常盤台女子寮門前

黒子は、上を見上げたまま立ち尽くしていた後ろ姿に声を飛ばした。

「上条さんっ!」

「ん…?」

その声に反応した上条が、ついに振り向く。

「あっ、白井!」

そして、黒子の顔を見るなり上条もコチラへと駆け寄ってくる。
それはまるで別々に逃亡していた仲間同士が無事に落ち合ったかのような場面だった。

「ようやく見つけましたわ……」

「え?」

「貴方のことも捜してましたのよ! お姉様のことで…」

「いや、俺もお前に訊きたいことが……」

「え……」

これでようやく手掛かりが掴めるかもしれない。
黒子は気の緩んだ表情をすぐにキリッと戻して上条に尋問しようとするが、その前に上条が口を開いたのだ。




371: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/03(日) 01:56:47.43 ID:uvLCn7I0

「白井、ニュースのあれ…本当なのか? 御坂が行方不明って、一体どういう事なんだ?」

「…!」

自分の推測が外れた……。美琴失踪の数少ない関係者だと踏んでいた小さな希望が、ここで崩れた。
この言葉だけでもう上条が無関係なのは確定である。嘘を吐いているようにも見えない。この真剣な表情が演技だとしたら、
今すぐ役者になった方がいい。

「………」

期待、というよりは藁にでも縋るつもりだっただけに、この事実はショックだ。
それを認めたくない心が働いたのか、黒子は頭が空っぽになったような顔をする。

「今朝テレビ見てビックリしたよ。アイツ、何かあったのか? 知ってる事があったら教えてくれ」

そんな黒子の心情を知らない上条は、再度黒子に尋ねてくる。
どうやら上条も美琴が心配で今まで動いてくれていたらしい。

「……貴方は、何も知りませんのね…」

「? 何のことだよ?」

黒子の呟きに反応を示す上条。本当に何も知らない彼の様子を見て黒子は溜息を吐いた。

「ハァ……」

「…?」

372: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/03(日) 01:59:50.42 ID:uvLCn7I0

黒子「では……ここで一体何をしていますの?」

上条「いや……だから、アイツが何か事件に巻き込まれてるんじゃねえかって思って……」

黒子「それで、何故ここに?」

上条「俺も色々捜し回ったんだけどさ。常盤台は休校だから、他にアイツが行きそうな場所とか行ってみたり…」

黒子「捜し回ったって……貴方、学校は?」

上条「それどころじゃねえだろ! アイツが危ない目に合ってるかもしれねえってのに、呑気に授業なんか受けてられっかよ!」

黒子「っ……!」ビクッ

上条「あ……悪い。大声だして…」

黒子「……いえ、構いません」

上条「……けど考えてみたら、行方不明って報道されるぐらいだし……で、白井なら何か知ってるかもって思って、ここでお前を
    待ってたんだ」

黒子「待ってたって、いつから?」

上条「ん~、二時間くらいか…」

黒子「……馬鹿ですか?」

上条「う、うるせぇ。けど、その感じだと……お前も知らないみたいだな」

373: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/03(日) 02:01:21.28 ID:uvLCn7I0

黒子「えぇ。わたくしにも何が何だか……お姉様とは三日前に風紀委員の仕事で寮を出た時が最後ですの……」

上条「その時の御坂はいつもと同じだったか? 何か変わった様子とかは……」

黒子「いえ、特にありませんでしたわ。どちらかと言えば浮かれた様子に見えましたの」

上条「どこかに出かけるとかも言ってなかったのか?」

黒子「お姉様はよくブラブラとお出かけになりますので何とも……」

上条「……そうか」

黒子「ロシアから帰国したばかりだと言うのに……どうして……」

上条「白井……」

黒子「血まなこになって捜しても、お姉様の足取りすら掴めません……もし、お姉様に万が一のことが……」

上条「やめろ! ………大丈夫だよ。アイツは学園都市でも三本の指に入る実力者なんだぜ」

黒子「でも、お姉様が無断で三日も……連絡すら取れないんですのよ?」

上条「俺も掛けてみたけど、ダメだった…」

黒子「やはり、何かあったんですわ。……誰かがお姉様を……もうそれしか……」ジワァ

上条「っ!?」

黒子「わたくしには……何の…グスッ……役にも……ヒクッ……立てませんの……お姉様が、ヒック、辛い目に……合ってるかもしれない
    と言うのに……グス……わたくしには……何も…」ポロポロ

374: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/03(日) 02:04:54.62 ID:uvLCn7I0

上条は目の前で号泣する黒子を見て言葉を失う。

上条「…………」

黒子「お姉様ぁ……お姉様ぁぁぁぁぁ……」グスッ グスッ

上条「…………」

黒子「うぅぅ……うえぇぇ」ポロポロッ

そして…

上条「――――白井…」

黒子「……?」


上条「信じろ」


黒子「ふぇ……?」グス…

上条「御坂は俺が何としてでも捜しだしてみせる。お前はアイツを信じるんだ。アイツならきっと無事でいるって…。お前がそれを
    信じてやらなくてどうすんだよ?」

黒子「……!」

上条「御坂のことだ。そう簡単にくたばるようなヤツじゃない。それはお前もよく知ってるだろ?」

黒子「は……はい…それは…」

上条「だからお前は、安心して待ってろ」

375: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/03(日) 02:06:28.18 ID:uvLCn7I0

黒子「で、ですが……」

上条「確かに、アイツはお前に黙ってどっかに行ったりするなんて事はしないハズだ。……多分お前が言ったように、きっと誰かが
    絡んでるんだろうな。もしそうだとしたら……どこのどいつか知らねえが、必ず俺が見つけだしてやる。そんで御坂も絶対に
    助けだす。………だから、もう泣くな」ポン

黒子「あ……」

上条「な?」(←相手の頭に手を乗せてこのイケメン顔。大抵の女子はここでフラグが立つ)

黒子「…………」

上条「じゃ、俺もう行くから。お前はゆっくり―――」


黒子「―――お待ちになって!!」


上条「ん?」クルッ


黒子「カッコよく決まった直後で大変恐縮ですが……」

上条「え……?」

黒子「だいたい貴方、捜すって言ってますが一体何処を捜すんですの?」

上条「! どこって……」

唐突に痛いところを突かれた。

376: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/03(日) 02:07:43.04 ID:uvLCn7I0

黒子「どの学区かも見当はついていますの? 広い学園都市のどの辺りが怪しいとか、ちゃんと踏んでいるのでしょうか?」

上条「……いや、それは…」アセッ

黒子「この三日間でわたくしが不眠不休の捜索をしても、未だに手掛かりは一切ゼロの状況ですのよ? にも関わらず、まさか
    アテもなく闇雲に捜すつもりだったのではございませんわよねぇ?」

上条「ッ!!」ギクッ

黒子「……やはり図星でしたか……ハァ。呆れてモノも言えませんわ…」

上条「あ、あははー……」

黒子「後先を考えない無鉄砲馬鹿とは正にこの事ですわね」

上条「」グサッ

黒子「単純、猿並の低級知能、ですから貴方は類人猿なんですの」

上条「」グサグサッ

黒子「だいたい、考えもなくただ走り回って見つかるのでしたらわたくしも苦労しませんわ」

上条「う、申し訳ない……」


黒子「全く……こんな殿方の何処がよろしいのやら…」ボソッ


上条「へ?」

377: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/03(日) 02:09:14.29 ID:uvLCn7I0

黒子「な、何でもありません。それより、捜すのでしたらわたくしも是非協力しますわ」

上条「は? いや、でもお前門限あるんじゃ……」

黒子「ふん、そんなのクソ喰らえですの! それに、今のわたくしは風紀委員ではありませんし…」

上条「え、そうなの?」

黒子「えぇ、ですから多少のことには目を瞑れますわ!」

上条「そっか。……けどまぁ、確かにアテもないし……ここは協力した方がいいかもしれねえな」

黒子「当然ですの! さぁ、そうと決まったら早く行きますわよ!」グイグイ

上条「うわ!? おい引っ張るなよ! お前、何か急に吹っ切れてねえか?」

黒子「乙女は涙を超える度に強くなるんですのよ」

上条「はぁ……よく分からんけど、あまり無理はするなよ?」

黒子「何を言いますやら! お姉様のいない暮らしの方が精神的に無理ですの!」

上条「さいでっか………」フッ

黒子「それでは、参りましょうか。本当は貴方と肩を並べて歩くなど不本意極まりないのですが、ここは一時休戦ですわね」スッ

そう言いながら手を差し出してくる黒子に上条は首を傾げた。


上条「休戦? 何言ってんだお前?」

378: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/03(日) 02:10:35.76 ID:uvLCn7I0

黒子「ほら、レディが握手を求めているというのにいつまで放置する気ですの? さっさと応じなさいなこの鈍感猿」    

上条「あ、あぁ…」(何かよく分かんねーけど、これでいいのかな本当に……)スッ


―――ガシッ!


黒子「言っておきますけど、わたくしはお姉様を見つけたいだけですの。そのために、あくまでそのために貴方と共に行動する
    だけですので、決して勘違いなどなさらぬよう…」

上条「へいへい、分かった分かった。分かったからさっさと行くぞ~」サラッ

黒子「……っ」ムカッ

ゲシ! ゲシ!

上条「痛っ! ちょっ、痛ぇって! 何で蹴るんだよ!?」

黒子「ふんっ……!」プイ

上条「……?」

(何なんだ一体?)


こうして、二人の恋敵同士(?)は手を結ぶ事となった。共通する目的のために。あくまで、一時的に。


―――

379: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/03(日) 02:11:59.64 ID:uvLCn7I0

―――


~隠れ家に帰宅した一方通行と番外個体~


「…………」

一方通行は何気なくテレビを付けた。特に見たい番組があった訳でもなく、ただ何となくである。
番外個体が入浴に行ってしまったので、時間を持て余す程度に視聴するだけのつもりだった。その時たまたまやっていたのが
夕方のニュース番組だった。本当にただそれだけだ。

しかし、ある話題へ差し掛かった瞬間、彼の顔つきは急激な変化を見せた。
飲んでいたコーヒーを吹きそうになってしまうほどに。


「……超電磁砲が……行方不明だァ?」



あまり世間の話題には興味を示さない一方通行だが、今回は例外のようだ。
目線はその後もニュースが終わるまでの間、テレビ画面から微動だにしなかった。

「三日前からっつゥと……ちょうど番外個体が退院した日じゃねェか…」

一方通行の頭はそこから思考モードへと移行する。

(……どォいう事だ? 偶然……イヤ、それはねェ。番外個体を狙ったヤツらと関連してるって考えた方が自然だ)

(だが、何故オリジナルを……まさか見た目が似てっから人違いしたなンてふざけたオチじゃねェだろォなァ?)

380: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/03(日) 02:14:25.83 ID:uvLCn7I0

(………それもねェか。そンな見分けもつけらンねェよォな馬鹿相手なら、こンな隠居生活みてェな事するまでもねェっつの)

(『警備員による捜査を』とか言ってやがったが、コイツも多分嘘だな。どォせ上層部がまた圧力掛けてンだろォ)

(けど分っかンねェなァ。これが連中の仕業だとしたら、態々報道する意味があンのか? 何が狙いなンだ?)

(全域に流すことで番外個体を焙り出そうってのか? ……イヤ、そこまではいかねェにしても動揺を与えるぐれェには…)

(チッ……この先は考えても無駄か。連中の腐った頭を推理しろってのがそもそも無理な話だ)

(番外個体には、どォすっか……アイツまだ風呂だよなァ。もォニュースは終わってるし、いちいち伝える必要もねェか…。
 余計な心配与えても意味はねェし)

(オリジナルは七人しかいねェ超能力者の内の一人。殺されてる可能性はまず有り得ねェ。上層部が許すハズねェだろォからな)

(とすると、どっかに監禁されてるってのが妥当か……)

(ドッチにしろ、ヤツらはついに何の罪もねェオリジナルにまで手ェ出したってかァ……)

やがて、その顔から徐々に怒りの感情が表れる。

(そォか、そォかァ。ヤツらはそォきたかァ……ヒヒッ)

(……ッ!)


(―――クッソ野郎がァァァ!! ふざけやがってよォォ!!)


いつの間にか拳に力が入っていた。
タイミング的に、どう考えても番外個体を狙っている人間が美琴と接触した以外にない。

381: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/03(日) 02:16:14.55 ID:uvLCn7I0

(絶対に許さねェ!! そンな事が許されてたまっかよォ!!)

冷静にならなければいけない。
分かってはいるのだが、腹の底から湧き上がってくるこの熱情はどうしようもなかった。

(イイぜェ、上等だァ!!)

もはや黙っていられるはずがなかった。
番外個体は隠れ家に置いておくとして、まず明らかにしたいのは美琴の居所である。
一方通行は紙に『すぐ戻る。絶対に外へ出るな。誰が来ても開けるな』と殴り書きして頭に血を上らせたまま隠れ家を飛び出した。

「キキキッ……! 久々に頭に来たぜェ! 良い度胸してやがる!」


轟!!!


電極チョーカーのスイッチを能力使用状態にした一方通行は凄まじい速度で隠れ家をを離れる。
そして上空へ飛び上がり、下に向かって大声を張り上げた。


「出て来い!! コッチが静かにしてりゃあコソコソと水面下で動きやがって!!」

「どこだァ!? どっから仕掛けるつもりだァァ!! せこい真似ばっかしてンじゃねェぞォォ!!」

「ソッチが来ねェンってンならそろそろコッチから動いたって構わねェンだぜェ!? 大人しく身を潜めてるだけなンてのはやっぱ性に
 合ってねェからなァ!!」

「俺が本気でブチ切れる前に来いよ……来いよォォ!!」

「全員まとめて俺が叩き潰してやっから、イイ加減姿を現しやがれェェェ!!!」

382: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/03(日) 02:17:07.63 ID:uvLCn7I0

街に叫ぶ。

闇に叫ぶ。

まだ正体の見えぬ敵の意表をついた行動に、一方通行の怒りは頂点に達した。


―――


「――ふ~、良いお湯でしたぁ♪………って、あれ?」(←パジャマ姿の番外個体)

「アクセラレータ? あっれぇ……いない」

「どこ行ったんだろ?」キョロキョロ

「ん? 何このメモ?」ジー

「『外へ出るな』……? ハッ、そんな子供じゃないんだから……」

「っつーか風呂上がりですぐ外出たら風邪引くし」

「どこ行ったんだろ……またコーヒー買いに行ったのかなぁ?」

「……けどまぁ『すぐ戻る』って書いてあんだし、いっか」

383: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/03(日) 02:19:04.88 ID:uvLCn7I0

「おっと忘れてた。ムサシノ牛乳~♪」パタタタ

グビ グビ

「ぶはぁぁ! たまんねぇ~☆」

「やっぱこれ最高! もーやめらんな~い」

「風呂上がりまでコーヒー飲んでるアクセラレータの気が知れないわ。せめてコーヒー牛乳にしとけっちゅーの」

「~~~♪」(←そのまま寛ぎモード突入)


十分後


「………遅いな~。まだかなアクセラレータ」

「おなかすいたぁ~」

「一緒にご飯作る約束したのに何やってんのよアイツはぁぁ」

「………」ブー

「……アクセラレータ………」


(成り行きで一緒に住むことになったけど、考えたらミサカってアイツのこと何も知らないんだよね)

(なんでだろ? なんだかんだでミサカ、すっかりアイツに心許しちゃってるなぁ~)

384: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/03(日) 02:21:52.97 ID:uvLCn7I0

(初めて会ってからまだ一週間しか経ってないのに……)

(何かアイツと一緒だと居心地良いんだよなぁ~。安心しちゃうって言うか……不思議な感じ)

(やっぱり前から知ってたのかなぁ。……けど、前のこととか何も思い出せないし…)

(アイツは何か知ってるのかなぁ。……帰って来たらちょっと訊いてみよっと)


「ハァ……」

一方通行から離れていると、何故か心細く不安な気持ちになる。理由は彼が唯一の頼りだから。それだけのはずだが、

(それもあるんだけど……違う。何か違う気がする。この気持ちは一体何なんだろう……)

正体不明の感情に襲われ、番外個体は膝を抱えた。
それからまたしばらく時間が過ぎる。

(早く帰って来ないかなぁ)

その時、一方通行の帰りを今や遅しと待っていた番外個体の耳に―――


―――ピンポーン♪


「!! 帰って来た……?」

呼び鈴を何故わざわざ鳴らしたのか少し疑問だったが、出迎えて欲しいのかもと勝手に納得した番外個体は立ち上がり
玄関へ向かった。

385: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/03(日) 02:26:00.92 ID:uvLCn7I0

「~~♪」

廊下を歩く彼女の表情はご機嫌だ。
これから待っているのは一緒に仲良く夕食作りという、まるで新婚夫婦のようなイベントである。
楽しみなのは勿論、乙女な番外個体が密かに憧れていたシチュエーションでもあった。渋っていた一方通行も、
結局最後は強請りに負けて了承してくれた時は本当に嬉しかった。

とびっきりの笑顔で出迎えてやろう。と、満面の笑みをすでに浮かべている番外個体は―――ドアに手を掛けた。

が……


「おっかえ……り………?」


「番外個体だな?」


番外個体の笑顔が、一瞬の内に固まる。

ドアの向こうにいたのは一方通行ではなく、三~四人の見知らぬ男達だったからだ―――。

406: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/04(月) 19:38:44.69 ID:aw/upMM0

~移動中のワゴン車内~

「――木原さん! 南南西から強い磁場が!」

後部座席で測定器らしきものを凝視しながら報告する部下に助手席の木原は、

「おー、コッチのAIM観測機にも反応が出てる」

カーナビのような車内モニターを見つめて応じた。

「ついに動きだしたか……へへへ」

「いいぞ、計算通りだ。こんな数値が叩き出せる能力者はアイツしかいねぇ」

「ククククク……」

不気味に笑う木原に部下がおそるおそる尋ねる。


部下「あの……木原さん。“計算通り”とはいったい……?」

木原「あぁ?」

部下「あっ、いえ……すみません。ただ、どういう事なのか気になって……その…」

木原「………」

軽く振り返っただけで尻込みして小さくなっていく部下を不憫に思ったのか、木原は教えてやる事にした。

407: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/04(月) 19:40:12.44 ID:aw/upMM0

木原「ったく、お前も頭が働かねえなぁ。普通すぐ分かるモンだが?」

部下「す、すみません……」

木原「謝んな見苦しい。……しょうがねぇな……。なら訊くが、何で超電磁砲の失踪報道を今日にしたと思う? 何も今日に
    しなくても一週間とか、もうちょい先にした方が色々都合が良いかもとか思わなかったか?」

部下「え……? それは確かに……けど、何故ですか?」

木原「それも分かんねえのかよ……。おい、お前は分かるか?」

部下2「い、いえ……」

木原「テメェらそれでも科学者かよ? 応用利かねえヤツはこの世界じゃ食ってけねえぞ」

「「も、申し訳ありま――」」

木原「謝んな鬱陶しい。全くテメェらはよぉ……」

部下「………」

木原「報道何故今日にしたか、それは一方通行と番外個体の『束の間の平和』ってヤツをブチ壊す日を今日に決めたからだ」

部下「…?」

木原「考えてみろよ。一方通行が妹達の原点とも言える超電磁砲(オリジナル)の存在を軽視すると思うか?」

部下「あ! なるほど……」

理解したのか手をポン、と叩く部下。

408: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/04(月) 19:42:09.44 ID:aw/upMM0

その様子に木原も表情を緩める。

木原「だろ? ヤツはおそらく番外個体を潜伏先に置いて超電磁砲の捜索に乗り出すハズだ。……アイツがテレビや新聞に
    目をつけんのかだけが不安要素だが、いずれは知って動くに違いねぇ」

部下「………」ゴクリ

木原「そして報道が良いキッカケとなり、精神的に乱れが生まれ出すのも計算済みよ。確実に捕らえてアジトに連れ込む以上、
    少しでも有利にしとくに越したことはねぇだろ?」

部下「……!」

木原「それに、絶望を味あわせてやるんなら尚更二人は別々に捕らえる必要がある。自分の手が離れている内に大事なモンが
    消えちまう……あのガキはそういうのを最も嫌がるからなぁ」ニヤァ

部下「」ゾクッ…

部下2「しかし、番外個体の方は大丈夫でしょうか? 相手は仮にも大能力者ですよ……」

木原「心配すんな。ソッチは“アイツ”に任せてある。ヤツなら失敗はまずねえだろ。なんせテメェらと違って有能だからなぁ」

部下「まさか……“あの方”を?」

木原「おう、俺が唯一認めた『弟子』みてぇなモンだ。あのガキには及ばねえだろうが、大能力者程度なら何とかならぁな」

部下2「おお……」

木原「で、あのクソガキはこの俺が直々に踏ん縛っちまえば、成功万歳ルート直行って寸法よ」

部下「す、すごい……そこまで計算して…」

409: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/04(月) 19:43:39.34 ID:aw/upMM0

木原「あのガキがどう動くかなんて知れてっからなぁ。常に俺の手の上で踊ってるようなモンだぜ。ククク」

部下「………」

木原「フヒヒヒ、もうすぐだぁ。やっと、やっと会えるぜぇ……フヒ、グヒヒヒヒ」


車内の静かな空間に音響する囁き笑い。

もはや不気味を通り越した悪魔の表情。

それらを乗せたワゴン車の走っている道は、正に地獄から死人を迎えに来た死神の通る道とも言えた。

410: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/04(月) 19:45:09.24 ID:aw/upMM0

―――


「……だれ? あなた達」

玄関前に佇んだいかにも怪しい面子に不信感を露にしながら番外個体は尋ねる。

「標的を発見。これより捕獲に入る」

先頭にいた男はその問い掛けを無視し、無線機のようなものを取り出してそう告げた。

「……?」

番外個体はこの意味が理解できずにキョトンと首を傾げる。
そんな彼女に、いきなり手が伸ばされた。

「一緒に来るんだ」

「っっ!?」

一人の男の手が番外個体の腕を掴んだ。突然の展開に番外個体は……

「いやっ! 何すんだよ!!」

反射的に放電する。掴んでいた男はもろに青白い電流を受け、「ぐぁあ!」と悲鳴を上げて身体中から煙を吹きながら
あえなく撃沈した。

「い、いきなり触ってきたソッチが悪いんだからねっ!」

411: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/04(月) 19:48:42.32 ID:aw/upMM0

咄嗟とは言えかなりの電圧を浴びせてしまったことに番外個体は焦るが、正当な主張で乗り切ろうとする。
そんな彼女とは対称的に、残った連中からは焦りは感じられない。まるで、仲間がやられることに慣れてしまっている
かのような。それとも仲間意識という概念が元々ないのか。いずれにせよ、彼等の表情に変化はなかった。
それどころか、

「ふん、相手は大能力者クラスだからナメてかかるなと言ったろう。バカめ」

蔑んだ目で見下ろして吐き捨てられる始末。

「バカが失礼したね。初めまして番外個体。我々は君を迎えに来たんだ」

新たに先頭に来た男が仕切り直す。背が高く若いその男の胸元には名札が付いており、『出雲 傭兵(いずも ようへい)』
と書かれていた。

「君は今日から我々の機関が保護することになった。もう心配は要らない」

「機関……?」

番外個体の頭に『?』が浮かぶ。

「第三次製造計画をこれ以上停滞させるのは君にとってもマズイだろう? 我々と一緒に来れば調整もできるし、計画も
 また軌道に乗れる。君にとって悪いことなど何ひとつないぞ?」

「……???」

顔がすっかり「話についていけてません」と語っている番外個体を不審に思った出雲は尋ねた。

「……どうした?」

この問いに番外個体は理解不能な問題に頭を悩ませるような仕草で答えた。

412: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/04(月) 19:50:09.56 ID:aw/upMM0

「あのぉ……何言ってんのかサーッパリ分かんないんですけどー」

「何?」

この状況でシラを切る意味がどこにあるのか出雲は疑問に思うが、番外個体の表情からは真意が読み取れない。
それはそうだ。シラを切っているのではなく、今の彼女は本当に何も知らないのだから。正確には忘れているのだから。


番外個体「……あなた達って、ミサカの知り合いだったりする?」

出雲「…面識はないが、君の管理を任されている」

番外個体「じゃあ知らない人ってことで良いんだよね? よかった~、ミサカ知ってる人に電撃浴びせてたらどうしようかと
      思ったよぉ。……あ、でも知らない人でもマズイか」

出雲「さっきから君は何を言っているんだ? 自分の使命を忘れたのか?」

番外個体「使命? ナニそれ。ミサカに使命なんてあるの?」

出雲「――!?」

番外個体「ミサカ、一週間くらい前からかな……何してたのかよく覚えてないんだよね~」アハハ

出雲「……そ、そうか」

(番外個体は記憶喪失。これは木原さんに報告だな……)

脳内でメモをとる出雲。

413: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/04(月) 19:53:23.91 ID:aw/upMM0

番外個体「だからさ、おじさん達がミサカの知り合いだったら悪いことしちゃったな~って」

出雲「と、とにかく……我々は君の管理を任されたんだ。一緒に来てもらえるかい?」


番外個体「やだ」


出雲「!!」


番外個体「ミサカはあの人の帰りを待たなきゃいけないの。あ、そういや『誰が来ても開けるな』とも書いてあったっけ……?
      まぁ、いっか☆」

出雲「その人とは一方通行(アクセラレータ)のことなんじゃないのかい?」

番外個体「え!? おじさんアクセラレータの知り合いなの?」

出雲(おじさん……?)ピクッ

番外個体「なんだ。じゃあアクセラレータも一緒なんだね♪」

出雲「そうそう、だから――」

番外個体「って、そんな手に乗るないでしょバーカ☆」

出雲「……ッ!」

番外個体「んなガキ誘拐する時みたいなパターンでホイホイついてくとでも思ってんの? ってか、おじさん達どう見ても
      怪しいし。何でアクセラレータを知ってるのかは謎だけど、どうせ友好的な関係じゃないんでしょ?」

出雲「………チッ」

414: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/04(月) 19:55:33.96 ID:aw/upMM0

番外個体「ミサカは行かないよ。あの人に『絶対外に出るな』って言われてんだから。さ、用がないんならもう帰ってくんない?」

出雲「残念ながらそうはいかないんだよ」ユラァ

番外個体「!」


出雲の表情が一変する。表から裏に人格が入れ替わったような、そんな印象だった。

「君に逃げ場なんてありはしない。大人しく従った方がいいぞ?」

「うわ……おじさん何か怖いよ? 大丈夫? 血管出てるけど…」

プチッ…


「―――俺はおじさんじゃねえええええええええええええ!!!!!!!」


「!!」ビクッ

「あぁもう面倒くせぇ!! いいからとっとと来いってんだよこのジャジャ馬がぁぁあ!!!」

激昂した彼の様子にドン引きする番外個体。
どうやらこの出雲という男。タガが外れると面倒なことを全てすっ飛ばし、力ずくで事に及んでしまう癖があるようだ。

「く、来るなっ!!」

手を伸ばして来る出雲に向けて咄嗟に電撃を放とうとするが……

415: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/04(月) 19:56:46.53 ID:aw/upMM0

「―――えっ……?」

次の瞬間、出雲の姿は視界から消えていた。

「う、うそ? どこ……?」

「―――後ろだよ」

「!!?」

背後から聞こえた声に驚き振り返る番外個体。と、同時に首裏から激しい衝撃を感じ、脳が揺らされる。

「ぁ!!………っ」

そのままフラッ…と番外個体は意識を手放し、力なく玄関の床に倒れた。

「ふん、手間取らせやがって。誰がおじさんだっつーの。俺はまだ二十代前半だボケが」


「おぉ、すげぇ。大能力者クラスを手刀一発で仕留めるとは」

「さすが出雲さんだ。木原さんの次期後任って言われてるだけあるぜ」

手をパンパンと払う出雲の後ろで二人の部下がヒソヒソとそう漏らしていた。
それに反応することもなく、意識のない番外個体の身体を乱暴に担ぎ上げた。


「さて、もうここに用はねぇ。早いとこズラかるぞ。計画は今のところ滞りなく進んでいる」

416: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/04(月) 19:58:06.89 ID:aw/upMM0

番外個体を担いだまま部下二人に命令する。

「後は木原さんだが、心配には及ばないか。あの人が失敗することなど、まず有り得ないからな」

木原を崇拝するような言葉だけを残し、彼等は番外個体と共に隠れ家を離れていった。
ここまでは概ね木原の思惑通りに事が進んでいる。計画は出雲が言ったように順調そのものだ。


―――


「……チッ、気づいたらこンなに離れちまった」

疲れた動作で杖をつきながら歩道を進む一方通行。
空中で吼えている内にずいぶんと隠れ家から遠ざかってしまった。冷静になってみれば今動いたところでどうにかなる問題
でもない。そして、番外個体と離れ離れになるのも賢明ではないと判断した一方通行は、今こうして隠れ家へと引き返して
いるという訳だ。

「クソ、こンな時に土御門のヤツはマジで何してやがンだ? つまンねェ件だったらブチ殺すぞ……」

何度も掛けた番号にもう一度だけ託すが結果は一緒。それに対するコメントが思わず口から漏れた。

(さすがに三日も音沙汰なしってのは……まさかとは思うが、土御門達にも連中の牙が剥いたとかってンじゃ……?)

(少なくとも俺と連絡が取れねェ状況には違いねェ。追われてるか捕まってるかもしくは………チッ)

(とにかく、明日病院行った時にあの医者と話ができれば何か分かるかもしれねェ……)

417: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/04(月) 19:59:09.54 ID:aw/upMM0

(さァて。うるせェヤツも待ってる事だし、急いで帰るとすっかァ)

急いで帰ろうと思ったのは番外個体と夕食を一緒に作って食べる約束をしたからでもあるのだが……

(妙な胸騒ぎがすンぜェ……)

不吉な予感が全身を駆け巡っていたのだ。原因不明の寒気が一方通行を今も襲っている。

(歩いたンじゃまだ十分ぐれェ掛かるな。いっそまた能力使ってぶっ飛ンでくか?)

電極チョーカーにスイッチを入れようか入れまいか少々迷いながらも歩を進めている内に、人通りのない河原へと差し掛かった。
陽も落ちて薄暗い丘の遊歩道は少し不気味な雰囲気が漂っている。

(ここ渡りきればもォすぐそこだし、このまま歩いてくかァ。頭冷やすにも良いだろォし)

歩いて帰ろう。そう決めて一方通行は杖をつき続けた。

道中思い出すのは番外個体と過ごしたここ一週間の出来事である。
思っていたよりも穏やかで平和に過ぎていった彼女との生活は一方通行の心に安らぎを与えていた。

「…………」

建前はあくまで『護衛』。それも自ら選んだ道。だが、今ではその事すらうっかり忘れてしまうほどに一方通行は今の生活を
楽しんでいた。
できるなら、この時がいつまでも続いて欲しいとさえ思う時もあった。
彼女がああして楽しそうな顔でこの先も生きていって欲しいと……。
それを壊そうとする輩は全力で潰す。その決心は日に日に強くなっていくばかり。

418: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/04(月) 20:02:07.27 ID:aw/upMM0

打ち止めと出会ってから覚えた『自分の帰りを待っていてくれる存在』。
これは実にかけがえのないものなのかもしれない。と、ふと気づいた一方通行はよく感傷に浸るようになった。
最近よく物思いに耽るのも、自分がどのように変わったのかが認識できた影響なのかもしれない。

(帰ってメシ食ったら、久々にガキと電話でもしてやっか)

心中でそう呟き、薄い笑みを零しながら一方通行は丘の上を歩き続ける。

やがて、住宅街へと続く橋まで辿り着いた。ここを渡れば隠れ家はすぐそこだ。


橋の向こうから誰かがコッチへ歩いてくるのに気づいたのは、渡り始めてしばらく経ってからだった。


「………?」

暗くてまだよく分からないが、歩いてきた人物は足を止めて門番のように立ち塞がっていた。まるで、誰も通さない。ここから
先へは行かせないとでも言うように。

(ンだァ……?)

まだ距離があるので人相までは分からない。
取り敢えず一方通行はそのまま進む。

だんだんと、立ち止まったままの人物との距離が縮まっていく。


そしてついに―――

419: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/04(月) 20:04:07.55 ID:aw/upMM0

―――立ち止まっていた人物が、突然大声を発した。


「久しぶりだなぁ! 待ってたよぉ! 一方通行ぁぁぁ!!!」


「―――ッッッ!!!!???」


聞き覚えのある声を聞き取ったのと、はっきり目に映った人物の正体に気づいて言葉を失ったのは、ほぼ同時だった。

「本当に待ってたぜぇ………この時をなぁぁあああ!!!!!」

「………オマ……エは………」

予想外な人物の突然の登場に、一方通行は頭がしばらく混乱したままだった。

430: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/07(木) 00:57:02.88 ID:v8lDtIY0

―――


夜の陸橋の上、遂に因縁の二人が顔を合わせた。
両者の反応は全く真逆である。

「…………」

目を見開いたまま無言で固まっているのは一方通行。やがて、


「木…原ァ……?」


ようやく言葉が出たが、一方通行はまだ信じられないといった顔だ。


「そぉだよ。俺だよぉぉ。ひははは」


一方で、喜びと殺戮に満ちた極悪人独特の雰囲気を曝け出している木原数多は今、至福の瞬間に酔いしれていた。

「この時を待ちわびたぜぇ。ククク、ずっと……俺はずぅーっと! この瞬間を待ち焦がれてたんだよぉぉ!!!」

「あの日、テメェに地獄へ落とされてからずーっとなぁぁああ!!!! ぎゃーはははははははははぁぁぁ!!!!!」


「…………っ」

木原の馬鹿笑いが脳に響く。

431: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/07(木) 00:58:06.84 ID:v8lDtIY0

「……………」

が、一方通行はその間に頭の整理を終えていた。

間違いない。

こいつが……元凶!!


「……………きひっ」


全ては―――


「そォかそォかァ。そォいう事でしたってかァァァ」


―――繋がった。


「オマエだったのかァァ………。木ィィィ原くゥゥゥゥゥゥゥン!!!!!」


確信へと……。


「番外個体を狙ったのはオマエかァァあああああああっっっ!!!!!」

432: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/07(木) 01:00:30.39 ID:v8lDtIY0


木原の笑い声を掻き消すほどの叫び声をぶつける一方通行。

「ぴんぽーーーん♪」

表情そのままに肯定の言葉をふざけた口調で告げる木原。
息を整えながらも一方通行の目は鋭く木原を捉えていた。
怒りと焦りを無理矢理押し殺し、今度は一方通行が虚勢を張った。

「…………ッ」

すぐに飛び掛かりたい衝動を抑えこんだ。

「……何のため、とか訊くまでもねェよなァ」

そして、ふっと『悪党の笑み』を覗かせて木原に問う。

「ほう? 少しは賢く生きる術を覚えたみてぇだなぁ。手間が省けて助かるわ」

木原の表情もそれに劣りを感じさせない。


一方通行「っつかよォ、オマエ何で生きてンだァ? 何で俺と同じ地面の上に今こォして立ってやがンだよ? 地獄は寂しいから
      戻ってきたとか言うつもりなら笑えるぜェェ」

木原「ぎゃはは! 残念ながらテメェが来るまで待ってらんねえよ。いっこうに来やしねえしな」

一方通行「ケッ」

木原「だから迎えに来てやったのさ。もっとも―――」

433: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/07(木) 01:01:55.23 ID:v8lDtIY0

一方通行「……?」

木原「―――逝くのはテメェひとりだけだがなぁ」ニヤァ


一方通行「………ぷっ」


木原「?」

一方通行「あはははははははっ!!! ぎゃはははははははははァ!!! ぎひひひひひひっ!! ……オイオイ、何だよそりゃあ。
      面白れェ。最っ高に面白すぎて涙が止まンねェよ! ……ンだァ? 地獄じゃあ今はそンなジョークが流行ってンのかァ?
      あァ? 木原くンよォォ」

木原「…………」

一方通行「無様に地の底にまで落ちたオマエが、今さら俺に何の用よ? 折角生き繋いだ命さえ疎かにしちまう程馬鹿なンですかァ?
      大人しく震えながら余生送りゃあちっとは長生きできたかもしンねェってのに、のこのこ俺の前に姿現すたァよ……全く哀れ
      すぎて同情しちまうよなァァ」

木原「……ククク」

一方通行「っつー訳だからよォ。もォ一度臨死体験するのがイヤなら今すぐ尻尾巻いて失せてくンねェかなァ? 生憎今はオマエとじゃれ
      あう時間も気も持ち合わせてねェンだ。勿論、ズタボロにぐれェはしてやっけどよォ」

木原「言いてえ事はそんだけか? クソガキ」

一方通行「あァン?」

木原「あーあ、っつーか久しぶりに会ったってのにひでぇ言われようだ。やっぱテメェとは“感動のご対面”にならねえらしい」

434: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/07(木) 01:05:03.14 ID:v8lDtIY0

一方通行「ある意味感動するけどなァ。わざわざ俺のために面倒な手間まで掛けてくれたみたいだしィ……。で、何?
      また上の連中に駆り出されでもしたのォ? 本当は折角長引いた寿命を縮めたくないからイヤだっつったン
      じゃねェのか?」

木原「上に言われたって部分だけは間違ってねえがな。……今回はノリノリで引き受けたどころじゃねえよ。つーかぁ、
    いちいち命令なんざ受けなかったとしてもテメェを始末することに変わりはねえさ」

一方通行「ハッ、懲りねェな。死にかけたぐれェじゃ馬鹿は直らねェことがこれで立証されたってワケだァ」

木原「………」ニヤ

一方通行「……さァて。久々の会話はこンくれェにしとくか。オマエが復活した経緯ってのも是非聞いてやりてェところ
      だがよォ、ソイツはまたの機会にってなァ。今、オマエに答えてもらうのはこの二つだ」

木原「………?」

一方通行「どっからオマエが番外個体の情報を得たのか。超電磁砲は今どこに居ンのか。これについて喋ってから地獄でも
      どこでも好きな場所に帰ンな」

木原「目星はつけてたってか? ククク、さっすがー。どうやら頭はまだ腐ってねえらしいな。一方通行よぉ」

一方通行「さすがに“オマエ”だとは予想できなかったけどなァ。ナメた真似してくれやがってよォ………。洗いざらい
      吐いてもらうぜ?」キッ

木原「まあいいけど、立ち話もなんだ。知りたけりゃあウチ(アジト)でゆっくり聞かせてやんよ」

一方通行「話が全然読めてねェらしいなァ。俺はオマエとのンびりお茶してる時間がねェンだよ」

木原「なに? 今日は帰らせろってか? 馬鹿かよ。テメェに帰る場所なんてあると思ってんのか?」

435: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/07(木) 01:07:30.05 ID:v8lDtIY0

一方通行「残念ながら、今はあるンだよ。オマエよりは数百倍マシな“居場所”ってヤツがなァ」

木原「へぇ……そりゃオメデトさん」

一方通行「ククク……けどよォ、オマエをこのまま放置してくのはちっと気が引けるよなァァ」

木原「……んで、どうすんだ?」

一方通行「ひゃはっ。決まってンだろォ。思考力でも低下したかァ木原くゥン? オマエをこの場で死なない程度に
      痛めつけてから吐かせる以外の展開でも望ンでンのかァ?」カチッ

木原「………」

一方通行「オマエの戯言に付き合う気はこれっぽっちもねェ。悪いが速攻で沈めさせてもらうぜェェ!!」

木原「っていうかよ、やる気満々なトコに水さして悪いんだが……」

一方通行「ンだァ? 今さら怖気づいたってかァ? もォ遅せェよ。オラ、どォしたァ? 足掻かねェンなら本当に
      終わらせちまうぞォ? 無駄足ご苦労様ーってなァァ!」

木原「いや……別にそれは構わねえんだがよ。いつまでもこんな所でモタモタしてていいのかなぁー。って、疑問に
    思っちゃってさぁ」

一方通行「チッ、だからすぐに終わらせるって言ってンだろォが!」

木原「おっ? 俺を瞬殺してる余裕すらあんのか? おー、そりゃすげぇ。やっぱ“最強”は一味違うねぇ」

一方通行「……さっきから何ほざいてやがる? 意味不明な時間稼ぎなンざしてンじゃねェぞ!」

436: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/07(木) 01:09:25.32 ID:v8lDtIY0

木原「あれ? 何? もしかしてまぁだ気づいてねえの?」

一方通行「あ……?」


木原「お姫様が待ってるんじゃないのぉ? いいのかなぁ。早く帰んなくて」


一方通行「っっ………!!?」


木原「おいおい。んだよそのツラは? 今までの威勢が一瞬で消えちまったぞおい。何? 顔芸にでもハマってんの? 
    それとも今度は俺を笑い死にさせようって魂胆かぁ?」ニヤニヤ

一方通行「まさか……オマエ………っ!!」

木原「あっれー? まさかホントに予想外だったぁ? ……ぷっ! ぎゃははははぁ!! 馬っっ鹿じゃねえのぉぉ!?
    テメェらの潜伏先なんざすでに割れてんだよ!!」

一方通行「!!!」

木原「早く帰ってやって方がいいんじゃないのかなぁ。でないとぉ―――」


「―――いなくなっちゃうかもよぉ?」ニヤリ

437: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/07(木) 01:13:46.03 ID:v8lDtIY0

「ッッ……!!?」

一瞬、目の前の男の発言を信じられなかった。
心の奥で想定していた最悪の事態が今、現実となって一方通行に襲い掛かる。


「―――クソったれがァァあああああああ!!!!!」


叫び声と同時に走る。いや、飛ぶと言った方が的確か。
いやらしく笑う木原の横を弾丸と化した一方通行がすれ違う。
その衝撃で生まれた突風によって木原の白衣が激しくめくれるが、彼は笑みを崩すどころか更に醜悪な表情を
作っていた。

「くくっ。走れ走れぇ。精々馬鹿みてぇに必死こいてよぉ」

一方通行の姿はすでに見えなくなっていた。
だが、これさえも木原は予測済みである。一方通行の能力開発に携わっていた過去は伊達ではない。
木原は一方通行の能力どころか人格、人間性すらも完全に把握していた。計画が順調に事を運んでいる最大の
要素は正にそれだ。


「まぁ、どうせもう手遅れだろうけどなぁぁぁ。クククク………」


「ひひひ………ぎゃーはっはっはっは!!! あーははははははははははははぁぁぁ!!!!!」


橋の上では完全に悪魔と化した木原数多の高らかな笑い声だけが木霊していた。

438: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/07(木) 01:16:59.91 ID:v8lDtIY0

―――


「ちっくしょおおおおおお!!!」

風のように駆け抜ける学園都市最強。

(ちくしょおっ!! ちっくしょおお!!)

一番恐れていた事が、

(俺があのクソ野郎にまンまと釣られてアイツを一人にしたばっかりに!!)

ついに起こってしまった。

(一番離れちゃいけねェ時に……何やってンだよ俺はァァ!!)

隠れ家が、見えた。

(頼む!! 無事で……頼むから無事でいてくれ!!)


「―――番外個体ォォおおおおおおおおっ!!!」


走る。そして手を伸ばす。

しかし、どれだけ走っても手を伸ばしても、彼女にはもう決して届かない。
もうすぐそれを嫌と言うほど思い知る事になる。

439: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/07(木) 01:23:56.36 ID:v8lDtIY0

そんな未来など知る由もなく、一方通行は勢いを止めずに突っ込む。

ドォン!! と隠れ家の扉をブチ破る。

「どこだ!? 返事しろォ!!」

電気は点いていなかった。帰りを出迎えてくれたのは正に『静』の空間。
これが、一方通行に突きつけられた現実だった。

「……ッ!」

が、それを認めないとばかりに頭を切り替える。

「クッソォ!!」

靴など脱がずに上がりこみ、リビング、クローゼット、洗面所、二階の客室まで家中ありとあらゆる場所を駆け回る。

(どこだァ!? どこだよォォ!!)

(悪い冗談はやめろよオイ!!)

(出て来いよォ! ……どっかに隠れてンだろォ?)

(俺を脅かそうとしてるだけだよなァ? そォだよなァ!?)


「頼むから返事しろってンだよォォおおお!!!」


勿論、返事など返ってくるはずがなかった。

440: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/07(木) 01:25:06.40 ID:v8lDtIY0

―――


「……………」

いない。

「…………なンで……だよ……」

番外個体は、どこにも。


「なンで………」


―――なんでアイツがいない―――?


「こンな……」


―――何故アイツが、こんな目に合わなければならない―――?


脱力し、憔悴しきった顔で一方通行は玄関付近で立ち尽くしていた。生気のない人形のような顔で。

と、その時…。

441: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/07(木) 01:26:57.62 ID:v8lDtIY0

「――あ~あ、だからあんま寄り道しねえ方がいいって言ったのによぉ」

声が、背後から確かに聞こえた。

「………ッッ!!!」

表情を修羅へと変貌させて振り返る一方通行。その鋭く突き刺さるような視線の先には木原が何食わぬ顔で丁度玄関ドアのあった場所に
立っていた。ポケットに両手を突っ込んだまま、彼の目は「ざまあみろ」と言っていた。

「へー、ここがお前らの“愛の巣”かぁ。地味なトコだなぁおい。ま、つってもどうせ暗部の隠れ家なんだろーけどよ」

見回しながら御託を並べる木原の言葉に一層表情が歪む。

「木ィィ原ァァァ……」

死者の呻きともとれる声が一方通行の口から漏れる。


「アイツをォ……」


「番外個体をどこへやったァァあああああああああ!!!!!」


もはや加減など考える余裕もなく木原へ向けて殴り掛かるように手を伸ばすが……

その手も、届くことはなかった。

442: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/07(木) 01:30:29.58 ID:v8lDtIY0

「―――!!!」

一方通行の手は何もない空間を掴んだだけだった。

「ッ……!!」

首を振り、突如消えたかに見えた木原の姿を探す一方通行。しかし、目的の声は見当違いな場所から耳に入ってきた。

「ぎひひひ。何その必死な顔? やべぇ、こりゃあホントに面白れぇや」

「!?」

いつの間にか木原の身体は家の中へと移動していた。

「そぉだよ。そのツラが見たかったんだよ。そのためにこんな面倒で普段なら絶対お断りなやり方をとったんだよ俺はぁ」

肉眼では全く捉えきれないほどのスピードで。

一方通行には何が起こったのかすら理解できない。少なくともじっくりと見解できるほど余裕な精神状態ではなかった。


一方通行「……な…!」

木原「こりゃ想像してた以上に痛快だわ。手間と金を惜しんだ甲斐ありってなぁ! ぎゃははははっ!」

一方通行「…………ッッ」ギリッ

木原「あー、笑いすぎて腹痛ぇや。ホントお前最高のリアクションだよ。今なら成仏できるんじゃねえかってぐれぇに気分が
    良いぜぇ」

443: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/07(木) 01:34:27.96 ID:v8lDtIY0

ニヤニヤと笑う木原に取り敢えずは当然の疑問をぶつけてみるが、

一方通行「何でここが分かった……?」

木原「企業秘密でぇぇす♪」ヘラヘラ

結果は余計にイライラが増すばかりだった。

一方通行「……この……野郎…っ!!」

木原「はははっ! ムキになっちゃってまぁ。そんなに“あの娘”が大事ーってかぁ?」

一方通行「黙れ!! オマエには関係ねェッ……! オマエのよォな外道になンざァ、何も分かるはずがねェンだよ!!」

木原「寂しいこと言うねぇ。こちとらテメェだけのために借金しまくってまで最高のおもてなしをしてやろうってのによぉ」

一方通行「………アイツを、放せ」

木原「は?」

一方通行「番外個体を解放しろってンだよ!! アイツには何の関係もねェはずだァ!! オマエが殺してェのは俺なンだろォ!?
      だったら最初っから俺だけを狙えば良い話だろォがァ!!」

木原「無関係じゃねえんだがな……」フッ

一方通行「あァ!?……どォいう意味だ…?」

木原「冥土の土産代わりに教えてやっから心配すんなって。もっとも今はまだその時じゃねぇ。テメェに今くたばられちゃあまりにも
    味気ねえからな」

444: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/07(木) 01:35:52.29 ID:v8lDtIY0

一方通行「今すぐ、無理にでも聞き出してやる。その後はもちろン地獄へお帰りの時間だぜェ。覚悟はできてっかァ?
      木原くンよォ」

木原「…………」

一方通行「番外個体も絶対に奪い返す。オマエらのくだらねェ道楽にアイツを巻き込ませンのだけは許さねェぞ」

木原「ふん……」

一方通行「これ以上オマエの好きになンかさせねェッ!!」

木原「意気込むのは勝手だがよぉ、テメェ……まだ自分の立場ってモンが良く理解できてねえらしいな」

一方通行「ンだと……?」

木原「テメェの前にわざわざこうして姿を見せたのが偶然だとはもう思ってねえだろ? つまりそういうこった。テメェも
    これから一緒にウチ(アジト)まで来てもらう。もちろん『VIP』待遇でなぁ」

一方通行「ッ!?」

木原「何意外そうな反応してんだよ? どの道助けるために乗り込むつもりだったんだろぉ? よかったなぁぁ。これで
    手間が省けるぜぇ?まぁ、お姫様とも直に“会わせて”やっからそう噛み付くな」

一方通行「オマエ……一体何企ンでやがる……?」

木原「教えてもいいが、ソイツも後で“ゆっくり”な……」

一方通行「…………」

445: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/07(木) 01:37:07.49 ID:v8lDtIY0

一方通行「オマエの提案に、俺が素直に乗ってやるとでも思ってンのか?」

木原「さあどうかねぇ。イヤだってんなら当然力ずくでも引っ張ってくつもりだがな。言っとくがテメェに拒否権はねぇ。『立場を理解しろ』
    って言ったのはそういうことよ」

一方通行「きひひっ、………この俺を拉致しようってかァ? 上等じゃねェかよオイ。………イイぜェ、やれるモンなら―――」

木原「ん?」


「―――やってみろやァ!!!」


「!」


直後、一方通行の周囲に黒い瘴気が生まれる。そして――


「おォォおおおおおおおお……」


――背中から解き放たれるように吹き出てくる黒い噴射物。


「がァァああああああああああああっっ!!!!!」


雄叫びと共に噴射物は翼へと形成し、壁を抉る。
番外個体と三日ほど潜伏した『グループ』の隠れ家は、十秒もしない内に瓦礫の山へと姿を変えた。

446: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/07(木) 01:38:38.06 ID:v8lDtIY0

―――


「――ふ~、危ねえ危ねえ。さすがに家の下敷きはゴメンだわ」

さほど動揺を感じさせない調子で木原は隠れ家だった場所を眺めながら呟いた。
いつの間に脱出したのかはもはや愚問である。

「しっかし、こうも上手く予定通りに進むとはなぁ……順調すぎてさすがの俺も少し怖くなってきたぜ」

一方通行の心理を的確につき、理性を狂わせる。ここまでは完全に木原の術中だ。

「だが、こっからだ。ただ殺すんじゃ面白くねぇ。最高の鳴き声上げてくんなきゃ俺のこの気持ちは晴れそうにねえなぁ」

その時…

「―――ひひひっ……」

「お?」

薄気味悪い声を漏らしながら、瓦礫の下から一方通行が姿を現した。
黒翼は彼自身を覆うように艶かしく、夜の闇の中で一層揺らめいている。


「木ィィ原くゥゥゥン? どォこでーすかァァァ?」

周囲に目を光らせて目標を探す。

「それだよそれ。テメェのその力ぁ、ずっと解明してやりたかったんだ」

447: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/07(木) 01:40:37.61 ID:v8lDtIY0

「あァ?」

声に反応し、瓦礫の上から見下ろす。そこに木原はいた。

「おォ、そこで生きてたかァ。きひっ」

「前と同じケツを踏むのは御免だからなぁ。おかげで逃げんのも必死よ」

「その割りにはずいぶンと涼し気なツラじゃねェか」

「……何故、俺が以前テメェにやられたか教えてやるよ」

「………」


「“知らなかった”。予想ができなかったからさ」


「!」


「だが今は、どうかな?」ニヤ

そこでこの不敵な笑みである。これに一方通行は…

「……勝算があるってかァ? ぎゃはははっ! ソイツァ面白れェ! こりゃちっとは期待できそォだなァ」ニヤ

全く同じ表情で返す。そして―――

448: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/07(木) 01:43:27.86 ID:v8lDtIY0

「そンじゃあ、遠慮なくいかせてもらうぜェ? 木原くンよォォおおおおおおおおっっ!!!!!」


―――ゴングが鳴らされた直後のファイターとばかりに、木原へ向けて翼を勢い良く振り下ろす。
    先手必勝。一方通行は早く終わらせるつもりだった。早く木原を倒して番外個体を救出に行かなければならない。
    木原如きに無駄な時間を喰ってる場合ではない、と……。


「………ふっ」


対する木原はその場から微動だにせず、怪しく微笑みながら自分に振るわれる翼を見つめるだけだった。
まるで脅威などは微塵も感じていない様子である。

木原のこの余裕は一体何だというのか。

その答えはすぐに明かされる事となる。

468: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/10(日) 01:05:26.37 ID:MY33iTU0

瓦礫の上から一方通行は下で憮然と立つ木原に鋭い眼光を放った。


「登場早々で悪りィが、あっという間に片付けてやる! オマエと遊ンでる暇はねェからなァ!」

「おーおー……怖いねぇ。身体が震えてくるわ。ドッチでもいいけどよ、俺はテメェを連れて帰るぜ。たとえズタボロに
 してでもな」

「キヒッ……そォーかい。なら、逆にオマエを虫の息にしてやンよォ」

「ふふっ、……そう上手くいくかなぁ?」


天使との死闘を経て更なる高みにまで上りつめた一方通行。

どこか不気味なオーラを放つ木原数多。


「ンじゃ、いくぜェ? 覚悟はできたかァァ? 木原くゥン」

「あぁ、どっからでも掛かって来いよ」


二人の異なる悪党の激突は、一方通行の先手から始まりを告げた。


「おおおァァああああああああああああああああっ!!!!」


黒い刃と化した翼の先端が、木原目がけて一直線に堕ちていく。

469: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/10(日) 01:06:48.65 ID:MY33iTU0

「………」ニヤ

しかし、木原は薄い笑みを浮かべたまま眉一つ動かさない。
回避行動を一切とろうとしない木原の様子に一方通行は翼を下ろしながらも顔をしかめた。

覚悟を決めたのか? それとも……。

どちらにせよ、もう攻撃は止められないし、止めるつもりもない。
せめて道案内用に喋れる程度の状態まで傷めてやる。

疑問を振り払い、迷いを掻き消した。

そして、翼に更なる威力を込めるべく、自らも飛び上がる。

この行為により、更に落下速度を増した翼が木原に迫る。それでも彼の立ち位置と表情に変化は見られない。
もう今からでは回避に間に合わない距離まで詰めた。
黒い先端が、木原に直撃するまで一秒も掛からない。
何を考えているか知らないが、これで終わりだ。
勝利を確信した一方通行の口元が歪んだ―――。


が…、


「――――うッッ!!!!?」


それが合図となったのか、一方通行の空間に急激な異変が起きた。
翼が、木原の頭上数十センチ付近でピタリと停止する。

470: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/10(日) 01:09:09.49 ID:MY33iTU0

「うゥ、あァァああ………」

地面に落下したのは黒翼ではなく一方通行だった。木原は彼の異変を予期していたような顔つきである。
やがて、意志とは関係なく、黒い翼は背中から霧が晴れたように消滅していった。

「……っ……っ…」

何故? 何故……!!

突然力を制御できなくなった事に対し、一方通行は驚きを隠せなかった。彼の身体は落下した時のダメージ以外受けていない。

(何だァ!?)

(何が……、どォなってンだァ……ッ!!)

頭に、自身の中にある『自分だけの現実』に、何か異常な物体でも侵入したのか?
一方通行は一瞬そう思ったが、

(イヤ、違う! これはそれ以前の……俺の生み出した空間そのものが何らかの妨害で崩された感じだ!)

(野郎………どォやって…?)

考え事はそこで終わった。木原が声を掛けてくることによって。

「おーい、どうしたぁ? 寸止め   かぁぁ? 悪いが全然萌えねえぜー」

いちいち癇に障る言い方と表情で。

「……オマエェェ、何しやがったァ?」

471: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/10(日) 01:11:20.54 ID:MY33iTU0

「はぁ? 何のことぉ?」

白々しい答えに一方通行は喚く。

「すっとぼけてンじゃねェぞォォォ!!! オマエが何かしたに決まってンだろォがァァァァ!!!」

しかし、木原の態度は変わらない。

「さぁ? 知らないねぇ。ま、何かしたとしても、それをいちいちテメェに説明してやる義理なんか俺にはねえし」

「………ぐ…」

もっともな理屈に一方通行の口が塞がる。そして反論を述べる前に、木原がようやく動きを見せた。

「さーって、まーた余計な時間とっちまった。いけねえなぁ。悪いクセだぜ全くよぉ。どーも遊びすぎちまう」

手首をパキポキと鳴らし、ゆっくり足を踏み出す。


「んじゃ、もういいか? 手品が終わったんなら今度はコッチからいくぜぇ」フッ…


「―――!!?」

木原の身体が残像だけを残したのは、その宣告とほぼ同時だった。


「ぐァッッ!!??」


刹那。

木原の重い拳が一方通行の顔面に深くめり込んだ。

472: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/10(日) 01:13:00.81 ID:MY33iTU0

「ァあああッ!!!」

その一撃で、あっという間に少年の身体は瓦礫の山から飛ばされる。一方通行は隠れ家だった場所の隣りにあった空き地の
ほぼ中央に位置する地面へと身体を叩きつけた。

「ぐふゥ…ッッ!!」

背中から圧迫される衝撃に息ができなくなる。
それから回復する間もない内に木原は倒れて悶える一方通行の側まで降り立っていた。

「何だよ。相変わらず軟弱だなぁー」

「ッッ…の、野……郎ォォッ!!」

嘲笑いの言葉に反応しようと、何とか息を整えて立ち上がろうとするが、それより先に追撃の蹴りがわき腹を捕らえた。

「ゴブゥッ!!?」

今度はさっきほどではないにしろ、数メートルはノーバウンドで飛ばされた。
反射が意味を成さないことは前の戦闘で学習済みだが、木原の身体速度の異常な増幅にはどうしようもない。
何しろ動きが見えないのだ。普通なら木原が空間移動の能力でも持っているのか疑う所だが、よく考えればそれは当てはまら
ない。空間移動は予め脳内で特定した場所へ身体を転移させる能力。決してスピードによるアドバンテージではないのである。
別の空間へ一旦身体を沈め、脳で推定した場所へその空間を越えるのが俗に言うテレポート、つまり三次元(この空間)での
移動とは全く異なる移動法だ。木原の移動する瞬間を見ると、地面には蹴った衝撃、更には残像まで見えている。これが木原
は空間移動の類を使用していない証拠になる訳だ。信じられないだろうが、木原はあくまで超速で移動しているに過ぎない。
数値は測定していないので分かるはずもないが、少なくとも肉眼では捉えられないスピードで。

『「0930」事件』で対立した時の木原も、一方通行の反射最強説を覆したりと、常人ではまず不可能な技をやってのけて
いたが、今の木原はその時以上に人の域を超えていた。『地獄の猟犬』の名を名乗るに相応しい力を持って、彼は一方通行の
前に再び現れたのだ。

474: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/10(日) 01:15:41.15 ID:MY33iTU0

だが、それにしてもこの身体能力は異常すぎる。何かの能力者でもない人間にできる事など、“一人を除いて”たかが知れて
いるはずだ。一方通行は地面を転がりながらも身体を起こし、立ち上がりつつそう考えていた。

「はァ……はァ……ッ……なンだよそりゃあ。…とうとう化け物になっちまったってかァ?………シャレになってねェぞ」

悠然と近づいてくる木原に早くものまれかける。木原の姿が心なしか大きく見えた。

「おぉ、まだ元気そうじゃん。こんぐれえで終わってもらっちゃつまらねえからなぁ。つっても、今言ったように時間も押して
 んだ。可哀そうだが、このまま一方的に締めさせてもらうぜ」

「………ッ!?」

また、木原の身体が消えた。と思った時には木原がもう目の前にいた。身長で劣る一方通行は目を見開いて木原を見上げ、木原
の方は勝ち誇った顔で一方通行を見下ろしている。

「オラ!」

「――ぐォ……!!」

一方通行の腹に木原の左拳が刺さり、一方通行は内臓が軋む感覚に陥る。

「おっと、まだまだぁ!」

突き上げるように右拳を真上に振った。前のめりになっていた一方通行の顎はこの一撃で跳ね上がり、倒れることを許さなかった。

「がッ……!!」

一方通行の脳が揺らされ、三半規管に一時の障害が生じる。
一方通行は木原の猛攻からいったん離れるため、瓦礫の上に跳ぶが、あっさり追いつかれてしまう

475: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/10(日) 01:18:25.12 ID:MY33iTU0

しかし、それ以降も木原は回復を許すことなく、左右の拳を一方通行の顔面や腹に遠慮なく叩き込んでいく。
両腕で防御しようにも、速すぎて見えない拳を防ぎきるなど不可能な話だ。
木原の一撃一撃の重さが一方通行の肉体を圧倒的に翻弄する。

正に、袋叩きである。

「ひゃっははははぁ!! どうした一方通行ぁ!? 俺が開発してやったベクトル操作能力で何とかしねえのかぁ?」

「ぐ……うゥ…ッ!」

「それとも、自慢の黒い翼(笑)にもう一度賭けてみるか? もっとも、出せたらの話だがなぁ! ははっ!」

拳を振るいながら問われるが、言葉を返す余力などはもう残っていなかった。
幾度となく死線を潜り、耐性を増したはずの身体が悲鳴を上げている。
そこから反撃のチャンスは一向に掴めず、結局一方的に叩きのめされる以外の展開は訪れなかった。

「がっ……はァ…」

「ひゃっはぁぁ!! オラよ!」

「―――ぶッッ!!!」

グラリとよろめいた所へ放たれた右ストレートをまともに喰らい、ついに一方通行は倒れてしまう。

「………っっ…」

腕に力を入れるが、力が入らない。立ち上がるどころか、起きることさえできない。すでに勝敗は誰が見ても明らかだ。
木原の勝因はスピードだけではない。以前よりも拳の重さが数段増していた。
もはや科学者というか人間の成せる技ではない。

476: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/10(日) 01:21:13.30 ID:MY33iTU0

(コイツ……本当にあの“木原”か!?)

それでも必死に意識を保ちながら、一方通行はそう考えていた。
復讐心だけで、ここまで強くなれるものなのか?

(前とは、別人みてェだ……クソっ…たれ……ッ)

木原の足音が、耳に入る。
思考がゆっくり薄れていく。
身体が思い通りに動かない。

「クククッ、無様だねぇ。良く似合ってるぜぇ一方通行」

「これで分かったろぉ? テメェがどう足掻こうと、どんな虚勢を張ろうと、テメェ一人が守れるモンなんてたかが知れてるってことがよ。
 いよいよテメェも終わりだ」

「しょせんテメェは実験動物として、檻から一生出られねえ様になってんのさ。『学園都市』って名の檻からなぁ」

「飼われてる身分のテメェが飼育員に楯突くのは、そもそもの間違いなんだ。……それが身に染みたってんなら―――」


「―――もう眠っちまえよ。惨めな“最強”くん?」


「――――ッ!!!」


この木原の言葉で、一方通行の閉じかけた目がカッと見開く。

477: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/10(日) 01:24:08.43 ID:MY33iTU0

(ふざ……けンな)

(終わり…だとォ?)

(まだ……まだ眠れねェ!!)

(俺には、守らなきゃならねェヤツがいる……ッ!)

(ソイツのアホみてェに笑ったツラァ……取り戻すまで、俺は寝る訳にはいかねェンだっ!!!)

一度抜けた力が、再び腕に宿る。


「俺をォ……飼う…だァ?」


「ん?」


「ふざ…けやがって……人に勝手な設定つけてンじゃ……ねェぞ……ッ!!!」グググ


「ほう…」

これに少し驚いた顔をする木原。

『魂は、まだ尽きてはいない』

木原は、悠然と見下しながら確信した。一方通行の戦意はまだ薄れてなどいないと。
自分を凄まじい眼光で睨み上げてくる目を見ただけで。

478: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/10(日) 01:26:03.77 ID:MY33iTU0

「オーケェ。もう少し、延長してやるよ」

口角を上げて、木原は倒れたまま見事な気迫を見せる一方通行に応えた。

「その偽善面、粉々にしてやりてえし」

あくまで、自分流に。

「テメェのそういう一面、すっげえムシズが走るからなぁぁ!!!」

一方通行の魂を完膚なきまでに圧し折ることで。

まだ立ち上がれていない一方通行の身体に、木原の振り上げた足が迫る。


だが、



「―――木原さん!!」 



「!?」

足が、一方通行のわき腹に刺さる寸前で止まった。
木原は足を下ろし、声の飛んできた方角に目を向ける。そこには…

「もう、そこまでで充分かと……。一方通行はすでに意識を失っています。回収に支障がある状態とは思えません」

479: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/10(日) 01:27:23.92 ID:MY33iTU0

「出雲か…」

出雲傭兵が瓦礫の外で見上げていた。
木原は一方通行に目を戻す。結局立ち上がること叶わずに力尽き、横になったままピクリとも動かない一方通行の姿が確かにあった。

「ここで殺す気ですか? 自分としてはそれも構いませんが、木原さんはそれで満足しますか? この日を待ち焦がれていたのでは
 ないのですか? 今、彼を殺してしまっては、“あの計画”を実行に移る意味がなくなりますよ」

「……チッ、わーってるよ」

どこか不貞腐れた感じで一方通行を脇に抱えた木原は、そのまま瓦礫の山の上から軽く飛び降りた。
危なげなく出雲の目の前へ着地し、停めてあった車に一方通行を押し込むと、「帰るぞ」と目だけで合図する。

「木原さんらしくないですね。一時とは言え目的を忘れるなんて……」

運転席に乗った出雲の言葉に木原は、

「しかたねーだろ? 久々の再会につい血と肉が騒いじまったんだよ」

楽しい時間を奪われた子供のような顔でそう返した。

「とにかく、これでついに始めることができるんですから、もっと喜びません?」

「ケッ、当然の結果だっつーの。いちいちハシャイでられっか。それに――」

「?」

「今からハシャイでたんじゃ、後々しんどいぜぇ? “その時”まではできるだけ温存した方がいい。俺もテメェらもよ」ニヤァ

480: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/10(日) 01:30:02.75 ID:MY33iTU0

「……そう、ですね…」ゾク…

木原の片腕として仕えている出雲ですら、この悪魔の笑みには身震いせざるを得なかった。

「なぁ、一方通行。テメェもせいぜい良いザマで演じてくれよぉ? クックックッ……」

後ろにも声を掛けるが、返事は帰って来ない。
真後ろで眠る一方通行にとって本当の地獄は、ここからがスタートとも言えるだろう。
木原達を乗せた車は、正に地獄の舞台へと向かって真っ直ぐ爆進していた。


―――


第三位の御坂美琴

第一位の一方通行

そして、番外個体……

木原数多がこの三人を手中に収めた頃、人知れぬ場所でひとつの結束が生まれていた。


19:30

上条「白井、お前はここまでにしとけ。後は俺が…」

黒子「寝言は寝てからにしてくださいな。当然、わたくしも参るに決まってます」

481: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/10(日) 01:31:19.17 ID:MY33iTU0

上条「いや、でもこの先は……」

黒子「怖気づく要素がどこにあるんですの? 貴方が行かないのでしたら、わたくし一人でもよろしくてよ?」

上条「だーかーらぁぁ、女の子がここを通るのは危険だって!」

黒子「ここまで来て戻るなど、風紀委員の名折れですわ!」

上条「……お前、今は謹慎中なんだろ? 腕章外した方が良いんじゃねーのか? 知り合いとかに見られたらマズイんじゃ…」

黒子「お姉様捜しの必需品を外す訳にはいきません。だいたい貴方こそ、ご学友の方と遭遇してはマズイのでは?」

上条「まあ、そうだけど……」

黒子「明日はどうなさいますの?」

上条「いちおう学校には風邪って伝えてるから明日休んでも問題はない」

(……後が怖いけど、非常事態だからな。ってか、そんなこと気にしてる場合じゃねえし)

黒子「では、行きましょうか」

上条「おい、人の話聞いてますかー? ここからは俺一人で行くからお前は先に帰るか待ってるかにしろって!」

黒子「笑えない冗談は好きではありませんの。ほら、置いていきますわよ?」シュン

上条「だぁぁ!? テメェ! 空間移動はずるいぞ! 待てってばコラ!」

482: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/10(日) 01:32:48.01 ID:MY33iTU0

二メートル程度の感覚を保ちながら空間移動し、上条の手から逃げる黒子。
やがて上条が無茶をしない事を条件に妥協するのだが、それがこの長い議論に決着がついた瞬間だった。
何故このようなやりとりを交わしていたのかというと、時間は少し前に遡る。


~~~


「情報屋…?」

「ええ。場所もここからそう遠くありませんし、行ってみる価値はあるかと……」

夜の街で聞き込みを続けている時に黒子が成果を上げた。なんでも、今二人のいる歩道橋から割りと近い場所に学園都市の
裏に精通している『情報屋』があるらしい。黒子は協力してくれた通行人から簡単な地図まで書いてもらっていた。

「ここの×印……と思われますわ」

地図を上条にも見えるように広げ、目的の地点と思われる印を指で示した。


上条「っつか、そこって確か……ガラの悪い連中もよく溜まってるっていう裏路地の方じゃねえか」

黒子「そのようですわね。臆されたのでしたら、わたくし一人で構いませんが?」

上条「……上条さんがそこで『じゃあよろしく』って言うとでも思います?」

黒子「いいえ、思えませんね……言ってみただけですの」

上条「むしろ逆だ。俺が一人で行くから、お前は来るな。何が起こるか分かんねーし、お前に何かあったら御坂にも怒られ
    ちまうしな」

483: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/10(日) 01:33:44.55 ID:MY33iTU0

黒子「貴方は……わたくしを誰だと思っていますの? スキルアウト如きに恐れをなすなど、言語道断もいいとこですわね」

上条「その過信がいちばん危ねーんだよ。それに、女の子が行っていいような場所じゃないだろ? だからここは俺に任せr」

黒子「何してますの? 場所が割れたのならとっとと向かいますわよ? ……えーと、まずあの信号を右に曲がってそれから…」トコトコ

上条「ってクラァ! 話聞けよオイ!!」


~~~


という訳で、結局黒子と一緒に悪い雰囲気の漂う道をこうして移動するハメになったのである。

「にしても、薄気味悪い所だな……」

僅かな灯りしか届かない裏路地にそんな言葉をふと漏らす上条。

「幸いでしょうか、スキルアウトらしき連中も今はいらっしゃいませんのね。いかにも溜まりそうな場所ではありますが……」

黒子も周囲に目をむけつつそう返した。

「………お」

しばらく路地を進んでいくと、目印の店が見えてきた。地図によると、その隣りの建物が『情報屋』らしいのだが……

「ここで、よろしいんでしょうか……?」

「なんつーか、いかにも怪しい館って感じだな……」

484: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/10(日) 01:35:32.75 ID:MY33iTU0

似たような感想を吐き、目当ての物件を見上げる。
いつまでもそうしてたって始まらない。二人は意を決して中へ入った。
ノックの後にドアを開き、二人は奥へと進んでいく。

「足元暗いから気をつけろよ」

「えぇ。大丈夫ですの」

中は小さな豆電球しかなく、とても明るいとは言えなかった。
それでも壁づたいに手を添えながら何とかぶつからずに先へ進む。

「すいませーん。誰かいませんかー?」

入る時にも一応掛けた声をもう一度だけ飛ばしてみるが、最初と同じで反応はなかった。

「まさか……無人ですの?」

「いや、小っちゃいけど電気もあるんだし……きっと誰かいるはずだ」

不安が少し襲ってきたのか、弱気な黒子の声に上条がポジティブなセリフを吐く。

やがて、進む二人の前に大きなカーテンが現れた。


「っ!」


「これは……!」

485: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/10(日) 01:37:46.97 ID:MY33iTU0

情報屋というよりは占い屋に近い印象を二人は受けた。

「あのー……誰かいませんかぁ?」

上条の呼びかけに、やっとカーテンの奥から返事が来る。

「いらっしゃい」

「!!」

低く、営業向きとは言えない声だが、引き腰になってる暇がない二人はカーテンの奥に話を続ける。


黒子「情報屋とお伺いして参りました。……ここで間違いはございませんか?」

情報屋「あぁ、ここで合ってるよ。で、何の情報が欲しいんだい?」

上条「御坂美琴の行方が知りたいんですけど…」

情報屋「……最近噂の超電磁砲か。今行方不明中の」

黒子「何か知ってますの!?」

情報屋「いや、私にも今のところ詳細が届いていない」

上条「ッ!………そうですか…」

情報屋「君達は彼女の知人かい?」

486: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/10(日) 01:39:45.75 ID:MY33iTU0

黒子「わたくしが最も憧れている先輩ですわ。どんな情報でも構いませんの。お金なら幾らでも用意してみせますので、
    どうか……」

情報屋「やめた方がいい」

上条・黒子「―――!?」

情報屋「見たところ、君達は暗部の人間じゃないだろう?」

上条「暗部……」

黒子「………」

情報屋「ここに来る客は殆どが暗部所属の人間だ。裏に関する情報は大抵私の耳に入ってくる。だが、この件に関しては
     ……これがどういう意味かわかるか?」

黒子「わかりかねます……」

情報屋「ならハッキリ伝えておこう。この件は君達が首を突っ込んで良い次元ではない」

上条「っ…!」

情報屋「心配な気持ちは察するが、諦めることを勧める」

黒子「な、何故ですの……?」

情報屋「私にも分からない情報だからだ。よほどの機密でない限りは私の元へ情報が届くことになっている。しかし、この
     件については一切、何ひとつ入って来ないのだ。相当なバックがついていると思われる。もしかしたら学園都市の
     トップそのものが直接絡んでいるかもしれん」

487: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/10(日) 01:43:14.97 ID:MY33iTU0

上条「トップって……何でだよ!? 御坂が一体何したって言うんだ!?」

情報屋「……それは分からんが、私に情報が来ないのはそういうことだと思っていい。私でも知る事が許されない
     ほどの大きなヤマか、あるいは情報提供の関係者がすでに消されたか……どちらにしろ、暗部の日常範囲外
     には違いないだろう」

上条「………あんたの言ってる意味が全く分からない訳じゃないけど……アイツは超能力者とはいえ、それ以外は
    ただの中学生なんだぞ!? なのに……そんなヤバイ事に何で、……何でアイツが巻き込まれなくちゃいけ
    ないんだよ!!」

黒子「上条さん! 落ち着いてくださいまし!」

上条「!……あ……わ、悪い」

情報屋「君は、彼女の恋人か何かかい?」

上条「へ?」

黒子「」ピキッ

上条「い、いや。アイツはそんなんじゃ……友達っていうか…」

情報屋「そうか……。力になれなくてすまないな」

上条「そ、そんな……俺の方こそ、急に怒鳴っちゃって…」

情報屋「構わんよ。だが、君達のためにもう一度忠告しておく。この件には関わらない方が賢明だ。ただでは済まなくなる恐れがある」

488: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/10(日) 01:44:09.62 ID:MY33iTU0

黒子「ご忠告感謝致しますわ……」

上条「……ありがとう」


二人は一言礼を告げて情報屋を後にした。
結局分かったのは、美琴が学園都市の中でもかなり危ない事件に巻き込まれてしまっているかもしれない。という事だけである。
情報屋の話が本当だとしたら、やはり事態は只事ではないどころか、一刻の猶予すらないのかもしれない。
しかし、今の自分達には手掛かりを捜す以外にできる事などない。上条も黒子も、表情から悔しさが滲み出ていた。

時間も時間なので今日はここまでにし、明日の捜索に備えてひとまず今日は帰って休む事にした。

その後は黒子を寮まで送り、上条もそのまま帰宅する。本当は自分一人でも捜索を続行したいのだが、帰りを待っている同居人シスター、
インデックスを放っておく訳にも行かなかった。以前のように一晩中ひとりにさせておく気にもなれない。

黒子は別れる最後まで諦めの空気を出さなかった。彼女もすでに覚悟を決めているようだ。本気で暗部の世界だろうがどこだろうが飛び
込んで行きかねない。上条はそんな黒子の様子と美琴の安否を気遣いながらも帰路に着いた。

寮のドアを開けた途端に飛んで来た大口を紙一重で避けつつ今後の事について整理した。
実際のところ、情報屋に言われた事自体は気にしていない。ヤバイ件に首を突っ込むのは彼にとって大した問題ではないから。もっと
危ないであろう事件にも遭遇しているし、死線も相応に掻い潜ってきた。
この先にどれほどの事態が待っていようとも、どんな人間が関わっていようとも、捜索をやめるつもりは微塵もない。
理由はただ一つ、『彼女が心配だから。助けたいから』。それだけと言えばそこまでだが、上条にとってはそれだけで充分だ。
結局、いつもの上条らしさで落ち着いたところで、頭に重みが増し、頭部の中心に歯が刺さる。ただ、こればかりはあんまり放置して
いると後々己の命にも関わってくるので、疎かにしない程度に美琴を捜そう! と、意気込んだ直後、上条は出血多量により敢え無く
その場で失神した。

「朝からずーっと私を放っておくなんてひどいんだよ!」という恨みの満ちた抗議に耳を痛めながら。

504: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/11(月) 20:25:38.43 ID:qw5M2ok0

―――


~地獄の猟犬アジト~


木原数多は地下に位置する駐車場で停められた車から運転手の出雲と共に降りた。
そして後部座席から未だ気を失っている一方通行を荷物のように抱えて歩き出す。

通路を渡っている途中、隣りを歩く出雲が遅めの称賛をしてきた。

「けど、さすがですね。相手は仮にも学園都市最強と謳われる能力者なのに、全くの無傷とは……おそれいりました」

一方通行を片手に木原も足を止めないまま会話に応じる。

「ったりめーだ。コイツの能力は俺が開発してやったんだぜ? 能力者っつっても所詮はガキよ。種の割れた力なんざぁ、
 脅威でも何でもねえんだ」

「……確かに。ですが、彼には“あの力”があったハズ。それについてはどう対処を…?」

納得の後に新たな疑問を投げかけてきた。実はコッチの方が気になるのだ。
一方通行の力事態は木原から聞いた程度の知識を得ているが、対策法までは掌握していない。一番信用を置いている部下の
出雲でも、計画の全貌を木原は伝えていなかった。これはただ単に忠実な駒しか求めない木原の意思だ。

使えるか使えないか、それだけが部下への信頼度に繋がる以上、全てを話す話さないにこだわりはしない。
部下は自分の言った通りに動けば良い。それ以上は望まない。

これはボスの立場にいる木原の『信念』のようなものである。部下はあくまで自分に従う『駒』だ。使えなければ切り捨て
るし、有能ならば責任を持って相応の業務に就かせる。

505: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/11(月) 20:27:13.34 ID:qw5M2ok0

これが猟犬部隊時代からのスタイルだし、このやり方を変えるつもりもない。最初は出雲のことを『組織の中では最も有能』
程度にしか思っていなかったのだが、どうも木原への忠誠心が強いせいか、自分とやり方が似てきた気がする。
しかも最近では格闘技に凝っているらしく、よく稽古の相手をする機会が多い(科学者だよな? お前ら…)。

そんなこともあって、今ではすっかり出雲を弟子のように可愛がっている訳だが、やはり彼にも知らない事はまだある。
訊かれた事について木原は素直に明かしてやった。

「あぁ、ヤツの新しいAIM拡散力場か。……これを使ったのさ」

そう言って木原が白衣から取り出したのは、使い捨てカメラほどの大きさをした正体不明の機械だった。

「何です? それ……」

初めて見た妙な物体に出雲は当然尋ねる。


「『AIMジャマー・携帯版』だ。一方通行が新たに操作し始めたAIM拡散力場にも干渉できるほどの強力なヤツよ」


「!!」

またサラッととんでもないネタ明かしに出雲の顔が仰天する。

「あれ? お前にも言ってなかったっけか?」

「そんなのがあったなんて聞いてませんよ!!」

「あっははー、悪い悪い♪」

506: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/11(月) 20:28:48.53 ID:qw5M2ok0

「………」

誤魔化すような笑顔に出雲はムスッしながらも追求する。

「……AIMジャマーはAIM拡散力場を乱反射させることによって自分で自分の能力に干渉させ、力を妨害する代物ですが、
 照準を狂わせて暴走を誘発させるだけの効果しかないはずですよ? 今の一方通行によく通用しましたね……」

どこか呆れた感じだが、木原は特に気にせず答えた。

「コイツが携帯できる時点でそんな突っ込みはすでに愚問だと思わねえか? コイツもキャパシティダウン装置と同様、
 学園都市が誇る『最新技術(ニュータイプ)』の結晶よ」

それどころか少し調子の良い笑顔まで向けてくる。ここまでご機嫌な木原を見るのも珍しい…。と出雲は思っていた。
今なら色々訊いても問題ないな。と判断したのか、更に質問を続ける。

「それ……一体いくらしたんですか?」

「ソイツは、訊くな………訊かないでくれ…」ズーン

あ、少し沈んだ。これもやっぱり借金地獄の肩をしっかりと担いでいたんだ。と、確信して訊いた事を後悔しながらも、
強引に話題を変えてみた。

「…あ! そ、そう言えば! 確かこれって凄く電気とか演算能力とか使うんですよね? それらはどうやって?」

「………テメェは馬鹿か? 何のための超電磁砲だと思ってる?」

「あ……」

どうやら墓穴を掘ってしまったらしい。

507: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/11(月) 20:29:48.86 ID:qw5M2ok0

上手く話を逸らすつもりが、結局は自分の首を絞めるだけの結果になってしまって出雲はハッとするが、もう遅かった。

「普通に考えれば猿でも分かんだろ。超電磁砲を攫ったのはこのためでもあるんだよ。……おいおい、頼むぜぇ? 今のは
 ちっとお前らしくなかったな」

「す…すみま……いえ。何でも」

見苦しく頭を下げられるのを木原が嫌うことを思い出し、慌てて取り繕う。
せっかく上機嫌だったのにこれ以上余計な言葉はマズイ。と、どこか必死な顔の出雲を見かねたのか、木原はそこで勘弁して
やろうかと、溜息交じりに口を開いた。

「ハァ……もういい。お前にはまたすぐ任務に就いてもらうから、今の内に休んでろ」

「は、はい。では……」ソソクサ

そうして出雲と別れた後、木原は一方通行を抱えたまま“あの部屋”へと向かった。

508: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/11(月) 20:31:07.31 ID:qw5M2ok0

―――


「…うぅぅ……グス」

閉じ込められてから早くも二時間以上が経つ。

御坂美琴はカプセル(小型ドーム)内からの脱出を諦め、座席で膝を抱えて涙を拭っていた。
木原の狂喜する様は見えたが声は届かなかったため、彼等がどこへ出かけたのか明白ではないが大方の予想はできる。
とにかく木原の思惑通りに進まないよう、ここから願うしかなかった。

そんな彼女が今考えているのは、先ほど木原から告げられた思いもよらぬ事実だった。

「アクセラレータとラストオーダー……ミサカワースト……」

何度思い返しても、ピンと来ない。あの一方通行が今や妹達を守る側として立っていることが。

「アイツの言ったことがもし本当なら……私は……」

どうしたら良い?

許す?

(……だめよ。それじゃあ今までアイツに殺されていった“あの子達”は……)

しかし、

(今のアイツが以前の一方通行と違って、“今生きてる子達”を守ろうとしてくれてるんなら……)

509: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/11(月) 20:33:32.98 ID:qw5M2ok0

(私は、アクセラレータにつく…)

(そうよ! これと過去の事とは別の話……)

(今、私の敵は……アクセラレータじゃない)

(―――木原、数多……)


「おーおー、すっかりしおらしくなっちまって」


その木原数多がいつの間にか横にいた。

だが、美琴がそれに気づいたのは鍵が解除された音を聞いてからだった。

「っ…!!」

「オラ、ご苦労だったな。お嬢様よぉ」

ドアが開かれ、木原が手を差し出して来るが、

「………」

「誰がそんな汚い手を掴むものか!」と眼光で伝える。

「ハッ、こりゃ完全に嫌われたか……まぁいいけどよ」

手を引っ込めて頭をかき、ドアを開けたままカプセルから離れる木原。
後から美琴も出ようと捩るのだが、カプセルから身を乗り出してすぐに驚愕の光景を目の当たりにした。

510: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/11(月) 20:35:56.70 ID:qw5M2ok0

「………!!!」

美琴の視線が、一箇所に釘付けとなる。
少し離れた場所に立っている木原の、ちょうど足元に……。


「アクセラ…レータ……!!??」


信じられない! といった口調で慄く。……無理もない。

自分よりも遥かに上の力を持っているあの一方通行が。

この街に住む二百三十万人の中で頂点に君臨するあの一方通行が。

まるで無謀な喧嘩をした後のチンピラみたいに床で無様に寝転がっているのだから。

「そんな………嘘…でしょ……!?」

身体はボロボロで、意識も完全に失っている。
学園都市最強の見るも無惨なその姿に、美琴は言葉を失ってしまった。

「……っ……っ…」

木原はそんな一方通行をゴミでも見るような目で一瞥すると、顔を上げて美琴に笑い掛ける。

「ククッ、どぉだ? 最高の気分だろぉ? 一応だが、テメェの恨みも込めといてやったぜぇ。なあに、感謝の言葉なら
 別にいらねえよ」

「………っ」

511: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/11(月) 20:37:44.46 ID:qw5M2ok0

「お、なんならテメェも一発殴っとくか? チャンスだぜ? 見ての通り、今なら絶賛グロッキー中だから反射もされねえ
 だろぉしなぁ」

ぎゃははは! と声を上げ、一方通行を爪先で 辱するように弄ぶ木原に、美琴はとうとう感情を爆発させる。

「―――やめてっっ!!! どうして……ッ!! どうしてこんな事すんのよ!!!」

「…んぁ?」

美琴の言葉に木原は怪訝な顔を作る。

「何喚いてんだよ? お前もコイツが憎かったんだろ? もっと嬉しそうにするかと思ったんだがな」

「ふざけないで!! ……いくら何でも……こんなの、ひどすぎる…」

ギリギリと拳を握り締めて木原に憎悪の顔を見せるが、木原は心外とでも言いたげな顔を崩さない。
もっとも、美琴の性格は事前調査されているせいもあり、これも木原は予測できていた。その上で演出として楽しんで
いるだけである。もっと分かりやすく言えば、美琴の反応で楽しんでいるだけなのだ。

「チッ、んだよ……せっかくお前の恨みも晴らしてやったってのに。あーあ、何かまたイライラしてきたぜぇぇ」

狡猾な木原の演技は続く。

「お、ちょうどここに良い解消道具があるじゃねえか。コイツにこのイライラをぶつけちゃおっかなー♪」

「―――!!?」

一方通行の頭の上に足を翳す。勢い良く踏み潰す寸前の木原に美琴は過剰なほどの反応を見せた。

512: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/11(月) 20:40:39.59 ID:qw5M2ok0

「やめなさいよっ!!! もう……ソイツ、意識ないじゃない!! それ以上やったらホントに……ッ」

「死ぬだろうな」ニヤァ

木原の不気味な目から顔を下に逸らしつつも、美琴は

「………やめてよ……」

と、目を潤ませて懇願するが、木原は内心で面白がるだけである。要するに無駄なはずの申し出なのだが…。

「クククッ、そーだなぁ。今日は充分やったし、続きは明日にしときますか」スッ

意外にもあっさりと足を下ろす木原。しかし、その言葉に別の意味で驚いた美琴は慌てて問う。


美琴「―――ち、ちょっと!! 明日ってどういう事!?」

木原「あぁ? 明日は明日だよ。何言ってんのお前」

美琴「アンタ……一方通行をどうするつもり…? まさか本当に殺すんじゃ……」

木原「ん? まだ詳しく教えてなかったっけ?」

美琴「聞いてないわよ!!」

木原「あー、すまんすまん。さっき部下にも同じような感じで怒られちまったってのに、どーもウッカリしちまったわ」

513: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/11(月) 20:42:00.24 ID:qw5M2ok0

美琴「…………」


木原「何てことはねぇ。これから一週間かけてコイツの精神と肉体を徹底的に痛めつけ、最終的にはゴミクズみてぇに
    焼却処分してやるだけよ」


美琴「なっ!!??」

木原「俺にとっちゃ天国、コイツにとっちゃ地獄の一週間の始まりーってなぁ! まぁ、少なくとも一週間は生かすのが
    確約されてっから、そう心配しなさんな」

美琴「……ッ」

木原「お前もその間、良い子にしてたらちったぁマシに扱ってやるよ。ククク…」

美琴「ふ…ふざけてんじゃないわよアンタッッ!!」

木原「ん?」

美琴「そんな勝手が許されると思うの!? いったい何考えてんのよ!? 今さらだけど、言わせてもらうわ………。
    正気の沙汰じゃないっ!! アンタ絶対頭おかしいわよ!!」

木原「ふーん、で?」

美琴「真面目に聞け!! ………アンタ、本気なの? ここまでやったんなら、もうそれで充分じゃない……。何も
    殺さなくたっていいじゃないの!! 今からなら……まだ間に合うわよ。…お願いだから………お願いだから
    もうやめてよっっ!!!」

514: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/11(月) 20:43:41.49 ID:qw5M2ok0

木原「お前に指図される覚えはねぇ。それにこれはもう決まってる事なんだよ。残念だが変更は許されねえんだなー」

美琴「ッ!!…………嘘……よね……?」
   
木原「だから、大マジだって。理解力の乏しいガキだなぁ………そろそろウンザリしてきたぜ」

美琴「私はアンタにウンザリよっ!! それ……本気で言ってんだとしたら許さない!! …絶対に止めてやるっ!!
    死んだって止めてやるんだからっっ!!!」

木原「あー……もうつっこんでやんのも面倒だ。好きにしてくれぇ」

美琴「えぇ、そうさせてもらうわよ!! アンタの良い様になんか……ッ!!」

木原「ハァ………おい。ピーピーうるせえから黙らせろ。耳障りで仕方ねえよ」

部下達『―――はっ!』

どこからともなく現れた部下達によって、呆気なく取り押さえられる美琴。
全力で暴れもがくものの、能力が使えない今の彼女では抵抗など無に等しかった。

美琴「!? あぁ…っ…ちょ! は、離せぇ!! 離しなさいよっ!! 離せって言ってんでしょーがぁぁああ!!!」

虚しく響く声。木原はもうコチラに目を向けてはいなかった。

美琴「このぉ……卑怯者っ!!!」

木原「ふん、何とでもほざけ。小娘ひとりに何ができるってんだか………。笑わせやがる」

515: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/11(月) 20:44:49.88 ID:qw5M2ok0

美琴「くぅ……っ!」

悔しさで唇を噛み千切りそうになるが、木原は無情にも立ち去ろうと扉へ足を向ける。

美琴「待ちなさいよ…………」

木原「…………」カツン カツン

美琴「待てぇ……ッ…!!」

木原「…………」カツン カツン


美琴「――――待てっつってんのよ!!!!!」


木原の足は止まらない。
追いかけようにも身体を押さえつけられて口以外は動かせない。
そしていくら叫んでも、木原にとっては負け犬の遠吠え程度にしか思われていないのが背中から伝わってくる。

かつてないほどの屈辱感を味わい、美琴の目からは涙が滲んだ。


「最低………アンタ、最低よ」

「アンタなんか、人間じゃない……」


「アンタ………腐ってるわ!!」

516: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/11(月) 20:46:12.21 ID:qw5M2ok0

遠ざかる背中に精一杯の罵声を浴びせるが、木原は部屋を出て行く直前に一度だけ振り返り、

「カカカッ、たくさんの褒め言葉をありがとうよ」

と、言っただけだった。その後に聞こえたドアの閉まる音が、美琴の胸を痛めつける。後に残ったのは、『絶望』
だけだった。

「………ううう……ぐぅ…ッッ……ひぃん…」

しばらくの間、室内には取り押さえられた少女の悲痛な嗚咽だけが響いていた。

(お願い………アイツを止めて。もう、“アンタ”しかいないの……)

(助けて……助けてよ……っ)

(……助けてっっ!!!)

美琴の心に浮かぶのは、あの少年。彼女にとって最後の希望。
正直言って、あまりにも無謀で確率の低い小さな可能性かもしれない。

だが…。

(信じてる……。それでも、アンタはきっと来てくれるって、信じてるから………)

それが誰の事をさすのかは、もう言うまでもない。
一方通行とは別の個室に隔離されながらも、美琴は心中で抱き続けている密かな希望を捨てないでいた。


「“人間じゃない”……か」

「ま、あながち間違っちゃいねえがなぁ」

美琴と一方通行を残したまま部屋を後にし、通路を歩いていた木原はボソリと呟いた。

517: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/11(月) 20:47:34.04 ID:qw5M2ok0

―――


翌朝・上条宅

目を覚ましてすぐに着信が入った。
昨日番号を交換したばかりの白井黒子からである。

今日は本格的に御坂美琴の行方を掴むため、協力者を引き入れたとの事だった。
黒子は上条に風紀委員第一七七支部へ来るよう指示して通話を切った。

(風紀委員って……大丈夫なのか?)

謹慎処分中の身分である彼女を案ずるが、それも直接訊けば良いか。と上条は判断する。
上条はインデックスの食事を作り置きし、なおかつ学校に仮病連絡を終えてから寮を出た。

「一七七支部って、どこだっけ?」

寮を出て数秒で気づいた。

「もしもし、白井? あのさ…」

黒子に詳しい場所を折り返しコールで聞いて移動している最中だった。


「ん…?」


コチラに向かって少女が一人で歩いて来る。

518: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/11(月) 20:48:29.04 ID:qw5M2ok0

「!」

上条はその少女とは顔見知りだった。

「打ち止め? こんな朝早くに何してんだ…?」

やがて、打ち止めは上条のすぐ側までやって来た。

「よう、打ち止め。……?」

様子が変だ。

「…………」

彼女にいつもの元気がない。

「おい、どうしたんだ? 何かあったのか?」

真剣な態度で尋ねる上条に、打ち止めは俯いていた顔を上げて――


「あの人が……いないの」


――と、上条に告げた。

519: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/11(月) 20:52:51.53 ID:qw5M2ok0

小ネタ(1レス)  ~とある科学者と幻想殺し~


上条「……ふざけんなよ。何でお前にそんな決定権があるんだ?」

木原「……」

上条「復讐なんて、結局その後に残るのは虚無感だけなんじゃねえのか? お前だってそれに気づいてるんじゃないのか!?」

木原「………」

上条「もうこんなこと…やめろよ。御坂には何の関係もないんだろ?」

上条「無関係な人間巻き込んで、過去の鬱憤を晴らすためだけに生きる。……あんたはそれで本当に満足なのかよ!! この先も
    そうやって生きていくのかよ!?」

上条「違うよな……。本当は、笑って生きたいはずだ。復讐心に憑りつかれて自分を見失ってるだけだよな!?」

上条「もう終わりにしようぜ…」

上条「薄汚い闇なんか、捨てちまえよ。その方がきっと楽しいはずだ」

上条「それでも……それでもまだ、お前がこんなくだらねえ悲劇を繰り返すって言うのなら……」

上条「まずは―――そのふざけた幻想をブチk」

木原「うるせぇ」パァン!

上条「あっ…」パタリ

木原「いきなりやって来て何語り出してんだコイツ? 意味わかんねぇっつーの」

上条「」ドクドク

木原「おい、目障りだから捨ててこい」

部下「へいっ」

上条「…」チーン

538: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/21(木) 00:44:38.65 ID:hEmZgqY0

―――


打ち止めはいつもの元気さを潜めた口調で上条に告げる。

「あの人が、どこにもいないの……ってミサカはミサカは不安な心中を吐露してみる…」

「!?」

不安そうな顔で縋るような視線を向けてくる小さな少女。
それは迷子になって母親を探す子供の表情に酷似していた。

「………あの人って、一方通行のことだよな?」

慎重な口ぶりで喋る上条に打ち止めはコクンと頷く。

「……ミサカ、テレビでお姉さまのニュース見てびっくりして、あの人に電話したの。けど、あの人はずっと電話に
 出なくて………。それで、さっきあの人が住んでるトコまで押しかけてみたんだけど、誰もいなくて………メールも
 返してくれないし、電話も返して来ないし。…って、ミサカはミサカは不安な気持ちが大きくなって、途方に暮れて
 いたんだけど…」

胸を両手で押さえながら心配そうな声を漏らし始めた打ち止めの姿に上条は言葉を紡げない。

「…………」

一方通行とは異国の地、ロシア以降顔を合わせていない。ついこの前に打ち止めと遭遇した時はケンカするほど仲が
良い様子で微笑ましくさえ思えた。ところが今はその一方通行の方が全くの音信不通だと言う。
上条はそれを聞いた瞬間から美琴が行方を眩ました件との関係性を脳内で探ってみるが、話が見えていない今の段階
で決定づけるのはまだ難しかった。

539: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/21(木) 00:46:48.02 ID:hEmZgqY0

打ち止め「あの人……この前もどこか様子がおかしかったし、何かあったんじゃないかって、ミサカは……ミサカは心配で…」

上条「様子がおかしかったって…?」

少女のデリケートな心を労わるようにあくまで優しく問う。

打ち止め「あの人事態はいつもと同じだったんだけど、何か雰囲気が違ってたの。……なんていうか、何かを背負って
      るっていうか……ってミサカはミサカは曖昧ながらも答えてみたり」

上条「雰囲気…」

打ち止め「顔つきも、どこか戦いに身を潜めているような感じで……周囲にさりげなく警戒心を少し出してたりしてた
      様な気がするの。ってミサカはミサカは思い返してみる」

上条「…………」

打ち止め「最後は、ミサカを優しい目で見てたし……。その時は気にしてなかったんだけど、今思うとやっぱり不思議
      だったり…」

上条「そうか……」

打ち止め「あの人、無茶なことはもうしないってミサカと約束したんだよ。けど、ひょっとしたらまた……」

上条「……っ」

打ち止め「危険なことに……足を踏み入れてるかも……ミサカを置いて、あの人は……」ジワァ

目を潤ませ始めた打ち止めに上条は沈黙を解いた。

上条「打ち止め。……大丈夫さ。お前だって知ってるだろ? 一方通行はお前を置いてどっか行ったりしないって」

打ち止め「でもぉ……」ウルウル

540: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/21(木) 00:48:55.20 ID:hEmZgqY0

上条「…きっと今は色々忙しいだけなんだよ。少ししたら必ずお前に会いに来るさ」

打ち止め「…………」

上条「一方通行は打ち止めを命賭けで守りたいって思ってる。それは俺が実際にこの目で見たんだから間違いない」

打ち止め「本当……? あの人、危ない目に合ってたり…してないかなぁ……」

上条「あぁ、アイツなら……絶対に大丈夫だ。お前に黙ってどっか行ってそのままなんて事はまず有り得ねえよ」

打ち止め「………うん」ニコッ

上条「はは、そうそう。一方通行がいつ帰って来てもいいように、そうやって笑ってた方がいいぞ」

打ち止め「うんっ! ってミサカはミサカは元気に頷いてみたり」

上条「よし、その調子だ。……ところで、打ち止めはずっと一人で外にいたのか?」

打ち止め「そうだけど…?」

上条「………」

打ち止め「?」

上条(おいおい……こんな小さい女の子が一人で出歩くなんて、この子の保護者は何やってんだよ。まして今は
    御坂が誘拐されたかもしれないってのに、……無用心だろぉが)

打ち止め「……どうしたの? ってミサカはミサカは首を傾げて訊いてみる」

上条「いや、……そうだ、打ち止め。上条さん今から御坂を捜しに行くんだけど、お前はどうする? 帰るんなら
    送ってくぞ?」

打ち止め「ミサカも行くっ! ってミサカはミサカは即答っ!」

541: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/21(木) 00:50:37.92 ID:hEmZgqY0

上条「家の人は大丈夫なのか?」

打ち止め「大丈夫! ってミサカはミサカは親指サインで乗り切りを図ってみたり!」ビシッ

上条「………ふぅ、わかった。じゃあ行くか」

打ち止め「うんっ!」

上条(これは決して誘拐ではありませんので、警備員や風紀委員のみなさん。上条さんに職質なんかしないで下さいね。
    って、その風紀委員支部にこれから行くんだし、何ら問題ねえか…)

打ち止め「~~~♪」

上条(ここで別れて一人で帰すってのは、さすがにナシだろ…)


こうして上条はひょんなところで打ち止めと再会し、一緒に風紀委員支部へ行く事となった。


―――


~地獄の猟犬アジト~


研究施設(アジト)内の朝は早い。
すでに起床した研究員たちが各実験室や調査のために表へと出向く姿がまばらだ。
そんな中、とある一室。
病院の手術室(オペルーム)を匂わせる室内では、何人かの研究者が設置されている機械をいじったり何かの資料を
観察したりと、各業務にあたっていた。

542: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/21(木) 00:51:52.97 ID:hEmZgqY0

室内の中央に設置されているこれまた手術患者用を思わせるベッドには今、ひとりの少女が寝かされている。

番外個体。

安らかな寝顔で仰向けになっている彼女の身体には複数のチューブが接続されており、頭部にはヘルメットのような
正体不明の器具が取り付けられていた。頭部の器具からも太いコードが伸びて何かの装置らしきものに繋がっている。
端から見たら生命維持装置で命を延ばしている風景と思えなくもないが、この場合では当てはまらない。
これからこの少女がどうなるのか。それを知っている研究者たちは、坦々と作業を進めていく。

そこへ――

「おう、……よく眠ってんなぁ」

自動設定の扉がウィーンと開閉される。そこから姿を見せたのはこの施設の長を任されている木原数多だった。
研究者たちはボスの登場にいったん手を止めて挨拶に入るが、木原は手のフリで「構わないから続けてろ」と促す。

「んで、どうだ? 間に合いそうか?」

最もベテランの空気を発している年配の研究者の付近で腕を組み、尋ねる木原。

「問題ありませんな。この分なら、むしろ予定より早く終了するやもしれません」

返ってきた研究者のその言葉に木原の口元が斜めに上がる。
そこへ別の研究者が木原に問い掛けてきた。

「予定を早めますか?」と。

「いや。コッチはもう一週間分の予定は組んじまった。今さら予定を変更する気はねぇ。何たってコイツは最大の
 楽しみでもあるんだ。……このために進めてきた計画と言っても良いぐれぇになぁ」

「………」ゾク…

「っつーワケだからよ、きっちり計画通り一週間後に行う。最終調整(マスタリング)は六日後だ。いいな?」

543: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/21(木) 00:54:04.17 ID:hEmZgqY0

部下が木原の表情に萎縮したのか、「か…かしこまりました…」と、どこか弱気な態度で業務へ戻っていった。

「さて……んじゃ、あとよろしく頼むわ」

と、言葉を残して木原は退室した。
どうやらただ立ち寄っただけらしい。


「くっくっく……さぁ、そろそろだな。…ぎひひ、滾ってきたぜぇ」

「たっぷりイタぶってやるからなぁぁ。ぎっひっひっひっ」

ジュルリと舌なめずりをしながら凶悪な表情へと変貌する木原。
これがもうすぐ心待ちにしていた時間を迎える直前の悪人の顔である。
少なくとも、通りすがる研究者たちが震え上がるほどの恐ろしさだったのは間違いない。
どこへ向かっているのかもう表情とセリフから明かしている木原の足取りは、ゆっくりでいて軽やかだった。


―――


隔離された牢獄の中、一方通行は最も刑の重い、それこそ死刑囚が投獄されるような奥の檻で閉ざされた部屋にいた。
外界は完璧に遮断され、ここだけはまるで別世界、それこそ地獄の風景とも捉えられた。
そんな空間で一方通行は身体の自由を失っていた。
両腕は美琴と同じ要領で拘束され、足にも鉄球が装着されている。
これら全てを解放するための鍵は、木原本人と責任と忠誠心を買われた出雲のみが所有している。

陽の光も届かない部屋の薄暗さは不気味さを十二分に演出しているが、そんな中にふと通路の灯りが点灯した。

その光で、一方通行は目を覚ます。

544: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/21(木) 00:56:30.32 ID:hEmZgqY0

その光で、一方通行は目を覚ます。


「――――ン……?」


意識がハッキリするまでに少々の時間を要した。
もぞっ、と動いただけで木原に痛めつけられた身体が軋む。
その痛みで脳が一気に起床した。

「ッ……!?」

覚醒したと同時に首を振って周囲を見渡し、今の自分の状況をおぼろげな記憶を辿って整理する。

「…………」

「クソが……。気づいたら“囚われの身”ってヤツかよ…」

情け無さに満ちた口調でボソッと嘆く。
いつから意識を失ったのかは分からないが、最後に木原が自分を侮蔑するような言葉が耳に入ったのだけはハッキリ
と覚えていた。思い出すだけでもムシズが走る。

「絶対に許さねェぞ。あンの野郎……ッ!」

ギリッ、と口元を歪める。当然このままで済ますつもりは微塵もない。

「…………とりあえず、この反吐が出るトコからさっさと出なきゃな」

何とかここから出る術はないか。まずはそれからだ。捕まったままでは何を思おうがただの負け惜しみにすぎない。

「しっかしよォ、こンなモンで俺を拘束たァ、……ンっ!」

545: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/21(木) 01:00:01.51 ID:hEmZgqY0

腕に思い切り力を込めてみるが、やはり施錠範囲を超えた自由は利かなかった。

「くっ……そ! 何て頑丈なヤツ使ってんだよ。……まァ、そりゃそォか。仮にも拘束用具だもンなァ。っつゥか、
 この監獄みてェな空間も、何か胸糞悪りィしよォ……。入るンなら木原の野郎が一番適任じゃねェか」

愚痴を漏らしながらその後もしばらく手足の拘束具と格闘するが、結果は同じだった。

「ハァ……、ちくしょう……。ホントに笑えねェなこりゃあ」

捕まった番外個体を助けるどころか自分が捕まっている。

「これじゃ護衛が聞いて呆れるぜ……」

ふっ、と苦笑しながら吐くが、悔しさを噛みしめているようなオーラが身体からは溢れ出ていた。

「……今ァ、何時だ。……っつか、日付変わってンのか? チッ、それすらも分からねェ…」

不自由なこの状況に嫌気がさし始める。
よく周りを見ると、部屋の隅には愛用している杖が立て掛けてあり、電極チョーカーの充電器らしき器具も隣に見えた。

「……ケッ、ずいぶンと用意周到なこったな…」

(最初から俺も拉致る予定で、まンまとその通りに事が運ばれちまったってワケか。……ックソ!)

木原の思い通りに進んでいるこの現状に舌打ちするが、今のところは打破策がないのも事実。
隙を見てここから出る以外に方法はなさそうだ、と捕まった当初の美琴とほぼ同じ結論に至った。

(超電磁砲と番外個体も、ここのどっかに監禁されてンのか…? もしそォだとしたら、尚の事早く抜けださねェとな。
 ずっとこンな辛気臭ェ場所にいたら、そのうち気が狂ってもおかしくねェぞ)

彼女らがどんな状況なのかは推測の域を出ないが、自分の状況を踏まえるに、想定が全くの的外れとも思い難かった。

546: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/21(木) 01:03:15.04 ID:hEmZgqY0

(とにかく、いつまでもこンなトコでモタモタしてらンねェ。これ以上、木原のクソ野郎を調子づかせるワケにはいか
 ねェンだ!)

彼女たちを助けられるのは今のところ自分しかいない。その自分がこうして無様に捕まっている現実に気持ちが焦る。

やがて、いったんその気持ちを落ち着けて思案に没頭し始めた、ちょうどその時だった。


「よーう、起きてたかぁい。一方通行ちゃん♪」


「!!」


通路に響く足音に耳をひそめている最中に聞こえてきた忘れもしない声。
そしてすぐに声の主は通路の先からその姿を見せた。

「良いねぇ、良い格好だ。こいつぁ最高の眺めだぜぇ。クククク…」

「木原ァァァ……」

檻の向こうに薄ら嗤いを浮かべて立つ木原にこれ以上ないほどの憎しみを込めて睨む。
が、木原はそんな一方通行のささやかな抵抗にも物怖じひとつしない。
それどころか、この自分に対する反応を面白がっているようにさえ見えた。

「おぉ~、怖い怖い。あんまそう睨むなよ。余計笑えてくっからさぁ」

「………ッッ」

それも当然かもしれない。どんなに虚勢を張られても、現実は変わらないのだ。どちらに優位があるかは一目瞭然だし、
木原には絶対の余裕と自信を誇る根拠もある。一方通行は今や自分の手の中。言わば反抗的なペットとさほど感覚的な
違いはないとさえ意識していた。

547: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/21(木) 01:05:54.50 ID:hEmZgqY0

木原「んで、気分はどうよ?」

一方通行「……最悪に決まってンだろォが。何だってオマエの小汚ェツラを、寝覚め代わりに拝見しなきゃならねェン
      だっつの」

木原「ははっ! これから死ぬまで見られんぜぇ? 良かったじゃねえか」

一方通行「ッ………。いちいち胸クソ悪りィ野郎だ……」

木原「いちおう確認しといてやるがよ、今の己の立場は把握できてっか?」

一方通行「ケッ……。ンだァ? ここまで厳重に拘束しとかねェと恐ろしくて仕方ねェってかァ? ずいぶン臆病に
      なったモンだなオイ。木原くンよォ」

木原「躾も満足に受けてねえダメ動物を放し飼いにするのはただの無能な飼い主さんだぜ? 窮屈だろぉが我慢しな」

一方通行「………ッ。…ンでよォ、わざわざ俺の前に何しに現れやがった? 嘲笑いにでも来たのかよ?」

木原「それもあるが、虐めに来たって方が正しいな。現実を知らしめるために教えてやるが、テメェは今、俺の玩具だ。
    生憎それ以上の待遇は用意してねぇんだ」

一方通行「……何が『VIP』だよ…。笑わせやがって」

木原「あぁ? そういう意味だって事くらい分かってたんだろ? とにかくテメェは俺のストレス解消の道具へ成り下が
    ったんだ。こっからはせいぜい俺の機嫌を損ねないようにすんだな」

一方通行「…………」

木原「……っつーか、さっきから何だよそのツラは。早くも気に入らねえな。何か言いたいことでもあんのか?」

一方通行「無事か……」ボソッ

木原「あん?」

548: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/21(木) 01:09:04.98 ID:hEmZgqY0

一方通行「……アイツらは、無事なンだろォな」

木原「何ィ?」

一方通行「番外個体と超電磁砲は無事なのかって訊いてンだよ! ……言っておくが、アイツらに手ェ出してやがったら
      ブチ殺すぞ」

木原「……ぶっ、何だよ。テメェの身より女が心配ってか? いつからフェミニストになりやがった?」ククク

一方通行「………俺をどォしよォが勝手だがなァ、アイツらはもォ良いだろ? ……帰してやれよ。俺さえブチ殺せりゃ
      オマエは満足すンじゃねェのか?」

木原「…………」

一方通行「…………」

木原「テメェはさぁ」

一方通行「……?」

木原「そんなにあの小娘どもを救いたいワケ?」

一方通行「……それをオマエに言う必要はねェ。ただ、オマエが今こォして俺に恨みを晴らすことと、アイツら自身には
      何の関係もねェだろォが。むやみやたらと無害な人間を巻き込ンでどォなるっつーンだよ?」

木原「………」

一方通行「それでオマエに得でもあるってのか? 現にオマエの最終目的であろう俺が今ここにこォしてる時点で、番外個体
      や超電磁砲の役目は終わりなハズだろォ。だったら、もォ解放したって良いンじゃねェのか?」

木原「……ふっ」

550: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/21(木) 01:11:21.80 ID:hEmZgqY0

木原「……ふっ」

一方通行「…………」

木原「何も知らないってのは良いねぇ」

一方通行「あ…?」

木原「残念だが、あの小娘どもにはまだ仕事が残ってんだ。テメェの意見は通らねえよ」

一方通行「な!……どォいう事だ!? 仕事って……アイツらに何させる気だァ!?」

木原「今テメェが知る必要はねぇ。っつか、知る権利があるとでも思ったか?」

一方通行「……ッッ!」ギロッ

木原「ぶっ! あはっはははは!! 良いぞぉ! 良い! 最高の表情だぁ! 喜べ! 今の顔でだいぶ俺の機嫌は取れたぜ!?」

一方通行「………」

木原「ひひひひっ!」

一方通行「ふざァ………」

木原「んん?」

一方通行「ふざけンじゃねェぞ!!! アイツらに何かしてみやがれ……。そのツラァ、今すぐグチャグチャに磨り潰してやる!!
      顔の骨格すら残させねェぞ!!」

木原「………」ニヤ

551: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/21(木) 01:14:42.12 ID:hEmZgqY0

木原「………」

一方通行「オマエにどンな事情があろォと、アイツらがそれに巻き込まれて良いワケねェだろォがよ!! アイツらがオマエに
      何したってンだァ!? 何で平和な世界で生きてるアイツらの人生をオマエみてェなクソ野郎が左右してンだよォ!?
      オカシイにも程があンだろォが!!」

木原「…………」

一方通行「オイ木原ァ!! 聞いてンのかァ!? 黙り込ンでねェで何とか言えってンだよォ!!」ガシャン ガシャン


木原「……あんま調子に乗んなよ。このクソガキが」


一方通行「!?」

木原「テメェに発言権を与えてやっただけでも泣いて感動する所をよぉ、ベラベラと好き放題騒いでくれちゃってまぁ……。
    あーあー、こりゃあやっぱ今すぐ 教が必要みてえだなぁ。………最高のリアクションに免じてほんの少しだけ優しく
    してやろうかとも一瞬思っちまったが、気が変わったわ。ドッチが主人なのかその貧相な身体にたっぷりと教えてやるよ」

一方通行「ンだとォ……!」

木原「つってもまぁ、“ほんの少し優しく”ってだけで、どの道テメェを粛清すんのには変わりねえけどなぁ。……っつー事で、
    会話はここまでだ。……さぁ、“遊ぼう”ぜ。一方通行ちゃん♪」


言い終わった途端、木原は何を思ったのか檻を開放し、一方通行の側まで更に歩み寄って来た。
鎖や鉄球で拘束された一方通行に逃れる術はないが、脱出ルートは開放されている。何とか木原を制圧し、ここから離れようと
目論む一方通行が思考を始めたとほぼ同時に、すぐ目の前まで迫っていた木原の重く速い蹴りが飛んだ。

「―――がはっ!!」

552: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/21(木) 01:15:44.68 ID:hEmZgqY0

ゴキッッ!! と、身体の内から鈍い音を響かせた直後。激しい痛みと圧迫感が思考を強制的に止める。
拘束具のおかげか、本来なら壁まで吹き飛ばされるほどの強烈な一撃も、その場で悶絶させるだけに留めていた。

「ごほっ、ごほっっ……!」

腹に受けたダメージにむせている途中で頬、というよりはこめかみに近い箇所に拳が飛ぶ。

バキッ! と、鈍い音が獄内に響くと同時に一方通行の上半身が大きくぶれた。

「―――うっ!」

なす術なく横へ倒される身体。不自由な手足では受身すら取れない。
床に転がることで再びガラ空きとなった腹部に、木原は集中的な攻撃を浴びせる。

「オラ、まだだ。まだ寝るんじゃねえよ」

ドスッ! ドスッ! 

と、何度も蹴りながら木原はサディスティックな目でされるがままの一方通行を見下ろす。

「っぐ…! ゥうっ!!」

体内の臓器が激しく暴れている錯覚を味わいながら苦痛に顔を歪める一方通行。
あまりに突然訪れた暴行に、もはや脱獄を考えるどころではなかった。
というか、何も考える暇さえ木原は与えてくれなかった。

「ウラァ! はっはぁぁ♪」

サッカーのフリーキック映像のリプレイを見ているかのような光景が、獄内で依然と続く。

「ァあ…ンぐっ!……はァ……ッッ!」

553: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/21(木) 01:16:36.24 ID:hEmZgqY0

ボール代わりと化した白髪少年は本物のボールのように身体を丸くさせて痛みから逃れようと試みるが、木原の容赦ない
攻撃に効果はなかった。

檻が開いた時に芽生えた脱獄への希望は、とっくに淡く儚い夢へと消えていた。
僅かな希望を垣間見せておいて、次の瞬間にはあっさりと虫ケラのように踏み砕く。
これも狡い木原の狙いだった。

「ははっはははははぁ!! どうだ? 痛てぇかぁ? オイ」

「ククッ、良い調子だぜぇ。けど、まだだぁ! まだまだこんなモンじゃあ収まんねーなぁぁ!」

「あん時テメェに殺された時ぁ、これの百倍は痛かったぜぇぇ!!」

――ドムッ!

「視覚で確認する間もなく吹き飛ばされ、隕石みてぇに夜空を舞って、その後はどっかの硬ぇ地面に真っ逆さまよ!!」

――ズドッ!!

「分かるかぁ? あの世でも目指さなきゃ一生味わえねぇ体験を、テメェは俺にさせたんだよ!! ならそれなりの“礼”
 くらいはしてやりてえよなぁ! ぎゃははあははあはあははははっっ!!!」

――ドスッ!! ズム!! ベキィ!!

蹴る。ただひたすら蹴り続ける。
完全に無抵抗の一方通行を、狂気に満ちた罵倒を浴びせながら。
一撃入る度に、一方通行の肉体が痛々しい音と同時に揺れる。見ているのが辛くなる光景だが、木原はこの時を心待ちに
していたのが窺える。ずっと待ち望んでいたテレビ番組が始まった瞬間のように、彼の表情はイキイキとしていた。
邪悪で染まっている部分を除けば、だが。

そして、

554: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/21(木) 01:18:33.34 ID:hEmZgqY0

汚い床が血で更に汚れていく。

「ぐっ!……ふ……ごふァ…ッ!」

ついに内臓を痛めたのか、激しく咳こみ吐血する。もはや息をするのも困難に見えた。

「がはっ! ごふっっ!……はァ、はァ…っ」

しかし、それでもまだ木原は止まらない。一方通行の頭に足を乗せてそのままギリギリと力を込める。
抵抗も逃亡も失われ、成すがままになるしかない一方通行を木原は嗤いながら見下ろしていた。

「…うァ……あああ……っっ!」

「だいぶマシなツラになってきたが、……まーだ足りねえなぁぁ。俺を満足させてえんなら、せめて1リットルは血反吐
 ブチ撒けてくんなきゃよぉ!」ゴリ…ッ

「がァ!……ァ……ァァ…」

苦しみと痛みに満ちた表情も木原の足が隠しているが、どんな表情をしているのかは想像に容易かった。
意識も朦朧としているのか、身体の力が抜けてグッタリし始めているように思える。
そして木原の方はというと、すっかりこの一方的な展開にご満悦の様子だった。
正に今までの中で一番輝いてる瞬間とも言える。

一方通行とは正反対の顔で木原は語りかけた。

「知ってっかぁ? 人ってのは無抵抗に空中を彷徨ってるとよぉ、気ぃ失ってそのまま落下すっから痛みを感じねぇって良く
 聴くが、ありゃあ嘘なんだぜ」

「…………」

言葉など返せる状態ではないが、木原は続ける。

555: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/21(木) 01:19:42.62 ID:hEmZgqY0

「実際は確かに上空で意識はどっか逝っちまってたが、コンクリートに身体打ちつけた瞬間目が醒めてよぉぉ、……耐える
 耐えない以前の痛みが襲ってきやがった」

「感覚はあんのに、意識はねえってヤツか。……凄かったぜぇ。車に轢かれたネコみてぇに内臓が口からはみ出すわ、足は
 どこ向いてんのかってぐれぇに折れ曲がってるわ……。クククッ、思い出しただけでも未だに身体が震えちまうよ」

「だが、そんな激痛の感覚に悶えることも。大声で助けを求めることもできねぇ……」


「……当たり前だ。なんせもう死んでるんだからなぁ」


「――――!?」


最後ら辺のセリフに一方通行の耳がほんの少し反応した。
失われかけていた意識がひとつの疑問に集中する。

「……死……ンだァ…?」

「お、まだ起きてたかぁ…」

さして驚く様子もなく木原は吐き捨てる。同時に一方通行の頭に乗せられた足が静かに退かされた。
退けられた足の奥から露になった一方通行の眼は、佇む木原を正確に射抜いている。
聞き流せない単語が、まだ一方通行の頭に残っている。

「死ンだ……だと……?」

「そぉだよ。死んでも意識や感覚ってのはしばらく消えねえんだ。まぁ、テメェも直に分かるだろぉぜ」

「………」

556: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/21(木) 01:21:22.03 ID:hEmZgqY0

違う。知りたいのはそこではない。木原は確かに今、『自分は死んでる』と言った。おぼろげな意識だが、聞き間違いなど
ではない。どういう事なのか一方通行には解らなかった。
いくら科学が進んだ街とはいえ、死人を甦らせる技術までには至っていないはずである。いや、このテーマはいくら科学が
発展してもどうにかなる話ではないだろう。

生あるものに絶対的なものは『時間と死』。

どれだけ未来が先へ伸びようとも、生物である以上このテーマから脱することなど不可能なはずだ。
人は死ねばそこで終わり。それより先の理論など、全て根拠が不充分の仮説でしかない。そう思っていた一方通行にとって、
超人的な力を兼ね揃えた木原の存在と耳に届いた台詞は理解に悩むのを必然とさせた。

「………オマエ……は―――」

一方通行は、ここで原点へと戻ることにした。
ボコボコに殴られ蹴られ、痛めつけられた身体に鞭を打つ。
ミシミシと動かす度に激しく軋み、悲鳴を訴え続ける肢体を無視して木原という目の前の『人間』を見定める。

その上で、こう訊ねた。


「―――『誰』だ……?」

579: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/22(金) 19:22:12.56 ID:hIOs3Ww0

―――


~風紀委員第一七七支部~


学バスを乗り継ぎ、とうとう支部のある校舎までやってきた上条は黒子に到着コールを掛ける。
彼は一瞬だけ隣で「ほえー…」と目的の建築物を見上げている打ち止めに目線を送ってから通話ボタンを押した。

「―――もしもし、俺だ。着いたぞ」

黒子から中へ入る許可だけを取って通話を切る。打ち止めの説明は電話よりも直接会ってする方がいいと上条は判断した。
まだぼんやりと建物に注目していた打ち止めの手を引いて、校舎へと足を踏み入れる。

「ここだね。ってミサカはミサカは初めての訪問に少しわくわくしてみる」

移動中、先ほどばったり会った時よりも少々明るさを取り戻した声が上条に向けられる。

「あぁ、俺も来たのは初めてだ…」

そんな少女に若干安堵したような面持ちで上条も応じた。
普段は訪れる機会など皆無な場所といえばその通りだ。というか、このような『科学の表』を象徴するような所では都合が
悪い出来事に襲われるパターンが多かったというのが本当のところである。実際、魔術士との交戦を学園都市で行うのには
自分にとっても相手にとってもなるべく最も避けたいのがこういう取り締まり的な団体だ。規模に際限なくである。

相手には侵入者として捕縛の道。自分には事件扱いとなり、後に学校へ報告が行くことになるだろう。善い処分などは勿論
期待できない。何故なら自分は不幸だから。丸く収まった後でそういうオチを迎え、お決まりの台詞を大声で絶叫する己の
自画像など簡単に想像できる。

580: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/22(金) 19:24:08.88 ID:hIOs3Ww0

そんな訳で、どちらにも面倒なリスクが生まれかねない風紀委員や警備員といったような存在は、極力スルーが望ましいの
だが、今回のケースに至っては例外だと上条は判断した。

(なんかドキドキするなぁ。……っつか、俺、来て大丈夫なのか? 完全に場違いなんじゃ…)

そんな事を考えながら廊下を渡って行く。
上条は打ち止めを連れて何故か面接前のような緊張感を抱いたまま黒子が指定した通りの道を歩いていた。

おそらく、立派なビジネス風景だとか、根本的に勘違いなイメージでもしているのだろう。
記憶が破壊されて一年も経っていない上条には風紀委員の日常がどんなものか想像でしか分からない。
黒子から聞いた話では、まず自分じゃなれないだろうな、というのが正直な感想だった。
黒子の普段の振る舞い(変 行為はこの際除く)から思うに、きっと自分の苦手とする『お堅い』雰囲気なのだろう。
これからそういった場へ赴くとなると、流石の上条も多少は心の準備が必要なのかもしれない。

女子中学生の溜まり場と化していた実態など露知らず。

「ここか…」

そして、指定された場所へと到達する。
厳重なロックが掛かっているため、上条達だけではそれ以上進めない。
携帯電話を再び取り出して来訪を伝えた後、白井黒子がすぐにドアを開けて姿を見せてくれた。

「―――お待ちしておりましたわ。さ、どうぞ……って!?」

そこで彼女の目線は一気に上条の隣へと移る。上条が危惧していた展開が訪れた瞬間だった。
打ち止めの存在を目視してすっかり硬直してしまっている黒子に上条は慌てて告げた。

「あ、こ、この子はその……御坂の親戚の子なんだ。な?」

打ち止めに当初予定していた弁解の言葉を出すように目で合図する上条。

581: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/22(金) 19:26:10.17 ID:hIOs3Ww0

打ち止めはその合図を上手く拾って元気の良い挨拶をした。

「こんにちは。ミサカはミサカなんだけど、ラストオーダーってよく呼ばれてるからソッチの方がいいかな。ってミサカは
 ミサカは早速提案してみたり!」

「……………」

黒子の硬直は、解けるのにもう少しだけ時間を費やす事となる。
上条はこれに対し、「あははー…」と誤魔化すように苦笑するしかなかった。
喋り方も変えさせるべきだったことを後悔するのが遅かった。

それから少し待って、ようやく石化から解けた黒子がおずおずと打ち止めを観察する。

「……お姉様……本当にそっくりですわ。まるで小さい頃のお姉様を見ているようですの」

「…………」

当たり前だ。御坂美琴のクローン個体なんだから。似てるどころかDNAが一緒だ。と言う訳にもいかず、何か代わりの言い回し
はないかと模索している上条を尻目に打ち止めが切り出した。

「ミサカもお姉さまの捜索に協力したい! ってミサカはミサカは志願してみるんだけど…」

ダメかなぁ? と、首を傾げた可愛らしい仕草まで付けて申し出られては、黒子に拒否の選択などない。

「まぁまぁぁ………、なんて健気な……。えぇ、もちろんですわよ。是非一緒にお姉様を捜しましょう。小さなおね……いえ、
 ラストオーダーちゃん……でよろしかったでしょうか? ずいぶんと個性的なアダ名ですのね…」

「ああ、でもやはり『小さいお姉様』の方がしっくりきますわ。わたくしは白井黒子と申しますの。わたくしを姉だと思って
 存分に慕って構いませんわというか慕ってくださいイヤむしろわたくしに慕わせてくださいな!」

「……???」

582: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/22(金) 19:30:26.49 ID:hIOs3Ww0

動作がもう美琴といる時のようにトリップしているが、小さい子供ということで流石に手は出さず自重しているのが窺えた。
お姉様とのスキンシップがご無沙汰な反動か、自重というか今にも飛びつきたいのを必死で我慢しているのが上条ですら察知
できる。打ち止めの方は突然意味不明な舞いを見せられて唖然とするしかない。

そのまま欲望に黒子が呑み込まれてしまう前に上条が纏める。

「と、とりあえず中入らないか? 色々予定も立てたいし…」

「はっ、……そ、そうですわね。わたくしとしたことがつい……。失礼致しました。コチラですの。さ、どうぞ」

やっと現世へ戻った黒子が二人を支部へと招き入れてくれた。
こうして、ようやく風紀委員が普段業務を行っている場へと案内されるのだが。

「…………」

中は意外と予想していた通りだったことに上条は驚いた。大体こういう時は予想と違うパターンが多いと逆に想定したのも無駄
だったようだ。

扉の向こうは教室というか、やはりオフィスみたいな空間だった。こざっぱりな割りには思った以上に設備がしっかりしている。
それがここの学校の設備からか、はたまたこの支部内だけなのかは不明だ。

(まだ学生の俺にはやっぱ場違いな空間だな。…って、風紀委員も学生じゃん)

打ち止めの手を引き、黒子について歩きながら上条は意味不明な感想を心中でぼやいた。
支部内は静まり返っていた。当たり前だ、風紀委員も学生である。もう登校時間も過ぎているのだから、黒子や協力者とやらを
除いて今ごろはどの支部に所属している風紀委員も授業を受けているはずだ。

(そうだよな……。今の時間じゃ普通に活動なんてしてねえよな)

妙な緊張が杞憂に終わった事に胸を撫で下ろした直後。

583: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/22(金) 19:32:20.15 ID:hIOs3Ww0

「――!」

パソコンが設置されているデスクの一席に座る二人の少女の姿がふと視界に入った。
あの子たちが協力者だろうか。黒子は目立ちにくい奥の席で何やら一点に集中している少女二人へと近づいていく。
当然、後に続く上条と打ち止めも少女達に接近する事になる。

「……………」

少女の一人はキーボードを操作し、カタカタと音をならしている。
頭にはオシャレの域を軽く超越した花を咲かせながら。
真剣な目で画面に集中している様が、頭部に咲いた花のせいでどこかシュールに見える。それでも真面目な印象を少なからず
は受けたので、花にツッコミたい衝動だけは何とか抑えた。

もう一人の少女はそのすぐ後ろで同じように真剣な表情をしながら画面を覗き込んでいた。同じ制服を着ている辺り多分友達
同士なのだろう。と、上条は推測した。髪は長めで、スタイルも子供から少し成長した雰囲気の少女だ。
キーボードを操作している少女が座る椅子の背もたれに片手を掛けながら身を屈め、情報の羅列を必死に目で追っているよう
だった。
少女のもう片方の手には、何故か金属バットが握られていた。

「…………」

この日常から僅かに逸れた光景に今度は上条が硬直する番だったが、やがて少女たちはコチラの接近に気づいて顔を向けた。

「あ!………」

花を咲かせた一見おしとやかそうな少女が上条を見るなり目を泳がせた。

「うわ、……へ~、この人が御坂さんの……」

584: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/22(金) 19:34:11.82 ID:hIOs3Ww0

金属バットを片手に持った少女の方は聞こえない程度に呟いたつもりだろうが、しっかりと聞こえている。
御坂さんの、何だというのか?

「上条さん。この方々はわたくしとお姉様のご友人で、今回協力を買って出てくれましたの」

黒子は何やら複雑そうな顔で振り返り、仲介に入った。
少女たちは何故かわざわざ立ち上がって自己紹介を始める。


初春「は、はじめまして。初春飾利です! あの……御坂さんと白井さんがいつもお世話になってまふっ!?」

上条「あ、あぁ。俺は上条当麻。……よろしく」

(……いきなり噛んだぞ。大丈夫か…?)

黒子「別にわたくしはお世話になった覚えなどありませんが……」

佐天「わ、私は佐天涙子って言います! 上条さんのことは、ときどき御坂さんから話を伺ってます! よ、よろしく…」

上条「え……? そうなのか?」

黒子「さぁ、知りませんの」プイ

上条「…?」

佐天「……ところで、この子は…」

打ち止め「こんにちは♪ ミサカはラストオーダーって言います。ってミサカはミサカは丁寧にお辞儀してみたり」ペコ

585: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/22(金) 19:35:41.51 ID:hIOs3Ww0

初春「あ、どうもこんにちは……って、アホ毛ちゃん!?」

打ち止め「あー! そういうあなたはあの時のお姉ちゃんだ! お久しぶり~! ってミサカはミサカは予期せぬ突然の
      再会に驚きを隠せなかったり!」

黒子「初春、知ってますの?」

初春「………えぇ、あんまり思い出したくないですけど……」

佐天「っていうか、ラストオーダーって……」

上条「……アダ名だよ。この子は御坂の親戚なんだ」

打ち止め「お姉さまがいつもお世話になってます。ってミサカはミサカは深々とお辞儀してみたり」ペコリ

黒子「はぅぅ……」キュン

佐天「あは♪ かわい~い♪」

初春「今日もアホ毛が絶好調ですね~」ピーン

打ち止め「これはアホ毛じゃないよー! ってミサカはミサカは奮起してみるーっ!」

佐天「私も触っていい? あはは♪」ツンツン

黒子「わわわ、わたくしも~! ……ふふふふ♪」ツンツン

打ち止め「あうぅ~~……」

上条「オイ。約一名、子供に対して向ける視線が間違ってるぞ…」

586: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/22(金) 19:39:22.94 ID:hIOs3Ww0

そんなこんなで自己紹介も終わり、二人の女子中学生は男子高校生に興味深々の話題を振る。

初春「あ、あの! ところで上条さんは、御坂さんと仲良いんですよね?」

上条「えっ? 仲……良いって言えるのかな……」

佐天「そう言えばどこで知り合ったんですか~? 御坂さんたらいっつも肝心な所でしどろもどろになっちゃうから、
    まだまともに聴けてないんですよ~」

上条「いや、あの~……」

黒子「オホンッ! ……お二人とも。そういったご質問は後にしてくださいまし。今は一刻も早くお姉様の足どりを
    掴む事の方が先決ですのよ」

初春・佐天「す…すいません。……つい」

上条「えーっと……、話進めて大丈夫なんでせうか?」

黒子「……どうぞ」

上条「まず、君たちはその……風紀委員なの?」

初春「あ、私はレッキとした風紀委員の一員ですよ♪」エヘン

黒子「初春は情報処理能力に長けていますの。後方支援に回れば右に出るものはそうそういませんわ。実際の現場では
    わたくしの良きパートナーですの」

初春「えへへ……」テレッ

587: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/22(金) 19:41:12.46 ID:hIOs3Ww0

素直に感心した上条は隣りの佐天に目を向ける。

上条「へぇー……、そりゃすごいな。………んで、君は?」

佐天「私は上条さんと同じ部外者ですけど、気持ちだけはいつでも風紀委員なつもりですよ♪」

初春「佐天さんは元々私の親友なんです」

佐天「今では御坂さんも白井さんも友達ですけどね。よく四人でツルんでます♪」

上条「そ、そうなんだ…」

黒子「お二方ともわたくし同様、お姉様の身を心から案じてますの。ですから上条さん、ここはどうかひとつ……」

上条「いや、どうかひとつも何も、協力してくれるんなら是非俺から頼みたいくらいさ。俺だって御坂が心配で学校
    サボったんだし、今さら後になんて引けねえしな。御坂の無事がハッキリするまでは絶対に諦めないつもりさ」

初春「わぁー……///」

佐天「き、キマってる……///」

初春「御坂さんが惚れるのも、何か納得かも……///」ボソッ

上条「ん? どうした?」

黒子「こんの殿方はぁぁ……」ピクピク

上条「……?」

己は気づかず他は認める天然フラグメイカーは今日もまた自覚なしの撃墜を繰り返していた。

588: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/22(金) 19:43:50.05 ID:hIOs3Ww0

上条「―――で、初春さん達は、何を調べてたんだ?」

初春「学園都市の人工衛生から何か手掛かりになる映像がないか探してたんです」

上条「衛星から!? ……そんなことできるのか?」

佐天「初春にとっちゃ朝メシ前ですよ♪」

打ち止め「うわー、お姉ちゃんすごーい! ってミサカはミサカは素直に感心してみる」

黒子「それで、手掛かりとなりそうな映像は何かありましたの?」

初春「それが……」

上条「どうしたんだ?」

初春「三日前の映像を探っている途中、衛星カメラに異変が起きていたことが判明したんです」

上条「ええっ!?」

打ち止め「どういうこと? ってミサカはミサカは首を傾げて尋ねたり」

初春「午後一時から五時までの間、衛生機能が全ストップしてたんですよ……」

黒子「そんな……!」

佐天「学区内の防犯用でアチコチに設置されてるカメラも、同じでした。GPSもダメですね……。反応無しです」

上条「マジかよ……。原因は?」

589: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/22(金) 19:46:34.30 ID:hIOs3Ww0

初春「不明です……。さっきまで色々調べてたんですけど、やっぱり何も掴めませんでした」

黒子「……ちょっと見せてもらえますか?」

初春「はい…」


手早くキーボードを操作し始める初春。やがて衛星から送られている学園都市内の映像が映し出された。

「ここが三日前の早朝です。飛ばします」

そう言って映像を早送りし、12:59の地点で再生した。

「……ここからです」

そして、時刻が13:00を迎えたと同時に映像が乱れ、次の瞬間にはザーッとノイズを流していた。

「この後は五時になるまで、ずっとこんな状態でした……。誰かが意図的に操作したか、偶然故障したか……」

「…………」

言葉を失くす一同。だが、黒子がこの沈黙を破る。

「……きな臭いですわね」

「――?」

この言動で全員の視線が黒子に集中する。

「衛星機能と佐天さんが仰った各区の防犯映像がいっせいに停止し、全く同じ時間に復旧するなど……有り得るんですの?」

腕を組んで疑問を口にする黒子。

590: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/22(金) 19:49:33.98 ID:hIOs3Ww0

「……普通なら考えられません。防犯映像が四時間も止まったままっていうのは……。それに、学園都市を映す映像全てが
 停止してしまうのも……」

初春が言いにくそうに答えた。

「確かにおかしいよな……。誰かが意図的に止めた線が強いんじゃないか?」

上条に同意するように佐天も頷く。


佐天「『空白の四時間』か……」

黒子「お姉様が最後に目撃された時間は三日前の午前十ニ時半。……匂いますわね」

初春「誰かが御坂さんを攫った。それを目撃されないために、映像を切った。……やっぱりそういう事なんでしょうか…?」

上条「……ってか、そうとしか考えられないな…」

黒子「えぇ。確証はありませんが、これが偶然だとは思えませんの」

佐天「でも、衛星までストップさせるなんて……」

初春「よっぽどの設備が施されてないと不可能ですよ……『樹形図の設計者《ツリーダイアグラム》』との通信ができる
    くらいの施設じゃないと……」

黒子「……そんな施設が一体どこに……。初春、何とかして調べられませんの?」

初春「さすがに機密レベルが高すぎて無理ですよぉ。それこそ全員逮捕じゃ済まないかも……。せめて確定ができてから
    なら私も腹を括れますけど……」

黒子「………そうですわね。お姉様の所在地が不明な段階でリスクを負うのも、得策ではありませんし……」

591: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/22(金) 19:52:00.90 ID:hIOs3Ww0

佐天「ってことは……、相手はやっぱり……」

上条「大規模な組織……」

黒子「それも統括理事直属の暗部組織かもしれませんわね……。だとしたら、上層部から圧力が掛かるのも頷けますわ」

上条「……圧力?」

黒子「忘れたんですの? 警備員も風紀委員も、お姉様失踪事件に正式な関与はできなくなったと言ったはずですが?」

上条「あぁ、そうだったな。それも真意は明かされてないんだろ?」

黒子「えぇ……、しょせん飼い犬は主人の下した命令には逆らえませんの……」

上条「ひでぇよな……。それじゃ納得できるハズねえよ………。ん? 打ち止め。さっきから何してんだ?」

打ち止め「……ハァー……。お姉さまの電波をキャッチしようと頑張ってみたんだけど、……やっぱりダメだった。って
      ミサカはミサカは徒労に終わって肩を落としてみる…」

黒子「小さいお姉様も発電能力者ですの?」

打ち止め「う、うん……」

上条「御坂の電波がないって……どういう事に繋がるんだ?」

打ち止め「携帯で言うなら圏外だから、ミサカじゃ探知できないほど遠くにいるか、何らかの妨害対策が張られているか、
      ……あとは……その…」

その先の言葉を口に出すのを躊躇う打ち止めの様子に上条が察した。

592: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/22(金) 19:53:28.71 ID:hIOs3Ww0

打ち止め「ううん、平気……。ミサカは落ち込んでないよ。ってミサカはミサカは笑ってみる」

黒子「まったく、貴方って人は……。もっと気を利かせなさいな」

上条「ごめん……。ちょっと無神経だった」

佐天「最後のは絶対ないから大丈夫だよ。なんたって御坂さんなんだから。もし捕まったとしてもきっと心配ないって!」

初春「そうですよ。上条さんもアホ毛ちゃんも気にしないでください」

上条「あぁ……。けど、どうする? この分じゃコンピューターからの手掛かりは得られそうにないけど…」

黒子「なら、足で直接捜すより他ありませんわね。人数も増えたことですし、これで捜索範囲も多少広げられますわ」

上条「機械が駄目なら目と足でってか。けど、やっぱそれっきゃねえよな」

佐天「よしっ! そうと決まったら早く行こう!」

初春「あ、でも一応帰って私服に着替えてからの方が良くないですか?」

上条「そうだな……。学校の人間に見つかったりしたら面倒だし、念のため簡単な変装ぐらいはしておいた方が良いかもな」

黒子「では、いったん解散して、後に○○駅前集合でいかがでしょう?」

佐天「オーケーです♪」

初春「そうしましょう」

上条「俺もそれで構わないぜ。打ち止めはどうする?」

打ち止め「とーぜん行くよー♪ ってミサカはミサカはまたも即答っ!」

593: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/22(金) 19:54:56.08 ID:hIOs3Ww0

黒子「では、小さいお姉様はわたくしと一緒に寮まで…」

打ち止め「あなたと一緒に行っていい? ってミサカはミサカはあなたの目を見てお願いしてみる」

上条「あぁ、いいぞー」

黒子「……………チッ」


こうして緊急結成された御坂美琴捜索隊は各々の準備のため一時その場で解散し、ニ時間後に駅前で再び集合して本格的な
捜索活動に乗り出す事となった。
まだ真相がハッキリした訳ではないのだが、もし学園都市に潜む巨大な闇が絡んでいたとしても、少年少女に諦める選択肢
などはない。理由は『友達のため』というシンプルなものだったが、それ以上の理由は要らなかった。
美琴が捕まっているのだとしたら、最悪戦ってでも取り戻す覚悟を決めた上条は、打ち止めを連れて一旦自宅へと戻る。

 

601: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/24(日) 20:01:46.76 ID:VSMfDIY0

―――


「オマエは………誰だ……」


一方通行の絞リ出すような声に木原は目の色を変えた。漆黒な瞳が背景と重なって不穏な空気を生み出す。

「“誰”ねぇ……。ククク……」

一度だけ低く嗤った木原は、か細くもハッキリと出された少年の質問に応え始める。

「いけねえな、……つい興奮してクチが滑っちまった。まぁ、とっくに気づいてても不思議じゃあねえから別に
 良いんだけどよ」

「…………?」

独白を漏らしながら上を向いた木原を、一方通行は黙って見上げていた。

「………そぉだな。まだ脳がまともに働いてる内にハッキリ教えといてやっか…」

「どォいう……意味だ?」

焦らされるのが嫌いな一方通行は若干のイラつきを込めて訊ねた。
そして顔をコチラに下げた木原の口から、ついに答えが返ってくる。

「確かに俺は木原数多だが、正確には“木原数多”じゃねぇ」

「は……?」

突然の意味不明な言動に、一方通行の顔が硬直する。
いきなり何言い出すんだ? と、言葉を返す前に、木原は衝撃の事実をあっさりと告げた。

602: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/24(日) 20:03:56.83 ID:VSMfDIY0

「テメェが知ってる木原数多はなぁ―――」


「―――今ほのめかした通り、もう死んでんだよ」


「………なン……だと…?」


告げられた方は意味が全く理解できていない様子だった。


一方通行「……オイオイ……、何だよそりゃあ………。じゃあ、今俺の目の前に立ってるオマエは、……誰なンだよ…?」

木原「俺かぁ? お前ならひと目で分かるだろぉが、“俺も”木原数多だ」

一方通行「オイ、待てよ。……さっぱり分からねェ……。オマエ、さっきから何言ってンだ?」

木原「ちなみに、『実は双子だった』っていうベタなオチじゃねえぞ」

一方通行「………」

木原「そぉだな、どっから話してやろうか……。まずよぉ、テメェは第三次製造計画がその後どうなったか知ってっか?」

一方通行「あァ? ……何でオマエが……っつか、何で今その話になるンだよ? ……っそォいやオマエ、『番外個体は
      無関係じゃねェ』みてェな事ほのめかしてやがったよな? まさか、それと関係があるってのか……?」

木原「いーから答えろって。除々にスッキリさせてやっからさぁ」

一方通行「……あの計画は、凍結したはずだ。俺が直接言ってやったンだよ。『見つけ次第叩き潰す』ってなァ」

603: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/24(日) 20:06:21.30 ID:VSMfDIY0

木原「……だろーな。事実、計画は頓挫してそのまま見送られるはずだった」

一方通行「“はずだった”だと……?」

木原「テメェが可愛い可愛い最終信号ちゃんを助けようとロシアで健気に奮闘していた時、俺はもう“生まれていた”」

一方通行「……?」

木原「“生まれ変わった”んじゃない。“生まれた”んだ。この違いが分かるかい? 一方通行ちゃん」

一方通行「……!! まさかオマエは……ッッ!!」




木原「そう、俺は肉塊となって回収された『木原数多』のDNAから生み出された軍用クローンさ」




一方通行「!!!!!」


木原「木原数多自体はあの日に死んだよ。テメェにやられて即死状態だった。……“身体”はな」

一方通行「な……」

木原「死んだ俺の身体からDNAマップを採り、超電磁砲の時と“ほぼ同じ”要領でのクローン化に成功。その『成功体』が、
    今テメェの目の前に存在する俺だよ。量産化しねえ代わりに欠陥化もしなかった、正当版(ストレートタイプ)って
    ヤツが初めて生み出された決定的瞬間と共に、俺は目を醒ましたのさ」

604: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/24(日) 20:07:33.13 ID:VSMfDIY0

一方通行「………!!」

木原「妹達とは根本的に違う存在(モノ)だと思っていい。まぁ、そん中でもいちばん決定的な違いを上げるとすりゃあ……
    俺は複製品でもあり、木原数多(オリジナル)でもある、って所か…。何たって木原数多の生前の性格、思考、そして
    記憶まで、全てがこの身体に受け継がれている……らしいぜ。つってもよ、主観的にはただ単純に『生き返った』って
    感覚なんだけどな。……っつか、本当にすげえと思わねえか? 学園都市の技術はいつの間にかもう『神』の域にまで
    達してたんだぜ!? ぎゃははははっ! 実際動いてみるまでは、自分がクローン技術によって生み出された自覚さえ
    持てなかったぐれぇだ!」

一方通行「………そンな、馬鹿なことが……」

木原「な? やっぱり信じ難いだろぉ? だがな、コイツは魔術(オカルト)でも夢でも幻でも何でもねぇ! 紛れもない、
    正真正銘立派な科学の力で、俺は再びこの世に舞い戻って来たんだよ! そう、テメェに復讐するためだけになぁぁ。
    ……ククッ」

一方通行「ッッ……!」 


木原「呼び名があるとすりゃあ『怨念個体《キハラゴースト》』ってかぁ。番外個体の二番煎じ臭ぇ辺りが気に入らねえが、
    名前になんざこの際こだわりはしねぇ。そういうワケで、改めてよろしくな。一方通行」ニヤァ


一方通行「怨念個体……。オマエが……クローン………だとォ……」グググ

木原「ぎゃはは! 無理して起きようとしなくて良いんだぜ? 意識保つのが精一杯なのは充分伝わってきてっからよぉ」

一方通行「………そォか。……なるほどなァ。オマエに感じた妙な違和感は、それかよ……」

木原「軍用レベルも妹達と比べモンにならねえのはテメェの身体がとっくに理解したはずだ。まぁ欠陥品とはそもそも性能が
    違うから当然っちゃあ当然なんだが」

一方通行「……………ッ」

605: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/24(日) 20:10:34.44 ID:VSMfDIY0

木原「じゃあここで問題。俺が作られた理由は一体何でしょう?」

一方通行「知るかよ……。知りたくもねェ…」

木原「チッ、張り合いねえな……。少しは考えてみろ。さっき第三次製造計画について触れただろぉが。それで何かちっとは
    結びつかねえか?」

一方通行「……! まさか、オマエも……」


木原「あぁそうさ。俺の存在もまた、第三次製造計画の一つなんだよ」


一方通行「!!?」


木原「正確には第三次製造計画の凍結に備えた、言わば『保険』だな。要するに軌道修正が狙いってことだ。上層部はテメェの
    行動なんて最初っからお見通しだったらしいぜ。テメェが計画発案部門の連中に牙を剥くってこともなぁ」

一方通行「ッッ……!」

木原「連中の予想結果は案の定さ。だから俺は製造された義理ってヤツと利害の一致で連中と手を結び、再び第三次製造計画を
    始動させたってワケだ。せっかくの警告も無駄に終わって残念だったねぇ。一方通行」

一方通行「………そォか」

木原「ん?」

一方通行「まだ、終わってねェのか。……いや、終わりかけていたのをオマエが……ッッ!」ギロッ


  ―――生み出された事で凍結にいたらなかった……!!

606: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/24(日) 20:11:46.20 ID:VSMfDIY0

木原「そう恨めしく見つめんなって。俺としちゃあ計画そのものは正直どぉでもいいんだ。俺はただテメェの全てを奪えりゃあ
    それでいい。連中の駒として製造されたことは否めねえが、木原数多の人格としては興味がねえからな。俺が回りくどい
    やり方を嫌ってたのは知ってるだろぉ? それもこれも全てこの時のためよ! テメェの芋虫以下にまで落ちた姿をこの
    目に永久保存させるためだけにだ! 番外個体とは言ってみりゃ同じ立場、同じ存在ってことになるのかもなぁ!!」

一方通行(コイツと番外個体が『一緒』……だとォォ!!?)

木原「ぎゃははははははははぁぁ!!! あーはっはははははははは!!!」

一方通行(くっ………だが、とりあえず今は置いとけ……。今はそンなの気にしてる場合じゃねェはずだろォ!!)ググッ

   「―――つまり……」

木原「ひひひひ!!………んん?」

一方通行「つまり、オマエさえ……オマエさえいなくなりゃあ、このイカレた計画も止められるンだな……。計画自体乗り気じゃ
      ねェオマエに上のクソ共連中が任せるほど、オマエの存在は重要視されているってことだよなァ? 違うか?」

木原「んー、実際そうなるねぇ。確かに、俺がいなくなりゃあ進行の軸が一気に薄くなっちまうワケだしなぁ。……で、だから何?
   俺を止めて計画も止めてみるってか? ぷぎゃはははは!! ぶわーか! テメェの立場わきまえてからモノ言えってんだよ!
   何なら今すぐ鏡持ってきて、その情けなく床と一体化する自身の姿でもよーく見せてあげましょうかぁぁ?」

一方通行「………ッッ!!」

木原「何でわざわざ親切に教えてあげたのかが全然分かってねえんだな。ハッキリ言ってやるが、テメェ如きがどう足掻こうとも
    計画は凍結しねぇ。テメェに今の俺を倒すのは不可能だからな。今のテメェのザマが何よりの証拠よ。それどころかテメェ
    自身が生きることも嫌になるのさえ、もう時間の問題かもしれねえぞ?」


一方通行「関係ねェ……」


木原「あん?」 

607: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/24(日) 20:12:58.63 ID:VSMfDIY0

一方通行「そンなのどォでも良いンだよ。俺が生きることに拘りを持とォが、オマエを止めるほどの力量があろォが無かろォが……」

木原「………」

一方通行「……“全部”関係ねェンだ。それであのガキや超電磁砲、番外個体を守ることに躊躇する意味が分からねェ……。どンな
      事情抱えよォが、どれだけ惨めに腐ろォが、…それでも俺は『あいつらの未来』を一生懸けてでも守るって決めてンだよ。
      分かったかこの三下が」

木原「ふぅーん、……そりゃ大いに結構なこったな。だがお生憎さま、『テメェの未来』だけはもう決まってんだよ。テメェがここに
    居る時点ですでに、な」

一方通行「……………」

木原「……クチも開けねえか? そりゃそうだわな。『死の宣告』を直に受けた人間としちゃあそれが正しい反応だわ。無口にもなって
    当然ってか? クククッ」

一方通行「……イイか? よく聞けよクソ野郎」

木原「あ?」

一方通行「俺をどォしよォと知ったこっちゃねェが、オマエだけは絶対に生かしておく訳にはいかねェ。だから潰す。どンなド汚ェ手を
      使ってでも、俺は全力でオマエを潰してみせるぜ」

木原「ほぉう……」

一方通行「覚えておけ。……オマエの余裕に満ちたそのツラァ、近い内に恐怖で引き攣らせてやる。必ずな……」ニヤッ 


へっ、と挑発するように笑って木原を見上げる。
木原のこめかみに亀裂が走るのも構わず、一方通行は更にこう述べた。

608: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/24(日) 20:13:59.01 ID:VSMfDIY0



「もォ一度言う。“オマエだけは絶対に俺が叩き潰す”。たとえ俺の命に代えてでもな。………分かったらせいぜい用心しとけやこのタコ野郎」



609: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/24(日) 20:15:18.65 ID:VSMfDIY0



「―――ッッッ!!!」


言い終わった直後に木原の蹴りが前ぶれもなく放たれ、一方通行はその場で呆気なく意識を奪い取られた。

「……ふん、くだらねぇ。シラケちまったわ。減らず口に免じて、今日はこの辺で勘弁しといてやるか。寛大に思いやがれ」

動かなくなった一方通行に背を向け、木原は牢に再度ロックを掛けて立ち去っていった。
一方通行の最後に放ったセリフと不気味な笑顔で木原の背筋が一瞬だけ凍ったのは誰にも内緒である。


―――


上条当麻、打ち止め、白井黒子、初春飾利、佐天涙子、そして禁書目録は予定通り駅前で合流を果たしていた。
いや、正確には予定と違う。それは禁書目録の加入だ。
理由? もちろんある。上条が言いくるめるのに失敗した。ただそれだけだ。

経緯はこうである。

上条宅に打ち止めと戻った時、禁書目録はすでにニュースで御坂美琴の失踪事件を既知していた。
そこで上条の行動に合点がいった。
後は上条の頭に歯で脅迫すれば全てが成立する。

上条はなるべく関わらせない内に解決したかったのだが、ああも公けに報道されては禁書目録が自力で事態を把握するのも遅かれ
早かれである。
むしろこうなった場合は連れて行かない方が逆にマズイ。
打ち止めとは早くも意気投合したのか仲睦まじい様子だが、あとの三人にはどう言い訳しようか、と、上条は駅に着くまで思慮に
明け暮れたが、思ったよりも楽に受け入れられたため徒労に終わった。

610: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/24(日) 20:16:30.74 ID:VSMfDIY0

「とうまったらひどいんだよ。いつも私だけのけ者にしようとして。私がカナミンの放送時間を間違えてなかったら絶対置いてく
 つもりだったんだよ!」

中学生の眼六つと少女四つの非難する視線が一人の男子高校生に突き刺さる。
痛い。心も身体も精神も、とにかくいたたまれない気持ちと後ろめたい気持ちが交錯していた。


黒子「まったく、人手が少しでも欲しい時に暇人を引き込まないなんてどういうつもりですの?」

禁書「言い回しが何となく気に入らないけど、この人の言う通りかも」

打ち止め「ミサカもジャッジメントさんに同意! ってミサカはミサカは仲間はずれにしようとしたあなたを非難してみる」

上条「いや、そうは言ってもさぁ……」

初春「まぁまぁ、喧嘩はやめましょうよ~」

佐天「そーですよ。今は少しでも頭数が増えた方がいいじゃないですか」

黒子「下校時間になれば仲間も増える手筈になってますが。それにしても、このシスターさんの存在を何故先ほどの段階で言わな
    かったんですの?」

上条(インデックスが迷子になって余計に捜し人が増える恐れがあるから、って言ったら噛まれるんだろぉな……)

黒子「っていうか、貴女は上条さんとはどういう関係ですの? そろそろハッキリさせてくださいまし」

禁書「うーん、……ハッキリっていうか、私はとうまのおウチでお世話になってるだけかも」

「―――!!??」

上条「あ……」

611: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/24(日) 20:18:25.03 ID:VSMfDIY0

初春「どどどど、同棲~!?」

佐天「え!? ちょっ……。み、御坂さんはどうなっちゃうんですか!?」

黒子「上条さん……、ちょっとツラを貸してもらえませんかしら? なぁに、時間は取らせませんの」ゴゴゴ

上条「え……ちょっと何これ? 上条さんは一体どこで地雷を踏んじゃったの!?」


上条の質問に答えるように黒子は金属矢をスカートの裾から取り出す。
その後、自身の事情を簡単に説明するのに貴重な時間を三十分も無駄にした。
何故みんなが過剰に反応したのかさっぱり分からないが、命の危機だけは察知できたから死にもの狂いで弁解した。
生き延びる代償が三十分なら安いものだと無理矢理納得して気を取り直す。

早くも前途多難が予想された。


―――


とある研究室。
ゴポゴポと音を立てながら機動する水槽のような大型の機械。これが俗に言われる『培養器』か。
口と鼻を覆う呼吸用マスク、そして手足に無数の管線を取り付けた状態で充満した液中に漬けられて漂う番外個体の
瞼が僅かに動く。

「………」

しかし、それだけで彼女の目が開くことはなかった。
その代わりに脳裏で木霊する『声』に、番外個体は失われている意識を預ける。

聴こえてくるのは一人の少年の声。

612: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/24(日) 20:20:20.73 ID:VSMfDIY0

姿は見えないが、浮かんでくる。
頭の中で自分を呼び続ける少年と離れることを拒んでいる。


―――あなたは、ミサカの敵。ミサカをたくさん殺した。
    みんなの悲痛な叫びが、ミサカに集まってくる。だから、全てのミサカを代表して―――


   殺 す の


―――やっほう、殺しに来たよ。
    何逃げてんの? ぶひゃひゃひゃ――― 


   これは、誰……?


―――待て待て待てって。何それ? ぶひゃっ♪ 何よその殺す気すら薄れちゃう間抜けな顔は。
    で、何よその手は? ミサカに協力しろだぁ? あっひゃっひゃっひゃっひゃ!! 何だその真顔―――


   これは………ミサカ?


分からない。想い出せない。けれど、確かに“経験”している。ミサカはこの場面に立ち会っている。
ミサカはこの後、どうなった?


『―――このガキを、頼む』

613: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/24(日) 20:22:00.51 ID:VSMfDIY0

そうだ、あの馬鹿は一番守りたかったモノ(最終信号)を託すほどミサカに気ぃ許したんだっけ。ホント、何であんな
のが『恨みの対象』になるんだか…。せめて息をする価値もないぐらいの極悪道を徹底的に貫けよ。そしたらいつでも
その鼓膜障りな心臓の音を停めてやんだからさぁぁ。

え…? 何これ? 何この感情? 想い出してる……の?


―――つまり、あなたはミサカの執事みたいなもの? ぶっ、似合ってねぇ~~! っつーか、何でミサカがあなたに
    世話されなきゃなんないワケよ―――
 

   なら、これは? 


―――うわ! つっまんねぇーーの! 何そのつまんない返し! あなたって人嫌い? なんでそんなムスッとしてんの?
    クール系目指してるとか―――


   これも……ミサカ……?


どういう事なんだろう。頭が混がらがってきた。どっちが本当なの?

『―――グダグダうるせェ。とにかく今日からしばらくオマエの面倒は俺が見る事になったンだよ。我慢しやがれ』

やっぱり、同じ人だ。
ミサカとこの人は、敵同士なの? 違うの?

わからない………。

わからない、わからない、わからないっっ!!

614: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/24(日) 20:23:02.15 ID:VSMfDIY0


    『―――そう悩むことはない』

615: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/24(日) 20:24:28.69 ID:VSMfDIY0

   えっ、……誰? 

『お前に正しい道を教えてやるよ』

   正しい道……? 

『お前の脳裏に浮かぶその男こそ、全ての元凶だ。そいつはこれからもお前を苦しめ続けるだろう』

   あの人が、ミサカを苦しめている……。

『そいつは敵だ。お前の敵だ。お前にはそいつを殺す権限がある』

   ミサカの敵。………でも、 

『迷う必要がどこにある? ヤツは悪だ。お前の仲間をたくさん殺してきた、大悪党だ。死んで当然の人間なんだよ』

   あの人は、悪……。


『そうだ、だから殺せ。お前の手でヤツを葬ってやれ。殺された妹達の仇をお前がとるんだ―――!!』  


「…………ッッ!!」


眉間にシワを寄せ、苦悶の表情を浮かべながら魘される番外個体。
ゴポポ、と泡をマスク越しから発生させて悪夢と葛藤に苦しむような彼女の様子を冷静に観察しながら、研究員は何やら
レポートをとっている。

「クックック……」

そしてその背後には、腕を組んだままほくそ笑む木原数多(怨念個体)の姿も見受けられた。

616: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/24(日) 20:26:31.33 ID:VSMfDIY0

―――


木原数多にリンチにより二度寝を強要させられた一方通行から隔離された獄室に御坂美琴は囚われていた。
一方通行が収容されているのは地下一階。美琴の監禁室は階段もしくはエレベーターでの移動に加え、複雑な通路を渡った
末に厳重なロックを解除する必要もある。同じ囚われの立場でも互いの身は完全に隔離されていた。

ここからも想像できるように、施設内は迷路の如く通路が入り組んでおり、到る所にロックが掛けられている。指紋や声紋
により対応するシステムではなく、暗証番号の入力やカードキーが主なタイプだ。
仕掛けられた防犯装置やカメラの数は数えきれないほどである。
研究施設の中でも大手クラスの設備が施されているこのアジト。その脅威度は超能力者二人を完全無効化して幽閉できる点
からも大いに窺えた。

「……………」

美琴は一方通行ほどの扱いは受けないまでも、やはり不自由な自分の立場に唇を噛みしめていた。
腕に巻かれた奇妙なデザインの腕輪を忌々しく見つめる。
どうやら、これは自身の電力を施設内に共有する装置も兼ねているようだ。
探索装置が稼動を終えたにも関わらず、『出力中』のランプが今もなお点灯していることからそう結びつく。

「……………」

だが、能力を使用している感覚はない。というか、一部を除いた施設内には常時キャパシティダウンが流れており、そもそも
能力使用の軸となる演算処理が行えないのだ。

勝手に『自分だけの世界』に干渉され、勝手に力が放出されていくのは妙な心境である。
そして彼女自身にもこれによる負担が殆どない事を考えると、いかに優れた性能なのかが分かる。こんな代物が存在していた
ことなど勿論知らなかった美琴だが、悪用されている以上は素直に称賛できない。

(ふーん、つまりこれはセンサー式のコンセントみたいな役割なのね……。まったく、上手く利用されたモンだわ)

617: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/24(日) 20:28:46.62 ID:VSMfDIY0

『自分はここの電気代節約に大幅な貢献をしている』。そう思うと非常に腹も立つが、結局どれだけ駆使しても腕輪は外せな
かった。
やはり木原の言うように、小さく見える鍵穴に鍵を差し込む以外になさそうだ。

(アイツから鍵を奪う…か……。ハァ、可能性低いわね…)

この期に及んで木原の恐さがまだ分からないような美琴ではないが、だからってこのまま一生木原の言いなりになって生きる
つもりもない。

(きっと、黒子たちが……みんなが私を捜してくれてる。……大丈夫、もう少しの辛抱よ)

外の状況など知るはずもなく、美琴は前向きな心中で自身に喝を入れた。

(あんなヤツに、屈してたまるかっての!)

気合と共に両拳を握る。
この状況で己をしっかりと保てる精神力の強さも、彼女が超能力者へと上り詰めた要因の一つだろう。

一階収容所で希望に目を光らせていると、ドアが開いて女の人が入って来た。しかし、美琴は特に驚きの素振りを見せない。
ここに来てからもう四日目、すっかり見慣れた使用人の女性だったからだ。

「オラ、メシだ。さっさと食いな。残したら許さねえわよ」 

入室の第一声がそれである。食事の乗ったトレーを床に置いた女性は慣れた手つきで美琴の拘束具を取り外す。やがて両手は
自由になった。
最初の日は外された途端に逃亡を試みたのだが、五秒で関節をキメられてから体術では敵わないことを学んだ。
華奢で清楚な見た目からは想像できないほど強い使用人に今では逆らえないでいた。
ついでに口も悪い。まるで二人の木原を見ているようだ。
黒く長い髪を垂らしている使用人の顔は少し見覚えがある気がしたが、ハッキリと思い出すには到らなかった。

618: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/24(日) 20:30:30.57 ID:VSMfDIY0

「食べればいいんでしょ……」

設置されてある卓袱台に美琴はトレーを乗せて箸を動かす。
最低限の生活は保障されているものの、依然不自由な環境に不満が消えるはずもない。ましてや美琴の年齢を考えるとあまり
にも過酷な話だ。
美琴はムスッとしながらも食事を終え、使用人に話し掛ける。

「ねぇ、これっていつもアンタが作ってるの?」

「んだよ。悪いか?」

基本的に暇なせいか人肌が恋しいせいか、使用人とはよく会話する。内容はくだらない事ばかりだが、それでも時間潰し程度
にはなっていた。


美琴「べ、別に悪いなんて言ってないじゃない。そんな睨まないでよ」

女使用人「ケッ……贅沢なんて言える身分じゃねえだろーが。食わせてもらってるだけでもありがたいと思え」

美琴(………やっぱりこの人の声、前に聞いた気が……)

女使用人「あぁ? 何だよ。今日はやけに静かじゃねえか」

美琴「うん……、ちょっとね」

女使用人「ふぅん」

美琴「アンタは、木原ってヤツの計画については知らない……のよね?」

女使用人「……興味もねえし、あったとしても知っていい立場じゃねえだろぉ」フン

619: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/24(日) 20:31:33.69 ID:VSMfDIY0

美琴「ねぇ、アンタって………やっぱり前にどっかで会わなかった?」

女使用人「……昨日も同じこと訊いたなぁ。知らねえっつっただろぉが」

美琴「でも……。……ねぇ、ちょっと眼鏡掛けてみてくんない?」

女使用人「っ!」ドキッ

美琴「………」

女使用人「ななな、何でんなモン掛けなきゃなんねえんだよ? 別に目ぇ悪くもねえぞ?」ドキドキ

美琴「そう言わずにちょっとだけ♪」

(明らかに動揺したわよね今……)

女使用人「お断りだボケ! く、食い終わったんなら食器持ってくからなぁ」

美琴「あ、ちょっ……もう行っちゃうの?」

女使用人「るっせぇな。コッチはテメェと違って暇じゃねえんだよ」

美琴「別に好きで暇してんじゃないのに………」

女使用人「ケッ……」

美琴「…………」

女使用人「……んな犬みてぇな目で見んじゃねえよ。風呂の時間になったらまた来てやらぁ」

620: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/24(日) 20:34:40.24 ID:VSMfDIY0

美琴「それまであと何時間あると思ってんのよ?」

女使用人「…………あぁー、……わーったよぉ! んじゃコレ(食器)置いたらな!」

美琴「♪」

女使用人「……何嬉しそうなツラしてんだぁ?」

美琴「だって、退屈で死にそうなんだもん……。今の私の境遇考えりゃ分かんでしょ? これでも青春真っ盛りの
    乙女なつもりなんですけどー?」

女使用人「まぁ、同情ぐれぇならしてやるよ。助ける気はこれっぽっちもねえがな」

美琴「えぇ分かってる。アンタにも立場ってのがあるもんね……」

女使用人「………とりあえずこれ置いてくっから待ってろ」

美琴「絶対来なさいよ?」

女使用人「チッ……」カツン カツン

(無様な超電磁砲の姿が見れると思ったから数多のボケに頼んでまで嗤いに来たってのに、何でいつの間にかガキの
 世話役になってんだ? 納得いかねぇぜクソ。ゲテモノ食わすつもりで作ったモンが『美味い』って言われたぐれえ
 で何良い気になってんだよ私はよぉ!?)ブツブツ

獄室を離れ、通路を歩きながら女使用人は愚痴り続けていた。

635: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/26(火) 19:26:56.24 ID:.EBaUuA0

―――


普段来ることのない学区内を、控えめな私服で格好で歩く数名の少年少女。全員帽子着用で、学校が厳しい上に謹慎
処分中の身である白井黒子に至ってはサングラスも装着している。
学校を休んで捜すのにも限界がある以上、今日一日の時間を有効にしたい気持ちは皆同じだった。
呑気にクレープを頬張るいつもの格好をした修道女以外は。

「とうまー。これもうひとつ食べたいな♪」

頭に三毛猫を乗せて甘えた瞳を向けてくる。上条はグラリと萌える前にワナワナと拳を握った。

「さてここで問題でーす。インデックス様は一体いくつクレープを食したでしょう?」

打ち止めが最初に挙手する。

「はーい! まずミサカが残した分! ってミサカはミサカはボリュームの多さに半分も食べられなかったんだけど、
 あっさり完食したシスターさんに唖然としてみる」

打ち止めの言葉に続くように佐天、初春、黒子の順番で手が挙げられる。

「シスターさんの胃袋って亜空間にでも繋がってるの?」

「見てるだけでお腹いっぱいになったのは生まれて初めてです」

「能力でも使ってるのかと思わず疑ってしまうくらいですわね」

たまたま寄ったクレープ屋のクレープはボリュームがいつものより多かった。上条ですら残してしまうほどに。
当然全員食べ残すのが摂理だったのだが、約一名例外がいた。自分の分は完食し、あまつさえ全員の食べ残しすら処理
してしまったフードファイターがここにいた。限度を知らないファイターは更に対戦相手を要求している。

636: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/26(火) 19:28:38.23 ID:.EBaUuA0

「味は良いけど量が足りないかも」

こんな事を平然と言ってくる。これが上条の堪忍袋の緒が切れるキッカケの言葉になった。

「ざっけんな!! むしろウリなのは量の方だろうが!! ……ってそんなこたぁどうでもいいか。あのなぁ、俺らは
 遊んでるワケじゃないんだぞインデックス。コッチはあまり目立たないように行動しなきゃならねえってのに、お前の
 大食いパフォーマンスで全てが台無しになりかけたじゃねえか! ……しかも、今日の夕食費用はこれで完全にアウト
 確定ですよ!! いやむしろそれに対する怒りの方がデカイ!!」

マシンガンの如く熱叫する上条だが、修道女もとい禁書目録は頬張っていたクレープを飲み込んで何やら祈り始めた。

「ああ神様。日本には『腹が減っては人捜しならぬ短髪捜しは叶わぬ』という諺が存在します。これを無視し、今も強行
 に及ばんとするこの憐れな少年にどうか最後のお慈悲を…」

「テメェの空腹を満たしてたら交通費が尽きて何も叶わなくなるんだよ! ってか何だその語呂が悪くて言葉にもなって
 ねえ諺は!? 諺と言う名の欲望ですかーッ!?」

祈りの途中でも上条は容赦なく口を挟んだ。


「いつまでも馬鹿やってないで早く開始しますわよ」

冷静で痛い言葉を投げつけた後、黒子が進行を仕切る。


黒子「まず、二手に分かれて聞き込みですの。わたくしと初春と佐天さん、上条さんとシスターさんと……くっ、小さい
    お姉様に分かれましょう。異論はございませんか?」

上条「異論はないが、何故に打ち止めを名残惜しそうに見る?」

637: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/26(火) 19:29:48.86 ID:.EBaUuA0

打ち止め「………ホッ。ってミサカはミサカは密かに安堵の息を吐いてみる」

佐天「白井さんの気持ちも分かりますよ。アホ毛ちゃんって御坂さんに似てるから……」

初春「そうですね。こうして見るとまるで御坂さんの生き写しみたいで、何だか涙が出そうです…」

黒子「縁起でも無いこと言わないでくださいな! お姉様は生きてますの!」

打ち止め「そうだよ! お姉さまの形見みたいな目でミサカを見ないでーっ! ってミサカはミサカは憤慨してみる!」

佐天「そ、そうだよね。ごめん」

初春「ホント、縁起でも無かったですね。すいません……」

上条「……んじゃ、気を取り直して行きますか! 早く御坂と再会して安心しようぜ」

初春「はい!」

佐天「そうですね!」

黒子「当然ですわ!」

打ち止め「よーし! ミサカも頑張る! ってミサカはミサカは気合を入れてみたり!」

禁書「途中でお腹空いても我慢するね! あとで短髪にいっぱいご馳走してもらうんだから!」

上条「………どうしてだろう。なーんかどうも今いちシリアスに欠けてるような気がする」

638: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/26(火) 19:30:55.25 ID:.EBaUuA0

不安は消えないが、上がった士気を下げるつもりもない。
一同は予定通り二手に分かれ、御坂美琴失踪事件に関わっていそうな人間もいなさそうな人間も問わず、片っ端から
情報提供を求めた。
それぞれ往来の比較的多い場所へと赴き、道行く人々をキャッチセールスの如く呼び止めるという地道で地味な方法
だが、派手な真似ができるような立場でもない。


上条「―――すみません。御坂美琴について何か知りませんか? 何でも良いんで、お願いします」

禁書「―――捜してるんだよ。見てないかなぁ。……え? ジャッジメント? ううん。そんな食べ物は知らないんだよ」

打ち止め「―――えーと、ミサカはミサカで、お姉さまは………うーん…。ってミサカはミサカは唐突な質問のお返しに
      些か戸惑ってみたり……。い、妹でいいのかなぁ……?」


黒子「―――えぇ、どんな些細な事でも結構ですの。何か思い当たる事がありましたら是非お願い致します!」

佐天「―――友達なんです。だから心配で……。何か知っていたら教えてください!」

初春「―――あの~、すみません。御坂美琴さんの失踪について情報を集めてるんですけど……」


そして、二時間後。上条達は一旦合流した。


黒子「そちらは何か分かりましたの?」

上条「いんや。収穫ゼロ」

639: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/26(火) 19:32:18.74 ID:.EBaUuA0

禁書「見たって人はいなかったね……」

打ち止め「ミサカに向けられる同情に近い視線がちょっと痛かったかな……。ってミサカはミサカは身内を捜す健気な境遇を
      体感して複雑な心境だったり」

上条「打ち止めは身内に見えるだろうしなぁ。……ソッチはどうだった?」

初春「……コッチもダメですね。御坂さんの行方を知ってる人どころか新たな目撃証言もありませんでした」

佐天「無視する人多くてちょっと腹立ったよ~」

初春「仕方ないですよ。急いでる方だっているんですから。止まって話を聞いてくれただけでも感謝するべきです」

黒子「ですが、手掛かり無しでは意味がありませんの。もう少し粘ってみましょう」

モシ ソコノアナタガタ

上条「場所を変えてみないか? 隣り駅まで行ってみるとか」

禁書「それ良いかも! 同じ所じゃ飽きちゃうもんね!」

チョット ソコノアナタガタ

黒子「シスターさん、ですから遊んでる訳ではございませんのよ?」

禁書「わかってるんだよ~」プクー

…オホン オホンッ!

打ち止め「もう学生さんたちが帰り始める時間だから早く行った方がいいんじゃない? ってミサカはミサカは勧めてみる」

640: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/26(火) 19:33:37.46 ID:.EBaUuA0

上条「そうだな。よし、それじゃ―――」




「―――オイコラァァ!! いい加減に気づけやぁぁぁあああ!!!」




上条「うわぁ!?」

打ち止め「わぁ!?」

禁書「ひゃっ!?」

初春「ひっ!?」

佐天「な、何っ!?」

黒子「あ……!」


婚后「さっきから呼んでますのに無視とは……、わたくしを常盤台の婚后光子と知っての狼藉ですの!?」

641: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/26(火) 19:34:43.35 ID:.EBaUuA0

上条「いや。知らないし、狼藉を働いた覚えも皆無なんですが……」

黒子「………上条さん。この方にはツッコムだけ無駄ですの」

初春「こ、婚后さんか……」

佐天「な、なーんだぁ。ビックリしましたよ~。でも何でここに……?」

黒子「わたくしが呼びましたの。……遅いですわよ」

婚后「貴女と違って堂々とサボれる身分ではございませんの。これでも急いで来たんですのよ」

上条「そっか。白井が言ってた『後から来る仲間』って君のことか」

婚后「いかにも! 常盤台の婚后光子とはわたくしのことですわ! 以後お見知りおきを」スッ

上条「あ、いや。コチラこそどうも……」ギュッ(←握手)

禁書「またかこの野郎」

打ち止め「お、落ち着いてー! ってミサカはミサカはシスターさんの凄い力に引っ張られそうになりながらも懸命に押さえてみたり」

禁書「がるるるる…」

上条「君も、御坂捜しに協力してくれるんだよな……?」

婚后「えぇもちろん。御坂さんはわたくしの大切な友人です。心配するなと仰る方が無理ですわ」

642: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/26(火) 19:36:07.03 ID:.EBaUuA0

上条「ありがとう。俺は上条当麻。御坂とは、まぁ腐れ縁みたいなモンかな」

婚后「え? 恋人では――ムグッ!?」

黒子「お、おほほほほ♪ 友達ですわよねー! いやですの婚后さんったら♪」

婚后「~~~~~!!」モガモガ

上条「???」


湾内「―――あ、婚后さんいましたわ!」タタタタ

泡浮「―――婚后さーん! あ、白井さんも!」タタタタ


上条「ん?」

黒子「お!……来ましたわね」

婚后「モガモガ~~!!」(訳:苦しいから早く手を退けろ~~!!)

初春「湾内さんに泡浮さん!」

佐天「うわ~! お久しぶりですね~♪」

泡浮「ふふ、ごきげんよう。お二人ともお元気そうで♪」

黒子「お待ちしておりましたわ」

643: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/26(火) 19:37:10.41 ID:.EBaUuA0

湾内「白井さん。遅くなってごめんなさい」

黒子「いいえそんな。わざわざ部活を休んでまで来ていただいて感謝していますわ」


泡浮(わっ! ととと、殿方がいる……///)

婚后(この小さい御坂さんは一体……?)

湾内(シスター? 外国の方でしょうか……?)


この後、常盤台からの更なる援軍や柵川中から駆けつけてくれた初春や佐天の級友などで、御坂美琴捜索隊の勢力は
除々に拡大していく。遂にはまるで署名運動まで始める団体もでき、御坂美琴の安否を気遣う声が街中に飛び交う事
となる。
美琴の人望の大きさを上条は深く実感した。


―――

644: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/26(火) 19:38:09.44 ID:.EBaUuA0

それから一週間後。


一方通行は研究施設(アジト)の牢獄で七度目の朝を迎えた。

「…………」

ボロボロになってやつれた自身を見ても、もう何も思わない。
この一週間で味わってきた地獄は、一方通行の肉体と精神を確実に追い詰めていた。
だが、一方通行は負けなかった。
木原による度重なる暴力という名の拷問も、バスタイムと興じた水責めも、頭に電極を通されて脳を弄くり回された
精神的苦痛にも、彼は弱音を一切吐かずに受けた。

目が醒めた直後、木原にサンドバック同然の暴行を浴び、ズタズタにされた身体を引き摺られて実験室に放り込まれ、
詳細など告げられる事もなく『自分だけの現実』に介入されて精神と脳を汚される。
おそらくデータを採っているのだろうが、それが何に使われるのかも説明はされない。正にモルモット同然の扱いだ。
実験室には一方通行の悲痛にもがく叫び声がここから終わりまでの長時間に渡って響く。

そして、脳に走り続ける激痛からやっと解放されたのも束の間、意気揚々とした木原によって浴室へと連行される。
いくら拘束具が外されているとは言え、能力が使えない上にダメージも蓄積した身体では抵抗も敵わなかった。

乱暴に衣服を剥ぎ取られて浴槽に押し込まれる。
泡の充満した湯船に頭を沈められて息ができなかったり目に泡が染みたりと、別の意味での地獄を味わされた。

水責めならぬ泡責めである。
身体の汚れ自体はそれで落ちていくが、心の汚れは黄ばみを増していく一方だった。

あげくにコーヒーを要求したら、砂糖にミルクたっぷりのミルクティーが差し出される始末。
容赦のない拷問から地味で素敵な嫌がらせまで、木原はとにかく徹底していた。

645: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/26(火) 19:40:20.80 ID:.EBaUuA0

実に不愉快で壮絶な一週間だったが、一方通行は最後まで木原に屈さなかった。
奴隷に等しい扱いを受けながらも、心を折らずに耐え続けた。

(今、何日目だ……。もォ日にちの感覚すらねェよ)

だが、流石にそろそろ限界が近づいているのもまた事実だった。

(クソガキは、元気でやってンのか……? こンな事になるンならあの時すぐに電話しておけば良かったな……)

(超電磁砲はまだ拘束されてンのか……。アイツは仮にも『表の人間』だろォがよ。さすがにもォ解放されてなきゃ
 世間的にやべェンじゃねェか? ………イヤ。木原ならそンなの眼中に入れねェかもな)


そして―――


(番外個体は……無事なのか? ツラが見てェなァ。せめてひと目だけでも確認してェよクソったれ……)

(きっと今の俺の姿見たら、悪そォでアホな目ェひン剥いて馬鹿笑いすンだろォな……。我ながら情けねェが、それも
 今なら悪くねェかも……)

(って馬鹿か?、何考えてンだっつの。………ハァ、かなりやられてンな。そりゃあンだけ頭弄くられてりゃイカレて
 ても別におかしくねェけどよォ……。さすがに今のはねェだろ)

(にしても妙だよなァ。木原の野郎……何でさっさと俺を殺さねェンだ? 計画ってのも結局曖昧っつか、何か明確的
 じゃねェしよォ……。まさかホントに俺を一生懸けてイタぶるつもりってか? ハッ、そこまで暇人かよアイツ……)

(……アレイスターの計画の『第一候補(メインプラン)』に俺が属してるからって事はまさかねェよな。木原の野郎も
 計画自体は“独断”っつってやがったし……。実質今木原がやってる事はヤツの計画から大きく逸脱しているハズ……)

646: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/26(火) 19:41:39.36 ID:.EBaUuA0

(つまり、このクソ計画に全面協力してンのは統括理事会のごく一部になるワケだ。アレイスター本人は省られてるって
 事になンのか……。知ってて泳がせてる可能性も有り得るが……あァー、分っかンねェなァ)

(ったく……にしても、いつまでこンな茶番続ける気なンだか………)


ぼんやりと思考に耽る最中、モーニングコールが通路の奥からタイミング良く聴こえてきた。


「―――おはよう、一方通行くぅん♪ ご機嫌いかがぁぁ? ぎゃはははははぁ!」


(………チッ、今日も来たか。相変わらず馬鹿みてェな寄声発しやがって。このマッドサイエンティストが)


間もなく姿を見せた声の主を、苦虫を噛み潰すような表情でキッと睨みつけた。


―――

647: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/26(火) 19:43:05.71 ID:.EBaUuA0

御坂美琴の監禁生活は十日目に突入していた。

「………もう、いや……帰りたい……」

枯れた声で嘆く美琴の顔は、まるで漂流生活でもしているかのようにやつれていた。
一方通行ほどひどい仕打ちは受けていないものの、日常を奪われた少女にとっては過酷以外の何物でもない。
解放の目処も立たずに時間だけが過ぎていく。

「……帰りたいよ……。誰かぁ…」

時間が経てば経つほど不安も増していく。『このまま一生を終えるのか』と思う気持ちが強くなる。

「……………」

木原数多は一方通行に専念しているのか殆ど自分に干渉してこない。それはありがたいが、ただ何もない日が延々と
続いていくというのもある意味地獄だった。

「お父さん………お母さん………黒子ぉ……初春さん……佐天さぁん……」

「…………当麻ぁぁ」


―――みんなに逢いたいよ……。


脳内で再生される自分の『日常』。あの場所に戻りたい。二日ほど前、美琴はついに発狂した。
気が狂った猛獣のように、ネジが外れたかのように、彼女はひたすら檻の中で叫びまくった。


『―――ここから出してよぉぉ!!! 帰して!! 帰してよぉ!!! こんなトコいたくないのぉ!! 帰りたい  
     のよおおっ!! もういやァァあああああああああ!!!!!』

648: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/26(火) 19:44:15.76 ID:.EBaUuA0

そこにいつもの彼女はいなかった。いたのは我を忘れて暴れ叫び、解放を訴え続ける幼い少女だけだった。
海で漂流した人なんかが味わう“絶望への恐怖”。それに近い精神状態にまで追い込まれた美琴の悲痛な叫びが施設
に響き渡る。聴いていて耳を塞ぎたくなるほどに。
しかし、訴えの矛先にとっては“駄々をこねるただの子供”。結局その程度の印象しか与えられなかった。
使用人はそんな美琴を微笑ましく見つめるだけで、泣き叫ぶ彼女を取り押さえようとはしなかった。
まるで、「これが見たかったんだ」とでも言っているかのような眼で、ただ傍観するだけだった。


「―――よぉう、どうだい調子は?」


そんな極限の状態も通り越してしまった美琴とって唯一の対話相手に位置づけられる使用人は、今日もいやらしい笑み
を浮かべながら彼女の目の前に現れた。
女性にも関わらずどこか木原数多を思わせる雰囲気が未だに若干苦手だが、話し相手を選べる身分ではない。
この粗暴な性格を合わせ持つ女とはやはりどこかで会っている気が当初からずっとしていたが、もうそんなことはどう
でも良くなっていた。

「……良さそうに見えんの?」

「見えねえよ。がははは♪」

「…………」

いつもどおりのニヤケ面な使用人に美琴を眉をピクつかせる。


美琴「もう、いい加減にしてよ……。何で私がこんな目に合わなきゃいけないの……? 私もあの子達も、何も悪いこと
    してないのに……」

女使用人「こりゃ相当参ってるみてぇだなぁ。ま、無理もねえか」

649: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/26(火) 19:46:42.24 ID:.EBaUuA0

美琴「これで平然としてられる方がむしろ異常よね……」

女使用人「……今日もメシ食わねえのか?」

美琴「いらない……食べたくない」

女使用人「あっそ、…まぁ好きにしな」

美琴「…………ねぇ」

女使用人「あん?」

美琴「お願いがあるんだけど……」

女使用人「ここからは出せねえぞ?」

美琴「ッ……どうして…?」

女使用人「おとといからずっと言ってんじゃねえか。またこのやりとりかよ……。とうとう頭でも沸いたか?」

美琴「沸きもするわよ……もう、頭が変になりそう」

女使用人(いいぞいいぞォォ。良い顔だ。最高の快感だぜぇ。ぎひひッ……あー、笑いてぇ。今すぐ腹抱えて爆笑してぇぇ。
      けどまだだ。まだその時じゃねぇ。ククク……堪えろ堪えろ)プルプル

美琴「どうしても、ダメ?」

女使用人「ダメに決まってんだろ。……今はな」

650: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/26(火) 19:48:29.09 ID:.EBaUuA0

美琴「……いつ?」

女使用人「その内もっかい木原サマに頼んでやるよ。もうしばらく我慢しな」

美琴「……ごめんね。アンタはなんだかんだで善くしてくれてるのに、無理ばっかり言って……」

女使用人「気にすんなよ。別に大したことじゃねぇし」

美琴「………ありがと」


女使用人(嘘だよ、ばぁぁぁぁぁか♪ 誰が逃がしてやるかっつの! すっかり私を信じきった目で見やがって。思惑通り
      すぎて気持ち良いんだよぉ! 見てろぉ。第一位の処刑が終わったら、今テメェの抱いてる“唯一の縋り場所”
      を跡形も無く打ち消してやるからなぁぁ。で、その後は殺してやる。絶望に瀕したままゴミクズのようにブチ殺し
      てやるぜェェ。ぐふふふふ♪)


仮面のウラに隠した邪悪な本性。
と、そこへ―――

「―――おう」

「!?」

美琴と使用人の前に第三者が姿を見せた。
肩ほどまで伸びた茶髪に白衣をはだけさせた若い男が檻の前にいる使用人の側まで歩み寄って来ている。

出雲傭兵。木原の部下であり、唯一全てのセキュリティパスを持つ人物である。

木原ほどではないが、その容姿は科学者から逸脱している。どちらかと言えばホストが似合いそうな印象を
美琴は初見で受けた。

651: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/26(火) 19:49:15.21 ID:.EBaUuA0

「あぁ? 何だよ、出雲じゃねえか。お前帰ってたのか?」

使用人は馴れ馴れしい態度ですぐ隣まで来た出雲に声を掛ける。

「ああ、ついさっきな。今日が『予定日』だからって木原さんに呼び出されたんだよ」

対等な友人と会話するような口調で出雲も応じる。

「……にしても、まさかお前がそれの世話をしてたとは知らなかったぜ」

出雲はソレという代名詞を美琴に使った。使用人は鼻で嗤って言葉を返す。

「仕方ねえだろ。ここには薄汚ぇ野郎しかいねえんだ。女の世話なら私が適任だろぉがよ」

「よく言うぜ。根っからの世話嫌いなクセによ。どーせ特権でも使ったんだろ?」

「おいおい、コイツの前であんまし余計なこと言うんじゃねえよ。私の密かな楽しみを奪う気かい?」

「あー悪かった。そうだったな。陰湿な貴女さまには毎度頭が上がりませんよ」


(何なのよこいつら……)

気分悪く二人を交互に見る。
それからしばらく出雲と使用人の会話は続いたが、美琴には殆ど内容が理解できなかった。
分かったのは、『今日、何かが行われる』ということだけである。


―――

666: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/28(木) 19:43:30.42 ID:NRU4.fY0


―――


本日は祝日で、学生達は休みを満喫している。
しかし上条当麻、白井黒子、初春飾利、佐天涙子などの御坂美琴捜索活動班は無論例外だ。
流石に学校を休み続ける訳にもいかず、初日と休日以外は放課後からの活動なのだが、今日は丸一日費やせる。
彼等は何とか美琴の足取りを掴もうと、草根を掻き分けるような捜索を勿論今日も試みるつもりである。
この一週間、何の手掛かりも得られていないにも関わらず。


(お姉様、わたくし達は諦めませんわよ! 絶対無事だと信じてますの!)

(御坂さん、早く帰ってきてください。また四人で遊びに行きましょう!)

(御坂さんは無能な私とも仲良くしてくれた。……私、絶対に見捨てたりしませんからね!)


(御坂……お前は今どこにいるんだ? 元気でいるのか? ……あんま俺や友達に心配かけてんじゃねえぞ!)


それぞれの想いを胸に秘めた捜索活動は、思っていた以上に難航していた。


連日協力してくれた打ち止めや禁書目録には体調を考慮して休んでもらい、上条達は支部へ集結していた。
固法美偉も、上条達の説得に負けて今では協力者の一員だ。元々彼女も美琴の身を案じていただけに、説得は困難
ではなかった。
他にも婚后光子、湾内絹保、泡浮万彬といった、美琴を慕い心配する者達もそれぞれの合間を縫って今も協力して
くれている。
人数も少しずつだが着実に増えている。
打ち止め(上位個体)指揮の下、学園都市在住の妹達も捜索活動に参加している。

667: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/28(木) 19:45:04.40 ID:NRU4.fY0

しかし、人口二百三十万人の広い学園都市内で少女一人を見つけるのはやはり苦難なのか、未だ有力な情報は手に
入るまでに至らない。

このあまりに無情な現実に一同の脳裏には否が応にも『最悪の結果』がよぎってしまう。それを否定したいがため
に、彼等は躍起になっていると言っても良い。

「………」

上条もその空気を感じ取っていた。気が急くのも分かるが、それで美琴の居場所が分かる訳でもない。
中学生の多い(それも全員女子)捜索隊の中で、上条は年上らしく冷静に努めざるを得なかった。

(みんな、だいぶピリピリしてきてるな……。白井は大丈夫か? 一週間前みたいに無理し始めなきゃ良いけど…)

デスクに座して情報処理を行っている黒子の背中を上条は眺めた。
背中からでも焦りのオーラが見てとれる。

これまで、思いつく限りの捜索手段は実行してきたつもりだ。

先日、藁にも縋りたい一心からか、禁書目録に「魔術の力で何とかならないか?」と訊ねてみた。が―――、


~~~


禁書『―――う~ん、あるにはあるんだけど……ちょっと厳しいかも』

上条『厳しいって…?』

禁書『まず、術式が大掛かりなのと、範囲が特定できないことかな。術式を張るにしても範囲設定は絶対必須だし、
    仮に街全域に設定するとしても、範囲が広いとやっぱりそれだけ高度な術式になってくるんだよ

668: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/28(木) 19:46:00.16 ID:NRU4.fY0

上条『ステイルとか、神裂とか、知り合いの魔術師でも無理ってことか…?』

禁書『魔術にも色々分野があるんだけど、二人は多分それに当てはまらないかも』

上条『そ、そうか……』

禁書『人捜しと言っても状況によって異なるんだよ。その中でも“人がいるかいないか”を確かめる魔術が比較的
    いちばん簡単かな。調査範囲の熱量、反射音の変化、呼吸による空気量の相違、魔力の流れとかを精査すれ
    ば人間の有無は案外割りとすぐにハッキリするよ。でも、個人の捜索となると……更に幾つかの条件が必要
    になってくるかも』

上条『条件って……たとえば?』

禁書『ひとつはその人が持つ“魔力”だね。魔力は人によって特徴があって、完全に一致する確率は万分の一くらい
    だから、それで個人を特定出来るんだよ。多くの魔術師が人捜しをするなら、この“魔力探知の術式”を作る
    のが一般的っていうか定番かも。……けど、“能力”が人間の魔力を露呈させにくくしている学園都市じゃ…』

上条『駄目ってことか……?』

禁書『うん……。普通の人でも微弱な魔力が備わってるはずだから、探知できるんだけど……“能力者”の場合は魔力
    が完全に埋もれてる状態だから、探知するのは余計に難しいんだよ。当麻の場合だとそれ以前に右手の力が妨害
    するから“対象”は無理かな』

上条『………っ』(←自身の右手をジーッと見つめる)

禁書『あと、……捜索対象のサンプルも必要になってくるんだよ』

上条『サンプル…?』

669: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/28(木) 19:47:10.11 ID:NRU4.fY0

禁書『たとえば一本の髪の毛とか爪の欠片とか。あとは魔力のサンプルとかでもあれば術式もずいぶん簡単になるけど
    ……“魔力”の条件がクリアできない時点でこの術式はもう不可能だね……。魔力に頼らないで捜すとなると、
    その人個人の正確なデータとせめてニ~三日以内の血痕が必要な上、術式もより高等になっちゃうし……』

上条『失踪した人間を探すために失踪した人間が必要って……それじゃ駄目じゃねーか!』

禁書『うーん……』

上条『他には、無いのか……? 他に魔力が無くても捜せる方法は何か無いのかよ!?』

禁書『……何のデータもなしに術式を組み上げて捜したい人を見つけてしまう魔術師もいなくはないと思うけど……
    少なくとも魔術師の中で高位に属するほどじゃないとまず無理かも……。けど……』

上条『っ!』

禁書『私には、魔力も無いし……そんな力なんて……』

上条『あ……いや、悪い。別にお前を責めてる訳じゃないんだ』

禁書『ううん……。……ごめんね、とうま』

上条『な!? なんでお前が謝るんだよ!? お前は何も悪いことしてねえじゃねえか!』

禁書『ううん……。十万三千冊分の知識があるくせに、短髪ひとり見つけてあげられない……。私、役立たずだね……』

上条『そんなことねえよ! 何言ってんだ!? “学園都市の能力開発”っていうイレギュラーのせいだろ! お前が
    責任感じる理由なんてどこにもないだろうが!』

禁書『とうま……』

上条『悪かったよ。……俺もつい焦っちまってさ。お前に当たるつもりじゃなかったんだ。ごめん、インデックス……』

670: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/28(木) 19:48:54.56 ID:NRU4.fY0

~~~   


(―――あれ以来インデックスのヤツ、御坂を捜すのにやたら積極的になっちまった。メシを食うのも忘れるくらい…
     あいつがそこまで無理しなきゃならない理由なんかないってのに……)

(俺のせいだ。俺が詰め寄る言い方なんかしたから……あいつに要らない責任感じさせちまった……)

(自分の無力さに苛立って、インデックスにまで当たるなんて……最低じゃねえか。何やってんだよ俺は?)

(これ以上インデックスに無理させる訳にはいかねぇ。……休ませたのは正解だな)

(………みんなも言葉には出さないけど、相当追い詰められてる)

(ダメだ……。これじゃダメだよな……)


(ここは、俺がしっかりしねえと―――!!)パァン


絶望感が漂い始めている空気を打ち破ろうと、両頬に気合の張り手を打った上条が口を開く。


上条「……なぁ、婚后さんのヘビってさぁ、毒あんのかな?」

黒子「はい?」

初春「え? さぁ……どうなんでしょうね? 可愛いとは思いますけど」

黒子「……どこが可愛いんですの?」

初春「えぇー? 可愛いじゃないですかぁ~♪」

671: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/28(木) 19:50:19.53 ID:NRU4.fY0

上条「そ、そうかぁ……? 上条さん危うく噛まれかけましたけど…」

黒子「それは貴方が不幸なだけですのよ」

上条「ぐぐ……爬虫類にまで上条さんの不幸属性は有効なのかよクソォ……」

佐天「っていうか、何で急にヘビの話題!?」

上条「いや、昨日連れて来てたじゃん? 首に巻きつけて平気なのかなーって、ちょっぴり思ってさ。ははは…」

黒子「ハァ……上条さん。気休めは感謝致しますが、もう少しマシな話題はございませんの? よりにもよって
    ヘビって…」

上条「ぐ……申し訳ないですね。どうせ上条さんには女の子を和ます術など持ち合わせていませんよ」

黒子「あら、自覚はあったんですのね」

上条「!」グサッ

佐天「あ……言葉が刺さった図だ……」

初春「ちょっ!? し、白井さん!」アワワ

上条「………」ズーン

初春「上条さんっ!? そ、そんなことないですから! 落ち込まないでください!」

佐天「そうそう! 上条さん充分面白いですよ!……多分」

672: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/28(木) 19:51:19.77 ID:NRU4.fY0

上条「うぅ……励まされると余計に心が痛い」

黒子「クスッ………ですがまぁ、確かにここまで収穫無しでは、滅入りもしますわよね。気分を変えようとしてくれたの
    は充分に伝わりましたから、あまりお気になさらないでくださいまし」

上条「はは……」

佐天「ポスター貼ったり色んな人に訊いたりしてるんですけどねー……」

初春「……ネットにも情報集まりませんしね……。ガセネタにもだいぶ踊らされちゃいましたし」

黒子「風紀委員として捜査に協力できないっていうのも厳しいですの。表上の活動が許されれば、他の支部との連携も
    取れて、捜査効率もグンと上がりますのに……」

上条「それ以前に警備員が一切関われないってのがなー……。アッチの本部とかなら、それなりの設備はあるんだろ?」

黒子「それはそうでしょうが……」

上条「こうなったら、警備員の人達を説得してみるか? どうしても無理なら、せめて捜索に使えそうなものだけでも
    借りるとか?」

佐天「あ! それ名案じゃないですか! 上条さんすごい♪」パチパチ

初春「うーん……」

上条「……どうだ?」

黒子「難しいでしょうね。警備員も上の決めた事には逆らえませんし、風紀委員のわたくし達がこうして隠密に活動して
    いる時点ですでに問題ですの」

673: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/28(木) 19:52:25.61 ID:NRU4.fY0

上条「……風紀委員の白井や初春さんは行けないか。……なら、俺が直接行ってみるよ。必死に頭下げれば、何とかなる
    かもしれないし」

佐天「わ、私も行きますっ!」

上条「佐天さん……」

黒子「いやいや! そっちの方が無理ですの! 上層部からの発令によって禁止されている以上、一般人の意見が通る訳
    ありませんし、施設の備品を提供してくれるとも思えませんわ!」

上条「そんなの言ってみなきゃ分かんねえだろ? 可能性がゼロじゃないなら、賭けてみるべきだ。っつか、もう方法が
    どうとか言ってる場合じゃねえよ。それに、もしかしたら話の分かる警備員だっているかもしれ――――ッッ!!」

佐天「上条さん……?」

初春「どうしたんですか?」

黒子「……?」

上条「……そうだ……そうだよ。何で今まで気づかなかったんだ……。ひとり……いるじゃねえか。警備員で話が分かって
    くれそうな人が……」

黒子佐天初春「???」

上条「初春さん!」

初春「はっ、はい!?」


上条「○○高校で体育教師をしている黄泉川愛穂先生のデータベースを上げてくれ!」

674: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/28(木) 19:53:34.73 ID:NRU4.fY0


初春「黄泉川……先生って…」

黒子「っ!! そ、その手がありましたわ!!」

上条「あぁ、黄泉川先生ならきっと分かってくれる! 初春さん、頼む!」

初春「わ、わかりました!」カタカタカタ…

佐天「黄泉川先生って……まさか」

上条「警備員で、隣りのクラスの担任なんだ。先生だったら、正直に事情を話せば力になってくれるはずさ」

黒子「わたくしも同意ですの。警備員の協力者なら、きっと心強い味方になりますわね!」


初春「―――データが出ましたよ!」

上条「よし! 電話番号も載ってるな。……白井、俺に任せてくれるか?」

黒子「もちろんですの!」

佐天「お願いします!」

上条「よし、掛けるぞ……」ピッ

黒子佐天初春「………」ドキ ドキ

(pururururu pururururu―――)

675: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/28(木) 19:54:45.93 ID:NRU4.fY0

上条「頼む……出てくれよ先生……」

(―――プツッ)

上条「っ! あ、あの……」


『―――もしもし! ミサカ……じゃなくてヨミカワですけど! ってミサカ……ごほんっ! ど、どちらさま
     でしょうか?』


上条「」


『えーっと、もしもーし? ってミサ……げふん!』

上条「…………その声、ひょっとして打ち止め……?」

『え? ……あ! そういうあなたはひょっとして正義のヒーローさん!? ってミサカはミサカは声から推察
 してみる!』

上条「やっぱり打ち止めか!?」

初春「ぶっ!?」

佐天「えぇっ!?」

黒子「なんですとーー!?」

上条「なんで打ち止めが……? っていうか、そこってまさか…」

676: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/28(木) 19:55:54.25 ID:NRU4.fY0

打ち止め『そこってここ? ミサカは今ヨミカワって人のおウチにいるよ。ってミサカはミサカは何であなたが
      ウチに電話してきたのか気になる衝動を抑えつつも丁寧に答えてみる』

上条(打ち止めの保護者って、黄泉川先生だったのか……)

黒子「何たる偶然……ですの」

上条「…………」

打ち止め『もしもーし? あれ? 返事がないなぁ。ってミサカはミサカは切れたかな? と疑いつつ受話器
      を覗き込むという意味不明な行動をとってみたり』

上条「……あー、……大丈夫だ。切れてないから』

打ち止め『ホッ。……ところでどうしたの? ってミサカはミサカは本題に入ってみる。お姉さまは見つかった?』

上条「……いや、まだだ。けど少し希望が出てきたんだよ」

打ち止め『ホントー!? ってミサカはミサカは今すぐソッチへ行きたい衝動に駆られてみたり! 今日は休め
      って言われたけど、ミサカは平気だよ! ってミサカはミサカはタフネスぶりをアピールしてみる』

上条「駄目だ。そこにいてくれ。っつかさ、お願いがあるんだけど……」

打ち止め『えー!? ってミサカはミサカはぶーたれてみるんだけど、お願いってなぁに?』

上条「黄泉川先生は今いるか? いたら代わって欲しいんだ」

打ち止め『なんだよー! ヨミカワに用かよー! ミサカじゃねーのかよー! ってミサカはミサカはぶーぶー』

上条「頼むよ。今は黄泉川先生だけが頼りなんだ。……あとでまたクレープ買ってやるから」

677: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/28(木) 19:57:05.81 ID:NRU4.fY0

打ち止め『も、もので釣るとは姑息な! ……けどまぁ仕方ない、そこまで言うなら乗ってやろう。ってミサカは
      ミサカはクレープが食べたいという本音を隠しつつも決して釣られた訳ではないんだから! ってツン
      デレ風に装ってみたり。うわーい! クレープクレープー♪』

上条「あぁもうめんどくせぇ! とにかく先生に代わってくれよ!」イライラ

打ち止め『今いないよ』

上条「」ピキッ

黒子「か、上条さん……落ち着いてくださいまし。相手はお子様ですのよ?」アワワワ

上条(あぁ、そうだな。相手が子供じゃなきゃ殴ってるな……。少なくとも土御門とかだったら間違いなく殺してる
    とこだろうな……)ピクピク

初春「ひぃぃ……」ガクブル

佐天「か…上条さん。受話器、受話器握り潰さないで……」オロオロ

上条(……ふぅ。よーしよし、深呼吸、深呼吸っと……。ここでキレるほど上条さんは大人気なくないですよー)スーハー

打ち止め『あれ? もしもーし? ってミサカはミサカはまた切れたかな? って受話器を叩いてみる』コンコン

佐天(『叩いてみる』ってテレビじゃないんだから…)

上条「………あー、もしもし打ち止め? 切れてないから大丈夫だぞー」

初春(違う意味でキレてましたけど……)

上条「えーと……黄泉川先生って何時くらいに帰ってくるか分かるか?」

678: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/28(木) 19:58:40.96 ID:NRU4.fY0

打ち止め『うーん、今日はお昼過ぎに帰るって言ってたよ。ってミサカはミサカは思い出してみる』

上条「昼か……分かった。黄泉川先生が帰って来たら風紀委員第一七七支部へ連絡するように伝えてくれないか?」

打ち止め『いいよー。ヨミカワにソッチへ電話させれば良いんだね? ってミサカはミサカは確認を取ってみる』

上条「ああ、頼んだぜ」

打ち止め『オッケーイ♪ 任せて! ってミサカはミサカは平らな胸をドンと叩いてみ……ごほっごほっ!』

上条「………ありがとう。それじゃ、ゆっくり休んでくれ」ピッ(←通話を切った)


黒子「小さいお姉様の保護観に当たっているのが黄泉川先生でいらっしゃったとは……」

上条「あぁ、俺もビックリしたよ……。けど、これでちょっとは希望が出てきたな」

初春「では、それまで私は情報収集を続けてみます」カタカタ

黒子「なら、わたくし達はビラ配りに参りましょうか」

上条「そうだな。今、婚后さん達が『学舎の園』で頑張ってくれてるから、俺達は人通りの多い公園にでも行くか」

佐天「望みが出るとモチベーション上がりますよね♪ 私今日はメガホン使って思いっきり叫んじゃおっかな」

黒子「どこの政治家ですの……?」

上条「……なぁ。ずっと気になってたんだけど、佐天さんって剣道部?」

679: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/28(木) 20:00:03.62 ID:NRU4.fY0

佐天「…? いいえ。帰宅部ですけど」

上条「え? じゃあその細長い袋の中身って……」

佐天「あぁ、これですか。バットですよ♪」

上条「………何でそんなのずっと持ち歩いてんの? 護身用とか?」

佐天「あ~、ほら、私って無能力者だから……せめていざって時に何か壊せる獲物くらい持っとこっかな~って」

上条「………そ、そう…」

佐天「ちなみに、実績ありです♪ だから今回も役に立つかな~って思って常に持参してます」

上条「ま、まぁ……あまり無茶はしないで良いからね」

黒子「貴方が言える事ですの?」ジー

上条「う…」

佐天「……?」

黒子「……さて、お話はこれくらいにしてそろそろ出ますわよ? 関連している人の一人ぐらいは必ずどこかに
    いるはずですの」

上条「お…おう、そうだよな。んじゃ、行くとしますか」


しかし、それぞれが動き出そうとした正にその直前―――、

680: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/28(木) 20:01:10.00 ID:NRU4.fY0

piriririririr―――♪


「――!」


上条のポケットに入っていた携帯電話が着信音と共に振動した。


「誰からだ……?」

表示は非通知。
支部へ来た電話なら有力な証言を得る可能性もあるため迷わず出るのだが、自分の携帯電話に非通知で掛かってくる
のは少し躊躇してしまう。だいたい彼の場合ロクな事に繋がった試しがないのだ。

「上条さん。出たらどうですの?」

戸惑いの表情で鳴り続ける携帯電話と睨めっこをしている所に黒子が横から口出しした。

「……わたくし達は先に出てますわね」

「あ、あぁ…」

「公園で待ってますから、早く追いついてくださいよ♪」

そう言い残し、黒子と佐天はひと足先に支部を出た。

(……まさか、インデックス? とりあえず、出てみるか……)

意を決した上条は通話ボタンを押して耳に携帯電話を近づけた。

681: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/28(木) 20:02:51.47 ID:NRU4.fY0

「はい、もしもし―――」


『―――カミやんか!? 俺だ!』


「ッ!!!」

通話口から聴こえた声に、上条の目が見開かれる。この声は―――


「つ、土御門……土御門か!!?」


ここのところ久しく姿を見ていない親友の声だった。

689: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/30(土) 20:32:27.74 ID:/vp1pcI0



土御門『ふー……カミやんは無事だったか。とりあえずはホッとしたぜい』

上条「土御門お前っ!! 今どこにいるんだよ!? 学校どころか家にもずっと居ないし、心配したんだぞ!」

土御門『そう怒鳴るなよカミやん。コッチも命懸けだったんだぜい』

上条「命懸けって……どういう事だ!?」

土御門『あー、その前にカミやん。近くに誰かいるか? できれば誰もいない所で話したいんだが……』

上条「え……?」チラッ

初春「………」ジーッ

上条「わ、わかった……」サササッ


上条「―――で、一体どうしたってんだ? っつか、『俺が無事』って何だよ?」

土御門『上層部がカミやんに手出しした可能性もゼロとは言えなかったんでな……。まぁ無事なら良い。ホントはもっと
     早く連絡したかったんだが、そんな余裕もなかったぜよ』

上条「………すまん、全然話が見えてこないんだが。……それよりお前、今どこにいるんだ?」

土御門『正確な場所は言えんが、学園都市の外だとだけ言っておくにゃー』

上条「! ……まさか、魔術絡みか!?」

690: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/30(土) 20:33:35.69 ID:/vp1pcI0

土御門『いいや、それとは“別”だにゃー。俺にも色々あるんだぜい』

上条「……そうか、とにかく元気でいるならそれで良いけど……。あ! あと、お前に訊きたいことがあるんだ!」

土御門『何だ?』

上条「御坂っていう……ほら、夏休みの最後の日に俺にタックルしてきた子がいただろ? あの子が行方不明なんだ……。
    もう十日も帰ってないんだよ。お前は何か知らないか?」

土御門『常盤台のエース、第三位の超能力者、御坂美琴か……』

上条「ッ! 知ってたのか!?」

土御門『当たり前だにゃー♪ こちとら伊達にスパイやってないぜよ』

上条「………ま、まぁいっか。で、俺とその御坂の仲間連中とで行方を追ってるんだけど、手掛かりが全く掴めないんだ…。
    それで、お前にも手を貸してもらえないかと思ってたんだけど……」

土御門『ふむ……なるほどにゃー……そういうことか』

上条「ッッ!!? 何か知ってるのか!? 土御門っ!!」

土御門『落ち着けカミやん。友達が心配なのは分かるが、焦ってる内は何をやっても成功につながらないぜ』

上条「……わ、悪い…」

土御門『吉報から言うぞ? 俺の“スパイメモ”が筋書き通りなら、彼女はおそらく、まだ無事でいるハズだ』

上条「ほ、本当かっ!?」

691: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/30(土) 20:35:10.19 ID:/vp1pcI0

土御門『あぁ、だが……いつ用済みとなって消されるかもしれない』

上条「な……ッ!」

土御門『カミやん。今から言うことは、“学園都市の裏世界”に関わる話だ』

上条「………!!」

土御門『しかも、今までカミやんが関わった裏世界の中で最大級の“闇”が相手だ』

上条「…………」

土御門『それでもカミやんは、彼女を助けたいか? 彼女を救うために、自分の住む街に潜む強大な未知の世界に、
     その足で飛び込んで行けるか?』




上条「―――当たり前だろ!!!」




土御門『……!』


上条「相手が誰とか、強大な裏世界とか、そんなの知ったこっちゃねぇ!! 救い出すことを躊躇う理由になってねえよ!
    全然なっちゃいねぇ!! どんな事情があんのか、どんな闇が潜んでんのかは知らねえが、何の罪もないはずの御坂
    を傷つけたりするようなヤツを黙って見過ごすなんて、俺には絶対にできない!!」

692: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/30(土) 20:36:36.59 ID:/vp1pcI0

土御門『……ふふっ』

上条「土御門……?」

土御門『カミやんなら、そう言うと思ったぜよ』

上条「……試したような言い方するなよ」

土御門『悪かったにゃー。ただ、やっぱりそれ相応の覚悟がないと、太刀打ちするにはキツイ連中なんですたい』

上条「で……」

土御門『……』




上条「教えてくれるんだろ? 御坂がどこにいるか見当のつく場所を」ニヤリ




土御門『……あぁ。っつか、そのつもりで最初から電話したんだにゃー』

上条「そうこなくっちゃな。ところで、お前はコッチに帰れないのか? 直接会えるんならその方が良いんだけど……」

土御門『ああ、それなんだが……』

上条「何だ?」

693: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/30(土) 20:39:05.01 ID:/vp1pcI0

土御門『生憎、今コッチは逃亡中の身だ。まだソッチへ帰るのはちっと厳しいにゃー』

上条「逃亡って……おい大丈夫なのかよ!? ってか、何に追われてんだ!?」

土御門『カミやんがこれから挑むヤツらと関連しているんだが、ちょっとドジったっつーか、深く介入し過ぎちまってな。
     おかげでここんトコ、生傷の絶えない日が続いてるぜい』

上条「……マジかよ……!」ゴクリ

土御門『そんな訳だから、ほとぼりが冷めるまでは帰れそうにない。とりあえず黒幕の詳細とアジトの場所を今からソッチ
     へ送りたいんだが、近くにFAXはあるか? ってか、カミやん今家か?』

上条「あ、あぁ。今、風紀委員の支部にいるんだ。多分FAXもあると思うから、ちょっと待っててくれ」

土御門『オーケー♪』


タタタタ

初春「……上条さん? どうしたんですか?」キョトン

上条「えーと……初春さん。悪いけど、ここのFAX番号教えてくれないか?」

初春「え……?」

上条「頼むよ。急ぎなんだ」

初春「は、はい……」

694: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/30(土) 20:40:28.99 ID:/vp1pcI0

上条「―――もしもし? 土御門。いいか? 番号言うぞ。『×××――――」


土御門『―――オッケイ♪ んじゃ、すぐにソッチへ送る。無茶はするな……って言ってもどうせ無駄だろうから、頑張れ
        とだけ言っておくぜよ』

上条「サンキュー土御門。恩に着るよ。じゃ――」

土御門『おっと、もうひとつ言い忘れたことがあったぜい』

上条「えっ?」


―――


上条「………」ガチャ

初春「あ、上条さん。電話…誰からだったんですか?」

上条「……え? あぁ……実は…さ」

初春「…?」



上条「………御坂の居場所が、分かったんだ」



初春「………へ……えええええっっ!!!??」

695: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/30(土) 20:41:38.63 ID:/vp1pcI0

上条「電話はずっと連絡の取れなかった友達からだった。……ソイツが調べてくれたんだよ」

初春「ほほほほ、本当ですかぁぁ!!?」

上条「ああ、信用は……まぁ一応できる。……安心してくれ。御坂はまだ無事らしい」

初春「!?……まだって……?」

上条「やっぱり、誰かが御坂を監禁してるみたいなんだ。今のところはまだ大丈夫だそうだけど、用が済んだら消される
    とも言ってた。……つまり、あんましのんびりはしてられないって事だな」

初春「……そんな……ッ」

上条「もうすぐ、詳細の資料がFAXで送られてくるハズだ。それさえあれば、御坂を助けに行ける」

初春「わ、私、白井さん達を呼び戻しm」


上条「―――ダメだ」


初春「え……か、上条さん……?」

上条「ごめん……。けど、相手は俺たちが予想していた通り、かなりヤバイ連中らしいんだ。白井たちを危険に曝す訳には
    いかない………」

初春「な……何言って……!」

上条「初春さん。………ここは、俺を信じてくれねえか?」

696: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/30(土) 20:43:24.53 ID:/vp1pcI0


初春「は……?」

上条「御坂は……俺が連れて帰るよ」

初春「ま、まさか……一人で行くつもりですかっ!?」

上条「あぁ」コクリ

初春「そんなの無茶ですっ!! 死んじゃいますよ!!」

上条「大丈夫だ。こう見えても、危ないヤツらを相手にすんのには結構慣れてるからな。……任せてくれ」

初春「けど……いくらなんでも一人じゃ……ッッ!?」

ピー ピピーー


上条「きたか……」パッ


FAXで転送されてきた資料をふんだくるように入手した上条。
初春はそんな上条を何とかして止めようと、必死に言葉を模索する。


初春「待って! は、早まらないでください! 白井さんたちが戻って来てから作戦を立てて……」

上条「言っただろ。グズグズしている暇はないんだ。いつ御坂が消されるとも限らない。それに、お前らまで危険に飛び込む
    必要はねえよ。……そういう役回りは俺だけで充分だ」

697: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/30(土) 20:44:55.84 ID:/vp1pcI0

初春「で、でも!」

上条「初春さん。白井たちには……すまないけど、とりあえず君から謝っといてくれないか? もちろん、全部終わった後で
    俺も謝るからさ」

初春「………うぅぅ…」



上条「御坂は、必ず俺が連れ戻してみせる。……約束するよ」



初春「………!!」


上条「だから、安心して待っててくれ」ニコッ


これから戦いに赴くとは思えない笑顔を初春に向け、上条は背を向けて歩き出した。
握った右拳に力を込めて。

(待ってろよ、御坂。今……助けに行くからな―――!!)

初春は、出口へ足を進める上条に声を掛けることもできなかった。
上条の雰囲気がそれまでの穏やかなものから急変し、今は背中からもその気迫が充分に伝わってくる。
こうなった上条は、もはや美琴でも止められない。

「っ……っっ………!!」

(……待って………待ってくださいっ!!)

698: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/30(土) 20:45:58.97 ID:/vp1pcI0

離れて行く上条の背中を、ただ見つめることしかできない。
止めなければならないのに、声が上手く出せない。身体を張って止めようにも、魔法でもかけられたかのように動けない。

そうしている内に、上条は初春の視界から姿が見えなくなりそうな位置まで移動してしまった。
あとはドアを開け、部屋を出てから閉めるだけ。上条を引き止めるならもう今しかないが、それは敵いそうにない。
椅子から立ち上がれずに心中で叫び止める初春を振り返ることなく、上条はドアを開錠した。

しかし、遂に上条が支部からその足を踏み出そうとした正にその時。


「―――ハイストーップ♪ どこへ行こうってんですか~? 上条さぁぁん」

「………あまりにも遅いから様子を見に戻って参りましたが、どうやら正解だったようですわねぇぇ……」


「んなぁっ!?」


ドアの向こうで待ち構えるように立っていた少女達を直視した途端、これまでの鬼気迫る場面が全てぶち壊しになるほどの
間抜け顔を上条は披露した。


―――


~とある隠れ家(学園都市外)~

上条との通話を終え、追われるキッカケとなった資料をFAXで転送している土御門の背中を一つの影が覆った。

「お友達のヒーローさんは動き出したの?」

699: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/30(土) 20:48:20.46 ID:/vp1pcI0

「ん……?」

掛けられた声に振り向く土御門。明かりは薄く、午前の陽射しが射しこむ倉庫型の室内で、少女は床に座り込む
金髪の後ろに立っていた。

結標淡希。

ツインテールにピンクのサラシ、そして着崩した学生服姿。
土御門の失敗により、共に学園都市からの脱走を余儀なくされた憐れな仲間の一人である。


土御門「あぁ、当然。……っつか、聴いてたのか?」

結標「聞こえたのよ。ずいぶん隙が多くなったわね……。ここ数日は追手もないからって、少し平和ボケでもした?」

土御門「かもな。やっぱ一週間前の“あれ”がピークか……。とりあえず、やっと落ち着いてきたぜよ」

結標「にしても、死を覚悟したのは久しぶりね。いくら撒いてもしつこいのなんのって……。本気でどうなるかと思ったわ」

土御門「ははっ、俺もだ。あの時はマジで殺されるかと思ったぜい」

結標「ええ、誰かさんがヘマをやらかしたおかげさまでねっ!」

土御門「う……まだ蒸し返しますかい? だからそれについては……まぁ、連帯責任ってヤツだにゃー♪」

結標「ざけんじゃないわよ! コッチはただの巻き添えじゃないの! 大体、貴方が私たちに何の一言もなく『禁止区間』
    にまで勝手にアクセスしたりしなきゃこんな事にはならなかったのよっ!!」

土御門「悪い悪い♪ 反省してるって。俺だってミスのひとつぐらいは犯すぜよ」

700: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/30(土) 20:49:44.94 ID:/vp1pcI0

結標「あー…もう、ホントに勘弁して欲しいわ……。で、一体いつになったら私達は学園都市に帰れるのよ?」

土御門「ん、そうだな。“アイツ”もすぐ行動に移るだろうし、ここらが潮時か……」

結標「は? ちょっと貴方、何言ってんの?」

土御門「そんじゃ、帰るか。結標のホームシックが限界に近づいてるみたいだしな」サラッ

結標「…………っ!?」

土御門「ん? どうした?」

結標「……え……帰れるの?」

土御門「あぁ、そうだが…?」

結標「………」

土御門「おいおい大丈夫か? 顔色悪いぜよ」

結標「ハァ……眩暈がするんだけど……。とりあえず、どういう事なのか説明してくんないかしら?」

土御門「説明も何も、ここ数日間何も音沙汰が無いし、そろそろ帰っても大丈夫かにゃーと」

結標「貴方が曖昧なまま行動しないって事ぐらい知ってんのよ!! 隠してないで正直に言いなさい!!」

土御門「……。はは、いやー、悪い。実は…総括理事会の中に木原数多へ根回ししていた組織がついさっき割れてな」

結標「えっ……?」

701: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/30(土) 20:51:22.58 ID:/vp1pcI0

土御門「つまり、俺たちに追手を回していた組織の頭も割れたワケで……」

結標「……ってことは、アレイスターの耳にも…」

土御門「当然入った。ってか、俺が入れた♪」

結標「いつの間に……」

土御門「俺が状況も把握できないままただ逃げるだけの男じゃないってことは知らなかったか?」ニヤリ

結標「知ってるけど! な・ん・で・私らには何も言ってくれないのかしらぁぁ!?」

土御門「いや、今言っ―――」

結標「貴方もモグラさんとお友達になりたいの? そう、それは知らなかったわ。それなら是非今すぐ叶えてさしあげるわね♪」

土御門「ゴメンなさいホントそれだけは勘弁してください」ヘヘーッ

結標「……ったく、んじゃあサクッと整理すると、上層部は裏切り者が内部にいる事実に気づいた。んで、貴方がソイツらの詳細
    を提出した。よって連中は全員ブタ箱行き。……こんな所? そして私たちは学園都市に戻り次第、ヤツらの一斉検挙に回
    されるってシナリオでしょ?」

土御門「いやー、その洞察力は見事としか言いようがないな……。大体その通りだが、最後だけハズレだにゃー。裏切った連中の
     検挙は別働隊の方がすでに手を回してる。俺たちには『別任務』がしっかり用意されてるぜよ」

結標「別任務……? ってか、貴方さっき電話で『まだしばらく帰れない』みたいな事言ってたわよね?」


土御門「へ? …あぁ、あれ嘘♪」

702: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/30(土) 20:52:44.59 ID:/vp1pcI0

結標「……もう驚くのも馬鹿馬鹿しくなってきた……。これじゃ先に逝った海原が浮かばれないじゃないの……」



海原「―――何勝手に故人扱いしてんですか? 自分はまだ生きてますよ!」バタン



結標「あら、いたの?」

土御門「よう、今回お前は損な役ばっかだったにゃー」

海原「ええ全くです。ようやく地中深くから暖かい日の当たる世界へ帰還したのも束の間、強制追放ですからね! 今ほどあなた方
    と組んでる自分に嫌気がさした事はありません!」

土御門「ははははは♪ まぁ過ぎた事だ。水に流せ」

結標「どのクチが言うのかしらね。やっぱり地底探検してみる?」

海原「そうですね。少なくとも自分の倍は深くお願いします。できるならいっそ地核まで送ってさしあげてください」

土御門「この度の事件につきましては、わたくしの落ち度により関係者の皆様には多大なご迷惑をおかけしましたことを、深くお詫び
     申し上げます」ペコペコ

結標「どこの政治家または社長よ貴方は……」

海原「っていうか、明らかにふざけてますよね?」ピキキ

土御門「とんでもない。真面目に謝罪会見しただけだにゃー♪」

703: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/30(土) 20:54:53.99 ID:/vp1pcI0

結標「……もういいわ。海原、貴方も準備しなさい。帰るわよ」

海原「え? 帰るって……学園都市にですか?」

土御門「あぁ、そうだ」

海原「……大丈夫なんですか? 自分は今回の件であなたへの信用度がガタ落ちしました。今戻ってまた追われるなんて展開は御免
    こうむりたいですね」

結標「あら? じゃあ貴方は帰らないの?」

海原「もちろん帰りますよ。あなた達とは別ルートでねっ!!」

結標「……ほら見なさい。貴方のせいよシスコン。海原のヤツ、すっかり人間不信に陥っちゃったじゃない」

土御門「あー……海原よ」ポリポリ

海原「……なんですか?」ジロッ

結標(うわ……『もうあなたの言葉なんて一切信用しませんよ!』って目が言ってる……。まぁ囮役にまで仕立て上げられたあげく
    に負傷したんだから無理もないでしょうけど……)

土御門「俺たちと一緒に戻った方が最短時間で着くぜ」

海原「結構です。あなたと一緒にいてロクな目に合った試しがありませんからね。自分はのんびり帰りますんでご心配なくっ!」フン

土御門「………いいのか? のんびりなんかしてて」

704: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/30(土) 20:56:46.33 ID:/vp1pcI0

海原「……どういう意味ですか?」

土御門「あぁー、そうか。そう言やお前まだ知らなかったな。今、学園都市では何が起こっているのか」

海原「………?」

土御門「ふふふ、しゃーないな。教えてやるぜい」ニヤリ


―――


海原「……!! ほ、本当なんですか? それは……」

土御門「ほれ、証拠の新聞」パサリ


海原「―――ッッッ!!!??」


結標(ってか、なんでそんなモン持ってんのよ……)

海原「そ、そんな……まさか、……そのような事態になっていたなんて……ッ」ワナワナ

土御門「そして、俺たちは今から正に“その現場”へ直接向かうワケだが……。どうだ? 早く学園都市へ帰る気になったか?」

海原「………ッッ!!」カッ

結標(あ、目の色が……)

705: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/30(土) 20:58:24.84 ID:/vp1pcI0


海原「―――ッたりまえでしょうッ!! さぁ、とっとと帰りますよ!! 車はどこですか!?」


土御門(ふっ、まぁざっとこんなモンぜよ)ニヤニヤ

結標「いや……ちょっと…」

海原「あぁぁぁ、何という事ですか……。こんな事になると知っていたら、学園都市から離れるなんて馬鹿な道は選ばなかった
    というのに……ッッ!」グヌヌヌ

土御門(やっぱりコイツに言うタイミングを見計らったのは正解だにゃー。言った途端『学園都市に戻る!』って聞かないのを
     予測していた俺に死角はなかった……)グッ

海原「何をグズグズしてるんですか!? とっくに準備は整ってますよ! 早く行きましょう!」

結標「もうやだコイツら……。いい加減まともな人間と関わらせてよ……」ハァ

土御門「……んじゃ、まぁそういうワケだから―――」


「―――帰るぞ。『学園都市』へ」


―――


佐天「上条さぁぁぁん?」ジロッ

黒子「どこへ行こうってんですのぉぉ?」ギロッ

706: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/10/30(土) 20:59:38.02 ID:/vp1pcI0

上条「あう……」アセアセ

初春「佐天さん! 白井さん! ……よ、良かったぁぁ」フニャー

黒子「上条さん? その手に持ってる資料、とりあえず見せてもらいますわね♪」パッ

上条「あっ……」

佐天「お手柄ですよ! さっすが上条さん♪ おぉ、これに御坂さんの居場所が載ってるんですね!」ジー

黒子「今回ばかりは、上条さんに心から感謝致しますわ♪ しかし……」ピクピク

上条「ひっ…」



黒子「―――こんのドアホがァァあああああああああああッッ!!!!!」ブン



上条「へぶもっ☆!?」バコーン

黒子「何考えてますの貴方は!? 一人で乗り込むぅ!? 馬鹿? 真性の馬鹿なんですの!? 無謀にも程がありますわ!!」

佐天「そうですよ!! 水臭すぎです!! 私たちが一緒だと邪魔だって言いたいんですかっ!?」

上条「……いや、あの、決してそういう訳ではなくてですね。何と言いますかその~……」スリスリ


ガミガミ ガミガミ

スイマセンデシター


初春「かっこ悪……」ボソッ