1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 22:23:37.71 ID:an63KMiH0

もしもボックスという秘密道具をご存知だろうか。

世界を自分の思い通りに書き換えられる、ドラえもんの道具の中でも最強クラスの性能を持つというあれである。

こんな道具を持ったらどんな風に世界を変えるか―――そんなことを考えて時間をつぶした人も多いだろう。

だがな、世界を改変するっていうのはそんなに難しいことじゃないんだ。

そんな未来的道具の力を借りずとも、ましてや神的存在である少女の力なんてまったく必要とせず、

日常的にみんなが行っていることなんだ。

……ただそれが、決定的に不可逆であるというだけであって。





2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 22:25:57.78 ID:an63KMiH0
季節はすっかり秋だった。校庭のイチョウの木はこれでもかっていうぐらいに黄色い葉を振りかざしているし、

薄水色の空は気が遠くなるくらいに高い。さっきから空を飛び回っている鳥たちもさぞかし気分がいいだろう。

そんな愚にもつかぬことを思いながらボーっと窓の外を眺めているうちに、岡部の長い話が終わったらしい。

やれやれ、やっと放課後だ。



「何がやっとよ。そういうのはきちんと授業を聞いてる真面目な生徒が言うセリフじゃない」



間髪いれず後ろの席からツッコミが入る。我らが団長様は俺のくだらない独り言にも耳を傾けてくれていたらしい。

だがそういうお前だって授業中は寝てばっかりじゃないか。今日なんか午後はほとんどずっと寝息が聞こえてたぞ。

そう言い返すために振り向いた俺の視界に、ハルヒは映らなかった。早くもクラスの女子にとり囲まれていたからだ。



4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 22:28:16.21 ID:an63KMiH0
入学から一年と半年がたち、あのころハルヒの周りを何重にも覆っていた全方位コミュニケーション拒絶フィルターは、

ほとんどすべてどこかに追いやられていた。

そうなるともともと容姿・頭脳・運動神経のすべての面で優秀なスペックを持つ上に、

人並みはずれた行動力までが付属されているハルヒのことだ。

それらの才能を常識的な方向に向け始めた結果、こいつはクラス中、いや学年中の人気者となっていった。



それゆえ最近では休み時間や放課後、こんな風に女子に取り囲まれることが多くなっている。去年の四月からすると考えられない光景だな。



「なにぶつぶつ言ってんの?早く部室に行くわよ」



ようやく女子の群れを追っ払ったらしいハルヒが俺に声をかける。へいへいっと気の抜けた返事をして俺も席を立った。



7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 22:30:38.66 ID:an63KMiH0
いつもどおりの風景。いつもどおりの放課後。

SOS団の活動も全く変わらず毎日行われている。



―――ハルヒらしいというかなんというか、どれほど人気者になろうとも、

こいつは決してSOS団の活動をおろそかにしようとはしなかった。

放課後の集まりも、毎週末の不思議探索までも飽きずに続けている。

たまにむりやりクラスの女子に誘われたからと言って団活を欠席することがあったものの、

それはホントにたまにであって、ハルヒの中での優先順位はやはりSOS団が一番らしい。



よくもまあそれで他の奴らに愛想をつかされないもんだと思うものだが――いや、やはりそうなりかけたこともあったらしい。

いつだったか、部室棟の廊下で朝比奈さんの着替えを待っていたときに、古泉がこんなことを言っていた。



・・・・・・

「先日のことなんですが、たまたま涼宮さんとクラスのご友人が―――ちょっとした言い争いをしている現場に遭遇してしまいまして。

どうもそのお友達は、涼宮さんがSOS団の活動を理由に遊びの誘いを断るのが気にいらなかったようですね。」



さもありなん。

女子高生って言ったら人生でもトップクラスに人間関係が難しくなる時期だろう。

そんないさかいが生じるのも無理はない。というか無い方がおかしいだろう。

それでハルヒはどんな反応をしていたんだ?


8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 22:33:12.02 ID:an63KMiH0
「ええ。彼女が言うには、『私はSOS団の創設者にして団長。だからそれが一番大事。

私はSOS団もSOS団の団員もいっさいおろそかにする気はないわ!』だ、そうですよ」



窓の外をさわやかに見つめながら古泉がそう答える。

……おお。そこまで言ったのかあいつは。よくそれでお友達とやらに怒られなかったな。



「それがですね。その場には4人ほどの女生徒がいらしたのですが、

なんというか、そこまで言える涼宮さんを逆に羨望のまなざしで見つめていましたよ。

かっこいい、というようなね。言いだしっぺの方だけは少し気まずそうでしたが」



そんなことがあったのか。ハルヒの人気はもうそんなとこまでいっちまってんだな。

そろそろ女子限定のファンクラブでもできるんじゃないか――しかし古泉、おまえニヤニヤしすぎだぞ。いつもより一層気持ち悪い。



「お気づきでないようなら言っておきますが、喜色を隠し切れないでいるのはあなたも同じですよ。

……でもまあ確かに、あの涼宮さんにそこまで言っていただけるというのは、男冥利、いえ団員冥利につきますね。」



―――まあ、な。結成から一年と半年がたって、俺たちSOS団の…まあなんだ、こういう言い方は非常に気恥ずかしいんだが

……俺たちのつながりはずっとずっと強固になっている。ここでニヤニヤしている古泉は言うまでも無く、

そのことは五人全員が感じているだろう。

だからその時の俺はこの時間がずーっと続けばいいなぁ、なんて柄にもないことを考えちまっていたのだ。



……その奥にある何かぼんやりとしたものに気づこうともせずに、な。



9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 22:35:49.46 ID:an63KMiH0
・・・・・・・・・

ハルヒがノックもせずに部室のドアをあける。今日はどうやら俺たちが一番乗りのようだ。



「みくるちゃんもまだなのね。まあいいわ。キョン、お茶入れて」



団長席に腰を下ろしたハルヒが俺の顔も見ずに命令する。

自分で入れろと言ってもどうせどやされるだけなので、おとなしくそれに従うことにする。

が、人がせっかくそんな優しさを見せてやったっていうのに、

ハルヒときたらすぐに俺にゴミ出しを命じてきやがった。まったくしょうがないやつだな。



部室を出てすぐに朝比奈さんと会い、ゴミを捨てて戻ってくるとすでに長門と古泉も到着していた。

その後はいつもの団活だ。

俺と古泉は将棋を指し、長門はすみっこで読書、朝比奈さんは受験生らしく問題集とにらめっこをしている。

ハルヒはなにやらパソコンをいじっているようだったが、

あいつには珍しく机に突っ伏したような姿勢でいたために、こちらからはモニターに隠れて表情も見えなかった。

あまりに長くその姿勢を続けていたので声をかけてみようとも思ったが、途中でやめた。

触らぬ神に祟りなしだ。どうせくだらないサイトでも見ているのだろう。



そんな平和な時間を過ごすうちに日も暮れていき、いつもどおり長門の合図で俺たちは帰りの準備を始める。

結局ずっと同じ姿勢でマウスをいじっていたハルヒは、「戸締りお願いね」とだけ言い置いてさっさと帰ってしまった。かえすがえすも勝手な奴だ。


11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 22:38:06.48 ID:an63KMiH0
・・・・・・・

翌日。

特に理由もないってのになぜだか早く起きてしまった俺は、特に理由も無いのでそのまま学校に向かうことにした。

そのせいで珍しく早めに学校についた俺は、自分の席でのんびりと窓の外を眺める作業に没頭することにした。

秋はいいよな。なんとなくそれだけでさわやかな感じがするし。なにより暑くも寒くもないっていうのがいい。

ハルヒの前でこんなこと言ったら「なにじじむさいこと言ってんのよ!」とかどやされるだろうけどな。



そのハルヒはというと、朝のHRが始まるぎりぎりのタイミングで教室にやってきて、

クラスメートにからかわれていた。岡部の話を聞き流した後で、振り返って声をかける。



「よう、今日はどうして遅れたんだ?」



――― 一瞬の間をおいて、なぜだか少し不思議そうな顔をしたハルヒがこう答えた。



「ちょっと寝坊しちゃってね。最近冷えてきたからかしら。」



……なんだろう、今の間は。そして表情は。

それを尋ねようとして言葉を探していると、そのときにはもうハルヒと隣の席の女子との間で、にぎやかな会話が始まっていた。

まあいいさ、別にたいしたことじゃない。大方今日の昼飯のことでも考えていて俺の言葉をちゃんと聞いてなかったんだろう―――


12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 22:42:31.92 ID:an63KMiH0
・・・・・・

睡眠の秋を満喫しているうちに、あっという間に昼休みとなった。

ハルヒはまたも女子に囲まれている。



一方俺はいつものように国木田、谷口の代わり映えのしない顔を眺めながら弁当を食べ始めた。

ちょうど半分ほどを胃袋に収めた頃、いつものように谷口がアホな会話を始める。



「おい聞いたか。涼宮のやつ、また告られたらしいぞ。今度は8組のやつらしい。」



またそれか。俺は谷口の話を聞き流しながら水筒のお茶を口に含む。



いまや一年前とはまったく逆のベクトルで校内一の有名人となったハルヒは、

それに比例して男子生徒から愛の告白を受けまくっているらしい。

らしい、というのはその情報源がすべて谷口だからだ。

こいつの言うことは話四分の一くらいで聞くのがちょうどいい。



「んでさ、どうなったと思う?」



谷口が目を輝かせて俺たちを見回す。話を聞いて欲しくて仕方がないっていう表情だ。

だが残念だったな谷口。その話俺はもう昨日団活の時間に聞いて知っているんだ。

しかもハルヒ本人の口から直接な。これ以上正確な情報もあるまい。


14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 22:46:40.71 ID:an63KMiH0
「断ったんだろ、いつもの通り。ハルヒから聞いたよ」



「ちぇっ、なんだ知ってたのか。それにしてもお前、涼宮とそんな話するんだな」



たしかにそうだ。ハルヒがそんなことを言い出したのは初めてだったような気がする。

特に興味もないから深く突っ込みはしなかったがな。



「あーあー、贅沢なご身分だよなー。まっ、でもそんなに何人も何人も告ってきたら逆にめんどくさいよな」



そうつぶやく谷口の顔をみて、俺と国木田は無言の会話を交わす。

安心しろ谷口。お前がそんな悩みを抱く日はきっとやってこないだろうさ。


17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 22:49:56.52 ID:an63KMiH0
・・・・・・

あくびをかみ殺しながら受けた午後の授業もやっと終わりを告げ、

帰りのHRも毎度おなじみな岡部の話で締めくくられた。やれやれ、やっと放課後だ。



せっかくだから一緒に部室に向かおうとハルヒの方を見ると、

またもやクラスメートの女子と、何やらデートの下見がどうのこうのと盛り上がっている。まあ邪魔するのも悪いし、先に行くとするか。



すきま風が身にしみる部室棟に足を向け、いつものようにドアをノックする。

「はあい」という朝比奈さんのかわいらしい声が響いたのを確認し、俺はドアを開けた。



「こんちは。ハルヒはクラスの女子となんだか話しこんでて遅れるみたいですよ」



そう朝比奈さんに向かって声をかけつつ、俺は部屋に足を踏み入れた。

いや、朝比奈さんにというのは正しくないな。なぜならそこにはすでに長門と古泉も顔を揃えていたのだから。

古泉はともかく、長門を無視するのはポリシーに反する。



その長門は……ん?どうしたんだ。長門だけじゃない。朝比奈さんも、古泉も。

いつものイスに座る三人は、揃って目を見開いたまま俺の方を見つめていた。

びっくりして立ち止まる。俺何か変なことでも言ったか?



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 22:54:47.28 ID:an63KMiH0
「変なことといいますか……それであなたは、涼宮さんが遅れるということを、我々に伝えに来てくれたんですか?」



古泉がいつものニヤケ顔を取り戻して言った。何を言ってるんだこいつは。

いくら俺でもハルヒ専属のメッセンジャーなぞになった覚えはないぞ。

というか「伝えに来てくれた」って、まるで俺がここに来るのがおかしいみたいじゃないか。



「おかしいとは言いませんが……もしかしてご依頼でしょうか?

それでしたら涼宮さんがいらっしゃる時にしていただいた方が話が簡単だと思いますが」



―――どういう冗談だこれは。俺が依頼?ハルヒに、SOS団にか?

いくらなんでもそりゃないだろう。

よしんば俺が一人で解決できない悩み事を抱えていたとしても、

SOS団にそれを依頼するぐらいなら、流れ星を見つけに遠くの山奥にでも出かけるさ。



それにここ2年ほどの間、俺が抱える問題はすべてハルヒのスーパーパワー絡みだ。

それをあいつ本人に相談するのはいくらなんでもまずいだろうよ。


20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 22:57:14.76 ID:an63KMiH0
―――そう言った途端だった。部室の空気が一瞬にして変わる。

朝比奈さん、長門、古泉の動きが止まり、三者三様の驚きを表す。



「スーパーパワー、とおっしゃいましたか。それは具体的にはどのような?」



見たこともないような厳しい表情をした古泉が俺に問いかける。な、なんだよその顔は。

いつものニヤケっぷりはどこ行っちまった。

それに具体的にって、お前らはそれを全部知ってるだろ?なにしろここにいる全員でそれを一々解決してきたんだから。



「ぜ、全員って……」



朝比奈さんが口をパクパクさせながら声を絞り出す。あなたまで何を言ってるんですか。

長門の宇宙的パワーや古泉の超能力もそうだけど、

朝比奈さんが持つ未来装置とやらの時空移動能力だって、何度も活用したじゃないですか。



―――その刹那、古泉がいきなり立ち上がって俺の腕をつかみ、思い切りにらみつける。



22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 23:00:27.38 ID:an63KMiH0
「どこでその話を聞いたんですか?返答によってはいろいろと面倒なことになりますが」



……なんなんだこれは。この状況は一体どういうことなんだ?

俺をドッキリにかけようとでもしているのか?



だが古泉の表情は真剣そのもので……以前よりずっと表情豊かになってきた長門も素直に驚きを示している。

朝比奈さんは言うまでもない。今にもイスからずれ落ちそうになっているくらいだ。



「……お答えいただけないんですか?」



古泉が腕に力をこめる。待て待て、答えるも何も俺は状況が全然、


23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 23:03:49.75 ID:an63KMiH0
「みんなごめーん!クラスの子がどうしても付き合って欲しい所があるって聞かなくて。

だから今日の団活は中止!明日は絶対くるから!……ってあれ?」



その時だった。ハルヒがいつものように勢いよくドアを開けて飛び込んできたのは。

不意に言葉を切ったその視線は俺にとまり、古泉、長門、朝比奈さんを経由してまた俺に戻ってきた。



「あれ?キョンって古泉くんと友達だったの?それとも何?もしかして依頼とか!?」



「いえいえ、彼とはこの間たまたま本屋で会いまして。それ以来親しくしていただいているのですよ」



とっさに俺の腕を放した古泉がハルヒに答える。



俺はというと、直前の言葉の内容が理解できずにただただハルヒの顔を見つめていた。

古泉と友達だったのかって?依頼に来たのかって?どういうことだ。

俺は、SOS団の、お前の作ったSOS団の、団員その1兼雑用係じゃなかったのか?


24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 23:07:50.75 ID:an63KMiH0
「あらそうだったの。じゃあ私はこれで帰るから戸締りよろしくね。キョンもゆっくりしていって良いわ。

なんてったってSOS団団長のクラスメートにして副団長の友達なんだから!」



ハルヒがスカートを翻して去っていく。

お、おい、どこにいくんだ。待ってくれ。俺はお前の―――



「すいません、追いかけるのはご遠慮願えますか。涼宮さんを混乱させたくないもので」



古泉がもう一度俺の腕をつかむ。無意識にハルヒを追いかけようとしていたらしい。

意味のわからない状況にどっと疲れの出た俺は、先ほどまで古泉の座っていたイスに腰掛ける。



さっきのハルヒの対応はどういう意味だ。SOS団団長のクラスメートにして副団長の友達?

どういうことだよ。俺はハルヒにとっての何なんだ……?



「クラスメートの一人、ということだと思いますが」



「わ、私も特に涼宮さんからあなたのお話を伺ったことはありません……」



「私も、無い」



三人が声を揃える。俺が、単なるクラスメート?ハルヒにとって?SOS団団員ですらなく?

ハルヒが見る俺はその他大勢のうちの一人にすぎないっていうのか。そんな、そんな馬鹿な……


27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 23:11:29.48 ID:an63KMiH0
「……朝比奈さん、申し訳ありませんが彼の分のお茶を煎れて差し上げてくれませんか?

どうやらかなり混乱しているようです。

一服すれば少しは落ち着くでしょうし、話も聞けるでしょう」



「あ、はい。すぐに準備します」



そんな会話が聞こえたような気がして、気付くと目の前に湯飲みが置かれていた。



「さあ、どうぞお飲みください。朝比奈さんの煎れてくれたお茶は絶品ですよ」



お前に言われなくてもそんなこととっくに知っている。

そんな反抗心が働いて、俺はお茶を口に含む。



……鼻から抜ける甘い香り。いつもの朝比奈さんのお茶だ。

間違いなく俺はこのお茶を毎日ここで飲んできた。この部室で、SOS団の団員として。

それは間違いないんだ。


29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 23:14:12.65 ID:an63KMiH0
「そう言われましても、我々にはそのような記憶が存在しないのです。

確かに我々はあなたと多少の面識があります。

たしか文化祭の映画の上映のときに、谷口君や国木田君と一緒に見に来てくれたんですよね?涼宮さんも同程度の認識でしょう。

と、なればあなたがSOS団員だというお話は単なる作り話と断定せざるを得ず、

やはり先ほどの話をどなたから伺ったのか。それが大事になってくるわけですが……」



……いや、違う。違うんだ。はは、そうだ、そうだよ。何で気付かなかったんだ。

去年の冬も同じようなことがあったじゃないか。



「世界改変だよ」



「……」



「世界が改変されたんだよ。去年の冬のように。

なんでこんなことになっちまったのかは解らないが、世界改変で俺がSOS団員でない世界が作られちまったんだ!」



そう言って宇宙人、未来人、超能力者の三人組を見回す。

そうだよ、こんな世界おかしいんだ。おかしいに決まってる!



31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 23:18:06.52 ID:an63KMiH0
「そう言われましてもねぇ……」



古泉がわずらわしそうに俺の視線をはずし、長門に目を向ける。



「長門さん、ここ最近で彼の言うような世界の改変が行われた形跡は?」



「私は観測していない。

ただ最近の私は情報統合思念体とのアクセスをほとんど遮断している。もしかすると感知できていないだけかもしれない」



ほら見たことか。いつのまにか世界が作り変えられていた可能性は否定できないじゃないか。



「それはそうですが……」



ええいまだ俺の言うことが信用できないっていうのか。

それならいいさ。去年の四月から起こったことを片っ端から説明してやるよ。


33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 23:21:53.06 ID:an63KMiH0
何から話せばいいんだろうな。まずはあれだ。朝倉に刺されそうになった所を長門に助けられたんだったな。

古泉とは閉鎖空間にも行った。朝比奈さん(大)にも会って―――と、これは言っちゃまずいか。



他にもいっぱいあるさ。

ハルヒのメランコリーが爆発したせいで閉鎖空間に閉じ込められたり、夏は合宿にも行ったな。

夏休みを延々繰り返したりもしたし、文化祭の映画撮影は実に大変だった。

冬の大事件のときはホントに焦ったぜ。それにそうだ、あの七夕の日。

ハルヒに対しての切り札、ジョン・スミスの存在。他にも―――



そんな調子で俺はひたすら去年から今年にかけての出来事をあげていった。

そのたびに朝比奈さんが「ふぇっ」とか「ふょっ」とか声をあげてくれるので、

なかなかに話し甲斐がある。長門も本を置いて話を聞いてくれているようだ。

古泉は無表情のままだが、そんなのは知ったこっちゃない。

とにかく俺の話を聞いていてくれさえすればいい。そうすればこいつらもわかるはずなんだ。



34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 23:25:57.32 ID:an63KMiH0
―――息つく暇もなく話し続けた俺は、さすがに疲れて押し黙った。

これだけ言えばこいつらも、俺が嘘をついているんじゃないってことがわかるだろう。

さあどうだ、そろそろ俺に協力しても良いような気がしてきただろ?



「正直に申し上げまして、評価は微妙ですね。」



―――え?



「あなたの仰ったことのうち、いくつかの出来事は確かに我々も経験しました。もちろんあなた抜きの形でね。

ですがいくつかは全く記憶にない出来事です。例えば去年起きた二つの世界改変……一つは未遂でしたか?

そんな大事件、もし本当に発生していたとしたら、忘れるはずがないと思うんですがね」



「私にもそのような記憶は無い」



長門も古泉に同意する……嘘だろ?



「それからジョン・スミスでしたか。

確かに彼女は中学生の頃の七夕の日、学校の校庭によくわからない図を書くという事件を起こしたと聞いています。

しかし、それを手伝った男子生徒がいたなんてことは記憶にありませんよ。

もちろんジョンなんてふざけた名前も初耳です」



「わ、私も……あなたと時間遡行をした記憶はありません……」


36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 23:29:26.80 ID:an63KMiH0
朝比奈さんまでも古泉に同調する。

でも、だからそれは、世界が改変されたから!だからみんなの記憶も変えられちまったんだよ!



「もちろんその可能性もあります。

が、それと同じように、あなたは単なるSFファンで、どうにかして僕達のことを耳にはさんだ上で、

自分もそれに参加していたかのような話をでっちあげているという可能性も否定できないんですよ。わかりますよね」



そんなことしていない!俺は、俺はお前らと、ハルヒと、ずっと一緒に……



「それに」



俺の呟きを古泉が冷酷に叩き潰す。



「僕達はそれぞれ涼宮さんに選ばれる要素を持ち合わせています。

ですが聞いたところあなたはごく普通の一般人だということらしい。

そんなあなたが、なぜあの涼宮さんに選ばれ、SOS団員たりえたんですか?

……僕があなたを疑う理由のうちで、それが一番大きなものです」



―――なぜ、なぜだ。宇宙人でも未来人でも超能力者でもない、普通の俺がハルヒに選ばれて、そしてずっと一緒にやってきた。

俺の中にジョン・スミスの面影を見たから?いや違う。それだけじゃない。俺は、ハルヒは……


40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 23:34:04.05 ID:an63KMiH0
「まあ、あなたの話も完全に無視することはできないでしょう。こちらの方で対応を検討しておきます。

ただ、申し訳ありませんがあなたにはある程度の監視を付けさせていただきます。

先ほど言ったようなことを、くれぐれも誰かに話したりしないように。良いですね?」



最後の言葉は俺への警告というよりも、長門と朝比奈さんに対応の是非を問うものだったようだ。

長門、ついで朝比奈さんが古泉にむけてうなずいてみせる。



―――それを見て、俺はようやくこの世界を、夢ではない現実のものとして感じ始めた。

ハルヒ絡みでなにか問題が起きたとき、それに対処するのは古泉、長門、朝比奈さんの三人。そこに俺はいない。



SOS団のメンバーはハルヒを含めた四人。そこに俺はいない。



教室のハルヒの前の席。そこには俺がいる―――だけどそれだけだ。

ハルヒの中には、ハルヒの視界の中には、俺はいない。俺は、どこにもいない……



42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 23:37:44.15 ID:an63KMiH0
・・・・・・・・

あの後、俺は古泉の呼んだ機関の車で家路についた。きっと今も機関の連中が家のそばで監視を続けているんだろう。

ひょっとするとすでに盗聴器ぐらいは仕掛けられているのかもしれない。



呆然としているうちに夜は更け、全く味のしない夕食を少しだけ腹に納めた後、

おざなりにシャワーを浴びてからベッドに倒れこんだ。

布団にくるまっていたらしいシャミがのそのそと起き上がって部屋を出て行く。

ふっ、シャミはいるままなのにな。

夕食前に妹に聞いたところ、あのシャミはとある雨の日に俺が拾ってきたらしい。野良猫でなんとなくかわいそうだったからと。



その話の中にはSOS団も、もちろん映画の撮影も存在しなかった。当然妹はハルヒたちのことも知らないままだ。



―――やはりそうだ。俺がSOS団の団員だった事実は、この世界では全くなかったことにされている。徹底的に。

それだけじゃない。長門も朝比奈さんも古泉も、そしてハルヒも。

俺とは単なる知り合い程度で特に親しくはないときている。

俺とあいつらとのつながりは完全に絶たれているんだ。



46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 23:42:47.35 ID:an63KMiH0
―――そうだ、だからハルヒは今日の朝、俺が話しかけたときに不思議そうな顔をしたんだ。

……単なるクラスメートの一人だと思ってた奴が、普段よりずっと親しげに話しかけてきたから。



谷口もそうだ。俺がハルヒと告ったとか告られたとかいう話をするほど仲良くないことを知っていたから……

ここは、そういう世界なんだ……





―――おまけにいつも俺を助けてくれた長門たちは、今回は俺を単なるメルヘン野郎だと思っている。

頼みのジョン・スミスも、前回のようには役に立たないだろう。

だってこの世界では、ハルヒの前にジョン・スミスなんてやつは現れなかったんだから。

俺とハルヒの間には特別なつながりなんて無いんだから。



……なあ、おい、俺はどうすればいいんだ。どうすれば元の世界に帰れるんだ。なあ……



48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 23:46:30.28 ID:an63KMiH0
・・・・・・・・

翌日。

ほとんど眠れないまま朝を迎えた俺は、

いつもよりずっと角度を増したかのような上り坂をだらだらと歩いていた。



昨晩は風が強かったようで、道路わきのあちこちにあるイチョウの木はほとんどその葉を落とし、

曇り空に骸骨のような枝を伸ばしている。

昨日まで鮮やかな黄色を見せていた葉は道路わきに片付けられ、

わずかに路上に残るものは登校する生徒に踏まれてぐずぐずとアスファルトに張り付いていた。

そのうちの一つを踏んづけてしまったせいで靴底が滑り、俺は大きくため息をつく。どうすりゃいいってんだよ、くそ……





―――そのとき、うつむいた視界のすみに、イチョウの葉とは違う黄色がよぎった。

顔を上げた俺の前に、見慣れた後姿が映る。

小気味良くすたすたと歩くその姿。肩のあたりまでのびた髪に、黄色いカチューシャ。ハルヒ……!


49: ◆bOD4i3rihs 2010/01/27(水) 23:51:02.37 ID:an63KMiH0
「あら、キョンじゃない。おはよ」



思わず声を出してハルヒを呼び止めていたらしい。振り返ったハルヒが挨拶をしてよこす。

その顔には笑顔とともに、昨日と同じ訝しげな表情が浮かんでいる。

なんで今日に限って挨拶してきたの……?あんたとあたしってそんなに仲良かったっけ?

そう目で問いかけるハルヒに、俺は言葉を返すことができなかった。



「どうしたの?なんか用があるんじゃないの?」



―――その言葉を聞いて、俺の中の何かがはじけそうになる。

しかし喉元まできたそれは言葉にはならず……俺は必死に気持ちを落ち着かせ、

なんとかあたりさわりのない会話を搾り出した。

いやなに、登校中に会うのは珍しかったからな。ちょっと挨拶でもしようかと。



「そう言われればそうかもね。あ、そうだ!昨日のSOS団どうだった?

みくるちゃんはちゃんとお茶煎れてくれたかしら。すっごくおいしいのよ!」



あ、ああ。ちゃんと煎れてもらったさ。おいしかったよ。涙が出るほどにね。



「ならよかった。やっぱりみくるちゃんをSOS団専属メイドにした私の眼力は正しかったわね!」



……やっぱり、楽しいんだろうな。SOS団は。



「ええもちろん!最高の団員がいる上に、この私が団長を勤めてるのよ!楽しくないわけがないわ」


51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/27(水) 23:55:56.03 ID:an63KMiH0
ハルヒは本当に楽しそうに笑っている。俺のいないSOS団を、楽しくてしょうがないと言いながら。

その後もハルヒの話は続いた。

朝比奈さんの新しいコスチュームのこと。長門に料理を教えたこと。この間の不思議探索のこと。

もちろんその話に俺は出てこない。



……道路わきに寄せられたイチョウの落葉は色を失い、泥のようになっている。

少し踏んづけてみると、湿ってぐずぐずとした感触が足に伝わった。



「……あれっ。阪中さんだ。ごめんねキョン、ちょっと話があるから私先に行くわ。また教室で!」



少し先に阪中の後姿を見つけたハルヒは、俺の返事も聞かずに一人で坂を上っていってしまう。



―――普段の俺たちなら、こうして登校中にたまたま会った場合は、だらだらと話をしながら教室まで向かうのが常だった。

ハルヒが俺を置いて行ってしまう。ただそれだけのことで俺の心臓は熱を失う。

足を速めて追いつきたいのに、俺の下半身は言うことを聞かない。

ハルヒの姿がどんどん小さくなっていって……やがて人ごみにまぎれて消えていった。



55: ◆bOD4i3rihs 2010/01/28(木) 00:01:39.70 ID:eB1Skkzz0
・・・・・・・・

―――いつもの教室。いつものHR。いつもの授業。

そしていつものように後ろに座るハルヒと俺の間には……なんの会話も生まれない。色あせた日常。



何度か話しかけようと気持ちを奮い立たせたが、

そのたびに頭の中にハルヒの不思議そうな顔が浮かんできて、俺のちっぽけな勇気を吹き飛ばしていった。



だから俺は、後ろの席でくりひろげられるハルヒとクラスメート達の会話に、聞き耳を立てずにはいられない。

その中に俺の名前が出てくるんじゃないか、そんなありえない期待にすがらざるを得なかった。

……しかしそんなものは当然裏切られる。

俺は単なるクラスメートの一人にすぎないんだから。





谷口や国木田にはSOS団のことを聞いてみたが、当然ながら俺が団員だったという記憶は持ち合わせていなかった。

入学以来俺は帰宅部を貫き通し、平和で安穏とした日々を送っていたそうだ。



……そんな毎日を俺はどんな風に生きていたんだろう。

どんな風に世界を見ていたんだろう。

そのつぶやきは教室の喧騒にまぎれて消えた。



56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 00:05:27.68 ID:eB1Skkzz0
結局何も考えられず、ハルヒとも言葉を交わさないまま、放課後を迎えてしまう。

ここでどんな軽口を叩いても、この世界のハルヒはそれに答えてはくれないんだろう。



帰宅する生徒、部活に向かう生徒のざわめきで教室が一気ににぎやかになる。

なら俺はどうすればいいんだろう。一昨日までの俺はいつも部室に向かっていた。

だがこの世界には俺の行くべき部室などない。あの文芸部室に俺の席は無いんだ。

なら俺は一体どこに行けば・・・



「えーハルヒまた断っちゃったの?」



ふとそんな言葉が耳に入った。それほど大きい声ではない。

見ると教室の後ろ側で数人の女子が話をしている―――そしてその中心に、ハルヒがいる。



「うーん、まあね。それに私は今」

「『今が十分幸せだから、それを変えたくない』でしょー!?まったくハルヒはいつもそれだよー」



その言葉をきっかけに笑いが起こる。ハルヒも何か言葉を返して一緒に笑っている。



そうか、今のハルヒは幸せなのか。俺はこんなに憔悴してるっていうのに。

そりゃそうだよな。お前にはSOS団があって、みんながいるんだからな。



……ん?いやまてよ?「今が十分幸せだから、それを変えたくない」



この言葉を、俺はつい最近聞いたよな。他でもないハルヒの口から。

あれはそうだ。一昨日の、世界が変わってしまった前の日の、放課後の部室で……



58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 00:09:16.26 ID:eB1Skkzz0
・・・・・・

―――ハルヒがノックもせずに部室のドアをあける。今日はどうやら俺たちが一番乗りのようだ。



「みくるちゃんもまだなのね。まあいいわ。キョン、お茶入れて」



団長席に腰を下ろしたハルヒが俺の顔も見ずに命令する。

自分で入れろと言ってもどうせどやされるだけなので、おとなしくそれに従うことにする。



……朝比奈さんセレクトのお茶はますます種類が増えていて、選ぶのも楽しくなるほどだ。

さて今日はどれにしようかと団長席に背を向けた格好で悩んでいると、ハルヒがぽつりとつぶやいた。



「……あたし、この前告白されたの。付き合ってくれって。8組の人」



思わず振り向いてハルヒを見る。

左手で頬杖を突き、右手でマウスをいじりながらモニターを見つめるハルヒの横顔には、

なんの表情も浮かんでいないように見えた。



「……へー、そうなのか」



「……それだけ?」



「えー、と……それでどうしたんだ?付き合うのか?」



61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 00:14:03.81 ID:eB1Skkzz0
その言葉を聞いたハルヒは少しだけ動きを止め……床に置いたバッグにかがんで手を伸ばすと、

そのままごそごそと何かを探すようなそぶりをし始めた。



最近伸ばし気味の髪に隠れてハルヒの表情は見えない。黄色いカチューシャがゆらゆらと揺れている。

おいおい無視かよ。お前がふってきた話だろ。



「うるさいわねぇ。私がだれかと付き合ったりするわけないじゃない。SOS団団長たる私がね!

それにね、私は今が幸せだからそれで十分なの!」



そう言ってハルヒは顔をあげ、バッグから取り出したペットボトルを握り締めつつ俺に笑いかけた。

そんなもんを探してたのかよ・・・ていうか、それもう空じゃねえか。



「う、うるさいわね!飲もうとしたらもう空だったから、今あんたに捨てさせようと思ったのよ!さっさと行ってきなさい!」



そんなこと言っても俺はまだお茶を煎れてる最中で……



「いいから行ってきなさい!今すぐ!」



63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 00:19:49.49 ID:eB1Skkzz0
ハルヒは俺にペットボトルを投げつけてそっぽを向く。

やれやれ面倒なやつだ。俺がそれを拾って部室を出ると、ちょうど朝比奈さんが来るところだった。



「あれ?キョンくんどこに行くんですか?」



「ああ、朝比奈さん。ハルヒに言われてごみを捨てに行くんですよ。ペットボトルを投げつけてきましてね」



「そう、ですか……」



そう言うと朝比奈さんはチラッと部室のドアに目をやり、なにやら心配そうな、悲しそうな表情を見せた。

大丈夫ですよ朝比奈さん。いくらあいつでも朝比奈さんにゴミ出しをやらせることはないでしょう。

そう言って朝比奈さんに手を振ってから、俺はゴミ捨て場に向かう。



そうして部室に帰るともうすでに全員が集まっていて、ハルヒはずっと机に突っ伏していて―――



70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 00:24:45.21 ID:eB1Skkzz0
・・・・・・・・

そうだ、あいつがあのとき言っていたんだ。

「今が幸せだからそれで十分」だと……それを聞いて俺は何を思った?



―――ホッとしていたよな……なんでだ?ハルヒが他の男と付き合うことはないと思ったからか。



……いやそれだけじゃない。俺も同じことを思っていたからなんだ―――いやそれも違うな。

正確には



『ハルヒがそう考えているなら、俺が同じことを思っていても許される』



そう思ったからだ。でもそれでなんでホッとするんだ?



それに―――許される? ハルヒにか。俺はハルヒに、許されたかったのか……

許してほしかったのか。俺の、何をだ。俺の、俺の―――臆病さを……?



74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 00:28:26.43 ID:eB1Skkzz0
―――そこまで考えて、俺は我にかえった。

気づくとほとんどの生徒は教室を後にしている。



そうだ、ハルヒは!ハルヒはどこだ?

教室中を見回す。ここにはもういない。

なら部室だ。あいつは今日必ず部室に行くと言っていた。

―――俺はバッグをつかんで走り出す。



76: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 00:31:55.33 ID:eB1Skkzz0
―――そうだ、そうなんだよ。ようやく気づいた!

……いや違うな。俺は気づいていたんだ。ずっとずっと前から。そうだ、気づいてたんだ。

一年半前のあの日、二人で閉鎖空間に入ったあの日から……いやいや違う。

きっともっと前から。俺は気づいていたんだ!





俺の気持ちに、そして……ハルヒの気持ちに!





廊下を全速力で走る俺に、まだ帰らずに残っていた生徒達が怪訝な目を向ける。

俺はそれにかまわず部室棟を目指す。



そうだ、おれはずっと気づいていた。気づいていたのにわからないふりをしていたんだ。

なぜって?それが怖かったから!俺は、俺はSOS団の毎日が楽しかった。

ハルヒのいる日々が楽しかった。幸せだった!





だから・・・それが変わってしまうのが怖かった。幸せな世界を変えてしまうのが怖かったんだ!!



79: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 00:35:44.79 ID:eB1Skkzz0
そうだよ。世界は変わっちまうんだ。変えてしまえるんだ!

特別な能力なんかなくっても!自分が決断をするたびに!



選ばなかった選択肢のその先なんて存在しない。

俺が、もし自分の―――そしてハルヒの思いに気づいてしまったら!それを表に出してしまったら!

どんな結果が待っていようとも―――それまでの世界は消えて無くなってしまう。

それが怖かったんだ。



部室棟の階段を一気に駆け上がる。心臓が聞いたこともないような音をたてる。



―――だから俺は、ハルヒが「今が幸せだからそれで十分」なんてことを言ったときに安心したんだ。

ハルヒがそう思うなら、俺は気づかないままでいられる。気付かないままでも許される。

この幸せな世界をただ黙ってかみ締めているだけでいいんだって思ったから・・・でもそれじゃだめなんだ。



80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 00:41:20.32 ID:eB1Skkzz0
―――やっと文芸部室のある階にたどり着く。窓から差し込む日光が俺の頬をうつ。



確かに今の、俺の元いた世界は一見幸せだ。十分なほどに。

……でも!本当に幸せな世界では決してない!



なぜなら―――なぜなら俺はあのとき、

部室でハルヒが顔を上げて俺に笑顔を見せたとき、ペットボトルを投げつけてきたとき、

「今が幸せだからそれで十分」って言うあいつが、

あいつの目が潤んでいたのに気づいていた。



あふれ出そうな感情を必死に押しとどめようとしていたことに気付いていた。

気づいていたのに気付かないふりをしていたんだ!

気づかないふりをして、何もなかったと自分をだまして、

本当はハルヒのおかしな様子をずっと気にかけていたのに、それすらも気にしないふりをして。



怖かったから。勇気を出せずに、決断から逃げていた。今の世界を変えることから逃げていたんだ!



でもそんな世界は、本当に幸せな世界なんかじゃないんだ。俺とハルヒは、俺とハルヒが……!



82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 00:45:57.53 ID:eB1Skkzz0
「!!!!」

俺はノックもせずに文芸部室を開けた。

ハルヒ、朝比奈さん、長門、古泉……俺のいないSOS団の面々が、びっくりした表情でこちらを見つめている。



「ど、どうされたんですか」



古泉が眼光するどく問いかける。悪いな古泉。今はまず話を聞かせたい奴が他にいるんだ。



「ハルヒ、ちょっといいか?話があるんだ」



息を整えつつ、団長席のハルヒに声をかける。

一瞬大きく目を見開き―――俺の切羽つまった様子に何かを察したのか、

わりあい素直に立ち上がってこちらに向かってきた。



「なあに?話って」

「ここじゃできない話なんだ。悪いがちょっとついてきてくれるか?」

「ええ、いいわよ」



83: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 00:49:34.51 ID:eB1Skkzz0
そう言ってうなずくハルヒに古泉が声をかける。



「ま、待ってください!話ってどんな」



「古泉くん、ちょっと出てくるから」



ハルヒは振り返らずにそう言い捨て、俺が開け放したドアから部室を出て行く。

目を見開いたままの古泉に一言、大丈夫だと声をかけてから、俺もハルヒに続いた。



……それでどこ行くの?と目で問いかけるハルヒを促し、俺は部室を離れていく。



少しだけ距離をとったまま、俺たちは歩き続ける。あの場所へ。すべてが始まったあの場所へ―――



86: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 00:54:01.88 ID:eB1Skkzz0
・・・・・・・・

あの日、入学間もないころ、突然SOS団の結成を思いついたハルヒに引きずってこられた場所。

初めて二人きりで会話を交わした場所。屋上に続く階段に、俺たちはまた二人きりで立っていた。

あのときとは全く逆だな。むりやり連れてきたのは俺の方で、話があるのも俺の方だ。



思えばあの日以来、俺はずっとハルヒの後ろについて歩いてきた。

そんな関係が居心地よくて、ぬるま湯から出てしまうのが怖くて、今日ここまで来てしまった。

でも、もうそれじゃ駄目だし、嫌なんだ……例えここがおかしな世界でも。

たとえ世界が変わってしまったとしても。



―――俺は、しっかりとこちらを見据えるハルヒと目を合わせ、その真ん中を見つめながらこう切り出した。



「なあハルヒ、もしもボックスってあるだろ?」



「はあ?」



突然わけのわからないことを言い出した俺に、ハルヒは困惑した顔を向ける。



「あれってすごいよな。色々と思い通りに世界を変えられて。

しかも気に入らなかったら元に戻せばいいだけなんだから、あんなに便利な道具もない」



「あんた、そんな話をするために」



「でもさ」



ハルヒの文句をさえぎって言葉をつなげる。



88: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 00:59:16.79 ID:eB1Skkzz0
「それってやっぱりずるいと思うんだよ。

世界をなんでも思い通りにできる、っていうのもそうだけど、気に入らなかったらすぐ元にもどせるなんて。

俺たちはさ、日々生きていく中でいろんな決断をしているよな。

そのたびに世界は変わって、もう元の世界は絶対に戻ってこないんだよ。

でもな、だからこそ、その決断が重くなるし、大きなものになるんだと思うんだ。

そしてそれが重い決断であればあるほど、それから逃げちゃいけないと思うんだよ。

そのことにようやく気付いたんだ」



そこまで言って一旦口をつむぐ。ハルヒは尖らせていた口をすぼめ、最初と同じように、ただ俺を見つめていた。



「だからさ、俺はもう逃げないよ。自分からも、お前からも。きちんと決断して、その結果生まれた世界をきちんと背負う。

やっと、やっとその覚悟ができたんだ!だから……!」



―――ハルヒが大きく目を見開いた。



……それと同時に足元が抜けるような感覚が生まれる。

空間が、世界が溶けていく。床が崩れ、階段が崩れ、視界を真っ黒な闇と煌く星が支配する。様々な色の光が世界を包んでいく。



だけど不思議と恐怖感はない―――だって、これが俺の決断だったんだからな。



92: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 01:05:34.69 ID:eB1Skkzz0
・・・・・・

「みくるちゃんもまだなのね。まあいいわ。キョン、お茶いれて」



―――突然地面が生まれ、次の瞬間にハルヒの声が耳に届いた。ここは……文芸部室か。

窓の向こうでは青い空に黄色いイチョウの葉が舞っている。



携帯を確認する―――現在日時は一昨日の、ハルヒが今が幸せだと言ったあの放課後。

俺がふぬけた反応をしてハルヒを失望させた、あの放課後。

後先も考えずに行動してどうなるかと思っていたが、あのときに戻ってきたのか……



「ちょっとキョン!聞いてるの!?何ボーっとしてるのよ!」



団長席に座っていたハルヒが、椅子から飛び降りてこちらに向かってくる。



「そんなんで我がSOS団の雑用係がつとまると……!!」



俺は文句を言おうと突進してくるハルヒの両肩をつかんだ。ハルヒは驚いた様子で口をつぐむ。

そうか、そういうことなんだな。

まあ確かにあんな世界で言うよりは、俺の、俺とハルヒの本当の世界で言った方がいいに決まってるよな。



96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 01:09:13.38 ID:eB1Skkzz0
「ちょ、ちょっとキョン!なんなのよ突然!あんた何を」



そう言って暴れるハルヒを押しとどめ、その両目がしっかりと俺を見据えるのを待ってから、俺は言葉をつむぐ。

ずっと言い出せなかった―――そしてたぶん、ずっと待っていてくれた言葉を。



「ハルヒ、今までずっとすまなかった。もう逃げないよ」



ハルヒがぴくっと肩をふるわせる。その両肩から俺に気持ちがなだれ込んでくる。

不安、恐怖―――そして期待。



……ごめんな。いままでずっとこんな思いをさせちまっていて。

俺がバカだったから。臆病だったから。

でも約束する。俺はもう、絶対に逃げないよ。

だから俺の言葉を―――ようやく出せる俺の気持ちを、受け止めてくれ。



99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 01:13:22.98 ID:eB1Skkzz0
小刻みに、わずかに震えるハルヒの黒髪と黄色のカチューシャ。

その下にある茶色い瞳は、それでも俺を見つめていてくれた。俺も視線をそらさない。



―――時間が静止したようだった。聞こえるのは俺とハルヒの鼓動だけだ。

そんな、自分たち二人だけしか存在しないような世界で、俺は一つ大きく息を吸い、こう、切り出した。



「ハルヒ、俺はな。俺はずっとハルヒのことを―――」



103: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 01:17:53.58 ID:eB1Skkzz0
・・・・・・・

その後のことを少しだけ話そう。



俺が元の世界に帰ってきた翌日の昼休み、長門、朝比奈さん、古泉の三人組に聞いたところでは、

あの「SOS団without俺」な世界の記憶はまったく持ち合わせていないらしい。



「驚きましたねぇ。そんなことが起きていたとは。

日付も戻っていることですし、あなたが過ごした二日間は完全に無かったことになっているようですね」



「キョンくんがいないSOS団なんて、なんだか想像できません」



「やはり世界が改変された形跡は確認できない。

改変が小さかった上に、改変を隠したいという思いが存在していたために、感知できなくなっていたのかもしれない」



改変が小さかった、か。俺にとっては人生がひっくり返るほどの大問題だったんだけどな。

あの冬の世界に勝るとも劣らないほどとんでもない状況だったんだぞ。



「まあいいじゃないですか。おかげでもっとずっと大きなものがようやく手に入ったんですから」



古泉がいつもの三倍くらいのニヤケ顔で俺を見つめる。いつにもましてうっとうしい。



―――そうなのだ。信じられないことに、昨日の放課後俺とハルヒが、その、まあなんだ。

交わした会話の内容を、こいつらは知っていやがったのだというのだ。



105: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 01:21:07.79 ID:eB1Skkzz0
―――昨日、あの後、朝比奈さんたちは部室に現れなかった。

そうして何をしていたかというと、

なんと三人揃ってドアの前で聞き耳を立てていたというのである。ブレーメンの音楽隊かお前らは。

そうしたあげく、そろって「今日は用事があるのでいけません」というメールをハルヒに送り、そのまま三人で帰っちまったというのである。



「ご、ごめんねキョンくん。悪いとは思ったんだけど……」



そう言う朝比奈さんが一番初めに部室に到着し、ドアから漏れ出す俺の声を聞いて何が起きているかを判断した上で、

後からきた二人を盗み聞きの仲間に引き入れたというのだからたちが悪い。



「まあいいじゃないですか。五人しかいないSOS団です。いずれ明らかになることだったんですよ」



古泉がさらにニヤケ度を増した顔で話しかけてくる。あーもう近寄るな。顔が近いんだよ。うっとうしい。

俺のそんな反応など全く意に介さない様子の三人は、そろって目線を交わし、三者三様の笑顔を見せる。

まったく、俺はあんなに大変な目にあったっていうのにのんきなもんだぜ。



106: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 01:24:08.87 ID:eB1Skkzz0
「あ、でも……それなんだけどね、キョンくん。怒らないで聞いてね?

……もしかしてそのきっかけを作ったの、私と長門さんかもしれなくて……」



……なんですと!?朝比奈さんが突然そんなことを言い出し、俺は飲んでいたお茶をふきだしそうになる。

それはいったいどういうことなんですか。



「一昨日、キョン君が言う世界の改変が起きた前の前の日にあたるのかな。

たまたま部室に涼宮さんと長門さんと私しかいない時があって……その時、涼宮さんがこう言ったんです。

『あーあ、なんでどうでもいい奴にばっかり告白されるんだろう』って。

その時の涼宮さん、すごく悲しそうで……」



「おそらくは聞かせようと思って発した言葉ではなかった。我慢しきれずに思わず口から出た、というような印象を受けた」



109: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 01:28:19.02 ID:eB1Skkzz0
―――どうでもいい奴にばっかり、ねえ。



「だから私達、告白するっていうのはきっとすごく勇気がいることだって。そう言ったんです」



「そう。そしてそれに必要な勇気の量は、相手と自分との距離が近ければ近いほど、

告白によって生じる変化が大きければ大きいほど。比例して増していくと」



「それを聞いた涼宮さんは、少しうつむいたまま考え事をしているようで……

それから笑顔で『うん、そうね。ありがとう』って言ってくれたんですけど……今度はその笑顔が、その、すごく寂しそうで……」



……そうか。だからあの時ハルヒは突然、告白されたなんてことを言い出したんだ。

俺を少しでも不安にさせられるんじゃないかと思って。決断を促すことができるんじゃないかと思って。

それなのにそれに対する俺の反応が―――ああ、わかってる。俺は大馬鹿モノさ。

思いっきり逃げまくったもんだったから。

だからハルヒは―――もうそんな宙ぶらりんな状態に耐えられなくて、あんな世界を作り出したんだ。



「そうしてもし、あなたが勇気を出すようなことがあったらあの日に戻るように。

そういう風なルールを構築していたということですか。もちろん無意識のうちにでしょうが。

となるとやはり、あなたに対しての期待は捨てられなかったということなんでしょうねぇ」



古泉がしたり顔で解説する。ふん、俺だってちゃんとわかってたさ。

もう分かっていることをわかっていないふりをするのはやめたんだ。

それにもし万一ああ言ってこの世界に戻れなかったとしても、俺は後悔なんてしなかったぜ。

俺は言いたいことを、言いたいときに言っただけだ。



112: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 01:31:39.69 ID:eB1Skkzz0
「キョン君には申し訳なかったけど、でも良かったです……涼宮さんの思いが叶って」



朝比奈さんが心底安心したようにつぶやく。まあそれはそうですが……それにしたってあんな世界は二度と体験したくないですけどね。



「朝比奈みくるはとても心配していた。涼宮ハルヒとあなたの関係のことを。礼を言うべき」



あ……そうだったんですか。すいません、朝比奈さん。俺がふがいないばっかりに。



「い、いえ、そんなことは。それに、長門さんだって私と同じくらい心配してたんですよ。

だから私にお礼を言うくらいなら、長門さんにも言ってあげてください」



そうなのか、長門。悪かったな。ありがとう。



「僕も僕なりに心配してたんですけどねぇ」



うるさい古泉、お前はだまっとれ。



114: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 01:35:17.26 ID:eB1Skkzz0
そう俺に言われて肩をすくめる古泉を、長門と朝比奈さんがなぐさめる。

……というか、お前らなんだか妙にチームワークが良くなってないか?

もしかして俺の知らない所で三人で会ったりしてるんじゃないだろうな?



「んっふ。さあどうでしょう。まあいいじゃないですか。

これからはあなた方二人が僕達の知らないところでこっそりお会いしたりすることになるんでしょう?羨ましい限りです」



そう言う古泉の顔には「わかってますよ」と書かれている。



―――やっぱり気付かれてたか。まあそりゃそうだろうな。毎週恒例の不思議探索が突然中止になったんだから。

まったくハルヒの奴、団活の時間に言えばいいものを、よりによって今日の早朝にSOS団一斉送信のメールで中止を告げやがった。

盗み聞きのことは知らなかったとは言え、これじゃ何かあるっていうのがバレバレじゃないか。



116: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 01:38:54.46 ID:eB1Skkzz0
「それほどうれしかったんですよ~」

「早く週末になって欲しい、という思いがすけて見えた」

「まったく羨ましい限りです」



そう言って三人は目線と笑顔をかわす。あ~あ、これから俺はずっとこの三人にからかわれ続けるっていうわけか。



―――まあでも、さすがのこいつらでもわざわざ休日をつぶしてまで俺たちのあとをつけたりはしないだろうし。

それにその、あれだ。早く土曜日が来て欲しいっていうのは俺も同じだからな。

そのときはいつもみたいに遅刻なんかせずに、集合時間のずっと前に到着してやろうか。





―――たぶんあいつも、おんなじことをするような気がするしな。





<終>



123: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 01:44:30.91 ID:eB1Skkzz0
『異能者たちのお茶会~ある超能力少年のつぶやき~』



カランコロン

ドアについた鈴が軽やかに鳴り、新たな客の来店を知らせる。

正面に座る長門さんが少し目線をあげたのを確認し、僕もそっと振り返る。

あちらも僕達に気付いたのだろう。

いつものふんわりとした笑みを浮かべた朝比奈さんが、僕達の座る席に向かってゆっくりと歩みを進めてくる。



「すいません。遅れちゃいましたか」



「いえいえ、僕らも今ついたところですよ。何を注文しようか考えていたところでして」



挨拶を交わしつつ、朝比奈さんにメニューを渡す。



「今日は何にしようかなぁ。長門さんは何にしました?」

「私はケーキセットにした。今はモンブランがおすすめらしい」

「あ、おいしそう。私もそれにします」





128: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 01:47:58.20 ID:eB1Skkzz0
そう言って微笑む朝比奈さんはとても幸せそうだ。もちろん長門さんも。

入学当初はぎこちなかったこの二人の仲も、いつからかぐっと温かみのあるものとなっていた。今では仲の良い姉妹のようだ。

そんな二人を眺めつつ、自分の分も含めて注文を伝える。



―――ここは駅からほど近い住宅街にひっそりと佇むカフェ。

最近めっきりそれぞれの仕事が少なくなった僕達が、SOS団の活動がないときによく集まる店だった。



とは言ってもたいしたことをするわけではない。

三人で他愛もない会話をゆっくりと交わす。ただそれだけだが、

僕にとっては非常に心休まる時間だったし、二人もそう思ってくれているようだった。



それにここはいつもの不思議探索のルートからは外れているうえ、高校生がこぞって来るようなカジュアルな店でもない。

僕にしてもこういったお店に詳しい森さんに教えられなければ、二人を誘うことはなかっただろう。

でもだからこそ、それぞれにわけありな僕達三人が、こうして穏やかな時間を過ごすのには最適と言えた。


129: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 01:52:28.53 ID:eB1Skkzz0
―――注文の品が届き、うわあおいしそうですね、という朝比奈さんの声を聞きつつ僕はコーヒーにミルクを注ぐ。

もぐもぐとモンブランを食べ進める長門さんと、少しずつ口に含んでいく朝比奈さん。

彼がこの場に居合わせたら、この幸せな気持ちをどんな風に表現するだろう。

まあ彼とこの店に来るような機会は当分無さそうだけれど。



……この集まりを彼や涼宮さんに内緒にしていることに特に意味は無い。

しいて言えば二人に対するやっかみがその理由にあたるだろうか。

なにせ僕たちはこのところずっとその話題を中心に会話を交わしていたのだから。

いつになったらお互いの気持ちに素直になってくれるのだろう、と。



だからつい先日二人がああいう関係になったくれたことで、今は三人とも、本当に穏やかな心持ちになっているのだ。



130: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 01:55:11.53 ID:eB1Skkzz0
「涼宮さん達、今頃どこにいるのかなぁ。楽しんでるといいなぁ」



やはり同じようなことを考えていたのか、朝比奈さんがふと嬉しそうにつぶやく。

今日は彼らの初デートの日だった。

僕らからすれば初でもなんでもないように感じられるのだが、

当の本人達はそう思っているようなので、そういうことにしておいた方がいいのだろう。



「きっといつものように涼宮ハルヒに振り回されている」



「確かに。彼が涼宮さんをリードしているところは想像しにくいですね」



「ふふ、それがキョン君たちの一番いい形なんでしょうね」



僕達はそんな二人のデート風景を思い浮かべ、それぞれ顔をほころばせる。

そんな空気があまりに楽しくて、僕はちょっぴり意地悪な想像を口にしてみせた。



131: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 01:58:19.81 ID:eB1Skkzz0
「いや、しかし彼の間の悪さというか、時たま見せる空気の読めなさは天才的ですからねぇ。

今日に限って寝坊したり、会ったら面倒なことになる人に会ってしまったり」



「ふぇ」



僕の意図を察したのだろう、最後に残しておいたらしい大きめの栗をフォークに刺しながら、長門さんも言葉をつなぐ。



「否定できない。それもありうるかもしれないと思わせる彼の才能はさすが」



「そ、それは確かにそうだけど、でもきっと今日は大丈夫ですよ。キョン君だってやるときはやる人だし」



朝比奈さんがあたふたと彼を擁護し始めるのを見て、僕と長門さんはそれぞれの微笑を顔に浮かべる。

大丈夫ですよ、朝比奈さん。

僕たちも本気でそんなことを願っているわけじゃないんですから。

それに今彼らが会ってまずいことになる人なんて、ここにいる三人のほかには誰も―――



137: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2010/01/28(木) 02:01:39.66 ID:eB1Skkzz0
カランコロン!

「ここよここ。どう?いいお店でしょう?」

「へぇ、ホントだ。お前こんな店も知ってるんだな」

「まあこの前阪中さんと初めて来たばっかりなんだけどね」





…………長門さんの口からモンブランの栗がぽろりと落ちる。朝比奈さんは口に含んだ紅茶をふきだしそうになるのを必死にこらえていた。

かくいう僕も、コーヒーをかき混ぜていたスプーンを危うく吹っ飛ばすところだった。



「それにしてもあんたったら、待ち合わせには遅れてくるし、どこに行くかもぜんっぜん考えてないなんて、ホントだらしないわね!」



「だからそれは何度も謝っただろ。それに俺は待ち合わせの一時間前についたじゃないか。お前はいったいどれだけ早くから待ってたんだよ」



「う、うるさいわね!とにかく私より遅く来るなんて不届き千万よこのバカキョン!」



一応カフェにふさわしいくらいに声量を落としてはいるものの、元々静かなこともあって話は丸聞こえだ。

とは言え彼らも傍から見れば微笑ましいぐらいに初々しい、日本全国どこにでもよくいるような高校生カップル。

周りのお客さんも、二人を案内するウエイトレスも笑いをこらえていて、店内には暖かな空気が広がっていく。。





……一方ようやくショックから立ち直った僕達はというと、

二人がこちらに向かってくるのを確認し、すべてを諦めて三人で苦笑いを交わしていた。

まったく、どうしてこうなってしまうんですかねぇ。ようやくすべてが始まったというのに。



―――それにしても。この場合、間が悪いのは彼らなのか僕達なのか。

ようやくこちらを発見したらしい二人の発する「うぇっ」「ぐぇ!」という驚きの声を聞きながら、僕はそうつぶやいた。



<終>



引用元: キョン「気づいていたんだ」