ◆awWwWwwWGE 2011/10/24(月) 22:10:10.37 ID:uw73suYD0
もし、鹿目まどかが魔法少女となって、グリーフシードの取り合いにでもなれば勝ち目が無い。
嫌がるのも道理だ。しかし―
「キュゥべえが何匹もいるとでもいうの?」
「あら、そんなことも聞かされずにアイツの片棒を担いでいたのね。」
さも当たり前のように、ほむらは言ってのけた。
「疑わしいなら本人に聞いてみることね。あなた自身がよく知りもしないのに、
他人を魔法少女にしようなんて迷惑だわ。」
それだけ言うと、ほむらはきびすを返して消えていった。
『どうにもうさんくせえな。』
良牙がつぶやく。
『誰のこと?』
マミが質問する。
言わんとしていることは分かっている。それでも、あまり聞きたくなかった。
『両方だ。あの魔法少女もキュゥべえも。』
『…ええ。』
良牙にも言われて、マミはようやくキュゥべえの存在を疑わなければならないと自覚した。
長い付き合いであるにもかかわらず、確かにマミにはキュゥべえに関する情報が足りていなかった。
客観的に見れば、キュゥべえは十分に疑わしい存在だ。
それでも、マミの主観はキュゥべえを疑いたくは無かった。
彼は…キュゥべえは家族をすべて失って心細い自分を支えてくれた存在なのだ。
もしキュゥべえに何らかの悪意があるとしたら、自分はその事実に耐えられるだろうか?
*************************
「…良牙さんにキュゥべえも居るしさ、二匹もマスコットがいるなんてマミさんずるいよ!」
いつものように、鹿目まどかと美樹さやかは学校の帰りに病院に寄り、そこから家路へとついた。
キュゥべえを肩に乗せたまどかはいつになく強く熱弁している。
「いや、ボクはマミの専属というわけじゃないよ。」
まどかとは対照的に、キュゥべえはいつもの通り冷静だった。
「でもさ、良牙さんは専属だよね? やっぱりうらやましいよ。」
「で、猫を家に連れ込んで怒られちゃったってわけ?」
さやかは肩をすくめて『あきれた』のジェスチャーをした。
「ティヒヒ、エイミーっていうの。お部屋の中はダメだけど、お庭なら飼っても良いって。」
あきれられているのも気にせず、まどかは猫を飼う許可を得たのを思い出して笑った。
『ティヒヒ』というのはまどかの癖になっているいつもの笑い方だ。
付き合いが長いせいだろうか、それともまどかの癖が面白いからか、さやかはついつられて笑ってしまう。
「ははっ、そりゃ良かったじゃん。でもさぁ、まさかそのエイミーちゃんに熱湯かけたりしてないよね?」
さやかは軽く冗談を飛ばしてみた。
しかし、その『冗談』を聞いたまどかは急に歩みをとめて、表情が固まった。
「…さやかちゃん、どうして知ってるの?」
「マジでするなよ!?」
考えるよりも早く、光速でさやかはつっこんだ。
「だって、だって! 黒い小豚ちゃんが変身できるなら黒猫だって変身できるはずだよ!」
124 :らんまマギカ7話3 ◆awWwWwwWGE 2011/10/24(月) 22:11:04.10 ID:uw73suYD0
「いや、その理屈はおかしい。ってか良牙さんは人間だから。」
「まどか、念のために言っておくけど、ボクには熱湯をかけないで欲しい。」
さやかのみならずキュゥべえにもつっこまれ、まどかは軽くしょげかえった。
そうしてバツが悪くてよそ見をしたとき、まどかは異変に気が付いた。
「あそこ…何か…」
まどかの指差したところには、黒いトゲの生えた球体が突き刺さっている。
「グリーフシードだ! 孵化しかかっている!」
キュゥべえが叫ぶ。
「うそ…何でこんなところに」
「早く逃げよう! 結界が閉じればキミ達は逃げられなくなる。」
まどかだけならともかく、キュゥべえも焦っているということは本当に危ない事態なのだろう。
それでも―いや、だからこそ、さやかは捨てておけなかった。
「あたしはこいつを見張ってる。放っておけないよ。こんな場所で魔女になられたら…」
****************
「―それで、美樹さんとキュゥべえがグリーフシードのそばに居るのね?」
「はい、キュゥべえの言うにはすぐにでも孵化しそうって…」
まどかの報告を受けたマミは病院へ急ぐ。
小走りの肩の上には乗りにくいのか、黒い小豚も地面を走って付いてきた。
(まったく、美樹さんも無茶をするわね。)
マミは思った。
たしかにキュゥべえと一緒に居れば、マミはテレパシーで案内してもらって助けに行けるし、
さやか自身もその場で魔法少女になって戦えるという保険がついてくる。
なかなかの妙手と言えなくもない。
(でも、そんな風にその場の勢いで契約しちゃったら…私と同じじゃない!)
こんな形で美樹さやかを契約させてはならない。キュゥべえへの不信が、その思いを強くさせる。
しかし、まどかの案内が必要である以上、魔法少女の能力で速く走るわけにも行かない。
「あっ!」
急に、マミは足を止めた。
(この手があった!)
マミは魔法でティーポットを取り出し、やおら黒い小豚にお湯をかけた。
すると、たくましい男の肉体のシルエットが浮かび上がる。それと同時に魔法で服を着せる。
もともと魔法のバリエーションは広いという自信のあるマミだが、服を着せるのは自分の変身と
大して要領がかわらないのですぐに出来るようになった。
「…なんだ急に、こんなところで?」
湯煙の中から現れた良牙はなぜマミが自分を人間に戻したのか理解していない。
いや、良牙だけでなくまどかも首をかしげていた。
「良牙さん、鹿目さんをおぶって走れるかしら?」
それを聞いて、良牙はポンっと手を打った。
「なるほど。わかったぜ。」
そう言うとまどかが身構えるよりも早く、その両腕でまどかの足と背中を抱きかかえた。
「え、きゃぁ!…こ、こんなのって!」
驚く以上に、まどかは恥ずかしがって頬を染めた。
125 :らんまマギカ7話4 ◆awWwWwwWGE 2011/10/24(月) 22:12:45.61 ID:uw73suYD0
なぜならその体勢は、俗に言う『お姫様だっこ』だったからだ。
一方の良牙はまどかが子どもっぽく見えるせいか、照れる様子はまったくない。
「鹿目さん、ごめんなさい。でも一刻をあらそう事態だから。」
「ウダウダやってる暇はねえんだろ? いくぞ!」
マミと良牙は心置きなく、常人離れしたスピードで走り出した。
あっという間に、病院に着いた。
「ここね…」
マミは息も切らさず病院の壁を見つめる。
そこには黒い亀裂が走っているが、すでにグリーフシードの姿は消えている。
そして、さやかとキュゥべえもいない。
「あいつらの姿がないな…もう結界にのまれてやがるのか?」
まどかを抱きかかえたまま良牙は言った。
まどかを『お姫様だっこ』しながらかなりのスピードで走ったというのに、良牙は疲れた様子など全くなく、鼓動も変わらない。
むしろ良牙よりも、まどかの心臓のほうがはるかにドキドキと激しく脈打っていた。
「あの…そろそろ降りても?」
「ん? ああ、すまない。」
そっけない態度で地面に降ろしてもらってからも、まだまどかは頬を赤らめている。
そうしている間にも、マミは指輪状にしているソウルジェムを使って、魔女の結界への入り口を作った。
「二人とも、行くわよ!」
まだ魔女が孵化したばかりだからか、使い魔の数は少ない。
その上、ベテラン魔法少女のマミと、並みの魔法少女よりは強いであろう武闘家の良牙がいるので
使い魔は出るなりすぐに倒されていく。
一般人のまどかから見れば、気付く間もなく使い魔たちが倒されていた。
(すごい…)
こんな風になりたい。まどかは心からそう思う。
力そのものに憧れているわけではない。
彼らは人を守ることができる。
それに対してまどかはどうだろうか?
両親に守られ、学校でも美樹さやかに守られ、今はこうして巴マミと響良牙に守られている。
守られてばかりだ。
きっと、まどかが守る側に回っても昨日飼いはじめたあの黒猫すら守り切れないだろう。
仕方がない。まどかの力では自分自身を守ることすらままならないのだから。
(でも…それでいいの?)
このままみんなに守ってもらって、将来は自分のことを守ってくれる素敵な旦那さんを見つけて、
歳をとったら介護師の人や自分の子供に守ってもらって、ずっとそんな調子で…
(そんなの嫌!)
ずっと人から守られてるだけでは愛玩動物と何ら変わりない。
そんな人生で収まることを望まない、熱いものがまどかの内には確かにあった。
ただ、平素の彼女はあまりにも理想的なまでに飼いならされた状態であるがゆえに、
親も周囲の人間もまどかの内にあるものに気付かず、それを解き放つきっかけを与えてやることも出来なかった。
しかし、その『きっかけ』が、とてつもない大きな『きっかけ』が向こうからやってきたのだ。
(魔法少女に…私、なりたい!)
126 :らんまマギカ7話5 ◆awWwWwwWGE 2011/10/24(月) 22:14:07.50 ID:uw73suYD0
気が付けば、まどかは言葉に出していた。
「マミさん、私、マミさんのような魔法少女になりたいです!」
「え? でも、願い事は?」
「私、マミさんが誰かを助けるために戦っているのを見せてもらって、
同じことが私にもできるかもしれないって言われて、何よりもそれが嬉しかったんです。」
話し込みはじめたまどかとマミを邪魔しないように、良牙は使い魔退治に徹する。
もともと魔法少女たちの事情は良牙にとって知ったことではないし、口出しするいわれもない。
「大変だよ。怪我もするし、恋したり遊んだりしてる暇もなくなっちゃうよ。
私だって、無理してカッコつけてるだけで、本当は怖くて辛くて一人で泣いてばっかり…」
「でも、それでもがんばってるマミさんに、私、憧れてるんです!
だから、マミさんと一緒に戦います。」
凛として、まどかは言った。これは夢じゃないか、マミは思う。
ずっと、一人で戦い続けてきた。
魔女に対抗する力のない人をこの世界に巻き込むわけにはいかない。
助けた人から感謝されたことも、逆に恐れられたこともあったがいつでもこちらの対応は同じだった。
『ここで見たことは全部忘れてください』
この言葉を何回言っただろうか。
本当は、怖かったり辛かったりすることも、自分の手で人を守れたときの喜びも、ずっと誰かと共有したかったのに。
支えてくれる家族はとうに無く、クラスメイトにも本当のことは話せない。
魔法少女になったその時から孤独を運命付けられている…そう、思っていた。
しかしここ最近はどういうことだろう。
良牙さんに鹿目さんに、もしかしたら美樹さんも仲間になってくれるのかもしれない。
うれしい。
今まで何度も、もうダメだと思ったことが、魔女と戦い続ける日々にくじけそうになったことがあった。
でも今は違う、共に戦ってくれる仲間が居るなら、くじける理由なんてない。いくらでも戦える。
「ありがとう…でも、願いごとは何か考えておきなさい。」
自分でも目がうるんでいるのがわかる。涙は隠しているつもりだが、これではあまり意味が無いだろう。
「ごめんなさい、良牙さん、話し込んじゃって。」
そう言ってマミは戦闘に戻る。
その動きはいつもより軽快で、果敢だった。
(なんか…軽いな。)
良牙はよくない意味でそう思った。
見た目にはたしかになめらかで、美しいほどの戦いぶりだが、どこか心ここにあらずといった感じがする。
今回の使い魔たちはそうそう強くないのでマミならそれでも十分に勝てるだろう。
(まあいいか)
小さな懸念をそのままに、良牙は先へ進んだ。
**************
「おまたせ!」
マミは目ざとく美樹さやかとキュゥべえを見つけて合流する。
「はぁ、間にあったぁ…」
さやかは安心のため息をもらした。
「魔女の孵化までには少し時間がある…とは言えうかつに近づくのは危険だ。」
127 :らんまマギカ7話6 ◆awWwWwwWGE 2011/10/24(月) 22:17:51.36 ID:uw73suYD0
再開を喜ぶひまもなく、キュゥべえが状況をのべる。
「グリーフシードのうちに処理できるかしら?」
「魔女になってから倒すよりもそっちの方が安全だろうね。」
たったそれだけの、簡素な会話をかわすと、マミはグリーフシードのもとへと向かった。
真っ黒く濁りきったグリーフシードはわずかに脈打っているように見えた。
マミは、素手では触らずにリボンを召喚してそれでつかむ。
『キュゥべえ、このままグリーフシードを処理するのは無理かしら?』
『すまない、孵化直前のグリーフシードはボクの手に余る。
ある程度ダメージを与えてから渡してくれないかい?』
テレパシーで処理方法を確認すると、マミは大砲を召喚し、グリーフシードに向けて砲撃を放った。
グリーフシードを閃光が包む。
砲撃を受けた後のグリーフシードは黒から灰色へと色を変えていた。
『あとはボクが処理しよう。』
グリーフシードの状態を確認したキュゥべえはマミの居る方へ近づこうとする。
しかし―
『待って、キュゥべえ! グリーフシードがすごい勢いで濁ってる!』
マミの言うように、グリーフシードはみるみるうちに黒く変色していった。
『…そうか! 病院というこの場所が魔女のエネルギー源である負の感情を溜め込んでいるんだ!
まずいよ、すぐにでも魔女が孵化する!』
キュゥべえがそう言い終わるのも待たず、グリーフシードは完全に濁り切って、植物の芽が出るように
小さな桃色の魔女の姿が現れた。
「せっかくご登場のところ悪いけど、すぐに終わらせてもらうわ!」
マミは、長銃を大量に召喚し、片っ端から撃っては捨てる。
銃弾はことごとく魔女に命中する。
「すごい!」
圧倒的に押しまくっているマミに、まどかとさやかはいつものようにマミの勝利がそこにあることを確信した。
そんな中、良牙だけは険しい表情をしていた。
「なんだありゃあ? 効いているのか?」
「え?」
魔女は身じろぎもせず、苦痛に顔をゆがませることも無い。
もともと戦闘行為などとは無縁な上に、今までマミの一方的な勝利だけを見てきたまどかやさやかには
それもマミが強いために魔女が抵抗もできないだけにしか見えなかった。
だが、良牙には敵がはじめから避けるつもりも反撃するつもりもないようにしか見えない。
マミも十分に戦いなれている。冷静な状態ならば何かがおかしいと気付いただろう。
しかし、舞い上がっていた彼女の目には圧勝している自分の姿しか映っていなかった。
リボンでがんじがらめに縛った魔女に、トドメを刺そうとマミは特大の大砲を召喚する。
魔女は身動きひとつとれない。まどかもさやかも、マミ自身も、勝利を確信した。
―その時だった。
魔女の口の中からどす黒い塊が吐き出され、一瞬にしてそれが野太い大蛇のようにマミの眼前にまで迫った。
「―え?」
何が起こったのか分からず、マミは完全に動きを止める。
蛇に睨まれたカエル、その言葉が文字通りぴったり当てはまる状態だ。
大蛇はおもむろに口を広げ、獲物の頭にかじりつこうとした。
128 :らんまマギカ7話7 ◆awWwWwwWGE 2011/10/24(月) 22:18:58.37 ID:uw73suYD0
「獅子咆哮弾!」
せつな、怒号が響く。
マミを食いちぎろうとしていたどす黒い大蛇は間一髪、横殴りに飛んできた光の弾に弾き飛ばされた。
「バカやろう、戦ってる最中にボサッとすんじゃねえ!」
良牙はまどか達のいる場所から駆け下りて、魔女と対峙した。
「…え、あ、良牙さん?」
マミはまだ平常心をとりもどしていない。
そうしている間にも、黒い恵方巻きのような怪物は、傷ついた外皮を脱ぎ捨てて良牙に襲い掛かってきた。
良牙は敵を十分に引きつけると、食べられそうになる直前に落下型の獅子咆哮弾を放った。
獅子咆哮弾は重さで攻撃する技であるが故に、横に飛ばすよりも落下型の方が強力だ。
だが、落下型獅子咆哮弾を食らってもなお、この黒い魔女は脱皮を繰り返して襲いかかってくる。
「くそ、ダメだ。やっぱり獅子咆哮弾じゃラチがあかねえ。マミちゃん、早く攻撃を!」
魔女の攻撃をかわしながら、良牙が叫ぶ。
「え、ええ。ティロ・フィナーレ!」
ようやく気を取り直したマミが、さっきから溜めていた渾身の魔力を砲撃にして叩き込んだ。
轟音がうなり、どす黒い塊は炎に包まれる。
その様子を見て、ようやく良牙もマミも、そしてまどかやさやかも勝利を確信した。
「まったく、浮かれながら戦うからだ。」
汗をぬぐいながら良牙がこぼした。
「ごめんなさい…、私…」
言われるまでも無い。とっくに自分で気付いていた。
仲間が増えていくことに浮かれ切っていて、いつもの用心深さがまったく消えうせていた。
なまじ経験豊富で多少気が散っていても戦えるだけに、自分を戒めることが出来ず大きなミスをしてしまったのだ。
「マミさぁーん!」
さやかとまどか、そしてキュゥべえが二人に駆け寄ってくる。
「良牙さん、かっこいい!」
「ピンチに颯爽と登場! まるでヒーローじゃん!」
一般人二人はくちぐちに良牙を褒めはじめた。あまり褒められなれていない良牙はついつい顔を緩めてしまった。
「ま、まあな。はは、やっぱそーだよな?」
「取ったぁ!」
と、その瞬間、さやかがぺろ キャンディーの柄のようなステッキで良牙の頭を叩いた。
「…なにしやがる?」
「あ、ホントだぁ。浮かれたらさやかちゃんでも一本取れちゃうぐらい隙だらけなんだ。」
抗議する良牙に対し、まどかは感心したようにつぶやいた。
「ふっ、違うよまどかくん。あたしはすでに一流武闘家並みの技量を身に付けたのだよ。」
わざとらしく自慢するさやか。
どうやら良牙自身の注意した浮かれながら戦ったらどうなるかというのを実践したつもりらしい。
「おまえらなぁ…」
良牙は内心、まるで乱馬のような手を使いやがってとぼやいた。
そう、良牙こそが簡単に浮かれたり落ち込んだりして戦いに影響してしまうタイプだったのだ。
「おかしいわ。」
129 :らんまマギカ7話8 ◆awWwWwwWGE 2011/10/24(月) 22:20:35.15 ID:uw73suYD0
「ああ、まだ終わっていないよ。」
平和なやり取りをしている中、マミとキュゥべえが言った。
「まだ、結界が解けてないもの!」
その言葉に、良牙もはっとした。
「あぶない、下がってろ!」
言っている間にも、黒い大蛇はまたもや脱皮をして襲いかかってくる。
「獅子咆哮弾!」
「ティロ・フィナーレ!」
今度はほぼ同時に、マミと良牙の攻撃が打ち込まれる。
それでもなお、漆黒の魔女は脱皮をしてその内側から襲いかかってくる。
「ええい、しつこい!」
「なんなの、この魔女!」
マミも良牙も、もはややけになって魔女を攻撃する。
しかし、何度やっても同じだった。またもや魔女は脱皮を繰り返す。
そして今度は、脱皮の勢いをそのままに、魔女はまどかに向かって突進した。
「ちっ、一番弱そうなのを狙ってきやがったか!」
良牙の気も切れてきて、獅子咆哮弾で叩き飛ばすことができない。
やむなく走って魔女を追いかける。
マミは魔力を溜めて砲撃の準備をしているが、間に合うかどうか分からない。
「え…あ…」
まさか自分が狙われるとは思っていなかったまどかは、恐怖に身がすくんで動けない。
「まどかぁ!」
さやかがまどかをかばって前に出る。
ターンッ
その時、乾いた音が鳴り響いた。
それと同時に漆黒の大蛇は身をうねらせて倒れこんだ。
マミの銃ではあんな音はしない。
「その男は…一体何者なの?」
上のほうから声がする。
一行が声のしたところを見上げると、巨大な釘の上に拳銃を片手に持った黒い魔法少女の姿があった。
そのすぐ横には魔女の使い魔とおぼしきものが頭部を撃ち抜かれて倒れている。
「あなたは!?」
「…ほむらちゃん?」
そう、そこに居たのは鹿目まどかと美樹さやかの同級生にして、魔法少女の暁美ほむらだった。
137 :8話1 ◆awWwWwwWGE 2011/10/31(月) 01:03:59.62 ID:pQvE8nTy0
「もう一度聞くわ。その男は何者なの?」
暁美ほむらは鋭い目つきで響良牙を一瞥し、また巴マミをにらみつける。
暁美ほむらの前に置かれたケーキと紅茶は全く減っていない。
巴マミは落胆していた。
形はどうあれ、暁美ほむらは鹿目まどかを守った。
鹿目まどかが魔法少女になるのを嫌がっているのなら、見殺しにしていてもおかしくない。
それでもまどかを守ったということで、最低限の信頼はできる人間だと判断し自宅に招いたのだ。
しかし、話は全く通じなかった。
助けてくれたことに礼を言っても微笑みもせず、ケーキとお茶を差し出しても食べようともしない。
どこから来たのか、なぜあの魔女の弱点を知っていたのか、何を目的に付け回してくるのか…
そう言ったこちらの質問には一切答えない。
本来社交的なマミにとっては理解しがたい相手だった。
素直な性格の美樹さやかにいたっては露骨に不快感を表情に出している。
「俺は武闘家だ。ワケあって、マミちゃんに世話になっている。」
良牙は簡潔に答えた。普段より声のトーンが一段低い。
彼もまたほむらに対する警戒心を解いてはいないようだ。
「武闘家? 魔法を使っていないというの?」
さすがにこれにはほむらも驚いた様子だった。
「ボクも驚いたけどね。確かに彼に魔力は全く感じられない。」
キュゥべえが代わって答える。
(キュゥべえが居なければ少しは事情を話してくれるのかしら?)
マミはふとそんなことを思った。ほむらがキュゥべえを敵視しているのは間違いないようだ。
キュゥべえに手の内を知られたくないがゆえに黙秘を続けているのならば、
秘密厳守を約束した上で時と場所を選べばちゃんと話してくれるのかもしれない。
もっとも、そうするにも相互の信頼がそれなりに必要だ。最低限でも、今後共存する必要がある。
「こちらからの質問、いいかしら?」
マミは言った。
「答えられることならね。」
ほむらは相変らずの対応だ。
「わたしとしては、あなたを縄張りから追い出したりするつもりは無いけれど、あなたはどういうつもりかしら?
今後、共存するために必要なものは?」
追い出したりしない…というのはマミにとっては決して軽々と決断できることではない。
縄張りの主として、よそのものの魔法少女を受け入れるということは、彼女の今までとこれからのトラブルをすべて
背負うことを意味する。
その上、まどかやさやかが魔法少女になればグリーフシードの配分なども差配しなければならなくなる。
そういった苦労がある以上、信頼できる相手で無い限り自分の縄張りには受け入れないのが普通だ。
それが魔法少女たちの常識である。
半信半疑の暁美ほむらを受け入れるというのはマミにとっては一種の賭けだった。
(彼女はキュゥべえに関して何か知っている。)
それがマミが賭けに出た理由のひとつ、そして、もうひとつは―
「『ワルプルギスの夜』を倒すことに協力すること。」
ほむらが言った。
マミは目を丸くした。ちょうど、自分の考えていたことをこのよそものの魔法少女が口にしたのだ。
138 :8話1 ◆awWwWwwWGE 2011/10/31(月) 01:05:17.53 ID:pQvE8nTy0
マミが魔法少女の仲間を欲しがっている理由は単に寂しがり屋というだけではない。
最大の理由は『ワルプルギスの夜』に対抗する戦力を集める必要性だ。
そのために、あえてほむらを縄張りに受け入れようとしているのだから
それがほむらの要求でもあるというのなら願ったり叶ったりの状況ではある。
しかし、それ以上に疑問が頭をよぎる。
「なんで、あなたがそれを知っているの!?」
『ワルプルギスの夜』という魔女が来るのはマミが独自に、これまでの出現のパターンや時期を調べて予測したものだ。
他の魔法少女はもちろん、キュゥべえにだってまだ言っていないのに、どうしてほむらがそれを知ることが出来たのか。
しかし、ほむらはマミのその疑問には答えようとせずに言葉を続けた。
「それと、鹿目まどかを魔法少女にしないこと。」
これもまた、マミにとっては信じがたい言葉だった。
マミを縄張りの主として共存する以上、ほむらの方からことを荒立てない限り喧嘩になることなどないのだ。
いくらまどかの魔法少女としての素質が高くてもグリーフシードの奪い合いでもしない限り害が無いはず。
それなのに、なぜ意地でもまどかを魔法少女にしたくないのか。
そんなにまどかを魔法少女にしたくないのなら見殺しにすればよかったのに、なぜ助けたのか。
「この二つさえ果たしてくれるなら、私は見滝原から出て行っても、必要ならば協力するのも構わない。」
ほむらは唖然とするマミを無視してそれだけ言うと、席を立った。
「私の話すべきことはそれだけよ。邪魔したわね。」
早くも去ろうとするほむらを、マミは呼び止めた。
「待って! あなたは何のために戦っているの?」
ほむらはちらりと振り返ったが、何も言わずそのまま巴宅から出て行った。
「分からない…」
マミはつぶやく。
「もとから仲良くするつもりなんてねーだろ、あいつは。」
良牙が言った。
言わんとすることはマミにも分かる。
暁美ほむらが魔女を倒したタイミングがあまりにも良すぎる。
まどかが魔女に襲われるまで、マミや良牙のピンチを無視して戦いを眺めていたとしか思えない。
そうだとすれば彼女にとってマミや良牙は死んでも良いと考えていたことになる。
一人でやっていく自信のある魔法少女ならそう考えても不思議は無い。
しかし、ますます不思議になることがある。
なぜ、まどかだけを守ったのか?
(もしかして、鹿目さんを魔法少女にしたくないのもキュゥべえを襲ったのも、純粋に鹿目さんを守りたいから?)
ふと、そんな推測がマミの脳裏を巡った。
だが、その推測には致命的な欠陥がある。
暁美ほむらが鹿目まどかだけを守ろうとする動機が無いのだ。
当のまどかも、あまりほむらに対して好意を持っているようには見えない。
むしろ、自分が魔法少女になることを妨げようとするほむらの発言に愕然としている。
とてもほむらがまどかの意を汲んでいるようには思えなかった。
「鹿目さん、あの子の言うことは気にしなくて良いわ。
魔法少女になるかならないか、どんなお願い事をするか、それは自分の判断で考えなさい。」
そう言ったのものの、まどかは簡単に契約できなくなったとマミは思った。
139 :8話3 ◆awWwWwwWGE 2011/10/31(月) 01:06:16.51 ID:pQvE8nTy0
「…はい。」
まどかは弱々しく返事をする。
今、まどかが魔法少女になれば、ほむらはマミに対して何らかの行動を起こすだろう。
まどかが契約すれば、結果としてマミに迷惑がかかる。まどかはそれを意識しないほど無神経ではない。
ほむらの言葉はすでに十分にけん制としての意味を発揮していた。
マミもまどかもそれ以上互いに何もいえなかった。
「ところで、マミさん―」
そんな膠着した空気をさやかが動かす。
「『ワルプルギスの夜』って何ですか?」
「それはね、大型の魔女で―」
マミは気を取り直して説明を始めた。
******************
授業中の教室、廊下ですれ違ったとき、休み時間、鹿目まどかは視界に入るたびに暁美ほむらをみつめていた。
決して友情でも憧れでもない。
(なんで、ほむらちゃんは私のしたいことを邪魔するの?)
昨日からその疑問がまどかの頭から離れなかった。
(やっと、なりたいものが見つかったのに、どうしてなっちゃいけないの?)
まどかにとっては考えれば考えるほど理不尽だった。
まず、まどかが魔法少女になったところで、直接的にはほむらに迷惑をかけることはない。
まどかに魔法を教えたり、フォローをするのはマミの役目だ。
マミには足手まといになって迷惑をかけるかもしれないが、ほむらに口出しされる筋合いのあることではない。
それに、ほむら自身が魔法少女なのだ。
自分は魔法少女になってもよくて、まどかはダメというのはどういう理屈なのか。
納得のいく説明など全くない。
結局は、グリーフシードを独占したいがために邪魔をしているとしか思えなかった。
形としては、ほむらは命の恩人なのかもしれない。
昨日まどかが魔女に狙われた時、ほむらがその魔女にとどめをさしたのだから。
しかし、まどかはマミや良牙を信頼している。
きっと、ほむらが来なくても間に合っただろう。根拠は特にないがまどかはそう思っていた。
だからこそ、まどかはマミへの要求という形で魔法少女になることを邪魔したほむらを憎んだ。
恩を売ってそれをかさに着ての要求というのは、気持ちの良いものではない。
誠心誠意をもって、どうして魔法少女になってはいけないのか説明ができないから政治的な手段を
使ってくるというやり方に好感を持つ方が無理がある。
(そんなことよりも―)
まどかは魔女に襲われた瞬間を思い出す。
『一番弱そうなのを狙ってきやがったか!』
響良牙はそう言っていた。
客観的に見てまどかは『一番弱そうなの』になってしまうのだ。
確かにそうだろう。実際に、まどかは怖くて動けなかったのだから。
それに比べて、魔女などという怪物を相手にすれば同じ一般人でしかないはずのさやかは
勇敢にもまどかをかばって前に出た。
自身は動くことすらできなかったのに。
140 :8話4 ◆awWwWwwWGE 2011/10/31(月) 01:07:50.18 ID:pQvE8nTy0
まどかは自分がいかに弱い存在かを痛感させられていた。
(…このままじゃ、私、何の役にも立たない。)
無力感を味わうほどに、まどかの中で魔法少女への憧れは強くなる。
(こんな私でも、魔法少女になれば人を助けたり守ることが出来るのに!)
しかし、魔法少女になることはできない。今まどかが魔法少女になればマミに危害が及ぶかもしれない。
たとえるなら、大空を駆け巡る日を待ち望んでいた雛鳥が、
初めて空を飛ぶ日の来る直前に羽を切られるようなものだろうか。
他人からはそうは見えないが、まどかも健全な中学生である。
人並みに、いやそれ以上に成長への欲求を持っていた。そしてその道筋が急に閉ざされてしまったのだ。
大きな落胆と、募る不満、そして取り残されていくことへの恐怖感。
その抑圧された思いは、暁美ほむらへの憎しみへと転化していた。
「まどかさん。」
不意に、背後で声がした。
「え、あっ、仁美ちゃん?」
急に頭の中の葛藤から引き戻されて、まどかは慌てた。
クラスメートで、親友の志筑仁美である。
「暁美さんと何かあったんですか? そんなに怖いお顔をされて…」
言われてまどかは初めて気が付いた。
今日はずっと、ほむらをにらみ続けていたことに。
「わたし…」
なんと言って良いのかも分からなかった。
人への憎しみで頭が一杯になって周りが見えなくなるなんて今までになかったことだ。
まどかは自分の中にそんな攻撃的な面があることにショックを受けていた。
「えーと、こないだ帰りにたまたま会ってね、その時になんか気になること言われたらしいよ。」
美樹さやかが割って入り、まどかの代わりに説明をする。
しかし言葉は曖昧で、隠し事があるということを隠せていなかった。
「大丈夫ですの?」
「うん、大丈夫、全然平気!」
まどかは目一杯、明るく元気に答えた。
そうはっきり言われては、何があったのか追求することも難しい。
気遣いをするのなら、これ以上この話題を続けないことだろう。
仁美は友だちの力になれないことを残念そうに席に戻った。
一方、事情を知っているさやかは困ったことになったと思った。
さやかとしても、あの転校生はあまり信用していないが、形の上では助けてもらったのは事実だし、
何より巴マミがさしあたっては共存するという方針をとっている、
ここで自分やまどかがことを荒立てるわけには行かない。
それなのに、まどかの暁美ほむらに対する視線は露骨過ぎる。
意外にも、ほむらはまどかににらまれて動揺しているようだった。
先生にあてられてから教科書を開いていたし、体育の幅跳びでは着地に失敗して膝をすりむいていた。
(まー、さすがに朝からずっとにらまれてたらそうなるか。)
どことなくほほえましくもあるが、あまりのん気に構えてもいられない。
そう思ったさやかは、ほむらに声をかけた。
141 :8話5 ◆awWwWwwWGE 2011/10/31(月) 01:09:19.42 ID:pQvE8nTy0
「なあ、転校生、ちょっと話したいことがあるから付いてきてくれる?」
****************
「いや、すまないね。まどかが変なことになってて。」
さやかは肩をすくめて「まいった」とジェスチャーして見せた。
「かまわないわ。人から憎まれることぐらい覚悟の上よ。」
ほむらは笑みをもらすこともなく答える。
あまり言語外の言葉というものが通じないのか、単純にノリが悪いのか。
どちらにしても、共感を得るより簡潔に伝えたいことを言ったほうが早そうだ。
さやかはそう判断した。
「あたしもさ、まどかが魔法少女になるのは反対なんだ。正直、あんたのことはまだよく分かんないけど
そこだけはあんたに賛成するし、協力してもかまわない。」
それは、さやかの本音だった。
巴マミすら、一歩間違ったら死んでいたかもしれないのだ。
とても戦闘に向いているようには見えないまどかは魔法少女になるべきではない。
どうしても叶えたい願いもないのならなおさらだ。
昨日の戦いを経て、さやかはそう考えるようになっていた。
「…そう。それなら鹿目まどかに魔法少女にならないように言ってくれたら助かるわね。」
ほむらは相変らず涼しい顔をして言ってのけた。
さやかとしては「もうちょっと愛想の良いこと言えないのかよ」と思うが、いちいちいらついても仕方がない。
そういう奴なのだ。ようやくそう割り切った。
「ああ。ついでに、あんまりあんたのことにらまないように言っとくよ。」
「それは―」
何か気になることがあったのか、ほむらは一瞬、言葉に詰まった。
「…どっちでもいいわ。」
そうして無関心をよそおう。しかしそれは、さやかには強がりのように感じられた。
「あと、あたしが魔法少女になるのはかまわないんだよね?」
「あまりお勧めはしないわ。それでも危険に身をさらしたいのなら好きにすれば良い。」
ほむらが魔法少女になられたら困るのは、あくまでまどかだけのようだった。
さやかとしては、こういう形でほむらと話をつけ、自分だけ魔法少女になれる状況を作ってしまうのは
抜け駆けをたくらんでいるようで心苦しい。
しかしそれでも、さやかには叶えたい願いがあったし、それはまどかのように魔法少女そのものに憧れるような
浮いた気持ちでもなかった。
(ごめん、まどか。でもあたしは魔法少女になるよ。)
さやかは心ひそかに決意を固めた。
*************************
生きた心地がしない。志筑仁美は思った。
彼女は世間がうらやむ上流階級の生まれであり、それ相応の英才教育を受けている。
しかし、それはまさに孤独との戦いだった。
無邪気にすごすべき子供のころから、いかに有能な人間か、家柄にふさわしい教養があるか、
そんな風にばかり大人たちから見られ、値踏みされて育つ。
子供同士でもそれは同じで、いかに自分のほうが有能で、正しい家柄かということを
直接的な言葉を使わずにまわりくどい態度でアピールしあう。
誰にも心を許せない、息をつく暇も与えられない。
142 :8話6 ◆awWwWwwWGE 2011/10/31(月) 01:10:47.56 ID:pQvE8nTy0
それが、仁美の見てきた上流階級の生活だった。
公立中学校への進学を許されたのは仁美にとって僥倖といえただろう。
ここで初めて、仁美は本当の意味で友だちといえる人間関係を構築できた。
鹿目まどかと美樹さやか、仁美にとってかけがえのない友人である。
彼女達は学力や礼儀作法といった面では仁美の知っている上流階級の子女達にはとうてい及ばないだろう。
しかし、彼らとは違って、心の底から信頼できた。
いつでも外見を飾り立てている人間とは違って、まどかとさやかはあくまで自然体なのだ。
だから仁美は思う。
どんなよく出来たお嬢様、お坊ちゃまよりも彼女達のほうがよほど素晴らしいと。
だが、仁美はその「よく出来たお嬢様」の部類に入る人間である。
ずっとまどかやさやかとベタベタしているわけにはいかない。
数多くの習い事をこなし、よく分からない偉い人たちの交流に参加し、高校は名門校にいかなければならない。
そのため学校の外でまどかやさやかと一緒にいられる時間は限られていた。
そうなれば、まどかとさやかが共有していて仁美は知らないことが増えてくる。
仁美は友人の輪の中にいながら孤立感を深めていくことになった。
特に、最近はまどかとさやかが二人して自分に対して何か隠し事をしているのが強く感じられる。
はじめから無いものがずっと手に入らない不満よりも、一度手に入れたものを失う恐怖の方が何倍も恐ろしい。
仁美は心ならずもまさに今それを体験していた。
このままでは仁美はいずれ、まどかとさやかの二人から取り残されていくだろう。
そして、自分の人生は無意味な見栄の世界に埋もれていくだろう。
それは仁美にとって絶望的な未来だった。
仁美とて、昔はたくさん習い事をして少しでも高みを目指すことにそれなりの意味を感じていた。
しかし、とある事件をきっかけにそれらが無意味としか思えなくなっていた。
仁美には小学校時代、友人…というほどの間柄でもないが、家同士の付き合いでよく会う知り合いがいた。
名を美国織莉子といった。
明朗であり、理知的であり、かと言って冷たさや必要以上の気取りを感じさせず人当たりも柔らかい。
何よりも、向上心・克己心にあふれ、決して弱音をはかない。
そんな彼女は生徒からも教員からも人気で、小学校でも中学に行っても生徒会長をつとめた。
誰もが前途洋洋たる彼女の行く末を想像しただろう。
だが、美国織莉子は突如、生徒会長を辞めさせられ、まともに学校に通うこともできなくなった。
彼女自体には何の落ち度もない。
国会議員であった父親が汚職の疑いをかけられ自殺したのだ。
汚職議員の娘という汚名をこうむった織莉子は、今までの途方もない努力がすべて水泡と帰した。
今では学校にも通えない引きこもり少女であり、途方にくれて夜な夜な徘徊しているという噂まである。
志筑家も、それまで美国家とはそれなりに深く交流してきたのに汚職が発覚するとすぐに縁を切った。
結局はじめから本心からの交流などなかったのだ。
美国織莉子の顛末は、上流階級の子女というものの存在意義を雄弁に物語っていると仁美は思う。
どんな努力をしたところで、自分という存在は家柄を飾るための装飾品に過ぎないのだ。
決して独立した一個の存在として扱われることはない。
そんなことのために貴重な青春の時間を、人生を無駄に使わなければならない。
この運命を呪わずにいられるだろうか?
143 :8話7 ◆awWwWwwWGE 2011/10/31(月) 01:11:54.16 ID:pQvE8nTy0
仁美は気が付けば、あらぬ方向へと足を運んでいた。
この先に何があるのだろうか?
『こっちに来なよ、きっと楽になれるよ!』
どこからともなく無邪気な声が聞こえ、仁美をいざなう。
(楽に? ああ、今より楽になれるのでしたら喜んでそちらに。)
なんとなく思考が鈍くなっているような気がしたがどうでもよかった。
楽になりたい、このどうしようもない状況から早く抜け出したい。
その道筋があるのなら、なにを戸惑うことがあるだろうか?
「仁美ちゃん…仁美ちゃんってばっ!」
いつの間にか、鹿目まどかが目の前にいる。
何をあせっているのだろう?
「今から、ここよりもずっと良いところへ行きますの。まどかさんもぜひご一緒に…」
そうだ、それがいい。仁美は思う。
苦しみのない世界へ、まどかさんと共に行けるのならばなんと素晴らしいことだろう。
違和感のある仁美の対応に、はじめはまどかも焦っていたが、急にすっと落ち着いた。
「…そうだね、私も思ってたんだ。このままずっと何の役にも立てずにここで生きていくよりももっと良い所があるって。」
まどかの言葉に、仁美は死んだ魚の目をしたまま微笑み、まどかの手をとった。
よく見ればまどかと自分の首筋に、いつの間にか同じマークが付いる。
美しいこのマークはきっと素晴らしい世界に旅立つために選ばれた者の証なだろう。
仁美はそう思い、まどかと二人で手を取り合いながら街中を進んでいった。
167 :らんまマギカ9話1 ◆awWwWwwWGE 2011/11/07(月) 23:29:47.59 ID:cJMCcfD00
黒い小豚を肩に乗せた巴マミは、とあるOLの後をつけていた。
別に何の変哲もない、どこにでもいそうなOLさんだが、ひとつだけ普通と違うところがあった。
それは、首筋にスタンプのような黒いマークがついていることだ。
『あれが、本当にそうなのか?』
肩に乗った小豚がテレパシーで語りかける。
『ええ、魔力を感じるもの。間違いないわ、魔女の口づけよ。』
マミたちの尾行に気付かず、OLはどこかうつろな表情で工業地区へと向かっていった。
途中、歳も格好もバラバラな人たちがOLに合流していく。
誰一人、何の言葉も交わさない。
死んだ目をした人々が、無言のまま合流していく様はどう見ても異常だった。
そして彼らはよく見れば全員、このOLと同じマークが首についている。
(まいったわね、こんなにたくさん…)
ざっとみたところ10人ほどいるようだ。
多くの人数を守りながら戦うのはかなり神経を使う。このままの人数で結界に飲み込まれでもしたら大変だ。
「ピーッ!!」
肩の上の小豚こと良牙が、ふいに叫んだ。
マミは何をあわてているのかと辺りをうかがい、絶句した。
なんと、この亡者のような集団に鹿目まどかも加わったのだ。
友だちだろうか、同じ見滝原中学の制服を着た女子と手をつないでいる。
彼女らの首筋には確かに魔女の口付けがあり、二人とも死んだ魚のような生気のない目をしていた。
(そんな…どうして!?)
次に魔女の犠牲になるのは自分の知り合いかもしれない…そんなことは今までずっと肝に銘じてきたつもりだが、
やはり現実になると動揺を隠し切れない。
(何が何でも助けないと!)
マミはこぶしを強く握り締めた。
そうしている間にも、うつろな目をした一行は小さな町工場へとたどり着く。
マミは、出来るだけ一行に紛れるように静かに工場の中へ付いて行った。
工場の広間では、工場長らしい男が一行を待ち受けていた。
「俺はダメなんだ…」
人数が揃うなり、男は暗い声で演説を始めた。
「小さな町工場ひとつ切り盛りできなかった。俺の居場所なんてどこにもねえんだ!」
彼の足元には、何かの液体が満たされたバケツと、その横に空の洗剤ケースが倒れていた。
そこに、別の洗剤を持ったOLが歩み寄る。
『まずいわっ!』
マミがそうテレパシーするやいなや、良牙は飛び出し、OLが手に持っていた洗剤を体当たりで弾き飛ばした。
一方マミもすばやく変身し、リボンを出現させ工場長をしばりあげる。
これでさしあたって集団自殺は防ぐことが出来た。
しかし、魔女の呪いはなかなか強固らしい。
集まった人々への洗脳は解けず、いっせいに怒りの眼差しがマミと黒い小豚に向けられた。
「ぴっー、ぴーっ!」
良牙は「どうする?」とでも言いたげに鳴き声をあげる。確かに厄介な状況だった。
168 :らんまマギカ9話2 ◆awWwWwwWGE 2011/11/07(月) 23:31:32.29 ID:cJMCcfD00
魔女の口づけで操られているとはいえ、一般人に怪我を負わせることは出来ない。
(止むを得ないわね。)
マミは何を思ったか、天井や床にマスケット銃を打ち込んだ。
「プリジオーネ・ディフェンシヴァ!」
掛け声と同時に、銃弾を打ち込まれたところからリボンが伸び、上下にまっすぐ伸びて刑務所のような檻を作った。
『意味は?』
足元にかけよった良牙がたずねる。
『守りの監獄…これで、彼らは魔女や使い魔に襲われることも、私たちに危害を加えることもないわ。』
名前はともかく便利な技だ、良牙はそう思った。
たしかに閉じ込めてしまえば自分と相手の身を同時に守れる。
しかし、マミにとっては苦渋の選択だった。
最近は使い魔ばかりを相手にしていたうえにこの間の久々の魔女もほむらが倒してしまった。
そういった事情でマミは今、グリーフシードが手に入らず魔力が不足がちだ。
それなのに十数人をいっぺんに閉じ込めるという大型魔法を使ってしまった。
今度の魔女は可能な限り省エネで倒さなければならないだろう。
『良牙さん、すいません、今回もお願いします。』
マミはティーポットを出して良牙にお湯をかける。
「宿代だ。気にすんな。」
湯気の中から現れた青年は力強くそう答えた。
一方、「食事」を邪魔された魔女が黙っているわけはない。
マミが探すまでも無く風景が変わり、魔女の結界に包まれた。
「なんだこれは、家電の店か?」
良牙がつぶやく。
さもあらん、この魔女の結界ではあたり一面、テレビモニターがうずたかくレンガのように積み重なっていた。
「来るわ!」
マミと良牙に向けてわらわらと人形が飛んでくる。
美術の授業で見たことがあるようなデッサン人形に羽を付けたような使い魔たちだ。
大きさもそれらしく、数十センチといったところだろう。
マミはすぐさまマスケット銃を撃ち放った。
一見無造作に撃っているように見えるがそのことごとくが的確に小柄な使い魔たちに命中した。
良牙もまた、番傘を振り回して片っ端から使い魔を破壊していく。
(よかった、それほど強くない。)
使い魔には大した破壊力は無さそうだ。
この分なら、魔女もうんと強いということは無いだろう。
まだ使い魔しか相手にしていないものの、マミは少し安心した。
「きゃあああああ!」
その時、まどかの悲鳴が聞こえた。
マミと良牙が声の方を振り返ると、まどかが一匹の使い魔に追われ逃げ回っていた。
(え? 鹿目さんは私の「プリジオーネ・ディフェンシヴァ」で閉じ込めていたのに…?)
マミは疑問ゆえにすぐさま動けなかった。が、その間にも良牙は動く。
「いま行く!」
169 :らんまマギカ9話3 ◆awWwWwwWGE 2011/11/07(月) 23:33:32.88 ID:cJMCcfD00
良牙はすぐさまジャンプして使い魔にむかい、そのままとび蹴りを食らわせた。
使い魔はバラバラに砕け散った。
「大丈夫か?」
良牙がまどかに聞くと、まどかはらしくない不気味な笑みを浮かべた。
「△※○、■×▽◎×。」
そして、意味の分からないことを言って良牙の腕に抱きつく。
「何をふざけ…っ!?」
そう言っている間にも、まどかの髪の毛がみるみる長くなり色も黒く変わっていった。
気が付けば服も黒一色に染まり、顔は前髪に隠れ、完全にまどかとは別人になっていた。
(しまった、こいつが魔女だ!)
魔女に捕まった良牙は全身に力が入らなくなり、ふにゃふにゃになっていった。
魔女空間のあたり一面にあるモニターには、良牙の記憶の中の映像が再生された。
池に落ちて小豚になったシーン、中華料理屋で茹で殺されそうになったシーン、
道に迷ったあげく雨に濡れて途方にくれるシーン…
使い魔と戦うマミの前にもその映像が映し出された。
(あれ、あの人…?)
映像を見ていれば、良牙の記憶だというのは大体察しがつく。
その中でマミが特に気になったのはよく映っている赤い髪のお下げの女性だった。
良牙とケンカをしているように見えるシーンが多いが、互いに嫌っているようには見えない。
むしろ、お互いに十分な信頼関係があるが故のじゃれあいのようにマミには見える。
(もしかして、良牙さんの…)
一度気になったらもう目が離せない。
人の記憶をのぞくことは悪いと思いつつも、マミは目をそむけることが出来なかった。
お下げの女性と良牙が仲良くしているシーンも多い。
しまいには、良牙がお下げの女性を押し倒しているシーンや裸で一緒に風呂場にいるシーンまでも現れた。
マミとて年頃の中学生である。過激なシーンに動揺した。
(そ、そうよね、良牙さんなら彼女がいたって当然よね。)
けっして惚れっぽい方ではない、マミは自分をそう認識している。
しかし、マミは確かに残念なような悔しいような思いを感じた。
良牙をペットのように飼っていたせいでいつの間にか自分のものだと思い込んでいたのだろうか。
魔女退治にあけくれて恋愛もまともにしていないわが身を恨んでか、それとも―
「×◎▼※!」
「しまっ…」
映像に目を取られている隙に、気付かずマミは使い魔に腕をとられていた。
モニターの映像は早くもマミの記憶に入れ替わる。
それは、数年前のあの日、交通事故でマミが家族を失ったときの映像だ。
続いて、かつて仲間になった魔法少女が去っていくシーンも映し出される。
(わたしは…また、一人に…いや! もう一人になりたくない!)
あらがおうとするも、体に全く力が入らない。
『死んじゃえば、もう一人にならなくて済むよ。』
何者かのテレパシーがマミの思考に入り込む。
170 :らんまマギカ9話4 ◆awWwWwwWGE 2011/11/07(月) 23:34:47.09 ID:cJMCcfD00
(わたし、死んだら…パパとママにも会えるのかな…)
懐かしい父と母の愛情に包まれていたころの映像を映し出され、マミの精神はいくばくか退行し、
自分自身の存在を否定しそうになる。
その時だった。
「マミさん、しっかり!」
力強い少女の声とともに、青い閃光が走り、次々と魔女の使い魔たちが砕かれていく。
あまりに速い動きにはっきりとは見えないが、そこにあったのは青い服を着た魔法少女の姿だった。
少女は、ツインテールの生えたモニターを魔女と見定めると、一直線に飛び掛り、そのまま剣で突き刺した。
魔女は何かしかけるヒマも無く、黒い血しぶきをあげて結界ごと崩れ去る。
「まったくもー、まどか達だけならともかくさ、マミさんと良牙さんまで危機一髪なんて心臓に悪いよ。」
軽口をたたきながら、青い魔法少女は話しかけてきた。
マミよりもやや高めの背丈、活発そうなショートカット、まっすぐな瞳。
「み、美樹さん!」
見間違えるはずもない、彼女はまぎれもなく美樹さやかその人だった。
***************
翌日、鹿目まどかは志筑仁美とともに病院へ検査に行っていた。
昨晩「夢遊病」であらぬところで発見されたせいだ。
本当は、夢遊病なんかではない。魔女の呪いに負けてしまったのだ。
それを知っているまどかは落ち込んでいた。
(わたしって、何にも出来ない上に魔法少女にも向いてないんだ。)
絶望的なまでの無力感がまどかを支配していた。
普段なら、まどかが契約できない状態のときに抜け駆けして魔法少女になったさやかを責めていたかもしれない。
しかし、今のまどかにはそれも仕方ないと思えた。
まどかは魔女についての知識を持っていながら、親友である仁美を守れなかった。
それどころか、自分が魔女の負の感情に支配されてしまったのだ。
知識があっても魔女に操られるような貧弱な精神しかないのならば、
魔法少女になったところで簡単に負けてしまうに違いない。
鹿目まどかは魔法少女に向いていない、暁美ほむらでなくともそう思って当然だろう。
自分が魔法少女に向いていないのが悪いのであって、さやかを恨むのは筋違いなのだ。
そう思うと、悔しさと自分へのいら立ちでもうどうにかなってしまいそうだった。
「まどかさん、夢遊病ぐらいでそんなに落ち込まずに。」
仁美がやわらかくまどかを諭す。本当に夢遊病ならこんなに落ち込まない。
そう思いつつも、仁美に真実を伝えることもできない。
まどかはただ、力なくうなずくだけだった。
『志筑仁美さん』
院内のアナウンスが仁美の名を呼ぶ。
「それでは、検査が終われば先に上條さんの病室に行っていますね。」
今日は一日病院でつぶれる。
そういうわけで、どうせなら検査の合間に上條君に会いに行こうという予定だった。
まどかや仁美が思いついたわけではない。
さやかがまどかと仁美に強引にお見舞い品を持たせて上條君に渡してくれとせがんだのだ。
上條君とは、まどかや仁美のクラスメートであり、さやかの幼馴染である。
171 :らんまマギカ9話5 ◆awWwWwwWGE 2011/11/07(月) 23:36:19.88 ID:cJMCcfD00
一ヶ月ほど前に交通事故に会いあちこち痛めたが、彼の回復経過は順調だった。
しかし、上條恭介は最近かなり落ち込んでいた。
彼の左手は完治の可能性が無く、得意なバイオリンが二度と弾けないと医者に言われたからだ。
そんな上條にお見舞い品を渡せというさやかの意図は、まどかには分かっている。
さやかはまどか達が互いに落ち込まないように励ましあえる状況をわざわざ作ってくれたのだ。
だが今のまどかにとってはその優しさが痛かった。
上條恭介はバイオリンなどやっていることもあり、そこそこの家の息子である。
さすがに志筑家と肩を並べるほどの名家ではない。
それでも仁美は彼を「同じ世界の人間」だとみなしていた。
「なんとか、またバイオリンを弾けるようになりそうなんだ。」
恭介は仁美に語った。
まどかはまだ検査中なので、個室の病室には恭介と仁美の二人しかいない。
「大変ですわね。大怪我をしたというのにまたすぐ習い事をしなければならないなんて。」
仁美はうなずいて答える。
彼女もまた、今日の検査が終われば習い事に行かなければならない。
安息など、仁美には許されないのだ。
だが、恭介から返ってきたのは意外な答えだった。
「大変なんかじゃないさ。もし二度とバイオリンを弾けなくなっていたらと思うと、そっちの方が怖いよ。」
「え?」
仁美は一瞬あっけに取られた。
「バイオリンは親御さまに勧められたものではないのですか?」
勧めるなんて甘いものじゃない。志筑家では習い事は完全に強制だった。
仁美の意思など関係ない、嫌でもやらなければならないのだ。
「はじめは親に勧められてイヤイヤやったさ。でも今は違う。」
恭介は少し照れくさそうにしながら言った。
「バイオリンを弾くことが僕の生きがいなんだ。だから、すぐにでもまたバイオリンを弾きたい。」
「…それが、周りの人たちにとっては家柄の自慢にしかならなくてもですか?」
仁美の口からつい本音がこぼれた。
家柄を飾るためだけに、高尚な趣味を持ち、高い能力を見せ付ける。
そんな上流階級の生活に仁美は絶望すら覚えているのだ。
それはともかく仁美の言葉は聞き様によっては恭介をあるいは上條家を侮辱したともとれる発言をしてしまった。。
仁美はハッとして口をつぐんだ。
しかし恭介はとくに気に留める様子も無い。
「かまわないさ。」
恭介は力強く語る。
「利用したければすればいい。都合が悪いのなら勘当でも見ないフリでもなんでもすればいい。
バイオリンを弾けるなら、僕は人からどう思われようが、どんな暮らしをしようが関係ない。」
少し興奮しているようには見えるが、その言葉には軽薄さやその逆の必要以上の気取りも無かった。
つい最近、左手が回復傾向になったという状況が彼の気を大きくしている面はあっただろう。
しかしそれを差し引いても上條恭介は真剣にそう思っているのだ。
それは、仁美にとっては衝撃的だった。
172 :らんまマギカ9話6 ◆awWwWwwWGE 2011/11/07(月) 23:37:20.61 ID:cJMCcfD00
仁美は与えられた習い事をただ与えられるがままにこなしているだけで、本心では
大した興味を持っていなかった。
それゆえに本当にしたいことができず、見つからなかったのだ。
だが、上條恭介は違う。
たとえ親から勧められて始めたものでも、やりたいと思ったことにとことんひたむきで、
生まれや立場を呪うことが無い。
その恭介のひたむきさに、仁美は自分の小ささを知った。
(私は…しがらみに捕らわれず自分のしたいことは何なのかを考えるべきなのかも知れません。)
仁美はそう思い、恭介の輝きに満ちたまなざしを見つめるのだった。
***************
「でやあ…スクワルタトーレ!」
美樹さやかは青い閃光と化して響良牙に斬りかかった。
良牙は番傘を広げて幾筋もの斬撃を防ぎきる。
やがて、動きが止まったところで、さやかは良牙に蹴り飛ばされた。
「いたた…生身でそんなに強いなんて…」
しりもちをついたさやかが言った。
「ちっ、驚いてるのはこっちだ。」
ついこの間までごく一般的な女子中学生に過ぎなかったさやかが、一日にして良牙を上回るスピードと、
それなりのパワーを身に付けてしまったのだ。
目の前で巴マミの戦いを見続けてきた良牙からしても、信じがたいことだった。
「もうちょっと肉体強化を強めにできなかったの?」
さやかは横にふりむいてたずねる。
その視線の先には、白い猫のような生物―キュゥべえがいた。
「出来なくもないけど、それだと魔力消費がバカにならないよ。
それに、魔法少女の身体強化はあくまで日常生活に不便が出ないレベルまでなんだ。」
相変らず、この奇妙な生物は理屈っぽい。
「へー、だったらこれ以上強化したらどうなるの?」
「例えば、握手したり抱きついたつもりが攻撃になったり、重いものを背負っても気付かないほど
鈍感になったりすることがありうる。
もちろん、良牙のように自分で鍛えた筋力ならばその辺の繊細な力のかけ方も分かるだろうけどね。」
キュゥべえの説明に、良牙は若干耳が痛い気がした。
実は良牙は重いものを背負わされたり弱い攻撃を受けても気付かないほどの鈍感体質になっているのだ。
「じゃあさ、良牙さんはどうやって鍛えてるの?」
あっけらかんと、さやかはたずねる。
「そうだな…たとえば、これを持ってみるか?」
そう言って良牙は番傘をさやかにむかってやわらかく山なりに投げた。
「え? カサ?」
さやかは空中で番傘をキャッチしようと手を伸ばす。
しかし、キャッチした瞬間に、さやかは番傘の重さに引っ張られ、大きく前のめりにこけた。
良牙が軽く投げただけの番傘は、魔法少女となったさやかにも支えきれず地面に深く突き刺さった。
「重っ! いつもこんなの持ち歩いてんの!?」
なんとか、さやかは両手でふんばって良牙の番傘を持ち上げる。
「ああ。これだけでも少しはトレーニングになるだろ。」
良牙は自慢げにニヤリとした。
173 :らんまマギカ9話7 ◆awWwWwwWGE 2011/11/07(月) 23:38:24.05 ID:cJMCcfD00
「…でも、魔法少女に筋力トレーニングって意味があるのかしら?」
一連のやりとりを眺めていたマミがつぶやく。
「無意味ではないよ。魔法少女の肉体だって基本は骨と筋肉で動いているからね。
ただ、魔力の無駄遣いにならないように注意をしたほうが良いだろう。」
キュゥべえの言葉に、マミは今更ながら自分の体もそれ自体は普通の人間と大差ないことに気が付いた。
魔法少女になってからというもの、傷なんてすぐに治してしまっていた。
体の一部を貫通する程度のダメージなら、魔力に余裕がある限り簡単に回復してしまうだろう。
しかし体そのものは人間のものなのだ。
ここ最近、ベテラン魔法少女らしくもなく立て続けにピンチにあったからこそ
その事実は重く感じられた。
「良牙さん、美樹さん、そろそろ切り上げましょう。 お茶にしますよ。」
あまりトレーニングで魔力を使いすぎるわけにもいかない。
マミは良牙とさやかに声をかけた。
「はーいっ!」
元気な返事をしてさやかは駆け寄ってきた。その後ろから良牙もあるいてやってくる。
***************
その夜だった。
『おい、起きろマミ、せっかく来てやったのに寝てんじゃねぇ!』
(なによ…うるさいわね…)
頭に入り込んでくるテレパシーに寝ぼけたままの頭でマミは答える。
目をこすりながら辺りを見回すが暗い部屋があるだけだった。
テレパシーを送ってきた相手はマンションの下にでも居るのだろう。
『いつまで寝ぼけてんだ、これが魔女の襲撃だったら死んでるぞ、こら!』
『うるさいわね。前から言ってるでしょ、もうちょっと女の子らしくおしとやかにしなさいよ、杏子!』
悪態をつく相手に、マミはとっさに慣れた反応で返した。
(…え?)
そして、自分が驚くべき台詞を吐いたことに気付き、ようやく頭が醒める。
『杏子!? 杏子なの?』
『さっき自分でそう呼んだじゃねーか。』
相手はあきれたような声のテレパシーを返してきた。
『本当に、杏子なのね…』
伝えたいことは山ほどあった。
しかし、いざとなると言いたい言葉が出てこない。杏子のほうから会いにきてくれたというだけで心が一杯だった。
そんなマミの気持ちを知ってか知らずか、杏子は用件を切り出した。
『キュゥべえから聞いたぜ、新人が入ったんだってな?』
『ええ、なかなか優秀よ。情けない話だけど、いきなりピンチを助けられちゃったわ。』
『あたしさ、引っ越すことにしたんだ。』
杏子の話は急に飛ぶ。
マミはついていけずに相槌をうつことも返事も出来なかった。
『だからさ、あたしの縄張りをそいつに預けとこうと思ってな。』
『ちょっと待って、引っ越すってどこに? どうして!?』
引っ越すぐらいならなんでウチに来てくれないのか、マミは残念に思う。
174 :らんまマギカ9話8 ◆awWwWwwWGE 2011/11/07(月) 23:39:19.57 ID:cJMCcfD00
『あー、めんどくせーなー。』
マミの質問に対し、杏子は心底うざったそうにぼやいた。
『風見野じゃとっくにあちこちから目ぇ付けられてたからさ、そろそろトンズラここうって思ってたんだ。
そんなときにちょうど、住み込みで雇ってくれるバイトが見つかってね。』
マミはいちいちテレパシーで『うんうん』などと相槌をうって聞いていた。
『よかった、本当に。』
マミのテレパシーに感情のノイズが混ざる。それは、心の底からの喜びだった。
『ずっと、心配してたのよ。でも、あなたが社会復帰してくれるならこんなに嬉しいことはないわ。』
『だーっ! うっせぇ! お前はオカンか!?』
照れ隠しなのか本気でうざがっているのか、杏子は怒ったようなテレパシーを送る。
『ふふふ、そういう事なら分かったわ。あなたの縄張りはあたしの方でちゃんと管理するから、
新しい土地でもがんばってね、杏子。』
『お前こそ、余裕こいてくたばんなよ?』
相変らず減らず口を叩く杏子だったが、その相変らずっぷりにマミは未だに絆が消えていないことを知り
すっかりうれしくなった。
『ところで引越し先はどこ?』
『ああ、風林館のお好み焼き屋。』
『えっ、風林館!?』
予想外の地名に、またもマミは驚きを隠せなかった。
182 :らんまマギカ10話1 ◆awWwWwwWGE 2011/11/17(木) 01:03:45.46 ID:uRw5lDTl0
昼時のお好み焼き屋はにぎわっていた。
「へぇー、お昼も始めたのかい。助かるねぇ」
「でもキミ学校は?」
客層は主に地元の自営業者や主婦、ヒマそうな大学生などだ。
まれに、営業でやってきたらしいサラリーマンなどがまざる。
「へい、豚玉おまち!」
佐倉杏子は威勢良く言うと、すべるようにスピーディかつ静かにお皿を置いた。
「学校? なにそれ食えるの?」
わざとらしく、杏子は笑みを浮かべる。
そんな杏子に客は苦笑いを返しながら、お好み焼きにコテを入れるのだった。
こんな調子で、杏子は右京が帰ってくる午後五時まで店番をしている。
「またせたな。あんこちゃん、交代や。」
「あんこじゃねぇ、『きょうこ』だ。」
五時が来ると店長の右京と店番を変わり、杏子は自由時間を与えられる。
杏子はさっさと着替えを済ませて天道道場へ向かった。
「たのもー!」
元気よく声を張り上げると、道場の中に通される。
そこで、杏子は道場主である天道早雲の行う一般向け護身術講座にまざって型を習った。
「やっぱりあんこちゃんは筋が良いね。うちのあかねより上かもしれないなぁ。」
「いえ、あたしなんてまだまだです。」
同居人にして雇い主の久遠寺右京が杏子のことを『あんこ』と呼ぶのですでに風林館では
『あんこ』が定着してしまっている。
もはやいちいち指摘しても無駄なので、杏子も面倒くさい時は聞き流していた。
ともあれ、そんなやり取りをして、天道早雲は道場をあとにした。道場に残った杏子は掃除を始めた。
掃除をするから代わりにただで武術を教えてくれと杏子が自分から頼んだのだ。
広い道場だが、そんなにモノも無いので掃除に時間はかからない。
「いやー、良い汗かいた。帰りにビールでも買ってくか。」
掃除を終えた杏子は、宝石のように輝く汗を拭きながらつぶやいた。
早乙女らんまが帰っているなら手合わせをお願いするところだが、今日は病院へ見舞いに行ったまま、
まだ帰ってこないらしい。
やむなく杏子は、そのまま部屋に帰ることにした。
********************
杏子は右京に与えられた部屋に帰って着替えを始める。
「やあ、ごきげんだね、杏子。」
その時突然、何者かに声をかけられた。
杏子はとっさにその場にあった漫画本を投げつける。
本は部屋の隅にいた猫のような小動物にあたった。
「いきなりあんまりじゃないか。」
大して痛がる様子もなく、その小動物はしゃべる。
「のぞくんじゃねえ! バカ!」
「ボクは人間じゃないし、性別もないから気にしなくても良いよ。」
183 :らんまマギカ10話2 ◆awWwWwwWGE 2011/11/17(木) 01:04:57.47 ID:uRw5lDTl0
怒る杏子に対して、その小動物…キュゥべえは悪びれる様子もない。
「あたしが気にするっつーの!ったく、空気よめねー奴だな。」
「まったく、人間の価値観はよく分からないよ。」
杏子はそそくさと服を着てキュゥべえに向き直った。
「それよりも、話が違うじゃねーか。新人魔法少女があんなに強いだなんて聞いてないぜ?」
「らんまの強さについて聞かれた覚えはないね。それに、格闘技はボクの専門外だ。
魔法少女と武闘家を比べて強さを分析するなんてボクにはできないよ。」
そう前置きしてからキュゥべえは続ける。
「でも、杏子の手には負えないとなったら他の子に頼んだ方がよかったかな?」
その言葉に杏子はカチンと来た。
「ふざけんじゃねえ。格闘技やってるとか知らなかったから不覚をとっただけだ。
あたしはまだ負けちゃいないし、諦めてもいねーよ。」
「と、言うとらんまの仲間になったからここに引っ越したのではないのかい?」
キュゥべえの質問にさらに杏子は表情をすごませる。
「そんなワケねーだろ! あたしはここを縄張りにするために引っ越したんだ。」
(そうさ、あたしは寂しくなったわけでも絆されたわけでもねぇ。)
杏子は自分に言い聞かせるように強く念じる。
たしかにこの街に来てからの日々は充実していた。
だが、杏子はそんな健全な日々にうつつを抜かすつもりでここに来たわけではない。
(あたしは、もう誰にも頼らないって決めたんだ。)
だから、あくまで今の状況を利用しているに過ぎない。
風見野では魔女はあらかた狩りつくしたし、長いこと住んでいたせいで警戒され、
ホテルへの無断宿泊はおろか万引きすらやりにくくなった。
今までだって住所不定じゃなにかと不便だったし、そろそろ潮時だったのだ。
そんなタイミングで格好の縄張りと、そこでの住み込みのバイトが見つかった。
ついでにマミに借りを返すことも出来て一石二鳥どころか三鳥だ。
そう、たまたま渡りに船だった。
加えて、あのらんまという女にもマミとは別の意味で借りを返さなければならない。
「それなら良かった。ボクとしてもグリーフシードを売りさばくような魔法少女は増えて欲しくないからね。
杏子には期待しているよ。」
それだけ言うと、キュゥべえはただの猫のように窓から外に飛び出して去っていった。
(ちっ、念押しに来たのか。)
杏子はキュゥべえの前で感情を出してしまったことにいら立ちを覚え、
腹立たしい気持ちのままで見送った。
*******************
木棍が空を切る。
らんまはそれをやすやすと飛び越えるとそのままとび蹴りを放った。
杏子はかろうじて蹴りを避けるが棍をもどすのが間に合わない。
らんまは左手で棍をつかみ、右手を拳にして杏子の顔の前で寸止めした。
勝負あったらしく杏子は棍を手放して両手をあげた。
「魔法がねーとこんなもんか?」
「ちっ、悪かったな。」
杏子は舌打ちをした。
184 :らんまマギカ10話3 ◆awWwWwwWGE 2011/11/17(木) 01:06:09.17 ID:uRw5lDTl0
「だったら今度は魔法だけで勝負しようぜ?」
「つまり、一方的に殴られろってか?」
ふざけんなとでも言いたげな表情でらんまは返した。
らんまの魔力は低い。
キュゥべえは杏子にそう伝えていた。
その証拠か、いまだにらんまは魔法で自分の武器を出すことすらできていなかった。
らんま本人としては傷の治りなどはじゃっかん早くなったような気がするらしいが、
もともと回復力に優れているのでいまいちよく分からないとか言っていた。
「武器を出すぐらいならさ、そんなに難しくないだろ?
頭ん中で使いやすそうな武器を考えて、魔力を込めればそれで終わりだぜ。」
あまりにも魔法少女としての習熟が遅いらんまを見かねて杏子が言った。
そうは言われても、らんまは普段特定の武器になど頼らない。
臨機応変、その場にあるものを最大限生かすのが無差別格闘早乙女流のモットーだ。
そのせいか、らんまはどうしても集中してひとつの武器を創造するという作業ができなかった。
「しかし分からねえな。」
ふと、らんまはつぶやいた。
「なんでおめーはこの道場に通う? 俺が言うのも変だが、
魔法少女なら魔法で戦えば良いじゃねえか。」
たしかに、らんまは魔法少女についていろいろ聞き出すために杏子との戦いを半端に終わらせ、和解しようとした。
だが、それはらんまの事情であって、杏子の利益ではない。
杏子がなぜ「うっちゃん」に勤め、この道場にまで来てまでらんまをマークするのか、
マークされる側の当人としては不思議で仕方が無かった。
「そりゃあさ、魔法少女はいつも生きるか死ぬかの戦いをしなきゃなんないんだ。
少しでも強くなりたくって当たり前だろう?
魔法少女だって魔力切れもあるし、身体能力の高い方が有利だから
天道道場に来て鍛えてもらっている…それじゃ何かいけないのかい?」
用意してあったかのように、杏子はすらすら答えた。
その様子に、らんまはますます杏子には別の目的があると確信を強めた。
「いきなり人を襲ってきたお前にしちゃ、動機が普通すぎる。」
らんまの答えに、杏子はにやりと口元を歪ませる。
「仕方ないね、本当のこと言ってやるよ。」
らんまの疑いはもっともだろう。杏子は思った。
実際に自分は、らんまのクセや弱点を探り、グリーフシードを盗むために近づいているのだ。
(そうさ、はじめっからそれだけだ。だから、疑われても当然だ。)
自分もそう思っていて、相手からも疑われているのだ。期待に答えてやるのが当然だろう。
「あたしは前の戦いに納得がいってないんだ。だからアンタをぶっ倒して、
ついでに溜め込んでるグリーフシードをぶん捕ってやる。」
「奇遇じゃねーか。前の戦いが気に食わねーのは俺も一緒だ。
俺だって魔法があんなもんだと知ってたら不覚は食わなかったさ。」
らんまにとっても、無理に仲良くする必要はないらしく、売られた喧嘩は買ってやると言った態度だ。
らんまと杏子、二人の赤い少女は互いの視線に火花を散らせる。
「だがな、その前にひとつ聞きたい事がある。
どうやって、ここに俺っていう新人の魔法少女がいるって知ったんだ?」
こういう時、身内に被害が及ばないようにするには黙秘するのが正解だろう。
しかし、杏子にとってはキュゥべえは身内ではないし、口止めもされていない。
隠し立てするような義理はどこにもなかった。
185 :らんまマギカ10話4 ◆awWwWwwWGE 2011/11/17(木) 01:07:45.11 ID:uRw5lDTl0
「キュゥべえにおいしい縄張りがあるって言われてね。
あんたがグリーフシードを売りさばいてるの、キュゥべえの奴は気に入らないらしいぜ?」
「え、お前、今なんて!?」
よく聞こえなかったのか、らんまが聞きなおす。
「キュゥべえに教えられたって言ってんだ。」
「いや、俺が聞きたいのはその後だ。」
「『あんたがグリーフシード売りさばいてるのをキュゥべえが気に入らない』ってトコか?」
杏子が台詞を言いなおすと、らんまは首を横にひねった。
「お前、キュゥべえに騙されてんじゃねーのか? そんなの俺はしてねーぞ。」
らんまの言葉に、杏子もはっとした。
前々から、キュゥべえをうさんくさいとは思っていた。
しかし、今まで嘘をつかれたことは無かったのでその点は安心していたのだ。
だが、キュゥべえが場合によっては嘘を付くとすれば、これまでの情報を一から洗いなおさなければならなくなる。
「…マジかよ、本当にやってないのか? あんたの義理の姉がやってるとか聞いたぞ。」
「義理の…姉?」
らんまは頭をひねったが、すぐに怒りに満ちた表情に変わった。
「あ、あんにゃろーまさか!!」
事情の分からない杏子はいぶかしげにらんまを見つめる。
「いや、すまねー。どうやら今回悪いのはキュゥべえじゃないみてーだ。
先になびきの奴をこらしめねーとな…」
*****************
天道なびきは、帰宅後、自分の部屋に入るなり拘束された。
突如、槍が襲ってきたかと思うとその槍が無数の鞭にばらけて、なびきに巻きつき行動の自由を奪ったのだ。
「なに!? 一体コレは?」
焦るなびきの前に、魔法少女姿の杏子が現れる。
「へ、一丁上がり!」
「あ、あんこちゃん!? 助けて! らんまくん!」
驚き、おびえた様子で助けを求めるなびきは、とてもらんまの言うような女狐には見えなかった。
そのらんまがゆっくり歩いてなびきの前にやってきた。
「誰が助けるか、怯えたフリなんてしやがって。いい加減に観念しやがれ。」
そしてあっさりと、なびきの『助けて』という願いを裏切る。
らんまは知っていた。
なびきには戦力は全く無いがシャンプーや右京に襲われても平然としているような人間なのだ。
この程度の事態で怯えるなど演技に決まっている。
「分かんないわねぇ。あたしが何したって言うのよ?」
案の定、なびきはさっきまでの演技をやめて、普段の家庭内の会話と変わらない様子で文句をたれた。
「なんだコイツ? えらく態度が変わるじゃん。」
戦うすべを全く持たない人間がどうして拘束されてもこうも堂々としているのか、杏子にはよく理解できなかった。
「こーゆー奴なんだ。おめーも騙されないように気をつけろよ。」
らんまは杏子にそう警告してから、なびきを問いただす。
「さて、『預かってる』って言ったグリーフシードをなんで売りさばいてんのか説明してもらおうか?」
「あー、そのこと。いいじゃない、別に。らんまくんには無用の長物なんだし。」
186 :らんまマギカ10話5 ◆awWwWwwWGE 2011/11/17(木) 01:09:21.03 ID:uRw5lDTl0
凄むらんまに対して、なびきは全くひるむことなくしれっと答える。
(ああ、絵に描いたようなヒドい奴だ。)
杏子はさきほどのらんまの忠告に、内心大きくうなずいた。
「てめー、魔法少女について色々調べたいから預かってるんじゃなかったのかよ!?」
「あら、その目的はある程度達成してるわよ。」
「は?」
なびきの意外な台詞に、らんまは耳を疑った。
「あんこちゃんはさ、どうしてこの街に来たわけ?」
この事態でも親しげに『あんこちゃん』などと言ってくるなびきに、杏子は若干不気味さを感じた。
「あ、あたしはキュゥべえにグリーフシードを売りさばいてる悪い奴が居るからシメてくれって言われて、
それでグリーフシードがっぽりもらえるなら楽な仕事だと思って来たんだ。」
杏子はもうらんまにバレている部分はかまわず本音を話した。
このなびきという女はマミのように自分の正義にこだわったりはしない。
そういう人間だということだけははっきり分かったので、取り繕う必要も無いと思ったのだ。
「なるほどね。つまり、キュゥべえは魔法少女に対して公平ってわけではないし、
都合の悪い魔法少女は他をけしかけて潰そうとするような奴ってことね。」
なぎきは杏子から聞き出したばかりの情報を使った分析を披露する。
おそらく元から考えていたシナリオだったのだろう。
「確かに、そう考えると黒い奴だな。見た目は白いくせに。」
らんまがうなずく。少なくとも、キュゥべえに対する不信感を増大させるのには足る情報である。
「それに、キュゥべえが魔法少女をつくる目的は、魔女を倒すためじゃなくって、
グリーフシードが欲しいっていう推測も補強されるわよね?
しかも、使用済みグリーフシードを。」
なびきはウインクして見せた。「状況把握が前進したでしょ?」とアピールしているのだ。
「ちょっと待て。あんたたちキュゥべえの思惑なんてさぐってどうするつもりなのさ?」
らんまとなびきのやり取りを不思議そうに眺めた後、杏子が割り込んだ。
「ああ。キュゥべえとの契約でちょっと納得いかねーとこがあってな。
どうにかして契約を無くして元にもどれねーかって考えてんだ。」
「元に…戻るって!?」
杏子は狐につままれたような顔をした。。
彼女の周りには、そんなことを考えている魔法少女は今まで一人もいなかった。
(あたしだって、納得のいかなかったことはあったはずなのに…)
なぜ、そういう発想を一度もしなかったのだろうか。
考えてみて、すぐに理由にいきついた。
魔法少女でなくなったところで、杏子の取り戻したいものはもう何も戻ってこないのだ。
いや、それどころか不登校児なうえにマミのように財産があるわけでもない杏子は魔法少女で無ければ
生活していくことすら困難だっただろう。
失ったことを魔法のせいだとしても、その魔法のおかげで生かされていることになり、契約自体を
踏み倒すことはできない。
結局、すべてが自業自得とあきらめるしかなかったのだ。
だが、らんまはまだ大切なものを失う前らしい。
(ち、やっぱいけすかねぇよ。)
杏子ははきすてるようにそっぽを向いた。
そうしている間にも、らんまとなびきのやり取りは続く。
187 :らんまマギカ10話6 ◆awWwWwwWGE 2011/11/17(木) 01:10:29.41 ID:uRw5lDTl0
「それなりに分析が進んだことはわかった。でもな、俺が命がけで取ってきたもんをそんな風に
商売にされておとなしく引き下がってると思うか?」
「なによ、分け前よこせってわけ? あんたも結構ケチねぇ。」
「グリーフシードを返せって言ってんだ! ケチだとかお前にだけは言われたかねーよ! 」
わなわなと怒りをあらわにするらんまに対して、なびきはけろっとして言った。
「無理。もう売れちゃったから。商品は発送済み。」
そのやり取りを眺めていた杏子は、キュゥべえがなびきを嫌がっているのも分かる気がした。
自分もあまり深くかかわらない方がいいのじゃないかと思ってしまう。
「でもね、買い手がなかなか面白いわよ?」
唖然とするらんまをよそに、なびきは楽しそうに語った。
「グリーフシード買ってくれた顧客にさ、『美国織莉子』って子が居るのよ。」
らんまも杏子も「それが一体どうした」といった様子で黙っている。
「あんたたち知らないの? 何年か前に汚職疑惑で自殺した美国議員の一人娘よ。」
「ふーん。」
「そんなの知らねーよ。」
なびきは面白がって言ったが、二人の反応は薄かった。
それもそのはず、勉強なんて二の次で格闘にいそしむらんまと不登校児の杏子では
新聞なんて読まないしテレビニュースも見ないのだ。
「そんな有名人が本名書くとは思えないね。どうせ偽名だろう?」
杏子がツッコミをいれる。
「住所が美国邸だもの、本人よ。」
「だったら、アレだ。政治家の娘だったら金持ちなんだろ? 興味本位で買ったんじゃねえか?」
らんまは変な趣味を持った金持ちを何人か知っている。
おかげでらんまの頭の中では金持ちとは物好きの変わり者という思い込みがしみついていた。
「まー、その可能性は否定できないけどねぇ。
でもさ、自殺した議員の娘が魔法少女だったりしたら面白いと思わない?」
「別に。」
楽しそうに語るなびきに対して、らんまも杏子も無感動に首を振る。
「あんたたち、つまんないわねぇ。」
そんなことをつぶやきながらもなびきは別のことを考えていた。
(ふぅ…今回は危なかったけど、なんとか興味をそらして武力制裁をまぬがれたわ。)
********************
「信じられない…本当に届くなんて。」
暁美ほむらは驚きを隠せなかった。
あやしげなインターネットサイトで売られていたグリーフシード。
それを試しに注文してみたら、本当に本物のグリーフシードが配達されてきたのだ。
そのグリーフシードは完全未使用のきれいな灰色で、パンティのような模様が刻まれていた。
(さらのグリーフシードを売るなんて、よほど余っているのかしら?)
しかも、送り主の住所と名前まではっきりと明記されている。
『東京都練馬区風林館××-×× 天道方(天道道場) 早乙女乱馬』
もしこれが、このグリーフシードを取ってきた魔法少女の本当の住所ならマヌケにもほどがある。
魔法少女は巴マミのような善良な存在ばかりではない。
188 :らんまマギカ10話7 ◆awWwWwwWGE 2011/11/17(木) 01:11:16.48 ID:uRw5lDTl0
ある種の魔法少女に対しては売るほどに蓄えられたグリーフシードを「奪いに来い」と言っているようなものだ。
(それとも…罠?)
罠だとすれば相当に危険だ。
売るほどに余るグリーフシードをどうやって蓄えたか?
こうやってエサで魔法少女を誘い出しておいて、返り討ちにして奪い取る。
あるいは注文の際に集めた情報を元に魔法少女を探し出し、奇襲をかける。
そんな方法がありうるからだ。
そうでなくても、まっとうな方法で大量のグリーフシードを余らせることができるなんて思えなかった。
考えてみると、注文の際に本当の住所を晒してしまったのが悔やまれる。
暁美ほむらの情報は、この「早乙女乱馬」といういかにも偽名くさい魔法少女に筒抜けになってしまった。
やろうと思えば「早乙女乱馬」はいつでもほむらに奇襲を仕掛けられる状態なのだ。
「狩られる前に…狩る?」
そんな過激な選択肢も浮かんでしまう。
だが、これが罠ならばどう動こうと相手の想定の範囲内だろう。
(いえ、向こうから関わってくるまで放っておけば良いわ。)
ほむらはそう開き直った。
自分のなすべきとは…たった一人の友人を守ることだ。
自分の身が危険に晒されていようと、よそで誰かが罠を張っていようと関係ない。
興味があるとすれば、こういう輩に対してキュゥべえ…いや、インキュベーターがどう動くかということぐらいだ。
この件はそれで割り切った暁美ほむらは、グリーフシードをしまうと新聞に目を通した。
今日の新聞ではない。数年前のものだ。
(今までの時間軸と時事はあまり変わらないわね。)
そんなことを思いながら、ページをめくる。
ふと、あるページでほむらの手が止まった。
「まさか!?」
ほむらはそう言って、今度は新聞と同じ日付の週刊誌を取り出した。
さらに、自らの通う見滝原中学校の生徒名簿を調べる。
(この時間軸には、美国緒莉子と呉キリカが居る!)
ほむらは普段から硬い表情をさらに硬くして拳を握り締めた。
201 : ◆awWwWwwWGE 2011/11/24(木) 02:19:19.51 ID:GujHiiOv0
柵や壁の無いテラスは、庭との境目があいまいである。
降り注ぐ太陽光は庭の木々にさえぎられ、柔らかい木漏れ日となってテラスにあふれていた。
そのテラスに置かれたテーブルの上には、温かい紅茶と小さなフィナンシェが二組置かれている。
そして、テーブルにつけられた二つのイスには二人の少女が座っていた。
「…本物ね。」
少女の一人がつぶやいた。
白い髪をやや高めのサイドテールでまとめ、スカートや肩をふくらませた時代物の西洋のお嬢様のような服装をしている。
その彼女の手の平には、灰色の、意匠を凝らした工芸品のようなものが置かれていた。
「ふーん、変わった子もいるもんだねー」
もう一人の少女はのん気に間延びした声で答えた。
黒いショートカットの髪に、見滝原中学校指定のブラウスとスカート。
ブラウスのすそは外に出して、左右で長さも模様も違うニーソックスをして、だらしない…
少なくとも優等生ではありえないいでたちをしている。
「アイドル気取りの魔法少女が現れるぐらいは想定の範囲だけど、
まさかグリーフシードを売るなんてね。」
白い髪の少女はそういってため息を吐いた。
「…で、この乱馬って子は違うのかい?」
「違うわ。『アレ』が魔法少女になれば私には分かるはずだもの。」
「ふーん。」
黒髪の少女は大きく伸びをして両手をあたまの後ろで合わせた。
そして、そのままの格好で言った。
「でも、始めるには丁度良い相手かもね。」
まるで、文通でもはじめるかのような気楽な言い方である。
しかし、白髪の少女はその意味を知っていた。
「確かに、あの子なら目立つわ。陽動としては良いマトだけど…」
白髪の少女はその目に戸惑いを見せる。
その様子を見て、黒髪の少女は急に真剣な顔つきになって相手を見つめた。
「おりこ、言ってくれ。私はおりこのためだったら平気だから。」
「…分かったわ。お願い、キリカ。行ってきて。」
白髪の少女も決意を込めたまなざしで答えた。
「魔法少女狩りの1人目は、早乙女乱馬よ。」
**********************
「先生の話だと、もうこのペースの回復ならそろそろ退院できるって。」
病室のベッドの上でショートカットの少女が明るく答えた。
右腕にはまだギブスをはめ、逆側の左腕にはチューブが刺さっている。
「ホントかよ? もうちょっと居た方がいいんじゃねーのか?」
早乙女乱馬は首をかしげた。
異常なペースで回復しているとは言え、まだ手足のギブスもとれない状態で退院となるとかえって不安になる。
「心配してくれるのは良いんだけどさ、勉強だって遅れちゃったし、武術の方も早く勘を取り戻さなきゃ。」
「ばーか、誰があかねの心配なんてするか。俺はな、お前みたいな凶暴女は当分病院に預かってて欲しいって言ってんだ。」
らんまは相変らずの減らず口を叩く。
「なんですってぇ! あんたに凶暴女とは言われたくないわよ、ら・ん・ま・ちゃーん!」
202 :らんまマギカ11話2 ◆awWwWwwWGE 2011/11/24(木) 02:21:09.04 ID:GujHiiOv0
あかねと呼ばれた少女はギブスの付いた手で器用に目の下を広げて見せて、あっかんべーをした。
そして、いつものように喧嘩になるかと思いきや、あかねがクスッと小さく笑った。
らんまもつられてヘヘッと微笑んだ。
「久々だな、こーゆーのも。」
「ふふっ、ホントね。」
それだけ言うと、らんまとあかねは無言で見つめ合う。
その瞳に宿るものは、敵意でもなく、情熱でもなく、もっと確かな感情だった。
「あかねがこんな状態じゃ、喧嘩もできねーや。今日はもう帰るぞ。」
しばらくしてようやくらんまが口を開いた。
「ふん、戻ったら思いっきりぶん殴ってやんだから。今から覚悟しときなさいよ!」
あかねの減らず口に、らんまは背中を向けたまま手を振って答えるのだった。
******************
「へー、あれがアンタの契約した理由かい?」
病院を出るなり、らんまは声をかけられた。
聞こえてきたのは木の上、葉に隠れて佐倉杏子がそこにいた。
「のぞきとは趣味が悪いんじゃねーのか?」
「いいだろ、別に。減るもんじゃなし。」
そう言って、杏子はひらりと木の枝から飛び降りる。
らんまから見てもなかなかの身のこなしだった。
「あんたも甘いもんだねぇ。たかが友だちのために命を棄てるなんて。」
「命を棄てる、だ?」
おおげさな杏子の表現に、らんまは顔をしかめた。
「だってそうじゃん。魔法少女はいずれ魔女との戦いで死んじまうし、
どれだけ人のために尽くしたってそれを信じてもらえない。
マトモに生きようとすればするほどピエロになっちゃう運命なのさ。」
したり顔で杏子は語る。
杏子の言うことはらんまにはいまいちピンと来なかった。
らんまの周りには魔法少女と同じぐらい非常識なものごとがあふれているから
信じてもらえないなんてことは無いように思えるし、自分が魔女ごときに殺されるとも思っていない。
「なんだか知らねーが、俺はそのうち魔法少女やめるから関係ねーな。」
「へえ、何かアテがあったのかい?」
余裕を見せようとしたらんまだったが、杏子にそう返されて言葉を失った。
コロンが取り寄せている開水壺で元に戻れるという保障はどこにもない。
元に戻れるアテなんて始めから無いのだ。そういう意味では呪泉境に行けば治る変身体質よりもタチが悪い。
「その様子だと、アテは無い…か。」
答えられないらんまをよそに杏子は語り続けた。
「あたしはひとつだけ、魔法少女をやめられそうな方法しってるよ?」
わざとらしく杏子はもったいつける。
「本当か!? 教えてくれ!」
らんまは杏子につめよった。
その熱心さに杏子は一瞬とまどったが、すぐにすまし顔に戻って言った。
「簡単さ、あのあかねって子に魔法少女になってもらえばいいのさ。
『らんまを元に戻してください』ってのをお願いにしてね。」
203 :らんまマギカ11話3 ◆awWwWwwWGE 2011/11/24(木) 02:22:49.14 ID:GujHiiOv0
その言葉に、らんまはしばらく考えてから首を横にふった。
「そんなことできるかよ。トラックにひかれちまうようなドジのあかねじゃ魔女に殺されちまう。
それじゃ、俺の願いが意味なくなっちまうじゃねーか。」
「難しく考えなくていいじゃん。あの子にあんたの願いで一命を取りとめたって教えりゃ
なんでも言うこと聞いてくれるぜ?」
杏子はわざと挑発的に、いやらしい笑みを浮かべる。
「そのために契約したんじゃねーのかよ?」
「てめぇっ!」
らんまは思わず杏子の胸ぐらをつかんだ。
自分は決してあかねを思い通りにするためにキュゥべえと契約を結んだわけではない。
それははっきりと自信を持って言えることだ。
だからこそ、らんまは自分の思いに泥を塗られたような気分だった。
「喧嘩するなら場所変えようか?」
杏子は胸ぐらをつかまれても焦ることなく、にやりとして言った。
(ちっ、こいつ、はじめっから喧嘩を売るために…)
らんまはまんまと乗せられたことを悔やんだが、喧嘩を売られて引く気もしなかった。
********************
らんまにとってはいつもの空き地、杏子にとっては幸せそうで癪な住宅地の一角で、二人は対峙した。
「言っておくが、万が一俺を倒せてもグリーフシードは手にはいらねーぞ。」
そう言いながららんまはゆっくりと構えをとる。
「知ってるよ。それが目的じゃないさ。
同じ街に二人魔法少女が居るんだ、どっちが上か決めといた方がいいだろ?」
杏子もその間に変身をすませた。
そして、互いににらみ合い仕掛けるきっかけを探す。
「いくぜ!」
やがて、業を煮やした杏子がらんまの元に走りこんだ。
杏子は大きく横なぎに槍を振り回す。
らんまはそれをひょいと上に避けた。
「そう来ると思った!」
叫ぶや否や、杏子は振り切った槍をそのままの体勢で斜め上に振り上げる。
丁度、宙に舞うらんまを追撃するかっこうだ。
らんまは追撃してきた槍を、なんと足で蹴った。
「へ、空中戦は早乙女流の得意だぜ。」
槍をしっかりと握っていた杏子はバランスを崩す。
そこにらんまは一気に間合いを詰めて、パンチを叩き込もうとした。
しかし杏子はすばやく槍を消すと、不用意にしかけて来たらんまの拳を、見事に腕で横にさばいた。
(早雲おじさんの型かよ!?)
らんまは目を見張る。
まだ短い期間しか練習していないのに、杏子は油断していたとは言えらんまの拳をさばけるだけの技術を天道早雲から習得していたのだ。
喧嘩を売ってきたのもうなずける。だが武術ではらんまの方が上を行く。
らんまはさばかれた勢いを逆に利用してそのまま回転し裏拳を繰り出した。
杏子はきわどくそれをかわすと一旦、後ろに飛び退いた。
204 :らんまマギカ11話4 ◆awWwWwwWGE 2011/11/24(木) 02:24:37.58 ID:GujHiiOv0
「へへ、あたしの武術も大したもんだろ。無差別格闘佐倉流…なんつって。」
そう言って杏子はらんまに良く似た、左腕を前に出す構えをしてみせた。
「おめー、こっちの勝負で俺に勝てると思ってんのかよ?」
らんまもいつもの構えをして応じる。
「もいっちょ、いくぜ!」
今度は杏子は無差別格闘流の型で拳を繰り出すように見せかけて、すばやく槍を作り出し、いきなり槍攻撃に切り替えた。
らんまはとっさに避けるが刃が服をかすめる。
それならと、らんまが間合いをつめようとすると、今度は槍を消して無差別格闘流の型で防御に徹する。
防御に集中されてはいかにらんまでも決定打は打てない。
やりにくいとらんまは思った。
距離をあければ魔法を使った奇抜な攻撃にさらされ、つめれば攻めあぐねる。
(なら、槍が届かない遠距離だ。)
らんまは思い切り距離をとった。
らんまには猛虎高飛車や場合によっては獅子咆哮弾という飛び道具がある。
その距離を保てば独壇場だという判断だ。
だが、その時、急に杏子は動きを止めた。
「おい。」
戦闘中の掛け合いではなく、落ち着いた口調で杏子は呼びかける。
「なんだ?」
らんまも構えを緩めた。
「感じねーのかよ? 魔女の気配。」
「なんだって!?」
杏子のブラフ…ということも考えられるが、ひとまずらんまはソウルジェムを宝石状にして手のひらに乗せてみた。
ソウルジェムの輝きは大きく揺らいでいる。
「来るぞ!」
そうしている間にも、あたりはタイルを貼りかえるように異空間に変わって行った。
それは、真っ暗な闇の中あちこちに障子が浮かぶ奇妙な世界だった。
使い魔による前置きも無く、魔女があらわれる。
落ち武者のような巨大なガイコツの下に女性ものの和服、さらにその下に一本足。
ガイコツの目のくぼみにはまたも目と口のついた顔が二つある。
「趣味のわりぃ魔女だな。」
らんまがつぶやいた。これはムースの趣味にでも影響されたかなどと考える。
「グリーフシードはあたしがもらうぜ!」
杏子はすぐさま魔女に飛びかかった。
魔女は身軽にひょいひょい飛んで杏子の槍をかわすが、あっさり追い込まれその頭蓋骨の脳天に特大の槍をくらって砕けた。
「なんだ、雑魚い魔女だな。」
杏子がつぶやく。
「やれやれ、また仕切りなおしかよ。」
らんまも杏子の勝利を確信し、肩をすくめて言った。
しかし、結界はまだ解けない。
そして気が付けばあたりは綿飴のようにもこもこした巨大な使い魔や、つぼ型の三脚の使い魔などに囲まれていた。
205 :らんまマギカ11話5 ◆awWwWwwWGE 2011/11/24(木) 02:26:50.63 ID:GujHiiOv0
「さっきのは使い魔だったのか!?」
状況把握に戸惑いながらも、らんまは使い魔たちを倒し始めた。
しかし、つぼ型の使い魔は小さな紙風船のような使い魔を量産し、綿飴状の使い魔にはパンチやキックがまるで利かない。
さらに、先ほどの魔女も、かち割られたガイコツを脱ぎ捨てて、目の中に入っていた顔が本体となり再び動き出した。
「こりゃあ、山盛りだな…」
杏子がつぶやく。
らんまと杏子は長期戦を迫られた。
****************
「あれ? おかしいな? 二人も魔法少女が居る?」
数の多い敵をちまちま倒しているらんまと杏子の背後から声が聞こえた。
「残念だけど、こいつはもう先約済みだぜ。グリーフシードが欲しいなら他当たりな。」
自分から魔女の結界に入れる存在は魔法少女しか居ない。
てっきり声の主を魔女の気配を感じてやってきたよその魔法少女だと思った杏子は振り返りもせずにそう言った。
「近所にまだ他の魔法少女が居たのかよ。」
らんまも同じように考えてつぶやく。
だが、新しくやってきた魔法少女は意外なことを言った。
「ま、いっか。二人とも殺しちゃえば間違いない。うん、それがいい。」
「へ?」
らんまが振り返った瞬間、いきなり黒い鉤爪がおそってきた。
「うわっ、あっぶね。」
らんまはリンボーダンスのように大きく背中をそらしてなんとか避けた。
「お? 今のをかわすとは早乙女乱馬はなかなか強敵だなあ。」
大きな独り言をつぶやきながら、黒い魔法少女が飛び退いた。
「なんだお前は!?」
杏子は叫ぶが、魔女との戦いに手をとられよその魔法少女の相手まではできない。
「じゃあコレはどうかな?」
黒い魔法少女は、先ほどは右手だけだった鉤爪を両手に生やした。
「おい、グリーフシードの取り合いなら魔女を倒した後にしろよ!」
らんまがそう言っている間にも黒い魔法少女は容赦なく斬撃をしかけてくる。
らんまは避けるのが精一杯だった。
(速い…っ!)
信じられないことに、この魔法少女はらんまが今まで戦ってきた誰よりもすばやかった。
「グリーフシードはいらないよ。もともと、私が仕掛けたグリーフシードだしね。」
言いながらも息をつく間もなく黒い魔法少女は激しく飛び回り攻撃をしかけてくる。
「しかけた!? てめー、どういうことだよ?」
らんまは防戦一方だ。
スピードで負けている上に、相手が刃物を使ってくるのではうかつに攻撃に移って隙を作れない。
「早乙女乱馬、キミを閉じ込めるためにグリーフシードを孵化させたのさ!」
黒い魔法少女はらんまの真後ろに回った。
(…そういう使い方もできるのか!)
使用限界ギリギリの、真っ黒なグリーフシードを放置すれば遠からず魔女が孵化するだろう。
206 :らんまマギカ11話6 ◆awWwWwwWGE 2011/11/24(木) 02:27:59.42 ID:GujHiiOv0
それを魔法少女の縄張りの中に置いておけば、そこの縄張りの魔法少女がほぼ確実に釣れる。
この黒い魔法少女は、らんまを狙ってグリーフシードのそういう裏技的使い方をしたらしい。
それはともかく、真後ろを突かれたらんまは前転で攻撃をかわすと、転がる途中で思い切り足を伸ばして飛び上がった。
らんまの頭が、勢い良く身を乗り出した黒い魔法少女のおなかにヒットする。
黒い魔法少女は血を吐き出しながら後ろに跳び下がった。
そこに、杏子が横切る。
すると今まで杏子を追っていた魔女が黒い魔法少女に目を向けた。
「てめーが仕掛けた魔女に食われちまいな!」
杏子は魔女のターゲットが変わったのを確認すると、黒い魔法少女に中指を立てた。
そしてらんまに言った。
「これで貸しイチだな。」
「いや、これでチャラだ。」
そう言って、らんまは猛虎高飛車を飛ばし、杏子の背後に居た大型の使い魔を倒した。
が、余裕を得たのもつかの間で、黒い魔法少女はあっという間に魔女を倒してしまった。
「おい、杏子、おめーあの魔法少女に負けてんぞ。」
「うるせえ、あたしが弱らせてたからだ。」
らんまと杏子が言い合っているうちに、黒い魔法少女は一瞬にして杏子に接近した。
「こいつ、遠くで見るより速っ―」
杏子が槍を構えるよりも速く、黒い魔法少女は杏子の脚に鉤爪を飛ばした。
杏子の太ももに赤い筋を作って鉤爪は地面に突き刺さる。
「思い出した。キミは佐倉杏子だ。キミは回復が苦手!」
どこで知ったのか、黒い魔法少女は杏子の名前と特性を言い当てる。
らんまは杏子を助けに行こうとするが、黒い魔法少女がやたらに飛び回るので同士討ちになりそうで割り込めない。
「だから、脚を痛めればしばらく手出しできない!」
黒い魔法少女は圧倒的なスピードで杏子を翻弄する。
「てめっ」
杏子はなんとか黒い魔法少女と渡り合おうとするが、徐々に脚に切り傷が増え、やがてひざを落とした。
(しまった。こいつは斬り合いで勝てる相手じゃない。範囲攻撃で仕留めるべきだったんだ。)
杏子は悔やむが時既に遅し、脚をやられて動けなくなった杏子を後にして黒い魔法少女はらんまに向かっていった。
「また来るか!」
らんまは構えるが、まだ特に対策は思いつかない。
らんまの持ち技には奇策があれこれあるが、自分よりすばやい相手、しかも刃物持ちにしかけられる技というのはかなり限られる。
「らんま、魔法を使え! 武器を想像しろ!」
杏子が叫ぶ。
(武器? あいつを止められるような道具…)
らんまは必死で集中した。その間にも黒い魔法少女が迫ってくる。
「これだ!」
その叫び声と、黒い魔法少女の攻撃が降りかかるのはほぼ同時だった。
黒い魔法少女の攻撃は、緑色の物体に阻まれらんまに届かずに止まっている。
「こ、これは!?」
黒い魔法少女は目をむいた。
207 :らんまマギカ11話7 ◆awWwWwwWGE 2011/11/24(木) 02:29:20.21 ID:GujHiiOv0
自慢の鉤爪は、なんとタタミに突き刺さり、抜けなくなってしまったのだ。
らんまは黒い魔法少女が驚いているすきに、タタミを上から押して相手の動きを封じる。
「無差別格闘早乙女流『畳替し』!」
自信に満ちた声でありふれた技名を披露し、らんまは肩を広げた異様な構えをとった。
杏子は知っている、あの技は…
「そして、猛虎高飛車!」
ふんづけたタタミの上から、らんまは容赦なく光の弾を下に向けて発射した。
黒い魔法少女は刺さった鉤爪を消して、なんとかタタミの下から抜け出そうとする。
が、すんでのところで間に合わず、タタミごと猛虎高飛車を食らった。
一方のらんまは、自分の攻撃に巻き込まれないように寸前で飛び退いている。
やがて、焼けたタタミの下からぼろぼろになった黒い魔法少女が現れた。
「まだやるか?」
らんまが問いかける。
既に杏子も槍を支えになんとか立ち上がっていた。
「残念ながら、ここまでだね。…さようなら!」
黒い魔法少女は突然、あらぬ方向へ走り始める。
「逃がすか!」
杏子が槍を投げる。が、その槍は魔女の使い魔によって阻まれた。
奇妙なことにさっきまで居なかったタイプの、シルクハットをかぶったふわふわの使い魔だ。
やがて、黒い魔法少女の姿が消えるのと同時に、結界が崩れ去った。
「ちっ、なんだったんだあいつは?」
らんまは腕を押さえながらつぶやいた。
腕だけではない。傷は浅いがあちこちに切り傷がある。
「あたしと同じようにキュゥべえがけしかけたんじゃねーのか。」
杏子は変身を解いて座り込んだ。
**************
「ごめんよ、おりこ。またキミの手をわずらわせてしまうなんて。」
あちこちを包帯で巻かれた状態で、黒い魔法少女・キリカは言った。
「十分よ。キュゥべえが目を向けるだけの出来事にはなったはずだわ。」
おりこはキリカの負傷を魔法で癒しながら答える。
「でも…」
「そんなことよりも、キリカが生きて帰ってきたことがうれしいわ。」
おりこはやさしくキリカの反論を封じる。
そう言われるとキリカは何も言えず照れたようなすねたような微妙な表情をしてみせるのだ。
「このソウルジェムでよくもったものね。」
おりこはキリカのソウルジェムを手に持って眺めた。
その魂の入れ物は、まだ機能するのが不思議なほど大きくひび割れていた。
「ああ。おかげで『なりかけ』の状態をずいぶん調整できるようになったよ。」
そのキリカのほほえみを、おりこは悲しく思った。
目的のためにはキリカの命すらも駒に使わなければならない。
そして、キリカはそれを厭わない。
208 :らんまマギカ11話8 ◆awWwWwwWGE 2011/11/24(木) 02:30:30.36 ID:GujHiiOv0
だが、おりこの望む本当の世界はキリカとともにある未来なのだ。
「お願い…生きて…」
おりこは搾り出したようなか細い声でつぶやくのだった。
215 :らんまマギカ12話1 ◆awWwWwwWGE 2011/12/03(土) 20:19:22.07 ID:KU+OuFtU0
その日、らんまは猫飯店を訪れた。
「待っておったぞ。」
「らんま、早くするね。」
オーナーのコロンと看板娘シャンプーが出迎える。
「おう、すまねー。」
そうして通された店の奥の居間には、木桶と鉄瓶が置かれていた。
「開水壺、やっと届いたね。」
「思ったより早かったがの。」
そう言ってシャンプーは鉄瓶を持ち上げてみせる。
一見、ただの鉄瓶だがこれが開水壺である。
「ちょっと待て、なんで止水桶まで頼んだんだ?」
らんまが疑問を口にする。
「試さねば、本物の開水壺かどうか分からんじゃろ。…シャンプー、やるぞい。」
コロンに言われて、シャンプーは開水壺を机の上に戻した。
そして、コロンが桶に汲んである水を杓子ですくって、シャンプーにかける。
「ぎゃああああ! 猫っ!」
らんまは鳥肌を立てて部屋の隅へ逃げた。
水をかけられたシャンプーが、猫に変身したからだ。
「まったく、ムコ殿の猫嫌いにも困ったものじゃな。」
そうつぶやきながら、コロンは猫になったシャンプーに、まずは普通のヤカンのお湯をかけた。
設定温度は約40度。猫は気持ち良さそうにお湯を浴びるが、人間にはもどらない。
これが止水桶の効果だ。呪泉郷の変身体質の人間を変身後の姿に固定してしまう。
次に、コロンは開水壺に水道水を入れた。
火も電気も通していないはずなのに、開水壺の中の水は一瞬で沸きたちお湯になった。
そのお湯を、コロンは遠慮がちに少量、猫にかけた。
豊満な胸を腕で隠しながら、裸体のシャンプーが現れる。
「うむ、開水壺は間違いなく本物じゃな。」
コロンが満足げにうなずいた。
「猫のままお湯あびるのも、案外気持ちよかたね。」
服をまといながら、シャンプーはのん気なことを言う。
心に決めた相手の目の前だから平気なのか、あまり羞恥心は無いらしい。
「おお、これなら多分、男に戻れる…!」
変身体質に戻るとはいえ、らんまにとって男に戻れないよりがは何倍もましだった。
プライドの問題もあるし、女のままでは日常生活上の不便も多い。
それに魔法少女としてのいろいろな厄介ごとも、面倒になったときには男になってごまかせる。
「よし、ばあさんやってくれ!」
らんまはさっきまで猫におびえてへっぴり腰だったのが嘘のように、胸を張って堂々といった。
「乱馬が男に戻れば私もうれしいあるね。」
シャンプーは殊勝な台詞を口にしたが、内心は違っていた。
今回、あかねも右京も何も出来なかったのに、自分とコロンだけが乱馬が元に戻るための手助けをしたのだ。
これから乱馬を我が物にするために、かなりのポイントになったはず。
216 :らんまマギカ12話2 ◆awWwWwwWGE 2011/12/03(土) 20:20:46.29 ID:KU+OuFtU0
シャンプーが目配せをすると、コロンはにやりと口元をゆがませて答えた。
(やっぱり、おばばも同じ心積もりね。)
シャンプーはニヤてしまうのを微笑で隠してらんまに開水壺を渡した。
らんまはためらうことなく熱いお湯をドバドバ頭からかぶる。
しかし―
「熱い…」
そうつぶやいたらんまの声は、女の声のままだった。
「乱馬…」
シャンプーも信じられないものをみたかのように呆然とたちつくす。
膨らんだ胸部と小さな背丈、見間違えるはずもない。らんまは女性の姿をしていた。
「ふむ、どうやら開水壺では男に戻れんようじゃの。」
落ち着いた声で、コロンは言った。
もともと開水壺が今のらんまの状態に対して有効であるという保障はどこにもない。
この結果もコロンはある程度予測していたのだろう。
「さてムコ殿。これからどうするかの?」
らんまは口を閉ざした。
開水壺でどうにもならないのなら、マトモなアテなど無いのだ。
やはりあのキュゥべえをどうにかするしかないのか。
「まあ、考えようによっては得をしたかもしれんのぉ」
つぶやくように、コロンは言う。
「お湯で変身が解けぬなら、即席男溺泉でも変身体質を治せるかも知れん。」
その言葉に、らんまはパッと顔を明るくした。
「それだ! ばあさん、その手があったか!」
もしその方法で、男に戻って変身体質からおさらばできるならばそれに越したことはない。
魔法少女になったおかげで完全な男に戻れるかもしれないなんて、まさに「災い転じて福となす」だろう。
「そういうと思ってな、ホレ、用意しておいたぞい。」
そう言ってコロンが取り出したのは一見、ただの入浴剤だった。
しかし、らんまには見覚えがある。
「それは…」
「即席男溺泉あるか!」
正確には即席男溺泉の素。
水に溶かすと、その水が一回限り男溺泉の効果を発揮する入浴剤でる。
らんまは期待に胸が広がる。
「ばあさん、はやくやってくれ!」
はやるらんまに、コロンは即席男溺泉の素をコップの水に混ぜ、遠慮なく顔面からぶっかけた。
が、
「…はぁ、効果なしかよ。」
らんまはがっかりした様子を隠しきれず、ため息をもらした。
身長も胸も声も、即席男溺泉を浴びる前と何も変わらなかった。
「むむ、どうやら呪泉郷の呪い自体が効かぬらしいの。」
コロンはあごを撫でながら頭をひねった。
217 :らんまマギカ12話3 ◆awWwWwwWGE 2011/12/03(土) 20:23:02.66 ID:KU+OuFtU0
コロンも即席男溺泉が通常通り一回きりの効力ぐらいは発揮するだろうと思っていたのだ。
それならば今回は失敗でも、らんまは、呪泉郷に行って今までとは逆の水をかぶると男になる変身体質になることが可能だ。
そのうえで止水桶を使えば完全な男に戻ることも出来るはずだった。
しかし、呪泉郷の呪い自体が効かないならば、それすら出来ないことになってしまう。
「乱馬、落ち込むことないね。私、乱馬のためなら何でもするね。」
シャンプーはらんまの肩に抱きつきながら言う。
「シャンプー…」
らんまは微笑むシャンプーの瞳を見つめた。
『魔法少女になってもらえばいいのさ。『らんまを元に戻してください』ってのをお願いにしてね。』
らんまの脳内に先日の杏子のセリフが再生される。
それは今のところ唯一、らんまが男に戻れそうな方法だった。
(シャンプーに魔法少女の契約をしてもらって、その願いで俺が男に戻る…)
そんな考えが脳裏を横切ったところで、らんまはあわてて首を横に振った。
(いや、ダメだ!)
あかねのためにした契約のツケをシャンプーに払わせるなんて、外道と言わざるを得ない。
魔女との戦いが命がけならばなおさらだ。
「乱馬?」
不思議そうにシャンプーがたずねる。
らんまはなんでもないと生返事をした。
「…わしとしてもムコ殿にできるだけ協力したい。
そこでじゃ、男に戻れなくなったことについて何かもうちょっと心当たりなぞないかの?」
「う…それは…」
コロンの言葉に、らんまは台詞をつまらせる。
コロンからすれば、それは何か隠しているという答えに思えた。
「あのあかねが重傷になったり、佐倉杏子という奇怪な術を使う小娘がやってきたり…
ムコ殿が男に戻れなくなったことも含めて、大きな出来事が立て続けに起きておるような気もするが、
ムコ殿は何か知らぬかの?」
「しらねーよ…た、たまたまだろ。」
らんまはあくまでとぼける。
(どうにも怪しいのう。)
コロンはますますらんまをいぶかしげに見つめるのだった。
*******************
「ボクは知らないよ。」
その猫のような生き物は平然と答えた。
風林館の空き地で、一人の少女が小動物と戯れている。
他人から見ればそんなほほえましい光景にみえなくもないだろう。
しかし、少女はあきらかに腹を立てた様子で小動物をにらんでいた・
一方のその小動物は、まるで目の前の少女の怒りなど通じないかのようだ。
「あのぶっ壊れてる魔法少女はあんたがけしかけたんじゃないっていうのか?」
その少女、佐倉杏子がたずねた。
彼女は左手で猫飯店の肉まんを食べながら、右手に槍を持って白い小動物に突きつけている。
「ああ。ボクだって見境無く攻撃をしかけるような魔法少女を呼んだりはしないよ。
あくまでグリーフシードの販売をやめて欲しいだけだからね。」
218 :らんまマギカ12話4 ◆awWwWwwWGE 2011/12/03(土) 20:26:46.47 ID:KU+OuFtU0
自分はまっとうである、そう言いたげな小動物キュゥべえを、杏子はキッとにらんだ。
「ここはもうあたしの縄張りなんだ。どんな魔法少女だろうとけしかけるんじゃねえ。」
「キミの縄張り…本当にそうだったらボクとしても別に文句は無いんだけどね。」
キュゥべえはかわいらしい外見とは裏腹に、嫌味交じりの反論をする。
「それに、この件に関してはボクの他にあたるべき相手がいるんじゃないのかい?」
言わんとすることは杏子にも分かった。
早乙女乱馬が魔法少女で、グリーフシードを余らせているという情報をよそにばら撒きそうなのは一人しか居ない。
「言われなくても、天道なびきからも聞いてみるさ。」
「聞くだけとは、杏子にしては控えめだね。」
このかわいらしい小動物は、杏子に暗に強硬手段をすすめた。
だが、杏子としては天道家に対して滅多な手は打てない。
早乙女乱馬だけならまだしもその父親、それに天道なびきの父親の天道早雲、この二人も相当な実力な上に
まだその後ろに八宝斎だとかいうふざけた名前の老師匠が控えているという。
さらに、無差別格闘流の一味以外にも天道家には武闘家の出入りがあるらしい。
そんな武闘派集団を相手に喧嘩を売るほど杏子は無謀ではなかった。
「あんたこそ、一般人を巻き込みたくない割には過激だね。
そんなにあの連中が気に食わないのかい?」
「ああ。他にも魔法少女のルールを乱しそうな人間がまわりにウヨウヨいるからね。
そういう人間をこれ以上かかわらせない為にも、天道なびきには早く手を引いてもらわないと。」
キュゥべえの弁を聞いて、なるほどと杏子は思った。
確かにこの近所の武闘派集団が魔女狩りに参戦すれば、らんまのようにグリーフシードを余らせる連中が
ゴロゴロ現れるだろう。
あるいは魔法少女にならなくても魔女を倒せてしまう人間もいくらか居るかもしれない。
そうなれば、キュゥべえの存在意義そのものがなくなりかねない。
「それなら、余計な手出しせずにあたしがここを縄張りにするのを黙ってときな。」
杏子はそう言って槍をひっこめた。もう行って良いという合図だ。
「健闘を期待しているよ。」
皮肉にしか聞こえない台詞を言って、キュゥべえはその場を去っていった。
***************
二人の魔法少女ににらまれ、天道なびきはため息をもらした。
「最近、あんたたち仲良いわね。」
「「そういう話じゃねえ!」」
らんまと杏子は見事に声をハモらせる。
「キュゥべえじゃなけりゃお前しか原因がいねーだろーが!」
「誰にグリーフシード売ったか吐きな。」
先日らんまと杏子を襲った魔法少女はおそらくらんまを狙っていた。
その動機になりそうなのは売るほどにたまったグリーフシードの独占。
つまり、なびきのグリーフシードの販売で情報が漏れた可能性が大きかった。
腹を立てている様子の二人に、なびきは突然、手のひらを差し出した。
「なにさ?」
いぶかしがる杏子に、なびきは平然と言い放つ。
「情報料。」
「誰が払うか。」
219 :らんまマギカ12話5 ◆awWwWwwWGE 2011/12/03(土) 20:29:49.05 ID:KU+OuFtU0
らんまはなびきの言うことを予想していたらしく、即答した。
「だったら言えないわね。あたしだって大事な顧客の情報をただで売ることはできないもの。」
「てめー、こないだ自分から客の情報ばらしてたくせに! ふざけて―」
カッとなってつかみかかろうとする杏子をらんまが抑える。
「それじゃ、俺が次に手に入れたグリーフシードをまたくれてやる。それでいいだろ?」
らんまの言葉に、杏子は息をのんだ。
『おい、あんたも前の戦いで魔力を消費してるんだ。そんな約束はよしとけよ。』
杏子はテレパシーでよびかける。
『いや、いいんだ。俺なら魔法無しでも魔女と戦える。それよりも、あの黒い魔法少女はいろいろ知ってそうだ。
グリーフシードを変わった使い方した上におめーの名前まで知ってたんだからな。
もしかしたら魔法少女をやめる方法もあいつに聞けば分かるかもしれねー。』
『それ以前に、会話の成り立つ相手かどうか怪しいけどな。』
吐き棄てるように、杏子は言った。
「良いわよ。その条件で。」
そう言って、なびきはおもむろに手帳を開いた。
「えーと、グリーフシードを売った相手先よね…」
その様子をもどかしそうにらんまと杏子がながめる。
「住所がはっきりしてるのは二人だけなんだけど、一人はこないだ言ってた美国緒莉子っていう議員の娘ね。」
「んー、そいつは多分違うんじゃねーか?」
らんまが首をかしげる。なびきは気にせず続けた。
「あと一人は、見滝原市だって。」
「なんだって!?」
見滝原という地名に杏子が食いついた。
らんまがいぶかしげにたずねる。
「知ってるのか?」
「ああ。見滝原の魔法少女なら知ってる。けど、あの黒い魔法少女とは見た目からして全く違う。」
杏子の脳裏には、懐かしくも複雑な感情を抱く、ある魔法少女の姿が浮かんでいた。
町の平和を守るために戦い続ける、あの金髪の魔法少女。
魔法少女としての師であり、魔法少女となってから唯一心を許した相手であり、
そして、違う道を進んだ少女、巴マミ。
彼女のことをどう説明すべきか、杏子はためらった。
「じゃあ、そいつが前の黒い魔法少女をけしかけたって可能性は?」
「違う!」
杏子は思わず即座に否定した。しかもなかなかの大声を出してしまっている。
気が付けば、らんまとなびきがきょとんとした顔で杏子をみつめていた。
(なにムキになってんだ、あたしは。)
借りも返し、もう吹っ切れたつもりでいたのに、杏子はまだマミにこだわっている自分を認識させられた。
「ああ、いや。見滝原を仕切ってる魔法少女はそういうタイプじゃない。それだけのことさ。」
できるだけ平静を装って杏子は答える。それは自分に言い聞かせる言葉でもあったかもしれない。
「ふーん、名前は『暁美ほむら』ってなってるけど、あんこちゃん知ってる?」
杏子が動揺したのを知っていてわざと気にしないような、そんな余裕ぶった態度でなびきが質問する。
その態度に杏子はじゃっかんのいらつきを覚えた。
220 :らんまマギカ12話6 ◆awWwWwwWGE 2011/12/03(土) 20:31:11.37 ID:KU+OuFtU0
「知らないね。そもそもさ、グリーフシードを買ったからって魔法少女かどうかも怪しいんじゃないか?
売ってる奴が魔法少女でもないくせにしゃしゃり出てきてるわけだし。」
嫌味のつもりで、杏子は余計なひとことを追加する。
しかし、なびきに悪びれる様子など全く無かった。
「まー、それでもしゃーねー。他に情報なんてねぇんだ。俺は見滝原に行ってみるぜ。」
らんまは早くも見滝原に行くことに決めたらしい。
「それならあたしも行くよ。あんたが一人で行ったら他の魔法少女に敵と思われかねないしね。」
杏子はらしくもなく、協力的な姿勢を見せた。
(もしあの黒い魔法少女が見滝原にいるなら、マミの奴が危ない。)
そんな杏子は、表向きはらんまの、内心ではマミの心配をしている。
いつからそんなお人よしになったのかと、杏子は自分に苦笑した。
228 :らんまマギカ13話1 ◆awWwWwwWGE 2011/12/11(日) 21:18:35.25 ID:owmHm4Nx0
次々に飛んでくる椅子や机を、巴マミはひとつひとつ正確に打ち落としていく。
地面も見えないほどに高く張られたロープの上、マミの下半身は一歩ずつ確実に歩みを進め
同時に上半身では次々と銃を放っていた。
(勝てるっ!)
十分に距離を詰めたところで、マミは巨大な大砲を出現させた。
物理法則を無視して、大砲は空中にあって落下しない。
目の前にいる、黒いセーラー服を着た六本腕の化け物へ向けて、マミは照準をしぼった。
ここでこの大砲を打ち込めば、この魔女は終わりだ。だがマミにとって魔力の消費も大きいだけにはずすことは出来ない。
マミは集中する。
が、その隙に、下半身だけのセーラー服と脚がロープの上を滑ってマミの背後からぶつかった。
「きゃあっ!」
小さく悲鳴をあげたマミは、足を踏み外して落ちそうになる。
そこを、なんとか右手を伸ばしてロープを掴んで一命をとりとめた。
しかし、魔女は容赦なく、かろうじてぶら下がっている状態のマミに大量の椅子や机を投げつける。
ロープを握り締める手を、少しでも緩めれば一巻の終わりだ。
本来の巴マミならば、このような事態でも難なく対応できただろう。
彼女にはそれができるだけの技術と経験が十分にあった。
だが――
(怖い)
その感情がマミの思考を止めた。
マミは動くことすら出来ず、大量の椅子や机が飛んでくるのを呆然とながめる。
「マミさんっ!」
「大丈夫か!?」
マミに当たる直前、椅子と机は青い光によって片っ端から叩き落された。
「え、ええ。」
なかば放心状態でマミはうなずく。
椅子と机を叩き落した青い閃光は速度を落とし、マミと同じロープの上で着地した。
その正体は、美樹さやかだ。
さやかはすぐさまマミにかけよって、彼女を持ち上げた。
一方、その間に響良牙は、椅子や机を手で払いのけながらしゃにむに魔女に駆け寄っていった。
鉄パイプと木材の塊など、彼のパワーとタフネスの前には何の障害にもなっていなかった。
「いくぜ、獅子咆哮弾っ!」
良牙は魔女の至近距離まで来て獅子咆哮弾を放つ。
直撃を受けた魔女は六本の腕をだらんと下げて弱った様子をみせた。
(今ならいける!)
魔女の状態を見たさやかは、足元に大きな魔方陣を出現させると、弾かれたかのように勢い良く飛び出した。
瞬時にスピードが上がり、さやかの姿はもはや青い光線にしか見えなくなる。
この速度で椅子や机に衝突すればシャレにならないダメージを受けるだろう。
だが獅子咆哮弾を受けてグロッキーになった魔女はそれらを飛ばしてこない。
さやかは何の抵抗もなく魔女の懐に飛び込み、一気にその胴を貫いた。
それと同時に結界が崩れ去り、元の地面と壁が現れる。そこは、市内の廃校だった。
229 :らんまマギカ13話2 ◆awWwWwwWGE 2011/12/11(日) 21:19:47.00 ID:owmHm4Nx0
「ふう、終わったか。」
良牙が汗をぬぐう。
「やっぱ、前衛は忙しいなー。」
さやかはばったりと尻餅をついてすわりこんだ。
「ごめんなさい、私、また……」
おどおどした様子で、魔女を倒した二人にマミが語りかけた。
「怖いと思うと、何も考えられなくなるの。今までこんなこと無かったのに…」
本人の弁解を聞くまでもなく、良牙とさやかは知っていた。
ちょっと前までの巴マミは、どんな窮地においても冷静さを失わず戦い続けることができる優秀な魔法少女だった。
「多分、あのお菓子の魔女以来。」
「気にしてないですよ、誰にだって不調はありますし。
あたしなんてマミさんが居なかったらとっくに死んじゃってたし。」
沈んだ様子で語るマミに、さやかは軽くおどけて言った。
たしかにマミはこのところ不調が続いていた。
お菓子の魔女に続き、この間のハコの魔女、そして今回の学園の魔女と、魔女との戦いに関して言えば
三回も連続でピンチにおちいり人に助けられている。
とても、ベテラン魔法少女とは思えない戦績である。
「しばらく魔女退治から離れた方が良いんじゃないのか?」
落ち込むマミを見かねて、良牙の口からそんな言葉が漏れた。
「え?」
考えてもいなかったことだったのか、マミは間の抜けた声を出す。
「あー、あたしも賛成。マミさんには休養も必要ですよ。」
「でも、魔女退治は?」
「俺もさやかちゃんも居る。それでも足んなきゃあの黒いのも呼べば良いだろう。」
黒いのとは暁美ほむらのことらしい。
たしかにマミ一人が抜けたところで戦力として不足はない。むしろ贅沢なほどだろう。
しかし、この数年間戦い続けて生きてきたマミには戦わなくて良いというのは想像もしていないことだった。
魔法少女としての使命がなくなれば、一体自分に何が残るのだろうか?
そんな不安感がマミの瞳に影をさす。
「その代わり、帰ってきたときに温かい紅茶をお願いしますね。」
冗談めかして、さやかが言った。
「ああ、俺も頼む。」
良牙も便乗する。
230 :らんまマギカ13話3 ◆awWwWwwWGE 2011/12/11(日) 21:21:09.68 ID:owmHm4Nx0
「え、ええ。」
マミは作り笑いを顔に浮かべてうなずいた。
*************
『ってなわけでさー、しばらくマミさんは戦えそうにないのよねー。』
翌日の授業中、さやかは居眠りのフリをして暁美ほむらにテレパシーを送った。
『困ったものね。ワルプルギスの夜が来るまでに立ち直ってくれると良いのだけど。』
一方のほむらは教科書を読むフリをしながら答える。
こんな風にまともに授業を受けていないのはさやかもほむらも一緒なのに、ほむらは先生に当てられると
ばっちりと当てられた内容を答えてしまうのだ。
どういうカラクリなのかは分からないが不公平だとさやかは思う。
『そんでさ、そっちの方はどうなの、風見野は?』
『魔女が完全に狩りつくされているわ。グリーフシードが入らない代わりに当分放置していても問題ないわね。』
マミの昔馴染みだとかという魔法少女が譲ってくれた風見野の縄張りには、今はほむらが入っている。
もともと「新人に」という話だったらしいので、本来ならさやかが治めるべき縄張りである。
しかし、いきなりひとり立ちさせるのも不安だということでマミはほむらに行かせることにしたのだ。
マミにとってはおそらく、どこまで信頼して良いか分からないほむらを遠ざけたいという意思もあっただろう。
『ふーん、風見野の前の魔法少女はマジメなんだかケチなんだか…』
『おそらく後者ね。』
『なにあんた。知ってんの?』
『ええ。多少はね。』
ほむらはあまり自分のことを語らないからよくは分からないが、彼女もおそらくベテラン魔法少女だ。
ベテラン同士がこうも知り合いだらけだと、さやかは常連客だらけの町のラーメン屋にでも間違えて入った部外者の気分だった。
(まだ先の話だけど、公園デビューってのもこんな感じなのかなぁ)
さやかはぼんやりとそんな事を考えだした。
子どもを見守る将来のさやかの隣には、一回り背丈が高くなりたくましくなった上條恭介の姿がある。
こういう未来だったら、公園デビュー程度のアウェーは怖くない。
平凡な、でも幸せなそんな未来絵図を幼いころからさやかは描いていた。
隣に居るのは、常に恭介だった。他の人物を無理やりあてはめてもどうもしっくりこない。
(あたしには、恭介しかないんだ。)
ただの思い込みかもしれない、しかしその思いは日に日に強くなっていた。
「…さん。」
誰かの声が聞こえる。
「きょーすけぇ?」
いつのまにか夢の中に居たさやかは夢見心地のまま返答をした。
「誰が、上条君ですか、美樹さん!」
露骨にいらだった、三十路過ぎの女性の声でさやかは起こされた。
「え? へ? あれ? 早乙女先生?」
混乱してあたりを見回すさやかを、クラスメート達の苦笑が包んでいた。
231 :らんまマギカ13話4 ◆awWwWwwWGE 2011/12/11(日) 21:21:56.40 ID:owmHm4Nx0
************************
「まったく、ほむらもこういう時こそテレパシーで教えろってのよ!」
昼休み、さやかは屋上でまどかに愚痴を言った。
「えー、それって魔法少女の職権乱用じゃないのかな?」
まどかは明るく冗談で返す。
その様子にまどかは魔法少女になることをきっぱり諦めたのかと思い、
さやかは内心胸をなでおろした。
「そういえば、上条君そろそろ退院するんだよね?」
ふいに、まどかが言った。
「え? そうなの? あたし聞いてないけど。」
「仁美ちゃんが言ってたよ。本人から聞いたって。」
「そうなんだ……」
なぜ仁美にそれを言って自分には言わないのか、さやかにはよく分からなかった。
(いや、きっとたまたまタイミングの問題でしょ。)
そうだ、そうに違いない。
さやかはそう思って、それ以上深く考えないようにした。
恭介は昔っからその辺の連絡とかは適当で、頭の中にはバイオリンの楽譜しか入っていないのだ。
いちいち気にしていたらキリがない。
そんな恭介だからこそ、彼から音楽を取り上げた運命をさやかは受け入れられなかった。
「……これで、よかったんだよね?」
独り言のように、さやかはつぶやく。
無言で、まどかはうなずいた。
「ところでね、エイミーが――」
しばらくして、まどかが何か言い出そうとしたときだった。
「あれ、ほむら?」
屋上の階段部屋のドアが開いて、そこからほむらが姿を見せた。
「美樹さやか、『ワルプルギスの夜』対策で話がしたい。」
ほむらは相も変わらず愛想のひとつもなく、一方的に用件を告げる。
「えーと……」
場所を変えるか、まどかの前で話すか、さやかは悩んで言葉を詰まらせる。
そうしている間、まどかは立ち上がり、小さな声で言った。
「私、邪魔みたいだから教室にもどってるね。」
「え、ちょっと待って、まどか。」
まどかの言葉に何か普段とは違うものを感じとり、さやかは呼び止めようとした。
232 :らんまマギカ13話5 ◆awWwWwwWGE 2011/12/11(日) 21:23:22.78 ID:owmHm4Nx0
「さやかちゃん、授業中もずっとほむらちゃんとお話してたんだよね?
魔法少女のお仕事だったら仕方ないよね、私なんて邪魔にしかならないし――」
振り返ってまどかはそう言うと、そのまま小走りに走り去っていく。
ひどく自分を低くしたまどかの言い回しに、さやかは狼狽した。
「ちょ……あたしは何もそんなこと言って……」
そして、引き止めようとするさやかをほむらが制止した。
「鹿目まどかを巻き込むつもり?」
「いや、そういうワケじゃなくて!」
あんたとは違ってあたしはまどかの気持ちも考えてやらないといけないんだ、さやかはそう言ってやりたかった。
しかし、有無を言わせぬほむらの表情を見て、こいつにそんなことを言っても通じないと諦める。
「……分かった。追わないよ。で、ワルプルギスの夜対策って?」
「最悪巴マミが戦えない場合に備えて――」
***************
落ち込んだ様子で、まどかは学校の廊下を歩いていた。
そこに、たまたま巴マミが通りかかる。
「あら、鹿目さん。今日は美樹さんと一緒じゃないの?」
「あ、マミさん。さやかちゃんはほむらちゃんと話し合いで……」
その時ふと頭の中に疑問がよぎり、まどかは言葉を濁した。
さやかとほむらが話し合いをするのに、なぜ見滝原の魔法少女のリーダーであるはずのマミに話がいかないのか。
「鹿目さん、ちょっとそこでお話しない?」
まどかの表情を見て何か思ったのか、マミはそう切り出した。
二人は校舎の中庭に移動した。
「……私ね、戦力外通告出されちゃった。」
マミはまどかが何か聞こうとする前に、機先を制して言った。
「え? どうしてマミさんが?」
「このところ不調続きでね。しばらく休んだ方が良いって美樹さんと良牙さんが。」
本人にとっては辛いだろう事を、マミはたんたんと言ってのける。
「不調だからって、そんな……」
「あら、もちろん二人とも私を心配して言ってくれてるのよ。
せっかくだから、それで今は休ませてもらってるの。」
「マミさんでも、そんなことがあるんですね。」
まどかは不思議な気持ちでマミの横顔をながめた。
そう言われてみればマミにも落ち込んだ様子が感じ取れないことはない。
しかし、まどかとは違いそこにもがき苦しむような暗さはなかった。
「今まではなかったわ。でもね、今は戦うのが……戦って死ぬのが怖いの。
これまでだって、恐怖感が無かったわけじゃなかったんだけど、
どれだけ怖くても頭で考えたり、体を動かしたりすることは鈍らなかった。」
その言葉に、まどかは薔薇の魔女との戦いのマミを思い出した。
あんなに大きくて怖い姿をした魔女に脚をつかまれ、壁に叩きつけられながらも冷静に罠を張って魔女の動きを封じた。
あの時のマミの様子からは、まさか怖くて動けなくなるなんて想像も付かない。
「どうして、怖くなったんですか?」
「たぶん、死にたくないから……かな。」
まどかの質問に、マミは簡潔に答えた。よく意味が分からなかったまどかは首をかしげる。
233 :らんまマギカ13話6 ◆awWwWwwWGE 2011/12/11(日) 21:24:33.54 ID:owmHm4Nx0
「私はね、今まで心のどこかでずっと、『死んじゃっても良い』って思ってたの。
もともと魔法少女にならなかったら死んじゃってたんだから、それで当たり前だってね。」
「そんなのって……そんなのおかしいです!」
何がどうおかしいのか、まどかにはきちんと理論立てて説明することは出来ない。
それでも、マミが本来死んでいたからといって死んでも良いと言われたら、絶対にそんなことはないとまどかは思う。
「ふふ、普通に考えたらおかしいのかも知れないわね。私は事故で全部失くしちゃったから……
どうしてもっていうほど棄てられないものも無かったし、死んだらパパとママのところに行けるって思ってた。」
マミは自嘲気味に小さく笑う。
「でもね、今は……良牙さんがいて美樹さんがいて鹿目さんがいて、まだよく分からないけど暁美さんもいて……
みんながいるから、死にたくないって思えるの。そしたらね、私、すごく臆病になっちゃった。」
「そんな……」
まどかはなんと答えたら良いか分からなかった。
ずっと一人で戦ってきたマミにとって、自分が大事なもののひとつになっているというのはうれしいことだ。
でも、大切なものを持っていることが弱さにつながっているなんて。
「私はずっと、死にそうな時でも冷静に動ける自分をそういう才能があるんだとか強くなったんだとか勘違いしてたわ。
でもね、私はほんとは弱かったみたい。ただ今までは自棄になってただけで、魔法なんて手に入れたって
本当は何にも強くなってなかったの。」
その言葉にまどかはハッとした。まどかは今まで力を手に入れたら強くなれると思っていた。
しかし、そうではないとマミは言っている。
それは、強くなるために魔法少女になりたいというまどかへの戒めだろうが、その理をとれば新たな疑問が浮かぶ。
(それじゃ、『強い』って一体なに?)
「それじゃあ、良牙さんやさやかちゃんやほむらちゃんは強いんですか?」
まどかはおずおずとたずねた。
「……そうね、みんな形は違うけど、それぞれの強さを持っていると思うわ。」
そう言ってマミは目を上の方にやり、しばし考える。
「良牙さんは強さ自体を求めている人だから、死ぬ恐怖さえ戦う強さに変えちゃいそうね。
なんてったって、自分の不幸を技に変えちゃうんだから。」
マミがおどけて言うと、まどかもつられてクスリと笑った。
「美樹さんの強さは恐れを知らない強さね。向こう見ずとか無謀に繋がっちゃうこともあるけど、
ああいう強さは時に実力以上の力を出せるタイプだと思うわ。」
実力以上の力、という言葉にまどかはお菓子の魔女との戦いの時に自分をかばって前に出たさやかを思い出した。
魔女が相手なら、契約前のさやかはまどかと何も変わらない一般人だったはずだ。
それでも前に出て戦おうとした。無謀といえば無謀だが、まどかには無い強さには間違いない。
「暁美さんの強さは……多分、生き延びるための強さだと思うわ。いつも手の内を明かさず奥の手を隠しているし、
積極的に魔女を倒しにいくよりも効率的にグリーフシードを手に入れられる立ち回りをしている。
ある意味、一番魔法少女に向いているのかもしれないわね。」
(……そんなあの子が、どうしてワルプルギスの夜を倒そうとしたり鹿目さんにこだわったりするのかは知らないけれど。)
マミは内心頭をひねった。あれだけ手の内を隠す慎重なほむらが、なぜワルプルギスの夜に挑むという無謀を行うのか。
誰かの復讐なのか、それともこの町によほど守りたいものがあるのか、何にしろよほどの執念がありそうだ。
「みんな、私とは違って強いんですね……」
そう言ったまどかの声はまだ沈んでいた。
例に挙げられた良牙、さやか、ほむらはもちろん、マミも精神的な意味を含めて十二分に強いとまどかは思う。
死んでも良いからピンチでも冷静でいられるというのはそれも十分強さのひとつに入るだろうし、
自分の弱みを見せることで励まそうとする行為はまどかから見ればむしろ立派すぎた。
少なくともまどかは自分がそれをできるとは思えない。
まどかは声と一緒に気持ちを沈ませた。
234 :らんまマギカ13話7 ◆awWwWwwWGE 2011/12/11(日) 21:26:11.45 ID:owmHm4Nx0
「いえ、鹿目さんには鹿目さんにしかない強さがあるわ。」
そんなまどかにマミはきっぱりと言い切った。
そのはっきりとした口調は、おせじやその場しのぎの方便ではないことを思わせる。
「私に?」
しかしそれでも、まどかにはまるで分からなかった。
自分がそんな強さを発揮したようなことに心当たりは無い。
「ええ。鹿目さんは魔法少女になってもならなくても、鹿目さんにしかない強さがある。
だから、落ち込むこともうらやむ必要も無いわ。」
「その、その強さってなんですか?」
まどかはすがるように質問する。
「言えないわ。だって、こういうのは本人が意識しちゃったらわざとらしくなるものだから。」
それに対してマミはあくまではぐらかすのだった。
****************
普段何かに集中している人間ほど、急に暇になると何をしていいのか分からず時間を持て余してしまうものだ。
帰宅後、良牙とさやかを魔女探索に送り出したマミは、とくにアテもなくテレビのチャンネルをめくっていた。
いつもなら自分が魔女をさがして駆け回っている時間である。
(いまいち面白くないわね。)
そう思ってマミは結局テレビの電源を切った。
実はテレビ番組が面白くなかったというよりも普段あまりテレビを見ていないので見方が分からない。
(やっぱりお菓子作りにしようかしら、それとも受験勉強……)
マミは自分で思っていたほど落ち込まなかった。
ずっと、マミは魔法少女として魔女を倒すことを自分の使命だと考え、それを果たしてきた。
生存と引き換えに魔法少女になったために、自分の生きる意味をそれに限定してしまっていたのだ。
だからマミとしては魔女退治をしていないとなんだかズルをしているようで落ち着かない気持ちはある。
しかし、さやかと良牙は魔法少女として戦えないマミにも存在意義を認めた。
言われたときは分からなかったが、「温かい紅茶をお願いします」とはそういう意味だ。
今まで考えたこともなかったけれど、魔法少女じゃなくても自分には生きている意味がある。
そう考えるとマミは、妙にうれしかった。
その時ふと、インターホンが鳴った。
マミの住居はオートロック式のマンションなのでインターホンを押した相手は一階のマンションの入り口前に居て、
マミが認証しないと建物の中に入れない。
そそくさとマミはモニターから相手を確認した。
「……って杏子、なにやってんの?」
思わずマミはつっこみを入れた。モニターには見紛うはずもない、佐倉杏子の姿がそこにある。
もちろんマミとしては杏子が来てくれることは一向に構わない……むしろうれしいのだが、なぜインターホンなのか。
杏子はむかしからまともにインターホンを鳴らして部屋に入るなんてほとんどしたことがない。
テレパシーで呼び出したり、窓から侵入してきたり、マミにとって佐倉杏子はそういう人間だった。
「わりぃ、ちょっとツレがいるんだけど、上がって良いか?」
連れが居るから普通にインターホンを押したのかとマミは納得する。
たしかに杏子の背後に赤い服を着た女性の人影が見えた。
(あの人……どこかで見たような?)
そうは思っても、インターホンに付いた小さなモニターではよく分からない。
235 :らんまマギカ13話8 ◆awWwWwwWGE 2011/12/11(日) 21:29:28.49 ID:owmHm4Nx0
「分かったわ。お茶は二人分で良いわね?」
「あー、野暮用だから茶なんていちいちいらないって。」
面倒くさそうに杏子が言う。
「そうはいかないわ。お客さんが居るもの。
それに杏子もジャンクフードばかりじゃなくてちゃんとビタミンとかポリフェノールもとらないと。」
そう言いながら、マミは杏子たちに承認を与え入り口のロックを解除する。
「…ったく、ババ臭い。」
入り口を通過する際、杏子はそんなセリフをつぶやいた。
************
「はい、どうぞ。」
「どうも頂きます。」
おさげの髪の女性は律儀にそう言ってティーカップを持ち上げた。
女性と言ったのはマミから見ればいくらか年上に見えたからだ。
「しっかし、魔法少女はおめーみたいなアバ ばっかだと思ったら、きちんとした子も居るんだな。」
「あんたにだけは言われたくないね。」
杏子は椅子の上であぐらをかいて非常に行儀が悪い。これならアバ といわれても仕方がないだろう。
一方のおさげの女性の方は堂々と椅子に腰掛けて、行儀が悪いとは言わないがまるで男性のような立ち振る舞いだ。
マミは二人のやりとりにくすりと笑いながらも、戸惑っていた。
(この人良牙さんの……彼女よね?)
あのモニターだらけの魔女の結界の中で見た覚えがある。
この早乙女乱馬という魔法少女はまちがいなく、良牙の記憶の中に頻繁に登場したあの女性だ。
マミは気が気ではなかった。まさか良牙の彼女まで魔法少女になっていたとは予想外だったが問題はそこではない。
いくら寝るときは小豚になっているとはいえ、よその女が一緒に暮らしているというのはいろいろまずいのではなかろうか。
こうやって話している間に良牙がもどってきたらどうしよう。
下手をすれば修羅場になってしまうのではなかろうか。
しかし、そんなマミの気持ちなど杏子やらんまに分かるはずもない。
杏子はさっそく話をはじめた。
「で、マミ、『やけみほむら』を知ってるか?」
「え?」
マミは一瞬何を聞かれたのか分からず怪訝な顔をする。
「俺たちは黒い魔法少女に襲われてな、その犯人とは限らねーんだけど、
『やけみほむら』って名前だけが今のところその手がかりなんだ。」
らんまが補足説明を加える。
それを聞いてようやく、マミは『やけみほむら』が人名をさしていると把握した。
「ああ、『あけみほむら』さんなら、この町に居るわ。……たしかに黒い魔法少女と言えなくもないわね。」
やや「あ」の音を強調して、マミは答えた。
「マジか、いきなりビンゴかよ!?」
「そいつの特徴は? 見た目とか、武器とか。」
らんまと杏子は二人とも身を乗り出す勢いで聞いてきた。気おされながらもマミは答える。
「ええと、黒髪のセミロングで背はそんなに高くないんじゃないかしら……武器は銃火器を使うわ。」
マミのその説明に、二人は一気に意気消沈した。
襲ってきた黒い魔法少女は背は高めだったし、銃火器など一切使わなかった。
236 :らんまマギカ13話9 ◆awWwWwwWGE 2011/12/11(日) 21:30:14.21 ID:owmHm4Nx0
「まーそうだよなー。考えてみればあんな凶暴な奴がマミの下でおとなしくしてる方が不自然さ。」
肩をすくめて杏子が言う。
「ちっ、ヒント無しかよ。あいつを追うのは諦めるしかねーか……」
らんまも肩を落とした。
「でもあの調子だと回復したらまた襲ってきそうだし、マミも気をつけときな。」
「ええ。分かったわ。ありがとう。」
杏子の忠告にマミは素直に答える。たしかに放っておけない情報かも知れない。
さやかやキュゥべえにはもちろん、ほむらにも伝えておかなければならないだろう。
(あんまり長いこと休ませてはくれそうにないわね。)
マミはホッとしたような残念なような、複雑なため息をついた。
その時だった。
ガチャリとドアノブを回す音がして、誰かが玄関に入ってきた。
「あれ? 誰かお客さん来てるの?」
玄関から聞こえた声は美樹さやかのものだ。
『美樹さん、ストップ、ストップ! 良牙さんを隠して!』
あわててマミはテレパシーを飛ばす。
「え!? なに、どうして?」
「なんだ一体?」
しかし腹芸は通用せず、さやかともう一人は玄関でごちゃごちゃとしている。
「ん? あの声はたしか?」
玄関から聞こえたそのもう一人の声にらんまが反応した。
(ああ、もうだめ……)
マミは思わず顔を覆った。
「マミちゃん、一体何があったんだ?」
やがてそう言って上がりこんできた男に、らんまは確かに見覚えがあった。
いや、見間違えるはずもない。
彼こそは、早乙女乱馬が自ら認めるライバルにして、中学時代からの腐れ縁の響良牙だった。
「良牙、おめーこんなとこで何やってんだ?」
「え、な? 乱馬、なんでお前がここに?」
らんまと良牙は互いに目を丸くして見つめ合った。
何が起こったかよく分からないさやかはきょろきょろと辺りを見回し、
やがて同じように分からない様子の杏子を見つけると、とりあえず初対面なので頭を下げた。
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