1: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)20:59:51 ID:IVv
腹ペコシスターシリーズ、バレンタイン編です。

クッッッッソ甘いです。糖分の取りすぎにはご注意ください。

毎度ながら趣味全開で描いております。もし良ければぜひ。

引用元: 【モバマスss】腹ペコシスターの今日の一品;ガトーショコラ 



2: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)21:02:15 ID:IVv
【オードブル:青春の影】







 時は戦国、所は尾張。飛び交う矢の雨、火縄銃。

 そんな血風戦国伝みたいなこともなく、俺たちは珍しく二人、仕事で札幌へと出張である。

 シスターこと俺の担当アイドルの一人、クラリス女史は今や飛ぶ鳥を落とす勢いのアイドルである。その人気ぶりは今度ソロアルバムの発売記念イベントが行われるほどであるが、今回はそのイベント会場の下見。

 なんでもイベント会場についてはシスターたっての希望があったとか。「あったとか」って人ごとみたいに言ってるが、その希望を聞き出したのは俺である。

 まあその……あったんだ。シスターがそこを選んだ理由が。無理に聞き出してしまったのは申し訳なかったと反省している。まさかあんなにも鮮やかなクロスカウンターをお見舞いされるは思わなかった。勝手に拳に頬を寄せて行ったのは俺なんだけど。

 だから、お詫びというか償いというか、なんだろう。こうでもしなきゃ気が済まなかったというか、とにかくそんな理由で俺はシスターと一緒に一泊二日の札幌旅行である。

 出張にしては少し短い期間だ。二泊でも三泊でも良いとは部長から言われたが(目は笑っていなかった)、最近担当することになった「問題児」二人の世話を残していることが妙に気になってしまったのがこの日程の主たる理由だ。さもありなん。

 今から帰りのことを心配するのもどうかとは思うけど、お土産は何がいいだろうか。定番の white lovers とかバタサンでもいいだろうし、変わり種としてジンギスカンキャラメルなんかもいい。最後のものは実際には良くないが、まあ十分話の種にはなる。

 何を買っても大体は物珍しがってくれるだろうが……っと。

 そういえば……あの子は、北海道の出身だったか。 


3: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)21:06:15 ID:IVv


 まあ。うむ。さて。



 何はともあれそうやって俺とシスターは連れ添って札幌までやってきた。白い空気の下に敷かれた氷の道。東京のアスファルトとはまた違う色の、綺麗に舗装された道だ。天然の舗装は大していい結果を産まない。

 滑るわ転ぶわ、もうすってんころりんしぇきなべいべー。しっかり意気込んだやる気だってすっかり刈り取ってしまうようなデスロード。

 そういえば昔……と過去に浸ろうとした時に、ふと気になった。

 そうだ。シスターはこの道でも大丈夫だろうか。

 慣れていなかったら(慣れていても)一瞬の油断で足を取られる氷の道。観光客が滑って転んで怪我をして……などという話はこの時期つきものである。病院に担ぎ込まれては

「旭川行った後に函館に行きたかったのに~マジ萎えるんですけど~」

 などという残念そうな言葉が飛ぶ。因みに同日中にその予定を終えるのは健康であっても無理。怪我をしてしまったら札幌市内を回り切るのも難しいくらいだ。

「シスター、足元に気を……つけ……て」

「? はい」 

 らんらん気分で街中を回り踊っていた。めっちゃ笑顔だ。

 すごいぞシスター。えらいぞシスター。かわいいぞシスター。何してんですかシスター?

 無言で彼女を見ていると、何かに気づいたか少し頬を赤くしてちょこちょことした足取りでこちらに寄ってくる。

「は、離れないようにしてくださいね」

「は、はい……すいません」



 最後の謝罪の言葉は消え入りそうなくらい細く、薄く。そして熱く。

 言葉の熱のその証拠に。

 コートの裾を親指と人差し指で軽くつまんで戸惑う、君の姿。



 なんかこう──急に可愛くなるのはずるいよな。ずるくない? ずるいよ。

 疑念は自己解決、問題は未解決。

 ずっとかわいいのはそうなんだけど。

 やっぱり、急にかわいいのはずるいと思う。



 そんな男らしくないことはとてもじゃないけど口にはできない、から。

 彼女の手を取り、そのままコートのポケットへと突っ込んだ。顔なんて見れない。横だって、後ろだって。周りなんて何にも。

 だからたまらず空を見た。灰色の空、舞い降る雪を。

 それは祈りにも似た光景で。ゆっくり、音もなく刻まれていくポートレート。



 さっさと予約したホテルまで歩けばいいのに、どちらからとも口に出さず。

 馬鹿みたいに、寒空の下、佇んでいた。

 



 


4: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)21:10:24 ID:IVv




 ようやくホテルに着き、スーツケースを部屋に置いて本格的に下見を始める。

 目的地は、ここから徒歩10分もしないくらいの小さな跡地。俺たちは無駄話をしながら、たっぷり30分もかけてそこにたどり着いた。



 周りには大きなビルが立ち所に並んでいる。そんな近代に囲まれて唯一残った、前時代のかけら。観光地としてはメジャーで、それでいてよく「がっかり名所」なんて言われたりもする。確かに大きくて長大なモノがあると思っていると肩透かしかもしれない。実際は短小だからな。

 でも俺は──それが好きだった。……変な意味ではなく。と言うかそもそも変な意味はひとつもない。



 そんなこの場所が、どうしてかな、すごく愛しかったんだ。

 どうしてかな、なんて。もったいつける必要もないか。

 俺は重ねていたんだ。

 こうやって置いてけぼりにされる姿を。

 追いかけても追いかけても置いていかれる俺の姿を。

 泰然と構えてゆっくりと枯れていくその姿に。

 こんなふうに終われたらいいなって──何も始まってもいないのに。そんなことばかり思っていたんだ。

 だってそうだろう? 心の拠り所になるのは結局、一緒に走る誰かではなくて、一緒に終わる友達なんだから。


5: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)21:15:48 ID:IVv
「プロデューサーさん?」

「……っと、すいませんシスター、ぼうっとしてました。どうですか、ここ?」

「はい。とても、良い場所だと感じました」

「そりゃあいい。……ちなみに、どこがって聞いても?」

「……この場所は祈りに包まれています」

「祈り、ですか」

「きっと、ここから人生が始まると……ここから自分が始まると、そう信じた方がここを訪れていたのでしょうね。長い年月をかけて、その祈りは福音へと変わり──そして、ここを訪れたものへと勇気を与える。そんな場所だと感じました」

「……ははっ、そう思ってくれる人がいたら、ここも幸せでしょう」

 少しこそばゆい。たまらず少し悪態をついてしまう。

「でもシスター、本当にここでいいんですか? 俺が言うのもアレですけど、ここ、めちゃくちゃぼろっちいじゃないですか。天井だって煤けてるし、床だって、ほら。踏み込むとギシって軋むんですよ」

 俺の言葉に、シスターは笑って──何もかも見通されてるのかな──ふるふると首を振った。

「いいえ」

 そうして、小さな子供に言い聞かせるように言うんだ。

「それは、時を刻んだ証です。どれだけ財を成しても、人を扱うすべに長けていても……愛されなければ、たどり着けないものです」

「──────」


6: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)21:16:04 ID:IVv


 愛され、なければ。

 時を、刻んだ、音────。



 その時。

 偶然なんかじゃなく。かといって、必然でもない。たまたまでもなければ、狙い済ましたわけじゃない。

 そんなことって、結構あるだろう?

 そう。

 普通の、なんでもない、代わり映えのない毎日にありふれているかのように───





 ごおん、と。

 鐘が、鳴った。





7: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)21:20:26 ID:IVv




「大盛り無料なのに普通盛り……? 神よ。世の中はまだ知らないことがたくさんございます」

「いや、普通にあるでしょうそんなこと……」

「し、しかし……しかし……」

「あー、うん。今回はここ以外にもさ、色々食べて回ろうかなって思ってるんで」

「なんだ坊主! 昔はあんだけ肉チャー大盛り肉チャー大盛りって言ってたのに、少し金稼ぐようになったらこれかい!」

「おっちゃんは相変わらず元気ですねぇ??」

「何言ってんだい。昔は朝までやってたけど、今は2時でおしまいだよ」

「マッジでぇ……? 時代じゃん……」

「俺らにしちゃあ坊主がセットメニュー普通盛りを頼むことの方が時代感じるがな。それに……」

「は、はい」

「はっはっは! こんな別嬪の嫁さん連れて挨拶にくるたぁ、ちゃんと礼儀がなってるじゃないか! 姉ちゃん、こいつは馬鹿だけどいいやつだ、よろしく頼むよ」

「おい馬鹿待て」

「馬鹿とはなんだ馬鹿」

「シスターはアイドルで職場の同僚っつーか仲間っていうか……よ、嫁さんじゃねえよ??」

「そ、そうです! 今は、まだ……はっ?? わ、私は何を……あ、あの、えっと、その……!」

「おおおおおおお落ち着いてくださいシスター! これソースです!」

「ソース渡してどうすんだい! 水飲みな水!」


8: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)21:25:26 ID:IVv
 ……まあ、そんなてんやわんやもあったわけで、あたりはすっかり暗くなった。

 『昔なじみ』の店は、今も元気にやっていた。おっさんは少しだけ老けて。開店時間は少しだけ短くなって。それでも、やってる。

 美味すぎて涙流すわけじゃない。忘れられない味じゃない。潰れて二度と食べられなくても、別に他のもの食えば構わない。

 思い出だけで“もってる”ような、場末の食堂。周りには学生がいて、学生かなんだかわからない兄ちゃんがいて、学生がいて、よくわからないおっさんがいた。思えばあのおっさんは俺がまだ学生だった頃からいるんじゃないだろうかとすら思えてくる。

 

 そうだ。ここは俺の過ごした街。

 あいつらと出会って。先輩と会って。先生に出会って。

 馬鹿なことをして、アホなことをして、時々真面目に生きて、やっぱり馬鹿なことをして。

 徹夜で麻雀とか。朝まで酒飲んで、そこから実習だとか。実習終わった記念でまた飲みいって、道端に吐いたり。介抱したり、介抱しながら吐いたり。

 単位取れないとか言って笑ったり。

 誰かが別れたとか言って笑ったり。

 誰かがデキたとか言って笑ったり。

 面白いことで笑って、悲しいことで笑って、些細なことで怒って、どうでもいいことで泣いて。



 ───そんな街だ。



 ……この前シスターと話をした。この街が、俺たちの青春なんだって。

 それから少しして、彼女がここに来たいと言うようになった。

 俺たちが過ごした街を、見てみたいと。

 言葉にすると単純だけど。

 シスターがこの街を、あの時計台を会場に選んだのはそんな理由だったんだ。

 それを聞いた時、俺は少し恥ずかしくて──なんでだろうか。昔大好きだったおもちゃを久々に発掘したかのような気持ちって表現すればいいんだろうか。嬉しいんだけど、素直にそれを見つめることができなかった。



 だけど、実際に来てみると。

 あのちっぽけで寂れた時計台に行ってみたり。

 雪の華に覆われた煉瓦造りの大学棟に行ってみたり。

 足繁くお世話になった大衆食堂に行ってみたりなんてすると。

 色々悩んで。

 抱えて、困って。嫌なことばっかり溜まっていって。少しだけ、それでも楽しくて。

 まるで昔の俺とは人が変わったみたいだ、なんて──そんなことを思ってしまう自分でも。

 やっぱり、俺は俺なんだなって、そう感じられるんだ。



 それは、だから。

 きっと、いつか。

 いつか、今だって。

 そうなっていくんだろう。……信じられないけどさ。


9: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)21:29:40 ID:IVv
「はいお待ち! 肉チャーセット大盛りに、肉チャーセットだよ!」

「あい、ありがと……って多くない?? 絶対学生の頃より多くなってるよねこれ!」

「細けぇこたぁいいんだよ。食べれなかったら嫁さんに分けたんな。嫁さんたくさん食うんだろう?」

「は、はい。ぜひ!」

「くっ、シスターを味方につけるとは卑怯な……」

 ん? 今の会話少しおかしくないか、大丈夫? ホントに?

 問題は解決、疑念は未解決だ。

 シスターが口を半開きにこちらを見つめてくる。赤いブローチが薄暗い照明に照らされ、不相応に輝いた。俺は大きくため息をついて、幸福姿勢……もとい、降伏姿勢をとる。

「わーかりました……じゃ、いただきますとしましょうか」

「……はいっ! それでは!」



 シスターは嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑って、れんげいっぱいにチャーハンを盛り付け頬張っていく。一口、二口とよく噛んで。ごくりと飲み込んだ後、また笑顔が深くなって。

 そんなことが。俺にとってはそんなことが、すごく、幸せなんだ。

 俺もチャーハンを口に運ぶ。安っぽい、チープな味だ。

 でもたまらない。

 ああ、やっぱり───ここは、世界一うまい食堂だよ。おっちゃん。


10: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)21:29:50 ID:IVv




「それじゃあシスター。明日はどうしましょうか?」

「……少し、一人で行ってみたい場所があるのですが、よろしいでしょうか?」

「一人でですか? それは構いませんが……」

 せっかくなんだから、と言いかけて言葉を飲み込む。

 彼女が何かを考えて決めたことだ。俺は安全こそ確保すれば、口を出しすぎるのもよくないだろう。

「わかりました。そんな遠くないですよね?」

「はい。……えっと、伝えておいた方がよろしいでしょうか」

 シスターはここです、と慣れない手つきで、スマートフォンに表示された地図のある一点を指した。意外な場所ではあった。でも、シスターらしいなと思った。だから、なぜとは聞かなかった。

「わかりました。楽しんできてください」

「はい、ありがとうございます。それでは」

 シスターは上機嫌で部屋へと戻っていった。なんだろうと少し考えて、それよりも明日の予定が空いてしまったことの方に思考が移った。そうか、なら俺も───。

 うまい考えが浮かんだ。俺は真っ暗な部屋の中、スマートフォンの電源をつけた。


11: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)21:30:03 ID:IVv




 次の日。朝早くに、俺の部屋がノックされた。もちろんノックしたのはシスターだった。

「行って参りますね」

 わざわざ、そんなことまで教えに来てくれたらしい。俺は寝巻きのままエレベーターまで彼女を送る。下りのエレベーターには人がいなかった。一人乗り込み、扉が閉まっていく最中。

 彼女が控えめに手を振った姿が見えた。なんだあれ、天使か? まあシスターだからそう遠くはあるまい。



 それよりも──うむ。返信はないがきっとやつも起きているだろう。あまり遅くになるとまずいので俺も手早く身支度をして、ホテルを後にした。


12: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)21:38:53 ID:IVv




「ほぎゃああああああああああああ! ナンデ?? センパイナンデ??」

「なんだお前いきなり騒いで、非常識だろう」

「非常識なのは先輩ですよ! 来るなら来るって連絡してくださいよ!」

「したよ」

「いつ!」

「昨日の深夜」

「常識ないんですか?」

「大学院生の方が基本的に常識ないだろうが」

「くそう言い返せない」

「そら、早く研究室いきやがれ。ゼミじゃねえのか今日は」

「今季は週一で木曜なんで昨日終わったばっかなんですよ……」

「あ、そうなの? じゃあ昨日飲んでた?」

「まあ……」

「じゃあ今日は社長出勤でも許されるだろ。ちょっと今日だけキッチン貸してくれない?」

「汚いっすよ」

「文句は言わんよ……って汚ねぇな!」

「前言撤回早すぎる!」

「お前……ようこんな家で暮らしてんな……」

「まあ暮らしてないんですけどね、あっはっは」

「それで笑えるのはアングラの世界だけだ。駄賃として俺がこの部屋掃除しとくからさっさと行けホラ」

「マジっすか! さっすが先輩、じゃあ夜ご飯も作っといてください! 明日食べます!」

「死ぬなよ?」



 そう言って後輩はスパイクみたいな滑り止めを装着した馬鹿でかい長靴を履いて出かけていった。やつは生粋の道民なので冬でも移動速度が落ちない。夏の間は周りの0.95倍と言ったところだがこの季節は1.5倍程度である。

 恐るべき道民、その秘伝の技術は書にしたためて公開するのがいいだろう。


13: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)21:39:10 ID:IVv
 さて、と。



 後輩の家にいきなり邪魔するのは二度や三度や五度六度ではないのだが、いささか久方過ぎたせいか、部屋は見るも無惨に散らかっている。これじゃあ俺が使いにくいではないか。それにこのビール缶の群れは何週間前からあるんだ……? 

 まずは片付けから、と目につくところから片付けていくと、件のビール缶はそういえば季節限定で、4日前から発売が始まったものであることに気がついた。あれ? じゃあなんでこんなに? ……俺は考えないことにした。

 粗方片付け終えたので、冷蔵庫に保存してあった焼き鳥缶と鯖缶を使って手早くやつの夕食(夜食)(朝食)を作り始める。なんか無駄に冷蔵庫の中ばっか充実してんのがムカつくなこいつ。もちろん保存が効くものばかりなのであるが。はっはっは、強く生きろ。研究では死なん。

 諸々を終えると、時刻はすでに13時を回ったところだ。帰りの飛行機は18時にとってあるから、まあ十分間に合うだろう。



 今日は、こんな季節だからこそ。甘くて、少し苦くて。それこそ──そうだ、青春の味とでも言えばいいんだろうか。……いや、やめとこう。忘れてくれ、だいぶ恥ずかしいことを言ってしまった。



 とにかく。



 この季節になると、サークルの女子連中からいやでも貰うアレだ。

 大学時代、純粋イケイケボーイだった俺は女子連中から丁重に味見を依頼され、その期待に応えようと美味い、美味いとパクパク食べていたものだ。

 結局彼女たちの視線がどこを向いていたかなどの諸々の問題には目を瞑っていた。見たくないものは見ないのが良かろう。

 とにかく次々にやってくるものを千切っては食べ、千切らずに食べ……当日は「味見で満足したでしょ」とでも言いたげな視線を向けられていた罪な男である。

 むしろ罰な男か。その場合罪はなんだろうか。無知? 確かに食べ過ぎてムチムチにはなったが……うるさいほっとけ。



 そんな、思い出いっぱいのガトーショコラを作ろう。



14: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)21:45:10 ID:IVv
【デザート:ガトーショコラ】







 お菓子作りはレシピが命。

 アレンジなどは余裕ができたらやってみよう。まずは忠実に……やっていこうか。



────卵2個をボウルに割り入れ、よく混ぜる。ここでポイントは眈々と、とにかくよく混ぜること。

 専用器材(ホイッパー)があればそれを利用した方がいい。学生男一人暮らしの家にそんな洒落たものはない。菜箸でこれでもかというくらい混ぜる。



────卵を混ぜ終えたら網で漉す。これをやることで卵液が滑らかになり、仕上がりがふんわりする。網がない? 

 ……その時は網状になったボウルでもなんでもいいからとにかくやるべし。本当に何もなかったら祈るようにさらに混ぜろ。



────湯煎(60℃程度)で無塩バター(絶対に有塩バターを使わないこと)80gとチョコレート100gを溶かす。チョコレートは事前に割って小さくしておくといい。



────チョコレートの形がほとんどなくなったら(9割から9割5分ほど溶けたら)、生地に砂糖(30g~40g)と香り付け用のブランデーを小さじ1、さらに芳醇にしたければ小さじ2入れ、さらに混ぜる。

 この時砂糖はあまり溶けない。温度が高ければそれでも溶けていくが、溶けなくても焦らなくていい。ただし、砂糖がなるべく均一になるように意識して混ぜる。ここら辺は祈らなくていい。小休止だ。

 混ぜるのは休まずに!



────この辺りでオーブンを予熱しておく。170℃くらいで焼くので、そうなるように。

生地に卵液を3回~5回に分けて混ぜ入れる。少し入れて混ぜ合わせ、また少し入れて混ぜ合わせ……という形で、油(バター由来)と水(卵由来)が分離しないようにとにかく混ぜる。

 ここもできれば泡立て器を使う。なければ菜箸で祈る。もう祈り疲れたんだけど。



────型に生地を流し込み、二、三度型を1cmほどの高さから落として空気を抜く。その後オーブンで15分焼く。

 焼いた後は粗熱を取るため15分ほど冷まし、さらに冷蔵庫で30分ほど冷やす。こうすると食感がしっとりとなる。粗熱を取った時点から食べられるので、食感はお好みで。







────混ぜる工程に命を燃やし過ぎた。もうこんな時間か……と、スマートフォンで時間を確認すると、一通メールが入っていることに気づく。



 送信主は、シスターだった。件名は、プロデューサーさん。

 本文はない。代わりに、写真が一枚、添付されていた。



「……ははっ」





 添付されていた写真には、雪を被った枯れ草色のオーナメント。

 その紋様は、心の形を象ったもので。

 彼女らしく鮮やかに燃える赤色と、柔らかく包むような薄桃色が揺れていた。

 静かに笑っている彼女。口元が見えない。耳元が赤い。すごく、すごく綺麗だ。



 

 声を聞きたくなった。でも、今は我慢だ。

 メールには短く、「それでは空港で」とだけ書いた。

 ああ──君らしいな、なんて思って、俺は後輩の家を後にした。



15: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)21:45:32 ID:IVv




 君は 喜んでくれるだろうか

 喜んでくれるといい 君がいなくても 君が笑ってくれればいい

 君もそうなら嬉しいな でも今のメールはきっと そうだろう

 だから 俺はこんなにだって 嬉しいんだ


16: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)21:51:30 ID:IVv
【デザート:甘い一日はどう終わる】







「って感じですよ札幌旅行は」

「なんだい、つまんねぇや」

「つまんないとはなんだ熊野郎」

「いやだって、なんか進展があるものかと思うじゃねえか」

「進展って具体的になんだよ定義しろ」

「抱くとか」

「うるさい黙れ」

「定義したのに……」

「……そういえば、お前、先生には挨拶したのか?」

「ん? あー、メールだけはしたけどな。会えなかったよ」

「だろうな。だから先ほどから俺のところにもメールがとめどなく送られてくる」

「え、怖」

「だから会いに行けって言ったろう……あ、福袋カード」

「あ??」

「お前またかよ~、なんかイカサマしてねえか??」

「馬鹿言うな。そんなことする暇があったらもっと有益なことに使う」

「有益なことってなんだよ」

「桃○だな」

「○鉄じゃねえか。ってお前また貧乏神俺にはっつけやがったな?? ふっざけんなお前ぇ!」

「お前にはお似合いだよ」

「ああ、似合ってるななんか」

「ふっっっっっっっざけんなよぉ~……あー、また買い出し俺かよ……はい、欲しいやつ言え」

「あ、俺シャケとば頼むわ」

「チー鱈だな」

「色気のかけらもねえな」

「あるわけないだろ」

「男三人であったらそっちのが怖いわ」

「いやさあ、こんな時期なんだしせっかくだからチョコレートケーキとかそういうのはないの」

「お前が俺らに? ……すまんな」

「さりげなく断ってんじゃねえよ、こっちからノーセンキューだわ」

「あーそういえばチョコケーキっていえばさ、昔よく先輩への献上品を「味見するから」みたいな名目で掠め取ってたじゃん?」

「……俺は関係ない。お前ら二人がやってたことだ」

「そうだっけ?」

「……まあそれは否定できねぇな。んで熊、それがどうしたよ」

「いや、お前あの時『チョコレートケーキなどという甘ったるいものに魅了され骨抜きにされてしまうのは日本男児の名折れである。先輩は生粋の日本男児であらせられるので、真に献上すべきは最中である。最中作れ最中!』って叫んでたじゃん」

「捏造するな」

「言ってたよな?」

「言ってた」

「多数決の暴力」

「民主主義って言えよ。……そんなお前が随分と変わり果てたもんですなぁと」

「……まあ、その」

「ん?」

「なぜ言い淀む」

「えっと、まあ、その、さ。立場が変われば人も変わるってことで……」

「──……俺、ウイスキーで」

「俺はワインも追加だな」

「なんで酒が増えんだ酒が!」

「変わってないな、その癖」

「何がさ」

「やましいことがあった時、お前は声の調子が半オクターブぐらい上ずるんだよ」

「!?」

「何かあったんだよなぁ……洗いざらい、しゃべってもらうぞぅ……!」

「隙を見せたのはお前だ、愚か者め」

「……提案、逃亡」

「「却下」」

「……せめて、お手柔らかにね……──?」


17: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)21:51:53 ID:IVv




 時は少し巻き戻り、空港のロビー。

 手荷物を事前に預け、フードコート前のエスカレーターで待ち合わせ中。

 俺はまだしも彼女はアイドルだし、あまり人目につくような場所だと不必要な混乱を招くから、なんとか探した『盲点』の場所。



「プロデューサーさん」

「シスター。……お久しぶりです」

「ふふっ。はい、お久しぶりです」



 ……他愛もない会話をこなす。何をしてましたか、なんて軽く聞きたいとこではあったけれど。忘れないうちに、そして美味しいうちに。まずはこれを。



「シスター、これ」

「これは……ガトーショコラでしょうか。しかも、手作り……?」

「ああ、昔よく世話してた後輩が快くキッチンを貸してくれましてね、暇つぶしがてら作ってたんです」

「……頂いても?」

「もちろん。シスターのために作ったんですから」



 そう言うと彼女の白い肌が桃色に染まり、それを隠すように、小さく一口。



「甘い……! それにこのしっとりとした食感……すごく私好みです!」

「ちょっと香りづけに洋酒を使っているんですよ。香りだけからはそんな甘そうには感じないんですが食べてみたら……って感じで作ってみましたけど、どうでしょう? お気に召しましたか?」

「もちろんです、こんな、こんな……甘くて、美味しぃ……」



 ──……ほんと、こんな喜んで食べてくれたら作り手冥利に尽きるってもんだよな。何度言ったかわかんないけど、何度だってそう思うんだから仕方ない。

 ぱくり、ぱくりと食べ進めていくシスター。一切れをすっかり食べ切って二切れ目に手を伸ばした時、シスターは何かに気付いたかのように身をすくめた。



「? どうしました、シスター」

「あ……そ、その。私、お返しを用意しておりません……」

 なんてことでしょう、どうしましょう。ああ、大変なことを……なんて。本気で困ってしまってオロオロしてしまうんだ。

「大丈夫ですよ、お返しなんて」

「そ、そうはいきません! 神は仰りました、『受けた以上の喜びを与えよ』と」

「あー、うーん、そうですね……それじゃあ、東京に帰ったら何か……」



 そう返すものの、シスターは何か納得し切っていない様子だ。

 真面目だなぁ、なんて。確かそんなことを思っていたような気がする。



「──プロデューサーさん」

「は……い??」


18: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)21:52:06 ID:IVv


 ────まず感じたのは柔らかさ。次いで、甘さと、少しばかりの果実の匂い。真っ暗な視界。消えた喧騒。そして最後にもう一度、少し濡れた肌。





 どれくらいの時間、そうしていただろうか。きっと一瞬。



19: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)21:55:42 ID:IVv
 何をしたかなんて聞けなくて。

「し、しす、たー?」

 ただ、名前だけを呼んだ。

「……は、はう?? わ、私は何を……??」

 君の幸せを俺が祈って。俺の幸せを君が祈ってくれる

 甘い一日の終わりは最後まで、甘いまま。誰が決めたわけでもないけれど。



 それが、恋する二人の秘め事(シークレット)。