6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 13:17:35.52 ID:F+1oBFCk0
「くうかい?」
「いただくわ」

袋からポッキーを一本抜き取り、口に運ぶ。
美味しい。好意は素直に受け取っておくものね、と暁美ほむらは思った。

「意外だな。あんた、そんなふうに笑えたんだ」

言われて、自分の口角が上がっていることに気づく。
佐倉杏子は頬をポリポリと掻いて、お菓子の包みを差し出してきた。

「美味かったんならもっと食えよ」
「……ありがとう」

違うのよ、そういう意味で笑ったのではないの――という言葉を呑み込んだ。
わたしはただ、『くうかい?』とあなたに問われて、
無愛想に『結構よ』と返した、あの時の自分を思い返していただけなのだから。

引用元: 杏子「くうかい?」 



8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 13:35:10.60 ID:F+1oBFCk0
郊外の寂れたゲームセンターから、見滝原市街地へ移動する。

杏子は何気ない調子でいった。



「この街は巴マミの縄張りだったはずだ。

 あんたはその、あいつとは上手くやってるのか?」

「上手くやってる、とはどういう意味かしら?」

「つまり……成体の魔女を獲り合ったり、

 グリーフシードを奪い合ったりしないでさ、

 一緒に協力して魔女と戦ってるのか、って聞いてんだ」

「……いいえ」



そっか、と杏子は落胆を滲ませた声音で言う。

指摘すれば彼女は否定するだろうけど。



「巴マミとは、停戦協定のようなものを結んでいるわ。

 わたしは彼女を邪魔しないし、彼女もわたしを邪魔しない。

 魔女は、先に見つけた魔法少女のもの」


11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 13:55:38.99 ID:F+1oBFCk0
「ふうん。相互不可侵ねえ。

 そっか、あたしもそんなふうに言い寄れば良かったのかな」



杏子は天を仰ぎ、鯛焼きの一欠片を口に放り込む。

ほむらは問いかけた。



「あなたは今までに、巴マミと接触したことがあるの?」



返事の内容は分かっている。

でもこの会話は、わたしの目的を達成するために、必要不可欠なプロセスのひとつ。



「前に、この街に魔女を狩りに来たことがあってね。

 その時運悪くあいつと鉢合わせて、魔女の奪い合いになったのさ。

 あいつの得物が何か知ってるなら、説明するまでもないだろうが、

 あたしとあいつの相性は最悪だ。

 しかもあの時、あたしはまだ駆け出しの魔法少女だった。

 距離をとられれば不利、近づいても五分で、

 勝ち目がないと見たあたしは、命からがら逃げ延びたのさ」



ま、見逃してもらった、と言う方が正しいかもしれないけど――と杏子は自嘲して付け加える。


13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 14:14:06.80 ID:F+1oBFCk0
「あいつが生きてるうちは、

 二度とここに来ることなんてないと思ってたんだけどね……」

「もしもあなたが彼女と再会すれば、衝突は避けられないでしょうね。

 でも、心配する必要はないわ。わたしがついているから」

「あ、あたしは心配してなんか……!」



分かりやすく狼狽える杏子に、ほむらは優しい声音で言った。



「彼女は人よ。言葉を解さない魔女や、その遣い魔とは違う。

 あなたがこの街に来た目的を話せば、彼女もきっと、過去のことは水に流してくれるわ」



杏子はヨットパーカのポケットに両手を突っ込み、唇を尖らせる。



「ふん、話が通じなかったときは、無理矢理にでも分からせてやるさ」



そして赤く光り輝くソウルジェムを握りしめ、



「あたしはもう、昔のあたしじゃない。今なら巴マミにだって勝てる」

「わたしは冷静な者の味方で、愚か者の敵よ。

 話し合いが第一。そこは忘れないようにしてね」

「チッ、分かってるよ」


14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 14:32:31.99 ID:F+1oBFCk0
血気盛んな赤色の魔法少女を横目に、ほむらは反芻する。



『あなたに新しい狩り場を提供したい』



そう言ったわたしに、杏子は音楽ゲームをプレイしながら答えた。



『あんた、正気かい?』



魔法少女の常識に照らし合わせれば、わたしは異常者以外の何者でもない。

魔女の数は限られている。

それは魔女が落とすグリーフシードの数が限られていることと同義。

だから魔法少女は各々に縄張りを持ち、互いに争いを避けている。



『わたしは正気よ。

 さっき言ったことも本当。ただし、一つだけ条件がある』

『へえ、言ってみなよ』

『今から約二週間後、この街に"ワルプルギスの夜"が来る』

『……なぜ分かる?』

『それは秘密』


15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 14:41:57.24 ID:F+1oBFCk0
わたしはなるべく無感情に聞こえるように告げた。



『あなたにはわたしと協力して、"ワルプルギスの夜"に対処してもらいたい。

 そいつさえ倒せたら、わたしはこの街を出て行く』



佐倉杏子の性行を鑑みれば、願ってもない提案のはず。

果たしてわたしの祈りは、

この世界におわす酷薄な神に聞き届けられたようだった。



『ふぅん。そういう意味で、狩り場を譲る、ねえ。

 それにしても"ワルプルギスの夜"か……。

 確かに一人じゃ心許ないが、二人がかりなら勝てるかもな』



杏子は振り返り、不敵な笑みで言った。



『その提案、乗った』





18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 14:57:11.27 ID:F+1oBFCk0
そして時は今に至る。

杏子は新しい鯛焼きの頭にかぶりつきながら、



「あんたさぁ、」

「わたしの名前は暁美ほむらよ。ほむらでいいわ」

「んっ……」



杏子は喉に詰まった餡を、強引に飲み下して言った。



「ほむらは、巴マミのやりかたに納得しているのかい?」

「巴マミのやりかた?」

「グリーフシードを孕んでいない魔女や遣い魔を、

 片端から殺していくやりかたのことさ」



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 15:11:52.35 ID:F+1oBFCk0
「……他の魔法少女がどんな理由で魔女を狩ろうと、わたしには関係のないことよ」

「あたしはそうは思わないな。

 魔女の数は無限じゃないし、

 一度にたくさん現れる時化の時期もあれば、長いこと一匹も現れない凪の時期もある。

 今の力じゃ敵わない魔女を相手にしたときや、

 土壇場で魔女に逃げられちまったときに、消費した魔力は戻ってこない。

 それに あんたも長いこと魔法少女やってるなら、とっくに気づいてるだろ?

 魔女と戦って魔力を消費しなくても、少しずつソウルジェムが濁っていくことにはさ」



ほむらは頷く。

杏子はポケットからグリーフシードを取り出すと、

それを器用に、人差し指の腹でコマのように回転させた。



「そんなときのために、あたしたちは出来るだけコイツを貯めておく必要がある」

「あなたは、」

「佐倉杏子だ。杏子でいい。

 どういうワケかあんたは最初からあたしの名前を知ってたが、

 どうせ訊いても秘密なんだろ?」


21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 15:30:37.13 ID:F+1oBFCk0
ええ、そうね、とほむらは苦笑し、



「杏子は――ソウルジェムが濁りきるとどうなるか知っているの?」



杏子はにわかに表情を曇らせて答えた。



「いや、知らないよ。

 あたしは一匹狼で、穢れを溜め込みすぎた魔法少女の知り合いはいないし、

 それに、たいていの魔法少女は、結界の中で魔女にやられて死んでいくだろ?

 あたしはただ、キュウべえから聞いたルールを律儀に守ってるだけさ。

 グリーフシードがなけりゃ、いつかは魔法が使えなくなる。分かりやすいよな」

「ええ……確かにシンプルね」



単純なシステムの裏には複雑な権謀術数が潜んでいることを、

佐倉杏子を含めてほとんどの魔法少女が知らないし、知ろうともしない。



「話を元に戻そう。とにかくあたしは、巴マミのやりかたが気に入らない。

 グリーフシードを孕んでない魔女を殺すなんて、

 タマゴ生む前のニワトリ締めるのと一緒じゃないか」


22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 15:49:08.06 ID:F+1oBFCk0
「グリーフシードを落とす魔女は速やかに倒し、

 そうでない魔女や遣い魔は成熟するまで放置する……効率的で無駄のないやり方ね」

「そういうあんたもそのクチだろ?

 最初に見たときに分かったんだ。ほむらからは、あたしと同じ匂いがするってね」



同族意識の感触に、思わず身を翻しそうになる。

思い返すのは、駆け出しの日々。

正義感に満ちあふれ、心優しい"友達"と頼れる"先輩"と一緒に、

街の平和を守るのだと意気込んでいた、あの頃の愚かなわたし。



「昔は、巴マミと同じ考え方をしていたわ。

 馬鹿なことをしていたと思う。でも、今は違うわ。

 効率よくグリーフシードを集めるためなら、多少の犠牲は厭わない。

 杏子は――最初からそうだったのよね?」



含みを持たせた言い方に、杏子の頬がかすかに引き攣る。



「あ、当たり前じゃねえか。

 能力は自分のためだけに使う。それがあたしの哲学だ」


28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 16:44:37.53 ID:F+1oBFCk0
「わたしはあなたの考え方に共感できるし、

 事実、それが正しい魔法少女のあり方なのだとも思う。

 けれど人は人それぞれに哲学を持っているものよ。

 杏子が巴マミのやり方を愚かだと思っているように、

 巴マミは杏子のやり方を非道なものだと思っている。

 そこに妥協の余地はないわ。

 どちらかが持論を曲げないかぎり、歩み寄ることなんてできない」

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ?」

「どうもしなくていいのよ。

 わたしと巴マミがこれまでそうだったように、

 杏子は巴マミと極力関わり合いを持たないようにして、

 自分の魔女狩りに専念すればいい」



杏子は鯛焼きの包みをくしゃっと丸めると、目くじらを立てて言った。



「あいつが無闇やたらに魔女を殺すのを、黙って見てろって言うのかよ?

 それは間接的に、あたしが手に入れるはずだったグリーフシードを摘まれてるってコトなんだぞ?」



31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 17:09:19.11 ID:F+1oBFCk0
「あなたが考えているよりも、この街の土壌はずっと肥沃よ。

 魔女は次から次へと、ひっきりなしに生まれてくるわ。

 たとえどんなに巴マミが優秀な魔法少女でも、

 その全てを狩り尽くすことなどできはしないわ」

「確かに、今のあたしの狩り場とは違ってさ……」



杏子は手のひらを庇にして、

大きな河川に隔てられた、見滝原市の中枢を眺め、



「あれだけ人が密集してりゃ、魔女も餌には事欠かなさそうだな」



それはつまり、魔法少女にとっての餌も、事欠かないということ。

地球上の生物の頂点に立っているのは、人じゃない。

その上に魔女がいて、そのさらに上に魔法少女がいる。

そして、裏の食物連鎖を支配しているのが――。


33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 17:23:20.59 ID:F+1oBFCk0
「とにかく、杏子が巴マミの狩りに気を払う必要はないのよ。

 この場所には十分な数の魔女がいるし、

 今この瞬間にも、新たな魔女が生まれている。

 巴マミにしても、未熟な魔女や遣い魔を見逃すあなたを咎めることはあっても、

 あなたの狩りを邪魔することはないはず……」



そこでほむらは、不意に足を止めた。

左手に連なる高層建築群。右手を走る車道。

延々と続く幾何学模様のタイル。

向こうには河川をまたぐ大きな橋が見える。

そこはほむらが、"奇跡"と"魔法"の存在を初めて知った場所だった。

魔女の結界に足を踏み込んだほむらが、二人の魔法少女に命を救われた場所だった。



「どうしたよ、おい?」

「……なんでもないわ。行きましょう」



足早に歩き出したほむらに、杏子は怪訝そうな表情で歩調を合わせる。



「さっきから聞きたかったんだけどさ、ほむらはどこに向かってんだ?」

「見滝原市立総合病院よ」



杏子はどこまでも真面目な面持ちで言う。



「どこか痛むのか?」


35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 17:31:41.38 ID:F+1oBFCk0
「馬鹿ね。そんなわけないじゃない」

「あっ、今あたしのこと馬鹿って言ったな!」



ほむらは溜息を吐いて言った。



「いいから、黙って着いてきて」

「なあほむら、あたしとあんたはその……な……なか……チッ、共闘関係なワケだ。

 そのなんでもかんでも秘密にするクセ、どうにかならねーのかよ?」

「これはクセじゃなくて、必要だからそうしているだけ」

「そうかい」



杏子はふいと顔を背けて拗ねてしまう。

良くも悪くも直情的な子ね、とほむらは思った。

だからこそ感情を奧に押し込めるあの子と相性が良かったのかもしれない、とも。


38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 17:43:41.22 ID:F+1oBFCk0
ほむらは言った。



「病院にひとつ、孵化しかかっているグリーフシードがあるのよ」

「なんでそんなことをほむらが知ってるんだ?」

「この目で見てきたからよ」

「そのグリーフシードが孵化するまでに、どれくらいかかりそうだった?」

「……はっきりとしたことは何も言えないわ。

 もしかしたら、もう孵化して結界を形成している段階かもしれない」



杏子は軽く下唇を噛み、目を細めて、



「あんたはそれを、放置してきたってのか?」



魔女の特性を知っている者なら誰でも、

病院に巣くった魔女の危険性に気づく。



39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 18:03:50.90 ID:F+1oBFCk0
魔法少女が希望を振りまく存在なら、魔女は絶望を振りまく存在だ。

不幸にも魔女に口付けられた人間は、

負の感情を増幅させ、死に至る道程を歩み始める。

しかし誰もが魔女の標的になるかと言えば、そうでもない。

元々心に隙間が空いている人間、生命力が衰えた人間が、魔女の哀れな餌食となる。

病院はそういう『弱った人間』が集まる場所だ。

魔女からしてみれば、餌が自ずから口に飛び込んできているようなものだろう。

放っておけば、犠牲者はどんどん増えていく。

しかし、ほむらは冷徹に言い放った。



「ええ、そうよ。

 杏子の実力を見極める、いい実験台になると思ったから、そのままにしておいたの」

「くっ……」



杏子は自分の矛盾に気づいていない。

目の前にいるわたしは、あなたが標榜する自分自身であるというのに、

そのわたしに対して、無言のうちに憤っているのはなぜ?



41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 18:13:20.54 ID:F+1oBFCk0
あなたはグリーフシードを手に入れられさえすれば、

それで満足なのではなかったかしら?

魔女によってどれほどの犠牲者が出ようとも、気にも留めないのではなかったかしら?

突き付けたい言葉はいくつもあったが、ほむらはあえて口にしなかった。

なにも意地悪をしているわけではない。

本当の気持ちは、自分で気づき、思い出さなければ意味がない。



「そのグリーフシードの大きさは?」

「なかなかの大きさだったわ」



ほむらは建前を用意する。



「生まれる魔女は、また新たなグリーフシードを落とすでしょうね」

「じゃあ、急ぐぞ。

 もたもたしてると、巴マミの奴に横取りされちまう」



駆けだした杏子を、ほむらは薄く笑んで追いかけた。


44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 18:29:02.40 ID:F+1oBFCk0
◇◆◇◆



白亜の建物は、西日を受けて朱色に染まっている。

駐輪場近くの壁に、ほむらと杏子が探していた刻印はあった。

常人には見えない、魔法少女の目にしか映らない、結界への入り口。

杏子はそっと指先で印をなぞり、



「一度開いた痕がある。

 もう誰かが結界に入り込んでるのかもしれない。

 ほむら、準備はいいかい?

 ……って、あんたにそれは愚問だったね」



杏子は手早く変身を済ませると、

長柄の切っ先で刻印を切り裂いた。

杏子が飛び込み、ほむらが後に続いた。

ただでさえグロテスクな光景に、強烈な既視感が相俟って、ひどい吐き気がほむらを襲った。


46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 18:41:14.26 ID:F+1oBFCk0
「さっきから辛そうだが、大丈夫かい?」

「心配無用よ」



こめかみに指先を当ててメンタル・エンチャントを施し、自律神経を復調する。

わたしの計算が正しければ、

今ごろ美樹さやかはキュウべえと共に先行し、

その後を巴マミと鹿目まどかの二人が追いかけているはず。

やがて迷路の先にふたつの人影を見つけ、ほむらは自分の推測に確証を得た。



「そこの二人、止まれっ!」



杏子が叫ぶ。



47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 18:52:50.69 ID:F+1oBFCk0
二人が振り返る。

突然の呼び声に、片方は怯えたように肩を竦ませ、

片方は毅然とした態度で言葉を返した。



「随分と懐かしい顔ね。佐倉杏子……だったかしら?

 それと、暁美ほむらさん……言ったはずよね、二度と会いたくないって」

「巴、マミ……クソッ、出遅れたか」



歯噛みする杏子の前に、ほむらが一歩進み出る。



「今回の獲物はわたしたちが狩る。あなたたちは手を引いて」

「そうもいかないわ。美樹さんとキュウべえを迎えに行かないと」

「その二人の安全は保証するわ」

「信用すると思って?」



マミは艶然と笑み、自慢の巻き髪に触れる。

彼女が右手を突き出した刹那、魔力で編まれたリボンが出現し、ほむらと杏子に襲いかかった。



48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 19:09:02.60 ID:F+1oBFCk0
為す術なく拘束されるほむら。

しかし杏子は巧みな槍捌きで、リボンを細切れにして見せた。



「あっさりやられてどうするんだよ。

 それとも、簡単に手の内は見せない主義なのか?」

「…………」



杏子はふうっと溜息を吐き、ほむらを縛るリボンも瞬く間に切り裂く。

もちろんほむらの学生服や素肌には、傷一つ残らない。

マミはあくまで余裕を崩さずに言った。



「あなたたち、いつから手を組んでいるの?

 一緒にいる理由は?

 大方、協力して邪魔なわたしを殺すためかしら?」



杏子は挑戦的に言う。



「もしそうだとしたら?」



空中でくるりと一回転。

着地したマミは変身を終え、無数のマスケット銃を周囲に展開する。



「もしそうだとしたら、全力で相手してあげるわ。

 あなたたちが束になってかかったところで勝ち目がないことは、

 佐倉杏子さん、あなたが一番よく分かっていることじゃないかしら?

 あなたに勝ったわたしでも、未だ記憶に新しいんだもの。

 負けたあなたが忘れているわけがないわよね?」


49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 19:09:43.49 ID:F+1oBFCk0
ご飯食べよう

残ってますように


55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 19:36:19.65 ID:F+1oBFCk0
挑発はそれで充分だった。



「てめぇ……今のあたしが、昔のあたしのままだと思うなよ」



杏子は長柄を振り回し、突進の姿勢をとる。



「おい、ほむら。あんたは手を出さないでくれ。

 こいつはあたしの雪辱戦だ」



肩越しの言葉に、ほむらは応えない。

マミはマスケット銃構えて言った。



「悪いけれど、わたしたちは美樹さんとキュウべえを待たせているの」

「だから?怖じ気づいた言い訳にするつもりかい?」

「まさか。手加減なし、と言いたかったのよ」

「へっ、上等じゃねえか」


58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 19:52:19.12 ID:F+1oBFCk0
一触即発の空気の中で、ほむらの目は、ただ一人の少女に向けられていた。

睨み合うマミと杏子を交互に見つめ、

どうにか事態を収拾させようと必死に考えを巡らせている、哀れな少女に。

鹿目まどか。

この四人の中で唯一魔法少女でない、場違いな存在。

ああ、わたしの大切な、たった一人の――。



「やめてよっ!」



彼女が悲鳴にも似た叫びを上げた瞬間、世界は停止した。

否、ほむらの能力によって停止させられた。

折しもそれは、佐倉杏子の長柄が対象を突き刺さんと空を裂き、

巴マミのライフルドマスケットが銃弾を発射したのと同時だった。



61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 20:10:14.69 ID:F+1oBFCk0
どうしてあなたたちは矛を交えるの。

どうして仲間同士の争いが無意味だと分からないの。



灰色の世界を、ほむらは悠々と歩いた。

長柄の先端をハイヒールで踏みつけ、

弾道の直線上に、左腕の盾を構える。

時間が動き出した瞬間、銃弾は盾に弾かれ、

軌道を逸らされた槍の切っ先は地面に埋まった。



「あ、あなた、いつの間に……?」

「どうやったんだ、今の……?」



茫然とする二人を余所に、ほむらは盾の内側から拳銃を取り出し、



「どういうつもりだ、てめぇっ!」



その銃口を杏子に向けた。

イタリア製自動拳銃ベレッタM92。

装弾数16発。口径は9mmパラベラム。

銃弾をエンチャントしたところで魔女相手の殺傷能力はマミのマスケット銃に大きく劣るが、

人間相手の携帯武器としてこれほど適切なものはない。



「わたしは言ったはずよ。

 わたしは冷静な者の味方で、愚か者の敵」

「最初に挑発してきたのはあっちだぞ。

 なのにあたしだけ悪者かよ?」

「巴マミの反応は予想できていたわ。

 話し合いをするためにも、あなたから矛を収めて」


65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 20:27:23.13 ID:F+1oBFCk0
「クソッ」



悪態をつきながらも、ソウルジェムに槍を格納する杏子。



「これでいいんだろ?」

「ええ」

「あらあら、もう仲違い?

 あまり相性の良いコンビじゃなかったみたいね」

「マミさんっ!」



まどかがマミの元に駆け寄り、マスケット銃の銃身を下ろす。



「鹿目さん……」



後輩の下瞼に浮かんだ涙を見て、マミも毒気を抜かれたようだ。

ほむらは言った。



「今は魔法少女同士で争っている場合じゃないわ」

「そうね……あなたの言うとおりだわ。

 佐倉さん、暁美さん、今は魔女退治に集中しましょう?

 話し合うも、戦いの結着をつけるも、この件が終わってからでも遅くはないはずよ」


67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 20:36:36.77 ID:F+1oBFCk0
ただし、とマミは付け加える。



「あなたたちは、わたしの戦いを黙って見ていてもらえるかしら?

 信用できていない誰かに背中を預けるのは、正直言って不安なの」

「その気持ちは分からないでもないわ。

 けれど、今度の魔女は、これまでの奴らとはわけが違う。

 あなた一人じゃ勝てない」

「余計なお世話よ。

 わたしに倒せなかった魔女はいないわ」



行きすぎた自信は慢心となり、慢心は命取りになる。



「あなた、死ぬわよ」



ほむらの断定的な口調に、マミは翠眉を顰めた。

一抹の不安が、マミの胸中を過ぎる。


74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 20:56:49.85 ID:F+1oBFCk0
「巴マミ、わたしは……」

「もういいじゃねえか」



なおも説得しようとしたほむらを、今度は杏子が遮った。

そしてマミに向き直ると、



「この結界に入ったのは、あんたが先だ。

 今度の魔女を倒す権利は、あんたにくれてやるよ」

「勘違いしないでもらいたいわね。

 わたしはグリーフシードを独り占めするために、

 あなたたちの協力を拒んでいるわけじゃない」

「口では何とでも言えるさ」

「ひとつだけ確かなことがあるわ。

 わたしは……あなたとは違う種類の魔法少女よ」

「だろうね」



言葉の応酬を終えると、マミはまどかの手を引いて踵を返した。


84: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 21:47:20.30 ID:F+1oBFCk0
「ほむらちゃん……止めてくれて、ありがとう」



去り際のまどかの一言に、ほむらは胸が締め付けられるような思いがした。



「なあ、そろそろその物騒なモンを下ろしてくれよ」



ほむらが素直にベレッタを仕舞うと、杏子は両手を頭の後ろで組み、



「あんた、さっきのは一体どうやったんだ?

 一瞬であたしと巴マミの間に現れてさ……。人間業じゃねえよ」

「忘れたの?わたしたちは魔法少女だってこと」

「そういう意味で言ったんじゃない」

「すぐに種明かししてあげる。巴マミらの後を追うわよ」


87: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 22:02:13.50 ID:F+1oBFCk0
駆けだしたほむらに、杏子は白けた調子で言った。



「待てよ。あんた、本気であいつの援護をするつもりなのか?」



ほむらは半身を翻して首肯する。



「ええ、そのつもりよ」

「こう言うとあたしがあいつを認めてるみたいでイヤだけどさ、

 『余計なお世話』っていう、あいつの言葉は強がりじゃない。

 魔女を狩ることにかけては、あいつはこの界隈じゃ一、二を争う魔法少女だよ」



一はもちろんこのあたしだけどな、と無邪気に笑う杏子。

ほむらは物わかりの悪い生徒を諭す教師のような、低い声で尋ねた。



「杏子は……魔女との戦いで生き残る秘訣を知ってる?」

「な、なんだよいきなり」

「面倒だから答えを言ってしまうとね、そんなものは"ない"のよ。

 どんな魔法少女も、死ぬときには死ぬ。

 それまで培った経験も、磨いた戦闘技術も、何の役にも立たないわ」



黒髪の魔法少女が語る言葉の重みに、杏子はごくりと固唾を呑む。



「さっきわたしが言ったことは本当よ。

 今度の魔女と戦えば、巴マミは死ぬ」


90: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 22:22:00.41 ID:F+1oBFCk0
◇◆◇◆



結界の中心部に迫ったあたりで、巴マミはキュウべえのテレパシーをキャッチした。



「マミっ!

 グリーフシードが動き始めた……孵化が始まる……急いでっ!」

「オッケー、分かったわ。今日という今日は速攻で片付けるわよ!」



一息に変身を済ませ、可愛い未来の魔法少女を一瞥する。

さあ、はやく魔女とその手下どもを倒して、

みんなで美味しいご馳走と、ケーキを食べましょう。

マミは己を鼓舞し、お菓子の世界に降り立った。

空中に具現化させた六丁、胸元から具現化した一丁、

都合七丁のライフルドマスケットで、並み居る魔女の手下たちと対峙する。

あなたたちには、これだけで充分。


94: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 22:39:24.52 ID:F+1oBFCk0
飛びかかってきた手下の一匹を真正面から打ち抜き、

返す手で後方からの奇襲を叩き潰す。

蹴り上げたマスケット銃を両の手に掴み、左右からの同時攻撃を打ち払う。

即座に正面と後背に照準を定め、勘とセンスでトリガーを引く。

用済みになった銃を投擲し、新たに二本のマスケット銃を蹴り上げ、

慣性はそのままに手下の一匹を蹴り飛ばす。

宙を舞うマスケット銃を両手に回転、至近に迫った二匹を振り払い、

両脇から飛来した手下を、余裕を持って迎撃する。

古い銃を手下にぶつける形で蹴り飛ばし、

最後に残った二丁を蹴り上げ、自分の体を抱き締めるようにして、バックショットを放つ。



銃弾は正確に手下を打ち抜き、

ただの一射も外れることがなかった。



マミは戦いながら、喜びに震えていた。



体が軽い。

こんな幸せな気持ちで戦うなんて初めて。

もう――なにも怖くない。


99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 22:53:39.12 ID:F+1oBFCk0
『マミさんはもう、ひとりぼっちなんかじゃないです』



と、耳許で温かい声がリフレインする。

そうよ。わたしは、ひとりぼっちじゃない。



『マミさんと会って、誰かを助けるために戦ってるのを見せてもらって……。

 同じことが、わたしにもできるかもしれないって言われて……。

 何よりも嬉しかったのは、そのことで……。

 だからわたし、魔法少女になれたら、それで願い事は叶っちゃうんです。

 こんなわたしでも、誰かの役に立てるんだって、

 胸を張って生きていけたら……それが一番の夢だから』

『大変だよ?

 怪我もするし、恋したり遊んだりしている暇もなくなっちゃうよ?』

『でも、それでも頑張ってるマミさんに、わたし、憧れてるんです!』



ああ……。

誰かに憧れられることが、誰かに認めてもらうことが、

こんなに気持ちいいことだったなんて。

舞い戻ったマミを、尊敬と憧憬の眼差しで迎えるまどか。

お菓子の世界を駆けながら、マミはこれからの未来に思いを馳せる。


104: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 23:11:07.49 ID:F+1oBFCk0
ともすれば我を忘れてしまいそうな幸福感の中で、

しかし暁美ほむらの死の予告が、静かに警鐘を鳴らしていた。



最後の障壁をぶち破り、

マミとまどかはついに結界の最深部に辿り着いた。

巨大なドーナツの影に隠れるようにしていたさやかとキュウべえを見つけ、駆け寄る。



「お待たせ」

「はぁー、間に合ったぁ」



さやかは安堵の息を吐く。

が、マミたちの到着と時を同じくして、キュウべえは魔女の出現を感知した。



「気を付けて!出てくるよ!」



白い液体が降り注ぎ、結界内の全景が変化し始める。

やがて中央に脚の長い丸テーブルと一対の椅子が現れ、

その片方に腰掛けたのは、果たして、まるで魔女らしくない魔女だった。

ピンクを基調とした体に、黒地に赤い斑点の首巻き、紅のマントを纏い、

円らな瞳と橙色のほっぺは、人の赤ちゃんのそれを連想させる。

その外見には可愛らしさすら覚えるが――しかし、マミは容赦しなかった。


107: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 23:25:19.17 ID:F+1oBFCk0
「せっかくのところ悪いけど」



マスケット銃の銃床で椅子の脚を砕き、



「いっきに決めさせて!」



落下してきた魔女――シャルロッテ――を打ち上げる。

壁に叩きつけられたシャルロッテには、自由落下さえ許されなかった。

ライフルドマスケットの掃射を一身に浴び、

ようやく地面に落ちたところに、マミは無慈悲な零距離射撃を叩き込む。

弾丸は当然のように貫通し、魔力によって編まれた繊維は、

シャルロッテの矮躯を高く高く持ち上げた。

その光景はまるで、断頭台に上げられた罪人のよう。



「いやったぁー!」



快哉を叫ぶさやかとまどか。

うふふ、あんなにはしゃいじゃって……あんまり早く終わらせちゃうのも考え物ね。

今回の魔女は特別弱かったけど、普段はそうもいかないんだから。

……ううん、きっと鹿目さんたちは分かっていてくれているはず。

魔女退治は、華やかな見た目ほど、簡単なお仕事じゃないってことに。


111: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 23:38:55.61 ID:F+1oBFCk0
マミは心中で独りごち、全てを終わらせることを決意する。

マスケット銃は、あくまで彼女のサブウェポンに過ぎない。

銃口をシャルロッテに向け、魔力を銃身に集中させる。

イメージは『破壊』。

銃身は大砲クラスに進化し、そこからさらに、大艦巨砲クラスに進化する。

そして、



「ティロ・フィナーレ!!」



轟音と共に発射された巨大な弾丸は、易々とシャルロッテの胴体に大穴を開けた。

弾道を描くように伸びた極厚のリボンが、シャルロッテの体を締め上げる。

小柄な魔女を撃滅するのに、大袈裟な炸薬なんて必要ない。

その思い込みが、マミの敗着だった。


114: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/03(日) 23:49:21.77 ID:F+1oBFCk0
シャルロッテの小さな口から、蛇のような形をした巨体が飛び出してくる。

ここで質量保存の法則は通用しない。

結界の中は魔女の世界。

人の常識は非常識と化す。

そしてその巨体こそが、シャルロッテの真の姿だった。

体表の模様は前身の首巻きのそれとよく似ているが、

表情は全身のそれと似てもつかない。

狂気を宿したシャルロッテの目は、一瞬、それを見た者の行動の自由を奪う。



研ぎ澄まされた歯列の白が、

濡れた口腔と舌の深い赤色が、

今、マミの視界いっぱいに広がった。


118: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 00:02:40.82 ID:6XtjPXaH0
◇◆◇◆



訪問者らしく扉を開いた形跡もあれば、

侵入者らしく壁を破った形跡も残されていた。

巴マミたちは一直線に、結界の中心部を目指しているようだった

扉を開く、壁を破るの違いは、

その直線上に道があったかないかで決まっているらしい。



「甘い匂いがたまんないねー。

 なあほむら、これ、食べられると思うか?」



杏子はブーツを目の高さに掲げて、爪先についた生クリームを見せる。



「結界内の構成物が、見た目どおりとは限らないわ。

 食べるのはあなたの勝手だけど、お腹を壊しても知らないわよ」

「…………」



どうやらこの相棒には、冗談が通じないらしい。

誰が魔女お手製の生クリームを食べるか、ってんだ。


122: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 00:12:26.79 ID:HRWExf4J0
にしてもこの空間、世界中のありとあらゆるお菓子が揃ってるように見えて、



「何か欠けてるような気がするんだよなぁ……」



違和感を覚えつつ、杏子はほむらの後ろ髪を追う。

反則技――大砲による壁抜き――を使えるマミと違って、

杏子たちは馬鹿正直に迷路を攻略する必要があった。

いくら槍で壁を切り裂いても、壁は淡い傷跡を表面に残して、すぐに修復されてしまう。



『あんたもお手上げかい?』



とほむらに問うと、



『出来ないことはないけれど、回数に限りがあるし、

 魔女戦に備えて、攻撃手段は温存したい』



となんとも微妙な答えが返ってきたのだった。


126: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 00:23:16.02 ID:HRWExf4J0
迷路を探索すること数分。

最深部に辿り着いた杏子とほむらは、

開けた視界の先に、ドーナツの影に隠れている三人と一匹の姿を発見した。

もう魔女は倒されちまったのか?

いや、結界が安定しているところを見るに、

まだ魔女は傷一つ負っていない状態のはずだ……。

思案していた杏子の左手が、ふいに、ほむらの右手に掴まれる。



「ひゃんっ」

「なに大きな声出してるの?

 静かにして。今はまだ、あの子たちには気づかれたくない」

「せっかく追いついたのに、黙って見守るのか?

 ほむらの考えてるコトはよく分からねー……じゃなくて!

 なんでさも当然のように、あたしの手を握ってんだよ、あんたは!」



ほむらは眉一つ動かさずに、



「必要なことなの。不快なら謝るけど、今は我慢して」

「ふ、不快ってワケじゃねーけどよぉー……」



久方ぶりの人肌の温もりに、全身がムズムズする。


130: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 00:34:26.80 ID:HRWExf4J0
杏子が悶えているあいだに、結界に動きがあった。

ついに魔女――シャルロッテ――が姿を現したのだ。

ぬいぐるみみたいな外見の魔女だった。



「こりゃ下の下だな。ルーキー相手に善戦するのが関の山だ」



と早々に評価を下した杏子に、ほむらは小さく首を横に振る。



「なんでだ?……アレを見てみなよ」



マミはマスケット銃から巨砲の連携で、瞬く間にシャルロッテを無力化した。

ベテランの魔法少女を相手に、生まれたての魔女がまともに抗えるはずがなかったのだ。



「ほうら、やっぱりあたしたちの助けなんて、」



全てが停止した灰色の世界に、ほむらの声が響く。



「必要だったでしょう?」


135: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 00:46:46.98 ID:HRWExf4J0
「信じられねえ。どうなってんだよ、おい」



杏子の言葉は、二重の意味を含んでいた。

ひとつは、ついさっきまで完全にやられていた魔女の体から、

無傷のどでかい本体が飛び出してきたことについて。

そしてもうひとつは……。

まるで蝋の霧を吹き付けられて、一瞬のうちに固められたみたいに、

自分とほむら以外のありとあらゆるものが静止していることについて。

思わず振りほどこうとした手が、今度は痛いほどに強く握りなおしてくる。



「あんた、こんなときにいつまであたしの手を握ってるつもりだ?」

「離してはダメ。わたしから手を離したら、あなたの時間も止まってしまう」



杏子は灰色の世界を見渡して言った。



「コイツは……ほむらの魔法なのか?」



ほむらは視線を左腕の盾――正確には特殊な腕時計――に注ぎ、



「ええ。わたしの能力は"時間停止"。

 今この瞬間、息をして動いているのは、わたしとあなたの二人だけよ」


138: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 00:59:45.96 ID:HRWExf4J0
「ははっ、こりゃ傑作だ。

 時間を止めるなんて、神様の御業じゃんか」

「わたしの能力について、詳しく説明している暇はないわ。

 停止させられている時間にも限度があるの。今は……」

「巴マミの救出を最優先、だろ。分かってるよ」



杏子はほむらと手を繋いだまま、マミの元へと駆け寄る。

それはまさに、絶体絶命の一瞬だった。

恐怖に竦んだ肩。

いっぱいに見開かれた双眸。

不思議と、いい気味だ、とは思わなかった。

変な話だよな。

コイツは新人時代のあたしを馬鹿にして、

絶好の餌場から遠ざけた張本人だってのにさ。

ほむらは淡々と言った。



「このまま見殺しにする、という選択肢もあるわ。

 あなたは言っていたわよね。

 もしもこの先、この街で魔女を狩るなら、

 見境なしに魔女を狩る巴マミの存在は邪魔だって」


140: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 01:14:11.10 ID:HRWExf4J0
「実に魅力的な提案だね」



もしも今ここでマミを見殺しにし、

後からあたかも初めて訪れたかのように振る舞い魔女を倒せば、

あたしたちは、グリーフシードと、

この街の魔女を独占する権利を一挙に得ることができるって寸法だ。

あのマミの子分二人にも、キュウべえにも、あたしたちのしたことを知る術なんかない。

ましてや非難なんて、できるわけがない。

逆に『助けてくれてありがとう』と感謝されるだろう。

非難できるとすれば、それはあたしの"良心"だけさ。

答えはハナから決まってる。



「ふざけたこと言ってんじゃねえ。

 救える命が目の前にあるんだぞ。

 あたしは魔法少女である前に、一人の人間なんだ!」


145: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 01:23:38.30 ID:HRWExf4J0
ほむらはクスリと笑んで言った。



「なら、巴マミと魔女の間に、防護壁を編むのを手伝って。

 今わたしが巴マミの手を握ったところで、彼女の時間が動き出すわけじゃない」

「あんた……あたしを試したのか?」

「ええ、そうよ。ごめんなさい」



まったく悪びれたふうのないほむら。

杏子は怒りを通り越して、そのまた呆れも通り越して、やっぱり怒りに落ち着いた。

よくもあたしをハメやがって。



「覚悟しとけよ、ほむら。

 ココを出たら、たっぷりお菓子を奢らせてやるからな!」


148: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 01:35:19.18 ID:HRWExf4J0
◇◆◇◆



瞬きを忘れた瞳に、赤と黒の格子模様が映り込む。

鈍く重い音と、ガラスが砕け散るような音がほぼ同時に響き、

とてつもなく大きな振動が、体を上下に揺さぶった。



「ちぇっ、やっぱ一撃しか持たなかったか」

「軌道を逸らせただけでも重畳よ」



巴マミは忘我の状態で、自分の傍らに誰かが立っていることに気づく。

流れるようなストレートの黒髪と、後ろでひとつに結わえられた鮮やかな赤髪。

この二人に命を救われたのだ、と気づくまでに、そう時間はかからなかった。

ついさっきまで目の前にいたシャルロッテは、

今では赤く腫れ上がった鼻先を舌で  ぺろと舐めながら、激痛にのたうちまわっている。


184: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 09:05:04.64 ID:HRWExf4J0
「それじゃあ、初のチームバトルと洒落込みますかね」



杏子は長柄を肩にかけ、

身の丈の十倍はあろうかというシャルロッテを見上げた。

ほむらは肩越しにこちらを伺い、



「立てる?」



戦える?――と訊かなかったのは、

きっとわたしが戦意を喪失していることに気づいているからだ。

目と鼻の先に迫った死の感触を、払拭することができなかった。

手足はどうしようもなく震えている。

これでは後じさるのがやっとで、まともにマスケット銃の照準をつけることすらできない。

……わたしは最早、戦力に数えられていない。

無力感に打ち拉がれるマミに、ほむらは言った。



「あなたは下がって、まどかたちを守って。

 魔女にはわたしたちが対処する」


187: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 09:17:42.29 ID:HRWExf4J0
「優しいのね、暁美さんは」



役立たず、と叱責されて当然のわたしを、折らないでいてくれる。



「鹿目さんたちのことは、わたしに任せて。

 彼女たちには指一本触れさせないわ」



マミはマスケット銃を地面について、ゆっくりと立ち上がった。

魔法の力には頼らない。動いて、わたしの体。

奥歯を噛み締め、戦慄く両足を奮い立たせる。

後退したマミの元へ、まどかとさやか、キュウべえが走り寄ってくる。



「マミさんっ!」

「大丈夫ですか!?」

「怪我はないかい、マミ?」



みんな、わたしのことを本気で心配してくれていたみたい。

キュウべえは相変わらずの無表情だけどね。

マミは精一杯の笑顔を浮かべて、



「大丈夫よ。ちょっと油断しちゃっただけだから。

 一瞬で終わらせる、なんて恥ずかしいこと言っちゃったなあ。

 二人には、カッコ悪いとこ見せちゃったね――っ」



言葉を遮るように、まどかはマミを抱き締める。



189: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 09:37:32.55 ID:HRWExf4J0
頬を伝う涙が、まどかの制服を濡らした。



「……っ……ぅ……」



声を押し殺して泣いた。

もしもまどかがマミよりも年上で、経験の長い魔法少女だったなら、

マミは小さな女の子のように慟哭していただろう。

魔女との戦いの中で、死を覚悟したことは何度もあった。

孤独と死への恐怖は、とうの昔に克服したと思っていた。

なのに……ああ……わたしは油断していた。

仲間を得られる喜びに舞い上がって、見失ってはいけないものを見失っていた。



「わたし……やっぱり、ダメな子ね」

「そんなことないです。マミさんはダメな子なんかじゃありません」

「そうだよ。あんな魔女、反則だって」



鹿目さん、美樹さん……。


190: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 09:52:49.17 ID:HRWExf4J0
二人の眼差しに、魔女に敗北した魔法少女への、

蔑みや失望の色は見て取れない。

こんなわたしに、まだ、憧れを持ってくれている。

その期待に応えたい気持ちを、今は封じ込める。

きっと今のわたしが参戦しても、彼女たちの足手まといにしかならない。



「また、戦いに戻るんですか……?」

「ううん。わたしの役目は、あなたちを守ること。

 悔しいけど、あの魔女の相手は、あの二人に任せることにしたの」



情に絆されてはいけないことは、痛いほど思い知った。

もう、決して驕らない。

わたしは自分に出来ることをする。

マミは両手を突き出し、幅の狭い、しかし強靱なリボンを具現化した。

格子状に編まれたドームの外側で、

今、地面をのたうっていたシャルロッテが、ゆっくりと頭をもたげた。


192: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 10:10:20.42 ID:HRWExf4J0
◇◆◇◆



ほむらの頭上から、杏子の檄が飛ぶ。



「さっきからなにボーッと突っ立ってんだよ!

 チームバトルって意気込んだあたしが馬鹿みたいじゃねえか!」

「忘れたの、杏子。

 これはあなたの能力を見極める、模擬戦のようなものよ」

「ふっざけんなっ。

 あーもー、こいつ、図体のわりにはすばしっこいからムカツク!」



軽口を叩く余裕があるなら、援護の必要はないだろう。

むしろ杏子が窮地に陥ることを、密かに望んでいるほむらだった。

杏子には、ワルプルギスの夜が来るまでに、

"時間停止"による支援に慣れてもらう必要がある。


194: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 10:25:39.45 ID:HRWExf4J0
「へえ、よく見りゃ可愛い顔してるじゃねえか」



杏子は軽やかな身のこなしで宙を舞い、

シャルロットの頭上から神速の突きを放つ。



「コイツで終わりだっ!……なっ」



ギンッ、と甲高い音が鳴り、

果たして槍の先端は、シャルロッテの前歯にがっちりと挟み込まれていた。



「やべ」



シャルロッテはにんまりと笑って、顎の力を緩める。

杏子の体は重力に従って、

一直線にシャルロッテの口蓋へと落ちていき――。

そこから少し離れたテーブルの上に、ぺたんと座り込んでいた。

杏子は傍らのほむらを見上げて、何が起こったのか理解する。



「助けてくれたのか。サンキューな」

「あなたが窮地に陥ったときは、わたしがカバーする。

 あなたはもっと大胆に立ち回ってもいい」

「要するに、ガンガン攻めろってことだな」

「ただし、慎重さを失うのは禁物よ」

「りょーかい」


196: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 10:53:28.75 ID:HRWExf4J0
 


それから何度か"時間停止"による援護を行うと、

杏子はそのタイミングと、一瞬にして立ち位置が変化することに慣れてきたようだった。

ほむらは"時間停止"を発動し、両足にフィジカル・エンチャントを施した。

十数メートルの高さまで一気に跳躍し、

またしてもシャルロッテに食べられかけている杏子の襟首を掴んで、

近場のテーブルに着地する。

シャルロッテの足許にM26破砕手榴弾を投げ込み、"時間停止"――解除。



「おっ、悪いな」



素早く戦線復帰しようとした杏子の腕を、ほむらが掴む。



「待って。もう杏子は十分、わたしのサポートがどういったものか理解できたはずよ。

 そろそろ、終わりにして。面倒なら、代わりにわたしが終わらせてもいいわ」

「参ったね。ほむらにはバレてたか」

「表情に出ていたわ。

 それにわたしは、あなたの本気がどんなものか、最初から分かっている」

「ふうん、誰にも見せたことないんだけどね……。

 ほむらは"時間停止"の他に、"千里眼"や"過去視"みたいな能力も持ってるのかよ?」


199: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 11:02:03.47 ID:HRWExf4J0
「秘密よ。今はね」

「またそれかよ。

 ……ま、気長にあんたが話してくれるのを待つとするか」



お喋りに夢中の魔法少女たち。

シャルロッテはその背後から、そろりそろりと顔を近づけ、



「―――!?」



足許で起こった突然の爆発に、

周囲のお菓子を巻き込みながら倒れ伏す。

ほむらは振り返りもせずに言った。



「それで、どっちがやるの?」

「なあ……最後くらいは、一緒に片をつけないか?」



ニッと笑う杏子。それも悪くないわね、とほむらは笑い返す。

柄じゃないことは分かっている。

これは余興よ、と彼女は自分に言い訳し、左腕の巨大な腕時計に魔力を流し込んだ。





202: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 11:21:07.73 ID:HRWExf4J0
"時間停止"が発動するまでのタイムラグに、

杏子はシャルロッテの上空で、長柄を振りかざしていた。

一閃。

これまでの突きが神速なら、

あの円弧が描かれた速度を、なんと形容すればいいのだろう。

発生した真空の刃はシャルロッテの巨体を、

まるで溶けたバターに入れられたナイフのように、あっさりと両断した。



ほむらはシャルロッテの断末魔ごと凍結された世界で、

結界の中央、マミに砕かれなかったほうの椅子に座る存在に目を向けた。

この結界には二重の罠がある。

ひとつは、シャルロッテの第一形態が、魔法少女の油断を誘う仮の姿であること。

そしてもうひとつは、シャルロッテの第二形態を倒したところで、

その力の源を絶たない限り、何度でも復活を遂げること。

ほむらは静かにベレッタを構え、繰り返しトリガーを引いた。

薬室の一発、弾倉の十五発、都合十六発の9mmパラベラム弾が発射され、中空で静止する。





206: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 11:30:13.61 ID:HRWExf4J0
"時間停止"を解除した瞬間、

自動拳銃は散弾銃として機能し、対象はボロ切れと化した。

これまでに何度、この魔女を殺してきたことだろう。

これまでに何度、この魔女の元の少女に黙祷を捧げてきたことだろう。



「なーんか、妙な魔女だったな」



杏子は砂糖とクリームに塗れた黒い結晶を拾い上げると、

ああ、と小さく息を吐いた。



「やっと分かった」

「何が分かったの?」

「や、ずっと気になってたんだ。この世界に足りないものが何なのか。

 ……チーズだよ。この世界には、どこにもチーズが見当たらないんだ」


216: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 12:15:08.23 ID:HRWExf4J0
◇◆◇◆



闇夜の帳に覆われた道に、五人と一匹分の足音が響く。

暁美ほむらを先頭にして、一行はほむらの自宅へと向かっていた。



「悪いね、ほむら。お言葉に甘えさせてもらってさ」

「いくらなんでも買いすぎよ。あなた、それ全部食べられるんでしょうね?」

「当然。こんな量じゃ、間食にもなりゃしないっての」

「信じられない胃袋ね」

「それ、誉め言葉か?」

「……もちろん違うわ」



さやかは先を歩く赤毛の少女――確か佐倉杏子とかいった――を眺める。

パンパンに膨れたコンビニの買い物袋を振り回し、見るからに上機嫌の彼女は、

なぜだろう……初めて会った気がしなかった。

胸のモヤモヤから気をそらしたくて、さやかは隣の親友に声をかける。



「何企んでるんだろうね、転校生のやつ」

「さやかちゃん、そんな言い方ってないよ。

 ほむらちゃんとあの子は、マミさんを助けてくれたんだよ?」

「それは分かってるんだけどさあ……」


219: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 12:40:50.99 ID:HRWExf4J0
まどかは純粋すぎる、とさやかは思う。

あるいは優しすぎる、とも。

全幅の信頼を寄せるのは、相手のことを、よく知ってからにするべきだ。

その点あの転校生は、肝心なことは何も教えようとしない。

まどかは『助けてくれた』と言っているけど、本当のところはどうだか。

魔女を倒してグリーフシードを手に入れるついでだったんじゃないの、と勘ぐってしまうさやかだった。



「あんたらも食うかい?」

「わっ」



目の前に突然、棒状の何かが突き出される。



「おいおい、そんなに驚くこたあないだろ。

 ただの『うんまい棒』だよ。まさか知らないとは言わないよね?」

「そ、そりゃあ知ってるけど」



小さな頃に食べた覚えがある。



「あたしも食い意地張ってると思われるのはイヤだからさ……やるよ」

「要らない」

「つれねーこと言うなよ」



明太子味だ、美味いぞー、としつこく勧めてくる杏子。

頭痛がする。初対面のくせに、馴れ馴れしくしないでよ。



「要らないって言ってるじゃんっ!」


224: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 12:53:04.26 ID:HRWExf4J0
「あっ……」



宙を舞ううんまい棒。

くしゃっと音を立ててアスファルトに落ちたそれを、杏子はそっと拾いあげる。

中身はきっと、粉々になっていることだろう。

杏子はおもむろにさやかに近づくと、ぐいと胸ぐらを掴み上げ、



「……っ」



すぐにその手を離した。

一瞬合った杏子の目は、何かに堪えるように眇められていた。



「無理に押しつけて悪かったな」

「あ、あたしの方こそ、ごめん……」

「まだ食える。味は一緒さ」



杏子はくるりと背を向け、転校生と一緒に歩き出す。



「さやかちゃん、いったいどうしたの?」

「美樹さん、大丈夫?」



まどかやマミさんに、合わせる顔がない。

どうしてあんなことをしちゃったんだろう……。

それにあの目。

あいつも何か、あたしに思うところがあるのだろうか。


226: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 13:07:34.68 ID:HRWExf4J0
「マミさんは、あの……佐倉杏子とは知り合いなんですか?」

「そうね、今では命の恩人だけど……」



マミさんは冗談めかして微笑み、



「……昔はちょっと……ううん、かなりの問題児だったわね。

 そこら辺は、彼女と契約したキュウべえに訊くのが手っ取り早いんじゃないかしら」



水を向けられたキュウべえは、可愛らしく耳を揺らして答えた。



「魔法少女になりたての頃は、精力的に魔女を探して倒していたみたいだよ。

 でもある時を境に、彼女の中で、手段と目的が逆になってしまった」

「どういうこと?」

「手段とは魔法、目的とは魔女を倒すことだ。

 それが逆転したということはつまり、

 魔法を使うために、魔女を倒すようになってしまったということさ」





227: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 13:21:57.10 ID:HRWExf4J0
 

魔法は、使い方によっては犯罪にも利用できる。

たとえば極端な話、杏子が気に入らない一般人に対して、

ソウルジェムから実体化した槍で怪我をさせたとしても、凶器は永遠に見つからないままだ。



「見つけた魔女を、あえて見逃すこともあった。

 その魔女に人を襲わせて、グリーフシードを孕ませるためにね」

「………許せない」



さやかは杏子の背中を睨み付けた。

あいつは、あたしの憧れるマミさんとは、対極に位置する魔法少女だ。

怒れるさやかの肩に、マミが優しく手を乗せる。



「わたしも美樹さんと同じことを思ったわ。

 だからわたしの活動範囲に、あの子が入り込んできたときに、少し懲らしめてあげたの」

「あいつは今も、そんなやり方を続けてるんですか?」

「さあ、それは本人に訊いてみなければ分からないわ。

 わたし自身、彼女と会うのは、その時以来だから……でも……」



語尾を曖昧にして、マミは杏子の背中を見つめた。

ちょうど、粉状のうんまい棒を、口の中に流し込んでいるところだった。


233: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 13:35:56.11 ID:HRWExf4J0
◇◆◇◆



清冽な白の空間に、原色のスツールがいくつも並んでいる。

俯瞰して見れば、それは時計を表しているようだった。

壁にはコルクボードに貼られたメモ書きのように、魔女と思しき絵が何枚も乱雑に飾られている。

天井に設えられた巨大な振り子時計は、ゆったりと時を刻んでいた。

ここは暁美ほむらの私室。



「暁美さん、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかしら」



手近なスツールに腰を下ろし、マミは問いかけた。



「鹿目さんを魔法少女にさせたくない理由と、

 暁美さんと佐倉さんが組んでいる理由について」


239: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 13:54:00.52 ID:HRWExf4J0
「今から約二週間後に、ワルプルギスの夜が来ることを、あなたは知っているかしら?」

「質問に質問で返すのは反則じゃない?

 ……知っているわ。キュウべえから聞いたもの」



まどかが口を挟んだ。



「あの、ワルプルギスの夜って?」

「魔女の中でも、特に強力な魔女をそう呼んでいるの。

 その力は結界の外にも影響を及ぼして、

 一般人には地震や、洪水といったような、天災として認知されるわ」



ほむらの説明に、まどかとさやかの顔が蒼白になる。



『わたしがいるんだから大丈夫よ。この街はわたしが守るわ』



そうやって胸を叩けたら、どんなにいいだろう、とマミは思った。

シャルロッテの鋭利な歯が、彼女の脳裏にフラッシュバックする。

わたしはただの魔女相手に遅れをとった。

ワルプルギスの夜をやっつけられると嘯いたところで、もはや誰も信じてくれないだろう。


241: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 14:08:40.63 ID:HRWExf4J0
それが悲しくて、悔しかった。

でも、落ちこんではいられない。

たとえ勝ち目がなくても、人に害なす魔女を倒すのが、魔法少女の役割。

マミが密かに意を決したとき、杏子が言った。



「あたしたちは、そのワルプルギスの夜を倒すために組んでるのさ」

「あ、あんたが?」

「何だよ。なんか文句あるのかい、美樹さやか?」



うんまい棒の一件が糸を引いているのか、

微妙な空気が二人の間に漂う。



「文句っていうか……なんていうか……信じられないだけ。

 あんたは、魔女を倒すために魔法少女をやってるんじゃなくて、

 魔法を好き勝手に使うために魔法少女をやってるんだよね?」



杏子は唇についた葛餡をぺろりと舐め取り、



「誰に聞いたのかは知らないが、……その通りさ。

 あたしは自分のためだけに魔法を使う。

 そこにいる巴マミとは違う種類の魔法少女だよ」


244: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 14:22:20.20 ID:HRWExf4J0
「じゃあ、なおのこと不思議ね。

 ワルプルギスの夜との戦いは、ハイリスクローリターン。

 あなたの考え方からすれば、とても挑むに値しない魔女じゃない?」



マミは尋ねながら、佐倉杏子が改心していることを期待していた。

が、杏子は右手をひらひらと振って、



「理由ならちゃんとある。

 ひとつは、ワルプルギスの夜を放置すれば、

 大災害で普通の魔女の餌場、延いては魔法少女の狩り場まで無くなっちまうからだよ。

 そしてもうひとつは、」



チラ、と黒髪の魔法少女に視線を投げて、



「ほむらに、ワルプルギスの夜を倒したあとは、今のポジションを譲ると言われたからさ。

 なあ巴マミ、あんたは暗黙の内に、ほむらが同じ縄張りで狩りをすることを認めてるんだろ?

 なら、そこにあたしが入れ替わっても問題ないよな?」


246: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 14:31:53.64 ID:HRWExf4J0
「そう。そういうことだったのね」



失望を禁じ得ない。



「勝手にしなさい」



という言葉の他に、マミは投げかけるべき言葉を持たなかった。

もしもその時、マミが杏子を真正面に座っていたら、

杏子のの三日月型の口以外の表情を、見て取ることができただろう。



「ワルプルギスの夜を倒したあと、暁美さんはどうするつもりなの?」

「この街を去るわ」

「ほむらちゃん……?」



誰よりも小さなまどかの声は、その実、誰よりもよく通った。



「街を去るって、わたしたちの前からいなくなっちゃうってこと?」


248: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 14:52:51.85 ID:HRWExf4J0
「ええ」と頷くほむら。

「そんな……どうして?

 まだこっちに来たばっかりなのに……せっかく、ほむらちゃんと、」



遮るようにほむらは言った。



「お父さんの仕事の都合よ。

 転校は昔から何度も経験してきたわ。"知り合い"とのお別れもね」



友達ではなく、知り合い。

まどかはその言葉が聞こえなかったかのように、ほむらの嘘を糾弾する。



「何度も転校してきたなんて、そんなわけないよ。

 だってほむらちゃんは、生まれつき心臓が弱くて、」

「……ッ。いったい何を言っているの?

 わたしの心臓はどこも悪くない。

 体育の時間、あなたはわたしが運動しているところを見ていたでしょう?」

「……う、うん」


250: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 15:05:22.72 ID:HRWExf4J0
「とにかく、この街を去ることは、既に決まっていることなの。

 そのことで、あなたにとやかく言われる筋合いはないわ……」



涙を堪えるように、俯くまどか。

二人の遣り取りを見ながら、マミは思う。

ねえ暁美さん、あなたの拒絶するような物言いは、あなたなりの演技なのよね?

だってあなた、鹿目さんを見るときだけは、目の奧の光が和らいでいるもの。



「話を元に戻しましょう」



とほむらはマミに向き直って言った。



「わたしは、あなたに協力を申し入れに来た」

「それはつまり、暁美さん、杏子さん、わたしの三人で、

 対ワルプルギスの夜の共同戦線を張る、ということかしら?」


252: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 15:24:56.63 ID:HRWExf4J0
「ええ、そうよ。

 ワルプルギスの夜を倒すという一点では、わたしたち三人の利害は一致している。

 断る理由はないと思うけど」

「正直なところ、願ってもない提案よ。

 わたし一人じゃ、とてもワルプルギスの夜には勝てなかったでしょうから。

 けど、あなたの仲間の佐倉さんは、わたしと協力することに納得しているのかしら?」

「ここら一帯は元々あんたのシマだ。

 こうなるってことは、薄々勘付いてたさ」



でも、と杏子は串の先端をピッとマミに向けて、



「あんたがあたしのことを信用してないように、

 あたしもあんたのことは信用してない。

 このチームはあくまで一時的なもんだ。

 仲良しこよしのお仲間ごっこはご免だからな」

「気が合うわね、佐倉さん……元よりわたしも、そのつもりよ」


258: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 15:51:34.54 ID:HRWExf4J0
マミと杏子の視線がぶつかり合う場所に、割って入る者がいた。

ほむらは黒髪を靡かせて、朗々と響く声で言った。



「あなたたちが啀み合うのは結構よ。

 魔女戦で連携を取れとも言わないし、

 同士討ちしない限りは、好きなだけスタンドプレーに走っても構わない。

 けれど、わたしの能力の性質上、わたしのことは信頼してもらわなければ困る」



杏子が取り繕うように言った。



「あたしは……あんたのことは嫌いじゃないよ。

 そのサバサバした性格は、あたしと結構合ってる気がするし、

 さっきの魔女戦でだって、あたしは上手いことあんたのサポートを受けられてたじゃないか」

「それは本当の意味での信頼とは違うわ。

 それにわたしの本当のサポートは、あんなディフェンス寄りのものじゃない。

 わたしはあなたたちに命を預けるし、あなたたちにもわたしに命を預けてもらう」



項垂れる杏子。マミは言った。



「でも実際のところ、それはとても難しい相談じゃないかしら」



『わたしはあなたのことを信頼しています』

と口に出してみたところで、心がこもっていなければ意味がない。

そして誰かを信頼する気持ちとは、一朝一夕で出来上がるものじゃない。





259: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 16:04:13.38 ID:HRWExf4J0
「でしょうね。

 だから最初に、わたしがあなたたちに、わたしの命を預ける」



ほむらは左手の中指からリングを外すと、

手のひらの上で、卵大の大きさに変化させた。

魔法少女の魔力の源泉。ソウルジェム。

藤色の輝きに目を凝らせば、底から五分の一ほどまで、

黒い澱のようなものが溜まっているのが分かる。

真意を計りかねる聴衆の中、

キュウべえがわずかに身動ぎしたのを、マミの目が捉えていた。









ちょい休憩


276: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 17:10:53.29 ID:HRWExf4J0
◇◆◇◆



ほむらが口を開いた瞬間、マミは慌てたように言った。



「ねえ、暁美さん。もうこんな時間よ。

 鹿目さんと美樹さんには、家に帰ってもらったほうがいいんじゃないかしら?」



直感的に察知したのかもしれない。

これから起こることを二人が目の当たりにすることで、

彼女たちが魔法少女になる道を、閉ざしてしまう可能性を。



「すぐにすむわ。

 それに今からすることは、是非二人にも見てもらいたいことなの」

「門限のことなら気にしないで下さい、マミさん。

 まどかも大丈夫だよね?」



頷くまどか。


279: ◆Ec95DXH7wk 2011/04/04(月) 17:29:52.44 ID:HRWExf4J0
ほむらはソウルジェムを片手に、

巴マミと佐倉杏子の顔を交互に見つめて言った。



「どちらが最初に、わたしの命を預かるか決めて」

「ちょっと待ってよ。命、命ってさ。

 さっきから、ほむらは何を言ってるのさ?」

「物の喩えで言っているのかしら?

 確かにわたしたち魔法少女にとって、ソウルジェムは命のようなものだけれど」

「わたしの言ったことは、そのまま受け取ってもらってかまわないわ。

 ソウルジェムは、わたしの命。

 もっと正確に言うなら、わたしの命がキュウべえによって結晶化されたもの」



静寂を、杏子の乾いた笑い声が破った。



「それじゃあ何かい?

 ほむらのソウルジェムが砕けたら、ほむらはポックリ死んじまうのか?」

「ええ。死ぬわ」



あっさりと答えたほむらに、杏子が押し黙る。

ほむらの言葉には、妙な説得力があった。

杏子の指先は、無意識のうちに、リングの冷たい表面を撫でていた。


283: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 17:43:08.33 ID:HRWExf4J0
「もしも暁美さんの言葉が真実だったとして、

 今こうして、わたしたちと話している"あなた"は何なの?」

「抜け殻のようなものよ」



ほむらは自身の胸の中心を指さし、



「この肉体は魔女との戦いに特化したハードウェアで」



指先をこめかみに持って行く。



「この脳髄はその肉体に命令を下すための高度なソフトウェア」



コンピュータのアナロジーを延長するなら、

さしずめソウルジェムは魔法少女を動かす電源装置といったところね、とほむらは締めくくる。



285: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 18:06:16.91 ID:HRWExf4J0
マミは首を横に振りながら言った。



「言葉遊びにしか聞こえないわね。

 この体も、この頭も、他の普通に生きている人たちと何も変わらないじゃない」

「わたしたちの肉体や精神は、魔法で強化することができる。

 魔法少女なら誰でも知っている常識。そうよね?」



メンタル・エンチャントは負の感情を正の感情に変え、痛覚の訴えを和らげてくれる。

フィジカル・エンチャントは総合的な膂力を向上させ、常人ではありえない身熟しを可能にする。

巴マミも佐倉杏子も、これまで何度もその恩恵に浴しているはず。

二人が頷いたのを見て、ほむらは続けた。



「じゃあ、魔法で強化できる精神と肉体が、

 魔法少女のそれらに限られることは知っていたかしら?

 いくら魔法少女が一般人に魔力を与えたところで、彼らには何の作用も及ぼしはしない」



288: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 18:17:19.73 ID:HRWExf4J0
嘘だと思うなら、試してみればいい。

言外の意味を受け取って、マミと杏子の視線は、

自然とまどかとさやかに向けられていた。



「巴マミ、もしもあなたの言っていることが正しければ、

 エンチャントは鹿目さんと美樹さんの二人にもきちんと成功するはずよ」

「できないわ……そんなこと」



失敗するのが怖いから、ではない。

初めから失敗を予感しているからだと、巴マミの表情は物語っている。



「これで信じてもらえたかしら?」



杏子は掠れた声で言った。



「ほむらの言うことは筋が通ってるし、納得させられる部分もある。

 けどさ、やっぱり信じられないよ。

 こんな……こんなちっぽけな宝石の塊が、あたしの本体だなんてさ」


291: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 18:32:06.92 ID:HRWExf4J0
「そうよ。暁美さんの話は、臆測の域を出ないわ。

 第一、それを証明する方法がないじゃない。

 わたしは自分のソウルジェムを傷つけて確かめる気にはなれないし、

 その説を信じている暁美さんなら、なおのことそんなことは出来ないはずよ」

「真実を確かめる方法は、別にもあるわ」



ほむらが静かにそう言ったのと、

それまでまどかの膝の上に座っていたキュウべえが、

ほむらの前に進み出たのは同時だった。



「君はとても危険な賭をしようとしているよ、暁美ほむら」

「忠告ありがとう」

「僕は本気で君のことを心配しているんだ」



心配?笑わせないで。

ほむらはキュウべえの紅玉のような瞳を睨み付ける。

キュウべえは臆した様子もなく続けた。



「さっき君はコンピュータを例に使ったけれど、

 それに倣うなら、これから君がしようとしていることはコンピュータの"強制終了"だ。

 最悪の場合、プログラムは"アボート"される。

 その危険性を、君はきちんと理解しているのかい?」


293: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 18:40:37.55 ID:HRWExf4J0
「ええ、もちろんよ」



覚悟はとうの昔に済ませてある。

あの日、わたしの親友の亡骸を抱いて、

最良の未来を勝ち得ると、彼女に誓った瞬間に。



「そうか。なら、僕はもう何も言わないよ」



大人しく引き下がるキュウべえ。

それと立ち替わるようにして、まどかが言った。



「ほむらちゃん……キュウべえの言ってた『危険な賭』って何なの?」

「あなたが心配する必要はないわ。

 キュウべえは、大袈裟に言っているだけ」













晩ご飯


301: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 19:06:50.02 ID:HRWExf4J0
「どうしてほむらちゃんは、わたしに何でも隠し事をするの?

 わたしはほむらちゃんの考えてることが分からないけど……、

 何か、とても危ないことをしようとしてるなら、考え直して。

 わたし心配なの。ほむらちゃんのことが」



やめて、まどか。

わたしの決心を鈍らせるようなことを言わないで。

ほむらはまどかの声を無視して言った。



「体にエネルギーを供給するためには、

 ソウルジェムを出来るだけ体に近いところに置いておく必要があるわ」



たいていの魔法少女は、通常時、ソウルジェムをリングに変化させている。

イヤリング、ネックレス、ブレスレットの場合もあるが、

共通しているのは、常に肌身に触れているアクセサリーだということ。



「だから魔法少女は本能的に、

 ソウルジェムを自身から遠ざけないようにしているのよ」

「もしも何かの拍子に、体からソウルジェムが引き離されたら?」

「杏子の想像しているとおりになる、と言っておくわ」


304: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 19:22:41.80 ID:HRWExf4J0
ほむらは優雅に足を組み直し、最初の質問を復唱する。



「さあ、どちらが最初に、わたしの命を預かるか決めて」

「…………」

「…………」



顔を見合わせるマミと杏子。

重い沈黙が部屋に満ちる。

果たして先に耐えきれなくなったのは、マミのほうだった。



「な、なにも"そんなこと"する必要ないじゃない?

 鹿目さんの言うとおりよ。

 度胸試しじゃないんだから、暁美さんが危険な橋を渡ることないわよ」

「あなたは怖れているだけでしょう、巴マミ?」

「ち、ちがっ……」

「違わない。何も違わないわ」



狼狽えるマミに、ほむらは釘を刺した。



「これはわたしがあなたたちに命を預ける儀式であると同時に、

 鹿目さんや美樹さんを含めたこの場にいる全員に、

 魔法少女の真実を知ってもらうためのプレゼンテーションでもあるの。

 どうしても知りたくなければ、あなたは目と耳を塞いでじっとしていればいい」


307: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 19:31:15.77 ID:HRWExf4J0
「あたしが先にやる」

「佐倉さん……」

「あんたもあたしも尻込みしてたんじゃ、話が進まない。

 ほむら、あたしにあんたの命を預けてくれ」



ほむらは淀みなく杏子に歩み寄ると、



「はい。大切に扱ってね」



その手のひらの上に、そっと藤色のソウルジェムを乗せた。



「あたしはこれから、どうすりゃいい?」

「この家を出て、300mほど離れた地点で、5分間待機した後で、この場所に戻ってきて。

 わたしの命はこの時点で、あなたの手の内にある。

 わたしの言ったとおりにするも、途中で捨てるも、砕くも、あなたの勝手よ」



それは、少し歪な信頼の形。


309: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 19:50:00.08 ID:HRWExf4J0
「分かった」



出て行こうとする杏子の前に、立ちふさがる人影があった。



「どきな」

「ダメだよ。こんなの絶対おかしいよ。

 もしもほむらちゃんの言ってることが本当なら、ほむらちゃんは、」

「本人がそれを望んでるんだ。

 あんたの心配は、ほむらにとっちゃありがた迷惑だろうさ。

 あたしは、魔法少女の真実が知りたい。それはあんたも同じだろ?」



半ばまどかを押し退けるようにして、杏子は部屋を出て行った。

ぱたん、とドアの閉じる音が響き、再び重い静寂が訪れる。

まどかは覚束ない足取りでわたしに近づくと、

隣に腰を下ろして、わたしの手を握った。温かった。

思わず、彼女の肩に頭を預けてしまいたくなるくらいに。

カチカチカチカチ、と耳障りな音が聞こえる。

それが巴マミの歯ではなく、自分のそれによって鳴らされていると気づくのに、少し時間がかかった。


312: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 20:01:29.08 ID:HRWExf4J0
心臓は不規則なリズムで跳ねている。

視界に黒の斑点が浮かびはじめる。

耳鳴りがする。

呼吸が乱れる。

それらは強い恐怖の波に襲われた体の、生理的な反応だった。

いずれ訪れるであろう仮初めの死が、どうしようもなく怖かった。

でも、魔法は使わない。

わたしは自分一人の力で、この恐怖と対峙する。

手先の震えを感じ取ったのか、まどかは強くわたしの手を握りしめた。



「ほむらちゃん!」



まどか、と名前を呼び返すことは叶わなかった。

舌が喉に詰まり、視界が暗転する。

ほむらは薄れ行く意識の中、



「君の行為は驚嘆に値するよ、暁美ほむら」



というキュウべえの声を聞いた。


320: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 20:25:36.51 ID:HRWExf4J0
◇◆◇◆



果てしなく広がるグラフィティアート。

夜中の繁華街もかくやの大騒音。

結界に侵入してからものの数分で、杏子の不快指数はMAXに差し掛かろうとしていた。



「魔女め、どこにいやがる!

 隠れてないで姿を見せやがれっ!」



そんな杏子を嘲笑うかのように、



「ぶぅーん!ぶぅん、ぶぅーんっ!」



魔女の手下――アンニャ――は、

奇声をあげながら結界上空を飛び回る。



「てめーみてぇな下っ端に用はねぇんだよっ!

 親玉を呼んでこい!」



一閃。

断ち切られたアンニャは、派手にペンキを撒き散らして、

杏子の白い肌と深紅の衣装に、前衛的なアクセントを加えた。


323: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 20:40:32.74 ID:HRWExf4J0
「…………」



杏子の額に青筋が浮かぶ。

乾いた音が響き、さらに数体の魔女の手下が撃ち落とされた。

地面に叩きつけられたアンニャは、やはりペンキを撒き散らして、

杏子の綺麗な後ろ髪と、自慢のブーツに刺激的な配色を加える。

もう我慢の限界だった。



「おいマミ、ほむら!

 後ろから援護射撃してくれるのはありがたいけどさ、

 ……ちょっとは前衛のあたしの被害も考えろってんだ!」



暁美ほむらはM249軽機関銃を掃射しながら、



「変身を解けば元通りよ。今は我慢して」


328: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 20:52:47.90 ID:HRWExf4J0
魔女の手下が沸き出る穴に、

淡々と大砲級の射撃をぶち込んでいるマミも、



「なあに?

 大した用が無いなら話しかけないで。

 狙いが逸れちゃうかもしれないじゃない」



とまるで他人事――いや、何気に物凄く恐ろしいことを口走ったな、あいつ。



「はぁ」



杏子は感情を殺して、尖兵の役割に徹することにした。

立ちふさがるカンバスやルーズリーフの束を切り裂き、

魔女の手下を切り捨てながら、戦線を押し進めていく。





334: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 21:06:44.83 ID:HRWExf4J0
どれほどペンキを浴びただろう。

結界の最奥付近で、杏子の目は、明らかに手下とは違う何かを認めた。



「いたぞ!魔女だ!」



慌てて接近しようとしたものの、



「キーヒヒヒ!!キャーハハハ!!」



アンニャが大挙して現れ、たたらを踏む。

肉の壁を切り崩したとき、既に魔女の姿は見えなくなっていた。



「あっちよ!」



ほむらが叫ぶ。

が、彼女の視線を辿れど、そこには汚らしいグラフィティアートが描かれているのみ。



「どこにもいないじゃないか!」

「落ち着いて。

 この魔女は、絵から絵に自由に飛び移れるみたい。動きもかなり素早いわ」



と、遠距離から全てを見ていたマミが言った。



337: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 21:24:09.96 ID:HRWExf4J0
フィジカル・エンチャントの応用は、視力の倍加をも実現する。



「ほむらの能力でなんとかならないのか?」

「無茶言わないで。ここから魔女までの間に障害が多すぎる」

「手榴弾いっぱい持ってんだろ?景気よく使っちゃえばいいじゃんか!」

「数には限りがあるわ。

 ワルプルギスの夜までに、出来るだけ火力は温存したい」

「クソッ、あたしは貧乏性が大嫌いだ」



杏子は頬のペンキを拭って、考える。

ほむらの"時間停止"。

あたしの"槍"。

マミの"大砲"。

こっちは三人がかりなんだ。倒せないわけがない。

沈思黙考すること数秒。



「閃いたっ!」



へへっ、あたしってば天才じゃね?

こんな名案、誰も思いつかないよ。

やっぱり見滝原市のNo1魔法少女はこのあたしだね――。



「自画自賛はそこまでにして、その名案とやらを教えてもらえるかしら?」

「あ、あんたたち、あたしの心が読めるのか?」

「全部口から出ていたわよ」


346: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 21:46:04.72 ID:HRWExf4J0
杏子は顔を赤らめながら、ボソボソと閃きの内容をテレパシーで語った。

「悪くない」というのが、ほむらとマミの共通の見解だった。



戦いは続く。

長柄の切っ先が、軽機関銃の5.56mmNATO弾が、迫撃砲の高性能魔力砲弾が、

魔女の手下を容赦なく蹴散らすが、

無尽蔵に沸いて出る彼らと、隠れんぼ好きの魔女には、功を奏しているとは言い難い。



「まだなのか……!」



歯軋りする杏子の耳に、マミのテレパシーが響く。



「今よ!」



その瞬間、ほむらは"時間停止"を発動させた。

灰色の世界で杏子は思う。

やっぱりまだ、誰かと手を繋ぐのは苦手だ。


349: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 22:10:02.45 ID:HRWExf4J0
「待ちに待った瞬間ね?」

「ああ。正直片手でコイツを振るうのは、やりにくいったらありゃしなかったよ。

 それに何より……お手々繋いで魔女退治なんて、見映えが悪すぎる」

「今更だと思うけど」



ペンキに塗れたほむらの姿に気づき、噴き出す杏子。

ほむらも間近で見た杏子の酷い有様に、口元を押さえて笑いを噛み殺す。



「笑ってる場合じゃなかったね」



杏子は槍を、拳の小指側に切っ先が来るように持ち直した。

槍の形状は、彼女のイメージ通りに変化する。

柄は太く重さを増し、穂はより細長く、穂先はより鋭利に。

神経を研ぎ澄ます。

吹雪のようなルーズリーフの切れ端や、飛び乱れるアンニャの合間に、

杏子は今まさにグラフィティアートからグラフィティアートへと飛び移ろうとしている魔女を見つけた。

マミのタイミングはバッチリだったらしい。



「いい的だよ、あんた」



右腕に魔力を集中させる。

今この瞬間、単純な右手の膂力において、彼女の右に出る者はいない。

渾身の力で放たれたジャベリンは、いったん中空で静止し、

ほむらが能力を解除したのと同時に、魔女を壁に磔にした。


351: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 22:23:02.03 ID:HRWExf4J0
が、それが致命傷にはならなったらしく、



「ギーッ!?ギギギーッ!?」



遣い魔が魔女のもとへ殺到する。

放っておけば、彼らは力を合わせて投槍を引き抜いてしまうだろう。

しかし杏子は背を向けると、大きく手を振ってみせた。

マミがテレパシーで応える。



「後は任せて」

「外したら承知しないからな」

「十八番よ?

 これを仕損じたら、わたしは魔法少女を引退するわ」



その宣言からきっかり三秒後、

魔女の直径はあろうかという大きさの魔力砲弾が飛来し、

手下もろとも魔女を吹き飛ばした。


362: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 23:00:16.93 ID:HRWExf4J0
「いつもながら馬鹿げた威力だな……って、おい、マミっ!」

「なあに?ここからでも、綺麗に止めをさせたことは一目瞭然よ」

「やり過ぎなんだよ、あんたは!

 あたしの槍まで綺麗に吹っ飛んじまってるじゃねえか!」

「ふふ、ごめんなさい」



ほむらといい、マミといい、

こいつらの「ごめんなさい」には、ちっとも謝意がこもってない。

魔力で創り出した槍だ、また新しく創ることはできるが……。



「弁償だ。コンビニ寄って帰るぞ」

「またお菓子?

 健康には気を遣ったほうがいいわよ。

 野菜ジュースも一緒に買ってあげるから、飲みなさい」

「うるさいな。あんたはあたしの母親か?」



軽口を叩き合っているうちに、結界が薄れ、現実世界に戻ってくる。


368: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 23:13:06.43 ID:HRWExf4J0
結界の中での距離は、現実世界のそれに相当しない。

遙か後方にいたはずのマミは、

杏子から数メートル離れたところに立っていて、ほむらは――。



「そうしていると、二人ともとっても仲良しに見えるわよ?」



ニヤニヤと笑うマミ。



「バ、バカ言ってんじゃねえ」



繋いでいた手を離し、飛び退く杏子。

ほむらは、ふぅっ、と息を吐いて、変身を解いた。



「や、別にほむらのことを嫌ってるワケじゃないんだよ。

 マミのヤツが変にからかうからさ……」



取り繕う杏子を意にも介さず、

ほむらは路地裏からメインストリートに続く階段に近づくと、



「戻っていなさい、と忠告したはずよ」



彼女が見上げる先には、西日に縁取られた二つのシルエットがあった。


373: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 23:30:20.80 ID:HRWExf4J0
また来てたのかよ、懲りない奴らだな、と杏子は冷めた視線を向ける。

ほむらは言った。



「一般人の出る幕じゃないわ。

 魔女の危険は、あなたたちもよく分かっているはず。

 もう着いてこないで」

「あたしたちは、あんたに着いていってるわけじゃない。

 マミさんに着いていってるの!」



美樹さやかの声は、なぜか、あたしの琴線を震わせる。

名前を呼ばれたマミは、辛そうに顔を上げて言った。



「美樹さん、鹿目さん、よく聞いて。

 魔法少女の体験学習は、もうお終いにしましょ」


375: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 23:43:08.90 ID:HRWExf4J0
「そんな……」

「それがあなたたちのためよ。

 今なら、何も知らなかったフリをして、日常に戻れるわ。

 魔女や魔法少女のことも、時間が経てば忘れられる」

「わたしたちに色んなことを教えてくれたのは、マミさんじゃないですか!」



マミは寂しい笑顔を浮かべて、



「わたしは、先輩風を吹かすには、まだ年紀が浅かったみたい。

 わたしは自分でも驚くくらい、魔法少女のことを知らなかったの。

 あなたたちを巻き込んだのは、軽率だったわ。

 もしも今のわたしが、あの頃の二人に会っていたら、

 絶対に魔法少女になることなんて、勧めなかったと思うから」


376: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/04(月) 23:53:51.09 ID:HRWExf4J0
「……ッ」



さやかは踵を返して、雑踏の中に消えた。



「さやかちゃんっ!」



その後を追うまどか。

ほむらの目配せに、杏子は頷き、足に魔力を込める。

マミは言った。



「悪いわね、嫌な役目をあなたに押しつけて」

「ほむらが言うには、美樹さやかの説得には、あたしが一番の適任らしい。

 それにあたし自身、あいつとは腹割って話したいと思ってたんだ。

 ……一石二鳥ってやつさ」



杏子は力強く地面を蹴りつけ、三角飛びの要領で、

小高いビルの屋上に降り立った。


377: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/05(火) 00:01:29.23 ID:rU5R9xlg0
細かいフィジカル・エンチャントは不得手だが、眉間を揉んで、視力を強化する。

だいたいの見当をつけて、雑踏に視線を這わせると、さやかはすぐに見つかった。

進行方向には見滝原市立総合病院がある。



「幼馴染み、ねえ」



杏子は馴染みのない言葉を口の中で転がすと、

ビルの屋上から屋上へと飛び移り、さやかの後を追った。







 


477: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/05(火) 15:07:49.72 ID:rU5R9xlg0
◇◆◇◆



指先をタッチスクリーンに滑らせると、ガラスの箱は静かに上昇しはじめた。

美樹さやかはその中でひとり、小さくなっていく薄暮の街並みを見下ろす。



『さやかはさぁ……』

『なあに?』

『さやかは、僕をいじめてるのかい?』

『えっ』



繰り返し再生される、悲しい記憶。



『なんで今でもまだ、僕に音楽なんか聴かせるんだ?

 嫌がらせのつもりなのか?』

『だって恭介、音楽好きだから――』

『もう聞きたくなんかないんだよ!

 自分で弾けもしない曲、ただ聞いてるだけなんて!

 僕は……っ…うぅ……僕はっ……!!』



砕け散るミュージックプレイヤー。

清潔なシーツを染める血飛沫の朱。

少年に覆い被さった少女の耳に、嗚咽混じりの声が聞こえた。



『動かないんだ……もう……痛みさえ感じない……。

 こんな、手なんてっ……!』

『大丈夫だよ。きっと、なんとかなるよ。

 諦めなければ、きっと、いつか――』

『諦めろ、って言われたのさ。

 もう演奏は諦めろ、ってさ……先生から直々に言われたよ。

 今の医学じゃ無理だ、って』


481: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/05(火) 15:33:37.64 ID:rU5R9xlg0
『………』

『僕の手はもう、二度と動かない。

 奇跡か魔法でもない限り、治らない』



奇跡も魔法もあるんだよ――その言葉を、さやかは呑み込んだ。

暁美ほむらによって知らされた"真実"が、

奇跡の"真の代償"が、彼女の決断を鈍らせていた。

エレベーターのスピーカーが、幼馴染みの病室がある階に到着したことを告げる。

が、さやかは足を踏み出すことができなかった。

会って何を話せばいいんだろう。

自分が恭介の傍にいることに何の意味があるんだろう。

後ろ向きの思考が、頭の中をぐるぐると回る。

無情にもドアは閉まり、エレベーターは再び、今度は終点へと上昇を開始した。


487: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/05(火) 16:05:52.09 ID:rU5R9xlg0
見滝原市立中央病院の屋上には、花壇の迷路がある。

その迷路の真ん中に、一人の少女がこちらに背を向けて立っていた。

デニムのショートパンツに、オリーブグリーンのヨットパーカ。

腰まで届く長さの髪は、後ろでひとつに結わえられている。



「佐倉……杏子……」



さやかは一瞬後じさり、今度は広い歩幅で歩き出した。

杏子から逃げようとしている自分を、認めたくなかった。



「どうしてあんたがここにいるわけ?」

「どうしてって、そりゃあ、あんたを追ってきたからさ。

 見舞いが終わるまで待ってるつもりだったんだが、随分と早く切り上げてきたんだね。

 ロクに話もできていないんじゃないのかい?」

「……ッ」



振り返った杏子は、意地の悪い笑みを浮かべていた。


490: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/05(火) 16:34:18.40 ID:rU5R9xlg0
恐らく杏子は、さやかが真っ直ぐここまで来たことを、

幼馴染みに会う勇気を出せなかったことを知っている。

さやかは蔑みを込めて言った。



「恭介のことは、あんたには関係ないでしょ。

 で、なんであたしに着いてくるの?

 あんた、あたしのストーカーなの?」

「ハッ、こりゃまた酷い言い草だね。

 何もあたしだって、好き好んであんたを追っかけてきたわけじゃない。

 あたしはね、美樹さやか……。

 あんたが魔法少女を諦められるように、諭しに来てやったのさ」

「そんなことして、あんたに何の得があるわけ?」

「得なんかない。

 あたしはただ、出かけてる杭に、出たら打つよ、って言いに来ただけだ。

 打たれて痛い思いをしたくなけりゃ、大人しく引っ込んでな、ってね」


493: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/05(火) 17:12:19.90 ID:rU5R9xlg0
穏やかな恫喝に、しかし、さやかは臆さない。



「あたしが魔法少女になるも、ならないも、あたしの勝手でしょ」

「つくづく酔狂な女だな、あんたも。

 ほむらが見せてくれた魔法少女の真実を、まさか忘れたってわけじゃないんだろう?

 あれを知って、どうしてまだ悩めるんだい?」



悩む余地なんてないじゃないか、と両手を肩の高さまで上げる杏子。

あんたには分からないでしょうね、とさやかは思った。

自分のためだけに魔法を使う杏子に、

誰かのために魔法を使おうとしているあたしの気持ちが、理解できるわけがないんだ……。

杏子は言った。



「なあ。あんたにとっての上條恭介は、

 あんたがこの先の人生を棒に振ってもいいと思えるほど、価値のある男なのか?」



497: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/05(火) 17:36:19.14 ID:rU5R9xlg0
「恭介は関係ないって言ってるでしょ。

 何度も同じことを言わせないでよ」

「白々しい嘘はやめなよ。ほむらから聞いて、全部知ってる。

 上條恭介が、あんたが魔法少女になろうとしている理由なんだろ?」



さやかはぎゅっと下唇を噛み締めた。

あたしと恭介の関係を調べ上げ、あまつさえそれを杏子に喋った転校生が憎い。



「そいつ、交通事故がきっかけで指が動かなくなっちゃったらしいね」

「…………」

「今の医学じゃ治る見込みもないんだってね」

「…………」

「どんな天才バイオリニストだって、商売道具が壊れちゃお払い箱だ」

「…………」

「時間が経てば、誰も見向きもしなくなる」



言葉のひとつひとつが、さやかの心に突き刺さる。



「……それ以上恭介をバカにしたら、あたしはあんたを許さない」

「おっかしいな。

 あんたの幼馴染みをバカにしたつもりなんて、これっぽっちもないんだけどね。

 全部――紛れもない事実じゃないか」


501: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/05(火) 18:02:37.31 ID:rU5R9xlg0
違う。最後の一言だけは、間違ってる。



「他の誰が恭介を見限っても、あたしは絶対、恭介のことを諦めない」

「ああ、そうだったね。

 上條恭介が事故に遭って以来、足繁く通ってるあんたは例外だ。

 なあ、これはほむらが直接教えてくれたわけじゃない、あたしの想像だが、」



杏子はストレートに訊いてきた。



「好きなんだろ、上條恭介のことが」

「そ、それは……」



言葉に詰まるさやか。

会話の脈絡からすれば、沈黙は肯定と同義だった。



507: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/05(火) 18:33:31.04 ID:rU5R9xlg0
幼馴染みに異性を意識したのはいつからだろう。

隣にいると胸がドキドキして、顔が熱くなるような、片思いの相手になったのはいつからだろう。

はっきりと『恭介のことが好き』だと自覚したのは、

奇しくも、恭介が交通事故に遭ってからだった。

それまでの恭介はあたしにとって、幼馴染みであると同時に、

雲の上の神様のような存在だったからかもしれない。



「確かにあんたがキュウべえに望めば、

 上條恭介の腕は、元通り動くようになるだろう。

 そうしたいって気持ちはよく分かるよ。

 誰か大切な人の願いを、その誰かに代わって叶えてあげたいって気持ちはさ」



嘘ばっかり、とさやかは心の中で杏子を詰る。

でもね……、と杏子は低い声で続けた。



「……その気持ちは純粋なモンなのか?

 上條恭介に恩を売って、好かれようって魂胆がないと言い切れるのか?」



511: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/05(火) 18:50:35.36 ID:rU5R9xlg0
さやかの耳許で、マミの言葉が蘇る。



『あなたは彼に夢を叶えてほしいの?

 それとも、彼の夢を叶えた恩人になりたいの?』



訊き方さえ違えど、杏子の質問の本質はそれと同じだった。

あの夜から、随分と悩んできた。

何度も何度も、恭介の腕と自分を秤にかけてきた。

さやかは自分の胸に手を添え、両の瞼を閉じる。

走馬燈のように流れる、恭介の記憶。













晩ご飯


516: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/05(火) 19:22:13.29 ID:rU5R9xlg0
「恭介はね、本物の天才なんだ。

 どんな難しい曲も、少し聞いただけで自分のものに出来たし、

 小さな頃から何度も大舞台に立って、たくさんの人を感動させてきたの」



恭介のしなやかな指は『バイオリンの神自ら鑿を振るった』と謳われ、

その指が奏でる旋律は『ヤッシュ・ハイフェッツの再来』と評された。



「あんな不幸な事故さえなかったら、

 恭介は絶対に、世界で認められるヴァイオリニストになってた。

 お見舞いに行くたびに、思うんだ。

 どうして恭介なんだろうって。

 どうして才能のある恭介が事故に遭って、

 何の取り柄もないあたしが事故に遭わなかったんだろうって」



代われるものなら、代わってあげたい。

時折遠い目になる恭介を見て、何度そう願ったかしれない。


524: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/05(火) 20:05:30.36 ID:rU5R9xlg0
「上條恭介の幸福のためなら、自分が不幸を背負ってもいい。

 あんたは本気でそう思ってるわけだ」



さやかは頷く。

あたしは恭介の夢を叶えたい。

間違った神様の差配を、正したい。

たとえ魔女を滅ぼすことを運命付けられることになっても。

たとえこの命を結晶化して、元の肉体を失うことになっても。



「見返りなんて、求めない。

 後から恭介が夢を叶えられたのは、

 あたしのおかげだったなんて言うつもりもないよ」



杏子は肩を竦めて言った。



「ふーっ、熱い熱い。純愛だねえ。じゃあ……」



不意に一陣の風が吹き抜け、咲き乱れたオオアマナを揺らした。

純白の花びらが大量に舞い、

黄昏時の屋上に、目も綾な光景を作り出す。



「……なおのことあんたを、魔法少女にするわけにはいかないな」


530: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/05(火) 20:30:17.95 ID:rU5R9xlg0
◇◆◇◆



マミの現実は崩れかけていた。

一秒が無限の長さに感じられた。

いくら空気を吸っても、息苦しさが消えなかった。

酷い寒気が全身を粟立たせ、冷たい汗が背筋を流れ落ちるのが分かった。



『ほむらちゃん!』



まどかの悲鳴が響き渡り、反射的に顔を上げた。

ぐらり、とほむらの体が頽れる。



『ほむらちゃん、返事して!返事してよぉっ!』



泣き喚くまどか。



『嘘、でしょ……?

 何とか言いなよ、転校生』



立ち竦むさやか。

マミは奥歯を噛み締め、ともすれば発狂しそうなほどの恐怖を押し殺した。

わたしが確かめなければ。

ソウルジェムから引き離された暁美さんの体が、本当に死んでいるのかどうかを。



542: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/05(火) 20:50:29.49 ID:rU5R9xlg0
 



マミは努めて冷静に言った。

暁美さんがまだ生きていると仮定することで、鹿目さんは落ち着きを取り戻すはず。



『暁美さんを横にしてあげて。

 その姿勢だと呼吸がしにくいだろうから』

『は、はいっ』



マミはスツールをいくつか寄せて即席のベッドを作り、そこにほむらを寝かせた。



『ほむらちゃんは、気を失ってるだけですよね?

 すぐに目を覚ましますよね?ほむらちゃんは――』



マミは片手でまどかを制し、身を屈めた。

保健体育で習った応急救護の知識が、こんなところで生きるなんてね……。

ほむらの額と顎先を押さえて気道を確保し、

口と鼻に自分の耳を近づけ、目線で胸が上下しているか確認する。


547: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/05(火) 21:12:09.08 ID:rU5R9xlg0
それからマミは人工呼吸を二度行い、頸動脈の脈拍を確かめて、

暁美ほむらの心肺が完全に停止していると判断した。

彼女の表情を見て悟ったのか、まどかの瞳から、再び大粒の涙が零れ出す。



『酷いよ……こんなのって、ないよ……』



心臓マッサージに取りかかろうとしたマミに、キュウべえが言った。



『無駄だよ、マミ。

 それはもはや、暁美ほむらの魂を失った、ただの抜け殻だ。

 どんな蘇生措置を施したところで、その目に光が戻ることはない』

『暁美さんの言っていたことは、本当だったのね?』

『幾分、悲観的に脚色されていたけれど、概ねは彼女の言うとおりだ』



あっさりと認めるキュウべえに、さやかが詰め寄る。



『どうしてそんな大事なことを、あたしやまどかに黙ってたの?

 良いことばかり言って、都合の悪いことは隠して、騙して契約させるつもりだったの?』


551: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/05(火) 21:31:55.49 ID:rU5R9xlg0
『僕が君たちを騙す?

 人聞きの悪いことは言わないで欲しいな、さやか。

 僕は訊かれなかったから、言わなかっただけだよ。

 それに魔法少女にとって、肉体と魂の分離は、実に便利で合理的なシステムじゃないか』

『合理的、ですって……?』

『そうさ。心臓が破れても、ありったけの血を抜かれても、

 魔力の源たるソウルジェムさえ砕かれなければ、

 魔法少女は魔力で傷ついた体を修理することができる』



絶句するマミとさやか。

体温を失い始めた体を温めるように、まどかはほむらを抱き締めた。

彼女の顎先から落ちる涙の粒が、ほむらの制服のリボンを濡らした。



『君たちはいつもそうだね。

 事実をありのままに伝えると、決まって同じ反応をする。

 どうして人間はそんなに、魂の在処にこだわるんだい?』


572: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/05(火) 22:36:04.82 ID:rU5R9xlg0
『それが分からないのは、

 あなたがわたしたちと違う生き物だからよ、キュウべえ。

『今の発言はなかなかに正鵠を得ているよ、マミ。

 僕たちの種族はまだ、"感情"というものを完全に理解できていないんだ。

 君たち人類が"原子力"という比較的扱いやすいエネルギーを持て余しているようにね』



意味深な言葉を、しかしマミは聞き流して言った。



『あなたのことは、良いパートナーだと思っていたのに……』

『僕のことが憎いかい?』

『わたしの命を救ってくれたことには感謝しているわ。

 あの時魔法少女になる道を選ばなければ、わたしは死んでいたでしょうから。

 けれどあなたは、決して魔法少女になる必要のない、美樹さんや鹿目さんにも契約を迫った』

『僕は良かれと思って、素質ある彼女たちに声をかけただけだよ』

『魔法少女になることによって、何を得て、何を失うことになるのか、

 予めきちんと話さないあなたのやり方は、悪質だと言わざるを得ないわ』

『やれやれ。

 やっぱり僕と君たちの価値観には、大きな齟齬があるみたいだ。

 そして認識の相違から生じた判断ミスを後悔するとき、なぜか人間は、他者を憎悪するんだよね』


577: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/05(火) 23:02:12.08 ID:rU5R9xlg0
キュウべえはスツールから床に降り立つと、

さやかとまどかを交互に見つめ、



『しかし今回君たちは契約前の時点で、

 幸運にも――こういう表現は不本意だが――ソウルジェムの本質を知ることができた。

 その上で魔法少女になるか、ならないかは、完全に君たちの自由だよ。

 人智の及ばない奇跡が必要になったときは、いつでも僕を呼び出してほしい』



最後にさやかを一瞥し、照明の影に姿を隠した。

マミが目のかすみを覚えて瞬きすると、

キュウべえはどこにも見えなくなっていた。



『ひっ……えぐっ……うぅ……っ……』



まどかの嗚咽は、部屋の静けさを逆に際立たせた。

マミは祈るような気持ちで、振り子時計を見上げた。



586: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/05(火) 23:29:05.91 ID:rU5R9xlg0
杏子が出て行ってから、濃密な五分が経過しようとしていた。

ソウルジェムが肉体の近くに戻れば、暁美さんは息を吹き返すのだろうか?

キュウべえは『危険な賭』だと言っていた。彼女自身もそれを理解しているようだった。

もしも、暁美さんが蘇らなかったら……?

マミが最悪の場合を想定したそのとき、

だらりと垂れ下がっていたほむらの手先が、ぴくりと動いた。



――――――

――――

――



ザァァァァ、という水音に、我に返る。

白昼夢を見ていたらしい。

マミはシャワーを止めて、大きな姿見に映った裸体を見つめた。



「……ただの入れ物……なのよね……」



人差し指の爪先を、胸の正中線に軽く突き立て、数センチ切りつける。

ささやかな痛みとともに血が滲み出し、

彼女が魔力を注いだ瞬間、傷口は跡形もなく塞がった。


593: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/05(火) 23:51:35.65 ID:rU5R9xlg0
メンタル・エンチャントをほどこせば、ささやかな痛みさえ消すことができる。

魔法。それは人の域を逸した者のみが使える業。



「……わたしはもう……人間じゃ、ない……」



鏡の中の自分に言い聞かせるように、そう呟いた。

マミがほむらの私室に戻ると、まだ杏子は帰ってきていないようで、

ほむらは一人スツールに腰掛け、壁に掛かった魔女の絵を見つめていた。

ちなみに対ワルプルギスの夜のチームを結成して以来、

根無し草の杏子はほむらの家の一室を陣取り、我が家のように振る舞っている。



「ありがとう。さっぱりしたわ」

「ずいぶん長いシャワーだったわね。

 浴室で倒れているんじゃないかと思って、

 様子を見に行こうとしていたところよ」


603: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 00:17:38.59 ID:DBiwwLkE0
ほむらはどこからともなくティーカップを取り出すと、

コトリとマミの前のガラステーブルに置いた。



これも能力のひとつだ、と以前ほむらに説明されたが、

何度見ても高度な手品でも披露されているような気分になるマミだった。



「お風呂上がりの紅茶まで用意してくれたの?

 サービスがいいわね」

「自分の分のついでよ」

「でも生憎だけど、わたし、紅茶にはうるさいわよ?」



マミは透き通った赤銅色の液体を舌の上で転がし、率直な感想を口にした。



「美味しい……!

 暁美さん、どこで紅茶のいれかたなんて習ったの?」

「紅茶好きの知り合いがいて、ずっと前に教えてもらったの」

「よかったらその人、わたしに紹介してもらえるかしら?」

「ええ。いつか、そのうちにね」



ほむらはそこで表情を切り替えて、視線を壁の絵に戻した。


610: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 00:36:37.39 ID:DBiwwLkE0




「次に倒す魔女は、もう決まったのかしら?」

「影の魔女――エルザマリアを排除する」



マミはほむらの視線を辿り、一枚の絵の中に、

全身から無数の触手を生やした魔女を認めた。

その外見は彼女に、ギリシャ神話の怪物『メドゥーサ』を想起させた。

『どうして暁美さんはこの街に現れる魔女を知っているの?』

と訊いたところで、

『今は秘密』

と返されるのは分かっている。



「この魔女の強さは?」

「攻守に優れた、かなり強力な魔女よ。

 でも、あなたと杏子が間断なく攻撃を続ければ、完封も可能」


619: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 01:00:49.31 ID:DBiwwLkE0
「それは暗に、わたしたちに上手く連携しろって言ってるのよね?」

「いいえ。わたしは最も効率の良い倒し方を提案しているだけ。

 この魔女戦に関しては、あまりわたしの"時間停止"は役に立たないし、

 結界内の足場もかなり狭いから、安全圏からの援護射撃は不可能に近いわ」



あなたもね、とほむらは付け足す。

マミは溜息を吐いて言った。



「分かったわ。わたしが大人になればいいんでしょ?

 佐倉さんと一緒に前衛に立つのは不安だけれど……やるだけやってみるわ。

 魔女の出現予定時間と、場所は?」

「明日の深夜、西区の見滝原リバーシティ第4棟建設予定地点」

「いつもながら、詳細ね」



そしてそれが外れているとは思わない。

先日倒したハコの魔女・キルシュテンといい、

さっき倒した落書きの魔女・アルベルティーネといい、

ほむらは魔女の結界の移動地点と時間を、ほぼ正確に当ててみせている。


624: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 01:14:32.19 ID:DBiwwLkE0
そういえば、とマミは今思い出したように言った。



「佐倉さんに、美樹さんの説得を任せたのはなぜかしら?

 何をもって彼女を一番の適任としたの?

 むしろ相性の悪そうな組み合わせじゃない?」

「そうでもないわ。

 確かにあなたが言うように、二人の性格は噛み合っていないけれど……」



ほむらはどこか羨ましそうな声で言った。



「……根っこの部分は同じなの」













寝る

明日は 朝~昼 夜~深夜

残ってますように


651: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 08:48:02.14 ID:DBiwwLkE0
◇◆◇◆



「なおのことあんたを、魔法少女にするわけにはいかないな」



オオアマナの花びらが、風に流され、代赭色の空の彼方へ消えていく。

杏子は美樹さやかという少女に感じていた、妙な既視感の正体を掴みかけていた。



「どうして?

 あたしは純粋に、恭介の体を――」

「純粋が故に、さ」

「……意味、わかんない」

「ひとつ、昔話をしてやるよ。

 あんたと同じ、誰かのために奇跡を求めた女の子の話をね」



杏子は滔々と語った。



あるところに、小さな教会があった。

そこの神父は正直すぎて、優しすぎる人だった。

彼は新しい時代に相応しい、新しい信仰の形を求めた。

あるときを境に、教義から離れたことを信者に説教するようになって、

次第に教会に足を運ぶ人は減り、見かねた本部にも破門された。



655: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 09:20:09.55 ID:DBiwwLkE0
誰もその神父の言い分を聞こうとしなかった。

酷いときには水を掛けられたり、石を投げつけられたりした。

神父には奥さんと二人の娘がいたけれど、

一家そろって、食べるものにも事欠く有り様だった。

上の娘は思った。



『どうしてお父さんは正しいことを言っているのに、

 誰もお父さんの話に耳を傾けないんだろう』ってね。



貧乏なことよりも、飢えることよりも、そのことのほうが悲しかった。

キュウべえが女の子の前に現れたのは、まさにそんな折だ。



『みんながお父さんの話を、真面目に聞いてくれますように』



女の子は父親のために祈りを捧げた。

翌朝には、神父の教会には、押しかける人でごった返していた。

それまでのことが嘘のように、みんな、彼の言葉に聞き入った。

布施は山のように増えて、神父の家族が飢えることもなくなった。


657: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 09:47:36.52 ID:DBiwwLkE0
しばらくは、平穏で幸せな日々が続いた。

魔女退治は楽なものじゃなかったけれど、

奇跡を父親のために使ったことを、

戦いの運命を背負ったことを、女の子は後悔していなかった。

でもあるとき……、からくりがバレた。

教会に詰めかける人たちを心酔させているのが、

信仰の力じゃなくて、魔法の力だということに気づいたとき、神父は怒り狂った。

上の娘を『人の心を惑わす魔女』呼ばわりして、勘当同然の仕打ちをした。

神父はだんだん壊れていった。

酒に溺れて、堕落して、最後は"一家"で無理心中さ。

神父のいなくなった教会に、人足はぱったりと途絶えた。

父親と母親と、小さな妹を失って、女の子はひとりぼっちになった。



「結局さ……、あたしの祈りが、家族を壊しちまったんだ。

 他人の都合を知りもせず、勝手な願い事をしたせいで、誰もが不幸になった」



660: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 10:21:30.23 ID:DBiwwLkE0
人称を隠すことを忘れて、杏子は言う。



「そのとき、心に誓ったんだよ。

 もう二度と他人のために魔法を使ったりしない。

 この力は、すべて自分のためだけに使い切るって」

「なんでそんな話を、あたしに……?」

「まだ分からないのかい?

 あたしとあんたは、似たもの同士なんだ。

 違うのは、あたしが既に魔法少女で、あんたがまだ人間だってことくらいさ」



さやかは俯いて言った。



「自分みたいに不幸になりたくなかったら、他人のために奇跡を願うな。

 あんたが言ってるのって、つまりは、そういうことだよね?

 ……勝手に、決めつけないでよ。

 あたしが奇跡を願って、恭介の腕が治って、それでどうしてあたしが不幸になるって言うの?」


665: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 11:08:36.82 ID:DBiwwLkE0
「奇跡ってのは、タダじゃないんだ。

 希望を祈れば、それと同じ分だけの絶望が撒き散らされる。

 そうやって差し引きをゼロにして、世の中のバランスは成り立ってるんだよ」



それは光あるところに影が生まれるのと、同じこと。



「たとえ恭介の幸せのために、あたしが不幸になったとしても、あたしは後悔しない。

 さっき、そう言ったはずだよね」

「その気持ちが嘘だとは思わないよ。

 でもね、自分でも気づかないうちに、正反対に裏返ってしまうのが、心ってモンさ。

 どうして不幸を知らないうちから、後悔しないなんて断言できるんだい?」











670: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 11:44:11.52 ID:DBiwwLkE0
上條恭介は、喩えるなら、羽が折れた小鳥だ。

鳥籠に餌を運ぶさやかは、羽が治癒することを望みながらも、

心のどこかで、彼が再び空に戻ることを怖れているに違いなかった。



「上條恭介の腕が治って、またバイオリンに打ち込むようになって……。

 寂しさを感じない、と言い切れるかい?

 上條恭介の隣を、あんたが知らない女が歩いているのを見て……。

 嫉妬しない、と言い切れるかい?

 表舞台で活躍する上條恭介を、観客席の遠くのほうから見つめる日々に、

 いつまでも甘んじられる自信はあるのかい?」

「……ッ」

「ねえ、美樹さやか。

 あたしは、キュウべえに頼ったことを後悔してる。

 親父は信者がいなくなっても、布教を諦めていなかった。

 参っているように見えても、心は折れていなかった。

 あたしたち一家は貧乏のどん底だったけど、だからといって飢え死にするほどでもなかった。

 家族で力を合わせて、少しずつでも幸せを積み重ねていく方法はあったんだ。今から思えばね」


678: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 12:07:51.24 ID:DBiwwLkE0
やりなおせない過去。

とりかえしのつく未来。

杏子は瞼の裏に一瞬、父親と母親、幼い妹の姿を思い描いて言う。



「あの時のあたしと同じでさ。

 あんたが上條恭介に幸せを与える方法は、他にもあるはずなんだ」

「腕を治す以外に、恭介を幸せにする方法なんてないよ」

「目先の奇跡に目が眩んで、それに気づいてないだけさ。

 何も特別なことをする必要なんてない。

 これまでどおり、足繁く上條恭介のところに通って、励ましてさ。

 紛い物の奇跡じゃなくて、本物の奇跡が起こるのを待つ……。

 それもひとつの、幸せの形じゃないか」


680: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 12:28:01.04 ID:DBiwwLkE0
「あたしが傍にいても仕方ないよ。

 それに恭介は……、あたしのお見舞いを迷惑に思ってたの。

 聞きたくもない音楽を聞かされて……、ずっと、無理に笑ってたんだ」

「それを真に受けるバカがどこにいるんだよ?

 本気でそう思われてたなら、もっと早くに面会謝絶を食らってると思うけどね。

 落ちこんでるときに酷いことを言っちまうのは、誰にだってあるもんさ」



はっと顔を上げたさやかに、杏子は続ける。



「交通事故に遭うことは、上條恭介の運命だったんだよ。

 あんたは自分が身代わりになればよかった、と言ったけど、それは間違ってる。

 人の才能に優劣はあっても、人の価値そのものに優劣なんてない。

 あんたはもっと……、自分のことを大切にするべきだ」











出かける

次は早くても夜

残ってますように


713: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 18:44:06.69 ID:DBiwwLkE0
「……あたしの、価値なんて……」

「見苦しい卑下はよしなよ。

 自分の価値が信じられないなら、

 あんたが選ぼうとしている選択肢を、上條恭介に話してみるといい。

 人であることをやめて、命がけで戦う運命を背負って、あなたの腕を治してあげる、ってね」



杏子はポケットの中をまさぐりながら言った。



「あたしは上條恭介を直接知らない。

 でも、もしもあたしが上條恭介と同じ立場なら、そんな選択は認めないと思う。

 もしもあんたが黙って祈りを捧げて、それを後で知ったら、

 あんたに感じるのは恩じゃなくて、きっと……未来永劫に続く、罪悪感だ」





718: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 19:04:33.15 ID:DBiwwLkE0
「ねえ」



とさやかは湿った声で言った。



「なんだい?」

「あんたは……あたしの願い事がどんなだったら、

 あたしが魔法少女になることを認めてたの?」

「そうだね……上條恭介が自分にベタ惚れする、とかだったら、認めてたかもしれないね。

 それは誰かのためじゃない、あんたのための祈りだ。

 結果がどうなろうと、あんたは祈りの責任を、自分自身にしか押しつけられない」

「そんなバカな願い事、するわけないじゃん」



だろうね、と杏子は笑った。

贋物の恋愛感情を相手に植え付けるなんてのは、  行為と何も変わらない。

得られる悦楽も、行為の後の虚しさも。





721: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 19:23:42.35 ID:DBiwwLkE0
ポケットに突っ込んでいた手が、目当ての物を見つける。

踵を返しかけたさやかに、杏子は言った。



「上條恭介のところに行くなら、こいつを持っていきな」



小石大の何かが宙を舞う。

さやか手のひらの中に納めたそれを、まじまじと見つめた。



「ベコちゃんキャンディ?」

「ただのベコちゃんキャンディじゃない。

 幸運を呼ぶ四つ葉のベコちゃんキャンディだよ」



よくよく見て見れば、確かに包装紙のクローバーは、四枚の葉っぱをつけていた。



「そいつの御利益は本物だ。

 もしも上條恭介と仲直りできたら、そのときは一緒にあんたも想いも伝えるといい」

「む、無理だよ、そんなの」

「男はみんな、一途な女に弱いんだ。

 きっと上手くいくさ。あたしが保証してやるよ」


728: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 19:45:43.14 ID:DBiwwLkE0
さやかはベコちゃんキャンディを握りしめて言った。



「あたし……あんたのことを、色々と誤解してたみたい。

 最後に聞いてもいい?

 なんであんたはあたしのために、ここまでしてくれるわけ?」

「さあてね」



と杏子は首を傾げ、



「強いて言うなら、ビルの屋上から飛び降りようとしている誰かを、

 見て見ぬフリができないのと同じようなものさ」

「ふうん」



さやかは可笑しげに言った。



「あたしが魔法少女になったら、

 グリーフシードの取り合いになるから、じゃないんだ?」

「…………」



杏子は頬を朱色に染めて、

それを隠すように顔を背けながら、



「なぜだか分からないけどさ……。

 あんたのことは、他人に思えないんだよね。

 まるで、ずっと昔からの知り合いみたいな……。

 こんなことを言ったら気持ち悪がられるかもしれないけど……初めて会ったときから、そう思ってたんだ」


735: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 20:17:41.79 ID:DBiwwLkE0
前世の絆というものがあるのなら、

間違いなく自分とさやかの間にはそれがあると、杏子は確信していた。

さやかは頬をぽりぽりとかきながら言った。



「あたしも、同じことを考えてた。

 自分のためにしか魔法を使わない、っていうあんたのことを、

 心の底から憎めなくて……なんでだろうって、ずっと不思議に思ってた」



再び強い風が、屋上を吹き抜ける。



「あんたは、本当はマミさんと同じ、優しい魔法少女なんでしょ?」



杏子はその質問には答えずに、ブーツの爪先に視線を落とした。

これ以上引き留めるのも、野暮だろう。

それになにより、さやかが何か言うたびに、

服を一枚一枚脱がされていくような錯覚がして、恥ずかしかった。



「行ってきなよ、さやか」

「ありがとね、杏子」



初めて呼んだ相手の名前は、

まるで初めからそうしていたかのように、二人の唇に馴染んだ。


745: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 20:57:57.21 ID:DBiwwLkE0
◆◇◆◇



素早く狙いを定め、逡巡なく引き金を引く。

マズルフラッシュが視界を灼き、落雷のような轟音が鼓膜を叩く。

セミオートショットガン・ベネリM4の銃口から放たれた12ゲージスラッグ弾は、

その爆発的な衝撃力でもって、まどかに襲い掛かろうとしていた触手を吹き飛ばした。

鍛えていない女子供なら肩が外れるほどの反動を、

しかし、ほむらは無表情で受け止める。

彼女の視線は、細長い足場の先の、赤と黄色の魔法少女たちに向けられていた。



「クソッ、こいつ、切っても切っても復活しやがる」



変幻自在の無数の触手は、それぞれが意志を持った生き物のように襲い掛かり、

本体が窮地に陥るや、寄り合わさって巨大な壁を形成した。



「固いわね……わたしの砲弾を通さないなんて」





752: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 21:31:44.02 ID:DBiwwLkE0
ほむらの脳裏に、エルザマリアを屠った美樹さやかの姿が浮かんだ。

及び腰の二人がかりは、負傷を省みない単独の特攻に劣る。

小型のマスケット銃が数十丁、空中に具現化し、



「これでどう?」



マミが指を鳴らした刹那、一斉に撃針がフリントを強打する。

弾丸の雨に、結束を緩める触手の群れ。



「いい加減に、くたばりやがれっ!」



防御が手薄になった機会を逃しはしまいと、

蛇腹状に変化した杏子の槍が、滑るようにエルザマリアへと肉薄する。

が、しかし、速攻を重視した一撃は、

待機していた触手の横やりを浴びて、あさっての方向に逸らされてしまう。

踏み込みが足りない、とほむらは思った。



766: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 21:56:26.83 ID:DBiwwLkE0
同じことを前線の二人も考えていたのだろう。

杏子は長柄の形状を槍に戻し、

マミは大型のライフルドマスケットを両手に具現化させ、

二人はまるで"競るようにして"エルザマリアのもとへ駆けだした。



「はぁ……」



なぜ事前に説明したことを、忘れてしまうのかしら。

なぜ盾と矛の役割を分担することに、思い至らないのかしら。

ほむらが嘆息したのと、わずかに杏子の後ろを走っていたマミが、

杏子の無防備な背に伸びる触手を認めたのは同時だった。



「佐倉さん、後ろっ!」



間に合わない、と判断したマミは、

無意識のうちに、両手のマスケット銃を中距離型の大砲に変化させていた。

自分が杏子と、まったく同じ状況に陥ってるとも気づかずに。



「何やってんだ、マミっ!」



振り返った杏子の目に飛び込んで来たのは、

マミの背後に迫る触手が、漆黒の氷刃に形を変えた場面だった。



770: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 22:10:19.91 ID:DBiwwLkE0
アルベルティーネ戦での経験が生きる。

杏子は無心でフィジカル・エンチャントを施し、ジャベリンを投擲した。

フォン、と風切り音が重なり、

互いの得物が、互いを狙っていた触手を撃滅する。

が、追撃をかわして新たな槍と銃を生み出すには、

二人はあまりにもエルザマリアに近づきすぎていた。



「及第点といったところね」



灰色の世界で、ほむらは巨大な腕時計の内側にベネリM4を仕舞い込み、

その代わりにと、アンチマテリアルライフル・バレットM82を引きずりだす。



 


779: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 23:06:35.70 ID:DBiwwLkE0
全長約1.5m。総重量約13kg。

少女が持つにはあまりにも巨大な銃を手に、

ほむらは伏射の姿勢を取り、スコープに右目を近づける。

中距離での狙撃難易度は、縁日の射的と変わらない。

発射。

ベネリM4よりもわずかに強い反動を、全身で受け止める。

12.7x99mmNATO弾の威力は折り紙つきとはいえ、

やはり、魔女相手に一発では心許ない。

マズルブレーキから噴出された発砲煙は、灰色の世界では拡散せず、

まるで綿菓子のように銃口に纏わり付く。

良好な視界を持続したまま、ほむらは再びトリガーを引いた。



"時間停止"を解除した瞬間、

初弾がエルザマリアの中心部にめり込み、

後続の第二弾に押し出されるかたちで、巨大な風穴を開けた。

優れた弾道性と桁外れの貫通力の前に、回避や防御は無意味だった。

杏子とマミを襲っていた触手も魔女の消滅とともに、生気を失った草花のように萎れていく。


789: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 23:25:25.09 ID:DBiwwLkE0




「今のは流石に、やられたかと思ったよ」

「同感よ。一瞬、走馬燈が見えたわ」



杏子とマミは顔を見合わせて深い息をつき……、

それからしばらくして、自分たちが得物を失った理由を思い出す。



「その、まあ……なんだ……助けようとしてくれて……あ、ありがとな」

「それを言うなら、こちらこそ……ありがとう。

 わたし、まだまだ未熟ね。

 佐倉さんのことに気を取られて、自分の背後の注意を疎かにするなんて」

「あんたで未熟なら、あたしは半人前以下じゃないか。

 元はと言えば、あたしが熱くなって、油断したのがいけなかったんだ」





797: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/06(水) 23:54:42.05 ID:DBiwwLkE0
むず痒いような、それでいて心地よいような、微妙な空気が二人の間に流れる。

どんなに仲間らしく振る舞ったところで、

折り合いのつかない相手だと、信頼関係を築けない相手だと、諦めていたはずなのに……、

気づけば危険を顧みずに、相手の命を救おうとしている自分がいた。

その事実を素直に受け入れられないのでしょうね、とほむらは微笑む。

が、高みの見物は長くは続かなかった。



「あーけーみーさーん?」

「ほーむーらー?」

「な……なに?」



たじろぐほむらに、マミはジト目を向けて言った。



「あなた、この魔女の戦いの前に、何て言ったか憶えてるかしら?」

「さあ、なんて言ったかしら」

「忘れたとは言わせねえぞ。

 『今回の魔女にはわたしの"時間停止"の効果は薄い』だの、

 『足場が狭いから杏子と巴マミの近接戦が有効』だの……」

「謙遜というよりは、嘘のレベルよね」

「そんな化けモンみたいな銃持ってるなら、どうして最初から使わなかったんだよ?」


802: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/07(木) 00:16:28.38 ID:+fBZa/qH0
秘密よ。

知る必要はないわ。

弾薬を節約しようとしていたの。

いくつか候補を並べて、ほむらは結局、真実を明かした。



「ワルプルギスの夜が来るまでに、一度あなたたちに、

 "直接的な連携攻撃"を経験しておいて欲しかったからよ。

 その結果は、決して芳しいものではなかったけれど……」



言外の意を察したマミと杏子は、

一瞬横目で視線を交わし、すぐに別々の方向に逸らす。



「あんたがいなくなったら、色々と不便だからさ。

 次にまたピンチになったときは……助けてやってもいいよ」

「あら、頼もしいわね。

 わたしも佐倉さんが前衛で頑張ってくれないと、

 後衛で楽が出来ないから……援護は惜しまないつもりよ」


887: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/07(木) 19:21:35.28 ID:+fBZa/qH0
「これでいいんだろ、ほむら?」

「これで満足かしら、暁美さん?」

「そうね。その気持ちを確かめられただけでも、収穫があったと言えるかもしれない。

 精々、今の言葉を忘れないようにしてね」



ほむらはモノクロの世界を見渡す。

荷重に耐えかねた薄氷のように、いたるところに罅が入りはじめていた。

やがてパリン、と涼しい音が鳴り響き、満点の夜空が顔を覗かせる。



「おっ、グリーフシードだ。

 ……って、あれだけ強かったんだから、落とさないほうが逆におかしいよな」



黒い結晶を拾いあげ、顔を綻ばせる杏子。

シャルロッテとエルザマリアが落としたものが二つ、

杏子が元々持っていたものが一つ、

合わせて三つのグリーフシードが、現在ほむらたちの手元にある。

残る魔女は雑魚ばかり。

ワルプルギスの夜には、万全のコンディションで臨むことができるだろう。



893: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/07(木) 19:52:17.66 ID:+fBZa/qH0
このまま事が順調に進めば――、とほむらは胸を高鳴らせ、

目的を見失ってはダメよ、と己を叱咤する。

わたしの目的は、ワルプルギスの夜を倒すことじゃない。

わたしはそんなことのために、無限の回廊を歩んできたわけじゃない。

踵を返して、ほむらは言った。



「あなたたちは、先に帰っていて」

「なんでだい?

 マミはともかく、あたしとあんたの帰る場所は同じじゃないか」



マミはいち早くほむらの意図に気づいたようで、



「行きましょ、佐倉さん。わたしたちはお邪魔みたい」

「お邪魔って何が……あぁ、そういうことか。夜の一人歩きは、危ないもんな」



杏子はほむらを一瞥すると、マミの背中を追いかけるように、深い闇の中へ身を投げた。

鉄筋から鉄筋へ飛び移る二人分の足音が響き、すぐに何も聞こえなくなる。


897: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/07(木) 20:29:24.05 ID:+fBZa/qH0
ほむらの目線の先にはまどかがいた。

尖った言葉を予感し、びくりと身を竦ませた彼女に、ほむらは優しい声音で言った。



「家まで送るわ。行きましょう、鹿目さん」





◆◇◆◇





「さやかちゃんは、魔法少女になることを諦められたみたい。

 上條くんの腕のことは、今はどうしようもないけど、

 あたしの愛でいつか奇跡を起こしてみせる、だって。

 さやかちゃん、すっごく真面目な顔でそんなこと言うんだもん。

 わたし、思わず笑っちゃった」

「…………」

「こんなこと言ったら、さやかちゃんに怒られちゃうかもしれないけど、

 わたしは、さやかちゃんが魔法少女にならなくて、本当に良かったって思うの。

 もしも上條くんの腕が治って、それで二人が結ばれたとしても、

 さやかちゃんはきっと、自分の体のことで悩み続けたと思うから……」

「…………」


901: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/07(木) 21:00:05.24 ID:+fBZa/qH0
盲目の者がすれ違ったとしても、

そこに二人の少女がいるとは、とても気づけなかっただろう。

誰かが携帯の相手と話しているか、独り言を喋っていると考えるに違いなかった。

無口な夜道の護衛役に、まどかは辛抱強く問いかけた。



「ねえ、ほむらちゃんは、さやかちゃんの話に興味がないの?

 わたし、さやかちゃんから聞いたよ。

 さやかちゃんを説得したのは杏子ちゃんで、

 杏子ちゃんにそうするよう頼んだのは、ほむらちゃんなんでしょ?」

「…………」

「ほむらちゃんは全部知ってたから……。

 魔法少女になるってことが、どういうことなのか全部分かってたから、

 さやかちゃんを止めようとしてくれたんだよね?」

「…………」



まるで、厚い鉄の壁に話しかけているような感覚。

どうしてほむらちゃんは、何も言ってくれないんだろう。



「あのね、ほむらちゃん?

 やっぱりわたしのこと……怒ってる?」



泣き出しそうな気持ちが、声の震えに表れていた。



907: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/07(木) 21:33:19.03 ID:+fBZa/qH0
「わたしが何度もほむらちゃんとの約束を破ったから、

 わたしのことを、嫌いになっちゃったの?」



ほむらは緘黙を解いて言った。



「わたしは……」



喉もとまで迫り上がった言葉を呑み込んで、



「……あなたが嫌いなわけじゃない。

 わたしは、あなたの愚かしさが許せないだけ。

 美樹さやかは魔法少女になることを諦めた。

 なのに、どうしてあなたはまだ、こちら側の世界に立ち入ろうとするの。

 人であることをやめてまで叶えたい望みなんて、あなたには無かったはずよ。

 これ以上、わたしたちに関わる理由がどこにあるの?」

「……理由なら、あるよ」





910: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/07(木) 21:58:08.05 ID:+fBZa/qH0
まどかは足を止めて言った。



「わたしはね、ほむらちゃんたちのことが心配なの。放っておけないの。

 わたしの知らないところで、ほむらちゃんたちが命懸けで戦っていると思ったら、

 胸が苦しくなって、いてもたってもいられなくなるの。

 迷惑だってことは、分かってる。

 いつも後ろから見てばかりで、守ってもらってばかりのわたしが、

 臆病で、卑怯な子だってことも……でも……」



街灯の蒼白い光が、まどかの両頬を伝う涙を照らす。

ほむらはまどかに近づくと、淡い藤色のハンカチを取り出して、そっと涙の粒を拭った。



「あなたが感じている責任は、あなた自身が作り出した幻想よ。

 忘れてしまいなさい。誰もあなたのことを責めたりしないわ。

 もしあなたを責める者がいたら、わたしがその存在を許さない」

「ほむらちゃん……」


917: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/07(木) 22:28:10.70 ID:+fBZa/qH0
「臆病でもいい。卑怯でもいい。

 わたしたちが"初めて"会った日のことを思い出して。

 家族や友達のことを、あなたは心から大切に思っている、と言ったわ。

 その人たちとの幸せは、何よりも尊いもののはずよ」



まどかは泣き笑いの表情で言った。



「それじゃあ、やっぱりわたしは、ほむらちゃんのことを放っておけないよ。

 だって……ほむらちゃんも、わたしの大切な友達だもん」



はらり、とほむらの手からハンカチが落ちる。

彼女はその行方を視線で追うように、顔を伏せて言った。



「……馬鹿なことを言うのはやめて。

 わたしは友達扱いされるほど、あなたに親しくした覚えはないわ」


929: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2011/04/07(木) 22:58:42.16 ID:+fBZa/qH0
「そんなの関係ないよ。

 キュウべえをわたしから遠ざけようとしてくれたこと。

 自分の命を危険にさらしてまで、魔法少女の真実を教えてくれたこと。

 魔女との戦いについていくわたしを、何度も守ってくれたこと……。

 わたし、どんなにほむらちゃんに感謝しても、足りないと思ってるの。

 それにね、それだけじゃないんだ。

 こんなことを言っても、信じてもらえないと思うけど、

 この世界とは違うどこか、別の遠いところで……、

 わたしは何度も、ほむらちゃんと出会ってる気がするの」



既視感じゃない。

夢と現を見違えているわけでもない。 

上手く表現できない気持ちを、まどかは精一杯、言葉に紡ぎ出す。



「ほむらちゃんは、ずっと前から……わたしの中に……いた……?」


25: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/08(金) 19:24:05.02 ID:T1omSHQ2o
◆◇◆◇





「さやかちゃんは、魔法少女になることを諦められたみたい。

 上條くんの腕のことは、今はどうしようもないけど、

 あたしの愛でいつか奇跡を起こしてみせる、だって。

 さやかちゃん、すっごく真面目な顔でそんなこと言うんだもん。

 わたし、思わず笑っちゃった」

「…………」

「こんなこと言ったら、さやかちゃんに怒られちゃうかもしれないけど、

 わたしは、さやかちゃんが魔法少女にならなくて、本当に良かったって思うの。

 もしも上條くんの腕が治って、それで二人が結ばれたとしても、

 さやかちゃんはきっと、自分の体のことで悩み続けたと思うから……」

「…………」


26: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/08(金) 19:24:51.74 ID:T1omSHQ2o
盲目の者がすれ違ったとしても、

そこに二人の少女がいるとは、とても気づけなかっただろう。

誰かが携帯の相手と話しているか、独り言を喋っていると考えるに違いなかった。

無口な夜道の護衛役に、まどかは辛抱強く問いかけた。



「ねえ、ほむらちゃんは、さやかちゃんの話に興味がないの?

 わたし、さやかちゃんから聞いたよ。

 さやかちゃんを説得したのは杏子ちゃんで、

 杏子ちゃんにそうするよう頼んだのは、ほむらちゃんなんでしょ?」

「…………」

「ほむらちゃんは全部知ってたから……。

 魔法少女になるってことが、どういうことなのか全部分かってたから、

 さやかちゃんを止めようとしてくれたんだよね?」

「…………」



まるで、厚い鉄の壁に話しかけているような感覚。

どうしてほむらちゃんは、何も言ってくれないんだろう。



「あのね、ほむらちゃん?

 やっぱりわたしのこと……怒ってる?」



泣き出しそうな気持ちが、声の震えに表れていた。



27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/08(金) 19:25:17.25 ID:T1omSHQ2o
「わたしが何度もほむらちゃんとの約束を破ったから、

 わたしのことを、嫌いになっちゃったの?」



ほむらは緘黙を解いて言った。



「わたしは……」



喉もとまで迫り上がった言葉を呑み込んで、



「……あなたが嫌いなわけじゃない。

 わたしは、あなたの愚かしさが許せないだけ。

 美樹さやかは魔法少女になることを諦めた。

 なのに、どうしてあなたはまだ、こちら側の世界に立ち入ろうとするの。

 人であることをやめてまで叶えたい望みなんて、あなたには無かったはずよ。

 これ以上、わたしたちに関わる理由がどこにあるの?」

「……理由なら、あるよ」



28: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/08(金) 19:26:09.53 ID:T1omSHQ2o
まどかは足を止めて言った。



「わたしはね、ほむらちゃんたちのことが心配なの。放っておけないの。

 わたしの知らないところで、ほむらちゃんたちが命懸けで戦っていると思ったら、

 胸が苦しくなって、いてもたってもいられなくなるの。

 迷惑だってことは、分かってる。

 いつも後ろから見てばかりで、守ってもらってばかりのわたしが、

 臆病で、卑怯な子だってことも……でも……」



街灯の蒼白い光が、まどかの両頬を伝う涙を照らす。

ほむらはまどかに近づくと、淡い藤色のハンカチを取り出して、そっと涙の粒を拭った。



「あなたが感じている責任は、あなた自身が作り出した幻想よ。

 忘れてしまいなさい。誰もあなたのことを責めたりしないわ。

 もしあなたを責める者がいたら、わたしがその存在を許さない」

「ほむらちゃん……」


29: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/08(金) 19:26:39.22 ID:T1omSHQ2o
「臆病でもいい。卑怯でもいい。

 わたしたちが"初めて"会った日のことを思い出して。

 家族や友達のことを、あなたは心から大切に思っている、と言ったわ。

 その人たちとの幸せは、何よりも尊いもののはずよ」



まどかは泣き笑いの表情で言った。



「それじゃあ、やっぱりわたしは、ほむらちゃんのことを放っておけないよ。

 だって……ほむらちゃんも、わたしの大切な友達だもん」



はらり、とほむらの手からハンカチが落ちる。

彼女はその行方を視線で追うように、顔を伏せて言った。



「……馬鹿なことを言うのはやめて。

 わたしは友達扱いされるほど、あなたに親しくした覚えはないわ」


30: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/08(金) 19:28:03.40 ID:T1omSHQ2o
「そんなの関係ないよ。

 キュウべえをわたしから遠ざけようとしてくれたこと。

 自分の命を危険にさらしてまで、魔法少女の真実を教えてくれたこと。

 魔女との戦いについていくわたしを、何度も守ってくれたこと……。

 わたし、どんなにほむらちゃんに感謝しても、足りないと思ってるの。

 それにね、それだけじゃないんだ。

 こんなことを言っても、信じてもらえないと思うけど、

 この世界とは違うどこか、別の遠いところで……、

 わたしは何度も、ほむらちゃんと出会ってる気がするの」



既視感じゃない。

夢と現を見違えているわけでもない。 

上手く表現できない気持ちを、まどかは精一杯、言葉に紡ぎ出す。



「ほむらちゃんは、ずっと前から……わたしの中に……いた……?」



32: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/08(金) 19:56:55.23 ID:T1omSHQ2o
「……わけが分からないわ」



ほむらの声はひどく震えていた。

まるで、何かに怯えているかのように。

そして悪い予感とは、往々にして現実となる。



「ねえ、わたし、ほむらちゃんの……ほむらちゃんたちの、力になりたい」

「………」

「キュウべえが教えてくれたの。

 もしもわたしが魔法少女になったら、すごい魔法を使えるって。

 ワルプルギスの夜を一撃で倒せるくらい、強い魔法少女になれるって」

「……やめて」

「確かに魔法少女になって、命をソウルジェムに変えることは怖いよ。

 でもね、みんなの助けになれるなら、それでもいいかなって……、

 そうするだけの価値があるんじゃないかなって、思えるんだ」

「……やめて、って言ってるじゃない!」



ほむらの手が、後ずさるまどかの両肩を捕まえる。



「あなたは……なんであなたは……そうやって、自分を犠牲にして……。

 あなたを大切に思う人のことも、考えて。

 いい加減にしてよ。

 あなたを失えば、それを悲しむ人がいるって、どうしてそれに気づかないの?

 あなたを守ろうとしてた人は、どうなるの?」

「ほむら、ちゃん?」





35: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/08(金) 21:31:45.07 ID:T1omSHQ2o
魂を結晶化し、肉体との結びつきが希薄になったところで、

人としての心まで失ってしまうわけじゃない。

魔法少女になることでわたしの存在が失われる、と断言するほむらのことを、

大袈裟だとさえまどかは思っていた。



「今から話すことをよく聞いて」



ほむらの両手が、痛いほどに強く、まどかの肩を握りしめる。

ほむらは楽観視していた。

ソウルジェムの仕組みを全員に明かし、美樹さやかに佐倉杏子を宛がい、

巴マミの孤独感を仲間意識で満たすことで、最悪の未来を回避できると思っていた。

それは大きな、とても大きな間違いだった。

が、今ならまだ間に合う。

まどかがキュウべえと契約を交わしていない、今の段階なら。



「魔法少女の秘密は、もう一つあるの。

 それを前のように証明することはできないし、

 キュウべえに聞いたところで、あいつはそれを認めない。

 けれど、わたしが今からする話は、絶対の真実よ」

「わたしはほむらちゃんの話を信じるよ。

 だから、教えて。魔法少女のもう一つの秘密が何なのか……」



そうしてほむらは最後の切り札を使い、

魔法少女の残酷な結末が、まどかの脳裏に刻み込まれた。


38: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/08(金) 22:57:10.84 ID:T1omSHQ2o
◆◇◆◇



加速度的に増加する知的生命体の萌芽、

その数だけの文明の開花により、宇宙は熱的死を迎えようとしていた。

その未来を予見し、憂慮するひとつの種族があった。

否、その表現は厳密には適切ではない。

感情を持たない彼らを突き動かしたのは、

超長期的な種の存続願望とも言うべき、本能だった。

彼らは『エントロピー増大の原理』を覆す未知のエネルギーを探し始め、

解決策の端緒すら見出すことができぬまま、数千万年の時が流れた。



が、彼らは偶然にも、ある高次の知的生命体が持つ『感情』が、

爆発的に変化したとき、途方もないエネルギーが発生することを突き止めた。

エントロピーをも陵駕する感情のエネルギーは、

しかし、その場で回収しなければすぐに霧散して消えてしまう。

彼らは効率の良いエネルギーの回収方法を考え、

その結果、循環型の感情相転移システムを考案した。

科学の究境に至って久しい彼らにとって、それを実現するのは造作もないことだった。



彼らは早速、当該知的生命体の母星に"孵化器"を派遣した。

ほどなくして挙げられた目覚ましい成果に、彼らは満足した。

弊害として当該知的生命体のいくつかが滅ぶこともあったが、

宇宙全体という巨視的な観点からすれば、仕方のない犠牲だった。



そして今、太陽系第三惑星、極東の島国に位置する市街の一角で、

"孵化器"のひとつは、史上類を見ない潜在能力を秘めた少女を追っていた。





40: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/08(金) 23:42:53.10 ID:T1omSHQ2o
ビルの中に人気は無かった。

皆逃げ出してしまったのだろう、とインキュベーターは判断する。

厚いコンクリートの壁を透かして、避難警報のサイレンが聞こえていた。



「本当に逃げなくて良かったのかい、まどか?」



まどかは頷き、あちこちに浮かぶ刻印を見た。

そのうちのひとつに足を踏み入れた。

しんと静まり返ったモノクロの世界に、ローファーの硬い靴音が響く。



「はぁっ……はぁ……っ……はぁっ……」



まどかは息を整える間も惜しみ、グニャグニャに歪んだ螺旋階段を駆け上がった。

細い通路を抜けると、視界が開け、ホールのような空間に出る。

非常口を示すランプが、緑の光で存在を主張している。

彼女はランプの下に近づくと、体で押すようにして扉を開いた。





44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/09(土) 10:45:25.16 ID:qHyJzCZDo
「あっ」



眼前に広がる、廃墟と化した見滝原市街地のレプリカ。

ワルプルギスの夜は、一言で表すなら、膨大な魔翌力の結晶体だ。

存在そのものが物理法則に影響を及ぼし、その周囲に局地的な無重力地帯を発生させる。

破砕された高層建築物がいくつも浮かんでいる光景は、まるで、何かの冗談のようだった。

まどかは巨大な梢に支えられた足場を進み、

灰色の空に君臨する機械仕掛けの魔女と、

高層ビルの屋上に並び立つ三人の魔法少女を見上げた。

戦端は、今まさに開かれようとしていた。

インキュベーターの優れた感覚器は、

まるで至近から見ているかのような、仔細な観測を可能にする。



フィジカル・エンチャントを発動した暁美ほむらが先陣を切り、

佐倉杏子と巴マミが、彼女の両脇を固めるように飛び立つ。

間髪入れず、ビルの構造体のひとつが、彼女たちに襲い掛かった。

杏子の長柄が、六尺はあろうかという薙刀に変化する。

一閃。

構造体は綺麗に二等分され、障害物としての役割を終えた。

杏子の活躍の影で、マミは空中に百を悠に超える数のマスケット銃を具現化させていた。

号令一下、霹靂神もかくやの大音声が響きわたり、

弾丸の嵐が、彼女らの背後に迫っていた樹木の搦め手を撃破する。



48: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/09(土) 12:04:00.71 ID:qHyJzCZDo
言葉はなくとも、自然と連携はとれていた。

彼女らは妨害を上手くかわし、さらに機械仕掛けの魔女に近づいていく。

が、その快進撃は長くは続かなかった。

彼方で何かが瞬き、次の刹那、いく筋もの赤い光が、四方八方から彼女たちを襲った。

魔法少女の反応速度をも凌駕する、純粋な魔翌力の拡散砲撃。

ワルプルギスの夜に挑んだ魔法少女の、

大半がここで命を落とし、一握りが生き残るとされている。

マミや杏子は前者で、ほむらが後者だろう――インキュベーターの予測は、しかし当たらなかった。

ほむらが"時間停止"の能力を限界まで駆使し、

すべての攻撃を左腕の盾で防ぎきったからだ。

が、彼女の能力も万能というわけではない。

短時間の連続使用でほむらは疲弊し、盾は強すぎる負荷に悲鳴を上げていた。

マミと杏子は、よろめくほむらを支えるようにして、ビルの影に身を潜めた。



「ほむらちゃんっ……!」



人間の不完全な感覚器にも、藤色の光が弱まるのは見えたらしい。



「仕方ないよ。

 いくら彼女たちが力を合わせても、ワルプルギスの夜を超えることはできない」



ほむら一人が機械仕掛けの魔女に近づいたところで、

絶望的な火力差に為す術もなくやられてしまうだろう。

かといって火力差を埋めるために二人の仲間を伴えば、

辿り着くまでに防がなければならない拡散砲撃の数は、単純に三倍になる。

まどかは唇を噛み締め、何も出来ない自分を呪うかのように、きつく目を瞑った。


52: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/09(土) 12:38:20.17 ID:qHyJzCZDo
「諦めたら、それまでだ。

 でも、君なら運命を変えられる。

 避けようのない滅びも、嘆きも、すべて君が覆せばいい。

 そのための力が、君には備わっているんだから」

「……本当なの?」

「もちろんさ。だから僕と契約して、魔法少女になってよ!」



インキュベーターは契約の成功を、ほぼ確信していた。

そして同時に、思考が白く染まるような、得体の知れない感覚に惑っていた。



彼らはより欺瞞性の高い人間性を獲得するために、

絶えず経験を得た個体と同期をとり、思考アルゴリズムの改善及び並列化を繰り返してきた。

そして新たな契約候補者の前に現れては、奇跡と引き替えに膨大なエネルギーを蒐集してきた。

ノルマを達成するか、人類が滅亡するそのときまで、彼らの作業は続くはずだった。

しかし鹿目まどかというイレギュラーの出現により、予定は書き換えられた。

もしも彼女が契約すれば、彼女は最強の魔法少女として、最大の敵を倒し、最悪の魔女となるだろう。

その時に生じる希望と絶望の相転移は、同時に途方もないエネルギーを生み出すだろう。



だからこの不思議な感覚は、人の感情でいう『喜び』なのかもしれない、とインキュベーターは思った。



53: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/09(土) 13:35:30.26 ID:qHyJzCZDo
果たして、まどかは首を横に振った。



「そうやって……他の子たちにも同じことを言って……魔女にしてきたんだね」

「何を言ってるんだい?

 僕は君を魔女になんかしたりしないよ。

 暁美ほむらに何を吹き込まれたのかは知らないが――」

「嘘をついてるのは、あなたでしょ、キュウべえ」



断言するようなまどかの物言いに、

インキュベーターは小手先の弥縫策が無意味だと知る。



「すべて知ってしまったんだね、まどか。

 確かに君の立場に立てば、僕は魔女を生み出す全ての元凶に見えるかもしれない。

 けれど、魔法少女が魔女になる直接の責任は、魔法少女自身にある。

 彼女らが絶望に沈み、希望を捨てなければ、彼女たちが魔女になることもなかった」

「悪いのは自分じゃなくて、魔法少女になった女の子のほうだって言いたいの?

 そんなの、絶対おかしいよ。間違ってるよ。

 悲しんだり、喜んだり、怒ったり、笑ったり……それが人間なの。

 いつでも幸せを感じていられる人なんて、いないんだよ」

「脆いよね。人間の心というのは」



絶句するまどかに、インキュベーターは諭すように言った。



「それが君たちの限界なんだ。

 魔法少女としての寿命だと言い換えてもいい」



55: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/09(土) 13:56:59.62 ID:qHyJzCZDo
「そんな……」

「これまで倒してきた敵と同じ姿になることは、彼女たちにとって不本意なことだろう。

 けど、彼女たちが魔法少女になったときの願いは、ただ一つの例外もなく遂げられているんだ。

 それを実現した僕は感謝されこそすれ、恨まれるような道理はないはずだよ」

「みんなを騙しておいて、どうしてそんなことが言えるの?

 魔女になるって知ってたら、みんな、あなたとなんて契約しなかったに決まってるよ」

「もう一度だけ言うよ、鹿目まどか。

 僕は彼女たちを魔女にしたわけじゃない。魔法少女にしてあげたんだ。

 だからもちろん、騙しているという意識もない。

 事実として、彼女たちが希望を失わない限り、彼女たちが魔女になることはないんだからね」



まどかは救いを求めるような声で言った。



「……魔女にならずに、長く生き残った魔法少女はいるの?」

「前例はないね。ただ、可能性があるというだけさ」


64: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/09(土) 14:34:46.58 ID:qHyJzCZDo
たとえどれだけゼロに近くても、可能性が存在していることに変わりはない。



「君はさっき『みんな』という言葉を使ったね。

 でも、これまで僕と契約してきた子の中には、

 たとえ魔女になる未来を受け入れても、

 魔法少女になりたがった子が存在したんじゃないかな」



例えば、交通事故に巻き込まれた巴マミや、

末期の小児ガンで、余命数ヶ月と宣告されていたシャルロッテの元の少女がそうだ。



「本当に困っている人に、他の選択肢なんてあるわけないよ」

「そういう君はどっちなんだい、まどか?」

「わた、し……?」



まどかの双眸が揺れたのを、インキュベーターは見逃さなかった。



「君は本気で、暁美ほむら、巴マミ、佐倉杏子の三人を救いたいと思っているんだろう?

 それは魔女になる未来を受け入れても、叶えたい望みじゃなかったのかな?」


67: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/09(土) 15:00:12.80 ID:qHyJzCZDo
「…………」

「分かりやすく言い換えれば、こういうことだ。

 君が魔法少女にならなければ、彼女たちは死ぬ。

 君が魔法少女になれば、彼女たちは生き延びる。

 魔女になるまでの時間的猶予が伸びるだけだと、君は思うかもしれない。

 それでも、その猶予が彼女たちにとって、どれほど貴重で尊いものか想像してみるといい」

「…………」

「それに、悲観ばかりするのは不公平だ。

 前例がなければ、君が……いや、君たちが最初の前例になればいい。

 四人で励まし合って、希望を持ち続ければ、

 みんないつまでも魔法少女のままでいられるかもしれないよ」



インキュベーターの言葉は巧みだった。

感情を理解できない彼らは一方で、蓄積された経験から、人の心理を操る術に長けていた。

頑なに契約を拒む何人もの少女を、自ら契約を懇願するようになるまで堕としてきた。





 


70: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/09(土) 15:35:48.66 ID:qHyJzCZDo
だが、まどかはインキュベーターよりも、ほむらを信じた。

インキュベーターの言葉にではなく、ほむらの言葉に縋った。



「ほむらちゃんは『絶対にワルプルギスの夜を倒す』って、わたしに約束してくれたの。

 その代わりにわたしは『何があっても魔法少女にならない』って、ほむらちゃんに約束したんだ」

「その約束は今の状況でも、守り通す価値があるものかい?

 たとえ彼女たちが死んでも、約束を守ったことを後悔しないと言えるかい?」

「後悔するよ。きっと死にたくなるくらい、後悔すると思う。

 でもね、わたしはまだ諦めてないの。

 ほむらちゃんが、ほむらちゃんたちが勝つことを、信じてるの」



まどかはそこで言葉を切り、伏せていた目をあげた。

遙か彼方の灰色の空に、三色の光が上がるのが見えた。

彼女は祈りを捧げるように、両手を胸の前で組み合わせた。


 


77:   2011/04/09(土) 18:23:31.46 ID:qHyJzCZDo
◆◇◆◇



幾重にも積み重なった瓦礫の影。

機械仕掛けの魔女の死角となる場所で、三人の魔法少女は息を潜めていた。

ランプのような温かい光が、ほむらの左腕を覆っている。

マミの治癒の魔法だった。



「だいぶ痛みは引いたわ。もう大丈夫よ」



ほむらはコンクリートの巨大な欠片に、背中を預けるようにして立ち上がった。

左腕の盾――巨大な腕時計――に魔力を注ぎ込み、抉れた表面を修復する。

自分の装備ばかりは、その構造を知り尽くしている自分にしか直せない。

彼女のソウルジェムは、既に半分ほどまで穢れが溜まっていた。



「にしても、流石に最強クラスの魔女だけあって強いねー。

 避けられるもんじゃないよ、あんな攻撃。

 あたしは背中に目なんかついてないっての」

「防ぐにしたって、暁美さんの盾みたいにピンポイントに魔力を集中させないと、

 簡単に貫かれてしまいそうね」



防護壁の性能は、展開部の単純な魔力密度で決定される。

魔力に限りがある魔法少女にとって、防護壁の『範囲』と『厚み』はトレードオフの関係にあった。



79: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/09(土) 19:07:40.31 ID:qHyJzCZDo
「何言ってんのさ、マミ。

 あたしたちには時間を止めてゆっくり盾を構える時間なんてないんだぞ」



ムッと頬を膨らませるマミを尻目に、杏子はほむらに話しかける。



「さっきはおんぶにだっこで悪かったね。

 次から、自分のことは自分でなんとかするよ。

 あたしたちが無事で、ほむらだけがボロボロだなんて不公平だ」

「あなたたちのことはわたしが守る。そのための"時間停止"よ」

「ダメよ、暁美さん。こればっかりは、佐倉さんの言うとおりだわ」



二人の剣幕に押され、渋々といったふうに頷くほむら。

背中に隠された彼女の右手が握り拳をつくり、

手のひらに血が滲むほど、深く爪を食い込ませた。

どうしてあなたたちは、保身に走らないの。

どうしてあなたたちは、自分を犠牲にすることを厭わないの……。



「さあ、そろそろ次の指示をくれよ、ほむら。

 ワルプルギスの夜をぶっ潰すための、何かとっておきの秘策があるんだろ?」

「ええ、もちろんよ」



ほむらは瓦礫の影から、そっと顔を出す。

彼我の距離は直線にして400m弱といったところ。



「これから、魔女の手前まであなたたちを連れて行く。

 わたしはそこから単独行動を取る。

 あなたたちにはそこで、魔女の気を惹きつけてもらう。」

「おとり役ってことね?」


80: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/09(土) 19:25:01.87 ID:qHyJzCZDo
「そういうことになるわ」

「美味しい役所を譲るのは癪だが……」



杏子はクルクルと長柄を回して言った。



「……全力であいつの遊び相手をやってやるよ。

 加減を間違えて倒しちまっても、後で文句言うなよな」

「ふふっ、期待しておくわ」



ほむらは微笑み、全身にフィジカル・エンチャントを施した。

杏子とマミがそれに続き、加えて、防護魔法を互いに重ね掛けする。

ワルプルギスの夜相手には気休め程度にしかならないが、それも承知の上だろう。

杏子の赤色の魔翌力光と、マミの黄色の魔翌力光が混じり合い、

淡い橙色の光が二人の体を包み込んだ。



「行くわよ」



ほむらは短く言って、瓦礫の影から飛び出した。

無重力圏内に突入した瞬間、足許に魔方陣を展開し、それを強く蹴りつける。



81: またしてもsaga忘れ 2011/04/09(土) 19:25:46.70 ID:qHyJzCZDo
「そういうことになるわ」

「美味しい役所を譲るのは癪だが……」



杏子はクルクルと長柄を回して言った。



「……全力であいつの遊び相手をやってやるよ。

 加減を間違えて倒しちまっても、後で文句言うなよな」

「ふふっ、期待しておくわ」



ほむらは微笑み、全身にフィジカル・エンチャントを施した。

杏子とマミがそれに続き、加えて、防護魔法を互いに重ね掛けする。

ワルプルギスの夜相手には気休め程度にしかならないが、それも承知の上だろう。

杏子の赤色の魔翌力光と、マミの黄色の魔翌力光が混じり合い、

淡い橙色の光が二人の体を包み込んだ。



「行くわよ」



ほむらは短く言って、瓦礫の影から飛び出した。

無重力圏内に突入した瞬間、足許に魔方陣を展開し、それを強く蹴りつける。


83: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/09(土) 20:24:16.18 ID:qHyJzCZDo
捕捉されている、という感覚があった。

それは何度もこの魔女と対峙してきたほむらのみが分かる、攻撃のタイミングだった。

彼女は"時間停止"を発動しかけ、



「なっ」



リボンがほむらの盾――腕時計――に巻き付き、魔力の奔流を止める。

動揺し、制動をかけたほむらの隣を、マミと杏子が素早く通り過ぎていく。



「待って!狙い撃ちにされるわよ!?」

「お守りはハナから要らないよ。

 昔の人も言ってたじゃないか、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、ってね」

「わたしはもう、暁美さんの足手まといにはなりたくない。

 あなたは、あなたの役割に集中して」



ほむらがリボンを引き剥がした次の瞬間、

無数の魔力砲撃が、マミと杏子に降り注いだ。

しかし二人は被弾の有無を天に任せ、真っ直ぐに飛翔を続ける。



「………ッ」



ほむらは小さく舌打ちし、二人とは違うルートを選択した。

おとりは申し分なく効果を発揮した。

彼女は時折飛んでくる魔力砲撃を丁寧に盾でガードしつつ、ワルプルギスの夜に肉薄する。

立錐の余地もないほどの、大小様々な歯車の山。

機械仕掛けの魔女と呼ぶに相応しい壮観を目の前にして、

ほむらは盾の内側から、高性能プラスチック爆弾を取り出した。


95: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/09(土) 22:00:59.82 ID:qHyJzCZDo
 

使用爆薬は可塑性混合爆薬・Composition-4。

通称C-4爆弾と呼ばれるそれは、

見滝原市から程近い在日外国軍基地から、

ほむら単独で爆薬を盗み出し、自作したものである。

"時間停止"――発動。

彼女は『爆破』というものを熟知していた。

ただ大きな爆弾をポンと置くだけでは、最大の威力は発揮されない。

適切な量の爆弾を、効果的に配置したとき初めて、芸術的なまでの破壊効果が期待できる。

"時間停止"――解除。

ほむらは手の中のポケットベルを握りしめた。

母親が昔使っていたもので、電池を入れれば動いた。

ボタンを押せば、各所に設置したC-4爆弾が、同時に起爆する。

単純な仕組みだ。

が、ほむらはすぐにボタンを押さず、機械仕掛けの魔女の淵に立った。


91: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/09(土) 21:30:08.01 ID:qHyJzCZDo
マミと杏子は今や、絶妙のコンビと呼ぶに相応しい立ち回りを見せていた。

背中を合わせて互いの死角をカバーし、無数の拡散砲撃を相殺している。

二人の口元には笑みが浮かび、動きはダンスを踊っているかのように優雅だった。

それはともすれば、笑覧に堪える光景だった。

杏子の失われた左腕や、マミの脇腹から流れ出す夥しい血液から、目を逸らせばの話。

"時間停止"が使えない二人に、全ての攻撃をやり過ごせる道理が無かった。

あとしばらくもしないうちに、機械仕掛けの魔女は二人を仕留めるだろう。



これでいい、とほむらは自分に言い聞かせた。



いずれ魔女になる運命を知って、絶望のうちに死ぬよりも、

戦いの中で、希望を胸に抱いたまま死ぬほうがいいに決まっている。

なら、なぜ初めから二人をおとり役に使わなかったの?

なぜ二人の快い承諾に、あなたは胸を痛めたの?

心の奥からの問いかけに、答えることができなかった。



93: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/09(土) 21:55:14.33 ID:qHyJzCZDo
情に絆されてはダメ。

二人が力尽きる時を待つのよ。

ほむらは膝をついて、ポケットベルを胸に抱き締めた。

熱い塊のようなものが、喉元に込み上げてくる。

視界が霞み、耳は誰かの泣き声を聞いていた。

あなたは本当はどうしたいの?

再び、心の奥から声が聞こえた。

それはよくよく確かめるまでもなく、ほむら自身の声だった。

答え。そんなもの、考えるまでもない。

わたしは……わたしは、仲間を助けたい……!

たとえこれが合理に敵わない、愚かな選択だと分かっていても、

大切な仲間が死ぬところを、黙って見ていることなんてできない……!



震える指が、ボタンを押した。



次の瞬間、機械仕掛けの魔女は解体爆破され、煤煙と破片を撒き散らしながら墜落した。



110: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 00:28:55.53 ID:K8kc1u+Po
結界が薄れていく。

高層建築物の残骸は、ボロボロと崩れて砂山と化し、

無限の生長を続けていた樹木は、燃え上がり灰燼に帰した。

金属質な断末魔の叫びと共に、結界は完全に消滅した。



――ぽつり。



何かがほむらの肩を濡らし、

空を仰いだ彼女の頬を、大きな雨粒が叩いた。

終わったのだ。

ワルプルギスの夜は明けた。

彼女はゆっくりと、辺りの惨状を見渡した。

ワルプルギスの夜は一般人に、災害として認知される。

見滝原市を襲った大地震の、直接の被害は軽微だった。

甚大だったのは、その後に生じた津波による被害だ。

高波は田畑や背の低い建築物を押し潰しながら、見滝原市沿岸部を水浸しにした。

ほむらはどこまでも続く水溜まりを歩き、二人の姿を探した。



「おーい。こっちだ、こっち」



声のするほうに顔を向けると、杏子が大きく右手を振っていた。

隣にはマミの姿も見える。



「生きてた、のね」

「ったりまえじゃんか。

 って……そんな顔するなよな。

 あたしたちは魔法少女なんだぞ?

 腕の一本や二本、魔力を注いでりゃあ、そのうちニョキニョキ生えてくるさ」


114: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 00:59:37.48 ID:K8kc1u+Po
「いやあ、一発食らっただけで、二の腕から先が使い物にならなくなっちまってね。

 あんまりにも邪魔だったんで、自分で切り落としたんだよ」



綺麗な断面だろ、と止血された傷口を見せつけてくる。

腕が完全に元通りになる確証なんてない。

ただ、そうなることを信じて、杏子は笑っていた。

それまで杏子に寄りかかるようにしていたマミが、薄く目を開き、



「……終わったのよね……?

 暁美さんが……終わらせてくれたのよね……?」



言葉に詰まったほむらの代わりに、杏子が答えた。



「そうだよ。全部終わったんだ」

「そう……良かった……」

「無理に喋るなって。しばらくは大人しくしてたほうがいい。

 この中で一番ダメージがデカいのはマミなんだからさ」



マミは腹部に白いリボン――見た目は包帯と同じだった――を巻いていた。

今はもう止血が済んでいるようだが、

リボンに滲んだ鮮やかな赤は、彼女の傷の深さを物語っている。

場所が場所だけに、治癒魔法をかけるのも難しかったに違いない。





126: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 12:55:11.15 ID:K8kc1u+Po
でも、その努力も無駄なこと。

なぜならあなたたちはここで、わたしによって殺されるのだから。



「……何の冗談だい?」

「冗談じゃない。本気よ。

 杏子は『全部終わった』と言ったけれど、それは違う。

 あなたたちを殺して、わたしが死ななければ、この悪夢は終わらない」



ほむらは両手でベレッタを構え、杏子の額に狙いをつける。

対象は満身創痍で、この距離だ。

普通に撃てば外しはしないだろうし、ほむらには"時間停止"という保険もある。

一瞬後には死んでもおかしくない、という状況下で、しかし杏子は冷静に尋ねた。



「ちょいと落ち着きなよ。

 理由を教えてくれたっていいじゃないか。

 いきなりズドン、じゃ浮かばれないよ」

「わたしたちは、いずれに魔女になる。

 ソウルジェムが濁りきるか、心が絶望に沈みきったとき、

 ソウルジェムはグリーフシードに形を変える」

「……本当なのかい?その話は」

「ええ。これが、魔法少女の最後の真実よ。

 魔女を倒すために魔法少女が生まれて、魔法少女はやがて魔女になる」



それは宇宙の存続を願う種族が定めた、絶対の規則。

人類が滅ぶその時まで絶えることのない、無限の円環。


129: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 13:31:26.27 ID:K8kc1u+Po
マミの閉じた瞼の端から涙が滲み、

雨粒と一緒になって、頬を伝い落ちた。



「暁美さんは……初めから……こうするつもりだったの……?」

「ええ。一度魔法少女になった者に、救いはないわ。

 あるのは、魔女になるまでの残された時間を、ひたすら戦い抜く運命だけ」

「…………」



重傷を負ったマミには、発狂する気力さえ残されていないようだった。



『ソウルジェムが魔女を生むなら、みんな死ぬしかないじゃないっ!』



ほむらの脳裏に、魔法少女全員で心中を計ろうとしたマミの狂態が浮かぶ。

あの時の彼女の選択は、ある意味では正解で、ある意味では不正解だった。

わたしが魔法少女となり、時間を遡った時点で、五人の明暗は分かたれていた。

既に魔法少女になっている、わたしと、佐倉杏子と、巴マミ。

まだ魔法少女になっていない、鹿目まどかと、美樹さやか。

死ぬのは、もう元には戻れない三人だけで良かったのだ。

ほむらがグリップを握りなおしたその時、マミがぽつりと言った。



「……辛かったでしょう?」

「えっ……」


135: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 14:06:49.48 ID:K8kc1u+Po
「一人で抱えて……誰にも話せなくて……苦しかったわよね?」



ちゃぷん、と水音が聞こえた。



「でも……もうあなたには……二人も仲間がいるじゃない……。

 みんなで支えあって……喜びも、悲しみも分かち合えば……。

 きっと……魔女化を遅らせられるわ……」

「諸刃の剣よ。

 長く生きた分だけ、死を怖れるようになる。

 親しくなった分だけ、その人を見限れなくなる」



ソウルジェムが濁りきったわたしが、それでも自殺できなかったように。

オクタヴィアと化した美樹さやかを、杏子が諦めきれなかったように。



「ほむらは、何でもかんでも一人で背負い込みすぎなのさ」



と杏子が言った。



「あたしはね、あんたが思ってるほど弱くない。

 ソウルジェムが限界になったら、その時は自分で自分のケリをつける。

 左腕を切り落としたみたいにさ」


138: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 14:44:26.88 ID:K8kc1u+Po
「心変わりしないとは、言い切れないでしょう?」

「確かにあたしも人間だ。体は別モンでも、心はね。

 土壇場になって、ビビっちまってさ、自分可愛さに逃げ出すかもしれない。

 だから……だからあたしは、ほむらやマミに、見張っておいて欲しいんだよ。

 あたしも、ほむらやマミのことを見張ってるからさ」



この先、あたしが魔女になるまでずっとね、とはにかむ杏子。



「ねえ、暁美さん……この世界にはきっと……魔法少女が、たくさんいるわ……。

 その子たちのほとんどは……何も知らないで、魔女と戦っている……可哀想な子たちよ……。

 真実を知るわたしたちには……その子たちにも真実を伝える……義務があると思わない?」

「それを言うなら、キュウべえの活動を邪魔してさ、

 新しい魔法少女が増えるのを未然に防ぐって仕事もあるんじゃないか?」

「うふふ……これから、忙しくなりそうね……」



ちゃぷん、と再び水音が聞こえた。

それはほむらが知らず知らずのうちに、後じさっている足音だった。

人差し指はトリガーガードの中で麻痺したように動かず、

膝の震えは上半身に伝わり、照準をあらぬ方向へ向けさせていた。





141: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 15:22:19.45 ID:K8kc1u+Po
 


これは罠よ、とほむらは思った。

甘い誘惑に惑わされてはダメ。

ここで終わらせなければ、

これで、終わりにしてしまわなければ、必ず後で悔やむことになる。

噛み締めた下唇が切れ、血の味が口の中に広がった。

顎先から落ちた数滴の雫が、水溜まりに赤の波紋を作る。

こんなにトリガープルを重く感じたのは初めてだった。

わたしには……できない。

マミと杏子の生きたいという気持ちを、摘むことなんてできない。

思えば二人を見殺しにできなかった時点で、こうなることは決まっていたのかもしれない。

左手を正面にかざし、銃口をリングに押し当てる。



「ほむら、よせっ!」

「待って、暁美さんっ!」



死への恐怖は、慣れ親しんだものだった。

わたしは既に一度、死を経験している。


145: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 15:53:19.15 ID:K8kc1u+Po
同じ時間を何度も巡り、たった一つの出口を探してきた。

まどかを絶望の運命から救う道を、永遠の迷路の中で探し求めてきた。

その一点に限って言えば、今のわたしが、やり残したことは何もない。



「さよなら、まどか」



ほむらは指先に力を込めた。

あれほど重く固かったトリガーは、今度はスムーズに動作した。

パン、と乾いた音が響いた。

左半身の皮を剥がれたような激痛が走り、次の瞬間、ほむらの体は浅瀬に倒れ込んでいた。

銀色の水面が、視界一面に広がる。

誰かの手が背中にまわり、ほむらを水中から抱え上げた。



「がはっ……けほっ……けほっ……」



何が起こったのかも分からずに、気管に入った水を、懸命に吐き出した。

どうして、わたしは生きているの?――死ねなかったことへの失望と。



「ほむらちゃんっ!」



どうして、ここにまどかがいるの?――最愛の友達と出会えた喜びと。

綯い交ぜになった感情の波に、ほむらの目から、大粒の涙が溢れ出す。


149: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 16:46:50.44 ID:K8kc1u+Po
ほむらがトリガーを引いたのと、駆けつけてきたまどかが、

抱きつくように彼女を突き飛ばしたのは同時だった。

銃身がぶれたことにより、弾丸はリングの表面を、僅かに傷つけるに留まった。

ほむらが左半身に感じた激痛は、それによるものだった。



「ダメだよ、ほむらちゃんっ……。

 ほむらちゃんが死ぬなんて、イヤだよ……絶対絶対、おかしいよっ!」

「……わたしは……魔法少女なんだよ?

 いつか魔女になって……たくさんの人を悲しませるの……。

 わたしは、そんな自分が許せない……だから……」

「ほむらちゃんなら、大丈夫だよ……きっと魔法少女のままでいられるよ。

 わたし、ほむらちゃんが強い子だって知ってるもん。

 もしも挫けそうになったり、辛くて泣きそうになったりしたときは、

 いつだって、わたしが傍にいるから……だってわたしたち、友達でしょ?」

「まどか、お願い……これ以上、我が儘言わないで……。

 あんまりわたしを、困らせないで……」



まどかは涙に濡れた顔を綻ばせて、



「ほむらちゃんを止められるなら、わたし、ずっと我が儘を言うよ。

 ずっとずっと、ほむらちゃんのことを困らせ続けるよ」


152: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 17:35:44.00 ID:K8kc1u+Po
 


胸の内側で、何かが燃え上がる感覚があった。

それはほむらが時間の迷路を歩む間に、消え入りかけていた埋み火だった。

普通に生きたい、という願い。

友達と幸せな時を過ごしたい、という願い。

赤々と燃え盛る焔は、彼女の中の冷たい氷を、みるみるうちに溶かしていく。



「まどか……ひぐっ……えぐっ……まどか……ぁ……ひぐっ……」

「もう、さよならなんて、言わないで」

「うん……」

「ずっと一緒にいようね。約束だよ?」

「うんっ……!」



泣きじゃくるほむらを、優しく抱き締めるまどか。

一部始終を見守っていたマミと杏子は、顔を見合わせ、安堵の笑みを零した。

最善の結末ではなかったのかもしれない。

いつか、不合理の積み重ねが合理を覆すと信じた今を、悔やむ瞬間が訪れるのかもしれない。

それでも今は……今だけは、この幸せを噛み締めていたい。

暗雲を見上げたほむらに、降り注ぐ光があった。

それは、まるで彼女を祝福するかのような、幾条もの天使の梯子だった。


158: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 18:25:20.08 ID:K8kc1u+Po
◆◇◆◇



見滝原市の郊外には、忘れ去られた教会がある。

廃墟マニアも、肝試し好きも、自治体さえも立ち入らない。

聖域と呼ぶに相応しい場所だった。

外観がボロボロに朽ち果て、植物の楽園と化していなければ、の話だが。

今、その教会の前には、一人の少女が佇んでいた。

杏子はリンゴを囓りつつ、正門を蹴り飛ばそうと片足を掲げ、



「ふぅん……先客ねえ……」



パーカーを羽織りなおし、静かに扉を開いた。

外の状態と同じく、中も酷い有り様だった。

割れたステンドグラス。

朽ちた長椅子。

埃っぽい空気に軽く咳き込みながら、杏子は礼拝堂の傾斜を上っていく。

彼女が腐った板を踏み抜いた音で、さすがに先客も杏子に気づいたようだ。



「あっ」

「礼拝なら余所をあたりな。

 ここじゃ、いくら待っても神父はこないよ」



杏子の冗談に、先客――さやか――はクスッと笑って、



「遅かったね、杏子」

「あたしのことを待ってたのか?」


162: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 19:00:55.39 ID:K8kc1u+Po
「うん。杏子なら絶対、ここに寄っていくと思ったんだ」

「よくこの場所が分かったね?」

「あたしなりに調べたの。

 かなり苦労したよ、ここまで辿り着くの」

「あははっ、だろうね……。

 にしても、中で待ってたなんて度胸あるなー、さやかは。

 この教会、見た感じはまんまお化け屋敷じゃん?」

「最初は怖かったよ。

 でも一度中に入ったら、なんていうか、温かい感じがしてさ。

 この朽ち果てた感じが、逆に風流っていうか……」

「物好きだね、あんたも」

「うるさいなーもー」



他愛のない会話をしながら、杏子は歩を進め、階段の最上段に腰を下ろした。

左隣に、さやかが座る気配がする。



「………」

「…………っ」



小さな沈黙があり、体の一部に視線を注がれている感覚があった。



165: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 19:13:25.93 ID:K8kc1u+Po
杏子はそれを振り払うように言った。



「さやかと上條恭介は、あの日、ちゃんと逃げてたのか?」

「……うん。いくらきちんとした造りの病院でも、何があるか分かんないからさ。

 一時退院して、って恭介に頼むあたしを、

 お医者さんも、恭介の家族も、奇妙な目で見てたけど……恭介だけは、信じてくれた。

 だからあの日はずっと、恭介の家にいたよ」



あの日。

ワルプルギスの夜が出現し、現実世界への影響として、大地震が起こった日。



「結局、病院に被害はなくて、退院した意味はなかったんだけど、

 みんなには感謝されるし、エスパー扱いされるしで、今はちょっと困ってるの」

「ははっ、そりゃ傑作だね」


169: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 19:45:08.45 ID:K8kc1u+Po
放送再開きたああああああああ!!!!!

やったぁぁあぁぁぁぁぁl!!!!!!!!!!!これでかつる!!!

もう何も怖くない!















「もうっ、笑い事じゃないし……」



さやかは声のトーンを落として言った。



「ねえ……おかしいと思わない?

 もしもワルプルギスの夜を放っておけば、

 被害はもっと大きくなって、もっとたくさんの人が死んでたかもしれないのに、

 あたしやまどかの他の、誰も杏子たちが頑張ってたことを知らない。

 誰も杏子たちに、感謝しないなんてさ」

「あたしは誰かに礼を言われるために、魔法少女をやってるわけじゃないよ」

「……杏子がそうでも、あたしは納得できない。

 だって……あの戦いのせいで、杏子の腕は……」



杏子は垂れ下がった左袖を右手で掴むと、

袖の先端でぺしぺしとさやかの頬をビンタした。



「ちょっ、何すんのよ!?」

「辛気臭い空気はあんたに似合わないよ、さやか。

 第一、なんであたしが気にしてないことで、あんたがクヨクヨしなくちゃならないのさ?」


173: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 20:06:46.89 ID:K8kc1u+Po
「気にしてないなんて、嘘でしょ?」

「本当さ。実際、左腕がなくなっても、だいたいのことは自由にできるもんさ。

 利き腕がなくなったらそりゃあ一大事だろうが、あたしの場合は、こっちが利き腕だしね」



杏子は右腕をグルグル回して見せる。



「左腕はもう、治らないの?」

「これくらいの怪我になると、かけるのは治癒じゃなくて、再生の魔法になる。

 必要な魔力は桁違いだし、中途半端に生やすのも気持ち悪いから……しばらくは放置するつもりだよ。

 最悪の場合は、再生の魔法でも元に戻らないだろうけどね。

 その時は大人しく義手をつけるさ」

「そんな……」

「だから、どうしてさやかが落ちこむんだい?

 心配してくれるのは嬉しいけれど、

 あたしは本当に、そこまで左腕に未練があるってワケでもないんだよ。

 隻腕の魔法少女ってのも、なかなかカッコいいと思わないか?」

「バカじゃないの」



湿った笑い声を上げて、目の端を指で拭うさやか。

杏子は傍らの紙袋から、リンゴを一つ取り出して言った。



「くうかい?」

「………うん」


176: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 20:20:38.13 ID:K8kc1u+Po
「どうだい、味は?」

「美味しい。すっごく美味しい」

「だろ?

 やっぱりリンゴは、そのまま囓るのが一番美味い食べ方だよな」



それからしばらく、しゃりしゃりという小気味良い音が響いた。

さやかが半分ほどリンゴを食べ、

杏子がその間に二つリンゴを食べた頃、さやかが言った。



「杏子は、この街を出て行くんだよね?」

「あむっ」



杏子は最後に豪快に一囓りして、芯をポイと投げ捨てると、



「一つの街に、三人も魔法少女は要らないからね。古巣に帰るのさ」



結局ほむらは、今のポジションから退かなかった。

立派な契約違反だが、文句を言うつもりはない。

むしろ『見滝原市に留まらないか』というマミからの申し出を、杏子が辞退したのだ。


177: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 20:34:49.32 ID:K8kc1u+Po
「あんたはやっぱり、グリーフシードのためだけに魔女を狩るの?」

「ああ」

「…………」



黙り込み、落ちこんださやかの表情を見て、杏子はカラカラと笑った。



「馬鹿だね、さやかは。

 今のあたしには、余裕がないんだ。

 見境なしに魔女に喧嘩をふっかけてたら、すぐにソウルジェムが真っ黒になっちまう。

 だから、最初の一体を狩るまでは、前と同じようにやるしかない。

 それくらいは、目を瞑ってくれてもいいだろ?」

「じゃあ、その後は……」

「市民の平和と安全を守る、正義の魔法少女に戻るさ。

 いや、正義の隻腕魔法少女だね」



おどけた口調は、杏子の照れ隠しだった。

きっかけは、さやかに自分の過去を語ったことだった。

自分がなぜ魔法少女になり、なぜ自分のためだけに魔法を使うようになったのか。

それを思い出したことで、彼女は同時に、初志を取り戻したのだった。


179: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 20:47:40.47 ID:K8kc1u+Po
「杏子」

「ん、なんだい……?」



名前を呼ばれ、顔を横に向けた杏子を、さやかがぎゅっと抱き締める。



「……な、なな、なんのつもりだよ、さやか」

「んー……したくなったから、してるだけ」

「あ、あた、あたしは男じゃないんだぞ」

「女の子同士で、抱き合ったらおかしいの?

 あたしはまどかとも、よく理由もなく抱き合ってるけど」

「………」



杏子の顔が、紙袋のリンゴのように赤く染まる。

手を繋ぐだけで気恥ずかしさを覚える彼女にとって、

上半身を密着させる行為はハードルが高すぎたのだった。


185: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 21:00:03.29 ID:K8kc1u+Po
「も、もういいだろ。勘弁してくれよ」

「ぷっ、変なの」



杏子の弱点発見~、と実に嬉しそうにさやかは言って、抱擁を解いた。

しばしの静寂があって、



「次は、いつこっちに戻ってくるの?」

「さあてね。

 たまに顔を見せないと、マミのやつがうるさいから、

 一ヶ月に二回くらいは、こっちに顔を出そうと思ってる」

「そうなんだ」

「なんでそんなことを聞くんだい?」

「そりゃあ、またあんたに会いたいからに決まってるじゃん」

「あ、会ってどうするんだよ……」

「どうするって、おかしなこと言うんだね。

 友達が集まって、することなんて一つでしょ?

 普通に遊ぶの。まどかや、マミさんや、転校生も一緒にさ」


189: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 21:21:28.30 ID:K8kc1u+Po
「…………」



目頭が熱くなるのを感じて、杏子は顔を背けた。

誰かに友達と認められて、遊びに誘われたのはいつ以来だろう。

ミッションスクールに通っていた頃には、彼女にも友達と呼べる人間が何人かいた。

しかし神父である父親が、教義にないことをミサで話すようになると、みんな彼女から離れていった。

そのことで父親を恨む気持ちはなれなかった。

代わりに、友情の薄っぺらさを胸に刻みつけた。

もう友達なんて欲しくない、そんなものはあたしに必要ない、と言い聞かせた……。



「どうしたの、いきなり黙っちゃってさ」

「……なんでもないよ」

「そう?……あっ、あたし、良いこと考えちゃった」



さやかはにわかに立ち上がり、

半分残ったリンゴを左手に持ち、右手を杏子に差し出して、



「どうせなら、今から遊びに行かない?」


193: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 21:36:46.93 ID:K8kc1u+Po
「い、今から?」

「うん。一ヶ月に二回って、よく考えたら頻度少ないし、

 かといって、あたしの都合で会いに来てー、なんて言えないしさ。

 こうやって杏子と会える時間って、結構貴重だと思うんだよね」

「あ、あたしは別に構わないけど、どこに行くんだよ?

 あたしの知ってる遊び場なんて、ゲーセンくらいだぞ」

「じゃあ、途中で寄ろっか。

 でもその前に、服、買いに行かない?」

「服?」

「あんた、いつもそのパーカとショートデニムでしょ?

 ちゃんと洗ってるの?着の身のままだと、カビちゃうよ?」

「う、うるせーなあ。ちゃんと洗ってるっつうの。

 人の服を汚いものを見るような目で見るなってんだ……」



杏子は上目遣いになって言った。



「なあ、本当に行くのか?」

「なあに?あたしと遊ぶのが不満なの?」

「や、服を買うなんて、随分久しぶりだからさ。

 あたしは流行りにも疎いし、その……」

「大丈夫だって。あたしが超可愛い服選んであげるから。

 杏子は着せ替え人形みたいに、じっとしてればいいの」


199: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/10(日) 22:03:10.34 ID:K8kc1u+Po
「その超可愛い服ってのは勘弁してくれよ。

 あたしはどっちかっていうと、ボーイッシュな服が好みなんだ」

「えー、似合うと思うんだけどなぁー。

 髪下ろして、スカート穿いたら、お嬢様みたいになったりしてさ」



冗談じゃねえ、と嫌な予感を覚えつつも、

杏子は右手で、さやかの右手を掴んだ。



「……あんたのセンスを任せるよ。今日はよろしくね、さやか」

「さやかちゃんに任せなさーい。

 ま、大船に乗ったつもりで着いてきて」



そのとき、杏子はふと、今日の曜日を思い出した。

おいおい……さやかのヤツ、まさか……。



「あんた、今日、学校は?」

「ん?サボったよ」

「……何やってんのさ」

「学校の授業よりも、杏子に会うことのほうが、

 あたしの中の優先順位が上だったってだけ。

 あんた、黙って行っちゃうつもりだったんでしょ」

「この不良」

「あははっ、杏子にだけは言われたくないねー」



軽快な足取りで階段を駆け下りるさやか。

杏子は苦笑して、その後に続いた。

教会を出る前に、一度だけ振り返る。

もう、ここに戻ってくることはないだろう。

父親と母親と、小さな妹に別れを告げて……杏子はさやかの元へ歩き出した。


237: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/11(月) 19:18:50.41 ID:1QPrNnlCo
◆◇◆◇



夢を、見ていた。



微睡みから覚醒していくにつれて、夢の記憶は失われていく。

少女は唇の端で食べていた長い髪を摘み取り、

ふと、喉の渇きを覚えてベッドから身を起こした。

まるで水中をゴーグルなしで泳いでいるかのような、

何もかもが曖昧な世界は、彼女が眼鏡をかけた瞬間に輪郭を取り戻す。

彼女は水差しから、コップに半分ほど水を注ぎ、

銀色のタブレットケースから三種類の錠剤を取り出した。



「んっ……」



口の中に放り込んで、一度に飲み下す。

彼女は先天的に、虚血性心疾患を抱えていた。

激しい運動や、継続した興奮状態は、彼女にとって文字通りの命取りとなる。

これまでにした入退院の数は、片手の指では数え切れない。

半年前に酷い発作が彼女を襲い、長期入院を余儀なくされたとき、

彼女の両親は見滝原市への移住を決めた。

綺麗な海に面し、緑に恵まれた都会が、娘の良き静養地になると考えたからである。


239: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/11(月) 19:47:43.14 ID:1QPrNnlCo
彼女はドレッサーの前に座ると、

丁寧に櫛を通してから、髪を編み始めた。

手順は両手が覚えていた。

物心ついた頃から、ずっとこの髪型だったのだ。忘れようもない。

鏡の中の、赤ぶち眼鏡をかけ、髪を三つ編みにした、見るからに気弱そうな少女と視線があった。

彼女が微笑むと、鏡の中の少女も微笑んだ。

彼女は藤色のパジャマを脱ぎ捨て、見滝原市立中学校の制服に袖を通した。

こうして彼女の一日が始まった。



高く澄んだ蒼穹。

小止みない小鳥の囀り。

目も綾な木漏れ日の模様。



そんな何気ない日常の一瞬を切り取りながら、彼女は通学路を歩いて行く。

時折、ゆったりとした歩みの彼女の隣を、

同じ学生服を着込んだ同性のグループや、カップルが追い越していった。

彼ら、彼女らの背中を見送りながら、しかし、少女の歩調は変わらない。



242: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/11(月) 20:20:40.59 ID:1QPrNnlCo
通学路の中程、小川の走る自然公園で彼女は立ち止まった。

整った顔立ちに、ウェーブがかった髪を湛えた志筑仁美と、

セミロングの髪を小ぶりなツインテールにした、鹿目まどかが振り返り、



「お待ちしていましたわ、暁美さん」

「ほむらちゃん、遅いよぉ!」



彼女――暁美ほむら――は頬を掻きながら言った。



「おはよう」



挨拶するだけで、自然と笑顔が零れてくる。

仁美は人差し指を顎に当て、辺りを見渡しながら、



「遅いですわね、さやかさん。いつもは一番乗りですのに……」

「さやかちゃんは、今日、学校休むって」

「まあ!」

「何か、大切な用事があるみたいだよ」



その用事が何なのか、ほむらは知っていた。

美樹さやかにとって、恩人であり、友人でもある少女を見送るため。


244: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/11(月) 20:49:39.33 ID:1QPrNnlCo
二人と連れ立ち、他愛もない会話をしながら歩いていると、

明るい色の巻き髪が目立つ、上級生の後ろ姿が見えた。



「あっ、マミさんだ!」



大きな声で名を呼び、手を振るまどか。

ほむらも思わずその後に続きかけ、仁美の咳払いに、顔を赤くする。



「みんな、おはよう」



巴マミの向日葵のような笑顔には、よく目を凝らせば、若干の翳りがあった。



「マミさん、クマができてる」



ズバリと言ったまどかに、マミは目の下を指で擦りながら、



「ああ、やっぱり分かっちゃう?

 昨日はついつい夜更かししちゃってね……。

 熱くなりすぎないように気をつけないと。ねえ、暁美さん?」

「そ、そうですね」

「巴先輩と暁美さんは、昨晩、一緒にいらっしゃいましたの?」

「えっと……それは……」



答えに詰まるほむらと、ふふっ、と妖艶に息を漏らすマミ。

仁美は疑惑の目で二人を見つめ、何を勘違いしたのか、



「経験のない暁美さんに、巴さんが優しく手解き……。

 ああっ、いけませんわお二方、女の子同士でなんて!

 それは……それは禁断の恋のかたちですのよ~!」



とヒステリックに叫ぶや、走り去ってしまった。


248: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/11(月) 21:08:44.64 ID:1QPrNnlCo
学校についてからのことが思い遣られる。

ほむらは誤解の発端を責めるべく、わずかに頬を膨らませて言った。



「全部、マミさんのせいですからね」

「うふふ、ごめんなさい。

 でも、眼鏡をかけた暁美さんを見ていると、つい虐めたくなっちゃうのよ……」



じりじりと詰め寄るマミ。



「そ、そんなの、理由になってません」



立ち竦むほむら。

草原で出会った獅子と兎のような二人の間に、まどかが割って入り、



「ほむらちゃんを虐めちゃダメですよ、マミさん」

「あ、ありがとう、まどか……」



まどかは満面の笑顔で振り返り、



「ほむらちゃんを虐めていいのは、わたしだけだもんね~?」

「もうっ、まどかまで……」

「あははっ、冗談だよぉ!」


251: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/11(月) 21:32:03.29 ID:1QPrNnlCo
三つ巴にじゃれ合いながら、通学路を駆ける。

もちろんほむらの心臓を慮り、マミもまどかも、加減を心得ていた。

穏やかで、安らかで、幸せな時間が流れていく。

ともすれば身も心も溶けてしまいそうな幸福感の中で、

しかしほむらは"最後の時"を、心象の果てに見据えていた。





ワルプルギスの夜を倒し、

ほむらが仲間の殺害を断念し、

彼女自身の死をまどかが食い止めてから、しばらくして。



『実に見事な戦いだったね』



瓦礫の頂に実体化したキュウべえは、四人を見下ろすようにして言った。



『時間の牢獄から解放された気分はどうだい、暁美ほむら』


255: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/11(月) 22:11:04.58 ID:1QPrNnlCo
『てめぇ……よくもあたしたちの目の前に、ノコノコ出てこられたもんだな?』



右手に槍を構えた杏子を、ほむらは目線で制止し、



『あなたの目的は、なに?』

『そう殺気立たないでもらいたいね。

 僕はただ、話をしにきただけさ。

 君たちは今や生ける伝説だよ。

 何と言ったって、あのワルプルギスの夜を倒したんだ』

『光栄の至りだわ』

『"時間操作"の魔術と現代兵器の組み合わせは、僕が想定していた以上に強力だった。

 いや、それだけじゃない。君はあの魔女の弱点となる部位を知り尽くしていた。

 まるで、何度もあの魔女と戦ったことがあるみたいにね』

『…………』

『事実、そうなんだろう?

 時間の"遡行"こそが、君の主な能力だ。

 "停止"は副次的なものに過ぎない。

 君は約一ヶ月前を始点に、ワルプルギスの夜を終点にして、同じ時間を繰り返してきた』



キュウべえの推測は的を射ていた。

ほむらの盾は、精確に言えば巨大な腕時計であり、

さらに精確に言えば、特殊な砂時計だった。

砂時計を反転させると一ヶ月分の時が巻き戻され、

魔力を注いで砂の流れを止めることで、時の流れも静止するのだ。


259: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/11(月) 22:40:06.04 ID:1QPrNnlCo
『君の目的は鹿目まどかを魔法少女にさせないことだった。

 それがどれほど艱難な道だったか、僕には想像もつかないよ。

 何度繰り返したか、君自身、覚えていないんじゃないかな』

『ねえ、ほむらちゃん……キュウべえの話、本当なの……?

 ほむらちゃんはわたしのために、何度も何度も、同じ時間を繰り返してきたの……?』

『いつか……いつか全部、話すから』



ほむらは優しくまどかに言って、再びキュウべえを睨み付けた。



『それで……あなたは結局、何が言いたいの?』

『まだ分からないのかい?

 僕は君に、おめでとう、を言いにきたのさ。

 君の目的は遂げられた。

 鹿目まどかが魔法少女になる可能性は、今や完全に失われた』

『やけにあっさりと負けを認めるんだね?』



訝しげな杏子の言葉に、キュウべえは首を傾げて、



『元々は僕自身が蒔いた種だからね。

 恐らく別の時間軸の僕は、暁美ほむらに時間を遡らせることで

 鹿目まどかの魔法少女としてのポテンシャル、延いては感情エネルギーを、

 最大限に引き出すことが出来ると考えたんだろう。

 先輩としての巴マミ、親友としての美樹さやか、甚大な被害をもたらすワルプルギスの夜……。

 まどかが強い祈りを捧げるファクターは、十分に揃っていた』


265: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/11(月) 23:12:46.79 ID:1QPrNnlCo




『でも暁美さんは……諦めなかったわ……。

 残念だったわね、キュウべえ……あなたの目論見どおりに……いかなくて……』

『僕の見込みが甘かったことは認めるよ、マミ。

 けれど今回の出来事で、僕は貴重な経験を得ることができた。

 見方を変えれば、それを今後の契約に役立てられる、と考えることもできる。

 まどかを魔法少女にできなかったことは、確かに残念だ。

 が、それはあくまで、効率性の観点から見た場合の話さ。

 まどか一人から莫大なエネルギーを得ることも、

 平凡な魔法少女から少しずつエネルギーを集めることも、長い目で見れば同じだからね』

『そんな話をベラベラ喋っておいてさぁ、

 あんた、ここから生きて帰れると思うのかい?』



キュウべえは唇を三日月型に歪めて言った。



『無駄だよ、杏子。

 僕……いや、僕たちインキュベーターは、偏在する。

 たとえ僕が死んだところで、別の個体が僕の記憶を引き継ぎ、活動を続けるだろう』


274: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/12(火) 00:36:07.18 ID:utiwWf6Io
マミは脇腹を押さえながらも、嘲笑うかのような口調で言った。



『それをわたしたちが……黙って見ていると思う……?

 ふふっ……全力で……邪魔してあげるわ……』

『具体的には、どうやって?』



ほむらが言った。



『わたしたちは他の魔法少女に、魔女化の運命を伝える。

 あなたが契約を持ちかけた人間に、あなたの正体が悪魔だと知らせる。

 情報は魔法少女から魔法少女へ、人から人へ伝わるわ。

 真実を知る者の輪は、加速度的に広がるでしょうね。

 ソウルジェムがグリーフシードにならなければ、

 魔女は魔法少女に狩られるだけの存在となって、いずれ完全に消滅する』

『理想を掲げるのは勝手だが、とても現実的ではないね。 

 たとえ君たちに同調する魔法少女が現れても、

 彼女たちの全員に、魔女化の前に自害する覚悟は持てないだろうし、

 たとえ僕の目的を知っても、奇跡を望む人間は絶えないだろう』

『あなたが思っているほど、人間は愚かじゃない。

 いいように利用されていると知って黙っているほど、人間は甘くない。

 魔法少女でいる限り、わたしは新たな魔法少女と、魔女の根絶を諦めない。

 そして少なくとも今ここには、わたしと同じ考えの魔法少女が二人いるわ』



力強く頷く、マミと杏子。


275: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/12(火) 01:09:06.43 ID:utiwWf6Io
『そうかい。

 そこまでの覚悟があるなら、これ以上が僕が言うことは何もないよ』

『なら、消えなさい』とほむら。

『見逃してやるのは今回だけだ。次に見かけたら殺す』と杏子。

『二度と会うことが無いことを祈ってるわ……』とマミ。



キュウべえは溜息を吐いて、



『僕もずいぶんと嫌われたものだね……。

 けど、君たちは魔法少女として、これまでにないまったく新しい選択をした。

 その結果がどうなるのか、非常に興味深いところだ。

 次に会えるときを楽しみにしているよ、暁美ほむら、巴マミ、佐倉杏子。

 そして……さよなら、鹿目まどか。

 君と会えて、良かったよ。美樹さやかにもよろしくね』



キュウべえの体が透けていき、やがて、何も見えなくなる。

そうして、一つの物語が終わり――。

――新たな戦いの系譜が、幕を開けた。







「ここまでね」



正門をくぐり、校舎に入ったところでマミが言った。

学年が違うほむらとまどかは、ここでマミと別れることになる。


277: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/12(火) 01:29:46.29 ID:utiwWf6Io
「マミさん、今日は一緒に帰れますか?」

「うーん、クラスの用事があるから、

 たぶん、鹿目さんたちの方が早く終わると思うわ。

 待たせるのも嫌だから、今日は別々に帰りましょう?」

「えー……」

「また明日、一緒に帰ればいいじゃない。

 そうそう、この前行きつけのお店で、珍しい茶葉を買ったの。

 明日は帰りにケーキを買って、みんなでお茶会をしましょ?」

「本当ですか?やったね、ほむらちゃん!」

「うんっ」



それじゃあ、と別れの言葉を交わし、

マミと二人はそれぞれの道に歩き出す。

しかし数歩進んだところで、ほむらはマミに呼び止められた。



「暁美さん、ちょっと」



駆け寄ったほむらに、マミはこっそりと耳打ちする。



「今日の活動は、夜の七時からにしてもらえる?

 さっきも言ったけど、クラスの用事が長引きそうだから……場所はいつもの自然公園ね」

「はい、分かりました」



と頷き、ほむらは何気ないふうを装いながら、まどかの元に戻った。



「なんだったの?」

「髪に糸くずがついてたみたい。

 後ろから見えて、放っておけなかったんだって」

「そうだったんだぁ。わたしには内緒の話かと思っちゃった」



即席の嘘に、まどかは純真無垢な笑顔で騙されてくれる。


280: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/12(火) 01:58:15.37 ID:utiwWf6Io
マミの言った『活動』という言葉の中には、複数の意味が込められていた。

魔女退治はもちろん、

他の魔法少女とのコンタクトや、

キュウべえに契約を迫られている少女の探索。

やるべきことは、山積している。



ほむらが近視で脆弱な心臓の持ち主に戻ったのは、

ソウルジェムが少しでも濁らないようにするための、彼女なりの努力だった。

眼鏡やリボンを外し、フィジカル・エンチャントを発動するのは、彼女が魔女と対峙した時だけだろう。

またワルプルギスの夜を倒した日から、彼女は"時間停止"の能力を使えなくなった。

あの日以来、彼女の砂時計は反転をやめた。その必要がなくなったからだ。

切り札を失った彼女は、しかし、それがなくても魔女と戦う術を確立していた。

それはたとえば、過去に山と盗み出した銃器類であったり、

自作の爆弾であったりと、相変わらず魔法ではなく科学に頼ったものだが、

魔女に効くなら何でも同じ、というのが彼女の哲学だった。





284: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/12(火) 02:32:28.35 ID:utiwWf6Io
マミと共に活動を始めて五日、倒した魔女は三体、得られたグリーフシードは一つ。

コンタクトが取れた別の魔法少女は一人で、出だしはまずまずといったところ。

ワルプルギスの夜による震災の影響で、

見滝原市では一時的に、魔女の活動が活発化しているようだった。

しばらくは見滝原市界隈で活動を続けることになりそうだが、

街がある程度の落ち着きを見せれば、遠征することもマミや杏子と計画している。

杏子はしばらくは元の縄張りに戻り、

月に一度か二度は、見滝原市街地に顔を出すと言っていた。

その時はまたほむらの家が、彼女の寝床になることだろう。

いや、さやかの家に泊まることを勧めてみるのも面白いかもしれない……。



「――ちゃん、ほむらちゃん!前、前っ!」

「えっ?」



爪先が何かにぶつかる感触があり、続いて額に激痛が走った。

尻餅をついた状態で、ずれた眼鏡をかけ直すと、

そこには見落としようもないほどの大きな柱が立っていた。



「ああ、またやっちゃった……」



と涙目のほむらの元に、まどかが駆け寄ってきて、



「だ、大丈夫?」

「うん、いつものだから」

「ふふっ、おかしいよね。

 ほむらちゃん、眼鏡外してるときはすっごくカッコいいのに、

 眼鏡をかけた途端、超ドジッ子になっちゃうなんてさ」


287: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(関西地方) 2011/04/12(火) 03:09:29.44 ID:utiwWf6Io
「仕方ないでしょ……自分でもどうしてこうなっちゃうのか、分からないの。

 それに眼鏡をかけてても、やるときはわたし、やるんだからね」

「ごめんごめん。さ、そろそろ行こ?

 みんなほむらちゃんのこと見てるよ」



ほむらは今更になって、登校時間の混雑の中、

他の生徒の視線を一身に集めていることに気づく。

誰も彼も自分のことを笑っているような気がして、慌ててまどかの手を取った。



「赤くなってるほむらちゃんもかーわいい」

「も、もうっ……からかわないで。

 ねえまどか、手、もう離しても大丈夫だよ」

「教室に着くまで、握っててあげる。

 ほむらちゃんが壁にぶつかったり、転んだりしないように」

「……恥ずかしいよ」



と言いつつも、まどかの手を振りほどけないほむらだった。

手の中の温もりが、嬉しくて、愛おしかった。



わたしは今、永遠の迷路の中で恋い焦がれていた未来に立っている。

いつまでも続く幸せじゃない。遅かれ早かれ、終わりはやってくる。

でも、一つだけ分かっていることがある。

わたしが魔女になるのは、他の魔女と共にグリーフシードが絶滅し、

ソウルジェムが穢れを、どこにも移せなくなったときだけ。

暗い未来に絶望して、ソウルジェムを濁らせたりなんかしない。

だってわたしは、一人じゃないから。

心強い仲間と、大切な親友が……いつでもわたしの隣を歩いていてくれるから。



ほむらはまどかと手を繋ぎながら、ゆっくりと階段を上り始めた。







Fin