1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:02:38.20 ID:Vpfm+ia40
『仮面ライダーW 魔法少女のM/探偵のララバイ』
引用元: ・仮面ライダーW「さあ、インキュベーター! おまえの罪を数えろ!!」
3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:05:35.47 ID:Vpfm+ia40
/01
四方における見渡す限りの天蓋は、太陽を包み込むようにして、灰色の砂塵に覆い尽くされていた。
都市の殆どは、流れ込んできた海水に埋没し、僅かに残った文明の名残である高層建築だけが数える程度に頭を覗かせている。
「彼女なら、最強の魔法少女になるだろうと予測していたけれど、まさかあのワルプルギスの夜を一撃で倒すとはね」
「その結果、どうなるかも見越したうえだったの」
暁美ほむらの黒髪が、流れるように烈風になびく。その顔は、感情を失くしたように凍り付いていた。
「遅かれ、早かれ結末は一緒だよ。彼女は最強の魔法少女として、最大の敵を倒してしまったんだ。
勿論あとは、最悪の魔女になるしかない。
いまのまどかなら、おそらく十日かそこいらでこの星を壊滅させてしまうんじゃないかな。
ま、あとは君達人類の問題だ。僕らのエネルギー回収ノルマは、おおむね達成できたしね」
四方における見渡す限りの天蓋は、太陽を包み込むようにして、灰色の砂塵に覆い尽くされていた。
都市の殆どは、流れ込んできた海水に埋没し、僅かに残った文明の名残である高層建築だけが数える程度に頭を覗かせている。
「彼女なら、最強の魔法少女になるだろうと予測していたけれど、まさかあのワルプルギスの夜を一撃で倒すとはね」
「その結果、どうなるかも見越したうえだったの」
暁美ほむらの黒髪が、流れるように烈風になびく。その顔は、感情を失くしたように凍り付いていた。
「遅かれ、早かれ結末は一緒だよ。彼女は最強の魔法少女として、最大の敵を倒してしまったんだ。
勿論あとは、最悪の魔女になるしかない。
いまのまどかなら、おそらく十日かそこいらでこの星を壊滅させてしまうんじゃないかな。
ま、あとは君達人類の問題だ。僕らのエネルギー回収ノルマは、おおむね達成できたしね」
4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:06:33.14 ID:Vpfm+ia40
キュゥべえは、さも人事のように呟くと尻尾を左右に振り続けている。
ほむらは、俯いた顔をもう一度上げ、奥歯を噛み締める。怒りも憎しみも通り越して、最後に残ったのは。
「戦わないのかい?」
「いいえ、私の戦場はここじゃない」
時間を撒き戻す。ほむらの胸に残ったのは、焼け爛れるように熱く、青白く燃え盛る炎のような使命感だった。
荒涼たる絶望の中で、それでも溶けきらない記憶がある。
何度でも、繰り返す。
何度でも。
ほむら出来ることは諦めないことだけなのだった。
希望も無く、出口のない迷路を歩き続ける。狂気に満ちたリングワンダリング。
もう、誰にも頼らない。
砂塵の舞う空の向こうには、濁った黒雲が奔馬のように駆け去っていくのが見えた。
ほむらは、俯いた顔をもう一度上げ、奥歯を噛み締める。怒りも憎しみも通り越して、最後に残ったのは。
「戦わないのかい?」
「いいえ、私の戦場はここじゃない」
時間を撒き戻す。ほむらの胸に残ったのは、焼け爛れるように熱く、青白く燃え盛る炎のような使命感だった。
荒涼たる絶望の中で、それでも溶けきらない記憶がある。
何度でも、繰り返す。
何度でも。
ほむら出来ることは諦めないことだけなのだった。
希望も無く、出口のない迷路を歩き続ける。狂気に満ちたリングワンダリング。
もう、誰にも頼らない。
砂塵の舞う空の向こうには、濁った黒雲が奔馬のように駆け去っていくのが見えた。
5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:07:43.61 ID:Vpfm+ia40
オレが久しぶりに照井竜と顔を会わせたのは、相棒と再会した次の週の初めだった。
彼は公僕らしからぬ赤を基調としたライダースファッションに身を包み、
ティーカップに口をつけながら、長い脚を持て余すようにして突き出していた。
「左、仕事の依頼だ。受けてくれるな」
「久々だというのに、ご挨拶だな。しかも、相変わらずの超断定的口調。
それとキョロキョロしている所悪いが、フィリップなら風邪でダウンだ。
……おい、無言で帰ろうとするんじゃない!」
「竜くん、竜くん。食後のデザートはいかがかなぁ」
自称、鳴海探偵事務所所長を名乗る鳴海亜樹子が頬を緩ませながら、
小皿に乗せた羊羹をついと突き出すのを見て、照井が立ち止まる。
「いただこう」
「って食うのかよっ!! ってか、それオレの三時のおやつに取っといたのに」
「翔太郎くん、ハードボイルドがセコイこといわないの。今月ピンチなんだから」
「おまえがいうんじゃない。無駄遣いばっかしやがって」
「話を続けていいのか、それともやめるのか」
彼は公僕らしからぬ赤を基調としたライダースファッションに身を包み、
ティーカップに口をつけながら、長い脚を持て余すようにして突き出していた。
「左、仕事の依頼だ。受けてくれるな」
「久々だというのに、ご挨拶だな。しかも、相変わらずの超断定的口調。
それとキョロキョロしている所悪いが、フィリップなら風邪でダウンだ。
……おい、無言で帰ろうとするんじゃない!」
「竜くん、竜くん。食後のデザートはいかがかなぁ」
自称、鳴海探偵事務所所長を名乗る鳴海亜樹子が頬を緩ませながら、
小皿に乗せた羊羹をついと突き出すのを見て、照井が立ち止まる。
「いただこう」
「って食うのかよっ!! ってか、それオレの三時のおやつに取っといたのに」
「翔太郎くん、ハードボイルドがセコイこといわないの。今月ピンチなんだから」
「おまえがいうんじゃない。無駄遣いばっかしやがって」
「話を続けていいのか、それともやめるのか」
6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:08:24.06 ID:Vpfm+ia40
オレは亜樹子と顔を見合わせると、幾分かの妥協と、世界の平和と、懐具合という俗物めいた悲しみを深く鑑みて、
極めて高度な政治的判断を下した。
「で、当然貰えるものは貰えるんだろうな」
「翔太郎くん、カッコわるー」
大人の対応といって欲しい。
「公費でな。とりあえず事件が県外にまで及んでいる。俺は早々風都を離れるわけにも行かない」
「んで、小回りの利くオレらを使おう、と。いったい、どんな事件なんだ」
「一昨日起きた集団自殺事件、知っているな」
「ん。ああ、ジンさんから聞いたが。自殺サイトがらみどうとか、あれは解決したんじゃなかったのかよ」
極めて高度な政治的判断を下した。
「で、当然貰えるものは貰えるんだろうな」
「翔太郎くん、カッコわるー」
大人の対応といって欲しい。
「公費でな。とりあえず事件が県外にまで及んでいる。俺は早々風都を離れるわけにも行かない」
「んで、小回りの利くオレらを使おう、と。いったい、どんな事件なんだ」
「一昨日起きた集団自殺事件、知っているな」
「ん。ああ、ジンさんから聞いたが。自殺サイトがらみどうとか、あれは解決したんじゃなかったのかよ」
7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:09:28.12 ID:Vpfm+ia40
ちなみにジンさんとは、オレが懇意にしている風都署の刃野幹夫刑事である。騙され上手だが、根気強い昔気質のデカだ。
「表向きはな」
「表向き?」
オレと亜樹子の声がユニゾンする。照井はアイボリーのティーカップを指先で弾くと、眉を顰め話し出した。
「集団飛び降りを図った自殺者達は、表向きはネットの自殺サイトで知り合った、という点に不審は特に見受けられなかった。
警察に提出されたアカウントの履歴やチャットのログに改竄は見られない。
だが、これを見てくれ」
テーブルに放られた写真に視線を落とす。事件現場の一部なのだろうか、夜なので酷く暗い。
注意深く見ると、ビル屋上部の外柵部分に何かぼんやりと人影のようなモヤが映っているのが見て取れた。
「こっちは拡大したものだ」
「こいつは」
「表向きはな」
「表向き?」
オレと亜樹子の声がユニゾンする。照井はアイボリーのティーカップを指先で弾くと、眉を顰め話し出した。
「集団飛び降りを図った自殺者達は、表向きはネットの自殺サイトで知り合った、という点に不審は特に見受けられなかった。
警察に提出されたアカウントの履歴やチャットのログに改竄は見られない。
だが、これを見てくれ」
テーブルに放られた写真に視線を落とす。事件現場の一部なのだろうか、夜なので酷く暗い。
注意深く見ると、ビル屋上部の外柵部分に何かぼんやりと人影のようなモヤが映っているのが見て取れた。
「こっちは拡大したものだ」
「こいつは」
8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:10:33.44 ID:Vpfm+ia40
「うーん、なになに。見せて、見せて」
身を乗り出してくる亜樹子といっしょになって、その写真を見つめると、
明らかに人が立ってはいいと思えない場所に映っている少女の姿が確認できた。
「女の子、だよねぇ」
「だな」
荒い画像であるが、柵の向こう側に女性らしき人物が佇んでいるように見える。
女性と確認できたのは、服装と長く伸ばした髪からだ。
夜風に流れるようにしてなびいている。幾分特徴的なウェーブがかかっているようだ。
「しかし、照井よ。警察が一度事件性の無いものと判断したヤマを、普通はほじくりかえしたりしねぇ筈だ。理由があるんだろ」
「……自殺ではない、可能性がある」
「んだとォ!?」
「嘘、だって七人も死んでるんだよ、この事件。私、聞いてない!」
身を乗り出してくる亜樹子といっしょになって、その写真を見つめると、
明らかに人が立ってはいいと思えない場所に映っている少女の姿が確認できた。
「女の子、だよねぇ」
「だな」
荒い画像であるが、柵の向こう側に女性らしき人物が佇んでいるように見える。
女性と確認できたのは、服装と長く伸ばした髪からだ。
夜風に流れるようにしてなびいている。幾分特徴的なウェーブがかかっているようだ。
「しかし、照井よ。警察が一度事件性の無いものと判断したヤマを、普通はほじくりかえしたりしねぇ筈だ。理由があるんだろ」
「……自殺ではない、可能性がある」
「んだとォ!?」
「嘘、だって七人も死んでるんだよ、この事件。私、聞いてない!」
9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:11:18.23 ID:Vpfm+ia40
「手がかりがまったく無いわけではない。この風都の隣に位置する見滝原市でも、同様の事件が起きている。
もっとも、向こうの飛び降り自殺は単独なので、ほとんどマスコミですら報道はしていない」
「照井よ、おまえのことだから、もう何かしら掴んでるんだろう」
「ああ。監察医からの情報で幾つかの関連性を発見した。死亡者の誰もが、一様にして、不思議なあざが見つかっている」
「あざ」
「ああ。俺はそれらが、特に引っかかっている」
「ふーん、アザ、ね。実に興味深い」
「フィリップ!! 寝てなくていーのかよ」
話し込んで気づかなかったが、いつの間にやら相棒のフィリップが、
背後から割り込むようにして、事務机に並べられた写真を覗き込んでいた。
もっとも、向こうの飛び降り自殺は単独なので、ほとんどマスコミですら報道はしていない」
「照井よ、おまえのことだから、もう何かしら掴んでるんだろう」
「ああ。監察医からの情報で幾つかの関連性を発見した。死亡者の誰もが、一様にして、不思議なあざが見つかっている」
「あざ」
「ああ。俺はそれらが、特に引っかかっている」
「ふーん、アザ、ね。実に興味深い」
「フィリップ!! 寝てなくていーのかよ」
話し込んで気づかなかったが、いつの間にやら相棒のフィリップが、
背後から割り込むようにして、事務机に並べられた写真を覗き込んでいた。
10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:12:00.29 ID:Vpfm+ia40
つい先程まで寝込んでいたのだろう、髪はボサボサで、目の下には薄っすらと隈が浮いており、口元は大きなマスクで覆われている。
けれども、見開かれた瞳は、獲物を見つけた猫科の猛獣の如く、貪婪にぎらぎらと輝きを放っていた。
「痣、聖痕。スティグマータ。古代より、人体に浮き上がったこれらに人類は意図的、
或いは連想的に何らかの解釈を施し憚らない。
その起源は、イエス・キリストが、ゴルゴタの丘でイスカリオテのユダに裏切りを受け、
磔刑にされた物と同種の傷が身体に現れる現象を指している。聖痕の定義には、幾つか諸説がある。この写真、実に興味深い」
「あらー、またはじまっちゃったよぉ」
「こいつが、フィリップのいうように聖痕かどうかはわからないが、ひとつ。あきらかに不審な点があった」
「どういうことだ?」
「この写真に写っている少女の首筋の痣を見てくれ」
けれども、見開かれた瞳は、獲物を見つけた猫科の猛獣の如く、貪婪にぎらぎらと輝きを放っていた。
「痣、聖痕。スティグマータ。古代より、人体に浮き上がったこれらに人類は意図的、
或いは連想的に何らかの解釈を施し憚らない。
その起源は、イエス・キリストが、ゴルゴタの丘でイスカリオテのユダに裏切りを受け、
磔刑にされた物と同種の傷が身体に現れる現象を指している。聖痕の定義には、幾つか諸説がある。この写真、実に興味深い」
「あらー、またはじまっちゃったよぉ」
「こいつが、フィリップのいうように聖痕かどうかはわからないが、ひとつ。あきらかに不審な点があった」
「どういうことだ?」
「この写真に写っている少女の首筋の痣を見てくれ」
11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:13:37.42 ID:Vpfm+ia40
目を細め、注意深くそれを眺めると、凝固した死体には不可思議なほど、その痣はぬらぬらと赤くぬめっているのが見て取れた。
「夜間、しかも光の当たりにくい場所でここまで鮮明に映るとは。
照井竜。この写真は発見されてまもなくのものなのかい?」
「いや、これらの写真は事件が起きてから数時間が経過してからのものだ。
投身自殺自体、風都郊外の営業されていないホテルで起きたものだからな。発見自体時間が経過している」
「ちょっと待てよ、これ事件があったすぐあとに撮ったものじゃないのか?」
「事件が起きた場所が見滝原管内と風都署の境界でな。それで余計に手間取った」
照井は、顔を歪め吐き捨てる言葉を切ると、眉をしかめ押し黙る。
深い沈黙の中、我関せず、写真に目を走らせるフィリップが強く咳き込んでいる。
オレの相棒は、座り込んだまま鼻を噛むと、しわがれた喉で、それでも声だけは弾ませながら、沈黙を破った。
「――検索を行うにも情報が必要だよ、翔太郎」
フィリップの口元。ふてぶてしい笑みが刻まれた。
亜樹子が相棒の肩を押しやりベッドへと戻そうとするのを横目に眺め、照井に視線を再び戻した。
「受けてくれるか、左」
照井の瞳が、鈍い鉱石のような強い光を湛えている。オレが断るなど微塵も思っていないだろう。
古来より、探偵が警察にさよならをいう方法は見つかっておらず、オレもまたその因習に縛られ続けている。
もっとも、探偵にたかる蚤が警察だとしたら、その蚤が居なくなってしまえば、
オレは自分が野良犬だってことも忘れちまうのだろう。
無言のまま椅子から立ち上がると、帽子掛けからソフトを取り、頭に載せた。
それが物語のはじまりの合図だった。
「夜間、しかも光の当たりにくい場所でここまで鮮明に映るとは。
照井竜。この写真は発見されてまもなくのものなのかい?」
「いや、これらの写真は事件が起きてから数時間が経過してからのものだ。
投身自殺自体、風都郊外の営業されていないホテルで起きたものだからな。発見自体時間が経過している」
「ちょっと待てよ、これ事件があったすぐあとに撮ったものじゃないのか?」
「事件が起きた場所が見滝原管内と風都署の境界でな。それで余計に手間取った」
照井は、顔を歪め吐き捨てる言葉を切ると、眉をしかめ押し黙る。
深い沈黙の中、我関せず、写真に目を走らせるフィリップが強く咳き込んでいる。
オレの相棒は、座り込んだまま鼻を噛むと、しわがれた喉で、それでも声だけは弾ませながら、沈黙を破った。
「――検索を行うにも情報が必要だよ、翔太郎」
フィリップの口元。ふてぶてしい笑みが刻まれた。
亜樹子が相棒の肩を押しやりベッドへと戻そうとするのを横目に眺め、照井に視線を再び戻した。
「受けてくれるか、左」
照井の瞳が、鈍い鉱石のような強い光を湛えている。オレが断るなど微塵も思っていないだろう。
古来より、探偵が警察にさよならをいう方法は見つかっておらず、オレもまたその因習に縛られ続けている。
もっとも、探偵にたかる蚤が警察だとしたら、その蚤が居なくなってしまえば、
オレは自分が野良犬だってことも忘れちまうのだろう。
無言のまま椅子から立ち上がると、帽子掛けからソフトを取り、頭に載せた。
それが物語のはじまりの合図だった。
12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:14:36.79 ID:Vpfm+ia40
仮面ライダーダブル。
それは二人で一人の探偵。
ハードボイルドに憧れる心優しき半人前、左翔太郎と、
脳内に地球(ほし)の本棚と呼ばれる膨大な知識を抱える魔少年フィリップが、
仮面ライダーとなってガイアメモリ犯罪に挑む謎と戦いの物語である。
それは二人で一人の探偵。
ハードボイルドに憧れる心優しき半人前、左翔太郎と、
脳内に地球(ほし)の本棚と呼ばれる膨大な知識を抱える魔少年フィリップが、
仮面ライダーとなってガイアメモリ犯罪に挑む謎と戦いの物語である。
13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:17:41.53 ID:Vpfm+ia40
むずがるフィリップを無理やり寝かしつけると、看病を亜樹子に頼んで、オレはハードボイルダーを一路見滝原市へと走らせた。
無闇に聞き込みを行っても大して情報収集が捗るとも思えない。
特に、オレにとって見滝原は土地勘の無い街だ。風都と比べると、遥かにこの街の方が洗練されている。
都市のインフラには、実験的に施行された最新の技術が導入されており、まるでSF映画の中に紛れ込んだような気が幾分しないでもない。
それらを除けば、特に平和であり、ここには悪の匂いもドーパンとの気配も感じられなかった。
オレはマシンを停車させると、引き伸ばした写真にゆっくりと目を細め視線を落とす。
手がかりは、見滝原と名も知らぬ写真の少女、そして謎の痣。
まるで、雲を掴むような話だ。だが、フィリップの検索精度を上げるため、ここはなんとしても、ひとつふたつ手がかりが欲しい。
「どう見ても、学生だよなぁ」
オレの独り言が聞こえたのか、下校中の女子学生がいぶかしげにこちらを見つめた。
このような仕事をしていると、ほとんど人目が気にならなくなる。
ささやくような少女たちの声に眼をやると、気が逸れた。瞬間、風が吹いたのだろう。
持っていた写真が、ふいと飛んで、少女たちの前に舞い落ちた。
「あのぅ、これ落ちましたけど」
「おう、悪いな」
無闇に聞き込みを行っても大して情報収集が捗るとも思えない。
特に、オレにとって見滝原は土地勘の無い街だ。風都と比べると、遥かにこの街の方が洗練されている。
都市のインフラには、実験的に施行された最新の技術が導入されており、まるでSF映画の中に紛れ込んだような気が幾分しないでもない。
それらを除けば、特に平和であり、ここには悪の匂いもドーパンとの気配も感じられなかった。
オレはマシンを停車させると、引き伸ばした写真にゆっくりと目を細め視線を落とす。
手がかりは、見滝原と名も知らぬ写真の少女、そして謎の痣。
まるで、雲を掴むような話だ。だが、フィリップの検索精度を上げるため、ここはなんとしても、ひとつふたつ手がかりが欲しい。
「どう見ても、学生だよなぁ」
オレの独り言が聞こえたのか、下校中の女子学生がいぶかしげにこちらを見つめた。
このような仕事をしていると、ほとんど人目が気にならなくなる。
ささやくような少女たちの声に眼をやると、気が逸れた。瞬間、風が吹いたのだろう。
持っていた写真が、ふいと飛んで、少女たちの前に舞い落ちた。
「あのぅ、これ落ちましたけど」
「おう、悪いな」
14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:19:53.76 ID:Vpfm+ia40
クイーンやエリザベスより明らかに幼い顔立ちの二人連れ、特に気の弱そうな少女が写真を拾いおずおずとこちらに差し出している。
「あれ、これマミさんじゃ」
「あ」
気の強そうなショートカットの子が、ポツリと漏らす。
髪をリボンでくくったかわいらしい感じの子が、
大きく口を開け押さえるようにして手をやったのを見て、オレは運命の女神にキスをしてやりたくなった。
「ちょっと待った。キミたち、この写真の子知ってるのか?」
「は、はい、えーとですね」
「バカ、まどかっ!」
ショートカットの少女が、叫ぶようにして遮ると、まどかと呼ばれた子は、眉を歪め一瞬泣きそうな表情になった。
二人は距離をとるようにして、オレからじりじりと離れると敵意をむき出しにして睨みつけてくる。
「あー、ちょっと待ってくれ。別にオレは怪しいものじゃないんだ。そう、ちょっと話を聞かせてもらっていいかな」
「――怪しくないって、めちゃくちゃ怪しいことこのうえ無いわ」
「だめだよ、さやかちゃん」
「おーい、ばっちり聞こえてるからなー」
「なんですか」
「さやかちゃん!」
「だいじょうぶ、まどか。ここは任せて」
さやかと呼ばれた少女が守るようにしてずいと前に出る。
オレはそこまで危険人物に見えるだろうか。少し悩んだ。
「まず、名乗らせてもらおう。オレは私立探偵の左翔太郎ってモノだ。
ちょっとした依頼でこの子が誰だか調べてる。協力してもらえると感謝するんだが」
「――あらゆる事件をハードボイルドに解決! 探偵 左翔太郎。風都風花町一丁目二番地二号? 隣の町ですね」
口に出して読み上げるんじゃない。思わず小突きそうになった。
……文面変えるか。
「そ。ほら、全然怪しくないだろ」
「そうですねー」
人様を小馬鹿にしたような上がり調子の返答。
「あれ、これマミさんじゃ」
「あ」
気の強そうなショートカットの子が、ポツリと漏らす。
髪をリボンでくくったかわいらしい感じの子が、
大きく口を開け押さえるようにして手をやったのを見て、オレは運命の女神にキスをしてやりたくなった。
「ちょっと待った。キミたち、この写真の子知ってるのか?」
「は、はい、えーとですね」
「バカ、まどかっ!」
ショートカットの少女が、叫ぶようにして遮ると、まどかと呼ばれた子は、眉を歪め一瞬泣きそうな表情になった。
二人は距離をとるようにして、オレからじりじりと離れると敵意をむき出しにして睨みつけてくる。
「あー、ちょっと待ってくれ。別にオレは怪しいものじゃないんだ。そう、ちょっと話を聞かせてもらっていいかな」
「――怪しくないって、めちゃくちゃ怪しいことこのうえ無いわ」
「だめだよ、さやかちゃん」
「おーい、ばっちり聞こえてるからなー」
「なんですか」
「さやかちゃん!」
「だいじょうぶ、まどか。ここは任せて」
さやかと呼ばれた少女が守るようにしてずいと前に出る。
オレはそこまで危険人物に見えるだろうか。少し悩んだ。
「まず、名乗らせてもらおう。オレは私立探偵の左翔太郎ってモノだ。
ちょっとした依頼でこの子が誰だか調べてる。協力してもらえると感謝するんだが」
「――あらゆる事件をハードボイルドに解決! 探偵 左翔太郎。風都風花町一丁目二番地二号? 隣の町ですね」
口に出して読み上げるんじゃない。思わず小突きそうになった。
……文面変えるか。
「そ。ほら、全然怪しくないだろ」
「そうですねー」
人様を小馬鹿にしたような上がり調子の返答。
15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:20:53.64 ID:Vpfm+ia40
オレの鋼のハートは、再び強く傷ついた。
「さやかちゃん、だめだよ」
気の弱そうな少女が、オレの心を代弁するかのようにたしなめてくれた。少しだけ、感情の針が安定方向に向かって復元する。
この年頃の子は扱いにくい。時の流れを感じた。
「まあ、そう邪険にしてくれるなよ」
「……とりあえず、あたしたちが話せることはないです。この写真もなんか隠し撮りみたいで怪しいですし」
「おい、そりゃないだろう」
隠し撮りではない。かといって断ったわけでもないだろうが。
そもそも事件現場でウロウロしているところが、容疑者ないし関係者率を果てしなく高めているのである。
「失礼します。いこっ、まどか!」
「あ、さやかちゃん待ってよ」
「お、おい!」
手を取り合って駆け出す少女を追いかけようと、右足を伸ばした瞬間。
オレの視界の天と地が逆転した。
「さやかちゃん、だめだよ」
気の弱そうな少女が、オレの心を代弁するかのようにたしなめてくれた。少しだけ、感情の針が安定方向に向かって復元する。
この年頃の子は扱いにくい。時の流れを感じた。
「まあ、そう邪険にしてくれるなよ」
「……とりあえず、あたしたちが話せることはないです。この写真もなんか隠し撮りみたいで怪しいですし」
「おい、そりゃないだろう」
隠し撮りではない。かといって断ったわけでもないだろうが。
そもそも事件現場でウロウロしているところが、容疑者ないし関係者率を果てしなく高めているのである。
「失礼します。いこっ、まどか!」
「あ、さやかちゃん待ってよ」
「お、おい!」
手を取り合って駆け出す少女を追いかけようと、右足を伸ばした瞬間。
オレの視界の天と地が逆転した。
16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:22:01.66 ID:Vpfm+ia40
「あり?」
無様に地べたへ転がったのは、誰かに脚を掛けられたのだと、痛みと同時に気づいた。
痛みの余り目に浮かんだ涙をごまかしながら立ち上がる。
気づけば傍らには、去っていった少女たちと同じ制服を着た、髪の長い少女が初めからそこに居たかのように立ちすくんでいた。
腰まである長い黒髪をつややかに背へと流している。大きな瞳と、整った鼻筋が印象的な、いわゆる人目を引く美少女、というやつだ。
「まさか、今時脚が長すぎたから引っかかった、とかいうんじゃないだろうな」
少女の瞳がアイスクリームのように冷え切った。
「どこの誰かは知らないけど、彼女たちに近づくのはやめなさい」
「そりゃ、こっちの台詞だろ」
油断していた、とは思わない。事件の捜査中だし、ひととおりの格闘術は心得たつもりだが、まるで気配を感じなかった。
ソフトを目深にかぶり直し、視線を沈めた。
容易ならない、とオレの探偵魂がいっている。
「話があるなら、私が聞くわ。その写真の人物についてもね」
「上等じゃねーか。たっぷり聞かせてもらうぜ、この写真の子のこともアンタ自身のこともな」
少女は、肩で風を切るようにして前を歩く。
オレは、後ろ手でフィリップが作成した追跡型操作端末バットショットを開放して逃げ出した二人を追わせると、
後ろに従って場所を移動した。
ちょうど帰宅ラッシュにぶち当たったのか、市内の大通りはどこも家路を急ぐ人々で込み合っている。
目の前を行く少女は、背中を見せたまま悠然と足を進めている。
単なる余裕なのか、それとも先程オレを転ばせた方法に何か秘密でもあるのだろうか。
体格的には小柄であるし、まともに組み合っても負ける要素はどこにもない。
だが、それらを超越した何かを、コイツは持っているということだ。
無様に地べたへ転がったのは、誰かに脚を掛けられたのだと、痛みと同時に気づいた。
痛みの余り目に浮かんだ涙をごまかしながら立ち上がる。
気づけば傍らには、去っていった少女たちと同じ制服を着た、髪の長い少女が初めからそこに居たかのように立ちすくんでいた。
腰まである長い黒髪をつややかに背へと流している。大きな瞳と、整った鼻筋が印象的な、いわゆる人目を引く美少女、というやつだ。
「まさか、今時脚が長すぎたから引っかかった、とかいうんじゃないだろうな」
少女の瞳がアイスクリームのように冷え切った。
「どこの誰かは知らないけど、彼女たちに近づくのはやめなさい」
「そりゃ、こっちの台詞だろ」
油断していた、とは思わない。事件の捜査中だし、ひととおりの格闘術は心得たつもりだが、まるで気配を感じなかった。
ソフトを目深にかぶり直し、視線を沈めた。
容易ならない、とオレの探偵魂がいっている。
「話があるなら、私が聞くわ。その写真の人物についてもね」
「上等じゃねーか。たっぷり聞かせてもらうぜ、この写真の子のこともアンタ自身のこともな」
少女は、肩で風を切るようにして前を歩く。
オレは、後ろ手でフィリップが作成した追跡型操作端末バットショットを開放して逃げ出した二人を追わせると、
後ろに従って場所を移動した。
ちょうど帰宅ラッシュにぶち当たったのか、市内の大通りはどこも家路を急ぐ人々で込み合っている。
目の前を行く少女は、背中を見せたまま悠然と足を進めている。
単なる余裕なのか、それとも先程オレを転ばせた方法に何か秘密でもあるのだろうか。
体格的には小柄であるし、まともに組み合っても負ける要素はどこにもない。
だが、それらを超越した何かを、コイツは持っているということだ。
17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:22:51.90 ID:Vpfm+ia40
少女の誘導に従って歩くと、次第に人気の離れた小道へと分け入っていく。
茜色の夕日が落ちきる直前に、ようやく人気の無い寂れた工場の裏手にたどり着いた。
「随分寂しいところを知ってるんだな。ま、ここなら邪魔は入りそうにないな。
さあ、この写真の人物について聞かせてもらおうか。えーと、オレは探偵の左翔太郎だ。君の名前を教えてもらおうか」
「その、必要は無いわ」
「は? ちょっと待てよ。どういう意味だよ」
「あなたが何故その写真の人物を探しているかどうかなんて興味ない。
これ以上首を突っ込まないよう、少々釘を差す為にここまで連れてきただけよ」
反射的に、唇の端がもつれるようにひきつる。
オレは苦笑を禁じえなかった。
少女に脅される探偵!
マーロウもリュウ・アーチャーもサム・スペードもきっとオレのことを許さないだろう。
茜色の夕日が落ちきる直前に、ようやく人気の無い寂れた工場の裏手にたどり着いた。
「随分寂しいところを知ってるんだな。ま、ここなら邪魔は入りそうにないな。
さあ、この写真の人物について聞かせてもらおうか。えーと、オレは探偵の左翔太郎だ。君の名前を教えてもらおうか」
「その、必要は無いわ」
「は? ちょっと待てよ。どういう意味だよ」
「あなたが何故その写真の人物を探しているかどうかなんて興味ない。
これ以上首を突っ込まないよう、少々釘を差す為にここまで連れてきただけよ」
反射的に、唇の端がもつれるようにひきつる。
オレは苦笑を禁じえなかった。
少女に脅される探偵!
マーロウもリュウ・アーチャーもサム・スペードもきっとオレのことを許さないだろう。
18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:23:28.19 ID:Vpfm+ia40
「なにがおかしいの」
「――は」
ひきつった笑いがそのまま、凍りつく。
彼女は、いつのまに取り出したのだろうか、ニューナンブM60のリボルバーを右手で構え、黒々とした銃口をこちらに向けていた。
ちょっと待て!
一瞬たりとも、目を離してはいなかったし、隙だって無かったはずだ。
まるで、魔法のように突如として出現した凶器を目の前にして、オレに出来ることといえば、
馬鹿みたいに開けた口をゆっくりと閉めることぐらいだった。
「お嬢ちゃん。イタズラもそのくらいにしておかないと、そろそろ怒るぜ」
「――どうぞ、ご自由に」
「――は」
ひきつった笑いがそのまま、凍りつく。
彼女は、いつのまに取り出したのだろうか、ニューナンブM60のリボルバーを右手で構え、黒々とした銃口をこちらに向けていた。
ちょっと待て!
一瞬たりとも、目を離してはいなかったし、隙だって無かったはずだ。
まるで、魔法のように突如として出現した凶器を目の前にして、オレに出来ることといえば、
馬鹿みたいに開けた口をゆっくりと閉めることぐらいだった。
「お嬢ちゃん。イタズラもそのくらいにしておかないと、そろそろ怒るぜ」
「――どうぞ、ご自由に」
19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:24:21.81 ID:Vpfm+ia40
無慈悲に撃鉄を引き起こす硬質な音が耳朶を打った。
やばい、この子の方がオレよりハードボイルドなんじゃ。
「この街を出て、二度と鹿目まどかに近づかないというのであれば、命だけは助けてあげる」
「悪いがそういうわけにはいかないな」
「残念ね」
鈍い音と共に、銃弾が後方へと流れた。
少女の瞳。今まで何一つ揺るぎもしなかったそれが、僅かに戸惑いの色を見せたのを見た。
オレは後方を振り返ると、近づいてくる黒服の一団を見た、四・五・六・七、八人。見間違いようもない。
頭部全体を覆う、真っ白な肋骨を模したマスク。マスカレイド・ドーパントだ。
「なに、なんなの貴方たちはっ!?」
前方に気をとられていたせいか、彼女は後ろに回っていた奴らに気づかなかったのだろう。
少女は、背後から迫っていた二人の男にあっさりと組み伏せられると、地べたへと押し付けられるようにして顔を擦りつけた。
「おい、レディを乱暴に扱うんじゃねーよ」
オレは黒服たちから一斉に飛び掛られないだけの距離を保ちつつ、様子を伺う。
ところが男たちは、オレを無視した格好で、彼女だけに注意を払っているように見えた。
やばい、この子の方がオレよりハードボイルドなんじゃ。
「この街を出て、二度と鹿目まどかに近づかないというのであれば、命だけは助けてあげる」
「悪いがそういうわけにはいかないな」
「残念ね」
鈍い音と共に、銃弾が後方へと流れた。
少女の瞳。今まで何一つ揺るぎもしなかったそれが、僅かに戸惑いの色を見せたのを見た。
オレは後方を振り返ると、近づいてくる黒服の一団を見た、四・五・六・七、八人。見間違いようもない。
頭部全体を覆う、真っ白な肋骨を模したマスク。マスカレイド・ドーパントだ。
「なに、なんなの貴方たちはっ!?」
前方に気をとられていたせいか、彼女は後ろに回っていた奴らに気づかなかったのだろう。
少女は、背後から迫っていた二人の男にあっさりと組み伏せられると、地べたへと押し付けられるようにして顔を擦りつけた。
「おい、レディを乱暴に扱うんじゃねーよ」
オレは黒服たちから一斉に飛び掛られないだけの距離を保ちつつ、様子を伺う。
ところが男たちは、オレを無視した格好で、彼女だけに注意を払っているように見えた。
20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:25:21.47 ID:Vpfm+ia40
「暁美 ほむらだな」
一団の中から、一人の男が進み出ると、少女に呼びかけた。
返事は期待していなかったのだろう、リーダー格の男は首をしゃくると、
ほむらと呼ばれた少女を組み伏せていた男が、彼女の胸元へと腕を入れ何かをまさぐり出す。
「やめなさい、やめっ……やめてっ!!」
掲げるように男は、小さな卵のような装飾品を取り出すと、地面から顔を上げて抗うほむらの頭を踏みつけた。
「情報通り、身体を拘束すると魔法は使えないようだ」
男は肩に乗せた白い猫のような生き物に何事かを語りかけている。オレが、本当に驚いたのは、その猫が男の言葉に返答をしたからだった。
人間に言葉で。
「思った以上にスムーズに作業が完了したようだね」
「あなたはっ!!」
ちょっと、待て。あいつらは、動物と会話している。待て待て、おかしいのはオレなのか? それとも、この世界か?
「暁美 ほむら。君は規格外だ。これ以上勝手にうろつかれても、僕の計画に支障をきたす。
残念だけど、ここで退場してもらうことにしたんだ」
「キュウべえっ!! あなたは、どこまでっ!!」
「そう、怒らないでよ。彼らと僕の利害は一致した。財団Xはグリーフ・シードやソウル・ジェムが研究のために必要。
僕には君の排除を行う人手が必要だった。これは仕方がないことなんだよ」
「お願い、返して。それがないと、私、戻れないっ!」
「ごめん、諦めて。その代わり、僕がちゃんと、鹿目まどかを魔法少女にしてあげるから」
莞爾と微笑む。
一団の中から、一人の男が進み出ると、少女に呼びかけた。
返事は期待していなかったのだろう、リーダー格の男は首をしゃくると、
ほむらと呼ばれた少女を組み伏せていた男が、彼女の胸元へと腕を入れ何かをまさぐり出す。
「やめなさい、やめっ……やめてっ!!」
掲げるように男は、小さな卵のような装飾品を取り出すと、地面から顔を上げて抗うほむらの頭を踏みつけた。
「情報通り、身体を拘束すると魔法は使えないようだ」
男は肩に乗せた白い猫のような生き物に何事かを語りかけている。オレが、本当に驚いたのは、その猫が男の言葉に返答をしたからだった。
人間に言葉で。
「思った以上にスムーズに作業が完了したようだね」
「あなたはっ!!」
ちょっと、待て。あいつらは、動物と会話している。待て待て、おかしいのはオレなのか? それとも、この世界か?
「暁美 ほむら。君は規格外だ。これ以上勝手にうろつかれても、僕の計画に支障をきたす。
残念だけど、ここで退場してもらうことにしたんだ」
「キュウべえっ!! あなたは、どこまでっ!!」
「そう、怒らないでよ。彼らと僕の利害は一致した。財団Xはグリーフ・シードやソウル・ジェムが研究のために必要。
僕には君の排除を行う人手が必要だった。これは仕方がないことなんだよ」
「お願い、返して。それがないと、私、戻れないっ!」
「ごめん、諦めて。その代わり、僕がちゃんと、鹿目まどかを魔法少女にしてあげるから」
莞爾と微笑む。
21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:26:11.12 ID:Vpfm+ia40
「――あ、あああっ」
ほむらの理性が爆発したように弾けた。
頭を左右に振るって、恥も外聞も無く起き上がろうとするが、彼女の両肩を屈強な大の男が二人がかりで押さえつけている。
脱出は不可能。彼女の四肢は地面に縫い付けられたように微塵も動かない。
マスカレイド・ドーパントたちは、オレにはまったく興味は無いのか、宝石のようなものを回収し終えると、
ほむらをその場に置いたままゆっくりと遠ざかっていく。
リーダーらしき男の肩には、彼女が話しかけていたキュウべえという生き物がちょこんと座り込んでいる。つい、と振り向いたその生き物と目が合った。
その赤い目玉は、落ちかける夕日と同じように、濁った血の色をしていた。
「――たす、けて」
ほむらの理性が爆発したように弾けた。
頭を左右に振るって、恥も外聞も無く起き上がろうとするが、彼女の両肩を屈強な大の男が二人がかりで押さえつけている。
脱出は不可能。彼女の四肢は地面に縫い付けられたように微塵も動かない。
マスカレイド・ドーパントたちは、オレにはまったく興味は無いのか、宝石のようなものを回収し終えると、
ほむらをその場に置いたままゆっくりと遠ざかっていく。
リーダーらしき男の肩には、彼女が話しかけていたキュウべえという生き物がちょこんと座り込んでいる。つい、と振り向いたその生き物と目が合った。
その赤い目玉は、落ちかける夕日と同じように、濁った血の色をしていた。
「――たす、けて」
22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:27:24.05 ID:Vpfm+ia40
少女の声。最初に会った時感じた、巌のような不動さはなく、それは年相応のはかなく、か弱いものだった。
長い少女の黒髪。ほつれたその間から覗く、濡れた少女の瞳と視線が交錯した。
「助けて、左翔太郎」
「ようやく、オレの名前を呼んでくれたな――で、もういいか、フィリップ」
『待たせてすまない、翔太郎』
耳元に当てたスタッグフォンから、相棒の声が聞こえる。
オレは携帯を閉じると同時に、ほむらを押さえ込んでいた片方の男に回し蹴りを喰らわせ、
同時にこちらを向いた男の顔面に拳を突き入れた。
右手でダブルドライバーを腰に装着すると同時に、ジョーカーメモリを叩き込む。
『サイクロン!!』
『ジョーカー!!』
無機質な機械音が、辺りに木霊す。
悪党ども、もう遅いぜ。
「変身!!」
――『CYCLONE/JOKER!!』
長い少女の黒髪。ほつれたその間から覗く、濡れた少女の瞳と視線が交錯した。
「助けて、左翔太郎」
「ようやく、オレの名前を呼んでくれたな――で、もういいか、フィリップ」
『待たせてすまない、翔太郎』
耳元に当てたスタッグフォンから、相棒の声が聞こえる。
オレは携帯を閉じると同時に、ほむらを押さえ込んでいた片方の男に回し蹴りを喰らわせ、
同時にこちらを向いた男の顔面に拳を突き入れた。
右手でダブルドライバーを腰に装着すると同時に、ジョーカーメモリを叩き込む。
『サイクロン!!』
『ジョーカー!!』
無機質な機械音が、辺りに木霊す。
悪党ども、もう遅いぜ。
「変身!!」
――『CYCLONE/JOKER!!』
23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:28:13.94 ID:Vpfm+ia40
烈風が巻き起こると同時に、視界の向こう側が世界ごと変革される。
みなぎる力が、人間の限界をあっという間に振り切って、オレを瞬間的に無敵の超人へと造り替えた。
この地球における根源への叡智。
正義と悪の概念すら断ち切る、規格外のパワー。
仮面ライダーWだ。
「レディを泣かせるやつは、このオレたちが許さねぇ!!」
みなぎる力が、人間の限界をあっという間に振り切って、オレを瞬間的に無敵の超人へと造り替えた。
この地球における根源への叡智。
正義と悪の概念すら断ち切る、規格外のパワー。
仮面ライダーWだ。
「レディを泣かせるやつは、このオレたちが許さねぇ!!」
24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:29:05.36 ID:Vpfm+ia40
オレは一瞬でトップスピードに乗り切ると、反応の遅れたマスカレイド・ドーパントの一軍に真っ向から切り込んだ。
一人目の男の腰へと飛び蹴りを叩き込むと、向かい来るもう一人の喉首へと水平に手刀を突き入れた。
くの字に身体を折りたたむ男の腰を蹴りつけると、背中に殺気を感じる。
オレはそのまま振り向かずそのまましゃがみこみ、突っ込んでくる男を背中の上で滑らせ、
そいつの頭を両手で押さえ込み、勢いを殺さず地面へと卵をへし割るように叩き付けた。
「回収を優先しろ!」
リーダーらしき男が指示を飛ばしている。蜘蛛の子を散らすように駆けていく一群を睨みながら、オレは怒声を浴びせた。
「だから、逃がさねぇって!!」
銃撃手の記憶を内包したトリガーメモリを交換する。
『CYCLONE/TRIGGER!!』
逃げ惑うマスカレイド・ドーパントに向けて、トリガーマグナムをまとめてぶっ放す。
破壊エネルギーの弾をまともに食らった、男たちは、滅びの絶叫をあげながら世界から霧散していった。
「こいつらいったい」
『量産メモリだ。それより、最後の一人は』
唯一自我を有していたリーダー格らしき男だけは、健気にも立ち向かおうと、猛然と襲い掛かってくる。 所詮はそれも、蟷螂の斧。
「があああっ!!」
オレは、敵の正拳突きを左手で払うと、脇腹に右ひざを勢いよくぶち当てた。
ふらつく上体。右の親指を鳴らすと、空を見上げる。日はほとんど落ちかかっている。夜がもう、そこまで忍び寄っていた。
一人目の男の腰へと飛び蹴りを叩き込むと、向かい来るもう一人の喉首へと水平に手刀を突き入れた。
くの字に身体を折りたたむ男の腰を蹴りつけると、背中に殺気を感じる。
オレはそのまま振り向かずそのまましゃがみこみ、突っ込んでくる男を背中の上で滑らせ、
そいつの頭を両手で押さえ込み、勢いを殺さず地面へと卵をへし割るように叩き付けた。
「回収を優先しろ!」
リーダーらしき男が指示を飛ばしている。蜘蛛の子を散らすように駆けていく一群を睨みながら、オレは怒声を浴びせた。
「だから、逃がさねぇって!!」
銃撃手の記憶を内包したトリガーメモリを交換する。
『CYCLONE/TRIGGER!!』
逃げ惑うマスカレイド・ドーパントに向けて、トリガーマグナムをまとめてぶっ放す。
破壊エネルギーの弾をまともに食らった、男たちは、滅びの絶叫をあげながら世界から霧散していった。
「こいつらいったい」
『量産メモリだ。それより、最後の一人は』
唯一自我を有していたリーダー格らしき男だけは、健気にも立ち向かおうと、猛然と襲い掛かってくる。 所詮はそれも、蟷螂の斧。
「があああっ!!」
オレは、敵の正拳突きを左手で払うと、脇腹に右ひざを勢いよくぶち当てた。
ふらつく上体。右の親指を鳴らすと、空を見上げる。日はほとんど落ちかかっている。夜がもう、そこまで忍び寄っていた。
25: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:29:51.57 ID:Vpfm+ia40
『詳しい話を聞きたい、メモリブレイクだ。翔太郎』
「いくぜ、フィリップ!」
『CYCLONE/JOKER!!』
トリガーメモリを外すと、オレはジョーカーメモリをマキシマムスロットにぶち込む。
――こいつで終わりだ。
『マキシマム・ドライブ』
メモリのエネルギーがジョーカーアンクレットを増幅し、オレの身体は上空へと舞い上がる。地上には、対象を見失った哀れなドーパント。
怒りの鉄槌を受けるがいい。
『ジョーカー・エクストリーム!!』
オレとフィリップの叫びがユニゾンする。セントラルパーティーションが交互に分離して、必殺の蹴りがドーパントの身体を打ち砕いた。
男の身体から、破壊されたガイアメモリが排出される。
「いくぜ、フィリップ!」
『CYCLONE/JOKER!!』
トリガーメモリを外すと、オレはジョーカーメモリをマキシマムスロットにぶち込む。
――こいつで終わりだ。
『マキシマム・ドライブ』
メモリのエネルギーがジョーカーアンクレットを増幅し、オレの身体は上空へと舞い上がる。地上には、対象を見失った哀れなドーパント。
怒りの鉄槌を受けるがいい。
『ジョーカー・エクストリーム!!』
オレとフィリップの叫びがユニゾンする。セントラルパーティーションが交互に分離して、必殺の蹴りがドーパントの身体を打ち砕いた。
男の身体から、破壊されたガイアメモリが排出される。
27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(静岡県) 2011/03/19(土) 21:31:29.99 ID:Vpfm+ia40
オレは変身を解くと、倒れ伏したままの男が握っていた宝石を拾い上げる。
それから、膝を突いたまま呆然としている彼女に向かってゆっくりと歩いていった。
「立てるか」
ほむらは無言のまま座り込んでいる。オレは、彼女に宝石を握らせてやると、膝を折って目線を下ろし、じっと目を覗き込んだ。
「な、なに?」
「か弱いレディ、涙を拭いたほうがいいな」
ハンカチをそっと差し出すと、少女は顔を真っ赤にして俯いた。
「――どうして、助けてくれたの」
「If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive」
「……やさしくなくては生きていく資格が無い? 今時チャンドラーなんて流行らないわ」
「オレは過去の世界に生きてるのさ」
人差し指でソフト帽を軽く持ち上げる。オレはその時、彼女が少しだけ微笑んだのを見逃さなかった。
NEXT→/02
それから、膝を突いたまま呆然としている彼女に向かってゆっくりと歩いていった。
「立てるか」
ほむらは無言のまま座り込んでいる。オレは、彼女に宝石を握らせてやると、膝を折って目線を下ろし、じっと目を覗き込んだ。
「な、なに?」
「か弱いレディ、涙を拭いたほうがいいな」
ハンカチをそっと差し出すと、少女は顔を真っ赤にして俯いた。
「――どうして、助けてくれたの」
「If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive」
「……やさしくなくては生きていく資格が無い? 今時チャンドラーなんて流行らないわ」
「オレは過去の世界に生きてるのさ」
人差し指でソフト帽を軽く持ち上げる。オレはその時、彼女が少しだけ微笑んだのを見逃さなかった。
NEXT→/02
47: ◆/Pbzx9FKd2 2011/03/24(木) 22:23:24.48 ID:VzXfE/Lt0
/02
私が誰かの好意を裏切ったのは初めてではない。けれどもこの時、確かに超えてはいけない一線を踏み越えてしまった気がした。
手にしたスタンロッドは青白い魔翌力と火花を散らしながら、ふるふると震えている。
目の前には、先程まで屈託無く笑っていた青年がうつ伏せに倒れていた。
探偵だと名乗っていた左翔太郎の背後から一撃を与えるには、余りにも容易過ぎた。
荒い呼吸がやけに耳につく。自分のものだ。
脂汗が額を伝って左目に入ると、軋んだように左目が痛んだ。彼の取り返してくれたソウルジェムをそっと握り締める。
この男は危険だ。
魔法少女以外の、いやそれ以上の強力な力。
私にはいちいち関わりあったり、人並みに興味を持ったりする暇はないし、必要も無い。
幸いにも、インキュベーターが連れて来た男たちは残らず始末されたようだ。
いや、まだ、ひとりだけ残っている。
「ひっ」
左翔太郎に撃破されたうち、一人だけ消滅せずに倒れている者がいた。
私は、起き上がろうともがく男に近づくと、手の中に顕現させたグロック17を見せ付け、
恐怖を煽るように銃口を向けたまま上下にゆっくりと揺らした。
男は四つん這いのまま無防備な背中を見せて、動かない両足を無理やり酷使しいざっていく。
まるで、ピンで張り付けられた虫けらみたいだ。
私は男の背中の中央を蹴りつけると存分に地べたの砂を食らわせ、おもむろに前方に回ってから顔面を容赦なく蹴上げた。
私が誰かの好意を裏切ったのは初めてではない。けれどもこの時、確かに超えてはいけない一線を踏み越えてしまった気がした。
手にしたスタンロッドは青白い魔翌力と火花を散らしながら、ふるふると震えている。
目の前には、先程まで屈託無く笑っていた青年がうつ伏せに倒れていた。
探偵だと名乗っていた左翔太郎の背後から一撃を与えるには、余りにも容易過ぎた。
荒い呼吸がやけに耳につく。自分のものだ。
脂汗が額を伝って左目に入ると、軋んだように左目が痛んだ。彼の取り返してくれたソウルジェムをそっと握り締める。
この男は危険だ。
魔法少女以外の、いやそれ以上の強力な力。
私にはいちいち関わりあったり、人並みに興味を持ったりする暇はないし、必要も無い。
幸いにも、インキュベーターが連れて来た男たちは残らず始末されたようだ。
いや、まだ、ひとりだけ残っている。
「ひっ」
左翔太郎に撃破されたうち、一人だけ消滅せずに倒れている者がいた。
私は、起き上がろうともがく男に近づくと、手の中に顕現させたグロック17を見せ付け、
恐怖を煽るように銃口を向けたまま上下にゆっくりと揺らした。
男は四つん這いのまま無防備な背中を見せて、動かない両足を無理やり酷使しいざっていく。
まるで、ピンで張り付けられた虫けらみたいだ。
私は男の背中の中央を蹴りつけると存分に地べたの砂を食らわせ、おもむろに前方に回ってから顔面を容赦なく蹴上げた。
48: ◆/Pbzx9FKd2 2011/03/24(木) 22:25:02.49 ID:VzXfE/Lt0
「ぎひいいっ!」
無言のまま、二度、三度とつま先を男の顔面中央にに突き入れる。
「痛い? でも、仕方ないわ。これは罰なのだから」
蹴りつければ蹴りつけるほど、自分の中のドス黒い感情が高まってくる。魔女を殲滅する時にはまったくなかったものだ。
「や、やべ、やべてくださ、ください」
「やだ」
男は両手で顔を覆って痛みから逃れようとする。
もはや腹の中のくぐもったむかつきは、自分でも誤魔化しようの無いくらい膨れ上がっていた。
頭の中で、今まで何度も繰り返してきた、まどかを失ってきた悲しみ、
自分の言葉を何一つ理解しようとしないみんなのこと。
それから、終わりの無い苦しみの道程。すべていっしょくたになって、胸の中で渦を巻いて激しく唸っている。
「いだ、いだぁい、びょ、びょういんへぇ」
男の覆面を無理やり剥ぎ取る。白い骨のような模様が描かれていたそれは、血反吐ど泥でぐちゃぐちゃの汚物に成り果てている。
仮面の下から出てきた顔を、凡庸な中年男性のものだった。
「答えなさい。あなたは、なに?」
「お、おれは、ざいだんえっくす、のものぉ、いぎぃいいいっ!! いだああああっ!! やべっ、やべてぇええっ!!」
前髪を毟るようにして引き絞り、俯きがちな顔を無理やり上げてやる。
「私に理解できるように答えなさい、といったの」
その時の私の顔は、鏡を見なくてもわかるくらい凶悪なものだったと思う。
男の話を総括すると以下のようになる。
第一に、私を襲った彼らは財団Xという組織であり、これらはこの待ちにソウルジェムとグリーフシードを求めてやってきたらしい。
無言のまま、二度、三度とつま先を男の顔面中央にに突き入れる。
「痛い? でも、仕方ないわ。これは罰なのだから」
蹴りつければ蹴りつけるほど、自分の中のドス黒い感情が高まってくる。魔女を殲滅する時にはまったくなかったものだ。
「や、やべ、やべてくださ、ください」
「やだ」
男は両手で顔を覆って痛みから逃れようとする。
もはや腹の中のくぐもったむかつきは、自分でも誤魔化しようの無いくらい膨れ上がっていた。
頭の中で、今まで何度も繰り返してきた、まどかを失ってきた悲しみ、
自分の言葉を何一つ理解しようとしないみんなのこと。
それから、終わりの無い苦しみの道程。すべていっしょくたになって、胸の中で渦を巻いて激しく唸っている。
「いだ、いだぁい、びょ、びょういんへぇ」
男の覆面を無理やり剥ぎ取る。白い骨のような模様が描かれていたそれは、血反吐ど泥でぐちゃぐちゃの汚物に成り果てている。
仮面の下から出てきた顔を、凡庸な中年男性のものだった。
「答えなさい。あなたは、なに?」
「お、おれは、ざいだんえっくす、のものぉ、いぎぃいいいっ!! いだああああっ!! やべっ、やべてぇええっ!!」
前髪を毟るようにして引き絞り、俯きがちな顔を無理やり上げてやる。
「私に理解できるように答えなさい、といったの」
その時の私の顔は、鏡を見なくてもわかるくらい凶悪なものだったと思う。
男の話を総括すると以下のようになる。
第一に、私を襲った彼らは財団Xという組織であり、これらはこの待ちにソウルジェムとグリーフシードを求めてやってきたらしい。
49: ◆/Pbzx9FKd2 2011/03/24(木) 22:26:54.95 ID:VzXfE/Lt0
第二に、彼らはガイアメモリという「地球の記憶」と呼ばれる、
事象・現象を再現するデータプログラムを収納させたメモリを使うことによって超人的な力を得ることが出来る、ということ。
つまり彼らは、ガイアメモリ研究の為に、魔法少女の力の要であるソウルジェムやグリーフシードを集めにやってきたらしい。
もっとも、このガイアメモリ、極めて特殊なもので適正者はほとんど居らず、
使用者の全てといっていいほどその強大な力によって精神を破壊されてしまう。
そういった意味では、左翔太郎は限定された適合者なのだろう。
なんというか、ほとんど理解できない世界だ。
私も魔法少女の力を知らなければ、こんなことは絶対に理解できなかったと思う。
今考えれば、知らないことがどれだけしあわせだったのだろう。
「これで知っていることは全て?」
「は、はぁい」
「そう、もうこちらに用はないわ」
立ち上がってグロックを構える。精薄者のように呆けた男の間抜け面を眺めながらトリガーを二回引くと、
9mmパラベラム弾が軽やかに発射。弾着。至極上手に両膝を撃ち抜くことに成功した。
絶叫と嗚咽を上げながらのたうつ男を尻目に、左翔太郎の傍らに移動する。
彼は、何の見返りも無く私を助けた。
それなのに自分は今、恩を仇で返そうとしている。
知らず、唇を噛み締める。鉄錆に似た血の匂いが口腔いっぱいに溢れた。
まどかのため。
まどかのため。
まどかのためなんだ。
呟くようにいい聞かせる。
この言葉こそが魔法の呪文。
彼のようなイレギュラーがいれば、財団Xのような輩が集まって来ないとも限らない。
銃把を持つ指先が、カタカタと震える。
命まで奪う必要は無い。
それにもう、とうに超えてしまったのだから。
引き返すことは出来ない。
……そもそもこんなことを迷っている時点でもはや自分は人間の範疇に入らないだろう。
銃口が定まらない。調査だかなんだか知らないが、これ以上引っ掻き回されるのはもうたくさん。
もうたくさん。
何もかも。
大きく深呼吸をする。
引き金を絞る。
軽やかな音が、たんとひとつ鳴った。
事象・現象を再現するデータプログラムを収納させたメモリを使うことによって超人的な力を得ることが出来る、ということ。
つまり彼らは、ガイアメモリ研究の為に、魔法少女の力の要であるソウルジェムやグリーフシードを集めにやってきたらしい。
もっとも、このガイアメモリ、極めて特殊なもので適正者はほとんど居らず、
使用者の全てといっていいほどその強大な力によって精神を破壊されてしまう。
そういった意味では、左翔太郎は限定された適合者なのだろう。
なんというか、ほとんど理解できない世界だ。
私も魔法少女の力を知らなければ、こんなことは絶対に理解できなかったと思う。
今考えれば、知らないことがどれだけしあわせだったのだろう。
「これで知っていることは全て?」
「は、はぁい」
「そう、もうこちらに用はないわ」
立ち上がってグロックを構える。精薄者のように呆けた男の間抜け面を眺めながらトリガーを二回引くと、
9mmパラベラム弾が軽やかに発射。弾着。至極上手に両膝を撃ち抜くことに成功した。
絶叫と嗚咽を上げながらのたうつ男を尻目に、左翔太郎の傍らに移動する。
彼は、何の見返りも無く私を助けた。
それなのに自分は今、恩を仇で返そうとしている。
知らず、唇を噛み締める。鉄錆に似た血の匂いが口腔いっぱいに溢れた。
まどかのため。
まどかのため。
まどかのためなんだ。
呟くようにいい聞かせる。
この言葉こそが魔法の呪文。
彼のようなイレギュラーがいれば、財団Xのような輩が集まって来ないとも限らない。
銃把を持つ指先が、カタカタと震える。
命まで奪う必要は無い。
それにもう、とうに超えてしまったのだから。
引き返すことは出来ない。
……そもそもこんなことを迷っている時点でもはや自分は人間の範疇に入らないだろう。
銃口が定まらない。調査だかなんだか知らないが、これ以上引っ掻き回されるのはもうたくさん。
もうたくさん。
何もかも。
大きく深呼吸をする。
引き金を絞る。
軽やかな音が、たんとひとつ鳴った。
50: ◆/Pbzx9FKd2 2011/03/24(木) 22:28:09.84 ID:VzXfE/Lt0
「でき、ない」
気づけば、両手でグロックを握り締め、空に向かって銃弾を放っていた。
「私は、魔法少女じゃない、ただの魔女よ」
くたりと倒れこんだままの探偵の顔を覗き込む。
こんな時でもなければ、胸をときめかせていたのだろうか。間近で見た彼の顔は、すっきりとした目鼻立ちの二枚目だった。
落ちていた帽子を拾い、埃を軽く払う。私は、彼の顔の上にそれを乗せると立ち上がり、握り締めていた拳を開いた。
ガイアメモリとベルト。
この二つが無ければ彼も、首を突っ込んでくることも無いだろう。
「まったく。手癖が悪い」
自嘲がこぼれる。右手で、自分の左手の甲を叩くと、闇の中で小さく音が鳴った。
気づけば、両手でグロックを握り締め、空に向かって銃弾を放っていた。
「私は、魔法少女じゃない、ただの魔女よ」
くたりと倒れこんだままの探偵の顔を覗き込む。
こんな時でもなければ、胸をときめかせていたのだろうか。間近で見た彼の顔は、すっきりとした目鼻立ちの二枚目だった。
落ちていた帽子を拾い、埃を軽く払う。私は、彼の顔の上にそれを乗せると立ち上がり、握り締めていた拳を開いた。
ガイアメモリとベルト。
この二つが無ければ彼も、首を突っ込んでくることも無いだろう。
「まったく。手癖が悪い」
自嘲がこぼれる。右手で、自分の左手の甲を叩くと、闇の中で小さく音が鳴った。
51: ◆/Pbzx9FKd2 2011/03/24(木) 22:28:48.07 ID:VzXfE/Lt0
さよなら、おせっかいな探偵さん。心の中でもういちど呟き、その場を振り返ることは無かった。
またひとつ、自分の心を闇の中に押し込めた。
またひとつ、自分の心を闇の中に押し込めた。
52: ◆/Pbzx9FKd2 2011/03/24(木) 22:31:14.55 ID:VzXfE/Lt0
私はどうしてまどかを救いたいかを考えながら、帰宅した。
服は泥と汚れにまみれていたし、身体は泥のごとく、ぐずぐずに疲れきっていた。
ぼろきれのような身体を自宅に投げ込み、熱いシャワーを浴び、チンチンに沸かしたあたたかいミルクを飲むとようやくひとごこちついた。
それからまもなく、たえようの無い、罪悪感が今更ながら襲ってきて、ひとり身悶えする。
私は、テーブルの上に乗せた、左翔太郎の所持品を眺めた瞬間、衝動的にそれらを視界から消し去るように払い落とした。
彼が私を助けたのは、ただの優越感だろう。
そう思い込むことにする。男のことなどよくわからない。
私の知っている男子というものは、馬鹿で愚かで粗野で乱暴な人間未満の生き物だけだった。
彼は自分よりひとまわりは年上だろうか。父親の世代に当てはめるのは若すぎるし、学内の先輩後輩のくくりに入れるのは遠すぎる。
なんだか、いろいろ考えすぎた。たたでさえやることはたくさんあるのに、これ以上頭を使いたくない。
疲れすぎて、気分まで悪くなってきたようだった。
それでも、これから再び行動するには何か、おなかの中に物を詰めておかなければ、いろいろ支障を来たすだろう。
いざという時、おなかがすいてまどかを助けられませんでした、でお話にもならない。
私はまとめ買いしておいた菓子パンを二つほど無理やり喉に詰め込むと、それを野菜ジュースで流し込む。
頭に巻いていたタオルを外すと、櫛を簡単に入れて身支度を整えてから、再び家を出ようとした時、
一番会いたくないやつが、勝手に自室に入りこんでいるのに気づき、胃の腑に強烈な疼きを感じた。
「女性の家に勝手に入り込むなんて、真性下劣ね」
「助けた相手を騙まし討ちにかける君にいわれてもね。
それより、彼は結構頑丈みたいだよ。あの後、すぐに立ち上がって大騒ぎしてたよ」
インキュベーターが、部屋の隅に視線を走らせる。
何故だかとがめられたような気がしてひどく落ち着かなくなった。
私は無言で魔翌力を解放すると、散弾銃であるモスバーグM500を突きつけ、引き金に指をかけた。
「ミンチにされたいのかしら」
服は泥と汚れにまみれていたし、身体は泥のごとく、ぐずぐずに疲れきっていた。
ぼろきれのような身体を自宅に投げ込み、熱いシャワーを浴び、チンチンに沸かしたあたたかいミルクを飲むとようやくひとごこちついた。
それからまもなく、たえようの無い、罪悪感が今更ながら襲ってきて、ひとり身悶えする。
私は、テーブルの上に乗せた、左翔太郎の所持品を眺めた瞬間、衝動的にそれらを視界から消し去るように払い落とした。
彼が私を助けたのは、ただの優越感だろう。
そう思い込むことにする。男のことなどよくわからない。
私の知っている男子というものは、馬鹿で愚かで粗野で乱暴な人間未満の生き物だけだった。
彼は自分よりひとまわりは年上だろうか。父親の世代に当てはめるのは若すぎるし、学内の先輩後輩のくくりに入れるのは遠すぎる。
なんだか、いろいろ考えすぎた。たたでさえやることはたくさんあるのに、これ以上頭を使いたくない。
疲れすぎて、気分まで悪くなってきたようだった。
それでも、これから再び行動するには何か、おなかの中に物を詰めておかなければ、いろいろ支障を来たすだろう。
いざという時、おなかがすいてまどかを助けられませんでした、でお話にもならない。
私はまとめ買いしておいた菓子パンを二つほど無理やり喉に詰め込むと、それを野菜ジュースで流し込む。
頭に巻いていたタオルを外すと、櫛を簡単に入れて身支度を整えてから、再び家を出ようとした時、
一番会いたくないやつが、勝手に自室に入りこんでいるのに気づき、胃の腑に強烈な疼きを感じた。
「女性の家に勝手に入り込むなんて、真性下劣ね」
「助けた相手を騙まし討ちにかける君にいわれてもね。
それより、彼は結構頑丈みたいだよ。あの後、すぐに立ち上がって大騒ぎしてたよ」
インキュベーターが、部屋の隅に視線を走らせる。
何故だかとがめられたような気がしてひどく落ち着かなくなった。
私は無言で魔翌力を解放すると、散弾銃であるモスバーグM500を突きつけ、引き金に指をかけた。
「ミンチにされたいのかしら」
53: ◆/Pbzx9FKd2 2011/03/24(木) 22:32:18.38 ID:VzXfE/Lt0
「こんなところで撃つつもりかい、 暁美 ほむら? ここを追い出されるのは君にとって時間のロスだろう。有意義な所作とは考えられない」
「先端のバヨネットが見えないの? この距離なら逃がさないわ」
いちいちこの生き物の言葉に腹が立つ。自分でも不思議なくらい感情のたかぶりが制動できない。
「いいね、その感情。僕にとっては、少なくとも君とあの男の接触は、エネルギー増幅にとても効率がいい。
どんどん、高ぶってもらいたいよ」
頭の回線が、まとめて焼き切れたように白熱した。
押し出すように銃剣を繰り出すと、尖った刃は狙いたがわずインキュベーターの左目から頭部を突き刺し、
部屋の畳へと赤黒い体液を撒き散らした。
「素晴らしい。 暁美 ほむら、君は優れた魔女に成れるよ、絶対に。僕が保障する」
インキュベーターは、左目を完全に破壊されているにも関わらず、淡々と言葉を繋いでいく。
私は喉元へと圧し上がってくる苦い水を無理やり飲み込んで、両手に力を一段と込めた。
苦しめ!
何度と無くまどかを傷つけた分まで。
苦しめ!
罪も無い人々を葬り去ったその咎を。
苦しめ!
私たちを騙してのうのうと過ごしている魂まで。
苦しめ! 苦しめ! 苦しめ!
「先端のバヨネットが見えないの? この距離なら逃がさないわ」
いちいちこの生き物の言葉に腹が立つ。自分でも不思議なくらい感情のたかぶりが制動できない。
「いいね、その感情。僕にとっては、少なくとも君とあの男の接触は、エネルギー増幅にとても効率がいい。
どんどん、高ぶってもらいたいよ」
頭の回線が、まとめて焼き切れたように白熱した。
押し出すように銃剣を繰り出すと、尖った刃は狙いたがわずインキュベーターの左目から頭部を突き刺し、
部屋の畳へと赤黒い体液を撒き散らした。
「素晴らしい。 暁美 ほむら、君は優れた魔女に成れるよ、絶対に。僕が保障する」
インキュベーターは、左目を完全に破壊されているにも関わらず、淡々と言葉を繋いでいく。
私は喉元へと圧し上がってくる苦い水を無理やり飲み込んで、両手に力を一段と込めた。
苦しめ!
何度と無くまどかを傷つけた分まで。
苦しめ!
罪も無い人々を葬り去ったその咎を。
苦しめ!
私たちを騙してのうのうと過ごしている魂まで。
苦しめ! 苦しめ! 苦しめ!
54: ◆/Pbzx9FKd2 2011/03/24(木) 22:33:07.94 ID:VzXfE/Lt0
白刃が完全にインキュベーターを押し割ると、部屋の中は、腐った臓物と薬品を攪拌したような悪臭でいっぱいになった。
ずたずたになった肉塊の前で荒い息をつく。
こわれた出来損ないのおもちゃを回収するように。
まったく同一のケダモノが、どこからともなく現れると、共食いをはじめ、やがてその行為にそぐわないかわいいげっぷ漏らす。
「困るなぁ、僕の身体を安易に壊されても。ま、安心してよ。
君があの男から所持品を盗んだことは黙っててあげるよ。
この世界にたいした影響は無い。君が、どれだけ邪魔をしたって、僕はまどかを必ず魔法少女にしてみせるよ。ノルマのためにもね」
「ノルマ……」
ずたずたになった肉塊の前で荒い息をつく。
こわれた出来損ないのおもちゃを回収するように。
まったく同一のケダモノが、どこからともなく現れると、共食いをはじめ、やがてその行為にそぐわないかわいいげっぷ漏らす。
「困るなぁ、僕の身体を安易に壊されても。ま、安心してよ。
君があの男から所持品を盗んだことは黙っててあげるよ。
この世界にたいした影響は無い。君が、どれだけ邪魔をしたって、僕はまどかを必ず魔法少女にしてみせるよ。ノルマのためにもね」
「ノルマ……」
56: ◆/Pbzx9FKd2 2011/03/24(木) 22:34:09.46 ID:VzXfE/Lt0
そんなものために、私は、私たちは。
気づけば、インキュベーターは目の前から姿を消していた。
畳に落ちた体液も全て回収されたのだろう、染みひとつなかった。
それからずっと私は前のめりに両手を畳に突いたままじっと姿勢を崩さず、自分が入ってきた部屋の扉を見続け、もう一度立ち上がった。
気づけば、インキュベーターは目の前から姿を消していた。
畳に落ちた体液も全て回収されたのだろう、染みひとつなかった。
それからずっと私は前のめりに両手を畳に突いたままじっと姿勢を崩さず、自分が入ってきた部屋の扉を見続け、もう一度立ち上がった。
57: ◆/Pbzx9FKd2 2011/03/24(木) 22:35:11.54 ID:VzXfE/Lt0
動きのあったのは次の日だった。
私は、まどかと巴マミ、美樹さやかが廃ビルに乗り込むのを見届けると、ゆっくりとその後に続こうと建物の影から身を乗り出した。
「暁美ほむらだな」
完全に油断していた。背後をぐるりと五人の男たちに囲まれている。
それは先日、工場裏で襲ってきた財団Xと同じ衣装を纏った怪人たちだった。
「ソウルジェムを渡してもらおうか」
――まったく、本当についてない。
この男たちを倒してもグリーフシードを手に入れることは出来ないし、再び魔翌力の無駄遣いをすることになる。
私の能力を使えば逃げることはたやすい。だがそれは、同時に後方のまどかたちを危険にさらすことだった。
やるしかない。
先日の戦い方を見れば、彼らは肉体を強化しているあくまで人間の範疇に過ぎず、
その点は今まで戦ってきた常識の通用しない魔女や使い魔に比べれば、どうということのないものだった。
ソウルジェムから魔翌力を開放して変身すると同時に、唯一の力である時間操作の魔術を行使した。
距離を取って戦えば、彼らの能力は私にとって児戯に等しいものだ。
右手にモスバーグM500、左手にハンドガンを構えると、時間を縫いとめられたまま硬直している怪人たちに向かって引き金を絞る。
私は、まどかと巴マミ、美樹さやかが廃ビルに乗り込むのを見届けると、ゆっくりとその後に続こうと建物の影から身を乗り出した。
「暁美ほむらだな」
完全に油断していた。背後をぐるりと五人の男たちに囲まれている。
それは先日、工場裏で襲ってきた財団Xと同じ衣装を纏った怪人たちだった。
「ソウルジェムを渡してもらおうか」
――まったく、本当についてない。
この男たちを倒してもグリーフシードを手に入れることは出来ないし、再び魔翌力の無駄遣いをすることになる。
私の能力を使えば逃げることはたやすい。だがそれは、同時に後方のまどかたちを危険にさらすことだった。
やるしかない。
先日の戦い方を見れば、彼らは肉体を強化しているあくまで人間の範疇に過ぎず、
その点は今まで戦ってきた常識の通用しない魔女や使い魔に比べれば、どうということのないものだった。
ソウルジェムから魔翌力を開放して変身すると同時に、唯一の力である時間操作の魔術を行使した。
距離を取って戦えば、彼らの能力は私にとって児戯に等しいものだ。
右手にモスバーグM500、左手にハンドガンを構えると、時間を縫いとめられたまま硬直している怪人たちに向かって引き金を絞る。
59: ◆/Pbzx9FKd2 2011/03/24(木) 22:36:58.14 ID:VzXfE/Lt0
魔翌力を込められた銃弾は、神秘の力を内包しながら螺旋を描いて飛翔し、直前で静止。
――再び時空制御を解いた瞬間、幾多の火線はその爆発力を開放させ、瞬時に四人の男を屠った。
最後に残った一人はワケがわからないといった様子で、一瞬うろたえる様子を見せたが、
覇気を振り絞ると、自分の首筋に小さな物を突き立てるのが見えた。
『ビースト!』
無機質な機械音。ガイアメモリだ。
男の口からほとばしる、うなり声を聞いて総毛立つ。
この男を一番最初に始末すべきだった。
男の姿は、鈍く闇の中で発光すると同時に、全身が青白く、まるで巨大な熊を模した怪物に変貌を遂げた。
その一瞬が明暗を分けた。
怪物が地を蹴って猛進する。左手の魔法盤を操作するのが遅れた。
いや、気づいたとしても到底間に合わなかっただろう。怪物の右腕。空を切り裂いて振られたと同時に、宙を舞っていた。
まとめてへし折られた肋骨が内臓を攪拌しながら、ばらばらに分解する。
とっさに痛覚を切った。意識を強く持て。
喉元にこみ上げる血の塊を飲み干すと、猫のように身を丸め、それから両足を突き出す。
かろうじて背後の壁との激突だけは防いだ。が、激突を和らげるため伸ばした右足の置き所が悪かったのか、完全に折れた。
痛みはほとんど感じない。だが、機能的にはマイナスだ。
スピードを失った。
この敵には、致命的。
もう一瞬、身をひねるのが遅れたら全身がミンチになっていたはずだ。そう思えばよしと、考えるしかない。
ヤツが私を殴り飛ばしたせいで、距離が取れた。
組み合えば、一瞬でこなごなにされるだろう。そして、ソウルジェムを回収される。
それが最悪のシナリオだ。
考えている暇は無い。
怪物は再び殺意を収斂させ、全力で殴りかかってくる。
私は時間操作の魔法を行使すると、時を止めた。
この敵はハンドガンでは到底倒せない、ならば。
建屋の脇に隠しておいた、とっておきを取り出す。
携帯式対戦車擲弾発射器、通称RPG-7といわれる無反動砲だ。
弾頭にありったけの魔翌力を込める。
時間に縫いとめられ、凍ったように立ち尽くした怪物に向け、引き金を絞り込むと、
銃器の後方から燃焼ガスが噴出し、弾丸は放物線を描き、敵の顔面直前で静止。
――再び時空制御を解いた瞬間、幾多の火線はその爆発力を開放させ、瞬時に四人の男を屠った。
最後に残った一人はワケがわからないといった様子で、一瞬うろたえる様子を見せたが、
覇気を振り絞ると、自分の首筋に小さな物を突き立てるのが見えた。
『ビースト!』
無機質な機械音。ガイアメモリだ。
男の口からほとばしる、うなり声を聞いて総毛立つ。
この男を一番最初に始末すべきだった。
男の姿は、鈍く闇の中で発光すると同時に、全身が青白く、まるで巨大な熊を模した怪物に変貌を遂げた。
その一瞬が明暗を分けた。
怪物が地を蹴って猛進する。左手の魔法盤を操作するのが遅れた。
いや、気づいたとしても到底間に合わなかっただろう。怪物の右腕。空を切り裂いて振られたと同時に、宙を舞っていた。
まとめてへし折られた肋骨が内臓を攪拌しながら、ばらばらに分解する。
とっさに痛覚を切った。意識を強く持て。
喉元にこみ上げる血の塊を飲み干すと、猫のように身を丸め、それから両足を突き出す。
かろうじて背後の壁との激突だけは防いだ。が、激突を和らげるため伸ばした右足の置き所が悪かったのか、完全に折れた。
痛みはほとんど感じない。だが、機能的にはマイナスだ。
スピードを失った。
この敵には、致命的。
もう一瞬、身をひねるのが遅れたら全身がミンチになっていたはずだ。そう思えばよしと、考えるしかない。
ヤツが私を殴り飛ばしたせいで、距離が取れた。
組み合えば、一瞬でこなごなにされるだろう。そして、ソウルジェムを回収される。
それが最悪のシナリオだ。
考えている暇は無い。
怪物は再び殺意を収斂させ、全力で殴りかかってくる。
私は時間操作の魔法を行使すると、時を止めた。
この敵はハンドガンでは到底倒せない、ならば。
建屋の脇に隠しておいた、とっておきを取り出す。
携帯式対戦車擲弾発射器、通称RPG-7といわれる無反動砲だ。
弾頭にありったけの魔翌力を込める。
時間に縫いとめられ、凍ったように立ち尽くした怪物に向け、引き金を絞り込むと、
銃器の後方から燃焼ガスが噴出し、弾丸は放物線を描き、敵の顔面直前で静止。
60: ◆/Pbzx9FKd2 2011/03/24(木) 22:38:30.47 ID:VzXfE/Lt0
私が発射機を放り投げ飛び跳ねると同時に時間が再び息を吹き返し、爆炎が視界を覆ったのは同時だった。
――やった。
安堵した瞬間、煙の中をゆっくりと動き出した大きな影が網膜に映りこむ。
「うそ、でしょ」
怪物、ビーストの顔面は確かに魔翌力と火薬を混合させた力で破壊されていたが、
まるで時間を巻き戻すかのように、その怪我はみるみるうちに復元されていった。
ほとんど反射的にハンドガンを取り出すと、狙いもつけずに撃ちまくる。
けれども、ヤツは小雨を振り払うかのように片手をかざし、弾丸を弾きながら一歩一歩近づいていくる。
ソウルジェムに視線を落とす。
濁りすぎている。
昨日から、想定以上に無駄な魔翌力を使いすぎたのだ。
――やった。
安堵した瞬間、煙の中をゆっくりと動き出した大きな影が網膜に映りこむ。
「うそ、でしょ」
怪物、ビーストの顔面は確かに魔翌力と火薬を混合させた力で破壊されていたが、
まるで時間を巻き戻すかのように、その怪我はみるみるうちに復元されていった。
ほとんど反射的にハンドガンを取り出すと、狙いもつけずに撃ちまくる。
けれども、ヤツは小雨を振り払うかのように片手をかざし、弾丸を弾きながら一歩一歩近づいていくる。
ソウルジェムに視線を落とす。
濁りすぎている。
昨日から、想定以上に無駄な魔翌力を使いすぎたのだ。
61: ◆/Pbzx9FKd2 2011/03/24(木) 22:39:30.47 ID:VzXfE/Lt0
このままでは例え、こいつを倒せたとしても、魔女になってしまう。
そんなのはいやだ。
承服できない。
来るな!
来るな!!
来るな!!!
「は――」
直前で停止した怪物が、左腕の大詰めを大きく振るうのが見えた。
死ぬ。
死んでしまう。
この距離ではかわせない。
例え、ソウルジェムが残ってさえいれば大丈夫だったとしても。
あの爪で真っ二つにされるのはいやだ!!
咄嗟に首をひねったのは奇跡だった。だが、左腕から身を逸らした直後、
敵の右足が、脇腹へと垂直に突き刺さるのを理解した瞬間、時間が跳んだ。
空を飛んでいるのか、地に伏しているのか。もう、そんなことはわからないくらい、強烈な一撃だ。
意識を急速に真っ暗な闇がすっぽりと包んでいく。
その中で、ただくっきりと私が救うべき少女の顔が浮かんだ。
終われない。混濁する世界の中で手を伸ばす。
掴み取る場所など無く、むなしく虚空を彷徨う。
「おい、大丈夫か!!」
力強い、大きな手が私の手のひらをしっかり握り締めていた。
そんなのはいやだ。
承服できない。
来るな!
来るな!!
来るな!!!
「は――」
直前で停止した怪物が、左腕の大詰めを大きく振るうのが見えた。
死ぬ。
死んでしまう。
この距離ではかわせない。
例え、ソウルジェムが残ってさえいれば大丈夫だったとしても。
あの爪で真っ二つにされるのはいやだ!!
咄嗟に首をひねったのは奇跡だった。だが、左腕から身を逸らした直後、
敵の右足が、脇腹へと垂直に突き刺さるのを理解した瞬間、時間が跳んだ。
空を飛んでいるのか、地に伏しているのか。もう、そんなことはわからないくらい、強烈な一撃だ。
意識を急速に真っ暗な闇がすっぽりと包んでいく。
その中で、ただくっきりと私が救うべき少女の顔が浮かんだ。
終われない。混濁する世界の中で手を伸ばす。
掴み取る場所など無く、むなしく虚空を彷徨う。
「おい、大丈夫か!!」
力強い、大きな手が私の手のひらをしっかり握り締めていた。
62: ◆/Pbzx9FKd2 2011/03/24(木) 22:40:26.27 ID:VzXfE/Lt0
「……ん、あ?」
気づけば、目の前には、あの力強い眼をした、あの探偵の顔が合った。
「お嬢さん、今夜の舞踏会はここでお開きだ」
抱きかかえられている。力が入らない。
頭の中はふわふわとしたまま、状況がうまく飲み込めない。
怪物を見る。どうやら彼は、バイクごとあの化け物に体当たりを食らわせ、その隙に私を抱き起こしたらしい。
「にしても、ビースト・ドーパントとは、またへヴィな展開だな」
青年、左翔太郎が自分のポケットを探る身振りをし、それから舌打ちを鳴らす。
ようやく得心がいった。このお人よし、左翔太郎は何も気づいていないのだ。
私が、奥の手を取り上げたことすら。
「ま、ハードボイルドな展開はいつものことだ」
「どうして」
左翔太郎は、指先で帽子のふちを軽く上げると、辺りを飛び回るコウモリのようなメカを示す。
「こいつに昨日から君が逃がそうとした二人を追跡させておいた。尾行は探偵の基本だろ」
「余計なことを」
「――どうやら、おせっかいは生まれつきなんでな。こいつばかりは似合わない」
「おせっかいなハードボイルド? 聞いたこともないわ」
頬が、小刻みにぴくぴく震えている。意外と気は短いようだ。
「だー、うるせーっ!! ああいえば、こういううぅ……っと。どうやら、敵さん律儀に待ってた、わけじゃないな」
怪物、ビースト・ドーパントは身悶えをするように頭を両手で押さえ唸っている。
気づけば、目の前には、あの力強い眼をした、あの探偵の顔が合った。
「お嬢さん、今夜の舞踏会はここでお開きだ」
抱きかかえられている。力が入らない。
頭の中はふわふわとしたまま、状況がうまく飲み込めない。
怪物を見る。どうやら彼は、バイクごとあの化け物に体当たりを食らわせ、その隙に私を抱き起こしたらしい。
「にしても、ビースト・ドーパントとは、またへヴィな展開だな」
青年、左翔太郎が自分のポケットを探る身振りをし、それから舌打ちを鳴らす。
ようやく得心がいった。このお人よし、左翔太郎は何も気づいていないのだ。
私が、奥の手を取り上げたことすら。
「ま、ハードボイルドな展開はいつものことだ」
「どうして」
左翔太郎は、指先で帽子のふちを軽く上げると、辺りを飛び回るコウモリのようなメカを示す。
「こいつに昨日から君が逃がそうとした二人を追跡させておいた。尾行は探偵の基本だろ」
「余計なことを」
「――どうやら、おせっかいは生まれつきなんでな。こいつばかりは似合わない」
「おせっかいなハードボイルド? 聞いたこともないわ」
頬が、小刻みにぴくぴく震えている。意外と気は短いようだ。
「だー、うるせーっ!! ああいえば、こういううぅ……っと。どうやら、敵さん律儀に待ってた、わけじゃないな」
怪物、ビースト・ドーパントは身悶えをするように頭を両手で押さえ唸っている。
63: ◆/Pbzx9FKd2 2011/03/24(木) 22:41:47.74 ID:VzXfE/Lt0
「メモリの副作用……? 使いこなせていないのか。なら――」
彼への罪悪感を振り払うように、身体の軋みに歯を食いしばりながら、顔を上げた。
「おいっ、なにやってんだ」
ぐいと、遠ざけるように彼の肩を押して、ふらつく足で立ち上がる。
逃げまわることも出来ない。誰にも頼れない。彼女を救うと決めた日からずっと自分の足で立ってきたのだ。
たとえ、この身が朽ち果てようと、全てを打ち倒して、必ず絶望しか見えない運命を踏破する。
「その眼は意地でも関わらないで、って眼だな」
「わかってるなら、回れ右して。この街を去りなさい」
「そうはいかねーな」
「ああ、もおおおっ!!」
なんでこの男はここまで意地っ張り馬鹿なのだろうか。
本気で頭に来た。
「写真」
「は、写真って、この状況で……?」
「出す!! 早く!!」
「え? あ、はい」
くしゃくしゃになった写真をつまみ上げると、輪郭のぼやけた闇に浮かぶそれを指差し声高に叫ぶ。
こんな時まで、あの女は。本当に、いまいましい。
「その写真の女は巴マミ! あとは自分で調べて、依頼主に報告でもなんでもしなさ――い!?」
腕をつかまれたと同時に、彼はバイクに向かって走り出す。
「いったいなんのつもり!?」
「とにかく逃げるぞ!!」
彼への罪悪感を振り払うように、身体の軋みに歯を食いしばりながら、顔を上げた。
「おいっ、なにやってんだ」
ぐいと、遠ざけるように彼の肩を押して、ふらつく足で立ち上がる。
逃げまわることも出来ない。誰にも頼れない。彼女を救うと決めた日からずっと自分の足で立ってきたのだ。
たとえ、この身が朽ち果てようと、全てを打ち倒して、必ず絶望しか見えない運命を踏破する。
「その眼は意地でも関わらないで、って眼だな」
「わかってるなら、回れ右して。この街を去りなさい」
「そうはいかねーな」
「ああ、もおおおっ!!」
なんでこの男はここまで意地っ張り馬鹿なのだろうか。
本気で頭に来た。
「写真」
「は、写真って、この状況で……?」
「出す!! 早く!!」
「え? あ、はい」
くしゃくしゃになった写真をつまみ上げると、輪郭のぼやけた闇に浮かぶそれを指差し声高に叫ぶ。
こんな時まで、あの女は。本当に、いまいましい。
「その写真の女は巴マミ! あとは自分で調べて、依頼主に報告でもなんでもしなさ――い!?」
腕をつかまれたと同時に、彼はバイクに向かって走り出す。
「いったいなんのつもり!?」
「とにかく逃げるぞ!!」
64: ◆/Pbzx9FKd2 2011/03/24(木) 22:45:33.15 ID:VzXfE/Lt0
逃げて、どうにでもなるものでもない。
まどかに降りかかる危険は、段階的に排除しておかなければならない。今の装備では、あの怪物の装甲を破るのは不可能だ。
私は、下っ腹に力をこめるとバイクに飛び乗って、国道の続く方角を示した。
「出して!」
「おい、いきなり乗り気だなっ!! んじゃ、まドライブと洒落込むか!」
彼は、バイクに乗り込むと、いきなり全開でアクセルを吹かす。
背後に、化け物の怒号。バックミラーに目をやると、殺意を身にまとったドーパントが、地を蹴立てて追跡してくる。
命を掛けたツーリングのはじまりだ。
景色が後方へとあっというまに流れていく。
私は、彼の腰に左手を回したまま右手でリボルバーを引き絞り、つかず離れず駆けて来るビースト・ドーパントを的にしていた。
「どこまで行くんだ!」
「あの、橋の下まで」
それにしても、後方の怪物はあの巨体で惚れ惚れするような速力を保っている。
改めて、ガイアメモリの恐ろしさを痛感した。
堤防を転がるようにしてバイクに乗ったまま駆け下りると、足の長い草むらを掻き分け、目的の場所までしゃにむに走った。
「なんとか、時間を稼いで」
「なんとかって、もうこうなったら、やぶれかぶれだっ! こいやっ、このドーパント野郎がっ!!」
わめき散らす彼を尻目に、目的の物を発見し、急いでブルーシートを引っぺがした。
キャリバー50。
ブローニングM2重機関銃だ。
現在でも、住友重工がライセンス生産を行っているそれは、夜目にも禍々しく、
その鈍色の砲身は出番を今か今かと待ち望んでいるように見えた。
まどかに降りかかる危険は、段階的に排除しておかなければならない。今の装備では、あの怪物の装甲を破るのは不可能だ。
私は、下っ腹に力をこめるとバイクに飛び乗って、国道の続く方角を示した。
「出して!」
「おい、いきなり乗り気だなっ!! んじゃ、まドライブと洒落込むか!」
彼は、バイクに乗り込むと、いきなり全開でアクセルを吹かす。
背後に、化け物の怒号。バックミラーに目をやると、殺意を身にまとったドーパントが、地を蹴立てて追跡してくる。
命を掛けたツーリングのはじまりだ。
景色が後方へとあっというまに流れていく。
私は、彼の腰に左手を回したまま右手でリボルバーを引き絞り、つかず離れず駆けて来るビースト・ドーパントを的にしていた。
「どこまで行くんだ!」
「あの、橋の下まで」
それにしても、後方の怪物はあの巨体で惚れ惚れするような速力を保っている。
改めて、ガイアメモリの恐ろしさを痛感した。
堤防を転がるようにしてバイクに乗ったまま駆け下りると、足の長い草むらを掻き分け、目的の場所までしゃにむに走った。
「なんとか、時間を稼いで」
「なんとかって、もうこうなったら、やぶれかぶれだっ! こいやっ、このドーパント野郎がっ!!」
わめき散らす彼を尻目に、目的の物を発見し、急いでブルーシートを引っぺがした。
キャリバー50。
ブローニングM2重機関銃だ。
現在でも、住友重工がライセンス生産を行っているそれは、夜目にも禍々しく、
その鈍色の砲身は出番を今か今かと待ち望んでいるように見えた。
65: ◆/Pbzx9FKd2 2011/03/24(木) 22:49:44.00 ID:VzXfE/Lt0
重さは40キロ近い。だが、人間土壇場になれば、どんなことだって出来るものだ。
もう一度やれといわれても出来ないほど見事なまでに、私はそれを満身の力を込めて持ち上げると、手早く三脚へと、据え付けに掛かった。
「もういい! 戻って!!」
悲壮な顔で、駆け寄る左翔太郎の顔。
その背後に怪物の巨体が、夜空の月明かりに照らし出され、膨張するように殊更大きく見えた。
残りの魔翌力は、ソウルジェムの濁りを考えればほとんど余裕は無い。
それでも。
怖くない。
私は。
まどかのためなら、なんだってできる。
左腕に装着した円盤の歯車が作動し、世界の時間を凍りつかせる。
奥歯を噛み締めながら、トリガーを絞り込む。
天も裂けよとばかりに爆音が轟き、白煙が立ち昇った。その向こう側に、発射された無数の弾丸が怪物に向かって収束される。
同時に、時間が動き出した。
弾丸は、狙いたがわずにドーパントの頭部に向かって叩き込まれ、瞬時にひしゃげた肉塊を形成していくが、
それをものともせずに突進はゆるまない。
なんというリペア能力。破壊と同時に細胞分裂を繰り返し復元させているのだ。
怪物の拳が目の前に迫る。
死ぬ、の?
私は胸元のソウルジェムごと身体を破壊される幻視をぼんやりと思い浮かべながら思わず半目をつぶった。
だが。
衝撃は来ない。
恐る恐る目をそろそろと開ける。
「う――え?」
そこには両腕を交差させたまま、怪物の一撃を受け止めている、左翔太郎の背中があった。
「らあああっ!!」
交差を解くと前蹴りを放つ。
まともに喰らった怪物は、たたらを踏んで、数歩後ずさった。
「誰が、助けてなんていったのよ」
翔太郎は両腕をだらりと垂れ下げながら、じっとこちらを見ている。
ああ、きっと私の今の顔は見れたものじゃない。
怒りと羞恥心と、それから自分でも理解したくない感情で胸がいっぱいになってしまったからだ。
「――終わっちまったからな。照井に頼まれた依頼」
「い、らい?」
巴マミの調査のことだろうか。
「しかも、ほとんど理由のわからないままだ。アンタは何にも話してくれないしな。
オレは、今回ほとんど何もしていない。
こんなんで事件解決しました、なんていったらおやっさんにドヤされちまうし、
何よりオレ自身納得いかねぇよ」
どうして、どうして、どうして!?
「私は、もう誰にも頼らないって……」
「何でも一人でやる必要なんてどこにもない。
この世には完璧な人間なんて一人もいねえ。互いに支え合って生きていくのが人生ってゲームさ」
「あ、あああっ」
もう、俯いたまま顔を上げることは出来なかった。
彼から奪っていた、メモリとベルトを差し出す。私に出来ることは、両膝を突き心の底から彼に懇願するだけだった。
「……わかっていたのね、なにもかも」
「それが、ハードボイルドってやつだからな」
もう一度やれといわれても出来ないほど見事なまでに、私はそれを満身の力を込めて持ち上げると、手早く三脚へと、据え付けに掛かった。
「もういい! 戻って!!」
悲壮な顔で、駆け寄る左翔太郎の顔。
その背後に怪物の巨体が、夜空の月明かりに照らし出され、膨張するように殊更大きく見えた。
残りの魔翌力は、ソウルジェムの濁りを考えればほとんど余裕は無い。
それでも。
怖くない。
私は。
まどかのためなら、なんだってできる。
左腕に装着した円盤の歯車が作動し、世界の時間を凍りつかせる。
奥歯を噛み締めながら、トリガーを絞り込む。
天も裂けよとばかりに爆音が轟き、白煙が立ち昇った。その向こう側に、発射された無数の弾丸が怪物に向かって収束される。
同時に、時間が動き出した。
弾丸は、狙いたがわずにドーパントの頭部に向かって叩き込まれ、瞬時にひしゃげた肉塊を形成していくが、
それをものともせずに突進はゆるまない。
なんというリペア能力。破壊と同時に細胞分裂を繰り返し復元させているのだ。
怪物の拳が目の前に迫る。
死ぬ、の?
私は胸元のソウルジェムごと身体を破壊される幻視をぼんやりと思い浮かべながら思わず半目をつぶった。
だが。
衝撃は来ない。
恐る恐る目をそろそろと開ける。
「う――え?」
そこには両腕を交差させたまま、怪物の一撃を受け止めている、左翔太郎の背中があった。
「らあああっ!!」
交差を解くと前蹴りを放つ。
まともに喰らった怪物は、たたらを踏んで、数歩後ずさった。
「誰が、助けてなんていったのよ」
翔太郎は両腕をだらりと垂れ下げながら、じっとこちらを見ている。
ああ、きっと私の今の顔は見れたものじゃない。
怒りと羞恥心と、それから自分でも理解したくない感情で胸がいっぱいになってしまったからだ。
「――終わっちまったからな。照井に頼まれた依頼」
「い、らい?」
巴マミの調査のことだろうか。
「しかも、ほとんど理由のわからないままだ。アンタは何にも話してくれないしな。
オレは、今回ほとんど何もしていない。
こんなんで事件解決しました、なんていったらおやっさんにドヤされちまうし、
何よりオレ自身納得いかねぇよ」
どうして、どうして、どうして!?
「私は、もう誰にも頼らないって……」
「何でも一人でやる必要なんてどこにもない。
この世には完璧な人間なんて一人もいねえ。互いに支え合って生きていくのが人生ってゲームさ」
「あ、あああっ」
もう、俯いたまま顔を上げることは出来なかった。
彼から奪っていた、メモリとベルトを差し出す。私に出来ることは、両膝を突き心の底から彼に懇願するだけだった。
「……わかっていたのね、なにもかも」
「それが、ハードボイルドってやつだからな」
66: ◆/Pbzx9FKd2 2011/03/24(木) 22:51:09.90 ID:VzXfE/Lt0
彼の口元が僅かに笑みを作る。素直に頭を下げることが出来た。
「まどかと、私を助けてください」
「――ってことだ、フィリップ。この追加依頼、問題ないな」
『ああ、僕にとっては望むところさ、翔太郎』
彼は携帯から手を離すと、ガイアメモリをかざして、ビースト・ドーパントに向き直った。
『サイクロン!!』
『ジョーカー!!』
「変身!!」
――『CYCLONE/JOKER!!』
烈風が世界を切り裂き、そこに一人の超人が顕現した。
「まどかと、私を助けてください」
「――ってことだ、フィリップ。この追加依頼、問題ないな」
『ああ、僕にとっては望むところさ、翔太郎』
彼は携帯から手を離すと、ガイアメモリをかざして、ビースト・ドーパントに向き直った。
『サイクロン!!』
『ジョーカー!!』
「変身!!」
――『CYCLONE/JOKER!!』
烈風が世界を切り裂き、そこに一人の超人が顕現した。
67: ◆/Pbzx9FKd2 2011/03/24(木) 22:51:46.78 ID:VzXfE/Lt0
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110: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:09:26.87 ID:kDJ2UamJ0
「さあ、いくぜ!!」
オレは雄叫びを上げて接近するビースト・ドーパントを睨みながら、後ろ足で大地を蹴って迎え撃った。
振り上げられる大爪。大気を裂いて旋回するそれは、首筋を刈らんが為、半円を描いて旋回する。
上半身を反らしてかわす。同時に無防備な腹へと蹴りを叩き込んだ。
――硬ェ!!
コイツには一発や二発じゃ利かねェ。
オレは最初の蹴りでバランスを崩したドーパントに、両拳を全力余すことなく叩きつける。
鋼鉄もひしゃげとばかりに連打の雨を降らせるが、さすがに硬い装甲だ。
殴りつける度に、もげそうになる指の衝撃をこらえながら突破口を探す。
だが、ヤツも黙ってはいない。片手で拳の雨をかいくぐると、再び大振りの一撃を胸元に見舞ってくる。
オレは雄叫びを上げて接近するビースト・ドーパントを睨みながら、後ろ足で大地を蹴って迎え撃った。
振り上げられる大爪。大気を裂いて旋回するそれは、首筋を刈らんが為、半円を描いて旋回する。
上半身を反らしてかわす。同時に無防備な腹へと蹴りを叩き込んだ。
――硬ェ!!
コイツには一発や二発じゃ利かねェ。
オレは最初の蹴りでバランスを崩したドーパントに、両拳を全力余すことなく叩きつける。
鋼鉄もひしゃげとばかりに連打の雨を降らせるが、さすがに硬い装甲だ。
殴りつける度に、もげそうになる指の衝撃をこらえながら突破口を探す。
だが、ヤツも黙ってはいない。片手で拳の雨をかいくぐると、再び大振りの一撃を胸元に見舞ってくる。
111: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:10:57.88 ID:kDJ2UamJ0
来るっ!
オレは奥歯を割れんばかりに噛み締め、衝撃に耐えると、咄嗟に反転して距離を取り、遠ざかる意識に手を伸ばして、自我を保った。
やっぱりこいつ、パワーだけなら半端じゃねぇな。
『翔太郎、こいつの復元力・装甲の硬さは前回の戦いで解析済みだ』
「そうかよ、フィリップ。なら――」
ジョーカーメモリを抜き取ると、闘志の記憶を内包したメタルメモリをダブルドライバーに換装した。
『メタル!!』
――『CYCLONE/METAL』
オレ側の半身が銀色の装甲で瞬く間に強化される。
サイクロンメタルに変身だ。
同時に専用武器メタルシャフトを装備すると、距離の利を生かして一気に間合いを詰める。
シャフトを旋回させ、ヤツに向かってぶちかます。
「らあっ!!」
喉元。鋼鉄の突きを叩き込む。確かな手ごたえ。
オレは、シャフトを両手で掴もうと手を伸ばす相手に向かって、細かく先端を幻惑するように動かしてから、
もう一度深く踏み込んで敵の水月へと抉りこむように突き入れた。
「ガアアアアアアッ!!」
「おっとォ、おっせーぜ!!」
ドーパントの突進。ギリギリまで引きつけて、寸前で半身をかわす。丁度、ヤツの後ろに回りこんだ格好となった。
無防備な敵の背中。
存分に遠心力を溜めたシャフトの一撃をなぎ払った。鈍い轟音と共に、巨体が前のめりに倒れるのが見えた。
やったか?
『気をつけるんだ。このドーパントのリペア能力は桁外れだ』
「――忠告サンクス、っとぉ!!」
オレは奥歯を割れんばかりに噛み締め、衝撃に耐えると、咄嗟に反転して距離を取り、遠ざかる意識に手を伸ばして、自我を保った。
やっぱりこいつ、パワーだけなら半端じゃねぇな。
『翔太郎、こいつの復元力・装甲の硬さは前回の戦いで解析済みだ』
「そうかよ、フィリップ。なら――」
ジョーカーメモリを抜き取ると、闘志の記憶を内包したメタルメモリをダブルドライバーに換装した。
『メタル!!』
――『CYCLONE/METAL』
オレ側の半身が銀色の装甲で瞬く間に強化される。
サイクロンメタルに変身だ。
同時に専用武器メタルシャフトを装備すると、距離の利を生かして一気に間合いを詰める。
シャフトを旋回させ、ヤツに向かってぶちかます。
「らあっ!!」
喉元。鋼鉄の突きを叩き込む。確かな手ごたえ。
オレは、シャフトを両手で掴もうと手を伸ばす相手に向かって、細かく先端を幻惑するように動かしてから、
もう一度深く踏み込んで敵の水月へと抉りこむように突き入れた。
「ガアアアアアアッ!!」
「おっとォ、おっせーぜ!!」
ドーパントの突進。ギリギリまで引きつけて、寸前で半身をかわす。丁度、ヤツの後ろに回りこんだ格好となった。
無防備な敵の背中。
存分に遠心力を溜めたシャフトの一撃をなぎ払った。鈍い轟音と共に、巨体が前のめりに倒れるのが見えた。
やったか?
『気をつけるんだ。このドーパントのリペア能力は桁外れだ』
「――忠告サンクス、っとぉ!!」
112: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:12:31.46 ID:kDJ2UamJ0
ドーパントはいきなり起き上がりながら反転すると、抱きつこうと圧し掛かってくるが、
腰の辺りを蹴りつけながら、飛びのいて避けた。
メタルシャフト。
オレは、上下に左右へと打ち分けて、ヤツの両肩、両膝へと着実にダメージを与え続けながら、
ふと前回戦った時の、重苦しいまでの威圧感を感じないことに気づいた。
「フィリップ、こいつ――」
『ああ、翔太郎。君も気づいたかい。このドーパントはオリジナルよりも遥かに弱体化している。
おそらく財団が複製したメモリは、完全なものではないらしい。
本来の力を全て引き出せていないんだ。何よりも、あの時と違うのは』
「違うのは?」
『僕たちは以前より遥かに強くなっている。時間をかける必要も無い。一気に決めよう』
「ああ、まかしとけよ!!」
夜気を切り裂いて、頭上の端を列車が通過していく轟音が辺りを包み込んでいく。
視界の端に、少女が心配そうに見つめているのが映りこんだ。
腰の辺りを蹴りつけながら、飛びのいて避けた。
メタルシャフト。
オレは、上下に左右へと打ち分けて、ヤツの両肩、両膝へと着実にダメージを与え続けながら、
ふと前回戦った時の、重苦しいまでの威圧感を感じないことに気づいた。
「フィリップ、こいつ――」
『ああ、翔太郎。君も気づいたかい。このドーパントはオリジナルよりも遥かに弱体化している。
おそらく財団が複製したメモリは、完全なものではないらしい。
本来の力を全て引き出せていないんだ。何よりも、あの時と違うのは』
「違うのは?」
『僕たちは以前より遥かに強くなっている。時間をかける必要も無い。一気に決めよう』
「ああ、まかしとけよ!!」
夜気を切り裂いて、頭上の端を列車が通過していく轟音が辺りを包み込んでいく。
視界の端に、少女が心配そうに見つめているのが映りこんだ。
113: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:13:55.65 ID:kDJ2UamJ0
ドーパント。間隙を縫って、大爪の攻撃を繰り出してくる。
咄嗟に両手を交錯させ防ぐが、勢い余ったヤツの左腕は、コンクリで出来た橋脚をまるで溶けたバターをえぐるように、
いとも簡単にもぎ取った。
「っの野郎!!」
オレは再び立ち上がろうと膝を突く。瞬間。
視界が真っ赤に染まった。
「があっ!」
衝撃が全身を薙いだ。それから、ようやく顔面に痛烈な一撃を喰らったと気づいた。
一発で意識を刈り取る人外の膂力。地べたに転がりながら、シャフトを構え追撃をこらえる。
必殺の闘気が間近に迫る。
鋼を叩く鈍い音。
シャフトの向こうに首筋を狙う、悪魔の爪が見えた。
態勢を変えられない。完全な膠着状態だ。オレは両手でシャフトを押しやろうと力を込めるが、
棒の中間に叩き込まれた大爪がぐいぐいと寄せてくる。
咄嗟に両手を交錯させ防ぐが、勢い余ったヤツの左腕は、コンクリで出来た橋脚をまるで溶けたバターをえぐるように、
いとも簡単にもぎ取った。
「っの野郎!!」
オレは再び立ち上がろうと膝を突く。瞬間。
視界が真っ赤に染まった。
「があっ!」
衝撃が全身を薙いだ。それから、ようやく顔面に痛烈な一撃を喰らったと気づいた。
一発で意識を刈り取る人外の膂力。地べたに転がりながら、シャフトを構え追撃をこらえる。
必殺の闘気が間近に迫る。
鋼を叩く鈍い音。
シャフトの向こうに首筋を狙う、悪魔の爪が見えた。
態勢を変えられない。完全な膠着状態だ。オレは両手でシャフトを押しやろうと力を込めるが、
棒の中間に叩き込まれた大爪がぐいぐいと寄せてくる。
114: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:15:19.20 ID:kDJ2UamJ0
満身に力をみなぎらせ、押し合いが始まった。
敗れれば――死。
『ここが、勝負どころだ!!』
相棒の声。どこよりも近く、遠くに聞こえる。
シャフトを握った両腕に、力を一際込めた。
網膜の裏側に、チカチカと白い稲光が明滅する。
全身に乳酸が溜まっていくのを感じた。息が苦しい。
苦痛が意思を奪っていく。
けれども、倒れそうになればなるほど、ほむらの悲痛な声が、歪んだ顔が脳裏に浮かんではコマ送りのようにスライドしていった。
ここで負ければ、オレの命はもとより彼女だってただではすまない。
そんなことは許さない。いや、許されないのだ。
背筋に力を込める。全身の血管を通るオレの血が、世界の理念に造反し逆流する。
オレは彼女の依頼を受けた。だから、全身全霊をもってそれに応えなければならない。
依頼人を守る、それが真の探偵なのだ。
勝負の潮合が一瞬にして極まった。
敗れれば――死。
『ここが、勝負どころだ!!』
相棒の声。どこよりも近く、遠くに聞こえる。
シャフトを握った両腕に、力を一際込めた。
網膜の裏側に、チカチカと白い稲光が明滅する。
全身に乳酸が溜まっていくのを感じた。息が苦しい。
苦痛が意思を奪っていく。
けれども、倒れそうになればなるほど、ほむらの悲痛な声が、歪んだ顔が脳裏に浮かんではコマ送りのようにスライドしていった。
ここで負ければ、オレの命はもとより彼女だってただではすまない。
そんなことは許さない。いや、許されないのだ。
背筋に力を込める。全身の血管を通るオレの血が、世界の理念に造反し逆流する。
オレは彼女の依頼を受けた。だから、全身全霊をもってそれに応えなければならない。
依頼人を守る、それが真の探偵なのだ。
勝負の潮合が一瞬にして極まった。
115: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:16:15.79 ID:kDJ2UamJ0
己を奮い立たせる怒号と共に、圧し掛かって首を掻こうしていたドーパントを一瞬にして押し返す。
敵の巨体。
眼前から消え失せた。
茂った草むらを飛び越えて、流れる河の浅瀬へと完全に押しやったのだ。
水音が一際高く辺りに響く。泡沫が、黒い川底一面に一瞬浮かび、そして消えた。
強く奥歯を噛みこんで、立ち上がる。
メタルシャフトを片手で突き出し、怪物に向かって闘気を収束させた。
敵の巨体。
眼前から消え失せた。
茂った草むらを飛び越えて、流れる河の浅瀬へと完全に押しやったのだ。
水音が一際高く辺りに響く。泡沫が、黒い川底一面に一瞬浮かび、そして消えた。
強く奥歯を噛みこんで、立ち上がる。
メタルシャフトを片手で突き出し、怪物に向かって闘気を収束させた。
116: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:17:02.71 ID:kDJ2UamJ0
――さあ、今夜はもうお仕舞いにしようぜ、ドーパント!
川面を眺める。
闇夜に染まった水面に、細い月の光がまばらに降り注いでいた。
「さあ、ハードボイルドに決めるぜ!!」
気合が波頭のように、限界まで押し寄せてくる。
ヒートメモリとメタルメモリをそれぞれ続けざまに換装。
ドライバーが地球の記憶を再現する。
『ヒート!!』
『メタル!!』
――『HEAT/METAL』
川面を眺める。
闇夜に染まった水面に、細い月の光がまばらに降り注いでいた。
「さあ、ハードボイルドに決めるぜ!!」
気合が波頭のように、限界まで押し寄せてくる。
ヒートメモリとメタルメモリをそれぞれ続けざまに換装。
ドライバーが地球の記憶を再現する。
『ヒート!!』
『メタル!!』
――『HEAT/METAL』
117: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:18:27.68 ID:kDJ2UamJ0
メタルシャフトのマキシマムコンバーターのスロットにメタルメモリを挿入。
『マキシマム・ドライブ』
シャフトの両端からマグマのように烈火が勢いよく噴出。
オレはシャフトに円回転を加えながら、地を蹴って飛び立った。
虚空を舞ってドーパントに踊りこむ。敵は浅瀬から半身を突き出し、身構える。
だが、もう遅い。
――テメーがツケを払う時が来た。
『マキシマム・ドライブ』
シャフトの両端からマグマのように烈火が勢いよく噴出。
オレはシャフトに円回転を加えながら、地を蹴って飛び立った。
虚空を舞ってドーパントに踊りこむ。敵は浅瀬から半身を突き出し、身構える。
だが、もう遅い。
――テメーがツケを払う時が来た。
118: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:21:27.48 ID:kDJ2UamJ0
メタルシャフトの剛性に豪火の炎熱特性を加えた一撃。
『メタル・ブランディング!!』
オレとフィリップのシャウトが重なって響き渡る。
満身の力を込めて、炎熱のシャフトを叩きつける。
轟音が風を切り裂き、一瞬でトップスピードに乗る。大気を割って、殺意を練成した気合は終極点に達した。
必殺の棒術は唸りをあげて、怪物の装甲を完膚なきまでに破壊する。
ビースト・ドーパントは倒れこむと同時に変身を解いてメモリブレイクした。
オレは変身を解くと、倒れ伏した男を川辺から引き上げた。
胸倉を掴んで絞り上げる。男は焦点の定まらない視線を彷徨わせていたが、かまわず顔を引き上げ、責めたてた。
「さあ、まずは聞かせてもらうぜ。財団Xの意図ってヤツをな」
男は、死相を浮かばせた表情を歪めながら、口元の端を吊り上げると野太い笑みを刻む。
同時に、首をうなだれると、口元から糸のような細い血を流した。
「毒、か」
死人の襟元から手を離す。振り返ると、すぐ後ろ側まで寄っていたほむらが、眉を寄せたままじっと耳を澄ませていた。
「なに、この音」
「音って、まさか……!?」
男の胸元。時計のように規則正しい秒針が刻まれる、硬質なリズムが聞こえた。
一瞬で汗が引き、腰から背骨まで、電流が走った。少女の腰を抱くと、水面へ躊躇無く飛び込んだ。
爆音と辺り一面に轟く。
男の身体に仕掛けられていた爆薬が、辺り一面を薙ぎ払った。
二人仲良く水面から顔を出すと、ヤツのいた場所が、巨大なスプーンですくい取ったように、綺麗に抉り取られていた。
『メタル・ブランディング!!』
オレとフィリップのシャウトが重なって響き渡る。
満身の力を込めて、炎熱のシャフトを叩きつける。
轟音が風を切り裂き、一瞬でトップスピードに乗る。大気を割って、殺意を練成した気合は終極点に達した。
必殺の棒術は唸りをあげて、怪物の装甲を完膚なきまでに破壊する。
ビースト・ドーパントは倒れこむと同時に変身を解いてメモリブレイクした。
オレは変身を解くと、倒れ伏した男を川辺から引き上げた。
胸倉を掴んで絞り上げる。男は焦点の定まらない視線を彷徨わせていたが、かまわず顔を引き上げ、責めたてた。
「さあ、まずは聞かせてもらうぜ。財団Xの意図ってヤツをな」
男は、死相を浮かばせた表情を歪めながら、口元の端を吊り上げると野太い笑みを刻む。
同時に、首をうなだれると、口元から糸のような細い血を流した。
「毒、か」
死人の襟元から手を離す。振り返ると、すぐ後ろ側まで寄っていたほむらが、眉を寄せたままじっと耳を澄ませていた。
「なに、この音」
「音って、まさか……!?」
男の胸元。時計のように規則正しい秒針が刻まれる、硬質なリズムが聞こえた。
一瞬で汗が引き、腰から背骨まで、電流が走った。少女の腰を抱くと、水面へ躊躇無く飛び込んだ。
爆音と辺り一面に轟く。
男の身体に仕掛けられていた爆薬が、辺り一面を薙ぎ払った。
二人仲良く水面から顔を出すと、ヤツのいた場所が、巨大なスプーンですくい取ったように、綺麗に抉り取られていた。
119: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:25:03.80 ID:kDJ2UamJ0
これでは、破壊した偽造ガイアメモリも回収することは出来ないだろう。
舌打ちをすると、濡れ鼠のまま大きく身震いをする。
それから、ソフトを頭から下ろし、ねじるようにして水を切った。
今更ながら特筆するのは、彼女はあの疲労と痛みの極限状態の中で最期まで注意力を切らさなかった。
オレの命が助かったのは、彼女のおかげとしかいいようが無い。
何故かはよくわからないが、いつもすんでの所で助かってしまう。
このような時、いつも自分以外の大きな力を働いているのを感じるが、何に感謝すればいいのかわからないので神には祈らない。
オレは目の前の少女へと素直に感謝の意を形にして伝えた。
「さすがだな、おかげで助かったよ」
何がさすがなのかは自分でも理解できなかったが、ほとんどノリで声をかけると、
彼女はびっくりしたように目を真ん丸にすると、か細い声を出した。
「え、いえ。私の方こそ――」
疲労とダメージが大きすぎたのか、彼女は酔ったように両足を細かく痙攣させると前方にバランスを崩した。
とっさに手を出して肩を抱きかかえると、彼女は困ったように俯いた。
「おっとぉ、気をつけな。倒れこむのはベッドの中だけにしたほうがいい」
「その、……へくちっ」
舌打ちをすると、濡れ鼠のまま大きく身震いをする。
それから、ソフトを頭から下ろし、ねじるようにして水を切った。
今更ながら特筆するのは、彼女はあの疲労と痛みの極限状態の中で最期まで注意力を切らさなかった。
オレの命が助かったのは、彼女のおかげとしかいいようが無い。
何故かはよくわからないが、いつもすんでの所で助かってしまう。
このような時、いつも自分以外の大きな力を働いているのを感じるが、何に感謝すればいいのかわからないので神には祈らない。
オレは目の前の少女へと素直に感謝の意を形にして伝えた。
「さすがだな、おかげで助かったよ」
何がさすがなのかは自分でも理解できなかったが、ほとんどノリで声をかけると、
彼女はびっくりしたように目を真ん丸にすると、か細い声を出した。
「え、いえ。私の方こそ――」
疲労とダメージが大きすぎたのか、彼女は酔ったように両足を細かく痙攣させると前方にバランスを崩した。
とっさに手を出して肩を抱きかかえると、彼女は困ったように俯いた。
「おっとぉ、気をつけな。倒れこむのはベッドの中だけにしたほうがいい」
「その、……へくちっ」
120: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:27:15.38 ID:kDJ2UamJ0
何かをいいかけた彼女は、見た目年相応のかわいらしいくしゃみをすると、
恥ずかしかったのだろうかそっぽを向いた。
オレはその年頃らしい身振りを見て、なんとなく安堵した。
無論この異常な状況に対応するため、心が平安を欲していたのかもしれない。
慣れっこといえば慣れっこなのだが。
おそらく彼女はこっちのほうが地なのだろう。
人は、環境や、その時の立場によって自分を変えていかなければ生きてはいけない。
好む、好まざるにつけ。
いつまでも濡れ鼠のままでいるわけにもいかない。
オレは現在の事態を収拾するため、どこか身支度を整える場所に移動することを提案すると、
彼女は快く了承し、なおかつ自分の家を使うことを勧めてくれた。
いくら子供とはいえ、この時間にレディの部屋を訪問することは、いささか礼儀に反するかと思ったが、
彼女の真摯な瞳で見詰められているうちに、そうそう断れない雰囲気が辺りに横溢していた。
恥ずかしかったのだろうかそっぽを向いた。
オレはその年頃らしい身振りを見て、なんとなく安堵した。
無論この異常な状況に対応するため、心が平安を欲していたのかもしれない。
慣れっこといえば慣れっこなのだが。
おそらく彼女はこっちのほうが地なのだろう。
人は、環境や、その時の立場によって自分を変えていかなければ生きてはいけない。
好む、好まざるにつけ。
いつまでも濡れ鼠のままでいるわけにもいかない。
オレは現在の事態を収拾するため、どこか身支度を整える場所に移動することを提案すると、
彼女は快く了承し、なおかつ自分の家を使うことを勧めてくれた。
いくら子供とはいえ、この時間にレディの部屋を訪問することは、いささか礼儀に反するかと思ったが、
彼女の真摯な瞳で見詰められているうちに、そうそう断れない雰囲気が辺りに横溢していた。
121: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:29:33.41 ID:kDJ2UamJ0
オレは彼女の招待を受けると、まだこの時間でもやっている大型雑貨店でタオルを購入し、彼女の家に向かって単車を走らせた。
途中でコンビニ寄って、カップめんとチョコとスポーツドリンクを購入。
チョコは、短い時間で高いエネルギーを得ることが出来る高機能食品だ。
フィリップもよく食べている。
ダブルに変身し戦った後は、実の所相当な体力と水分を消耗する。
普通に動いただけでも、一戦交えた後などは、シャツが汗でしぼれるくらいだ。
このような時、適度に水分を補給しないと明らかに身体に害がある。
戦いは今日一日ではない。
これからもずっと続いていくのだ。
探偵は身体が資本である。
それから、カップめん。これは……ただ、オレが好きだからだ。
いかにも身体に悪そうな濃厚なスープは小腹がすいたときに丁度いいし、それ以外でも丁度いい。
――と、ここまで彼女に説明したら、とても形容しがたい複雑な表情を浮かべた。
いいたいことは、直接相手に伝えたほうがいい、と思う。
途中でコンビニ寄って、カップめんとチョコとスポーツドリンクを購入。
チョコは、短い時間で高いエネルギーを得ることが出来る高機能食品だ。
フィリップもよく食べている。
ダブルに変身し戦った後は、実の所相当な体力と水分を消耗する。
普通に動いただけでも、一戦交えた後などは、シャツが汗でしぼれるくらいだ。
このような時、適度に水分を補給しないと明らかに身体に害がある。
戦いは今日一日ではない。
これからもずっと続いていくのだ。
探偵は身体が資本である。
それから、カップめん。これは……ただ、オレが好きだからだ。
いかにも身体に悪そうな濃厚なスープは小腹がすいたときに丁度いいし、それ以外でも丁度いい。
――と、ここまで彼女に説明したら、とても形容しがたい複雑な表情を浮かべた。
いいたいことは、直接相手に伝えたほうがいい、と思う。
122: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:30:42.84 ID:kDJ2UamJ0
招き入れられた彼女の部屋は、年頃の少女のものにしては酷く殺風景に映った。
私物らしきものはほとんど置いていない。部屋の真ん中に丸テーブルがひとつだけ置かれており、
周りの壁にはこの街の俯瞰図、細かい路地裏の通り、書き込まれたデータなどが張り巡らされており、戦争映画の軍司令部を思わせた。
彼女がシャワーを浴び終え戻ってくる頃には、オレも失礼して予備の服に着替えを完了していた。
思春期の子にしては、初対面の男に対してやけにさばさばしているなと感じたが、
ふと目をやると、卓に着いた彼女の顔つきこそほとんど変わりは無かったが、耳が真っ赤になっていた。
必死に取り繕っているのだろう。よく見れば、表情もこわばりがある。
オレは、少し気の毒になったが大人なので仮面をかぶったまま話を始めた。
私物らしきものはほとんど置いていない。部屋の真ん中に丸テーブルがひとつだけ置かれており、
周りの壁にはこの街の俯瞰図、細かい路地裏の通り、書き込まれたデータなどが張り巡らされており、戦争映画の軍司令部を思わせた。
彼女がシャワーを浴び終え戻ってくる頃には、オレも失礼して予備の服に着替えを完了していた。
思春期の子にしては、初対面の男に対してやけにさばさばしているなと感じたが、
ふと目をやると、卓に着いた彼女の顔つきこそほとんど変わりは無かったが、耳が真っ赤になっていた。
必死に取り繕っているのだろう。よく見れば、表情もこわばりがある。
オレは、少し気の毒になったが大人なので仮面をかぶったまま話を始めた。
123: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:31:48.66 ID:kDJ2UamJ0
オレが最初に情報を開示した。ガイアメモリ、ダブルの存在、今まで戦ってきたドーパント達、
そして恐るべき敵だったミュージアム、それから未だ全貌を見せない財団X。
再確認すると、我ながらかなり荒唐無稽な話であるが、全て真実だ。
彼女は、最初から最後まで口を挟まず真摯に話しを聞き、オレも彼女の話に心をかけて耳を傾けた。
全てが終わった頃は明け方に近かった。
「――と、まあこんなところだ。朝になっちまったな。悪い、今日も学校だろ。休むのか?」
「いえ、まどかのこともありますので、早々休めません。私の話の続きは帰宅してからということでよろしいでしょうか」
「おおっと、いきなり随分口ぶりが変わったな」
そして恐るべき敵だったミュージアム、それから未だ全貌を見せない財団X。
再確認すると、我ながらかなり荒唐無稽な話であるが、全て真実だ。
彼女は、最初から最後まで口を挟まず真摯に話しを聞き、オレも彼女の話に心をかけて耳を傾けた。
全てが終わった頃は明け方に近かった。
「――と、まあこんなところだ。朝になっちまったな。悪い、今日も学校だろ。休むのか?」
「いえ、まどかのこともありますので、早々休めません。私の話の続きは帰宅してからということでよろしいでしょうか」
「おおっと、いきなり随分口ぶりが変わったな」
124: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:35:05.71 ID:kDJ2UamJ0
「ごめんなさい。今までの非礼は詫びさせてください。
左さんに一方的に話をさせて、申し訳ないとは思っていますが。もう、貴方に頼るしか方法はないのです」
「いいさ。そこのところもまとめて、話してくれると期待してるぜ。
そうそう、今日はオレのもう一人の相棒もここにくるしさ。揃った時に、話してもらえればこっちとしても都合がいいさ」
「その、私の前の依頼の件は」
「――そっちは心配しなくていい。君は自分と、まどかちゃんのことだけ考えていればいいんだ。にしても、魔法少女に魔女ねぇ」
「……信じられませんか」
「いや、ほむらちゃんの能力の一旦はもう何度も見せてもらってる。
それに、オレはそれ以上の信じられないものをごまんと知ってんだ。疑ったりなんかしねぇさ」
「ほむらちゃん、ですか」
「どうしたんだ」
「いえ、別に」
オレは彼女が家を出て、学校に向かうのを見届けると、ハードボイルダーにまたがり、とりあえずの朝食を取るため街を流した。
この街は小奇麗であるが、特に目を引くいわゆるオレの好きそうな食い物屋はそうそう見つからなかった。
ある程度、大通りを通って、唯一やや時代掛かった喫茶店を見つけると、店の脇の駐車場に単車を置く。
格好を付けて、店の前になど乗り付けない。
駐禁を取られたり、無許可でチャンプロードに載せられたりするからだ。
世の中意外と甘くない。
左さんに一方的に話をさせて、申し訳ないとは思っていますが。もう、貴方に頼るしか方法はないのです」
「いいさ。そこのところもまとめて、話してくれると期待してるぜ。
そうそう、今日はオレのもう一人の相棒もここにくるしさ。揃った時に、話してもらえればこっちとしても都合がいいさ」
「その、私の前の依頼の件は」
「――そっちは心配しなくていい。君は自分と、まどかちゃんのことだけ考えていればいいんだ。にしても、魔法少女に魔女ねぇ」
「……信じられませんか」
「いや、ほむらちゃんの能力の一旦はもう何度も見せてもらってる。
それに、オレはそれ以上の信じられないものをごまんと知ってんだ。疑ったりなんかしねぇさ」
「ほむらちゃん、ですか」
「どうしたんだ」
「いえ、別に」
オレは彼女が家を出て、学校に向かうのを見届けると、ハードボイルダーにまたがり、とりあえずの朝食を取るため街を流した。
この街は小奇麗であるが、特に目を引くいわゆるオレの好きそうな食い物屋はそうそう見つからなかった。
ある程度、大通りを通って、唯一やや時代掛かった喫茶店を見つけると、店の脇の駐車場に単車を置く。
格好を付けて、店の前になど乗り付けない。
駐禁を取られたり、無許可でチャンプロードに載せられたりするからだ。
世の中意外と甘くない。
125: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:35:44.82 ID:kDJ2UamJ0
重たげな木枠のドアを押し開き、店内に入る。
適度に光源を遮断した暗さが、なんともいえないけだるげな空気を保っている。
カウンターの向こう側の口ひげを蓄えた四十がらみの男に向かって自然に声をかけた。
「マスター、いつもの」
「あの、お客さん、ウチの店、初めてですよね」
いってみたかっただけだ。
「なら、アメリカン」
「はぁ……」
「頼むぜ」
適度に光源を遮断した暗さが、なんともいえないけだるげな空気を保っている。
カウンターの向こう側の口ひげを蓄えた四十がらみの男に向かって自然に声をかけた。
「マスター、いつもの」
「あの、お客さん、ウチの店、初めてですよね」
いってみたかっただけだ。
「なら、アメリカン」
「はぁ……」
「頼むぜ」
126: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:36:38.80 ID:kDJ2UamJ0
「いや、そのですね。ウチ、紅茶専門店なんですわ」
「んだよ、もおお!! じゃあ、アールグレイ!」
途端に後ろのボックス席で、若い女の吹き出す声が耳に入り、頬が熱くなった。
遠慮がちに振り返ると、そこにはくすくす笑いをかみ殺す、亜樹子とフィリップがお互いに肩を組んで震えていた。
「居たんなら早くいってくれよ!! おい!!」
「うるさい、このエセハードボイルドもどきが」
「んだと、コラァー!!」
一瞬で怒りが沸点まで届く。掴みかかろうとするが、亜樹子はフィリップの後ろに隠れると、
真っ赤な舌を伸ばして、オレの逆上のツボを突きまわす行動に出る。
許すまじ!
「まあ、翔太郎。今のは不可抗力だ。アキちゃんに代わって謝罪するよ。ぷっ」
「んだよ、もおお!! じゃあ、アールグレイ!」
途端に後ろのボックス席で、若い女の吹き出す声が耳に入り、頬が熱くなった。
遠慮がちに振り返ると、そこにはくすくす笑いをかみ殺す、亜樹子とフィリップがお互いに肩を組んで震えていた。
「居たんなら早くいってくれよ!! おい!!」
「うるさい、このエセハードボイルドもどきが」
「んだと、コラァー!!」
一瞬で怒りが沸点まで届く。掴みかかろうとするが、亜樹子はフィリップの後ろに隠れると、
真っ赤な舌を伸ばして、オレの逆上のツボを突きまわす行動に出る。
許すまじ!
「まあ、翔太郎。今のは不可抗力だ。アキちゃんに代わって謝罪するよ。ぷっ」
127: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:41:32.51 ID:kDJ2UamJ0
「あのな、お前も笑ってただろうーが、なあ」
フィリップは真顔に戻ると、咳払いをして、両手を水平に広げ首を傾けた。
「なんのことだい。まったく、君はいつも僕を楽しませてくれる」
「楽しませよーと思って行動したわけじゃ――」
「え、じゃ、なに? 翔太郎くんは素で、いつもあんなこといってるの?
初めて来た街でも? 初めて入ったお店でも? いやー、まいるわ、ほんと」
オレは雄叫びをあげて亜樹子を威嚇すると、運ばれてきた紅茶に口を付ける。
「すいませんね、コーヒーショップじゃなくて」
「いや、その……ほんとスンマセン」
紅茶は旨かったが、いたたまれない気持ちが膨れ上がった。
「コーヒーはないけど、モーニング出来るよ。どうする?」
「……あ、はい。いただきます」
フィリップは真顔に戻ると、咳払いをして、両手を水平に広げ首を傾けた。
「なんのことだい。まったく、君はいつも僕を楽しませてくれる」
「楽しませよーと思って行動したわけじゃ――」
「え、じゃ、なに? 翔太郎くんは素で、いつもあんなこといってるの?
初めて来た街でも? 初めて入ったお店でも? いやー、まいるわ、ほんと」
オレは雄叫びをあげて亜樹子を威嚇すると、運ばれてきた紅茶に口を付ける。
「すいませんね、コーヒーショップじゃなくて」
「いや、その……ほんとスンマセン」
紅茶は旨かったが、いたたまれない気持ちが膨れ上がった。
「コーヒーはないけど、モーニング出来るよ。どうする?」
「……あ、はい。いただきます」
128: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:42:45.20 ID:kDJ2UamJ0
オレはカウンターから席をボックスに戻すと、相棒のフィリップとそのお供一名と久闊を叙した。
「誰がお供一名だ! わ、た、しは! 鳴海探偵事務所の所長、鳴海亜樹子だ!」
スリッパがどこからともなく彼女の手に握られると、軽やかな音と共に、頭を引っぱたかれる。
スリッパには『所長だ!』の三文字がゴシック体で刻まれている。
前もっていつも用意しているのだろうか、理解に苦しむ。それと地の文を読むな。あくまでここはオレの独白なんだからな。
「で、身体のほうはもういいのか?」
「万全さ、活力に満ち溢れているよ」
「ふっ、そうこなくちゃな」
ニヒルな笑みを返しあう。
「ぷっ、ハードボイルドもどきがハーフボイルドつついとる。厨二病全開で」
オレは、トーストの隣に添えられたゆで卵からフォークをはなすと、相棒に問いかけた。
「――なあ、フィリップ。こいつぶん殴っていいか?」
「レディに乱暴はいけないな、翔太郎。昨日の自分の発言と矛盾してないかい」
コイツをレディと認めるわけにはいかない。見解の相違だ。
オレは意識的に亜樹子から視線を反らすと、蒼い空に浮かぶ雲間を逍遥する鳥達と、
深い渓谷に佇んで釣り糸を伸ばす老爺を思い、心を落ち着かせた。
「素晴らしい天気だ」
「誰がお供一名だ! わ、た、しは! 鳴海探偵事務所の所長、鳴海亜樹子だ!」
スリッパがどこからともなく彼女の手に握られると、軽やかな音と共に、頭を引っぱたかれる。
スリッパには『所長だ!』の三文字がゴシック体で刻まれている。
前もっていつも用意しているのだろうか、理解に苦しむ。それと地の文を読むな。あくまでここはオレの独白なんだからな。
「で、身体のほうはもういいのか?」
「万全さ、活力に満ち溢れているよ」
「ふっ、そうこなくちゃな」
ニヒルな笑みを返しあう。
「ぷっ、ハードボイルドもどきがハーフボイルドつついとる。厨二病全開で」
オレは、トーストの隣に添えられたゆで卵からフォークをはなすと、相棒に問いかけた。
「――なあ、フィリップ。こいつぶん殴っていいか?」
「レディに乱暴はいけないな、翔太郎。昨日の自分の発言と矛盾してないかい」
コイツをレディと認めるわけにはいかない。見解の相違だ。
オレは意識的に亜樹子から視線を反らすと、蒼い空に浮かぶ雲間を逍遥する鳥達と、
深い渓谷に佇んで釣り糸を伸ばす老爺を思い、心を落ち着かせた。
「素晴らしい天気だ」
129: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:44:44.11 ID:kDJ2UamJ0
「それに紅茶の味も素晴らしい。翔太郎、君がコーヒーを好きなのは判るが、ほどほどにしないと、胃を痛めるよ。
さて、本題に入らせてもらおうか」
フィリップがカップを置くと同時に、オレは調査を始めてから今朝までの経緯を相棒に話し始めた。
暁美ほむらから聞いた、魔法少女を巡る契約。
願いの代わりに差し出される肉体。
ソウルジェムとグリーフシード。
そして、魔女と魔法少女の関係。
連続自殺事件の真相。彼女の依頼について。今度は、亜樹子も茶々を挟まず真面目に耳を傾けている。
さて、本題に入らせてもらおうか」
フィリップがカップを置くと同時に、オレは調査を始めてから今朝までの経緯を相棒に話し始めた。
暁美ほむらから聞いた、魔法少女を巡る契約。
願いの代わりに差し出される肉体。
ソウルジェムとグリーフシード。
そして、魔女と魔法少女の関係。
連続自殺事件の真相。彼女の依頼について。今度は、亜樹子も茶々を挟まず真面目に耳を傾けている。
130: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:45:15.27 ID:kDJ2UamJ0
モーニングタイムの混みようが、おさまりかけたぐらいの時間で簡潔にまとめて話しおえた。
「それにしても、驚きだな」
「なにが驚きなの、翔太郎くん?」
「いや魔法だのなんだの、……正直一笑に付されてもおかしくないと思った」
「そんなことしないよ。翔太郎くん、すごく真面目に話してた。
その、ほむらちゃんって子にも会ったことないけど、
それだけ友達のために一生懸命になれるなら、きっと悪い子じゃないし、嘘なんかつかないよ」
大きな瞳で覗き込まれ、オレは少しだけ自分を恥じた。世界はまだまだ見捨てたモンじゃないぜ。
「それにしても、驚きだな」
「なにが驚きなの、翔太郎くん?」
「いや魔法だのなんだの、……正直一笑に付されてもおかしくないと思った」
「そんなことしないよ。翔太郎くん、すごく真面目に話してた。
その、ほむらちゃんって子にも会ったことないけど、
それだけ友達のために一生懸命になれるなら、きっと悪い子じゃないし、嘘なんかつかないよ」
大きな瞳で覗き込まれ、オレは少しだけ自分を恥じた。世界はまだまだ見捨てたモンじゃないぜ。
131: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:45:59.45 ID:kDJ2UamJ0
「とりあえず、写真の人物から当たってみようと思うんだが……」
「翔太郎、君は今朝まで寝ていないんだろう。体調はもう万全だ。
そっちは、僕とアキちゃんで当たってみる。君はホテルに戻って一眠りするといい。その前に」
フィリップは、静かに眼を閉じると、両手をゆっくりとテーブルの上で組んだ。
「検索を始めよう。キーワードは、巴マミ。それに、見滝原」
じっと俯いたままなだけに見えるが、フィリップはこの瞬間にも地球の本棚にアクセスし、必要な情報だけを取捨選択しているのだ。
検索が終わるのを待っている間に、ふと、ほむらが呟いていた謎の生物の名前を思いした。
ただの名前なのだろうが、どうもなにか引っかかる。いわゆる、探偵の勘、ってやつだ。
「翔太郎、君は今朝まで寝ていないんだろう。体調はもう万全だ。
そっちは、僕とアキちゃんで当たってみる。君はホテルに戻って一眠りするといい。その前に」
フィリップは、静かに眼を閉じると、両手をゆっくりとテーブルの上で組んだ。
「検索を始めよう。キーワードは、巴マミ。それに、見滝原」
じっと俯いたままなだけに見えるが、フィリップはこの瞬間にも地球の本棚にアクセスし、必要な情報だけを取捨選択しているのだ。
検索が終わるのを待っている間に、ふと、ほむらが呟いていた謎の生物の名前を思いした。
ただの名前なのだろうが、どうもなにか引っかかる。いわゆる、探偵の勘、ってやつだ。
132: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:46:46.93 ID:kDJ2UamJ0
「キーワードをもう一つ追加だ。インキュベーター」
「了解。キーワードを追加する。『インキュベーター』」
キーワードを追加した瞬間、精密機械のように微動だにしなかったフィリップの表情が一変した。
眉をしぼるようにひそめて、額には細かい汗がぷつぷつと浮き始める。
「ねえ、フィリップくん、大丈夫なの?」
「わからん。だが、今は任せるしかねぇ」
オレたちに出来ることは見守ることぐらいだ。
そっと心の中でエールを送る。
しばらくすると、フィリップは、肩で荒い息を吐き出しながら検索を終えた。おかしい、今までに無い反応だ。
「了解。キーワードを追加する。『インキュベーター』」
キーワードを追加した瞬間、精密機械のように微動だにしなかったフィリップの表情が一変した。
眉をしぼるようにひそめて、額には細かい汗がぷつぷつと浮き始める。
「ねえ、フィリップくん、大丈夫なの?」
「わからん。だが、今は任せるしかねぇ」
オレたちに出来ることは見守ることぐらいだ。
そっと心の中でエールを送る。
しばらくすると、フィリップは、肩で荒い息を吐き出しながら検索を終えた。おかしい、今までに無い反応だ。
133: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:47:38.49 ID:kDJ2UamJ0
「おい、フィリップ。どうしたんだよ」
「翔太郎、いや――まだ、キーワードが不足しているみたいだ。
巴マミ、という少女の情報はかなり簡単に得ることが出来たんだが、
問題は、その『インキュベーター』という部分だ。かなり強いロックが掛かっていて、簡単に調べることが出来なかった。
どうやら、直接その暁美 ほむらから細かい部分の情報を取得したほうが手っ取り早い。
彼女とはこの後、また会う約束をしているのだろう。その時に確信の部分を詰めよう」
フィリップは、椅子を立つと不適に笑った。
「今回の件、いろいろと興味深い点が多い。照井竜に報告する前に、その巴マミについては実地で調べておこう。
自殺事件に関してはその魔女が元凶であるならば、情報を集め対処しなくてはならない。
それに、暁美 ほむらが意図的に隠している部分もありそうだ。不明瞭な点は、出来るだけこちらで把握しておきたい」
「オレも行かなくて大丈夫か」
「なーに、翔太郎くん。フィリップくんには私がついてるからだいじょーぶ。さっさとホテルで休んできなさい」
だから、心配なんだよ。
「翔太郎、いや――まだ、キーワードが不足しているみたいだ。
巴マミ、という少女の情報はかなり簡単に得ることが出来たんだが、
問題は、その『インキュベーター』という部分だ。かなり強いロックが掛かっていて、簡単に調べることが出来なかった。
どうやら、直接その暁美 ほむらから細かい部分の情報を取得したほうが手っ取り早い。
彼女とはこの後、また会う約束をしているのだろう。その時に確信の部分を詰めよう」
フィリップは、椅子を立つと不適に笑った。
「今回の件、いろいろと興味深い点が多い。照井竜に報告する前に、その巴マミについては実地で調べておこう。
自殺事件に関してはその魔女が元凶であるならば、情報を集め対処しなくてはならない。
それに、暁美 ほむらが意図的に隠している部分もありそうだ。不明瞭な点は、出来るだけこちらで把握しておきたい」
「オレも行かなくて大丈夫か」
「なーに、翔太郎くん。フィリップくんには私がついてるからだいじょーぶ。さっさとホテルで休んできなさい」
だから、心配なんだよ。
134: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:48:37.73 ID:kDJ2UamJ0
「大丈夫だよ、いざとなればファングメモリもある。その場合は君を叩き起こすことになるだろうけどね」
「叩き起こされないことを祈ってるぜ」
「そればかりは。財団Xも動いているし、なんともいえない。お互い細心の注意を払って行動しよう」
「ああ、任せたぜ相棒」
オレは調査の続きを頼むと―ある意味丸投げともいう―店を出て、予約を入れておいたホテルに向かって、バイクを走らせた。
「叩き起こされないことを祈ってるぜ」
「そればかりは。財団Xも動いているし、なんともいえない。お互い細心の注意を払って行動しよう」
「ああ、任せたぜ相棒」
オレは調査の続きを頼むと―ある意味丸投げともいう―店を出て、予約を入れておいたホテルに向かって、バイクを走らせた。
135: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:49:32.30 ID:kDJ2UamJ0
一眠りした後目を覚ますと、丁度昼時にあたっていた。
ホテルを出て、ゆっくりと品の良い街路樹の並木道を進んでいく。
目的地は特に定めないが、何か腹に入れておきたいところだ。
生欠伸をかみ殺しながら、携帯の着信履歴を確認すると、フィリップからの事務的なメールが幾通か入っていた。
オレは歩きながら、目を通そうとするが、思うほか長文で上手く頭に浸透してこない。
一度、携帯を切ると、食事の後ゆっくり読み直そうと思って、通りの角を曲がった所だった。
「ど、泥棒だ! そのガキ、つかまえてくれぇ!!」
道路を挟んで、反対側の通りでそれに出会った。
怒声を張り上げて、一人の中年男が少女を追い回していた。
男は白い作業着を着込み、すりこ木のような棒を頭上に掲げて駆けている。
ホテルを出て、ゆっくりと品の良い街路樹の並木道を進んでいく。
目的地は特に定めないが、何か腹に入れておきたいところだ。
生欠伸をかみ殺しながら、携帯の着信履歴を確認すると、フィリップからの事務的なメールが幾通か入っていた。
オレは歩きながら、目を通そうとするが、思うほか長文で上手く頭に浸透してこない。
一度、携帯を切ると、食事の後ゆっくり読み直そうと思って、通りの角を曲がった所だった。
「ど、泥棒だ! そのガキ、つかまえてくれぇ!!」
道路を挟んで、反対側の通りでそれに出会った。
怒声を張り上げて、一人の中年男が少女を追い回していた。
男は白い作業着を着込み、すりこ木のような棒を頭上に掲げて駆けている。
136: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:50:23.83 ID:kDJ2UamJ0
足取りは重く、すぐにでも倒れこみそうなほど、膝が小刻みに痙攣していた。
遠目にも判るほど、顔全体から滝のような汗を流しつつ、それでも執念だけで追跡を続けている。
一方、追われる少女の方は、すばしこい身のこなしで、盗品であろうクロワッサンを咥えながら両手に紙袋を持って、
余裕のある走りを見せていた。
「なんだなんだ、いったい」
少女と中年男は対面の道路を横断しながら、巧みに走行車両を避けつつ見事なまでに、オレの歩く道筋に近づいてい来る。
寝不足の頭で、ぼんやりそれを眺めていたが、逃げていたと思われる少女はオレの目の前で急停止すると、
ようやく気づいたように、顔を上げた。
「っかしーな。ばれるわきゃねーはずなんだけどなぁ」
少女は何か納得いかない、といった表情で小首を傾げる。年頃は、十四、五といったところか。
聞かん気そうな瞳と、俊敏な小動物を思わせる身のこなしを持った印象的な少女だった。
遠目にも判るほど、顔全体から滝のような汗を流しつつ、それでも執念だけで追跡を続けている。
一方、追われる少女の方は、すばしこい身のこなしで、盗品であろうクロワッサンを咥えながら両手に紙袋を持って、
余裕のある走りを見せていた。
「なんだなんだ、いったい」
少女と中年男は対面の道路を横断しながら、巧みに走行車両を避けつつ見事なまでに、オレの歩く道筋に近づいてい来る。
寝不足の頭で、ぼんやりそれを眺めていたが、逃げていたと思われる少女はオレの目の前で急停止すると、
ようやく気づいたように、顔を上げた。
「っかしーな。ばれるわきゃねーはずなんだけどなぁ」
少女は何か納得いかない、といった表情で小首を傾げる。年頃は、十四、五といったところか。
聞かん気そうな瞳と、俊敏な小動物を思わせる身のこなしを持った印象的な少女だった。
138: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:51:23.02 ID:kDJ2UamJ0
互いに目と目が合う。彼女は、にっと口元を吊り上げて、紙袋をオレに手渡してきた。
「――食うかい? あんがい悪くないよ」
「は?」
一瞬の意識の空白。オレは、反射的にずり落ちそうな紙袋を抱えてしまう。たいした重みは無い。
中身に視線を落とすと、袋には雑多な種類のパンがぎっしりと詰め込まれていた。
香ばしい匂いが鼻をつく。ぐぅ、と腹を鳴らすと、少女は目をまん丸にすると、さもおかしそうにくすくす笑いを漏らした。
「か、か、観念したか、このガキ。あ、あんたそのガキをはやくこっちに引き渡してくれやぁ!」
「――食うかい? あんがい悪くないよ」
「は?」
一瞬の意識の空白。オレは、反射的にずり落ちそうな紙袋を抱えてしまう。たいした重みは無い。
中身に視線を落とすと、袋には雑多な種類のパンがぎっしりと詰め込まれていた。
香ばしい匂いが鼻をつく。ぐぅ、と腹を鳴らすと、少女は目をまん丸にすると、さもおかしそうにくすくす笑いを漏らした。
「か、か、観念したか、このガキ。あ、あんたそのガキをはやくこっちに引き渡してくれやぁ!」
139: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:52:14.29 ID:kDJ2UamJ0
少女を追い回していた男からも、紙袋の中身と同じ匂いがした。
オレが、とりあえず状況を確認しようと声を出しかけた瞬間、少女がなよなよとその場にへたり込み、オレを指差すと、甲高い声で叫んだ。
「あーん、だから嫌だったんだ! でも、兄ちゃんがあたしに盗って来いって脅すからぁ!!」
「は?」
「ほーう、てめぇか。諸悪の根源は。妹に万引きさせるなんて、ひでぇ兄貴だなぁ、おい。ふざけやがって、許さねぇぞおおおおっ!!」
中年男の顔。負け犬根性が染み付いていた。得てして、こういう種類の人間は、
獲物を得た途端、普段はありえない獣性を発揮する。オレは経験で知っていた。
オレが、とりあえず状況を確認しようと声を出しかけた瞬間、少女がなよなよとその場にへたり込み、オレを指差すと、甲高い声で叫んだ。
「あーん、だから嫌だったんだ! でも、兄ちゃんがあたしに盗って来いって脅すからぁ!!」
「は?」
「ほーう、てめぇか。諸悪の根源は。妹に万引きさせるなんて、ひでぇ兄貴だなぁ、おい。ふざけやがって、許さねぇぞおおおおっ!!」
中年男の顔。負け犬根性が染み付いていた。得てして、こういう種類の人間は、
獲物を得た途端、普段はありえない獣性を発揮する。オレは経験で知っていた。
140: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:52:59.64 ID:kDJ2UamJ0
「いや、ちょっと待て。オレには何がなんだか……」
「にいちゃんがぁ、にいちゃんがぁ、そうしないとあたしのショーツ、ヤフオクで売るってぇ」
「こいつぅ、自分の妹になんてことを……。売るなら俺に売れぇええええ!!
いや、違う。この反社会性人間がぁ! 警察に突き出してやる!!」
どういうことなんだ。オレはただ、昼飯を食おうとこの小春日和の中を散策していただけなのに。
いきなり、窃盗の主犯にされてしまった。人生は無常だ。
「ちょっと待て、オレにはなんの関係も……。あっ!?」
オレとパン屋の男が揉みあいになっている隙をついて、少女は車道の向こう側のガードレールの上に移動していた。ありえない動きだ。
上等だ。
売られた喧嘩は買ってやるのが人情ってもんだろ。
「にいちゃんがぁ、にいちゃんがぁ、そうしないとあたしのショーツ、ヤフオクで売るってぇ」
「こいつぅ、自分の妹になんてことを……。売るなら俺に売れぇええええ!!
いや、違う。この反社会性人間がぁ! 警察に突き出してやる!!」
どういうことなんだ。オレはただ、昼飯を食おうとこの小春日和の中を散策していただけなのに。
いきなり、窃盗の主犯にされてしまった。人生は無常だ。
「ちょっと待て、オレにはなんの関係も……。あっ!?」
オレとパン屋の男が揉みあいになっている隙をついて、少女は車道の向こう側のガードレールの上に移動していた。ありえない動きだ。
上等だ。
売られた喧嘩は買ってやるのが人情ってもんだろ。
141: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:53:36.60 ID:kDJ2UamJ0
「あ、あんな所に風の左平次が!!」
「なんだとおぅ!!」
男が視線を反らした隙をついて、肝臓に膝蹴りをぶち込んだ。
オレは身体をくの字に折り曲げる男に片手で謝ると、一声掛けた。
「わりぃな、必ずあとで詫び入れに来させるから! ちょっと待っててくれ」
「ぱ、パン、かえせぇ~」
「パンは返すさ。もしくは、代金を必ず取ってきてやるって」
本当に、と問いかけるような男の瞳に無言で頷くと、帽子を押さえて走り出した。
「なんだとおぅ!!」
男が視線を反らした隙をついて、肝臓に膝蹴りをぶち込んだ。
オレは身体をくの字に折り曲げる男に片手で謝ると、一声掛けた。
「わりぃな、必ずあとで詫び入れに来させるから! ちょっと待っててくれ」
「ぱ、パン、かえせぇ~」
「パンは返すさ。もしくは、代金を必ず取ってきてやるって」
本当に、と問いかけるような男の瞳に無言で頷くと、帽子を押さえて走り出した。
142: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:54:59.68 ID:kDJ2UamJ0
ガードレールの上。
腰掛けていた少女が、まるで見てはいけないものを見たかのように竦んだように感じた。
躊躇なく、車道を横断。
運もオレに味方したのか、走っていた車両の群れが一気にスピードを落とし始める。向かいの信号が赤になったのだ。
彼女も自分の身の危険に気づいたのだろう、長めの髪をなびかせ走り出した。
腕を大きく振り、足を高く、高く。
アスファルトを蹴って、大きく差を縮める。
刹那の瞬間、全身の力を振り絞って、少女に踊りかかった。もつれながら転がる。彼女の腕を取った所で勝敗は決した。
「――ったぁ~、おいはなせよ! パンぐらいで、ここまでムキになるか? 普通?」
「うるせぇ! 人さまのモノに手ぇだしといて反論するんじゃねー!!」
空腹も手伝ってか、オレの表情は飢えたコヨーテにでも似ていたのだろうか、
少女は俯くと唇を突き出して、不満そうな表情を浮かべながらも屈した。
ハードボイルドは最後に勝利するのだ。不屈の男、左翔太郎。
腰掛けていた少女が、まるで見てはいけないものを見たかのように竦んだように感じた。
躊躇なく、車道を横断。
運もオレに味方したのか、走っていた車両の群れが一気にスピードを落とし始める。向かいの信号が赤になったのだ。
彼女も自分の身の危険に気づいたのだろう、長めの髪をなびかせ走り出した。
腕を大きく振り、足を高く、高く。
アスファルトを蹴って、大きく差を縮める。
刹那の瞬間、全身の力を振り絞って、少女に踊りかかった。もつれながら転がる。彼女の腕を取った所で勝敗は決した。
「――ったぁ~、おいはなせよ! パンぐらいで、ここまでムキになるか? 普通?」
「うるせぇ! 人さまのモノに手ぇだしといて反論するんじゃねー!!」
空腹も手伝ってか、オレの表情は飢えたコヨーテにでも似ていたのだろうか、
少女は俯くと唇を突き出して、不満そうな表情を浮かべながらも屈した。
ハードボイルドは最後に勝利するのだ。不屈の男、左翔太郎。
143: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 00:58:52.66 ID:kDJ2UamJ0
オレは歯を剥いて反論しようとする彼女に、この世界は常に有限で、
生きとし生けるものは全て奪い合いをしなければいけない罪深くも拭い難い業を背負っている、
けれども互いに尊重しあって生きていかなければならない等という類の説法を聞かせた。
オレ時間ではそれほどでもなかったが、こんこんと説くうちに、ついには彼女も心から悔い改めたのか、
最後には手を引いて万引きを行った店にまで連れて行くと、放心したように謝罪を行った。
誠意天に通ず。
もっとも彼女は途中で真面目に対応するのが面倒くさくなったという万が一の可能性もあるが。
追記すると、オレは店員の男に持っていためん棒のふくらんだ部分でしこたま即頭部を殴打された。
どうやらあくまでも主犯はオレであることに変わりはないらしい。
帰りには、何故か袋詰めにされたパンを持たされた。
意外と根に持たないさっぱりした男だったのかもしれない。
経緯はともかく、こうしてようやく遅い昼食にありつくことが出来た。
くだんの万引き少女を引き連れ、市内のちょっとした公園のベンチに並んで座る。分け前を与えると、あんがい素直に受け取った。
辺りには緑が多く植えており、自然を演出しているのだろうが、逆にそのわざとらしさが目に付いた。
「よく噛んで食べろよ。あんまりがっつくと、喉につまるぞ。ホラ、ミルクも飲め」
「うるっさいなぁ、まったく、食いかたぐらいあたしの好きにさせろっての」
「若いうちからあんなことをしていたらダメだ。いいか――」
「あー、また説教かよ。これだからオッサンは」
「お、オッサンだぁ!? 聞き捨てならねぇ! まだ、オレは――」
憤懣やるかたなく、年齢を伝えると彼女はきょとんとした後、肩を震わせ小刻みに笑いだす。
「――って、完全にオッサンじゃん。年じゃなくて、その思考が」
「んだとぉ~!!」
生きとし生けるものは全て奪い合いをしなければいけない罪深くも拭い難い業を背負っている、
けれども互いに尊重しあって生きていかなければならない等という類の説法を聞かせた。
オレ時間ではそれほどでもなかったが、こんこんと説くうちに、ついには彼女も心から悔い改めたのか、
最後には手を引いて万引きを行った店にまで連れて行くと、放心したように謝罪を行った。
誠意天に通ず。
もっとも彼女は途中で真面目に対応するのが面倒くさくなったという万が一の可能性もあるが。
追記すると、オレは店員の男に持っていためん棒のふくらんだ部分でしこたま即頭部を殴打された。
どうやらあくまでも主犯はオレであることに変わりはないらしい。
帰りには、何故か袋詰めにされたパンを持たされた。
意外と根に持たないさっぱりした男だったのかもしれない。
経緯はともかく、こうしてようやく遅い昼食にありつくことが出来た。
くだんの万引き少女を引き連れ、市内のちょっとした公園のベンチに並んで座る。分け前を与えると、あんがい素直に受け取った。
辺りには緑が多く植えており、自然を演出しているのだろうが、逆にそのわざとらしさが目に付いた。
「よく噛んで食べろよ。あんまりがっつくと、喉につまるぞ。ホラ、ミルクも飲め」
「うるっさいなぁ、まったく、食いかたぐらいあたしの好きにさせろっての」
「若いうちからあんなことをしていたらダメだ。いいか――」
「あー、また説教かよ。これだからオッサンは」
「お、オッサンだぁ!? 聞き捨てならねぇ! まだ、オレは――」
憤懣やるかたなく、年齢を伝えると彼女はきょとんとした後、肩を震わせ小刻みに笑いだす。
「――って、完全にオッサンじゃん。年じゃなくて、その思考が」
「んだとぉ~!!」
144: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 01:00:15.36 ID:kDJ2UamJ0
普通これくらいの年頃は年上の説教など聴きたがらないものだが、
彼女はなんだかんだ減らず口を叩く割には、人寂しいのだろうかその場をなかなか去らなかった。
……根は素直なところがある。
オレ達はなんとなくウマが合ったが、ずっとこうしているわけにもいかない。
自分の名前を告げると、その場を去ることにした。
罵倒に近い言葉をポンポン投げつけながら、置き捨てられた子犬のような瞳が印象的だった。
彼女は最後まで名を名乗らなかった。オレはこの時は気にも留めなかったが。
彼女はなんだかんだ減らず口を叩く割には、人寂しいのだろうかその場をなかなか去らなかった。
……根は素直なところがある。
オレ達はなんとなくウマが合ったが、ずっとこうしているわけにもいかない。
自分の名前を告げると、その場を去ることにした。
罵倒に近い言葉をポンポン投げつけながら、置き捨てられた子犬のような瞳が印象的だった。
彼女は最後まで名を名乗らなかった。オレはこの時は気にも留めなかったが。
145: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/02(土) 01:00:44.19 ID:kDJ2UamJ0
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165: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:10:58.79 ID:Hu0QOljI0
/04
時間よとまれ、汝は美しい。
この言葉を残したのは、ゲーテのファウストだったか。
私は、教卓の上の時計を見つめながら、まもなくやってくる苦痛の時間を思い、心の中でため息をついた。
終わる。
終わってしまう。
授業が終わってしまう。
「はーい、じゃあ今日はちょっと早いけどここまでにしますねー」
おい!
勝手に切り上げるんじゃないわよ!
そんなに昼食にしたいの! 時間内いっぱいまで真面目に働きなさいよ、ばか!
日直が号令を掛けると、クラスメイトの皆は三々五々に散っていく。
楽しい楽しいランチライムだ。そして、私に声を掛ける人間は誰もいない。何故だろうか。
当たり前だ。それは、私が特別な人間だから。選ばれた魔法少女は、群れたりなどしない。孤高。
素晴らしい言葉だ。そう考えて心の均衡を保つ。
告白します。私は友達が少ない、というか、うん、その選んでるの。そして、私の目に適う崇高な人物がここにはいないだけだった。
すいません、嘘でした。
かつて、両親を事故で失った際、私は荒れた。
自暴自棄になって、心配してくれる人たちの声すら無視し、大業(魔女殺し)に邁進していく内に、やがて気づけば一人になっていた。
そして、私を一人にしたこの世界を恨んでいくうちに、
ますます人々は私を世界からのけものにしていったので、こっちから縁を切ることにしたのだ。
後悔はない。でも、世俗の垢に染まった小人たちがどうしてもと、媚びへつらって交誼を結びたいと心の底から望むのであれば、
その辺りは柔軟に対応しようと思っているが、やつらは一向に心を入れ替えようとしない。
ま、私は心が広いのでそれらを待つくらいの度量は兼ね備えている。いつでも、いいのよ、ホラ。
「ごはん、いこー」
「あ、ちょっと待ってよー」
前の席の子達が、連れ立って歩き出した時、視線が絡み合う。
しばし無言。
やがて何事もなかったかのように、その場を去り、私の意識は日常に回帰していく。
たまには誘ってみなさいよ、ばか。
時間よとまれ、汝は美しい。
この言葉を残したのは、ゲーテのファウストだったか。
私は、教卓の上の時計を見つめながら、まもなくやってくる苦痛の時間を思い、心の中でため息をついた。
終わる。
終わってしまう。
授業が終わってしまう。
「はーい、じゃあ今日はちょっと早いけどここまでにしますねー」
おい!
勝手に切り上げるんじゃないわよ!
そんなに昼食にしたいの! 時間内いっぱいまで真面目に働きなさいよ、ばか!
日直が号令を掛けると、クラスメイトの皆は三々五々に散っていく。
楽しい楽しいランチライムだ。そして、私に声を掛ける人間は誰もいない。何故だろうか。
当たり前だ。それは、私が特別な人間だから。選ばれた魔法少女は、群れたりなどしない。孤高。
素晴らしい言葉だ。そう考えて心の均衡を保つ。
告白します。私は友達が少ない、というか、うん、その選んでるの。そして、私の目に適う崇高な人物がここにはいないだけだった。
すいません、嘘でした。
かつて、両親を事故で失った際、私は荒れた。
自暴自棄になって、心配してくれる人たちの声すら無視し、大業(魔女殺し)に邁進していく内に、やがて気づけば一人になっていた。
そして、私を一人にしたこの世界を恨んでいくうちに、
ますます人々は私を世界からのけものにしていったので、こっちから縁を切ることにしたのだ。
後悔はない。でも、世俗の垢に染まった小人たちがどうしてもと、媚びへつらって交誼を結びたいと心の底から望むのであれば、
その辺りは柔軟に対応しようと思っているが、やつらは一向に心を入れ替えようとしない。
ま、私は心が広いのでそれらを待つくらいの度量は兼ね備えている。いつでも、いいのよ、ホラ。
「ごはん、いこー」
「あ、ちょっと待ってよー」
前の席の子達が、連れ立って歩き出した時、視線が絡み合う。
しばし無言。
やがて何事もなかったかのように、その場を去り、私の意識は日常に回帰していく。
たまには誘ってみなさいよ、ばか。
166: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:14:37.42 ID:Hu0QOljI0
そのまま椅子と一体化していてもお腹はふくれない。
極めて現実的な決断として、売店に行き、タマゴサンドとお茶を買い、なるべく人気のなさそうな中庭に向かった。
日差しはそれほど強くなく、人影はまばらだった。
私は、なるべく人の輪から離れたカエデの樹の下の芝生に腰を下ろすと、見ることなく視線を空に流した。
昨日は、後輩である、まどかとさやかと偶然を装って会い、いっしょに昼食を取った。楽しかった。でも今日は……。
連日はさすがにマズイ。連日はダメ。集団で行動するという強い誘惑を振り切りながらひとりで採る食事は、いつも以上に味気ない。
思えば二人は、常に私を賛美してくれる。それが心地よい。たまらなく充足する。
誰かと繋がっていると実感できる。放課後の魔女退治を思うと胸がワクワクする。
彼女たちがこのまま上手く契約をしてくれれば。
私たちは同じ魔法少女で、仲間で、そして生死を共にする友だ。
それは、生半可な契りではない強固なつながりで、ある意味家族より強いきずなだともいえる。
絆。素晴らしい響きだ。胸が千切れんばかりに震えてくる。喜びと、多幸感で頭が心地よく、ぴりぴり痺れるようだ。
私が、これからはじまるであろう彼女たちとの歩みに思いをはせていると、その場にひとつの影が差した。
極めて現実的な決断として、売店に行き、タマゴサンドとお茶を買い、なるべく人気のなさそうな中庭に向かった。
日差しはそれほど強くなく、人影はまばらだった。
私は、なるべく人の輪から離れたカエデの樹の下の芝生に腰を下ろすと、見ることなく視線を空に流した。
昨日は、後輩である、まどかとさやかと偶然を装って会い、いっしょに昼食を取った。楽しかった。でも今日は……。
連日はさすがにマズイ。連日はダメ。集団で行動するという強い誘惑を振り切りながらひとりで採る食事は、いつも以上に味気ない。
思えば二人は、常に私を賛美してくれる。それが心地よい。たまらなく充足する。
誰かと繋がっていると実感できる。放課後の魔女退治を思うと胸がワクワクする。
彼女たちがこのまま上手く契約をしてくれれば。
私たちは同じ魔法少女で、仲間で、そして生死を共にする友だ。
それは、生半可な契りではない強固なつながりで、ある意味家族より強いきずなだともいえる。
絆。素晴らしい響きだ。胸が千切れんばかりに震えてくる。喜びと、多幸感で頭が心地よく、ぴりぴり痺れるようだ。
私が、これからはじまるであろう彼女たちとの歩みに思いをはせていると、その場にひとつの影が差した。
167: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:15:20.11 ID:Hu0QOljI0
濃い闇を流したような黒髪。腰に添えられた手首が余計白く、きゃしゃに感じる。
すっきりと通った目鼻。頬は何処かぶつけたような擦り傷が見られた。
「そこに立たれると鬱陶しいんだけど。何か用なのかしら」
目の前の女の氷のように冷たく、黒々とした瞳がすっと細まった。
暁美ほむらだ。
「少し、話があるの。ここ、いいかしら」
ちょっとだけ、あっけにとられた。
いつもならこのように会話の口火を切れば、無視するか棘のある言葉を吐いてぎすぎすしたやり取り以外にはならない筈なのに。
隣に座り込んで両膝を抱え込んだ、彼女の横顔は微動だにしない。視線は遠くに定められ、深い決意が感じられた。
彼女が友好的に接してきたことなど一度もない。
すっきりと通った目鼻。頬は何処かぶつけたような擦り傷が見られた。
「そこに立たれると鬱陶しいんだけど。何か用なのかしら」
目の前の女の氷のように冷たく、黒々とした瞳がすっと細まった。
暁美ほむらだ。
「少し、話があるの。ここ、いいかしら」
ちょっとだけ、あっけにとられた。
いつもならこのように会話の口火を切れば、無視するか棘のある言葉を吐いてぎすぎすしたやり取り以外にはならない筈なのに。
隣に座り込んで両膝を抱え込んだ、彼女の横顔は微動だにしない。視線は遠くに定められ、深い決意が感じられた。
彼女が友好的に接してきたことなど一度もない。
168: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:16:05.45 ID:Hu0QOljI0
かつて、グリーフシードを分け与えようとしたり、共闘を持ちかけたときも返ってきたのは、なんともわかりやすい拒絶だけだった。
今では仲良くしようとも思えないし、またその必要もない。
私にとって彼女は理解できる範疇の埒外であるが、悲しいまでに自分が知っている数少ない同種だった。
「単刀直入にいうわ。巴マミ、彼女たち、鹿目まどかや美樹さやかに近づくのはやめて欲しい」
「大きなお世話。あなたにそんなこといわれる筋合いない。
それに強制的に契約を結ばせるわけじゃない。あくまで決断するのは自分自身の自由意志よ。
私やあなたも含め、それはどうにかできることじゃないわ」
今では仲良くしようとも思えないし、またその必要もない。
私にとって彼女は理解できる範疇の埒外であるが、悲しいまでに自分が知っている数少ない同種だった。
「単刀直入にいうわ。巴マミ、彼女たち、鹿目まどかや美樹さやかに近づくのはやめて欲しい」
「大きなお世話。あなたにそんなこといわれる筋合いない。
それに強制的に契約を結ばせるわけじゃない。あくまで決断するのは自分自身の自由意志よ。
私やあなたも含め、それはどうにかできることじゃないわ」
169: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:17:44.20 ID:Hu0QOljI0
「あなたは自分が何を行っているか理解していない」
「だから、それが余計なの! だいたいなんなの、あなたは。関係ないじゃない、私たちには。放っておいてよ!」
「放っておく? 私が?」
彼女は、目を大きく見開くと、いかにもおかしそうにくすくす笑いを、小首を曲げながら漏らす。
驚いた。彼女が笑うなど、想像も出来なかったからだ。
もっとも、彼女の嘲るような笑い方はいちいち癇に障り、不快以外のなにものでもなかったが。
「なに!? なんなのよ!」
「関係、ない、か。それは、違うわ。ありていにいえば、巴マミ。
無関係なのはあなたのほうよ。とにかく黙って彼女たちから手を引けば、私としては、もうあなたに関わったりしない。
約束する。魔女狩りは、好きなだけ一人で続行すればいい」
「だーかーら!! いきなり横合いから出てきて、なんなの!
彼女たちは私の後輩で、将来有望なの。世界を守る為には、彼女たちの力が必要なのよ! ……ちゃんと報酬だってあるし」
「ふふふ。報酬? そんな安いものに誰もが釣られるわけじゃないわ。あなたと違って」
その言葉だけは、許せなかった。
頭の中が、真っ赤な稲光で塗りつぶされた瞬間、私は彼女の頬を強く張っていた。
「なにが」
お前に何がわかる。私の何が。
無意識のうちに、胸に手を当てていた。
記憶の塞がりきれない瘡蓋に 、無理やり爪を突きたてられ、掻き毟られた。
動悸が、どんどん早くなっていく。肺に食い込んだフロントガラスの残骸。
糸の切れた人形のように、垂れ下がっている両親の四肢。
戦場のように叫んでいる人々の怒声。網膜を焼くほどの痛み。
ひりつく舌と喉の奥に、鉄錆に似た塊が、間断なく浮き上がり、全てを押し流していく。
世界は反転し、白と黒のキャンバスが交互に差し替えられていく。ひとり、世界に一人。
私は、ひとりぼっちだ。
また。
また、なのか。
また取り上げるのか、全てを。
ならば、こいつは、敵だ。
「だから、それが余計なの! だいたいなんなの、あなたは。関係ないじゃない、私たちには。放っておいてよ!」
「放っておく? 私が?」
彼女は、目を大きく見開くと、いかにもおかしそうにくすくす笑いを、小首を曲げながら漏らす。
驚いた。彼女が笑うなど、想像も出来なかったからだ。
もっとも、彼女の嘲るような笑い方はいちいち癇に障り、不快以外のなにものでもなかったが。
「なに!? なんなのよ!」
「関係、ない、か。それは、違うわ。ありていにいえば、巴マミ。
無関係なのはあなたのほうよ。とにかく黙って彼女たちから手を引けば、私としては、もうあなたに関わったりしない。
約束する。魔女狩りは、好きなだけ一人で続行すればいい」
「だーかーら!! いきなり横合いから出てきて、なんなの!
彼女たちは私の後輩で、将来有望なの。世界を守る為には、彼女たちの力が必要なのよ! ……ちゃんと報酬だってあるし」
「ふふふ。報酬? そんな安いものに誰もが釣られるわけじゃないわ。あなたと違って」
その言葉だけは、許せなかった。
頭の中が、真っ赤な稲光で塗りつぶされた瞬間、私は彼女の頬を強く張っていた。
「なにが」
お前に何がわかる。私の何が。
無意識のうちに、胸に手を当てていた。
記憶の塞がりきれない瘡蓋に 、無理やり爪を突きたてられ、掻き毟られた。
動悸が、どんどん早くなっていく。肺に食い込んだフロントガラスの残骸。
糸の切れた人形のように、垂れ下がっている両親の四肢。
戦場のように叫んでいる人々の怒声。網膜を焼くほどの痛み。
ひりつく舌と喉の奥に、鉄錆に似た塊が、間断なく浮き上がり、全てを押し流していく。
世界は反転し、白と黒のキャンバスが交互に差し替えられていく。ひとり、世界に一人。
私は、ひとりぼっちだ。
また。
また、なのか。
また取り上げるのか、全てを。
ならば、こいつは、敵だ。
170: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:21:27.19 ID:Hu0QOljI0
「正気なの……」
ほむらは背後に飛び退ると、殺気を横溢させている。構うことはない。場所も、道理も、理性さえも。
「ここでやりあえば、どうなるか理解しているの」
関係ない。
「私たちに干渉しないで。どうしてもというなら、命を掛けなさい」
「そんなもの、とうに掛けてるわ。どうしても、ひかないというのならば、私だって構わない。あなたには、ここで退場してもらう」
「やめて!!」
思わず声を呑んだ。同時に振り返ると、そこには鹿目まどかと美樹さやかの二人が並んでこちらに歩み寄ってくるのが見えた。
正面へと向き直る。そこには、あからさまに狼狽の色を滲ませたほむらの蒼白い顔が見えた。
「ほむらちゃんもマミさんも喧嘩はやめて!」
まどかは、私たちの間に割り込むと、両手をわたわたと振って仲裁をはじめた。
さやかは、敵意をまったく隠そうとせずにほむらを睨みつけている。
「二人ともどうして、仲良く出来ないんですか。お互い魔法少女なのに」
まどかの呟きを聞いた途端、ほむらの口がへの字に曲がる。納得いかないという表情だが、それはお互い様だ。
「鹿目さん、別に私は好んでいがみあっているわけじゃないの。
ただ、彼女は一方的に条件を突きつけて、理由も話さない。理解しようがないわ」
「ほむらちゃん……」
「それは――」
「マミさん、ところでその喧嘩になった発端ってなんです」
さやかの声。この集団の中では彼女が一番冷静なのかもしれない。私は、額に掛かった前髪を軽く払いのけると、一歩前に出る。
「彼女は一方的にあなたたちと縁切りしろと迫ってきたの。そんなこと、承服できるわけないでしょう」
「ほむらちゃん、なんでそんなことマミさんに」
「理由はあるわ。でも――」
「まどかもマミさんも、こんなやつのいうこと聞く必要ない。行きましょ!」
「あ、ちょっ」
さやかは、私の手を引くとその場を去ろうと歩き出す。
ほむらは、棒のように立ち尽くしたまま、粘った視線をこちらに投げつけてくる。
酷く、気分が悪い。彼女の目は、飼い主に置き捨てられた犬のように、悲しみと怒り同量で内包されている。
私の腹に溜まっていった、怒りの種火が徐々に小さくなっていく。それから、自分でも理解できない罪悪感がこみ上げてきた。
「待ってよ、さやかちゃんもマミさんも。ほむらちゃんの話、ちゃんと聞こうよ」
「まどか、転校生なんかほっとけって」
「――そうね、私も聞いておきたい。いいかしら、美樹さん」
「マミさんがいうなら」
さやかは、そっと掴んでいた手をはなすと、頭の後ろで両手を組んで、口を尖らせた。
「いまから、話すことは全て真実。それを受け入れられるかどうかは、あなた次第でしょうけど」
「続けて」
「私は――」
いい加減な話をしたら今度こそ許さない。そんな気持ちで身構えながら、彼女の言葉に耳を傾けた瞬間。
校舎全体を揺るがすような轟音が鼓膜をつんざいた。
「な、なに? いまのは?」
さやかが両手で耳を押さえながら私に問いかけてきた。
「わからない、けど――」
「話はあとにして、確かめてみましょう。ほら」
「うん、ありがとう。ほむらちゃん」
ほむらは背後に飛び退ると、殺気を横溢させている。構うことはない。場所も、道理も、理性さえも。
「ここでやりあえば、どうなるか理解しているの」
関係ない。
「私たちに干渉しないで。どうしてもというなら、命を掛けなさい」
「そんなもの、とうに掛けてるわ。どうしても、ひかないというのならば、私だって構わない。あなたには、ここで退場してもらう」
「やめて!!」
思わず声を呑んだ。同時に振り返ると、そこには鹿目まどかと美樹さやかの二人が並んでこちらに歩み寄ってくるのが見えた。
正面へと向き直る。そこには、あからさまに狼狽の色を滲ませたほむらの蒼白い顔が見えた。
「ほむらちゃんもマミさんも喧嘩はやめて!」
まどかは、私たちの間に割り込むと、両手をわたわたと振って仲裁をはじめた。
さやかは、敵意をまったく隠そうとせずにほむらを睨みつけている。
「二人ともどうして、仲良く出来ないんですか。お互い魔法少女なのに」
まどかの呟きを聞いた途端、ほむらの口がへの字に曲がる。納得いかないという表情だが、それはお互い様だ。
「鹿目さん、別に私は好んでいがみあっているわけじゃないの。
ただ、彼女は一方的に条件を突きつけて、理由も話さない。理解しようがないわ」
「ほむらちゃん……」
「それは――」
「マミさん、ところでその喧嘩になった発端ってなんです」
さやかの声。この集団の中では彼女が一番冷静なのかもしれない。私は、額に掛かった前髪を軽く払いのけると、一歩前に出る。
「彼女は一方的にあなたたちと縁切りしろと迫ってきたの。そんなこと、承服できるわけないでしょう」
「ほむらちゃん、なんでそんなことマミさんに」
「理由はあるわ。でも――」
「まどかもマミさんも、こんなやつのいうこと聞く必要ない。行きましょ!」
「あ、ちょっ」
さやかは、私の手を引くとその場を去ろうと歩き出す。
ほむらは、棒のように立ち尽くしたまま、粘った視線をこちらに投げつけてくる。
酷く、気分が悪い。彼女の目は、飼い主に置き捨てられた犬のように、悲しみと怒り同量で内包されている。
私の腹に溜まっていった、怒りの種火が徐々に小さくなっていく。それから、自分でも理解できない罪悪感がこみ上げてきた。
「待ってよ、さやかちゃんもマミさんも。ほむらちゃんの話、ちゃんと聞こうよ」
「まどか、転校生なんかほっとけって」
「――そうね、私も聞いておきたい。いいかしら、美樹さん」
「マミさんがいうなら」
さやかは、そっと掴んでいた手をはなすと、頭の後ろで両手を組んで、口を尖らせた。
「いまから、話すことは全て真実。それを受け入れられるかどうかは、あなた次第でしょうけど」
「続けて」
「私は――」
いい加減な話をしたら今度こそ許さない。そんな気持ちで身構えながら、彼女の言葉に耳を傾けた瞬間。
校舎全体を揺るがすような轟音が鼓膜をつんざいた。
「な、なに? いまのは?」
さやかが両手で耳を押さえながら私に問いかけてきた。
「わからない、けど――」
「話はあとにして、確かめてみましょう。ほら」
「うん、ありがとう。ほむらちゃん」
171: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:22:35.03 ID:Hu0QOljI0
轟音に驚き、尻餅をついてしまったまどかに手を差し伸べるほむらが、皆を先導するように駆け出す。
私も同意して、その後に続いた。ほむらに対する、怒りや疑念が消えたわけではない。
けれども、それらを凌駕するほどに、胸の奥がざわつく。
この感覚。魔女と戦う時と、同一のものだ。
「嘘、火事!?」
音の聞こえてきた方角に進むと、校舎の全面を舐めるような真っ赤な炎が、べらべらと音を立て燃え盛っていた。
私たちがいた中庭は、校舎の奥まった場所で囲まれており、校庭に出るには渡り廊下から、一旦校舎に入るしかない。
けれども、そこすら既に火が回っており、火勢が強すぎて近づくことすら出来ない状況だった。
「この火の回り方異常すぎるわ」
ほむらの声。それは、確かに同意だった。まるで、この一角に私たちを閉じ込めたような。
「ねえ、マミさん。これ、おかしいよ。さっき、あたしとまどかがこのどんづまりまで来た時には、
ちらほらそこらじゅうに人がたくさんいたのに」
――隔離された? いったい誰が、どんな意図で?
私も同意して、その後に続いた。ほむらに対する、怒りや疑念が消えたわけではない。
けれども、それらを凌駕するほどに、胸の奥がざわつく。
この感覚。魔女と戦う時と、同一のものだ。
「嘘、火事!?」
音の聞こえてきた方角に進むと、校舎の全面を舐めるような真っ赤な炎が、べらべらと音を立て燃え盛っていた。
私たちがいた中庭は、校舎の奥まった場所で囲まれており、校庭に出るには渡り廊下から、一旦校舎に入るしかない。
けれども、そこすら既に火が回っており、火勢が強すぎて近づくことすら出来ない状況だった。
「この火の回り方異常すぎるわ」
ほむらの声。それは、確かに同意だった。まるで、この一角に私たちを閉じ込めたような。
「ねえ、マミさん。これ、おかしいよ。さっき、あたしとまどかがこのどんづまりまで来た時には、
ちらほらそこらじゅうに人がたくさんいたのに」
――隔離された? いったい誰が、どんな意図で?
172: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:24:07.32 ID:Hu0QOljI0
「うう、怖いよぉ」
まどかは、声を震わせながらほむらの腕にすがっている。
異常な状況だ。そもそもが、これほどたくさん人間の集まる場所で、これほどの火事が起きているのに、
警報はおろか人の声すら聞こえない。
使い魔? 魔女? それとも?
「油断しないで、 巴マミ。たぶん、それ以外よ」
「なによ、それ以外って。鹿目さん、美樹さん。私の後ろに隠れて!」
ほむらは既に魔法少女へと変身を遂げていた。
私も、続けて魔力を開放し、法衣を纏うと、マスケット銃を具現化させ、辺りを警戒し始める。
校舎を焦がす熱気で頬が焦がされ、ぷつぷつと全身に細かい汗の粒が湧き出す。
庭を覆うように点在していた木々に火が移り、焦げる匂いが周辺全てを覆った。
「――来た!!」
ほむらの声に目を向けると、そこには奇怪な覆面をした男が立っていた。
まるで、そこに最初から居たように。
まどかは、声を震わせながらほむらの腕にすがっている。
異常な状況だ。そもそもが、これほどたくさん人間の集まる場所で、これほどの火事が起きているのに、
警報はおろか人の声すら聞こえない。
使い魔? 魔女? それとも?
「油断しないで、 巴マミ。たぶん、それ以外よ」
「なによ、それ以外って。鹿目さん、美樹さん。私の後ろに隠れて!」
ほむらは既に魔法少女へと変身を遂げていた。
私も、続けて魔力を開放し、法衣を纏うと、マスケット銃を具現化させ、辺りを警戒し始める。
校舎を焦がす熱気で頬が焦がされ、ぷつぷつと全身に細かい汗の粒が湧き出す。
庭を覆うように点在していた木々に火が移り、焦げる匂いが周辺全てを覆った。
「――来た!!」
ほむらの声に目を向けると、そこには奇怪な覆面をした男が立っていた。
まるで、そこに最初から居たように。
173: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:24:50.04 ID:Hu0QOljI0
教職員ではない、絶対に!
『アームズ』
男が首筋を捲くり上げ、首筋に何か小さなものを突き刺す。
同時に、男の身体が膨れ上がり、まるで別の生き物へと魔法のように変化した。
こしこしと、目蓋をこする。
目の錯覚ではない。男の身体は、この距離の目測で明らかに二メートル以上の巨体に変化したのだ。
鋼を掘り込んだような、鋭角的すぎる顔面。上半身は銀色の鎧を身に纏っている。左手から突き出しているものは、どうみても銃器だった。
「――っ!?」
背筋に悪寒を感じた。マスケットを構え照準を絞る。
が。
到底間に合わない。怪物の銃口の方が、はるかに早くこちらを捕らえていた。
あ、――死んじゃう。
『アームズ』
男が首筋を捲くり上げ、首筋に何か小さなものを突き刺す。
同時に、男の身体が膨れ上がり、まるで別の生き物へと魔法のように変化した。
こしこしと、目蓋をこする。
目の錯覚ではない。男の身体は、この距離の目測で明らかに二メートル以上の巨体に変化したのだ。
鋼を掘り込んだような、鋭角的すぎる顔面。上半身は銀色の鎧を身に纏っている。左手から突き出しているものは、どうみても銃器だった。
「――っ!?」
背筋に悪寒を感じた。マスケットを構え照準を絞る。
が。
到底間に合わない。怪物の銃口の方が、はるかに早くこちらを捕らえていた。
あ、――死んじゃう。
174: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:25:47.85 ID:Hu0QOljI0
ぎゅっと、目をつぶる。
銃声が轟いた。
あれ、痛くない。
おそるおそる目を開けると、私の前には、暁美ほむらが拳銃を構えて白い煙を得物から立ち昇らせているのが見えた。
「ARMS DOPANT……?」
ドーパント。不純物? 理解不能な言葉が、ほむらの口から漏れた。
怪物が膝を突いているのが見える。同時に、自我を取り戻すと、激しい羞恥心に襲われた。
「こ、の――!!」
魔力を開放し、マスケットを多重に召還する。
構え、狙い、撃つ!
長大な銃身から発射される銃弾が、怪物の胸部に着弾すると、黄金色の炎を巻き上げる。
全身から流れるように汗が吹き出てくる。前髪がべったりと頬に巻きつき、いらただしさが倍増された。
銃声が轟いた。
あれ、痛くない。
おそるおそる目を開けると、私の前には、暁美ほむらが拳銃を構えて白い煙を得物から立ち昇らせているのが見えた。
「ARMS DOPANT……?」
ドーパント。不純物? 理解不能な言葉が、ほむらの口から漏れた。
怪物が膝を突いているのが見える。同時に、自我を取り戻すと、激しい羞恥心に襲われた。
「こ、の――!!」
魔力を開放し、マスケットを多重に召還する。
構え、狙い、撃つ!
長大な銃身から発射される銃弾が、怪物の胸部に着弾すると、黄金色の炎を巻き上げる。
全身から流れるように汗が吹き出てくる。前髪がべったりと頬に巻きつき、いらただしさが倍増された。
175: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:26:23.15 ID:Hu0QOljI0
オレンジ色に包まれた校舎の窓枠が熱気によって次々と膨張し、破裂していく。
私にとって、学舎は楽しいものとは、けしていえなかったが、それでも家族を全て失った今、全ての日常の象徴だった。
日常が壊れていく。平静を保てない。奥歯を知らず噛み込んでいた。撃ち終わったマスケットを投げ捨てると、新規の得物に持ち替える。
アレは魔女でも、使い魔でもない。
けれどもきっと、殺すことに躊躇いはない。
私の日常を壊すものは許さない。ありったけの殺意を銃弾に込めた。
態勢を崩したまま立ち上がらない怪物に向けて、連続で銃撃を加えていく。
「美樹さん、鹿目さんを連れて、離れて!!」
私も、ほむらも基本の得物は銃器だ。別に相談したわけでもないが、ぐるぐるぐると円を描くように二人で交互に回りながら射撃を続ける。
時折、反撃のため、ヤツは左手の銃口をこちらに向けるが、その都度、狙ったように射撃を外してくれる。
「所詮、見掛け倒しね! 昨日の使い魔のほうがよっぽど手ごわかったわよ!」
私にとって、学舎は楽しいものとは、けしていえなかったが、それでも家族を全て失った今、全ての日常の象徴だった。
日常が壊れていく。平静を保てない。奥歯を知らず噛み込んでいた。撃ち終わったマスケットを投げ捨てると、新規の得物に持ち替える。
アレは魔女でも、使い魔でもない。
けれどもきっと、殺すことに躊躇いはない。
私の日常を壊すものは許さない。ありったけの殺意を銃弾に込めた。
態勢を崩したまま立ち上がらない怪物に向けて、連続で銃撃を加えていく。
「美樹さん、鹿目さんを連れて、離れて!!」
私も、ほむらも基本の得物は銃器だ。別に相談したわけでもないが、ぐるぐるぐると円を描くように二人で交互に回りながら射撃を続ける。
時折、反撃のため、ヤツは左手の銃口をこちらに向けるが、その都度、狙ったように射撃を外してくれる。
「所詮、見掛け倒しね! 昨日の使い魔のほうがよっぽど手ごわかったわよ!」
176: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:27:36.62 ID:Hu0QOljI0
即頭部、胸、右腕、左足。各部均等に弾丸の雨を降らせる。
一種、爽快だった。
怪物の身体が跳ね上がったコマのようにくるくる踊りだす。
もらった!
私は、止めをさそうとマスケットを担ぎ疾駆する。
「不用意に近づいてはダメ!」
「え――?」
ほむらの声が聞こえる。同時に、左腕から肩まで焼けつくような痛みが走った。
すとん、と倒れこむ。それが幸いしたのか、怪物が放った銃弾の雨は僅かに逸れて、後方の燃え盛る常緑樹を薙ぎ払った。
怪物がゆっくりと近づいてくる。右手には、半ばから折れたような大剣を盾のようにかざしながら、
側面から放ってくるほむらの射撃を全て防いでいた。
身の厚い刀身だ。あんなもので一撃されれば、私の身体は一瞬で粗引きにされてしまう。
敵の上半身に火力を集中させたのは、間違いだ。真に狙うべくは。
「ひっ!?」
雄叫びを上げて、不意に怪物が走り出した。接近戦になれば、確実に負ける。
ならば、足止めだ。
一種、爽快だった。
怪物の身体が跳ね上がったコマのようにくるくる踊りだす。
もらった!
私は、止めをさそうとマスケットを担ぎ疾駆する。
「不用意に近づいてはダメ!」
「え――?」
ほむらの声が聞こえる。同時に、左腕から肩まで焼けつくような痛みが走った。
すとん、と倒れこむ。それが幸いしたのか、怪物が放った銃弾の雨は僅かに逸れて、後方の燃え盛る常緑樹を薙ぎ払った。
怪物がゆっくりと近づいてくる。右手には、半ばから折れたような大剣を盾のようにかざしながら、
側面から放ってくるほむらの射撃を全て防いでいた。
身の厚い刀身だ。あんなもので一撃されれば、私の身体は一瞬で粗引きにされてしまう。
敵の上半身に火力を集中させたのは、間違いだ。真に狙うべくは。
「ひっ!?」
雄叫びを上げて、不意に怪物が走り出した。接近戦になれば、確実に負ける。
ならば、足止めだ。
177: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:28:28.63 ID:Hu0QOljI0
「このっ――!!」
半ば銀色の装甲に覆われた上半身に比べ、ヤツの大腿部から膝頭までは無防備だ。
マスケットを構えて、銃弾を膝頭に叩き込むと、怪物は巨体を前のめりにしてゆっくりと倒れ伏す。
その隙を見逃す、ほむらではない。彼女が、手榴弾を投擲するのを視界の端に捕らえと同時に、爆風を避けるため横へと全力で飛びのいた。
世界を圧する爆音が轟くと同時に、怪物の上半身が黒煙に包まれる。煙が晴れると同時に、ヤツの損傷を受けた巨体が目に入った。
怪物の腰から上はほとんど原型を留めておらず、頑強そうな装甲も燻したように炭化して、
茶色に近い体液が、両の目から流れ出ている。感情を宿さない真っ赤な瞳は熟したナツメのようにらんらんと輝いていた。
何故かこの時、キュウべぇのことが脳裏に浮かび、強い吐き気を催した。
関連性など、色以外ないのに。私は、大好きなキュウべぇを貶めてしまったことに深い罪悪感を覚え、強く頭を振った。
「早く、とどめを!!」
半ば銀色の装甲に覆われた上半身に比べ、ヤツの大腿部から膝頭までは無防備だ。
マスケットを構えて、銃弾を膝頭に叩き込むと、怪物は巨体を前のめりにしてゆっくりと倒れ伏す。
その隙を見逃す、ほむらではない。彼女が、手榴弾を投擲するのを視界の端に捕らえと同時に、爆風を避けるため横へと全力で飛びのいた。
世界を圧する爆音が轟くと同時に、怪物の上半身が黒煙に包まれる。煙が晴れると同時に、ヤツの損傷を受けた巨体が目に入った。
怪物の腰から上はほとんど原型を留めておらず、頑強そうな装甲も燻したように炭化して、
茶色に近い体液が、両の目から流れ出ている。感情を宿さない真っ赤な瞳は熟したナツメのようにらんらんと輝いていた。
何故かこの時、キュウべぇのことが脳裏に浮かび、強い吐き気を催した。
関連性など、色以外ないのに。私は、大好きなキュウべぇを貶めてしまったことに深い罪悪感を覚え、強く頭を振った。
「早く、とどめを!!」
178: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:28:59.65 ID:Hu0QOljI0
ほむらの声。一瞬で現実に引き戻された。傷ついた左手に無理やり力を込める。
痛覚が鈍磨しているとはいえ、それは今までにない耐え難いモノだった。
ブランダーバスを召還すると、ラッパのような銃口を構える。
建築物が焦げる匂いと、脳髄を焼くような熱気と痛みが、今居る世界から神経を乖離させていく。狙いを定める。
身じろぎもしない怪物に向け、魔力を込めた。
「ティロ・フィナーレ!!」
痛覚が鈍磨しているとはいえ、それは今までにない耐え難いモノだった。
ブランダーバスを召還すると、ラッパのような銃口を構える。
建築物が焦げる匂いと、脳髄を焼くような熱気と痛みが、今居る世界から神経を乖離させていく。狙いを定める。
身じろぎもしない怪物に向け、魔力を込めた。
「ティロ・フィナーレ!!」
179: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:29:54.73 ID:Hu0QOljI0
喉が張り裂けそうなほど、力を込めて叫ぶ。
殺意を収斂させた魔力の弾丸が、尾を引いて怪物に命中する。
同時に爆散。
オレンジ色の炎が鎌首をもたげて、伸び上がると、そこには覆面を被った男が倒れ伏していた。
「……ただの、人間なの?」
もう危険は去ったと理解したのか、後ろに隠れていたまどかとさやかが、私の背に隠れながら、
大の字にのびている男へと視線をおろす。
暁美ほむらは、男の傍らでしゃがむと、被っていた覆面を引きおろす。そこには、特になんてことのない中年男性の顔が露になった。
「ただの、人間よ」
殺意を収斂させた魔力の弾丸が、尾を引いて怪物に命中する。
同時に爆散。
オレンジ色の炎が鎌首をもたげて、伸び上がると、そこには覆面を被った男が倒れ伏していた。
「……ただの、人間なの?」
もう危険は去ったと理解したのか、後ろに隠れていたまどかとさやかが、私の背に隠れながら、
大の字にのびている男へと視線をおろす。
暁美ほむらは、男の傍らでしゃがむと、被っていた覆面を引きおろす。そこには、特になんてことのない中年男性の顔が露になった。
「ただの、人間よ」
180: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:30:54.53 ID:Hu0QOljI0
ほむらは立ち上がると、こちらに何か小さなモノを投げてよこした。
反射的に手を出して受け取るとそれはどこにでもあるような変哲のないうUSBメモリだった。
「メモリ? その男のモノなの?」
もう一度確認しようとした瞬間、それは縦にひび割れて、バラバラになった。
「たぶん、ガイアメモリ。この男自体は普通の人間でも、このメモリを使うことによって、常人を超えた力を行使していたのだと思う」
「ねえ、ほむらちゃん。この人誰なの?」
「詳しくはわからないけど、たぶん私たち魔法少女の持つソウルジェムを狙っているらしいわ」
「ちょっと待って。そんなの初耳よ」
「全ての答えを求められても困る。今の私は『解』を持っていないの。
ひとつだけいえることは、私たちは魔法少女に変身していない状態でも、魔女以外のモノ、
財団Xに狙われ続けるようになっただけよ。
もっともこの人たちは、魔女なんかよりももっと能動的に攻撃してくると思う。
家の中でも、シャワーを浴びていても、眠りこけていてもね」
「そんな……」
反射的に手を出して受け取るとそれはどこにでもあるような変哲のないうUSBメモリだった。
「メモリ? その男のモノなの?」
もう一度確認しようとした瞬間、それは縦にひび割れて、バラバラになった。
「たぶん、ガイアメモリ。この男自体は普通の人間でも、このメモリを使うことによって、常人を超えた力を行使していたのだと思う」
「ねえ、ほむらちゃん。この人誰なの?」
「詳しくはわからないけど、たぶん私たち魔法少女の持つソウルジェムを狙っているらしいわ」
「ちょっと待って。そんなの初耳よ」
「全ての答えを求められても困る。今の私は『解』を持っていないの。
ひとつだけいえることは、私たちは魔法少女に変身していない状態でも、魔女以外のモノ、
財団Xに狙われ続けるようになっただけよ。
もっともこの人たちは、魔女なんかよりももっと能動的に攻撃してくると思う。
家の中でも、シャワーを浴びていても、眠りこけていてもね」
「そんな……」
181: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:31:39.13 ID:Hu0QOljI0
私はほむらの説明を聞きながら、自分の持っていた魔法少女の優位性が音を立てて崩れていくような気がした。
魔女を探すのもこちらの役目なら、攻撃をしかけるのもこちら側。
常に選択肢はこちらの手の内にあったはずなのに、今やそれは完全にひっくり返された。
ほむらのいう、財団Xの刺客を倒しても、グリーフシードは落とさない。
つまり事実上、こちらはジリ貧状態に追い込まれたも同然なのだ。
突然襲われれば応戦せずにはいられないし、その結果は自分のソウルジェムを単に濁らせるだけの話。
「暁美さん。財団Xが魔女ではなく理性を持った人間なら、何とか折り合いを付けられないの」
魔女を探すのもこちらの役目なら、攻撃をしかけるのもこちら側。
常に選択肢はこちらの手の内にあったはずなのに、今やそれは完全にひっくり返された。
ほむらのいう、財団Xの刺客を倒しても、グリーフシードは落とさない。
つまり事実上、こちらはジリ貧状態に追い込まれたも同然なのだ。
突然襲われれば応戦せずにはいられないし、その結果は自分のソウルジェムを単に濁らせるだけの話。
「暁美さん。財団Xが魔女ではなく理性を持った人間なら、何とか折り合いを付けられないの」
182: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:33:42.15 ID:Hu0QOljI0
「彼らが欲しているのは、ソウルジェムとグリーフシードの両方よ。サンプルは多ければ多いほどいいに決まっている。
こちらの戦力が二人とわかってしまえば、人海戦術で攻めてくるかもしれない。
わかっているの? 私たちは少々魔法に長けているといっても、限りがあるわ。
あなたは眠らずに、食べずに、休まずに、永遠に戦い続けることが出来ると思ってるの?
そんなこと、不可能よ。出来ると思っているなら、本当の愚か者よ。本当の」
「あ、あの。マミさんも、ほむらちゃんもいいかな?」
「何かしら、鹿目さん」
「まるで、何も出来ない私がいうのは本当にずうずうしいのかもしれないけど、
その一旦ソウルジェムとグリーフシードを渡しちゃうっていうのはどうかな。後で返してもらうってことにして」
「そんなこと出来ない!!」
焦ったように、叫ぶほむらに、まどかは目尻に涙を溜めると深く俯き謝罪した。
それを見たさやかが、堰を切ったように声を上げた。
「転校生! まどかをそんなに怒鳴りつけることないだろ!
じゃあ、アンタに代替案でもあるっていうのか? ないだろ! 感情的に怒ったってしょうがないじゃない」
「暁美さん。それじゃあ、あなたの意見を聞かせてもらってもいいかしら。さぞ、いい思い付きがあるのでしょうね」
「私に意見なんかないわ。ひとつだけ希望をいわせてもらえれば、初めに話をしたように、その二人を巻き込まないでちょうだい。
魔女狩りに同行させるのも、契約をすること自体も考えさせないで。
そうしてくれれば、財団Xはこっちで何とかするわ。あなたは、今までどおり一人で魔女狩りを続けてちょうだい」
「一方的だな。あたしらの考えは無視かよ」
さやかは、腕を組んだまま吐き捨てるようにいった。
私も、同意見だ。魔法少女になるかならないかは、本人の意思によるもの。他人が口を出すことじゃないのだ。
「暁美さん、どう考えても私たちは歩み寄れないようね。残念だわ」
「残念も何も。巴マミ、私はただあの二人をあなたの愛玩動物のように扱うのはやめて、といっているだけよ。
私たちが見ている世界は、彼女たちが見ているものとは、とうに別物なの。
一人で戦って、一人で死んでいく。それが、私たちには似合いのルールよ。地獄に彼女らを引き入れないで」
「私が、悪魔だとでも?」
「それは、あなたの後ろで聞き耳を立てている化け物に聞いてみれば」
ほむらの視線の先。
こちらの戦力が二人とわかってしまえば、人海戦術で攻めてくるかもしれない。
わかっているの? 私たちは少々魔法に長けているといっても、限りがあるわ。
あなたは眠らずに、食べずに、休まずに、永遠に戦い続けることが出来ると思ってるの?
そんなこと、不可能よ。出来ると思っているなら、本当の愚か者よ。本当の」
「あ、あの。マミさんも、ほむらちゃんもいいかな?」
「何かしら、鹿目さん」
「まるで、何も出来ない私がいうのは本当にずうずうしいのかもしれないけど、
その一旦ソウルジェムとグリーフシードを渡しちゃうっていうのはどうかな。後で返してもらうってことにして」
「そんなこと出来ない!!」
焦ったように、叫ぶほむらに、まどかは目尻に涙を溜めると深く俯き謝罪した。
それを見たさやかが、堰を切ったように声を上げた。
「転校生! まどかをそんなに怒鳴りつけることないだろ!
じゃあ、アンタに代替案でもあるっていうのか? ないだろ! 感情的に怒ったってしょうがないじゃない」
「暁美さん。それじゃあ、あなたの意見を聞かせてもらってもいいかしら。さぞ、いい思い付きがあるのでしょうね」
「私に意見なんかないわ。ひとつだけ希望をいわせてもらえれば、初めに話をしたように、その二人を巻き込まないでちょうだい。
魔女狩りに同行させるのも、契約をすること自体も考えさせないで。
そうしてくれれば、財団Xはこっちで何とかするわ。あなたは、今までどおり一人で魔女狩りを続けてちょうだい」
「一方的だな。あたしらの考えは無視かよ」
さやかは、腕を組んだまま吐き捨てるようにいった。
私も、同意見だ。魔法少女になるかならないかは、本人の意思によるもの。他人が口を出すことじゃないのだ。
「暁美さん、どう考えても私たちは歩み寄れないようね。残念だわ」
「残念も何も。巴マミ、私はただあの二人をあなたの愛玩動物のように扱うのはやめて、といっているだけよ。
私たちが見ている世界は、彼女たちが見ているものとは、とうに別物なの。
一人で戦って、一人で死んでいく。それが、私たちには似合いのルールよ。地獄に彼女らを引き入れないで」
「私が、悪魔だとでも?」
「それは、あなたの後ろで聞き耳を立てている化け物に聞いてみれば」
ほむらの視線の先。
183: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:34:16.35 ID:Hu0QOljI0
「化け物はひどいじゃないか。暁美ほむら」
燃え盛る炎の壁を背にして、全ての始まりの象徴でもある、キュウべぇがちんまりと座り込んでいた。
「キュウべぇ……いつからそこに?」
キュウべぇの姿を見た途端、ほっと安堵のため息が漏れた。
どんな危機にも自分のスタンスを崩さない彼を、私はいつしか頼りにしていたのだろうか。少しだけ、力が抜けた。
「嘘、全然気づかなかったよ。まどかは?」
「さやかちゃんが気づかないのに、私がわかるわけないよ」
「それにしても、暁美ほむら。君は、いつからそんなに財団Xについて詳しくなったんだい。教えて欲しいな」
「うるさい、お前が……訳知り顔をするな」
反応することも出来なかった。握りこまれた銃口が、キュウべぇに向けられる。
心臓が、きゅっと縮んだように痛む。
同時に軽い音が、たん、と鳴った。
燃え盛る炎の壁を背にして、全ての始まりの象徴でもある、キュウべぇがちんまりと座り込んでいた。
「キュウべぇ……いつからそこに?」
キュウべぇの姿を見た途端、ほっと安堵のため息が漏れた。
どんな危機にも自分のスタンスを崩さない彼を、私はいつしか頼りにしていたのだろうか。少しだけ、力が抜けた。
「嘘、全然気づかなかったよ。まどかは?」
「さやかちゃんが気づかないのに、私がわかるわけないよ」
「それにしても、暁美ほむら。君は、いつからそんなに財団Xについて詳しくなったんだい。教えて欲しいな」
「うるさい、お前が……訳知り顔をするな」
反応することも出来なかった。握りこまれた銃口が、キュウべぇに向けられる。
心臓が、きゅっと縮んだように痛む。
同時に軽い音が、たん、と鳴った。
184: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:35:21.63 ID:Hu0QOljI0
「な、んで、よ」
ほむらの顔。キュウべぇの小さな身体が跳ね上がると、その場に転がった。
呆然と膝を突く。まどかとさやかがキュウべぇに慌てて駆け寄る。
まどかの泣き顔が、私の目にはブレて映りこむ。
彼女が抱き上げたそれは、頭部を半分以上失っていた。
視界が、涙で滲んだ。
それはもう、彼が二度と戻る筈がないと自分でも確信していたからだ。
「なんで、撃つのよ」
キュウべぇ。私の友達。私と契約して、地獄の底から救ってくれた。
いっしょに食事をして、お風呂に入って、いっしょの布団で寝た。
家族を一度に失い、学校でも孤立した私の心を慰めてくれた彼は、たったひとつのかけがえのない宝石そのもののようだったのに。
一番大切なものを失くして、人との距離感がわからず失敗ばかりだった。
彼との思い出。刻まれた、新しい寄る辺が、再びぽっかりと穴を開け穿たれた。
ほむらの顔。キュウべぇの小さな身体が跳ね上がると、その場に転がった。
呆然と膝を突く。まどかとさやかがキュウべぇに慌てて駆け寄る。
まどかの泣き顔が、私の目にはブレて映りこむ。
彼女が抱き上げたそれは、頭部を半分以上失っていた。
視界が、涙で滲んだ。
それはもう、彼が二度と戻る筈がないと自分でも確信していたからだ。
「なんで、撃つのよ」
キュウべぇ。私の友達。私と契約して、地獄の底から救ってくれた。
いっしょに食事をして、お風呂に入って、いっしょの布団で寝た。
家族を一度に失い、学校でも孤立した私の心を慰めてくれた彼は、たったひとつのかけがえのない宝石そのもののようだったのに。
一番大切なものを失くして、人との距離感がわからず失敗ばかりだった。
彼との思い出。刻まれた、新しい寄る辺が、再びぽっかりと穴を開け穿たれた。
185: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:36:50.42 ID:Hu0QOljI0
そして、戻らないのだ。もう二度と。
頭の中を、ぐるぐると感情がうねって渦を巻いている。
――ポーズの部分もあったかもしれない。
それでも、本当は、全てを失ってしまったとき、
もう一度何かを愛してみたかったのだ。
もう一度だけ。
それは、もうない。
「なんで撃ったああああああああっ!!」
マスケット銃。知らず、握りこんでいた。殺意だけが弾丸に託され、それは穿たれた。
鹿目まどかの胸を。
「え、あ、あ」
暁美ほむらを殺すために撃たれた弾丸は、彼女を庇うため大きく両手を広げた鹿目まどかの胸元を、芸術的なまでに射抜いていた。
指先が震える。
ごとり、と鈍い音がして、銃器が私の手から滑り落ちた。
頭の中を、ぐるぐると感情がうねって渦を巻いている。
――ポーズの部分もあったかもしれない。
それでも、本当は、全てを失ってしまったとき、
もう一度何かを愛してみたかったのだ。
もう一度だけ。
それは、もうない。
「なんで撃ったああああああああっ!!」
マスケット銃。知らず、握りこんでいた。殺意だけが弾丸に託され、それは穿たれた。
鹿目まどかの胸を。
「え、あ、あ」
暁美ほむらを殺すために撃たれた弾丸は、彼女を庇うため大きく両手を広げた鹿目まどかの胸元を、芸術的なまでに射抜いていた。
指先が震える。
ごとり、と鈍い音がして、銃器が私の手から滑り落ちた。
186: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 00:37:27.13 ID:Hu0QOljI0
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198: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 20:18:11.29 ID:kkVZOldP0
/05
今起きたことが全て夢の中であるように願った。
前のめりに崩れ落ちるまどかへと駆け寄る。
転校生は呆然としたまま、背中からまどかを抱きかかえ、虚ろな視線を漂わせていた。
あたしは、ぽっかりとあいた、まどかの黒々とした胸の銃創を見つめながら、
こぽこぽとめどなく溢れ出す赤黒い血を止めようとそっと手を伸ばした。
血溜まりの中は、あたためた泥のように粘って指先から手首までを浸していく。
「まどか、しっかりして、なんとか、なんとかするから!!」
何をどうするというのだ、この状況で。
そもそも、周囲は燃え盛った建築物が、今にも自分たちの居る中庭にまで倒れてきそうだというのに。
知らず、泣いていた。
涙がぼろぼろとこぼれ、頬を伝う。歪んだ視界の向こうには、顔をくしゃくしゃにしたほむらが涙を流しているのが見えた。
今起きたことが全て夢の中であるように願った。
前のめりに崩れ落ちるまどかへと駆け寄る。
転校生は呆然としたまま、背中からまどかを抱きかかえ、虚ろな視線を漂わせていた。
あたしは、ぽっかりとあいた、まどかの黒々とした胸の銃創を見つめながら、
こぽこぽとめどなく溢れ出す赤黒い血を止めようとそっと手を伸ばした。
血溜まりの中は、あたためた泥のように粘って指先から手首までを浸していく。
「まどか、しっかりして、なんとか、なんとかするから!!」
何をどうするというのだ、この状況で。
そもそも、周囲は燃え盛った建築物が、今にも自分たちの居る中庭にまで倒れてきそうだというのに。
知らず、泣いていた。
涙がぼろぼろとこぼれ、頬を伝う。歪んだ視界の向こうには、顔をくしゃくしゃにしたほむらが涙を流しているのが見えた。
199: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 20:18:56.83 ID:kkVZOldP0
どうして、どうしてまどかが殺さなければならないのだ。彼女は何の関係もないのに。
まどかは、ほむらを庇って銃弾に倒れた。どうしようもない事実だった。
「ち、違うの、こ、これは違うの。だって、私は暁美ほむらを……。鹿目さんが悪いのよ、そんなやつかばうから……」
尊敬できる先輩だと思っていた。
彼女の洗練された物腰や、力強い行動力にどれだけ憧れたのだろうか。
まどかは、ほむらを庇って銃弾に倒れた。どうしようもない事実だった。
「ち、違うの、こ、これは違うの。だって、私は暁美ほむらを……。鹿目さんが悪いのよ、そんなやつかばうから……」
尊敬できる先輩だと思っていた。
彼女の洗練された物腰や、力強い行動力にどれだけ憧れたのだろうか。
200: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 20:20:51.54 ID:kkVZOldP0
魔女や使い魔を一掃する時の彼女は、まるで物語のヒロインそのもので。
瑕疵ひとつなく、完璧だった。
それが今はどうだ。この期に及んで言い訳すらしている。
――こんなのは、あたしやまどかが憧れた巴マミじゃない!
「――ごろし」
「え」
「ひと――ごろし」
巴マミ。縁日の安い金魚のように口をぱくぱくしている。今のあたしには、彼女がこの世界の中で一番醜く見えた。
「ひとごろし!! まどかを返してっ!!」
「ち――ちがう、ちがうのよ、私じゃない、私じゃない!!」
彼女はきびすを返すと、未だ炎の燃え盛る出口の方向へと駆け去っていった。
彼女は普通の人間じゃない。魔法少女だ。なら、最初から逃げ出す算段はあったのだろう。
「逃げるな! 卑怯者!!」
罵声を逃げ去る後姿に投げつける。それらも、炎の渦に溶けた。
あたしは、校舎の鍼が彼女に墜落し、首の骨を折って焼き焦がされることを、天に祈った。
今は、あんな女気にしている場合じゃない。
ここから、まどかを連れ出す方法を考えねば。
息を深く吸い込み、ごほごほとむせた。
当たり前だ。火事場では深呼吸すら許されない。
ほむらは、先程から釣り糸が切れた繰り人形のように呆然としている。頼りにはならない。
下唇を噛んでしまう。どうにか、どうにかしないと。
瑕疵ひとつなく、完璧だった。
それが今はどうだ。この期に及んで言い訳すらしている。
――こんなのは、あたしやまどかが憧れた巴マミじゃない!
「――ごろし」
「え」
「ひと――ごろし」
巴マミ。縁日の安い金魚のように口をぱくぱくしている。今のあたしには、彼女がこの世界の中で一番醜く見えた。
「ひとごろし!! まどかを返してっ!!」
「ち――ちがう、ちがうのよ、私じゃない、私じゃない!!」
彼女はきびすを返すと、未だ炎の燃え盛る出口の方向へと駆け去っていった。
彼女は普通の人間じゃない。魔法少女だ。なら、最初から逃げ出す算段はあったのだろう。
「逃げるな! 卑怯者!!」
罵声を逃げ去る後姿に投げつける。それらも、炎の渦に溶けた。
あたしは、校舎の鍼が彼女に墜落し、首の骨を折って焼き焦がされることを、天に祈った。
今は、あんな女気にしている場合じゃない。
ここから、まどかを連れ出す方法を考えねば。
息を深く吸い込み、ごほごほとむせた。
当たり前だ。火事場では深呼吸すら許されない。
ほむらは、先程から釣り糸が切れた繰り人形のように呆然としている。頼りにはならない。
下唇を噛んでしまう。どうにか、どうにかしないと。
201: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 20:21:50.89 ID:kkVZOldP0
「まずいな、ここでまどかが死ぬのはすこぶる計算違いだよ」
少年のような高い声。
そこには、先程ほむらに射殺されたはずのキュウべぇが、なにごともなかったかのように、毛ほどの傷もなく座り込んでいる。
「なんで、居るのよ?」
「僕のことかい、さやか。気にする必要はないよ。
マミみたいになりたくなければ、目の前のことだけに集中したほうがいい。危機は続いているみたいだし」
「そうじゃない。――なんなの、アンタ」
「僕かい? 僕は僕だよ。それ以上でも、以下でもない」
「だって、さっき撃たれて――」
少年のような高い声。
そこには、先程ほむらに射殺されたはずのキュウべぇが、なにごともなかったかのように、毛ほどの傷もなく座り込んでいる。
「なんで、居るのよ?」
「僕のことかい、さやか。気にする必要はないよ。
マミみたいになりたくなければ、目の前のことだけに集中したほうがいい。危機は続いているみたいだし」
「そうじゃない。――なんなの、アンタ」
「僕かい? 僕は僕だよ。それ以上でも、以下でもない」
「だって、さっき撃たれて――」
202: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 20:22:33.19 ID:kkVZOldP0
「ああ、これのことかい」
そこには、先程頭を破壊された、もう一体のキュウべぇの身体が確かにあった。
彼は、もうひとつの自分をひきずってくると、まるでそれが自然のように、
端から噛り付くと、崩れた耳、長く伸びたピンク色の内臓、肉、皮まで余すことなく平らげた。
「――っ」
吐き気がする。
なんだ、これは。なんなんだ、この生き物は。
「きゅっぷ、エコでしょ。僕って」
真っ赤な澄んだ瞳。昆虫を思わせた。
世界が軋んでいく。ほんの少し前まで当たり前だったことが全て壊れた。
もはや、何が起きても不思議ではなかった。
ここは、全ての常識が通用しないのだ。
ほむらにも彼の声が聞こえているはずだが、彼女はもはや一顧だにしない。
ほむらがキュウべぇを撃ったせいで、まどかは巴マミに撃たれた。
あたしは、この小動物のような生き物の存在が、もう禍々しいモノにしか思えなかった。
晴れていた空が、流れていく分厚い雲で覆われ、光度が落ちていく。
炎上していく校舎は、まるで火勢が弱まらない。五メートルは離れているのに、熱気は肌を焦がすほどの強さだ。
胃が反転しそうなほどの不快感が、また込み上げて来る。苦い唾が口腔にあふれた。
そこには、先程頭を破壊された、もう一体のキュウべぇの身体が確かにあった。
彼は、もうひとつの自分をひきずってくると、まるでそれが自然のように、
端から噛り付くと、崩れた耳、長く伸びたピンク色の内臓、肉、皮まで余すことなく平らげた。
「――っ」
吐き気がする。
なんだ、これは。なんなんだ、この生き物は。
「きゅっぷ、エコでしょ。僕って」
真っ赤な澄んだ瞳。昆虫を思わせた。
世界が軋んでいく。ほんの少し前まで当たり前だったことが全て壊れた。
もはや、何が起きても不思議ではなかった。
ここは、全ての常識が通用しないのだ。
ほむらにも彼の声が聞こえているはずだが、彼女はもはや一顧だにしない。
ほむらがキュウべぇを撃ったせいで、まどかは巴マミに撃たれた。
あたしは、この小動物のような生き物の存在が、もう禍々しいモノにしか思えなかった。
晴れていた空が、流れていく分厚い雲で覆われ、光度が落ちていく。
炎上していく校舎は、まるで火勢が弱まらない。五メートルは離れているのに、熱気は肌を焦がすほどの強さだ。
胃が反転しそうなほどの不快感が、また込み上げて来る。苦い唾が口腔にあふれた。
203: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 20:23:11.18 ID:kkVZOldP0
「……さやかちゃ、ん」
まどかの震える小さな手を、そっと握り締める。
こんな熱気の中で、その指先は氷のように冷たかった。青白い顔が目に映る。恐怖で心臓が握りつぶされそう。
「大丈夫だよ、いま、病院に」
携帯を開き、連絡を取ろうと掛けてみるが、まるで通じない。
舌打ちがもれた。
あたしの中の焦りが幾何級的に膨れ上がる。
「通じない! 転校生、あんたのは!」
ほむらが、弱弱しく首を振った。
「どうして、誰も助けに来てくれないのよ!!」
まどかの震える小さな手を、そっと握り締める。
こんな熱気の中で、その指先は氷のように冷たかった。青白い顔が目に映る。恐怖で心臓が握りつぶされそう。
「大丈夫だよ、いま、病院に」
携帯を開き、連絡を取ろうと掛けてみるが、まるで通じない。
舌打ちがもれた。
あたしの中の焦りが幾何級的に膨れ上がる。
「通じない! 転校生、あんたのは!」
ほむらが、弱弱しく首を振った。
「どうして、誰も助けに来てくれないのよ!!」
204: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 20:24:27.17 ID:kkVZOldP0
「外部から、この地域を遮断している。そうとしか思えない」
震えるような声。こいつにこんな声で話されると、無性に不安になる。
まどかの唇が、小さく動いた。ほむらが、こちらを見ながら自分の口元に人差し指を立てる。
あたしは、耳をそっと近づけ、まどかの声を拾った。
「マミさんを、責め、ない、で――」
こんな時でも。まどかは、他の誰かを想っている。それこそが既に、奇跡だと。
「なんでよ、まどか。あいつに殺されそうになったのに」
「――わざと、じゃ……ない、よ。きっと」
どうして気づかないのだ、彼女は。
「キュ、べぇは……?」
魔法なんか使えなくても、まどかの存在そのものが輝かしく貴い。
だから、どうしても助けたかった。
「ほむらちゃん、へ、いき?」
「平気、平気だよ、まどか。だから――」
ほむらの受け答えを聞くと、まどかは儚げな笑みを浮かべ、目蓋を閉じた。
彼女の身体から力が完全に抜け切ったのだろう、ほむらの両目が大きく見開かれたのがあたしにもわかった。
「血が流れすぎてる。心臓は外れているみたいだけど、脾臓と肝臓を傷つけている」
「転校生、あんた魔法少女なんだろぉ。なんとか出来ないのかよ」
「出来たら、やってるわよ!! ――もう、魔力が足りないの。彼女を助けられる位相まで跳べない」
「ああああああ!!」
叫び声を上げる。なにか、何かないのか。この苦境をひっくり返す、何かが。
目の前のそれと、目が合う。
そうか。
――ただ一つだけあった。
「キュウべぇ、願い事、なんでも叶うんだよね」
「僕と契約する気になったかい、さやか」
震えるような声。こいつにこんな声で話されると、無性に不安になる。
まどかの唇が、小さく動いた。ほむらが、こちらを見ながら自分の口元に人差し指を立てる。
あたしは、耳をそっと近づけ、まどかの声を拾った。
「マミさんを、責め、ない、で――」
こんな時でも。まどかは、他の誰かを想っている。それこそが既に、奇跡だと。
「なんでよ、まどか。あいつに殺されそうになったのに」
「――わざと、じゃ……ない、よ。きっと」
どうして気づかないのだ、彼女は。
「キュ、べぇは……?」
魔法なんか使えなくても、まどかの存在そのものが輝かしく貴い。
だから、どうしても助けたかった。
「ほむらちゃん、へ、いき?」
「平気、平気だよ、まどか。だから――」
ほむらの受け答えを聞くと、まどかは儚げな笑みを浮かべ、目蓋を閉じた。
彼女の身体から力が完全に抜け切ったのだろう、ほむらの両目が大きく見開かれたのがあたしにもわかった。
「血が流れすぎてる。心臓は外れているみたいだけど、脾臓と肝臓を傷つけている」
「転校生、あんた魔法少女なんだろぉ。なんとか出来ないのかよ」
「出来たら、やってるわよ!! ――もう、魔力が足りないの。彼女を助けられる位相まで跳べない」
「ああああああ!!」
叫び声を上げる。なにか、何かないのか。この苦境をひっくり返す、何かが。
目の前のそれと、目が合う。
そうか。
――ただ一つだけあった。
「キュウべぇ、願い事、なんでも叶うんだよね」
「僕と契約する気になったかい、さやか」
205: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 20:25:38.74 ID:kkVZOldP0
「――美樹さやか! あなたはっ!!」
「悪い、ほむら。あたし、もう決めたんだ。それにもう、あたししかまどかを救えない、だろ?」
何かをいいたげにしていたが、今は構ってられない。
心はもう定まった。契約を行えば、魔女たちだけではなく、今後も今日のような目に何度だって会うかもしれない。
怖くないといえば、嘘だ。ううん、本当は怖い。
今すぐ、家に帰ってふとんをかぶり目をつぶってしまいたい。
そして、朝になれば、あたしとまどかと仁美で通学路をたあいないおしゃべりをしながら歩き、つまらない授業を受けて日がな過ごすんだ。
退屈な日常。
判を押したように決まりきった未来。
見飽きた顔ぶれと平穏。
今、この時、それらは過ぎ去ってしまった。
手を伸ばしても届かない、黄金よりも貴重な時間。
どうして、尊いものほど失ってから気づくのだろうか。
下唇を噛み締め、キュウべぇを睨みすえる。心残りは、ひとつだけ。
恭介の顔が最後に浮かび、彼方に消え去った。
「あたしの願いはたったひとつ。まどかを助けて!! これが契約の誓い!」
「お安い御用さ」
特別何かが起きたわけではない。
痛みも感慨もなく、全ては成立し、執行された。
気づけば、あたしの手のひらにはソウルジェムが、何の感慨もなく乗っていた。
「え、えーと、もう終わり?」
206: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 20:26:36.28 ID:kkVZOldP0
「契約は完了した。まどかの傷は、治ったよ。いや、元々なかったことにされたとでもいうべきかな」
キュウべぇの声が、何故かあたしには機械の摩擦のような、やたらに平坦なものに聞こえた。
「まどか!!」
ほむらが、抱きかかえている彼女の胸を見る。
制服こそ破れているが、そこに確かにあった大きな銃創は、綺麗さっぱり消えてなくなり、
まどかの小さな胸が小さく上下しているのがわかった。
「す、すご――、すごいよ! キュウべぇ! あは、あははははっはっ!!」
自分の中の情動は完全に破壊されてしまったのだろうか、無性に笑いがこみ上げて、押さえ切れなかった。
ほむらも、泣き笑いの表情で困ったようにこちらを見る。
その顔は、いつもの冷淡なものとまるで違い、初めて親近感を覚えた。
キュウべぇの声が、何故かあたしには機械の摩擦のような、やたらに平坦なものに聞こえた。
「まどか!!」
ほむらが、抱きかかえている彼女の胸を見る。
制服こそ破れているが、そこに確かにあった大きな銃創は、綺麗さっぱり消えてなくなり、
まどかの小さな胸が小さく上下しているのがわかった。
「す、すご――、すごいよ! キュウべぇ! あは、あははははっはっ!!」
自分の中の情動は完全に破壊されてしまったのだろうか、無性に笑いがこみ上げて、押さえ切れなかった。
ほむらも、泣き笑いの表情で困ったようにこちらを見る。
その顔は、いつもの冷淡なものとまるで違い、初めて親近感を覚えた。
207: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 20:27:41.66 ID:kkVZOldP0
「はは、ほむら、あんた酷い顔だよ、くくく」
「あなたに、いわれたく、ないわ」
まどかが助かった。
この先どうなっていくかわからないけど、少なくともこの転校生が案外悪いやつじゃないってわかったような気がした。
気休めでも、それは希望だった。
「気をつけて、さやか。エンドロールはまだみたいだよ」
キュウべぇの声に注意を引かれ、巴マミが逃げ去った方向を見ると、炎で焼き崩れた廃材の中を突き破るようにして、大きな影が閃いた。
そして、その怪物が正体をあらわにした時が、再び自分たちが死地に居ることを思い出させた。
「はは、いつからあたしたちの学校は、ジュラシックパークになったんだ」
火の粉を撒き散らしながら、巨躯を見せたそれは、
象すらひと呑みにしそうな、巨大なくちばしと、中庭を圧するほど大きな羽を持った怪物だった。
「ケツァルコアトルス……」
「は、ケツァ、なに?」
「あなたに、いわれたく、ないわ」
まどかが助かった。
この先どうなっていくかわからないけど、少なくともこの転校生が案外悪いやつじゃないってわかったような気がした。
気休めでも、それは希望だった。
「気をつけて、さやか。エンドロールはまだみたいだよ」
キュウべぇの声に注意を引かれ、巴マミが逃げ去った方向を見ると、炎で焼き崩れた廃材の中を突き破るようにして、大きな影が閃いた。
そして、その怪物が正体をあらわにした時が、再び自分たちが死地に居ることを思い出させた。
「はは、いつからあたしたちの学校は、ジュラシックパークになったんだ」
火の粉を撒き散らしながら、巨躯を見せたそれは、
象すらひと呑みにしそうな、巨大なくちばしと、中庭を圧するほど大きな羽を持った怪物だった。
「ケツァルコアトルス……」
「は、ケツァ、なに?」
208: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 20:29:40.92 ID:kkVZOldP0
「翼竜よ。どうやら、今度は私だけではなく、あなたのソウルジェムも狙っているのね」
「なんで、急に。いつ、あたしが契約したことを知ってるのよ」
「……今はここから逃げ出すのが先決ね」
それはそうだ。難しいことはあとで考えればいい。
翼竜は、のしのしと数歩歩むと、羽を二三度大きく羽ばたかせる。
空間を圧する風が巻き起こり、思わず片手を上げ粉塵から目を守った。
ほむらが抱きかかえているまどかの様子を見る。
危機は脱したようだが、まだ意識は取り戻していない。汗ばんだ手をゆっくりと開く。武器、武器が必要だ。強く念じながら、叫んだ!
「まどかのこと頼んだわよ!! ここは任せて!」
ほむらは一瞬迷うようなそぶりを見せたが、すぐさま倒れたままのまどかを引きずって、校舎の中の火勢の弱い部分を探し始めた。
あきらめない。最後まで。何があっても、生きるんだ。絶対に。
あたしは、ようやく力を手に入れたんだ。
ここで戦わないという法はない。
願いを形にする。そう、信じるんだ。強く目を閉じて、ゆっくり開いた。
「なんで、急に。いつ、あたしが契約したことを知ってるのよ」
「……今はここから逃げ出すのが先決ね」
それはそうだ。難しいことはあとで考えればいい。
翼竜は、のしのしと数歩歩むと、羽を二三度大きく羽ばたかせる。
空間を圧する風が巻き起こり、思わず片手を上げ粉塵から目を守った。
ほむらが抱きかかえているまどかの様子を見る。
危機は脱したようだが、まだ意識は取り戻していない。汗ばんだ手をゆっくりと開く。武器、武器が必要だ。強く念じながら、叫んだ!
「まどかのこと頼んだわよ!! ここは任せて!」
ほむらは一瞬迷うようなそぶりを見せたが、すぐさま倒れたままのまどかを引きずって、校舎の中の火勢の弱い部分を探し始めた。
あきらめない。最後まで。何があっても、生きるんだ。絶対に。
あたしは、ようやく力を手に入れたんだ。
ここで戦わないという法はない。
願いを形にする。そう、信じるんだ。強く目を閉じて、ゆっくり開いた。
209: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 20:31:24.77 ID:kkVZOldP0
そこに居たあたしは、法衣に身を包み、剣を手にした正義の魔法少女に変身を遂げていた。チープですまん。
「うっそ、すごい……」
長剣に重みはなく、まるでいつも持ち歩いていたかのように、しっくりと手になじんだ。身体の底から力が溢れ出す。
怪鳥が眼前でわななく。脳内にアドレナリンが過剰分泌されているのだろうか、恐怖感は皆無だった。
その雄叫び、合図だったのだろうか。
ケツァルなんとかは、翼をはためかせながら、低空飛行で一直線に喰らいついてきた。暴風が、半ば焼け落ちた低木を根こそぎ巻き上げる。
まだ割れずに残っていた、校舎の窓ガラスが片っ端から風圧で粉々になっていく。
「――来い!」
あたしなんかひと呑み出来るほど大きな口を開き、真っ赤な口腔が直前に迫る。
長剣を上段に構え、前のめりに飛び込む。
敵のくちばし。寸前で身体を反転させ、かわした。刃を両手で円を描くように振るう。
何かにぶつかったと思った時、あたしの体は宙を舞っていた。
弾き飛ばされながらも、冷静に敵の背中を見る。
背後に迫る樹木の幹を後ろ足で蹴り上げ、翼竜の背中へと真っ直ぐに剣を向け飛び降りた。
翼竜の絶叫がほとばしった。
両手で長剣を垂直に突き立てる。
ドス黒い血潮が、間欠泉のように吹き上がり、あたしの頬を叩く。
視界が一瞬にして遮られるが、確かな手ごたえを感じた。
「どうだっ、って、ちょっ、きゃあああああっ!!」
刀身を半分以上突き立てられたまま、翼竜は身もだえする。
この両手を離せば、確実に死ぬ。必死で長剣にしがみついた。
大地を踏み込む轟音が、鼓膜をつんざく。
「うっそ、すごい……」
長剣に重みはなく、まるでいつも持ち歩いていたかのように、しっくりと手になじんだ。身体の底から力が溢れ出す。
怪鳥が眼前でわななく。脳内にアドレナリンが過剰分泌されているのだろうか、恐怖感は皆無だった。
その雄叫び、合図だったのだろうか。
ケツァルなんとかは、翼をはためかせながら、低空飛行で一直線に喰らいついてきた。暴風が、半ば焼け落ちた低木を根こそぎ巻き上げる。
まだ割れずに残っていた、校舎の窓ガラスが片っ端から風圧で粉々になっていく。
「――来い!」
あたしなんかひと呑み出来るほど大きな口を開き、真っ赤な口腔が直前に迫る。
長剣を上段に構え、前のめりに飛び込む。
敵のくちばし。寸前で身体を反転させ、かわした。刃を両手で円を描くように振るう。
何かにぶつかったと思った時、あたしの体は宙を舞っていた。
弾き飛ばされながらも、冷静に敵の背中を見る。
背後に迫る樹木の幹を後ろ足で蹴り上げ、翼竜の背中へと真っ直ぐに剣を向け飛び降りた。
翼竜の絶叫がほとばしった。
両手で長剣を垂直に突き立てる。
ドス黒い血潮が、間欠泉のように吹き上がり、あたしの頬を叩く。
視界が一瞬にして遮られるが、確かな手ごたえを感じた。
「どうだっ、って、ちょっ、きゃあああああっ!!」
刀身を半分以上突き立てられたまま、翼竜は身もだえする。
この両手を離せば、確実に死ぬ。必死で長剣にしがみついた。
大地を踏み込む轟音が、鼓膜をつんざく。
210: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 20:32:16.54 ID:kkVZOldP0
「こ、このおおおおっ!!」
あたしは翼竜の背中を蹴りつけて、刀身を抜くと、真下へと滑り落ちるようにして白刃を閃かせる。
痛みに耐えかねたのか、再び竜が咆哮する。
躊躇せず、竜のオレンジ色をした羽を深々と真っ二つに切り裂いた。
「げふっ!!」
気を緩めた瞬間、腹に衝撃を受ける。頭の中に火花が跳ねた。
内臓全てを揉みあげるような痛み。
あたしは、背中を校舎の壁に打ちつけながら、それがヤツの尻尾による一撃だと、ようやく理解した。
「ん、くっ!」
痛みをこらえながら立ち上がる。再び翼竜がくちばしをこちらに向けて突進してくるのが見えた。
仰け反ってその場を飛び退く。翼竜の攻撃は、地面に深々とクレーターを作った。
常軌を逸した純粋な殺意。
剣術なんか知っているわけじゃないから、ただ振り回すだけ。
「やああっ!!」
時代劇の立ち合いみたいに、長剣とくちばしが衝突し、硬質な音を立てる。
心臓がパンクしそうなほど早鐘を打っている。
柄を握る指が痺れていまにも取り落としそうだ。
滝のようにほとばしる汗が、首筋を伝って羽織っているマントまで伝う。
両腕が既にパンパンだ。
呼吸が荒い。
敵が首を伸ばす。
「このっ!!」
振った剣の軌道を完全に読まれたのか、いとも簡単にかわされた。
無駄振りが続く度に、どんどん腕が重くなる。
あたしは翼竜の背中を蹴りつけて、刀身を抜くと、真下へと滑り落ちるようにして白刃を閃かせる。
痛みに耐えかねたのか、再び竜が咆哮する。
躊躇せず、竜のオレンジ色をした羽を深々と真っ二つに切り裂いた。
「げふっ!!」
気を緩めた瞬間、腹に衝撃を受ける。頭の中に火花が跳ねた。
内臓全てを揉みあげるような痛み。
あたしは、背中を校舎の壁に打ちつけながら、それがヤツの尻尾による一撃だと、ようやく理解した。
「ん、くっ!」
痛みをこらえながら立ち上がる。再び翼竜がくちばしをこちらに向けて突進してくるのが見えた。
仰け反ってその場を飛び退く。翼竜の攻撃は、地面に深々とクレーターを作った。
常軌を逸した純粋な殺意。
剣術なんか知っているわけじゃないから、ただ振り回すだけ。
「やああっ!!」
時代劇の立ち合いみたいに、長剣とくちばしが衝突し、硬質な音を立てる。
心臓がパンクしそうなほど早鐘を打っている。
柄を握る指が痺れていまにも取り落としそうだ。
滝のようにほとばしる汗が、首筋を伝って羽織っているマントまで伝う。
両腕が既にパンパンだ。
呼吸が荒い。
敵が首を伸ばす。
「このっ!!」
振った剣の軌道を完全に読まれたのか、いとも簡単にかわされた。
無駄振りが続く度に、どんどん腕が重くなる。
211: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 20:33:08.71 ID:kkVZOldP0
昔のお侍さんは、すごいな。こんなものいつも振り回してたんだもの。
「こんなの倒せるの、本当に」
視界が白く靄がかかったようになって、酷く見づらい。
自分でもこんなことが出来るとは夢にも思わなかった。
そもそも魔法少女っていえば、杖やらなんやらを使って飛び道具じみた魔法で敵をやっつけるものだろう。
接近戦を行うのはガッツだけで充分。
「んもおお! なんで、あたしの武器は剣なのっ!! 想像と違うっ!」
翼竜が、細かく羽ばたきながら頭から突っ込んでくる。大きく避けるので、当たりはしないが、こっちも剣が当たらない。
やっぱりかわいいステッキで華麗に戦いたかった。
どうして剣なのだ。これは絶対、魔法少女じゃない。断固抗議する。
「たあっ!」
「こんなの倒せるの、本当に」
視界が白く靄がかかったようになって、酷く見づらい。
自分でもこんなことが出来るとは夢にも思わなかった。
そもそも魔法少女っていえば、杖やらなんやらを使って飛び道具じみた魔法で敵をやっつけるものだろう。
接近戦を行うのはガッツだけで充分。
「んもおお! なんで、あたしの武器は剣なのっ!! 想像と違うっ!」
翼竜が、細かく羽ばたきながら頭から突っ込んでくる。大きく避けるので、当たりはしないが、こっちも剣が当たらない。
やっぱりかわいいステッキで華麗に戦いたかった。
どうして剣なのだ。これは絶対、魔法少女じゃない。断固抗議する。
「たあっ!」
212: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 20:35:06.90 ID:kkVZOldP0
気力を振り絞って、剣を振る。
もうほとんど腕の感覚がない。翼竜も羽を傷つけられ、動きが鈍くなっている。スピードは僅かにこちらが上だ。
だが、このままずっとここに居るわけにもいかない。その前に酸欠であの世行きの可能性が高い。
激しい疲労で、よろめいた時、背後から鈍い音が聞こえた。
振り返る。後方の三階の窓際から、ほむらがカーテンを幾重にも巻きつけ、地上にまでするするとおろしていた。
「あれに伝って登れって、ことね」
ほむらが必死に手を振っている。まったく、どうやってあそこまで登ったのだろうか。
あたしは彼女の行動力に、今度だけは素直に感謝することが出来た。
「さあ、どうやってあそこまでいこーかな」
目の前の怪物は、鎌首をもたげながらゆらゆらと、酔ったようにくちばしを動かしている。
あと、一撃。せめてあと、一合。
どう考えても、魔法少女になりたての自分が叶う相手ではない。
こうして構えて睨みあっているだけで、心臓が止まりそうなぐらい怖い。
剣をおろせば、すぐにでもこいつは、あたしの身体を引き裂くだろう。
あたしは、恭介の腕ではなく、まどかの命を選んだんだ。
後悔なんかしてないけど、このまま、まどかが本当に助かったかどうかを確認しなきゃ、死んでも死にきれない。
「じゃあ、やっぱやるしかないよね」
翼竜の感情を宿さない視線が、剣先にからみついて離さない。
上等。
――おまえになんか喰われてやらない!
地を蹴って駆けた。周りの風景が、あっという間に押し流されていく。
火の粉が爆ぜて、頭から降りかかる。構わない。
よりいっそう強く、足の親指に力をこめる。翼竜のくちばし。槍の穂先のように鋭いそれを、引きつけてかわす。
「出来る! 絶対出来る! あたしには出来る!!」
肩口を抉った。痛みはもうほとんど感じない。右肩をやられた。コンマゼロ秒で左手に持ち替え、刃を全力で水平に走らせる。
剣が、竜の左目を両断した。
「んんんっ――っ!!」
もうほとんど腕の感覚がない。翼竜も羽を傷つけられ、動きが鈍くなっている。スピードは僅かにこちらが上だ。
だが、このままずっとここに居るわけにもいかない。その前に酸欠であの世行きの可能性が高い。
激しい疲労で、よろめいた時、背後から鈍い音が聞こえた。
振り返る。後方の三階の窓際から、ほむらがカーテンを幾重にも巻きつけ、地上にまでするするとおろしていた。
「あれに伝って登れって、ことね」
ほむらが必死に手を振っている。まったく、どうやってあそこまで登ったのだろうか。
あたしは彼女の行動力に、今度だけは素直に感謝することが出来た。
「さあ、どうやってあそこまでいこーかな」
目の前の怪物は、鎌首をもたげながらゆらゆらと、酔ったようにくちばしを動かしている。
あと、一撃。せめてあと、一合。
どう考えても、魔法少女になりたての自分が叶う相手ではない。
こうして構えて睨みあっているだけで、心臓が止まりそうなぐらい怖い。
剣をおろせば、すぐにでもこいつは、あたしの身体を引き裂くだろう。
あたしは、恭介の腕ではなく、まどかの命を選んだんだ。
後悔なんかしてないけど、このまま、まどかが本当に助かったかどうかを確認しなきゃ、死んでも死にきれない。
「じゃあ、やっぱやるしかないよね」
翼竜の感情を宿さない視線が、剣先にからみついて離さない。
上等。
――おまえになんか喰われてやらない!
地を蹴って駆けた。周りの風景が、あっという間に押し流されていく。
火の粉が爆ぜて、頭から降りかかる。構わない。
よりいっそう強く、足の親指に力をこめる。翼竜のくちばし。槍の穂先のように鋭いそれを、引きつけてかわす。
「出来る! 絶対出来る! あたしには出来る!!」
肩口を抉った。痛みはもうほとんど感じない。右肩をやられた。コンマゼロ秒で左手に持ち替え、刃を全力で水平に走らせる。
剣が、竜の左目を両断した。
「んんんっ――っ!!」
213: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 20:36:19.84 ID:kkVZOldP0
頭から前のめりに突っ込む。
竜が、こちらを踏み潰そうと片足を浮かせたのが見えた。
そいつが命取りだ。
あたしは勢いを殺さず、そのまま左手に握った剣を上段に構えると、
巨大な足の裏に刃を突き立てて、三分の二を割るようにして断ち切った。
岩を擦り合わせたような重い絶叫。
頭から、泥のような粘度を持つ怪物の血が降るようにして顔を叩いた。
ずん、と重い地響きと共に、翼竜の巨体が倒れる。
やった、これで逃げられ――。
「ぐっ――」
気を抜いた瞬間、身体を粉々にするように何かが巻きついた。
やつの尻尾だ!! なんで、気づかなかったのだろうか。
「は、な、せ――」
胸から足の爪先までを激しい圧迫感が襲った。
息ができない。めきめきと、全身の骨がこなごなに砕かれていく音を、他人事のように聞きながら、絶望感が脳裏を浸していく。
「こ、このっ! このぉ!!」
左手に握った剣を、巻きついている尻尾に細かく振るう。
だが、足場のないこの状態ではろくに力が入らない。指先から血が引いていく。頭に酸素がまわらない。苦しい、苦しい! 苦しいよ!
「あ、ああああああっ!!」
渾身の力をこめて剣を振るう。がきん、がきん、と巨岩を叩く音が、ぱちぱちと爆ぜる炎といっしょになって共鳴する。
「ん、んんんっ!!」
渾身の力でもう一度剣を振り上げたのが悪かったのか、汗で濡れた柄がすべっていく。
まずい!
剣を落としたら、もう戦えない!
ずるずると、数秒に満たないその時間は、永遠にも似た苦痛だった。
「あ」
得物が落下していく。
竜が、こちらを踏み潰そうと片足を浮かせたのが見えた。
そいつが命取りだ。
あたしは勢いを殺さず、そのまま左手に握った剣を上段に構えると、
巨大な足の裏に刃を突き立てて、三分の二を割るようにして断ち切った。
岩を擦り合わせたような重い絶叫。
頭から、泥のような粘度を持つ怪物の血が降るようにして顔を叩いた。
ずん、と重い地響きと共に、翼竜の巨体が倒れる。
やった、これで逃げられ――。
「ぐっ――」
気を抜いた瞬間、身体を粉々にするように何かが巻きついた。
やつの尻尾だ!! なんで、気づかなかったのだろうか。
「は、な、せ――」
胸から足の爪先までを激しい圧迫感が襲った。
息ができない。めきめきと、全身の骨がこなごなに砕かれていく音を、他人事のように聞きながら、絶望感が脳裏を浸していく。
「こ、このっ! このぉ!!」
左手に握った剣を、巻きついている尻尾に細かく振るう。
だが、足場のないこの状態ではろくに力が入らない。指先から血が引いていく。頭に酸素がまわらない。苦しい、苦しい! 苦しいよ!
「あ、ああああああっ!!」
渾身の力をこめて剣を振るう。がきん、がきん、と巨岩を叩く音が、ぱちぱちと爆ぜる炎といっしょになって共鳴する。
「ん、んんんっ!!」
渾身の力でもう一度剣を振り上げたのが悪かったのか、汗で濡れた柄がすべっていく。
まずい!
剣を落としたら、もう戦えない!
ずるずると、数秒に満たないその時間は、永遠にも似た苦痛だった。
「あ」
得物が落下していく。
214: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 20:37:21.96 ID:kkVZOldP0
呆然と見つめながら、もう、ほとんど抵抗する気力を失ったあたしに残されたのは、
いっそうくっきりと浮かび上がっていく死のイメージだった。
軽く、コイツをあしらって、この場からエスケープする。
至極簡単な作戦だったはずなのに。
「や、だよ」
指先に全力をこめる。爪が引っ搔くのは鉄のように硬い怪物の鱗だった。
一段と締め付けが強くなった。
全身が、みしみしと音を立てて破壊されていく。
喉から、熱いものが逆流し、口元からだらだら流れていく。
苦しい、苦しい。
頭の中が真っ白になっていく。
圧迫されて、目玉が弾けそう。
「ん、くぅ」
腕に力が入らない。
世界の景色が溶けていく。
あたしは、こいつに殺されて――。
なにもかもが、おわってしまう。
それが、ただ、ただ。
イヤ、だった。
――。
いっそうくっきりと浮かび上がっていく死のイメージだった。
軽く、コイツをあしらって、この場からエスケープする。
至極簡単な作戦だったはずなのに。
「や、だよ」
指先に全力をこめる。爪が引っ搔くのは鉄のように硬い怪物の鱗だった。
一段と締め付けが強くなった。
全身が、みしみしと音を立てて破壊されていく。
喉から、熱いものが逆流し、口元からだらだら流れていく。
苦しい、苦しい。
頭の中が真っ白になっていく。
圧迫されて、目玉が弾けそう。
「ん、くぅ」
腕に力が入らない。
世界の景色が溶けていく。
あたしは、こいつに殺されて――。
なにもかもが、おわってしまう。
それが、ただ、ただ。
イヤ、だった。
――。
215: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/09(土) 20:38:10.87 ID:kkVZOldP0
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241: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:27:46.38 ID:Dni6wn420
/06
僕たちがようやく学園を探し当てたどり着いた時に凶事は起こっていた。
「か、火事だ。学校が燃えてるよー」
「落ち着くんだ、アキちゃん」
動揺する彼女に声を掛け、周りを見渡す。
校庭には逃げ出した生徒達が、それぞれクラスごとに集団を作り、遠巻きに燃え盛る校舎に見入っている。
それらを押しのけるようにして、遠巻きに火事見物をしているのは周辺地域の住民たちだろうか、
彼らもしくは彼女らはまちまちの服装年齢層で、その中に混じる僕らもたいした違和感なしに校門をくぐれたのは幸いだったというべきか。
関係者以外をシャットアウトするべきの警備員も、今はその任を放り出し、校舎を舐めるように這っている炎を熱心に見入っている。
続けざまに消防車と救急車が並ぶように校庭へと到着し、さながらここは戦場だった。
僕たちがようやく学園を探し当てたどり着いた時に凶事は起こっていた。
「か、火事だ。学校が燃えてるよー」
「落ち着くんだ、アキちゃん」
動揺する彼女に声を掛け、周りを見渡す。
校庭には逃げ出した生徒達が、それぞれクラスごとに集団を作り、遠巻きに燃え盛る校舎に見入っている。
それらを押しのけるようにして、遠巻きに火事見物をしているのは周辺地域の住民たちだろうか、
彼らもしくは彼女らはまちまちの服装年齢層で、その中に混じる僕らもたいした違和感なしに校門をくぐれたのは幸いだったというべきか。
関係者以外をシャットアウトするべきの警備員も、今はその任を放り出し、校舎を舐めるように這っている炎を熱心に見入っている。
続けざまに消防車と救急車が並ぶように校庭へと到着し、さながらここは戦場だった。
242: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:29:13.94 ID:Dni6wn420
耳を聾するサイレンの音。
怒声と押し詰まった人々の悲鳴。
真昼に起きた惨事は、いともたやすく、人間の理性を崩壊させる。
消防隊員の放水作業を見ながら、本日において収集できそうな情報の精度と確率を心の中で推し量りながら、僕はある違和感を覚えた。
「アキちゃん、何か違和感を感じないかな」
「どうしたの、フィリップくん。そりゃ、こんな真昼間から学校が火事になるなんて、あんまりないと思うけど」
「そう。まず、こんな昼間から、しかも教育機関である学校で火を出すなんてことまずほとんどないだろう。
工場などと違って火を出す薬品・材料・機械などはほとんど常備されていないだろうからね。おまけに、ここ数週間の湿度は極めて高い」
「うん。そだね、最近よく雨降ってるし」
「今は乾燥する季節じゃない。特に燃え方が変だ。
また、今日はこの学校のカリキュラムでは、全学年全クラスで火を使う調理実習は一切行われていない。
しかも、一番火を出す確率の高い科学室や調理室の棟を避けるようにして、火災が発生している」
いずれも、地球の本棚で検索した情報だ。間違いは、ない。
怒声と押し詰まった人々の悲鳴。
真昼に起きた惨事は、いともたやすく、人間の理性を崩壊させる。
消防隊員の放水作業を見ながら、本日において収集できそうな情報の精度と確率を心の中で推し量りながら、僕はある違和感を覚えた。
「アキちゃん、何か違和感を感じないかな」
「どうしたの、フィリップくん。そりゃ、こんな真昼間から学校が火事になるなんて、あんまりないと思うけど」
「そう。まず、こんな昼間から、しかも教育機関である学校で火を出すなんてことまずほとんどないだろう。
工場などと違って火を出す薬品・材料・機械などはほとんど常備されていないだろうからね。おまけに、ここ数週間の湿度は極めて高い」
「うん。そだね、最近よく雨降ってるし」
「今は乾燥する季節じゃない。特に燃え方が変だ。
また、今日はこの学校のカリキュラムでは、全学年全クラスで火を使う調理実習は一切行われていない。
しかも、一番火を出す確率の高い科学室や調理室の棟を避けるようにして、火災が発生している」
いずれも、地球の本棚で検索した情報だ。間違いは、ない。
243: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:30:28.95 ID:Dni6wn420
僕は、地面に座り込むと、地べたに簡単なこの学園の見取り図を指先で描いた。
彼女はふんふんと首を縦に振って僕の話を聞き入ると、何かに気づいたように、顔を上げた。
「もしかして、これって……」
「そう、火勢の強い部分は全て、この校舎のデッドスポットから発生している。
極めて意図的だ。本来の目的は事件のデータ収集だったけど……案外あたりかもしれない。急ごう
彼女はふんふんと首を縦に振って僕の話を聞き入ると、何かに気づいたように、顔を上げた。
「もしかして、これって……」
「そう、火勢の強い部分は全て、この校舎のデッドスポットから発生している。
極めて意図的だ。本来の目的は事件のデータ収集だったけど……案外あたりかもしれない。急ごう
244: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:31:15.83 ID:Dni6wn420
「うん、って何をどう急ぐの」
「校舎の裏手。そこにたぶん手がかりがありそうな気がする」
「つまりぶっちゃけていうと、人目につかない場所に火をつけた悪いやつ、がいると」
「人心を混乱させ、陽動を行うのにもっとも簡単な方法だよ。
火を見れば、人間は簡単に理性を失う。これだけ人間の集まる場所なら尚更さ。
財団Xの狙いは、もちろんソウルジェムだろう。……いやな予感がする」
校舎の裏手に回ると、そこは一際延焼が酷かった。
不意に窓ガラスの割れる音が鳴る。
振り向けば、傷だらけの少女たちが、窓枠から身体を滑らせるようにして転がり落ちたのが見えた。
「君は、暁美ほむら。もうひとりが鹿目まどかで間違いないね」
息も絶え絶えな様子で、意識のあるほむらがもうひとりの少女をかばうようにして立ち上がる。彼女の中では、まだ危機は続いているのだ。
「校舎の裏手。そこにたぶん手がかりがありそうな気がする」
「つまりぶっちゃけていうと、人目につかない場所に火をつけた悪いやつ、がいると」
「人心を混乱させ、陽動を行うのにもっとも簡単な方法だよ。
火を見れば、人間は簡単に理性を失う。これだけ人間の集まる場所なら尚更さ。
財団Xの狙いは、もちろんソウルジェムだろう。……いやな予感がする」
校舎の裏手に回ると、そこは一際延焼が酷かった。
不意に窓ガラスの割れる音が鳴る。
振り向けば、傷だらけの少女たちが、窓枠から身体を滑らせるようにして転がり落ちたのが見えた。
「君は、暁美ほむら。もうひとりが鹿目まどかで間違いないね」
息も絶え絶えな様子で、意識のあるほむらがもうひとりの少女をかばうようにして立ち上がる。彼女の中では、まだ危機は続いているのだ。
245: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:32:36.71 ID:Dni6wn420
「君の事は翔太郎から聞いている。僕はフィリップ、彼の相棒だ。何があったか、話してほしい。出来る限り力になる」
相棒の名前を聞いたことで安堵したのか、力を失った彼女はこちらに向かって倒れ掛かる。
咄嗟にアキちゃんが彼女を支えるようにしてかかえこむ。血と髪の焼け焦げた匂いが鼻を突いた。
「おわっとと、フィリップくん。この子、すっごい怪我してるよ! 早く病院に連れてかなきゃ」
「――待って。まだ、校舎の奥にドーパントが」
「ドーパント。予想はしていたが、こんな昼日中から仕掛けるとはね」
「左さんに連絡を取って下さい。中庭にはまだ美樹さやかが」
「今から呼んでも間に合わないよ。ところで、その子は君の友人かい」
「いえ。……でも、まどかの親友なんです」
苦しそうに眉根を寄せる。何かしら、含むところがあるのだろう。それは、彼女の表情から見て取れた。
「わかった、僕が行くよ。アキちゃんは彼女たちを頼む」
「任せてよ!」
心配げに傷ついた少女が僕の顔を覗き込んでいる。
無理もない。僕は外見上では格闘に向かない体格だ。だが、今は彼女の憂慮を払拭している時間も無い。
「大丈夫。翔太郎の依頼人は僕の依頼人でもある。全力でその期待に答えてみせるよ。何故なら、僕らは二人で一人の探偵なのだから」
相棒の名前を聞いたことで安堵したのか、力を失った彼女はこちらに向かって倒れ掛かる。
咄嗟にアキちゃんが彼女を支えるようにしてかかえこむ。血と髪の焼け焦げた匂いが鼻を突いた。
「おわっとと、フィリップくん。この子、すっごい怪我してるよ! 早く病院に連れてかなきゃ」
「――待って。まだ、校舎の奥にドーパントが」
「ドーパント。予想はしていたが、こんな昼日中から仕掛けるとはね」
「左さんに連絡を取って下さい。中庭にはまだ美樹さやかが」
「今から呼んでも間に合わないよ。ところで、その子は君の友人かい」
「いえ。……でも、まどかの親友なんです」
苦しそうに眉根を寄せる。何かしら、含むところがあるのだろう。それは、彼女の表情から見て取れた。
「わかった、僕が行くよ。アキちゃんは彼女たちを頼む」
「任せてよ!」
心配げに傷ついた少女が僕の顔を覗き込んでいる。
無理もない。僕は外見上では格闘に向かない体格だ。だが、今は彼女の憂慮を払拭している時間も無い。
「大丈夫。翔太郎の依頼人は僕の依頼人でもある。全力でその期待に答えてみせるよ。何故なら、僕らは二人で一人の探偵なのだから」
246: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:34:10.51 ID:Dni6wn420
彼女の無言を是と取り、走り出した。熱と火勢で歪んだ窓枠に脚を掛け、校舎内に乗り込み、火柱を避け、リノリウムの床を疾走する。
「君、待つんだ。そっちは危険だ!」
消防隊員の制止を振り切り、まっすぐ中庭目指して進む。校舎のマップはデータとして既に登録してあり、迷う気遣いは一切無い。
まもなくして、中庭に通じる渡り廊下の前まで到着した。
そこには、どう見ても人間が足の踏み入れることの出来ないほど大きく燃え盛る炎の壁が立ちふさがっていた。
ここを通過しなければ、目的地にはたどり着けない。
「こいつはまた、チープなトリックだね」
それが、瑕疵だった。
これだけの炎にしては、感じる熱エネルギーが低すぎる。
炎の壁に近づくと、そのオレンジ色の火に腕を突っ込む。しばらくすると、硬い何かに手が当たった。
「子供だましだ」
それは、実にコンパクトな映写機だった。
ボックスのスイッチを切ると、辺りに映し出されていた炎の壁が消えうせる。
つまりは、この場所に集中して人の出入りする必要があったのだ。
「君、待つんだ。そっちは危険だ!」
消防隊員の制止を振り切り、まっすぐ中庭目指して進む。校舎のマップはデータとして既に登録してあり、迷う気遣いは一切無い。
まもなくして、中庭に通じる渡り廊下の前まで到着した。
そこには、どう見ても人間が足の踏み入れることの出来ないほど大きく燃え盛る炎の壁が立ちふさがっていた。
ここを通過しなければ、目的地にはたどり着けない。
「こいつはまた、チープなトリックだね」
それが、瑕疵だった。
これだけの炎にしては、感じる熱エネルギーが低すぎる。
炎の壁に近づくと、そのオレンジ色の火に腕を突っ込む。しばらくすると、硬い何かに手が当たった。
「子供だましだ」
それは、実にコンパクトな映写機だった。
ボックスのスイッチを切ると、辺りに映し出されていた炎の壁が消えうせる。
つまりは、この場所に集中して人の出入りする必要があったのだ。
247: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:36:30.28 ID:Dni6wn420
――トリックを知っている人間のみ。
僕は翔太郎に携帯を繋ぐと、二、三これまでの経緯を話し、心を整理した。
『気をつけろよ、フィリップ』
「ああ、こっちは僕が片付ける。君は、せいぜい頭を打たないように気をつけて」
『――いってろ』
翔太郎との通話を繋げたまま、中庭に歩み出る。
「ギリギリ間に合ったみたいだ」
そこには、以前倒したケツァルコアトルスドーパントが、一人の少女を殺そうと、
巻きつけた尻尾を高々と天に突き上げている最中だった。
大蛇のようにとぐろを巻いた翼竜の尾が、全力で引き絞られれば、全身の骨を粉砕することなど容易いだろう。
つまりは、あのドーパントの中には、まだ遊びがあったということだ。
甘い、といわざるを得ない。
その一点が、戦場では命取りになる。
「翔太郎、変身だ!」
『おう、行くぜフィリップ!』
『ファング!』
僕は翔太郎に携帯を繋ぐと、二、三これまでの経緯を話し、心を整理した。
『気をつけろよ、フィリップ』
「ああ、こっちは僕が片付ける。君は、せいぜい頭を打たないように気をつけて」
『――いってろ』
翔太郎との通話を繋げたまま、中庭に歩み出る。
「ギリギリ間に合ったみたいだ」
そこには、以前倒したケツァルコアトルスドーパントが、一人の少女を殺そうと、
巻きつけた尻尾を高々と天に突き上げている最中だった。
大蛇のようにとぐろを巻いた翼竜の尾が、全力で引き絞られれば、全身の骨を粉砕することなど容易いだろう。
つまりは、あのドーパントの中には、まだ遊びがあったということだ。
甘い、といわざるを得ない。
その一点が、戦場では命取りになる。
「翔太郎、変身だ!」
『おう、行くぜフィリップ!』
『ファング!』
248: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:38:54.70 ID:Dni6wn420
牙と野獣の記憶を内包したガイアメモリをかざし、高らかに響かせる。
ダブルドライバーの右スロットにファングメモリを差し込み、スロット左右に展開。
メモリの竜に模した白銀の本体を中央部に回し、合体・装填させた。
――『FANG/JOKER!!』
僕はWのフォーム中、最高スペックを持つファングジョーカーに変身すると、後ろ足に力を溜め、蹴り上げる。それが、戦闘開始の合図だ。
走った。
燃え盛る業火が世界を嘗め尽くしている。
視界の全てをきらめく火の粉が、紅蓮の蝶となって舞い落ちる。
疾走しながら、タクティカルホーンを叩く。野獣の咆哮が木魂した。
『アームファング!』
右腕に全てを引き裂く刃、アームセイバーが出現する。
ドーパント、初めて気づいたようにこちらを向いた。だが、遅い。蹴り足を速め、ギアを上げる。
僕とケツァルコアトルスドーパントの間合いは一瞬で詰まった。
尾に巻き込まれたままうな垂れた美樹さやかが視界に入る。
大地を蹴って跳躍。
満身の力を込めて、幾重にも巻きついた尾に向かってセイバーを振り下ろす。
翼竜の絶叫。
剣はやすやすと敵の戒めを真っ直ぐ切り捨てると、彼女の身体を拘束から開放した。
僕は落下する彼女を受け止めると、そっと地面に下ろした。
「あ、誰……」
「もう大丈夫。敵の弱点は閲覧済みだ。しばらくここで休んでいるといい。あのドーパントは、僕の獲物だ」
敵に向き直る。翼竜は大仰に身体を揺らしながら、踏みつけようと足を振り上げる。だがそれも予測済みだ。
がら空きになった片足へと、回し蹴りを連続で叩き込む。骨を穿つ鈍い音と共に、巨体が地響きを立て倒れこんだ。
『油断するな、次が来るぞ!!』
翔太郎の声が響く。僕は咄嗟に飛び退くと、倒れざまに伸ばしてきた足の爪をかわした。
その一瞬の隙を狙っていたのだろうか、敵は傷ついた羽を無理やり動かすと、ゆっくりと上体を起こして天に向かって大きくいなないた。
ダブルドライバーの右スロットにファングメモリを差し込み、スロット左右に展開。
メモリの竜に模した白銀の本体を中央部に回し、合体・装填させた。
――『FANG/JOKER!!』
僕はWのフォーム中、最高スペックを持つファングジョーカーに変身すると、後ろ足に力を溜め、蹴り上げる。それが、戦闘開始の合図だ。
走った。
燃え盛る業火が世界を嘗め尽くしている。
視界の全てをきらめく火の粉が、紅蓮の蝶となって舞い落ちる。
疾走しながら、タクティカルホーンを叩く。野獣の咆哮が木魂した。
『アームファング!』
右腕に全てを引き裂く刃、アームセイバーが出現する。
ドーパント、初めて気づいたようにこちらを向いた。だが、遅い。蹴り足を速め、ギアを上げる。
僕とケツァルコアトルスドーパントの間合いは一瞬で詰まった。
尾に巻き込まれたままうな垂れた美樹さやかが視界に入る。
大地を蹴って跳躍。
満身の力を込めて、幾重にも巻きついた尾に向かってセイバーを振り下ろす。
翼竜の絶叫。
剣はやすやすと敵の戒めを真っ直ぐ切り捨てると、彼女の身体を拘束から開放した。
僕は落下する彼女を受け止めると、そっと地面に下ろした。
「あ、誰……」
「もう大丈夫。敵の弱点は閲覧済みだ。しばらくここで休んでいるといい。あのドーパントは、僕の獲物だ」
敵に向き直る。翼竜は大仰に身体を揺らしながら、踏みつけようと足を振り上げる。だがそれも予測済みだ。
がら空きになった片足へと、回し蹴りを連続で叩き込む。骨を穿つ鈍い音と共に、巨体が地響きを立て倒れこんだ。
『油断するな、次が来るぞ!!』
翔太郎の声が響く。僕は咄嗟に飛び退くと、倒れざまに伸ばしてきた足の爪をかわした。
その一瞬の隙を狙っていたのだろうか、敵は傷ついた羽を無理やり動かすと、ゆっくりと上体を起こして天に向かって大きくいなないた。
249: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:40:01.16 ID:Dni6wn420
「――逃がさない」
羽ばたいて上昇するケツァルコアトルスドーパントを追って、今にも炎で崩れ落ちそうな校舎の壁面を駆け上がる。
たわんだ鉄の窓枠。剥がれ落ちる、コンクリの破片。
踏み抜いて走る。
重力などものともせずに、トップスピードで屋上まで昇り詰めると、
待っていたかのようにドーパントが羽を細かく動かしながら、襲い掛かってきた。
敵の全てを切り裂く刃。眼前に迫っていた。
首を仰け反らしてかわす。
ドーパントのくちばしは、鋼鉄の柵と金網を溶けた飴細工のように容易く折り切ると、首を振ってその穴を押し広げた。
なんという咬筋力。僕はアームセイバーを半回転させると、真っ向からヤツの顔目掛けて切り付けた。
――が。
羽ばたいて上昇するケツァルコアトルスドーパントを追って、今にも炎で崩れ落ちそうな校舎の壁面を駆け上がる。
たわんだ鉄の窓枠。剥がれ落ちる、コンクリの破片。
踏み抜いて走る。
重力などものともせずに、トップスピードで屋上まで昇り詰めると、
待っていたかのようにドーパントが羽を細かく動かしながら、襲い掛かってきた。
敵の全てを切り裂く刃。眼前に迫っていた。
首を仰け反らしてかわす。
ドーパントのくちばしは、鋼鉄の柵と金網を溶けた飴細工のように容易く折り切ると、首を振ってその穴を押し広げた。
なんという咬筋力。僕はアームセイバーを半回転させると、真っ向からヤツの顔目掛けて切り付けた。
――が。
250: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:42:14.28 ID:Dni6wn420
ヤツは目玉を庇い、一歩下がった。
その隙を逃さず、屋上に転がり込んだ。
僕は足場を確保すると真っ直ぐドーパントと対峙する。
地上戦を嫌ったのか、ヤツはさらに上空へと舞い上がると、細かく旋回しはじめた。顔を挙げ、敵の一挙一動に視線を凝らす。
集中力を先に切らせたほうが、死ぬ。
不意に日が翳り始めた。黒雲が空を塗りつぶしていく。雲の切れ間から、時折陽光が絞るようにして落ちてくる。雨の匂いを嗅いだ。
天を仰ぐ僕と、空を舞うケツァルコアトルス。
世界が急速に閉じていく。
雨粒が、やがて滴り落ちてくる。
――そして、時は至る。
敵の旋回行動。ポーズを掛けたモニタ画面のように全てが制止した。
翼竜が落下を始めたのだ。
両拳を握りしめる。
決着は一撃で決まる。
小細工はいらない。
敵の巨体と落下エネルギー、それに攻撃力。受けきることは出来ない。
「なら――」
全力で迎え撃つ。精神を研ぎ澄まし、殺意を刃に収斂させる。
腰のタクティカルホーンを三回連続で弾く。
野獣の絶叫が鳴り響いた。
『ファング・マキシマムドライブ!』
天を仰ぐ。撃破すべき対象が急速に近づいてくる。
――迎撃準備完了だ。
右足のセイバーに必殺の気合が溜め込まれる。
荒れ狂う暴虎のエネルギーが、拘束した鎖を噛み切らんと、唸り舌を出して●ぐ。
ケツァルコアトルスドーパント、お前の最期の時だ。
『ファングストライザー!!』
解き放つこの一撃は。お前を滅して余りある、一撃だ!!
全力で飛び上がり、竜巻のように全身を回転させる。
集約された破壊の暴風は、輝く刃となりドーパントを真っ二つに切り裂くと、爆炎を上げ、敵の偽造メモリを完全に破壊した。
その隙を逃さず、屋上に転がり込んだ。
僕は足場を確保すると真っ直ぐドーパントと対峙する。
地上戦を嫌ったのか、ヤツはさらに上空へと舞い上がると、細かく旋回しはじめた。顔を挙げ、敵の一挙一動に視線を凝らす。
集中力を先に切らせたほうが、死ぬ。
不意に日が翳り始めた。黒雲が空を塗りつぶしていく。雲の切れ間から、時折陽光が絞るようにして落ちてくる。雨の匂いを嗅いだ。
天を仰ぐ僕と、空を舞うケツァルコアトルス。
世界が急速に閉じていく。
雨粒が、やがて滴り落ちてくる。
――そして、時は至る。
敵の旋回行動。ポーズを掛けたモニタ画面のように全てが制止した。
翼竜が落下を始めたのだ。
両拳を握りしめる。
決着は一撃で決まる。
小細工はいらない。
敵の巨体と落下エネルギー、それに攻撃力。受けきることは出来ない。
「なら――」
全力で迎え撃つ。精神を研ぎ澄まし、殺意を刃に収斂させる。
腰のタクティカルホーンを三回連続で弾く。
野獣の絶叫が鳴り響いた。
『ファング・マキシマムドライブ!』
天を仰ぐ。撃破すべき対象が急速に近づいてくる。
――迎撃準備完了だ。
右足のセイバーに必殺の気合が溜め込まれる。
荒れ狂う暴虎のエネルギーが、拘束した鎖を噛み切らんと、唸り舌を出して●ぐ。
ケツァルコアトルスドーパント、お前の最期の時だ。
『ファングストライザー!!』
解き放つこの一撃は。お前を滅して余りある、一撃だ!!
全力で飛び上がり、竜巻のように全身を回転させる。
集約された破壊の暴風は、輝く刃となりドーパントを真っ二つに切り裂くと、爆炎を上げ、敵の偽造メモリを完全に破壊した。
251: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:45:12.86 ID:Dni6wn420
僕は傷ついたセキセイインコをてのひらに載せると、ゆっくりしゃがみこんで肩膝を突いた。空は屋上の埃を洗うように雨脚を強めていく。
小鳥の瞳は、つぶらで黒い宝石のように美しかった。薄い水色の羽が小さく動く。かすかに、ぴぃと鳴き声が漏れた。
「君は何も悪くない」
この小さな命を刈り取ったのはまぎれもない僕自身だ。
今の呟きは、醜い自己弁護でしかない。傍らで破壊した偽造メモリが、雨粒を受け、蝉の断末魔にも似た音をじりじりと立てる。
乾いた電子音が耳障りだった。
財団Xはまたしても罪の無い命を弄んだのだ。
目の奥が燃えるように熱く、泡のようにぷつぷつ湧き出る不快感が背中から全身を満たしていく。
小鳥が僅かに手の中で身じろぎする。
僕は目を閉じ、再び見開くと、そこには羽を閉じた小さな妖精がそっと身を横たえていた。
もう羽ばたくことはない。
さえずることもない。
あの太陽を仰ぎ見ることもない。
その事実が、悲しかった。
小鳥の瞳は、つぶらで黒い宝石のように美しかった。薄い水色の羽が小さく動く。かすかに、ぴぃと鳴き声が漏れた。
「君は何も悪くない」
この小さな命を刈り取ったのはまぎれもない僕自身だ。
今の呟きは、醜い自己弁護でしかない。傍らで破壊した偽造メモリが、雨粒を受け、蝉の断末魔にも似た音をじりじりと立てる。
乾いた電子音が耳障りだった。
財団Xはまたしても罪の無い命を弄んだのだ。
目の奥が燃えるように熱く、泡のようにぷつぷつ湧き出る不快感が背中から全身を満たしていく。
小鳥が僅かに手の中で身じろぎする。
僕は目を閉じ、再び見開くと、そこには羽を閉じた小さな妖精がそっと身を横たえていた。
もう羽ばたくことはない。
さえずることもない。
あの太陽を仰ぎ見ることもない。
その事実が、悲しかった。
252: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:46:44.73 ID:Dni6wn420
立ち上がり、扉に向かって歩き出す。不意に降り出した雨は次第に強まっていく。
僕は自分の足音を聞きながら、出口に向かう。不意に、背中へと突き刺すような視線を感じ、振り返る。
彼女は、音も立てず、雨に打たれたまま、じっと僕を見つめていた。
「貴方は……」
詰襟の白いスーツ。短く切り揃えた髪。
その眼差しは、酷く陰鬱で暗い輝きを宿していた。顔立ちは彫が深く整っているが、表情というものがまるでなかった。
よく出来た石膏像のようだ。知っている。僕はこの人物を知っている。ユートピア・ドーパントを倒した際に現れた、財団Xの局長。
「ネオン・ウルスランド!」
「これが、最初で最後の通告だ。園咲来人、戻ったら左翔太郎にも伝えろ。我々の邪魔をするな、と」
白いストップウォッチを携え、小刻みにカウントを行っている。
視線の先は、こちらを向いているようで、焦点が合っていないようにも思える。その仕草に、酷い不完全さを覚え、気分が悪くなっていく。
「貴女がこの事件の黒幕だったのか。いったい、ソウルジェムを集めてどうするんだ」
「その問いには、答える必要を見出せない。
猶予を一日だけ与える。その間に見滝原から離れろ。
財団は、お前たちと争う必要はないと結論を出した。幸いにもデータの収集は充分に取れた」
「それは、偽造メモリについてのことか」
「そうだ、本来ならば、Mとの戦闘による実験を予定していたのだが、Wとの代替でも、理論値を算出することに成功した。これ以上は蛇足」
「待て!!」
駆け寄ろうと踏み出すと同時に、彼女は足元から蜃気楼のようにゆっくりと揺れながら、
やがて霧のようにあやふやになり、虚空へ溶けるようにして消え去っていった。
「ホログラフィか」
一日で出来ること。
一日で出来ないこと。思考を巡らせる。
「一日ね。つまりは、無限に近い」
そして、確信を抱いた。
僕は自分の足音を聞きながら、出口に向かう。不意に、背中へと突き刺すような視線を感じ、振り返る。
彼女は、音も立てず、雨に打たれたまま、じっと僕を見つめていた。
「貴方は……」
詰襟の白いスーツ。短く切り揃えた髪。
その眼差しは、酷く陰鬱で暗い輝きを宿していた。顔立ちは彫が深く整っているが、表情というものがまるでなかった。
よく出来た石膏像のようだ。知っている。僕はこの人物を知っている。ユートピア・ドーパントを倒した際に現れた、財団Xの局長。
「ネオン・ウルスランド!」
「これが、最初で最後の通告だ。園咲来人、戻ったら左翔太郎にも伝えろ。我々の邪魔をするな、と」
白いストップウォッチを携え、小刻みにカウントを行っている。
視線の先は、こちらを向いているようで、焦点が合っていないようにも思える。その仕草に、酷い不完全さを覚え、気分が悪くなっていく。
「貴女がこの事件の黒幕だったのか。いったい、ソウルジェムを集めてどうするんだ」
「その問いには、答える必要を見出せない。
猶予を一日だけ与える。その間に見滝原から離れろ。
財団は、お前たちと争う必要はないと結論を出した。幸いにもデータの収集は充分に取れた」
「それは、偽造メモリについてのことか」
「そうだ、本来ならば、Mとの戦闘による実験を予定していたのだが、Wとの代替でも、理論値を算出することに成功した。これ以上は蛇足」
「待て!!」
駆け寄ろうと踏み出すと同時に、彼女は足元から蜃気楼のようにゆっくりと揺れながら、
やがて霧のようにあやふやになり、虚空へ溶けるようにして消え去っていった。
「ホログラフィか」
一日で出来ること。
一日で出来ないこと。思考を巡らせる。
「一日ね。つまりは、無限に近い」
そして、確信を抱いた。
253: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:47:36.18 ID:Dni6wn420
それだけあれば、充分だ。僕と翔太郎で、今回の事件の謎を解き、返す刀で財団Xの陰謀を打ち砕いてやる。
――もう二度と、天を駆けることのない小さな命に誓って。
――もう二度と、天を駆けることのない小さな命に誓って。
254: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:49:33.09 ID:Dni6wn420
各々の情報の最終的な公開及び統合は、暁美ほむらの自宅で行った。
参加者は、鳴海探偵事務所の僕ら三人と、暁美ほむら、鹿目まどか、美樹さやかの計六人である。
散逸していた情報を逐次、開陳・情報データに蓄積し、細分化していく。
その情報の中でもっとも、衝撃的だったものがあった。
すなわち、契約によって行われる魔法少女の特性に、その人物の魂をソウルジェムに移管するという非人道的な行為があったことだった。
結論から言うと、戦闘によって本人の肉体が破壊されても、ソウルジェムが無事であれば、いくらでも再生は可能である。
だが、それは、もはや人間を捨てるという行為に他ならない。
暁美ほむらは、何度も通い慣れた道を辿るように、至極淡々とそのくだりを述べた時、
もっとも顕著な反応を示したのは、美樹さやかだった。
最初は笑い飛ばし、虚構であると思い込もうとしたが、暁美ほむらが自分の身体を使って全てを証明した際、
それが逃れえぬ真実だと直視したのだろう、表情は虚ろになり、眼差しはぬぐいきれぬ陰りで淀んだ。
「うそ。だって、それじゃあたし、ほとんどゾンビじゃん」
「否定はしないわ。考えてみれば、これほど効率的なシステムはないと思う。
私たちの肉も血も、魔力を失わない限り恒久的に保持されていく。完璧な戦士ね。永遠に戦い続けることも不可能ではないわ」
「ひどいよ、ひどいよ、なんで、そんな」
まどかは、大きな瞳からぽろぽろと涙をこぼし俯く。
その背中を、アキちゃんが言葉を掛けることもできず、そっと撫で下ろしている。
僕も翔太郎も言葉を失って、黙りこくってしまった。
無言で、さやかが立ち上がった。なんと声を掛けていいのだろうか、僕にもわからなかった。
「さやかちゃん、どこへ。あ、私も――」
「ごめん、今は一人になりたいんだ」
閉じられた扉の音が、やけに大きく響いた。
室内には陰鬱な空気が立ち込めていく。
ほむらの青白い唇が目に入った。顔を上げる。
彼女もこころなしか、瞳に力を失っていた。
彼女も、こんな事実を望んで告げたいと思ったわけではない。
だが、前に進むためには冷静な状況認識が必要だったのだ。
彼女は、常に全力で努めている。ここで、僕たちも諦めてしまうわけにはいかない。
参加者は、鳴海探偵事務所の僕ら三人と、暁美ほむら、鹿目まどか、美樹さやかの計六人である。
散逸していた情報を逐次、開陳・情報データに蓄積し、細分化していく。
その情報の中でもっとも、衝撃的だったものがあった。
すなわち、契約によって行われる魔法少女の特性に、その人物の魂をソウルジェムに移管するという非人道的な行為があったことだった。
結論から言うと、戦闘によって本人の肉体が破壊されても、ソウルジェムが無事であれば、いくらでも再生は可能である。
だが、それは、もはや人間を捨てるという行為に他ならない。
暁美ほむらは、何度も通い慣れた道を辿るように、至極淡々とそのくだりを述べた時、
もっとも顕著な反応を示したのは、美樹さやかだった。
最初は笑い飛ばし、虚構であると思い込もうとしたが、暁美ほむらが自分の身体を使って全てを証明した際、
それが逃れえぬ真実だと直視したのだろう、表情は虚ろになり、眼差しはぬぐいきれぬ陰りで淀んだ。
「うそ。だって、それじゃあたし、ほとんどゾンビじゃん」
「否定はしないわ。考えてみれば、これほど効率的なシステムはないと思う。
私たちの肉も血も、魔力を失わない限り恒久的に保持されていく。完璧な戦士ね。永遠に戦い続けることも不可能ではないわ」
「ひどいよ、ひどいよ、なんで、そんな」
まどかは、大きな瞳からぽろぽろと涙をこぼし俯く。
その背中を、アキちゃんが言葉を掛けることもできず、そっと撫で下ろしている。
僕も翔太郎も言葉を失って、黙りこくってしまった。
無言で、さやかが立ち上がった。なんと声を掛けていいのだろうか、僕にもわからなかった。
「さやかちゃん、どこへ。あ、私も――」
「ごめん、今は一人になりたいんだ」
閉じられた扉の音が、やけに大きく響いた。
室内には陰鬱な空気が立ち込めていく。
ほむらの青白い唇が目に入った。顔を上げる。
彼女もこころなしか、瞳に力を失っていた。
彼女も、こんな事実を望んで告げたいと思ったわけではない。
だが、前に進むためには冷静な状況認識が必要だったのだ。
彼女は、常に全力で努めている。ここで、僕たちも諦めてしまうわけにはいかない。
255: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:50:21.35 ID:Dni6wn420
「翔太郎。彼女を一人で帰すわけには行かない。家に着くまで見送っていくよ」
「あっと、フイリップ。オレが行こうか」
「いや、今回は僕に任せてくれないか。少し、考えがあるんだ」
「わかった。何かあったら連絡をくれ」
席を立つと、靴脱ぎに腰を下ろす。小さな足音が、背中に近づいてくる。顔を向けると、まどか何か云いたげに佇んでいた。
「伝言があるなら、どうぞ」
「――さやかちゃんを、お願いします」
「ああ、僕に任せてくれたまえ」
これでも、僕だって、探偵なのだから。
軋んだ音を立てるドアを開き、前を歩く少女に並ぶ。
街灯に照らされた少女の顔は青白く見え、皮肉なことに僕にジョージAロメロのビデオムーヴィを想起させた。
美樹さやかと視線がかち合う。彼女は静かに歩行を止めると、俯いたまま、うめくように声を出した。
「なにか、まだ用が」
「これから、すぐに日が暮れる。一人歩きは危険だ、ことにこういう夕暮れはね。家まで送ろう」
「結構です」
「あっと、フイリップ。オレが行こうか」
「いや、今回は僕に任せてくれないか。少し、考えがあるんだ」
「わかった。何かあったら連絡をくれ」
席を立つと、靴脱ぎに腰を下ろす。小さな足音が、背中に近づいてくる。顔を向けると、まどか何か云いたげに佇んでいた。
「伝言があるなら、どうぞ」
「――さやかちゃんを、お願いします」
「ああ、僕に任せてくれたまえ」
これでも、僕だって、探偵なのだから。
軋んだ音を立てるドアを開き、前を歩く少女に並ぶ。
街灯に照らされた少女の顔は青白く見え、皮肉なことに僕にジョージAロメロのビデオムーヴィを想起させた。
美樹さやかと視線がかち合う。彼女は静かに歩行を止めると、俯いたまま、うめくように声を出した。
「なにか、まだ用が」
「これから、すぐに日が暮れる。一人歩きは危険だ、ことにこういう夕暮れはね。家まで送ろう」
「結構です」
256: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:51:03.66 ID:Dni6wn420
「結構? それは、了解であると意図的に解釈しても構わないかい」
彼女は、不快げに眉をひそませると、こちらを無視するかのように、歩を早める。
この際彼女の心情を慮るのはあまり意味がないだろう。ソフトのストレスよりも、ハードのセキュリティに対して優先順位を上げる。
無言の行を続けたまま、移動を行う。僕たちの座標は、刻々と位置を変え続け、それに伴う時間も流れていった。
歩きながら、思いはやがて財団Xに至った。
ネオン・ウルスランドが僕たちに提示した一日という期限の意味を言葉通りに受け取ることは出来ない。
Wとの戦闘を財団が望まなくても、ソウルジェムを敵が必要とする以上、僕ら干戈を交えることは必定。
おそらく敵は、実験によるドーパントの逐次投入はやめ、戦力を集中させて一挙にぶつけてくるだろう。
「……と、なるとやはりソウルジェムについての特性が焦点となる」
ふと、顔を上げるとさやかが、陸橋の中央に立ち止まり肩を震わせている。
何かが起きたのだろうか。
彼女は、不快げに眉をひそませると、こちらを無視するかのように、歩を早める。
この際彼女の心情を慮るのはあまり意味がないだろう。ソフトのストレスよりも、ハードのセキュリティに対して優先順位を上げる。
無言の行を続けたまま、移動を行う。僕たちの座標は、刻々と位置を変え続け、それに伴う時間も流れていった。
歩きながら、思いはやがて財団Xに至った。
ネオン・ウルスランドが僕たちに提示した一日という期限の意味を言葉通りに受け取ることは出来ない。
Wとの戦闘を財団が望まなくても、ソウルジェムを敵が必要とする以上、僕ら干戈を交えることは必定。
おそらく敵は、実験によるドーパントの逐次投入はやめ、戦力を集中させて一挙にぶつけてくるだろう。
「……と、なるとやはりソウルジェムについての特性が焦点となる」
ふと、顔を上げるとさやかが、陸橋の中央に立ち止まり肩を震わせている。
何かが起きたのだろうか。
257: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:51:47.78 ID:Dni6wn420
「どうしたんだい。ちなみにデータから推測すると、ここを通って向かいの歩道に出ると、
君の家に到着するのは、最短ルートから一分十八秒ほどの遅延が発生する。参考までに情報を開示しておこう」
「家には帰りません。病院に寄るから」
彼女は病院名を告げると、再び黙り込む。こちらとしては、その中継地点も検索済みであり、想定の範囲内だった。
「なるほど。こちらはかまわない」
「……勝手にしてよ、もう」
データによれば、彼女の幼馴染である上条恭介は将来を嘱望されたヴァイオリニストであったそうだが事故により将来を絶たれたそうだ。
以来彼女はこまめに見舞いを欠かさず通い続けているらしい。
薄幸のヴァイオリニスト少年と献身的な幼馴染の少女。
君の家に到着するのは、最短ルートから一分十八秒ほどの遅延が発生する。参考までに情報を開示しておこう」
「家には帰りません。病院に寄るから」
彼女は病院名を告げると、再び黙り込む。こちらとしては、その中継地点も検索済みであり、想定の範囲内だった。
「なるほど。こちらはかまわない」
「……勝手にしてよ、もう」
データによれば、彼女の幼馴染である上条恭介は将来を嘱望されたヴァイオリニストであったそうだが事故により将来を絶たれたそうだ。
以来彼女はこまめに見舞いを欠かさず通い続けているらしい。
薄幸のヴァイオリニスト少年と献身的な幼馴染の少女。
258: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:52:42.34 ID:Dni6wn420
出来あいすぎる設定は、前世紀の三文芝居小屋ですら掛けそうもない手垢の付いたものだ。
一抹不安を覚え彼女の後を付いていく。
さやかは、通い慣れた病室への道筋を、淀むことなく歩き続ける。
僕は、一抹の漠とした不安を胸に、病院の消毒臭に鼻を震わせ、無機質な院内の風景を眺めた。
嫌な予感とは、往々にして当たるものである。
「どうしたんだい」
上条恭介と書かれた個室の入り口で、彼女は凍るようにして立ち尽くしていた。
僕が背後から覗き込むようにして、室内を見ると、その中では夕暮れを背景にして、
上条恭介と少女が抱き合うようにして唇を合わせているのがありありと見えた。
「……仁美」
「これは、また」
二人は愛の交歓に没頭しているのか、こちらの視線にはまったく気づかない様子で互いを貪りあっていた。
なすすべもなく、病室を後にする。受付を素通りし、車回しを抜けてこじんまりとした中庭のベンチに、
どちらからということもなく揃って腰を下ろした。
一抹不安を覚え彼女の後を付いていく。
さやかは、通い慣れた病室への道筋を、淀むことなく歩き続ける。
僕は、一抹の漠とした不安を胸に、病院の消毒臭に鼻を震わせ、無機質な院内の風景を眺めた。
嫌な予感とは、往々にして当たるものである。
「どうしたんだい」
上条恭介と書かれた個室の入り口で、彼女は凍るようにして立ち尽くしていた。
僕が背後から覗き込むようにして、室内を見ると、その中では夕暮れを背景にして、
上条恭介と少女が抱き合うようにして唇を合わせているのがありありと見えた。
「……仁美」
「これは、また」
二人は愛の交歓に没頭しているのか、こちらの視線にはまったく気づかない様子で互いを貪りあっていた。
なすすべもなく、病室を後にする。受付を素通りし、車回しを抜けてこじんまりとした中庭のベンチに、
どちらからということもなく揃って腰を下ろした。
259: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:53:33.65 ID:Dni6wn420
さやかの手。自然に視線が延びた。そこには、渡しそびれたプリザーブドフラワーの籠が寂しそうに乗っていた。
さすがの僕もこれには掛ける言葉がなかった。
美樹さやかの顔。完全に表情を失っていた。
「――その、勘違いということもありえる」
「あれの、どこを?」
「どこだろうか。すまない、僕にも思いつかない。君の案に期待する」
「あたしだって、そう思いたいわよ」
さやかは、死人のような顔つきで、ぼそりぼそりと誰に聞かせるでもなく、吐き出すようにして語りだした。
病室で上条恭介と抱き合っていたのは、志筑仁美といい、彼女の友人だったそうだ。
「こんなことなら仁美に会わせるんじゃなかった」
そうか。
「あたしに内緒で、ふたりはこっそり会ってたのよ」
かもしれない。
「――考えれば、二人はお似合いかもね。恭介とあたしじゃ住む世界が最初から違ったんだもの」
さすがの僕もこれには掛ける言葉がなかった。
美樹さやかの顔。完全に表情を失っていた。
「――その、勘違いということもありえる」
「あれの、どこを?」
「どこだろうか。すまない、僕にも思いつかない。君の案に期待する」
「あたしだって、そう思いたいわよ」
さやかは、死人のような顔つきで、ぼそりぼそりと誰に聞かせるでもなく、吐き出すようにして語りだした。
病室で上条恭介と抱き合っていたのは、志筑仁美といい、彼女の友人だったそうだ。
「こんなことなら仁美に会わせるんじゃなかった」
そうか。
「あたしに内緒で、ふたりはこっそり会ってたのよ」
かもしれない。
「――考えれば、二人はお似合いかもね。恭介とあたしじゃ住む世界が最初から違ったんだもの」
260: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:54:17.13 ID:Dni6wn420
ヴァイオリニストを目指すような富裕階級の家に生まれた少年とお嬢様。
さやかの頭の中では、おそらく事実とは違った 二人の愛の過程が創作され、完結づけられたのだろう。
だが、人間とはそうやって虚妄を真実に塗り替えなければ、心の安定を図れないものである。
献身むなしく恋に破れた少女の最後の心の拠り所まで否定することは僕には出来なかった。
「ねぇ、フィリップくん。聞いてくれる?」
「――続けて」
「あたし、本当は契約の願い事、恭介の腕を治してもらおうと思ってたんだ。
でも、今は、先走って契約しなくてよかったなー、って思ってるよ。
だって願いを残しておいたからまどかを助けることができたんだもん」
さやかの頭の中では、おそらく事実とは違った 二人の愛の過程が創作され、完結づけられたのだろう。
だが、人間とはそうやって虚妄を真実に塗り替えなければ、心の安定を図れないものである。
献身むなしく恋に破れた少女の最後の心の拠り所まで否定することは僕には出来なかった。
「ねぇ、フィリップくん。聞いてくれる?」
「――続けて」
「あたし、本当は契約の願い事、恭介の腕を治してもらおうと思ってたんだ。
でも、今は、先走って契約しなくてよかったなー、って思ってるよ。
だって願いを残しておいたからまどかを助けることができたんだもん」
261: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:55:13.38 ID:Dni6wn420
ははは、と彼女は力をこめて自分を嘲笑うと、持っていた花かごを地面に叩きつけた。
「ほんっと、よかったぁ。あんな男だってわかってたら、あたしの貴重な時間を割いて見舞いになんてこなかったわー、あはは」
さやかは、立ち上がると足を上げ、勢いよく地べたの花を踏みにじった。
幾度も、幾度も。
「見てよ! これが、あたしの本体!!」
ソウルジェムをかざす。暗い陰鬱な火照りが、彼女の頬にあった。
「じゃあ、この身体は!? 偽者! がらんどうの化け物じゃない!
そもそも、化け物が誰かを好きになったって、何がどうなるわけでもないじゃん!!」
もう戻れない、と。彼女は訴えているのだ。その心の嘆きは、僕の心をうがち、捉え、はなさない。
「ぜんぶ、ぜんぶこうなるって最初から決まってたのよ。あたしは、卑怯で、打算的で、ずるがしこくて、ほんとバカ」
潰れた花弁がひらひらと幾度か舞いあたりに散った。
酷く、悲しい光景だった。
「――でも、本当はそんなこと思ってないんだろう、君は」
「あたしは――」
「自分を傷つけるのはやめるんだ。何の意味もない」
「あんたになにがわかるっていうのよ!!」
「わかるさ! 人を愛するっていうのは綺麗ごとばかりじゃない。
誰かを愛したからって必ず報われるとは限らないし、ほとんどははかなく消え去ってしまうものだ。
だからといって、君が彼に対して行った全てが虚構だったなんて、論じるだけで冒涜だよ」
「ぼう、とく」
「そう、その時の美樹さやかに対しての誠意を貶める行為だ。例え君自身であっても」
「ほんっと、よかったぁ。あんな男だってわかってたら、あたしの貴重な時間を割いて見舞いになんてこなかったわー、あはは」
さやかは、立ち上がると足を上げ、勢いよく地べたの花を踏みにじった。
幾度も、幾度も。
「見てよ! これが、あたしの本体!!」
ソウルジェムをかざす。暗い陰鬱な火照りが、彼女の頬にあった。
「じゃあ、この身体は!? 偽者! がらんどうの化け物じゃない!
そもそも、化け物が誰かを好きになったって、何がどうなるわけでもないじゃん!!」
もう戻れない、と。彼女は訴えているのだ。その心の嘆きは、僕の心をうがち、捉え、はなさない。
「ぜんぶ、ぜんぶこうなるって最初から決まってたのよ。あたしは、卑怯で、打算的で、ずるがしこくて、ほんとバカ」
潰れた花弁がひらひらと幾度か舞いあたりに散った。
酷く、悲しい光景だった。
「――でも、本当はそんなこと思ってないんだろう、君は」
「あたしは――」
「自分を傷つけるのはやめるんだ。何の意味もない」
「あんたになにがわかるっていうのよ!!」
「わかるさ! 人を愛するっていうのは綺麗ごとばかりじゃない。
誰かを愛したからって必ず報われるとは限らないし、ほとんどははかなく消え去ってしまうものだ。
だからといって、君が彼に対して行った全てが虚構だったなんて、論じるだけで冒涜だよ」
「ぼう、とく」
「そう、その時の美樹さやかに対しての誠意を貶める行為だ。例え君自身であっても」
262: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:55:56.74 ID:Dni6wn420
「そんなの、詭弁よ」
「詭弁でもいいじゃないか。それに、誰であろうと全ての過去を否定することはできない。
間違った選択肢も、たわんでしまった道筋も、全てが重なり合って今を形作っているんだ。
いいかい、過去を許せるのは自分だけなんだ。
君も、君自身を許してあげようよ。そうしなければ、人間は誰しも前に進めなくなってしまう。進むんだ、勇気を持って!」
「……あたしは、恭介になにかしてあげられるのかな。自信ないよ」
「君と彼の関係は変わってしまうかもしれない。でも、変わらないものもあるはずだ」
「変わらないもの」
僕たちは、いつだってそれを探してる。
「あたしひとりじゃ探せそうにないよ」
「そんな時は、探偵を雇うといい。僕と翔太郎は、いつだって依頼人を待っている」
泣き崩れる彼女の横に立つと、僕は彼女の悲しみが消えゆくことを願い、そっと手を差し伸べた。
「詭弁でもいいじゃないか。それに、誰であろうと全ての過去を否定することはできない。
間違った選択肢も、たわんでしまった道筋も、全てが重なり合って今を形作っているんだ。
いいかい、過去を許せるのは自分だけなんだ。
君も、君自身を許してあげようよ。そうしなければ、人間は誰しも前に進めなくなってしまう。進むんだ、勇気を持って!」
「……あたしは、恭介になにかしてあげられるのかな。自信ないよ」
「君と彼の関係は変わってしまうかもしれない。でも、変わらないものもあるはずだ」
「変わらないもの」
僕たちは、いつだってそれを探してる。
「あたしひとりじゃ探せそうにないよ」
「そんな時は、探偵を雇うといい。僕と翔太郎は、いつだって依頼人を待っている」
泣き崩れる彼女の横に立つと、僕は彼女の悲しみが消えゆくことを願い、そっと手を差し伸べた。
263: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/18(月) 00:57:03.32 ID:Dni6wn420
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284: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/21(木) 00:46:25.13 ID:oBULefdH0
/07
やってしまった。
やってしまった。
鹿目まどかをやってしまった。
「おえぶっ!!」
ステンレスのシンクに向かって、えずく。
「うぇえええっ!!」
もう何度目かわからない。
私は涙目になりながら、黄色い液体を吐き出すと、ふらつく頭を振りながら蛇口をひねりこみ、流水で汚物を流した。
「違うのよぉ、違う、私、そんなつもりじゃなかったのぉ」
時間を刻む時計の音だけが規則的に聞こえてくる。
「べつに、魔法少女なんかなりたくなかったんだもぉん」
やってしまった。
やってしまった。
鹿目まどかをやってしまった。
「おえぶっ!!」
ステンレスのシンクに向かって、えずく。
「うぇえええっ!!」
もう何度目かわからない。
私は涙目になりながら、黄色い液体を吐き出すと、ふらつく頭を振りながら蛇口をひねりこみ、流水で汚物を流した。
「違うのよぉ、違う、私、そんなつもりじゃなかったのぉ」
時間を刻む時計の音だけが規則的に聞こえてくる。
「べつに、魔法少女なんかなりたくなかったんだもぉん」
285: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/21(木) 00:48:07.07 ID:oBULefdH0
あれからどのくらいの時間が経ったのだろうか。
全ては夢。今も、こうやって泣き喚いて、座り込んでいれば、パパとママがやってきて、優しく慰めてくれる。
そんな幻想を全力で願い、ぎゅっと目を閉じる。
まだかな。
……ねぇ、まだ?
「パパぁ、ママぁ」
耳を澄ます。何の音も聞こえない。
誰の気配もしない。
窓の向こうは既に夕日が落ちきって、夜が訪れていた。
ドアの向こう側に、こつこつと乾いた靴の足音が聞こえる。
その足音を聞いていると、いつも無性に寂しくなるのだ。
汚れた唇を袖口でぬぐうと、なんとか立ち上がった。腰から下が抜け落ちたように力が入らない。これからどうすればいいのだろうか。
「ひとごろしだ、私は」
美樹さやかの鬼のような形相が、脳裏にちらついて離れない。
頭をぶんぶんと、左右に振って忘れようと努めた。そういえば、彼女はこの家に来たことがある。
途端に、激しい恐怖心が全身を浸した。
「に、逃げなきゃ」
美樹さやかが来る。
全ては夢。今も、こうやって泣き喚いて、座り込んでいれば、パパとママがやってきて、優しく慰めてくれる。
そんな幻想を全力で願い、ぎゅっと目を閉じる。
まだかな。
……ねぇ、まだ?
「パパぁ、ママぁ」
耳を澄ます。何の音も聞こえない。
誰の気配もしない。
窓の向こうは既に夕日が落ちきって、夜が訪れていた。
ドアの向こう側に、こつこつと乾いた靴の足音が聞こえる。
その足音を聞いていると、いつも無性に寂しくなるのだ。
汚れた唇を袖口でぬぐうと、なんとか立ち上がった。腰から下が抜け落ちたように力が入らない。これからどうすればいいのだろうか。
「ひとごろしだ、私は」
美樹さやかの鬼のような形相が、脳裏にちらついて離れない。
頭をぶんぶんと、左右に振って忘れようと努めた。そういえば、彼女はこの家に来たことがある。
途端に、激しい恐怖心が全身を浸した。
「に、逃げなきゃ」
美樹さやかが来る。
286: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/21(木) 00:49:04.48 ID:oBULefdH0
私の中で、鹿目まどかを殺した罪悪感と、断罪される恐怖心がせめぎあい、相克する。
申し訳ないと思う気持ちとは裏腹に、私の足はアパートを飛び出すと、自然と目的地も定まらないまま駆け出していた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃ」
人ごみを避けてふらふら歩き続ける。一度も通ったことのない住宅街をくねくねと周り、
就業時間を過ぎた工業団地を通り抜け、光のない場所、暗い場所へと移動していく。
時間が欠落していく。
感情が欠落していく。
人間性も消えてなくなる。
――そうだ。
申し訳ないと思う気持ちとは裏腹に、私の足はアパートを飛び出すと、自然と目的地も定まらないまま駆け出していた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃ」
人ごみを避けてふらふら歩き続ける。一度も通ったことのない住宅街をくねくねと周り、
就業時間を過ぎた工業団地を通り抜け、光のない場所、暗い場所へと移動していく。
時間が欠落していく。
感情が欠落していく。
人間性も消えてなくなる。
――そうだ。
287: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/21(木) 00:50:54.69 ID:oBULefdH0
私の中にあるのは、申し訳ないという気持ちよりも、
もうこれで本当に後戻りできないという悔しさにも似たいやしい気持ちの方がはるかに大きかった。
「鹿目さんが悪い、鹿目さんが悪い、私はわるくないもん、私はわるくないもん」
彼女の名前を呟く度に、胸が抉られるようにずきずきする。
呼吸がしづらい。目の奥がちかちか発光するように、鈍く痛んだ。
気づけば、いつの間にか見滝河堤防の下に辿りついていた。
高い草と草の間にしゃがむと、私の背丈程度はすっぽりと包まれて遠目には、まったくわからなくなった。
そのことが、随分と心を落ち着かせた。
随分と長い間、人の手が入っていないのだろう、橋の下にはお決まりのホームレスの気配すらなかった。
「おなかすいたよぅ」
きゅうきゅうお腹が悲鳴を上げていた。
もう出ないと思っていた涙が、ぼろぼろと零れ落ちてくる。
擦りすぎた目蓋がはれ上がり、視界がぼんやりと、白い膜がかかったように見えなくなっていく。
川面を撫でる荒涼とした夜風が草叢まで及ぶと、自然に骨身まで寒さが食い込んでくる。
私は両手で丸めた膝を抱え込むと、ぎゅっと目をつぶって、今までの楽しかったことを思い出そうとしたが、
脳裏をちらつくのは、大きく目を見開いたまま倒れこんでいく、鹿目まどかの顔だけだった。
「うぅううう~、消えて、消えてよう! もう、いいじゃない、いいじゃないのぉ!」
魔女なんてどうでもいい。
元の生活に戻りたい。
パパとママに会いたい。
会って抱きしめて欲しい。マミはいい子ね、って頭を撫でて欲しい。
ひとりが嫌だったから、あの二人を誘ったのだ。いや、理由なんかどうでもいい。私の気持ちを紛らわせてくれるのなら誰でもよかった。
それを、手に掛けてしまったのだ。
私は、自らの手で絶望と孤独を掴み取ってしまった。
ふと、伸ばした指先に何かが触れた。
そっと、拾い上げる。
それは、薄汚れたちいさなくまのヌイグルミだった。
そっと、取り上げて星明りにかざす。
わずかな月のあかりを受けて、くまの瞳はきらきらと輝いて見えた。
もうこれで本当に後戻りできないという悔しさにも似たいやしい気持ちの方がはるかに大きかった。
「鹿目さんが悪い、鹿目さんが悪い、私はわるくないもん、私はわるくないもん」
彼女の名前を呟く度に、胸が抉られるようにずきずきする。
呼吸がしづらい。目の奥がちかちか発光するように、鈍く痛んだ。
気づけば、いつの間にか見滝河堤防の下に辿りついていた。
高い草と草の間にしゃがむと、私の背丈程度はすっぽりと包まれて遠目には、まったくわからなくなった。
そのことが、随分と心を落ち着かせた。
随分と長い間、人の手が入っていないのだろう、橋の下にはお決まりのホームレスの気配すらなかった。
「おなかすいたよぅ」
きゅうきゅうお腹が悲鳴を上げていた。
もう出ないと思っていた涙が、ぼろぼろと零れ落ちてくる。
擦りすぎた目蓋がはれ上がり、視界がぼんやりと、白い膜がかかったように見えなくなっていく。
川面を撫でる荒涼とした夜風が草叢まで及ぶと、自然に骨身まで寒さが食い込んでくる。
私は両手で丸めた膝を抱え込むと、ぎゅっと目をつぶって、今までの楽しかったことを思い出そうとしたが、
脳裏をちらつくのは、大きく目を見開いたまま倒れこんでいく、鹿目まどかの顔だけだった。
「うぅううう~、消えて、消えてよう! もう、いいじゃない、いいじゃないのぉ!」
魔女なんてどうでもいい。
元の生活に戻りたい。
パパとママに会いたい。
会って抱きしめて欲しい。マミはいい子ね、って頭を撫でて欲しい。
ひとりが嫌だったから、あの二人を誘ったのだ。いや、理由なんかどうでもいい。私の気持ちを紛らわせてくれるのなら誰でもよかった。
それを、手に掛けてしまったのだ。
私は、自らの手で絶望と孤独を掴み取ってしまった。
ふと、伸ばした指先に何かが触れた。
そっと、拾い上げる。
それは、薄汚れたちいさなくまのヌイグルミだった。
そっと、取り上げて星明りにかざす。
わずかな月のあかりを受けて、くまの瞳はきらきらと輝いて見えた。
288: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/21(木) 00:51:49.98 ID:oBULefdH0
「くまさん、私もうひとりなの。あなたも? ね、今夜はとっても寒いの。いっしょに寝ましょう」
彼はなにもいわず、つぶらな瞳でじっとこちらを見つめている。そっと抱きしめると、目をつぶった。
もう、ひとりじゃないような気がした。
彼はなにもいわず、つぶらな瞳でじっとこちらを見つめている。そっと抱きしめると、目をつぶった。
もう、ひとりじゃないような気がした。
289: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/21(木) 00:52:43.82 ID:oBULefdH0
「マミ、起きて、マミ!」
どのくらいまどろんでいたのだろうか、どこかで呼ぶ声が聞こえる。
顔を上げて声の主を探す。草叢を掻き分けて、堤防を上ると、まだほの暗い橋の欄干に立つそれをようやく見つけることに成功した。
「キュウ、べぇ? ――なん、で?」
「そんな、化け物を見るような目で見ないで欲しいな。僕は僕だよ、マミ」
そこには、確かに撃たれた筈のキュウべぇが何事もなかったかのように存在していた。
「キュウべぇ!! 私、私!」
「ちょっと、そんなに強く抱きしめないでくれよ、きゅっぷ」
「だって、だって、私、私ぃ!」
――嬉しかった。先程まで、もうこの世界でひとりぼっちだったのに。
「うれしくて、うれしくてぇ、ああ」
「大げさだよ、マミ」
ここに彼がいる。言葉が通じて、手でふれて感じ取れる存在が。
喜びと、嬉しさで胸がはちきれそうだった。
先程とは違った涙が溢れてくる。
夜明けの星星は、私たちを祝福しているように見えた。
「でも、なんで? 確かにあなたは、暁美ほむらに」
どのくらいまどろんでいたのだろうか、どこかで呼ぶ声が聞こえる。
顔を上げて声の主を探す。草叢を掻き分けて、堤防を上ると、まだほの暗い橋の欄干に立つそれをようやく見つけることに成功した。
「キュウ、べぇ? ――なん、で?」
「そんな、化け物を見るような目で見ないで欲しいな。僕は僕だよ、マミ」
そこには、確かに撃たれた筈のキュウべぇが何事もなかったかのように存在していた。
「キュウべぇ!! 私、私!」
「ちょっと、そんなに強く抱きしめないでくれよ、きゅっぷ」
「だって、だって、私、私ぃ!」
――嬉しかった。先程まで、もうこの世界でひとりぼっちだったのに。
「うれしくて、うれしくてぇ、ああ」
「大げさだよ、マミ」
ここに彼がいる。言葉が通じて、手でふれて感じ取れる存在が。
喜びと、嬉しさで胸がはちきれそうだった。
先程とは違った涙が溢れてくる。
夜明けの星星は、私たちを祝福しているように見えた。
「でも、なんで? 確かにあなたは、暁美ほむらに」
290: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/21(木) 00:54:14.57 ID:oBULefdH0
キュウべぇの赤い瞳。
「あのくらいでやられはしない、僕には僕の奥の手があるのさ、マミ」
なんだろうか、彼の瞳を見つめているうちに、疑問だけが掻き消えて、もういちど彼に会えたという喜びだけでいっぱいになった。
理屈なんてどうでもいい。彼が、ここに居るという事実だけで満足だ。
「――でも、私」
「そう、鹿目まどかのことかい? まさか、あそこで飛び出すなんてね。さすがに今回の彼女は危なかったが」
急速に現実に引き戻された。再会の嬉しさと安堵感が凍結し、深い罪悪感が胸の奥でじわりじわりと頭をもたげていく。
胃が反転しそうだ。無意識のうちに唇を噛み切っていたのか、口の中が鉄錆の匂いで溢れた。
「美樹さやかの力で事無きを得たよ。よかったね、マミ」
キュウべぇの話によると、私があの場を走り去った後に、
美樹さやかが鹿目まどかの蘇生を条件に魔法少女になる契約を交わして一命は取りとめたそうだ。
「でも、彼女たちは、私のことを、もう許してくれないでしょうね」
「そんなことないよ。君が悪いんじゃない。どちらかと、いえば元凶は。――暁美ほむら、さ」
「――え」
ぐらり、と世界がねじれた。
「覚えているかい。あの、ドーパントとかいう怪物。
どうやら、暁美ほむらは、あの怪物を送り込んできた組織とどこかつながっているらしいね」
怪物。
「現に、彼女はあのドーパントを倒せるチャンスは幾度となくあったにも関わらず、止めを君にささせた」
――暁美ほむら。
「みんな騙されているのかもしれない。まどかも、さやかも、そしてマミ、君もだ」
「あのくらいでやられはしない、僕には僕の奥の手があるのさ、マミ」
なんだろうか、彼の瞳を見つめているうちに、疑問だけが掻き消えて、もういちど彼に会えたという喜びだけでいっぱいになった。
理屈なんてどうでもいい。彼が、ここに居るという事実だけで満足だ。
「――でも、私」
「そう、鹿目まどかのことかい? まさか、あそこで飛び出すなんてね。さすがに今回の彼女は危なかったが」
急速に現実に引き戻された。再会の嬉しさと安堵感が凍結し、深い罪悪感が胸の奥でじわりじわりと頭をもたげていく。
胃が反転しそうだ。無意識のうちに唇を噛み切っていたのか、口の中が鉄錆の匂いで溢れた。
「美樹さやかの力で事無きを得たよ。よかったね、マミ」
キュウべぇの話によると、私があの場を走り去った後に、
美樹さやかが鹿目まどかの蘇生を条件に魔法少女になる契約を交わして一命は取りとめたそうだ。
「でも、彼女たちは、私のことを、もう許してくれないでしょうね」
「そんなことないよ。君が悪いんじゃない。どちらかと、いえば元凶は。――暁美ほむら、さ」
「――え」
ぐらり、と世界がねじれた。
「覚えているかい。あの、ドーパントとかいう怪物。
どうやら、暁美ほむらは、あの怪物を送り込んできた組織とどこかつながっているらしいね」
怪物。
「現に、彼女はあのドーパントを倒せるチャンスは幾度となくあったにも関わらず、止めを君にささせた」
――暁美ほむら。
「みんな騙されているのかもしれない。まどかも、さやかも、そしてマミ、君もだ」
291: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/21(木) 00:55:04.36 ID:oBULefdH0
――だまされている?
「マミは、まどかを撃ってしまったことを悔やんでいるのかもしれないけど、それすら彼女の誘導によるものだったとしたら?」
――みんなが?
「確かに撃ってしまったことは事実だ。変えようのない現実かもしれない。
けれども、ちょっとした過ちを恐れて真実に目をつぶることが、僕らにとって本当の意味で進歩に繋がると思うのかい?」
キュウべぇの声が、一段と深みを増して、響く。
疑うな。
疑うな。
彼を信じよう。
だって彼は、私を心配してくれた。
ここまで来てくれたのだ。
――疑うなんて、失礼だ。
「マミは、まどかを撃ってしまったことを悔やんでいるのかもしれないけど、それすら彼女の誘導によるものだったとしたら?」
――みんなが?
「確かに撃ってしまったことは事実だ。変えようのない現実かもしれない。
けれども、ちょっとした過ちを恐れて真実に目をつぶることが、僕らにとって本当の意味で進歩に繋がると思うのかい?」
キュウべぇの声が、一段と深みを増して、響く。
疑うな。
疑うな。
彼を信じよう。
だって彼は、私を心配してくれた。
ここまで来てくれたのだ。
――疑うなんて、失礼だ。
292: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/21(木) 00:56:35.22 ID:oBULefdH0
「でも、美樹さんは私のことを、酷く責めて」
――私を、ひとごろしと。
「勇気を出すんだ、マミ。この失敗を糧にして前に進もう。
とどまっていたのでは、なにも始まらない。
行動することが、現実を打開するんだ。壁を突き破って進まなければ、どこにも辿りつけない。
君の力で、もういちど時間の針を推し進めるんだ」
「ねぇ、キュウべぇ、私はまず、何をしたらいいのかしら」
「僕に、いくつか腹案がある。もっともこれを、どのように理解し行動するかは、全てマミの決断しだいだけどね。
僕は厳しいことをいっているのかもしれない。
けど、これはこの街の、いやそんなちっぽけなものじゃなく、この世界全てを安定に導く最良のものなんだよ。
今は理解できないかもしれない。でもいずれは理解できる。君にはそれが可能だと、信じているよ」
「教えて、キュウべぇ。私、やるわ。それが世界の為になるなら」
「これから君の為すことは、とても勇気のいることだ。けれども、ひるんじゃダメだ。マミ、それが魔法少女の宿命なんだから」
「しゅく、めい」
もお、考えるのが億劫だ。でも、キュウべぇがいる。私はひとりじゃない。ひとりぼっちじゃない。怖くない。勇気を出さないと。
私には優れた知恵はない。
でも、彼に従っていれば平気だ。彼に間違いはない。
「ねえ、これだけは答えて。キュウべぇ、私たち友達よね? 信じて、いいわね?」
だって、友達だから。
「マミ、僕はいつでも君のそばに居て、見守っているよ」
私はひとりじゃない。だから、間違えても、支えてくれる彼が居る。
「――だったら、やれるわ」
必ず、鹿目まどかと美樹さやかを守ってみせる。
――私を、ひとごろしと。
「勇気を出すんだ、マミ。この失敗を糧にして前に進もう。
とどまっていたのでは、なにも始まらない。
行動することが、現実を打開するんだ。壁を突き破って進まなければ、どこにも辿りつけない。
君の力で、もういちど時間の針を推し進めるんだ」
「ねぇ、キュウべぇ、私はまず、何をしたらいいのかしら」
「僕に、いくつか腹案がある。もっともこれを、どのように理解し行動するかは、全てマミの決断しだいだけどね。
僕は厳しいことをいっているのかもしれない。
けど、これはこの街の、いやそんなちっぽけなものじゃなく、この世界全てを安定に導く最良のものなんだよ。
今は理解できないかもしれない。でもいずれは理解できる。君にはそれが可能だと、信じているよ」
「教えて、キュウべぇ。私、やるわ。それが世界の為になるなら」
「これから君の為すことは、とても勇気のいることだ。けれども、ひるんじゃダメだ。マミ、それが魔法少女の宿命なんだから」
「しゅく、めい」
もお、考えるのが億劫だ。でも、キュウべぇがいる。私はひとりじゃない。ひとりぼっちじゃない。怖くない。勇気を出さないと。
私には優れた知恵はない。
でも、彼に従っていれば平気だ。彼に間違いはない。
「ねえ、これだけは答えて。キュウべぇ、私たち友達よね? 信じて、いいわね?」
だって、友達だから。
「マミ、僕はいつでも君のそばに居て、見守っているよ」
私はひとりじゃない。だから、間違えても、支えてくれる彼が居る。
「――だったら、やれるわ」
必ず、鹿目まどかと美樹さやかを守ってみせる。
293: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/21(木) 00:57:20.10 ID:oBULefdH0
NEXT→/08
325: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:12:22.10 ID:xI3kLD7r0
/08
オレはゲート越しから見える白亜の巨大な建屋を前にして、いささか気おされ気味に、ため息をついた。
「なんというか、ここまで堂々としていると、こっちが気後れしちまうな」
「別に可笑しいところはないさ。財団Xはフロント企業をいくつも経営している。
この研究所も新薬開発では地元に相当金を落としているそうだしね。もちろん末端の部分に限られてはいるが」
オレ達は、あれから話し合った結果、いくつかの方針を決め、敵が攻め寄せてくる前に正面からぶち当たってみることにした。
虎穴に入らずんば虎児を得ずとは、前漢の班超の言であったか。
フィリップの検索を使わずとも、敵の居場所があっさり判明した時は拍子抜けしたが、それだけ余裕を持っているということだろう。
オレはゲート越しから見える白亜の巨大な建屋を前にして、いささか気おされ気味に、ため息をついた。
「なんというか、ここまで堂々としていると、こっちが気後れしちまうな」
「別に可笑しいところはないさ。財団Xはフロント企業をいくつも経営している。
この研究所も新薬開発では地元に相当金を落としているそうだしね。もちろん末端の部分に限られてはいるが」
オレ達は、あれから話し合った結果、いくつかの方針を決め、敵が攻め寄せてくる前に正面からぶち当たってみることにした。
虎穴に入らずんば虎児を得ずとは、前漢の班超の言であったか。
フィリップの検索を使わずとも、敵の居場所があっさり判明した時は拍子抜けしたが、それだけ余裕を持っているということだろう。
326: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:13:09.26 ID:xI3kLD7r0
オレとフィリップとほむらは、直接敵地である、見滝原バイオ医学研究所に乗り込んでいる間、
亜樹子たちには、もうひとりの魔法少女である巴マミの捜索を頼んだ。
彼女は昨日から連絡がまったく取れていない。
照井にも連絡を取り、地元の所轄にも応援要請を頼んでもらったが、今のところ成果はゼロである。
それにしても、この研究所、見たところはおかしな部分はほとんど感じられない。
もっとも、異常が理解できるほど、この手の企業に出入する経験もないのだが。
それだけに、場合によってはいきなり戦闘になるかと身構えていたが、
正規の手続きを経て、入門ゲートを通れた時は、振り上げた拳の落とし所がないような、不安定な気持ちに駆られた。
「どうぞ、お進みください」
亜樹子たちには、もうひとりの魔法少女である巴マミの捜索を頼んだ。
彼女は昨日から連絡がまったく取れていない。
照井にも連絡を取り、地元の所轄にも応援要請を頼んでもらったが、今のところ成果はゼロである。
それにしても、この研究所、見たところはおかしな部分はほとんど感じられない。
もっとも、異常が理解できるほど、この手の企業に出入する経験もないのだが。
それだけに、場合によってはいきなり戦闘になるかと身構えていたが、
正規の手続きを経て、入門ゲートを通れた時は、振り上げた拳の落とし所がないような、不安定な気持ちに駆られた。
「どうぞ、お進みください」
327: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:14:41.90 ID:xI3kLD7r0
受付嬢から発行されたIDカードを受け取ると、オレ達はゲートに付随するスキャナに接触させ、至極平凡に入場した。
オレ達の前後を挟むように、企業保安員がぴったりと付き添い、目的地である所長室が置かれている建屋へと移動する。
研究所の中は、オレが想像していたような近未来的なものではなく、ひどくありふれた建屋が、一定の距離を置いて存在していた。
特徴的なものはほとんどなく、個々それぞれが芸術性を剥ぎ取ったような、実質本意な大きな箱のように見えた。
オレ達の前後を挟むように、企業保安員がぴったりと付き添い、目的地である所長室が置かれている建屋へと移動する。
研究所の中は、オレが想像していたような近未来的なものではなく、ひどくありふれた建屋が、一定の距離を置いて存在していた。
特徴的なものはほとんどなく、個々それぞれが芸術性を剥ぎ取ったような、実質本意な大きな箱のように見えた。
328: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:15:37.46 ID:xI3kLD7r0
研究所の外側は、古代中国の都城のように、高い壁で遮られており、中はまるでひとつの街のように整然とした構内道路が敷かれていた。
今は、就業時間中なのか人の姿はまるでない。
「ゴーストタウンだな、こいつは」
「翔太郎、この研究所はそれだけ機密を徹底しているということさ。
気をつけたほうがいい。ここでは、人間が何人かいなくなっても、まるで騒がれることはないだろう」
歩いていたのは、数分だっただろうか。ある建屋に到着すると、入り口にセキュリティシステムのアクセスポイントがあり、順番にIDカードかざして扉を解除する。
先導されるままに進んでいくと、一番奥に所長室と書かれたプレートのある部屋にたどり着いた。
保安員に促されて中に入ると、そこでも幾人かの研究者がデスクのPCにかじりつき、業務を行っている。
一番奥の席に座っていた女―ネオン・ウルスランド ―は、モニターから顔を上げずに、硬質な声で言葉を発した。
「時間はあまりない。簡潔に用件を述べなさい」
フィリップは一歩前に進み出ると、世間話をはじめるような気楽さで語りかけた。
「こちらも時間が惜しい。手早く済ませよう。第一、あなたたちはこれからソウルジェム及びグリーフシードの回収を行うのか。
第二、先月起きた集団自殺事件について関わっているのか。第三、僕たちとの停戦は可能なのか」
「第一はイエス。第二は、間接的であるという点では無関係ではない。第三は、答えることの出来る権限が私にはない」
今は、就業時間中なのか人の姿はまるでない。
「ゴーストタウンだな、こいつは」
「翔太郎、この研究所はそれだけ機密を徹底しているということさ。
気をつけたほうがいい。ここでは、人間が何人かいなくなっても、まるで騒がれることはないだろう」
歩いていたのは、数分だっただろうか。ある建屋に到着すると、入り口にセキュリティシステムのアクセスポイントがあり、順番にIDカードかざして扉を解除する。
先導されるままに進んでいくと、一番奥に所長室と書かれたプレートのある部屋にたどり着いた。
保安員に促されて中に入ると、そこでも幾人かの研究者がデスクのPCにかじりつき、業務を行っている。
一番奥の席に座っていた女―ネオン・ウルスランド ―は、モニターから顔を上げずに、硬質な声で言葉を発した。
「時間はあまりない。簡潔に用件を述べなさい」
フィリップは一歩前に進み出ると、世間話をはじめるような気楽さで語りかけた。
「こちらも時間が惜しい。手早く済ませよう。第一、あなたたちはこれからソウルジェム及びグリーフシードの回収を行うのか。
第二、先月起きた集団自殺事件について関わっているのか。第三、僕たちとの停戦は可能なのか」
「第一はイエス。第二は、間接的であるという点では無関係ではない。第三は、答えることの出来る権限が私にはない」
329: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:19:47.92 ID:xI3kLD7r0
「ふむ。間接的であるという意味は?」
「良質なグリーフシードを手に入れるには、相応のエネルギーが必要だ。
件の事件は、『M検体』の成長を促進するため、幾らかの便宜を図った」
M検体。この言葉が、魔女を表しているということは、オレにもすぐに理解できた。
「便宜を図ったというのは」
「この街の人間を贄にして、命令を実行した。『M検体』は人間の生命エネルギーを喰らい、収束させる機能を持っている。
その結果、極めて精度の高いサンプルを入手できた。実験に協力してくれた人間には、財団としても感謝の意を表する」
その言葉に、頭の回線が焼け切れそうになった。
「っの野郎!!」
「待て、落ち着くんだ、翔太郎。君たちは既にグリーフシードを手に入れている。もうサンプルは充分なのでは?」
「我々の計画では、とある人物の助言により、もっとも上質なソウルジェムを構成できる人物がピックアップされている。
試算を行った結果、誤差はほとんどなく有益な情報だ。見逃す手はない。
これは、ひとつの提案なのだが、その人物を引き渡してもらえればダブルとの停戦も不可能ではない」
「その人物とは? 誰なんだい?」
「良質なグリーフシードを手に入れるには、相応のエネルギーが必要だ。
件の事件は、『M検体』の成長を促進するため、幾らかの便宜を図った」
M検体。この言葉が、魔女を表しているということは、オレにもすぐに理解できた。
「便宜を図ったというのは」
「この街の人間を贄にして、命令を実行した。『M検体』は人間の生命エネルギーを喰らい、収束させる機能を持っている。
その結果、極めて精度の高いサンプルを入手できた。実験に協力してくれた人間には、財団としても感謝の意を表する」
その言葉に、頭の回線が焼け切れそうになった。
「っの野郎!!」
「待て、落ち着くんだ、翔太郎。君たちは既にグリーフシードを手に入れている。もうサンプルは充分なのでは?」
「我々の計画では、とある人物の助言により、もっとも上質なソウルジェムを構成できる人物がピックアップされている。
試算を行った結果、誤差はほとんどなく有益な情報だ。見逃す手はない。
これは、ひとつの提案なのだが、その人物を引き渡してもらえればダブルとの停戦も不可能ではない」
「その人物とは? 誰なんだい?」
330: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:22:37.10 ID:xI3kLD7r0
フィリップの声は確実に怒気を孕んでいた。
そう、ぶち切れそうなのはオレだけじゃない。深く息を吸い込むと、肩の力を抜く。二人の話にじっと聞きいった。
「――結論。適合者は、市内に住む鹿目まどかという中学生」
ネオン・ウルスランドは、続けて彼女の本籍地、家族構成、生い立ち等をよどみなく述べる。
時折、ちろちろ見える彼女の赤い舌は、うごめく蛇を連想させた。
「彼女は最良の検体を排出できる」
そう、ぶち切れそうなのはオレだけじゃない。深く息を吸い込むと、肩の力を抜く。二人の話にじっと聞きいった。
「――結論。適合者は、市内に住む鹿目まどかという中学生」
ネオン・ウルスランドは、続けて彼女の本籍地、家族構成、生い立ち等をよどみなく述べる。
時折、ちろちろ見える彼女の赤い舌は、うごめく蛇を連想させた。
「彼女は最良の検体を排出できる」
331: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:24:10.16 ID:xI3kLD7r0
「なんて、ことを。あなた達にそんなことを吹き込んだのは――」
ほむらの搾り出すような声が響く。彼女の語尾は僅かにかすれていた。
「なに、それは僕だよ。どうしても、まどかには契約を行って魔法少女になってもらわないとね」
少年のような声が、不意に割って入ってきた。
薄暗いラボの中に目を凝らすと、白いリスのような小動物が、デスクの上の書類の山から顔を覗かせている。
一番過剰に反応したのは、ほむらだった。彼女はリボルバーを構えると、撃鉄を起こし、銃口を小動物に向ける。
「ちょっと待ってくれないか、まだ話の続きなんだ」
その行動を止めたのは、フィリップだった。
「暁美ほむら、君は少し短気すぎる。
それに、そもそも交渉とは、先にテーブルを蹴った方が負けなんだ。彼の冷静さを見習ったほうがいいね」
ほむらの眦は今にも裂けんばかりに震えている。鬼の形相とはこのことだ。
「……別に、僕もまるきり冷静という訳じゃないんだが。インベキューター、質問を君に切り替えさせてもらってもいいかな」
「構わないよ」
「それでは。君は、財団Xと正式に手を組んでいる、と考えていいのかい?」
「彼女たちが、僕の存在をどう考えているかは正式に認識は出来ないが。とりあえずは協力体制を取っていると思ってもらって構わないよ」
「じゃあ、かなり根源的な部分に迫るんだが。どうして、君は彼女たちと契約し、あまつさえ願いを叶えたりしているんだい」
フィリップの質問に、インキュベーターはかなり懇切丁寧に答えた。
曰く、彼は外宇宙からやってきた生命体で、目減りしていく宇宙のエネルギーを枯渇させないため、
生命体の感情をエネルギーに変換させる装置を発明した。
だが、彼ら自体は感情を持たないため、代替として地球の人間に着目し、
これらの願いを叶える代わりに、魔法少女として覚醒させ、結果生じるエネルギーを回収する。これが、目的の全てだと語った。
インキュベーターが話し続けていくうちに、ほむらの顔から表情が消えていく。
ほむらの搾り出すような声が響く。彼女の語尾は僅かにかすれていた。
「なに、それは僕だよ。どうしても、まどかには契約を行って魔法少女になってもらわないとね」
少年のような声が、不意に割って入ってきた。
薄暗いラボの中に目を凝らすと、白いリスのような小動物が、デスクの上の書類の山から顔を覗かせている。
一番過剰に反応したのは、ほむらだった。彼女はリボルバーを構えると、撃鉄を起こし、銃口を小動物に向ける。
「ちょっと待ってくれないか、まだ話の続きなんだ」
その行動を止めたのは、フィリップだった。
「暁美ほむら、君は少し短気すぎる。
それに、そもそも交渉とは、先にテーブルを蹴った方が負けなんだ。彼の冷静さを見習ったほうがいいね」
ほむらの眦は今にも裂けんばかりに震えている。鬼の形相とはこのことだ。
「……別に、僕もまるきり冷静という訳じゃないんだが。インベキューター、質問を君に切り替えさせてもらってもいいかな」
「構わないよ」
「それでは。君は、財団Xと正式に手を組んでいる、と考えていいのかい?」
「彼女たちが、僕の存在をどう考えているかは正式に認識は出来ないが。とりあえずは協力体制を取っていると思ってもらって構わないよ」
「じゃあ、かなり根源的な部分に迫るんだが。どうして、君は彼女たちと契約し、あまつさえ願いを叶えたりしているんだい」
フィリップの質問に、インキュベーターはかなり懇切丁寧に答えた。
曰く、彼は外宇宙からやってきた生命体で、目減りしていく宇宙のエネルギーを枯渇させないため、
生命体の感情をエネルギーに変換させる装置を発明した。
だが、彼ら自体は感情を持たないため、代替として地球の人間に着目し、
これらの願いを叶える代わりに、魔法少女として覚醒させ、結果生じるエネルギーを回収する。これが、目的の全てだと語った。
インキュベーターが話し続けていくうちに、ほむらの顔から表情が消えていく。
332: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:25:56.53 ID:xI3kLD7r0
反して、フィリップはひととおりの話を聞き終わった途端、突如として噴出すと身体をくの字に折って笑い声を上げだした。
その姿は、ほとんど常軌を逸し、倒れこむようにデスクの上に覆いかぶさると、
事務用品を払い落とし、あまつさえ尖った何かに当たったのか、手にうっすら傷すら負って、滲むような血を滴らせた。
「おい、どうしたんだよ!」
オレは、フィリップがどうかしてしまったのかと心配になり腕を掴んだ。
彼は、瞬間真顔になると、右手の傷を指先でなぞると、顔をしかめ、
とりつくろうようにして、ぐるりと室内を見渡すように視線をめぐらせた。
その姿は、ほとんど常軌を逸し、倒れこむようにデスクの上に覆いかぶさると、
事務用品を払い落とし、あまつさえ尖った何かに当たったのか、手にうっすら傷すら負って、滲むような血を滴らせた。
「おい、どうしたんだよ!」
オレは、フィリップがどうかしてしまったのかと心配になり腕を掴んだ。
彼は、瞬間真顔になると、右手の傷を指先でなぞると、顔をしかめ、
とりつくろうようにして、ぐるりと室内を見渡すように視線をめぐらせた。
333: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:26:35.98 ID:xI3kLD7r0
「……い、いや。失敬。時に、ほむらちゃん。君はなぜそんなに恐ろしい顔をしているんだい。よかったら理由を聞かせてくれないか」
「そいつが、肝心な部分を黙っているからよ」
「暁美ほむら。君も、肝心な部分はその二人には話していないんじゃないか。やれやれ。僕を一方的に悪者扱いして、自分は被害者気取りかい」
「それは――」
「何の話だよ、それはっ!」
「彼女も話しにくいだろう。魔法少女の成れの果てが、人々に混沌と破壊をもたらす魔女だっていう現実にね」
「おい、その話本当かよ……」
「そいつが、肝心な部分を黙っているからよ」
「暁美ほむら。君も、肝心な部分はその二人には話していないんじゃないか。やれやれ。僕を一方的に悪者扱いして、自分は被害者気取りかい」
「それは――」
「何の話だよ、それはっ!」
「彼女も話しにくいだろう。魔法少女の成れの果てが、人々に混沌と破壊をもたらす魔女だっていう現実にね」
「おい、その話本当かよ……」
334: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:28:20.46 ID:xI3kLD7r0
ほむらは答えず顔を伏せた。長い前髪で、表情が隠れてしまうが、その姿はインキュベーターの言葉を完全に肯定していた。
「まあ、君たち魔法少女にとっては皮肉な話だね。地球の人間のため、あるいはただの概念上の存在である“正義”という金看板の為に戦い続けても、ちょっとした心の揺れや不注意で、敵役といっていい“魔女”という存在に反転してしまう。もっとも願いを望んだ結果だから、それも自己責任としかいいようがないけどね」
「テメェ、それじゃあ、ハナっから彼女たちが助からないとわかって、契約しろ契約しろってわめいてたのかよ」
「助からない? 心外だな、左翔太郎。彼女たちは救われていたはずだよ。少なくとも願いが叶ったその時点では。
もっとも、この世界で最初から最後まで、いわゆる相対的に幸運なまま生き、しかもそれを持続して、
全てを堪能したまま死を迎えられる存在があるわけないだろう?
プロのアスリートだって、急坂をトップスピードを保ったまま走り抜けられるわけがない。
ましてや、コンディションの保ち方の知らない素人なら尚更だ。
マラソンでいえば、僕はその素人に最初の三十秒だけプロ並みの速力をプレゼントしてあげただけさ。
感謝してもらうことはあっても、なじられるなんて。理解できないよ」
「破滅を前提にした願いなんて。知ってりゃ首を縦に振るわけねーだろ!」
「僕は聞かれなかったから答えなかっただけさ。
本当に感情を持つ生命体は扱いづらい。
それに、これは僕一個人の問題ではない。
宇宙の寿命と秩序を保つためには、膨大なエネルギーが必要なんだ。
魔法少女が魔女へと変わる瞬間。
つまりは、ソウルジェムがグリーフシードに相転移する時莫大なエネルギーが生成される。
それを回収し活用しなければ、この宇宙全体は秩序を保てない。
全体の為に、少数の個が犠牲になるのはしかたがないことなんだ。
全てを理解し、万全の態勢で協力して欲しいのだけど、君たちの知性と未成熟な文化では、それは不可能かもしれないね。返す返す残念だ」
「どんな理屈をこねようが、オレたちとはどうあっても相容れないようだな」
「僕や財団Xは君たちや、暁美ほむらと無駄な争いはしたくない。ここでひとつ提案があるんだけど、聞いてもらえるかな」
「……どんな提案かな」
「フィリップ、聞く必要はねーぜ」
オレの相棒は唇に人差し指を当てると、沈黙を促す。
それに従うのは随分な忍耐が必要だった。
「まあ、君たち魔法少女にとっては皮肉な話だね。地球の人間のため、あるいはただの概念上の存在である“正義”という金看板の為に戦い続けても、ちょっとした心の揺れや不注意で、敵役といっていい“魔女”という存在に反転してしまう。もっとも願いを望んだ結果だから、それも自己責任としかいいようがないけどね」
「テメェ、それじゃあ、ハナっから彼女たちが助からないとわかって、契約しろ契約しろってわめいてたのかよ」
「助からない? 心外だな、左翔太郎。彼女たちは救われていたはずだよ。少なくとも願いが叶ったその時点では。
もっとも、この世界で最初から最後まで、いわゆる相対的に幸運なまま生き、しかもそれを持続して、
全てを堪能したまま死を迎えられる存在があるわけないだろう?
プロのアスリートだって、急坂をトップスピードを保ったまま走り抜けられるわけがない。
ましてや、コンディションの保ち方の知らない素人なら尚更だ。
マラソンでいえば、僕はその素人に最初の三十秒だけプロ並みの速力をプレゼントしてあげただけさ。
感謝してもらうことはあっても、なじられるなんて。理解できないよ」
「破滅を前提にした願いなんて。知ってりゃ首を縦に振るわけねーだろ!」
「僕は聞かれなかったから答えなかっただけさ。
本当に感情を持つ生命体は扱いづらい。
それに、これは僕一個人の問題ではない。
宇宙の寿命と秩序を保つためには、膨大なエネルギーが必要なんだ。
魔法少女が魔女へと変わる瞬間。
つまりは、ソウルジェムがグリーフシードに相転移する時莫大なエネルギーが生成される。
それを回収し活用しなければ、この宇宙全体は秩序を保てない。
全体の為に、少数の個が犠牲になるのはしかたがないことなんだ。
全てを理解し、万全の態勢で協力して欲しいのだけど、君たちの知性と未成熟な文化では、それは不可能かもしれないね。返す返す残念だ」
「どんな理屈をこねようが、オレたちとはどうあっても相容れないようだな」
「僕や財団Xは君たちや、暁美ほむらと無駄な争いはしたくない。ここでひとつ提案があるんだけど、聞いてもらえるかな」
「……どんな提案かな」
「フィリップ、聞く必要はねーぜ」
オレの相棒は唇に人差し指を当てると、沈黙を促す。
それに従うのは随分な忍耐が必要だった。
335: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:29:55.04 ID:xI3kLD7r0
「鹿目まどかに契約するよう、説得して欲しい。彼女のエネルギーは膨大だ。僕らには、彼女という贄がぜひとも必要なんだよ」
オレとほむらは、示し合わせたように、飛び掛ろうと身構えたが、相棒の言葉がそれを制した。
「待つんだ、翔太郎」
フィリップは、両手を組みながら、ラボの正面に吊られていたモニタへと視線を送る。
そこには、荒い映像ながら、どこかの薄暗い部屋に、一人の少女が椅子に座らされたまま目隠しをされているの映し出されていた。
少女の両脇には、まるで中世の死刑執行人のように顔面を黒い布ですっぽりと覆った男が二人、
大きな斧を両手で胸元の位置に持ち上げ、よく磨かれた刃先をぬらぬら光らせていた。
「まどか……」
ほむらの、気弱そうな声が、耳朶を打った。
「おっと妙な考えはしないほうがいい。別に五体満足でなければ、契約は出来ないわけじゃないからね。
ほむら、君は時間遡行者みたいだけど、まどかを救出するほどの魔力は残っていないのだろう?」
「上等だ!」
今すぐ、お前たちをぶちのめして、こんな所叩き潰してやる。
ジョーカーメモリを取り出そうと、右腕をするすると動かすと、細く冷たい指がそれをとどめた。
すがるような少女の視線。
ほむらは、無言のままオレの顔を見つめ、静かに首を振った。
自分の顔が怒りで歪み、引き攣る。
何も出来ない敗北の苦さが、口中の唾にじんわりと広がる。
「くそっ!!」
「翔太郎、ここは我慢だ。まどかちゃんの安全を優先させよう」
極めて理性的な相棒の声が遠くで聞こえる。
怒りで、脳みその真ん中が焼けきれるようにクラクラした。
オレとほむらは、示し合わせたように、飛び掛ろうと身構えたが、相棒の言葉がそれを制した。
「待つんだ、翔太郎」
フィリップは、両手を組みながら、ラボの正面に吊られていたモニタへと視線を送る。
そこには、荒い映像ながら、どこかの薄暗い部屋に、一人の少女が椅子に座らされたまま目隠しをされているの映し出されていた。
少女の両脇には、まるで中世の死刑執行人のように顔面を黒い布ですっぽりと覆った男が二人、
大きな斧を両手で胸元の位置に持ち上げ、よく磨かれた刃先をぬらぬら光らせていた。
「まどか……」
ほむらの、気弱そうな声が、耳朶を打った。
「おっと妙な考えはしないほうがいい。別に五体満足でなければ、契約は出来ないわけじゃないからね。
ほむら、君は時間遡行者みたいだけど、まどかを救出するほどの魔力は残っていないのだろう?」
「上等だ!」
今すぐ、お前たちをぶちのめして、こんな所叩き潰してやる。
ジョーカーメモリを取り出そうと、右腕をするすると動かすと、細く冷たい指がそれをとどめた。
すがるような少女の視線。
ほむらは、無言のままオレの顔を見つめ、静かに首を振った。
自分の顔が怒りで歪み、引き攣る。
何も出来ない敗北の苦さが、口中の唾にじんわりと広がる。
「くそっ!!」
「翔太郎、ここは我慢だ。まどかちゃんの安全を優先させよう」
極めて理性的な相棒の声が遠くで聞こえる。
怒りで、脳みその真ん中が焼けきれるようにクラクラした。
336: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:30:38.51 ID:xI3kLD7r0
「それが、賢明だよ」
オレは握り締めた拳をゆっくりと開き、ぐっしょり濡れた汗を、デスクの上に散乱していた書類で拭う。
キーボードを打っていた研究員が、神経質そうに眉をひそめた。
インベキューターはひらりとデスクから飛び降りると、床をすべるように歩きながら、
オレの足元まで来ると、見上げるように首を動かして、極めて冷静に語った。
「左翔太郎、フィリップ、暁美ほむら。わざわざ、朝早くからここまでご足労願ったんだ。
ゆっくりとしていいくといい。
もっとも、僕はここの研究所において何の権限もないのだから、可能な行動は君たちを獄まで案内する間、お喋りをすることくらいだけどね」
選択肢は二つあったが、人道的に片方は選びようがなかった。
オレは握り締めた拳をゆっくりと開き、ぐっしょり濡れた汗を、デスクの上に散乱していた書類で拭う。
キーボードを打っていた研究員が、神経質そうに眉をひそめた。
インベキューターはひらりとデスクから飛び降りると、床をすべるように歩きながら、
オレの足元まで来ると、見上げるように首を動かして、極めて冷静に語った。
「左翔太郎、フィリップ、暁美ほむら。わざわざ、朝早くからここまでご足労願ったんだ。
ゆっくりとしていいくといい。
もっとも、僕はここの研究所において何の権限もないのだから、可能な行動は君たちを獄まで案内する間、お喋りをすることくらいだけどね」
選択肢は二つあったが、人道的に片方は選びようがなかった。
337: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:31:09.80 ID:xI3kLD7r0
ネオン・ウルスランドはストップウォッチを止めると、自分の机に戻り再びモニタとにらめっこを開始する。
背後から聞こえてくるのは、重々しい靴音と、幾人もの屈強な男たちが発する、陰惨な殺気だけだった。
背後から聞こえてくるのは、重々しい靴音と、幾人もの屈強な男たちが発する、陰惨な殺気だけだった。
338: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:31:48.70 ID:xI3kLD7r0
オレ達は、無言のまま男たちの拘束を受けると、目隠しをされて連れまわされ、おそらく研究所のどこかと思われる牢獄に叩き込まれた。
両手を後ろ手に金属の枷を嵌められ、所持品は全て没収された。
「翔太郎くーん、捕まっちゃったよぉ」
何だ、この緊張感のない声は。
オレ主観の中で、ほとんど活躍のなかった亜樹子があっさりと足を引っ張ったことに一瞬激しい苛立ちを感じたが、
なにも出来ぬまま同じく捕縛された自分の境遇を振り返って、声を荒げるのは自粛した。
研究所内に拘置所らしきものがある時点で、充分怪しいが、中の広さはおおよそ八畳くらいだった。
339: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:32:24.74 ID:xI3kLD7r0
天井に明かりはなく側面は打ちっぱなしのコンクリートで夜になればやたらに冷えそうな印象を受けた。
薄暗い室内には、亜樹子とさやかの二人が身を寄せ合うようにしてうずくまっている。
その奥には、我関せず、一人スナック菓子の袋をがさごそいわせ、足を投げ出している少女がいた。
「――佐倉杏子」
オレの後ろに立っていたほむらが、呆然としたように呟く。
フィリップと顔を見合わせると、彼は両手を水平に開き、困ったように眉根を寄せた。
「あん? アンタどっかで会ったっけか。と、そっちの兄ちゃんには、昨日世話になったっけ。妙な所で会うもんだな」
「ああ、って何でこんな所に」
薄暗い室内には、亜樹子とさやかの二人が身を寄せ合うようにしてうずくまっている。
その奥には、我関せず、一人スナック菓子の袋をがさごそいわせ、足を投げ出している少女がいた。
「――佐倉杏子」
オレの後ろに立っていたほむらが、呆然としたように呟く。
フィリップと顔を見合わせると、彼は両手を水平に開き、困ったように眉根を寄せた。
「あん? アンタどっかで会ったっけか。と、そっちの兄ちゃんには、昨日世話になったっけ。妙な所で会うもんだな」
「ああ、って何でこんな所に」
340: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:33:17.87 ID:xI3kLD7r0
「彼女も魔法少女よ。捕まった理由はそれ以外にないわ」
ほむらはそこまで喋ると興味を失くしたように部屋の隅に移動し、座り込んだ。
押し黙ったまま視線を合わせようとしない。まるで、出会ったばかりの彼女に戻ってしまったようだ。
オレは杏子に名乗ると捕まった経緯を尋ねた。
彼女はファミレスで食事をした際に一服盛られたらしい。
魔法少女とはいえ、人間である以上生理機能は変わらない。
不運としかいいようがない。そもそも、こんなことを続けていること自体が、そもそも付いていないのだろう。
彼女もソウルジェムを取り上げられたらしい。話を聞いた以上では、当面どうにも出来そうにないという点においては、同じ穴のムジナだ。
「……よく、そんなにのんきにしてられるわね」
「あ? なんだ、いいてーことがあるならはっきりいってみろよ」
割り込むようにして、さやかが会話に加わる。
ほむらはそこまで喋ると興味を失くしたように部屋の隅に移動し、座り込んだ。
押し黙ったまま視線を合わせようとしない。まるで、出会ったばかりの彼女に戻ってしまったようだ。
オレは杏子に名乗ると捕まった経緯を尋ねた。
彼女はファミレスで食事をした際に一服盛られたらしい。
魔法少女とはいえ、人間である以上生理機能は変わらない。
不運としかいいようがない。そもそも、こんなことを続けていること自体が、そもそも付いていないのだろう。
彼女もソウルジェムを取り上げられたらしい。話を聞いた以上では、当面どうにも出来そうにないという点においては、同じ穴のムジナだ。
「……よく、そんなにのんきにしてられるわね」
「あ? なんだ、いいてーことがあるならはっきりいってみろよ」
割り込むようにして、さやかが会話に加わる。
341: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:33:59.61 ID:xI3kLD7r0
もっとも友好的な感触は微塵もなかった。
「おい、喧嘩は!」
「ワリィ、ちょっとアンタは黙っててくんねーか。こいつは、アタシにお話があるみてーだし」
「別にあんたにいいたいことなんてない。
ただ、どーしてソウルジェムを取られてそこまで平静でいられるか、そのカラッポなアタマん中くりぬいてやりたくなっただけ」
「おい、喧嘩は!」
「ワリィ、ちょっとアンタは黙っててくんねーか。こいつは、アタシにお話があるみてーだし」
「別にあんたにいいたいことなんてない。
ただ、どーしてソウルジェムを取られてそこまで平静でいられるか、そのカラッポなアタマん中くりぬいてやりたくなっただけ」
342: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:34:53.81 ID:xI3kLD7r0
「別にあれがどーいうモノか知らないわけじゃない。
キュウべぇには聞いてんよ。だいたい、お前みたいにメソメソしたって、体力の無駄な上、鬱陶しいだけだろーが!」
「なによ!」
「なんだよ! だいたいな――」
よほど鬱憤が溜まっていたのか、二人は鼻を突き合わせた猫のように、聞くに堪えない口げんかを始めた。
「亜樹子、仲裁頼むわ」
「え、え? ちょっと、私、そんなの聞いてない」
オレは耳を塞いだまま、二人から距離を取ると、眉間の辺りを強く揉んで、大きく深呼吸をした。それから、もういちど周りを見渡す。
キュウべぇには聞いてんよ。だいたい、お前みたいにメソメソしたって、体力の無駄な上、鬱陶しいだけだろーが!」
「なによ!」
「なんだよ! だいたいな――」
よほど鬱憤が溜まっていたのか、二人は鼻を突き合わせた猫のように、聞くに堪えない口げんかを始めた。
「亜樹子、仲裁頼むわ」
「え、え? ちょっと、私、そんなの聞いてない」
オレは耳を塞いだまま、二人から距離を取ると、眉間の辺りを強く揉んで、大きく深呼吸をした。それから、もういちど周りを見渡す。
343: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:35:50.61 ID:xI3kLD7r0
廊下に面した部分は、鉄の格子が張り巡らせてあり、
自動小銃を持った看守が二人ほど離れた位置のパイプ椅子に腰掛けて人形のようにじっとこちらを監視している。
メモリもダブルドライバーも取り上げられた今、脱出の方法はにわかに考え付かなかった。
「さて、どうしたものか、と。なぁフィリップ」
「たぶん彼らは、まどかちゃんを直接傷つけたりはしないと思う。
――その逆は、おおいに考えられるけどね。
ほむらちゃん、彼女はどちらかといえば自分の痛みより、他人の痛みを優先するタイプに見えるけど、どうだい?」
ほむらは、無言のまま視線だけをゆっくり動かすと、静かに伏せた。
彼女の整った長い睫が、ふるふる震えている。その姿は、神託をじっと待つ、清らかな巫女のようだ。
「おい、フィリップそれって」
「つまり、僕らが痛めつけられることはあっても、彼女はたぶん平気だ。確率的にはかなり高い。それにしても、インベキューター、か」
自動小銃を持った看守が二人ほど離れた位置のパイプ椅子に腰掛けて人形のようにじっとこちらを監視している。
メモリもダブルドライバーも取り上げられた今、脱出の方法はにわかに考え付かなかった。
「さて、どうしたものか、と。なぁフィリップ」
「たぶん彼らは、まどかちゃんを直接傷つけたりはしないと思う。
――その逆は、おおいに考えられるけどね。
ほむらちゃん、彼女はどちらかといえば自分の痛みより、他人の痛みを優先するタイプに見えるけど、どうだい?」
ほむらは、無言のまま視線だけをゆっくり動かすと、静かに伏せた。
彼女の整った長い睫が、ふるふる震えている。その姿は、神託をじっと待つ、清らかな巫女のようだ。
「おい、フィリップそれって」
「つまり、僕らが痛めつけられることはあっても、彼女はたぶん平気だ。確率的にはかなり高い。それにしても、インベキューター、か」
344: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:37:13.69 ID:xI3kLD7r0
「ああ、あの白い小動物か。悪魔だぜ、まったく」
「悪魔、ね。本当にアレは外宇宙生命体なのかな」
「かなって。まあ、自己申告だし。あんな生き物図鑑に載ってないだろうな。少なくともオレは見たことないぜ」
「この銀河には千億ほどの恒星があり、宇宙には数千億の銀河がある。
恒星の数は兆の単位を超え、恒星の持つ惑星に命の生まれる割合が少ないとしても、数百万の文明があってしかるべきだ。
なのに、僕たちは、公的に地球外生命体に出会わなかった。
フェルミのパラドックスだ。
人類の持つ科学は、有史以降飛躍的に発達したが、月にも火星にも生命はまるでない。
単純なバクテリアの痕跡さえもね。
あのインキュベーターが宇宙外生命体なら、僕らはものすごい体験をしていることになるよ。歴史に名を刻むほどのね」
「何が、いいたいの」
ほむらがようやく顔を挙げた。その瞳には、戸惑いの色が濃い。
「あの、インキュベーターは非常に優れた知的生命体だ。
感情を持たず、それこそ他の惑星だけでなく、この宇宙全体の秩序すら統括的に守ろうと尽力している。
僕ら人類と、他の惑星の生命体が邂逅すること自体魔法みたいなものなんだ。
だいたい、知的生命体というものは自己破壊的なものなんだ。
高度な文明を気づいた知的生命は、短期間に絶滅するといわれている。それが、今、この時期に、何故? こんなお節介を?」
「おい、フィリップ。さっきもそうだけど、いきなりどうしたんだよ」
「うん。ごめん、もう少しで考えがまとまりそうなんだ。いや、しかし」
フィリップは、頭を抱え込むと、ブツブツ呟きながら、牢内を飢えた熊のようにぐるぐる歩き回りはじめた。
そして、おもむろに懐からマジックを取り出すと、コンクリートの壁面に、思いつくままの数式や語句を並べ始める。
その様子を初めて見た彼女たちはあっけにとられ、口論をしていたさやかと杏子すら唖然とし、やがて確かな怯えを見せはじめた。
「何だよ、翔太郎。アイツ、マジ気持ちわりー」
杏子の心無い言葉。初対面ではしかたないのだろう。
「どうしたんですか、フィリップくん」
「あ、あははー。ああなると、フィリップくんはもう他の事目に入らないから」
オレは彼女のたちの会話を聞き流しながら、これからのことを考えていると、鉄格子の向こう側から、固い靴音が聞こえてきた。
「悪魔、ね。本当にアレは外宇宙生命体なのかな」
「かなって。まあ、自己申告だし。あんな生き物図鑑に載ってないだろうな。少なくともオレは見たことないぜ」
「この銀河には千億ほどの恒星があり、宇宙には数千億の銀河がある。
恒星の数は兆の単位を超え、恒星の持つ惑星に命の生まれる割合が少ないとしても、数百万の文明があってしかるべきだ。
なのに、僕たちは、公的に地球外生命体に出会わなかった。
フェルミのパラドックスだ。
人類の持つ科学は、有史以降飛躍的に発達したが、月にも火星にも生命はまるでない。
単純なバクテリアの痕跡さえもね。
あのインキュベーターが宇宙外生命体なら、僕らはものすごい体験をしていることになるよ。歴史に名を刻むほどのね」
「何が、いいたいの」
ほむらがようやく顔を挙げた。その瞳には、戸惑いの色が濃い。
「あの、インキュベーターは非常に優れた知的生命体だ。
感情を持たず、それこそ他の惑星だけでなく、この宇宙全体の秩序すら統括的に守ろうと尽力している。
僕ら人類と、他の惑星の生命体が邂逅すること自体魔法みたいなものなんだ。
だいたい、知的生命体というものは自己破壊的なものなんだ。
高度な文明を気づいた知的生命は、短期間に絶滅するといわれている。それが、今、この時期に、何故? こんなお節介を?」
「おい、フィリップ。さっきもそうだけど、いきなりどうしたんだよ」
「うん。ごめん、もう少しで考えがまとまりそうなんだ。いや、しかし」
フィリップは、頭を抱え込むと、ブツブツ呟きながら、牢内を飢えた熊のようにぐるぐる歩き回りはじめた。
そして、おもむろに懐からマジックを取り出すと、コンクリートの壁面に、思いつくままの数式や語句を並べ始める。
その様子を初めて見た彼女たちはあっけにとられ、口論をしていたさやかと杏子すら唖然とし、やがて確かな怯えを見せはじめた。
「何だよ、翔太郎。アイツ、マジ気持ちわりー」
杏子の心無い言葉。初対面ではしかたないのだろう。
「どうしたんですか、フィリップくん」
「あ、あははー。ああなると、フィリップくんはもう他の事目に入らないから」
オレは彼女のたちの会話を聞き流しながら、これからのことを考えていると、鉄格子の向こう側から、固い靴音が聞こえてきた。
345: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:38:40.35 ID:xI3kLD7r0
「……あなたは」
さやかが、その人物を見て息を呑んだ。
フィリップは、気配に気づいたのか、ペンを置くと立ち上がって、膝についた細かい埃を払った。
そう。
この物語は、この時点で既に終着に向かって進んでいることを、オレはまだ気づきもしなかった。
さやかが、その人物を見て息を呑んだ。
フィリップは、気配に気づいたのか、ペンを置くと立ち上がって、膝についた細かい埃を払った。
そう。
この物語は、この時点で既に終着に向かって進んでいることを、オレはまだ気づきもしなかった。
346: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 19:39:31.58 ID:xI3kLD7r0
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358: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:02:38.55 ID:xI3kLD7r0
/09
「やあ、魔法少女のみんな。ご機嫌はいかがかな。待遇はスイートルームといかないが、まあ我慢して欲しい」
鉄格子を挟んだ向こう側。そこには、私たちを閉じ込めた張本人がいた。
――インベキューター。
「やあ、魔法少女のみんな。ご機嫌はいかがかな。待遇はスイートルームといかないが、まあ我慢して欲しい」
鉄格子を挟んだ向こう側。そこには、私たちを閉じ込めた張本人がいた。
――インベキューター。
359: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:03:18.88 ID:xI3kLD7r0
彼は、薄暗い廊下の中央部に座り込み、耳を小刻みに揺れ動かしている。
怒りで目の前が真っ赤に染まった。
そして、その隣には、あれ以来姿を消していた巴マミが、決まり悪げに立ち尽くしているのが見えた。
「ふざんけんじゃねーぞ! さっさと、ここから出しやがれ!!」
怒りで目の前が真っ赤に染まった。
そして、その隣には、あれ以来姿を消していた巴マミが、決まり悪げに立ち尽くしているのが見えた。
「ふざんけんじゃねーぞ! さっさと、ここから出しやがれ!!」
360: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:03:55.36 ID:xI3kLD7r0
佐倉杏子が、噛みかんばかりに怒声を上げると、追従するかのように、美樹さやかも、絞るような怨嗟のこもった声を出す。
彼女は目を細め、引き裂かんばかりに両者に恨みの波動を迸らせる。
「マミさん。今更、あたしたちの前に出てきて、どういうつもりなんですか」
「待って、美樹さん。これには、事情があるの。聞いて」
狼狽するように、マミは視線をきょときょと動かすと、困ったように足元のインキュベータを見つめる。
彼は、微動だにしない。まるで、機械のようだ。
「そういえば、亜樹子。どうして、お前たちあっさりつかまったんだ」
左さんは、思い出したかのように事の顛末を亜希子さんに尋ねる。
彼女は目を細め、引き裂かんばかりに両者に恨みの波動を迸らせる。
「マミさん。今更、あたしたちの前に出てきて、どういうつもりなんですか」
「待って、美樹さん。これには、事情があるの。聞いて」
狼狽するように、マミは視線をきょときょと動かすと、困ったように足元のインキュベータを見つめる。
彼は、微動だにしない。まるで、機械のようだ。
「そういえば、亜樹子。どうして、お前たちあっさりつかまったんだ」
左さんは、思い出したかのように事の顛末を亜希子さんに尋ねる。
361: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:04:59.68 ID:xI3kLD7r0
「その。私たち、そのマミちゃんって子に、翔太郎くんたちが危ないからって聞いて、部屋から飛び出したところを、その、一網打尽に」
彼女は決まり悪げに答えた。
「お前な。探してたやつが、いきなり出てきて、少しは不審に思わなかったのかよ」
「だってぇ……」
「ね、落ち着いて。美樹さん、これは方便なの。あなたは、そこの、暁美ほむらに騙されているの。私とキュウべぇはあなた達の味方よ!」
「私が、騙す? 巴マミ、なんの話をしているの、あなたは」
マミは前後の意味も行動も矛盾した供述を話し出す。
正直、悪者にされようが、毛ほどの痛みも感じないが、目の前でこうもあけすけに、何もかも自分のせいにされると、抗議のひとつもしてやりたくなる。
「ウソを吹き込まれるのは不快だわ」
「だまれぇえええええ!! 黙れ、黙れ!! ねぇ、美樹さん、信じて、ね、ね?」
マミは、トチ狂ったように叫ぶと、両手を振り回しながら、美樹さやかに向けて猫なで声で懇願しはじめる。
そう、彼女はあきらかに心の均衡を崩し始めている。
どう見ても、精神疾患の前駆症状だ。作り笑いにも哀愁が漂っている。
彼女は決まり悪げに答えた。
「お前な。探してたやつが、いきなり出てきて、少しは不審に思わなかったのかよ」
「だってぇ……」
「ね、落ち着いて。美樹さん、これは方便なの。あなたは、そこの、暁美ほむらに騙されているの。私とキュウべぇはあなた達の味方よ!」
「私が、騙す? 巴マミ、なんの話をしているの、あなたは」
マミは前後の意味も行動も矛盾した供述を話し出す。
正直、悪者にされようが、毛ほどの痛みも感じないが、目の前でこうもあけすけに、何もかも自分のせいにされると、抗議のひとつもしてやりたくなる。
「ウソを吹き込まれるのは不快だわ」
「だまれぇえええええ!! 黙れ、黙れ!! ねぇ、美樹さん、信じて、ね、ね?」
マミは、トチ狂ったように叫ぶと、両手を振り回しながら、美樹さやかに向けて猫なで声で懇願しはじめる。
そう、彼女はあきらかに心の均衡を崩し始めている。
どう見ても、精神疾患の前駆症状だ。作り笑いにも哀愁が漂っている。
362: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:05:33.73 ID:xI3kLD7r0
私は、彼女の中の激しい寂しさを感じ取り、やりきれなさを覚えた。
「……マミさん、何度あたしたちを騙せば気が済むんですか。
だいたい、あの時だって、まどかを撃ったことも謝罪したいっていうから、信じてたのにっ!」
さやかはくぅとうめくと、両目をつぶり悲しみを表現している。
純真なのだ、私よりもずっと。
だからこそ余計に裏切られたことが許せない。
「ね、さやかちゃん、落ち着こうよ、ほら」
「亜希子さんは黙っていてください!!」
「ちょっとお、ウェイト、ウェイト」
「……マミさん、何度あたしたちを騙せば気が済むんですか。
だいたい、あの時だって、まどかを撃ったことも謝罪したいっていうから、信じてたのにっ!」
さやかはくぅとうめくと、両目をつぶり悲しみを表現している。
純真なのだ、私よりもずっと。
だからこそ余計に裏切られたことが許せない。
「ね、さやかちゃん、落ち着こうよ、ほら」
「亜希子さんは黙っていてください!!」
「ちょっとお、ウェイト、ウェイト」
363: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:06:25.87 ID:xI3kLD7r0
マミは、格子を隔てているというのに、怯えきった様子で、しきりに自分の髪を触りだしていた。
視線の落ち着きのなさは、まるで幼い子供が親を探しているようだ。自分より強いモノの庇護を常に求めている。
弱い女だ。
だが、それは特別なことではない。
女はいつだって弱い生き物なのだ。
彼女は癖毛をいじりながら、しきりに早口で、言い訳を繰り返す。
対照的に美樹さやかは、だんだんと落ち着きを取り戻し、彼女の異様な雰囲気に気づいたのか、鉄格子から徐々に離れだした。
巴マミ。暑くもないのに異常なまでの発汗のせいか、額にかかる前髪がぺたりと張り付いている。
虚ろな瞳は、暗い熱を帯びて、黒々と輝き出していく。
それは、彼女の荒廃した精神そのものだった。
「――ね、美樹さん、わかってくれた?」
視線の落ち着きのなさは、まるで幼い子供が親を探しているようだ。自分より強いモノの庇護を常に求めている。
弱い女だ。
だが、それは特別なことではない。
女はいつだって弱い生き物なのだ。
彼女は癖毛をいじりながら、しきりに早口で、言い訳を繰り返す。
対照的に美樹さやかは、だんだんと落ち着きを取り戻し、彼女の異様な雰囲気に気づいたのか、鉄格子から徐々に離れだした。
巴マミ。暑くもないのに異常なまでの発汗のせいか、額にかかる前髪がぺたりと張り付いている。
虚ろな瞳は、暗い熱を帯びて、黒々と輝き出していく。
それは、彼女の荒廃した精神そのものだった。
「――ね、美樹さん、わかってくれた?」
364: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:07:09.05 ID:xI3kLD7r0
「わかりません、それに、なにか、今のマミさんおかしいです」
「私はおかしくなんかない! それに、だから、それは誤解だって。
ホラ、ここにわざわざ来たのも、あなたたちをここから出すために、ねぇ、キュウべぇ?」
「――マミ、彼女たちをここから解放するわけにはいかない」
「え」
インキュベーターの言葉を聴いた巴マミは、ねじの切れた人形のように、不意に止まった。
その壊れ具合は、正に停止という文字がふさわしい硬直だった。
「私はおかしくなんかない! それに、だから、それは誤解だって。
ホラ、ここにわざわざ来たのも、あなたたちをここから出すために、ねぇ、キュウべぇ?」
「――マミ、彼女たちをここから解放するわけにはいかない」
「え」
インキュベーターの言葉を聴いた巴マミは、ねじの切れた人形のように、不意に止まった。
その壊れ具合は、正に停止という文字がふさわしい硬直だった。
365: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:07:43.76 ID:xI3kLD7r0
ほんの一瞬だっただろうか、佐倉杏子がいち早く呪縛から解けたようだ。彼女は気が進まない様子でマミに語りかける。
「巴マミとかいったっけ? キュウべぇがアタシたちをここから逃がすわけないだろ。
そいつは、全員分のソウルジェムも手に入れてるんだ。
……おい、もしかして、アンタも、そいつにうまいこと騙くらかされて、ホイホイ渡してるんじゃないだろーな」
「え、だって。キュウべぇは、もしもの時のために、預かっていたほうがいいって? え? え?」
「そうだよ、マミ。そして、今がもしもの時のためさ」
「巴マミとかいったっけ? キュウべぇがアタシたちをここから逃がすわけないだろ。
そいつは、全員分のソウルジェムも手に入れてるんだ。
……おい、もしかして、アンタも、そいつにうまいこと騙くらかされて、ホイホイ渡してるんじゃないだろーな」
「え、だって。キュウべぇは、もしもの時のために、預かっていたほうがいいって? え? え?」
「そうだよ、マミ。そして、今がもしもの時のためさ」
366: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:08:22.52 ID:xI3kLD7r0
キュウべぇは、牢番の肩に飛び乗ると、彼に向かって顎をしゃくり、ぼんやりと輝くソウルジェムを廊下の脇にあるデスクに広げさせた。
当然そこには、没収された私のソウルジェムもあった。
きらきら輝くいのちの輝き。
舌打ちが無意識のうちに漏れた。
インキュベーターは、赤い目をきらきらさせながら、前足を宝石の上に乗せる。
続く光景は、想像の余地を働かせる必要もないくらい、たったひとつだった。
当然そこには、没収された私のソウルジェムもあった。
きらきら輝くいのちの輝き。
舌打ちが無意識のうちに漏れた。
インキュベーターは、赤い目をきらきらさせながら、前足を宝石の上に乗せる。
続く光景は、想像の余地を働かせる必要もないくらい、たったひとつだった。
367: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:09:05.88 ID:xI3kLD7r0
「え、え? キュウべぇ? なに、なんなの? 意味がわからない、誰その人?
――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁあああああっ!?」
マミは、絶叫を上げると、痛みに身をよじって、廊下を転がり、あちこちに頭を打ちつけた。
口の端から、白い泡を吹き出しながら、白目を剝く。私はあまりの惨状に、目を背けると、唇を噛み締めた。
嗚咽が、狭い牢内を反響し、獣じみた声が鼓膜を穿って、大脳にこびりついていく。
左さんは、大声を上げながら止めようと、鉄格子を渾身の力で叩いている。
早く、黙れ!
私は愚か過ぎる巴マミに、この時初めて同情した。
――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁあああああっ!?」
マミは、絶叫を上げると、痛みに身をよじって、廊下を転がり、あちこちに頭を打ちつけた。
口の端から、白い泡を吹き出しながら、白目を剝く。私はあまりの惨状に、目を背けると、唇を噛み締めた。
嗚咽が、狭い牢内を反響し、獣じみた声が鼓膜を穿って、大脳にこびりついていく。
左さんは、大声を上げながら止めようと、鉄格子を渾身の力で叩いている。
早く、黙れ!
私は愚か過ぎる巴マミに、この時初めて同情した。
368: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:09:49.51 ID:xI3kLD7r0
「バカだな、ホントに、実際ここまで何の疑問も持たないとは。
マミ、君は思考停止だ。本当に知的生命体なのかい? 愚か過ぎるよ」
インキュベーターは、猫が毬を弄ぶように、前足でころころ宝石を前後にグラインドさせている。
痛みのあまり失禁したのか、マミの倒れた腰の辺りには濡れた染みが少しずつ広がり始めている。
女として、痛みと軽い憤怒が沸き起こっていく。
「マミ、さん」
美樹さやかにもそれが見えたのか、彼女の瞳からはもはや一切の憎しみの色が消えていた。
まどかも、彼女も、心が優しすぎる。だから、到底魔法少女には最初から向いていないのだ。
「ちょっと、やめなさいよ!!」
「おい、やめろ!!」
マミ、君は思考停止だ。本当に知的生命体なのかい? 愚か過ぎるよ」
インキュベーターは、猫が毬を弄ぶように、前足でころころ宝石を前後にグラインドさせている。
痛みのあまり失禁したのか、マミの倒れた腰の辺りには濡れた染みが少しずつ広がり始めている。
女として、痛みと軽い憤怒が沸き起こっていく。
「マミ、さん」
美樹さやかにもそれが見えたのか、彼女の瞳からはもはや一切の憎しみの色が消えていた。
まどかも、彼女も、心が優しすぎる。だから、到底魔法少女には最初から向いていないのだ。
「ちょっと、やめなさいよ!!」
「おい、やめろ!!」
369: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:10:38.68 ID:xI3kLD7r0
私たちの反応を試すように、再びインキュベーターが前足に力をこめる。
「―― あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あっ!!」
マミは、両手を交差させて身体を自分で掻き抱くようにして、丸まりながら、廊下に倒れこんだまま転がり始める。
ぴん、と突き出した白いふくらはぎが、やけに目に染みた。
電流を流されたように、激しい痙攣を繰り返している。
牢番の野卑な視線が、彼女の身体に突き刺さっているのを理解し、二重の意味でむかつきを覚えた。
「―― あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あっ!!」
マミは、両手を交差させて身体を自分で掻き抱くようにして、丸まりながら、廊下に倒れこんだまま転がり始める。
ぴん、と突き出した白いふくらはぎが、やけに目に染みた。
電流を流されたように、激しい痙攣を繰り返している。
牢番の野卑な視線が、彼女の身体に突き刺さっているのを理解し、二重の意味でむかつきを覚えた。
370: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:11:10.90 ID:xI3kLD7r0
「ふむ、痛みを感じる感覚はまだある、と」
のたうちまわる彼女は、なんとか身を起こすと、すがるような視線をインキュベーターに投げかけている。
知らず、拳を握りこんでいた。
どうしてなのだろうか、彼女は自業自得だというのに。
「あ、 あ゛あ゛、嘘よね。キュウべぇ、こんなの。ごめん、ごめん、ごめんなさい。
私が知らない間にあなたの気に入らない振る舞いをしたから、ね、そうよね」
「――巴マミ」
私は彼女の名前を呟いていた。脳裏の向こう側に、まどかの最期の歪んだ笑顔が重なる。酷く、心がささくれ立つ。
のたうちまわる彼女は、なんとか身を起こすと、すがるような視線をインキュベーターに投げかけている。
知らず、拳を握りこんでいた。
どうしてなのだろうか、彼女は自業自得だというのに。
「あ、 あ゛あ゛、嘘よね。キュウべぇ、こんなの。ごめん、ごめん、ごめんなさい。
私が知らない間にあなたの気に入らない振る舞いをしたから、ね、そうよね」
「――巴マミ」
私は彼女の名前を呟いていた。脳裏の向こう側に、まどかの最期の歪んだ笑顔が重なる。酷く、心がささくれ立つ。
371: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:11:55.80 ID:xI3kLD7r0
「マミ。君はまったく忘れているようだが、僕にはまったく感情というものが存在しないんだ。
普通の人間に対して行うように、機嫌をおもねるような真似はしなくてもいい。
そもそも、君は、僕の思うとおりに振舞ってくれた。実に、使い勝手のいい、道具だったよ」
「――え、嘘嘘。うそよ。
だって、これから私たち、美樹さんたちをここから出して、鹿目さんを助けて、悪い財団Xをやっつけちゃうんでしょ。
そうだよ、そうだもん。だって、普通のお話ならそうなるはずだもん。ね、ね?」
「何度も言わせないで欲しいな、マミ。
今、ここら出すのは暁美ほむらだけだよ。他は必要ない。
彼女をここからだして、まどかの前に引き出すんだ。まどかは優しい子だから、彼女を少々痛めつければ、契約してくれるはずだよ。
僕にもいろいろと事情があってね。わかってくれるね」
普通の人間に対して行うように、機嫌をおもねるような真似はしなくてもいい。
そもそも、君は、僕の思うとおりに振舞ってくれた。実に、使い勝手のいい、道具だったよ」
「――え、嘘嘘。うそよ。
だって、これから私たち、美樹さんたちをここから出して、鹿目さんを助けて、悪い財団Xをやっつけちゃうんでしょ。
そうだよ、そうだもん。だって、普通のお話ならそうなるはずだもん。ね、ね?」
「何度も言わせないで欲しいな、マミ。
今、ここら出すのは暁美ほむらだけだよ。他は必要ない。
彼女をここからだして、まどかの前に引き出すんだ。まどかは優しい子だから、彼女を少々痛めつければ、契約してくれるはずだよ。
僕にもいろいろと事情があってね。わかってくれるね」
372: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:12:30.50 ID:xI3kLD7r0
「おい、やめろ! おい! っがああああっ!!」
「翔太郎!!」
「翔太郎くん!」
私は、彼に駆け寄ると、急いで腕を引き離した。
彼の両方の手のひらは、酷い火ぶくれを起こし、真っ赤に腫れ上がっていた。
「ひどい」
インキュベーターを睨みつける。私は、脳内で彼を八つ裂きにした。
何の意味もないけど。
「――外野は黙っていてくれるかい。ちょっと、高圧電流を流させてもらったよ。
ああ、それから、マミ。君は、もう用済みなんで、ほむらがそこから出たら、代わりにおとなしく入っていてくれるかな?」
「翔太郎!!」
「翔太郎くん!」
私は、彼に駆け寄ると、急いで腕を引き離した。
彼の両方の手のひらは、酷い火ぶくれを起こし、真っ赤に腫れ上がっていた。
「ひどい」
インキュベーターを睨みつける。私は、脳内で彼を八つ裂きにした。
何の意味もないけど。
「――外野は黙っていてくれるかい。ちょっと、高圧電流を流させてもらったよ。
ああ、それから、マミ。君は、もう用済みなんで、ほむらがそこから出たら、代わりにおとなしく入っていてくれるかな?」
373: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:13:03.25 ID:xI3kLD7r0
理解できないといった風に、頭をふるふると振っている。
見ているだけで、自分にも惨めさが込み上げて来る。
いいようのない怒りだった。
「なんで、なんで!? 私たち友達でしょ。ねぇ、ねぇキュウべぇ? おともだちに、そんな酷いことしないでしょ、ねぇ?」
「君はアタマがおかしいのかい?」
けれども、返事は吐き捨てるように応えられた。
「僕は、君と友達になった事実なんて、ただの一度もない。誤認識だよ」
「――ウソ! うそ! だって、ずっと一緒にいてくれるって!」
見ているだけで、自分にも惨めさが込み上げて来る。
いいようのない怒りだった。
「なんで、なんで!? 私たち友達でしょ。ねぇ、ねぇキュウべぇ? おともだちに、そんな酷いことしないでしょ、ねぇ?」
「君はアタマがおかしいのかい?」
けれども、返事は吐き捨てるように応えられた。
「僕は、君と友達になった事実なんて、ただの一度もない。誤認識だよ」
「――ウソ! うそ! だって、ずっと一緒にいてくれるって!」
374: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:13:52.29 ID:xI3kLD7r0
「それは君を監視するためだよ。君たちのような不完全な生物はきちんと見張らないと」
巴マミが、頭を抱え込んで俯く。私は、美樹さやかが目元を抑え、後ろを向いたのを目にして、一段と疲労を覚えた。
「でも、君はこの次元で僕の中における役割を果たした。使い終わった道具は、ちゃんと処分しないと」
「しょ、ぶん」
「ああ、本当に君は頭が悪い」
悪魔は、俯いたまま顔を上げることのできない彼女の顔を覗きこむようにして、最後にもういちどだけ、淡々と告げた。
「――君は用済みだといってるんだ」
「あ、あああ」
マミは、座り込んだまま、ぽろぽろと大粒の涙を流す。
ぐしゃぐしゃの泣き顔が、再度まどかと重なり、胸が潰れるように、ぎゅうと痛んだ。
「本当のことをいっただけで、簡単に人間は感情を乱す。わけがわからないよ」
インキュベーターが目配せをすると、泣き喚いたままの彼女の両脇に腕を差し入れ無理やり立たせると、二人の看守が引きずっていった。
彼女の鳴き声だけが、やがて間遠になって、大扉が閉められると同時に消えた。
だから、気づかなかった。
――彼の両腕が、再び格子に向かって伸びていくのを。
「おおおおおおおおおおおおおっ!!」
「やめるんだ、翔太郎!」
「なにやってんだ!」
巴マミが、頭を抱え込んで俯く。私は、美樹さやかが目元を抑え、後ろを向いたのを目にして、一段と疲労を覚えた。
「でも、君はこの次元で僕の中における役割を果たした。使い終わった道具は、ちゃんと処分しないと」
「しょ、ぶん」
「ああ、本当に君は頭が悪い」
悪魔は、俯いたまま顔を上げることのできない彼女の顔を覗きこむようにして、最後にもういちどだけ、淡々と告げた。
「――君は用済みだといってるんだ」
「あ、あああ」
マミは、座り込んだまま、ぽろぽろと大粒の涙を流す。
ぐしゃぐしゃの泣き顔が、再度まどかと重なり、胸が潰れるように、ぎゅうと痛んだ。
「本当のことをいっただけで、簡単に人間は感情を乱す。わけがわからないよ」
インキュベーターが目配せをすると、泣き喚いたままの彼女の両脇に腕を差し入れ無理やり立たせると、二人の看守が引きずっていった。
彼女の鳴き声だけが、やがて間遠になって、大扉が閉められると同時に消えた。
だから、気づかなかった。
――彼の両腕が、再び格子に向かって伸びていくのを。
「おおおおおおおおおおおおおっ!!」
「やめるんだ、翔太郎!」
「なにやってんだ!」
375: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:14:21.02 ID:xI3kLD7r0
「やめてください!!」
鉄格子に流れた電流が彼の全身を焼く。
それでも、彼は、叫び声を上げながら、両肩を上下に揺らし、荒く息をつき、
焼け焦げていく両手をものともせずに、牢を破らんと、満身の力をこめる。
なんとなく理解できた。
彼は許せないのだ。巴マミの行為も、何も出来ない自分自身も。
その思いは言葉に出来なくて。
こうして表すしか、方法を知らないのだ。
全員で一丸となって、彼を電流線の走る鉄格子から引き離す。
焦げた肉の匂いが、鼻を突く。
鉄格子に流れた電流が彼の全身を焼く。
それでも、彼は、叫び声を上げながら、両肩を上下に揺らし、荒く息をつき、
焼け焦げていく両手をものともせずに、牢を破らんと、満身の力をこめる。
なんとなく理解できた。
彼は許せないのだ。巴マミの行為も、何も出来ない自分自身も。
その思いは言葉に出来なくて。
こうして表すしか、方法を知らないのだ。
全員で一丸となって、彼を電流線の走る鉄格子から引き離す。
焦げた肉の匂いが、鼻を突く。
376: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:15:03.62 ID:xI3kLD7r0
馬鹿な男だ。
でも、何故だか涙が出そうになった。
「左翔太郎。僕はそこに高圧電流が流れていると教えたのに。
人間の腕力では、とうてい破壊できないよ。そんなこと理解している筈なのに。
まったく、理解できない。何故、こんな無意味な行為をするんだい」
「黙れ。オレはここから出て、さっきの子もまどかちゃんも助けて、お前と財団Xをぶっ飛ばす」
「不可能だ。君たちの切り札であるガイアメモリとドライバーはこちらで完全に補完し、財団のドーパント四体が厳重に守っている。
何をどうしたら、そうなるのかな。わけがわからないよ。君は、どう思うんだい。暁美ほむら」
「私も理解できない。でもね、キュウべぇ。世界は、理解できることだけが絶対じゃないわ。私は信じているの」
「いったい何を」
「彼が奇跡を起こすってことを」
でも、何故だか涙が出そうになった。
「左翔太郎。僕はそこに高圧電流が流れていると教えたのに。
人間の腕力では、とうてい破壊できないよ。そんなこと理解している筈なのに。
まったく、理解できない。何故、こんな無意味な行為をするんだい」
「黙れ。オレはここから出て、さっきの子もまどかちゃんも助けて、お前と財団Xをぶっ飛ばす」
「不可能だ。君たちの切り札であるガイアメモリとドライバーはこちらで完全に補完し、財団のドーパント四体が厳重に守っている。
何をどうしたら、そうなるのかな。わけがわからないよ。君は、どう思うんだい。暁美ほむら」
「私も理解できない。でもね、キュウべぇ。世界は、理解できることだけが絶対じゃないわ。私は信じているの」
「いったい何を」
「彼が奇跡を起こすってことを」
377: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:15:41.05 ID:xI3kLD7r0
私はひとり牢から出されると、別室に移された。
ここは無菌室のように、室内全てが目の痛くなるほど真っ白で、入ってきた扉以外は装飾というものがまったくない場所だった。
部屋の中央にパイプ椅子が一脚。
私はそこに腰を下ろすと、唯一目の前にある五十センチ四方の窓ガラスに視線を延ばした。
どうやら、この向こう側にもまったく同じ部屋がしつらえてあるらしい。
「尋問室、いや拷問室といったところね」
378: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:16:07.28 ID:xI3kLD7r0
あまりの白さに、瞳を幾度かしばたかせると、向かいの部屋に人影が見える。
そして、それを本能的に理解した。
「まどか、まどか!!」
牢内とは違い、私の身体はどこも拘束されていなかった。
拳を握り締め、窓を叩く。
どこも怪我をしていないだろうか。酷いことはされなかっただろうか。
「むだだよ、ほむら。この部屋は完全防音だ。おまけにその窓ガラスは、完全防弾でミサイルでも破壊できない」
部屋のどこかにスピーカーでも内蔵されているのだろうか、ヤツの声がクリアに聞こえた。
「インキュベーター、まどかは無事なの」
そして、それを本能的に理解した。
「まどか、まどか!!」
牢内とは違い、私の身体はどこも拘束されていなかった。
拳を握り締め、窓を叩く。
どこも怪我をしていないだろうか。酷いことはされなかっただろうか。
「むだだよ、ほむら。この部屋は完全防音だ。おまけにその窓ガラスは、完全防弾でミサイルでも破壊できない」
部屋のどこかにスピーカーでも内蔵されているのだろうか、ヤツの声がクリアに聞こえた。
「インキュベーター、まどかは無事なの」
379: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:16:37.88 ID:xI3kLD7r0
「最初にそれを聞くかな。君は、自分が何をされるか怖くないのかい?」
「まどかに手を出したら、許さないから」
「ふーん、そういうのを蟷螂の斧っていうんだよね。まあいい。僕からの要求は、ひとつ。彼女を説得してよ。君の言葉なら案外聞いてくれるかも」
「……彼女と話をさせて」
「説得してくれるかい。ま、それじゃあ、隣の部屋と音声をつなぐよ」
ぶつん、と鈍い音がして、インキュベーターの音声が途切れる。
それから、ようやく彼女の声を数時間ぶりに聞くことが出来た。
『だれ、だれなの……』
「まどか、私よ。暁美ほむら。聞こえるかしら」
『ほむらちゃん! ねえ、どこ、どこにいるの!!』
「まどかに手を出したら、許さないから」
「ふーん、そういうのを蟷螂の斧っていうんだよね。まあいい。僕からの要求は、ひとつ。彼女を説得してよ。君の言葉なら案外聞いてくれるかも」
「……彼女と話をさせて」
「説得してくれるかい。ま、それじゃあ、隣の部屋と音声をつなぐよ」
ぶつん、と鈍い音がして、インキュベーターの音声が途切れる。
それから、ようやく彼女の声を数時間ぶりに聞くことが出来た。
『だれ、だれなの……』
「まどか、私よ。暁美ほむら。聞こえるかしら」
『ほむらちゃん! ねえ、どこ、どこにいるの!!』
380: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:17:16.94 ID:xI3kLD7r0
「隣の部屋。ほら正面にガラスがあるでしょう。たぶん、マジックミラーになっていてお互いの顔は見えないようになっていると思うけど」
『ううん。でも、声が聞こえただけでも、良かったよ。ねえ、みんなは元気? さやかちゃんや探偵さんたちは?』
「うん。みんな元気よ。ひとつだけ、聞いて欲しいお願いがあるの。いい」
『いいよ。でも、何か、不思議だね。
私、そんなにほむらちゃんと、おしゃべりしたり遊んだりしてないのに。
何だか、もうずーっといっしょに居るみたい。へ、変だよね。あはは』
不意に涙が溢れそうになった。声が詰まる。気づかれるな。
こんなことでは、彼女を不安にさせてしまう。
『ほむらちゃん、ねえ、ほむらちゃん、どうしたの?』
「なんでもないわ、いい?」
息を吸い込む。まどかを守る方法。もう、これしかない。
「キュウべぇのいうことを信じないで! 絶対に魔法少女になってはダメ! あなたが契約すれば、世界は終わ」
『ううん。でも、声が聞こえただけでも、良かったよ。ねえ、みんなは元気? さやかちゃんや探偵さんたちは?』
「うん。みんな元気よ。ひとつだけ、聞いて欲しいお願いがあるの。いい」
『いいよ。でも、何か、不思議だね。
私、そんなにほむらちゃんと、おしゃべりしたり遊んだりしてないのに。
何だか、もうずーっといっしょに居るみたい。へ、変だよね。あはは』
不意に涙が溢れそうになった。声が詰まる。気づかれるな。
こんなことでは、彼女を不安にさせてしまう。
『ほむらちゃん、ねえ、ほむらちゃん、どうしたの?』
「なんでもないわ、いい?」
息を吸い込む。まどかを守る方法。もう、これしかない。
「キュウべぇのいうことを信じないで! 絶対に魔法少女になってはダメ! あなたが契約すれば、世界は終わ」
381: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:17:52.24 ID:xI3kLD7r0
ぷつん、と途中で回線が切れた。
「ほむら……なんで僕を裏切るんだい。こちらは相当譲歩しているのに。
これでもう、君の痛めつけて、彼女の心を変える方法しかなくなったよ」
「私は屈しない、どんなことがあっても。絶対に」
正面にあった嵌め殺しのガラスは機械音を立てて、壁に吸い込まれていく。
後方に視線を向けると、ビデオカメラのレンズが、こちらに向けられていた。
私は、恐怖心を押し殺したまま、Vサインを送ってやる。
負けたりはしない、お前たちなんかに。
「これから、君の肉体を効率よく痛めつける。映像は、随時まどかに送り届けることになる。何か質問は?」
「ないわ。さっさと始めたら」
「君は、あの探偵が助けに来ると信じているのかい?」
「ほむら……なんで僕を裏切るんだい。こちらは相当譲歩しているのに。
これでもう、君の痛めつけて、彼女の心を変える方法しかなくなったよ」
「私は屈しない、どんなことがあっても。絶対に」
正面にあった嵌め殺しのガラスは機械音を立てて、壁に吸い込まれていく。
後方に視線を向けると、ビデオカメラのレンズが、こちらに向けられていた。
私は、恐怖心を押し殺したまま、Vサインを送ってやる。
負けたりはしない、お前たちなんかに。
「これから、君の肉体を効率よく痛めつける。映像は、随時まどかに送り届けることになる。何か質問は?」
「ないわ。さっさと始めたら」
「君は、あの探偵が助けに来ると信じているのかい?」
382: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:18:39.55 ID:xI3kLD7r0
沈黙を持って返答を。
もう、戦いは始まっている。
魔法の使えない私は。
白馬の騎士が助けに来るのを、待つしかないのだ。
「バカだね、君は。マミと同じくらいに。奇跡なんか、この世界にはないのに。それじゃあ、説明を始める前に。考え直す気はないかな?」
「……」
「これから、この部屋の気圧を下げていく。徐々に、徐々にだ。相当に苦しいと思うけど、翻意するなら今のうちだよ」
私はパイプ椅子に座ると、ゆっくりと目を閉じた。
それから、両手を握り合わせて、これから来る試練を思った。
……。
もう、戦いは始まっている。
魔法の使えない私は。
白馬の騎士が助けに来るのを、待つしかないのだ。
「バカだね、君は。マミと同じくらいに。奇跡なんか、この世界にはないのに。それじゃあ、説明を始める前に。考え直す気はないかな?」
「……」
「これから、この部屋の気圧を下げていく。徐々に、徐々にだ。相当に苦しいと思うけど、翻意するなら今のうちだよ」
私はパイプ椅子に座ると、ゆっくりと目を閉じた。
それから、両手を握り合わせて、これから来る試練を思った。
……。
383: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:19:48.46 ID:xI3kLD7r0
「――だいたい今は四千メートルくらいだけど、どうかな」
どれだけの時間が経過したのか。目をきつく閉じると、頭の中がぐるぐると回り始める。
ヤツのきんきんした声を聞いているだけで、激しい吐き気を覚え、強くえづいた。
椅子ごと、床に崩れ落ちる。
心を強く持たないと。
私は、なんとか椅子を元に戻すと、震えながら腰掛ける。
「魔法少女は痛みに強いからって、別に苦痛が全て消し去れるわけじゃない。
じゃあ、次はエベレスト並みの八千くらいを目安に上げるから。がんばってね、ほむら」
室内の酸素がどんどん薄くなっていく。
これは、たいした拷問だ。
「空気中の酸素はどんどん薄くなっていく。君の今の状態はいわゆる高山病だ。どうだい? 観念するかい?」
どれだけの時間が経過したのか。目をきつく閉じると、頭の中がぐるぐると回り始める。
ヤツのきんきんした声を聞いているだけで、激しい吐き気を覚え、強くえづいた。
椅子ごと、床に崩れ落ちる。
心を強く持たないと。
私は、なんとか椅子を元に戻すと、震えながら腰掛ける。
「魔法少女は痛みに強いからって、別に苦痛が全て消し去れるわけじゃない。
じゃあ、次はエベレスト並みの八千くらいを目安に上げるから。がんばってね、ほむら」
室内の酸素がどんどん薄くなっていく。
これは、たいした拷問だ。
「空気中の酸素はどんどん薄くなっていく。君の今の状態はいわゆる高山病だ。どうだい? 観念するかい?」
384: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:20:35.36 ID:xI3kLD7r0
「いや」
「まったく、強情だね。次は一万メートル程度まで下げるよ。いいかい」
もうほとんど受け答えをすることが出来ない。
頭が割れるようにガンガンして、何も考えることが出来ない。
「は、は、は」
犬のように●ぎながら、舌を出す。
手足の関節がぎしぎしと鳴る。身体がバラバラになりそうだ。
ぽたぽたと、手元に血が落ちた。
指先で目元を拭う。
おそらく、眼球の毛細血管が破裂したのだろう。
喉が渇く。
まどか、まどか……。
「まったく、強情だね。次は一万メートル程度まで下げるよ。いいかい」
もうほとんど受け答えをすることが出来ない。
頭が割れるようにガンガンして、何も考えることが出来ない。
「は、は、は」
犬のように●ぎながら、舌を出す。
手足の関節がぎしぎしと鳴る。身体がバラバラになりそうだ。
ぽたぽたと、手元に血が落ちた。
指先で目元を拭う。
おそらく、眼球の毛細血管が破裂したのだろう。
喉が渇く。
まどか、まどか……。
385: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:21:09.67 ID:xI3kLD7r0
気づけば、私は仰向けに転がっていた。
ゆっくり身を起こす。胸元が、固まった血で汚れていた。
「どこまで、強情なんだい君は。どうだい、もう懲りただろう? ちなみに、まどかは途中で卒倒してまだ起きてこないよ」
「なんどだっていう。私は、どんな拷問にも屈しない」
「そうかい。じゃあ、次はどのくらいの暑さに耐えられるか、人間の限界にチャレンジしてよ」
人間は体温が四十三℃を超えると命の危険にさらされ、五十℃以上になると数分で全身の細胞が死滅する。
もっとも、高い気温でも、空気が極端に乾いていれば短時間なら耐えられるのだ。
実験では、百二十七℃の高温に二十分近く耐えたという報告がある。
ゆっくり身を起こす。胸元が、固まった血で汚れていた。
「どこまで、強情なんだい君は。どうだい、もう懲りただろう? ちなみに、まどかは途中で卒倒してまだ起きてこないよ」
「なんどだっていう。私は、どんな拷問にも屈しない」
「そうかい。じゃあ、次はどのくらいの暑さに耐えられるか、人間の限界にチャレンジしてよ」
人間は体温が四十三℃を超えると命の危険にさらされ、五十℃以上になると数分で全身の細胞が死滅する。
もっとも、高い気温でも、空気が極端に乾いていれば短時間なら耐えられるのだ。
実験では、百二十七℃の高温に二十分近く耐えたという報告がある。
386: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:21:50.52 ID:xI3kLD7r0
インキュベーターの予告どおり、室内はどんどんと気温が上がっていく。
気温計がないのは、精神的にもストレスを与えようという作戦なのだろうか。
どちらにしろ、耐えるしかないのだ。
「随分がんばるね。暑いのと冷たいのどっちが得意なの」
「暑いのは平気なの」
全身から絞れるように汗が流れ出てくる。
ここには誰も居ない。私は、上着とスカートを脱ぐと、下着だけになる。
人間の汗腺のほとんどは胸と背中に集中している。
部屋中に太陽が敷き詰められたように、頭の中まで焼き焦がす暑さだった。
喉が焼けつくように乾く。
水分を失った唇がカサカサに乾き、ひび割れていく。
「見る影もないね、ほむら。いままどかを説得することに同意すれば、たっぷりの冷たい水とシャワーを進呈するよ」
「う、る、さ、い」
耐え難いほどの飢えが、私を襲う。
気温計がないのは、精神的にもストレスを与えようという作戦なのだろうか。
どちらにしろ、耐えるしかないのだ。
「随分がんばるね。暑いのと冷たいのどっちが得意なの」
「暑いのは平気なの」
全身から絞れるように汗が流れ出てくる。
ここには誰も居ない。私は、上着とスカートを脱ぐと、下着だけになる。
人間の汗腺のほとんどは胸と背中に集中している。
部屋中に太陽が敷き詰められたように、頭の中まで焼き焦がす暑さだった。
喉が焼けつくように乾く。
水分を失った唇がカサカサに乾き、ひび割れていく。
「見る影もないね、ほむら。いままどかを説得することに同意すれば、たっぷりの冷たい水とシャワーを進呈するよ」
「う、る、さ、い」
耐え難いほどの飢えが、私を襲う。
387: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:22:32.15 ID:xI3kLD7r0
オーブンに入れられたチーズみたいだ。
知らず、くすくすと笑いが漏れた。
「発狂されるのは困るよ。だいじょうぶかい?」
手足の指先が細かく痙攣し、私はまたもや意識を保つことが出来なくなっていく。
皮膚はパリパリに裂け、血が流れ出ていく。
「あっ――!?」
スピーカーの向こう側。ヤツの狼狽した声が、聞こえてきた。
音源を切り忘れたのか、物を動かす鈍い音が流れ、やがて静かになった。
どうしたのだろう、と半身を起こす。
気づけば、室内の温度はみるみるうちに下がっていく。
そして、平坦な声が、私の弱りきった耳に届いた。
それは、無機質な女性の声だった。
「暁美ほむら、尋問は中止する。隣室の、鹿目まどかの心肺が停止した」
私の世界は歪み、音を立てて崩れ去った。
知らず、くすくすと笑いが漏れた。
「発狂されるのは困るよ。だいじょうぶかい?」
手足の指先が細かく痙攣し、私はまたもや意識を保つことが出来なくなっていく。
皮膚はパリパリに裂け、血が流れ出ていく。
「あっ――!?」
スピーカーの向こう側。ヤツの狼狽した声が、聞こえてきた。
音源を切り忘れたのか、物を動かす鈍い音が流れ、やがて静かになった。
どうしたのだろう、と半身を起こす。
気づけば、室内の温度はみるみるうちに下がっていく。
そして、平坦な声が、私の弱りきった耳に届いた。
それは、無機質な女性の声だった。
「暁美ほむら、尋問は中止する。隣室の、鹿目まどかの心肺が停止した」
私の世界は歪み、音を立てて崩れ去った。
388: ◆/Pbzx9FKd2 2011/04/27(水) 23:23:19.92 ID:xI3kLD7r0
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436: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 01:57:54.79 ID:v5fLK6XV0
/10
「――検索終了。さあ、今回の事件もほとんど見えた。ここから脱出しようじゃないか」
「本当かよ、フィリップ。でも、どうやって、ここから逃げ出すんだよ」
「そうよ、フィリップくん。翔太郎くんの両手はもうブリの照り焼き状態よ!」
「あのさ、アンタらここから逃げ出すのはともかく、そんなデカイ声で思いっきり相談するのはやめねーか?
あそこの、看守に思いっきり聞かれてるぜ」
「アンタの声も、充分大きいけどね」
「心配しなくていい。策はこちらにある。みんな、僕の周りに集まってくれ」
「おーい、聞こえてるかーい。アタシの話」
「ホラホラ、さやかちゃんも、もっとこっちにつめて。翔太郎くん! 顔近すぎ! 離れて、そっち」
「亜樹子、お前が仕切るんじゃねーよ。あだっ!」
「おい、大丈夫かよ。ちょっと、手、見せてみな。
あーあー、こんな無茶苦茶な巻き方したら、治るもんも治らねーよ。まったく、さやかは不器用だねぇ」
「――なっ! うるっさいわね! だったら、あんたがやってみなさいよ」
「ふーん、ふん、ふふーん。ちょちょいの、チョイ、と。完成」
「おおー」
「あら、すごいじゃない。杏子ちゃん。ま、元はといえば、翔太郎くんの自業自得なんだけどねー」
「んだとぉー!」
「……なによ、なに見てるのよ。なに勝ち誇ってるの?」
「別にぃ?」
「ああ、もお。喧嘩はしないでよ、二人とも!」
「みんな、僕の話を聞く気ないのかい」
「オーケイ、フィリップ。聞こうじゃないか、その作戦ってやつをな」
「――検索終了。さあ、今回の事件もほとんど見えた。ここから脱出しようじゃないか」
「本当かよ、フィリップ。でも、どうやって、ここから逃げ出すんだよ」
「そうよ、フィリップくん。翔太郎くんの両手はもうブリの照り焼き状態よ!」
「あのさ、アンタらここから逃げ出すのはともかく、そんなデカイ声で思いっきり相談するのはやめねーか?
あそこの、看守に思いっきり聞かれてるぜ」
「アンタの声も、充分大きいけどね」
「心配しなくていい。策はこちらにある。みんな、僕の周りに集まってくれ」
「おーい、聞こえてるかーい。アタシの話」
「ホラホラ、さやかちゃんも、もっとこっちにつめて。翔太郎くん! 顔近すぎ! 離れて、そっち」
「亜樹子、お前が仕切るんじゃねーよ。あだっ!」
「おい、大丈夫かよ。ちょっと、手、見せてみな。
あーあー、こんな無茶苦茶な巻き方したら、治るもんも治らねーよ。まったく、さやかは不器用だねぇ」
「――なっ! うるっさいわね! だったら、あんたがやってみなさいよ」
「ふーん、ふん、ふふーん。ちょちょいの、チョイ、と。完成」
「おおー」
「あら、すごいじゃない。杏子ちゃん。ま、元はといえば、翔太郎くんの自業自得なんだけどねー」
「んだとぉー!」
「……なによ、なに見てるのよ。なに勝ち誇ってるの?」
「別にぃ?」
「ああ、もお。喧嘩はしないでよ、二人とも!」
「みんな、僕の話を聞く気ないのかい」
「オーケイ、フィリップ。聞こうじゃないか、その作戦ってやつをな」
437: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 01:58:44.00 ID:v5fLK6XV0
意識が、薄い膜を剥ぐようにして徐々に、クリアになっていく。
「う、うううっ」
巴マミは、割れ鐘のようにズンズン低音ビートで鳴り響く頭を揺すって、冷たい床から、傷ついた身体を起こした。
また、ひとりぼっちになってしまった。
結局のところ、彼女はキュウべぇというワケのわからない生物に散々奉仕した挙句、
使い倒した古雑巾のように余す所なくボロボロにされ捨てられたのだった。
マミは、財団Xの下っ端隊員にゴミのように引きずられた後、丁度空いていた部屋に押し込められた。
彼女の瞳からは、生気というものがまったく失われており、口元や下穿きは、吐寫物や排尿で薄汚れていた。
「う、うううっ」
巴マミは、割れ鐘のようにズンズン低音ビートで鳴り響く頭を揺すって、冷たい床から、傷ついた身体を起こした。
また、ひとりぼっちになってしまった。
結局のところ、彼女はキュウべぇというワケのわからない生物に散々奉仕した挙句、
使い倒した古雑巾のように余す所なくボロボロにされ捨てられたのだった。
マミは、財団Xの下っ端隊員にゴミのように引きずられた後、丁度空いていた部屋に押し込められた。
彼女の瞳からは、生気というものがまったく失われており、口元や下穿きは、吐寫物や排尿で薄汚れていた。
438: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 01:59:40.82 ID:v5fLK6XV0
マミの身体は、同じ年齢の少女にしてはかなり発達していた方であった。
このような場合に犯罪結社の隊員があたりまえのように行う暴力行為は、
幸か不幸か彼女を連行していった男がガチロリの為まるで興味を示さず、
「この腐肉がっ!」という侮蔑の言葉と、んべっと顔に向かって吐き捨てられた痰程度の軽微なものに留められた。
「ふぇ、ふえええっ」
439: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 02:00:12.03 ID:v5fLK6XV0
マミは、いつものように寂しくひとり泣き叫ぶが、かといって誰かが優しく迎えに来てくれるワケでもなく、
ただ体力を無駄に消耗するに終わった。
「うぇえええっ」
ちらり、と後輩である、鹿目まどかや美樹さやかが救出に来てくれる、夢想を脳裏に浮かべ、すぐさま打ち消した。
そんな都合のよいことなどありえない。
それどころか、キュウべぇの言葉に従って騙まし討ちのような形で身柄を拘束してしまった、彼女たちに恨まれている可能性が高い。
マミは、すんすん鼻を鳴らしながら、部屋のドアノブに近づいて、それを回してみる。
当然ながら施錠されており、脱出することは出来ない。
「うぇえええええん」
ただ体力を無駄に消耗するに終わった。
「うぇえええっ」
ちらり、と後輩である、鹿目まどかや美樹さやかが救出に来てくれる、夢想を脳裏に浮かべ、すぐさま打ち消した。
そんな都合のよいことなどありえない。
それどころか、キュウべぇの言葉に従って騙まし討ちのような形で身柄を拘束してしまった、彼女たちに恨まれている可能性が高い。
マミは、すんすん鼻を鳴らしながら、部屋のドアノブに近づいて、それを回してみる。
当然ながら施錠されており、脱出することは出来ない。
「うぇえええええん」
440: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 02:02:31.45 ID:v5fLK6XV0
彼女は、泣きながら元の位置に戻ると、足を抱えるようにして座り込むと、めそめそと泣き始めた。
魔法少女に変身することも出来ない。そもそも、変身したところで自分以外の何かに立ち向かう勇気など出るはずもなかった。
「もおいい。私なんか、あの時死ねばよかったのよ」
マミが全てを投げ出そうとして、いかに苦しまずに死ねばいいか、等と自問自答を脳内ではじめようとした、
その時、目の前の扉から、何かを叩きつけるような轟音が響いた。
どおん、とその扉は、聞く人間の脳味噌を穿り返すような深いな音を立てると、
やがて、紙細工のように蝶番を吹き飛ばし、きいと押し開かれた。
魔法少女に変身することも出来ない。そもそも、変身したところで自分以外の何かに立ち向かう勇気など出るはずもなかった。
「もおいい。私なんか、あの時死ねばよかったのよ」
マミが全てを投げ出そうとして、いかに苦しまずに死ねばいいか、等と自問自答を脳内ではじめようとした、
その時、目の前の扉から、何かを叩きつけるような轟音が響いた。
どおん、とその扉は、聞く人間の脳味噌を穿り返すような深いな音を立てると、
やがて、紙細工のように蝶番を吹き飛ばし、きいと押し開かれた。
454: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 18:58:18.33 ID:v5fLK6XV0
「こんなところにいたのか」
翔太郎は財団Xに監禁されていた、巴マミを発見すると深くため息をついた。
牢屋から脱出する際に行ったフィリップの作戦は、
看守がロリコンであるという地球の本棚のデータを前提にした女子中学生二人の身体を張ったもので、文字通りの捨て身の戦法だった。
世の中ロリコンが多すぎる。
455: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 18:59:21.04 ID:v5fLK6XV0
当局にばれれば、示唆した翔太郎と亜樹子は検挙されても仕方のない卑 なものであった。
上手く牢から出ることは出来たものの、所内から逃げる途中で全員バラバラになってしまった。
途中で締め上げた敵から、巴マミの監禁場所を聞き出せたのは僥倖であった。
彼女は、直前まであのキュウべぇという生物といっしょだったのである。
何かしらの情報を得ることが出来るかもしれない。
それに、彼女には同情の余地があった。翔太郎は、まごうことなきハーフボイルドであった。
上手く牢から出ることは出来たものの、所内から逃げる途中で全員バラバラになってしまった。
途中で締め上げた敵から、巴マミの監禁場所を聞き出せたのは僥倖であった。
彼女は、直前まであのキュウべぇという生物といっしょだったのである。
何かしらの情報を得ることが出来るかもしれない。
それに、彼女には同情の余地があった。翔太郎は、まごうことなきハーフボイルドであった。
456: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 19:00:00.85 ID:v5fLK6XV0
「立てるか、いっしょに逃げ出すんだ」
「……やだ」
「は?」
「海が見たい」
「うみ?」
「私、海が見たいの」
翔太郎は座り込んで、マミの顔を覗きこんだ。
愕然とした。
彼女の瞳には、負け犬特有の卑屈さと狂気が混濁した、虚ろな輝きがあった。
「……やだ」
「は?」
「海が見たい」
「うみ?」
「私、海が見たいの」
翔太郎は座り込んで、マミの顔を覗きこんだ。
愕然とした。
彼女の瞳には、負け犬特有の卑屈さと狂気が混濁した、虚ろな輝きがあった。
457: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 19:01:10.40 ID:v5fLK6XV0
「おい、とにかくこの部屋から出るんだ。いつ、やつらが増援を呼ぶかわからねー」
「やー」
「こいっ!」
「やだー!!」
翔太郎が、腕をひっぱると彼女は、かぶりをふって全力で抵抗する。
完全な幼児退行だ。身体は大人とほとんど変わらない。
むしろ体型そのものは、亜樹子よりもはるかに良い。翔太郎の顔に、悲痛さが滲んだ。
「いったい、どうしたってんだよ……」
「もう、誰も信じられない! 私のことは、放って置いて! 放って置いてよ、もう」
「君は、ここに居れば、奴らに捕まってしまうぜ」
「やー」
「こいっ!」
「やだー!!」
翔太郎が、腕をひっぱると彼女は、かぶりをふって全力で抵抗する。
完全な幼児退行だ。身体は大人とほとんど変わらない。
むしろ体型そのものは、亜樹子よりもはるかに良い。翔太郎の顔に、悲痛さが滲んだ。
「いったい、どうしたってんだよ……」
「もう、誰も信じられない! 私のことは、放って置いて! 放って置いてよ、もう」
「君は、ここに居れば、奴らに捕まってしまうぜ」
458: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 19:02:31.26 ID:v5fLK6XV0
「だから、なんなの。もう、いいのよ。どうでも。続きを望んだことが間違いだったのよ。
ずっと、キュウべぇのこと友達だと思ってた。
だから、なんだっていうことを聞いたの。
あなたになんか、わからないわ。パパとママを失くしてから、ひとりぼっちだった。
世界のなにもかもが信じられなくなって、自分でも上手く言えないけど、
あの事故から、私自身が変わってしまって、みんなにとけこめなくなったの。
誰かと話していても、彼女たちには、ちゃんと帰る場所があって、あたたかく迎えてくれる家族があって、
そう思うと何もかもが妬ましくて、口も利きたくなくなった。
全部、ひがみ根性なの。自分からみんなの輪を離れたくせに、そのくせ寂しくって。
誘われれば、全部断るくせに、心のうちではもっと強引に誘いなさいよって無茶苦茶なことばかり考えて。
でも、そんな私を受け入れてくれたのは、キュウべぇだけだったから。
彼は、どんなに私がおかしなこといっても、離れていかなかった。
寂しい夜は、いつも話し相手になってくれて、涙が止まらない夜は、いっしょにそばで眠ってくれたの。
いつか、仲間が出来た時に、ちゃんとおもてなしが出来ないと困るから、頑張ってケーキを焼く練習をして、
そんな私をじっと見守ってくれた。
私が、どれだけ、彼を信じていたかわかる?
それを、あんな。あんな。……あなたになんか、わからない! 私は、いらない人間なの!
誰にも、必要とされていない!
なんの価値も無い人間なのよ!」
ずっと、キュウべぇのこと友達だと思ってた。
だから、なんだっていうことを聞いたの。
あなたになんか、わからないわ。パパとママを失くしてから、ひとりぼっちだった。
世界のなにもかもが信じられなくなって、自分でも上手く言えないけど、
あの事故から、私自身が変わってしまって、みんなにとけこめなくなったの。
誰かと話していても、彼女たちには、ちゃんと帰る場所があって、あたたかく迎えてくれる家族があって、
そう思うと何もかもが妬ましくて、口も利きたくなくなった。
全部、ひがみ根性なの。自分からみんなの輪を離れたくせに、そのくせ寂しくって。
誘われれば、全部断るくせに、心のうちではもっと強引に誘いなさいよって無茶苦茶なことばかり考えて。
でも、そんな私を受け入れてくれたのは、キュウべぇだけだったから。
彼は、どんなに私がおかしなこといっても、離れていかなかった。
寂しい夜は、いつも話し相手になってくれて、涙が止まらない夜は、いっしょにそばで眠ってくれたの。
いつか、仲間が出来た時に、ちゃんとおもてなしが出来ないと困るから、頑張ってケーキを焼く練習をして、
そんな私をじっと見守ってくれた。
私が、どれだけ、彼を信じていたかわかる?
それを、あんな。あんな。……あなたになんか、わからない! 私は、いらない人間なの!
誰にも、必要とされていない!
なんの価値も無い人間なのよ!」
459: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 19:03:08.25 ID:v5fLK6XV0
ぱん、と音を立てて、マミの頬が鳴った。
翔太郎は無言のまま、彼女の瞳を真っ直ぐ見つめたまま、右腕を下ろす。
(やべっ……つい、勢いで)
努めて平静を装い、諭すように言葉を掛けた。
「自分を、無価値な人間だ、なんていうんじゃない」
「だって……」
「それで、このまま泣き喚いて、うずくまって、ここに居れば、誰かがどうにかしてくれると思っているのか。
まどかちゃんやさやかちゃんのことはどうでもいいのか。君には、まだ君だけのできることがあるんじゃねーのか」
「……どうせ、私がどうなったって、誰も、なんとも思わないわよ」
翔太郎は無言のまま、彼女の瞳を真っ直ぐ見つめたまま、右腕を下ろす。
(やべっ……つい、勢いで)
努めて平静を装い、諭すように言葉を掛けた。
「自分を、無価値な人間だ、なんていうんじゃない」
「だって……」
「それで、このまま泣き喚いて、うずくまって、ここに居れば、誰かがどうにかしてくれると思っているのか。
まどかちゃんやさやかちゃんのことはどうでもいいのか。君には、まだ君だけのできることがあるんじゃねーのか」
「……どうせ、私がどうなったって、誰も、なんとも思わないわよ」
460: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 19:03:56.12 ID:v5fLK6XV0
「正直なところ、オレもこのまま闇雲に逃げてどうにかなるとは思っていない。
けど、君がやつらの知ってることを話してくれれば、
それは、きっと彼女たちを救う力になるはずだ。
なーんて。オレも説教するガラじゃねーからな。たださ、もう少しだけ、自分を信じてみないか」
「自分を、しんじる」
「どれだけ信頼していても、お互いの気持ちまでは自分で手に取るように確認出来ない。
当然だ。心は何かに写し取って目で見ることは出来ないからな。
だから、最後は自分の気持ちを信じるしかない。
君が、友達を思う心を、例えほんの小さなかけらでも構わない、残っていれば信じるんだ。
その欠片は、どれだけ儚いものでも、最後の最後まで輝きを残す。
自分を無価値だなんて思っちゃいけない。自分を捨てることがなければ、きっと、最後の最後には、どんなことだって叶うはずだ」
「どんな、ことも」
けど、君がやつらの知ってることを話してくれれば、
それは、きっと彼女たちを救う力になるはずだ。
なーんて。オレも説教するガラじゃねーからな。たださ、もう少しだけ、自分を信じてみないか」
「自分を、しんじる」
「どれだけ信頼していても、お互いの気持ちまでは自分で手に取るように確認出来ない。
当然だ。心は何かに写し取って目で見ることは出来ないからな。
だから、最後は自分の気持ちを信じるしかない。
君が、友達を思う心を、例えほんの小さなかけらでも構わない、残っていれば信じるんだ。
その欠片は、どれだけ儚いものでも、最後の最後まで輝きを残す。
自分を無価値だなんて思っちゃいけない。自分を捨てることがなければ、きっと、最後の最後には、どんなことだって叶うはずだ」
「どんな、ことも」
461: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 19:05:09.39 ID:v5fLK6XV0
「ああ、そうだ。どんな奇跡も魔法も、諦めなければ」
翔太郎は、少女の瞳に理性の灯火が戻っていくのを確認し、肩の力を抜く。
(こんな感じでいいかな……?)
マミの白濁していた前頭連合野に分泌されたドーパミンが行き渡っていく。
差し出された男の手は、千切られたハンカチが巻かれ、乾いた血液が赤黒くこびり付いていた。
マミにとってその薄汚れた手は、力強く、とても尊いものに思えた。
翔太郎は、少女の瞳に理性の灯火が戻っていくのを確認し、肩の力を抜く。
(こんな感じでいいかな……?)
マミの白濁していた前頭連合野に分泌されたドーパミンが行き渡っていく。
差し出された男の手は、千切られたハンカチが巻かれ、乾いた血液が赤黒くこびり付いていた。
マミにとってその薄汚れた手は、力強く、とても尊いものに思えた。
462: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 19:06:21.87 ID:v5fLK6XV0
「こっちの方向でいいんだな」
翔太郎が尋ねると、マミは背中の辺りに引っ付いたまま無言で頷いた。
妙に人恋しいのか、出会ってからずっとこの少女は自分に張り付くように行動している。
翔太郎は、何か彼女の行動原理に理屈を付けようと考えたが、一瞬で放棄した。
面倒くさい。
何よりも、疲労と空腹で、妙に後ろ頭がズキズキと痛いのだ。
それよりも、今はやることが累積している。奥歯を噛み締めるようにして、コンセントレーションを高めた。
翔太郎の基本方針としては、とにかくダブルドライバーとガイアメモリを敵から奪い返さなければならない。
その為に二人は迷路のような研究所内を効率よく進んでいかなければならないのだ。
もっとも、マミの記憶はかなり優秀で、似たような造りの建屋内をほとんど躊躇することなく先導していく。
彼女を発見できたのは、チームの頭脳ともいえるフィリップと分かれてしまった自分には幸運であるといえた。
「この先の左の部屋。だと思う。ここの防備を一番厚くするっていってたの」
「わかった。マミちゃんは、ダブルドライバーとメモリを探してくれ。
敵が居たら俺が制圧する。戦おうとか考えなくていい。やばくなったら、まず自分の身を一番に考えて欲しい。いいか?」
「わかりました、信じてますから」
寄り添うように、マミは翔太郎の腕を抱くと、じっと上目遣いに見上げてくる。
翔太郎は、しばらく視線を合わせていたが、やがて耐え切れなくなって、目をつぶった。
「……信じてますよ」
「あ、はい」
翔太郎はここに来て、何故か一番身の危険を感じた。
「そっか。よし、んじゃ行くか」
運の良いことに、迷彩服を着たスキンヘッドの男が、コンビニの袋をぶら下げ、今その部屋に入っていくところだった。
463: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 19:08:50.16 ID:v5fLK6XV0
「天運、我にあり、ってな!!」
翔太郎は、大きく深呼吸をすると、男の背中に蹴りを叩き込みながら、室内に踊りこんだ。
転がるようにして、身を低くし、室内を瞬時に確認する。
翔太郎は、一瞬、自分の目を疑った。
狭い室内には、ズボンをずり下げて自分の●●●●を迷彩服の男に らせている白衣を羽織った男が、
痴呆のように目を見開いて凍り付いていた。
翔太郎は、大きく深呼吸をすると、男の背中に蹴りを叩き込みながら、室内に踊りこんだ。
転がるようにして、身を低くし、室内を瞬時に確認する。
翔太郎は、一瞬、自分の目を疑った。
狭い室内には、ズボンをずり下げて自分の●●●●を迷彩服の男に らせている白衣を羽織った男が、
痴呆のように目を見開いて凍り付いていた。
464: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 19:09:29.34 ID:v5fLK6XV0
口元を覆う濃い口ひげが、ぬらぬらと濡れて、淡く光っていた。
「誰だ!!」
「……いや、おせーよ」
「おぶぅっ!!」
後ろに突っ立っていたマミが、壁に手をついて嘔吐した。
今度はホ 野郎かよ!! 勘弁してくれ、ここは変 強制収容所か!?
465: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 19:10:25.66 ID:v5fLK6XV0
翔太郎は、脳裏へと侵食する黒く濁った倦怠感を払拭すべく、自分を鼓舞するように、雄叫びを上げて吶喊を開始した。
「なん、なんだよ! この野郎!!」
白衣の男は、慌ててデスクの上にある拳銃に手を伸ばそうとするが、一瞬早く翔太郎の足が椅子を蹴りこみ、
流れるような背もたれの一撃が男の顔面にぶち当たった。
「いだあああああぃ!」
壊れた眼鏡を後方に飛ばしながら、白衣の男が仰向けにひっくり返る。
同時に、銃声。口ひげの男が拳銃を取り出し、翔太郎に向かって撃ち始めた。
「おっとぉ!」
「なん、なんだよ! この野郎!!」
白衣の男は、慌ててデスクの上にある拳銃に手を伸ばそうとするが、一瞬早く翔太郎の足が椅子を蹴りこみ、
流れるような背もたれの一撃が男の顔面にぶち当たった。
「いだあああああぃ!」
壊れた眼鏡を後方に飛ばしながら、白衣の男が仰向けにひっくり返る。
同時に、銃声。口ひげの男が拳銃を取り出し、翔太郎に向かって撃ち始めた。
「おっとぉ!」
466: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 19:11:00.81 ID:v5fLK6XV0
横っ飛びに避けながら、二発目をかわす。
銃弾が、デスクトップの液晶に着弾し、画面に亀裂を縦横に刻まれた。
三発目に対して、翔太郎が身構えたと同時に、デスクの上のペン立てが弧を描いて男の顔にぶつかった。
「ぎぃいいあああっ!!」
男は絶叫しながら、左目に刺さったコンパスを取ろうともがく。 翔太郎危うしと見たマミが投擲したのだ。
男が、突き刺さったコンパスを掴んで引き抜くと、白濁した眼球が糸のような視神経の尾をだらりと下げてあらわになった。
「おらあっ!!」
銃弾が、デスクトップの液晶に着弾し、画面に亀裂を縦横に刻まれた。
三発目に対して、翔太郎が身構えたと同時に、デスクの上のペン立てが弧を描いて男の顔にぶつかった。
「ぎぃいいあああっ!!」
男は絶叫しながら、左目に刺さったコンパスを取ろうともがく。 翔太郎危うしと見たマミが投擲したのだ。
男が、突き刺さったコンパスを掴んで引き抜くと、白濁した眼球が糸のような視神経の尾をだらりと下げてあらわになった。
「おらあっ!!」
467: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 19:12:24.49 ID:v5fLK6XV0
床を蹴って飛び掛る。翔太郎は、男に馬乗りになると、両腕を振り回して打撃を与え続け、
完全に意識を喪失したことを確認してから、ようやく立ち上がった。
「翔太郎さん、後ろ」
「あ?」
翔太郎がマミの声で後ろを振り返ると、最初に倒した白衣の男が、鼻から血を流しながら、虚ろな目をしてこちらをにらんでいた。
「なんだ。まだやるってのか」
「……よくも」
「なんだ?」
「……ったな」
「聞こえねーぞ」
完全に意識を喪失したことを確認してから、ようやく立ち上がった。
「翔太郎さん、後ろ」
「あ?」
翔太郎がマミの声で後ろを振り返ると、最初に倒した白衣の男が、鼻から血を流しながら、虚ろな目をしてこちらをにらんでいた。
「なんだ。まだやるってのか」
「……よくも」
「なんだ?」
「……ったな」
「聞こえねーぞ」
468: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 19:13:23.94 ID:v5fLK6XV0
翔太郎の言葉を無視して、白衣の男は壊れてレンズを失った眼鏡を装着する。歪んだフレームのせいか、男の顔がいっそう悪相に変わる。
「よくも、ボクの恋人をやってくれたなぁああああああっ!!」
男は雄叫びを上げながら、ガイアメモリを取り出すと、首もとのコネクタに挿入する。
『ナスカ』
男の貧弱な身体が、青色の装甲に包まれ、みるみるうちに肥大化していく。
そう、この男が使用した偽造メモリこそ、かつて園咲霧彦が使用していた上位ガイアメモリであり、
今再び翔太郎の前にナスカドーパントが出現したのだ。
「こっちだ!!」
翔太郎は、手を振ってナスカドーパントを誘導するように、室内を飛び出ると廊下へと走り去った。
だが、マミは翔太郎が走り去る瞬間、確かに自分に目配せしたのを確認したのだ。
自分にできることをしよう。
マミは、口元をぬぐうと、頬を両手でぴしゃりと叩き気合をこめる。
「よくも、ボクの恋人をやってくれたなぁああああああっ!!」
男は雄叫びを上げながら、ガイアメモリを取り出すと、首もとのコネクタに挿入する。
『ナスカ』
男の貧弱な身体が、青色の装甲に包まれ、みるみるうちに肥大化していく。
そう、この男が使用した偽造メモリこそ、かつて園咲霧彦が使用していた上位ガイアメモリであり、
今再び翔太郎の前にナスカドーパントが出現したのだ。
「こっちだ!!」
翔太郎は、手を振ってナスカドーパントを誘導するように、室内を飛び出ると廊下へと走り去った。
だが、マミは翔太郎が走り去る瞬間、確かに自分に目配せしたのを確認したのだ。
自分にできることをしよう。
マミは、口元をぬぐうと、頬を両手でぴしゃりと叩き気合をこめる。
469: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 19:14:12.02 ID:v5fLK6XV0
「これ以上、翔太郎さんにカッコ悪いところ見せられないものね」
左翔太郎。彼との出会いは運命であった。
思えば、両親を失った後、本気で自分に対して接してくれた人間は彼以外に居たであろうか。
マミは、室内を捜索しながら、深く自我の夢想に沈んでいった。
自分は、もはや彼に対して全てを晒してしまったし、そして彼も自分を本気で怒り、許した。
そう思えば、キュウべぇの裏切りや別れも、現在に至る過程のひとつに過ぎない。
(そう、むしろ感謝するべきじゃないのかしら。私と、翔太郎さんの輝かしい未来の道しるべとして)
左翔太郎。彼との出会いは運命であった。
思えば、両親を失った後、本気で自分に対して接してくれた人間は彼以外に居たであろうか。
マミは、室内を捜索しながら、深く自我の夢想に沈んでいった。
自分は、もはや彼に対して全てを晒してしまったし、そして彼も自分を本気で怒り、許した。
そう思えば、キュウべぇの裏切りや別れも、現在に至る過程のひとつに過ぎない。
(そう、むしろ感謝するべきじゃないのかしら。私と、翔太郎さんの輝かしい未来の道しるべとして)
470: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 19:14:51.74 ID:v5fLK6XV0
深く傷つく魔法少女。それを助け支える若き探偵。そして、結ばれる二人。
精神の安定を著しく欠いたマミは、もはや己の妄想と現実の違いに気づくことが出来なくなっていた。
悲しいかな、彼女は俗に言う『ぼっち』であり、ろくな男性経験もない中学生であった。
白馬の王子さま幻想、いわゆる思春期の限界である。
現役の厨二病患者と現在進行形の厨二病患者が出会ってしまったことにより、その化学反応は類を見ないものになった。
マミの中にもはや悲壮感はなく、全ては終幕に至る道程であった。
「あった! これね、彼が探していたものは!!」
輝くようなマミの微笑み。
精神の安定を著しく欠いたマミは、もはや己の妄想と現実の違いに気づくことが出来なくなっていた。
悲しいかな、彼女は俗に言う『ぼっち』であり、ろくな男性経験もない中学生であった。
白馬の王子さま幻想、いわゆる思春期の限界である。
現役の厨二病患者と現在進行形の厨二病患者が出会ってしまったことにより、その化学反応は類を見ないものになった。
マミの中にもはや悲壮感はなく、全ては終幕に至る道程であった。
「あった! これね、彼が探していたものは!!」
輝くようなマミの微笑み。
471: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 19:15:27.48 ID:v5fLK6XV0
彼女の頭の中には、バラバラになった人間関係の修復と自身の幸せな人生が薔薇色に交錯していた。
ダブルドライバーとガイアメモリを見つけた瞬間の彼女の幸福値は、ほとんどメモリの最上部に到達していただろう。
だが、悲しいかな、現実として財団Xが異変を悟り、この部屋に大部隊を送り込んでいたのもほぼ同時刻であり、
彼女の幸福値はつかの間の終わりを迎える。
マミは、ダブルドライバーを抱え上げると、穏やかな微笑を、ただ幸せそうに浮かべていた。
ダブルドライバーとガイアメモリを見つけた瞬間の彼女の幸福値は、ほとんどメモリの最上部に到達していただろう。
だが、悲しいかな、現実として財団Xが異変を悟り、この部屋に大部隊を送り込んでいたのもほぼ同時刻であり、
彼女の幸福値はつかの間の終わりを迎える。
マミは、ダブルドライバーを抱え上げると、穏やかな微笑を、ただ幸せそうに浮かべていた。
490: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:09:00.58 ID:v5fLK6XV0
ゼリー状の海で溺れる夢の途中で、暁美ほむらは覚醒した。
(うう、なんか寒いよう……)
ふやけたどろどろの意識の中から、薄皮を破るように自我が上昇していく。
ゆっくりと両目を見開くと、白い人工的な光が視界を灼いた。
頬が無意識に、ぷるぷると震える。最初に思い出したのは、まどかのことだった。
「まどか!」
仰向けからぐっと上半身を起こすと、うつ伏せのまま、ぐったりとしている鹿目まどかと、
美樹さやか、佐倉杏子等の姿が見えた。誰しも、床に寝転がったまま動かない。
ほむらは、まだしびれの残る身体を引きずりながら、まどかの傍に這い寄ると彼女の口元に耳を寄せ呼吸のあることを確認した。
「生きてる、でも、なんで……」
(うう、なんか寒いよう……)
ふやけたどろどろの意識の中から、薄皮を破るように自我が上昇していく。
ゆっくりと両目を見開くと、白い人工的な光が視界を灼いた。
頬が無意識に、ぷるぷると震える。最初に思い出したのは、まどかのことだった。
「まどか!」
仰向けからぐっと上半身を起こすと、うつ伏せのまま、ぐったりとしている鹿目まどかと、
美樹さやか、佐倉杏子等の姿が見えた。誰しも、床に寝転がったまま動かない。
ほむらは、まだしびれの残る身体を引きずりながら、まどかの傍に這い寄ると彼女の口元に耳を寄せ呼吸のあることを確認した。
「生きてる、でも、なんで……」
491: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:09:45.60 ID:v5fLK6XV0
起き抜けで、思考が上手く働かない。
周りを見渡すと、そこは大きなドーム型の建築物で、ぱっと見には野球場に思えた。だが、それよりも相応しいのは。
(コロッセウム、闘技場……!)
全景は楕円形であり、観客スタンドらしき部分に人の姿は見えない。
だが、ほむらはこの場所に、血なまぐさいものを本能的に感じ取っていた。
「なんだぁ、ここは。あれ、アタシたちは。って、アンタ!」
気づけば、身を起こした佐倉杏子が大声を上げていた。
ほむらは、耳を片手でふさぐと、顔をしかめ、抱きかかえたまどかを起こさぬよう声量を抑え、答えた。
「人を指差さないでちょうだい。でも、あなたたちはどうやって」
「えーと、その一度は逃げ出したんだけど、その、なあさやか」
「こっちに振らないでよ」
周りを見渡すと、そこは大きなドーム型の建築物で、ぱっと見には野球場に思えた。だが、それよりも相応しいのは。
(コロッセウム、闘技場……!)
全景は楕円形であり、観客スタンドらしき部分に人の姿は見えない。
だが、ほむらはこの場所に、血なまぐさいものを本能的に感じ取っていた。
「なんだぁ、ここは。あれ、アタシたちは。って、アンタ!」
気づけば、身を起こした佐倉杏子が大声を上げていた。
ほむらは、耳を片手でふさぐと、顔をしかめ、抱きかかえたまどかを起こさぬよう声量を抑え、答えた。
「人を指差さないでちょうだい。でも、あなたたちはどうやって」
「えーと、その一度は逃げ出したんだけど、その、なあさやか」
「こっちに振らないでよ」
492: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:10:17.74 ID:v5fLK6XV0
杏子は、自分で振ってきたにも関わらず、途中になると声を詰まらせ真っ赤になり俯いてしまった。
不審に思い、ほむらが身を乗り出した時、あの聞き慣れた声が、闘技場の入り口付近から、聞こえてきた。
「考えなしに逃げ出すからそんな目にあうのさ。
ホラ、君の逃げ出したお仲間も僕が親切に探してつれて来てあげたよ。感謝して欲しいくらいだよ、まったく」
「まさか」
インキュベーターは、マスカレイドドーパントの戦闘員たちを引き連れながら、広場の中央付近に近づいてくる。
不審に思い、ほむらが身を乗り出した時、あの聞き慣れた声が、闘技場の入り口付近から、聞こえてきた。
「考えなしに逃げ出すからそんな目にあうのさ。
ホラ、君の逃げ出したお仲間も僕が親切に探してつれて来てあげたよ。感謝して欲しいくらいだよ、まったく」
「まさか」
インキュベーターは、マスカレイドドーパントの戦闘員たちを引き連れながら、広場の中央付近に近づいてくる。
493: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:11:21.83 ID:v5fLK6XV0
戦闘員たちは、引きずるようにして担いでいた少年を、ゴミのように投げ出すと無言でその場を後にする。
細かな土煙が僅かに舞った。
ほむらは、少年の姿を目にすると、唇を硬く引き結んで眉を顰めた。
何故なら、その少年ことフィリップが、あからさまにむごたらしい拷問を先程まで受けていたのだと、一目で理解できたからだった。
杏子とさやかが慌てて駆け寄り、抱き起こす、フィリップの目蓋は晴れ上がり、こめかみにおびただしい血が滲んでいた。
「――や、やあ。君たちも、つ、捕まってしまったのかい。はは、まあここまでは予想通りだ」
「予想通りだ、じゃねーよ! アタシたちにあんなことまでさせといて、ばか!」
「そうだよ、フィリップくん。それより、平気? じゃないよね」
細かな土煙が僅かに舞った。
ほむらは、少年の姿を目にすると、唇を硬く引き結んで眉を顰めた。
何故なら、その少年ことフィリップが、あからさまにむごたらしい拷問を先程まで受けていたのだと、一目で理解できたからだった。
杏子とさやかが慌てて駆け寄り、抱き起こす、フィリップの目蓋は晴れ上がり、こめかみにおびただしい血が滲んでいた。
「――や、やあ。君たちも、つ、捕まってしまったのかい。はは、まあここまでは予想通りだ」
「予想通りだ、じゃねーよ! アタシたちにあんなことまでさせといて、ばか!」
「そうだよ、フィリップくん。それより、平気? じゃないよね」
494: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:12:08.11 ID:v5fLK6XV0
「君たち人間はいつもそうだ。たいした考えなしに行動し、結果最悪の事態を招く。
それから、もう、ひとり君たちのお仲間も見つけておいたよ。ホラ」
インキュベーターが尾を振りながら、入り口を向くと、人影がぼんやりと見え、それはやがて徐々に近づいてくる。
ネオン・ウルスランドだ。
彼女は、無言のまま一人の少女の髪を両手で引きずりながら、ドームの中央部まで来ると、そっと手を離す。
根元から長い髪が、ぶちぶちと数本引き抜けた。
「マミ、さん」
それから、もう、ひとり君たちのお仲間も見つけておいたよ。ホラ」
インキュベーターが尾を振りながら、入り口を向くと、人影がぼんやりと見え、それはやがて徐々に近づいてくる。
ネオン・ウルスランドだ。
彼女は、無言のまま一人の少女の髪を両手で引きずりながら、ドームの中央部まで来ると、そっと手を離す。
根元から長い髪が、ぶちぶちと数本引き抜けた。
「マミ、さん」
495: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:13:02.20 ID:v5fLK6XV0
さやかが、口元に手を当てながらつぶやく。
彼女の全身はさらに酷かった。上半身は破りとられ、下着があらわになっている。
白い首筋には、タバコを押し付けたと思える火傷の痕が、幾つもはっきりと見えた。
「逃げ出したあげく彼女は、君たちのガイアメモリを取り返そうとしたんだよ。
まったく彼女は節操がないというか。さやか、君もマミには随分と怒っていただろう。
代わりにお仕置きしておいてあげたよ。感謝して欲しいな」
「てめぇ……」
インキュベーターの言葉が終わると同時に、杏子が怒りを迸らせる。
さやかは、マミに駆け寄ると、赤黒く膿みだした彼女の傷に目をやり、それから大粒の涙をこぼした。
「ごめ……」
彼女の全身はさらに酷かった。上半身は破りとられ、下着があらわになっている。
白い首筋には、タバコを押し付けたと思える火傷の痕が、幾つもはっきりと見えた。
「逃げ出したあげく彼女は、君たちのガイアメモリを取り返そうとしたんだよ。
まったく彼女は節操がないというか。さやか、君もマミには随分と怒っていただろう。
代わりにお仕置きしておいてあげたよ。感謝して欲しいな」
「てめぇ……」
インキュベーターの言葉が終わると同時に、杏子が怒りを迸らせる。
さやかは、マミに駆け寄ると、赤黒く膿みだした彼女の傷に目をやり、それから大粒の涙をこぼした。
「ごめ……」
496: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:13:49.05 ID:v5fLK6XV0
「マミさん、マミさん気づいたんですか? あたし、あたし――」
さやかは、マミの小さな声を聞き取ろうと耳を澄ませる。
彼女の中には、怒りと後ろめたさと悲しみが混在した感情が渦を巻き、大きな波頭をかたちどっていた。
「ごめん、ね……ごめん」
「あ――あっ」
さやかが胸を詰まらせうずくまる。
ほむらは、そんな彼女の姿を見ながらやり場のない怒りに肩を震わせ、
それから何も出来ない、この期に及んで何の打開策も提示できない自分に諦めさえ浮かび始めていた。
さやかは、マミの小さな声を聞き取ろうと耳を澄ませる。
彼女の中には、怒りと後ろめたさと悲しみが混在した感情が渦を巻き、大きな波頭をかたちどっていた。
「ごめん、ね……ごめん」
「あ――あっ」
さやかが胸を詰まらせうずくまる。
ほむらは、そんな彼女の姿を見ながらやり場のない怒りに肩を震わせ、
それから何も出来ない、この期に及んで何の打開策も提示できない自分に諦めさえ浮かび始めていた。
497: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:14:20.32 ID:v5fLK6XV0
「それで、インキュベーター。こんな所に私たちを集めてどうするつもり?」
「こんな所とは、ご挨拶だね、暁美ほむら。そうだな、僕の目的を覚えているかな」
「感情の極度な変化の際に生まれるエネルギーの収集」
「そう、まどかはどうしても契約をしてくれない。だから、ひとつ提案があるんだ」
「提案?」
「そう、僕にはもう残された時間があまりない。
だから、手っ取り早くエネルギーの収集を行いたい。だから、今この場所で、君たち魔法少女に殺しあってもらいたいんだ」
「こんな所とは、ご挨拶だね、暁美ほむら。そうだな、僕の目的を覚えているかな」
「感情の極度な変化の際に生まれるエネルギーの収集」
「そう、まどかはどうしても契約をしてくれない。だから、ひとつ提案があるんだ」
「提案?」
「そう、僕にはもう残された時間があまりない。
だから、手っ取り早くエネルギーの収集を行いたい。だから、今この場所で、君たち魔法少女に殺しあってもらいたいんだ」
498: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:16:04.10 ID:v5fLK6XV0
ほむら、さやか、杏子の三人が顔を見合わせる。全員の背筋に凍りつくような感覚が走った。
それは、法外な要求だった。
「……だめだよ、そんなの」
「まどか!?」
「気づいたの、まどか!!」
まどかは、ほむらの腕から身を起こすと、おぼつかない足取りでなんとか立ち上がり、インキュベーターに視線を合わせる。
さやかは、彼女に肩を貸しながら、もう一度怒りをこめて全力で無慈悲な要求する悪魔と対峙する勇気を奮い立たせた。
「キュウべぇ、私が契約します。だから、みんなを助けてください」
「ダメよ! まどか!!」
「だめだって、そんなの!」
「騙されんな!」
それは、法外な要求だった。
「……だめだよ、そんなの」
「まどか!?」
「気づいたの、まどか!!」
まどかは、ほむらの腕から身を起こすと、おぼつかない足取りでなんとか立ち上がり、インキュベーターに視線を合わせる。
さやかは、彼女に肩を貸しながら、もう一度怒りをこめて全力で無慈悲な要求する悪魔と対峙する勇気を奮い立たせた。
「キュウべぇ、私が契約します。だから、みんなを助けてください」
「ダメよ! まどか!!」
「だめだって、そんなの!」
「騙されんな!」
499: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:17:01.69 ID:v5fLK6XV0
インキュベーターは、その言葉に対し、一拍置くと、規定事項のように告げた。
「悪いけど、もう君との契約は必要ないんだよね。時間切れだ。奇跡の後ろ髪ははかなくも一瞬なんだよ」
「そんな。どうして。ねえ、キュウべぇ、みんなたくさん苦しんだんだよ。
このうえ、みんなで傷つけあうなんて、ダメだよ、絶対。ねえ、お願い、お願い。お願いします!」
まどかは頭を地面に擦り付けるようにして土下座をした。
「まどか……」
「お願いします! お願いします!」
まどかは、あふれ出る涙の中で、自分がどれだけみんなに守られて生きてきたかを思った。
そして、生まれて初めて、誠心誠意、全力で誰かに願い事をしたのだ。
ここにいる全員の命を救いたい。
自分は誰かに誇れることなどなにひとつなかった。
「悪いけど、もう君との契約は必要ないんだよね。時間切れだ。奇跡の後ろ髪ははかなくも一瞬なんだよ」
「そんな。どうして。ねえ、キュウべぇ、みんなたくさん苦しんだんだよ。
このうえ、みんなで傷つけあうなんて、ダメだよ、絶対。ねえ、お願い、お願い。お願いします!」
まどかは頭を地面に擦り付けるようにして土下座をした。
「まどか……」
「お願いします! お願いします!」
まどかは、あふれ出る涙の中で、自分がどれだけみんなに守られて生きてきたかを思った。
そして、生まれて初めて、誠心誠意、全力で誰かに願い事をしたのだ。
ここにいる全員の命を救いたい。
自分は誰かに誇れることなどなにひとつなかった。
500: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:18:20.95 ID:v5fLK6XV0
特別、かわいいわけでもない。
賢いわけでもない。
運動能力に優れていなければ、手先が器用なわけでもない。
ずっと、このまま、世界の中で埋没し、光輝くことなど一度もないと思っていた。
「私の願いは、ただひとつだけ。みんなを助けて欲しいです」
「悪いけどそれは」
「――都合が悪いかい、インキュベーター」
その一瞬、全員は確かに彼から意識を乖離さていた。
そう、あの、ネオン・ウルスランドさえも。
刹那の空隙。フィリップは、何事もなかったかのように立ち上がり、後方にトンボを切ると、
ネオン・ウルスランドの手提げをひったくると、軽やかに着地した。
賢いわけでもない。
運動能力に優れていなければ、手先が器用なわけでもない。
ずっと、このまま、世界の中で埋没し、光輝くことなど一度もないと思っていた。
「私の願いは、ただひとつだけ。みんなを助けて欲しいです」
「悪いけどそれは」
「――都合が悪いかい、インキュベーター」
その一瞬、全員は確かに彼から意識を乖離さていた。
そう、あの、ネオン・ウルスランドさえも。
刹那の空隙。フィリップは、何事もなかったかのように立ち上がり、後方にトンボを切ると、
ネオン・ウルスランドの手提げをひったくると、軽やかに着地した。
510: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:43:20.14 ID:v5fLK6XV0
「――フィリップ、君は!」
「悪いね、インキュベーター。
ソウルジェムの在処は検索済みさ。そして、この瞬間が、君たちの、いや、君ひとりの欺瞞を暴く最後のチャンスだったのさ」
「フィリップくん、こっち、こっち!」
「へーい、パス! パース!」
さやかと、杏子がしきりにソウルジェムを寄こせとサインを送ってくる。
フィリップはそれを見ると、首を左右に振りながら、手提げの中からひとつのソウルジェムを取り出し、宙に掲げた。
マミに視線を落とす。彼女は意識を失ったまま微動だにしない。
「魔法少女同士で殺し合い? もうデータの収集は充分だろう。隠しても無駄だ。
僕がただ単に逃げ回っていたのだと思っていたのかい。ずっと調べまわっていたのさ。
研究所内のデータベースをね。実に有意義だったよ。
今回の事件、欠落していた全てのデータを保管し、解析をした。僕は探偵さ。――だから僕なりの解決をさせてもらうよ」
「それは、巴マミの――」
「悪いね、インキュベーター。
ソウルジェムの在処は検索済みさ。そして、この瞬間が、君たちの、いや、君ひとりの欺瞞を暴く最後のチャンスだったのさ」
「フィリップくん、こっち、こっち!」
「へーい、パス! パース!」
さやかと、杏子がしきりにソウルジェムを寄こせとサインを送ってくる。
フィリップはそれを見ると、首を左右に振りながら、手提げの中からひとつのソウルジェムを取り出し、宙に掲げた。
マミに視線を落とす。彼女は意識を失ったまま微動だにしない。
「魔法少女同士で殺し合い? もうデータの収集は充分だろう。隠しても無駄だ。
僕がただ単に逃げ回っていたのだと思っていたのかい。ずっと調べまわっていたのさ。
研究所内のデータベースをね。実に有意義だったよ。
今回の事件、欠落していた全てのデータを保管し、解析をした。僕は探偵さ。――だから僕なりの解決をさせてもらうよ」
「それは、巴マミの――」
512: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:45:21.46 ID:v5fLK6XV0
ほむらは、自分の目を疑った。
ソウルジェムは魔法少女の命そのもの。
フィリップがそれを忘れるとも思えない。ならば、何故。味方であるはずの彼が、命を壊そうとするのだ、と。
フィリップは、摘みあげた巴マミのソウルジェムを床に落とすと、高く上げた靴底を叩きつける。
宝石は砕けた。軽やかな音と共に。
ソウルジェムは魔法少女の命そのもの。
フィリップがそれを忘れるとも思えない。ならば、何故。味方であるはずの彼が、命を壊そうとするのだ、と。
フィリップは、摘みあげた巴マミのソウルジェムを床に落とすと、高く上げた靴底を叩きつける。
宝石は砕けた。軽やかな音と共に。
513: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:45:55.73 ID:v5fLK6XV0
――同時にそれは、彼女たちにかけられた魔法が解ける瞬間だった。
ほむらは、マミを見た。他の全員も。
そこには絶命した苦悶の表情などなく。
全てを忘れ、子供のように眠る少女のあどけない顔があった。
「さあ、謎解きのはじまりだ。この世界には、魔法など存在しない。絶対にね」
ほむらは、マミを見た。他の全員も。
そこには絶命した苦悶の表情などなく。
全てを忘れ、子供のように眠る少女のあどけない顔があった。
「さあ、謎解きのはじまりだ。この世界には、魔法など存在しない。絶対にね」
516: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:50:28.23 ID:v5fLK6XV0
「わからない、どういうことなの」
「ほむらちゃん、君は今回の依頼人だ。君は全てを知る権利がある、第一にね。まず、その前に――っと」
フィリップは、足元のインキュベーターを、普通の子猫を捕まえるようにして両手で押さえつけると、
そっと立ち上がり、ネオン・ウルスランドに目配せをした。
「いいかい? と、いうか、そろそろ自分の口で会話をしたらどうなんだい」
「……?」
ほむらは、疑問符を浮かべながら、両者の間に視線をいったりきたりさせる。
ついで、インキュベーターの口から、今までの少年のような言葉遣いとはかけ離れたものが飛び出した。
「……ふん。園咲来人、ばれていたのか」
「ほむらちゃん、君は今回の依頼人だ。君は全てを知る権利がある、第一にね。まず、その前に――っと」
フィリップは、足元のインキュベーターを、普通の子猫を捕まえるようにして両手で押さえつけると、
そっと立ち上がり、ネオン・ウルスランドに目配せをした。
「いいかい? と、いうか、そろそろ自分の口で会話をしたらどうなんだい」
「……?」
ほむらは、疑問符を浮かべながら、両者の間に視線をいったりきたりさせる。
ついで、インキュベーターの口から、今までの少年のような言葉遣いとはかけ離れたものが飛び出した。
「……ふん。園咲来人、ばれていたのか」
517: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:51:05.12 ID:v5fLK6XV0
「理解しがたい。まあ、財団Xならば可能なロボティクスだが所詮はただの遠隔操作だ。
音声はメインマシンで入力しないと発生できないとは、フレーム問題すら処理できないとは」
「フレーム問題程度処理できないわけはない。ただ、今回の計画に無駄な処理能力を回す空きがなかっただけのこと。あとは、私の趣味だ」
音声はメインマシンで入力しないと発生できないとは、フレーム問題すら処理できないとは」
「フレーム問題程度処理できないわけはない。ただ、今回の計画に無駄な処理能力を回す空きがなかっただけのこと。あとは、私の趣味だ」
518: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:52:12.99 ID:v5fLK6XV0
「趣味、ね。財団Xはやはりセンスがない」
フィリップは、インキュベーターの身体を弄り回していたと思うと、口元に笑みをうっすら浮かべる。
「見つけた」
かち、と硬質な音が鳴ったかと思うと、先程まであれほど動き回っていたインキュベーターは、
まるで死体のように硬直し、真っ赤な瞳からは光を失っていった。
「え、え、どういうことなんだよ、なあ、おい!」
杏子が狼狽しながら、さやかの肩をぐいぐいと揺する。
まどかは、膝を地面につけたまま泣きはらした顔を挙げ、ぽかんと口をはしたなく開けていた。
「まさか」
「そう、そのまさかだ。キュウべぇことインキュベーターは、外宇宙から来た謎の生命体でもなんでもない。財団Xの作り出した、ただのロボットさ」
519: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:53:05.78 ID:v5fLK6XV0
「ねえ、フィリップくん。どうでもいいかもしれないけど、さっきの話に出てたフレーム問題って、なあに?」
「フレーム問題、とは1969年、AI学者のジョン・マッカーシーとパトリック・ヘイズによって提唱された概念で、
簡単にいえば、世界をどうやってコンピュータに記述するか、という問題さ。
現実世界で、AI機能に『自販機でオレンジジュースを買って来い』と命令した際、
現実世界ではさやかちゃんは、
お財布を忘れたり、
自販機の前でコインを落としてお金が足りなくなったり、
途中のコンビニで余計なお菓子を買ってしまったりするだろう。
それらの無限な変化を全ていちいちコンピュータに記述していたら情報量が多すぎてどうにもならない。
つまりそれらの考慮をはしょって、枠(フレーム)を作って記述を簡素化するにはどうすればいいかって、問題なんだ。
インキュベーターに組み込まれたAIは優れた対人折衝能力が必要だ。契約をさせるなんて、相当な処理能力が必要だからね。
だから、遠隔操作している確率が多いと思ったのさ」
「そんな、じゃあアタシたちは、ただの機械に振り回されてたって、ええ? じゃあ、アタシたちの魔法は、アタシの槍は?」
「フレーム問題、とは1969年、AI学者のジョン・マッカーシーとパトリック・ヘイズによって提唱された概念で、
簡単にいえば、世界をどうやってコンピュータに記述するか、という問題さ。
現実世界で、AI機能に『自販機でオレンジジュースを買って来い』と命令した際、
現実世界ではさやかちゃんは、
お財布を忘れたり、
自販機の前でコインを落としてお金が足りなくなったり、
途中のコンビニで余計なお菓子を買ってしまったりするだろう。
それらの無限な変化を全ていちいちコンピュータに記述していたら情報量が多すぎてどうにもならない。
つまりそれらの考慮をはしょって、枠(フレーム)を作って記述を簡素化するにはどうすればいいかって、問題なんだ。
インキュベーターに組み込まれたAIは優れた対人折衝能力が必要だ。契約をさせるなんて、相当な処理能力が必要だからね。
だから、遠隔操作している確率が多いと思ったのさ」
「そんな、じゃあアタシたちは、ただの機械に振り回されてたって、ええ? じゃあ、アタシたちの魔法は、アタシの槍は?」
520: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:53:50.37 ID:v5fLK6XV0
杏子は、飛びつくようにフィリップに掴みかかると、ぐいと顔を寄せて叫ぶ。
フィリップは顔についた唾を、ぐいと拭うと、数歩距離をとって、肩をすくめた。
「……とにかく、順番に説明させてもらう。全ては財団Xによる実験だったんだ。
君たちは無作為に抽出された人間で、脳内に直接電気信号を送り込まれ、あたかも自分が魔法少女である、
と錯覚させられながらデータを搾り取られていたんだ」
「だって、私は、時間の遡行を! それに、銃、とかも!」
フィリップは顔についた唾を、ぐいと拭うと、数歩距離をとって、肩をすくめた。
「……とにかく、順番に説明させてもらう。全ては財団Xによる実験だったんだ。
君たちは無作為に抽出された人間で、脳内に直接電気信号を送り込まれ、あたかも自分が魔法少女である、
と錯覚させられながらデータを搾り取られていたんだ」
「だって、私は、時間の遡行を! それに、銃、とかも!」
521: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:55:06.28 ID:v5fLK6XV0
「ほむらちゃん、特に君は念入りに記憶を改竄させられている。
それと、銃器はただの銃刀法違反だ。
あとで、処理しておこう。
時間には確かに弾性があるが、過去に飛ぶ為にはブラックホールにからのワームホールを作成し、
しかもその重力の中を現在の科学力では作成不能なポットにでも乗って移動しなくてはならない。
君は、何回過去に遡行したんだ?
君の身体はどれだけねじれたスパゲティなんだい?
失礼。ともかく、タイムトラベルは不可能だ。
それよりも、海馬に電力を加えていじったほうがはるかに効率が良い。
側頭葉と頭頂葉をいじって視覚情報を、
大脳新皮質をいじって痛みを、扁桃体をいじって感情を、
他にも上げていけばキリがない。君たちは、人体実験の検体にされていたんだ」
「だって、そんな。そうだ! あたしが戦っていたのだって見たでしょ、ほら! 助けに来てくれたじゃん!」
「さやかちゃん。僕らがはじめてあった時のことはよく覚えているよ。
君は、ケツァルコアトルスドーパントの尾に巻きつかれていた。
そう、当たり前の制服のまま、手加減されながらね。ダブルとの戦闘データが必要だったのだろう。違うかい」
「そんな」
522: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:56:15.27 ID:v5fLK6XV0
「さも、ソウルジェムと肉体が一体かのような暗示を掛ける。
脳に一定のベクトルに当たる電磁波を与え幻を見せる。
これが、奴らが君たちに掛けた魔法の正体なんだ」
ネオン・ウルスランドは、無言のまま、口元を吊り上げる。
それは、フィリップが見た、彼女の感情表現だった。
「それに、キュウべぇの存在意義はただのメッセンジャーじゃない。
君たちが戦う時、
何かに迷った時、
岐路に立った時、
いかにもなタイミングで要所要所、こいつはあらわれなかったかい。
このロボの瞳から発する音波は、一種の催眠誘導を促すものなんだ。
薄れかける度に、出現し強度の催眠暗示を回復させる。
ほむらちゃん、君たちは、ずっと財団Xの中で踊っていたのさ。
ソウルジェムもそう。
一定の距離に常に置いておくだけで、所持者の脳内に一定のパルスを送る。
そして、データ取りは、ガイアメモリ研究の成果に他ならない。
違うか、ネオン・ウルスランド、いや『悪夢の孵卵器』インキュベーター!!」
523: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:56:57.69 ID:v5fLK6XV0
フィリップが彼女に向かって、いまや無用な長物となったロボを投げつける。
ネオン・ウルスランド、いや『インキュベーター』は、そのマシン“キュウべぇ”を足元に放ると、踏みつけた。何度も、何度も。
キュウべぇは、音を立てながら、内部の構造を露出し、じりじりと電子音を発生させる。
525: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:58:01.94 ID:v5fLK6XV0
『まどか、僕と契約して魔法少女になってよ、
契約して、
ケイヤク、ケイヤクケイヤク、ケイヤクケイヤク、
ケイヤクケイヤク、ケイヤクケイヤク、ケイヤクケイヤク、ケイヤクケイヤク、ケイヤク、ケイヤクゥウウウウウウウウウウウウウウッ!!』
にじり込むようにして、爪先がキュウべぇの核を完全に破壊する。
最後の雄叫びは、使い捨てられた機械の、悲痛な叫びだったのかもしれないと、フィリップはそっと目を細め、眉間にしわを刻んだ。
「いやあああっ!!」
「まどかっ」
まどかは、悲鳴を上げてその場に座り込む。
ほむらは、彼女を抱きかかえながら何故だか肩の荷を降ろしたようにほっとため息をついていた。
526: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:58:44.22 ID:v5fLK6XV0
私たちは、魔法少女でもなんでもない。
もう、過去に戻ることもなければ、殺し合いの螺旋を回り続けることもない。
人体実験の道具にされ続けてきたことに対して、思うことがないわけでもない。
それでも、ほむらは正直なところ、それらはどうでもよかった。
まどかを破滅の運命から救えたのだ。
そして、自分も、もう全てを偽って強いフリをする必要もない。
これからは、当たり前の生活をして、当たり前に過ごしていくのだ。
ほむらは、目の前の白服の女に視線を向け、懇願するように叫んだ。
「私たち、今までのことは全て忘れます。だから、帰してください! 私たちを、元の世界に!!」
「――ちょっと、待てよ。ほむら、アタシは我慢ならねー。これだけのことをしておいて! このままじゃ、気が治まらない!」
527: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 21:59:44.09 ID:v5fLK6XV0
佐倉杏子!
この女は、またこんなどうでもいいところで、正義感を持ち出す。
どうでもいいいのだ。放って置いて欲しい。
私は、本当はそんなに強くない。
「……もう、ゆるしてよ」
語尾にはかすかに鼻声が混じる。自分で自分が情けなかった。
「実験はまだ続行中だ。一人たりとも帰すわけにはいかない」
白服のインキュベーターは、そう言い放つと、片手を上げる。
背後には、いつ現れたのだろうか、三体の偽造メモリによって再び出現した、
ウェザードーパント・エナジードーパント・バイオレンスドーパントが、巨体を震わせながらゆっくり近づいてくる。
528: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:01:10.24 ID:v5fLK6XV0
「――NEVER(死者蘇生兵士)であった加頭順もやぶれ、私の組織での地位は大きく落ちた。
今回の計画で、必ず人間の脳を操るメモリを開発して私は組織に返り咲く。もう、失敗は出来ない、絶対に」
フィリップはほむらをかばうように、全面に立ちはだかると、大きく両手を広げ立ちはだかる。
「人間の脳を遠隔で操る電気信号とそれに付随する究極の精神干渉メモリ。
M計画。そんなものは開発させない。それに彼女たちの脳に与える負荷がどれほどのものか理解しているのか?
脳に定期的に電荷を与えれば、てんかんと同じ発作を自然に起こすようになるのは動物実験で証明されている。
今現在が危険すぎるんだよ。もう、彼女たちには指一本触れさせない」
「今のお前に何が出来る、園咲来人! ダブルにもなれないお前に!」
529: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:02:38.26 ID:v5fLK6XV0
フィリップに寄り添うようにして全員が集まる。
前衛に立ちはだかる三体のドーパントが、襲いかかろうと身構えた時、後方の入り口から、その音が聞こえた。
唸るようなエグゾーストノイズ。
それは、ぐんぐんと近づくと、ドラゴンのような咆哮を高々と上げる。
見えない真紅の翼を閃かせ、三体のドーパントをまとめて軽々と弾き飛ばした。
弾き出されたドーパントの手から、アタッシュケースが投げ出される。
目ざとく見ていた杏子が駆け寄ってキャッチすると、フィリップに向けて投げ飛ばす。
「そらよっと」
「……っと。これは、ダブルドライバー!」
ケースを開ける。そこには、財団Xが保持していたメモリ一式と、ドライバーが確かにあった。
「形勢逆転だな、フィリップ」
バイクの男から、低く落ち着いた声が漏れた。
一同が視線を向ける。
男がメットに指を掛けた。
メットを取り去ると、真っ赤なジャケットに身を包んだ、眼光鋭い男がその場に降り立っていた。
「誰だ、お前は!!」白服の魔女が叫ぶ。
「――俺に質問をするな!」
532: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:03:39.40 ID:v5fLK6XV0
ようし、ここで少し風呂に入ろうか。
頭をスッキリさせて続きを…
頭をスッキリさせて続きを…
543: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:20:06.17 ID:v5fLK6XV0
メットの男、照井竜はアクセルドライバーを装着すると、視線を弾き飛ばしたドーパントに移す。
「変……身ッ!!」
――『ACCELE』
“加速の記憶”を持つ、アクセルメモリをアクセルドライバーに挿入し、右ハンドルを握りこんで回す。
猛々しいエンジン音が唸り、照井の全身が炎のように燃え立つ、真っ赤な装甲に包まれる。
仮面ライダーアクセル。
「――振り切るぜっ!!」
「変……身ッ!!」
――『ACCELE』
“加速の記憶”を持つ、アクセルメモリをアクセルドライバーに挿入し、右ハンドルを握りこんで回す。
猛々しいエンジン音が唸り、照井の全身が炎のように燃え立つ、真っ赤な装甲に包まれる。
仮面ライダーアクセル。
「――振り切るぜっ!!」
544: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:20:42.90 ID:v5fLK6XV0
アクセルはエンジンブレードを握りこむと、三体のドーパントを物ともせず、踊りかかった。
銀線が水平に走る。
振り回したブレードがドーパントたちの胴や胸をまとめて薙ぎ払い切り落とす。
鋼を断ち切る、鈍い轟音が当たりをつんざいた。
アクセルは、縦横無尽に刃を振り回すと、敵の戦力の集中を避ける。
三体が一旦距離を取ったのを見計うと、エンジンメモリをエンジンブレードに挿入した。
――『ENGINE/ELECTRIC!』
545: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:21:25.14 ID:v5fLK6XV0
エンジンブレードが青白い電撃を纏う。アクセルは、電火の迸りを滾らせながら、
バイオレンスドーパントを巨体を存分に薙いだ。
バイオレンスドーパントは、腕の鉄球を振り回しながら、どうと音を立てて崩れ落ちる。
アクセルはそれを視界の端に捉えたまま、残りの一体、ウェザーに向かって力をこめた回し蹴りを浴びせた。
重い衝撃。ウェザーは紙切れのように吹っ飛ぶと、空を舞った。
軸足を滑らせたままその場で回転。地を擦るタイヤのブレーキ音が辺りに響く。
握り締める大剣。唸りを上げて、咆哮した。
546: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:22:01.33 ID:v5fLK6XV0
アクセルはブレードを回しながら、ひるまず襲い掛かる二体に斬撃を喰らわせると、すべるようにして包囲網を潜り抜け、距離を取る。
それが敵に利を与えたのか。
ウェザーが天候を利用し、落雷を召還した。
ドームの天井を破壊しながら、アクセルに向かい稲光が落とされる。
身を捻ってかわす。
落ちた電撃は、抉るように地上に放電し大穴を幾つもあけた。
547: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:23:30.98 ID:v5fLK6XV0
――だが、大技を使った後ほど隙が生まれる。
アクセルは転がり続け間合いを取ると、ブレードを構え、狙いを定める。
剣を垂直に立て、メモリスロットを開放。エンジンメモリを挿入。
――『エンジン!』
強くロックハンマーが引き落とされる。
『マキシマム・ドライブ』
同時にシールド奥のフェイスフラッシャーが光り輝く。
「らああああっ!!」
裂帛の気合と共に、ブレードが全力の力でAの文字を描いて振りぬかれる。
真紅のエネルギーの奔流。アクセル必殺の“ダイナミックエース”だ。
548: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:24:21.74 ID:v5fLK6XV0
ウェザードーパントの硬直が解ける前に、アクセルはブレードをその場に突き立てると、ドライバーの左のクラッチを切る。
『アクセル!』
『マキシマム・ドライブ』
右のレバーハンドルを掴んで回し、エンジンを吹かす。
猛るような轟音と共に、アクセルの全身が真っ赤な炎に包まれていく。
全身を低く落とす。
狙われていると気づいたバイオレンスドーパントが、身体をよじって逃げ出そうと反転する。
だが、遅い。
アクセルは全身に烈火の衣を身に纏い、虚空を舞った。
脚部のエグゾーストマズルが破壊の炎を吹き上げ、アクセルは空中を回転しながら、必殺の回し蹴りを放った。
549: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:25:01.07 ID:v5fLK6XV0
必殺の一撃は、虚空に青白いタイヤ痕を刻み、バイオレンスドーパントの身体へと余すことなく破壊のエネルギーを叩き込んだ。
アクセルグランツァー。
必殺の蹴りを叩き込んだアクセルは、硬直した二体のドーパントを背後に、逃げ出した最後の一体 エナジードーパントを追う。
550: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:25:45.90 ID:v5fLK6XV0
――『トライアル』
アクセルは「挑戦の記憶」を内包したアクセルメモリの強化パッチプログラムを開放する。
赤、黄、青と連続して装甲色が変化。
スタートシグナルと同時に限界のスピードを突き破って、追撃に出た。
アクセルは逃走するエナジードーパントを視界に捉えると、音速の壁を突き破って超高速のスピードに突入し、敵影を捕捉する。
「お前の最期の時間は、俺が数えてやる!」
トライアルメモリのスイッチを押すと、トライカウンターがリミットを刻み始める。
アクセルはトライアルメモリを虚空に投げると、敵に向かって飛び掛った。
アクセルはエナジードーパントに接近すると、高速の蹴りを連撃で繰り出し、破壊の軌跡は、徐々にTの文字へと収束していく。
「はああああっ!!」
552: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:26:29.77 ID:v5fLK6XV0
超高速の攻撃はやがて、意思を持った力の奔流となり、ドーパントの身体を崩壊へと導く。
『トライアル/マキシマム・ドライブ』
放り投げたメモリを掴み取る。
そして、世界は再び動き出した。
「――タイムアウト。絶望が、お前たちのゴールだ」
ウェザードーパントはAの文字。
バイオレンスドーパントは青白いタイヤ痕。
エナジードーパントはTの文字。
三者三様、破壊の奔流を全身に浮かび上がらせ、爆炎と共に四散した。
554: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:28:03.48 ID:v5fLK6XV0
「こいつらも、NEVERか」
照井はメモリブレイクされた戦闘員たちが、黒い霧となって消えていくのを見ると、確認するようにつぶやく。
「そうか、お前は照井竜! くそっ、こんな所でっ!
だがな、私にはまだある! 加頭順が使っていたものよりもはるかに完成された、ユートピアメモリが!!」
「――そうか、だがもう何を使っても無駄なような気がするな」
「なにィ!!」
照井が顎をしゃくって、入り口を差す。
そこには、誰かに支えられながらも、確かに皆が待ち望んでいた男の姿が、ゆっくりだが見え始めていた。
558: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:28:53.81 ID:v5fLK6XV0
「左、翔太郎……」
ほむらは、霞む目を擦りながらじっと見つめ、ああこれで全てが終わるんだ、と心の底から安堵した。皆が歓声を上げる。
「ほむらちゃん」
「まどか……」
抱きかかえていたまどかが、目を開けていた。お互い泣きはらした目蓋を擦り、顔を見合わせる。
「あっ……」
「どうしたの」
「ほむらちゃん、笑ってる」
「え……」
560: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:29:27.42 ID:v5fLK6XV0
ほむらは、自分がどんな顔をしているかわからなかった。笑っていたのであれば、さぞ惨めで美しいものには程遠いだろう。
それでも、ほむらはそんな自分がそれほど嫌いではないことに気づき、今度は無性にはしゃぎたいような気分で笑えた。
「まどか、私、まだ笑えるのね」
「うん、うん……」
565: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:31:01.16 ID:v5fLK6XV0
翔太郎は亜樹子から離れると、フィリップの傍に立った。
そうだ、この位置だ。
最後は、オレとフィリップじゃなきゃ決まらない。
ふらつく足に力を込めると、口元ゆがめた照井とさもおかしそうにくすくす笑いをこぼす相棒が目に入った。
「なーんだよ、おい」
「左、酷い顔だぞ」
「照井、お前にいわれたかねーんだよ」
「翔太郎、彼のいうとおりだ。まるで子供の落書きだよ、今の君は」
「へっ。そういうフィリップも随分男前が上がってるじゃねーか」
「ふっ、お前らときたら……」
「悪いな、照井。最後はオレが決めさせてもらうぜ」
「翔太郎、そこはオレではなく、オレたちが、だろ」
「はっ、そーだな。相棒!」
「ふざけるな、私はこんなところで、こんなところでェ!!」
567: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:31:42.90 ID:v5fLK6XV0
白衣の魔女は新たに改造したユートピアメモリを接続すると、理想郷の杖を握り締め、
白い装甲を散りばめた、色違いのユートピアドーパントと変身を遂げた。
「何故だ、お前はナスカドーパントに追わせた筈なのに……」
照井は無言で、彼女の目に付く場所へと壊れた機械の部品を放った。
「そんなっ……!」
569: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:32:07.94 ID:v5fLK6XV0
それは、完膚なきまでに破壊されたナスカメモリであった。
570: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:32:46.85 ID:v5fLK6XV0
「いくぜ、フィリップ!」
「ああ。いくよ、翔太郎!」
翔太郎は右手でダブルドライバーを腰に装着すると同時に、ジョーカーメモリをスロットに挿入した。
『サイクロン!!』
『ジョーカー!!』
フィリップは「風の記憶」、翔太郎は「切り札の記憶」を前方に突き出すと、決意を込めて戦いの狼煙(のろし)を上げた。
「変身!!」
――『CYCLONE/JOKER!!』
572: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:34:22.27 ID:v5fLK6XV0
サイクロンとジョーカーの紋章が、エネルギーとして世界に具現化して、それは元々一つだったかのように融合する。
地球の記憶。秘められたエネルギーは、翔太郎を包み込むように、拡散し刻まれた力を引き出すため、今一つとなって世界に現れた。
一陣の風が、二人を守護するように吹き渡る。
そこには仮面ライダーWとなった二人の探偵が雄々しく立っていた。
「――ネオン・ウルスランド。いやこの街の平和を乱す悪夢の孵卵器!!」
Wは左手を伸ばし、銃弾を撃ち付けるように断罪する。
「さあ、インキュベーター! お前の罪を数えろ!!」
575: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:36:13.11 ID:v5fLK6XV0
「進化が罪だというならば、お前を倒して私を証明してみせる!!」
Wはユートピアの前蹴りを左肘で防御すると、叫んだ。
「進化の為だって! そんなくだらねー理由で彼女たちを傷つけたのか!」
576: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:37:35.00 ID:v5fLK6XV0
「くだらなくはない。魔法ごっこは、確かに遊戯の範囲内だが、あの中には私の理念も幾らかは込められている。
この世界には無駄な人間が多すぎる。
役に立たない人間を残し、自然を滅ぼすことが本当にこの世界に必要な行為だと思うのか。
優れた一握りの人間が、永遠に生きる。この肉体という不完全な枷を捨て去って。それこそが、私のM計画の発端なのだ」
『理解できない。人は、不完全だから誰かを思いやることが出来る。
あなたの思想は、自分だけを基準に考えている。
一握りの人間が永久不滅のイモータリティを手に入れてしまえば、そこはもう地獄だよ』
577: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:39:07.52 ID:v5fLK6XV0
Wとユートピアは満身の力を込めて、距離を取ると互いに睨み合った。
互いに動けない。ほんのささやかなミスが勝敗を決する。
両者の闘気が潮のように、満ち、硬直が溶けた。
先に動いたのはユートピア。振り回した右足が、Wの顔面を狙って繰り出される。
Wは倒れこむように横に飛ぶと、転がりながら位置を移動し、天に向かって右手を高々と突き上げた。
『一気に決めるんだ、翔太郎!』
フィリップの気合と共に、先程の戦闘で破壊されたドームの天井部分から、
急加速で鳥型エクストリームメモリがマッハ1.2を超えて飛来する。
鳥型ガイアメモリは、寸分の狂いもなくダブルドライバーにドッキングすると、フィリップと翔太郎を融合させ無敵の戦士へと変形させた。
ドーム全域を覆うような、強い光の奔流。
579: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:39:45.15 ID:v5fLK6XV0
――『エクストリーム!』
身体の中央部にはセントラルパーテーションが肥大し、銀色に輝くクリスタルサーバーが現れる。
ふたりの心と身体がひとつとなった、最強の進化形態。
サイクロンジョーカーエクストリーム。
Wに向かって、ユートピアドーパントが真っ向から踊りかかってくる。
理想郷の杖。
振りかぶるのが見えた。
580: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:40:30.73 ID:v5fLK6XV0
来る! Wは両腕を交差すると、叩きおろされた敵の一撃を防ぐ。
ぐいぐいと、Wを押しつぶすように、杖が押し付けられる。
「ガラ空きだぜっ!!」
全力で無防備な腹に向かって前蹴りを叩き込む。Wは軸足に力を入れて後退すると、ボディ中央からプリズムビッカーを召還した。
582: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:41:41.21 ID:v5fLK6XV0
『敵の情報は全て閲覧済みだ。ヤツにもっとも最適な攻撃は――』
フィリップの冷静な分析。翔太郎の心が猛った。
『プリズム――マキシマムドライブ』
プリズムソードのマキシマムスロットにメモリを挿入。
「これで終わりだ!!」
Wはビッカーシールドを構えると、マキシマムスロットに四本のガイアメモリを挿入していく。
『サイクロン――マキシマムドライブ』
『ヒート――マキシマムドライブ』
『ルナ――マキシマムドライブ』
『ジョーカー――マキシマムドライブ』
583: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:43:22.01 ID:v5fLK6XV0
「プリズムの記憶」「風の記憶」「熱き記憶」「幻想の記憶」「切り札の記憶」。
地球の記憶を収束させ、全てのデータエネルギーが、崩壊に向かって幾何級的に高まっていく。
プリズムビッカーが高らかに、音を立てて、虹色に輝く。
Wは納刀されていたシールドからプリズムソードを引き抜くと、ユートピアドーパントに向かって、破壊の斬撃を叩き込んだ。
「「ビッカーチャージブレイク!!」」
世界を両断するような虹色の光が、闘技場を覆い尽くした。
ユートピアは、両腕を突き出し、もがくように光線の波にゆっくりと呑まれていく。
魔女の絶叫が轟き渡る。彼女の身体を両断しながら、光の波は闘技場の後方観客席を完全に薙ぎ払い、削り取ったように削いだ。
ユートピアドーパントは、身体を袈裟懸けに破壊され、がくりと膝を突くと、両手を地面に投げ出した。
握っていた理想郷の杖は、真っ白に炭化し、やがてさらさらと地に還っていく。
「何故だ、何故お前たちの力を吸収できない……」
「そんなことは簡単だ。お前は一人で闘っているが、オレ達は一人じゃない!!」
『僕たちは、二人で一人の探偵で――』
「そろえば誰にも負けない仮面ライダーだからな!!」
585: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:45:49.45 ID:v5fLK6XV0
Wは大きく宙に向かって飛び上がると、腰のマキシマムスロットにプリズムメモリを叩き込んだ。
腰のエクスタイフーンが、ドーム亀裂から舞い込む風を受け、急激に回り始める。
メモリのエクストリームプロセッサはカリカリと起動音を立て、超高速で演算を開始した。
『プリズム――マキシマムドライブ!!』
『エクストリーム――マキシマムドライブ!!』
ツインマキシマムが発動。
歴史は繰り返されるが如く、地上のドーパントに向かって、必殺の連撃が炸裂した。
「ダブルプリズムエクストリーム!!」
爆炎の中で、ユートピアに向かって連続蹴りが幾度なく叩き込まれ、破壊はやがて収束し、勝敗は決した。
インキュベーターはこの地上から永遠に消滅したのだ。
586: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:47:04.77 ID:v5fLK6XV0
「――私は、自分の中の醜い感情を消し去りたかった……」
インキュベーターを気取った、元財団Xの局長 ネオン・ウルスランドは身体を横たえながら、震える声でつぶやく。
「けれども、その感情がなければ、僕らは脅威に立ち向かう勇気を持てなかった」
「人間から、感情を取り去り、機械のように扱うなんてできっこねーよ。
それと同じく、心を奪うことも。お前は、自分の中の弱い心に負けたんだ」
翔太郎とフィリップは、黒い霧のように肉体を塵と化していく強敵をじっと見つめながら淡々と云った。
そう、ネオン・ウルスランドも死者蘇生兵士、NEVERだったのだ。
「終わったな、相棒」
「ああ。だが、財団全てが消え去ったわけじゃない」
翔太郎は、相棒の言葉に力強く頷くと、立ち上がろうとしてふらつく。咄嗟に、フィリップは肩を抱き支えると、不敵な笑みを浮かべた。
「悪いな、フィリップ」
「いいってことさ、相棒」
翔太郎は、肩を借りて痛めた足首に顔をしかめる。
それでも力強く大地を踏みしめて、帽子を深くかぶり直すと、駆け寄る魔法少女たちに手を振った。
587: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/03(火) 22:47:38.33 ID:v5fLK6XV0
NEXT→EP
600: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/04(水) 00:34:05.46 ID:hbBXZ3pI0
/エピローグ
今回の事件もまた、悲しく不幸な事件だった。
鹿目まどか、美樹さやか、暁美ほむら、巴マミ、佐倉杏子の五名は、心にも身体にも深い傷を負い、癒えるには時間がかかるだろう。
目には見えない、魔法という幻想に踊らされ、傷つき倒れ、それでも立ち上がる。
人間はだからこそ美しい。
事件の主犯であった、ネオン・ウルスランドは、その際立った頭脳と肥大しきった自我を持て余し、人の手の届かぬ領域を望んでしまった。
彼女は、いわば人間存在を見限り、科学という魔法に酔い、全ての超越者としての存在を希求した愚かな人間の代表である、ともいえる。
オレ達は、今回のことを忘れることはないだろう。奇跡を望んだ魔女が手を伸ばした、呪いにも似た魔法のことを。
601: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/04(水) 00:34:33.81 ID:hbBXZ3pI0
翔太郎はそこでタイプをくぎると、デスクの上に置かれたカップに手を伸ばして口をつけた。
琥珀色の液体。芳醇な香りを楽しむと、アイボリーホワイトの輝きに目を細め、椅子をぎい、と揺らした。
「――で。君は、いつ自分の家に帰るんだ。なぁ」
「え? 何をいってるんですか、翔太郎さん」
602: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/04(水) 00:35:12.51 ID:hbBXZ3pI0
翔太郎の膝の上。
にこにこと笑いながら、どっしり腰を下ろした巴マミが、手に持ったプレートからカップを持ち上げながら、
さも不思議そうに返事を返した。
「お前らも笑ってねーで、何とかいってやってくれよ! フィリップ! 亜樹子! 照井! おい!」
「翔太郎、とりあえず男らしく最後まで責任を取ったらどうなんだい」
フィリップは洋書から目を離さず答える。
「ロリコン探偵にいうことはありません、以上」
亜樹子は、あきれたように腰に手を当てながら、唇を尖らせる。
「左。頼むから、俺に手錠を掛けさせるような真似はしないでくれ」
照井は淡々と、新聞に目を落としながら告げた。
604: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/04(水) 00:35:52.00 ID:hbBXZ3pI0
「――フィリップ。とりあえず、お前からツッコませてくれ。その責任てのはなんだ」
「え? 彼女とは既に愛を誓いあったのではないのかい。マミちゃんがそう僕に話してくれたよ」
「はい。フィリップさんのいうとおりです。あ、お代わりはいかがですか」
マミは、追求を避けるように、翔太郎の膝から飛び降りると、フィリップのテーブルに移動し、慣れた手つきでカップへと紅茶を注いだ。
「しかし、君もこの事務所に馴染んだものだ」
「はい。翔太郎さん、ともども末永くよろしくお願いしますね」
マミはしあわせそうに、ふやけた顔で微笑む。
追い込まれた翔太郎は、いつも以上にその器の小ささを見せながら、両手を振って拒否の姿勢を見せた。
「帰れー!! 勝手に馴染んでんじゃねー!」
「亜希子さん、食器はシンクに運んでおきますから」
605: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/04(水) 00:36:44.00 ID:hbBXZ3pI0
「いつもごめんねー」
「聞けよ! 人の話!!」
「マミちゃん、君は三年生だろう。進路はどうするんだい?」
「永久就職です!」
「私、聞いてな――あ、翔太郎くん。祝儀先に渡しとけばいいかな?」
「左、祝辞は任せておけ」
「お前ら全員許さねー!!」
フィリップは、翔太郎がマミを追い掛け回しながら、部屋を横切ってドアを突っ切り、
外に出て行くのを見ながら、ふところに忍ばせたほむらからの手紙へと、そっと手を伸ばす。
「やれやれ、渡しそびれたかな」
「ん、どうしたの? フィリップくん、その手紙」
「美少女から翔太郎への、熱烈ラブレターさ」
フィリップは、亜樹子の問いかけに答えると、テーブルの上に封筒を置いた。
窓際から、優しく暖かな風都の風が舞い込む。
封印の合わせのシールが、薄く剥がれ、中から一枚の写真がきらきらとした陽光の中へと軽やかに踊りながらひらめく。
写真の中の少女たちは、満面の笑みを浮かべいつまでも輝いていた。
――END
648: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/05(木) 23:17:54.74 ID:FJqwoAlg0
Exシナリオ「さよならのM/探偵は群れる中坊がキライ」
649: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/05(木) 23:18:46.08 ID:FJqwoAlg0
翔太郎(あの陰惨な事件から、やがて時間が過ぎた)
翔太郎(ここ数日は、風都にもたいした事件は起こらず。街は平和だ)
翔太郎(あたたかな日差しの中、オレはけだるい気分でティーカップに手を伸ばす)
翔太郎「……ぬりぃ」
マミ「あら、翔太郎さん。お代わりはいかが?」
翔太郎「……」
さやか「……」
650: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/05(木) 23:19:42.17 ID:FJqwoAlg0
杏子「なあ、昼メシはピザでいいか! いいよな!」
マミ「もう、電話してから確認しないでよ。払いはウチなんだから、もう」
杏子「いや、ワリー、ワリー。なんか、ここ居心地よくてよ」
杏子「食いモンはいくらでもあるし、雨露はしのげるし」
杏子「ほら、さやかも、そんな部屋の隅っこで携帯いじってないでこっちこいよ!」
さやか「……」
翔太郎(さやかは杏子の呼びかけに答えない)
翔太郎(うつむいたまま、暗い表情で携帯を見つめ続けている)
翔太郎(しばらくすると、品のない音を立ててドアが開く。亜樹子だ)
亜樹子「翔太郎くーん、ひさしぶりー! 竜くんとの新婚旅行から帰ってきたよー!」
亜樹子「ってなんじゃこりゃー!」
キャッキャッウフフ♪
翔太郎(亜樹子が唖然とするのもしょうがない)
翔太郎(事務所の中は、ファンシーなグッズに占領されている)
翔太郎(もはや、あのハードボイルドな面影はどこにも見当たらなかった)
亜樹子「……悪化しとる」
亜樹子「オホホー、ちょっと用事思い出したから私帰るねー!」
翔太郎(風のように去っていく亜樹子。何しにきたのか亜樹子。どこへ行く亜樹子)
652: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/05(木) 23:20:30.84 ID:FJqwoAlg0
マミ「まあ、亜樹子さんたら、相変わらずせわしないひとね」
マミ「ねえ、翔太郎さん」
杏子「おい、翔太郎。Amazonから荷物届いたら教えてくれよな」
マミ「そんなものどうしたの?」
杏子「翔太郎のクレカで注文した」
マミ「もう、しようがない子ね。ほら、翔太郎さんからも何とかいってあげてくださいよ」
マミ「ウチも苦しいんだから」
翔太郎「……ていうかさ」
翔太郎「ここはおまえらの溜まり場じゃねえ」
654: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/05(木) 23:24:18.69 ID:FJqwoAlg0
フィリップ「仮面ライダーダブル」
フィリップ「それは二人で一人の探偵」
フィリップ「ハードボイルドに憧れる心優しき半人前、左翔太郎と」
フィリップ「脳内に地球(ほし)の本棚と呼ばれる」
フィリップ「膨大な知識を抱える魔少年フィリップが」
フィリップ「仮面ライダーとなってガイアメモリ犯罪に挑む謎と戦いの物語である」
655: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/05(木) 23:24:45.01 ID:FJqwoAlg0
翔太郎「帰れー!」
マミ「……」
マミ「ほら杏子ちゃん、ウチの人が怒っちゃった」
マミ「ごめんなさい、しなさい、ね」
杏子「そうか、悪かったよ。翔太郎。ピザ、最初の一切れは食べていいから」
翔太郎「オレの金だー! しかも最初の一切れだけかよっ!?」
656: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/05(木) 23:25:48.10 ID:FJqwoAlg0
杏子「わかったよ。……じゃあ、妥協してスパイスを振り掛ける権利をやろう」
翔太郎「っ!? なんだよ、それは譲歩したつもりなのか!?」
杏子「……そんないいかたしなくても、いいじゃんか」グス
マミ「だめよ、翔太郎さん。あんまりイジメちゃ」
翔太郎「おい、フィリップ。どうにかしてくれよ、こいつら」
フィリップ「そうか、気がつかなかった」
フィリップ「すまない、翔太郎。僕としたことが」
翔太郎「……フィリップ」
フィリップ「ハーフ&ハーフという手もある」
翔太郎「フィリップゥゥゥゥゥゥゥゥウッ!?」
さやか「……」
翔太郎(さやかは、先程から延々とソリティアをやり続けている)
翔太郎(今時サルでも、もう少しマシなゲームで暇を潰すはずだ)
翔太郎(オレは彼女の瞳から深い悲しみを感じ、あえてそっとしておくことにした)
翔太郎(何があったか知らないが、きっと時が彼女を癒すだろう)
まどか「こんにちわー、あっ、やっぱりここにいた」
さやか「……」
まどか「ダメだよ、さやかちゃん。学校、無断で休んじゃ」
さやか「……」
まどか「最近ずっと、だよね」
さやか「……」
まどか「何があったか知らないけど、私も仁美ちゃんも心配――」
657: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/05(木) 23:26:41.13 ID:FJqwoAlg0
さやか「……黙れカス」
まどか「ひうっ!」
さやか「……」
さやか「……あたしの前でアイツの名前を出すな」
まどか「ご、ごめん。でも――そんな言い方は、かなしいなって」
さやか「……」
翔太郎(まどかは、困ったように辺りを見回す)
翔太郎(それから、しゅんとした表情でソファに腰掛けた)
杏子「……おい、プリングルズ食う?」
まどか「うん。ありがとうね、杏子ちゃん」
杏子「ん。ま、さやかのことは放っておけって。どうせ、男だろ」
まどか「ん」
さやか「――ッ!!」
まどか・杏子「「ひっ!?」」
658: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/05(木) 23:27:31.02 ID:FJqwoAlg0
翔太郎(ふたりは、さやかの中に静かな狂気を感じ、身を縮こませた)
翔太郎(さやかは、幼馴染の上条とやらにフラれたらしい)
翔太郎(長く生きていれば、いろいろある)
翔太郎(それに、幼馴染とは案外結ばれないものだ)
翔太郎(オレは、真里奈のことを思い出して淡い感傷に浸った)
マミ「にこにこ」
翔太郎「……あのなぁ」
マミ「なあに、翔太郎さん」
659: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/05(木) 23:27:58.21 ID:FJqwoAlg0
翔太郎(ふたりは、さやかの中に静かな狂気を感じ、身を縮こませた)
翔太郎(さやかは、幼馴染の上条とやらにフラれたらしい)
翔太郎(長く生きていれば、いろいろある)
翔太郎(それに、幼馴染とは案外結ばれないものだ)
翔太郎(オレは、真里奈のことを思い出して淡い感傷に浸った)
マミ「にこにこ」
翔太郎「……あのなぁ」
マミ「なあに、翔太郎さん」
660: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/05(木) 23:29:04.94 ID:FJqwoAlg0
翔太郎「ったく」
翔太郎(結局のところ、巴マミは頼れる近親者は近県には居なかった)
翔太郎(家族を亡くした寂しさか、彼女はオレの中に父性を見ているのだろう)
翔太郎(杏子に至っては、ホームレスだった)
翔太郎(何とかしなくてはと思っても、強くいえない部分もある)
翔太郎(状況終了)
フィリップ「ふふふ」
翔太郎「なーんだよ」
フィリップ「いや、君らしいと思ってね。どうせ、しばらくは暇だ」
フィリップ「彼女たちの身の振り方はこれからじっくり考えてあげればいいのさ」
翔太郎「うーん」
翔太郎(しばらく物思いに耽っていると、ドアを叩く音が聞こえた)
ほむら「――失礼するわ」
まどか「あっ! ほむらちゃんだ! 今日は来ないんじゃなかったのかなー」
ほむら「それは、別に――ッ!」
翔太郎(ほむらは、マミの姿を見つけると、猛禽類のような鋭い目つきに変化した)
ほむら「巴マミ、いいかげんに左さんの事務所に入り浸るなと忠告したはず」
マミ「あら、ご機嫌いかがかしら、暁美さん」
ほむら「――あなた、耳はついてるの? それとも、」
ほむら「その蔦みたいにくるくるした毛が鼓膜を塞いで聞こえないのかしら」
マミ「相変わらず、斜に構えて世間を見ているのね」
マミ「その腐った目玉取り出して、ビー玉と交換したら?」
661: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/05(木) 23:29:44.92 ID:FJqwoAlg0
ほむら「……」
マミ「……」
ほむら(死ね、この 売!)
マミ(フン、薄汚いドロボウ猫め!)
翔太郎「なぁ、フィリップ。どろっどろした、空気を感じるんだが」
フィリップ「安心したまえ、翔太郎。君は高額の保険に加入している。後顧の憂いはないよ」
杏子「……ピザ、まだかな」
680: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/06(金) 01:13:53.92 ID:WXtCksqD0
杏子「……ピザ、まだかな」
ピンポーン
バイト「ちっす、ピザっす!」
杏子「!」
翔太郎(杏子がいまだかつてない微笑を浮かべたまま駆け寄ってくる)
翔太郎(その姿は、主人を慕う無邪気な仔犬のようだ)
杏子「金ェ!」
翔太郎「……」
翔太郎「あーはいはい。金ね、マニー。オーケィ?」
杏子「ハウメニー、オーケイ!」
バイト「ちっす、あざっす!」
バイト「釣りっス、どーもっス!」
杏子「へへへ」
フィリップ「――時間だ。すまない、まどかちゃん。チャンネルを国営放送に」
フィリップ「今日の原発関連のニュースを見たい」
まどか「あ、はい」
681: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/06(金) 01:14:29.38 ID:WXtCksqD0
ほむら「お昼よ、とりあえず、話はあとにしましょう」
マミ「そうね、ピザも届いたことだし」
まどか「お皿とか用意したよ。あ、フィリップさんもどうですか」
フィリップ「うん、ありがとう」
杏子「ピザうめー」
ほむら「そうね。でも、この大きさでこの値段。いつも思うのだけど高すぎやしないかしら」
マミ「ちょっと高いけど、まあたまにだし。いんじゃないの」
まどか「カロリー多いし、ちょっと、しょっちゅうはねぇ」
さやか「……もぐもぐ」
キャッキャッウフフ♪
683: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/06(金) 01:15:26.98 ID:WXtCksqD0
翔太郎「……」
翔太郎「おまえら全員サボるなよ、堂々と」
翔太郎(結局、昼食は滞りなくすんだ)
翔太郎(オレの財布の中身のエントロピーは、限りなく減少したが)
マミ「じゃあ、昼食もおわったことだし」
マミ「これから、みんなで親睦を深める為、なにかゲームでもして遊びましょう!」
まどか「あ、さんせーい!」
杏子「よーし、今日は負けないからな」
翔太郎「おまえら中坊か。――ってそうなんだよな」
ほむら「うん、それは有効な時間の利用法ね……ってちょっと」
マミ「ん? なにかしら」
ほむら「いや、そんな無邪気な顔されても」
684: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/06(金) 01:16:02.59 ID:WXtCksqD0
ほむら「こほん」
ほむら「そうじゃなくて。巴マミ、あなた毎日ここに入り浸って」
ほむら「左さんの営業を妨害してるそうね」
ほむら「どうして聞き入れてくれないのかしら」
ほむら「あなたは結果的に迷惑をかけてるのよ。悪いと思わないの?」
マミ「というか、何がいいたいのか理解できないわ」
マミ「私と、翔太郎さんは貴女が考えているよりも、遥かに堅い絆」
マミ「そう、途切れない円環の理で結ばれているわ」
マミ「やっかみ、かどうかは知らないけど、これ以上私たちの邪魔をしないで欲しいわ」
マミ「ねえ、翔太郎さん」
翔太郎「……っていうかさ」
685: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/06(金) 01:16:36.84 ID:WXtCksqD0
翔太郎「帰れよ、おまえら」
ほむら「――ぷっ」
マミ「笑うなぁあああああああああああああっ!!」
まどか・杏子・さやか「「「ひっ!?」」」
まどか(マミさん、時々こわいよう)
さやか(……あーびっくりした)
杏子(なんだ、まだ腹へってるのか?)
ほむら「思い込みの激しい人ね。左さんはやさしいから面と向かっていえないだけよ」
マミ「……そんな」
マミ「嘘、よね。翔太郎さん」
686: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/06(金) 01:17:27.40 ID:WXtCksqD0
翔太郎「あー、フィリップ。なんとかしてくれよぉ」
フィリップ「ふむ」
フィリップ「でも仮にだね。マミちゃんが居なくなったとしても」
フィリップ「ほむらちゃん、君が入り浸るようになれば」
フィリップ「減数の総体的なパーセンテージは変わらないはずだが」
マミ「やっぱり!」
ほむら「――なにが、や、やっぱりなのかしら」
まどか「喧嘩はやめようよ、ほむらちゃん」
フィリップ「そこで提案がある」
フィリップ「幸いここは探偵事務所だ」
フィリップ「次に来る依頼人の頼みを先に解決した方の主張を受け入れる」
フィリップ「フェアな勝負だと思うが、どうかな」
マミ「望むところよ」
ほむら「いいわ。その条件」
翔太郎「おーい、火に油をふりかけてどーするよ」
マミ「……この事務所の平和は私が守るわ。暁美さん、あなたとはやっぱり相容れないようね」
ほむら「何のことかしら。それに、そんなこと最初からわかっていたはずよ」
マミ「私が勝ったら、もうこの辺りをウロウロさせないわよ」
ほむら「あら、おかしいわね? 夢ってのは起きてるときには見ないものだと思ったのだけど」
マミ「……」
ほむら「……」
687: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/06(金) 01:18:02.82 ID:WXtCksqD0
マミ(この 豚ッ!!)
ほむら(ビ !)
杏子(……)
杏子(あの部屋の間口で上下してる、団子のような?鎖みたいな?やつなんだろう)
翔太郎「……」
翔太郎「……というか、そもそも依頼なんか今日中にくるのか?」
杏子(……)
杏子(今日のおやつ、なんにしようかー)
まどか「ほむらちゃん」オロオロ
さやか「……」
707: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/07(土) 02:18:56.43 ID:Tbz3vN/y0
翔太郎(当たり前のようだが、そう簡単に仕事というものは舞い込んでこないものだ)
翔太郎(オレは自分のデスクに戻ると、再読中の湖中の女を取り出し読み耽った)
マミ「いい天気ね」
翔太郎(寄り添うように、マミが椅子を持ってくると隣に腰掛けた)
ほむら「っ!」
翔太郎「……」
マミ「いい天気ね」
翔太郎「……」
マミ「いい天気ねッ!!」
翔太郎「っ!? あ、ああ」
マミ「にこにこ」
翔太郎(オレに話しかけていたのか)
708: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/07(土) 02:19:34.79 ID:Tbz3vN/y0
ほむら「ねえ、ちょっと、アナタ。巴マミ」
マミ「なによ」
ほむら「そんなにベッタリくっついて。左さんのしごとの邪魔でしょう」
ほむら「いや、存在自体邪魔、というか」
ほむら「消えて」
まどか「ほむらちゃん、最後要求になってるから……」
杏子「くぅくぅ」
マミ「ねえ、翔太郎さん。こんな天気のいい日は、出かけたくなりませんか」
翔太郎「いや、誰か来るかもしれないし」
マミ「大丈夫、そこの暇で粘着質そうな子が居ますから」
マミ「いくら無能でも、電話番くらい大丈夫よ」
709: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/07(土) 02:20:47.80 ID:Tbz3vN/y0
ほむら「……耳が不自由なのかしら、あなた」
マミ「ほむらさん、年長者に向かって言葉遣いがあまりよろしくなくてよ」
ほむら「私にとって、あなたの態度は幼稚すぎて敬意が払えないのよ」
まどか「ねえ、さやかちゃん、さやかちゃん。ふたりをとめてよう」ゆさゆさ
さやか「……っ、うう、きょうすけぇぇぇ」グスグス
翔太郎(ふたりは腕を組んで、オレを間に挟み仁王立ちしている)
翔太郎(杏子はおなかいっぱいになったのか、ソファで寝息をたてている)
翔太郎(フィリップは風をくらって退散したようだ)
翔太郎(外に視線を向けると、あたたかな日差しの中、心地よい風が吹いている)
翔太郎(オレもあの、風都の風になりたい)
翔太郎(そう、風になっておやっさんに会いに行きたい……)
710: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/07(土) 02:21:47.46 ID:Tbz3vN/y0
ほむら「――人の話は聞かない、勝手な思いこみで行動する」
ほむら「あなた、そんなんだから、ぼっちなのよ」
マミ「――ッ!?」
まどか「あ」
マミ「ふ、ふん。私はぼっちじゃないわ。友達くらいいるもん! ねぇ、鹿目さん!」
まどか「え? え? マミさんは、友達というよりか、仲のいいせんぱい?」
ほむら「プーッ、くすくす」
ほむら「残念ね」
マミ「きーっ!!」
翔太郎(ほむらはまどかの肩を抱き寄せながら、親友であることを誇示して見せる)
翔太郎(マミはハンカチを噛み締めながら、キッとほむらを睨みつける)
翔太郎(ガキでも女って生き物はこえーや)
マミ「じゃ、じゃあ! 杏子ちゃん、杏子ちゃんは私のともだちよねっ!」
マミ「この場所で友情を構築した、深い絆があるのよねっ!」ゆさゆさ
杏子「あーん……」ごしごし
翔太郎(杏子は寝起きで目をこすりながら、ソファから身を起こす)
翔太郎(起き抜けで頭がうまく回らないのか、ぼーっとした様子だ)
マミ「ね! ね!」
杏子「……っていうか、おまえの名前なんだっけ」
ほむら「ぶふーっ!(笑)」
まどか「だめだよ、ほむらちゃん! マミさん、さびしい人なんだからっ!」
マミ「――くっ」
711: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/07(土) 02:22:26.52 ID:Tbz3vN/y0
まどか「あ、ご、ごめんなさい、その、いまのは悪気があったわけじゃなく、その」
ほむら「まどか、ナイスアシスト」ぴっ
マミ「――っ」ふるふる
翔太郎(マミは、サムズアップするほむらを震えながら見つめ立ち尽くす)
マミ「いいもん」
ほむら「いいの? そんなに一人がいいの? ロンリーウルフなの? (笑)」
マミ「私には、愛する翔太郎さんがいるもん!」だきっ
翔太郎「ちょっ」
ほむら「は、はなれなさいっ!」
まどか「あわわ」
マミ「翔太郎さんがいれば、もう何も怖くないもん!」
マミ「私が赤ちゃん、サッカーチームができるくらい産んでやるんだからっ!!」
712: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/07(土) 02:22:58.41 ID:Tbz3vN/y0
翔太郎「おまっ――!」
ほむら「こ、この――っ! 縁起でもないことをっ!」
さやか「ZZZ」←泣きつかれて寝た
杏子「ZZZ」←添い寝
フィリップ「ダウトだ翔太郎」
翔太郎「おお、おい、どこいってたんだよ、フィリップ!」
フィリップ「なに、依頼が無ければ、こちらから探し出せばいい」
女「ど、どうも」
フィリップ「これが、今回の依頼人だ」
翔太郎(フィリップが連れてきた依頼人の案件は猫探しだった)
713: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/07(土) 02:24:18.19 ID:Tbz3vN/y0
翔太郎(猫の行動範囲は去勢していないオスでも一キロに満たない)
翔太郎(だが、侮る無かれ。意外と難しいんだ、これが)
翔太郎(場合によっては自動車事故で、という結果もありうる)
翔太郎(経験のない素人ではすぐさまとはいかないだろう)
マミ「翔太郎さんとの愛を守るから、見守っててね」
ほむら「左さん、責任もって私が害虫を駆除します。いくわよ、まどか!」
まどか「う、うん」
マミ「行きましょう、杏子ちゃん!」
杏子「ちゃんと、コンビニでハーゲンダッツ買ってくれよ」
杏子「あ、翔太郎とフィリップは何にする?」
翔太郎「ガリガリくんだ」
フィリップ「僕はサーテーワンアイスだ」
杏子「頼むぜ、マミ!」
マミ「ええ、必ず、指定のアイスを手に入れましょう!」
まどか「マミさん、もう既に目的がすりかわってるよう」
ほむら「戦うまえから勝負は決まっているわ」
翔太郎「あー、まあオレもオレで探すから。お前らは適当に」
マミ「そう、ということよ、暁美さん。彼が見つけたら自動的に私の勝ちね」
ほむら「ちょっと、そんなわけないじゃない。あなた脳味噌まで膿んでるの?」
マミ「だって、彼と私は一心同体なの。ね?」
翔太郎「ないない」
ほむら「だからなんでいちいち左さんに擦り寄るの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
714: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/07(土) 02:25:02.44 ID:Tbz3vN/y0
マミ「そう、死が二人を分かつまで」
ほむら「アホはほっときましょう」
まどか「えー、ちょっと」
フィリップ「じゃあ、スタート」
翔太郎(こうして、互いの主張をかけて探偵合戦が始まった)
翔太郎(ところでオレの仕事はいつからガキのお守りになったんだ?)
杏子「なーなー、翔太郎。この、名物風都らーめんて美味いのか?」織り込みチラシ
マミ「杏子ちゃんはこっち!」
杏子「えー、なんだよ、マミ。ちょっとよってこーぜ」
マミ「寄りません! ほら、走る!」
杏子「へーい」
734: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/07(土) 22:05:44.80 ID:Tbz3vN/y0
ほむら「居なくなった猫の名前はミケ。三歳メス」
まどか「わー、かわいい猫ちゃんだね」
ほむら「手がかりは飼い主が持ってきた写真だけね」
ほむら(……ブッさいくな、猫だなあ)
ほむら「と、はいったものの、迷い猫探しなんて初めてだし、どうしましょうか」
まどか「うーん、まずは聞き込みかな」
まどか「探偵は足を使うのが基本だって、左さんがいってたよ」
ほむら「確かにそれが王道かもしれないけど、時間を有効的に使いたいわね」
まどか「じゃあ、猫ちゃんの気持ちになって」
まどか「猫ちゃんの通りそうな場所からさがしてみたらどうかな」
ほむら「まどか、冴えてるわ。じゃあ、はじめましょう」
735: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/07(土) 22:06:17.58 ID:Tbz3vN/y0
まどか「にゃんにゃん、にゃ~ん。ミケちゃん、どこかなぁ~」
ほむら「……」
まどか「あ、ほむらちゃんも、ちゃんと呼びかけないと」
まどか「猫って自分の名前呼ばれると、けっこう反応するんだよ」
まどか「ピクって」
まどか「恥ずかしがってちゃ、マミさんたちに負けちゃうよ!」
ほむら「で、でも」
まどか「ほら♪」
ほむら「くっ……」
ほむら「にゃ、にゃぁ~」
まどか「声が小さい!」
736: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/07(土) 22:08:50.01 ID:Tbz3vN/y0
ほむら「――まどかって結構厳しいのね」
まどか「私はやる時はやるんだよ、それに」
ほむら「それに?」
まどか「猫ちゃんの為にも早く見つけてあげたいよ。何かあったら、ヤだし……」
ほむら(私は、巴マミと張り合うことばかり考えて、依頼してきた人の気持ちを――)
ほむら(それにくらべて、まどかは)
まどか「私も恥ずかしいけど、こんなことくらいしか役に立てないし」
まどか「でも、少しは誰かの役に立てれば、それはうれしいなって」
ほむら「……」
ほむら「にゃんにゃんにゃ~ん。にゃんにゃんにゃ~ん」
まどか「そうだよ、それだよ! もっとおおきく!」
737: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/07(土) 22:09:36.31 ID:Tbz3vN/y0
ほむら「にゃ、にゃあにゃにゃ~ん!」
まどか「もっとバカっぽく!」
ほむら「にゃ、にゃにゃんにゃ~ん」
まどか「にゃんにゃんにゃにゃ~ん♪」
ほむら「にゃんにゃんにゃにゃ~ん♪」
幼児「ママ~、おかしなおねえちゃんがいるよ~」
主婦「しっ、目を合わせちゃいけません!」
まどか「//////」
ほむら「//////」
738: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/07(土) 22:10:06.65 ID:Tbz3vN/y0
ほむら(それから、私とまどかの必死の捜索は続いた)
ほむら(恥を捨て去った私たちに怖いものは無く、聞き込みも随時行ったが)
ほむら(目だった成果は無く、それなりの時間が過ぎていった)
まどか「う~ん。違う猫ならいっぱいいるのに、ミケちゃんはいないねぇ」
黒猫「なお~」
まどか「ちっちっ♪」
ほむら「そうね。それに、風都には猫が多すぎるわ」
ほむら(私はマップの探した部分を蛍光ペンでぐりぐり塗りつぶしながら答えた)
まどか「あ、それなにかな?」
ほむら「これは、ミケちゃんのトイレの砂よ」
ほむら「これを猫が通りそうな場所に撒いておくの」
ほむら「時間をおけば、自分の匂いに安心して出てくるかもしれない」
まどか「張り込みだね」
739: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/07(土) 22:10:43.97 ID:Tbz3vN/y0
ほむら(必然的に張り込むことになった)
ほむら(私たちは互いに他愛のない話をしていたが、不意に会話が途切れた)
ほむら(言葉をかわさない沈黙。でも不快ではない)
まどか「ねえ」
ほむら「なに、まどか」
まどか「どうして急にマミさんと張り合うような言いあいになったのかなって」
ほむら「そうね、どうしてかしらね」
まどか「ねえ、もしかしてほむらちゃんって」
まどか「左さんのこと、好きなのかな?」
ほむら「っ!? す、すきとか、そ、そんな」
ほむら「――そうね。正直なトコロ、その辺りは曖昧ね」
ほむら「その、まどかは、男のひととつきあったことってあるかしら?」
740: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/07(土) 22:11:17.29 ID:Tbz3vN/y0
まどか「な、ないない! 私なんて、ほむらちゃんみたいにかわいくないもん!」
ほむら「そんなことないわ。……私もないの。だから、その、彼のことは」
ほむら「自分でもまだ、うまく整理できてないの」
まどか「うん。でも、マミさんは、その左さんのこと」
ほむら「――でも、あの女にとられるのだけはヤなのっ!!」
ほむら「それは、想像しただけで気分が悪いのよ!」
まどか「ほむらちゃん! お、落ち着いて!!」
まどか「大丈夫だから! 誰も、とらないから!」
ほむら「……ほんとう?」シクシク
まどか「ほ、ホント、ホント」
741: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/07(土) 22:13:34.73 ID:Tbz3vN/y0
ほむら「最近そのことを考えると、ムカムカして夜も寝られないのよ……」
まどか「あ、あはは。へいきへいき、はは……」
ほむら「巴マミのせいで寝られないのぉおおお!!」
ほむら「私は寝られないんだぁあああ!!」ガッガッ←ブロック塀を殴る音
まどか「ほら、ほむらちゃん。猫ちゃんが逃げちゃう」
ほむら「はぁっ、はあっ!」
まどか(うわ~、ほむらちゃんて結構めんどくさい女なんだね)
742: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/07(土) 22:14:21.42 ID:Tbz3vN/y0
――一方その頃、マミたちはというと。
マミ「どうしよう、全然見つからないわ」
杏子「おい、マミ。もう帰ろうぜ。今日は暗くなってきたし……」
マミ「こうしてる間にも、暁美さんたちは」
杏子「ダリー、飽きたぜ。お、あれ見なよ!」
マミ「んもう、杏子ちゃんも真面目に探してよ。もお」
杏子「探してるって。ほら、あそこにも似たような猫がいるぜ」
マミ「もしや、これが。そ、そっちにまわって! 早く!」
杏子「はいはい、と」
マミ「逃がさない、これで、終わりよ! ティロ・フィナーレ!!」投網
杏子「はいはい厨二病乙」
猫「ふにゃ~」
マミ「はれ、この猫、写真と全然違うわ、どうしましょう」
杏子「もう、いいんじゃねえの。腹も減ったし」
マミ「もうこれでいいかしら。でも、もしばれたら。私がいい加減なことしたって」
743: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/07(土) 22:15:58.12 ID:Tbz3vN/y0
マミ「翔太郎さんに嫌われたりしないかしら」
マミ「そして、二人の永遠の愛に最初の亀裂が入り、それがきっかけで私は 婦に身を落し、
十年後二人はかつて約束した桜の木の下で再会を――」
杏子「んごぉ」
マミ「人がせっかく語ってるのに。寝るなよおお!」
猫「んなぁ~」
マミ「どうですか、私たちの方が先に依頼達成しました」
杏子「しました」
翔太郎「……」
猫「んなぁ」
マミ「にこにこ」
杏子「にこにこ」
翔太郎「――こいつは」
翔太郎「ここで飼ってる猫のニックだ」
マミ「――めたんです」
翔太郎「は?」
マミ「杏子ちゃんがそれでまにあわせようって、でも私反対する勇気がなくて」
杏子「はあ~!? おい、そりゃねーだろ! おい、マミ!」
マミ「こんな弱い私を許してください、翔太郎さん」
マミ「そして暖かく受け止めて抱きしめてぇ!」抱きつきっ
翔太郎「……あの」
翔太郎「全部聞こえてたんで」
杏子「マミ、許さない、絶対にだ」
マミ「……だって、こうするしかないじゃない!」
翔太郎・杏子「「いやいやいやいや」」
773: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/09(月) 00:15:56.72 ID:HFQ3H4df0
翔太郎(結局の所、猫はオレが捕まえた)
翔太郎(亀の甲より年の功といった所か)
フィリップ「翔太郎は猫を探すことについては他の追随を許さない」
フィリップ「誇るべきことだよ」
翔太郎(実際の部分、探偵の仕事で華やかな場面などほとんど見受けられない)
翔太郎(この街が平和であれば、オレの出番などどこにもないのだ)
翔太郎(オレはブラインドの向こう側に落ちてゆく夕日を見つめながら)
翔太郎(かぶったフェルト帽のひさしをまぶかに引き下げ、そっと目をつむった)
マミ「みんな、ごはんよー」ガンガンガン
杏子「メシだー」
フィリップ「今日の夕飯は何かな?」
マミ「うふふ、マミさん特製カレーよ。おなかいっぱい食べてね」
ほむら「……」プクー
まどか「ねえ、ほむらちゃん。マミさん呼んでるから、いこ」
ほむら「……」プクー
翔太郎「なんだ、まだふくれてんのかよ」
ほむら「……だって」
翔太郎「しかたねぇだろ? それに、依頼人だって喜んでたじゃねぇか」
ほむら「……そんなの、なにか、ずるい」
774: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/09(月) 00:19:10.65 ID:HFQ3H4df0
まどか「すいません、左さん。さ、ほむらちゃん、テーブルいこ」
ほむら「……」プク
ほむら(私としたことが、全てをうやむやにしてしまった……)
マミ「うふふ、さあ暁美さんもテーブルについて」
ほむら(なにごともなかったような顔を……っ!)
杏子「なんだ、もう過ぎたことはいいじゃんかぁ。はやくしろよな」バンバン
ほむら(だから、ケツ叩くなっての。馴れ馴れしい女)
ほむら「……すいません、左さん。私帰ります」
翔太郎「なんだ? くってかねえのか?」
ほむら「ええ、申し訳ありませんが……?」
マミ「……」ふるふる
マミ「なんで?」
マミ「なんでよおぉおおっ!」
まどか「マミさん、どうしたの?」
杏子「おい、どうしたんだ」
フィリップ「落ち着くんだ、深く深呼吸をして」
翔太郎「おーい、どした」
マミ「せっかく、頑張ってみんなの夕食作ったのにぃいいい!!」
マミ「楽しく、家族みたいにごはん食べたかったのにぃいい!」
マミ「暁美さんがみんなの輪を乱すのぉおおおっ!」
翔太郎「泣くなって、ああもお!」
マミ「あああーん、あんあん!」
775: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/09(月) 00:23:07.45 ID:HFQ3H4df0
まどか「な、泣かないでよ、マミさん」おろおろ
フィリップ「ほら、このライターの炎をじっと見るんだ」
杏子「お、おい。帰らないから、ほむらは帰らないから、な」チラ
ほむら(なんという典型的かまってちゃん!)
まどか「ね、帰らないよね、ほむらちゃん!」
マミ「暁美さんは、私のこときらいなのよぉおおおおおっ!!」おんおん
マミ「私はさっきのことも悪かったと思って、なかなおりしたかっただけなのにぃい!)
ほむら(しかも、何気に同情を引いて私を悪者にしたてようとしている!)
ほむら(なんというコペルニクス的転回!)
ほむら(聞こえる! 聞こえてくるわ、皆のこころの中の帰るなコールが!)
まどか(ほ・む・ら!)
杏子(ほ・む・ら!)
翔太郎(ほ・む・ら!)
フィリップ(ほ・む・ら!)
ほむら(なんという策士!)
ほむら(だが、慌てるな。備えはある)
ほむら「……ごめんなさい、ちょっとこの後寄らなきゃならない場所があるの」
全員「「「「BOOOOOO!!」」」」
ほむら(くううううううっ!!)
マミ「うそよ」
まどか「え、ウソ?」
マミ「ぼっちの暁美さんに用事なんてあるわけないわ」
778: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/09(月) 00:27:05.48 ID:HFQ3H4df0
フィリップ「確かに」
ほむら(疑うな! 断定するな! 同意するな!)
ほむら「……うそじゃないわ」
マミ「えぐっ、えぐっ……じゃあ、どこ」
ほむら「どこって」
ほむら「……ゲオ、とか」
マミ「ああああぁぁんん!! 私の料理はゲオ以下なんだぁああああっ!!」
マミ「どうせぇ、たいして見たい映画もないのに小一時間店内をうろついてぇえ!」
マミ「クソみたいなB級ビデオを引き当てて」
マミ「『こ、これはこれで味があるわね』とか自分を誤魔化して」
マミ「貴重な時間を空費して」
マミ「そのあと無性に自分の愚かさがゆるせなくなってぇ!」
マミ「『xxxx!!』とか叫んでDVDを壁に叩きつけて、プラケースを割って」
マミ「そしらぬ顔で外のかごに時間外返品し(呼び止められるの怖いから)」
マミ「その後店から電話が掛かってくると」
マミ「『え? うそ? 知りませんよ、そんなの。最初から割れてましたよ、ほんと』」
マミ「とかいって、ひとりほくそ笑むんだあああああっ!!」
ほむら「失礼ね! そんなことあるわけないでしょ!!」
まどか「……ほむらちゃん」
杏子「……おまえ、実はさびしいやつだったんだな」
ほむら「ちがうわよ、もお……」
ほむら「わかった、わかりました。夕食に付き合います」
783: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/09(月) 00:31:45.56 ID:HFQ3H4df0
マミ「もぉ~しょうがいなぁ! そんなにいうなら、ごちそうしちゃうんだからっ♪」
ほむら(……怒りで頭のフタが開きそうだわ)
翔太郎(とか、ひと騒動起きてようやく夕食にありつくことが出来た)
翔太郎(しかし、カレーに紅茶はいささかミスマッチの感がなきにしもあらずだった)
翔太郎「しかし、悪いな。客人に食器まで洗わせちまって」
まどか「え? いいんですよ、ごちそうになってばかりじゃ悪いですから」
杏子「そうそう、皿くらい洗うっての、なあ」
さやか「……」黙々
じゃばじゃば
マミ「そうそう、男子厨房に入らず、ですよ」
ざーっ
ほむら「意外と、古い考えなのね。……ちょっ、大きい尻をぶつけないでちょうだい」
マミ「っな!? あなたねぇ、翔太郎さんの前でそういうことっ!」
まどか「しょうがないよ、狭いんだし。って、そのすいません! そういう意味じゃ」
翔太郎「ははっ、いいって」
マミ「そうそう。気にしないでね、鹿目さん」
ほむら(なんかその、いかにも自分ちです、っていう口ぶりが気に入らないわ)
杏子「おらっ、口動かす前に手ぇ動かせ、ったく」フキフキ
ほむら(……手際いいわね)
杏子「こら、まどか。ちゃんと、泡はすすぐっ。マミ、洗剤使いすぎだっ、たく」
まどか「ご、ごめんね、杏子ちゃん」
杏子「必要最低限の液量で洗う」
790: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/09(月) 00:35:48.06 ID:HFQ3H4df0
杏子「自然にもやさしいし、水道料の節約にもなる」
杏子「常識だろ、まったく」
まどか「はは、杏子ちゃんはいいお嫁さんになれそうだね」
杏子「//////ば、ばかいうなよ。ひとをからかうなって、もお」
マミ「……」
杏子「なんだよ、その目。おい、ちょっと怖いんだけど」
マミ「……べつに」
マミ「あ、杏子ちゃん。あとは、私がやっておくから、いいのよ!」
マミ「いつもどおり、ごろごろしてて! 炊事とか洗濯とか得意だから!」
マミ「私、そーゆうの得意だから!」ちらちら
杏子「な、なんだよ、急に」
杏子「アタシだって言っちゃなんだけど、得意だよ」
翔太郎「……ん?」
マミ「ほ、ほほほ、いーのよ無理しなくて、ほんと」
杏子「いや、べつに無理とかじゃ……」
マミ「無理してるから! 杏子ちゃん無理してるから!」ちらちら
フィリップ「どうしたんだい、落ち着かないね」
翔太郎「……なにか、視線が」
ほむら「……」
さやか「……」黙々
ほむら(わかりやすいというか、底の浅い人格だというか)
816: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/10(火) 23:44:39.12 ID:HbYDdcC/0
翔太郎(オレは椅子に深く身を沈ませ、食後のコーヒーを楽しみながら)
翔太郎(今日一日のことを想った)
翔太郎(……猫つかまえただけじゃん)
翔太郎(フィリップは相変わらず難しい顔をして洋書を読んでいる)
翔太郎(後片付けの終わった皆も思い思いに時間を潰しているようだ)
817: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/10(火) 23:45:25.50 ID:HbYDdcC/0
翔太郎「おい、もうこんな時間だ。そろそろ帰らなくていいのか」
まどか「え? もう、こんな時間? すいません」
まどか「ほむらちゃん、さやかちゃん、もお帰ろうよ」
さやか「……」
翔太郎(さやかは、脱力したまま、まどかに引っ張られ部屋を出て行く)
翔太郎(見送ろうと立ち上がったオレは、不意にこちらを見つめていたほむらと視線が合った)
ほむら「左さん、今日は本当にありがとうございました」
マミ「ふふ、暁美さんも気をつけて帰ってね。寄り道しちゃダメよ」
翔太郎「……」
ほむら「……」
翔太郎(マミは頭にレースのナイトキャップを付け、パジャマに着替えて枕を片手に持ち、見送るように手を振っている)
ほむら「……左さん」
翔太郎「いや、ちょっと待ってくれ」
翔太郎「状況が掴めない」
ほむら「なんというか、ごめんなさい、まどか。先に帰ってもらえるかしら」
まどか「え? え?」
フィリップ「彼女たちは僕が送ろう。じゃあ」
818: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/10(火) 23:46:15.00 ID:HbYDdcC/0
翔太郎「じゃあ、じゃなくてだな、おーい」
マミ「あら、暁美さんは帰らなくていいのかしら?」
マミ「もうすぐ、最後のバスが出る時間のはずだけど」
ほむら「私も今日は帰りません」
マミ「ええ! まあ、たいへん、早くホテルに連絡しなくちゃ」
マミ「ルートインでいいかしら?」
ほむら(なにがまあ、よ。わざとらしい)
ほむら(なに、その自然な感じでここに泊まります、みたいな)
ほむら(そーいうの、一番嫌なのよ)
ほむら「はっきり聞いておきたいんですけど」
ほむら「あなたは、いったい左さんのなんなんですか!?」
マミ「え? もお、そんなの聞かなくてもわかってるでしょお!」
マミ「ね、ねえ?」
翔太郎「いや、こっちに振られても」
マミ「もお、案外照れ屋さんなんだから♪」
ほむら「巴マミ、そろそろ現実を見つめることね」
翔太郎「……」
ほむら「……」
マミ「……バーイ♪」
マミ「……」
マミ「…」
バタン←ドアをゆっくり閉める音
819: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/10(火) 23:47:08.16 ID:HbYDdcC/0
翔太郎(マミはゆっくりと室内からフェードアウトしていった)
翔太郎(たぶん客室用の部屋で寝るつもりなのだろう)
ほむら「左さん、なんというか、うん」
翔太郎「……いや、いわなくてもいい」
翔太郎「オレ達は、いま、同じ時間を感じている」
翔太郎「同じ世界を共有しているんだ」
ほむら「ひだり……翔太郎さん」
翔太郎(オレ達は無言のまま手を取り合うと、並んでマミの消えていった扉を見つめていた)
翔太郎(ずっと)
――それから、どっこい
翔太郎(しばらくして、フィリップが戻ってきた)
翔太郎「よう、相棒。おつかれさん」
フィリップ「なあに、お安いご用さ」
フィリップ「さて、僕はこれから朝までガジェットの改良をしようと思う」
フィリップ「君は先に休んでいてくれたまえ」
翔太郎「ああ、わかったぜ」
翔太郎(ちなみに、ほむらは杏子と同じ部屋に泊まることになった)
翔太郎(この事務所、見えない部分で空き部屋がいっぱいある)
翔太郎(オレは熱いシャワーを浴びるとたっぷりのバスタオルで汗を拭う)
翔太郎(ふふふ。これぞハードボイルドだぜ)
翔太郎「さあ、もう夜も遅い。コンディションの管理も仕事のうちだ」
翔太郎「グッナイ」
820: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/10(火) 23:48:03.05 ID:HbYDdcC/0
翔太郎「……」
翔太郎「ZZZZZZ」
翔太郎「ZZZZZZ」
ガサガサ
翔太郎(心地よい眠りの中、何かの物音を感じた)
翔太郎(意識がゆっくりと浮き上がってくる。それと同時に尿意を感じた)
翔太郎「……うー」
翔太郎「しょんべんだ」
バタン
?「……」
?「うふふ」
翔太郎(排尿終えて自分の部屋に戻ると、シーツに不自然なふくらみを見つけた)
翔太郎「……」
翔太郎「ま、いっか」
翔太郎「……」
翔太郎「なんだろう、なんだかよく眠れないな」
翔太郎「くそっ、目が覚めちまった」
?「……ん」
翔太郎「だ、誰だ!!」バサッ
マミ「んんん、んう」
翔太郎(完全に思考が停止した。それはそうだ。オレは確かに一人で床についたはず)
翔太郎(頭の中に、ぐるぐると今までの戦いの記憶が駆け巡っていく)
821: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/10(火) 23:49:03.96 ID:HbYDdcC/0
ほむら「これは……まずいですね」
翔太郎「ああ、非常にやばいぜ」
ほむら「どうします。とりあえず、運びやすく分解しましょうか」
翔太郎「いや、それでは足がつく。――なぜ、おまえが居る」
ほむら「……」
ほむら「いえ、他意はないんです」
ほむら「強いていえば、女の勘? みたいな?」
翔太郎「いや、ありえないだろ」
ほむら「先程私が眠れずにうろうろしていると、左さんの姿をお見かけしたので」
ほむら「ついつい」
翔太郎「……」
マミ「……うぅ」
翔太郎「うなされてるようだな」
ほむら「彼女は甘いもの食べすぎです」
マミ「……ママ、パパァ」
マミ「ううぅ……」
翔太郎(苦痛に耐えるように身をよじる)
翔太郎(マミの瞳から涙が一筋こぼれるのが、窓から差し込む月明かりに輝いて見えた)
翔太郎(虚空に向かって両手を伸ばす)
翔太郎(それは、母を捜して彷徨う、赤ん坊のように見えた)
ほむら「……」ぎゅっ
マミ「うぅ……」
822: ◆/Pbzx9FKd2 2011/05/10(火) 23:50:12.79 ID:HbYDdcC/0
翔太郎(無言のままほむらはマミの手をにぎりしめる)
翔太郎(マミの寝顔が安堵に包まれていく)
翔太郎(そう、オレはこの少女の中に確かな母性を感じ取っていた)
ほむら「な。なんですか?」
翔太郎「……いや、へへ」
ほむら「わらわないでくださいよ、もお」
翔太郎(彼女たちの中にある悲しみは一朝一夕では癒せないものだ)
翔太郎(だが、彼女たちはもうひとりじゃない)
翔太郎(互いに支えあう仲間がいれば、どんな苦難も乗り越えていける)
翔太郎(彼女たちは、そんな未来をオレに教えてくれた)
翔太郎(そんなささやかなことが、オレにとっての報酬なんだ)
翔太郎「マミのこと、今夜は頼むわ」
ほむら「……」
ほむら「はい」
ほむら「あ、どこへ?」
翔太郎「ちょっと、一杯やりに、な」
ほむら「……もぉ」
翔太郎(外の空気は冷たく、けれどもとても甘く感じられた)
フィリップ「どこへいくんだい、相棒」
翔太郎「その、な。一杯付き合わないか」
フィリップ「うん。ちょうど息抜きの必要性を感じていたところだ」
翔太郎「へへ」
翔太郎(オレと相棒は頭上に瞬く星をシャワーのように浴びながら)
翔太郎(静かになった風都の街を歩いていく)
翔太郎(夜風に身を竦ませて)
翔太郎(オレは今夜呑む、最初の一杯を思い、目を細めた)
翔太郎(マミの寝顔が安堵に包まれていく)
翔太郎(そう、オレはこの少女の中に確かな母性を感じ取っていた)
ほむら「な。なんですか?」
翔太郎「……いや、へへ」
ほむら「わらわないでくださいよ、もお」
翔太郎(彼女たちの中にある悲しみは一朝一夕では癒せないものだ)
翔太郎(だが、彼女たちはもうひとりじゃない)
翔太郎(互いに支えあう仲間がいれば、どんな苦難も乗り越えていける)
翔太郎(彼女たちは、そんな未来をオレに教えてくれた)
翔太郎(そんなささやかなことが、オレにとっての報酬なんだ)
翔太郎「マミのこと、今夜は頼むわ」
ほむら「……」
ほむら「はい」
ほむら「あ、どこへ?」
翔太郎「ちょっと、一杯やりに、な」
ほむら「……もぉ」
翔太郎(外の空気は冷たく、けれどもとても甘く感じられた)
フィリップ「どこへいくんだい、相棒」
翔太郎「その、な。一杯付き合わないか」
フィリップ「うん。ちょうど息抜きの必要性を感じていたところだ」
翔太郎「へへ」
翔太郎(オレと相棒は頭上に瞬く星をシャワーのように浴びながら)
翔太郎(静かになった風都の街を歩いていく)
翔太郎(夜風に身を竦ませて)
翔太郎(オレは今夜呑む、最初の一杯を思い、目を細めた)
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