1: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)22:46:33 ID:IVv
円香24歳の冬……といったイメージです。実際は、読んでいただいた方めいめいの解釈でお構いなく。
また趣味全開の自分だけが好きそうなssですが、もし「これは」と思ってくださる方がいれば嬉しいです。
よければ是非。

引用元: 【シャニマスss】氷点火【樋口円香】 



2: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)22:47:04 ID:IVv
【±0℃】







 君が乗る電車は、いつ着くだろうか。

 雪の降る、少しくたびれたこの駅。やわらかく降り注ぐ日差しの中で。

 陽の光が逆光になって顔が良く見えない。

 ────笑っていてくれると嬉しいな。


3: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)22:47:41 ID:IVv




 少し唇が切れてしまった。傷の深さに比して、よく血が出る。

 上唇で傷口を隠す。肌の温度より少し高いような気がした。

 

 首を上に傾ける。スーツケースが運ばれていく──それは、私も同じ。

 ただ、景色が後ろに流れていく。車を追い抜いた。散歩しているおじいさんを追い抜いた。

 アナウンスが聞こえる。

 影はずっとついてくる。


4: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)22:53:09 ID:IVv


 私は車窓から見える景色を綺麗だと思ったのだろうか。それとも綺麗だと思おうとしたのだろうか。

 無意味な問答を頭の中で繰り返しているうちに、電車は再び駅に止まった。

 柱の色は錆びて茶色になっている。線路の色は黒色だ。映える青空に、薄黒く灰色の雲がかかっている。

 そんな、白い駅に。


5: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)22:53:20 ID:IVv


 ため息をついているうちに、電車はまた走り出す。

 左の窓から陽の光が鋭く差し込む。目の端にそれを捉えようとしたけれど、もう雲に隠されてしまった。また少し冷たくなった。大きな声を出せば少しは暖かくなるだろう。追いつけないほど速く走っているのだから、きっとどこにも届きはしない。

 でも、私は窓を開けて叫ぶことはしなかった。それはそう。衝動の重要性に比して失うものが大きすぎる。いくらなんでも、と言い訳をあれこれ並び立てて、それが誰に対するものかふと考えた。答えは出なかった。

 だから代わりに少し、笑った。


6: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)22:53:41 ID:IVv


 地平の向こうに山は見えない。

 ずっと広がっているような気がした。目に見えるものなんて、結局そんなものだ。

 同じような景色が次々と現れる。そのどれもが同じ顔つきをしていない──色づいている。同じ色なのに、どうしてだろう。どうでもいいこと、だ。


7: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)23:03:17 ID:IVv


 対“行”電車とすれ違った。少し大きな駅からやってきたそれは、わずかに挨拶を交わして過ぎ去っていく。いくらもしないうちに、大きなビルが見えてきた。誰もが知っている会社の工場と、その近くのマンション──きっと会社が所有している建物か何かなのだろう。

 向かいのホームに、壮年の女性が黒いジャンパーを被ってベンチに腰掛けていた。こちらのホームには人通りが多い。

 ……向こうのホームはどこへ続くのだろうなどと考える。スマートフォンで調べれば答えはわかる。

 でも、何が見えるかわからない。何を思うかなんてもっとわからない。

 だからやっぱりこれも、どうでもいい。


8: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)23:03:29 ID:IVv


 街は白く呼吸をしている。

 青色の血が通って、黒い白血球が溢れ出してくる。入れ替わりに、赤い血が去った。なぜか紅葉が咲(つ)いていた。なんの木か花かわからないけれど、街の外れには良く似合っていたように思う。

 右の窓から見ても左の窓から見ても同じような景色が続いている。左の方が少し、木が多いだろうか。右の方にはぽつんと家が一軒立っていた。小綺麗に整えられた家だ。人が住んでいるに違いない。

 止まらない駅で信号が青く光っている。橋の下を通る車の音が聞こえた気がした。


9: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)23:03:39 ID:IVv


 あなたの街が近づいてくる。後ろの席で誰かが電話を取ったようだ。斜め前に座っている女性が後ろを振り返っている。私は彼女と目が合った。なぜか彼女は笑って、つられて私も笑ってしまった。 電車が止まったのと同時に電話も切れた。

 あえて彼風に大袈裟にいえば、ちょっとした運命というやつだろう。だって──と、脳内で彼の声が響く。

「だってそうだろう? 明日には顔も覚えていない相手を──笑顔にできたんだから」

 そんな恥ずかしいセリフを臆面もなく───屈託なく、笑って。


10: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)23:16:15 ID:IVv
 雲は街の四方に浮かんでいる。ぽかりと穴が空いたように、ここだけが青空だ。地面の温度も水道管の温度も、壁や看板の温度も吸い込まれていく。もう帰ってこないだろうけど、その旅がきっと幸せでありますように。

 ……ああ、もう。まるであの人みたいなことを。浮かんでしまった時点で、もう。





 また、止まらない駅を過ぎた。電車の速度は落ちない。車通りが段々と激しくなってくる。あの女性が脱いでいたコートを着た。私は上を見て「まだ早い」と思い直す。やっぱりまた目が合ってしまって、表情を押し殺して笑った。


11: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)23:16:27 ID:IVv


 リクライニングを元に戻す。カバンを開けて、私はスマートフォンの電源を切った。

 胸の奥が、一筋熱くなる。街は静かだ。きっと夏に憧れながら──雪と共に過ごしてきた。

 見知らぬはずの街なのに、何故かそんなことを思った。

 どうしてだろう。

 どうでもいい──はずはない。

 だって、あなたの住む街なのだから。あなたがいる街のことなのだから。


12: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)23:16:36 ID:IVv


 わからないこと。知りたいこと。知らなければいけないこと、なのかもしれない。

 でも────答えが欲しいわけではない。

 わかるまで、ちゃんと悩みたい。納得するまで、考えたい。

 面倒だし、柄じゃないし、そもそもそんなものが見つかる保証だってない───だけど。





 だけど、自分の言葉で見つけたい。

 私がどう想っているか。そんな簡単なことを随分と後回しにしてきたから。

 それをずっと──不本意ながら横で待たせてしまったあなたへ向けて。

 なんて言えばいいんだろう、などと考えたまま。





 電車が止まった。ドアが開き、氷点下の空気を顔に浴びる。

 遮るもののない景色は、もう少しだけきらきらと輝いていた。


13: 名無しさん@おーぷん 21/02/13(土)23:32:58 ID:IVv






 君が乗る電車が、見えてきた。

 雪が積もる、冷たく優しいこの駅。雲が近づいてきている。空はもう少しで見えなくなるだろう。

 でも、突き抜ける青い──どこまでも広い空だ。





 ────笑ってくれているかい? 

 よかった、それなら────





「おかえり、円香」



 君は渋い顔を浮かべる。

 いくつか短く言葉を交わして、それから。



「……ただいま」



 君は、そう言って笑った。