QB「魔法少女になってよ」らんま「てめー、ぶん殴られてーか?」 その1
QB「魔法少女になってよ」らんま「てめー、ぶん殴られてーか?」 その2
484 :29話1 ◆awWwWwwWGE 2012/06/11(月) 01:37:49.33 ID:bOy9B4ns0
魔女を倒したときのように、結界はボロボロと崩壊しはじめた。
「やったのか?」
らんまの言葉に、答える者は誰もいなかった。
(これは……精神界で魔女を倒した? 鹿目まどかにそんな手段が?)
キュゥべえも自体を把握しきれていなかった。
魔女が魔法少女にくちづけをしないのは、そのむき出しの精神に直接攻撃されないようにするためだ。
物理的作用が意味を成さない精神世界において、魔法の使えない人間が魔女に対して攻撃するなどできるはずがない。
だから魔女は一般人はその精神世界に取り込んで『食事』しようとする。
(まさか、闘気?)
そうとも考えたが、今まで強い闘気を持った武闘家などが魔女のくちづけを受けた例はほとんどない。
魔女は闘気も警戒しているのだ。それは巴マミの場合も、良牙を取り込んでいない点で同じだ。
そもそも、まどかに闘気なんてものが存在するとも思えない。
やがて結界は完全に消え去り、一同はマミの部屋の中にいた。
繭のように折り重なった黄色いリボンも溶けて、中からくたくたになったまどかが現れた。
「まどか、大丈夫!? 返事して!」
さやかはまぶたを閉じたまどかを起こそうと必死でゆする。
「ん……あ……あ……」
まどかは薄目を開けるが、意識は朦朧としていた。
あわててさやかは回復魔法をほどこす。
とは言っても、本来さやかの魔力特性は自己回復なので大きな効果は無い。
「……あ……りが……と……さやか……ちゃん」
まどかはなんとかそれだけ口にすると、振るえる右手でマミの人間としての体を指差した。
「いや、まだダメだ。体は問題ないが、意識は戻らない」
良牙がまどかに答える。
その横で杏子が自分のソウルジェムを使って、マミの体を保全していた。
「こ……れ……」
そう言って、まどかは溶けたリボンに埋まっていた自分の左腕を持ち上げた。
その手の中には黄色いソウルジェムとそれにぴったりとくっついたブローチが握られていた。
「それは?」
真っ先に声をあげたのはキュゥべえだった。
「まどか、キミはまさか、巴マミの精神世界の中でそれを使ったのかい!?」
「イ……イヒ……ヒ……わた……したちの……勝ち」
まどかはやつれきった顔で無理に笑顔を作って見せた。
「はやくそいつを!」
杏子はいそいでまどかの手からその黄色いソウルジェムをとりあげると、マミの胸の上にあてがった。
しかしそれでも、マミの意識はもどらない。
「無茶苦茶だ! 生の精神に直接そんな道具を使うなんて、精神医療上の禁忌もいいところだ!」
さしものキュゥべえも驚きを隠せなかった。
体に覆われていない状態の精神はただの人間のそれと同じなのだから、確かにあの道具の能力でも十分に処理可能だろう。
そして、負の感情を失いグリーフシードとしての形態を保てなくなったその魂はソウルジェムに戻り、
中核を失った魔女の結界はただの力学的エネルギーに戻って拡散し、無に帰る。
485 :29話2 ◆awWwWwwWGE 2012/06/11(月) 01:38:44.82 ID:bOy9B4ns0
そこまでは理にかなっている。
しかし、相手の精神世界に入った状態でその精神をねじまげるようなアイテムを使うことは
例えるなら自分の乗っている船を海上で解体・改造するようなものだ。
一歩間違えば船ともども海の藻屑と消える、つまり、まどかもマミもともども精神崩壊してもおかしくない。
そして、船をまともに修理できるかどうか――マミの精神を元にもどせるかどうかも分かったものではない。
「ほー、だったらてめーが俺達にしたことは無茶苦茶じゃねーのかよ?」
らんまの言葉にキュゥべえは直接的には答えなかった。
「キミたちのやった荒療治は本来なら最低でもあと1000年は技術を高めてからやるべきことだ。
あんな原始的で乱暴な道具ではなくちゃんと対象の精神を破壊しないように配慮された道具を作れるようになり、
治療者が対象に飲まれてしまうような危険性の無い安全な精神介入装置を開発しなければならない。
今のキミたちの技術ではまどかの命があっただけでも奇跡的な幸運と言うべきだろう」
キュゥべえの言うことはらんまには半分ぐらいしか分からない。だが、その見下した物言いには腹が立った。
「ケッ、その原始的で乱暴なもんを恐れて断絶させたんじゃなかったのかよ?」
「……キミたち人間は、類人猿に服を与えたり手話を教えることはあっても、弓矢や銃火器を使わせることは無いだろう?
類人猿が弓矢を覚えたって、今の人類にとってかわることなどありえないにも関わらずね。
ボクたちの場合もそれと同じでね、キミたちの様な原始的な知的生物には覚えさせちゃいけないモノもあるのさ」
それだけ言うとキュゥべえは後姿を見せてその場から去っていった。
(奇跡的な幸運……か。へ、てめーの底が知れたぜ)
らんまはキュゥべえの後姿を中指を立てて見送った。
***************
「その……なんと言えば良いのか言葉が出てこないのですが……
本当に、さやかさんが学校に来てくれて……」
「いいよ、もう。それが仁美と恭介にとって幸せならさ、あたしは何も――」
朝の通学路で、二人の少女が共にもどかしい表情を浮かべていた。
「いいえ、あれから上条君とは何も話していません」
緑色の髪の少女が静かに首を横に振る。
「え? それってどうして……」
青い髪の少女はその意外な言葉に目を丸くした。
「それは、その……上条君だってさやかさんのことを気にしていましたし……」
もどかしい様子で、緑色の髪の少女は視線を横にそらした。
「……なんだか凄く話にくいんですが」
視線の先には桃色の髪の毛を小さなツインテールに束ねた背の低い少女がいた。
一晩ぐっすり寝て無事に回復した鹿目まどかだ。
まどかは目に穴が開くほど二人を凝視している。
「うん、それは同感」
そう言われても、桃色の髪の少女は凝視する姿勢を崩さなかった。
「まどか、悪いけど後は二人で話すからその顔やめてくんない」
「ダメ! さやかちゃんと仁美ちゃんが仲直りするのを確認するまでやめない!」
まどかはあくまでそう言って聞かない様子だった。
「ハァ……」
仁美は軽くため息をついた後、表情を明るく変えて顔を上げた。
「昨日の今日でこういうのも変な話ですが、まどかさん何か変わりましたね。
なんだか一回り大きくなったような」
「お、まどかもちょっとは背ぇ伸びた?」
さやかはわざと仁美の言いたいこととは違うことを言った。
486 :29話3 ◆awWwWwwWGE 2012/06/11(月) 01:39:51.81 ID:bOy9B4ns0
「いえ、そういう意味ではなくて――」
仁美に言われるまでも無く、さやかには分かっていた。
(そりゃ仁美にも分かるか……一番信じられてないのがあたしかもね)
まどかは確かに変わった、そんなことを思いながらさやかは当の本人を見つめる。
あのまどかが危険を恐れず、かと言って自暴自棄でもなく、やれる事を全てやって勇敢に戦った。
そして何の戦力も無いにも関わらず、誰よりも高い戦果をあげた。
(もう、誰かの後ろについてびくびくしてるまどかじゃないんだ)
それが寂しくもあり、うれしくもあった。
しかし、おそらくこれで終わりではない。
美国織莉子が最期に言った言葉、そして不可解な暁美ほむらの言動。
きっと、まどかの行く先にはもっと恐ろしいものが待ち受けている。
さやかは、つい昨日まで自分は死んでも良いと思っていた。
変な中国人とか●●ジジイとかに邪魔されて欝な気分にも浸りきれなかったが、
今思うとそのおかげでたまたま魔女にならなかったようなものだろう。
そして今は、どんな重い罪を背負って生きるとしても、もう無駄に消えてしまいたいとは思わなかった。
その恐ろしいものから、まどかを守り抜く。
昨日のまどかの勇気と決して屈しない強い心に、何があっても守るべき尊いものを見たのだ。
本人の前では決して言えないが、そのためだけに自分が生きているような気持ちさえしている。
「……プッ」
さやかは思わず噴き出した。
「あ、ひどいさやかちゃん、人の顔見て笑うなんて!」
まどかはまるで、当たり前の平和がそこにあった今までと変わらないことを言う。
「だって、まどかの真剣な表情が」
さやかもそれに応じ、おなかを抱えて笑いのツボに入ったようなリアクションをとった。
しかし、噴き出した本当の理由はそれではない。
(あたしゃ同性愛者かよ!)
さやかは自分自身の感情のあり方がおかしくてつい笑ってしまったのだ。
(いやいや、さやかちゃんは性的にはいたってノーマルですよぉ)
だったら、この気持ちは一体何なのか。
ひとつだけ、当てはまりそうな言葉を見つけた。
それは、忠誠心――
「ブッ!!」
さやかは再び盛大に噴き出す。
(まどかに対して? ハハ、あたしって本当にバカだ)
「さやかちゃん、ちょっと笑いすぎ!」
「まどかさん、こういう時は真剣になればなるほど笑わせてしまいますよ」
気が付けば、今までと変わらない楽しい朝の通学になっていた。
ただ、少女達の小さな心の変化を除いて。
***************
「それで、昨日はマミさんの意思は戻らなかったんですね?」
「ああ、つっても俺も結局あの後家に帰って後は良牙と杏子に任せたから、今どうなってるかはしらねーけどな」
487 :29話4 ◆awWwWwwWGE 2012/06/11(月) 01:41:48.04 ID:bOy9B4ns0
見滝原のマンション街の前で、まどか・さやかとらんまは落ち合った。
「そういや不思議に思ってたんだけど、良牙さんや杏子は学校行かなくていいの?」
さやかは率直な質問をぶつける。
「あいつら元々学校通ってねーし、良いんじゃねぇか」
らんまの答えはどこか投げやりだった。そして代わりに自分の質問をする。
「――それよりも、今日はあいつは来なかったのか?」
「ほむらちゃんは……来てません」
まどかはうつむき加減で答えた。
「先生に聞けば住所ぐらいすぐ分かるだろうけど、どうする?」
「今日のうちに逃げるかもしんねーな」
さやかとらんまの言葉に、まどかは小さく首を横に振る。
「たぶん……根拠は無いけど、ほむらちゃんはこの町からは逃げません」
おどおどしながらも、まどかは自分の意見を言った。
「だから、マミさんがきちんと回復してから会いに行って、マミさん本人に対してきちんと謝らせたいです」
「ちっと甘いと思うが、ま、おめーがそう言うなら仕方ねぇな」
まるでまどかに決定権があるような、らんまの物言いにまどかはうろたえた。
「えっ、そんな……あたしなんかが」
「ハァ、分かってないね、まどか。今回は完全にあんたの1人勝ちだよ。
乱馬さんは皮肉で言ってんじゃなくて本気でまどかを認めてんだから、おどおどしないの」
そう言ってさやかはまどかの肩を軽く叩いてみせた。
そうしてマミの部屋の前につくと、玄関の前に並んで体育座りをしている良牙と杏子が居た。
「なんだ? おめーらどうした?」
うつむいて顔が見えない良牙と杏子にらんまが問いかけると、それで初めて気が付いたように二人は顔を上げた。
「あたし……魔女になっちまうかも知れねー……」
「今なら究極の獅子咆哮弾が撃てそうだ……」
その表情は、まるでどうしようもない絶望が訪れたように沈みきっていた。
「……まさかっ!?」
良牙と杏子の落ち込みようは尋常ではない。
(もしかして、マミさん、死んじゃったの!?)
三人は状況を確認するために急ぎマミの部屋に入った。
すると、足元に黄色いリボンが伸び、リズムを刻むようにうねっていた。
(また魔女に戻った!?)
沈痛な思いで三人は顔を上に向ける。しかしそこで目にしたものは――
『solti ola i amaliche cantia masa estia』
テレパシーを通して聞こえる歌声と共に、激しく飛び回り、踊る続ける巴マミの姿があった。
「ああ、この世界はなんて美しいの!! 生きてるってなんてすばらしいの!!」
半狂乱にそんな言葉を叫びながら、マミはテレパシーで休むことなく歌を歌い続ける。
『a litia dista somelite esta dia a ditto i della filioche mio sonti tola』
その歌声は、マミの好きなイタリア語やラテン系言語のように思えて、でもどこか違う。
「……えっと、これはどう反応したら良いのかな?」
あまりにも想像を超えた光景に、さやかは反応が追いつかなかった。
488 :29話5 ◆awWwWwwWGE 2012/06/11(月) 01:42:43.87 ID:bOy9B4ns0
「何が起こったんだ?」
らんまもどこにどうツッコめばいいのか分からない。
「マミさん……人間に戻れたんだ!」
そんな中、まどかは素直に歓喜の声をあげた。
「え!? そのリアクションでいいの?」
さやかは戸惑いを見せるが、それでも、マミが人間に戻ったということにようやく安堵した。
「そっか、どうあれマミさんは助かったんだ。 そうだよね!」
「あ、ああ」
らんまもためらいがちにうなずいた。
「つってもこの状態じゃ、反転宝珠はずしたらすぐ魔女化しちまいそうだな」
「うん、ある意味魔女より怖い」
人間に戻ったのはいいが非常に手の出しにくい状態である。
三人はひとまず、マミを置いて玄関に戻った。
「もー、ひどいよ二人とも、びっくりさせて。マミさんすごい元気じゃない」
まどかが杏子と良牙に言うが、二人はやはり暗い顔をしていた。
「部屋に入るなり銃口向けて『消えて、顔も見たくない!』って言われた。ほんとに魔女になるかも……」
「『ブタ野郎、二度と来ないで!』って言われた。もう死にてぇ……」
二人はこの世の終わりが来たかのような表情で語る。
「いや、それ反転宝珠のせいだから」
「わかった。 おめーらバカだろ」
さやかとらんまは間髪いれずにツッコミを入れた。
***************
結局、魔法少女3人と武闘家1人をもって、マミを強引に押さえ込み捕縛した。
なにしろ、誰が近づいても親の仇か何かのように死に物狂いで暴れてくるのだからそうするしか仕方が無い。
そして、人が遠ざかれば、幸せの感情でいっぱい過ぎて話が通じない
魔女と真逆なようでいて迷惑度合いは似たようなものだった。
「よし、ようやく落ち着いてきやがったな」
死ぬほど大嫌いな人たちに囲まれて、さすがにマミの高揚感も消えたところでらんまが近づいた。
「卑怯じゃないですか、近づかないでください」
マミは冷淡にそう言った。
それでも会話にならないぐらい嫌われている他四人よりらんまはマシだった。
マミと関わりが薄く、それほど好かれていなかったおかげだろう、らんまはそう納得した。
「いいか、今からそのソウルジェムについた反転宝珠をはずすが
魔女に戻っちまいそうだったらすぐにまた逆位置につけろよ?」
らんまはくれぐれも念を押す。
「勝手なことばかり言って……」
マミは敵意を示すが、杏子のムチにぐるぐる巻きに縛られて何の抵抗もできなかった。
そしてらんまは言葉どおりマミのソウルジェムの、突起に張り付いた反転宝珠を引きはがした。
その瞬間、周囲をキッとにらみつけていたマミの表情がみるみる緩んでいく。
やがて目からとめどなく涙があふれ出した。
「げっ、まずい、また魔女になっちまうんじゃねーか!?」
489 :29話6 ◆awWwWwwWGE 2012/06/11(月) 01:44:11.15 ID:bOy9B4ns0
泣き崩れるマミにらんまは狼狽した。
「いや、大丈夫だ……」
良牙はらんまの手に握られている黄色い宝石を指差した。
それはどこまでも澄んで、一点の曇りも無く輝いていた。
「マミさん!」
「マミ!」
さやかと杏子がマミの元に駆け寄る。
もはやマミは、涙と共にこみ上げてくる鼻水や嗚咽のせいでなかなか口もきけない。
そのマミにまどかはゆっくりと歩み寄り、静かに言った。
「……マミさん、おかえりなさい」
「わ、わたし――」
言葉はそこまでしか出なかった。
(なんで絶望なんてしちゃったんだろう、こんなに、みんなが信じてくれていたのに)
心の中で言葉を続け、マミは涙を拭う。
それでもまだ涙は止まらなかった。
(わたし、ホントに泣き虫だ)
そんなマミを、三人の少女たちがやさしく抱きかかえた。
「ひとまず、こっちは一件落着だな」
少女達を眺めて良牙がつぶやいた。
「オメーは混ざらなくていいのかよ?」
「俺だって、そこまで野暮じゃないさ」
涼しい顔でそう言う良牙を、いい意味で「らしくない」と思ったらんまは小さく笑った。
「へっ、ブタ野郎がかっこつけやがって」
このらんまの言葉がわずかに良牙を刺激した。
「……ふっ、オカマちゃんに比べりゃ俺はいつだってかっこいいぜ」
「ほー、Pちゃんが何言ってんだか」
「……」
「……」
二人はしばし見つめ合う。そして――
「この野郎! なめんじゃねぇ!」
「それはこっちの台詞だブタ野郎!!」
気が付けば二人は喧嘩を始めていた。
「おいおい、あんたら何やってんのさ」
「もー、二人とも静かに!」
「この状況でどうして喧嘩できるの? 良牙さんもらんまさんも野暮にもほどがあるよ」
そして、少女達に口々にダメだしを食らった。
***************
「そうか、巴マミは魔女から魔法少女に戻りおったか、それは良かったの」
コロンはらんまと杏子の報告を受けて、にっこり微笑んだ。
「でも、話聞く限りでは何度も出来ることじゃないネ。コレだけあっても仕方ないアル」
そう言って、シャンプーはらんまと杏子が返しにきた反転宝珠をテーブルの上に転がした。
490 :29話7 ◆awWwWwwWGE 2012/06/11(月) 01:45:09.99 ID:bOy9B4ns0
「ああ。それにもし上手くやれても、生身が残ってなかったら魔女即死アイテムにしかならねーしな」
「まったくネ」
らんまの言葉にシャンプーはうなずいた。
(戻れる保証が無いのなら、魔法少女にはならない方が良さそうアルナ)
シャンプーは内心つまらなく思った。
「ところで、巴マミの生身に反転宝珠をあてても効果は無かったわけじゃな?」
そこにコロンがたずねた。
「ああ、結界の中に戻る前に試してみたけど、体につけてもなんの反応もなかった」
杏子は簡単に答える。
それに対して、コロンは大きく笑って見せた。
「フォッフォッフォ、ムコ殿、これはやったかも知れんぞ」
何がおかしいのか分からないらんまと杏子は怪訝な顔をする。
「ムコ殿、とりあえずソウルジェムを見せてくれぬか?」
「ああ」
らんまはコロンに自分のソウルジェムを手渡しする。
するとコロンは、いきなりそれに急須のお茶を注いだ。
「あち! 何すんでぇ!」
らんまの抗議を無視して、コロンは今度は開水壺を持ってくる。
「生意気にも、呪いの類いに対して抵抗力があるようじゃの」
そんなことをつぶやきながら、今度は開水壺からのお湯をソウルジェムにぶっかける。
「あちぃっつってんだろ、いい加減にしろババア!」
乱馬はコロンに掴みかかった。
「ムコ殿、その辺を見回してみるのじゃ」
「何言ってやがる!」
いらだちながらも、乱馬は言われたように店内を見回してみた。
「乱馬ぁ、やったネ!」
なぜかやたら喜んでいるシャンプー。
「あ……あ……ああ……」
なぜか呆然としている杏子。
そして、その横には赤いカンフー服に赤髪のおさげの少女が倒れていた。
(まさか!?)
乱馬は視線を下に向け、自分の体を見た。
筋肉質でしまった上半身、逞しい腕。
「お、お……男に戻れた!! すげぇ!」
乱馬はコロンに掴みかかった腕を放し、シャンプーや杏子に振り向いて見せた。
「……こんの、変 が! どっから現れた、消えろ、消えやがれ!!」
しかし杏子は逆上し、いきなり槍で切りかかってきた。
「わっ、いきなり、なんなんだ一体?」
乱馬は器用に避けながら、杏子に問うた。
「乱馬、早く何か着るよろし」
杏子の代わりに、顔を真っ赤にしたシャンプーが答える。
491 :29話8 ◆awWwWwwWGE 2012/06/11(月) 01:46:11.64 ID:bOy9B4ns0
「あっ!」
乱馬は自分の下半身を眺めた。
そこには年頃の女子の前では晒すべきでない、男の証が垂れ下がっていた。
***************
「つまり、乱馬の奴はもともと男だったっていうのか?」
「その通りアルネ」
シャンプーの説明に、杏子は現実を疑った。
「……もう何も信じられねぇ」
その一方で、着替えを終えたらんまはコロンと話していた。
「――で、一体なにがどうなってやがるんだ?」
乱馬はいつもの赤いカンフー服に戻っている。
その衣服を着ていたらんまの女の体にはとりあえずシャンプーの服を着せておいた。
「なにがどうもない。ソウルジェムがムコ殿の本体なのじゃから、そっちに湯をかけただけじゃ」
「それで、ソウルジェムが男の体になったのか? だったら今水をかぶったら――」
「うむ、今それを確かめる」
そう言って、コロンは乱馬にコップの水を浴びせた。
「ぶはっ、いきなりやるんじゃねぇ!……え?」
らんまは声に違和感を覚え、自分の胸を でみた。
やわらかい胸の感触は間違いなく女性のものだった。
「ほ、ほんとに女になった!?」
杏子もそれを見てびびっている。
その一方で、らんまの横にはチャイナ服を着たらんまがもう1人ぐっすりと眠っていた。
「そんなバカな?」
マヌケな声をあげるらんまを前にコロンは笑って見せた。
「フフ……ムコ殿はやはり強運じゃの。呪泉郷の呪いがムコ殿の本来の姿を覚えておったのじゃ。
そしてその呪いが強かったからこそ、ソウルジェムではなく女の姿に戻ることができた」
「つまり、呪泉郷に落っこちたおかげで助かったってことか?」
らんまは複雑な表情を浮かべる。
「試しに魔法を使ってみぃ、ソウルジェムがなくなったのじゃから使えんはずじゃ」
「ちょっと待てよ……おお、マジで! タタミが出せねぇ!」
魔法が使えなくなったことを、らんまは無邪気に喜んだ。
その様子を眺めていた杏子がふいに思い立ったようにコロンに問い詰めた。
「……なぁ、もしかして、あたしもその呪泉郷ってのに行ったら魔法少女をやめられんのか!?」
コロンはあいまいな表情をする。
「おそらく無理じゃろうな。 普通に湯をかけても効果が無かったソウルジェムに、新たに呪泉郷の呪いが効くとは思えん。
もし効いたとしても、湯をかければソウルジェムに戻る体質……魔法少女はやめられん。
ムコ殿の場合は魔法少女になる前に呪泉郷に落ちたからこんなことができただけじゃ」
「ぐ……」
目の前で魔法少女から解放された人間がいるというのに自分は元に戻れないだろうといわれて、杏子は歯がゆかった。
「それにの、呪泉郷はこのごろ枯れたり混ざったりして変質しておるからの。女溺泉に入れるかどうかも保障できん。
下手をすれば魔法少女から解放されても一生カエルか何かとして生きなければならぬかも知れぬぞ」
「ぜったい、嫌だ!」
結局、杏子はきっぱり諦めた。
492 :29話9 ◆awWwWwwWGE 2012/06/11(月) 01:47:25.49 ID:bOy9B4ns0
「――で、乱馬、この体どうするアルネ?」
シャンプーは魂の抜けた魔法少女らんまの体を抱き上げた。
「どうするって……どうすんだ?」
聞かれても、らんまにはどうしていいのか検討もつかない。
「そうじゃな、庭に埋めておいてはどうじゃ?」
「そこらの使い魔にでも食わせたらグリーフシードに変えてくれるかもな」
コロンと杏子はさらっと恐ろしい事を言った。
「じょ、冗談じゃねぇ! 猟奇殺人のいっちょ出来上がりじゃねーか!」
あわててらんまは否定する。たとえ抜け殻とは言え自分の体がそんな風に扱われるのは良い気がしない。
「じゃーどうするアルか?」
「……とりあえず、ウチに持って帰るぜ」
どこに棄てても猟奇殺人事件にしかならないし、他人に任せておく気もしない。
らんまは考えた末、そういう結論にいたった。
「そんなもん持って帰ってどう……ハッ、まさかあんた!?」
何を思ったのか、らんまの結論を聞いた杏子は汚物でも見るような目でらんまを見下ろした。
「ダメアル! そんなお人形使うぐらいなら、あたしの体使うよろし!」
シャンプーもとんでもない発言をする。
「てめーら、俺をなんだと!」
必死になってらんまは否定するが、否定すればするほど、杏子とシャンプーは疑惑を確信に変えていった。
「これこれ、ムコ殿も年頃の男性なのじゃ。その辺りは触れないでやるのが思いやりというもんじゃぞ」
「ババァ! てめーまで!」
猛抗議もむなしく、らんまは女性達に変な顔で見られながら天道道場への帰途についた。
514 :30話1 ◆awWwWwwWGE 2012/06/23(土) 21:30:16.50 ID:iHhKN47A0
自分が嫌いだった。
どこに行っても何をしても、他人の迷惑にしかならない自分が大嫌いだった。
治らない病気のために何度も転院を繰り返し、そのたびに両親に、医者に、看護士に迷惑をかけてきた。
両親がそうとう無理をしていることはある程度大きくなってから気が付いた。
彼らはまだそれほど歳でもないのに、年々やつれ、白髪が増えていっていた。
それもそのはずだ。
私の転院と同時に転居を繰り返しているのだから、経済的にも労力としても負担は半端なものではない。
離職を伴う転居もあった。
そして、頻繁に転職を繰り返す人の給料がそんなに良いはずは無かった。
両親ともにフルタイム勤務だったが、莫大な医療費を払った後には大したお金は残らない。
彼らは何の贅沢もせず、衣食住までもかなり切り詰めている様子だった。
しかし、病院は転院の多い患者を嫌がる場合が多い。
医者や看護士を相手にトラブルを起こすのではないか、クレーマーなのではないか、あるいは手の施しようの無い
病状なのではないか、などなど色々な疑念があるからだ。
それに、すぐに転院されては利益にもならない。
私が他人の顔色が分かるようになる頃には、既に面倒な患者としか思われていなかった。
文章の読み書きをする時間すら、この貧弱な体には十分には与えられなかった。
院内学級に行っても、急な体調不良が多くてすぐに授業を止めてしまい、先生や他の生徒に迷惑にしかならなかった。
そのうえ、どうせまたすぐに転院するのだ。
まともな人間関係など築けるはずもなかった。
ずっと、うっすらと思っていた。
『私なんていない方がみんな幸せになれるんじゃないか』と。
だが、両親は必死に私を生かそうとしている。だから生きなければならない。
それだけが当時の私の存在理由だった。
そんな小さな希望も、あっさりと踏み潰された。
何かが今までとは違う医者だった。
聴診器を当て、やけに念入りに呼吸音を聴いてくる。
私の胸に手を当てて心臓の脈拍を確かめる。
もう高学年になっていた私は、医者相手だから仕方が無いとは言え多少恥ずかしかった。
それでも、今までの医者より真剣に私のことを診てくれているように思えて、私はある種の信頼すら寄せていた。
だから、いくら恥ずかしくても、下着越しよりも素肌に聴診器を当てた方が呼吸音が聴き取りやすいと言われれば
脱いで見せたし、ベタベタ触られても我慢をしていた。
それはきっと、アイツにはOKサインだと思われたのだろう。
――ある日私は、その医者に押し倒された。
何が起きたのか、私には分からなかった。
自分のされたことも理解できないほど性知識に乏しかったわけではない。
お医者様ともあろうものが、なぜ自分のような小娘を力づくで襲ったのか。
ただ立って歩くだけでもしんどいような病人にどうしてあのような行為を行うのか。
515 :30話2 ◆awWwWwwWGE 2012/06/23(土) 21:31:41.24 ID:iHhKN47A0
そして何よりも信じられなかったことは、看護士達も他の医者も、アイツも、病院の全てがいつも通りに動いていたことだ。
この世界は何事もなかったかのように時を刻んでいた……私が踏みにじられたというのに――
もちろん私は、両親に訴えた。しかし、
「それは、本当なのか?」
その反応はむしろ私を疑うものだった。
確かに今まで、寂しさに任せて嘘をついたことが無いとは言わない。
だがこんな悪質な嘘はついたことがない。
何故疑われたのか分からない私は、何度も畳みかけるように必死で訴えかけた。
「分かった……何らかの手を打とう」
ようやくそう言って頷いた父親の言葉に、その語気に私は気が付いた。
まるで80の年寄りのようにしわがれて疲れきった声。
顔もよく見てみれば痩せきって肉などどこにも残っていないドクロのようで、
胴も色あせた安物のトレーナーの上からは全く体の厚みを感じなかった。
もうとっくに、限界なのだ。
この上さらに莫大な費用と労力をかけて裁判を戦うだけの余力などあるはずもない。
ましてやあの時の私には何らかの証拠を残しておくという余裕も知恵も無かった。
優秀な弁護士を雇ってくるであろう医者や病院側に対して証拠もなしに勝てるだろうか?
さらに悪いことには今まででも転院を繰り返して印象が悪かった私が、
実際に医者や病院を相手に訴訟を起こしたとなれば、今後迎えてくれる病院があるだろうか?
それも実際に戦うのは私ではない。
この哀れなほどにやつれっきった親がそれらの激戦を戦うことになるのだ。
それでも言えるだろうか? 『私のためにもっと戦いなさい』と。
「……ごめんなさい、今のは、全部嘘なの」
去り際の両親に向かって、私はそう言った――うつむいて目に涙をためたままで。
「そうか……」
その後に、父親が小さく何かボソッと言った。私にはそれが「すまない」と言っているように聞こえた。
それ以来私は、この世界が嫌いになった――
病気が治る。
以前の私なら、その言葉を聞いて跳ね上がるほど喜んだかもしれない。
だが、すでに何も信じられなくなっていた私には大きな感動は無かった。
案の定、手術が終わっても長い病院生活で弱々しく育った体が強くなるわけではなかった。
病気が治っても、自分では何も出来ずよたよたと周りに迷惑をかけ続ける存在であることは同じだ。
ただ、病院を出て学校にいくことになるだけ、それだけだった。
それでも一応、かすかな期待は抱いていた。
学校という空間が多少なりとも今より良いところであるかもしれない。
今思えば、あの踏みにじられた日からそれまでの間の私を生かしていたのはそんなちっぽけな希望だけだった。
だが、学校は病院よりも苦痛に満ち溢れていた。
騒音や排気ガスの溢れる通学路を歩き、校舎のきつい階段を登るだけでも私には壮絶な難行だった。
516 :30話3 ◆awWwWwwWGE 2012/06/23(土) 21:32:42.42 ID:iHhKN47A0
その挙句、何十人もの前に立たされて自己紹介しろだとか、複数人で取り囲んでの質問攻めだとか、
わざとやっているのかと言いたくなる。
そのぐらい、病弱かつ人になれていない私には苦痛だった。
幸いにも、質問攻めの最中に保健委員だという子が割って入って止めてくれた。
さすがに保健委員なら分かってくれているのかと思ったが、その子もわりといろいろ聞いてきた。
大人数に囲まれるよりがは多少はマシ、その程度の違いだった。
本人はそれなりに気を使っているつもりらしいが言っていることは如何にも屈辱も孤独も味わったことも無い
幸せそうな言葉ばかりで、私にはまるで遠い世界の出来事にしか思えなかった。
しかし――
「せっかくステキな名前なんだから、ほむらちゃんもかっこよくなっちゃえばいいんだよ」
その言葉だけは妙に頭に残った。
授業の時間もまた苦痛だった。
一時間椅子に座り机にかじり付いているだけでも私の体にはかなりの負担である。
そのうえ、病院内でろくに勉強できなかった私は、普通の学校の授業の内容についていけない。
それでも順番が来れば容赦なく回答を求められ、周囲の失笑に晒された。
体育の授業になっても、私に飛んだり走ったりできるはずもない。
ただ、校庭の隅で座っているためだけに着替えるのはなんとも言えずむなしかった。
そうして散々好奇の目と失笑に晒された学校からの帰り道、私には何の希望も残っていなかった。
『だったら、死んだ方がいいよね』
そんな私に魔女が声をかけてくるのは、むしろ当然のことだった。
いつの間にか空は夕焼けとは違う異様な赤に覆われ、
アスファルトの地面は名のある芸術家の抽象画のように奇怪な模様を描いていた。
その奇怪な風景に私は圧倒されていた。
やがてケタケタと不気味な笑い声がどこからともなく鳴り響き、地理の教科書で見た凱旋門のような建築物が目の前に現れた。
そして、その門の前から白い人影のようなものが現れた。
それは、まるで人とは思えない奇妙な動きで私に迫ってくる。
『さあ、死のうよ』
誰のものかわからない声が私の頭の中で響く。
(私……ここで死ぬの?)
崩れた輪郭で襲い掛かってくる白い化け物は、私の心の声を肯定するように襲い掛かってきた。
私は悲鳴を上げた。
しかし、この期に及んでも私は生きたいとは思っていなかった。
散々な人生を送ってきて、ついにはワケの分からない化け物に殺される、そんな自分の運命を呪い、死の恐怖に怯えた。
それでも生きて何かをしたいと、何かのために生き抜きたいという希望は全く湧いてこなかったのだ。
もとから生きていて何が楽しいとかそんなものはひとつも無いのだから当然だ。
そして、学校という空間が苦痛でしかなかった時点で、すでに未来への希望も閉ざされている。
希望も楽しみもなく、すがるべき人もいない。
ならばいっそ、ここで化け物に食べられて死んでも何も変わらないではないか。
それが私に与えられた容赦なく残酷で、なおかつ慈愛に満ちた情け深い結末だった。
そのとき、奇跡が起こった――
517 :30話4 ◆awWwWwwWGE 2012/06/23(土) 21:35:13.48 ID:iHhKN47A0
突如、目の前にいた白い化け物が弾き飛ばされた。
そして鮮やかな衣装に身を包んだ少女達が現れ、またたく間に化け物たちを蹴散らしたのだ。
「イヒヒ……いきなり秘密がバレちゃったね」
私の絶望を蹴散らしたその少女は、学校のクラスの保健委員――鹿目まどか、その人だった。
その日から、何も無かった私にとって鹿目まどかが唯一の希望となった。
――しかし、
「どうして? 死んじゃうって、わかってたのに……。私なんか助けるよりも、あなたに……生きててほしかったのに」
鹿目まどかの亡骸の横で、私は泣き崩れていた。
『ワルプルギスの夜』
それが、その絶望の名前だった。
史上最大級の魔女に、鹿目まどかはたった一人で挑み、死んでいったのだ。
私の中の希望もまた、消え去ったかに思えた。
そこに、悪魔がささやいた。
「暁美ほむら、その言葉は本当かい? 戦いの定めを受け入れも叶えたい望みがあるなら、僕が力になってあげられるよ」
自らを『キュゥべえ』と名乗るこの奇妙な小動物は、私にそんなことを言ってきた。
その問いは、私にとっては全てを失うか否かという二択と同じ意味だった。
当然、全てを失うことを受け入れるはずなどない。
「私は……。私は、鹿目さんとの出会いをやり直したい。彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい」
正直言って頭の中がいっぱいいっぱいになっていた私は、自分の思うことを全部いっぺんに言った。
それがどういう内容の願いで、どういう能力をもたらすかなんて考えもしていなかった。
「契約は成立だ。君の祈りは、エントロピーを凌駕した」
キュゥべえのその言葉と共に、あたりは光につつまれて、私の意識は遠ざかった。
気が付けば私は、病院のベッドの上にいた。
何がどうなったのかと見回すとカレンダーの日付がまだ退院前だ。
新しい学校に対する不安と期待であんな夢を見たのかと、ひとりごちにうなずいた。
しかし、その自分の手もとには紫色の宝石――ソウルジェムが落ちていた。
「夢じゃ……無かった?」
退院後、学校までの道のりはそう苦痛ではなかった。
魔法少女になったおかげで身体能力がそうとう底上げされているらしい。
私の場合、それでも凡人並みの身体能力にしかならなかったが、その凡人並の世界すら私にとっては
今までとは全く別の、すばらしい世界だった。
勉強の内容はなかなか付いていくのが難しかったが勉強すること自体は身体的苦痛にならないし、
ろくに体を動かしたことも無い私はやっぱりドン臭かったけど、それでも体育の授業で体を動かすこと自体は
楽しいと思えた。
そして、このクラスには鹿目まどかがいる。
それだけで、私のドン臭さに対する周りの視線なんてどうでもよくなった。
今まで私の人生になかったぐらい、幸せな日々が続いた。
それでも――
「どうしたの? ねぇ、鹿目さん? しっかりして!」
鹿目まどかと巴マミと私と三人で、苦戦の末『ワルプルギスの夜』を倒した。
巴マミは死んでしまったけども、鹿目まどかは生き残った。
518 :30話5 ◆awWwWwwWGE 2012/06/23(土) 21:36:17.81 ID:iHhKN47A0
そのはずなのに……
鹿目まどかは苦痛に顔をゆがめていた。
真っ黒に濁りきったそのソウルジェムを浄化できれば良かったのだろうが、
『ワルプルギスの夜』との戦いですでにグリーフシードは使い切っている。
そして、鹿目まどかはその姿を魔女に変えた。
私の希望はまた絶望へと変わったのだ。
キュゥべえは私達を騙していた。
やっと得られた充実して生きられる日々が、恐るべき搾取のもとに成り立っていた。
その真の絶望を知ったとき、私の終わらない旅が始まった。
キュゥべえの正体を明かしても、信じてはもらえなかった。
時間をさかのぼる私が未来から持ってこられるのはソウルジェムだけだ。
証拠など揃えられるわけがない。
それにキュゥべえの動機も中々つかめなかった。
鹿目まどかですら、信じてくれない。
――あの時と同じ絶望だった。
それを何度も繰り返し味わうのだ。
そして、証拠が出てきたときにはもう手遅れだった。
仲間の誰かが魔女になるのだ。平静を保てず、『ワルプルギスの夜』と戦う前から壊滅してしまうのがオチだった。
それならいっそ、誰にも真相を話さず、1人で戦った方がいい。
私はまた、あの時と同じように……いや、それ以上に心を閉ざすようになっていった。
身体能力は一般人より上、プロのスポーツ選手並にまで引き上げた。
1人で戦うには多種多様な武器が必要になる。
魔力で武器をつくれない私は実物の武器・兵器を盗んで使ったが、扱いにそれなりの身体能力が必要なのだ。
また、何度も繰り返し学校に行き同じところを何度も学ぶので、当然ながら成績は極端に良くなった。
そうすると、貧弱で勉強も運動もできなかった私が一転して万能人間だ。
クラスメート達の反応はまるで手のひらを返したように変わった。
好奇と失笑しかなかったものが、憧れや尊敬にとって変わったのだ。
馬鹿馬鹿しかった。
私自身は前よりも心を閉ざしているというのに、少し能力があるだけでちやほやしてくる。
世の中の大半の人間は、人を表面的な記号でしか見ていない、
私はますます、鹿目まどか以外の全てのものがどうでもいいように思えた。
そうして繰り返すうちに、まどかが魔女になれば『ワルプルギスの夜』を超える世界を滅ぼすほどの魔女になることや
キュゥべえが負の感情のエネルギーを集めるために魔法少女と魔女を作り上げていること
まどかが魔女になることを防ぐために暗躍する美国織莉子や呉キリカの存在などを知った。
***************
「そうよ……まどかが無事ならばそれでいいはずでしょう?」
しかし、暁美ほむらのソウルジェムは黒く濁っていた。
彼らの前に姿を現すことはしなかったが、鹿目まどかの安否は確認してから逃げた。
だから、まどかが無事だったことは知っている。
519 :30話6 ◆awWwWwwWGE 2012/06/23(土) 21:37:59.29 ID:iHhKN47A0
魔法少女の真相を知ったまどかは決して契約しないだろう。
そして、多くの魔法少女が生存しているうえに武闘家とかいうわけのわからない連中までいるのだから
『ワルプルギスの夜』に勝てる可能性もかなり高い。
(全てが上手く行ってるじゃない、なのに……)
ソウルジェムは決して輝きを取り戻そうとはしなかった。
(まどかに私のやり方を否定されたから? それとも私が魔女になったまどかを見捨ててきたから?)
自分の心に問いかけるまでもなく答えは分かっていた。その両方だ。
時間を巻き戻すたびに、自分はまどかにとってワケの分からない人間になる。
そんなことは前から分かっていた、だがこうも真っ向から否定されたことが今まであっただろうか。
今回、巴マミが魔女から元に戻れたのは運のいい偶然がいくつも重なったに過ぎない。
普通ならやるべきではない危険を冒した上でも奇跡のようなものなのだ。
少なくとも魔法少女である自分は同じことをしても魔女になった鹿目まどかを救うことはできなかった。
だから、自分が逃げてきたのは仕方が無いことなのだ。
しかし、今までにあのまどかほど熱烈に魔女になった仲間を助けようとしたことがあっただろうか。
そんなことを考えていると、ソウルジェムはより一層濁った。
ほむらは慌てて、自室にとっておいたグリーフシードでソウルジェムを浄化した。
だが、ソウルジェムは一瞬だけ輝きを取り戻した後、みるみるうちに真っ黒に染まっていく。
「……くっ」
こうなれば少しでも魔力消費を抑えるしかない。
ほむらは止むを得ず、身体強化を解除した。
視力補正も解除したのでろくに目も見えない。
ほむらは立ち上がって、メガネを探すために机に向かう。
室内でほんのちょっとの距離を歩くだけのことだったが、それだけでも貧弱なほむらの体は悲鳴を上げる。
立ちくらみをおこし、壁などにもたれかかりながらフラフラと歩き、長い時間をかけてようやく机にたどり着く。
そして、倒れるようにどっかりと椅子に腰をおろした。
心臓がバクバクとのた打ち回り、肺がより多くの酸素を求めて息を荒げる。
ただ立って歩くだけのことでこれだ。
少し休んで呼吸と脈拍を整えてから、ほむらは引き出しの中をまさぐってメガネを取り出した。
それを鼻にかけようとするが、歩いているうちに乱れた長い髪の毛がメガネと顔の間に挟まって邪魔をする。
ほむらはいったんメガネを机に置くとゴムバンドを取り出して髪をまとめた。
ここのところ全くしていなかったとは言え10年近くやってきた三つ編みはスラスラとできた。
(出来ることと言えばこのくらいか)
そんな自分に苦笑しながら、ほむらはゆっくりメガネをかけた。
机に置いた鏡には、大嫌いな人間の姿が映っている。
弱虫で、不器用で、1人では何も出来ず、ただ一方的に虐げられるだけの存在。
誰よりも大嫌いな本当の自分、映っていたのはその姿だった。
「やあ、見違えたよ暁美ほむら」
そして、その次に大嫌いな白い小動物がいつの間にか部屋に入ってきていた。
「何をしにきたのかしら、インキュベーター?」
「その様子だと、もうすぐ魔女になってくれるみたいだね」
キュゥべえはほむらの質問には答えず、一方的に自分の話を始めた。
520 :30話7 ◆awWwWwwWGE 2012/06/23(土) 21:41:08.10 ID:iHhKN47A0
「誰が、なるもんですか……」
ほむらは出来るだけ余裕を見せようとするがその声はかすんだ。
体力の無さで声が張らないというのもあるが、それ以上に自信を持ちきれないのだ。
「鹿目まどかが死なず、魔法少女にもなっていないのにどうしてそんなにソウルジェムを濁らせているんだい?」
相も変わらず、この化け物は無邪気な声で核心をついてくる。
「……あんたが、ムカつくからよ」
もう頭を働かせることもしんどいほむらは虚勢だけで適当に答える。
「キミが魔女になれば、きっと鹿目まどかも心配してくれるよ」
「出て行ってちょうだい!」
ほむらは椅子にもたれかかったまま無理に声を荒げた。
そんなほむらのいら立ちを見越したように、キュゥべえは机の上に乗ってほむらの正面に出る。
「キミが魔女になったら、鹿目まどかは自分のせいだと思って落ち込むだろうね。
……上手くいったら、キミを元に戻すためにボクと契約してくれるかもしれない」
「消えなさい!」
「キミにとってもうれしいことじゃないのかい? 鹿目まどかがキミのために契約してくれるんだよ」
「このっ!」
カッと来たほむらは、即座に拳銃を取り出し、キュゥべえに向けて発砲した。
しかし、銃口はあさっての方向を向き、天井に銃痕をつくった。
「う……あ、あ……」
そしてほむらは自分の右肩をかかえて苦痛の声をあげた。
「やれやれ、拳銃は成人男性でも肩が外れることがある武器だよ。
小径口とは言えキミのその体で扱えるわけがないじゃないか」
キュゥべえは終始身じろぎもしていない。
その様がなんとも屈辱的だった。
「や……約束が……違う、わ」
苦痛に歪む顔で、ほむらは必死にキュゥべえをにらみ敵意を失っていないことを見せ付ける。
「約束を破ったのはキミの方だろう? キミが乱馬たちを通さなければ全てボクの言ったとおりになっていたんだ」
あくまで被害者は自分だ。キュゥべえはそう言いたいようだった。
「それなのに結果としては鹿目まどかは未契約で、巴マミと響良牙から集めた感情エネルギーは拡散した。
約束を破ったキミの利益が守られていて、約束を破っていないボクの利益が消えてしまったんだ。
ひどい不公平だと思わないかい?」
「……詐欺師のあなたの……言葉じゃないわ」
椅子に座ったまま屈みこむほむらを、キュゥべえは見下ろした。
「ボクが詐欺師だとは不本意だね。ボクは契約のときもちゃんと合意をとっているはずだよ。でも――」
そう言ってもったいぶって間を空ける。
それが自分をいらだたせるためだと言う事は、ほむらにはよく分かっていた。
「――キミと組んだのは失敗だったよ。敵として脅威にならない存在は味方にしても役に立たないことがよく分かった。」
「私に……そんな事を言って、どうするつもり……かしら?」
くだらない挑発だった。あわよくばこれで魔女になれば良いと思っているのだろう。
「ありのままに事実を言っているだけさ。
キミにもっと対話能力があれば、巴マミや他の魔法少女たちの信頼を得てボクの邪魔をすることも出来ただろう。
逆にキミが非情に徹することができるなら、マミの結界に入ってきた乱馬たちを有無を言わさず爆殺すれば良かったのさ。
そのどちらも出来ないキミは敵としても味方としても、何も出来ない無能なだけの存在さ」
「そういう事を言って、巴マミも魔女に変えたのね」
521 :30話8 ◆awWwWwwWGE 2012/06/23(土) 21:42:08.16 ID:iHhKN47A0
「そういう事を言って、巴マミも魔女に変えたのね」
「さあね。……ただ、そんなことを繰り返している限り何度やってもキミはボクには勝てないよ」
それだけ言うと、キュゥべえはどこへともなく去っていった。
やはり、ほむらのソウルジェムを濁らせるために来たのだろう。
(だとしたら逆効果だったわね、インキュベーター)
椅子にもたれて肩を抱えながらほむらは思った。
まどかはいまだ契約もせず五体満足だ。『ワルプルギスの夜』はおそらく自分がいなくても倒せる。
だったら、あとはやるべきことはひとつだ。
そして、キュゥべえが来たおかげでその決意はより強まった。
(インキュベーター、後はあなたさえ始末すれば、私の旅は全てが終わるわ)
ほむらは魔法で肩を治し、ゆっくりと立ち上がった。
580 :31話1 ◆awWwWwwWGE 2012/07/08(日) 13:33:13.78 ID:8m4oFGTt0
ぼふっ
柔らかな感触が杏子を襲った。
「むーっ、むぐぐっ」
抵抗するがすでに口をふさがれているため悲鳴すら上げられない。
『い、いきなり何しやがる!』
杏子はやむなくテレパシーで叫んだ。
「もー、そんなに照れなくていいのよ」
しかし、マミは抗議も聞かず、がっちりと杏子の頭を自分の胸にホールドした。
『ちげーし、ってか息苦しい、マジ苦しいから!』
杏子はついにはタップをはじめる。
「マミさん、もう離してあげなよ」
「だって、杏子がこんなに頻繁に会いに来てくれるのがうれしくて」
さやかの制止を受けてマミはしぶしぶ腕を放した。
「ぶはー、ったく、ウザさが倍増してやがる」
荒々しい呼吸をしながら杏子は汗を拭った。
しかしながらその頬は赤く染まっている。
「どこの反抗期の息子だ」
「杏子ちゃん何かかわいい」
さやかとまどかにそう言われて杏子はますます決まりが悪かった。
「それじゃ、今度は鹿目さん」
「はーいっ」
マミは今度はまどかに対して腕を広げた。
捕まえるまでも無く、まどかは自らその腕の中に飛び込み、マミの胸に顔をうずめる。
「むにむに」
「きゃっ、もう鹿目さんたら」
堂々と●●り合う二人を見て杏子はあきれ返った。
「……あたしはあーはなれねぇ」
「うん、それはそうだけどさ――」
さやかはうなずいてから、会話をテレパシーに切り替えた。
『――マミさんが自分からああやって甘えてくれるようになったのは良いことだと思うよ。
ずっと甘えられるような相手もいなくてさ、それでも戦い続けてきて……マミさんだってただの中学生なのに』
もちろんこれは杏子だけにあてたテレパシーである。
『ああ。情けねー話だな、自分のことでいっぱいいっぱいでそんな事にも気が回らなかったってのは』
杏子はかつて、自分の願いで運命を狂わせたときに、マミと袂を分かった。
しかし、その結果はどうだったか?
真っ当なやり方で生きていけないからといって盗み、真面目に魔女退治をしていたらもたないからといって
使い魔退治をさぼり、そんなやり方でも一人で生きていく自分は強くなったと勘違いしていた。
だが実際は、自分ひとりの露命をつないでいただけで何も成し遂げていない。
今回のことも1人ではせいぜい魔女になったマミと心中するのがオチだったろう。
強がるよりも前に、できることもやっておくべきこともたくさんあったはずだ。
それを思うと情けないとしか言えなかった。
「そんなこと言わないで美樹さんも」
581 :31話2 ◆awWwWwwWGE 2012/07/08(日) 13:34:33.84 ID:8m4oFGTt0
マミはまどかと離れると、自分より長身のさやかを強引に胸に抱きこんだ。
「ぶはっ、ちょ、マミさん!」
もがくさやかに、マミはテレパシーを送る。
『人のこと言う前に、美樹さんも何か1人で抱え込んでるでしょ?』
「む? むがが!?(え? 傍受されてた?)」
『あんまり1人で抱え込んでると、私みたいに魔女になっちゃうわよ』
いつものような明るい口調のテレパシーでマミは言う。
『いや、それさらっと言う台詞じゃないから!』
そしてさやかのツッコミをスルーして、杏子に顔を向けた。
「それに杏子も、落ち込んでるヒマがあるなら、もっと私とイチャイチャしなさい!」
「わけわかんねーし! ってか上から目線で甘えるなよ!」
そんなやり取りをしていると、ふいにドアチャイムが鳴った。
マミの部屋ではあるが、まどかはためらいなくインターホンに出る。
「……うん、……はい」
ほんの少しインターホンと話して、まどかは振り向いた。
「良牙さんと乱馬さんが来たよ!」
***************
「いやー、すまねぇ遅くなっちまって」
そう言ったらんまは女の姿をしていた。
今まで見滝原勢には女として認識されてきたのだから、急に男になって現れたら驚かせてしまうからという配慮だ。
そしてその横にいる良牙はうつむき、かなり落ち込んでいる様子だった。
「何かあったの?」
「あかねさん……」
さやかの質問に対して、良牙はうわ言のように答えになってない言葉を返した。
「そっか。あの道場の娘との婚約だかなんだかは結局白紙になったんだな?」
説明されるよりも早く、杏子が事情を推測した。
「ああ。それでコイツを連れてくるのが遅くなっちまったってワケだ」
らんまは呆れ顔で説明を加える。
(あの人、あかねさんって言うんだ)
まどかは自分が良牙を訪ねていった時に出会った女性を思い出した。
あかねという女性は突然乱入してきた自分に対して驚いた表情は見せたが、
良牙がデートを切り上げることに対しては全く動揺を見せなかった。
恋愛経験など皆無に等しいまどかでも「脈無し」としか思えない。
そんなあかねを相手に深刻に落ち込むほど入れ込んでいる良牙がどうにも哀れに思えた。
「あら? 話がよく分からないんですけど、ご説明お願いできます?」
マミはそう言って笑顔のまま首を傾げて見せた。
「え? えーと、だな」
良牙はどう説明すべきか分からずしどろもどろになった。
(……いま、ソウルジェムが反応したんだけど?)
(これは、魔力? 闘気? いや、殺気を感じる)
マミ相手にはテレパシーも傍受される可能性があるので、さやかと杏子は目で語り合った。
582 :31話3 ◆awWwWwwWGE 2012/07/08(日) 13:37:33.26 ID:8m4oFGTt0
「その説明は後でするとしてだな……今日はもうひとり来てるんだ」
らんまは言葉を濁した。
その辺りの事情を説明するには、自分の変身体質について教えなければならず話がややこしくなることが避けられない。
今日はそんなことよりも先に済ませなければならない用事があるのだ。
「こんにちはーっと、そこの青い子と黄色い子ははじめましてかしらね?」
らんまの台詞を受けて、ボブカットの女性が部屋に入ってきた。
「あ、なびきさん」
まどかがつぶやく。
「おいおい、あんたが何しに見滝原まで来たんだよ?」
天道なびきはあまり自分から動く方ではない。杏子が疑問を口にした。
「取立てよ、こないだまどかちゃんに貸した5000円に利子つけて7000円」
なびきは厳かに、手のひらを上に右手を突き出した。
「え……あ、ちょっと利子高く無いですか?」
いい人だと思っていただけに、ショックだった。たった二日で40%の利子を上乗せするなど、
闇金融をも遥かに超える無茶苦茶な利率ではないのか。
もちろん、まどかにそんなにホイホイ小遣いが沸いてくるはずもなく、しばらく払える見込みも無かった。
「……それは私が払うわ。今私がここにいるのは鹿目さんのおかげだもの」
そこにマミが自ら進み出てお金を出した。
まどかは「すみません」とマミにペコペコし、マミは「いいのよ」と軽く流す。
そんな様子を眺めながらさやかは首をひねった。
「おかしいね。まどかからお金を取り立てるためだけにここまで来るってのは採算悪くない?」
「正解」
資金回収を済ませほくほく顔のなびきはウインクをしてみせた。
「会いに行くんでしょ? 暁美ほむらって子に。あたしはその子にグリーフシードを売りつけに来たの」
「そんなトコだと思ったぜ」
杏子はため息を吐いて肩をすくめた。
***************
「……いきなりこの人数でおしかけるのもちょっと難があるわよね」
暁美ほむらが住んでいるというアパートの前まで来て、マミがつぶやいた。
魔法少女3名、武闘家2名、一般人2名の計7人。
事情がどうだろうが、この陣容で1人の少女に頭を下げさせようというのはイジメにしか見えない。
「だが、少数だと思われたら何か仕掛けてくるかもしれんぞ?」
それでも良牙は警戒をうながした。
ほむらの時間停止を共有したことのある良牙は、その能力の恐ろしさをよく分かっていた。
例えば、今こうして話し合っているところを見つけられて、手榴弾や拳銃でも撃たれたら何人かは確実に致命傷を負う。
こちらに一瞬で全滅させられず確実に反撃できるだけの戦力が無ければ、ほむらはいつでも奇襲で勝ててしまうのだ。
「私が行きます。きっと、私には攻撃してこないから」
そこにまどかが、恐る恐るでもなく自分が行くと宣言した。表情はいたって真剣である。
「ダメだよ」
が、さやかはまどかを制止した。
「確かに前に見たほむらのあの様子じゃまどかに攻撃しそうもないけどさ、
やけっぱちになってたらどうだか分かんないでしょ? ほむらが逃げ出した場合もまどかじゃ捕まえられないしね」
583 :31話4 ◆awWwWwwWGE 2012/07/08(日) 13:39:03.31 ID:8m4oFGTt0
「え……でも……」
戸惑うまどかになびきが追い討ちをかける。
「そうね、まどかちゃん1人ならともかく、戦える人が安全確保してくれないとあたしもグリーフシード売りにいけないし」
「誰もあんたのために言ってねーよ」
なびきの自分勝手な言い草に杏子がムッとして言った。
「あたしが行くよ。あたしならソウルジェムに直撃でもされない限り大丈夫だから」
そう言ってさやかが立候補する。
「それじゃ、俺も行くぜ」
らんまも手を上げた。
さやかとらんまの二人ならほむらに勝った組み合わせだ。
これなら大丈夫だろうというと周りもうなずいた。
***************
さやかがドアチャイムを鳴らし、らんまがすぐ側に控え、他は少し離れたところに隠れた。
さやかが進み出たのにはわけがある。
暁美ほむらはなぜ美国織莉子を殺したのか、何のためにキュゥべえの片棒を担ぎマミや良牙を犠牲にする凶行に及んだのか。
きっと、その動機にはどこかでまどかの存在が関わっている。
だからさやかは過剰なショックを与えないためにまどか抜きで話がしたかったのだ。
それに自分が何のために人殺しに手を染めなければならなかったのかを知りたいというのもある。
ボタンを押してから結構長い時間を経て、ようやく扉が開いた。
そして、よろよろと年寄りのような緩慢な動作でメガネに三つ編みの地味な少女が現れる。
「……あれ?」
「これは?」
さやかとらんまは思わず顔を見合わせ、再び少女の方を見た。
「あなたたちが呆気にとられるのも仕方がないわね、でも私が暁美ほむらよ」
ほむらはつぶやくように小さな声でそう告げる。
しかし――
「わりぃ、人違いだった」
「ごめんなさい、訪ねる家間違いました」
どうやら聞こえていないらしく、らんまとさやかはそう言って頭を下げて、足早にきびすを返した。
「え……、いや、ちょっと……」
ほむらは止めようとするが声は届かず、二人は見向きもしない。
そして、少し離れたところで立ち止まった。
「もー、まどか住所間違ってたよ! ちゃんと先生に聞いたの?」
「ぜんっぜん、ちがう子が出てきたぞ?」
さやかとらんまは口々にそんな事を言った。
「えー、ちゃんと聞いた通りの住所だよ? 早乙女先生が間違ってたのかなぁ?」
まどかはメモ帳を出して首をひねる。
『あたしが暁美ほむらだって、言ってるでしょうが!』
そこに、ほむらのテレパシーが飛んできた。
「いるじゃない? あたしにもテレパシー聞こえたわよ」
そのテレパシーははっきりしていて一般人であるなびきにも聞き取れた。
584 :31話5 ◆awWwWwwWGE 2012/07/08(日) 13:39:52.31 ID:8m4oFGTt0
「家族が玄関に出たんじゃないのか?」
「じゃあ、さっきのは妹か何かか?」
良牙と杏子の言葉を受けて、美樹さやかはなるほどとうなずいてから再び前に進み出た。
そして、再び三つ編みにメガネの少女の前に立って言った。
「何度もすいません、暁美ほむらさん居ますか?」
***************
「信じられない……」
さやかがつぶやいた。
魔法の有無だけでここまで変わるとは思えなかった。
暁美ほむらはまるで息をすることすらしんどそうに椅子にもたれかかっていた。
「この通り、今の私は戦うことも逃げることも出来ない……
煮るなり焼くなり好きにすればいいわ」
「言われなくてもそうさせてもらうぜ。だがな、その前にいろいろ聞かせてもらう。
わからねーことが多すぎる」
らんまはいつでも動けるように立ったままで話した。
病弱なフリをして油断させる類の作戦ということもありえるからだ。
「何を……言えば、いいのかしら?」
途切れ途切れの息を漏らしながら、ほむらはらんまとさやかを眺めた。
(どうせ何を言ってもあなた達には無駄だというのに)
侮蔑と諦めが、自然とその顔を無表情に変える。
そしてこの状況でも無表情であることは、らんまとさやかには不気味に思えた。
「それじゃ、あたしから聞かせてもらうよ。……どうして、美国織莉子を殺さなきゃならなかったの?」
「は?」
驚いたのはらんまだった。
織莉子という名前は前にどこかで聞いたような気がするが、さやかが何の話をしているのかは全く分からなかった。
「魔法少女狩りの黒幕だったから……それじゃダメかしら?」
ほむらはあくまでとぼけた。
「何言ってんだ? 魔法少女狩りの犯人は杏子とおめーが倒したんじゃ……」
らんまを置いてけぼりにして、さやかはさらに問い詰める。
「納得いくわけないよ。あんたにとっちゃ、よその魔法少女が狩られようがどうだっていいはずでしょ」
それでもほむらはゆっくりと首を横に振った。
「自分がやられる前にやっただけよ。美国織莉子と呉キリカの二人がかりで奇襲されたら勝ち目がないもの」
確かにそれは事実だろう。
ほむらの言葉を信じたわけではないが、さやかには言い返せる言葉が無かった。
「おい、何か変なのが――」
らんまが何か言っているが話に付いてきていないようなので無視して、さやかはほむらへ質問を続ける。
「あんたの言ってた、キュゥべえが作る恐ろしい魔女って……まどかのこと?」
「!?」
今度は明らかにほむらの表情が変わった。
「あたしが思いつきで言ってるわけじゃない、美国織莉子が死に際に言ってたんだ」
その言葉に、ほむらは目を見開いてさやかをにらんだ。
585 :31話6 ◆awWwWwwWGE 2012/07/08(日) 13:41:05.90 ID:8m4oFGTt0
「鹿目まどかにそれを言うんじゃないわよ」
うなるような低い声でほむらは言った。
「あのさー、あたしがまどかにこんなこと言えるわけ無いじゃない。頼まれたって無理」
さやかは軽いノリながらも、はっきりとそう言った。
ほむらに口出しなどされなくても、さやかはまどかのためを思って行動しているのだ。
しかし――
『……ごめんなさい、もう鹿目さんに聞かせちゃったわ』
ふいにマミのテレパシーが届いた。
「えっ!? マミさん何言って――」
ついついさやかは口で答える。
『その、らんまさんが抱えてるものよ』
マミがそう言うのと同時に、らんまは何かよく分からない黄色いひも状のものを持ち上げた。
「乱馬さん、なんでそんなのが入ってきて何も言わなかったの?」
「言わなかったんじゃなくておめーらが聞かなかったんだろうが」
ぶつくさとらんまは不平をもらす。
それはマミのお得意の拘束用の黄色いリボンに見えたが、その先端はラッパの口のように開いていた。
姿かたちはからおおよその使い道が想像される。
「つまり……この魔法伝いで私達の会話を聞いたということなの?」
そう言ったほむらの言葉には怒りがにじんでいた。
一番知られてはまずいことをあっさりと鹿目まどか本人に伝えてしまったのだ。
「とりあえず、コイツは抵抗できそうにもねーし、隠したかったこともばれちまったんだ。
面倒くさいことなしに、全員面と向かって話し合おうぜ」
混乱気味な事態をらんまはそうまとめた。
***************
「つまりだ、まどかちゃんが魔女になったらやばいから、契約を阻止しようとしたり
マミちゃんを魔女にすることでキュゥべえを満足させようとしていたわけだ」
良牙はジェスチャーを交えながら自分の理解した内容を話して見せた。
「よし、バカの良牙が分かってるならみんな大丈夫だな」
らんまは満足げにうなずく。
「誰がバカだ」
「えーと、それはともかく、まだひとつだけ分からないことがあるわ」
マミは良牙とらんまの喧嘩が始まる前にすばやく話を進めた。
「確かに、鹿目さんほどの素質の持ち主がもし魔女になったら、手がつけられないわ。
鹿目さんの契約を阻止しようとしたことは理解できるわ。
そこは私が謝らないといけないことかもね……でも――」
マミが話す横で、まどかは何も言わない。視点の定まらない目をして衝撃のあまり思考がまとまらないようだった。
「まどかを魔女にしないのなら、まどかを殺すのが一番手っ取り早い。
その織莉子とかっていう魔法少女がやろうとしていたみたいにな。あんたは何でそれをしない?」
言いよどんだマミの台詞を杏子がつないだ。
「まさか、人道的な理由だなんて言わせないよ」
さやかも言葉を付け足した。
「……私も、マミさんや他の人を犠牲にして自分だけが生き延びたいなんて思わない」
やっとのことでまどかも口を開いた。
586 :31話7 ◆awWwWwwWGE 2012/07/08(日) 13:42:03.63 ID:8m4oFGTt0
ほむらが何らかの理由でまどかだけは守ろうとしていたことは分かる。
しかしまどかはそれを肯定できなかった。
魔女にならないために他人を犠牲にする、その行いのどこが魔女と違うのか。
「……」
もはや、何も言わないで逃げ切れる状況ではない。ほむらはゆっくりと口を開いた。
「……鹿目まどかが、たった一人の私の友達だったからよ」
「だった?」
「過去形!? いやむしろ過去完了?」
よくわからない表現に、一同はみな怪訝な顔をした。
***************
ほむらはあくまで簡潔に話した。
自分が時間をさかのぼって未来からやってきたこと。
魔法少女であった鹿目まどかに助けられ、そのまどかが『ワルプルギスの夜』に殺されたときに契約をしたこと。
何度も同じ時間を繰り返すうちにインキュベーターのたくらみを知ったこと。
「タイムスリップってやつか?」
らんまは唖然としてつぶやいた。
「……たぶん、そういうことだろ」
自信なさそうに杏子が答える。
まわりはみな頭をひねっていた。
一人、なびきだけは興味なさ気にボトル缶のコーヒーを横において家から持ってきたらしい小説を読みふけっていたが。
やがて、まどかがほむらの前につかつかとやってきて言った。
「私は、その子じゃないよ」
「……え?」
ほむらは目を丸くした。
「魔法少女になってバリバリ活躍して、すっごく怖くて強い魔女にも1人で勇敢に戦って――
そんなのどう聞いたって私と別人だよ」
「「そりゃそうだ」」
まどかの言葉に、思わずさやかと良牙が声をハモらせる。
「そんなに納得されたらちょっと悲しいかな」
そう言ってしっかりツッコミを入れてくるまどかは、決して自信の無さから自虐的な意味で
強い魔性少女まどかが自分とは別人であると言っているわけではなかった。
「そんなことあり得ない……私は時間を巻き戻しているだけで、あなたはあくまで鹿目まどかで……」
ほむらとしては認められるはずの無いことだった。
やり直すたびに鹿目まどかが名前と顔が同じなだけの別人だとすれば、ほむらのやっていることは全てが無意味になってしまう。
「私はその子じゃないけど、その子が可哀そうだよ。
だって、その子は魔法少女になってほむらちゃんや街の人たちを助けたことを誇りに思ってたんだよね?
それを無かったことにされちゃったら、きっと悲しいと思う」
「無かったことになんてして……ないわ」
「……だったら、やっぱりほむらちゃんは私とその子を別人だと思わなくちゃ。
ほむらちゃんや街の人たちを助けたことを誇りに死んでいったのは私じゃないもの」
思いのほか、まどかに矛盾を突かれ、ほむらは傍目からも分かるほど明らかに狼狽していた。
まどかの目線や口調は諭すように優しいが、受け入れさせようとしている内容はほむらにとって何より残酷だったのだ。
『おい、グリーフシードのあまりあるなら用意しとけよ』
587 :31話8 ◆awWwWwwWGE 2012/07/08(日) 13:42:42.85 ID:8m4oFGTt0
ほむらが魔女になりかねない。そう判断した杏子はなびきにテレパシーを飛ばす。
『えー、でも、まだお金もらってないし』
しかし、なびきはいつも通りの返ししかしない。
『私からもお願いします。お金は後で何とかしますから』
またも傍受をしていたらしく、マミがテレパシーに割り込んでくる。
『マミ、あんたは人が良すぎだろ! 殺したいぐらい憎んでるのが普通だろ!』
『憎くないわけじゃないけど……ここで魔女になられても困るだけでしょ』
そんな杏子とマミのやり取りを聞いてなびきは思った。
(なるほど、いいカモだわ)
と。キュゥべえがよくマミと行動を共にしていたというのもよく分かる気がする。
『そうね、あなたは信用できそうだから後払いオッケーよ』
そうテレパシーの返事をしてなびきはグリーフシードをひとつマミに渡した。
「で、話は大体分かったが、こいつをどうする?」
良牙はついこの間の威勢のよさからは想像もつかないほど弱く哀れな存在に成り果てた少女を前に言った。
「その前に、まずはタイムスリップなんてことがありうるのか聞いてみましょうか」
「聞くって……誰にですか?」
マミの言葉にさやかが首をひねる。
マミは黙ったまま、先ほど暁美邸に侵入させた盗聴用リボンを虚空に巻きつけた。
すると、そこに白い小動物の姿が浮かび上がる。
「ねっ、ねこお!?」
らんまが飛び上がった。
「キュゥべえ!?」
「キュゥべえ、テメー!!」
「あらキュゥちゃんじゃない」
続いて、周りが口々に驚きの声をあげた。
「え? あ、なんだよキュゥべえかよ。驚かせやがって」
それでキュゥべえだと分かると、らんまはかえって安心のため息をもらした。
(消えたと思ったのに、まだ潜んでいたのね……)
ほむらは内心舌打ちをした。
キュゥべえがわざわざ盗み聞きをしていたのは今後の魔法少女たちの動向を探るためだろう。
「やれやれ、一度魔女になってなおさら勘が鋭くなったみたいだね、マミ」
がんじがらめに縛られながらもキュゥべえは落ち着いて話しかけた。
「おかげさまでね。……それで、質問に答えてもらえるかしら?」
冷静に嫌味を返しながらも、マミは身動きできないようにきつくキュゥべえを縛り上げ、敵意を示した。
「時間遡行がありえるかと言われればボクとしては何とも言えないよ。
魔法少女の固有能力は本人の願いと魔力資質によるものでボクが一人一人に設定して与えているわけではないからね。」
キュゥべえはマミの敵意などまるで気にも留めず淡々と話す。
「でも、話を聞く限りでは暁美ほむらは時間遡行というよりも、並行世界に移動していると考えるべきだろう。
さかのぼるたびに世界に差異が見られるようだからね。そういう意味では鹿目まどかの解釈は的を射て――」
「うそよ……それじゃ私は何のために……」
ほむらがキュゥべえの言葉をさえぎってしゃべった。
体力があれば叫んでいるところだったのだろう。今のほむらには聞こえる声を出すのが精一杯だった。
588 :31話9 ◆awWwWwwWGE 2012/07/08(日) 13:43:28.20 ID:8m4oFGTt0
「ふぅん、だったら少なくともこの子のハッタリや妄想じゃないわけね」
そこで急に、今まで興味なさ気だったなびきがキュゥべえに歩み寄って質問をした。
「うーん、そういう可能性も無いとは言えないね。暁美ほむらのいう事が事実であろうとなかろうと
今のこの時間軸からそれを確かめる手段はない」
意外と律儀なのか、キュゥべえは真面目に質問に答える。
「なーんだ、結局なにも分からないんじゃない」
なびきはいかにも「なんだつまらない」という素振りを見せてから片手に持ったボトル缶のキャップを開けた。
誰しも、気分転換とか単純にのどが渇いたとしか思わない。
だが、なびきはおもむろにそのボトル缶の中身をキュゥべえの体にぶちまけた。
「え?」
周囲が呆気にとられるヒマも無く、キュゥべえのヘンテコな猫のような姿は消え、
そこにはどこにでもいそうなトノサマガエルが居た。
「蛙溺泉よ、コロンおばあちゃんに頼んで仕入れといたの」
なびきはウインクして見せた。つまり、話を聞くフリをしてなびきはキュゥべえに攻撃をしたのだ。
「マミちゃん、チャンス、チャンス」
なびきにそう言われて、目を点にしていたマミはハッと気付いた。
「はい」
そして満面の笑みで、巻きつけたリボンで万力のようにカエルをひねり潰した。
グチャっという音がして黄色いリボンの隙間からえぐい汁が漏れる。
「ま……マミちゃん?」
「うわ、マミさんえぐい」
「女ってこえーな」
「いや、一緒にすんな」
マミのその挙動に恐怖の声があがった。
だが、この時一番おびえていたのはほむらだった。
自分のやったことを考えれば、一緒のことをされかねない。
最悪殺されるという覚悟はあったが、カエルにされてしかも笑顔のままグチャグチャに潰されるなんて
恐ろしい結末はほむらの想像を超えていた。
しかし――
「まったく、さすがにボクも驚いたよ。あれが呪泉郷の呪いって奴かい?」
けろっとした顔でまたも白い小動物の形をしたキュゥべえが現れた。
「ふーん、変身させてから殺しても無駄だったみたいね」
「本当、残念だわ」
なびきとマミが口々に言う。
「この体は今の時代や文化に合わせているだけで、他の体じゃダメだってわけでもないからね。
この星の生き物の体でも出入りすることができないわけじゃないよ」
呪泉郷の呪いでは自分は倒せない。キュゥべえはそう言ったつもりだった。
「あら、いいヒントくれるわね、魂だか精神だか知らないけどその体に出入りしてるのを潰しちゃえば良いってことでしょ?」
それに対してなびきは裏を返した言い回しをする。
「なるほど、そういう意味にもとれるね。……でもキミ達にそんな手段は無い」
キュゥべえはそれだけ言うと背中を見せた。
「さて、あんまり無駄に体を破壊されるのも嫌だからボクはそろそろおいとまさせてもらうよ」
そしてその姿が消えてから、また良牙が言った。
589 :31話10 ◆awWwWwwWGE 2012/07/08(日) 13:45:25.07 ID:8m4oFGTt0
「で、こいつはどうするんだ?」
もちろん「こいつ」とはほむらのことである。
「そうね。やっぱりまずはカエルになってもらおうかしら……」
マミが笑顔でそう言うと、さすがにほむらも素で冷や汗を流していた。
「ま、マミさん、いくらなんでもそれは――」
さやかが慌てて止めようとする。
「冗談よ。そうね、暁美さんをどうするかは、鹿目さんの判断に任せるわ」
「え!? 私ですか?」
まどかは驚きの声を上げた。マミは無言でうなずく。
「本当に、それでいいんですか?」
「ええ。どんな判断でも異を唱えるつもりはないわ」
マミにそう言われて、まどかはキッとほむらを見据える。
『おいおい、ホントにいいのかよ』
杏子がひそかにマミにテレパシーを飛ばした。
まどかの性格からすれば甘い判決が出ることは目に見えている。
それで本当に納得がいくのか杏子は不安なのだ。
『ええ、構わないわ。鹿目さんの言葉じゃないと言う事聞かなさそうな子だしね』
『そりゃそうだけどさ……』
マミと杏子がそんなやり取りをしているうちにまどかは小さく口を開いた。
「私は今までほむらちゃんが通り過ぎてきた世界に居た誰じゃない。
それでいいならそばに居てくれてもいいよ」
まどかの言葉にほむらはおそるおそる顔を上げる。
「でもその前に、マミさんにちゃんと謝ってほしい」
いっせいに視線がほむらの方に向けられた。
ここで頭を下げなければ、この時間軸に自分の居場所は無い。
まどかすら完全に見放すだろう。ほむらにもそれは分かった。
「……ごめんなさい」
ほむらは頭を下げた。
その瞬間、見た目や体力だけではなく心の中までただ弱いだけの自分に戻った気がした。
――が、次の瞬間
コンッ
ほむらの指輪にグリーフシードが当てられた。
マミがそうしたのだ。
「えっ?」
「許したわけじゃないわよ。このグリーフシードの分も合わせて、借りはまとめて後で返してもらうわ」
戸惑うほむらにマミは言った。
「後っていつだ?」
外野のらんまが首をかしげる。
「『ワルプルギスの夜』の日です」
マミはきっぱりそう答えた。
596 :32話1 ◆awWwWwwWGE 2012/07/15(日) 23:41:30.80 ID:GpaHQl9o0
乱馬はあかねの部屋にあるそれを見て目を丸くした。
「お……おまえ何やってんだよ?」
「何って、身だしなみ整えてるだけでしょ」
あかねは平然と答える。
だが彼女が身だしなみを整えているのは自分自身ではない。
あかねの横には美しく着飾られた赤髪の少女がいた。
着ている服はあかねのとっておきのドレスで、かすみから借りたらしいリボンでゆるく髪の毛を束ねていた。
「それはな、着せ替え人形じゃねーんだぞ」
それは乱馬自身の分身だった。
魔法少女から解放されたときに出来てしまった女らんまの形をした副産物である。
「でも、ちゃんと体ふいたり、着替えさせたりしないと腐るわよ?
チャイナドレスはシャンプーに返さなきゃなんないし」
「ああ、そういうことか。すまねー」
あかねに言われて、乱馬は自分のずさんさを思い知らされた。
この体を持ち帰ってから乱馬のやったことと言えば部屋の奥に座らせておくだけだったのだ。
そんな扱いを続けていれば、やがてそれは腐り、近いうちにホラーなことになっていたに違いない。
「おさげほどいても伸びないみたいだから、あのいかにも髪の毛痛みそうなきつい結び方もやめた方が良いし、
胸が型崩れしないようにちゃんとブラもしないとね。化粧はかすみお姉ちゃんにしてもらったんだけど――」
「おまえ、ぜっっっったい楽しんでるだろ!?」
乱馬がツッコミを入れるとあかねは始めから用意してあったようにこう言った。
「それじゃ、乱馬が自分でこの子の体洗ったり着替えさせたりするの?」
それが周りからどういう風に見えるか、乱馬に分からないはずも無かった。
いやがおうにも、杏子とコロンの冷たい視線が思い出される。
「すみません、お願いします」
乱馬はそう答えるしかなかった。
そのとき、いきなりテレパシーが聞こえてきた。
『おい、そろそろ時間だから行くぞ』
こんな名乗りも挨拶もないぶしつけなテレパシーを飛ばす魔法少女は他に居ない。
杏子が迎えに来たのだ。
乱馬は杏子がわざわざ迎えに来てくれたことに驚きつつ、急ぎ階下へ降りた。
***************
「なんでぇ、今日は『うっちゃん』でやんのかよ」
杏子は乱馬をお好み焼き『うっちゃん』に連れてきた。
「店長がさ、猫飯店ばっかり使われるのが腑に落ちないらしくて」
「ちょっと待て、俺達の話し合いを知ってるってことは、うっちゃんに魔法少女のこと話しちまったのか!?」
乱馬は慌てた。
うっちゃんこと右京に、乱馬があかねのために契約したと知られたら、右京はひどく傷ついてしまうのではないか。
そして、かつてのように再び復讐の対象にされてしまうのではないか。
「ああ。シフト抜ける言い訳考えるのめんどくさいからゲロった」
杏子は平然と答える。
「な、なんて事を! うっちゃんはああ見えても一時期俺の命を狙ってだな――」
「あんたについてはゲロってねーよ。ただの『協力者』ってことにしといた」
597 :32話2 ◆awWwWwwWGE 2012/07/15(日) 23:42:21.51 ID:GpaHQl9o0
そう前置きしてから杏子が説明するには、乱馬は魔女の呪いを受けて男に戻れなくなり、その呪いを解くために
魔女と戦う存在である魔法少女と関わるようになった、その代わりに魔女退治に協力してもらっている……
という設定で右京に説明したらしい。
たしかに面倒くさいことが起こらない上手い言い方だ、と乱馬はうなずいた。
しかもただ事を荒立てないだけではなく、杏子は自分が元々は乱馬の縄張りとグリーフシードを奪いに来たという
事実には一切触れず、逆に乱馬が男に戻るための協力者として自分を説明してしまったのだ。
右京が快く杏子を送り出すようになったのは言うまでも無いことだろう。
「おめーも結構セコいな」
「あんたにも都合の良い説明だろ?」
悪びれもしない杏子に、乱馬はあきれて見せた。
「こっからが本題なんだけど、店内であんまり魔法少女だとか魔女について話し合うのもなんだから、
あたしの部屋に集まるようにしたいんだ――」
「ああ、いいんじゃねーか。それが?」
二人はお好み焼き『うっちゃん』二階に上がり、『あんこ』と書かれた札の吊るされている部屋の前で足を止めた。
ちなみに当然、『あんこ』と書いたのは杏子本人ではない。右京の手書きである。
『あんこ』の札の吊るされた引き戸を杏子は勢い良く開けた。
「つまりな……マミたちが来るまでにここをなんとかしなくちゃなんねぇんだ」
その光景に、乱馬は目を疑った。
畳を覆いつくすように散らばった衣服、漫画の単行本や雑誌、お菓子の袋。
たこ足配線のゲーム機の周りには出しっぱなしのCD-ROMが散らばっている。
そして布団は遠目から見ても分かるぐらい、じめっと湿っていた。
「そ、そんなバカな!? おめーが来てまだ一ヶ月も経ってねぇのにどうしてこんなことに!」
なぜ杏子がガラにも無く乱馬を迎えに来たのか、その謎は解けた。
見滝原の魔法少女たちが来るまでの数十分のうちに、この恐ろしい魔女迷宮を攻略しなければならない。
それが、乱馬に課せられた使命だった。
「――だいたい、一応男の俺に部屋の掃除させるなよ」
乱馬はぶつくさ言いながら漫画本を片付けた。
お前だって年頃の女の子だろ、言外にそう言っている。
「そんなの屁でもないね、元浮浪児なめんなよ」
「威張ることじゃねーよ」
さすが元浮浪児というべきか、女の子らしいものはほとんど散らばっていなかった。
漫画はだいたい少年コミックだし、ゲーム類も音ゲーを除けば格闘やアクションばかりだ。
衣服類もズボン系が多く、少年の服だといわれてもうなずけてしまう。
さすがに下着はちゃんと片付けてるらしくそれらしきものが見えない。
そして散らばったお菓子とカップラーメンの空き箱は生活力の無い独身男性を想像させた。
そんな中、乱馬は目ざとくノートが一冊落ちているのを見つけた。
(杏子が……ノートだって?)
杏子は学校に通っていないし、自主学習なんて間違ってもしない。
そんな杏子が一体、何にノートを使うのか?
不思議に思った乱馬はぺらぺらとそのノートをめくって見せた。
『だとう! 早乙女ランマ こうりゃくメモ』
赤字でデカデカと書かれたタイトルが乱馬の目に飛び込んできた。
「あ、やべ」
598 :32話3 ◆awWwWwwWGE 2012/07/15(日) 23:43:40.21 ID:GpaHQl9o0
乱馬の見ているものに気が付いて、杏子がそんなつぶやきを漏らした。
「おめーな、こういうもんは本人に見つけられないようにしとけよ」
そう言いながらも乱馬はページをめくる。
意外にもかなり事細かに、乱馬の技や攻撃のくせなどが分析されていた。
その情熱をもっとまともな方面に生かせていれば、と乱馬は思う。
「構わないよ、もうそれいらねーし」
しかしその情熱のかたまりを、杏子はいとも簡単にいらないという。
「あー、そっか。もう風林館は全部おめーの縄張りだからな。当初の目的達成じゃネーか」
半ば皮肉混じりに乱馬は言った。
乱馬が魔法少女でなくなったのだから風林館はまるまる杏子1人の縄張りである。
「あんまし、そんな気はしねーな」
杏子は乱馬を倒してこの縄張りを手に入れたわけではない。
そう考えると、「ここはあたしの縄張りだ」と威張る気にはなれなかった。
それ以上に、魔法少女でないどころか何の戦力も無くしかもいかにもお人よしな鹿目まどかが
自分にはできなかったことを成し遂げた、巴マミを救って見せたのだ。
杏子にはもう、魔法少女として縄張りを張って強さを誇示することにあまり意味を感じられなかった。
「それじゃ、このノートもらっていいか? けっこー使えそうだ」
杏子とは違って乱馬はあくまで強さへの情熱を失わない。
「ああ、かまわないよ」
杏子は興味なさ気にそう答えた。
***************
「まさか、杏子が『ワルプルギスの夜』のことを忘れていたなんてね……」
風林館へ向かう電車の中で、マミは言った。
「いちおう聞いた覚えぐらいはあったみたいですけどね」
さやかはうなずく。
昨日、暁美ほむら邸で『ワルプルギスの夜』のことを口にしたとき、杏子は「なんだっけ? それ」という顔をしていた。
軽く説明を入れてようやく「ああ、そういや昔そんなこといってたな」とうなずいたのだ。
らんまに至っては全くちんぷんかんぷんといった様子だった。
そうしてきちんとした説明をする必要性があると分かったので、どうせならちゃんと時間をとって話し合おうという
ことになり、今マミとさやかがそこへ向かっているのだ。
「でも、マミさん本当にもう大丈夫なんですか?」
さやかがふとたずねる。魔女から元にもどったマミは今までと同じように精力的に魔法少女として働いていた。
魔女がかつては自分達と同じ魔法少女であったとしても、人死を出さないためには誰かが戦わなければならないことは
変わりがない。『ワルプルギスの夜』のような大物ならばなおさらだろう。
「私は大丈夫よ。……それに、美樹さんやみんなが助けてくれた私は、
ひっこんで自分の身の安全だけを考えているような私じゃないでしょう?」
「そりゃそうですけど、無理はしないでくださいよ」
そう言ったさやかを、マミは強引に抱きしめた。
「わっ」
そして触れ合った肌から直にテレパシーを送る。
『こうして心配してくれたり、甘えさせてくれる人がいる限り、私は戦えるわ』
周りの乗客から変な目で見られてもマミは気にしていなかった。
『そういう美樹さんの方こそ大丈夫なの? その織莉子って人のことで悩んでたみたいだけど』
599 :32話4 ◆awWwWwwWGE 2012/07/15(日) 23:44:51.24 ID:GpaHQl9o0
『あたしは……』
暁美ほむらの口から真相を聞いて、さやかはまだ自分の頭の中がまとまっていなかった。
美国織莉子はまどかを殺そうとしていた。でもそれはまどかが魔女になってこの星を滅ぼすのを防ぐためだった。
話の規模が大きすぎて想像が追いつかない。
『正直、わかんないです』
そう答えたさやかを、マミはより強く抱きしめた。
『……私のこと、恨んでる?』
『え?』
何を聞かれたのか、さやかには話のつながりが見えなかった。
『私に関わらなければ、あなたはこんなことに巻き込まれずに済んだはずよ』
『そんなことないですよ』
さやかはさらっとそう答えた。
『マミさんが居なけりゃそれ以前にとっくにあたしもまどかも死んじゃってたし、
契約したのもほむらにノコノコ着いていって余計なトコに首突っ込んだのもあたしの意思です。
マミさんには恩はあっても恨むことなんてないですよ』
女の子同士であんまり抱き合ったままではそういう趣味だと誤解されかねないので
さやかはゆっくりとマミを引き剥がしてその瞳を見つめた。
さやかの言葉と表情にマミは安心の微笑を返す。
それに安心してさやかはテレパシーを続けた。
『でも、どうあれ人を殺しちゃったのは間違いないことだから、ワルプルギスの後には何かけじめを――』
「だったら、鹿目さんのそばに居てあげなさい」
マミはさやかのテレパシーをさえぎってそう答える。
またも話の脈絡が分からない言葉にさやかは首をかしげた。
『手段のよしあしはともかく、美国さんは世界を守るために意思を貫いたんでしょう?
だったら、せめて鹿目さんが魔女にならないように最善の努力をすることが彼女の死に報いることじゃないかしら』
(そっか、そうだったんだ)
マミの言葉でようやくさやかは理解した。
そのために美国織莉子はあの最期の言葉を自分に対して残したということに。
『だから、勝手にどこかに消えたり特攻したりだなんて絶対許されないわよ』
そういう自暴自棄な気持ちが残っていることがマミにはバレバレだったらしい。
ウインクするマミにさやかは苦笑いをした。
***************
「でも本当に驚いたわ。早乙女さんが男の人だったなんて……」
マミは、今さらながら驚きを口にした。
「あー、あたしもビビッたね。どこから変質者が現れたかと思ったよ」
杏子は麺をたっぷり入れたいかにも食いでがありそうなお好み焼きをほお張りながらそう言う。
『ワルプルギスの夜』についてざっとした説明はすでに終え、全員分のお好み焼きが運ばれてきたところだ。
だが、乱馬が男だとしてもハコの魔女の結界で見た良牙と女らんまのラブシーンの数々には説明が付かない。
それどころかなおさらおぞましいものが想像されてしまう。
『ねぇ、杏子、早乙女さんと良牙さんってどういう関係?』
マミは乱馬に聞かれないように杏子にだけテレパシーを送った。
『あー、なんだか中学時代からのライバルだとか、腐れ縁だとか。
ここじゃちっとは有名な好敵手同士らしいぜ』
600 :32話5 ◆awWwWwwWGE 2012/07/15(日) 23:45:45.30 ID:GpaHQl9o0
杏子の説明に、マミは安堵した。
杏子の言う乱馬と良牙の関係からはいかがわしいものは感じられない。
鹿目まどかの話によれば魔女になった自分もまどかの記憶を利用してウソの世界を作ったらしい。
だからあの映像が虚構であったという可能性は十分にある。
ハコの魔女が見せたあれらの映像は、きっと事実ではなく魔女が勝手に作り出したものなのだろう。
マミはそう自分を納得させた。
「その、『ワルプルギスの夜』って魔女は風林館も通るかもしれねーのか?」
あまり変身体質について問い詰められたくない乱馬は話題を変えた。
「ごめんなさい、この辺りはまだちゃんと計算していないからはっきりしたことは言えないわ。
でも、もし通るとしたらコース上こっちの方が見滝原より先になるわ」
「それだったら、みんな風林館に集まって迎撃した方が良いかもね」
マミの説明を受けて、さやかが提案する。
「ああ。それが良いな。魔法少女でなくてもいいならこっちには戦力が多い」
乱馬がうなずく。
「でもさ、魔法少女は結界の中に取り込まれでもしないと魔女は見えないはずだろ?
それでハナから結界を張らない『ワルプルギスの夜』と戦えるのかい?」
杏子が疑問を口にした。
「そうね、何か目印をつけるとか方法が無いわけじゃないけど魔法少女以外は戦力低下の可能性があるわ。
そういう意味では今回はあんまり早乙女さんや良牙さんには頼れないかも……」
一同は考え込んだ。
そこで、ふいにさやかが何かに気付く。
「そういや、良牙さんどこ行ったの?」
「あー、あいつは許婚の話が消えたら天道道場から消えちまったけど、そっちにも行ってねーのか」
こともなげに乱馬は答えた。
「どうせまたどこかで迷ってるんじゃないの?」
良牙の方向音痴に慣れ始めた杏子はそう付け足した。
「『許婚』? その話詳しく聞かせてもらえませんか?」
マミは笑顔のままそうたずねる。しかし、その表情はどこか固かった。
乱馬は冷や汗を浮かべて視線をはずした。
今回の件を説明しようと思えば、良牙のチャランポランさを晒すだけではすまない。
自分の多重許婚状態も白状しなければならない、それを乱馬は恐れた。
「……なんつーか、結論から言うとさ、良牙含めて風林館の男はよしといた方がいい。特にこいつはな。」
そう言って杏子は乱馬を指差した。
「き、杏子! おめー、それを言う気か!? 掃除手伝ってやったのに!」
「なになに? 乱馬さんってそんなにひどいの?」
露骨に焦りだした乱馬を見て、さやかも面白そうに身を乗り出した。
「なんせ、結婚詐欺で許婚が3人――」
「わー! わー!」
乱馬は大声を出して杏子を妨害しようとする。
が、すぐに黄色いリボンに口をふさがれ、さらには体全体を拘束された。
「杏子、ゆっくり聞かせて頂戴」
マミはにっこり微笑んだ。
601 :32話6 ◆awWwWwwWGE 2012/07/15(日) 23:46:55.12 ID:GpaHQl9o0
***************
「酷い話だよねぇ、シャンプーさん、あんなに純粋に乱馬さんのこと思ってるのに」
「ちょ、まて、シャンプーは女傑族の掟だとかで一方的にだな――」
「店長だって、むかし結婚詐欺で屋台持ち逃げされたんだぜ」
「そ、それはあのクソ親父が勝手に――」
「それだけ他に許婚が居ながら、別の許婚の道場で暮らしてるの? よく刺されないわね?」
女性三人に囲まれて、もはや乱馬はサンドバッグ状態だった。
「ちくちょう、だいたい良牙の話だったんじゃねーのかよ」
もう出せるのはそんな愚痴ぐらいだった。
「そうそう、良牙に話をもどすと、彼女と惚れてる女が別にいて、それなのにマミん家でペットになってたわけだ。
あいつもあんまりろくなもんじゃないぜ」
杏子はマミに警告を発した。
マミと良牙が相互にそれなりに好意を持っていることは分かっている。
良牙が真面目な男ならば杏子は口を挟むつもりはなかったが、許婚騒動の真相を知った今、言わずにはいられなかった。
「うーん、あたしも良牙さんがそんな人だったっていうのは残念だなー。
乱馬さんみたいに悪意があるんじゃなくて優柔不断なだけなんだろうけど、それもあんまりねぇ」
「俺だって、悪意なんかねーよ!」
さやかの言に乱馬は反論するが、誰も聞く耳は持っていなかった。
「そうね、乱馬さんとは違って元々誠実な人だとしても状況しだいで勘違いしちゃうだろうし、私も少し警戒してみるわ」
マミもいちいち乱馬を引き合いに出す。
許婚三人という乱馬の状況について、魔法少女たちはそれほど手厳しかった。
(くそ、ムースでもいいから連れてきとくべきだった)
女に囲まれる不利さを知った乱馬はそんな後悔をする。しかし――
「でも、ムースさんは一途だよね。まどかから聞いたんだけど、ちっちゃい頃からずっとシャンプーさん一筋だって話だよ」
さやかからそんな言葉が出てきたとき、ムースを連れてくればなおさら立場が不利だということを乱馬は思い知らされた。
「ああ、あいつは一途かもしんねーし、メガネとったら結構イケメンだったりもすんだけど、
ネクラでなんかちょっとストーカーっぽいのがなぁ」
杏子がまた微妙な顔をする。ムースも杏子のおめがねにはかなわないらしい。
(一途っぽくて根が暗くてメガネ外したら美形?)
マミはそれらのキーワードやうろ覚えのムースの髪型から思わず暁美ほむらを連想し、思わず吹き出しかけた。
あの田舎者っぽい中華料理屋店員と、都会的センスを感じるほむらとではあまりにも似合わない。
「あ、そーいや、今日はまどかはどうした?」
まどかの名前が出たところで、杏子が思い出したように聞いた。
「まどかはほむらに今日の授業のノートとか届けに行ったよ。クラスの保健委員だからってことだけど、
ほんとは自分のせいでへこませたっていうの気にしてるんじゃないのかな?」
さやかが答える。
そもそも担任からほむらの住所を聞き出したのも保健委員という職権を使ったことなので、
まどかは律儀にその役割を果たしているという面もあった。
「まあ今回は『ワルプルギスの夜』対策だから、いくら鹿目さんでも戦力にはならないでしょう。
それに――その戦いの中で誰かが死んだりすればそれをネタにキュゥべえが契約を迫る可能性があるわ」
マミはおごそかに『死』を口にした。
『ワルプルギスの夜』はいくら大人数で戦っても死者が出る可能性を否定できないほどの相手なのだ。
そして、そんな戦場だからこそ鹿目まどかには今回ばかりは引っ込んでいてもらわなければならない。
602 :32話7 ◆awWwWwwWGE 2012/07/15(日) 23:47:31.08 ID:GpaHQl9o0
「へっ、腕が鳴るぜ!」
ようやくバッシングから話題が変わったこともあり、乱馬は力強くガッツポーズをとってみせた。
615 :33話1 ◆awWwWwwWGE 2012/07/22(日) 19:37:42.19 ID:k2zWozC00
(こんなことは前にもあったはずだろう……)
黒い小豚が一匹、見知らぬ土地を歩いていた。
もう慣れっこのはずなのに、何気ない一言が痛烈に彼を傷つけていた。
『よかった』
彼女は……天道あかねははっきりとそう言ったのだ。
天道あかねは慌てて付け足した。
『ああ、えーと、違うのよ。良牙くんが悪いとかそういうんじゃなくて、許婚とかそういうのはまだ早いもの』
確かに、まだ高校生のうちから生涯の伴侶を決められてしまうというのは窮屈に感じるかもしれない。
ただ単純に束縛を嫌っただけで相手が悪いわけじゃない。筋の通った説明だ。
しかし――
響良牙が許婚でなくなったとしても、代わりに早乙女乱馬が許婚に戻るだけで
あかねにとって束縛された状態は何一つ変わらないはずなのだ。
それなのにあかねは『よかった』と言った。
おそらくはほとんど無意識的に出た台詞なのだろう。
だがそれでも、良牙からしてみれば乱馬の方がいいと言われているように聞こえてしまう。
それは良牙にとって死刑宣告にも等しい絶望だった。
(俺がもし魔法少女だったら魔女になってるのかもな)
黒い小豚は頭を垂れてとぼとぼと歩き続けた。
「あら?」
そこに通りかかった40手前ほどの女性が小豚に気が付いた。
「ふーん、ブタ……『a pig』」
メガネをかけた女性は妙に発音のいい英語をしゃべると、その小豚をつまみあげた。
***************
「あ、和子、おつかれー」
メガネをかけた女性が飲み屋に入ると、友人らしい同年代の女性が声をかけた。
こちらの女性はビシッとしたスーツに身を固め、いかにもキャリアウーマンといった雰囲気をかもし出している。
「あら詢子、今日は早いのね」
和子と呼ばれたメガネの女性は迷わずそのキャリアウーマンの隣に座る。
「……その動物は?」
「そこで拾ったの」
「拾った!?」
詢子と呼ばれたキャリアウーマンはけげんな顔をする。そんな友の顔など気にも留めずに和子はブタをかかげた。
「マスター、これ調理して」
「ぴっ、ぴー!! ぴー、ぴー!」
思わぬ展開に小豚が絶叫を上げる。
「お客さん、うちは食品の安全には気を使ってまして……良く分からない食材はちょっと扱いかねます」
マスターは普段から渋い顔をさらに渋くさせてそう答えた。
「和子、なんかやなことあったか?」
和子がこういうエキセントリックな言動をするときというのはたいてい、何かストレスを抱えているときだ。
詢子はそんな和子の性格をよく理解していた。
「三年生の子がね、1人行方不明になっちゃったんだけど私のせいじゃないかって職員会議で言われてね」
616 :33話2 ◆awWwWwwWGE 2012/07/22(日) 19:38:41.71 ID:k2zWozC00
「三年生だったら、授業だけの関わりよね?」
詢子はわざと和子に有利な情報を引き出すように質問をした。
長年の付き合いのある二人だから成り立つ『愚痴っても良いよ』という合図である。
「そーなのよ、出席の点呼し忘れただけで家出されちゃたまんないってのよ!
だいたい、元々不登校だし深夜に徘徊してたって噂もある子なんだから、
それを放置してた担任の方がどう考えてもおかしいでしょうが!
何かあってからいきなり騒ぎ出してほとんど関わりないあたしの責任だなんて酷いデタラメだわ!」
和子は一気にまくしたてた。詢子もマスターも慣れた様子で半分聞き流している。
黒い小豚だけが、何が起こったのかと慌てていた。
「なるほどね、そりゃ明らかに責任転嫁だ。担任はどういうつもりだったんだ?」
詢子は相槌を打ち、質問を続ける。
キャリアウーマンとして自分ならこうするという打開策が思い浮かばないわけではなかったがそんなことは言わない。
学校と会社では組織としての構造や規範が違うから詢子のやり方が通用するとは限らない。
それ以上に愚痴とは心情を吐露するためのものであって、解決を探るためのものではない。
だから、提案などする必要は無い。詢子は愚痴をはきやすいような質問を続け、同意をするだけでいいのだ。
「……家庭訪問もろくにしないでねぇ……」
「……教頭に目ぇかけられてるからって偉そうに……」
「……さやかちゃんの家出があったからって三年生の件まであたしに……」
和子は延々と愚痴り続けた。
小豚はだんだんとこの女性が哀れに思えてきて、マスターが差し出したコップをそっと女性の手元まで運んだ。
「ぁん? あんた気ぃ効くじゃない。あだじんとこ置いてやるわよ」
酔っ払った和子は強引に小豚を抱きかかえる。
「ぴーっ! ぴーっ!」
小豚はあがきながら全力で首を左右に振った。
「ははっ、和子、その子いやがってるよ」
詢子は笑いながらも小豚を助けようとはせずに洋酒に舌鼓を打っていた。
「ぢゃんど大ぎぐなるまで飼っでやるかからあんじしばざい。
ぞのどぎば、トンカツ食べ放題……」
「ぴぴぴーっ!!」
絶叫する小豚を、和子は強引に抱きしめた。
「そのさやかちゃんの件だけどさ、やっぱ和子も何があったかわかんないの?」
詢子は酒を呑んでもまだ呑まれてはいないらしく、落ち着いた口調で和子に質問をした。
「全っ然、わかんない。詢子ごぞ、まどかちゃんがら聞いてな……いの?」
「ダメだね、今回はまどかも口割らない。最近浮き沈み激しかったから何かあったのは間違いないんだけどねぇ」
和子と詢子の会話を聞いて、小豚はハッとした。
(さやかちゃんに、まどかちゃん? もしかしてここは見滝原か?)
さやかとかまどかという名前だけならままある名前だろう。
しかし、セットで出てくるということはそうそう無いはずだ。
「……まどかちゃんとさやかちゃんと言えばさ、最近三年生の子と仲良いのよね」
水を飲んで少し落ち着いた和子がろれつを整えながら話す。
「へえ、そりゃ知らなかった。どんな子? もしかしてその子絡みじゃないの?」
詢子が「その子絡み」と言ったのはさやかの家出や最近のまどかの浮き沈みのことだ。
「巴さんっで言っで、良くできた子なんだけどね……」
617 :33話3 ◆awWwWwwWGE 2012/07/22(日) 19:39:44.64 ID:k2zWozC00
和子はもう一杯水を飲んで酔いを醒ます。
「けど?」
「ちょっと複雑な事情のある子で、そのせいだと思うんだけど誰に対しても一線引いてて、
それ以上入らせないっていうか、分かり合うのを諦めてるような……」
和子の言葉を聞いて、詢子は少し考え込んだ。
「まー、とりあえず不良っぽいような子じゃないんだよな?」
詢子の最大の懸念はそこにあった。
彼女の目から見た自分の娘・まどかは、不良やサバサバした連中と混じってやっていけるほどタフではない。
まどかは夫の性質を受け継ぎすぎたのだ。
温厚でお人よしなのは良い面ではあるのだが、悪い連中と付き合っていけるようになるには時間がかかる。
その力が付くまでは十分に保護してやる必要がある、詢子はそう思っていた。
「うん、その点は安心していいわ。でもさ、不思議なのよねぇ……」
「不思議?」
詢子が首をひねる。
「教師やカウンセラーがさ、ついでにヤリモクの男子もよってたかって巴さんの心を開こうとしても全然ダメだったのに、
まどかちゃんやさやかちゃんと居るとき、本当に楽しそうな笑顔してるのよね」
「へぇ……」
詢子は心底意外そうに、つぶやいた。
その横で小豚は和子がさらりととんでもない台詞を言ったような気がしてびびっていた。
「さやかちゃんが学校に戻ってきたのもまどかちゃんが説得したみたいだし、教師の立場がないわ」
そう言って和子はため息をついた。
「流石はわたしの娘だ」
「知久さんの娘だからよ」
和子につっこまれて、詢子は舌を出した。
まどかが何をどうしたのかは知らないけれど、そうやって問題のある子に安心を与えるような性格は
間違っても自分譲りではなく夫からのものだろう。
詢子ははじめから分かってて調子に乗って見せたのだ。
「でも良かったんじゃねーのか、その三年の行方不明になっちゃった子のことはともかく、
今の和子のクラスにゃ問題らしい問題はないわけだろ?」
そう気楽に言った詢子に対し、和子はため息を返した。
「それがそうもいかないのよ……今度入ってきた転校生が、とんでもない爆弾抱えてたみたいでね」
和子はいかにも悩ましげに頭を抱えて見せた。
「あー、それあたしもまどかから聞いたな。病気が再発して引きこもってんだろ?」
「そうそう、それで保護者に電話で連絡とってみたんだけどね……」
「え?」
和子の言う「爆弾」をてっきり病気の再発のことだと思っていた詢子は肩透かしをくらった。
「あの子、二軒ほど前の病院で――」
***************
静まり返ったバーに、とても似つかわしくない幼い少女が入ってきた。
「ママ、あ、早乙女先生も」
鹿目詢子と早乙女和子は二人でしみじみと飲んでいた。
「お、まどか、どうした?」
まだ中学生の娘がバーの中まで来ることは滅多にない。
618 :33話4 ◆awWwWwwWGE 2012/07/22(日) 19:40:54.34 ID:k2zWozC00
鹿目詢子は疑問を口にした。
「傘をね、届けにきたの」
「今、雨か」
長い間室内に居た詢子は雨が降ったことに気が付いていなかった。
「スーパーセルだかアナゴだかが発生して、当分天気は不安定だってねぇ」
和子が口を挟む。
「先生、明日大丈夫ですか?」
カウンターテーブルにもたれかかる和子を見て、まどかは心配そうに聞いた。
「あー、ダメかも。あした二日酔いだったら保健室連れてって」
和子はまどかが保健委員であることにちなんでこういう返しをした。
と、いうことはまだ頭が回っている。少しまどかは安心した。
そこで意外なものが目に入る。なんとカウンターの上に黒い小豚が居たのだ。
「え……良牙さん!?」
「はい?」
大人たちはいっせいに怪訝な顔をした。
そして、うとうとしていた小豚もハッとして目覚める。
「りょうがさんて……誰だ?」
「そこの小豚ちゃん!」
まどかの言葉に詢子と和子は顔を見合わせた。
(ブタに『さん』付け?)
二人が言外にそう語っていることはまどかにも分かった。
「その子、マミさん……あ、いえ、三年の巴先輩のペットなんです」
またも詢子と和子は顔を見合わせた。
噂をすれば影なのか、たまたま拾ったペットがたまたま話題にしていた生徒のものだったとは大した偶然である。
「あら、そうだったの? 一匹でうろうろしてたから心配になって拾ったんだけど」
間違っても、調理しようとしたなどとは言えない。和子は善良を装った。
「ありがとうございます。この子、よく迷子になるらしいんですよ」
まどかは自分の言葉が疑われていないことに安心をした。
「ところで、その巴って先輩とはどうして仲良くなったんだ?」
そこに詢子が口を挟む。
「えーと、それは……」
まさか、魔法少女や魔女がどうこうなど言えない。
まどかは少し考えて手っ取り早い嘘を仕立てた。
「たまたま私がこの子を拾ったのがきっかけで……」
そう言ってまどかは黒い小豚を抱え込む。
和子相手には抵抗を示した小豚が、まどかの腕の中では全く抵抗せずおとなしくしている。
この小豚がまどかに慣れていることだけは間違いないだろう。
そういう判断から、詢子の目にもまどかの言うことは嘘がないように思えた。
「はぁん、なるほど。それで急に猫を飼うとか言い出したわけか」
「ティヒヒヒ」
まどかは照れ笑いのようなごまかし笑いを浮かべた。
619 :33話5 ◆awWwWwwWGE 2012/07/22(日) 19:42:36.69 ID:k2zWozC00
「それじゃ、この子は先生が預かっとくわね。明日、巴さんのクラスで授業あるから」
和子は教師らしい責任感から、小豚をまどかから取り上げようとした。
「ぴぴっ!」
「あ、それはダメ!」
すると、小豚とまどかが同時に抵抗を示した。
もし和子が小豚をお風呂にでも入れようとすれば、相当まずいことになるのは間違いない。
まどかはそう思って首を横に振る。
「えーと、この子、慣れてない人が相手だと結構暴れるから危ないですよ。
だから、私が明日マミさんに渡します」
「ふーん、そう」
和子は「まあ、いっか」ぐらいの表情でうなずいた。
***************
「良牙さん!」
学校の屋上で、マミは思い切り黒い小豚をその胸に抱きしめた。
『うわっ、ま、マミちゃん』
小豚はまるで人間のオスのように顔を赤らめる。
『ちょ、マミさん、ちょっとは警戒してみるんじゃ!?』
その大胆な行動に、さやかは慌ててマミだけにテレパシーを飛ばした。
『はっ、そうだったわ! 私ったら、つい』
そんな返事をしながらマミは小豚を膝の上に置いた。
「昨晩は本当、どうしようかと思いましたよ。魔法少女が居ないから良牙さんと話せないし
まさかウチで男の人に戻しちゃうわけにも行かないし」
まどかはそんな苦労話をする。
「うーん、やっぱりまどかの家で預かるってのは無理だよね。
でも、『ワルプルギスの夜』まであと1週間もないからまた迷子になられても困るよね」
さやかは話を実務的な方に持っていった。
良牙は貴重な戦力であり、確保しておきたいというのは切実な事情なのだ。
『迷う心配さえなけりゃ、俺は別にどこをねぐらにしようがかまわないぜ』
その迷う心配が大きすぎる。少女達は三人ともあきれた目で小豚を眺めた。
「それなら、今まで通り私のところに来てください。
鹿目さんが早乙女先生に私のペットだって言っちゃいましたし」
マミはそう言って小豚に向かってにっこり微笑んだ。
『マミさーん、けーかいはー?』
さやかのテレパシーはむなしく宙を舞った。
***************
さやかはまだまだ甘い。マミは内心そう思った。
ライバルが居るのならば、独占するにしても問い詰めるにしても身柄を確保した方が都合がいい。
逆に様子見なんてしていたら、他人に持っていかれるのがオチなのだ。
(そんな調子だから上条さんのことも上手く行かないのよ)
マミはさやかの恋愛事情は聞き伝でしか知らないが、今は一応休戦状態ということになっているらしい。
しかし、戦闘再開となればおそらくさやかに勝ち目はないだろう。
マミはベッドの上に横たわり、そんなことを考えていた。小豚状態の良牙はすでにクッションの上に毛布を敷いて寝ている。
そもそも、今までだってこうしてひとつ屋根の下で共に過ごしてきて、襲われたりするようなことは無かったのだ。
620 :33話6 ◆awWwWwwWGE 2012/07/22(日) 19:43:33.59 ID:k2zWozC00
今さら過剰な警戒などしなくてもいいではないか。
(キュゥべえだって居るんだし――)
そう思ったところでマミはハッとした。
(って、キュゥべえ居ないじゃない! 居たとしても追い出すし)
暗い寝室にマミのノリツッコミがむなしく空振りする。
(ということは……え、えーと、二人きり? 一つ屋根の下どころか一緒の部屋に男の人と二人っきり!?)
今さら、マミは激しく動揺した。
(だだだ、大丈夫よ! 良牙さんは変なことしてきたりしないわよ)
マミはできるだけ平静を保とうとするが中々落ち着かない。
なので、念のためにソウルジェムを指輪状にして指に付けたまま眠ることにした。
やがて、マミが本当に眠りかけたとき、ガサゴソと音が聞こえた。
(……良牙さん?)
すでに睡眠モードに入っている脳は疑問を抱いても目を開き立ち上がろうとはしない。
きっと、トイレに行っただけだろう。そう決め付けて本格的に睡眠に入ろうとする。
――しかし、マミは確かに自分の右腕が掴まれるのを感じた。
(えっ!?)
その瞬間、マミの意識はきっぱりと目覚めた。
(あ、あわわわわ……りょ、良牙さん? ほ、本気なのかしら?)
マミの鼓動が激しく高鳴る。
(寝込みを襲うなんて酷いわ、ちゃんと手順を踏んでから……)
こういうやり方でなびくような軽い女だと思われていたのなら心外である。
マミはムッとすると同時に、幻滅する気持ちを覚えた。しかし別の考えも頭の中に浮かぶ。
(ライバルがいるならここで既成事実を作っちゃった方が得策かも。変に抵抗して嫌われたと思われても困るし……)
(な、何をはしたないことを考えてるのよ、私ったら!)
マミの中で結論は出なかった。結論が出ないままマミは寝ているフリを続けた。
すると今度は何かが胸に触れた感覚がする。
(あ……やっぱり男の人って●●●●好きなんだ)
気恥ずかしさと同時に、優越感と両親への感謝がマミの心の中に溢れた。
だが、その胸に伝わる感覚がどうも不自然だった。
あまりにもやわらかかった。布団の上からだとしても、とても手で触られているようには思えない。
そもそも良牙ほど筋肉質な人間にやわらかい部分などほとんど無いはずだ。
それなのに、まるで自分の胸に他の女性の胸が当たっているかのような柔らかい衝突だった。
(――しかも、私に匹敵する大物!)
マミはカッと目を見開いた。
「え? ……乱馬さん?」
マミの視界に入ってきたのは見覚えのある、赤髪の少女の顔だった。
「やっぱり起きてたね」
らんまらしきその少女は迷い無くマミにパンチを撃ち落す。
覆いかぶさるような体勢で片腕を掴まれているマミはほとんど動けない。
それでもなんとか首だけ動かしてかろうじてパンチを避けた。
その強力なパンチはベッドを突き破る。
621 :33話7 ◆awWwWwwWGE 2012/07/22(日) 19:44:31.96 ID:k2zWozC00
マミは赤髪の少女が拳を引き抜く隙に、空いた左腕で相手を突きはねようとした。
しかし、布団が邪魔で勢いをつけられず、相手の体を押すような緩慢な動作になってしまった。
赤髪の少女は悠々と体勢を整えて、再び左腕をマミに振り落とそうとする。
やすやすとベッドを突き抜ける威力のパンチだ。
魔法少女でもまともに食らえば致命的ダメージになるだろう。
(――やられるっ!)
そう思っても、マミに抵抗手段は残されていなかった。
――そのとき、
赤髪の少女の顔に猛スピードの何か……黒い影がぶつかった。
その瞬間、わずかに少女の押さえつける力がゆるむ。
マミはすかさず、赤髪の少女を押しのけ、ソウルジェムを使い変身をした。
無事に着地した黒い影――小豚状態の良牙も赤髪の少女に対して臨戦態勢をとる。
『マミちゃん! どうしてすぐに助けを呼ばなかったんだ!?』
良牙がテレパシーを飛ばすと、マミは気恥ずかしそうにうつむいた。
『え、えーと、それは、その……』
そうして答えあぐねている間にも、敵は動く。
『来るぞ!』
その『声』を聞くと同時にマミは正面を向き、赤髪の少女のパンチをギリギリのタイミングで銃身で防いだ。
そして少女が間髪入れずに繰り出してきた蹴りを後ろに飛んで避けると、反撃しようと銃を構える。
しかし、マミが気が付いた時にはすでに赤髪の少女はマミの懐にもぐりこみ強烈なボディーブローを放っていた。
(は、早い!)
ドンッ
鈍い音が鳴る。
マミはとっさにリボンを召喚してクッションにして、直撃だけはさけた。
それでも腹部に破裂したような痛みが走り、口から少し血を吐いた。
だが、やられてばかりはいない。マミはすぐにマスケット銃を鈍器代わりにして反撃に出た。
赤髪の少女は落ち着いた表情と動きで悠々とそのマスケット銃をさばこうとする。
が、その直前に黒い小豚が少女に噛み付いた。
それに気を取られた隙に、少女の頭に固いマスケット銃がヒットする。
少女は頭を抱えてよろめいた。
『マミちゃん、お湯を!』
「ええ」
マミは敵がよろめいている隙に、いつもの魔法のティーポットで小豚にお湯をかけ、人間の男に戻した。
「この体の初陣で2対1はちょっときついかな」
赤髪の少女はマミと良牙を見てそんなことをつぶやく。
「てめぇ、乱馬じゃねえな!」
良牙が叫ぶ。しゃべり方だけではない。
目の前の少女は女性らしい……天道あかねが好きな薄いピンク色とフワフワスカートの服装をして、
後ろ髪は緩やかにリボンで束ねている。
どう考えても乱馬のセンスではないし、着せられても嫌がりそうな服装だ。
「まあいいや、今日のところは性能テストといこう」
622 :33話8 ◆awWwWwwWGE 2012/07/22(日) 19:45:40.38 ID:k2zWozC00
少女は良牙の言うことには答えず、今度は良牙をターゲットに襲い掛かってきた。
「ちっ、なめやがって! 隙だらけだぜ!」
良牙は堂々と正面から突進してくる少女を迎え撃つ形で拳を繰り出した。
しかし、少女はまるで消えたかのような素早い動きでそれをかわし、良牙のあごに一撃カウンターのアッパーを食らわせた。
(バカなっ? らんまより早いだと!?)
良牙は一瞬だけふらつくが、すぐに体勢をたてなおす。
だがその視界にはすでにらんま似の少女の姿はなかった。
「良牙さん! 上!」
マミの言葉に、良牙は迷うことなく直下型獅子咆哮弾を放つ。
その閃光が去ると同時に、ボロボロになった床の上、これまたボロボロになった畳が落ちていた。
「え?」
良牙がマヌケな声を出したそのわずかな隙に、畳の下から飛び出た少女はまたもマミに襲い掛かる。
マミが2、3銃撃すると、1発だけ命中したが少女は気にも留めずに前に進み、大振りのパンチを放つ。
しかし、その拳はマミに届く直前で止められた。少女の体に無数のリボンが巻きついて身動きを防いだのだ。
「かかったわね……キュゥべえ!」
マミはきっぱりと、このらんま似の正体不明の魔法少女を「キュゥべえ」と断言した。
「やれやれ、やっぱりキミにはばれたか」
キュゥべえと呼ばれた少女は、らんまの顔、らんまの声でそう答えた。
「なんだって?」
良牙は呆気にとられた。キュゥべえが人間の体に入ったり直接的に戦ったりすることがあるのか。
だが、本人が肯定しているし、この捕まった状態でも涼しい顔でケロッとしているのはいかにもキュゥべえらしい。
「魔法少女のことが世間に知られていないのはどうして?
魔女の正体を魔法少女ですら知ってる人がごく少数なのはどうして? 答えは簡単だわ。
キュゥべえは定期的に知りすぎた魔法少女や邪魔になる魔法少女を間引きしている……そうでしょう?」
マミは感情を押し殺した声で説明を加えた。
「正解。まあ普段は他の魔法少女をけしかけるんだけどキミ達はちょっと人数が多いし、今回は時間もないから
余ってた体をいただいたんだ。しかしご名答だよ、マミ。まるで前々から考えていたかのような模範解答だ」
「何が言いたいのかしら?」
マミは少女の頭に銃口を突きつけた。
「マミ、キミは前々から気が付いていたのに、ずっと目をそむけてきたんだろう?」
言い終わった少女を、横から良牙がぶん殴った。
「マミちゃん、こいつの言うことは気にするな!」
マミはこくりとうなずいた。
「キュゥべえ、私はあなたが二体以上同時に動いているのを見たことがないわ。
あなたの魂はひとつしかない。そしていつも殺されるまで体から離れない。
むしろこれは殺されるまで離れられないと考えた方がいいでしょうね」
そして何やら分析を始める。
「それに乱馬さんの体だといつものように体を見えなくすることもできない……
つまり、今の状態で捕らえていれば逃げ出すことも何かの悪さもあなたはできない!」
「あ、確かに!」
マミの発言に良牙がうなずいた。
らんまの体を使って強くはなったが、本来のキュゥべえの役柄である隠密的行動はむしろやりにくくなったはずだ。
「なるほど。なかなか的を射た分析だけど、ひとつだけ致命的な間違いがある」
キュゥべえはそう言って思わせぶりにためを作った。
623 :33話9 ◆awWwWwwWGE 2012/07/22(日) 19:47:25.50 ID:k2zWozC00
そして――
「それは、まだボクは捕まっていないってことさ」
キュゥべえがそう言うと同時に、狭い部屋の中に荒れ狂う暴風が巻き起こった。
「こ、これはっ!?」
良牙は身を守りながら叫ぶ。
「希望や絶望という感情は魔力に通じるけど、怒りは闘気に通じるらしいね」
暴風の中平然とキュゥべえは言葉を続けた。
「キミたちが怒ってくれたから、この部屋に十分な闘気が充満した――
おかげで撃てるんだ、魔竜昇天波を!」
やがて暴風は良牙とマミを巻き上げ、部屋中を荒しまわった。
暴風が去り、ボロボロになった良牙とマミが落下する。
その落下した直後のマミに、らんまの顔をしたキュゥべえは問答無用に襲い掛かった。
「くっ……ティロ・フィナーレ!」
組み付かれる直前、マミは巨大な砲撃を放った。
しかしキュゥべえはそれをすんでのところでかわし、マミの腹部に蹴りを浴びせた。
マミは壁まで飛ばされ、たたきつけられる。
「てめぇ!」
良牙はまだ立ちくらみをする状態だったが、それでも後ろを向いているキュゥべえにとび蹴りで突進して向かった。
キュゥべえは身を翻してそれをかわし、良牙の首をつかむ。
「良牙がいくらタフでも人間だ。息ができなければ死ぬよね」
「ぐっ……あ……」
良牙はもがきながら、膝蹴りを放った。
キュゥべえの首を絞める力は弱るが、手放しはしない。
『マミちゃん、もう一度ティロ・フィナーレだ!』
良牙はテレパシーを意識してそう念じてみた。
『え? でも、良牙さんを巻き込んで……』
フラフラと立ち上がるマミだったがテレパシーはしっかりと通じていた。
『構わない、俺は大丈夫だ』
『……分かったわ!』
マミは特大の拳銃を召喚する。
「無駄だよ、この体は……魔法少女らんまは防御魔法の使い手だ。この体勢からでも防御魔法を発動させられるよ」
やはりテレパシーは聞こえていたらしく、キュゥべえが言った。
『構うな、撃て!』
首を絞められて上手くしゃべれない良牙はテレパシーで叫ぶ。
「ティロ・フィナーレ!」
巨大な黄色い閃光がらんまの体と良牙に向かって放たれた。
それと同時に彼らの姿は何枚もの畳に覆われる。
『獅子咆哮弾!』
が、その畳を良牙が上昇型の獅子咆哮弾を撃って蹴散らした。
「な――」
キュゥべえが感嘆詞を言い終わるヒマもなく、ノーガードとなった彼に黄色い閃光が降り注いだ。
624 :33話10 ◆awWwWwwWGE 2012/07/22(日) 19:48:52.39 ID:k2zWozC00
「ぐあああ!」
良牙とキュゥべえがともども大ダメージを受ける。だが、それで終わらなかった。
良牙は更に、さっき打ち上げた獅子咆哮弾を落としたのだ。
轟音が鳴り響き、床が大きくえぐれ、コンクリートが露出する。
そこに良牙とらんまの体はともに大の字になって倒れていた。
「良牙さん!」
マミはまだふらつく体で良牙に駆け寄り肩を貸した。
「はぁ……はぁ……やったか?」
良牙は意識を保っているらしく、そんなことをつぶやいた。
一方、らんまの体は完全にのびている。
「……そのようね」
そう言いながらもマミは途方にくれた。
自分の家が、もはやただの瓦礫部屋と化している。
いったいこれからどうして生きていけばいいのか。
と、そうしてらんまの体を眺めているとみるみるうちに傷がふさがっていった。
(――まずいわ!)
マミは即座に、らんまの頭に銃弾を打ち込む。
しかしその銃弾は突如あらわれた畳によって防がれた。
「……こ、これは?」
良牙が呆気にとられる。
(意識を遮断して回復と防御に専念している!?)
だとすれば、またすぐに回復して襲い掛かってくるに違いない。
「良牙さん、逃げましょう!」
マミは良牙に肩を貸したまま、窓から自宅を飛び出した。
二人とも今は満身創痍だ。この状態でらんまに入ったキュゥべえが全快すれば、まず勝てないだろう。
生き延びるには逃げるのが一番確実な手段だ。
「逃げるって、どこへ!?」
良牙が質問した。
ここは見滝原なので、まどかやさやかに頼み込め泊めてくれるかもしれない。
しかし、キュゥべえが追ってきた場合、その家族を巻き込むことになるだろう。
とても、まどかやさやかを頼るわけにはいかなかった。
「ひとつだけ、アテがあります」
そう言って、二人は夜の闇の中へ消えていった。
***************
「逃げたみたいだね……良い判断だ」
赤髪の少女は廃墟と化した分譲マンションの一室で立ち尽くしていた。
服装こそボロボロだったが、その体は傷ひとつなく美しい張りを保っている。
やがて、消防車のサイレンが聞こえると、少女は軽快にジャンプをしてその場から姿を消した。
635 :34話1 ◆awWwWwwWGE 2012/07/28(土) 13:21:48.51 ID:YksYFjz30
「う、うう~ん」
目覚めたマミの視界に、斜めに傾いた木材が映った。
(あれ? ここは?)
そこそこ広い屋根裏部屋のようだが、あちこち朽ちていてクモの巣が張っていて、まるで廃屋だった。
しばらく考えてから、思い出した。
「そっか、杏子の教会だったわね」
気だるく起き上がる体は魔法少女の衣装を解いていない。
いつ追い討ちがあるかも分からないから昨晩は変身したまま寝たのだ。
すぐ横に、黒い小豚がスヤスヤと眠っている。
その体には傷跡のひとつもない。小豚になりさえすれば回復魔法もわずかですむから経済的である。
(こっちには追ってこなかったけど見滝原のみんなは襲われていないかしら?)
昨晩は一直線にここまで逃げた。
キュゥべえに襲われたということだけでも伝えるべきだっただろうか。
しかし下手に接触すればターゲットがそっちに移ってしまうかもしれないし、
なにしろマミと良牙も逃げるのに精一杯だった。
マミは小豚を強引に抱きかかえた。
それはまるで、小さな子供がヌイグルミを抱き寄せるような幼い仕草だった。
小豚は目を覚ましたが、ギュッと抱きしめてくるマミの様子に、なんとなく声をかけるのがためらわれた。
「私ね……また逃げちゃったわ」
「ぴぃ?」
小豚は不思議そうに首をかしげた。
あの場でキュゥべえから逃げたことは間違った判断ではないはずだ。落ち込む必要など無い。
「キュゥべえが何も手を打ってこないはずなんてないのに、きちんと向かい合うのが怖くて目をそむけてたの」
「ぴぃ、ぴぃ!」
そんなことはない、そう言いたくて小豚は全力で頭を左右に振る。
「鹿目さんは魔法も格闘技もできなくても逃げなかったのに……私は逃げた……」
うつむいたままのマミを小豚は不安そうに見上げる。
「でも、やっと分かったわ。逃げても目を背けても、何にも解決しないって。きちんと向き合わなきゃ……
キュゥべえにいいように利用された自分に決着をつけなきゃいけないって」
マミは決意を込めるように、小豚を潰れそうなほど強く抱きしめた。
「……お願いです、私がくじけないようにそばに居てください」
それは、か細く震えた声だったがそれだけに上っ面ではないものが感じられた。
小豚がこくりとうなずくと、マミはそっと彼を解放した。
「ありがとう……」
それだけ言って潤んだ目を拭うと、マミはすでに自信に満ちたいつもの顔に戻っていた。
「行きましょう、良牙さん」
『え? 行くってどこへ?』
ここでようやく良牙はテレパシーで語りかける。
「たぶん、次に狙われるのは早乙女さんよ」
マミはきっぱりとそう言った。
***************
「――ない!」
636 :34話2 ◆awWwWwwWGE 2012/07/28(土) 13:23:03.47 ID:YksYFjz30
朝起きて、異変に気が付いた早乙女乱馬は大声を上げた。
「ないって何が?」
「俺の体が!」
天道あかねの質問に乱馬は答える。
「あるじゃない」
あかねは乱馬の体をバンバンと叩いて見せた。
「ちげーよ、おめーが着せ替え人形にしてたアレがないっつってんだよ」
「ああ、アレね!」
ようやく乱馬の言いたいことが通じたあかねだったが、なぜ乱馬がそんなに焦るのかが分からなかった。
「でも、変な呪いのおかげで出来た副産物なんでしょ? むしろ無い方がいいんじゃないの?」
「そんな問題じゃ――いや、待てよ、そんな問題かもしれねーな、これは」
乱馬はふと考え込んだ。
あの抜け殻となった体があったところで何の役にも立たない。
そうならば消えてしまったほうが得ではないのか。
もしかしたら今、自分の体がどこかの変 の餌食に落ちているかもしれないと考えたら気持ち悪いが、
気にしなければそれまでの話だ。
「あ、やっぱりあの子探さないとダメだわ!」
が、ふいにあかねが叫んだ。
「私の一張羅とかすみお姉ちゃんのリボンを着けたまんまだもの!」
「そんな事かよ」
何事かと思った乱馬はあきれて見せた。
どうあれ、乱馬にもあかねにも、空になった女らんまの体を探すアテなどない。
やむなく二人はいつも通り学校へ行くことになった。あかねはともかく、乱馬は出席日数や成績が危ないのだ。
***************
「早乙女乱馬、今までどこに逃げていたのか知らんが、今日こそ覚悟だ!」
そんな登校中、九能帯刀が乱馬に襲い掛かってきた。
「おー、このノリも久しぶりだな」
乱馬はうれしそうにそう言った。
この二年生の先輩は乱馬の変身体質を知らない。
普通なら絶対気が付いているような状況でも理解しないため、もはや乱馬も周囲の人間もいちいち事情を説明しないのだ。
そういうことで帯刀は女体のらんまを別人だと思っているため、乱馬が男に戻れない間はケンカはお預けだった。
「ケンカ売られて何うれしそうにしてるんだか」
呆れ顔でつぶやくあかねをよそに、乱馬は喜々として帯刀の木刀を捌こうとした。
帯刀は剣道部主将にしてかなりの手だれだが、乱馬相手にははっきりとした実力差がある。
しかし――
乱馬は帯刀の攻撃をかわしそこね、とっさに胴をかばった左腕が木刀の直撃を受けた。
(なんだ? しばらく男の体で戦ってなかったから勘が鈍ったか?)
違和感を覚えながらも、乱馬は拳を繰り出して反撃する。
だが帯刀は上手く引いて素手の乱馬に対してアウトレンジを保ち、その攻撃をかわし続ける。
「ちっ、火中天津甘栗拳!」
やけになった乱馬は拳のスピードを最大限まで上げた。
637 :34話3 ◆awWwWwwWGE 2012/07/28(土) 13:23:48.49 ID:YksYFjz30
が、帯刀は大きく横に回ってそれもかわし、乱馬の頭上に木刀を振りかざした。
(動きが読まれているのか?)
乱馬はギリギリで帯刀の面をかわすと、背に腹はかえられぬという言葉どおりに、背中を向けて走って逃げた。
「フハハハ、無様だな早乙女乱馬!」
帯刀は扇子を開いて自らの勝利を祝う。
「うそ? 九能先輩が勝っちゃった」
その光景にあかねは呆気にとられていた。
「天道あかね、早乙女乱馬に勝ったからにはぼくと交際を――」
勝利の勢いでそのままあかねに迫る帯刀だったが、その台詞は突然にさえぎられた。
逃げたと思われた乱馬が上から降ってきて帯刀の頭を踏んづけたからだ。
思いっきり踏まれた帯刀は頭から地面に倒れる。
「これで俺の勝ちだな」
悪びれもせず乱馬は勝利宣言をした。
乱馬は逃げたフリをして姿を消し、民家の屋根に上って奇襲したのだ。
「いやぁ、これは負けでしょ」
しかし、あかねのジャッジは逃げた乱馬の反則負けだ。
「ん、あれは?」
ふと乱馬は帯刀のカバンからどこかで見覚えのあるノートが落ちているのを見つけた。
拾って表紙を見ると『だとう! 早乙女ランマ こうりゃくメモ』と赤字でデカデカと書かれていた。
「あれ? 九能先輩がなんでコレを持ってんだ?」
帯刀が急に強くなった理由はこれではっきりした。しかし別の謎が浮かぶ。
このノートは杏子がらんまを倒すために研究したものであり、先日乱馬がもらったのだ。
それがなぜ帯刀の手元にあるのか。
「くっ、早乙女乱馬、それを返せ! それはおさげの女がぼくにくれた愛の結晶だ!」
よろよろと起き上がりながら帯刀が言った。
『おさげの女』とは帯刀が乱馬とは別人だと思い込んでいる、女の状態のらんまのことである。
「は? 俺はお前にやった覚えはねぇよ」
「だから、おさげの女からもらったと言っとるだろうが」
乱馬と帯刀の会話は平行線だった。
「九能先輩、大丈夫ですか?」
そこに、民家のフェンスの上、漆黒のレオタードに身を包んだ少女が現れた。
「え?」
「なにっ!」
あかねと乱馬は目を疑った。
その顔はまぎれも無く女の状態のらんまだったからだ。
「おお、おさげの女。いじらしくもぼくを追いかけてきてくれたのか」
「……まあ、そんなところかな」
『おさげの女』は少し面倒くさそうに帯刀の問いに答える。
「誰だテメー?」
乱馬はその謎の少女にただならぬものを感じ、構えをとった。
「こんな使い勝手の良さそうな体と取扱説明書を一緒に置いておくだなんて、無用心にもほどがあるね」
638 :34話4 ◆awWwWwwWGE 2012/07/28(土) 13:24:51.99 ID:YksYFjz30
少女は澄ました顔のままそう語る。
「まさか……」
(キュゥべえなのか!?)
その話し方から乱馬にはピンと来た。しかし、あかねの前でその名を出すのははばかられた。
「九能先輩、どうしてあの子からノートもらったんですか?」
乱馬と謎の少女がにらみ合っている間に、あかねが帯刀に聞いた。
「ああ。昨夜なぜか1人でさまよっていたから声をかけたら、ウチに泊まりたいと言い出してな――
いきなりそんなことはまずいと思ったのだが、おさげの女の服がボロボロだったので見かねて泊めたのだ。
そしたら、一宿一飯の恩にとあのノートをくれた」
「な、なんだとぉ!?」
帯刀の説明に驚いたのは乱馬だった。
「お、おまえ、九能先輩ん家に泊まったのか?」
震えながら、乱馬は少女に質問をする。
「うん、泊まったよ。おかげでお風呂に入れたし新しい服も手に入れられた。
人間の体はメンテナンスに手間がかかるから、九能先輩のおかげで助かったよ」
少女は平然として言う。
「もっとまともな服があったのだがな。おさげの女が機能的だといって気に入ったようなのでやむなく妹のレオタードを譲った」
そこに帯刀が説明を加える。
「ちなみにそのボロボロになった服ってどんなのでした?」
「薄いピンク色と白の、スカートがフワフワした感じの……」
「あ、やっぱり! それ私のなんです」
「なんと! それでは至急、修繕とクリーニングをして返そう」
「すいません、お願いします」
あかねと帯刀は本筋に関係のない会話を続けた。
「え、えーと、それはともかくだな……九能先輩ん家に泊まったら当然、迫られたよな? それをどうした?」
乱馬は質問を続けた。
少女は質問の意味をよく理解していないのか、首をかしげながら口を開いた。
「宿を借りる身だからね。求められたままに応じたよ」
(なっ!?)
その瞬間、乱馬にとっての何か大切なものがガラスのように音を立てて壊れた。
ついさっきまで気にしなければどうということはないと思っていたが、仮にも自分の体だったものが、
よりにもよって帯刀に好きなように使われたというのは、乱馬に耐えられるものではなかった。
「絶対にゆるさねーぞ、こんにゃろう……」
乱馬がなぜ激怒しているのか、少女はよく分からなかったが彼女にとってそれは望みどおりの展開だった。
「ケンカするなら人気のないところにいかないかい? ボクもあまり騒がれたくはないんだ。
キミだって、周りの人が巻き込まれたら嫌だろう?」
少女は『周りの人』を出して脅しをかける。
その態度が、ますます乱馬の怒りの炎に油をそそいだ。
「上等じゃねーか、やってやるぜ!」
そうして二人はその場を飛び去っていった。
あかねと帯刀はよく分からない展開にポカンとしていた。
「――ところで、何を求めたんですか?」
しばらくしてやっとあかねが言葉を口にする。
639 :34話5 ◆awWwWwwWGE 2012/07/28(土) 13:26:28.28 ID:YksYFjz30
「決まっておろう、交換日誌だ!」
なぜか自信満々に日誌帳を取り出す先輩に、あかねは大きなため息をもらした。
***************
(なんでだ――?)
乱馬の疑念をあざ笑うかのように、その拳は虚空をかすめた。
悠々とよけた赤髪の少女は乱馬にもほとんど見えないスピードでパンチを繰り出す。
「ぐっ!」
乱馬は腕を交差させてその拳を受けるが、威力を殺しきれずに大きくのけぞった。
のけぞった勢いを利用して、乱馬はそのままバク転で後ろに引いた。
予想外の動きに、少女の攻撃はいったん止まった。
人気のない河原で、二人は対峙する。
(ありえねー、スピードも威力も想定してたよりずっと上だ!)
自分自身の体なので、男の状態よりも女の状態の方がスピードがあるというのはよく分かっている。
そしてその分、女になれば威力は落ちるはずだった。
しかし、目の前の自分の女の体は、想像をはるかに上回るスピードと男の状態と比べても
見劣りしないパワーを誇っていた。
「てめー、よほど魔法で身体強化してやがるな?」
乱馬にはそれしか考えられなかった。
しかし少女の体に入ったキュゥべえは首を振る。
「いや、身体強化はしていないよ。しても元からこれだけ鍛えられた体だと消費魔力に見合う力は得られない。
その点は、キミだって身をもって知ったはずだろう?」
「はぁ? そんなわけねーだろ、つまらねーウソついてんじゃねーよ」
キュゥべえの言葉を信じられず、乱馬は言った。
だが、そんなことを言い合っていても仕方がない。
どうあれ少女のスピードについていけなければ勝ち目はないのだ。
(ちっ、しかたねぇ!)
乱馬は突然走り出し、川に飛び込んだ。
「ふぅん、同じ体で戦うのかい。それなら経験の差でカバーできる……という判断かな?」
キュゥべえはあえて乱馬を追わず、川から上がるのを待った。
だが、いっこうに上がってこない。
「……もしかして、おぼれたのかい?」
状況を確認しようと、キュゥべえは川に近づいた。
その瞬間、大きく水しぶきがまき起こり、キュゥべえの視界をふさいだ。
「!?」
とっさにキュゥべえは身構える。
「猛子高飛車!」
視界をふさがれたキュゥべえに、らんまは闘気技を飛ばした。
だが、キュゥべえの姿は消え。、猛子高飛車の光の玉は河原の土手に穴を開けただけだった。
「なっ――!?」
これなら確実に当てられると思っていたらんまは呆気にとられた。
そのすぐ上の頭上から、キュゥべえはとび蹴りの姿勢で落ちてくる。
「うわっ、やっべぇ!」
640 :34話6 ◆awWwWwwWGE 2012/07/28(土) 13:27:19.54 ID:YksYFjz30
らんまは身軽に飛び退いた。
それに対しキュゥべえは反撃の隙すら与えず着地から切れ目なく攻撃を繰り出す。
「くそっ!」
らんまはなんとか捌き続けた。
(女になってもも直撃を避けるのがやっとかよ!)
らんまの場合、女の体の方がスピードや柔軟性が上だ。だから、女になればなんとか対応できると思っていた。
しかし、同じ女らんまの体だというのに、らんまは確実に押されていた。
そうして、徐々に小さな攻撃をもらうようになってくる。
らんまにとって、完全にジリ貧の状況だ。
そこに、キュゥべえが勝負を焦ったのか大振りのストレートパンチを飛ばしてきた。
(来た!)
ほとんど本能的に、らんまはカウンター狙いで前に出る。
それが、罠だった。
キュゥべえはらんまが攻撃に移ると同時に右手を止め、不用意に突き出したらんまの左腕にたたきつけた。
「うっ……」
そこは、さきほどの帯刀との戦いで木刀の直撃を受けた部分だった。
激痛が体中を走り、らんまは思わず動きを止める。
キュゥべえはそこに容赦なく全力の蹴りを放った。
らんまは大きく吹き飛ばされた。
「いやぁ、杏子のノートに書いてあった通りだ。分かりやすい動きだね」
そう言いながら、少女はゆっくりとらんまに近づいた。
倒れながら、らんまは思った。
(杏子のノートのせいだけじゃねぇ、絶対ほかに何かある!)
だが、キュゥべえが謎解きの時間をそう多く与えてくれるはずもなかった。
「それじゃ、そろそろとどめを刺すよ」
倒れこむらんまを見下ろして、キュゥべえは拳を振りかざした。
そのとき――
「やめるんだ! おさげの女!」
「乱馬! 大丈夫!?」
九能帯刀と天道あかねが止めに入った。
「しかし、どういうことだ? おさげの女が二人……」
帯刀は動きを止めたキュゥべえと倒れたままのらんまを見比べる。
(チャンスだ!)
らんまはその好機を決して逃がそうとはしなかった。
「九能せんぱ~い、こいつ、私の偽者なんです。
私はいきなり男の人のおうちに泊まるなんてはしたない女じゃありません」
らんまは精一杯のぶりっ子声で帯刀に呼びかけた。
「むう、いわれて見れば確かにそうだ。
おのれ、偽者め! ぼくとおさげの女の純情をもてあそんだな!」
帯刀は怒りに震えて木刀を抜く。
「やれやれ、面倒なことをしてくれるね」
キュゥべえは落ち着き払って帯刀のほうを向いた。
641 :34話7 ◆awWwWwwWGE 2012/07/28(土) 13:28:03.15 ID:YksYFjz30
その隙に、らんまはゲンナリしているあかねにかけよった。
「よっしゃ、逃げるぞあかね」
「あんたよくあんな演技できるわねぇ」
呆れかえったあかねだったが、帯刀を犠牲にすることにためらいがないのはらんまと同じだ。
二人はそそくさと逃げ出した。
「でも、あいつなんなの? あたしと九能先輩の二人がかりだったら勝てたんじゃ――」
走りながら、あかねがそんな疑問を口にする。
「やめとけ、そんなレベルじゃねぇ……それに、あの時あいつは本気で俺を殺そうとしやがった」
らんまは内心わずかに恐怖を覚えていた。
あの人間らしい感情をまるで感じない、能面のように表情の変わらない顔に、確かに鋭敏な殺気を感じたのだ。
「本気で!?」
ただならぬ言葉に、あかねも驚いたようだった。
そこに、後ろから猛スピードで折れてささくれた木刀が飛んでくる。
「くそっ!」
らんまはあかねを突き飛ばしてそれを避けさせた。
木刀はらんまとあかねの横を通り過ぎて電柱にぶつかると、コンクリートに傷をつけて大きく跳ね上がった。
らんまはその木刀が飛んできた方向を振り返る。
そこには、らんまと同じ体をした少女が全くの無傷のまま立っていた。
「九能のやろう、もう負けたのかよ! 時間稼ぎにもならねー!!」
やむなくらんまはあかねの前に出て少女――その中に入ったキュゥべえと対峙するが、勝算は何もなかった。
「あかね、悪いこと言わねぇから逃げろ。こいつはちょっとマジでやべぇ」
「でも、乱馬……」
あかねは戸惑った。今のらんまは手負いだ。同じ体で戦うのなら無傷の相手に勝てるはずがない。
「天道あかね、逃げるなら見逃してあげるよ。ボクは早乙女乱馬を始末できればそれでいいからね」
らんまと同じ顔で、黒いレオタードの少女はそう語りかけてくる。
「な、なんであたしの名前を?」
得体が知れないとあかねは思った。
なぜ自分の名前を知っていたのかというだけではない、澄ましたままで少しも変わらない表情、
この淡々とした口調でありながら、真剣にらんまを殺そうとしていること。
少女は何もかもが違和感の塊だった。
「でも、退かないというのなら、覚悟をしておいた方がいい」
しかし違和感以上に強烈に、あかねにとある感情がわきあがってきた。
「ふざけんじゃないわよ! どこの誰だか知らないけど偉そうに上から目線で人様に指図して!
その体で言うからなおさら腹立つったらありゃしないわ!」
あかねは一気にまくし立てるとらんまの前に出て構えをとった。
「な……ばかっ、あかね!?」
よりにもよって自分からキュゥべえに喧嘩を売ったあかねに、らんまは唖然とした。
「誰がバカよ! 乱馬じゃあるまいし……乱馬、手負いなんだからあんたが先に逃げなさいよ。
あたしは勝てなくてもやれるだけやって逃げるから」
あかねはらんま相手には滅多に見せない男気を見せ付ける。
だが、これもさまざまなスポーツの助っ人に呼ばれるあかねの一面だった。
「だからそんなレベルの相手じゃ――」
642 :34話8 ◆awWwWwwWGE 2012/07/28(土) 13:29:18.96 ID:YksYFjz30
「だって、あいつの言う通りにするってすっごいムカつくじゃない!」
気持ちはよく分かるだけに、らんまは上手く説得する言葉が見当たらなかった。
「やれやれ、感情というのは面倒なものだね」
キュゥべえはまだ話し途中のあかねに、先手必勝とばかりに襲いかかった。
あかねは待ち構えていたかのように、キュゥべえの顔をめがけて正拳突きを繰り出した。
パチンッ
キュゥべえは避けもせずにあっさりとあかねの拳を手のひらで受け取った。
想像以上の実力差に驚く暇もなく、キュゥべえはあかねの拳を掴んだまま後ろに回り腕の間接をきめた。
「う……ああ……」
痛みにあかねの表情が歪む。
「さて、乱馬。さっき言ったようにボクはキミを始末できれば天道あかねはどうなってもいいんだけど……
どうして欲しいかな?」
「てめぇ……」
らんまは拳を握り締めたが、それ以上動けなかった。
自分は片腕が使えず、あかねが捕まっている。
らんまはキュゥべえへの返答を考えるようなフリをして、反撃のチャンスをうかがった。
が、らんまが動くよりも先に、あかねが動いた。
「……あ……あ……なめんじゃないわよ!」
あかねは腕をきめられたまま頭を思い切り後ろにのけぞってキュゥべえに頭突きを食らわせる。
さすがにそんな攻撃までは予想していなかったらしく、キュゥべえはよろけて腕を手放した。
「今だ!」
らんまは素早く、右腕であかねを抱えて逃げ出す。
だが何の手も打たずみすみす逃げられるキュゥべえではなかった。
「魔竜昇天破……水平打ち」
闘気と魔力の両方を帯びた龍が、らんまとあかねを食らおうと襲い掛かる。
「まりゅう?」
「あいつ、飛竜昇天波の応用まで!?」
その龍は、走って逃げられる速度ではなかった。
らんまはあかねを下ろしその前に立って盾になった。
そして腕を十字に組んで衝撃に備える。
しかし、予期していた衝撃が襲ってくることはなかった。
らんまがガードを下げてみると、目の前には開かれた唐傘が見える。
「情けねーな、乱馬! ろくにダメージも与えられず逃げの一手とは……
だが、あかねさんを守ろうという気概だけは買ってやるぜ!」
そこには見慣れたライバルの、響良牙の姿があった。
「良牙、てめー!」
「良牙くん!」
らんまは一瞬うれしそうな顔をしたが、すぐに厳しい顔をした。
敵は良牙でもおそらく勝てない相手だ。
個人的なプライドの問題としても、勝って欲しくない気がする。
「すでにマミちゃんが『猫飯店』や『うっちゃん』に連絡をとりに言っている。
たとえ俺を倒しても、多勢に無勢だ。……年貢の納め時だぜ、キュゥべえ!」
643 :34話9 ◆awWwWwwWGE 2012/07/28(土) 13:29:54.64 ID:YksYFjz30
良牙の口上を聞くキュゥべえは、相変らず表情の変化がなかった。
「もっとも、その前に俺がお前を倒すがな」
良牙は鋼の唐傘を軽々と放り投げ、キュゥべえに向けて構えをとった。
647 :35話1 ◆awWwWwwWGE 2012/08/06(月) 01:16:51.47 ID:dMTEaYry0
「わからないなぁ、良牙」
その少女は、らんまの体でありながら、言葉遣いも雰囲気も何もかもらんまとは違った。
「マミと二人がかりでボクを倒せなかったキミが一人でどうにかできると思っているのかい?」
「へっ、闇討ちに失敗して二人ともとり逃した雑魚がなにいばってやがる」
良牙は負けじと言い返し、自らその少女に向かっていった。
その様子を見て、らんまはすぐに背中を向けて逃げ出した。
もちろん、あかねの手を強引に引っ張る。
「ちょ、乱馬! 良牙くん置いて逃げるの?」
「ああ、あいつもそのつもりだ」
戸惑うあかねに、らんまは答える。
良牙がマミと一緒に風林館に来たのならば、今ここで出くわしたのは途中で良牙が道に迷ってマミとはぐれたせいだろう。
それはともかく、マミが戦力を集めている状態で良牙が勝てない相手に挑む理由は何か。
答えはひとつしか考えられない――時間稼ぎだ。
ならば、どうやら一番狙われているらしい自分と、人質にされそうなあかねは真っ先に逃げるべきだろう。
らんまはそう考えていた。
一方、良牙は力づくでらんまの体に入ったキュゥべえを攻め立てる。
「おそいね」
キュゥべえはわけもなく、カウンターでボディーブローを入れた。
だが、良牙は動きを止めることもなく拳を打ち返す。
まだ良牙の腹から腕を引いてもいなかったキュゥべえが防御を間に合わせられるはずもなく、
もろに頭にパンチを受け、大きく後ろに吹き飛んだ。
「良牙はごり押しが一番怖いんだ。よほど慎重に戦わねーとスピード差なんざ無意味になっちまうぜ」
逃げながら、らんまはつぶやく。
その恐怖はらんまが一番良く知っていた。
攻撃を当てても相手が止まらないならば、攻撃することは隙を作ることとイコールになってしまう。
そのうえ、向こうは一発当てればこちらの10発分に匹敵するほど理不尽なパワー差なのだ。
迷いなくごり押し戦術を取った良牙ならいけるかもしれない。
らんまとしては複雑な気持ちもあるが、やはり良牙は頼もしいと思えた。
しかし――
ドサッ
逃げるらんまとあかねの行く先に、良牙が倒れこんで落ちてきた。
それも口から血を吐き、痛みにもがいている。
「うそっ、良牙くんがこんな……」
あかねはらんまの気持ちを代弁するようにつぶやいた。
「ウソだろ!? かっこよく登場してもーやられんのかよ!」
らんまは振り返り叫ぶ。
「時間稼ぎはさせないよ」
民家の屋根に上ったキュゥべえが言った。
「てめー、良牙になにをしやがった?
その体じゃどうあがいてもこんなあっさり良牙を倒せるはずがねぇ!」
らんまは男の体でも、何十発も叩き込まなければ良牙にダメージを与えることなんてできないのだ。
仮にも女の体を使っているのに良牙相手に一瞬で決着をつけるなど、らんまにはありえないように思えた。
648 :35話2 ◆awWwWwwWGE 2012/08/06(月) 01:18:39.32 ID:dMTEaYry0
「この体と魔力消費を考えた場合、常時身体強化するのは無理があるけど一時的な身体強化なら使い道もある――」
話しながらも、キュゥべえは歩いてらんまたちと間合いを詰める。
「もっとも、その力加減が難しいんだけどね」
そう言ってキュゥべえは、右手をかざしてみせた。
良牙を殴ったらしいその手は、指が全てボキボキに折れ、あらぬ方向に曲がっていた。
パンチの衝撃に、攻撃した側の拳が耐えられなかったのだ。
一瞬とは言えキュゥべえはそれだけ無茶な強化をしたことになる。
「な、なんなの、あいつ!?」
顔色一つ変えずにボロボロになった手をみせびらかすその少女に、あかねは恐怖心を抱いた。
しかも、その折れ曲がった指がみるみるうちに治っていくのだ。
あかねはまるでホラー映画でも見ているかのような気分だった。
やがて、その恐怖はらんまとあかねの眼前まで迫った。
「さて、乱馬。そろそろトドメを刺させてもらうよ」
キュゥべえは腰を低く、右腕を後ろに下げた構えをとる。
それは、腰の入った強力なパンチを繰り出すための型だ。
らんまはじりじり下がりながら逃げるタイミングをうかがった。
そして、キュゥべえが動き出した瞬間――
「おヌシがキュゥべえとやらか」
その声の主を確認するヒマもなく、キュゥべえは後ろに突き飛ばされた。
それも、奇妙なことに杖に少し触れただけなのに10メートルほども飛ばされたのだ。
「……!? これは?」
ダメージこそ無いようだったが、さしものキュゥべえも目を丸くしていた。
目の前には「ちんちくりん」という言葉がしっくりくるほど小柄な老婆がいた。
「良牙さん、早乙女さん!?」
「間に合った……みてーだな」
そして、キュゥべえの後ろ、少し離れたところに黄色と赤の少女達も現れる。
「さすがに、これだけいっぺんに相手にするのは厳しいかな」
そういってキュゥべえは首を傾げて見せた。
「キミは一体何者かな? 一個人としては限界に近い戦力を持っているみたいだね」
「はてのう? ワシはただの中国の山奥から来た老婆じゃて」
その老婆・コロンはとぼけて答えた。
「中国の山奥……か。確かに中国奥地にはボク達の手の及ばない場所もままある。
なにしろ、未だに列車やバスどころか車が通れる道もなかったりするからね」
あの反転宝珠とかいう道具もそういうところが出所か、とキュゥべえはひとりうなずいた。
「なにか今凄くバカにされた気がしたぞい」
「さて、それじゃ今回はここまでにさせてもらうよ」
コロンのツッコミを無視して、キュゥべえは腕を思い切り振り上げた。
するとその腕を中心に小さな竜巻が巻き起こる。
「やばい、身を守れ!」
らんまが叫ぶ。
それと同時にキュゥべえのまわりに竜巻が起こった。
649 :35話3 ◆awWwWwwWGE 2012/08/06(月) 01:22:01.54 ID:dMTEaYry0
「螺旋運動無しに飛竜昇天破じゃと!?」
竜巻は地面から砂や砂利を多く巻き上げ、周りの者から視界を奪った。
そして、その竜巻がやんだころには少女の姿は消えていた。
***************
「なるほど、キュゥべえという奴がムコ殿を狙う理由は分かった。
しかしどういう順序で襲ってきておるのかの?」
中華料理屋の奥の居間で、コロンが言った。
決して広くはない部屋に5人も集まっている。
家主のコロンと、らんま、良牙、マミ、杏子の顔ぶれだ。
あかねは、らんまが強引に「学校へ行け」と言って面子からはずした。
「きっと、『例外』を先に消してしまいたいんだと思います。魔女から魔法少女に戻ったとか、
魔法少女をやめたとか、そんな例外があったらキュゥべえのやり方は成り立たないもの」
それが自分の次にらんまが襲われることを予測していたマミの推論だった。
「そうでなくても、魔女の正体を知ってる魔法少女なんてあいつにとっては邪魔にしかなんねーよな」
杏子もマミに続いて発言した。
魔女になることを知っている魔法少女は新しい契約の妨げになるし、
いざとなったら自決する可能性が高いからエネルギーも十分に得られない。
それならば早く死なせて新たに契約を結ぶ方がキュゥべえにとっては効率的だろう。
「『ワルプルギスの夜』までに殺しとけば、新しい契約を取れる可能性も高いだろうしな」
マミと杏子の手によって回復した良牙が言った。
『ワルプルギスの夜』という未曾有の危機が迫っている状況なら、確かに契約はとりやすいだろう。
しかし、見滝原や風林館に『ワルプルギスの夜』を倒せそうなほどの戦力が集まっている現状では、
せっかくの一大イベントだというの新たな魔法少女の必要がなく、契約をとりにくい。
そう言う意味でも、キュゥべえにとっては見滝原・風林館の魔法少女や武闘家に死んで欲しいのだ。
特に、鹿目まどかなどは目の前で『ワルプルギスの夜』が街を蹂躙していれば、
魔女の正体を知っていても契約してくれるかもしれない。
「考えれば考えるほど、また狙ってくる可能性が高いってことか」
らんまはあきれ気味につぶやいた。
正直に言って、何度も撃退できるという自信があまりもてないのだ。
「ふぅむ、一足飛ばしにキュゥべえが始めからまどかを狙ってくる可能性はないかの?」
「少ないと思います」
コロンの問いに、マミはあいまいに答えた。
「鹿目さんと契約したところで、私達が生きている限りは魔女にさせる前に邪魔が入ります。
魔女にできないのなら契約したってキュゥべえに得はないでしょう」
「だったら、可能性はないって言い切っても良いんじゃないか?」
マミの説明に良牙が質問する。
「人質としては鹿目さんを襲うのも有効だと思います。
その場合に備えて美樹さんにはいざと言うときには鹿目さんを連れて逃げるように言っていますけど……」
マミの人質という言葉にらんまは拳を握りしめた。
さっき、キュゥべえはあかねを人質にしようとしてきた。
今のキュゥべえは魔法少女と武闘家の力を兼ね備えている。
しかしその中身は戦いにプライドを持つ武闘家でも、人々を守るために戦う魔法少女でもないのだ。
当然、卑劣な戦術もとってくるだろう。その時果たして自分はあかねを守りきれるのか。
「最悪の場合、まどかでなくても無関係の人間を人質にとってくるということもありうるの」
650 :35話4 ◆awWwWwwWGE 2012/08/06(月) 01:24:24.83 ID:dMTEaYry0
コロンも事態の危険さに冷や汗をたらした。
「いいや、それはない。100%とまでは言わないけどさ」
しかし、そんなコロンの懸念を杏子が否定した。
「キュゥべえの奴は魔法少女や魔女が一般に知れ渡っちまうことを一番嫌ってるんだ。
そのためにあたしを乱馬にけしかけたぐらいだからな」
「なるほど」
良牙が少し安心したようにうなずく。
「……そういや、あと1人。あのほむらって奴は狙われないのか?」
らんまがふと気付いたように言った。
「多分、襲われないと思うわ。今のあの子は銃も撃てないし歩くこともままならない、いくら時間を止められたって
それじゃ戦力としては一般人と変わらない……下手すれば一般人以下よ。キュゥべえの邪魔にはならないわ。それに――」
マミは悲しげに眉を下げ、言葉にわずかにタメを作った。
「あの子の装備……拳銃は射程距離が短い上に命中精度が悪くて支援射撃に不向き、
爆弾や手榴弾も当然味方が近くに居る状況では使えないわ。
つまり、常に一人で戦うことを前提に武器を選んでいるのよ、あの子」
「一人で戦うことしか考えてない奴から情報が漏れる可能性は少ないってか……」
杏子がマミの言葉を付け足した。
ある意味マミや乱馬よりも『例外』であるほむらだが、そういう意味ではキュゥべえにとっての脅威ではないと言うことになる。
杏子は少し顔を引きつらせた。
乱馬を始末するためにキュゥべえが自分に声をかけたのもそんな事情があったのかも知れないと思ったからだ。
「ふむ、キュゥべえの立場からしてみれば邪魔にはならぬが生かしておく理由もないわけじゃの……
人質としてはまどかより使いやすいかもしれんぞ?」
コロンの指摘した可能性に、一同は表情をこわばらせた。
確かに殺すわけにはいかないまどかよりも、うっかり殺してもかまわない人物の方が人質にはいいだろう。
問題は、見滝原や風林館の面々と良好な関係とはいえないほむらに、人質としての価値があるかどうかだけだ。
「もしそうなった場合――」
「見捨てるわけにはいかないでしょう」
乱馬が何か言いかけたところでマミが割って入った。
「……一番の被害者がそう言ってるんじゃ仕方ないか」
良牙がうなずく。
「マミ、あんたちょっとあいつに同情してるだろ」
杏子はあきれたようにそう言って見せた。
***************
「――と言うわけで、オラがおヌシを守るために遣わされてきただ」
「邪魔よ。帰って」
暁美ほむらは即答した。
突如押しかけてきたオモシロ外国人は、分厚い眼鏡の奥にある目をぱちくりさせている。
「そう言われても、オラとて帰るわけにはいかん。分かってくれぬだか?」
「分からないわ」
ほむらとしても、自分が人質にとられるなんて事態はごめんだ。
しかしだからといって、このバカ面の中国人を家に入れていたくはなかった。
「何も悪いことはしないだ。そんなに邪険にしねえでくれ」
バカ面の中国人ことムースはあきれたようにそう言った。
651 :35話5 ◆awWwWwwWGE 2012/08/06(月) 01:26:19.08 ID:dMTEaYry0
「それにな、オラはおヌシが友達を守るために一人で戦い続けてきたと言うのは評価しとるだ」
ムースの言葉に、ほむらの耳がぴくりと動いた。
しかし、ほむらは今まであらゆる期待が裏切られてきたのだ。
その記憶がほむらの心を閉ざす。
(いえ、どうせその場限りの都合あわせよ)
そうして冷ややかな目線を向けるほむらにまるで気付かないように、ムースは語り始めた。
「オラもな、物心ついた時からひとりの幼馴染みを慕い続け、粉骨砕身尽くしてきただ」
(自分語りウザい)
ほむらの視線に冷たさが増す。
「それでも思いはなかなか通じん。『気持ち悪い』だとか『趣味がきもい』だとか言われ続けてじゃな、
中国の山奥からその子を追って、日本まで来たのに邪魔者扱いじゃ」
ムースは話しながらいろいろ思い出して感情的になったのか、眼鏡の下から透明の液体が流れ出ていた。
(自分語りに自分で酔ってる!? 真剣にウザい。ってか国境越えて追ってくるとか普通に怖いでしょ!)
そこまで思って、ほむらはふと気付いた。
国境越えて追ってくるよりも、時空を超えて追ってきたほうが相手からみたら怖いだろうということに。
ムースのように幼馴染ならまだしも、記憶に無い相手ならなおさらだ。
「思えばあの時も――」
ムースの自分語りは勢いを増した。
本当にうっとおしければ黙らせることもできたかもしれない。
しかし、ほむらは「うざい」とは感じながらもなんとなく止めようとは思わなかった。
(特にすることもないしね……そうよ、それだけよ)
ほむらはそんなことを考えながら、できるだけ聞き流そうとつとめた。
ピーン ポーン
そんな折、ほむらの住居のドアチャイムが鳴った。
「むっ!? 誰じゃ?」
「……」
ほむらが緩慢な動作で立ち上がってインターホンに出ようとするのをムースが制止した。
「待て、キュゥべえという奴かも知れねぇだ」
「私の護衛だと言うのなら、窓から確認してくれるかしら?」
「うむ」
ムースはほむらのなんとなく嫌味な言い回しに嫌な顔ひとつせず窓から見える風景を確認した。
シャンプーからの冷たい扱いに慣れているムースにとってはこんなのはむしろやさしい対応なのだ。
「おお、なんと、鹿目まどかと美樹さやかではないだか!」
驚いた表情を見せるムースを、ほむらは怪訝な顔で見ながら一応説明をした。
「鹿目まどかは保健委員だからいつもこの時間に学校のノートとか連絡事項とか伝えてくれるのよ」
そして、美樹さやかがついてきているのはまどかの護衛のためだろう。
ほむらは今朝の段階ですでに、巴マミからのテレパシーでキュゥべえが早乙女らんまの体を使い暴れたことと、
その対策としてさやかがまどかの護衛につくように指示を出したことを聞いていた。
「なんと!」
なぜか大げさに驚くムースをよそに、ほむらはのそのそと歩いてインターホンに出る。
フラフラした歩きを見かねたのか、ムースは途中でほむらの体を持って支えようとしたが、
ほむらは『触らないで!』とテレパシーで一喝した。
652 :35話6 ◆awWwWwwWGE 2012/08/06(月) 01:28:43.58 ID:dMTEaYry0
『あの……今日のノートなんだけど……』
受話器越しにまどかの声が響く。
「ええ、そこに置いて」
二人のやり取りはそれだけだった。
事務的な態度を通り越した、異常に簡素な会話。
お互い、それ以上どう踏み込んでいいのか分からないのだ。
部屋の中ではムースが、外ではさやかがそれぞれキョトンとする中、本当にそれだけのやり取りでまどかは帰っていった。
そして、ほむらは自分で郵便受けまで歩くのも苦痛なので、少し嫌な予感がしたがムースに取りに行かせた。
「おお、しっかりノートをとってるだな。 こんなにしてくれるとはなんていい子だ」
ほむらの嫌な予感は的中した。
ムースはしっかりと他人のノートの中身を閲覧している。
「……っ!? あなたはどういう感覚をしているの? 人の物を勝手に見るなんて」
「ん? おお、そうかよくなかっただか」
ムースは言われてはじめてそれが良くないことだと気が付いたような反応を示した。
ド田舎で育ったせいなのか、お国柄なのか、あるいは個人的な性格か、プライバシーと言う概念が無いらしい。
「しかし、オラと同じで報われてないのかと思えば、毎日ちゃんとしたノートを届けに来てくれるなど
小躍りして喜んでもいいぐらいではないだか?」
「あなたが勝手に勘違いしていただけでしょうが。大きなお世話よ」
そんな会話をしながらもムースはノートを差し出し、ほむらはそれを受け取ろうとする。
その時、ほむらがつまづいた。
ノートを持っていたために、ムースはほむらを手で支えることができず、ほむらはそのままムースの胸元に倒れこんだ。
貧相な体格の少女が一人倒れこんできたぐらいで、頑強なムースの肉体は微塵も揺らぎはしない。
気が付けば、ほむらはムースの胸板にもたれかかるような体勢になり、そのまま数秒が経過した。
「お、おい、おヌシ……」
(ハッ!)
とっさに、ほとんど本能的な動作でほむらは激しく叩くように、ムースを跳ね飛ばそうとした。
もちろん、身体強化をしていないほむらの体でムースをどうにかできるはずもない。
ほむらはむしろ、自分の体を跳ね飛ばしてムースから離れるようなかっこうになった。
そしてほむらはハァハァと肩で息をする。
さらに異様なまでに汗をかき、その瞳は瞳孔が開ききっていた。
(普通ではない)
ムースは思った。
一瞬勘違いしかけたが、これは若者特有の柑橘類のような酸い甘い、青春的な反応ではない。
ほむらの表情は生命の危機、いやそれ以上の存在そのものの危機に瀕しているような、鬼気迫ったものだ。
「……一応聞いていはいたが、本当じゃっただか」
ほむらは何も答えず、少しずつ呼吸を整える。
「おヌシは昔、病院で……その、医者に……」
「……誰から?」
絶え絶えの荒い呼吸で撃てもしないだろう銃を構えてほむらは問い詰める。
「おいおい、おヌシ、今そんなもの使ったら――」
「身体強化すれば一発ぐらい撃てるわ」
653 :35話7 ◆awWwWwwWGE 2012/08/06(月) 01:30:27.43 ID:dMTEaYry0
ムースは、「ふぅー」と長いため息を漏らした。
「良牙から聞いただ。そういう事情があるらしいから気を使ってやれとな……
良牙の奴がどこから聞いたかは知らん。まあ水を被れば小豚になる奴じゃ。
人がいるとは思わずに誰かが漏らしたのじゃろう」
ムースは両手を軽く上げ、抑えるように動かしながら答える。
そのジェスチャーは『降参』ではなく『ドードー、落ち着け』の意味だ。
しかし、ほむらは銃を下ろさない。
「帰って」
低い声で、ほむらは言った。
ムースは「やれやれまいった」という顔をする。
「分かった。この部屋からは出ていくだ。じゃが、オラはおヌシを守らねば1週間給料無しにされてしまうだ。
じゃから、屋根の上でキュゥべえの奴が来んか見晴らせてもらうだ……それでどうじゃ?」
「……ここから出て行くならどうでもいいわ」
ほむらも理性では今、キュゥべえに狙われたらまずいことは分かっている。
なのでしぶしぶそう答えた。
「決まりじゃな」
そう言ってムースは背を向けて玄関に向かった。
「ところで、オラは暗器使いじゃが――」
ふいに、背中を向けたままムースが語りかけた。
「――暗器使いの専門は暗殺じゃ。流石に今の時代に本当の殺しまではせんが、
半殺しにしたい奴がいればいつでも請け負うだ」
「!?」
全く予想外の言葉に、ほむらは耳を疑った。
実の親さえ戦う意思を持たなかったのに、ウソでも赤の他人からこんな言葉を聞くとは思っていなかったのだ。
「馬鹿馬鹿しい……そいつはもうとっくに3、4回殺してるわよ、自分の手でね」
ほむらは静かに、銃を下ろした。
そうしてムースが出て行った直後、スーパーセルの影響で見滝原は豪雨と暴風に見舞われた。
664 :36話1 ◆awWwWwwWGE 2012/08/12(日) 16:32:30.37 ID:nSWAWvDY0
『いざと言うときは鹿目さんを抱えて全力で逃げて。美樹さんのなら、逃げることはできるはずよ』
朝一番にテレパシーで巴マミからの警告を受け、あわてて起床したさやかだったが、
その後は思いのほかいつもと変わらない日々だった。
いつものように学校へ行き、退屈な授業を受けながら空を眺め、帰りはまどかに付き合ってほむらの家まで行き……
あまりに日常的な流れについつい緊張感をなくしてしまいそうだった。
「まー、でもマミさんがああ言ってるんだからちゃんとしなきゃいけないよね?」
さやかがまどかにそうたずねると、まどかはこくりとうなずいた。
「それなら、さやかちゃん、今日うちに来てくれないかな?」
「うん」
キュゥべえが襲撃をかけてくるのは昼間とは限らないから、夜も護衛に付くべきだろう。
その点さやかなら、鹿目宅に上がりこんでも、いっそのことお泊りしても大丈夫だ。
さやかは快諾した。
「ティヒヒ、それじゃ今日はパジャマパーティーだね」
「いや、もうちょっと緊張感もとうよ」
そうつっこみつつも、実はさやかも楽しみだったりした。
***************
「わっ、こら、エイミーやめて!」
顔に張り付く黒い子猫を、さやかは必死で振り払おうとした。
しかし、傷つけないように力加減をしながらひっぺがすというのは魔法少女の力をもってしても難しい。
結果、さやかの顔面は猫に蹂躙されることとなった。
「エイミーってばそこを気に入っちゃったみたいだよ~」
まどかはティヒヒと笑う。
「えー、ちょっと、冗談じゃないってば!!」
いかにも女の子らしいまどかの部屋で、二人の夜は笑顔のうちに過ぎていく。
「ぜぇぜぇ、はぁはぁ……しっかし、短期間でよく飼いならしたもんだね」
ようやく猫のエイミーを引き剥がしたさやかが、息を切らしながら言った。
「うんうん、抱いても抵抗しないし、粗相もしなくなったし、最近はお風呂も嫌がらないよ」
甘いミルクティーを片手に、もう片手に猫を抱いてまどかは満足げに微笑んだ。
「へぇー、大したもんだ。まどかが慣らしたの?」
さやかも息を落ち着かせるためにお茶を飲もうと、魔法瓶からティーパックの入ったカップにお湯を注ぐ。
「家にいる間は私がやってるけど、たぶんパパがやってくれた方が大きいかな」
「前から思ってたけどおじさん、ただ者じゃないよね」
雑談しながらさやかは紅茶を一口飲んで、クッキーを口にした。
さくっとした歯ごたえが心地よく、しかもやわらかく舌にとろけていく。
甘さもほどよく上品で、ショコラで描いたシンプルな幾何学模様がセンスを感じさせる。
前に仁美の家で食べさせてもらった高級クッキーにも勝るとも劣らない味と完成度だろう。
これが実はまどかのパパこと鹿目知久の手作りクッキーだというから驚きだ。
まどかのママ・鹿目詢子が知久に会社をやめさせて専業主夫にさせたのが、さやかにも分かる気がした。
「えー、パパはパパだよ」
まどかはあまり意味の通らない返事をする。
それでもさやかには、まどかが何を言いたいか大体分かった。
665 :36話2 ◆awWwWwwWGE 2012/08/12(日) 16:33:42.13 ID:nSWAWvDY0
だからまどかは、「パパは見たとおりのそんな凄い人じゃないよ」と言いたかったのだ。
「いや、なんかそう凄みを感じさせないのがかえって恐ろしいっていうか……」
単なる過大評価なのかも知れないが、あまり凄みを見せびらかさない人の方が底が知れないように感じられて、
凄い人のように思えてしまうものである。
そんな会話をしていたとき、ふとさやかは部屋の外に人の気配を感じた。
「ん? おじさん?」
さやかは知久かと思って声をかける。
しかし返事は無かった。
「パパは足音消したりしないよー」
まどかが知久に代わって答えた。
「じゃあ、誰?」
さやかが感覚を鋭敏に澄ませると、ただの人間ではない何かかが居るように思えた。
もちろん、知久のオーラではないだろう。
「……まどか、下がってて」
さやかはどこからともなく剣を抜いた。
『やれやれ、海千拳は難しいね。気配という概念が曖昧すぎてボクには使いづらいよ』
まどかとさやかにとって聞きなれたテレパシーを飛ばして、赤髪の少女が窓を開けてきた。
力づくで窓を開けたため、鍵の部分がひしゃげて壊れる。
しょうして部屋の中に入った少女は全身濡れ鼠だった。
豪雨による雨露が、その少女の漆黒のレオタード衣装を黒光りさせている。
「乱馬さんもずいぶん趣味が変わったね……なんつって」
赤髪の少女は顔こそ風林館の魔法少女・早乙女乱馬そのものだったが、表情、言葉遣い、衣服、なにもかもが違う。
その様子を見てさやかは今朝マミからテレパシーで聞いたことは本当だったと確信した。
「さやかちゃん……」
不安げに見つめてくるまどかに、さやかは微笑を返した。
そして、らんまの体に入ったキュゥべえが動き出すより早く叫ぶ。
「まどか、逃げて!」
「逃がさないよ」
キュゥべえは一直線にまどかに向かった。
さやかはその間に強引に、タックルで割って入った。
きわどく、後ろに飛び退いてキュゥべえはそれをかわす。
「そっか、キミは単純な速度ならトップクラスの魔法少女だったね。でも――」
キュゥべえは標的をさやかに変えた。
「捕まえてしまえばスピードなんて関係ないんだよ」
一閃したさやかの太刀を、赤髪の少女は華麗に宙を舞ってかわし、そのまま着地と同時に左手でさやかの首根っこを掴み、
一気に床まで押し倒した。
「さて、ようやく一人目だ。始末させてもらうよ」
そう言って、キュゥべえは空いた右手を手刀の構えにする。
が、そこに邪魔が入った。
「エイミー!」
まどかが黒猫をキュゥべえとさやかの方へ投げ飛ばしたのだ。
「猫?」
666 :36話3 ◆awWwWwwWGE 2012/08/12(日) 16:34:42.72 ID:nSWAWvDY0
「まどか、逃げてって言ったのに?」
キュゥべえとさやかはそれぞれ別の理由で首をかしげる。
「ニャーーーッ!」
そんな中、黒猫のエイミーはキュゥべえの入ったらんまの頭に張り付いた。
「ね……ねこぉ!?」
らんまの肉体は突然、大声で叫んだ。
そして黒猫を振り落とそうと飛び回った。
「……助かった?」
さやかはきょとんとして暴れまわるらんまの中のキュゥべえを眺めた。
そうしてキュゥべえがようやく猫を引き剥がしたと思った直後、頭上から熱湯がぶちまけられた。
まどかが魔法瓶を開け、その中の湯を被せたのだ。
「なっ……!」
思わずキュゥべえから素の感嘆詞がもれた。
(猫に……熱湯だって!? ダメだ、まどかはマズい!)
熱湯でただれる肌を治しもせず、キュゥべえはまた窓から飛んで逃げだした。
「あ……逃げた」
「へ? ……まどかが自力で撃退しちゃった?」
まどかがキュゥべえを撃退した。
そして、護衛のはずの自分がピンチを助けられてしまった。
さやかは信じられないものを見た気分だった。
「でも、どうして逃げたのかな?」
さやかは恐る恐るまどかにたずねる。
「前にキュゥべえが自分で言ってたの。『ボクにお湯をかけないでくれ』って。
だから、ひょっとしてキュゥべえはお湯が苦手なんじゃないかなって」
まどかはいい笑顔でそう答える。
「……うーん、いや、それはちょっと違うんじゃないかな?」
まさかここでボケをかまされると思っていなかったさやかはもう笑っていいのかあきれていいのかも分からなかった。
以前キュゥべえがお湯をかけないでくれと言ったのは、まどかがエイミーを変身させようとしてお湯をかけるという
暴挙に出たせいであって、キュゥべえの弱点どうこうという話ではないはずだ。
しかし、実際にキュゥべえが逃げたいう現象に、さやかは頭を抱えた。
***************
地球上の全ての生物はタンパク質からできている。
むしろタンパク質こそが地球生物を定義する構造だと言っても過言ではないだろう。
そのタンパク質は比較的熱に弱い。
だから、全ての地球上生物に対して、熱は有効な攻撃方法である。
また、熱を伝えるのに水は有効な媒体である。
水は固体に付着しわずかな隙間にも浸透し、空気と比べればかなり熱伝導率がよい。
熱湯攻撃、それは非力な人間が強い力を持った相手にダメージを与えるには極めて効率的な手段だと言える。
そして、猫。
キュゥべえもらんまが猫を苦手としていることは知っていたが、ここまでとは想像もしていなかった。
なにしろワケの分からない信号が体中を駆け巡り、ほとんど完全に制御不能状態におちいってしまったのだ。
いったいどうすればこれほど猫の恐怖を体に染み込ませることができるのか、理解できない。
667 :36話4 ◆awWwWwwWGE 2012/08/12(日) 16:35:41.36 ID:nSWAWvDY0
しかし、本当に警戒すべきは熱湯でも猫でもなかった。
(やはり、鹿目まどかはただ者ではない)
この体の持ち主である早乙女乱馬ですら手も足も出なかったのに、まどかは次々と有効な攻撃を繰り出してきたのだ。
魔法も使えず武術もできないにも関わらず。
とてもではないが一筋縄ではいかない人物であることは確かだろう。
(異常なまでの因果量もただの偶然ではないのかもしれない)
そのようにすら、キュゥべえには感じられた。
まどかに限らず歴史上まれに、市井に生まれながら莫大な因果量を抱える人間がいた。
キュゥべえの知る限りそういった人間の多くは画期的な発明をしたり英雄と呼ばれるほどの活躍をしたり
時代を変えた偉人として人類史にその名を残しているのだ。
今はまだ想像もつかないが、鹿目まどかもそういう類の人間なのかもしれない。
(過大評価? いや、用心するにこしたことはない)
おそらく、逃げなければまどかはさらに三の手四の手を打ってきただろう。
人質にするには危険性が高い。やはり、人質にするにはもうちょっと弱い相手を選ぶべきだ。
キュゥべえはそう結論付けた。
「標的は……暁美ほむらだ」
焼けただれた皮膚の回復が終わると、キュゥべえは嵐の舞う闇の中を飛んでいった。
***************
『屋根の上に居ても会話できるとは、テレパシーとはすごいだな!』
ムースはやや興奮気味に語った。
『魔力に余裕が無いの。無駄話はしないで頂戴』
ほむらは冷淡な返事をする。
『むぅ……シャンプー以上に素っ気無いだな』
残念そうに、ムースはつぶやいた。
そうして真面目に見張りを続ける眼鏡の奥に、ムースは赤い頭の人間が屋根の上を飛び移っていくのを見つけた。
しかも、それはこちらに向かっている。
『――来ただ、逃げるぞ!』
『なんですって!?』
ほむらは言うことを聞かない体に鞭打って、急いで外に出た。
早乙女乱馬の肉体を使うキュゥべえから、自分の足で逃げられるとは思えない。
背に腹は変えられない、恥ずかしいが最悪おぶってもらうしかないか……
ほむらはそんなことを考えながら屋根の上を見上げた。
「ガァー」
間の抜けた、アヒルの鳴き声がする。
「があ?」
なぜここにアヒルが居るのか、わけが分からずほむらは頭をひねった。
アヒルは思いのほか俊敏な動作で屋根から降りて、ほむらの足元にやってきた。
奇妙なことにそのアヒルは牛乳瓶の底のような分厚く丸いメガネをかけている。
『よし、今ならまだ間に合う、急いで逃げるだ』
なぜか、アヒルからテレパシーが聞こえてくる。
「あ……ああ……もしかして……」
668 :36話5 ◆awWwWwwWGE 2012/08/12(日) 16:37:24.39 ID:nSWAWvDY0
ほむらの瞳に絶望の色が浮かんだ。
もし考えが当たっているならば、おそらく最悪のシナリオと言っていいだろう。
『むむ、そういえば言っておらんかったな。オラは――』
「変身体質だっていうワケ!?」
アヒルが言うよりも早く、ほむらの絶叫がこだました。
「ゴフッ」
体力に見合わない大声を出したせいで、ほむらは咳き込んでかがんだ。
「今の私とこのぶっさいくなアヒルでどうしろって言うのよ」
あまりにも事態は絶望的である。
こんなに無力な組み合わせで果たしてどうすれば逃げることなどできるのか。
『まあ、なんじゃ、とにかく逃げるだ』
アヒル状態のムースはほむらの手を引っ張るが、アヒルの翼ではか弱い少女一人動かすことができなかった。
そうこうしているうちに、赤髪の少女がもはや目の前までやってきた。
「やあ、暁美ほむら。いつからそんなアヒルを飼ってたんだい?」
その声にほむらは相手を見上げる。
声と顔こそは早乙女乱馬そのものだが、澄ましきって人間味の見えない表情と、
その独特の口調がいやがおうにもある生き物を思わせた。
「……インキュベーターね」
ほむらはらんまの体に入ったキュゥべえをにらみつけるが、そうしたところで抵抗の術があるわけではない。
警戒しながらじりじりと寄ってくるキュゥべえに対して、雨に濡れながらただ待つしかできなかった。
「すぐには殺しはしないよ。キミには見滝原と風林館の魔法少女たちを一掃するためのエサになってもらうからね」
キュゥべえは足元にほむらを見下ろしながら言った。
「人質にする気……私なんかが使えるかしらね?」
ほむらは自嘲気味に微笑みながら答える。
「使えなければ、キミから先に消えてもらうだけさ。キミも必要以上に知りすぎた魔法少女の一人だからね」
(なるほど分かりやすいわね)
ほむらは思った。
自分が人質として使えなければすぐ殺し、使えれば仕事が終わってから殺す。
キュゥべえにとってはそれだけなのだ。どちらにしても殺されることには変わりは無い。
(いっそのこと早めに死んだ方がまどかを巻き込まずに済むかしら)
このままキュゥべえに利用されるのであれば、その方がマシだ。
ほむらにはそのようにすら思えた。
そうして諦めかけたその時、突然大きな爆音が鳴り響いた。
ほむらもキュゥべえも慌てて耳をふさぐ。
『ふはは、オラの癇癪玉はどうじゃあ!?』
ムースはそう叫ぶと、再びほむらの手を引っ張った。
ほむらは呆気にとられたまま、引かれる方に足を動かす。
そして、十分に距離の開いたところでムースはさらに、翼の中から小さい玉を投げつけた。
それはキュゥべえの足元で破裂すると、もくもくと煙を上げた。
「羽に……隠してたの!?」
『言ったじゃろ、オラは暗器使いじゃ。さあ、逃げるだ!』
669 :36話6 ◆awWwWwwWGE 2012/08/12(日) 16:39:26.38 ID:nSWAWvDY0
ムースは固いくちばしをゆがめて無理に笑顔を作ってみせる。
(暗器……アヒルのように非力でも使える武器!?)
ほむらの目の色が変わった。
そうして逃げ出したが、所詮は病弱児の足だ。
煙幕が晴れる頃になってもまだキュゥべえの視界から逃げ切れていなかった。
キュゥべえはほむらの姿を見つけると、壁から屋根の上に上り、前へ回り込んだ。
ほむらは慌てて方向転換しようとするが、体がその急激な負担に耐えられず、足をもつれさせて倒れる。
そこに遠慮なく迫ってくるキュゥべえに、ムースは棒状の刃物を飛ばした。
らんまの体にとってその程度の攻撃は意味を成さず、キュゥべえは人とすれ違うような自然な動作でそれをかわした。
「中国暗器か……。キミも、あの老婆の仲間かい?」
「ガー!」
キュゥべえの問いに、ムースはわざとらしくアヒルの鳴き声で鳴いて答えなかった。
「まさか、暁美ほむらのためにも仲間を派遣するとは思わなかったなぁ」
キュゥべえはまるでらんまのように、頭をぽりぽりかいて見せた。
「でも、大した相手じゃなくてよかったよ」
そう言って、一気にキュゥべえは間合いを詰める。
ムースはまたも発煙玉で視界をふさいだ。
しかし、今度は自分やほむらももろともだ。
「ゴホッ、ゴホッ」
煙にほむらがむせる。
するとすぐさま、ほむらはキュゥべえにつかまれた。
「しまっ――」
「ぐっ!」
ほむらが「しまった」と言い切るよりも早く、なぜかキュゥべえが苦痛の声を上げた。
『ふっ、そっちへ行くと思っただ』
ムースが言った。
ムースはほむらが咳き込むのを見越して、それにおびき寄せられるキュゥべえを狙い、
視覚の効かない煙の中で投擲器を当てたのだ。
「そっちが、先かい!?」
キュゥべえは素早く振り返り、投擲器の飛んできた方に向かった。
しかし、煙の中では容易に小動物を捕まえられない。
そうやってキュゥべえとムースがあらそっている間に、ほむらは遮二無二逃げた。
そこに、すぐさまムースが合流する。
「え……インキュベーターは?」
『アヒルの鳴き声の笑い袋を置いといただ』
「――それじゃ、すぐばれる!」
ほむらが言うまでも無く、煙が晴れるとすぐさま猛烈な勢いでキュゥべえは追ってきた。
「け、煙玉は!?」
『……もう無いだ』
らんまの体から、二人が逃げ切れるはずもなく、あっという間に追いつかれる。
キュゥべえは追いついても足を止めず、そのままの勢いで攻撃しようと拳を繰り出してきた。
670 :36話7 ◆awWwWwwWGE 2012/08/12(日) 16:40:34.19 ID:nSWAWvDY0
(もうだめっ!)
振り返ったほむらの眼前に、拳が迫る。
そして、目を閉じようとしたその瞬間、青い閃光がらんまの体を吹き飛ばした。
「……あ」
呆気にとられるほむらの目の前にマントをつけた、青い衣装の魔法少女がひらりと舞い降りる。
「感謝しろよー、ほむら」
そんな憎まれ口を叩きながら、青い魔法少女は剣を構えた。
『おう、さやか、助かっただ。おヌシも無事じゃっただか?』
ほむらが何か言う前にムースが答えた。
「うん、あたしは平気……って言いたいトコだけど、まどかが居なきゃ危なかったかなぁ」
「まどかが?」
ほむらはさやかの言う事が良くわからなかった。
魔法も腕力もないまどかが一体どうやって魔法少女さやかのピンチを助けられるというのか。
「あ、そうそう。ほむら、あんたはまどかには特に感謝しなきゃダメだよ。
あたしはあんたなんか見捨てるべきだって言ったんだけど、まどかがどうしてもってね」
さやかがそう言うのと同時に、キュゥべえの後ろ、遠くから一人の少女が走ってきた。
「さやかちゃーん、置いてかないでよー!」
女の子らしい非効率な走り方で、精一杯かけてくるその少女は、まぎれもなく鹿目まどかだった。
「まどか、こんなところに来ては……」
「いや、あれは大丈夫だよ」
さやかは落ち着いてそう言った。
その言葉どおり、キュゥべえは自らまどかから遠ざかる。
「……猫を連れてきたワケだね」
まどかの腕には黒猫が抱かれていた。
(仕方がない……まどかが邪魔するヒマも無いほど素早くしなければ)
キュゥべえはそう判断すると、わき目も振らずにさやかに向かった。
現状この中で、まともな戦力になりうるのはさやかだけだ。
だからまずはそこを潰そうと考えたのだ。
さやかは、剣を振りかぶって迎撃する。
しかし、らんまの格闘能力を手に入れたキュゥべえにはあっさりとかわされた。
「さやか、いくらキミの攻撃が素早くても見て考えて行動に移すまでにロスがある。
ただ単純に速いだけなんていうのはレベルの低い相手にしか通じないよ」
そう言って、キュゥべえはさやかに攻撃を加えるべく、拳を撃ち落す。
が、その拳はソウルジェムを砕く前に、棒状の刃物に貫かれた。
「アヒル?」
キュゥべえはそれが投げられた方をとっさに振り向いた。
そこではアヒルが投擲のフォームのままメガネを光らせていた。
「一人だったらたしかにそうかもね!」
キュゥべえがアヒルのムースに気をとられている隙に、さやかは思い切り剣を振り落とす。
対応が間に合わず、らんまの体は右肩から胸元までざっくりと切り裂かれた。
魔法少女でも、これならただではすまない大ダメージである。
671 :36話8 ◆awWwWwwWGE 2012/08/12(日) 16:41:54.59 ID:nSWAWvDY0
「……やった!?」
まどかがつぶやく。
だがキュゥべえは倒れることもふらつくことすらなく、左手で思い切りさやかを殴り飛ばした。
「まったく、油断ならないなぁ」
肩を貫通していたはずなのに、キュゥべえの肩の傷口はみるみる間にふさいでいった。
『な……なんじゃありゃ?』
「うそ……」
ムースとさやかは目を疑う。
「早乙女乱馬の願いは治療系だ。らんま自身の魔力が低いから分かりにくかったけど
回復力に関しては魔法少女らんまはさやかに見劣りしないよ」
キュゥべえはわざわざ律儀に説明を加える。
「そして、ソウルジェムが無いから急所が無い、らんまの魔力で足りない分はボクが今まで溜めてきた
感情エネルギーで補填するからほぼ無尽蔵だ。……これがどういうことか、分かるかい?」
その言葉に、さやかは冷や汗をかいた。
「クワッ?」
「えーと?」
一方、分かっていないらしいムースとまどかは素で首をかしげる。
「急所も魔力切れもない超回復って? そりゃたしかにシャレなんないけどさ……
逃げる分には関係ないでしょ!」
そう言って、さやかは素早くアヒルのムースを抱えて走り出した。
途中でまどかの手を引っ張る。
戦闘と会話の隙にすでにほむらは逃げている。
ならばこれ以上、勝てない敵を相手にする必要は無いのだ。
「さやかちゃん……」
走りながら、まどかが不安げにさやかを見つめる。
「大丈夫、逃げるだけなら最速のあたしに任せて!」
そう言ってさやかはアヒルを肩に移し、猫を抱きかかえるまどかをお姫様だっこした。
「なるほど……三十六計逃げるに如かずか」
キュゥべえは手に刺さった小型の刃物を引き抜き、思い切りさやかの方に投げつける。
普通なら、投げてもさやかのスピードには追いつかないだろう。
しかし、一人と二匹をかついで走るさやかはかなりスピードが落ちてきた。
ザックリと背中に刃物が突き刺さり、さやかは勢い倒れこむ。
それと同時に抱きかかえられていたまどかも倒れ、とっさに飛び退いたムースとエイミーだけが無事だった。
「こういう小刀類は使い勝手が良い分、敵にも利用されやすい。気をつけたほうがいいよ」
キュゥべえは逃がさないように走って素早く近づいてきた。
だが猫がいるので至近距離まで来ていったん動きを止めた。
その隙を突いて、さやかは振り向き様に剣を一閃させる。
それは予想の範疇だったらしく、あっさりと避けられて、さやかは首根っこをつかまれた。
さやかを助けようと、ムースがまたも刃物を飛ばす。
が、それもかわされて、ムースはキュゥべえに踏んづけられた。
「どうやら一番初めに死にたいのはキミらしいね」
そう言ってキュゥべえが眺めるさやかの魔法少女衣装からはソウルジェムらしきものの姿が消えていた。
672 :36話9 ◆awWwWwwWGE 2012/08/12(日) 16:43:03.35 ID:nSWAWvDY0
服の裏側に隠しているのだ。
キュゥべえはさやかの腹部に一発パンチを浴びせて動きをとめると、その体をベタベタまさぐってソウルジェムを探した。
「エイミー……」
「待った!」
まどかはエイミーをけしかけようとするが、キュゥべえはそれを制止した。
「キミが猫を投げてくるならボクはこのアヒルの首を踏み潰すよ」
「えっ!」
まどかは思わず動きを止めた。
「さやかはちょっとやそっとの攻撃じゃ死なないけど、ただの変身体質のアヒルならそれで死ぬよね?」
そう言われてはまどかに抵抗の術は無かった。
しかし、このまま見ていてもさやかとムースが殺されるだけだ。
(この状態でみんなが助かる方法は……)
まどかは考えた。
そうしているうちにもキュゥべえはさやかのソウルジェムを探す。
「キュゥべえ!」
まどかは、叫んだ。
その声は緊張感はあるが、決しておびえてはおらず、むしろ強い意志を感じさせた。
「キュゥべえは魔法少女や魔女のことについて秘密がばれちゃまずいからこんなことしてるんだよね?」
「そうだけど、それがどうかしたのかい?」
突然の質問に、キュゥべえは首をかしげながら聞き返した。
「それなら、みんなが地方とか外国とか、うんと遠くまで逃げちゃわないように人質が必要だよね?」
「……正解だよ」
まどかが正確に自分の狙いを読んできたことに、キュゥべえは不思議そうに言った。
「だったら、私が人質になる!」
「え?」
意外な発案に、思わずキュゥべえは驚きの声を漏らす。
「ダメ……」
絶え絶えな息でさやかが振り返る。
そこにキュゥべえはもう一発パンチを浴びせて黙らせた。
「私が人質になるから、この場は引いて!」
「なるほど、この場でこの二人の命を奪わないことが条件ということだね」
キュゥべえはらんまの体であごを撫でた。
「そうだよ……もし私の言うこと聞かずにさやかちゃんでもムースさんでも死なせちゃったら、
みんなで遠くへ逃げて全国の魔法少女にキュゥべえのことバラしちゃうから!」
不利な条件と分かっていながら、まどかは強気に押した。
「……確かにそれは困るね」
少し間をおいて、キュゥべえは考える。そしてやがてこくりとうなずいた。
「いいだろう、その条件を飲むよ。ただし、まどかは今すぐボクについてきてもらう」
「ガーッ、ガーッ!」
「ま、まどか……」
ムースとさやかは、話がまとまりかけていることに抵抗の意思を示すが、
騒いでみてもどうすることもできなかった。
673 :36話10 ◆awWwWwwWGE 2012/08/12(日) 16:44:23.07 ID:nSWAWvDY0
「分かった。その代わり、エイミーも一緒に連れてくよ。小説や映画でよくあるもの。
犯人を倒したと思ったら人質はとっくに殺されてたって。そうならないための保険」
そう言ってまどかはギュッとエイミーを抱きしめる。
「いいよ。それじゃ決まりだ」
キュゥべえはうなずき、さやかを放り投げ、ムースを蹴り飛ばして解放した。
そして、エイミーの視線を恐れながらまどかの体にベタベタ触れる。
「ちょっ……あっ、キュゥべえ?」
まどかは思わず恥じらいだ。
しかし、キュゥべえはいたって事務的に答えた。
「ボディーチェック」
思いのほかまどかを警戒するキュゥべえを、さやかとムースは不思議そうに見つめた。
680 :37話1 ◆awWwWwwWGE 2012/09/02(日) 12:21:12.16 ID:iAbWtylJ0
「は? 温泉?」
美樹さやかは耳を疑った。
いや、さやかだけではない。
この場に居る全員が、なぜその単語が今ここで出てきたのかいぶかしがっている。
『そうだよ、温泉だよー』
受話器越しに聞こえる鹿目まどかの声は、確かに温泉という言葉を発していた。
「一体、どういう状況だ?」
良牙は大きく声を出して電話での会話に割って入った。
『えーと、平日だし、天気も悪いから他にお客さんはほとんどいません。
ひろいお風呂がほとんど貸しきり状態!』
(いや、そういうこと聞いてるわけじゃねーし)
それは、テレパシーなどなくても、その場に居る全員が分かり合えた瞬間だった。
「ふむ、さきにこちらの状況を説明しよう」
そう言って、コロンはさやかから携帯電話を受け取った。
「おヌシが捕まったということで、いまみんなが猫飯店に集まっておる。
おヌシの身が無事なことは分かったからみなホッとしておるが、一体キュゥべえとやらは
そんなところに行ってどうする気なのじゃ?」
『ええと、それなんですけど……あ、ちょっと待って、お姉ちゃん――』
受話器の向こうから保留音が流れてきた。
まどかがボタンを押したらしい。
「『お姉ちゃん』って、まどかちゃんにおねえさんが?」
「いません」
良牙の疑問にさやかが即答する。
「じゃあ、一体なんなんだよ?」
杏子の疑問に答えられる人間はいなかった。
「でも、温泉については心当たりがあるわ――」
そう言ってマミは切り出した。
「昔のことなんだけど、キュゥべえが私の部屋に来ていた時に、たまたまそこの温泉が新聞の折込チラシに載ってたの」
「ふむふむ、それで?」
乱馬が相槌をうつ。
「私が『今度休みにでも行ってみる?』って聞いたら『たまにはそういうのもいいんじゃないかな』って言ってたの。
だからきっと、行ってみたかったんじゃないのかしら?」
一同、目をきょとんとさせる。
マミの語ったあまりにも平和な過去と、ピントのずれた答えにみんな戦意をそがれるような気持ちだった。
「た、たぶんそれは無いんじゃないですか? キュゥべえは感情が無いって自分で言ってるぐらいですし」
さやかがやっとそう答えた。
『すいません、待たせちゃって!』
やがて、またまどかが受話器に出てきた。
「さっきの『お姉ちゃん』というのは?」
『ええと、旅館の人に怪しまれないためにそう呼ぶようにってキュゥべえが……』
コロンの問いにまどかが答える。
「なるほどな、女の俺の体だったら、髪の色も近いし姉妹に見えなくもないわけだ」
乱馬はあきれた様子でつぶやいた。
681 :37話2 ◆awWwWwwWGE 2012/09/02(日) 12:22:43.67 ID:iAbWtylJ0
姉妹で温泉旅館だとか、事情を知らない人から見ればさぞかし仲むつまじく映るだろう。
「そうじゃったか。して、今キュゥべえはどうしておる?」
『フツーにお風呂入ってます』
その言葉に一同がまた首をひねったことは言うまでもない。
「と、とにかくじゃ、もう少し詳しく状況を聞こうかの」
コロンのその言葉でまどかは説明を始めた。
それによると、キュゥべえはまどかを連れて、普通にバスに乗って山中の温泉地に行ったということらしい。
また、まどかの両親に対しては、まどか本人とキュゥべえの共謀により身代金目的の誘拐ということにして、
絶対警察に連絡するなとしつこく忠告したらしい。
「親御さんがその言葉に従ってたら楽なんだけどな」
杏子の言葉に、
「そうね、おまわりさんが来て守らなきゃいけない人が増えるとやりにくいわ」
「ワシもやっかいごとはごめんじゃのう」
マミとコロンがそれぞれの意見をもらす。
「だが、温泉とは好都合だ。豚になってもすぐに元に戻れるぜ」
良牙が拳をもみながら言った。
水を被って変身する可能性が低いというのは良牙にとってありがたい状況だ。
「良牙さんは、乱馬さんやムースさんに比べると変身がきついよね」
さやかもうなずいた。変身して女になるだけの乱馬は普通に戦える。
ムースはアヒルになって戦力低下はするが、隠し武器が使える分、相手をかく乱するだけなら十分な戦力になる。
それに比べて良牙の変身は弱点として致命的過ぎる。
「して、バスがあるうちに決戦に来いと言うことじゃな」
コロンがつぶやくように言った。
キュゥべえは、今日中に全員来るようにと待ち合わせを指示したのだ。
「ああ、今のうちに対策を練っとかねーとな」
乱馬もうなずいた。
「ちょっと、疑問なんだけどさ――」
そこに杏子が口を挟む。
「キュゥべえはまとめて相手して勝てると思ってんのか?」
杏子の疑問は当然だった。
一人一人を見ていけば、まともな勝負になりそうなのはコロンぐらいだが、全員行くなら話は別だ。
マミと良牙の二人で一時的に戦闘不能に追い込んだし、さやかとムースでも一太刀浴びせたのだ。
4、5人いれば普通に勝ててしまうのではないかと思える。
「今のあいつはあたしと同等の回復をソウルジェムの制限無しに使えるんだ。
勝てるっていうか、負けない自信はあるんじゃないの?」
さやかがその疑問に答える。
「温泉という場所も問題じゃな。単に山中じゃから死体の後始末がしやすいというだけではない
ムコ殿には分かるかの?」
コロンの質問に乱馬は少し考えて答えた。
「温泉地には熱気がたまっている……つまり、魔竜昇天破を使いたい放題だ」
乱馬の言葉に、身をもってその威力を知っている良牙とさやかと杏子は息を飲んだ。
「それに、待ち受ける側なら何らかの罠を張っておくということもありうるわ」
682 :37話3 ◆awWwWwwWGE 2012/09/02(日) 12:23:35.54 ID:iAbWtylJ0
マミがそう言うと乱馬も考え込んだ。
こちらが対策できる時間には当然相手もなんらかの対策を練ってくるはずなのだ。
「そうじゃの、こちらも相手の予想外を仕込んでおかねばならぬの」
すでに何か考えがあるらしく、コロンは不適な笑みを浮かべた。
「奇策もいいけどさ、あいつにどういう攻撃がいいとか、そういう情報くれねーかな」
まだ実際にらんまの体に入ったキュゥべえとは戦っていない杏子が言った。
「それもそうだな……素早いから小さい攻撃は当たらんが獅子咆哮弾やティロフィナーレみたいに
範囲の広い攻撃はわりと当たるぜ」
良牙が答える。
「不意打ちもけっこう食らってたね。反応は凄く早いけど、別のものに気を取られてるときとかは攻撃しやすいよ」
さやかも、キュゥべえがムースの攻撃を食らっていたことを思い出して言った。
「ふんふん、なるほど。……で、乱馬、あんたは?」
「え、えーとだな……」
杏子の質問に、乱馬は答えにくそうに目をそらした。
「乱馬、そーいやお前はまったくダメージ与えてなかったよな?」
良牙が意地悪く図星を突く。
「マジで? うわ、だせー」
「うぐっ!」
杏子の攻撃に、乱馬は心にダメージを負った。
キュゥべえとの戦績においては、乱馬は良牙はおろかアヒル状態のムースにすら大きく劣っているのだ。
その事実をほじくりかえされて、自尊心の高い乱馬が傷つかないはずがなかった。
「それは、たまたま――」
「ムコ殿のことじゃ。どうせ、ニセモノに負けるわけがないなどと根拠のない油断をしてたのじゃろう」
コロンに性格上の欠点まで指摘され、乱馬は言い返す言葉すら失った。
「ちょっと不思議ですね。天道あかねさんだってそんなに弱くはないようですし、
同じ体を使って戦ったのならもうちょっと善戦できたような気が……」
マミも疑問を口にする。それを聞いて乱馬はさらに落ち込んだようだった。
「いえ、責めるつもりじゃなくて、何か他の要素があったんじゃないのかって考えてるんです」
あわててマミは自分の言葉をフォローする。
「他の要素っつーと?」
杏子が聞いた。
「それが分からないから考えてるのよ。……早乙女さん、戦った時の状況とか詳しく聞かせてもらえませんか?」
そう言われて、乱馬はシリアスなノリに戻って答え始めた。
「登校中九能と戦った後、あいつが現れて――」
そうして一通り流れを説明した後、なぜかマミは大きなため息をついた。
「ふざけてるんですか? それで勝てるわけないじゃないですか」
「へ?」
しごく当然のように『それで勝てるわけない』と言い切るマミに乱馬は驚いた。
(フォローを入れたフリして更に落とすとは、さすが元魔女!)
(あたしたちにできないことを平然とやってのける、そこにしびれる、あこがれる!)
「お前ら何やってんだ?」
ひそひそ声で妙なノリで盛り上がる杏子とさやかに、良牙はとりあえずつっこんでおいた。
683 :37話4 ◆awWwWwwWGE 2012/09/02(日) 12:25:04.64 ID:iAbWtylJ0
***************
風が強くなってきたので、露天風呂に入っている客は他にいなかった。
鹿目まどかは黒い子猫を抱いたまま湯船につかる。
「エイミー、熱い?」
ここの温泉は家のお風呂よりも温度が高い。
また、独特の匂いもあって、猫のエイミーは戸惑っている様子だった。
別に、風呂の中にまでエイミーを連れてくるほど徹底する必要は無かっただろう。
ペットOKの旅館だからといって、お風呂にまで連れてきてよかったのかどうかもよくわからない。
それでもまどかは湯船の中でエイミーをぎゅっと抱きしめた。
(絶対、大丈夫だよね……)
単純に、心細いのだ。
「ニャー?」
いつもと違うご主人様の様子に、エイミーはその顔を覗き込む。
「ごめんね、こんなところまで連れてきちゃって」
そう言ったまどかの頬を、エイミーは舐めた。
このやりとりが、なんとなく言いたいことが伝わったように思えて、まどかは少しうれしかった。
そこへ、湯煙の中から人影が近づいてくる。
「まどか、そろそろ上がったほうがいいよ。過度の入浴は人間の体にとってかえって有害だ。
特に、強い成分の含まれる温泉などは深刻なダメージになりかねない」
姿がぼやけていてもその声とシルエットで、相手が何者かまどかにはすぐ分かった。
「……ここまで監視しに来なくても逃げないよ」
無粋な邪魔が入ったことに、まどかは少しムッとして答えた。
「違うよ。監視なんかしなくてもキミがこんな山奥から一人で逃げられないことは分かっている。
鹿目まどか、ボクは純粋にキミを心配しているのさ」
そう言いながら、赤い髪、豊かな胸の早乙女らんまの姿をしたキュゥべえが湯煙から姿を現した。
キュゥべえの意外な言葉にまどかは首をかしげる。
「……キミが、魔女になる前に死んでしまっては困るからね」
悪びれもせずそう言ってしまうキュゥべえに、まどかはため息を漏らした。
「私は逃げられないんじゃない、逃げる必要が無いんだよ。
だって、みんなが絶対に助け出してくれるもの」
その言葉は、むしろまどかは自分に言い聞かせたのかもしれない。
「確かに彼らの性格なら必ず助けに来るのだろうね。そのおかげでまとめて始末しやすくて助かるよ」
そう返してきたキュゥべえに、まどかは言葉の通じない猫よりももっと通じ合わないものを感じた。
「キュゥべえは……信じられる人が居ないんだね」
「信じるという言葉が、過大な期待や希望的観測を意味するのならば、そんなものはボクには不要だ」
「ううん、そんなのじゃない」
まどかは首を振ったがそれ以上会話を続けはしなかった。
なんとなく、キュゥべえの本質が分かった気がしたからだ。
そして、妙な確信が生まれた。
(みんなは絶対、キュゥべえには負けない!)
***************
温泉地行きのバスには乱馬たちの一行以外、ほとんど乗客が居なかった。
684 :37話5 ◆awWwWwwWGE 2012/09/02(日) 12:26:52.65 ID:iAbWtylJ0
運転手1名と地元の人っぽい乗客2名、そしてらんま・良牙・コロン・マミ・杏子・さやかなど戦闘員6名に
なびきまでついてきてバスの中は10名といったところである。
普段から客の少ない最終バス、それも嵐が迫っている中での突然の団体客に運転手は少し驚いた様子だった。
ムースとシャンプーを置いてきたのは店番のためがひとつの理由。
そしてもうひとつ、雨の中傘もささずを走ると言う無茶をした暁美ほむらが高熱を出したため、
やむなくムースをほむら宅に残しシャンプーとかわるがわるで世話をさせるようにしたからだ。
「このバス、おせーな。まだつかないのか?」
杏子がつぶやいた。
「次の橋を超えたらもうすぐよ」
なびきが文庫本を読みながら答えた。
「しかし、シャンプーを連れて来れないのは大きな戦力ダウンだな」
らんまがつぶやいた。
「ああ。キュゥべえ相手にはシャンプーが最強かもしれないな」
良牙がうなずく。
キュゥべえにも猫がきくということは、さやか経由で全員知っている。
そして猫に変身するシャンプーはキュゥべえ相手には非常に強力な戦力だと言えた。
「いや、相手もそれには何か対策を考えておるじゃろう。
そうなれば無力な猫になるのはかえって危険じゃ」
コロンはらんまの言葉に反論する。
内心にはひ孫可愛さ故という心理もあるのだろうが、あえてそれを咎める者もいなかった。
「ところで、おばあさん、その風呂敷は?」
さやかがコロンのもってきた風呂敷を指差して聞いた。
それは、そこそこ大きい何かが入っているように見えた。
「……ホホ、これは秘密兵器じゃ」
コロンは怪しげに微笑んだ。
「しっかし、へんぴなところねー、キュゥちゃんもこんなとこまで呼び出さなくたっていいのに」
いったん会話が止まったところで、なびきがつぶやいた。
「嫌なら帰りな。戦力にならねー奴が来たって邪魔だから」
杏子はポッキーをつまみながら吐き棄てるように言った。
「杏子の言い方はあれですけど、私も同意見です。今回は戦えない人を100%守りきるような自信はありませんよ」
マミも杏子に同意した。非戦闘員を連れて戦うには相手が悪い。
「うーん、でもせっかく温泉に行くなららんまくんの写真を撮って売りさばかなきゃね」
なびきが付いてきたあんまりな理由に、一同はがっくりと肩を落とす。
「冗談よ。それもするのはするけど。
それだけじゃなくて、キュゥちゃんはどうせ殺しても死なないんだから捕まえなきゃいけないでしょ?」
「やんのかよ」
らんまの抗議になびきは耳を貸さない。
「捕まえるってどうやってですか?」
さやかの問いに、なびきはいつかどこかで見たようなボトル缶を取り出した。
「まだコレ、余ってるのよね。これを使えば簡単に捕獲できるでしょ」
「モンスターボール?」
捕獲という言葉に反応して杏子が素っ頓狂な答えをかえす。
685 :37話6 ◆awWwWwwWGE 2012/09/02(日) 12:28:09.52 ID:iAbWtylJ0
「じゃなくて、呪泉郷の水ですね」
マミの答えになびきはうなずいた。
「そ。蛙溺泉よ。蛙にしちゃえば飼育も楽よね」
なるほどと魔法少女たちはうなずく。
「ちょっと待て、よく考えてみたら、蛙溺泉が配送できるなら、男溺泉も買えたんじゃないのか?」
良牙がふと気付いた。
「残念じゃが、まだ男溺泉は安定しておらぬらしい。呪泉郷通販カタログにもそう載っておったぞい」
なびきに代わりコロンが良牙の疑問に答えた。
「いや、呪泉郷通販カタログて!」
「んな、アホな」
さやかと、最近関西弁に影響されつつある杏子がつっこんだ。
そんなやりとりをしている中、バスは断崖の上にかけられた橋にさしかかった。
その時、マミが突然叫んだ。
「来るわ!」
「え、何が?」
けげんな顔をする良牙を気にも留めず、マミは続けた。
「美樹さん、一般の人を抱えて逃げて!」
「え、あ、はい!」
さやかは戸惑いながらも有無を言わさず、乗客の手を握って強引に走った。
「ふむ、わしらも逃げるぞい」
コロンは杖で窓ガラスを叩き割った。
「杏子は防御魔法を展開して!」
マミがそう指示を出しているうちに、すさまじい轟音が鳴り響き、バスの車体が大きく揺れた。
そして息をつくひまも無く、バスは谷底へと落下した。
***************
「そ……んな……」
かろうじてバスから脱出したさやかは肩を落として座りこんだ。
あのメンバーの中では単純な移動速度は最速であろうさやかだけがかろうじて脱け出せたのだ。
「まいったわね、こりゃ」
その横でなびきが崖の下をのぞきこんでいた。
さやかは一般の乗客と運転手となびき、戦闘能力の無い人間はなんとか助け出した。
しかし、後の全員はどこにも見当たらない。
どこかにいるとすれば、それは暗くて底まで見通せない崖の下だろう。
道のいたるところに落石や土砂がまき散らされ、後ろを振り返るとさっきバスで渡った橋が完全に崩れ去っていた。
「お嬢ちゃん、おかげで助かったよ」
「しかし、すごいね。火事力ってやつかい?」
運転手や一般乗客はくちぐちにさやかへの感謝の言葉を口にするが、さやかの耳には届いていなかった。
らちがあかないので、一般人たちはそれぞれ携帯電話でどこかと連絡を取り始めた。
それでもまだ一人で落ち込んでいるさやかの肩に、なびきがポンと手を置いた。
『テレパシーは通じるわね?』
『……はい』
686 :37話7 ◆awWwWwwWGE 2012/09/02(日) 12:30:19.42 ID:iAbWtylJ0
さやかはあまり元気のない返事をする。
『それじゃ、仕方ないけど歩いていくわよ』
『行くって、どこにですか?』
『決まってるじゃない、温泉旅館までいかないとまどかちゃんに会えないでしょ』
『……そっか。勝ち目なんて無くてもまどかを裏切るわけにはいかないよね』
さやかは独り言のようにそうテレパシーを返すとゆっくりと立ち上がった。
『もしかしてさやかちゃん、あいつらがくたばったとでも思ってんの?』
『え、だって、ガケから落ちたらフツーは……』
『あいつらがあんな程度で死ぬわけないでしょうが。だからウジウジしてないでさっさと行くわよ。
警察とか救助隊とかきたらいろいろ面倒でしょ』
それだけテレパシーを送ると、なびきはさやかの肩から手を放し、スタコラと歩き始めた。
さやかもあわててそれについていく。
「ちょっと待って、全員無事だとは限らないんじゃ――」
「多少怪我したって魔法少女がいれば治せるでしょ?」
なびきは平然と答える。
「だったら、何のためにキュゥべえはこんなの仕込んだのさ」
今回の崩落はキュゥべえの仕業だ。さやかはそう考えていた。
しかし一人も倒せないのならばこんな大掛かりな罠を仕込む意味が無いのではないか。
なびきはこくりとうなずいてキュゥべえの仕業だということは肯定してから、自分の推測を述べた。
「橋を潰して逃げ道をふさぐのが一番の目的じゃないかしらね。
あとは――こっちの戦力を分散させることかしら」
このあたりの温泉郷はさっき渡った橋が唯一車の通れる道である。
その橋を潰された以上、温泉郷から脱け出すには山道や林道を越えていくしかないが、
地元の地理に詳しくない者では迷子になるのがオチであろう。
天候の悪い今日この頃ではなおさらである。
「……つまり、キュゥべえはあたしたちがいざとなったらまどかを見捨てて逃げると思ってるんだ」
さやかは拳を握りしめた。
自分達が一番大切にしている部分をバカにされたように思えて、今までのどんな仕打ちよりも悔しかった。
「そうね、実際、さっきさやかちゃん戦意喪失してたし」
「う……」
なびきにあっさりと痛いところをつかれて、さやかは言葉につまる。
「ちなみにあたしもやばくなったら逃げるわよ。非戦闘員だし」
「ええ!?」
なびきが厳しい人なんだと思っていたら、予想外に卑怯な台詞を言われ、さやかは困惑する。
「でも、キュゥちゃんは逃げられたくないんだから、当然追ってくるわよね?
そこに隙ができるんじゃないかしら」
「はい?」
「乱馬くんがよく使う方法よ。逃げたフリして不意打ちとか、逃げながら対策を練るとか……
あたしは戦力にならないんだし、さやかちゃんも実力じゃ勝てないんだからそれしかないでしょ」
「え……はい!」
なびきもなびきなりに勝つための方法を考えているのだ。
さやかは一瞬あきらめかけた自分を恥じ、すぐに顔色をうれしそうに変えてうなずいた。
687 : ◆awWwWwwWGE 2012/09/02(日) 12:31:14.83 ID:iAbWtylJ0
以上、37話でした
688 :37話オマケ ◆awWwWwwWGE 2012/09/02(日) 12:33:54.63 ID:iAbWtylJ0
キュゥべえの脅迫電話
QB「もしもし、お宅の娘さんの身柄は預かったよ。返して欲しければ身代金を払って欲しいんだ。
あ、警察には絶対通報しないでね」
詢子「なんだって……! いつ、どこでいくら払えば良いんだ」
QB「あ……ちょっと待ってて……」(具体的に考えてなかった)
受話器越し
『QB「って言われたんだけど、どうしよう?」
まどか「え? 考えてなかったの!?」
QB「本当にお金持ってこられても困るし……」
まどか「えと、それじゃあねぇ――」』
詢子「???」
QB「あ、もしもし、一週間後に100万円を見滝原公園のトイレにバッグに入れておいといて」
詢子「一週間後って長すぎるだろ! その間にウチの娘に何をする気だ!」
(100万円て身代金誘拐にしちゃ安いな)
QB「何って……いや、特に何も」
詢子(なんなんだ? 話が通じない感じがする)
「お前らの慰み者にでもしようってつもりか!」
QB「ああ、そういうことならご心配なく。声を聞いたら分かると思うけどボクは女だよ。
もちろん同性愛者でもないし、単独犯だから男の仲間がいるってこともない」←※らんまボディ
詢子(自分から単独犯ってバラした!?)
「絶対に、娘に手を出すなよ!」
受話器越し
『まどか「お姉ちゃん、そろそろ外湯閉まっちゃうよ」』
QB「ああ、分かった。それじゃ今回はここまでだよ」
詢子「ちょっと待て、今聞こえたのまどかの声じゃ……」
QB「悪いけどけどここまでだ」
受話器越し
『QB「こんな感じでよかったかな?」
まどか「うーん、あんまり上手くないと思う」』
プチッ ツー ツー ツー
詢子(なんだこりゃ……狂言誘拐か? いや、でもなんでまどかが……)
696 :38話1 ◆awWwWwwWGE 2012/09/17(月) 22:10:51.32 ID:VtwwSxV/0
黒い影が木々の間をぬって飛んでいった。
ただでさえ暗くてよく見えないと言うのに、雨天で、なおかつ黒い衣装を着ていれば目で識別することは困難だ。
しかしそれでも、とがった木の枝が、確実に眉間に向かって飛んできた。
しかも、避けにくい空中にいるタイミングでだ。
漆黒のレオタードに身を包んだ少女は首を曲げて強引にそれをよけるが、かわしきれず頬骨のあたりに赤い血の筋ができる。
少女はかろうじて無事に着地すると、すぐにまた後ろに飛んだ。
するとその一瞬だけ着地した場所に木の杖が現れて、あたりの地面をえぐった。
「ほう……避けおったか」
木の杖をふるった人物――小柄な老婆がそうつぶやいた。
「まさか先回りされているとはね……」
「あれだけ大がかりな仕掛けをしたからには、成果を確認しにくると思うてな。予想通りじゃわい」
少女は老婆と対峙しながら自分の頬を撫でた。
すると、そこにあった傷跡があっという間に消えていく。
「分からないなぁ。どうしてキミはボクの邪魔をするんだい?
ボクは直接的にキミに被害を及ぼすようなことはしないよ」
少女は首を傾げる。
それは、とぼけているのではなく真剣に分からないように老婆には感じられた。
「ムコ殿に死なれては困るからのぅ……。それに貴様のようなやからにのさばらせておってはやがては
うちのひ孫や村の娘達にも被害が及ぶじゃろう。やはり貴様を捨ててはおけぬな」
「そうか、子孫や一族の繁栄はキミたち地球生物にとっては重要なことだからね」
納得がいったというように、少女はうなずく。
しかし老婆は少女の言い回しに釈然としない様子だった。
「まあ、いいか。どちらにしても貴様はここまでなのじゃから――」
老婆のその台詞に合わせるかのように、少女の背後からガサゴソと物音がした。
「ふぁあ、よく寝た……む? ここはどこじゃ?」
のん気な老人の声とともに、強烈な邪気が立ち上がる。
「おお、はっぴー、ようやく起きたか」
老婆はうれしそうにその老人によびかける。
「むむ、コロンか。それにらんま。
どうしたことかシャンプーちゃんに餃子をふるまってもらってから記憶が無いのじゃがお主ら何か知らんか?」
そんなことを言いながら、老人は見覚えの無い辺りの風景を見回した。
そうして一通り見回したところで老人は何かに気がついた。
「いや、おヌシ、らんまではないな? 一体何者じゃ?」
老人はキッとらんまにそっくりの少女をにらみつける。
らんまの体に入ったキュゥべえには、その老人の鋭敏な闘気がはっきりと感じられた。
「はっぴー、そこのムコ殿そっくりのやからはじゃな、ムコ殿に化けて天道家の下着を盗みおったのじゃ。
さらには今着ておるのは同じように盗んだ九能小太刀のレオタード……つまり、連続下着泥棒じゃ」
コロンと呼ばれた老婆は始めから準備してあったようにスラスラとそう言った。
「なにぃ、下着泥棒じゃと!? ワシのスイーツを盗むとは不届き者め! 成敗してくれるわ!」
はっぴーこと八宝斎は激昂して啖呵をきった。
(お主のものではなかろう)
コロンは心の中でつぶやく。
「なるほど。風林館で最大の戦力を集めてきたわけだね」
697 :38話2 ◆awWwWwwWGE 2012/09/17(月) 22:14:07.83 ID:VtwwSxV/0
しかし、キュゥべえは、圧倒的な闘気と邪気をまとって向かってくるこの老人を目の前にして涼しい態度を崩さなかった。
「でも、もう少し仲間を選ぶべきじゃないのかな?」
そう言うとキュゥべえは、おもむろにらんまの体の胸をはだけた。
「なんじゃと!?」
予想外の行動に、コロンは驚いた。
「おう、スイート!」
まるで瞬間移動の能力でも持っているかのように、次の瞬間には八宝斎はらんまの胸に顔をうずめていた。
距離も闘気も関係なく一瞬で密着するまでに近づいたのだ。
もしこの素早さを戦闘に活用していれば、それは恐るべき脅威であろう。
しかし八宝斎の猛烈な煩悩は、驚異的な身体能力と引き換えにその理性を奪っていた。
やわらかい女子の胸に顔をうずめた彼は、もはや戦闘などという野暮な行為のことは忘れている。
そんな八宝斎を叩きのめすことは、らんまの体を手に入れたキュゥべえにとってはあまりに容易なことだった。
「ぐえっ! ごふっ! ふげぇ!」
肘打ちが脳天に炸裂し、そこから膝、拳、踏みつけ、さらに滅多打ち。
ノーガードの老体に絶え間なく、そして容赦なく強力な打撃が襲いかかった。
「は、はっぴー……この役立たずがぁー!!」
コロンの絶叫がこだまする中、八宝斎はボコボコになって気絶した。
「動揺したね」
「――ハッ」
八宝斎を始末し終えたキュゥべえは一瞬で、コロンとの間合いを詰めた。
「人間は動揺という感情を持ったとき隙だらけになる。……たとえ、キミのような熟練者でもね」
コロンが体勢を整えるよりも早く、らんまの拳がコロンの腹部を襲った。
「うぐっ」
まともにくらったコロンはいったん後ろに飛んで間合いを開けた。
だがその動きにも機敏さが足りない。
腹部へのダメージは呼吸を奪い、動きを鈍らせるのだ。
キュゥべえはあっという間に追いつき、そのままとび蹴りを浴びせる。
あえなくコロンはその蹴りに直撃し、大きく吹っ飛んだ。
「……しまった」
飛ばされていくコロンを見てキュゥべえがつぶやいた。
体の軽いコロンはぐんぐん飛んで、ついには崖の方にまで飛んで行き、そして落下していった。
「やけに簡単に攻撃を食らうと思ったら、蹴りにタイミングを合わせてわざと後ろに飛んだね。
……逃がしてしまったじゃないか」
自分が蹴り飛ばしたのに追いつけるはずがなく、キュゥべえは完全にコロンを見失ってしまった。
そして、見回してみれば八宝斎の姿もいつの間にか消えている。
「しかたがない、先へ進もう」
キュゥべえはそう言って、暗闇の山林を下っていく。
やがて、河原に到達すると横倒しになったバスが見えてきた。
炎は見えないことから爆発はしなかったらしい。代わりに軽油の漏れた匂いがする。
キュゥべえは河原の砂利を確認する。
濡れ方が新しい。おそらくついさっきまで人がいたのだろう。
698 :38話3 ◆awWwWwwWGE 2012/09/17(月) 22:16:00.18 ID:VtwwSxV/0
「一足違いか。コロンとあの老人は十分に足止めの役割を果たしたと言うことだね」
落下した直後、体勢を整える前に魔法少女たちに襲いかかるつもりだったキュゥべえのあては外れた。
(しかし、彼らの行くところは分かっている)
鹿目まどかのいる旅館の方へ向かうに決まっている。そのために彼らはここに来ているのだ。
そして、意図せず落とされた谷底から道も分からず旅館へ向かうらんまたち一行は、着くまでに時間がかかるだろう。
「……ならば、先回りさせてもらうとするよ」
キュゥべえがそう言って、漆黒の衣装をまとったらんまの姿は再び闇に消えた。
***************
闇夜に目立つ黄色い髪と赤い髪が、木々の間を動く。
ほとんど崖といっていい急斜面を素早く、しかし静かに登っていった。
『美樹さんとなびきさんがちゃんと上にいたらいいのだけど……』
先を行く黄色い髪の少女が後ろを振り返り、微弱なテレパシーを飛ばした。
『テレパシーの出力あげて呼び出すってわけにもいかねーしな』
赤い髪の少女がそう返す。
二人は登り続けて、道路のそばに出た。
ガードレールの影に隠れて様子をうかがってみると、土砂の散らばる道の上でバスの運転手や一般の乗客が
携帯電話でなにやら連絡をとっていた。
『会社や警察にでも連絡とってんのかね』
『巻き込まないためにも、ここはそっと離れましょう』
二人はもの音も立てずにその場を離れた、
その時、二人とは別のテレパシーが突然飛んできた。
『マミさん! 杏子も! 魔力感じないし、連絡も無いから死んじゃったかと思ったよ』
テレパシーの主は二人にはすぐ誰か分かった。
『美樹さん、無事だったのね!』
『おいおい、こっちはキュゥべえに見つからないようにテレパシーで呼び出したりしなかったのにさ――』
杏子がぶつくさ言うと、さやかは慌てて返事をする。
『えっ、そうだったの!? ……なんていうかさ、悪いけど多分もうキュゥべえにバレちゃったと思う』
『あら、どうしてそんなことが分かるの?』
マミが聞きかえす。
『そりゃあ今、キュゥべえに追われてるから!』
さやかは悲鳴に近いテレパシーを送った。
***************
「いやー、逃げるフリして隙をうかがうなんて……そんなヒマ全く無かったわね」
なびきがポツリとつぶやくように言った。
「うん、全く!」
そのなびきを腕に抱え、猛スピードで走りながらさやかは答えた。
すぐ後ろには赤い髪、黒い衣装を着た影が迫ってきている。
人一人抱えた状態では、少しずつ距離を縮められる。
もう追いつかれる、その寸前で、さやかは手早くなびきを降ろし、振り向きざまに剣を一閃させた。
「単純だね」
追いかけてきた人物――らんまの体に入ったキュゥべえは飛んでその太刀筋を避けるとそのまま空中で回転して
さやかの後ろに着地した。
699 :38話4 2012/09/17(月) 22:18:05.45 ID:VtwwSxV/0
「ちっ!」
さやかはもう一度振り返って向き直ろうとするが、間に合わず強力なパンチを頭にくらった。
軽く数メートル飛ばされてさやかは倒れた。
そこにすぐさまキュゥべえは追撃を加えようと飛びかかる。
そのとび蹴りが当たる寸前、さやかは素早く飛び退いてギリギリで回避した。
(一人だけなら逃げ切れる、でも……)
さやかはキュゥべえの後ろのその向こう側に視線を向けた。
なびきは何も言わなくてもさっさと逃げているが、所詮は常人の足だ。
キュゥべえがターゲットをさやかからなびきに変えれば簡単に追いつかれてしまうだろう。
(やっぱ、やるっきゃないよね)
「うおおおぉ!」
覚悟をきめると、さやかは剣を構えながら全速力で前に飛んだ。
そしてすれ違いざまに剣を振る。
動きが直線的なだけにあっさりとかわされるが、そのままのスピードで一定の距離をとるので反撃も受けなかった。
そしてまた同じようにまた一直線に相手に向かう。
今度はわずかに、らんまの体の腕をかすった。
黒いレオタードに赤い筋がにじむ。
「……なるほど、こうやって反撃させずに一方的に攻撃を続ける気だね」
キュゥべえそう言っている間にも、さやかは三度目の突撃を行う。
「少し、甘いんじゃないかな?」
キュゥべえはそこそこ大きな石を軽く蹴り上げた。
(ぶつかる!?)
それでも、さやかは動きを止めなかった。
左肩にもろに大きな石がぶつかり血が吹き出るが、そのまま突進し、右腕で思い切り剣を振り切った。
動きを止めたさやかに反撃するつもりだったキュゥべえは避けるタイミングが遅れ、左腕でそれを受けた。
腕の半ばまで刃がめり込む。
「……魔法を使ったね。いくら乱馬さんの体でも止められるような斬り方してないよ」
さやかは言いながらも腕に力を込める。
「ああ。ちょん切られると回復に使う魔力のほうがかかるからね、骨の硬度を高めたよ」
キュゥべえはさやかの腹を蹴り飛ばした。
飛ばされて距離が開いたところで、さやかは左肩の怪我を回復させる。
「そろそろ時間が無い。マミや杏子が来る前に始末させてもらうよ」
だが、十分に回復するヒマも無く、キュゥべえは襲い掛かってきた。
さやかは迎え撃つがあっさりと避けられて、カウンターで腹に深々と拳をめり込まれた。
さらに、キュゥべえは拳を連打する。
それに対してさやかは食らったまま防御もせずに反撃に剣を振り回した。
キュゥべえはとっさに避けようとするが避けきれず胴に赤い傷を負った。
(ごり押しで来るのかい?)
そう思っている隙にもさやかはたたみかける様に剣を振るう。
しかし、単純な移動スピードならともかく、攻撃する素早さは武術の型が染み付くほどに鍛えられた
らんまの体のほうが上だった。
700 :38話5 ◆awWwWwwWGE 2012/09/17(月) 22:20:51.40 ID:VtwwSxV/0
振り上げたさやかの腕を払いのけ、ダメージを重ねるようにまたも腹部にパンチを加える。
その衝撃で一瞬動きが止まるが、それでもさやかは強引に剣を振り下ろす。
それもまたきわどく外れ、わずかに衣服を傷つけただけだった。
「そろそろしつこいよ」
キュゥべえはまたも殴り返すが、さやかも反撃をやめない。
「魔女になってもいいのかい?」
至近距離で打ち合いながら、キュゥべえが質問した。
「……魔女に?」
さやかは意外な言葉を聞いたように、首をひねって見せた。
「絶望の感情エネルギーをとるために魔女になるんでしょ?
だったら、絶望しなくていい状態なら、魔力を使いすぎたって魔女にはならない!」
さやかはきっぱりと言い切ったが、キュゥべえは呆気にとられた。
(無茶苦茶な精神論だ!)
確かに精神状態はソウルジェムの濁り方に影響するし、魔女になるには魔力消費だけではなく心理的なきっかけも必要だ。
だが、ソウルジェムを濁らせれば濁らせるほど簡単なきっかけで魔女になってしまうのだ。
限界まで濁ったソウルジェムなら、雨が降って憂鬱だとか、おなかを壊して気分が悪いとか
そんな程度のきっかけで魔女になることもありうる。
(魔女になってくれるのはかまわないけど、結界に巻き込まれるのは困る)
キュゥべえはやむなく、さやかの攻撃をかわしながらソウルジェムを探した。
「……はっ!?」
手刀でさやかの魔法少女衣装をやぶり見つけた、裏地に縫いこまれたソウルジェムを見てキュゥべえは驚いた。
これだけ魔力をつかっているにも関わらず、ほとんどソウルジェムが濁っていないのだ。
よく見ると、中から輝きが溢れ、濁りは脇に押しやられているように見えた。
(これじゃ、いつまでたっても魔力に限界が来ない。あれ――)
魔力制限がほぼない超回復能力持ち。
それが何を意味するか、キュゥべえに分からないはずはなかった。
(――それって、倒せないよね?)
その条件はキュゥべえも同じなのだから、負けは無いのかもしれない。
しかし、こうして殴り合っているのは完全に時間の無駄にしかならないのだ。
キュゥべえは即座に、そのソウルジェムを破壊しようとする。
だが、さやかはその攻撃だけは素早く避け、カウンター気味にらんまの体に斬撃を加えた。
攻撃しながらも、魔力で衣服を繕い、またソウルジェムを隠す。
「くっ、いったんここは――」
「逃がさないよ」
逃げようとしたキュゥべえを、さやかはそのスピードで容赦なく追撃した。
「魔竜昇天破!」
とっさにキュゥべえは闘気技を使った。
さやかは10メートルほど吹き飛ばされ、間合いが大きく開いた。
(これで逃げられる)
キュゥべえがそう思った瞬間、乾いた銃声が鳴り響き、その体を銃弾が貫いた。
「なっ……」
「ふぅ、ギリギリ間に合ったみたいね」
701 :38話6 ◆awWwWwwWGE 2012/09/17(月) 22:24:06.28 ID:VtwwSxV/0
いつの間にか、キュゥべえの背後には巴マミが立っていた。
「おいおい、ボロボロじゃねーか。魔法での回復だけじゃやっぱきついんじゃねーの?」
そう言ってさやかの後ろから、佐倉杏子が現れる。
「マミさん、杏子!」
さやかはうれしそうに顔を上げて立ち上がった。
「美樹さん、よく耐え抜いたわね」
「二人が来ると分かってたから耐えられたんですよ」
調子のいい言葉に、マミはにっこり微笑んだ。
(それが理由なのかい!?)
銃弾に貫かれた体を持ち上げながらキュゥべえは思った。
ソウルジェムの濁りが少なかったのは、仲間が来ると信じていたからだというのか。
「おい、キュゥべえの奴が立ち上がってくるぜ」
杏子が言った。
「ここは三人がかりでいっきに――」
「ダメだ」
さやかの提案を杏子は即座に否定した。
「あら、杏子、どうして?」
マミが疑問を口にする。
「ここであいつをぶっ殺しても、また小動物の体に逃げるだけだ。それより先にまどかを探す方が先決だろう」
「それでも、最低でも誰かが足止めしないといけないわ」
「あたしにいかせてくれ」
杏子はそう言って自分を推した。
「さやかはダメージを食らいすぎだ。マミは……本当はあんまり戦いたくないんじゃねーのか?」
杏子の言葉に、マミは少し意外そうな顔をした。
「ま、まあバリバリ戦いたいって思ってはいないけど――」
たしかに、実のところ、心のどこかでキュゥべえとの平和だった日々を懐かしむ自分がいる。
だが、そんなことを言っていられない事態であることもマミはよく理解しているつもりだ。
「理由はそれだけじゃないでしょ?」
さやかに聞かれて、杏子はニヤリとくちを歪ませた。
「へへ、それにさぁ、乱馬の奴を簡単にやっつけちまうってスゲー敵じゃん。
あたしはあいつに色々仕返しもしたいし……なんて言うか、久々に燃えてきた」
そう言って杏子は無差別格闘流の構えをとった。
「杏子、あんた少年漫画読みすぎ」
さやかは冷静にツッコミながらもマミの手を引いた。
「いきましょう」
しぶしぶながら、マミはさやかとともにその場を後にする。
「へぇ……一人で勝てると思ってるのかい?」
銃弾に貫かれた傷を完治させ、すくっと立ち上がったらんまの体がそう問うた。
「なめんなよ。無差別格闘佐倉流の真髄、見せてやるよ」
杏子はまるっきり少年漫画的な台詞を返した。
***************
702 :38話7 ◆awWwWwwWGE 2012/09/17(月) 22:25:40.72 ID:VtwwSxV/0
「ほれ、とっとと行くぞ!」
らんまは黒い小豚を蹴っ飛ばした。
「ピーッ! ピー!」
小豚は甲高い声を響かせて抗議する。
「ぴーぴーわめくな。マミちゃんや杏子に魔法無駄遣いさせるわけにゃいかねーだろ。
どうせ温泉地なんだから、お湯ぐらいすぐ見つかる。だから、行くぞ」
「ピィィ……」
らんまの言葉に小豚状態の良牙はしぶしぶ従った。
落下中のバスから飛び降りるまではよかったが、落ちた先が川の上だったのが運の尽きだ。
今の天候だと豚になった良牙をお湯で戻しても、またすぐに雨が降って豚になりかねない。
また、大の男でいるよりも、小豚でいた方がキュゥべえにも見つかりにくいだろう。
そういう事情に加えて、バスから落下したときのダメージを回復させるためにマミと杏子に
それなりに魔力を使わせてしまったのだ。
これ以上魔力を無駄遣いさせないためにも、らんまと良牙は変身状態のまま、
まどかが捕らわれている旅館を目指して行くことになった。
とは言え、初めてきた温泉地の谷底にまで落ちたのだ。
正確な道など分かるはずも無く、とりあえず明かりの見えるほうに向かってがむしゃらに進んでいる。
やがて、険しい崖を上りきると、小さな温泉旅館の前に出てきた。
あらぬところから出てきた少女と小豚を、湯治客らしい老人が怪訝な顔で眺めていた。
なぜか、旅館の中からドタバタと何かが暴れまわっている音が聞こえる。
「ピッ?」
「もしかして、誰かがキュゥべえと戦ってんのか!?」
らんまは小豚を肩に乗せて旅館の中に入った。
「ああ、お客様! 今は危険ですので入浴は……」
音が聞こえる露天風呂の方に向かうらんまを従業員が呼び止める。
「危険って何が? 誰かが暴れてんじゃねーのか!?」
「あ、はい、何者かが露天風呂に進入してきて――」
それだけ聞くと、らんまは従業員に構わず、露天風呂に進んだ。
すると――
「おう、すぃーと!」
らんまが身構えるヒマも無く、何者かがその胸に抱きついてきた。
「ひやぁっ!」
らんまは思わず悲鳴を上げる。
「いやぁ、やっぱりニセモノよりも本物の方が 心地がいいのう」
「こんの、ジジイッ!」
らんまはそれを思いっきりぶん殴って引き離す。
「てめー、なんでこんなトコに嫌がる、ババアはどうした!?」
間違えるはずも無い、その何者かは八宝斎その人だった。
「ん、ああ、それがじゃな――」
かくかくしかじかと、八宝斎は事情を語り始めた。
「つまり、キュゥべえの奴に負けてここまで逃げた挙句、女風呂に侵入したはいいが
人っけがないから、女を探してあちこち暴れまわったと……」
「うむ、そういうことじゃ」
703 :38話8 ◆awWwWwwWGE 2012/09/17(月) 22:26:26.36 ID:VtwwSxV/0
八宝斎はなぜか自信満々に語った。
その直後、再び八宝斎がボコボコにやられて従業員のもとに引き出された言うまでもない。
707 :39話1 ◆awWwWwwWGE 2012/10/07(日) 18:07:51.49 ID:6IT7ONUf0
またたくヒマも無いような、めまぐるしい速度で二つの赤い影が飛び交った。
(確かに乱馬の奴より速い、だが……)
間断なく繰り出される攻撃を杏子は的確にひとつひとつさばいていく。
(!? 来るっ!!)
魔力の放出を感知し、杏子はとっさに槍を召喚した。
それと同時に今までよりも強力でスピードも乗ったパンチが顔面に向けて飛んでくる。
ギリギリのところで、拳は槍の柄に当たって止まった。
魔法で作った丈夫な槍の柄がぐにゃりと折れ曲がる。
「うわっ、さすがにこれは素手じゃさばけねーな」
杏子は冷や汗を流し、折れた槍を修復した。
「乱馬と同じ流派を習った割には手堅い戦い方をするね」
らんまと同じ顔をした、だが全く異なる存在がそう語りかけてくる。
「あたしが習ったのは天道流の方だ。奇策と勢い任せの早乙女流と一緒にされちゃ困るね」
「ボクにはその違いはよく分からないけど、魔法と格闘の両方を高いレベルで身に付けたキミの存在は厄介だ」
そう言ってらんまの体に入ったキュゥべえは再び襲い掛かってきた。
「違いが分からないか……」
待ち構える杏子はリーチの長い槍で先制攻撃をする。
案の定、キュゥべえはあっさりとそれを避けた。
「だろうな、あんたは全然その体を使いこなせてない」
普通なら攻撃を避けられてそのまま向かってこられたら防御が間に合わないだろう。
拳を振り下ろすキュゥべえに対し、杏子は槍を消して即座に防御に移った。
そうすることで、槍を戻す手間をはぶき、素早さの勝る相手にも対処できる。
杏子は余裕を持ってキュゥべえの攻撃を防いだ。
「単調なんだよ!」
そして、その腕をとって強引にひねる。
すると、らんまの体はバランスを崩し、地面に倒れ伏せた。
即座に、杏子は槍を召喚してその背中に突き刺そうとする。
さすがにそれは唐突に現れた畳によって防がれた。
「がっかりだ。スピードとパワーに任せてるだけで予想外の動きのひとつもありゃしねぇ。
本物の乱馬はどんだけ研究しても予想通りになんていかねぇぜ」
「……ふぅん、それじゃこれはどうかな?」
見下ろす杏子の視線から畳で隠し、キュゥべえは思い切り地面をぶん殴った。
かなり魔法で威力を水増ししたパンチだったらしく、杏子の足元の地面が大きく崩れた。
「おっ?」
杏子は谷間に落下していく。
しかし途中で槍を召喚して崖に突き刺し、その上に乗って底まで落ちるのを防いだ。
そこに、間髪いれずにらんまの体が飛びかかってくる。
その右腕は先ほどのパンチで潰れたらしく血まみれであらぬ方向に曲がっていた。
杏子は大きく上に飛びあがってキュゥべえの攻撃を避け、同時に足場になっていた槍を消した。
キュゥべえは素早く崖の小さなデコボコに飛び移り、そのまま切り立った崖を駆け上がってくる。
まずは着地しようとすると思ったのだろう、キュゥべえは杏子が足場にできそうな場所に陣取って待ち構えた。
708 :39話2 ◆awWwWwwWGE 2012/10/07(日) 18:09:56.95 ID:6IT7ONUf0
が、杏子は崖から距離を保ったまま落下し、すれ違い様に槍を一閃させた。
防御に前に出したらんまの左腕が、瞬時に切り落とされた。
「へっ、ダルマにされちゃお手上げだろ……って手なんてあげれねーか!」
杏子はキュゥべえよりかなり下に落ちたところで斜面に着地した。
そして、一気に駆け上がる。
「ついでに脚も切り落として、何もできねーようにしてやるよ!」
杏子は登りきると、右腕が潰れ左腕が切り落とされたらんまの体に襲い掛かる。
それも念を入れて腕を切り落とした左側からだ。
ドスッ
だが、突き刺さったのは杏子の槍ではなくらんまの拳だった。
「――ぐ?」
おかしなことに、無いはずのらんまの左腕が杏子の腹部に突き刺さっていた。
口から血を流しながら杏子は仰向けに倒れる。
(腕を……生やしたのか? くそっ、反則だろそれ!)
杏子は追撃を恐れて横に転がった。
そのすぐ横に振りおろされた拳が地面をえぐる。
(仕方ねえ、このまま落ちる!)
やられてしまうよりは下に落ちたほうがましだ。そう判断した杏子はわざと自分が登ってきた崖のほうに転がった。
が、落ちる直前で服をつかまれ、強引に山側へ投げ飛ばされた。
そして激しく木に叩きつけられた。
「ッが……あぁ」
先ほどの腹部への打撃に続いて、今度は背中だ。
杏子は内臓が圧迫されて、満足に声も出ない。
『てめー、一瞬で腕一本生やすなんざ、乱馬の魔法のレベルじゃねーだろ』
杏子はぼろぼろの体で目だけはらんまの体をにらみつける。
「ああ、乱馬ではあり得ないぐらいの魔力を使ったよ。物足りなかったんだろう? 丁度いいじゃないか」
らんまの顔は澄ましたままの微動だにしない表情で杏子に視線を返した。
『そーいう、物量任せでしか勝てないあんたみたいな奴がつまんねーって言ってんだよ』
「武闘家じゃないボクには勝ち方にこだわる理由がないからね。
まあ多少魔力がもったいないけど、キミたちを始末して鹿目まどかを契約させれば十分元は取れる」
『へ、言い訳かよ、情けない奴だぜ全く』
テレパシーで減らず口を叩きながらも、杏子は必死で頭を回転させていた。
もう時間稼ぎは十分だから、本来ならば逃げたいところだ。
しかしこれほどダメージを受けては逃げることもままならない。
かと言って攻撃に回っても、あんなデタラメな回復能力をもつ相手を倒せるほどの技は持ち合わせていない。
(やべぇ、対抗策がねーじゃん、こんなトコで終わりかよ!?)
そんなことを考えているうちにもらんまの体に入ったキュゥべえは歩み寄ってくる。
(ま、仕方ねーよな。あたしの勝手な願いで家族を巻き込んで、その後も生きるためとはいえ悪いことやってきたし、
ここらで死んじまうのが当然の報いだよな。最後のほうは結構楽しかったしそんなに悪くも――)
すぐ目の前まで、その最後が迫ってきた。
両腕をきっちりと回復させて、今なら全力のパンチが撃てるであろう。
そしてその表情は何事もなかったかのように涼しい。
709 :39話3 ◆awWwWwwWGE 2012/10/07(日) 18:10:37.93 ID:6IT7ONUf0
(でもやっぱ、こいつにこのままやられるのはシャクだな)
杏子はキッとその人物を見上げる。
結局、最後までこのキュゥべえとかいう訳のわからない化け物に人生狂わされっぱなしで終わるのか。
この体の持ち主――早乙女乱馬にも結局まだ勝ててない、何の借りも返せていないじゃないか。
ならば、マミには借りを返したか? いや、できていない。マミを魔女から元に戻したのはまどかの功績だ。
(ふざけんな、こんな何もできてねーままくたばれるかよ)
ほとんど見えないほど速いパンチが、杏子の目の前に迫る。
その拳は、勢いよく杏子の頭を跳ね飛ばした。
……はずだった。
「これは?」
キュゥべえは意外そうな声を上げた。
そのパンチは何の手ごたえもなく杏子の頭をすり抜けた。
そして、まるでビデオゲームの敵キャラのように、攻撃を受けた杏子は跡形もなく姿を消したのだ。
「後ろ?」
魔力を感じキュゥべえが振り返るのと、槍が突き出されたのはほぼ同時だった。
身をひねったおかげでその槍は避けたが、杏子は先ほどまでのダメージが嘘であるかのように俊敏に攻撃を繰り出してくる。
後手に回ったキュゥべえはかろうじて避け続けた。
「へっ、どうだ? てめーも久々に見ただろ」
杏子が横なぎに大きく槍を振ると、キュゥべえは後ろに飛んでいったん距離をあけた。
「『ロッソ・ファンタズマ』かい……まさかまだ使えるとはね」
「幻術っていえよ、そのロッソなんとかって恥ずかしいから」
そう答えて杏子は左手でくいっと「カモン」のジェスチャーをした。
それと同時にキュゥべえの左右からもう二人の杏子が現れる。
「やれやれ……キミもだいぶん物量任せじゃないかい?」
三人の杏子に囲まれて、らんまの体はゆっくりと構えをとった。
***************
波間を漂うように、何もかもがあやふやで朦朧としていた。
高熱のせいで五感がマヒしているのだろう。暑さも寒さもくるまっている布団の肌触りも、すべてが鈍く感じられる。
たかが雨に濡れただけでこんなになってしまうわが身が疎ましい。
ほむらは生まれてきてから今まで何度も味わった苦痛と自己嫌悪を今もまた味わっていた。
「うーん、全然減ってないアルな。中華粥は口に合わないアルか?」
あのムースとかいう男の代わりに来たという、中国人女性がつぶやいた。
口に合うとか合わないとかそんな問題ではなく、この状態では水ぐらいしか体が受け付けないのだ。
漢方の国の住人ならそのぐらい分かってほしいものだとほむらは思う。
「でも、日本の粥って何で味付けするアルか? 醤油? 米酢? うーん、分からないネ」
「や……めて……」
変な料理を食べさせられそうなので、ほむらは可能な限りの声を張り上げた。
「!? どうしたアルか?」
それがうなされているようにでも見えたのか、この青い髪の中国人は心配そうに顔をのぞきこんできた。
のどが痛くて話して説明するのはつらい。
『水だけでいい』
710 :39話4 ◆awWwWwwWGE 2012/10/07(日) 18:12:20.79 ID:6IT7ONUf0
ほむらはテレパシーでそれだけを伝えた。
「水分が欲しいアルか。ミネラルウォーターとウーロン茶があるネ」
青髪の中国人ことシャンプーは二つのペットボトルを並べて差し出した。
ほむらはどちらでもいいと、適当に手を伸ばしウーロン茶のペットボトルに触れた。
シャンプーはほむらがしんどそうだと見て、いったんウーロン茶を取り上げてふたを開け、そのままほむらの口にあてがう。
そして、ゆっくりとウーロン茶がほむらの口の中にそそがれる。
(……え? あまい!?)
思わずほむらはむせて、ウーロン茶を吐き出した。
(ウーロン茶が甘いなんて)
むせるという動作すら、ほむらにとっては激しい運動である。
「どうしたアルか!?」
あせるシャンプーをよそに、ほむらはぐったりと倒れた。
(まずい、このまま死ぬかも……)
このひ弱な体質ゆえに死ぬというのは予想できることだし、覚悟もしていたが
甘いウーロン茶の奇襲にやられたなんて冗談みたいな死にかたはゴメンだ。
死、以外にこの苦しみから逃れる方法がたった一つだけある。
ほむらはもがきながら、黒い宝石に手を伸ばした。
それはもとは紫色に光っていたほむらのソウルジェムだ。
今までに『ワルプルギスの夜』との戦いで負った傷が時間をさかのぼったら治っていることがあった。
キュゥべえ……インキュベーターが言うには、ほむらの能力はタイムスリップというより異世界への移動だという。
傷が治っているということは、異世界へ移動しているのは体ではなく魂だけで、
移動した先の世界で新たに『暁美ほむら』の体を手に入れるということになる。
その証拠に、成長期にあるはずのほむらが何度この一カ月を繰り返しても身長が伸びていないのだ。
だから、その能力を使えば高熱にうなされている今のこの状態からは逃げられる。
(結局、貧弱な『暁美ほむら』の体からは逃げられないけどね)
どうせ一度魂と体が分かれるならば、もっとまともな体に乗り移れたらいいのに。
そんなことを思いながらほむらは内心苦笑した。
魂だけの存在で体を乗りかえていくなんて、あのインキュベーターにそっくりだ。
インキュベーターを死ぬほど嫌っている自分がそれにそっくりなことにほむらは皮肉を感じたのだ。
(え? 魂だけ?)
どこかで、ほむらはそんな言葉を聞いたような気がした。
そしてしばし、頭を働かせる。
「……勝てるっ!」
突如、ほむらはがばっと上半身を起こした。
「わっ!? どうしたアルか?」
いきなりの元気っぽくなったほむらに、シャンプーは目を疑った。
「今すぐ私をまどかがさらわれた場所まで連れてって頂戴、早く!」
魔力で無理やり体調を回復させて、ほむらはシャンプーをせかす。
「安静にするアルね」
「そんなこと言ってる場合じゃないのよ! 確実にまどかを守るためにはあいつを倒すしかないの!」
ほむらは猛烈な勢いでシャンプーに迫った。
711 :39話5 ◆awWwWwwWGE 2012/10/07(日) 18:13:43.02 ID:6IT7ONUf0
***************
「おぬしら、ここにおったか」
「おばあさん!」
人気のない温泉街の十字路で、コロンとマミは出くわした。
マミの後ろにはなびきとさやかもいる。
「すまぬ、ワシは逃げるので精いっぱいじゃった」
「それは私もです」
コロンがあやまると、さやかはとんでもないといった感じで首をふって見せた。
「杏子が今足止めをしてるから、あと良牙さんと乱馬さんで全員ですね」
マミが面子を確認する。
「それと、ハッピーもじゃ」
「ああ、おじいちゃんはどうでもいいでしょ」
コロンは自分が連れてきた手前八宝斎の心配をしたが、その同居人であるなびきはあっさりと切り捨てた。
「で、どうするの? まどかちゃん探す? それとも先に乱馬くんたちと合流する?」
「先に鹿目さんを探しましょう。良牙さんや乱馬さんならすぐに合流しなくても大丈夫だと思います」
マミの言葉に一同がうなずく。
「そうと決まれば、テレパシーで探しますか? 意外とこの温泉街広いですし」
「そうじゃの、杏子がヤツの足止めをしておるのなら隠密にする必要もなかろう」
そうしてさやかが早速、各温泉宿にテレパシーを飛ばした。
『さやかちゃん!』
やがてまどかの反応が返ってくる。
『えへへ、助けにきたよ。まどか、今どの旅館にいるかわかる?』
『えっとねぇ――』
『そうか、分かった。すぐいくからそこで待っててね』
さやかは会話を手短に切り上げた。
「で、どこか分かったの?」
「ええと、地図ある?」
マミの質問に対して、さやかは地図上を指さすことで答えた。
「ふむ、一番奥じゃのう」
「今いるのが多分ここだから……あら、結構時間かかりそうね。
あんたたちだけでも先に行ったら?」
コロンがつぶやき、なびきが提案する。
「いや、それはやめた方がいい!」
そこに、腹部を抑えながら杏子が現れた。
「杏子、無事だった?」
「ああ。いちおうまだ時間稼ぎはしてるけど、そろそろ限界だ。
キュゥべえの奴に襲われる可能性があるから今は戦力を分散させない方がいい」
そう言って、杏子は地面にへたりこんだ。
それをマミが急いで回復魔法をほどこす。
「『まだ時間稼ぎしてる』ってどういう意味?」
さやかは首をかしげて杏子に聞いた。
「それはだな……ごほっ」
712 :39話6 ◆awWwWwwWGE 2012/10/07(日) 18:15:14.67 ID:6IT7ONUf0
杏子は説明しようとするがタイミング悪くせき込んだ。
そこですかさず、マミが説明を代弁する。
「みんな知らないでしょうけど、杏子には幻覚の魔法があるわ。
その名を……『ロッソ・ファンタズマ』!」
「ごほっ、げほっ」
マミの説明を聞いて杏子はなおさら激しくせき込む。
「ちょっと事情があって使えなくなってたんだけど、ついに『ロッソ・ファンタズマ』が復活したのね」
感慨深い様子でマミは語る。
怪訝な顔でマミと杏子をながめる一同に、呼吸を整えてから杏子は答えた。
「それはこいつが勝手に付けた名前だ」
そう言ってマミを指さす。
「えへ、まあね」
指さされた当のマミは恥ずかしがるというよりはどこか誇らしげだった。
「う、うん、まあいいんじゃないのかな」
「そ、そうね。いい名前だと思うわ」
「西洋の語感がよくわからんが、いい響きじゃないかの」
残り三人は、それぞれ心のこもっていない賛辞を送った。
***************
(これで、最後だ)
らんまの体に入ったキュゥべえは魔力で強化した拳で杏子の腹を貫いた。
すると、その杏子はまたもゲームの敵キャラのように跡形もなく消え去った。
「……やられたね、三体全部、『ロッソ・ファンタズマ』だったとは」
これだけの幻覚を操り続けるだけの魔力があれば、本物の自分の体を回復させることだって容易だったはずだ。
そうでありながら杏子は仲間のために時間稼ぎすることを優先したのだろう。
(あの土壇場で、大した判断力だ)
魔法少女としてはベテランだけに基礎力が高く、幻影を操る特殊能力を持ち、
格闘技により接近戦では並みの魔法少女は相手にならないだろう、そして判断力も十分。
(この一カ月で杏子は対人、対魔法少女なら最強に近い魔法少女に育ってしまったのかもしれない)
キュゥべえが手駒として動かせる状態の時は、杏子はそれほど強くもなかったはずだ。
「人間はこういうのを『皮肉』っていうのかな?」
そんなことをつぶやくと、キュゥべえは素早くその場を飛び去った。
718 :40話1 ◆awWwWwwWGE 2012/11/18(日) 12:21:31.19 ID:ki0GIFXC0
「おい、乱馬聞こえたか?」
湯につかりながら、良牙が言った。
「ああ。ジジイがまだうめいてやがる」
らんまは吐き捨てるように答える。
その視線の先にはボコボコにされ、さらに縄で縛られた八宝斎の姿があった。
「バカか、おまえは。今はジジイなんぞどうでもいい。マミちゃんのテレパシーが聞こえなかったのか?」
「いや、全然」
らんまはオーバーに肩をすくめて答えた。
「お前、魔法少女じゃなくなったらおれより素質ないんだな」
良牙は思わずあきれた。
らんまは風呂には入らず、女の状態で服を着たまま浴場に居た。
キュゥべえ曰くでは男より少女の方が魔法の素質があるというのに、
女の状態のらんまは良牙が聞き取れたテレパシーすら聞こえないらしい。
「まあいい。マミちゃんの話では、キュゥべえがこの近くを通るだろうということだ。
マミちゃんたちがまどかちゃんを助け出すまで足止めするぞ」
「そういうことか。へ、おれに二度の負けはねぇ。キュゥべえだろうが何だろうがかかってきな」
らんまは拳をつかんで腕を鳴らす。
「だったら、はやく湯につかって男に戻れ。魔法が使えないんじゃ女のままでいる意味がないだろ」
しかしこの良牙のもっともな言葉に、らんまは首を横にふった。
「いいや、おれはこのままでいい。じゃねぇとリベンジにならねーからな」
「こんな時にくだらないこだわり持ちやがっていいから入れ!」
そんならんまを良牙は強引に引っぱって浴槽に連れ込もうとする。
「わぁ、やめろ!」
らんまは抵抗をこころみるが、パワーでは良牙にかなわず引きずられる。
「分かるか、らんま? 女の状態のお前じゃおれに抵抗することすらできないんだ。
それでアイツに勝てると本気で思うのか?」
「ちょ、待て、引っぱるな! 服がやぶけ――」
その時、ガラリと浴場の扉が開いた。
「お客様、どうかなさいまし――きゃぁああああ!」
扉を開けた従業員は悲鳴を上げた。
男湯に女がいることも問題だが、それが主な原因ではないだろう。
うら若き少女を強引に引っぱる荒々しい男。
引っぱられたせいで少女の着衣は乱れ、今にも胸元がのぞけそうだ。
そして、横には全身に打撲を負って縛られている老人。
誰がどう見ても、危険な状況にしか思えないだろう。
「……い、いえ、何でもありません」
加害者にしか見えない良牙は、固まった。
「うんうん、なんでもない、なんでもなーい」
被害者にしか見えないらんまはとっさに平気な顔をして首をふって見せた。
****************
「絶対、誤解とけてねーな、アレ」
「おれとしたことが……」
719 :40話2 ◆awWwWwwWGE 2012/11/18(日) 12:22:13.87 ID:ki0GIFXC0
逃げるように温泉宿から出てきた良牙はひどく落ち込んでいた。
「ありゃ、マジで警察呼ばれるかもなぁ? おれが被害者だって言えばおめーはもう一発でアウトなわけだ」
らんまは良牙を気遣うどころかむしろ追い込んだ。
「キサマ、おれを脅す気か!?」
良牙はいきおい、らんまの胸倉につかみかかる。
しかしらんまは落ち着いていた。
「ふ……良牙。おれは事実を言ってるだけだぜ」
「ぐぐ……」
「それに、おめーは警察に捕まってもブタに化けりゃすぐ逃げられるだろ?
まー、前科ついちまうのは仕方ねーけどな」
らんまはあくまで平静を装うが、その目は喜色を隠し切れていなかった。
「ぐぐ……」
「あ、でもおめーはブタだしブタ箱に入ってた方がいいかもな。
ブタがブタ箱行き、ちょうどいいじゃねーか!」
「やっぱり、許せねぇ!」
たび重なる悪口に、良牙はついにキレてらんまに殴りかかった。
らんまはそれをひょいと避けると、アッカンベーをして幼稚な挑発をはじめる。
「相変わらずのれーな、トンマのおめーにゃやっぱブタがお似合いだぜ」
「ぶっ殺す!」
良牙はさらに怒りを増して、らんまに攻撃を続ける。
らんまは軽快にかわし続けた。
「待ちやがれ!」
爆砕点穴で良牙はそのあたりの岩を破壊した。
その破片が飛び散って広がる。
爆砕点穴は人体に直接的にダメージを与えることはできないが、こうして岩を壊せば、
ちょこまかと逃げ回る相手には有効な範囲攻撃となりうる。
「ちょ、ここでそんな技を……いてっ!」
小さな岩の破片が足に当たり、らんまはバランスを崩して尻もちをついた。
そこに容赦なく、良牙の鉄拳が迫る。
「うひゃあっ!?」
らんまは腕を軸に体を回転させてきわどくかわし、立ち上がるとバックステップを踏んで逃げる。
「おー、あぶね。バカは加減を知らねーから困るぜ」
「キサマ、まだ言うか」
そう言いながら、良牙は追撃しようとらんまとの間合いを詰めた。
ヒュン
その時だった。
ふいに尖った石が飛んできて、らんまと良牙の間をすりぬけた。
「ん?」
「今のは……」
とっさに二人はふりかえる。
そこには黒い衣装を来た、らんまそっくりの少女が立っていた。
「へぇ、小競り合いに夢中になってるかと思ったら、意外と避けられるんだね」
720 :40話3 ◆awWwWwwWGE 2012/11/18(日) 12:23:09.12 ID:ki0GIFXC0
その口調に二人は聞き覚えがあった。
「キュゥべえ、てめぇ!」
「へ、まんまとおびき寄せられやがったな。こうやってバカ騒ぎしてりゃ来ると思ってたぜ」
らんまの言葉に、良牙は顔をきょとんとさせた。
「乱馬、おまえそういうつもりだったのか?」
「ああ。だが、それだけじゃねぇぜ。おめーは風呂上がりな上に闘気を発散してくれて熱気がたまっている。
それに対して、おれは風呂にもつからず雨に濡れたり川に落ちたりしたまんまで結構冷えてる」
「……まさか!?」
「なんだって?」
キュゥべえと良牙の驚きの声が重なった。
「良牙、ぶっ飛びやがれ!」
らんまの声と同時にすさまじい竜巻が起こり、キュゥべえと良牙は高く巻き上げられた。
もっとも、前置きをおいたせいか、キュゥべえも良牙も身構えていて気を失うほどのダメージは受けていない。
「この程度のダメージでどうにかなるとでも思ったのかい?」
キュゥべえは空中で体勢を整えて、下に向かう。
「乱馬、きさまぁっ!!!」
一方の良牙は、怒りが絶頂に達していた。
迷わずその怒りを闘気のエネルギーに変えていく。
そして乱馬は、地上でキュゥべえを待ち受けていた。
「へ、来ると思ってたぜ! 喰らえ、猛虎高飛車!」
予想通りに進んでいることに、気を良くしたのか、その猛虎高飛車はかなり大きい。
そして上からは特大の獅子咆哮弾が迫ってくる。
「しまっ――」
キュゥべえが気付いた時にはすでに遅かった。
二つの巨大な闘気に、キュゥべえはなすすべもなく挟まれた。
「へ、これならひとたまりもねーだろ」
やがて、ぶつかり合った闘気のかたまりは混ざり合って激しく爆散した。
そして、その後に現れたのは、黒こげになったタタミのかたまりだった。
「乱馬、このやろう!」
無事に着地したらしい良牙がらんまにかけよってくる。
「おい、それよりアレ……」
らんまはドサッと落ちた焦げたタタミのかたまりを指さした。
「ち、あとでブチのめしてやる」
そう言って二人はそろりそろりと黒こげの物体を取り囲みながら近づいた。
神経をとぎすませても、闘気らしきものは感じられない。
それがかえって、不気味に感じられた。
爆発に紛れてどこかに姿を消しているのか、それともタタミの下で気絶や死亡しているのか。
じりじりと近づいても、全く反応はない。
「ええい、時間をかけてもしかたない!」
業を煮やした良牙は一気に近づいてタタミをひっくりかえした。
そこにはボロボロになった女らんまの姿があった。
721 :40話4 ◆awWwWwwWGE 2012/11/18(日) 12:24:09.19 ID:ki0GIFXC0
「……動かねぇな」
衣装も肌もいたるところに傷や焼けたあとが残るそれを見て、良牙は安心しかけた。
その次の瞬間、それは、焼け焦げた体のまま立ち上がり、凄まじい力で良牙の首を絞めた。
「なっ!?」
そうしながら、女らんまの体は少しずつ焼け焦げた細胞をよみがえらせ、傷口をふさいでいく。
どう見てもゾンビだった体が徐々にらんまらしくなっていった。
「やれやれ、中々来てくれないから困ったよ。
とは言え、キミたちにとってもボクがまた小動物の体に戻ったら面倒なはずだから
倒れてる所に追い打ちをしないという確信はあったけどね」
キュゥべえがその台詞をしゃべり終える時にはすでに体は完全に回復していた。
「ぐ……ぐぐ」
良牙は絶え絶えの息をもらしながら手足を振って抵抗する。
そのうちの一発のパンチがたまたま頭にあたり、キュゥべえは思わず良牙の首から手を離した。
その瞬間を待っていたかのように、らんまはキュゥべえに襲いかかる。
キュゥべえはすばやく最初の一撃をガードすると、すぐさま反撃に出た。
連続で拳を繰り出す、いわゆる火中天津甘栗拳だ。
「らんま、距離を取れお前にそれはかわしきれな――へ?」
良牙はアドバイスを出しかけて言い切る前に止めた。
なんと、らんまは火中天津甘栗拳を一撃一撃正確にさばいているのだ。
そして、偽らんまことキュゥべえの腕を左腕で跳ねのけると、間髪いれずに右の正拳突きを繰り出した。
直撃こそはしなかったものの、かすった拳が頬に大きな切り傷を作った。
キュゥべえはとっさにらんまを蹴り飛ばして距離をとる。
らんまは蹴り飛ばされこそはしたものの、しっかりガードをしていたのでダメージは負っていない。
「良牙、おれがニセモノの火中天津甘栗拳に負けるとでも思ってたのかよ?」
らんまは自信満々にそう言い放った。
「え? いや、だって、前は負けてたじゃん」
良牙はきょとんとして言った。
*********************
「みんな!」
出会いがしらに、まどかはその集団に飛びついた。
「わっ、ちょっとまどか」
「うわっ」
「か、鹿目さん」
旅館のロビーのど真ん中である。
客はいなくても従業員には見られている。
「だって、とってもさびしかったし不安だったんだもん」
まどかが、ひとりひとりにおもいきり抱きつき、抱きつかれた少女たちは恥ずかしがった。
「はいはい、よく頑張りましたっと」
ただし、なびきを除いて。
「よしよし、エイミーも頑張ったね」
さやかはまどかのそばにいた黒猫を拾い上げる。
「これで、あとはムコ殿たち三人と合流すれば全員じゃな」
722 :40話5 ◆awWwWwwWGE 2012/11/18(日) 12:24:53.75 ID:ki0GIFXC0
再会の喜びを表すのがひと段落したところで、後ろにいたコロンが前に出た。
「あとは、全員でキュゥべえの奴をとっ捕まえてやりゃいいんだな」
杏子の言葉に、マミがうなずく。
「ええ。今は良牙さんと乱馬さんが戦っているはずだから、急ぎましょう」
そこで、さやかが首を横にかしげた。
「でも、良牙さんと乱馬さんに足止めを頼んでよかったんですか?
今ごろまだ持ちこたえているかどうか――」
以前に乱馬がキュゥべえに惨敗したということを聞いているさやかは不安になっていた。
「大丈夫だよ、良牙さんも乱馬さんも負けないよ!」
まどかは根拠のない自信を持って答える。
「まどかちゃんに言われてもねぇ」
なびきが遠い目をしてつぶやく。コロンも不安げに思案している様子だった。
「大丈夫です。二人ならそう簡単にとどめを刺されることはありませんし、
今の乱馬さんは基礎能力ではキュゥべえが化けたニセモノより強いはずです」
そこに、マミがきっぱりとそう言った。
「わからねーな。あたしもキュゥべえが魔法抜きでも乱馬より上だとは思わねーが、
スピードやパワーはキュゥべえの偽乱馬の方が上だった。少なくとも、女の乱馬よりはな」
杏子も自信満々のマミに疑問をいだく。
「杏子、あなたがいままで戦ってきた乱馬さんは女の状態でも男性の下着を着けてたんじゃないの?」
「ん? ああ、そうだけど?」
マミの逆質問の意図が分からず、杏子はけげんな顔をした。
「それに対して、キュゥべえは私と良牙さんが戦ったときは普通の女性下着を、
それから後は新体操用のレオタードを身につけているわ」
「それが一体……?」
さやかも頭をひねる。
「あ、そっか」
そこで、なびきが何かに気づいたらしく手をポンと叩いた。
「ブラもつけずに激しい運動なんかできるわけないじゃない」
「え?」
「は?」
杏子とさやかの声が重なる。
「その通りです。ノー じゃどんなに運動神経がよくても胸が邪魔で動きが鈍ります。
それに対してキュゥべえは運動に適した格闘新体操用のレオタードを着ている……
これで同じ体なら、かなりの差が出て当然です」
マミの回答に、杏子とさやかはポカンとした。
「おお、それもそうじゃ。年をとってそんな当たり前のことすら忘れておったわい」
コロンはいかにも謎が解けてスッキリしたという顔をしていた。
「そうそう、あたしだってテニスとか運動するときと普段着では下着を変えてるわよ。
男だからって、女の体でも下着を着けないっていうのは大きな間違いね」
見事答えを当てたなびきは少し得意になってうなずいた。
『なあ、おまえはこの回答を理解できるか?』
杏子はひそかにさやかにテレパシーを送った。
『ううん、全く。っていうか初めてマミさんに殺意がわいた』
『ああ。昔からむかついたことはあったが、これほど腹が立つのは初めてだ』
723 :40話6 ◆awWwWwwWGE 2012/11/18(日) 12:26:17.54 ID:ki0GIFXC0
そんな二人をよそに、コロンが話を進める。
「じゃが今のムコ殿なら、ニセモノより強いというのはどういうことじゃな?」
「乱馬さんは今、完璧な下着をつけてるんです。100%本人の体に合わせて作った『魔法のブラ』を」
マミの答えに、一同はピンときた。
ここに来る前に、乱馬とマミは何やら二人で話していた。
そして、バスに乗ってから乱馬は一度も男になっていないのだ。
キュゥべえの偽らんまが身につけているのは運動に適したレオタードとは言え、しょせんは他人のものだ。
一方、らんまが今身につけているのは、マミのリボンの魔法で作った100%ジャストフィットの特注品。
同じ体を使うなら、どちらが強いかは明らかだ。
『……でもやっぱ』
『ムカつくよなぁ』
さやかと杏子がそんな密談をしていると、まどかがおずおずとしゃべり始めた。
「えと……」
『これは、まさか抗議を!?』
『さすが、あたしはやる時はやる奴だと思ってたぜ』
さやかと杏子は、まどかが恥を負うことを覚悟で自分たちの気持ちを代弁してくれるのかと期待を膨らませた。
「下着でそんなに運動が違うんですか? わたし、胸が痛くなるから運動嫌いになってたんだけど……」
まどかのその言葉に、杏子とさやかは顔面を硬直させた。
(なん……だと?)
(まどか、あんたもそっち側なの!?)
小学生時代からまどかと一緒にいて、まどかの運動嫌いの理由をさやかは今まで知らなかった。
その理由がまさか「それ」だったとは、さやかは何かに裏切られた気分だった。
一方、杏子は本当の敗北というものを思い知った気がした。
「ええ。体育の授業なんかもずいぶん変わるはずよ。良かったら、今度一緒にブラ選ぼうか?」
「はい!」
少し顔を赤らめながら、まどかはマミの誘いに対して首を縦にふった。
バンッ
「話はそこまでだ!」
そこで唐突に、杏子は槍の柄で地面をたたいた。その形相は険しい。
「そんな話をしてる場合じゃないでしょ、早くキュゥべえの奴を倒しに行くよ」
まるで般若のような怒りに満ちた面持ちで、さやかが言った。
「ニャー!」
二人の気合が伝わったのかエイミーも叫ぶ。
「え、ちょ、杏子、ここで槍は――」
「さ、さやかちゃん、なんか怖いよ」
マミとまどかは、なぜ杏子とさやかが急にこんな表情になったのか分からずオロオロする。
「まー、気持は分からなくもないけど、その怒りはキュゥべえちゃんにでもぶつけなさいよ」
なびきはため息をもらしながら杏子とさやかをさとす。
「わかってるっての! ギッタギタのケッチョンケチョンにしてやらぁ!」
「ああ。半殺しじゃすまさないよ」
二人の士気はすでに限界まで高まっているようだった。
724 :40話7 ◆awWwWwwWGE 2012/11/18(日) 12:27:17.41 ID:ki0GIFXC0
「ほほう、頼もしい限りじゃのう」
「いえ、美樹さん、殺しちゃったらまた小動物になって逃げられるから半殺しですまさないと――」
いかにも微笑ましいといった感じでにやけるコロン、それに対して事情が呑み込めていないマミは
あたふたと二人のテンションを抑えようとする。
「つべこべ言ってないで行きますよ!」
「グダグダ言ってると先にあんたをぶっとばすぞ!」
しかし、二人はマミが思わず「ひっ」と悲鳴をあげるほど異常なテンションで、マミを引っぱって旅館から出て行った。
「え、あの? さやかちゃんと杏子ちゃん、どうしちゃったの?」
まどかはおびえていた。
「んー、まあ、無理して分かることもないわ。それより、あたしたちも行くわよ」
なびきは頭に疑問符をいっぱいかかえたまどかの手を引いた。
「……定めじゃ」
静かになった旅館のロビーに老婆の言葉だけが静かに響いた。
730 :41話1 ◆awWwWwwWGE 2012/11/23(金) 01:08:53.90 ID:8yV2yNpC0
「猛虎高飛車!」
間合いをあけられたらんまは、飛び道具で攻撃を仕掛けた。
「魔龍昇天破」
キュゥべえも水平打ちの魔龍昇天破を繰り出して応戦する。
互いの出した技はぶつかり合い、はじけ飛んだ。
「それっ、もういっちょう!」
らんまは立て続けに猛虎高飛車を放った。
キュゥべえもまた、魔龍昇天破で対抗しようとする。
「……!?」
しかし、出てきた竜巻は扇風機の風ように弱い力で、涼しいだけだった。
やむなく、キュゥべえは回避に行動をきりかえるが、反応が遅れたために左手が猛虎高飛車の光の玉に当たった。
「へ、バカやろーが。飛龍昇天破は溜まった闘気を使う技だ。連発できるモンじゃねー」
すでに次の猛虎高飛車をためているらんまは、その勝ち気をますます膨らませた。
「そして、感情がないおめーには猛虎高飛車や獅子咆哮弾は使えない。
遠距離戦なら一方的におれが有利なだけだぜ!」
さっきまでよりもさらに大きくなった猛虎高飛車がキュゥべえをおそった。
「それなら、距離を詰めるとするよ」
簡潔にそれだけ言うと、キュゥべえの――黒いレオタードを着た偽らんまの姿が消えた。
そして、次の瞬間には、それは本物のらんまのすぐ目の前にまで迫っていた。
さすがに猛虎高飛車を放ったばかりで防御も反撃も間に合わない。
しかし――
ドスッ
かなりの速度で飛んできた唐傘が、キュゥべえの入った偽らんまの頭にヒットした。
「ヤバくなったら魔法に頼ってありえない動きやパワーを引き出す。そのパターンはもう読めてるぜ」
唐傘を投げたのは、もちろん良牙だ。
「おっしゃ、ナイス良牙! このままたたみこむぜ!」
らんまはためらいなく倒れたキュゥべえにとびかかった。
キュゥべえが寝返りをうって、らんまの攻撃をかわすと、その先にはすでに良牙がまわりこんでいた。
回避は間に合わないが、分かりやすい動きだったためキュゥべえは良牙が狙ってきた頬のあたりを魔法で硬化させる。
「ぐっ」
よほど堅くしたのだろう、なぐった良牙の拳から血がにじんだ。
それでも、良牙は気に留めず攻撃をつづけてくる。キュゥべえはギリギリでそれをかわした。
その最中、同時に逆方向かららんまの蹴りが飛んできた。
今度は、反射神経を強化して、キュゥべえは二人がかりのラッシュを避け続けた。
「喧嘩ばかり……してるかと思ったら……なかなか意気があった仲間じゃないか」
かわしながらキュゥべえは器用にしゃべる。
その言うとおり、至近距離で打ち合っているにも関わらず互いの攻撃がぶつかったり同士討ちにならない。
それどころか、何の合図もしていないはずなのに避けにくいように隙をなくすようなコンビネーションになっていた。
ここまでらんまと良牙のチームワークが良いとはキュゥべえにとっては予想外だった。
これでは簡単には反撃に移れない。
「意気があってるだと?」
731 :41話2 ◆awWwWwwWGE 2012/11/23(金) 01:09:44.92 ID:8yV2yNpC0
「気持ち悪りぃこと言うな」
良牙とらんまが口々にしゃべる。
「「腐れ縁だ!」」
そして、ぴったりと同じセリフを同じタイミングで言った。
それと同時に、二人の拳はキュゥべえを捕え、顔とボディにめり込んだ。
「……」
これは意気があっているというんじゃないのかい、キュゥべえはそう言いたかったが殴られたままの状態で
人間の体はしゃべることができなかった。
キュゥべえは二人の拳が自分に当たったことにより止まったその隙に、タタミを召喚していったん視界を奪い離脱する。
「だが、てめーに仲間と呼べる奴がいねーのはよくわかったぜ」
再び距離をあけたキュゥべえにらんまが話かける。
キュゥべえは攻めあぐねたこともあり構えをとったまま動かない。
「良牙とは腐れ縁だが、それだけに互いの弱点や知られたくねーこともよく知ってる。
全部知ってるからこそ、ムカついてもいつでも手を組めるんだ。
だが、おめぇは違う。おめぇのゲスな腹割って全部話したら誰も協力してくれねーからな」
「たとえそれでも協力する奴がいたとしても、数は知れている。
お前に腹を立てて敵に回る奴に比べりゃ、いないも同然だろう」
らんまに続けて、良牙も言葉をつないだ。
もちろん二人ともただ話しているわけではない。
二人ともいくらなんでもまた同じパターンで勝てるとは思っていない、
そして相手には簡単に戦局をひっくり返すだけの戦力があることも分かっている。
だから、簡単に攻められないのはらんまと良牙も同じなのだ。
「管理する側としては余計な情報を与えるわけにはいかないからね。
キミたちだって、家畜に『大きくなったら食べるつもりです』と教えようとは思わないだろう?」
キュゥべえは涼しい顔を崩さないがその目線は明らかに二人の隙を探していた。
「その偉そうな態度のおかげで、慣れねぇ実戦に自分で出なきゃならなくなってんじゃねーか」
らんまはそう言って、挑発に『カモン』のジェスチャーをした。
確かにたいていの魔法少女は事情を知れば、敵に回るだろう。
特に、今の見滝原や風林館のように大人数で魔法少女以外も絡んでいるのでは、他の魔法少女やその集団をぶつけても
どこかで会話や交渉が生まれキュゥべえの本当の目的ややり方がバレてしまう可能性が高い。
寝返りの可能性がない信頼できる魔法少女がおらず、自分で戦う方が効率的だった。
それは言い方を変えればらんまの言う通り、仲間がいないということになるだろう。
だましやすくて、大人数相手にも会話や交渉の余地もないぐらい圧倒的に勝てるような魔法少女が近くにいれば
キュゥべえにとって好都合だったが、それこそ高望みしすぎだった。
他はまだしも、八宝斎やコロンを相手にも優位を保てるほどの魔法少女はほとんどいないのだから。
(それこそ、もし鹿目まどかが契約できたらそれ以上に都合のいい魔法少女はいないのに)
そんなことを思うキュゥべえに対して、らんまは中指を立てるなど執拗に挑発のジェスチャーを続ける。
「ほら、言いかえさねーのかよ、バーカ!」
(無駄なことを)
感情がないと知っているはずなのに、どうしてそんな無駄なことをするのか、キュゥべえには理解できない。
その一方で良牙はいつも自分がこんなレベルの低い挑発に乗っているのかと少し自己嫌悪に陥っていた。
「問題ないさ、ここでキミたちを始末すればね」
やがて、キュゥべえから動いた。
挑発に乗ったわけではない。
挑発するらんまの動きが、大きな隙になったと判断したからだ。
732 :41話3 ◆awWwWwwWGE 2012/11/23(金) 01:10:41.44 ID:8yV2yNpC0
「わかってねーな、そんなんだから何千年だか何万年も仕事が片付かねーんだよ」
余裕のある口調でらんまはそう言うが、キュゥべえの見立て通り防御は間に合っていない。
が、キュゥべえも攻撃ではなく防御をせざるを得なくなった。
突如、横からやってきた巨大な獅子咆哮弾が飛んできたのだ。
(また、仲間もろともかい)
確かに想定外ではあったが、それはきちんと防御すれば脅威ではない。
キュゥべえは深刻なダメージさえ受けなければすぐにでも無尽蔵の魔力で回復できる。
むしろ、同士討ちでダメージを受けるらんまの方が被害はおおきいはずなのだ。
「――なんだって!?」
しかし、想定外はもうひとつあった。
「やっぱ、間抜けだったな、おめーは」
なんと、らんまが自身の防御もせずに、キュゥべえに防御をさせまいと羽交い絞めをしてきたのだ。
あえなく、キュゥべえはらんまともども獅子咆哮弾の直撃を受けた。
「やったか?」
良牙は爆風の去った後の状況を確認する。
二人の女らんまがボロボロになっている。
赤い服を着ている方が前に出て仰向けに倒れ、黒いレオタードを着ている方が後ろにうつぶせに倒れていた。
(なに? 本物のらんまが後ろだったはずなのに、どうして前に来てるんだ!?)
良牙がそう疑問に思っている間にも、黒いレオタードを着た方のらんまはひょいと立ちあがった。
ノーガードで獅子咆哮弾を食らったわりにはダメージが軽く見える。
「ふぅ、危ない危ない。この体の性能が高くて助かったよ」
そう言いながらキュゥべえは体や衣服の軽微なダメージを回復させていく。
「そうか、おじぎをするように前に倒れこんだな!? そうすればらんまを盾にできる」
良牙の言葉にキュゥべえはうなずくと、間髪いれずに良牙との間合いを詰めた。
迎撃しようと、良牙は拳を繰り出すが圧倒的なスピードで避けられて、カウンターで腹部に強烈なパンチを食らった、
女らんまの体ではありえない、異常な威力だ。
一発で良牙は盛大な血反吐を吐く。
そして、次は顔に一発。
その一発で、良牙は地面に擦りつけられるように突き飛ばされた。
岩にぶつかって、良牙はようやく止まる。
(さっきまで押していたのに、一手ミスしただけでこれかよ……)
腹部が痛みを超えて、重く感じる。
仲間ごと攻撃することの危険性は確かに分かっていたはずだった。
それでも、安全策ばかりとって勝てる相手ではないという判断から危険な手をうってしまったのだ。
「残念だよ、良牙。キミのエネルギーには可能性を感じていたのに、キミから殺さなければならないとはね」
迫りくる死に、良牙は起き上がって抵抗しようとするが上半身を持ち上げるのが精いっぱいだった。
そんな状態の良牙でも異常なタフネスと獅子咆哮弾がある以上、手加減はできない。
キュゥべえは魔力強化を十分にした拳を振りおろそうとした。
その時、
「む? この●●●●は、キサマ偽物じゃな?」
わけのわからないセリフと共に、キュゥべえは胸部に違和感を覚え、拳を止める。
733 :41話4 ◆awWwWwwWGE 2012/11/23(金) 01:11:36.40 ID:8yV2yNpC0
そして、即座に、その胸に張り付いた異物に殴りかかった。
しかし、そのパンチはあっさりと空振りをし、邪悪な異物はその姿を消した。
「ふむ、本物はこっちじゃな……おおっ、なんと乱馬の奴がこのようなスイーツを身につけておるとは!!」
キュゥべえが振り向くと、背の低い老人がのびた本物のらんまの胸元をはだけさせ、その下着を物色していた。
迷うことなく、その老人――八宝斎はらんまの付けていた黄色いブラジャーを奪い取り、まるでネコ耳のように頭に巻いた。
「……じ……じじぃ、てめぇ」
らんまは気絶まではしていなかったようで口で抗議するが立ち上がることすらできない。
(あの下着からは……魔力を感じる)
キュゥべえは思った。らんまの動きが急に良くなったのはそのせいかと。
だが、今警戒すべきはらんまではない。
その下着を身に付けた八宝斎の、魔力とも闘気とも知れない得体のしれない邪気が一気に増大したのだ。
「おお、このスイーツは素晴らしい! 今までにないフィット感じゃ!!」
恍惚の笑みを浮かべ、八宝斎は叫ぶ。
(戦闘態勢に入る前に倒す!)
有無を言わさず、キュゥべえは八宝斎におそいかかった。
が、殴りかかったと思った時にはすでに八宝斎の姿は消え、後ろに回り込まれていた。
トンッと静かな音がして八宝斎のキセルが背中にふれる。
たったそれだけの攻撃で、漆黒のレオタードに包まれた体は空高く舞いあげられた。
そして、八宝斎は高く飛んで上空を先回りすると、まだ上昇中の偽らんまの体にキセルをぶつけた。
すると、すさまじい勢いで地面に叩きつけられる。
たったそれだけの攻防で、キュゥべえが入ったらんまの体は複雑骨折におちいった。
「この下着泥棒め! わしがじきじきに成敗してくれるわ!」
着地した八宝斎はキセルをキュゥべえに向けて堂々とそう宣言した。
「……いや……いま、じじいがおれから盗んだ……」
絶え絶えの息でつっこむらんまのセリフがむなしく宙を舞う。
(冗談じゃない。こんな化物、とてもまともには相手にできないよ)
体を回復させながら、キュゥべえはゆっくり立ち上がる。
そして、やおらに漆黒のレオタードの胸をはだけて見せた。
しかし、八宝斎は飛びついてこない。
「馬鹿めがっ! ここに本物のらんまの胸があるというのに偽物などに惑わされると思ったか!」
厳しい口調でそう言いながら、八宝斎は満足に身動きの取れないらんまの胸を思う存分 く。
「……うひゃ……じじぃ……やめっ……」
本物のらんまは必死に抵抗しようとするが、獅子咆哮弾の直撃を受けた後ではそれも難しかった。
「……そうかい、ならば!」
キュゥべえは踵を返して、一目散に逃げ出した。
表面上のダメージこそ回復させているが、かなり無理づかいをした肉体はあちこちきしんできている。
完全に回復させるには、やはり物理的な栄養補給やメンテナンスが必要である。
そんな状態のまま、この目の前にいる怪物を相手に戦うのは明らかに不利だった。
「逃げるか、この下着泥棒!」
八宝斎は追いかける。
すると、黒い衣装の偽らんまは、逃げながら何かを落とした。
734 :41話5 ◆awWwWwwWGE 2012/11/23(金) 01:12:29.53 ID:8yV2yNpC0
暗い闇夜だったが、八宝斎の目にはピンクと白の模様がはっきりと見えた。
女性物下着だと思って、八宝斎はまっしぐらに飛びつく。
「おう、スイー……いい!?」
が、八宝斎は絶句した。
うら若き乙女の下着としては明らかに大きすぎるキングサイズのパンツには中高年愛用の湿布薬の香りがただよう。
それだけでも八宝斎の精神を攻撃するには十分だったが、さらにその大きなパンツにくるまれて。男性用ブリーフも
隠れていたのだ。
勢い余ってそのブリーフのかすかな汚れに手が触れる。
「なんじゃとぉぉおおおお!?」
絶叫とともに、八宝斎はヘナヘナと全身の力が抜け、その場に倒れこんだ。
*******************
「……なんなの? この感覚は」
タクシーを運転手を脅して飛ばさせて、崩れた橋を飛び越えて。
ようやく温泉街に入ったほむらは異様な気配を感じていた。
魔力のようでいて何かが違う。もっと邪悪な何か。
今まで通り過ぎてきた幾多の世界において一度も味わったことのない感覚だった。
「これは八宝斎のお爺さんネ。戦いがはじまってるみたいアルな」
シャンプーは慣れた様子で答える。
「それなら急ぐわよ」
ほむらは可能なかぎりの速度で、その異様な気配の感じる方へ飛ぶように走って行った。
「待つネ! ソウルジェム真っ黒アルよ、そんなに飛ばしていいアルか?」
かまわない、ほむらはそう思う。
(一回だけ、一回だけ使えればいい。それで、まどかに降りかかる災厄の元を断つことができる)
*******************
キュゥべえは温泉街の裏側の、大きなタンクやパイプのある場所に出た。
「見つけたぜ!」
そこに、遠巻きにして杏子の姿が現れた。
「回復魔法を使いながら動いてたからすぐわかったよ」
その杏子から少し距離をあけて、さやかが立っている。
「もう逃がしはしないわ」
さらにキュゥべえの後方にはマミが現れる。
「キュゥべえとやら、年貢の納め時じゃの」
そして、コロンはいつのまにかたたずんでいる。
その四人はきれいにキュゥべえの四方を囲んでいた。
「ふぅん、キミたち四人だけかい。まどかやなびきはまだ追いついていないのかな?
まあ、その方が助かる」
キュゥべえはそうつぶやいた。
「なにグダグダ言ってやがる! ぶったぎってやるぜ、コラァ!」
「この四対一で勝てると思わないことだね」
士気の上がっていた杏子とさやかが突撃する。
突撃しながら杏子は分身を増やし、キュゥべえが逃れる隙をなくす。
それに対してキュゥべえは避けようともせずに、いきなり自分の足元にあったパイプを破壊した。
735 :41話6 ◆awWwWwwWGE 2012/11/23(金) 01:14:05.12 ID:8yV2yNpC0
もうもうとした蒸気があがり、黒いレオタードを着たらんまの姿がかすむ。
「――目くらまし?」
マミが言う。
「違う! こ、これはまずい!」
コロンは叫んだ。
「なんだって!?」
そう言われても杏子はいまさら止まれない。
「それなら!」
さやかは杏子とタイミングを合わせて襲いかかるつもりだったが、コロンの言葉を受けて加速、
一気にキュゥべえに接近し、剣を突いた。
しかしそれはきわどくかわされる。
次の瞬間には、どれが本物かもわからない十体近い杏子がキュゥべえに襲いかかる。
だが、それは間に合わなかった。
「魔龍昇天破」
キュゥべえのその言葉とともに、巨大な竜巻が起こった。
竜巻は熱湯の通ったパイプを破壊してさらに勢いを増し、破壊されたパイプの破片が容赦なくまき散らされる。
やがて暴風がおさまった後には、大きな熱湯の池に多数のがれきが横たわっていた。
(……ここにさやか、あれは杏子……向こうに倒れているのは中国の老婆か)
キュゥべえはあちこちに倒れている人間を目視で確認する。
(あの老婆をこれで倒せたのは良かった)
そうして目線を移していくと、キュゥべえの目に黄色いマユのような大きな塊が映った。
(あれは?)
キュゥべえがそう思っているうちにも、黄色いマユはするするとほどける様に緩んでいった。
そして、中から成虫の蝶が出てくるように、背後に銃を並べたマミの姿が現れた。
「やってくれたわね、キュゥべえ」
「マミ? その魔法は?」
黒いレオタードのらんまの表情は変わらない、が、マミにはキュゥべえが驚いているように見えた。
「魔女の状態で出来ることを、魔女を乗り越えた人間にできないと思って?」
マミに防御魔法があることはキュゥべえも知っている。
だが、今回の魔龍昇天破は今までのマミの防御魔法を超えた威力のはずだった。
それがこんな新魔法を編み出しているとは完全に想定外である。
「大したものだね。この短期間にまた魔法のレパートリーを増やしたとは、恐れ入るよ」
そんな言葉とは裏腹に、らんまの体に入ったキュゥべえは構えすらとらない。
「でも、ボクを倒してどうするんだい? どちらにしてもキミには絶望しか残っていないのに。
再び魔女になるか、魔女に食べられて死ぬか……キミは、運命から逃れられない」
「それがどうかしたのかしら? 誰であれ人はいずれ死ぬわ」
キュゥべえの問いに対して、マミにはまるで動揺が見られない。
「だから私は今を生きる人を守るために戦う、今までもこれからも」
「ああ、契約内容を勘違いさせていたことは謝るよ。
別に人間なんかを守る必要はないから、魔女になって死んで欲しいんだ。
それが魔法少女の契約の対価だよ」
表情一つ変えず、キュゥべえは平然とそう言う。
「悪いけど、あなたの魔法少女はもうやめたわ。契約期間切れよ」
736 :41話7 ◆awWwWwwWGE 2012/11/23(金) 01:14:55.19 ID:8yV2yNpC0
マミがそう返事をすると、キュゥべえは首をかしげた。何を言っているのかわけがわからない。
「契約期間があったなんてはじめて聞いたね」
「あたりまえよ。言ってなかったもの」
思ってもみなかったマミの回答に、さしものキュゥべえも一瞬呆気にとられた。
「……じゃあ、今のキミは何者なんだい?」
「私は、愛と勇気の魔法少女よ」
そう言って、マミはウインクをして見せた。
キュゥべえは質問の意味が通じているか不安になり聞き直そうかと思ったが、言っても無駄だと考えてやめた。
とにかく言葉攻めで絶望することはもう無さそうだ。
「残念だけど、そういう契約破棄は認めていないんだ。
魔力枯渇で魔女になるか、契約不履行で死ぬか、強制執行させてもらうよ!」
言うと同時に、キュゥべえはマミに向かって走りだす。
「私は、魔女になっても私を信じてくれたみんなを裏切らない……
だから、みんなが信じてくれた愛と勇気の魔法少女であり続けるわ!」
マミはマスケット銃を手に召喚し、黒い衣装のらんまを狙撃した。
キュゥべえはいとも簡単に前から来た弾を避け、十分に間合いを詰めると跳びあがってマミに襲いかかる。
が、
パーンッ
偽のらんまの体は真横からの銃撃を受け、跳ね飛ばされた。
(なんだって?)
キュゥべえは即座に立ち上がり、弾の飛んできた方を振り向く。
そこには、延びたマミのリボンと、それにつながったマスケット銃があった。
「これは?」
パーンッ
そう言ったと思ったら、今度は後ろから狙撃された。
(これは……オールレンジ攻撃?)
その弾は背中に直撃し、キュゥべえは前に倒れこむ。
「言ったはずよ。魔女の時にできたことはできるって。
いちいち使い魔まで再現しないけど、今の私はどの方向からでも攻撃ができるわ」
前のように狭い部屋の中でもないので、跳弾が自分や味方にあたる心配もない。
マミは四方八方から、キュゥべえを銃撃した。
らんまの体はまるで踊るように、着弾の衝撃で跳ねまわる。
キュゥべえの知る限り、これはレーダー妨害が発展した文明の宙域戦で多用された戦術だ。
使いこなせば一機体や一個人で中隊レベルの戦力を発揮する。
(――だけど、この戦術には致命的な弱点がある)
キュゥべえはタタミを召喚して差しあたっての直撃を避けると、スピードを強化して一気にマミとの間合いを詰めた。
(自分自身を攻撃するわけにはいかない以上、近づいてしまえばオールレンジ攻撃はできない)
マミのふところまで潜りこむと、キュゥべえはアッパー気味のパンチを繰り出した。
それに対してマミは、リボンやマスケット銃で防御をしようともせず、ただ立ち尽くす。
そして、低くつぶやいた。
「ルジェンド・レオネッサ」
「え?」
737 :41話8 ◆awWwWwwWGE 2012/11/23(金) 01:16:52.41 ID:8yV2yNpC0
意味の分からない言葉に呆気にとられる暇もなく、巨大な光の玉となって負の感情エネルギーの塊が降り注ぐ。
そして、その光はマミの周りにクレーターを作り、そのすぐ足もとで漆黒のレオタードを着たらんまの体は
ぺしゃんこに押しつぶされていた。
(……わめく……雌ライオン? なんだソレ?)
動けないながらも意識のあった杏子は頭の中でマミのセリフを即席翻訳した。
父親が仕事がらみでイタリア語に詳しかった影響で、多少は分かるのだ。
「今のは、獅子咆哮弾だね。闘気が足りない分は魔力で補強している」
立ち上がりながら、キュゥべえは言う。
(獅子咆哮弾は愛と勇気の魔法少女っぽくないよね)
密かに意識を取り戻したさやかが内心つぶやいた。
「一度は魔女になったキミならできないはずはないわけだ」
キュゥべえは反撃を試みて殴りかかる。
「よくも、騙してくれたわね!」
が、拳があたる直前でマミはまたも獅子咆哮弾……もといルジェンド・レオネッサを落とした。
「え? 会話がかみ合って――」
ルジェンド・レオネッサにキュゥべえの言葉は遮られる。
近距離に入ってしまったのが運のつきで、広範囲攻撃のルジェンド・レオネッサは小手先ではかわせない。
「おまけに家もつぶされた!」
「賠償金、パパの遺産じゃ足りないかも知れない!」
「魔女になってる間に勉強も遅れた!」
マミが一言いうたびに、キュゥべえに光の柱が襲いかかる。
それも、逃げる間もなく立て続けだ。
「ウエスト細いのにデブって言われた!」
「それはボクのせいじゃな――」
反撃しようとしても、セリフごと力づくでたたきつぶす。
「胸のせいでチカンに狙われやすい!」
「肩がこりやすい!」
「スクール水着のサイズ合わなくて余計なお金かかった!」
マミのルジェンド・レオネッサは続く。
(マミさん、それもう八つ当たり)
巻き込まれないように這いつくばって逃げながら、さやかはそう思った。
(あたしが今、お前に獅子咆哮弾食らわしてやりたい)
杏子は少し自分のソウルジェムが濁った気がした。
「――信じてたのに!」
特大のルジェンド・レオネッサが降り注いだ。
そして、怒号の嵐が止み、黒い衣装のらんまが地面に深くめり込んでいた。
ただひとり、クレーターの中に立つマミは大粒の涙を落とし終えると、らんまの体がもう動かないことを確認した。
そして、急に笑顔に変わって一言もらす。
「ふぅ、すっきりした」
そこまでは理にかなっている。
しかし、相手の精神世界に入った状態でその精神をねじまげるようなアイテムを使うことは
例えるなら自分の乗っている船を海上で解体・改造するようなものだ。
一歩間違えば船ともども海の藻屑と消える、つまり、まどかもマミもともども精神崩壊してもおかしくない。
そして、船をまともに修理できるかどうか――マミの精神を元にもどせるかどうかも分かったものではない。
「ほー、だったらてめーが俺達にしたことは無茶苦茶じゃねーのかよ?」
らんまの言葉にキュゥべえは直接的には答えなかった。
「キミたちのやった荒療治は本来なら最低でもあと1000年は技術を高めてからやるべきことだ。
あんな原始的で乱暴な道具ではなくちゃんと対象の精神を破壊しないように配慮された道具を作れるようになり、
治療者が対象に飲まれてしまうような危険性の無い安全な精神介入装置を開発しなければならない。
今のキミたちの技術ではまどかの命があっただけでも奇跡的な幸運と言うべきだろう」
キュゥべえの言うことはらんまには半分ぐらいしか分からない。だが、その見下した物言いには腹が立った。
「ケッ、その原始的で乱暴なもんを恐れて断絶させたんじゃなかったのかよ?」
「……キミたち人間は、類人猿に服を与えたり手話を教えることはあっても、弓矢や銃火器を使わせることは無いだろう?
類人猿が弓矢を覚えたって、今の人類にとってかわることなどありえないにも関わらずね。
ボクたちの場合もそれと同じでね、キミたちの様な原始的な知的生物には覚えさせちゃいけないモノもあるのさ」
それだけ言うとキュゥべえは後姿を見せてその場から去っていった。
(奇跡的な幸運……か。へ、てめーの底が知れたぜ)
らんまはキュゥべえの後姿を中指を立てて見送った。
***************
「その……なんと言えば良いのか言葉が出てこないのですが……
本当に、さやかさんが学校に来てくれて……」
「いいよ、もう。それが仁美と恭介にとって幸せならさ、あたしは何も――」
朝の通学路で、二人の少女が共にもどかしい表情を浮かべていた。
「いいえ、あれから上条君とは何も話していません」
緑色の髪の少女が静かに首を横に振る。
「え? それってどうして……」
青い髪の少女はその意外な言葉に目を丸くした。
「それは、その……上条君だってさやかさんのことを気にしていましたし……」
もどかしい様子で、緑色の髪の少女は視線を横にそらした。
「……なんだか凄く話にくいんですが」
視線の先には桃色の髪の毛を小さなツインテールに束ねた背の低い少女がいた。
一晩ぐっすり寝て無事に回復した鹿目まどかだ。
まどかは目に穴が開くほど二人を凝視している。
「うん、それは同感」
そう言われても、桃色の髪の少女は凝視する姿勢を崩さなかった。
「まどか、悪いけど後は二人で話すからその顔やめてくんない」
「ダメ! さやかちゃんと仁美ちゃんが仲直りするのを確認するまでやめない!」
まどかはあくまでそう言って聞かない様子だった。
「ハァ……」
仁美は軽くため息をついた後、表情を明るく変えて顔を上げた。
「昨日の今日でこういうのも変な話ですが、まどかさん何か変わりましたね。
なんだか一回り大きくなったような」
「お、まどかもちょっとは背ぇ伸びた?」
さやかはわざと仁美の言いたいこととは違うことを言った。
486 :29話3 ◆awWwWwwWGE 2012/06/11(月) 01:39:51.81 ID:bOy9B4ns0
「いえ、そういう意味ではなくて――」
仁美に言われるまでも無く、さやかには分かっていた。
(そりゃ仁美にも分かるか……一番信じられてないのがあたしかもね)
まどかは確かに変わった、そんなことを思いながらさやかは当の本人を見つめる。
あのまどかが危険を恐れず、かと言って自暴自棄でもなく、やれる事を全てやって勇敢に戦った。
そして何の戦力も無いにも関わらず、誰よりも高い戦果をあげた。
(もう、誰かの後ろについてびくびくしてるまどかじゃないんだ)
それが寂しくもあり、うれしくもあった。
しかし、おそらくこれで終わりではない。
美国織莉子が最期に言った言葉、そして不可解な暁美ほむらの言動。
きっと、まどかの行く先にはもっと恐ろしいものが待ち受けている。
さやかは、つい昨日まで自分は死んでも良いと思っていた。
変な中国人とか●●ジジイとかに邪魔されて欝な気分にも浸りきれなかったが、
今思うとそのおかげでたまたま魔女にならなかったようなものだろう。
そして今は、どんな重い罪を背負って生きるとしても、もう無駄に消えてしまいたいとは思わなかった。
その恐ろしいものから、まどかを守り抜く。
昨日のまどかの勇気と決して屈しない強い心に、何があっても守るべき尊いものを見たのだ。
本人の前では決して言えないが、そのためだけに自分が生きているような気持ちさえしている。
「……プッ」
さやかは思わず噴き出した。
「あ、ひどいさやかちゃん、人の顔見て笑うなんて!」
まどかはまるで、当たり前の平和がそこにあった今までと変わらないことを言う。
「だって、まどかの真剣な表情が」
さやかもそれに応じ、おなかを抱えて笑いのツボに入ったようなリアクションをとった。
しかし、噴き出した本当の理由はそれではない。
(あたしゃ同性愛者かよ!)
さやかは自分自身の感情のあり方がおかしくてつい笑ってしまったのだ。
(いやいや、さやかちゃんは性的にはいたってノーマルですよぉ)
だったら、この気持ちは一体何なのか。
ひとつだけ、当てはまりそうな言葉を見つけた。
それは、忠誠心――
「ブッ!!」
さやかは再び盛大に噴き出す。
(まどかに対して? ハハ、あたしって本当にバカだ)
「さやかちゃん、ちょっと笑いすぎ!」
「まどかさん、こういう時は真剣になればなるほど笑わせてしまいますよ」
気が付けば、今までと変わらない楽しい朝の通学になっていた。
ただ、少女達の小さな心の変化を除いて。
***************
「それで、昨日はマミさんの意思は戻らなかったんですね?」
「ああ、つっても俺も結局あの後家に帰って後は良牙と杏子に任せたから、今どうなってるかはしらねーけどな」
487 :29話4 ◆awWwWwwWGE 2012/06/11(月) 01:41:48.04 ID:bOy9B4ns0
見滝原のマンション街の前で、まどか・さやかとらんまは落ち合った。
「そういや不思議に思ってたんだけど、良牙さんや杏子は学校行かなくていいの?」
さやかは率直な質問をぶつける。
「あいつら元々学校通ってねーし、良いんじゃねぇか」
らんまの答えはどこか投げやりだった。そして代わりに自分の質問をする。
「――それよりも、今日はあいつは来なかったのか?」
「ほむらちゃんは……来てません」
まどかはうつむき加減で答えた。
「先生に聞けば住所ぐらいすぐ分かるだろうけど、どうする?」
「今日のうちに逃げるかもしんねーな」
さやかとらんまの言葉に、まどかは小さく首を横に振る。
「たぶん……根拠は無いけど、ほむらちゃんはこの町からは逃げません」
おどおどしながらも、まどかは自分の意見を言った。
「だから、マミさんがきちんと回復してから会いに行って、マミさん本人に対してきちんと謝らせたいです」
「ちっと甘いと思うが、ま、おめーがそう言うなら仕方ねぇな」
まるでまどかに決定権があるような、らんまの物言いにまどかはうろたえた。
「えっ、そんな……あたしなんかが」
「ハァ、分かってないね、まどか。今回は完全にあんたの1人勝ちだよ。
乱馬さんは皮肉で言ってんじゃなくて本気でまどかを認めてんだから、おどおどしないの」
そう言ってさやかはまどかの肩を軽く叩いてみせた。
そうしてマミの部屋の前につくと、玄関の前に並んで体育座りをしている良牙と杏子が居た。
「なんだ? おめーらどうした?」
うつむいて顔が見えない良牙と杏子にらんまが問いかけると、それで初めて気が付いたように二人は顔を上げた。
「あたし……魔女になっちまうかも知れねー……」
「今なら究極の獅子咆哮弾が撃てそうだ……」
その表情は、まるでどうしようもない絶望が訪れたように沈みきっていた。
「……まさかっ!?」
良牙と杏子の落ち込みようは尋常ではない。
(もしかして、マミさん、死んじゃったの!?)
三人は状況を確認するために急ぎマミの部屋に入った。
すると、足元に黄色いリボンが伸び、リズムを刻むようにうねっていた。
(また魔女に戻った!?)
沈痛な思いで三人は顔を上に向ける。しかしそこで目にしたものは――
『solti ola i amaliche cantia masa estia』
テレパシーを通して聞こえる歌声と共に、激しく飛び回り、踊る続ける巴マミの姿があった。
「ああ、この世界はなんて美しいの!! 生きてるってなんてすばらしいの!!」
半狂乱にそんな言葉を叫びながら、マミはテレパシーで休むことなく歌を歌い続ける。
『a litia dista somelite esta dia a ditto i della filioche mio sonti tola』
その歌声は、マミの好きなイタリア語やラテン系言語のように思えて、でもどこか違う。
「……えっと、これはどう反応したら良いのかな?」
あまりにも想像を超えた光景に、さやかは反応が追いつかなかった。
488 :29話5 ◆awWwWwwWGE 2012/06/11(月) 01:42:43.87 ID:bOy9B4ns0
「何が起こったんだ?」
らんまもどこにどうツッコめばいいのか分からない。
「マミさん……人間に戻れたんだ!」
そんな中、まどかは素直に歓喜の声をあげた。
「え!? そのリアクションでいいの?」
さやかは戸惑いを見せるが、それでも、マミが人間に戻ったということにようやく安堵した。
「そっか、どうあれマミさんは助かったんだ。 そうだよね!」
「あ、ああ」
らんまもためらいがちにうなずいた。
「つってもこの状態じゃ、反転宝珠はずしたらすぐ魔女化しちまいそうだな」
「うん、ある意味魔女より怖い」
人間に戻ったのはいいが非常に手の出しにくい状態である。
三人はひとまず、マミを置いて玄関に戻った。
「もー、ひどいよ二人とも、びっくりさせて。マミさんすごい元気じゃない」
まどかが杏子と良牙に言うが、二人はやはり暗い顔をしていた。
「部屋に入るなり銃口向けて『消えて、顔も見たくない!』って言われた。ほんとに魔女になるかも……」
「『ブタ野郎、二度と来ないで!』って言われた。もう死にてぇ……」
二人はこの世の終わりが来たかのような表情で語る。
「いや、それ反転宝珠のせいだから」
「わかった。 おめーらバカだろ」
さやかとらんまは間髪いれずにツッコミを入れた。
***************
結局、魔法少女3人と武闘家1人をもって、マミを強引に押さえ込み捕縛した。
なにしろ、誰が近づいても親の仇か何かのように死に物狂いで暴れてくるのだからそうするしか仕方が無い。
そして、人が遠ざかれば、幸せの感情でいっぱい過ぎて話が通じない
魔女と真逆なようでいて迷惑度合いは似たようなものだった。
「よし、ようやく落ち着いてきやがったな」
死ぬほど大嫌いな人たちに囲まれて、さすがにマミの高揚感も消えたところでらんまが近づいた。
「卑怯じゃないですか、近づかないでください」
マミは冷淡にそう言った。
それでも会話にならないぐらい嫌われている他四人よりらんまはマシだった。
マミと関わりが薄く、それほど好かれていなかったおかげだろう、らんまはそう納得した。
「いいか、今からそのソウルジェムについた反転宝珠をはずすが
魔女に戻っちまいそうだったらすぐにまた逆位置につけろよ?」
らんまはくれぐれも念を押す。
「勝手なことばかり言って……」
マミは敵意を示すが、杏子のムチにぐるぐる巻きに縛られて何の抵抗もできなかった。
そしてらんまは言葉どおりマミのソウルジェムの、突起に張り付いた反転宝珠を引きはがした。
その瞬間、周囲をキッとにらみつけていたマミの表情がみるみる緩んでいく。
やがて目からとめどなく涙があふれ出した。
「げっ、まずい、また魔女になっちまうんじゃねーか!?」
489 :29話6 ◆awWwWwwWGE 2012/06/11(月) 01:44:11.15 ID:bOy9B4ns0
泣き崩れるマミにらんまは狼狽した。
「いや、大丈夫だ……」
良牙はらんまの手に握られている黄色い宝石を指差した。
それはどこまでも澄んで、一点の曇りも無く輝いていた。
「マミさん!」
「マミ!」
さやかと杏子がマミの元に駆け寄る。
もはやマミは、涙と共にこみ上げてくる鼻水や嗚咽のせいでなかなか口もきけない。
そのマミにまどかはゆっくりと歩み寄り、静かに言った。
「……マミさん、おかえりなさい」
「わ、わたし――」
言葉はそこまでしか出なかった。
(なんで絶望なんてしちゃったんだろう、こんなに、みんなが信じてくれていたのに)
心の中で言葉を続け、マミは涙を拭う。
それでもまだ涙は止まらなかった。
(わたし、ホントに泣き虫だ)
そんなマミを、三人の少女たちがやさしく抱きかかえた。
「ひとまず、こっちは一件落着だな」
少女達を眺めて良牙がつぶやいた。
「オメーは混ざらなくていいのかよ?」
「俺だって、そこまで野暮じゃないさ」
涼しい顔でそう言う良牙を、いい意味で「らしくない」と思ったらんまは小さく笑った。
「へっ、ブタ野郎がかっこつけやがって」
このらんまの言葉がわずかに良牙を刺激した。
「……ふっ、オカマちゃんに比べりゃ俺はいつだってかっこいいぜ」
「ほー、Pちゃんが何言ってんだか」
「……」
「……」
二人はしばし見つめ合う。そして――
「この野郎! なめんじゃねぇ!」
「それはこっちの台詞だブタ野郎!!」
気が付けば二人は喧嘩を始めていた。
「おいおい、あんたら何やってんのさ」
「もー、二人とも静かに!」
「この状況でどうして喧嘩できるの? 良牙さんもらんまさんも野暮にもほどがあるよ」
そして、少女達に口々にダメだしを食らった。
***************
「そうか、巴マミは魔女から魔法少女に戻りおったか、それは良かったの」
コロンはらんまと杏子の報告を受けて、にっこり微笑んだ。
「でも、話聞く限りでは何度も出来ることじゃないネ。コレだけあっても仕方ないアル」
そう言って、シャンプーはらんまと杏子が返しにきた反転宝珠をテーブルの上に転がした。
490 :29話7 ◆awWwWwwWGE 2012/06/11(月) 01:45:09.99 ID:bOy9B4ns0
「ああ。それにもし上手くやれても、生身が残ってなかったら魔女即死アイテムにしかならねーしな」
「まったくネ」
らんまの言葉にシャンプーはうなずいた。
(戻れる保証が無いのなら、魔法少女にはならない方が良さそうアルナ)
シャンプーは内心つまらなく思った。
「ところで、巴マミの生身に反転宝珠をあてても効果は無かったわけじゃな?」
そこにコロンがたずねた。
「ああ、結界の中に戻る前に試してみたけど、体につけてもなんの反応もなかった」
杏子は簡単に答える。
それに対して、コロンは大きく笑って見せた。
「フォッフォッフォ、ムコ殿、これはやったかも知れんぞ」
何がおかしいのか分からないらんまと杏子は怪訝な顔をする。
「ムコ殿、とりあえずソウルジェムを見せてくれぬか?」
「ああ」
らんまはコロンに自分のソウルジェムを手渡しする。
するとコロンは、いきなりそれに急須のお茶を注いだ。
「あち! 何すんでぇ!」
らんまの抗議を無視して、コロンは今度は開水壺を持ってくる。
「生意気にも、呪いの類いに対して抵抗力があるようじゃの」
そんなことをつぶやきながら、今度は開水壺からのお湯をソウルジェムにぶっかける。
「あちぃっつってんだろ、いい加減にしろババア!」
乱馬はコロンに掴みかかった。
「ムコ殿、その辺を見回してみるのじゃ」
「何言ってやがる!」
いらだちながらも、乱馬は言われたように店内を見回してみた。
「乱馬ぁ、やったネ!」
なぜかやたら喜んでいるシャンプー。
「あ……あ……ああ……」
なぜか呆然としている杏子。
そして、その横には赤いカンフー服に赤髪のおさげの少女が倒れていた。
(まさか!?)
乱馬は視線を下に向け、自分の体を見た。
筋肉質でしまった上半身、逞しい腕。
「お、お……男に戻れた!! すげぇ!」
乱馬はコロンに掴みかかった腕を放し、シャンプーや杏子に振り向いて見せた。
「……こんの、変 が! どっから現れた、消えろ、消えやがれ!!」
しかし杏子は逆上し、いきなり槍で切りかかってきた。
「わっ、いきなり、なんなんだ一体?」
乱馬は器用に避けながら、杏子に問うた。
「乱馬、早く何か着るよろし」
杏子の代わりに、顔を真っ赤にしたシャンプーが答える。
491 :29話8 ◆awWwWwwWGE 2012/06/11(月) 01:46:11.64 ID:bOy9B4ns0
「あっ!」
乱馬は自分の下半身を眺めた。
そこには年頃の女子の前では晒すべきでない、男の証が垂れ下がっていた。
***************
「つまり、乱馬の奴はもともと男だったっていうのか?」
「その通りアルネ」
シャンプーの説明に、杏子は現実を疑った。
「……もう何も信じられねぇ」
その一方で、着替えを終えたらんまはコロンと話していた。
「――で、一体なにがどうなってやがるんだ?」
乱馬はいつもの赤いカンフー服に戻っている。
その衣服を着ていたらんまの女の体にはとりあえずシャンプーの服を着せておいた。
「なにがどうもない。ソウルジェムがムコ殿の本体なのじゃから、そっちに湯をかけただけじゃ」
「それで、ソウルジェムが男の体になったのか? だったら今水をかぶったら――」
「うむ、今それを確かめる」
そう言って、コロンは乱馬にコップの水を浴びせた。
「ぶはっ、いきなりやるんじゃねぇ!……え?」
らんまは声に違和感を覚え、自分の胸を でみた。
やわらかい胸の感触は間違いなく女性のものだった。
「ほ、ほんとに女になった!?」
杏子もそれを見てびびっている。
その一方で、らんまの横にはチャイナ服を着たらんまがもう1人ぐっすりと眠っていた。
「そんなバカな?」
マヌケな声をあげるらんまを前にコロンは笑って見せた。
「フフ……ムコ殿はやはり強運じゃの。呪泉郷の呪いがムコ殿の本来の姿を覚えておったのじゃ。
そしてその呪いが強かったからこそ、ソウルジェムではなく女の姿に戻ることができた」
「つまり、呪泉郷に落っこちたおかげで助かったってことか?」
らんまは複雑な表情を浮かべる。
「試しに魔法を使ってみぃ、ソウルジェムがなくなったのじゃから使えんはずじゃ」
「ちょっと待てよ……おお、マジで! タタミが出せねぇ!」
魔法が使えなくなったことを、らんまは無邪気に喜んだ。
その様子を眺めていた杏子がふいに思い立ったようにコロンに問い詰めた。
「……なぁ、もしかして、あたしもその呪泉郷ってのに行ったら魔法少女をやめられんのか!?」
コロンはあいまいな表情をする。
「おそらく無理じゃろうな。 普通に湯をかけても効果が無かったソウルジェムに、新たに呪泉郷の呪いが効くとは思えん。
もし効いたとしても、湯をかければソウルジェムに戻る体質……魔法少女はやめられん。
ムコ殿の場合は魔法少女になる前に呪泉郷に落ちたからこんなことができただけじゃ」
「ぐ……」
目の前で魔法少女から解放された人間がいるというのに自分は元に戻れないだろうといわれて、杏子は歯がゆかった。
「それにの、呪泉郷はこのごろ枯れたり混ざったりして変質しておるからの。女溺泉に入れるかどうかも保障できん。
下手をすれば魔法少女から解放されても一生カエルか何かとして生きなければならぬかも知れぬぞ」
「ぜったい、嫌だ!」
結局、杏子はきっぱり諦めた。
492 :29話9 ◆awWwWwwWGE 2012/06/11(月) 01:47:25.49 ID:bOy9B4ns0
「――で、乱馬、この体どうするアルネ?」
シャンプーは魂の抜けた魔法少女らんまの体を抱き上げた。
「どうするって……どうすんだ?」
聞かれても、らんまにはどうしていいのか検討もつかない。
「そうじゃな、庭に埋めておいてはどうじゃ?」
「そこらの使い魔にでも食わせたらグリーフシードに変えてくれるかもな」
コロンと杏子はさらっと恐ろしい事を言った。
「じょ、冗談じゃねぇ! 猟奇殺人のいっちょ出来上がりじゃねーか!」
あわててらんまは否定する。たとえ抜け殻とは言え自分の体がそんな風に扱われるのは良い気がしない。
「じゃーどうするアルか?」
「……とりあえず、ウチに持って帰るぜ」
どこに棄てても猟奇殺人事件にしかならないし、他人に任せておく気もしない。
らんまは考えた末、そういう結論にいたった。
「そんなもん持って帰ってどう……ハッ、まさかあんた!?」
何を思ったのか、らんまの結論を聞いた杏子は汚物でも見るような目でらんまを見下ろした。
「ダメアル! そんなお人形使うぐらいなら、あたしの体使うよろし!」
シャンプーもとんでもない発言をする。
「てめーら、俺をなんだと!」
必死になってらんまは否定するが、否定すればするほど、杏子とシャンプーは疑惑を確信に変えていった。
「これこれ、ムコ殿も年頃の男性なのじゃ。その辺りは触れないでやるのが思いやりというもんじゃぞ」
「ババァ! てめーまで!」
猛抗議もむなしく、らんまは女性達に変な顔で見られながら天道道場への帰途についた。
514 :30話1 ◆awWwWwwWGE 2012/06/23(土) 21:30:16.50 ID:iHhKN47A0
自分が嫌いだった。
どこに行っても何をしても、他人の迷惑にしかならない自分が大嫌いだった。
治らない病気のために何度も転院を繰り返し、そのたびに両親に、医者に、看護士に迷惑をかけてきた。
両親がそうとう無理をしていることはある程度大きくなってから気が付いた。
彼らはまだそれほど歳でもないのに、年々やつれ、白髪が増えていっていた。
それもそのはずだ。
私の転院と同時に転居を繰り返しているのだから、経済的にも労力としても負担は半端なものではない。
離職を伴う転居もあった。
そして、頻繁に転職を繰り返す人の給料がそんなに良いはずは無かった。
両親ともにフルタイム勤務だったが、莫大な医療費を払った後には大したお金は残らない。
彼らは何の贅沢もせず、衣食住までもかなり切り詰めている様子だった。
しかし、病院は転院の多い患者を嫌がる場合が多い。
医者や看護士を相手にトラブルを起こすのではないか、クレーマーなのではないか、あるいは手の施しようの無い
病状なのではないか、などなど色々な疑念があるからだ。
それに、すぐに転院されては利益にもならない。
私が他人の顔色が分かるようになる頃には、既に面倒な患者としか思われていなかった。
文章の読み書きをする時間すら、この貧弱な体には十分には与えられなかった。
院内学級に行っても、急な体調不良が多くてすぐに授業を止めてしまい、先生や他の生徒に迷惑にしかならなかった。
そのうえ、どうせまたすぐに転院するのだ。
まともな人間関係など築けるはずもなかった。
ずっと、うっすらと思っていた。
『私なんていない方がみんな幸せになれるんじゃないか』と。
だが、両親は必死に私を生かそうとしている。だから生きなければならない。
それだけが当時の私の存在理由だった。
そんな小さな希望も、あっさりと踏み潰された。
何かが今までとは違う医者だった。
聴診器を当て、やけに念入りに呼吸音を聴いてくる。
私の胸に手を当てて心臓の脈拍を確かめる。
もう高学年になっていた私は、医者相手だから仕方が無いとは言え多少恥ずかしかった。
それでも、今までの医者より真剣に私のことを診てくれているように思えて、私はある種の信頼すら寄せていた。
だから、いくら恥ずかしくても、下着越しよりも素肌に聴診器を当てた方が呼吸音が聴き取りやすいと言われれば
脱いで見せたし、ベタベタ触られても我慢をしていた。
それはきっと、アイツにはOKサインだと思われたのだろう。
――ある日私は、その医者に押し倒された。
何が起きたのか、私には分からなかった。
自分のされたことも理解できないほど性知識に乏しかったわけではない。
お医者様ともあろうものが、なぜ自分のような小娘を力づくで襲ったのか。
ただ立って歩くだけでもしんどいような病人にどうしてあのような行為を行うのか。
515 :30話2 ◆awWwWwwWGE 2012/06/23(土) 21:31:41.24 ID:iHhKN47A0
そして何よりも信じられなかったことは、看護士達も他の医者も、アイツも、病院の全てがいつも通りに動いていたことだ。
この世界は何事もなかったかのように時を刻んでいた……私が踏みにじられたというのに――
もちろん私は、両親に訴えた。しかし、
「それは、本当なのか?」
その反応はむしろ私を疑うものだった。
確かに今まで、寂しさに任せて嘘をついたことが無いとは言わない。
だがこんな悪質な嘘はついたことがない。
何故疑われたのか分からない私は、何度も畳みかけるように必死で訴えかけた。
「分かった……何らかの手を打とう」
ようやくそう言って頷いた父親の言葉に、その語気に私は気が付いた。
まるで80の年寄りのようにしわがれて疲れきった声。
顔もよく見てみれば痩せきって肉などどこにも残っていないドクロのようで、
胴も色あせた安物のトレーナーの上からは全く体の厚みを感じなかった。
もうとっくに、限界なのだ。
この上さらに莫大な費用と労力をかけて裁判を戦うだけの余力などあるはずもない。
ましてやあの時の私には何らかの証拠を残しておくという余裕も知恵も無かった。
優秀な弁護士を雇ってくるであろう医者や病院側に対して証拠もなしに勝てるだろうか?
さらに悪いことには今まででも転院を繰り返して印象が悪かった私が、
実際に医者や病院を相手に訴訟を起こしたとなれば、今後迎えてくれる病院があるだろうか?
それも実際に戦うのは私ではない。
この哀れなほどにやつれっきった親がそれらの激戦を戦うことになるのだ。
それでも言えるだろうか? 『私のためにもっと戦いなさい』と。
「……ごめんなさい、今のは、全部嘘なの」
去り際の両親に向かって、私はそう言った――うつむいて目に涙をためたままで。
「そうか……」
その後に、父親が小さく何かボソッと言った。私にはそれが「すまない」と言っているように聞こえた。
それ以来私は、この世界が嫌いになった――
病気が治る。
以前の私なら、その言葉を聞いて跳ね上がるほど喜んだかもしれない。
だが、すでに何も信じられなくなっていた私には大きな感動は無かった。
案の定、手術が終わっても長い病院生活で弱々しく育った体が強くなるわけではなかった。
病気が治っても、自分では何も出来ずよたよたと周りに迷惑をかけ続ける存在であることは同じだ。
ただ、病院を出て学校にいくことになるだけ、それだけだった。
それでも一応、かすかな期待は抱いていた。
学校という空間が多少なりとも今より良いところであるかもしれない。
今思えば、あの踏みにじられた日からそれまでの間の私を生かしていたのはそんなちっぽけな希望だけだった。
だが、学校は病院よりも苦痛に満ち溢れていた。
騒音や排気ガスの溢れる通学路を歩き、校舎のきつい階段を登るだけでも私には壮絶な難行だった。
516 :30話3 ◆awWwWwwWGE 2012/06/23(土) 21:32:42.42 ID:iHhKN47A0
その挙句、何十人もの前に立たされて自己紹介しろだとか、複数人で取り囲んでの質問攻めだとか、
わざとやっているのかと言いたくなる。
そのぐらい、病弱かつ人になれていない私には苦痛だった。
幸いにも、質問攻めの最中に保健委員だという子が割って入って止めてくれた。
さすがに保健委員なら分かってくれているのかと思ったが、その子もわりといろいろ聞いてきた。
大人数に囲まれるよりがは多少はマシ、その程度の違いだった。
本人はそれなりに気を使っているつもりらしいが言っていることは如何にも屈辱も孤独も味わったことも無い
幸せそうな言葉ばかりで、私にはまるで遠い世界の出来事にしか思えなかった。
しかし――
「せっかくステキな名前なんだから、ほむらちゃんもかっこよくなっちゃえばいいんだよ」
その言葉だけは妙に頭に残った。
授業の時間もまた苦痛だった。
一時間椅子に座り机にかじり付いているだけでも私の体にはかなりの負担である。
そのうえ、病院内でろくに勉強できなかった私は、普通の学校の授業の内容についていけない。
それでも順番が来れば容赦なく回答を求められ、周囲の失笑に晒された。
体育の授業になっても、私に飛んだり走ったりできるはずもない。
ただ、校庭の隅で座っているためだけに着替えるのはなんとも言えずむなしかった。
そうして散々好奇の目と失笑に晒された学校からの帰り道、私には何の希望も残っていなかった。
『だったら、死んだ方がいいよね』
そんな私に魔女が声をかけてくるのは、むしろ当然のことだった。
いつの間にか空は夕焼けとは違う異様な赤に覆われ、
アスファルトの地面は名のある芸術家の抽象画のように奇怪な模様を描いていた。
その奇怪な風景に私は圧倒されていた。
やがてケタケタと不気味な笑い声がどこからともなく鳴り響き、地理の教科書で見た凱旋門のような建築物が目の前に現れた。
そして、その門の前から白い人影のようなものが現れた。
それは、まるで人とは思えない奇妙な動きで私に迫ってくる。
『さあ、死のうよ』
誰のものかわからない声が私の頭の中で響く。
(私……ここで死ぬの?)
崩れた輪郭で襲い掛かってくる白い化け物は、私の心の声を肯定するように襲い掛かってきた。
私は悲鳴を上げた。
しかし、この期に及んでも私は生きたいとは思っていなかった。
散々な人生を送ってきて、ついにはワケの分からない化け物に殺される、そんな自分の運命を呪い、死の恐怖に怯えた。
それでも生きて何かをしたいと、何かのために生き抜きたいという希望は全く湧いてこなかったのだ。
もとから生きていて何が楽しいとかそんなものはひとつも無いのだから当然だ。
そして、学校という空間が苦痛でしかなかった時点で、すでに未来への希望も閉ざされている。
希望も楽しみもなく、すがるべき人もいない。
ならばいっそ、ここで化け物に食べられて死んでも何も変わらないではないか。
それが私に与えられた容赦なく残酷で、なおかつ慈愛に満ちた情け深い結末だった。
そのとき、奇跡が起こった――
517 :30話4 ◆awWwWwwWGE 2012/06/23(土) 21:35:13.48 ID:iHhKN47A0
突如、目の前にいた白い化け物が弾き飛ばされた。
そして鮮やかな衣装に身を包んだ少女達が現れ、またたく間に化け物たちを蹴散らしたのだ。
「イヒヒ……いきなり秘密がバレちゃったね」
私の絶望を蹴散らしたその少女は、学校のクラスの保健委員――鹿目まどか、その人だった。
その日から、何も無かった私にとって鹿目まどかが唯一の希望となった。
――しかし、
「どうして? 死んじゃうって、わかってたのに……。私なんか助けるよりも、あなたに……生きててほしかったのに」
鹿目まどかの亡骸の横で、私は泣き崩れていた。
『ワルプルギスの夜』
それが、その絶望の名前だった。
史上最大級の魔女に、鹿目まどかはたった一人で挑み、死んでいったのだ。
私の中の希望もまた、消え去ったかに思えた。
そこに、悪魔がささやいた。
「暁美ほむら、その言葉は本当かい? 戦いの定めを受け入れも叶えたい望みがあるなら、僕が力になってあげられるよ」
自らを『キュゥべえ』と名乗るこの奇妙な小動物は、私にそんなことを言ってきた。
その問いは、私にとっては全てを失うか否かという二択と同じ意味だった。
当然、全てを失うことを受け入れるはずなどない。
「私は……。私は、鹿目さんとの出会いをやり直したい。彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい」
正直言って頭の中がいっぱいいっぱいになっていた私は、自分の思うことを全部いっぺんに言った。
それがどういう内容の願いで、どういう能力をもたらすかなんて考えもしていなかった。
「契約は成立だ。君の祈りは、エントロピーを凌駕した」
キュゥべえのその言葉と共に、あたりは光につつまれて、私の意識は遠ざかった。
気が付けば私は、病院のベッドの上にいた。
何がどうなったのかと見回すとカレンダーの日付がまだ退院前だ。
新しい学校に対する不安と期待であんな夢を見たのかと、ひとりごちにうなずいた。
しかし、その自分の手もとには紫色の宝石――ソウルジェムが落ちていた。
「夢じゃ……無かった?」
退院後、学校までの道のりはそう苦痛ではなかった。
魔法少女になったおかげで身体能力がそうとう底上げされているらしい。
私の場合、それでも凡人並みの身体能力にしかならなかったが、その凡人並の世界すら私にとっては
今までとは全く別の、すばらしい世界だった。
勉強の内容はなかなか付いていくのが難しかったが勉強すること自体は身体的苦痛にならないし、
ろくに体を動かしたことも無い私はやっぱりドン臭かったけど、それでも体育の授業で体を動かすこと自体は
楽しいと思えた。
そして、このクラスには鹿目まどかがいる。
それだけで、私のドン臭さに対する周りの視線なんてどうでもよくなった。
今まで私の人生になかったぐらい、幸せな日々が続いた。
それでも――
「どうしたの? ねぇ、鹿目さん? しっかりして!」
鹿目まどかと巴マミと私と三人で、苦戦の末『ワルプルギスの夜』を倒した。
巴マミは死んでしまったけども、鹿目まどかは生き残った。
518 :30話5 ◆awWwWwwWGE 2012/06/23(土) 21:36:17.81 ID:iHhKN47A0
そのはずなのに……
鹿目まどかは苦痛に顔をゆがめていた。
真っ黒に濁りきったそのソウルジェムを浄化できれば良かったのだろうが、
『ワルプルギスの夜』との戦いですでにグリーフシードは使い切っている。
そして、鹿目まどかはその姿を魔女に変えた。
私の希望はまた絶望へと変わったのだ。
キュゥべえは私達を騙していた。
やっと得られた充実して生きられる日々が、恐るべき搾取のもとに成り立っていた。
その真の絶望を知ったとき、私の終わらない旅が始まった。
キュゥべえの正体を明かしても、信じてはもらえなかった。
時間をさかのぼる私が未来から持ってこられるのはソウルジェムだけだ。
証拠など揃えられるわけがない。
それにキュゥべえの動機も中々つかめなかった。
鹿目まどかですら、信じてくれない。
――あの時と同じ絶望だった。
それを何度も繰り返し味わうのだ。
そして、証拠が出てきたときにはもう手遅れだった。
仲間の誰かが魔女になるのだ。平静を保てず、『ワルプルギスの夜』と戦う前から壊滅してしまうのがオチだった。
それならいっそ、誰にも真相を話さず、1人で戦った方がいい。
私はまた、あの時と同じように……いや、それ以上に心を閉ざすようになっていった。
身体能力は一般人より上、プロのスポーツ選手並にまで引き上げた。
1人で戦うには多種多様な武器が必要になる。
魔力で武器をつくれない私は実物の武器・兵器を盗んで使ったが、扱いにそれなりの身体能力が必要なのだ。
また、何度も繰り返し学校に行き同じところを何度も学ぶので、当然ながら成績は極端に良くなった。
そうすると、貧弱で勉強も運動もできなかった私が一転して万能人間だ。
クラスメート達の反応はまるで手のひらを返したように変わった。
好奇と失笑しかなかったものが、憧れや尊敬にとって変わったのだ。
馬鹿馬鹿しかった。
私自身は前よりも心を閉ざしているというのに、少し能力があるだけでちやほやしてくる。
世の中の大半の人間は、人を表面的な記号でしか見ていない、
私はますます、鹿目まどか以外の全てのものがどうでもいいように思えた。
そうして繰り返すうちに、まどかが魔女になれば『ワルプルギスの夜』を超える世界を滅ぼすほどの魔女になることや
キュゥべえが負の感情のエネルギーを集めるために魔法少女と魔女を作り上げていること
まどかが魔女になることを防ぐために暗躍する美国織莉子や呉キリカの存在などを知った。
***************
「そうよ……まどかが無事ならばそれでいいはずでしょう?」
しかし、暁美ほむらのソウルジェムは黒く濁っていた。
彼らの前に姿を現すことはしなかったが、鹿目まどかの安否は確認してから逃げた。
だから、まどかが無事だったことは知っている。
519 :30話6 ◆awWwWwwWGE 2012/06/23(土) 21:37:59.29 ID:iHhKN47A0
魔法少女の真相を知ったまどかは決して契約しないだろう。
そして、多くの魔法少女が生存しているうえに武闘家とかいうわけのわからない連中までいるのだから
『ワルプルギスの夜』に勝てる可能性もかなり高い。
(全てが上手く行ってるじゃない、なのに……)
ソウルジェムは決して輝きを取り戻そうとはしなかった。
(まどかに私のやり方を否定されたから? それとも私が魔女になったまどかを見捨ててきたから?)
自分の心に問いかけるまでもなく答えは分かっていた。その両方だ。
時間を巻き戻すたびに、自分はまどかにとってワケの分からない人間になる。
そんなことは前から分かっていた、だがこうも真っ向から否定されたことが今まであっただろうか。
今回、巴マミが魔女から元に戻れたのは運のいい偶然がいくつも重なったに過ぎない。
普通ならやるべきではない危険を冒した上でも奇跡のようなものなのだ。
少なくとも魔法少女である自分は同じことをしても魔女になった鹿目まどかを救うことはできなかった。
だから、自分が逃げてきたのは仕方が無いことなのだ。
しかし、今までにあのまどかほど熱烈に魔女になった仲間を助けようとしたことがあっただろうか。
そんなことを考えていると、ソウルジェムはより一層濁った。
ほむらは慌てて、自室にとっておいたグリーフシードでソウルジェムを浄化した。
だが、ソウルジェムは一瞬だけ輝きを取り戻した後、みるみるうちに真っ黒に染まっていく。
「……くっ」
こうなれば少しでも魔力消費を抑えるしかない。
ほむらは止むを得ず、身体強化を解除した。
視力補正も解除したのでろくに目も見えない。
ほむらは立ち上がって、メガネを探すために机に向かう。
室内でほんのちょっとの距離を歩くだけのことだったが、それだけでも貧弱なほむらの体は悲鳴を上げる。
立ちくらみをおこし、壁などにもたれかかりながらフラフラと歩き、長い時間をかけてようやく机にたどり着く。
そして、倒れるようにどっかりと椅子に腰をおろした。
心臓がバクバクとのた打ち回り、肺がより多くの酸素を求めて息を荒げる。
ただ立って歩くだけのことでこれだ。
少し休んで呼吸と脈拍を整えてから、ほむらは引き出しの中をまさぐってメガネを取り出した。
それを鼻にかけようとするが、歩いているうちに乱れた長い髪の毛がメガネと顔の間に挟まって邪魔をする。
ほむらはいったんメガネを机に置くとゴムバンドを取り出して髪をまとめた。
ここのところ全くしていなかったとは言え10年近くやってきた三つ編みはスラスラとできた。
(出来ることと言えばこのくらいか)
そんな自分に苦笑しながら、ほむらはゆっくりメガネをかけた。
机に置いた鏡には、大嫌いな人間の姿が映っている。
弱虫で、不器用で、1人では何も出来ず、ただ一方的に虐げられるだけの存在。
誰よりも大嫌いな本当の自分、映っていたのはその姿だった。
「やあ、見違えたよ暁美ほむら」
そして、その次に大嫌いな白い小動物がいつの間にか部屋に入ってきていた。
「何をしにきたのかしら、インキュベーター?」
「その様子だと、もうすぐ魔女になってくれるみたいだね」
キュゥべえはほむらの質問には答えず、一方的に自分の話を始めた。
520 :30話7 ◆awWwWwwWGE 2012/06/23(土) 21:41:08.10 ID:iHhKN47A0
「誰が、なるもんですか……」
ほむらは出来るだけ余裕を見せようとするがその声はかすんだ。
体力の無さで声が張らないというのもあるが、それ以上に自信を持ちきれないのだ。
「鹿目まどかが死なず、魔法少女にもなっていないのにどうしてそんなにソウルジェムを濁らせているんだい?」
相も変わらず、この化け物は無邪気な声で核心をついてくる。
「……あんたが、ムカつくからよ」
もう頭を働かせることもしんどいほむらは虚勢だけで適当に答える。
「キミが魔女になれば、きっと鹿目まどかも心配してくれるよ」
「出て行ってちょうだい!」
ほむらは椅子にもたれかかったまま無理に声を荒げた。
そんなほむらのいら立ちを見越したように、キュゥべえは机の上に乗ってほむらの正面に出る。
「キミが魔女になったら、鹿目まどかは自分のせいだと思って落ち込むだろうね。
……上手くいったら、キミを元に戻すためにボクと契約してくれるかもしれない」
「消えなさい!」
「キミにとってもうれしいことじゃないのかい? 鹿目まどかがキミのために契約してくれるんだよ」
「このっ!」
カッと来たほむらは、即座に拳銃を取り出し、キュゥべえに向けて発砲した。
しかし、銃口はあさっての方向を向き、天井に銃痕をつくった。
「う……あ、あ……」
そしてほむらは自分の右肩をかかえて苦痛の声をあげた。
「やれやれ、拳銃は成人男性でも肩が外れることがある武器だよ。
小径口とは言えキミのその体で扱えるわけがないじゃないか」
キュゥべえは終始身じろぎもしていない。
その様がなんとも屈辱的だった。
「や……約束が……違う、わ」
苦痛に歪む顔で、ほむらは必死にキュゥべえをにらみ敵意を失っていないことを見せ付ける。
「約束を破ったのはキミの方だろう? キミが乱馬たちを通さなければ全てボクの言ったとおりになっていたんだ」
あくまで被害者は自分だ。キュゥべえはそう言いたいようだった。
「それなのに結果としては鹿目まどかは未契約で、巴マミと響良牙から集めた感情エネルギーは拡散した。
約束を破ったキミの利益が守られていて、約束を破っていないボクの利益が消えてしまったんだ。
ひどい不公平だと思わないかい?」
「……詐欺師のあなたの……言葉じゃないわ」
椅子に座ったまま屈みこむほむらを、キュゥべえは見下ろした。
「ボクが詐欺師だとは不本意だね。ボクは契約のときもちゃんと合意をとっているはずだよ。でも――」
そう言ってもったいぶって間を空ける。
それが自分をいらだたせるためだと言う事は、ほむらにはよく分かっていた。
「――キミと組んだのは失敗だったよ。敵として脅威にならない存在は味方にしても役に立たないことがよく分かった。」
「私に……そんな事を言って、どうするつもり……かしら?」
くだらない挑発だった。あわよくばこれで魔女になれば良いと思っているのだろう。
「ありのままに事実を言っているだけさ。
キミにもっと対話能力があれば、巴マミや他の魔法少女たちの信頼を得てボクの邪魔をすることも出来ただろう。
逆にキミが非情に徹することができるなら、マミの結界に入ってきた乱馬たちを有無を言わさず爆殺すれば良かったのさ。
そのどちらも出来ないキミは敵としても味方としても、何も出来ない無能なだけの存在さ」
「そういう事を言って、巴マミも魔女に変えたのね」
521 :30話8 ◆awWwWwwWGE 2012/06/23(土) 21:42:08.16 ID:iHhKN47A0
「そういう事を言って、巴マミも魔女に変えたのね」
「さあね。……ただ、そんなことを繰り返している限り何度やってもキミはボクには勝てないよ」
それだけ言うと、キュゥべえはどこへともなく去っていった。
やはり、ほむらのソウルジェムを濁らせるために来たのだろう。
(だとしたら逆効果だったわね、インキュベーター)
椅子にもたれて肩を抱えながらほむらは思った。
まどかはいまだ契約もせず五体満足だ。『ワルプルギスの夜』はおそらく自分がいなくても倒せる。
だったら、あとはやるべきことはひとつだ。
そして、キュゥべえが来たおかげでその決意はより強まった。
(インキュベーター、後はあなたさえ始末すれば、私の旅は全てが終わるわ)
ほむらは魔法で肩を治し、ゆっくりと立ち上がった。
580 :31話1 ◆awWwWwwWGE 2012/07/08(日) 13:33:13.78 ID:8m4oFGTt0
ぼふっ
柔らかな感触が杏子を襲った。
「むーっ、むぐぐっ」
抵抗するがすでに口をふさがれているため悲鳴すら上げられない。
『い、いきなり何しやがる!』
杏子はやむなくテレパシーで叫んだ。
「もー、そんなに照れなくていいのよ」
しかし、マミは抗議も聞かず、がっちりと杏子の頭を自分の胸にホールドした。
『ちげーし、ってか息苦しい、マジ苦しいから!』
杏子はついにはタップをはじめる。
「マミさん、もう離してあげなよ」
「だって、杏子がこんなに頻繁に会いに来てくれるのがうれしくて」
さやかの制止を受けてマミはしぶしぶ腕を放した。
「ぶはー、ったく、ウザさが倍増してやがる」
荒々しい呼吸をしながら杏子は汗を拭った。
しかしながらその頬は赤く染まっている。
「どこの反抗期の息子だ」
「杏子ちゃん何かかわいい」
さやかとまどかにそう言われて杏子はますます決まりが悪かった。
「それじゃ、今度は鹿目さん」
「はーいっ」
マミは今度はまどかに対して腕を広げた。
捕まえるまでも無く、まどかは自らその腕の中に飛び込み、マミの胸に顔をうずめる。
「むにむに」
「きゃっ、もう鹿目さんたら」
堂々と●●り合う二人を見て杏子はあきれ返った。
「……あたしはあーはなれねぇ」
「うん、それはそうだけどさ――」
さやかはうなずいてから、会話をテレパシーに切り替えた。
『――マミさんが自分からああやって甘えてくれるようになったのは良いことだと思うよ。
ずっと甘えられるような相手もいなくてさ、それでも戦い続けてきて……マミさんだってただの中学生なのに』
もちろんこれは杏子だけにあてたテレパシーである。
『ああ。情けねー話だな、自分のことでいっぱいいっぱいでそんな事にも気が回らなかったってのは』
杏子はかつて、自分の願いで運命を狂わせたときに、マミと袂を分かった。
しかし、その結果はどうだったか?
真っ当なやり方で生きていけないからといって盗み、真面目に魔女退治をしていたらもたないからといって
使い魔退治をさぼり、そんなやり方でも一人で生きていく自分は強くなったと勘違いしていた。
だが実際は、自分ひとりの露命をつないでいただけで何も成し遂げていない。
今回のことも1人ではせいぜい魔女になったマミと心中するのがオチだったろう。
強がるよりも前に、できることもやっておくべきこともたくさんあったはずだ。
それを思うと情けないとしか言えなかった。
「そんなこと言わないで美樹さんも」
581 :31話2 ◆awWwWwwWGE 2012/07/08(日) 13:34:33.84 ID:8m4oFGTt0
マミはまどかと離れると、自分より長身のさやかを強引に胸に抱きこんだ。
「ぶはっ、ちょ、マミさん!」
もがくさやかに、マミはテレパシーを送る。
『人のこと言う前に、美樹さんも何か1人で抱え込んでるでしょ?』
「む? むがが!?(え? 傍受されてた?)」
『あんまり1人で抱え込んでると、私みたいに魔女になっちゃうわよ』
いつものような明るい口調のテレパシーでマミは言う。
『いや、それさらっと言う台詞じゃないから!』
そしてさやかのツッコミをスルーして、杏子に顔を向けた。
「それに杏子も、落ち込んでるヒマがあるなら、もっと私とイチャイチャしなさい!」
「わけわかんねーし! ってか上から目線で甘えるなよ!」
そんなやり取りをしていると、ふいにドアチャイムが鳴った。
マミの部屋ではあるが、まどかはためらいなくインターホンに出る。
「……うん、……はい」
ほんの少しインターホンと話して、まどかは振り向いた。
「良牙さんと乱馬さんが来たよ!」
***************
「いやー、すまねぇ遅くなっちまって」
そう言ったらんまは女の姿をしていた。
今まで見滝原勢には女として認識されてきたのだから、急に男になって現れたら驚かせてしまうからという配慮だ。
そしてその横にいる良牙はうつむき、かなり落ち込んでいる様子だった。
「何かあったの?」
「あかねさん……」
さやかの質問に対して、良牙はうわ言のように答えになってない言葉を返した。
「そっか。あの道場の娘との婚約だかなんだかは結局白紙になったんだな?」
説明されるよりも早く、杏子が事情を推測した。
「ああ。それでコイツを連れてくるのが遅くなっちまったってワケだ」
らんまは呆れ顔で説明を加える。
(あの人、あかねさんって言うんだ)
まどかは自分が良牙を訪ねていった時に出会った女性を思い出した。
あかねという女性は突然乱入してきた自分に対して驚いた表情は見せたが、
良牙がデートを切り上げることに対しては全く動揺を見せなかった。
恋愛経験など皆無に等しいまどかでも「脈無し」としか思えない。
そんなあかねを相手に深刻に落ち込むほど入れ込んでいる良牙がどうにも哀れに思えた。
「あら? 話がよく分からないんですけど、ご説明お願いできます?」
マミはそう言って笑顔のまま首を傾げて見せた。
「え? えーと、だな」
良牙はどう説明すべきか分からずしどろもどろになった。
(……いま、ソウルジェムが反応したんだけど?)
(これは、魔力? 闘気? いや、殺気を感じる)
マミ相手にはテレパシーも傍受される可能性があるので、さやかと杏子は目で語り合った。
582 :31話3 ◆awWwWwwWGE 2012/07/08(日) 13:37:33.26 ID:8m4oFGTt0
「その説明は後でするとしてだな……今日はもうひとり来てるんだ」
らんまは言葉を濁した。
その辺りの事情を説明するには、自分の変身体質について教えなければならず話がややこしくなることが避けられない。
今日はそんなことよりも先に済ませなければならない用事があるのだ。
「こんにちはーっと、そこの青い子と黄色い子ははじめましてかしらね?」
らんまの台詞を受けて、ボブカットの女性が部屋に入ってきた。
「あ、なびきさん」
まどかがつぶやく。
「おいおい、あんたが何しに見滝原まで来たんだよ?」
天道なびきはあまり自分から動く方ではない。杏子が疑問を口にした。
「取立てよ、こないだまどかちゃんに貸した5000円に利子つけて7000円」
なびきは厳かに、手のひらを上に右手を突き出した。
「え……あ、ちょっと利子高く無いですか?」
いい人だと思っていただけに、ショックだった。たった二日で40%の利子を上乗せするなど、
闇金融をも遥かに超える無茶苦茶な利率ではないのか。
もちろん、まどかにそんなにホイホイ小遣いが沸いてくるはずもなく、しばらく払える見込みも無かった。
「……それは私が払うわ。今私がここにいるのは鹿目さんのおかげだもの」
そこにマミが自ら進み出てお金を出した。
まどかは「すみません」とマミにペコペコし、マミは「いいのよ」と軽く流す。
そんな様子を眺めながらさやかは首をひねった。
「おかしいね。まどかからお金を取り立てるためだけにここまで来るってのは採算悪くない?」
「正解」
資金回収を済ませほくほく顔のなびきはウインクをしてみせた。
「会いに行くんでしょ? 暁美ほむらって子に。あたしはその子にグリーフシードを売りつけに来たの」
「そんなトコだと思ったぜ」
杏子はため息を吐いて肩をすくめた。
***************
「……いきなりこの人数でおしかけるのもちょっと難があるわよね」
暁美ほむらが住んでいるというアパートの前まで来て、マミがつぶやいた。
魔法少女3名、武闘家2名、一般人2名の計7人。
事情がどうだろうが、この陣容で1人の少女に頭を下げさせようというのはイジメにしか見えない。
「だが、少数だと思われたら何か仕掛けてくるかもしれんぞ?」
それでも良牙は警戒をうながした。
ほむらの時間停止を共有したことのある良牙は、その能力の恐ろしさをよく分かっていた。
例えば、今こうして話し合っているところを見つけられて、手榴弾や拳銃でも撃たれたら何人かは確実に致命傷を負う。
こちらに一瞬で全滅させられず確実に反撃できるだけの戦力が無ければ、ほむらはいつでも奇襲で勝ててしまうのだ。
「私が行きます。きっと、私には攻撃してこないから」
そこにまどかが、恐る恐るでもなく自分が行くと宣言した。表情はいたって真剣である。
「ダメだよ」
が、さやかはまどかを制止した。
「確かに前に見たほむらのあの様子じゃまどかに攻撃しそうもないけどさ、
やけっぱちになってたらどうだか分かんないでしょ? ほむらが逃げ出した場合もまどかじゃ捕まえられないしね」
583 :31話4 ◆awWwWwwWGE 2012/07/08(日) 13:39:03.31 ID:8m4oFGTt0
「え……でも……」
戸惑うまどかになびきが追い討ちをかける。
「そうね、まどかちゃん1人ならともかく、戦える人が安全確保してくれないとあたしもグリーフシード売りにいけないし」
「誰もあんたのために言ってねーよ」
なびきの自分勝手な言い草に杏子がムッとして言った。
「あたしが行くよ。あたしならソウルジェムに直撃でもされない限り大丈夫だから」
そう言ってさやかが立候補する。
「それじゃ、俺も行くぜ」
らんまも手を上げた。
さやかとらんまの二人ならほむらに勝った組み合わせだ。
これなら大丈夫だろうというと周りもうなずいた。
***************
さやかがドアチャイムを鳴らし、らんまがすぐ側に控え、他は少し離れたところに隠れた。
さやかが進み出たのにはわけがある。
暁美ほむらはなぜ美国織莉子を殺したのか、何のためにキュゥべえの片棒を担ぎマミや良牙を犠牲にする凶行に及んだのか。
きっと、その動機にはどこかでまどかの存在が関わっている。
だからさやかは過剰なショックを与えないためにまどか抜きで話がしたかったのだ。
それに自分が何のために人殺しに手を染めなければならなかったのかを知りたいというのもある。
ボタンを押してから結構長い時間を経て、ようやく扉が開いた。
そして、よろよろと年寄りのような緩慢な動作でメガネに三つ編みの地味な少女が現れる。
「……あれ?」
「これは?」
さやかとらんまは思わず顔を見合わせ、再び少女の方を見た。
「あなたたちが呆気にとられるのも仕方がないわね、でも私が暁美ほむらよ」
ほむらはつぶやくように小さな声でそう告げる。
しかし――
「わりぃ、人違いだった」
「ごめんなさい、訪ねる家間違いました」
どうやら聞こえていないらしく、らんまとさやかはそう言って頭を下げて、足早にきびすを返した。
「え……、いや、ちょっと……」
ほむらは止めようとするが声は届かず、二人は見向きもしない。
そして、少し離れたところで立ち止まった。
「もー、まどか住所間違ってたよ! ちゃんと先生に聞いたの?」
「ぜんっぜん、ちがう子が出てきたぞ?」
さやかとらんまは口々にそんな事を言った。
「えー、ちゃんと聞いた通りの住所だよ? 早乙女先生が間違ってたのかなぁ?」
まどかはメモ帳を出して首をひねる。
『あたしが暁美ほむらだって、言ってるでしょうが!』
そこに、ほむらのテレパシーが飛んできた。
「いるじゃない? あたしにもテレパシー聞こえたわよ」
そのテレパシーははっきりしていて一般人であるなびきにも聞き取れた。
584 :31話5 ◆awWwWwwWGE 2012/07/08(日) 13:39:52.31 ID:8m4oFGTt0
「家族が玄関に出たんじゃないのか?」
「じゃあ、さっきのは妹か何かか?」
良牙と杏子の言葉を受けて、美樹さやかはなるほどとうなずいてから再び前に進み出た。
そして、再び三つ編みにメガネの少女の前に立って言った。
「何度もすいません、暁美ほむらさん居ますか?」
***************
「信じられない……」
さやかがつぶやいた。
魔法の有無だけでここまで変わるとは思えなかった。
暁美ほむらはまるで息をすることすらしんどそうに椅子にもたれかかっていた。
「この通り、今の私は戦うことも逃げることも出来ない……
煮るなり焼くなり好きにすればいいわ」
「言われなくてもそうさせてもらうぜ。だがな、その前にいろいろ聞かせてもらう。
わからねーことが多すぎる」
らんまはいつでも動けるように立ったままで話した。
病弱なフリをして油断させる類の作戦ということもありえるからだ。
「何を……言えば、いいのかしら?」
途切れ途切れの息を漏らしながら、ほむらはらんまとさやかを眺めた。
(どうせ何を言ってもあなた達には無駄だというのに)
侮蔑と諦めが、自然とその顔を無表情に変える。
そしてこの状況でも無表情であることは、らんまとさやかには不気味に思えた。
「それじゃ、あたしから聞かせてもらうよ。……どうして、美国織莉子を殺さなきゃならなかったの?」
「は?」
驚いたのはらんまだった。
織莉子という名前は前にどこかで聞いたような気がするが、さやかが何の話をしているのかは全く分からなかった。
「魔法少女狩りの黒幕だったから……それじゃダメかしら?」
ほむらはあくまでとぼけた。
「何言ってんだ? 魔法少女狩りの犯人は杏子とおめーが倒したんじゃ……」
らんまを置いてけぼりにして、さやかはさらに問い詰める。
「納得いくわけないよ。あんたにとっちゃ、よその魔法少女が狩られようがどうだっていいはずでしょ」
それでもほむらはゆっくりと首を横に振った。
「自分がやられる前にやっただけよ。美国織莉子と呉キリカの二人がかりで奇襲されたら勝ち目がないもの」
確かにそれは事実だろう。
ほむらの言葉を信じたわけではないが、さやかには言い返せる言葉が無かった。
「おい、何か変なのが――」
らんまが何か言っているが話に付いてきていないようなので無視して、さやかはほむらへ質問を続ける。
「あんたの言ってた、キュゥべえが作る恐ろしい魔女って……まどかのこと?」
「!?」
今度は明らかにほむらの表情が変わった。
「あたしが思いつきで言ってるわけじゃない、美国織莉子が死に際に言ってたんだ」
その言葉に、ほむらは目を見開いてさやかをにらんだ。
585 :31話6 ◆awWwWwwWGE 2012/07/08(日) 13:41:05.90 ID:8m4oFGTt0
「鹿目まどかにそれを言うんじゃないわよ」
うなるような低い声でほむらは言った。
「あのさー、あたしがまどかにこんなこと言えるわけ無いじゃない。頼まれたって無理」
さやかは軽いノリながらも、はっきりとそう言った。
ほむらに口出しなどされなくても、さやかはまどかのためを思って行動しているのだ。
しかし――
『……ごめんなさい、もう鹿目さんに聞かせちゃったわ』
ふいにマミのテレパシーが届いた。
「えっ!? マミさん何言って――」
ついついさやかは口で答える。
『その、らんまさんが抱えてるものよ』
マミがそう言うのと同時に、らんまは何かよく分からない黄色いひも状のものを持ち上げた。
「乱馬さん、なんでそんなのが入ってきて何も言わなかったの?」
「言わなかったんじゃなくておめーらが聞かなかったんだろうが」
ぶつくさとらんまは不平をもらす。
それはマミのお得意の拘束用の黄色いリボンに見えたが、その先端はラッパの口のように開いていた。
姿かたちはからおおよその使い道が想像される。
「つまり……この魔法伝いで私達の会話を聞いたということなの?」
そう言ったほむらの言葉には怒りがにじんでいた。
一番知られてはまずいことをあっさりと鹿目まどか本人に伝えてしまったのだ。
「とりあえず、コイツは抵抗できそうにもねーし、隠したかったこともばれちまったんだ。
面倒くさいことなしに、全員面と向かって話し合おうぜ」
混乱気味な事態をらんまはそうまとめた。
***************
「つまりだ、まどかちゃんが魔女になったらやばいから、契約を阻止しようとしたり
マミちゃんを魔女にすることでキュゥべえを満足させようとしていたわけだ」
良牙はジェスチャーを交えながら自分の理解した内容を話して見せた。
「よし、バカの良牙が分かってるならみんな大丈夫だな」
らんまは満足げにうなずく。
「誰がバカだ」
「えーと、それはともかく、まだひとつだけ分からないことがあるわ」
マミは良牙とらんまの喧嘩が始まる前にすばやく話を進めた。
「確かに、鹿目さんほどの素質の持ち主がもし魔女になったら、手がつけられないわ。
鹿目さんの契約を阻止しようとしたことは理解できるわ。
そこは私が謝らないといけないことかもね……でも――」
マミが話す横で、まどかは何も言わない。視点の定まらない目をして衝撃のあまり思考がまとまらないようだった。
「まどかを魔女にしないのなら、まどかを殺すのが一番手っ取り早い。
その織莉子とかっていう魔法少女がやろうとしていたみたいにな。あんたは何でそれをしない?」
言いよどんだマミの台詞を杏子がつないだ。
「まさか、人道的な理由だなんて言わせないよ」
さやかも言葉を付け足した。
「……私も、マミさんや他の人を犠牲にして自分だけが生き延びたいなんて思わない」
やっとのことでまどかも口を開いた。
586 :31話7 ◆awWwWwwWGE 2012/07/08(日) 13:42:03.63 ID:8m4oFGTt0
ほむらが何らかの理由でまどかだけは守ろうとしていたことは分かる。
しかしまどかはそれを肯定できなかった。
魔女にならないために他人を犠牲にする、その行いのどこが魔女と違うのか。
「……」
もはや、何も言わないで逃げ切れる状況ではない。ほむらはゆっくりと口を開いた。
「……鹿目まどかが、たった一人の私の友達だったからよ」
「だった?」
「過去形!? いやむしろ過去完了?」
よくわからない表現に、一同はみな怪訝な顔をした。
***************
ほむらはあくまで簡潔に話した。
自分が時間をさかのぼって未来からやってきたこと。
魔法少女であった鹿目まどかに助けられ、そのまどかが『ワルプルギスの夜』に殺されたときに契約をしたこと。
何度も同じ時間を繰り返すうちにインキュベーターのたくらみを知ったこと。
「タイムスリップってやつか?」
らんまは唖然としてつぶやいた。
「……たぶん、そういうことだろ」
自信なさそうに杏子が答える。
まわりはみな頭をひねっていた。
一人、なびきだけは興味なさ気にボトル缶のコーヒーを横において家から持ってきたらしい小説を読みふけっていたが。
やがて、まどかがほむらの前につかつかとやってきて言った。
「私は、その子じゃないよ」
「……え?」
ほむらは目を丸くした。
「魔法少女になってバリバリ活躍して、すっごく怖くて強い魔女にも1人で勇敢に戦って――
そんなのどう聞いたって私と別人だよ」
「「そりゃそうだ」」
まどかの言葉に、思わずさやかと良牙が声をハモらせる。
「そんなに納得されたらちょっと悲しいかな」
そう言ってしっかりツッコミを入れてくるまどかは、決して自信の無さから自虐的な意味で
強い魔性少女まどかが自分とは別人であると言っているわけではなかった。
「そんなことあり得ない……私は時間を巻き戻しているだけで、あなたはあくまで鹿目まどかで……」
ほむらとしては認められるはずの無いことだった。
やり直すたびに鹿目まどかが名前と顔が同じなだけの別人だとすれば、ほむらのやっていることは全てが無意味になってしまう。
「私はその子じゃないけど、その子が可哀そうだよ。
だって、その子は魔法少女になってほむらちゃんや街の人たちを助けたことを誇りに思ってたんだよね?
それを無かったことにされちゃったら、きっと悲しいと思う」
「無かったことになんてして……ないわ」
「……だったら、やっぱりほむらちゃんは私とその子を別人だと思わなくちゃ。
ほむらちゃんや街の人たちを助けたことを誇りに死んでいったのは私じゃないもの」
思いのほか、まどかに矛盾を突かれ、ほむらは傍目からも分かるほど明らかに狼狽していた。
まどかの目線や口調は諭すように優しいが、受け入れさせようとしている内容はほむらにとって何より残酷だったのだ。
『おい、グリーフシードのあまりあるなら用意しとけよ』
587 :31話8 ◆awWwWwwWGE 2012/07/08(日) 13:42:42.85 ID:8m4oFGTt0
ほむらが魔女になりかねない。そう判断した杏子はなびきにテレパシーを飛ばす。
『えー、でも、まだお金もらってないし』
しかし、なびきはいつも通りの返ししかしない。
『私からもお願いします。お金は後で何とかしますから』
またも傍受をしていたらしく、マミがテレパシーに割り込んでくる。
『マミ、あんたは人が良すぎだろ! 殺したいぐらい憎んでるのが普通だろ!』
『憎くないわけじゃないけど……ここで魔女になられても困るだけでしょ』
そんな杏子とマミのやり取りを聞いてなびきは思った。
(なるほど、いいカモだわ)
と。キュゥべえがよくマミと行動を共にしていたというのもよく分かる気がする。
『そうね、あなたは信用できそうだから後払いオッケーよ』
そうテレパシーの返事をしてなびきはグリーフシードをひとつマミに渡した。
「で、話は大体分かったが、こいつをどうする?」
良牙はついこの間の威勢のよさからは想像もつかないほど弱く哀れな存在に成り果てた少女を前に言った。
「その前に、まずはタイムスリップなんてことがありうるのか聞いてみましょうか」
「聞くって……誰にですか?」
マミの言葉にさやかが首をひねる。
マミは黙ったまま、先ほど暁美邸に侵入させた盗聴用リボンを虚空に巻きつけた。
すると、そこに白い小動物の姿が浮かび上がる。
「ねっ、ねこお!?」
らんまが飛び上がった。
「キュゥべえ!?」
「キュゥべえ、テメー!!」
「あらキュゥちゃんじゃない」
続いて、周りが口々に驚きの声をあげた。
「え? あ、なんだよキュゥべえかよ。驚かせやがって」
それでキュゥべえだと分かると、らんまはかえって安心のため息をもらした。
(消えたと思ったのに、まだ潜んでいたのね……)
ほむらは内心舌打ちをした。
キュゥべえがわざわざ盗み聞きをしていたのは今後の魔法少女たちの動向を探るためだろう。
「やれやれ、一度魔女になってなおさら勘が鋭くなったみたいだね、マミ」
がんじがらめに縛られながらもキュゥべえは落ち着いて話しかけた。
「おかげさまでね。……それで、質問に答えてもらえるかしら?」
冷静に嫌味を返しながらも、マミは身動きできないようにきつくキュゥべえを縛り上げ、敵意を示した。
「時間遡行がありえるかと言われればボクとしては何とも言えないよ。
魔法少女の固有能力は本人の願いと魔力資質によるものでボクが一人一人に設定して与えているわけではないからね。」
キュゥべえはマミの敵意などまるで気にも留めず淡々と話す。
「でも、話を聞く限りでは暁美ほむらは時間遡行というよりも、並行世界に移動していると考えるべきだろう。
さかのぼるたびに世界に差異が見られるようだからね。そういう意味では鹿目まどかの解釈は的を射て――」
「うそよ……それじゃ私は何のために……」
ほむらがキュゥべえの言葉をさえぎってしゃべった。
体力があれば叫んでいるところだったのだろう。今のほむらには聞こえる声を出すのが精一杯だった。
588 :31話9 ◆awWwWwwWGE 2012/07/08(日) 13:43:28.20 ID:8m4oFGTt0
「ふぅん、だったら少なくともこの子のハッタリや妄想じゃないわけね」
そこで急に、今まで興味なさ気だったなびきがキュゥべえに歩み寄って質問をした。
「うーん、そういう可能性も無いとは言えないね。暁美ほむらのいう事が事実であろうとなかろうと
今のこの時間軸からそれを確かめる手段はない」
意外と律儀なのか、キュゥべえは真面目に質問に答える。
「なーんだ、結局なにも分からないんじゃない」
なびきはいかにも「なんだつまらない」という素振りを見せてから片手に持ったボトル缶のキャップを開けた。
誰しも、気分転換とか単純にのどが渇いたとしか思わない。
だが、なびきはおもむろにそのボトル缶の中身をキュゥべえの体にぶちまけた。
「え?」
周囲が呆気にとられるヒマも無く、キュゥべえのヘンテコな猫のような姿は消え、
そこにはどこにでもいそうなトノサマガエルが居た。
「蛙溺泉よ、コロンおばあちゃんに頼んで仕入れといたの」
なびきはウインクして見せた。つまり、話を聞くフリをしてなびきはキュゥべえに攻撃をしたのだ。
「マミちゃん、チャンス、チャンス」
なびきにそう言われて、目を点にしていたマミはハッと気付いた。
「はい」
そして満面の笑みで、巻きつけたリボンで万力のようにカエルをひねり潰した。
グチャっという音がして黄色いリボンの隙間からえぐい汁が漏れる。
「ま……マミちゃん?」
「うわ、マミさんえぐい」
「女ってこえーな」
「いや、一緒にすんな」
マミのその挙動に恐怖の声があがった。
だが、この時一番おびえていたのはほむらだった。
自分のやったことを考えれば、一緒のことをされかねない。
最悪殺されるという覚悟はあったが、カエルにされてしかも笑顔のままグチャグチャに潰されるなんて
恐ろしい結末はほむらの想像を超えていた。
しかし――
「まったく、さすがにボクも驚いたよ。あれが呪泉郷の呪いって奴かい?」
けろっとした顔でまたも白い小動物の形をしたキュゥべえが現れた。
「ふーん、変身させてから殺しても無駄だったみたいね」
「本当、残念だわ」
なびきとマミが口々に言う。
「この体は今の時代や文化に合わせているだけで、他の体じゃダメだってわけでもないからね。
この星の生き物の体でも出入りすることができないわけじゃないよ」
呪泉郷の呪いでは自分は倒せない。キュゥべえはそう言ったつもりだった。
「あら、いいヒントくれるわね、魂だか精神だか知らないけどその体に出入りしてるのを潰しちゃえば良いってことでしょ?」
それに対してなびきは裏を返した言い回しをする。
「なるほど、そういう意味にもとれるね。……でもキミ達にそんな手段は無い」
キュゥべえはそれだけ言うと背中を見せた。
「さて、あんまり無駄に体を破壊されるのも嫌だからボクはそろそろおいとまさせてもらうよ」
そしてその姿が消えてから、また良牙が言った。
589 :31話10 ◆awWwWwwWGE 2012/07/08(日) 13:45:25.07 ID:8m4oFGTt0
「で、こいつはどうするんだ?」
もちろん「こいつ」とはほむらのことである。
「そうね。やっぱりまずはカエルになってもらおうかしら……」
マミが笑顔でそう言うと、さすがにほむらも素で冷や汗を流していた。
「ま、マミさん、いくらなんでもそれは――」
さやかが慌てて止めようとする。
「冗談よ。そうね、暁美さんをどうするかは、鹿目さんの判断に任せるわ」
「え!? 私ですか?」
まどかは驚きの声を上げた。マミは無言でうなずく。
「本当に、それでいいんですか?」
「ええ。どんな判断でも異を唱えるつもりはないわ」
マミにそう言われて、まどかはキッとほむらを見据える。
『おいおい、ホントにいいのかよ』
杏子がひそかにマミにテレパシーを飛ばした。
まどかの性格からすれば甘い判決が出ることは目に見えている。
それで本当に納得がいくのか杏子は不安なのだ。
『ええ、構わないわ。鹿目さんの言葉じゃないと言う事聞かなさそうな子だしね』
『そりゃそうだけどさ……』
マミと杏子がそんなやり取りをしているうちにまどかは小さく口を開いた。
「私は今までほむらちゃんが通り過ぎてきた世界に居た誰じゃない。
それでいいならそばに居てくれてもいいよ」
まどかの言葉にほむらはおそるおそる顔を上げる。
「でもその前に、マミさんにちゃんと謝ってほしい」
いっせいに視線がほむらの方に向けられた。
ここで頭を下げなければ、この時間軸に自分の居場所は無い。
まどかすら完全に見放すだろう。ほむらにもそれは分かった。
「……ごめんなさい」
ほむらは頭を下げた。
その瞬間、見た目や体力だけではなく心の中までただ弱いだけの自分に戻った気がした。
――が、次の瞬間
コンッ
ほむらの指輪にグリーフシードが当てられた。
マミがそうしたのだ。
「えっ?」
「許したわけじゃないわよ。このグリーフシードの分も合わせて、借りはまとめて後で返してもらうわ」
戸惑うほむらにマミは言った。
「後っていつだ?」
外野のらんまが首をかしげる。
「『ワルプルギスの夜』の日です」
マミはきっぱりそう答えた。
596 :32話1 ◆awWwWwwWGE 2012/07/15(日) 23:41:30.80 ID:GpaHQl9o0
乱馬はあかねの部屋にあるそれを見て目を丸くした。
「お……おまえ何やってんだよ?」
「何って、身だしなみ整えてるだけでしょ」
あかねは平然と答える。
だが彼女が身だしなみを整えているのは自分自身ではない。
あかねの横には美しく着飾られた赤髪の少女がいた。
着ている服はあかねのとっておきのドレスで、かすみから借りたらしいリボンでゆるく髪の毛を束ねていた。
「それはな、着せ替え人形じゃねーんだぞ」
それは乱馬自身の分身だった。
魔法少女から解放されたときに出来てしまった女らんまの形をした副産物である。
「でも、ちゃんと体ふいたり、着替えさせたりしないと腐るわよ?
チャイナドレスはシャンプーに返さなきゃなんないし」
「ああ、そういうことか。すまねー」
あかねに言われて、乱馬は自分のずさんさを思い知らされた。
この体を持ち帰ってから乱馬のやったことと言えば部屋の奥に座らせておくだけだったのだ。
そんな扱いを続けていれば、やがてそれは腐り、近いうちにホラーなことになっていたに違いない。
「おさげほどいても伸びないみたいだから、あのいかにも髪の毛痛みそうなきつい結び方もやめた方が良いし、
胸が型崩れしないようにちゃんとブラもしないとね。化粧はかすみお姉ちゃんにしてもらったんだけど――」
「おまえ、ぜっっっったい楽しんでるだろ!?」
乱馬がツッコミを入れるとあかねは始めから用意してあったようにこう言った。
「それじゃ、乱馬が自分でこの子の体洗ったり着替えさせたりするの?」
それが周りからどういう風に見えるか、乱馬に分からないはずも無かった。
いやがおうにも、杏子とコロンの冷たい視線が思い出される。
「すみません、お願いします」
乱馬はそう答えるしかなかった。
そのとき、いきなりテレパシーが聞こえてきた。
『おい、そろそろ時間だから行くぞ』
こんな名乗りも挨拶もないぶしつけなテレパシーを飛ばす魔法少女は他に居ない。
杏子が迎えに来たのだ。
乱馬は杏子がわざわざ迎えに来てくれたことに驚きつつ、急ぎ階下へ降りた。
***************
「なんでぇ、今日は『うっちゃん』でやんのかよ」
杏子は乱馬をお好み焼き『うっちゃん』に連れてきた。
「店長がさ、猫飯店ばっかり使われるのが腑に落ちないらしくて」
「ちょっと待て、俺達の話し合いを知ってるってことは、うっちゃんに魔法少女のこと話しちまったのか!?」
乱馬は慌てた。
うっちゃんこと右京に、乱馬があかねのために契約したと知られたら、右京はひどく傷ついてしまうのではないか。
そして、かつてのように再び復讐の対象にされてしまうのではないか。
「ああ。シフト抜ける言い訳考えるのめんどくさいからゲロった」
杏子は平然と答える。
「な、なんて事を! うっちゃんはああ見えても一時期俺の命を狙ってだな――」
「あんたについてはゲロってねーよ。ただの『協力者』ってことにしといた」
597 :32話2 ◆awWwWwwWGE 2012/07/15(日) 23:42:21.51 ID:GpaHQl9o0
そう前置きしてから杏子が説明するには、乱馬は魔女の呪いを受けて男に戻れなくなり、その呪いを解くために
魔女と戦う存在である魔法少女と関わるようになった、その代わりに魔女退治に協力してもらっている……
という設定で右京に説明したらしい。
たしかに面倒くさいことが起こらない上手い言い方だ、と乱馬はうなずいた。
しかもただ事を荒立てないだけではなく、杏子は自分が元々は乱馬の縄張りとグリーフシードを奪いに来たという
事実には一切触れず、逆に乱馬が男に戻るための協力者として自分を説明してしまったのだ。
右京が快く杏子を送り出すようになったのは言うまでも無いことだろう。
「おめーも結構セコいな」
「あんたにも都合の良い説明だろ?」
悪びれもしない杏子に、乱馬はあきれて見せた。
「こっからが本題なんだけど、店内であんまり魔法少女だとか魔女について話し合うのもなんだから、
あたしの部屋に集まるようにしたいんだ――」
「ああ、いいんじゃねーか。それが?」
二人はお好み焼き『うっちゃん』二階に上がり、『あんこ』と書かれた札の吊るされている部屋の前で足を止めた。
ちなみに当然、『あんこ』と書いたのは杏子本人ではない。右京の手書きである。
『あんこ』の札の吊るされた引き戸を杏子は勢い良く開けた。
「つまりな……マミたちが来るまでにここをなんとかしなくちゃなんねぇんだ」
その光景に、乱馬は目を疑った。
畳を覆いつくすように散らばった衣服、漫画の単行本や雑誌、お菓子の袋。
たこ足配線のゲーム機の周りには出しっぱなしのCD-ROMが散らばっている。
そして布団は遠目から見ても分かるぐらい、じめっと湿っていた。
「そ、そんなバカな!? おめーが来てまだ一ヶ月も経ってねぇのにどうしてこんなことに!」
なぜ杏子がガラにも無く乱馬を迎えに来たのか、その謎は解けた。
見滝原の魔法少女たちが来るまでの数十分のうちに、この恐ろしい魔女迷宮を攻略しなければならない。
それが、乱馬に課せられた使命だった。
「――だいたい、一応男の俺に部屋の掃除させるなよ」
乱馬はぶつくさ言いながら漫画本を片付けた。
お前だって年頃の女の子だろ、言外にそう言っている。
「そんなの屁でもないね、元浮浪児なめんなよ」
「威張ることじゃねーよ」
さすが元浮浪児というべきか、女の子らしいものはほとんど散らばっていなかった。
漫画はだいたい少年コミックだし、ゲーム類も音ゲーを除けば格闘やアクションばかりだ。
衣服類もズボン系が多く、少年の服だといわれてもうなずけてしまう。
さすがに下着はちゃんと片付けてるらしくそれらしきものが見えない。
そして散らばったお菓子とカップラーメンの空き箱は生活力の無い独身男性を想像させた。
そんな中、乱馬は目ざとくノートが一冊落ちているのを見つけた。
(杏子が……ノートだって?)
杏子は学校に通っていないし、自主学習なんて間違ってもしない。
そんな杏子が一体、何にノートを使うのか?
不思議に思った乱馬はぺらぺらとそのノートをめくって見せた。
『だとう! 早乙女ランマ こうりゃくメモ』
赤字でデカデカと書かれたタイトルが乱馬の目に飛び込んできた。
「あ、やべ」
598 :32話3 ◆awWwWwwWGE 2012/07/15(日) 23:43:40.21 ID:GpaHQl9o0
乱馬の見ているものに気が付いて、杏子がそんなつぶやきを漏らした。
「おめーな、こういうもんは本人に見つけられないようにしとけよ」
そう言いながらも乱馬はページをめくる。
意外にもかなり事細かに、乱馬の技や攻撃のくせなどが分析されていた。
その情熱をもっとまともな方面に生かせていれば、と乱馬は思う。
「構わないよ、もうそれいらねーし」
しかしその情熱のかたまりを、杏子はいとも簡単にいらないという。
「あー、そっか。もう風林館は全部おめーの縄張りだからな。当初の目的達成じゃネーか」
半ば皮肉混じりに乱馬は言った。
乱馬が魔法少女でなくなったのだから風林館はまるまる杏子1人の縄張りである。
「あんまし、そんな気はしねーな」
杏子は乱馬を倒してこの縄張りを手に入れたわけではない。
そう考えると、「ここはあたしの縄張りだ」と威張る気にはなれなかった。
それ以上に、魔法少女でないどころか何の戦力も無くしかもいかにもお人よしな鹿目まどかが
自分にはできなかったことを成し遂げた、巴マミを救って見せたのだ。
杏子にはもう、魔法少女として縄張りを張って強さを誇示することにあまり意味を感じられなかった。
「それじゃ、このノートもらっていいか? けっこー使えそうだ」
杏子とは違って乱馬はあくまで強さへの情熱を失わない。
「ああ、かまわないよ」
杏子は興味なさ気にそう答えた。
***************
「まさか、杏子が『ワルプルギスの夜』のことを忘れていたなんてね……」
風林館へ向かう電車の中で、マミは言った。
「いちおう聞いた覚えぐらいはあったみたいですけどね」
さやかはうなずく。
昨日、暁美ほむら邸で『ワルプルギスの夜』のことを口にしたとき、杏子は「なんだっけ? それ」という顔をしていた。
軽く説明を入れてようやく「ああ、そういや昔そんなこといってたな」とうなずいたのだ。
らんまに至っては全くちんぷんかんぷんといった様子だった。
そうしてきちんとした説明をする必要性があると分かったので、どうせならちゃんと時間をとって話し合おうという
ことになり、今マミとさやかがそこへ向かっているのだ。
「でも、マミさん本当にもう大丈夫なんですか?」
さやかがふとたずねる。魔女から元にもどったマミは今までと同じように精力的に魔法少女として働いていた。
魔女がかつては自分達と同じ魔法少女であったとしても、人死を出さないためには誰かが戦わなければならないことは
変わりがない。『ワルプルギスの夜』のような大物ならばなおさらだろう。
「私は大丈夫よ。……それに、美樹さんやみんなが助けてくれた私は、
ひっこんで自分の身の安全だけを考えているような私じゃないでしょう?」
「そりゃそうですけど、無理はしないでくださいよ」
そう言ったさやかを、マミは強引に抱きしめた。
「わっ」
そして触れ合った肌から直にテレパシーを送る。
『こうして心配してくれたり、甘えさせてくれる人がいる限り、私は戦えるわ』
周りの乗客から変な目で見られてもマミは気にしていなかった。
『そういう美樹さんの方こそ大丈夫なの? その織莉子って人のことで悩んでたみたいだけど』
599 :32話4 ◆awWwWwwWGE 2012/07/15(日) 23:44:51.24 ID:GpaHQl9o0
『あたしは……』
暁美ほむらの口から真相を聞いて、さやかはまだ自分の頭の中がまとまっていなかった。
美国織莉子はまどかを殺そうとしていた。でもそれはまどかが魔女になってこの星を滅ぼすのを防ぐためだった。
話の規模が大きすぎて想像が追いつかない。
『正直、わかんないです』
そう答えたさやかを、マミはより強く抱きしめた。
『……私のこと、恨んでる?』
『え?』
何を聞かれたのか、さやかには話のつながりが見えなかった。
『私に関わらなければ、あなたはこんなことに巻き込まれずに済んだはずよ』
『そんなことないですよ』
さやかはさらっとそう答えた。
『マミさんが居なけりゃそれ以前にとっくにあたしもまどかも死んじゃってたし、
契約したのもほむらにノコノコ着いていって余計なトコに首突っ込んだのもあたしの意思です。
マミさんには恩はあっても恨むことなんてないですよ』
女の子同士であんまり抱き合ったままではそういう趣味だと誤解されかねないので
さやかはゆっくりとマミを引き剥がしてその瞳を見つめた。
さやかの言葉と表情にマミは安心の微笑を返す。
それに安心してさやかはテレパシーを続けた。
『でも、どうあれ人を殺しちゃったのは間違いないことだから、ワルプルギスの後には何かけじめを――』
「だったら、鹿目さんのそばに居てあげなさい」
マミはさやかのテレパシーをさえぎってそう答える。
またも話の脈絡が分からない言葉にさやかは首をかしげた。
『手段のよしあしはともかく、美国さんは世界を守るために意思を貫いたんでしょう?
だったら、せめて鹿目さんが魔女にならないように最善の努力をすることが彼女の死に報いることじゃないかしら』
(そっか、そうだったんだ)
マミの言葉でようやくさやかは理解した。
そのために美国織莉子はあの最期の言葉を自分に対して残したということに。
『だから、勝手にどこかに消えたり特攻したりだなんて絶対許されないわよ』
そういう自暴自棄な気持ちが残っていることがマミにはバレバレだったらしい。
ウインクするマミにさやかは苦笑いをした。
***************
「でも本当に驚いたわ。早乙女さんが男の人だったなんて……」
マミは、今さらながら驚きを口にした。
「あー、あたしもビビッたね。どこから変質者が現れたかと思ったよ」
杏子は麺をたっぷり入れたいかにも食いでがありそうなお好み焼きをほお張りながらそう言う。
『ワルプルギスの夜』についてざっとした説明はすでに終え、全員分のお好み焼きが運ばれてきたところだ。
だが、乱馬が男だとしてもハコの魔女の結界で見た良牙と女らんまのラブシーンの数々には説明が付かない。
それどころかなおさらおぞましいものが想像されてしまう。
『ねぇ、杏子、早乙女さんと良牙さんってどういう関係?』
マミは乱馬に聞かれないように杏子にだけテレパシーを送った。
『あー、なんだか中学時代からのライバルだとか、腐れ縁だとか。
ここじゃちっとは有名な好敵手同士らしいぜ』
600 :32話5 ◆awWwWwwWGE 2012/07/15(日) 23:45:45.30 ID:GpaHQl9o0
杏子の説明に、マミは安堵した。
杏子の言う乱馬と良牙の関係からはいかがわしいものは感じられない。
鹿目まどかの話によれば魔女になった自分もまどかの記憶を利用してウソの世界を作ったらしい。
だからあの映像が虚構であったという可能性は十分にある。
ハコの魔女が見せたあれらの映像は、きっと事実ではなく魔女が勝手に作り出したものなのだろう。
マミはそう自分を納得させた。
「その、『ワルプルギスの夜』って魔女は風林館も通るかもしれねーのか?」
あまり変身体質について問い詰められたくない乱馬は話題を変えた。
「ごめんなさい、この辺りはまだちゃんと計算していないからはっきりしたことは言えないわ。
でも、もし通るとしたらコース上こっちの方が見滝原より先になるわ」
「それだったら、みんな風林館に集まって迎撃した方が良いかもね」
マミの説明を受けて、さやかが提案する。
「ああ。それが良いな。魔法少女でなくてもいいならこっちには戦力が多い」
乱馬がうなずく。
「でもさ、魔法少女は結界の中に取り込まれでもしないと魔女は見えないはずだろ?
それでハナから結界を張らない『ワルプルギスの夜』と戦えるのかい?」
杏子が疑問を口にした。
「そうね、何か目印をつけるとか方法が無いわけじゃないけど魔法少女以外は戦力低下の可能性があるわ。
そういう意味では今回はあんまり早乙女さんや良牙さんには頼れないかも……」
一同は考え込んだ。
そこで、ふいにさやかが何かに気付く。
「そういや、良牙さんどこ行ったの?」
「あー、あいつは許婚の話が消えたら天道道場から消えちまったけど、そっちにも行ってねーのか」
こともなげに乱馬は答えた。
「どうせまたどこかで迷ってるんじゃないの?」
良牙の方向音痴に慣れ始めた杏子はそう付け足した。
「『許婚』? その話詳しく聞かせてもらえませんか?」
マミは笑顔のままそうたずねる。しかし、その表情はどこか固かった。
乱馬は冷や汗を浮かべて視線をはずした。
今回の件を説明しようと思えば、良牙のチャランポランさを晒すだけではすまない。
自分の多重許婚状態も白状しなければならない、それを乱馬は恐れた。
「……なんつーか、結論から言うとさ、良牙含めて風林館の男はよしといた方がいい。特にこいつはな。」
そう言って杏子は乱馬を指差した。
「き、杏子! おめー、それを言う気か!? 掃除手伝ってやったのに!」
「なになに? 乱馬さんってそんなにひどいの?」
露骨に焦りだした乱馬を見て、さやかも面白そうに身を乗り出した。
「なんせ、結婚詐欺で許婚が3人――」
「わー! わー!」
乱馬は大声を出して杏子を妨害しようとする。
が、すぐに黄色いリボンに口をふさがれ、さらには体全体を拘束された。
「杏子、ゆっくり聞かせて頂戴」
マミはにっこり微笑んだ。
601 :32話6 ◆awWwWwwWGE 2012/07/15(日) 23:46:55.12 ID:GpaHQl9o0
***************
「酷い話だよねぇ、シャンプーさん、あんなに純粋に乱馬さんのこと思ってるのに」
「ちょ、まて、シャンプーは女傑族の掟だとかで一方的にだな――」
「店長だって、むかし結婚詐欺で屋台持ち逃げされたんだぜ」
「そ、それはあのクソ親父が勝手に――」
「それだけ他に許婚が居ながら、別の許婚の道場で暮らしてるの? よく刺されないわね?」
女性三人に囲まれて、もはや乱馬はサンドバッグ状態だった。
「ちくちょう、だいたい良牙の話だったんじゃねーのかよ」
もう出せるのはそんな愚痴ぐらいだった。
「そうそう、良牙に話をもどすと、彼女と惚れてる女が別にいて、それなのにマミん家でペットになってたわけだ。
あいつもあんまりろくなもんじゃないぜ」
杏子はマミに警告を発した。
マミと良牙が相互にそれなりに好意を持っていることは分かっている。
良牙が真面目な男ならば杏子は口を挟むつもりはなかったが、許婚騒動の真相を知った今、言わずにはいられなかった。
「うーん、あたしも良牙さんがそんな人だったっていうのは残念だなー。
乱馬さんみたいに悪意があるんじゃなくて優柔不断なだけなんだろうけど、それもあんまりねぇ」
「俺だって、悪意なんかねーよ!」
さやかの言に乱馬は反論するが、誰も聞く耳は持っていなかった。
「そうね、乱馬さんとは違って元々誠実な人だとしても状況しだいで勘違いしちゃうだろうし、私も少し警戒してみるわ」
マミもいちいち乱馬を引き合いに出す。
許婚三人という乱馬の状況について、魔法少女たちはそれほど手厳しかった。
(くそ、ムースでもいいから連れてきとくべきだった)
女に囲まれる不利さを知った乱馬はそんな後悔をする。しかし――
「でも、ムースさんは一途だよね。まどかから聞いたんだけど、ちっちゃい頃からずっとシャンプーさん一筋だって話だよ」
さやかからそんな言葉が出てきたとき、ムースを連れてくればなおさら立場が不利だということを乱馬は思い知らされた。
「ああ、あいつは一途かもしんねーし、メガネとったら結構イケメンだったりもすんだけど、
ネクラでなんかちょっとストーカーっぽいのがなぁ」
杏子がまた微妙な顔をする。ムースも杏子のおめがねにはかなわないらしい。
(一途っぽくて根が暗くてメガネ外したら美形?)
マミはそれらのキーワードやうろ覚えのムースの髪型から思わず暁美ほむらを連想し、思わず吹き出しかけた。
あの田舎者っぽい中華料理屋店員と、都会的センスを感じるほむらとではあまりにも似合わない。
「あ、そーいや、今日はまどかはどうした?」
まどかの名前が出たところで、杏子が思い出したように聞いた。
「まどかはほむらに今日の授業のノートとか届けに行ったよ。クラスの保健委員だからってことだけど、
ほんとは自分のせいでへこませたっていうの気にしてるんじゃないのかな?」
さやかが答える。
そもそも担任からほむらの住所を聞き出したのも保健委員という職権を使ったことなので、
まどかは律儀にその役割を果たしているという面もあった。
「まあ今回は『ワルプルギスの夜』対策だから、いくら鹿目さんでも戦力にはならないでしょう。
それに――その戦いの中で誰かが死んだりすればそれをネタにキュゥべえが契約を迫る可能性があるわ」
マミはおごそかに『死』を口にした。
『ワルプルギスの夜』はいくら大人数で戦っても死者が出る可能性を否定できないほどの相手なのだ。
そして、そんな戦場だからこそ鹿目まどかには今回ばかりは引っ込んでいてもらわなければならない。
602 :32話7 ◆awWwWwwWGE 2012/07/15(日) 23:47:31.08 ID:GpaHQl9o0
「へっ、腕が鳴るぜ!」
ようやくバッシングから話題が変わったこともあり、乱馬は力強くガッツポーズをとってみせた。
615 :33話1 ◆awWwWwwWGE 2012/07/22(日) 19:37:42.19 ID:k2zWozC00
(こんなことは前にもあったはずだろう……)
黒い小豚が一匹、見知らぬ土地を歩いていた。
もう慣れっこのはずなのに、何気ない一言が痛烈に彼を傷つけていた。
『よかった』
彼女は……天道あかねははっきりとそう言ったのだ。
天道あかねは慌てて付け足した。
『ああ、えーと、違うのよ。良牙くんが悪いとかそういうんじゃなくて、許婚とかそういうのはまだ早いもの』
確かに、まだ高校生のうちから生涯の伴侶を決められてしまうというのは窮屈に感じるかもしれない。
ただ単純に束縛を嫌っただけで相手が悪いわけじゃない。筋の通った説明だ。
しかし――
響良牙が許婚でなくなったとしても、代わりに早乙女乱馬が許婚に戻るだけで
あかねにとって束縛された状態は何一つ変わらないはずなのだ。
それなのにあかねは『よかった』と言った。
おそらくはほとんど無意識的に出た台詞なのだろう。
だがそれでも、良牙からしてみれば乱馬の方がいいと言われているように聞こえてしまう。
それは良牙にとって死刑宣告にも等しい絶望だった。
(俺がもし魔法少女だったら魔女になってるのかもな)
黒い小豚は頭を垂れてとぼとぼと歩き続けた。
「あら?」
そこに通りかかった40手前ほどの女性が小豚に気が付いた。
「ふーん、ブタ……『a pig』」
メガネをかけた女性は妙に発音のいい英語をしゃべると、その小豚をつまみあげた。
***************
「あ、和子、おつかれー」
メガネをかけた女性が飲み屋に入ると、友人らしい同年代の女性が声をかけた。
こちらの女性はビシッとしたスーツに身を固め、いかにもキャリアウーマンといった雰囲気をかもし出している。
「あら詢子、今日は早いのね」
和子と呼ばれたメガネの女性は迷わずそのキャリアウーマンの隣に座る。
「……その動物は?」
「そこで拾ったの」
「拾った!?」
詢子と呼ばれたキャリアウーマンはけげんな顔をする。そんな友の顔など気にも留めずに和子はブタをかかげた。
「マスター、これ調理して」
「ぴっ、ぴー!! ぴー、ぴー!」
思わぬ展開に小豚が絶叫を上げる。
「お客さん、うちは食品の安全には気を使ってまして……良く分からない食材はちょっと扱いかねます」
マスターは普段から渋い顔をさらに渋くさせてそう答えた。
「和子、なんかやなことあったか?」
和子がこういうエキセントリックな言動をするときというのはたいてい、何かストレスを抱えているときだ。
詢子はそんな和子の性格をよく理解していた。
「三年生の子がね、1人行方不明になっちゃったんだけど私のせいじゃないかって職員会議で言われてね」
616 :33話2 ◆awWwWwwWGE 2012/07/22(日) 19:38:41.71 ID:k2zWozC00
「三年生だったら、授業だけの関わりよね?」
詢子はわざと和子に有利な情報を引き出すように質問をした。
長年の付き合いのある二人だから成り立つ『愚痴っても良いよ』という合図である。
「そーなのよ、出席の点呼し忘れただけで家出されちゃたまんないってのよ!
だいたい、元々不登校だし深夜に徘徊してたって噂もある子なんだから、
それを放置してた担任の方がどう考えてもおかしいでしょうが!
何かあってからいきなり騒ぎ出してほとんど関わりないあたしの責任だなんて酷いデタラメだわ!」
和子は一気にまくしたてた。詢子もマスターも慣れた様子で半分聞き流している。
黒い小豚だけが、何が起こったのかと慌てていた。
「なるほどね、そりゃ明らかに責任転嫁だ。担任はどういうつもりだったんだ?」
詢子は相槌を打ち、質問を続ける。
キャリアウーマンとして自分ならこうするという打開策が思い浮かばないわけではなかったがそんなことは言わない。
学校と会社では組織としての構造や規範が違うから詢子のやり方が通用するとは限らない。
それ以上に愚痴とは心情を吐露するためのものであって、解決を探るためのものではない。
だから、提案などする必要は無い。詢子は愚痴をはきやすいような質問を続け、同意をするだけでいいのだ。
「……家庭訪問もろくにしないでねぇ……」
「……教頭に目ぇかけられてるからって偉そうに……」
「……さやかちゃんの家出があったからって三年生の件まであたしに……」
和子は延々と愚痴り続けた。
小豚はだんだんとこの女性が哀れに思えてきて、マスターが差し出したコップをそっと女性の手元まで運んだ。
「ぁん? あんた気ぃ効くじゃない。あだじんとこ置いてやるわよ」
酔っ払った和子は強引に小豚を抱きかかえる。
「ぴーっ! ぴーっ!」
小豚はあがきながら全力で首を左右に振った。
「ははっ、和子、その子いやがってるよ」
詢子は笑いながらも小豚を助けようとはせずに洋酒に舌鼓を打っていた。
「ぢゃんど大ぎぐなるまで飼っでやるかからあんじしばざい。
ぞのどぎば、トンカツ食べ放題……」
「ぴぴぴーっ!!」
絶叫する小豚を、和子は強引に抱きしめた。
「そのさやかちゃんの件だけどさ、やっぱ和子も何があったかわかんないの?」
詢子は酒を呑んでもまだ呑まれてはいないらしく、落ち着いた口調で和子に質問をした。
「全っ然、わかんない。詢子ごぞ、まどかちゃんがら聞いてな……いの?」
「ダメだね、今回はまどかも口割らない。最近浮き沈み激しかったから何かあったのは間違いないんだけどねぇ」
和子と詢子の会話を聞いて、小豚はハッとした。
(さやかちゃんに、まどかちゃん? もしかしてここは見滝原か?)
さやかとかまどかという名前だけならままある名前だろう。
しかし、セットで出てくるということはそうそう無いはずだ。
「……まどかちゃんとさやかちゃんと言えばさ、最近三年生の子と仲良いのよね」
水を飲んで少し落ち着いた和子がろれつを整えながら話す。
「へえ、そりゃ知らなかった。どんな子? もしかしてその子絡みじゃないの?」
詢子が「その子絡み」と言ったのはさやかの家出や最近のまどかの浮き沈みのことだ。
「巴さんっで言っで、良くできた子なんだけどね……」
617 :33話3 ◆awWwWwwWGE 2012/07/22(日) 19:39:44.64 ID:k2zWozC00
和子はもう一杯水を飲んで酔いを醒ます。
「けど?」
「ちょっと複雑な事情のある子で、そのせいだと思うんだけど誰に対しても一線引いてて、
それ以上入らせないっていうか、分かり合うのを諦めてるような……」
和子の言葉を聞いて、詢子は少し考え込んだ。
「まー、とりあえず不良っぽいような子じゃないんだよな?」
詢子の最大の懸念はそこにあった。
彼女の目から見た自分の娘・まどかは、不良やサバサバした連中と混じってやっていけるほどタフではない。
まどかは夫の性質を受け継ぎすぎたのだ。
温厚でお人よしなのは良い面ではあるのだが、悪い連中と付き合っていけるようになるには時間がかかる。
その力が付くまでは十分に保護してやる必要がある、詢子はそう思っていた。
「うん、その点は安心していいわ。でもさ、不思議なのよねぇ……」
「不思議?」
詢子が首をひねる。
「教師やカウンセラーがさ、ついでにヤリモクの男子もよってたかって巴さんの心を開こうとしても全然ダメだったのに、
まどかちゃんやさやかちゃんと居るとき、本当に楽しそうな笑顔してるのよね」
「へぇ……」
詢子は心底意外そうに、つぶやいた。
その横で小豚は和子がさらりととんでもない台詞を言ったような気がしてびびっていた。
「さやかちゃんが学校に戻ってきたのもまどかちゃんが説得したみたいだし、教師の立場がないわ」
そう言って和子はため息をついた。
「流石はわたしの娘だ」
「知久さんの娘だからよ」
和子につっこまれて、詢子は舌を出した。
まどかが何をどうしたのかは知らないけれど、そうやって問題のある子に安心を与えるような性格は
間違っても自分譲りではなく夫からのものだろう。
詢子ははじめから分かってて調子に乗って見せたのだ。
「でも良かったんじゃねーのか、その三年の行方不明になっちゃった子のことはともかく、
今の和子のクラスにゃ問題らしい問題はないわけだろ?」
そう気楽に言った詢子に対し、和子はため息を返した。
「それがそうもいかないのよ……今度入ってきた転校生が、とんでもない爆弾抱えてたみたいでね」
和子はいかにも悩ましげに頭を抱えて見せた。
「あー、それあたしもまどかから聞いたな。病気が再発して引きこもってんだろ?」
「そうそう、それで保護者に電話で連絡とってみたんだけどね……」
「え?」
和子の言う「爆弾」をてっきり病気の再発のことだと思っていた詢子は肩透かしをくらった。
「あの子、二軒ほど前の病院で――」
***************
静まり返ったバーに、とても似つかわしくない幼い少女が入ってきた。
「ママ、あ、早乙女先生も」
鹿目詢子と早乙女和子は二人でしみじみと飲んでいた。
「お、まどか、どうした?」
まだ中学生の娘がバーの中まで来ることは滅多にない。
618 :33話4 ◆awWwWwwWGE 2012/07/22(日) 19:40:54.34 ID:k2zWozC00
鹿目詢子は疑問を口にした。
「傘をね、届けにきたの」
「今、雨か」
長い間室内に居た詢子は雨が降ったことに気が付いていなかった。
「スーパーセルだかアナゴだかが発生して、当分天気は不安定だってねぇ」
和子が口を挟む。
「先生、明日大丈夫ですか?」
カウンターテーブルにもたれかかる和子を見て、まどかは心配そうに聞いた。
「あー、ダメかも。あした二日酔いだったら保健室連れてって」
和子はまどかが保健委員であることにちなんでこういう返しをした。
と、いうことはまだ頭が回っている。少しまどかは安心した。
そこで意外なものが目に入る。なんとカウンターの上に黒い小豚が居たのだ。
「え……良牙さん!?」
「はい?」
大人たちはいっせいに怪訝な顔をした。
そして、うとうとしていた小豚もハッとして目覚める。
「りょうがさんて……誰だ?」
「そこの小豚ちゃん!」
まどかの言葉に詢子と和子は顔を見合わせた。
(ブタに『さん』付け?)
二人が言外にそう語っていることはまどかにも分かった。
「その子、マミさん……あ、いえ、三年の巴先輩のペットなんです」
またも詢子と和子は顔を見合わせた。
噂をすれば影なのか、たまたま拾ったペットがたまたま話題にしていた生徒のものだったとは大した偶然である。
「あら、そうだったの? 一匹でうろうろしてたから心配になって拾ったんだけど」
間違っても、調理しようとしたなどとは言えない。和子は善良を装った。
「ありがとうございます。この子、よく迷子になるらしいんですよ」
まどかは自分の言葉が疑われていないことに安心をした。
「ところで、その巴って先輩とはどうして仲良くなったんだ?」
そこに詢子が口を挟む。
「えーと、それは……」
まさか、魔法少女や魔女がどうこうなど言えない。
まどかは少し考えて手っ取り早い嘘を仕立てた。
「たまたま私がこの子を拾ったのがきっかけで……」
そう言ってまどかは黒い小豚を抱え込む。
和子相手には抵抗を示した小豚が、まどかの腕の中では全く抵抗せずおとなしくしている。
この小豚がまどかに慣れていることだけは間違いないだろう。
そういう判断から、詢子の目にもまどかの言うことは嘘がないように思えた。
「はぁん、なるほど。それで急に猫を飼うとか言い出したわけか」
「ティヒヒヒ」
まどかは照れ笑いのようなごまかし笑いを浮かべた。
619 :33話5 ◆awWwWwwWGE 2012/07/22(日) 19:42:36.69 ID:k2zWozC00
「それじゃ、この子は先生が預かっとくわね。明日、巴さんのクラスで授業あるから」
和子は教師らしい責任感から、小豚をまどかから取り上げようとした。
「ぴぴっ!」
「あ、それはダメ!」
すると、小豚とまどかが同時に抵抗を示した。
もし和子が小豚をお風呂にでも入れようとすれば、相当まずいことになるのは間違いない。
まどかはそう思って首を横に振る。
「えーと、この子、慣れてない人が相手だと結構暴れるから危ないですよ。
だから、私が明日マミさんに渡します」
「ふーん、そう」
和子は「まあ、いっか」ぐらいの表情でうなずいた。
***************
「良牙さん!」
学校の屋上で、マミは思い切り黒い小豚をその胸に抱きしめた。
『うわっ、ま、マミちゃん』
小豚はまるで人間のオスのように顔を赤らめる。
『ちょ、マミさん、ちょっとは警戒してみるんじゃ!?』
その大胆な行動に、さやかは慌ててマミだけにテレパシーを飛ばした。
『はっ、そうだったわ! 私ったら、つい』
そんな返事をしながらマミは小豚を膝の上に置いた。
「昨晩は本当、どうしようかと思いましたよ。魔法少女が居ないから良牙さんと話せないし
まさかウチで男の人に戻しちゃうわけにも行かないし」
まどかはそんな苦労話をする。
「うーん、やっぱりまどかの家で預かるってのは無理だよね。
でも、『ワルプルギスの夜』まであと1週間もないからまた迷子になられても困るよね」
さやかは話を実務的な方に持っていった。
良牙は貴重な戦力であり、確保しておきたいというのは切実な事情なのだ。
『迷う心配さえなけりゃ、俺は別にどこをねぐらにしようがかまわないぜ』
その迷う心配が大きすぎる。少女達は三人ともあきれた目で小豚を眺めた。
「それなら、今まで通り私のところに来てください。
鹿目さんが早乙女先生に私のペットだって言っちゃいましたし」
マミはそう言って小豚に向かってにっこり微笑んだ。
『マミさーん、けーかいはー?』
さやかのテレパシーはむなしく宙を舞った。
***************
さやかはまだまだ甘い。マミは内心そう思った。
ライバルが居るのならば、独占するにしても問い詰めるにしても身柄を確保した方が都合がいい。
逆に様子見なんてしていたら、他人に持っていかれるのがオチなのだ。
(そんな調子だから上条さんのことも上手く行かないのよ)
マミはさやかの恋愛事情は聞き伝でしか知らないが、今は一応休戦状態ということになっているらしい。
しかし、戦闘再開となればおそらくさやかに勝ち目はないだろう。
マミはベッドの上に横たわり、そんなことを考えていた。小豚状態の良牙はすでにクッションの上に毛布を敷いて寝ている。
そもそも、今までだってこうしてひとつ屋根の下で共に過ごしてきて、襲われたりするようなことは無かったのだ。
620 :33話6 ◆awWwWwwWGE 2012/07/22(日) 19:43:33.59 ID:k2zWozC00
今さら過剰な警戒などしなくてもいいではないか。
(キュゥべえだって居るんだし――)
そう思ったところでマミはハッとした。
(って、キュゥべえ居ないじゃない! 居たとしても追い出すし)
暗い寝室にマミのノリツッコミがむなしく空振りする。
(ということは……え、えーと、二人きり? 一つ屋根の下どころか一緒の部屋に男の人と二人っきり!?)
今さら、マミは激しく動揺した。
(だだだ、大丈夫よ! 良牙さんは変なことしてきたりしないわよ)
マミはできるだけ平静を保とうとするが中々落ち着かない。
なので、念のためにソウルジェムを指輪状にして指に付けたまま眠ることにした。
やがて、マミが本当に眠りかけたとき、ガサゴソと音が聞こえた。
(……良牙さん?)
すでに睡眠モードに入っている脳は疑問を抱いても目を開き立ち上がろうとはしない。
きっと、トイレに行っただけだろう。そう決め付けて本格的に睡眠に入ろうとする。
――しかし、マミは確かに自分の右腕が掴まれるのを感じた。
(えっ!?)
その瞬間、マミの意識はきっぱりと目覚めた。
(あ、あわわわわ……りょ、良牙さん? ほ、本気なのかしら?)
マミの鼓動が激しく高鳴る。
(寝込みを襲うなんて酷いわ、ちゃんと手順を踏んでから……)
こういうやり方でなびくような軽い女だと思われていたのなら心外である。
マミはムッとすると同時に、幻滅する気持ちを覚えた。しかし別の考えも頭の中に浮かぶ。
(ライバルがいるならここで既成事実を作っちゃった方が得策かも。変に抵抗して嫌われたと思われても困るし……)
(な、何をはしたないことを考えてるのよ、私ったら!)
マミの中で結論は出なかった。結論が出ないままマミは寝ているフリを続けた。
すると今度は何かが胸に触れた感覚がする。
(あ……やっぱり男の人って●●●●好きなんだ)
気恥ずかしさと同時に、優越感と両親への感謝がマミの心の中に溢れた。
だが、その胸に伝わる感覚がどうも不自然だった。
あまりにもやわらかかった。布団の上からだとしても、とても手で触られているようには思えない。
そもそも良牙ほど筋肉質な人間にやわらかい部分などほとんど無いはずだ。
それなのに、まるで自分の胸に他の女性の胸が当たっているかのような柔らかい衝突だった。
(――しかも、私に匹敵する大物!)
マミはカッと目を見開いた。
「え? ……乱馬さん?」
マミの視界に入ってきたのは見覚えのある、赤髪の少女の顔だった。
「やっぱり起きてたね」
らんまらしきその少女は迷い無くマミにパンチを撃ち落す。
覆いかぶさるような体勢で片腕を掴まれているマミはほとんど動けない。
それでもなんとか首だけ動かしてかろうじてパンチを避けた。
その強力なパンチはベッドを突き破る。
621 :33話7 ◆awWwWwwWGE 2012/07/22(日) 19:44:31.96 ID:k2zWozC00
マミは赤髪の少女が拳を引き抜く隙に、空いた左腕で相手を突きはねようとした。
しかし、布団が邪魔で勢いをつけられず、相手の体を押すような緩慢な動作になってしまった。
赤髪の少女は悠々と体勢を整えて、再び左腕をマミに振り落とそうとする。
やすやすとベッドを突き抜ける威力のパンチだ。
魔法少女でもまともに食らえば致命的ダメージになるだろう。
(――やられるっ!)
そう思っても、マミに抵抗手段は残されていなかった。
――そのとき、
赤髪の少女の顔に猛スピードの何か……黒い影がぶつかった。
その瞬間、わずかに少女の押さえつける力がゆるむ。
マミはすかさず、赤髪の少女を押しのけ、ソウルジェムを使い変身をした。
無事に着地した黒い影――小豚状態の良牙も赤髪の少女に対して臨戦態勢をとる。
『マミちゃん! どうしてすぐに助けを呼ばなかったんだ!?』
良牙がテレパシーを飛ばすと、マミは気恥ずかしそうにうつむいた。
『え、えーと、それは、その……』
そうして答えあぐねている間にも、敵は動く。
『来るぞ!』
その『声』を聞くと同時にマミは正面を向き、赤髪の少女のパンチをギリギリのタイミングで銃身で防いだ。
そして少女が間髪入れずに繰り出してきた蹴りを後ろに飛んで避けると、反撃しようと銃を構える。
しかし、マミが気が付いた時にはすでに赤髪の少女はマミの懐にもぐりこみ強烈なボディーブローを放っていた。
(は、早い!)
ドンッ
鈍い音が鳴る。
マミはとっさにリボンを召喚してクッションにして、直撃だけはさけた。
それでも腹部に破裂したような痛みが走り、口から少し血を吐いた。
だが、やられてばかりはいない。マミはすぐにマスケット銃を鈍器代わりにして反撃に出た。
赤髪の少女は落ち着いた表情と動きで悠々とそのマスケット銃をさばこうとする。
が、その直前に黒い小豚が少女に噛み付いた。
それに気を取られた隙に、少女の頭に固いマスケット銃がヒットする。
少女は頭を抱えてよろめいた。
『マミちゃん、お湯を!』
「ええ」
マミは敵がよろめいている隙に、いつもの魔法のティーポットで小豚にお湯をかけ、人間の男に戻した。
「この体の初陣で2対1はちょっときついかな」
赤髪の少女はマミと良牙を見てそんなことをつぶやく。
「てめぇ、乱馬じゃねえな!」
良牙が叫ぶ。しゃべり方だけではない。
目の前の少女は女性らしい……天道あかねが好きな薄いピンク色とフワフワスカートの服装をして、
後ろ髪は緩やかにリボンで束ねている。
どう考えても乱馬のセンスではないし、着せられても嫌がりそうな服装だ。
「まあいいや、今日のところは性能テストといこう」
622 :33話8 ◆awWwWwwWGE 2012/07/22(日) 19:45:40.38 ID:k2zWozC00
少女は良牙の言うことには答えず、今度は良牙をターゲットに襲い掛かってきた。
「ちっ、なめやがって! 隙だらけだぜ!」
良牙は堂々と正面から突進してくる少女を迎え撃つ形で拳を繰り出した。
しかし、少女はまるで消えたかのような素早い動きでそれをかわし、良牙のあごに一撃カウンターのアッパーを食らわせた。
(バカなっ? らんまより早いだと!?)
良牙は一瞬だけふらつくが、すぐに体勢をたてなおす。
だがその視界にはすでにらんま似の少女の姿はなかった。
「良牙さん! 上!」
マミの言葉に、良牙は迷うことなく直下型獅子咆哮弾を放つ。
その閃光が去ると同時に、ボロボロになった床の上、これまたボロボロになった畳が落ちていた。
「え?」
良牙がマヌケな声を出したそのわずかな隙に、畳の下から飛び出た少女はまたもマミに襲い掛かる。
マミが2、3銃撃すると、1発だけ命中したが少女は気にも留めずに前に進み、大振りのパンチを放つ。
しかし、その拳はマミに届く直前で止められた。少女の体に無数のリボンが巻きついて身動きを防いだのだ。
「かかったわね……キュゥべえ!」
マミはきっぱりと、このらんま似の正体不明の魔法少女を「キュゥべえ」と断言した。
「やれやれ、やっぱりキミにはばれたか」
キュゥべえと呼ばれた少女は、らんまの顔、らんまの声でそう答えた。
「なんだって?」
良牙は呆気にとられた。キュゥべえが人間の体に入ったり直接的に戦ったりすることがあるのか。
だが、本人が肯定しているし、この捕まった状態でも涼しい顔でケロッとしているのはいかにもキュゥべえらしい。
「魔法少女のことが世間に知られていないのはどうして?
魔女の正体を魔法少女ですら知ってる人がごく少数なのはどうして? 答えは簡単だわ。
キュゥべえは定期的に知りすぎた魔法少女や邪魔になる魔法少女を間引きしている……そうでしょう?」
マミは感情を押し殺した声で説明を加えた。
「正解。まあ普段は他の魔法少女をけしかけるんだけどキミ達はちょっと人数が多いし、今回は時間もないから
余ってた体をいただいたんだ。しかしご名答だよ、マミ。まるで前々から考えていたかのような模範解答だ」
「何が言いたいのかしら?」
マミは少女の頭に銃口を突きつけた。
「マミ、キミは前々から気が付いていたのに、ずっと目をそむけてきたんだろう?」
言い終わった少女を、横から良牙がぶん殴った。
「マミちゃん、こいつの言うことは気にするな!」
マミはこくりとうなずいた。
「キュゥべえ、私はあなたが二体以上同時に動いているのを見たことがないわ。
あなたの魂はひとつしかない。そしていつも殺されるまで体から離れない。
むしろこれは殺されるまで離れられないと考えた方がいいでしょうね」
そして何やら分析を始める。
「それに乱馬さんの体だといつものように体を見えなくすることもできない……
つまり、今の状態で捕らえていれば逃げ出すことも何かの悪さもあなたはできない!」
「あ、確かに!」
マミの発言に良牙がうなずいた。
らんまの体を使って強くはなったが、本来のキュゥべえの役柄である隠密的行動はむしろやりにくくなったはずだ。
「なるほど。なかなか的を射た分析だけど、ひとつだけ致命的な間違いがある」
キュゥべえはそう言って思わせぶりにためを作った。
623 :33話9 ◆awWwWwwWGE 2012/07/22(日) 19:47:25.50 ID:k2zWozC00
そして――
「それは、まだボクは捕まっていないってことさ」
キュゥべえがそう言うと同時に、狭い部屋の中に荒れ狂う暴風が巻き起こった。
「こ、これはっ!?」
良牙は身を守りながら叫ぶ。
「希望や絶望という感情は魔力に通じるけど、怒りは闘気に通じるらしいね」
暴風の中平然とキュゥべえは言葉を続けた。
「キミたちが怒ってくれたから、この部屋に十分な闘気が充満した――
おかげで撃てるんだ、魔竜昇天波を!」
やがて暴風は良牙とマミを巻き上げ、部屋中を荒しまわった。
暴風が去り、ボロボロになった良牙とマミが落下する。
その落下した直後のマミに、らんまの顔をしたキュゥべえは問答無用に襲い掛かった。
「くっ……ティロ・フィナーレ!」
組み付かれる直前、マミは巨大な砲撃を放った。
しかしキュゥべえはそれをすんでのところでかわし、マミの腹部に蹴りを浴びせた。
マミは壁まで飛ばされ、たたきつけられる。
「てめぇ!」
良牙はまだ立ちくらみをする状態だったが、それでも後ろを向いているキュゥべえにとび蹴りで突進して向かった。
キュゥべえは身を翻してそれをかわし、良牙の首をつかむ。
「良牙がいくらタフでも人間だ。息ができなければ死ぬよね」
「ぐっ……あ……」
良牙はもがきながら、膝蹴りを放った。
キュゥべえの首を絞める力は弱るが、手放しはしない。
『マミちゃん、もう一度ティロ・フィナーレだ!』
良牙はテレパシーを意識してそう念じてみた。
『え? でも、良牙さんを巻き込んで……』
フラフラと立ち上がるマミだったがテレパシーはしっかりと通じていた。
『構わない、俺は大丈夫だ』
『……分かったわ!』
マミは特大の拳銃を召喚する。
「無駄だよ、この体は……魔法少女らんまは防御魔法の使い手だ。この体勢からでも防御魔法を発動させられるよ」
やはりテレパシーは聞こえていたらしく、キュゥべえが言った。
『構うな、撃て!』
首を絞められて上手くしゃべれない良牙はテレパシーで叫ぶ。
「ティロ・フィナーレ!」
巨大な黄色い閃光がらんまの体と良牙に向かって放たれた。
それと同時に彼らの姿は何枚もの畳に覆われる。
『獅子咆哮弾!』
が、その畳を良牙が上昇型の獅子咆哮弾を撃って蹴散らした。
「な――」
キュゥべえが感嘆詞を言い終わるヒマもなく、ノーガードとなった彼に黄色い閃光が降り注いだ。
624 :33話10 ◆awWwWwwWGE 2012/07/22(日) 19:48:52.39 ID:k2zWozC00
「ぐあああ!」
良牙とキュゥべえがともども大ダメージを受ける。だが、それで終わらなかった。
良牙は更に、さっき打ち上げた獅子咆哮弾を落としたのだ。
轟音が鳴り響き、床が大きくえぐれ、コンクリートが露出する。
そこに良牙とらんまの体はともに大の字になって倒れていた。
「良牙さん!」
マミはまだふらつく体で良牙に駆け寄り肩を貸した。
「はぁ……はぁ……やったか?」
良牙は意識を保っているらしく、そんなことをつぶやいた。
一方、らんまの体は完全にのびている。
「……そのようね」
そう言いながらもマミは途方にくれた。
自分の家が、もはやただの瓦礫部屋と化している。
いったいこれからどうして生きていけばいいのか。
と、そうしてらんまの体を眺めているとみるみるうちに傷がふさがっていった。
(――まずいわ!)
マミは即座に、らんまの頭に銃弾を打ち込む。
しかしその銃弾は突如あらわれた畳によって防がれた。
「……こ、これは?」
良牙が呆気にとられる。
(意識を遮断して回復と防御に専念している!?)
だとすれば、またすぐに回復して襲い掛かってくるに違いない。
「良牙さん、逃げましょう!」
マミは良牙に肩を貸したまま、窓から自宅を飛び出した。
二人とも今は満身創痍だ。この状態でらんまに入ったキュゥべえが全快すれば、まず勝てないだろう。
生き延びるには逃げるのが一番確実な手段だ。
「逃げるって、どこへ!?」
良牙が質問した。
ここは見滝原なので、まどかやさやかに頼み込め泊めてくれるかもしれない。
しかし、キュゥべえが追ってきた場合、その家族を巻き込むことになるだろう。
とても、まどかやさやかを頼るわけにはいかなかった。
「ひとつだけ、アテがあります」
そう言って、二人は夜の闇の中へ消えていった。
***************
「逃げたみたいだね……良い判断だ」
赤髪の少女は廃墟と化した分譲マンションの一室で立ち尽くしていた。
服装こそボロボロだったが、その体は傷ひとつなく美しい張りを保っている。
やがて、消防車のサイレンが聞こえると、少女は軽快にジャンプをしてその場から姿を消した。
635 :34話1 ◆awWwWwwWGE 2012/07/28(土) 13:21:48.51 ID:YksYFjz30
「う、うう~ん」
目覚めたマミの視界に、斜めに傾いた木材が映った。
(あれ? ここは?)
そこそこ広い屋根裏部屋のようだが、あちこち朽ちていてクモの巣が張っていて、まるで廃屋だった。
しばらく考えてから、思い出した。
「そっか、杏子の教会だったわね」
気だるく起き上がる体は魔法少女の衣装を解いていない。
いつ追い討ちがあるかも分からないから昨晩は変身したまま寝たのだ。
すぐ横に、黒い小豚がスヤスヤと眠っている。
その体には傷跡のひとつもない。小豚になりさえすれば回復魔法もわずかですむから経済的である。
(こっちには追ってこなかったけど見滝原のみんなは襲われていないかしら?)
昨晩は一直線にここまで逃げた。
キュゥべえに襲われたということだけでも伝えるべきだっただろうか。
しかし下手に接触すればターゲットがそっちに移ってしまうかもしれないし、
なにしろマミと良牙も逃げるのに精一杯だった。
マミは小豚を強引に抱きかかえた。
それはまるで、小さな子供がヌイグルミを抱き寄せるような幼い仕草だった。
小豚は目を覚ましたが、ギュッと抱きしめてくるマミの様子に、なんとなく声をかけるのがためらわれた。
「私ね……また逃げちゃったわ」
「ぴぃ?」
小豚は不思議そうに首をかしげた。
あの場でキュゥべえから逃げたことは間違った判断ではないはずだ。落ち込む必要など無い。
「キュゥべえが何も手を打ってこないはずなんてないのに、きちんと向かい合うのが怖くて目をそむけてたの」
「ぴぃ、ぴぃ!」
そんなことはない、そう言いたくて小豚は全力で頭を左右に振る。
「鹿目さんは魔法も格闘技もできなくても逃げなかったのに……私は逃げた……」
うつむいたままのマミを小豚は不安そうに見上げる。
「でも、やっと分かったわ。逃げても目を背けても、何にも解決しないって。きちんと向き合わなきゃ……
キュゥべえにいいように利用された自分に決着をつけなきゃいけないって」
マミは決意を込めるように、小豚を潰れそうなほど強く抱きしめた。
「……お願いです、私がくじけないようにそばに居てください」
それは、か細く震えた声だったがそれだけに上っ面ではないものが感じられた。
小豚がこくりとうなずくと、マミはそっと彼を解放した。
「ありがとう……」
それだけ言って潤んだ目を拭うと、マミはすでに自信に満ちたいつもの顔に戻っていた。
「行きましょう、良牙さん」
『え? 行くってどこへ?』
ここでようやく良牙はテレパシーで語りかける。
「たぶん、次に狙われるのは早乙女さんよ」
マミはきっぱりとそう言った。
***************
「――ない!」
636 :34話2 ◆awWwWwwWGE 2012/07/28(土) 13:23:03.47 ID:YksYFjz30
朝起きて、異変に気が付いた早乙女乱馬は大声を上げた。
「ないって何が?」
「俺の体が!」
天道あかねの質問に乱馬は答える。
「あるじゃない」
あかねは乱馬の体をバンバンと叩いて見せた。
「ちげーよ、おめーが着せ替え人形にしてたアレがないっつってんだよ」
「ああ、アレね!」
ようやく乱馬の言いたいことが通じたあかねだったが、なぜ乱馬がそんなに焦るのかが分からなかった。
「でも、変な呪いのおかげで出来た副産物なんでしょ? むしろ無い方がいいんじゃないの?」
「そんな問題じゃ――いや、待てよ、そんな問題かもしれねーな、これは」
乱馬はふと考え込んだ。
あの抜け殻となった体があったところで何の役にも立たない。
そうならば消えてしまったほうが得ではないのか。
もしかしたら今、自分の体がどこかの変 の餌食に落ちているかもしれないと考えたら気持ち悪いが、
気にしなければそれまでの話だ。
「あ、やっぱりあの子探さないとダメだわ!」
が、ふいにあかねが叫んだ。
「私の一張羅とかすみお姉ちゃんのリボンを着けたまんまだもの!」
「そんな事かよ」
何事かと思った乱馬はあきれて見せた。
どうあれ、乱馬にもあかねにも、空になった女らんまの体を探すアテなどない。
やむなく二人はいつも通り学校へ行くことになった。あかねはともかく、乱馬は出席日数や成績が危ないのだ。
***************
「早乙女乱馬、今までどこに逃げていたのか知らんが、今日こそ覚悟だ!」
そんな登校中、九能帯刀が乱馬に襲い掛かってきた。
「おー、このノリも久しぶりだな」
乱馬はうれしそうにそう言った。
この二年生の先輩は乱馬の変身体質を知らない。
普通なら絶対気が付いているような状況でも理解しないため、もはや乱馬も周囲の人間もいちいち事情を説明しないのだ。
そういうことで帯刀は女体のらんまを別人だと思っているため、乱馬が男に戻れない間はケンカはお預けだった。
「ケンカ売られて何うれしそうにしてるんだか」
呆れ顔でつぶやくあかねをよそに、乱馬は喜々として帯刀の木刀を捌こうとした。
帯刀は剣道部主将にしてかなりの手だれだが、乱馬相手にははっきりとした実力差がある。
しかし――
乱馬は帯刀の攻撃をかわしそこね、とっさに胴をかばった左腕が木刀の直撃を受けた。
(なんだ? しばらく男の体で戦ってなかったから勘が鈍ったか?)
違和感を覚えながらも、乱馬は拳を繰り出して反撃する。
だが帯刀は上手く引いて素手の乱馬に対してアウトレンジを保ち、その攻撃をかわし続ける。
「ちっ、火中天津甘栗拳!」
やけになった乱馬は拳のスピードを最大限まで上げた。
637 :34話3 ◆awWwWwwWGE 2012/07/28(土) 13:23:48.49 ID:YksYFjz30
が、帯刀は大きく横に回ってそれもかわし、乱馬の頭上に木刀を振りかざした。
(動きが読まれているのか?)
乱馬はギリギリで帯刀の面をかわすと、背に腹はかえられぬという言葉どおりに、背中を向けて走って逃げた。
「フハハハ、無様だな早乙女乱馬!」
帯刀は扇子を開いて自らの勝利を祝う。
「うそ? 九能先輩が勝っちゃった」
その光景にあかねは呆気にとられていた。
「天道あかね、早乙女乱馬に勝ったからにはぼくと交際を――」
勝利の勢いでそのままあかねに迫る帯刀だったが、その台詞は突然にさえぎられた。
逃げたと思われた乱馬が上から降ってきて帯刀の頭を踏んづけたからだ。
思いっきり踏まれた帯刀は頭から地面に倒れる。
「これで俺の勝ちだな」
悪びれもせず乱馬は勝利宣言をした。
乱馬は逃げたフリをして姿を消し、民家の屋根に上って奇襲したのだ。
「いやぁ、これは負けでしょ」
しかし、あかねのジャッジは逃げた乱馬の反則負けだ。
「ん、あれは?」
ふと乱馬は帯刀のカバンからどこかで見覚えのあるノートが落ちているのを見つけた。
拾って表紙を見ると『だとう! 早乙女ランマ こうりゃくメモ』と赤字でデカデカと書かれていた。
「あれ? 九能先輩がなんでコレを持ってんだ?」
帯刀が急に強くなった理由はこれではっきりした。しかし別の謎が浮かぶ。
このノートは杏子がらんまを倒すために研究したものであり、先日乱馬がもらったのだ。
それがなぜ帯刀の手元にあるのか。
「くっ、早乙女乱馬、それを返せ! それはおさげの女がぼくにくれた愛の結晶だ!」
よろよろと起き上がりながら帯刀が言った。
『おさげの女』とは帯刀が乱馬とは別人だと思い込んでいる、女の状態のらんまのことである。
「は? 俺はお前にやった覚えはねぇよ」
「だから、おさげの女からもらったと言っとるだろうが」
乱馬と帯刀の会話は平行線だった。
「九能先輩、大丈夫ですか?」
そこに、民家のフェンスの上、漆黒のレオタードに身を包んだ少女が現れた。
「え?」
「なにっ!」
あかねと乱馬は目を疑った。
その顔はまぎれも無く女の状態のらんまだったからだ。
「おお、おさげの女。いじらしくもぼくを追いかけてきてくれたのか」
「……まあ、そんなところかな」
『おさげの女』は少し面倒くさそうに帯刀の問いに答える。
「誰だテメー?」
乱馬はその謎の少女にただならぬものを感じ、構えをとった。
「こんな使い勝手の良さそうな体と取扱説明書を一緒に置いておくだなんて、無用心にもほどがあるね」
638 :34話4 ◆awWwWwwWGE 2012/07/28(土) 13:24:51.99 ID:YksYFjz30
少女は澄ました顔のままそう語る。
「まさか……」
(キュゥべえなのか!?)
その話し方から乱馬にはピンと来た。しかし、あかねの前でその名を出すのははばかられた。
「九能先輩、どうしてあの子からノートもらったんですか?」
乱馬と謎の少女がにらみ合っている間に、あかねが帯刀に聞いた。
「ああ。昨夜なぜか1人でさまよっていたから声をかけたら、ウチに泊まりたいと言い出してな――
いきなりそんなことはまずいと思ったのだが、おさげの女の服がボロボロだったので見かねて泊めたのだ。
そしたら、一宿一飯の恩にとあのノートをくれた」
「な、なんだとぉ!?」
帯刀の説明に驚いたのは乱馬だった。
「お、おまえ、九能先輩ん家に泊まったのか?」
震えながら、乱馬は少女に質問をする。
「うん、泊まったよ。おかげでお風呂に入れたし新しい服も手に入れられた。
人間の体はメンテナンスに手間がかかるから、九能先輩のおかげで助かったよ」
少女は平然として言う。
「もっとまともな服があったのだがな。おさげの女が機能的だといって気に入ったようなのでやむなく妹のレオタードを譲った」
そこに帯刀が説明を加える。
「ちなみにそのボロボロになった服ってどんなのでした?」
「薄いピンク色と白の、スカートがフワフワした感じの……」
「あ、やっぱり! それ私のなんです」
「なんと! それでは至急、修繕とクリーニングをして返そう」
「すいません、お願いします」
あかねと帯刀は本筋に関係のない会話を続けた。
「え、えーと、それはともかくだな……九能先輩ん家に泊まったら当然、迫られたよな? それをどうした?」
乱馬は質問を続けた。
少女は質問の意味をよく理解していないのか、首をかしげながら口を開いた。
「宿を借りる身だからね。求められたままに応じたよ」
(なっ!?)
その瞬間、乱馬にとっての何か大切なものがガラスのように音を立てて壊れた。
ついさっきまで気にしなければどうということはないと思っていたが、仮にも自分の体だったものが、
よりにもよって帯刀に好きなように使われたというのは、乱馬に耐えられるものではなかった。
「絶対にゆるさねーぞ、こんにゃろう……」
乱馬がなぜ激怒しているのか、少女はよく分からなかったが彼女にとってそれは望みどおりの展開だった。
「ケンカするなら人気のないところにいかないかい? ボクもあまり騒がれたくはないんだ。
キミだって、周りの人が巻き込まれたら嫌だろう?」
少女は『周りの人』を出して脅しをかける。
その態度が、ますます乱馬の怒りの炎に油をそそいだ。
「上等じゃねーか、やってやるぜ!」
そうして二人はその場を飛び去っていった。
あかねと帯刀はよく分からない展開にポカンとしていた。
「――ところで、何を求めたんですか?」
しばらくしてやっとあかねが言葉を口にする。
639 :34話5 ◆awWwWwwWGE 2012/07/28(土) 13:26:28.28 ID:YksYFjz30
「決まっておろう、交換日誌だ!」
なぜか自信満々に日誌帳を取り出す先輩に、あかねは大きなため息をもらした。
***************
(なんでだ――?)
乱馬の疑念をあざ笑うかのように、その拳は虚空をかすめた。
悠々とよけた赤髪の少女は乱馬にもほとんど見えないスピードでパンチを繰り出す。
「ぐっ!」
乱馬は腕を交差させてその拳を受けるが、威力を殺しきれずに大きくのけぞった。
のけぞった勢いを利用して、乱馬はそのままバク転で後ろに引いた。
予想外の動きに、少女の攻撃はいったん止まった。
人気のない河原で、二人は対峙する。
(ありえねー、スピードも威力も想定してたよりずっと上だ!)
自分自身の体なので、男の状態よりも女の状態の方がスピードがあるというのはよく分かっている。
そしてその分、女になれば威力は落ちるはずだった。
しかし、目の前の自分の女の体は、想像をはるかに上回るスピードと男の状態と比べても
見劣りしないパワーを誇っていた。
「てめー、よほど魔法で身体強化してやがるな?」
乱馬にはそれしか考えられなかった。
しかし少女の体に入ったキュゥべえは首を振る。
「いや、身体強化はしていないよ。しても元からこれだけ鍛えられた体だと消費魔力に見合う力は得られない。
その点は、キミだって身をもって知ったはずだろう?」
「はぁ? そんなわけねーだろ、つまらねーウソついてんじゃねーよ」
キュゥべえの言葉を信じられず、乱馬は言った。
だが、そんなことを言い合っていても仕方がない。
どうあれ少女のスピードについていけなければ勝ち目はないのだ。
(ちっ、しかたねぇ!)
乱馬は突然走り出し、川に飛び込んだ。
「ふぅん、同じ体で戦うのかい。それなら経験の差でカバーできる……という判断かな?」
キュゥべえはあえて乱馬を追わず、川から上がるのを待った。
だが、いっこうに上がってこない。
「……もしかして、おぼれたのかい?」
状況を確認しようと、キュゥべえは川に近づいた。
その瞬間、大きく水しぶきがまき起こり、キュゥべえの視界をふさいだ。
「!?」
とっさにキュゥべえは身構える。
「猛子高飛車!」
視界をふさがれたキュゥべえに、らんまは闘気技を飛ばした。
だが、キュゥべえの姿は消え。、猛子高飛車の光の玉は河原の土手に穴を開けただけだった。
「なっ――!?」
これなら確実に当てられると思っていたらんまは呆気にとられた。
そのすぐ上の頭上から、キュゥべえはとび蹴りの姿勢で落ちてくる。
「うわっ、やっべぇ!」
640 :34話6 ◆awWwWwwWGE 2012/07/28(土) 13:27:19.54 ID:YksYFjz30
らんまは身軽に飛び退いた。
それに対しキュゥべえは反撃の隙すら与えず着地から切れ目なく攻撃を繰り出す。
「くそっ!」
らんまはなんとか捌き続けた。
(女になってもも直撃を避けるのがやっとかよ!)
らんまの場合、女の体の方がスピードや柔軟性が上だ。だから、女になればなんとか対応できると思っていた。
しかし、同じ女らんまの体だというのに、らんまは確実に押されていた。
そうして、徐々に小さな攻撃をもらうようになってくる。
らんまにとって、完全にジリ貧の状況だ。
そこに、キュゥべえが勝負を焦ったのか大振りのストレートパンチを飛ばしてきた。
(来た!)
ほとんど本能的に、らんまはカウンター狙いで前に出る。
それが、罠だった。
キュゥべえはらんまが攻撃に移ると同時に右手を止め、不用意に突き出したらんまの左腕にたたきつけた。
「うっ……」
そこは、さきほどの帯刀との戦いで木刀の直撃を受けた部分だった。
激痛が体中を走り、らんまは思わず動きを止める。
キュゥべえはそこに容赦なく全力の蹴りを放った。
らんまは大きく吹き飛ばされた。
「いやぁ、杏子のノートに書いてあった通りだ。分かりやすい動きだね」
そう言いながら、少女はゆっくりとらんまに近づいた。
倒れながら、らんまは思った。
(杏子のノートのせいだけじゃねぇ、絶対ほかに何かある!)
だが、キュゥべえが謎解きの時間をそう多く与えてくれるはずもなかった。
「それじゃ、そろそろとどめを刺すよ」
倒れこむらんまを見下ろして、キュゥべえは拳を振りかざした。
そのとき――
「やめるんだ! おさげの女!」
「乱馬! 大丈夫!?」
九能帯刀と天道あかねが止めに入った。
「しかし、どういうことだ? おさげの女が二人……」
帯刀は動きを止めたキュゥべえと倒れたままのらんまを見比べる。
(チャンスだ!)
らんまはその好機を決して逃がそうとはしなかった。
「九能せんぱ~い、こいつ、私の偽者なんです。
私はいきなり男の人のおうちに泊まるなんてはしたない女じゃありません」
らんまは精一杯のぶりっ子声で帯刀に呼びかけた。
「むう、いわれて見れば確かにそうだ。
おのれ、偽者め! ぼくとおさげの女の純情をもてあそんだな!」
帯刀は怒りに震えて木刀を抜く。
「やれやれ、面倒なことをしてくれるね」
キュゥべえは落ち着き払って帯刀のほうを向いた。
641 :34話7 ◆awWwWwwWGE 2012/07/28(土) 13:28:03.15 ID:YksYFjz30
その隙に、らんまはゲンナリしているあかねにかけよった。
「よっしゃ、逃げるぞあかね」
「あんたよくあんな演技できるわねぇ」
呆れかえったあかねだったが、帯刀を犠牲にすることにためらいがないのはらんまと同じだ。
二人はそそくさと逃げ出した。
「でも、あいつなんなの? あたしと九能先輩の二人がかりだったら勝てたんじゃ――」
走りながら、あかねがそんな疑問を口にする。
「やめとけ、そんなレベルじゃねぇ……それに、あの時あいつは本気で俺を殺そうとしやがった」
らんまは内心わずかに恐怖を覚えていた。
あの人間らしい感情をまるで感じない、能面のように表情の変わらない顔に、確かに鋭敏な殺気を感じたのだ。
「本気で!?」
ただならぬ言葉に、あかねも驚いたようだった。
そこに、後ろから猛スピードで折れてささくれた木刀が飛んでくる。
「くそっ!」
らんまはあかねを突き飛ばしてそれを避けさせた。
木刀はらんまとあかねの横を通り過ぎて電柱にぶつかると、コンクリートに傷をつけて大きく跳ね上がった。
らんまはその木刀が飛んできた方向を振り返る。
そこには、らんまと同じ体をした少女が全くの無傷のまま立っていた。
「九能のやろう、もう負けたのかよ! 時間稼ぎにもならねー!!」
やむなくらんまはあかねの前に出て少女――その中に入ったキュゥべえと対峙するが、勝算は何もなかった。
「あかね、悪いこと言わねぇから逃げろ。こいつはちょっとマジでやべぇ」
「でも、乱馬……」
あかねは戸惑った。今のらんまは手負いだ。同じ体で戦うのなら無傷の相手に勝てるはずがない。
「天道あかね、逃げるなら見逃してあげるよ。ボクは早乙女乱馬を始末できればそれでいいからね」
らんまと同じ顔で、黒いレオタードの少女はそう語りかけてくる。
「な、なんであたしの名前を?」
得体が知れないとあかねは思った。
なぜ自分の名前を知っていたのかというだけではない、澄ましたままで少しも変わらない表情、
この淡々とした口調でありながら、真剣にらんまを殺そうとしていること。
少女は何もかもが違和感の塊だった。
「でも、退かないというのなら、覚悟をしておいた方がいい」
しかし違和感以上に強烈に、あかねにとある感情がわきあがってきた。
「ふざけんじゃないわよ! どこの誰だか知らないけど偉そうに上から目線で人様に指図して!
その体で言うからなおさら腹立つったらありゃしないわ!」
あかねは一気にまくし立てるとらんまの前に出て構えをとった。
「な……ばかっ、あかね!?」
よりにもよって自分からキュゥべえに喧嘩を売ったあかねに、らんまは唖然とした。
「誰がバカよ! 乱馬じゃあるまいし……乱馬、手負いなんだからあんたが先に逃げなさいよ。
あたしは勝てなくてもやれるだけやって逃げるから」
あかねはらんま相手には滅多に見せない男気を見せ付ける。
だが、これもさまざまなスポーツの助っ人に呼ばれるあかねの一面だった。
「だからそんなレベルの相手じゃ――」
642 :34話8 ◆awWwWwwWGE 2012/07/28(土) 13:29:18.96 ID:YksYFjz30
「だって、あいつの言う通りにするってすっごいムカつくじゃない!」
気持ちはよく分かるだけに、らんまは上手く説得する言葉が見当たらなかった。
「やれやれ、感情というのは面倒なものだね」
キュゥべえはまだ話し途中のあかねに、先手必勝とばかりに襲いかかった。
あかねは待ち構えていたかのように、キュゥべえの顔をめがけて正拳突きを繰り出した。
パチンッ
キュゥべえは避けもせずにあっさりとあかねの拳を手のひらで受け取った。
想像以上の実力差に驚く暇もなく、キュゥべえはあかねの拳を掴んだまま後ろに回り腕の間接をきめた。
「う……ああ……」
痛みにあかねの表情が歪む。
「さて、乱馬。さっき言ったようにボクはキミを始末できれば天道あかねはどうなってもいいんだけど……
どうして欲しいかな?」
「てめぇ……」
らんまは拳を握り締めたが、それ以上動けなかった。
自分は片腕が使えず、あかねが捕まっている。
らんまはキュゥべえへの返答を考えるようなフリをして、反撃のチャンスをうかがった。
が、らんまが動くよりも先に、あかねが動いた。
「……あ……あ……なめんじゃないわよ!」
あかねは腕をきめられたまま頭を思い切り後ろにのけぞってキュゥべえに頭突きを食らわせる。
さすがにそんな攻撃までは予想していなかったらしく、キュゥべえはよろけて腕を手放した。
「今だ!」
らんまは素早く、右腕であかねを抱えて逃げ出す。
だが何の手も打たずみすみす逃げられるキュゥべえではなかった。
「魔竜昇天破……水平打ち」
闘気と魔力の両方を帯びた龍が、らんまとあかねを食らおうと襲い掛かる。
「まりゅう?」
「あいつ、飛竜昇天波の応用まで!?」
その龍は、走って逃げられる速度ではなかった。
らんまはあかねを下ろしその前に立って盾になった。
そして腕を十字に組んで衝撃に備える。
しかし、予期していた衝撃が襲ってくることはなかった。
らんまがガードを下げてみると、目の前には開かれた唐傘が見える。
「情けねーな、乱馬! ろくにダメージも与えられず逃げの一手とは……
だが、あかねさんを守ろうという気概だけは買ってやるぜ!」
そこには見慣れたライバルの、響良牙の姿があった。
「良牙、てめー!」
「良牙くん!」
らんまは一瞬うれしそうな顔をしたが、すぐに厳しい顔をした。
敵は良牙でもおそらく勝てない相手だ。
個人的なプライドの問題としても、勝って欲しくない気がする。
「すでにマミちゃんが『猫飯店』や『うっちゃん』に連絡をとりに言っている。
たとえ俺を倒しても、多勢に無勢だ。……年貢の納め時だぜ、キュゥべえ!」
643 :34話9 ◆awWwWwwWGE 2012/07/28(土) 13:29:54.64 ID:YksYFjz30
良牙の口上を聞くキュゥべえは、相変らず表情の変化がなかった。
「もっとも、その前に俺がお前を倒すがな」
良牙は鋼の唐傘を軽々と放り投げ、キュゥべえに向けて構えをとった。
647 :35話1 ◆awWwWwwWGE 2012/08/06(月) 01:16:51.47 ID:dMTEaYry0
「わからないなぁ、良牙」
その少女は、らんまの体でありながら、言葉遣いも雰囲気も何もかもらんまとは違った。
「マミと二人がかりでボクを倒せなかったキミが一人でどうにかできると思っているのかい?」
「へっ、闇討ちに失敗して二人ともとり逃した雑魚がなにいばってやがる」
良牙は負けじと言い返し、自らその少女に向かっていった。
その様子を見て、らんまはすぐに背中を向けて逃げ出した。
もちろん、あかねの手を強引に引っ張る。
「ちょ、乱馬! 良牙くん置いて逃げるの?」
「ああ、あいつもそのつもりだ」
戸惑うあかねに、らんまは答える。
良牙がマミと一緒に風林館に来たのならば、今ここで出くわしたのは途中で良牙が道に迷ってマミとはぐれたせいだろう。
それはともかく、マミが戦力を集めている状態で良牙が勝てない相手に挑む理由は何か。
答えはひとつしか考えられない――時間稼ぎだ。
ならば、どうやら一番狙われているらしい自分と、人質にされそうなあかねは真っ先に逃げるべきだろう。
らんまはそう考えていた。
一方、良牙は力づくでらんまの体に入ったキュゥべえを攻め立てる。
「おそいね」
キュゥべえはわけもなく、カウンターでボディーブローを入れた。
だが、良牙は動きを止めることもなく拳を打ち返す。
まだ良牙の腹から腕を引いてもいなかったキュゥべえが防御を間に合わせられるはずもなく、
もろに頭にパンチを受け、大きく後ろに吹き飛んだ。
「良牙はごり押しが一番怖いんだ。よほど慎重に戦わねーとスピード差なんざ無意味になっちまうぜ」
逃げながら、らんまはつぶやく。
その恐怖はらんまが一番良く知っていた。
攻撃を当てても相手が止まらないならば、攻撃することは隙を作ることとイコールになってしまう。
そのうえ、向こうは一発当てればこちらの10発分に匹敵するほど理不尽なパワー差なのだ。
迷いなくごり押し戦術を取った良牙ならいけるかもしれない。
らんまとしては複雑な気持ちもあるが、やはり良牙は頼もしいと思えた。
しかし――
ドサッ
逃げるらんまとあかねの行く先に、良牙が倒れこんで落ちてきた。
それも口から血を吐き、痛みにもがいている。
「うそっ、良牙くんがこんな……」
あかねはらんまの気持ちを代弁するようにつぶやいた。
「ウソだろ!? かっこよく登場してもーやられんのかよ!」
らんまは振り返り叫ぶ。
「時間稼ぎはさせないよ」
民家の屋根に上ったキュゥべえが言った。
「てめー、良牙になにをしやがった?
その体じゃどうあがいてもこんなあっさり良牙を倒せるはずがねぇ!」
らんまは男の体でも、何十発も叩き込まなければ良牙にダメージを与えることなんてできないのだ。
仮にも女の体を使っているのに良牙相手に一瞬で決着をつけるなど、らんまにはありえないように思えた。
648 :35話2 ◆awWwWwwWGE 2012/08/06(月) 01:18:39.32 ID:dMTEaYry0
「この体と魔力消費を考えた場合、常時身体強化するのは無理があるけど一時的な身体強化なら使い道もある――」
話しながらも、キュゥべえは歩いてらんまたちと間合いを詰める。
「もっとも、その力加減が難しいんだけどね」
そう言ってキュゥべえは、右手をかざしてみせた。
良牙を殴ったらしいその手は、指が全てボキボキに折れ、あらぬ方向に曲がっていた。
パンチの衝撃に、攻撃した側の拳が耐えられなかったのだ。
一瞬とは言えキュゥべえはそれだけ無茶な強化をしたことになる。
「な、なんなの、あいつ!?」
顔色一つ変えずにボロボロになった手をみせびらかすその少女に、あかねは恐怖心を抱いた。
しかも、その折れ曲がった指がみるみるうちに治っていくのだ。
あかねはまるでホラー映画でも見ているかのような気分だった。
やがて、その恐怖はらんまとあかねの眼前まで迫った。
「さて、乱馬。そろそろトドメを刺させてもらうよ」
キュゥべえは腰を低く、右腕を後ろに下げた構えをとる。
それは、腰の入った強力なパンチを繰り出すための型だ。
らんまはじりじり下がりながら逃げるタイミングをうかがった。
そして、キュゥべえが動き出した瞬間――
「おヌシがキュゥべえとやらか」
その声の主を確認するヒマもなく、キュゥべえは後ろに突き飛ばされた。
それも、奇妙なことに杖に少し触れただけなのに10メートルほども飛ばされたのだ。
「……!? これは?」
ダメージこそ無いようだったが、さしものキュゥべえも目を丸くしていた。
目の前には「ちんちくりん」という言葉がしっくりくるほど小柄な老婆がいた。
「良牙さん、早乙女さん!?」
「間に合った……みてーだな」
そして、キュゥべえの後ろ、少し離れたところに黄色と赤の少女達も現れる。
「さすがに、これだけいっぺんに相手にするのは厳しいかな」
そういってキュゥべえは首を傾げて見せた。
「キミは一体何者かな? 一個人としては限界に近い戦力を持っているみたいだね」
「はてのう? ワシはただの中国の山奥から来た老婆じゃて」
その老婆・コロンはとぼけて答えた。
「中国の山奥……か。確かに中国奥地にはボク達の手の及ばない場所もままある。
なにしろ、未だに列車やバスどころか車が通れる道もなかったりするからね」
あの反転宝珠とかいう道具もそういうところが出所か、とキュゥべえはひとりうなずいた。
「なにか今凄くバカにされた気がしたぞい」
「さて、それじゃ今回はここまでにさせてもらうよ」
コロンのツッコミを無視して、キュゥべえは腕を思い切り振り上げた。
するとその腕を中心に小さな竜巻が巻き起こる。
「やばい、身を守れ!」
らんまが叫ぶ。
それと同時にキュゥべえのまわりに竜巻が起こった。
649 :35話3 ◆awWwWwwWGE 2012/08/06(月) 01:22:01.54 ID:dMTEaYry0
「螺旋運動無しに飛竜昇天破じゃと!?」
竜巻は地面から砂や砂利を多く巻き上げ、周りの者から視界を奪った。
そして、その竜巻がやんだころには少女の姿は消えていた。
***************
「なるほど、キュゥべえという奴がムコ殿を狙う理由は分かった。
しかしどういう順序で襲ってきておるのかの?」
中華料理屋の奥の居間で、コロンが言った。
決して広くはない部屋に5人も集まっている。
家主のコロンと、らんま、良牙、マミ、杏子の顔ぶれだ。
あかねは、らんまが強引に「学校へ行け」と言って面子からはずした。
「きっと、『例外』を先に消してしまいたいんだと思います。魔女から魔法少女に戻ったとか、
魔法少女をやめたとか、そんな例外があったらキュゥべえのやり方は成り立たないもの」
それが自分の次にらんまが襲われることを予測していたマミの推論だった。
「そうでなくても、魔女の正体を知ってる魔法少女なんてあいつにとっては邪魔にしかなんねーよな」
杏子もマミに続いて発言した。
魔女になることを知っている魔法少女は新しい契約の妨げになるし、
いざとなったら自決する可能性が高いからエネルギーも十分に得られない。
それならば早く死なせて新たに契約を結ぶ方がキュゥべえにとっては効率的だろう。
「『ワルプルギスの夜』までに殺しとけば、新しい契約を取れる可能性も高いだろうしな」
マミと杏子の手によって回復した良牙が言った。
『ワルプルギスの夜』という未曾有の危機が迫っている状況なら、確かに契約はとりやすいだろう。
しかし、見滝原や風林館に『ワルプルギスの夜』を倒せそうなほどの戦力が集まっている現状では、
せっかくの一大イベントだというの新たな魔法少女の必要がなく、契約をとりにくい。
そう言う意味でも、キュゥべえにとっては見滝原・風林館の魔法少女や武闘家に死んで欲しいのだ。
特に、鹿目まどかなどは目の前で『ワルプルギスの夜』が街を蹂躙していれば、
魔女の正体を知っていても契約してくれるかもしれない。
「考えれば考えるほど、また狙ってくる可能性が高いってことか」
らんまはあきれ気味につぶやいた。
正直に言って、何度も撃退できるという自信があまりもてないのだ。
「ふぅむ、一足飛ばしにキュゥべえが始めからまどかを狙ってくる可能性はないかの?」
「少ないと思います」
コロンの問いに、マミはあいまいに答えた。
「鹿目さんと契約したところで、私達が生きている限りは魔女にさせる前に邪魔が入ります。
魔女にできないのなら契約したってキュゥべえに得はないでしょう」
「だったら、可能性はないって言い切っても良いんじゃないか?」
マミの説明に良牙が質問する。
「人質としては鹿目さんを襲うのも有効だと思います。
その場合に備えて美樹さんにはいざと言うときには鹿目さんを連れて逃げるように言っていますけど……」
マミの人質という言葉にらんまは拳を握りしめた。
さっき、キュゥべえはあかねを人質にしようとしてきた。
今のキュゥべえは魔法少女と武闘家の力を兼ね備えている。
しかしその中身は戦いにプライドを持つ武闘家でも、人々を守るために戦う魔法少女でもないのだ。
当然、卑劣な戦術もとってくるだろう。その時果たして自分はあかねを守りきれるのか。
「最悪の場合、まどかでなくても無関係の人間を人質にとってくるということもありうるの」
650 :35話4 ◆awWwWwwWGE 2012/08/06(月) 01:24:24.83 ID:dMTEaYry0
コロンも事態の危険さに冷や汗をたらした。
「いいや、それはない。100%とまでは言わないけどさ」
しかし、そんなコロンの懸念を杏子が否定した。
「キュゥべえの奴は魔法少女や魔女が一般に知れ渡っちまうことを一番嫌ってるんだ。
そのためにあたしを乱馬にけしかけたぐらいだからな」
「なるほど」
良牙が少し安心したようにうなずく。
「……そういや、あと1人。あのほむらって奴は狙われないのか?」
らんまがふと気付いたように言った。
「多分、襲われないと思うわ。今のあの子は銃も撃てないし歩くこともままならない、いくら時間を止められたって
それじゃ戦力としては一般人と変わらない……下手すれば一般人以下よ。キュゥべえの邪魔にはならないわ。それに――」
マミは悲しげに眉を下げ、言葉にわずかにタメを作った。
「あの子の装備……拳銃は射程距離が短い上に命中精度が悪くて支援射撃に不向き、
爆弾や手榴弾も当然味方が近くに居る状況では使えないわ。
つまり、常に一人で戦うことを前提に武器を選んでいるのよ、あの子」
「一人で戦うことしか考えてない奴から情報が漏れる可能性は少ないってか……」
杏子がマミの言葉を付け足した。
ある意味マミや乱馬よりも『例外』であるほむらだが、そういう意味ではキュゥべえにとっての脅威ではないと言うことになる。
杏子は少し顔を引きつらせた。
乱馬を始末するためにキュゥべえが自分に声をかけたのもそんな事情があったのかも知れないと思ったからだ。
「ふむ、キュゥべえの立場からしてみれば邪魔にはならぬが生かしておく理由もないわけじゃの……
人質としてはまどかより使いやすいかもしれんぞ?」
コロンの指摘した可能性に、一同は表情をこわばらせた。
確かに殺すわけにはいかないまどかよりも、うっかり殺してもかまわない人物の方が人質にはいいだろう。
問題は、見滝原や風林館の面々と良好な関係とはいえないほむらに、人質としての価値があるかどうかだけだ。
「もしそうなった場合――」
「見捨てるわけにはいかないでしょう」
乱馬が何か言いかけたところでマミが割って入った。
「……一番の被害者がそう言ってるんじゃ仕方ないか」
良牙がうなずく。
「マミ、あんたちょっとあいつに同情してるだろ」
杏子はあきれたようにそう言って見せた。
***************
「――と言うわけで、オラがおヌシを守るために遣わされてきただ」
「邪魔よ。帰って」
暁美ほむらは即答した。
突如押しかけてきたオモシロ外国人は、分厚い眼鏡の奥にある目をぱちくりさせている。
「そう言われても、オラとて帰るわけにはいかん。分かってくれぬだか?」
「分からないわ」
ほむらとしても、自分が人質にとられるなんて事態はごめんだ。
しかしだからといって、このバカ面の中国人を家に入れていたくはなかった。
「何も悪いことはしないだ。そんなに邪険にしねえでくれ」
バカ面の中国人ことムースはあきれたようにそう言った。
651 :35話5 ◆awWwWwwWGE 2012/08/06(月) 01:26:19.08 ID:dMTEaYry0
「それにな、オラはおヌシが友達を守るために一人で戦い続けてきたと言うのは評価しとるだ」
ムースの言葉に、ほむらの耳がぴくりと動いた。
しかし、ほむらは今まであらゆる期待が裏切られてきたのだ。
その記憶がほむらの心を閉ざす。
(いえ、どうせその場限りの都合あわせよ)
そうして冷ややかな目線を向けるほむらにまるで気付かないように、ムースは語り始めた。
「オラもな、物心ついた時からひとりの幼馴染みを慕い続け、粉骨砕身尽くしてきただ」
(自分語りウザい)
ほむらの視線に冷たさが増す。
「それでも思いはなかなか通じん。『気持ち悪い』だとか『趣味がきもい』だとか言われ続けてじゃな、
中国の山奥からその子を追って、日本まで来たのに邪魔者扱いじゃ」
ムースは話しながらいろいろ思い出して感情的になったのか、眼鏡の下から透明の液体が流れ出ていた。
(自分語りに自分で酔ってる!? 真剣にウザい。ってか国境越えて追ってくるとか普通に怖いでしょ!)
そこまで思って、ほむらはふと気付いた。
国境越えて追ってくるよりも、時空を超えて追ってきたほうが相手からみたら怖いだろうということに。
ムースのように幼馴染ならまだしも、記憶に無い相手ならなおさらだ。
「思えばあの時も――」
ムースの自分語りは勢いを増した。
本当にうっとおしければ黙らせることもできたかもしれない。
しかし、ほむらは「うざい」とは感じながらもなんとなく止めようとは思わなかった。
(特にすることもないしね……そうよ、それだけよ)
ほむらはそんなことを考えながら、できるだけ聞き流そうとつとめた。
ピーン ポーン
そんな折、ほむらの住居のドアチャイムが鳴った。
「むっ!? 誰じゃ?」
「……」
ほむらが緩慢な動作で立ち上がってインターホンに出ようとするのをムースが制止した。
「待て、キュゥべえという奴かも知れねぇだ」
「私の護衛だと言うのなら、窓から確認してくれるかしら?」
「うむ」
ムースはほむらのなんとなく嫌味な言い回しに嫌な顔ひとつせず窓から見える風景を確認した。
シャンプーからの冷たい扱いに慣れているムースにとってはこんなのはむしろやさしい対応なのだ。
「おお、なんと、鹿目まどかと美樹さやかではないだか!」
驚いた表情を見せるムースを、ほむらは怪訝な顔で見ながら一応説明をした。
「鹿目まどかは保健委員だからいつもこの時間に学校のノートとか連絡事項とか伝えてくれるのよ」
そして、美樹さやかがついてきているのはまどかの護衛のためだろう。
ほむらは今朝の段階ですでに、巴マミからのテレパシーでキュゥべえが早乙女らんまの体を使い暴れたことと、
その対策としてさやかがまどかの護衛につくように指示を出したことを聞いていた。
「なんと!」
なぜか大げさに驚くムースをよそに、ほむらはのそのそと歩いてインターホンに出る。
フラフラした歩きを見かねたのか、ムースは途中でほむらの体を持って支えようとしたが、
ほむらは『触らないで!』とテレパシーで一喝した。
652 :35話6 ◆awWwWwwWGE 2012/08/06(月) 01:28:43.58 ID:dMTEaYry0
『あの……今日のノートなんだけど……』
受話器越しにまどかの声が響く。
「ええ、そこに置いて」
二人のやり取りはそれだけだった。
事務的な態度を通り越した、異常に簡素な会話。
お互い、それ以上どう踏み込んでいいのか分からないのだ。
部屋の中ではムースが、外ではさやかがそれぞれキョトンとする中、本当にそれだけのやり取りでまどかは帰っていった。
そして、ほむらは自分で郵便受けまで歩くのも苦痛なので、少し嫌な予感がしたがムースに取りに行かせた。
「おお、しっかりノートをとってるだな。 こんなにしてくれるとはなんていい子だ」
ほむらの嫌な予感は的中した。
ムースはしっかりと他人のノートの中身を閲覧している。
「……っ!? あなたはどういう感覚をしているの? 人の物を勝手に見るなんて」
「ん? おお、そうかよくなかっただか」
ムースは言われてはじめてそれが良くないことだと気が付いたような反応を示した。
ド田舎で育ったせいなのか、お国柄なのか、あるいは個人的な性格か、プライバシーと言う概念が無いらしい。
「しかし、オラと同じで報われてないのかと思えば、毎日ちゃんとしたノートを届けに来てくれるなど
小躍りして喜んでもいいぐらいではないだか?」
「あなたが勝手に勘違いしていただけでしょうが。大きなお世話よ」
そんな会話をしながらもムースはノートを差し出し、ほむらはそれを受け取ろうとする。
その時、ほむらがつまづいた。
ノートを持っていたために、ムースはほむらを手で支えることができず、ほむらはそのままムースの胸元に倒れこんだ。
貧相な体格の少女が一人倒れこんできたぐらいで、頑強なムースの肉体は微塵も揺らぎはしない。
気が付けば、ほむらはムースの胸板にもたれかかるような体勢になり、そのまま数秒が経過した。
「お、おい、おヌシ……」
(ハッ!)
とっさに、ほとんど本能的な動作でほむらは激しく叩くように、ムースを跳ね飛ばそうとした。
もちろん、身体強化をしていないほむらの体でムースをどうにかできるはずもない。
ほむらはむしろ、自分の体を跳ね飛ばしてムースから離れるようなかっこうになった。
そしてほむらはハァハァと肩で息をする。
さらに異様なまでに汗をかき、その瞳は瞳孔が開ききっていた。
(普通ではない)
ムースは思った。
一瞬勘違いしかけたが、これは若者特有の柑橘類のような酸い甘い、青春的な反応ではない。
ほむらの表情は生命の危機、いやそれ以上の存在そのものの危機に瀕しているような、鬼気迫ったものだ。
「……一応聞いていはいたが、本当じゃっただか」
ほむらは何も答えず、少しずつ呼吸を整える。
「おヌシは昔、病院で……その、医者に……」
「……誰から?」
絶え絶えの荒い呼吸で撃てもしないだろう銃を構えてほむらは問い詰める。
「おいおい、おヌシ、今そんなもの使ったら――」
「身体強化すれば一発ぐらい撃てるわ」
653 :35話7 ◆awWwWwwWGE 2012/08/06(月) 01:30:27.43 ID:dMTEaYry0
ムースは、「ふぅー」と長いため息を漏らした。
「良牙から聞いただ。そういう事情があるらしいから気を使ってやれとな……
良牙の奴がどこから聞いたかは知らん。まあ水を被れば小豚になる奴じゃ。
人がいるとは思わずに誰かが漏らしたのじゃろう」
ムースは両手を軽く上げ、抑えるように動かしながら答える。
そのジェスチャーは『降参』ではなく『ドードー、落ち着け』の意味だ。
しかし、ほむらは銃を下ろさない。
「帰って」
低い声で、ほむらは言った。
ムースは「やれやれまいった」という顔をする。
「分かった。この部屋からは出ていくだ。じゃが、オラはおヌシを守らねば1週間給料無しにされてしまうだ。
じゃから、屋根の上でキュゥべえの奴が来んか見晴らせてもらうだ……それでどうじゃ?」
「……ここから出て行くならどうでもいいわ」
ほむらも理性では今、キュゥべえに狙われたらまずいことは分かっている。
なのでしぶしぶそう答えた。
「決まりじゃな」
そう言ってムースは背を向けて玄関に向かった。
「ところで、オラは暗器使いじゃが――」
ふいに、背中を向けたままムースが語りかけた。
「――暗器使いの専門は暗殺じゃ。流石に今の時代に本当の殺しまではせんが、
半殺しにしたい奴がいればいつでも請け負うだ」
「!?」
全く予想外の言葉に、ほむらは耳を疑った。
実の親さえ戦う意思を持たなかったのに、ウソでも赤の他人からこんな言葉を聞くとは思っていなかったのだ。
「馬鹿馬鹿しい……そいつはもうとっくに3、4回殺してるわよ、自分の手でね」
ほむらは静かに、銃を下ろした。
そうしてムースが出て行った直後、スーパーセルの影響で見滝原は豪雨と暴風に見舞われた。
664 :36話1 ◆awWwWwwWGE 2012/08/12(日) 16:32:30.37 ID:nSWAWvDY0
『いざと言うときは鹿目さんを抱えて全力で逃げて。美樹さんのなら、逃げることはできるはずよ』
朝一番にテレパシーで巴マミからの警告を受け、あわてて起床したさやかだったが、
その後は思いのほかいつもと変わらない日々だった。
いつものように学校へ行き、退屈な授業を受けながら空を眺め、帰りはまどかに付き合ってほむらの家まで行き……
あまりに日常的な流れについつい緊張感をなくしてしまいそうだった。
「まー、でもマミさんがああ言ってるんだからちゃんとしなきゃいけないよね?」
さやかがまどかにそうたずねると、まどかはこくりとうなずいた。
「それなら、さやかちゃん、今日うちに来てくれないかな?」
「うん」
キュゥべえが襲撃をかけてくるのは昼間とは限らないから、夜も護衛に付くべきだろう。
その点さやかなら、鹿目宅に上がりこんでも、いっそのことお泊りしても大丈夫だ。
さやかは快諾した。
「ティヒヒ、それじゃ今日はパジャマパーティーだね」
「いや、もうちょっと緊張感もとうよ」
そうつっこみつつも、実はさやかも楽しみだったりした。
***************
「わっ、こら、エイミーやめて!」
顔に張り付く黒い子猫を、さやかは必死で振り払おうとした。
しかし、傷つけないように力加減をしながらひっぺがすというのは魔法少女の力をもってしても難しい。
結果、さやかの顔面は猫に蹂躙されることとなった。
「エイミーってばそこを気に入っちゃったみたいだよ~」
まどかはティヒヒと笑う。
「えー、ちょっと、冗談じゃないってば!!」
いかにも女の子らしいまどかの部屋で、二人の夜は笑顔のうちに過ぎていく。
「ぜぇぜぇ、はぁはぁ……しっかし、短期間でよく飼いならしたもんだね」
ようやく猫のエイミーを引き剥がしたさやかが、息を切らしながら言った。
「うんうん、抱いても抵抗しないし、粗相もしなくなったし、最近はお風呂も嫌がらないよ」
甘いミルクティーを片手に、もう片手に猫を抱いてまどかは満足げに微笑んだ。
「へぇー、大したもんだ。まどかが慣らしたの?」
さやかも息を落ち着かせるためにお茶を飲もうと、魔法瓶からティーパックの入ったカップにお湯を注ぐ。
「家にいる間は私がやってるけど、たぶんパパがやってくれた方が大きいかな」
「前から思ってたけどおじさん、ただ者じゃないよね」
雑談しながらさやかは紅茶を一口飲んで、クッキーを口にした。
さくっとした歯ごたえが心地よく、しかもやわらかく舌にとろけていく。
甘さもほどよく上品で、ショコラで描いたシンプルな幾何学模様がセンスを感じさせる。
前に仁美の家で食べさせてもらった高級クッキーにも勝るとも劣らない味と完成度だろう。
これが実はまどかのパパこと鹿目知久の手作りクッキーだというから驚きだ。
まどかのママ・鹿目詢子が知久に会社をやめさせて専業主夫にさせたのが、さやかにも分かる気がした。
「えー、パパはパパだよ」
まどかはあまり意味の通らない返事をする。
それでもさやかには、まどかが何を言いたいか大体分かった。
665 :36話2 ◆awWwWwwWGE 2012/08/12(日) 16:33:42.13 ID:nSWAWvDY0
だからまどかは、「パパは見たとおりのそんな凄い人じゃないよ」と言いたかったのだ。
「いや、なんかそう凄みを感じさせないのがかえって恐ろしいっていうか……」
単なる過大評価なのかも知れないが、あまり凄みを見せびらかさない人の方が底が知れないように感じられて、
凄い人のように思えてしまうものである。
そんな会話をしていたとき、ふとさやかは部屋の外に人の気配を感じた。
「ん? おじさん?」
さやかは知久かと思って声をかける。
しかし返事は無かった。
「パパは足音消したりしないよー」
まどかが知久に代わって答えた。
「じゃあ、誰?」
さやかが感覚を鋭敏に澄ませると、ただの人間ではない何かかが居るように思えた。
もちろん、知久のオーラではないだろう。
「……まどか、下がってて」
さやかはどこからともなく剣を抜いた。
『やれやれ、海千拳は難しいね。気配という概念が曖昧すぎてボクには使いづらいよ』
まどかとさやかにとって聞きなれたテレパシーを飛ばして、赤髪の少女が窓を開けてきた。
力づくで窓を開けたため、鍵の部分がひしゃげて壊れる。
しょうして部屋の中に入った少女は全身濡れ鼠だった。
豪雨による雨露が、その少女の漆黒のレオタード衣装を黒光りさせている。
「乱馬さんもずいぶん趣味が変わったね……なんつって」
赤髪の少女は顔こそ風林館の魔法少女・早乙女乱馬そのものだったが、表情、言葉遣い、衣服、なにもかもが違う。
その様子を見てさやかは今朝マミからテレパシーで聞いたことは本当だったと確信した。
「さやかちゃん……」
不安げに見つめてくるまどかに、さやかは微笑を返した。
そして、らんまの体に入ったキュゥべえが動き出すより早く叫ぶ。
「まどか、逃げて!」
「逃がさないよ」
キュゥべえは一直線にまどかに向かった。
さやかはその間に強引に、タックルで割って入った。
きわどく、後ろに飛び退いてキュゥべえはそれをかわす。
「そっか、キミは単純な速度ならトップクラスの魔法少女だったね。でも――」
キュゥべえは標的をさやかに変えた。
「捕まえてしまえばスピードなんて関係ないんだよ」
一閃したさやかの太刀を、赤髪の少女は華麗に宙を舞ってかわし、そのまま着地と同時に左手でさやかの首根っこを掴み、
一気に床まで押し倒した。
「さて、ようやく一人目だ。始末させてもらうよ」
そう言って、キュゥべえは空いた右手を手刀の構えにする。
が、そこに邪魔が入った。
「エイミー!」
まどかが黒猫をキュゥべえとさやかの方へ投げ飛ばしたのだ。
「猫?」
666 :36話3 ◆awWwWwwWGE 2012/08/12(日) 16:34:42.72 ID:nSWAWvDY0
「まどか、逃げてって言ったのに?」
キュゥべえとさやかはそれぞれ別の理由で首をかしげる。
「ニャーーーッ!」
そんな中、黒猫のエイミーはキュゥべえの入ったらんまの頭に張り付いた。
「ね……ねこぉ!?」
らんまの肉体は突然、大声で叫んだ。
そして黒猫を振り落とそうと飛び回った。
「……助かった?」
さやかはきょとんとして暴れまわるらんまの中のキュゥべえを眺めた。
そうしてキュゥべえがようやく猫を引き剥がしたと思った直後、頭上から熱湯がぶちまけられた。
まどかが魔法瓶を開け、その中の湯を被せたのだ。
「なっ……!」
思わずキュゥべえから素の感嘆詞がもれた。
(猫に……熱湯だって!? ダメだ、まどかはマズい!)
熱湯でただれる肌を治しもせず、キュゥべえはまた窓から飛んで逃げだした。
「あ……逃げた」
「へ? ……まどかが自力で撃退しちゃった?」
まどかがキュゥべえを撃退した。
そして、護衛のはずの自分がピンチを助けられてしまった。
さやかは信じられないものを見た気分だった。
「でも、どうして逃げたのかな?」
さやかは恐る恐るまどかにたずねる。
「前にキュゥべえが自分で言ってたの。『ボクにお湯をかけないでくれ』って。
だから、ひょっとしてキュゥべえはお湯が苦手なんじゃないかなって」
まどかはいい笑顔でそう答える。
「……うーん、いや、それはちょっと違うんじゃないかな?」
まさかここでボケをかまされると思っていなかったさやかはもう笑っていいのかあきれていいのかも分からなかった。
以前キュゥべえがお湯をかけないでくれと言ったのは、まどかがエイミーを変身させようとしてお湯をかけるという
暴挙に出たせいであって、キュゥべえの弱点どうこうという話ではないはずだ。
しかし、実際にキュゥべえが逃げたいう現象に、さやかは頭を抱えた。
***************
地球上の全ての生物はタンパク質からできている。
むしろタンパク質こそが地球生物を定義する構造だと言っても過言ではないだろう。
そのタンパク質は比較的熱に弱い。
だから、全ての地球上生物に対して、熱は有効な攻撃方法である。
また、熱を伝えるのに水は有効な媒体である。
水は固体に付着しわずかな隙間にも浸透し、空気と比べればかなり熱伝導率がよい。
熱湯攻撃、それは非力な人間が強い力を持った相手にダメージを与えるには極めて効率的な手段だと言える。
そして、猫。
キュゥべえもらんまが猫を苦手としていることは知っていたが、ここまでとは想像もしていなかった。
なにしろワケの分からない信号が体中を駆け巡り、ほとんど完全に制御不能状態におちいってしまったのだ。
いったいどうすればこれほど猫の恐怖を体に染み込ませることができるのか、理解できない。
667 :36話4 ◆awWwWwwWGE 2012/08/12(日) 16:35:41.36 ID:nSWAWvDY0
しかし、本当に警戒すべきは熱湯でも猫でもなかった。
(やはり、鹿目まどかはただ者ではない)
この体の持ち主である早乙女乱馬ですら手も足も出なかったのに、まどかは次々と有効な攻撃を繰り出してきたのだ。
魔法も使えず武術もできないにも関わらず。
とてもではないが一筋縄ではいかない人物であることは確かだろう。
(異常なまでの因果量もただの偶然ではないのかもしれない)
そのようにすら、キュゥべえには感じられた。
まどかに限らず歴史上まれに、市井に生まれながら莫大な因果量を抱える人間がいた。
キュゥべえの知る限りそういった人間の多くは画期的な発明をしたり英雄と呼ばれるほどの活躍をしたり
時代を変えた偉人として人類史にその名を残しているのだ。
今はまだ想像もつかないが、鹿目まどかもそういう類の人間なのかもしれない。
(過大評価? いや、用心するにこしたことはない)
おそらく、逃げなければまどかはさらに三の手四の手を打ってきただろう。
人質にするには危険性が高い。やはり、人質にするにはもうちょっと弱い相手を選ぶべきだ。
キュゥべえはそう結論付けた。
「標的は……暁美ほむらだ」
焼けただれた皮膚の回復が終わると、キュゥべえは嵐の舞う闇の中を飛んでいった。
***************
『屋根の上に居ても会話できるとは、テレパシーとはすごいだな!』
ムースはやや興奮気味に語った。
『魔力に余裕が無いの。無駄話はしないで頂戴』
ほむらは冷淡な返事をする。
『むぅ……シャンプー以上に素っ気無いだな』
残念そうに、ムースはつぶやいた。
そうして真面目に見張りを続ける眼鏡の奥に、ムースは赤い頭の人間が屋根の上を飛び移っていくのを見つけた。
しかも、それはこちらに向かっている。
『――来ただ、逃げるぞ!』
『なんですって!?』
ほむらは言うことを聞かない体に鞭打って、急いで外に出た。
早乙女乱馬の肉体を使うキュゥべえから、自分の足で逃げられるとは思えない。
背に腹は変えられない、恥ずかしいが最悪おぶってもらうしかないか……
ほむらはそんなことを考えながら屋根の上を見上げた。
「ガァー」
間の抜けた、アヒルの鳴き声がする。
「があ?」
なぜここにアヒルが居るのか、わけが分からずほむらは頭をひねった。
アヒルは思いのほか俊敏な動作で屋根から降りて、ほむらの足元にやってきた。
奇妙なことにそのアヒルは牛乳瓶の底のような分厚く丸いメガネをかけている。
『よし、今ならまだ間に合う、急いで逃げるだ』
なぜか、アヒルからテレパシーが聞こえてくる。
「あ……ああ……もしかして……」
668 :36話5 ◆awWwWwwWGE 2012/08/12(日) 16:37:24.39 ID:nSWAWvDY0
ほむらの瞳に絶望の色が浮かんだ。
もし考えが当たっているならば、おそらく最悪のシナリオと言っていいだろう。
『むむ、そういえば言っておらんかったな。オラは――』
「変身体質だっていうワケ!?」
アヒルが言うよりも早く、ほむらの絶叫がこだました。
「ゴフッ」
体力に見合わない大声を出したせいで、ほむらは咳き込んでかがんだ。
「今の私とこのぶっさいくなアヒルでどうしろって言うのよ」
あまりにも事態は絶望的である。
こんなに無力な組み合わせで果たしてどうすれば逃げることなどできるのか。
『まあ、なんじゃ、とにかく逃げるだ』
アヒル状態のムースはほむらの手を引っ張るが、アヒルの翼ではか弱い少女一人動かすことができなかった。
そうこうしているうちに、赤髪の少女がもはや目の前までやってきた。
「やあ、暁美ほむら。いつからそんなアヒルを飼ってたんだい?」
その声にほむらは相手を見上げる。
声と顔こそは早乙女乱馬そのものだが、澄ましきって人間味の見えない表情と、
その独特の口調がいやがおうにもある生き物を思わせた。
「……インキュベーターね」
ほむらはらんまの体に入ったキュゥべえをにらみつけるが、そうしたところで抵抗の術があるわけではない。
警戒しながらじりじりと寄ってくるキュゥべえに対して、雨に濡れながらただ待つしかできなかった。
「すぐには殺しはしないよ。キミには見滝原と風林館の魔法少女たちを一掃するためのエサになってもらうからね」
キュゥべえは足元にほむらを見下ろしながら言った。
「人質にする気……私なんかが使えるかしらね?」
ほむらは自嘲気味に微笑みながら答える。
「使えなければ、キミから先に消えてもらうだけさ。キミも必要以上に知りすぎた魔法少女の一人だからね」
(なるほど分かりやすいわね)
ほむらは思った。
自分が人質として使えなければすぐ殺し、使えれば仕事が終わってから殺す。
キュゥべえにとってはそれだけなのだ。どちらにしても殺されることには変わりは無い。
(いっそのこと早めに死んだ方がまどかを巻き込まずに済むかしら)
このままキュゥべえに利用されるのであれば、その方がマシだ。
ほむらにはそのようにすら思えた。
そうして諦めかけたその時、突然大きな爆音が鳴り響いた。
ほむらもキュゥべえも慌てて耳をふさぐ。
『ふはは、オラの癇癪玉はどうじゃあ!?』
ムースはそう叫ぶと、再びほむらの手を引っ張った。
ほむらは呆気にとられたまま、引かれる方に足を動かす。
そして、十分に距離の開いたところでムースはさらに、翼の中から小さい玉を投げつけた。
それはキュゥべえの足元で破裂すると、もくもくと煙を上げた。
「羽に……隠してたの!?」
『言ったじゃろ、オラは暗器使いじゃ。さあ、逃げるだ!』
669 :36話6 ◆awWwWwwWGE 2012/08/12(日) 16:39:26.38 ID:nSWAWvDY0
ムースは固いくちばしをゆがめて無理に笑顔を作ってみせる。
(暗器……アヒルのように非力でも使える武器!?)
ほむらの目の色が変わった。
そうして逃げ出したが、所詮は病弱児の足だ。
煙幕が晴れる頃になってもまだキュゥべえの視界から逃げ切れていなかった。
キュゥべえはほむらの姿を見つけると、壁から屋根の上に上り、前へ回り込んだ。
ほむらは慌てて方向転換しようとするが、体がその急激な負担に耐えられず、足をもつれさせて倒れる。
そこに遠慮なく迫ってくるキュゥべえに、ムースは棒状の刃物を飛ばした。
らんまの体にとってその程度の攻撃は意味を成さず、キュゥべえは人とすれ違うような自然な動作でそれをかわした。
「中国暗器か……。キミも、あの老婆の仲間かい?」
「ガー!」
キュゥべえの問いに、ムースはわざとらしくアヒルの鳴き声で鳴いて答えなかった。
「まさか、暁美ほむらのためにも仲間を派遣するとは思わなかったなぁ」
キュゥべえはまるでらんまのように、頭をぽりぽりかいて見せた。
「でも、大した相手じゃなくてよかったよ」
そう言って、一気にキュゥべえは間合いを詰める。
ムースはまたも発煙玉で視界をふさいだ。
しかし、今度は自分やほむらももろともだ。
「ゴホッ、ゴホッ」
煙にほむらがむせる。
するとすぐさま、ほむらはキュゥべえにつかまれた。
「しまっ――」
「ぐっ!」
ほむらが「しまった」と言い切るよりも早く、なぜかキュゥべえが苦痛の声を上げた。
『ふっ、そっちへ行くと思っただ』
ムースが言った。
ムースはほむらが咳き込むのを見越して、それにおびき寄せられるキュゥべえを狙い、
視覚の効かない煙の中で投擲器を当てたのだ。
「そっちが、先かい!?」
キュゥべえは素早く振り返り、投擲器の飛んできた方に向かった。
しかし、煙の中では容易に小動物を捕まえられない。
そうやってキュゥべえとムースがあらそっている間に、ほむらは遮二無二逃げた。
そこに、すぐさまムースが合流する。
「え……インキュベーターは?」
『アヒルの鳴き声の笑い袋を置いといただ』
「――それじゃ、すぐばれる!」
ほむらが言うまでも無く、煙が晴れるとすぐさま猛烈な勢いでキュゥべえは追ってきた。
「け、煙玉は!?」
『……もう無いだ』
らんまの体から、二人が逃げ切れるはずもなく、あっという間に追いつかれる。
キュゥべえは追いついても足を止めず、そのままの勢いで攻撃しようと拳を繰り出してきた。
670 :36話7 ◆awWwWwwWGE 2012/08/12(日) 16:40:34.19 ID:nSWAWvDY0
(もうだめっ!)
振り返ったほむらの眼前に、拳が迫る。
そして、目を閉じようとしたその瞬間、青い閃光がらんまの体を吹き飛ばした。
「……あ」
呆気にとられるほむらの目の前にマントをつけた、青い衣装の魔法少女がひらりと舞い降りる。
「感謝しろよー、ほむら」
そんな憎まれ口を叩きながら、青い魔法少女は剣を構えた。
『おう、さやか、助かっただ。おヌシも無事じゃっただか?』
ほむらが何か言う前にムースが答えた。
「うん、あたしは平気……って言いたいトコだけど、まどかが居なきゃ危なかったかなぁ」
「まどかが?」
ほむらはさやかの言う事が良くわからなかった。
魔法も腕力もないまどかが一体どうやって魔法少女さやかのピンチを助けられるというのか。
「あ、そうそう。ほむら、あんたはまどかには特に感謝しなきゃダメだよ。
あたしはあんたなんか見捨てるべきだって言ったんだけど、まどかがどうしてもってね」
さやかがそう言うのと同時に、キュゥべえの後ろ、遠くから一人の少女が走ってきた。
「さやかちゃーん、置いてかないでよー!」
女の子らしい非効率な走り方で、精一杯かけてくるその少女は、まぎれもなく鹿目まどかだった。
「まどか、こんなところに来ては……」
「いや、あれは大丈夫だよ」
さやかは落ち着いてそう言った。
その言葉どおり、キュゥべえは自らまどかから遠ざかる。
「……猫を連れてきたワケだね」
まどかの腕には黒猫が抱かれていた。
(仕方がない……まどかが邪魔するヒマも無いほど素早くしなければ)
キュゥべえはそう判断すると、わき目も振らずにさやかに向かった。
現状この中で、まともな戦力になりうるのはさやかだけだ。
だからまずはそこを潰そうと考えたのだ。
さやかは、剣を振りかぶって迎撃する。
しかし、らんまの格闘能力を手に入れたキュゥべえにはあっさりとかわされた。
「さやか、いくらキミの攻撃が素早くても見て考えて行動に移すまでにロスがある。
ただ単純に速いだけなんていうのはレベルの低い相手にしか通じないよ」
そう言って、キュゥべえはさやかに攻撃を加えるべく、拳を撃ち落す。
が、その拳はソウルジェムを砕く前に、棒状の刃物に貫かれた。
「アヒル?」
キュゥべえはそれが投げられた方をとっさに振り向いた。
そこではアヒルが投擲のフォームのままメガネを光らせていた。
「一人だったらたしかにそうかもね!」
キュゥべえがアヒルのムースに気をとられている隙に、さやかは思い切り剣を振り落とす。
対応が間に合わず、らんまの体は右肩から胸元までざっくりと切り裂かれた。
魔法少女でも、これならただではすまない大ダメージである。
671 :36話8 ◆awWwWwwWGE 2012/08/12(日) 16:41:54.59 ID:nSWAWvDY0
「……やった!?」
まどかがつぶやく。
だがキュゥべえは倒れることもふらつくことすらなく、左手で思い切りさやかを殴り飛ばした。
「まったく、油断ならないなぁ」
肩を貫通していたはずなのに、キュゥべえの肩の傷口はみるみる間にふさいでいった。
『な……なんじゃありゃ?』
「うそ……」
ムースとさやかは目を疑う。
「早乙女乱馬の願いは治療系だ。らんま自身の魔力が低いから分かりにくかったけど
回復力に関しては魔法少女らんまはさやかに見劣りしないよ」
キュゥべえはわざわざ律儀に説明を加える。
「そして、ソウルジェムが無いから急所が無い、らんまの魔力で足りない分はボクが今まで溜めてきた
感情エネルギーで補填するからほぼ無尽蔵だ。……これがどういうことか、分かるかい?」
その言葉に、さやかは冷や汗をかいた。
「クワッ?」
「えーと?」
一方、分かっていないらしいムースとまどかは素で首をかしげる。
「急所も魔力切れもない超回復って? そりゃたしかにシャレなんないけどさ……
逃げる分には関係ないでしょ!」
そう言って、さやかは素早くアヒルのムースを抱えて走り出した。
途中でまどかの手を引っ張る。
戦闘と会話の隙にすでにほむらは逃げている。
ならばこれ以上、勝てない敵を相手にする必要は無いのだ。
「さやかちゃん……」
走りながら、まどかが不安げにさやかを見つめる。
「大丈夫、逃げるだけなら最速のあたしに任せて!」
そう言ってさやかはアヒルを肩に移し、猫を抱きかかえるまどかをお姫様だっこした。
「なるほど……三十六計逃げるに如かずか」
キュゥべえは手に刺さった小型の刃物を引き抜き、思い切りさやかの方に投げつける。
普通なら、投げてもさやかのスピードには追いつかないだろう。
しかし、一人と二匹をかついで走るさやかはかなりスピードが落ちてきた。
ザックリと背中に刃物が突き刺さり、さやかは勢い倒れこむ。
それと同時に抱きかかえられていたまどかも倒れ、とっさに飛び退いたムースとエイミーだけが無事だった。
「こういう小刀類は使い勝手が良い分、敵にも利用されやすい。気をつけたほうがいいよ」
キュゥべえは逃がさないように走って素早く近づいてきた。
だが猫がいるので至近距離まで来ていったん動きを止めた。
その隙を突いて、さやかは振り向き様に剣を一閃させる。
それは予想の範疇だったらしく、あっさりと避けられて、さやかは首根っこをつかまれた。
さやかを助けようと、ムースがまたも刃物を飛ばす。
が、それもかわされて、ムースはキュゥべえに踏んづけられた。
「どうやら一番初めに死にたいのはキミらしいね」
そう言ってキュゥべえが眺めるさやかの魔法少女衣装からはソウルジェムらしきものの姿が消えていた。
672 :36話9 ◆awWwWwwWGE 2012/08/12(日) 16:43:03.35 ID:nSWAWvDY0
服の裏側に隠しているのだ。
キュゥべえはさやかの腹部に一発パンチを浴びせて動きをとめると、その体をベタベタまさぐってソウルジェムを探した。
「エイミー……」
「待った!」
まどかはエイミーをけしかけようとするが、キュゥべえはそれを制止した。
「キミが猫を投げてくるならボクはこのアヒルの首を踏み潰すよ」
「えっ!」
まどかは思わず動きを止めた。
「さやかはちょっとやそっとの攻撃じゃ死なないけど、ただの変身体質のアヒルならそれで死ぬよね?」
そう言われてはまどかに抵抗の術は無かった。
しかし、このまま見ていてもさやかとムースが殺されるだけだ。
(この状態でみんなが助かる方法は……)
まどかは考えた。
そうしているうちにもキュゥべえはさやかのソウルジェムを探す。
「キュゥべえ!」
まどかは、叫んだ。
その声は緊張感はあるが、決しておびえてはおらず、むしろ強い意志を感じさせた。
「キュゥべえは魔法少女や魔女のことについて秘密がばれちゃまずいからこんなことしてるんだよね?」
「そうだけど、それがどうかしたのかい?」
突然の質問に、キュゥべえは首をかしげながら聞き返した。
「それなら、みんなが地方とか外国とか、うんと遠くまで逃げちゃわないように人質が必要だよね?」
「……正解だよ」
まどかが正確に自分の狙いを読んできたことに、キュゥべえは不思議そうに言った。
「だったら、私が人質になる!」
「え?」
意外な発案に、思わずキュゥべえは驚きの声を漏らす。
「ダメ……」
絶え絶えな息でさやかが振り返る。
そこにキュゥべえはもう一発パンチを浴びせて黙らせた。
「私が人質になるから、この場は引いて!」
「なるほど、この場でこの二人の命を奪わないことが条件ということだね」
キュゥべえはらんまの体であごを撫でた。
「そうだよ……もし私の言うこと聞かずにさやかちゃんでもムースさんでも死なせちゃったら、
みんなで遠くへ逃げて全国の魔法少女にキュゥべえのことバラしちゃうから!」
不利な条件と分かっていながら、まどかは強気に押した。
「……確かにそれは困るね」
少し間をおいて、キュゥべえは考える。そしてやがてこくりとうなずいた。
「いいだろう、その条件を飲むよ。ただし、まどかは今すぐボクについてきてもらう」
「ガーッ、ガーッ!」
「ま、まどか……」
ムースとさやかは、話がまとまりかけていることに抵抗の意思を示すが、
騒いでみてもどうすることもできなかった。
673 :36話10 ◆awWwWwwWGE 2012/08/12(日) 16:44:23.07 ID:nSWAWvDY0
「分かった。その代わり、エイミーも一緒に連れてくよ。小説や映画でよくあるもの。
犯人を倒したと思ったら人質はとっくに殺されてたって。そうならないための保険」
そう言ってまどかはギュッとエイミーを抱きしめる。
「いいよ。それじゃ決まりだ」
キュゥべえはうなずき、さやかを放り投げ、ムースを蹴り飛ばして解放した。
そして、エイミーの視線を恐れながらまどかの体にベタベタ触れる。
「ちょっ……あっ、キュゥべえ?」
まどかは思わず恥じらいだ。
しかし、キュゥべえはいたって事務的に答えた。
「ボディーチェック」
思いのほかまどかを警戒するキュゥべえを、さやかとムースは不思議そうに見つめた。
680 :37話1 ◆awWwWwwWGE 2012/09/02(日) 12:21:12.16 ID:iAbWtylJ0
「は? 温泉?」
美樹さやかは耳を疑った。
いや、さやかだけではない。
この場に居る全員が、なぜその単語が今ここで出てきたのかいぶかしがっている。
『そうだよ、温泉だよー』
受話器越しに聞こえる鹿目まどかの声は、確かに温泉という言葉を発していた。
「一体、どういう状況だ?」
良牙は大きく声を出して電話での会話に割って入った。
『えーと、平日だし、天気も悪いから他にお客さんはほとんどいません。
ひろいお風呂がほとんど貸しきり状態!』
(いや、そういうこと聞いてるわけじゃねーし)
それは、テレパシーなどなくても、その場に居る全員が分かり合えた瞬間だった。
「ふむ、さきにこちらの状況を説明しよう」
そう言って、コロンはさやかから携帯電話を受け取った。
「おヌシが捕まったということで、いまみんなが猫飯店に集まっておる。
おヌシの身が無事なことは分かったからみなホッとしておるが、一体キュゥべえとやらは
そんなところに行ってどうする気なのじゃ?」
『ええと、それなんですけど……あ、ちょっと待って、お姉ちゃん――』
受話器の向こうから保留音が流れてきた。
まどかがボタンを押したらしい。
「『お姉ちゃん』って、まどかちゃんにおねえさんが?」
「いません」
良牙の疑問にさやかが即答する。
「じゃあ、一体なんなんだよ?」
杏子の疑問に答えられる人間はいなかった。
「でも、温泉については心当たりがあるわ――」
そう言ってマミは切り出した。
「昔のことなんだけど、キュゥべえが私の部屋に来ていた時に、たまたまそこの温泉が新聞の折込チラシに載ってたの」
「ふむふむ、それで?」
乱馬が相槌をうつ。
「私が『今度休みにでも行ってみる?』って聞いたら『たまにはそういうのもいいんじゃないかな』って言ってたの。
だからきっと、行ってみたかったんじゃないのかしら?」
一同、目をきょとんとさせる。
マミの語ったあまりにも平和な過去と、ピントのずれた答えにみんな戦意をそがれるような気持ちだった。
「た、たぶんそれは無いんじゃないですか? キュゥべえは感情が無いって自分で言ってるぐらいですし」
さやかがやっとそう答えた。
『すいません、待たせちゃって!』
やがて、またまどかが受話器に出てきた。
「さっきの『お姉ちゃん』というのは?」
『ええと、旅館の人に怪しまれないためにそう呼ぶようにってキュゥべえが……』
コロンの問いにまどかが答える。
「なるほどな、女の俺の体だったら、髪の色も近いし姉妹に見えなくもないわけだ」
乱馬はあきれた様子でつぶやいた。
681 :37話2 ◆awWwWwwWGE 2012/09/02(日) 12:22:43.67 ID:iAbWtylJ0
姉妹で温泉旅館だとか、事情を知らない人から見ればさぞかし仲むつまじく映るだろう。
「そうじゃったか。して、今キュゥべえはどうしておる?」
『フツーにお風呂入ってます』
その言葉に一同がまた首をひねったことは言うまでもない。
「と、とにかくじゃ、もう少し詳しく状況を聞こうかの」
コロンのその言葉でまどかは説明を始めた。
それによると、キュゥべえはまどかを連れて、普通にバスに乗って山中の温泉地に行ったということらしい。
また、まどかの両親に対しては、まどか本人とキュゥべえの共謀により身代金目的の誘拐ということにして、
絶対警察に連絡するなとしつこく忠告したらしい。
「親御さんがその言葉に従ってたら楽なんだけどな」
杏子の言葉に、
「そうね、おまわりさんが来て守らなきゃいけない人が増えるとやりにくいわ」
「ワシもやっかいごとはごめんじゃのう」
マミとコロンがそれぞれの意見をもらす。
「だが、温泉とは好都合だ。豚になってもすぐに元に戻れるぜ」
良牙が拳をもみながら言った。
水を被って変身する可能性が低いというのは良牙にとってありがたい状況だ。
「良牙さんは、乱馬さんやムースさんに比べると変身がきついよね」
さやかもうなずいた。変身して女になるだけの乱馬は普通に戦える。
ムースはアヒルになって戦力低下はするが、隠し武器が使える分、相手をかく乱するだけなら十分な戦力になる。
それに比べて良牙の変身は弱点として致命的過ぎる。
「して、バスがあるうちに決戦に来いと言うことじゃな」
コロンがつぶやくように言った。
キュゥべえは、今日中に全員来るようにと待ち合わせを指示したのだ。
「ああ、今のうちに対策を練っとかねーとな」
乱馬もうなずいた。
「ちょっと、疑問なんだけどさ――」
そこに杏子が口を挟む。
「キュゥべえはまとめて相手して勝てると思ってんのか?」
杏子の疑問は当然だった。
一人一人を見ていけば、まともな勝負になりそうなのはコロンぐらいだが、全員行くなら話は別だ。
マミと良牙の二人で一時的に戦闘不能に追い込んだし、さやかとムースでも一太刀浴びせたのだ。
4、5人いれば普通に勝ててしまうのではないかと思える。
「今のあいつはあたしと同等の回復をソウルジェムの制限無しに使えるんだ。
勝てるっていうか、負けない自信はあるんじゃないの?」
さやかがその疑問に答える。
「温泉という場所も問題じゃな。単に山中じゃから死体の後始末がしやすいというだけではない
ムコ殿には分かるかの?」
コロンの質問に乱馬は少し考えて答えた。
「温泉地には熱気がたまっている……つまり、魔竜昇天破を使いたい放題だ」
乱馬の言葉に、身をもってその威力を知っている良牙とさやかと杏子は息を飲んだ。
「それに、待ち受ける側なら何らかの罠を張っておくということもありうるわ」
682 :37話3 ◆awWwWwwWGE 2012/09/02(日) 12:23:35.54 ID:iAbWtylJ0
マミがそう言うと乱馬も考え込んだ。
こちらが対策できる時間には当然相手もなんらかの対策を練ってくるはずなのだ。
「そうじゃの、こちらも相手の予想外を仕込んでおかねばならぬの」
すでに何か考えがあるらしく、コロンは不適な笑みを浮かべた。
「奇策もいいけどさ、あいつにどういう攻撃がいいとか、そういう情報くれねーかな」
まだ実際にらんまの体に入ったキュゥべえとは戦っていない杏子が言った。
「それもそうだな……素早いから小さい攻撃は当たらんが獅子咆哮弾やティロフィナーレみたいに
範囲の広い攻撃はわりと当たるぜ」
良牙が答える。
「不意打ちもけっこう食らってたね。反応は凄く早いけど、別のものに気を取られてるときとかは攻撃しやすいよ」
さやかも、キュゥべえがムースの攻撃を食らっていたことを思い出して言った。
「ふんふん、なるほど。……で、乱馬、あんたは?」
「え、えーとだな……」
杏子の質問に、乱馬は答えにくそうに目をそらした。
「乱馬、そーいやお前はまったくダメージ与えてなかったよな?」
良牙が意地悪く図星を突く。
「マジで? うわ、だせー」
「うぐっ!」
杏子の攻撃に、乱馬は心にダメージを負った。
キュゥべえとの戦績においては、乱馬は良牙はおろかアヒル状態のムースにすら大きく劣っているのだ。
その事実をほじくりかえされて、自尊心の高い乱馬が傷つかないはずがなかった。
「それは、たまたま――」
「ムコ殿のことじゃ。どうせ、ニセモノに負けるわけがないなどと根拠のない油断をしてたのじゃろう」
コロンに性格上の欠点まで指摘され、乱馬は言い返す言葉すら失った。
「ちょっと不思議ですね。天道あかねさんだってそんなに弱くはないようですし、
同じ体を使って戦ったのならもうちょっと善戦できたような気が……」
マミも疑問を口にする。それを聞いて乱馬はさらに落ち込んだようだった。
「いえ、責めるつもりじゃなくて、何か他の要素があったんじゃないのかって考えてるんです」
あわててマミは自分の言葉をフォローする。
「他の要素っつーと?」
杏子が聞いた。
「それが分からないから考えてるのよ。……早乙女さん、戦った時の状況とか詳しく聞かせてもらえませんか?」
そう言われて、乱馬はシリアスなノリに戻って答え始めた。
「登校中九能と戦った後、あいつが現れて――」
そうして一通り流れを説明した後、なぜかマミは大きなため息をついた。
「ふざけてるんですか? それで勝てるわけないじゃないですか」
「へ?」
しごく当然のように『それで勝てるわけない』と言い切るマミに乱馬は驚いた。
(フォローを入れたフリして更に落とすとは、さすが元魔女!)
(あたしたちにできないことを平然とやってのける、そこにしびれる、あこがれる!)
「お前ら何やってんだ?」
ひそひそ声で妙なノリで盛り上がる杏子とさやかに、良牙はとりあえずつっこんでおいた。
683 :37話4 ◆awWwWwwWGE 2012/09/02(日) 12:25:04.64 ID:iAbWtylJ0
***************
風が強くなってきたので、露天風呂に入っている客は他にいなかった。
鹿目まどかは黒い子猫を抱いたまま湯船につかる。
「エイミー、熱い?」
ここの温泉は家のお風呂よりも温度が高い。
また、独特の匂いもあって、猫のエイミーは戸惑っている様子だった。
別に、風呂の中にまでエイミーを連れてくるほど徹底する必要は無かっただろう。
ペットOKの旅館だからといって、お風呂にまで連れてきてよかったのかどうかもよくわからない。
それでもまどかは湯船の中でエイミーをぎゅっと抱きしめた。
(絶対、大丈夫だよね……)
単純に、心細いのだ。
「ニャー?」
いつもと違うご主人様の様子に、エイミーはその顔を覗き込む。
「ごめんね、こんなところまで連れてきちゃって」
そう言ったまどかの頬を、エイミーは舐めた。
このやりとりが、なんとなく言いたいことが伝わったように思えて、まどかは少しうれしかった。
そこへ、湯煙の中から人影が近づいてくる。
「まどか、そろそろ上がったほうがいいよ。過度の入浴は人間の体にとってかえって有害だ。
特に、強い成分の含まれる温泉などは深刻なダメージになりかねない」
姿がぼやけていてもその声とシルエットで、相手が何者かまどかにはすぐ分かった。
「……ここまで監視しに来なくても逃げないよ」
無粋な邪魔が入ったことに、まどかは少しムッとして答えた。
「違うよ。監視なんかしなくてもキミがこんな山奥から一人で逃げられないことは分かっている。
鹿目まどか、ボクは純粋にキミを心配しているのさ」
そう言いながら、赤い髪、豊かな胸の早乙女らんまの姿をしたキュゥべえが湯煙から姿を現した。
キュゥべえの意外な言葉にまどかは首をかしげる。
「……キミが、魔女になる前に死んでしまっては困るからね」
悪びれもせずそう言ってしまうキュゥべえに、まどかはため息を漏らした。
「私は逃げられないんじゃない、逃げる必要が無いんだよ。
だって、みんなが絶対に助け出してくれるもの」
その言葉は、むしろまどかは自分に言い聞かせたのかもしれない。
「確かに彼らの性格なら必ず助けに来るのだろうね。そのおかげでまとめて始末しやすくて助かるよ」
そう返してきたキュゥべえに、まどかは言葉の通じない猫よりももっと通じ合わないものを感じた。
「キュゥべえは……信じられる人が居ないんだね」
「信じるという言葉が、過大な期待や希望的観測を意味するのならば、そんなものはボクには不要だ」
「ううん、そんなのじゃない」
まどかは首を振ったがそれ以上会話を続けはしなかった。
なんとなく、キュゥべえの本質が分かった気がしたからだ。
そして、妙な確信が生まれた。
(みんなは絶対、キュゥべえには負けない!)
***************
温泉地行きのバスには乱馬たちの一行以外、ほとんど乗客が居なかった。
684 :37話5 ◆awWwWwwWGE 2012/09/02(日) 12:26:52.65 ID:iAbWtylJ0
運転手1名と地元の人っぽい乗客2名、そしてらんま・良牙・コロン・マミ・杏子・さやかなど戦闘員6名に
なびきまでついてきてバスの中は10名といったところである。
普段から客の少ない最終バス、それも嵐が迫っている中での突然の団体客に運転手は少し驚いた様子だった。
ムースとシャンプーを置いてきたのは店番のためがひとつの理由。
そしてもうひとつ、雨の中傘もささずを走ると言う無茶をした暁美ほむらが高熱を出したため、
やむなくムースをほむら宅に残しシャンプーとかわるがわるで世話をさせるようにしたからだ。
「このバス、おせーな。まだつかないのか?」
杏子がつぶやいた。
「次の橋を超えたらもうすぐよ」
なびきが文庫本を読みながら答えた。
「しかし、シャンプーを連れて来れないのは大きな戦力ダウンだな」
らんまがつぶやいた。
「ああ。キュゥべえ相手にはシャンプーが最強かもしれないな」
良牙がうなずく。
キュゥべえにも猫がきくということは、さやか経由で全員知っている。
そして猫に変身するシャンプーはキュゥべえ相手には非常に強力な戦力だと言えた。
「いや、相手もそれには何か対策を考えておるじゃろう。
そうなれば無力な猫になるのはかえって危険じゃ」
コロンはらんまの言葉に反論する。
内心にはひ孫可愛さ故という心理もあるのだろうが、あえてそれを咎める者もいなかった。
「ところで、おばあさん、その風呂敷は?」
さやかがコロンのもってきた風呂敷を指差して聞いた。
それは、そこそこ大きい何かが入っているように見えた。
「……ホホ、これは秘密兵器じゃ」
コロンは怪しげに微笑んだ。
「しっかし、へんぴなところねー、キュゥちゃんもこんなとこまで呼び出さなくたっていいのに」
いったん会話が止まったところで、なびきがつぶやいた。
「嫌なら帰りな。戦力にならねー奴が来たって邪魔だから」
杏子はポッキーをつまみながら吐き棄てるように言った。
「杏子の言い方はあれですけど、私も同意見です。今回は戦えない人を100%守りきるような自信はありませんよ」
マミも杏子に同意した。非戦闘員を連れて戦うには相手が悪い。
「うーん、でもせっかく温泉に行くなららんまくんの写真を撮って売りさばかなきゃね」
なびきが付いてきたあんまりな理由に、一同はがっくりと肩を落とす。
「冗談よ。それもするのはするけど。
それだけじゃなくて、キュゥちゃんはどうせ殺しても死なないんだから捕まえなきゃいけないでしょ?」
「やんのかよ」
らんまの抗議になびきは耳を貸さない。
「捕まえるってどうやってですか?」
さやかの問いに、なびきはいつかどこかで見たようなボトル缶を取り出した。
「まだコレ、余ってるのよね。これを使えば簡単に捕獲できるでしょ」
「モンスターボール?」
捕獲という言葉に反応して杏子が素っ頓狂な答えをかえす。
685 :37話6 ◆awWwWwwWGE 2012/09/02(日) 12:28:09.52 ID:iAbWtylJ0
「じゃなくて、呪泉郷の水ですね」
マミの答えになびきはうなずいた。
「そ。蛙溺泉よ。蛙にしちゃえば飼育も楽よね」
なるほどと魔法少女たちはうなずく。
「ちょっと待て、よく考えてみたら、蛙溺泉が配送できるなら、男溺泉も買えたんじゃないのか?」
良牙がふと気付いた。
「残念じゃが、まだ男溺泉は安定しておらぬらしい。呪泉郷通販カタログにもそう載っておったぞい」
なびきに代わりコロンが良牙の疑問に答えた。
「いや、呪泉郷通販カタログて!」
「んな、アホな」
さやかと、最近関西弁に影響されつつある杏子がつっこんだ。
そんなやりとりをしている中、バスは断崖の上にかけられた橋にさしかかった。
その時、マミが突然叫んだ。
「来るわ!」
「え、何が?」
けげんな顔をする良牙を気にも留めず、マミは続けた。
「美樹さん、一般の人を抱えて逃げて!」
「え、あ、はい!」
さやかは戸惑いながらも有無を言わさず、乗客の手を握って強引に走った。
「ふむ、わしらも逃げるぞい」
コロンは杖で窓ガラスを叩き割った。
「杏子は防御魔法を展開して!」
マミがそう指示を出しているうちに、すさまじい轟音が鳴り響き、バスの車体が大きく揺れた。
そして息をつくひまも無く、バスは谷底へと落下した。
***************
「そ……んな……」
かろうじてバスから脱出したさやかは肩を落として座りこんだ。
あのメンバーの中では単純な移動速度は最速であろうさやかだけがかろうじて脱け出せたのだ。
「まいったわね、こりゃ」
その横でなびきが崖の下をのぞきこんでいた。
さやかは一般の乗客と運転手となびき、戦闘能力の無い人間はなんとか助け出した。
しかし、後の全員はどこにも見当たらない。
どこかにいるとすれば、それは暗くて底まで見通せない崖の下だろう。
道のいたるところに落石や土砂がまき散らされ、後ろを振り返るとさっきバスで渡った橋が完全に崩れ去っていた。
「お嬢ちゃん、おかげで助かったよ」
「しかし、すごいね。火事力ってやつかい?」
運転手や一般乗客はくちぐちにさやかへの感謝の言葉を口にするが、さやかの耳には届いていなかった。
らちがあかないので、一般人たちはそれぞれ携帯電話でどこかと連絡を取り始めた。
それでもまだ一人で落ち込んでいるさやかの肩に、なびきがポンと手を置いた。
『テレパシーは通じるわね?』
『……はい』
686 :37話7 ◆awWwWwwWGE 2012/09/02(日) 12:30:19.42 ID:iAbWtylJ0
さやかはあまり元気のない返事をする。
『それじゃ、仕方ないけど歩いていくわよ』
『行くって、どこにですか?』
『決まってるじゃない、温泉旅館までいかないとまどかちゃんに会えないでしょ』
『……そっか。勝ち目なんて無くてもまどかを裏切るわけにはいかないよね』
さやかは独り言のようにそうテレパシーを返すとゆっくりと立ち上がった。
『もしかしてさやかちゃん、あいつらがくたばったとでも思ってんの?』
『え、だって、ガケから落ちたらフツーは……』
『あいつらがあんな程度で死ぬわけないでしょうが。だからウジウジしてないでさっさと行くわよ。
警察とか救助隊とかきたらいろいろ面倒でしょ』
それだけテレパシーを送ると、なびきはさやかの肩から手を放し、スタコラと歩き始めた。
さやかもあわててそれについていく。
「ちょっと待って、全員無事だとは限らないんじゃ――」
「多少怪我したって魔法少女がいれば治せるでしょ?」
なびきは平然と答える。
「だったら、何のためにキュゥべえはこんなの仕込んだのさ」
今回の崩落はキュゥべえの仕業だ。さやかはそう考えていた。
しかし一人も倒せないのならばこんな大掛かりな罠を仕込む意味が無いのではないか。
なびきはこくりとうなずいてキュゥべえの仕業だということは肯定してから、自分の推測を述べた。
「橋を潰して逃げ道をふさぐのが一番の目的じゃないかしらね。
あとは――こっちの戦力を分散させることかしら」
このあたりの温泉郷はさっき渡った橋が唯一車の通れる道である。
その橋を潰された以上、温泉郷から脱け出すには山道や林道を越えていくしかないが、
地元の地理に詳しくない者では迷子になるのがオチであろう。
天候の悪い今日この頃ではなおさらである。
「……つまり、キュゥべえはあたしたちがいざとなったらまどかを見捨てて逃げると思ってるんだ」
さやかは拳を握りしめた。
自分達が一番大切にしている部分をバカにされたように思えて、今までのどんな仕打ちよりも悔しかった。
「そうね、実際、さっきさやかちゃん戦意喪失してたし」
「う……」
なびきにあっさりと痛いところをつかれて、さやかは言葉につまる。
「ちなみにあたしもやばくなったら逃げるわよ。非戦闘員だし」
「ええ!?」
なびきが厳しい人なんだと思っていたら、予想外に卑怯な台詞を言われ、さやかは困惑する。
「でも、キュゥちゃんは逃げられたくないんだから、当然追ってくるわよね?
そこに隙ができるんじゃないかしら」
「はい?」
「乱馬くんがよく使う方法よ。逃げたフリして不意打ちとか、逃げながら対策を練るとか……
あたしは戦力にならないんだし、さやかちゃんも実力じゃ勝てないんだからそれしかないでしょ」
「え……はい!」
なびきもなびきなりに勝つための方法を考えているのだ。
さやかは一瞬あきらめかけた自分を恥じ、すぐに顔色をうれしそうに変えてうなずいた。
687 : ◆awWwWwwWGE 2012/09/02(日) 12:31:14.83 ID:iAbWtylJ0
以上、37話でした
688 :37話オマケ ◆awWwWwwWGE 2012/09/02(日) 12:33:54.63 ID:iAbWtylJ0
キュゥべえの脅迫電話
QB「もしもし、お宅の娘さんの身柄は預かったよ。返して欲しければ身代金を払って欲しいんだ。
あ、警察には絶対通報しないでね」
詢子「なんだって……! いつ、どこでいくら払えば良いんだ」
QB「あ……ちょっと待ってて……」(具体的に考えてなかった)
受話器越し
『QB「って言われたんだけど、どうしよう?」
まどか「え? 考えてなかったの!?」
QB「本当にお金持ってこられても困るし……」
まどか「えと、それじゃあねぇ――」』
詢子「???」
QB「あ、もしもし、一週間後に100万円を見滝原公園のトイレにバッグに入れておいといて」
詢子「一週間後って長すぎるだろ! その間にウチの娘に何をする気だ!」
(100万円て身代金誘拐にしちゃ安いな)
QB「何って……いや、特に何も」
詢子(なんなんだ? 話が通じない感じがする)
「お前らの慰み者にでもしようってつもりか!」
QB「ああ、そういうことならご心配なく。声を聞いたら分かると思うけどボクは女だよ。
もちろん同性愛者でもないし、単独犯だから男の仲間がいるってこともない」←※らんまボディ
詢子(自分から単独犯ってバラした!?)
「絶対に、娘に手を出すなよ!」
受話器越し
『まどか「お姉ちゃん、そろそろ外湯閉まっちゃうよ」』
QB「ああ、分かった。それじゃ今回はここまでだよ」
詢子「ちょっと待て、今聞こえたのまどかの声じゃ……」
QB「悪いけどけどここまでだ」
受話器越し
『QB「こんな感じでよかったかな?」
まどか「うーん、あんまり上手くないと思う」』
プチッ ツー ツー ツー
詢子(なんだこりゃ……狂言誘拐か? いや、でもなんでまどかが……)
696 :38話1 ◆awWwWwwWGE 2012/09/17(月) 22:10:51.32 ID:VtwwSxV/0
黒い影が木々の間をぬって飛んでいった。
ただでさえ暗くてよく見えないと言うのに、雨天で、なおかつ黒い衣装を着ていれば目で識別することは困難だ。
しかしそれでも、とがった木の枝が、確実に眉間に向かって飛んできた。
しかも、避けにくい空中にいるタイミングでだ。
漆黒のレオタードに身を包んだ少女は首を曲げて強引にそれをよけるが、かわしきれず頬骨のあたりに赤い血の筋ができる。
少女はかろうじて無事に着地すると、すぐにまた後ろに飛んだ。
するとその一瞬だけ着地した場所に木の杖が現れて、あたりの地面をえぐった。
「ほう……避けおったか」
木の杖をふるった人物――小柄な老婆がそうつぶやいた。
「まさか先回りされているとはね……」
「あれだけ大がかりな仕掛けをしたからには、成果を確認しにくると思うてな。予想通りじゃわい」
少女は老婆と対峙しながら自分の頬を撫でた。
すると、そこにあった傷跡があっという間に消えていく。
「分からないなぁ。どうしてキミはボクの邪魔をするんだい?
ボクは直接的にキミに被害を及ぼすようなことはしないよ」
少女は首を傾げる。
それは、とぼけているのではなく真剣に分からないように老婆には感じられた。
「ムコ殿に死なれては困るからのぅ……。それに貴様のようなやからにのさばらせておってはやがては
うちのひ孫や村の娘達にも被害が及ぶじゃろう。やはり貴様を捨ててはおけぬな」
「そうか、子孫や一族の繁栄はキミたち地球生物にとっては重要なことだからね」
納得がいったというように、少女はうなずく。
しかし老婆は少女の言い回しに釈然としない様子だった。
「まあ、いいか。どちらにしても貴様はここまでなのじゃから――」
老婆のその台詞に合わせるかのように、少女の背後からガサゴソと物音がした。
「ふぁあ、よく寝た……む? ここはどこじゃ?」
のん気な老人の声とともに、強烈な邪気が立ち上がる。
「おお、はっぴー、ようやく起きたか」
老婆はうれしそうにその老人によびかける。
「むむ、コロンか。それにらんま。
どうしたことかシャンプーちゃんに餃子をふるまってもらってから記憶が無いのじゃがお主ら何か知らんか?」
そんなことを言いながら、老人は見覚えの無い辺りの風景を見回した。
そうして一通り見回したところで老人は何かに気がついた。
「いや、おヌシ、らんまではないな? 一体何者じゃ?」
老人はキッとらんまにそっくりの少女をにらみつける。
らんまの体に入ったキュゥべえには、その老人の鋭敏な闘気がはっきりと感じられた。
「はっぴー、そこのムコ殿そっくりのやからはじゃな、ムコ殿に化けて天道家の下着を盗みおったのじゃ。
さらには今着ておるのは同じように盗んだ九能小太刀のレオタード……つまり、連続下着泥棒じゃ」
コロンと呼ばれた老婆は始めから準備してあったようにスラスラとそう言った。
「なにぃ、下着泥棒じゃと!? ワシのスイーツを盗むとは不届き者め! 成敗してくれるわ!」
はっぴーこと八宝斎は激昂して啖呵をきった。
(お主のものではなかろう)
コロンは心の中でつぶやく。
「なるほど。風林館で最大の戦力を集めてきたわけだね」
697 :38話2 ◆awWwWwwWGE 2012/09/17(月) 22:14:07.83 ID:VtwwSxV/0
しかし、キュゥべえは、圧倒的な闘気と邪気をまとって向かってくるこの老人を目の前にして涼しい態度を崩さなかった。
「でも、もう少し仲間を選ぶべきじゃないのかな?」
そう言うとキュゥべえは、おもむろにらんまの体の胸をはだけた。
「なんじゃと!?」
予想外の行動に、コロンは驚いた。
「おう、スイート!」
まるで瞬間移動の能力でも持っているかのように、次の瞬間には八宝斎はらんまの胸に顔をうずめていた。
距離も闘気も関係なく一瞬で密着するまでに近づいたのだ。
もしこの素早さを戦闘に活用していれば、それは恐るべき脅威であろう。
しかし八宝斎の猛烈な煩悩は、驚異的な身体能力と引き換えにその理性を奪っていた。
やわらかい女子の胸に顔をうずめた彼は、もはや戦闘などという野暮な行為のことは忘れている。
そんな八宝斎を叩きのめすことは、らんまの体を手に入れたキュゥべえにとってはあまりに容易なことだった。
「ぐえっ! ごふっ! ふげぇ!」
肘打ちが脳天に炸裂し、そこから膝、拳、踏みつけ、さらに滅多打ち。
ノーガードの老体に絶え間なく、そして容赦なく強力な打撃が襲いかかった。
「は、はっぴー……この役立たずがぁー!!」
コロンの絶叫がこだまする中、八宝斎はボコボコになって気絶した。
「動揺したね」
「――ハッ」
八宝斎を始末し終えたキュゥべえは一瞬で、コロンとの間合いを詰めた。
「人間は動揺という感情を持ったとき隙だらけになる。……たとえ、キミのような熟練者でもね」
コロンが体勢を整えるよりも早く、らんまの拳がコロンの腹部を襲った。
「うぐっ」
まともにくらったコロンはいったん後ろに飛んで間合いを開けた。
だがその動きにも機敏さが足りない。
腹部へのダメージは呼吸を奪い、動きを鈍らせるのだ。
キュゥべえはあっという間に追いつき、そのままとび蹴りを浴びせる。
あえなくコロンはその蹴りに直撃し、大きく吹っ飛んだ。
「……しまった」
飛ばされていくコロンを見てキュゥべえがつぶやいた。
体の軽いコロンはぐんぐん飛んで、ついには崖の方にまで飛んで行き、そして落下していった。
「やけに簡単に攻撃を食らうと思ったら、蹴りにタイミングを合わせてわざと後ろに飛んだね。
……逃がしてしまったじゃないか」
自分が蹴り飛ばしたのに追いつけるはずがなく、キュゥべえは完全にコロンを見失ってしまった。
そして、見回してみれば八宝斎の姿もいつの間にか消えている。
「しかたがない、先へ進もう」
キュゥべえはそう言って、暗闇の山林を下っていく。
やがて、河原に到達すると横倒しになったバスが見えてきた。
炎は見えないことから爆発はしなかったらしい。代わりに軽油の漏れた匂いがする。
キュゥべえは河原の砂利を確認する。
濡れ方が新しい。おそらくついさっきまで人がいたのだろう。
698 :38話3 ◆awWwWwwWGE 2012/09/17(月) 22:16:00.18 ID:VtwwSxV/0
「一足違いか。コロンとあの老人は十分に足止めの役割を果たしたと言うことだね」
落下した直後、体勢を整える前に魔法少女たちに襲いかかるつもりだったキュゥべえのあては外れた。
(しかし、彼らの行くところは分かっている)
鹿目まどかのいる旅館の方へ向かうに決まっている。そのために彼らはここに来ているのだ。
そして、意図せず落とされた谷底から道も分からず旅館へ向かうらんまたち一行は、着くまでに時間がかかるだろう。
「……ならば、先回りさせてもらうとするよ」
キュゥべえがそう言って、漆黒の衣装をまとったらんまの姿は再び闇に消えた。
***************
闇夜に目立つ黄色い髪と赤い髪が、木々の間を動く。
ほとんど崖といっていい急斜面を素早く、しかし静かに登っていった。
『美樹さんとなびきさんがちゃんと上にいたらいいのだけど……』
先を行く黄色い髪の少女が後ろを振り返り、微弱なテレパシーを飛ばした。
『テレパシーの出力あげて呼び出すってわけにもいかねーしな』
赤い髪の少女がそう返す。
二人は登り続けて、道路のそばに出た。
ガードレールの影に隠れて様子をうかがってみると、土砂の散らばる道の上でバスの運転手や一般の乗客が
携帯電話でなにやら連絡をとっていた。
『会社や警察にでも連絡とってんのかね』
『巻き込まないためにも、ここはそっと離れましょう』
二人はもの音も立てずにその場を離れた、
その時、二人とは別のテレパシーが突然飛んできた。
『マミさん! 杏子も! 魔力感じないし、連絡も無いから死んじゃったかと思ったよ』
テレパシーの主は二人にはすぐ誰か分かった。
『美樹さん、無事だったのね!』
『おいおい、こっちはキュゥべえに見つからないようにテレパシーで呼び出したりしなかったのにさ――』
杏子がぶつくさ言うと、さやかは慌てて返事をする。
『えっ、そうだったの!? ……なんていうかさ、悪いけど多分もうキュゥべえにバレちゃったと思う』
『あら、どうしてそんなことが分かるの?』
マミが聞きかえす。
『そりゃあ今、キュゥべえに追われてるから!』
さやかは悲鳴に近いテレパシーを送った。
***************
「いやー、逃げるフリして隙をうかがうなんて……そんなヒマ全く無かったわね」
なびきがポツリとつぶやくように言った。
「うん、全く!」
そのなびきを腕に抱え、猛スピードで走りながらさやかは答えた。
すぐ後ろには赤い髪、黒い衣装を着た影が迫ってきている。
人一人抱えた状態では、少しずつ距離を縮められる。
もう追いつかれる、その寸前で、さやかは手早くなびきを降ろし、振り向きざまに剣を一閃させた。
「単純だね」
追いかけてきた人物――らんまの体に入ったキュゥべえは飛んでその太刀筋を避けるとそのまま空中で回転して
さやかの後ろに着地した。
699 :38話4 2012/09/17(月) 22:18:05.45 ID:VtwwSxV/0
「ちっ!」
さやかはもう一度振り返って向き直ろうとするが、間に合わず強力なパンチを頭にくらった。
軽く数メートル飛ばされてさやかは倒れた。
そこにすぐさまキュゥべえは追撃を加えようと飛びかかる。
そのとび蹴りが当たる寸前、さやかは素早く飛び退いてギリギリで回避した。
(一人だけなら逃げ切れる、でも……)
さやかはキュゥべえの後ろのその向こう側に視線を向けた。
なびきは何も言わなくてもさっさと逃げているが、所詮は常人の足だ。
キュゥべえがターゲットをさやかからなびきに変えれば簡単に追いつかれてしまうだろう。
(やっぱ、やるっきゃないよね)
「うおおおぉ!」
覚悟をきめると、さやかは剣を構えながら全速力で前に飛んだ。
そしてすれ違いざまに剣を振る。
動きが直線的なだけにあっさりとかわされるが、そのままのスピードで一定の距離をとるので反撃も受けなかった。
そしてまた同じようにまた一直線に相手に向かう。
今度はわずかに、らんまの体の腕をかすった。
黒いレオタードに赤い筋がにじむ。
「……なるほど、こうやって反撃させずに一方的に攻撃を続ける気だね」
キュゥべえそう言っている間にも、さやかは三度目の突撃を行う。
「少し、甘いんじゃないかな?」
キュゥべえはそこそこ大きな石を軽く蹴り上げた。
(ぶつかる!?)
それでも、さやかは動きを止めなかった。
左肩にもろに大きな石がぶつかり血が吹き出るが、そのまま突進し、右腕で思い切り剣を振り切った。
動きを止めたさやかに反撃するつもりだったキュゥべえは避けるタイミングが遅れ、左腕でそれを受けた。
腕の半ばまで刃がめり込む。
「……魔法を使ったね。いくら乱馬さんの体でも止められるような斬り方してないよ」
さやかは言いながらも腕に力を込める。
「ああ。ちょん切られると回復に使う魔力のほうがかかるからね、骨の硬度を高めたよ」
キュゥべえはさやかの腹を蹴り飛ばした。
飛ばされて距離が開いたところで、さやかは左肩の怪我を回復させる。
「そろそろ時間が無い。マミや杏子が来る前に始末させてもらうよ」
だが、十分に回復するヒマも無く、キュゥべえは襲い掛かってきた。
さやかは迎え撃つがあっさりと避けられて、カウンターで腹に深々と拳をめり込まれた。
さらに、キュゥべえは拳を連打する。
それに対してさやかは食らったまま防御もせずに反撃に剣を振り回した。
キュゥべえはとっさに避けようとするが避けきれず胴に赤い傷を負った。
(ごり押しで来るのかい?)
そう思っている隙にもさやかはたたみかける様に剣を振るう。
しかし、単純な移動スピードならともかく、攻撃する素早さは武術の型が染み付くほどに鍛えられた
らんまの体のほうが上だった。
700 :38話5 ◆awWwWwwWGE 2012/09/17(月) 22:20:51.40 ID:VtwwSxV/0
振り上げたさやかの腕を払いのけ、ダメージを重ねるようにまたも腹部にパンチを加える。
その衝撃で一瞬動きが止まるが、それでもさやかは強引に剣を振り下ろす。
それもまたきわどく外れ、わずかに衣服を傷つけただけだった。
「そろそろしつこいよ」
キュゥべえはまたも殴り返すが、さやかも反撃をやめない。
「魔女になってもいいのかい?」
至近距離で打ち合いながら、キュゥべえが質問した。
「……魔女に?」
さやかは意外な言葉を聞いたように、首をひねって見せた。
「絶望の感情エネルギーをとるために魔女になるんでしょ?
だったら、絶望しなくていい状態なら、魔力を使いすぎたって魔女にはならない!」
さやかはきっぱりと言い切ったが、キュゥべえは呆気にとられた。
(無茶苦茶な精神論だ!)
確かに精神状態はソウルジェムの濁り方に影響するし、魔女になるには魔力消費だけではなく心理的なきっかけも必要だ。
だが、ソウルジェムを濁らせれば濁らせるほど簡単なきっかけで魔女になってしまうのだ。
限界まで濁ったソウルジェムなら、雨が降って憂鬱だとか、おなかを壊して気分が悪いとか
そんな程度のきっかけで魔女になることもありうる。
(魔女になってくれるのはかまわないけど、結界に巻き込まれるのは困る)
キュゥべえはやむなく、さやかの攻撃をかわしながらソウルジェムを探した。
「……はっ!?」
手刀でさやかの魔法少女衣装をやぶり見つけた、裏地に縫いこまれたソウルジェムを見てキュゥべえは驚いた。
これだけ魔力をつかっているにも関わらず、ほとんどソウルジェムが濁っていないのだ。
よく見ると、中から輝きが溢れ、濁りは脇に押しやられているように見えた。
(これじゃ、いつまでたっても魔力に限界が来ない。あれ――)
魔力制限がほぼない超回復能力持ち。
それが何を意味するか、キュゥべえに分からないはずはなかった。
(――それって、倒せないよね?)
その条件はキュゥべえも同じなのだから、負けは無いのかもしれない。
しかし、こうして殴り合っているのは完全に時間の無駄にしかならないのだ。
キュゥべえは即座に、そのソウルジェムを破壊しようとする。
だが、さやかはその攻撃だけは素早く避け、カウンター気味にらんまの体に斬撃を加えた。
攻撃しながらも、魔力で衣服を繕い、またソウルジェムを隠す。
「くっ、いったんここは――」
「逃がさないよ」
逃げようとしたキュゥべえを、さやかはそのスピードで容赦なく追撃した。
「魔竜昇天破!」
とっさにキュゥべえは闘気技を使った。
さやかは10メートルほど吹き飛ばされ、間合いが大きく開いた。
(これで逃げられる)
キュゥべえがそう思った瞬間、乾いた銃声が鳴り響き、その体を銃弾が貫いた。
「なっ……」
「ふぅ、ギリギリ間に合ったみたいね」
701 :38話6 ◆awWwWwwWGE 2012/09/17(月) 22:24:06.28 ID:VtwwSxV/0
いつの間にか、キュゥべえの背後には巴マミが立っていた。
「おいおい、ボロボロじゃねーか。魔法での回復だけじゃやっぱきついんじゃねーの?」
そう言ってさやかの後ろから、佐倉杏子が現れる。
「マミさん、杏子!」
さやかはうれしそうに顔を上げて立ち上がった。
「美樹さん、よく耐え抜いたわね」
「二人が来ると分かってたから耐えられたんですよ」
調子のいい言葉に、マミはにっこり微笑んだ。
(それが理由なのかい!?)
銃弾に貫かれた体を持ち上げながらキュゥべえは思った。
ソウルジェムの濁りが少なかったのは、仲間が来ると信じていたからだというのか。
「おい、キュゥべえの奴が立ち上がってくるぜ」
杏子が言った。
「ここは三人がかりでいっきに――」
「ダメだ」
さやかの提案を杏子は即座に否定した。
「あら、杏子、どうして?」
マミが疑問を口にする。
「ここであいつをぶっ殺しても、また小動物の体に逃げるだけだ。それより先にまどかを探す方が先決だろう」
「それでも、最低でも誰かが足止めしないといけないわ」
「あたしにいかせてくれ」
杏子はそう言って自分を推した。
「さやかはダメージを食らいすぎだ。マミは……本当はあんまり戦いたくないんじゃねーのか?」
杏子の言葉に、マミは少し意外そうな顔をした。
「ま、まあバリバリ戦いたいって思ってはいないけど――」
たしかに、実のところ、心のどこかでキュゥべえとの平和だった日々を懐かしむ自分がいる。
だが、そんなことを言っていられない事態であることもマミはよく理解しているつもりだ。
「理由はそれだけじゃないでしょ?」
さやかに聞かれて、杏子はニヤリとくちを歪ませた。
「へへ、それにさぁ、乱馬の奴を簡単にやっつけちまうってスゲー敵じゃん。
あたしはあいつに色々仕返しもしたいし……なんて言うか、久々に燃えてきた」
そう言って杏子は無差別格闘流の構えをとった。
「杏子、あんた少年漫画読みすぎ」
さやかは冷静にツッコミながらもマミの手を引いた。
「いきましょう」
しぶしぶながら、マミはさやかとともにその場を後にする。
「へぇ……一人で勝てると思ってるのかい?」
銃弾に貫かれた傷を完治させ、すくっと立ち上がったらんまの体がそう問うた。
「なめんなよ。無差別格闘佐倉流の真髄、見せてやるよ」
杏子はまるっきり少年漫画的な台詞を返した。
***************
702 :38話7 ◆awWwWwwWGE 2012/09/17(月) 22:25:40.72 ID:VtwwSxV/0
「ほれ、とっとと行くぞ!」
らんまは黒い小豚を蹴っ飛ばした。
「ピーッ! ピー!」
小豚は甲高い声を響かせて抗議する。
「ぴーぴーわめくな。マミちゃんや杏子に魔法無駄遣いさせるわけにゃいかねーだろ。
どうせ温泉地なんだから、お湯ぐらいすぐ見つかる。だから、行くぞ」
「ピィィ……」
らんまの言葉に小豚状態の良牙はしぶしぶ従った。
落下中のバスから飛び降りるまではよかったが、落ちた先が川の上だったのが運の尽きだ。
今の天候だと豚になった良牙をお湯で戻しても、またすぐに雨が降って豚になりかねない。
また、大の男でいるよりも、小豚でいた方がキュゥべえにも見つかりにくいだろう。
そういう事情に加えて、バスから落下したときのダメージを回復させるためにマミと杏子に
それなりに魔力を使わせてしまったのだ。
これ以上魔力を無駄遣いさせないためにも、らんまと良牙は変身状態のまま、
まどかが捕らわれている旅館を目指して行くことになった。
とは言え、初めてきた温泉地の谷底にまで落ちたのだ。
正確な道など分かるはずも無く、とりあえず明かりの見えるほうに向かってがむしゃらに進んでいる。
やがて、険しい崖を上りきると、小さな温泉旅館の前に出てきた。
あらぬところから出てきた少女と小豚を、湯治客らしい老人が怪訝な顔で眺めていた。
なぜか、旅館の中からドタバタと何かが暴れまわっている音が聞こえる。
「ピッ?」
「もしかして、誰かがキュゥべえと戦ってんのか!?」
らんまは小豚を肩に乗せて旅館の中に入った。
「ああ、お客様! 今は危険ですので入浴は……」
音が聞こえる露天風呂の方に向かうらんまを従業員が呼び止める。
「危険って何が? 誰かが暴れてんじゃねーのか!?」
「あ、はい、何者かが露天風呂に進入してきて――」
それだけ聞くと、らんまは従業員に構わず、露天風呂に進んだ。
すると――
「おう、すぃーと!」
らんまが身構えるヒマも無く、何者かがその胸に抱きついてきた。
「ひやぁっ!」
らんまは思わず悲鳴を上げる。
「いやぁ、やっぱりニセモノよりも本物の方が 心地がいいのう」
「こんの、ジジイッ!」
らんまはそれを思いっきりぶん殴って引き離す。
「てめー、なんでこんなトコに嫌がる、ババアはどうした!?」
間違えるはずも無い、その何者かは八宝斎その人だった。
「ん、ああ、それがじゃな――」
かくかくしかじかと、八宝斎は事情を語り始めた。
「つまり、キュゥべえの奴に負けてここまで逃げた挙句、女風呂に侵入したはいいが
人っけがないから、女を探してあちこち暴れまわったと……」
「うむ、そういうことじゃ」
703 :38話8 ◆awWwWwwWGE 2012/09/17(月) 22:26:26.36 ID:VtwwSxV/0
八宝斎はなぜか自信満々に語った。
その直後、再び八宝斎がボコボコにやられて従業員のもとに引き出された言うまでもない。
707 :39話1 ◆awWwWwwWGE 2012/10/07(日) 18:07:51.49 ID:6IT7ONUf0
またたくヒマも無いような、めまぐるしい速度で二つの赤い影が飛び交った。
(確かに乱馬の奴より速い、だが……)
間断なく繰り出される攻撃を杏子は的確にひとつひとつさばいていく。
(!? 来るっ!!)
魔力の放出を感知し、杏子はとっさに槍を召喚した。
それと同時に今までよりも強力でスピードも乗ったパンチが顔面に向けて飛んでくる。
ギリギリのところで、拳は槍の柄に当たって止まった。
魔法で作った丈夫な槍の柄がぐにゃりと折れ曲がる。
「うわっ、さすがにこれは素手じゃさばけねーな」
杏子は冷や汗を流し、折れた槍を修復した。
「乱馬と同じ流派を習った割には手堅い戦い方をするね」
らんまと同じ顔をした、だが全く異なる存在がそう語りかけてくる。
「あたしが習ったのは天道流の方だ。奇策と勢い任せの早乙女流と一緒にされちゃ困るね」
「ボクにはその違いはよく分からないけど、魔法と格闘の両方を高いレベルで身に付けたキミの存在は厄介だ」
そう言ってらんまの体に入ったキュゥべえは再び襲い掛かってきた。
「違いが分からないか……」
待ち構える杏子はリーチの長い槍で先制攻撃をする。
案の定、キュゥべえはあっさりとそれを避けた。
「だろうな、あんたは全然その体を使いこなせてない」
普通なら攻撃を避けられてそのまま向かってこられたら防御が間に合わないだろう。
拳を振り下ろすキュゥべえに対し、杏子は槍を消して即座に防御に移った。
そうすることで、槍を戻す手間をはぶき、素早さの勝る相手にも対処できる。
杏子は余裕を持ってキュゥべえの攻撃を防いだ。
「単調なんだよ!」
そして、その腕をとって強引にひねる。
すると、らんまの体はバランスを崩し、地面に倒れ伏せた。
即座に、杏子は槍を召喚してその背中に突き刺そうとする。
さすがにそれは唐突に現れた畳によって防がれた。
「がっかりだ。スピードとパワーに任せてるだけで予想外の動きのひとつもありゃしねぇ。
本物の乱馬はどんだけ研究しても予想通りになんていかねぇぜ」
「……ふぅん、それじゃこれはどうかな?」
見下ろす杏子の視線から畳で隠し、キュゥべえは思い切り地面をぶん殴った。
かなり魔法で威力を水増ししたパンチだったらしく、杏子の足元の地面が大きく崩れた。
「おっ?」
杏子は谷間に落下していく。
しかし途中で槍を召喚して崖に突き刺し、その上に乗って底まで落ちるのを防いだ。
そこに、間髪いれずにらんまの体が飛びかかってくる。
その右腕は先ほどのパンチで潰れたらしく血まみれであらぬ方向に曲がっていた。
杏子は大きく上に飛びあがってキュゥべえの攻撃を避け、同時に足場になっていた槍を消した。
キュゥべえは素早く崖の小さなデコボコに飛び移り、そのまま切り立った崖を駆け上がってくる。
まずは着地しようとすると思ったのだろう、キュゥべえは杏子が足場にできそうな場所に陣取って待ち構えた。
708 :39話2 ◆awWwWwwWGE 2012/10/07(日) 18:09:56.95 ID:6IT7ONUf0
が、杏子は崖から距離を保ったまま落下し、すれ違い様に槍を一閃させた。
防御に前に出したらんまの左腕が、瞬時に切り落とされた。
「へっ、ダルマにされちゃお手上げだろ……って手なんてあげれねーか!」
杏子はキュゥべえよりかなり下に落ちたところで斜面に着地した。
そして、一気に駆け上がる。
「ついでに脚も切り落として、何もできねーようにしてやるよ!」
杏子は登りきると、右腕が潰れ左腕が切り落とされたらんまの体に襲い掛かる。
それも念を入れて腕を切り落とした左側からだ。
ドスッ
だが、突き刺さったのは杏子の槍ではなくらんまの拳だった。
「――ぐ?」
おかしなことに、無いはずのらんまの左腕が杏子の腹部に突き刺さっていた。
口から血を流しながら杏子は仰向けに倒れる。
(腕を……生やしたのか? くそっ、反則だろそれ!)
杏子は追撃を恐れて横に転がった。
そのすぐ横に振りおろされた拳が地面をえぐる。
(仕方ねえ、このまま落ちる!)
やられてしまうよりは下に落ちたほうがましだ。そう判断した杏子はわざと自分が登ってきた崖のほうに転がった。
が、落ちる直前で服をつかまれ、強引に山側へ投げ飛ばされた。
そして激しく木に叩きつけられた。
「ッが……あぁ」
先ほどの腹部への打撃に続いて、今度は背中だ。
杏子は内臓が圧迫されて、満足に声も出ない。
『てめー、一瞬で腕一本生やすなんざ、乱馬の魔法のレベルじゃねーだろ』
杏子はぼろぼろの体で目だけはらんまの体をにらみつける。
「ああ、乱馬ではあり得ないぐらいの魔力を使ったよ。物足りなかったんだろう? 丁度いいじゃないか」
らんまの顔は澄ましたままの微動だにしない表情で杏子に視線を返した。
『そーいう、物量任せでしか勝てないあんたみたいな奴がつまんねーって言ってんだよ』
「武闘家じゃないボクには勝ち方にこだわる理由がないからね。
まあ多少魔力がもったいないけど、キミたちを始末して鹿目まどかを契約させれば十分元は取れる」
『へ、言い訳かよ、情けない奴だぜ全く』
テレパシーで減らず口を叩きながらも、杏子は必死で頭を回転させていた。
もう時間稼ぎは十分だから、本来ならば逃げたいところだ。
しかしこれほどダメージを受けては逃げることもままならない。
かと言って攻撃に回っても、あんなデタラメな回復能力をもつ相手を倒せるほどの技は持ち合わせていない。
(やべぇ、対抗策がねーじゃん、こんなトコで終わりかよ!?)
そんなことを考えているうちにもらんまの体に入ったキュゥべえは歩み寄ってくる。
(ま、仕方ねーよな。あたしの勝手な願いで家族を巻き込んで、その後も生きるためとはいえ悪いことやってきたし、
ここらで死んじまうのが当然の報いだよな。最後のほうは結構楽しかったしそんなに悪くも――)
すぐ目の前まで、その最後が迫ってきた。
両腕をきっちりと回復させて、今なら全力のパンチが撃てるであろう。
そしてその表情は何事もなかったかのように涼しい。
709 :39話3 ◆awWwWwwWGE 2012/10/07(日) 18:10:37.93 ID:6IT7ONUf0
(でもやっぱ、こいつにこのままやられるのはシャクだな)
杏子はキッとその人物を見上げる。
結局、最後までこのキュゥべえとかいう訳のわからない化け物に人生狂わされっぱなしで終わるのか。
この体の持ち主――早乙女乱馬にも結局まだ勝ててない、何の借りも返せていないじゃないか。
ならば、マミには借りを返したか? いや、できていない。マミを魔女から元に戻したのはまどかの功績だ。
(ふざけんな、こんな何もできてねーままくたばれるかよ)
ほとんど見えないほど速いパンチが、杏子の目の前に迫る。
その拳は、勢いよく杏子の頭を跳ね飛ばした。
……はずだった。
「これは?」
キュゥべえは意外そうな声を上げた。
そのパンチは何の手ごたえもなく杏子の頭をすり抜けた。
そして、まるでビデオゲームの敵キャラのように、攻撃を受けた杏子は跡形もなく姿を消したのだ。
「後ろ?」
魔力を感じキュゥべえが振り返るのと、槍が突き出されたのはほぼ同時だった。
身をひねったおかげでその槍は避けたが、杏子は先ほどまでのダメージが嘘であるかのように俊敏に攻撃を繰り出してくる。
後手に回ったキュゥべえはかろうじて避け続けた。
「へっ、どうだ? てめーも久々に見ただろ」
杏子が横なぎに大きく槍を振ると、キュゥべえは後ろに飛んでいったん距離をあけた。
「『ロッソ・ファンタズマ』かい……まさかまだ使えるとはね」
「幻術っていえよ、そのロッソなんとかって恥ずかしいから」
そう答えて杏子は左手でくいっと「カモン」のジェスチャーをした。
それと同時にキュゥべえの左右からもう二人の杏子が現れる。
「やれやれ……キミもだいぶん物量任せじゃないかい?」
三人の杏子に囲まれて、らんまの体はゆっくりと構えをとった。
***************
波間を漂うように、何もかもがあやふやで朦朧としていた。
高熱のせいで五感がマヒしているのだろう。暑さも寒さもくるまっている布団の肌触りも、すべてが鈍く感じられる。
たかが雨に濡れただけでこんなになってしまうわが身が疎ましい。
ほむらは生まれてきてから今まで何度も味わった苦痛と自己嫌悪を今もまた味わっていた。
「うーん、全然減ってないアルな。中華粥は口に合わないアルか?」
あのムースとかいう男の代わりに来たという、中国人女性がつぶやいた。
口に合うとか合わないとかそんな問題ではなく、この状態では水ぐらいしか体が受け付けないのだ。
漢方の国の住人ならそのぐらい分かってほしいものだとほむらは思う。
「でも、日本の粥って何で味付けするアルか? 醤油? 米酢? うーん、分からないネ」
「や……めて……」
変な料理を食べさせられそうなので、ほむらは可能な限りの声を張り上げた。
「!? どうしたアルか?」
それがうなされているようにでも見えたのか、この青い髪の中国人は心配そうに顔をのぞきこんできた。
のどが痛くて話して説明するのはつらい。
『水だけでいい』
710 :39話4 ◆awWwWwwWGE 2012/10/07(日) 18:12:20.79 ID:6IT7ONUf0
ほむらはテレパシーでそれだけを伝えた。
「水分が欲しいアルか。ミネラルウォーターとウーロン茶があるネ」
青髪の中国人ことシャンプーは二つのペットボトルを並べて差し出した。
ほむらはどちらでもいいと、適当に手を伸ばしウーロン茶のペットボトルに触れた。
シャンプーはほむらがしんどそうだと見て、いったんウーロン茶を取り上げてふたを開け、そのままほむらの口にあてがう。
そして、ゆっくりとウーロン茶がほむらの口の中にそそがれる。
(……え? あまい!?)
思わずほむらはむせて、ウーロン茶を吐き出した。
(ウーロン茶が甘いなんて)
むせるという動作すら、ほむらにとっては激しい運動である。
「どうしたアルか!?」
あせるシャンプーをよそに、ほむらはぐったりと倒れた。
(まずい、このまま死ぬかも……)
このひ弱な体質ゆえに死ぬというのは予想できることだし、覚悟もしていたが
甘いウーロン茶の奇襲にやられたなんて冗談みたいな死にかたはゴメンだ。
死、以外にこの苦しみから逃れる方法がたった一つだけある。
ほむらはもがきながら、黒い宝石に手を伸ばした。
それはもとは紫色に光っていたほむらのソウルジェムだ。
今までに『ワルプルギスの夜』との戦いで負った傷が時間をさかのぼったら治っていることがあった。
キュゥべえ……インキュベーターが言うには、ほむらの能力はタイムスリップというより異世界への移動だという。
傷が治っているということは、異世界へ移動しているのは体ではなく魂だけで、
移動した先の世界で新たに『暁美ほむら』の体を手に入れるということになる。
その証拠に、成長期にあるはずのほむらが何度この一カ月を繰り返しても身長が伸びていないのだ。
だから、その能力を使えば高熱にうなされている今のこの状態からは逃げられる。
(結局、貧弱な『暁美ほむら』の体からは逃げられないけどね)
どうせ一度魂と体が分かれるならば、もっとまともな体に乗り移れたらいいのに。
そんなことを思いながらほむらは内心苦笑した。
魂だけの存在で体を乗りかえていくなんて、あのインキュベーターにそっくりだ。
インキュベーターを死ぬほど嫌っている自分がそれにそっくりなことにほむらは皮肉を感じたのだ。
(え? 魂だけ?)
どこかで、ほむらはそんな言葉を聞いたような気がした。
そしてしばし、頭を働かせる。
「……勝てるっ!」
突如、ほむらはがばっと上半身を起こした。
「わっ!? どうしたアルか?」
いきなりの元気っぽくなったほむらに、シャンプーは目を疑った。
「今すぐ私をまどかがさらわれた場所まで連れてって頂戴、早く!」
魔力で無理やり体調を回復させて、ほむらはシャンプーをせかす。
「安静にするアルね」
「そんなこと言ってる場合じゃないのよ! 確実にまどかを守るためにはあいつを倒すしかないの!」
ほむらは猛烈な勢いでシャンプーに迫った。
711 :39話5 ◆awWwWwwWGE 2012/10/07(日) 18:13:43.02 ID:6IT7ONUf0
***************
「おぬしら、ここにおったか」
「おばあさん!」
人気のない温泉街の十字路で、コロンとマミは出くわした。
マミの後ろにはなびきとさやかもいる。
「すまぬ、ワシは逃げるので精いっぱいじゃった」
「それは私もです」
コロンがあやまると、さやかはとんでもないといった感じで首をふって見せた。
「杏子が今足止めをしてるから、あと良牙さんと乱馬さんで全員ですね」
マミが面子を確認する。
「それと、ハッピーもじゃ」
「ああ、おじいちゃんはどうでもいいでしょ」
コロンは自分が連れてきた手前八宝斎の心配をしたが、その同居人であるなびきはあっさりと切り捨てた。
「で、どうするの? まどかちゃん探す? それとも先に乱馬くんたちと合流する?」
「先に鹿目さんを探しましょう。良牙さんや乱馬さんならすぐに合流しなくても大丈夫だと思います」
マミの言葉に一同がうなずく。
「そうと決まれば、テレパシーで探しますか? 意外とこの温泉街広いですし」
「そうじゃの、杏子がヤツの足止めをしておるのなら隠密にする必要もなかろう」
そうしてさやかが早速、各温泉宿にテレパシーを飛ばした。
『さやかちゃん!』
やがてまどかの反応が返ってくる。
『えへへ、助けにきたよ。まどか、今どの旅館にいるかわかる?』
『えっとねぇ――』
『そうか、分かった。すぐいくからそこで待っててね』
さやかは会話を手短に切り上げた。
「で、どこか分かったの?」
「ええと、地図ある?」
マミの質問に対して、さやかは地図上を指さすことで答えた。
「ふむ、一番奥じゃのう」
「今いるのが多分ここだから……あら、結構時間かかりそうね。
あんたたちだけでも先に行ったら?」
コロンがつぶやき、なびきが提案する。
「いや、それはやめた方がいい!」
そこに、腹部を抑えながら杏子が現れた。
「杏子、無事だった?」
「ああ。いちおうまだ時間稼ぎはしてるけど、そろそろ限界だ。
キュゥべえの奴に襲われる可能性があるから今は戦力を分散させない方がいい」
そう言って、杏子は地面にへたりこんだ。
それをマミが急いで回復魔法をほどこす。
「『まだ時間稼ぎしてる』ってどういう意味?」
さやかは首をかしげて杏子に聞いた。
「それはだな……ごほっ」
712 :39話6 ◆awWwWwwWGE 2012/10/07(日) 18:15:14.67 ID:6IT7ONUf0
杏子は説明しようとするがタイミング悪くせき込んだ。
そこですかさず、マミが説明を代弁する。
「みんな知らないでしょうけど、杏子には幻覚の魔法があるわ。
その名を……『ロッソ・ファンタズマ』!」
「ごほっ、げほっ」
マミの説明を聞いて杏子はなおさら激しくせき込む。
「ちょっと事情があって使えなくなってたんだけど、ついに『ロッソ・ファンタズマ』が復活したのね」
感慨深い様子でマミは語る。
怪訝な顔でマミと杏子をながめる一同に、呼吸を整えてから杏子は答えた。
「それはこいつが勝手に付けた名前だ」
そう言ってマミを指さす。
「えへ、まあね」
指さされた当のマミは恥ずかしがるというよりはどこか誇らしげだった。
「う、うん、まあいいんじゃないのかな」
「そ、そうね。いい名前だと思うわ」
「西洋の語感がよくわからんが、いい響きじゃないかの」
残り三人は、それぞれ心のこもっていない賛辞を送った。
***************
(これで、最後だ)
らんまの体に入ったキュゥべえは魔力で強化した拳で杏子の腹を貫いた。
すると、その杏子はまたもゲームの敵キャラのように跡形もなく消え去った。
「……やられたね、三体全部、『ロッソ・ファンタズマ』だったとは」
これだけの幻覚を操り続けるだけの魔力があれば、本物の自分の体を回復させることだって容易だったはずだ。
そうでありながら杏子は仲間のために時間稼ぎすることを優先したのだろう。
(あの土壇場で、大した判断力だ)
魔法少女としてはベテランだけに基礎力が高く、幻影を操る特殊能力を持ち、
格闘技により接近戦では並みの魔法少女は相手にならないだろう、そして判断力も十分。
(この一カ月で杏子は対人、対魔法少女なら最強に近い魔法少女に育ってしまったのかもしれない)
キュゥべえが手駒として動かせる状態の時は、杏子はそれほど強くもなかったはずだ。
「人間はこういうのを『皮肉』っていうのかな?」
そんなことをつぶやくと、キュゥべえは素早くその場を飛び去った。
718 :40話1 ◆awWwWwwWGE 2012/11/18(日) 12:21:31.19 ID:ki0GIFXC0
「おい、乱馬聞こえたか?」
湯につかりながら、良牙が言った。
「ああ。ジジイがまだうめいてやがる」
らんまは吐き捨てるように答える。
その視線の先にはボコボコにされ、さらに縄で縛られた八宝斎の姿があった。
「バカか、おまえは。今はジジイなんぞどうでもいい。マミちゃんのテレパシーが聞こえなかったのか?」
「いや、全然」
らんまはオーバーに肩をすくめて答えた。
「お前、魔法少女じゃなくなったらおれより素質ないんだな」
良牙は思わずあきれた。
らんまは風呂には入らず、女の状態で服を着たまま浴場に居た。
キュゥべえ曰くでは男より少女の方が魔法の素質があるというのに、
女の状態のらんまは良牙が聞き取れたテレパシーすら聞こえないらしい。
「まあいい。マミちゃんの話では、キュゥべえがこの近くを通るだろうということだ。
マミちゃんたちがまどかちゃんを助け出すまで足止めするぞ」
「そういうことか。へ、おれに二度の負けはねぇ。キュゥべえだろうが何だろうがかかってきな」
らんまは拳をつかんで腕を鳴らす。
「だったら、はやく湯につかって男に戻れ。魔法が使えないんじゃ女のままでいる意味がないだろ」
しかしこの良牙のもっともな言葉に、らんまは首を横にふった。
「いいや、おれはこのままでいい。じゃねぇとリベンジにならねーからな」
「こんな時にくだらないこだわり持ちやがっていいから入れ!」
そんならんまを良牙は強引に引っぱって浴槽に連れ込もうとする。
「わぁ、やめろ!」
らんまは抵抗をこころみるが、パワーでは良牙にかなわず引きずられる。
「分かるか、らんま? 女の状態のお前じゃおれに抵抗することすらできないんだ。
それでアイツに勝てると本気で思うのか?」
「ちょ、待て、引っぱるな! 服がやぶけ――」
その時、ガラリと浴場の扉が開いた。
「お客様、どうかなさいまし――きゃぁああああ!」
扉を開けた従業員は悲鳴を上げた。
男湯に女がいることも問題だが、それが主な原因ではないだろう。
うら若き少女を強引に引っぱる荒々しい男。
引っぱられたせいで少女の着衣は乱れ、今にも胸元がのぞけそうだ。
そして、横には全身に打撲を負って縛られている老人。
誰がどう見ても、危険な状況にしか思えないだろう。
「……い、いえ、何でもありません」
加害者にしか見えない良牙は、固まった。
「うんうん、なんでもない、なんでもなーい」
被害者にしか見えないらんまはとっさに平気な顔をして首をふって見せた。
****************
「絶対、誤解とけてねーな、アレ」
「おれとしたことが……」
719 :40話2 ◆awWwWwwWGE 2012/11/18(日) 12:22:13.87 ID:ki0GIFXC0
逃げるように温泉宿から出てきた良牙はひどく落ち込んでいた。
「ありゃ、マジで警察呼ばれるかもなぁ? おれが被害者だって言えばおめーはもう一発でアウトなわけだ」
らんまは良牙を気遣うどころかむしろ追い込んだ。
「キサマ、おれを脅す気か!?」
良牙はいきおい、らんまの胸倉につかみかかる。
しかしらんまは落ち着いていた。
「ふ……良牙。おれは事実を言ってるだけだぜ」
「ぐぐ……」
「それに、おめーは警察に捕まってもブタに化けりゃすぐ逃げられるだろ?
まー、前科ついちまうのは仕方ねーけどな」
らんまはあくまで平静を装うが、その目は喜色を隠し切れていなかった。
「ぐぐ……」
「あ、でもおめーはブタだしブタ箱に入ってた方がいいかもな。
ブタがブタ箱行き、ちょうどいいじゃねーか!」
「やっぱり、許せねぇ!」
たび重なる悪口に、良牙はついにキレてらんまに殴りかかった。
らんまはそれをひょいと避けると、アッカンベーをして幼稚な挑発をはじめる。
「相変わらずのれーな、トンマのおめーにゃやっぱブタがお似合いだぜ」
「ぶっ殺す!」
良牙はさらに怒りを増して、らんまに攻撃を続ける。
らんまは軽快にかわし続けた。
「待ちやがれ!」
爆砕点穴で良牙はそのあたりの岩を破壊した。
その破片が飛び散って広がる。
爆砕点穴は人体に直接的にダメージを与えることはできないが、こうして岩を壊せば、
ちょこまかと逃げ回る相手には有効な範囲攻撃となりうる。
「ちょ、ここでそんな技を……いてっ!」
小さな岩の破片が足に当たり、らんまはバランスを崩して尻もちをついた。
そこに容赦なく、良牙の鉄拳が迫る。
「うひゃあっ!?」
らんまは腕を軸に体を回転させてきわどくかわし、立ち上がるとバックステップを踏んで逃げる。
「おー、あぶね。バカは加減を知らねーから困るぜ」
「キサマ、まだ言うか」
そう言いながら、良牙は追撃しようとらんまとの間合いを詰めた。
ヒュン
その時だった。
ふいに尖った石が飛んできて、らんまと良牙の間をすりぬけた。
「ん?」
「今のは……」
とっさに二人はふりかえる。
そこには黒い衣装を来た、らんまそっくりの少女が立っていた。
「へぇ、小競り合いに夢中になってるかと思ったら、意外と避けられるんだね」
720 :40話3 ◆awWwWwwWGE 2012/11/18(日) 12:23:09.12 ID:ki0GIFXC0
その口調に二人は聞き覚えがあった。
「キュゥべえ、てめぇ!」
「へ、まんまとおびき寄せられやがったな。こうやってバカ騒ぎしてりゃ来ると思ってたぜ」
らんまの言葉に、良牙は顔をきょとんとさせた。
「乱馬、おまえそういうつもりだったのか?」
「ああ。だが、それだけじゃねぇぜ。おめーは風呂上がりな上に闘気を発散してくれて熱気がたまっている。
それに対して、おれは風呂にもつからず雨に濡れたり川に落ちたりしたまんまで結構冷えてる」
「……まさか!?」
「なんだって?」
キュゥべえと良牙の驚きの声が重なった。
「良牙、ぶっ飛びやがれ!」
らんまの声と同時にすさまじい竜巻が起こり、キュゥべえと良牙は高く巻き上げられた。
もっとも、前置きをおいたせいか、キュゥべえも良牙も身構えていて気を失うほどのダメージは受けていない。
「この程度のダメージでどうにかなるとでも思ったのかい?」
キュゥべえは空中で体勢を整えて、下に向かう。
「乱馬、きさまぁっ!!!」
一方の良牙は、怒りが絶頂に達していた。
迷わずその怒りを闘気のエネルギーに変えていく。
そして乱馬は、地上でキュゥべえを待ち受けていた。
「へ、来ると思ってたぜ! 喰らえ、猛虎高飛車!」
予想通りに進んでいることに、気を良くしたのか、その猛虎高飛車はかなり大きい。
そして上からは特大の獅子咆哮弾が迫ってくる。
「しまっ――」
キュゥべえが気付いた時にはすでに遅かった。
二つの巨大な闘気に、キュゥべえはなすすべもなく挟まれた。
「へ、これならひとたまりもねーだろ」
やがて、ぶつかり合った闘気のかたまりは混ざり合って激しく爆散した。
そして、その後に現れたのは、黒こげになったタタミのかたまりだった。
「乱馬、このやろう!」
無事に着地したらしい良牙がらんまにかけよってくる。
「おい、それよりアレ……」
らんまはドサッと落ちた焦げたタタミのかたまりを指さした。
「ち、あとでブチのめしてやる」
そう言って二人はそろりそろりと黒こげの物体を取り囲みながら近づいた。
神経をとぎすませても、闘気らしきものは感じられない。
それがかえって、不気味に感じられた。
爆発に紛れてどこかに姿を消しているのか、それともタタミの下で気絶や死亡しているのか。
じりじりと近づいても、全く反応はない。
「ええい、時間をかけてもしかたない!」
業を煮やした良牙は一気に近づいてタタミをひっくりかえした。
そこにはボロボロになった女らんまの姿があった。
721 :40話4 ◆awWwWwwWGE 2012/11/18(日) 12:24:09.19 ID:ki0GIFXC0
「……動かねぇな」
衣装も肌もいたるところに傷や焼けたあとが残るそれを見て、良牙は安心しかけた。
その次の瞬間、それは、焼け焦げた体のまま立ち上がり、凄まじい力で良牙の首を絞めた。
「なっ!?」
そうしながら、女らんまの体は少しずつ焼け焦げた細胞をよみがえらせ、傷口をふさいでいく。
どう見てもゾンビだった体が徐々にらんまらしくなっていった。
「やれやれ、中々来てくれないから困ったよ。
とは言え、キミたちにとってもボクがまた小動物の体に戻ったら面倒なはずだから
倒れてる所に追い打ちをしないという確信はあったけどね」
キュゥべえがその台詞をしゃべり終える時にはすでに体は完全に回復していた。
「ぐ……ぐぐ」
良牙は絶え絶えの息をもらしながら手足を振って抵抗する。
そのうちの一発のパンチがたまたま頭にあたり、キュゥべえは思わず良牙の首から手を離した。
その瞬間を待っていたかのように、らんまはキュゥべえに襲いかかる。
キュゥべえはすばやく最初の一撃をガードすると、すぐさま反撃に出た。
連続で拳を繰り出す、いわゆる火中天津甘栗拳だ。
「らんま、距離を取れお前にそれはかわしきれな――へ?」
良牙はアドバイスを出しかけて言い切る前に止めた。
なんと、らんまは火中天津甘栗拳を一撃一撃正確にさばいているのだ。
そして、偽らんまことキュゥべえの腕を左腕で跳ねのけると、間髪いれずに右の正拳突きを繰り出した。
直撃こそはしなかったものの、かすった拳が頬に大きな切り傷を作った。
キュゥべえはとっさにらんまを蹴り飛ばして距離をとる。
らんまは蹴り飛ばされこそはしたものの、しっかりガードをしていたのでダメージは負っていない。
「良牙、おれがニセモノの火中天津甘栗拳に負けるとでも思ってたのかよ?」
らんまは自信満々にそう言い放った。
「え? いや、だって、前は負けてたじゃん」
良牙はきょとんとして言った。
*********************
「みんな!」
出会いがしらに、まどかはその集団に飛びついた。
「わっ、ちょっとまどか」
「うわっ」
「か、鹿目さん」
旅館のロビーのど真ん中である。
客はいなくても従業員には見られている。
「だって、とってもさびしかったし不安だったんだもん」
まどかが、ひとりひとりにおもいきり抱きつき、抱きつかれた少女たちは恥ずかしがった。
「はいはい、よく頑張りましたっと」
ただし、なびきを除いて。
「よしよし、エイミーも頑張ったね」
さやかはまどかのそばにいた黒猫を拾い上げる。
「これで、あとはムコ殿たち三人と合流すれば全員じゃな」
722 :40話5 ◆awWwWwwWGE 2012/11/18(日) 12:24:53.75 ID:ki0GIFXC0
再会の喜びを表すのがひと段落したところで、後ろにいたコロンが前に出た。
「あとは、全員でキュゥべえの奴をとっ捕まえてやりゃいいんだな」
杏子の言葉に、マミがうなずく。
「ええ。今は良牙さんと乱馬さんが戦っているはずだから、急ぎましょう」
そこで、さやかが首を横にかしげた。
「でも、良牙さんと乱馬さんに足止めを頼んでよかったんですか?
今ごろまだ持ちこたえているかどうか――」
以前に乱馬がキュゥべえに惨敗したということを聞いているさやかは不安になっていた。
「大丈夫だよ、良牙さんも乱馬さんも負けないよ!」
まどかは根拠のない自信を持って答える。
「まどかちゃんに言われてもねぇ」
なびきが遠い目をしてつぶやく。コロンも不安げに思案している様子だった。
「大丈夫です。二人ならそう簡単にとどめを刺されることはありませんし、
今の乱馬さんは基礎能力ではキュゥべえが化けたニセモノより強いはずです」
そこに、マミがきっぱりとそう言った。
「わからねーな。あたしもキュゥべえが魔法抜きでも乱馬より上だとは思わねーが、
スピードやパワーはキュゥべえの偽乱馬の方が上だった。少なくとも、女の乱馬よりはな」
杏子も自信満々のマミに疑問をいだく。
「杏子、あなたがいままで戦ってきた乱馬さんは女の状態でも男性の下着を着けてたんじゃないの?」
「ん? ああ、そうだけど?」
マミの逆質問の意図が分からず、杏子はけげんな顔をした。
「それに対して、キュゥべえは私と良牙さんが戦ったときは普通の女性下着を、
それから後は新体操用のレオタードを身につけているわ」
「それが一体……?」
さやかも頭をひねる。
「あ、そっか」
そこで、なびきが何かに気づいたらしく手をポンと叩いた。
「ブラもつけずに激しい運動なんかできるわけないじゃない」
「え?」
「は?」
杏子とさやかの声が重なる。
「その通りです。ノー じゃどんなに運動神経がよくても胸が邪魔で動きが鈍ります。
それに対してキュゥべえは運動に適した格闘新体操用のレオタードを着ている……
これで同じ体なら、かなりの差が出て当然です」
マミの回答に、杏子とさやかはポカンとした。
「おお、それもそうじゃ。年をとってそんな当たり前のことすら忘れておったわい」
コロンはいかにも謎が解けてスッキリしたという顔をしていた。
「そうそう、あたしだってテニスとか運動するときと普段着では下着を変えてるわよ。
男だからって、女の体でも下着を着けないっていうのは大きな間違いね」
見事答えを当てたなびきは少し得意になってうなずいた。
『なあ、おまえはこの回答を理解できるか?』
杏子はひそかにさやかにテレパシーを送った。
『ううん、全く。っていうか初めてマミさんに殺意がわいた』
『ああ。昔からむかついたことはあったが、これほど腹が立つのは初めてだ』
723 :40話6 ◆awWwWwwWGE 2012/11/18(日) 12:26:17.54 ID:ki0GIFXC0
そんな二人をよそに、コロンが話を進める。
「じゃが今のムコ殿なら、ニセモノより強いというのはどういうことじゃな?」
「乱馬さんは今、完璧な下着をつけてるんです。100%本人の体に合わせて作った『魔法のブラ』を」
マミの答えに、一同はピンときた。
ここに来る前に、乱馬とマミは何やら二人で話していた。
そして、バスに乗ってから乱馬は一度も男になっていないのだ。
キュゥべえの偽らんまが身につけているのは運動に適したレオタードとは言え、しょせんは他人のものだ。
一方、らんまが今身につけているのは、マミのリボンの魔法で作った100%ジャストフィットの特注品。
同じ体を使うなら、どちらが強いかは明らかだ。
『……でもやっぱ』
『ムカつくよなぁ』
さやかと杏子がそんな密談をしていると、まどかがおずおずとしゃべり始めた。
「えと……」
『これは、まさか抗議を!?』
『さすが、あたしはやる時はやる奴だと思ってたぜ』
さやかと杏子は、まどかが恥を負うことを覚悟で自分たちの気持ちを代弁してくれるのかと期待を膨らませた。
「下着でそんなに運動が違うんですか? わたし、胸が痛くなるから運動嫌いになってたんだけど……」
まどかのその言葉に、杏子とさやかは顔面を硬直させた。
(なん……だと?)
(まどか、あんたもそっち側なの!?)
小学生時代からまどかと一緒にいて、まどかの運動嫌いの理由をさやかは今まで知らなかった。
その理由がまさか「それ」だったとは、さやかは何かに裏切られた気分だった。
一方、杏子は本当の敗北というものを思い知った気がした。
「ええ。体育の授業なんかもずいぶん変わるはずよ。良かったら、今度一緒にブラ選ぼうか?」
「はい!」
少し顔を赤らめながら、まどかはマミの誘いに対して首を縦にふった。
バンッ
「話はそこまでだ!」
そこで唐突に、杏子は槍の柄で地面をたたいた。その形相は険しい。
「そんな話をしてる場合じゃないでしょ、早くキュゥべえの奴を倒しに行くよ」
まるで般若のような怒りに満ちた面持ちで、さやかが言った。
「ニャー!」
二人の気合が伝わったのかエイミーも叫ぶ。
「え、ちょ、杏子、ここで槍は――」
「さ、さやかちゃん、なんか怖いよ」
マミとまどかは、なぜ杏子とさやかが急にこんな表情になったのか分からずオロオロする。
「まー、気持は分からなくもないけど、その怒りはキュゥべえちゃんにでもぶつけなさいよ」
なびきはため息をもらしながら杏子とさやかをさとす。
「わかってるっての! ギッタギタのケッチョンケチョンにしてやらぁ!」
「ああ。半殺しじゃすまさないよ」
二人の士気はすでに限界まで高まっているようだった。
724 :40話7 ◆awWwWwwWGE 2012/11/18(日) 12:27:17.41 ID:ki0GIFXC0
「ほほう、頼もしい限りじゃのう」
「いえ、美樹さん、殺しちゃったらまた小動物になって逃げられるから半殺しですまさないと――」
いかにも微笑ましいといった感じでにやけるコロン、それに対して事情が呑み込めていないマミは
あたふたと二人のテンションを抑えようとする。
「つべこべ言ってないで行きますよ!」
「グダグダ言ってると先にあんたをぶっとばすぞ!」
しかし、二人はマミが思わず「ひっ」と悲鳴をあげるほど異常なテンションで、マミを引っぱって旅館から出て行った。
「え、あの? さやかちゃんと杏子ちゃん、どうしちゃったの?」
まどかはおびえていた。
「んー、まあ、無理して分かることもないわ。それより、あたしたちも行くわよ」
なびきは頭に疑問符をいっぱいかかえたまどかの手を引いた。
「……定めじゃ」
静かになった旅館のロビーに老婆の言葉だけが静かに響いた。
730 :41話1 ◆awWwWwwWGE 2012/11/23(金) 01:08:53.90 ID:8yV2yNpC0
「猛虎高飛車!」
間合いをあけられたらんまは、飛び道具で攻撃を仕掛けた。
「魔龍昇天破」
キュゥべえも水平打ちの魔龍昇天破を繰り出して応戦する。
互いの出した技はぶつかり合い、はじけ飛んだ。
「それっ、もういっちょう!」
らんまは立て続けに猛虎高飛車を放った。
キュゥべえもまた、魔龍昇天破で対抗しようとする。
「……!?」
しかし、出てきた竜巻は扇風機の風ように弱い力で、涼しいだけだった。
やむなく、キュゥべえは回避に行動をきりかえるが、反応が遅れたために左手が猛虎高飛車の光の玉に当たった。
「へ、バカやろーが。飛龍昇天破は溜まった闘気を使う技だ。連発できるモンじゃねー」
すでに次の猛虎高飛車をためているらんまは、その勝ち気をますます膨らませた。
「そして、感情がないおめーには猛虎高飛車や獅子咆哮弾は使えない。
遠距離戦なら一方的におれが有利なだけだぜ!」
さっきまでよりもさらに大きくなった猛虎高飛車がキュゥべえをおそった。
「それなら、距離を詰めるとするよ」
簡潔にそれだけ言うと、キュゥべえの――黒いレオタードを着た偽らんまの姿が消えた。
そして、次の瞬間には、それは本物のらんまのすぐ目の前にまで迫っていた。
さすがに猛虎高飛車を放ったばかりで防御も反撃も間に合わない。
しかし――
ドスッ
かなりの速度で飛んできた唐傘が、キュゥべえの入った偽らんまの頭にヒットした。
「ヤバくなったら魔法に頼ってありえない動きやパワーを引き出す。そのパターンはもう読めてるぜ」
唐傘を投げたのは、もちろん良牙だ。
「おっしゃ、ナイス良牙! このままたたみこむぜ!」
らんまはためらいなく倒れたキュゥべえにとびかかった。
キュゥべえが寝返りをうって、らんまの攻撃をかわすと、その先にはすでに良牙がまわりこんでいた。
回避は間に合わないが、分かりやすい動きだったためキュゥべえは良牙が狙ってきた頬のあたりを魔法で硬化させる。
「ぐっ」
よほど堅くしたのだろう、なぐった良牙の拳から血がにじんだ。
それでも、良牙は気に留めず攻撃をつづけてくる。キュゥべえはギリギリでそれをかわした。
その最中、同時に逆方向かららんまの蹴りが飛んできた。
今度は、反射神経を強化して、キュゥべえは二人がかりのラッシュを避け続けた。
「喧嘩ばかり……してるかと思ったら……なかなか意気があった仲間じゃないか」
かわしながらキュゥべえは器用にしゃべる。
その言うとおり、至近距離で打ち合っているにも関わらず互いの攻撃がぶつかったり同士討ちにならない。
それどころか、何の合図もしていないはずなのに避けにくいように隙をなくすようなコンビネーションになっていた。
ここまでらんまと良牙のチームワークが良いとはキュゥべえにとっては予想外だった。
これでは簡単には反撃に移れない。
「意気があってるだと?」
731 :41話2 ◆awWwWwwWGE 2012/11/23(金) 01:09:44.92 ID:8yV2yNpC0
「気持ち悪りぃこと言うな」
良牙とらんまが口々にしゃべる。
「「腐れ縁だ!」」
そして、ぴったりと同じセリフを同じタイミングで言った。
それと同時に、二人の拳はキュゥべえを捕え、顔とボディにめり込んだ。
「……」
これは意気があっているというんじゃないのかい、キュゥべえはそう言いたかったが殴られたままの状態で
人間の体はしゃべることができなかった。
キュゥべえは二人の拳が自分に当たったことにより止まったその隙に、タタミを召喚していったん視界を奪い離脱する。
「だが、てめーに仲間と呼べる奴がいねーのはよくわかったぜ」
再び距離をあけたキュゥべえにらんまが話かける。
キュゥべえは攻めあぐねたこともあり構えをとったまま動かない。
「良牙とは腐れ縁だが、それだけに互いの弱点や知られたくねーこともよく知ってる。
全部知ってるからこそ、ムカついてもいつでも手を組めるんだ。
だが、おめぇは違う。おめぇのゲスな腹割って全部話したら誰も協力してくれねーからな」
「たとえそれでも協力する奴がいたとしても、数は知れている。
お前に腹を立てて敵に回る奴に比べりゃ、いないも同然だろう」
らんまに続けて、良牙も言葉をつないだ。
もちろん二人ともただ話しているわけではない。
二人ともいくらなんでもまた同じパターンで勝てるとは思っていない、
そして相手には簡単に戦局をひっくり返すだけの戦力があることも分かっている。
だから、簡単に攻められないのはらんまと良牙も同じなのだ。
「管理する側としては余計な情報を与えるわけにはいかないからね。
キミたちだって、家畜に『大きくなったら食べるつもりです』と教えようとは思わないだろう?」
キュゥべえは涼しい顔を崩さないがその目線は明らかに二人の隙を探していた。
「その偉そうな態度のおかげで、慣れねぇ実戦に自分で出なきゃならなくなってんじゃねーか」
らんまはそう言って、挑発に『カモン』のジェスチャーをした。
確かにたいていの魔法少女は事情を知れば、敵に回るだろう。
特に、今の見滝原や風林館のように大人数で魔法少女以外も絡んでいるのでは、他の魔法少女やその集団をぶつけても
どこかで会話や交渉が生まれキュゥべえの本当の目的ややり方がバレてしまう可能性が高い。
寝返りの可能性がない信頼できる魔法少女がおらず、自分で戦う方が効率的だった。
それは言い方を変えればらんまの言う通り、仲間がいないということになるだろう。
だましやすくて、大人数相手にも会話や交渉の余地もないぐらい圧倒的に勝てるような魔法少女が近くにいれば
キュゥべえにとって好都合だったが、それこそ高望みしすぎだった。
他はまだしも、八宝斎やコロンを相手にも優位を保てるほどの魔法少女はほとんどいないのだから。
(それこそ、もし鹿目まどかが契約できたらそれ以上に都合のいい魔法少女はいないのに)
そんなことを思うキュゥべえに対して、らんまは中指を立てるなど執拗に挑発のジェスチャーを続ける。
「ほら、言いかえさねーのかよ、バーカ!」
(無駄なことを)
感情がないと知っているはずなのに、どうしてそんな無駄なことをするのか、キュゥべえには理解できない。
その一方で良牙はいつも自分がこんなレベルの低い挑発に乗っているのかと少し自己嫌悪に陥っていた。
「問題ないさ、ここでキミたちを始末すればね」
やがて、キュゥべえから動いた。
挑発に乗ったわけではない。
挑発するらんまの動きが、大きな隙になったと判断したからだ。
732 :41話3 ◆awWwWwwWGE 2012/11/23(金) 01:10:41.44 ID:8yV2yNpC0
「わかってねーな、そんなんだから何千年だか何万年も仕事が片付かねーんだよ」
余裕のある口調でらんまはそう言うが、キュゥべえの見立て通り防御は間に合っていない。
が、キュゥべえも攻撃ではなく防御をせざるを得なくなった。
突如、横からやってきた巨大な獅子咆哮弾が飛んできたのだ。
(また、仲間もろともかい)
確かに想定外ではあったが、それはきちんと防御すれば脅威ではない。
キュゥべえは深刻なダメージさえ受けなければすぐにでも無尽蔵の魔力で回復できる。
むしろ、同士討ちでダメージを受けるらんまの方が被害はおおきいはずなのだ。
「――なんだって!?」
しかし、想定外はもうひとつあった。
「やっぱ、間抜けだったな、おめーは」
なんと、らんまが自身の防御もせずに、キュゥべえに防御をさせまいと羽交い絞めをしてきたのだ。
あえなく、キュゥべえはらんまともども獅子咆哮弾の直撃を受けた。
「やったか?」
良牙は爆風の去った後の状況を確認する。
二人の女らんまがボロボロになっている。
赤い服を着ている方が前に出て仰向けに倒れ、黒いレオタードを着ている方が後ろにうつぶせに倒れていた。
(なに? 本物のらんまが後ろだったはずなのに、どうして前に来てるんだ!?)
良牙がそう疑問に思っている間にも、黒いレオタードを着た方のらんまはひょいと立ちあがった。
ノーガードで獅子咆哮弾を食らったわりにはダメージが軽く見える。
「ふぅ、危ない危ない。この体の性能が高くて助かったよ」
そう言いながらキュゥべえは体や衣服の軽微なダメージを回復させていく。
「そうか、おじぎをするように前に倒れこんだな!? そうすればらんまを盾にできる」
良牙の言葉にキュゥべえはうなずくと、間髪いれずに良牙との間合いを詰めた。
迎撃しようと、良牙は拳を繰り出すが圧倒的なスピードで避けられて、カウンターで腹部に強烈なパンチを食らった、
女らんまの体ではありえない、異常な威力だ。
一発で良牙は盛大な血反吐を吐く。
そして、次は顔に一発。
その一発で、良牙は地面に擦りつけられるように突き飛ばされた。
岩にぶつかって、良牙はようやく止まる。
(さっきまで押していたのに、一手ミスしただけでこれかよ……)
腹部が痛みを超えて、重く感じる。
仲間ごと攻撃することの危険性は確かに分かっていたはずだった。
それでも、安全策ばかりとって勝てる相手ではないという判断から危険な手をうってしまったのだ。
「残念だよ、良牙。キミのエネルギーには可能性を感じていたのに、キミから殺さなければならないとはね」
迫りくる死に、良牙は起き上がって抵抗しようとするが上半身を持ち上げるのが精いっぱいだった。
そんな状態の良牙でも異常なタフネスと獅子咆哮弾がある以上、手加減はできない。
キュゥべえは魔力強化を十分にした拳を振りおろそうとした。
その時、
「む? この●●●●は、キサマ偽物じゃな?」
わけのわからないセリフと共に、キュゥべえは胸部に違和感を覚え、拳を止める。
733 :41話4 ◆awWwWwwWGE 2012/11/23(金) 01:11:36.40 ID:8yV2yNpC0
そして、即座に、その胸に張り付いた異物に殴りかかった。
しかし、そのパンチはあっさりと空振りをし、邪悪な異物はその姿を消した。
「ふむ、本物はこっちじゃな……おおっ、なんと乱馬の奴がこのようなスイーツを身につけておるとは!!」
キュゥべえが振り向くと、背の低い老人がのびた本物のらんまの胸元をはだけさせ、その下着を物色していた。
迷うことなく、その老人――八宝斎はらんまの付けていた黄色いブラジャーを奪い取り、まるでネコ耳のように頭に巻いた。
「……じ……じじぃ、てめぇ」
らんまは気絶まではしていなかったようで口で抗議するが立ち上がることすらできない。
(あの下着からは……魔力を感じる)
キュゥべえは思った。らんまの動きが急に良くなったのはそのせいかと。
だが、今警戒すべきはらんまではない。
その下着を身に付けた八宝斎の、魔力とも闘気とも知れない得体のしれない邪気が一気に増大したのだ。
「おお、このスイーツは素晴らしい! 今までにないフィット感じゃ!!」
恍惚の笑みを浮かべ、八宝斎は叫ぶ。
(戦闘態勢に入る前に倒す!)
有無を言わさず、キュゥべえは八宝斎におそいかかった。
が、殴りかかったと思った時にはすでに八宝斎の姿は消え、後ろに回り込まれていた。
トンッと静かな音がして八宝斎のキセルが背中にふれる。
たったそれだけの攻撃で、漆黒のレオタードに包まれた体は空高く舞いあげられた。
そして、八宝斎は高く飛んで上空を先回りすると、まだ上昇中の偽らんまの体にキセルをぶつけた。
すると、すさまじい勢いで地面に叩きつけられる。
たったそれだけの攻防で、キュゥべえが入ったらんまの体は複雑骨折におちいった。
「この下着泥棒め! わしがじきじきに成敗してくれるわ!」
着地した八宝斎はキセルをキュゥべえに向けて堂々とそう宣言した。
「……いや……いま、じじいがおれから盗んだ……」
絶え絶えの息でつっこむらんまのセリフがむなしく宙を舞う。
(冗談じゃない。こんな化物、とてもまともには相手にできないよ)
体を回復させながら、キュゥべえはゆっくり立ち上がる。
そして、やおらに漆黒のレオタードの胸をはだけて見せた。
しかし、八宝斎は飛びついてこない。
「馬鹿めがっ! ここに本物のらんまの胸があるというのに偽物などに惑わされると思ったか!」
厳しい口調でそう言いながら、八宝斎は満足に身動きの取れないらんまの胸を思う存分 く。
「……うひゃ……じじぃ……やめっ……」
本物のらんまは必死に抵抗しようとするが、獅子咆哮弾の直撃を受けた後ではそれも難しかった。
「……そうかい、ならば!」
キュゥべえは踵を返して、一目散に逃げ出した。
表面上のダメージこそ回復させているが、かなり無理づかいをした肉体はあちこちきしんできている。
完全に回復させるには、やはり物理的な栄養補給やメンテナンスが必要である。
そんな状態のまま、この目の前にいる怪物を相手に戦うのは明らかに不利だった。
「逃げるか、この下着泥棒!」
八宝斎は追いかける。
すると、黒い衣装の偽らんまは、逃げながら何かを落とした。
734 :41話5 ◆awWwWwwWGE 2012/11/23(金) 01:12:29.53 ID:8yV2yNpC0
暗い闇夜だったが、八宝斎の目にはピンクと白の模様がはっきりと見えた。
女性物下着だと思って、八宝斎はまっしぐらに飛びつく。
「おう、スイー……いい!?」
が、八宝斎は絶句した。
うら若き乙女の下着としては明らかに大きすぎるキングサイズのパンツには中高年愛用の湿布薬の香りがただよう。
それだけでも八宝斎の精神を攻撃するには十分だったが、さらにその大きなパンツにくるまれて。男性用ブリーフも
隠れていたのだ。
勢い余ってそのブリーフのかすかな汚れに手が触れる。
「なんじゃとぉぉおおおお!?」
絶叫とともに、八宝斎はヘナヘナと全身の力が抜け、その場に倒れこんだ。
*******************
「……なんなの? この感覚は」
タクシーを運転手を脅して飛ばさせて、崩れた橋を飛び越えて。
ようやく温泉街に入ったほむらは異様な気配を感じていた。
魔力のようでいて何かが違う。もっと邪悪な何か。
今まで通り過ぎてきた幾多の世界において一度も味わったことのない感覚だった。
「これは八宝斎のお爺さんネ。戦いがはじまってるみたいアルな」
シャンプーは慣れた様子で答える。
「それなら急ぐわよ」
ほむらは可能なかぎりの速度で、その異様な気配の感じる方へ飛ぶように走って行った。
「待つネ! ソウルジェム真っ黒アルよ、そんなに飛ばしていいアルか?」
かまわない、ほむらはそう思う。
(一回だけ、一回だけ使えればいい。それで、まどかに降りかかる災厄の元を断つことができる)
*******************
キュゥべえは温泉街の裏側の、大きなタンクやパイプのある場所に出た。
「見つけたぜ!」
そこに、遠巻きにして杏子の姿が現れた。
「回復魔法を使いながら動いてたからすぐわかったよ」
その杏子から少し距離をあけて、さやかが立っている。
「もう逃がしはしないわ」
さらにキュゥべえの後方にはマミが現れる。
「キュゥべえとやら、年貢の納め時じゃの」
そして、コロンはいつのまにかたたずんでいる。
その四人はきれいにキュゥべえの四方を囲んでいた。
「ふぅん、キミたち四人だけかい。まどかやなびきはまだ追いついていないのかな?
まあ、その方が助かる」
キュゥべえはそうつぶやいた。
「なにグダグダ言ってやがる! ぶったぎってやるぜ、コラァ!」
「この四対一で勝てると思わないことだね」
士気の上がっていた杏子とさやかが突撃する。
突撃しながら杏子は分身を増やし、キュゥべえが逃れる隙をなくす。
それに対してキュゥべえは避けようともせずに、いきなり自分の足元にあったパイプを破壊した。
735 :41話6 ◆awWwWwwWGE 2012/11/23(金) 01:14:05.12 ID:8yV2yNpC0
もうもうとした蒸気があがり、黒いレオタードを着たらんまの姿がかすむ。
「――目くらまし?」
マミが言う。
「違う! こ、これはまずい!」
コロンは叫んだ。
「なんだって!?」
そう言われても杏子はいまさら止まれない。
「それなら!」
さやかは杏子とタイミングを合わせて襲いかかるつもりだったが、コロンの言葉を受けて加速、
一気にキュゥべえに接近し、剣を突いた。
しかしそれはきわどくかわされる。
次の瞬間には、どれが本物かもわからない十体近い杏子がキュゥべえに襲いかかる。
だが、それは間に合わなかった。
「魔龍昇天破」
キュゥべえのその言葉とともに、巨大な竜巻が起こった。
竜巻は熱湯の通ったパイプを破壊してさらに勢いを増し、破壊されたパイプの破片が容赦なくまき散らされる。
やがて暴風がおさまった後には、大きな熱湯の池に多数のがれきが横たわっていた。
(……ここにさやか、あれは杏子……向こうに倒れているのは中国の老婆か)
キュゥべえはあちこちに倒れている人間を目視で確認する。
(あの老婆をこれで倒せたのは良かった)
そうして目線を移していくと、キュゥべえの目に黄色いマユのような大きな塊が映った。
(あれは?)
キュゥべえがそう思っているうちにも、黄色いマユはするするとほどける様に緩んでいった。
そして、中から成虫の蝶が出てくるように、背後に銃を並べたマミの姿が現れた。
「やってくれたわね、キュゥべえ」
「マミ? その魔法は?」
黒いレオタードのらんまの表情は変わらない、が、マミにはキュゥべえが驚いているように見えた。
「魔女の状態で出来ることを、魔女を乗り越えた人間にできないと思って?」
マミに防御魔法があることはキュゥべえも知っている。
だが、今回の魔龍昇天破は今までのマミの防御魔法を超えた威力のはずだった。
それがこんな新魔法を編み出しているとは完全に想定外である。
「大したものだね。この短期間にまた魔法のレパートリーを増やしたとは、恐れ入るよ」
そんな言葉とは裏腹に、らんまの体に入ったキュゥべえは構えすらとらない。
「でも、ボクを倒してどうするんだい? どちらにしてもキミには絶望しか残っていないのに。
再び魔女になるか、魔女に食べられて死ぬか……キミは、運命から逃れられない」
「それがどうかしたのかしら? 誰であれ人はいずれ死ぬわ」
キュゥべえの問いに対して、マミにはまるで動揺が見られない。
「だから私は今を生きる人を守るために戦う、今までもこれからも」
「ああ、契約内容を勘違いさせていたことは謝るよ。
別に人間なんかを守る必要はないから、魔女になって死んで欲しいんだ。
それが魔法少女の契約の対価だよ」
表情一つ変えず、キュゥべえは平然とそう言う。
「悪いけど、あなたの魔法少女はもうやめたわ。契約期間切れよ」
736 :41話7 ◆awWwWwwWGE 2012/11/23(金) 01:14:55.19 ID:8yV2yNpC0
マミがそう返事をすると、キュゥべえは首をかしげた。何を言っているのかわけがわからない。
「契約期間があったなんてはじめて聞いたね」
「あたりまえよ。言ってなかったもの」
思ってもみなかったマミの回答に、さしものキュゥべえも一瞬呆気にとられた。
「……じゃあ、今のキミは何者なんだい?」
「私は、愛と勇気の魔法少女よ」
そう言って、マミはウインクをして見せた。
キュゥべえは質問の意味が通じているか不安になり聞き直そうかと思ったが、言っても無駄だと考えてやめた。
とにかく言葉攻めで絶望することはもう無さそうだ。
「残念だけど、そういう契約破棄は認めていないんだ。
魔力枯渇で魔女になるか、契約不履行で死ぬか、強制執行させてもらうよ!」
言うと同時に、キュゥべえはマミに向かって走りだす。
「私は、魔女になっても私を信じてくれたみんなを裏切らない……
だから、みんなが信じてくれた愛と勇気の魔法少女であり続けるわ!」
マミはマスケット銃を手に召喚し、黒い衣装のらんまを狙撃した。
キュゥべえはいとも簡単に前から来た弾を避け、十分に間合いを詰めると跳びあがってマミに襲いかかる。
が、
パーンッ
偽のらんまの体は真横からの銃撃を受け、跳ね飛ばされた。
(なんだって?)
キュゥべえは即座に立ち上がり、弾の飛んできた方を振り向く。
そこには、延びたマミのリボンと、それにつながったマスケット銃があった。
「これは?」
パーンッ
そう言ったと思ったら、今度は後ろから狙撃された。
(これは……オールレンジ攻撃?)
その弾は背中に直撃し、キュゥべえは前に倒れこむ。
「言ったはずよ。魔女の時にできたことはできるって。
いちいち使い魔まで再現しないけど、今の私はどの方向からでも攻撃ができるわ」
前のように狭い部屋の中でもないので、跳弾が自分や味方にあたる心配もない。
マミは四方八方から、キュゥべえを銃撃した。
らんまの体はまるで踊るように、着弾の衝撃で跳ねまわる。
キュゥべえの知る限り、これはレーダー妨害が発展した文明の宙域戦で多用された戦術だ。
使いこなせば一機体や一個人で中隊レベルの戦力を発揮する。
(――だけど、この戦術には致命的な弱点がある)
キュゥべえはタタミを召喚して差しあたっての直撃を避けると、スピードを強化して一気にマミとの間合いを詰めた。
(自分自身を攻撃するわけにはいかない以上、近づいてしまえばオールレンジ攻撃はできない)
マミのふところまで潜りこむと、キュゥべえはアッパー気味のパンチを繰り出した。
それに対してマミは、リボンやマスケット銃で防御をしようともせず、ただ立ち尽くす。
そして、低くつぶやいた。
「ルジェンド・レオネッサ」
「え?」
737 :41話8 ◆awWwWwwWGE 2012/11/23(金) 01:16:52.41 ID:8yV2yNpC0
意味の分からない言葉に呆気にとられる暇もなく、巨大な光の玉となって負の感情エネルギーの塊が降り注ぐ。
そして、その光はマミの周りにクレーターを作り、そのすぐ足もとで漆黒のレオタードを着たらんまの体は
ぺしゃんこに押しつぶされていた。
(……わめく……雌ライオン? なんだソレ?)
動けないながらも意識のあった杏子は頭の中でマミのセリフを即席翻訳した。
父親が仕事がらみでイタリア語に詳しかった影響で、多少は分かるのだ。
「今のは、獅子咆哮弾だね。闘気が足りない分は魔力で補強している」
立ち上がりながら、キュゥべえは言う。
(獅子咆哮弾は愛と勇気の魔法少女っぽくないよね)
密かに意識を取り戻したさやかが内心つぶやいた。
「一度は魔女になったキミならできないはずはないわけだ」
キュゥべえは反撃を試みて殴りかかる。
「よくも、騙してくれたわね!」
が、拳があたる直前でマミはまたも獅子咆哮弾……もといルジェンド・レオネッサを落とした。
「え? 会話がかみ合って――」
ルジェンド・レオネッサにキュゥべえの言葉は遮られる。
近距離に入ってしまったのが運のつきで、広範囲攻撃のルジェンド・レオネッサは小手先ではかわせない。
「おまけに家もつぶされた!」
「賠償金、パパの遺産じゃ足りないかも知れない!」
「魔女になってる間に勉強も遅れた!」
マミが一言いうたびに、キュゥべえに光の柱が襲いかかる。
それも、逃げる間もなく立て続けだ。
「ウエスト細いのにデブって言われた!」
「それはボクのせいじゃな――」
反撃しようとしても、セリフごと力づくでたたきつぶす。
「胸のせいでチカンに狙われやすい!」
「肩がこりやすい!」
「スクール水着のサイズ合わなくて余計なお金かかった!」
マミのルジェンド・レオネッサは続く。
(マミさん、それもう八つ当たり)
巻き込まれないように這いつくばって逃げながら、さやかはそう思った。
(あたしが今、お前に獅子咆哮弾食らわしてやりたい)
杏子は少し自分のソウルジェムが濁った気がした。
「――信じてたのに!」
特大のルジェンド・レオネッサが降り注いだ。
そして、怒号の嵐が止み、黒い衣装のらんまが地面に深くめり込んでいた。
ただひとり、クレーターの中に立つマミは大粒の涙を落とし終えると、らんまの体がもう動かないことを確認した。
そして、急に笑顔に変わって一言もらす。
「ふぅ、すっきりした」
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