・ここまでのあらすじ


ロシアから再び一方通行の抹殺のため学園都市に送り込まれた番外個体。
しかし、到着寸前で航空機を何者かに狙撃され墜落。番外個体はその事故で記憶障害を負ってしまう。
学園都市で平穏な生活を取り戻した一方通行と番外個体は病院で再会し、統括理事長の計らいで二人は
共同生活をするハメになる。
一方、その裏で軍用クローン『怨念個体《キハラゴースト》』として復活していた木原数多の復讐計画
も動き出していた。番外個体を排除しようと航空機の狙撃を差し向けた木原だが、逆に番外個体を利用
する作戦を企てる。

その計画に巻き込まれ、木原に突然拉致監禁されてしまった御坂美琴。

護衛を口実に始まった一方通行と番外個体の同居生活は思いのほか平和に過ぎていた。
だが、そこへ木原数多が見計らったように美琴の失踪を学園都市じゅうに知らしめる。報道を聴いた
一方通行は激怒し、番外個体から目を離して外へ飛び出してしまった。

離れ離れになった一方通行と番外個体の前に障害が現れる。一方通行には木原数多、番外個体には部下
の出雲傭兵。まんまと術中にはまってしまった二人は彼等に収容される。

それから続いた過酷な拷問。
御坂美琴、一方通行、番外個体。囚われの身となった彼女達の運命を弄ぶように時間は流れていく。

だが、また一方で動き出していた上条当麻率いる“御坂美琴捜索隊”は、土御門元春の活躍により有力な
情報を仕入れていた。
その後、初春飾利によるハッキング技術を駆使し、こちらに有利な状況を作りだして木原数多がボスを務
める地獄の猟犬《ケルベロス》のアジトへと突入した面々。学園都市で最大クラスの『裏世界』へと少年
たちは飛び込んでいった。全ては『仲間』救出のため。

このあまりに危険な要塞で抵抗を続ける小さな希望。しかし、その光は確実に輝きを増していく。

3: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 19:02:21.09 ID:nvelhGQ0

木原の部下である出雲傭兵を単独で撃破し、一方通行の救出を成し遂げた上条当麻は一方通行と一旦別れ、
御坂美琴救出のために白井黒子を援護しに向かった。

その頃、囚われていた御坂美琴を遂に手中に収めた白井黒子だが、ゴール直前で敵の罠に掛かってしまい、
一気に大ピンチへと追い込まれる。

別行動をとった一方通行も、番外個体を助けに行く道中で思わぬ窮地を迎えてしまう。

それぞれが「ここまでか…」と涙を飲みかけたその時、初春飾利と佐天涙子が不利な状況の根悪とも言える
キャパシティダウン発生装置地点まで無事到達していた。

逆転の一手を放つように、佐天涙子は持参したバットを躊躇うことなく装置へ向けて思い切り振り下ろした―――。


能力使用不可を余儀なくしていた装置の破壊。

これにより本来の力を取り戻し、完全復活した能力者たち。

反撃の幕が、正式に切って落とされる。

果たして、少年少女たちはこの地獄の要塞から脱出できるのか。

一方通行は番外個体を無事に木原数多の手から救い出すことができるのか。



物語は、いよいよ大詰めを迎えようとしていた―――。

4: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/16(火) 19:04:12.05 ID:nvelhGQ0

・今の各現状(アジト内)


一方通行……上条当麻の協力を得て脱獄、参戦。そしてキャパシティダウンも無くなり能力も復活した今、もはや
       部下では手に負えず。勢いに乗ったまま最上階の番外個体と木原数多を目指して爆進中。

番外個体……最上階で収容されている。木原数多と現在は一緒のようだが……。

御坂美琴&白井黒子……逃亡しつつ仲間の捜索中、女使用人に扮していた因縁深き相手、テレスティーナ・木原・
            ライフラインと遭遇。

上条当麻……一方通行救出後、御坂美琴を救い出すために白井黒子の救援へと急ぐが、間抜けにも落とし穴にハマリ
       足止めを喰う。

初春飾利&佐天涙子……無事キャパシティダウン発生装置を破壊し、逃走に成功したは良いが、移動中のエレベーター
            が一方通行の快進によって停止してしまう。

木原数多……最上階で番外個体に何かを施している。“最終調整”だそうだが、果たして……。




こんな感じです
続き投下は明日からを予定しています
今日はこれにて失礼します
お付き合い頂いてる方々、いつもありがとうございます
新スレでもよろしくお願いします

15: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/17(水) 21:29:30.76 ID:oe5dGBk0

逃走中の御坂美琴と白井黒子の前に立ちはだかった駆動鎧に身を包むテレスティーナ・木原・ライフライン。
気味悪く笑うテレスティーナの顔は、「この時を待っていた」と言わんばかりに輝いていた。


美琴「………アンタ……!」

黒子「まさか、テレスティーナ・木原・ライフラインですの……!?」

テレス「そぉだよ! やっと気づいたかこのボンクラどもがぁぁ!」

黒子「……何故、貴女がここに…っ!!」

テレス「ハッ、んなの決まってんじゃねえか。私の身内がここのボスやってっから、ちょいとコネを回させてもら
     ったのさ」

美琴「…………」

テレス「にしてもよぉ、ホント久しぶりだよなぁ? あぁ、つっても超電磁砲はもう十日も一緒にいんだっけか?」

黒子「!?」

美琴「………っっ」ギリッ

テレス「面倒だったが、楽しかったぜぇぇ。テメェが絶望に瀕した少女を演じるサマはよぉ。ぎゃはははっ!」

美琴「……私を、騙してたってワケ?」

テレス「おいおい、人聞きの悪りぃ事言うなよ。テメェが気づかなかっただけだろぉが。ちぃっと髪型変えて眼鏡
     取っただけなんだぜ? 非日常の環境で観察力も低下したかぁ?」

16: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/17(水) 21:30:54.28 ID:oe5dGBk0

美琴「そう……そうね。どこかでアンタに見覚えがあった。……けどやっと分かったわ。できれば知りたくなかった…」

黒子「お姉様……?」

美琴「つまり、アンタも木原数多のグルってことで……いいのよね?」

テレス「ふん、あのクソ生意気な弟が何を企てようと私にゃあ関係ねえんだがな。一応テメェらを逃がすな、って
     偉そうな命令は出てんだ。言いなりに動くつもりなんざ毛頭ねえが、テメェらにはデッケェ借りがあっか
     らよぉ。っつーワケで―――」スッ


美琴黒子「っ!?」


「――――テメェら揃って私が今ここで引導を渡してやんよぉぉぉ!! オラ、くたばっちまえやぁぁ!!!」ブォン


少女二人に向かって振り下ろされた上腕。
テレスティーナの逆襲が始まった。

「っ!!?」

俊敏な動作でコチラとの距離をあっという間に縮めたテレスティーナは真上に掲げた腕を思い切り下へ叩きつけた。
勿論美琴と黒子の立っている位置目がけて。

バゴォォン!! と轟音が鳴り響き、同時に床がへこんだ。パラパラと床に舗装されたメッキの破片が八方へ飛ぶ。

標的となった少女達はこの即死確実な攻撃から何とか回避に成功していた。

17: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/17(水) 21:31:46.04 ID:oe5dGBk0

「ククククク……ほぉー、こりゃあ良い。前のよりずっと扱いやすくなってんじゃねえか。オマケにこいつぁ…」

沈んだ床を見つめながら好評の言葉を述べるテレスティーナ。どうやら以前美琴たちとの交戦時に着込んでいたソレ
よりもパワーが上のようだ。そして耐久性やスピードもあるいは。

「ひひっ、さっすが“新型”だなぁオイ……。さて、どうするテメェら? できればジワジワと苦しめてやりてえん
 だがよ。もしかすりゃ一瞬で終わっちまうかもしんねえなぁ」

少し残念そうな視線を後退した二人に向けて告げる。

「……。やるしかなさそうね」

「ええ……」

美琴と黒子の表情が引き締まる。この一撃で美琴の頭は完全に切り替わった。
今はこの“狂人”を打破しなければならない。全力で演算に集中する。


「っりゃァああああ!!」


片手に帯びた青白く輝く雷撃の槍を鎧へと一気に撃ち放った。


「……ふん」


18: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/17(水) 21:32:52.61 ID:oe5dGBk0


それだけ吐き捨てたテレスティーナは頭部を隠すように両腕をクロスさせる。その直後、凄まじい威力の雷撃が
駆動鎧に激突した。

が、


「……ッ!!」


「――――はん、なんだそりゃ? 痛くも痒くもねえなぁ! その程度かよ超電磁砲!!」

隠れた腕から見せた顔には何の変化もなかった。当然、鎧も全くの無傷である。

「………ならばっ!!」

今度は黒子が仕掛ける。
落ちていた床の破片に手を触れ、駆動鎧の中へと転移を試みた。

だが、


「っ!!?」


飛ばした破片は、何故かテレスティーナの眼前に落ちた。

「馬鹿な……何故……?」

19: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/17(水) 21:33:57.60 ID:oe5dGBk0

「がはははははっ!! 無駄無駄ァァァ! 駆動補助装置に引っ掛かった“異物”は全て強制的に外部へと転送
 されるシステムになってんだ! つまり中から攻めようったって無駄なんだよボォーケ!!」

「ぐ……」

「さぁてと。んじゃ、今度ぁコッチの番だ。せいぜい一発でお陀仏になんねぇよう、必死こいて逃げ回りなぁ!!」

宣告後、デカイ胴体からは考えられない速さで黒子へと走り掛かる。

(は……速いっ!?)

あまりの急接近に気が動転したのか、呆気に取られる黒子。

「オラよっ!」

丸太のような豪腕が黒子に迫る。

「黒子っ!!」

たまらず声を張り上げる美琴。あの速さでは超電磁砲も間に合わない。


「―――――ッッッ!!!」


しかし、振るわれた拳には何の手応えも無かった。

20: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/17(水) 21:35:25.42 ID:oe5dGBk0

「チッ……」

舌打ちの先には自らの転移に間に合い、辛うじて肉塊ルートを回避した黒子の姿があった。
だが若干後方に逃れただけだ。すぐさまニ撃目へと踏み込む駆動鎧。

「逃がすかよぉぉ!!」

再度襲い掛かる機械の腕。

速すぎて演算が追いつかない。

黒子は咄嗟に目を閉じた―――。


瞬間!


ギュオオオオオン!!! と、真横からとてつもない勢いで放射された光の垂直線が駆動鎧に直撃した。


「ぃ……っ!!?」


振りかけた腕がこの横ヤリで大きくぶれ、黒子の横を通り過ぎる形に終わる。

「……!!」

慌ててその場から退く黒子。
難を凌ぎ、距離をとって体勢を立て直そうとする。

21: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/17(水) 21:36:18.08 ID:oe5dGBk0

彼女のすぐ真横には、砲撃主の美琴が肩を並べていた。
寸前で放った超電磁砲が後輩の窮地を救ったのだ。

顔を正面に向けたまま、美琴は動悸の治まらない隣りに声を掛ける。

「大丈夫!? 黒子」

「ハァ、ハァ……えぇ、申し訳ございません。助かりましたの。お姉様」

「ってか、何よあのスピード……。あんなの喰らったらひとたまりもないわ…」

「………まったく、末恐ろしいですわね…」

視線の先には、ポンポンと埃を払う駆動鎧が悠然と佇んでいる。
ダメージを殆ど受けていないのは一目瞭然だった。

「超電磁砲をまともに喰らわせても、足止め程度にしかならないなんて……」

「このままではマズイですの。何か弱点を見つけないと……」

各々の思考中、テレスティーナはようやくコチラに邪悪な眼を向けた。

「ククッ、“切り札”の超電磁砲もこの新型にゃ無力みてえだな。コイツの実戦投入日が待ち遠しいぜ」

「………!!」

あんな兵器が戦場でいくつも配備される未来。
考えるだけで恐怖がこみ上げてきた。

22: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/17(水) 21:37:31.33 ID:oe5dGBk0

(―――コインはあと三発分……それでもし倒せなかったら……)


ゴクリと唾の飲む美琴にテレスティーナは残酷な結論を告げる。


「理解できてねえんなら教えてやるが、何度ぶつけても効果はねえよ。戦艦に小石を投げたようなモンだからな」


「ッ……!!」

「外装はもちろん、内装も強化されたこの駆動鎧の前じゃあ、テメェらなんざ蟻ん子同然! どう足掻いたところで
 ここからは生きて帰れないんだよォォ!! 観念しなァァ!!」

テレスティーナが地から足を離す。
ブーストでもついているかのように宙を平行移動し、少女二人へその猛威を振るう。

「がァはははははぁぁ!!」

「くっ…!」

瞬時に美琴は周囲から集めた金属でバリケードを張る。が、しかし。


「ははははっ!! 無駄だっつってんのが分っかんないのかなァァ!???」


「―――ッッ!?」

23: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/17(水) 21:38:43.05 ID:oe5dGBk0

体当たり一回でバリケードは突破され、更に衝撃の余波で美琴と黒子は後方へ吹き飛ばされる。

「あぁぁ!!」

「ぐうっ!………っ!? お姉様っ!!」

飛ばされながらも火事場の能力で黒子は美琴の手を取り、そのままテレポートに成功した。

「あぁん?」

テレスティーナは視界から消えた二人に眉を吊り上げる。
付近を目で探るが、姿は見えない。だが、

「……ケッ、逃げられると思ってんのか? この私からよぉぉ!!」

次には満面のいやらしい笑みで急加速し、隣りの空き部屋へ通じる壁へと拳を打ち込んだ。


「そこにいんのは分かってんだよ馬鹿がァァあああ!!!」


「………ッッ!!??」


拳の先に映るのは息を抑える美琴と黒子の姿。
近くの空室へ転移し、いったん劣勢を立て直すつもりだったらしいが彼女には通用しなかった。
他にも部屋はあるのに何故ここだと分かったのか? 美琴と黒子は表情で問う。

24: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/17(水) 21:40:29.40 ID:oe5dGBk0

「何で分かったってぇ? ククク、こん中には精密機器が幾つも導入されれてなぁぁ。その内の一つが『AIM探知
 《ソナースキル》』よ。名前の通り、最も近いAIM拡散力場を瞬時に捉える機能さ。詳しい特定はまだできねえのが
 ちっと難点だが、今の状況なら充分役に立ちそうだな」

「な……!!」

「それではつまり……」

「そうよ。どこに逃げ隠れしようが意味ねぇーってこった! がはははははっ!!」


「………ッ」


逃げることも隠れることも無意味。
この言葉が少女達の胸に強く残る。

まともにぶつかってもこの駆動鎧を身に纏ったテレスティーナには到底敵いそうにない。

かつてない試練が二人の前に立ちはだかった。


「じゃあ、そろそろ終わらせてもらおうかねぇ。二人仲良くあの世まで送ってやんよォォおおお!!!」


咆哮を連れてテレスティーナが突進してくる。

その時、まるで死ぬ覚悟でも決めたかのような顔の美琴が前に飛び出した。

25: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/17(水) 21:41:46.55 ID:oe5dGBk0

「―――お姉様ッッ!!?」


美琴の行為の意味は、黒子が最も考えたくない最悪の末路へと繋がっていた。


「逃げて黒子っっ!!!」


この美琴の叫びがそれを立証している。



「うおおおおおーーーーーーーッッ!!!!!」



電気の鎧で身体を覆った美琴が駆動鎧の正面に立ち塞がった。

「あぁぁ? 玉砕しようってかぁ? 面白れぇ。んならそのまま死ねやァァ!!」

テレスティーナは無慈悲な鉄拳を美琴本体へ直接叩き込もうと腕を突き出す。

ところが。


「―――な……何ィィ!?」

26: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/17(水) 21:43:25.71 ID:oe5dGBk0


拳が美琴のすぐ目の前で止まった。美琴の両手が駆動鎧の正拳を押さえつけている。
高圧電磁体となった彼女が精密機器に何らかの障害を発生させたのか、鎧はそれ以上進まなかった。
もっとも、あと少し進んでしまえば駆動鎧の剛拳が美琴を打ち抜く。

「ッ……ほぉぉ、伊達に第三位じゃねえってかぁ? だが……いつまで保つかねぇぇ」

「うううっ………っぐ……ぎぃ……ぃ……」

まさにギリギリの崖っぷちで彼女は踏み堪えていた。周囲には高圧の電流が止まることなく出続けている。
歯を食いしばって必死にテレスティーナの進行を妨げながら、美琴は後ろで顔を青くしているであろう後輩に急かす
ような声を飛ばした。

「ぐぅぅぅ!………黒子……何してん……のッ!……早く…ッ!……逃げなさいってばぁ!!」

自分が食い止めている内に一人で逃げろ、と美琴は言っている。
これに賛同できるはずもない黒子は悲鳴混じりの声で叫ぶ。

「いやぁぁぁ!! 絶対いやですのぉ!! お姉様を置いてなんてッ!!」

「どの道……こいつからは逃げられないっ……だから……せめてアンタだけでも……ッ! お願い黒子……逃げて……」

「そんなこと……出来るわけが………ッ!? お姉様っ!!」

「ッ……ぐァああああああ……ッ!!!」

美琴の顔が苦痛に歪む。
踏み止まる足がズルッ、と下がる。駆動鎧は電圧で敷かれたバリヤーを今にも突破せんと、微進する。

27: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/17(水) 21:45:11.90 ID:oe5dGBk0

「っぐぅぅ……ああ……がぁぁ……ッッ!!」

「ククククッ、頑張るじゃねえか。泣かせるねぇぇ。けどよ、さすがにもう限界が近いんじゃねえのかぁ? 無理
 は身体に良くないぜぇ? ほらほら、いい加減止めて楽になっちまえよぉ!!」

「……ッ。……行かせ……ない……!」

「あぁん?」


「絶対に、行かせるもんかァァああああああっっ!!!!!」


更に電流は強みを増す。正に底力だ。


「黒子ぉぉ!! 逃げてっ!!」


「……ッ……ッ」


身体が動かなかった。
最悪の未来を想像してしまうだけで、黒子の全身は硬直してしまっていた。
最愛のお姉様が、自分ひとりを逃がすために全力で敵の足止めをしている。

どうしたら良いか分からない。

28: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/17(水) 21:46:25.73 ID:oe5dGBk0

美琴の周りは凄まじい電圧が走っていて援護に近づくことすらできない。
そして、捨て身の抵抗も限界を迎えようとしている。

ここで自分が逃げた後で美琴がどうなるのかを考えたら、足が動かせなかった。
そんな黒子の心情を背中で察した美琴は、最後に声を振り絞る。


「黒子……アンタにもしここで何かあったら、……私は……ッ……一生自分を恨む……」

「今度は……私が、助ける番……でしょ…?」

「だから……早く………早くっ!!」


「―――ッッ…!!」


美琴の喝に押し出されるように、黒子の足がドアへと動いた。
黒子は今にも泣きそうな顔で美琴を見つめる。

テレスティーナの猛進にギリギリで耐えながら、美琴は黒子へ笑顔を見せてこう言った。


「助けに来てくれて……ありがとうね黒子……。嬉しかったよ……」


まるで今生の別れのような、そんな雰囲気に匂わせる美琴の言葉。
黒子は、それを聞いた途端―――。

29: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/17(水) 21:48:28.12 ID:oe5dGBk0

「必ず助けに戻ります! ですからお願いですのお姉様!! もう少し……もう少しだけ辛抱してくださいまし!!」


決意を固める。
そして、そのまま息荒く部屋を飛び出した。


(……ごめんね、黒子。一緒に帰りたかったけど………無理……かもしれない…っ……でも、絶対……アンタだけは…
  無事に帰って……)

フッ、と黒子の出て行ったドアを名残惜しそうに眺め、すぐ眼前で進撃中のテレスティーナを勇ましく見上げた。

「チッ、…まぁいい。どの道私からは逃げられねえんだ。あのガキはお前を片付けた後でたっぷりと可愛がってやんよ」

「……残念だけど、それは無理ね。アンタはここで私と根比べしてもらうこと決定なのよ!!」

「ぷっ、ぎゃはははははぁぁ!! テメェ馬鹿か!? コイツは以前テメェが破壊した鎧(スーツ)とは段違いだって
 のがまだ分かってねえのかよ!? あん時ですらテメェは私に一度負けてる! 今のテメェと私じゃあ比べようがある
 ワケねえだろぉが!!」

「……やってみなきゃ、……ぐっ! ……分かんないでしょ……ふふ…」

「………ふん、別に構わねえがな。いいぜ、仲間想いなお前に免じて付き合ってやろうじゃねえか! 力尽きてくたばる
  までよぉぉ。ひっひっひ……」


「ふふふっ………上等よ!! うァァァああああああああ!!!!!」

30: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/17(水) 21:49:32.00 ID:oe5dGBk0

気力を振り絞った美琴の全身が、更にまた一段と光を増した。
黒子を逃がしたのはあくまでも自分がやられてしまった時のため。
そして、やられるつもりは毛頭ない。


(精一杯、足掻いてやる―――!!!)



空き部屋を脱した後、黒子はすぐさま何か使えそうなものが落ちていないか気を張り巡らせつつ通路を走リ廻っていた。
辺りに目を光らせる。大切な物を落とし、それを死に物狂いで探すかのように。

何か、何か起死回生となるものは無いか。何でも良い。たとえ致命傷を負わせられずとも、身を挺して逃がしてくれた
憧れの先輩が助かるのならばどんな手段でも厭わない。
けど確実でなければ論外だ。共倒れは美琴が一番望まない結末だから。
かと言ってこのまま見捨てるなど、天地がひっくり返ったとしても有り得ない選択だ。逃げるつもりは更々無い。

通路は美琴の能力が影響を及ぼしているのか、所々に電流が走っている。その中を黒子は探索し続ける。
事態はもう一刻の猶予もない。美琴が力尽きる前に何とかせねば!

その時、駆け巡る黒子の目に何かが止まった。

「これは……」

足元に落ちた何かの部品らしき金属。ただそれだけなら目に入ることもないのだが、一瞬この金属が光って見えたような
気がしたのだ。少し見入るが特に変哲はない。だが、気のせいか、と目線をずらしかけた正にその寸前。


ビリッ…


31: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/17(水) 21:50:49.15 ID:oe5dGBk0

「!?」

やはり気のせいではなかった。確かに電気が流れている。
どうやらこの部品は電磁波の影響を受けやすい物質のようだ。

それを確認した際、黒子の脳内で一つの打開策が浮かぶ。

「……もしや―――!!」

迷っている暇などない。
他に手がない以上、これに賭けるしかない。
黒子はひと呼吸置き、その電気を帯びた金属部品に手を伸ばした。

「あぐッッ…!!」

静電気が生易しいほどのショックが身体中を流れる。だが、怯んではいられない。

「があァァァァ!! こんなのっ!! 普段お姉様から受けてる電圧に比べたらっっ―――!!!」

気合で押し通し、部品を発する電流ごと掴んで握り締めた。


「――――屁のカッパですのよォォおおおっっっ!!!!!」


電気使いでもないのに電流を身に纏った少女は、一目散に駆け出した。

無論、愛するお姉様を救うために。

32: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/17(水) 21:51:58.66 ID:oe5dGBk0

強大な磁場が発生中の空き部屋内。
御坂美琴は健気にもまだ堪えていた。駆動鎧の握り拳が顔面に届くまで、あと何十センチもない。
表情からは、明らかに疲れが見えている。

対して、テレスティーナは遊んでいるかのような笑みを絶やさなかった。
抵抗にもがく美琴を見下すような目で見続けている。

「うぐぐ……ァァあ……!!」

疲労で震え始めた腕。除々に押し返されていく身体。
それでも懸命に耐え続ける彼女の様子は、何とも寛容し難いものがあった。。

しかし、テレスティーナの性根が揺らされることはない。むしろ更に興奮が高まっている風にも感じられた。

「ククク……オイ、どうした? ずいぶん士気が下がってきたじゃないか。もっと力入れないと、顔面グズグズに
 なっちまうぞぉぉ? んだぁ? もう限界です、ってかぁ?」

「……ッ……ッ…」

応える余裕も睨みつけてやる気力もない。ただ俯きがちで耐えるしかなかった。

「ッケ……つまんねえの。もうそこまでらしいな。んじゃ、一気にカタつけてやるとすっかぁ!」

駆動鎧に更なる力が増す。

「っがぁぁ!!………ぐっ……ぅぅうう!……」

「オラオラァ! あの世はすぐそこってなぁ!! ぎゃははははははははァァァ!!!!!」

33: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/17(水) 21:52:51.01 ID:oe5dGBk0

「く……ぁぁ……」

(もう……これ以上は……。ごめんね、黒子……せっかく助けに来てくれたのに……)

(みんな、ごめん――――)


腕が下がりかけたその時だった!


「―――お姉様っ!!!」


バンッ!! と勢い強く開かれたドアにテレスティーナも美琴も注目する。
その視線の先には、


「お待たせ……あぅッ!……ぅ……しましたのっ!!」


身体の周囲から迸るほどの電流を撒き散らした白井黒子が仁王立ちしていた。

54: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/19(金) 18:16:39.21 ID:r/XULHs0

―――


戻って来た白井黒子を御坂美琴は呆然と見つめる。

「黒子……何で……?」

「あぁ? んだテメェ、まだいたんかよ。わざわざ戻ってくるたぁ……常盤台ってのは馬鹿なお嬢様の集まりかよ。
 まぁ、捜す手間が省けてコッチとしちゃあ助かるけどなぁ。……っつか、その電気は何だよ? お前はテレポーター
 じゃなかったか? どうでもいいけどよ」

馬鹿にした目つきのテレスティーナに黒子は警告した。

「お姉様から離れなさい! ……ッ…」

右手の中にある部品から放電が止まずに苦痛を味わうが、そんなことは気にしていられない。

(黒子、一体何をしようっての……?)

美琴は彼女の行動が理解できない。この局面で引き返して来た黒子の意図が。
これではせっかくの頑張りが全て水の泡である。
だが、当の本人である彼女の眼から迷いは感じられなかった。

「ははっ! 丁度良いからそこでジッと見てろ! 目の前で仲間がやられる様をなぁぁ!!」

「……では、仕方ありませんの」

「あぁ…?」

55: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/19(金) 18:17:36.02 ID:r/XULHs0

どういう意味だ? と詰問するテレスティーナに黒子は何も答えない。
代わりに発電源となっている右手を強く握り、集中した。

「ぎぃぃ……!!」

言わば感電状態で能力を行使しようとする黒子。
しかし、テレポートは複雑な演算式の元に成立する諸刃の力。
少し気を削いだだけでも式が成り立たなくなるのだ。
いくら電撃は浴び慣れているといっても、この状態で演算など果たして上手くいくのか。
いや、上手くいかないと困る。

(こんな時に使えないで……何が空間移動)

(大切な人を助けられない力なんて、わたくしには必要ありませんのよ)

(ですからお願い……お願いですの――――)



(届いて――――――)



その直後、ドア付近に佇む黒子の周囲を走っていた電気がフッ、と消えた。
彼女の右手から発生していた電気ショックも、同時に消えていた。

白井黒子は、感電状態にありながらも能力で物体を飛ばすことに成功したのだ。
全ては『想い』があるからこそ成せる技だった。
愛するお姉様を助けたいという『想い』。

56: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/19(金) 18:19:04.07 ID:r/XULHs0

「………んでよぉ、結局テメェは何がしてえんだ?」


「ふふ……まだお気づきになりませんの?」


問いが問いで返ってきたことにピクリとこめかみが動いた。
進行を中止し、黒子に身体を向ける。
美琴もようやく放電を止め、汗を流しながら乱れた息を落ち着けようとした。


テレス「あぁ? どういうこったよ?」

黒子「その駆動鎧のタネなら、もう割れてますのよ」

美琴「黒子……?」

テレス「タネ…だぁ?」

黒子「えぇ、その鎧は外装が異様に強いワケではありませんの。全ては内部の駆動制御装置が鍵を握ってたんですのね」

テレス「……っ!」

美琴「………?」

黒子「お姉様もおかしいと感じているでしょう。あの駆動鎧が如何な素材を使用されたとしても、鋼鉄ですら溶かしてしまう
    お姉様の力をまともに受けて傷すら残らないなんてこと、正直言って有り得ませんのよ」

美琴「そう……言われてみれば……」

57: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/19(金) 18:21:34.01 ID:r/XULHs0

テレス「……」

黒子「おそらく、それも内部に取り付けられた精密機器の効果なのでしょう? 鎧を覆う空間の電圧を断絶させたか、もしくは
    その“精密機器”が能力阻害の片棒を担いでいるか」ニヤリ

テレス「……ぎ!?」

美琴「ってことは……」

黒子「えぇそうですの。その鎧は確かにステータスの高い新型でしょうが、耐久力は以前と同じ! いえ、“耐久力”など多少
    上がったとしてもお姉様の能力に耐え切れるハズがありませんのよ!!」

  「内部に流れている機器さえどうにかしてしまえば、文字通り“鎧は剥がされ”ますわ」

  「図星……でしたかしら?」


テレス「………ぷくく…、ぐわははははははは!!! 伊達に常盤台のお嬢様やってねえってか? 良く分かったじゃねえかよ!
     お利口さぁぁん♪ 粗方テメェの言った通りよ! 答えは“後者”だ。内部からこの鎧の表面まではAIM(能力)の妨害
     設定が施されてる。したがって能力による攻撃は一切受け付けねえのさ!」

   「でもよぉ、ソイツを知ったからどうだってんだ? さっき説明してやったろぉ? 内部に干渉すんのも不可能なんだよ!
     いくらテレポートを駆使しようが、駆動補助装置が異物の混入を探知した時点であらゆる物質は瞬時に弾き出される!」 

   「これで一体どんな手があるってのか、是非教えてもらいたいねぇ」


黒子「ふっ……残念ですが、すでに手は打たせて頂きましたわ」ニコッ

58: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/19(金) 18:23:24.73 ID:r/XULHs0


テレス「―――ッ!! なんだとぉ!?」


黒子「お姉様っ!! 今ですの!!」


美琴「ッッ!? ……わ、わかった!!」


黒子から突然の合図が飛んできて一瞬唖然としたが、すぐに切り替えて動きに移る。
彼女達ならではの意思疎通である。

「っりゃあああああ!!!」

五指から集めたプラズマが駆動鎧に直撃した。

「!!!??」

するとなんと、それまでの防壁が嘘のようによろめく鎧。テレスティーナの顔が急速に青ざめ、美琴は確かな
手応えに頬を緩ませる。 

「ば、馬鹿な……ッ!? どういう……。テメェ、一体何しやがった!?」

凄まじい形相で黒子を睨むテレスティーナに答えてあげた。


黒子「ふふふ、まだ分からないんですの? その装置には致命的な“弱点”がありましたのよ」

59: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/19(金) 18:24:36.42 ID:r/XULHs0

テレス「弱点だと…!?」

黒子「ええ、そもそも何故内部に取り付けられているのかがすでに疑問でしたわ。鎧の表面にでも装着すれば範囲は多少
    なりとも広がるハズですの。内部からの攻撃を阻止する機能と別なら、わざわざ中に設置させる必要が無い」

テレス「………ッ!!」

黒子「別の方向から考えれば、“絶対に安全な位置”へ隠しておかなければならない、と言っているようなものですわ」

テレス「テメェ……まさか!?」

黒子「ふふっ、ようやくお気づきになられたようですわね。……そう、わたくしが内部に“飛ばした”のはお姉様の電磁波
    によって漏電した金属物質ですの」

テレス「!!!?」

黒子「いくら外部への転送機能があるとは言え、電子が混ざれば使い物にならなくなって当然ですのよ。それが“精密”で
    あれば尚更……。外部へ弾かれる前に物体から発する電流が内部の制御装置をショートさせたということですわ」

テレス「ッッ……」

黒子「その能力制御装置は取り付けた物体にのみ有効であり、本体を能力による攻撃から直接守るワケではありませんのね。
    正直言ってこればかりは“一か八かの賭け”でしたが、どうやら思惑通りのようでホッとしましたわ」

テレス「……そのために、感電しながらも無理矢理実行したってのか……。成功するかも分からねえってのに……」

黒子「それがわたくしの“信念”みたいなものですわ。可能性が少しでもあるのなら、決して諦めたりはしませんの」

テレス「く……」

60: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/19(金) 18:25:29.87 ID:r/XULHs0

美琴「――――ホント……良く出来た後輩だわ」

テレス「っっ!!!?」

美琴「……見習いたいくらいよ。アンタは本当に最高のパートナーね。黒子」

黒子「お褒めに預かり光栄ですわ♪ あとは、お願いしましたの」

美琴「まかせてぇぇ……。アンタの分もネジ込んであげるわよ!!」チャリーン

テレス「ひ……ひっ……!!」   


高くトスされた一枚のコインが意味するもの。それは――――


「これで終わりね!! テレスティーナ!!!!!」


「う………ぐおあああああああああああァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」


――――復讐に染まった狂人の敗北と、少女達の勝利を導き出していた。

61: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/19(金) 18:26:47.10 ID:r/XULHs0


「……………」


室内にポッカリ空いた巨大な穴。
無造作に抉れた穴の中央最深部に横たわり、機動を放棄した駆動鎧。超電磁砲の発生させた摩擦熱と高圧電子により、至る
部分が消失していた。
額から流血したテレスティーナは苦悶な顔を浮かべたまま身じろぎ一つしない。
尚も稲妻の余韻が時折穴周辺に走る。

この大穴を造った張本人である御坂美琴は穴の奥で微動だにしない敵をジッと見つめた後、クルリと背を向けた。
その足で白井黒子の下へと歩み寄る。
彼女の功績が無かったら勝利は愚か、今こうして生存できているかも疑わしかっただろう。
美琴と黒子は互いの距離が無になった勢いで二度目のハイタッチを交わした。

「アンタのおかげよ黒子。ありがと」

「いえ、お姉様が敵の手を止めておいてくれたからに他ありませんわ」

「けど、戻って来たの見た時はビックリしたわ。心臓止まるかと……」

「ふふふ、このわたくしがお姉様を置いて逃げるとでもお思いですの?」

「……思わないけど、無我夢中だったからさ」

会話しながら二人は部屋を後にし、報復に燃えていた元使用人と無言の別れを終えた。
通路に戻った二人は改めて戦場の跡と化した周辺に目を配る。

「うわ~……それにしてもずいぶん荒れたわね。こうして見ると廃墟に近いかも…」

62: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/19(金) 18:27:46.11 ID:r/XULHs0

「周囲の惨状を気にしている余裕はありませんでしたからねぇ……」

「そうね……」

どこか浮かない顔の美琴。
監禁されてから心の拠り所的視点で見ていた使用人の正体。
やはり複雑な心境のようだ。

「お姉様…?」

「ッ! ううん、何でもない。さ、それより早く行こ? だいぶ時間喰っちゃったわ」

「あ、お姉様! 御身体は平気で?」

「どってことないわよこんなの。ここから出た後でうんと休むから」

「クスッ……そうですわね。まずはコチラに向かっているハズの上条さんと合流しましょう」

(……というか、やけに遅いですわね。もしや何かあったのでは………)

自分があっさり見破った落とし穴にまさか掛かったとは夢にも思わない黒子であった。
あそこまで分かりやすく仕掛けられたトラップに引っ掛かることなど、上条とは言え有り得ないと思っていたから。

現実は、時に残酷な結果を生み出すものである―――。



―――と、そこで横から何かが割れるような音が二人の耳に入った。



63: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/19(金) 18:28:55.44 ID:r/XULHs0


ピシッ…


「ん……?」

「何ですの……?」

同じ方向を見遣る二人。視線の先は当然ただの壁なのだが、どこかおかしい。中から何かが聞こえてくるのだ。
やがて壁から一筋、二筋と亀裂が走り出す。

「……!?」

「はっ―――!!?」

慌ててその場から退避しようと動いた時すでに遅く、ひび割れた壁は一呼吸の間に崩壊し、巻き起こった粉塵の中
から機能を奪ったはずの駆動鎧が再びその姿を現した。


「勝った気になってんじゃねえぞォォ!!! クソガキどもがァァあああああああ!!!!!」


最大限にドスの入った雄叫びを響かせながら、テレスティーナは壁の奥から油断した少女達に向かって突進した。

「―――あぎ…ッ!!?」

反応も間に合わない内に急接近した駆動鎧の手が美琴の身体を掴み上げた。

「お姉様ァァあああ!!!」

64: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/19(金) 18:30:26.86 ID:r/XULHs0

危険な予感に駆られたまま鎧へと突っ込む黒子。だが、

「邪魔だァァ!!」

「っぐぅ!!?」

空いた方の腕で容易く薙ぎ払われてしまう。

「黒……子……ッッ!!」

薄っすらと開いた瞳で、飛ばされた後輩の身を案じる美琴だが、テレスティーナは冷酷に語る。

「手こずらせやがってよォォ……今のは相当効いたぜぇ? だが、気を抜くのがほんのちょっとばかし早すぎたなぁ。
 コイツ(駆動鎧)にゃこんなこともあろうかと『予備補助装置《スペアバッテリー》』が搭載されてんだよぉ。停止
 後に発動する機能だから内部の損害とは無縁ってなぁぁ。残念だったねぇぇぇ。がァははははァァァ!!」

機能を失い、各部位が著しく損傷している鎧がこうして自身を絞め上げているネタを自ら明かした。
その表情はすでに頭のネジを何本かブッ飛ばしたような……、簡潔に言うと完全にイカレていた。

「……うぅ……ぁ…」

機械手が万力のようにジワジワと美琴を苦しめていく。
手足をバタつかせてもがくも無意味な上、この状態で演算できるだけの余力も残されていなかった。

一転して大ピンチとはこのことだ。

65: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/19(金) 18:32:51.94 ID:r/XULHs0

「せっかくブタ箱から出て来れたってのに、また逆戻りなんざ御免だぜ。ましてやその条件が“テメェの世話役”たぁな。
 最初は冗談じゃねえって思ったが、良く考えりゃあコイツは願ってもねえチャンスなんだよぉぉ。テメェに報復するには
 絶好のなぁぁ! だからここで失敗に終わるワケにゃいかねえのさ! 何より、二度もテメェらみてえな小便臭えガキに
 敗北するってのぁ私のプライドが許さねえんだよォォおおお!!」

美琴を片手で持ち上げたまま、テレスティーナはもう一方の手を後ろに引いた。
美琴の身体を屍へと変えるため。

「まずはテメェからブッ殺してやる。その次ぁテメェの番だぜテレポーター! チャチな小細工までカマしやがってよぉ!
 百倍返しで弄り殺してやっから今の内に遺書でも書いとけや!」

地に伏したままの黒子に顔を向けて宣告する。
この言葉に反応したのか、黒子の身体がガクガクと震えながらも起き上がろうとし出した。

「ステータスは大幅に低下しちまったが、今のテメェらを始末するには充分よ! さぁぁ、超電磁砲。この世とお別れの
 時間だぜ? お祈りは済んだかなぁぁん?」


押さえていない方の引っ込まれた手が、美琴の身体を突き刺す勢いで放たれる。


「コイツで終わりだぁぁぁ!!! ぐあはははははははははははははッッッ!!!!!」


「――――ッッ!!!」


「―――ヤメテェェええええええええええええええ!!!!!!!」

66: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/19(金) 18:34:03.79 ID:r/XULHs0


目をギュッと瞑る美琴。

腹の底から絶叫する黒子。

笑うテレスティーナ。


その場にいる誰しもが残酷な末路を確信した。


だが、しかし。


駆動鎧の振り切りかけた魔手が美琴に接触する寸前、その腕は爆発、轟音と共に跡形も無くなっていた。




「!!!!!???」




衝撃で美琴から手を放し、グラリと傾く機体。

テレスティーナは何が起きたのか全く理解できない様子でただ呆然とした。

けれどもすぐに我に返り、雄叫びを上げる。

67: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/19(金) 18:35:09.25 ID:r/XULHs0

「な……何が起きたァァあああああああ!!!??」


「ッッ!!??」


美琴も黒子も、何故突然腕が爆発したのか分からない。分からないが、反射的に美琴はテレスティーナから離れ、
トドメのコインを上に放った。


「……良く分かんないけど、やっぱり―――」


「――――“運命”は、私たちに味方してくれたみたいね」


最後の超電磁砲《レールガン》が、残骸寸前の駆動鎧を貫いた。
発生した余波と一緒に、テレスティーナは片腕を損失した鎧を着たまま、後方へもの凄いスピードを保ちながら
吹き飛んでいく。
そのまま突き当たりの壁を破壊し、曝け出された外の世界へ弾き飛んでいった。


「ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」と、猛り狂った断末魔を残しながら。


その後、外壁の向こうからテレスティーナが戻ってくることは二度となかった。


これで、本当に―――

68: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/19(金) 18:36:37.01 ID:r/XULHs0

「―――終わった……今度こそ……」

美琴はその場で崩れ落ちそうになるのを堪えながら、まだ立ち上がれていない黒子へと駆け寄る。

「黒子、大丈夫っ!?」

「ええ……何とか」

肩を借りて立つ黒子。
空いた穴から外へ脱出できるが、二人にはまだ帰れない理由が残っていた。


美琴「歩ける…?」

黒子「平気ですの。……それにしても、本当に恐ろしい女でしたわ。夢にでも出てきそうなくらいに…」

美琴「激しく同感ね……。けど、さっき……何で腕が急に爆発したんだろ……」

黒子「……おそらく、極度のダメージに機体が耐えられなくなったからでは?」


美琴「…………」


(ううん、そんな感じじゃなかった……。あれは、誰かが意図的にやったような……。でも、一体誰が……?)


黒子は駆動鎧の耐久力がすでに限界を迎えていたことを主張したが、どうも腑に落ちない。
ふと、周囲を見渡す美琴。

69: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/19(金) 18:37:40.04 ID:r/XULHs0

黒子「お姉様? 何か……?」

美琴「………いや、何でもないわ。それより、急いで“あの馬鹿”と初春さん達を迎えに行きましょ!」

黒子「はいですの!」

自分が先に脱出する選択肢など、美琴が選ぶはずもない。
常盤台中の生徒二人は、急ぎ足でその場から立ち去って行った。
途中、美琴は振り返って正体不明の“人物”に心中で礼を告げる。


(……誰かは知らないけど、ありがとう! 助かったわ!)


そして再び正面を見据えて駆け出し、先を急ぐ後輩に並んだ。



美琴達が去った後、彼女の礼に応えるように物陰から彼はこっそりとその姿を見せた。









海原「………」コソッ

70: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/19(金) 18:39:09.94 ID:r/XULHs0


~美琴&黒子とテレスティーナが交戦した跡地~


海原「―――ふぅ、何とかギリギリで間に合いました…」(←無線機に話しかける)

土御門『ご苦労さん、良かったにゃー。麗しの姫を死なせずに済んで』

海原「まったく……もう少し遅かったらと思うと、ゾッとしますね。しかも屋内では光も届きませんし、
    敵が壊した窓からの攻撃では思うように狙いも定まらないと来ました……。咄嗟だったので良く
    覚えてませんが、今思ってみると正直言って運をも味方につけた結果です」

土御門『……ソッチは相当派手にドンパチやったみたいだにゃー』

海原「ええ、それはもう……。巻き添えを喰らわないように必死でしたよ……。ところで、ソッチの方は
    どうですか?」

土御門『そりゃもうお前が早々抜けたおかげで結標と楽しく館内をデートt―――イテ!? こら蹴るな
     抓るな殴るな! 今のはほんの軽い冗d―――!!!』ピー


海原「…………」


土御門『ハァ…ゼェ……お、お待たせだ…にゃあ……』ボロボロ

海原「………あまり敵地内でハシャぐのは感心しませんね」

71: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/19(金) 18:40:38.42 ID:r/XULHs0

土御門『……俺にその気は皆無なんだが……あ、いえゴメンナサイ』ナンデスッテー!?

海原「とにかく、コッチは引き続き彼女を影で援護します。ソッチはどうするつもりですか?」

土御門『そうか、お前は話聞く前に着くや否や飛び出して行ったからにゃー……そう言や知らなかったか』

海原「……? 何をするつもりですか?」


土御門『なあに、大したことはない。頃合を見て、施設を爆破するだけだにゃー♪』


海原「え……???」

土御門『この施設からは違法密輸された物質が幾つも使用された形跡がある。共犯ではない上層部連中からすでに
     許可が下りてるぜよ。よって密造された最新技術もろとも全部ドカーン♪ ってな』

海原「ちょ、ちょっと!? “頃合”って……いつですか!?」

土御門『あとニ~三十分後くらいに設定しといたにゃー』

海原「じ、時限ですか!!? まだミサ……一般の方が中にいるんですよ!?」

土御門『そう。だから急いで事を進めないとな』(隠してるつもりかコイツ……バレバレだっつーの)

海原「………全てが終わったら、とりあえず貴方を全力で一発殴らせてもらいます。言い訳は聞きませんから、是非
    そのつもりで」

72: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/19(金) 18:41:21.39 ID:r/XULHs0

土御門『はっは~、おスキにどうぞ♪ 俺も応戦させてもらうぜよ』

海原「…………では、自分は任務を継続しますのでこれで」

土御門『あ、ひとつ訊いてもいいか?』

海原「何ですか?」

土御門『目的の姫に姿を晒してないだろうな? 言うまでもないと思うが、任務中に一般人と接触するのは本来なら
     タブーなんだぜい?』

海原「……ご心配には及びませんよ。自分はあくまでも“影”から彼女を見守る事に徹するつもりです。自身の掟を
    自ら破棄するような真似はしません。貴方の言った規則《暗部のルール》にも勿論従う所存ですよ」

土御門『そうか、要らん世話だったみたいだにゃー。忘れてくれ』

海原「ええ……では、ソチラもお気をつけて―――」ピッ


すでにその場にいない少女達の生存を喜ぶ暇はないらしい。
海原は特殊無線機の電源を切ってその場所から離れ出す。
彼なりの信念を守るため。

「それにしても、“彼”はこんな時に一体何処で何をしてるんでしょうか……? 場合によっては、殴らなければ
 ならない人間がもう一人増える事になってしまいますね」

73: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/19(金) 18:42:00.31 ID:r/XULHs0

拳を思わず握る海原。
いつになく暴力的な自分の一面に若干の戸惑いは隠せないが、男には前ぶれ無しの問答無用で他人を殴りたくなる
時が唐突に訪れる事がある。

海原光貴に扮装しているアステカの魔術師、エツァリもまた例外ではなかった。


(こうなった以上、仕方ありませんね。今だけは貴方に押し付けた“約束”を代行させてもらいますよ)


あくまで“影”の位置をキープさせた裏救世主(ダークヒーロー)は、護りたい少女を失わないためにもこっそり
と少女達の軌跡を辿った。

99: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/21(日) 17:39:23.32 ID:BtpeMjA0

―――


御坂美琴と白井黒子がテレスティーナと再会した同時刻の最上階。

下の階に比べて部屋数が少ない分、西方と東方でハッキリと区分されている。
西方には先刻に初春飾利と佐天涙子が発見、破壊にまで至らせたキャパシティダウン発生装置を軸とした各制御管理
エリア。
そして東方は木原数多の私室や書斎部屋、実験室など通称『木原エリア』となっている。

その実験室より先はわりかし広々とした講堂に繋がっていた。会館ホールにも上映会にも利用できそうなスペースは
ベージュやオリーブといった、さほど目立たない塗装色で内装されている。
ここは主に来客との会談で使用するのが目的で造られた大部屋だ。だが“普通の”お客様ではいささか広すぎる。
つまり『理事会の中でコチラ側』に属している連中を招く時に利用されているということだ。もっとも、その連中は
今頃すでに上層部正当派閥によって検挙されているだろうが、この施設の主はまだその事実など露知らずである。

木原数多は先程まで特殊実験用とされる一室に身を置いていたのだが、今しがたようやく用事を済ませ、各階の様子
を確認しようと書斎部屋へ足を運んでいた。全ての監視映像はここから目視できるのだ。

あれから結構時間も経った。憐れにも自身が指揮を取る極秘施設へと侵入したネズミ共。もう流石に捕獲または駆逐
されているだろう、と木原は決め込んでいた。

ところが、だ。


「……………」


言葉が出なかった。復旧どころか、映像が復活している所と復活していない所がある。

100: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/21(日) 17:40:42.56 ID:BtpeMjA0

確かに一度は機能が戻ったのだろう。しかし、映像の映らない箇所があるということは、そこのカメラが何らかの手で
破壊、故障した事実に繋がる。ただのネズミがコソコソ逃げながらにしてはずいぶんと活動的ではないか。

それもあったが何より、絶句せざるを得なかったのは最下階のある地点の惨状だった。一つだけ生き残ったのであろう
カメラに映された構成員や科学者達の果てた様。
それだけ映して力尽きたように最後の映像もノイズを残してその役目を終えてしまった。

これに、この予期せぬ事態にどう反応していいのか、木原は悩んだ。
あの付近に御坂美琴を監禁していた事を考えれば、何が起きているのかなど容易に推理できたからだ。


「んだよ。この有り様は……」


ようやく出て来た言葉はソレだった。

「ったく……。何やってんだかあのクソ役立たず共が。……よりにもよってこんな素晴らしい日にポカっちまうたぁ…」

「にしても、あの辺りにも演算妨害音波は届いてるハズなんだが……どうなってんだ? 釈放に手を添えたネズミが便利
 な対策道具でも所持してたんかねぇ……」

まさか同階の装置が無力化したとは思っていない木原だった。セキュリティを弱体化した時の様に、内側から干渉しても
無駄だと分かっているからだ。

「……はぁ、こんなことならやっぱ最初っから俺が出向くべきだったのかもな。っとにどいつもこいつもよぉ……。
  つくづく無能過ぎてコッチの胃が悪くなりそうだぜ……」

「しかし、下でお転婆ブッこいてやがる小娘と“グル”に制裁加えてやっても良いんだが、迂闊に俺が痛めつけちまうと
 クソ姉貴がうっせえしなぁ……」

101: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/21(日) 17:42:30.70 ID:BtpeMjA0

「……ま、映像で確認できねえのは少々痛ぇが、ここは姉貴に任せるとすっかぁ。“アレ”が使えりゃあ返り討ちはまず
  有り得ねえだろ」

「これ以上人ん家ブッ壊される前にカタ嵌めてやってくれよぉ? 頼むぜ姉貴さぁぁん?」

画面にお願いしている途中で部屋の扉がノックされた。

「あぁ? 何だよ……今日はホント騒々しい一日だなぁクッソ。やんなるぜ。せっかくの“ショー当日”だってのに、
 盛り下がっちまうじゃねえか」

ブツブツと漏らしながらも扉に声を飛ばす。

「おう! 何だぁ!? 空いてっから入って来い!」

それから数秒もしない内に部下の一人が入室してきた。


「―――きききき、木原さァァあああん!!!」


静かなノックが嘘に思えるほど取り乱した研究者が書斎部屋に飛び込み、木原の下へ接近する。

「た、大変なことになっています!!」

「………」

内心で「また面倒臭ぇ事態になったんだろぉな。…ハァ」と盛大な溜息を吐いた後、努めて冷静に問い出した。

「あー、……分かったから落ち着いて話せ。今の状況をよ……」

102: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/21(日) 17:44:08.39 ID:BtpeMjA0

すっかりローテンションだった。面倒事やトラブルが嫌いなのは生前から変わっていない。


「―――――」


木原数多が思っていたより、事態は悪化の兆しを見せていたようだ。
キャパシティダウン発生装置は侵入者によって無力化。報告によると、再起動も不可能なほどの外傷らしい。

「やられた…」とばかりに木原は眉を顰めた。

(クソ…。ヤツら、装置にまで目ぇ定めてたか……失敗した。あの付近にも護衛回しときゃ良かったぜ)

(しかし、ただの身の程知らずなネズミだと思ってたが……なかなかやってくれんじゃねえの。こりゃあ、ネズミだと
 高をくくっていた俺のミスかもな)

(上の装置破壊班と超電磁砲解放班のニ班編成と見た。…一方通行の方はバレちゃいねえとは思うが、念のため出雲を
 付近につけてあるからとりあえずは心配要らねぇ)

(なら、今の最優先はやはり下で暴れてるヒステリック共の鎮圧だな。もう“調律”も終わり、あとは『処刑時刻』を
 待つだけだから、俺が下まで出向いても問題ねぇ。……正直しち面倒臭ぇが、そうも言ってらんねえしな。“助け船”
 を出したヤツぁともかく、超能力者をいつまでも放し飼いにしてたら余計面倒になっちまうだろーし…)


(なあに、いくら損害が出ようが使えねえ手駒を失おうが、んなモンあとでどうにでもならぁ。コッチにゃ“上”から
 のバックアップも受けてんだ。“不正取引”ってヤツだがよぉ。クキキキ……)


「あ……あの、木原さん。ど、どうすれば……」

「んぁ? テメェまだいたんか?」

103: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/21(日) 17:45:32.96 ID:BtpeMjA0

やっとそこで不安げな部下の存在に気づいた。
そんな彼に、

「逃げたけりゃ窓からでも飛び降りてろ」

とだけ言い残し、自ら出動するためドアへと歩き出す。
残された部下は顔面を蒼白させてうろたえるが、気にも止めようとしない。


だが、木原が部屋を出て行く前に、どこからか悪魔のシャウトが最上階全域を揺らす勢いで響いてきた。










「――――木ィィィィ原くゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!!!」









104: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/21(日) 17:47:30.88 ID:BtpeMjA0

咆哮が止んだ直後、近くの壁が凄まじい轟音と共に開通された。



「―――!!!?」



舞い上がる粉塵。
漂う無数の埃と硝煙も次の瞬間には慄く間に吹き飛ばされる。

近くにいた部下は不運にも爆発の巻き添えを受けて反対側の壁までブッ飛ばされ気絶したが、木原はソッチの方に
など目もくれていなかった。
ただ見据えるは、晴れた煙の奥。
ツカツカと空いた壁を潜って部屋へと侵入してきた想定外の客人。

その客人は、入室の挨拶代わりにこう述べた。




「よォ、ご機嫌いかがァァ? 木原くゥゥン? ぎゃは」




正義の白い悪魔、一方通行がそこにいた。

105: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/21(日) 17:49:20.19 ID:BtpeMjA0

「あ……一方通行……!?」



「いつも足ィ運ばせて悪りィと思ってさァ、たまには俺の方から出向いてやったンだよ。感動したかァ? きひひっ」



更に「地獄へ帰る準備は出来てっかァ? カス野郎」と付け加えてやった。



一週間ぶりに五体満足で対峙する両者。

木原数多はギリッ、と歯を鳴らした。

「テメェ……ッ!」

鋭い視線の先には悠然と佇む一方通行ただ一人。
そんな彼に木原は至極無難な質問を送った。


木原「……あの拘束具は特製品でなぁ。いくら能力が復活したテメェと言えども解除には至れねえハズだが……どういう
  経緯で自由の身を手に入れやがった?」

一方通行「答えてやる義理はねェな。俺はオマエと違って親切馬鹿じゃねェンだよ」

木原「だよなぁ。まあ何でも構わねえが、土足でズカズカと縄張りを荒らされるのは流石に頂けねえぜ?」

106: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/21(日) 17:53:57.24 ID:BtpeMjA0

一方通行「ずっとあンな悪趣味部屋に客を居座らせるオマエが良く言いやがるぜ」

木原「………」
  
  (この死に損ないが来たってこたぁ出雲の野郎、しくじりやがったか……。ったく、『能力物(スキルアイテム)』
   まで与えてやったってのに。だが、このガキにとっちゃ“オモチャ”同然だろーから仕方ねえっちゃ仕方ねえか…)

  (チ……結局頼れんのはテメェだけってかぁ?)


一方通行「っつゥかよォ、オマエがキレイ好きたァ意外じゃねェか。潔癖症ってツラかよ?」

木原「いんやぁ。ただ、こういった施設ってのは維持費も馬鹿になんねえんだ。あんま大人を泣かせるモンじゃねえぜ?」

一方通行「そンな事情にイチイチ気ィ遣うと思ってンのかァ? クククッ、わざわざクローン個体としてこの世に残留
      したのは失敗だったみてェだなァ。極悪非道な木原くンの面影が消えつつあるぜェ? 前のオマエなら俺の
      手足の骨ェ圧し折って、行動不能にぐれェは躊躇いなくやっただろォからなァ。見ねェ内にずいぶンと丸く
      なっちまったじゃねェかよ。人格の完璧な再現までは“不調整”ってかァ?」

木原「……おー、そりゃあ大変だ。そんじゃ自分(テメェ)を見失わねえためにも、一度“リハビリ”しとかなきゃなぁ。
    けどよ、丸くなったのはお互い様とだけ言っとくぜ。以前のテメェに“他人を守る”概念が無かったこたぁ断言し
    てやってもいいからな」

一方通行「………ッ」

木原「んで? わざわざこうしてテメェから出向いてくれたってことは、アレか? 今度はソッチが“敗者復活戦”でも
    お望みってヤツかぁ?」

一方通行「ま、散々イタぶってくれた“ツケ”を請求しに来たってのもあるが、ソイツはあくまで“ついで”だ。オマエ
      一人なンぞのために来てやった覚えはさらさらねェンだっつの」

107: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/21(日) 17:55:46.38 ID:BtpeMjA0

木原「そいつぁ釣れねえなぁ。んじゃ一応訊いてやるが、“本命”は何よ?」

一方通行「ハッキリ命令された方が良いってンならそォしてやるよ―――」フッ


    「――――番外個体は俺が引き取ってやる。オマエじゃあのお転婆女の面倒は見切れねェからなァ」


木原「……クク…明確な意志を持ったテメェの精神を肉体ごと踏み潰してやんのも一興だが、俺も優しくなったモンだ。
    そんなにあの小娘に会いてえんなら、望みどおり会わせてやろうじゃねえか」

一方通行「…………素直すぎて吐き気がすンぜ。どォいう風の吹き回しだよ?」

木原「“寛大溢れる”って表現が的確だろ? ここじゃ狭いし、本も邪魔だ。移動しようぜ?」

一方通行「オマエの墓場まで、ってかァ?」

木原「馬鹿か? 勿論テメェのだよ」ニヤッ

一方通行「ケッ……」


歩き出した木原の後に続く一方通行。
当然油断も隙も見せるつもりはない。更に木原を絶対に逃がさないと言わんばかりの眼光で背中に殺気を飛ばし続ける。
もっとも、木原が逃げる展開など欠片も想定していない。

現に木原も余裕に満ちた表情を崩さぬまま前を歩く。
背中を敵に曝すほどの余裕を保ち続けたまま。

108: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/21(日) 17:57:58.61 ID:BtpeMjA0

やがて両者は広々とした講堂へたどり着いた。
と言っても、歩き始めて一分もかからない距離だが。

広い空間の中央まで歩いた木原は突如一方通行へ振り返り、高らかな歓迎の言葉を述べた。





「“地獄の入り口”へようこそ!!!!」





空間内に音響した甲高い声。
すました顔が一気に狂人科学者のそれとなった事に、一方通行は思わず距離をとって身構えた。
臨戦体勢の一方通行に木原は続ける。


木原「のこのことテメェから踏み込んで来てくれるたぁな、やっぱ飛んだ大馬鹿野郎だぜテメェはよォォ!」

一方通行「ケッ、よォやく薄汚ェ本性モードってかァ? 最初っからその方がお似合いだぜェ? 木原くンよォ」

木原「さて……予定時刻より多少早まっちまったが、今からテメェの『刑執行』とさせてもらうわ」

一方通行「……ケッ。言っておくが、前のよォにはいかねェぞ? オマエの戦法はお見通しだからなァ。手の内さえ
      分かってりゃ幾らでも攻略法は作れンだよ。オマエ達が育ててくれたこの“頭”のおかげでなァ」ニヤリ

木原「ほぉー……」

109: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/21(日) 17:59:31.03 ID:BtpeMjA0

一方通行「風や接近戦、更には最新の『自分だけの現実』まで攻略して俺に完全勝利したつもりのオマエにゃ悪いが、
      生憎オマエですら知らねェ“応用戦法”もすでに構築してる上に、オマエのご丁寧な充電設備のおかげで
      時間も充分に残ってる。皮肉だよなァ? 俺に痛覚や苦悩を意識できるよォに継続し続けたバッテリーが、
      結果的にテメェの首を絞める事になっちまうなンてよォ! 同情するぜェ? 憐れな木原くゥゥゥン?」

木原「あー……能書き垂れてる最中で申し訳ねえんだが、まずテメェは根本的な勘違いをしてるみてえだ」

一方通行「!? ……あァ?」

木原「テメェの相手なんざ、今さら俺がしてやるとでも思ったか?」

一方通行「……何ィ?」

木原「のぼせ上がってんじゃねえよ。いくら口上でハッタリ並べようが、もはやテメェ如き俺が直接手ぇ下すまでも
    ねえんだっつーの」

一方通行「……ほォ、そンじゃ試してやろォかァ? 自信満々に満ちたそのツラァ、グチャグチャにひン曲げて原型
      留めきれなくしてやンよォォ!」

木原「だからよ、いい加減そうやって虚勢張んのはもう止めとけって」

一方通行「あァン? 何ヌカしてやがる……。この期に及ンで命乞いたァみっともねェなァ」

木原「この先、何がテメェを待ち受けてんのか……理解できてねえフリすんのは止めろっつってんだよ」

一方通行「ッ!? ……なン…」

木原「本当はもう分かってんだろ? 認めたくなかっただけだよなぁ? テメェの頭ならとっくに想定できてるハズ
    だぜぇ。だがそうであって欲しくない。違うかぁ? ひひひっ」

110: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/21(日) 18:02:06.89 ID:BtpeMjA0

一方通行「………ぎ……」

木原「ふっ……んじゃ、どうにもそろそろ待ちきれねえらしいから、ここらで現実見せてやるとすっか。いつまでも
   “夢見がち”なボクちゃんによぉ」パチン


指を鳴らし、合図する木原。
それから間もない内に、講堂の奥に構える防壁がウィーン…と上へ開いていく。

「待ちに待った時間が遂にやってきたぜ。なぁ…一方通行、全てはこの瞬間のために進んできたんだよ。精一杯俺を
 心から楽しませてくれや。くひひひ……」



「――――ッ!!!?」



開かれた空洞の向こうに誰か立っているのが確認できた。

その人物が誰なのか、一方通行は木原の述べた通り、心のどこかで推定していたのかもしれない。
思えば、木原の思わせぶりな言動からすでに察知していたのかもしれない。

だが、彼の意思はそれを拒んだ。


「……ッッ………」

111: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/21(日) 18:03:58.75 ID:BtpeMjA0

恐れたからだ。その未来を予想することを無意識で避けていたのだ。
そんな事態にもしなったら、と考えるのを放棄していた。いや、考えたくなかった。


しかし、無情な現実は容赦なく一方通行の心に深く突き刺さる。


苦肉にも、そこから講堂内へ入り、コチラへ規則的な足音を立てながら歩んでくる人物は思い描いた最悪の光景と
全く同じものだった。


「感動のご対面だなぁ! ほぉぉら、歓喜しろよ! テメェの会いたがってた“お姫様”と、約束通り再会させて
 やったこの俺に、心から感激しろよぉ!! ひゃははははは!!!」


木原の声などもう耳に入ってこなかった。
その赤い瞳に映る魂の無い少女の姿に、ただただ絶句するしかない。


「番外個体……」


やっと出た声は、自分でも分かるぐらいに震えていた。
表情は完全な“無”。まるで抜け殻のような目。なのに足はロボットのように確実な動作で歩行している。


「―――番外個体ォォォ!!」


一方通行の呼びかけは、無情にも無視された。

112: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/21(日) 18:06:32.16 ID:BtpeMjA0

やがて木原の真横まで近づいた少女、番外個体は動作を止めて直立不動状態となった。
言葉も発さないし、何も見ていない聞こえていないと言った風に感じられる。

ロシアでも来ていた戦闘スーツ姿なのが印象的で、一方通行の嫌な記憶が脳裏によぎるのを更に演出していた。

「オイ………オイ!!」

そんな彼女に張り気味の声を投げ掛ける。
勿論だが、番外個体は全く反応を示さない。

「番外個体! 俺だ! 聞こえてンなら返事しろ!!」

「………………」

返ってくるのは沈黙のみ。眉ひとつ動いてくれなかった。

「……言うまでもねえが、いくら話しかけても意味ねえぞ? っつか、そんくれえ分かれや。ははっ、そうか。
  そんなにこの展開が怖かったのかぁ? そりゃあ善いことしちまったなぁぁ。ククク……」

「……ッ………木ィィ原ァァァァ……」

これまで以上の憎しみと憎悪を眼に宿した一方通行が木原に吼える。




「――――番外個体に何しやがったァァァ!!!」





113: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/21(日) 18:09:04.40 ID:BtpeMjA0

全身がワナワナと震える。
怒りに能力が暴走したのか、床には一方通行を中心とした亀裂が起こっていた。

「あー、今説明してやっからそう怒鳴んなよ。短気な野郎だなぁオイ」

「フザけてンじゃねェぞォォ!!!」

未だ余裕な態度で振舞う木原に、一方通行は顔中で激しい怒りを表現するしかなかった。
危険極まりない殺気が余計に強まる。

「別に驚く事ぁしてねぇ。ただ『記憶初期化(リセット)』してやっただけさ。今は“自閉”状態っつって、
 要するに電源の入ってねえパソコンみてえなモンよ」

憤りすぎて今にも爆発しそうな一方通行の様子に木原は極めて愉快染みた口調で語り始めた。
番外個体への『調整・調律』に基づく謎、そして計画の隠された全貌がついに彼の口から直接明かされる。



木原「当初の計画じゃテメェを単純に精神、肉体共に底の底まで落としてから殺す算段だった。そん時から
    俺は少し疑問だったっつーか……どうも物足りなさを感じてたんだよ。どうせ殺すんなら何かもっと
    徹底的にやれる方法はねえかと常に考えていた」

一方通行「…………」

木原「そこで登場したのが、コイツよ」クイッ(←番外個体を指す)

一方通行「始末する予定だった番外個体を……今度はくだらねェ私怨のために利用しようってかァ?」

114: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/21(日) 18:12:24.98 ID:BtpeMjA0

木原「私怨も確かにある。っつか、計画そのものがお前への報復なのは肯定するが“前提”は別にあんだぜ?
    こりゃまだ話してなかったよなぁ。未練なく現世と離れられるように聞かせてやるが、テメェの処刑
    許可を賄賂で釣った上層部の連中及び第三次製造計画進行派から、一つ条件が出されたのよ」

一方通行「条件だと……?」

木原「そ、全面バックアップの条件さ。ヤツらにとってテメェの存在は邪魔だ。だから殺すのは地獄の猟犬
    に任せる。方法、過程は問わねぇ。必要な物なら値は張るが用意する。だから何としても『第一位』を
    抹殺しろ、ってなぁ」

一方通行「………ケッ、相当恨まれたモンだな……」

木原「言わば俺は『テメェの首を引っこ抜いてやりてえと思い抱く全ての人間』の代表として選ばれたのさ。
    身に余る光栄ってのはこのことを言うのかねぇ」

一方通行「……でェ? 連中がオマエに出したその“条件”ってのは何なンだよ?」

木原「ククッ、簡単だ。殺した後、テメェの骸をヤツらに差し出しゃいいのさ。厳密に言やぁ『脳』を提供
    しろって意味だろうが……」

一方通行「何の目的だァ?」

木原「残念だが、そっから先は俺も知らねぇ。まぁクソジジイ共の頭ん中がイカレてやがんのは確かだわな。
    条件を呑んで計画に乗った俺が言えたことじゃねえんだがよ」ニヤァ

一方通行「…………」

115: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/21(日) 18:15:53.80 ID:BtpeMjA0

木原「とにかく、コイツは単純に俺の復讐計画で終わる話じゃねえってこたぁ理解できたか? それさえ伝わ
    ったんならあとはテメェで想像でもしてな」

一方通行「オマエらの腹の内なンてちっとも興味が湧かねェよ。それより答えやがれ。ソイツを…番外個体を
      どォするつもりだ?」ギロッ

木原「役目を終えりゃコイツも用済みだからな~。今んトコ特に予定はねえとだけ言っとくわ」

一方通行「……そォかよ」

木原「んじゃ、もういいか? そろそろ死後の世界に夢も膨らんだだろうし、ここらで先へ進ませてもらうぜ」

一方通行「……ッ」


木原「改めて紹介してやる。名誉あるテメェの死刑執行人として選ばれた番外個体だ」


一方通行「……!!」

木原「コイツにあの世へ送られるなら本望だろぉ? 俺の粋な計らいに感謝してもいいぜ。クククク……」

一方通行「……黙れ。このゲス野郎」

木原「きひひひ、良~い顔だぁ。永久保存したくなるくらいになぁぁ」

一方通行「オマエの考えはお見通しなンだよ! 番外個体には俺が手を出せねェと思って高ァくくってン
      だろォがな、ソイツは甘い考えだってヤツだ! 眠らせるなり押さえるなりすりゃどォにだって
      出来ンだろォがよォ! オマエの脚本でこれ以上話は進ませねェぞ!」

116: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/21(日) 18:17:05.44 ID:BtpeMjA0

木原「また虚勢か? ……ふ、だったら見せてもらおうじゃねえか――――」



  (――――時間だ。“起きろ”)



木原が脳内から命令信号を飛ばす。そして少女はついに目を醒ます。
一切の光を拒絶していた瞳が電池でも取り替えたかのように輝きを取り戻す。
番外個体はそれまでの“無”から一転したと同時に正面の一方通行へ怪しく微笑みかけた。






「やっほう、第一位。わざわざ殺されに来てくれるなんてやっさし~い☆ んじゃ、今すぐ殺してあげるね」








131: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 19:33:30.15 ID:FLx6ksU0

―――


地下へと続く階段。
そこから一人の少年が重そうな身体を引き摺るように一階へと到着していた。
その少年こそ古典的な罠に引っ掛かってしまった上条当麻である。
彼の表情は赤点を獲ってしまった時のそれと類似していた。

「くっそぉぉ……どこのどいつだよ。こんだけ科学に満ち溢れた建造内で原始的手段を用いたクソったれは……」

少しイライラも混じっていた。

落ちた先はたまたま一方通行が囚われていた獄室と繋がっており、そのおかげで大して彷徨うことなく地上へと
帰還できた訳だが。

「ここ……どこだ?」

すっかり道が分からなくなってしまった。
気分はスゴロクの振り出しに近い。

「……っきしょおが…」

不機嫌な面持ちで進むしかなかった。
地図はどこかで落としてしまったらしく、それも彼の機嫌を損ねる要素を買っていた。

地下で彷徨うよりはまだ希望もあるか、と無理矢理に己を納得させた上条は闇雲に移動を続ける。

(こんな時に飛んだ災難だぜ。あいつら……無事だと良いけど…)

132: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 19:35:16.88 ID:FLx6ksU0

明らかな自分の不注意なのだが、そこは棚へ上げておく。
悔やんでいる時間が惜しかった。

(―――御坂、白井っ!)

のんびり歩く心境でなくなった上条は早足から駆け足へと移行し、状況の分からないまま少女達
の元へと急いだ。


―――と、


「うわっ!?」

驚きのあまり素の声を発した上条。
角を曲がった途端、すぐ目の前に人の存在を確認したからである。
相手側も上条とほぼ同じ反応を見せた。

「ひゃ!?」

相手の方も急いでいたらしく、よって上条と出会い頭に額を衝突させたのは故意ではなかった。
そのまま両者は激痛に星を飛ばしながらひっくり返る。

「……イテテテテ…」

赤くなった額を摩る上条の耳に、聞いたことのある声が入った。

133: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 19:36:30.96 ID:FLx6ksU0

「お、お姉様!? 大丈夫ですの………って、あれ?」

涙目で顔を上げた上条の目に映ったのは、

「あいたぁ~…………ん?」

常盤台に通う腐れ縁、御坂美琴と今回の一件でだいぶ距離を縮めた白井黒子の両名だった。


額に手を置いたまま目を丸くさせてコチラを凝視する御坂美琴。
上条当麻もまた同じく、鳩のように目をパチクリさせた。

「御…坂……?」

半信半疑ともとれるニュアンスで声を漏らした上条。

「あ……」

美琴が言葉を出す前に上条の身体がゼロ距離まで接近していた。


「御坂っ!!」


「―――!!!??」


134: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 19:38:41.09 ID:FLx6ksU0

「ったくこの野郎、心配掛けやがって……っ! けど、元気そうで本当に良かった!」


感極まった上条に抱きしめられている。と認識した瞬間、


「~~~~~~~~~//////////!!!!!」


少女はブラックコスモスへと旅立っていった。


……………


上条は不意打ちの抱擁により意識が宇宙旅行状態中の美琴から視線を白井黒子へ移し、親指を立ててウィンクした。

「………ふふ♪」

普段なら飛び蹴りでも浴びせているところだが、この時ばかりは黒子もそんな上条に同じポーズを返すしかなかった。
そんなやりとりの後、上条は美琴の異常にようやく気づく。

「あれ……どうした? どうしたっ!? 御坂!?」

「………ふぅ」

「ふ?」

135: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 19:39:35.54 ID:FLx6ksU0



    「ふにゃ~~~~~~~~~~~/////」




136: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 19:40:52.15 ID:FLx6ksU0


「イイィ!!?」


ショートした電化製品のように漏電した彼女へ反射的に右手を添えた。


上条「おい!? ちょ……」

美琴「あああああああアンタっ!!! ととと、突然ナニ大胆……っじゃなくて何嬉し……あああああ!!」

上条「落ち着け! 分からないけど分かったからひとまず落ち着けって! 熱っ!? 電熱が……」

ギャーギャー


黒子「……流石にそろそろマトメさせて頂きますわよ? お二方?」ピキピキ


んで…


上条「――――まぁ……何はともあれ、無事脱出できたみたいで良かったよ」

美琴「……ブツブツ」

黒子「お姉様がまだ帰ってきてませんが…?」

137: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 19:42:23.65 ID:FLx6ksU0

上条「……いったん放置だ。それより白井、悪かったな。遅くなっちまって……。良くやってくれたよ」

黒子「貴方に感謝されるのも妙な心境ですわね。わたくしはやりたい様にやらせて頂いただけですわ。それに、
    貴方の活躍もあったからこそですのよ」

上条「そう言ってくれると嬉しいかな。そんで、初春さん達は?」

黒子「任務は達成してくれたようですが、上手く脱出できたどうかは……」

上条「そ、そうか……」

黒子「ここでは携帯も使用できませんし……、もしまだ上階にいるとしたら危険ですの」

上条「確かに……」

美琴「初春さん達も私を助けに来てくれてるんなら、何としてでも迎えに行くわ」

上条「そうだな。みんなで帰れないんじゃ意味がねえし」

黒子(お姉様がさりげなく復活してますの……)


上条「よし、それじゃあとにかく初春さん達と合流しよう」


黒子「はい!」


美琴「ええ!」

138: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 19:44:46.14 ID:FLx6ksU0

こうして意気揚々と繰り出した三人だが、連絡手段が封じられている以上特にアテもない。
しかし、先に外で初春達が出てくるのを待つ案など、誰も口にしなかった。
彼等はそんな人種ではない。

とりあえず上階から荒らすべく、彼等はエレベーター入り口へと向かう事にした。


―――


~最上階~


「………ッッ!!??」


突如、魂を注入された番外個体から発せられた『処刑執行宣告』に一方通行の心臓がドクン、と鼓動を鳴らす。

「ふふっ♪」

「―――!?」

指をコチラへ向けたと認識した直後、番外個体の指先が青白く光り、一本の歪線が一方通行へ飛んだ。

「うォ…ッ!?」

光速で向かって来た雷線の軌道を空気のベクトルで予知し、辛うじて避ける。
この間、一秒も経っていない。

139: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 19:46:31.53 ID:FLx6ksU0

「…………ッッ」

一方通行が演算を最大限に働かせても避けるのはギリギリだった。
もう刹那のところで直撃も免れなかったかもしれない。
反射設定なら何てことのない攻撃でも、彼は電撃を避けるという手段をとるしかなかったのだ。

そう、番外個体は大能力者クラス。反射してしまえばその脅威が彼女自身に降りかかってしまう。
今の一方通行に、ベクトル操作ミスなど許されないに等しい。

「……………」

しかし、一方通行は自分の頬から僅か横を過ぎた雷線よりずっと重要なものが脳内を占領していた。

「あっりゃ~? ハズレちゃったか……残念☆」

残念そうには見えない顔で舌を出す番外個体。

(どォなってンだ……!?)

番外個体の様子は捕まる前まで付きっきりだった十日間の時とは偉く違っていた。

「………!!」

解った。この感じは、

「木原ァァ!! オマエ……ッ!!」

140: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 19:47:39.10 ID:FLx6ksU0

ロシアの時の彼女に酷似している。
記憶初期化とは無感情な人形に戻すのではなく、使命を授けて投入した当時の状態を差していたのだ。

これは一方通行も予期していなかったことである。
最悪、一切の感情を奪い取られた番外個体が埋め込まれたプログラム通りに自身に向けて斧を振り下ろしてくる
と無意識ながら踏んでいた(認めたくなかったが)のに、何故彼女は当初の記憶を保持しているかのように自我
のまま一方通行を死へ誘おうとするのか。

番外個体は事故の後遺症のようなものがある。もっとも、それも木原が全て元凶なのだが。

記憶の部分的な破壊。自身の存在意義の忘却。そしてネットワークへのアクセス不可。

記憶の方は調整で弄ったと説明されれば理解するが、妹達が脳内の電気信号で共有しているネットワークへ干渉
出来なくなった因果は未だ不明のはずである。調整でそこまで直せるのかも疑問だった。直せたとしても、期間
もそれなりに要するだろう。

だが、ここにいる少女が当初の雰囲気を纏っているのは一方通行が最も知っている。
そして当初の彼女が放つ雰囲気とは、ネットワークから『負の感情』を拾い集めて形成されたものだった。
これがどういう事に繋がるか。


そう。つまり、今の番外個体は『ネットワークの共有技術』を取り戻している事へと繋がる。

そこから同時に疑問も生まれたのだ。

いくら木原でも、ここまで『あの場面の再現』を用意できるとは思っていなかった。

学園都市に対し本気で恐怖を抱いた、あの――――。

141: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 19:49:47.91 ID:FLx6ksU0

「んーん、楽しいイベントになりそうだ。さぁ、どうする一方通行。番外個体を無傷で制圧できるモンならやって
 みろよ。簡単にいくとは思えねえがなぁ。ククク…」

一方通行の心理を手玉に取っているかのような不敵の笑み。
煽るような視線を向けてくる木原。

「『論より証拠』ってなぁ。あれこれほざく前に、まずはこの“悪戯なお姫様”を黙らせてみやがれっての。そう
 すりゃ望み通り、俺が直々にテメェをこの世から葬ってやっからさぁぁ」

(まぁ、つっても、お前にそんな事が出来るハズねえってのは計算済みなんだがな……ぎひひっ)

そんな思想の木原を眼で殺す勢いで睨みつけ、問い詰めた。

「……どォいう事だよ…」

「あぁん?」


「番外個体にどンな小賢しい手ェ加えたのかって訊いてンだよ!!」


「はあ? 馬鹿かよ。ただ『初期化(リセット)』させるだけで済むとでも思ってたんか? そんじゃ面白味に
 欠けるだろーがよぉ」


肩をすくめて呆れる木原。
また脳内に信号でも送られたのか、番外個体は表情を変えずに黙ったまま二人の会話を傍観する立場に回った。

142: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 19:51:59.88 ID:FLx6ksU0

木原「言ったハズだぜ。『最高の刑』を用意するってなぁ。魂のねえ人形に遂行させるんじゃ、あまりにも味気
    ねえと思わねえか?」

一方通行「にしちゃあ納得できねェ点があるンだがよォ……」

木原「ま、死ぬ前ぐれぇは答えてやっから、一応訊いてみな」

一方通行「何でオマエがロシアに投入された番外個体の心情を把握してやがる? 俺には分かンだよ。コイツ
      はロシアで俺の前に現れた時の番外個体と全く同じ……。おそらく記憶も思考も、“人間全て”が
      あン時とまるで一緒だってなァ!」

木原「……ふうん、なかなか的確なところを突いてくんじゃねえの」

一方通行「コイツが“負の感情”無しで俺にこンな目を向ける事はまず考えられねェ。ネットワークにリンク
      不可能なコイツが、どォやってソイツを拾い集めたってンだ?」

木原「………」

一方通行「それだけじゃねェ! コイツを調整した装置がどンなヤツかは知らねェけどな、“微調整”なンて
      御大層な機能が絶対存在しねェ事ぐらいは俺でも知ってンだぜェ? 製造者なンざどいつも考えが
      同じだからなァ。ンな細けェ設定が必要になるンだったら『また造れば良い』って結論に至るよォな
      野郎ばっかしだろォ。まさか番外個体一人のために急いで作りましたとか言う気じゃねェよなァ?」

木原「だとしたら当然却下だな。時間も掛かっちまうだろぉし、何よりそんな待つのはかったりぃから御免だわ」

一方通行「だったら……!」

143: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 19:56:32.61 ID:FLx6ksU0

木原「そんな手間策取らなくてもなぁ、もっとお手軽な方法がちゃんとあるんだよ。しち面倒臭ぇ調整なんざ
    施さなくてもオーケーな方法が、なぁぁ」ニヤァ

一方通行「なン……だとォ?」


木原「忘れたのかぁ? 今テメェとこうして会話してるこの俺が、“何”なのかをよぉぉ」


一方通行「―――ッ!!」

木原「ショックのあまり失念してました、ってかぁ? ぎゃはは! まぁこの状況でまともに頭が働くワケも
    ねえだろうなぁ!」

一方通行「…………!!」

木原「クッククク……」

一方通行「……まさか………オマエが……!!?」

木原「気づくのが遅せぇんだよ! まぁ察した通りだ…。番外個体の脳内信号に“俺”が直接リンクしたのよ。
    性能は違えど同じメーカー、製造元で生まれた今の俺ならなぁ……コイツの電気信号へアクセスする事だ
    って充分可能なんだよぉぉ!! ぎゃははははっ!!」

一方通行「……ッ……待てよ……って事は、コイツの電気信号は……」

144: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 19:58:43.98 ID:FLx6ksU0

木原「そう、別に壊れたワケでも外へ漏れたワケでもねぇ! しっかりとコイツの脳内に保存されてたのよ! まぁ
    “不慮な事故”の影響で自ら妹達とのリンクはできなくなっちまったみてえだが、何もコイツ本体の脳内信号
    が使い物にならなくなったとは決まってねえだろぉ? なら簡単よ。自身から電気信号が飛ばせねえってんなら、
    コッチから干渉してやりゃあ良いだけの話だろぉが!」

一方通行「……じゃあ、今の番外個体は…」

木原「記憶の方は装置で初期化(リセット)、そして一番肝心な“一方通行への憎悪”は……クククッ―――」

  
  「――――怨念個体(俺)との『意識共有』により、難なく補えたってこった」


一方通行「!!! ………な……ン…」

木原「つくづく予想通りの反応してくれるおかげで説明してやってる俺も気分良いわ♪ まぁ補足しとくが、最初は
    『モノは試し』程度の気持ちだったんだぜ。この通り“クローン”として生き始めてから日も浅ぇし、可能の
    際限なんざ把握しちゃあいなかったしよぉ。けど、やってみたら案外上手く行くモンだなぁ。この身体も最初は
    受け入れ難かったが、今じゃ気に入ってらぁ」


   ………………。


木原「おかげでこの成果よ。どうだ? 番外個体から発する“復讐のオーラ”はちゃんと感じとれてっかぁ? 今や
    番外個体は妹達から集めた“負の感情”じゃなく、この俺の“テメェに対する復讐心”のみで動いてんだぜ?
    はっはぁ! 正に俺の代役にゃ“うってつけ”ってワケだ! でなきゃこんなオイシイ役を他人に譲ってやる訳
    ねえっつーの! ぷぎゃはははははは!!!」

145: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 20:01:08.85 ID:FLx6ksU0
 

    「楽しいかよ………」ポツリ


木原「んん?」


一方通行「―――――人の心を……散々荒らして……そンなに楽しいのかよ……」

    「俺のせいで勝手に生まされ………勝手に生きる道を強制されて………失敗に終わったらまるでゴミみてェに
      処分しようとして………」

    「テメェの思いつきでまた心を支配されて……こンなクズ一人のために何度も利用されて………」

    「何なンだよ………。何で、人工的に生み出されたってだけで……たったそれだけで、コイツがそンな目に合わ
     なきゃならないンだ……。俺ひとりのために、何で……」

木原「ククク、強いて言うなら“運命”ってかぁ? かつてテメェの能力開発に携わった科学者として言わしてもらうが、
    全部テメェのせいなんだよ。テメェが俺らの言う通りに動いてりゃ、こんな憐れな個体も誕生しなかったんだ。まだ
    実験でお前にブッ殺された妹達の方が幸せに思えてくんだろぉ? テメェは残された妹達を護る道に走っちまったが、
    それが結果的に新たな犠牲を増やしちまったのさ。大人の言う事を聞かねえガキにはいつだってそういう末路しか訪れ
    ない様に世界は構成されてんだ。ちっとは目が覚めたかよ?」

一方通行「……………」

木原「おいおい、すっかり抜け殻か? ……最初の勢いはどうしたんだっつーの」

一方通行「黙れ……」

146: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 20:03:32.54 ID:FLx6ksU0

木原「お?」

一方通行「もォそれ以上……クチを開くンじゃねェ……」
    
木原「ははっ、何だ。まだ精神は死んでねえらしいな。いやー良かった、死ぬ前に崩壊されちゃ流石に冷めっからよぉ」

一方通行「うるせェってのが分かンねェのか? 腐れ外道」ギロリ

木原「おー、怖い怖い……癇に障ったんなら、謝ってやろーか?」

一方通行「あァ……物心ついてから今までよォ……こンなにハラワタが煮えそォになった事ァねェわ……」

木原「その割りには落ち着いてんなぁオイ」

一方通行「……通り越してンだろォなァ。何もかもが憎くてしょうがねェ。実験を生み出した連中も、上層部のジジイ共も、
      目の前で反吐の出る笑い浮かべてやがるオマエとそれに協力した全ての人間も……」

    
    「そして、何より……どれほどのガン首並べてもダントツで届かねェくれェにブチ殺してやりてェのは―――――」


    

    「――――そンな事も意識しねェでこの街の頂点にのうのうと立っていた俺自身だ」




147: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 20:04:37.86 ID:FLx6ksU0

木原「……そんなに死にてえんなら、すぐに叶うから何の心配も要らねえぜ?」

一方通行「…だろォな……だがよォ、それでも……番外個体の運命をこのままオマエに委ねるワケにはいかねェよなァァ」

木原「作り物にずいぶんと愛着ついちまったみてえだな。テメェの体裁よりもコイツが大事たぁ……その愛情にゃあ感服
    するしかねえな」

一方通行「ソイツは作り物なンかじゃねェよ。紛れもねェ人間だ。オマエみてェな底辺まで腐った野郎よりはずっとなァ」

木原「ふん……で、他に言い残す事はもうねえのか?」

一方通行「………話ィ纏めっと、要するにオマエが番外個体に電波飛ばして命令送ってるって認識で正しいンだよなァ?」

木原「ああ、俺は発電系の能力は流石に使えねえが、電気信号への干渉ぐれえならお手のモンよ」

一方通行「そォか……そンじゃあつまり――――」

木原「?」



一方通行「――――オマエを今すぐブチ殺して電波送れなくすりゃあ、全て解決って事だろォがよォォォ!!!」



瞬間、一方通行の背中から無数の竜巻がジェットブーストのように噴出される。
ロケットよりも速く、凄まじく、天地を震動させるほどの衝撃を瞬時に発生させた一方通行は、一直線に木原数多との距離
を縮めようとした。

148: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 20:05:44.76 ID:FLx6ksU0


     「木原ァァァ!! オマエの野望も思念も、全部この一発で打ち砕いてやる!!!」



握られた拳が、正確に木原の顔面へと繰り出される。
不意をついた奇襲が功を相したのか、木原は反応が遅れている。


(捕らえた!!)


しかし、そう思った矢先。


「―――ッッ!!??」


一方通行の鼻先を、青白い閃光が走った。


「――――ちょーっとぉ、何ヒトの存在無視しちゃってんのかにゃーん? 貴方をブチ殺すのはミサカの役目だっつーの。
      相手間違えんなよ☆」


続いて横から聴こえてきた声。
一方通行は咄嗟に拳を引き、木原から距離を離す。

二秒後、一方通行のいた地点に圧縮された雷が落ちていた。

149: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 20:07:25.26 ID:FLx6ksU0

「……ッ」

ずっと傍観していて退屈でした、とでも言いたげに背伸びしている番外個体。
一方通行はどこか悲痛な顔で呑気な様子の彼女へ訴える。

「オマエ……ッ! 何でそンな野郎を庇いやがる!? ソイツがオマエに何してるのか分からねェのか!?」

だが…


「はぁ? ミサカの主(マスター)をソイツ呼ばわりですかぁ?」



――――!!??



一方通行「マスター……だァ…?」

番外個体「そ♪ 木原数多はミサカの主(マスター)、ご主人様だよん♪」

一方通行「ン…だとォォ……!!??」

木原「ククク……あーっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!!」

一方通行「ッッ!!?」キッ

木原「あー、まぁ……そういうことよ。コイツの現プログラム状じゃあ番外個体は俺に絶対服従。何に置いても俺の
    身に降る危険排除が優先的にインプットされてんだ」

150: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 20:08:48.40 ID:FLx6ksU0

一方通行「ぐ……」

番外個体「あなたは主(マスター)に有害であり、ミサカにとっても有害な存在。だから大人しくミサカに始末され
      てくんなきゃ困るんだよね」

一方通行「―――」ドクン…

心臓が、大きく鼓動する。
番外個体の冷酷無比な一言が、一方通行の精神を少しずつ追い詰めていく。

木原「ククク……これが現実よぉ一方通行ぁ。残酷だよなぁ、くひひ」

一方通行「……や……ろォォォ……」

木原「番外個体を救うには俺を殺さなきゃならない。だが、俺を先に殺そうとすりゃあ番外個体がその行く手を阻む。
    困ったなぁ。どうするぅ? どの道テメェは番外個体との戦闘から逃れられねえんだよ!」

番外個体「ふふふっ…」

一方通行「……ぐ……ぎィィ……」ギリリ

木原「手っ取り早く番外個体を制圧すっかぁ? それも妥当だが、“無傷”で押さえることが果たしてテメェに出来ん
    のかねぇぇ。殺さないで終わらせる分には支障ねえだろうが、本気で殺しに掛かってくるヤツを“怪我”させず
    に仕留められる保障なんざどこにもねえぞぉぉ? 経験あんなら話は別だがなぁ」

一方通行「…………ッ」

151: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 20:11:58.91 ID:FLx6ksU0

    (確かに……命狙ってきたヤツらに今までそンな気遣いはしたことねェ。せいぜい殺さねェ程度……)

    (だが…、あン時の再現は論外だ! コイツが怪我しなきゃいけねェ理由なンざどこにもねェだろォがよ!)

    (考えろ……コイツを一切傷つけずに片ァつける手段を……)


番外個体「なーに黄昏れちゃってんの? 」


しかし、思考はそこまでで中断される。

「ソッチが仕掛けて来ないんなら、遠慮なくやらせてもらうね」

「……!?」

番外個体の周りを電流が走る。
超電磁砲(オリジナル)には劣るものの、最大電圧は約二億V。
充分に驚異的な力が容赦なく一方通行へと向けられる。

「―――くっ…!!」

頭上から落とされた雷撃を飛び退いて外す。

それが合図とでも言うように木原は身を翻して告げた。


「―――処刑(ゲーム)開始(スタート)だ。腹ぁ括れ、一方通行」

152: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/23(火) 20:13:50.00 ID:FLx6ksU0

その場から離れる木原。追おうと動く一方通行の前に立ちはだかる番外個体。


「……番外個体…」


「あなたはミサカの手で殺す。覚悟はできた? この最低のクズ」


「………ッ」


ズキリと胃が軋む。
目の前に迫るあまりにも辛い現実。しかし、向き合わなければならない。
逃げることなど許されなかった。

そして―――


「これより標的、一方通行の処刑を執行します☆」



―――とうとう賽は投げられてしまった。




178: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:02:42.04 ID:gTCVlzM0



「――――ホラホラァァ!! あーっひゃっひゃっひゃ♪」


構内を縦横無尽に逃げる一方通行を追い回すかのような乱撃が特製の床へ次々と降り注がれる。
木原が何故この広い講堂を処刑場所に選択したのか、その意図もようやく分かったが、それどころではなかった。

「ぶひゃひゃひゃ! なんじゃそりゃ!? 猫に追い回されてるネズミじゃないんだからさぁ! みっともなく
 這いずり回ってないでひとつぐらい撥ね返して来たらどぉぉ? お得意の『反射』でさぁ!」

雷を発しながら楽しげに笑う番外個体。

「――――ッッ…!!」(クソったれがァァァ!!)

この雷のベクトル制御は容易い。
だが、無闇に弾く訳にもいかない。
万に一つ被弾させでもしたら、そうでなくとも壁や天井に弾いて瓦礫に巻き込んだら……。
そう思うだけで恐ろしかった。

そして、その迷いを持ったままの演算が致命的な結果を生む事も知っていた。

肉体も精神もこの一週間に受けた度重なる拷問により疲弊しきっている。
 能力を再び得たとは言え、今の一方通行は執念で活動しているようなものだ。決して万全の状態とは言えない。
ただでさえ全盛期から弱体化した自身の力がこの極限状態でも上手く働いてくれるのか、百パーセントの自信が
ある訳でもなかった。
今思えばこれも木原数多の算段なのだろう。

現に木原の言葉と番外個体へ手を下す恐怖に心を乱され、電撃を操作しようと頭が言っても身体が拒絶している。

179: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:03:44.09 ID:gTCVlzM0

プロの水泳選手が事故をきっかけに水を恐れてしまうのと同様、一方通行はその最強の片鱗を番外個体に欠片も
浴びせられなくなっていた。ロシアの時よりもその想いが強くなってしまった今なら尚の事である。

無造作に放たれる雷の嵐。広いとは言え、所詮屋内では範囲も限られてくる。
ましてや雷回避のために超速のスピードで移動を続けていては、すぐに壁に突き当たって曲がるしかない。
天井の高さを活用し、空中へ跳ねたところへ電撃が飛ぶ。
風のベクトル操作で避け、地に足を着けたところでまたすかさず稲妻が轟く。

正にジリ貧だ。

(どォする……! 何か、何か手はねェのか!? ここで番外個体に殺される訳にはいかねェ! 俺がやられた後
 アイツがどォなっちまうかは、想像するまでもねェだろォがよ!)

何としてでも木原の筋書き通りに完結させてはならない。

「おいおい良いのかぁ!? 長期戦に出りゃ不利なのはテメェの方だろぉが! せっかく残してやったバッテリー
 を無駄にする気かよ?」

だが、当の監督は安全な位置をキープしながら高みの見物としゃれ込んでいる。
その位置まで向かおうとするも、まるで守護霊のように番外個体が立ち塞がる。

「どこへ行こうっての? あなたの相手はミサカだっつったじゃん。無視とか放置じゃミサカは●●ないよ?」

「目ェ覚ませ!! オマエはそこのクソ野郎に利用されてるだけだっつってンだろォが!!」

「んなの知ってるよ。でも、ミサカに反抗の権限はインプットされてない。ミサカは使命通りにあなたを処刑する。
 変更のオーダーも受信してないから」

180: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:05:27.10 ID:gTCVlzM0

「ぎ……ッ」

木原も遠距離から腕を組んだまま便乗する。

「ははははっ!! 何をほざいても無駄さぁ! そうしている今も、番外個体の脳には信号が送られてんだよ!
 テメェの息の根ぇ止めるまでは戦い続けろって指令出してんだよぉ!! 忠実な小娘の働きにちったぁ体で応え
 てやったらどうだ!? それとも逃げてる内に時間切れの方がお望みってか!?」


「………クソ…がァ……」


「何なら、好条件つけてやろーか!? テメェがソイツに勝てたら『無罪放免』にしてやんよ! つまり、勝った
 方が生き残れる特別ルールだ! どうだぁ!? これでちったぁやる気出たか!? ヘタレ君よぉぉ!」


「――――――」


一方通行の眉が、木原の提案で吊り上がった。


「木ィィィィ原ァァァァァァァァ―――――」


ブチッ、と何かが切れた気がした。


「――――どこまで汚ェンだオマエはァァァあああ!!!!!」


爆発した怒りのままに木原へ跳躍する。

181: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:06:45.17 ID:gTCVlzM0

しかし、


「主(マスター)への危険探知。標的を排除。ってね☆」


同じ目線まで上がってきた番外個体が道を遮る。


「チ……退けェェ!!!」

「退いて欲しいんなら力ずくで退かせば?」

「ッ……しっかりしやがれェ!! オマエはこンな事望むよォなヤツじゃねェだろォが!!」

「なぁぁに甘っちょろい夢見ちゃってんのぉぉ? ミサカにはあなたを殺すか自分が殺されるか、そのどっちかの
 道しか用意されてないんだよ」

「フザけンな!! そンなのァ全部あの野郎がオマエに見せてる幻想だ!!」


「……また主を悪く言ったね」ビリリッ


「―――うッ!!」サッ


悲痛な呼びかけも虚しく掌から放出された電撃。
至近距離からの攻めに一瞬焦りを見せつつも直撃は避けた一方通行は、地面へと降り立つ。
番外個体も着地し、ほぼ一蹴りで飛び出して一方通行へ接近した。

183: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:07:43.76 ID:gTCVlzM0

「死ねェえええ!!!」

スパークから逃れようと後ろへ跳ぶ。

「――――ァあああ!!!」

しかし、軌道も何もなく散らばった電流が一方通行の腕を貫通した。
麻痺した体は言うことを聞かずに地へと落下し、床を転がる。

「かはっ……!!」

身体中が電流で拘束を余儀なくされる。

「……ッッ……ゥ…!」

痺れが解けない内に背中を踏まれた。

「つっかまーえた☆」

一方通行の背中を踏み押さえた少女の甲高い声が響く。

「呆気なかったね。……あひゃ♪ 今、楽にしてあげるから」

掲げた右手からバチバチと電気が発生している。
未だ麻痺状態から回復せず、動けない一方通行。絶対絶命だった。

184: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:08:45.36 ID:gTCVlzM0

死の時が今、少女の宣告と共に訪れようとしていた。





「――――バイバイ、第一位」





185: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:09:47.37 ID:gTCVlzM0

「―――!!!」


番外個体は足元で転がっている標的にトドメを刺そうと掲げた腕を振り下ろす。


が…。


「……!!?」


息の根を止めるはずの電撃は、手から出かけて止まった。
番外個体はこれに驚きの表情を浮かべる。

「あっれぇ……? 無駄撃ちしすぎたのかなぁ。充電しきれてない……?」

「………?」

そんな番外個体を唖然と見上げる一方通行。

(……今……コイツ……)

その虚ろな意識が何かを感じ取っている。
しかし、何かハッキリしないまま、一方通行の身体は足を退けた番外個体に蹴り飛ばされて再度床を転がされた。

「ぐゥはッ……!!」

「最期の最期で悪運強いね~。ま、いいや。充電完了するまでミサカのオモチャにしてあげる♪」

186: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:11:14.55 ID:gTCVlzM0

「ゲホッ……」

体重の軽い一方通行は彼女の蹴りでもかなりの飛距離を見せる。

番外個体の真意を察した木原は遠くから馬鹿笑いを響かせてきた。

「ぎゃーはっはっはっはっはっは!! お前もSっ気が強えな! さすが俺の代行人。簡単にゃ殺さねえってかぁ!?
 いいぞいいぞぉ! 好きなように殺っちまえや!!」

まるで格闘技の試合を最前列で観戦するかのようなノリだ。
その形相はすっかりこの時を楽しんでいる。

「一方通行ぁ! やられっぱなしたぁテメェも真性のドMだなぁ! そのままくたばっても構わねえが、もうちっと
 客のこと考えてもらわなきゃ困るんデスけどォォォ!? ぷぎゃはははは!!」

「………ぐふ…」

遠くから耳障りな声が耳を貫く。
頭をゴリゴリと固いブーツで踏まれながら一方通行は木原へ殺意の視線を送るが、番外個体に強くわき腹を蹴られて
顔を歪ませられた。

「なーに、その反抗的な目? ゴミ以下のクセして物申したいことでもあるのかにゃーん?」

番外個体の眼は言葉と裏腹で笑いが篭もっていなかった。
その眼差しは一方通行への強い憎悪で満ち溢れている。木原数多の怨念をしっかりと受け継いでしまった彼女。
少女からほとばしった殺意を感じている一方通行はズタズタな肉体を引き摺るように起き上がろうとした。

187: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:12:13.68 ID:gTCVlzM0


「お? まだ生きてたんだ? あひゃっ♪ そうこなくちゃ! クズはクズらしく足掻いてくんなきゃ後味悪いしね」


足を退けて一方通行から離れた。
流石に木原の念を継いだだけあって、簡単に終わらせるつもりはないようだ。徹底的にイタぶって殺すには彼女の力
は強大すぎる。
そんな結論に至ったのか、番外個体は電気という鎧を一切発さぬままフラフラと立ち上がった一方通行へ歩み寄った。


「番外……個体ォォ…」


彼女へ向けた紅い瞳は、悲しさで染まっているように思えた。

「オマエが俺を嫌悪すンのも仕方ねェ……。俺に深い恨みを抱えたオマエをどォこォする資格なンざねェ事も……ッ…
 分かってる……」

「だがよォ……オマエが今抱いてる感情はあの野郎が植え込ンだ“偽りの憎悪”だ。こンな形で復讐を果たした所で、
 オマエは満足すンのかよ? オマエ本来の“心”が納得すンのかよ?」

「なァ、番外個―――ッ!?」

途中で頬を抉られて紙くずのように飛ばされる。
しかし、倒れずに踏み止まった。

「どのツラ下げてミサカに説教カマしてんの? そんな権利をいつ得たのかって訊いてるんですケドー?」

苛付いた様子で殴った拳を叩く番外個体。

188: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:13:58.75 ID:gTCVlzM0

しかし、一方通行の口はそれでも沈黙しない。

「他人に植え付けられた偽者の感情で使命を果たして、オマエの心は晴れやしねェだろォ? あンな野郎の道具で
 終わって幸福感に浸れるオマエじゃなかったハズだ……。思い出せよ。今、オマエには何が見えてンだ?」

「まだ続ける気ぃ? この悲劇気取りが。テメェのした事に落とし前もつけれない分際で良くほざけるね?」

「あァ……俺が何してもオマエ達妹達にした過去が消せるハズねェよ」

「妹達……? なんじゃそりゃ?」

「オマエを今突き動かしてる“ソイツ”は偽モノだっつってンだ」

「―――!」

微かに番外個体の眉が反応した。


「今のオマエは自分の意思なンか持っちゃいねェ。ただ踊らされてるだけなンだよ。……俺を憎む前に、せめて
 ソイツに気づけ。その後で好きにすりゃ良い。……そン時、俺は逃げも隠れもしねェ」


「………ッ」


「“今”は違うだろォ……“今”はまだ“その時”なンかじゃねェハズだろォが!」


「―――ッッ!!」

189: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:15:40.92 ID:gTCVlzM0

「ぐう…っ!」

表情を歪めた直後、再び一方通行の顔面に拳を叩き込んだ。
しかし、迷いでもあるのか。先に比べて威力は見るからに劣り、一方通行の身体は僅かによろめいただけに終わる。

「……減らず口を…っ!」

「ハァ……ハァ…ッッ」


「チッ……何をタラタラやってやがる…」

見物する木原の顔が若干の苛立ちを見せ始めている。


「……執行人に意見する死刑囚なんて聞いたことないよ。ミサカの感情が“偽モノ”ぉぉ? ぶっひゃ!」

「あァ、そォだ。俺をどォしよォがどォ思おォがオマエ次第だ。“オマエの意思”で決断しろ。“主(マスター)”
 なンてのは存在しねェ! ………あンな野郎の良い様に動かされてンじゃねェよ!!」

「…………」

番外個体の肩が、いや全身が、ワナワナと震え出す。

そして―――、


「――――ごちゃごちゃうっせえんだよォォおおお!!!」


噴火でもしたかのように少女の感情は爆発した。

190: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:17:29.07 ID:gTCVlzM0

「あー! 気分悪い! ベラベラ御託並べやがって! 頭おかしくなりそう……」

そう言って頭を押さえる番外個体。
どこか様子がおかしい。

もしかしたら、という僅かな想いで語り掛けた一方通行の表情が確信に満ち始める。


(やっぱり……そォだ)

(コイツは、完全に自分を失っちゃいねェ!)

(木原は脳内信号が壊れてる訳じゃねェっつってたが、それはコイツの心にも言えることだ!)

(記憶は装置で消されても、コイツ本来の“人格”は、ちゃンとまだ存在してる―――!!)


「思い出しやがれ番外個体!! オマエの本当の心は、今のオマエに何て言ってる!?」

「他人に仕向けられた復讐劇で、見失った“存在意義”を完全に消そォとしてるオマエを見てどォ思ってやがる!?」

「俺の知ってるオマエなら、あンなクソ野郎の言いなりになンざ絶対にならねェ!! あァいうヤツらを少なからず
 嫌悪してたハズだろォが!!」

「……このまま、他人(ヒト)の敷いた“悲劇にしか到着しねェ”線路を歩き続けて良いのかよ!? それで本当に
 後悔しねェのかよ!!?」

191: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:19:21.31 ID:gTCVlzM0


「………ッ……黙…れ……黙れェェええええええ!!! さっきからうざってえんだよォォおおおおお!!!!!」


さっきよりも恐ろしい形相で絶叫する番外個体。
頭痛のせいか、両手は頭を押さえたままだ。よって、一方通行に叫んだのか頭痛の原因に叫んだのかは定かではない。

「ハァ……ハァ……ハァ……ッ…あなた……が………悪い」


「アナタガミサカヲマドワセテイル」


―――― 『ソノヒトヲキズツケナイデ………』 ――――


「ッ……また……!!?」


「ぅぅ……頭が……変……変になる……ッ!」


『もう一つの声』と埋め込まれた『偽りの記憶』が、番外個体の脳内を荒らす。


「負けるンじゃねェ!! その身体は誰のものでもない、オマエだけのものだ! 他人に支配されたまま、全てを
 終わらせよォとすンな!!」


苦しみもがく彼女を救うべく声を投げかける。

192: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:25:29.91 ID:gTCVlzM0

「人によって生み出されたとかそンなのは関係ねェ!! どンな生まれ方しよォが、“生命(いのち)”を与えら
 れたらその時点でソイツの生き方はソイツが決めんだ! 自分で決めて生きる権利があるンだよ!! 自由に生きた
 がってたオマエ(主人格)はそンな怨念如きに負けるよォなヤツじゃねェだろォがァァ!!」


彼女の精神は死んでいない。消えていない。その証拠にああして『本来の意思』が、本当の番外個体が必死に木原
の残留思念と闘っている。表に出ようとしている。

先ほどからその予兆は表れていた。
溜めた電撃を一方通行に放って終わらせようとしたあの時から。
『番外個体』は木原の意思と闘ってくれていたのだ。

そして、今も―――彼女はもう一人の意思を精神の崖っぷちで喰い留め続けてくれている。


『あの頃』の彼女のまま―――。


「俺を殺したいなら殺してくれて構わねェ。……だから、元の『番外個体(オマエ)』に、戻ってくれ……!!」


「――――うァあああああああああ!!!!!」


漏電しながら天を見上げ、咆哮を撒き散らす。


193: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:26:45.10 ID:gTCVlzM0

一方、木原数多はこの成り行きを快く思わなかった。

(……まさか、『本来の人格』が表に出始めるとは……しかも一方通行の一言一言がそれを後押ししてやがる…)

(記憶は装置で確かに削除されているハズだ……)

(いや、だが待てよ……どんなに脳内の記憶を削除しようと、身体が覚えた“経験”までは消せねぇ……。それが
 医学的には立証されちゃあいるが、もしそうだとしたら……)

(このまま自我を取り戻しちまう事も考えられる……!!)


「……チッ、こりゃマズイな」


悠長に観戦している場合ではなくなったと判断した木原は、瞑想状態へと移行し、番外個体の脳内信号へとアクセス
を開始した。



『―――何を迷っている?』


『―――何も躊躇う必要など無い』


『―――お前の使命を忘れるな』


194: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:27:50.82 ID:gTCVlzM0

「うぅ……ァあああっ!!!」

「番外個体ッ!?」

尋常ではない様子に駆け寄ってやりたいが、今も凄まじいスパークを爆散させているのでは下手に刺激も与えられない
どころか近づく事もできない。一方通行は、ただ不安げに見守ってやるしかなかった。


『―――目の前にいるその男こそ、この世で最も憎むべき相手』


『―――お前の手で、亡き者にしてやれ』



「う……うァ……がァァああああうう……!!!」



『―――殺せ』



『―――殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ――――――』




「あうぅ……!! …ぎ……ぐうううああァァ………ッッ!!!」

195: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:28:49.65 ID:gTCVlzM0



    『――――――殺れ!!! 一方通行を殺せ!!!!!』




「……ゥゥうううァァァああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」




196: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:29:56.04 ID:gTCVlzM0

「――――!!??」


雷鳴が、止んだ。
暴走状態だった電磁波も、彼女に収縮されるように消えていった。
耳を塞ぎたくなるほどの叫びと共に天を仰いだ番外個体は、ゆっくりと、顔を正面に戻した―――。


―――邪悪な心に染まってしまった顔を。


「ふっ……ヒヤッとさせやがって……」

番外個体本来の意思を再び心の奥へと幽閉した、と言うよりは“負の感情”を増幅させて打ち負かした
と言った方が適切か。
いずれにせよ、予期せぬアクシデントを乗り切った木原は口元を上に歪めた。
もう一方通行の言葉では揺るがされることもないだろう、と胸を撫で下ろす。

(だが、万に一つってのが無いとは言い切れねぇ……。まぁ充分楽しませてもらったし、厄介事がまた
 起きない内に潮時とさせてもらうか……)


「番外個体!! もう遊びはそこまでにして、さっさと片づけちまえや!!」



「………了解、主(マスター)」




197: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:31:26.09 ID:gTCVlzM0

「……っく…!」

一方通行の表情が無念を示している。

(駄目か……)

折角戻りかけた心は、また失われてしまったのか。
どっちにしろ、木原の仕業にやっと気づいた今ではもう遅かった。

「もっとメチャクチャに苦しめてやりたかったけど、主から命令出ちゃったし……そろそろ心停止させて
 あげる。抵抗したっていいよ? つっても、あなたがミサカを傷つけられないってのは知ってるけどね♪
 けど、グダグダ弁論聞くよりはソッチの方がまだ面白いし………できるんなら是非やってみなよ」

帯電した電流が、再度番外個体の周囲に発生する。
一方通行は、何かを思い込むように目を伏せた。

死ぬ前のお祈りでもしているのだろうか。
いや、違う。その表情は何かを決めかねているような、そんな印象だった。

(もォ……今のコイツに俺の声はきっと届かねェ。木原のことだ。そォしてるに決まってる)

(今度こそ、コイツは俺を殺すまでこの醜い仮面を外さねェかもしンねェな……)

(けど、だからと言ってこのまま大人しく死ぬワケにはいかねェ。昔と違って、俺ひとりで簡単に投げ出
 して良い命じゃねェンだ)


(………番外個体……)

198: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:33:03.05 ID:gTCVlzM0


脳裏で鮮明に甦る番外個体と過ごした記憶。
遺憾ながらの始まりとは言え、気づけば闇で生きてきた彼にとって貴重な時間だったのかもしれない。
束の間の平穏。隣りで笑っていた少女。
あれを幻で終わらせたくはない。

打ち止めと出会う前まで残虐な人殺ししか出来なかった男が、今ではその力で人を救う事に何の躊躇いも
感じていなかった。

そう、救いたい。

“呪念”という檻に閉じ込められ、救いを求め続けているであろう少女を。
彼女達が笑顔で歩んで行ける未来を、全力で護り続けたい。
自分の犯した罪がそれで消えないのは分かっている。だがそれはまた別の話。
今はただ、邪悪な表情の奥で足掻き苦しむ少女をどうしても助けたかった。

願うはたった一つ。彼女の、いや。生き残った彼女達の幸せな人生。

そして、そのためには一体どうすればいい? 今、自分には何ができる?


「……………!!」


静かな思考の末、遂に一方通行の中で一つの答えが見つかった。


(番外個体、俺は……絶対にオマエを見捨てたりしねェ)

199: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/25(木) 19:33:48.62 ID:gTCVlzM0

(こンなクソったれのために、これ以上オマエの人生を棒に振るわせたりしねェ)


(それを貫くにはどォしたら良いのか……ここに来てよォやく分かった気がする)


一方通行の伏せられた眼が、燃えるような輝きを増した。
その瞳には、一切の迷いを捨てた決意だけが込められていた。



(“奇跡”だなンて根拠のない不確かなモノを信じた事は今まで数知れてっけどよォ―――――)



(―――――やっぱ、こォするしかねェよなァ!!!!!)




218: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 00:37:31.50 ID:Nh58vo60

―――


~六階~


上条当麻、御坂美琴、白井黒子の三名は中階で猛威を振るっていた。
と言っても、主に美琴と黒子が中心で上条は至って目立たずなのだが、それも仕方ない。彼は
“対能力者”または“対魔術師”に限り最強なのだから。
銃などの凶器で応戦しようとする構成員の前ではあまり出番もなかった。

美琴の方は敵と応戦しながらも嫌な電波を感知していた。
上階で大能力者クラスの電磁波が放出されているのはとっくに察している。
何が起きているのか気にならない訳がなかった。

「あぁもう! うっとおしい!!」

「キリがないですわね…ッ!!」

常盤台コンビの奮戦は続く。

「ああ! まったくだクソッ!!」

それプラス平凡な高校生の鉄拳もチラホラ。

「―――早く捕まえろ!! 木原さんが来てしまう前に早く終わらせるんだ!!」

219: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 00:40:43.50 ID:Nh58vo60

敵もだいぶ躍起になっていた。
ボスへの忠誠心より恐怖心が勝っているのは必死すぎる様子からも明白である。

とにかく、こうも息がつかない乱戦状態ではゆっくり上階に気を回す余裕すらない。

時折、美琴の背後に忍び寄ろうとしている敵がこっそり倒されている事に誰も気づかない。
隠密な後方支援に徹する海原。しかし、その努力も上条が合流してからというものどこか涙ぐましく
感じられてしまうのはどういう了見だろうか? 
残念ながら回答者はいなかった。

(やれやれ……見つからないように気をつけながらというのも、けっこう骨にきますね!)

付近に窓のない屋内では黒曜石を用いた魔術が使えない。
なので、上条に勝るとも劣らない体術を駆使するしかなかった。見えない場所で交戦しつつ、美琴達の
様子も気遣う。生半可では決して不可能な芸当だったが、恐るべき執念がそれを成し続けていた。

乗り換えのエレベーターまで続く渡り廊下まで差し掛かった所で張っていた構成員達から襲撃を受け、
現在に至る訳だが、思った以上に長引いてしまい、未だ停戦の見込みは薄かった。
上階や下階から次々とひっきり無しで援軍が来るからだ。

(冗談じゃねえっつーの! 流石に全員の相手なんかしてられっかよ!!)

この展開に見切りをつけた上条は尚も能力フル使用状態の二人へ声を飛ばす。


「御坂っ!! 白井っ!! このままじゃ埒が明かねえから強行突破で行くぞ! いいか!?」


「その方が良さそうですわ……ねっ!!」

220: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 00:44:39.24 ID:Nh58vo60

立て続けに側頭部へドロップキックをカマしながら同意する黒子。

「おっしゃ決まり! そんじゃ一気に突っ走るわよ!!」

電撃で数人を一度に倒しながら賛成する美琴。

渡り廊下中央で留まるのを止めた三人は一斉に駆け出した。
前方の連中を上条と美琴が蹴散らし、追ってくる部隊は黒子(さりげなく海原)が壁などを転移させて妨害する。

(む? 突破を図りましたか……? とりあえず姿を見せられない自分は、これ以上進行できない……!!)

直線に続く長い通路の奥角で支援していた海原だが、直線上に出てしまえば存在に気づかれてしまう。
先へ進軍を決めた彼等を追う選択は不可だった。

(……仕方ありません。せめて、この道から来る増援の足ぐらいは封じておきましょう)

あまり使いたくはないが、そうも言ってられない状況である。
黒曜石ではなく拳銃を抜いた海原は、迫ってくる研究者達を片っ端から撃ち抜いていった。
無論だが、急所は全て外している。

「さて……! 自分はどうやらここでお役御免のようですね。後は正規の騎士(ナイト)にお任せしましょうか!」

つまりそれは、私情が抜けて完全なる“仕事モード”へと移り変わった事を意味していた。

後から姿を見せる兵に、海原の表情がグッと引き締まる。


「ここから先へは行かせませんよ。申し訳ないですが」

221: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 00:46:58.58 ID:Nh58vo60


上条達は息の合った連携のおかげで辛くもエレベーター乗り口を視界に収める位置にまで来れた。
だが、追手は依然止まない。美琴が電撃を飛ばしながら追手の足止めに回っている内に、上条がエレベーターを
呼ぶべくボタンを押す。

が、しかし。

「あ……あれ…?」

表示ランプは点灯しなかった。

「う、嘘だろ!? この! このっ!」

何度押してもエレベーターが来る気配は見られない。
というか、動いているのかが怪しかった。

「ちょっと! 何してんのよ!? まだなの!?」

美琴の焦れた声に冷や汗が流れる。


「そ、それが……エレベーターが……どうもその……壊れてるっぽいんデスガ…」


「はぁぁ!!??」

「なんですってぇ!!??」

少女二人の愕然とした反応が返ってきた。

222: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 00:49:02.59 ID:Nh58vo60

「ここまで来てそんな…! 何とか動きませんの!?」

「完全に止まってるみたいだな……クソッ!」

「ちょっと退いて!」

駆け寄って来た美琴が上条に代わって状態を探る。
おそらく電気系統の異常を確認しているのであろう。

「落ちてるだけみたいね……ちょっと待ってなさい!」

「…あ、ああ! 分かった!」

ひとまず電気系の専門家に任せ、上条は黒子と追手の撃退に回った。
ドアに電流を流してこじ開けた美琴は、内部のチューブに手を当てる。


「………これね!」


そして、ショートした機具を見極めた美琴は瞬間的な電気ショックを浴びせる。

すると、ガコン! と機械が音を鳴らし、ワイヤーが上へと動き出した。
美琴は急いでドアを閉め、上条達に告げる。

「―――直ったわ!!」

「マジか!? すげえ!」

「流石お姉様ですの♪」

223: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 00:50:21.01 ID:Nh58vo60

復旧したエレベーターが上条達の付近へとゆっくり下降して来る。

やがて到着を示した後、自動的にドアが開いた。


(来た!!)


三人は一目散にエレベーター内へ飛び込もうと足を翻した。が、





「――――良かった~♪ 初春ホントすごいよ! エレベーターまで直しちゃうなんて………ん?」


「――――いえ……。私がやった訳じゃないんですけど………って、あれ?」





中には既に先客がいた。

224: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 00:51:17.20 ID:Nh58vo60


「――――!!!?」


「……初春さん……佐天さんも!!」


「み、御坂……さん!!?」

「白井さんも上条さんも……!!」


初春飾利と佐天涙子は中から姿を現すと共に仰天した。
移動中に閉じ込められ、初春が復旧に努めている最中で突然機能が復活したエレベーター。

やっと出られた、と一息吐いて降りた直後のこの光景。
事態を飲み込むのに数秒近くを要した。

上条達も目先に映った実状を把握するのに僅かな空白が生まれた。


「ふ……二人ともまさかエレベーターに……?」

「はい……ずっと閉じ込められて………って上条さん後ろっ!!」


「―――!?」

225: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 00:53:37.78 ID:Nh58vo60

背後で上条を狙う構成員。佐天の声で咄嗟に振り返るが、遅い。
しかし、銃の引き金が引かれる前に構成員は青白い閃光と共に身体から煙を発してその場に倒れた。

「……!!」

「なに油断してんのアンタ!!」

危機を救った美琴が上条に怒鳴る。

「わ、悪い御坂……助かった!」

「佐天さんも初春さんも……無事で良かったわ。ゆっくり話したいところだけど、それはとりあえず後でね」

二人の親友に笑顔を零しながらそう言った。

「そ……そうですね。やっと全員揃いましたし、早く脱出しましょう!」

「う、うんっ!」

初春と佐天もそれに頷く。

「そうと決まれば、もうここに用などございませんわ。お二方とも、わたくし達と一緒に!」

友の元気な姿に思わず黒子の顔色も和む。
やっと全ての荷物を下ろしたような、そんな様子だった。


「―――よっしゃ! そんじゃこんなトコとっとと出るわよ!!」

226: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 00:55:16.82 ID:Nh58vo60

美琴の締めと同時に全員エレベーターから引き返し、出口へと進軍を開始した。
もうここでの目的は達成されたのだ。あとはここから逃げるだけ。
それで初めて凱旋と呼べるのだ。ここで気を抜く訳にはいかない。

少女達のそんな決心とは裏腹に、上条だけはどこか顔色が優れなかった。
当然、美琴がそれに気づかない筈がない。

来る時に利用した一階までのエレベータールートは混戦が予想されるので使えない。
地理を把握してしまった黒子を先頭に、五人は階段からの脱出を図ろうと道を変更した。
そして移動を重ね、やっと追手も撒いてひと呼吸という所で、上条が重苦しい口を開く。




「………ごめん。……みんなは、先に行っててくれないか?」




「――――!!??」

「………ッ」

当然、この提案に少女達は目を丸くさせる。……美琴を除いて。

「か、上条さん!?」

「どういう事ですの!?」

「な…何でですか!?」

227: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 00:57:24.07 ID:Nh58vo60


「俺……やらなきゃならない事が残ってるんだ」


「………っっ」

この言葉に美琴が冷たい汗を流す。
ロシアでの忌わしい記憶が、できれば封印したい想い出が蘇る。

伸ばした手が届かなかったあの時の―――。

あの後、上条の無事を知った時の喜びは忘れようにも忘れられない。
だが、それまでの日々が地獄のように辛かったのも勿論覚えている。

あの時の上条と今の上条は、綺麗に重なって見えた。

美琴は身体の震えを必死で抑える。


黒子「やる事って……お姉様もここにいるんですのよ!? もうわたくし達のすべき事は果たしましたの!」

初春「そうですよ上条さん! 私たちと一緒に行きましょうよ!」

佐天「上条さん置いて先に脱出なんて……私イヤですっ!!」

黒子「みんな揃って帰るのではなかったんですの!? ここに残ってどうしようと……?」

上条「まだ全員じゃない。……まだ、終わってないんだよ」

228: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 00:58:57.46 ID:Nh58vo60

黒子「ど……どういう意味ですの……?」

上条「それは言えない……。けど、約束する。絶対戻るからさ。……お前達は先に脱出しててくれ」

黒子「それで納得できるとでも思―――」


美琴「黒子っ!」


黒子「―――!!?」


美琴「言う通りにしなさい……」

佐天「み、御坂さん!?」

初春「どうして……!?」

美琴「…………」

黒子「お姉様……?」


上条「………すまん!」ダッ


戸惑う黒子達を残して走り去ってしまった上条。
そんな中、何かを悟っているような顔つきの美琴に黒子達は詰め寄る。

229: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 01:00:04.94 ID:Nh58vo60

黒子「お姉様! 何故ですの!?」

美琴「…………」

佐天「そうですよ! 上条さん……どうして……」

初春「まだ全員じゃないってどういう事なんですか!?」

美琴「…………」

追求に胸が締めつけられる。しかし、美琴から真実を語ることはできなかった。
申し訳ない気持ちを全身で表しながら美琴は後輩と親友達を見通す。
そして、重い口調で後輩に託した。

美琴「……黒子、……初春さんと佐天さんをお願いね」

黒子「っ!? ……お、お姉様……!?」

佐天「え……?」

初春「……御坂さんは…?」

美琴「……あの馬鹿は、私に任せて。責任持って連れ帰るから」

初春「そんな……私たちだけ先に逃げるなんて……」

黒子「……っ………!」

230: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 01:02:05.56 ID:Nh58vo60

美琴「黒子。……頼んだわよ」

黒子「っっ………承りましたわ……」

初春「!!?」

佐天「しっ、白井さんまで!?」

美琴「ありがと……みんな、ごめんね。……でも、絶対に帰って来るから心配しないで」ニコッ

初春「御坂さん……」

佐天「…………」

黒子「お姉様、上条さんを……お願いしますの」


美琴「―――えぇ! それじゃ、また“後で”ね!」タタッ



黒子「…………」

初春「白井さん…」

佐天「何が、どうなってるの……?」

黒子「……わたくしにもサッパリですが、ここは上条さんとお姉様を信じて……先を急ぎますわよ」

231: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 01:04:11.13 ID:Nh58vo60

初春「…でも……」

黒子「あの方々なら、心配には及びませんわ。必ず戻って来ますの。ですからわたくし達は何が何でも外へ
    脱出し、後から来るお姉様方を出迎えましょう。……よろしいですわね? 初春、佐天さん」

佐天「そ……そうだよ! 私たちに心配されるタマじゃないよね! 初春?」

初春「……はい」

黒子「さぁ、グズグズしている暇はございません。テレポートで一気に参りますので、お二人ともわたくし
    に掴まりなさいな」

初春佐天「―――はい!」


見える限りの位置までテレポートを行使し、施設内を移動し始めた黒子達。

(まったく……、お姉様があそこまで辛そうな表情を見せるのは一体いつ以来でしょうか……?)

(あれでは拒否だなんて到底無理ですのよ……。全てはあの殿方のため………。もう、わたくしの入り込む
 余地などございませんわね………ハァ……本当に、どこまでも罪作りな御方ですこと……)



(――――上条さん……どうかわたくし達の代わりに、お姉様を宜しく頼みますの)



232: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 01:05:24.44 ID:Nh58vo60

密かな委託と同時に三人の身体はその場から消える。
真意は分からないが何やら固い意志を持った上条。美琴が上条に抱く純粋な想い。
黒子は、そのどちらにも自分が介入できそうにない事を悟っていた。
だから、せめて言われた通り、自分達は元気な姿で彼等の帰りを待とうと決心する。

白井黒子という少女が一つの高い壁を乗り越え成長した、正に決定的瞬間と言えた。

そして、このまま最下層まで直行して上手く外へ出られれば良いのだが、生憎と厳重な要塞からの脱出は容易
で済まない。

もうすぐそれを嫌と言うほど思い知る事となる。


―――


「ハッ…ハッ…ハッ……ッ!」

単独で施設内を駆け回る上条。少女等と一緒の逃亡より優先しなければならない事が今の彼にはあった。
別に使命でも義理でもない。だが、それでも揺れ動く衝動は抑えきれなかった。

その衝動の中心に映る顔は美琴救出前に道を違えた白髪少年、一方通行以外の何者でもない。

(俺が行ったところで、何か出来るって保障はない。もしかしたら邪魔になっちまうかもしれない……)

(けど……だからって、このまま放って行けるかよ!)

233: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 01:06:33.21 ID:Nh58vo60

正直に、感情の赴くままに上条は自分の道をひたすら走る。
事情を彼女達に話そうか迷ったが、相応の時間を消費するのは惜しかった。
今、彼がどんな問題に立ち向かっているのか知る筈もない。自分が駆けつけたからと言って何かの役に立てるのか
どうかなんて分かる訳もない。
しかし、全員が無事に帰還する結果しか認めたくない上条にとってはそんな葛藤で立ち止まり悩むよりもまず行動
が先頭に来たのだ。

「……っうぉわ!?」

前方からコチラへと向かって来る構成員達。
どうやら追って来ていた連中と鉢合わせてしまったようだ。びっくりした上条の足がピタリと止まる。

「………チッ、仕方ねえな…!」

上条の選択肢は二つ。前に進むか引き返すか。
当然この眼力が指し示す答えは――――。


「―――退けぇ、テメェらぁぁ!!」


突っ走る上条を阻止しようと銃を構える構成員だが、怯むどころか急加速で迫った上条は最前の構成員に減速抜き
の跳び蹴りを放つ。

「ぐぉ!!?」

飛ばされた構成員と共に床を転がるが、すぐに上条は立ち上がる。その目は前しか見据えていない。

234: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 01:09:36.76 ID:Nh58vo60

「この野郎!!」

「とっ捕まえろ!!」

上条の先制に沸騰し、次々と道を阻む人員。
流石に中心に飛び込んだ上条を狙っての発砲はできない。味方を誤射する危険性があるからだ。
だが、撃たれる心配がない分危険なのは上条も承知だった。四方八方から襲撃される前に前方へ抜けようと、勢い
を更につける。
横薙ぎの伸縮式警棒を潜り避け、正面の黒メガネを拳で叩き割ってやった。
次の男は裏拳で牽制し、空いた隙間を縫うように上条は突き進む。

「―――!!?」

しかし、快進撃もそこまでだった。

「うおぉ!?」

殴り倒した構成員の男に足を掴まれてバランスを崩す。必然と進行は中断されてしまう。
そして、その一瞬の隙こそが明暗を分けた。
停止した上条へ一斉に押し寄せる構成員集団。

最大の危機が迫る。


「……ぃ…っ!!?」


と、上条が腹の内に緊張を走らせたその時だった。

235: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 01:11:43.83 ID:Nh58vo60

「―――ぎゃあああ!!!」

「―――あびゃばばばば!!?」


青白い光が輝いたと思った矢先、上条以外の人間は黒い煙を発生させながらその場で崩れ落ちていた。

「……!?」

こんな事のできる人間がこの場所にいるとしたら、答えは決まっている。

「御坂っ!? お前……何で……?」

振り返ると同時に上条は問い掛けた。

「……ったく、一人でカッコつけてんじゃないわよ。馬ー鹿」

その視線の先は案の定、バチバチと電気を帯びた御坂美琴が軽い足並みでコチラへと接近していた。


上条「お前……白井達と先に逃げてろって言っただろ!」

美琴「黒子達なら大丈夫よ。外で合流するから」

上条「……いや、そうじゃなくてお前も―――」

美琴「っていうかさぁ……アンタ、何処へ行くつもりだったワケ?」

236: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 01:12:44.26 ID:Nh58vo60

上条「! ……それは…」

美琴「………まさか、一方通行の所へ行こうとしてるんじゃないでしょうね」

上条「ッ!? 知ってたのか……」

美琴「まあ……ね……。色々と知らなきゃ良かった事まで……知っちゃったわ」

上条「え……?」

美琴「……アイツも捕まった所、見たのよ。その時、木原数多から聞かされた。……“実験後”についてね」

上条「そうか……」

美琴「……アイツ、今では妹達の恩人なんだってね。……正直、未だに信じられないわ」

上条「…………」

美琴「ねぇ……打ち止め(ラストオーダー)って、アンタは知ってたの?」

上条「……あぁ。知ってるよ…」

美琴「………そっか。……私だけ、知らなかったのね……。すっかり蚊帳の外だったってワケか」

上条「御坂。……その、何つったら良いか分かんねえけど……一方通行は……」

美琴「分かってる。……良いわよ、そんな気遣わなくって。アンタには似合わないから」

237: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 01:14:33.01 ID:Nh58vo60

上条「ごめん……。けど、これは俺が言う事じゃないって思ったんだ」

美琴「だから良いってば。アンタの隠し事なんて、今に始まった事じゃないでしょ?」

上条「う……」

美琴「ってそんなことより! アンタ、一方通行が何処にいるのか勿論分かってるんでしょうね!?」

上条「いや、適当に探し回ってればその内見つかるかと……」

美琴「ハァ………馬っっ鹿じゃないの!!? その前にアンタが捕まって終わりよ!! 今だって私が間に合わな
    かったらどうするつもりだったのよ!?」

上条「そ…それについては感謝します……」

美琴「ホント……目が離せないっていうか見てらんないっていうか……呆れて何も言えないわね。少しは考えて動き
    なさいよ。アンタっていっつもそうなんだから……」

上条(何か白井にも同じ事言われた気が……)

美琴「聞いてんの? ……まぁいいわ。……一方通行なら多分上にいるハズよ」

上条「!? な、何で分かるんだ?」

美琴「さっきからもの凄い電磁波が上の階で発生してる……。多分、最上部ね」

  (……この電波は“あの子”に近い。けど出力はケタ外れ……。恐らくこれが『番外個体』……)

  (そしてこれだけの力を発する相手と言ったら……勘でしかないけど、十中八九そこに一方通行もいるハズ……)

238: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 01:16:12.14 ID:Nh58vo60


上条「―――最上階か……。ん? 御坂…?」

美琴「…………」(コイツは、『番外個体』の事も既知してるのかしら……?)

上条「おい、御坂? どうした?」

美琴「な、何でもないわよ。………」(言う必要もなさそうね。言ったところでする事が変わる訳でもないし)

上条「? ……そうか。ってか、それを伝えるために態々追って来てくれたのか?」

美琴「えっ…?」

上条「すまねえな、御坂……助かったよ! ありが―――」

美琴「ス、ストーップ! ちょっとぉ、なに勘違いしてんのよアンタ!」

上条「は……?」



美琴「私も行くに決まってんでしょうが!」



上条「……へ?」

美琴「何よその呆けた顔は? 不満だっての?」

239: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 01:17:34.52 ID:Nh58vo60

上条「来るって……いや、けど折角出られたんだから、白井達と先に出た方がお前も…」

美琴「黒子達なら大丈夫っつってんでしょ? 大体アンタを置いて真っ先に私が逃げを選ぶとか、本気で思って
    たりしないわよねぇ?」ジロッ

上条「それは……」

美琴「アンタが駄目だつっても、私はついて行くわよ。もう黒子達にも『アンタを連れて帰る』って約束しちゃ
    ったし……。それに、一方通行には言いたい事が山ほどあるんだから…っ!」

上条「御坂……」

美琴「いつもいつも、アンタはそうやって私の目が届かない場所で無茶ばっかり……。現に今だって危なかった
    じゃないの」

  「そうやって何もかも一人で背負おうとするの、いい加減止めて欲しいわね。…言っても無駄かもしれない
    けど、たまには見てる方の身にもなってよ」

  「もう、アンタの背中を追いかけてるだけだなんて、我慢ならない……!」

  
  「そろそろ隣りを歩かせてくれたって……いいでしょ?」


上条「……………」


美琴「私だって、アンタの力になれるんだから……!!」

240: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/28(日) 01:18:38.68 ID:Nh58vo60


上条「……わかった」フッ


美琴「……!」

上条「ごめんな、御坂。……お前が俺の事そこまで心配してくれてたなんてな……嬉しいよ」

美琴「べ、別に……私はただ……///」

上条「確かに、俺ひとりで上まで行くのはちょっとキツイかもな……。手を貸してくれるか?」

美琴「………う……うんっ!」

上条「よし、行こう―――!」


こうして互いの思いを抱えたまま、少年と少女は走り出した。目指すはもちろん最上階だ。
『今度は絶対に目を離さない。常に手の届く位置で上条を支えてみせる!』という美琴の強い決意に上条が
気づいているのかどうかは、未だ明らかとされていない。

252: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:12:25.10 ID:KQTGs.s0


―――


「………ねぇ、それは何のマネ?」


最上階、施設で最も面積が広い空間とされている講堂内。
番外個体はその中央で怪訝な顔を覗かせながら、同じく中央部で意味不明な行動に打って出た敵に質問した。


「……何のつもりだ? あのガキ…」


端の方にある高台の位置から相対する二人を見下ろす形で見物していた木原数多も、彼の真意が読み取れて
いなかった。番外個体と同じような面相で憎き対象を活目する。


「……………」


注目を受ける当人、一方通行はまだ何も発していない。ただ無言のままだ。
無言で両手を左右に広げ、番外個体の正面に全体を向ける形で立ちつくすだけだった。
それ以降、彼はピクリとも動かない。動こうともしない。


はっきり言って不気味にも感じられるし、ただの馬鹿とも感じられた。

253: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:13:47.29 ID:KQTGs.s0

急に眼が生気を帯びたと思った矢先のアクションにしては、あまりにも静かで動作が少ない。
覚悟を決めて飛び掛かって来るとばかり予想していた番外個体は懐疑と同時に肩透かしも多少ながら受けていた。

一体彼は何を考えているのか、ただ純粋に知りたかった。

木原数多も、最終的に一方通行が番外個体に手を出さないままくたばろうが、番外個体に手を掛けて死を
免れようがどちらに転ぼうとも良かった。前者なら一方通行は苦しみを抱えたまま死んでいくだろうし、手を
出したなら出したで一方通行の“信念”は崩れる。

たとえ番外個体を傷つけなかったとしても、自分の命惜しさで罪のない少女に害を与えた事実は覆らない。
その現実を突きつけた後で自らが葬ればいい。
一方通行がどちらを選択しようが、結果的には『第三次製造計画の延長』の目的が達成される仕組みとなって
いた。

そして、番外個体も勿論それを熟知している。

しかし、一方通行の織り成す空気はどの選択へ傾いたのかが一見では判別し難かった。
番外個体に仕掛ける様子も皆無に見えるし、かと言って死を覚悟しているような哀愁など微塵も感じられない。

『生きる意志』を堂々と露にした一方通行が無防備な姿勢で番外個体と対峙する。
これが一体何に結び着くというのか。

「何? 何のつもりなのかって訊いてんだけど? 降参なら手は横じゃなくて上だよ?」

意図を追及する少女に一方通行は瞳の生気を消すことなく答えた。


「―――降参はしねェ。……けど、戦うつもりもねェ」

254: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:15:52.93 ID:KQTGs.s0


「………………はぁ?」


ますます理解に苦しむ番外個体。

「何寝言ほざいてんの? ちっとはマシなツラになったと思ったら……なんじゃそれ? 意味わかんない」

脱力するしかないと言った様子の彼女に、一方通行は続けた。

「自分でも何でか分っかンねェけどよォ、オマエと正面から向き合う方法っつったら……これしか思い浮かば
 なかったンだわ」

シレッとした言葉にピクリと眉間が歪む。

「ミサカと正面から……? なら掛かってきなよ。ミサカに手を下してみなよ。出来ないんならまた放し飼い
 の犬みたいにそこら辺駆け回れよ。…死にたいんならそのままでいれば? ……あなたが何を考えてようと、
 ミサカのやる事に変わりはないし」

凝縮された電気が腕に集まる。
あとはその手を標的に向け、全力で放出してやるだけ。
それで彼女の使命は終わりを告げる。

しかし、一方通行の顔色は少しも変化を見せない。

「……何してるの? まさか、ホントにそのままくたばるつもり?」

じれったい心情を露にする番外個体。

255: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:17:35.19 ID:KQTGs.s0

一方通行の表情からはまるで死の恐怖が窺えない。むしろこれから死ぬ事など全く知らないのではないかとさえ
思えてしまう。
不可解な心境が限度を超した番外個体は、一方通行に問い続ける。

「俺はくたばらねェよ。必ずオマエを止めてやるさ」

返答がこれだ。怒りの篭もった笑顔が番外個体に表れる。

「ふぅん……頭でもイカレちゃった? ……だったら拳を握って足ぃ踏み出すなり、遠距離から空気のベクトル
 操るなり、何かしら手ぇ打ったらどう? あ、それとももう反射膜で身体包んでるから安全です、って事かな?」

電磁量が感情の起伏に比例しているのか、徐々に熱を増していく。

「……………」

一方通行からの返事はなかった。
最大限度の電圧が番外個体の右腕に帯電する。

「……そこで黙秘? ……ふふ、人をイラつかせるのが上手いんだねぇ。第一位サマは…」

「…………」

「―――ッッ……!!」

やはり何も返さない一方通行に、番外個体は思い切り奥歯を噛んで叫んだ。


「……だ か ら さぁ――――」


256: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:20:01.36 ID:KQTGs.s0



    「―――――何か言えってんだよぉぉ!!!」




257: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:21:53.85 ID:KQTGs.s0

突き出した右腕から照射された電圧の光線は一方通行の全身を容赦なく包み込んだ。
直後、鳴り響く雷音。電気を流す構内の金属物質。

爆風の中、一方通行の肢体は床を弾みながら中央部を離れて行った。

「……ふ……ひひっ……」

引き攣った笑いで前方を眺める番外個体。
晴れた煙の向こうから、だいぶ飛ばされた一方通行の身体が薄っすらとだが見えた。
そこへ向かって足を動かす。

「馬っっっ鹿じゃねェェの? 本当に反射も何も無しで、吹き飛びやがった……」

「寝言でもハッタリでもなく、ミサカが躊躇するとか本気で思ったんだ。……ぷっ……何かさ、間抜けもここ
 まで来るとちょっぴり憐れだよね……」

一筋の汗が頬を伝うも、番外個体は倒れている一方通行を鼻で笑い飛ばした。


「ふふ………死んだ……か………」


近づきつつそんなコメントを遠くから漏らす番外個体。


だが、


「!!??」

258: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:23:12.67 ID:KQTGs.s0


「……っっ…」

突如、一方通行の腕が痙攣を起こしたかのようにビクッと震えた。
それから十秒後には顔を上げ、更に重そうな体をムクリと起こす。
かなりのダメージを受けた様子だが、それでも一方通行は立ち上がった。

「………ゴキブリかよ。生命線薄そうなクセして…」

少し怯んだが、『きっと運良く直撃は避けたのだろう』と無理矢理納得する事に落ち着いた彼女は、もう一度
電圧を強めながら一方通行との距離を元に戻した。

これで彼の目が覚め、戦う気にでもなったのなら言う事はない―――。


「……!!」


―――が、物事はそう進まなかった。

「ハァ……ハァ……」

息を切らせたまま、さっきと全く同じポーズで一方通行は番外個体と相対する。

「何なの……? あなた、何がしたいの?」

もはやそう訊ねるしかなかった。

259: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:26:52.42 ID:KQTGs.s0

番外個体「……ミサカを馬鹿にしてるっしょ? ……正直意味わかんないし」

一方通行「ハァ………言っただろ。……自分でも、馬鹿な事だってのは充分に理解できてンだ。……俺はオマエと
      戦いたくねェ。何がなンでもオマエを止めてェ。……死ンでやるつもりもねェ」

番外個体「……っっ!!」

一方通行「それらを全部貫くにはどォすりゃ良いか……総合で出た案が、“これ”だ。………逃げない、戦わない、
      死なない……。今までで一番難解なテーマだった。……けどよォ、どンだけ脳働かせよォが、出た答え
      は“これ”しかねェンだ」

番外個体「……ふぅん、けどそれじゃあ“死なない”ってのが当てはまらないよねぇぇ? 何? ミサカの同情でも
      買うって寸法?」

一方通行「……死なねェよ」

番外個体「根拠は? ミサカに躊躇いのオーダーはインプットされてないよ。ましてやあなたに同情の余地なんて
      ある訳ないじゃん」

一方通行「……別に同情とかを期待してるンじゃねェさ」

番外個体「……?」


一方通行「“オマエ”は“そンなヤツ”に乗っ取られたまま負けるヤツじゃねェ。……我ながら甘ェ事ほざいてる
      のは反吐が出るくれェ自覚してっけどよォ、……それでも、俺はオマエを信じてる」


番外個体「――――!!!?」

260: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:29:01.37 ID:KQTGs.s0

一方通行「オマエなら、“もォ一人の自分”にきっと打ち勝つ。だから俺は死なない……。たとえ肉体が滅ンじま
      ったとしても、俺は最期までオマエを信じ続ける。……勝手だとは思うがなァ、そォ決めたンだよ」

番外個体「ははは……なに………? なんじゃそりゃ!? 真顔でなに背筋が凍る台詞ヌカしちゃってんのお!?
      馬っ鹿みてえ!!」

一方通行「…………」

番外個体「……ホントに頭沸いちゃったみたいだね……。まぁいいけどさ。あなたが無抵抗だろうがミサカに何の
      関係もないし、有り得ない幻想を抱いたまま死んでくれてもそれはそれで乙よね……ふふ…」

一方通行「…………」


番外個体「………っつーワケだからさー、………さっさと死んじまえッ!!」



    「――――――――――!!!」



無防備に立ち尽くす一方通行を白い光が覆い尽くす。
電撃の渦が番外個体の篭手から離れていく。

大能力者クラスの脅威が再度一方通行の肉体に降り注いだ。何の抵抗もなく。

少し後方で床にもう一度寝そべるハメとなった一方通行。

261: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:31:04.86 ID:KQTGs.s0

無情な攻撃が無抵抗の一方通行を容赦なく痛めつけていく。

先のよりも強烈な電撃を受けたはずだ。
もう立ち上がらないだろう、と番外個体は生死確認のため接触を試みる。

「…………ハァッ……ハァ…」

だいぶ酷使したせいか、息は荒い。
何故か止まらない額の汗を拭いながら、番外個体は動かない一方通行に一歩一歩と近づいて行く。


しかし、彼女の足はまた接触前に停止せざるを得なくなる。



「なん……で………?」



「ぐ……うォォ……ッ」



彼は死ぬどころか、さっきと全く同じ要領で地面に両手を立てた。
歯を食いしばり、このまま寝るなど論外だとでも言うかの如く足を張る。

フラフラだが、一方通行は再び二本の足だけで起立に成功した。
番外個体の顔色が見るからに青くなっている。
その眼はこの現実を拒絶しているように感じられた。

262: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:32:00.54 ID:KQTGs.s0

番外個体「なんで……なんで死なないの……? なんであなたは立ってるの……っ!?」

一方通行「………ソイツは……オマエの心が、既に教えてくれてンじゃねェか……ハァ……ッ……」

番外個体「……有り得ない……ッ……こんなの……」

一方通行「脳をいじられて……記憶を制御されちまったとしても、オマエはオマエだろォ。オマエの身体は、支配
      なンざされちゃいねェンだよ」

番外個体「そんなハズないっ!! ミサカはあなたの処刑プログラムしか組み込まれてない!! あなたが憎くて
      憎くて仕方がないこの感情は……現にミサカをっ!!」

一方通行「それでも……憎い敵であるハズの俺を、殺せねェンだよなァ………。それがオマエの“本心”なンだよ。
      本当の番外個体は……研究者からの干渉が一切ねェ番外個体そのものの意思は、俺ひとり殺せねェ程の
      “光”で満ちてたンだよ。……でなきゃ、俺はとっくにこの世から消えちまってるハズだからなァ」

番外個体「黙ってよ……もう……」


一方通行「オマエは何も変わってなンかいねェ。俺と一緒にいたあの時から……ずっと」


番外個体「黙れっつってんのが分かんないのかなァァああああ!!!?」バチッ



木原「―――番外個体!! すぐにトドメ刺しやがれ!! ソイツの言葉に一々惑わされんじゃねえ!!」

263: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:34:26.23 ID:KQTGs.s0

遠距離から木原の怒声が聞こえた。少女の心が、また揺れる。


番外個体「………ッ……ッッ……!!」


一方通行「……………」


番外個体「……死ぬよ……?」

一方通行「……あァ?」

番外個体「次の一撃で、あなたは確実に死ぬ。……ほら、いいの? 抵抗するなら今の内だけだよ? これが最後の
      チャンスなんだよ……?」


一方通行「……何度でも言ってやる――――」


    
    「――――俺は戦わねェ。何があっても、俺はオマエを信じる」



番外個体「………う……うぅ………あああああああああ……!!!!!」



    「―――――ァァァあああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!!」



264: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:37:55.10 ID:KQTGs.s0


高ぶった感情のまま放出された雷が一方通行を襲う。
まるで彼女の乱れる心を具現化しているような、どこか悲しさを感じる稲妻が轟いた。
だが、彼は最後まで動じないどころか表情を変えることもなかった。



―――



そして、次に訪れたのは静寂。

あちこちに流れる電流。

余波によって巻き上がった煙幕。


その中央で、一方通行は同じ表情のまま立っていた。
同じ姿勢で、一寸たりとも動くことなく。

彼は死の入り口がすぐ隣りに迫ったその瞬間まで、彼女を裏切らなかった。


「…う……うぅ……ひくっ……っ」


流れ続ける涙を拭うのも忘れた番外個体は、目を濡らしたまま今にも折れてしまいそうな一方通行を見つめて
悲痛な言葉を吐く。

265: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:39:21.12 ID:KQTGs.s0


「アクセラ……レー…タァァ……っ……」


か弱さが垣間見えたその瞳に、一方通行は見覚えがあった。


(番外……個体………)


フッ、と少年は薄く笑う。
邪悪な笑みとは正反対の、優しさが込められた瞳で見つめ返す。


(戻って来て、くれた……)


(汚れた怨念の呪縛から……ついに解放されたンだな)


(……良かった――――)



(――――よォやく………“オマエ”に逢えた――――)



そこで、視界が白く染まった。
同時に一方通行の身体がグラッ、と傾く。

266: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:41:17.74 ID:KQTGs.s0

全身の力を失った一方通行は、そのまま地面へ吸い込まれるように倒れた。





「――――アクセラレータァァァァ!!!」





涙声で叫び、駆け出す番外個体。すぐさまヒーローの元へ寄り添った。
一方通行の頭を胸に抱え、号泣しながらも呼び掛ける。

「馬鹿ァァ……何で……何でミサカなんかを……っ……馬鹿すぎ………」

「殺されるかもしれなかったのに……っ! 何だってミサカをそこまで信用してんだよぉぉ……!」

「アホンダラァァ………ガリガリのヘナヘナ男……このぉ……大馬鹿野郎っ………!!」

ポタポタと、少女の雫が白い肌に落ちていく。
腕に抱いた一方通行の瞼がゆっくりと開かれ、泣き止まない少女を見上げた。
どこか呆然とした瞳で。


(……何、泣いてやがンだよ…?)

267: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:42:27.09 ID:KQTGs.s0

(まさかたァ思うが、……俺なンかのために泣いてンじゃねェだろォなァ……?)

(やめろっつの。……もったいねェだろォが)

(あのガキやオマエ一人救うのに命からがらな俺のせいで、オマエが悲しむ必要なンざどこにもねェだろォがよ)



(それに、言っただろォ――――)



「―――――俺は、死なねェって……」



「!!? ………アクセラレータ…」


最後だけ、声に出た。
その一言だけで、番外個体の泣き顔は笑顔に染まる。涙でグチャグチャな笑顔に……。


「………ンだよ、そのツラは? っつか、誰がヘナヘナのガリガリだァ?」


「……ばか……聴こえてたんなら早く返事しろよ……」

268: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:44:14.48 ID:KQTGs.s0

「………ふン、うっせェよ…」

「………ふふっ」

短すぎる甘い時間も、今の彼等には許されなかった。
現状を知らしめる声がすぐ近くに迫っている。




「――――ケッ、ったくよぉ。とんだ茶番もいいトコだぜ」




カツン、カツン、とコチラへ歩み寄る男、木原数多。
まるでパチンコにでも負けたかのような心底面白くないと言った表情で二人の世界を壊しに掛かる。

「あーあー、こんなシラケた三流劇見るための計画じゃなかったってのによぉ、何がどう狂ってこうなっちまった
 んだろーなぁ。調整で消した記憶が戻るなんて聞いた事ねえぞ」

ポリポリと頭を掻き、この展開について独自の解釈を始めた。

「まぁ、脳のデータを消したっつっても本能までは手が届かなかったしなぁ……。にしたって可能性云々の話なら
 限りなくゼロに近い結果が出ちまったのには違いねえわ。……おいおい、そりゃすげえこったな。“奇跡”とでも
 呼びゃあいいのかねぇ……」

科学者としてはあまり笑えない結論だ。

269: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:45:40.90 ID:KQTGs.s0

「そういった意味じゃ、『いいモン見せてもらった』っつった方がいいのかもなぁ。拍手の一つでも送ってやりてぇ
 気分だわ。だがよ―――――」



「―――――奇跡は二度も起こらねえから“奇跡”って言うんだぜ?」



横たわる一方通行を腕に抱きしめた番外個体の数メートル先まで迫った木原が、ピストルを抜いて構えた。
銃口は勿論一方通行へ。

「テメェの想いが『一方通行(いっぽうつうこう)』にならなくて良かったじゃねえか。これでもう思い残す事も
 ねえだろ? 予定とはだいぶ狂っちまったが、リアルな愛憎劇に免じて安らかな死をプレゼントしてやっからさぁ、
 心置きなく地獄へ落ちやがれ」

過程よりも結末を優先順位に移行させた木原。
番外個体を取り戻すために受けたダメージと囚われてからの経過が積もり積もった身体は、もう限界を超えていた。

指一本動かせず、一方通行は虚ろな眼で自分の意識を永遠に封じさせる道具(銃)を見つめた。


(……ちくしょう……力が……もォ……)



「――――終幕だ。一方通行……」


270: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:47:55.06 ID:KQTGs.s0

しかし、その寸での所で邪魔が入る。


「!!!?」


腕に抱かれた一方通行の頭が、フワリと浮いて床に着いた。番外個体が一方通行から離れ、木原と一方通行の間に
割って入ったのだ。

一方通行の視界が、自分への弾道を塞いでいる番外個体の背中で覆われる。


「あぁ? んだよ? 何の誤作動が生じやがった……?」


彼女の背中で閉ざされた木原の声が耳に届く。
一方通行に背を向けたまま、はっきりと彼女は答えた。



「この人は……やらせない」



その言動には、譲れない想いが込められていた。

271: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:50:55.16 ID:KQTGs.s0

「は? おいおい勘弁してくれよ。くだらねえドラマ展開が一番嫌いなんだぜ俺ぁ……」

呆れた木原の言葉。

「殺さなきゃならなかった人間を庇う、ねぇ……。泣かせる話かもしんねえが、流石に時代遅れじゃねえかオイ?
 皮肉な運命に抗おうってのは嫌いじゃねえが、この場合はどう反応してやりゃいいのかねぇ……」

「…………」

一方通行を護る、ただその一心で今の彼女はこの危険な男と対峙している。
真っ直ぐ木原を睨む番外個体の瞳は、まるで大切な宝物を奪われたくないと語っているかのようだった。


睨み合う木原と番外個体。
取り返しのつかない結末を迎える前に動かなければならないというのに、頭が上手く働いてくれない。
精神もとっくに限界を超えていた。だが、この正念場で動かない歯痒さは計り知れない。
声の出ない口を僅かに動かす一方通行。おそらく「逃げろ」と言いたいのだろう。



そんな朧げだった意識が一気に覚醒したのは、木原が発する次の言葉が耳に入った正にその時だった。



272: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/11/30(火) 19:52:11.98 ID:KQTGs.s0

「まぁいい。……なら、テメェから死ねよ。役立たずのガラクタな分際で俺の計画ブチ壊しやがった罪はデケェ
 よなぁ……。もうテメェに用はねぇし」


「―――――!!!!!」


「どの道すぐに追わせてやる予定だったからな。この際順番なんざドッチでも構やしねえっつの」



(やめろ………やめろ!!)



「そんじゃ、あばよ―――――」



(―――――やめろォォおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!)



だが無情にも、木原数多は番外個体に狙いを定めたまま引き金を弾いてしまった。