2: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 13:05:20.90 ID:HvQspYQo
――夜の学園都市を、一人の少年が歩いていた。
その少年の手には大量の缶コーヒーが入ったコンビニのビニール袋が握られている。

「……チッ」

月の光がその少年を怪しく映し出す。
どこまでも白く透き通った髪、どこまでも白く透き通った肌、
その少年は少女と間違えそうになるほど華奢な体をしていた。

若干俯き加減に歩いているため顔が見えず、
その華奢な体つきのため一目見ただけでは性別がわからない。


少年はどこまでも白く澄んでいて、そのまま向こう側が見えるのでは無いかと錯覚するほどに透き通っていて、
まるで自己主張しないように、その白い体は夜の闇に溶け込んでいた。

「……なァオイ?」

少年がふいに歩く足を止め、空を見上げる。
少年の後ろで、ひとつだけ足音がした。

「今夜はやけに月が眩しいよなァ?」 




5: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 13:10:02.40 ID:HvQspYQo
月の光が、どこまでも白い少年をよりいっそう強く照らし出す。

まるで少年の周りだけを照らしているような、そんな錯覚を覚えそうなほどに。

その少年だけが夜の闇のなか、白く浮かび上がっていた。


空に光る月が、その少年の瞳を照らす。

月の光を受けた瞳が、怪しく光る。


「お前も……そう思うだろォ?」

少年の後ろから聞こえた足跡の主が、くすくすと小さく笑う。


どこまでも透き通った笑い声。


敵意もない、好意もない、相手を嘲るでもない、自己を主張するでもない。
何もない、ただ笑っているだけ。
それゆえに、その笑いにはそこが見えず、どこまでも透き通っていた。

耳をそらそうとしても、なぜだか耳に入ってきてしまうほどに。

少年はその声を聞いて、眉間にしわを寄せる。


「人様を尾行しておいて、挙句笑い出すたァいい趣味してんじゃねェか?」

6: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 13:14:16.89 ID:HvQspYQo
少年の瞳が刺す様な視線で背後を見る。

その視線には微かな敵意が篭っていて、その瞳は赤く濁りきっていた。

「あら、これは失礼しました。決してあなたを不快にするつもりはなかったのですけど」

落ち着いた口調で、どこまでも透き通った声でそう言い、また笑い出す。

「失礼だって思うンならさっさとその笑い声を止めなァ」

しかし、笑い声がやむことはない。
相変わらず、透き通った笑い声だけが止むことなくその場に音として存在していた。

その声からは一切の思考が、感情が感じられない。
それゆえに、その底にあるものが読み取れず、ただどこまでも透き通っている。

少年の瞳が笑い声の主を睨む。

「ふふふ、あまり睨まないでください。本当に敵意はないんですよ。」

少女だった。

その口調からは想像ができないほどその体は小柄で、華奢で、
それは少年がほんの少し手を触れれば壊れてしまいそうなほどだった。

夜の闇の中でも自己を主張するように、月の光をあびた茶色い髪はきらきらときらめき、
頭頂部から跳ねたクセ毛は、彼女の一挙一動。それこそくすくすと小さく笑う微かな揺れにも反応して、
まるで意思を持っているかのように揺れ動く。

その瞳には冷たい光が不安定にゆらゆらと揺れ動く。

7: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 13:18:00.51 ID:HvQspYQo
そして……


「……あァン? オイオマエ、こいつは一体全体どういうことだァ?」


少女のその顔、幼さこそはあれど確かに見覚えのある顔。

少年がいままで幾度となく見てきた顔。


少年がいままで幾度となく殺してきた顔。


「はじめまして一方通行……といってもこちらはまったく初めてな気はしないんですがね」


――「一方通行(アクセラレータ)」それはこの少年の名前、
この学園都市に7人しかいないレベル5、その第1位の名前。


「……ってェことは、やっぱり俺の思い違いってわけじゃなさそうだなァ?」

「一応、自己紹介をしておきましょうか。私の名前は打ち止め。
 検体番号20001号、妹達を統括するために作られた上位固体です」

8: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 13:25:05.31 ID:HvQspYQo
――「妹達(シスターズ)」学園都市に7人しかいないレベル5、その第3位、常盤台の超電磁砲。
その体細胞クローンであり、そしてかつて、一方通行をレベル6にするための実験により
一方通行に殺されてきた少女達。

「上位固体だァ?」

イラついた様子の一方通行とは違い、いたって落ち着いたまま打ち止めは続ける。

「えぇ、考えてもみてください。妹達はいくらオリジナルに遠く及ばないとはいえ軍事用に調整されているのです。
 そんな彼女たちを何の対策もなく野放しにするわけにはいかないでしょう?」

一方通行は考える、確かに彼女達は中学生の少女という見た目からは想像がつかないほどに危険だ。
大の大人でもそうやすやすと扱えない「鋼鉄破り(メタルイーター)」を軽々と使いこなす上に。
命令とあらば、おそらく人を殺めることに疑問を覚えることもなく黙々とやってのけるであろう。


――かつて一方通行に殺されることなんの疑問も持たなかったように……。


「なるほどォ、まァ確かにあンなのが一斉に反乱でも起こしたンじゃたまったもンじゃねェだろうしなァ」

一方通行は想像してみる。
世界中に散らばった妹達、もし仮に彼女達が一斉に暴れ始めたら……。

「そういうことです、学園都市内だけならまだしも。実験が凍結された今、彼女達は世界中に散らばっています。
 私はそんな彼女たちを纏める為に作られたのです。
 ……色々と他の固体と違っているのは、おそらく私自身が変な気を起こさないように、ということなんでしょうね」

10: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 13:30:38.49 ID:HvQspYQo
「ケッ……それでぇ? その反乱を防ぐための上位固体とやらがどうしてこンなとこをほっつき歩いてんだァ?」

「いい質問ですね、実は私もそのことで困っているのです」


いたって淡々と、困った様子など一切見せずに少女は言う。


「そいつはどういう意味だァ?」

「見ていただければわかるように、私の体は他の固体と比べまだ未熟なのです、
 本来ならまだ培養機に入っていなければならないのですが……」

確かに彼女の体は今まで一方通行が見てきた妹達に比べると明らかに幼かった。

「どういうわけか成長過程の途中で培養機から出され、毛布一枚で町に放り出され、
 その理由も分からずに、今まで行く当てもなくさまよい続けていたのです」


毛布一枚、と言ったが今の彼女は若干くたびれたワンピースのようなものを着ていた。
おそらく能力を使ってどこかから拝借してきたものをずっと着ているのだろう。


「はン、そうかいそりゃ難儀なこったなァ」

「あら意外ですね、同情してくださるんですか?」

「あァン? ……そうだなァ、たしかにそうだぜェ……こんなやつに同情するなんざ俺らしくねェ」

確かに以前の――実験をしていた頃の一方通行ならば同情なんてことはしなかっただろう。
むしろ笑い飛ばし、いっそ楽にしてやるとでも言ってその場で手を出していたかもしれない。

「だが残念だったなァ? 俺はちィとばかし前とは変わったンだよォ……」

11: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 13:34:39.16 ID:HvQspYQo
そう、彼は変わった。いや、変えられた。
あの実験で、あの場所で、ある男に止められたときに。


「私にはいまいち、何が変わったのかわかりませんが」


自分はあの時、たった一人のレベル0に倒された。
生まれて初めてだった、今まで誰にも、何にも負けたことはなかった。


「へっ、まぁ確かに根本的なとこはなンにも変わってねェ。もし、刃向かう奴がいりゃあとことンぶち[ピーーー]ぜェ?」


あの時一方通行は――初めて自分を止めてくれる存在にぶち当たった。


「だが、残念ながら今の俺は昔と違って……砂糖菓子みてぇになあまちゃンになっちまったンだよ。
 無抵抗のガキに対して牙を向くなんて大人げねェことはしねェ」


あの時一方通行は――初めて人の痛みを知ることができた。


「……いったいあなたは何を言っているの?」

12: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 13:37:06.72 ID:HvQspYQo
クックックと不敵に一方通行が笑う。
確かにその笑みは彼の今までの人生を物語るようにひどく悲しく歪んでいた。
しかし、そこに敵意はない、自分を主張するのでも相手を嘲るのでもない。

「なァ、お前行く当てがねェっつってたよなァ?」

その笑みには――ただ微かなやさしさだけが浮かんでいた。

「ついて来な……俺のとこでよけりゃあ、面倒みてやんよォ」


その時一方通行は――初めて偽りなく人に接することができた。

13: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 13:42:22.72 ID:HvQspYQo
「もう朝ですか……」


ここに来てもうどれくらい立つだろう。
最近ではすっかりここでの暮らしにも慣れてきてしまった。

初めてここに来た時には、この部屋の主に敵意を向ける者たちによって、
まるでハリウッド映画の戦闘シーンの撮影でもしたのかと思うほど荒れていた部屋も、
ある日外に出かけて、帰ってきたときには綺麗さっぱり片付いていた。


「どうせあの人はまだ起きてはいないのでしょうね」


いつも一方通行は私より起きるのが遅い。
ひどいときには昼過ぎまで寝ていることもある。


「とりあえず起きるとしましょう。朝食を作らないといけません。」


自分が寝泊りしている、一方通行の住むマンションの部屋のこの一室は、
もともとは何にも使っていない空き部屋だったところに、生活に必要なものだけを用意したようだ。

いままで自分の寝ていたやけに清潔感のある白いシーツの敷かれたベッド、
身を起こして見回してみても小さなデスク、ほとんど中身の入っていないクローゼット、
それだけしかない質素な部屋。


「まぁ……居候の身としては贅沢はいえませんが」


しかしそれにしたっていくらなんでもこの部屋は味気なさ過ぎるんじゃないか。

14: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 13:47:18.04 ID:HvQspYQo
「……あれ?」


どこからか、なにやらいい香りがする。
いつもなら彼はまだ自分の部屋で眠っているはずですが……。


「まぁ、別に彼が私より早く起きていたからといって、何も問題はないのですが……」


とりあえずリビングへ行くとしよう。
いつまでもベッドの上に座っていてもどうにもならないのだから。


「おはようございます、一方通行」

「ン? あァやっと起きやがったかァ」


なるほど、さきほど部屋までした香りは彼の飲んでいるコーヒーのものでしたか。


「あァ? どうしたンだァ、そンなとこで突っ立ってねェで座れよ」

「え、あぁそうですね。」


しかしいつも思うが、なぜリビングには座れるものがソファひとつしかないのだろう。
別に不満があるわけではないが、これではいつも並んで座らなければならない。


「それにしても、あなたは本当にコーヒーが好きなんですね」


横に座るとより一層コーヒーが香りますね。いつもブラックの彼のコーヒーは香りだけでも十分な目覚ましになります。


「わりィかよ、好きなもンは好きなんだ」

15: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 13:52:30.95 ID:HvQspYQo
「いえ、悪いと言っているわけではないんですが。毎朝コーヒーだけでは体に悪いですよ?」


朝もコーヒーだけじゃなくたまにはなにか食べないと、
いつか本当に体調を崩して倒れてしまうんじゃないだろうか。


「余計なお世話だっつゥの、俺はずっと朝はこれなんですゥ」

「ですが……やはりそれだけでは体に悪いと……」


そうだ、自分の朝食を作るついでに彼の分も作らせてもらおう、
作るといってもトーストとサラダくらいのものだが、逆にそれくらいなら彼も食べてくれるだろう。


「私が、あなたの分の朝食も作ります。少しでも食べてください」

「あァン?そんなもンいらねェって……」

「いいですから、少しでも食べてください」


居候の身とはいえ、時には強く言わせてもらいましょう。
さて、そうと決まれば早速朝食を作らねば……。


「それじゃあ作ってきます、待っていてください」

「お、おゥ……しゃあねェな、食ってやンよ……」

「クス……ありがとうございます。それではすぐに作りますね」

16: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 13:57:35.86 ID:HvQspYQo
さて、それでは彼の気が変わらない内にぱぱっとキッチンに言ってささっと作ってしまおう。


「えーと、サラダの野菜は……」


しかし、いつになってもこの台の上に乗って料理するというのにはいまいち慣れない……。


「今日は、いつもより気合を入れて作るとしましょうか……ん?」


どうして自分は、たかが朝食を作るくらいでこんなにも楽しんでいるのだろう。
どうして、彼に作ってあげるというだけでこんなにもうれしい気持ちになるのだろう。


「……そもそも、どうして私はここにいるんでしょう……」


そんなのは簡単だ、今でも鮮明に思い出せる。
彼が私に、自分のところへ来いと言ってくれた夜のことを……。



あの日、私はあの後彼に言われるままにこの部屋に来た。

彼がいないうちに襲撃され荒れ果てた部屋で、彼は羽毛のはみ出してはいるものの
まだいくらか損傷の少なかったベッドに私を寝かせ、自分はバネの飛び出したソファで眠った。

17: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 14:02:26.15 ID:HvQspYQo
それからというもの、私はなりゆきでもう数週間この部屋に住まわせてもらっている。
この間は、くたびれたワンピースしか持っていなかった私のために、
わざわざ服を買いに連れて行ってくれた。


今使っているこの台も、その身長では不便だろうと言って彼が買ってくれたものだ。


「どうして彼は、私に優しく接してくれるのでしょうか……」


今まで実験で殺してきた1万人の妹達へ対する贖罪の気持ちだろうか。
それとも私を利用して、妹達を操り何かをするつもりなのだろうか。


「いいえ、多分そんなことじゃありません……」


あの夜、部屋へ行く途中の道で彼は言った。


『――勘違いするなよォ、別に俺はお前達に許して貰おうだとか思ってるわけじゃねェ。
 それに……もとより許して貰うつもりもねェ』

『それはつまり、私達があなたを恨もうとい恨むまいと関係ないということでしょうか?』

『そうじゃねェよ、勘違いすんなァ? 俺はなァ……俺みたいな人間は許されちゃいけねェンだよ
 一生憎まれて、恨まれてェ、そうやって一生罪を背負って生きていかなけりゃいけねェンだ』

『それでは……謝罪の意味ではないのでしたら、どうして私を助けてくれるのですか?』

『別にィ、たいした理由じゃねェよ……さっきも言っただろうがァ?』

18: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 14:05:40.52 ID:HvQspYQo
『俺はただァ、もう自分を偽らねェって決めたンだよォ……もう、理由もなく誰かを傷つけンのは嫌になったンだ。
 傷つけることしか出来なかったこの手で、誰かを助けてみたくなったンだ』

彼は……おそらく、ただ本当に……純粋に私のことを思ってくれている。

過去の彼がどうだったかは関係ない、確かに彼は妹達を殺したし、
人を傷つけることをなんとも思わない人間だったかも知れない……。


「でも、そんなことは関係ない……」


でも私は知っている。彼が昔、実験が行われていたときだって
本当は私達を傷つけたくないと思っていたこと、私達に生き延びる道を示してくれていたこと。

今の彼は、どこまでもやさしくて、人のことを想うことができて、暖かい……、
その心だけは……きっとどこまでも透き通っているから……。

「あぁ、そうなんですね……」


目が覚めたときは行く当てもない自分の境遇にも悩みはすれど、特に悲しいなどとは思わなかった。
そもそもそういうことを考えるような感情というものが自分には欠落していた。

まったく、この数週間でずいぶんと感情豊かになったものだ……。




――そうか、きっと私は……彼のことが……

19: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 14:09:19.26 ID:HvQspYQo
「朝食、できましたよ」

「ン? あァ……本当に俺の分まで作ったのかよ……」

「当然です、さぁどうぞ食べてください」

「チッ、しゃあねェな……」


過去なんて関係ない、他の妹達に彼を許せなんてことも言えるはずもない。

それでも……今はただ、私とこの人と、二人の時間を大切にしよう……


「美味しいですか?」

「あァはいはいィ、美味しい美味しいィ、すっげェ美味しいですゥ」

「そうですか、よかった」

「なァに笑ってンだか……」

「いえ、うれしかったので、大切な人に喜んでもらうというのは。とても暖かい気持ちになります」

「……大切な人ねェ、俺なンかがかよォ?」

「はい、まだ出合ってそんなに長い時間は経っていませんが関係ありませんよ」





「私にとって、あなたはとても大切な人なんです」

20: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 14:14:37.18 ID:HvQspYQo
どこまでも白く、どこまでもやさしく透き通った少年と、
どこまでも繊細で、自分の色が見えない少女。

二人はソファに並んで座り、少女の作った朝食を食べていた。
どこにでもあるいたって平和な光景――見る人が見ればなんだこれはと絶句するかもしれないが。


少なくとも、二人にとっては平和で、暖かい時間。




「食後にもやはりコーヒーなんですね」

「別にかまわねェだろォ? きちンと朝食は食ったンだからよォ」

「まぁ、かまいませんが……ところで今日はどうするんですか?」

「ン? 別に何にも予定はねェけどォ?」

「また一日中ごろごろしているんですね……」

「文句あっかよ」

「いえ、別にそういうわけでは……」





少々不満そうにしながらも、打ち止めは食後の二人で過ごす暖かい時間を
のんびりと堪能することにした。

21: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 14:20:14.70 ID:HvQspYQo
――ジクリ



「――ッ!?」


打ち止めの頭の中を何かが蠢く様な、とてつもない頭痛が走った。


「かっ……!」


何が起きたのか理解できなかった、
何の前触れもなく襲ってきた頭痛に全身から嫌な汗が噴出すのがわかった。


「――!!」

「あァ? おい、どうしたァ! 打ち止め!?」


打ち止めの異変に気づいた一方通行が今にも倒れそうな打ち止めを抱きかかえる。
その小さく、触れただけで壊れてしまいそうなほど繊細に見える体は痙攣するように震え、
顔は真っ赤になり、その瞳に光はなく、焦点が定まらず視線が宙を泳ぐように揺れていた。

どこの誰が見たとしても、一目見ただけで異常だと見て取ることができるだろう。


「おいィ! しっかりしろ! 打ち止めァ!!」


返事はない、打ち止めはすでに気を失っている。
荒い呼吸、全身から噴出す汗、抱き寄せた体から伝わる乱れた心拍音。

22: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 14:23:16.99 ID:HvQspYQo
さきほどまで自分の横で何食わぬ顔で食事をしていた。
コーヒーばかり飲んでいる自分のためにと、わざわざ朝食を作ってくれた。


そんな彼女がいま自分の腕の中で苦しんでいる。
このまま息絶えてしまうのではないかというほどに。


「ちくしょうがァ! 一体何がどうなってやがる!!」


ジクリと胸の奥が痛む、締め付けられたように息が詰まる。
抱きかかえた手のひらに、いやな汗がにじむ。


脳裏にある会話が思い出される。



『――見てもらえばわかるように、私の体は他の固体と比べまだ未熟なの、
 本来ならまだ培養液に入っていなければならないのだけど……』


そうだ、あの時確かに彼女は他の妹達に比べて幼すぎると一方通行は思った。


『どういうわけか成長過程の途中で培養液から出されて、毛布一枚で町に放り出され、
 今まで行く当てもなくさまよい続けていたのです』


そうだ、彼女は中途半端な状態で培養液からだされたといっていた。

23: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 14:24:59.74 ID:HvQspYQo
一方通行は考える。

十分に成長し、しっかりとした状態で生まれた妹達ですら、
今もまだ生きながらえる為に世界中で調整を受けている。



混乱し、複雑に絡まっていた思考がまとまり始める。

では、未熟な状態で放り出され、当てもなく町を彷徨っていた彼女は?
少なくともこの部屋に来てからだけでもかなりの時間が立っているはずだ。



やがてその思考はあるひとつの仮定へとたどり着く。

もし、彼女の体にもう限界が来ていたとしたら?
もともと未熟だった体で町に放り出されるなどという無茶をして……。

もし、彼女の体が普通の生活に耐えられるだけの強さを持っていなかったら?
ろくに調整もせず、一緒にすごしてきたこの日々は……。

24: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 14:29:39.30 ID:HvQspYQo
「ふざけンなァ! 死なせるかよォ! ぜってェに死なせたりしねェぞォ!!」


死なせるわけにはいかない。
この腕の中にいる少女だけは絶対に死なせたくはない。

別に罪の意識からこの少女を守りたいと思っているわけでもない。
この少女と過ごしてきた日々も決して長かったわけでもない。


それでも、この短い日々を思い出せば。この少女との僅かな思い出を思い出せば。
この少女の前では自分に素直でいれた。
この少女はこんな自分のことを真っ直ぐ見てくれた。






やっと、偽りのない自分を見せることができるかもしれないと思った。

やっと、傷つけることしかできなかった自分の腕で何かを守れるかも知れないと思った。

やっと、守りたいと思える大切な存在ができたと思った。



自分のことを、大切な人だと言ってくれた。



「チクショウがァ!!」

25: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 14:39:25.31 ID:HvQspYQo
一方通行は意識のない打ち止めを抱えて部屋を飛び出した。


とにかく、どこかこの少女を調整できる場所を探さなくてはならない。
実験を行っていた研究所は駄目だ、連れて行けばこの少女がまた何かに使われるかもしれない。
そんなことは許すわけにはいかない。


前に学園都市のある病院で一人の妹達が調整を受けていると聞いたことがある。
そこに連れて行けばなんとかしてくれるかもしれない、
いざとなれば力押しでもなんでもして言うことを聞かせてやる。


この少女を守るためなら、何だってしてやる。



たとえ悪魔と呼ばれようとも、この少女だけは守りきってみせる。

26: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 14:43:34.79 ID:HvQspYQo
「お、お客さま。他のお客様の迷惑になりますので、少々落ち着いてください。」


とある病院の受付で、少女を抱えた白い少年が今にも噛み付きそうな剣幕で怒鳴っていた。


「うるせェ! いいからさっさと医者をだせっつってンだろうだァ!」


その手に抱えた少女はすでに息遣いも怪しくなってきている。
早くしなければ手遅れになるかもしれない。
その恐怖が少年の焦りをさらに掻き立てる。


「いいか! 妹達だァ! こういえば絶対に話のわかるやつがいる!そいつを連れてこい!今すぐにだァ!」

「わかりましたので、少々お待ちください!」


受付のナースもその様子にただ事ではないと感じたのだろう。
奥に引っ込んでなにやら人を探している。


「クソがッ! 早くしろォ!早く!!」


1分1秒が、永遠に感じられるほど長く感じる。
少しでも早くこの腕の中の少女を助けなければならない。

1分1秒が、たったそれだけの時間が少女の命を奪っていくように感じた。

27: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 14:46:47.67 ID:HvQspYQo
「おやおや、君がさっきから騒ぎ立ててるっていうお客さんだね?」


焦りを隠せず全身に汗を浮かべた一方通行の前に一人の医者が現れた。
カエルのような顔をしたその医者は、本当にこんなやつに任せて大丈夫なのかと
不安を覚えるような、ひょうひょうとした口調で言う。


「話は大体わかっているよ? 本当ならいろいろと君に聞きたいこともあるんだがね?
 どうもそうも言ってらっれないようだね……さぁ、早く患者をこちらへ、すぐに処置にとりかかろう」


だがしかしその医者の言葉は力強かった。ひょうひょうとした口調はどこへ消えたのか。
そこにいるのは誰よりも患者を助けることを考えている、一人の名医だった。

――その名医は、「冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)」と呼ばれていた。


「オマエが妹達の調整をやってンのかァ!? 頼む! こいつを! 打ち止めを助けてやってくれェ!」


一方通行はすがるように言う。
そこに学園都市第1位としての彼はいなかった。
ただ誰よりも打ち止めのことを助けたいと思っている一人の少年がいた。


「当然だね? 君は一体誰に向かって言ってているんだい?
 僕が診る限り、彼女は絶対に助けて見せるよ」


そういうと冥土帰しは一方通行を連れ、建物の奥へと消えていった。

一方通行はカエル顔この医者にすべてを託すことを決めた。
この少女を救うことができない無力な自分の代わりに、この少女を救ってくれと。

28: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 14:48:49.81 ID:HvQspYQo
とある病院の薄暗い一室で、一人の医者が戦っていた。
ある少年に託されたの一人の少女を救うべく。


「おかしいね……」


冥土帰しは少女の様子を診て呟く。
ベッドの上で浅い呼吸を繰り返す打ち止めは確かに肉体的に限界が近い。
今すぐにでも調整をしなければ危ないかもしれないほどだ。

しかし、ただそれだけでこんなに危険な症状がでることはないはずだ。
少なくとも、今目の前で少女が苦しみ方は調整不足だけが原因とは思えない。


「そうか、これは……と、なるとそうだね……きみ、ちょっといいかい?」


冥土帰しは部屋の片隅にたたずんでいた一人の少女に声をかける。


「少し、頼みたいことがあってね……」


茶色い髪を肩まで伸ばした少女は小さくうなずく。

29: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 14:53:10.27 ID:HvQspYQo
その部屋の前の廊下に置かれたソファに腰掛け、一方通行は祈るように手を握っていた。


「頼む……あいつを救ってくれェ……」


冥土帰しが打ち止めをつれて部屋に入ってから10分ほど経った頃、
ふいに目の前のドアが開いた。


「やぁ、気分はどうだい?」

部屋から出てきた冥土帰しはひょうひょうとした口ぶりで聞く。


「あァン!? そンなことはどうでもいいンだよ!」

一方通行は立ち上がり、冥土帰しの胸倉につかみかかろうかというぐらいに近づき怒鳴りあげる。


「そンなことより打ち止めはどうなったァ! ちゃンと助かるンだろうなァ!?」


その質問に対して一方通行と少し距離をとってから、
冥土帰しは先ほどまでとは打って変わって、妙に重々しい口調で答える。



「そのことなんだけどね……」

30: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 14:57:07.31 ID:HvQspYQo
一方その頃、とある公園で一人の少年が俯いて歩いていた。
ツンツンとした髪型をした少年は覇気のない声で一人ぶつぶつと呟いている。


「不幸だ……あぁ、不幸だぁ……」


その少年はつい先ほど、この公園の片隅にある自販機に、
手持ち全財産である二千円札を飲み込まれるという不幸に見舞われていた。


「だあぁぁぁ! もう! どうしてこうも不幸なんだぁー!」


何かが吹っ切れたように叫びながら両手で頭を抱える少年。
周りから見ればあまりにも怪しい人物に見えるだろうが、その少年はもうすでにそんなことも
気にしていられないくらいに精神が擦り切れていた。


「毎日毎日! 身に覚えのない理由で補修! 補修! ほっしゅっう!!
 その挙句に自販機には全財産を飲み込まれるわ! 不幸だぁぁぁぁ!!!」


不幸だ不幸だと喚き声をあげる。
その後ろにひとつの影が音もなく近づき、頭を抱え蹲た不幸な少年の肩に手を置いた。


「少々よろしいでしょうか、と、ミサカは不審な行動を起こしているあなたに問いかけます」


茶色い髪を肩まで伸ばし、額には軍用ゴーグル、そして名門常盤台中学の制服を着た少女。
その少女は感情の読みとれない瞳で蹲る少年を見つめる。

31: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 15:02:01.80 ID:HvQspYQo
「へ? っておぉ、誰かと思ったら御坂妹か。どうしたんだこんなところで」


御坂妹と呼ばれたその少女は、かつてとある実験の為に生み出された体細胞クローン、検体番号10032号。

かつて、目の前の少年に命を救われた少女。

少年は少女の顔を見るや否や取りあえず立ち上がり、
いまだに未練を断ち切れないといった感じの表情で答える。


「実は上条当麻、あなたに頼みたいことがあります、と、ミサカはあなたに頭を下げます」


上条当麻と呼ばれた少年は、下げるといいながらまったく頭を下げている気配のない少女を見て、
ひとつため息をついてから口の中で「不幸だ」と呟きながら頭を掻く。


「はぁ、またやっかいごとかぁ? まぁいいさ……で、俺に頼みたいことってなんだ?」


その少年は、困っている人を見過ごすことのできない人間だった。


「あなたのその右手で救ってほしい人がいるのです、と、ミサカは願いを伝えます」


少年の右手、正確には手首から先、そこに宿る力。
学園都市のシステムスキャンでレベル0と判定され、能力開発は万年落第。

そんな彼の持つ唯一無二の力「幻想殺し(イマジンブレイカー)」




彼はこれまで、その右手で何人もの人を救ってきた。

32: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 15:07:32.39 ID:HvQspYQo
とある病院の一室、そこに一人の少女とそれに連れられるように一人の少年がやってきた。

ツンツンした髪型の少年はその部屋の中にいた一人の少年を見つけると、
一瞬固まり、そして次の瞬間険しい顔つきになり、そしてすぐに何かを振り切るようにもとの表情に戻った。


「一方通行……大体の話は聞いたぜ」


一方通行は俯いていた顔を上げ上条当麻の顔を見ると、一瞬バツの悪そうな顔をする。
だがやはり彼もすぐに元の表情に戻る。


「よォ三下ァ……話は……聞いてるンだなァ?」

「あぁ、お前がその子を連れてきたってことから、そしてその子の今の状況までな」

「そうかよ……けっ、笑えンだろォ?」


一方通行は上条当麻の顔から目をそらし、自らをあざ笑うように言う。


「今まで散々……それこそ1万人以上殺してきた俺がァ
 いまさらになって誰かを救いてェなンざ……調子の言い放しだよなァ」


胸の奥がキリキリと痛む。


「しかも結局俺にはこいつを救うことが出来ねェときやがった、はっ、本当にとンだ茶番だよなァ!」


胸が締め付けられるように息が苦しくなってくる。
とうの昔に涸れてしまったと思っていた涙が溢れそうになる。


「それでもよォ! 守りかたかったンだ! 俺の手でも誰かを守れると思いたかったンだ!
 でも守れねェ! 俺じゃ結局こいつを守ることが出来なかった!」

33: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 15:12:32.03 ID:HvQspYQo
その赤い瞳から涙が溢れだす。


その涙は、どこまでも悲しい色をしていた。


「ハッ! どうだよ……笑えるだろ? 笑えよ! 無様なこの俺を笑えよ!!」


自分でもなにを言っているのかわからなくなってくる。
それでも言葉がとまらなかった、胸のそこから涙と共に自分の意思とは関係なく溢れ出してきた。

それを吐き出さないと、心が壊れてしまいそうな気がして止まらなかった。

悲しさを吐き出して、何かにぶつけなければ張り裂けそうな心を保てなかった。


そんな自分が情けなくて、また涙が溢れ出した。



「――笑わねぇよ」



ビクリ、と一方通行の肩が震えた。
目の前の少年が何を言ったのかわからなかった。


「笑うわけがねぇだろうが!」


力強く、上条当麻はそう言った。
その瞳は真っ直ぐに一方通行を見据えていた。

34: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 15:18:20.01 ID:HvQspYQo
「なンで……」


気づけば涙が止まっていた。


「なンで笑わねェンだよ……無様だろ? 滑稽だろ!? 笑えよ! こンなどうしようもない俺を笑えよ!」


自分の弱さをぶつけ、そんな自分を責め続ける醜い心を曝け出し。
それでもなお、そんな自分のことをまっすぐ見据える瞳。

そんな少年の強さに戸惑い、逃げるように一方通行の口から自虐の言葉が溢れる。


「笑わねぇって言ってんだろ!!!」


それでも上条当麻という男は、一方通行の心から目をそらさない。
今度は、先ほどよりももっと強く。


「なにを笑うことがあるっていうんだ! なにも無様なことなんてねぇじゃねぇか!
 お前はそいつを! 打ち止めを助けたかったんだろ! 守りたかったんだろ!?
 その気持ちに偽りはないんだろう!!? じゃあ何もおかしくねぇしなにも笑うことなんてねぇ!」


言葉が出なかった。
なぜ目の前の少年は自分の為にここまで必死になっているのかわからなかった。
なぜこんな自分を、笑うどころかそんな真っ直ぐな瞳で見つめることが出来るのかわからなかった。


「もし、お前が自分のことを無様だとか滑稽だとか、そんな間違った心に囚われているって言うんなら、
 自分の心と素直に向き合えないって言うんなら――」

39: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 15:26:14.90 ID:HvQspYQo
その少年はどこまでも真っ直ぐだった。
どこまでも真っ直ぐに人を見つめることができる人間だった。

だからこそ、一方通行という少年の心の奥の、
自らが閉じ込めてしまっていた部分を見つけることができた。



「――まずはそのふざけた幻想を、ぶち殺す!!」



その悲しく、やさしい心を。


「三下……俺は――」


やっとわかった。
どうして自分がこの少年に負けたのか。
そしてその時から自分は変わろうと思ったのか。

この少年はいつだって真っ直ぐだったから。
自分みたいに偽りで自分を固めるような人間じゃなかったから。


そんな自分の奥までも、わけ隔てなく真っ直ぐに見つめてくれる強さを持っていたから。


だから、多分自分はこの少年に認めてほしかった。
自分という人間の偽りのない部分を、認めてほしかったんだろう。


「――俺は打ち止めを助けてェ! 頼む、三下ァ! そのためにお前の力を貸してくれェ!」

40: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 15:29:35.04 ID:HvQspYQo
なにかが吹っ切れた気がした。
心が軽くなった気がした。


もう、自分を偽ることなく、真っ直ぐにぶつかって行ける強さを貰った気がした。


「あぁ、まかせろ! お前の思いは絶対に裏切らない!」


一時はすれ違った二人の少年。
もう二度と交わることのないと思えた二つの道が。



今ここで、一人の少女の為にひとつになった。

41: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 15:34:44.89 ID:HvQspYQo
上条当麻は病院の近くの裏路地を走っていた。
放置された自転車やゴミ箱を蹴飛ばしても気に留めている時間はない。


『――この子のこの以上は調整がされていないせいではないね?』


息を切らしながら、汗だくになりながらも怪しいところはすべて見て回る。
途中で不良に絡まれてもかまっている暇はない。


『おそらく何かの能力者、それも直接能力者に干渉しないと手の出しようがないものだろうね』


少しでも怪しいと思えば建物の中だろうがビルの屋上だろうが、
まさに草の根を掻き分けるようにくまなく見て回る。


『ただし、僕の見たところ能力者はここからそんなに遠いところにいないはずだよ?
 そこで上条くん、君には能力者を直接見つけてその右手で能力を解除してほしい』


周辺の目ぼしい場所はすべて調べつくした。
残るの目の前にある廃ビルのみ……。


『僕が見たところどうやらあまり時間に余裕はなさそうだ。
 出来る限りはやく、能力者を見つけて能力を解除してくれたまえ』


窓も扉も外されている、打ちっぱなしのコンクリートがむき出しになった廃墟へと足を踏み入れる。
走り回って疲労が溜まり、重たくなった脚に気合を入れなおす。



『――三下……俺には打ち止めを救うことの出来る力がねェ……頼む……俺の変わりに打ち止めを救ってくれ!』

42: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 15:38:33.64 ID:HvQspYQo
屋上を目指して、上条当麻は力を振り絞り、階段を駆け上る。
静かな建物の中に自分の足音と呼吸音だけがやけに響く。

心臓が血液を体へ送り出す音が聞こえる。

汗が額を垂れるが、そんなものを気にしている暇もない。


上条当麻を動かすもの、それは一人の友人が見せた涙。
初めて自分を偽ることなくさらけ出した一人の友人の願い。

ただそれだけが、彼を動かす力となっていた。


どれくらい上ってきただろう。少年は階段を上りきり、ドアのはずされた屋上へ踏み出した。
一気に上りきったため息が切れ、汗がとめどなく流れ出す。

酸素が足りず、うまく頭が回らない、視界がぼやける。

しかし、屋上の端に見える二人の男、それを見つけたとたんに一気に目が覚めた。


――やっと見つけた。

43: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 15:40:58.25 ID:HvQspYQo
友人を、友人の大切な人を傷つけた犯人、その二つの人影は屋上へ入ってきた少年に気づき、
そしてそのうちの一人が静かに振り返る。


振り返った男は白衣を着た中年の男だった。
目は血走り、息遣いが荒い。そしてその右手には、黒光りする拳銃が握られていた。

そしてその拳銃を向けた先にいたもう一人の男は、見たところ何の変哲もない少年。
しかし、その口は塞がれ、手足は抵抗できぬよう拘束され、その瞳は恐怖に震えていた。






「――やっと見つけたぜ……このクソ野郎が!!」

44: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 15:45:15.94 ID:HvQspYQo
とある病院の一室、ベッドの上で静かに眠っている打ち止めを見つめ、
一方通行は自分の為に駆け回っているであろう友人を思う。

冥土帰しは他に診るべき患者がいると行って部屋を出て行った。


「チクショウ……ここでこうやって待っているだけしかできねェのか俺は!」


自分の無力さが嫌になるが、いまはそんなことに怒りを覚えているときではない。

一応、冥土帰しに応急処置をしてもらい、今は落ち着いているとはいえ、
目の前の打ち止めが今も危険な状態でいることに変わりはないのだ。


『――さすがの僕もこの能力がこの子にどういった影響を及ぼすかはわからないね?
 だから君にはこの子のそばで様子を見ていてほしい』


打ち止めの指先がピクリと動く。
一瞬だが表情が苦痛に歪む。


『残念ながら他にも診なければならない患者もいるから、付きっ切りってわけにもいかないからね?
 ……それにもしなにかあったとき、僕一人では対処できないかもしれない。
 君には彼女を守るという重大な使命があるんだよ?』



打ち止めを守る。

45: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 15:53:16.55 ID:HvQspYQo
そう、この少女だけはたとえ何があっても守る。
たとえエゴだと罵られようともかまわない、守ると決めた。

自分が心から彼女を守りたいと思った。その心にだけは偽りはないのだから。


「……ぜってェに助けてやるからな……」


打ち止めの手をそっと握る。
その手は小さくて繊細で、暖かかった。

この温もりを、手放したくなかった。


「うっ……あぁ……」

「打ち止めァ!?」


突然打ち止めが苦しみだし、その表情がどんどん苦痛の色に染まっていく。
無意識に彼女の手を握る手のに力がこもる。


「おィ! 大丈夫か! しっかりしろォ!!」


打ち止めの表情が苦痛の色に染まりきり、そして――




――ふいになにかが切れたように表情から力が抜けた。

46: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 16:04:50.54 ID:HvQspYQo
「ラ、打ち止めァ……?」

「……」


力のない表情で、打ち止めが起き上がる。
その瞳に、光は宿っていなかった。何の感情も見せないその瞳から、一滴の涙が音もなく零れ落ちる。
その視線の先は、一方通行の瞳の奥を見つめていた。


――ヒュッ


「ンなっ!?」


不意に部屋の隅においてあったメスの一つが一方通行目掛けて飛んできた。
明らかに敵意の篭った攻撃、まともに当たればただではすまない速度で確実に急所を狙ってくる。
とっさのことに混乱しつつも一方通行は飛んできたメスをなんなく反射する。

跳ね返ったメスはその威力を失うことなく壁に当たり、壁紙に小さな傷をつけて大きく跳ね返る。
落ちたメスかカラカラと音を立てて、一方通行の足元へと地面をすべる。

そのメスは見たところ何の変哲もない、どこの病院でも見られるような一般的なメス。
もう動く気配のないメスをちらりと一瞥し、もう大丈夫かと息をつく。


しかし、異常はそれで終わらなかった。


「――ッ!?なンだなンだァ!?一体なンだってンだァ!!」


周りを見渡すと、部屋中のありとあらゆる刃物、がその切っ先を一方通行に向けて浮いている。
一体何が起こっているんだと一方通行はあせる、反射がある限り自分には一切傷がつくことはない。

だがしかし……下手に反射をしては目の前の打ち止めにあたってしまう可能性がある。
それを考えるとうかつに反射するわけにはいかない、とあせりを見せる一方通行の横で打ち止めが呟く。


さまざまな感情が、思いが絡まりあった濁りきった声で。



「――死んで」

47: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 16:19:07.15 ID:HvQspYQo
打ち止めの前髪の辺りでひとつ火花が散る。


その瞬間、部屋中のすべての刃物が一斉に一方通行目掛けて飛んでくる。

もともと冥土帰しが仕事で使う道具や、この部屋での実験などに使うものが大量に置いてあったのだろう、その数はゆうに100を超える。


――「電撃使い(エレクトロマスター)」
学園都市のレベル5、その第3位であり妹達のオリジナルの能力。
そして同時に、それは妹達の使う能力。

そ、打ち止めは自らの能力によって磁力を操作し、部屋中にある金属製の刃物を操っていた。
しかし、彼女達クローンの能力はオリジナルのそれに遠く及ばないもの、
これだけの数の獲物を思うとおりに動かすだけの力はない……。

だがそんなことは関係なかった。
今の打ち止めの目的、それは一方通行であり、その一方通行は今、自分のすぐ目の前。
少し手を伸ばすだけで触れることが出来るほど近くにいるのだから。


「――うおッ!?」


不意に打ち止めが手を伸ばし、一方通行を抱きしめた。
普通なら反射されて誰にも触れることの出来ないその体、だがしかし、彼女は一方通行の反射の対象として認識されてはいなかった。

ならば話は簡単。このまますべての刃物を、自分目掛けて引き寄せるだけでいいのだから――

すべての刃物がとてつもない速さで二人目掛けて放たれる、それらは確実に打ち止めの体を突き破るだろう。

48: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 16:21:47.22 ID:HvQspYQo
「くっそがァ!」


とっさに覆いかぶさるようにして倒れこみ、刃物の弾幕から打ち止めを守る。

――キィンと甲高い音がして刃物が真っ直ぐに反射される。
しかし、かなりの勢いがついた刃物はそのうちのいくつかが壁に跳ね返り、またこちらへ向かってくる。
一方通行は跳ね返ってくる刃物から打ち止めを守るために覆いかぶさったまま、その第2撃にそなえる。



その時、打ち止めの体から火花が散った。



「ンな!? この至近距離で……ッ!!」


ほぼ密着したこの状態で電撃を反射すれば、確実に打ち止めを傷つけてしまう。
ただでさえ調整不足と未知の能力の影響によって不安定な今のこの状態で、
少しでもその体にダメージを与えたら……。


「クソがァっ! 打ち止めァ! 何が何でもお前だけは!!」





――刹那、まばゆい光が二人を包んだ。

49: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 16:27:42.91 ID:HvQspYQo
『――やっと見つけたぜ……このクソ野郎が!!』


上条当麻が吼える。
拳銃を突きつけられた少年の肩がビクリと振るえ、白衣の男が舌打ちをする。


「くそ! ここまできてまだ邪魔が入るのか……ッ!」


男は焦りを抑えきれないといった様子で頭を掻く。


「私の邪魔をするな!どうせこのままでは私はお仕舞いだ!
 もう他にどうしようもないのだ!こうするしかないんだ!!」

「一体何を言ってんだてめぇ……」


男は血走った目で上条当麻をにらみ、拳銃を向ける。


「あいつのせいで私の人生は! 天井亜雄という男の人生は台無しだ!
 このままでは殺される、なら! ならばあいつを殺してでも私は生きてみせる!」


銃口を上条当麻に向けたまま、体を震わしながら男は天井亜雄は叫ぶ。


「あいつって……まさか打ち止めのことか!」


やはりこの男が、打ち止めを苦しめていた張本人。
そうとわかればもう迷っている暇はない、一刻も早くこの男を止め、打ち止めを助ける。

そう思い、握り締めた右手に力をこめる。
男との距離はおよそ10メートル、拳銃を撃たれたとしても相手はおそらく素人だ。
1発目をかわし、一気に駆け抜ければ2発目が放たれる前にたどり着ける。

50: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 16:30:39.23 ID:HvQspYQo
「は! 何を言っているんだ貴様は!あんな出来損ない一人殺したところでなんになるというのだ。」

「なに……!?」


今にも駆け出し、男に飛び掛ろうかとしていた上条当麻の足がかたまる。
この男の狙いは打ち止めではないと聞き、思考が混乱する。


――たしかにあの病院で、打ち止めは苦しんでいた。
見ているだけで胸が張り裂けそうになるくらいに苦しんでいた。
だが、男の狙いは打ち止めではない。


では、この男は一体誰を狙っているというのだろうか。


「一方通行……」


男が震える声で小さく呟く。


「あいつをよく思ってないやつらなんて、この学園都市にはいくらでもいる!
 だから私は奴を[ピーーー]、奴を殺せば匿ってくれる場所なんていくらでもあるのだ!」

「なんだと……?」

「私の計画通り、いまさら贖罪のつもりか!?
 奴は私が野放しにした打ち止めを偽りのやさしさで匿った!
 そして、打ち止めは奴にとっていつでもそばにいる存在となった!」


男が続ける、その口の端は醜くゆがみ。
見開かれた瞳から見える色は、狂気に染まっていた。

51: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 16:35:07.33 ID:HvQspYQo
上条当麻は腹の底が熱くなってくるのを感じていた。
怒りが、体の底から湧き上がってくる。握った右手に爪が食い込み、血が流れる。


「だからこそ今がチャンスなのだ、奴にとって守るべき存在など邪魔でしかないのだから!」


上条に向けられていた拳銃が、再び横にいる少年に向けられる。


「こいつの力を使って打ち止めを操れば、奴を殺せる! 甘え、油断しきっている今のやつならそれで十分殺せる!」


男の隣の少年がビクビクと震える。
その目からは次々と涙がこぼれ、足元に小さなシミを作っていた。


――この少年も、被害者なのだ。

拘束され、抵抗できない状態で拳銃を突きつけられ、無理やり自分の力で人を殺させられる。
罪悪感が、少年の胸を締め付けながらも、それでもやはり抵抗できない。

上条当麻は怒りに震えていた。
目の前の男が許せなかった。


自分の為に、我が身かわいさに人の心を踏みにじり、利用し。
挙句のはてに、一人の少年がやっと手に入れたやさしさを、大切なものを壊そうとした。


「――テメェ!!」


上条当麻の体が跳ねるように駆ける。
身を低くかがめ、右手を握り閉め、拳銃を構える男に向かって一気に走り抜ける。

52: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 16:39:12.57 ID:HvQspYQo
天井亜雄は自分目掛けて駆け抜けてくる少年に向け、拳銃を構える。
少年との距離はもう半分近くに狭まっていた。


「私の邪魔をするなぁ!!」


引き金に掛かった指に力をこめる、不慣れな、ぎこちない動作で頭部に狙いを定め、
一気にその引き金を引く。

銃口から吐き出された鉛の塊は空を裂き、衝撃波をその身に纏いながら直進する。
その銃弾が、衝撃波が肉をえぐり、その身を裂く音が聞こえた。



――銃声が響き、拳銃を握った右手が反動でわずかに跳ねる。
なれない拳銃の扱いで僅かに視界がぶれる。

当たった、そう確信できた。
いかに銃の扱いに慣れていないとはいえ、この距離で外しはしない。
これで邪魔者はきえたと安堵し、ぶれた視界を戻す。


その瞳には、右手を握り締め、振りかぶった上条当麻が視界いっぱいに写っていた。


上条当麻は以前、三沢塾でアウレオルス=ダミーと戦ったときの瞬間練成に対して右手で対処したように。

銃口の角度や引き金を引く指の動きから弾道を予測し、自分の頭目掛けて飛んでくる銃弾を反射的に避け、
その右肩に銃弾を受けながらも紙一重で致命傷を避けていたのだ。

53: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 16:43:34.89 ID:HvQspYQo
「歯を食いしばりやがれ、このクソ野郎が――」

「ひぃ!」


予想外の事態に、慌てて拳銃を握りなおし狙いを定めようとするが、
上条当麻の左手にあっけなくはじかれ、拳銃が鈍い音をたて地面をすべる。


「てめぇが他人を巻き込んで、人の幸せを踏みにじってでも生きてぇだとか、
 あいつの、一方通行のやさしさを偽りだとか決め付けるっていうんなら――」

天井「や、やめろ! やめろぉぉ!!」


右手によりいっそう力をこめる。爪が手のひらの肉に食い込みまた血がにじむ。
先ほど、弾丸が抉っていった右肩に激痛が走る。常人ならその痛みだけで気を保っていられなくなるほどの激痛。

それでも、上条当麻は止まらない。
友達を助けるため、友達の願いを叶えるため。


「――あいつらの、一方通行と打ち止めの大切なモノをぶち壊そうだとか言うんだったら――」


友達のやさしさを、偽りなどではないと証明するため。


「――まずはそのふざけた幻想を、ぶち[ピーーー]!!」


振り上げた右手を振り下ろす。こぶしが天井亜雄の顔に食い込み、肩から血が噴出す。
激痛が走ろうが、いくら血を流そうが構わない。



それでも今は、全力で、その右手で目の前の外道を殴り飛ばす。

54: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 16:45:08.67 ID:HvQspYQo
うはーー!!!だぁぁぁぁぁかぁぁぁぁぁぁらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
ぶち[ピーーー]!!ってなんだよぶち[ピーーー]!!ってぇぇぇ!!orz

しっかりしろおれ!慌てるなおれ!そげぶ!そげぶ!!

55: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 16:45:34.12 ID:HvQspYQo
「歯を食いしばりやがれ、このクソ野郎が――」

「ひぃ!」


予想外の事態に、慌てて拳銃を握りなおし狙いを定めようとするが、
上条当麻の左手にあっけなくはじかれ、拳銃が鈍い音をたて地面をすべる。


「てめぇが他人を巻き込んで、人の幸せを踏みにじってでも生きてぇだとか、
 あいつの、一方通行のやさしさを偽りだとか決め付けるっていうんなら――」

天井「や、やめろ! やめろぉぉ!!」


右手によりいっそう力をこめる。爪が手のひらの肉に食い込みまた血がにじむ。
先ほど、弾丸が抉っていった右肩に激痛が走る。常人ならその痛みだけで気を保っていられなくなるほどの激痛。

それでも、上条当麻は止まらない。
友達を助けるため、友達の願いを叶えるため。


「――あいつらの、一方通行と打ち止めの大切なモノをぶち壊そうだとか言うんだったら――」


友達のやさしさを、偽りなどではないと証明するため。


「――まずはそのふざけた幻想を、ぶち[ピーーー]!!」


振り上げた右手を振り下ろす。こぶしが天井亜雄の顔に食い込み、肩から血が噴出す。
激痛が走ろうが、いくら血を流そうが構わない。



それでも今は、全力で、その右手で目の前の外道を殴り飛ばす。

56: いっそのこと殺してくれぇぇぇぇぇぇぇ 2010/05/15(土) 16:46:20.53 ID:HvQspYQo
「歯を食いしばりやがれ、このクソ野郎が――」

「ひぃ!」


予想外の事態に、慌てて拳銃を握りなおし狙いを定めようとするが、
上条当麻の左手にあっけなくはじかれ、拳銃が鈍い音をたて地面をすべる。


「てめぇが他人を巻き込んで、人の幸せを踏みにじってでも生きてぇだとか、
 あいつの、一方通行のやさしさを偽りだとか決め付けるっていうんなら――」

天井「や、やめろ! やめろぉぉ!!」


右手によりいっそう力をこめる。爪が手のひらの肉に食い込みまた血がにじむ。
先ほど、弾丸が抉っていった右肩に激痛が走る。常人ならその痛みだけで気を保っていられなくなるほどの激痛。

それでも、上条当麻は止まらない。
友達を助けるため、友達の願いを叶えるため。


「――あいつらの、一方通行と打ち止めの大切なモノをぶち壊そうだとか言うんだったら――」


友達のやさしさを、偽りなどではないと証明するため。


「――まずはそのふざけた幻想を、ぶち殺す!!」


振り上げた右手を振り下ろす。こぶしが天井亜雄の顔に食い込み、肩から血が噴出す。
激痛が走ろうが、いくら血を流そうが構わない。



それでも今は、全力で、その右手で目の前の外道を殴り飛ばす。


59: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 16:52:02.63 ID:HvQspYQo
「ッオルァァァァァァァァァアア!!!!」


右手を振りぬき、天井亜雄の体を力いっぱい吹き飛ばす。
その体は地面に叩きつけられながら転がり、屋上の手すりにぶつかって止まり、天井亜雄そのまま気を失った。


「はぁ、はぁ……」


右肩から血を流しすぎ、激痛と失血により意識が朦朧とする中、
横で拘束され座っている少年に目を向ける。


「さぁ、もう大丈夫だ! 早く打ち止めを、一方通行を助けてくれ!」


動かない右腕を庇いながら少年の拘束を左手のみで解きながら叫ぶ。

しかし少年は力なく呟く。


「――ッ! ……すみません、無理なんです……実は僕も何度も能力を解こうと試みたんです……。
 でも、僕の力は一回命令をだすと、相手は自我の力で自力でその命令に打ち勝つか、
 それを実行するまではどうやっても止まらない。僕ではどうやっても止められなくなってしまうんです!」


少年の瞳から涙が溢れる。


「ずっとあの子の声が聞こえてきた。殺したくない、傷つけたくない……その声がさっき途絶えてしまった……!
 悲しい声で、今にも泣きそうな声で、あの子は僕の能力に抵抗し続けた! あの研究者に感情を奪われ、
 抵抗の力を削られていたって言うのに、それでもあの子は苦しみながら抵抗したのに! それなのに……僕は……」


無力な自分を呪う涙、解除できないと知っていながら脅された恐怖に負け、
我が身可愛さに能力を使った自分の弱さを責める涙。

61: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 16:56:45.93 ID:HvQspYQo
だが上条当麻はそんな少年にやさしく微笑む。
すでにその顔は失血により血の気を失い、額からは脂汗が垂れている。


「そうか……だけど大丈夫だ、俺がいる。俺が君を、君の能力を止めてみせる」


そういうと、上条当麻は最後の力を振り絞り、右腕を上げる。

戸惑いを隠せない少年に向かって、やさしく声をかける。


「自分が無力だなんて、誰も助けられないだなんて……
 そんなふざけた幻想は捨てちまえ……」


上条当麻の右手が少年の額に手を伸ばす。


「誰かを助けたいって思える心は、ちっとも弱くなんかねぇよ」


右手が少年の額に触れた瞬間、パキィンと何かが割れるような甲高い音が響き、
そしてそのまま、上条当麻はその場に倒れこみ、気を失った。

その右肩から赤い液体が静かに流れ、その身を赤く染めながら小さな水溜りを作っていく。

62: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 17:02:48.86 ID:HvQspYQo
とある病院の、荒れ果てた一室の中で、一人の少女は目を覚ました。


何か暖かいものがその体に圧し掛かっている。

少女はここがどこだか把握できないまま、はっきりとしない頭を働かせ、ぼやけた視界を晴らす。

まず視界に入ったのは、焦げて黒く滲んだ天井。
そして次に目に入ったのは……。


「ッ! 一方通行!!?」


自分に覆いかぶさるようにして気を失っている白い少年。
一方通行は衣服とその体を焦がし、背中には大量の刃物が突き刺さっている。


「一方通行! しっかりしてください! 一方通行!!」


重たい体を押し上げ、気を失ったままの一方通行を抱きかかえる。
背中に手を回すとヌルリとした感触がした。


「一方通行! 一体どうして!? 目を覚ましてください! 一方通行!!」


少女はわけもわからず叫ぶ。

一体何が起こったのか、理解ができなかった。
なぜ自分は見知らぬ部屋で眠っていて、なぜ彼はそんな自分の上で倒れているのだろうか。

ともかく自体を少しでも理解しようとあたりを見渡す。
壁紙は焦げ、荒れ果ててはいるがどうやら病室のように見えた。

63: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 17:08:07.60 ID:HvQspYQo
「ここは、病院!? はっ、ならばすぐにでも医者を!!」


壁に掛かっていた内線の電話が目に入った。
すぐさま手をかけ受話器を持つ、部屋は荒れ果てているが、電話はどうやら無事なようだ。


『どうしたんだい? 彼女になにかあったのかな?』


受話器の向こうからひょうひょうとした声が聞こえてきた。


「早く! 誰でもいいから早く来て! 彼が! 一方通行がぁ!!」


必死の気持ちで怒鳴りたてる。
受話器を握る手に力が入り、一方通行の血でヌルリとすべる。


『その声は……わかった、今すぐそちらへ向かうから落ち着いて待っているんだ、いいね?』


そう言うと電話は切れ、ツーツーという無機質な音が受話器から聞こえてきた。


「早く……早くして……っ!」


電話が切れてから医者がこちらへ向かってくるまでの1分1秒が永遠のように感じられた。
能力により心臓が動いていることは確認したが、それでもあきらかに危険な状態の一方通行。

そんな彼を前に、ただ医者を待つことしかできない自分が、どうしようもなく憎く思えた。

64: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 17:13:05.96 ID:HvQspYQo
「あなたが死んでしまうなんて、わたしには耐えられない」


思いが、胸の奥底からこみ上げてきて、抑えられなくなる。


「一方通行、私には……私にはあなたが必要なんです!」


その思いは無人の廊下にやさしく響き、
そして溶けるように消え、あたりは静寂に包まれた。


「お願いです……絶対に帰ってきてくださいね……」


力なくそう呟き、少女は歯を食いしばり、涙を飲む。



ここで自分が喚いても、現実は何も変わらないと、
私が泣いても、悲しんでも、多分あの人は喜んでくれないと、

だから、今はただ精一杯の気持ちをこめて祈り続けようと。そう思ったから。

65: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 17:16:38.06 ID:HvQspYQo
手術室前におかれたソファに腰掛け、両手を合わせ、祈るように目を瞑る。


「もし、クローンである私なんかの願いを聞いてくれる神様がいるのなら。
 お願いします、彼を救ってください……彼を……助けてください……」


音のない空間で、ただただ時だけが流れていった。

少女はその空間の中で、ただひたすら祈り続けていた。



小さく、華奢な体が、今にも壊れてしまいそうなほど震えていた。

66: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 17:19:53.29 ID:HvQspYQo
「ン……あァン? どこだここはァ?」


一方通行は白いベッドの上で目を覚ました。
ぼやけた視界に見慣れない天井が目に入り、次に体中から痛みが走った。


「ぐっ! 体が動きやがらねェ……」


どうやら全身に包帯が巻かれているようだ。
少しでも体を動かそうとするたびに痛みが走る。


「ここはァ……病院かァ?」


なんとか動かせる首から上だけであたりを見渡す。
どうやらここはどこかの病院の一室のようだ。


「なンで俺は病院なンかにいやがるンだァ?」


そこまで口にしてから、一方通行は思い出した。
自分がここにいる理由。自分が全身に傷を負い、倒れている理由を。


「そうだ! 打ち止めァ! あいつはどこだァ!」


全身が痛むがそんなこと気にしていられない。
悲鳴を上げる体を無理やり動かし、起き上がる。

67: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 17:26:17.25 ID:HvQspYQo
赤い眼を見開き、あたりを見渡す。痛みで額に汗が滲む。


「あいつは無事なンだろうなァ! 打ち止め! どこだァ! 打ち止めァ!!」


全身を走る痛みを飲み下し、大声で叫ぶ。
あの少女は、打ち止めは無事なのか、それだけが心配だった。

その時、病室の扉が開く。


「一方通行! 目が覚めたんですね!!」


少女が部屋に駆け込んでくる。
すぐにベッドの脇まで駆け寄り一方通行を見つめるその瞳は、赤く充血していた。


「打ち止めァ! よかった……無事だったンだなァ」


打ち止めの無事を確認すると、一方通行の体から糸が切れたように力がぬけ。
そのままベッドに倒れこんだ。


「大丈夫ですか! 私は無事ですから無理をしないでください!」


倒れた一方通行を心配そうに打ち止めが見つける。


「あァ、わかった……もう大丈夫だァ、無理はしねェよ」

「本当にお願いします、今のあなたは怪我人なんですから……」


そういうと打ち止めは俯き、一方通行から視線を下へ落とす。
その小さな肩がぷるぷると小刻みに震えていた。

68: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 17:32:15.07 ID:HvQspYQo
「一方通行……すみません」

「あァン……?」


気をつけていないと聞き逃してしまいそうなほど小さな声で、打ち止めは呟いた。


「監視カメラの映像を見て、何が起きたのかはわかっています」


その声は、今にも消え入ってしまいそうなほど弱々しかった。


「私が……傷つけてしまった。私のせいであなたが傷ついてしまった」


その瞳から涙がこぼれる。


「あなたは私を守ろうとしてくれたのに……あの瞬間、私を傷つけないために
 すべての反射を切って、そんなにぼろぼろになってまで守ってくれたのに……」


そう、打ち止めが電撃を放ったあの時、一方通行は電撃を反射して彼女を傷つけぬように、
すべての反射を切った。そして、電撃と共に襲い掛かる刃物の弾幕を全身に受けたのだ。


「本当にすみません……私は……私は……!」


自分が許せない、自分の弱さが憎い。
どうして自分はこんなにも無力なのだろうか、たった一人の大切な人を守ることも出来ないほどに。

自己嫌悪の深い闇の底に、まだ幼く儚い心が沈んでいく。


「――謝ってンじゃねぇよ」

69: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 17:39:14.72 ID:HvQspYQo
涙を流し、自分を責める打ち止めの言葉を一方通行がさえぎった。
その声が、闇に沈む打ち止めの心を、やさしく救い上げる。

打ち止めはそんな一方通行の表情が見たくて、思わず伏せた顔をあげ、一方通行の顔を見た。


「オマエも助かって、俺も助かった。それだけで十分じゃねェか」


彼は笑っていた。
とてもやさしくて、とても暖かい笑顔で。


「だからオマエはなにも悲しまなくていいンだ。テメェが助かったことを素直に喜ンでりゃ、それでいいンだよォ」


その言葉が、とてもうれしかった。
責められても仕方ないと思った、見捨てられるかもしれないと思った。
自分が情けなくて、嫌になって。もうどうなってもいいと思った。

でも、彼は私を責めはしなかった。
それどころか彼は私を許し、自己嫌悪の闇から救ってくれた。


「一方通行……」


また、涙が溢れてきた。

しかしその涙は冷たい悲しみの涙ではなく、とても暖かいものだった。


「わかったらコーヒーでも買ってきてくンねェかなァ?
 こちとら動けねェし喉がカラッカラなンだよォ、ブラックだぞブラックゥ」


一方通行はまるで何事もなかったかのようにそう言う。

70: 気づいたら始めてから4時間も経っていた。こんだけ長くぶっ続けで見てるひといるのか……? 2010/05/15(土) 17:43:20.95 ID:HvQspYQo
「は、はい! ブラックですね。すぐに買ってきますから、じっとして待っていてくださいよ?」


だから打ち止めは、精一杯の笑顔で答える。
たとえ涙でクシャクシャになっていようとも、一方通行はきっとそれを望んでいるから。


「あァ、間違えてブラック以外を買ってくンじゃねェぞ」


一方通行の言葉を背に受けながら、彼女は病室をでる。
少しでも早くコーヒーを買って彼の元へ帰ろうと、少し小走りで廊下を通り抜ける。

通りかかった看護婦に廊下を走るなと注意され、慌てて謝り。
今度はゆっくりと歩を進める。

「そうですよね、慌てたりしなくてもいいんです。あの人はもう、どこかへ消えたりしないのですから」


小さくつぶやき、その柔らかな頬が小さく緩む。
静かに進めるその足取りは軽く、喜びにあるれていた。




その瞳に、もう涙は浮かんでいない。

73: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 17:49:46.84 ID:HvQspYQo
ちょっと休憩。

なんか疲れてきたと思ったら4時間以上経ってました。あせる。



しかし土曜日とはいえやっぱり昼はあまり人がいないようですねー。
製作は雰囲気が静かでdat落ちの心配もないから進めやすい。

しかし書き溜めすると進行が早くて良いね!
でも思った以上にレスが少なかったからこのままじゃ100行く前にこの話終わりそうだぜ。

VIPだとレスだけで結構埋まっちゃうからなぁ……



とりあえず一休憩しながら書き溜めを見直してきたら続きあげます
結構あげる直前でミスに気づくとか書き足したい衝動に駆られたりとか大変……

この話終わったら一応続きを書こうかと考えてるんですが
まだ書き溜めがあまり出来てないので、そちらはもう少し先になるかと!

79: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 19:07:10.29 ID:HvQspYQo
コンビに行ってきた!!


飯食ってシャワー浴びたら続きやります。

もう残りそんなに長くないけど待っててくれたらうれしいな!ってミサカはミサk(ry

82: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 19:54:09.38 ID:HvQspYQo
打ち止めが病室から出て行った後、入れ違うように二人の男が入ってきた。


「よう、三下ァ……」

「一方通行、打ち止めが助かってよかったな」


上条当麻は一方通行が目を覚ましているのを確認するとそう声をかける。
その右腕は包帯で巻かれ、固定されていた。


「しかし、君も無茶をするね? もう少し処置が遅かったら危なかったよ?」


冥土帰しが相変わらずひょうひょうとした口調で言う。
その手にはカルテが握られていた。どうやら仕事として一方通行の様子を見に来たようだ。


「本当だよなぁ、まったく、お前が死に掛けたって聞いたときはびびったぜ」

「上条君?君もかなり無茶をしているね?
 君だって、もう少し出血していれば危なかったってことがわかっているのかな?」

「ぐぅ……すみません」


しょうもない会話をする二人を見て一方通行はほっとする。
二人ともまるで何もなかったかのように笑っている、もう、あの悪夢のような事件は終わったのだ。


「しかし、本当によかったよ、皆助かって」

「あァ……そのォ、なンだァ……」


一方通行が照れくさそうに頬を掻く。

83: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 19:59:18.94 ID:HvQspYQo
「テメェのおかげで助かったぜェ……ありがとよォ」


そう吐き捨てると、すぐさま視線を逸らして反対側を向いてしまう。
微かに赤く染まった頬が白い肌のおかげで際立っていた。


「ははっ、気にするなよ。上条さんはこういうのには慣れてますから」


上条当麻は一方通行からの思わぬ謝礼に一瞬戸惑ったが、
すぐにニヤリと笑い胸を張った。


「この程度のことはもう慣れっこなのです! なーんにも問題なぁ! いたたたた!」


左手で胸をドンと叩くと、その振動が響いたのか右肩を抱えて蹲る。


「はぁ、まったく何をやっているんだねきみは?」

「ただのバカだろォ、やっぱり三下は三下ってことだァ」

「んなっ!一方通行、いくらなんでもバカってこたぁないだろバカは!」


くだらない会話、どうでもいいような会話だが、一方通行にはそんなことがうれしかった。
昔のままの自分では絶対に感じることのできなかった暖かさが、そこにあった。

目の前でバカをやっている上条当麻をチラリと見る。

84: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 20:01:28.31 ID:HvQspYQo
かつては自分を止めてくれた、自分に痛みを教えてくれた、自分を真っ直ぐに見てくれた。

そして今回は、自分の弱さを受け止め、自分を救ってくれた。


表面ではバカにしていても、心の中では感謝してもしきれないほど、
上条当麻は一方通行にとって大きな存在になっていた。


一方通行は冥土帰しと話している上条当麻を見つめ、誰にも聞こえないような小さな声で呟く。






「――ありがとよォ、上条当麻」

85: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 20:05:55.35 ID:HvQspYQo
「――ちょっと話があるんだが、いいかな一方通行君?」


上条当麻が自分の部屋に戻るといって部屋を出て行くと。
一人部屋に残った冥土帰しが、いつになく真剣な表情で問いかけてきた。


「あァ?なンだ、つまンねェ話なら聞く気はねェぞ」

「つまらない話……ではないと思うよ、少なくとも君にとっては、とても重要な話だと思うんだがね?」


なにやら思わせぶりな言い方をする冥土帰しに、
少々の苛立ちを感じ、急かすように問いただす。


「そうかそうかァ、そンじゃあさっさとその重要な話ってのを聞かせろォ」

「話っていうのあの少女の話なんだがね?」


その言葉を聞いた瞬間、一方通行の眉がぴくりと動く。
あの少女――つまり打ち止めについての話。


「あの少女の体が未熟だというのは知っているね?」

「あァ、それは打ち止め本人に聞いた……やっぱりそれがなにか問題なのかァ?」

「そのこと自体は定期的に調整を受けさえすれば特に問題はないんだがね?
  むしろ問題なのはその中身、人格のほうなんだよ」

「どういう意味だそりゃあ」


一方通行は打ち止めの人格に問題があると言われ微かに苛立ちを覚える。

86: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 20:08:08.85 ID:HvQspYQo
「まぁそう怒らないで、冷静に聞いてもらえるかな?」


その苛立ちを察したのか、冥土帰しは諭すように続ける。


「彼女たち、妹達の人格は学習装置というものを使って人為的に組み込まれたものなんだがね?
 それが、彼女の場合は完全じゃないんだ」

「完全じゃねェ……だと?」

「そう、彼女の人格には他の妹達とも違った独自のデータが使われていてね?
 まぁ、おそらく今回の事件の犯人の仕業だろうけど……。
 僕が考えるには少しでも能力で操りやすくするように、自我や感情というものを無理やり削ったんだろうね?
 ……まぁ、ともかくそれが問題なんだよ」


今回の事件の犯人、一方通行も先ほど上条当麻から聞いて、
その犯人が自分の実験に関わっていた研究者、天井亜雄だと知っている。

たしかに研究者であの実験に関わっていた彼になら、人の目に触れずにそういったことを行うことはできただろう。


「そいつは、具体的にどうやべェってンだァ?」

「人格データそのものが不安定だし、不正なデータはあの体には少々影響が強すぎるんだ。
 つまり、簡単に言えば外側が中身に耐え切れないってことだね?
 このまま放っておけば……彼女は近いうちに外からか内からか、どちらにせよ壊れてしまうだろうね」

「なンだとォ!」


打ち止めが壊れてしまう。その言葉に一方通行は怒鳴り声を上げる。

87: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 20:12:36.41 ID:HvQspYQo
やっと、やっとこの手で守ることができたあの少女が、
また危険にさらされると聞いて、一方通行は黙っていられなかった。


「おいィ!そいつはどうにかできねェのか!テメェは医者だろォ!なンとかできねェのかよ!!」

「だから落ち着くんだ。もちろん僕だってこのまま何もしないつもりはないさ……
 ただ、彼女を助けるにはある覚悟をして貰わなければならないね?」

「覚悟だァ?そんなもンとっくに出来てるってンだァ! あいつが助かるってンなら何だってしてやる!」


もともと一方通行には覚悟があった。
打ち止めを守るためならなんだってするという覚悟が。



「そうかい? それじゃあ説明させてもらうよ? 彼女を救う方法は……」

88: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 20:17:50.60 ID:HvQspYQo
深夜の病院の一室で、一方通行はベッドに横になり天井を見上げていた。
自分の傍らにはイスに座ったままベッドにうつ伏せにもたれ掛かり寝息を立てる打ち止め。

そして、彼の手には彼女の人格データが入った携帯端末。

覚悟は決めていた、だがいざ実行に移すとなると戸惑いを隠しきれなかった。



『――ここに彼女に本来使われる予定だった人格データがあるね?
まぁどこから手に入れたのかはちょっと言えないんだけど。まぁともかく、君の能力、生態電気も操れるんだってね?
それがあればこの人格データを彼女に書き込むこともできる、ただし――』

「ちくしょうが……なにをやってンだ俺はァ、こいつを救うンだろうが……」


一方通行は戸惑い、行動を起こせない自分を捲くし立てるように呟く、
しかし、やはり踏み出すことができない。

携帯端末を握る手に、汗が滲む。


『――今の人格データの上に上書きをしてしまえば、彼女の中身はまったくの空白に戻ることになるね?
 つまり、今まで君と過ごしてきた日々の思い出も……君への想いも、すべてを失うことになる』


打ち止めが、自分のことを忘れてしまう。
そう考えるだけで、目眩がした。

彼女を救いたいと思うのに、彼女を救うにはこうするほかないというのに。

最後の一歩が踏み出せない。

89: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 20:20:23.91 ID:HvQspYQo
「くそ……一体俺はどうすりゃいいンだ!」


さまざまな感情が自分の中でぶつかり合い、せめぎ合う。
いっそこれは夢なんじゃないかと思いたくなるほど、目の前の現実が苦しかった。

そっと、目の前で眠る打ち止めをみる、安らかな寝顔。
まるで自分にすべてを許し、信頼しているように、その寝顔は穏やかだった。


もし、記憶を失ってしまったら。
もし自分との思い出を忘れてしまったら。

もう二度と彼女が自分を見てくれないような気がして。
かけがえのない彼女が、離れていってしまうような気がして……。


「一方通行……」


ふいに、打ち止めが呟く。
起きてしまったか、と、とっさに手に持った携帯端末を布団の下に隠す。


「うぅん……」


しかし、打ち止めは起き上がるところか瞼を開く気配もない、どうやらただの寝言だったようだ。
ほっと胸をなでおろし、携帯端末を再び取り出し、その画面を見ていると。
また、打ち止めが眠ったまま小さく呟いた。

90: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 20:24:34.25 ID:HvQspYQo
「一方通行……」


小さく、そしてやさしく囁くように呟く。


「信じています……ずっと、一緒です……よ……」


その言葉が、一方通行の胸に突き刺さった。

そして、いつまでうじうじしているつもりだと、自分の心の弱さを責める。


「そうだよなァ……そうだ、なにも迷うことなンてねェンだ」


携帯端末の電源を入れる。
画面に大量のデータコードが映し出される。


「たとえ記憶がなくなろうが、俺のことを忘れようが関係ねェ」


常人には理解できないそれを、一方通行は一気に読み取る。
最後の一文字まですべてを頭にいれ、再び電源を切る。


「お前は俺を信じてるってェのに、俺は何を心配してンだァ」


そっと、自分の傍らで眠る打ち止めの額に手を触れる。
暖かい感触が、少女の息遣いが指先から伝わる。


「たとえすべてを忘れようと。お前が俺のことを拒否しようとかンけェねェ」



学園都市第1位「一方通行」のすべての能力を今、彼女のために使う。

91: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 20:30:02.65 ID:HvQspYQo
「おまえがまた笑ってくれるなら、お前さえ笑ってくれりゃあ、俺はそれで十分だァ」


脳内で、回路が焼ききれるかと思うほど莫大な量の演算を開始する。


――ひとつ、またひとつと彼女の記憶がかき消されていく。


それでもとめるわけには行かない。
彼女を、一方通行の大切な人、打ち止め救うために。


「あばよォ打ち止めァ、みじけェ間だったが、楽しかったぜェ?」


最後にそう言い残し、彼は演算に集中するべく、言葉を絶った。






――ひとつ、またひとつと、かけがえのない思い出が白く塗りつぶされていく。

92: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 20:35:19.99 ID:HvQspYQo
病院の中庭に、一人の少年が立っていた。



少年はどこまでも白く澄んでいて、そのまま向こう側が見えるのでは無いかと錯覚するほどに透き通っていて、、
やわらかな朝の日差しを浴びて、朝の白い世界に溶け込んでいた。


彼の透き通った赤い瞳が見つめる先に、一人の少女がいた。

その少女の体は小柄で、華奢で、それは少年がほんの少し手を触れれば壊れてしまいそうなほどだ。

朝日のやさしい光をあびた茶色い髪はきらきらときらめき、
頭頂部から跳ねたクセ毛は、彼女の一挙一動。それこそくすくすと小さく笑う微かな揺れにも反応して、
まるで意思を持っているかのように揺れ動く。


その瞳には未来を見据える少年のような明るく力強い光が宿っている。


彼女は、姉妹かと思うほどよく似た顔をした少女と、カエル顔をした医者と共に、
朝の澄んだ空気の中、中庭を散歩しているようだ。



その表情は、とても楽しそうだった。
特徴的ながらも明るく素直な口調ではしゃぐその表情は、偽りのない感情に溢れていた。

93: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 20:40:34.07 ID:HvQspYQo
白い少年はその姿を遠くから見守る。


何度か彼女達に声をかけようかというそぶりを見せながらも。
しかしその足は石像のように固まって動かない。


遠くから楽しそうな少女達を見る。
その表情は、とてもおだやかでやさしくて、しかし朝の冷えた空気に溶け込んでしまいそうなほど
儚さと切なさに満ちていた。



不意に、少女が少年のほうを振り向いた。
頭頂部のクセ毛が、その動きに合わせてピョンと跳ねる。



少女は一瞬、ハッと驚いたような顔をしたあと、
とてもおだやかで、まるで朝の日の光のように暖かい笑みを浮かべる。


少女はそのまま少年の方へ駆けてくる。


あからさまに視線を向けすぎて怪しまれたか、と少年は予想外の自体にどう反応すれば良いのか戸惑う。
とにかく、少しでも怪しまれないように、感づかれることの無いように、その焦りを少女に悟られぬように、表情を偽りの笑顔で塗り固める。




その時――

94: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 20:45:09.74 ID:HvQspYQo
「ただいま! 一方通行!!」



目の前まできた少女がその名を呼んだ。
もう二度と呼ばれることはないだろうと思っていた少年の名を。

笑顔に塗り固めた表情ががらがらと音を立てて崩れる。
その顔は、戸惑いの色に染まっていた。


「なにをそんなに驚いてるの? ってミサカはミサカは間抜け顔のあなたに聞いてみる」


少女は戸惑う少年の白い手を小さくやわらかいその両手で優しく握ると、
心の底からの、偽りのない純粋な笑顔を浮かべ、戸惑う少年にやさしく囁く。






「――ずっと一緒だよって言ったでしょ?」

95: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 20:57:39.29 ID:HvQspYQo
朝の中庭、白く霞んだ世界を一人の少年と少女が歩いている。

その光景はとても暖かく、美しい。


そんな二人を窓から眺め、電話をする医者がいた。


「君からもらった人格データだけどね?何か特別な仕掛けでもしてあったのかな?」


医者は受話器の向こうの相手に向かって、ひょうひょうとした口調でたずねる。


『そんなことないわ、何の変哲もない、ただの上位固体用の人格データよ』


受話器から聞こえる声は、落ち着いた、若い女性のものであった。


「ふむ、それじゃあこれも、あの少年の言っていたこころっていうのが関係しているんだろうかねぇ?」

『さぁ、よく分からないけれど、人は時にそれを奇跡と呼ぶそうよ?』


受話器からクスクスと小さく笑う声が聞こえる。


「奇跡、かい? ふむ……まぁしかし、それにしてもなぜ君は僕に人格データを渡してくれたのかな?」

『さぁ、どうしてかしらね? これも奇跡というものかもしれないわよ?』

「そうかい? それじゃあこの奇跡は君の優しさが起こした奇跡ということかな?」


女は医者の問いかけに対して、やわらかく、少し切ない調子で答える。


『私が優しい? 違うわ、私は優しくなんてない……
 これはただの甘え、あの子から目を離し、苦しませてしまった自分に対する甘えよ』


女はもう一度、クスリと小さく笑って続ける。




『私は甘いのよ、それは優しさなんかじゃないわ。本当の優しさというのは――』

96: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/15(土) 21:05:59.06 ID:HvQspYQo
朝日が二人をやさしく包んでいた。
二人は手をつなぎ、病院の中庭を歩いていた。



「しっかし、ずいぶンとやかましくなりやがったもンだなァ?」

「むぅ、やかましいとは失礼な、ってミサカはミサカは頬っぺたを膨らましてみる」

「それにィ、ころっころ表情も変わるようになりやがった」

「うー、もしかしてテンションの高いミサカは嫌いなのかな? ってミサカはミサカは
 もしかしたらあなたに嫌われたのかと心配になってみたり」

「ばーかァ、前までがガキにしちゃあ大人しすぎただけだろォ。大体ガキってのはギャーギャーと五月蝿いもンなンだよォ」

「ほんとに?ほんとにミサカを嫌いになったりしない? ってミサカはミサカは――」

「ほンっとにしつけェなァオイ、俺はこの程度で態度変わるほど薄情なやつじゃねェよ。
 ……だからてめェはそンなつまンねェこと気にしてねェで――」





「――ガキはガキらしく、素直に笑ってりゃいいンだよ」






一人の少年と一人の少女がいた。
二人の心はどこまでも澄んできて、二人を包む空気までもが輝いて見えた。

二人は笑う、お互いの心を許し、支えあい、触れ合う。
笑顔が自然とこぼれてしまう。そんな暖かさが二人の間に満ち溢れていた。


少年と少女は手を繋ぎ、明日へ向けて歩き出す。
たとえ過去がつらくても、たとえ向かう先の未来に闇が潜んでいても。

その笑顔は変わることなく輝き続ける。
その輝きは、すべての悲しみを、優しく包み込み、すべての苦しみを乗り越えてきた。



二人を繋ぐその両手に、やさしくきらめく優しさが確かにあった。

123: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 18:35:55.87 ID:I/CMBaEo
夕暮れの学園都市――太陽は並び立つ高層ビルのかげに落ち。
その赤くやさしい光をビルの窓が反射し、その町を美しく染めあげる。

そんな黄昏時に、一人の少年と少女が歩いていた。


少年はその白い髪と肌に夕日の光を受け、その体は夕日の色に染まり、
黄昏時の町の景色に溶け込み。その赤い瞳の奥には夕日を映す。

その隣、頭から飛び跳ねたクセ毛をぴょこぴょこと揺らしながら少年の横を歩く少女。
その柔らかな横顔はほのかに赤みを帯びており、夕日の光を受けてより一層その色を際立たせる。
肩の辺りまで伸ばした茶色い髪は光を反射し、きらきらとやさしくきらめく。


少女は隣を歩く少年を見上げ、覗き込むように言う。


「今日の夕飯もコンビニ弁当?そんなんじゃ体壊しちゃうよ、ってミサカはミサカは育ち盛りの自分の体を心配してみる」


少年はめんどくさそうに視線を落とし、下から覗き込むようにして首を傾げる少女の瞳を見る。

少女と出会ってから数週間、少年と少女は同じマンションの一室に暮らしている。

124: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 18:37:30.69 ID:I/CMBaEo
「ンなこと言ったって、俺は料理なンざこれっぽっちもできねェンだからしかたねェだろうがァ」


それだけ言うと少年はすぐに視界を前へ戻し、頭を掻く。

そんな少年にあきれた様に少女はため息をつく。


「あなただってまだまだ若いんだから、そんな内からコーヒーとコンビニ弁当ばかりの食事なんて
 絶対体によくないんだから! ってミサカはミサカは健康に気を使う出来る女アピールをしてみたり!」


少女は陽気な声でそういったが、その瞳は確かにその少年のことを心配していたが。
本当のところはコンビニ弁当ばかりの食生活に嫌気が差してきた、というところだろう。

少年達は病院を退院してからの一週間、毎日の食事はコンビニ弁当か近所のファミレスで食事を済ませていた。
最初のうちはファミレスでの食事を喜んでいた少女も、さすがに飽き飽きしてきたようだ。

少年はそんな少女を見て困ったように頭を掻き、ふと何かを思い出したように呟く。


「そういやァ……打ち止めァ、オマエ確かまえは自分で朝飯作ってたよなァ……?」


そう、その少女、打ち止めはとある理由により、今の人格になる前には自分で朝食の準備をしていた。
別に少年に作れと言われたわけでもなく、自主的に自分の朝食を作っていたのだ。

とはいえ、その内容はフライドエッグやトースト、サラダなどといった簡単なものであったし、
昼食や夕食は基本的に今と同じく、出来合いのコンビニ弁当や近くのファミレスなどで済ませていたが。


「最近じゃァ朝食も自分で作らなくなったよなァ……まさか人格データが変わったからもう出来ませンって言うのかァ?」

125: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 18:40:17.66 ID:I/CMBaEo
少年は歩を進める足を止め、急に止まったことにより自分より一歩先のところで止まった打ち止めを
じろりと湿った目線で見つめ、そう問いただす。打ち止めはその視線に耐え切れず、目を逸らすが、
少年は何も言わずにそんな打ち止めを睨み続ける。


しばらく心の中でその視線との格闘を続けた打ち止めだが、一分、二分と絶え間なく注がれる視線に耐え切れなくなったのか。
三分も経った頃には、冷や汗を垂らしばつが悪そうな顔をして静かに視線を戻し、少年の湿った目を見る。


「うぅ……それはそのぅ……だ、だって一応知識はあるけど、なんていうか……その……」

「めンどくさいってかァ?」


打ち止めの言葉に少年が割って入ると、少女はギクッっという効果音が聞こえてきそうな勢いで体を跳ねる。
その動きに合わせて頭のクセ毛が軽快なリズムを刻む。


「ケッ、どうせそンなこったろうと思ってたぜ。まぁ普通のガキは自分で自分の飯なンざァ作らねェだろうしなァ」


図星を付かれ、ぷるぷると震える打ち止めに対して、少年はあきれたように言う。
別に、そんな打ち止めを責めるというわけではないのだろうが、その素振りは明らかに打ち止めを馬鹿にしているように見える。

そんな少年を見て、打ち止めは何度か口をぱくぱくと動かした後、取り繕うように早口で捲くし立てる。


「いや! 別に面倒だとかそういうんじゃなくって!確かにちょっと自分で作って自分で食べるってのは寂しいなぁと思うの、
 ってミサカはミサカはいつもコーヒーだけしか飲まないあなたの隣で一人寂しく食べていた朝食の風景を思い出してみたり!
 あれって結構寂しいんだよ! あなたはミサカに料理なんて作ってくれないし、ってミサカはミサカは……そうだ! たまにはミサカも
 あなたがミサカのために愛情を込めて作ってくれた料理が食べてみたいな一方通行!!」

126: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 18:42:29.28 ID:I/CMBaEo
あせりによってだんだんと言っていることが本筋からずれて行っていることに、打ち止め本人は気づいている様子はない。
なおもその小さな体をせわしなく動かし、身振り手振りで言い訳を続ける打ち止めを視界の隅に収め、
少年、一方通行はビルの隙間から光をこぼす夕日を見つめる。

あぁ、夕暮れの学園都市の街並みというのも悪いものじゃない、そんなどうでもいいことを考える。


「……ハァ、俺が料理だァ?」


打ち止めはあいも変わらず言い訳を続け、今現在ではなぜか一方通行の手料理についての考察を語っている。
決してその小さな胃袋に、彼の手料理が収まることはないのに、と、一方通行はあきれ返る。

そもそも先ほど、自分は自分で料理が出来ないとこの少女に伝えたばかりではないかと。


「そう!別に上手じゃなくてもあなたが作ってくれるってことに意味があるの!ってミサカはミサカは
 愛情こそが最高の調味料なのよってドラマの台詞を真似して見る!」


そろそろ本人も話の流れが可笑しくなっていることに気づいてきたらしい。
だんだんとその瞳に焦りの色が濃くなっていく。道行く学生達はそんな打ち止めを見ながらくすくすと微笑む。


「おい打ち止め、そろそろ落ち着きやがれェ」


流石にこれ以上ほったらかしにしておくと、この少女は何を言い出すか分からない。
そう思い一方通行は世話しなく体を揺らす打ち止めの小さなその頭をガシガシと乱暴に撫でる。

127: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 18:45:07.61 ID:I/CMBaEo
「むぅ! 大体あなたももう少しミサカの健康のことをもっと考えてくれてもいいんじゃないかな、ってミサカはミサカは
 自分もまだまだ育ち盛りであることを再度主張してみる!」

「はいはいィ、そうですねェ育ち盛り育ち盛りィ。そのちっせェ体が少しでも大きくなるといいなァ?」


口ではそういいながらも、一方通行は少し真剣に自分と打ち止めの食生活について考えてみる。


確かに打ち止めの体はまだまだ育ち盛りの年齢。
今までは手間がかかり面倒だという理由だけでろくに料理などしたことはないし。
自分1人ならそれで何も問題はないと思っていた。
しかし打ち止めは、やはりしっかりとした物を食べ、健康に気を使うべきなのではないだろうか。

彼女たち妹達の体はただでさえ普通の人間と比べ不安定なのだから。


「ふン……料理、かァ……」


しばらく考えた後、一方通行はくるりと踵を返し、コンビニとは別の方向へ歩き出す。


「え? ちょ、ちょっとまって! どこへ行くの!? ってミサカはミサカは急に歩きだしたあなたを追いかける!」


急に置いてきぼりにされた打ち止めが慌てて一方通行の背中を追いかける。
一方通行はそんな打ち止めのことを忘れきってしまったように、なにやらぶつぶつと呟きながら、ひたすらどこかへ向かって歩を進める。


「ねぇねぇ、あなたは一体どこへ向かってるの? いつものコンビニはこっちじゃないよ!ってミサカはミサカは――」

128: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 18:48:31.59 ID:I/CMBaEo


「――料理する」


その歩みの向かう先を問いただそうとした打ち止めの言葉をさえぎって一方通行が言う。
打ち止めはふいの一言に言葉を失い、引きつった笑みを浮かべ、その場に立ち止まってしまう。


「え、えぇぇぇ!? あなたいま料理するって言った? ってミサカはミサカはまさか本気にされると思ってなくて
 不測の事態に動転したり!」


やっとのことでそう叫ぶ、急に大声を出したため道行く何人かの学生が視線を向ける。
先を歩いていた一方通行は振り返り、すぐさま打ち止めの目の前へと歩み寄ると怪しい笑みを浮かべて囁く。


「いきなり大声だしてンじゃねェよクソガキ、周りに変な目で見られンじゃねェですかァ」


耳元で囁かれ、不覚にも微弱に心拍数があがってしまった打ち止めは、夕日の光があたる場所に一歩下がり、
赤く染まった頬の色をごまかす。


「そ、そもそもあなたは料理ができないんじゃないの? ってミサカはミサカはさっきのあなたの言葉を思い出してみる」


慌てる打ち止めの言葉を受けて、一歩通行は不敵な笑みを浮かべながら自信たっぷりに宣言する。


「心配すンなァ、学園都市第1位、一方通行にできねェことはねェ」

「あ、あはは……」


打ち止めの引きつった笑みに、冷や汗が一筋つたう。

そんな打ち止めとは対照的に、一歩通行はなにやら楽しげに歩き始める。

129: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 18:51:21.87 ID:I/CMBaEo
とあるマンションの一室、一方通行の部屋のリビングで打ち止めはソファに座り、なにやらソワソワと
落ち着きなく肩を揺らす。時折、キッチンのほうへ視線を向けてはため息をつく。

キッチンの方からは、規則的な、しかし時々調子の外れた包丁の音が聞こえてくる。


「だ、大丈夫かな、ってミサカはミサカはかつてない不安を感じてみたり」


グツグツと鍋の煮えたぎる音が聞こえてきて、しばらくするとスパイスのいい香りがリビングまで漂ってくる。
打ち止めはその匂いを嗅ぎ、不安でいっぱいのその心中とは打って変わって、その小さな胃袋は空腹を告げる。


「うぅ、それでもお腹は減っちゃうんだからぁ……」


打ち止めの育ち盛りのその体は、空腹を感じ食べ物を求める。
その欲求に押されるようにして、不安がだんだんと押しのけられていくのを感じるが。

それでもキッチンからなにか物音が聞こえて来る度に、その不安は押し戻されてくる。



打ち止めは思い返す、今現在のこの状況、その原因となった会話。
つい先刻、まだ夕日がビルの合間からその顔を覗かせていた頃、コンビニへと向かう途中の会話。


「なんであんなこと言っちゃったかなぁ……ってミサカはミサカは後悔先に立たずをこの身を持って体感してみる」


突如、料理をすると言い出した一方通行は、コンビニへ向かう足を止め、そのまま近所のスーパーへと向かった。
そこで何が食べたいかと聞かれた打ち止めは、とりあえず失敗の少ないカレーを頼んだのだが……。


「それでもやっぱり不安かも……」

130: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 18:54:03.08 ID:I/CMBaEo
しばらくの間心の中で、正直逃げ出したいという気持ちとの戦いを続けていると、一方通行が二つの皿を持ってリビングへと戻ってきた。


「オラ打ち止め、カレー(?)が出来たぞォ」


なぜカレーという単語に疑問符が付くのかと甚だ疑問だが、ひとまず見た目は普通のカレーが出てきた。
一方通行は打ち止めの横に座るとそのカレーを自分と打ち止めの前に置く。

コトン、と音を立てておかれたカレー、白いご飯はキレイに炊けているようだ。
ほかほかと白い湯気を立てながら、カレー特有の食欲を誘う香辛料の香りが鼻に付く。

カレーの具にはにんじんやジャガイモなどのごくごく普通の野菜が、多少大雑把ながら打ち止めにも食べやすい大きさに切られている。
少々肉が多めに入っているように見えるのは、一方通行の個人的な趣向なのだろう。



「よし、食うぞォ」

「う、うん……」

131: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 18:56:25.54 ID:I/CMBaEo
一方通行はそういうと、打ち止めがカレーを食べるのを待つように、何も言わずジッとその手元を見つめる。
打ち止めはそんな視線に耐え切れず、意を決してスプーンを手に取る。
目の前に置かれた一方通行作のカレー、見たところは何の変哲もないカレー。



「いただきます、ってミサカはミサカはあなたの好意を無駄にしないように頑張ってみる……ッ!」


そもそもカレーを作るうえでそう簡単に変な失敗はしないだろう。


そう思い、ゴクリと喉を鳴らし、スプーンでカレーを掬い、一気に口に含む。










「――苦い」




一方通行の料理したキッチンには、空になったいくつもの缶コーヒーが転がっていた。

132: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 18:58:41.88 ID:I/CMBaEo
日も落ちた学園都市、一方通行と打ち止めは等間隔に並べられた街灯と月明かりが照らす夜道を歩いていた。
一方通行は少々不機嫌そうな顔をして、進める足はカツカツと苛立ちの音を鳴らす。

そんな一方通行の横を、げんなりとした表情で歩く打ち止めは、どこか頼りない足取りで一方通行の手を握る。


「ま、まだ怒ってるのかな? ってミサカはミサカは不機嫌そうなあなたに聞いてみる」


一方通行は不機嫌そうな表情を崩さずに答える。


「べっつにィ? 俺はなンにも気にしてなンかねェですよォ? だからオマエは何にも気にしねェで
 ファミレスのおいしィドライフードでも食ってればいいンじゃねェですかァ?」


明らかに怒っている。
打ち止めが一方通行作のカレーを『こんな苦いカレー食べられないよ!』と言い放ったことから、
二人は予定を変更して、近くのファミレスへ夕飯を食べに行くことにした。

マンションの部屋には、鍋の中に大量に残された罪無きコーヒーカレーが物言わぬ住人として悲しく鎮座していた。


打ち止めはため息をつき、一方通行の手を一際強く握り締める。


「本当にごめんなさい、謝るから機嫌を直して? ってミサカはミサカはあなたのそんな顔は見たくないかも……」

133: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 19:01:44.00 ID:I/CMBaEo
打ち止めの肩がしゅんと縮こまる。頭のクセ毛がひょろりと元気なくしおれる。
そんな打ち止めを見て、一方通行は立ち止まり頭をぽりぽりと掻きながら、打ち止めの頭をガシガシと乱暴になでる。


「こンなくだらねェことでいちいち落ち込ンでンじゃねェよ。
 本当に気にしてねェっつゥの、ただ料理の一つもできねェ自分が情けねェだけだよォ」


打ち止めはガシガシと撫でられる頭を手を繋いだ方と逆の手で押さえながら言う。


「本当に怒ってないの? よかったぁ、あなたって無口になると怖いんだから、ってミサカはミサカは
 さっきまでのあなたの仏頂面を思い出してみたり」

「そいつはわるゥございましたァ、もともとこういうツラなンだよォ。」


打ち止めの頭から手を離すと、機嫌を直したようにいつものやさしい表情に戻り、再び歩き出す一方通行。
打ち止めはくしゃくしゃに乱れた髪を整えながら、照れ隠しのような笑顔でその横を歩く。

134: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 19:02:34.79 ID:I/CMBaEo
あ、やっべ、すみません少しせきはずします。

多分30分くらいで戻るんでまっててくださぁぁいすみません一方さんんんん!!!!

135: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 19:36:14.56 ID:I/CMBaEo
ごめんねただいま再開します。
今回はちょっとペース早めでさっくさくいかせてもらうぜぇ

136: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 19:37:56.21 ID:I/CMBaEo
「――ン?」


ふと一方通行は足を止め、近くの路地裏の奥へと赤い視線を向ける。


「どうかしたの? ファミレスはまだ先だよ? ってミサカはミサカは急に立ち止まったあなたに呼びかけてみたり」


打ち止めは頭上に疑問符を浮かべながら、一方通行の視線の先、深い闇に包まれた路地裏に眼を向ける。


「あそこに何かあるの? あっ! もしかして猫ちゃんか何かかな、ってミサカはミサカは――」

「オイ打ち止めァ、ちょっとそこの自販機の前で待ってろォ。すぐに戻る……勝手に動くンじゃねェぞ」

「え? ちょ、ちょっと待ってよ! ってミサカはミサカは本当は追いかけたいけど待ってろって言われたから動けないジレンマー!!」


一方通行は打ち止めを街灯の照らす表通りに残すと、足早に暗闇の中へとその白い体を消す。

打ち止めはその姿が見えなくなるまで見つめると、仕方なく言われたとおりにすぐ近くの自販機の前で火花を散らして遊んで待つことにした。
月明かりと自販機の無機質な明かりの中、その火花が妙に暖かく感じた。


「まったくもう、あの人は本当に優しいのか冷たいのかわかんないなぁ……」


小さな火花が散る、二つの小さな火花を、細く白い閃光が繋いだ。
その姿がなんだか微笑ましくて、頬が緩んだ。

視線を一方通行の消えていった路地裏の奥へと向ける。


「でも、あの人のそんな不器用なところが好きなんだけどね、ってミサカはミサカは一人寂しく大胆告白っ!」

137: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 19:40:29.66 ID:I/CMBaEo
打ち止めの視線の先、闇に遮られたその先に一方通行は立っていた。
周りには数人の男が気を失い倒れている。しかし、その中の誰一人として一切の傷を負ってはいない。


「――ったく、めンどくせェなァオイ」


一方通行は足元の男の服をつかみ、軽々と持ち上げると、邪魔にならないよう路地裏の隅へと投げる。
それなりの勢いで投げられた男の体はしかし、音もなくやわらかに地面へと落ちる。


「そンでェ? オマエはそンな真似してどうしようってンだァ?」


投げ捨てた男を一瞥した後、一方通行の赤い瞳が、ただ一人目の前に立つ男へと向けられる。

男は荒い息遣いで常盤台中学の制服を着た少女を捕まえ、盾にするようにしてその顔にナイフを向ける。
少女は恐怖に振るえ、その瞳からは涙が溢れている。


「た、助けてください……」


恐怖に震えながら口をパクパクと動かし、おびえた声で何とかそれだけ搾り出す。

男は手に持ったナイフを一方通行へと向け、かすれた声で叫ぶ。


「そ、それ以上近づくんじゃねぇぞこの化け物が! この女がどうなってもいいのか!?」

138: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 19:43:24.41 ID:I/CMBaEo
「化け物」という言葉に一方通行がぴくりと反応する。
口の端を醜く吊り上げ、その視線により一層強い殺意を込めて、一歩、また一歩と目の前の男へと近づいていく。

ジャリ、ジャリ、と小さな足音が閉ざされた空間に響く。


「あァ、残念だったなァオイ? オマエの言う通り俺は化け物だからよォ?
 ……そいつがどうなろうが知ったこっちゃねェンだわ」


一方通行が手を広げ、男をあざ笑うかのように語りかける。
一歩一歩、少しずつその距離が縮んで行く、一方通行が近づくにつれ、男の顔が焦りと恐怖の色に染まっていく。


「――ッ! テメェ!!」


男がその手に握ったナイフを少女へと突き立て、振りかぶる。


「――ヒッ!?」


少女の息を呑むような小さな叫び声、その瞳には狂気の色に光るナイフの切っ先が映る。
その切っ先が少女の首筋に触れ、その柔肌へと食い込む刹那、その刀身は音もなく路地裏の闇へと消え去る。


男と少女の間に、白い手が伸びていた。

139: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 19:46:47.39 ID:I/CMBaEo


「だがァ、それでテメェがいい気になるっつゥのは癇に障るンだわァ?」


一方通行が笑う、赤い瞳が暗闇の中で光る。

男の目に映るその瞳は、血のように赤く、死の恐怖を連想させる。


「う、ウラァァアッ!!!」


気が動転し、冷静さを失った男が、もはや刃も消えた柄だけのナイフを一方通行目掛けて振りかぶる。


一方通行が緩やかに、しかし人の目に映らぬほどの速さでその右腕を振るう。
白い右手が男の腕に触れる、赤い瞳を静かに閉じる。その瞬間男の両腕が跳ね上がり、少女の拘束が解かれる。


「おいオマエ、そこの表の自販機の前に茶髪のガキがいる」


一方通行の右手が男の顔をつかむ、それだけで男の体はいとも簡単に宙に浮く。
男は必死にもがき抵抗するが、その手は一方通行に触れることすらかなわない。


「そいつのところまで走って逃げなァ」


少女は怯えきっており、最早喋る事もできず、震える足で言われたとおりに路地裏から駆け出る。

男が浮かび上がった足で一方通行を蹴りつける。
その瞬間そのつま先がゴキッ、と嫌な音を立て、男がうめき声を上げる。


「――オマエらには、ちィとばかし"お仕置き"が必要みてェだなァ?」


一方通行は楽しげに笑い、男をつかむその手に力を込める。
静かに開かれた赤い瞳に映る男の表情は、恐怖に染まっていた。

140: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 19:49:29.37 ID:I/CMBaEo
路地裏から少し出たところ、表通りにある自販機の横のベンチに座って暇をもてあましていた打ち止めは、
ふと聞こえてきた足音に顔を上げ、視線を向ける。


「――ん? あなたはだぁれ? もしかして迷子さんかな? ってミサカはミサカは慌てた様子のあなたに声をかけてみる」


足音の主の少女は肩で呼吸をしながら、その両手を胸の前で固く握りしめ、その場にへたれこむ。


「だ、大丈夫!? 気分が悪いの!? ってミサカはミサカは慌てて駆け寄ってみたり!」


打ち止めはベンチから飛び降り、慌てて座り込んだ少女のもとへ駆け寄ると、どうしたらよいか分からず
とりあえずその背中を小さな手でさすってあげることにした。


「はぁ、はぁ……」


少女はしばらく荒い呼吸を繰り返した後、背中に感じる小さな暖かさにより、落ち着きを取り戻す。
呼吸が整ったのを確認して、打ち止めは少女の前にしゃがみ、その顔を覗き込む。


「もう大丈夫かな? 見たところお姉さまと同じ常盤台の学生さんみたいだけど、ってミサカはミサカは
 こんな時間に常盤台の子が歩き回ってることに疑問を感じてみたり」

「あ……は、はい、ありがとうございます。もう大丈夫です。あ、あの……えぇっと、その……」


少女は打ち止めに何かを聞こうとするが、どうもうまく言葉が出ないようだった。
打ち止めは、とりあえず少女がうまく言葉を纏めることが出来るまで待つことにした。

141: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 19:52:14.56 ID:I/CMBaEo


「あ、あの……さっきそこの路地で、えっと、白い男の人にここで待ってろって言われて……」

「白い人って絶対一方通行のことだよね……ねぇ、その人はその後どうしたの? ってミサカはミサカは
 そろそろじっと待ってるのにも飽き飽きしてきたかも!」


打ち止めが一方通行のことを聞こうとしたとき、音もなく二人のもとへその張本人が戻ってきた。
一方通行は少女のそばに座る打ち止めを見ると、わしゃわしゃとやさしく頭を撫でる。


「よォ打ち止め、留守番ごくろうさン。ンで、オマエは大丈夫かァ? なンでこンな時間にあンなのに絡まれてたンだ?」


一方通行は一通り撫で回した後、打ち止めの頭をぽんぽんとやさしく叩くと、こちらを見つめている少女へ問いかける。
その赤い瞳と目が合った少女は、ふと頬を赤らめ視線をそらしてしまうが、失礼だと感じたのか、すぐに立ち上がり視線を戻す。


「え、えぇっとその、実は夕方ごろに道に迷っているところを先ほどの方々に声をかけられまして、それでそのぅ……」

「要するに騙されて襲われそうになってましたァってか」

「は、はい……」


少女は顔を赤らめる、恥ずかしさでその場にうつむいてしまう。
打ち止めはそんな少女の顔を下から覗き込み、首をかしげる。

142: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 19:56:00.10 ID:I/CMBaEo


「まァ、常盤台の世間知らずなお嬢様じゃあ仕方ねェか。次からは気をつけろよォ?」


一方通行はそう言い捨てると、ぽん、と一度だけ俯く少女の頭に手を置き、そのまま歩き出す。


「あ! もぅ、あなたはすぐにそうやって何も言わずにさっさと言っちゃうんだからー!
 ってミサカはミサカは頬を膨らませてあなたの後を付いていく!」


打ち止めもそれに続き、その場を去ろうとした瞬間、一人残された常盤台の少女が声をかける。


「――あ、あの」


なんとか搾り出した声は囁きかけるように小さな声だったが、一方通行はその声を聞き逃さなかった。


「なンだァ? もうガキが歩き回るような時間じゃねェぞ? さっさと寮に帰りなァ」


一方通行は振り返り、諭すように言う。
確かにもう完全下校時刻はとっくに過ぎ、街灯の照らす街並みに学生の影はほとんどない。


「あの、お名前を……お名前を教えて頂けませんか?」


少女は意を決してそう問いかける。握り締めた手が、少しだけ震えている。
一方通行はそんな少女の瞳を見つめ、少しだけ考えるそぶりを見せると、面倒臭そうにつぶやく。


「名前はねェ――どうしても呼びたいってンならァ一方通行って呼びなァ?」

143: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 19:59:25.66 ID:I/CMBaEo
そんな少年を見て打ち止めはうれしそうに微笑む。
一方通行の手をぎゅっと握り、少女のほうを元気よく振り向く。


「ミサカの名前は打ち止めだよ! お姉さんのお名前はなぁに? ってミサカはミサカは聞いてみる!」


少女はうれしそうに微笑み、今度は落ち着いた様子で、柔らかな声で答える。


「わたくしは、常盤台中学一年生の湾内絹保と申します。一方通行様、助けていただいて本当に有難うございます」


湾内絹保はやさしくウェーブした明るい茶髪を揺らしながら頭を下げる。
一方通行は小さく頬を緩め一言だけ、「気にするな」とつぶやいた。

打ち止めはそんな二人の顔を交互に見つめると、湾内絹保の元へ歩み寄り、耳元で囁く。


「あの人ってあまりお友達がいないの、もしよかったらお友達になってあげて? ってミサカはミサカはお節介を焼いてみる」


打ち止めはそれだけ言うと耳元から離れ、満面の笑みを浮かべる。
湾内絹保はその表情につられ、お嬢様特有の、やわらかなおっとりとした笑みをこぼす。


「あの、もしよろしければ


そのやわらかな笑みを一方通行へと向ける。


「助けていただいたお礼をさせてはくださいませんか?」

144: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 20:02:07.93 ID:I/CMBaEo
夜の闇に紛れ、一方通行には分からなかったが。
その頬には暖かな赤みがさしていた。

一方通行は少女の足元でにやけている打ち止めを、一瞬だけジトリと睨むとすぐさま視線を上げ、目の前の少女を見る。
どうも打ち止めに変なことを入れ込まれたようだが、その瞳は純粋にお礼がしたいと思っているようだ。


「はァ、ったく……他人の好意は無駄にするもンじゃねェからなァ……」


一方通行は静かに歩み寄り、湾内絹保の前に立つ打ち止めを引き寄せながら言う。


「お礼だろうが何だろうが好きにしなァ? 」


湾内絹保の表情がパァッと明るくなる。
打ち止めはどうやらその結果に満足したように、クセ毛をぴょこぴょこと揺らして笑顔で頷く。


「ただしィ」


しかし、一方通行は釘を刺すように冷たく言う。
一体何を言われるのだろうか、と、湾内絹保は少し不安そうな表情を浮かべる。


「今日はもう遅いからなァ……礼とやらはまた今度だ」


一方通行はそれだけ言い、やさしく微笑むと携帯電話を取り出し、少女にも取り出すように無言でさとす。
連絡先を赤外線で送信し、再びジーパンのポケットに収めながら言う。

少女はしばらく、液晶画面に映る一方通行の連絡先を見つめると、小さくはにかむ。

145: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 20:04:19.65 ID:I/CMBaEo


「はァ、もう大分遅くなっちまったなァ……しょうがねェ、寮まで送ってやる」

「へぇ~、ずいぶんと優しいんだね? ってミサカはミサカはもしかして満更でもなかったりするのかなって
 あなたに微笑ましげな視線を送ってみたりぃぃいっ!?」


打ち止めの額に一方通行のでこピンが炸裂する。
打ち止めは小さく悲鳴を上げ、涙目になりながら赤くなった額を抑える。


「よ、よろしいんですか? わざわざ送っていただくなんて……」


湾内絹保は頬を赤く染め、戸惑いながらも身を乗り出して問いかける。
両手を胸の前で強く握り締める。その瞳は、喜びの色で輝いていた。


「このまま帰して、またさっきみたいなのに絡まれちまったら、目覚めがわりィしなァ」


一方通行は気恥ずかしそうに頭を掻く。
隠そうとしているようだが、その白い肌は相変わらず頬の赤みを強調してしまう。

146: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 20:07:24.17 ID:I/CMBaEo


「まァなンだァ、とりあえずさっさとオマエの寮に行くぞォ、こっちは晩飯もまだ何ですよォ」

「あ、ありがとうございます! って、夕食はまだ食べてらっしゃらないのですか?」

「あのね、この人ってばカレーもまともに作れなかったから今からファミレスに食べに行くところだったの!
 ってミサカはミサカはあのカレーの味を思い出して少しげんなりしてみたり」


あからさまに打ち止めのクセ毛がしおれる。
そんな打ち止めを不機嫌そうに睨みながら一方通行は愚痴をこぼす。


「うっせェなァ、大体料理なンざ出来なくても死ぬわけじゃねェだろうがァ」

「でもでも、やっぱり自炊が出来ないと今後大変だと思うよ? ってミサカはミサカはあなたの今後が心配かも……」


二人のそんな会話を聞いて、湾内絹保は何かを思い立った。


「あ、あの……」


くだらないことで言い争う二人を交互に見つめ、湾内絹保がおずおずと言った様子で言葉をかける。
二人は言い争う口を止め、完全に同じ動きで少女のほうに振り向く。

急に振り返った二人にびくりと肩が跳ねる、二つの視線に見つめられ、顔を真っ赤に染めながら、
消え入るような、小さな声で呟いた。


「も、もしよろしければ、わたくしがあなた方に食事を作らせて頂いてもよろしいでしょうか?」

147: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 20:10:22.20 ID:I/CMBaEo


「――そンじゃあ、次からはあンなしょうもねェヤツラに絡まれねェよう気をつけろよォ?」


常盤台中学学生寮前、門の明かりで照らされた道で一方通行は湾内絹保に別れの言葉を言う。


ここまで送ってくる最中、彼女は一方通行の少し後ろを黙って付いてきていた。
打ち止めはそんな彼女にことあるごとに常盤台のことや超電磁砲のことなど、その瞳をギラギラと輝かせ、
うるさいくらいに話しかけていた。

彼女は打ち止めのあまりの勢いとその眼差しに、困っている様子だったが、あえて止めることはしなかった。

あまり喋りが得意ではない一方通行としては、そうやって後ろで騒いでいてくれたほうが
気を使わなくて楽だったのもあるが、打ち止めもたまには自分や医者以外の人間と話したいだろうと思った。


「またねお姉さん! 明日楽しみにしてるね! ってミサカはミサカは念には念をで約束を確認してみたり!」


打ち止めは楽しそうに湾内絹保の手を握り、ぶんぶんと振る。


先ほどの自販機の前で、打ち止めが彼女と勝手に明日の夕食を作る約束を早々と取り付けてしまったのだ、
打ち止めの期待に満ちた瞳で見つめられ、一方通行は仕方なくその話に乗ることにしたのだ。

実際のところ、内心多少楽しみに思っている自分がいることに気づいたが、
相手がお礼をしたいと言って来ているのだし、自分が料理を出来ないから仕方がないだけだ、と自分に言い聞かせた。

148: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 20:13:22.92 ID:I/CMBaEo
湾内絹保は困ったように笑いながら、目線を打ち止めにあわせ、やさしく囁く。


「はい、美味しいお料理を作れるようにがんばらせて頂きます」


打ち止めはその言葉に満足したように満面の笑みで答える。
湾内絹保もそんな少女を愛らしく思ったのか、無意識のうちにその頭に手を伸ばす。


「――んっ」


その細い指が髪に触れると、打ち止めはぴくりと反応する。
湾内絹保は思わず伸ばした指を引っ込めるが、何も言わずその頭を差し出す打ち止めをみて、またその手を伸ばす。

その細い指でさらさらとした髪の毛をやさしく撫でる。寮の門灯の明かりで細い茶髪が絹糸のようにきらめく。
撫でているとほのかに、シャンプーの甘い香りがする。


「ん……えへへっ」


打ち止めは気持ちよさそうに目を瞑ってその頭を撫でられる。
一通り打ち止めの頭を撫でると、湾内絹保はぽん、とその頭に手を置いて気持ちよさそうな打ち止めに微笑む。

打ち止めも自分の頭を撫でる手が止まったのを感じて目を開けると、やはり嬉しそうに微笑む。


「満足したかァ?」


そんな微笑ましい二人を見ていた一方通行は、静かに声をかける。
湾内絹保はその声に反応し、顔を上げると、静かに立ち上がり頭を下げる。
やさしくウェーブした明るい茶髪が揺れる。


「わざわざここまで送っていただき有難うございました。」

149: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 20:16:10.22 ID:I/CMBaEo
一方通行はそっけなく返事をすると、いまだに撫でられた余韻に浸っている打ち止めを見る。


「まぁこのガキも楽しかったみてェだし、お互い様だろォ、気にすンな」


打ち止めは一通り頭の上に残る余韻を満喫したあと、顔を上げる。
その大きな瞳はきらきらと光り、口の端は満足そうに緩みきっている。


「えへへ、お姉さんの手気持ちよかったよ! ってミサカはミサカはまた明日も撫でてほしいな!」


よほどその撫でられ心地がよかったのか、打ち止めは先ほどから頬が緩みきっている。
湾内絹保も頬を緩め、やさしく返事をする。


「そンじゃ、そろそろ帰るぞ打ち止めァ、オマエもさっさと戻らねェとやべェンじゃねェのか?」


湾内絹保は一方通行にそういわれると、はっと思い出したように閉ざされた学生寮の門を見ると顔を青く染め、
急に慌てた口調になり、口早に別れを言う。


「そ、それでは今日は本当に有難うございました。また明日の夕方、お部屋のほうに参りますね」


それだけ言うと頭をさげ、慌しく門の中へ入っていく。
打ち止めはそんな彼女の背中を見つめながら、その門が閉まった後もしばらく手を振り続けた。


「ほら帰ンぞ打ち止め、今日はもうコンビニ弁当でいいだろォ」


そういうと一方通行と打ち止めは二人並んで学生寮を後にする。
終始上機嫌ににやけている打ち止めを見ながら、一方通行は満足そうに吐息をこぼす。


まだ冷え切らない夜の闇の中、その吐息は白く染まることもなく、透明なまま夜の闇に消えた。



一方通行は夜空を見上げる。もう月が空高く輝いている。
いつもと変わらぬその月が、いつもより美しく輝いて見えた。

150: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 20:20:15.56 ID:I/CMBaEo


――学園都市の休日、昼下がりの大通り、そこは普段着ている制服から私服に着替え、ショッピングなどを楽しむ学生や、
休日にも関わらず学生服を着てじとじととした空気を漂わせる補修帰りの生徒で溢れる。


そんな中を、一人の少女が足早に歩く。名門常盤台中学の制服に身を包んだ少女。
その腕には盾をモチーフにした緑の腕章、それはこの街の学校の治安を守る組織「風紀委員(ジャッジメント)」の証。


長く伸ばした茶髪のツインテールを揺らしながら歩く少女は、大通り脇のある路地の前で立ち止まる。

ポケットから細長いスタイリッシュなデザインの携帯電話を取り出し、ワンプッシュで電話をかける。
小声で二言三言の簡単な会話をした後、静かに通話を切る。

その瞳で路地裏を見つめ、小さく息を吐く。腕に付けた腕章を確認するようにやさしく指でなぞる。
トン、と軽やかな音がして、少女の体が小さく宙に浮く。長い茶髪がなびき、緩やかに弧を描く。


その瞳を閉じ、その空間に自分の存在を確かめる。




――次の瞬間、午後の日差しの照らす大通りから少女の姿が消えた。





151: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 20:23:26.27 ID:I/CMBaEo
大通りから路地へと入りさらにその奥へと進んだ先、高く聳え立つビルに囲まれ、日の光が届かぬ空間。
一人の少女がとてもつまらなそうな表情で、すすけたビルの壁に寄りかかっていた。

常盤台中学の制服に身を包み、茶髪を肩の辺りまで伸ばした少女。


少女はその瞳で目の前の光景、今現在の自分の状況を確認する。


壁を背にした少女を取り囲むように、数人の男が立っている。
全員が深くフードを被っており、薄暗い路地裏の空間とあいまってその顔がよく見えない。

そのうちの数人が、この薄暗い空間でも異様な存在感を放つナイフをその手に持っている。


少女は特に慌てた様子もなく男の人数を数える。
端から順番に一人、二人、それぞれをその目でしっかりと確認する。


「全部で5人、うちナイフを持ってるのが3人?」


あきれたような口調でそう呟くと、あからさまなため息をつく。
肩を落とし、まったくもって興味が無いように男達から視線を逸らす。


「そんな小道具なんか持っちゃって、それで一体どうするわけ?」


少女は天高く、ビルの間から見える小さな空を見上げる。
小さくちぎれた雲が緩やかに流れていく。

152: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 20:25:56.32 ID:I/CMBaEo
その様子をしばらく見つめた後、静かにその視線を地面へと落とす。
天にはあんなにも青い空が見えるのに、自分の立つ地面は酷く暗く、荒んでいる。

そのことにほんの少しの感傷を抱いたのか、その頬が自嘲気味に緩む。


「実は昨日よぉ、てめぇと同じ常盤台の女のせいでひどい目にあっちまったんでなぁ……」


フードを被った男の内、もっとも奥に立ち、ナイフを握った男が静かに答える。

その声は怒りに震え、感情を押さえ込むようにかすれている。ぎりぎりと歯軋りの音が静かな路地裏のなかで、やけに大きく聞こえる。
ナイフを持った手が震えるほど力が入り、血管が浮き出る。この静けさではナイフを握り締める音まで聞こえてきそうだ。


「っつぅうわけでよぉ? お前に恨みがあるわけじゃねぇんだが、まぁ運が悪かったと思って、ちょっくら大人しく……憂さ晴らしさせてくれやぁ!」


その感情を、怒りを抑えきれなくなった男が大声でそう叫ぶと、少女を取り囲んでいた男達が一斉に少女に飛び掛る。
その全員が、その瞳を怒りに染めている。


男達のごつごつとした拳と、冷たく光るナイフの切っ先が少女目掛けて飛ぶ。


それでも少女は、静かに地面を見つめたまま、やはり興味が無いと言った様子でため息をつく。

153: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 20:27:31.30 ID:I/CMBaEo


「あんたたちにどんな事情があるのか知らないけど――」


その視線を上げる様子もない少女の髪から、小さな火花が散る。
バチリと響いたその音は、次の瞬間男達の怒りを飲み込む轟音となって、その空間に響く。

少女に向かって切りかかるナイフの刃が、見えない力により弾き飛ばされる。


「――人の貴重な休日を潰した罪は重いわよ!」



世界が青白い光に包まれ、時間が止まったかのような錯覚に襲われる。
空間に留まり切れなかった光が、ビルの隙間から溢れ出す。


その光は天高く貫く白い塔のようにも見えた。




その光は、余波の波によって、蜃気楼のように揺れ動きながら青空に溶けていった。

154: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 20:30:39.11 ID:I/CMBaEo


ツインテールの風紀委員が、路地裏のビルに囲まれた空間に立っている。
その少女はどこから来たのでもなく、突如その狭い空間の中央に現れた。


少女はその場から動くことなく、無言で自分の周りの状況を確認する。
黒く焦げ付いたアスファルト、熱によって溶けたガラスの破片とその刀身を曲げたナイフ。

そしてその身のところどころを黒く焦がし、気を失っている数人のフードを被った男。


少女はしばらくその光景を眺めた後、がくりと肩を落とし、盛大にため息をついた。

やる気を失った瞳で、転がっている男達のうちの一人を見る。
その手に握られたナイフを蹴り飛ばすと、腕につけた腕章を軽く触り、覇気のない声で呟く。


「風紀委員ですの。あなた方を婦女暴行の容疑で拘束します」


形だけそういうと、少女は手に持った鞄から対能力者用の手錠を取り出し、すべての男を拘束する。

拘束した後に、男達を路地裏の一箇所にまとめて転がすと、顔を確認するために全員のフードを取る。


「一体なんなんですのこれは……」


驚いたように少女は目を丸くする。
一度目を逸らし、自分の視覚が正常であることを確認し、ふたたびフードを剥いだ男たちの頭を凝視する。

155: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 20:34:19.44 ID:I/CMBaEo
その頭髪は短く刈られ、とある模様を残して、残りはすべて抜け落ちている。

その模様を順番に並べた少女は、哀れみの目で男達を見つめる。



『  お  仕  置  き  だ  』



そう記された男達の頭部は、暗い路地裏でもの寂しく風に吹かれていた。
その髪が風で揺れることはない。



少女は携帯電話を取り出し、ワンプッシュでどこかへ繋ぐ。

無機質なコール音が鳴り響き、4回目のコール音が鳴り終わると同時に、甘ったるい少女の声が聞こえた。


「白井さん、大丈夫ですか? 通報のあった路地裏はどうでしたか?」


通話口から聞こえた自分を心配する言葉に、ありがとうとやさしく呟くと、
その声色を暗く落として、口早に伝える。


「初春、通報のあった路地裏で数名の殿方を拘束しましたので。後のことはお任せしますわ」


それだけを簡潔に伝えると、相手の返事を待たずに通話終了のボタンを押す。

気絶した男達を一瞥し、哀れな男達のためにフードを駆けなおしてあげると、
携帯電話をポケットへとしまい、また一つ小さくため息をつく。


「まったく、お姉さまときたら……」




少女の姿が、路地裏から消えた。

156: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 20:38:05.22 ID:I/CMBaEo
常盤台中学学生寮、まるで貴族の邸宅のような雰囲気を放つホール、その左右の脇にある階段を上った先。


二○八号室


部屋のドアが静かに開く、ノック等の動作が見受けられないあたり、この部屋の住人らしい。


休日でも校則により着用を義務付けられた制服を着こなし、茶髪のツインテールを揺らしながら一人の少女が静かに部屋へと入る。
部屋はホテルのような造りになっており、基本的に就寝のために使用されるようだ。

少女は部屋に静かに歩を進め、二つあるうちの片方のベッドに音も無く腰掛ける。
シーツのしわを両手でやさしく撫でながら、ツインテールを揺らし、部屋の隅のデスクに腰掛けた少女に声をかける。


「お姉さま、正直におっしゃってくださいな」


その声には多少の怒りとあきれの色が伺える、ジトリと湿った目線で少女の背中を見つめる。


「先ほど、路地裏にいらっしゃいませんでしたか?」


静かな声で続ける、デスクに腰掛けた少女が肩の辺りまで伸ばした茶髪を揺らしながらため息をつく。
ワンテンポ置いて静かに振り返り、ベッドに腰掛けた少女の眼を見る。


「はぁ……別にいいでしょー? 先に喧嘩売ってきたのはあっちのほうなんだから。きちんと手加減もしてるし、正当防衛よ、せいとうぼうえい!」


少女を頭を掻きながら、いかにも面倒だといった様子で息を吐く。


「そうは仰いますが、お姉さま? 一体今月だけでもう何回目でございますの?」

157: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 20:41:18.79 ID:I/CMBaEo
ツインテールの少女はベッドに倒れこみ、枕を抱きしめる。
枕に顎を乗せ、両足をパタパタと振りながら、顔に掛かった髪を手で払う。


「さぁ何回目だったかしら? でもそんなことどうだっていいでしょ。私だって別に好きで喧嘩やってるわけじゃないんだから」

「ですが最近は何かと物騒ですし……そうですわ、昨日は湾内さんも暴漢に襲われたとかなんとか……」


ツインテールの少女が枕に顔を半分埋め、ぶつぶつと呟く。



「ちょっと! 湾内さんってあんたの同級生の子でしょ、水泳部の! 大丈夫なの!?」


茶髪の少女が少々声を大きくして問いかける。

その質問に落ち着いた口調で、枕から顔を上げ答える。


「心配ございませんわ、なんでも通りすがりの殿方に助けていただいたとか」


その答えを聞き、安心したように息をつく。
たとえ直接の面識は薄いとしても、大事な後輩の友達が襲われたと聞いては黙っていられない。

そんな彼女の性格に、この少女は引かれたのだから、そんな彼女を見て自然と頬が緩んでしまうのは仕方がない。


「なんでも今日はその殿方のところへお礼へ行くんだとか……たしかその殿方はとても……白い方だったようですわ。
 それもとても強い能力者だったとか、例の殿方ではなくてよかったですわね?」

158: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 20:45:12.10 ID:I/CMBaEo
ツインテールの少女はベッドに倒れこみ、枕を抱きしめる。
枕に顎を乗せ、両足をパタパタと振りながら、顔に掛かった髪を手で払う。


「さぁ何回目だったかしら? でもそんなことどうだっていいでしょ。私だって別に好きで喧嘩やってるわけじゃないんだから」

「ですが最近は何かと物騒ですし……そうですわ、昨日は湾内さんも暴漢に襲われたとかなんとか……」


ツインテールの少女が枕に顔を半分埋め、ぶつぶつと呟く。


「ちょっと! 湾内さんってあんたの同級生の子でしょ、水泳部の! 大丈夫なの!?」


茶髪の少女が少々声を大きくして問いかける。

その質問に落ち着いた口調で、枕から顔を上げ答える。


「心配ございませんわ、なんでも通りすがりの殿方に助けていただいたとか」


その答えを聞き、安心したように息をつく。
たとえ直接の面識は薄いとしても、大事な後輩の友達が襲われたと聞いては黙っていられない。

そんな彼女の性格に、この少女は引かれたのだから、そんな彼女を見て自然と頬が緩んでしまうのは仕方がない。


「なんでも今日はその殿方のところへお礼へ行くんだとか……たしかその殿方はとても……白い方だったようですわ。
 それもとても強い能力者だったとか、例の殿方ではなくてよかったですわね?」


少女が皮肉交じりに言う。
そんな少女に頬を引きつらせながら愛想笑いを浮かべていた少女は、ふとその言葉に引っかかるところがあることに気づいた。

小さく音を立ててイスから立ち上がると、少女は向かい合うようにもう一つのベッドに座り、重たい口調で確かめるように呟く。


「黒子、その白い奴のこと、もう少し詳しく聞かせてもらえる……?」



その声は、いつに無く冷たい。

159: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 20:49:37.88 ID:I/CMBaEo
とあるマンションの一室。窓から差し込む午後の日差しが室内をやわらかく照らす。


そんな部屋の中で、一方通行はソファに座り、特に何をするでもなくコーヒーをすすっていた。
二人分のスペースのあるソファに身を預ければ、その身はわずかに沈み、なんともいえぬ心地よさを感じる。

そんな心地よさの中、コーヒーの香ばしい香りが漂い、その香りを胸いっぱいに吸い込む。


最近の彼は、自分でコーヒーを淹れることにはまっているらしい。
今日のコーヒーもいい出来だ、と一人満足げに微笑む。

一方通行にとって、静かな午後のひと時を過ごすには最高の憩いの香りだ。


そんな一方通行とは打って変わって、部屋の中を落ち着きなく歩き回る打ち止め、
とてとて、と頼りない足音が少々走り気味にリズムを刻み、午後の部屋の静寂の中に響く。


一方通行も始めこそは気にも留めずに、一人静かなひと時を満喫していたのだが。
あまりに長く、世話しなく響き続ける足音に、自分の憩いの時間を踏みにじられるような苛立ちを感じ、
それでもなお響き続ける足音に、その苛立ちが我慢の限界を超えた。


「おいクソガキィ、もう少し静かに待てねェのかァ」


静かな声、しかしやけに重たい響きを持ったその音は室内によく響き、歩き回っていた打ち止めの肩がびくりと跳ねる。
肩を縮めてその歩みが止まる。

一方通行はコーヒーを一口すすり、時計の時刻を確認し、
肩を縮めた体勢のまま固まった打ち止めの背中にやさしく語り掛ける。


「そう慌てなくても、時間的にもうすぐ来ンだろうがァ、いいから静かに座ってまってなァ」

160: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 20:52:30.59 ID:I/CMBaEo
一方通行はそういうと、残ったコーヒーを静かに飲み干し、空になったカップを持ってキッチンへと消える。
打ち止めは静かに振り返り、そわそわと彼の座っていたソファに腰掛ける。


ふと、彼の座っていたところに手を置いてみると、まだそのぬくもりが残っていて、少しだけ心に余裕が出来た。


「お姉さん、はやくこないかなぁー、ってミサカはミサカはこの胸の高鳴りを必死に押さえ込んでみたり」


キッチンからカチャカチャと食器を洗う音がする。

最近の一方通行は多少の家事なら自分でやることを覚えたようだ。
しかし、わずかながらにその理由の一部分に自分の存在があるということを、打ち止め自身はあまり自覚をしていないようだ。

規則的に聞こえてくる食器の音と水道の水の音、その音に耳を傾けながら時計を見る。

時計の針はちょうど右側で多少下に傾いて重なっている。
そろそろだろうか、と打ち止めが玄関のほうへと視線を向けると同時に、室内にインターホンの音が響く。

162: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 20:54:47.49 ID:I/CMBaEo


「おい打ち止め、オマエが出てやれェ」


キッチンから一方通行がそう声をかけると、打ち止めは待ってましたといわんばかりに目を輝かせ、ソファから飛び降りる。
とてとてと軽やかな足音を響かせて玄関へ足早に向かう。頭のクセ毛がいかにも嬉しそうに軽やかなリズムを刻み弾む。


玄関に並べられた靴の中から小さなスリッパを履き、玄関の鍵を開ける。
両手でドアノブに手をかけると、元気よく扉を開け放つ。


「いらっしゃーい! ってミサカはミサカは玄関のドアを元気いっぱい勢いよく開いてみたり!」


開け放たれた扉の前で、やさしくウェーブした明るい茶髪が揺れる。



「こんにちは、打ち止めちゃん」



身をかがめ、打ち止めの頭を撫でて、湾内絹保が微笑む。

165: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 20:58:01.98 ID:I/CMBaEo
「――ンで? 今日は何を作ってくれるってンだァ?」


一方通行がキッチンから戻ると、打ち止めと湾内絹保は並んでソファに座り、他愛も無い会話をしていた。
打ち止めはそんな普通のことをとても楽しんでいるように見える。

湾内絹保は一方通行の声に気づくと、振り返りながら静かに立ち上がり、
テーブルの上に置かれたスーパーのレジ袋を両手で持ち上げて微笑む。


「えっと、カレーを作らせていただこうと思ってます。
 お料理はあまり得意じゃないんですが、これなら以前、知人に教えていただいたことがありまして」


"カレー"という単語に打ち止めか過剰反応を示し、その瞳をきらきらと輝かせる。
対して一方通行は一瞬苦い表情をして、今朝方に処分した過去の産物を思い出す。


「あ、あの……もしかしてカレーはお嫌いでしたでしょうか……?」


そんな一方通行の顔を見て、湾内絹保が不安げな顔をする。
俯き加減にレジ袋を持った両手で顔を半分隠し、覗き込むようにして一方通行の表情を伺う。

無意識のうちによほど自分は暗い表情を浮かべていたようだ、と一方通行は気を取り直して首を振る。


「いやァ、別にそういうわけじゃねェンだ……ただ、ちィと嫌なことを思い出しちまってなァ」

166: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 21:01:56.91 ID:I/CMBaEo
一方通行は皮肉気味に笑い、湾内絹保の後ろでその瞳を輝かせている打ち止めにチラリと視線を向ける。
彼女は気体に満ちた笑顔を浮かべてはいるが、特に体は動かしていないはずなのに、そのクセ毛はぴょこぴょこと揺れ動いていた。

一方通行の視線に気づいた打ち止めは、一瞬小さく首をかしげた後、
その視線、そこから二人にしか分からないなにかを感じて、愛想笑いを浮かべる。


「まァ、期待させて貰うとすっかァ、なァ打ち止めちゃァン?」


一方通行が意味ありげに笑う。
そんな一方通行の言葉に異様に反応して、引きつった笑みを浮かべている打ち止めに、湾内絹保は首をかしげる。


「と、とりあえず。キッチンをお借りしてもよろしいですか?」


湾内絹保は隠していた顔を出して、時間を確認する。
寮の門限があるため、彼女はあまり長居はできないので、そろそろ調理を始める必要があるのだ。
それにあまり遅くなって、また暴漢にでも襲われたらたまったものではない。

そしてなにより――彼女は昨日青い顔で寮に戻ったところを寮監に酷く絞られたばかりであった。


「おゥ、まァ一応道具は揃ってるだろうから適当に使ってくれていいぜェ」


一方通行の確認を得て、彼女は軽く頭を下げながらキッチンへと向かう。
そんな彼女の背中を見ながら、打ち止めは楽しそうに鼻歌を歌っている。

167: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 21:05:42.68 ID:I/CMBaEo


「そンなに楽しみですかァ?」


一方通行が横に座りながら聞くと、打ち止めは一瞬悩み、しかし笑顔で答える。


「うん、お姉さんが作ってくれるんだもの! 楽しみだよ! ってミサカはミサカはだからといってあなたの料理が
 嫌と言うわけじゃないのよ? って一応弁明してみる」

「はいはい、わざわざ言い訳しなくてもそンくらい分かってますよォ」

「でもさっきだってあなたの視線から物凄い不の感情を感じたんだけど、ってミサカはミサカはさっきまでのあの湿った視線を思い出している」

「はン、あンなのはちょっとからかってみただけですよォ」


一方通行と打ち止めはしばらくそんな会話をした後、お互いにキッチンから聞こえてくる音に耳を傾けて無言になっていた。
包丁の規則的で整った音や、野菜や肉に火を通す音など、さまざまな音が規則的に聞こえてくる。

しばし無言でそんな時間を満喫していると、カレーのスパイスの香りがしてくる。


「そろそろかァ?」


一方通行がそう呟いてから数分後、鍋を煮込む音が途絶え、食器の音が聞こえてくる。
打ち止めが待ってましたといわんばかりにソファに預けていた身を起こし、キッチンのほうへと視線を送る。

そのさらに数分後、湾内絹保が二つのカレーを持ってリビングへと戻ってくる。
コトンと静かに二人の前にカレーが置かれ、白い湯気が顔の前で揺らぐ。


スパイスのいい香りと、いかにも美味しそうな見た目に、食欲がそそられる。

168: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 21:09:08.74 ID:I/CMBaEo


「えっと、お口に合うとよろしいのですが……」


湾内絹保は自作のカレーをじっと見つめる二人を見て、小さく呟く。
つい先ほどまで火を扱っていたためか、それとも緊張しているのか、その顔はほんのりと赤い。


打ち止めが小さく喉を鳴らし、スプーンを手に取る。
そのままカレーをすくうと、その小さな口へと運ぶ。口に近づけるとスパイスのいい香りが余計に食欲をそそる。

一口、カレーを口に含み、もぐもぐと静かにかみ締めると満足そうに飲み込み、笑顔を咲かせる。


「すっごく美味しいかも! ってミサカはミサカは素直に感動してみたり!」


湾内絹保にその満面の笑みを投げかけると、また一口、もう一口と次々とカレーを口へ運んでいく。


「あァ、確かにうめェなァこりゃ」


打ち止めに続いてカレーを口へと運んだ一方通行も満足げに呟く。
打ち止めのようにあからさまな感情表現こそはしないが、次々とカレーを食べる手を進める。

一口、また一口と二つの皿に盛られたカレーの小高い丘が切り崩されていく。


その光景を見ながら、湾内絹保は嬉しそうに微笑む。喜んでもらえてよかった、と心の底から安心する。
自分の作った料理で人が笑ってくれるということは、とても嬉しい。

169: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 21:13:36.90 ID:I/CMBaEo


「よっぽどオマエのカレーが気に入ったらしいなァ?」


そう呟くと、一方通行は視線だけで、オマエも食べろ、と湾内絹保を促す。
彼女はそんな視線を感じて、静かにカレーを食べ始める。


「まァ、確かに美味かったがなァ……」


何気なく呟く言葉を聴いて、カレーを食べる手を少し止めて、囁く。


「少しでも喜んでいただけるように、がんばりましたから」

「へっ、そうかいそいつは嬉しいねェ」


二人の視線が何気なく交差したまま止まる。
そんな時間が、一秒が一分にも感じられる。湾内絹保の頬が無意識のうちに赤く染まってきて、恥ずかしそうに視線を下に下ろす。

打ち止めはそんな二人のこともお構いなしにカレーを着実に食べ終え、一方通行に空になった皿を突き出す。


「おかわり頂戴! ってミサカはミサカは美味しいものはまだまだ食べられることを主張してみたり!」

「はいはいィ、分かったからその口の周りをキレイに拭いとけェ」


一方通行は皿を受け取り静かに立ち上がり、再びキッチンへと消えていく。
湾内絹保は打ち止めの口の周りをやさしく拭いてあげ、再びカレーを食べる手を動かす。



午後のやわらかなひと時が静かに過ぎていく。

170: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 21:17:42.31 ID:I/CMBaEo
「ほら、飲みなァ……口に合うかどうかは知らねェがなァ、砂糖とミルクは好きに使え」


食事を終え、片付けも済んだ後で一方通行が三人分のコーヒーを淹れてテーブルに置く。
自分にはブラック、湾内絹保には一緒に砂糖とミルクを、打ち止めにはあらかじめ砂糖とミルクをたっぷりと入れたものを。

やわらかく湯気を上げ、その香りが三人を包む。


「いい香りですわ」


湾内絹保はその香りを嗅いで、幸せそうな笑みをこぼす。
手馴れた手つきで砂糖とミルクを少しずつ入れて、スプーンでかき混ぜる。黒に白が溶けて、混ざり合う。

スプーンを置いて、自分好みの色合いに調整して、静かにコーヒーをすする。


「……美味しい」


その様子を見ていた一方通行は。その一言に満足したのか、小さく頷いて自分はブラックのコーヒーをすする。

たっぷりと砂糖とミルクで甘くなったコーヒーをちまちまと飲む打ち止めも、やはり幸せそうに目を瞑る。



時計の秒針の音とコーヒーの香りだけが、室内に溢れる。

172: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 21:21:44.23 ID:I/CMBaEo
たっぷりと時間を掛けてコーヒーを飲み干した三人は、さまざまな話をした。
かたや学園都市第1位と生まれて間もないクローン、かたや俗世とは程遠いお嬢様。

お互いに少々常識が欠けているので、その内容ははたから見ていると噛み合ってはいないし。
思いっきり的外れな発言などもたびたび出てくるが、それでも三人はただただこうして喋っていることが楽しかった。


途中、二杯目のコーヒーを淹れて、また雑談をする。
少女が突発的に発言して、お嬢様がそれにやさしく応えて、最強がその会話をぶっきらぼうに纏める。

一方通行はこんな時間の中で、確かな幸せを感じていた。
以前の自分では、決して感じることの出来なかった感情。そして決して投げかけられることのなかったであろうその笑顔。

そのすべてが愛おしくて、そのすべてが輝いて見えて。
彼の暗く、血生臭い過去までも、その輝きが包んでしまいそうな気がして。

後一歩、このままその輝きの中に身を投げ入れてしまえば、その暗い過去など忘れてしまえる気がして。



――しかし、一方通行はそれをしない。


今この時の幸せを実感しながらも、そこにその身を預けることはしない。

その輝きがどうしようもなく愛おしくて、その心の闇まで包み込んでしまうほどに眩しすぎるから。

決してその輝きの中に自分のような者が混ざってはいけない。その光にこんな闇を落としてはいけない。
そのようなことがあってはならないと、彼自身の心が、その身を縛り付ける。



決して、自分がその罪を手放すようなことはあってはならない。



一方通行は、二人に悟られることのないよう、悲しく笑って窓の外を見る。

窓から差し込む午後のやわらかな日差しが赤みを帯びて、その赤い瞳に差し込む。

173: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 21:25:29.87 ID:I/CMBaEo


「おい、そろそろ門限がやべェンじゃねェのかァ?」

「え、あ! もうこんな時間でしたのですね」


一方通行の言葉を受けて、湾内絹保は時計の針を確認する。

気づかぬうちに、かなりの時間を話し込んでしまっていたようだ。
もう寮へと向けて帰らなければ、また門限に遅れてしまう。


「えー、もう帰っちゃうの? ってミサカはミサカはぶーたれてみたり」

「わがまま言ってンじゃねェよ。ほら、分かったら素直にそいつを見送りやがれェ」


打ち止めはしぶしぶと頷くと、湾内絹保の手を握って囁く。


「また遊びに来てくれる? ってミサカはミサカは寂しげな瞳でお願いしてみる」


うるうるとあからさまな視線で、湾内絹保の瞳を凝視する。
少々困った顔をしながらも、その手をやさしく握り返して答える。


「はい、もちろんですわ」

175: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 21:30:19.24 ID:I/CMBaEo
それから、湾内絹保を見送るため、一方通行と打ち止めも一緒にマンションを出る。
一方通行としては、あまり彼女と一緒にいるところを他人に見られるのは望ましくなかったので。
バス停の近くの公園まで彼女を見送り、別れを告げる。


打ち止めは物寂しそうな顔をしていたが、湾内絹保にやさしく頭を撫でられるとおとなしくなった。
どうやら彼女に撫でられることで、この少女をおとなしく出来るようだ。と、一方通行はどうでもいい知識を得た。

湾内絹保も別れ際に、ほんの少し寂しい顔をしていたが。
一方通行が何気なく「ンじゃまたな」と呟くと、その表情はすぐに晴れた。


彼女の背中が見えなくなるまで打ち止めは手を振っていた。
しばらく、そんな打ち止めの横で、一方通行もその背中を見つめていた。

夕日に照らされたその姿はいかにもお嬢様といった感じで。こんな世界の穢れなど知らぬ、無邪気な子供のようにも見える。


「おら、もう気はすンだだろうがァ、そろそろ帰るぞ」


湾内絹保の姿が見えなくなると、一方通行はいつまでも手を振り続ける打ち止めの頭を撫でながら家路へと帰るために振り返る。


「――ッ!?」


そんな彼の前に、二人の少女が立っていた。
どちらも湾内絹保と同じく、常盤台中学の制服に身を包んだ少女は、静かに一方通行へと視線を向ける。

176: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 21:34:11.10 ID:I/CMBaEo


「超電磁砲……なンでオマエがここにいやがる」


――「超電磁砲(レールガン)」御坂美琴


「あんたこそ、うちの後輩に近づいて、一体何のつもり?」


肩のあたりまで伸ばした茶髪を揺らし、わずかに怒りの色を含ませて御坂美琴が呟く。
その少し後ろに立つ、ツインテールの少女になにやら言付けすると、その少女は小さくため息をついて、ふと虚空へと消える。


「お、お姉さま……?」


一方通行の言葉を聞いて振り向いた打ち止めは驚きの表情を見せる。
そんな打ち止めを見て、御坂美琴はさらにその声色を怒りの色に染める。


「あんた……ッ! その子は一体何! まさかまた何かの実験をッ!?」

「ま、待ってお姉さま! そうじゃないの! ってミサカはミサカは――」


御坂美琴の怒りを感じて、慌てて誤解をとこうと叫ぶ打ち止めだったが、その言葉を一方通行の声が遮った。
冷たくて、重たくて、悲しい声。


「――だったら、一体どうするってンだァ? なァおい、第三位の超電磁砲さンよォ?」

「決まってんでしょ! そんなこと絶対にさせるわけにはいかないわよ!!」

178: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 21:37:35.56 ID:I/CMBaEo
バチバチとその体中から青白い火花を散らし、その肩を怒りに振るわせる。
力強い瞳にはあきらかな敵意、今にも一方通行目掛けてその電撃を放ちそうだ。


一方通行はそんな彼女の瞳から目を逸らさずに、片手を払い打ち止めに離れてろと伝える。

打ち止めは、そんな御坂美琴と一方通行を交互に見つめ、何も言葉にすることが出来ず。
ただただこの状況がどうすれば収まるかを考える。


「まァ聞け超電磁砲、オマエも知ってンだろうがァ、実験はもう凍結してンだよ」


一方通行はまったくもって慌てる素振りも見せず、冷たい口調で言う。
その瞳はとても冷たく、悲しい色をしている。


「こいつは妹達の番外固体で打ち止めつってなァ、とある理由で預かってるだけだ、実験には関係ねェよ」


打ち止めはともかく一方通行の言葉に頷き、少しでも御坂美琴がその言葉を信じてくれることを願う。
しかし、御坂美琴はその敵意の視線を一方通行から逸らすことはない。


「そんなこと、あんたなんかの言葉を信じろって言うわけ? そんなの……信じられるわけが無いでしょ!!」



超電磁砲が吼え、青白い電撃が放たれる。
光の速さで敵を貫く10億ボルトの電撃の槍はしかし、一方通行の体をかすることも無く全てその背後へと受け流される。

相手に傷一つつけることなど出来はしないと分かってはいても、やはりその現実は信じられない。
御坂美琴は小さく舌打ちをし、打ち止めを見る。

179: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 21:41:07.30 ID:I/CMBaEo


「ねぇあんた、あんたは一体何者なの? なんでこいつと一緒にいるの……?」


冷たく言い放たれる言葉だが、そこには妹のことを心配する姉の気持ちが確かに感じられる。
一方通行への敵意の色こそ消えない瞳、だがしかし確かに打ち止めを心配している色が見受けられる。


だからこそ、今のこの状況が、打ち止めにはとても辛くて、悲しくて、胸の置くが締め付けられるような痛みを感じる。
言葉が出ない、伝えなければいけないのに、自分が何を言えば彼女が一方通行へと向ける敵意を収めてくれるのかがわからない。

いや、そもそもがそんなことなどありえないような気がして、自分がなんと言ったところで、この二人の間の傷は、
その深く暗い溝は、もう二度と埋まることが無いように思えて。

気づいたらその瞳から、自然と涙がこぼれていた。
泣いてはいけない、今ここで自分が泣いてしまっては、また彼女は一方通行への疑いを深くしてしまう。

そう分かってはいるのに、そのことがさらにその小さな胸を締め付けて、次々と涙が溢れて止まらない。
押さえ込もうとしているのに、嗚咽が溢れて止まらない。


「ちょっと、どうしたのよ!」


御坂美琴がそんな打ち止めを心配して駆け寄る。
たとえ目の前にどんな敵がいようと、どんな状況だろうと、自分の妹が泣いているのを見過ごせるわけが無い。

自分の下へと駆け寄ってくる御坂美琴の姿を見て、また涙がこぼれる。
大事なことなのに、伝えなければいけないのに、言葉に出すことが出来ない。
自分の心は本当に、なんと幼く、なんと弱いんだ。


「ひく、えぐっ――お、お姉さま……違うの、本当にぃ……あの人は、あの人はただ……ひっく」

181: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 21:44:48.52 ID:I/CMBaEo
自分の目の前まで駆け寄ってきた御坂美琴に、嗚咽の混じった声で何とか伝えようとする。
一方通行と彼女がお互いをいがみ合うような姿は見たくないから。

彼が本当は、とても優しい心を持っているということを、知ってほしいから。


そんな打ち止めを、御坂美琴がやさしく抱き寄せる。
ふわりと暖かい感触がして、体を包み込む。


「分かったから……あんたが何を言いたいかは、なんとなくだけど、もう分かったから」


耳元で御坂美琴が囁く。
その体温が、打ち止めの心を落ち着けてくれる。

その鼓動が、息遣いが、打ち止めの全てを包み込む。


「でもごめんね、それでも……それでも私はあいつを許せない」


御坂美琴は悲しくそう呟くと、抱きしめた打ち止めを話して、涙でくしゃくしゃになった顔を見る。
やさしくその頭を撫でると、静かに立ち上がり、背後で二人の様子を黙ってみていた一方通行へと、力強い視線を向ける。


「あんたがこの子を危険にさらすような気は無いらしいけど。それでも、私はあんたを信用しない。
 今まで一万人もの妹達を殺してきた相手を、そう簡単に許すわけにはいかないわ」


その声は、力強く一方通行に敵意を向ける。
しかしどこか、悲しい色がその中にかすかに見えて、一方通行は二人を見つめていたその視線を逸らす。

182: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 21:47:52.65 ID:I/CMBaEo


「はァ、それでェ? いったい超電磁砲様はこの俺に一体何が言いたいてンだァ?」


一方通行は視線を合わせることなく言う。

二人の間を、夕日に照らされた電柱代わりの風車塔の影が貫く。
風車の動きに合わせて、一方通行と御坂美琴の顔に交互に影が落ちる。


「この子についてはあんたに任せるわ……よく事情もわかんないし。
 でも、もう湾内さんに近づくのはやめて貰えるかしら……あんたみたいな奴と一緒にいたら、危ないから」

「……あァ、分かった。もともとそのつもりだったしなァ? 大体あンなお嬢様の相手なンざ、もともと面倒なだけなンだよォ」


相変わらず、敵意の篭った視線を向ける御坂美琴と目を合わさずに、目を伏せて、一方通行が呟く。
その顔は、自嘲気味に引きつり、微かに、その指先が震えているのに、打ち止めただ一人だけが気づいていた。

だが打ち止めは何も言わない、言うことが出来ない。

正直、自分はまた湾内絹保に会いたいと思うし、彼が会いたくないと思ってもいないと分かっている。
それでも、おそらく一方通行は自分のために、辛い選択をしているのだろうから。
その心を、気持ちを自分のわがままで裏切るわけにはいかないから。


「もともと、今日はそれだけを伝えようと思ってきたのよ。ただ、この子の顔を見て、少し熱くなっちゃったけど……」


そういうと御坂美琴は振り返って、打ち止めの頭に手を置くと、彼女にしか聞こえないほど小さな声で謝る。
涙で視界がぼやけた打ち止めには、髪の毛に隠れて見えなかったが、その瞳は悲しい色をしていた。

184: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 21:51:21.82 ID:I/CMBaEo
――と、その時、一方通行の携帯電話が鳴る。
無機質な電子音が響き、一方通行がその画面を見る。


湾内絹保からの電話。


数秒、出るかどうか迷ったが、彼は無言で電話に出て、顔に携帯電話を近づける。


「なンだァ? 忘れ物でもしたのかァ」

『こんにちは、第一位……くくく、ご機嫌はいかがかなぁ?』


電話の向こうから聞こえてきたのは、聞いたことの無い男の声。
その男は、離れたところにいる打ち止めと御坂美琴にも聞こえるほどやけに通る声で、不気味に笑いながら続ける。


『この携帯の持ち主、わかるよなぁ? ついさっきまで、お前と一緒にいたんだからよぉ?』

「てめぇ、一体なにもンだァ!?」


一方通行が怒鳴る。
その声を聞いて、打ち止めと御坂美琴はただごとではないと感じ、電話口から聞こえる声に耳を傾ける。


『まぁそう慌てんなよ……女は俺達が預かってる。なぁに、てめぇがおとなしくしてくれりゃあこいつには手はださねぇさ』

「てめェ……ッ! どこだ! どこにいやがる!!」


御坂美琴はその会話を聞き、顔色を変える。
明らかにあせりを見せる表情で、携帯電話を取り出し、どこかへ電話を掛けると、ワンコール目でその場にツインテールの少女が現れる。

185: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 21:55:09.70 ID:I/CMBaEo


『第十九学区の端にあるでけぇ倉庫の廃墟、そこに来い、もちろん一人でだ』


男はそれだけを伝えると、一方的に通話をきる。

一方通行は舌打ちをし、ツーツー、と通話終了の音を鳴らす携帯電話を乱暴にポケットへと収める。
一方通行は顔を上げると、打ち止めの元へと歩み寄り、その手をつかむ。


「おい打ち止め、オマエは先に帰ってろ。俺はアイツを助けに――」

「あんたは来なくていいわよ」


一方通行の言葉を、御坂美琴が遮る。
冷たく言い放った言葉に、一方通行は表情をゆがませる。


「あの子は私達が助けに行く。あんたはもう、あの子に関わらないでって言ったでしょ」


彼女はそう呟き、ツインテールの少女と共に、音も無く消えた。
残された一方通行と打ち止めは、しばらく彼女がいた空間を見つめていた。

一方通行は膝を落とし、奥歯をかみ締め、その拳を地面へと叩きつける。
その手から赤い血が滲む。決して傷つくことの無いその体から。

186: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 21:58:01.09 ID:I/CMBaEo


「俺のせいだァ……チクショウがァ! 俺と一緒にいればこうなるってことぐれェ、少し考えりゃ分かっただろうがァ!!」


一方通行は叫ぶ、行き場の無い感情を、握り締めた拳に込めて、何度も、何度も振り下ろす。
その拳は血にまみれ、皮がめくれ、肉が見えていた。

打ち止めはそんな少年を見て、泣きそうな顔でその腕にしがみつく。
ぴたりとその腕が止まり、一方通行がその顔を上げて打ち止めを見る。

酷く、とても悲しく歪んだ顔。
悲しみと怒りで、今にも壊れてしまいそうな心が、そこに表れていた。


「やめて、お願いだからやめて……あなたは悪くないんだから……」


握り締めた拳から力が抜ける。
力なく垂れた腕から、赤い血が地面へと垂れ落ちる。

打ち止めは一方通行を無言で抱きしめる。
抱き寄せたその肩が、静かに震えているのが分かった。
胸の奥がどうしようもなく痛んだ。この少年が傷つく姿を見ているのが、耐えられなかった。

187: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 22:01:32.41 ID:I/CMBaEo
一方通行は打ち止めに抱きしめられ、その暖かさで少しだけ冷静さを取り戻す。
人の体温というものは、こんなにも心を安らげてくれるものなのか、と感じる。


自分は今まで、この暖かさを知らなかった。

やっと手に入れた自分の居場所も、暖かさも、とても心地のいいものだった。
だがやはり、自分にはそんな光は似合わないのだ。その暖かさに触れただけで、自分は甘えていたのだ。

少し、気を許してしまったがために。自分はまた、自分の抱える闇で誰かを傷つけてしまう。

結局、あの少女を、湾内絹保を傷つけてしまった。



打ち止めの頭をやさしく撫で、顔を上げる。

湾内絹保の元へは超電磁砲が向かった。
一緒にいたツインテールの少女も、おそらくは高位能力者、それも空間移動能力だろう。

あの二人が向かったのならば、彼女は大丈夫だ。
もう、自分が向かう必要も、自分には彼女に会う権利も無い。


「帰るぞ」


小さく呟いて、一方通行は立ち上がる。

夕日はもう大きく傾いて、ビルの間に隠れた地平線へと沈みかけていた。

打ち止めは無言で頷く、血だらけになった一方通行の腕に手を回す。
二人の間に言葉はない、ただただ、喪失感だけが二人を包み、その心を支えあうようにして歩きだす。

188: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 22:04:50.46 ID:I/CMBaEo



「――ちょっといいかしら?」


ふと、背後から声が聞こえた。

一方通行は声がしたほうを振り向く。

立っていたのは一人の女性だった、その顔は化粧といったものが何もされておらず。
服装も着古されたTシャツとジーンズの上から白衣を羽織っただけ。
色気などまったく気にしていないような、まさに研究者といった姿。


「あァン? 芳川桔梗……なンでオマエがここにいやがる」


一方通行はその姿を見るや否や、すぐさまその瞳に敵意を込める。

芳川桔梗はそんな一方通行をみて、困ったような顔をして、その後ろに隠れるように立つ打ち止めを見る。


「そう怖い顔をしないで、別にその子をどうこうしようとしてるわけじゃないのだから」


そういうと芳川桔梗は打ち止めに向かって笑顔を向ける。
しかし打ち止めは、一方通行の後ろに隠れたまま怯えるようにその服にしがみついている。

その様子を見て、彼女は少しだけ寂しそうに息をついてから一方通行と向き直る。


「打ち止めに用がねェってンなら、一体何の目的で俺の前に立ってやがる」


一方通行が噛み付くような声で問いたてる。

しかし芳川桔梗は落ち着いた口調を崩さない。
それこそ、この少年が自分に牙を向くことはないと、確信しているかのように。

190: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 22:09:25.44 ID:I/CMBaEo


「実はね、あの実験は凍結から中止へと移行したわ。つまり、もうその子や妹達に危害が加わることはないというわけね。
 ……おかげで、こちらは研究所を追われて知り合いの家に居候の身なのだけれど」


あまりに落ち着いた口調で言うため、一方通行ははじめ、その言葉の意味がよく理解できなかった。
しかし、何度かその言葉を頭の中で反復したのち、やっとその意味い気づく。

もう、この少女に危ない思いをさせずに済むのだと。もう、あの悪夢のような危険に晒さずに済むのだと。


「そうか、まァ細けェこたァどうだっていい、実験が中止になったってンならそれはそれだァ。」


一方通行は、その体の緊張を解いて答える。
その後ろの打ち止めも、安心したのか、その服を握る力が少しだけやわらぐ。

芳川桔梗はそんな二人を見て、微笑みながら、しかし落ち着きすぎていて、冷たく感じるほどの声で言う。


「でもね、今回の本題はここからよ一方通行? 実はこの間の事件の後、天井亜雄に付いて調べたのだけれど、そこで面白い情報を見つけたの」


天井亜雄、その名が出てきたとたん、一方通行の眉間に皺がよる。
打ち止めの肩が、微かに震える。


「アイツが、一体どうしたってンだァ……」

「ふふ、さっきのあの子達、妹達のオリジナルね……もしかしたら早く助けに行ってあげたほうが、いいかもしれないわよ?」


女は続ける、地平線の底に落ちていく夕日を眺めながら。
その白衣が、鮮やかな赤から冷たい青へと色を変えてゆく。




「――キャパシティダウンって、知ってるかしら?」

191: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 22:12:25.45 ID:I/CMBaEo


「――なぁおい? キャパシティダウンってしてるかぁ?」


第十九学区、廃墟となった倉庫に男のあざ笑うかのような声が響く。
廃墟となった倉庫のなか、黒光りする拳銃を持った男達に囲まれるようにして、二人の少女が頭を抑え、跪いている。


「く……頭がッ!?」

「演算に……集中、できませんの……ッ!」


常盤台中学の制服を着た二人の少女は、必死に能力を使おうと脳内で演算をするが、
どこからともなく聞こえてくる奇妙な音によって、その演算を妨害され、能力を使用することが出来ない。

男達のうちの一人、おそらくリーダー格である男が、そんな二人を見下しながらあざ笑う。


「ひゃっはっは!まさか第三位の超電磁砲様が来るとは思いもよらなかったがよぉ?
 本当はとある組織に頼まれて、第一位を[ピーーー]つもりだったんだが……まぁこのさいどっちでもいい……
 どちらにせよ、あの研究者に貰ったこのキャパシティダウンの前では手も足もでねぇみたいだしなぁ!?」


男は笑いながら、その後方にある倉庫の天井ぎりぎりまで届く、鉄骨で組み立てられた塔のような機械を指差す。
その頂上には大型のスピーカーが取り付けられており、そこから演算を妨害する奇妙な音が放たれている。


「こんなお嬢様一人捕まえるだけで、こんな大物が釣れちまうんだからなぁ? ほんっと、笑いがとまらねぇよ!!」


その塔の真下で、手足を拘束され、気を失って横たわる湾内絹保の姿。
その姿を見て、超電磁砲、御坂美琴は歯を食いしばる。

192: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 22:15:44.51 ID:I/CMBaEo


「あんたたち! こんなことして、ただで済むと思ってんの!!」


頭に走る痛みを押さえ込み、声を振り絞って叫ぶ。
震える足に力をこめ、這う様にして立ち上がる。


「おぅおぅ、流石はレベル5ってとこかぁ? これを使われて立ち上がれるだけでもたいしたもんじゃねぇか」


だがしかし、男達は焦りの色も見せず、その姿をあざ笑い、銃口を立ち上がったその足へと向ける。


「だが、化け物は化け物らしく、地べたに這いつくばってなぁ!!」


乾いた銃声が響く。
銃口から吐き出された弾丸が、御坂美琴の右足を貫き、赤い鮮血が飛び散る。


「ぐっ!? あぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


その痛みに耐えかねて、膝から崩れ落ちるようにして御坂美琴が倒れる。
しかし、すぐさま叫び声を飲み込み、歯を食いしばり。
血の流れる動かない足を庇うようにして、上体だけを起こし、敵意の衰えぬ瞳で男をにらみつける。

193: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 22:18:05.27 ID:I/CMBaEo


「おいおい、足を撃ち抜かれてもまだ反抗する気力があんのかよ? さすがは化け物だなぁおい」


男はその姿をみて、手を叩いて笑う。
その瞳は、もはや人を見る目ではない。まさに、人ではない何かを見るような目で、御坂美琴をあざ笑う。


その銃口が、今度は倒れる御坂美琴の頭に向けられる。


そんな姿を見て、御坂美琴の横で倒れこむツインテールの少女、白井黒子は歯を食いしばり、拳を握る。

自分の友達が、人質にされ、目の前で倒れているのに。自分の憧れの人が、大切な人が目の前で馬鹿にされているのに。
それでも自分には、彼女と違いこの状況で立ち上がる力も、ましてや彼女を助けるだけの力もない。


「なめんじゃ……ねぇですわ……ッ!!」


力を振り絞る。
頭の回路が焼ききれるような激痛が走る、それでも今この状況で、自分だけが無様に倒れているわけには行かない。
そんなことは許されない。


なぜなら自分は、超電磁砲のパートナーなのだから。


力を振り絞り、自分の太ももに手を伸ばし、そこにある自分の武器に手を触れる。
今だけだ、少しでもいいから力を使わなければ。
今ここで自分だけが何も出来ないのでは、何のために自分はここにいるのか分からない。

194: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 22:22:23.76 ID:I/CMBaEo


「――ッ!? 黒子! やめなさい!!」


その動きに気づいた御坂美琴が叫ぶ、男達がその声に釣られ、白井黒子に一斉に拳銃を向け、その姿をにらむ。

だがしかし、白井黒子は恐れることなく静かに微笑む。
飛び散った御坂美琴の血が微かに付いた、肩につけた風紀委員の腕章が、自分の誇りが、力をくれたような気がした。


「有難うございますわ」



――己の信念に従い、正しいと感じた行動をとるべし。



「これで、標的がよく見えますもの」



――思いをつらぬき通す意志があるなら、結果は後からついてきますわ。




風を切るような、小さな音がした。


「お姉さまを傷つけることは、わたくしが絶対に許しませんの!」


白井黒子に向けられた拳銃に、カツンと甲高い音を響かせて、金属の矢が突き刺さる。
銃口を貫通し、完全にその穴を塞ぐ。

195: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 22:26:32.03 ID:I/CMBaEo


「んなっ!?」


男達が一斉に驚きの声を上げ、手に持った拳銃を壁目掛けて投げ捨てる。
壁に激突した衝撃で、いくつかの拳銃が破裂した。

男達はそれを見て、目の色を変える。
その瞳に、最早余裕の色は無い、それは、明確な殺意の色。


「拳銃なんて物騒なものは、風紀委員が没収ですのよ……?」


体中から脂汗を流し、かすれるような声で呟く。
もはや頭に走る激痛で、意識は朦朧とし、視界はほとんど見えていない。

指先一本動かすことも出来ずに倒れこむ白井黒子に、リーダー格の男が歩み寄る。


「てめぇ! ふざけんじゃねぇぞ!!」


その足を全力で振り切り、倒れる白井黒子の腹部に叩きつける。
つま先がわき腹に食い込み、内臓が捩れる感触が走る。

もはやうめき声を上げることも出来ずに、白井黒子の体はそのまま四肢を地面に叩きつけるようにして転がる。

196: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 22:29:52.57 ID:I/CMBaEo


「黒子!!」


御坂美琴はその姿を見て叫ぶ、痛みと怒りで頭がどうにかなりそうだった。
全身に力を込めても、その足はもう動いてくれない。

どんなに助けようと思っても、この体はその大切な後輩の下へ、歩み寄ることも、その後輩を傷つける者を払いのけることも出来ない。


「く……そぉ!」


能力が使えなければ、自分はこれほどまでに無力なのか。
白井黒子は、あの子は最後の力を振り絞ってまで自分を助けようとしてくれたのに。

動かすことの出来るその手を硬く握りしめ、地面へと叩きつける。
この拳は、あの男達に届くことは無い。


「おい! もうその人質の女もいらねぇ、殺しちまえ!」


リーダー格の男がそう叫ぶと、他の男達が倒れている湾内絹保に歩み寄ろうとする。
もはや彼らは、誰が死のうと気にしていない。

このままでは、自分達だけではなく、彼女まで殺されてしまう。巻き込んでしまう。


「や、やめて! その子は関係ないでしょう!?」


悲痛の叫び、だがしかし、男達の歩みは止まらない。
一歩、また一歩とじわじわと倒れる少女へと近づいていく。

197: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 22:32:57.23 ID:I/CMBaEo


「そうはいかねぇよ、少しでも証拠は消しとくに限るからなぁ?」


男の一人がそういい、懐からナイフを取り出し微かに笑った、その時。
どこからとも無く声が聞こえてきた。



「――あぁその通りだなぁ、確かに少しでも証拠は残しとくもんじゃねぇぜ?」



倉庫の天井が大きな音を上げ、穴を開ける。
その穴から、白い閃光が飛び込み、鉄骨で出来た塔へと突き刺さる。


「んなっ!?」


男達が一斉に身を引く。
塔は鉄骨を撒き散らしながら崩れ落ち、鉄と鉄がぶつかり合う音が、廃墟に響き渡る。

大きな土煙をあげ、崩れ落ちたその中から、一人の少年が現れる。



「ンじゃァ今日この瞬間、オマエらがココに存在した全ての根拠を消し去ってやる……」



どこまでも白く、どこまでも透き通った少年は、その赤い瞳で男達をにらみつける。
その手には、先ほどの爆音により、目を覚ました湾内絹保が抱かれていた。

198: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 22:36:23.31 ID:I/CMBaEo

一方通行は、少女を抱きかかえたまま吼える。


「オマエらァ! こンなまねしておいてただで済むと思ってンじゃねェだろうなァ!?」


次の瞬間、土煙が収まると共に、一方通行の姿が消える。
その動きについていけなかった男達の視線が、その姿を探して動き出すのと同時に、その体が四方へと吹き飛ばされる。

男達は全員が倉庫の壁や、置き去りにされたコンテナなどに全身を叩きつけられ、うめき声を上げることも無くそのまま気を失った。


一方通行は気を失って倒れた男達一人一人に歩み寄ると、湾内絹保の目を塞ぎ、男達の足を踏みつける。
鈍い音がして、男達の足があらぬ方向へと曲がる。


「え、え? い、一体何がどうなっているのですか一方通行様!?」


少女は状況を把握できないまま視界を塞がれ、戸惑いの声を上げる。


「大丈夫だ、なンも心配すンなァ」


一方通行はそんな少女の耳元でやさしく囁くと、足から血を流し倒れる御坂美琴の元へと歩み寄る。


「あ、あんた……どうしてここに!」

「こまけェことはどうでもいいだろうが、いいからその傷見せなァ」

199: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 22:40:40.76 ID:I/CMBaEo
一方通行はそういうと、湾内絹保を静かに下ろし、御坂美琴の足の傷を見る。
ポケットから出血を止める薬、包帯を取り出すと、簡単に応急処置を施し、後のことを湾内絹保に任せる。


「出血は止めておいた、弾丸は貫通してっから、とりあえずは大丈夫だァ」


小声でそう伝えると、今度は白井黒子のそばでナイフを構えて振るえる男を見る。


「ひっ! く、来るな! こんなこと聞いてないぞ! どうしてお前はキャパシティダウンの音を聞いてもなんとも無いんだ!?」


男は、最早面影などかけらも無い、鉄の塊となった塔の残骸を見る。


「ベクトル操作――俺の能力くらい知ってンだろォ? 音の反射なんざ、朝飯前ってなァ?」


一方通行が静かにその男に歩み寄る。
男は後ずさりし、途中で鉄骨に足を取られ、後ろ向きに転げるように倒れる。

一方通行はその姿を見て、倒れる白井黒子の元へ歩み寄り、体の傷を見る。
全身に擦り傷が打撲などが見受けられるが、命に関わるような傷は無い。


「な、なんなんだ、来るな! こっちに来るなぁ!」

「そいつは聞けねェ相談だなァ、オマエは俺を怒らせちまったンだからよォ」

201: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 22:43:53.10 ID:I/CMBaEo
一方通行は白井黒子を抱きかかえ、壁にもたれかからせると、
目にも留まらぬ速さで倒れた男のすぐそばまで歩み寄り、その手に握られたナイフを蹴り飛ばす。

ナイフは風を切りながら飛び、アスファルトの地面に突き刺さる。

男は地面に突き刺さったナイフを見て、その顔から血の気が引いていく。
武器を失った男は、混乱のあまり開き直り、まるで一方通行を挑発するように叫ぶ。


「な、何を怒るってんだよこの化け物が! 今まで散々殺してきておいて、今更人助けか!?
 一万人以上もの人間を殺したその手でか!?」


その叫びを聞いて、一方通行の手が震える。

後ろのほうで、少女の怯える声が聞こえた気がした。


「そうだ、お前は人殺しなんだよ! そんなふざけた奴に、人を助ける資格なんて――」


そこまで言った男の口を、一方通行の白い右手が塞ぐ。
顔をつかんだその手に力を込めれば、その男の頭蓋骨は、まるで熟れたトマトのように簡単につぶれるだろう。


「確かに、俺は一万人以上の人間を殺した、紛れもねぇ殺人鬼だ。
 そンな俺が、今更人助けをしようだとか、誰かを助けたいだとか考えるのは甘えだっつゥのは俺だってわかってるンだよォ」


一方通行の瞳が、悲しく光る。
その声は、まるで自分自身に訴えるように、だんだんとその重みを増していく。

202: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 22:47:30.10 ID:I/CMBaEo



「だからってなァ、俺のせいで誰かが傷ついていくのを、そのまま見過ごすなンてこたァできねェンだよ!
 俺はもう、誰かが傷つく姿を見るのは、耐え切れねェンだ!!」



一方通行が、包帯の巻かれた右手を握りしめる。
握り締めた拳を大きく振りかぶり、男に向かって吼える。

身動きの取れない男の顔が、これまで感じたことのない目の前の恐怖の重さに怯える。



「たとえ俺がどンなに外道だろうが! どンなに重い罪を背負ってようが関係ねェ!
 それが、俺のせいで誰かが傷ついていい理由なンざには、ならねェだろうがァァ!!!」



その右手を振りかぶる。

ベクトル操作でも反射でもない、その拳の重みは、ただただ純粋な、彼自身の思いの重さ。
男の顔面に拳が食い込み、華奢な右腕がその衝撃で軋む音がした。

今まで能力を使わずに、この拳を振るったことなどなかった。
誰かのために振るう拳が、こんなにも重い物だとは思わなかった。


歯を食いしばり、右腕を振りぬく。
男はそのまま後方へ吹きとばされ、鉄骨の山にぶつかり、衝撃と恐怖により気を失った。




振りぬいた右手首が痛む、だがその痛みは決して今まで感じてきた、冷たく悲しいものではなかった。

203: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 22:52:13.17 ID:I/CMBaEo
一方通行はあたりを見渡し、他に敵の姿が無いことを確認する。
少女達に背を向けたまま、小さく息を吐く。


もう、これでこの少女達に危険が及ぶことは無い。
もう、彼女達を、自分の抱えるこの闇に引きずり込むわけには行かない。


一方通行は静かに振り返る。
その顔を見て、湾内絹保が小さく震えた。

その表情は、瞳は、恐怖に染まっている。


「当然か、俺は一万人殺しの化け物だからなァ……」


一方通行は誰に言うでもなく、口の中で小さく呟く。
怯える湾内絹保の姿を見る、見たところ彼女自身には特に怪我もなく、御坂美琴と白井黒子も命に別状は無い。


御坂美琴は、なんとか声を掛けようとしているようだが、危険がさりアドレナリンの分泌が収まったのか。
急激に足の傷の痛みが増し、上手く声を出せずに、困惑の表情だけを一方通行に向ける。

205: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 22:55:38.12 ID:I/CMBaEo
なんとか、自分はこの少女達を守ることが出来た。
それだけで、十分だった。もうこれ以上のことを望んではいけないと、自分に言い聞かせた。


「すまねェな……」


自分は誰に向けて話しかけているのだろう。

気を失っている白井黒子か、足の怪我をおさえ困惑の表情をしている御坂美琴か、
それとも怯えきった瞳で、その肩を震わせている湾内絹保か。


「もう、これに懲りたら……二度と俺に近づくンじゃねェぞ」


そういい残して、一方通行は前動作も無く跳躍し、再び自分のあけた天井の穴から消える。
別に、出入り口から歩いてでても問題は無かった、ただ、その前に座る彼女の顔を少しでも見ているのが、何よりも辛く感じた。



少年の姿が消えた倉庫の中で、湾内絹保は自分がどんな表情をしていたのかに気づく。
自分を助けてくれた少年に、自分に微笑んでくれた少年に、あの思い出の中の大切な人に、自分が今どんな顔をしていたのか。
そして、そんな自分をとても醜く感じて、自然と、取り返しのつかない思い出が、涙となってあふれ出した。

206: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 22:57:59.62 ID:I/CMBaEo
打ち止めの待つマンションの近くまで来て、一方通行は空を見上げる。


もう日は完全に沈み、空は蒼く染まっている。
多くは見えない星達が、離れた場所で悲しげに瞬いていた。




今夜は、月がその姿を見せない。
月明かりの無い夜道で、一方通行は夜の闇に溶けていく。





207: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 23:00:37.64 ID:I/CMBaEo
マンションの扉が静かに開く、一方通行が部屋に入ってくると打ち止めがすぐさま駆け寄ってくる。
打ち止めは玄関まで掛けてくると、一方通行の顔を見上げ、心配そうに声を掛ける。


「大丈夫だった? ってミサカはミサカは暗い顔をしているあなたを心配してみる」


一方通行の腕をぎゅっと抱き寄せ、その顔をうずめる。
その目はほのかに赤く、今までどれほど自分のことを心配していたのかがすぐにわかった。


「あァ、大丈夫だ……だから、心配すンな。
 ……オマエまで辛い顔してたンじゃ、俺はどうすりゃいいのか分からなく……なっちまう」


一方通行は気丈に振舞おうとしたが、しかしその悲しみは抑え切れなかった。

自分にすがりつく少女の体温が、自分の心の弱いところを全て溶かしてしまうようで、
彼女の前では自分を偽ることが出来なかった。


「すまねェ……やっぱり辛いもンは辛いなァ……」


一方通行は打ち止めを抱きしめ、その感情を、悲しみをさらけ出す。
だがしかし、涙だけは見せない。彼女の前では、決してその涙を見せることはしない。

208: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 23:03:43.63 ID:I/CMBaEo


「うん、大丈夫だから……ミサカはずっと一緒だからね?」


打ち止めはそんな一方通行を力の限り抱きしめる。
そしてその悲しみを少しでもやわらげようと声を掛ける。


それでも、一方通行は最後まで自分の弱さの全てを任せてはくれない。
自分が弱いから、自分を守るために、この人は強くあろうとしているのだと、打ち止めには分かった。

一方通行を抱きしめたまま強くなろうと誓う、いつかこの人の悲しみを全て受け止められるほどに。
この人の心の闇も、一緒に抱えてあげられるくらいに。




しばらくそうやって抱きしめあった後、一方通行は顔を上げて部屋の中を見る。

つい先刻まで、幸せで満ち溢れていた空間が、その胸を締め付けた。
その幸せの残像が、瞳に焼き付いて離れない。

209: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 23:08:21.15 ID:I/CMBaEo


「打ち止め、この家でンぞ」


小さく呟く。

この部屋にいるのが辛いというのもあった。
また、あの幸せの残像が、自分と打ち止めを苦しませてしまうのではないかという気持ち。


だがそれ以上に、自分と湾内絹保との関係を、その糸を、少しでも断つ必要があった。
もし少しでもそのつながりを残してしまえば、また彼女に闇が近寄るかもしれないから。

もう、自分は彼女に会ってはいけない、会えばまた、彼女を傷つけてしまうから。


「うん、わかった、ってミサカはミサカはあなたの思いを無駄にはしないから」


打ち止めはなんの反論もせずに、同意してくれた。
おそらく、彼女も一方通行の考えていることが分かったのだろう。

そんな彼女の優しさが、一方通行の心を支えてくれた。


「もう他に持ってくもンはねェなァ? 必要最低限な荷物だけ持ちやがれェ」

「はーい、ってミサカはミサカは自分に特に私物が無いことにびっくりしてみたり」


その後、一方通行たちは荷物をまとめ、その部屋をでた。

今後住む部屋はまだ見つけたわけではないし、そんなに急ぐ必要があったというわけではないが。
なんとなく、すぐにでもこの部屋を出て行かなければならない気がした。

210: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 23:12:02.13 ID:I/CMBaEo
マンションの出口まで降りると、そこに一人の女性が立っていた。
白衣を羽織ったその女性は、マンションから出てきた二人を見ると、小さく微笑む。


「こんばんは、こんな遅くにどこへ出かけるのかしら?」


芳川桔梗は意味ありげな笑みを浮かべて、二人の前に立つ。
一方通行はその姿を見て、少し驚いたよう顔をする。


「なンのようだ? さっきの情報の礼でもしてほしいってかァ?」

「そんなんじゃないわ、ただあなた達が今夜どこに泊まるつもりなのか、気になっちゃって」


その言葉に一方通行がぴくりと反応する。
打ち止めは驚いたようにその身を一方通行に寄せる。


「まさかそんな小さな子を置いて野宿するわけないわよね?」

「なンでてめェがそンな心配すンだよ」


芳川桔梗は微笑みながら言う。


「私、今知り合いのところでお世話になってるって言ったでしょう?」

212: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 23:16:13.59 ID:I/CMBaEo
静かに歩み寄り、一方通行ににらみつけられるのも気にせず、打ち止めに微笑みかける。
打ち止めは少々戸惑いの色を見せたが、その笑顔に悪意が無いのを感じたのか、微かに微笑む。


「この子のためにも、どこか一定の住居が必要でしょう?
 うちへいらっしゃい、と言ってもさっきも言ったように知り合いの家だけれど、多分彼女なら歓迎してくれるわよ?」


芳川桔梗はしゃがんで、打ち止めの頭を撫でながら言う。
打ち止めは特に嫌がる様子は無いが、少々戸惑っているようだ。


「なンで俺がてめェなンかの世話にならなくちゃいけねェンだ」

「あなたのためでもあるけれど、これはこの子のためでもあるのよ?
 この子のことを思うなら、少しでも落ち着ける場所に住んだほうがいいわ、それに」


芳川桔梗は急に立ち上がると、一方通行を真っ直ぐに見据える。
一方通行はそんな芳川桔梗を怪訝そうな目で見つめるが、ふと、その身が暖かく包まれる感触を感じた。


「あなたはまだまだ子供なのよ? たまには大人に甘えてみなさい」


芳川桔梗は一方通行をやさしく抱きしめ、耳元で囁く。

一方通行は急に抱きしめられ、戸惑うが、しかし体はその身を引き離そうとはしない。
こんな風に抱きしめられていたいと思っているわけでもないのに、体はそのことを拒否しない。

214: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 23:20:13.95 ID:I/CMBaEo


「たまには、大人の胸で、思いっきり泣いて見なさい。」


芳川桔梗は呟く。
その言葉は、一方通行の胸に、一方的に響きわたる強さがあった。


「感情を押し殺せるということは強さでもあるけれど。それは同時に、自分の心を人に見せることの出来ない弱さでもあるのよ」


気づいたら、その瞳から、なにか暖かいものが溢れ出していた。
これまで、必死に押さえこんできたそれは、どんなに止めようと思っても止めることが出来なかった。


「――会いてェよ……」


感情が口の端から零れ落ちる。


「あンな別れなンざ……あのまま二度と会えないなンざ、俺はいやだァ……」


押さえつけてきた感情は、その抑圧を失い、次々と溢れ出す。


「思いっきり泣きなさい、そして好きなだけ泣いたのなら。そこからまた強くなりなさい」


一方通行の瞳から、とめどなく涙が溢れ出して、その涙は星の光を浴びて、きらきらと瞬いていた。








その日、一方通行は生まれて初めて声を上げて泣いた。








215: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 23:23:22.38 ID:I/CMBaEo
夕暮れの学園都市――太陽は並び立つ高層ビルのかげに落ち。
その赤くやさしい光をビルの窓が反射し、その町を美しく染めあげる。

そんな黄昏時に、一人の少年と少女が歩いていた。


少年はその白い髪と肌に夕日の光を受け、その体は夕日の色に染まり、
黄昏時の町の景色に溶け込み。その赤い瞳の奥には夕日を映す。

その隣、頭から飛び跳ねたクセ毛をぴょこぴょこと揺らしながら少年の横を歩く少女。
その柔らかな横顔はほのかに赤みを帯びており、夕日の光を受けてより一層その色を際立たせる。
肩の辺りまで伸ばした茶色い髪は光を反射し、きらきらとやさしくきらめく。


「ったく黄泉川のやろう、何が居候の身ならしっかり働けだァ、人のことこき使いやがって」

「そんなこといいながらもしっかりとお使いはやるんだね、ってミサカはミサカは律儀に買い物袋を抱えるあなたに微笑んでみたり」


少女は大量の食料品の入ったビニール袋を持った少年に微笑みかける。
少年はめんどくさそうに舌打ちしながらも、荷物を抱えたその歩幅を少女に合わせて歩く。


「まァ居候の身ってのは確かだしなァ……悔しいが、働かざるもの食うべからずってなァ」

「それだとヨシカワは一生ご飯にありつけないかも、ってミサカはミサカは家でごろごろしてるあの人を心配してみたり」

「あいつは自分にまで甘すぎンだよ……」

216: VIPにかわりましてGEPPERがお送りします 2010/05/23(日) 23:26:05.08 ID:I/CMBaEo
夕日に照らされながら二人並んであるくその後ろに、一人の少女が通りかかる。
常盤台中学の制服を着たその少女は、何気なく立ち止まり、二人の歩くほうを見る。


少女が、その姿をその視界に納める。
そのやさしくウェーブした明るい茶髪が揺れて、夕日にきらめく。


少女は、楽しげに笑う二人の姿を見て、その瞳から、涙が一滴だけこぼれた。


その足が、自分の意思とは関係なく。いや、おそらくは自分でもうまく感じることの出来ない、心の奥底の思いにしたがって。
夕日に照らされた少年と少女のもとへと歩みだす。



少しずつ、その足取りが速くなる、激しく動いているわけではないのに、微かに鼓動が高鳴る。



二人のすぐ後ろまで来て、声を掛ける。
少年と少女は振り向いて、驚きの表情を見せる。





思い出の残像ではない、その少女は紛れもなくそこに立ち、微笑んでいた。









「――また、お礼をさせてはくださいませんか?」








引用元: 一方通行「ガキはガキらしく、素直に笑ってりゃいいンだよ」