QB「魔法少女になってよ」らんま「てめー、ぶん殴られてーか?」 その1

245 :らんまマギカ14話1 ◆awWwWwwWGE 2011/12/19(月) 23:03:25.22 ID:tEtUDdso0
男は、早乙女乱馬を追っていた。

正体を隠しての尾行である。地味な服装で帽子を目深にかぶり、普段かけているメガネを外す。

ここまですれば会話でもしない限り気付かれないだろう。

案の定、早乙女乱馬は佐倉アンコとかいうお好み焼き屋の新入りバイトを連れてどこかに出かけた。

「確かにあやしいのぅ」

男はつぶやく。

時折、早乙女乱馬と佐倉アンコが口にする『やけみ』という言葉も気になる。

焼け身……つまり火傷を意味するのだろうか、それにしては何かが違う。

そんなことを考えながら尾行を続けていると、男は駅前でらんまに撒かれてしまった。

なんと、らんまだと思って追いかけていた人間がいつの間にか郵便ポストに変身していたのだ。

見事な変わり身の術である。

「流石は乱馬じゃ、おらの尾行に気付いておったか。」

男は悔しさよりも、むしろ感心した様子でうなずいた。

郵便ポストの前でうなずく怪しげな男を周りの人が怪奇の目で見ていたことは語るまでもない。

(じゃが、行き先が見滝原であることは既に盗み聞きしておる。)

『見滝原』と『やけみ』この二つのキーワードさえあれば、何とか乱馬の元にたどり着けるだろう。

「ふふふ…乱馬きさまが何を隠し事しておるか、見定めさせてもらおう!」

不敵な笑みを浮かべて男は改札をくぐった。

「……しっかし、おババも人使いがあらいのぅ」

ついでに愚痴もつぶやいた。

**************

「へくしゅんっ」

らんまは急に鼻がむずむずしてくしゃみをした。

呆然としていた良牙は、そのらんまのくしゃみで我に返った。

「……カゼか? いや、そんなことよりもさっきの質問だ。どうしてお前がここに?」

「いや、カゼじゃねえ。誰かが俺のことを噂してやがるな。」

らんまは相変らずのナルシストっぷりに、良牙は顔をゆがめる。

「なんでかっつーとだな……」

部屋の中を見回しながら、らんまは考えた。

この巴マミという少女はベテランの魔法少女らしい。

その巴マミと知り合いだということは、良牙は魔法少女や魔女について説明しなくても分かるはずだ。

そして、良牙と一緒に部屋に入ってきた青い髪の少女もソウルジェムらしき指輪をしている。

おそらくこの部屋に居る女は全員魔法少女だろう。ならば特に隠し立てすることもない。

「良牙、絶対に笑うんじゃねーぞ。」

そう前置きしてから、らんまは思い切って言った。

「オレは……魔法少女になっちまった。」

「お前が、魔法……少女?」

良牙はゆっくりと復唱する。

なぜ乱馬が『笑うんじゃねーぞ』などという前置きをしたのか、なぜ良牙は『少女』だけを区切るのか、
当然ながら他の魔法少女たちには全く分からない。

ただ、この二人の間でなければ通じ合わない何かがあることだけは理解できた。
246 :らんまマギカ14話2 ◆awWwWwwWGE 2011/12/19(月) 23:06:05.13 ID:tEtUDdso0
「ぶっ!!」

やがて、良牙が盛大にふき出した。

「お、お前が魔法少女だって? くくっ、こりゃあ傑作だ。良かったな、キュゥべえの奴に女の子と思ってもらえて。
プク……ら・ん・ま・ちゃん。」

よほどうけたのか、良牙は腹を抱えながら笑い続ける。

「てめー! 笑うなって言ったろうが!」

らんまの必死の抗議ももはや、良牙の笑いを助長する意味しか持たない。

「何がおかしいんだ?」

「さあ?」

「早乙女さんがボーイッシュだからかしら?」

杏子、さやか、マミの三人は置いてけぼりをくらったかっこうだ。

「あ、そうそう。この子は佐倉杏子。むかし私とチームを組んでいてちょっと前まで風見野を縄張りにしていた――」

ふと思い出し、マミは紹介をはじめた。

「ああ、この人が。よろしくお願いします。」

「で、この子は美樹さやか。この前話してた期待の新人よ。」

「ん、よろしく。」

こうして杏子とさやかが簡単な挨拶をすませた間にも、らんまと良牙のいさかいは激しくなった様子で
いつの間にやららんまが良牙の胸元を握り上げていた。

『最近見ないと思ったら、新しい飼い主を見つけたわけかよこの豚野郎! あかりちゃんはどうした?』

ここで語ったらよくない情報もありそうなので、らんまはテレパシーで良牙をののしる。

「ええい、うるさい。これには深い事情がっ!」

「こーの腐れ外道が!」

マミから見れば、この状況は修羅場のようにも見えるし、慣れたやり取りにも見えた。

(もしかして良牙さんって結構な浮気者なのかしら?)

そんな疑惑がマミの脳裏をよぎる。

良牙はそういうことには真面目そうに見えるのに、意外と分からないものなのかもしれない。

マミとしては少し残念だった。

と、そんなことを思いながら眺めているうちにらんまと良牙の争いはついに手が出始めた。

胸倉をつかんだらんまの腕を、良牙が右手で乱暴に払いのけようとすると、すんでで手を離して避けたらんまが
今度は前に出た良牙の右腕を取ろうとする。

良牙はその場で回転してそれを避け、そのままの勢いで左で裏拳を放つ。

らんまは裏拳をしゃがんでかわして、良牙の足元で回し蹴りをはじめる。

小さく飛んで良牙は回し蹴りを回避し、着地をとび蹴りに変えた。

それに対してらんまは蹴りに出した足を軸に変えて身をかわし、立ち上がって良牙の背後を取った。

「ストーップ! ストップ、ストップ!」

あわててマミはリボンを出した。小競り合い中の横槍に対応できず、らんまと良牙は意外にあっさりと拘束される。

「私の家で暴れるのはやめてください!」

「すまん……いつもの癖で。」

「以下同文。」

二人はさすがに少しは反省したそぶりを見せる。

「おー、すごい、何気にレベル高くないアレ? あんなのプロの試合でも滅多に見れないよ?」

「『いつもの癖』っていつもあんなことしてんの、アイツら?」
247 :らんまマギカ14話3 ◆awWwWwwWGE 2011/12/19(月) 23:08:36.73 ID:tEtUDdso0
一方さやかと杏子はのん気に見物をしていたようだった。

*******************

同じころ、暁美ほむらは急に変な外国人に声をかけられていた。

「これ、そこのおなご、この辺りに『やけみ』という地名はねぇだか?」

その男性が外国人……いや、中国人だとほむらに分かったのは緑色の人民服を着込んでいたからだ。

「ここは風見野よ。この辺りに『やけみ』なんて土地は無いわ。」

魔女探索中、女子中学生が一人で夜道を徘徊している状況では魔女や使い魔以外にも危険なものがある。

変質者や誘拐魔、あるいは麻薬の売人。

風見野は中~高級住宅地の見滝原と違い、ゲームセンターや低価格の飲食店、風俗店などが立ち並ぶいわゆるB級の街だ。

下手な魔女よりは人間の方がよほど危険かもしれない。ほむらは男に返事をしながらも間合いをとった。

「なに? ここは見滝原じゃないだか?」

「見滝原は一駅隣よ。もっとも、見滝原にも『やけみ』なんて地名はないわ。」

駅名はちゃんと漢字で書いてあるのに間違えるとは、この男まさか文盲だろうか。

それとも中国人ではなく漢字の読めない国の人か。おかしな訛りも気になるが。

ほむらの脳内にさまざまな疑問符が浮かび上がる。

しかし、ほむらもおバカな外国人を相手にしているほどヒマではなかった。

「むむ……もしや『やけみ』とは地名ではないだか。ならば一体?」

考え込む男の横を一瞥してほむらは過ぎ去った。

そして、繁華街の裏路地を行く。

ほむらはソウルジェムのわずかな揺らぎを頼りに奥へ奥へと進んだ。

ソウルジェムの輝きは大きく揺らぎ始める。

(来る!)

そう思うと同時に、幼稚園児がクレヨンで落書きをしたような景色があたりに広がる。

「私を結界に招き入れるとは、ずいぶんな自信家の魔女ね。」

さっそく飛行機型の落書きがほむらに向かってくる。

ほむらは何度か見たことがある。これは、落書きの魔女の使い魔だ。

良く見れば結界は所々開いている。魔女はおらず、この使い魔が単独で活動しているのだろう。

(今までは見滝原で見たけれど……活動範囲が広いようね。)

だから佐倉杏子が魔女を狩り尽くした風見野にも真っ先に飛んできたのかとほむらはひとりうなずく。

使い魔の一匹程度、時を止めるまでもない、ほむらは変身しようとソウルジェムをかかげる。

その時だった。

「そこのおなご、あぶねえだぞ!」

妙な訛りで叫び声を上げ、さきほどの人民服を着た男がビルの上から飛び降りてきた。

(……尾けられていた!?)

ほむらが変身をためらっているうちに、男は落ちながら人民服を脱ぎ捨てた。

すると、真っ白い民族衣装が現れる。

大きく垂れた袖とスネまで伸びた裾が広がって、ほむらにはちょうど白い鳥が翼と尾を広げて飛んでいるように見えた。

男は袖から銀色に輝く鉄の熊手を取り出し、使い魔に向けて投げ放つ。

勢いを付けて飛んでくる鉄の爪に、あっけなく使い魔は引き裂かれ地面に落ちた。

その使い魔が落下するのと、男が着地するのはほぼ同時だった。
248 :らんまマギカ14話4 ◆awWwWwwWGE 2011/12/19(月) 23:09:52.07 ID:tEtUDdso0
魔法少女としていささかの自負があるほむらから見ても、あざやかな手際である。

「すまんのぉ、悪気があって尾けていたわけではない。おぬしの様子がちと変じゃと思ってな。」

振り向きざまに、男は言った。

帽子を脱いだその素顔はなかなか整った顔立ちをしている。

ほむらは思わず見とれそうになって、あわてて首を振った。

「なんじゃ、おぬしどうした?」

何も言わないほむらを変に思って、男はメガネをかけてほむらをのぞき込んだ。

そんな男に対し、ほむらは突如、銃を向ける。

「なっ、今どうやってそれを取り出しただ?」

「動かないで!」

あせる男を制止して、ほむらはためらい無く銃を発砲した。

銃弾は、男には命中せず、その肩の上を抜ける。

すると、その弾丸は男の背後まで迫っていた自動車型の使い魔に命中した。

「おおっ、なんと、もう一匹妖怪がおっただか!」

男はメガネの位置を調節しながら振り向いた。

「結界が解けるまでは油断はしないことね。」

「結界……? ふむ、これを結界というだか。」

あまり興味が無さそうに男はあたりを見回してから、やがてつかつかとほむらの前によってきた。

ほむらは警戒して身構える。

「おなご。おぬし、暗器の使い手じゃな!? おらも暗器を使って長いのじゃが、
おぬしのように、おらにも全く分からないほど完璧に暗器を隠す使い手は初めてじゃぞ。」

やや興奮気味に、男は語る。

近づいてみて分かったがなかなかの長身である。加えて顔も良い。

だからこそほむらは思う。メガネと訛りが残念だと。

「暗器? なんのこと?」

そう言えばこの男は袖から大きな鉄の爪を出していながら、いつの間にかそれが見えなくなっている。

無理があるような気がするが、暗器ということは服の中にでも隠しているというのか。

「ははは、とぼけなくても良い。先ほど道をたずねたようにオラはただの通りすがりだ。」

ただの通りすがりが、魔法少女もびっくりの身体能力や技を持っていてたまるか。

ほむらはそう思い露骨に怪訝な顔をした。

「せっかく、こんなところで同じ暗器使いに合えたのじゃ、これをやろう。」

ほむらの顔色が見えていないのか、男は上機嫌にほむらにチラシらしきものを手渡した。

「猫……飯店?」

どうやら中華料理屋の割引券らしい。気前の良いことに普段1500円のフカヒレラーメンが500円となっている。

場所は風林館らしい。

「……ラーメンのためにわざわざ風林館まで行かないわよ。」

「なぁに、来てくれたらもうちょっとサービスするだ。」

こんなにほいほい値引きの約束をするとは軽率な男である。

だが、この間の抜けようではおそらく、危険な人間では裏はないだろう。

ほむらはこの外国人の雰囲気に少し安心した。

「お、そうじゃ、先ほど道をたずねたついでにじゃな…おぬし『佐倉アンコという者』をしらんか?」
249 :らんまマギカ14話5 ◆awWwWwwWGE 2011/12/19(月) 23:12:19.07 ID:tEtUDdso0
「いいえ、知らないわ。」

ほむらはきっぱりとそう答えた。

(『桜餡子という物』……多分、和菓子よね。)

中華料理屋のデザート研究だろうか。だとすれば『やけみ』というのも案外見滝原のスイーツやお菓子屋なのかもしれない。

しかし残念ながら、ほむらは和菓子やスイーツなどにはあまり詳しくなかった。

なのでほむらに答えられることなどない。

「そうか。どうやらおぬしの腕では手助けも無用じゃっただな。すまんの、尾けたりして。」

それだけ言うと男は背を向けて去ろうとした。

この男が魔法少女や魔女について知っている『こちら側』の人間なら引き止めてもうちょっと話すことも
あるかもしれない。だが使い魔を『妖怪』と言ったり、結界を知らなかったり、おそらく無関係の人間だろう。

今のまどかが契約を諦めている状態を保つためには余計な外部からの影響は排除した方がいい。

ほむらはそう判断し、引きとめようとはしなかった。

(桜餡子、さくらあんこ、さくら杏子、佐倉杏子……?)

「まさかね。」

ほむらは小さくつぶやいて町の雑踏へと消えていった。

*********************

「え!? 良牙さん行っちゃったの?」

まどかがそれを聞いたのはらんまと杏子が見滝原に来た翌日、学校の屋上でだった。

「うん、入院しているお友達のお見舞いで風林館に行くんだってさ。
そのまま、風林館の道場にお世話になるとか。」

さやかが答える。

「わたしも挨拶ぐらいしときたかったなぁ……」

まどかはしょんぼりとした。自分も仲間の一人のつもりでいたのに挨拶もなしに居なくなるとは寂しいものだ。

今はまどかは魔法少女になれないし、なる自信もない。そうなると戦闘力のない自分はやはり部外者なのか。

「少なくともワルプルギスの夜の時にはこっち来るって言ってたから、また会えるって。」

さやかは励ますように言った。まどかは小さくうなずく。

何があったのかは知らないが魔法少女の話をすること自体は、今のまどかは嫌がっていないようだ。

前はそのときの気分とかいろいろあったのだろう。さやかは内心ホッとしていた。

これならまどか相手に必要以上に会話内容を選ぶことはない。

「でさぁ、その早乙女乱馬って魔法少女がさ、ずいぶん良牙さんと仲良いみたいなんだけど
マミさんの言うには良牙さんの彼女なんじゃないかって。」

そうと分かればさっそく、さやかは恋バナに移る。

「ええ、うそ!? それだと、良牙さんがマミさんと暮らしてたのってまずいんじゃ……」

まどかも御多分にもれず、年頃の少女なので恋バナにはテンションを上げて食い付いた。

「でも良牙さんみたいにかっこいいと、やっぱり彼女居るんだ。」

「へぇー、なに、まどかまさか良牙さんのこと気になってたの?」

「えっ、えと、その、そんなことは……」

さやかに詰め寄られてまどかは以前良牙にお姫様だっこをされたことを思い出し、顔を真っ赤にした。

その態度は当然、さやかには肯定ととられる。

「ほぉー、マミさんも残念がってたみたいだけどまどかまでとは、良牙さんもやるねぇ。」

恥ずかしくて答えられないまどかの横で、ひとりケタケタとさやかは笑う。

「美樹さやか、それは本当なの?」
250 :らんまマギカ14話6 ◆awWwWwwWGE 2011/12/19(月) 23:14:40.57 ID:tEtUDdso0
そこに予想外の人間が割って入ってきた。黒い髪、黒い目、いつも澄ました表情の暁美ほむらだ。

「なに、あんたもこういう話好きなわけ?」

さやかはやけにうれしそうにニヤけてほむらに問いかける。

「な……聞いているのはそこじゃないわ。早乙女乱馬という魔法少女が来たのは本当かと聞いているのよ。」

一瞬だけ、ほむらの表情は崩れたが、すぐまた元に戻った。

(相変らずつまらない奴。)

そんなことを心の中でボヤきながらさやかは答えた。

「ああ、そのことで業務連絡なんだけど、魔法少女を襲う魔法少女が現れたから気をつけろってさ。
乱馬さんと杏子って二人が襲われたから連絡にきてくれたんだって。」

「……襲われた? その襲ってきた魔法少女の特徴は?」

ほむらは問いを続ける。その脇でまどかがつまらなそうにしていた。

「衣装が黒くて、短い刃物を使うとか……
まだキュゥべえもどの魔法少女か特定できてないらしいよ。分かったらキュゥべえからも連絡よこすんじゃない?」

「そう、分かったわ。」

おそらく、呉キリカだ。

ほむらは早くも特徴から犯人をわりだした。

『今回の時間軸』では出会ったこともないものの、あの魔法少女はよく覚えている。

(早乙女乱馬なんていう目立つ的を狙うってことはまだまどかの存在に気が付いていないわね。)

そう考え、ほむらはそっと胸をなでおろした。

それならば、キュゥべえ……インキュベーターの視線がまどかから外れるだけ呉キリカらの活動はほむらにとって好都合だ。

ほむらは安心すると、そのままきびすを返してさやかとまどかの元を去ろうとした。

が、その時ふいにまどかが呼び止める。

「あれ? ほむらちゃんお財布にハデな紙が……」

「ああ。」

ほむらは言われて気が付いた。スカートの後ろポケットから頭を出していた財布の間に赤い色のチラシが挟まっている。

昨晩、変な中国人からもらったのを財布に入れてそのままにしていたのだ。

「あげるわ。」

ほむらから渡されたチラシに、まどかとさやかは目線を落とす。

「猫飯店?」

「フカヒレラーメン安っ!」

特に、さやかは食い入るようにチラシをのぞきこんだ。

「あー、そういえばさやかちゃん中華好きだもんね。」

「そりゃもう、一時期魔法少女の願いに満漢全席を頼もうか本気で悩んだんだからね!」

「あれ、本気だったんだ……」

とんでもカミングアウトをするさやかにさすがのまどかも苦笑いをした。

「みんなで食べに行こうよ。場所が風林館みたいだから、良牙さんも呼んで。」

「うんっ、賛成!」

さやかが提案すると、まどかは文字通り二つ返事で答えた。

「よーし、そうと決まったら……」

そう言ったきり、さやかは口を閉ざしてまぶたを閉じた。

そして、しばらくしてまどかの方を向いて言った。
251 :らんまマギカ14話7 ◆awWwWwwWGE 2011/12/19(月) 23:16:50.38 ID:tEtUDdso0
「マミさんもオッケーだって。今度の土曜でいいかな?」

どうやらテレパシーを携帯代わりに使っていたらしい。

「うん。」

まどかは笑顔でうなずいた。

**************

『ってなわけで、ほむら、あんたも参加ね。』

教室へ戻るほむらの頭の中に、さやかのテレパシーが割って入った。

『……どういうワケよ?』

ほむら自身の意思を聞かないさやかの強引な誘い方に、ほむらは不快感を示す。

『だって、あんたが見つけてきたお店でしょ?』

あっけらかんとさやかは言う。

どうも今回の時間軸の美樹さやかは馴れ馴れしい。ほむらはそう思った。

好かれているようにも思えないが、インキュベーターを狩るところを見られていないことや
形の上ではマミとの協調路線を組めているという事が大きいのだろうか。

しかしほむらは別に中華料理には興味がない。

『私はチラシを押し付けられただけよ、関係ないわ。』

そう言っていつものように無愛想に断る。

『そうはいかないわ。』

そこに、今度はマミのテレパシーが飛んでくる。

『私たち、一緒にワルプルギスの夜と戦うんでしょう? それなのに、私はあなたのことをほとんど何も知らないわ。
悪いけど、何も知らない上に食事も一緒にできないような人間に、私は背中を預けられない。』

『それは、行かなければ協力の話はなくなるということかしら?』

ほむらの顔色が変わった。こんなことでワルプルギスの夜対策が崩れてしまっては困る。

『そうとってもらって構わないわ。』

『……仕方ないわね。』

ほむらはしぶしぶうなずいた。

『そういうわけで、暁美さんも参加ね。』

マミはいつもの笑顔でテレパシーを送る。

『マミさんもけっこう強引だねー。』

さやかは何も聞こえていないまどかの前で肩をすくめてみせるのだった。
264 : ◆awWwWwwWGE 2011/12/27(火) 01:48:14.54 ID:7u0FI6890
「……男に戻れなくなっただと?」

「ああ」

らんまがそれを打ち明けたのは、見滝原からの帰り、佐倉杏子と分かれた後だった。

聞かされた良牙は目を丸くしている。

「魔法少女になっちまったせいか?」

「そうらしい。契約したその日からだ」

「な……なんてこった」

最大のライバルだと思っていた早乙女乱馬が完全に女になってしまうとは、良牙は予想もしてなかったことだ。

「まさかお前、キュゥべえに『変身体質を治してくれ』とでもお願いして、
それを女の状態で言っちまったから……」

「バカやろう、オレだってそこまで間抜けじゃねーよ」

らんまは吐き棄てるように言った。

そんな成り行きだったなら笑われても仕方なかっただろう。

「それじゃ、お前は何を願ったんだ?」

当然、良牙としてはどんな成り行きだったのかが、それが疑問になる。

だが、らんまには返せる答えが無かった。

(あかねの為に契約したなんて言えるわけがねぇ。
このアンポンタンに言っちまったらそのうちあかねに伝わるに決まってる)

「てめーにゃ関係ねーことだ」

らんまは結局、そう言うしかなかった。

************

「ありがとう良牙くん」

良牙が買ってきた花を受け取り、あかねはにっこりと微笑んだ。

あかねは一応包帯を巻いているものの、もはやギブスも点滴もなく、その動きは健康なときとなにも変わらない。

「あかねさん……トラックに弾かれたんじゃ?」

良牙は狐につままれたような気分だった。

あかねが元気すぎる。

いくら回復が早かったとはいえ、これではもうほとんど全快ではないか。

「うん、なんだかお医者さんも驚いてるみたい。へへ、あたし元気だけがとりえだから」

そんな程度の問題じゃない、相手があかねでなければ良牙は全力でそうツッコんでいただろう。

しかし、あかねの笑顔を前にすると、良牙は思考が止まる。

「だけなんてことはないさ。いや、でもあかねさんが元気でよかった。
もうそろそろ退院かな?」

「うん。もう悪いところは無くて、あとは検査だけなの。
おっきな事故だったから後遺症がないように検査はしっかりしとくんだって」

その言葉通り、あかねの体に今現在悪いところは見当たらない。

あかねがまだ入院している理由は検査だけだった。

実は病院側の本音は驚異の回復を見せた患者のデータをとっておきたいというところにあるが
あかね本人もむろん良牙もそんなことは知る由も無い。

簡単な挨拶をすませて、良牙は病院を後にした。

*********************
266 :15話2 ◆awWwWwwWGE 2011/12/27(火) 01:51:03.86 ID:7u0FI6890
あかねも居ないことだし天道家には小豚になって入らなければならないと思ったが、意外にも人間のまま招かれた。

「よく来てくれた、良牙くん。」

しかも、一家の大黒柱である天道早雲直々にこの言葉だ。

「あら、良牙くん。今日はお夕食良牙くんの分も作っているからぜひ食べて行ってね。」

かすみがそう言って良牙に微笑みかける。

良牙は夕食も人間のものを食べさせてもらえた。

今までも天道家の門をくぐることを嫌がられてはいなかったが、これほどの待遇を受けられることは滅多にない。

良牙は予想外の好待遇に少し戸惑った。

一方、らんまと玄馬はその様子を苦々しく眺めていた。

格闘道場を継がせるには男子の後継者が必要なのだ。

らんまが男に戻れなくなったので、天道早雲は早くも別の候補に探りを入れているということだろう。

響良牙は武闘家としての実力は男の乱馬に見劣りしない上に、あかねに好意を寄せている。

あかねも良牙を嫌っている様子はない。

しかも、良牙の拳は我流である。よその流派に遠慮をする必要も無い。

ちょっぴり無差別格闘流をかじらせればそれでもう、無差別格闘流を名乗らせることができる。

早雲が道場を継がせる人間を選ぶ上で、良牙はかなり好条件の人材だった。

結局、食事の席では早雲は何も切り出さなかったが、良牙を見る目が今までと違うことは明らかだった。

息子をエサにして天道家に居候している玄馬は気が気ではない。

もっとも、当の良牙は急に扱いがよくなった意味にまで考えが及んでいなかった。

一人にあてがわれた客間で、ふとんに入って良牙は全く別のことを考える。

早乙女乱馬の願いはいったい何だったのか、そして、早すぎる天道あかねの回復はどういうことなのか。

やがて、その二つの事象を結びつける解を、良牙は脳裏に描いた。

乱馬の願いがあかねの回復だとすれば……

「まさか、乱馬の奴っ!」

そう言って良牙ががばっと起きると、なぜか、目の前に玄馬がいた。

「あっ」

「おじさん、どうしてここに?」

マヌケな声を上げる玄馬に良牙は問いかける。

一方の玄馬はそそくさと距離を開けて構えをとった。

「くくっ、よもや海千拳が通じぬとは、この早乙女玄馬ぬかったわ。」

「ぬかったじゃねーよ、クソオヤジ!」

そこへらんまが玄馬の頭を踏みつけて割ってはいった。

「何をする、乱馬! きさま、我らの立場を分かっておるのか? 
良牙くんをこのままにしておけば、また流浪の日々を過ごさねばならぬのだぞ!?」

「じゃかあしい、オレは元々無理してまでここにいるこたねーんだ!
だいたい、寝込みを襲うなんてしたらオレ達が良牙にかなわねーみたいじゃねーか!」

らんまと玄馬は言い争いながらすさまじい攻防を繰り広げる。

「とりあえず、こっちを黙らせりゃいいんだな。」

そこへ良牙が横槍をいれ、玄馬の脳天を殴った。

「ばいーん」

パワーなら良牙は乱馬よりも上である。後ろからの攻撃に、玄馬はあえなくノックダウンした。
267 :15話3 ◆awWwWwwWGE 2011/12/27(火) 01:52:24.77 ID:7u0FI6890
*****************

「……ああ、良牙、お前の言うとおりだ。あかねを治すためにキュゥべえと契約した」

どうせ隠せることではない。そんな諦観からか、らんまはあっさりとそう答えた。

「乱馬、お前は……」

良牙はそれ以上言葉が出なかった。

許婚を死の淵から救うべく契約した代償が、完全に女になってしまい婚約解消とは、なんという皮肉か。

(俺が同じ立場だったら、あかねさんのために契約をしたか?)

良牙にそんな疑問がよぎる。

乱馬がそこまであかねのことを想っていたとは、良牙は知らなかった。

もしかすると、自分のあかねに対する愛よりも深いのかもしれない。

そう考えれば考えるほど、あかねのために契約した乱馬をほめる気にはなれなかった。

(それじゃ、何にもお前のためになってねーじゃねーか)

良牙の責めるようなまなざしをかわす様に、らんまは目をそらした。

「なーに、おめーがあかねの許婚になるなら安心だ。
おめーみてーな甲斐性無しじゃ俺とは違って浮気もできねーだろうし、
あのヤキモチ焼きのあかねにとっちゃあ幸せだろ」

おどけたような口調はわずかに震えている。

「だいたい、八宝斎のジジイすら音を上げるあかねの寝相に耐えれる奴なんておめーしかいねーしな」

「乱馬、お前は……」

良牙は先ほどと同じセリフを繰り返した。

しかし、今度は最後まで言い切る。

「……本当にそれでいいのかよ?」

***************

土曜日の猫飯店は盛況だった。

昼の時間帯に7人もの集団客が入ったのが大きい。

1人は名前は分からないがこの店の店員がチラシを渡してきた少女だ。

そして、その友人らしき少女達が2人、それぞれ黄色い髪と青い髪をしている。

なぜかその席に地元で暮らしているはずの早乙女乱馬と佐倉杏子が居て、さらには良牙まで混ざっている。

見た目の上では女6人に囲まれている良牙は、もはやうらやましいというよりは肩身が狭そうに見えた。

さらに、もう1人遅れて来るらしい。

「どうなっておるのじゃ?」

店主のコロンは首をかしげた。

こんなときに、男の店員は出前に行って戻ってこない。

やむなくコロンは数量限定のフカヒレラーメンを7人前作らなければならなかった。

こういう出血覚悟の極端な割引は、今まで来てくれなかった新規の客を呼び込むためのものである。

すでに猫飯店の味を知っている乱馬や良牙、杏子などに値引いてやっても仕方が無い。

(まったく、じゃから割引券は渡す相手を考えろと言ってやったのに……)

コロンは厨房でぶつくさ言いながら調理をはじめた。

268 :15話4 ◆awWwWwwWGE 2011/12/27(火) 01:55:06.96 ID:7u0FI6890
「……どうなってるのよ、これは?」

一方、暁美ほむらも思いもしない人数に唖然としていた。

「だって、せっかく風林館に来たなら良牙さんを呼ぶでしょ」

「杏子と早乙女さんを呼んだのは私よ。この際だから大勢集まった方がいいでしょう?」

美樹さやかと巴マミがそれぞれ答える。

『ここにいる人間は良牙さん以外全員、魔法少女よ。』

マミはテレパシーで全員に伝える。

ほむらとらんま・杏子は初対面だし、初対面でなくても一回会っただけという関係も多い。

とりあえず最低必要な情報を共有する必要があった。

『それじゃ、後からくるもう1人も魔法少女なのか?』

らんまがテレパシーを返す。

『鹿目さんは魔法少――』

『させないわ!』

マミが何か言いかけたところでほむらのテレパシーが割ってはいる。

『鹿目まどかを魔法少女にはさせない』

『え、ええと、暁美さんの言うように鹿目さんは魔法少女ではなくって、美樹さんと暁美さんのクラスメートなの』

困ったように、マミは強引につなげた。

(しかし――)

暁美ほむらは思う。

早乙女乱馬という魔法少女はグリーフシードを売るほどなのだからもっとけち臭いとか算高いイメージを持っていたのだが
実際に会ってみると、思ったより単純そうだった。

それに魔力もあまり感じない。

(これなら私の方がまだマシね)

魔力の豊富さという面ではあまり自信の無いほむらだったが、乱馬に関しては魔法の素質がもっと低いのが分かる。

自分ですらキュゥべえからあまり営業を受けなかったのに、こんな女がよく契約できたものだとほむらは内心首をかしげた。

とにもかくにも、ほむら、マミ、らんまの三人は無言で視線をぶつけ合う。

その一方で、さやかと杏子もお互いメニュー表を片手ににらみ合っていた。

険しい表情をしているが、たまにメニューを指差していることから、テレパシーで注文の相談をしていることは明らかだ。

二人とも食に関しては真剣な性格らしい。

「おまえら、頼むからテレパシーばっかで話し合うのはやめてくれ。」

良牙は思わず愚痴をこぼした。

一般人である良牙にはテレパシーは聞き取りづらいし、誰が誰と話しているのかもよく分からない状況は不気味だった。

そんな沈黙を破ったのは、やはり同じ一般人だった。

「ごめんね、みんな。エイミーがなかなか言うこと聞いてくれなくて……」

そう言って、店に入ってきた鹿目まどかは、片手に家型のかばんのようなものを持っている。

「まどか、ソレは何?」

さやかが質問する。

「ティヒヒ……猫飯店っていうぐらいだから、連れて来ちゃっても良いよね?」

まどかはその小さな家の側壁をパカッと開ける。その中には、真っ黒な猫がいた。

「ぎ……ぎゃーああああ! 猫っ!!」

猫飯店に、らんまの叫び声がこだました。
269 :15話5 ◆awWwWwwWGE 2011/12/27(火) 02:03:03.04 ID:7u0FI6890
*************

結局、猫飯店ではにらみ合いは続かなかった。

と、いうよりもらんまが猫で錯乱したために続けられなかった。

とりあえずまどかが猫をしまい、さやか、杏子が注文選びで論争をはじめ、
既に食べなれているらんまと良牙が一押し商品を選び、以後は普通の会食となった。

しまいにはしっかりラーメンの汁まで飲んでいたほむらが、意外と食い意地が張っているとかケチだとか
つっこまれて苦い顔をしていたが、とくに問題を起こすことも無かった。

そうして一行が過ぎ去った後、コロンはたった2人の店員を手元に呼んだ。

「おぬしら、見ておったか? あの言葉もかわさぬ奇妙な光景を。」

「見たね。はじめのうち、誰も話さないからあたしビックリしたアルね。」

コロンの問いに、シャンプーが答える。

「ムース、おぬしはなにか思わなかったのかの? あの黒髪の小娘に割引券を渡したのじゃろう?」

「むうぅ……おらもあの子があんなに友だちを連れてくるとは思わなかっただ」

ムースと呼ばれた男はピントのずれた回答をよこした。

コロンは彼の答えに表情をくもらせる。

「そのようなことを聞いておるのではない。 何かおかしなことがなかったのか聞いておるのじゃ」

「ふむ……そうじゃ、あの子はかなりの腕の暗器使いじゃったの。それで妖怪を退治しておった。」

「バカもん! 無茶苦茶あやしいではないか!」

コロンはさすがに声を荒げてどなる。

「ええい、おぬしはあの小娘を追って、根掘り葉掘り話を聞いて来い!
シャンプーは今後、それとなく佐倉杏子にさぐりを当ててみるのじゃ、分かったの?」

「わかたね!」

「……ああ。」

もともと、自分の花婿のためにやっていることである。シャンプーは元気良く答えた。

一方、ムースと呼ばれた男にとっては、恋敵を男に戻すための仕事である。

当然、やる気などでるはずもなく、小さくうなずいて相槌をうつだけだった。

**************

一緒に食事にいくだけのことが意外に効果があったのだろうか。

それとも巴マミの言うことを聞いて風見野で魔女退治をしているので満足したのだろうか。

ここ最近、暁美ほむらは巴マミや美樹さやかから敵意を受けていない。

ほむらは一安心していた。

『今回』はまだ、鹿目まどかは魔法少女になっていない。

そして、巴マミも美樹さやかも生存し、形の上では協力体制を築けている。

さらに、いざという時は響良牙とか早乙女乱馬とかいうイレギュラーもワルプルギスの夜との戦いに使えるだろう。

(この調子なら、今度こそ……)

そんなことを考えていた折、まるで校内放送のように見滝原中学校全体に
しかし、魔法少女だけを対象にテレパシーが鳴り響いた。

『マミ、さやか、ほむら、キミたちも黒い魔法少女が他の魔法少女を襲っていることはもうしっているね?』

キュゥべえ……いや、インキュベーターの魔法少女への業務連絡だ。

『前は風林館の魔法少女たちに返り討ちにされたんだけど、どうやら活動を再開したらしい。
すでによその地域の魔法少女が何名か襲われている。キミたちも十分に注意して欲しい』

インキュベーターの話に、マミやさやかはありがとうだとか、わかったとか返事をしている。

黒い魔法少女の目的を知らない彼女たちなら、漫然と注意をするしか仕方が無いだろう。
270 :15話6 ◆awWwWwwWGE 2011/12/27(火) 02:03:49.03 ID:7u0FI6890
だが、ほむらは反って安心感を増していた。

よその町を襲いに行くとは、まだ黒い魔法少女はまどかにたどり着いていない。

そしてまた、インキュベーターもこういった各地域の魔法少女への連絡や状況把握に追われてまどかにかまっていられない。

ほむらにとってはまさに理想的な状況だった。

授業が終わり、休憩時間に入ると学級委員の志筑仁美が急にあわただしく動きはじめた。

彼女はまどかとさやかの親友であるが、それ以上に学級委員の仕事や習い事などに追われて最近ろくに関われていない。

特に、まどかとさやかが魔法少女の世界に関わってからは疎遠になる運命である。

それは、『何度この一ヶ月を繰り返しても』仁美が魔法少女になることはなかったことからも明らかだ。

だから、彼女はほむらにとってはチェックの対象外である。

ほむらは志筑仁美の動向には強く関心を抱かなかった。

しかし――

志筑仁美は休憩時間の間、よその学校の制服を着た少女に校内を案内して回っていた。

ほむらは、その様子を見て愕然とした。そんなほむらと他校の生徒は一瞬目があう。

「どうしました? 美国さん?」

「いえ、何でもありません。」

いぶかしがる仁美に答えて、その他校の生徒は何事も無かったかのように再び悠然と歩き始めた。

やがて、他校の生徒を連れた仁美はさやかとまどかの目にとまる。

「あれ? 仁美ちゃん、その子……?」

「お、その制服は……」

「ああ、まどかさん、さやかさん、彼女は――」

紹介しようとした仁美の言葉をさえぎって、彼女は前に出た。

「はじめまして、わたしは美国織莉子と言います。見滝原中学校に転入を考えているの。」

美国織莉子は鹿目まどかに向かってにっこり微笑んで見せた。

275 :16話1 ◆awWwWwwWGE 2012/01/04(水) 23:31:58.34 ID:BXUrfRVy0
ついに、見つけられてしまった。

暁美ほむらはいつにない焦燥感にかられていた。

(美国織莉子が、鹿目まどかを見つけた!)

きっと、美国織莉子はどんな手段でも取るだろう。

なにしろまどかは……なのだから。

だから、彼女が確信を抱く前に、始末をつけなければならない。

ほむらはギュッと拳をにぎりしめた。

しかし、戦力が足りない。

織莉子とは室内戦が想定されるが、そうなるとあまり広範囲の攻撃は自爆になってしまう恐れがあり使えない。

かと言って、拳銃などの範囲の狭い攻撃はおそらく通じない。

暁美ほむらの使える武器では織莉子に対する決め手が無かった。

できることなら、近距離で避ける間もなく連続して攻撃できる能力が欲しい。

(……1人、居たわね)

そこまで考えるとほむらは、美樹さやかにテレパシーを飛ばした。

**************

「で、ホントなの? 魔法少女狩りの犯人を知ってるってのは?」

「ええ、本当よ。こっちよ、付いて来なさい」

いぶかしげなさやかを連れて、ほむらはよその町を歩いた。

さやかは少し気圧されていた。それもそのはず、ここは日本でも有数の超高級住宅街だ。

一軒一軒の土地も広ければ、つくりもそこんじょそこらの一般家庭とはまるで違う。

「ここよ」

ほむらはそんな中の一軒に、戸惑うことなく塀を乗り越えて侵入した。

「ちょ、まってよ!」

さやかは誰か見ていないか見回してから、慌てて飛び越えた。

「大体さぁ、そんなことならなんでマミさんに言わないの?」

広い屋敷の中を歩きながら、さやかがたずねる。

「巴マミはまだスランプが続いているんでしょう? そんな状態で魔法少女同士の戦いに参加させるつもり?」

「そりゃそうだけど、報告ぐらいさ……」

ほむらはいちいちさやかの言うことに足を止めたりはしない。

まるで無視するかのように視線も向けず歩いていく。

(それだけじゃないわ……)

ほむらはひそかに思う。

巴マミは拘束魔法に長けている。もしマミを連れてきてしまえば、織莉子を捕獲して事情聴取を始めるだろう。

性格的にもおそらくそうするに違いない。

だが、それではまずい。そんなことになってしまえば、バレてしまう。

鹿目まどかが何なのか、それを知ったら誰がどんな行動を取ることか、想像するだけでも恐ろしい。

屋敷の奥の部屋では、すでに変身した魔法少女が待ち構えていた。

「まさかその日のうちに襲ってくるとは、ずいぶんとせっかちな方ね」

白い、ゆったりとしたローブのような服を着て、あたまにも白い帽子をかぶっている。

その純白の衣装と豪奢な部屋の様子が、さやかには現実離れして見えた。

「……でも、おかげで確信が持てたわ。鹿目まどかがアレの正体だったのね」
276 :16話2 ◆awWwWwwWGE 2012/01/04(水) 23:32:47.77 ID:BXUrfRVy0
「え? この子、今日学校に来た子じゃ? まどかが何って?」

さやかは状況が飲み込めずに困惑した。まどかと魔法少女狩りが一体何の関係があるのか。

「話はあとよ」

そんなさやかをよそにほむらは何のためらいも無く拳銃を取り出し引き金を引く。

その銃弾を、緒莉子ははじめから軌道を知っていたかのようにゆっくりと横に最小限だけ動いて避けた。

「あら、怖い。話し合うつもりすらないのね」

そう言った織莉子の声と表情には十分に余裕がありそうだった。

今度は緒莉子が大きなビー球のような光の塊をほむらに向かって飛ばす。

ほむらは光の玉が迫った瞬間に、消えたかと思うとその光の玉の前に現れた。

魔法少女の目にも留まらない速さで、いつの間にか光の玉を避けて前に出ていたのだ、

一方の織莉子も、ほむらの攻撃を、まるではじめからどこに来るのか知っているかのように攻撃される前から避け始める。

さやかから見れば、不気味な光景だった。二人とも戦い方がまるで常識の通じない異次元の世界だ。

「美樹さやか、あなたも戦いなさい!」

立ち尽くすさやかに、ほむらが檄を飛ばす。

「え? でも?」

織莉子が魔法少女狩りの犯人だという証拠は何も無い。

そのことを問い詰めるぐらいの問答はあるのかと思ったが、何も聞かずにほむらは織莉子を襲ったのだ。

さやかにはほむらが押し入り強盗を働いているようにしか見えなかった。

そういうわけで、ほむらに協力する気にはならない。

しかし、変身して待ち受けていた白い魔法少女が何かおかしいのも確かで、
一応協力体制をいままで敷いていたほむらを敵に回してまで白い魔法少女を守るために参戦することもできない。

「美樹さやかさん……と言ったわね。この女は世界を滅ぼすつもりよ、協力しては駄目」

戦いながら、織莉子がさやかに呼びかける。

「美樹さやか、美国織莉子は鹿目まどかを殺すつもりなのよ、こいつの言うことには耳を貸さないで!」

ほむらも必死で呼びかける。

「え……世界? で、なんでまどかが?」

全く事情が飲み込めないさやかはますます混乱するだけだ。

「何を戸惑っているの、美樹さやか! こいつは魔法少女狩りの犯人なのよ!」

ほむらにとってはさやかが戦おうとしないことは予想外だったのだろう。

怒鳴るような悲鳴のような、そんな必死さが伝わってくる声でほむらは叫んだ。

それでようやく、さやかは立場を決めた。

「ひっ捕らえてから、話を聞く!」

そうしなければ、ほむらか織莉子かどちらかが死んでしまうだろう。

だから一旦、織莉子を捕らえる。魔法少女狩りについてはその後で聞けば良い話だ。

とは言え、実弾と魔力弾が飛び交う中に入っていくのは危険だ。

さやかは超スピードで織莉子の後ろに回り、羽交い絞めにしようと近づく。

が、その先に待ち構えるように光の玉が現れた。

さやかは無理やり急停止して、織莉子の攻撃を避ける。

(やっぱり、こいつ変だ)

さやかは疑問を確信に変えた。

この白い魔法少女はまるであらかじめ分かっていたかのようにさやかが襲い掛かる方向に、
タイミングを合わせて攻撃をしかけてきた。
277 :16話3 ◆awWwWwwWGE 2012/01/04(水) 23:33:54.01 ID:BXUrfRVy0
普通に考えれば初見の相手の行動を予測するなんて出来ないはずだ。

しかし、この白い魔法少女はさやかが後ろから回り込むタイミングを完璧に読んでいた。

それに、いつ攻撃されたかもわからないほむらの攻撃をひょいひょいかわせているのもおかしい。

(なんだか分かんないけど、こっちの動きは読まれてる)

そうとしか考えられない。

(だったら――)

さやかの決断は早かった。

『ほむら、ちょっと攻撃やめて!』

それだけテレパシーを送ると、真正面から回避行動もとらずに織莉子に向かってさやかはつっこんだ。

織莉子は光の玉をさやかに向けて集中的に放つ。

腕や脚に被弾し、肌がめくれ肉が裂けても、さやかは止まらなかった。

自分自身の回復能力が極めて強いことをさやかは良く理解していた。

急所に直撃でもしない限り、ダメージなんてどうとでもなる。

そして急所も剣で守られている以上、たとえ完全に行動を読んでいたとしてもさやかの突撃を止めるすべなど無い。

良牙のように屈強な防御力で防ぎきるか、さやかより上のスピードで動いて避けるしかないのだ。

あいにく、織莉子はそのどちらも持ち合わせていなかった。

さやかとは致命的に相性が悪い、それを知った織莉子は無意識に下唇をかんだ。

(キリカが居れば、どうとでも対処できるのに)

そう思っても後悔は先に立たない。今日も呉キリカはキュゥべえの目を逸らすための魔法少女狩りに出かけてしまっているのだ。

ついに、さやかは織莉子と顔と顔がぶつかりそうになるほどに近づいた。

が、さやかはいかにも苦い表情をしている織莉子に剣を向けず、そのまま通り越した。

そして瞬時に後ろに回り、織莉子の腕を掴んで組み伏せる。

織莉子は手をひねり上げられてうつぶせの格好にされた。

「こ、これは……」

地面に顔をつけられた織莉子が、くやしそに言った。

この状態ではまともな抵抗などできない。

魔力弾で奇襲をすることは出来るかもしれないが、一回でさやかとほむらを同時に倒さなければ返り討ちにあうだけだ。

「良牙さんに習った脇固め、意外と使えるね」

さやかは得意気だった。

「よくやったわ、早く止めを刺しなさい」

ほむらが銃を構えたまま絡み合うさやかと織莉子に近づいてきた。

「まだダメ。ホントに魔法少女狩りの犯人なのかとか、もしそうだったら動機とかいろいろ聞かないと」

当然のごとく、さやかはそう答えた。

そうでなければわざわざ生け捕りにした意味が無い。

「何のいわれがあって私が襲われなければいけないのかしら?」

ほむらがさやかを扱いきれていないのを見抜いてか、織莉子が口を挟む。

「あたしもそれを知りたい」

さやかは織莉子に同調しながらも、決して脇固めをゆるめることはなかった。

(この青い魔法少女を説得できなくても構わない。時間稼ぎさえできれば……)

織莉子には見えていた。あと少しで鉤爪をもった人物がここにやってくる。

織莉子の能力は予知能力だ。数分単位でも、数秒単位でも、日にち単位でも未来を見ることができる。
278 :16話4 ◆awWwWwwWGE 2012/01/04(水) 23:35:06.11 ID:BXUrfRVy0
それは必ずしも明瞭な形で見えるわけではないが、見えた未来は観測者である織莉子自身が
実現を防がない限り必ず実現する。

今の織莉子の予知には鉤爪をもった人物の顔は見えない。

しかし、鉤爪をもっていて織莉子の屋敷に来る人物というだけで、誰か推測するには十分だ。

(魔法少女狩りに行っていたキリカが帰ってくる……!)

織莉子はそれをアテにして、時間稼ぎに打って出た。

「私はもう抵抗しないわ。でも、理由も無く殺されたくはないものね」

「あたしも理由無く暴力を振るうために魔法少女になったんじゃない。
ほむら、あんたがこの女を魔法少女狩りの犯人だっていう証拠がなきゃこれ以上は手を出せないね」

ほむらは思い通りにいかないことに業を煮やして、叫ぶように激しく言った。

「何をやっているの、美樹さやか! この女には仲間がいるのよ!」

そして、拳銃の引き金を引く。

 パーンッ

乾いた音が響いた。

しかし、銃弾は織莉子には届かず、熊手のように鉤爪を生やした鎖鎌のような、
へんてこな武器によって止められていた。

そして、窓の方から白い服を着た長身の男が現れる。

(……キリカじゃない? 誰?)

意味不明な人物の出現に、そしてその人物に命を助けられたことに、織莉子は困惑する。

だが、ほむらとさやかはその男に見覚えがあった。

「あれ? 中華料理屋の店員?」

「……また、つけてたのね。一体何の用かしら?」

彼女らは名前は知らないが、男は猫飯店のムースである。

ほむらはムースをにらみつけるが、ムースは臆することなくつかつかと歩み寄ってくる。

「分かってるだか? おめえらみてえな小娘どもがやって良いことじゃねえだぞ」

ムースはいつになく真剣な声で言った。

「これは、私たちの問題なの。関係ない人は口を挟まないでちょうだい」

ほむらの制止を無視して、ムースはさやかと織莉子の方へ近づいていく。

「さあ、その娘っ子を解放するだ」

ムースがさやかに言った。

「え、でも……」

さやかは迷った。確かに今この女を捕らえているのは不当な気はするが、
解放したとたんに反撃されたり逃げられたりする恐れがある。

「美樹さやか、はやくそいつに止めをさしなさい。でなければ、私はあなたごと爆破するわよ」

ほむらはいつの間にか手榴弾を片手に脅しをかける。

板ばさみになったさやかはますますどうしていいか分からない。

(どうする、どうする、どうする?)

さやかが葛藤している間にも、ほむらは手榴弾のピンを抜く。

「なっ、お主、なんてことを!」

さすがにムースも焦る。

しかしほむらは、ためらうことなく織莉子とさやかの方へとそれを投げた。

(えっ!?)

さやかは一瞬、目を疑った。手榴弾はただの脅しではなかったのか。
279 :16話5 ◆awWwWwwWGE 2012/01/04(水) 23:36:34.67 ID:BXUrfRVy0
一応仲間のはずの自分に対して、こうも平然と攻撃を加えてくるものなのか。

さすがに手榴弾を直撃してはさやかの回復能力でもあやうい、そんなことはほむらにも分かるはずだ。

唖然とするほかに、さやかには何もできなかった。

一方の織莉子は、すでに自分の死が避けられないことを知った。

普通なら小型手榴弾ぐらいは予知で避けられるだろう。しかし腕を掴まれて組み伏せられている状態ではどうしようもない。

だが、彼女は絶望しなかった。

青い髪の魔法少女も、いきなり現れたこの謎の男も、何も知らない。

だったら、教えてやれば良い。自分が死んでもその遺志を伝えれば、それで何かが変わるはずだ。

ほむらが手榴弾を投げた。

今から死ぬまでにしゃべれるのはホンの数秒だろう。

そこに出来るだけ核心に触れ、無知から事実を知るきっかけになる言葉を言わなければならない。

「覚えておくのよ、鹿目まどかは最悪の魔女となって世界を滅ぼす!」

織莉子が言うのとほぼ同時だろうか。

さやかは脇固めを解いて、逃げ出した。

普通の人間ならいまさら間に合わないが、さやかのスピードなら手榴弾から逃げ切れる。

だが、織莉子は間に合わない。予知能力はあっても織莉子自身は魔法少女としては決してすばやくない。

結果としてさやかは、織莉子を殺して自分が助かるその絶妙のタイミングで固めを解いてしまった。

「キュゥべえと、そこの女は信じちゃダメよ!」

今にも爆発しそうな手榴弾を目前にしながら、織莉子は毅然としてほむらを指差した。

そして、その言葉にほむらやムースやさやかが反応する暇も無く、手榴弾は轟音をあげて破裂した。

あとにはただ、無残な肉塊が残る。

「え…あ…ああ……」

さやかは言葉を失っていた。

織莉子の言った言葉の内容など今は考えられない。そんな余裕は無い。

目の前で人が殺された、その片棒を担いだのは自分自身だ。

その事実が、そして無残な死体が、さやかの思考を完全に奪っていた。

「お主……なんてことを……」

ムースもそれ以上言葉が出ない。

「終わったわ。行くわよ」

ほむらはさやかにそれだけ言うと、その場を後にした。
280 :16話6 ◆awWwWwwWGE 2012/01/04(水) 23:38:02.96 ID:BXUrfRVy0
**************

数時間後、呉キリカが目にしたのは赤い破片と化した親友の姿だった。

「……そ、そんな、あんまりだよ! あんまりだ!」

キリカは幼児のように泣きじゃくる。

「誰だ? 一体誰なんだ! 私は許さない」

そんなキリカの背後に、いつのまにか一匹の白い猫のような生き物が座っていた。

「やれやれ、久々に織莉子に会いに来てみたらひどい有様だね」

ひどいと言いながらも、その小動物の言葉には落胆も悲しみも感じられない。

「キュゥべえ、キミは知っているのかい? 誰がやったのか」

「知っているけど教えられないよ。もともとキミたちが魔法少女狩りなんてことをしていたからこうなったんだろう?」

キュゥべえと呼ばれた小動物は自業自得だと言いたげに、平然とキリカの感情を逆なでする。

「……いつからバレてたの?」

震える声をしぼってキリカはたずねた。

「ボクも色々情報を集めているからね、それでも確信に至ったのはつい昨日だ。だから今、織莉子に会いに来たのさ」

「それじゃあ、キュゥべえが他の魔法少女に織莉子を襲わせたわけじゃないのかい?」

「ああ、それは違うよ」

「だったら、誰が?」

いつの間にかキリカはキュゥべえに迫るように問い詰めていた。

「残念だけど、ボクは魔法少女同士の私闘には手を貸せないよ」

淡々と、キュゥべえは言う。まるでそれが規定であるかのような言い方だ。

「キミが魔法少女狩りをあちこちで教えて回ったからこうなったんじゃないか!
魔法少女同士の私闘には手を貸さないなら、それはおかしい!」

キリカは当り散らすように叫びながら、キュゥべえに鉤爪を突きつけた。

そんなことをしても無意味だとは知っている。

知っていても、体が暴力的な衝動を抑え切れなかった。

「やれやれ、仕方ないね……」

もったいぶってから、キュゥべえはゆっくりとしゃべり始めた。

「ひとつだけヒントをあげよう。織莉子を殺害したのは、見滝原から来た魔法少女だ」

キュゥべえのその言葉に、キリカは肩を振るわせた。

「ハ……ハハハ……」

涙を流したまま、かすれた声で、笑っているようなセリフをしゃべる。

キュゥべえにはキリカが泣いているのか笑っているのか分からなかった。

「答えを言ったも同然じゃないか!」

部屋には――特に織莉子の亡骸の近くには、銃痕がいたるところに見られる。

「魔法少女の中じゃ有名だ……見滝原の、銃をつかう魔法少女なんて!」

「ふうん、どうやら心当たりがあるみたいだね。でも、これ以上は言わないよ」

キュゥべえはキリカに背中を向けた。

「ああ、十分な情報さ」

キリカはもはやキュゥべえを追わなかった。

どうせ切り刻もうが焼き払おうが、キュゥべえに対しては意味が無いのだ。

それよりも、今はもっと大事なことがある。
288 :らんまマギカ17話1 ◆awWwWwwWGE 2012/01/17(火) 01:06:51.12 ID:sP2uYOMT0
「火中天津甘栗拳!」

目にもとまらぬスピードでらんまの拳が叩き込まれる。

良牙はそれをガードすらせずに真っ向から胸板で受ける。

やがて、らんまの拳が止まったところで良牙はおもむろに腕を振り下ろす。

らんまはとっさに腕でガードして良牙の攻撃を受け止めた。

「どうだ? 違いはあったか?」

「……いまいち分かんねーな」

良牙の問いに、らんまは首をかしげる。

「そうだな。パンチの威力も言うほど上がっているようには思えない」

良牙は火中天津甘栗拳――つまりは高速での拳の連打を食らった感想を付け足した。

いつもの空き地で、らんまは魔法少女になってどれだけ自分の身体能力が変わったか確認していた。

小競り合いから真剣勝負まで、何度も戦っている相手だからこそ、互いの技や能力は大体知り尽くしている。

らんまにとって、自分の変化を知るには良牙は格好の相手だった。

「なんか、おかしくねーか? 魔法少女になったら、ろくにスポーツもやってないような女子中学生が
魔女に勝てるぐらい強くなるんじゃねーのかよ?」

らんまは不平をこぼした。

なりたくて魔法少女になったわけではないが、せっかくなってやったのに他の人より特典が少ないというのでは
どうしても損したような気分になってしまう。

「そういや、キュゥべえの奴が言ってやがったな。身体強化は日常生活に不便がでない程度とか
普段から魔翌力を消費するからあんまり強化することもできないだとか」

「……つまり、もうとっくに鍛え上げてて魔法の素質の低いオレみたいな奴は
魔法少女になっても大して変わらないって事か?」

「おそらく……な」

良牙の言葉に、らんまはがっくりと肩を落とした。

あかねが助かったから良いようなものの、ほとんど契約損である。

普段なら、良牙はこんな真面目に受け答えせずに、まんまと得の無い契約を結ばされたらんまを笑うだろう。

しかし、事情を知ってしまっただけにむしろ沈痛な面持ちをしていた。

らんまとしてはそんな風に同情されるのがかえって辛い。

あくまで良牙とは減らず口を叩きあうライバルでありたいのだ。

「らんまー、良牙くーん!」

その時、空き地にいる二人を呼ぶ声がした。

二人にとって聞きなれた、しかし少し懐かしい声だ。

「あかね!?」

「あかねさん?」

らんまと良牙はいっせいに振り向いた。そこには紛れも無く元気な姿の天道あかねがいる。

「おまえ、病院はどうしたんだよ?」

病院で寝ているはずのあかねが急に空き地に現れたことに、らんまは驚きを隠せない。

「え、らんま聞いて無かったの? あたし今日退院よ。」

実にあっけらかんと、ごく当たり前のようにあかねは答える。

「あかねさんは重症だったんだ。 何も1人で歩いて帰らなくても。」

「心配してくれてありがとう。でもこんなに元気なのに迎えに来てもらうのも悪いし、
久々に歩くぐらいしないと体がなまっちゃうわよ。」

あかねはそう言って、良牙に笑顔を返した。
289 :らんまマギカ17話2 ◆awWwWwwWGE 2012/01/17(火) 01:08:45.06 ID:sP2uYOMT0
とても、ちょっと前まで瀕死の重傷だったとは思えない健康ぶりである。

きっと、乱馬が契約しなければこの笑顔は永遠に戻ってこなかったのだろう。

そう思うとなおさらに良牙はやるせなかった。

**************

結局、らんまと良牙がそのままあかねに付き添って天道邸に帰った。

本来なら病院の連絡を受けてからあかねを迎えに行くつもりだった早雲は、
まだ快復祝いの準備中で、椅子に登ってクス玉を取り付けているところだった。

それがあかねの声を聞いたとたん驚いて椅子から落ちて、ちょっとした騒ぎになった。

かすみは予定より早いあかねの帰宅にあわてて料理をはじめる。

八宝斎はあかねの快復祝いのプレゼントに下着を買いに行ったらしい。

「あれ? オヤジとなびきねーちゃんは?」

「ああ、早乙女くんとなびきは事故の示談交渉に行ってるよ。
なんたって、やっとトラックの運転手が話し合える状態になったらしいから」

らんまの問いに早雲が答えた。らんまは思わず苦笑する。

事故被害者のはずのあかねがとっくに全快して退院だというのに、轢いた側のトラック運転手がまだまだ重傷で
ようやく会話ができるようになった程度なのだ。

いかにあかねの快復が異常であるか、医学知識など無いらんまにもよく分かる。

しばらくして、あかねの快復祝いの準備は整った。

しかしまだ玄馬となびきが帰ってこない。

その都合で時間が空いたので丁度よい機会だと思ったのか、早雲は大事な話があるといってあかねと良牙に切り出した。

「乱馬くんが男の子に戻れなくなったことは聞いているね?」

こくりとうなずいたあかねは、まだ何を言われるのか予測すらしていない。

「もしも、このまま乱馬くんが元に戻れなかった場合はだね、あかねとの許婚を解消しなけりゃならない」

「そ……」

そんなと言いかけて、あかねは口をつぐんだ。

乱馬と許婚だなんていうのはもともと早雲が勝手に言い出したことなのだ。

自分は乱馬のことを許婚だなんて思っちゃいない、少なくとも建前上は、あかねはそういう立場を貫いてきた。

ショックを受けたと思われるような言葉は口に出来ない。

「――そりゃそうよね。私としては一安心ってとこかしら」

あかねの意地っ張りを聞き流して、早雲は言葉を続けた。

「そこでね、今度はここにいる良牙くんを許婚にしないかい?」

「えっ!?」

思ってもみなかった話に、あかねは目を丸くした。

「そんな急に無茶よ! 良牙くんだって困るじゃない、ねえ良牙くん?」

あかねは良牙が自分に好意を寄せていることには全く気付いていなかった。

好意を寄せられているとしてもそれはあくまで純粋に友人としてであり恋愛感情があるとは思っていない。

「お、俺は……」

良牙は返答につまった。

本来なら二つ返事で引き受けたいほどうれしいことだ。

しかし、乱馬の契約を知ってしまった以上、何も考えずに頭を縦に振ることはためらわれた。

「良牙くんにはちゃんと彼女も居るんだから、お父さんも無茶言わないで」

そんな良牙の心境の複雑さなど知る由も無く、あかねは容赦なく良牙と許婚になることを否定する。
290 :らんまマギカ17話3 ◆awWwWwwWGE 2012/01/17(火) 01:09:40.32 ID:sP2uYOMT0
確かに良牙には交際中ということになっている女性が居た。

雲竜あかりという、おしとやかで可愛い、しかも無類の豚好きの少女だ。

良牙にとってあまりにも都合が良い存在。

それも良牙が努力や誠意で手に入れた愛ではなく向こうから好いてきたのだ。

だからこそ、良牙は思いのままにいかないあかねへの思いを断ち切れないのかもしれない。

「そうは言っても、まだ将来のことを誓い合ったわけでもないんだろう?
だったらあかねとの話を考えてくれても良いんじゃないかい?」

一方の天道早雲は良牙があかねを好きなことは見て分かっている。それ故、強引に話を持ちかけることができた。

「しばらく、考えさせてください」

結局良牙はそう言うことしかできなかった。

そうしてひとまず話がついたところで、タイミングよくドアチャイムが鳴った。

「ちわーす、お好み焼き『うっちゃん』でーす!」

同時に、威勢の良い少女の声が玄関から聞こえてくる。

「あ、私出るわね」

長女のかすみはまだ調理作業中である、普段お客に応対をするのはかすみの役割だが、
かすみの手がふさがっているときはあかねの仕事だった。

あかねが玄関に出ると、らんまと見慣れない赤い髪をした少女が立っていた。

どうやららんまが先に玄関にかけつけたらしい。

赤い髪の少女は少しの間「誰?」という様子であかねを眺めていたが、やがて手をぽんと叩いた。

「ああ、あんたがあかねか」

少女はおそらくあかねよりも年下のように見えるが、敬意を払う様子は全く無い。

見た目の雰囲気からしても敬語の使い方とか態度をわきまえていないタイプなのだろう。

「らんま、この子は? 『うっちゃん』って言ってたけど?」

「こいつはあかねが寝てる間に、うっちゃんとこにバイトに入った新入りで――」

らんまが説明しようとすると、杏子はそれをさえぎって自ら前に出た。

「あたしは佐倉『きょうこ』だ。よろしく」

少女はやけに『きょうこ』という名前を強く発音する。

なんだかよく分からなかったがあかねは笑顔で応じた。

「わたしは天道あかね、よろしくね」

「そうそう、今日はコレを届けに――」

佐倉杏子は手に持っていた袋を掲げて見せた。『お好み焼き うっちゃん』のプリントのあるビニール袋だ。

「配達ね……えーと、いくらかしら?」

「あー、違う違う、コレは店長から快復祝いのサービスだからタダでもらってやってよ」

「右京から? 悪いわね、ありがとう」

杏子はあかねにお好み焼きの入った袋を手渡した。

と、そんなやり取りをしているところに丁度、玄馬となびきが帰ってきた。

「ただいまー、ごめんね遅くなっちゃって」

「おお、あかねくんすっかり元気になって……おや、『あんこ』くんも来とるのか」

「『あんこ』じゃねえ、『きょうこ』だ」

そんなやり取りにあかねは杏子が『きょうこ』を自分の強調して発音した意味を知ってくすりと笑った。

悪い子では無さそうだ。

「そんじゃ、あたしはもう用事すんだから――」
291 :らんまマギカ17話4 ◆awWwWwwWGE 2012/01/17(火) 01:11:12.53 ID:sP2uYOMT0
そう言って帰ろうとした杏子の腕を、なびきが掴んだ。

「ちょっと待って、せっかくだからあんこちゃんもあかねの快復祝いに付き合いなさいよ」

口ではそう言いながら、なびきは触れた腕からテレパシーを送った。

『あんたたち魔法少女に話しときたいことがあるわ』

そういう話なら、杏子としても無視するわけにはいかない。

しぶしぶ杏子も天道家へあがることになった。

***************

「で、話ってのはなんだ?」

ささやかな宴が終わったあと、らんま、良牙、杏子はひそかになびきの部屋に集まっていた。

「まあ、魔法少女になって長いあんこちゃんにとっては分かってたことかもしれないけどね……」

そう前置きしてから、なびきはややうつむき加減になって話し始めた。

「今日ね、あかねを轢いたトラックの運転手の弁護士って人から話を聞いたんだけど、
運転手の言うには運転席に白い猫かウサギが入ってきたせいで運転ミスをしたんだって」

「白い……」

「ね、猫ぉ!?」

猫という言葉にらんまが過剰反応する。杏子は変な声を出したらんまに少しびびった。

「え、えっと、もしかしてキュゥべえの奴って言いたいのかい?」

「それだけなら分からないけどね――警察に聞いたらトラックには猫とか小動物がいた痕跡は全くなかったそうよ」

普通なら、その情報はトラックに猫など乗っていなかった、運転手の妄言に過ぎないという状況証拠になるだろう。

事実、警察はそう判断していた。しかし、この部屋に集まったメンバーは知っていた。

一切証拠を残さず、姿を消して行動し、都合の良いときだけ現れることが出来る猫のような小動物的存在を。

 ――ガンッ

さっきから黙ったままだった良牙が壁を叩いた。

みしみしとなびきの部屋の壁はヒビをつくってへこんでいく。

「つまり、キュゥべえがあかねさんを重体にしたってことかよ」

良牙の瞳には抑えきれない怒りが力強く宿っていた。

「いつものことだけどちゃんと修理してきなさいよ」

そんな良牙になびきは平然とツッコミをいれる。

「いつものことなのかよ!?」

杏子のごもっともなツッコミは、天道家関係者の面々には通用しなかった。

「なびきはえらく冷静じゃねーか」

良牙と同じく、いや、それ以上にらんまも怒気をはらんだ声をしていた。

キュゥべえがあかねを重体にしたとすれば、それはおそらくらんまを魔法少女にするためだ。

自分のせいで、あかねが巻き込まれた。

自分を魔法少女にするなんていうちっぽけな目的のためにあかねを半殺しにした。

あかねが無事に戻ってきたからといって許せるものではない。

そんな自己嫌悪と怒りが入り混じったらんまに対してなびきはいかにも淡々としているように見えた。

「そう見える? ……でもね、あたしは決めたわ。 キュゥべえに吼え面かかせるってね。」

その言葉に、らんまは衝撃を受けた。

「なびき!? わかってるのか、そんなことしても1円の得にもなんねーんだぞ?」

「ええ、そうよ。今までは魔法少女だなんだといっても小遣い稼ぎに使うことしか考えてなかったけど……
やっぱり自分の妹をそんな風にあつかわれちゃ許せないわね」
292 :らんまマギカ17話5 ◆awWwWwwWGE 2012/01/17(火) 01:12:59.32 ID:sP2uYOMT0
なびきはきっぱりと言い切る。らんまはそれでようやくなびきも自分と同じぐらいに怒りに震えているということを理解した。

「……いや、この場合金がどうとか言い出すほうがおかしいだろ?」

「なびきさんというのはそういう奴なんだ」

杏子の常識的なツッコミに、良牙が答える。

あたりまえのことを当たり前にツッコまれるというのは、らんまや良牙にはなんだか斬新な気がした。

「それでね、ひとつ聞きたいんだけど、あんたたち魔女って何だと思う?」

「なんだいきなり? そりゃ人を食う化けもんだろ……人間のマイナス感情がどうたらとか言ってたっけ?」

ふいに質問するなびきにらんまが答えた。キュゥべえから聞いた説明のまんまである。

「その人間のマイナス感情から生まれたモンスターがどうしてグリーフシードなんてものを落とすの?」

なびきは質問を続ける。

「そういう風にできてる……って答えじゃダメなのかい?」

今度は杏子が問い返した。

彼女にとって魔女は人をおびやかす怪物というよりは、エサを落とす獲物である。

魔女はエサを落とし、彼女はそれを狩る。

それが、杏子にとっての魔法少女であって、それ以上の事は今まで考える必要もなかった。

「別にかまわないけど、そのモンスターが落とすアイテムとソウルジェムが対応してるのって変だと思わない?
たまたまやっつけた化け物から便利な回復アイテムが出てきましたーなんてどこの安っぽいテレビゲームよ」

「確かに都合が良いな」

らんまがうなずく。

「都合が良いなんてレベルじゃないわよ。
この際だから言っとくけど……多分ね、グリーフシードとソウルジェムは同じ技術で出来てるわ」

「……つまり?」

いまいち分かっていない良牙がたずねる。

「ああもう、鈍いわね。魔女は、キュゥべえかその仲間が作ってるってことよ」

「なんだって!?」

良牙は唖然とした。もし魔女を作ったのがキュゥべえだとしたら見滝原で自分やマミがしてきたことは何だったのか。

魔女と魔法少女を作って戦わせあってキュゥべえは何をしたいのか。

「わかんねえな、それじゃ何のために魔法少と魔女を戦わせてるんだ?」

今度は良牙に代わってらんまがなびきに質問した。

「そんなのあたしにも分かんないわよ。でもね、今回のことで分かったでしょ?
 キュゥべえは必要とあらば自作自演ぐらいやっちゃう奴だって」

なびきの言葉に杏子が答える。

「ああ、理由は分からないけど、あいつがクズだってことだけはよく分かった。
でさぁ……他の魔法少女もそうやって騙されて契約した可能性があるわけだよな?」

「……ひょっとして、お前もか?」

らんまはまだ杏子がどういう経緯で魔法少女になり浮浪少女になったのか聞いていない。

だが、杏子が真っ当な人生を送っていないことは明らかだった。

その背後にキュゥべえの悪巧みがあるとしたら、キュゥべえはとんでもない悪党だろう。

「いや、あたしじゃない。あたしの場合は完全にただの自業自得だからさ。
でも、交通事故で魔法少女になったって奴が知り合いにいてね。」

「まさか、マミちゃんが!?」

杏子の言っている魔法少女に良牙はぴんと来た。

以前にちらっとそんな話を聞いたような気がしたからだ。
293 :らんまマギカ17話6 ◆awWwWwwWGE 2012/01/17(火) 01:14:08.95 ID:sP2uYOMT0
杏子は無言でうなずいて良牙の言っていることを肯定する。

「よし、俺はいったんマミちゃんの所へ行ってこのことを話してこよう!」

マミが心配になった良牙はそう決意する。

「おめー1人が行っても迷子になるだけだろーが」

そんな良牙にらんまは冷静にツッコンだ。

「じゃあ、あたしも行くよ。見滝原ならあたしの方が詳しいしな」

杏子は良牙の方向音痴が人知を超えたレベルであることを知らない。

だから地理に詳しい人間がついていくという言い回しになった。

「うーん、あんこちゃんは良いとしてさ、良牙くんは今はウチから出てかない方が良いと思うわよ」

そこでなびきが横槍を入れる。

「……へ? なんで?」

「良牙くんがそれでいいなら構わないんだけど、あかねとの許婚の話があるのにさ
それをほったらかしてよその女に会いに行ったんじゃ完全に破談だと思われるわよ?」

「あっ……確かに」

良牙は間の抜けた声を出してうなずいた。

なびきとしてはあかねの許婚が乱馬だろうが良牙だろうがどっちでもいい。

実はなびきが許婚になってもいいのだが乱馬にしても良牙にしても互いに興味が無いし、利害も無かった。

だからこれは純粋にただのアドバイスである。

それもらんまにとっては複雑な思いだった。なびきがらんまを天道家から排除したがっているように見えなくも無い。

しかし、すでに身を引くような発言をしてしまっている以上、なびきや良牙をとがめることもできない。

今のらんまには良牙とあかねがどういう結論を出すのかを見守りつつ、男に戻る方法を探るしかなかった。
307 :らんまマギカ18話1 ◆awWwWwwWGE 2012/01/30(月) 23:50:21.53 ID:8dPgHRDH0
まるで、この世のすべてが変わってしまったようだった。

今朝の通学路は、いつもと何も変わらないのに異次元を歩いているかのような違和感を覚える。

それでも美樹さやかはいつもと変わらぬ体を装って歩く。

「おはようございます、さやかさん」

「おはよー、仁美」

やがていつものように志筑仁美と合流する。いや、少し仁美は落ち込んでいるように見える。

それは自分の心理を仁美に投影してしまったからなのか、本当に仁美が落ち込んでいるのか、さやかには判断がつかなかった。

「どうしたんですか? 今日はひどくやつれたような……」

「え、あたしが?」

さやかとしてはいつも通りの顔でいるつもりだったのに、全然隠せていなかったらしい。

「あー、いや、昨日部屋の空調が壊れててさ、ぜんぜん寝付けなかったのよ」

無理矢理に笑って、さやかはごまかそうとする。

空調が壊れていたなんていうのは嘘八百だが、寝付けなかったというのは本当だ。

むしろ寝付ける方がどうにかしているとさやかは思う。

(あたしは人を殺した――!)

その衝撃が、あの織莉子という魔法少女の声が、彼女を捻り上げていたときの感触が、昨日一晩中さやかを責め続けていた。

そして、今もそれは止まない。

「そういや仁美もちょっと落ち込んでない、何かあった?」

とても隠せ通せない、そう思ったさやかはすばやく話題を仁美の方に切り替えた。

「ええ、それが……」

すこし間をおいてから仁美は口を開いた。

「私の知り合いが亡くなってしまったのです」

「えっ!?」

驚きの声をあげるさやかに構わず仁美は言葉を続ける。

「それが、昨日学校に来た美国織莉子という方で――」

(その子を殺したのはあたしだ!)

自分が、仁美の知り合いを殺した。受け入れたくない事実が何も知らない仁美の口から容赦なく告げられる。

「あの人は、とても由緒正しい家柄でしたのですが、とある事件をきっかけに世間から後ろ指を指されるようになって……
ご家族が自殺をされてしまい、美国さん自身もショックで学校に通えなくなってたんです」

魔法少女になるような少女にはたいてい何らかの事情があるだろう、しかしそんな重い過去を背負っていたなんて
さやかは知らなかったし、知りたくなかった。

自分が死に追い詰めた人間の話など聞いても、より心が苦しくなるだけだ。

「そんな折、美国さんからわたくしに電話がありまして、学校に復帰したいとおっしゃられたので
昨日は見滝原中学にお連れしたのです。 美国さんほどの方がわたくしを頼ってくれたのがうれしくて、
ぜひとも美国さんを学校に復帰させてあげて……わたくしやさやかさんやまどかさんの友だちの輪の中に
入れてあげたいと思っていたんです。 それが――」

(そんな……)

一歩間違えなければ、あの美国織莉子という魔法少女と仲良くやっていたのかもしれない。

それがなぜ、このような血染めの裏切りになってしまったのか。

落ち込む仁美の表情に、さやかは猛烈な後悔と自己嫌悪とを募らせる。

「そ、その死因はなんなの?」

やっとの思いで、さやかは質問を返した。

「……強盗殺人だそうです。遺体のまわりに多数の銃痕や争った後がみられるとか。
お金持ちなのに中学生の少女が1人で暮らしていたのですから、犯人にとってはねらい目だったのでしょう」
308 :らんまマギカ18話2 ◆awWwWwwWGE 2012/01/30(月) 23:51:17.82 ID:8dPgHRDH0
十分すぎるぐらい、さやかとほむらが暴れた跡は残っている。

仁美の言葉はそれを意味していた。

(あたし、もしかして警察に捕まるの? そうじゃなくても……仁美にあたしがやったとバレたら……)

魔法少女が本気を出して警察に抵抗をすれば逮捕はされないかもしれない。

しかしさやかにはそこまでして社会を完全に敵にまわして生きていく勇気も自信もなかった。

それならば、さやかは罪を白日の下に暴かれることをおびえ続けて生きていかなければならない。

さやかは自分の未来がすでに絶望的に暗いものに変わってしまったことを知った。

しばらくしてまどかが合流すると、まどかもやはりさやかの表情を見て、何があったのか聞いてきた。

そしてまたさやかは「エアコンが壊れて」と言ってごまかす。

『もしかして、魔法少女のことで何かあったの?』

まどかは気を使ってテレパシーであらためて語りかけてくる。

『……ごめん、今は言えない』

誤魔化しきれない、そう判断したさやかはまどかの質問をぶっきらぼうに受け流す。

案外、まどかの直感は鋭い。とくに勘ぐりもせずに平然と人の内面を見透かしてしまうようなところがあるのだ。

普段ならばさやかにとって、まどかのそういう所はありがたいのだが今回ばかりはうっとおしかった。

自分の内面を暴かれるのが怖い、さやかははじめてまどかに対してそう思った。

*****************

教室に着くと、いつもと変わらない朝の時間が流れていた。

男子も女子もいつものように他愛も無い話をして過ごしている。

暁美ほむらもいつもと変わらない様子だった。

さやかがこれだけ重荷を感じているというのに、ほむらは泰然自若としている。

彼女は自らが人殺しの主犯だというのになんとも思っていないのだ。

(きっとこいつは根っからの人非人なんだ)

さやかはそう思っておくしかできなかった。

そして、そろそろ授業が始まるという時間に、ちょっとした……しかしさやかにとってはとても大きい異変がおこった。

上条恭介が学校に来たのだ。

痛々しい松葉杖をつきながらも、恭介は男子の友人たちに笑顔で対応している。

「あれ? 上条くんが退院って聞いてた?」

まどかがつぶやく。

聞いていない、さやかは恭介が退院しただなんて、今日から学校へ来るだなんて全く聞いていなかった。

なぜ、足しげく見舞いに通った自分に連絡のひとつも無いのか。

ただでさえ精神的に参っているのに、こんなおかしな事態が起こり、さやかはどうしたらいいのか全く分からない。

結局、授業が始まる前には、さやかは上条恭介に声をかけられることすらなかった。

そして、授業終わりにさやかは作り笑顔で「退院したんだ」と、恭介に声をかけた。

恭介はぎこちなく「あ、ああ」と答える。二人の会話はそれだけだった。

さやかは恭介に何かを言いたくても昨日の出来事が重過ぎて、何も言うべき言葉が出てこなかった。

一方の恭介が何を思って自分に対してこんなに素っ気無いのかは分からない。

しかし、その理由が何であれ、さやかは自分が抱えたものが大きすぎてそれどころではないのだ。

まどかにも仁美にも、恭介にも言えない。さやかに今までそんな秘密があっただろうか。

授業など、もはや全く耳に入らなかった。先生にしかられても何とも思えない。

まさに心ここにあらずといった状態だった。
309 :らんまマギカ18話3 ◆awWwWwwWGE 2012/01/30(月) 23:52:42.44 ID:8dPgHRDH0
そんな状態で昼休み、さやかが校内を歩いていると偶然、仁美と恭介がなぜか一緒にいるところに出くわした。

「あっ」

驚いたような声を出して、仁美と恭介はなぜか慌てて離れる。

「えっ? どうしたの?」

「い、いえ、なんでもありませんわ」

言葉とは裏腹にどこかそわそわした、気まずそうな仁美の態度が「なんでもない」ことはないと物語っていた。

「志筑さんの知り合いが亡くなったって話を今してて――」

恭介は、朴念仁ゆえにさやかと仁美の間の微妙な空気に気が付かないのか、それとも気が付いたからフォローのつもりなのか、
クソ真面目に状況を説明しだした。

(それで、仁美は恭介になぐさめてもらってたっていうの……?)

それの意味するところはさやかにはよく分かった。

そして、なぜ仁美が気まずそうな態度を取るのかも。

「……そうなんだ、それじゃ!」

さやかはわざと平然とした態度を装って、走って二人のよこを通り過ぎた。

いつものさやかなら「あんたにゃ負けないわよ」と正々堂々と明るく競い合えたのかもしれない。しかし――

(人殺しのあたしに……そんな権利なんてない!)

織莉子を殺した自分に、そのことで悲しみにくれる仁美を、彼女をなぐさめる恭介を非難することなどできるはずもない。

ましてや、恭介に自分の胸のうちを分かってもらうことなど、許されるわけがない。

さやかは二人に見せないように涙をこぼして走り去った。

*****************

早乙女和子の担任のクラスは二年生だが、授業は三年生の分も受け持っている。

今日も、三年生のクラスで授業開始前の出席をとっていた。

「……さん」

「はい」

「……さん」

「はーい」

「……さん」

「ちょっと待ってよ!」

その最中に、誰かが割り込んだ。

「どうしました?」

早乙女和子は、出席簿に向けていた顔をあげて生徒の方を見た。

するといまいち見慣れない女子生徒が手を上げている。

「先生、ひどいや。私を飛ばしてます」

黒い短めの髪をしたその生徒が誰なのか、早乙女和子は分からなかったので再び名簿に目をやった。

(……あっ!)

そこには確かに飛ばしていた生徒の名前があった。

不登校の生徒なので、いつも出席確認のときは飛ばしていたのだ。

「呉キリカさん、あなたは何ヶ月ぶりの出席ですか?」

「そのせっかくの何ヶ月かぶりの出席を無視しないでよ」

生意気にも屁理屈を言って反発するその姿に、早乙女和子はあきれてため息を漏らした。

*****************
310 :らんまマギカ18話4 ◆awWwWwwWGE 2012/01/30(月) 23:53:32.43 ID:8dPgHRDH0
呉キリカは、授業が終わると巴マミをつけた。

いきなり襲うことはしない。

この見滝原には他にも何名かの魔法少女がいるらしい。

だとすれば闇雲にしかけて2対1あるいは3対1などの状況に陥る愚は避けなければならない。

同じ理由で、使用済みグリーフシードを使って結界に誘い込むことも避けるべきだろう。

以前の風林館ではその辺のリスクを軽視して失敗したのだ。今回は同じ轍を踏むわけにはいかない。

仇討ちだからといって、何もすぐに始末する必要は無いのだ。

むしろ、時間をかけてでも確実にしとめなければならない。

そのために、まずは巴マミの生活を監視し、1人になってなおかつ油断しているタイミングで仕掛ける。

それが、キリカの作戦だった。

下校するマミがぎりぎり自分の視界に入るぐらいの距離で、キリカはその後ろを歩く。

これならたまたま同じ方向に下校する中学生がいるぐらいにしか見えないだろう。

そんなことを思いながつけていると、マミはどんどん町外れへと歩いていった。

(巴マミはこんなところに住んでいるのか?)

いつの間にやら工場や資材置き場がならぶ工業地区に来てしまっている。

一般民家はあたりにほとんど見られなかった。

さすがにこのあたりで同じ中学の生徒が一定の距離をたもって歩いているのは怪しいので、キリカは身を隠しながらつけた。

(家にも帰らずそのまま魔女退治に行く気なのかな?)

キリカがそんなことを思っていると、マミはついには堤防にのぼり人気の無い河川敷に出た。

さすがに河川敷ではほとんど身を隠す場所など無い。

キリカは距離をとって、おなじく河川敷にその姿をさらす。

すると、マミははっきりとキリカの方を振り向いた。

『なにか、用かしら?』

それと同時にテレパシーを飛ばしてくる。

『まいったね、つけられてるか確かめるためにこんな所まで誘い出したのかい?』

『ええ。あなたに魔法少女の素質があることは見ただけでわかったから』

敵ながらたいした奴だ、キリカはそう思った。

ここなら魔法少女のことについて話し合っても他人に聞かれないし、戦っても一般人を巻き込まない。

彼女なりに魔法少女と人間としての生活を両立させる術が身についているのだろう。

世の中からつまはじきにされていた自分や織莉子とは違う。

その点にキリカは感心を抱くと同時に、いらだたしさを覚えるのだった。

(でも、ここに誘い出したのは結果的にはおろかだね)

巴マミは刺客である自分と一対一で対峙する状況を自ら作り出してしまったのだ。

キリカはにやりと口元をゆがめると、無言でソウルジェムを掲げ変身をした。

もう魔法少女とばれてしまっているからには、隙をうかがっても無意味だ。

町外れで一対一で向かい合っている今のこの状況以上に暗殺に良い状況など訪れないだろう。

(今この場でケリをつける)

キリカはその決意を固めた。

「どうやら、話し合いをしに来たわけじゃないみたいね」

マミとしては結界の外で変身するのはためらわれるが、そういう状況でもないらしい。

マミはしぶしぶ変身をした。
311 :らんまマギカ18話5 ◆awWwWwwWGE 2012/01/30(月) 23:55:26.65 ID:8dPgHRDH0
すると、マミが気持ちを切り替える間もなく、キリカは襲い掛かった。

「えっ!?」

さっきまで十分な間合いを保っていたはずの相手がいきなり目前にまで近づいてきたので、マミは思わず驚きの声を漏らす。

とっさに召喚した銃でかろうじて敵の鉤爪を受け止めるものの、何度でも持ちこたえられるようなスピードではない。

「ワケぐらい言ってから戦いなさいよ!」

マミがそう叫びながら銃を放つと、その弾丸はリボンとなって広がった。

キリカはリボンにつつまれ、マミはいったん後ろにおおきく飛び退いた。

だがすぐにキリカはリボンを切り破り、向かってくる。

マミは銃を構えるが狙いをつける暇も無い。発射した銃弾はあっさりとかわされた。

(ダメね、リボンも銃弾も効かない――)

「それじゃ、これならどう!?」

そのセリフと同時に、マミの銃から円錐状に黄色い光が広がる。いわゆる散弾銃だ。

しかしキリカは猛スピードで、散弾が広がる前まで近づいて回避する。

「しまっ……」

マミとしては予想外にまたも距離を縮められたかっこうだ。

「あぶないあぶない、あんな攻撃もあったなんてね」

急に近づかれ、マミはとっさに銃で頭から上半身をガードする。

一方のキリカは冷静に、がら空きになった太ももを切り刻んだ。

「うっ」

マミは痛みに耐えながらも、今度は発煙弾を放った。

濃い煙がまき起こり、視界をうばう。

(こんな弾もあるのか…)

キリカはマミの戦術の幅の広さに舌を巻くものの、またもニヤリと口元をゆがませた。

「隠れたって無駄だよ、これならどうだい!」

そう言ってキリカは闇雲に四方八方に鉤爪を投げまくる。

どうせ脚にダメージを負った巴マミはすばやく動けないので避けられない。

だとすれば防御するしかないだろう。その、鉤爪がぶつかる時に音がする方に巴マミはいるはずだ。

やがて金属同士のぶつかる高い音が煙の中から響いた。

キリカは迷わずその音の方向に飛び込む。

が、晴れてきた煙の隙間から、何かとてつもなく巨大なものが見え、慌ててキリカは飛び退いた。

「……大きいね」

キリカの眼前には途方も無く巨大な拳銃がそびえ立っていた。

「あなたの一撃は軽いわ。私はこの一撃で決めてみせる」

マミは毅然と、その大きな胸を張って言い切った。

「へえ、そうかい、じゃあこれならどうかな!?」

キリカは手に握っている鉤爪の本数をさらに増やす。

(それでも、決めなければならない)

敵はおそらく圧倒的なスピードに任せてまたまっすぐ前に向かってくる。

それでも小さく避けて弾が当たらないのがこの敵の恐ろしいところだ。

だが、炸裂弾を使えば小さい避け方では無意味になる。

もちろん普通に炸裂弾を撃っても、さっきの散弾がかわされたように懐にもぐりこまれておしまいだろう。
312 :らんまマギカ18話6 ◆awWwWwwWGE 2012/01/30(月) 23:57:14.99 ID:8dPgHRDH0
そこで、今度はマミは自分自身の眼前まで爆風の範囲になるように弾丸を炸裂させるつもりだった。

そうすれば敵がマミを標的とし、前から襲ってくる以上、回避は不可能になるはずだ。

やがて、キリカが動き出すと同時に、マミは砲を放つ。

キリカは圧倒的なスピードで弾丸の横を通り過ぎた。これは予定通りだ。

そして、瞬く間も無くマミに近づいてくる。

このタイミングで炸裂弾が爆発し、キリカの背後を襲うはずだった。

しかし、爆発は起こらない。

やむなくマミはとっさにマスケット銃を召喚して目前までせまったキリカに殴りかかった。

キリカは難なくそれをかわし、マミの太ももに深々と鉤爪を突き刺した。

そして、反撃を加える間もなく、マミの後ろへと駆け抜ける。

ヒット&アウェイを基本戦術にしているらしい。

やがて、炸裂弾が爆発したのはキリカが十分にマミから離れたそのタイミングだった。

マミが想定していたタイミングよりかなり遅い。

「うん、こうすれば、すぐには回復しないね」

大きな独り言をつぶやきながら、キリカはマミの方を振り返った。

マミはすでに地面にひざをついている。

鉤爪がささった脚ではもはや体を支えられないのだ。

「さて、これでもう避けられないな。あとは仕留めるだけだ」

満足げにうなずき、キリカはまたもマミに向かっていく。

マミは動かない脚をひきずって無理矢理キリカの方を振り返った。

まだ抵抗の意思は失っていないが、もはや策は無い。

あったとしても仕掛ける暇が無いだろう。

(当てるしかない!)

マミは銃を両手で抱え、狙撃手のように目線と銃口の向きを合わせた。

 パァン

マスケット銃は大きな音だけをならして、あっさりとキリカに避けられた。

この状況で最後の狙撃も外れ、もはや状況は絶望的だった。

(まるで、私が撃って弾を見てから避けているみたい……)

マミは自分の死が迫る中、ぼんやりとそんなことを思った。

最後まで敵の能力を分析して勝機を探っているというわけではない。

自分の死を考えたくないから半分諦めの気持ちで思考を別のことに回しているに過ぎなかった。

だが、そんな思考がふいにヒントをもたらした。

(ちょっと待って、本当に見てから避けているとしたら!?)

猛スピードで動きながら細かく弾丸を避けられる異常な反射神経、爆発のタイミングが大きく遅れた炸裂弾。

もし、キリカの周りだけ時間がゆっくり進んでいるとしたら、それですべての説明がつく。

(もっと早くに気付いていれば……)

キリカの能力は恐ろしい能力ではあるが、全く対処のしようが無いわけではない。

しかし、脚に鉤爪をめり込まされ、こちらの手の内も多く見せてしまった今となっては立て直しようもなかった。。

マミは迫ってくる黒い魔法少女に、彼女によってもたらされる確実な死を前にして瞳を閉じた。

魔法少女として生きてきた以上、いつか魔女や魔法少女に殺されて死んでしまうことは想定済みだった。

相手の魔法少女は特徴から見ておそらく杏子やらんまが言っていた魔法少女狩りの犯人だろう。
313 :らんまマギカ18話7 ◆awWwWwwWGE 2012/01/31(火) 00:01:16.66 ID:fK9Obdfa0
(せめて、杏子や美樹さんに彼女の能力の内容だけでも教えてから死にたかったわね)

そんなことを思い、最後の瞬間を待つ。

……が、その瞬間はなかなか訪れなかった。

不思議に思い、マミはそっと目を開ける。

そのすぐ目の前には見慣れた赤い魔法少女の姿があった。

「おいおい、戦闘中にオネンネとはずいぶん余裕じゃねーか」

聞きなれた声がマミを叱咤する。

黒い魔法少女は飛び退いて間合いを取ったらしく、やや遠くに見えた。

「……え、き、杏子!?」

なぜ今ここに杏子がいるのか、驚きとうれしさでマミは気持ちがいっぱいになった。

「ったく、昔みたいにこの河原で修行してるのかと思ったらこのザマかよ」

杏子の言葉に、マミは昔よくここの河原で一緒に魔法少女の修行をしていたのを思い出した。

(その感傷に浸って……まさかね?)

「誰かと思ったら佐倉杏子、大丈夫だ。巴マミはもう動けない、佐倉杏子と一対一なら勝てる」

再会をよろこんだり互いの無事を確認する暇も無く、キリカが間に入ってくる。

せっかくのとどめを邪魔されたキリカだったが、相手に味方が来たところで引くつもりは無かった。

ここで巴マミを殺せなければ、学校からキリカの名前や個人情報にアシがつく。状況が悪くなるだけだ。

「言ってくれるね。でもさ、あんたみたいな単純な戦い方がいつまでも通じると思うんじゃないぜ?」

キリカの言葉を挑発と取った杏子は、負けじと言い返した。

「じゃあ、やってみるかい!?」

言い切るのが早いか動き出すのが早いか、キリカはすばやく杏子に襲い掛かる。

杏子はマミを巻き込まないように、いったん大きく横に跳んだ後、長大な槍を召喚した。

槍はすぐにバラバラにわかれ、鞭のようにしなう多節棍へと変化する。

杏子はそれを振り回しながらぐるりと自分の身の回りに張り巡らした。

キリカは棍に当たりそうになって思わずあとずさる。

多節棍により全方向が防御され、どんなにすばやくてもかいくぐる術は無かった。

「かかってこないのかい? それじゃ、あたしからいくぜ!」

そう言って杏子が腕の振り方を変えると、多節棍の槍になっている先端がキリカに襲い掛かった。

それを避けることぐらいはキリカにとってわけはない。

敢えてギリギリで槍を避けると、キリカは鉤爪を槍の向かってきた方へ投げた。

鉤爪は途中ではじかれることなく杏子に向かって飛んでいった。

いかに全方向を防御しているとは言え、自分から攻撃する場所は空けておかねばならない。

キリカはそれを狙ったのだ。

しかし投げた鉤爪は簡単にかわされる。

「へぇー、あんた動き回るのは速いくせに投げた武器はそれほどでもねーな」

杏子がそんなことを言って、マミはようやく自分の言うべきことを思い出した。

「杏子、その子の能力は時間遅延よ! 自分以外のものすべてを一定範囲内でゆっくりさせるの!」

マミのその台詞にキリカは思わず舌打ちをした。

能力がばれてしまうと言うのは魔法少女の戦いにおいては明らかに不利である。

「わかったところでどうしようないさ!」

それでも、キリカは飛び上がって再び杏子に襲い掛かる。
314 :らんまマギカ18話8 ◆awWwWwwWGE 2012/01/31(火) 00:02:53.32 ID:fK9Obdfa0
今度は高く飛び、杏子のほぼ真上にあがった。

「なるほど、いくら振り回しても上からだったらガードが甘いってか……でもさ、」

杏子はそうつぶやくと、キリカに合わせて飛び上がった。

「こうしたら、意味無くないかい!?」

飛び上がった杏子の棍が前から、そして地に置いていた刃のついた槍の部分が下から、同時にキリカに襲い掛かった。

いくら時間遅延ができても空中では動きは大きく制約される。

キリカはついに避けきれず、杏子の棍に直撃された。

それでもなんとか受身を取って着地し、即座に反撃に移ろうとする。

が、すでにその反撃の芽は摘まれていた。

キリカの着地したところはすでに杏子の多節棍によってぐるりと囲まれていた。

「へへ、あたしの勝ちだな」

キリカよりやや遅れて着地した杏子がニヤリと微笑んで見せた。

それと同時に、キリカを取り巻いていた多節棍は蛇が獲物を締め上げるように縮まっていき、全方向からキリカに襲い掛かった。

頭上からも蛇の頭のような大型の刃がキリカに向かって落ちてくる。

どんなに素早かろうが、時間を遅延させようが、全方向から襲ってくる攻撃を避ける術など無い。

キリカは見事に締め上げられた。

やがて杏子が魔法を解いて多節棍を消すと、キリカはそのままバッタリと倒れた。

全身の骨がボキボキと折られて、いかに魔法少女と言えもはや動けないのだ。

「さて、お前が魔法少女狩りの犯人だな?」

杏子はキリカの様子をうかがいながらゆっくりと近づく。

ようやく鉤爪を抜いたマミも、脚を引きずりながらキリカに近づいた。

そして、念のためにキリカの脚を銃で撃ち抜く。

マミとしては逃げたり反撃されないようにするための措置だが、キリカには自分がやったことの仕返しをされたように思えた。

「まずはなんで私を襲ったか聞かせてもらえるかしら?」

「おまえは……織莉子を殺した」

もはや動かすこともできない体で無理矢理首だけマミに向け、キリカは言った。

「オリコ?」

聞き覚えの無い名前にマミは首をかしげる。

そして、杏子の方を向いてみるが杏子も肩をすくめて「知らないよ」とジェスチャーをした。

「キュゥべえが言っていた、織莉子は見滝原の魔法少女に殺されたとね」

そう言われても覚えの無いマミとしてはどうしようもなかった。

自分に何も言わずそんなことをする見滝原の魔法少女が居るとすれば、それはあの暁美ほむらという転校生だろう。

ここでキリカが自分を襲ってきた以外は善良な魔法少女であるなら、マミは彼女を回復させた上で
その辺りの事情を説明しただろう。

だが――

「この子、魔法少女狩りの犯人よね?」

マミは杏子を振り返る。

「ああ、あたしも襲われたんだ、間違いない。こいつの身の上話なんてどうでもいいから
とっとと始末しようぜ?」

杏子は平然と殺害をうながした。

「確かに、私は魔法少女狩りの犯人だ。でも、キミたちは間違っている!」

この期に及んで、キリカはまだ上から目線の言い方をする。冷めた目をするマミと杏子に対して、キリカは言葉を続けた。
315 :らんまマギカ18話9 ◆awWwWwwWGE 2012/01/31(火) 00:03:48.40 ID:fK9Obdfa0
「魔法少女狩りの目的は世界を守ることだ」

「は? せ、世界?」

マミはよく分からない言い訳に素で混乱した。

「もうひとつ、キミたちは私に勝ったつもりでいるらしいけど、これで終わりじゃない。キミたちが絶望するのは……これからだ!」

そう言ってキリカは自らのソウルジェムを掲げた。

真っ黒なソウルジェムには、大きな亀裂が走っている。

「うわっ、黒!」

杏子は思わずつぶやいた。そのぐらい、ソウルジェムは黒く染まっているのだ。

しかしソウルジェムからあふれ出した黒い濁りがそんな悠長な事態ではないと告げていた。

いつの間にやらあたりは結界に包まれ、真っ黒いソウルジェムはその形を崩していく。

やがてそのソウルジェムは、ぐんぐん大きくなり女性の上半身をいくつも連結したような奇妙な化け物へと姿を変えた。

「……え、これって?」

「まさか……」

ソウルジェムとグリーフシードは同じ技術で出来ている、その言葉が杏子の脳内に無限再生された。

(つまり、ソウルジェムとグリーフシードは同じもの……だって!?)

「う、嘘……なんで魔女が、どうして魔法少女のソウルジェムから魔女が……」

マミは戦いの準備もせず、うわ言の様にただぶつぶつと繰り返した。

322 :19話1 ◆awWwWwwWGE 2012/02/13(月) 22:38:44.43 ID:hdC736YI0
「わからぬのぅ」

八宝斎は苦悩していた。

天道あかねに対しては孫娘に対するような優しさで接してきたつもりだった。

それなのにどうしてあかねがあんなに怒ったのか。

「ちょっと、あかねちゃんには早すぎたかのぉ」

独り言をつぶやきながら八宝斎は胸元から女性ものの下着を取り出した。

その下着は、その役割を忘れたかのごとく、女性の大事な部分を隠さずにむしろ露出してアピールするように
本来隠すべきところに穴が開いていた。

(高かったのに……)

彼にとって、まだ誰も着ていない下着などというものはよく使われた下着に比べて大きく価値の劣るものだ。

(仕方が無い、他の子にあげるかのう)

そんなことを思いつつ、八宝斎が商店街を歩いているとお好み焼き屋「うっちゃん」の看板が見えてきた。

(おお、そうじゃ、右京ちゃんならばこれを着こなせるじゃろう! あんこちゃんにはまだ何年か早いがの)

八宝斎は本人たちに見られれば半殺しにされるであろう妄想を抱きながらお好み焼き屋の前に立つ。

だが、「うっちゃん」の扉は固く閉ざされ、『支度中』の札が下げられていた。

「なんじゃ、昼時じゃから右京ちゃんがおらぬのは分かるが、今日はあんこちゃんも休みか……つまらん。」

それならば誰にこの下着を着せるべきか。

天道家のなびきは怖いのでできない、かすみはなびき以上に、怒らせたら一番怖いので手を出せるはずもない。

ひな子という一応弟子にあたるかもしれない女教師は、大人バージョンでは背が高すぎてサイズが合わず
子供バージョンでは背も胸も小さすぎて論外だ。

やはり、あかねと大差の無い身長でそこそこスタイルの良い女の子でなければならない。

「むっ、そうじゃ!」

八宝斎はひらめいた。

「あのシャンプーという中国娘なら、スタイルは抜群じゃし、このような下着も嫌がらずに着てくれるじゃろう!」

シャンプーは恥ずかしがり屋なあかねとも、中身が男のらんまとも違い、積極的に自らの体の魅力をアピールするタイプだ。

彼女ならば、きっとこの下着を完璧に着こなしてくれるに違いない。

(猿の干物が邪魔してくるかも知れんが、この際おかまいなしじゃ!)

八宝斎は夢追う少年のように瞳を輝かせてシャンプーの住む猫飯店へと向かった。

……が、『臨時休業』

またも予想外の休業に阻まれた。

「なんじゃなんじゃ、今日は何かお祭りでもやっとるのか!?」

そのときだった。

「アイヤー!」

紛れもないシャンプーの声が店の奥から聞こえてきた。

(むむっ、居るではないか……居るのに臨時休業とはコレいかに?)

八宝斎はからっきし能天気なので、都合の良いように考えた。

(たとえウェイトレスが元気でもコックが居なくては料理屋はできん。
きっとこれは、コロンめの奴が居らぬか風邪などでくたばっとるかじゃろう)

そうとなれば、八宝斎にとってこれはまさにチャンスである。

「シャンプーちゃーん!」

八宝斎は鍵がかかっているはずの扉をいとも簡単に開け、ジャンプして文字通り店内に飛び込む。

「……ぐぇっ!」
323 :19話2 ◆awWwWwwWGE 2012/02/13(月) 22:41:00.11 ID:hdC736YI0
が、そのいかがわしい飛行物体はあえなく木の棒によって撃墜された。

店内に居た老婆・コロンの杖が見事に八宝斎の脳天をとらえたのだ。

「まったく、人騒がせな。邪悪な気配が近づいて居ると思ったらハッピーじゃったか」

そう言いつつコロンは冷や汗をぬぐった。

「ぐぬぬ……この猿の干物が……」

八宝斎はダメージに身悶えながらゆっくりと顔を上げた。

すぐ目の前にいるのは猿の干物こと、コロン。店の奥には青い髪の少女と黒いおかっぱ髪の男が1人。男はムースである。

(……はて?)

そこに、青い髪の少女が二人居ることに八宝斎は気がついた。

1人は民族衣装に身を包んだシャンプーだが、もう1人は見慣れない制服を着て髪型はショートカットだ。

「え、人間なの? ソウルジェムが魔女の時みたいな反応してるんだけど……」

その見慣れない少女がしゃべった。

「あの老頭子とっても邪悪ね、たぶん、魔女より邪悪あるよ」

シャンプーが説明すると、ムースとコロンもそうだそうだとうなずいた。

「ワシが邪悪じゃと! ひどいではないか、ワシはシャンプーちゃんにプレゼントを持ってきたというのに!」

「プレゼント……?」

八宝斎の言葉にシャンプーは露骨にけげんな顔をする。

「はっ!? シャンプーちゃんまでワシをそんな目で……ええい、それならそこの女子でかまわん!
ワシのプレゼントをもらってくれんかの?」

「え、ええ? プレゼントって何を?」

八宝斎のノリとテンションについていけない青い髪の少女はついつい気圧されてしまう。

「なあに、お主ならサイズも合うじゃろう、胸はちょっと足らんがのぉ」

そう言って八宝斎が胸元から取り出したものは、黒色のハードコアな雰囲気を放つ下着だった。

それを手にして八宝斎は青い髪の少女の元へ飛び込む。

「ひっ!?」

思わぬセクハラに青い髪の少女はドン引きする。

しかし、

「クソジジイ、それ以上女子に近づくでねぇだ!」

「やめんか、ハッピー」

「女の敵、くたばるね!」

見事に三方からの一斉攻撃を食らい八宝斎は撃沈された。

「え、ちょっと、人間なんでしょ? こんなにして大丈夫なの?」

過激なツッコミに青い髪の少女は少々驚いた。

ギャグのノリでやっているが、猫飯店の三人からの一斉攻撃など食らったら不通の人間はただではすまない。

いや、魔法少女でも深刻なダメージになるだろう。

「かまわねえ、このジジイはもっと懲らしめねばならぬだ」

「そうね、この程度でくたばるよなジジイなら苦労しないアル」

ムースとシャンプーは口々に言う。

「でも、いくらなんでも可哀そうじゃ……」

青い髪の少女はそう言って、地に落ちた八宝斎を拾い上げようと近づいた。

「わー、なんて優しい子なんじゃ!」
324 :19話3 ◆awWwWwwWGE 2012/02/13(月) 22:43:38.95 ID:hdC736YI0
その少女に対し、八宝斎はあろうことか飛び込んで胸にしがみついた。

「え?」

青い髪の少女の表情が露骨に曇る。

「さやか、ハッピー相手に遠慮も手加減も必要ないぞい」

コロンはそんな青い髪の少女を煽る。

「あたしさぁ、今ちょうどむしゃくしゃしててさ、そういう時にこういう冗談はちょっと我慢できないんだわ」

さやかと呼ばれた少女はうつむき加減で八宝斎をひとまず引き剥がす。

その顔はどこと無く影が差している。そして、いつの間にやら手に剣を握っていた。

「かまわないね、存分にやるよろし」

「まー、刃は抜いてるから悪く思わないでよ……」

本能的に危険を察知した八宝斎は素早く飛び去ろうとするが、思いも寄らず、青い髪の少女に先回りされていた。

「なっ、お主ただものでは……っ!」

言っている間に一閃、鋭い太刀筋が袈裟斬りに振り下ろされた。

「ぐえっ!」

八宝斎の予想通り、その威力もただの少女のものではない。

そのただものの威力ではない斬撃が息をつく暇も無く幾重にも繰り出される。

さしもの八宝斎も滅多打ちにされるしかなかった。

*********************

さやかは放課後、猫飯店に来ていた。

理由は昨日、「殺人現場」を猫飯店のムースという男に見られたからだ。

さやかとしては昨日のことをまどかやマミに打ち明ける勇気はない。

しかし、ほぼ知らない相手なら人格を疑われたってかまわないし、吐き出す場所が欲しかった。

だから「事情を聞きたい」というムースの求めに応じ、全部ぶっちゃけるつもりで猫飯店に来たのだ。

「しかし魔法少女とは信じにくいものじゃな」

やがてコロンが言った。

八宝斎はいつの間にやら椅子で変わり身の術をつかって逃げ延びている。

「でも、信じるしかないね。あんなに早く怪我が治るわけないあるよ」

シャンプーの言葉にムースがうなずく。

「うむ、刃物で腕を貫いてもあっというまに元通りとは、驚いただ」

ムースの言うように、さやかは魔法少女というものがどういうものか知ってもらうために、
魔法で剣を出し、その剣で自分の腕を貫いて見せた。

剣を抜くとすぐに傷口がふさがり、腕を貫いたというのにほんの数滴の血がこぼれた以外はなんの痕跡も残らなかった。

そういって驚きの声をあげる猫飯店の面々に対して、さやかは寂しげな表情をした。

(普通の人からみれば、あたしはバケモノなんだ……)

猫飯店の面々はその戦闘能力の高さや非常識さにおいて決して普通の人ではない。

しかし、さやかにとっては魔法少女でなく、人殺しにも関わっていない人間など、もはや全く異次元の存在に思えた。

いや、彼らが異次元なわけではない、自らが一般人の常識の通じない世界へと行ってしまったのだ。

「ところで、早乙女乱馬や佐倉杏子の知り合いのようじゃがどういう関係じゃ?」

「ああ、マミさん……あたしの先輩の巴マミって人が佐倉杏子と魔法少女仲間で――」

さやかが言い終わらないうちにコロンは質問を上乗せした。

「つまり、早乙女乱馬と佐倉杏子は魔法少女なのじゃな!?」
325 :19話3 ◆awWwWwwWGE 2012/02/13(月) 22:44:42.46 ID:hdC736YI0
「う、うん、そうだけど」

顔を近づけ迫るりながら聞いてくる老婆にさやかは気おされる。

「では、響良牙はどうなのじゃ?」

「良牙さんは違うよ、男は魔法少女になれないし。良牙さんはむしろ――」

「変身体質あるか?」

今度はシャンプーがさやかの言葉をさえぎった。

「ひとの秘密を聞いて、こっちは隠してるのじゃ不公平ね」

きょとんとするさやかの目の前で、シャンプーは水の入ったコップを手に取った。

そして思いっきり……ムースにぶっかけた。

「え? おら――ガーッ、ガーッ」

しゃべる暇もなく、ムースはあひるに変身してしまっていた。

「良牙さん以外にもいるんだ!? しかも違う動物だし!」

「ちなみに、私は猫になるね」

シャンプーはそう言ってにっこり微笑んだ。

それなら何でシャンプー自身が変身しないのかと、さやかは思わないでもなかったが。

「ふむ、それで魔法少女ではない良牙がどうしておぬしらと関わっておる?」

「えーと、あたしにもよく分かんないんだけど、良牙さんがそのマミさんっていう先輩のところで
ペットみたいになって暮らしてたよ……マミさんと良牙さんがどうして知り合ったのかはしらない」

さやかのその答えでコロンは良牙の事情について大体の察しが付いた。

おそらくどこぞで迷子になってたところを助けられて情が湧いたとか、そんなところだろう。

つまりはあかねの時と同じである。

「では、魔女は魔法少女にならずとも倒せるということじゃな?」

「良牙さんぐらい強ければね、普通の人間には無理だと思う」

「そうか、こやつでは少々荷が重いかも知れぬのぅ」

コロンはガーガーとわめくあひるを眺めて言った。

それは「おらは良牙より弱くねえだ」と必死に訴えかけているように見える。

シャンプーはそんなムースのくちばしをつまんで強引に黙らせた。

「でも大事なことわかたね、乱馬のこと、たぶん魔法少女になったせいアルよ」

「うむ、おそらくの」

コロンとシャンプーは互いにうなずく。

「え? 乱馬さんがどうかしたの?」

「乱馬も変身体質ね。でも最近変身しなくなたアル」

それを聞いたさやかは早とちりをした。

乱馬がどんな小動物に変身するのかは知らないけれど、きっと変身体質を治すことに願いを使ったのだと。

そして、猫飯店一同は変身体質から元に戻る方法を聞きだすために自分を連れ込んで話を聞いているのだと。

「あんまりさ、お勧めできないね……変身体質が治ってもさ
その代わり魔女退治とか魔法少女同士の争いの毎日じゃ意味ないよ」

その言葉は乱馬やシャンプー・ムースに言ったのか、それとも自分自身に言ったのかさやかは自分でよく分からなかった。

「うん、乱馬の場合完全に裏目ね」

シャンプーはさもあらんとうなずいた。

「それで、魔法少女というのはどうやってなるものなのじゃ?」
327 :19話5 ◆awWwWwwWGE 2012/02/13(月) 22:46:38.73 ID:hdC736YI0
「えっと、キュゥべえってしゃべる猫みたいなのが居て、そいつと契約して魔法少女になる。
その契約のときに魔法少女になる代わりにどんな願いでもひとつだけ叶えてもらえるんだ」

「どんな願いでも……」

その言葉に猫飯店の三人は考え込んだ。

「じゃとすれば、間違いあるまいな」

コロンが独り言のようにつぶやくと、あひるのままのムースもガーガーと鳴いてうなずいた。

そんな中、シャンプーだけが唖然としていた。

この猫飯店の三人には分かってしまった。乱馬が何を願って魔法少女になったのか。

状況証拠としてはそれしか考えられないのだ。

「おそらく、ムコ殿……いや乱馬は重症のあかねを治すために魔法少女に――」

コロンはゆっくりと、まるで諭すような口調で言う。

「そんなハズないね!」

それに対して、シャンプーは反発するように激しい剣幕で否定した。

「乱馬が、あかねのために人生投げ出すなんて! そんなこと、あるわけ……」

なぜシャンプーが激しい剣幕になるのか、コロンがなぜ乱馬のことを「ムコ殿」などと言いかけたのか、
その辺の事情はさやかには全く分からない。

ただ、乱馬が友だちを救うために契約した、つまりさやかに近い状況で魔法少女になったらしいというのは理解できた。

そして、シャンプーがその行為を「人生投げ出す」と表現したこともまた理解できてしまった。

「人生投げ出すって、どういうこと?」

うつむき加減で、腹の底からひねり出したような低い声をさやかは響かせる。

「あ……」

さすがにシャンプーはきまずそうに口をつぐんだ。

言っていることは確かにシャンプーが正しいのかもしれない。

ただの女子学生が終わらない戦いの日々に放り込まれるなんて人生を投げ出したのと同じことだ。

そして、人を殺めてしまった自分にはもはや普通の人生、人並みの幸せなど許されないだろう。

分かっている、なのにさやかの感情はその現実を目の当たりにされることに耐えられなかった。

「ひとまず、この辺でお開きにしようかの」

険悪なムードを見て、コロンが間に入った。

ムースもガーガーと鳴いてコロンの意見への賛同を表明する。

「長々と引き止めてすまなかったの、お主の情報は非常にためになったぞい」

「え? ちょっ……」

急にお開きということになってさやかは戸惑った。

「あたしが、あたしが人殺しになっちゃったってことはほっとくの!?」

「なぁに、魔法少女のことなどどうせ警察は信じてくれまい、誰もお主を捕まえたりはせんじゃろう」

違う、あたしがここに来たのはそんな言葉をもらいに来たんじゃない。

さやかは生気のない目でゆっくりと首を横に振った。

(人を殺しても捕まらないって、それじゃ魔女と一緒じゃない!)

そう思ったところで、さやかはようやく自分で気がついた。

なぜ自分がムースの求めに応じてほいほい猫飯店に来て、いろいろ情報を暴露したのか。

(あたし……裁いて欲しかったの?)

このまま一生罪の重さにおびえて生きていたくなどない、それでは恭介にも顔向けできない。

だから第三者に自分の罪を晒し、裁いて欲しかったのだ。
328 :19話6 ◆awWwWwwWGE 2012/02/13(月) 22:48:21.48 ID:hdC736YI0
その望みが果たせないと知り、さやかはうなだれた。

「すまぬ、こちらのシャンプーもちと余裕がない状態での、ひとまず下がってもらいたい」

コロンはさやかの耳元でシャンプーに聞こえないように小声で言った。

さやかにはその言葉に従い出て行くしか仕方がなかった。

334 :20話1 ◆awWwWwwWGE 2012/02/22(水) 00:48:48.93 ID:iTgb6EbE0
暁美ほむらはまっすぐ帰宅すると、見滝原市の地図を広げた。

そこには真っ赤な字で『ワルプルギスの夜想定ルート』という文字とその下方から赤い線がデカデカと引かれている。

ほむらはその地図の上に、チェスの白い駒を置いていく。

悪い状況ではない。

今回はまだビショップもナイトもルークも死んでいない。

今から『ワルプルギスの夜』が来るまでの間に全滅ということは無いだろう。

たとえ彼女らの何人かが抜けたとしても、あの響良牙という男や早乙女乱馬という魔法少女がいる。

ほむらはその二人をたとえる駒が思いつかず、さしあたってポーンで代用した。

そして、クイーンの駒を見つめる。

(まどかが出る必要は……ない!)

ほむらはクイーンを地図の外に置いて、キングを赤い線の真ん中に置いた。

今までほむらは何度もこの『ワルプルギスの夜』と戦ってきた。

しかし魔法ではなく本物の兵器を使う彼女の攻撃はまともに効いたためしがない。

おそらく、物理攻撃に対して極めて高い耐性があるのだろう。

ならば、攻撃に回る人員が十分な今回は自分は別の役割を果たすべきだ。

ほむらはそんな自分の無力さをキングに例えた。

駒の大半が広い範囲に動けるチェスにおいて、1マスしか動けないキングは決して強い駒ではない。

だが、タテ・ヨコ・ナナメすべてに動けるのはクイーン以外ではキングのみである。

それは敵を引きつけ、際どく避け続けるには十分な性能だ。

オトリになって敵をひきつける。それが、今回の作戦でほむらが考える自分の役割だった。

「今度こそ……勝てる!」

「なかなかにご機嫌だね、暁美ほむら」

そこへ、白い小動物が入ってきた。

その小動物は猫のような耳から触手のようなもうひとつの耳が垂れ下がり、普通の動物ではありえない姿をしている。

「私の部屋に入ってくるとは良い度胸ね。何用かしら、インキュベーター」

ほむらは振り向いたときにはすでに拳銃を手に握り、その小動物――キュゥべえに向けていた。

しかしキュゥべえはほむらの言葉を無視して地図の置かれた机の上に飛び乗る。

「へえ、『ワルプルギスの夜』対策かい。キミも意外と魔法少女の仕事に熱心なんだね」

「何用かと聞いているのよ」

ほむらはキュゥべえの頬に拳銃を押し当てる。

「やれやれ、人間のやることは分からないなあ。ボクがインキュベーターだと知っているのなら、
そんな脅しが無意味だということも知っているんじゃないのかい?」

その言葉にほむらは自らの唇をかみ締めた。

本人の言うとおりインキュベーター相手にこんな脅しは無意味なのだ。

殺したって意味がないし、敵意を表現したところでそれが通じる相手ではない。

「それに、これは楽観的すぎるシミュレーションだよ」

キュゥべえはそう言うと、するりとほむらの拳銃の脇を抜けた。

そして前足で器用に黒いルークを握って白のビショップの前に置く。

「どういうことかしら?」

「呉キリカが、巴マミを狙っているみたいだ。この分だと今にも戦闘が始まっているかもしれない」

そのキュゥべえの言葉の背景がほむらには理解できなかった。
335 :20話2 ◆awWwWwwWGE 2012/02/22(水) 00:50:02.41 ID:iTgb6EbE0
「織莉子がいないのに、まだキリカが魔法少女狩りを続けているというの!?」

「どうやら巴マミを美国織莉子の仇だと思っているらしいんだ」

ありえない。ほむらはそう思った。

織莉子殺しの犯人を断定できるほどの証拠は残っていなかったはずだ。

ましてや何の関係もない巴マミを犯人と思い込むなど普通ならありえることではない。

「よく理解できないわ。インキュベーター、あなたは見ていたはずよ、私と美樹さやかが美国織莉子を倒すところを」

「へえ、気付いていたのかい」

感嘆詞などつけながらも、インキュベーターには全く動揺した様子はない。

「ええ。あなたに集中しすぎて、あの暗器使いとかいうワケの分からない男は見逃したけどね」

話しながらもほむらは考えをまとめる。

呉キリカはなぜ巴マミを仇だと勘違いしたのか。

誤解に基づく敵討ちだと知りながら、なぜインキュベーターは自ら呉キリカを説得しないのか。

「……そう、あなたがわざと呉キリカに誤解させたのね」

インキュベーターの目的までは分からない。

しかし、状況から判断してそれしか考えようが無かった。最低でも未必の故意はあるはずだ。

「暁美ほむら、それは憶測だよ」

インキュベーターのその赤い瞳からはほむらは何の感情も読み取れなかった。

こちらの憶測に本気で抗議をしているのか、それともこちらに証拠がないから余裕をかましているのか、それすら分からない。

「そんなことよりも、このシミュレーション通りに『ワルプルギスの夜』を迎え撃とうと思ったら
巴マミに死なれたら困るんじゃないのかい?」

そこだけはインキュベーターの言うとおりだった。

ほむらは舌打ちをして、部屋を飛び出した。

******************

「こんにゃろう!」

勢い良く杏子は、背の高い魔女に飛び掛る。

 ヒュッ

しかし、風が通り過ぎたような音と共に彼女の槍はいつの間にか後ろに弾き飛ばされていた。

「なっ!?」

杏子には何をされたのかもよくわからない。

だが攻撃の一種だとすれば相当に速いことは間違いない。

杏子は巴マミの方を見た。

マミは未だに事態を理解できずに呆然としている。

この状態で狙われたら簡単にやられてしまうだろう。

(どうする? 守りながら戦うか!?)

杏子の魔法のレパートリーには防御魔法もある。

マミを守りながら戦うことも技術的には十分可能である。

しかし、先ほどまで魔法少女だった呉キリカとの戦いですでにかなりの魔力を消耗していた。

(その上、能力もよくわかんねぇんじゃ戦いようもねえ)

魔法少女として時間遅延の能力を持っていたのならば、魔女となっても同じ能力だという推測はなりたつ。

が、憶測で戦うのは危険だ。

「チッ、お前、おぼえときな!」
336 :20話3 ◆awWwWwwWGE 2012/02/22(水) 00:51:26.56 ID:iTgb6EbE0
杏子は魔女に向かって中指を立てた。

そして素早くマミを小脇に抱えて魔女から遠ざかる。

魔女は矢印の矢の部分だけのような黒い影を飛ばして攻撃してくるが追ってまでは来ない。

杏子はひょいひょい器用にかわしながら、まだ未完成な結界の迷宮を逃げていった。

やがて、十分結界の端に行っただろうというところで、結界にきれいな一直線の切れ込みが現れた。

外に出るために杏子が結界を開いたわけではない。外部から何者かが進入してきたのだ。

杏子が身構えている間にも、その切れ込みはお菓子の紙袋の口のようにぐにゃりと曲がって外界への入り口を広げた。

そして、そこから杏子にはあまり見慣れない黒髪の少女が現れる。

彼女は魔法少女にしてはやや地味な、学校の制服に似ているようでどこかおかしな服装をしていた。

「巴マミは無事のようね」

黒髪の少女はそう言って杏子とマミを一瞥するとすぐに前を向いた。

すでに使い魔が迫ってきていたのだ。

「お前、マミの仲間だったよな……悪い、後は任せた」

たしか暁美ほむらとか言ったか。だが今は名前などどうでも良かった。

言い終わるとすぐに、杏子はマミを抱えたまま黒髪の少女の作った穴から結界の外に逃げ出した。

******************

「!?」

魔女の攻撃がきわどくほむらの髪を掠めた。

数本の長い髪が緩やかに宙を舞い、地に落ちる。

(いつ攻撃されたのかも分からなかった……)

暁美ほむらは呉キリカの能力を知っている。

もともと素早い上に時間遅延の魔法を組み合わせることで敵から見ればありえないほどの素早さを発揮する。

単純なスピードで言えばさやかの方が上になるのだろうが、時間遅延を使っている分、小回りも効き反応も早くなる
キリカの能力の方がより実戦向きと言えるだろう。

そして、それは魔女になっても変わらない――いや、その程度ではなかった。

いつ攻撃されたかもわからないのでは、いくら時間を停止させても避けきれない。

しかたなく、ほむらは時間停止を連発してはそのたびにランダムに動いた。

見てから避けるのが不可能ならば、せめて相手に狙いを絞らせないのが定石だろう。

時間を止めると良く分かる、魔女となったキリカは矢印型の黒い何かを、腕から飛ばして攻撃してきている。

その黒い何かはすさまじい速度のわりに音もなく影もほとんど見えない。

逆に言えば軽いだろうから、直撃しても魔法少女には致命傷にならないのかもしれない。

とにかく、そうやって断続的に時間を止めながら、ほむらは魔女の足元までたどり着いた。

魔女は女性の上半身がいくつも連なった細長い塔のような形をして、最上部にはシルクハットをかぶった頭と、
イカリのような武器をもった腕が見える。

ほむらは時間を止めて手榴弾を魔女の根元に放り投げた。

そして大きく横に移動してから再び時を動かした。

時間が動き出すのと同時に、すぐさっきまでほむらが居たところに巨大なイカリが振り下ろされる。

一方、魔力のこもっていないほむらの手榴弾での攻撃は、魔女に対して決定的ダメージにはなっていないようだった。

イカリの一撃を避けられた魔女はその長い体をくねらせてほむらに向かってくる。

(いちいち時間を止めてちゃ魔力がもたないわね)

そう判断したほむらは、魔女の次の一撃をワザとすれすれで避けて、魔女のそのイカリに手で触れた。

そして、魔女のその部分に魔力を送り込む。
337 :20話4 ◆awWwWwwWGE 2012/02/22(水) 00:53:36.41 ID:iTgb6EbE0
すると、イカリのついた魔女の腕はまるでプラモ細工か何かのように固まって動かなくなった。

(ふぅ……これで反撃は封じられたわね)

ほむらは小さく一息をつく。

これは、ほむらの時間停止の応用である。

普段使っている時間停止が『自分以外全て』の時間を止めているのに対して、今魔女の腕に仕掛けた時間停止は
対象のみの時間を止めている。

時間を止めた相手には、何のダメージも伝わらず一切の攻撃が効かなくなるが、代わりに相手も動けない。

そのため直接敵を倒すための技としては使えないが、一時的に行動を止めるには役に立つ能力だ。

この対象個別の時間停止と全体の時間停止を併用すれば、周りの人間はおろか本人にも気付かれないうちに
人間1人を瞬間移動させることも可能である。

もっとも、併用となれば魔力の消費も魔法使用にともなう集中力も半端なく必要なのでそんなことは滅多にしないが。

「これで終わりよ」

反撃の恐れが無くなったほむらは、マシンガンの弾と手榴弾をありったけ魔女にぶち込んだ。

盛大に爆風が巻き起こり、魔女の体は木っ端微塵に砕け散る。

勝利を確信したほむらは爆風に背を向けて、その場を立ち去ろうとした。

だが、その背後にちょうど魔女の腕のイカリの部分が勢い良く飛んできた。

(えっ!?)

反応が間に合わなかったほむらはまともにそれを背中で受ける。

血反吐を吐いて、ほむらは魔女のイカリの下敷きになった。

時間を止めていたために、イカリの部分だけは爆風でも砕け散らなかったのだ。

そして、それが丁度爆風でほむらの方へと飛ばされてきた。

(たまたま……それともわざと!?)

魔女になっても完全に知能が消え去るわけではない。

しかし自分の死すら利用して攻撃をしかけるなど生半可な執念ではないだろう。

もしかしたら、魔女となったキリカは織莉子殺しの犯人が自分だと気がついたのかもしれない。

そんなことを思いながら、ほむらは力づくでなんとか魔女の腕を払いのけた。

そのままフラフラと立ち上がってグリーフシードを探す。

そのほむらの目の前に、どこに隠れていたのかキュゥべえが姿を現した。

「思ったより苦戦したようだね、暁美ほむら」

「グリーフシードは?」

憎々しいインキュベーターの台詞には答えず、ほむらは今必要なものを探した。

「グリーフシードならそっちだよ」

キュゥべえはしっぽでその方角を指し示す。

ほむらはそこへ行ってグリーフシードを掴むとすぐさま自分のソウルジェムに押し当てた。

「さて、暁美ほむら。キミは呉キリカの能力を始めから知っていたね? 戦い方を見るとそうとしか思えない」

「……何を、言いたいの?」

少しずつ体を修復しながら、ほむらはキュゥべえをにらみつける。

「だけど、間の悪さから言って織莉子のような予知能力者ではない。相手の心理を読めるサイコメトラーでもないだろう。
とすれば、他に考えられるのは……ほむら、キミは時間遡行者じゃないのかい?」

「なっ……」

ほむらは言葉につまった。

「その表情は人間の言葉で言うところの『図星』という感情だね」
338 :20話5 ◆awWwWwwWGE 2012/02/22(水) 00:54:49.94 ID:iTgb6EbE0
キュゥべえは「そうなんだろう」とでも言いたげにほむらに近寄る。

「でも、ひとつどうしても分からないことがある。……暁美ほむら、キミの目的は一体なんだい?
何のためにわざわざワルプルギスの夜が来る前の時期を選んで時間遡行しているんだい?
もっと楽に暮らせる時間が後にも先にもいっぱいあるはずじゃないか」

「……あなたには、分からないことよ」

こうも核心に触れてこられると何を言っても理詰めで見抜かれそうな気がしてくる。

キュゥべえの物言いに流されないよう、ほむらははぐらかすしかなかった。

「そうか。てっきり、鹿目まどかを魔法少女にしたがらないことに関係があるのかと思ったよ」

その言葉に、ほむらは表情を変えた。このままではまずい。

「インキュベーター、それ以上言うなら――」

ほむらは盾の中から銃を取り出してキュゥべえに向けた。

だが、キュゥべえは身じろぎもせずこう言うのだった。

「暁美ほむら、キミが協力してくれるなら鹿目まどかを魔法少女にしないと約束しよう」

*****************

「分からない……一体どうして?」

自宅に着いてもまだ巴マミは何も手につかない状態だった。

ほむらからは先ほどテレパシーがあり、魔女はすでに倒したという。

「しっかりしろ! そんなことは後でキュゥべえの奴を問い詰めればいいんだ」

杏子は必死でマミの肩をつかむ。

「……問い詰めて、どうするの?」

マミは感情のこもっていない空っぽの瞳で、杏子に振り向いた。

その生気を感じない表情に、杏子は背筋が凍るような気がした。

何かが違う、マミを支えていた根本的な何かが崩れ去ったような、そんな違和感を杏子は感じたのだ。

「ど、どうするって、返答しだいじゃとっちめてやるに決まってる……だろ」

「いや、知りたくない!」

突然、マミはおおきく頭を振った。

どことなく仕草や言葉遣いがいつもよりも子供っぽい。

「だって、魔法少女が魔女になるなら……魔女になるために生かされてるなら……死んだ方がまだ……」

「ふざけたこと言うな!」

思わず杏子は激しく怒鳴った。

魔女になるために生かされている、この短い間に杏子はそこまで考えてはいなかった。

たとえそうだとしても杏子は死んだ方がマシだとは思わない。

彼女にとっては生きるということはあくまで自分のために生きることであって、誰が何の目的で生かしていようが
自分が生きていることでどこかで知らない他人を不幸にしていても関係ない。

だが、マミにとっては違う。杏子はそれを知っている。

巴マミは自分が魔女を倒し、人々を守るために生かされていると信じて生きてきたのだ。

そんな巴マミだからこそかつての杏子を快く受け入れ、そして
他人のために生きることに限界を感じた杏子は袂を分かつことになった。

それはさておき、交通事故でとっくに死んでいたはずのマミが生きているのは
本人にとっては町の平和を守るためということになる。

それが、町の平和を守るどころか実は魔女そのものだとしたら、そして自分の同類の魔法少女を殺し続けてきていたとしたら――

しかも、マミは幼いころから魔法少女として戦い続けてきた。

杏子は魔法少女になったことで大きく人生を変えてしまったが、マミにとっては魔法少女であることが人生そのものなのだ。
339 :20話6 ◆awWwWwwWGE 2012/02/22(水) 00:56:05.63 ID:iTgb6EbE0
それが真正面から否定されようとしている。それはマミの存在自体が否定されるのと同じことだった。

「ふざけたこと言うんじゃねぇ……」

杏子は同じことを二度言った。今度は怒鳴るわけではない、苦虫を噛み潰したような何かをこらえるような言い方だ。

「何のためにあたしが助け出したと思ってんだ」

「……あのままあそこで死なせてくれたら良かったのに」

「っ! てめえ!!」

思わず杏子はマミの胸倉を掴みあげた。

掴み上げられたというのに、抵抗は全く無く、マミの瞳には動揺も焦燥も見えない。

その無反応に、杏子はまたしてもゾッとした。

もはやマミは自分自身の痛みにすら興味が無いというのか。

「……もういい」

杏子は小さくそうつぶやいて、マミをそっと下ろした。

「いいか、勝手に死んだりだけはすんなよ! 絶対にな!」

それだけ言うと、杏子はマミの部屋から出た。

外に出るとすでにあたりは暗い。

杏子は人気の無い夕暮れの住宅地をしばらく歩き、やがて、薄明かりの灯る電柱にもたれかかって泣いた。

魔法少女が魔女になるという事実が恐ろしくて涙を流しているわけではない。

マミに、思いが通じなかったのが悔しかったのだ。

昔、あくまで正義の魔法少女として生きていくマミに、思いが伝わらず自分から離れていった。

それからはマミは杏子の生き方を否定することはなかった。

杏子としては自分なりの生き方で生き抜いて、昔の借りも返し、師弟を超えて対等な人間になったつもりだった。

だがそれは積極的な肯定ではなくマミにとっては自分の考えを押し付けることをやめただけに過ぎない。

それを裏付けるかのように、杏子はマミの生き方を少しも揺るがしていないのだ。

杏子がいてもいなくてもマミは正義の魔法少女として戦って死んでいく。

どうしようもなく歯がゆい。そんな思いが杏子をマミに執着させていた。

そんな時に、マミ自身がその生き方を根本から揺るがされた。

今度こそ、杏子は自分の生き方をマミに認めさせることが出来ると思った。

しかし、実際にははるかそれ以前の段階で、もっと根本的な違いを思い知らされてしまった。

巴マミは正義の魔法少女でない自分に、存在価値を認めていない。

はじめから、他人がどうなろうと構わない杏子とは結びつかないものがあったのだ。

「ちくしょう……あたしじゃ足りねぇっつーのかよ……」

杏子は暗がりをとぼとぼと歩いていった。
347 :21話1 ◆awWwWwwWGE 2012/03/11(日) 01:36:44.10 ID:wioBtADt0
朝の通学路はさしていつもと変わりなかった。

「おはよう、仁美ちゃん」

まどかもいつものように通学路の途中で仁美と合流し、出来る限りいつものように挨拶をした。

いつもと違うのは、そこに美樹さやかがいないことだ。

「あら、まどかさん、おはようございます」

仁美も出来るだけいつものように装うが、どこかぎこちない。

「さやかちゃんは今日お休み?」

「私は何も聞いていませんわ……まどかさんは?」

「ううん、私も聞いてないよ」

そんな簡単な会話をかわすと、仁美は小さくため息をついた。

それに対してまどかはうつむいて仁美から視線をそらす。

二人とも精一杯いつものふりをしても、いつものような気持ちになりきれない。

目に見えない緊張感がこの二人の間の空気だけを張り詰めたものにしていた。

まどかは知っている。このごろ仁美と上条恭介の仲が良くなっていることを。

その一方でさやかと仁美・恭介との間にスキマ風がふいていることも。

そして、仁美も分かっていた。まどかとさやかが自分に対して何か大きな隠し事をしていることに。

そうでありながら、お互いこうやっていつものふりを演じて見せたのは、
どちらも関係が壊れることを恐れているからだろう。

互いに相手を尊重してはいるのだ。それゆえかえって踏み込めない。

このままではらちが明かない。そう判断して切り出したのは仁美の方からだった。

「誤解しないで欲しいのですが、私はこんな形でこそこそと進めたくはなかったのです。
もっと、正々堂々とさやかさんに切り出そうと思っていました」

何をこそこそと進めたのか、それは言わなくてもまどかには分かっている。恭介との仲を進展させたことだ。

「でも、さやかさんがこのところお忙しそうでしたり、ひどく落ち込んだようすでしたり
良いタイミングが見つからず……」

さやかが恭介のことが好きなことは、まどかも仁美も前々から知っている。

知った上でこっそりと恭介を奪ってしまうような、仁美がそんな卑怯者ではないとはまどかも思っていた。

むしろ、そう信じたかった。

だからまどかにとって、仁美のこの弁明は少しうれしかった。

仁美がさやかを裏切るつもりは無かったのなら、そして弁明する気があるのなら、このひび割れは修復できるはずだ。

「あのね、私、うまく言えないんだけど……今日さやかちゃんが休んでいるのは多分、仁美ちゃんのせいじゃないよ」

まどかは仁美が感じている重荷を軽くしたいと思った。

本音では、仁美や恭介の影響がゼロだとは言い切れない。

だが、主要因はおそらく魔法少女としての悩みなのだ。

仁美のせいではない。

「そうだったら良いのですが……まどかさんの心当たりは言っていただけないのですか?」

そう返されて、まどかは答えるべき言葉が見当たらなかった。

もっともな問いである。

考えてみれば、手の内を明かした仁美に対して、まどかは具体的なことは何一つ言っていない。

これで信用してもらおうなどとはあまりにも虫の良い話だろう。

何も言えず、まどかはうつむいた。

仁美への申し訳なさと同時に、さやかの役に立てないことにまどかは自信をなくす。
348 :21話2 ◆awWwWwwWGE 2012/03/11(日) 01:37:59.08 ID:wioBtADt0
魔法少女になれない自分はこんな事でこそさやかを支えなければならないのに、交友関係ひとつすら解決できない。

なんて無力なのだろう。

「まあ、いいですわ」

まどかまで落ち込んだ様子を見て、仁美が一歩引いた。

「まどかさんが嘘をつくとは思えませんし、
さやかさんがもっと大変なことで悩んでおられるなら話せるときが来るまで待ちましょう」

(やっぱり仁美ちゃんは私より大人だ……)

まどかは安心した。

仁美の余裕のある発言に少し劣等感を抱かないわけでもなかったが、ひとまずは丸く収まったんどあ。

*************

クラスの中で、欠席しているのは美樹さやかだけだった。

暁美ほむらも普通に出席している。

まどかはもしかして魔法少女全体に関わる大きなこと――たとえば前に巴マミが言っていた『ワルプルギスの夜』など
が起こっているのかとも勘ぐっていたが、それはなさそうだ。

それならばほむらも欠席するはずだった。

おそらくさやかの個人的に抱えた問題なのだろう。

まどかはひとつ安心するのと共に、別のところで不安を増大させた。

さやかは個人的な問題を小学校からの付き合いの自分にすら打ち明けてくれないのだ。

まどかはさやかの態度に少しの寂しさと、力になれないことへの歯がゆさを感じた。

(そうだ、マミさんに会って来よう!)

まどかは思い立った。マミならば、さやかの事情を知っているかもしれない。

また、こちらは逆にマミは知らないであろうさやかと恭介や仁美とのいきさつを知っている。

マミが情報交換すれば、もっとうまくさやかの気持ちを分かってあげて上手く支えてあげられるかもしれない。

まどかは昼休みになると昼食もとらずにそそくさと三年生の教室を訪れた。

ところが――

「えっ!? 今日はマミさんお休みなんですか?」

「ああ、しかも無断欠席だ」

三年生の男子はあきれたように言った。

マミがただのサボりで無断欠席をするとはまどかには思えない。

サボりでないとすれば――

いやな予感がまどかの脳裏をよぎる。

さやかとマミが急に二人して無断欠席……つまり連絡がつかなくなったということは、
二人とも魔女に殺されてしまったのではないだろうか。

(そんなこと……)

絶対にない、とは言えない。

それはまどかにも分かっていた。

しかし、まどかの感情は激しくさやかとマミの死という可能性を拒絶する。

真相を知るのが怖い。

(それでも、聞かないと)

まどかは自分のクラスの教室に戻ると、暁美ほむらに向かっていった。

「安心しなさい。美樹さやかも巴マミも生きているわ」

おそるおそる二人の安否をたずねたまどかに、ほむらはにべもなくそう答えた。
350 :21話3 ◆awWwWwwWGE 2012/03/11(日) 01:42:13.69 ID:wioBtADt0
「え、でも……そのっ」

それならどうして休んでいるのとか、何かあったのとかいろいろ聞きたいはずなのに、
ほむらのツンとした表情にまどかはうまく言葉がでない。

そうしてまどかがもごもごしている間にも、ほむらはきびすを返して自分の席にもどろうとする。

関わるな、ほむらの無言のプレッシャーがまどかにそう告げていた。

「どうして、二人とも休んでるのかな?」

やっとのことでまどかは声を絞り出した。

「さあ、魔女と戦って疲れたんじゃないかしら」

ほむらは振り返りもせず素っ気無く答えるだけだった。

「それじゃ私、放課後さやかちゃんやマミさんにお見舞いに行くね」

「ダメよ!」

まどかの提案に、すさまじい勢いでほむらは反対した。

その勢いに気おされるまどかを見て、ほむらは自分が過剰な反応をしてしまったことに気付く。

「美樹さやかは分からないけど、巴マミは今危険な状態なの。
魔法少女でないあなたが行ってはならないわ。」

少し気を落ち着けて、ほむらは理由を言った。

「危険だったらなおさら!」

「危険な状態なのよ! あなたが危険に身を晒すことで悲しむ人がいることが分からないの!?」

何がどう危険かと言えない、だからこそなおさら、自分の中の何かを打ち消すようにほむらは激しくまどかを責めた。

「……わからないよ」

まどかは首を小さく横に振った。

「私に何かあったら悲しんでくれる人は居るかもしれないけど、それは、マミさんでも同じだよ?
私もさやかちゃんも良牙さんも……えと、杏子ちゃんも悲しむよ。ほむらちゃんは違うの?」

そう言い返されて、ほむらは戸惑った。

まどかが言い返してくるということ自体があまりないことだったし、
そのまどかの表情はまるで得体の知れないものを見ているかのようにおびえていたからだ。

まどかが自分を疑っている。それはまるで、『かつて』キュゥべえの正体に気付いたときの顔と同じだった。

「魔法少女になった以上は、いずれは哀れな最期を迎えるしかないわ。
いちいちそれに同情してたら命がいくつあっても足りないのよ」

ほむらは自分に言い聞かせるようにそううそぶいた。

「それって――」

まどかはほむらの言い回しに不吉なものを感じ取った。

(しまった)

ほむらは悔やんだが遅かった。まどかに余計な情報を与えてしまったことはもう取り返しがつかない。

「もしあなたが無理にでも巴マミの元へ行くというのなら私も強硬手段に出るわよ」

やむをえずほむらは開き直って脅しをかけた。

「なんで……」

まどかはただ唖然とし、悲しむだけだった。

******************

刷り上ったばかりのポスターを、らんまと良牙は電柱に貼っていった。

「こんなんで本当に効果があるのか?」

「さあな」

二人が貼っているポスターには『不審者に注意』という大きな黄色い文字が浮かんでいる。
351 :21話4 ◆awWwWwwWGE 2012/03/11(日) 01:43:16.33 ID:wioBtADt0
その下には耳から何か生えている変な猫の絵が描かれていて、
『最近、このようなヌイグルミを使って女子児童らに声をかける変質者が出没しています。
見かけた際にはすぐに110番を――』などと説明文がうってある。

「たしかに俺も最初は変質者だと思ったな」

「そーゆー問題かよ」

ぐちぐち言いながらも、二人は壁に貼り終えると次の場所へと移動した。

彼らは風林館高校の校内にポスターを貼っていっている。

天道早雲が町内会では格闘家として何かと頼られる存在であり、そのおかげでらんまが防犯ポスターを貼っていても
あまり怪しまれなかったし、聞かれても『町内会の仕事で』と言えば納得してもらえた。

教師の二ノ宮先生に見つかっても『このヌイグルミ欲しい』とゴネられただけで、お咎めは無かった。

「……なにやってんだ、あんたら?」

また後ろから声をかけられた、今日何度目かの質問だ。

面倒くさいのでらんまは振り返りもせず答えた。

「あー、町内会の仕事で――」

「んなわけねーだろ」

容赦なく突っ込まれ、らんまはムッとして相手を振り返った。

「なんだ、あんこちゃんか」

良牙がつぶやくように言う。

「あんこじゃねぇ、杏子だ」

そこには一晩置いて見滝原から帰ってきた佐倉杏子の姿があった。

*************

「……魔法少女が魔女に?」

さすがになびきもキョトンとしていた。

昼休みの校庭に、風林館高校の生徒であるらんまとなびき、そして不登校児の杏子と中卒の良牙。

その四人が揃っている。

「ああ。ソウルジェムが魔女になった」

杏子は何度目かの同じ説明を繰り返す。

「敵の魔法少女の技の一種ってことはねーのか?」

らんまが角度を変えた質問をした。

「絶対無いとはいえない……けど、あたしたちの魔翌力の源のソウルジェムが魔女になったんだ。
ワザとかそんなちゃちなもんじゃねーよ、アレは」

杏子はそのときの状況を思い出し、おそろしげな顔をした。

「ってことはだ。魔女はもともと全部魔法少女だったていうのか? 魔女を作るために魔法少女を作ってたのか?」

良牙は怒りに拳を握り締めた。

もし言うとおりだとすれば、キュゥべえはとんでもない大悪党だろう。

「それは……」

杏子は言葉に詰まった。そこまで言うには情報が足りなさ過ぎる。

「ところでさ」

そこに、なびきが割り込む。

「ソウルジェムが魔女に化けたってことは……その魔法少女自身はどうなったわけ?」

「ああ、気が抜けたっていうか死んだみたいに動かなくなった。多分、死んだんだろ」

杏子はそれにはこともなげに答える。
352 :21話5 ◆awWwWwwWGE 2012/03/11(日) 01:44:17.62 ID:wioBtADt0
「……ソウルジェムが魔女になったら死ぬってことはさ、あんたたちソウルジェムぶっ壊したら死ぬんじゃない?」

「え?」

「は?」

なびきの言葉に、らんまと杏子は思わず顔を見合わせた。

考えても居なかったという表情だ。

「ものは試しにさ、ソウルジェムにデコピンでもしてみたら?」

そう言われても、もしかしたら自分が死ぬかもしれないと思うとらんまも杏子も手を出せなかった。

「それじゃためしに」

すると良牙がらんまのソウルジェムにデコピンをしようとする。

「う、うわ、やめろ! お前の馬鹿力でデコピンされたら一発で粉々になっちまう」

「安心しろ、爆砕点穴はつかわん」

良牙はそういうものの、らんまにとってやはり良牙のパワーは脅威である。

らんまは自分のソウルジェムを握り締めて逃げだした。

「おい、こら、待て!」

それを良牙が追いかける。

「ちょっとあんまり暴れないでよ?」

なびきの突っ込みもむなしくらんまは木や壁に飛んで縦横無尽に逃げ、良牙は走ってそれを追い掛け回した。

その追いかけっこの巻き添えで、踏まれる者や壊される物が続出する。

もっとも、らんまと良牙が暴れているのは風林館高校では特に珍しいことではなく、誰も不審に思うことは無かった。

「甘い!」

良牙から逃げるのに必死のらんまを、杏子が先回りして待ち伏せる。

そして鞭状にした槍でグルグル巻きにして捕まえた。

「て、てめーら、これで死んだら化けて出るからな!」

簀巻き状態になったらんまはジタバタあばれた。

おかげで良牙も杏子もうまくらんまに近づけない。

これではソウルジェムにデコピンなどできなかった。

 ペチン

が、デコピンの音が小さく響いた。

無論、らんまのソウルジェムは体ごとグルグル巻きにされているのでそんなことできない。

三人が暴れている隙に、置きっぱなしにしていた杏子のソウルジェムになびきがデコピンしたのだ。

「う、うわっ!」

杏子はもだえ苦しむようなポーズをとる……が

「……って、え? 痛くない」

「なーんだ、効かないんだ。残念」

なびきはつまらなそうにソウルジェムを杏子に手渡した。

「なーんだビビリやがって。なさけねーな、あんこ」

らんまは手のひらを返したように落ち着いた態度をとった。

「こんなの平気だろ」

そして、いかにも余裕ですと言いたげにソウルジェムでお手玉を始める。

「……なんかこいつすげームカつく」

杏子がふくれたそのときだった。
353 :21話6 ◆awWwWwwWGE 2012/03/11(日) 01:45:31.38 ID:wioBtADt0
「ぎゃあ、いてえ!」

急にらんまが身悶えて倒れる。

「おいおい、何ふざけてんだ」

良牙があきれて言った。

が、当のらんまは大真面目に苦しんでいる。

「ハァ……ハァ……ソウルジェムに闘気か魔翌力を込めてみろ」

「どれ?」

らんまに言われ、良牙はらんまのソウルジェムに闘気を込めて触れてみた。

「ぎゃあああ、ちょ、今のはあんこに、ぎえ、言った……」

息も絶え絶えにらんまが訴える。

「あ、そっかすまねー」

そう言って杏子は魔翌力を込めて、らんまのソウルジェムを握り締めた。

「うぎゃ、じ、ぎゃ、自分のでやりやがれぇ!」

「乱馬くん、迷惑だからもっと静かに」

なびきのお叱りもむなしく、らんまの絶叫が校庭にこだました。

*************

ポスターを貼り終えると風林館高校の生徒ではない良牙と杏子は帰宅の徒についた。

「マミちゃんがそんなに落ち込んでいたのか?」

「ああ。あたしが何を言っても通じねえぐらいだった」

らんまやなびきは巴マミのことをあまり知らない。

だから杏子は良牙に話をもちかけた。

「心配だな……一度会いに行くか」

「そうしてくれ。ただ落ち込んでるだけだったら良いんだけどさ、なんかすげー悪い予感がすんだ」

そんな会話をして杏子と別れた後、良牙はすぐにでもマミに会いに行くつもりだった。

しかし、天道邸についてみると事情が変わった。

「へ? 映画の鑑賞券?」

良牙が早雲から受け取ったものは二枚のチケットだった。

「いやぁ、新聞の契約期間を延長したらもらっちゃってね」

笑顔で事情を説明した後、早雲は急に真顔になって言った。

「行ってきたまえ。ちょうど二人分だ」

早雲の意味するところを理解するのに、良牙はしばらく時間を要した。

(それは、つまり……)

「あ、あかねさんと?」

良牙の問いに早雲はこくりとうなずく。

(あかねさんと……あかねさんとデートだとおぉ!?)

自分の体の中に稲妻が駆け巡るのを、良牙は確かに感じた。

あかねとデート、そんなことがこの世で起こって良いのだろうか。

まさに夢の世界への入り口が、そこに広がっていた。

うれしすぎて他のことは何もかも吹っ飛んでしまいそうだ。

そんな夢見心地の気分の中で良牙は小さく思った。

(マミちゃんを見舞うのは明日でもいいな、うん)
361 :22話1 ◆awWwWwwWGE 2012/03/22(木) 23:58:02.66 ID:RGyRfc3y0
巴マミは気付いていた。

つらいとき、落ち込んでいるとき、ソウルジェムが濁りやすいことに。

それが何を意味するのかまでは深く考えなかった。

前向きな精神状態を保てばソウルジェムは綺麗なままで保たれる。それだけで十分だった。

ソウルジェムが濁りきったらどうなるのか、そのことも気にはなっていた。

きっと魔法が使えなくなるだけに違いない、基本的にはそう考えていた。

精神状態とソウルジェムに関係性があることに気付いていながらそれ以上考えなかった。

心が濁った少女に魔法という特別な力を与えては危険だからとか、
魔法に頼りすぎるのはよくないからとか、そんな理由で制限が加えられているのだろう。

マミはそういうことにして、胸の奥にある漠然とした不安から逃げ続けていた。

(でも……)

あの黒い魔法少女のソウルジェムは真っ黒に濁りきっていた。

真っ黒に濁りきったソウルジェムは魔女になった。

それの意味することはマミにははっきりと分かってしまった。

(魔法少女は――魔女になる!)

もはや真実を知ることから逃げられない。

自分は、かつて自分と同じ魔法少女であった魔女をいっぱい殺してきた。

そして自分も人々に害をなす魔女となる。

そのことを思うと、マミは生きた心地がしなかった。

こんな運命になるのであれば、あの時、幼き日の交通事故でそのまま死んでいた方が良かったのではないか。

そのようにすら思えてくる。

暗澹たる気持ちで、マミは自分のソウルジェムを眺めた。

黒い。

さっきグリーフシードを使ったばかりなのになまじな魔女戦の後よりもよほど黒く濁っている。

この状態ではいつ魔女になってしまってもおかしくないだろう。

 ピンポーン

マミの気持ちからすれば場違いな、明るい音程でドアチャイムがなった。

「どなた?」

日頃の習性か、とてもそんな気分でないにも関わらず考えるより先にマミは受話器に出ていた。

「……マミさん! わたしです、まどかです」

モニターには見慣れた小柄な女の子が立っていた。

受話器越しの声や、マイクに話しかけるその様がなにやら必死に見える。

「鹿目……さん?」

「あの、マミさんが今日学校お休みだって聞いて、それで、その、えと……大丈夫かなって?」

言葉が見つからないのかその必死さは空回りするように徐々に勢いをうしない、やがてもじもじと煮え切らない話し方に変わる。

それでも鹿目まどかが自分を心配してやってきたことだけは、マミには分かった。

うれしい、泣いてしまいそうなほどにうれしい。

しかし、うれしさがこみ上げてくるのと同時に、恐怖感が沸き起こった。

(わたしが今ここで魔女になってしまったら、鹿目さんは……!)

マミは自分のソウルジェムに目をやった。

もともと黄金色に輝いていたはずのその宝石は、いまやべったりと塗りつぶしたような黒に見える。
362 :22話2 ◆awWwWwwWGE 2012/03/22(木) 23:59:49.95 ID:RGyRfc3y0
やるべきことを忘れていた。マミはそう思った。

ベテラン魔法少女として、あってはならないミスだった。

たとえ鹿目まどかを巻き込まなくても、ここで魔女になってしまえば同じマンションに住む人たちを
犠牲にしてしまうではないか。

自分の心理的負荷に気をとられて周りの人たちの被害を考えないなんて、視野狭窄にもほどがある。

「マミさん……その……上がっていいですか?」

何も答えないマミが心配になったのか、受話器の向こうのまどかがたずねる。

「……ダメよ!」

マミはきっぱりとそう言った。

「え、でも……」

「ごめんなさい、でもね……今はちょっとダメなの」

きっぱり否定しても、事情をきちんと説明することは出来なかった。

もし事情を説明してしまえば、まどかは飛び込んできてしまうかもしれない。

まどかは臆病なようでいて、本当はさやかなんかよりもよっぽど危なっかしいのだ。

自分以外の人が何か怖い目にあっていたりすると何も考えずに飛び込んでしまう。

そんなまどかの性質を巴マミは見抜いていた。

(だけど、いえ、だからこそ、鹿目さんを死なせるわけにはいかない)

まどかはこれから孤独に戦うことになるであろう美樹さやかを支えなければならない。

「実は、ほむらちゃんにも今は危ないからマミさんに近づかないでって言われて――
その、そんなに大変なんですか?」

(なるほど……あの子は知っていたのね)

マミはひとりうなずいた。

暁美ほむらが魔法少女と魔女の関係について正しく理解していたのなら、あの不可解な言動も少しは分かる気がする。

「ええ、そうよ。近づかないで。それと――」

まどかが来たおかげで本来やるべきことを思い出せた。

マミは本当ならその感謝を述べたかった。

しかし、言うべき事は他にある。

「――美樹さんや杏子に伝えて。希望を棄てない限り、あなたはあなたでいられる」

「え? マミさん、それってどういう?」

意味が分からず、まどかは戸惑う。

それでもマミは確信を持っていた。

魔法少女が魔女になるところを見ている杏子がいれば、これだけで十分伝わるはずだと。

「話はここまでよ。早く、ここから去って!」

「マミさん……」

「出てって!」

マミはあくまで冷たく突き放した。

そうしなければ、ついつい弱音をもらしてしまいそうだった。

まどかがしぶしぶ去っていくのを確認すると、マミは魔法でマスケット銃を召喚した。

言うべき事はもう言った。

あとは今まさに生まれようとしている魔女を、生まれる前に始末するだけだ。

マミは自分のあごの下にマスケット銃の銃口を押し当てた。
363 :22話3 ◆awWwWwwWGE 2012/03/23(金) 00:00:52.04 ID:XsMR3kIl0

……

しばし、沈黙が続いた。

やがて静かに、液体が銃身を伝ってカーペットに染みを作る。

マミははじめ、それが何なのか分からなかった。

その液体が自らの頬からあごを伝って流れていることを感じて、ようやく気付いた。

自分の目からとめどなく涙があふれ出していることに。

 グスッ

静寂の中で、鼻をすする音が小さく響く。

「わたし……死にたくない……」

震えるか細い声で、マミはつぶやいた。

死ななければいけないのに、そうしなければ魔女になってたくさんの人を殺してしまうのに。

そう思っていても、引き金にかけた指をどうしてもマミは引くことが出来なかった。

やがて、銃を持っていた両腕を力なく垂れ下げる。

涙に濡れたマスケット銃は、床に落ちて跳ねた後、霧のように消え去った。

マミは今まで、いざとなったら自分は死ねるつもりだった。

実際に、危険性の高い魔女が相手でも臆することなく戦ってきたのだ。

それも名前も知らない他人を守るために。

だが、死のうと思うと勝手にまどかや、杏子やさやか、そして良牙の顔が浮かんできた。

そして、彼らとの楽しい思い出が頭から離れなくなった。

杏子以外はみんな、わずか一ヶ月たらずの関係だというのに、その思い出は強固に脳内を占拠して決して消えはしない。

死ねば父母に会えるとか、生きていてももっとつらくなるとか考えても無駄だった。

もっと彼らと笑っていたい、もっと思い出を作りたい、もっと生きていたい。

そんな思いがとめどなくあふれてくる。

「じ、じねない……」

マミはがっくりとうなだれた。

涙も鼻水も止まらず、顔はぐしゃぐしゃになっている。嗚咽も止まらない。

死ねないのは、臆病者の弱さなのか、それとも生きる強さなのか。

そうしてマミはしばらく泣き崩れていた。

「よかった、まだ死んでいないようだね。マミ」

その時、マミにとってよく聞き慣れた声が聞こえてきた。

「キュゥべえ!」

マミは一瞬、うれしそうな顔をして声のした方を振り返る。

だがすぐに複雑な表情に変わった。

ちょっと考えてみればキュゥべえは魔法少女と魔女の両方を作り上げ戦い合わせている張本人なのだ。

(いいえ、きっと何か理由があるのよ)

それでもマミはキュゥべえを信じたかった。しかし考えれば考えるほどキュゥべえの言動は不誠実で疑わしく思える。

どう接して良いか分からない、そんなためらいを見せるマミにキュゥべえはゆっくりと歩み寄った。

*************
364 :22話4 ◆awWwWwwWGE 2012/03/23(金) 00:01:49.17 ID:XsMR3kIl0
(きっと、何か理由があるんだ)

まどかは思った。

巴マミは意味も無く人を突き放したり、厳しい態度をとったりはしない。

あくまで強く優しく、それがまどかの知っているマミの姿だった。

ならば何故、マミは自分を冷たく突き放したのか。

まどかはマミが厳しい態度をとったシーンを思い出す。

確か、敵か味方か分からないときのほむらに対する態度は毅然として厳しかった。

何故そんな態度をとったのか。

それは、下手をすればまどかやまだ魔法少女になっていなかったさやかに危険が及ぶ可能性があったからだ。

つまり、優しさゆえの厳しさだった。

今回もまた、そのような優しさからくる厳しさだとしたら――

(何か大変なことがあるんだ!)

まどかは確信に近い思いを抱いた。

それに、美樹さやかが今どこに居るのか分からない。

自宅を訪ねても帰っていないという話だった。

こちらもやはり何かよほどのことがあるに違いない。

こんなときに頼りに出来る人物は誰か。

まどかの脳裏にはくっきりと1人の人物が思い浮かんだ。

(良牙さんならきっと……)

なんとかしてくれる。特に根拠は無い。

だが、そんな確信がどこかにあった。

まどかはその足で風林館に向かった。

きっと、あまり時間がない。マミの態度からしてそう思える。

暁美ほむらの警告をとことん無視しているが、今はあまり怖くなかった。

(ほむらちゃんは、私を特別扱いしてる)

ほむらが転校してきた当日からずっと、なんとなく感じていることだった。

自分の思い込みとも、単に戦いや魔法少女に向いていないから邪魔者扱いされてるだけとも、
いろいろ考えたが結論は出なかった。

しかし、今日のやりとりで確信に変わった。

理由は分からないが、ほむらはまどかだけを守ろうとしている。

あのよく分からない、自分を寄せ付けない態度はきっとマミと同じ優しさゆえの厳しさなのだろう。

ほむらのそれをまどかがうれしいと思うかといえば微妙だった。

まどかは自分だけ守って欲しいなんて思っていないし、そうしなければならない弱者と思われるのも嫌だった。

それでも、ほむらは自分には無茶なことはしてこないだろうということは分かる。

それが分かれば十分だった。

多少心苦しい気もしないではなかったが、有利な状況は利用してやる。

(絶対に、どんな手を使ってでも、さやかちゃんとマミさんを支えてみせる)

そんな日頃のまどかには似つかわしくない強気が、この時はどこからか湧いてきていた。

……しかし、風林館に着いたとき、その強気は早くもくじけそうになった。

「わたし、良牙さんが風林館のどこにいるのか知らない」

まどかはがっくりとうなだれた。
365 :22話5 ◆awWwWwwWGE 2012/03/23(金) 00:02:57.62 ID:XsMR3kIl0
*****************

虚無に近かった。

何も考えない。何も考えたくない。

美樹さやかは見滝原に戻ってきていた。

だが、家に帰る気にはなれなかった。

さいわい魔法少女の体は、疲労も空腹も消してしまえる。

ひとりでいるには好都合だった。

(あとどのぐらいもつんだろう?)

さやかはただの家出少女が財布の中身を確認するような気持ちで自分のソウルジェムを眺めた。

「え、うそ?」

思わず声が出る。

そのぐらい、ソウルジェムはかなり黒く濁っていた。

魔女と戦ったわけでもないのにこんなに濁るなんて、明らかにペースが早い。

(これが真っ黒になったら……魔法が使えなくなるのかな?)

それでも構わない。さやかはそう思った。

魔法なんて使えなければ、人殺しの片棒をかつぐことも人を守るために戦い続けなければならないこともない。

魔法が無くなればもう自分に残っているものは過ちだけだ。

(あれ? そしたら生きてる意味ないじゃん)

自嘲的に、さやかは微笑む。

いまさら恭介や仁美やまどかに、自分を受け入れてもらおうとは思わないし、受け入れてもらえるとも思えなかった。

それでも最低限、何があったのかマミにだけは伝えておこう。

彼女の慈悲や思いやりにすがるためではなく、魔法少女の義務として、さやかはそう考えていた。

見滝原に戻ってきたのはそれだけの理由だ。

もう家に帰るつもりも学校へ行くつもりもどこにも無い。

(でも、その前に――)

『見滝原までついてくるなんて物好きだね』

さやかは気配を感じる方向にテレパシーを飛ばした。

「あちゃー、バレてたあるか」

そう言って民家の屋根の上から姿を現したのは、さやかと同じ青い髪をした、中華料理屋の店員・シャンプーだった。

「まったく、ついて行くのに苦労したね。魔法少女はみんなそんなに足が速いあるか?」

「で、まだ何か用?」

さやかはシャンプーのどうでもいい質問は無視して、用件を問う。

「わたしキューベーに会いたいある。さやかと一緒にいればきっとキューベーに会えるね」

ああそれで、と納得がいったようにさやかはうなずいた。

「好きにすれば良いけどさ、あいつは神出鬼没だからいつ現れるか分かんないよ?」

「アテも無く探すよりマシね」

ずいぶんと前向きなシャンプーを見て、さやかはため息をついた。

自分の顛末を聞いていながら魔法少女がそんなに希望にあふれたものとでも勘違いしているのだろうか。

「そんなにまでしてキュゥべえを探してさ、一体何の願いを叶えたいわけ?」

甘いことを考えているのなら一言いっておこう。さやかはそう思って問いかけた。
366 :22話6 ◆awWwWwwWGE 2012/03/23(金) 00:03:59.19 ID:XsMR3kIl0
そして自分が初対面のときのほむらと似た対応をしていることに気付き、ひそかに苦笑する。

さやかは、きっとほむらも願いが裏目に出てああなったんだろうなどと勝手な想像をめぐらせる。

「決まっているね。乱馬を男に戻すある」

「乱馬さんを……え!? ええ?」

あまりにワケの分からない願いに、さやかは絶句した。

魔法少女であり紛れもなく女であるはずの乱馬を「男に戻す」というのはどういうことか。

「……もしかして、知らなかったあるか?」

さやかの様子に気付いてシャンプーが問い返す。

「何を?」

「乱馬は、わたしや良牙と同じ、変身体質ね」

「……乱馬さんが、子犬かウサギにでもなるっていうの?」

さやかは、変身体質の人間を良牙やムースでしか見ていない。

だから呪泉郷の変身体質は小動物になるものだと勝手に勘違いしていた。

(いや、ネコ嫌いってことはネズミにでもなるのかも)

そんな妙に納得のいく変身まで思い浮かぶ。

「違うね。乱馬は元々男で、水をかぶると女になるある」

「はい!?」

そんな変身体質もあるのかという驚き以上に、男が魔法少女になってその衣装を着ているという事実の方が
さやかには衝撃的だった。

「きも――」

「だから、わたしの願いで乱馬を男に戻せば、乱馬はわたしのものになるあるね」

さやかが何か言いかけたのを無視して、シャンプーが自分の願望を語りだす。

どう考えても変 にしか思えない乱馬をどうしてそこまでものにしたいのか分からないが、
シャンプーが好きな男のために願いをかなえるという、自分に近い状況であるのをさやかは知った。

「前にも言ったけど、あんまりお勧めできないよ。
あんたさぁ、乱馬さんに『わたしの契約で男に戻れたから結婚してください』って言えるわけ?」

さやかの質問にシャンプーはきょとんとした。

「乱馬さんはそのことで一生負い目感じなきゃならないよね?
それであんたは満足なの? 義理で仕方なく一生添い遂げてもらってうれしいの?」

「言えるし、うれしいあるよ」

シャンプーは迷い無く即答した。

そのあまりのあっけなさに今度はさやかがきょとんとした。

「乱馬のために契約したと言わなければ損するだけね。契約する意味ないある」

「いや、でも、それじゃきっと乱馬さんは楽しくないし、あんたも魔女と戦ってばっかになるんだよ?」

質問の意味が通じていないのではないかと、さやかは必死で説明する。

「楽しくないとか勝手に決めるのはおかしいある。そんなの努力しだいね。
魔女との戦いは……わたし、リンリン・ランランという妹分いるね。
面倒になったらその子たちに魔法少女になってもらって引退するある」

さやかは唖然とした。

シャンプーのその、どこまでも前向きで自己中心的な考え方が信じられなかった。

これがお国柄という奴なのかと感銘すら覚えた。

「そんな都合よくキュゥべえが契約むすんでくれるかどうか分かんないけど……」

「どっちにしても本人に会わないと話進まないね。さやか、はやくキューベー呼ぶよろし」

「いや、あたしは自分の用事で見滝原に来ただけでキュゥべえに会いに来たわけじゃないんだけど」
367 :22話7 ◆awWwWwwWGE 2012/03/23(金) 00:04:53.11 ID:XsMR3kIl0
「それなら用事がすんだらキューベー呼ぶね」

さやかの都合などおかまいなしと言わんばかりに、シャンプーはぐいぐいと話を強引に自分の方にひっぱる。

「あー、はいはい。先にこっちの用事すましてからね」

さすがに面倒くさくなってきたさやかは、シャンプーを適当にあしらってマミにテレパシーを飛ばそうとした。

自分とほむらが織莉子という魔法少女を殺害したことの他に、乱馬が実は男だったという新情報も伝えなければならないだろう。

前者が魔法少女としての義務なら、後者は女性としての義務だ。

(……あれ?)

マミとテレパシーがつながらない。

さやかは頑張って、見滝原中どこにいてもつながるぐらいにまでテレパシーの出力をあげるが
暁美ほむらの気配が感じられるだけで、マミとはつながらなかった。

「どうしたあるか?」

急にだまって何やら念じ始めたさやかにシャンプーが問いかける。

「えーと、テレパシーがうまく伝わらなくて」

別にシャンプーに事情を説明したところで何が解決するわけではないのだが、さやかはなんとなく律儀に答えた。

それを聞いて、シャンプーは何かを思いついたようにポンっと手を叩いた。

「振ったら通じやすくなるね」

「あたしはケータイか!」

そんな場合ではないのに、さやかはいきおいツッコミをいれた。

375 :23話1 ◆awWwWwwWGE 2012/04/17(火) 04:15:07.64 ID:pWVfyT+S0
鹿目まどかは走った。

風林館の地理にうといまどかには、行くあては一つしかなかった。

この間、みんなで一緒にゴハンを食べた猫飯店だ。

もしあそこに、杏子やらんまが居れば、なんとかなるはずだ。

良牙はあの中華料理屋に行きなれているようだったから、店員さんからでも良牙が今どこに居るのか聞き出せるかもしれない。

それらがどのぐらいの確率かは分からなかった。

それでも今は、他にあてがない。

息が切れ、こけそうになりながら走って、ようやくまどかは猫飯店の前にたどり着いた。

そして勢いよく扉を開ける。

食事中のお客さんたちが「何が起こったのか」という目でまどかの方を振り向く。

知っている顔は居ない、そう判断するとまどかは迷い無く厨房の入り口までズカズカと上がりこんだ。

「おお、お客さん困るだ」

男の店員が出てきてまどかを止めようとする。

しかしまどかの目には彼は見えていなかった。

厨房の奥に、何やら調理をしている老婆が居る。

「お婆さん! 良牙さんが今どこにいるか知りませんか!?」

まわりも気にせず、まどかは大きな声でその老婆に話しかけた。

「む? おぬしはいつぞやの……?」

老婆は調理を終えた料理を男の店員に渡すと、つかつかとまどかに近づいてきた。

「えっと、あのっ」

このときようやく、まどかにいつもの臆病さが戻り、老婆に物怖じした。

(このお婆さん、なんだか……)

いや、引き戻されたといった方が近いのかもしれない。

まどかはこの老婆にそうならざるを得ない何かを感じ取った。

老婆は落ち着いていて、ごく当たり前の自然体のはずなのに、とんでもない緊迫感がある。

ただ者ではない、武闘家や魔法少女ならそんな表現を使ったかもしれない。

まどかはその強烈なプレッシャーに押しつぶされそうになり、つい口をつぐんだのだ。

「良牙に会いたいのか?」

「え、あ、はい!」

そう答えたまどかの瞳を、老婆は値踏みするように覗き込む。

しばらく沈黙が続いた後、老婆はやおらに言った。

「魔法少女のことじゃな?」

「はい! って、え、あれ!?」

まどかはつい勢いよく答えた。

しかし考えてみればおかしい、なぜこの老婆から『魔法少女』という言葉が出たのか。

「急を要するのじゃな?」

「え、えーと……多分」

まどかは控えめに答えた。

緊急事態と言える根拠が無いから自信が無いというのもある。

しかしそれ以上にこの老婆の得体の知れなさに戸惑った。

「安心せい、ワシは味方じゃ」
376 :23話2 ◆awWwWwwWGE 2012/04/17(火) 04:16:34.98 ID:pWVfyT+S0
一体どういう経緯で誰の味方なのか、この言葉だけでは何も分からない。

まどかはいぶかしげに首をかしげた。

「良牙は天道道場におるはずじゃ……行き方はじゃな、商店街を出て角を――」

そんなまどかに老婆は構うことなく、まどかの行くべき場所を教えはじめた。

「え、あの、ありがとうございます!」

まどかは思いっきり頭を下げる。

「そんなに頭を下げずともよい。それより、天道道場に行ったらムコ殿、いや乱馬殿を連れてきてくれんかの?」

「え……?」

ますますまどかは困惑する。

一体どうして早乙女乱馬を連れてこなければならないのか分からないという事がひとつ。

それになぜ魔法少女である早乙女乱馬を『ムコ殿』と呼んだのか、響良牙は呼び捨てなのになぜらんまは殿付けなのか。

どうツッコンでいいのか分からない。

「それと、良牙を呼んだら一旦ここに戻ってきてくれぬか」

「でも――」

そんなことをしている余裕があるだろうか。

こうしている間にも巴マミがどうにかなってしまう、そんな予感がまどかにはしていた。

「魔法少女が居なければ事態を把握できんじゃろう? 一度落ち着いて話をせねばなるまい」

まどかの戸惑いを見越して、老婆は言った。

「……あ」

確かに言われてみたらその通りだ。

魔法少女ではないまどかと良牙が集まったところで、事態の把握すらできない。

言われるまでそれに気がつかなかった自分をまどかは恥じた。

「どうせならあんことやらも呼んできてもらおうかの……お好み焼き『うっちゃん』に行ってじゃな――」

そう言って老婆は杏子の居場所も説明した。

「はい、そうします。ありがとうございました!」

まどかは再び頭を下げた。

それにしてもらんまや杏子が魔法少女だと知っていて、的確に指示も出せるこの老婆は何者だろうか。

きっと魔法少女に深く関わっているに違いない。

(もしかしたら、元魔法少女……とか?)

そうだとすれば、あの不思議な緊迫感も分かる気がする。

まどうかはそう思うことにして、天道道場へ急いだ。

「おばば、貝柱炒めまだできてねぇだか!?」

老婆は店員の声で仕事に呼び戻された。

「おお、すまんすまん」

言われて老婆は急いで厨房に戻る。

(それにしても、あの小娘……わしの気を感じおったか)

格闘技や武道をやっているようにはまるで見えず、魔法少女でもないはずのど素人の少女。

それに気を読まれたということに老婆は違和感を抱いた。

(何かとんでもないものを持っておるのかもしれんの)

老婆は考えながらも、素早く貝を剥いていった。

****************
377 :23話3 ◆awWwWwwWGE 2012/04/17(火) 04:18:12.36 ID:pWVfyT+S0
『この貝は……あのラッコが帰ってくるまで、ナポリの海に沈めておこう』

二枚目の俳優がささやくと、美しい女優が潤んだ瞳でうなづいた。

アクションあり恋愛あり、そして涙ありの大人気スパイ映画『008』シリーズを放映中の映画館はほぼ満席だった。

仲間の犠牲を悼む静かなラストシーンに、ときおり客席から鼻をすする音が響いてくる。

「あのラッコさん……かっこよかったね」

天道あかねもまた、やや潤んだ目で右側に呼びかけた。

「……ああ」

あかねの隣に座っている良牙は、淡白に相槌を打つだけだった。

単純な良牙のことだから、感動して熱く語ってくるのかと思っていたあかねは少し拍子抜けした。

(やっぱり、あかりちゃんとの方が楽しいわよね)

今回映画に誘われたのが父親の天道早雲の差し金だということはあかねにも分かっている。

しかし、良牙の自分への思いを知らないあかねは、むしろ良牙に申し訳ないと感じていた。

(良牙くん、あんまり楽しめてないよね?)

それを確認するために、あかねは良牙のほうをそっと振り向く。

すると、感動のあまり号泣して言葉も出ない良牙がいた。

「……十分に楽しめてるみたいね」

(ま、友達なんだし遠慮することは無いわよね)

心配が完全に徒労だったことを知り、あかねはまたも拍子抜けした。

「え? あかねさん、今なんて」

「あ、ううん、なんでもない。こっちの話」

あかねは慌ててごまかした。

映画を見終えると二人は映画館の隣の喫茶店に入った。

「あのワカメの中に隠れるシーンがさぁ――」

気まずい話題に触れたくないので、あかねはさっき見た映画の話題を振る。

「ラッコの勇気が――」

いまだ興奮冷めやらぬ良牙も熱く語った。

相変らずの良牙の単純さにあかねはホッとした。

もちろん、良牙がやや興奮気味なのは単に映画が面白かっただけではないのだが、あかねはそれに気付きもしない。

ただ、雲竜あかりという良牙のガールフレンドへの申し訳ばかりを考えていた。

許婚云々の話に触れなければ友達同士で映画を見に行っただけと言い張れる。

他の友達に頼んで複数人で行ったことにすれば、何の問題もないはずだ。

あとは、あかり本人がこの場に出くわさないことを祈るばかりだった。

雲竜あかりと言う少女は思い込んだら一直線という性格である。

例えば、もしこの喫茶店の前の通りを歩いていてお店の中に良牙の姿を見つけたら、きっと飛び込んでくるだろう。

「良牙さん!」

そうそう、こんな感じで――

(えっ!?)

あかねは自分の想像通りに喫茶店に飛び込んできた少女の方を振り返った。

が、そこに居たのはあかりとは似ても似つかぬ短めの髪をツインテールにまとめた女の子だった。

(えーと……誰?)

少女は背がかなり低く容姿も子供っぽい。
378 :23話4 ◆awWwWwwWGE 2012/04/17(火) 04:20:05.66 ID:pWVfyT+S0
見滝原の制服など知るはずもらないあかねは、その少女を小学生だと思った。

「やっと、見つけた……良牙さん、大変なんです!」

少女は走ってきたのか肩で息をしながら必死で叫ぶ。

よほど急いで来たのだろう、来る途中でこけたのかタイツの膝やブレザーの肘が汚れている。

「ま、まどかちゃん!? どうしてここに?」

呼び止める店員も他の客の奇異の目線も無視して、まどかと呼ばれた少女は一直線に良牙に歩み寄る。

良牙も少々戸惑っている様子だった。

「その、マミさんが大変で、良牙さん来れば多分、その、なんとか……!」

勢いよく乗り込んできた割に、まどかの言葉はしどろもどろで要領を得ない。

良牙にも何がなんだか分からないのだ、当然あかねには何の話をしているのか全く検討もつかなかった。

ただ、このまどかという少女がよほど良牙を頼りにしているらしいことと、
この不自然なデートを切り上げる格好の口実が出来たことはあかねにも分かった。

迷っている様子の良牙の肩に、あかねはポンと手を乗せた。

「良牙くん、行ってあげて」

あかねの優しげな表情には、デートを中断された不快感も、良牙が何か大変なことに巻き込まれていることへの不安感も無い。

それがどれだけ残酷なことかも知らず、あかねは力強く良牙を送り出すのだった。

*************

猫飯店のテーブルを囲んで、彼らは集まった。

いぶかしげな顔をしたらんまと杏子、ついでになびきも付いてきている、それに不適な表情のコロン、
そして彼らに囲まれておどおどしているまどか。

ムースは1人で店を回さなければならなくなったので、あわただしく厨房と客席を駆け回っている。

良牙はずっとうわ言のように「あかねさん……」と繰り返していた。

「ババァ、いつから魔法少女のこと知ってやがった?」

らんまが最初に口を開いた。

「あたしも気にくわねーな、部外者がコソコソかぎ回って、挙句にトーシロつかって呼び出しやがって」

杏子もらんまに同調する。

「ムコ殿が今のままでは我らも困るのでの……さやかという小娘から聞き出した」

「えっ!? さやかちゃんがここに来たんですか!?」

まどかは驚いた。

まさか、連絡がつかなかった美樹さやかの足取りがこんなところでつかめるとは思っていなかったのだ。

「うむ、今頃はどこをさまよっておるか知らぬが、心配せんでもあの体では死ぬにも死ねまいて」

安心させるために、コロンはわざと茶化してみせた。

「そうでもないわよ」

それを、なびきが否定する。

「まだ推測の段階だけどさ、この子達魔法少女って、ソウルジェムが壊れただけで死ぬみたい」

「うそ? そんなの……キュゥべえは何も言ってなかった……」

魔法少女の実態が自分の思っていたものとずいぶん違う、まどかもようやくそれを分かり始めた。

「あいつは……キュゥべえは食わせもんだ。信用しない方がいいぜ」

「それと、これも推測だけどさ、ソウルジェムが濁りきったら……あたしたちは魔女になる」

らんまと、それに続けて杏子が言った。

「!? そんな!?」

「それはまずいの……」
379 :23話5 ◆awWwWwwWGE 2012/04/17(火) 04:22:24.19 ID:pWVfyT+S0
まどかはショックの連続で表情が固まる。

一方のコロンも目を見開いた。

「あの、さやかという娘のソウルジェムはかなり黒くなっておったぞい」

「まじかよ、早いとこ見つけてやらねぇと」

杏子は手持ちのグリーフシードを確認した。

手持ちはサラがひとつと、使いかけがひとつ。

他人に使ってやるのはせいぜいひとつが限度だろう。

「さやかちゃんが……魔女に?」

まどかはうつむいて考え込んだ。

そんなことがあって良いはずは無い。

しかしどこに居るかも分からない状態で、どうやってそれを防ぐことが出来るのか。

「そういやさ、まどかちゃんは何でこっちに来たわけ?」

会話が途切れそうになったところでなびきが口をはさんだ。

「あ、それは! マミさんがその、凄く危険な状態らしくて――」

まどかは今日、マミのマンションに言って話したことをざっと伝えた。

その内容に一同は顔をしかめる。

「え……と、分かりにくかったかな」

周りの反応が怖くて、まどかはついそう聞いた。

そのまどかをさらに怯えあがらせるように、杏子が机を叩いた。

「マミの奴、自分が魔女になると思ってやがるな……」

「まー、実際そうなっちゃうかもしれないしね」

いら立ちを隠せない杏子を前に、なびきはさらりと言ってのける。

そうしてキッとにらみつけてくる杏子に、手持ちのグリーフシードを一個見せびらかした。

「今なら特別にスペシャルミックス焼きおごってくれるだけで良いわよ?」

「ちょ、あんた儲けには走らないんじゃなかったのかよ!?」

「だって、今回のことはキュゥべえに吠え面かかすのと関係無さそうだもの」

「てめー……」

そんなやり取りがはじまった所で、良牙が口を挟んだ。

「分かった。俺が払おう。それならいいだろ?」

「お前、いつ立ち直った!? ってか金持ってんのかよ?」

「金はたまに実家に帰ってもらってる。 それにマミちゃんが危ないんだろ、落ち込んでる場合かよ!」

杏子のツッコミが空回りするほど、良牙は凛々しく言った。

「私が今説得したら立ち直ってくれたよ」

まどかがにっこり微笑んで説明をした。

自分のやったことが効を奏したのがうれしかったのか、心なしか何かをやり遂げたような顔をしている。

「なあ、もしかして良牙って……」

「ああ、アイツは根っからの単細胞だ。しかも女に弱い」

あきれ果てる杏子の言わんとすることを、らんまが代弁する。

「とりあえず、話は決まったわね。それじゃ行ってらっしゃい」

なびきは良牙にグリーフシードを投げ渡した。

「魔法少女が持っといた方が良いだろ」
380 :23話6 ◆awWwWwwWGE 2012/04/17(火) 04:24:48.69 ID:pWVfyT+S0
良牙はそれをらんまにパスする。

「おう、行ってくるぜ」

立ち上がってグリーフシードを受け取ると、らんまは勇ましく答えた。

それにつられて、まどかも立ち上がる。

「あ、私も!」

「やめといた方が良いわよ」

それを、なびきが制止した。

「そうじゃの、事態がはっきりせんうちはここに居た方がよかろう」

コロンもそれに同意する。

「でも……」

「キュゥべえの目的は分からないけどさ、あたしがキュゥべえで契約とりたいなら『キミが契約すれば友達を助けられる』
とか言ってアンタを契約させるわよ。……だから、アンタをあたしたちの目の届かないところにはおけないわけ」

戸惑うまどかになびきは冷たく言った。

まどかがキュゥべえに騙されて契約しないようにここで監視するというのだ。

魔法少女は魔女になると知った今でも、それでさやかやマミが助かるならば契約してしまいそうな自分が居る。

なびきの懸念を否定しきれないまどかは自信なさげにうつむいた。

「ワシももうちょっと魔法少女のことをいろいろ聞きたいからのぉ、少しここで話に付き合ってくれんか?」

一方、コロンは下手に出てまどかを説得する。

「はい、わかりました」

まどかは元気なくうなずいた。

その様子を見て、良牙と杏子も立ち上がる。

「話は決まったな、それじゃ行くぜ!」

「おう!」

らんま、良牙、杏子の三人は勢いよく猫飯店を出て行った。

387 :24話1 ◆awWwWwwWGE 2012/05/02(水) 01:43:14.69 ID:XQfjLdnG0
巴マミと連絡がつかない。

美樹さやかは不安に襲われていた。

(そんなハズは……)

可能性は否定は出来ないが信じたくなかった。

まさかあのマミが魔女にやられただなどと。

もし、マミが魔女にやられたとすればこの見滝原はどうなるのか。

そのことを考えたとき、さやかは自分がマミに甘えていたことに気がついた。

マミがいなくなれば、自分の他に町を守る魔法少女はいなくなるのだ。

暁美ほむらは信用できないし、響良牙では魔女を探すことが出来ない。

自分の肩に町の平和がかかっていると思えば、自暴自棄になってよその町をうろついたり、
『死んでも良い』なんて考えたりすることなど許されない。

戦うしかない。

1人でも魔女と戦い続けなければならない。

そんな現実を突きつけられて、さやかはなおさらマミに生きていて欲しいと願った。

重責から逃れるためではない。

長い間その重責を背負って生きてきたマミの気高さを知ったからだ。

どれほど辛かっただろうか、どれほど苦しかっただろうか。

マミが魔女退治をしていなければ、とうの昔に死んでいたかもしれないのに、マミの苦しみなど何も知らずに
さやかはのほほんと生きてきた。

そうしている間もマミは孤独に戦い続けてきたのだ。

(お願い……生きてて)

あんな人が死んでしまって良いはずなど無い。

祈るような気持ちで、さやかはマミのマンションまで急いだ。

「さやか、ちょっと待つよろし!」

後ろからシャンプーがぴょんぴょん飛んで付いてくるがいちいち待ったりはしない。

そうして1人でマミのマンションに着き、マミの部屋番号のインターホンを押したが誰も出ない。

やむをえずさやかは力づくでマンションの玄関の扉を開けた。

たぶん鍵が故障しただろうが、この際そんなことは言っていられない。

さやかは迷わずマミの部屋に向かった。

(この感じは……!)

マミの部屋の前まで来ると、さやかのソウルジェムははっきりと反応を示していた。

ここに、魔女が居る。

(やっぱりマミさんは――)

魔女がわざわざマミの居るところを狙ってきたのか、それともマミが間違ってグリーフシードを孵化させてしまったのか。

事情は分からないが、マミの部屋に魔女が居る以上、やられてしまったと考えるしかないだろう。

(絶対に、仇は討つ!)

そんな覚悟を決めたさやかのところに、ようやくシャンプーが追いついてきた。

「まったく、足が速いね、逃げるのよくないアルよ」

「いや、あんたは逃げた方が良いよ」

さやかは素っ気無くシャンプーに言った。

「今から魔女退治だから、下がってて」

しかしそう言われて引き下がるようなシャンプーではなかった。
388 :24話2 ◆awWwWwwWGE 2012/05/02(水) 01:44:20.21 ID:XQfjLdnG0
「魔女退治……どうせ魔法少女になるなら先に体験してみるネ! さやか私も連れて行くよろし」

「悪いけど帰って。あたしはあんたを守りきれる自信はないし、今回は魔女を倒せるかどうかも分からない」

それはさやかの本音だった。

敵はおそらくマミを倒すほどの魔女なのだ。

今の、魔力残り少ない状態で一般人を守りながら勝てる自信などどこにもなかった。

「だったら、私も加勢するネ。私、良牙ほどでなくても戦えるアル」

「うーん」

さやかは首をひねった。

確かに、魔法少女の足についてこれる時点でただ者ではない。

猫飯店で老人を攻撃したときに見せたパワーからも使い魔程度は十分に倒せそうではある。

「でもダメ、あたしが死んだらあんた結界から出られなくなるから」

「魔女を倒せば問題ないネ」

「悪いけど今回はちょっと自信ないんだ。
それよりも、マミさんちに魔女が出たって良牙さんや風林館の魔法少女たちに報告してくれない?」

たんたんとさやかは指示を出した。

(なんだろう、変に落ち着いちゃったな)

さやかは思った。

さっきまで世界が終わったかのような不幸のどん底の気分だったのに、マミの危機を知った今そんなことはどうでもよくなった。

その一方で、自分の命なんてどうでも良いという投げやりさは消えていない。

この戦いで自分は死ぬかもしれない、そんな予感を特に深い感慨も無く受け入れている。

別に無為に死にに行くつもりはないが、死に向かう自分を自身で驚くほど冷静に見られるさやかがそこにはいた。

(もしかしたら、マミさんの見ていた風景もこれに近かったのかな……)

そんなことを考えながら、さやかはソウルジェムで魔女の結界をこじ開けた。

その瞬間、シャンプーは確かに見た、さやかのソウルジェムが少しだけ、輝きを取り戻していることを。

「あ」

シャンプーがソウルジェムに目を奪われている隙に、さやかは結界の中からその穴をふさいでいく。

「ずるいネ、勝手に行くの卑怯ネ!」

みるみるうちに、現実世界と魔女の世界をつなぐ隙間は埋まり、やがて何の変哲も無いマンションの廊下に変わる。

シャンプーの声は人気の無い冷たい廊下にこだまするだけだった。

******************

結界に進入したさやかに、使い魔が襲い掛かってきた。

それは青いシルエットでマントと剣を装備した、まるでさやかそっくりな使い魔だった。

(え? これって――)

使い魔の突撃をよけると同時に一閃し、さやかはあっさりとその使い魔を倒す。

すると結界の奥からさらに何匹かの使い魔がやってきた。

赤いシルエットで槍を装備したどこかで見た魔法少女のような使い魔や、黒い小動物のような使い魔。

さらにはピンク色の使い魔もいる。こいつは他の使い魔の後ろからこそこそ様子をうかがっているだけだ。

(なんなのこの魔女!?)

今までの魔女とは何かが違う。

何か底知れないものをさやかは感じ、使い魔たちと距離をとって身構えた。

そんな時、爆発音が鳴ったかと思うと、結界の奥から暁美ほむらがあらわれた。
389 :24話3 ◆awWwWwwWGE 2012/05/02(水) 01:45:06.56 ID:XQfjLdnG0
「あら? あなたがここに来てるなんてね……」

「ほむら! マミさんは?」

さやかは内心、助かっている見込みが薄いことを知りながらもマミの安否を確認した。

「……さぁ?」

ほむらはそう言って首を傾げた。その魔法少女衣装には血痕も破れたところもひとつもない。

「それよりも、あなたはここを引き上げなさい。 この魔女はあなたじゃ手に負えないわ」

「なんか、おかしくない?」

ほむらの言動に、さやかは違和感をいだいた。

「あんた、なんで結界の奥から出てきたの? そのわりに魔女と戦ったようにも見えないのは何で?
それに安否が気になるわけでもないのになんでマミさんちまで来てんの?」

「グリーフシード目当てにここに来て、魔女と一戦して形勢不利だから戻ってきただけよ」

むすっとした表情で、ほむらは答える。

「いいや、違う。それならあたしと一緒に戦うか逃げるかしようとするはずだもの。
……あんたは、何かを隠してる!」

さやかの顔はいつになく引き締まっていた。

決意、決心など、逃亡からはもっとも遠い表情だ。

ほむらは小さく舌打をすると、右手を盾にかざそうとした。

「させるかっ!」

が、それより早く、ほむらの反応できないスピードでさやかはほむらの目の前に迫り、剣の柄でほむらの右肩を叩いた。

スピードに乗った、魔法少女の全力の打撃だ。ほむらの肩は破壊され、右腕はだらしなく垂れ下がった。

とても盾に手をかざすどころではない。

「その盾で瞬間移動だかなんだかするんでしょ、いつまでも気付かないと思った?」

「くっ」

それでもほむらは、盾の方を右手に近づけてなんとか時間を止める。

そしてさやかとの距離を開けると、動かない右腕の手だけを使って盾から発炎筒を取り出し、ピンを抜いた。

発炎筒からは煙があふれ出る。

それを見計らって、ほむらは時間を再び動かした。

「――っえ!?」

さやかは一瞬目を疑った。

ほむらを追い詰めたと思ったら、次の瞬間には発炎筒からもくもくと煙があふれ、視界がふさがれていた。

だが、既にほむらの手の内をつかみ始めたさやかは、何をされたかも分からないというような混乱はしない。

『そっか、あんたの能力は時間を止めるってわけね。次はもうひっかからないよ。
コソコソ逃げずに隠してること吐いちゃってくんないかな?』

さやかは結界内に広くテレパシーをばらまく。

『あなたが悪いのよ……私の言うことを聞かないから……』

ほむらの返事はそれだけだった。

だが、さやかはその返事でほむらのおおよその位置をつかんだ。

煙など気に留めず、さやかはその方向へ飛ぶ。

そのとき、予想外の攻撃がさやかを襲った。

黄色いリボンのようなものがシュルシュルと飛んできてさやかの体に巻きつきはじめたのだ。

(えっ!? 何コレ?)

間違っても、ほむらの攻撃ではない。
390 :24話4 ◆awWwWwwWGE 2012/05/02(水) 01:46:36.17 ID:XQfjLdnG0
その黄色いリボンは、いやがおうにもさやかにマミのことを連想させた。

やがて煙が晴れると、そのリボンが使い魔からではなく、この魔女迷宮の壁から直に出ていることがわかった。

当然ながら、ほむらの姿はない。

(テレパシーでここにおびき寄せられた……)

罠にはめられたことに悔しがる以上に、さやかは不思議に思った。

なぜほむらはここまで魔女の性質を熟知していながらなぜさっさと倒しに行くことも、逃げ出すこともしないのか。

そして、そもそも何のために織莉子を殺したり、今さやかを追い出そうとしたりしているのか。

(まー、ここで考えてたって仕方ないか)

さやかはリボンから逃れようとした。しかしすでに手足に絡まれ思うように抜け出せない。

そうしているうちに、暴れるさやかを取り押さえようというのか更に多くのリボンが襲い掛かり、
やがてさやかは繭にくるまれた蛾の幼虫のように、リボンの中に閉じ込められた。

*************

「これは……?」

「どうした、良牙?」

らんま、良牙、杏子の三人は、マミのマンションの前まで来ていた。

「マンションのドアが壊れてやがる」

そう言って良牙はドアの下を指差した。

そこには無残に引きちぎられた鍵止めの金具が散らばっている。

「あんたがバカ力でぶっ壊したんじゃないのかい?」

杏子が茶化す。

「あのなぁ……俺だって、そのぐらいの力加減はできるぞ」

そんなやり取りに、らんまが横槍を入れた。

「武闘家や魔法少女ならできるだろうが、一般人にゃできねー」

もちろん、一般人にできないというのは力加減のことではなく、ドアを壊してマンションに侵入することだ。

「だったら誰か魔法少女か――」

杏子が言いかけた時、マンションの奥から青い髪の少女が現れた。

「シャンプー!? なんでここに?」

らんまが驚いていった。

目の前の少女はまぎれも無く猫飯店のシャンプーである。

「さやかの後ついてきたアル」

「さやかちゃんを知ってるのか? 今どこに居る!?」

「結界というアルか? なんか変なトコ入って魔女と戦いに行ったね」

良牙の質問にシャンプーはたんたんと答えた。

今がそれなりの緊急事態だと思っている三人には、どうにもそれがもどかしく感じる。

「おい、どこで結界に入ったんだ? さっきからソウルジェムが反応してやがるんだ、この近くだよな!?」

杏子はまくし立てるように話す。

シャンプーはさすがに度胸が座っているらしく、それにも気圧される様子はなかった。

「『巴』ってプレートの部屋ね」

その言葉に杏子と良牙が固まった。

「ま、まだそうだと決まったわけじゃねぇ、いくぞオメーら!」

らんまの呼びかけに杏子と良牙は苦虫を噛み潰したような顔でうなずいた。
391 :24話5 ◆awWwWwwWGE 2012/05/02(水) 01:47:19.17 ID:XQfjLdnG0
「乱馬も魔女と戦いにいくあるか? それなら私もつれてくよろし」

そんな真剣な空気をぶち壊すようにシャンプーは無邪気にせがむ。

一同はしばし顔を見合わせる、がやがてらんまが口を開いた。

「いや、悪ぃけど婆さんのところへ帰って伝えてくれ――『マミって子が魔女になったかもしれない』ってな」

「は?」

何を言われたのか分からず、シャンプーは思わず聞き返した。

「何を伝えれば良いあるか?」

「あー、そっか知らないんだな。……魔法少女は魔女になるんだ」

横から杏子が口を出す。

「今、猫飯店にまどかって子がいるからその子のためにも伝えといてくれ」

「『マミが魔女になった』ってな」

良牙とらんまが口々に追加説明を加えた。

(それじゃ魔法少女になってらんまを男に戻すどころか……)

さすがのシャンプーも自分の認識が甘かったことを理解した。

(替え玉を用意するのも一苦労ね。オババと一緒に別の方法を考えるよろし)

それだけ考えるとシャンプーは顔を上げて言った。

「わかたね、オババとまどかに知らせるアル」

「おう、まかせた」

らんまたちは小さく手を振ってマンションの中へと向かい、シャンプーは外へと飛び出して行った。

**********

「そんな……さやかちゃんが……」

まどかは信じられなかった。

美樹さやかが、人を殺しただなんて。

「その暁美ほむらという者の言い分によれば、魔法少女狩りの犯人じゃったそうじゃ」

コロンは落ち着いた様子で猫飯店特製プーアール茶をすする。

「グリーフシード持ってるかどうかで生き死にに関わるんだったら
そうまでして魔法少女同士でケンカするのも分かるかもねぇ」

なびきもおいしそうにお茶を飲んだ。

「さやかちゃんは、それを気に病んで家出したってことですか?」

「うむ、そういうことじゃな」

そう言ってコロンはずずっとお茶を飲み干した。

「しかし分からんのはそのほむらという魔法少女じゃな。
さやかの言うにはグリーフシードを奪いに行ったわけではないらしい」

「えっ? だって魔法少女狩りの犯人を倒しに行ったんじゃ……?」

まどかはコロンの発言に驚いた。

さきほど自分でほむらの言い分を説明しておきながら、全く信じていないのだ。

「それが理由ならどうして犯人を知っているかも説明できるじゃろう」

「何かいえない理由がある……って可能性もあるけど、単純に縄張り争いかしらねぇ?」

なびきも首をひねった。

彼女もまた、さやかとほむらが本当に魔法少女狩りの犯人を倒したとはあまり思っていないらしい。

「そこで聞きたいんだけどさ、ほむらって子はどんな子なの?
それがちょっとは真相も分かってくるかもしんないじゃない。真実はいつもひとつ!ってさ」
392 :24話6 ◆awWwWwwWGE 2012/05/02(水) 01:48:32.45 ID:XQfjLdnG0
そう言ってなびきはまどかに問いかける。

「えーと……」

ほむらがどんな子かと聞かれて、まどかはすぐに答える言葉が思いつかなかった。

捉えどころが無さ過ぎる。

「よく、分かんないです」

仕方なくそう答えたまどかに、コロンもなびきも目を丸くした。

「その、クラスメートでもあるんですけど、なんだか良くわかんない言葉が多くて……
分かってるのは成績優秀で、運動神経もよくって、魔法少女としても強いらしいってことぐらいで……」

「ふぅーん、万能だけど意味不明ってわけね……九能ちゃんみたいなのかしら?」

「はぁ……」

なびきが例を挙げるが、まどかが九能という人物を知っているはずも無い。

「ムースの言うにはもっとツンとした感じらしいぞい。九能のようなマヌケな雰囲気ではなさそうじゃ」

そこにコロンが情報を付け足す。

「万能なのにマヌケな雰囲気なんですか?」

まどかとしてはむしろ、その妙に濃いキャラ付けの九能という人が気になってくる。

(いや、まあ、ほむらちゃんも結構濃いキャラだけど)

そんな若干失礼なことを考えて、まどかは慌てて首をふった。

「そうじゃの、それなら聞き方を変えて……
見滝原の魔法少女たちの中ではどういう存在じゃ? おぬしとの関係はどうじゃ?」

コロンはぐいっとまどかに顔を近づけて問いかけた。

その皺だらけの妙に威圧感のある顔に、まどかはとっさに何かを連想した。

「さ……」

「さ?」

『猿の干物』と、連想したものを言いかけてまどかは口をつむぐ。

なんでさっきから失礼なことばかり考え付くのだろう、あんまりにも多くのことがありすぎて疲れているのだろうか。

今日の自分はどうにかしている、まどかは心の中できつく反省した。

「ええ、えーと、さ、最初は敵じゃないかみたいな雰囲気だったんですけど、
その、『ワルプルギスの夜』っていうすっごい魔女と戦うために協力するってマミさんと約束して――」

そして、まどかは失礼なことを言おうとしたのを誤魔化すためにべらべらと話し始める。

(ああ、そうか、お母さんが言ってたな『嘘吐きの営業マンほどべらべらしゃべる』って)

まどかはここで図らずも、人間は何か誤魔化したいものがある時に多弁になることを知った。

「かくかくしかじか――で、ほむらちゃんは私が魔法少女になるなって言ったり、心配するようなことを言ったりして、
なんだか分かんないけど私を特別視してるみたいなんです」

まどかが一通りしゃべり終えると、なびきが少しきょとんとした顔をしていた。

「あんた思ったよりしゃべるのね」

「あ……あはは」

まどかは笑って誤魔化す。

「自意識過剰じゃないの?」

なびきにそう詰め寄られるとまどかは少し自信をなくす。

「……かも」

そんな素直なまどかを見てなびきは小さく笑う。

その様子を、コロンだけが真剣な眼差しで見つめていた。

(やはり、この小娘自身にも何かありそうじゃの)
393 :24話7 ◆awWwWwwWGE 2012/05/02(水) 01:49:20.93 ID:XQfjLdnG0
「ん? お婆ちゃん?」

なびきは鋭く、コロンの表情に気付いた。

「いや、ふむ、暁美ほむらは見滝原においても少々浮いた存在なワケじゃな」

コロンはとっさに話題をほむらのことに変える。

まどかが恐らくとんでもない力を秘めていることを、いきなり本人に気付かせるのはためらわれたからだ。

「それに、魔法少女が魔女になるってことも始めっから知ってた臭いわね」

「じゃとすれば、どうしてそれを言わなかったかが問題じゃな
グリーフシードを独り占めしようとしていたようにも思えんしノォ」

コロンとなびきが話を進める間、まどかは一気にしゃべった疲れと緊張をいやすため胸をなでおろしていた。

「どう思うまどかちゃん? なんか心当たり無い?」

が、休まる間もなくなびきが質問を振る。

「こ、心当たり……ですか?」

まどかは胸をなでおろした手を、そのまま胸に当てて考えた。

ほむらのことでまどかが知っていることなど、ほとんど何も無い。

ほむらが転校してくる前の日の夢に、まるで予知夢のように彼女が出てきた。

強いて言えばそのぐらいのことだ。

もちろん、そんなこと情報として何の価値も無いだろうし、笑われそうだから言わない。

そうするとまどかは、とりあえずほむらに関して思うことを言ってみるしかなかった。

「あの……思い当たることは無いんですけど、その……
もっとみんなと仲良くして欲しいって思います」

「……」

「……」

まったく的外れな回答に、コロンもなびきも唖然とした。

「え、え? あの?」

「……プッ」

そして、慌てふためくまどかが面白くて、おもわずなびきは吹き出した。

「ま、まあ、そういうのは本人に言ってやるべきじゃろうな、うむ」

コロンも笑いをこらえている様子だ。

「そーそー、そういう馴染みにくい子ってさ、妙にプライドが高いから
本人が嫌がるぐらいに強引にこじ開けてやんないと心開かないわよ
優しくしすぎたら勘違いして付け上がるしねぇ」

なびきはそう言いながら、妹のあかねに付きまとう五寸釘という男子を思い出した。

あるいは、風林館に来た当初の良牙もそんなところがあっただろう。

あかねは言い寄ってきたりつっかかってくる人間以外にはかなり優しい。

そのせいで人付き合いの少ないタイプの男子によく勘違いされるのだ。

たぶん、このまどかという少女も優しすぎるタイプだ。

だからなびきは言った。

「もしその子にとってあんたがちょっとでも特別ならさ
『言うこと聞かないと絶交してやる』ってぐらいの勢いで言ってやれば良いのよ」

「でも、そんな……」

まどかは他人に対して一度たりともそんな態度に出た事は無い。

当然、そんなことを言う勇気も無かった。

「何にせよ、自分の思いをはっきりと伝えてやることが大事じゃぞ……見てみよ、あそこにいるムースを!」
394 :24話8 ◆awWwWwwWGE 2012/05/02(水) 01:50:22.45 ID:XQfjLdnG0
そう言って、コロンは1人でせっせと働く長身の店員を指差した。

「あやつはずっとシャンプーに振られ続けてもまっすぐ思いを伝え続けておる
じゃが、シャンプーはムースを振ってはおるが今は嫌っておらん。だから今もこうして同じ店で働いておれるのじゃ
もし、あやつが何も言えずにおったら、今頃中国の山奥で寂しく1人シャンプーを思っておったじゃろう」

「え? そうなんですか!?」

告白をして振った相手と振られた人が同じ店で仲良く働いている。

その現象はまどかには理解し辛かった。

あのいつも勝気なさやかですら、関係を壊すのが怖くて恭介に告白できないというのに。

「もちろん、下手をすれば嫌われて、二度と会えなくなるかもしれん……
じゃがの、思いを伝えなければ永遠に前には進まんぞ
その勇気を出せるかどうかで人の人生は大きく変わってくる」

コロンのその言葉に、まどかは真剣になって自分の心に問いかけた。

今まで自分はどれほど他人に本当の思いを伝えてきただろうか。

「相手が心を閉ざしているならこじ開けろ、特に、若いうちはそれで許されることが多いんじゃから遠慮してはならん」

まどかは思う。

むかし、自分の心はさやかがこじ開けた。同じくさやかがこじ開けた仁美ともすぐ友達になれた。

そして、お菓子の魔女との戦いの前、ちょっと興奮してマミに思いを伝えたとき確かにマミは心を開いてくれた。

(ほむらちゃんにみんなと仲良くして欲しいなら、私が開かなくちゃダメなんだ)

まどかの心の中に小さな決意が生まれた。

「おー、おばあちゃんまるで学校の先生みたいね、ってかうちの学校の教師どもよりはマトモだわ」

なびきが感心したようにつぶやく。

まどかも内心、自分の担任の早乙女先生と比較してうなずいた。

「ホッホ、村では面倒な年頃の少女達に教えておったからのぉ」

若干照れているのかコロンはにやけていた。
401 :25話1 ◆awWwWwwWGE 2012/05/14(月) 00:19:26.77 ID:toZAuc3q0
「なんだ、これは?」

魔女の結界の中に入った良牙はつぶやいた。

お皿のような浮島が虹の橋で繋がれている。

これがこの魔女の迷宮なのはよく分かる。

しかし、そこに住まう使い魔たちの姿は一体どうしたことか。

剣を装備した、短髪の少女か少年のような青いシルエット。

逃げ回ってはこちらの様子をうかがうだけのピンク色をした少女のようなシルエット。

良牙にはその使い魔たちが何を意味するかすぐに分かってしまった。

「……なんてこった。どう見てもさやかちゃんにまどかちゃんだろ、これ」

やりにくそうな良牙をよそに、らんまと杏子は使い魔たちと戦う。

「うわ、なんだ? これはあたしか!?」

杏子も自分にそっくりな、槍を装備した赤いシルエットの使い魔を見て思わず声を上げた。

「おー、良牙、おめーもいるぞ」

らんまは黒い小動物のような使い魔を捕まえると、勢い良く殴り飛ばした。

「つまり……」

「どうやら確定かよ」

良牙と杏子は二人してがっくりとうなだれた。

なんでもっと近くに居てやれなかったのか。

そんな後悔がそれぞれの頭をよぎる。

「お、おい、反省は良いけど、手ぇ止めんな!」

二人がうなだれている間にも戦っているらんまの元には次から次へと使い魔が寄ってきた。

使い魔のうち赤いのや黒いのは大体の動きが予想できるが、青い使い魔はモデルになった魔法少女を
よく知らないので戦いづらい。

出方を見ようとらんまが間合いを取ると、青い使い魔は一瞬でその間合いを詰めて斬りかかった。

「うわっ!」

らんまはかろうじてタタミを召喚して直撃をさけるが、タタミごと後ろに吹き飛ばされた。

「すまん、忘れてた!」

良牙はそう叫びながら、らんまに追撃をしようとする青い使い魔を蹴り飛ばして倒す。

杏子も槍を振り回して、周りの使い魔たちを遠ざけた。

そうしている間にらんまは手近にあるものに手をかけて立ち上がる。

「いてて……しっかりしてくれよ」

ちょうどデコボコになっているところに飛ばされたせいでらんまは上手く受身がとれなかった。

よろけながら痛そうに自分の尻をさする。

『……けて』

「え?」

その時、らんまは何かが聞こえた気がした。

「おい、おめーら今なんか言ったか?」

「いや、あたしは何も」

「そんなのどうでもいいだろ、乱馬お前こそ早く戦いに戻れ!」

だが杏子も良牙も、使い魔相手に忙しくかまっていられないらしい。

『たすけて』
402 :25話2 ◆awWwWwwWGE 2012/05/14(月) 00:21:32.44 ID:toZAuc3q0
それでももう一度耳をすませてみたらんまは、今度ははっきりと聞こえた。

かすかな声だが、間違いなくテレパシーで誰かが助けを求めている。

良牙はともかく、魔法少女としてはらんまより出来るはずの杏子にも聞こえていない。

という事は、かなり微弱なテレパシーをらんまのすぐ近くから飛ばしているのだろう。

らんまは辺りを見回した。

しかし、それらしき魔法少女の姿は見えない。

『……分かってやってない?』

ついに、テレパシーを送ってきた魔法少女の方からツッコミが入った。

『いや、マジでわかんねー』

らんまはそう答えつつも考えをめぐらせた。

見て分からないということは、何かに隠れている状態なのだろう。

だから、人一人を隠せそうなほど大きなものを探せば良い。

「あ」

そしてようやくらんまは気がついた。

使い魔に叩き飛ばされてぶつかり、立ち上がる際に手をかけたこの何か大きなものに。

それは山吹色のリボンを何重にも毛糸のように巻きつけた塊だった。

らんまはそれをこじ開けようとするが、リボンをいくら剥ぎ取ってもなかなか中までたどり着かない。

「おい、良牙、杏子! ちょっと手伝え!」

「どうした!?」

らんまが叫ぶと杏子が駆け寄ってきた。

良牙も使い魔たちをいなしながら、じわじわとらんまの方へ寄ってくる。

「この中に誰か居るみたいなんだ。 なんとか開けられねーか!?」

「そんなの、魔法で刃物出せばすぐできるじゃねーか」

杏子はそう言うと槍の刃の部分を一層鋭利にして、黄色い塊に振りかざした。

そこに定規で線を引いたような綺麗な切れ目ができ、杏子が軽く蹴ると、パカッと四つに割れた。

中には青いマントをつけた魔法少女が小さく丸まって倒れていた。

「おい、大丈夫か、しっかりしろ!」

らんまは急ぎ、肩を貸してその魔法少女を立ち上げる

「確か、美樹さやかって言ったな。あたしらが分かるか?」

『ごめん、今はしゃべるのがしんどい』

美樹さやかはうつろな目で杏子を見上げると、テレパシーで語りかけてきた。

『あんたたちは風林館の……』

「ああ。ってか、話は後だ。しばらく休んでろ」

足元がおぼつかず、生気の無い顔のさやかの様子を見てらんまは言った。

「かなりソウルジェムが濁ってやがるな」

杏子が覗き込んださやかのソウルジェムはほとんど一面真っ黒で、
しかしそれでもほんの一点だけが輝きを失わず青い光を放っていた。

すぐさま杏子は使いさしのグリーフシードをさやかのソウルジェムにあてる。

おかげで魔力に余裕が出ると、さやかはすぐに体を回復させた。

みるみるうちに肌の色がよくなり、姿勢もしゃきっとする。

「ふぅ、あぶなかったー。ありがと、助かったよ、ほんと」

403 :25話3 ◆awWwWwwWGE 2012/05/14(月) 00:22:53.83 ID:toZAuc3q0
「お、おう……回復力半端ねーな」

ついさっきまで半死半生の衰弱状態だったさやかに、張りのある元気な声で感謝され杏子は戸惑った。

「あれ? もしかして良牙さんも来てるの!?」

「さやかちゃんか!?」

唐傘を振り回して使い魔と戦いながら、良牙は大声でさやかに答える。

「こんなに集まったってことは、みんなマミさんのこと……」

「ああ」

答えにくそうに良牙は短く返事をした。

「とりあえず、話は進みながらだ。グズグズしてる暇はねーんだろ?」

らんまがそう呼びかけ、良牙と杏子はうなずいた。

さやかは「グズグズしてる暇が無い」の意味が分からなかったが、とりあえず空気を読んで従った。

**********

「でもさ、あたしが結界に入った時より使い魔が増えてる気がするんだけど?」

さやかが質問をした。

狭い通路を四人は進んでいた。

「それは……多分、魔女になったばかりだから成長してるんだろ」

良牙はどことなくやるせない、いら立ちを押さえきれない声で答えた。

「魔女になった? ああ、グリーフシードがね」

さやかは1人で納得したようにうなずく。

その様子に、巴マミが魔女になったと説明することがためらわれ、誰も言い出せなかった。

「で、あんたは何であんなトコに居たのさ?」

話題を変えようと、杏子がさやかに質問する。

「この魔女の結界の中に罠があるんだ。はじめはヒモみたいなもので捕まえられて、どんどんグルグル巻きにされちゃうの。
みんなも気をつけた方が良いよ」

「マジか?」

「そいつは力づくじゃ対処できねーかもな」

今までのところ四人もいれば、使い魔相手は余裕だった。

だが、それがあくまで使い魔相手だ。罠に対しては警戒が必要だろう。

「あ、それと暁美ほむらが――」

さやかがそう言いかけた時、通路は終わり、大部屋に出た。

そこには盛りだくさんの使い魔がひしめいている。

「うっわー」

杏子が思わずつぶやく。

「話はいったん後だ。片付けるぞ!」

良牙は真っ先に使い魔の群れの中に飛び込む。

三人ともそれに続いた。

が――

「な、なんだ!?」

「こいつっ!」

「これ! さっき言ってた奴!」

大部屋の中に乗り込んだ瞬間に、地面からシュルシュルと黄色いリボンが伸び、あっという間に四人を捕まえてしまった。

404 :25話4 ◆awWwWwwWGE 2012/05/14(月) 00:24:03.97 ID:toZAuc3q0
「ちっ……獅子、咆哮弾!」

すぐさま良牙は直下型獅子咆哮弾を使って、自分を取り巻いたリボンを木っ端微塵に破いた。

「あいつ、便利な技もってんな」

杏子がつぶやく。

「わりぃ良牙、おめーのバンダナとかベルトで破ってくれねーか?」

「良牙さん、あたしもお願い!」

「おう!」

らんまとの普段のいさかいなど気にせず、良牙は威勢良く答えた。

それだけ良牙にとっても余裕の無い事態だったし、さやかや杏子が居る手前もあっただろう。

だが、勢い良く助けに行こうとしたところで、時間が止まった。


良牙が気付いたとき、彼は腕を何者かに握られていた。

振り向くと、黒髪の少女がいる。それが誰なのか、良牙にはすぐに分かった。

「お前は、暁美ほむらじゃないか……これは一体!?」

良牙がそう聞いたのも無理はない。

なにしろ、自分とほむら以外何ひとつのものが動かないのだ。

らんまや杏子やさやかも、使い魔たちも、蝋人形にでもなったかのようにピクリとも動かない。

「これが私の能力よ」

ほむらは簡潔にそう言った。

しかしこれで、良牙にもほむらの今までの謎がどういうことだったか分かった。

初めて対面したときに引き金を引きもせずに拳銃を撃っていたこと、
お菓子の魔女と戦っていたときにいつの間にかその場所にいたこと。

「時間を……止められるのか!?」

良牙は今までにいろんな能力をもつ者を見てきた。

魔法少女や魔女だけではない、妖怪変化や武闘家、変身体質……
しかし、時間を止めるというのはそれらのどんな能力よりも反則的だろう。

いざとなればいつでも誰でも暗殺できるかもしれない。

惜しむらくは、ほむらの身体能力が魔法少女としてはそれほど高くないことだろう。

これでもし、身体能力が高いならば完全無欠だ。

「今はそんなことはどうでもいいわ。それより、急いでいるんでしょう?」

「あ、ああ」

未だにどこまで信用して良いのか分からないほむらを相手に、良牙は戸惑いながらうなずく。

「だったら、このまま魔女のところまで行くわよ」

「ちょっと待て、あいつらは!?」

良牙はリボンに捕まった三人を指差した。

この使い魔だらけの部屋の中で身動き取れない状態では、無事ではすまないだろう。

「自分で抜け出せない彼女達は後回しよ。
あなたを魔女のところまで連れて行ったら、いったん引き返して解放するわ」

「だが……」

なかなか言うとおりに動かない良牙に、ほむらはいら立ちを覚えた。

しかしだからこそ、ほむらは思い切って言った。

「巴マミを助けたいんでしょ!? それにはあなたしか居ないのよ!」

405 :25話5 ◆awWwWwwWGE 2012/05/14(月) 00:25:00.58 ID:toZAuc3q0
それが具体的にどういう意味なのか、良牙には分からない。

ただ、自分がマミにとって特別だということに良牙の気持ちは高揚した。

「そういう事なら分かった、このままマミちゃんのところまで行こう」

「分かってくれて良かったわ」

安心に胸をなでおろしながらほむらは思った、良牙がバカでよかったと。

***************

「どういうことだ、こりゃ?」

杏子は唖然としていた。

いつの間にか、良牙の姿が忽然として目の前から消えた。

「聞かれてもわかんねぇって……」

らんまも何が起こったのか理解できなかった。

良牙に突然姿を消すような技は無い。

あったとしても、それを今使う必要は全く無いはずだ。

「良牙、ふざけてないで出て来いよ!」

らんまは叫んでみるが、何の反応も返ってこない。

ただ、周りにいる使い魔たちが徐々に迫ってきてきているだけだった。

「たぶん、ほむらだ」

さやかが、短く口を開く。

「暁美ほむらってあんたと同じ見滝原の魔法少女だよな?」

杏子がお前の仲間じゃないのかと言いたげな表情でさやかに目をやる。

「ああ、でもあいつが何を考えているのかあたしもマミさんもよく分からなくてね……
それと、あいつは多分、時間を止められる」

「マジか? そんなことも出来るのかよ」

らんまは改めて魔法の恐ろしさを知った。そんな能力は八方斎やコロンのようなバケモノすら軽く凌駕している。

本当になんでもありとしか言いようがない。

そうなるとタタミを出すのがやっとの自分がなんだかむなしくなってきた。

「って、のんびり話してる場合じゃねーぞ!」

言っているうちにも、使い魔たちが襲ってきた。

杏子はリボンに捕まって身動きが制限された状態で、際どく使い魔の斬撃をよける。

「よし、杏子、オメーはその調子でもっと闘気を出せ! さやかって言ったか、オメーもだ」

もはやほとんど蓑虫状態のらんまが指示を出した。

「闘気を……!? まさか」

杏子は天道道場にかよって多少は闘気の概念も理解しはじめている。

反撃がほぼできない状態ながらも、戦っているつもりで闘気を発散させた。

「え? 闘気って? 良牙さんみたいなの? あたし出せないよそんなの!!」

一方、さやかは必死に使い魔の攻撃から致命傷をさけるだけだ。

それでも、らんまには十分だった。らんま自身の闘気もあわせれば足りる。

(俺の魔力じゃ武器を作ったり時間を止めたりはできねぇ、でもそんぐらい微弱だからこそできる!)

らんまは使い魔の攻撃を避けながら、その弱い魔力を使って部屋の中の『気』をゆっくりと回転させる。

やがてその流れは渦となり、熱い闘気の層を作った。
406 :25話6 ◆awWwWwwWGE 2012/05/14(月) 00:26:03.42 ID:toZAuc3q0

「今だ、魔竜昇天波っ!」

そのらんまの叫び声と同時だった。

突如として強力な竜巻がまき起こり、使い魔もらんまたちも、すべてを巻き込んで暴れまわった。

「ええええ!? 何コレぇえええええ!?」

「コレ食らうの二度目ぇえええええ!」

さやかと杏子の絶叫がこだまする。

「しまっ……自分までぇえええ!」

ついでにらんま自身も絶叫した。

使い魔たちもこの世のものでないような叫び声をあげていたように思えるが、
魔法少女たちにそれを確認するような余裕はなかった。

ただ、竜巻が収まったときには大半の使い魔は消滅したこと、
彼女らを拘束していたリボンもズタズタに引きちぎられていたこと、
そして使い魔も魔法少女も全員がぶっ倒れていることは疑いようの無い事実だった。

「な、なんなのアレ?」

さすがの回復力というべきか、さやかが一番初めに立ち上がった。

「……へへ、飛竜昇天波のアレンジだ。魔力を使って螺旋運動無しで撃てる、魔竜昇天波の完成だぜ」

自分で食らって立ち上がることもできないまま、らんまは親指を立てて「グッド」のジェスチャーをした。

「も、もうちょっと考えて使えよ」

うつぶせたまま、杏子はつぶやいた。

事実、自分自身まで巻き込まれるのはらんまにとって想定外だった。

通常の飛流昇天波では闘気の渦に冷気を送り込む自分自身が巻き込まれることなどありえない。

しかし、闘気の操作を魔力で行うことで自分自身のいる位置が安全圏とは限らなくなっていたのだ。

「よく……わかんない」

無論、飛竜昇天波という技自体知らないさやかにはそんなこと分かるわけが無い。

ただ、分かったのはらんまが強力な自爆技を持っているということだけだった。

413 :26話1 ◆awWwWwwWGE 2012/05/21(月) 00:14:07.77 ID:D0amhahd0
「……ここが、結界の最深部よ」

暁美ほむらは緊張した面持ちだった。

普段表情を見せないほむらでも、いつもと違うことが良牙にも分かった。

「この奥に、居るんだな?」

この先に魔女となってしまった巴マミがいる。緊張して当たり前であろう。

「私はいったん戻るわ」

「ああ、あいつらを助けてやってくれ」

良牙は疑うことも無く、ほむらと別れ前に進む。

魔女の部屋は、まるでお茶会だった。

テーブルがあり、その上にティーカップやケーキのようなものが並ぶ。

(いったいどこに居るって言うんだ?)

魔法の素質が無い上にソウルジェムも持たない良牙は目視で魔女を探すしかなかった。

しかし、魔女らしき姿はいっこうに見当たらない。

 パンッ

そうして良牙がテーブルに近づいた瞬間だった。

突然聞こえた銃声に、良牙は考える前に身をかわす。

すると、先ほどまで良牙の頭があった場所を銃弾がまっすぐに貫いていった。

(罠か? それともまさか……)

恐る恐るテーブルの上を覗き込んだ良牙の目に、水色のワンピースを着た人形が飛び込んできた。

驚いたことに、その人形は軽快に動いている。

そして、そのひも状になっている腕を良牙に伸ばして巻きつけてきた。

「なっ!? もしかしてコイツが!?」

良牙は反撃も忘れてその姿を凝視した。

過剰にボディラインを強調したデザイン、豊かな髪の毛のを連想させる黄色いかぶりもの。

そして銃撃とリボン状の腕での拘束、どうしてもそうだとしか思えなかった。

リボンでグルグル巻きになった良牙に、人形が銃を構える。

「……獅子咆哮弾」

撃たれるよりも早く、良牙は獅子咆哮弾で攻撃し、同時に拘束を解いた。

しかし、その目には涙が浮かんでいた。

「お前が……マミちゃんだって言うのかよ!」

良牙の言葉を無視するように、爆風の中からまたもシュルシュルと、その人形のように小さな魔女がリボンをのばしてくる。

獅子咆哮弾では簡単にはトドメにはならない。良牙もそれは知っていた。

それでも良牙は非情になりきれず威力をかなり加減していたのだ。

「獅子、咆哮弾っ」

そして、またも、良牙は拘束を解くのがせいぜい程度の獅子咆哮弾を放つ。

リボンが来ても怖くない、そういう判断からだった。しかし――

 パンッ

乾いた音が響いて、良牙の右肩を何か熱いものがめり込んできた。

(しまった……爆風の中からでも撃ってくるなんて……)

良牙は左手で右肩を抑える。

銃弾がめり込んではいないようだ。実体の無い魔力での攻撃なのだろう。
414 :26話2 ◆awWwWwwWGE 2012/05/21(月) 00:15:08.52 ID:D0amhahd0
そして鍛え抜かれた肉体は、肩を撃たれた程度では致命的なダメージには至っていない。

とは言え、当分右腕は満足に使えそうになかった。

「くそ、獅子咆哮弾!」

良牙は今までよりも強めにその技を使った。

今度は魔女はぺしゃんこに潰れ、さすがにすぐに反撃はしてきそうにない。

(どうすればいいんだ……このまま、倒しちまって良いのか?)

『何をためらっているんだい?』

迷っている良牙の心の中に、誰かの声が響いた。

そのテレパシーに、良牙は聞き覚えがあった。

「キュゥべえ!」

良牙は思わず声に出した。

その前方、部屋の一番奥に、キュゥべえはゆっくりと姿を現した。

『巴マミはもともと、死から逃れることを願いに魔法少女になったんだ。
もともと相性の悪い獅子咆哮弾だと、半端な威力では効かないよ』

キュゥべえは普段と変わらず、何も考えていないような表情でその赤い瞳を輝かせていた。

「てめぇ、なんでマミちゃんに魔法少女が魔女になるってことを教えなかった?
何のためにこんなことをしてやがる!?」

良牙は魔女と化したマミの銃弾を避けながら、キュゥべえに向かって叫ぶ。

『やれやれ、良牙、質問は一回ずつにしてくれないかな。仕方ないから、ひとつずつ答えるよ』

いつにも増してもったいぶって、キュゥべえはその口を開いた。

***************

「良牙さんをどこへやったの? あんたは一体、何をたくらんでるのさ?」

暁美ほむらは美樹さやかの質問には答えずに、部屋の様子を眺めていた。

自爆技からようやく立ち直ったらんま、杏子、さやかの三人の前に、彼女は現れた。

そしてまるで行く手をさえぎるように、通路の前に陣取っている。

「驚いたわ、てっきり使い魔にやられているかと思ったのに、あの状況から抜け出す術があるとはね」

「ほぅ、それで姿も見せずに立ち去ったってことは助けたりするつもりは全くねーわけだな」

少なくともほむらは味方ではない、らんまはそう思った。

「わかんねぇ奴だな、喧嘩売ってるなら堂々と売れよ、そうじゃないなら邪魔すんな」

杏子は理解しがたいほむらの言動にいら立ちを隠しきれずに言った。

「喧嘩を売ることになるかどうかはあなたたち次第かしら」

そう前置きをして、ほむらは髪をかき上げた。

「ひとまず、あなたたちはこの結界から出なさい」

「なんで?」

さやかが率直にたずねる。

「どうでもいいと言うなら構わないけど……巴マミの肉体が腐るわよ?」

「あっ!」

「そーいや」

らんまと杏子は思わず声を上げる。

特に杏子は自分のうかつさを恥じた。

実際に魔法少女が魔女になるところを見たにも関わらず、残された魔法少女の肉体のことをすっかり忘れていたからだ。

「悪い、あたしはいったん、結界から出てマミの体を見とく!」
415 :26話3 ◆awWwWwwWGE 2012/05/21(月) 00:16:19.69 ID:D0amhahd0
杏子は脱兎の如く結界の中を引き返していった。

「あなたたちは行かないの?」

残ったらんまとさやかにほむらが問いかける。

「1人行けば十分だろ、こっちは良牙のヤローも探さなきゃなんねーしな」

らんまは一切引く気はないといった様子だ。

「マミさんの……体? さっきからあんたたち何の話を?」

さやかは1人だけ話についていけていない。

「……面倒くさいわね」

「うっさい、教えてよ」

さやかは悪態をつきながらも説明を求めた。

「えーとだな、簡単に言うと魔法少女は死にかけるかなんかすると魔女になるんだ」

「え、じゃあ……」

「……この結界はその巴マミって子が魔女になった姿だ」

らんまはあえてごく簡潔に言い切った。

おそらくこのさやかという少女にとってその情報がショッキングだということは分かっている。

だからそこ、下手になだめるような言い方はできなかった。

「正確に言えばソウルジェムが濁りきったときに私たち魔法少女は魔女になるわ」

言葉も出ないさやかに追い討ちをかけるように、ほむらが説明を付け加える。

「そして、ソウルジェムは魔力を消費した時や絶望を感じた時に濁りを増す。
……あなたたちも魔女になられたら迷惑だから気をつけて欲しいものね」

ほむらのその言葉を聞いて、らんまはしまったと思った。

もしそれが本当なら、さやかに巴マミの魔女化を伝えたことは間違いだったのではないか。

そう思い、らんまが覗き込んださやかのソウルジェムはさいわいまだ余裕があった。

さっきグリーフシードで浄化したばかりなのだから当たり前だろう。

「あたしは、大丈夫」

うつむいたままそう言うさやかのソウルジェムは、さっき浄化したばかりにしては濁りが強い。

その濁りの早さがほむらの言葉が事実であるということを裏付けていた。

「ずいぶん詳しいみてぇだな……おめぇは知ってるんじゃねーのか?
キュゥべえの奴が何のために魔法少女や魔女を作ってんのかをよ」

「そうね、この際だから教えてあげるわ。
キュゥべえ……インキュベーターが何をたくらんでいるのかを――」

ほむらはゆっくりと口を開いた。

***************

「良牙、キミはエントロピー増大の法則というものを知っているかい?」

「獅子、咆哮弾!」

良牙は魔女と戦いながらキュゥべえの話を聞いていた。

「エンと……なんだって?」

「お湯に氷を入れたら溶け合って水になるけど、水を放置していたらお湯と氷に分離した……なんてことはないだろう?」

「それが、どうした!?」

そう聞きながら、銃撃を避け、間合いを開けるために魔女を蹴り飛ばす。

「熱エネルギーがそうであるようにほぼ全てのエネルギーが分散する性質を持っている
ごく簡単に言えばこのエネルギーが分散していく法則のことをエントロピー増大の法則というのさ」

魔女のリボン状の腕が伸びてきて、良牙はバンダナを飛ばしてそれを断ち切る。
416 :26話4 ◆awWwWwwWGE 2012/05/21(月) 00:18:40.25 ID:D0amhahd0
「だからそれがどうしたって言ってんだ! 自慢じゃないが、俺は勉強なんざ興味ねえ」

「大事なのはここからさ。エネルギーの総量自体は保存されるけど、分散されたエネルギーは使いづらい。
だからエントロピー増大の法則に従えば実質的に使えるエネルギーはどんどん目減りしていくんだ」

小さくてすばしこい魔女を追っていると、いつの間にか後ろから赤い使い魔が来ていた。

不意を突かれた良牙は文字通り横槍を食らい、うつぶせる。

「しかし、ボクたちはエントロピー増大の法則に反するエネルギー源を発見したんだ」

「くっ、獅子咆哮弾!」

良牙は上から襲い掛かってきた使い魔を獅子咆哮弾で撃ち落とした。

しかし息をつく暇も無く、またもや魔女のリボンが良牙を縛り上げてきた。

「それは、キミの獅子咆哮弾と同じ……ある種の知的生命体が生み出す感情エネルギーさ」

少し離れた場所から銃を構える魔女を巻き込むだけの、大き目の獅子咆哮弾を良牙は放った。

結界内の地面がクレーターのように大きくへこむ。

「とりわけ最も効率がいいのは、第二次性徴期の少女の、希望と絶望の相転移だ。
ソウルジェムになった魔法少女の魂がグリーフシードに変わるとき、莫大なエネルギーを生み出す」

ぺしゃんこになった小さな魔女は、それでもまだくたばらず、リボン状の腕を触手のようにして自らの体を持ち上げた。

「そして、魔法少女を魔女に変え、その時生み出されるエネルギーを回収するのがボクの役割さ」

「てめぇ! そんなことのためにマミちゃんを……」

良牙はカッとなってキュゥべえに殴りかかろうとする。

しかし、キュゥべえの元まで行く前に、またも魔女のリボンによって拘束された。

「やれやれ、そういうことは後にしてくれないかな、戦闘中だろキミは?」

あきれたようにキュゥべえは言う。

「マミちゃんだけじゃねぇ……今までやっつけてきた魔女も、みんな元々はお前に騙された人間だったのかよ」

良牙は怒りをあらわにキュゥべえをにらみつけるが魔女に捕まって蓑虫状態ではどうしようもなかった。

そんな良牙をさらに挑発するようにキュゥべえは続ける。

「騙すとは人聞きが悪いね。僕はちゃんと魔法少女になってくれとお願いしているはずだよ?
ただ、魔法少女がどんなものであるかの説明を省いただけさ。
キミたち人間が家畜に対するよりはずいぶん良心的だと思うけどね」

「こ、この野郎……」

キュゥべえがそこまで人間と相容れない価値観の持ち主だと知って、良牙は返す言葉も失った。

こうなるとただただ騙されて魔法少女に、そして魔女になった少女達が哀れになるだけだ。

「ついてねぇ奴っているもんだよなぁ……」

良牙は構えられた銃口に目も向けずにつぶやいた。

「自分のせいでもねえ事故で天涯孤独の身になってよ、それでも街を守るために必死こいて戦ってたのによ……
実は屠殺待ちの家畜扱いでしたってか……ひでぇオチもあったもんだぜ」

 パンッ

魔女が発砲するのと同時だった。

「――獅子咆哮弾!!」

魔女の部屋全体を覆うほどの巨大な光が出現し、大地震でもおきたかのように結界がゆれた。

当然、魔女もキュゥべえもその巨大な獅子咆哮弾に潰される。

それでも魔女はまたリボンを動かしてゆっくりと体を持ち上げてきた。

そして、キュゥべえは飛び散った搗きたて餅のようになっていた。が――

「……なにっ!?」

その潰れたキュゥべえのすぐそばにもう一匹のキュゥべえが現れた。
417 :26話5 ◆awWwWwwWGE 2012/05/21(月) 00:20:03.95 ID:D0amhahd0
「すごいエネルギーだよ、良牙! これが欲しくてキミに協力してもらったんだ!」

キュゥべえはやや興奮した様子で語る。

「お、お前は一体!?」

驚く良牙をよそに、新しく現れたキュゥべえは潰れたキュゥべえを食べはじめた。

「きゅっぷいっ」

やがて食べ終えると、キュゥべえは満足そうにゲップをした。

「ああ、このボディはいくらでもあるから構わない……
それより、その魔女はまだ生きているよ」

そのキュゥべえの言葉が終わると同時に、良牙はまたもリボンに巻きつかれた。

「巴マミはもともと死にたくなくて契約をしたんだ。
そして、死にきれなくて魔女になった。まさに生きることへの執念の塊さ」

「獅子……咆哮弾!」

閃光がリボンを焼き尽くし、魔女を叩き潰す。

「――しかも、魔女には相性の悪い獅子咆哮弾。
良牙、もっと本気にならないと、力尽きて死ぬのはキミの方だ」

潰れた魔女はまた起き上がり銃を構えてきた。

***************

「ひでぇ、そんなワケのわからねーことのために……」

らんまは唖然としていた。

さやかもうつむいたまま黙って聞いている。

「あいつは酷いとも思っていないわ。そういう存在なのよ、インキュベーターは」

ほむらは能面のようにすましきった顔をしている。

「話は分かったから、そこをどけ。どっちにしてもマミって子をこのまま放って置くわけにはいかねーだろ」

「ダメよ、通さないわ」

ほむらは相変らず通路の前から動かなかった。

「は?」

らんまは思わず聞き返す。

「分かんないね。あたしたちがこっから先に進んだら何か都合が悪いの?」

さやかもほむらに聞いた。

らんまや杏子と合流する前も邪魔されて、またもや結界から追い出そうとする。

さやかにはほむらが何か都合の悪いことを隠しているとしか思えなかった。

「一度魔女になったらもう二度と元には戻らないわ。この先に進んでも無駄だから帰れといってるのよ」

「じゃあ、あんたはここで一体何をしてるのさ? あたしが来る前からずっと、こんなとこで」

「答える義務は無いわ」

自分の事情を話そうとしないほむらが相手では何を言っても平行線だった。

その時、結界の中が大きく揺れた。

「わっ!?」

「なんだ、地震か?」

さやかとらんまは思わぬ出来事に混乱する。

「……はじまったみたいね」

そんな中、ほむらだけが落ち着いてつぶやいていた。

「はじまった? 何が?」
418 :26話6 ◆awWwWwwWGE 2012/05/21(月) 00:21:07.75 ID:D0amhahd0
「それも、答える義務は無いわ」

さやかの率直な質問にもほむらは答えない。

「そんなに邪魔してーなら力づくでもこの先へ進むぜ? なんかとんでもねーことが起きてるみたいだしな」

痺れを切らせたように、らんまが腕を鳴らしながら前に出る。

「悪いけど、それは不可能よ」

ほむらがそう言うと同時にらんまは飛びかかった。

ほむらはそれを見てすぐに時間を止め、正確に、らんまの腰に付いたソウルジェムを狙って銃弾を撃った。

時が再び動き出し、ガラスが割れるような高い音を響かせて、その宝石は砕け散った。

らんまの体は銃弾の衝撃で撃ち落され、そのまま真下へ落下する。

「なっ!? ほむら、あんたはらんまさんまで……」

さやかは顔を青くした。

すでにさやかはらんまと杏子にソウルジェムが魔法少女の急所だということを聞いていた。

そして今さっきほむらからもソウルジェムが本体だと説明を受けた。

ソウルジェムを破壊されるということは死を意味するということをさやかも知っているのだ。

仮にも魔法少女狩りの犯人ということになっていた美国織莉子とは違って、何の悪さもしていないはずの
らんまに対しても何のためらいも無くその命を奪うということが信じられなかった。

やはりその織莉子を殺したときに手榴弾を投げたのも、自分ごと殺しても構わなかったのだと今更ながらはっきり分かった。

「先に手を出してきたのは向こうのほうよ。文句を言われる筋合いはないわ。
あなたも死にたくなければさっさとここから立ち去りなさい」

ほむらはそう言ってさやかに銃口を向けた。しかし――

「痛ってぇ……銃弾食らったのは初めてだが、流石に効きやがるぜ」

ソウルジェムを砕かれたはずのらんまがひょっこりと立ち上がった。

「えっ!?」

あっけにとられてさやかが声を出す。

「でもよ、俺にとっちゃ耐えられねーほどでもねーな」

らんまはいつも以上に勝気な表情で顔を上げた。

「……そのソウルジェムはダミーね」

ほむらが質問する。

「あたりめーだ。ソウルジェムが弱点と知ってて外から見えるトコに出してるワケがねーだろーが」

らんまは得意げに答えた。

魔法少女の衣装のマイナーチェンジぐらいなら大して魔力も必要ない。

ソウルジェムが表面に出てこないような衣装変更も可能だろう。

「だが、これで分かったぜ。お前が平然と他人を犠牲に出来るヤツだってことがな」

ほむらはまんまと欺かれたかっこうだ。

「ああ。今まではマミさんの手前遠慮してきたけど、どうやらその必要は無さそうだね」

さやかも抜き身の剣を構えた。

「……2対1ってわけ?」

ほむらはいら立ちを隠しきれないのかわずかに顔がひきつっている。

「いつもいつもいつもいつも……あなたたちは肝心なところで余計なことを……」

「いつも? 何ワケのわかんねえ事を言ってやがる!」

再びらんまはほむらに飛び掛った。

今度は素早く、時を止めるのは間に合いそうにない。
419 :26話7 ◆awWwWwwWGE 2012/05/21(月) 00:23:02.23 ID:D0amhahd0
そして魔法少女としては決して優秀とはいえない自分の身体能力では避ける事もできないと、ほむらは知っていた。

そこで、ほむらはすばやく装填済みの散弾銃を取り出し、ぶっ放した。

「なっ!? そんなモンまで!」

らんまはとっさにタタミを召喚して大ダメージを避けた。

が、着地した先にはすでにほむらの姿は無い。

すでにらんまの横に回っていたほむらは、今度は大口径の銃を構えている。

そこに、今度はさやかが襲い掛かかった。

「逃げ切れると思った? 残念!」

思わぬ横槍に、ほむらは銃をしまう。

「くっ!」

そして、何を思ったのか自分の足元に手榴弾を落とした。

「わわっ!?」

たいていの手榴弾は信管を抜いてもすぐには爆発しない。

しかし、そんな知識の無いさやかはとっさにほむらから遠ざかって間合いを取った。

その一瞬の隙を見逃さず、ほむらは時間を止める。

(勝った)

そう思い、ほむらは一息ついてあたりを見回した。

美樹さやかの動きは完全に止まっている、

何一つ動かない、いつも通りの時間の止まった世界だ。

(!?)

だが、らんまがいない。

この魔女の結界内はテーブルやティーポットやお菓子をかたどった障害物があるので身を隠す場所がないわけではない。

だがそれをいちいちくまなく探しているヒマは無かった。

時間を止めるのが長ければ長いほど魔力消費が大きいのだ。

『今回』は特に、見滝原の魔女はマミ・さやか・良牙の三人で片っ端から始末されていたし、
マミから譲られた風見野にはほとんど魔女が出なかったこともあってグリーフシードに余裕が無い。

ほむらはやむなくらんまの始末は後回しにする。

先ほど自分の足元に落とした手榴弾をさやかの目の前まで飛ばして、また時間を動かした。

「え? しま――」

唐突に目の前に現れた手榴弾におどろき、さやかはとっさに腕を組んで頭を守る。

そして、轟音とともにさやかの姿は爆風につつまれた。たとえ致命打にならなくても、しばらく反撃不能だろう。

そう思い、ほむらが再びらんまの姿を探した瞬間、その背後を強烈な打撃が襲った。

「無差別格闘早乙女流、白蛇吐信掌!」

ほむらは抵抗することも出来ず、前のめりに倒れる。

「女を殴るのは趣味じゃねーが、今回ばかしはカンベンしろ」

気配も無く背後から現れたらんまはそう言ってほむらを見下ろした。

「な……何それ……」

ほむらはうつぶせで動けないままだ。

「海千拳って言ってな、無差別格闘早乙女流の中でも気配を消して隙を突くことに特化した技だ」

ほむらにとってはワケの分からない話だったがそれ以上聞く気もしなかった。

らんまはそれだけ言うとさやかの方を見た。
420 :26話8 ◆awWwWwwWGE 2012/05/21(月) 00:24:19.95 ID:D0amhahd0
頭を守っていたおかげで死んではいないようだが、体中血まみれである。

ほむらよりも数倍重症だろう。

「……お、おい、大丈夫か?」

「やばい、死にそう……悪いけどグリーフシード半分だけ使ってくれない?」

さやかは元気なくそう答える。

(回復力は高くても燃費悪いんだな)

らんまはひそかにそんなことを思いながら、さやかに近づいてグリーフシードを使った。

「ふう、ありがと、また助けられたわ」

そう言ったさやかの体は、すでに血糊の下は完治した健全な乙女の肌がよみがえっていた。

「なんで、トドメをささなかったの?」

そんなことをしている間に、ほむらも回復し、既に立ち上がっている。

「言っただろーが女を殴るのは趣味じゃねーんだ。
俺はマミって子を助けに来ただけだから、おめーがこれ以上邪魔をしなけりゃトドメを刺す理由なんざねえ」

「女を殴るのは……?」

さやかはそうつぶやいてから思い出した、シャンプーの言うにはらんまが男だったと。

本来なら問い詰めてでも真偽を確認したかったが、さすがにそんな状況ではないのでさやかは口をつむぐ。

「甘いヤツね。悪いけど私はそれをさせるわけにはいかないわ……
あの二人を、巴マミと響良牙を犠牲にすればこの地球が救われるのよ!」

「はい?」

ほむらの大げさに思える台詞にらんまは思わず顔をしかめた。

(こいつ、実はただの電波ちゃんか?)

そんな疑問すら脳裏に浮かんでくる。

「それで分かったよ」

が、さやかはなにやら納得した様子だった。

けげんな顔で、らんまはさやかを見つめる。

「いや、地球云々は知らないけど、あいつは始めっからマミさんを犠牲にするつもりだったんだ。
魔法少女が魔女になるとか知ってたらマミさんが魔女になることを防ぐ手立てもあったはずだし、
普通なら知っててあたしたちに何も言わないってこともありえない」

ほむらは、らんまに説明するさやかをにらみつけるが特に反論は無かった。

それは事実上の肯定になる。

「はじめはキュゥべえと対立してたのかも知んないけど……今のあんたはキュゥべえの片棒を担いでいる。
あんたがマミさんを魔女にしたんだ!」

「……く……くくくっ」

さやかに問い詰められて、ほむらは苦虫を潰すような声を出したかと思ったら、その後に乾いた笑いを続かせた。

「そうよ! 何が悪いのよ! たった二人を犠牲にするだけで全人類が助かるのよ!
そうしなければあいつは……インキュベーターはもっと恐ろしい魔女を作り出すわ。
地球上の全生物をたったの十日ほどで吸い尽くしてしまうバケモノをね」

ほむらは完全に開き直っていた。

「なん……だって?」

それだけに、らんまとさやかにとってもほむらの言っていることがただのデタラメには思えなかった。

もしそれが本当だとしたら、ほむらの邪魔をすればとんでもない結果をもたらしてしまうかもしれない。

さすがに、らんまもさやかもどうすべきか戸惑った。

「――それでも」

そこへ、誰かが小さな足音をならしてゆっくりと歩いてきた。
421 :26話9 ◆awWwWwwWGE 2012/05/21(月) 00:25:37.87 ID:D0amhahd0
「さやかちゃんの言ってることが本当なら、私はほむらちゃんを許せない」

その声の主は杏子に守られ、らんまたちのいる部屋へ入ってくる。

ピンク色の髪をしたその少女は、まぎれもなく鹿目まどかその人だった。

436 :第27話1 ◆awWwWwwWGE 2012/05/28(月) 02:53:07.21 ID:hyG7HJmg0
「なんで……」

ほむらはしばし唖然とした。

「なんでまどかをここに連れてきたの!」

そして、激昂する。

「一般人を結界の中に連れてくるなんて、何を考えているのよ!」

「はい?」

その指摘に、らんまとさやかは目を丸くした。

確かに一般的な理屈ではそういう考えも出来るが、魔法少女を[ピーーー]ことに戸惑いのないほむらにそれを言われても
まるで説得力が無い。

「なに言ってんだ、これだけ魔法少女がいりゃ危険なんてないだろ」

杏子はあっけらかんとそう言った。

「――それとも、あんたが暴れるから危険だって言うのかい?」

そして、挑発的ににやけながらほむらを見る。

「そんな問題じゃないってことが分からないの!?」

そう叫ぶほむらに、まどかはつかつかと歩み寄った。

「え? まどか」

「ちょ、アブねえぞ」

さやかとらんまの制止も聞かず、まどかはほむらの目の前までやってきた。

そして、まどかはキッと強い目でほむらを見る。

何をしたいのか、どういう動機で動いているのか、全部がチグハグに見えるこの少女。

(きっと、この子も同じなんだ)

直感的に、まどかはそう思った。

まどか自身も何がやりたいのかわからない子と親や教師から言われることがあった。

それは、決断することや本音を口にすることを怖がっていたからだ。

(何かを怖がって、本当の気持ちを伝えることから逃げてるんだ)

まどかはマミのことでの怒りの上に、臆病な自分への怒りをも瞳に宿した。

「ま……まどか?」

ほむらは戸惑いを隠せなかった。これほど強い感情を表す『まどか』がこれまでどれだけいただろうか。

(だから、伝えなきゃ。本気で怒ってるって、伝えなきゃ)

まどかは渾身の力を込め、ぎゅっと拳を握り締める。そして――

 パチンッ

なんともか弱い、可愛らしいほどの打撃音が響いた。

――痛い

(本気で気持ちを伝えるのってこんなに痛いんだ)

それは、恐らくまどかの今までの生涯最大の攻撃だっただろう。

しかしそれでも、殴られたほむらの頬は、何事もなかったかのように透き通るような白さを保っていた。

いや、魔法少女ではないごく普通の一般人でも、まどかに殴られたって痛みは感じないだろう。

一方のまどかの手は真っ赤に腫れていた。

たった一発、貧弱なパンチを打っただけでも体が悲鳴をあげるほど、まどかはか弱かった。

そんなまどかが、魔法少女相手にちょっとでもダメージを与えられるはずなどない。

それでも、まどかは思う。
437 :27話2 ◆awWwWwwWGE 2012/05/28(月) 02:53:57.80 ID:hyG7HJmg0
(もしちょっとでも、私がほむらちゃんにとって特別だったら、きっと痛みは伝わる!)

ほむらは殴られた姿勢のまま呆けたように突っ立っていた。

(――効いた!)

まどかはそれを確認すると、ほむらから目をそらし、杏子の方を向いた。

「行こう、杏子ちゃん!」

「へへっ、あんたもやるじゃん」

そうしてまどかと杏子は結界の奥へと進もうとする。

「……何が、起こったんだ?」

らんまは信じられなかった。さやかもポカンとしていた。

ほむらにあんな貧弱な攻撃が効くはずは無いのだ。

しかし、現にほむらは茫然自失とし、目の焦点すら合っていない。

いったいどんなヘビーなパンチを食らわせたら魔法少女をこんな状態にできるというのか。

「……あ、ちょっと待って、まどか! 行くってどっちへ!?」

ふと我に返り、慌ててさやかはまどかを呼び止める。

「私は……マミさんを助ける!」

まどかはわざと、ほむらにも聞こえるように大きな声で言った。

「え? どうやって?」

「策があるらしいぜ。 ま、その辺は行きながらな」

さやかの質問に、まどかに代わって杏子が答えた。

「……あるわけないじゃない」

そこに、やっとのことで気を取り戻したほむらが口を挟む。

「そんな方法あるわけ無いじゃない!」

ほむらは認めるわけにはいかなかった。

もし、方法があるなら自分のしてきたことは何だったのか。

まだ助かる見込みがある『まどか』を見捨ててきた事になってしまう。

「黙ってて! ……私はそんなふうに、やってみる前に諦めたりはしないから」

まどかはいつにない強い口調でそう言った。

「あたしも同感だ。無理といわれて『はいそーですか』と引っ込んでるなんて性に合わないんでね」

杏子も同調する。

まどかのキッと前を見つめる瞳は、ほむらがいつか見た――たった一人で絶望に挑んだ『かつてのまどか』と同じだった。

「そんな……だめよ……行ったら死んでしまうわ!」

ほむらはそのかつての光景に今を重ねた。

だが、周りで聞いている人間たちにとってみたら意味が分からない。

『なあ? 地球を守るためだったら犠牲一人ぐらい増えても良いってキャラじゃねーのか、あいつ?』

『あたしに聞かれても……一般人は巻き込まないって方針? にしても扱いの差が極端すぎるよね?』

らんまとさやかは個別テレパシーで状況を確認しあうが答えは出ない。

そうしているうちにもほむらは盾に手をかけようとした。

「――させないよ!」

すばやくさやかは剣をほむらの盾に向かって飛ばす。

またたく間も無く、剣は見事に盾に命中した。

「くっ」
438 :27話3 ◆awWwWwwWGE 2012/05/28(月) 02:55:21.60 ID:hyG7HJmg0
剣がぶつかった衝撃で盾は飛ばされ、地面に落ちる。

ほむらはそれを拾おうと走りこんだ。

「やめとけ」

しかしそこにらんまが、体がぶつかりそうなほどギリギリに割って入った。

「どきなさい! まどかを殺しまではしないわ、ただ止めるだけ――」

ほむらは振り切ろうとするが、身体能力ではらんまにかなうはずもなく、あっさり腕を掴まれた。

「そんなこと言ったって、お前もう限界だろ?」

そう言ってらんまは、ソウルジェムの付いたほむらの左手を、本人の顔の前まで持っていった。

紫色の光を放っていたはずのその宝石は、いまやただの黒い塊にしか見えない。

「……そんなっ」

魔女になるつもりでない限り、こんな状態で時間停止など使えるはずも無かった。

それどころか何かひとつでも魔法を使えば危ないだろう。

「さっきの言葉そのまま返すぜ……魔女になられたら迷惑だ、しばらくそこでじっとしてろ」

らんまにそう言われなくても今の状態のほむらには、まどかが結界の奥へ進むことを阻止する術など何もない。

ほむらはがっくりとうなだれた。

「行こう」

まどかが短くそう言うと、杏子もさやかも、まどかを守るように付いていった。

「よし、行ったな」

らんまはまどかたちが奥へと進んで姿が見えなくなったのを確認すると、
何も言わずに使いさしのグリーフシードをほむらのソウルジェムに当てた。

「――っ!? どうして?」

戸惑いを見せるほむらに、らんまは軽くため息をついて見せた。

「魔女になられたら迷惑つったろ、同じこと言わせんな。
それに、オメーには聞かなきゃなんねーことがまだまだありそうだ。今回は見逃してやるからおとなしくしとけ」

それだけ言うと、らんまはほむらから離れ、まどかたちを追って結界の奥へと向かう。

(見逃してやる……ですって?)

背中を向けるらんまに、ほむらは50口径の大型拳銃を構えた。

これが直撃すれば、いかに屈強な武闘家兼魔法少女でも致命的なダメージになるはずだ。

そして、後ろを向いている状態で時間を止めれば確実に命中させることが出来る。

(あなたにそんな情けをかける余裕があるとでも?)

ほむらはそんなことを考えながら狙いを定める。

しかし結局、らんまが姿を消すまで銃を撃つことは出来なかった。

すでにまどかは魔女の方へ向かっている。

この状態でらんまを倒してもまどかの護衛を1人減らすだけ、つまり、まどかの生存率を下げることにしかならない。

(どちらにしても、巴マミがすでに魔女になっている以上、何も変わらないわ)

そう思って心を落ち着けると、ほむらは力なく、拳銃を構える腕を垂れ下げた。

***************

「――でも、さやかちゃんが無事で良かった」

結界の中を走りながら、まどかは言った。

とは言え、さやかと杏子にとっては走るにはあまりに遅く、彼女らは早歩きをしていた。

「んー、無事なのかな?」

さやかは曖昧な返事をした。
439 :27話4 ◆awWwWwwWGE 2012/05/28(月) 02:56:56.53 ID:hyG7HJmg0
正直に言えば、さやかはこうしてまた普通にまどかと会話をする時を持つ気はなかった。

巴マミの件だけ済んでしまえば、後はどこかに姿を消してしまおうと思っていたからだ。

「ダメだよ、ちゃんと家に帰って学校に来てくれないと」

「……考えとくよ」

まどかに事情を話す気にもなれず、さやかは曖昧に答え続けるだけだった。

すでにまどかはその事情を知っているのかも知れないが、今はあまり込み入って話している場合でもない。

さやかは話をそらすアテを探して、杏子の方を見た。

すると杏子はなぜか顔をそむけている。

「どうしたの?」

「杏子ちゃん?」

まどかも杏子の様子に気が付き首をかしげる。

「い、いや、なんでもねー」

心配そうに見つめてくる二人に、杏子はとても自分が不登校だから耳が痛いとは言えなかった。

「よっし、追いついた!」

そこへ、らんまがやって来た。

「お、来たか……あいつはどうした?」

杏子が質問する。あいつ、とはほむらのことだ。

「放っておいた。あの様子じゃ邪魔しにもこれねーだろ」

「……ちょっと、やり過ぎちゃったかな?」

気まずそうに、まどかが言った。

「まさか、まどかがぶん殴るとはねぇ」

さやかはいつものからかう調子でつぶやく。

「イヒヒ……」

そのいつもの調子を見せたことにまどかは嬉しそうな顔をする。

(まったく、シリアスに浸らせてくんないね……)

さやかは心の中でつぶやいた。

「いいんじゃねえの、スカッとしたろ?」

一方、杏子は単純にまどかを持ち上げた。

「え、えと、そんなつもりじゃ」

まるで暴力衝動を駆り立てるかのような物言いに、まどかは慌てる。

「俺たちが手に余る相手をワンパンでのしちまうとはとんでもねぇ怪力だぜ。
どんな武闘家も魔法少女もオメーにゃかなわねーよ」

するとらんまも杏子に乗っかって、まどかを持ち上げる。

「あ、あはは……」

らんまがおだてているのか本気で言っているのかよくわからず、まどかは苦笑するしかなかった。

「――で、この怪力無双ちゃんは一体どうやって魔女を魔法少女に戻すんだ?」

そんなまどかに対してふいに、らんまは肝心の質問に移った。

「あ! えと、それは……とりあえず、マミさんに、と言っても生身の方じゃなくて
魔女の体の方にうんと近づきたいんです」

まどかの言葉に、らんまとさやかは考え込む。

「結構あぶないね。あたしが行くよ、あたしなら多少食らっても平気だから」

そして、さやかが立候補した。
440 :27話5 ◆awWwWwwWGE 2012/05/28(月) 02:59:21.78 ID:hyG7HJmg0
「いや、オメーはダメだ」

しかし、即座にらんまが却下した。

「え、なんで!?」

「燃費が悪い」

「うっ、それは!」

どうやら自覚はあったらしく、的確に弱点をつかれてさやかは黙り込んだ。

「グリーフシードもさっき全部使っちまったし、俺か杏子が行くしかねーだろ」

らんまが言うと、杏子は軽く首を横に振った。

「あたしもそれが良いと思うんだけどさ、コイツがね……」

そう言って、杏子はまどかを指差す。そのまどかは眉間に皺をよせて嫌そうな表情をしていた。

「ん? まどか?」

付き合いの長いさやかにもまどかが何を考えているのか分からない。

「……その、私がやります。私にやらせてください!」

まどかはきっぱりとそう言った。

「え、マジかよ?」

らんまは流石に表情を引きつらせる。

「まどか、なんか変なもの食べた?」

さやかは容赦の無いツッコミを入れる。

「さやかちゃんまで……私がやりますぅ!」

少し意地になったようにまどかは強く言い返した。

「――だってさ。まあいいじゃねーか、どこまで出来んのか、見せてもらおうぜ?」

心配そうならんまとさやかとは違って、杏子は楽しげだった。

単純に、酔狂なヤツやど根性的なものが好きなのだろう。

らんまは、杏子が不良漫画や格闘漫画ばかり読んでいることを右京から聞いていた。

「はぁ……まあ、それは実際魔女を見てから考えるとしてだな、
具体的に何をするのか教えてくれよ」

ため息混じりのらんまの質問に、まどかは振り返った。

「猫飯店での話なんだけど――

***************

時はややさかのぼる。

らんま達と別れた後、シャンプーは急ぎ猫飯店に戻り、あったことを報告した。

「マミさんが……魔女に!?」

想像以上に沈痛なまどかの表情に、シャンプーはしまったと思った。

あまり直接的に言うべきではなかったと。

「でもま、さやかって子は大丈夫そうね」

なびきはあまり感情のこもっていない声で言った。

「うむ、ムコ殿たちが間に合ったのならば問題あるまい」

コロンもうなずくが、それでまどかの表情が晴れるはずもない。

「大丈夫ね、乱馬ならなんとかするね!」

シャンプーは落ち込むまどかを見かねて明るく言って見せた。

もちろん、根拠など無い。しかし、シャンプーは嘘をついているつもりなどなかった。
441 :27話6 ◆awWwWwwWGE 2012/05/28(月) 03:00:40.39 ID:hyG7HJmg0
シャンプーは乱馬を追って中国から出てきて、いままでずっと乱馬を見てきた。

そのシャンプーの目から見た乱馬はこの程度でへこたれる男ではない。

「確かに、ムコ殿たちならば負けることは無いじゃろう……じゃが」

「そうね、魔女を元に戻す方法がわかんなきゃどうしようもないわね」

コロンとなびきの言わんとすることはまどかにも分かった。

魔女を倒すことは出来ても、巴マミを救うことは出来ない。

どんな強い力を持っていても介錯しかできない。

「そもそも魔女って何アルか?」

ここに来て、シャンプーが根本的なことを聞いてきた。

「それは……魔女は、呪いから生まれた存在で、心の弱った人をエサにして……」

まどかが自分の知る限りの情報で説明をはじめる。

「それじゃ魔法少女は何アルか?」

「ええと、願いから生まれて、希望を振りまく存在で……」

まどかの説明はキュゥべえの言ったことのほとんどそのまま受け売りだった。

「あたしも聞いた説明だけどさ、なんかすっごく曖昧よね」

なびきがツッコミをいれるまでもなく、キュゥべえの説明が何も具体的なことを言っていないことは全員に分かっていた。

魔女の発生源が魔法少女だという重要事項すらさけているのだから曖昧な説明にならざるを得ないのだろう。

「うーん、願いから呪い、希望から絶望、まるで真逆ね」

その曖昧な説明に対して、シャンプーは率直な感想をもらした。

「つまり、魔法少女が魔女になるとは、気持ちがまるで反対になるということかの?」

コロンがそこに推測を加える。

「気持ちが反対……? なんか一回そんな騒ぎ無かったっけ?」

なびきはふと、何かを思い出したような気がした。

しかしすぐには思い当たらない。

何しろ、自分の妹であるあかねを筆頭として、周りの人間には気持ちと裏腹な行動をとるツンデレさんが結構いる。

考えてみればそんな騒ぎは一回や二回どころじゃなかったかもしれない。

「あっ!」

突然、シャンプーが手のひらをぽんと叩いた。

同じくコロンも何かに気が付いたらしく、目を見開いている。

「反転宝珠ね!」

「飯店……ほうじゅ?」

うれしそうに声を上げるシャンプーに対し、まどかは首を傾げて見せた。

「え? あれって、対人感情を逆にするんじゃないの?」

話の分かっていないまどかを置き去りに、なびきが質問をした。

「……いや、あれは愛情と憎しみを反転させる道具じゃ。特に対人感情には限っておらん。
よほど日頃から鬱屈しておるとか明るすぎるとか、そういう事が無い限りはあまり変わって見えんがの。
結果的に対人感情に特に強く現れているように見えるだけじゃ」

シャンプーに代わってコロンが質問に答えた。

「感情が……反転? それを使えば、マミさんも!?」

まどかは一縷の光明を見つけて、パッと顔を明るくする。

「その可能性はあるわねー」

なびきもそれに同意した。
442 :27話7 ◆awWwWwwWGE 2012/05/28(月) 03:02:21.59 ID:hyG7HJmg0
「それじゃ、反転宝珠を持ってもうひとっ走り行って来るアル!」

さっそく、シャンプーは立ち上がり行動を起こそうとする。

が――

「駄目じゃ」

コロンがそれを制止した。

「……おばあちゃん?」

「魔女はムコ殿や良牙でも苦戦するほどの敵なのじゃろう?
それを相手に懐に入り込んでブローチを取り付けるなど危険極まりないではないか」

それは確かにその通りである。シャンプーの実力でも役者不足だろう。

「でも、他に方法が……」

まどかは恐る恐る反論する。

「親類の手前もある。預かっているひ孫をそんな危険な目にあわすことは出来ん
シャンプーも考えてみろ、確かにムコ殿の前でかっこいいマネは出来るかも知れんが
直接的にわれわれに得になることは何も無いのじゃぞ?」

「むぅ……それもそうね」

得がないといわれて、シャンプーは納得してしまった。

そもそもなんとなくその場の空気で魔女を魔法少女に戻す方法を考えたものの、
それが出来たからといってシャンプーにとって得るものは何も無いのだ。

「そうよねー、魔女を1人魔法少女に戻したって、キュゥべえにとっちゃ対した問題じゃないでしょうし
命かける価値のある実験かって言われたら微妙よね」

なびきもコロンやシャンプーに乗っかるように同様の意見を言った。

「そ、そんな……」

まどかはがっくりとうなだれた。

風林館の人たちにとってはマミは所詮他人に過ぎないのだ。

マミの日々の活動によって平和な日常が守られていたわけでもないし、彼女の強さ優しさを知っているわけでもない。

悲しかった。人の命がその程度に扱われてしまうことが。

そして悔しかった。彼女らを動かせない自分の無力さが。

「私が……」

気が付けば、まどかはか細い声を出していた。

(そうか、それしかないんだ)

その自分の声に気付かされ、まどかはハッとした。

人を動かすことが出来ないのなら、自分でやるしかない。

当然過ぎる理屈、でも、今まで避けてきた行動。

無力だと思われることを嫌がっていたくせに、自分で強くなる道を探していなかった。

自分でやってみる、そんな第一歩すらろくに踏み出してこなかった。

でも、ここで前に進まなければ、自分にとって大切な人を失ってしまう。

何かを言おうとその小さな口を開けたとき、すでにまどかの中には決意が宿っていた。

「私が行きます!」

まどか以外の三人がみんな、まどかを注目する。

「だからお願いです、その反転宝珠という道具を貸してください!」

「……貸してやるのは構わんが、それ以外は手を貸さんぞ?」

まどかの決意を確かめるように、コロンはその瞳を覗き込んだ。

「はい、ありがとうございます!」
443 :27話8 ◆awWwWwwWGE 2012/05/28(月) 03:04:20.09 ID:hyG7HJmg0
コロンの不適な顔に揺るぐことなく、きっぱりとそう返事をした。

「いいじゃろう、シャンプー、反転宝珠を持ってくるのじゃ」

「分かったね、おばば」

そう言ってシャンプーは席を立つ。

「……でさ、まどかちゃん、お金どのくらい持ってるの?」

話がまとまったところで、ふいになびきがまどかに質問をした。

「えっ!? 今は……二千円ぐらいですけど?」

もしかしてお金を取られるんじゃないかと警戒しながら、まどかは答える。

「それじゃ足りないわね……」

すると、驚くことになびきは自分の財布から五千円札を取り出してまどかに渡した。

「はい、貸したげる」

「え、え?」

いったい何が起こったのか分からず、まどかは混乱した。

「あんたの足じゃ間に合わないかも知んないでしょ? タクシー使いなさいよ」

「え……あ、あの、ありがとうございます!」

思いもよらぬ気遣いに、まどかは勢い良く頭を下げる。

「頭下げなくて良いから、ちゃんと後で返して頂戴。利子付きで」

なびきはそう言ってウインクをした。

***************

「オババ、私も仕事に戻るね」

まどかが出て行くと、シャンプーもムースが1人で回している店の仕事に戻っていった。

「行ってしまったの」

確実にまどかが行ったのを確認して、コロンは言った。

「なびき、お主なぜタクシーなど使わせたのじゃ?」

「決まってるじゃない、タクシー代貸したおかげでまどかちゃんは早く行けるし、あたしは儲かる。
お互いにとって得でしょ? 商売ってのはこうじゃなきゃ」

なびきはごく当然のようにそう答えた。

「それではワシが追いつけんではないか」

コロンは少し怒ったように抗議する。

「あら? おばあちゃん手は貸さないって言ってたじゃない?」

「あれはじゃな、覚悟を見たかっただけでじゃな……」

矛盾を突かれてコロンはわずかに言いよどんだ。

「なんでそんな面倒くさいことしたのよ?」

「魔法少女が魔女になるとはつまり、己の負の感情に負けたと言うことじゃろう?
そのような者を元に戻すのはかえって良くないこともあるのではないかと思っての、
果たして助ける価値がある人物かどうか見極めたかったのじゃ」

「ふーん」

コロンの説明に、なびきは興味なさげな相槌をうつ。

「そういうのも大事かもしんないけどさ、あの子ちょっと不安よね。何か変に気負っちゃったような……」

そして、まどかに対する率直な感想を漏らした。

「……お主、そこまで理解していながらなぜタクシーなど使わせたのじゃ?」

「あたしが儲かるから」

444 :27話9 ◆awWwWwwWGE 2012/05/28(月) 03:05:23.24 ID:hyG7HJmg0
なびきが同じ答えを繰り返すと、コロンはげんなりとした表情を見せた。

さすがにまずいと思い、お茶で口を潤してなびきは言葉を続ける。

「――それに、乱馬くんも良牙くんもお婆ちゃんの弟子でしょ?
ちょっとは弟子を信頼してやってもいいんじゃないの?」

「知った風な口をききおって、あやつらは技をひとつふたつくれてやっただけじゃ、本弟子ではない!」

コロンは怒ったようにそう言ってから、小さく口を開いてつぶやいた。

「まぁ、負けはせんじゃろうがな」

445 :オマケという名の言い訳文 ◆awWwWwwWGE 2012/05/28(月) 03:08:55.45 ID:hyG7HJmg0
なびき「――ここでいきなり反転宝珠って急すぎない? 変な設定まで加えてさぁ」

まどか「そうですよね、私はよく知らなかったから、ご都合アイテム出現にしか……」

なびき「重要な役割を果たすならさ、序盤でチョイ役で出しておくってのが構成上の上手いやり方だとあたしは思うわけよ」

コロン「仕方なかろう、反転宝珠は本来ならそれひとつで話が腐るほど作れると言われておるほどの強力アイテムなのじゃ
    そんなものを序盤から導入してみろ、本筋そっちのけでラブコメ路線に突っ走ってしまうぞい!」

まどか「それはそれで、いいかなぁ」

なびき「まあ、この作者にそれでやってけるほどセンス無さそうね。
    この似非シリアス路線も大概だけど」

まどか「あと、気になるのが見滝原と風林館の距離なんですけども、
    見滝原のモデルは群馬県前橋市だそうなんで、もうちょっと遠いかなって……」

コロン「風林館は東京都練馬区じゃからのぉ、とてもこんなに簡単に行き来できる距離ではあるまい」

なびき「ちょっと待ってね……えーと、ケータイで調べたら前橋駅から練馬駅まで電車で2時間半かかるわね。
    7000円ぽっちのタクシー代じゃ全然足りないわよ」

まどか「えと、このSSの中での見滝原は練馬区風林館から数駅程度の距離ということでお願いします」ペコリッ

コロン「関東の地理も知らぬ分際でSSなど書き始めるからこうなるのじゃ、まったく」

なびき「それに、こんなオマケ書いてる暇あったら連載ペース乱れないように書き溜めしときなさいよ
    大体、計画性が無いのよねぇ」

まどか「あの、自己嫌悪するのにいちいちキャラに言わせるのもどうかなって……
    あ、あと、マミさんの魔女の話!」

コロン「キャンデロロがゲーム上は弱かったと言う話じゃな」

なびき「書き始めたころはキャンデロロの性能どころか、名前すら出てなかったもねぇ」

まどか「いろいろとマミさんの魔女案を考えてはいたらしいですよ
    それが、公式から全然違うの出されたからああなったと――」

なびき「そんなのPSP版が出るまでに書き上げちゃえば逃げ切れたんだから、遅筆が悪いのよ」

コロン「もし己の魔女案に自信があればキャンデロロではない別の魔女にしても良かったじゃろう
    説得力のある魔女ならSSとしてはそれでも良いはずじゃ」

なびき「そーそ、結局は自業自得よ」

まどか「あ、あはは……えと、結局のところ今作のマミさん魔女はPSPのキャンデロロと
    このSS作者の考えていた魔女の折衷案ということで、ご理解をお願いします」ペコリッ

コロン「謝らねばならぬことが多いのぅ」

まどか「至らないところは多々あると思いますが、未完で終わらせて『ごめんなさい』だけは
    絶対にしませんので、なにとぞご愛顧のほどをよろしくお願いします」

なびき「あら、絶対なんて言っちゃって。 サボりじゃなくてもさ、いつ病気や事故で書けなくなるかもわかんないのに」

コロン「なぁに、こういうものは覚悟の問題じゃて……
    それでは、まどか殿が締めてくれた所で、今週はここまでですじゃ」

461 :28話1 ◆awWwWwwWGE 2012/06/04(月) 23:31:13.87 ID:Dofo4Tk20
地震のような揺れが断続的に続いていた。

結界の奥に行くにしたがって、その揺れは大きくなっていく。

大きな揺れが来るたびに、まどかはこけそうになって誰かにしがみついた。

それでもなんとか一行は魔女の部屋の前までたどり着いた。

「え、振動の理由って……」

「こりゃ何の冗談だよ?」

さやかと杏子は目を疑った。

「またとんでもなく威力が増してやがるな」

らんまも頭を抱えた。

入り口から見える魔女の部屋の光景、それはクレーターの上にひとりたたずみ、
ひたすら獅子咆哮弾を撃ちつづける響良牙の姿だった。

「りょ、良牙さんがこの地震を?」

まどかの疑問に答えるように、強力な光が魔女の部屋をつつみ、それと同時に大きな振動が起こる。

あまりにも常識外れの威力だった。魔法少女でもまともに食らえば致命傷になるだろう。

「とりあえず、テレパシー飛ばして止めさせるぞ」

らんまがそう呼びかけたのは、自分のテレパシー能力に自身が無いからだ。

「それが……さっきからやってるんだけどさ……」

「ああ、全然、繋がらないね」

それに対して、言われるまでも無くテレパシーを送っていたさやかと杏子は首を横に振った。

「繋がらないってどうしてなの?」

「獅子咆哮弾は不幸に浸るほど威力が上がる技だ。多分、テレパシーなんて耳に入らないぐらい不幸に浸りきってんだろ」

まどかの質問にらんまが答える。が、さやかはそれにも首を横に振った。

「そんなのじゃないよ、本当にテレパシー自体が届かないもの!」

「なんだって? 魔女の能力か?」

テレパシーを妨害する能力もありえなくはないし、もしそうならば地味にやっかいな能力だ。

「いいや、違うね。 今までそんなこと無かったし、マミの能力から考えてもらしくない」

魔法少女としては三人の中で一番ベテランの杏子は冷静に状況を分析した。

「多分……そこかっ!」

杏子は突如あらぬ方向に槍を投げた。

すると槍は、壁に突き刺さる前に何かに突き刺さり動きを止めた。

そして、槍の突き刺さったところに白い小動物の姿が浮かび上がる。

「キュゥべえ!?」

まどかが悲鳴に近い声をあげた。

「姿も見せずにテレパシー妨害なんてなぁ、テメーぐらいしかできそうな奴はいねーよ」

槍に貫かれたキュゥべえの死体に、杏子は言い捨てた。

しかし――

「ご名答。 さすがはもうベテランだね、杏子……いや、あんこと言った方がいいのかな?」

槍に突き刺されているものと同じ姿の白い小動物が、ゆっくりと歩いて現れた。

「あ……あんこじゃねぇ、『きょうこ』だ」

反射的にそう答えながらも杏子は、そして他の一同も全員驚きを隠せなかった。

そんな中キュゥべえは悠々と、槍に刺された自分の死体に近づき、それを食べ、平らげる。
462 :28話2 ◆awWwWwwWGE 2012/06/04(月) 23:32:02.61 ID:Dofo4Tk20
「な……ゴキブリみたいな生態してやがる」

「らんまも意外と詳しいね。 ゴキブリの死んだ仲間の肉体を食べる習性は非常に効率的だよ。
ボクの場合は別にゴキブリにならったわけではなくて元からやってたことだけどね」

ゴキブリ扱いされてもキュゥべえは不快な表情をすることもなく、むしろゴキブリを効率的だと褒めた。

その人間離れした感覚に、一同は言い知れぬ恐怖を覚える。

「まあ、こういうわけだから、ボクを何体殺したところで無意味だよ。テレパシーで良牙を止めることはできない。
そして、あの威力の獅子咆哮弾を食らえばキミたちでも無事ではすまない。
キミたちは良牙とマミが負のエネルギーを放出し続けるのを眺めることしかできないのさ」

「てめぇ……」

杏子はキュゥべえに掴みかかるが意味の無い行為だった。

「負のエネルギーか、まずいなそりゃ」

らんまはつぶやいて冷や汗をぬぐう。

「獅子咆哮弾は不幸になればなるほど強くなる技、不幸を呼ぶ技なんだ。
こんな威力の獅子咆哮弾を撃ち続けたら、良牙の奴もマトモじゃいられなくなるぜ」

そうは言ってもらんまは動き出すことができない、具体的な策が無いのだ。

さやかも、どうしたらいいのか手段を思いつけない。

魔法少女たちが動きを止めたその時、まどかがいきなり走り出した。

もちろん、良牙に向かって一直線にだ。

「バカッ! 何やって!」

「死ぬぞ、おい!」

らんまと杏子の制止も聞かず、まどかは普段からは想像できないぐらい速いスピードでこけそうになりながら走る。

不幸に浸りきっている良牙が後ろから来るまどかに気付くはずもなく、そこへ無情にも特大の獅子咆哮弾が落ちてきた。

そして、まどかがその巨大な重い気の塊につぶされそうになる直前――青い閃光が横切った。

轟音が響き、まどかの姿は光の中にかき消された。

しかし――

「ティヒヒ、信じてたよ、さやかちゃん」

うつ伏せに倒れたまどかの上に、さやかが覆いかぶさっていた。

「まどかったらタチ悪いよ、ほんと」

その身でまどかをかばいながら、さやかはつぶやく。

まどかはただの無謀で突っ込んだわけではなく、自分の弱さを利用して魔法少女を無理矢理引っ張り出したのだ。

いつからまどかがこんなにズル賢くなったのか、長年まどかと付き合いのあるさやかにも分からなかった。

その一方で利用されたというのに不思議と悪い気はしない。

どこかに姿を消したり魔女になって果てるよりは、こうしてまどかを守りきって死んだ方がよほど有意義に思えた。

「さ、早く行かないと!」

獅子咆哮弾の光が消えると、まどかはさやかの下から這い出て、さらに良牙のほうへ向かう。

その時、またも、獅子咆哮弾が襲ってきた。

もうソウルジェムの限界も考えず、さやかはまどかを守るためにまたも覆いかぶさる。

だが、そこに落ちてきた獅子咆哮弾の衝撃は思ったよりも大分軽いものだった。

「え……?」

さやかとまどかが上を見上げると、ボロボロのタタミがドーム状になって彼女らを覆っていた。

「防御魔法もねーくせにつっこむもんじゃねーぜ」

「あたしらが居なかったら、あんたらここで死んでたよ?」

そして、そのドームの中には二人だけではなく、らんまと杏子がいた。
463 :28話3 ◆awWwWwwWGE 2012/06/04(月) 23:34:39.30 ID:Dofo4Tk20
タタミの隙間からは杏子の槍を伸ばしたらしい格子が見える。

つまり、らんまと杏子の防御魔法による二重防壁で獅子咆哮弾を防いだのだ。

それでも完全に衝撃を殺せていないのだから、直撃の威力は相当なものだろう。

「ヒヒ……らんまさんと杏子ちゃんも信じてたよ。
だって、マミさんを助けるためにここまで来てくれる良い人たちだもん」

そう言ってまどかはイタズラな微笑を浮かべた。

「な、な、人を利用しといて何言ってやがる!」

素直に良い人と言われて、杏子は露骨にテレを見せた。

ずっと、そんなことを言われるはずのない生き様を送ってきた杏子にはむずがゆいのだ。

「おいおい、照れてないでさっさと行くぞ」

らんまが指示を出し、一同はいっせいに良牙のほうへ走った。

そして良牙のすぐ近くまで着くと、まず杏子が大型の防御魔法を展開し、獅子咆哮弾の至近距離直撃を避ける。

さやかとまどかは良牙に構わず魔女の姿を探し、らんまが良牙に呼びかけた。

「おい、良牙、いったん止めだ獅子咆哮弾を止めろ!」

しかし、良牙の耳にらんまの声は届いていなかった。

完全に不幸に浸りきり、何も見えていない。ただ獅子咆哮弾を打ち続けるだけの壊れたおもちゃのようになっていた。

「くそっ! やめろって言ってるだろ!」

らんまは本気で良牙の腹を殴る。それでもまるで良牙には効いていない様だった。

男の体でも良牙相手には一撃ではダメージにならないのだ。女の体では気をそらすこともできなかった。

「無駄だよ、良牙にはテレパシーで繰り返しマミの不幸な生い立ちを見せてあげたからね。
もともと不幸を溜め込みやすい良牙だ。こうなったら簡単には気をそらせないよ」

そこにキュゥべえが現れて解説を加える。

「これもてめえの仕業だっていうのかよ!」

キュゥべえは何も言わずにこくりとうなずく。

(だが、こいつは分かっちゃいねぇ!)

らんまはこの時、そんな確信を持った。

良牙としばらく一緒にいたはずなのにその程度しか理解していない、実は人間への理解力が低いのではないか。

そんな疑問すら出てくる。

とにかく、それならばと、らんまは取っておきの手段を使うことにした。

良牙の耳元に口を近づけて一言。

「あかねがまたオメーとデートしたいってよ」

「え?」

良牙は思わず、正気に戻った。

その瞬間、らんまは思い切り良牙の頬を殴る。

「いて、何しやがる!」

「何しやがるはこっちの台詞だ、バカヤロー。オメー一歩間違ったらこいつらに大怪我させるとこだったんだぞ!?」

そう言ってらんまは、さやかとまどかの方を指差した。

「え? あ、すまない」

良牙は真剣に落ち込んだ表情をした。

「『あかね』って誰?」

「良牙さん、マミさんどこ?」

そんな良牙に、さやかとまどかは口々に質問をする。
464 :28話4 ◆awWwWwwWGE 2012/06/04(月) 23:35:44.36 ID:Dofo4Tk20
「らんまのパンチを『いて』で済ませるって……あんたどんな化けもんなんだ?」

杏子は今さらながら良牙のタフさを目の当たりにして唖然としていた。

「あ、いや、あかねさんは……いや、それよりも今はマミちゃんだ!
そこの小さいのが魔女になったマミちゃんの本体だ」

良牙はごまかし半分に自分で作ったクレーターの少しへこんでいる部分を指差した。

まどかは周りの人間が止めるより先にそこに駆け寄り、クレーターに埋まっていた魔女らしきものを取り出した。

「マミさん魔女になってもこんなに可愛いんだ」

そして、どうでもいいことをつぶやいた。

「まどか、そんな場合じゃないってば!」

あせるさやかをよそに、まどかは余裕を見せる。

「大丈夫、これを使って――」

そう言ってまどかは反転宝珠を取り出した。

「なんだい、それは?」

「キュゥべえ、私はこれでマミさんを人間に戻すから!」

「なんだって――!?」

キュゥべえの質問にもまどかは律儀に答えて、小さな魔女にそのブローチを押し当てた。

たて続けの獅子咆哮弾でさすがにグロッキー状態の魔女はとくに抵抗も無く反転宝珠を受け入れた。

すると、立っていられないような強風が吹き荒び、魔女に向かって注ぎ込むように渦を描いた。

「す、すげ、やったか!?」

杏子が叫ぶが、その声のほとんどが風にかき消される。

「な、何も見えん」

「オメーら、全員どっかつかまってろ!」

良牙とらんまも叫ぶ。

「ま、まさか、これは!?」

キュゥべえは風に飛ばされながらつぶやいた。

これは、ただの風ではない。グリーフシードが結界を飲み込んでいるのだ。

つまり、放出された感情エネルギーが逆流している。

(これほどの技術がこの星に!?)

さしものキュゥべえも情報整理が追いつかなかった。

「ま、まどか!」

そんな中、悲鳴のようなさやかの叫び声がした。

暴風の中、誰も近づけないが、周りからは黄色いリボンに吸収されるように呑まれていくまどかの姿と
その近くで必死にまどかにしがみつくさやかの姿が見えた。

しかし、やがてまどかの姿は完全に黄色いリボンの中に消え、それと同時に風がやんだ。

「な……どうなったんだ?」

良牙はあたりを見回した。

暴風の過ぎ去った後の魔女の結界にはところどころ綻びが見え、マミの部屋がのぞけている。

そして、黄色い大きな卵のような塊と、それの前で泣き崩れるさやかの姿があった。

「呑まれちまったのか……?」

杏子がつぶやいた。

「お、おい、嘘だろ、さっきまで反転宝珠が効いてたじゃねーか?」

らんまも信じられないといった様子だ。
465 :28話5 ◆awWwWwwWGE 2012/06/04(月) 23:37:44.89 ID:Dofo4Tk20
まどかのあの自信に満ちた雰囲気から、本当になんでもできてしまうような錯覚にらんまも落ちていたのだ。

「ふぅ、さすがにボクも驚いたよ」

そこにキュゥべえがいつも通りののん気な声でしゃべりはじめた。

「良牙があんなに簡単に正気に戻ったのも驚きだけど、さっきまどかが持っていたアイテムは中国仙術系のモノかな?
あの系統の技術を発展させると面倒だから断絶させたはずなんだけど、まさか残していたとはね、しかもレベルを上げて」

そして、ほとんど独り言のように、らんま達にはよく分からない技術論を語り始める。

「まあでも、アレで魔女を魔法少女に戻すって言うのはちょっと厳しい話だったね。
方法論としては間違っていないんだけど処理能力に無理がありすぎるよ。
例えるなら、中古家電のマイコンにスーパーコンピューター並の処理をさせるようなものさ」

「はじめから無理だったって言いてえのか?」

にらみつける杏子に、キュゥべえはいつも通りののん気な顔で答えた。

「そう、その通りだ。杏子は飲み込みが良くて助かる」

「てめぇ!」

激昂して杏子はキュゥべえに掴みかかる。

「そいつは後だ! さきに鹿目まどかを!」

らんまに言われて杏子はキュゥべえを投げ捨てた。

そして、一同はまどかが包まれた魔女の繭の前に集まる。

『まどか、まどか、聞こえる!?』

さやかは必死でまどかにテレパシーを送った。

しかし、この繭の中では魔法少女のテレパシーすら途切れ途切れだったのだ。

一般人からのテレパシーの返信は中々聞こえてこない。

「らちがあかねぇ、杏子、中の子を傷つけずにコレを割れるか?」

「ああ、やってみるぜ」

らんまと杏子はとにかく、繭を破ろうとした。その時――

『まって!』

さやかを経由して、たしかに全員にまどかのテレパシーが聞こえた。

『まどか! 生きてるの? 大丈夫?』

さやかは矢継ぎ早に呼びかける。

『うん、多分生きてる。それにねー、私マミさんにキスされちゃったんだ。
ティヒヒ、良牙さんうらやましい?』

「うらやま……って何言ってんだ、おい!?」

ワケの分からないまどかの返事に良牙は思わず口で答えた。

『まどか、キスってそれもしかして魔女のくちづけ!?』

『うん、そーだよー』

魔女の口付けを受けたというのに、まどかはいたって落ち着いた声で返事をする。

「ダメだ、もうかなり魔女に洗脳されてやがる!」

「待ってろ、今助けてやるよ」

まどかの落ち着きを魔女に洗脳されたせいだと思ったらんまと杏子は急ぎ、繭を切り開こうとした。

『あーもー、だから待ってください!』

まどかは叫ぶようにテレパシーを送った。

中継役のさやかが小さなテレパシーでも聞き取れるようにと音量を大きめに設定していたので予想外の大音量となり、
思わず杏子は槍を手から落とした。

『みんなは受けたことが無いから知らないと思うけど、魔女のくちづけを受けたら魔女と直接しゃべれるんです。
466 :28話6 ◆awWwWwwWGE 2012/06/04(月) 23:38:45.39 ID:Dofo4Tk20
だから私、マミさんと話し合って来ます!』

まどかは断固とした強い口調で言った。それは間違っても負の感情に負けて魔女に洗脳されている状態ではない。

「そっか、まどかは前にも一度魔女のくちづけを受けたことがあったから――」

さやかが言った。

『それにしたって無茶苦茶だ! いったん戻れ!』

らんまが呼びかけるが、まどかの答えはノーだった。

『いいえ、できません。魔法少女は魔女の口付けを受けないからこの役割はできません。
良牙さんもマミさんの不幸に同調しちゃうからやめた方が良いと思います。
……だから、これは私しかできないんです』

普通の言葉をしゃべるのにも言いよどむまどかがスラスラとこんな理屈を言った。

そんなまどかにピンと来た杏子が詮索する。

『妙に自分が行くって言って聞かないと思ったら、あんた始めっからこのつもりだったな?』

『ティヒヒ、正解。始めから決めてたんです、もし反転宝珠で上手くいかなかったらこうしようって。黙っててごめんなさい』

もはや、一同は言葉も無かった。

黙っていた理由は問うまでもない、そんな危険な作戦を誰も許可するはずが無い。

だから、まどかはただのわがままに見せかけて自分が行くと言ったのだ。

つまり、全員まどかに騙されていたことになる。まさに、してやられたりである。

「ちっ、しゃーねーな。俺達にも別の手があるわけじゃねーし、こうなりゃ任せるしかねーみてーだな」

らんまがつぶやくように言った。

「まどか……」

不安そうに繭を見つめるさやかに、杏子が肩を叩いた。

「なに腑抜けてやがる、アイツはあたしたち全員を手玉に取りやがったんだ、簡単にやられるタマじゃないぜ、ありゃ」

杏子にそう言われても、今までの弱いまどかを見続けてきたさやかはやはり不安だった。

「キュゥべえ、お前も魔女の精神にまではちょっかい出せないんだろう?」

その一方で良牙がキュゥべえに問いかけた。

キュゥべえは基本的には魔法少女の保護無しには結界の中に入らない。

結界の中ではキュゥべえ自身も魔女の餌食になってしまうからだ。

良牙も何度かキュゥべえを守りながら魔女の結界で戦ったのでその習性は理解していた。

もし良牙にやったようにイメージを送ることで多少なりとも魔女を意のままに動かせるのならば守られる必要は無い。

「確かに、良牙の言う通りだ。 ボクにも魔女の精神界に入ったまどかをどうこうすることはできない。
手を出せないのはキミたちと同じだ。 でも、ただの人間が魔女を魔法少女に戻すなんてことはありえないよ。
そんなことがあるのなら一定確立で魔女が捕食の際に魔法少女にもどってしまう」

「どーかな?」

ありえないと言ったキュゥべえに対し、らんまは挑発的にそう言ってみせた。

「良牙の単細胞っぷりも見抜けねぇようなおマヌケさんにンなこと言われたって説得力ないぜ」

「こら、誰が単細胞だ」

良牙のらんまへの抗議を無視して、キュゥべえは答えた。

「まあ、期待するのは構わないよ。それが絶望に変わるときが楽しみだからね」

***************

まどかは、繭の中で思いっきり嫌なことを考えまくった。

真剣に自分が、この世界が、すべてが嫌になるぐらい負の感情に心をゆだねた。

本当に落ち込んでいるときならそんな努力なんてしなくても魔女のくちづけをもらえたのに、
今回の巴マミはなかなかそれをくれない。
467 :28話7 ◆awWwWwwWGE 2012/06/04(月) 23:39:55.17 ID:Dofo4Tk20
それでも、自分の家族がみんな死んでしまったらという不謹慎な妄想で不幸に浸ったら、
そこでようやくマミの声が聞こえてきた。

『ここに来れば、そんな悲しみは消えてなくなるわ――』

おそらくテレパシーの一種なのだろうが、それは間違いなく巴マミの声だった。

『マミさん……』

まどかは恐れや不幸な気持ちよりも、また再びマミの声を聞けたという喜びが先に来て、思わず涙ぐみそうになった。

『あなたは――?』

マミの声を出すそれは、精神世界の中でもはや人の形すら保っていない影絵のような存在となっていた。

そして、喜びという魔女の口付けを受ける人間にはふさわしくない感情に戸惑ったのか、まどかと距離を開ける。

『マミさん、私です、鹿目まどかです。こんなところに居ないで早くみんなのところに戻りましょう!』

『鹿目……さん?』

かつて巴マミであったそれは、鹿目まどかという名前に反応した。

『すばらしいわ、鹿目さんが来てくれるなんて、さっそくお茶にしましょう』

『え? お茶ですか、やった』

予想外の、いつもの巴マミのような対応に、まどかもついつい釣られて喜んでお茶に応じてしまう。

気が付けば、自分はテーブルに着席し、目の前には暖かい紅茶とおいしそうなケーキが並んでいた。

(は、しまった!)

まどかは思った。魔女のくちづけを受ければ思考が鈍ってしまう。

それは理解していたつもりだったが、こうも簡単にペースに乗せられてしまうとは思っていなかったのだ。

『今日はアイリッシュブレンドにしてみたんだけど、お口に合うかしら?』

ふと見ればマミはいつの間にか人間の姿をしている。

『あ、はい、とっても美味しいです。ミルク入れて良いですかね?』

『フフ、どうぞ、お砂糖はグラニュー糖にする? それともブラウン・シュガー?』

『えーと、グラニュー糖で……って違う!違う!』

まどかは慌てて首を振った。

『あら、ミルク入り砂糖無しが良いの? 鹿目さんもなかなか通ね』

マミはわざとなのか天然なのか分からない返しをしてくる。

『いや、今回はただお茶しに来たんじゃなくてですね……』

魔女になったのだからもっと露骨に負の感情をぶつけてくるかと思っていたまどかは、
マミにこういう出方をされてかえってやりづらかった。

『マミさん、今ならまだ人間に戻れます。 魔女になって人を呪い続けなくても良いんです!
だから、私と一緒に来てください!』

まどかは強引にマミの腕を引っ張って連れ出そうとした。

しかしマミの体はピクリとも動かない。

『魔女……呪い? 何の話? 怖い夢でも見てたのかしら?』

『え?』

あっけにとられるまどかの横に、いつの間にかさやかが座っていた。

『まどかってば、授業中落書きなんかしてるからそんな夢見るのよ』

さやかはそう言ってまどかの魔法少女衣装案の書かれたノートを見せびらかした。

『ゆ……夢?』

『ほら、良牙さんも呆れちゃってるよ』

さやかの台詞にあわせるように、まどかの視界にテーブルの上でケーキを食べる小豚が入ってきた。
468 :28話8 ◆awWwWwwWGE 2012/06/04(月) 23:41:44.64 ID:Dofo4Tk20
『魔女に呪いねぇ……何かいいアイデアが浮かんできそうだわ。今度の文化祭の発表作品はそれにしようかしら?』

マミは黒い小豚を撫でながら頭をひねるそぶりをした。

『えー、あたしの小豚が男の人に変身して活躍するって話は?』

『それも面白いけども、ちょっと漫画的過ぎるのよねぇ。文芸部としてはあまりそういう作風によるのも……』

マミとさやかはまどかについていけない話を始めた。

『え? それってどういう――』

質問しようとしたまどかの頭の中に、すっと、まるでそれが当たり前のことであったかのように情報が入ってきた。

(マミさんは文芸部の部長さんで、私とさやかちゃんが部員、放課後はいつもこうしてお茶してる)

『そうだったんだ』

まどかは納得したようにうなずいた。そうだ、それが現実だったに違いない。

人が死んだり殺しあったり、そんな魔法少女や魔女が現実であるはずがないのだ。

『そうなんですよ、実はとっても怖い夢を見てて――』

まどかは喜々としてお茶席に戻った。ほどほどの甘さで味が上品なケーキはいかにもマミらしい。

それはそれで美味しいのだが、甘党のまどかにはちょっと物足りないのでミルクと砂糖を入れた紅茶を飲むのだ。

(……あれ?)

紅茶が思ったよりも甘い。

今回は角砂糖をひとつしか入れていないのに、この間同じアイリッシュブレンドに角砂糖を二つ入れたのと同じ甘さだ。

『さやかちゃんごめん!』

何かおかしいと思ったまどかは横にいるさやかのレモンティーを奪って飲んだ。

『ちょっと、まどか!』

さやかは驚いた様子をしているが、まどかは構わず最後までレモンティーを飲み干す。

レモンの味が全くしない。

黄色がかったレモンティのはずなのに、さっきのミルクティーと同じ味だ。

『……マミさん』

まどかはさやかを完全に無視してマミの方を向いた。

『私の記憶を元にこの世界を作ったんですね』

ミルクティー派のまどかは久しくレモンティーを飲んでいない。

だから、まどかの記憶を使って構成された虚構の世界では、レモンティーの味など存在しないのだ。

『鹿目さん、ここが本当の世界なのよ。魔女や魔法少女なんてこの世にはいないの。
だって、その方がずっとステキでしょう?』

マミは柔和な微笑を浮かべていった。しかしそれは、まどかにはどこか空虚に見える。

『いいえ。マミさんの作ったこの世界はステキだけど、つらいことがあっても現実の方がステキです』

まどかはうつむきながら首を横に振った。

悲しかった。

まどかが入ってくるまで、マミは自分の姿をしていなかった。

今、マミがマミの姿をしているのはまどかの記憶を借りているに過ぎない。

もはや、マミは覚えていないのだ。まどかたちとの日々を。本当の自分の姿を。

『怖いことも、つらいこともあったけど、そのおかげで私はマミさんと出会えたんです。
命の恩人ってだけじゃなくて、命がけの戦いの中でも優しさを失わないマミさんからいっぱい色んなものをもらったんです。
マミさんだって、つらい中だからこそみんなと仲良く、信頼しあえるようになれたんじゃないんですか?』

まやかしは通じないと判断したのか、魔女は偽装を解き、マミとさやかの姿と共にその部屋は消えた。

その代わりに、まるで影絵芝居のようなイメージがまどかの前に映し出される。
469 :28話9 ◆awWwWwwWGE 2012/06/04(月) 23:42:32.28 ID:Dofo4Tk20
小さな女の子とその両親らしき人の影、それが無残にも巨大な岩のような怪物に踏み潰された。

まどかは思わず目を覆う。しかし、目を覆っても、その光景は消えることは無く容赦なくまどかの視覚に入り込んでくる。

完全に潰されてバラバラになった両親の影と、上半身だけが残った女の子の影。

その影の横に、頭にわっかをつけて羽根の生えた、妖精のような天使のような小さな影がよりそった。

妖精がステッキをかざすと女の子の影は元通りになり、それから女の子と妖精は一緒に過ごした。

妖精は女の子にごちそうを持ってきた。そのごちそうを、妖精と女の子は仲良く一緒に食べた。

それから一緒にお風呂に入ったり、色んなところに出かけたり、それはそれは楽しそうな日々だった。

そして、女の子が大人と変わらないぐらいの背丈にまで育ったとき――

 グシャッ

まどかは再び目を覆った。

なんと、妖精が女の子の頭を食べ始めたのだ。

そして、残った体をどこかに運んでいく。

その先には、たくさんの少女の、欠損した死体が転がっていた。

妖精はその一部を切り取ると、お皿に乗せてごちそうのように仕立てて、別の少女のもとへ運んでいった。

『こんなの……ひどすぎるよ……』

あまりの光景に、まどかは膝を落とし泣き崩れる。

そんなまどかに、そっと、黒い影がよりそった。

『お願い、一緒にいて欲しいの』

マミの声が聞こえた。

今度こそ、まどかの記憶を通した幻影ではなく本物のマミの声だ。直感的にまどかはそう思った。

『もういや、1人でいるのも裏切られるのも、みんな嫌なの!』

半狂乱的に、黒い影は揺れながら叫ぶ。

『マミさん、本当に悲しくて、寂しくて、つらかったんですね……
ごめんなさい、もっと早くに力になれなくて』

まどかはすっと立ち上がり、その黒い影に抱きついた。

『ずっと、一緒に居てくれるの? 裏切らない?』

黒い影もそっとまどかの小さな背中を抱きしめた。

『はい、ずっと一緒にいます、ずっと仲良くしましょう』

まどかがそう答えると、黒い影は人の形を失い液体のようになってまどかを包み込もうとした。

『これからここで、ずっと一緒……』

優しい声と温かい感覚に包まれて、まどかの自我は薄まっていった。

(――今だ!)

が、まどかはその瞬間、精一杯の勇気を振り絞った。

そして、精神界にまで持ち込んだ反転宝珠を自分の体に正位置につける。

鼓動が激しく鳴り響き、まどかの中の決意はこれでもかというほどの高ぶった。

『!?』

『ごめんなさい、私、マミさん裏切っちゃいました』

そう言ってまどかは舌を出した。

後一歩のところで吸収できるはずだった人間が、急に強い正の感情に満ち溢れたことに黒い影はうろたえた。

そして、急ぎ飛び退こうとする。しかし、まどかを覆いつくすように伸ばした体を戻すのには時間がかかった。
470 :28話10 ◆awWwWwwWGE 2012/06/04(月) 23:43:11.44 ID:Dofo4Tk20
まどかはそれを逃がしはしない。

即座に反転宝珠を自分からはずし、黒い影に逆位置に押し付ける。

『でも、約束は守ります。ずっと一緒に、仲良くしましょう! ただし、現世で!』

『○×△●%■☆□※▼◎!!』

魔女の、言葉にならない叫び声とともに、辺りの風景はまばゆい光につつまれた。