1: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/01(月) 20:47:39.10 ID:QQZ2gTIwP
側近「なる、て言うかなれ、だな」

魔王「拒否する権利は」

側近「ねぇけど?」

魔王「……ああ、そう」

側近「そこ!」

魔王「は?」

側近「お前は昔からそうだ。諦め早すぎる!」

魔王「……私は、不必要なもめ事は好まない」

側近「お前何!?ねぇ、何!?」

魔王「……魔王、だが」

側近「だろ?ねぇ、魔王だろ!?」

魔王「まあ」

側近「魔王ってのは、ね!?無意味に人間滅ぼそうとしたり、世界滅ぼそうとするもんだろ!?」

魔王「知らんよ」

側近「……はあ、もう」

魔王「ため息を吐きたいのは私の方だ。私は曲がりなりにも魔王だぞ?」

側近「そうだね。日がな一日本読んだり、料理してるけど魔王だね!」

魔王「……本を読むのは良いことだ。料理だって、やっていれば上手くなる」

側近「そりゃね。最初、卵焼きだって言って消し炭持ってきたときは吃驚したがね」

魔王「最近はケークサレに凝ってるんだが」

側近「この間のほうれん草とサツマイモの奴は上手かった」

魔王「あれは自信作だ」

側近「チーズが入ってたら……って、そうじゃ無くて!」

側近「だーかーら!お前、魔王なんだから魔王らしく、ちょっとはさぁ!」


引用元: 魔王「私が勇者になる……だと?」 



2: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/01(月) 20:55:05.17 ID:QQZ2gTIwP
魔王「魔王らしく勇者になれ、ってのは……おかしいだろう?」

側近「敵を欺くにはまず味方からって言葉知ってるか」

魔王「……人には器と言う物がな?」

側近「哀れんだ目で見るなあああああ!何も考えなしで言ってるんじゃねぇから!」

魔王「そうなのか?……破れかぶれなのかと」

側近「お前ねぇ……」

魔王「理由があるなら聞こう。理由と言うか……策、か」

側近「お前が魔王らしくない理由は?」

魔王「……私は魔王だと言っているだろう」

側近「いや、だから……ああもう面倒臭い。とにかく、魔王軍の俺たちとしてはな?」

側近「もうちょっと、こう、威厳を見せて欲しい訳だ」

魔王「はぁ」

側近「……そりゃ、確かに?攻め込んでくる人間も居ないしな?」

側近「この、阿呆みたいに平和な世の中で、争いなんてこれっぽちもありゃしねぇ」

魔王「そうだな。人間と魔族の争いの話しも、ここ数十年聞いていないな」

側近「30と3年な」

魔王「……細かいな」

側近「そりゃ小競り合い程度はあるぜ?知能もないに等しい奴らが人間襲って食ったりさ」

魔王「人間は雑食だから不味そうだけどなぁ……肉堅そうだし」

側近「料理の話じゃないから!」


7: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/01(月) 21:05:30.68 ID:QQZ2gTIwP
魔王「……すまん」

側近「まあ、なんて言うか……素直なのは良いことだがね」

側近「俺とか、お前をよく知る奴……お前の近くに居る奴はな?」

魔王「うん?」

側近「ぶっちゃけ、お前がすげぇ強いのは知ってる訳だ」

魔王「まあ……うん」

側近「それこそ、魔王の名にふさわしい……って、解ってるさ。でもな?」

魔王「うん……?」

側近「先代とお前が交代したときは、先代が勇者に敗れた訳でも」

側近「転成したらお前が魔王としてここにいましたー、でも」

側近「ないわけで?」

魔王「まあ……親父は寿命だったからなぁ」

側近「そういう事。代替わりの儀式が、親殺しって事実を」

側近「知ってるのは……古参の奴らだけだ」

側近「で、そう言う奴らは、寿命でくたばっちまったか」

側近「まあ……所謂、穏健派、って奴だ」

魔王「穏健派?」

側近「便宜上な……ま、もう解るだろうけど」

側近「言うなれば、過激派って言える奴らが居る訳だ」


8: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/01(月) 21:11:52.37 ID:QQZ2gTIwP
魔王「過激派……」

側近「これが、さ……『人間共滅ぼすぞ!おー!』ならまだ良いわけよ」

魔王「矛先は私か?」

側近「そういう事。力で決着着けましょうや、魔王倒せば俺が時期魔王でいいじゃん?」

側近「……なんて、不届き者の集まりが、過激派」

魔王「それと私が勇者になるって話とどう繋がるんだ」

側近「まあ、実際あいつら、お前の力をなめまくってくれちゃっては居るんだが」

側近「数が、なあ……」

魔王「そんなに?」

側近「まあ、隊長クラスほぼ全員プラス、そいつらの部下山ほど?」

魔王「……うーん」

側近「正直、お前が負けるとは思わないんだが」

魔王「だったら、別に良いだろう」

側近「あーほーう!」

側近「魔王軍の実力者クラスが根こそぎ居なくなった時に」

側近「人間の方から攻め込まれたらどーなるとおもってんの!?」

魔王「いや、私一人いれば大丈夫だろう、多分」

側近「……負けるとは思わない、といっただろ?以上でも以下でもないんだぜ」


9: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/01(月) 21:19:45.42 ID:QQZ2gTIwP
魔王「……無傷では流石にいられないか」

側近「ついでにだな。俺だって、人間とこのまま、共存だとかなれ合いとかは御免だ」

側近「御免だ、が!」

魔王「が?」

側近「このバランスの取れてる感じは良いと思ってる訳」

側近「勇者が居て、人間共が力をつけてきた訳で無く」

側近「こっちとあっちで我関せず。その点に関しては、お前の力は大きいと思ってるんだ」

魔王「……ありがとう」

側近「……俺は、正直人間は好きじゃねぇからさ」

側近「でも別に、根絶やしにまでする必要もないと思うし」

魔王「それ、親父の受け売りだろう」

側近「まあ……そうだな。産まれた時から可愛がって貰ったからな」

魔王「………」

側近「まあ、だから俺にとってもお前はとっても大事な人な訳です」

魔王「衝撃の告白」

側近「俺に同性愛の趣味はねぇよ!」

側近「とーにーかーく! ……ったく本当にお前は話逸らすの得意だな」

魔王「ありがとう」

側近「褒めてねえええええ!」


10: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/01(月) 21:29:02.09 ID:QQZ2gTIwP
魔王「褒めてくれたのは嬉しいんだが、全く最初の話に繋がらないんだって」

側近「褒めてねぇって!……だから、ああ、何だったっけ?」

魔王「歳か?側近……」

側近「哀れんだ目を向けるな!えっと、だから!」

側近「人間側から勇者が出れば、過激派の奴らもお前をどうこう言ってる場合じゃないだろうし」

側近「緊張状態にはなるだろうが、お前が勇者であれば、魔王は倒される事はないし!」

魔王「何で?」

側近「阿呆ですか!?魔王はお前だろ!?」

魔王「え……魔王の侭で勇者になれるの?」

側近「ああああああ、もう!言い直します!勇者の振りをして旅してこい!」

魔王「なんだ。最初からそう言えば良いのに」

側近「疲れた。スゲェ疲れた。ありえねぇぐらい疲れた」

魔王「やっぱり歳か?」

側近「殺すぞお前………嘘ですごめんなさい」

魔王「うん、解ってるよ。お前じゃ無理だし」

側近「笑顔で言うな。解ってるけどちょっぴり傷付く」

魔王「面倒臭い奴だねぇ」

側近「お前にだけは言われたくねええええええええええええええ!」


11: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/01(月) 21:34:28.55 ID:QQZ2gTIwP
魔王「しかし、本物の勇者が現れたらどうするんだ?」

側近「勇者の世界は実力勝負だろ?お前に勝てる奴なんか居ないって」

側近「あんなもん、名乗ったモン勝ち。従って、お前が勇者で問題無し」

魔王「……そんな簡単に行く物か?」


24: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/02(火) 09:04:23.51 ID:y1ambUQpP
側近「……ちょっと聞きたいんだけど」

魔王「何?」

側近「お前、勇者って何か知ってる?」

魔王「馬鹿にするな。それぐらい知ってる」ムッ

側近「そりゃすまん……で?」

魔王「光に選ばれた伝説の勇者って奴だろ。書庫の本で読んだ」

側近「え?」

魔王「え?」

側近「……ま、まあ、お前が産まれてから、争いが起こってないし」

側近「目立った勇者が出てきてないからな。しかたないけど……」ブツブツ

魔王「ハッキリ言え」

側近「お前が読んだってのは……あー……」

魔王「魔王が世界を滅ぼそうとしたときに、光の中から颯爽と現れて」

魔王「ばったばったとモンスター共をなぎ倒して、伝説の剣で魔王を倒すんだろ?」

側近「……良し。話をしよう。取りあえずお茶の用意をさせようか」

魔王「?? ……私はコーヒーとラズベリータルトが良いな」


25: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/02(火) 09:14:31.06 ID:y1ambUQpP
……

………

…………



側近「えーとりあえず」

魔王「うん」モグモグ

側近「そもそも勇者なんて称号は後付けで」

魔王「そうなのか?」

側近「考えてもみろ。『勇者だから魔王を倒す』訳じゃなくて」

側近「『魔王を倒したから勇者と呼ばれた』んだって方が自然でしょうが」

魔王「んー、どっちでも良い」

側近「そういうこと言うな……まあ、いつの間にか強い奴が出てきたら」

側近「勇者って呼ばれる様になっちゃったんだがな」

魔王「へぇ」

側近「だから、勇者の振りして旅をしろってのも本来は語弊があるが」

側近「わかりやすいかと思ったんだがな……」

魔王「ちょっと待て。って事は、勇者ってのは一杯居るのか?」

側近「そりゃ勿論」

魔王「……何で?」

側近「A村の英雄=勇者様。B国の一番強い人=勇者様、ってなってけば」

側近「ごろごろ居る事になるだろ?」

魔王「ほう」

側近「だから、お前は実力は本物なんだから」


26: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/02(火) 09:19:47.87 ID:y1ambUQpP
側近「旅をして、困ってる奴を助けてる間に」

側近「自然とそう呼ばれる様になる筈だ」

魔王「……魔王が人助けをするのか?」

側近「さっきも言っただろ、この状態って結構良い筈なんだ」

側近「だから、それを保てる様にしたい訳。俺はね」

魔王「お前含め穏健派……って奴らは、だな」

側近「まぁな。そりゃ腐っても魔族だからな。血の気の多い奴も居るけれど」

側近「争いになりゃ、人間も魔族も、無駄に命を落とすことになるからなぁ」

魔王「ふむ……」

側近「そりゃ、お前が人間を滅ぼして……とか言い出したら」

側近「誰も反対はしないだろうけどな」

魔王「そうなのか?」

側近「そりゃそうだろ……お前は、魔王なんだから」

側近「俺たちの王。従うのは当然さ……そりゃ、100%全員がそうとは限らんけど」

側近「お前に威厳を見せろ、って言ったのは、だな」

魔王「うん?」


27: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/02(火) 09:24:55.97 ID:y1ambUQpP
側近「なんもしないからだ」

魔王「そんな事は無いだろ」

側近「読書とか料理とかじゃないから!」

魔王「えー」

側近「頬を膨らますな……あのな?」

側近「滅ぼすわけでも、共存の道を取るわけでも、この今の我関せずの状態を保とうとも」

側近「お前は宣言の一つすらしてないだろうが!」

魔王「でも、親父が死んで私が魔王になってから」

魔王「ずっとこの状態が続いてるじゃないか。良いことだとは私も思うよ?」

魔王「だからって、それを私が『魔王として』決めてしまうのはどうかと思うんだよ」

魔王「人も魔も、それぞれの意思で自然にそういう風になれば一番良いじゃないか」

側近「そりゃもっともだけどな?でもこのまま放置しとくと」

側近「……過激派の奴らが、やばいんだって」

魔王「で、私に勇者になれ、か」

側近「まあ、そういう事だ」

魔王「しかしなぁ……人助けとか……」

側近「気負う必要は無いさ。お前なら……まあ、あれだ」

側近「普通にしてたら、それで充分だと思う」

魔王「??」


28: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/02(火) 09:30:16.42 ID:y1ambUQpP
側近「争いは好まないんだろ?」

魔王「まあ、そりゃ」

側近「えーと。だからまあ、気にせず旅して来い。旅行だ、旅行」

魔王「だったら私が魔王って事を隠すだけで良いじゃないか」

側近「勇者って言われれば牽制になるって言ってんだろーが!」

魔王「上手く行くのかねぇ」

側近「俺だって動くさ……人間側の方に潜り込んで、何か企んでる奴も居るからさ」

側近「そういう不穏分子を、まあ……ちょいっと潰しては欲しいがな」

魔王「……私がやるのか?」

側近「それぐらいはやりなさい!」

魔王「んー……」メンドクサイ

側近「面倒じゃない!良いのか?お前の地位が過激派に奪われたら」

側近「……多分、全面戦争だぜ?」

魔王「それは……もっと面倒臭い」

側近「だろ?良し。じゃあ準備するぞ」

魔王「待て。まだやるとは言ってない」

側近「ここで返事を保留すると、お前はまた何時までも動かないからな」

魔王「……魔王に命令するのなんて、側近ぐらいだ」

側近「じゃ無きゃ俺がこの地位に就いてる意味無いの」


29: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/02(火) 09:40:03.98 ID:y1ambUQpP
魔王「しかし……私が不在の間はどうするんだ?」

側近「瞑想中とでも言っておくさ」

魔王「うわ適当」

側近「阿呆。それで良いんだよ!」

側近「瞑想中って事は、力を貯めてるって事だろ?」

魔王「それも牽制か」

側近「そういう事。それに俺はここを動かねぇし……ってか、動けねぇし、流石に」

魔王「お前……一人で大丈夫か?」

側近「腐っても側近ですから」

魔王「私の一人旅か……」

側近「気楽で良いだろ?てか……普段、城から離れる事も無いんだし」

側近「ま、気負わず頑張ってくれよ」

魔王「うーん……」

側近「何だよ。まだ何か不満か?」

魔王「いや、何着ていこうかなーって」

側近「……そんな姿で言わないで」

魔王「何だよ。私の容姿は悪く無いはずだ」

側近「そりゃ先代魔王は男前だったからね。お前そっくりだからね。でもそうじゃなくてね!」

魔王「?」

側近「男が言う台詞じゃねぇって言いたいいんだよ!阿呆!」


41: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/02(火) 14:28:42.08 ID:y1ambUQpP
魔王「旅行に出るんだから別にそれぐらい楽しみにしたって良いだろう」

側近「……勇者って言われても不自然じゃないようにしてくれよ?」

魔王「俺の見た目は人間と変わらんから大丈夫だと思うが」

側近「服装の話!」

魔王「まあ、流石にこのままでは行かないさ。ローブじゃ動きにくいしな」

側近「当たり前だ。そんな上から下まで真っ黒じゃ、怪しすぎるわ」

魔王「何だ。黒は駄目なのか」

側近「別に駄目じゃねぇけど」

魔王「じゃあ、白金の鎧に赤いマントとかどうだ」

側近「……旅人っぽい服装じゃ駄目なの?ねぇ、駄目なの?」

魔王「鎧格好良いじゃないか」

側近「今のローブと大差無い!」

魔王「怪しくはないだろう?」

側近「悪目立ちするのは一緒だろうが!何処の国の騎士様ですか!」

魔王「注文が多いなぁ」

側近「俺が用意するから、文句言うなよ!絶対!」

魔王「拒否権は……」

側近「ありません!」


43: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/02(火) 14:35:06.84 ID:y1ambUQpP
……

………

…………



魔王「……これ?」

側近「これ」

魔王「確かに動きやすいけど……」

側近「勇者、として旅に出るんじゃなくて、あくまでもそう言われる様な感じで!」

魔王「どこからどう見ても旅の剣士にしか見えない……」

側近「だから、それで良いんだって何度言えば!」

魔王「あれ、側近……私の剣は?」

側近「こっち持ってけ」

魔王「なんだこれ……ただの鋼の剣じゃないか」

側近「お前のあの禍々しい剣を人前で振り回す気だったなんて流石に言わないよな?」

魔王「……言わないから、そんな泣きそうな顔するな」

側近「俺の胃に穴が開いたら責任取れよ」

魔王「私は回復魔法は使えないぞ?」

側近「そうだね!知ってる!けどそういう意味じゃなくてな!」

側近「……ああ、胃がいてぇ」


45: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/02(火) 14:38:29.88 ID:y1ambUQpP
魔王「旅に出ろって言ったのはお前なのに……」

側近「考え無しで言った訳じゃないが、こんなに苦労するとは思わなかった」

魔王「まあ、良い。バカンスだと思って楽しんでくるとするか」

側近「仕事は忘れるなよ」

魔王「仕事?」

側近「解った。もう一回一から十までぜーーーーーんぶ説明してやるから」

側近「そこ座れ。終わるまで飯抜きな」

魔王「ごめんなさい、解ってます」

側近「本当か?」

魔王「過激派沈めて来れば良いんだろ」

側近「おう……頼むぜ?」


46: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/02(火) 14:39:56.59 ID:y1ambUQpP
幼女に乗っ取られますorz


57: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/03(水) 10:59:36.13 ID:HqI9MVXFP
魔王「じゃあ……行くか……っと」

魔王「どうどうと出て行ったらまずいんだったな」

側近「お。良く解ってるじゃないか」

魔王「お前は私を何だと」

側近「取りあえず、玉座の奥の間に入って内側から鍵かけて」

側近「ついでに封印していってくれ」

魔王「……そこまでするのか?」

側近「もっかい説明しましょうか、魔王様」

魔王「側近の笑顔が怖い」

側近「解ったらさっさとやれ。んで転移してけ」

魔王「どこが普通の旅なんだか……」

側近「人に見つからない様なとこに飛べよ!」

魔王「はいはい……しかしな、どこ行くかな」

側近「あ。出来れば定期的に連絡欲しいんだが」

魔王「……お前は結構、さらっと無茶言うよな」

側近「お前なら簡単だろ」

魔王「だから、お前は私を何だと」

側近「魔王以外の何だと」


58: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/03(水) 11:02:17.82 ID:HqI9MVXFP
魔王「……定期的に連絡って言ってもだな」

側近「ん?」

魔王「どうせ、その過激派とやらに気取られない様にとか言うんだろ」

側近「当たり前だろ」

魔王「ふむ……仕方ない」ス…

側近「何するんだよ、変なポーズして……うわッ!?」



グチャ、ズル……



側近「うああああああああああああ、おま、お前何を!!!」

魔王「はい」ポイ

側近「ちょ、なんで投げるの!」ガシ!

魔王「食え」

側近「………はぁ!?」

側近「何やってんすか、ちょ、ぬるぬるするし!」

魔王「だから、食えってば」


60: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/03(水) 11:05:08.33 ID:HqI9MVXFP
側近「あのな、いきなり躊躇無く自分の目に指突っ込んで」

側近「めんたま引っ張り出して、人に放り投げてしかもそれ食えとか」

側近「何なのそれ、何の罰ゲームなの!?」

魔王「ああ、もうウルサイ」ヒョイ。グリッ

側近「ちょ、む、………ッ ぐっ……」

魔王「良いから飲み込め」

側近「げほッげほ……ッ」

魔王「これで誰からも悟られず、お前が望めば私の見た全てを」

魔王「見る事ができる……後で返せよ」

側近「……な、なんなのその、無茶苦茶なの……」

魔王「魔王だからな、私は」


70: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 04:09:41.86 ID:In3QnSPVP
側近「見るってどうやるんだよ……」

魔王「集中すれば見れる」

側近「本当にお前は規格外だな……」

魔王「そうか? ……あ、すまん側近。眼帯かなんかくれ」

側近「治せないのかよ!」

魔王「私は治癒魔法は使えないと言っただろう」

側近「あー……ちょっとこっち向け」パァア

側近「……良し。傷は塞いだ……が、目立つな」

魔王「便利だな、お前」

側近「……お前にだけは言われたくないよ。ほら、この布でも巻いとけ」

魔王「ん……で?次は何だっけ。鍵と封印か」

側近「ああ。こっちだ」カチャ。キィ

魔王「良し、じゃあ……」

側近「待て待て待て!俺出てからじゃないと!」

魔王「え?」

側近「え、じゃネェよ!俺まで閉じ込めてどーすんの!」

魔王「あ、そうか」


71: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 04:13:29.48 ID:In3QnSPVP
側近「頼むよもう……」

魔王「んじゃ、いってきます」

側近「どこ行くか決まったか?」

魔王「南の方かな」

側近「またアバウトな」

魔王「まあ、楽しんでくるさ……じゃあな」パタン。カチャ。

側近「……なんかどっと疲れた……ッ」

側近「扉越しでもスゲェ力感じるなぁ……本当に規格外なんだから!」

側近(後は……上手くやってくれよ)



……

………

…………



シュウン……



魔王(キョロキョロ)

魔王「森の中……か。誰も居ないな」

魔王「さて……ここは何処だろうな」



??「誰!?」

魔王「ん?」


72: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 04:25:41.21 ID:In3QnSPVP
??「……どうして、こんな所にいるの」

魔王「ああ、えっと……」

魔王(さて、どうする……ん、この娘……)

??「答えて!」

魔王「……すまん、覚えて無いんだ」

??「え?」

魔王(とぼけるが勝ち)

魔王「気がついたら、ここに居た。ここは……何処だ?」

??「………」

魔王(流石に怪しいかなぁ……)

??「ここは……とある、森の外れ。人が立ち入れる場所じゃないわ」

??「……でも、貴方人じゃないわね」

魔王「……エルフの森か?」

??「!」

魔王(聞いた事があるな。地上で有り地上でない、この世の物とは思えない楽園……だったか)

魔王「私は……あー……少年、だ」

??「名前は覚えてるの?」

魔王「一応……人で無いのも自覚してるつもりだ」

??「そう……」


73: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 04:31:31.77 ID:In3QnSPVP
魔王(この娘……エルフだな。人の気とは随分違う。しかし……?)

??「エルフの森には入れないわよ。道は閉ざされた」

魔王「閉ざされた?」

??「………」

魔王「……私に聞かす話ではなさそうだな」

??「貴方も……早く、どこかに行く事ね」

??「エルフは、人に干渉する事を嫌う」

魔王「私は人では無いがな」

??「余計に、よ」

魔王「しかし……道も何も解らないんだがな」

??「随分力を持った魔族見たいじゃないの。どうにだってなるでしょう」

魔王(まあ、その通りなんだけど)

魔王「……名を聞いても?」

??「どうして私が、貴方に名乗らなくちゃいけないの」

魔王「……まあ、そうだけど」

魔王「私は名乗ったぞ?それに、先に名を聞いたのはお前……君だろう」

??「……姫よ」

魔王「姫、な。随分……具合が悪そうに見えるが。それに……なんでそんなにびしょ濡れなんだ」

姫「平気よ……逆に聞きたいわ。さっきまであんなに雨が降っていたのに」

姫「貴方はどうして濡れて無いのよ」


74: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 04:38:09.34 ID:In3QnSPVP
魔王「……なんでだろうな」

魔王(転移してきたから、とは言えないなぁ)

姫「ああ、覚えて無いんだっけ……」フラ

魔王「おい……足下ふらふらじゃないか」ガシ

姫「触らないで!……あ……ッ」クラ…

魔王「無理せず休め。そんなか細い身で、森の中を行く気か?」

魔王「……何でエルフの森に戻らない?」

姫「言ったでしょ……道は、閉ざされ……」

魔王「……すまん、喋らなくて良い」

魔王(随分辛そうだ……外傷はなさそうだが……病か?)

姫「……早く、ここから……離れ、な……きゃ……」ハァハァ

魔王(身体が随分冷えているな……仕方ない)ヒョイ

姫「きゃ……ッ 何するのよ!」

魔王「歩けないんだろう」

姫「だ、だからって……抱えないで……よ……!」

魔王「離れなきゃ行けないんだろう?」

姫「………ッ」

魔王「方向だけ教えろ」

姫「……ここから、遠ければ何処でも」

魔王「ふむ……」

魔王(魔物の気配はあまりしないが……できれば安全な方向に、だな)スタスタ

姫「……お節介。お礼は言わないわよ」

魔王「黙ってろってば」


76: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 04:47:48.70 ID:In3QnSPVP
姫「………」

魔王(こっちか……ん、これは……)スタスタ



ザァ……!



姫「……綺麗」

魔王「ああ……」

魔王(空気も汚れて居ない……ここなら、休めるか)

魔王「ここなら魔物も来ないだろう……下ろすぞ」

姫「ん……こんな場所、あったのね」

魔王「おま……君、エルフだろう。知らなかったのか?」

姫「エルフは、エルフの森から出る事は無いわ」

魔王「……君は?」

姫「………」

魔王「まあ、良いか……少し休め。しかし……先に身体を拭いた方が良いか」

姫「……ありがとう」

魔王「礼は言わないんじゃなかったのか」

姫「気が変わったのよ」

魔王「ふぅん……」キョロキョロ

魔王(苔に……小さな花。木漏れ日が射して、木陰には爽やかな風)

魔王(……絵本の中の世界だな)

娘「………」スゥ

魔王「娘? ……眠ったか」

魔王(私は治癒魔法は使えないしな……体力に任せるしかないな)


77: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 04:52:30.28 ID:In3QnSPVP
魔王(ふむ……)スタスタ

魔王(お、これは……薬草か)プチ

魔王(こっちも……と)プチプチ

魔王「薬草の宝庫だな……素晴らしいの一言に尽きる」

魔王「これは……ふむ」プチプチ

魔王「良し、これだけあれば……」

魔王(後は枯れ木を集めて……火をつけて、と)ボッ

魔王(器になるような物は……無いか、流石に)

魔王(……この、太い枝を使うか)ボキッ

魔王(ナイフ……鋼の剣しかない)

魔王(うーん)

魔王(仕方ない、魔法で)エイッ

魔王(良し。これで湯を沸かして……)



……

………

…………



パチパチ……



娘「……?」パチ

魔王「起きたか」

娘「暖かい……これ、貴方が?」

魔王「まあ」


78: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 04:55:59.00 ID:In3QnSPVP
娘「……良い匂い」

魔王「ほら、飲め」

娘「これは?」

魔王「薬草を煎じただけだが……身体は温まるだろう」

姫「充分暖かいわ」

魔王「内側からも暖めた方が良い」

姫「……」

魔王「そんな顔をするな。変な物は入れてないさ」

姫「……」コク

姫「……美味しい!」

魔王「そりゃ良かった」

姫「どこから……こんな物持ってきたの」

魔王「まあ……魔法って奴だ」

姫「……素直なのね」

魔王「お……君には魔族だってばれてるみたいだしな」

姫「お前で良いわよ」

魔王「すまん……」

姫「魔族って言うのは随分……便利なのね」

魔王「私は規格外らしいからな」

姫「規格外?」


80: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 05:01:42.49 ID:In3QnSPVP
魔王「まあ……魔族の中でも力が強い方だからな」

姫「そう……でしょうね」

魔王「わかるのか?」

姫「え?」

魔王「さっき、私を見てすぐに人間じゃないと見抜いたな」

姫「……貴方だって、エルフの森だとすぐに言い当てたじゃないの」

魔王「知識として知っていただけだ」

魔王「地上であり地上でない、この世の物とは思えない楽園」

姫「………」

魔王「本当にあるとは思わなかったが。しかし……美しい場所だ」

姫「本当のエルフの森は、もっと美しいわ」

魔王「え?」

姫「言ったでしょう。道は閉ざされた……ここは、エルフの森じゃない」

姫「エルフの森に、魔物の気配なんてしない」

魔王「……じゃあ、ここは?」

姫「………」

魔王「まあ、言いたく無ければ良い」

魔王「それを飲んだら、もう一度休め。身体に触る」

姫「もう平気よ」

魔王「……変な物も入れてないし、何もしない」

姫「魔族の言葉なんて信じられないわ」

魔王(その割には素直に飲んだくせに……)

魔王「身重の娘をどうこうする様な悪趣味じゃないよ、私は」

娘「!」

魔王「失いたくないなら、眠れ」


 

82: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 05:08:16.24 ID:In3QnSPVP
姫「………」

魔王「見張っててやるから」

姫「………」コロンッフイッ

魔王(意地っ張りめ)クック

魔王(さて……身体は温まっただろう、が)

魔王(食事も取らさないとな……しかし、エルフって何食べるんだろうか)

魔王(大した準備もないしな……野草ぐらいしか)



ガサッ



魔王「……野兎か」ヒュンッ



ピィィッ



魔王(姫一人ぐらいなら……充分か)

魔王(血を抜いて、捌いて……と)

魔王(肉に臭みが残ると食いにくいか……香草をすり込んで)

魔王「……焼くか、煮るか」

魔王(迷うところだな)

魔王「目が覚めたら聞いてみよう」



……

………

…………


83: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 05:14:14.69 ID:In3QnSPVP
姫「!」パチッ

姫(私、寝て……少年、は?)キョロキョロ

姫(居ない……行ってしまった、のかしら)

姫「……!」

姫(血の匂い……!?)

魔王「やっと起きたか」

姫「少年!?」

魔王「なんだ……!顔が青いな。どうした?」

姫「い、いえ……血の匂い、が……」

魔王「ああ、兎を捌いたからな」

姫「……ひィッ」

魔王「何だ」

姫「……」

魔王「エルフが何を食うか解らなかったからな……煮るのが良いか?それとも焼くか?」

姫「い、いらないわよ!」

魔王「何だ、腹減ってないのか?」

姫「だって、そんな……ッ」

魔王「?」

姫「さ、さっき迄生きてたんでしょ!?殺したの!?」

魔王「……生では食えんだろう?」キョトン

姫「そう言う問題じゃなくて!」

魔王「じゃあ、なんだ」

姫「か……かわいそう、じゃないの……!」

魔王「ふむ……エルフは菜食者か?」

姫「そ、そうじゃないけど……」


84: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 05:20:02.87 ID:In3QnSPVP
魔王「ならば何を食ってきた?」

姫「そ、れは……用意、してくれたもの……」

魔王「うん。例えば?」

姫「……サラダ、とか魚とか」

魔王「うん」

姫「お肉も……食べた、けど」

魔王「なんだ、食うんじゃないか」

姫「でも!」

魔王「お前がどんな環境で育ったのかは解らんが」

魔王「今まで口にしてきただろう肉も、こいつとかわらんだろう?」

姫「そう……だけど……」

魔王「お前はこうして、目の当たりにしたことは無いんだろうが」

魔王「取れたては旨い。それに……屠った以上、食うのは礼儀だ」

姫「礼儀?」

魔王「そうだ。命に対する感謝。美味しく頂きます、ってな」

姫「……」

魔王「食わねば死ぬだけだ。それとも、エルフは食事をしなくても死なないのか?」

姫「……」

魔王「違うだろう?」

姫「……ええ」

魔王「ならば、感謝して……残さず食う。そうしないと生きられない、し」

魔王「屠った以上、その義務がある」

魔王「お前が食わないならば、私が頂くがな」ボウッ

姫「……ッ」

魔王「時間が経てば傷んでしまうからな。今日は焼く事にする」パチパチ


85: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 05:24:44.26 ID:In3QnSPVP
姫(肉の焼ける匂い……命の、焦げる匂い)

姫(可哀想……とは、思う、けれど……)

姫(礼儀。感謝……良い、匂い)

姫「……一匹だけ、なの?」

魔王「ん?ああ……お前に食わすのなら充分かと思ってな」

姫「………」

魔王「良し、もう良いか……いただきます」パクッ

姫「……」グゥ

魔王「ほら」

姫「い、いらないって……!」グゥウウウ

魔王「腹は素直だぞ」

姫「………ッ」カァ

魔王「それに、育てて行かねばならんのだろう」ホラ

姫「……ありがとう」ソロ……パクッ

魔王「旨いか?」

姫「……苦い」

魔王「あれ?焼きすぎたか?」

姫(違う……これは、命の……重み。苦み)

姫「ううん……違うの」

姫「美味しい……」ポロポロ

魔王「……泣くほど?」

姫「………」

姫(美味しく、食べてあげる事が、礼儀……)ポロポロ


86: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 05:29:59.79 ID:In3QnSPVP
魔王「うん、旨い。流石私……しかし、もう少しなぁ」ブツブツ

姫(この子……育てないと……!)

魔王「煮込んだら堅くなったかなぁ……火の調節が……」ブツブツ

姫「……ご馳走様でした」

魔王「ん、全部食ったか。お粗末様」

姫「少年」

魔王「ん……何だ?」

姫「ありがとう」

魔王「どういたしまして……で、だ」

姫「?」

魔王「何処へ行けば良いんだ?」

姫「え?」

魔王「いや、別に一緒じゃなくても良いんだが」

姫「……貴方は、本当にエルフの森を訪ねて来たのではないのね?」

魔王「違う……と、思うが」

魔王(そうだった。覚えて無いとか言ったんだ)

姫「そう……」

魔王「お前は何処へ行く気だったんだ?」

姫「私、は……」

魔王「あー……言いたく無いことは言わなくて良い、が」

姫「……行く当てなんて、無いのよ」

魔王「……え?」

姫「道は閉ざされた、って行ったでしょう?」

姫「私は……あの森を追い出されたのよ」


87: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 05:37:24.29 ID:In3QnSPVP
魔王「……ふむ」

姫「驚かないの」

魔王「状況が解らんからな。驚く事も納得する事もできん」

姫「……そう、よね」

魔王「なら、適当に行くか。離れた方が良いのだろう」

姫「え?ええ、それは、まあ」

魔王「一緒が嫌ならば適当に安全なところで別れよう」

姫「……え?」

魔王「私も特にこれと言って、どこかに行かねばならん訳でも無し」

魔王「……と、思うし」

魔王(危ない危ない)

姫「そう……」

魔王「何だ、不満か?」

姫「いえ、そういう……訳じゃ」

魔王「何だ?言いたいことはハッキリと言ってみろ」

姫「……私」

魔王「うん」

姫「どうしたら良いのか……解らない」

魔王「?」


88: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 05:44:56.85 ID:In3QnSPVP
姫「行く当てもない。何処に行けば良いのかも……解らない」

魔王「………」

姫「……何を、どうして良いのか……!私、一人じゃ……!」

魔王「子を産む気は無いのか?」

姫「……え?」

魔王「すまん、突っ込んだ事を聞くが……望んだ子ではなかったのか」

姫「………」

魔王「言いたく無ければ……」

姫「私は、禁忌を犯したの」

魔王「……禁忌?」

姫「エルフは、人に干渉する事を嫌う」

魔王「ああ、言っていたな」

姫「……森に。いえ、正確には……森の外れに、ね。人が迷い込んできたの」

魔王「エルフの森に、か」

姫「偶にあるらしいわ。心の優しい者は迷って迷って……外へ出る」

姫「心の悪しき者は……森の中で果て、肉は養分となる」

魔王「ふむ」

姫「私はそう聞かされて育った。迷い込んできた彼は……優しい人だったのでしょうね」

姫「森の中に迷い込んで、疲れ果てていた」

姫「私……森の外へ出ては行けないと言われていたけれど」

姫「外れの……そうね、さっき、貴方が居た当たり」

姫「あの当たりまでは、偶に……足を伸ばしてた」


89: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 05:53:05.65 ID:In3QnSPVP
魔王「ほう」

姫「何時もはすぐに戻れるのよ。願えば……道は開けるから」

魔王「願えば? ……便利だな」

姫「不思議な力って言うのはそういう物だと教わったわ。願う、思う力」

魔王「願えば……思いが強ければ、叶う?」

姫「そんな感じかしらね……それで」

姫「私は、倒れている彼を見つけた。そうして彼を連れて、森の中へ戻った」

魔王「歓迎されなかった……んだろうな」

姫「勿論よ。でも……私は、エルフの森の外れの小屋に彼を住まわせ、看護した」

姫「最初は物珍しさだった……話の中でしか知らなかった人間」

姫「エルフより遙かに短い命しか持たない、弱い人間……」

魔王「………」

姫「でも、彼はとても強い……心の強い人だった。優しい人だった」

魔王「では、腹の子は……」

姫「ええ。その彼の子よ。私達は、何時しか惹かれ合った」

魔王「……その、人の子は?」

姫「……雨の夜、エルフの矢に射貫かれて死んだわ」

魔王「……何?」

姫「彼を快く思わない人は多かった。それでも……少しずつ、受け入れてくれていると」

姫「思ってた……!けど……!」

魔王「ふむ……首謀者は解ったのか?」

姫「……エルフの若者の一人。何れ、私と……結ばれる筈だった人」

魔王「……嫉妬、か?」

姫「それもあるでしょうけど……エルフの長が決めただけの相手よ」

姫「私は、誰かに決められた人と、なんて……!」

魔王「ふむ……しかも相手が人間であるとなれば、か」


90: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 06:01:03.96 ID:In3QnSPVP
姫「若者はエルフの中でも強かった。私の相手には相応しい……だなんて!」

姫「勝手だわ!」

魔王「……お前は……エルフの中でも特別だった、のか?」

姫「エルフの長は……父よ」

魔王「ああ、成る程……では、その若者は次期長と言う訳か」

姫「……だからって、彼を殺すだなんて!」

魔王(種族の差、と言うのは……複雑なんだろうな)

魔王(魔族には……そういうのはあまりない……筈、だがなぁ)

魔王(わからん……今度側近に聞いてみるか)

姫「エルフ達は、彼を殺し、森の中に隠してしまった」

姫「……そんな事で、私があの若者を好きになんてなれる筈無いのに!」

魔王「ふむ」

姫「でも……もう、遅かったのよ」

魔王「遅かった?」

姫「そう。私のお腹には……」

魔王「……その、人の子との子供が、か」

姫「ええ……それを知った長……父は、堕胎を勧めた……と言うか」

姫「強行しようとしたわ」

魔王「………」

姫「だから、逃げ出したの」

魔王「良く逃げられたな」

姫「え?」

魔王「大事に育てられて来たのだろう事は容易に想像出来るんだが」

魔王「……彼らの行動や、堕胎の是非はともかくとして」

魔王「お前は大事な……まあ、言葉が正しいかは解らんが」


91: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 06:06:01.92 ID:In3QnSPVP
魔王「エルフの跡取り、だろう?次期長の……あー……嫁?」

魔王「世襲制であるとするなら……いや、それは違うのか。その若者が次の……」

姫「……エルフの長の座は世襲制よ。さっきは別に訂正しなかったけど」

姫「次の長は私……エルフは生涯、一人の子しか産むことは出来ない」

魔王「……そうなのか?」

姫「体力的な問題かもね。寿命は人より長いけど……」

魔王「ふむ」

姫「堕胎を強行しようとしたのは、その所為よ」

姫「それを一人とカウントするのかしないのかは解らないけど」

魔王「うーん……そこは難しい問題だな」

姫「もしカウントしないなら、私が若者と子供を作って」

姫「……次代のエルフを産まなければ、エルフの長の血は途絶えるから」

魔王「もし……生めなければ?」

姫「どっちみち、終わりね……後は滅びるだけ」

魔王「……」

姫「言ったでしょう?私は……絶対に犯してはならない禁忌を犯した」

魔王「本当に……良く逃げられたな」


92: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 06:12:55.30 ID:In3QnSPVP
姫「長は代々、森を守護し……育む者」

魔王「うん?」

姫「確かに、少しばかり……他のエルフより強い力を持っているわ」

魔王「ふむ」

姫「だから私は森に呼びかけた……通して、逃がして……ってね」

魔王「成る程……と、納得して良いのか解らんが」

姫「そして道は……閉ざされた。多分、永遠に」

魔王「何故だ?」

姫「森の意思よ……森は、滅びの道を選んだ」

魔王「……そうなのか?」

姫「推測だけど……」

魔王「他の者が長に選出される可能性は?」

姫「無いわ……多分。永遠に近い時間を、エルフ達はあの美しい森の中でだけで」

姫「過ごしてきた……何も代わらない。私達は……そうで無いと生きていけない」

魔王「ふむ……」

姫「人の子の世界へと出て行ったエルフは確かに、他にも居るわ」

魔王「そうなのか?」

姫「そうでないと、人や、貴方達が私達の存在を知る事は無いと思わない?」

魔王「うん……まあ、そうかもな」

姫「追っ手が来ないとは限らないけどね……森の中に入ることは……できないでしょうけど」

姫「出る事は……不可能とは限らないし」

魔王「でも一方通行だろう?」

姫「ええ」


93: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 06:17:23.78 ID:In3QnSPVP
姫「そんな……勇気を持つ者が居るとは思えないけれど」

魔王「可能性が0で無い限り……と、考えないとは限らないな」

姫「まあ、ね」

魔王「成る程……で、だ」

姫「?」

魔王「お前は……まだ、どうしたいのか解らないのか?」

姫「え……?」

魔王「嫌だから、それだけで……森を飛び出した訳じゃないんだろう?」

姫「……」

魔王「滅びてしまえば良いと、復讐心だけだったのか?」

姫「……」

魔王「……その、彼との子を……育てたいのではないのか」

姫「……」

魔王「殺せるか?堕胎を拒否し、そこまでして守った命を」

姫「……」

魔王「食うために屠った命を可哀想と嘆いたお前が」

姫「……」

魔王「……どうする?」

姫「でも、私……一人じゃ、何も出来ない」

魔王「……」

姫「狩りなんて出来ないし、料理だって……!」

魔王「では、諦めるのか」

姫「……ッ」


94: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 06:22:25.32 ID:In3QnSPVP
魔王「出来なければ出来る様になれば良い」

姫「そんな、簡単に言わないでよ!」

魔王「言うほど簡単ではないな、確かに。だが、難しくもないだろう?」

魔王「やるかやらないかだ。自分の為には出来なくても、その子の為になら出来ないか?」

魔王「できないのならば、諦めるしかないな」

姫「……ッ」

魔王「愛し合った人の子の、大切な命を……繋いでは行かないのか」

姫「……どう、すれば良い、のよ……ッそんな、事……ッ言われたって!」

魔王「お前、魔法は使えるんだろう?」

姫「え?」

魔王「それで取りあえずは獣を倒せないか」

姫「わ……私が!?無理よ!」

魔王「なんだ、魔法使えないのか」

姫「え、つ、使えるけど……」

魔王「ふむ。ならば可能だな……あ、治癒魔法か?ならば……」

姫「治癒魔法を使えるのは、人間の特権よ」

魔王「え?」

姫「弱くて強い人だけの特権……そう、習ったけれど」

魔王「……そうなのか?」

姫「ええ。貴方魔族だから……知らないのかもしれないけど」

魔王「いや、ああ……まあ……」

魔王(あれ……?じゃあ側近は……何故?)


95: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 06:27:48.82 ID:In3QnSPVP
魔王(まあ……良い。それは後だ)

魔王「ならば……どうにかなるじゃないか」

姫「……でも!」

魔王「腹の中の子も、腹が減るんだぞ?」

姫「う……」

魔王「後は、そうだなぁ……料理か」

姫「やったこと……無いわ」

魔王「やれば楽しいんだがな」

姫「貴方は……得意なの?」

魔王「うん。一番最初に作った卵焼きは消し炭になったが」

姫「……」クスクス

魔王「笑うな」

姫「でも……」

魔王「何だ?」

姫「……どうやって覚えれば良いのよ」

魔王「ふむ……魔法と料理ならば、私が教えよう」

姫「え?」

魔王「暫し同行してくれる事を許してくれるなら、な」

姫「……」

魔王「どちらにしろ、こんな何もない森の中ではどうにもできんだろう?」

姫「まあ……そう、だけど」

魔王「……全国を回ろうかと思う」

姫「え?」

魔王「この大陸……いや、島、か?解らんが」

魔王「色々見て回るのも良いだろう。子供だってはいそうですかと」

魔王「ぽん、と産まれる訳でなし」

姫「……」


96: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 06:34:20.45 ID:In3QnSPVP
魔王「……ついでに、私の記憶の手がかりが見つかるかもしれないしな?」

魔王(危ない……また忘れるとこだった)

魔王(この娘と……そうだな。夫婦者とでもして旅をすれば)

魔王(色々、都合も良さそうだしな)

姫「そうね……解ったわ」

魔王「うん……ありがとう」

姫「一つ……約束して?」

魔王「うん?」

姫「私に……手は出さないで」

魔王「前にも言ったが……身重の女をどうこうする趣味は無い」

姫「ふふ……信じるわ」

魔王「魔族の言う事なんて、って言われるかと思ったが」

魔王「……あっさりだな」

姫「エルフはね……嘘を吐いてはいけないの」

魔王「え?」

姫「嘘を吐くと、それが本当になるのよ」

魔王「嘘が本当になる?」

姫「そう……ああ、自分の身に関する事だけよ?」

姫「例えば……そうね。加護を偽る、とか」

魔王「……加護?」

姫「え?」

魔王「加護って……なんだ?」

姫「……し、知らないの?」

魔王「??」


97: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 06:40:12.41 ID:In3QnSPVP
姫「生ある者は必ず、何かの加護を受けているのよ」

姫「水だったり、火だったり……」

魔王「ああ、属性の事か」

姫「そう。なんだ知ってるんじゃないの」

魔王「本を読むのは好きだからな」

姫「そういうのは覚えてるの?」

魔王(ぎくっ)

魔王「じ、自分がどうしてここに居たのか覚えて無いだけだからな」

姫「ふぅん……まあ、良いわ」

姫「えっと……例えば、優れた加護を持ってるのに、持ってないって嘘を吐くと」

姫「本当にその優れた加護を失ってしまう、とかね」

魔王「優れた加護……優れた属性って、なんだ?」

姫「ああ……説明すると長いけど……」

魔王「構わん。聞かせてくれ……と、言いたいが」

魔王「移動しながらにしようか……歩けるか?」

姫「え、ええ……」

魔王「取りあえず……日が暮れる前に移動したい、が」

姫「何処に……行くの?」

魔王「それだ、問題は」

魔王(この娘を連れて転移しても良いが……私も、外に出るのは初めてだしなぁ)

魔王(地図は大体頭に入ってるつもりだが……うーん)

魔王(娘の知識も……あっても紙上での物だとすれば、私と代わらんしな)

姫「……少年?」

魔王「行きたい場所とか、あるか?」


98: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 06:45:03.49 ID:In3QnSPVP
姫「……解らない」

魔王「だよな」

姫「あ……景色の綺麗な所」

魔王「また曖昧な」

姫「だって……」

魔王「うーん……とにかく、街には行きたいな」

姫「……人ばっかりじゃないの」

魔王「そりゃそうだろう。身の回りの物も揃えないといかんだろうし」

魔王「……仕方ない。つかまれ、姫」ガシ

姫「え? ちょ……ッ」

魔王(地図……えーと、思い出せ、私……)

魔王「適当に飛ぶか」

姫「え、飛ぶって……!?」



シュゥン……ッ



……

………

…………



シュウゥ………



姫「きゃああああああッ」

魔王「ああ、ウルサイ……耳元で大きな声を出すな」

姫「ちょ、今の、何……ッ え、何、ここ……ッ!?」

魔王(さて、どの辺かなぁ……)キョロキョロ

姫「な、なん、だ……ったの……」

魔王「何、って……転移魔法?」

姫「転移魔法!?」

魔王「そうだが?」


99: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 06:51:29.55 ID:In3QnSPVP
姫「な、なに、それ……」

魔王「ちょっと静かに……」

魔王(んー……集中して、と……遠見……ああ、あっちの方向に街があるな)

姫「ちょっと!少年!」

魔王「はいはい、ちょっと待ってね」

魔王「良し、こっちだな……行くぞ」

姫「そ、そんな……闇雲に歩いたって!」

魔王「遠見したから大丈夫だ」

姫「遠見!?」

魔王「なんなんださっきから。そんなに珍しいか?」

魔王「……そりゃそうか。エルフの森で育ってるんだものな」

姫「しッ ……それは口に出さないで!」

魔王「あ……すまん」

姫「そ、そりゃ……私の知識なんて本で読んだだけだけど……」

姫「でも、貴方みたいな力……聞いた事無いわ!?」

魔王「まあ……私は規格外だからなぁ……」

姫「だからって……程があるわよ……!?」

姫「それに……貴方、何の加護を受けているの?」

魔王「ん?ああ……属性の事か?」

姫「……紫の瞳、なんて」

魔王「瞳の色が関係あるのか?」

姫「……瞳の色はね、大体その属性を表す場合が多いのよ」

魔王「ほう?」

姫「肌や髪の色は変えられても、瞳の色は変えられないでしょう」

魔王「ああ、成る程なぁ……て、事は」

魔王「姫は水の属性なんだな?」

姫「ええ……そうよ。エルフは大体、優れた加護を受けているの」

魔王「ああ、そうだ忘れてた。その優れた加護ってのは?」


100: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 06:58:24.67 ID:In3QnSPVP
姫「持つ属性の、魔法的な力の干渉を受けないって言って……解る?」

魔王「うん? ……もう少しかみ砕いて説明してくれ」

姫「んーと、私は水の加護を受けてるから、水の魔法では濡れないし、傷も負わない」

魔王「成る程……便利だな。あれ?でもお前びしょ濡れになってたじゃないか」

姫「雨とか自然の物は別。普通に濡れるし、冷たさも感じるわ」

魔王「ふむ……」

姫「で……貴方、何の加護を受けているの?」

魔王「何だろうなぁ……考えたこと無かったな」

姫「ええ?それはおかしいでしょう、だって……普通、加護以外の魔法は使えないんだから」

魔王「しかし私は炎も出せるし、水も出せるぞ?」

姫「え?」

魔王「風だって操れる」

姫「え?」

魔王「……そうでなければ、あの森の中でどうやって火をおこし湯を沸かしたと」

姫「あ……!」

魔王「後は何ができるかなぁ……苦労したことないからなぁ……」

姫(な……なんなの!?この人……!?)

姫(私……とんでもない人と一緒にいるんじゃ……!?)

姫「……でも、多分……貴方のその、闇色の瞳は目立つ、わね……」

魔王「そうなのか?俺はお前の方が目立つと思うが」

姫「私? ……何でよ」

魔王「綺麗だからな、お前は」

姫「な……ッ」


101: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 07:05:41.35 ID:In3QnSPVP
魔王「嘘じゃ無いぞ?」

姫「あ……ありがと……」

魔王「……街が見えてきたな」

姫「あ……あれが……!」

姫「……ここまで、喧噪が届くのね」

魔王「取りあえず……暫くはあそこにいるか」

姫「一所に……長居は出来ないわよ」

魔王「何でだ?」

姫「……貴方、賢いのか阿呆なのか解らないわね」

魔王「??」

姫「貴方も私も人じゃ無い。魔族って……エルフよりも長寿なんでしょう?」

魔王「まあ……そうだろうなぁ。もう何年生きてるか忘れたが」

姫「見た目の成長は?」

魔王「ん? ……随分長くこのままだな、そういえば。ああ、そうか……」

姫「そうよ……ずっと歳が代わらないのよ」

魔王「うーん……不便だな」

魔王(いっそ魔王城に連れ込む……いや、無理だな)

魔王(今の状態じゃあそこには……しかも、私は瞑想中だとかになってた)

姫「何年か毎に転々とするしか無いわね」

魔王「……いや、しかし子供が生まれたら」

姫「………」

魔王「どうした?」

姫「エルフの……妊娠期間って凄く長いの」

魔王「は?」

姫「人って、一年足らずで産まれるんでしょう?」

魔王「あ、ああ……そうだな」

魔王「……ちなみに、どれぐらい掛かる?」

姫「……人の血が半分入ってるから、解らないけど」

魔王「うん」

姫「……50年ぐらい?」

魔王「嘘だろ!?」


102: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 07:10:33.05 ID:In3QnSPVP
姫「エルフは嘘はつけないの!」

魔王「あ、ああ……そうか……いや、でも!」

魔王「いくら何でも長すぎないか!?」

姫「……エルフの寿命は、ほぼ300年よ」

魔王「あ、ああ……」

姫「私は、既に100年ほど生きているわ」

魔王「うん」

姫「……まあ、良いわ」

魔王「な、何だ?」

姫「街の近くよ……又にしましょ」

魔王「50年って……」

姫「そうしてゆっくり……育むの」

魔王「森の中でしか生きていけないと言うのは……それも理由の一つか」

姫「……そうでしょうね」

魔王「腹は目立つ様になるのか?」

姫「その辺は多分代わらないわね……でも」

姫「この子は……」

魔王「人の子だから、なぁ……未知数だな」

姫「ええ」

魔王「ふむ……良し、街の入り口だ」

魔王「私達は旅の……夫婦だ。のんびり、各地を回っている」

姫「……仕方ないわね」

魔王「お前は……あー……治癒魔法は使えないんだよなぁ」

姫「そうよ」

魔王「シスターってのは無理があるか……」


104: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 07:14:33.45 ID:In3QnSPVP
姫「どうして?」

魔王「旅の司祭とその護衛、だと納得されやすいかとな」

姫「魔法使いとその護衛、で良いじゃないの」

姫「貴方、剣もぶら下げてるんだし」

魔王「まあ……それで良いか」

姫「さあ……行きましょう」

魔王「まずは……宿の確保と飯だな」



……

………

…………



旅籠



魔王「旨い!」

姫「本当だ、美味しい……!」

女将「そりゃ良かった。どんどん食べて頂戴ね!」

女将「もうすぐ、式典があってね。この街も随分活気づいてるからさ」

女将「毎日お客さんが多くて、万々歳さ」

魔王「式典?」

女将「お客さんたち旅人だろ?」

魔王「ん?ああ……ふらふらと、ね」

女将「丁度良いところに来たねぇ。ああ、お酒は?」

魔王「あー。私は貰おうかな」

姫「あ、私……この木の実のジュースが良いな」

女将「あいよー!」


105: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 07:20:03.73 ID:In3QnSPVP
魔王「で、式典って?」

女将「ああ、そうそう……もうすぐこの街の聖誕祭でね」

女将「街一番のお金持ちの家が、まあ……魔術大会みたいなのを開催するのさ」

魔王「魔術大会?」

女将「ああ、魔法の腕に覚えがあれば参加してみたらどうだい?」

女将「優勝したら賞金と、余程優秀ならそのお金持ちの家の擁護も受けられるよ」

女将「まあ、あんた達夫婦なんだったら、関係ないけどねぇ……」

姫「このサラダお変わりください!」

魔王「何時の間に全部食った!?」

姫「美味しいんだもの」

魔王「ま、まあ……良いけど」

姫「あと、チキンの香草焼きと、ミネストローネ!」

魔王(……良く食うなぁ)

魔王「あ、女将……夫婦だったらって……」



オカミサーン!チュウモーン!



女将「はいよー!」

魔王「あ……行っちゃったか」

姫「このニシンのパイ包み美味しいわ!」

魔王「あ、ああ……まあ、食欲があるのは良いことだ」

魔王(この細い身体の何処に入るんだ……不思議)


106: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 07:26:35.23 ID:In3QnSPVP
姫「さっき街の人が言ってたけど」

魔王「うん?」

姫「ここ、魔導の街って言うんですって」

姫「何でも、優れた加護を持つ一族が居て」

姫「実質、その人達がこの街のトップみたいね」

魔王「へぇ……しかし、優れた加護ってのは、エ……」

姫「し! ……特権では無いわ。多い、ってだけ」

姫「勿論……私達の種族の中にも、優れた加護を持たない者は居る」

魔王「ほう……」

姫「だからって……どうだって訳でも無いけどね」

姫「私達は……人や、ま……貴方達と違って、争いとは無縁だもの」

魔王「私達も争いばかりしてた訳では無いぞ」

魔王「実際、ここ30年あまり何も起こっていない」

姫「そうなの?」

魔王「ああ。そりゃ中には……起こしたい奴もいるみたいだけどな」

姫「ふぅん……迷惑な話ね」

姫「でも……魔王が暴れ出すと、勇者が現れるんじゃないの?」

魔王「……そりゃ、御伽噺の世界の話だろう?」

姫「そうなの?」

魔王「……と、思う。と言うか……聞いたよ」

姫「ふぅん……あ、サラダ来た!」

魔王「……流石に私はお腹が一杯になってきたんだが」


107: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 07:35:53.43 ID:In3QnSPVP
姫「あら、食べちゃうわよ……ん、美味しい!」

魔王「しかし……さっきの話は気になるな」

姫「え?」

魔王「家の擁護がって奴だ」

魔王(たかが人間の一族……だろう?夫婦だと関係ないってのは……)

魔王「魔術大会か……」



??「教えてやろうか?」



魔王「……君は?」

??「名を聞くなら先に名乗るのが礼儀ってもんじゃないのか?」

魔王「……少年。こっちは、姫」

??「お前達……夫婦か?」

魔王「質問の前に名を教えて貰いたいな。私は名乗ったぞ?」

??「ああ、ご尤もだな……俺は盗賊。まぁ……賞金稼ぎだな」

姫「賞金稼ぎ?」

盗賊「世の中金! ……とはまあ言わないがな。あって困るモンじゃねぇだろ?」

盗賊「この平和なご時世、がっつり大金大もうけ!てのは中々難しいがな」

魔王「ふむ……で、教えてくれるのならありがたいが」

魔王「何故、かを聞いても良い物かな」

盗賊「別にこれと言った理由は無いがね。まあそうだなぁ……見ない顔だし?」

盗賊「もし魔術大会にでるなら……ちょっとばかし、相談があってね?」

魔王「相談?」

盗賊「ああ……先に聞いとこう。お前達、夫婦か恋人同士か?」


108: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 07:42:16.36 ID:In3QnSPVP
姫「……夫婦よ」

魔王「ああ」

盗賊「そうか……そりゃ重畳」ニッ

魔王「それがどうした?」

盗賊「さっき女将に聞いてただろ。夫婦だとなんだ、ってな」

魔王「ああ、擁護ってのは何の話だ?」

盗賊「お前達この街は初めてか?」

魔王「ああ、さっき着いたばかりだ」

盗賊「ここは、魔導の街と呼ばれている。魔法に関する著書や道具なんかが」

盗賊「世界中から集まってくるんだ。その手の知識を持った者や、魔法の腕に」

盗賊「覚えがある奴らなんかも、多いし、ここに住む事に憧れる者も後を絶たない」

魔王「ふむ」

盗賊「だがな?この街に住むには条件が居る」

魔王「条件?」

盗賊「そう。魔法を使えること。それが最低条件。力が強ければ強いほど」

盗賊「良い土地と、良い家が準備して貰える」

姫「家まで用意して貰えるの?」

盗賊「ああ、観光は未だなんだな?」

魔王「着いたばかりだからな」

盗賊「暫く滞在するんだろう……まあ、明日にでも見てみると良いが」

盗賊「わかりやすい作りになってるぜ、この街」


109: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 07:54:07.34 ID:In3QnSPVP
盗賊「今俺たちが居るこのエリアが商業区。街の入り口だな」

盗賊「奥には居住区があるんだが……そっちの方へ行くほど、大きくて立派な店がある」

魔王「ほう」

盗賊「居住区に行くともっとわかりやすい。入り口から奥に向かって」

盗賊「だんだんと立派になっていくのさ」

魔王「成る程……力関係を表しているのか」

盗賊「そういう事」

魔王「だが、それがどうした?」

盗賊「要するに階級差が激しいのさ。一番奥の、まるで城みたいな家がこの街の主」

盗賊「魔法使い一家の家だ……魔術大会の主催者が住んでる」

盗賊「で、だ……擁護ってのは、要するにそいつに気に入られた証」

盗賊「優れた加護を持つ一族なのさ、あいつらは」

姫「確かに珍しいけど……それが何の関係があるのよ」

盗賊「姉ちゃん、よく考えてみろよ?」

盗賊「優れた加護同士がくっついて子供作ったとしたって」

盗賊「必ずしも、優れた加護を持つ子供が生まれるとは限らないだろ?」

姫「……どういうこと?」


110: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 07:56:19.10 ID:In3QnSPVP
盗賊「あいつらは、そういう劣等種を捨てるのさ」

姫「!?」

魔王「劣等種……?」

盗賊「あいつらの言葉を借りただけだ。そう睨むな」

盗賊「あいつらは偶に、こうして大会を開いて」

盗賊「我こそは、って奴を街に集める」

盗賊「……それで、優勝者や力の持つ奴を家に取り入れる」

姫「養子にするって事? ……でも、随分と血に誇りを持ってるみたいじゃないの」

盗賊「一族の娘や息子と婚姻させるのさ」

姫「!」

盗賊「そうすれば、優れた血の子供が出来る確率が高いと信じてる」

魔王「それは……実際にどうなんだ?」

盗賊「さあな。確率だとかそういう話はわかんネェけど」

盗賊「あいつらにとっちゃ、関係ないんだろ」

盗賊「実際、そうやってのし上がってきた家だからな」

魔王「よく知っているな」

盗賊「……盗賊の知識舐めちゃいけねぇぜ?」

姫「それで……それと、夫婦ってのと」

姫「何がどう、関係があるのよ?」

魔王「そう、だな。いい話、ってのも……まあ、気にはなるが」

盗賊「そう急かすなよ……あんた達が夫婦なら」

盗賊「無理矢理結婚させられる事は無いだろうからさ」

盗賊「……ちょっと、頼みたい事があるんだけど、な」


111: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 08:01:08.63 ID:In3QnSPVP
魔王「それが……いい話、か?」

盗賊「まあ、そうだ。もし、腕に覚えがあるなら、大会に出て欲しい」

盗賊「……優勝して欲しいんだ」

姫「貴方が自分で出れば良いじゃないの」

盗賊「俺は魔法が使えないんだよ」

姫「……理由は?私達に、大会に出て欲しい理由」

盗賊「……」

魔王「何故黙る?」

盗賊「いや、そりゃそうだ。フェアじゃ無いな」

盗賊「……俺も劣等種の一人だからだ」

姫「……」

魔王「姫?」

姫「加護の力が酷く弱いわね、貴方」

盗賊「!?」

魔王「解るのか?」

姫「……私は、そういうのを感じる力があるの」

姫「最初、貴方の事だって……言い当てたでしょ、少年」

魔王「ああ……成る程」

魔王(エルフって言うのは……そういう種族、なのか?)

魔王(嘘は吐かないしな……あれ?でもさっき……夫婦、って……)

魔王(………?)


112: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 08:10:15.78 ID:In3QnSPVP
盗賊「姉ちゃん……何者だ?」

姫「私は私よ」

魔王「……お前がその、劣等種、の一人だとして……」

盗賊「優勝して欲しい理由か?」

魔王「ああ」

盗賊「……金が欲しい」

姫「労力は私達で、お金だけ寄越せなんて、どこがいい話なのよ!」

盗賊「勿論、礼はするさ! ……この街の近くに小さな島がある」

盗賊「港からは船も出てない。本当に小さな島だ」

盗賊「……俺たちはそこで暮らしてる」

姫「どうやってここまで来たのよ……」

盗賊「……世界の海を渡る、海賊の話は知ってるか?」

魔王「聞いた事が無いな」

盗賊「そうか……あんた達、多分良いところの人達なんだな」

魔王「……」

姫「……」

盗賊「まあ、そうやって……色々助けて貰えることには感謝してるさ」

姫「海賊が人助けねぇ……」

盗賊「悪い奴らばかりじゃないんだぜ?」

盗賊「船長は粗野で粗暴で口も顔も悪いが、豪快で良い奴だ」

魔王「……結構酷いこと言うな」

盗賊「と、とにかく、だ! ……助けて貰えないか?」

盗賊「もし、信じるのが無理だったら……一度、来てくれないか」

魔王「島にか?」

盗賊「ああ……船長には話をつけておく!」

魔王「……どうする、姫?」

姫「……」

盗賊「頼むよ!きちんと礼はするから!」

姫「礼って何よ……お金も無いんでしょうに」


113: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 08:19:37.74 ID:In3QnSPVP
盗賊「……お宝、だ」

姫「お宝? ……どうしてお金に換えないのよ」

盗賊「……知人から譲って貰った物なんだ」

姫「は?」

盗賊「知人は……金に換えれば良いってくれたんだ。だが……」

盗賊「売ろうにも価値を解って貰える奴が居ないんだよ!」

姫「呆れた……そんな物押しつけて、金を寄越せって事!?」

盗賊「あんた達旅人なんだろう?使えさえすれば役には立つよ!絶対に!」

姫「話にならないわね。行きましょ、少年」

魔王「まあ、まあ……」

盗賊「待ってくれ!頼むよ……!」

姫「貴方賞金稼ぎなんでしょ?頑張って稼いだら良いじゃないの!」

盗賊「こんな平和な世界で、どうやって稼ぐんだよ!」

姫「モンスター討伐でも何でもあるでしょうに!」

魔王「落ち着け二人とも……あんまり大声を出すな。目立つ……」

姫「……」

盗賊「……」

魔王「まあ、お前が必死なのは解った。が、確かに少々虫が良すぎるだろう?」

魔王「姫もそう……ムキになるな」

姫「……」

盗賊「それは……解ってる、けど」

魔王「他にも理由があるんじゃないのか?」

盗賊「……」


114: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 08:25:38.10 ID:In3QnSPVP
魔王「言いたく無いなら言わなくて良い、とは……言えないぞ?」

盗賊「……俺に、その、さっき言ったお宝をくれた知人が、な」

魔王「うん?」

盗賊「あの家の奴に殺されたんだよ!」

姫「……何で?」

盗賊「知人は、優れた加護を持っていた。だけど……」

盗賊「……」

姫「だけど?」

盗賊「信じてくれるか?」

姫「内容に寄るわね」

盗賊「……あいつは、エルフだったんだ」

姫「!」

魔王「エルフ……?」

盗賊「ああ。エルフってのは人と関わるのを嫌がるとか、どっかの住処から出ないとか」

盗賊「色々聞いた。けど、あいつは……人が好きだって言って、その住処とやらを」

盗賊「飛び出してきたらしいんだ。そいつの紹介で、船長とも知り合ったし」

盗賊「……島に逃げれたのも、そいつのおかげなんだ」

姫「……その人は、なんで殺されたのよ」

盗賊「拒んだからさ。あの家の娘との婚姻を」

魔王「それだけの理由で?」


115: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 08:34:41.47 ID:In3QnSPVP
盗賊「人外のくせにって……酷く痛めつけられて」

盗賊「最後は、ぼろぼろにされて……街の外れに捨てられてたらしい」

魔王「らしい、とは?」

盗賊「船長に聞いたんだ。俺は……その時、島に居た」

姫「酷い……」

盗賊「俺たちは……劣等種は、奴隷にされて売られるか」

盗賊「居住区にある娼館で働かされるかどっちかだ」

魔王「娼館?」

盗賊「そうだ。居住区の片隅にやたら立派な建物がある」

盗賊「そこで……あの家の賓客とやらをもてなすのさ」

盗賊「そこには逃げられずに掴まった劣等種がまだ沢山いる」

盗賊「あいつは、そいつらも何れ、助け出そうって……」

姫「……それで、お金がいるの?でもお金があっても……」

盗賊「できれば助けたいさ!だけど……島での生活も、苦しいんだ」

盗賊「助ける為に。力をつけるために……金がいるんだ!」

魔王「ふむ……で、そのエルフの知人に貰ったって言う物は?」

盗賊「弓だ。エルフの弓」

姫「……!」

盗賊「凄く軽くて、貴重な物だと言ってた」

盗賊「力の無い女でも扱える代物だそうだ……俺が使うと壊れそうで」

盗賊「……その侭、置いてある」

魔王「ふむ……」

姫「良いわ」

盗賊「え?」


116: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 08:42:53.76 ID:In3QnSPVP
姫「やってあげる……そのエルフの弓、確かにくれるんでしょうね?」

盗賊「も、勿論だ!どうせ……使えないし、売ることも出来ないし」

姫「……もう一つ、条件があるわ」

盗賊「な、なんだよ」

姫「エルフのその……知人から聞いた話を、色々教えて頂戴」

盗賊「そ、そんな事でいいならいくらでも!」

魔王「ふむ……仕方ないな。姫がそう言うなら」

盗賊「……あ、ありがとう!ありがとう!」ガシッ

魔王「痛い痛い痛い」

姫「大会は何時なの?」

盗賊「一週間後だ。選手の登録は居住区の入り口で受け付けてる」

魔王「では明日登録を済ますか」

姫「そうね……宿も一週間分に延長しておきましょう」

盗賊「助かるよ……!ありがとう!」

魔王「しかし、その家の……知人を殺したとか言う奴は」

魔王「大会に出るのか?」

盗賊「ああ。優勝候補だ……あいつは、とてつもなく……強い」

魔王「ふむ」

魔王(まあ、私が出れば負ける事はないだろうが……)

盗賊「名は覚えているか?」

盗賊「忘れるもんか!魔導将軍……!」

魔王「……魔導将軍?」

魔王(まさか……な)


117: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 08:46:56.21 ID:In3QnSPVP
姫「じゃあ、明日昼にここで待ち合わせしましょう」

盗賊「ああ!」

魔王「……」

姫「少年?」

魔王「ああ、いや……部屋へ戻ろう」

魔王(側近に一度連絡を取ってみるべき……か)



……

………

…………



魔王「一部屋、か……」パタン

姫「夫婦、てことにしてあるのに、二部屋取ったら不自然でしょ」

魔王「ああ、そうだ……それで思い出した」

姫「え?」

魔王「お前、さっき盗賊に聞かれて夫婦だと言い切っただろう」

姫「ええ」

魔王「……嘘はつけないんじゃ無かったのか」

姫「……そうね」

魔王「大丈夫なのか?」

姫「夫婦になっちゃうのかもね」

魔王「おいおい」

姫「別に……良いわ。貴方は、手は出さないと約束してくれたし」

魔王「そういう問題か?」

姫「否定する訳にはいかないでしょ」

魔王「そりゃそうだが」


118: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 08:51:30.32 ID:In3QnSPVP
姫「子供が貴方の子になるわけでも無いわ」

魔王「まあ……そうだけど」

姫「……産むまでの間、よ」

魔王「?」

姫「いえ……それより、どう思う?」

魔王「さっきの話か? ……まあ、嘘を吐いている様には見えなかったが」

姫「そうね……でも。お金を渡すのは良いわ。でも……それで」

姫「彼らは、救われるのかしら」

魔王「それは無いな」

姫「……あっさり言い切ったわね」

魔王「島での生活は豊かになるかもしれないがな」

魔王「……娼館にいるとか言う者を助ける事はできないだろう」

姫「そう……よね」

魔王「それに、本当に島へ……まあ、何処でも良いが」

魔王「逃げ出したい者ばかりだと思うか?」

姫「……どういう意味?」

魔王「そこでしか生きていけないと思っていたら、だ」

魔王「……誰かの庇護下に居る方がと言った方が良いかな」

姫「でも、無理矢理……ッ」

魔王「辛いだろう、が……島に放り出され、力も持たず……どうやって生きていく?」

魔王「勿論、盗賊達が手助けはするだろうが……」

魔王「彼らとて、庇護する為だけに生きている訳ではあるまい?」

姫「……」


119: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 08:57:34.46 ID:In3QnSPVP
魔王「渡した金も、いつかは尽きる。生活水準を上げれば尚更だ」

魔王「また稼げば良いだろう。助け出せば働き手も増えるだろう、が」

魔王「そう……うまくいくばかり、とは私は思えないがな」

姫「私は……運が良かったのね」

魔王「ん?」

姫「あのまま一人で居れば、野垂れ死んでいたかもしれないわ」

姫「……いえ、きっとそうなってたわね」

魔王「……」

姫「一人じゃ何もできない。どうしたら良いのかも解らない……って」

姫「私も……誰かにどうにかしてもらう生活だった、もの……ずっと」

魔王「……彼らの未来は彼らが決める。どうなるかも彼ら次第だ」

姫「……」

魔王「理想ばかり追い求めても現実はついては来ないからな。だが……」

魔王「やってみる事は悪い事じゃ無い。理想を叶えたければ」

魔王「現実にすれば良いだけだ」

姫「言うのは簡単、だけどね」

魔王「ま、そのとおりだな……しかし」

姫「ん?」

魔王「手加減しないと、私なら相手を殺しかねないしなぁ……」

姫「ああ、魔導将軍、とやら?そのことなんだけど……」

魔王「属性も一つに絞って……」

姫「私が出るわ?」

魔王「は?」


120: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 09:03:20.16 ID:In3QnSPVP
姫「一週間あるじゃない、魔法教えて頂戴」

魔王「いや、待て待て待て。お前、そんな身体で」

姫「大丈夫よ。随分回復したし」

魔王「……まあ、あの食いっぷり見てればそれはそうかもしれないが」

姫「貴方なら本当に殺しちゃうわよ?」

魔王「そうだ!お前……感じる力がどうとか言ってたな」

姫「ああ……それがどうしたの?」

魔王「あれは……エルフ独特のものか?」

姫「いえ……長の血を引く特権、かしらね」

魔王「ほう」

姫「物事を正しく……と言うか。素直に? …ううん、説明が難しいけど」

姫「とにかく、感じる、の」

魔王「成る程、な」

姫「……解った?」

魔王「いや、あんまり……でもまあ、そういう事なんだろうと」

魔王「感じておく」

姫「ふふ……真似しないでよ」

魔王「間違えてるか?」

姫「いえ。あってるわ」

魔王「さて……お前はそろそろ休め」

姫「そうね。明日から頑張って練習しなきゃ」

魔王「本気か?」

姫「反対なの?」

魔王「いや……そういうわけでは無いが」

魔王(魔導将軍、か……それが、本当にあの魔導将軍なら)

魔王(少々厄介、だな……)


121: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 09:10:08.20 ID:In3QnSPVP
姫「ふあぁ……流石に疲れたわ」

魔王「ああ、もう休め」

姫「うん……おやすみ……」スゥ

魔王(眠ったか……さて、と……)



魔王『側近。そっきーん!聞こえるか?』

側近『うわ、魔王様!?え、なにこれ!?』

魔王『心話……て言えば良いのか?』

側近『アンタ本当に規格外だな……今どこに居るんだ?』

魔王『魔導の街とやらだ……ちょっと調べて欲しいんだが』

側近『魔導の街!?』

魔王『なんだ?』

側近『一番不穏な所にいきなり乗り込んだのかよ!』

魔王『不穏?』

側近『そこの人間共もなんだか良からぬ事企んでるって噂があるんだ』

側近『私設軍隊を作るとかな……』

魔王『私設軍隊……ふむ。ますます怪しいな』

側近『何かあったのか?』

魔王『街の生誕祭だかなんかで、魔術大会をやるらしいんだが』

魔王『優勝候補の名が魔導将軍と言うらしい』

側近『……マジで?』

魔王『本当にあいつなら偽名を使うかとも思ったんだが……』

側近『そういう所、実際魔族は抜けてるからなぁ……良し、解った』

側近『ちょいと調べてみるわ』

魔王『ああ、それからな』

側近『ん?』

魔王『エルフについて知りたい』


122: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/04(木) 09:13:12.20 ID:In3QnSPVP
側近『エルフぅ?』

魔王『ああ。ちょっと同行することになってな』

側近『はぁ!?アンタ一人じゃ無いの!?』

魔王『ああ。エルフの娘と一緒だ』

側近『……まさか、身分ばらしてねぇだろうな!?』

魔王『大丈夫だ。少年と名乗った。魔族だって事はばれたが』

側近『ばらしたの!?』

魔王『私が言った訳じゃ無い! ……そういうのを感じる能力があるらしいんだ』

側近『大丈夫なのかよ……』

魔王『とにかく、頼んだぞ!』

側近『あ、ちょ……!』



魔王「良し、と……私も休むかな」

魔王(明日は……別行動して私も少し調べてみるか)


140: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/05(金) 10:12:29.38 ID:bdB+ZflXP
……

………

…………



受付「こんにちは。出場希望の方ですか?」

姫「ええ」

魔王「……本気か?」

姫「貴方が出れないんだから、私が出ないとね」

魔王「出れない訳じゃ……」

姫「駄目!」

魔王「……」フゥ

受付「ええと……そちらのお嬢さんだけでよろしいですか?」

姫「結構よ」

魔王(大丈夫かなぁ……)

受付「では、先に簡単にルールを説明させて戴きます」

受付「試合は、予選と本選に分けて行います」

魔王「ふむ」

受付「予選は一週間後、二日間に分けて行います」

受付「予選の時は観客は入れませんので、審査員と関係者……ご家族等ですね」

受付「のみ、観覧可能となります」

受付「それから二日の休みを挟み、予選を勝ち抜いた上位8名でトーナメント戦で行います」

受付「一回戦が午前午後の2試合ずつで2日間、翌日準決勝、一日の休みを挟んで決勝となります」

魔王「結構時間かかるんだな」


141: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/05(金) 10:21:22.25 ID:bdB+ZflXP
受付「全力で戦っていただきますのでね」

受付「試合後、司祭がきちんと回復させて頂きますので怪我等の心配はありません」

受付「魔法以外の攻撃は禁止、即反則負けとなります」

受付「勿論、相手に致命傷を与える等の攻撃も禁止となります」

受付「禁止行為をされた方は、以後この大会への出場資格を失います」

受付「ご理解頂けますか?」

姫「ええ、解ったわ」

魔王(ふむ……回復してもらえるならまあ、安心か)

魔王(殺される心配もなさそうだしな……)

受付「それから、予選を勝ち抜いた方は、その日からの街での滞在費は無料とさせて頂いております」

魔王「ほう」

受付「証明書を発行しますので、宿屋へお持ちください」

姫「結構しっかりしてるのね……」

受付「由緒ある、立派な大会ですから」

魔王「ふむ……予選に出るのはどれぐらいの人数なんだ?」

受付「今の時点で40人ほどですね」

姫「40人!?」

受付「はい」

姫「予選って二日しか無いんでしょう!?」

受付「ええ。ですから、体力面や魔力の分配なども必要ですね」

魔王「最初っから飛ばしていくと魔力切れ、スタミナ切れで……アウトだな」


142: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/05(金) 10:28:38.48 ID:bdB+ZflXP
受付「出場受付は本日までですので……まあ、最終的には50人ほどかと」

姫「厳しいわね……」

魔王「優遇処置などはあるのか?」

姫「少年?」

受付「優遇……とは?」

魔王「前大会での優勝者は予選免除、とかかな」

受付「ああ、そういうのはありませんよ。あくまで公平に、と」

受付「主催者様はお考えですので」

魔王「そうか……」

魔王(って事は、魔導将軍も予選に顔を出すって事だな)

魔王(私の顔を見られるのは……まずいな)

姫「どうしたの?」

魔王「いや……何でも無い。説明はこれで終わりか?」

受付「ええ、以上ですよ……ではここにサインを」

姫「ええ……これで良い?」

受付「はい確かに。姫さんですね」

受付「では予選は一週間後。集合時間は正午です」

受付「遅刻されると失格になりますのでご注意ください」

姫「解ったわ……行きましょう、少年」

魔王「ああ……あいつもう来てるかな」

姫「どうかしらね……少し早いけど、お昼にしましょ」


144: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/05(金) 10:37:20.36 ID:bdB+ZflXP
……

………

…………



旅籠



盗賊「おう!おはよう!」

魔王「なんだ、早いな」

盗賊「まあな……浮き足立っちまって」

姫「子供じゃ無いんだから」

盗賊「出場申し込みしてきたのか?」

姫「心配しなくてもちゃんとしてきたわよ」

盗賊「……そうか」

魔王「何だ、変な顔して」

盗賊「ん……いや、昨日は……興奮しちまって悪かった」

盗賊「簡単に優勝してくれなんて無茶言っちまって……」

姫「今更ねぇ……すみませーん!ポーチドエッグとライ麦トースト、それからベーコン……良く焼いてね」

魔王「……我が儘だなぁ」

盗賊「え、姉ちゃんの分なのか!?」

姫「後グレープフルーツジュース。フレッシュで」

魔王「ああもう面倒だ。私も同じで良い……盗賊は?」

盗賊「え、いや、俺は……」

魔王「金なら心配するな」

盗賊「俺も同じの!」

姫「あ、御免……話し中断させちゃったわね」

魔王「それこそ今更だな!」


145: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/05(金) 10:45:35.67 ID:bdB+ZflXP
盗賊「あ、ああ……その。手伝って貰えるのは嬉しいんだ」

盗賊「確かに、金は欲しい。みんなを助けたいしな」

魔王「……」

魔王(助ける、か……難しいだろうな)

盗賊「だが……その。無理はするなよ?」

盗賊「お前強そうだけどさ……あいつも、魔導将軍も……多分、すげぇ強いから」

魔王「……ふむ」

姫「出るのは私よ?」

盗賊「……へ?」

姫「何よ。間抜けな顔して」

盗賊「え、ね、姉ちゃんが出るの!?」

魔王「まあ……不本意ながら」

盗賊「マジで!?」

姫「何よ、不満なの!?」

盗賊「姉ちゃんの方が……魔法は得意なのか?」

魔王「どうだろうなぁ……」

姫「大丈夫よ、ちゃんと少年に教えて貰うから」

盗賊「……へ?」

魔王「素質は……あるとは思う。が……未知数だな」

盗賊「……え、え?」

姫「まあ、良いじゃないの。無理するなって今言ったばかりでしょ?」

盗賊「まじかあああああああああああ!?」


146: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/05(金) 11:01:15.00 ID:bdB+ZflXP
魔王「まあまあ……何とか鍛えるさ」

姫「そうよ。心配する事無いわよ」

盗賊「ま、まじ……か……」

姫「しつこいわね!」ムッ

盗賊「い、いや……姉ちゃんも魔法使えるんだもんな……」

盗賊「うん……まあ……大丈夫、だよな……」

姫「貴方ねえ!無理矢理頼んでおきながら……!」

魔王「落ち着け二人とも……ほら、飯が来た!」

魔王(こっちが疲れる……全く)

姫「……いただきます」

盗賊「いただきます……」

魔王「はい、いただきます……ああ、そうだ。この後どうするんだ?」

盗賊「え?ああ……そうだな。船長にはまだ連絡が取れてないんだ」

姫「ああ、島に来てって奴? ……別に、もう疑って無いわよ?」

盗賊「それはまあ……ありがたいけど」

盗賊「弓はあっちに置いてあるんだ。それに……まあ、一度見てもらいたい」

魔王「どちらにしても連絡が取れてないならどうしようも無いだろう?」

盗賊「まあ、そりゃそうなんだが」

魔王「大会が終わってからでも構わんだろう。別に……私達は」

姫「そうね。急ぐ旅でも無いし」

盗賊「まあ……そうなんだけどな」


147: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/05(金) 11:06:38.50 ID:bdB+ZflXP
魔王「何か……不都合でも?」

盗賊「いや……その、終わっちまってさ、まあもし、だけど」

盗賊「姉ちゃんが優勝出来たとしたら、さ……その」

姫「……色々と忙しくなる、と言いたいのね?」

魔王(随分と都合の良い解釈をするな、本当に……)

魔王(しかし……そうだな。厄介事に巻き込まれるのもな)

魔王「まあ、連絡が取れ次第時間があれば行けば良いんじゃないか?」

盗賊「あ、ああ!悪いな!」

姫「特にこれといってやる事無いわね……じゃあ午後から……」

魔王「では私は少し別行動しても構わんだろうか?」

姫「え!?」

魔王「ん?何かまずいか?」

姫「特訓しなきゃ!」

魔王「ああ……そんなに時間はかからんさ。多分……だが」

姫「……どこかに、行くの?」

魔王「お前を置いてこの街を出たりはせんよ」

盗賊「ラブラブだな」

姫「え?」

魔王「茶化すな……少し調べたい事があってな」

盗賊「良いぜ、姉ちゃんは俺がちゃんと見といてやるよ」

姫「何よ、貴方が面倒見られる側でしょ!?」

盗賊「そ、そんな事無いだろう!」


148: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/05(金) 11:20:32.20 ID:bdB+ZflXP
魔王「お前達うるさい……とにかく、まあ一緒に居てやってくれるなら」

魔王「安心はできるから……頼んで良いか?盗賊」

盗賊「ああ、任せておきな!」

姫「えぇ……」

魔王「それに姫も、話を聞きたかったんだろう?」

姫「あ……それは、うん……」

盗賊「なら、ついでに図書館に案内してやるよ」

姫「図書館?」

盗賊「ああ。世界一とも言われる立派な図書館があるんだ……って、そっか」

盗賊「観光も未だだったんだな……なんなら、街の中も案内するぜ」

姫「そうね……図書館は興味あるし」

姫「ぶらぶら歩きながら、話を聞かせて貰おうかしら」

魔王「決まったか?」

盗賊「ああ……待ち合わせはまたここで良いのか?」

魔王「そうだな……どうせ夕食は必要だし」

魔王「ここの料理は旨い……他の店にも興味はあるが」

盗賊「一番のお勧めはここだな。他に旨い店も……あるけど」

姫「毎日同じもねぇ……そっちは、場所ややこしいの?」

盗賊「……まあ、ちょっとな」

姫「……?」

魔王「ここなら確実にわかるんだし、ここで良いだろう」

魔王「待つのに疲れる場所でもあるまい……では、支払いを済ませて私は行くよ」

姫「ええ、いってらっしゃい」

魔王「……気をつけてな、二人とも」スタスタ……

盗賊「ああ、大丈夫だ……任せとけ」


149: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/05(金) 11:29:59.21 ID:bdB+ZflXP
姫(用事って何かしら……)

盗賊「やっぱり……寂しいのか?居ないと」

姫「え?」

盗賊「いや……じっと見てるから」

姫「ああ……そんなんじゃ無いわ」

盗賊「なあ……変な事聞いて良いか?」

姫「……何よ」

盗賊「あいつ……少年、てさ。目……どうしたんだ?」

姫「え?ああ……瞳の色の事?」

盗賊「あ、違う違う……確かに紫ってのは珍しいけど」

盗賊「あいつ、隻眼じゃ無いのか?布巻いてるし……」

姫「ああ、そういえば……」

盗賊「え、夫婦なのに知らないの!?」

姫「……だって、会った時からあれだもの」

盗賊「き、気にならないのか?」

姫「別に……容姿で何かを判断するの?」

盗賊「いや……そういう訳じゃないけどさ」

姫「何が言いたいのよ」

盗賊「……いや。ただ単に、百戦錬磨的な、さ。感じなのかと」

姫「それが……私達に声をかけた理由?」

盗賊「まあ、それもある」

姫「呆れた。本当に短絡的ね」

盗賊「お前なぁ!」ムッ


150: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/05(金) 11:40:50.40 ID:bdB+ZflXP
姫「本当の事でしょ」

盗賊「必死なんだよ、それだけ……!そりゃ、お前達みたいに恵まれた育ちしてりゃ」

盗賊「わっかんねぇだろうけどな!」

姫「……自分が恵まれてるなんて思ったこと無いわよ」

盗賊「は?」

姫「そりゃね。確かに、誰かに蔑まれたり……そんな事はされてこなかったわ」

姫「だけど、これはしちゃだめ、あれはしちゃだめ……こうしなさい、ああしなさい」

姫「そんな暮らしは、私にとっては不幸だったわ」

姫「貴方から見ればそんなの不幸に入らない、って言うかもしれないわね」

姫「感じ方なんてそれぞれ。人の事なんて、解る訳無い。自分の事は自分にしか解らない」

姫「……違うかしら?」

盗賊「……」

姫「幸せ不幸せなんて、誰かと、何かと……比べる物じゃないわ」

姫「貴方は今、自分の幸せだと思う形……みんなを解放して、お金を稼いで……」

姫「島での暮らしを豊かにする為に、頑張ってるんでしょう?」

盗賊「……うん」

姫「良い方向に必ず進むとは限らないわ。色んな可能性を考えておかないと」

姫「でも、努力することは悪い事じゃ無いし、それが絶対に無駄に終わる事なんて無い」

姫「努力した分、必ず何かは見えてくるわ」

姫「……だから、もう少し、考えて行動しなさい、って事」

盗賊「うん……御免」

姫「……私も、言葉が悪かったわ。ご免なさい」

盗賊「アンタは素直なんだな……あいつに、知人に似てるよ」

姫「そう……」

盗賊「エルフは嘘がつけないって言ってた。嘘を吐くと、それが本当になってしまうから」

盗賊「嘘を吐いてはいけないんだと」

姫「……」


151: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/05(金) 11:56:22.76 ID:bdB+ZflXP
盗賊「あいつの言葉はいつもまっすぐだったよ……本当、似てる」

盗賊「……そんな、あいつを……俺から奪ったあの家……許せない!」

姫「貴方……昨日から、気になってたんだけど」

盗賊「……なんだよ」

姫「女の子よね?」

盗賊「!!」

姫「……別に理由は聞かないわよ」

盗賊「……」

姫「話したいなら聞いてあげるけど?」

盗賊「あいつらにとって、劣等種はただの道具だ」

盗賊「いちいち顔なんて覚えてネェよ……だが」

盗賊「一応の変装……それだけさ」

姫「……」

盗賊「……」

盗賊「あいつらは……優れた加護が無いと解れば、烙印だとか言って」

盗賊「身体のどこかに焼き鏝で印と数字を刻まれる」

姫「……!」


158: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/05(金) 14:09:37.46 ID:bdB+ZflXP
盗賊「名前は奪われて、その身体に刻まれた数字で呼ばれるのさ」

盗賊「脱走したり反抗した奴は……見せしめに拷問されて殺される」

姫「……良く逃げ出せたわね」

盗賊「……劣等種は奴隷として売られるか、あの娼館で働かされるんだといっただろ?」

盗賊「俺は売られたのさ……役に立たなかったからな」

姫「役に立たない?」

盗賊「姉ちゃんは女だからな……こんな事言ってもわからねぇだろうけど」

盗賊「綺麗に着飾られただけの人形の玩具を抱いておもしろいか?」

姫「……!」

盗賊「あえぎ声一つあげず、痛めつけても悲鳴も零さない、ただのガラクタに」

盗賊「高い金を払いたがる馬鹿は居ないのさ」

盗賊「だったら、奴隷として売っぱらった方が良いだろう?」

盗賊「……俺は運良く、知人に買われたんだ」

姫「……エルフの?」

盗賊「そう。ラッキーだと思った」

盗賊「……大人しく買われてしまえば、後はそいつを殺して逃げるつもりだったからな」

盗賊「細い身体に、優しそうな顔をしてた。こんな……いい人に見えそうな奴でも」

盗賊「奴隷なんて買い求めるんだ。ろくな世の中じゃネェ……だから」

盗賊「殺す事に罪悪感なんて感じなかったし、躊躇もしなかったよ」

盗賊「なのに……あっさりと、組み敷かれちまった」

姫「……」


159: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/05(金) 14:20:41.70 ID:bdB+ZflXP
盗賊「エルフってのは……後から聞いた話だけど」

盗賊「身が軽いんだな……蔑まれて来ただけの、糞ガキの……俺じゃ」

盗賊「適うはずが無かった」

姫「……その知人は、男性よね?」

盗賊「ああ。だから……その侭、あの……娼館であった奴らみたいに」

盗賊「無茶苦茶に●されるか、殺されるんだと思った」

盗賊「でも……こんな形で生かされるより、死んだ方がマシさ」

盗賊「だから、もう殺せって言ったんだ。なのに……抵抗をやめた俺に、知人は」

盗賊「食事と、暖かい布団を与えてくれた」

姫「……成る程」

盗賊「ん?」

姫「貴方が好きになっても仕方ないな、て」

盗賊「な、そ! ……ち、違う!」

姫「顔真っ赤よ」クス

盗賊「聞けよ!」

姫「はいはい」

盗賊「……そ、それで、まあ……色々教えてくれたり、だな」

姫「島に暮らすことを提案したのも……その知人?」

盗賊「そうだ。何人か……娼館から逃がしてくれたりもした」

姫「……どうやって?」

盗賊「それは……わからない」


162: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/05(金) 14:31:57.31 ID:bdB+ZflXP
姫「え……」

盗賊「……あいつ、結構金持ってたんだ。多分、俺にくれたみたいに」

盗賊「エルフの何とか……とか、売ったのかなって勝手に思ってるんだけど」

姫「ああ……」

姫(エルフは薬草の扱いとかにも長ける……そういうの、かしらね)

盗賊「それに、腕も立ったんだ。だから、どこかの武術大会やらなにやらに出て」

盗賊「賞金稼いだ、とかさ。そう言う話も……はっきりとは教えてくれなかったけど」

盗賊「ちらっとは聞いた事あるんだ」

姫「……そういう大会って、結構やってるの?」

盗賊「まあ、平和な世の中だからな。賞金稼ぎっつったって……あんまり仕事がねぇって」

盗賊「言っただろ?」

姫「昨日言ってたわね」

盗賊「俺は知人に剣を教えて貰ったけど、あいつは確かに強かった」

盗賊「金のある奴らは、腕の良い用心棒を雇う……だから」

盗賊「俺程度の奴らじゃ、あんまり良い仕事にはありつけないのさ」

姫「知人ほどの腕がなければ……って事ね」

盗賊「ああ」

姫「……剣だけじゃないんでしょ?」

盗賊「え?」

姫「その知人に教えて貰った事、よ」

盗賊「ああ……エルフの話が聞きたいんだったな」

盗賊「……理由を聞いても良いか?」

姫「単純に知りたいから、じゃ駄目かしら?」


165: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/05(金) 14:43:58.15 ID:bdB+ZflXP
盗賊「いや……駄目じゃ無いけど」

姫「そうね……知識は持ってて無駄じゃ無い。貴方のお金と一緒ね」

盗賊「そうか……解った」

姫「気を悪くした?」

盗賊「いや? ……本当に、似てるなと思っただけだ」

盗賊「……悪気は無いんだろうしな、良し!」

姫「?」

盗賊「街を歩きながらにしよう……約束通り案内するよ」スタスタ

姫「ええ……そうね。行きましょうか」スタスタ……キィ、パタン



アリガトウゴザイマシター!



盗賊「……ここが、街の入り口だろ?」

姫「貴方の話じゃ、奥に行くほど高級、なんだっけ」

盗賊「ああ……だが宿屋とこの店はまあ、別だと思って良い」

姫「そうなの?」

盗賊「旅人向けにあんまり粗末な物は見せられないだろ」

姫「ああ……成る程」

盗賊「かといって、商売できてる以上、一定レベル以上だと思ってくれれば良い」

姫「えっと……魔法が使える事が最低条件?」

盗賊「オーナーがな。腕の良い職人、商人達を雇えるだけの金と地位を持ってるって事」


166: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/05(金) 14:52:16.53 ID:bdB+ZflXP
盗賊「ここから奥に、ずっと色んな店が並ぶ。この辺は良いんだが……」

姫「え?」

盗賊「歩くだけならともかく、奥に行くほどちょっと……俺は店内には入れないからさ」

盗賊「中、覗きたいなら外で待ってるから言ってくれ」

姫「ああ、そういう事ね……別に良いわよ」

盗賊「欲しい物とか無いのか?」

姫「うーん……特に思いつかないけど」

姫「それに、お金を持ってるのは私じゃ無くて少年だから」

姫「勝手に買い物は出来ないわ」

姫(あ……そういえば、あの人……何も言ってなかったけど)

姫(……私、気にせず使わせてた……後で聞いてみなくちゃ)

盗賊「そうか……商業区と居住区の間の道を入っていくと」

盗賊「大きな図書館がある。そっちへ向かうか」

姫「ええ。そうしましょ……で、話の続き、聞いて良いかしら」

盗賊「ああ、そうだったな……とは、言え」

盗賊「何を聞きたいんだ?」

姫「……そうね。貴方が聞いた全て?」

盗賊「うーん……そうだなぁ」

盗賊「エルフは、人より寿命が長いとか……」

姫「うん」

盗賊「身が軽い、てのも言ってたな。人ほどの力は無いらしいけど」

盗賊「後……ああ、そうだ。エルフはその殆どが、優れた加護を受けてるって」

姫「ええ……それは、私も知ってるわ」

盗賊「……知り合いが居るのか?エルフの」

姫「……まあ、ね」


167: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/05(金) 15:03:03.59 ID:bdB+ZflXP
盗賊「なら……ある程度知ってるんじゃないのか?」

姫「そうだけど……私も、もう会えないのよ」

盗賊「……そうか」

姫「その、知人は……エルフの、も……住処の事は言ってなかった?」

盗賊「ん?ああ……飛び出してきた、って奴か」

姫「ええ」

盗賊「そうだな……長の娘が生まれた時の話は何度か聞いたな」

姫「!」

盗賊「決まって酔っ払った時に、泣きながら話してた……」

娘「泣きながら……?」

盗賊「……あいつ、200年以上生きてたんだって」

盗賊「見た目は、15.6……そうだな、姉ちゃんと代わらない位だな」

姫「……貴方もそれぐらい、よね」

盗賊「少し下だ……で、な。あいつ、長の嫁さんが好きだったらしくてさ」

姫(……ママ)

盗賊「でも、長の命令……とか、決定とかは絶対で」

盗賊「その嫁さんと、長の結婚が決まった時に……一晩泣いた、とかさ」

姫「………」


172: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/05(金) 18:11:39.43 ID:bdB+ZflXP
盗賊「その好きだった人の妊娠が解ったときに」

盗賊「……エルフの住処を出る決心をしたらしいんだ」

姫「……そう」

盗賊「三日三晩、宴会?だかなんだか……するんだと。エルフ達ってさ」

姫「宴会って……」

盗賊「なんて言うんだ?ああいうの……要は、めでたいって祭りだろ?」

姫「産まれて来る子供の無事と、エルフ達のこれからの幸せを願う……」

姫「そうね、お祭りね。詩を唄い琴を奏で……踊るのよ」

盗賊「知ってるのか?」

姫「見たことは無いわ。聞いただけ……それは素晴らしいお祭りだそうよ」

盗賊「ああ……それは知人も言ってた」

盗賊「『花は歓喜に咲き乱れ……」

姫「風は唄い木々を揺らす。大地はそこに生きる物全てを祝福する』……ね」

盗賊「……知人に聞いたとおりだ」

姫「そうして、50年」

盗賊「ああ……知人の好きだった人は、花の様に可憐で美しい娘を産んで」

盗賊「……死んだんだそうだ」

姫「………」

盗賊「凄いよな。50年も、腹の中で育てるだなんて」


183: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 10:44:41.38 ID:uzkSiPWxP
姫「それだけ……ゆっくりじゃないと、エルフの身体はもたないのよ」

姫「出産って言う大仕事に、慣れないの」

盗賊「……なあ」

姫「ん?」

盗賊「知人が言ってた。どうしてあの人だけが死ななければ行けないんだって」

盗賊「他のエルフは……大丈夫なのに、どうしてあの人だけ、って」

姫「……」

盗賊「寝て起きて酒が抜けると、大抵……覚えて無いって笑って誤魔化すんだ」

盗賊「……結局、教えてくれなかったな」

姫「その、あの人って言うのは……長の奥さんだったんでしょ?」

盗賊「あ、ああ……」

姫「エルフの長は、少しばかり……他のエルフよりも強い力を持っているの」

姫「だからよ……弱い身体で、強い個体を産むのに耐えられる筈が無い」

姫「それだけの話よ」

盗賊「ど……う言う意味だ?」

姫「エルフの長……次の長、ね」

姫「……それを産む人……要するに、長の母は、出産を終えれば死んでしまうのよ」


185: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 10:54:14.59 ID:uzkSiPWxP
盗賊「……絶対?」

姫「死ななかった前例は無いそうよ」

盗賊「じゃあ……長になる奴は……必ず母親を知らないのか」

姫「そういう事になるわね」

盗賊「……なのに、三日三晩祝う?頭……おかしいんじゃないのか!」

姫「……種族が違えば、理解できないのは仕方ないわよ」

姫「彼らには……それが当然なんだもの」

盗賊「知人は……知ってた、のかな」

姫「そりゃそうでしょ」

盗賊「……」

姫「で?」

盗賊「え?」

姫「その人が妊娠したときに、知人は……人の子の世界に出る決心をしたんでしょ?」

盗賊「あ、ああ……まあ、どうしてその娘が生まれるまで居たのかとかはわかんないけど」

盗賊「……娘が産まれた後、その人の葬儀が終わった夜に」

盗賊「飛び出した、んだそうだ。雨の夜だったって言ってた」

姫「……誰か、エルフが……死ぬとね」

姫「雨が降るの……必ずね」

盗賊「……姉ちゃん、俺より詳しいじゃねぇか」

盗賊「俺の話……必要か?」

姫「知ってる知識でも……他人の口から聞くとまた、違った一面が見えるかもしれないじゃない」

盗賊「……そういうもんか?」

姫「そういうもんよ」


186: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 11:12:36.63 ID:uzkSiPWxP
盗賊「ふぅん……」

姫「他には?」

盗賊「え?えーっと……そうだなぁ」

盗賊「娘は……新緑の髪に、透き通った湖の色みたいな瞳で」

盗賊「雪よりも白い肌に……小鳥みたいに、可憐、な……声……」ジィ

姫「な……何よ」

盗賊「……姉ちゃん、その娘みたいだな」

姫「……」

盗賊「髪も瞳も肌も……その娘と一緒だ。声だって……綺麗だし」

盗賊「……口は悪いけど」

姫「素直なだけよ」ムッ

盗賊「美人は、得なんだろうな」ハァ

姫「何なのよ……」

盗賊「いや。羨ましいなと思って」

盗賊「姉ちゃんぐらい、俺も……綺麗だったらな」

姫「知人が振り向いてくれたかも? ……やっぱり好きだったんじゃないの」


187: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 11:20:59.43 ID:uzkSiPWxP
盗賊「アンタに言われたとおりさ。雛鳥の刷り込みと一緒さ」

盗賊「……でも。知人はもう……ッ」

姫「……仲間を救いたいってのが嘘だとは言わないけど」

姫「復讐心の方が強そうね」

盗賊「否定はしねぇよ……知人を殺したあいつ、魔導将軍……ッ」

盗賊「……出来れば、この手でぶち殺してやりたいけど!」

盗賊「こんな……俺の力じゃ。八つ裂きにされて終わりなのは解ってる」

姫「ちょっと待って。優勝してお金が欲しいんでしょ?」

盗賊「……」

姫「私達、殺人まで請け負ったつもりは無いわよ」

盗賊「解ってるよ……あいつが、負けるだけでも……多少はスッとするさ」

姫「……」

盗賊「ここだ。この道を曲がれば……ほら」

姫「え? ……あ」

盗賊「正面のでかい門があるだろ?あれが……図書館だ」

姫「想像してたより大きいわね……」

盗賊「まあ、世界一をうたうだけはあると思うぜ……さてどれぐらい時間が欲しい?」

姫「え?一緒に入ってくれないの?」

盗賊「読書は一人の方が良いだろ?俺は……ちょっと船長に会ってくる」

姫「ああ……海賊?」


188: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 11:29:37.24 ID:uzkSiPWxP
盗賊「心配しなくても、ちゃんと迎えに来る。ここなら俺も入れるし」

盗賊「……そうだな。三時間ほどで良いか?」

姫「ええ……また何時でも来れるでしょう?」

盗賊「ああ……一人で出て行くなよ?」

姫「解ってるわよ……ちゃんと待ってるわ」

盗賊「じゃあ、後でな!」タタタ

姫(……根の深い問題ね。あれもこれも……全て)スタスタ。ギィイ……

姫(ええと……)キョロキョロ

司書「お探しの本はおきまりですか?」

姫「え……ああ、えっと……エルフに関する本ってあるかしら」

司書「はい、エルフ関連の本は……そうですね」

司書「この……当たりの……緑の棚にまとめてあります」

司書「館内地図をお渡ししておきますね」

姫「ありがとう」

司書「また何かありましたら、お声をおかけくださいませ」

姫(えっと……こっちか)スタスタ

姫(緑、緑……あれね)

姫(『エルフの生態』『種族辞典』『エルフの森の謎』……大した数が無いわね)

姫(よいしょっと……)ペラ

姫(…………)



……

………

…………


189: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 11:45:56.45 ID:uzkSiPWxP
魔王(さて、調べると言ってもな)スタスタ

魔王(先に……)

魔王『側近?』

側近『何ー!今無理!俺は忙しいの!』

側近『あっちでこの書類調べて書庫行ってえーっと、飯食う時間がねえええええ!』

魔王『……なんか、すまん』

魔王(後にするか……ふむ、では……)スタスタ

魔王(さっきの受付は……あれか。姫と一緒に居た所を見られているが……)

魔王(……まあ、良いか)スタスタ

魔王「ああ、すまんが」

受付「出場の受付は……おや、先ほどの」

魔王「この先は居住区とやらだったな。入って良いのか?」

受付「別に構いませんが……何のご用で?」

魔王「いや……ちょっとな。まああれだ……酒場で娼館があるとの噂を聞いたのでな」

受付「……ほう」

魔王「で、まあ……ちょっと興味があってな」

受付「ご紹介された方のお名前は?」

魔王(紹介?)

魔王「いや……聞いていないな」

受付「では……ご案内はできかねます」

魔王「会員制か何かなのか」

受付「守秘義務がありますので」


190: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 11:53:23.77 ID:uzkSiPWxP
魔王(うーん、厳しいなぁ)

魔王「そうか。では出直すとしよう」

受付「ご理解頂き感謝致します」

魔王(娼館の存在自体は否定しないんだな……まあ、別に違法な物で無ければ)

魔王(隠す必要は無い、と言う事か……)

魔王(酒場で知り合う……紹介……ブツブツ)

魔王(……そういえば、盗賊が何か言ってたな)

魔王(『あそこには入れない』だったか)

魔王(ふむ……)スタスタ



魔王「ここか……」

魔王(商業区の奥に位置する、と言う事は……高級店って認識で良いんだろうかな)

魔王(入ってみるか)キィ……カランカラン



イラッシャイマセ……



魔王(ふむ。昼間というのに中々賑わっているな)

魔王(店の作りも、雰囲気も向こうの料理店とは……随分違うな)

マスター「ご注文は?」

魔王「あー……白ワインを」

マスター「グラスでよろしいですか」

魔王「ああ」

魔王(……取りあえず、会話を拾ってみるか……)


191: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 12:03:17.03 ID:uzkSiPWxP
『あいつ、見慣れない顔だな……旅人か?』

『身なりは悪く無いな……出場者か何かだろう』

『店を出るときに、値段を見て青ざめたらおもしろいのにな』

『目を覆っているな……隻眼か?』

『紫の瞳……珍しいな。加護は何なんだろうか』

『剣を持ってるじゃないか……出場者の護衛か?』



ヒソヒソ……ヒソヒソ……



魔王(……興味津々だな)

魔王(私の話ばかりか……仕方ないかな)



『……しかし、この間のあの劣等種は』



魔王(……お)



『中々楽しめた……あれは……』



キィ……カランカラン



『し……ッ 魔導将軍だ』



魔王「……!」


192: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 12:12:39.15 ID:uzkSiPWxP
魔導将軍「……やあ、マスター……!!」

マスター「いらっしゃいませ、魔導将軍様……どうされました?」

魔王(うわぁ、こっち見てるー!)フイッ

魔導将軍「……いや、何でも無い」スタスタ

魔王(……しまったな。まさかこんな所で鉢合わせるとは)

魔導将軍「ワインの赤。デキャンタで……それから、軽く何か食事を」

マスター「かしこまりました。すぐにご用意致します」

魔王(気付いてない……?訳は無いな)

魔王(あいつは……俺の顔を知ってるし……しまったな)

魔王(周囲の音を拾うのに、魔力を隠す所か……はぁ)

魔王(あいつほどの奴なら……容易く察するだろう)

魔王(あー、もう……私の阿呆)



『魔導将軍、あの……旅人の男をご存じか?』

『そうそう……珍しい紫の瞳をしてる』



魔王(はい、アウトー!完璧アウトー!)

魔王(……とは、言え。ここで焦って出て行くのも不自然……だが)

魔王(長居する必要もない……というかさっさと去るべきだな)グイッ

魔王「ご馳走様……もう行く」

マスター「ありがとうございました……では、お会計を」

魔王「ん……」

魔王(たっか!ぼったくりも良いところだな……)


193: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 12:22:59.02 ID:uzkSiPWxP
魔導将軍「お待ちください、旅の……方?」

魔王(げ……)

魔導将軍「先程、受付の者に聞きました。美しい娘が、珍しい紫の隻眼の男を伴って」

魔導将軍「……出場の申し込みにやってきた、とね」

魔王(……はぁ、また側近に大目玉食らうなぁ)

魔導将軍「貴方の事では?」

魔王「だろうな。否定しても信じないだろう……こんな面をしてるとな」

客の男「口を慎み給え!このお方は……」

魔導将軍「構わない、気にしないでくれ」

客の男「……魔導将軍が、そう言われるのなら……」

魔導将軍「……貴方は、出場されないのですか」

魔王「妻が出ると言って聞かないのでな」

魔導将軍「妻……?」

魔王「ああ……」

魔王(側近が怖い、側近が怖い、側近がこわい……)

魔導将軍「そうですか……いえ、ね……先ほど……」

魔王「何だ?」

魔導将軍「娼館に行きたいと、言っていた……らしいでは無いですか?」

魔王(筒抜けだな……こいつはそれだけ信頼されてるって事か?)


194: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 12:31:46.97 ID:uzkSiPWxP
『妻が居るのに娼館とは……中々好き者だな』

『何……男なんて、所詮はそのようなものだ……お前だって人の事は』



ヒソヒソ……クスクス……



魔王「ああ。ちょっと噂を聞いたのでな」

魔導将軍「……成る程。良ければ私が紹介しましょうか」

魔王「!?」

魔導将軍「どうしたのです?」

魔王(何を企んでいる……?)

魔王(罠、か……そう考えるのが妥当だが)

魔王(ここで断るのもな……)

魔王(まあ、どうにかなるだろ)

魔王「それは願っても無いが……良いのか」

魔導将軍「お喜びにならないので?」

魔王「初対面の見ず知らずの男に何故、そこまでしてくれる?」

魔導将軍「お祭りムードですから。ただの旅人の貴方が」

魔導将軍「噂を聞いて興味を持つのも仕方ない話だと思いますし」

魔導将軍「……凄まじい魔力をお持ちの様ですので」

魔王「……」

魔導将軍「資格は、充分かと?」ニッコリ



『何!?そうなのか……!?』

『流石魔導将軍……!そんな事も分かるのか』

『でも、あいつは剣を……魔法剣士なのか?ならば……』

『ううむ……取り入っておけば、後々……』



ヒソヒソ……ヒソヒソ……



魔王(腐ってんなぁ……)


195: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 12:38:04.03 ID:uzkSiPWxP
魔王(しかし……動きにくくなるな。牽制のつもりか?)

魔王(……うーん)

魔王「では……お言葉に甘えようか」

魔導将軍「ええ……構いませんよ。後ほど、伝えておきますので」

魔導将軍「どうぞ、本日の午後以降、何時でも都合の良い時にお尋ねください」

魔王(……午後以降、か)

魔王(待ち合わせまで時間はあるが……ふむ)

魔王「ああ……感謝するよ、魔導将軍」

魔導将軍「私の名をご存じで?」

魔王「さっき、マスターがそう呼んでいただろう」

魔導将軍「ああ、そうでしたね……貴方は」

魔王「ん?」

魔導将軍「……なんと、名乗っておいでで?」

魔王「……少年だ」

魔導将軍「そうですか。では……少年さん」

魔導将軍「楽しい時間をお過ごしください?」

魔王「ああ……ありがとう。では失礼するよ」スタスタ


196: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 12:45:10.21 ID:uzkSiPWxP
魔王(夕刻には戻らないといけないしな……午後以降、って)

魔王(もうすぐか……食事を済ませたら伝えて置いて貰える、と)

魔王(そんな感じかな……しかし)

魔王(……姫は、目立つ。あまり一人にしておかない方が良いか)

魔王(今日は図書館に行くとか言ってたな……盗賊が一緒だが)

魔王(……任せきりにするわけにも行かなくなったか)

魔王(魔導将軍も……あの様子じゃ)

魔王(この街で目立った事はできないと思う、が……)

魔王(過激派の他の面子に接触されたら厄介だな……)

魔王(時間的に、厳しいとは思うが……)



魔王『……側近?』

側近『何!俺は忙しいって……!』

魔王『魔導将軍に見つかった』

側近『………』

魔王『側近?聞いてるか?』

側近『お前はあれですか。そんなに俺の胃を……』

側近『穴だらけにしたいのかあああああああああああああああああ!』

魔王『……すまん。だが、うるさい』

側近『もう、勘弁してくれよおぉ……』

魔王『いや、あのな……その、ちょっと言い訳を……』

側近『聞きたくないわー! ……あ、いや。状況は聞かせろ。今すぐに』

魔王『……あ、ああ』


197: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 12:52:00.14 ID:uzkSiPWxP
魔王『魔導の街の実力者?と言うか……まあ、随分と信用を得ているみたいだな』

側近『あそこは魔法の力が強ければ貴族になれる街だからな』

魔王『貴族?』

側近『勝手にそう名乗ってるだけだけどな』

魔王『ふむ。まあ、その……貴族?が集うらしい店の中で偶然会ったんだが』

側近『何でそんなところに足を運ぶんだよお前は!もう!阿呆ですか馬鹿ですか!』

魔王『悪かったって……確かに軽率だった。だが……』

側近『何!』

魔王『あいつが、私の事を凄まじい魔力を持ってるとばらしてくれたおかげで』

側近『ああああああ、胃がいてぇ……』

魔王『最後まで聞けって。私も多分、貴族共に信用される立場にはなれそうだ』

側近『……ん?情報を探れそうって事か?』

魔王『まあ、どこまで信用されるかはわからんがな。悪い事ばかりではなさそうだ』

側近『ふむ……まあ、そうでなかったら目も当てられねぇけど』

魔王『魔導将軍について、何か解ったか?』

側近『暫く城を留守にしてる事は間違いないな。転移なんて出来るのは』

側近『お前ぐらいのもんだから』

側近『まあ、お前の不在はばれてるが、確かめに帰ってくるなんて可能性は』

側近『無いに等しいな』

魔王『そうだな……だが、他の過激派に接触されるのは厄介だろう』

側近『それはまずい……が、魔導の街の中で重要な位置にいるんだったら』

側近『動きにくいのは確かだろう?』


198: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 12:58:18.62 ID:uzkSiPWxP
魔王『ああ……そうだな。一週間後には、大会も始まる』

魔王『少なくともそれまでは大丈夫だろう』

側近『一週間か……解った。それまでにもう少し探ってみる』

魔王『ああ、頼む。私も出来るだけ……』

側近『出来るだけ大人しくしててね!』

魔王『……はい』

側近『で、エルフの方なんだが』

魔王『ああ、何か解ったか?』

側近『阿呆!そんな時間ありません!』

魔王『……そ、そうか。すまん』

側近『その街にはでかい図書館があるだろ?そこで調べる方が』

側近『手っ取り早い気がするがな』

魔王『そうか……』

側近『つか、エルフの娘と一緒にいるんだろ?』

側近『そいつに聞きなさいよ』

魔王『まあ……そうなんだがな』

側近『取りあえず、魔導将軍の方が大問題!』

魔王『……ご尤も』

側近『本当に!頼むから!あんまり変に目立つ事はしないでくれよ!』

魔王『ああ解ってるよ……娼館が見えた。また後でな』

側近『しょうかんんんん!?ねえ、お前、俺の話聞いてる!?ねぇ!?』

側近『おい、こら!まお………!!!』



魔王(心話でまで騒がないで欲しい……)


206: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 15:21:34.10 ID:uzkSiPWxP
魔王(そういえば受付の奴居なかったな……申し込みは今日までとか言ってたか)

魔王(修了したって事、だろうな……ん、建物の前に誰か居る)

魔王「……すまんが」

管理人「おお!貴方様が魔導将軍の言っておられた方ですな!」

魔王「あ、ああ……?」

管理人「うむ!珍しい紫の瞳!少年様で間違いないですかな?」

魔王「……ああ。魔導将軍に紹介して貰ったからな。来て見たんだが」

管理人「ええ、ええ!お聞きしておりますとも!」

管理人「どうも……その節は受付が失礼をしたようで?」

管理人「あいつはどうにも、こう、要領の悪いところが……」

魔王「否、仕方あるまい……というか、あれはあれで正しい判断だろう?」

魔王「私はただの旅人なんだし……」

管理人「いや、全くその通り!あいつは何時も冷静な奴でしてな!」

魔王(どっちなんだよ)

管理人「あ、申し遅れました、私この娼館を管理させて頂いております」

管理人「管理人と申します……以後、どうぞ、お見知りおきを!」

魔王「あ……ああ……宜しく」

管理人「しかし少年様のその瞳は珍しいですな!」

管理人「一体何の加護を……」

魔王「すまんがあまり時間が無いんだ」

管理人「こッ これは失礼を!どうぞ、中へ……!」

魔王(好きにはなれんタイプだなぁ……)


208: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 15:36:00.97 ID:uzkSiPWxP
魔王(この街の、そこそこの地位に居る奴らは……まあ)

魔王(ひとまとめにする気は無いが、皆こんな感じなんだろうな)

魔王(魔導将軍の……あの一言で。皆……ただの旅人に見えるだろう私に)

魔王(手のひらを返したように接するのだろう)

魔王(……自分の首、絞めたかな……ハァ)

管理人「では、コチラのお部屋でお待ちください」カチャ

魔王「……廊下もそうだが、この建物は随分と豪華だな……この部屋も」

管理人「それはもう!こうして特別なお客様をお迎え致しますから!」

管理人「それに……こちらは、そのお客様の中でも、さらに特別な方だけを」

管理人「お通しする……特別室で御座いますから」

魔王「成る程。魔導将軍の紹介と言うだけでそこまでして貰えるのか」

管理人「いえいえいえ……それだけでは御座いませんとも」ニヤ

魔王(私も特別である、と言いたいのか……本当に)

魔王(『魔力に優れる』と言うだけで……これほど態度を変えれるものなのか)

管理人「で……どのような物が好みで?」

魔王「物?」

管理人「ええ。男も女も……揃っておりますよ?」

魔王「そうだな……では」

魔王「一番、人気の無い『人』を呼んで貰おうか」

管理人「人気の無い物……ですか?」

魔王「ああ。人気の無い、人、だ」

管理人「で、ですが……今でしたらうちの一番人気も……あ!」

管理人「初物がお好みですか!?でしたら……!」

魔王「……」イライラ。ジロッ

管理人「……ひッ ……い、いや、お優しい事で!」

管理人「確かに、経験を積ますのも大事なことです!すぐにお呼び致します!」


209: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 15:44:06.99 ID:uzkSiPWxP
管理人「少年様はこのまま、ここでお待ちを!」

管理人「準備ができ次第、すぐにお茶を持って来させますので!」



ダダダダ!バタン!



魔王「……ハァ」

魔王(こんな……こんな街、こんな世界、が……)

魔王(皆の憧れ?上辺のおべっかだけの男に必要以上に持ち上げられ)

魔王(色を貪るのが……貴族の証か?)

魔王(……しかも、その相手は本来ならば)

魔王(崇めへつらう筈の魔法使い一家の血筋の者……)

魔王(優れた加護を持たないと言うだけで、物扱い……)

魔王(助けてやりたいとは、確かに思う。思う……が)



コンコン



魔王「はい」

??「失礼します」

魔王「……お前が、呼ばれた者か?」

??「いいえ。私は……お茶をお持ちしただけです」

??「貴方様のお相手をする者が来るまで……お茶と、お話のお相手を」

魔王「名は?」

??「……少女です。私は……お戯れは、ご勘弁を」

魔王「ああ……心配はしなくて良い。そんな気は無い」

少女「ありがとうございます」

魔王「では……二人分の茶を用意したら、そっちに座ってくれ」

少女「……よろしいのですか?」

魔王「相手をしてくれるのだろう?まさか……これまで戯れに入るとは言わないよな」


210: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 15:50:25.91 ID:uzkSiPWxP
少女「ありがとうございます……では、少々お待ちください」

魔王(綺麗な顔立ちの少女だな。服で隠れている部分は解らないが……)

魔王(……この少女も辛い目にあっているのだろうか)

魔王(……痛ましいことだ)

少女「どうぞ。コーヒーとお茶菓子です」

魔王「ああ、ありがとう……座ってくつろいでくれ」

少女「ですが……いえ、はい」ストン

魔王「……聞きたい事があるんだが」

少女「お答えできる範囲でしたら」

魔王「なんと呼んで良いのか解らないから、彼らの使う言葉で訪ねるのを許してくれ」

魔王「お前も……劣等種、なのか」

少女「はい。ここには、管理人様とお客様以外……劣等種の者しかおりません」

魔王「……そう呼ばれて嫌では無いのか?」

少女「事実ですから」

魔王「……」

少女「……」

魔王「お前はさっき、戯れは勘弁してくれと言ったな」

少女「はい」

魔王「ここの……この街の力関係を考えれば」

魔王「それが許される様には思わないのだが」

少女「そういうときは、こう申し上げて居ます」

少女「『魔導将軍に初めてを捧げる事になっております』と」


212: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 15:59:33.95 ID:uzkSiPWxP
魔王「……魔導将軍、に?」

少女「はい。この大会が終われば、ゆっくりと……会いに来ると」

少女「ですので、それまではこうして……お茶の準備や、お話のお相手を」

魔王「ふむ……魔導将軍の名を出せば、大体の者は素直に言う事を聞く、か」

少女「はい」

魔王(随分と入り込んだ物だ。確かにあいつの実力ならば……)

魔王(いくら優れていると言え、人間では歯が立たないだろうしな)

魔王(あいつなりにこの少女を助けようと……は、無いか)

魔王(……慈悲のあるタイプでは無かったな)

魔王「お前は……」

少女「はい?」

魔王「ここに、来て……長くは無いんだな?」

少女「はい。つい一月ほど前に」

魔王「そうか……気分を害すような事を聞く。構わないか?」

少女「お戯れ以外、拒否する権利は御座いませんので」

魔王(綺麗な顔をしているのに……もったいないな。表情が……無い)

魔王(当然か……親に捨てられ、人以下の扱いしかされていない)

魔王(しかも……普通の者以上の暮らしをしていたであろうに)

魔王(この少女はまだ……恵まれているのだろうか)

魔王(いや、だが……魔導将軍の手が着けば……その後は同じか)

魔王(継続的に庇護するとは思えん……)

魔王「……優れた加護の無い者は……劣等種と呼ばれるんだろう」

少女「そうです」

魔王「そう、呼ばれる様になる経緯を……教えては貰えないだろうか」


213: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 16:08:59.05 ID:uzkSiPWxP
少女「あの血筋の者は、幼い頃から魔法に対しては」

少女「英才教育……と呼ばれる物を受けて育ちます」

少女「早くから魔法を使用できる者も多いです……そして」

少女「加護の属性の魔法をある程度使用できる様になれば、試されます」

魔王「試される?」

少女「はい。いくら優れた加護を持って生まれたとは言え」

少女「魔法を使える様になるまでは、加護の力を最大限には発揮できませんから」

魔王「……成る程。で、その方法とは?」

少女「同じ属性を持つ一族の者が、試される者に魔法を放つのです」

魔王「……魔法の火で焼かれなければ合格、さもなければ」

魔王「烙印と数字を刻まれ……」

少女「はい。劣等種の烙印を押された者は、ここでこうしてお客様をもてなすか」

少女「奴隷として、売られます」

魔王「……」

少女「魔力の発現が早く、幼くして試され、劣等種とされた者は……特に需要があります」

魔王「!?」

少女「そういう嗜好の方は多いんです」

魔王「……それについて、お前は何も思わないのか?」

少女「……」

魔王「……」


214: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 16:17:29.81 ID:uzkSiPWxP
魔王「例えば……救ってやりたい、とか」

少女「……」

魔王(表情も変えない……聞くだけ無駄、なのか?)ハァ

魔王「では……発現が遅い者は?」

少女「13迄に発現しなければ、それも劣等種とされます」

魔王「……若くないか?」

少女「それ以後の成長は余り期待できないので」

魔王「そう、か……すまなかった」

少女「?」

魔王「言いにくいことを言わせたな。好奇心だけで物を言った訳では無い……と」

魔王「言っても信じられないだろうが。許してくれ」

少女「あ……頭を上げてください!」

少女「こんなの見られたら……私が怒られます!」

魔王「……そうか」

魔王「もう一つだけ、良いか」

少女「はい」

魔王「魔導将軍にあった回数はどのぐらいだ?」

少女「ここへ通われる回数でしたら、週に一度あるかないかです」

魔王「ふむ……それは、お前がここへ来た一ヶ月の間の話、だな」

少女「はい」

魔王「お前を召した事は……無いのか?」

少女「一度だけ……初めてお会いした時」

少女「ですが、その時は大会の準備等でご多忙であられて」

少女「それで……この様な状態に」

魔王「……成る程」


215: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 16:24:26.92 ID:uzkSiPWxP
魔王「それは……話しても良い話だったか?」

少女「大丈夫です。何度も聞かれ、何度も他の方にも」

少女「説明している事ですから」

魔王「そうか……では、初回も何もせずに帰って行ったのか」

少女「はい……管理人様に約束だけ、取り付けられて、帰られました」

魔王「では、私は……ここへ来る度に」

魔王「こうしてお前とお茶を飲むことが出来るのだな」

少女「? ……はい。ですが……」

魔王「解っている。後一週間の間、だろう」

少女「はい」

魔王(この少女から色々と話を聞き出せれば……良いんだが)

魔王(魔導将軍と繋がっている可能性も否定は出来ないしな……)

魔王(……ああ、そうか。これすら罠の可能性があるか)

魔王(しまった。話しすぎた……かな?)



コンコン



少女「……では、私はこれで」

魔王「ああ、ありがとう……又な」

少女「……」

少女「失礼致します」



カチャ



 婦「し、失礼します……」カタカタ

魔王「ああ……どうぞ。そっちへ座って」

 婦「い、いえ!とんでもない……!」

魔王「……」ハァ

 婦「!」ビクッ

魔王「あー……」

魔王(なんて言えば良いんだ?命令?座れ?うーん)

魔王「まあ、とにかく気にしなくて良いから、座ってくれ」


216: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 16:26:39.70 ID:uzkSiPWxP
晩ご飯の支度ー!

ちょっと離席ー!


218: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 16:56:59.93 ID:uzkSiPWxP
 婦「で、でも……」

魔王「あー……座れ、と命令したら従ってくれるのだろうが」

魔王「あんまりそんな事は言いたくないんだがな」

 婦「あの……本当に良いんですか」

魔王「ああ。まあ、先に言っておくけれど」

魔王「別に私は、君に何もする気は無いし」

 婦「え……」

魔王「あ、べ、別にそんな気が起こらないとか。その……マイナスに取らないでくれ」

魔王「話をしたい。それだけなんだ」

 婦「……」

魔王「どれぐらい……時間があるんだったかな」

 婦「あ……二時間ほど、です」

魔王「そうか……それほど長居はできないんだが……まあ」

魔王「時間の許す限り、話に付き合ってはくれないか」

 婦「本当に……それで、よろしいのですか」

魔王「勿論だ」

 婦「あ……よ、喜んで!」

魔王「ふむ。笑った方が可愛いな」

 婦「え……」カァ

魔王「色々と、聞いても良いだろうか?」

 婦「あ……はい。あ、でも……その。お答えできる範囲、になりますが」

魔王「ああ。言いたく無いことは言いたく無いと言ってくれれば良い」


219: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 17:10:46.96 ID:uzkSiPWxP
 婦「い、いえそんな事は……!」

魔王「遠慮する必要も気を必要も無い……と言っても」

魔王「流石に無理だろうとは思う、が……」

 婦「はい……あ、いえ、その……」

魔王「お前は……幾つだ?」

 婦「あ……!す、すみません、私ったら……!」

魔王「ん?」

 婦「名も名乗らず……あの、 婦、と申します。歳は……19です」

魔王「そうか。見た目よりは幼く見えるな」

 婦「私は……13の歳になっても魔力の発現が見られず」

 婦「……それで、ここに。多分、今ここに居る劣等種の中では」

 婦「最年長だと思います。だから、あの……」

 婦「……」

魔王「どうした。遠慮する必要は無いと言ったはずだ」

 婦「お言葉に甘えて……どうして、私をお召しに?」

魔王「……随分、失礼な言い方をしてしまったんだが」

 婦「いえ、あの……一番人気の無い者を、とは……管理人様にお聞きしました」

 婦「私は……歳も歳ですし。本当に、人気なんてありませんから」

魔王「さっき、少女から……まあ、色々と聞いたんだが」

 婦「はい?」

魔王「幼い者の方が、人気があるとか何とかな」

 婦「……そうですね」

魔王「そんな理由で……お前は人気が無い、と?」

 婦「一理はあります……が、私はここに、長くいますので」

 婦「使い古された道具は……後は廃棄を待つだけです」

魔王「……人は。命あるものは道具などではない」

 婦「少年様……」

魔王「魔導将軍の紹介と言うのは聞いているのだろう」

 婦「あ、はい……」


220: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 17:19:20.16 ID:uzkSiPWxP
魔王「……魔導将軍の相手をした事はあるか?」

 婦「……」

魔王「すまん。その辺は答えられんか」

 婦「……報告義務が、あるのです」

魔王「報告義務?」

 婦「はい。どんな会話をしたか……覚えている範囲で、ですが」

魔王「……ふむ」

 婦「その後の会話と食い違うと、嘘をついたと……罰せられますし」

 婦「ある程度の好みを把握できれば……」

魔王「成る程。次にもっと良い相手を紹介できる、か」

 婦「はい」

魔王「……こうして、私と話だけをしていたと報告すると怒られるか?」

 婦「どうでしょう……食い違う事がなければ、何も言われないとは思いますが」

 婦「内容については……多分、事細かく聞かれるかと」

魔王「ふむ。甘い物は好きか?」

 婦「はい……?ええ、まあ」

魔王「私はフランボワーズが大好きでな」

魔王「次に来る時は、用意しておいてくれるとありがたい」

 婦「は、はあ……それは構いませんが……」

魔王「それから、私は料理も好きでな」

 婦「??」

魔王「こうやって料理の蘊蓄を語り出すと、二時間等あっという間なのだ」

 婦「あ……!」

魔王「お前、料理は?」

 婦「あ……あの、恥ずかしながら……その、あまり経験が無く……」

魔王「ふむ。では私の、マニアックな知識の話はちんぷんかんぷんだな」

 婦「……」クスクス


221: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 17:28:33.41 ID:uzkSiPWxP
魔王「これは、一番大事な事だ」

魔王「……秘密は守れるか?」

 婦「そ、れは……どういう…?」

魔王「イエスかノーで答えてくれるとありがたい」

 婦「……ノーを言う権利は、ありませんから」

魔王「良いだろう……では、もう一つ質問を」

魔王「……逃げ出したいと思うか?」

 婦「……え?」

魔王「例え話だ……もし、こう言う場所から逃げ出した者達が居たとして」

魔王「そういう場所に……お前も行きたいと思うか?」

 婦「……叶う筈がありません」

魔王「それは、何故?」

 婦「少し前に……そういう人達が居たと聞きました」

魔王(盗賊達の事……か?)

 婦「ですが、全て捕らえられ……処分された、と聞いています」

魔王「……」

 婦「首謀者は……とあるエルフの若者だったと」

魔王「!」

 婦「優れた加護を持っている事実を盾に、一族の娘に婚姻を申し込んだら」

 婦「断られ、腹いせに劣等種を逃がし……」

魔王(……盗賊に聞いた話と違うな。しかし……)

 婦「そして……魔導将軍に捕らえられ、そのまま殺された、と」

魔王(希望を与えないため、一族の名誉を守るため……)

魔王(事実は……隠した、と考えるのが妥当、か?)

 婦「あの事件があって、魔導将軍は一気に名声を上げられました」

魔王「うん……?」

 婦「優れた加護を持ち、人寄りも身軽だとされるエルフを易々と捕らえ」

 婦「……倒してしまったのですから」


222: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 17:35:53.41 ID:uzkSiPWxP
魔王「それは……何時ぐらいの事だ?」

 婦「はっきりとは覚えていませんが……一年以上は前だったと思います」

魔王「そうか……」

 婦「ですから……無理です。それに……」

魔王「それに?」

 婦「多分、この大会が終わったら私は……この娼館を去る事になると思います」

魔王「……何故だ?」

 婦「もう、19ですから……それに」

魔王「人気も無い……からか?」

 婦「はい」

魔王「……去って、何処へ行く?」

 婦「ただ同然の値で、闇の奴隷市で売り出されるでしょう」

魔王「買い手が付かなければ?」

 婦「……処分されるだけです」

魔王「嫌では……無いのか?」

 婦「……そりゃ、死にたくはありません」

 婦「死にたいと思った時もありましたが……そういうのは通り越しました」

 婦「ずっとここに居れば、最低限の食事と寝床、それに衣服等は与えられます」

 婦「みすぼらしい格好の侭、お客様の前に出る訳にはいきませんからね」

魔王「……」

 婦「逃げたってどうなるんです……失敗すれば、殺されるだけ」

 婦「人以下の酷い扱いを受けても、ここに居れば……生きてはいられる」

 婦「今更、自由を与えられても困ります。どうすれば良いかなんて……解らない」


224: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 17:41:45.79 ID:uzkSiPWxP
 婦「ここに居れば、失礼さえしなければ。従順にしていれば」

 婦「生きていられる。無理にされる苦痛も、痛めつけられる恐怖も」

 婦「……慣れてしまえば、どうってことはありません」

魔王「しかし……お前は」

 婦「はい……まだ決定ではありませんけど」

 婦「だけど……それも運命なんでしょう」

 婦「ここを……劣等種、奴隷……と、言う……庇護を」

 婦「奪われ、自由を与えられる方が」

魔王「……恐ろしい、か?」

 婦「はい」

魔王(……間違えて居ないとは言わない。言わない……が)

魔王(懸念していた通り……と言わざるを得ないな。しかし……)

魔王「もし、その逃げ出した者達が……生きて、自由の中で暮らしているとしたら?」

 婦「ありえません……魔導将軍に、敵う筈が……」

魔王「もし、だ。仮定して……の話だ」

魔王「お前は、それでも……そこへ行きたいと思わないか」

 婦「……」

魔王「……」

 婦「期待は、したくないのです」

魔王「……そうか」

 婦「期待して、裏切られるのは……懲り懲りです」

魔王「そう、か……」


226: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 17:51:31.05 ID:uzkSiPWxP
 婦「……申し訳ありません。お言葉に甘えすぎました」

魔王「いや、何も気にする事は無い」

 婦「今日は……ケーキとお料理のお話でしたのにね」

魔王「そんな話しかしてないさ……私達は」

 婦「……少年様」

魔王「ん?」

 婦「自由は、私達にとって……不自由なんです」

魔王「……」

 婦「不自由と言う名の自由が、幸せなんです」

 婦「きっと……ここに生きる劣等種達の殆どが、そう思っていると思います」

魔王「そうか……ありがとう。有意義な時間だった」

 婦「私もです……まだ、お時間残っておられますが?」

魔王「連れとの約束があってな……今日は、失礼する」

魔王「すまないが……管理人を呼んで貰えるか?」

 婦「はい……では失礼致します」

魔王「…… 婦」

 婦「はい? ……大丈夫です。フランボワーズと、お料理ですね」

魔王「ああ、それはそうなんだが、そうじゃ無くて」

 婦「?」

魔王「時間が許せばまた来る」

 婦「……期待せずに、お待ちしています」パタン

魔王(根深い……余りにも)

魔王(盗賊には……言えないな。少なくとも今は)

魔王(……肝心の魔導将軍の話はあまり聞けなかったな)

魔王(少女よりかは……聞き出しやすい気はするが)

 

229: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 18:00:28.33 ID:uzkSiPWxP
魔王(しかし……魔導将軍に関しては)

魔王(嗅ぎ回る訳には……いかないな)

魔王(どちらにしても、大会が終わるまで……お互いに、無茶な事はできん)

魔王(この時間なら……まだ姫達は図書館にいるだろうか)

魔王(……間に合えば良いが)

魔王(遠見すれば確実なんだが……魔導将軍に悟られる訳にはいかんしな)



コンコン



魔王「開いているぞ」

管理人「まだお時間がありますが……何か、あの物に不備でも?」

魔王「いや、私が約束があってな……大変有意義な時間だった」

管理人「……あの物で、ですか?」

魔王「勿論だ……次回来る時には、約束の物を用意しておいてくれと」

魔王「 婦に伝えておいてくれ」

管理人「は!?次回もあの物をご指名で!?」

魔王「そのつもりだが?」

管理人「そ、そうですか!それは……いえ、その。気に入って頂き……」

管理人「私としても、嬉しい限りです……はい」

魔王「ああ……金はここに置いておくぞ?」

管理人「あ!はい……いち、に……はい、確かに!」

管理人「門の所までお送りを……!」

魔王「ああ、構わんから……ここで」

魔王(甲高い声で耳元でぎゃあぎゃあとおべっかを使われるのは御免だ……)


230: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/06(土) 18:06:50.65 ID:uzkSiPWxP
管理人「は、は……ありがとうございました!少年様!」

魔王(やれやれ……何だかどっと疲れたな)スタスタ



……

………

…………



姫(……これも、知ってる話ばかり)ペラ

姫(やっぱり……森から出たエルフがもたらした知識、何だろうけど)

姫(あんまり……詳しくは記されて居ないわね)

姫(そりゃあそう、か……秘密なんかをそう簡単に)

姫(文献になんて残さないわよね……)

姫(当たり障りの無い事、ばかり……でも)

姫(エルフの森の道は……閉ざされた)

姫(森は……滅びの道を選んだ)

姫(長は、もう……居ない。産まれない)

姫(私は、この子を産んだら……!)



ガチャ……ギィイイ



姫(……? 誰か来たのね……盗賊かしら?)


249: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 10:32:02.66 ID:PF1U2bDSP
コツ……コツ……



姫(……まっすぐこっちに向かってる?)

姫(と、すると……)

姫「少年?」

魔導将軍「成る程。確かに美しい娘だな」

姫「!」

姫(少年じゃ……無い……誰?)

姫(それに、この人……!)

魔導将軍「そう警戒した顔をしなくても良い。こんな場所で危害を加える気等は無い」

姫「……そうね。確かに殺気は感じない……貴方、どなた?」

魔導将軍「ほう。そんな事が解るのか?」

姫「質問はこっちが先よ」

魔導将軍「失礼……私は魔導将軍」

姫「……貴方が」


252: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 10:48:46.56 ID:PF1U2bDSP
魔導将軍「今度は君が答えて貰えるかな」

姫「……貴方だって、殺気があるかないか。それぐらい解るでしょう?」

魔導将軍「歴戦の戦士であれば、そうだろうな。だが、君は?」

姫「……」

魔導将軍「まあ、良い……少年を待っていたのか?」

姫「……貴方に、何か関係あるかしら?」

魔導将軍「そう敵意をむき出しにするな。別に危害を加える気は無いと」

魔導将軍「言った筈だが?」

姫「……」

魔導将軍「まあ、大方……劣等種の生き残りから」

魔導将軍「下らない事を吹き込まれたのだろが……」

姫「!」

魔導将軍「図星か」クック

姫(……しまった!?)

魔導将軍「怒った様なその顔も美しいが……個人的には」

魔導将軍「苦痛と恥辱に満ちた顔の方が好みだな」グイッ

姫「きゃ……ッ」

魔導将軍「……よく似てる」

姫「離して!」


253: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 10:56:19.77 ID:PF1U2bDSP
魔導将軍「エルフと言うのは皆……お前やあの男の様に」

魔導将軍「美しいのか?」

姫「離して、ってば!」バッ

魔導将軍「……あの小娘は?」

姫「何の事よ……」キッ

魔導将軍「……まあ、良い。娘よ、覚えておくんだな」

魔導将軍「ここは、魔導の街……私の目は至る所にあるのだと」

姫「……どうして、貴方が……貴方みたいな人が」

姫「この街の……人間の中に、居るの」

魔導将軍「どういう意味だ?」

姫「貴方……人間じゃ無いじゃない!」

魔導将軍「余り大きな声でそんな事を言わないで貰いたいな」

魔導将軍「私の……気が変わってしまうかもしれないぞ?」

姫「……ッ」ゾクッ

姫(殺気……違う、愉悦……!)

姫(余計な事を言うと……殺すとでも言いたいの……)

姫(でも……ッ)


254: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 11:02:11.34 ID:PF1U2bDSP
姫「お……脅しても、無駄よ?」

魔導将軍「何故そう言い切れる」

姫「……この街で信頼厚い、魔導将軍が」

姫「こんな所で……ただの旅人の私に……何をできると言うの」

魔導将軍「今日、今ここでと誰が言った?」

姫「……そうね。でも大会が終わる迄」

姫「出場予定者が不慮の事故、なんて……!」

魔導将軍「この街での私は信頼厚いのだろう?」

魔導将軍「誰がどう、私を疑う……」

姫「……!」

魔導将軍「例えば……そうだな。不慮の事故で」

魔導将軍「大会中に、お前を殺してしまっても」

姫「……そんな事したら!」

魔導将軍「黙らせられないほどの力しか無いと思うのか?」

魔導将軍「……良く解るのでは無いのか?その、エルフの力で」

姫「……私を、殺す、気?」

魔導将軍「そんな事をすれば、あいつは黙って居ないだろうなぁ?」

姫「……あいつ?」


255: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 11:12:32.54 ID:PF1U2bDSP
魔導将軍「少年、と名乗っている……お前の夫だろう?」

姫「……」

魔導将軍「解っているのか?あいつが何者なのか」

魔導将軍「わかって共に居るのか?」

姫「貴方に関係無いでしょう?他人の色恋沙汰にそんなに興味があるの?」

魔導将軍「城に連れ帰られ、世継ぎを設けられる訳にはいかないからな」

姫「……城?世継ぎ……?」

姫(それなりの……地位のある魔族なのかしら)

姫(まあ、あれだけの力を持っていれば……頷けるけど)

魔導将軍「何だ……お前、知らないのか?」

姫「彼が……人でないから何だって言うの」

魔導将軍「そうか……知らないのか」クックック

姫「何なのよ!」

魔導将軍「良いだろう、教えてやろう。あいつは魔王だ」

姫「……は?」

魔導将軍「日がな一日、のんびりと怠惰に過ごすだけの能なしのな」

魔導将軍「女連れで旅行など……何のカモフラージュかと思ったが」

姫「ま、おう……少年が?」

魔導将軍「……考えすぎだったかもな。お前に、己が正体すら教えていないとは」


256: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 11:21:29.16 ID:PF1U2bDSP
姫「魔王……魔族の、王……?」

魔導将軍「まあ良い。準備は……整った」

姫「……?」

魔導将軍「後は……」



ギィィ……バタン



魔導将軍「……ち、あいつか」

姫(この気配は……少年……ッ)

姫「少年!こっち……!」

魔導将軍「………」



タタタ……



魔王「姫、どこだ…… ……!」

魔王「……大丈夫か?」

姫「……」ギュ

魔王「姫? ……魔導将軍。こんな場所で私の妻に何か用かな」

魔導将軍「少々聞きたい事がありましてね。それより、娼館はどうでした?」

魔導将軍「好みの娘は居ましたか、魔王様?」

魔王「!」チラ

姫「……」フイッ

魔王(ふむ……ばれたか。仕方ないな)

魔王「……まあ、そうだな。お前は相変わらず、良い趣味をしているな」

魔導将軍「少女にあいましたか……あれは良い女でしょう」


257: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 11:33:41.45 ID:PF1U2bDSP
魔導将軍「きっと良い声で鳴く……あの綺麗な顔が」

魔導将軍「苦痛に歪む所を想像すると……たまりませんな」

魔王「理解できない嗜好だ」

魔導将軍「そうですか?……その娘も相当な上物だと思いますがね?」

魔王「お前と一緒にするな。私はお前程悪趣味じゃない」

魔導将軍「……妻を置いて、娼館に赴くのが悪趣味で無いと?」

魔王「ふむ……そう言われると否定はできんな」

魔導将軍「はっはっは!貴方は本当に……!」

魔導将軍「……本当に、どうして貴方が……貴方等が王なんだ!」キッ

魔王「そんな事言われてもな」

魔導将軍「魔王様。貴方は……王に相応しく無い」

魔導将軍「大会が終われば、私は軍を率いて城に攻め入る」

姫「……軍!?」

魔王(私設軍隊……と言うのは本当だったのか)

魔導将軍「この街の人間共は、確かに屑だ。腐っている」

魔導将軍「下らない血に拘り、力の弱い者は淘汰される」

魔王「……」

魔導将軍「だが、それで良い……世界は弱肉強食で無ければならん」


258: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 11:42:44.03 ID:PF1U2bDSP
魔王「この街の人達を戦争の道具にする気か……それで、城が落ちると」

魔王「本当に思っているのか?」

魔導将軍「ここだけだと……私だけだとお思いか?」

魔王「さぁな。その辺は側近に任せっきりだからな」

魔導将軍「フン。前魔王の腰巾着か……思えば、あの男が来てからだ」

魔導将軍「不干渉と言う名の平和に、何の価値がある」

魔導将軍「争いがなければ、この世界は……世界そのものは腐敗の道を辿るだけだ!」

魔王「阿呆かお前は。争いばかりしていて何が生まれるんだ。生あるものの命を」

魔王「無駄に奪い、戦火に街や自然を焼け落とされ、何が残る?」

魔導将軍「混沌だ!」

魔王「は?」

魔導将軍「……貴方も魔族だろう。血をみたく無いのか!」

魔導将軍「弱き者が強き者に蹂躙される様は美しいだろう!」

魔王「だから私は、お前の様に悪趣味では無いと言っただろう」

魔導将軍「……城を開けた事を後悔するが良い」

魔王「……はいそうですか、とそんな事を私が許すと思うか?」

魔導将軍「腑抜けの魔王に何ができる」

魔王「……」

魔導将軍「返事も出来ないか……まあ良い。娘」

姫「な……何よ」

魔導将軍「大会で私はお前を殺そう。覚悟しておくが良い」

姫「な……!?」


260: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 11:48:47.31 ID:PF1U2bDSP
魔導将軍「棄権は許さんぞ……私の目がある事を」

魔導将軍「ゆめゆめ、忘れるな」

姫「……ッ そんな簡単に、殺されてたまるもんですか!」

魔王「姫! ……挑発に乗るんじゃ無い」

姫「……ッ」

魔導将軍「愛した女が目の前で八つ裂きにされる様を見たくは無いだろう?」

魔導将軍「あの紅い椅子を譲るなら今のうちだ、魔王様」

魔王「残念だが断る……あれは私の椅子なのでな」

魔導将軍「お前は本当に愚かな王だ……後戻りは出来んぞ……!」



カチャ……スタッタタタ……



魔導将軍「!?」

姫「あ……ッ」

盗賊「やっぱここか、へへ、窓から入って正か……!!」

盗賊「ま……魔導将軍……!?」

魔王(……またタイミングの悪い)


261: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 12:04:25.65 ID:PF1U2bDSP
お昼ご飯のじゅんびーぃ


262: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 12:19:55.95 ID:PF1U2bDSP
魔導将軍「……猿かと思えば。劣等種の生き残り……か」

盗賊「な、な……ッ んで、お前が、ここ……、に……ッ」

姫「大丈夫だから……落ち着いて、ね?」

魔王「……魔導将軍」

魔導将軍「命拾いしたな、小娘」クルッ ……スタスタ

盗賊「な……ッ なんで、お前達、あいつと……ッ」

姫「し……! とにかく、出ましょう」

魔王「ああ……しかしなんで窓から……」

姫「そんなの後! ……盗賊、立てるわね?」

盗賊「あ、ああ……でも、なんで……!」

姫「気になるのは解るけど、後だってば!」

盗賊「……」

姫「盗賊、来た時と同じ窓から出て。私達は玄関から出ましょう」

魔王「そうだな……約束通りあそこで待ち合わせで良いか?」

姫「……いえ。出来れば避けたい」

魔王「何故だ……と、説明は後、か。しかし……」

盗賊「港に、大きな船が止まってる」

魔王「船?」

盗賊「……船長が帰ってきたんだ」

姫「島へ行くかはともかくとして、乗せて貰いましょう」

姫「……少年」

魔王「何だ」

姫「……いえ。行きましょう」

盗賊「少年と姫って伝えてある。俺は先に……乗ってるぜ」タタタ……ヒラリ


263: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 12:35:27.41 ID:PF1U2bDSP
魔王「……姫」スタスタ

姫「何?」スタスタ

魔王「……あー、その。怒ってる?」

姫「何に対してどう怒れば良いのかしら」

魔王(……凄く怒ってる、のかなぁ)

姫「……正体を隠してた事は、後でちゃんと説明してくれるんでしょ?」

魔王「まあ、こうなってしまった以上……と、シィ……」

司書「お帰りですか? ……ご利用、ありがとうございました」

姫「ええ……ありがとう」



キィ、バタン……



姫「……魔導将軍とは、知り合いなのね」

魔王「まあ……私は魔王だからな」

姫「その辺はゆっくり聞くわ……何だか、複雑な事情がありそうだし」

魔王「ああ……すまん」

魔王「後……その」

姫「娼館に言った話?」

魔王「……まあ」

姫「それは怒るところじゃないでしょ……別に、本当の夫婦じゃないんだし」

魔王「……何もしてないぞ」

姫「人の話聞いてる?」

魔王「いや……女性には気分の良い話じゃないだろうしな」

姫「……情報でも集めに行ったんでしょ」

魔王「良くおわかりで」

姫「貴方しか入れない場所だしね……あ、大きな船ってアレかしら」


271: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 13:54:08.13 ID:PF1U2bDSP
魔王「あれが……?普通の商船にしか見えないが」

姫「誰か居るわ……聞いてみましょ」スタスタ

姫「あの……」

船長「おう! ……少年と、姫だな?」

魔王「本当に……この船なのか」

船長「何だ。あんまりに立派で驚いたか!」ハハハ!

魔王「いや……まあ。普通の船にしか見えないから」

船長「堂々と着岸できると思うか?」

姫「ご尤もね……で、私達を乗せて貰って良いのかしら?」

船長「おう。美人は大歓迎だぜ」

魔王「……私は歓迎されないのか」

船長「男はナァ……と言いたいが」

船長「盗賊の頼みじゃしょーがねぇ。歓迎してやるよ」

魔王「そりゃ、どうも」

船長「そんな面すんな。冗談だよ……聞けば……助けてくれるらしいじゃネェか」

船長「ま、詳しい話は後だ……乗りな。取りあえず出港する」

魔王「ああ……姫、手を」

姫「ええ……」

船長「美男美女の組み合わせ……ね。ケッ」

船長「テメェらー!出港すんぞー!」



アイアイサー!


272: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 14:08:05.00 ID:PF1U2bDSP
魔王「船長……盗賊は?」

船長「あー……」

姫「?」

船長「船室に飛び込むなり、出てこネェんだな」

魔王「……そうか」

姫「今はそっとしておいた方が良いかしらね……」

魔王「そう……だな」

船長「さて、取りあえずここから離れるぞ」

魔王「島まで行くのか?」

船長「真っ直ぐ進む訳にはいかないからな。いきなりはいかねぇよ」

姫「海、荒れてる様には見えないけど……」

魔王「後をつけられると困るからだろう」

姫「あ……そうか」

船長「そういう事。あの島が見つかっちまえば……今度こそ、皆殺しだ」

魔王「どこに向かうんだ?」

船長「あんたら次第なんだけどな」

姫「え?」

船長「魔導将軍に目をつけられたらしいじゃネェか……」

魔王「この船……監視されてるのか?」

姫「魔導将軍、言ってたわ……私の目があることを忘れるな、って」


273: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 14:14:50.34 ID:PF1U2bDSP
船長「スパイが潜り込んでるとすれば、お前達以外には居ないけどな」

魔王「!」

姫「船長!?」

船長「……知り合いだったんだってな?お前さん」

魔王「魔導将軍か……ああ。そうだな」

船長「盗賊を騙してたのか?」

魔王「……ふむ。成る程な……確かに、そう勘違いされても不思議では無い」

姫「少年!」

船長「何が目的だ?」チャキ……ス

魔王「物騒な物は仕舞って貰えるとありがたいんだがな……」

姫「船長!やめて……私達は、そんなんじゃないわ!」

魔王「誓おう。私達は……スパイ等では無い」

姫「そうよ!剣を下ろして!」

船長「口で言うのは簡単だ……証拠はあるのか?」

魔王「とりあえず話を聞いてくれないか。それから判断すれば良い」

魔王「信じられなければ、私を殺せば良い」

姫「少年!」

魔王「大丈夫だ、姫」

船長「……」


274: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 14:21:17.75 ID:PF1U2bDSP
魔王「盗賊を呼んできてくれないか」

船長「……取りあえず街から離れる。俺は舵をとらなきゃいけねぇ」

船長「話はそれからだ……案内させる。船室に居ろ……おい!」

魔王「……ありがとう」

姫「……」

海賊「おい、こっちだ」スタスタ



……

………

…………



バタン!カチャ



魔王「……事実上、軟禁だな。内側からじゃ開かなくなってる」

姫「外には見張り……ね」

魔王「まあ……話して信じて貰えることを祈るしかないな」

姫「……ねぇ」

魔王「そんな……不安そうな顔をするな。大丈夫だ……お前は、私が守るよ」

姫「ありがとう……でも、そうじゃ無くて、ね?」

魔王「ん?」

姫「今の内に……説明してちょうだい」

魔王「ああ……そうだな。丁度良い時間が出来た」

姫「楽観的ね……」

魔王「正直そう、悲観する状況では無いんだよ。私にとっては、だが」


275: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 14:26:59.78 ID:PF1U2bDSP
姫「……そうなの?」

魔王「ああ。扉の鍵なんて私には意味が無いし。ここが海の上だろうと」

魔王「お前を連れて、私なら何処にでも行ける……そんな事はしないがな」

姫「ますます疑われるだけね」

魔王「どころか……流石に、気を張っているだろうからな」

姫「え?」

魔王「魔導将軍さ……私の気配を察しただろう、図書館で」

姫「あ……!そうだわ、あの時、なんで……」

魔王「まあ、わざとと言えばわざとだ。私も魔導将軍の気を追っていたし」

姫「それで私にも解ったのね」

魔王「ああ……向こうも察すれば、下手には動けないと思ったんだが……」

魔王「随分と挑発していたみたいだったから……ひやひやしたさ」

姫「……ごめんなさい」

魔王「無事だったなら良い……しかし」

姫「あの人、魔族なのね」

魔王「そうだ。魔王軍の中の魔導部隊隊長だ」

姫「……そして、貴方は……魔物の、王」

魔王「……ああ」

姫「記憶喪失、て言うのも嘘なのね?」

魔王「すまん」

姫「あの時……エルフの森の傍で本当は何をしていたの?」

姫「……何をしようと、していたの?」


276: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 14:39:32.74 ID:PF1U2bDSP
魔王「ふむ。順を追って説明しよう……疑問があれば都度聞いてくれ」

魔王「まず……私は、魔王。名の通り魔を統べる王だ」

魔王「魔王は世襲制なんだ。エルフと似ているな」

姫「魔王の子供が必ず次の魔王になるのね」

魔王「そうだ。そして魔王は必ず世に一人しか存在しない」

姫「……魔王が死ぬ迄力は受け継がれない、と言う事?」

魔王「うーん、うん。まあそうなんだが」

魔王「正確には、魔王の子供が魔王をその手で殺して初めて」

魔王「力が受け継がれる、だな」

姫「……親殺しが世代交代の証?」

魔王「そうだ……そしてこれは、前魔王に近い地位に居た者しか知り得ない」

魔王「要は……そうだな。これまた説明がややこしいが」

魔王「今のところ、穏健派と呼ばれている、親父の代からの古参の魔族の一部と」

魔王「側近、それから実子である私だ」

姫「……穏健派」

魔王「ああ。今のこの状態……人も魔も、基本的には不干渉な状態で」

魔王「支配されるもされないも無い、これと言った争いも無い状態を」

魔王「良しとしている者達、だ」


277: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 14:45:36.85 ID:PF1U2bDSP
姫「じゃあ……魔導将軍達は……」

魔王「過激派、だな。争いを好み、人を支配する事を望んでいる……んだろうな」

姫「だろう、って……推測なの?」

魔王「とりあえずの矛先は私だそうなのでな」

姫「……言ってたわね。『紅い椅子を寄越せ?』」

魔王「玉座の間の椅子の事だろう。要するに……あいつは自分が王になりたいのさ」

魔王「話してて良く解っただろう?あいつは……まあ、あいつだけじゃ無いが」

魔王「人と変わらぬ姿を持って居ても、魔は魔……血の気の多い奴は多い」

魔王「そして自分の方が。魔族こそが……何よりも優れていると驕っているのさ」

姫「……魔導の街の人達と気が合う訳ね」

魔王「そうだな……そして、頭に血が上ると理性を無くしやすい」

魔王「知能は高い筈なのにな……愚かなもんだ」

姫「……じゃあ、大会で私を殺すと言ったのは」

魔王「本気だろうな。どうにでもなると思っているのだろうし」

魔王「……まあ、大会までは身動きが取れないと暴露したみたいなもんでもある」

魔王「本当に、そういう所は抜けてる」

姫「攻め込む、て話も……?」

魔王「すぐにでは無いだろうがな。あの街の人々をけしかけて」

魔王「戦争でも始めるつもりなのか……」

姫「そんな!」


278: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 14:51:52.89 ID:PF1U2bDSP
魔王「言ってただろう?『私だけと思うか』だとか何とか」

姫「あ……そうか。他にも……」

魔王「ああ。私の椅子を狙うのはあいつだけでは無い」

魔王「私を引きずり下ろした所で、後は結局魔族同士の殺し合いになる」

魔王「そうして手に入れたたかだか椅子に、何の価値があるんだか」

姫「……でも」

魔王「ん?」

姫「それを知っていたのなら、どうして貴方は城を離れたの」

魔王「まあ、偵察と言えば聞こえは良いだろうかなぁ……」

姫「……魔王自ら?」

魔王「過激派の奴らは、私が……親父を殺した事などしらんからな」

魔王「私の力なんて、知らない……舐められているのさ」

姫「だからって……」

魔王「まあ、それは追々。ともかく、適当に南へ転移しようとして」

魔王「着いた場所で、お前と会った。まさか誰か居るとも」

魔王「……あそこが、エルフの森の近くだとも思わなかったんだ」

魔王「外に出るのは初めてだったんだ……私の知識は全て紙上の物でしか無い」

魔王「……咄嗟に嘘を吐いたのは、すまなかった」

姫「いえ……まあ、でも……あそこで、まさか馬鹿正直に魔王だって言われてたら」

姫「私は……今、ここでこうしては居ないわね」

魔王「だろう、な」


279: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/07(日) 14:57:00.97 ID:PF1U2bDSP
姫「でも、だとしたら……」

魔王「ん?」

姫「きっと、野垂れ死んでたわ。前にも言った通り」

魔王「……」

姫「結果としては良かったのよ。何だか……妙な事にはなってるけれど」

魔王「まあ、それは否定できないな」

姫「これから……どうするの?」

魔王「あいつを……魔導将軍をこのまま野放しにはしておけないからな」

姫「……」

魔王「勿論、お前を殺させる訳にもいかない」

姫「でも……どうやって」

魔王「そうだな……それは、盗賊達と話すとしよう」

魔王「娼館での話なんだが」

姫「ん……?」

魔王「まあ、懸念したとおりだった。今更自由を与えられても困る、とな」

姫「そう……」

魔王「どうにかしてやりたいとは思うが……」

姫「……」

魔王「それに、あの……知人の話だがな」



コンコン



姫「シッ……」



カチャ



海賊「盗賊と船長が食堂で待ってる。出ろ」


293: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/08(月) 10:09:25.93 ID:CBQOxBPrP
魔王「そうか……盗賊の様子は?」

海賊「……」

姫「返事ぐらいしなさいよ」

海賊「……早く出ろ」スタスタ

魔王「良いさ……誤解を解けば良いだけだ」

姫「……そうね」



……

………

…………



船長「おう。どうだった、特別室の居心地は?」

姫「どうみても物置だったわよ」

船長「特別だろ?」

姫「……埃っぽくて狭くて、喉が痛いわ」

盗賊「……姉ちゃん、アンタも知ってたのか?」

姫「何を?」

盗賊「魔導将軍の事だ! ……ッ少年は、知り合いなんだろ!?」

盗賊「あんなにエルフの話を聞きたがったのは……!」

船長「落ち着け、盗賊……まあ、ゆっくり行こうや」

魔王(食堂……成る程な。見た目がでかい訳では無いのか)

魔王(中も広くて……まあ、立派なもんだ)

魔王(こんなご時世……これほどの物を維持できるとなると)

魔王(色々とコネと言うか……パイプがあるのだろうな)


294: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/08(月) 10:19:52.09 ID:CBQOxBPrP
船長「少年」

魔王「……なんだ?」

船長「お前さん……信じるに値しない話なら」

船長「殺せば良いと言ってたな」

盗賊「……え?」

魔王「ああ。構わない」

姫「少年!」

魔王「……可能なら、の条件付きだがな」

船長「言うじゃネェか……海の男の力、甘く見るんじゃネェぞ?」

姫「少年……!船長もやめて頂戴!」

姫「……盗賊」

盗賊「何だよ」

姫「どうしてあんなにエルフの話を聞きたがったか……だったわね」

盗賊「……そうだ。知人の事探って、どうするつもりだったんだよ!」

盗賊「魔導将軍は……エルフの住処を探してるんだろう!?」

盗賊「あいつ……あの、サディスト野郎……!」

魔王「……そうなのか?」

盗賊「しらばっくれんな!」

姫「……エルフの森にはもう誰もたどり着けないわ」

盗賊「森?」

船長「……何で、エルフの住処が森だと知っている?」

姫「そこで育ったからよ……盗賊、貴方言ったわよね」

姫「知人と、私がどこか似てるって」


295: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/08(月) 10:39:05.95 ID:CBQOxBPrP
盗賊「……姉ちゃん、エルフなのか……? ……ッう、嘘吐くな!」

盗賊「そんな、ゴロゴロ人の世界にエルフなんて……!」

船長「落ち着け、盗賊……お嬢ちゃん、誰もたどり着けないってのは」

船長「どういう事だ?」

姫「森への道は閉ざされた……長を失ったから。エルフの森は、滅びる事を選んだの」

船長「長を……失った?」

姫「そうよ……私は、エルフの長の娘であり次期長」

姫「そして、長を生む者」

盗賊「……な」

姫「知人が言ってたんでしょう」

姫「『新緑の髪に湖の瞳』……」

盗賊「……『雪よりも白い肌に小鳥の様な可憐な声』」

姫「その娘は私よ。私は……ママの顔を知らない」

姫「長を生む者は、子を産んだ後は生きられないと」

姫「……この間、話したでしょう」

魔王「待て、では、お前は……」

姫「……少し待って、少年」

魔王「……」


296: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/08(月) 10:45:42.75 ID:CBQOxBPrP
盗賊「なら……姉ちゃんは、知人を知ってるのか……?」

姫「何時森を出たのか知らないけれど、多分知らないでしょうね」

姫「私、もう100年程生きているもの」

船長「……にわかには信じられネェ話だと思わないか?」

姫「そうね。だけど……私は嘘を吐くことは出来ない」

姫「エルフが嘘を吐けば、その嘘は本当になってしまう」

姫「……だから、嘘はつけないの」

魔王「……姫、ではお前は……」

姫「待ってってば、少年……隠すつもりじゃ無かったのよ」

姫「……貴方に言う必要は無いかと思っていたの」

船長「何の話だ?」

魔王「……姫?」

姫「……」ハァ

姫「私のお腹には子供が居るのよ」

姫「……長の血を引く子。だから」

魔王「生んだ後は生きられない、のか」

姫「そうね……まあ、未知数だけど」

盗賊「未知数……?」

姫「父親は……人間なの」


297: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/08(月) 10:55:02.09 ID:CBQOxBPrP
盗賊「……少年、お前……知らなかったのか!?」

盗賊「お前達、夫婦なんだろう!?」

魔王「あー……いや、その」

姫「父親は少年じゃ無いわ。ある日、森の中に迷い込んできた……人の旅人よ」

船長「エルフの森に迷い込んだのか」

姫「そう。森は……心清き者は迷い迷って外に」

船長「……心悪しき者は出られずに死ぬ、んだな」

盗賊「船長……?」

姫「……疲れ切って倒れた彼を保護したのは私。そして……」

盗賊「……どうして、人だと解るんだ?」

姫「エルフの長の特権よ。感じる力……最初にあった時」

姫「言ったわよね。貴方の加護の力は酷く弱いと」

盗賊「……!」

姫「エルフは少なからずそういう力を持っているけど……」

姫「長のそれは普通より、強い」

船長「……その男はどうなった?」

姫「死んだわ。雨の夜、エルフの矢に射貫かれて」

盗賊「!」

船長「……殺されたのか」

姫「ええ。私と……婚姻を結ぶ筈だったエルフの若者にね」


298: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/08(月) 11:05:24.42 ID:CBQOxBPrP
姫「長……パパは私の妊娠を知って、堕胎を強行しようとしたけど」

姫「私は拒否して逃げ出したの。そしたら、森の外れで少年に出会った」

盗賊「……夫婦じゃ無かったのか!?」

盗賊「でも、あの時……!」

姫「そう。私は……夫婦だと『嘘を吐いた』わ」

魔王「……本当の夫婦になったとしても、子供が私の子になるわけで無いからな」

魔王「構わない……ん、だそうだ。それに、私は姫には」

魔王「指一本触れないと誓った」

盗賊「……お前、なんでエルフの森になんか居たんだよ」

盗賊「やっぱり、あの森を狙って……!」

船長「そう短絡的になるな、盗賊……」

船長「お嬢ちゃん」

姫「何?」

船長「エルフの妊娠期間は、50年程なんだよな?」

姫「ええ。でも……この子は解らない。だから、未知数」

船長「どうするんだ……生んだら死ぬ、んだろう」

姫「……」

船長「もし、だ。本当に夫婦になったとしたって」

船長「……少年は、お前より先に……」

魔王「その心配は無い。私は……私も人ではないからな」

姫「少年……」

魔王「構わん。話してしまう方が良いだろう……もう」

魔王(本当に側近の胃が穴だらけになったらどうしよう)


301: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/08(月) 12:07:46.46 ID:CBQOxBPrP
盗賊「……は!?まさかお前まで……!!」

魔王「エルフだとか言うんじゃ無いだろうな、か?」

魔王「そんな事は言わん……私は魔族だ」

船長「魔族!?」

魔王「と、言うか……魔王だ」

盗賊「ま……魔王!?」

魔王「そうだ。それから……魔導将軍も、な」

船長「……仲間か?」

魔王「種族で言えば……そうだな。部下という方が正しい」

盗賊「て、めえええええ!!」ガシッ

魔王「……ッ」

盗賊「やっぱり……やっぱり、仲間だったのかよ!お前……!」

姫「やめて頂戴、盗賊!」

船長「盗賊!やめろ!」

盗賊「何だよ!船長は許せるのかよ!こいつ……!!」

船長「……少年の話が本当なら、お前じゃ八つ裂きにされるだけじゃすまん」

盗賊「……ッ」

船長「手を離せ……盗賊!」

盗賊「何でだよ!何で、こんな奴……!」

船長「やめろって言ってんだろ!海に放り出されてぇのか!」

盗賊「……ッ ちッ」パッ……

魔王「……」フゥ


302: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/08(月) 12:16:57.04 ID:CBQOxBPrP
船長「お前の話を信じる、として、だ」

魔王「……うん?」

船長「何故、魔王がエルフの森に居たんだ?」

魔王「……信じて貰えるとして、話すが」

魔王「魔王城から転移魔法で飛んだ先があそこだっただけだ」

船長「転移魔法? ……そんなもん、聞いた事ネェぞ」

姫「……私だって聞いた事無いわ。でも……私は、実際に体験した」

船長「体験?」

姫「そうよ。エルフの森から……じゃなきゃ、どうやってここまで来たと思う?」

船長「……」

魔王「私は城から出た事が無かったからな」

魔王「……地図は頭に入っているが、城からともかく南へ、と」

魔王「念じたら……エルフの森の傍に着いた、と言う訳だ」

盗賊「信じられるかよ、そんな話……!」

姫「貴方はエルフを……知人を信じないの?」

盗賊「え?」

姫「エルフは嘘を吐かない。私はエルフよ」

姫「……まあ、それすらも疑われたら、意味が無い話になるけど」

盗賊「……」


303: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/08(月) 12:28:32.39 ID:CBQOxBPrP
船長「ふむ……まあ、全て事実だとしても、だ」

船長「少年……お前が、敵じゃ無いと言う証拠にはならないがな」

魔王「まあ、そうだな……取りあえず、話の先を聞く気はあるか?」

船長「……話してみろ」

魔王「魔導将軍……だけ、じゃ無いがまあ」

魔王「魔族と言うのは、多分お前達……大体人が認識している通り」

魔王「血の気の多いものでな。残忍な性格の奴も多い……まあ」

魔王「知能も高く、人と変わらん外見を持っている力の強い奴になれば特に、だ」

船長「まあ、そうだろうな。人寄りも強い力を持てば」

船長「……そうなってしまうのも、解らん話じゃない」

船長「お前だけは違うとでも言いたいのか?」

魔王「……まあ、逸るな」

魔王「姫にはある程度話したが……」

姫「穏健派と過激派の話ね」

船長「派閥があるのか?」

魔王「便宜上そう呼んでるだけだ」


309: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/08(月) 17:20:54.03 ID:CBQOxBPrP
魔王「穏健派と呼んでも、別に人との共存を望む訳では無い」

魔王「今のこの状態……不干渉で居る事を望んでいるに過ぎんがな」

船長「お前は、30年程前の戦争は知っているのか?」

魔王「……恥ずかしい話だが、聞いただけに過ぎん」

船長「そうか……まあ、俺もまだ子供だったんでな」

船長「知識としてしってるだけだが……お嬢ちゃんは?」

姫「私はエルフの森に居たから……知らないわ」

盗賊「……知人が」

魔王「ん?」

盗賊「知人が、言ってた。魔導の街の私設軍隊と、魔族の争いだったと」

魔王「そうだ……その争いの元凶の者同士が今度は」

魔王「……手を組んだと考えると、何ともな」

船長「手を組んだ?」

魔王「まあ……魔導の街の人達が今、何処まで把握しているかは解らんが」

姫「……似たもの同士よね。魔導将軍も、街の……貴族達も」

船長「待て……解るように説明しろ」


311: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/08(月) 17:46:05.10 ID:CBQOxBPrP
魔王「過激派と言ってもな……別に今すぐに人間を滅ぼせとか」

魔王「支配しろとか言っている訳じゃ無いんだ」

魔王「少なくとも……魔導将軍の狙いは、私だ」

盗賊「何故だ? ……お前、魔王なんじゃ無いのか」

姫「魔王だから、よ。彼は……魔導将軍は、魔王の椅子を狙ってるの」

盗賊「何で姉ちゃんが知ってんだ……?」

姫「聞いたからよ、図書館で……そんなに睨まないで頂戴」

魔王「そういう事だ。魔導将軍があの街に取り入った理由は」

魔王「人とは言え……優れた加護を持つ魔法に優れた者である事と」

魔王「……30年前の争いがあったからだろう」

姫「私はその戦争は知らないけれど……」

姫「聞いていれば、本当によく似てるわ」

姫「プライドが高く、残忍で……自分の野望の事しか頭に無い」

盗賊「……」


312: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/08(月) 17:54:30.43 ID:CBQOxBPrP
魔王「あの戦争は、魔族側の圧倒的勝利で終わった」

魔王「……そりゃそうだ。いくら魔法の力に優れるとは言え」

魔王「たかだか人間、軍人でも無い……そんな物では」

魔王「魔導将軍の敵じゃ無い」

盗賊「……その時の指揮官は魔導将軍だったのか?」

魔王「その筈だ。私は……『適任に任せろ』と指示しただけだからな」

船長「……その適任が、あの男か」

魔王「正直、他の隊長クラスの魔族と大差ない……皆、性格も力も」

魔王「似たような物だ」

盗賊「……あんなのが一杯居るのか!?」

魔王「ああ。そして……先ほど話した過激派と言うのは」

魔王「その隊長クラスほぼ全員だ」

盗賊「……そ、んな」

船長「だが……おかしくないか。魔導将軍がそれほど残忍な性格なのだったら」

船長「魔導の街は壊滅状態になっていてもおかしく無いはずだ」

魔王「私はあの時、一応……本当に、一応な?」

魔王「鎮圧の命は出したが、不必要に殺すなと伝えたんだ」

魔王「性格からして、聞くはずは無いと思ったが……何故か」

魔王「本当に、主力部隊だけを制圧し、あいつは戻って来た」

姫「……そっちの方がおかしいわね」


313: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/08(月) 18:04:22.35 ID:CBQOxBPrP
魔王「だろう? ……私もそう思った、が」

魔王「今回のこの……下準備だと思えば、合点はいかなくもない」

盗賊「どういう意味だ?」

魔王「魔導の街の人間に屈辱と恐怖を植え付け、時を待つ……私達にとって」

魔王「30年など、あっと言う間だ。そうして……」

姫「力を見せつけ、再起を促す……」

船長「強力な後ろ盾があれば、虎の威を借る狐よろしく、発起も容易い、か」

魔王「そういう事だ。実際……私設軍隊を作るとか言う噂もあるらしい」

船長「……信頼できる情報なのか?」

魔王「うちには優秀な側近がいてな……まあ、胃は弱いが」

盗賊「胃……?」

魔王「まあ、それは良い。とにかく……」

姫「そうか……!だから、あいつ……!」

船長「な、なんだ?」

姫「あいつは図書館で、私に言ったのよ。大会で私を殺すとね」

盗賊「!?」

姫「目の前で愛した女を八つ裂きにされたくなければ、椅子を譲れ……とも」

魔王「大会のルール違反等、後でどうとでも出来ると思っているのだろう」

魔王「実際、あいつが優勝し、その場で発起を促せば」

盗賊「……そんな事、どうでも良くなる……?」

船長「可能性は高いな……否。寧ろその通りになるだろう」


314: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/08(月) 18:14:45.01 ID:CBQOxBPrP
魔王「私達が思っているより、準備は進んで居るのかもしれん」

魔王「……やけに自信満々だったしな。まあ、過剰に自分の力を驕るのは」

魔王「愚か者の証、とも言えだろうが」

船長「……ふぅむ。しかし発起させてどうなる?」

船長「まさか、魔導将軍とその私設軍隊とやらだけで」

船長「……魔王を討ち取ろうと考えている訳じゃネェだろう?」

魔王「隊長クラスのほぼ全員が過激派と考えて間違い無い、と言っただろう?」

魔王「魔導将軍と、魔導の街の人達の様に……他の物達も世界中で決起したら?」

姫「……人間側と魔王の、全面戦争になるわね」

盗賊「そんな……!!」

魔王「そういう事だ……人間達は、駒に過ぎん……良い様に利用されるだけだ」


322: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/09(火) 09:52:46.34 ID:T7fmS7FrP
魔王「で……それを阻止する為に私は城を出た、と言うか」

魔王「出さされた……と言うか」

船長「出さされた?」

魔王「さっきも言っただろう?優秀な側近が居るんだ」

魔王「私の不在を他に知らせない為に、あいつ自身は城から離れられないが」

魔王「連絡は何時でも取れる」

魔王(この風景を見ていれば……血でも吐いてるかもしれんがな)

姫「どうやって? ……まさか、何度も転移で戻るわけには……」

魔王「ああ、それはな……魔導将軍も網を張っているだろうし」

魔王「魔力の痕跡をつかまれたくはないからな」

魔王「私の一部を持っているから、かな。それによって繋がっている」

姫「まさか……瞳!?」

魔王「……まあ、そうだ」

船長「奪われた、のか?」

魔王「そんなんじゃ無い。私が与えた……こういうことになった時に」

魔王「手っ取り早く連絡を取る事ができるからな」


323: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/09(火) 10:08:15.20 ID:T7fmS7FrP
盗賊「それ……元に戻る、のか?」

魔王「どうだろうなぁ……でもまあ、もしもの時に」

魔王「あいつの力が増幅されるならそれはそれで助かるし」

船長「……にわかには信じられない話だな」

魔王「私は……まだ疑われているのか?」

船長「ああ、そうじゃ無くて……いや、その、な?」

姫「事実自体が現実離れしてるって事よ……」

盗賊「でも、なんでお前が……なんだよ。魔王なんだろ?」

魔王「一番身軽だからな。最悪転移魔法ですぐに戻れるし」

魔王「……私の本当の力を知っているのは、側近と後数人しかいない」

姫「魔導将軍、言ってたわね……ええっと『腑抜けの王』だったかしら」

魔王「私の……不干渉で良いじゃないかと言うのが気に入らんのだろう」

船長「気に入らんからと言って、自分らの主だろう、お前……」

魔王「親父の代からそれほど大きな争いなんか起きていないからな」

魔王「今の隊長クラスが私の実力を知らないのは無理も無い……し」

魔王「殆どが世襲制だとしか思っていないからな」

盗賊「違うのか?」

魔王「いや、まあ……そうなんだがな」

姫「要するに、血だけで魔王の座を簡単に手に入れられるなんてズルイ」

姫「魔族らしく実力勝負にすれば良いのに……て言いたいのね」

魔王「ま、そんな所だろう」


324: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/09(火) 10:14:42.62 ID:T7fmS7FrP
魔王「実際に進言してきた奴はおらんが……事実がそう物語っているな」

魔王「親父……前魔王の息子と言うだけで、魔王……魔族の頂点に君臨するんだ」

魔王「しかもそいつが『腑抜け』と見れば……と言う気持ちも分からんでも無いが」

魔王「だが……過ぎた行為には罰を与えねば、な」

船長「……舐められるお前にも原因があると思うが」

魔王「それを言われると痛い……全く持って否定はできん」

魔王「私としては……な。魔王としてこうだ、と宣言したり命令したりするより」

魔王「人も魔も、それぞれが自分で考えた上で」

魔王「この……今の状況ってのが一番ありがたいんだがな」

姫「少年……」

魔王「命令されて、嫌々従っても……それは本当の意味の幸せじゃないだろうし」

魔王「押さえつけると逆に、反発は強くなるだろうしなぁ」

盗賊「……」

魔王「が、まあ……それじゃ駄目だった、と言うのが現実だ」

魔王「だから、な……」

姫「城を出て来たのね。身分を隠して……」

盗賊「……」

船長「さっき、出さされたと言ったのは?」


325: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/09(火) 10:19:49.56 ID:T7fmS7FrP
魔王「まあ、人の振りして旅に出ろと発案したのはその……側近なんだ」

魔王「勇者と呼ばれる様に振る舞ってこい、とな」

姫「勇者?」

魔王「ああ。勇者と言うのは、悪い魔王を倒す為に」

魔王「光の中から颯爽と現れたりするものじゃないらしな」

船長「えっ」

盗賊「えっ」

姫「えっ」

魔王「……なんだ」

船長「当たり前だろう、阿呆かお前は」

姫「……そうなの?」

盗賊「姉ちゃんまで……まあ、でも仕方無い……か」

盗賊「悪い魔王をやっつける為に、伝説の勇者が……なんてのは」

盗賊「御伽噺の世界だけのもんだよ」

盗賊「現実に、そんなもの居るはずが無い……居たら……この世界は……」

魔王「……」

魔王「まあ、な。私だって、魔物や魔族達を統べる、魔の世界の王と言うだけで」

魔王「人間の世界に存在する一国の王とやらと何も代わらない筈なんだが」

姫「魔王って言うだけで、恐ろしいイメージしか無いわよね」


326: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/09(火) 10:26:14.45 ID:T7fmS7FrP
船長「しかし……勇者になれ?ん?勇者と呼ばれろ?か?」

船長「……てのは?」

魔王「まあ、要するに……勇者と言う存在が明るみにでて来れば」

魔王「牽制になり、奴ら……過激派の奴らも」

魔王「反乱企んでる暇無くなるだろうと言う……な」

姫「ああ、成る程……で、少年が勇者だったら」

魔王「そう。私が倒される心配も無い……まあ」

魔王「そうそう、私が誰かに負ける事なんて無いと思うがな」

船長「随分な自身だな」

魔王「……魔導将軍達は、私の本当の実力を知らないと言っただろう?」

盗賊「お前……強いのか?まあ……」

盗賊「転移だの何だの……聞いてりゃ、まあ……あれだけど」

魔王「隊長クラスが全員束になって掛かってきても」

魔王「死にはしないだろうな」

盗賊「え!?」

船長「……随分と吹きやがるな」

魔王「死にはしないだろう、と言うだけだ」

魔王「五体満足でいられるかは別問題だぞ」

盗賊「……じゃ、じゃあ、魔導将軍一人だったら……!!」

魔王「確かに、殺すだけならばな。だが……」

姫「魔導の街の人達を巻き込んでしまっている以上……」

魔王「そうだ。あいつ一人を殺して、その後の展開が気になる」

魔王「おいそれと手を出すには……情報が少なすぎる」


327: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/09(火) 10:38:47.74 ID:T7fmS7FrP
船長「しかし……指導者が居なくなれば、挫かれないか?」

魔王「どうだろうな……良い方に転がってくれれば良いが」

魔王「魔導将軍が居る限り、矛先が私なのが解っているからな」

魔王「……あの街の貴族共は、攻撃の対象を……力の無い人達に向けそうだからな」

盗賊「あ……」

魔王「今現在、お前達の島の所在はばれていない、と思っているんだな?」

船長「ああ、へまはしてないつもりでいた。いた、が」

船長「魔導将軍が魔族だと解った以上、全く安心は出来ないな」

盗賊「な、なんでだよ!!」

船長「魔族の力がどの程度なのかわからないが……」

船長「……人であると思っていた時以上の警戒はすべきだろう?」

姫「そうね……魔導将軍も、気配とか……わかるみたいだし、ね」

魔王「図書館での話か。あれは魔力の察知しただけにすぎんだろう」

魔王「その証拠に、盗賊が来た時は気がついていなかっただろう?」

魔王「……まあ、興奮して集中を欠いていたと言うのもあるだろうが」


328: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/09(火) 10:45:47.53 ID:T7fmS7FrP
船長「ああ……ばれていて、機会をうかがってただけだとしたら」

魔王「まあ、大会が終わる迄は……大丈夫だろうと思うがな」

盗賊「保証はネェだろう……!?」

魔王「いや……聞いた話だとな」

盗賊「え?」

魔王「あの……娼館の中で過ごす者達は」

魔王「『エルフの若者が一族の娘に婚姻を断られた腹いせに劣等種を逃がした』」

魔王「『が、魔導将軍に掴まって皆殺しにされた』と……聞かされているらしい」

船長「何……?」

魔王「だから、お前達が生きている事は知らないし、希望も持っていない」

盗賊「な、なんでそんな事知ってんだよ!どこでそんな事……!!」

魔王「調べたい事があると言っただろう……娼館にいってみたんだ」

魔王「そこで直接、 婦という娘に聞いた」

盗賊「!」

魔王「……逃げられるとしたら、逃げたいか、ともな」

魔王「聞いてみたんだが……」

盗賊「そんなの、逃げたいに決まってんだ!何言って……!」


334: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/09(火) 13:34:58.26 ID:T7fmS7FrP
魔王「……」

盗賊「おい!少年……何とか……!」

魔王「今更、自由を与えられてもどうすれば良いのかわからないし」

魔王「怖い……のだそうだ」

盗賊「そんな!!」

船長「……だが、それと大会が終わるまで安全というのは何も繋がらネェぞ」

魔王「娼館で、少女という娘に会ったんだが」

魔王「少女は、茶を運んでくれたりするだけでな」

魔王「理由を聞いてみると、魔導将軍が大会が終われば、手を着けるらしく」

魔王「……今はまだ、誰の相手もしていないらしいんだ」

盗賊「だから……なんだっていうんだよ!」

魔王「あいつは私の力を……まあ、完全に舐めきっている……し」

魔王「大会に出るのは、姫だ」

姫「……負ける筈が無いと思っているでしょうね、あの人は」

魔王「ああ。それに……棄権は許さんとも言っていただろう?」

姫「ええ」

魔王「確実にお前を、舞台の上でなぶり殺しにし、見世物にする気だろう」

船長「……随分あっさりと言うな」

姫「……」


335: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/09(火) 13:40:48.32 ID:T7fmS7FrP
魔王「私が着いているんだ。絶対にそんな事はさせない」

盗賊「……随分な自信だな。相手は魔導将軍だぞ!?」

魔王「私は魔王だ」

姫「……ちゃんと、特訓してくれるんでしょうね」

魔王「心配するな。お前も、お前の腹の子も……ちゃんと守る」

船長「しかし、だからって……」

魔王「魔導将軍は残忍な男だ……し、趣味も悪い」

姫「そうね。随分と加虐するのが好きみたいだったわ」

盗賊「……そう、なのか?」

姫「ええ。恐怖や苦痛に歪む顔はたまらないとかね」

船長「成る程な。娼館の少女や、お嬢ちゃん……その楽しみがある限り」

魔王「ああ。無茶をすれば楽しみが奪われるからな。しかも、勝てると確信している姫が相手だ」

魔王「……それに、私も居る」

盗賊「少年」

魔王「なんだ」

盗賊「……信じて良いんだな」

魔王「ああ」

船長「聞く限り、その転移術とやらで……何時だって逃げられたんだろう」

魔王「そうだな。それ以前に……あんな鍵、意味は無い」


336: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/09(火) 13:47:27.16 ID:T7fmS7FrP
姫「本当に規格外よね……」

船長「規格外か……違い無い」

盗賊「……少年、あの」

魔王「何だ」

盗賊「駄目なのか。救えないのか!?」

魔王「……解らん。こればっかりは。だが……」

盗賊「だが……?」

魔王「今は、大会に勝つ事を考えるべきだ」

船長「……そうだな。だが、嬢ちゃんじゃ……」

魔王「素質は悪く無い、と思うんだが……しかしな」

姫「何よ……」

魔王「身重の娘になぁ……それに」

魔王「相手はあの魔導将軍だからな……流石に、正直勝てるとは思わん、のだが」

姫「やってみなくちゃわかんないでしょ!」

魔王「取りあえず、まあ……特訓とやらをしようじゃないか」

魔王「予選で負ければそれはそれだ」

盗賊「で、でも……!」

船長「盗賊。流石に……無茶は言えネェぞ」

船長「魔導将軍が魔族だと解った以上……他人様には」

盗賊「……ああ。だけど」

魔王「まあ、あまり深く悩むな。心配しなくても策はある」

姫「……何企んでるのよ」


337: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/09(火) 13:54:05.19 ID:T7fmS7FrP
魔王「とにかく、特訓とやらをするにしても」

魔王「船の上ではどうにもならないだろう」

姫「そうね……でも、予選当日まで街には戻らない方が良いわよ」

姫「この船……それこそ目をつけられちゃうわ」

魔王「そうだな。まあ、移動は心配無い。私がお前を抱えて飛べば良い」

盗賊「お、俺も連れて行ってくれよ!?」

魔王「盗賊は駄目だ……魔導将軍に顔がばれてるだろ」

船長「そうだ。お前は大人しくしておけ」

盗賊「……」

船長「仕方ないな……何時までもウロウロとしている訳にもいかん」

船長「島へ行く……良いな?」

盗賊「……勝手にしろ」

船長「拗ねるな糞ガキ……ったく。魔導将軍さえどうにかなれば」

船長「助かる道だって探せるだろう……目先の事ばかりに囚われるなよ」

魔王「どれぐらいかかる?」

船長「今日は一日、この侭北へ向かう……それからぐるっと一つ、大陸を回り」

船長「廃港で小さな船に乗り換える」

魔王「廃港?」

船長「そうだ。大陸とはお世辞にも呼べない小さな……陸地がある」

船長「そこに、もう古くなって使われていない港があるんだ」

船長「港とは名ばかりだけどな……まあ、この船でも」

船長「ぎりぎり着岸はできるんだ」


338: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/09(火) 14:01:45.82 ID:T7fmS7FrP
魔王「成る程、そこから小さな船でやっと行ける島、か」

船長「……まぁ、な」ニヤ

姫「……?」

船長「まあ、二日あれば着けるって事だ。あんた達の移動時間を考えんで済むなら」

船長「何も問題はないだろう」

船長「後、魔法の特訓なら甲板でやりな。どうせもう少し北へ出れば」

船長「海の魔物にも襲われるだろう」

姫「海にも……魔物が居るの?」

船長「ああ……通る辺りはまだそれほど強い奴じゃないけどな」

姫「北へ行くほど……魔物は強くなるの?」

船長「空を見れば納得するさ」

姫「空……?」

船長「後で甲板に出て、北の方角を見ろ……理由が解るさ」

魔王「……行ってみるか?」

船長「俺は舵を見に行くさ。進路も伝えねばならんからな」

船長「後で、ちゃんとした部屋を用意させる……それ迄は自由にしてろ」スタスタ



パタン



魔王「どうする、姫?」

姫「ええ……行くわ。盗賊は?」

盗賊「俺は……良いよ」


339: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/09(火) 14:05:25.03 ID:T7fmS7FrP
姫「そう……じゃあ、後で」スタスタ。パタン

魔王「盗賊……」

盗賊「……疑って悪かったな」

魔王「いや。怪しいかそうでないかと言われれば、な」

魔王「当然の感情だろう……構わんさ」

盗賊「なあ……勝てるのか?姉ちゃん……」

盗賊「本当の夫婦じゃ無いとは言え……」

魔王「心配に決まってる。だが……」

魔王「私がいるんだ。大丈夫だ……本当に行かないのか?」

盗賊「北の空なんて見飽きたさ……行ってこいよ」

魔王「……そうか」スタスタ……パタン



盗賊「何だよ、自由が怖いって……」

盗賊「今の状態が、正しい訳無いだろう!?」

盗賊「俺たちだって……人間なんだぞ!?生きてるんだぞ!?」

盗賊「物じゃ……道具なんかじゃ……無いんだ……!!」



……

………

…………


340: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/09(火) 14:15:09.90 ID:T7fmS7FrP
魔王「……姫」

姫「風が強いわね……空って……あれの事?」

魔王「……ああ。そうだな」

姫「真っ黒……紫?にも見えるわ」

姫「貴方の瞳みたい」

魔王「……あの暗い空の下……北の果てには」

姫「……?」

魔王「私の城がある」

姫「魔王の、城……?」

魔王「そうだ。最果ての大陸にある最果ての街。そこが……私達魔族の暮らす街だ」

姫「魔族の街……」

魔王「果てしなく広がる大きな大陸だ……全貌は私にも解らない」

魔王「人が踏み入れれば、渦巻く魔の気に」

魔王「弱い身は蝕まれるだろう……と、言われているな」

姫「実際の所はどうなの?」

魔王「さあな。好んで近寄ってくる人間は居ないだろうからな」

姫「……あの闇色の雲は、魔の気の集まりなのね」

魔王「そうだな。かといって別に、心地よいとも思わないがな」


341: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/09(火) 14:24:50.34 ID:T7fmS7FrP
姫「そうなの?」

魔王「ああ。こうして……人の暮らす大陸へと渡ったのは初めてだが」

魔王「澄み渡る様な青い空や、緑の香を含む柔らかい風の方が私は好きだな」

魔王「……気分が良くなる」

姫「変わってる……のかしらね。魔族……なのに」

魔王「どうかな。案外……そういうのに焦がれて」

魔王「それを手に入れたいと思っただけなのかもしれんぞ?」

魔王「……人間を侵略しよう、等と、思った切欠はな」

姫「身勝手な話ね」

魔王「もう何百年も昔……親父が魔王になった頃の話だからな」

魔王「人と魔の全面戦争、なんて」

姫「……少年……魔王の、お父様が……始めたの?」

魔王「少年で良い……いや、魔王でも良いけど……ああ、戦争の話か?」

魔王「いや……言葉が足らなかったな」

魔王「実際に戦争があったのは親父の前の魔王の時だ」

姫「おじいさま……?」

魔王「か、ばぁさんか知らん。が、随分と好戦的な奴だったらしくてな」

魔王「親父が……そいつを倒し、勇者を退けたって事ぐらいしか解らんが」

姫「お父様は……強かったのね」


342: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/09(火) 14:34:47.57 ID:T7fmS7FrP
魔王「魔王だからな」

姫「でも、その……お父様を、倒したのは貴方」

魔王「ああ……親父はどちらかと言えば人が好きだったらしい」

魔王「私は……良くわからん。解らん……が」

魔王「別に侵略しようとは思わんしな」

姫「不干渉が丁度良いって言ってたわね」

魔王「そうだな」

姫「……貴方や、お父様みたいな考え方してくれる方が……人間にはありがたいんでしょうね」

魔王「だろうな。さっき言った切欠って言うのは、ただの冗談だが」

魔王「……この空の下で暮らしたいと言うのなら、共存の道を探せば良いだけだ」

魔王「私は御免だがな」

姫「……お父様は、そう考えていらしたの?」

魔王「いや……まあ、もう本当のところはわからんが」

魔王「不干渉で丁度良いのだろうとは良く口にしていたな」


343: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/09(火) 14:40:26.83 ID:T7fmS7FrP
魔王「自分に言い聞かしていたのかもしれん。穏健派の……殆どは」

魔王「親父の代からの古参の連中だ。寿命でもう世を去った者も多いが」

魔王「人が好きだと言う奴も多かった……共存を未だに願う者も居るのかもな」

姫「……魔族にも寿命があるの?」

魔王「不老の者は居るが、不死では無いさ。親父だってそれを悟って」

魔王「力が衰えきる前に。他の魔族を押さえられなくなる前に……」

姫「貴方に、魔王の名を譲ったのね……」

魔王「寿命が近いとは言え、親父は強かった……まあ、そんな状態の親父に」

魔王「勝てない程度では、私も魔王の器とは言えないのだろうが」

姫「勝てなければ……どうなったの?」

魔王「さぁ、な……こればっかりはわからん」

姫「そう……そうよね」

魔王「ん……」

姫「え?」

魔王「昔話はこれぐらいにしよう……波が」

姫「波……?」

魔王「急に静かに……!!」



グラグラ……!



姫「きゃ……ッ!?」

海賊「魔物だー!」

魔王「ふむ……いきなりの実戦か」

姫「え、ええ!?」


344: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/09(火) 14:44:44.03 ID:T7fmS7FrP
魔王「海の魔物に水の魔法は不利……だろうが、まあ良いだろう」

姫「ちょ、そんな……!」

魔王「大丈夫だ……お前なら」

魔王「教えてくれたのはお前だろう……願えば、叶う……だったか?」

姫「え!?」



海賊「槍を持てー!」

船長「な、なんだどうした……ッ 魔物か!?」

船長「お嬢ちゃん、少年!」



キシャアアアア!



魔王「集中して……今だ、放て!」

姫「え、え……ッ み、水よ……!!」



ギャアアアア!!



魔王「うん、そんな感じ……だが、流石に効いてないな……」

姫「ひッ ……い、今の、私が……!?」

魔王「数も多いな……姫、下がっていろ……雷よ!」



ピシャアアアア……ン!!

ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!


345: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/09(火) 14:51:58.09 ID:T7fmS7FrP
船長「……す、すげぇ」

海賊「嘘だろ……一発で、あんな大群……ッ う…ッ!?」ピリピリ…

魔王「ふむ……やはり雷に弱いのか……」

魔王「ああ、暫く水に触るなよ……感電するぞ」

船長「マジかよ……」

姫「……凄い」

魔王「姫、大丈夫か?」

姫「え、ええ……まあ……」

魔王「……」キョロキョロ

魔王「なんだ、みんな揃って……口、開いてるぞ」

船長「そりゃびっくりもするわ!……何だよ、今の威力は……」



側近『こらあああああああああああああああああ!』

魔王「うわッ」

姫「え!?」

側近『おーまーえーはあああああ!!』

側近『あれほど、あれほど目立つ事はすんなと……言っただろうがあああ!!』

側近『本当にあれか!?お前は心労で俺を殺す気か!?何!?何なの!?』

側近『俺に個人的な怨みかなんかあんの!?ねえ!!! ……ッう……』

側近『胃がいてええぇ……』

魔王『あ、ああ……その、ちゃんと説明するから……』

側近『薬……胃の薬……』


369: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/10(水) 10:05:35.99 ID:9DeXYz1TP
姫「少年……どうしたの?」

魔王「あ、ああ……ちょっと待ってくれ……」

船長「頭抱えて……痛むのか」

魔王「い、いや……」

側近『はぁ……全く、なぁにを堂々とがっつり魔法ぶちかましちゃってくれてんの!!』

側近『とにかく説明しなさい、今すぐ!!』

魔王『わ、わかった。解ったらから落ち着け!今海賊船の中でだな』

側近『海賊船んんんん!?』

魔王『だ、だから……』



バタバタバタ……!



盗賊「おい、凄い音したけど大丈夫か……!?」

盗賊「少年!?どうした……」

魔王「あ、ああ……大丈夫だ。大丈夫だから……ちょっと待ってくれ」



魔王『とにかく、全部説明するから、ちょっと落ち着け!』

魔王『……良い方向に進むかもしれん。知恵を貸せ、側近』


371: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/10(水) 10:24:31.09 ID:9DeXYz1TP
……

………

…………



魔王『と、言う訳でだな』

側近『……』

魔王『側近?』

側近『だな、じゃねえええええええええええええええよ!』

魔王『……だから、うるさいってお前』

側近『何でこんな短時間でそんな展開になってんの!!!』

魔王『ちょっとみんなに身分がばれて……』

側近『宣戦布告さてただけってか!!!』

魔王『……まあ、まあ』

側近『血吐きそう………』

魔王『お前そんなにメンタル弱かったか?』


372: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/10(水) 10:36:14.06 ID:9DeXYz1TP
側近『お前がいい加減過ぎるんだよ!あれほど目立つなと……!』

魔王『まあ、まあ……そう悲観するな』

魔王『見えてきた物もあるだろう?』

側近『……それは否定しないが』

側近『過ぎた事を言っても仕方ないけどな……』

魔王『ああ。それに……この機会に魔導の街も鎮圧させてしまいたい』

側近『……争いは嫌いじゃ無かったのか』

魔王『戦争などする気は無いぞ……しかし今のあの状況の侭放置しておくと』

魔王『魔導将軍が例え居なくなっても、何れ同じ事を繰り返すだろう』

側近『ふむ……』

魔王『それに武力行使なんかすれば、人間は魔王の侵略だ何だと』

魔王『それこそ、世界中で戦争に向かっての歩みが進むだろう?』

側近『……どうするつもりなんだ』

魔王『だから知恵を貸せと言っただろう』

側近『え……もしかして、俺に丸投げ?』


373: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/10(水) 10:50:42.17 ID:9DeXYz1TP
魔王『い、いや、そう言う訳じゃない』

魔王『……が、私一人で考えてもな。勿論……姫達の力も借りるが』

魔王『お前の意見も聞いた方が良いだろう?』

側近『まあ……お前の暴走止めないとな』

魔王『私の事……信用してないのか?』

側近『今更何言ってくれちゃってんの、お前……』

魔王『側近酷い』

側近『あれだけやっちゃ駄目って事散々やっといて良く言うね!』

魔王『……すまん』

側近『素直だな』

魔王『まあ、成り行きとは言えちょっとやり過ぎた感が無くは無い』

側近『ちょっと?』

魔王『……』

側近『まあ、良い。たっぷり説教したいのは山々だが』

側近『時間も無いな……とりあえず』


374: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/10(水) 10:57:20.54 ID:9DeXYz1TP
側近『その、島とやらに向かうんだな』

魔王『ああ……攻撃を仕掛けてくる可能性は低いだろうから』

魔王『船上と、そこで姫に魔法を教えようと思う』

側近『……劣等種の集まりの島だろう。反発されないか?』

魔王『それについてはちょっと考えがある』

側近『えー』

魔王『……なんだ』

側近『いや、大丈夫かなと』

魔王『信用しろ』

側近『あんなけ……まあ、良い。胃が痛くなる、思い出すと』

魔王『……一つ、問題が残るんだが』

側近『一つしかないの?本当に?』

魔王『……』

側近『悪かったよ。拗ねるな。で?何だよ』

魔王『いや、何かあったかなって考えてただけだ』

側近『あ、そ……』

魔王『魔導将軍の事だが……』

側近『ん?』

魔王『殺して良いんだな』


375: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/10(水) 11:09:59.74 ID:9DeXYz1TP
側近『何だ、そんな事か。好きにしろ』

魔王『……あっさりだな』

側近『生かしておく理由は?』

魔王『戦力的にどうとかこうとか?』

側近『不干渉最高とか言ってて?』

魔王『……まあ、最悪私一人でどうにかなるが』

側近『武力放棄する必要は無いと思うが、反乱の芽なんかいらないだろ?』

魔王『……まあな。だが……吉とでるか否か』

側近『他の過激派のやつらに、か……まあ、十中八九』

側近『……反抗心に火をつけるだろうな』

魔王『だな……だが、仕方ない』

側近『ん?』

魔王『咲こうとするなら摘んで回るさ……いらないんだろう、そんな芽など』

側近『……』

魔王『どうした?』

側近『いや、魔王らしい事言ってるな、と……初めて思った』

魔王『だから、お前は私を何だと……』

側近『勇者になれ、って……最初の目的からはかけ離れてきたが』

側近『これはこれで……まあ、良い方向に進んでるんだろう……と』

側近『信じたいね』

魔王『ああ……』

側近『意地でも信じておかないと、本当に俺の胃がやられる……』

魔王『……お大事に』


376: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/10(水) 11:16:16.82 ID:9DeXYz1TP
側近『ありがとよ、元凶』

魔王『トゲがあるなぁ……まあ良いけど』

側近『遠慮しあう仲でもネェだろ』

魔王『ああ。それからな……ちょっと考えておいて欲しい事があるんだが』

側近『あ?』



……

………

…………



姫「少年……遅いわね」

船長「城にいる側近って奴と心話……だったか」

船長「しかし……魔族ってのは本当に何でもできるんだな」

姫「彼は特別よ……魔王ですもの」

船長「しかし……」

姫「言ってたわ。魔導将軍は……少年の力を舐めている、って」

船長「確かに……あの雷の魔法はスゲェが」

盗賊「……あいつの属性ってなんなんだ?」

姫「え?」

盗賊「紫の瞳なんて、見たことなかった……聞いた事も」

船長「雷じゃないのか?」

姫「本人曰く……炎も水も、風も操れるそうよ」

盗賊「え!?」


377: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/10(水) 11:27:54.80 ID:9DeXYz1TP
姫「複数の加護を持つなんて聞いた事も無いけど……」

船長「まあ……人智を超えた存在なんだろう」

盗賊「……ずるいよな」

船長「あん?」

盗賊「人の中でもさ……俺らみたいのも居るのに」

姫「……」

船長「一緒に考えちゃいけねぇだろ……ありゃ、魔族だ」

船長「人じゃネェ……そういう、存在なんだ」

姫「でも、生きてるのは一緒よ。人も……魔も、エルフも」

船長「……」

姫「その重さに差違なんか無い」

盗賊「……御免」

姫「なんで謝るの」

盗賊「色々……なんか。旨く言えない、けど……」

盗賊「俺が……あんな事頼まなきゃ……命、狙われなくてすんだのに」

姫「なんだ、そんな事」

盗賊「そんな事、て……」

姫「大丈夫よ。少年が言ってたでしょ……死なせないって」

姫「信じてるわ。大丈夫」


378: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/10(水) 11:41:28.18 ID:9DeXYz1TP
カチャ



魔王「すまん、待たせたな」

船長「おう……終わったか?」

魔王「ああ……今どの辺だ?」

船長「明日の夜には廃港に着く……まあ、のんびりしておけ」

魔王「そうか……姫、体調は?」

姫「平気よ」

魔王「盗賊は?」

盗賊「え?」

魔王「まあ、気分とか?」

盗賊「あ、ああ……俺は別に……」

魔王「ふむ、重畳……では、特訓始めるぞ」

盗賊「え、俺も?」

魔王「そうだ」

盗賊「な、何の嫌がらせだよ!俺は魔法なんて……!」

魔王「気を悪くしないで聞いて欲しい」

魔王「お前、一応魔法の基礎は身についているんだろう?」

盗賊「え? ……ああ、まあ」

魔王「うん……それは、島にいる人達も一緒だな?」

盗賊「ああ……だが、それが何なんだよ」

魔王「金が無くても、生活が豊かになる方法を考えてみた」

盗賊「え?」

船長「俺は必要なさそうだな……操舵室に行くぜ?」

魔王「ああ……だが、お前にも後で手伝って欲しい事があるんだ、船長」

船長「俺に?俺は……魔法の知識なんざネェぞ」

魔王「別件だ……まあ、これからする事に無関係では無いが」

船長「?」


379: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/10(水) 11:46:27.18 ID:9DeXYz1TP
魔王「後で時間があれば話を聞いてくれ」

船長「ああ……まあ、じゃあ後でな」スタスタ

姫「何を企んでいるのよ」

魔王「楽しい事だ」ニッ

盗賊「金が無くても……本当か?」

魔王「まあ、まだ考えてみた、だからな。実現可能かどうかは」

魔王「やってみなければ解らない……が」

盗賊「……」

魔王「で、勿論姫の力も居る訳だ」

姫「私で出来る事なら」

魔王「ああ。ついでに……特訓にもなる」

姫「……早く言いなさいよ」

魔王「良し……まず私がやってみるから見ていてくれ……炎よ」ボゥ

盗賊「うわ、お前船室で何を……!!」

姫「きゃ……ッ」

魔王「心配するな……これ以上でかくはならん」

盗賊「……て、手のひらから炎が出てる……!」

姫「……これを、どうするの」

魔王「こうする……集中して、イメージするんだ」

魔王「この炎を……そうだな。石に変える……閉じ込める」シュゥ……

盗賊「……!」

姫「炎が……固まった……!?」


380: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/10(水) 11:53:43.46 ID:9DeXYz1TP
魔王「これが、魔石」コロン

盗賊「紅い……透明な石?……綺麗だ」

魔王「触って良いぞ。熱くは無い」

姫「……本当ね。ただの石に見える……けど」

盗賊「俺にも貸して……宝石みたいだな」

魔王「では、これを……解放する」

盗賊「解放?」

魔王「そうだ。石を魔法に戻す……こうして、握って……」ボウッ……シュウ……

盗賊「うあ……ッ」

姫「凄い……!」

魔王「私の魔力だからな。最小限に押しとどめて具現化したに過ぎないが」

魔王「普通に解放してしまうと、船を燃やしかねんから、今は私の中に戻したが」

魔王「これを応用すれば、島での生活……楽にならんか?」

盗賊「………!」

魔王「価値が理解されるなら、流通させれば金にも換えられるだろう」

盗賊「す……すげぇ!」

魔王「盗賊。また気を悪くさせたらすまないが……」

盗賊「な、なんだ」

魔王「優れた加護を持たないと言うだけで、普通に魔法を使える者もいるのだろう?」

盗賊「劣等種の中にか?勿論だ。そう言う奴らの方が多い」

姫「そうか!その人達に、この技術を教えれば……!」

魔王「そうだ。島の者達だけでも作れるだろう?」

魔王「私がある程度用意してやるのは構わないんだが……それじゃ意味が無いだろう」


381: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/10(水) 12:01:18.90 ID:9DeXYz1TP
姫「そうね。それに……やめておいた方が良い。貴方……魔族だもの」

盗賊「え?」

姫「盗賊は……いいえ、人には、ね。感じないと思うけど」

姫「……魔族の魔気は……エルフには、辛い」

姫「持っているだけで、息苦しくなりそうだったわ」

姫「……最小限の力で、それだもの」

盗賊「お、俺は感じなかったけど……」

魔王「ふむ……姫の……エルフの感じる力、だろうな」

魔王「だが生成するのが人間で、使うのも人間ならば支障は無いだろう」

姫「ええ。問題無いわ」

魔王「私のは見本に過ぎん。実際にいくつか作って島に持って行くつもりだが」

魔王「それは姫の役目だ」

姫「え……私?」

魔王「ああ。お前の加護は水だろう?」

魔王「最も生活に欠かせない物だし……一応、魔法の特訓のつもりでもあるしな」

姫「……わかったわ。やってみる!」

盗賊「お、俺は何をすれば良いんだ?」

魔王「姫の作った魔石から、魔法を取り出す特訓だ」

魔王「お前ができなければ、島の人達に教えてやれないだろう?」

盗賊「そ、そうか……良し!頑張るぞ!」

魔王「二人ともやる気になってくれた様で何よりだ」


382: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/10(水) 12:09:29.58 ID:9DeXYz1TP
姫「ええと……まずは魔法を……」

魔王「いきなり全開にするなよ、攻撃する訳じゃないんだから」

魔王「小さく、手の平の上に乗せる様に……」

姫「み……水よ!」ザァ……



バッッシャアアアアアアアアアアアン!



盗賊「つめてぇ!」ポタポタ……

魔王「……姫」ポタポタ……

姫「ご、ごめんなさい!」



バタバタ、バタン!



船長「どうし……!? ……何やってんだお前ら……!?」

姫「ごめんなさい……」

盗賊「……本当に姉ちゃん、濡れてねぇ……ズルイ」

魔王「濡れただけで済んだんだ。それだけでもまあ……大したもんだ」

魔王「一応、普通の水を呼べたと言う事だな……すまん、タオルくれ」

船長「……甲板でやってくんねぇか。特訓なんだろうが」

船長「失敗される度に部屋が水浸しじゃ、そのうち船がプールになっちまう」

魔王「……すまん」

盗賊「ほら、タオル……外でやろうぜ」

姫「うん……ごめんなさい」


395: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/10(水) 19:00:27.38 ID:9DeXYz1TP
……

………

…………



姫「水よ!…… ………!」ユラ……

盗賊「やったぁ………!?」

魔王「気を抜くな、姫……その侭……」

姫「これを……石に……なるように……ッ」

魔王「気負い過ぎるな……ゆっくりだ」

姫「……!」コロン

盗賊「出来た!」

姫「でき、た……?」

魔王「……うん、そうだな。今の感覚を忘れるな」

盗賊「すげぇ……本当に、石みたいだ……蒼くて、綺麗だ」

魔王「良し、じゃあ次は……盗賊だ」

魔王「最初は解放してしまって良い……水に戻す事だけを考えろ」

魔王「慣れれば、少しずつ取り出すなりなんなり応用は利く」

盗賊「戻す……水に」

魔王「あふれ出す様を。滝の様にでも良い。わき水でも……何でも」

盗賊「水……ッ」ザァアアア……ッ

姫「やったわ!」


397: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/10(水) 19:05:14.71 ID:9DeXYz1TP
盗賊「できた……俺に……?」

魔王「上出来だ。流石だな」

盗賊「え?」

魔王「一生懸命学んできたんだろう。無駄でも何でも無い」

盗賊「……ああ!」

魔王「姫、失敗しても良いから、さっきの要領でどんどん作るんだ」

魔王「盗賊は片っ端から水へと変えろ……慣れれば、次に進もう」

盗賊「姉ちゃん……なんか、御免な。一生懸命作ってくれてるのに」

姫「それは違うわ、盗賊……競争よ」

盗賊「競争?」

姫「解放が追いつかない位、どんどん作ってやるわ!!」

盗賊「ま、負けないからな!!」

魔王「……お互い、気を遣わなくて済むのは良いが」

姫「水よ!」バッシャン!

姫「ああ、もう……もう一度……ッ 出来た!」コロン

盗賊「良し……解放……あれ?」

盗賊「解放……!」ザァァ

姫「あ……!ま、負けないわよ!」ミズヨ!

盗賊「俺だって!」カイホウ!

魔王「……まあ、良いか。何だか楽しそうだし」


398: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/10(水) 19:08:31.99 ID:9DeXYz1TP
船長「おい、少ね……うわ、なんだこれ!?」

魔王「ああ、船長か……すまんな」

船長「……まあ、甲板だから別に良いがな」

魔王「溜まってきたら……海に捨てとく」

船長「……で、具体的に何やってんだ?」

魔王「まあ……魔力の結晶を作ってる、んだ」

船長「結晶?」


423: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 14:27:13.59 ID:IKnsrjixP
魔王「ああ。魔力を石に変えると言うか、閉じ込めると言うか……」

船長「そんな事出来るのか? ……エルフってのは凄いな」

魔王「いや。あれは見本を作って貰ってるに過ぎんよ。特訓の役目もあるが」

船長「見本?」

魔王「そうだ……ああ、今時間は良いのか?」

船長「ああ、海も荒れてないし、後は任せておいて行けるだろう」

魔王「そうか……なら少し、詳しく話そう」

船長「じゃあ中に入れ……甲板の様子も見える」

魔王「解った……姫と盗賊に伝えて、すぐに行く」

船長「待ってるぜ」スタスタ

魔王「姫!盗賊!」

姫「あはは、ほら、頑張らなきゃ!私随分慣れてきたわよ!」コロン、コロン

盗賊「くっそぉ。負けネェよ!」ザバァ……ザザ……

魔王「私は船長室に居る!何かあったら呼びに来てくれ!」

姫「解ったわ!」

盗賊「おう!」

魔王「疲れたら休めよ!船長と話が終わったら、次に進むからな!」

姫「ええ……それ!」コロンコロン

盗賊「俺だって!」ザバァ……

魔王「……遊んでる様にしか見えんな」スタスタ……カチャ

船長「まあ、楽しく学べると言うのは良いことさ」


424: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 14:40:54.38 ID:IKnsrjixP
船長「で……なんだ」

魔王「海賊ってのは、何処にでも行くのか?」

船長「まあ、海がある限りな」

魔王「ふむ……略奪等も行うのか」

船長「……何が言いたい?」

魔王「咎めたりしたい訳では無い。どういう物か知りたいだけだ」

船長「それが……お前の言ってた話たい内容、か?」

魔王「関係はある」

船長「まあ……良いだろう。海賊と言っても、様々だ」

船長「俺たちだけでは無いからな」

魔王「それはそうだな。他にも居るだろう」

船長「だが、これほど大きな船を有している奴らは他にはいない……と」

船長「自負はしている」

魔王「ふむ……収入源は?」

船長「さっきお前が言ったとおり。略奪も含まれる……が」

船長「俺たちは基本、同族の船しか襲わない」

魔王「他の海賊船か……」

船長「そうだ。余りにも酷い奴らは船毎ぶっつぶしたのもある」

魔王「……ほう。確かに、この船には屈強な奴らが多いな」


425: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 14:49:29.91 ID:IKnsrjixP
船長「船を襲うのは同族だけじゃないからな」

魔王「……魔物だな」

船長「そうだ。寧ろ、そっちの方が多い……し、手強い」

船長「ああ、そうだ。さっきの……お前の雷の魔法か」

魔王「ん?ああ」

船長「……スゲェ威力だった。やはり……魔族と言うのは恐ろしいな」

魔王「別に魔力の問題だけじゃ無い。海の魔物は雷を苦手とするものが多いんだ」

船長「……そうなのか?」

魔王「ああ。弱点を突くのは大事な事だ」

船長「そうか……だが、この船に魔法を使える奴は居ないからな」

船長「……話が逸れたな。まあ……海賊ってのも、昔に比べれば減った訳だ」

魔王「ふむ……」

船長「俺たちだって……人間同士で争いたい訳じゃないからな」

船長「だが……生きて、生活していかなきゃならねぇ」

船長「……お前、エルフの知人の話は聞いただろう?」

魔王「ああ。魔導将軍に殺されたって言う……」

船長「そうだ。俺は……俺たちは、昔、小さな島に停泊した」

船長「何かお宝でも眠ってやしねぇかと探検に行ったわけだ」

魔王「? ……ああ」


426: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 15:04:33.83 ID:IKnsrjixP
船長「そこは、エルフの森がある島だった」

魔王「!」

船長「俺たちは散り散りになり、彷徨った。俺は運良く……知人に助けられた、のさ」

魔王「それで知っていたのだな。心優しき物は……」

船長「ああ。知人に聞いた話だ。奴は、森を出て来たところだったんだ」

船長「だが、どこかへ行こうにも足が無い。方法も解らない」

船長「助けてやる代わりに、自分を船に乗せてくれ、とな」

魔王「島から連れ出せ、って事か」

船長「ああ……結局、船に戻った人間は2/3程度だった」

船長「それで、その話を聞いたって訳だ。お宝を探しに行った奴の2/3が」

船長「心優しいってのも……笑い話だがな」

魔王「残りは?」

船長「知人曰く森の中で息絶えるだろうとの事だった」

船長「肉は土に還り、エルフの森の養分となる」

船長「そうして、エルフの森は……エルフ達は」

船長「人の命を吸って、生きているのだ、とな」

魔王「……」

船長「安心しろ。姫には言わん」

魔王「いや……別に、それは……な」

船長「……まあ、良い、それでな」

船長「知人を船に乗せ、暫くのんびりと世界を回った訳だ」


427: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 15:16:07.86 ID:IKnsrjixP
船長「知人は、色んな地域で様々な野草や香草を集め、それを煎じてくれた」

船長「エルフってのは、そういう扱いだとか知識に長けるらしくてな」

船長「そういうのを売ったりして、少しずつ金を貯めた訳だ」

魔王「ふむ……」

船長「ノウハウも教えてはくれたんだが、やはり奴には敵わネェ……」

船長「確保した取引先も、品質が落ちたと知れば値を渋る……ま、当然だわな」

魔王「ああ……しかし」

船長「だからって、それで良しとは行かネェだろ?」

船長「こんな事にならなけりゃ、次は……北の大陸に出向こうかと思っていた所だったんだ」

魔王「……最果ての街に、か」

船長「ああ。だが……やめた」

魔王「……」

船長「魔導将軍みたいな奴らが、わんさか居るんだろう?」

船長「命が幾つあっても足りネェよ」

魔王「……ふむ」

船長「今までの顧客の中には、手に入れるのが少々危険だったり」

船長「……まあ、曰く付きのモンを好んで集めたがる変人達が多少は居るからな」

船長「そういう依頼をこなしていれば、多少は……潤うさ」

魔王「成る程、な」

船長「話は終わりだ……気は済んだか?」

魔王「そうだな……では、次は私が話そう」

船長「何だ、聞きたいだけじゃ無かったのか?」


428: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 15:23:11.44 ID:IKnsrjixP
魔王「手伝って欲しい事があると言っただろう?」

船長「ああ……そうだったな。だが……アレの事じゃネェのか?」

船長「無関係じゃネェとか言ってただろ……だが」

魔王「アレ……ああ、あの二人か。まあ、そうなんだが」

船長「俺は魔法に関してはからっきしだって言っただろ?」

魔王「まあ、聞いてくれ……さっきのお前の話を聞いて」

魔王「私は……大丈夫だろうと確信できたしな」ニッ

船長「?」

魔王「とりあえず、あの二人が今作っているものだが」

船長「魔法の結晶、だろう?」

魔王「そうだ。魔石、だ。あれは見本だと言っただろう?」

船長「ああ……だが見本ってのはどういう意味だ?」

魔王「姫の特訓にもなるし、目で見た方が信じるだろうと思ってな」

魔王「……あれを、島へと持って行くんだ」

船長「……島へ?」

魔王「ああ。そうして、作り方や使い方を教え、島の人達に作って貰う」

船長「待て待て待て。それは無理だろ!あいつら……!」

魔王「劣等種、と言いたいんだろう?だが」

魔王「そう呼ばれる要因は何だ?優れた加護がないからと言うだけだろう」

船長「ま、まあ……そうだが」


429: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 15:34:26.74 ID:IKnsrjixP
魔王「だが、きっちりと基本は押さえている筈だ」

魔王「それに、優れた加護を持たんと言うだけで、普通に魔法を使える者も多いのだろう?」

船長「それはそうだが……」

魔王「で、あれば……方法さえ教えれば、飲み込みは早いはずだ」

船長「しかし……魔法だとか、そういう物に……コンプレックス持ってる連中ばっかりだぜ?」

船長「そう旨く行くかぁ?」

魔王「だから盗賊に使い方を教えたんだ」

船長「?」

魔王「わからんか?あいつは……確かに加護の力が弱いが」

魔王「魔法に関しての基礎はきっちりと身についている筈だ。使えない、と言うだけでな」

船長「……率先してあいつにやらせる事で」

魔王「ああ。自分にも出来ると……自信になると思う、んだが」

魔王「それによって、島の生活は便利になるはずだ……し」

船長「ん?」

魔王「安定して生産、供給できる様になれば、流通もさせやすいだろう?」

船長「流通?」

魔王「お前に頼みたいのは、それだ……価値が認められ、収入源になれば」

魔王「島も、お前も……潤わないか?」

船長「……」

魔王(あれ……安直だったか?)


430: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 15:39:59.42 ID:IKnsrjixP
船長「……しかし」

魔王「ん?」

船長「いや……だとしたら……」

魔王「あの……船長?」

船長「ちょっと黙ってろ! ……あっちのおっさんは……」ブツブツ

魔王「……」

船長「そうか!あのババアなら高く買うだろうな!それに……!」

魔王「……ッ」ビクッ

魔王(……ノリノリ、と見て良いんだろうな)

船長「おい、少年!」

魔王「な、何だ……」

船長「何でもその魔石とやらに出来るのか!?」

魔王「な、何でもってのは……?」

船長「島には治癒魔法が使える奴も居るはずだ。そういう奴の力を魔石にすれば」

船長「怪我も治せるだろ!?」

魔王「あ、ああ……まあ、そういう使い方も出来る、かな?」

船長「そりゃあ良い!傭兵だとか賞金稼ぎにゃ高値で売れるだろう!」

魔王「……」

魔王(目、キラキラさせてまぁ……)



カチャ。バタン!


431: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 15:54:18.99 ID:IKnsrjixP
姫「もう、無理……」

盗賊「船長、タオルくれ、タオル……!」

船長「……」ブツブツ

魔王(聞いてないな……仕方ない)

魔王「……ちょっと待ってろ……ほら」

魔王「しかし……なんで盗賊だけそんなびしょ濡れなんだ」

盗賊「最後の最後で姉ちゃんにぶちかまされたんだよ……」

姫「ごめんなさい……はぁ、ちょっと……座らせて……」

魔王「大丈夫か?」

盗賊「ああ、平気だ……それより、これ見てくれよ!」コロンコロンコロン……

魔王「ほう……随分出来たな」

船長「お……!見せてくれよ……へぇ。綺麗なモンだな」

姫「コツはかなり掴めたわ」

魔王「あの短時間で大したもんだ……身体は冷えてないか?」

姫「大丈夫……私は濡れて無いもの」

盗賊「本当にズルいよな、姉ちゃん……あ、でも聞いてくれよ、少年!」

魔王「ん?」

盗賊「ほら、これ……こうやってな?」グッ



サァアアアアア……



船長「ああああ、お前、部屋の中で何すんだ!」

魔王「ふむ……シャワーだな」

姫「凄いでしょ、盗賊」

盗賊「んで……ほら!」



ザアアアアア!



魔王「勢いを変えられるのか」

船長「おい、こら俺の部屋……!ああ、もう!後で拭けよ!」


432: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 16:15:31.31 ID:IKnsrjixP
魔王「凄いな……本当に、二人とも良くやった」

盗賊「へへ……」

姫「水だから、勢いに差をつける位しか出来ないけどね」

船長「確かに……こりゃスゲェな」

魔王「ああ、そうだ……船長、さっきの話の続きだが」

船長「おう、任せとけ!なぁに……悪い様にはしねぇよ!」

魔王「あ、ああ……」

盗賊「何の話だ?」

魔王「まあ……後でゆっくり説明してやる。とりあえず、二人ともゆっくり休め」

船長「そうだな……の前に、盗賊!お前は掃除だ! ……ったく」

船長「水浸しにしやがって……」ブツブツ

盗賊「えぇ!?俺だって疲れてんのに……」

船長「阿呆!やることやってから寝ろ!」

魔王「では、姫……部屋へ戻ろう」

姫「え、ええでも……」

盗賊「あー……良いよ、俺一人でやるよ」

盗賊「姉ちゃんだいぶ魔力消費しただろ?……腹に子もいるんだから」

姫「……じゃあ、お言葉に甘えて」

船長「ああ、案内させるわ……おい!」

海賊「あいよ! ……こっちだ。ついてきな」


433: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 16:29:27.36 ID:IKnsrjixP
……

………

…………



カチャ……パタン



姫「はぁ……疲れた!」ゴロン

魔王「しかし、これはまた……凄い部屋だな」

姫「そうね……豪華な部屋」

魔王「……無理はしてないか?」

姫「ええ……楽しかったわ」

魔王「そうか」

姫「コツも掴んだし……まあ、攻撃するのとは随分違う、けど」

姫「コントロールする、って言うのは……解った気がする」

魔王「ああ……着くまでゆっくり休んでいると良い」

姫「ええ……そう、ね……」スゥ

魔王「眠ったか……私も少し休む、かな」

魔王(さて……問題は魔導将軍、だな)

魔王(どうするか……)スウ ……



……

………

…………



盗賊「なあ、船長」ゴシゴシ

船長「ほら、そっちまだ濡れてるぞ……なんだ?」

盗賊「……やれると、思うか?」

船長「だからさっき説明しただろ?俺が船で……」

盗賊「魔石の話じゃネェよ!」

船長「あん? ……じゃあ何だよ」

盗賊「魔導将軍、だ!」

船長「ああ……そっちか」


434: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 16:34:07.24 ID:IKnsrjixP
盗賊「あいつを片付けねぇと……どっちにしろ」

盗賊「魔石の流通だとか、何だとか……旨くいかねぇんだぜ?」

船長「まあ……そうだよな」

盗賊「少年なら……大丈夫なんだろうけど……」

船長「だが……これだけの魔石をあの短時間で作っちまうんだ」

船長「お嬢ちゃんだって相当なモンだろう?」

盗賊「魔力の量の問題じゃ無い……だろう?」

船長「ん?」

盗賊「魔法で戦う、んだぜ……尋常じゃ無い魔力量があったって」

盗賊「姉ちゃんは、スタミナもねぇ……」

船長「……」

盗賊「特訓、たって……確かに、姉ちゃんすげぇコントロールできる様になってたけど」

盗賊「……攻撃力とか、戦闘術、とかさ」

船長「明日には、島に着く」

船長「……向こうでどうにか鍛えるんだろうさ。俺には……わからん」

盗賊「……まあ、そうだろうけど。でも、場所がなぁ……」

船長「そうだな。あまり派手にやられても……な」

盗賊「良し……終わった」

船長「ご苦労さん……お前も休め」

船長「明日も魔石とやら、作るんだろ?」

盗賊「ああ……じゃあ、戻るわ」スタスタ

船長「おやすみ」


435: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 16:40:55.51 ID:IKnsrjixP
船長「……魔石、ね」コロン

船長「スゲェやつらを、船に乗せちまったもんだ」

船長「おう。俺も休むわ……時間になったら起こせよ!」

アイアイサー!

船長「スピードを緩めるな……良い波だしな」

海賊「この侭行けば、明日の昼前には着きますぜ?」

船長「半日早いな……まあ、良いだろう」



……

………

…………



コンコン……コンコン!



魔王「……ん?」

姫(すやすや)

魔王「姫……は寝てるか……はい?」

盗賊「俺だ。開けて良いか?」

魔王「ああ……構わん」



カチャ



盗賊「おはよう……と、姉ちゃんまだ寝てるのか」

魔王「もう朝か……余程疲れたんだろうな。起きたらまた昨日の続きを……」

盗賊「もう昼過ぎだよ」

魔王「何……?そんなに寝たのか」

盗賊「それに、続きは後だ」

魔王「……何かあったのか?」


436: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 16:46:48.32 ID:IKnsrjixP
盗賊「ああ、違う違う……まあ、夜の間に何回か魔物に襲われたけど」

魔王「……マジで?」

盗賊「大丈夫だよ。海賊達、強いしな」

魔王「そ、そうか……すまんな」

盗賊「それに、もうすぐ廃港に着くんだ……一度上陸して、夜を待つんだとさ」

魔王「……随分早くないか」

盗賊「良い風に良い波だったんだと……まあ、急がなくて良いから」

盗賊「下船できる準備しといてくれ……で、食事も用意できてるし」

姫「……んん」

魔王「起きたか?」

姫「お腹……すいた……」

盗賊「ははッ ……じゃあ、食堂で待ってるよ。俺もマダだし、飯」

魔王「ああ……すぐに行くよ」



……

………

…………



船長「おう、おはようさん」

姫「おはよう、船長……もう着くんですって?」

船長「ああ……随分と条件が良くてな」

魔王「降りるのか?」

船長「小舟に乗り換える必要があるからな……俺も行くぜ」

魔王「船長も?」


437: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 16:55:09.24 ID:IKnsrjixP
船長「何だ、不服か?」

魔王「いや、そうじゃない……留守にして良いのか?」

船長「野郎共がいりゃ心配はネェよ。船もうごかす訳で無し」

盗賊「何でも、お前に見せたい場所があるらしいぜ、少年」

魔王「私に?」

船長「ま、着いてからのお楽しみだ」ニヤ

姫「……なんか企んでる顔ね」

船長「ふふん」

盗賊「しかし……姉ちゃん本当に良く食うよな」

姫「二人分ですもの」

魔王「……食欲旺盛なのは良いことだ」

魔王(エルフってのは皆、大食いなのか……?)

船長「お……そろそろだな。おい、飯が済んだら甲板に来い」

船長「俺は先に行くぜ」スタスタ

魔王「ああ……私も行こう。姫は盗賊とゆっくり来い……どうせ」

魔王「……まだ食うんだろう」

姫「ええ……そうね。盗賊、そっちのパン取ってくれない?」

盗賊「……4つ目だぜ。まあ、良いけど……腹、痛くならねぇ?」

姫「なんで?」モグモグ

盗賊「……どうぞ」ハイ



……

………

…………



魔王「……あれか」

船長「ああ」


438: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 17:06:16.61 ID:IKnsrjixP
魔王「ここから……見てもぼろぼろだな」

船長「言っただろう、辛うじて……だと」

魔王「見せたかった物って言うのはこれか?」

船長「いや、それは降りてからだ」

魔王「しかし……随分……」

船長「何だ?」

魔王「……なんと言えば良いのか。息が……詰まりそうだ」

船長「美しいだろ……無人の島なんだ」

魔王「無人……?」

船長「ああ……噂では魔物に食われ全滅したらしいぞ」

魔王「……」

船長「それも、随分昔の話だ。少し行けば……廃墟がある」

魔王「街があったのか」

船長「小さい街だがな……城跡もある」

魔王「……見せたいのはそれか」

船長「ああ……来たな」

魔王「ん? ……ああ」

姫「あそこに降りるのね……」

魔王「ああ……大丈夫か?」

姫「何が?」


439: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 17:10:32.04 ID:IKnsrjixP
魔王「体調……と言うか、気分」

姫「ええ……これといって。どころか……」

姫「随分と……良い気分だわ。空気も澄んでいるし……光に溢れてる」

盗賊「おい、二人とも何かに掴まれ。揺れるぞ……着岸する」



グラグラ……



魔王「ああ……っと。姫、掴まれ」

姫「きゃっ ……ええ」

船長「良し……降りるぞ」スタスタ

盗賊「おう」スタスタ

魔王「……」

姫「少年?」

魔王「いや……」

魔王(何だろう……息苦しい、と言うか……)

魔王(自然が美しくて、息が詰まる……?否、違うな……)

魔王「……行こうか」スタスタ

姫「ええ」スタスタ


440: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 17:15:29.42 ID:IKnsrjixP
船長「おいお前ら!日が沈んだら小舟を下ろす」

船長「ちょっと行ってくるから……それまでに準備頼んだぞ!」



アイアイサー!



魔王「……」

姫「少年……大丈夫?顔色が悪いわ」

魔王「ふむ……なんだろうな、これは」

船長「おいおい、どうした?」

船長「魔王が船酔いか?……格好つかねぇな」

魔王「いや、そんなんじゃ無い……この場所は……」

姫「……清浄すぎる、のかしら」

盗賊「え?」

姫「私には……凄く、心地が良い。そうね……何かに癒されているみたい」

盗賊「自然が多いからな。なぁんにもない小さい陸なんだぜ?でも……」

盗賊「花も草木も、すげぇ元気なんだ。いつ来ても」

船長「船に戻るか……と言いたいが……」

魔王「いや、見せたい物があるんだろう。構わん……大丈夫だ」

姫「……魔族には、辛いのかもね」

姫「光が……とても、多い」

魔王「……かもな」


441: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 17:22:10.15 ID:IKnsrjixP
船長「良し……無理はするなよ。こっち……この川沿いの道だ」

魔王「この先に……その廃墟と城跡があるのか」

船長「ああ……だがそこまで行ってる時間はネェ」

魔王「うん?しかし……」

船長「途中で道を曲がる……小高い丘があるんだ」

船長「そこに……知人の墓がある」

盗賊「……」

魔王「見せたい物……は、それか」

船長「後は……行けば解る」

姫「……本当に、凄いわね」

盗賊「え?」

姫「川を流れる水も……綺麗。見ているだけで癒されるみたい……」

盗賊「ああ……人が、居ないからかもな」

姫「……自然しか無いから?でも、街があったんでしょう?」

魔王「大昔に魔物に襲われて全滅した……んだそうだ」

姫「……そう」

盗賊「噂に過ぎないぜ?」

魔王「しかし……」

船長「ん?」

魔王「……私ですら、息苦しく感じる程だ」


442: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 17:27:21.44 ID:IKnsrjixP
魔王「獣に近いだろう、下等な……そうだな」

魔王「あまり力の強くない魔物しか生息できなさそうだがな……」

船長「確かに、弱い魔物しか居ないな」

船長「戦う術を知らネェ女子供ならまだしも、力の弱い盗賊一人でも」

船長「余裕で一人で行き来出来る程度だからな」

魔王「昔はどうだったのか解らんがな……今のこの状態では……な」

盗賊「俺が強くなったんじゃねぇの?」

魔王「……丘の上、あれか?」

船長「ああ、そうだ……もう少しだ」

盗賊「無視かよ!」

姫「まあまあ……わ、 ……あ……ッ」



ザアアアアァァ……ッ



姫「な、に……これ……!なんて……美しい、の……!」

魔王「……これは、見事」

盗賊「すげぇだろ?」

船長「あいつの亡骸を拾って、ここに埋めたらな」

船長「一月もしないうちに、この様だ」


443: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 17:36:21.92 ID:IKnsrjixP
姫「……光が、溢れてる。本当に……凄い……!」

盗賊「枯れないんだ。ここの花も……草も」

姫「エルフの祝福ね……」

船長「祝福?」

姫「ええ……エルフの亡骸は、森の中では……だけど」

姫「勿論、土に還される。そして森の生命力となるのよ」

姫「花となり、草となり……風になり、雨になる」

姫「私達、残されたエルフに、恵みがある様に」

盗賊「……そっか」

姫「きっと……この土地、この島は……浄化されたのね」

姫「エルフの血肉で……」

魔王「……成る程な。光の力の強い土地なのか」

船長「そうなのか?」

魔王「私達魔族の住む最果ての地……北の大地は」

魔王「こことは逆だ。魔の気が渦巻き、光の力は弱い」

魔王「……船上で、姫に話したな」

姫「ええ……でも、少年は」

姫「海を渡る風や、晴れやかな蒼い空の方が心地良いって言ったじゃ無い」

魔王「ああ……気分的にはな。だが……」

魔王「やはり……私は魔族だからな」


444: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 17:44:17.82 ID:IKnsrjixP
魔王「光が濃すぎるのは……少々、堪える様だ」

盗賊「魔王にも弱点があるんだな」

姫「おかしな話よね……光と闇なんて……同じなのに」

船長「同じ?」

姫「同じと言うか……光が無ければ闇も生まれないでしょう?」

姫「闇が無ければ、光は輝けない……表裏一体じゃない」

盗賊「……知人が言ってた。そういえば」

船長「ありゃあ、御伽噺だろう?」

姫「御伽噺?」

盗賊「光と闇の獣ってのが、人間だとさ」

魔王「なんだ、それは」

盗賊「人は弱いけど、強いから……それは、光も闇も」

盗賊「両方を兼ね備えているから、だって。だから」

盗賊「人は、善にも悪にもなれる……ってさ」

魔王「……ふむ」

姫「魔族は……闇の力が濃いのかしら。だから……少年は……」

魔王「溢れんばかりの光は苦痛に感じるのかもな」

盗賊「だが、光そのもの、闇そのもの……なんてモンは存在しないだろう?」

魔王「存在するとすれば、それこそ御伽噺……や、神話の世界だな」

船長「……さて、長居する必要もないだろう」

船長「そろそろ戻るか……じき、日も暮れるぜ」


445: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 17:57:52.10 ID:IKnsrjixP
姫「ええ……でも、船長はどうしてここを……見せようと思ったの?」

船長「何となくだ……ついで、だよ。墓参りも兼ねて、な」

魔王「……街と城跡も気になるが」

船長「ここから半日ほど掛かるぜ?」

魔王「そうか……」

盗賊「またにしろよ……魔導将軍さえ倒せば、何時だって来れる」

魔王「……ああ」

魔王(後で……側近に調べておいて貰うか)



……

………

…………



船長「良し、準備出来てるな……気をつけて乗れよ? ……っと」

姫「小舟って……これ!?」

盗賊「四人か……ギリギリだな……よっと!おい船長、腹が邪魔だ」

船長「うるせぇ、小さくなってろ!」

船長「俺と少年と交代で漕げば……夜明けまでには着くだろ」

魔王「人力か……」

船長「目立つ訳にいかねぇだろうが」


446: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 18:04:35.43 ID:IKnsrjixP
姫「無茶苦茶ね……よいしょ……きゃっ」

魔王「気をつけろ……ん、揺れるな」

船長「乗ったな? ……あんまり動くなよ」

魔王「まあ、待て……方向はどっちだ?」

船長「ん? ……こっちへ、真っ直ぐだ。取りあえずな」

魔王「そうか……座っておけよ……水よ!」

姫「え、ちょっと……何する気……ッ きゃあ!」

盗賊「うわッ」

魔王「波打ちて運べ……音立てず、静寂の内に」

魔王「行け、滑る様に……走れ!」



ザアアアアアアアアアアアア……ッ



船長「……ま、まじか……!」

魔王「あんまり喋るな。舌噛むぞ……方向だけ指してくれ」

船長「……お、おう……そのまま ……もう少し、北東」

盗賊「……信じらんねぇ……痛ッ」

船長「見えた、あれだ! ……ああ、そっちへ行くな反対の……あの、入り江へ」

魔王「……良し。ここだな」

姫「……本当に規格外ね」

魔王「言い飽きてくれ、そろそろ……それ」


447: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 18:11:31.64 ID:IKnsrjixP
船長「……あっちゅーまに着いちまった」

盗賊「まだ……みんな起きてるだろうな」

魔王「ふむ。就寝前なら迷惑でも無いだろう……で、ここは」

魔王「位置的にどの辺なんだ?」

船長「ああ、そうか……まだ言ってなかったな」

盗賊「聞いて驚け!……ここはな。魔導の街の、すぐ傍の無人島だ」

姫「……ええ!?」

船長「住んでるのは魔導の街からは見えない裏っかわだけどな」

魔王「灯台もと暗し、と言う奴か……?」

船長「しらみつぶしに探してる訳じゃネェだろうってのもあるがな」

盗賊「だからこんな方法でしか来れないんだよ」

盗賊「……見つかるかもって思ってビクビク過ごすってのは」

盗賊「どうせ、どこに居たって一緒なんだ」

姫「……考えた、わね」

船長「良し、コッチだ……ちょっと歩くぞ」

盗賊「取りあえず、俺が事情を説明してくる……俺の家で待っててくれ」

姫「旨く行く……かしら、ね」

魔王「さぁな……」



……

………

…………


448: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 18:18:30.34 ID:IKnsrjixP
姫「……遅いわね」

船長「まあ……待つしかねぇだろ」

魔王「船長は……面識あるんだろう?」

船長「一応な。だが……そんな頻繁に来る訳じゃねぇからな」

船長「盗賊と一緒に食料とか運んでは来るが……漕ぎ手は大体他の海賊共に」

船長「任せるしな……それに、来ても」

船長「会って話して、ってのは……しねぇしな」

姫「……難しそうね」

魔王「ああ……だが……」

船長「持って行ったんだろう?あの……魔石、か」

魔王「ああ。見せてくるって張り切ってたが」

姫「……不必要に、虐げられてきた人達だもの」

姫「すぐに……心を開けと言う方が、無理があるわ」

船長「……近道が一つだけある」

姫「魔導将軍を倒して、娼館で働く人を……解放する、ね」

魔王「前者はどうにでもなる。問題は……後者だ」

船長「……」



バタバタバタ……バタン!



盗賊「姉ちゃん!来てくれ!」


449: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 18:26:55.25 ID:IKnsrjixP
姫「え!?わ、私……!?」

盗賊「見せてやって欲しいんだ! ……魔石に、なるところ」

姫「え、ええ……それは……」

盗賊「早く!」グイッタタタ

姫「ちょ、ちょっと待って……!」タタタ

船長「お、おい!」ガタッ

魔王「まあ、待て……」

船長「しかし、放っておくのは……」

魔王「案外、姫だけの方がうまく行くかもしれん……任せよう」

船長「あ、ああ……しかし……」

魔王「さて……寝床はここで良いのか?」

船長「あ?ああ……まあ、ここしかどうしようもネェだろ」

魔王「ふむ……私は街へ戻ろうと思う」

船長「ん?ああ……まあ、お前はそれで……良いだろうけど」

船長「姫は良いのか?」

魔王「手紙でも残していくさ。ここへ戻るだろう?」

魔王「船へ戻るなら送り届けよう……あの廃港から離れれば」

船長「……まあ、確かに……何日もあんな場所に止めっぱなしにしてるよりゃ」

船長「良いだろうが……」

魔王「ああ。つながりがあると疑われるのもまずいだろう」

船長「良し……じゃあそうするか」

魔王「予選が始まれば、私達は街を離れられなくなる」

魔王「予選の前日……あの廃港に居てくれ」


450: 1 ◆6IywhsJ167pP 2013/04/11(木) 18:36:18.25 ID:IKnsrjixP
船長「わかった……が、盗賊はどうする?」

魔王「船に届けるか、ここに置いていく……私は場所さえ解れば」

魔王「何時でも戻れるからな。船の位置までは流石に見つけられんが」

船長「そういう事か。解った……予選の前日に、廃港で」

魔王「ああ……ちょっとだけ待ってくれ。メモを……」サラサラ

魔王「良し……では、掴まれ」

船長「お、おう……」



シュゥン……



魔王「……っと」トン

海賊「うわあああああああああああ!?」

船長「……ッ う、お、あ……!」ドタ

魔王「……ちゃんと掴まれと言っただろうに」

海賊「せ、せせせせ、せんちょう!?」

海賊「ど、どこから ……!?」

魔王「ではな」シュゥウン

船長「消えた……本当に、すげぇな」

海賊「……」

船長「おい、何時までそんなとこ座ってんだ」

海賊「腰が……抜けました……」

船長「……なんだ、情けねぇな。海の男が……」

海賊「船長も足がくがくしてるじゃないっすか」

船長「う……うるせぇ!」