1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 02:44:02.90 ID:K8JuUlb/0

《青い髪の女の子が幸せになる物語》


4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 02:47:26.74 ID:K8JuUlb/0
《午後3時過ぎ、見滝原南公園、曇り》



 ふぁ……あ、あれ?

 うっそもうこんな時間?! ええっもう三時じゃん!

 ってか恭介も起こしてよぉ……もしかして、一緒に寝ちゃったとか?

 まさか、もうあたしたちは一晩明かしちゃったとか。

 そんで夜通し愛をはぐくんだ二人はようやく目覚めて――って、あはは、そんなわけないけどさぁ。

 うんうん。

 げ、脚にベンチのあと付いちゃってるし。



 てか恭介、なんで起こしてくれないの?

 そりゃあその、寝たのはあたしだけど、やっぱせっかくのデートなんだし……うぁ。

 あ、あはっ、そっかそっかぁ……

 あ、あたしの寝顔に、みとれてちゃしょうがないかー、あたしってやっぱ見滝原一の美少女だし……。



 ああもう、恥ずかしいからこっち見ないで!



 ってうそうそ。やっぱうそ。

 あっいや、別に見てほしいとか言ってないし……てかデート再開するからね?!


8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 02:52:30.28 ID:K8JuUlb/0


 あーもうあたしなんで寝ちゃったんだろ。

 《さやかはふと思い出したように隣の男へと顔を向ける》

 てかあたしたち、午前中なにしてたっけ?

 ああー駅前のサイゼでティラミスをねーって残念! その店、半年前につぶれちゃってますから!



 ったく、恭介までボケたらツッコミいなくなっちゃうじゃん。

 杏子じゃないんだから……《言いながらごまかすように絡めた手を引く》てかどうしよっかこれから。

 恭介、どっか行きたいとこある?

 タワレコ、は今さら行ってもしょうがないか。

 え?

 ほら、駅前に最近できた。

 あー、恭介知らなかったっけ?《いぶかしげな表情》んじゃそこ行こっか。

 てかあたし、病室で絶対話したと思うんだけど。



 ……げ。

 ウワサをすれば。


9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 02:57:33.80 ID:K8JuUlb/0


 ささ、恭介いこ!

 あんなホームレス中学生はほっといて《わざとらしい笑みを浮かべて男の手を引く》……はあ?

 「こっち見んな」ってなによ。てか杏子こそこっち見んなし!

 あんた、空気読むって知ってる?

 学校で習わなかった?

 あ、学校行ってないから――いだっ、ごめんってば!



 はぁ……えっとね、前に話した佐倉杏子って子。

 家なき子。

 ほんとどーいう生活してんだろね、あたしが聞きたいって。

 《薄紫の雨雲が目に映る。さやかは笑って話題を変えた》

 ねぇ杏子、またどっかで食べ物ぬすんだりしてないでしょうね?

 マミさんに言いつけるよ?

 って、そこまでイヤそうな顔しなくたっていいのにさー。



 え?

 ちょっ、恭介どしたの?

 あ、確かに雨降りそうだけど、そんな急に手を引っ張っ……ごめん杏子、それじゃまたね!

 もう、そんな強引に……えへ。


10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 03:02:37.34 ID:K8JuUlb/0
《見滝原駅前、喫茶店内》



 ん~、やっぱここのパフェは絶妙っすねー!

 ボリューム! 盛り合わせ!

 そしてふわふわなホイップクリームをスプーンで掘り進めた先に現れる、

 バニラビーンズが絶妙に効いたアイス!

 やっぱここ穴場だよ、隠れ家的な。



 ねねっほらちょっと食べてみなよ。

 遠慮すんなってー。《さやかは自分のスプーンを彼の口元に押しつける》ほらほら逃げるな、あーん。

 どう?

 でっしょー? やばいよね、中毒になっちゃうよあたし。

 前にまどかやマミさんたちと一緒に来た時もやばいって言ってたんだけど……

 《その瞬間、窓の外で稲妻が白く光った》ひゃっ!



 わわ、ごめん……ちょっと待っててティッシュ持ってるから《さやかの手の甲に落ちたクリームをなめ取る》ってええっ?!


13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 03:09:12.24 ID:K8JuUlb/0


 ちょ、恭介!

 そ、その……もうっ!

 そんなっ、みっともないこと、しちゃ、……えっと、ダメなんだから!

 それにほら、人が見て……《客席を見渡す。だが二人の他には誰もいない》……って、

 そういうことじゃなくて、こう、……ああーなんだかわかんなくなってきたし。



 はぁ……なんでこう、恭介は恭介なのかなあ……え、ううんなんでもない。





 てか雨止まないねー。

 さっきまでは晴れてた気がしたんだけどなぁ。

 ま、ここでのんびりするのだって、

 それはそれでアリだけど……《さやかは窓を叩く雨を眺めながら、ふと店内のBGMに耳をそばだてた》

 てか恭介、この曲おぼえてる?

 え?

 ちーがーうーって!

 えっいまもしかしてボケたの?

 あはは、じゃなくてまじめに答えてよ!



 ……あれえー、ほんとに思い出せない?


15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 03:15:15.46 ID:K8JuUlb/0


 ほら、ワーグナーだよ?

 恭介が入院したばっかの頃、

 元気なさそうだったから好きな音楽でも持って行こうって思って、

 とにかく家の棚にあったCDを聴いたこともないのに持って来ちゃって……

 《視線をそらしてにじみ出る笑みを隠そうとする》



 えーでもあのとき恭介なんだかんだで喜んでたじゃーん。

 あれ、当時の美樹さん……結構きゅってきたんだからね?

 あたしにもできることがあったんだって、

 飛びついちゃって……《言いながら声の調子が落ちていく》ってなんかすっごい昔話みたいだけど。



 そうだよ、昔だけど忘れるとかひどくないですか上条さーん!?

 さやかちゃんじゃなかったら許さないかもよー?

 って、あたしそんな根に持つタイプじゃないけどさ。



 そうそう、転校生のやつ!


16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 03:21:19.05 ID:K8JuUlb/0


 あっ転校生ってこないだの黒ロングで……ってそっちは知ってんのかよ。

 うぅ…上条さん、わたくしというものがありながら他の女に……って話ずれてるから!

 そんであの転校生なんて言ったと思う?

 あいつ、あたしに向かって……

 《と、次の言葉がなぜか浮かばず口ごもる》……あれ、なんだっけ……

 《さやかは変身したほむらの姿を思い出す。だが、記憶の中でも彼女の声は聞こえないらしい》……ま、まあいいや!

 せっかくいい雰囲気なのに、あんなやつにじゃまされたくないし。

 え?

 なんでもないなんでもない。



 まったくさぁ、あいつもマミさんとか見習ってもうちょっと人当たりよくすりゃいいのにね?

 てかあたし、ほむらも結構ツンデレだと思うんだよねー。

 あいつの言ってたことも今考えたら正しかったのかもしれないし。

 え?

 いや、なんかさぁ、《言葉を探すように窓の外へと目を向ける。薄紫の雲はかすれかけていた》なんだろね、あは。



 てかとにかくまどかにはべったりだし。

 意味わかんないけど、あは。


19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 03:27:22.61 ID:K8JuUlb/0


 っていうかまどかもなんか最近ほむらになついてるっぽいしさー。

 さやかちゃん的にはマミさんだと思うんだけどなー、ケーキおいしいし。

 ってそれだけじゃないよ?!

 ほら、やさしいし、おっきいし……って恭介はダメだからね?

 ……あ、いやそういうつもりで言ったんじゃ《彼の言葉はさやかの頬を赤くした》……あーもう、

 なんか最近の恭介、恭介じゃないみたい……調子くるうよ。

 もう。

 恭介って、こんなだったかなぁ……。



 え?

 ううん、なんでもない。



 んっと、なんかこうやって二人でどっか行くのって久しぶりだよねって。

 思わない?


20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 03:33:26.05 ID:K8JuUlb/0


 あーでも昔はあたしの方がべたべたくっついてたかも。

 ほら、一緒に公園とか行ったりしたじゃん。

 恭介ってほっとくとずーっと引きこもってバイオリンばっかだからって《そう言って彼の指先を握る》

 家の前の公園とか花火大会とか風見野のそごうとかいろんなとこに連れ回して。

 ああそうそう、確かにあのそごう潰れて今イオンなんだよね……って、

 なんで恭介そんなこと知ってんの、あは。



 それであたしも演奏会なんて行ったこともないのに勝手に付いてったりして、

 会場クーラー効き過ぎで風邪引いちゃってって、やっぱバカだなーあたし。

 そうそう、あの日はトイレも見つからなくて泣きそうだったもん。

 あはは。

 うわ、パフェ溶けちゃう。

 ほら恭介も手伝ってよ《さやかはバニラアイスをすくったスプーンを口元に差し出す》……えへ。



 え、いやなんかね、こういうの、いいなって。

 恭介入院しちゃってから二人で出かけたのなんて、たぶん一度もなかったじゃん。

 だから、昔みたいでいいなあって。

 持ってきたお弁当を一緒に食べたりしたよねって。

 うん。



 どうしてこう、自然にできなくなっちゃったのかな。


21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 03:39:29.61 ID:K8JuUlb/0


 え、ううんなんでもない。

 あってか恭介もう食べ終わってたの?

 いつの間に?!

 うわーなんか時が止まってたみたい……ってそうか、

 さやかちゃんがおしゃべりしている間に恭介は着実に……わ。 見て、晴れてる。



 そろそろどっか、行く?

 どこがいいかな……《溶けかけたストロベリーアイスを口に運びながら彼の指先を見つめる》……そうだ。



 ねえ恭介。

 あの桜の木、おぼえてる?

 治ったら一緒に行こうねって決めてた、関越道を渡る陸橋のとこの桜。

 あそこ、まだ咲いてるかな?


22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 03:43:29.59 ID:K8JuUlb/0
《県道82号線、新房陸橋下》



 わぁ……すごい、こんなに咲いてるなんて。

 ねぇすごいよ、空が桃色みたい。

 こんなにきれいな桜吹雪なんて、あたし生まれて初めて見たかもしんない。

 あたしたち、さくらに包まれてるみたい。

 ……なんかね、やわらかい布団に包まれてるような、すごくあったかいんだ。

 強すぎる陽射しから、桜の枝や花びらの影が守ってくれてるみたい。

 あは、なに言ってんだかわかんないよね。

 見滝原にこんな場所があったなんて知らなかった。



 え? 《不安げにさやかに問いかける》ううん、あたしのはいいから。

 あんたが連れてきてくれたってだけで、見せてくれたってだけで、それでじゅーぶんだから。

 ……約束、ほとんど忘れてるのはちょっとキズつくけどなぁ。


23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 03:49:33.16 ID:K8JuUlb/0


 えー?

 ほらあ、一緒に遊んでた時に恭介言ってたよ?

 大きくなったら結婚してー、

 子どもは男の子と女の子一人ずつでー、

 《おどけた声が次第に過去をいたわるように和らいでゆく》

 それでそのころには恭介も世界的なバイオリン奏者で、ってうわっさやかちゃん英語赤点だったんだ!

 まーでもそういうのって慣れとかでしょ?

 その気になれば、英語だって……どしたの、きょう……え、あはははっ、さすがに今のはバレたか。



 はぁ……あたしも英語がんばんなきゃなー。

 てか英語でいいんだっけ?

 ウィーンの音楽学校行きたいとか言ってたよね、そこって確か……ええっドイツ語?!

 ちょっ、先に言いなさいよ!

 もうあんた一人の人生設計じゃないんだよ?!



 そっか、ドイツ語か……ぼ、ぼんじゅーる? こっこまんたれぶー?

 ……うぅ、素で引かないで。

 へこむから。


24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 03:55:36.73 ID:K8JuUlb/0


 まっまあとにかく!

 せっかくだし向こうの菜の花畑の方まで歩こうよ。

 ここ、見滝原でもわりと外れの方でしょ。せっかく来たんだしさ。

 《掌に落ちた花びらを不思議そうに見つめるとさやかはぼやいた》……あー、まどか今ごろどうしてるかなあ。

 え?

 いや、別に深い意味とかないけど。



 なんかさ、昔はまどかの家と一緒にお花見したりしたんだよねー。

 ほら、パパさんすっごい料理うまいでしょ?

 うちって親がいないこと多かったからさ、いろんな子のとこに押し掛けちゃったりしてね。

 《けらけらと笑いながら確かめるように手を強く握った》

 でも、今年は花見どころじゃなかったから……ああ気にしないで、こっちの話。

 いやー奇跡も魔法もあるからねー、ふふん。



 やっぱさ。

 手、つないだ感触、違う?



 ……そっか。


26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 04:01:40.28 ID:K8JuUlb/0


 あたしの手つめたいって前にもまどかに言われたもんね。《なにを確かめたんだろう》ねぇ知ってる?

 手の冷たい人って心はあったかいんですって!

 やっぱ友達思いのさやかちゃんの白魚のような手はどうしたって――あれ?



 えっ、……うそ。



 あっなんでもない!

 いやさー、見てよこれ。

 まだ三時過ぎなんだって。

 《さやかの声がうわずる。血の気が引いた》てかさっきも三時だったじゃん?

 あっちゃー、この時計壊れちゃったのかな。

 ケータイは……って、うわ、携帯落とした?!

 ねぇきょ《思わず呼びかけそうになる寸前でさやかが携帯を見つけてくれた》……ああっあったあった。



 へ、圏外? ……あー、そっか。

 見滝原なんてしょせん田舎ですもんね、

 風見野の方ならともかく雨露渕の方なんて、バスも一時間に一本とかだもんね。

 まあいっか、時間はまだ大丈夫なんでしょ?



 でも、あんまり連れ回すのもよくないか。


28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 04:09:50.97 ID:K8JuUlb/0


 え、だって恭介退院したばっかりじゃん。

 もう、だめでしょ上条さん! 回診の時間にはちゃんと病室に戻っててください!

 あははっ、そうだそうだった。

 《笑い声の調子がいつものそれに戻る》



 え?

 いや、入院したての頃に二人で病院の中でも探検しようって屋上まで連れ回したりして……ま、いっか。

 まぁはしゃいでて看護婦さんに怒られたって話ですよ、うん!

 あっそうだ。

 今度の検査の時、また探検でもしてみます?

 って、もうあの病院も回るとこないよね……

 ああなんだろう、閉じこめられてる感じがするんだ。最近。


29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 04:15:09.73 ID:K8JuUlb/0


 うん、あたしもよく分かんないけどさ。

 《桜並木を抜けた二人は菜の花畑の傍を歩いていた》



 小さい頃って、自分の世界がどこまでも夢みたいに広がってるとかって思わない?

 特に恭介なんて夏休みにヨーロッパとかいけちゃう奴だったし、

 そりゃもう世界中にって、《ふと顔を見たさやかは言葉を濁す》ああ、これ関係ないか。



 でも年を取ってみると、どんどん自分の世界が狭くなってく気がして、

 《陸橋の方へ目を向ける。陽が傾き、空の色が変わり始めている》



 見滝原駅のはじっこから風見野の方まで行ったって、

 結局誰かの作った部屋から一歩も出られてないみたいな、

 《目を落とす。大きな葉を虫に食われて枯れかけた黄色い花》

 狭い世界の中にずっといるっていうか……



 あはは、バカなんだよやっぱあたし。

 最近、変なことばっか考えちゃって。


30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 04:25:13.07 ID:K8JuUlb/0


 ってかさ、《さやかは数メートル先の路上に目を向けた》うわ、なんか落ちてる。



 ……トマト? うわ、こっちにも転がってる。



 誰か買い物中に落としたのかなー?

 《周囲を見渡すが、相変わらず人影はない》

 うーん……落とした人、もう行っちゃったんだろうね。

 《道ばたにいくつも転がったトマトの一つを手に取って》

 どうしよう、あんた食べる?



 あはは、じょーだんだって。杏子だったら分からないけど。

 あいつホームレスだし、下手したら道に生えてるものとか平気で――



 《クラクションの音。

  背後から白いワンボックスカーが飛び出す》 ――ひゃっ?!


31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 04:35:16.58 ID:K8JuUlb/0


 ……ったあ……大丈夫?



 《傷を確認する。服が土で汚れた程度で外傷もない》

 ったく、こんな田舎道であんなスピード出すことないでしょ?!

 あっぶないなーもう……



 《ワンボックスカーを目で追う。

  血のような赤い染みが車体の側面にべっとりと付いていた》



 えっ……



 《そこでさやかは路上に目を落とす。

  無数のトマトが轢き潰され、

  摩擦に裂かれた果肉が飛び散り、

  こぼれて染みた赤い汁がアスファルトを濡らしていた》……。



 あ……。



 ……ごめん、そんなつもりじゃなくて、あたしが……分かってたんだけど、でも……。


32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 04:45:20.02 ID:K8JuUlb/0


 ……あはは、なんかグロいの見ちゃったせいで変なこと思い出しちゃった。

 うわー、片付ける人たいへんだね、これ。



 んーん、なんでもないって。

 てか恭介でしょ? デート行こうって言ってくれたのは。

 そうそう、あんな車のことなんか忘れて、デートの続きしよ!

 って、こっからどこ行こうとしてたんだっけ……あ。

 そうだ。



 ねえ恭介、ひとつ聞いていい?

 あたしたちって、恋人同士なんだよね?



 ……そっかそっか。



 ふふっ、《さやかは顔を隠すように男の胸に顔を押しつけ、抱きしめた》

 やっとさやかちゃんの魅力に気づいてくれたんだねー、ドンカンのくせに。



 そっかぁ、じゃあ結婚はいつにする?

 子供は……って、そういうのはまだダメ!



 はぁ、このす  。


33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 04:55:23.58 ID:K8JuUlb/0


 じゃあさ、恭介がコクってくれた場所、覚えてる?

 ……そうそう、きょう最初に来たあの公園だよね。

 うん、じゃあ、そこ行こっか。

 そろそろ、日も暮れちゃうと思うしさ。

 《そう言って見上げた空はかすかに赤く染まっていた》



 だから、最後にもう一度、あそこに寄りたいなって。

 そしたら、あたしの方からも……んーん、今は内緒ね。



 え、なに?

 急に。



 ……うん、しあわせだよ。

 あたし。


 

35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 05:13:41.87 ID:K8JuUlb/0
《午後3時過ぎ、見滝原南公園、晴れ》



 静か、だね。

 世界中にあたしたち二人しかいないみたい。



 こういうのって、なんかいいね。

 まあさやかちゃん的にはまどかとかマミさんとか、

 ついでにほむらもいっか、みんながいた方が楽しいんだろうけどね。

 でも、あたしはこういうの。ほんとは嫌いじゃないんだよ?



 うん? そりゃそうだよ、恭介だっていてほしいよ。

 それに、……ってかそうじゃなかったらここまで一緒にいないよ。

 でしょ? へへ。



 うーん……なに、話そっか?



 《ベンチの背もたれに身体を預けると、綿雲の散った空が見えた。

  遠く聞こえる虫の声。木の葉が擦れ合う音がせせらぎみたいに流れる。

  上空で沈みかかった陽の赤がにじんでいく》



 えーっと、じゃあ、答え合わせ、する?


37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 05:16:13.67 ID:K8JuUlb/0


 ん、やっぱ今のなし。

 答え合わせっていうと、誰かが間違ってたみたいでしょ。

 だから、えっと……思い出話?

 って、今日なんか思い出話ばっかりだね。

 走馬燈みたい。

 あはは、エンギでもないこと言っちゃだめか。



 ……ねえ。《さやかが彼の胸元に身を寄せた》あたし、恭介のこと、今でも好きだよ。



 ずっと好きだったのは知ってると思うけど、今でも、やっぱりあたし、……ごめんね。

 手間、かけさせちゃってるよね。

 あは……だめだ、なんか別れ話みたいになっちゃう。

 もっといちゃいちゃしたいのになー。プリクラ撮ったりとか。

 あ、プリクラ行っとけばよかったね、ゲーセン好きでしょ?

 《そう言ってさやかが見た》

 あーでも遅いか……うまくいかないね、こういうの。



 ごめん。

 あたし、恭介と一緒にはいられないんだ。


38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 05:26:17.20 ID:K8JuUlb/0


 うん。

 大好きだよ。

 ずっとずっと、演奏する姿も、病室で笑っててくれたのも、

 《寝そべったさやかが膝を枕にして横たわる》目を閉じても閉じなくても思い出せるんだ。

 恭介は、寝てても起きてても見られるあたしの夢だったのかもね。

 えへ、こんなこといえないけど。

 《さやかはなにかを慈しむように目を閉じた》って、本人に言ってるんだよね。

 あーもう、あたしってバカだやっぱ。



 ねえ、もう少しだけ、こうしててもいい? あったかくて、すごく気持ちいいから。

 ……それとも。

 ちゅーでも、する?





 ……ありがと。

 あたし、幸せになれた、かも。


40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 05:36:20.61 ID:K8JuUlb/0


 そんな目でみないでよ、ほんとなんだから。

 《さやかがまっすぐ見ている》



 だって、あたしのこと見てくれる人なんていないって思ってて、

 あたしは孤独のヒーローじゃなきゃいけないんだって、

 自分の痛みぐらい消して耐えてなきゃいけないんだって、

 《彼の身体に顔をうずめる。空が暮れてしまう》

 迷惑かけたらマミさんみたいになれないとか、

 ほむらの言ってることがほんとだっていうのも知ってたんだ、だから……

 でも、見てほしかったのかも。



 《こちらから目をそらしたままで顔まで赤く染めて言った》

 今さら隠すことでもないよね。

 もう、あたしのはずかしいとこも、全部知ってるんでしょ?

 ごめんね、こんなことまでしてくれて。

 もう、いいよ。



 あたしは一人でだいじょ《その腕がさやかの身体を抱きしめる》……

 いいって、もういいってば!

 あたし、ほんとは分かってるんだから……!



 だって、恭介《歪んだ顔が見える。睨みつけたのか、涙ぐんでいるのかも分からない》……ごめん。

 八つ当たりしてばっかだ、最低だ。


41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 05:39:25.82 ID:K8JuUlb/0


 あはは……デート失敗かな。

 才能ないのかな、あたし。はぁーあ、って感じだよね。

 じゃあもう答え合わせしちゃおうよ。

 《いつの間に涙目を腫らしたさやかが》じゃあ恭介、クイズだよ。



 喫茶店でかかってた曲、あたしがCD持ってきたって言ってたやつ、あれ、誰の曲でしょうか。

 はい、回答者の上条さん。

 ――ワーグナーでよろしいですか? ふぁいなるあんさー?



 ……ぶっぶー、残念! モーツァルトでした!



 ごめんね、あたしもさっき思い出したんだ。

 なんで勘違いしたのか思い出せないけど、ていうかまず時代が違うよね。

 あたしってほんとバカ。

 《さやかはすぐかぶりを振った》んーん、恭介は悪くないよ。

 あたしも、付き合わせちゃったからさ。


42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 05:48:29.36 ID:K8JuUlb/0


 第二問、いくね。

 《さやかが自分の腕時計を見せる》見て、まだ三時なんだって。

 いや、あたしの時計だけならいいんだけどさ、あっちの公園のも三時のままだよ。

 まるでこの世界が三時で止まっちゃったみたいだね。

 《さやかが笑いかけた》それならそれで、一緒にいられたからいいんだけどさ、もう。



 ああそうだ、言いそびれてた。

 あの関越道の陸橋のとこ、パチンコ屋できたって知ってる?

 昔は静かな並木道だったのに、

 どんがらがっしゃーんってうるさいパチンコ屋ができちゃって、《さやかがこっちを見た》

 あのきれいな菜の花畑も埋め立てられて駐車場になっちゃって、

 ヒドい話だよね……ああそっか、半年前はまだできてなかったから知らないんだよね。

 《笑いかける。ひどい泣き顔なのに》だからね、

 一番きれいだったころのあの辺りを見に行けて、うれしかったんだよ?

 そんな顔しないでよ……あたしはもう、大丈夫だから。


43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 05:57:33.66 ID:K8JuUlb/0


 あ、じゃああたしもあんたに謝らなきゃいけないよね。



 ごめん、嘘ついてた。

 いくつも。

 《さやかが彼の顔に――違う、そうじゃない、あいつは確実にこっちを》



 いろいろ嘘ついちゃって、そしたらみんな本当のことになったから、

 舞い上がっちゃいましたねー、あはは。

 《やめろ、お願いだからこっちを見るな》

 あっでもさっきのワーグナーとモーツァルトはあたしが忘れてただけだからね?

 そうじゃなくって《頼むから、なあ……あんたが見るべきなのはこの男の方で》

 とりあえずあの喫茶店のパフェ、季節限定メニューで五月までだったんだよね。



 あははっ、びっくりした?


44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 06:02:46.07 ID:K8JuUlb/0


 んーん、あれもう一度食べたかったからよかったじゃん。

 おいしかったでしょ? ああ、あんたも食べたことあるのか。

 マミさんはないとして……まどか、いや違うな、ほむらと? ほら、やっぱり。

 《くそっ、こんな時にグリーフシードが》

 名探偵さやかちゃんをなめちゃあいけないですわよ。



 ああ、どっから気づいてたのかって? まあいいじゃん、そんなこと。

 《ダメだ、時が動いてしまう、幻想が解けてしまう》

 ねえ、こっち向いて。

 《さやかやめろ、頼むからあたしの方を見るな、あんたはずっとこいつと幸せに》



 ねえってば! 話きけよ!


45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 06:14:49.48 ID:K8JuUlb/0


 《腕の中で、薄目を開ける。

  さやかの額に当てた左の掌が震える。

  注ぎ込む魔力が乱れる、脈拍のリズムが狂っていく……

  ああ、ダメだ、頼むから目を開けないでくれって言ってるのに》



 ああもう、どうしてお互いいじっぱりなんだ……もう、終わりにしよう?

 わかってる、あの魔女を倒したあと辺りであたしのソウルジェムに限界が来て、それで、



 《なんで気づくんだよ……!

  夢から覚めたら、絶望しか残ってないってのに、

  ああ、こっちのさやかも目覚めてしまう、濁りが進む、ちくしょう、あたしはまた失敗して、》



 いいからこっち向いて。



 こっち来て一緒に話そうよ、杏子。


47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 06:26:53.05 ID:K8JuUlb/0


  ◆  ◆  ◆



 佐倉杏子の部屋を二度目に訪れた時、わたしは閉じた空気にめまいを起こしかかった。



 暗い客室の内側へと空気圧の違いによって吸い込まれてゆくような感覚。

 あれは美希さやかへと注ぎ込まれる魔力の影響だったのか、

 それとも閉め切られた部屋そのものがわたしに見せた錯覚だったのか。

 今となってはそれも分からない。



 手の中に握りしめた銃身と引き金に掛けた指の熱がどうにか正気を保たせる。

 二人を殺しに来たわけではない。

 この銃は自衛のため、より正確に言うならこの部屋の結界じみた空気に引き込まれないための、お守りだった。

 本心では使いたくなかったし、実際にその場で引き金を引くこともできなかったけれど。



 ――なにしに来た。


48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 06:38:56.60 ID:K8JuUlb/0


 ベッドの上に寝かせられた美希さやかの身体から目も離さずに彼女は言う。

 消えかかったろうそくのように淡い豆電球の灯りの下でひざまずき、

 頭を垂れるその姿は懺悔のようでもあり、礼拝するようにも見えた。



 長い髪を結わった根元でその魂が赤々と揺れる。

 けれどもその光も一度目に部屋を訪れた時に比べるべくもないほど弱っている。

 ああ、まただめだった。気持ちを切り替える。

 いまやわたしは二人を読み飽きた文庫本のように置き去りにすることができる。



「あなた、また心中するつもり?」



 なぜか杏子が吹き出す。

 無音に近い客室に彼女のひからびたような笑い声が響いて消えた。

 冗談を言ったつもりはない。

 せせら笑われ苛立ちを覚えるべきタイミングに、わたしの心臓は雨のように冷え切っていた。


49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 06:51:00.16 ID:K8JuUlb/0


「悪かったよ。“また”とか言うからさ」



 杏子は顔を向けもせずに弁明する。

 さやかの呪いの海へ飲み込まれた彼女の姿が頭の中で三、四人浮かんだところで、

 わたしはそれ以上思い出すのをやめた。



「ええ。あなたは何度も同じ過ちを繰り返したわ」



 あまりに静かな部屋に自分の声が反響して染み込み、

 跳ね返ってきた自分の言葉がわたし自身の過去を打つ。思わず下唇を噛んだ。


51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 07:10:28.35 ID:K8JuUlb/0


「はは、人のこと言えんのかよ」



 見透かしたように杏子が追い討ちする。

 まだこの二人には過去を明かした覚えはなかった。

 彼女からすれば、大した意味のない言葉なのだろう。

 だがそれは、わたしの見てきたすべての彼女たちの声にも聞こえた。



 遮光カーテンの隙間から漏れたネオンの白い灯りが、床に散らばった魂の残骸を映し出す。

 見た限り、グリーフシードはどれも使い捨てられたばかりのものらしい。



「命を投げ捨てるつもり?」



「は? 最初から言ってんじゃねーか、あたしがうまく夢を見せて、こいつを癒してやれば……」



 杏子は次第に言いよどみ、言葉は途切れた。


52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 07:22:31.90 ID:K8JuUlb/0


 場を取り繕うようにベッドで横たわるさやかの髪を撫でる。

 この人は、さやかにどんな夢を見せているというのだろう。

 癒しの夢を、「愛と勇気が勝つ」都合の良いストーリーを見せているにしては、

 その赤い手品師の顔色はひどく痛ましいものだった。

 ソウルジェムが光って指先から同じ色の光が注がれる度に、彼女は路上で踏みつけられた果実みたいに顔を歪ませた。



「……見なよ。さやか、笑ってる」



「わたしには見えないわ」



「は、そうかい。残念だな」



「ひどい顔してるわ。明日にはこのホテルも潰れてるでしょうね」


53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 07:34:35.32 ID:K8JuUlb/0


 グリーフシードならさやかに渡しな、と指さした。

 わたしは取りだそうとしたストックを再び戻し、二人から距離をおく。

 どうせ、情にほだされて投げ銭をするようなものだ。

 そう決めつけて、「こっちを見るな」と言いたげな杏子から目をそらした。



「……あたしはさ、こいつがせめて、この夢の中だけでも幸せになってほしかったんだ」



 失恋なんてよくある話だろ。

 そのぐらいくぐり抜けて、へらへら笑ってるはずなんだよ。

 本来のさやかなら。

 杏子はそんなことを、誰に聞かせるわけでもないのに語り出した。

 ひざまずき、聖なる遺骸を拝むように頭を下げ、一心に魔力を注ぎながら語るその姿は、

 どうしても横たわる身体への懺悔としか思えなかった。


54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 07:46:38.85 ID:K8JuUlb/0


「……だったら。

 さやかがこうなる前に、もう少し彼女に寄り添ってあげてれば、

 そんな面倒なことをしなくてよかったでしょうに」



 言い残して、その部屋を出た。

 杏子は何も答えず、懺悔の構図を続けていた。

 閉じられた部屋の中で、二人が残り時間をどう過ごしたかは分からない。

 それがこの時間軸での、生前の二人を見た最期だったからだ。



 いまやわたしは二人を読み飽きた文庫本のように置き去りにすることができる。

 そういうことに、した。


55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 07:58:42.29 ID:K8JuUlb/0


  ◆  ◆  ◆



《ドアは四回開いて、四回とも閉められた。



 最初に開いた時、入ってきたのは黒髪のあいつだった。

 床に散らばったグリーフシードの残りカスを見ると、忠告だけして去っていった。

 結局あたしを止めなかったのはほむらだけだった。

 それどころか、さやかの契約からずっとほむらの眼差しは変わらなかったようだ。

 あいつは最初から諦めてたんだ。



 次に開くと、桃色のお人好しがそこにいた。

 自分で開けたドアのこちら側に踏み込めもしないまま目を背けるのがうざくて、あたしの方から呼び寄せた。



 まどかはさやかの掌に触れるとその冷たさに驚き、シーツをもう一枚かけてあげていた。



「さやかちゃん、助かるんだよね?」

「ああ。夢から覚めるまでには回復しておくさ」



 一度も目を合わせないまま嘘のやり取りをすませると、まどかはようやく帰って行った。



「信じさせてよ、さやかちゃんは大丈夫だって。わたしも杏子ちゃんを信じたいのに……できないよ」



 そんなロクでもない捨て台詞を残して。》

56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 08:11:26.83 ID:K8JuUlb/0


《次の黄色は厄介だった。

 他人の夢に魔力を注ぎ込むあたしをさやかから引きはがそうとしやがったから、危うく槍を構えるところだった。



 手を引いたのはマミの方だ。

 あいつはそれからまた傷一つないさやかの身体を無意味に回復して、

 「私にできることはないの?」なんて分かり切ったことを繰り返した。

 思わず使用済みグリーフシードを投げつける。

 するとマミはほむらと違って、未使用のストックをいくつか置いていきやがった。



 事はうまく運んだ方だろう。

 目も合わせられなかったから、最後に見せた表情は分からない。》


58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 08:13:45.61 ID:K8JuUlb/0


《そうそう、ドアも開けずに部屋へ飛び込んできたのが無色のケダモノだ。



 ぶっ潰してやろうかと手を伸ばしたが意味がないので手を引っ込める。

 するとヤツは「キミは暁美ほむらよりは学習能力があるようだね」と抜かしやがった。



 やっぱ潰しとこう、

 と考えてる合間にヤツは客室の床に散らばった魂を白い足でかき集めると、

 背中の大口にたらふく詰め込んでそそくさと去っていった。

 どうせあいつに何を言っても染まりはしない。



 そして四回目、ほむらがまた現れ、ついさっき姿を消した》


59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 08:31:20.04 ID:K8JuUlb/0


 ねえってば。聞いてるの?



《目をつぶって手から流れるものに集中する。

 あの公園が見えた。

 さやかの夢の中であたしはベンチに腰掛けていて、膝枕をしている。



 どうやら、上条恭介は消えたらしい。

 今さら、こんな状況であの男を信じ込ませるのも無理な話だろう》



 とりあえず、さ。あたし、戻ってこれるの?



《……》



 ……そうだよね。

 あの時、なんか分かっちゃったんだ。



《あの時? いつからだよ》



 いつからっていうと……最初にここで目がさめた時から、変な感じはしてたんだ。

 だけど恭介が優しくしてくれるから、それでもいいかなって思っちゃってさ。

 ごめん、あんたのこと見つけられなくて。




60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 08:49:50.84 ID:K8JuUlb/0


 それでね、身体が動かないなって感じあったんだけど、

 もう一方で自由に動かせる身体もあって、ああこっち夢だって思ったんだけど、覚めたくなくて。



《もう陽は傾ききって、赤いグラデーションが空に広がっていた。

 ああ、夢が終わってしまう。

 公園の電灯は付かない、明かりは消えたままだ、あたしたちは少しずつ闇にとらわれる》



 だからね、杏子。

 どうせなら自分から騙されちゃおうって、なんとなく思ってたんだよ。



《現実のさやかも一緒に笑った気がした。

 表情一つ動かせないから、気のせいでしかないのに。

 どうせならこのままこっちの世界があふれ出してしまえばいいんだ。

 そうだよ、こんな薄暗いホテルの部屋なんて塗りつぶしてしまおうぜ、

 紫色と桃色と黄と青と赤で、全部ぜんぶぶっ壊しちゃって、》



 いま、変なこと、考えてない?



《……バレバレだった。当たり前か、魂を接続してたら》


62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 09:25:07.02 ID:K8JuUlb/0


 ねえ、あとどれぐらい持つ?



《自分で分からないのか?》



 そう、だよね。

 ごめん。付き合わせちゃって。

 ねえ、今からでも遅くないから――



《ダメだ。それじゃあ結局、親父と同じことになる。

 なんの役にも立たない物語を勝手に聞かせて、自分までそれに閉じ込められて、

 それだけで終わったんじゃ、あたしが……何もできなかったことになるのが、》



 ……そっか。

 杏子は、本気であたしが救えるって思ってたの?



《……言いたくない》



 そうだよね、ごめん。

 でも、あたしはもう杏子のこと、ちゃんと見てるよ。

 自分がしてほしかったことぐらい、最後に誰かにしたいんだ。


63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 09:25:55.79 ID:K8JuUlb/0


《日没寸前の空から、太陽の赤が薄れかかっていた。

 夜が染み出したように上空を暗い青で染めていく。もう雲ひとつ見えやしない。

 どこかから冷えた空気が流れ出す。水のように》



 これからどうなるのかな、あたしたち。

 ううん、いい。大丈夫だよ、あたしが手を繋いでてあげるから。

 怖くないよ。



《ああ……バカだ。あたしのせいなのに、こいつは手を繋いでくれる。



 毎回突っかかってくる頭の悪いやつ、

 全部分かってるくせに何一つわかってない、

 友達思いでバカ正直な青い髪の女の子が、せめて物語の中だけでも、

 あたしのつくった幻の中だけでも幸せになってくれればいいと、



 ……本気でそう思っていたのに》


64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/07/24(火) 09:28:31.40 ID:K8JuUlb/0


《流れ出した水の流れにあたしたちが沈んでいく 深く深く

 ベッドの上のさやか 膝の上のさやか

 狭くて広い二つの世界が溶けていく ああもう限界だ、》



 ねえ ここ、海かな?

 すごい色だよ、ほら、こんなにきれいな

 色が混ざり合って、あんな紫色の空なんて見たことない



     《飲み込まれる、

       身体を焼かれるような、水に落ちるような、



   ごめんね、杏子



 《ああでも悪くないか はは



   ねえ、





 ――意識を失う寸前、見えた

 どこまでも深い海に 夕陽が飲み込まれ、    ずっとみてたよ

  青と赤が混ざり合って、

                ありがとう

 覚めない夢が、》

   そんな色の空が、おかしくなりそうなぐらいきれいで、





                                 》



おわり。

引用元: 杏子「(Don't) Look at me」