シン・エヴァンゲリオンのネタバレあり





1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2021/03/30(火) 22:06:44.99 ID:sYBNk+YYO
無人駅を利用したセルフ・ビルド・ハウスに帰ると、式波がそこに居て、彼女は年代物のワンダー・スワンでゲームに没頭していた。

「なんだ、来てたのか」
「来ちゃ悪いっての?」
「いいや。いつでも歓迎するよ」

式波が何故俺に懐いてくれたのかは実際のところよくわかっていないけど、彼女にはきっと寄り添ってくれる人が必要で、それがたまたま自分だったのだろうと推察している。

俺は式波を怒らないし、小言を言ったりもしない。けれど、過度に甘やかすことはせずに、適度な距離を置いて接している。

式波はまるで猫みたいなやつで、基本的に他人には無関心な癖に、たまに甘えたがる。
そんな時に拠り所になる存在が必要だった。

「やっぱり眠れないのか?」
「たまに、思うのよ」

ニアサーから一切歳を取らない式波は睡眠を必要とせず、一晩中ゲームをしていて、画面から顔を上げることなく、こう語った。

「もしかしたらずっと夢を見ているんじゃないかって。私はエントリー・プラグの中にずっと閉じ込められたままなのかもって」

使徒に取り込まれ、寄生された式波は長い間エントリー・プラグごと封印されていた。
今は右目に使徒を封じ込めることで、こうしてひとりの人間として生きている。そう、生きてるんだ。

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2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2021/03/30(火) 22:09:04.62 ID:sYBNk+YYO
「君は生きている」

式波を勇気付けるように、こちらの認識と彼女の認識を一致させるように、自らにそう言い聞かせるように、幼児を諭すように、言葉を選んで、相手に伝える。

「俺たちは、君に生かされている」

式波やWILLEのみんなのおかげで、この第三村の生活は成り立っている。それは事実だ。
誰が何と言おうと、それだけは確かで、そもそもニアサーが無ければ俺と式波は距離を縮めることすら出来なかったわけで。だから。

だから、式波。君は、立派だ。君は、偉い。

「ケンケン、いつもの」
「はいはい」

だから俺はいつものようにアスカを褒める。
子供にするように、彼女の頭を撫でてやる。
目を細めて満足そうな式波を見て癒される。

俺はこのために生きているのだと実感する。

「寝たふりをして瞼を閉じるとね」

ぽつぽつと、式波が語る話に、耳を傾ける。

「14年前のことをよく思い出すのよ」

ぽつぽつと、雨が降り始め、雨音が響いた。

3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2021/03/30(火) 22:11:46.83 ID:sYBNk+YYO
「義務教育なんて必要ない私が学校に通って、えこひいきやコネ眼鏡やケンケンや鈴原なんかと騒いで、ほんと馬鹿みたいだったわ」

式波は写真や録画に自分が映ることを極端に嫌う節がある。思い出に囚われたくないのだろう。しかし、それが生きるということだ。

忘れたくても、忘れられないこともある。
どんなに忘れたふりをしても、思い出す。
忘れたくても、忘れられない人が、居る。

「大丈夫。碇はきっと帰ってくるよ」

生憎の雨で衛星軌道上の同級生の姿を視認することは出来ないけど、碇も生きている。
人を捨てようが、神になろうが、碇は碇で、俺とトウジの友達で、そして式波にとって。

「式波が迎えに行ってやればいい」
「なんで、アタシが……」
「今にも殴りたそうな顔をしてるから」
「もちろん、ぶん殴ってやるわ」

仲が悪いんだか、良いんだか。いや、仲は良かったのだろう。少なくとも、人と関わるのが下手な式波にしては頑張ったほうだろう。

「ケンケンはそれでいいわけ?」

ジト目で尋ねられて返答に窮する。参った。

「これは式波の問題だからな」

結局、いつも通り、何でもかんでも甘やかさないというスタンスで一歩距離を置く。
そうすることが正解であると経験していた。

4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2021/03/30(火) 22:14:01.30 ID:sYBNk+YYO
「そう言えば碇とはキスくらいしたのか?」
「はあっ!? な、何言ってんのよ!?」

ふと気になって訊ねると、式波は盛大に取り乱して、ようやくワンダー・スワンを手放してこちらに隻眼を向けた。顔が妙に赤い。

「なんでアタシがバカシンジなんかと! そんな破廉恥なことするわけないでしょ!?」
「いや、深い意味ない。ただしとけばこっちとしても気が楽だったのにと思っただけさ」

そう言うと、式波は微妙な顔になって問う。

「それ、どういう意味?」
「逃した魚は大きく見えるってこと」
「逃した魚ってバカシンジのこと?」
「一度釣り上げて、こんがり焼いて胃の中に収めておけば、良い思い出になっただろう」

そんな持論を述べると、式波はますます嫌そうな顔をして、おえっとえずき始めた。
それを見て笑い、背中を叩いてやった。

「エヴァパイロットの胃袋がそんなに軟弱なわけないだろ。なんなら俺が代わろうか?」
「ケンケンをエヴァに乗せるくらいなら、ゲロ塗れになってでもアタシが乗るわよ」

憎まれ口の中に優しさを見つけるのはもう癖のようなもので、それを見つけるたびに俺の式波に対する愛情は深く大きくなっていく。

5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2021/03/30(火) 22:15:57.99 ID:sYBNk+YYO
「もしも碇が帰って来たらさ」

懲りずに話を続ける俺に式波は不機嫌そうな視線で抗議つつも、黙って聞いてくれた。

「ちゃんと自分の気持ちを伝えるんだぞ」
「はあ?」

何言ってんだコイツみたいな顔をして式波は俺を睨む。俺も睨み返すように見つめた。
しばらく睨めっこを続けて、式波が折れた。

「ケンケンは人の世話を焼きすぎ」
「控えてるつもりなんだけどなぁ」
「アイツが帰ってきたらこの家に泊めたりしそう。マジでやめてよね。冗談じゃなく」

式波がなんと言おうが、帰ってきた碇に居場所がないようなら俺は泊める。友達だから。

「碇は良い奴だよ」

式波のワンダー・スワンを拾いあげて、それをピコピコやりながら、14年前のまるで夢のような日常を思い返す。忘れられない記憶。

「あの時、俺たちはまだ子供で、それでも碇はエヴァに乗って戦っていた。もちろん式波も、綾波さんも、あと真希波さんは……ちょっと違うかな。とはいえ、俺やトウジはそれをただ見ているだけしか出来なくて、子供だから仕方がないなんて言い訳は通用しなくて、だからすごいって思った。すごすぎるって思った。たぶんそれは他の誰にも出来ないことで、碇だからこそ、碇がニアサーを起こしたからこそ、俺たちはきっと生き延びたんだって、俺はそう信じてる」

ゲーム・オーバーと画面に表示されて、つくづく自分にパイロットとしての資質が欠けているのだと思い知らされて、電源を切った。

6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2021/03/30(火) 22:17:29.02 ID:sYBNk+YYO
「ケンケンはアイツに甘すぎ」

ワンダー・スワンを引ったくって、電源を入れてピコピコやりながら式波は少し黙って。

「アイツには叱ってやる人が必要なのよ」

その言葉には明確な優しさが含まれていて、少々嫉妬を覚えた。碇。お前は罪な男だよ。

「だけど、叱りすぎるのは可哀想だ」
「ふん。自業自得でしょ」
「式波だって叱られるのは苦手だろ?」
「アタシは叱られるようなことしてない」
「ゲームは1日1時間」
「うぐっ!? もう寝る!!」

珍しく小言を口にすると、これまた珍しく式波は素直に電源を切って横になり、寝たふりを敢行する。しかし、彼女は眠れないのだ。

「我慢せずにゲームすれば?」
「ケンケンは甘すぎ」
「甘やかしてるつもりはないけどなぁ」

俺はただ、こうして式波と軽口を叩き合うだけで幸せなんだ。この世界が続く限り。
明日、世界が終わったとしても後悔しないように、ただそれだけを考えて、生きている。

7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2021/03/30(火) 22:19:10.05 ID:sYBNk+YYO
「ケンケンには居るの?」
「ん? 何が?」
「忘れられない人」
「そりゃあ、たくさん居るさ」

ニアサーを生き延び、その後不慮の事故で呆気なく死んだ父親のことや、腐れ縁のトウジや、妙な縁で半同棲している式波。そして。

「今は碇に1番会いたいかな」

あの時、何も出来なかった自分とは違い、少しは手助けが出来るようになったことを碇に知って欲しい。そして、頼って欲しかった。

「忘れられない人」

ぽつりと式波が呟いた。ゲーム機から鳴り響く電子音がゲーム・オーバーを告げている。
エヴァパイロットにしては珍しく、集中力を欠いているようだ。逃した魚はそれほど大きく見えるのだろう。言わんこっちゃない。

「燃えるようなキスでもしてくれば?」
「チッ……骨まで燃やし尽くしてやる」

怖い怖い。碇。しばらくは戻らないほうが良さそうだ。でもきっと、お前は良い奴だから、どんな大火事の中でも飛び込むだろう。

8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2021/03/30(火) 22:22:09.65 ID:sYBNk+YYO
「じゃ、行ってくる」
「ああ、気をつけて」

数日後、式波は新たな任務に向かう。
詳細は極秘らしく何も教えてはくれなかったけど、ここ数日の彼女の不機嫌ぶりから察するに碇に関連する任務だとそう察していた。

「式波」

髪だけは普通の人間と同じように伸びる式波の後ろ姿に声をかけると、彼女は振り向き。

「ちょっと、あのバカを殴ってくるだけよ」

それだけを教えてくれて、それだけで全てが伝わり、余計なひとことが口から漏れた。

「燃えるようなキスは、やっぱ無しで頼む」

そう言って俺が頭を掻くと、式波は勝ち誇った顔で鼻を鳴らして、にやりと笑った。

「逃した魚より釣れた魚のほうが美味しいに決まってるじゃない。バカね、ケンケンは」

式波。君は本当にすごい。すごすぎる女だ。

「ちょ、何で    漏らしてるのよ!?」
「いや、これは所謂、嬉ションと呼ばれる現象で」
「フハッ!」

滅多に見れない式波の笑顔に俺は見惚れた。
式波。碇とケリをつけたらそしたらアスカと下の名前で呼びたい。その日が待ち遠しい。

「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

哄笑の残響を残して、式波は宇宙へ向かう。
衛星軌道上から俺たちのやり取りを眺めているであろう、神様となった同級生を迎えに。


【ケンケンだけのモナリザ】


FIN

引用元: 式波・アスカ・ラングレー「忘れられない人」