番外個体「ってなワケで、今日からお世話になります!」 一方通行「……はァ?」 その1
番外個体「ってなワケで、今日からお世話になります!」 一方通行「……はァ?」 その2
717: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:18:07.71 ID:x7YQbas0
――――
結局、単独で美琴の救出に乗り出そうとした上条は黒子と佐天からこっぴどく怒られてしまい、彼等はひとまず作戦を練る事
にした。
資料にはアジトの地図と住所。そして首謀者の木原数多についての詳細が記されていた。
土御門の暗躍成果に彼等はざっと目を通し、まず黒子が硬直する。
黒子「首謀者、木原数多……『木原』って……まさか!?」
上条「ん…? 白井……?」
初春「これって、偶然……なんですか……?」
佐天「………っっ」
上条「……???」
黒子「どうやら……『因縁』のある相手のようですわね……ッ!」
上条「……おい、みんなさっきからどうしたんだよ? この『木原数多』ってヤツのこと、知ってんのか?」
初春「いえ…実は―――」
~ポルターガイスト事件について簡単に説明中~
上条「―――そんな事が……それじゃ、この“木原”って!?」
718: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:19:13.62 ID:x7YQbas0
黒子「……おそらく、『テレスティーナ・木原・ライフライン』と関連した人物の線が強いですわね……」
初春「御坂さんを攫ったのって……やっぱり敵討ちとか……?」
上条「いや……多分それは…」(ないな…)
佐天「…? 何か知ってるんですか?」
上条「っ! い、いや……何でもない」(ふぅ、危ねー…)
黒子「いずれにせよ、この資料通りなら……危険な相手ですわ」
佐天「『元総括理事直属組織・猟犬部隊《ハウンドドッグ》』……科学者の中でも地位が高い人なんですね…」
初春「現在は『地獄の猟犬《ケルベロス》』ですか……。シークレット組織の中でもトップだなんて……」
上条「……どおりで普通に探してたんじゃ足がつかなかった訳だ」
黒子「たしかに、……ですが、上層部の許しが出てるとは考えにくいですわね。お姉様は超能力者とは言え一般学生ですのよ。
いったい何故……?」
上条「調べたヤツが教えてくれたんだが、上層部の中で一部が直系している組織に賄賂が流れたらしい」
佐天「!?」
黒子「な! ……で、では上層部の一部が一役買っているということになりますの!?」
上条「……みたいだな」
719: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:20:44.98 ID:x7YQbas0
初春「そんな……」
黒子「なるほど……警備員を抑圧させるほどの権限を持った連中ならではのやり方ですわね……くっ」
佐天「それって、立派な裏切りってか犯罪じゃないですか!? 何とかして捕まえられないんですか……?」
黒子「……通報したところで、揉み消されるのが目に見えてますのよ。それこそ理事会直々の許可が下りなければ……それに
証拠もないのでは、ただの無駄骨に終わってしまいますの」
上条「けど、そんな時間の掛かりそうな手段を考えてるワケにもいかないんだよ。御坂がいつ消されるか……」
黒子「仰る通りですが、だからって一人で突っ走るのはおよしになってくださいな。大体、お姉様がこんな馬鹿デカイ施設の
どこに収容されているのかも把握できてますの?」
上条「うっ……それは……」
黒子「それ以前に、正面から救おうものなら門前払いがオチですのよ。まったく……」
上条「……ですよねー」タハハ
佐天「ホント、間に合って良かったですよ……」
上条「申し訳ございません……」トホホ
黒子「……けど、これでやっと有力な情報が手に入りましたの。……初春!」
初春「えぇ、もうやってます!」カタカタカタカタカタ
上条「――!?」
720: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:21:48.66 ID:x7YQbas0
黒子「さすが、仕事が速いですわね」ニヤリ
上条「うわぁ……すげぇ……何やってんのか全然わかんねぇ…」
佐天「初春の本領発揮だね♪」
初春「はい、場所さえ分かればコッチのものですよ!」カタカタカタカタカタ
普段はとろくて鈍そうな少女の印象が、上条の中で180度変わった瞬間だった。
目の前に居たのはホンワカしたお花畑少女ではなく、『守護神《ゴールキーパー》』の顔へと変貌した凛々しき少女。
心なしか、頭のお花もどこか凛としているような気がする。
「―――やった!」
思わず喜びの声を漏らす初春。
そんな初春の後ろから三人が画面に注目する。
「こ、これは……?」
映し出される映像に上条が尋ねた。
「施設の内部に設置されている監視映像をジャックしました。見取り図の作成も成功しましたよ」
振り返った笑顔からサラッととんでもない発言をした初春に上条は唖然とした。
(この子……もしかして滅茶苦茶スゴイ子なんじゃ……?)
721: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:23:12.98 ID:x7YQbas0
「でかした初春!」ナデナデ
「さすがですの!」ワシャワシャ
「ひゃん、や、やめてくださいぃぃ……」
黒子と佐天は初春の頭を揉みくちゃにしながら称賛の言葉を並べている。
上条は己の無謀な一直線ぶりをこの時ばかりは後悔したそうな。
「で、お姉様は……?」
「えーと……」カタカタカタ
四つに分かれた映像が切り替わっていく。
通路、実験室、制御管理室といった様々な内部詳細がコンピューター画面から明らかにされていった。
そして、遂に―――
「―――ッッ!!!」
「み、御坂さんっっ!!!」
「い、いました!!」
「お、お、……ォォおねえええさまァァああああああああ!!!!!」
722: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:24:40.80 ID:x7YQbas0
―――御坂美琴の姿が画面左上にはっきりと映し出された。
彼女達の目に映る、十日ぶりの彼女。
見るからに監禁状態な上に、肌も少し痩せこけていて決して元気には見えないが、これで間違いなく美琴が生存していることが
証明されたのだ。一同に安堵と心配が入り混じった表情が浮かぶ中、約一名が堪えきれずに発狂した。
「おねえさまぁぁあああん!! よく……よくぞご無事で……わたくしはぁぁ、わたくしは信じておりましたのぉぉおおおおお!!!」
「し、白井ぃぃ!! 落ち着けって!!」
画面の中に入ってしまうのではないかというほどの勢いで飛びつこうとする黒子を押さえる上条。
上条は腕の中でバタバタともがく黒子から目を画面に向けた。
「御坂……。けど、よかった。とりあえずは無事みたいだな……」
画面の美琴に微笑む上条。
黒子は上条の腕からするりと抜け出し、初春に詰め寄る。
黒子「初春! お姉様が囚われているのはどの辺りですの!?」
初春「えー……5648BH……一階の……この地点です!」
上条「すげえな……そんなことまで分かんのかよ……」
佐天「見取り図のプリントとコピー終わったよ!」パサッ
上条「早っ!?」
佐天「御坂さんが捕まってる部屋もマーク済みです♪」
723: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:25:39.46 ID:x7YQbas0
黒子「ナイスですの佐天さん!」
上条「す、すげえぜ! これがあれば、迷うことなく御坂が捕まってる部屋まで行けるな!」
黒子「お姉様ぁぁ、すっかりやつれてしまわれて……辛かったでしょうに………。もうしばらく辛抱してくださいな。すぐお助けに
参りますのぉぉ」スリスリ
初春「し、白井さん!! 画面に頬擦りしないでください! 汚れますから!」ゴンッ!!
黒子「てへぶっ!?」
佐天「どうします……? 場所は完璧に割れましたよ。………切り込みますか?」スチャ(←バットを刀のように構える佐天)
初春「うーん……。けど、まだ一つ問題があるんですよ……」
黒子「はて、問題とは…?」タンコブ
上条「何だ?」
初春「……施設内の至る所にロック付きの扉があって……クラッキングしようとしてるんですが、どうも指紋や眼球から識別する
タイプじゃないみたいですね……」
上条「ハッカーかよ……。いや、もう驚かないけどさ…」
佐天「そっか、確かにこれだけ大きな施設だと……そりゃシステムも厳重だよね」
初春「暗証番号やキータイプの扉は手間なんですよねー……。機械解析しにくいんですよ」
724: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:27:24.51 ID:x7YQbas0
上条「……たとえば、どう違うんだ?」
初春「『自動ドア』と『手動ドア』の違いですかね。『自動』の方は精密な機械調整が施されているからクラッキングしやすい
んですけど、……多分、対策のために敢えてこういう造りにしたんだと思います」
黒子「敵もさるもの、という事ですわね。……何とかなりませんの?」
初春「時間は多少掛かりそうですが……多分イケると思います」カタカタカタ
上条「あ、イケるんだ……」
黒子「……では、ひとまず現地まで移動しましょうか」
上条「そうだな、じゃあ初春さんはここで支援を……」
初春「えー!? 何言ってるんですか? 私も行きますよ!」
上条「え? でも、バックアップは……?」
初春「持ち運び用ノート式にデータも転送してありますから大丈夫です! 最前線でバックアップしますから!」
佐天「それバックアップって言わないんじゃ……?」
黒子「……確かに、連絡を受けるよりは一緒にいた方が手間も掛からず良いでしょうね……」
上条「……そうだな、初春さんも御坂を助けたい気持ちは一緒なのに、一人だけ留守番ってのもな……悪かった」
725: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:28:46.36 ID:x7YQbas0
初春「いいえ、……みんなで、力を合わせましょう」
上条「おう! 燃えてきたぜ!!」
佐天「久々にコイツの出番ですね……。どうも“木原”って名前に縁があるな~」(←バットを見つめて呟く)
黒子「―――では、参りますわよ……。待っててください。お姉様!!」
上条達は決意を胸に刻み、意気揚々と支部を後にした。
黄泉川から連絡が入るかもしれないので、支部には婚后達を待機させておく。
彼女達も同行を志願したが、大人数で行くのは得策ではない。
結局上条が何とか彼女達を説得し、あとは自分達に託すよう納得させた。そこは流石の上条である。
いよいよ、明確となりつつある今回の事件。
上条達の“御坂美琴奪還作戦”が始動する。
726: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:30:44.20 ID:x7YQbas0
―――
研究施設(アジト)
「ハァ……ハァ……ッッ!」
すっかり日課となった木原数多によるリンチ。
時には鞭で背肌をダイレクトに叩かれ、またある時には視界を隠されて時間差をつけての暴行。
ロウソクまで使用する時もあった。
このように、木原のサディスティックぶりは日に日にエスカレートする一方である。
屈辱感に歯を食いしばって耐える一方通行だが、その顔すら木原の快感剤となった。
「っぐ……っ!……ハァ……」
獄室の外の暗い通路にまで響く打撃音。
その度に一方通行の息が詰まったような声も漏れてくる。
「ひっひひひひひ!! いい、いいぃ! 最高だ! 最高にいいぞぉぉ! もうすぐお別れなのが残念なくれぇだぜ!!」
「ぐァ……! うっ!………ォ…」
「―――オラ! フィニッシュだ!!」
「―――ッッ!!」
トドメと言わんばかりに放たれた蹴りが腹部に突き刺さり、木原の足が離れたと同時に一方通行の身体が床へ沈んだ。
727: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:33:36.53 ID:x7YQbas0
「ふぅ……オーケー、今日も良い発散になったぜ。ご苦労さん、っても聞こえちゃいね………ん?」
しかし。
「ハァ、ハァ……ゲホ……っく……の、……やろ…ォ……」
一方通行の意識は、まだ闇に落ちていなかった。
「ほぉー、こりゃあ驚いた。まだ意識があったとはな。いつもより強めにイッたってのに大したモンじゃねえか」
顔を上げて敵意の眼を向けてきた一方通行に木原は素直な褒め言葉を送る。
木原「ま、そりゃそうか。毎日あんだけボコられりゃ流石に耐性もつくわな。逞しい身体になれて良かったじゃねえの」
一方通行「………ッ……パツ…」
木原「あん? 何か言ったか? 聞こえねえぞ」
一方通行「…『873発』。……今までの……オマエの“ツケ”だよ。…へへ…っ…」ニヤッ
木原「ッ……!」
728: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:36:36.18 ID:x7YQbas0
一方通行「覚悟しとけよォ……きひひ、……俺は執念深いからなァァ……全部キッチリ返してやンぜェェ。あは……ぎゃはっ」
木原「……ふ、ふふっ、くくくっ―――」
「―――ぎゃはははははははははははは!!!!」
「ひひひっ、面白れぇ。そりゃ楽しみにしとくぜ! 実はよ、コッチも朗報があんだわ。お返しと言っちゃあなんだがな」
一方通行「……?」
木原「ハイではご報告、テメェの処刑は本日急遽執行されまーす♪」
一方通行「……ッ!!」
木原「おーおー、……ふふふ、いいね。ナイスリアクション♪」
一方通行「……ぐ…」
木原「ぎゃはは! 安心しやがれ。死刑執行まであと六時間ぐれぇあるからよ。ま、その間に今までの思い出でも振り返って、
間もなく訪れる死の恐怖にでもガタガタ震えてりゃいいさ」ニヤニヤ
一方通行「…………」
木原「あれぇ? 喜んでくれるかと思ったんだがなぁ。ようやく楽になれるんだぜ? もっと腹の底から喜びを噛みしめろよ」
一方通行「ケ……今更だよなァ。別に俺は今すぐでも良いンだぜ?」
木原「悪いなー、コッチにも『準備』ってのがあんだよ」
729: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:39:25.83 ID:x7YQbas0
一方通行「……パーティーでも用意してくれるってかァ?」
木原「ま、似たようなモンだな。盛大にあの世まで送ってやっから、寂しがることなく成仏してくれや」
一方通行「……ッ……何を目論ンでンのか、冥土の土産に聞かせちゃあくンねェか?」
木原「ソイツはお楽しみよ。お前にとって『最高の刑』をセッティングしといてやる。きっと気に入ってくれんだろぉぜ」
一方通行「……最高の刑…だと…?」
木原「っつーこったから、テメェはその時までここで大人しくしてな。最後ぐれぇ独りの時間を与えてやろうってんだ。俺の
慈悲深さに感涙しろ」
一方通行「…………」
木原「そんじゃあな。最期の時まで、せいぜいごゆっくり~♪」ヒラヒラ
カツン カツン…
一方通行「…………」
(チッ……今日で俺のクソッたれな人生も終止符ってかァ)
(別に良いンだけどよォ……どォせ駒でしか生きられねェ運命だしな)
(木原のボケが笑顔のまま退場させられるってのが一番納得いかねェ。死ンだら“ツケ”の請求しに化けて出てやっか)
730: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:41:20.68 ID:x7YQbas0
(あァーあ、地獄ってのァどンな所なンかねェ。やっぱ鬼とかがいっぱい居ンのかなァ)
(俺がこのまま死ンだら……クソガキのヤツ、……泣くかな)
(俺がいなくなって泣きそォなヤツなンざいねェと思ってたが、あのガキは……やっぱ少しぐれェは悲しンでくれンのか?)
(ンで、月日が経って、次第に俺の事も忘れて立ち直って、成長を続けてくってかァ…?)
(なンつーかよォ……そォ考えると案外寂しいモンなのかもしンねェな。人生ってのは……)
(あと六時間ねェ……寝たらすぐ過ぎちまうな。………最後ぐれェ起きて過ごすとすっか…)
(こォして『死の宣告』受けた後に待つ時間ってよォ……恐さとかそンなン超越しちまって、逆に冷静になるモンなンだな)
(木原みてェに突然死ンだ場合ってのは……どォなンだろォな。恐怖を感じる間もなくお陀仏……ハッ、っつか、今も生き
てるみてェなモンか……)
「……………」
(死……か)
(そォいう局面で意識することなンて、今までなかったな)
(こンな暗くて静かな場所に独りでいっからこンなこと考えちまうのか……?)
(テメェのことだっつゥのに、どこか客観視しちまうってのはどォいう現象だ?)
731: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:43:24.17 ID:x7YQbas0
(……クソが。……にしたって、悲観的になりすぎだろォがよ。俺も相当ヤキが回ったよなァ)
「…………」
(………死にたく……ねェな)
(俺が今死ンだら、あのガキが危ねェ時、誰が守ンだよ?)
(何の関わりもない超電磁砲はどォなるンだよ?)
(それに………)
―――― やっほう、殺しに来たよ。第一位。
「……っっ!!」
(…………駄目だ!! 何考えてやがンだ馬鹿野郎!!)
(今、こンなトコでくたばるワケにはいかねェだろォが!!)
(あのクソ野郎を地獄に送り返して、アイツの――)
番外個体―――。
732: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:46:20.33 ID:x7YQbas0
(笑顔を、もォ一度……)
―――ミサカ、自分が何で生きてるのかが分かんないんだよね……
(見るまでは、アイツの無事を見届けるまでは………)
俺は、死ねない――――。
「――――死ぬ訳にはいかねェンだ!!!」
消えかけた魂が、再び目に宿る。
「うォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
失いかけた戦意を、剥き出しにして叫ぶ。
「誰でも良い!! ここから助けろォォ!! 俺に出来ることなら何でもやってやる!! 泥を被ってもイイ! 靴底を
舐め回したってイイ! 正義のヒーローだろォが悪魔の化身だろォが構わねェ! あとでいくらでもモトはとってやる!
旋毛が見えるぐれェに頭下げて、感謝だって何だってする! だから―――」
733: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:47:01.10 ID:x7YQbas0
「―――早く誰か助けに来やがれクソッたれがァァあああ!!!」
734: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:47:53.56 ID:x7YQbas0
誰に向かって叫んだ訳ではない。
ただ、ここから出たい。その一心だ。今はただ、奇跡を信じるしかない。
守りたい存在(モノ)を救いに行きたい。逢いに行きたい。
自分なら後でどうなっても構わない。無様に頭を下げることになってもいい。
正義の味方でも何でもいいから、自分に手を貸して欲しい。
助けて、欲しい。
かつて最強の座につき、人を全く寄せ付けなかった少年が今、救いを求めて手を伸ばしている。
その手を掴んでくれる英雄(ヒーロー)の登場を、彼はただひたすら待ち続けた。
735: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:49:48.60 ID:x7YQbas0
―――
上条当麻、白井黒子、初春飾利、佐天涙子の四人は目的地付近の喫茶店にいったん足を入れた。
作戦の最終確認と初春のハッキング作業が終了次第、突入する。
支部で待機してくれている婚后光子たちに黄泉川愛穂から連絡があったら研究施設(アジト)へ出動させる様、伝言も残した。
もしもの時は警備員が到着するまで隠れてやり過ごすのだが、それはあくまで最終手段。できればその前に御坂美琴を救出し、
施設から脱出するのが望ましい。
「……あっ!!」
そんな中、初春が持ち運び用のノート型コンピューターを操作中に突然声を上げた。
上条「! ど、どうした…?」
黒子「初春…?」
初春「…………一応観測してみたんですけど………まさかこれって……」チラッ
黒子「っ!?」
上条「し、白井?」
黒子「このデータ……見覚えがありますの…」
初春「やっぱり……」
736: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:51:52.05 ID:x7YQbas0
佐天「え!? な、何…」
上条「……どういうことだ? 何がなんだかさっぱりなんだけど…」
初春「……キャパシティ……ダウン」
佐天「!?」
上条「えっ…?」
黒子「間違い無さそうですわね。施設内に流れ続けるこの微弱な音波は……」
上条「あのー……画面に映ってる心電図みたいなグラフは一体何なんでせうか?」
初春「キャパシティダウンですよ。……どうやら、建物の中ほぼ全域有効範囲みたいですね……」
上条「それって……確か演算妨害装置ってヤツだよな? けど、何でそんなモンが……?」
黒子「……考えてみれば、それほど不思議な事でもございませんのよ」
上条「え…?」
佐天「テレスティーナからの流用……」
上条「あっ! そ、そうか……!」
737: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:53:44.16 ID:x7YQbas0
黒子「えぇ……これで、超能力者であるお姉様を拘束できた謎が解けましたわ」
上条「……ってことは、御坂は今も能力が使えない状態にあるわけか…」
初春「しかもこれ、以前私たちが関わったのより……ずっと強力ですよ!」
黒子「……強度は分かりますの?」
初春「う~ん……多分、脳が演算に取り掛かった時点で白井さんの場合、……卒倒するぐらいは……ありますね」カタカタ
黒子「くっ……厄介な」
上条「そっか。じゃあ中に入っちまったら……」
黒子「……わたくしの空間移動《テレポート》は、一切アテにできないということになりますわ…」
上条「ッッ…………」
初春「…………」
佐天「…………ねぇ、初春」
初春「…何ですか?」
佐天「それも当然、流してる元っていうか……装置があるんだよね? 施設の中のどこにあるのか分かる?」
初春「え…? それは……音響の元ですから、磁場を辿っていけば分かりますけど……」
738: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:55:37.23 ID:x7YQbas0
佐天「悪いけど、調べてくれる?」
初春「は、はい……?」カタカタ
黒子「……佐天さん?」
佐天「ふっふっふ♪」ニヤリ
初春「あっ!! さ、佐天さん! まさか!?」
佐天「うん。そのキャパシティダウンってのを流してる装置、私が破壊する」
上条黒子初春「―――!?」
佐天「ですから白井さん達は、御坂さんを助けに行ってください。なるべく……急いでみせますから」
黒子「だ、大丈夫なんですの……?」
上条「っつか、破壊するって……どうやって?」
佐天「要は装置を止めればいいんですよね? だったら、外から衝撃を加えちゃえば……♪」スッ
上条「っ! な、なんつー過激な…」
黒子「って、店の中でそんなもの(バット)出さないでくださいな! 店員に勘違いされますわよ?」
佐天「ありゃ、ゴメンゴメン♪」
739: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:57:27.87 ID:x7YQbas0
初春「……っ!……佐天さん。装置が施されているのは、最上階の九階です……」
佐天「うへー……今回も遠いなぁ~……けど、行くしかないですね」
初春「……決めました。私も佐天さんと一緒に行きます!」
黒子「う、初春…!?」
初春「入り口からだとかなり距離がありますけど……、内部の人間の有無もリアルタイムで掌握している私がサポートし
ながら進めば、何とかなると思います」
上条「……なるほど…」
佐天「ありがと初春っ♪ 心強いよ!」
初春「最短ルートと安全ルートを考慮しますので、ナビは任せてください」
上条「でも、無理に進もうとしなくていいからな? 見つかりそうになったら、どこかに隠れてやり過ごして……とにかく
無事に乗り切ってくれればそれでいいから」
佐天「む~! 上条さん心配しすぎ! 少しは私たちを信頼してくださいよ!」
上条「あ、ああ……ごめん」
黒子「電波管理も当然してあるでしょうし、それだと中では通信手段が一切使えませんの。…連絡が取り合えないのは少々
厳しいですわね。成功の合図はどのようにすれば……」
740: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 20:58:51.08 ID:x7YQbas0
初春「多分、装置が止まったら違和感に気づくと思います。これだけ強力な装置なら、音響の変化を脳も感知するはずです」
黒子「そうですの。……なら、特別問題はありませんわね」
上条「それじゃ、俺と白井は御坂の方に専念するよ。ハッキングの方はどうだ?」
初春「監視システムの方はもう大丈夫です。実際にオトすのは、突入直前でいいですよね?」カタカタ
上条「い、いいんじゃないか……それで」
黒子「入り口ゲートは当然警護が回ってますわね。とすると……」
初春「裏口の塀からなら……白井さんのテレポートを使えば侵入できますよ。キャパシティダウンは建物の中にしか流れて
ませんし」
黒子「いえ……それは…」チラッ
佐天「…?」
上条「………ごめん。俺にはテレポートが……」
佐天「『幻想殺し《イマジンブレイカー》』……でしたっけ? 白井さんのテレポートも無効化しちゃうんですか?」
上条「あぁ。多分、転移に右手も含まれるからだと思うんだけど。塀か……。ちょっと自力で上れる高さじゃないな……」
初春「す、すみません……」
上条「あ、けどみんなはそこから侵入していいぜ。俺は何とか別の入り口から…」
741: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/02(火) 21:02:00.76 ID:x7YQbas0
黒子「では、初春と佐天さんは裏口からお願い致しますの。わたくしがお二人を塀の向こうまで送りますわ。上条さんは、
わたくしと共にお姉様の救助へ参りましょう」
上条「え? あ、あぁ…」
佐天「オッケー♪ 任せといてください!」
初春「では、白井さんと上条さんは……」カタカタカタ
「うーん、そうですね……。南ゲート付近なら一部フェンスですから、そこからお願いします。警備も少なめです」
「侵入直前に、合図のコールを送った後、施設内全ての監視システムをオトします。復旧はすぐには無理だと思います
ので、焦る必要はありません」
上条「……っし! 何か急にサクサク進みすぎて正直ついてくのが大変だけど、とりあえずは具体的になってきたな」
黒子「そうと決まったら、早速行動に移りましょう!」
佐天「うん、善は急げっていうしね!」
初春「はい……」(けど、何か気になりますね……。設備が充実しすぎてる……。いったい何の目的なんでしょうか……?)
その後、入念な打ち合わせと会計を済ませた上条達は、店を出ていよいよ目標の研究施設へと足を進めた。
捕まったら命を落とす恐れもあるのだ。移動する彼等の顔にも除々に緊張が表れ始める。
それから更に数分ほど歩き、遂に一同は美琴が収容されている建物を見上げる位置にまで近づいた。
760: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/04(木) 16:28:50.91 ID:UDRMMUM0
研究施設(アジト)の裏側。
上条当麻、白井黒子、初春飾利、佐天涙子は目標の建造物を囲んでいる塀を見上げていた。
塀の高さは約十メートルと言ったところか。パソコンから映し出された映像から思った通り、垂直にそびえる塀を
よじ上っての侵入は不可能に近い。
「……ここに、お姉様が…」ゴクリ
黒子が塀の向こうの建物を見据えて生唾を飲んだ。
「……よし! ロックの解除が終わりました!」
草の生い茂る中、ポツンとあった石の上でハッキング作業を続けていた初春から吉報が入った。
「やったじゃん、初春! ……これで、もう鍵の心配は要らないわけだよね?」
「はい! ……とりあえず、通路に設置されている同じような扉の施錠に関しては問題ありません」
石に置いたパソコンを折り畳んで脇に抱える初春に親指を立て、微笑む佐天。
「では、向こうの様子を確認して参ります」シュン
そう言い残して黒子が姿を消した。
「……けど、本当に二人だけで平気か?」
上条が尚も心配の眼差しを向けてくる。
761: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/04(木) 16:30:53.31 ID:UDRMMUM0
「大丈夫ですよ。大きい施設だからこそ、穴も多いはずですから」
初春は自信満々に答えた。佐天もウィンクをしてみせる。
「上条さんたちこそ、無理しないでゆっくり進んでくださいね。私らが装置の破壊に成功すれば、白井さんの能力が
復活しますから、その時からスタートでも全然オーケーですよ」
「あぁ……けど、やれるだけやってみる。地図(ルート)もあるんだし、何とかなるだろ」
と、その時。
「―――お待たせですの」ヒュン
軽く偵察に出向いていた黒子が戻ってきた。
「どうだった?」
「思ったより薄くて、何だか拍子抜けですわね。この塀が門番代わりと言ってもよろしいぐらいですわ」
「けど、油断はできねえな。俺たちの方はどこに人が居るか分かんねえんだし、手探りで進むしかねえぞ」
「えぇ、もちろん承知してますの」
そして、黒子が佐天と初春の身体に手を置く。
「それでは、そろそろ行きますわよ? 準備はよろしくて?」
黒子の問いに二人は、
762: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/04(木) 16:31:44.54 ID:UDRMMUM0
「どうぞ」
「いつでもオッケーです」
威勢良く返事をした。
そんな二人に、上条も言葉を送る。
「二人とも気をつけてな。無事に御坂を助けだして、また会おうぜ」
「はい! もちろんです!」
「上条さん。御坂さんを……お願いしますね!」
「あぁ…」ニコッ
「……では―――」ヒュン
互いの武運を祈り合うやりとりを済ませ、二人の身体が消える。
上条は、成功も勿論だが、何より二人の無事を心から願った。
美琴の救出が上手くいったら、二人の手助けにも回りたいほどに。
だが、今は彼女たちを信じるしかない。彼女たちの強さを。
やがて、二人を送り届けた黒子が再び上条の所に戻ってきた。
「……さて、わたくし達も参りましょうか」
763: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/04(木) 16:33:26.33 ID:UDRMMUM0
「ああ」
黒子も、二人の前では表に出さなかったが、本当は心配で仕方ないのだろう。肩が僅かに震えていた。
上条はそんな彼女の肩に手を置いて声をかける。
「信じようぜ。お前や御坂の親友なんだろ? きっと大丈夫だよ」
「……ええ。お気を遣わせたようで申し訳ないですの。平気ですわ。初春も佐天さんもお姉様も貴方も、みんなが無事に
帰ることはもう決定してますのよ」
上条の言葉で少し気が和んだのか、黒子が向けてきた顔は笑っていた。
どうやら上条が思っていた以上に彼女たちの絆は強いようだ。
「……あぁ、そうだな。みんなで無事に帰ろう」
上条も笑顔を作って、先を歩く少女に応えた。
研究施設(アジト)の南口。
ゲートから百メートルほど離れた地点は塀ではなく、有刺線の張られたフェンスがそびえている。
乗り越えられなくもない高さだ。
が、
「監視カメラ……。ま、当然でしょうね」
「手薄だから、あるとは思ってたけどな。……予定通り先にオトしてもらうか」
「えぇ。………ん?」
764: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/04(木) 16:34:18.54 ID:UDRMMUM0
映像に移らない距離で言葉を交わす上条と黒子。
そこへ初春からタイミング良く着信が入った。
「―――初春。ソチラは大丈夫そうですの?」
『―――はい。白井さんの言った通り、コッチはあまり厳重じゃないですね。内部の移動も、これならスムーズに行きそう
です。今、入り口前にいますが、ソッチはどうですか?』
「コチラの方はやはり監視システムを何とかしなければ、中へ入れそうにないですわね」
『……オトしますか?』
「えぇ、お願いしますわ」
『じゃあ―――いきますよ!』
765: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/04(木) 16:35:24.34 ID:UDRMMUM0
~施設内・制御管理室~
プツッ ザーーーーー……
「……ん? おい、何だコレは?」
「!? ど、どうなってる……? 故障か!?」
「調子悪いな……って、おい! コッチも映らないぞ! どういう事だ!?」
「映像が…いっせいにストップした……!?」
「馬鹿な! 停電か!? ……いや、雷も鳴ってないし、許容電気量も超えてないぞ!?」
「自然にオチたのか……? おい、早く復旧させろ!」
「そ、それが……何者かが外部からアクセスしたのか……コードが勝手に変更されてます! 制御不能!」カタカタ
「な……っ!?」
「コッチも駄目です! 復旧には時間が掛かります!」カタカタ
「なん……だと……!?」
766: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/04(木) 16:37:07.54 ID:UDRMMUM0
~施設内・通路~
「おい! カードキー無しで扉が開いたぞ! ……壊れたのか?」
「い、いえ……じ、自動解除モードになってますよ!?」
「だ……誰がやった!? そんな勝手な……!!」
「くそっ! どうなってんだ!? 何で設定変更できない!? 誰かコードを入力しろ!」
「……む、無理だ。コードも変更されている…」ピッピッピッ…
「すぐに木原さんに報告しろ!! くそっ……いったい何が起きたっていうんだ……?」
~南側・入口~
「―――さぁぁぁ、いよいよ決行の時ですわ! お姉様! 今助けに参りますのーっ!!」ダダダダ
「おい白井、あんま突っ走るなよ! ……って、聞いちゃいねえか」ヤレヤレ
やや暴走気味の黒子を宥めながらも何とかフェンスを越え、無事施設内部へと侵入を果たした上条と黒子。
この先、何が待ち構えているか分からない。しかし、それでも彼等が踵を返す事はなかった。
767: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/04(木) 16:38:54.45 ID:UDRMMUM0
~施設内通路~
黒子「………思ったより静かですわね。研究員の一人も見当たりませんの」テクテク
上条「行き着くまでが大変で、そっから先は楽…ってヤツか?」テクテク
黒子「絶対に足が着かない上に警備員も黙らせているのでは、驕りが出ても仕方ありませんわね」
上条(こりゃ、土御門にはマジで感謝しなきゃな……)
黒子「!? シッ……足音がしますの……」
上条「っ!」
カツーン カツーン…
上条「……一人みたいだな……まずい、コッチへ来るぞ…」(←物陰に黒子と身を潜めながら窺っている)
黒子「一人や二人なら、能力が使えなくとも何とかなりますわ」ダッ
上条「あっ、おい!?」
黒子「―――風紀委員《ジャッジメント》ですの!!」ビシッ
研究者(下っ端)「はぁ? ……何だこのガキ?」
黒子「罪状を述べている暇はありませんので、少し横暴ですが……しばらく眠っていてもらいますわね」シュッ
768: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/04(木) 16:40:54.93 ID:UDRMMUM0
研究者「何!? うっ……!!」
ドスッ!
研究者「が……は」ドサッ
黒子「ふん、子供だと思ってタカを括るからですのよ」
研究者2(やっぱり下っ端)「―――な……! だ、誰だ!? どっから入った!?」
黒子「チッ……まだいましたの?」
研究者2「う、動くな!」チャキ(←拳銃)
黒子「ッ…! 科学者のくせに何て物騒なモノを……」サッ
上条「………っ!」ヌッ
「――――だぁぁっ!!」ブォン
バゴッ!!
研究者2「ごぇっ!?………ぐふ……」ズル……ドサッ
黒子「…あら? ……もしかして、助けてくれたんですの? 余計な真似ですが、一応感謝しておきますわ」
769: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/04(木) 16:42:55.36 ID:UDRMMUM0
上条「アホかーっ!? 能力が使えない丸腰の状態で拳銃と対峙する馬鹿がどこにいんだよ!?」
黒子「そ、それは………」
上条「早る気持ちも分かるけど、ここで捕まっちまったら意味ねえだろ? 俺の右手は相手が能力系統なら何とかなるけど、
ああいう凶器とかはどうにもならねえんだ。ここだと能力者が敵の可能性は低いだろうから、実質俺もお前もここじゃ
いつもみたいに能力に頼ることはできねぇ」
黒子「…佐天さんと初春がやってくれるまでは、なるべく退き手に回らなければならない。という事ですのね……」
上条「そうなるな。せめて、お前のテレポートが使用可能になれば……成功率も相当上がるんだろうけど」
黒子「ですが、上条さんを連れてのテレポートはできませんのよ?」
上条「俺の方は俺で何とかするさ。だから気にすんな。いざとなったら俺が囮になるから、お前は迷わず逃げろよ」
黒子「まったく……。少しぐらいは他人より自分を気遣いなさいな」
上条「はは、それもよく言われるけど……生まれつきなのかな。やっぱ」
黒子「毎度ながら、呆れてモノも言えませんわ……。貴方は“あの時”から何も変わってませんのね」
上条「ん……あの時って?」
黒子「覚えてませんの? わたくしは一日だって忘れたことなどないというのに……っ!」
上条「あ、あー、あれか! たしか夏終わってすぐだったっけ…」
黒子「……思い出すのが遅いですのよ」
770: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/04(木) 16:45:34.61 ID:UDRMMUM0
~~~
『―――何で、わたくし達は……ただの他人でしょう? 何で本気になれますの? 何で迷わず突っ込んで来れますの!?』
『―――どうしてって言われてもな……ぶっちゃけた話、逃げるより立ち向かった方が早いだろ』
『そうではなくて、……怖いとか、恐ろしいとか、思いませんの!?』
『まぁ怖いっちゃ怖いけど、約束だしな……』
『約束…?』
『そう、約束だ。“御坂美琴と彼女の周りの世界を守る”ってな―――』
~~~
黒子(思い起こしてみれば、わたくし……このお方にどれだけ借りがあるのでしょうか……?)
上条「そう言や、お前あの後入院したりして大変だったんだよな……」
黒子「まぁ、今はこの通りピンピンしてますが……」(いいえ……)
(この方はそんな“約束”などに縛られて動いてはいない。それはここしばらく一緒に行動していて良く分かりました)
(本当にこのお方は……“目の前で困っている人間”なら誰彼構わずに手を差し伸べる人間ですの)
771: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/04(木) 16:46:50.44 ID:UDRMMUM0
(お姉様の殿方を見る目は、あながち間違っていないのかもしれませんわね……)フフッ
上条「……白井、何笑ってんだ?」
黒子「いえ、なんでもないですのよ。さ、こんな所で油売っている場合ではありませんわ。お姉様の救出を急ぎましょう」タタッ
上条「あ! おい、待てって! あんま走るのは良くねーぞ! 見つかったらどーすんだってオーイ!」タタッ
―――
一方、佐天と初春は狭い通気口を這いずりながら上を目指していた。
「初春~……他に良い道無かったの~?」
外に漏れない程度の声でクレームを出す佐天に、初春は端末機に表したルート図から目を離して前方の佐天を見る。
「仕方ないじゃないですか。見つからないように最上階へ行くのにまともな道なんて、そもそもあるわけないんですから」
返ってきたのは同じくらいの小声だが、佐天にはハッキリ聞こえた。
初春の言う事も一理ある。というか、完璧な正論だ。いくら端末機にデータを送信して道の確認を改善化したとは言え、二人は
潜入操作の経験もないただの女子中学生である。そんな二人が誰の目にも触れず目標地点まで到達するのに、まともな道を選ん
でいる余裕などはなかった。
「……ハァ、まさかこのまま上まで行くってことないよね?」
窮屈そうな吐息を漏らしてから心配そうに訊ねてくる。
772: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/04(木) 16:48:36.49 ID:UDRMMUM0
「大丈夫です。もう少し進んだらエレベーターの入り口がありますから、そこで下りましょう」
端末機を確認しながら返ってきた言葉に佐天の調子が上がる。
「お、ラッキー♪ 一気に上まで行けるじゃん!」
「佐天さん、声……」
「あ……ゴメ~ン」
慌てた仕草で口に指を当てる初春に佐天は舌を出した。
「でもさ、初春。エレベーターのカメラってメーカー違うんでしょ? ……ちゃんと止まってんのかな?」
今度は素朴な疑問をぶつけてきたが、初春は動じない。
「大丈夫です。メーカー問わず、施設内全域の範囲で映像を抑えてますから。個室や通路はもちろん、エレベーター内のカメラ
対策もカンペキです」
狭い中、胸を張る初春を佐天は褒め称えた。
「さっすが~。その腕章は伊達じゃないね♪」
「へへへ……まあ、失敗も結構しますけどね………っと、この辺ですね」
喋りながら這っている内に、下り口まで来たようだ。
「よいしょ……っと」
監視カメラに気を回す必要はないが、周囲に気を配らなければならない。二人の少女はゆっくりと地に足を着けた。
773: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/04(木) 16:50:23.39 ID:UDRMMUM0
「よしっ……早く…」
すぐさまエレベーターを呼び、付近を警戒する。ここで研究者にでも遭遇し、捕まったりでもしたらオシマイだ。
佐天はバットを構えて周りを見渡し、初春は表示ランプを見ながらオドオドする。
(早く……早く……)
「―――来たっ!」
エレベーターの扉が開いたと同時に素早く乗り込む。幸い、扉が閉まるまで誰にも発見されることはなかった。
「ふーっ……ヒヤヒヤするね~…」
「心臓に良くないですね……」
九階を押そうとボタンに手を伸ばすが、あれ?
「……って、これ六階までしかないじゃん!?」
「あ……言い忘れてました。すいません」
「はぁぁ!? な、何それぇぇ……」
「え……えーとですね、六階で降りてから、今度はこの……」
説明で誤魔化そうという初春の試みは佐天に通用しない。
「う~い~はぁぁぁるぅぅ~~~!!」
「ひぃぃぃ!?」
六階に到着するまで初春の悲鳴とエレベーターの揺れが止むことはなかった。
774: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/04(木) 16:53:29.87 ID:UDRMMUM0
―――
施設内の実験用設備が充実している広々とした場所に木原数多はいた。
木原の正面には巨大な培養器。その中に番外個体の姿も見える。
木原はまるで脳の神経を遮断しているかのように直立不動と化し、ただ無表情で培養液に漬けられている番外個体を
眺めていた。
(もうすぐだ。もうすぐで始まる。……いや、“終わる”っつった方が正しいか? とにかく、これで上層部の喧しい
『反対派閥』も泡を吹くこと決定だ)
(クククッ、楽しみだなぁ。この日をどれだけ待ったことか……)
(第三次製造計画の『引継ぎ計画《ネクストステージ》』が実行されるこの日をよぉぉ!!)
「そして、お前はその栄誉ある執行人だ。ぎひひっ! いいなぁ羨ましいなぁ。こりゃ表彰モンだぜ。全てが片付いた
暁にゃ、スクラップ処分だけは勘弁してもらえるかもなぁぁ」
「頼むぜぇぇ。自ら地獄へ行きたくなるぐれぇに追い詰めてやってくれよぉぉ?」
『 番 外 個 体 』
775: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/04(木) 16:54:56.67 ID:UDRMMUM0
「―――き、木原さん! あ、し……失礼しました」
ニヤリ笑顔が究極にまで歪んだ所で声が掛かった。
木原は表情を無に戻して振り返る。
「あぁ? 何だ? 慌しいな」
「じ、実はその―――」
部下の研究員は、監視制御システムが原因不明の故障状態に陥っている事と、通路や扉に設けられたロック装置が自動解除
モードに設定されたまま変更ができなくなっている事態を木原に報告した。
「―――ふぅん……。…で、復旧の目処は立ってんのか?」
「それが……外部から規制が掛けられていて………少々時間を要すると…」
顔色を窺うようにこわごわと答えた部下にはもう目もくれず、木原は少しの間を置いてから舌打ちする。
「チッ……、記念日に“招かざる客”ってか…」
「え…?」
木原の呟きの意味が理解できなかったのか、部下は思わず疑問の声を口にした。
「何素っ頓狂な顔してやがる。テメェの頭は鳥と一緒か?」
「……?」
776: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/04(木) 16:56:38.59 ID:UDRMMUM0
「監視システムの異常、加えて電子ロック制御装置の強制解除。これでピンと来ねえってんならテメェの脳は賞味期限切れだ」
「侵 入 者 だよ。何者かは知らねえが、アジト内に部外者が侵入したって考えるのが普通だろぉが」
「……!!」
木原の言葉を聞いてようやく事態が飲み込めた部下は木原の指示を仰ぐ。
「おいおい……んな想定ぐれぇ出来ねえでどうすんだよ。すぐに警備を固めろ。研究やレポートも中断させて、全員巡回に回せ」
「はっ、はい! あ……あの、木原さんは……?」
恐る恐る訊ねる部下。
「“最終調整”が終わるまではここから離れる訳にいかねぇ。ネズミの駆除くらいテメェらでも出来んだろ?」
「は……はぁ」
「狙いはおそらく超電磁砲だろぉな。……何の勢力かは分からねえが、思ったより早く嗅ぎつけてきやがったか…。ま、猟犬が
ネズミに遅れをとるなんてこたぁねえと思うが、一応油断はすんな。敵側に少なくとも凄腕のハッカーがいる事だけは間違いねぇ。
超電磁砲の周辺を念入りに固めろ。警備に当たるヤツらにもしっかり伝えておけ」
「はっ! ……あの、警報は…?」
「頭回せっつったばっかだろぉが!! んなモン鳴らして警備員に通報でもされたら余計面倒な事態になるのは目に見えてんだろ
このクソボケ!!」
「もっ、申し訳ござ…」ビクッ
「はぁ……もぉいいから、とっとと侵入者の捕獲に当たれ。せっかくの“記念日”に俺の手間を増やすんじゃねえぞ?」
777: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/04(木) 16:59:11.42 ID:UDRMMUM0
「―――了解しました!!」
軍隊のような返事を残し、何故か敬礼までした部下は急ぎ足でその場から去っていった。
「…………」
(範囲設定で監視装置を無力化できるぐれぇだ。施設内の様子はジャックされてるハズ……)
(暗部組織の仕業か……? プロ連中が相手じゃ、俺が出向いた方が手っ取り早ぇかもな……)
(だが、今調整を中止しちまったらまた時間掛けなきゃならなくなっちまう……。ソイツはちと勘弁だな)
(……まぁ、何とかなんだろ。いざとなりゃ上の名前でも出して脅しかけりゃ一発よ)
(それに、出雲やクソ姉貴も警護につかせりゃあ、そう簡単にはいかねえハズだ。百パーセント信用したワケじゃ
ねえけどな)
(わざわざ俺が動くまでもねえのよ。クククク……)
余裕の笑みを漏らし、眠り続ける番外個体へと目を戻した。
787: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/07(日) 17:08:49.08 ID:HGmnQ4I0
―――
開き始めた傷口に構うことなく地下の牢獄でひとしきり叫んだ。
口の中に鉄の味がまた広がっていく。
一方通行は枯れ果てた声を荒息に変えて血の混じった唾をペッ、と吐き捨てた。
「ハァ…ハァ………っくそ……ったれ……」
通路からの足音は聞こえてこない。
(当然か……ンな都合の良い展開なンざ今どきC級映画でも見れねェよ)
(考えろ。……何か、何か手はねェか? 何でもイイ。考えろ……。何か見落としてることは……)
思考をフル回転させる。
「……っ………っっ……」
打開策を、逆転の一手を打つ方法に全ての意識を集中させる。
が、しかし
(…………って、そンな方法があンなら俺は今ここに居ねェっつの!)
バン! と悔しみを込めて床を叩いた。
788: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/07(日) 17:09:49.15 ID:HGmnQ4I0
(あの野郎にはムカつくほどに隙がねェ……。ご親切に電極の充電までしてくれやがる……)
――― 木原『屈辱も痛みも満足に味わえないのは不憫だろぉ? 電池切れだなんて楽な逃げ道は与えねえよ。
思考回路をしっかり保ったまま苦しみやがれ』
(……ンな事ほざいてたが、あれは余裕の表れ……俺の思考能力なンざ奪うまでもねェ、って高らかに宣言され
てるよォなモンじゃねェか。どこまでも悪趣味な野郎だぜ)
(まァよ……悔しいなンてレベルじゃねェが、確かにその通りだよクソが…)
(何度も何度も、涙も枯れるぐれェに、ありとあらゆる方法を試そォとした。能力も演算を妨害する何かが張ら
れてンのか、この忌わしい拘束具のせいか、全く使い物にならねェ。それでも、どこかに穴がねェか必死に模索
してみた。……が、駄目だった)
(結局俺の思考なンて全てお見通しだったらしい。何を企ンでも、どンな悪知恵働かそォにも、あのクソ野郎は
常に一歩先に立ってやがる……)
(自力で脱獄するのは……無理だ。認めたくねェけどよ、完全に手詰まりだクソったれ……)
(この俺が、まさか居もしねェ誰かに助けを求めちまうほど切羽詰まっちまうなンてよォ……もォ腹も立たねェ)
(けど、拘りとかプライドとか……そンなモン持ってたって何の役にも立ちゃしねェ。それは“あの時”から学習
してるだろォがよ……)
(もォ、……こいつァ俺ひとりじゃどォにもならねェ…)
789: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/07(日) 17:11:23.78 ID:HGmnQ4I0
(神の奇跡だって何だって、今なら信じてやるからよォ……。力を……俺に手を貸してくれ!)
(頼む……ッ!!)
この時、一方通行は目を固く閉じ、初めて人外(神)に祈った。
彼は今、護りたいモノを護る以外に何も望まない。
そのために、もう一度立ち上がるチャンスを与えて欲しい事以外に何も求めない。
非力な己を悔いるのは、後でいい。
(助けてくれ! 俺にも、失いたくないモノをこの手で護らせてくれ! あのクソガキの時みてェに……!)
叫べない代わりに、祈った。
790: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/07(日) 17:12:25.53 ID:HGmnQ4I0
―――
「ハァ…ハァ……ち、ちっくしょおおおおおっ!!」
上条当麻は追われていた。
一階の通路内を、縦横無尽に逃げ回っていた。
彼の隣りに白井黒子は、いない。走っている途中でとっくに二手へと分かれたのだ。
もう説明の必要もないとは思うが、一応言っておく。二人は呆気ない程すぐに見つかってしまった。
通路の曲がり角で科学者と、言い訳無用なほどにバッタリと遭遇してしまっただけである。それ以上のドラマ的な
展開があった訳でもなかった。
「―――待てぇぇこのガキィィいいい!!」
「―――どこから入りやがったぁ!? 止まれ!! 止まれェェええ!!」
追手の科学者が一人、また一人と増えていく。その分、逃げ続けるのが困難になっていく。
気づけば十人近くが自分の後ろを走っている事実に上条は絶叫した。
「だああああああ!!! 見つからずに御坂を救い出す作戦もこれで完全にオジャンじゃねーかクッソォォおおお!!」
走りながら頭を抱える。
「待てェェえええええ!!」
それでも追手は足を止めない。
「待てだぁ!? いくら上条さんが馬鹿だからって、待てっつわれて素直に停止するほど馬鹿じゃねーぞ!!」
791: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/07(日) 17:14:00.26 ID:HGmnQ4I0
逃げながらも威勢よく振り返って言葉を吐くが、
(せっかくここまで来たってのに、ここで捕まるなんて冗談じゃねぇ!! 何が何でも逃げ切ってやる!!)
内心、心臓はバクバクいっていた。
「……ハァ…ハァ…ハァッ………!?」
追われている人間の心理は面白いもので、真っ直ぐ逃げるよりも曲がれる道は曲がって逃げる方を本能的に選ぶ。
上条も例外ではなく、曲がった直後に続く直線をそのまま走るよりすぐ近くの抜け道みたいなポツン、と存在する通路へ
迷うことなく飛び込んだ。
「―――クソ! なんて逃げ足の速いガキだ!」
「―――もう姿が見えなくなったぞ!?」
「―――とにかく追え!」
「…………ッ」
乱れた息を無理矢理殺して壁と一体化する。そのまま微動だにせず、走り過ぎていく科学者たちを横目で見送った。
追っている側の心理も面白く間抜けで、咄嗟の場合は曲がるより直進していくパターンが多い。
こうして、曲がった後更にすぐ曲がった上条は、曲がってそのまま直進して行った科学者たちを何とかやり過ごすに至った。
「……ふぅ、……っぶは! ハァ、ハァ……マジで危なかったぜ……ッ!」
792: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/07(日) 17:15:35.45 ID:HGmnQ4I0
たまたま目に入ったから飛び込んだ通路だが、走っていると普通は見逃してもおかしくないほどの小さな道である。
上条にとっては不幸中の幸いというやつだ。
「はぁぁぁ……参ったぞ。こりゃあ警備も更に厳重になっちまうな。カメラで位置を特定されないだけまだマシだけど、
御坂のいるトコからだいぶ離れちまった。……ってか、ここどこだ? ……あれ?」
脱力し、壁にもたれ掛かって地図を見る。
必死に逃げ続けている間に現在地が分からなくなってしまった。
「…ふ…不幸だ……」
溜息と一緒にお約束の一言を吐いた。
「ッ……そうだ。白井のヤツ、無事に逃げ切れたかな?」
途中で追手をかく乱させるために一旦黒子と別れてしまったが、彼女の方は大丈夫なのか?
まさか捕まったのでは? と、上条は表情を強張らせた。
「……頼む。逃げ切ってろよ…」
とりあえず今はそう信じる他ない。
あまりグズグズしていると警備も厳重になり、更に動きが取れなくなる。
なるべく早い内に動き出そうと、上条は広い通路の方へ戻ろうとした。
だが、
「ん……?」
793: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/07(日) 17:17:40.29 ID:HGmnQ4I0
その時、逃げ込んだ通路の奥がふと気に止まった。
「……今、広い場所に出ても、またすぐ見つかっちまうだろうしな……。……いったんコッチへ進んでみるか」
カツン カツン
(……なんだ? ずいぶん狭いっつか、暗いな……。どこに繋がってるんだ?)
(まぁ、どうせ自分がどこにいるか分かんねーんだし、気にする必要もねえか……)
そうしてしばらく進んで行く。すると、
「……!」
下へと続く階段が目に映った。
(……。ここって一階だよな? 地下もあったのか……。見取り図には画いてなかったぞ……)
(どうする……)
少し躊躇うが、引き返すのも何となく気が進まない。
やがて、結論が出た。
(―――行ってみるか!)
794: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/07(日) 17:19:13.10 ID:HGmnQ4I0
階段を慎重に下り、地下へとやって来た上条。
相変わらず薄暗くせいで周囲を観察しにくいが、先ほどより視界も慣れてきた。
「うわ……何だよここ……まるで牢屋じゃねえか。……薄気味悪いとこだな…」
「っつーか、今時犯罪者でも流石にこんなとこには入れられないだろ……」
収容施設が実際どうなのか知らない上条は、一般的なイメージだけで感想を漏らした。
鋼鉄の檻が左右に広がる中、一歩、一歩と警戒しながらも前進する上条。
「中には、誰もいないんだな……もしかして、無人…?」
意味のない場所を歩いているのでは? と上条は思った。
だとしたら、ただ時間を無駄にしているだけだ。
「……やっぱ、戻るか」
引き返そう、と結論して身体を反転させた。
――――その時だった。
ガシャン…
「……!?」
上条の足がピタリと止まり、後ろを向く。
795: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/07(日) 17:21:05.24 ID:HGmnQ4I0
(何だ? 今の……)
奥の方から、かすかな物音がしたのを上条は聞き逃さなかった。反転した身体をまた戻し、耳を澄ませてみる。
ガシャン…
「…! やっぱり……。空耳じゃないよな」
「誰か、居るのか……?」
そのまま、音のする方へと、上条は再び歩を進めた。
796: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/07(日) 17:22:08.50 ID:HGmnQ4I0
―――
「……クソ、せめてこの鎖が外せれば……ッ!」
ガシャン、ガシャン、と音を鳴らしながら鎖をいじるが、無駄なのはイヤと言うほど思い知っている。
(もしこの鎖が能力を封じる役目になってンだとしたら、コイツさえ何とかすりゃまだ救いようが有るかもしれねェ…)
キャパシティダウンを体感したことがない一方通行は拘束具から解放されれば能力も戻ると踏んでいた。
ならば尚のこと、意識は拘束具に集中する。更に音を立てていじり始めた。
(外れろ、外れろよこのヤロォォ!)ガシャン ガシャン
797: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/07(日) 17:23:31.01 ID:HGmnQ4I0
―――
(音が大きくなってきた……。近いぞ)
上条はゆっくりと音の鳴る牢獄へ接近していた。
どうも奥の一室に誰か収容されているらしい。
(犯罪者か? それとも……)
ガシャン、ガシャン
(……あそこだ!)
遂に、鎖を鳴らしているような音を響かせている牢獄を目に捉えた。
上条は足音控えめで檻に近づく。中に誰か―――
―――いる!
「………!!!!!」
798: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/07(日) 17:24:36.58 ID:HGmnQ4I0
中に閉じ込められている人物が顔をコチラに向けた。上条も中で拘束されている人物の姿を確認した。
二人の目が合う。
かつて命懸けの死闘を演じたことさえある少年同士が鉄柵越しに顔を見合わせる。
その瞬間、彼らはこれ以上無理なほど思い切り目を開く。
ポカン、と口を開けたまま、両者の間に僅かな沈黙が生まれる。
やがて、檻の向こうにいるツンツン頭の少年が開いたままの口を動かし、唾を飲んだ。
「ア……アクセラレータか……!!?」
「……………ッ!!?」
檻の中の白髪の少年、一方通行は柵の外に立っているヒーローの存在を一瞬疑った。
799: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/07(日) 17:25:30.10 ID:HGmnQ4I0
―――
上条当麻と離れ離れになった白井黒子は、無人の個室でじっと息を潜めながら表の様子を窺っていた。
(まだ探してますわね……。これでは身動きが取れませんの。上条さんの方は大丈夫でしょうか…? 上手く逃げ切れ
ていればよろしいのですが……)
気配と物音から付近に人がいることを認識できる。今動けば確実に見つかって捕まる。
黒子は逃げる途中でたまたま空きっ放しだった個室に運良く飛び込み、追手から間一髪で逃れたこの物置部屋のような
個室でこれからの動きを脳内整理した。勿論周囲への警戒は解かないまま。
(今、この辺りですわね。お姉様の収容されている地点はここから北西の方向……。くっ、思った以上に離れてしまい
ましたの! しかも、最短の道はおそらくまだ追手がウヨウヨしていますわ……遠回りですが、ここは一旦引き返す
しか無さそうですの。そしてこの地点まで戻ってルートから………っっ)
手に持った見取り図を眺めて道順を再構築しながら歯軋りする。
安全に進める保障など全くと言って良いほどに無い。もう侵入した事がバレてしまっている以上、尚更進み辛くなって
くることだろう。
美琴の救出を急ぐあまり先走って急ぎ過ぎた結果がこれだ。美琴の事になると周りが見えなくなる事があるとは言え、
彼女らしくない失敗だった。おそらく、自身の能力に頼れない不安も手伝ってしまい、警戒も疎かになってしまったの
であろう。
だからこそ冷静に事を進めなければならなかった。上条の言う通り、もう少し慎重に行くべきだった。
(こんな時に、わたくしは何をやってますの!? 上条さんは何度も忠告してくれていたと言うのに……)
800: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/07(日) 17:26:31.28 ID:HGmnQ4I0
~~~
上条『―――ハァ、ハァ、………ッ!? ちくしょうっ! また増えてやがる!』
黒子『―――っ!! しつこい……ッ! ハァ、ハァ…』ドドドド
追手(4~5人)『―――止まれぇぇ!! 止まりなさい!!』ドドドド
上条『く……今捕まるワケに行くかよ! 白井! ここはひとまず二手に分かれるぞ! いいな!?』ドドドド
黒子『え……っ!?』
上条『このままじゃ人数も増えていって、いずれ捕まっちまう! あの正面の突き当たりで俺は右へ曲がるから、お前は
左に行け!』
黒子『し、しかし……!』
上条『御坂を助けるんだろ!? ここで二人揃って拘束されちまったら、完全アウトじゃねえか!! なぁに、俺なら心配
要らねえよ! 必ず逃げ延びてみせるから、お前も絶対に逃げ切れ! 死んでも捕まるんじゃねえぞ!!』
黒子『上条さん……』
上条『わかったか!?』
黒子『は、はい……っ!』
上条『よし! じゃあここで一旦お別れだ。けど……あとで、必ず無事で、また会おうな―――!』
801: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/07(日) 17:27:49.70 ID:HGmnQ4I0
~~~
(……迷惑を掛けたのはわたくしだというのに、あのお方は最後までわたくしを責めませんでしたの……それどころか笑顔
で『また会おう』と……)
(上条さん……どうか、どうか無事でいてくださいまし……! 初春、佐天さんも……どうか……っっ)
「……………」
(………いつまでも嘆いたところで仕方ありませんわね。この辺りを散策する気配も感じられなくなりましたし、そろそろ
動かなければ……)
(まだですの……まだまだこれからですの! 今度は慎重に参りますわよ!)
表情を引き締め、黒子は音を殆ど立てずに個室を後にした。
まるで忍者のように素早く、冷静に、まさしく風紀委員の仕事をしている時同様の凛とした顔つきで。
(お姉様ともう一度逢うまでは、この白井黒子……諦める訳にはいきませんの!!)
たとえ能力が使えなくとも、心の強さは決して折れてなどいない。
どんな難事件にも果敢に挑み、使命をまっとうするいつもの“風紀委員”、白井黒子が再び動き出した。
802: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/07(日) 17:28:53.09 ID:HGmnQ4I0
―――
(何…? 何か起きてるの?)
目の前を往来する科学者達の様子がおかしい。どこか殺気立っている。
御坂美琴は監禁部屋で相変わらず不自由な状態のまま異様な空気を感じていた。
「やけに厳重ね……。無意味なくらい」
そう呟きたくもなるほどに、周囲を科学者が徘徊していた。異常な警戒心を放ちながら。
まるで誘拐予告を受けた王国の姫だ。自分のこの理不尽な状況を除けばだが。
「……ねぇ、アンタは何か知ってる?」
この“いつも”明らかに違う光景に我慢できず、美琴はまだ真横で腕を組みながらぼんやりと立っている女使用人に訊ねて
みた。先程どこかと連絡を取ってから、女使用人の様子も少しおかしい。
「さぁね……」
彼女の口数は明らかに減っていた。
何かイレギュラーな事が起きているのだけは美琴にも理解できる。
(この“ジャジャ馬”を取り返しに、だぁ? ケッ……どこの馬の骨か知らねえが、良い度胸じゃねえか。……まさかとは
思うが、“あの時”のお仲間さん達じゃあねえよなぁ……?)
(クククッ、そうだったら良いなぁ。ヤツらにもまとめて借りが返せて言うこと無しってヤツだ)
803: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/07(日) 17:30:16.22 ID:HGmnQ4I0
(いい加減ガキの世話も飽きたしな。そろそろひと暴れしたってバチは当たんねえだろ…)
(まぁ、仮に“あの小娘ども”だったとしても、テレポーターは能力が使えねぇ。取るに足らねえとはこの事だな)
(ま……実際はどうなのか分からねぇが。けど、映像に姿が映らないよう侵入前にカメラをオトし、セキュリティ対策も
万端で来やがったからには、そこそこ食えねえ相手なんだろうなぁ? そうでなきゃ面白くねえぞ……)
女使用人はその後も訝しげにコチラを見つめる美琴を無視し、何かを考えている。
やがて、
(……念には念だ。“アレ”を使わせてもらうとすっか)
「決めた」とでも言いたい雰囲気で女使用人は監禁部屋を離れ出した。
「あ! ちょっとねぇ! どこに行くのよ!?」
思わず背中に声を飛ばす美琴。女使用人はゆっくりと振り向き、
「あぁ、駆逐の準備さ」
そう言って端整な顔を崩した。
「えっ……?」
美琴はその言葉と表情の意味が理解できず、首を傾げた。
818: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:21:38.99 ID:Uf4KWKo0
―――
「………!!!」
「……一方…通行……か? ……ここに居たんだな……」
しばし互いの顔を見合わせて表情を凍りつかせていた二人。先に口を開いたのは上条だった。
偶然迷い込んだ地下フロア。物音を頼りにここまで来てみれば、その正体はかつて命懸けで衝突し合った事さえある学園都市
最強の変わり果てた姿。
全身ズタボロで、すぐにでも治療を受けなければ危ういかもしれない檻の奥の少年に、上条は冷たい汗を流した。
しかし、
「っは……、見つかった時は不幸だと思ったが……思いがけない形でラッキーってのは起こるモンだな……」
口の端だけで笑い、そう零した。
~~~
上条『―――それ、本当なのか!? 土御門……!』
土御門『―――ああ、カミやんにだけは教えておくぜよ。今言った事は資料には書いてない。これはできれば、カミやんの胸にだけ
留めておいて欲しいにゃー』
819: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:22:53.97 ID:Uf4KWKo0
上条『……あぁ…けど、一方通行も捕まってるなんて……』
土御門『黒幕の木原数多は、元々一方通行の能力開発に携わっていた研究者だ。死んだと思われていたが、ヤツは生きていた』
上条『……そうだったのか……。あの日にそんなことが………っつか土御門! お前、一方通行の事を何で俺に!?』
土御門『はっはっは♪ 何を今さら。カミやんと一方通行に因縁がある事ぐらい、とっくに把握している』
上条『………何か、お前が何を知ってても…もう不思議だなんて思わない方がいい気がしてきた……』
土御門『褒め言葉として受け取っておくぜよ♪』
上条『ハァ……んで、その木原数多って野郎が、一方通行や御坂を拉致監禁したと……。けど、一体何のために?』
土御門『カミやんが以前学園都市を襲撃した神の右席、“前方のヴェント”と交戦した日、木原数多は一方通行に殺害されている。
何故今も生存しているのかは俺にも分からないが、単純に考えれば、木原数多の目的はそれで大体察しがつくはずだ』
上条『………復讐か?』
土御門『あぁ、多分な……』
上条『おい……おい、ちょっと待てよ……。何でそれで御坂まで……? アイツも何か関係してるのか!?』
土御門『いや、直接は関係ないぜよ。彼女は一方通行を誘き出す餌の一つとして利用された可能性が高いな』
上条『な…に……?』
土御門『確証は無いが、あと他にあるとしたら施設の出力調整要員ぐらいか……』
820: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:23:58.42 ID:Uf4KWKo0
上条『ッ………。それじゃあ、御坂には……何の罪もねえんじゃねえか!』
土御門『…………』
上条『何だよそれ………。何なんだよ!! そんなくだらねえ理由で御坂をずっと縛り付けてるってのか!? たったそれだけ
のために―――!!』
(―――白井や初春さんに佐天さん……アイツを慕う人達が辛い思いをしてるっていうのかよ!!?)
土御門『木原数多は、そういう男だ。目的のためなら部下も平気で見放し、赤子さえも笑顔で虐殺する。カミやんには到底理解
できないだろうけどにゃー……』
上条『……ふ、ふざけやがって………ッッ!!』ワナワナ
土御門『…………』
上条『許せねぇ……絶対に許せねぇ………そんなのが許されてたまるかよ!!』
土御門『………カミやん。イカレてるのは何も木原数多だけじゃーない』
上条『……何が、言いたいんだ…?』
土御門『まぁ聞け。学園都市で研究職に就いている人間は学生を“研究対象”としてしか見ていないヤツが多い。私利私欲に溺れ、
成功のためならどんな犠牲も厭わない。無論“例外”もいなくはないが、他人の命を“実験”や“研究”と称して平気で
命を弄ぶヤツらの方が実は大半を占めてるんだぜい』』
上条『……けど、だからって御坂は関係ないんだろ? だったら…』
土御門『カミやん……。今、何故こんな話をしたのか分かるかい?』
821: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:24:52.54 ID:Uf4KWKo0
上条『え……?』
土御門『“ヤツらに話し合いは一切通じない”ってことを教えたかったんだ。説得で解決しようなんて考えるな。少なくとも木原
数多には無駄だ。言葉の前に銃弾が飛んでくる恐れもある。御坂美琴が関連を持っていようがいなかろうが、利用できる
ものは何でも利用し、価値が無くなればゴミ同然に切って捨てる。木原数多はそういう典型的な“血も涙も無い”タイプ
の人間だ』
上条『………』
土御門『だから……本気でヤツらに挑むつもりなら、カミやんもそれなりに甘さを捨てていけ。これは親友としての忠告だ』
上条『土御門………』
土御門『……以上だ。長々とすまなかったにゃー』
上条『いや……助かったよ。ありがとうな』
土御門『じゃ、資料送らせてもらうぜい』
上条『ああ、頼むよ―――』
~~~
結局土御門は、あの時「一方通行も頼む」とは最後まで言わなかった。
これを教えたら上条ならどう行動するのか、彼は最初から知っていた。だから敢えて頼まなかったのだ。
822: おっとage忘れた ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:26:01.52 ID:Uf4KWKo0
事実、上条は黒子達に悟られないように一方通行の事も気に掛けていた。
美琴の救出を遂行出来たら先に彼女達を外へ逃がし、自分は一人残って一方通行を助け出すつもりだった。
だから、この偶然は彼にとって不幸ではない。
――― あの人が、いないの……。ってミサカはミサカは不安な心中を吐露してみる… ―――
脳裏に浮かぶ打ち止めの悲しげな瞳。
躊躇う理由など、どこにもない。
『一方通行を打ち止めの所まで連れて行く』
上条が密かに決心していた事だった。
823: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:26:57.13 ID:Uf4KWKo0
―――
一方通行は目の前に出現した少年を見て、これは夢かもしくは幻覚なのかと思った。
信じられなかった。所詮叶わない願いだと、心のどこかで諦めかけていたのもあったせいか。
一端の無能力者でありながら、最強の称号を持つ自分に臆する事なく挑んできた生粋の善人。
道を失いかけて暴走した自分にその拳を叩き込んで目を醒まさせてくれた羨望のヒーロー。
まさか、本当にこの少年がここに来るなど、一体誰が予想したか?
(オイオイ……ついにこンな幻まで見えてきやがった。っつか、やっぱコイツかよ……。まァ、それも無理ねェか。俺にとって
ヒーローっつったら、コイツしか想像つかねェモンなァ………)
願いとは、叶う希が低いからこそ願うものだ。
だから、叶った時の顔は驚愕と希望に満ち溢れるのが普通である。
一方通行も例外では無かった。硬直から滲み出そうになる、驚きと疑心と歓喜の全てが入り混じったような複雑な表情。
どうせこれは夢だ。幻想だ。なら素直に受け入れよう、と。
しかし、その前に少年が声を掛けてきた。
「……一方…通行……か? ……ここに居たんだな……」
824: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:28:13.62 ID:Uf4KWKo0
「―――ッッ!!?」
現実だ。本当に、上条当麻がそこにいる。夢なんかではない。
そう認識した時、一方通行はやっと我に返った。
「何…で……」
「……何で、オマエがここにいる?」
感情を隠し、低い声で問う。
実際上条がここに居るとしたら、それは一体どういう事に繋がるのか。
はっきり言おう。
馬鹿だ。命知らずだ。無謀だ。とてもまともな神経じゃない。自分が何をしているのか果たして理解できているのか?
一方通行の顔がみるみる険しくなっていく。そして上条の答えが、そんな彼の眉間のシワを一気に寄せた。
「何でって、決まってんだろ。御坂と―――」
「―――“お前”を助けに来たんだよ」
薄暗い空間だが、何の迷いも感じられない上条の眼だけはハッキリと見えていた。
825: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:29:36.93 ID:Uf4KWKo0
上条「ん…? おい! お前……ヒデェ怪我してるじゃねーか!」
一方通行「…………」
上条「待ってろ。今すぐ……って、くそ! やっぱ鍵が無いと開かねえか……。仕方ねぇ。今取ってくるから、ちっと待っ――」
一方通行「オイ………オマエ……自分がどこにいるのか……ちゃンと分かっててモノ言ってンのか?」
上条「――ん? 当たりめーだろ。そうでなきゃこんなトコまで来れねえっつの。っても、ここに着いたのは偶然なんだけどな」
一方通行「……偶然…だァ?」
上条「ああ、施設のヤツらに見つかって、たまたまここに続いてる通路へ逃げ込んだんだよ。そしたら、奥から物音がしてさ。
気になったから来てみたら、お前が居た。ってワケだ」
一方通行「そンな事はどォでも良いンだよ! オマエ自分がどこで何してンのか本当に理解できてンのかって俺は訊いてンだ!」
上条「……分かってる」
一方通行「分かってねェだろ!! どォやって来たかは知らねェけどなァ、正体も掴めずに飛び込むには悪すぎる相手なンだよ!
オマエみてェな『表の人間』が関わって良いよォなヤツじゃねェンだぞ!? …それを知ってて……それでもオマエは
ここに来たってのか!?」
上条「……ああ、そうだ」
一方通行「…ッ……何で……だよ……」
上条「お前も御坂も助けて……『みんなで無事に帰る』って、俺がそう決めたからだよ。誰が相手かなんて関係ない。何て言われ
ようと、俺はお前も助ける」
一方通行「……ひひっ……ひひひひ……」
826: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:30:34.68 ID:Uf4KWKo0
上条「………」
一方通行「ひひっ………あは、あはは、ぎゃははは! あはははあはははぎゃははははあははははは!!!」
「きひ、きひひっ……惨めに成り下がったモンだなァ。俺もよォ……」
「ついに三下にまで同情されるたァ、ひひひ……ホント、なっさけねェよなァ……。こりゃもォ笑うしかねェわ」
上条「…………」
一方通行「けどよォ、誇りだとか意地だとか、ンな安っちいモン全部捨てたって、結局俺はオマエみたいにはなれなかった。
現に俺ひとりじゃ護りたいモノを護ることすらできやしねェ……」
上条「一方通行……」
一方通行「結果は今オマエが見てる通りよ。無様だろ? 情けねェだろォ? 嗤いたきゃ嗤えよ。薄汚ねェ闇で染まった
俺が、いくらオマエの様に誰かを救いたいがためにもがいたところで、所詮はこのザマだよ畜生」
上条「………」
一方通行「何でだろォな。何で俺じゃ上手くいかねェンだろォなァ。……これでも以前より変わったつもりだった。大切な
モノが出来て、こンな俺でも誰かのために生きれるンじゃねェか、って本気で思った……。前にオマエが言った
『誰がヒーローだろうが関係ない』ってセリフ、今も胸に残ってンだよ。俺みてェなヤツがここまで来れたのも、
言ってみりゃ全部オマエのおかげなンだよ。今の俺にとってどれが正義でどれが悪かなンて知ったこっちゃねェ。
ただ、アイツらの……笑顔を守ってやりたいだけだった……」
上条「…………」
一方通行「けど、それでも……やっぱり、俺一人じゃ無理だ。建前全部ブチ壊してでも守りたかったのに、俺だけじゃどォ
にもできなかった……。悪あがきも、無意味にしかならねェよ……」
827: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:34:30.33 ID:Uf4KWKo0
上条「………で、それでどうするんだよ?」
一方通行「ケッ……どォもこォもねェよ……分かってンだ。もォ、何しても無駄だってのは……」
上条「……だから終わり、ってか? お手上げだ、って、そこで諦めるのかよ?」
一方通行「…………」
上条「いくら無様な姿を曝しても、ボロボロになっても、それで終わりってルールはどこにもねえだろ? それなのに、自分
から降りようってのか?」
一方通行「…ッッ!」
上条「カッコ悪くたって良い。誰かに縋りついたって良い。お前が『救いたい気持ち』を放棄しない限り、終わりだなんてこと
はねえよ。……お前はもう良いのか? ここでテメェの限界に見切りをつけるつもりかよ?」
一方通行「………」
上条「それに、必ずしも自分が救わなきゃいけない。ってワケじゃないだろ?」
一方通行「……!」
上条「自分がやりたいと思った通りにやるのが一番なんだよ。お前は勘違いしてるかもしれねえけど、俺は別にヒーローでも
何でもねぇ。ただ自分のしたいようにしてるだけだ。それがたまたま結果的に都合良くいった、ってだけの話さ。やり
遂げたい想いが結果を呼んでくれた。ただそれだけだ」
一方通行「…………」
上条「打ち止めのヤツ、お前の事すげえ心配してたぞ」
一方通行「……クソガキ………」
828: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:35:41.50 ID:Uf4KWKo0
上条「あの子にとってのヒーローは、お前だろ?」
一方通行「…………!!」
上条「存在(い)るだけでお前は、あの子の笑顔を生み出せるじゃねえか。ときたま会ってたけど、お前の話をしている時の
打ち止めは楽しそうに笑ってたぜ」
「打ち止めを心から笑顔にしてやれるのは俺でも他の誰でもない、お前ひとりだけだろぉが。あの子はお前の帰りを今も
ずっと待ってるんだぞ?」
「なのに……お前が帰って来るのを待っている人間がちゃんといるってのに、お前はそれすらもここで投げ出すのかよ?」
「お前が誰のために動いたのかは訊かねえけど、守りたい者を守るって決めたんだろ? なら、その気持ちを捨てんなよ!
テメェで一度決めた事を、簡単に覆そうとするなよ! 何度失敗したって、最終的に救えればそれで良いじゃねえか!」
「……絶望するなら、後で好きなだけすればいい。今は、それよりも他にやらなきゃならない事があるはずだ」
「まだ終わったワケじゃねえんだろ? なら、立ち上がる意味はまだあるんじゃないのか? ……俺は、そう思うけどな」
一方通行「……ッ……ッ…」
上条「……改めて訊くぞ」
「お前はこれからどうしたい? 匙を投げてリタイヤするか、最後まで一人で足掻き続けるか、それとも俺の手を借りて
ここから出たいか―――」
829: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:36:28.03 ID:Uf4KWKo0
「―――決めるのはお前だ。お前自身が選ぶんだ」
830: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:37:34.67 ID:Uf4KWKo0
一方通行「………ッ」
上条「……………」
しばらく続いた沈黙。
そして、ついに一方通行は殻を全て脱ぎ捨てた。
「――――たい………出……たい……」
呻くように絞り出された要望に、上条の眉がピクリと反応する。
「………ここから、出たい………出してくれ…………アイツ(番外個体)を……助けたいンだ。護りたいンだよ…」
思った事はあっても、今まで決して他人の前で口にしようとしなかった何かを乞う行為。
これは交渉でも何でもない。ただの願い、一方的な頼み。
感情の抜けたような、しかし明確で強い意志の感じられる懇願の言葉が、半開きの口から尚も漏れ続ける。
831: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:38:16.22 ID:Uf4KWKo0
「だから、頼む………手を、貸してくれ…………俺を……ここから出してくれ」
それは今にも消えそうなくらい微かな声だったが、確かに上条の耳に届いた。
一方通行の本心を聞いた上条は厳しかった眼を緩め、その言葉を待っていたんだ、とでも言いたげに微笑んで見せる。
「わかった。すぐ鍵を取ってきてやるから、もう少しだけ我慢しててくれ」
柔らかい表情でそう告げてから背を向けた上条は、そのまま静かに走り去っていった。
彼の背中は「必ず戻ってくる。だから心配するな」と語っているようで、どこか頼もしく感じられた。
「頼ンだ……」
一方通行は、上条の姿が完全に見えなくなってからポツリと呟いた。
その眼にはもう恐れも絶望も自棄もない。彼の中で何かが吹っ切れたのか、澄んだ瞳には希望の光が滲んでいた。
832: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:39:03.13 ID:Uf4KWKo0
―――
六階、南西方面へコソコソと移動する二つの影。
その正体は、バットを所持していつでもホームラン体勢な佐天涙子と小型ナビ代わりの端末機と付近を交互に見ながら
やたら挙動不審な初春飾利だった。
今、彼女達は不法侵入中である。
目的は最上階に設置されている今も施設内に流れ続けるキャパシティダウンの音源をストップさせる事。
途中で見つかればゲームオーバー。相手が相手なだけに問答無用で死も有り得る。
何しろここは最上クラスのシークレット組織が潜伏するアジトなのだ。
かつてない緊張感を持って移動するのが正しい。
しかし、初春の奮闘で施設内のセキュリティが弱体化している今、彼女達は確実に目的地へと接近していた。
初春の記した道が正しいせいか、ことのほか順調である。
「もうすぐ九階行きのエレベーターが見えてくるハズです」
先を歩く初春がナビゲートする。
佐天は頷き、
「誰にも遭遇しないで着きそうだね。……ちょっと拍子抜けかな」
こんな余裕の発言をする。
833: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:40:53.69 ID:Uf4KWKo0
「佐天さん。ゲームっぽいですけど、ゲームじゃないんですよ。気は抜かないでくださいね」
初春が少し呆れた顔で指摘した。
「冗談だって♪ でもさ、もうちょっと急いだ方が良いんじゃない? 慎重過ぎてだいぶ時間掛かってる気がするんだよね」
セキュリティの復旧が完了してしまっては進むのが一気に困難となる。
初春は佐天の意見に「うーん…」と少し考え込む仕草を見せた。
「たしかに……。多分まだ大丈夫だと思いますけど、あんまりグズグズしてる余裕も無くなってはきましたね…」
「よし! ほんじゃあもちっと急ごう♪」
どうやら佐天は潜入捜査には向いていないようだ。あっさり初春を追い抜き、早足で進んで行く。
「ああっ!? さ、佐天さんってば!」
慌て気味で制止するが、
「ほら、初春早く」
歩くスピードを緩めるどころか手招きを返す。
「もう! 駄目ですってば!」
仕方なく佐天の歩くペースに合わせる。
「白井さん達もそろそろ心配になってきたし、あと少しなんでしょ? このまま一気に………」
ところが、佐天のセリフは途中で視界に入った前方の人影が止めた。
834: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:42:01.42 ID:Uf4KWKo0
「―――!!?」
研究者が運悪く前を通行していたと気づいた時には、研究者がコチラを振り返ってお決まりの行動をとっていた。
「ん…? 何だお前たちは!?」
ズカズカと走り寄ってくる白衣男。
「…ぁ………」
あまりに唐突だったため、二人とも完全に反応が遅れてしまった。
逃げようにも足が動かない。
佐天はそれでも走って逃げようとする初春の首根っこを踏ん捕まえた。
「待って、初春」
すでに半パニック状態の初春にボソッ、と耳打ちする。
「この距離じゃ、逃げるきれないよ。ここはお客さまになりすまそう」
「ででで、でもでも、今警戒態勢なんですよ!? 無理です!」
「だから、隙を見て逃げた方が確率高いって。もうすぐエレベーター前だってのに、ここまで来て逆走なんて冗談じゃないよ。
それに、私らみたいな子供が犯人だなんて普通思わないって」
「しし、しかしですねぇぇ……」
二人の小さな会話が続く。
835: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:43:06.67 ID:Uf4KWKo0
「とにかく、やるしかないよ。初春は私に話合わせてくれれば良いから」
すでにすぐ近くまで接近している研究者。
最後にそれだけ言って佐天は作り笑顔を作って正面を向いた。
「お前ら、ここで何してるんだ?」
研究者が問い掛けてきた。
明らからに怪訝な表情で佐天と初春を見ている。
「あっ、あの~……私たちその……道に迷っちゃって。あはは」
「そそ、そうなんですよ~」
頭を掻きながら演技を始めた佐天に初春もオロオロと便乗した。
「………」
まだ疑いの眼差しを向けている研究者に佐天は、
「あ、私たち柵川中学の生徒なんですけど…」
そう言い出してパッ、と学生証を素直に提示した。とにかく何でも良いから信用させなければならない状況である。
無許可で侵入したと確信されれば終わりだ。
「……社会科見学か何かか? そんな話は聞いてないが……というか、ウチはそんな公けにして大丈夫なのか……?」
一人で何かブツブツ言い始めたが、素直に身分証明をしたのは正解だったようだ。
トドメとばかりに佐天は畳み込む。
836: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:44:40.51 ID:Uf4KWKo0
「わ、私たち、木原数多さんの親戚なんです。それで今日特別に職場を見せてくれるって。ねぇ飾利?」
「ッ!? ……そ、そうそう! ね? 涙子ちゃん」
もうなるようになれ、と開き直ることに落ち着いた初春も支援射撃した。
「木原さんの? ……そうか、そうだったのか。それはすまなかった」
木原の名前を出したのも、どうやら効果的だったらしい。
パッと見、暗部の構成員には見えない少女達が『木原数多』の存在を知っている。
そして素直な態度と身内発言。若干オドオドしていたが、この馬鹿な研究者を騙せる要素はこれで充分だった。
「実は今、中は諸事情でだいぶ取り込んでてな。……皆かなりピリピリしている。外部の人間が侵入したと聞いていたから、
お前たちを疑ってしまったんだ。そうとは知らず、悪かったな」
「(!?)……い、いいえ~、いいんですよ。こんな所でウロウロしてた私らも悪いんですから。あは」
「……そう言えば、道に迷ったんだったな。どこへ行きたいんだ?」
もう自分達を疑っていないようだ。客人に接するように物腰を柔らかくした愚かな研究者を見て佐天は内心ガッツポーズする。
「九階にある特製のキャパシティダウン装置を見せてもらうんですけど、エレベーターの場所が分からなくって……」
「あぁ、それならここを真っ直ぐ進んだ先にあるぞ。誰か案内できるヤツを呼ぶか?」
「い、いえ! いいですよ~! 自分らだけで行けますから。忙しい中、お世話かけてすみませんでした」
「いや、構わんよ。それじゃ気をつけてな。侵入者に間違われるかもしれんから、あまりウロつかない方がいいぞ」
「はーい、ご忠告どうも~♪」
837: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:45:48.05 ID:Uf4KWKo0
研究者は最後まで少女達の嘘に気づくことなく、立ち去っていった。
笑顔で見送った佐天と初春は彼の身体が視界から消えた途端、マッハでエレベーター入り口まで到達し、偶然止まっていた
エレベーターへ弾丸の如く駆け込んでからドアを閉めた。
「ハァー、ハァー……」
「ふぅぅぅぅ~………」
中へ入った途端、解かれた緊張の糸と急な全力ダッシュの反動で二人は中腰になる。
そのまま初春はヘナヘナ、とエレベーターの壁にヘたれ込んだ。
初春「も、もう駄目かと思いましたぁぁ」グッタリ
佐天「はぁぁ~、私もだよ~。まさか急に来るなんてさぁ……。マジ反則」
初春「でも、あの人だけで良かったですね。他に人呼ばれてたらオシマイでしたよ」
佐天「そうだよね。逃げなくて正解だったよ」
初春「けどビックリしました! 佐天さんって、土壇場になると頭の回転がすごく速いんですね」
佐天「むふふふふ、まぁね~♪ ところでさ……。あの人、『侵入者』って言ってたよね……。それってやっぱり……」
初春「白井さんと上条さんですよね……。あの人の言い方ではまだ捕まってないみたいですけど……」
佐天「時間の問題……か。……いよいよのんびりしてられなくなってきたね。あの人が木原さんとかに会っちゃったら、
私らのこともバレちゃうよ」
初春「そうですね。……もう多少危険を冒してもこの際止むを得ません。急ぎましょう」ポチッ(←九階を押した)
838: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:47:43.63 ID:Uf4KWKo0
ウィー…ン
佐天「キャパシティダウン装置がある場所まで、あとどれくらい?」
初春「距離はそんなに遠くないですけど、生体信号(マーカー)が多いです……」
佐天「うわ、ホントだ~……システム制御の管理をしてるのも九階なんだっけ。そりゃ人も多いんだろぉな~…」
初春「ルートは……また通気口から行くしかなさそうですね」
佐天「うげ……マジで?」(←イヤ顔)
初春「私だってイヤですけど仕方ないんですよ~。他に道ないんですから。御坂さん達のために、ここは我慢しましょう」
佐天「……わかったよ~…」(全部終わったら、御坂さんに何奢ってもらおっかな~)
あんな埃だらけで鼠でも出そうな通路(?)を普通の女子学生が通りたくないと思ってしまうのは不思議でも何でもない。
ごく当たり前のことだ。けど行くしかない。行かなければ帰れないし、友達も救えない。
九階に着いた頃には佐天の覚悟も決まっていた。
―――
一階フロアへ回帰した上条当麻は必死に逃げ隠れしながら施設内を彷徨っていた。
「…………」
839: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:50:36.49 ID:Uf4KWKo0
今は奥の壁にへばりつき、巡回中の科学者達をやり過ごしている。
こんな息が詰まりそうな時間が地上に出てからというもの頻繁に続いていた。
すぐ近くから彼等の会話が耳に入る。
「―――くそ、あのガキどもどこへ行きやがったんだ?」
「―――何としてでも捕まえろ。逃がしたりしたら木原さんにどんな仕打ちを受けるか……」
「―――あぁ、全く寒気がするよ。とにかく、警護を続けよう。全入り口にはすでに見張りを着けてある。逃げ場など
ありはしない」
「―――セキュリティが復活すりゃ楽なんだがな~。まだなのかよ?」
「―――まだ掛かりそうだってさ。……グダグダ文句言っても仕方ないだろ?」
カツン カツン カツン……
「………」
(行ったか……ふぅぅ)
気づくことなく通り過ぎたまま、通路の奥へと消えていった科学者たちを横目にホッと息をつく上条。
腕で額の汗を拭う。
(思った通り、進むのが厳しくなってきたな……。どうする? 一方通行には『鍵を取ってくる』って自信満々に断言したのは
いいが、その鍵がどこにあるのか分かんねえんじゃな……)
(御坂を先に助けようにも現在地すらとっくに不明……これじゃ地図が役に立つのは御坂の所に着いてからだな……。今は行き
当たりばったりに賭けるしかねえってか?)
840: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/09(火) 18:51:21.60 ID:Uf4KWKo0
(この不幸な上条さんにそんなギャンブル要素満点の手段しか用意されてねえなんて……クソッ。……こうなったら誰か一人を
押さえ込んで吐かせるしかねぇ。リスクは高いけど、こうしてる間にもどんどん逃げ場が無くなっていっちまうだろうし…)
もはや四の五の言っている余裕など無かった。
(誰か……誰かいないか? できれば一人! 二人以上だとキツイ!)
移動しながら辺りに適当な情報源(科学者)を探す上条。
人数が固まっているグループは避け、なるべく単独で動いている人間を絞る。
その最中、背後から声が掛かる。
「―――よう、そこで何やってんだ? 小僧」
「!!??」
867: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:30:20.08 ID:yITOSbI0
「―――ッ!!?」
突然掛けられた声に、上条の肩がビクッと跳ね上がる。
誰もいないと思っていた空間から聞こえてきた質問に、立ち止まった上条はゆっくりと振り返った。
その目に、白衣を着た一人の男性の姿が映った。
はだけたインナーに銀のネックレス、更に肩まで伸びた茶髪は、科学者の印象を見事にブチ壊していた。
そしてこんなルックスをした科学者など、この施設には一人しかいない。
出雲傭兵、一人しか。
上条はポケットに手を突っ込んだままだらしなく立っている出雲の存在に一瞬慄いたが、瞬時に頭を切り替える。
(しまった! 見つかった………けど、一人か! だったら―――)
先手必勝!
増援を呼ばれる前にカタをつける必要がある。
鋭い目つきで出雲を捉え、拳を握り、力強く前へ飛び出す。
(―――気絶しない程度に黙らせてやる!!)
十メートル近くあった出雲との距離を一気に縮めようと、最速で踏み込む。
依然気だるそうに立ったままの白衣が、ぐんぐんと近くなる。
「――――ッッ!!!??」
868: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:32:18.36 ID:yITOSbI0
しかし、次の瞬間上条が見たのは、延々と続く通路。
そこに人はいなかった。
「えっ……あ、あぁれ……?」
訳が分からず、キョロキョロと辺りを見回す上条。
その背後から、
「ったく、最近のガキは凶暴だな。カルシウムでも投与してやろうか?」
また声が聞こえた。
「!!!?」
驚いて振り返った上条の僅か数メートル先に、同じ姿勢で出雲は立っていた。
「え……えぇ???」
いつ移動したのか、上条には当然分かっていない。
幻でも見せられた? それとも能力? いや、この施設で能力は使えないはず。
様々な憶測を立てようとするが、先に出雲が声を発した。
出雲「―――で? テメェは何よ?」
上条「は…?」
出雲「どこの組織の者(モン)かって訊いてんだが? 頭平気か? ってか、お前本当に暗部の人間かよ? 悪いけど、とても
そうは見えねえなぁ。立ち振る舞いも、まるで一切訓練受けてません、ってくらい素人丸出しだしよぉ」
869: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:34:12.64 ID:yITOSbI0
上条「……俺は、暗部になんか所属してねえよ」
出雲「はぁ? んじゃあお前は一体どこの誰サマだよ?」
上条「ただの高校生だよ。悪いか?」
出雲「………おい、おいおいおいおい。何だそりゃ? “ただの高校生”……だとぉぉ? まさか、“侵入者”ってのはお前の
ことじゃねえよなぁ?」
上条「ああそうだよ。それがどうした?」
出雲「ウソでしょ~………ただの高校生が、何でここにいんだよ……。迷子にでもなったんか? っつーか、何の因果があって
ここまで来た?」
上条「友達を、連れ戻しに来たんだ」
出雲「友達ぃ? ……誰のことよ?」
上条「御坂だよ、御坂美琴。そして一方通行……。二人とも解放してもらうぞ!」
出雲「……………っぷ」
上条「…?」
出雲「ぎゃーはっはっはっはっはっ!!! はぁーはははははははっ!!! おいおい勘弁しろよ!! 冗談も大概にしねえと
しまいにゃ笑い死にすんぞ!! ぎひひひひひ……」
870: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:35:31.73 ID:yITOSbI0
上条「冗談なんかじゃねえよ! 大マジだ!」
出雲「……あぁ? お前、誰に立ち向かってるのか分かった上でほざいてんのか?」ギロッ
上条「勿論分かってるさ。頼りになる仲間が調べてくれたんだよ。けどな、誰が相手だろうが、そんなん俺の知ったことじゃねぇ。
テメェらのせいでどれだけの人間が悲しい思いをしてるのか、テメェこそ良く分かってんのかよ!?」
出雲「それこそ、俺の知ったこっちゃねえ話だな」フッ
上条「テメェ……ッ!!」
出雲「お前の目的は分かった。んじゃ質問変えるが、仲間は何人だ? 繋がりは超電磁砲の派閥ってことで良いのか? ウチの
セキュリティを駄目にしてくれた凄腕のハッカーさんってのは誰だ?」
上条「……教えると思うか?」
出雲「痛い思いする前に吐いた方がいいぜ。コッチは『侵入者(ネズミ)の駆除命令』を請け負ってんだ。テメェらみてぇな素人
集団が粋がったのは良いが、相手が悪すぎたんだよ」
上条「………ッ」
出雲「ネズミ如きが、生意気にも猟犬サマに楯突いてんじゃねえよ。ちったぁ身の程を知りやがれ」
上条「……ごちゃごちゃうるせぇんだよ」
出雲「んん?」
上条「悪いが、時間喰ってる暇はねーんだ。御坂の居場所と一方通行の檻を開ける鍵がどこにあるのか、さっさと教えてもらうぜ。
知らねえんなら知ってるヤツの所まで案内しろ。イヤだっつったって、無理矢理にでも吐かせてやるからな…!」
871: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:37:15.18 ID:yITOSbI0
出雲「ほーう………良い度胸だ」
「……そんじゃ仕方ねえな。ちょいと遊んでやんよ。坊ちゃん」
「適当に痛めつけてから、残りのお仲間連中についてじっくり語ってもらうことにするわ―――」フッ
上条「―――ッ!?」
(また消えた―――!?)
そう認識した時、すでに出雲が上条の目の前で腕を大きく振りかぶっていた。
「!!!!」
反射的に腕を構えたとほぼ同時、出雲の鉄拳が振り下ろされる。
ゴスッッ!! と、鈍い音が衝撃と共に左腕を打ち抜いた。
「がぁ……っ!!」
872: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:38:13.09 ID:yITOSbI0
ガードが間に合ったおかげで直撃は免れたものの、その重い一撃によって上条の身体が後方に弾かれる。
が、辛うじて地に足を着け踏み止まった。
「ッッ……!」
痺れた腕を一瞬だけ見て、正面を向く。
「へぇー、反応は悪くないな」
振り下ろしたままの体勢で顔だけコチラに向けたまま笑みを零す出雲。
追い討ちをしなかったのは余裕の表れか。
(何なんだコイツ……本当に科学者なのかよ!?)
あまりのパンチ力とスピードに上条は顔をしかめる。そこいらのスキルアウトなど目ではないほどの威力だった。
「ほらぁ、どうした? かかって来ねーのかぁ?」
クイ、クイ、と手招きする出雲。
「っやろォォおおお!!」
その挑発にあっさり乗った上条が仕掛ける。
しかし、
873: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:39:41.27 ID:yITOSbI0
「―――らぁっ!! ………っ!!?」
踏み込んで放った渾身の右ストレートは容易く避けられ、がら空きの腹へ逆にカウンターを打ち込まれる。
「っぐ……ぅ」
石でも捻じ込まれたような衝撃に身体が折れ曲がる。
直後、頭上から退屈そうな声が聞こえた。
「何だぁ? 良かったのは最初の威勢だけかよ。……あー、駄目だこりゃ。悪いけど全然話になんねえわ」
「ッ!!!」
頭に血を昇らせて顔を上げるが、もうそこに出雲はいなかった。
「……んぁ!??」
「コッチだアホ」
「!! ……っ」
いつの間にか後退していた出雲。また追い討ちせずに上条の回復を待っていた。明らかに見下されている。
とは言え、単純な身体能力では勝ち目が無さそうなのも事実。
上条は腹部の痛みを堪えて立ち上がった。
(……何てヤツだよ…。喧嘩慣れしてるなんてモンじゃねえぞ……ッ)
874: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:41:27.27 ID:yITOSbI0
うかつに飛び込めなくなった上条の心情を察してか、出雲が嘲笑いながら尋ねてきた。
「これで分かったろぉ? 所詮お前みたいな小ネズミが、俺たちに刃向かおうってのが間違いだってことがよ。とっとと
他のヤツらについて教えな。テメェの命には替えられないだろ?」
最後の警告。
だが、上条は眉間に力を込めて言い放った。
「何を勘違いしてんだ……? 教えてもらうのはコッチの方なんだよ!! 勝手に立場を変えてんじゃねぇ!!」
「………そうかよ」
それを聞いた途端、出雲の顔から余裕の笑みが消えた。
「なら、もう用はねぇ。人が優しくしてりゃ吼えやがってよぉ……。もういい、死ねや」
死刑実行宣言と共に空気が歪む。
上条が身構える前に出雲が懐へ飛び込んできた。
(クソッッ…!!!)
フットワークで回避しようとするが、相手の方が速い。
横から薙ぎ払うように飛んできた拳を避けきれず、再度ガードを構える。
「んぎっっっ!!」
防御に掲げた腕ごと身体が揺れる。体勢が崩れた所へ、今度こそ追撃が来た。
875: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:42:48.53 ID:yITOSbI0
「ぐぁ……!!」
前蹴りが胸骨に刺さり、そのまま吹っ飛ばされて床を転がる。
しかし、丸くなって胸を押さえている暇などなかった。
すぐさま体勢を立て直し、正面に居るはずの出雲を睨もうとした、瞬間。
「ごふ……っ!!?」
首が軋んだ。
立ち上がる前に回し蹴りが首に炸裂し、横の壁に身体を強打した。
「……ハァ……っくそ……ッッ!!」
それでも何とか意識を保ち、首を押さえながら顔を上げた上条に更なる猛攻を仕掛ける出雲。
「しゃあっ!!」
気合一閃で繰り出された飛び蹴り。
「―――っ!!?」
しかし、上条はこれを間一髪で避けた。
「っはぁ! ……ハァ、ハァ………」
876: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:43:45.50 ID:yITOSbI0
雑な動作ながらも、壁に足をつけた出雲を視界に収める。
そのままストン、と軽く着地した出雲は口元を不気味に歪めた。
「ほぉぉ、いいね。なかなか骨あるじゃん」
最後の攻撃を回避したことについて称賛するが、上条自身、出雲の驚異的な動きに困惑していた。
(ちっくしょう……ハァ、……ハァ……まともにやったんじゃ勝てねぇ。科学者相手ならちっとはどうにかなるかと思った
けど……甘かったってか)
(……何とかしねえと!)
だが、ゆっくり考える時間など、出雲が与えるはずもない。
「ホラ、何ボサッとしてやがる?」
「――っく!!」
飛んできた一撃目の拳は紙一重で横へ流した。が、
「ククク…ッ!」
二発目の左拳がわき腹に直撃した。
「っが!!……は」
激痛に顔をしかめるが、まだピンチは続く。
三発目が、やってくる!
877: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:45:15.75 ID:yITOSbI0
「―――んにゃろぉぉ……っっ!!!」
上条も足に無理矢理体重を掛け、必死に迎撃の拳を繰り出す。
が、
「ぐぁぶっっ……!!?」
先に出雲の拳が顔面に刺さり、その勢いが死なないまま無抵抗で宙を舞わされる結果となった。
「……ふっふっふ」
出雲のニヤリ顔が増したと同時に上条の身体が床に打ちつけられた。そのまま何メートルか通路を滑り、やがて力の抜けた
腕がグタリと床に接着した。
「……………」
終わった、出雲は動かなくなった上条を見てそう確信する。
「ふっ……まぁ、ネズミにしちゃもった方だな」
あとは木原の元へ連行するか、それとももっと嬲ってやるか、と迷走を始めた矢先、倒れていた上条の身体がムクリと起き
上がった。
878: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:46:55.27 ID:yITOSbI0
「っぐ……ぬ……」
「―――!?」
この予想外な回復の早さに出雲も少し驚きを見せた。
「……マジか? 今のはキマったと思ったんだが…」
「く…うっ!」
唖然としている間に上条は難なく立ち上がった。
頬を腕で拭い、切れた口から血混じりの唾を床に吐いて出雲を睨む。
「ぺっ………なめんなよ。こんなんでいちいち気ぃ失ってたら、いつも入院程度で済んでねえんだよ」
「……???」
上条が漏らした言葉に懐疑な目を向ける。
意味は分からないが、そこら辺のガキよりは頑丈だという事は理解できた。
「……ククク…、少しは根性見せてくれんじゃねえか。いいぜ、なんならもっと遊んでやってもいいぜ? 小僧」
「へ……オッサンといつまでもジャレ合う趣味はねえよ」
「―――――」
これを聞いた途端、出雲の様子が豹変した。
879: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:47:52.39 ID:yITOSbI0
「――――だぁぁれがオッサンだこのクソガキがァァあああああああああああああ!!!!!」
880: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:48:58.89 ID:yITOSbI0
老け顔を気にしている二十代前半の青年にとって禁句だったらしい。
「俺はまだ三十路も迎えてねェェんだよォォおおお!!!!」
一気に激情した出雲は牙を剥き出す肉食獣の如く上条に襲い掛かった。
「やっぱ今すぐ死にさらせやァァああああ!!!」
「―――うぉ!?」
咄嗟に腰を屈める。その瞬間、剛腕が頭上を掠めた。
「……ッ!」
仕留めるつもりで放ったのか、大振りである。故に外れた時の隙がデカかった。
上条は反して冷静を維持し、その隙を突く。
「うおらっ!!」
右アッパーが出雲の顔面を抉った。
「がっっ……!!」
続けて仰け反った身体を思い切り蹴飛ばす。
今度は出雲の肢体が宙に浮いた。
「……ッッ!! こ、こんの……!」
881: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:50:25.09 ID:yITOSbI0
しかし、背中が床に着くことはなかった。足を地面に刺すように踏み止まり、強引に物理法則に抗ったのだ。
「ぐ……」
意外な反撃を喰らい、苦悶の表情を浮かべる。
だが、逆に頭に昇った血が少し下降したのか、すぐさまムキになって飛び掛かっては来なかった。
「……やってくれんじゃねえか。“窮鼠猫を噛む”ってヤツかぁ?」
ダメージよりも屈辱の方が大きい。
上条は息を整え、光の篭もった鋭い眼光を向けながら構えている。
「………クッソガキがぁぁ……」
目を血走らせてギリッ、と歯を鳴らす。
上条はそんな出雲から注意を逸らさないままある疑問に気づいた。
(おかしい……こんだけ派手に騒げば他の科学者も気づくだろうに……。何で誰も来ないんだ……? 好都合だけど)
チラチラと周囲の気を向けている上条の様子に出雲が回答をくれた。
「安心しろや小僧。邪魔なんざ割り込ませねえよ。俺の徘徊中は全員他の警護につく事になってんだ」
「っ! ……テメェ、やっぱり下っ端じゃねえんだな?」
「三下共と一緒にすんな。木原さんがここの大将なら、俺はさしずめ“副将”ってトコか」
「―――!!」
882: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:51:41.45 ID:yITOSbI0
この強さで一般科学者はないと睨んだ上条だったが、まさかボス(木原)の右腕とまでは思っていなかった。
どうやら予想以上の大物が釣れてしまったようだ。
しかし、この目の前の青年が木原に次ぐ権限を持っているということは、
「それじゃあ……テメェなら、一方通行と御坂を檻から出してやれるのか?」
「……まぁ、後で木原さんにぶっ殺されるのは間違いないだろうが、いちおう可能だぜ。全てのセキュリパスもこの通り
持ってるし―――」
「―――じゃ~ん♪ ホーラ、鍵もぜ~んぶ預かってんだよ」
そう言いながら見せびらかしてきた、ホルダーに付いた無数の鍵。
「!!」
突如、上条の顔色が変わる。
「っそ、それ……まさか……」
「そうだ。これがあればお姫様も最強の悪魔も釈放できる。……欲しいか?」
「―――よこせっ!!」
啖呵と一緒に飛び掛かった。
883: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:53:15.73 ID:yITOSbI0
しかし、
「ッ!?」
伸ばした右手の先にはもう誰もいない。
真横に廻り込んだ出雲がいやらしい笑顔で囁いた。
「ククッ、欲しけりゃ腕ずくで取ってみろ」
指で回していたキーホルダーを内ポケットにしまう。
「ぐ……この野郎っ! ソイツをよこしやがれ!!」
再度上条の手が伸びるが、またも容易くいなされる。
「ふふっ、楽しくなってきたなぁぁ。いいぞ、もっと必死に喰らいついて来いや!」
「ハァ……ハァ……ッッ……クッソォォ!!」
懸命に追うが、何度やっても捕まらない。
次第に疲れが見えて動きが鈍った所へ出雲が攻めに出た。
「―――っが!!」
後を取られて背中を蹴り飛ばされる。
床をゴロゴロと転がりながらも受身を取る上条だが、体勢を立て直すどころではなくなった。
884: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:54:10.56 ID:yITOSbI0
「良く頑張るじゃないか。その執念は認めてやるよ。だがな、悪いがもう飽きたわ。とっとと沈め」
「―――!!?」
ついに遊ぶのを止めた出雲の猛攻から、上条は逃げられなかった。
885: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:55:22.02 ID:yITOSbI0
だが、
「……………」
「何故…だ……」
「何そこまで意地張ってんだテメェはァァああああ!!?」
上条は、まだ立っている。
何度殴り倒しても立ち上がってくる。
顔や身体に痣を増やし、それでも少年は息を切らして歯を食いしばり、また地を踏みしめる。
流石の出雲もこれには戦慄を覚えていた。
「ゼェ……ゼェ……」
今にも倒れそうなほどフラフラな上条。当然だ。自分の拳は軽くない。普通ならとっくに夢の世界へと旅立って
いるはずなのに、何故この少年は―――。
「……ッッ」
886: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:56:40.10 ID:yITOSbI0
―――立ち上がるというのか?
出雲「……倒れたままの方が楽だってのに、一体何がお前をそうさせてんだよ?」
上条「ゼェ……ッ……んなの、決まってん……だろ…」
出雲「あぁ?」
上条「あいつらを、助けたいからに決まってんだろぉが!!」
出雲「……ッ。そんなに真剣になることなのか? 所詮は他人じゃねえか。自分の命を懸けてまで救う価値なんか
ねえハズだろ?」
上条「…………」
出雲「お前が必死に救おうとしてる“あいつら”だって、所詮モルモットじゃねえか。実験動物じゃねえか。お前
も学園都市に住む学生なら自負してんだろ? “自分達は能力開発の研究対象”として大人に利用されてる
ってことくらい知ってるよな?」
上条「……だから、何なんだよ?」
出雲「モルモットが俺たちにどう扱われようが文句垂れんじゃねえよ!! 抗ってくんなよ!! 刃向かおうとする
こと自体が間違いなんだよ!! なのに、何故テメェは逆らい続ける!? モルモット以下の野ネズミの分際
で、何故俺らの前に立ちはだかろうとしてんだ!! そんなボロボロになってまで、一体何の見返りを求めて
やがる!?」
上条「そんなモン、別に求めちゃいねえよ……。ただ、何の罪も無い人間を縛り付けるテメェらのやり方が……ハァ…
……許せねえだけだ」
887: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 18:57:51.45 ID:yITOSbI0
出雲「っは…? なんだなんだオイ!? 正義の味方気取りですかぁぁ!? 今時そんな奇麗事だけで動く人間が何処
にいるっつーんだよ!?」
上条「…………」
出雲「俺らのやってる事は正当な実験さ! 超電磁砲も一方通行も、実験に必要な“道具”だ! トップに立つ能力者
ほど、その価値がデカイ! お前みてぇなガキには一生分からねぇ世界なんだよ!!」
「それをなんだぁ、“救う”? “助けたい”? ぎゃはははははは!! ばっかじゃねえのか!? そんな発想
自体がすでにおこがましいんだよ!!」
「笑わせんな! 能力を授かった時点でテメェらは俺たちの“人形”なんだよ! 助けるも何もねえだろぉが!!
お前如きがいくら立ち上がったところで、この理が覆る訳ねえだろボケ!!」
上条「………フザけてんじゃねえぞ」
出雲「……なにぃ?」
上条「人の命を、何だと思ってやがる…」
出雲「命、だぁ? ぷくくく……人形にそんなモンねえだろっつーの」
上条「俺も御坂も一方通行も、他の学生たちも、テメェらの人形なんかじゃねぇ!! 自分の足で立って、自分の頭で
考えて、自分で目標を作って生きてんだよ!!」
出雲「……俺らに“生かされてる”の間違いだろぉ?」
上条「……研究者と能力者の関係は俺には良く分からねえけど、テメェらがやろうとしてることは全部チッポケだ!!」
888: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 19:00:21.25 ID:yITOSbI0
出雲「んだとぉ? 何も知らねえガキが聞いた風なことを―――」
上条「知ってるさ! これは元々一方通行に復讐しようっていう木原数多の思惑から始まったんだろ!?」
出雲「っ……テメェ、何でそれを…」
上条「確かに、テメェらの方針は正しいかもしれねぇ。『科学の発展』のために日々研究してるテメェらを全て否定する
つもりはねえよ! だがな、そんな“小せえ”目的のためにテメェらはここまで進んできたのかよ!? こんだけ
最新設備を揃えておいて、結局は復讐のためなのかよ!? そうじゃねえだろ!! テメェは何で学園都市で研究
を続けてんだ!? こんな何も生み出さねえような復讐劇を果たそうとしてる野郎の下に就いて、それでも堂々と
胸を張れるのかよ!?」
出雲「……俺に説教垂れる気か、このガキが。これは木原さんの意志だ。そして、俺は木原さんに一生ついていくって決め
てんだよ! 木原さんのやることに逆らうつもりはねえし、あの人が正しいっつったことは全て正しいんだ! 何も
あの人のことを分かってねえテメェが、好き勝手ほざいてんじゃねえよ!!」
上条「じゃあ木原が“死ね”って言えばテメェは死ぬのかよ? 罪が無い人を殺すようなヤツでも、テメェは正しいって
本気で思ってんのか?」
出雲「当たり前だろぉが! 分かりきったこと訊いてんじゃねえぞ! 木原さんのやる事に間違いなんかない! あの人の
おかげで今の俺があるんだよ!! 俺はこれからもあの人に従い続けるさ! そう決めたっつったろ!!」
上条「……それで、虚しくならないのかよ? せっかくの自分の人生、全部他人に委ねるような生き方で、あんたは虚しい
ってこれっぽっちも思わないのかよ!?」
出雲「……テメェみてぇな小僧にゃ一生分かんねえだろうさ。とにかく、あの人の計画を邪魔させるワケにはいかねえんだ。
テメェがどうしても“対象”を逃がしたいって言うんなら、俺はソイツを全力で阻止しなきゃならねぇ」……スッ
そう言って、出雲は懐から何かを取り出した。
889: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 19:02:02.09 ID:yITOSbI0
「……!」
拳銃? いや―――。
(―――ボウガン……ッ!?)
咄嗟に身体を横へずらす上条。と、次の瞬間。
「ッ!!?」
発射された矢が上条の横を過ぎたと思った時だった。
突然、矢が爆発した。
「っぐぁ……!!」
通路に響く小爆音。
直接命中こそしなかったものの、すぐ付近にいた上条は当然その爆発に巻き込まれて吹き飛ばされる。
「ツツ……何だ……今……何が……」
ボウガンから放たれた矢を避けたと同時に襲った爆発。硝煙が広めの通路に尚も漂う。
890: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 19:03:29.83 ID:yITOSbI0
「……ハァ…ハァ……。爆……弾…?」
上条は壁から背を離し、晴れた煙の向こうに佇む出雲を見つめる。
「クククク……喜べや。高説に免じて、ジワジワ苦しめるのは無しにするぜ。“コイツ”で一気にあの世へ飛ばしてやる」
上条へ構えられたボウガンは特に変わった風に見えない。
さっきの爆発が矢から起こされたとしたら、ボウガンに何か細工がしてあるのか? と上条は考えたが、真相は定かではない。
(……ッ…矢に爆弾でも仕込まれてるのか……?)
最期に種明かしをしてやってもいいか、とでも思ったのか、出雲は上条の心中を察して解説する。
「言っておくがな、コイツ(矢)に爆発物は混入されちゃいないぜ。もちろん発射口の方にもな」
「………?」
更に分からなくなる上条だが、出雲の説明は続いた。
「これは“無能力者”や“低能力者”などが“能力不足”を補うために開発された最新作さ。もっとも、まだ試作段階だがな」
「……!!」
「たとえば無能力者が『発火能力者《パイロキネシスト》』でもないのに火を使う方法は何だ? ライターを使えばいい。そう
いった単純な話よ。分かりやすいだろ? これはその概念から採って進化した結果さ」
「………ッ」
891: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 19:05:21.80 ID:yITOSbI0
「このボウガンには、“能力者が放つAIM拡散力場”を発し、設定された能力を持ち手の意思で使用することが可能だ。演算の
必要もねえから、キャパシティダウンによる干渉は受け付けねぇ」
「!? ……まさか、物が能力を使用してるってのか!?」
「お? 物分かりがいいねぇ。まぁ簡潔に言えばその通りなんだが、いかんせんまだ研究途中の段階だ。無理矢理作った試作
品のコイツじゃ、せいぜいレベル2~3程度がやっとだな。だが、いずれは超能力者クラスの力を持った兵器をも生み出せる
未来が来るだろぉぜ。何年先かは知らねえがな」
「……!!」
この言葉に愕然とする上条。自分が知らない『学園都市の裏』では、すでにそこまで進んでいるというのか。
これが本当なら、能力開発制度そのものがやがて意味を成さなくなり、将来の学園都市は一体どうなっていくのか。
あまり考えたくない未来だった。
「つまり、コイツはただの爆発じゃねえのよ。キチンと能力者特有のAIM拡散力場も放出している、立派な“能力物”ってワケだ。
放つ矢に“俺”という持ち手を伝って矢に起爆物質を注ぎ込む『物体爆発《エクスプロージョン》』さ」
正直言って驚いた。すごいとも思った。
だが、上条は顔を俯かせて悲しそうに口を開く。
上条「………そんなすげぇ科学力があるってのに……なんで……ッ……。こんなくだらねえ事のために、そこまで発展させた
ワケじゃねえんだろ? もっと使い方を考えればいくらでもこの街は良くなるってのに、何で復讐のためなんかに……」
出雲「……社会がどう回転してるのかも知らねえテメェが、語ってんじゃねえぞ。確かに復讐がメインだがな……コッチにも、
“大人の事情”ってのがある。お前みてぇなガキが口出しできる次元じゃねえんだよ」
892: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 19:07:03.82 ID:yITOSbI0
上条「あぁ、確かに知らねえよ! けど、お前は悲しくなってこないのか!? 今日まで科学者として研究に携わってきたん
だろ!? 本当にこんな事をするためなのか!? 『木原数多のすることなら何でも正しい』っつってるけど、お前は
どうなんだよ!? 実際お前はどう思ってるんだよ!?」
出雲「……馬鹿かよ。俺がどう思おうが、木原さんは――」
上条「木原の事を訊いてるんじゃねぇ! お前自身について訊いてんだ! …………本当はお前、嫌なんじゃないか? もう、
こんな計画に手なんか汚したくねぇ、って思ってるんじゃないのか!?」
出雲「……何を根拠に、んなフザけた結論が…」
上条「テメェがさっきから自分の意志を全部木原に預けてるような発言をするからだろ! 木原を尊敬してるんなら、こんな
馬鹿な真似する前に、止めてやるべきだったんじゃねえのか!? テメェが根っからの悪人なんて、俺には思えねぇ!
もう後に引けなくなってるだけなんだろ? 心の底じゃあ木原の計画に反対なんだろ!?」
出雲「ハッ、馬鹿な……くだらねぇ……」
上条「じゃあ訊くけどな、何で俺はまだ生きてんだよ?」
出雲「…!?」
上条「やっぱ、自分じゃ気づいてねえんだな……。散々打たれたけど、最初みてぇなキレや威力も、途中からは少しずつだが
弱くなってた…。きっと無意識に手加減してたんだろ? 俺を殺すつもりなんか、ホントは最初から無かったんだろ?
多分、テメェが本気でやれば、俺の意識なんて一発で奪い取れるハズだ」
出雲「……ッ……何で、テメェにそんな事が分かんだよぉ!? あぁ!?」
上条「……立場とかタイプは全く違うけど、前に似たような経験があるんだよ。……本当の自分を隠して強がり続けるヤツが
いて、その時のソイツとお前が一瞬ダブって見えたんだ。……勘だったんだけど、そのツラからすると図星みたいだな」
893: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 19:09:03.01 ID:yITOSbI0
出雲「………ッッ!」
上条「なぁ、……いい加減、終わりにしようぜ。その方が良いってことは、もうあんただって分かってるんだろ?」
出雲「……せ…えよ…」ボソッ
上条「……?」
出雲「―――うるせえんだよおおおおお!!!!!」
「わかってんだよぉ!! そんなこたぁテメエなんかに言われなくたってわかってんだよぉぉ!!!」
「けどなぁ! もう無理なんだよ!! このまま進み続けるしかねんだよ俺はぁぁ!!」
「せっかく甦ってくれた木原さんを、止めることもできない歯痒さを押し隠して、それでも優秀な部下を演じて、これ
からもあの人に従い続けるって決めたんだよぉぉ!!!!!」
「ここまで来て、今さらやり直せるワケねえだろぉがあああああ!!!!!」
上条「………戻れるさ」
「やり直すことはできなくても、引き返すことならできるだろ」
「時間は掛かるかもしれねえけど……このまま行って、後で後悔するよりはマシなはずだ」
894: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 19:09:47.02 ID:yITOSbI0
出雲「うるせえ……うるせえよ……黙れ」
上条「それでも、テメェがこのまま間違った道を進み続けるっていうのなら―――」
「―――まずは、そのふざけた幻想をブチ殺す!!!!!」
895: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 19:10:44.84 ID:yITOSbI0
右拳に力を込めて、喉から放たれる高らかな声。
上条の叫びに恐れを抱いたような反応をした直後、出雲は鬼の形相で引き金を―――
「うあああああああああああああ!!!!! 黙れェェええええええええ!!!!!」
―――弾いた。
起爆機能を備えた矢が、弾丸の如く上条に襲い掛かる。
しかし、上条は回避の代わりに右手を開いて正面へ構えただけだった。
「…………………え?」
思わず間抜けな声を発したのは出雲。ボウガンを上条へ向けたまま、彼は放心していた。
矢は、真っ直ぐ上条へ向かって飛んで行き、命中と共に起爆するはずだった。
「なん……で……何……しやがった……今……?」
出雲の敗因は二つ。
一つは、ボウガンの特性を自ら明かしてしまったこと。
そしてもう一つは、上条の右手にはどんな異能の力でも打ち消してしまう『幻想殺し《イマジンブレイカー》』が宿っている
ということを知らなかったことだ。
896: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 19:12:15.74 ID:yITOSbI0
出雲の目の前で起きた信じられない現象。
矢が上条のすぐ眼前で爆発した瞬間、その衝撃は全て相殺されてしまったのだ。何かを打ち砕く神秘的な音と共に。
近距離からの爆発で吹っ飛ばされ、無惨な肉塊と化すはずだった末路を覆し、右手を構えたまま雄々しくと立つ上条の姿は
出雲の脳を混乱へ陥れるに何の申し分もなかった。
「な…………」
「―――ッッ!!」
出雲が硬直から解ける前に突進する上条。
開いていた右手は、いつの間にかまた力強く握られていた。
「――ひっ!?」
我を取り戻し、もう一度矢を放とうとするが、動揺が激しいせいか思うように装填できない。
「………ッ!」
上条が懐へ勢い良く飛び込む。ダメージで身体がおぼつかないが、最後の力を振り絞って足に体重を乗せた。
二発目を番える時間など、無論与えてやるつもりはない。
渾身の力を込めた右拳が、凄まじい勢いのまま出雲の面へ吸い込まれるように刺さった。
「―――――ォォォおおおおおおおおおっっ!!!」
897: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 19:13:37.18 ID:yITOSbI0
ドゴォォッ!!! と、響き渡る強烈な打撃音。
深々とめり込む右の拳。
グニャリと激しく歪む顔面。
空中を飛び、床へ落下し、頭を何度も打ちつけながら通路を転がって行く出雲の身体。
やがて仰向けのまま停止し、出雲はそのままグッタリと動かなくなった。
「ハァッ、ハァッ、ハァ……ゼェ……」
振り抜いた姿勢のまま荒々しく肩で呼吸する上条。
そのまま床に座り込んでしまう。
無意識に加減されていたとは言え、それでもダメージは大きかった。
いつもならここで倒れて病院送りの展開だろうが、今回はそうもいかない。
「ハァ…ッ…。こうしちゃいられねぇ………ッ!」
ボロボロの肉体に鞭を入れて立ち上がる。
まだ肩の荷を下ろすには早かった。
「………ッ」
倒れていた出雲の瞼が薄っすらと開いた。
側へ寄った上条に反応したかのように。
898: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 19:15:12.23 ID:yITOSbI0
「…………」
出雲は身体を起こさなかった。その代わりに口が開く。
「……久々によぉ………気持ち良いのをもらっちまったわ……。上手くは言えねえが、木原さんのより……なんつーか
こう……ズシンと効た」
「…………」
「あーあ……俺、……木原さんにきっと見捨てられんだろうなぁ……。殺されるより辛れぇかも……ククッ」
「…………」
「今すぐお前を始末すりゃ、まだ挽回は利きそうだが、……身体はやっぱ正直か……動かそうにも動かせねぇ。よぉ、
小僧。お前、一体何の力使ったんだよ? 能力じゃねえのは分かってるぜ」
「……大した力じゃねえよ。ただ“人の間違った幻想をブチ壊す”。……それだけの力さ」
上条はフッ、と笑って出雲を見下ろした。一瞬出雲の顔に『?』が浮かぶが、すぐに表情を崩す。
「ハッ、何だそりゃ……滅茶苦茶だなオイ……。まだまだ科学じゃ解明できねえ事が、この街にゃあるってか……。
お前みたいによ……」
出雲も笑みを零し、内ポケットから鍵束を取り出し、上条の足元へと投げた。
「……!」
「ソイツは、俺が偶然“落とした”。んで、たまたまお前が拾った……。そういうことにしとけ」
899: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/11(木) 19:16:40.91 ID:yITOSbI0
「ははっ、何だよそれ?」
「深く訊くんじゃねえよ。……“大人”ってのはこういうモンさ」
ご丁寧にも何処の鍵なのか分かるように各名称がついている鍵束を拾った上条は、出雲へ視線を向けた。
「悪いな。コイツは、使わせてもらうぜ」
「……超電磁砲は、俺の足が向いている通路をずっと進んで突き当たりを左に真っ直ぐだ。一方通行は逆方向で突き当
たった所を右行ってすぐ左曲がれば階段から行ける。……おっと、今のはうっかりクチが滑っちまったことにしろ」
(大変なんだな。大人って……)
取り繕う出雲を見て、社会に出るのが少し不安になった上条だった。
何はともあれ、鍵は手に入った。これで一方通行を救いに行ける。
今は身体の痛みなど気にしている場合ではなかった。
―――
上条が去った後の通路は、まるでさっきの一戦が嘘のように静まり返っていた。
「木原さん……。申し訳ありません。……どうやら、俺は猟犬失格のようです……」
床で横たわり、天井を見上げたままの出雲が発した呟きだけが静寂な空間に流れた。
917: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/13(土) 20:00:18.99 ID:YJ5DX0Y0
―――
白井黒子は行き詰っていた。
曲がり角の向こうで配置されている科学者二名が邪魔だ。
せっかく大回りしてまで厳しい包囲網を突破できたというのに、別ルートの序盤から嫌な位置に配備されている。
侵入目的がバレてしまったのだろうか?
(そうだとしたら……お姉様の周辺は最も厳戒態勢ということに……)
非常にマズイ事態だった。愛しのお姉様に近づくことすら敵わなくなるではないか。
(ぐっ、せめてテレポートが使えれば……)
こうなっては、初春と佐天に命運を委ねるしかなくなってしまう。
警備員が来るまで最悪隠れ続ける方法もあるが、そこにはあまり期待しない方がいい。
連中が上層部にコネを回して抑えつけてしまったら、警備員は当然動けなくなる。
あくまで上条達だけが一時撤退するための手段だ。
せめてその前に御坂美琴だけでも救出しておかねばならない。
ここで撤退などしたら、もう侵入の余地がなくなるのは目に見えているからだ。
(みなさんも心配ですが……やはり、今わたくしにできることは、お姉様の奪還ですの! だから……だから――)
(―――早くどっか行けっつってんだろぉがァァ!!! ジ ャ マ で す のよォォおおおお!!!)
曲がり角を曲がったすぐ先にいる研究員に凄まじい殺気を飛ばす黒子。
918: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/13(土) 20:01:11.24 ID:YJ5DX0Y0
(ええい! もうこうなったらイチかバチか、特攻するしか……っ!)
ここを通れないと、もうルートがないのだ。お嬢様である彼女では狭くて汚い通気口を通る手段など思いつくはず
もない。ジーッ、と見つからない程度に向こう側を覗き込み、様子を窺う。
(……見るからに油断していますわね。あれなら、速攻でタタメば何とかなりそうですの……)
念のため二名とも別方向を向いている時を狙おう、と息巻く。
大胆な性格は変わらないが、侵入時よりは冷静で判断力も光っており、丁度良くバランスが取れていた。
今の彼女なら、イケる。
(―――今ですのッ!!)
完璧なタイミングで飛び出した。
「っぐぁ!?」
「なん……ぷぐっ!?」
どこで拾ってたのか、持っていた分厚い本の角で背後から後頭部を思い切り殴り、もう一人が振り向いたと同時に
足払いで倒し、本の角でトドメを刺す。
風紀委員の訓練で培った技術が見事に活きた瞬間だった。
「聞こえておりませんでしょうが、一応言っておきますわね。失礼致します」
目を回している二人の研究員に背を向け、黒子は先を急ぐ。
視野が狭くならないよう注意を払いつつ、上条とは違い現在地を常に把握しつつ、広い施設を駆け巡る。
919: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/13(土) 20:02:32.02 ID:YJ5DX0Y0
小石を影から投げて見張りの注意を逸らし、その隙に突破するという忍者まがいの方法で難関も突破する。
セキュリティが復旧する前に、警備員が来訪する前に、何としてでも美琴を助けださねばならなかった。
切迫した時間が途切れることなく流れ続ける。
(チッ、あそこにもいますわね……)
気配を敏感に察し、身を隠しながら通路の奥にいる見張りに注意を向ける。
(……石はもうありませんし、今度は本でも投げつけてやりましょうか)
辞書のような分厚い本は読むためではなく武器用だ。
角で殴ればかなり強烈なのは先ほど倒された二人の研究員が証明している。
要領も得て、若干落ち着く余裕も出てきたが、それでも仕掛ける寸前は緊張感に呑まれそうになる。
一旦敵から目を離し、壁に寄り掛かって深い息を吐いている途中、壁の向こうから鈍い音と敵の悲鳴と倒れる音が
した。
「……?」
そーっと覗いてみると、そこには気絶した見張りの後ろに見慣れたツンツン頭が立っていた。
「―――上条さんっ!」
迷うことなく壁から飛び出して上条に駆け寄る黒子。
「白井!? ……良かった。無事だったんだな」
920: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/13(土) 20:03:42.38 ID:YJ5DX0Y0
驚きから安堵に変わる上条の表情。
「っ! 上条さん……その傷は……」
かなりひどい怪我をしているのはひと目で分かった。
上条「あぁ、大丈夫だ。大したことねえよ」
黒子「で、ですが……」
上条「それより、丁度良かった。お前に頼みたい事があるんだけどさ…」
黒子「……何ですの?」
上条「えーと……」ゴソゴソ
黒子「?」
上条「あった。……これで、御坂の方をお願いできるか?」チャリン
黒子「……そ、その鍵は…?」
上条「御坂の檻と鎖を解放するための鍵だ。名称書いてあるからどれがどこの鍵かは分かるな?」
黒子「あ、貴方……それを何処で手に入れましたの…?」
921: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/13(土) 20:05:28.28 ID:YJ5DX0Y0
上条「ん? あぁ……落ちてたのをたまたま拾ったんだ」
黒子「本当でしょうか……?」ジー
上条「ホ、ホントだって! とにかく、これで御坂も助けられるハズだ。白井、お前に預けるよ」
黒子「……貴方は、一緒に来てくれませんの?」
上条「ごめん。行きたいんだけど、その前に寄らなきゃならない所があるんだ……」
黒子「……わたくしには言えませんのね?」
上条「……すまん。けど、すぐに俺も行く。だから先に行ってて欲しいんだ。……頼めるか?」
黒子「………分かりましたわ。これ(鍵)は受け取らせて頂きます」
上条「ありがとう、御坂を頼んだぞ」
黒子「一足先に行くだけですのよ。必ず、あとから貴方も来てくださいまし」
上条「あぁ、分かってる」
こうして上条は、鍵束から美琴救出用の鍵だけ取って外し、運良く再会できた黒子に美琴を一旦託し、自らは先ほど交わした
約束を果たしに再び地下の牢獄へと戻って行った。
922: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/13(土) 20:06:29.19 ID:YJ5DX0Y0
―――
地下の監禁室の最深部。
「…………」
どんな結末が自分に訪れてようとも、一方通行はもう見苦しく騒ごうとはしなかった。
ただ、じっと待つ。本来なら耐え難く辛い時間のはず。
しかし、あの少年が来てからというもの、どういう訳か心はやけに落ち着いていた。
その原理は自分にもよく分からないが、妙な安心感が胸の内で流れていた。
無意味に足掻く気は、もう起こらなかった。
(どォしてだろォな……)
(前も、こンな風に心の余裕が無くなった時……アイツは俺の前に現れやがった)
(……右手に特別な力を持ってるとは言えアイツは無能力者で、ただの学生に過ぎねェってのに、何でこンな期待してンのか……
けど、今はあの熱血野郎を信じるしかねェ)
(ホント……“縁”ってのは馬鹿にできねェわ)
彼には自分に無いものがある。自分では足りないものを持っている。その心情から、いつからか一方通行は上条を“ヒーロー”と
称していた。
だが、実際は違う。彼は決してヒーローなどではなく、ただ己の信念を通しているだけだ。そして、今の一方通行にも“譲れない
モノ”がある。なのに、まだ自分には足りないものがあった。上条が去った後で一方通行はそれにやっと気づいたのだ。
(諦めねェ。どンな絶望の状況でも、絶対に自分を捨てねェ。俺は危うく、ソイツを忘れちまうところだった)
923: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/13(土) 20:07:51.42 ID:YJ5DX0Y0
事実、一方通行は耐えてきた。だが最後の最後で彼は自棄になりかけた。「もうどうにもならない」などと口にしてはいけない台詞
を吐いてしまったのだ。
「……もォ、弱音は吐かねェ」
自分に言い聞かせるように、敢えて声に出した。
そこへ―――
「―――悪いな。遅くなっちまった」
上条が、戻って来た。
「……オマエ……ッ!」
(はっ……この野郎。本当に戻って来やがったよ………)
信じていたとは言っても、実際こうして自分のために戻って来てくれた上条を前にしては、やはり驚きが上回る。ここの警備は決して
緩くなどないはずだから。
「今、出してやるからな」
ギィィ、と音が鳴る。檻が上条の手によってゆっくりと開かれた。
924: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/13(土) 20:08:36.83 ID:YJ5DX0Y0
「……!!」
上条が、獄室へ足を踏み入れる。
「……オマエ、ボロボロじゃねェか……無茶しすぎだっつの」
「ボロボロなのはお互い様だろ。お前こそ、ひどい怪我してるじゃねえか」
鎖の鍵穴に鍵を挿し込み、ガチガチと音を立てながら右手、左手と拘束具を解除していく。
「ホント、馬鹿だよオマエは………」
「ははは、かもな」
そして、両足も―――。
「…っ。よし! 全部外れた! ……立てるか?」
解除され、ついに―――
「……あァ、問題ねェ」
一方通行が、解放された―――。
925: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/13(土) 20:09:35.53 ID:YJ5DX0Y0
「よし、じゃあとっととこんな辛気臭いトコから出ようぜ。肩貸すか?」
「イヤ、要らねェ。コイツがあれば歩ける。オマエこそ平気かよ?」
隅に置かれた杖を取り、上条と共に檻の外へ出た。
「俺は大丈夫だ。道は大体覚えたからさ、ついて来いよ」
先導する上条の背中に、慣れない口調で礼を告げる。
「上条っつったな? 今回は……本当に助かった。感謝する。……この借りは、いつか必ず返すからよォ」
「よせよ、らしくねぇって。それにまだ終わったワケじゃないぞ」
顔だけ振り向く上条に、一方通行は正面を見たままはっきりと口にした。
「あァ、これで俺にもよォやくチャンスが与えられたってワケだ。……オマエのおかげでな」
表情に、笑みを浮かべながら。
(―――待ってろよ木原……。俺はまだ終わらねェぞ。番外個体は必ず助け出す。今度こそ有言実行だクソ野郎!)
反撃開始の時間だ。
926: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/13(土) 20:10:34.48 ID:YJ5DX0Y0
―――
~黄泉川家~
打ち止め「―――あ! ヨミカワおかえり~! ってミサカはミサカはお出迎えしてみる」
黄泉川「ただいま。はぁぁ……」
芳川「あら、どうしたの愛穂? ……あぁー、また駄目だったのね」
黄泉川「ああ、『御坂美琴失踪について捜査の申請は認めない』、ってさ。上層部連中め……一体何を隠してんのか…」
打ち止め「警備員が捜査する許可は……やっぱり降りないんだね。ってミサカはミサカは悔しがってみたり」
芳川「貴女も、辛い立場ね…」
黄泉川「全くじゃんよ。こういう時のための警備員じゃん。……闇が絡んでようが何だろうが、『子供を守る』のが私ら
の役目だってのに…」
芳川「………」
打ち止め「……あ! そー言えば、ヨミカワに伝言があるよ! ってミサカはミサカは思い出してみる」ポン
黄泉川「ん? 伝言って何だ?」
打ち止め「うん、あのね―――」
927: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/13(土) 20:11:53.36 ID:YJ5DX0Y0
―――
~風紀委員第一七七支部~
婚后「……やはり解せませんわね。どうしてわたくしがお留守番なのでしょう?」
湾内「まぁまぁ婚后さん。白井さん達を信じましょう。ハーブティーでよろしいですか?」
婚后「あら、ありがとうございます」
泡浮「けど、わたくし達も能力者ですから、何かのお役に立てるかもしれませんのに…」
婚后「上条様曰く『大勢で行くのは非効率だから』だそうですけど、今思えばこの『空力使い』大能力者の婚后光子を
さりげなく戦力外扱いしたのは非常に気に入りませんわねぇ」
ザワザワ ザワザワ…
固法「……いつからここはお嬢様たち憩いの場になったのかしら…」
お嬢様1「固法様もどうぞ。ムサシノミルクティーでよろしかったでしょうか?」
固法「あ、どうも♪」
お嬢様風BGMが流れる優雅な支部内。
と、そこへ―――
928: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/13(土) 20:12:52.40 ID:YJ5DX0Y0
―――Purrrrrrrr♪
固法「あら、電話…」
カチャ
固法「はい、コチラ風紀委員第一七七支部―――」
婚后「……どうやら、“来た”ようですわね」
泡浮「はい……」
固法「―――はい、お願いします。……白井さん達に勝手な事をさせてしまって申し訳ありませんでした。それでは」
カチャ
固法「ふぅ……。確かに伝えたわ。黄泉川さんの部隊が現地へ出動するって」
婚后「ふふ、予定通りですわ。さて、使命は無事果たしたことですし、もう構いませんわよね」
固法「えっ……?」
泡浮「もちろんですわ♪」
固法「ち、ちょーっと貴女達? 何? どこへ行こうとしてるの……?」
929: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/13(土) 20:13:58.69 ID:YJ5DX0Y0
湾内「決まってますわ。白井さん達の援護に行くんですのよ♪」
固法「……そ、そんなの聞いてないわよ!?」
婚后「さぁ、皆の者! わたくし達と共に参りましょう! これから赴く地は戦場! 命を張る覚悟で臨みますのよ!」
お嬢様全員「おおおおおおお!!!」
「御坂様! 今、お助けに参りますわ!」
「全ては御坂様のために!」
ドドドドド…
固法「……イヤ、あんなのどうやっても止められないし」
黄泉川率いる警備員、そして婚后を筆頭に御坂美琴の捜索に協力していた方々もとうとう動き出していた。
930: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/13(土) 20:16:01.06 ID:YJ5DX0Y0
―――
施設内、地下フロアから地上階へと上がってきた二人の少年。
上条当麻と一方通行。
肩を並べて歩く二人の空気はどこか禍々しく、まるでこれから戦争でも引き起こすかのように異様な空気を放っていた。
一階に戻るまでの間に上条は一方通行にこれまでの経緯を簡潔に説明した。土御門の存在だけは言われた通り上手く伏せながら。
一方通行「―――なるほどねェ。……けどまァ、確かにそンぐれェやンねェとオマエがここまで侵入してきた説明がつかねェな」
上条「俺もビックリしたよ。御坂の友達にあんなすげぇ子がいるなんてさ…」
一方通行「……何より、さっき話したその『知り合い』ってのは何モンだよ……っつか、オマエの周りも相当危ねェヤツらが
いンだな。俺がここにいる事まで知ってるたァ、並の組織じゃまず割り出せねェぞ」
上条「はは、けどいざって時は頼もしかったりそうでなかったり……。ま、今回の場合は助かったけどな」
一方通行「ンで、問題はその『キャパシティダウン』か……。確か能力者犯罪防止を目的に作られた演算妨害装置があるって
のは聞いたことあったが、これがソイツかよ……」
上条「ああ。……仲間が破壊してくれる手筈になってるんだが、そう簡単にいくかどうか……」
一方通行「ソイツらは暗躍に関しちゃ素人なンだろ? ……ちっと危険すぎじゃねェのか?」
931: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/13(土) 20:16:59.11 ID:YJ5DX0Y0
上条「だよな。……けど、他に手もなかったし、あの子達を信じるしかなかったんだ。ホントは危険なことさせたくなかった
んだが…」
一方通行「………状況は大体把握した。どォやら息を吐く暇もねェらしいな」
上条「そうみたいだな。これからどうするか……」
一方通行「オマエは超電磁砲の方を頼む。そのテレポーターの仲間も今はただのガキになってる以上、安全に事が運べるとは
思えねェ。だからオマエが援護しに行ってやれ」
上条「もちろんそのつもりだけど……お前は?」
一方通行「俺は俺でやる事がある。……どォしても果たさなきゃならねェ事がな…」
上条「っ!? け、けど……お前も今は能力がまだ使えないんだろ? 単独になるのはマズイんじゃ…」
一方通行「逆だ。俺がこのままオマエと一緒に行動してたら、オマエの足枷になっちまうだろォがよ。こォいった場所じゃあ
“気の遣い合い”が命取りに繋がるンだ。テメェ一人逃れるのに集中した方が生存率も高いンだよ」
上条「いや……そりゃ分かるけど……」
一方通行「安心しろ。オマエに助けられたこの命を無駄にするよォな真似だけは絶対にしねェ。……約束してやる」
上条「一方通行……」
一方通行「……ホントは、俺も超電磁砲を助けに行きてェンだ。…だが、状況と効率性を考えたらソイツは却下だ。今の俺が
一緒に行ったところで足手まといにしかならねェ。……だからオマエに託す。超電磁砲を必ず救い出してくれ」
932: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/13(土) 20:17:56.02 ID:YJ5DX0Y0
上条「………わかった。御坂は任せてくれ」
一方通行「すまねェな。頼める義理じゃねェのは、自分でも良く分かってる……」
上条「いや、そんなことねえよ。御坂だっていつか………いや、何でもねぇ。じゃあ、どうする? 俺はアッチなんだけど…」
一方通行「………あァ、じゃあ俺はコッチへ行く。あとは自分で何とかするから、オマエは心おきなく超電磁砲に専念しろ」
上条「……なぁ、その内聞かせてくれよ。お前が何を護りたかったのか」
一方通行「……聞かねェンじゃなかったのか?」
上条「“今は”な。全部終わった後ならいいだろ?」
一方通行「………機会があったらな」
上条「ああ、打ち止めも連れてな」
一方通行「…そォだな」
上条「………」
一方通行「………」
空気が変わり、しばし無言の時が流れる。
933: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/13(土) 20:20:08.83 ID:YJ5DX0Y0
だが、やがて二人は最後に言葉を交わした。
上条「……じゃ、もう行くよ」
一方通行「おォ、そンじゃあ俺も行くとすっかァ」
上条「一方通行」
一方通行「……何だ?」
上条「……死ぬなよ」
一方通行「……互いにな」
今度は直接、無事の生還を祈り合って二人は背を向けた。
鏡に映したように真逆方向へと歩き始める上条と一方通行。
これで最後ではない。必ず互いの目的を果たし、俺たちはまた巡り会う。
そう確信しているからこそ、少ない言葉で充分だった。
決意を胸に、少年達はこうして別々の道を進んだ。
上条「……じゃ、もう行くよ」
一方通行「おォ、そンじゃあ俺も行くとすっかァ」
上条「一方通行」
一方通行「……何だ?」
上条「……死ぬなよ」
一方通行「……互いにな」
今度は直接、無事の生還を祈り合って二人は背を向けた。
鏡に映したように真逆方向へと歩き始める上条と一方通行。
これで最後ではない。必ず互いの目的を果たし、俺たちはまた巡り会う。
そう確信しているからこそ、少ない言葉で充分だった。
決意を胸に、少年達はこうして別々の道を進んだ。
946: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/15(月) 17:26:16.96 ID:lHBFiJo0
―――
「っつーかよォ、この辺りはさっぱり人の気配がしやがらねェな。まさか全員出払ってるってこたァねェだろォし…」
上条と別れてしばらく長い通路を歩いている内にふと気づいた。人と全然出くわさないことに。
普通なら好都合なのだが、この施設の内部については全くといっていいほど知らないのだ。木原に敗れて気がついたら
あの二度と戻りたくない監獄に収容され、連れ出される時も目隠しされていたのだから至極当然の事である。
「参ったよなァ……どこに誰がいンのか分からねェ。そこらへンにいる適当なヤツでもゲロさせりゃ良いと思ってたが、
どォいう訳か誰も見つからねェ。こォして見ると無人にさえ思えてくンぜ」
カードキーは上条から聞いた通り無条件で通れるが、迷路のように分かれ道が頻繁に設けられている施設内ではどこへ
行けば正解なのかが判明しない。要するに早くも迷子だ。
「……チッ、適当なエサが見つかるまで闇雲に進むしかねェか」
ぼやくのを止め、いつ内部の人間が現れても対応できるように注意を促しながら進む。
大勢は無理だが、一人や二人程度の下っ端なら杖を武器に利用すればどうにか制圧できるだろう。
移動するための必需品をあまり乱暴には扱いたくないが、所持していた拳銃は木原に没収されてしまっているので我が儘
は言えなかった。
脳に傷を負い、能力制限の生活を余儀なくされて幾月か経った今、能力使用不可の状態でもそれなりの“生き残る術”は
暗部組織に加入してから多少身につけていた。拳銃による射撃術もその一つである。
(上条の方は地図があるだろォから心配ねェが、俺の方は幸先悪しってかァ。……セキュリティがいつ復旧するかも知れ
ねェってのに、いつまでもこォして彷徨ってる訳にはいかねェぞ)
カツン、カツン、と杖が床を鳴らす音に僅かずつだが苛立ちが込められてくる。
947: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/15(月) 17:27:15.05 ID:lHBFiJo0
それから更にしばらく進んだ、その時―――
(――! ……誰かいる)
道を曲がる直前で人の気配を感知し、停止する一方通行。
曲がり角の向こうから話し声がする。
「………」
顔だけ覗かせてみると、向こうからコッチに歩いてくる白衣姿の男がニ人。
どう見ても平の研究員だ。
(よォーやく三下発見、ってかァ?)
口角を斜めに吊り上げて壁に身を預ける。
勝負は、一瞬だった。
「―――!?」
驚きの声も悲鳴も上げる間もなく一人は気絶した。仕掛けた杖に足を取られ、転倒したところをすかさず脳天に一撃
かましてやったからだ。
そのまま流れるような動きで突然の出来事に唖然とするもう一人の研究者を視中に収める。
948: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/15(月) 17:28:13.14 ID:lHBFiJo0
「ぐが!!?」
事態を認識する前に鳩尾へ杖先を刺し込んだ。呼吸困難で膝を着いた研究員をドン、と一突きで床に倒し、更に首元
を杖先で押さえつける。
「……っっっ!!!」
大声を上げようにも喉を圧迫されて声が出せず、もがこうとする研究員に一方通行は不気味なほど冷徹な声で告げた。
「このまま喉元潰されたくなかったら大人しくしろ。素直な態度で質問に答えりゃあ、これ以上の怪我は負わなくて
済むぜェ?」
悪魔の笑みを浮かべている一方通行に研究員は凍りついた。
警告後、すぐに力を抜いて両手を頭に置いた研究員の妥当な応対に一方通行はご機嫌の意味で笑顔を深める。
「そーそー、イイ子だァ。ンじゃあ喋れる程度に力緩めてやンよ。だが、もし意味無く叫ンだりしたら……ビックリ
してうっかり手が滑っちまうかもなァ」
コクコク、と頭を縦に動かす研究員の男。もはや顔色は恐怖に染まりきっており、抵抗の意思は感じられない。
声が喉を通る程度に杖を引っ込めてから一方通行は有無を言わさぬ勢いで蒼白したままの研究員に訊ねた。
「番外個体はどこにいる?」
949: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/15(月) 17:30:01.61 ID:lHBFiJo0
「……っはぁ! はぁ……み、番外……個体……?」
息を切らせながら単語の意味を死中模索する研究員に一方通行は険しい顔を作る。
(チィ……こンな三下じゃ、やっぱ知らねェか……?)
だが、
「……まさか、木原さんが……調律しているクローン個体のことか……?」
「―――!? 調律だァ? オイ、そりゃどォいう事だ? 詳しく話せ」
眼で脅しかけるが、研究者は首を横に振って見上げてくる。
「お、俺はそこまで知らねえよ! ただ、“調律”としか……」
「………」
(木原の野郎……。一体どォいうつもりだ? だが、“クローン個体”ってのが番外個体なのは間違いねェはず…)
(……待てよ。そォいやアイツ―――)
950: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/15(月) 17:31:18.66 ID:lHBFiJo0
―――『お姫様とも直に“会わせて”やっからそう噛み付くな』―――
―――『残念だが、あの小娘どもにはまだ仕事が残ってんだよ』―――
(………今思えば妙に気になることほざいてやがったよなァ。何かを企ンでることだけは間違いねェンだろォが、俺の
所へ来る時以外、アイツは番外個体に何を……チッ、悪い予感しかしねェ)
「おい……おい! お前、『一方通行《アクセラレータ》』だろ? 何故……どうやって外に!?」
考え事の最中に杖の下でピーピーと喧しい下っ端を睨みつけてやる。
「……うるっせェンだよ。ンなことより、その場所がどこなのか今すぐ言え。どこでやってンのかぐれェは当然オマエ
でも知ってるよなァ?」
「ひ……し、しかし、……木原さんの情報をうかつに他言したら……俺、あとでどうなるか……」
今度はガタガタ震えだした。余程木原が怖いらしいが、そんなことを考慮する理由はない。
杖を少し押して一気に脅し掛ける。
「今ここで声帯潰されて今後筆談人生を送りたいか、俺が木原をブチのめす可能性に賭けて知ってる事を全部吐くか、
オマエに好きな道を選ばせてやる。……コッチはあまり時間の余裕がねェンだ。とっとと決断しろ」
少しの間が空き、研究員はとうとう白状した。
951: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/15(月) 17:32:28.39 ID:lHBFiJo0
「……………最上階、九階の北西部……そこにある大広間が、木原さんの書斎部屋だ。研究自室も兼ねてる……」
ニヤリ、と一方通行は満悦の表情で震えた声の研究員を見下ろす。
「オーケー、ご苦労さン」
「な…なぁ、あんた、木原さんに俺から聞いたなんて言うなよ? 絶対に言わないでくれよ!?」
「………」
「頼むぞ…! でないと……殺される…!」
「そンなにあのインテリちゃンが怖ェンなら、さっさと荷物まとめて夜逃げでもしてろ。目が覚めた後でなァ」
「え―――ッ!?」
瞬時に腹部を杖で刺し、研究員の見苦しい願望を強制ストップさせた。
「二度と喋れなくなるよりはマシだろボケが」
のびた研究員の懐から二丁の拳銃を奪い取る。
あとは研究員にもう目もくれず、一方通行はすぐその場から離れ出した。
(……一番上か。ケッ、まさにボス猿にゃ御あつらえ向きのステージってワケだ)
(待ってろォォ。すぐに行くぞ)
(今度は俺がオマエに行き着く番、ってなァァ。ククク…)
不敵に笑い、禍々しいオーラを身に纏いながら少年は地獄からの戦線復帰を果たす。
952: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/15(月) 17:33:36.88 ID:lHBFiJo0
―――
「ハァ、ハァ、ハァ……」
見張りの目をまたしても欺き、白井黒子はついに御坂美琴が監禁されている部屋まであと僅かの所まで到達していた。
付近に人の気配はない。やはりコチラの目的にはまだ気づかれていなかったのか、思った以上に手薄だった。
これなら一気に行ける!
「ハァ、ハァ、あと……あとは、ここを左に行って真っ直ぐですの…!」
地理を確認しながら最後の直線を急ぐ。前方に人影はない。
今が絶好のチャンスだと黒子は確信した。
(お姉様。もうすぐ……もうすぐ逢えますのよ)
(白井黒子、今お姉様の元へ!)
洞窟で何日も彷徨い、ようやく地上の光が射し込む出口を発見した遭難者のような顔で黒子は走る。
鍵も先ほど上条から託された。あとは誰も来ない内に美琴を連れ出して脱出するだけ。
彼女の足が意思よりも早く進むのは無理もないことだった。
そして、やっと―――
「―――!!!」
953: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/15(月) 17:35:08.11 ID:lHBFiJo0
肉眼で、美琴の姿を捉えることができた。
とうとう、ここまで来た。黒子にとって悪夢のような十日間だったが、それもこれで―――
「お姉様あああああ……」
「く……黒……子……?」
本当は叫びたかったのだが、今そんな事をしては救出前に誰か来てしまう。
黒子は柵に両手を掛け、奥で拘束されている美琴に涙混じりの視線を向ける。
美琴の方はもちろん突然現れた親しいルームメイトの登場に口をポカンと開けている。
「逢いたかったぁ……逢いたかったですのぉぉぉ……グスッ」
「え?……えっ?……黒子…なの……本当…に……?」
だんだん飲み込めてきた様子の美琴に、黒子はシワクチャになりそうな表情をキリッと正す。まだ気を抜いて良い場面
でも浮かれて良い場面でもない事を思い出してくれたようだ。
「お姉様。お助けに参りました」
「黒子……アンタ、どうして……」
954: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/15(月) 17:36:39.32 ID:lHBFiJo0
美琴はまだ少し信じられないといった表情だが、黒子はすっかり落ち着きを取り戻している。
「訳は後ほどご説明致します。今はわたくしと逃げるんですのよ」
「え……で、でも……」
「ご心配には及びませんわ。鍵なら持ってますの。……んっ」
鍵を取り出し、檻を開けようと挿し込んだ次の瞬間、美琴の切迫した声が飛んだ。
「―――黒子! 後ろ!!」
「―――!?」
振り返ると同時に全身を襲う強烈な痺れ。
「あぁあああっ!!!」
力の入らない身体はあっという間に取り押さえられた。
「―――ふふ、あっさり引っ掛かったな。まさに袋のネズミってかぁ?」
「―――ここに来ると思って張ってたのさ。この方が捕まえるのも楽だしな」
955: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/15(月) 17:37:51.84 ID:lHBFiJo0
「―――馬鹿な小娘だぜ。『地獄の猟犬』をなめるんじゃねえよ」
「―――さて、一人は捕らえた。残りの連中はコイツから炙り出すぞ」
続々と姿を見せる『地獄の猟犬』構成員たち。他の科学者と違い、プロの空気を纏わせている。
どうやら、黒子は猟犬の張った罠にまんまと飛び込んでしまったようだ。
動かせない手足を三人がかりで床に押さえ込まれている。抵抗はもはや絶望的な状況だった。
「あ……あぁぁ……」
スタンガンを当てられたショックで意識はぼんやりだが、自分の現状は理解できる。
薄く開いた目は美琴を見つめた。美琴が自分に何か叫んでいるようだが、何を言っているのか聞こえない。
「黒子っ!! 黒子ぉぉ!! やめて! その子に手を出さないで!!」
必死に叫ぶが無視される。
大好きな後輩が自分のために傷つけられてしまう。美琴が冷静なままでいられるはずはなかった。
「黒子を放せェェええええええっ!!!」
悲痛な声も届かない。
助けようにも、何もできない。
能力が使えないのが実に恨めしい。こんな時に、一体何故自分は無力なのか?
自分を呪いたくなるほど、美琴は唇を噛んだ。
956: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/15(月) 17:38:33.97 ID:lHBFiJo0
(ああ……おねえ……さ……ま……)
虚ろな意識で、黒子も悔しさを噛みしめる。
あと少しで手が届く距離にいるのに。
目の前に、心酔して止まない先輩がいるというのに。
(最後の……最後で……ヘマをやらかすなんて………せっかく……ここまで来たのに……無念…ですの……)
目に涙を浮かべ、黒子は美琴へ手を伸ばそうとするが、それすら叶わない。
(お……ね……え……さ―――)
(―――ま………)
意識が闇に落ちる、正にその時だった。
「―――っ!!」
957: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/15(月) 17:39:58.88 ID:lHBFiJo0
~~~
ここでほんの少しだけ時間を巻き戻す。
一方通行は階段を上っていた。
エレベーター付近は警護人が多く、突破は面倒だったからだ。
奪った拳銃は二十発式が二丁。今時珍しいぐらいに古い型な上にあまり無駄撃ちできる弾数でもない。
(このまま最上階まで行けりゃ良いが……)
やはり難しいようだ。上から誰か下りてくる足音が聞こえてくる。しかも複数。
仕方なく、一方通行は三階でいったん階段から離れた。
できれば『階段』という移動手段は捨てて、このままエレベーターを見つけたい所だが、生憎このフロアも複雑に
入り組んでいるようだ。曲がってはまた曲がってを繰り返す。
(クソ、内部の地理が把握できねェ以上あまり動き回るのは好ましくねェってのに。っつーか、勤めてるヤツらは
本当にこンな迷路みてェな施設内を掌握できてンのか? 怪しいモンだぜ、ったく……)
心で愚痴りながら歩き続けるが、階段までのルートは一応頭に残している。エレベーターが見つかれば無駄な記憶
に終わってしまうが、見つけても使えない場合を想定した結果である。
以後も道を忘れないように気を張り巡らせる。
が、その時、気配を察知して動きをピタリと止めた。
(―――!? チッ……コッチからも来たか。まァ遅かれ早かれこォなンのは目に見えてたけどなァ)
958: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/15(月) 17:41:20.70 ID:lHBFiJo0
すかさず壁に身を潜め、息を殺す。前の右折しかできない先に数人はいる。更に後ろからも数は不明だが複数迫って
きている。
(……やるしかねェか)
後ろに追手が迫っていない保障はない。というか、戻るには“まだ早い”。ある程度時間が経たない内に戻って鉢合
わせるのは一方通行でなくても予測できた。
覚悟を決めて前へ進む。すると案の定、研究者たちが自分の姿を見て一瞬たじろぎ、驚愕の表情を演出した。
「お、お前は!?」
「ア、アク―――!?」
その瞬間が勝負だった。
驚きながらまともな行動が起こせる人間はまずいない。最も隙をつけるタイミングとも言える。
位置の確認と同時に拳銃で研究者たちの足を撃ち抜く。当然問答無用でだ。
ビックリしている途中での激痛はたまらず彼等の思考を中断させる。
「ぐぉぉ……!!」
「ぎゃ…あ…あああ!!」
辛くも全員を床へのたまわせるのに成功したが、銃声が響いたせいで後方の連中が急ぎ足でコッチに向かって来る
のが分かった。
959: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/15(月) 17:42:13.74 ID:lHBFiJo0
「っ!」
冷静に素早く拳銃を替え、杖を前に先へと急ぐが。
「―――いたぞ!!」
「おい! 止まれ!!」
「……チ」
ついに見つかった。舌打ち一つ残し、向こうが発砲してくる前に曲がった壁へと身を隠す。
その直後、敵側の発砲音と共に銃弾がすぐ横を通った。間一髪、射程距離からは外れたようだ。
「面倒になってきやがったか。……さァて、どォしたモンかねェ。全員を床にへばり付かせるには若干心許ねェ気
もするが……」
応戦するか退くか。
考えてる間にも敵はじりじりとコチラに歩を進めて来ている。いつまでも留まっている訳にはいかない。
「……時間の無駄だな。仕方ねェ、ひとまずコッチへ―――」
退却するしかない、と判断した一方通行は身体を翻して奥へ進もうとするが、
「―――ッッ!!?」
960: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/15(月) 17:43:16.15 ID:lHBFiJo0
「見つけたぞぉぉ。脱走者が」
「牢へ戻ってもらおうか。これが木原さんにバレたら面倒になる」
「逃げられないように、とりあえず足撃っとくか?」
なんと、そこからも更に組織の構成員が道を塞いでいた。唯一のルートが遮断されてしまった。
これは手痛い誤算である。
「……!!」
後ろも前も逃げ道はない。完全に八方ふさがりだ。
「くっ……」
流石の一方通行もこの事実に焦りを隠せなかった。
「おい、麻酔弾があったろ。撃つならそれにしとけ。もし殺しちまったら、俺たちが木原さんに殺される」
「そうか、そうだな。へへへ………寿命はまだ少し先だぜ」
この会話を聞いて冷や汗を流す。
(クソが、冗談じゃねェ。眠らされてまた最初からやり直しってかァ? フザけンじゃねェぞ!!)
先にこいつらを黙らせるために拳銃を抜こうとするが、その前に後ろから通告される。
961: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/15(月) 17:45:48.13 ID:lHBFiJo0
「おっと、動くな。そこまでだ。ふふふ」
「っ!?」(―――しまった!!)
後から追いついた研究者から羽織い締めに遭い、身動きを封じられた。
一方通行の脳が『まずい!』と危険信号を飛ばしてくる。
「クソッたれがァァ!!」
絡められた腕から逃れようと暴れるが、体格に差があり過ぎてどうにもならない。
(ちっくしょう!! ここでゲームオーバーなンて洒落になってねェぞォォ!!)
そして、
「おい、うるせえから早く撃って黙らせろ」
「―――おう。へへ、んじゃあな」
パァン、と乾いた音がしたと同時に一方通行目がけて真っ直ぐ放たれる麻酔弾。
「……ッ!!」
962: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/15(月) 17:46:54.26 ID:lHBFiJo0
絶体絶命。
無情な末路が一方通行に再び訪れようとしていた。
だが、その直前である。
「――――!!!?」
麻酔が着弾するまでの、コンマ何秒差か。
突如、一方通行の脳内に何か妙な違和感が走った。
973: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:24:17.07 ID:nvelhGQ0
~~~
一方通行、白井黒子、両名は時同じくしてピンチを迎えていた。
更にここで、もう一度だけ時間を巻き戻してみる。
最上階(九階)では通気口から二つの小さな影が機械設備豊富な室内へ足を踏み入れていた。
初春飾利と佐天涙子。
下フロアの騒然とした状況など知る由もない少女二人の暗躍は、ついに佳境を迎えていた。
「とうとうここまで来たね……。初春、装置はどこ?」
いつになく緊張感が走っている面持ちで佐天は訊ねた。
「ちょっと待ってください……」
端末を見ながら足を辿る初春。やがて目標座標が中央に点滅した。
「―――ありました! これです! 佐天さん!」
初春が目の前の大きな制御装置を指し示した。
974: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:25:46.61 ID:nvelhGQ0
「これが……新型のキャパシティダウン発生装置……こいつが…ッ!」
親の敵と遭遇したかのように憎々しく睨む。
初春もいつになく真剣な表情で佐天に伝える。
「内部からの操作は……やっぱり難しいですね。ですが、これだけ大きく精密な装置なら……外部からの刺激が
致命的なハズです」
「要するにブッ壊し甲斐があるってワケねっ!!」
途中で佐天が割り込むように前へ躍り出る。すでにバットを振りかぶりながら。
初春は、指でゴーサインを作り、
「えぇ、やっちゃってくださいっ!!」
佐天を思いっきり煽ってやった。
「うぉぉおおおおーーーーーーーっっ!!!!!」
気合混じりの一撃が、悪条件の元となった物体へ向けて勢い良く繰り出された。
無論、これ一発だけでスッキリするはずもない。
何度も、何度も、佐天は力任せに音響の根源へ対し怒りの鉄槌をお見舞いした。
「こんのぉっ!! こんにゃろぉおおおお!!!」
975: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:27:43.38 ID:nvelhGQ0
激しい火花を散らせながら、装置がみるみる変形していく。無効化が進んでいくのが見てとれる。
そして、トドメに何やら表示されている液晶画面を完膚なきまでに叩き割ってやった。
「―――うおりゃあああああ!!!」
ガシャアアン!! と、装置がけたたましく音を立てる。やがて電源は完全に消え落ち、キャパシティダウン発生
装置はただのスクラップへと廃化した。
「やりましたよ佐天さんっ!!」
端末に表示された標的の電子マークが消えたのを確認し、その場で喜びの声を上げる初春。
装置は完全に無力化されたのは良いが、派手な騒音を聞きつけた研究者及び構成員たちが今にも部屋へ突入しよう
としている。
いつまでも喜んでいる暇はない。
「よしっ! 行こう初春!」
「はいっ!」
あとはズラかるだけだ。二人は迅速に行動を開始する。
976: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:30:24.83 ID:nvelhGQ0
予め鍵を掛けておいたため、再び通気口から脱出するための僅かな時間だけは稼げた。
少女達がさして大きくない穴へ姿を消してからほんの一分ほどで突入は決行される。
中の惨状に彼等は揃って驚愕したが、すでに逃亡した彼女達の知った事ではなかった。
~~~
そして現在。
御坂美琴を救い出す一歩手前で道を閉ざされてしまった白井黒子。
目の前で捕まった後輩を助けることもできず自責に溺れる御坂美琴。
地獄からの復活早々、無念にもリタイヤを再度余儀なくされようとしている一方通行。
この三人が脳に奇妙な違和感を感じたのは、全く同じタイミングだった。
977: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:31:30.84 ID:nvelhGQ0
「――――!!?」
一方通行へ一直線に飛来する麻酔弾。
これを喰らってしまえば、何もかもが終わってしまうと言ってもいい。
(ッッ!!)
本能に従うかのように、一方通行の手は首筋の電極スイッチへ伸びる。すでに発砲された弾が自分に超速で迫って来ている。
(間に合え―――ッ!!!)
何も思考する猶予などない。ただスイッチを入れ、能力を、自身を“最強”へと変えるだけ。
麻酔弾が一方通行の腕に接触する、まさにその寸前。
カチッ……
「!!!!!」
―――ギィィィン!
978: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:34:37.79 ID:nvelhGQ0
まるで彼の腕に吸い込まれたかのような波を立てた銃弾はその後、波紋から飛び出したように跳ね返っていく。一切のブレ無く、
真っ直ぐに。規則正しく反射された麻酔弾は、発砲した当人を逆に撃ち捉えた。
「ああっ!? …………う……ぅ…」
やげて力なく崩れ落ちる狙撃手。
そして、今度は。
「!!?」
一方通行を後ろから押さえつけていた体格の良い男が、まるで突風に殴られたかのように後方へと吹き飛ばされた。
その場にいた全ての人間が、この立て続けに起きた不可思議な現象にどよめく。
約一名を除いて。
「クク、クキキ………クカカカカ――――」
「―――ひはっ、きひっ、ひゃはっ、ぎゃははははははははははははははははァァァァァ!!!!!」
自由になった直後、いきなり大声を上げて笑い出した一方通行。
包囲している連中はこれにビックリし、後退する。
979: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:36:40.63 ID:nvelhGQ0
一 方 通 行 復 活 !!!!!
「きひひッ、待ってたぜェェ。この時をなァ。ギリギリセーフゥ? 間一髪ゥ? まァ、どっちでもイイけどよォ。最高の仕事
をしてくれたじゃねェか。上出来だぜェ、三下共ォォ。これ以上ない絶妙のタイミング、ってなァァ!」
狂喜から出た独白に理解不能な構成員たちだが、妙な危機感だけは根付いていた。
「どういうことだ……? 今、何が……」
「能力者は、ここでは無力なはず……」
何も知らない構成員たちは戦慄を覚える。だがもう遅い。最強の超能力者はもうここに降臨したのだ。
完全復活を遂げた一方通行がすぐ目の前にいる。
この事実は彼等を充分パニックに陥れていた。
「ええい! 構わねぇ! 撃てっ! 撃てぇぇ!!」
一方通行の放つ特有のプレッシャーに恐怖を駆られた構成員たちは、後の事など考えずいっせいに発砲した。
しかし、一方通行の不敵な笑いがその程度で消えるはずもない。
「なァ、こォいうのをよォ……確か世間一般じゃあ“形勢逆転”って言うンだっけか? ぎゃはっ、ははははっ!!」
自身に集められた銃弾は、全て今通った道を引き返していく。まるで彼を恐れて思い留まったかのように。
「っぐあ!?」
「ぎゃああっ!!」
980: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:39:13.75 ID:nvelhGQ0
反射された銃弾を逆に浴びて倒れた構成員や研究員は、そこでやっと一方通行の能力が完全に復活している事実を悟った。
原因は勿論不明だが、今はそれを気にしている場合ではない。
こうして最強の超能力者が猛威を振るっている。その現実だけで充分だ。
「クククク……。悪いなァ。一個ずつクリアしていくセオリーは嫌いなモンでよォ。何ぶン今は時間が惜しいンだわ」
自分以外はすでに皆床で転がっていた。命は奪っていないが特にどうでも良い。
あの時に“警告”はしたのだ。彼等に容赦する理由が思い浮かばない。
呻き声だけが返ってくる通路の中央で一人立ち尽くし、彼は天井を見上げた。
「っつーワケで、ショートカットだ! 一気にラスボスまで飛ばさせてもらうぜェ!!」
その宣言通りに跳躍する。
一方通行は頭上の天井など無いも同然に破壊しながら、一気に最上階を目指して進撃を開始した。
981: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:41:43.19 ID:nvelhGQ0
―――
「ッ!!!」
白井黒子は薄れていた意識を無理矢理叩き起こした。
『多分、装置が止まったら違和感にすぐ気づくと思います。これだけ強力な装置なら、音響の変化を脳も感知するはずです』
初春の言っていた“違和感”が、もし“今の”だとしたら?
黒子は賭ける思いで脳内で演算式の組み立てを開始してみた。その結果―――
(―――グッジョブですの!! 初春、佐天さん!)
“ビンゴ”だった。思わず顔が全力でニヤける。
取り押さえられたままの黒子が、突然不敵な笑みを浮かべた。
構成員集団がそんな彼女に疑問を抱いた直後、
「―――んな!?」
「な……えっ!?」
982: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:43:21.28 ID:nvelhGQ0
組み伏せていたはずの少女はすでにいなかった。
「!!!?」
すぐさま周辺を見回す集団。すると、
「あ! あそこに!!」
一人が指をさした先は美琴が囚われている檻の中。
黒子はいつの間にか美琴を拘束する忌々しい手枷を鍵で解除する作業に取り掛かっていた。
「黒子……アンタ……ッ!」
「今、外しますの。もう少しの辛抱ですわよ」
勝ちを確信した表情の黒子。上条への敬意のつもりからか、敢えて鍵を使用している。
やがて、鎖は難なく外せた。
「何がどうなってるのか………後で説明よろしくね。黒子」
「えぇ、お姉様……。さ、外れましたわ」
「……ありがと。あ、あとこれも…」
「……これは?」
美琴は黒子におずおずと腕輪を見せた。
984: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:46:15.79 ID:nvelhGQ0
それが何なのか知らない黒子は当然訊ねた。美琴はパッと説明だけする。
「これもさ、能力制限の元みたいなヤツなのよ。……これ付けてる限り、流した電流は全部この施設の電力として利用
されちゃうの。ホント迷惑な話だわ」
「なるほど、それにしても趣味の悪いデザインですこと。お姉様には相応しくありませんわね―――」
蔑んだ感想と同時に腕輪へ手を置き、
「―――ふふっ♪ こんなものッッ!!」
一瞬で消し飛ばした。
「あはっ♪」
その時、通路の方から音が聞こえた。
おそらく、美琴の腕から消えた腕輪が遠くの方に移動されて落ちた音だろう。
これで、美琴を縛るものは何も無くなった。
腕輪の無くなった自身の肌を愛しそうに見つめ、黒子に極上の微笑みを向ける。
「ありがとう、黒子。助かったわ」
「いいえ、お安い御用ですのよ」
久方ぶりに笑い合う常盤台中コンビ。
その光景を唖然と見ていることしかできない研究者たち。黒子が空間移動能力者なのは分かるが、キャパシティダウン
は一体どうなっている? と顔が訊ねていた。
985: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:48:24.31 ID:nvelhGQ0
そして、
「―――さて、と……」
「―――ええ……」
二人の少女が笑うのを止め、コチラへと顔を向けた。
思わず背筋に悪寒が走るほどの眼差しが兵達を射抜く。
「長居は無用ね。行くわよ、黒子」
「はい、お姉様」
二人の身体が一瞬でそこから消え、気づいた時には檻の外へと移動していた。
突然すぐ近くに現れた空間移動能力者と学園都市上位に名を連ねる超能力者に全員思わず退く。
だが、
「に、逃がすな! ここで逃がしたら、あとでどうなるか分かってるだろ!?」
「―――!!」
「そ、そうだ。もしこんな失態が木原さんにバレたら……ゴクリ」
「よ、よし……能力者と言っても小娘二人だ……。ここは俺らでやるしかねぇ」
木原の恐怖に駆り立てられた猛者たちは臨戦態勢を取る。
そんな虚勢だらけの兵たちに、美琴と黒子は唇の端だけで笑ってあげた。
986: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:49:17.33 ID:nvelhGQ0
「くすくす、運がすでにどちらの味方をしているか、まだ彼等には良く理解できていないようですわねぇ」
「そうみたい。けど丁度ひと暴れしたいと思ってたし、まぁ歓迎っちゃ歓迎よね」
全快の御坂美琴と白井黒子。今の二人に恐れるものは何もなかった。
「―――さぁ! ここからはコッチのワンサイドゲームよ!! いいわね!? 黒子!!」
「―――当然ですわ!! お姉様と共にこの白井黒子! 存分に暴れさせて頂きますの!!」
全身から夥しく稲妻を走らせる美琴。
太股に隠し持っていた金属矢に手を掛ける黒子。
常盤台が誇る能力者二人は躊躇うことなく戦闘モードへと移行した。
987: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:50:14.28 ID:nvelhGQ0
―――
初春飾利と佐天涙子が通気口から無事エレベーターへとたどり着いて下降している途中、もの凄い衝撃が密室の空間
を襲った。
「―――きゃあっ!!?」
「―――なっ、何!!?」
一瞬、乱気流に突入したジェット機内のようにグラリと揺れるエレベーター内。二人ともこの不意打ちにバランスを
大きく崩す。
本当に揺れはすぐ治まったが、代わりにマズイ事態が発生した。
「な……何だったの今……って、ちょっと!? エレベーター止まってないこれ!?」
「ええっ!?」
何度ボタンを押しても反応はない。電灯も消え、表示ランプも点滅したまま動かない。下に降りている感覚は全くしな
かった。
「う、うそぉ!? ま……まさか今の揺れが原因で……?」
「そ……そんなぁぁ……ど、どうしよ?」
予想外の展開に一時慌てふためく二人。
すると初春が、
「……ッ!」
鞄にしまっていたノート式パソコンを取り出した。
988: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:51:25.96 ID:nvelhGQ0
「う、初春? どうするの……?」
「何とか、復旧させてみます!」
「えぇ!? で、でもエレベータートラブルって……確か管理施設が違うんじゃ……」
ごく当たり前の指摘をするが、そんなことは初春も承知だった。
「管理会社のデータを少し借りれば大丈夫です! 少なくとも……ここと違ってブロックレベルは低いでしょうから、上手く
アクセスできればすぐに復旧させられると思います」
「センターに問い合わせたらダメなの?」
「こういう機密に触れるような施設じゃ“身元調整機能”が付いてるんですよ。多分助けてはくれるでしょうけど、下手したら
そのまま捕まる危険があります」
話しながらも初春の手は止まっていない。
佐天にはよく理解し難い話だが、要するに侵入した建物内でコッチから助けを求める行為はなるべく慎むべきだ、との事。
風紀委員でも教わるのか疑わしい知識だった。
というか、エレベーターに閉じ込められても、それを自分で直すという所業を駆使できる人物が身近にいたことに対しての驚き
が佐天の中では圧倒的に勝っていた。
初春達は気づかなかった。いや、気づくのは不可能と言える。
打ち上げられたロケットの如く垂直に昇っていく超能力者がすぐ側を通過していったことに。
彼こそがエレベーターに震動を加え、停止にまで導いた張本人である。
そして彼もまたそれに気づくことなく上へと昇り続けていた。
全ての障害は一切無駄。ただの瓦礫やコンクリートの塊へと塗り替えるだけ。
顔を上に向けたまま崩壊する天井などお構いなしで上昇する彼の通った跡は、一階から七階までの空間がくっきりと繋がっている。
今の一方通行は止まらない。いや、誰にも止められないと言った方が正確か。
989: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:52:42.64 ID:nvelhGQ0
「ぎゃあははははははははァァァ!!!」
狂喜溢れんばかりの高笑いだけが後に残った。、
―――
「な、何だ……? 今アッチでも、すげぇ音が……」
見つからないよう慎重に進まなければならない少数派の一人、上条当麻は後ろの方角から聞こえた崩壊音に足を止めた。
(前からも何かドンパチやってるのか、騒音が響いてくるし……まさか、みんな危ねえ事になってんのか?)
正解は逆なのだが、ある意味では危ない事なのかもしれない。しかし、この少年にその真実を教えてあげられる人間は
この場にいなかった。
「……白井、無事なんだろうな」
幸いなのか、上条周辺は驚くほどにスカスカの手薄だ。
このチャンスを生かさない手はない。
「とにかく急がねえと! 御坂、白井、待ってろよぉぉ!! 今行くk――――」
出雲との一戦で痛んだ肉体に喝を入れ、その一歩を踏み出した瞬間だった。
「―――――ん……?」
足の感覚でもおかしくなったか?
地の感触が、足裏に伝わって来ない。
990: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:53:57.17 ID:nvelhGQ0
「………」
金縛りにでも掛かったように全身を硬直させる上条。おそるおそる、真下に目線を下げてみる。
「………」
なんと、そこには床が無かった。
それは偶然にも、この施設に一つしかない『落とし穴』だった。
施設の遊び心満載な研究員が、“ネタ”として作ったものだった。
床の色もあからさまに違うので、まさか引っ掛かる人間はいないだろうと。
言わば、難易度の高い問題だらけに一つだけ設けられてある“サービス問題”のようなものだ。実際こんな子供騙しの罠になど、
今どき誰も引っ掛かりはしない。
前しか見据えていなかった上条当麻、ただ一人を除いては。
「―――ふ、不幸だああああぁぁぁぁ!!!!!」
叫びと共に下の暗闇へと瞬く間に沈んでいく上条。
小さくなっていく滑稽な姿も闇に消えて見えなくなったし、腹の底から出た悲痛な声もやがて聞こえなくなった。
そんな彼を嘲笑うかのように、穴はパタンと音を立てながら元の床に閉ざされた。
991: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:54:37.35 ID:nvelhGQ0
―――
監禁所周辺は超能力者と相棒の大能力者の大暴れにより惨状と化していた。まるで大量の火器を用いり戦争でも
したかのような。
天井は崩壊し電灯は粉々に砕け、床は塗装が剥がれて鉄筋が剥き出しとなっている。高圧電流によって抉れた壁
は所々にバラバラな大きさの穴が開いていた。そこの部分だけテレポートしたのだろうか。
答えは完全に勝ち誇った声の主だけが知っている。
「あー、スカッとしたわ」
「ふん、他愛もないですわね」
その凄惨な現場に佇むのは常盤台制服姿の御坂美琴とコートを脱ぎ捨て同じ服装になった白井黒子の約二名。
あとは全員床に没しているか壁へめり込んでいるか崩れた天井の下敷きになっているかだ。無論、もう誰一人
として動かない。能力不使用の呪縛から解放された少女二人の戦闘力はあまりに圧倒的だった。
こうしてひとしきり暴れた二人は、立ち向かってくる者が誰もいなくなったのを確認してゆっくり戦闘体勢を解き、
ハイタッチを交わした。
美琴「ふふっ、それにしても、ずいぶん派手にやったわね~」
黒子「いつも使っている能力がいざという時に頼れないのは思った以上に応えますわね。おかげさまでつい加減を
間違えてしまいました」
美琴「私もかな。久々な気がしたから結構有り余ってる感じ……♪」
黒子「封じられて溜まっていた鬱憤が爆発した、という所でしょうかしら」
美琴「あ、多分それね」
黒子「まぁ確かに少しやり過ぎたかもしれませんわね」
美琴「私はまだちょっと暴れ足りないけどな~。どうせなら思いっきりやりたいかも」
992: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:55:28.04 ID:nvelhGQ0
黒子「お姉様……お気持ちは分かりますが、お姉様が本気をお出しになったらこの建物なんてあっという間に倒壊
してしまいますの」
美琴「わ、分かってるってば! 冗談よ」
黒子「冗談には聞こえませんでしたが? ……まぁよろしいですわ…」
美琴「あはは~…」ポリポリ
黒子「さぁ、お姉様。あとはここから脱出ですの。まず初春と佐天さんと上条さんを見つけてそれから―――」
美琴「―――ッッ!!? ちょちょちょちょっーと待って!? 今……何てった?」
黒子「あ、そうですわ。簡単にご説明しておきますが、キャパシティダウン発生装置を無力化してくれたのは別ルート
から侵入した初春と佐天さんですの。予定は多少狂いましたが、いちおう作戦通り進んでおりますわ」
美琴「へ~、そうなんだ。だから能力が戻ったのね……。初春さん、佐天さん、……ありがとう…」ニコッ
黒子「お礼でしたら直接がよろしいかと…」
美琴「もっちろん♪ 当たり前よ! ………って違ぁーーう!! イヤ違わないけど!! 黒子、アンタ今その二人以外に
誰の名前言った!?」
黒子「はて? 何のことで? ……いえ、冗談ですの。冗談ですからジト目をやめてくださいまし」
美琴「………」ジー
黒子「上条さんですわ。上条当麻」
美琴「アイツ……来てるの……?」ポカーン
黒子「えぇ、わたくし程ではありませんが、彼もお姉様の身を案じておりましたわ………って、お姉様?」
美琴(どうしよアイツ来てるってことは私のためにでもアイツなら誰でも助けるだろうしでも危険冒してでも助ける人って限られてくるわよねそれってもしかして私のことをイヤけどあの馬鹿は無自覚)ブツブツブツブツ…
993: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:56:24.62 ID:nvelhGQ0
黒子「オーイ、お姉様ー……」
そして、ひと波乱ありつつも二人は移動を開始した。
美琴「―――そうだったの……みんなに、心配掛けちゃったわね。帰ったら謝らないと…」テクテク
黒子「いいんですのよ。お姉様が元気な姿を見せるだけで、みなさんきっと喜んでくれますわ」テクテク
美琴「……うん」
黒子「……。遅くなってしまって、申し訳ございませんの」
美琴「黒子が謝ることないわよ。私がドジ踏んじゃっただけなんだから」
黒子「……ですが…」
美琴「けどね、嬉しい。黒子が、みんなが私を心配してくれてたことが、何より嬉しいかな。申し訳ない気持ちにもなるけど」
(アイツも―――)
黒子「お姉様……」
美琴「さ! それならこれ以上心配掛けないためにも、早く帰らないとね! 急ぐわよ黒子!」ダッ
黒子「は、はいですの!」ダッ
「―――ちょっと、貴女たち。どこへ行くつもりかしら?」
「!?」
994: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:57:20.54 ID:nvelhGQ0
走り出そうとした少女達の前に立ちはだかる大きな機械。これは、
「ぱ、駆動鎧(パワードスーツ)……!」
黒子が漏らした通り、確かに道を塞いでいるのは藍色に光る駆動鎧だった。
「ア……アンタは……!!」
美琴は黒子と違い、頭部の方に注目する。駆動鎧で全身を纏っていた女の顔を驚いた目で凝視していた。
「だめねぇ。勝手に逃げちゃうなんて、悪い子さん♪」
女の口調に美琴は軽い吐き気を覚えた。
何故なら女はこの十日間、自身の世話を担当していたあの使用人だったからだ。そして美琴の記憶が正しければ、その女
使用人はこんなウーマン口調などではない。そもそも駆動鎧を着ている時点で違和感だらけだが、普段は粗野なはずだ。
「な、何よそれ……? アンタ、何でそんなものを……」
「……お姉様、知り合いですの?」
黒子が美琴に視線を移す。しかし、ここで予想外の人物に出くわした美琴の表情はまだ硬かった。
「あら、いやね。そこのお嬢さんは私のことを忘れちゃったのかしら」
「へ…?」
自分に言われたのか一瞬理解できなかった黒子は、美琴と女使用人を交互に見る。
黒子にはこんな長い黒髪に端整な顔立ちをした知り合いは思い当たらなかった。
「まだ分からないのかしら。ふふ……じゃあそんな貴女の運命、これで占ってみる?」
そう言ってから女使用人が見せてきたのは、
995: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 18:58:08.86 ID:nvelhGQ0
「―――!!?」
マーブルチョコのスティックだった。
これに覚えがある黒子は一気に青ざめるが、美琴は更に蒼白した。
しかし、女使用人は凍りついた少女達に構わず続ける。
「どれどれぇ………ふぅん、“赤”ね。これはつまり―――」
振って最初に落ちた色を見た後、彼女は一息にスティックをクシャリと握り潰し。
「―――“血まみれの未来”ってなァァァ!!! ぐァはははははははははは!!!!!」
恐ろしい本性を崩れた顔面と共に曝け出して絶叫した。
美琴たちは絶句する。美琴が見たことのないほどの恐ろしい形相は、確かに見覚えがある。
ようやく二人は目の前にいる人物が一体誰なのかを認知できた。
驚愕しきった少女達に、テレスティーナ・木原・ライフラインが再び牙を向く。
目的は当然『復讐(リベンジ)』―――。
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