番外個体「ってなワケで、今日からお世話になります!」 一方通行「……はァ?」 その1
番外個体「ってなワケで、今日からお世話になります!」 一方通行「……はァ?」 その2
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番外個体「ってなワケで、今日からお世話になります!」 一方通行「……はァ?」 その4
301: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/03(金) 23:18:56.80 ID:e2j/Y5A0
「―――――――――」
銃口から乾いた音が響いた。
この瞬間、一方通行は何を思ったのか覚えていない。
強いて言うと、“全ての時が止まった”ような錯覚を体験した。
頭で何かを考えている場合ではなかった。もう動かない筈の身体は、まるで知った事ではないとばかりに跳ね上がる。
痛みも何も感じない。いや、正確には感じている暇すらなかった。
当たり前だ。まだ意識がある内は、生ある内は―――――
――――彼女を護り続けると誓ったのだから……。
自分でも何の力が働いたのかなんて理解してはいない。
正に“本能”や“執念”といった、極限の精神が生み出したもう一つの奇跡とも思える。
“無様に這い蹲っていた一方通行の身体がフッ、と消えたと認識する前に、飛んで行く弾と番外個体の間に現れた”。
木原数多にはそう見えた。
302: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/03(金) 23:20:46.37 ID:e2j/Y5A0
そして、どんなベクトルを操ったとしても間に合う筈がない事を確信していただけに、目の前で起きた現象が信じられ
なかった。
「ッッッ!!!??」
番外個体に向かって真っ直ぐ伸びた銃弾は、守護霊のように前線へと現れた一方通行によって阻まれる。
彼から先は正に一方通行(いっぽうつうこう)、進入を妨げられた銃弾が元の主へと反転し、そのまま同じスピードで
引き返していく。
(な――――ッ!!!?)
やっと正気に返った時、既に遅し。
回避も間に合わず、咄嗟に翳した左掌を銃弾が貫通した。
「――――ギャアァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
赤黒く濁った血液が周囲に飛び散る。
被弾した手を押さえ、悶絶する木原。
「痛え……!! イテェェ畜生ォォおおおおおお!!!!!」
303: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/03(金) 23:23:13.73 ID:e2j/Y5A0
顔中を脂汗で濡らす。
流れて止まらない血を止めようと白衣の袖を引き千切り、傷口に固く巻いた。
「この……ガキがァァ……!! 今、何しやがった……ッ!?」
血走った眼が一方通行へ向けられる。
もう動けなかった筈の少年が起こしたまさかの事態。
(……どうなってやがる?? 死にかけのコイツをここまで駆り立てるほどの存在かよ!? ……説明がつかねえにも
限度ってモンがあんだろぉが……!!)
血の斑点で染まった白衣を脱ぎ捨てた。
一方通行は焦りを隠せない木原から視線を後ろに向ける。
映るは番外個体の驚きと安心が混ざったような顔。
やがて、年齢と身体つきの不相応な少女は騎士(ヒーロー)へ対し微笑みを授けた。
「ホント、あなたの馬鹿って死んで直るとかの次元じゃないよ……。限界超えてまで無理するとか、もう流行んないし」
「あァ。そォかもしンねェな……。だがよォ、俺は俺自身の道から外れたりしたくねェ。そのためにイチイチ後先考えて
られっかよ。本当の限界ってのは、“死ンだ時”だ」
「………真顔で臭ぇ台詞吐くなっつーの……馬鹿」
笑みを零す番外個体。
どこか照れ臭そうだが、しっかりと見つめ返す一方通行。
だが…。
304: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/03(金) 23:25:25.75 ID:e2j/Y5A0
「――――なぁぁに勝者の余韻気取りでピロートークと洒落込んでんだぁぁ!? まだ終わっちゃいねえんだが!?」
「………!!」
眼を戻せば、そこには鬼の形相でコチラを威圧する木原がいた。
一方通行は表情を再び引き締め、番外個体をガードしつつ身構える。
「下がってろ……」
すぐ真後ろの彼女にたった一言そう告げる。
その言葉に即従い、番外個体は一歩ずつ静かに後退した。
横目で番外個体をチラ見し、一方通行は怒りに燃えた木原と向き合う。
木原「颯爽と姫の危機救って一端の王子様気分かぁ? 火事場のナント力ってのぁ良く言ったモンだ。まさかこんな
傷負っちまうたぁ想定外もいいトコだぜ! あぁ!?」
一方通行「ハッ、しぶてェのはお互い様みてェだなァ。仕留めるつもりだったのによォ…」
木原「………まあ、コイツはテメェの力量を見誤った代償ってことで済ましてやるが、どうにも腹の虫が治まりそう
にねえわ。どう落とし前つけりゃいいんだ? これ」
一方通行「言ったハズだ。アイツに手出ししやがったら絶対に許さねェってよ。そンな程度じゃまだ生易しいなァ」
木原「やってくれるぜ……。まったくテメェってヤツァどこまでも俺をムカつかせてくれる……ッ!」
305: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/03(金) 23:28:48.95 ID:e2j/Y5A0
一方通行「へへ……」
木原「敬意を表して“イタブリコース”はもうヤメにしてやんよ。すぐにブチ殺させてもらうわ」
一方通行「……!!」
木原「二人ともあっさり死なせてやる……。地獄で仲睦まじく幸せに暮らしやがれ」
一方通行「させると思ってンのか? 番外個体には指一本も触れさせねェぞ」
木原「テメェの命と引き換えでも守ってみせる、ってかぁ? 大した執着心じゃねえかよ。そこまで先の死を志願
するなら俺も鬼じゃねぇ。望み通りにしてやってもいいぜ」
一方通行「悪りィがソイツも御免だわ。オマエ程度に差し出す程軽い命じゃねェンでな」
木原「ククク……あぁそう」
一方通行「それに、重傷なのはオマエも同じだろォが。良い年こいたオヤジが、あンまし無理するのは良くねェン
じゃねェかァ?」
木原「ケッ、強がりやがって……。片手潰したぐれえで勝ったつもりかよ?」
一方通行「流血しながら吼えてろ三下。もォ戦況はひっくり返ってンだよ。オマエの計画もここで終結ってなァ!」
木原「クククク……」
一方通行「血が抜けすぎて頭廻らなくなったかァ? 何を笑ってやがる……」
306: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/03(金) 23:30:27.86 ID:e2j/Y5A0
木原「ククッ…、この俺を見くびってんじゃねえぞクソガキ。テメェのダメージは俺が一番把握してんだよ。実は
もう立ってんのも辛いハズだぜ? 最後の力ぁ振り絞って姫を助けたのは称賛に値するが、それ以上の余力
が果たして残ってんのかねぇ? 言葉巧みに動揺誘う戦法なんざ、俺には通用しねぇぞ」
一方通行「……ッ」
木原「俺が気づいてねえとでも思ったのか? 今のテメェはガス欠寸前のポンコツ同然よ。後ろのガラクタ娘と何ら
変わりゃしねぇさ。そんなテメェら如き、悪いが片手でも充分釣りがくんだよ!!」―――シュッ
一方通行「!!」
俊足で一方通行に詰め寄る木原。一方通行が眼前の木原を見上げた時にはもう拳が振り下ろされていた。
「――――ッッ!!」
咄嗟に設定した反射。しかし深手を負っているにも関わらず、木原はその膜を難なく突破する。
「だーかーらーぁ、無駄だっつってんだろボケがッ!!」
メキ…ッ! と、鈍い音が耳を劈く。
一方通行の顔面が、怪我をしていない側の拳で埋められた。
「ごァ……ッ!!」
307: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/03(金) 23:33:22.45 ID:e2j/Y5A0
グラついている中途、今度は横っ腹に膝蹴りをもらう。
「おぐ……!!」
胃液が逆流する。
悔しいが、木原の言う通りだった。手足がミシミシと嫌な音を放ち、ちっとも思うように動いてくれない。
もう余力など殆ど残っていなかった。
「アクセラレータ!!」
「来ンなァ!! 来るンじゃねェ!!」
たまらず足を前に出した番外個体を一方通行は一喝した。
(クソが……ッ!!)
(動け……! 動け!!)
(ここで終わるワケにはいかねェだろォがよ!! 後で動けなくなっても構わねェ!! だから、今は……
今だけは言う事聞きやがれ!!)
「――――おァァァあああ!!!」
拳を返す。反撃の手を繰り出す。だが……
「クソったれがァァァ!!」
一発も入らない。
308: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/03(金) 23:35:05.60 ID:e2j/Y5A0
重い体を懸命に酷使するも、簡単に見切られてしまう。
「ははっ! 何だそりゃあ!? お遊戯してんじゃねえぞコラァ!!」
逆にカウンターが決まり、脳が震動する。
気づいた時には地べたに背中をつけていた。
「なぁ、言ったろぉ? テメェの体はもう限界超えてんだよ! この先どう転ぼうが戦況は変わらねぇ!
俺の勝利は揺るぎねえのさ!!」
高らかな宣言が癪に触れる。
「ざ……っけンなッ……!!」
まだ終われない。
いや、ここで敗北してしまう訳にはいかない。
せっかく彼女の人生がまた動き出したのに、今自分がリタイヤしたら何もかもが水の泡となって消えて
しまう。それだけは許さない。
(アイツはこれから歩き始めンだよ! オマエみてェなイカレた大人とは今後一切無縁の生活を送らせ
てやりてェンだよォ!!)
(そのために……俺は倒れちゃいけねェ!! 負けらンねェンだ!!)
(終わってたまるかこン畜生……ッッ!!!)
309: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/03(金) 23:37:39.59 ID:e2j/Y5A0
その想いだけが、彼の足を支えている。
無くなりかけている活力の“元”となっている。
ボロボロの肉体は見るも無惨だが、眼だけは未だイキイキと輝いていた。
「チッ、しつけえ野郎だ……。その根性と執念には脱帽するしかねえな。ほとほと呆れるぜ」
嫌悪感を露にする木原。
出血は止まったものの、すでに相当失っていたせいか顔色が若干青白く変色していた。
「ゼェ……ゼェ……」
肩で息を吐き、鋭さの衰えない眼力を木原に浴びせ続ける。
何度殴っても今の彼は倒れないのではないか、と木原は思わず錯覚した。
「………仕方ねえな」
何かを判断した目つきとなった木原は、懐からギラリと光るナイフを取り出した。
一息で決着をつけるために。
「ホントはこんなシケたモンまで使うつもりはなかったんだがよぉ……、こうなっちまったら拘ってても
意味がねえよな」
木原の口元が、ニヤリと歪む。
310: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/03(金) 23:40:01.57 ID:e2j/Y5A0
最終目的は『一方通行の死』。
経過などはもはや気にしていられなかった。
ここで高を括り、失敗を生む訳にいかないのは木原もまた同じである。
確実に仕留めるには最短の道。
心臓を反射破りの要領で刺し止めるのは造作もないことだった。
「待たせて悪かったなぁ、一方通行。ようやく安息の時間だ。最期まで鬱陶しく楯突いてくれやがったその
執念に敬意を表し、この一刺しで息の根止めてやんぜ!」
ギラッ、とナイフの表面が白く光る。
包丁とはまた違う、軍人などが良く使用するサバイバルナイフだった。
独特の構えを取った木原。
狙いを定め、一気に接触する腹積もりのようだ。一方通行は怯む素振りを見せず、内だけで緊張の汗を流す。
(野郎……小道具なンざ今頃持ち出しやがって……。反射が意味を成さねェ以上、アレは絶対に喰らえねェ…)
背筋が冷たくなるのを感じる。木原のスピードを考慮すると、避けるのはある意味で賭けみたいなものだ。
(っ……)
臨場感溢れるシーンが続く中、その空間全体を突如包む重苦しい空気。
見ている側も息が詰まりそうになる。
一方通行も木原も気づいていなかった。
見守るしかなかった番外個体の不安そうな目が、何かの覚悟でも決めたかのような光を燈したことに。
311: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/03(金) 23:41:21.95 ID:e2j/Y5A0
一方通行と木原数多。
両者の間に生まれた長い沈黙。
ついにその均衡が破られた。
「―――――!!!!!」
地を這うように猛スピードで突っ込んでいく木原。眼で追うのはすでに不可能な速さ。
一方通行もまた、己の演算能力を最大限に行使する。肉体の限界を精神が凌駕し、かつて引き出せなかった
力が全身に宿る。
以前は捉えられなかった木原の動きが見えた。いや、見えたのではなく感じた。
あとは、全ての気力をありのままぶつけるだけ。
最後の力を込めたこの拳を、あの男に届かせるだけ。
あと少しで、この手が―――――。
―――――届く……。
312: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/03(金) 23:43:08.96 ID:e2j/Y5A0
「―――――ッッッッッ!!!!!!!?????」
最後に聴こえたのは、プツッ…という小さな遮断音。
そこで、少年の信念は途絶えた。
信念だけではない。思考、言語、計算、歩行、直立、戦闘、護るべき存在の面影。
全部、消えてしまった。
「…………あぁ?」
一方通行との距離、僅か一メートル。木原の身体はその位置で足を止めた。
「何だよ? 遂に力尽き………いや」
全身の糸が切れたように床へ蹲った少年。
床に顔をつけながら彼は何かを喋っているようだが、まるで聞き取れない。
それどころか、この状況すら分かっていない印象も受けた。
そう、彼の意識は、“この世界”からの追放を余儀なくされたのだ。
それが意味するものは――――。
「っはは、……そうかそうかぁ……“時間切れ”かぁぁ………クククク…」
313: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/03(金) 23:46:00.10 ID:e2j/Y5A0
気づいてしまった……。
「あーっはっはっはっはっはっはっは!!!! ぎゃははははははははははははははははは!!!!!」
感情が喉から溢れ返る。
木原の爆笑が耳から脳へ伝わるが、それについて考える事も怒りを感じる事も、今の一方通行には不
可能とされた。
「んぎひひひ! ……こりゃあ傑作だわ! よりによって一番大事な場面でたぁ、残酷も度が過ぎて
んだろーよぉ!」
「このタイミングで何もかも失っちまうたあなぁぁ!! 女神ってのがもし本当にいるんだとしたら、
ソイツは間違いなく俺に味方してるとしか思えねえぜ!!」
「これがテメェの運命ってワケだ! ………だがよぉ、ここで手ぇ抜く俺サマじゃねぇ。二の舞踏む
なんて真っ平御免だからなぁ」
「思ってみりゃあん時も“時間切れ”から底力を発揮しやがったが、“知ってさえいればどうって事
はねえ”んだよ! ……まぁ、今回はそんな余力なんざ残っちゃいねえと思うがな。一週間の拘束が
何を意味してたのか、これで思い知ったろぉ? …おっと、もう“思え”ねえんだったか。ぎゃは!」
「とにかく、これ以上の逆転は要らねぇ! 今のテメェに引導を渡す最短の道を走らせてもらうぜ!!」
ナイフを投げ捨て、再び抜いた拳銃を一方通行へ瞬時に向けた。
314: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/03(金) 23:48:23.50 ID:e2j/Y5A0
「テメェはここまで本当に良く頑張ったよ。天晴れとしか言い様がねえくらいにな。……だから、もう
いい加減肩の荷下ろしちまえよ。な?」
「コッチは充分楽しませてもらったし………せめて最後は、一発であの世へ逝かせてやるよ―――」
「―――サヨウナラだ、ぎゃはははっ――――!!!」
今度こそ、終わらせる。その一心で木原は引き金を弾いた。
発砲音、次いで自身を貫こうと突撃してくる弾丸。
今の一方通行には何も考えられなかった。
バッテリーが切れ、この世に理性を留める唯一の手段が無情のタイムアウト。
あまりにも、無念の結末。
放たれた銃弾が、間もなく己の生命を奪い去る。
そして、ラストを締め括るのは木原数多の高らかな大笑い。
(――――――――――)
思考概念を持たない彼にはその結果を否定することさえ至らなかった。
315: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/03(金) 23:51:44.26 ID:e2j/Y5A0
しかし、この人形同然と化してしまった少年の瞳孔は、次に起こった光景により急速な発展を遂げる。
「――――ッッ!!?」
目に入ったものについて一方通行は考える事が出来ない。
彼の脳は損傷が酷く、その殆どの役目は外部からの演算補助によって成立している。
ただしそれには時間も限られている。
その時間は“死への境界線”と呼んでもいい。
今、一方通行は“境界線”を超えた世界にいる。
この世に帰って来るなど、到底無理な状態の筈であった。
では、“これを見て”、“絶望漂う表情を浮かべている”のはどういう原理なのだろうか。
答えの前に訪れた末路は、非道なまでに無慈悲だった。
「……チッ、何だよくだらねぇ。どいつもこいつも我先に死にてえ、ってか?」
「んで、テメェが先かよ。まぁ好きにしてくれて構わねえがな」
「失敗作処分の手間が省かれただけ良しとすっかぁ」
(――――――――)
316: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/03(金) 23:54:24.48 ID:e2j/Y5A0
薄汚れた感情を持った木原の声も、耳に入らない。
ただ、これだけは分かった。
放たれた銃弾は、無力となった一方通行まで届かなかった。
その小さな身体で受け止めた、少女の存在によって―――――。
323: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:13:03.62 ID:i45Fywk0
訪れた最悪の事態。
言語や認識など、生きていく上での機能を失った一方通行。
彼は何もできなかった。無力な自分を責める力さえ失われていた。
ただ、自分と死神の間を再び阻んだ少女、番外個体の動向を眼に焼き付けることしか―――。
「――――――――――――」
真っ先に瞳を射抜いたのは鮮血。
すぐ目の前で飛びしきる綺麗な赤い墳血。
白くコーティングされた戦闘スーツを侵食していく赤。
それは、命を懸けてでも救いたかった少女が魅せた色だった。
右側の腹部から血を流したまま、番外個体は崩れ落ちる。
全ての機能が停止した一方通行を包み込む聖母のように。
肌は少しずつだが確実に色を無くしていく。白く、青く、しかしそれでも彼女は微笑んでいた。
324: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:14:40.55 ID:i45Fywk0
少女の意識は、この言葉と同時に闇へ落ちた。
「あなたは――――」
「死なせ……ないよ――――」
「だから………生き―――て―――――」
言い終わらないまま番外個体の肢体は脱力し、一方通行の身体へ圧し掛かった。
重く、力なく―――――。
「――――――ッ……」
その瞬間、少年の全身に得体の知れないモノが棲み付く。
「さて……、ガラクタ娘への制裁が先に済んじまったところで、いよいよ次はテメェの番だ」
何の感慨も湧いていないと言った装いでもう一度銃口を向ける木原。
325: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:16:40.37 ID:i45Fywk0
「可哀そうになぁ。結局、テメェは何ひとつ守れずにオサラバよ。……喜怒哀楽を失ったのはせめてもの
救いだったな。肝心な場面で電池切れたぁイマイチ締まらねえがよぉ、まぁこいつも慈悲ってことで大目
に見てやるか」
「待ってやがれ。テメェも今すぐ愛する姫様の所まで送って―――――」
「―――――や………る…………?」
一方通行に覆い被さっている番外個体を足で退ける。
そこで木原は目を奪われた。
一方通行の全身から、何か異様な空気を感じたのだ。
「………あぁ?」
曝された少年の前身。
彼の紅い瞳は、何故か未だ輝きを失っていなかった。
やがて、何の補助もない状態で少年は蠢いた。
脳は人間の源。
全ての道程が収容され、全神経と繋がっているかけがえのない産物。
そのデリケートな部位に、彼は傷を負っている。致命的な傷を……。
326: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:17:44.78 ID:i45Fywk0
それは同時に、ある意味“死”よりも辛い人生の幕開けでもあった。
「―――――お……ご……が……ァ……」
痙攣が治まらないにも関わらず、ゆっくり匍匐前進で床を這う。
何を口走っているのかはもはや解読不能だった。
人間ではない、別の生物のような印象を少なからず受けた。
構わずに殺すが吉だ、と本能で悟った木原は銃を片手に狙いを定める。
「………動くんじゃねえよ。すぐ楽にしてやるから大人しくしてろって」
照準を慎重に合わせ、いよいよ引き金を弾きかけたその時――――。
「―――――がァ……あ……ォォォおおおおおおおああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
突然の大絶叫が講堂内全域を揺らした。
同時に地を這いつくばっていた少年が急遽天井を見上げる。
327: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:18:59.66 ID:i45Fywk0
「あん…?」
同時に、彼の背中が黒く染まっていく。全てを吸い尽くす引力でも働いたかのように、地面を激しい震動が伴う。
「ゥゥううううあああああああああああああああああァァァァァァァ――――――!!!!!!!!!」
腹の底から喉を通り、治まることなく鳴り続ける少年の咆哮。
思考を封じられた少年、一方通行は失った感情を取り戻せない代わりに叫び続けた。
粉々にされた信念。しかし、絶望を痛感することさえ許されない。
悲しみや怒りを抱くことすらもできない。
だからせめて、あるモノを全部吐き出してしまおう。
彼の悲痛な雄叫びはまるでそう伝えようとしているようだった。
そして、それは彼の肉体にも影響を及ぼしていく。
黒い背中から濃い瘴気が発生し、瞬く間に辺り一面へと広がる。一方通行の白い肌が影で暗くなり、講堂内全体も
何やらおぞましい気配を漂わせていた。
「ッ!!」
この異常な現象を味わったのは、初めてではない。
木原の鋭い直感が働いた。
328: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:21:32.38 ID:i45Fywk0
(まさかとは思うが、こいつぁ……!!)
それから間もなく、人間以下に堕ちた少年は送り込まれた“無”の世界から生還を果たす。
「―――――ァァァァァァァァァあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
人間とは思えないほどの怒号だった。
恐らくは、彼の姿形がこの世のものとはかけ離れた印象を増強させているのだろう。
空間に歪でも起こしそうな大声に呼応する背中の黒き影は、みるみるその面積を拡大させて行く。
やがて影からスプレーのように噴出される暗黒物質。
物質は自然の流れを維持しつつ流れ、二つの巨大な翼へと形成された。
木原数多の前に、黒い翼を背負った一方通行が再びその姿を見せる。
「………はっ、ははっ、ははははは――――――」
全貌を現した一方通行。
それと平行し、木原の口元が怪しい歪みを覗かせた。
「――――――ぎゃーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!」
329: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:23:11.99 ID:i45Fywk0
しかし、それもほんのひと秒で大開口し、同じくして爆笑を轟かせていた。
ヤケを起こして発狂したのではない。至って正常な検討の末である。
だが無理もない。木原にこの展開が予想できていない筈はなかった。
何故なら、“すでに認知しているのだから”。
「やっぱそれかぁ!? 何だよオイ!? やっぱ最後はソイツに頼るしかねぇーってのかぁぁ!?」
「悲しい野郎だなぁぁ! 結局テメェの限界はそこまでってワケだ! 一度死んだ力に縋ってでも
俺の計画を阻止してえか!?」
「だがなぁ、今や何の起死回生にもなりゃしねえんだぜぇ……。忘れちゃいねえよなぁ? すでに
お前の切り札は詰まれてんだよ。――――コイツがある限りな!!」
懐に手を伸ばし、忍ばせていた機械を作動させる。
「『新式AIMジャマー(携帯版)』がテメェの新しい『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』
を侵食した。テメェが抱いた“最後の希望”も、もうじき跡形もなく消え失せるだろうぜ………」
「一週間前(あの時)と同じようになぁぁぁ!!」
以前、一方通行の黒翼は攻略されている。
今の木原には彼のいかなる戦法も読みつくされてしまったといっていい。
木原のビジョンは一週間前に一方通行を拉致した時の再現しか映し出していなかった。
330: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:26:39.52 ID:i45Fywk0
「翼をもがれ、飛べない鳥に逆戻りした時がテメェの最期よ。ゆっくり料理してやりてえ所だがな、
余計な邪魔が入らねえ内に目的を果たさせてもらうわ」
後は一方通行の希望が完全に鎮火するのを待つのみ。
「ほらほらぁぁ、早く降りて来いよぉ。終焉の宴まで待ちきれねえぜ」
煽るように催促する木原。
しかし――――
「……………?」
――――木原の台本通りに話は進まなかった。
「………おい……」
一週間前は上手くいった。
あの時は彼のAIMを完膚なきまでに打ち破り、屈辱を味あわせた。
今度も、何度やっても、同じ結果しか生まれない筈である。
では、何故――――?
331: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:28:47.79 ID:i45Fywk0
「なんで……消えねぇ……???」
――――彼の黒い噴射物は消失どころか更なる勢いを増して溢れ続けるのだろうか?
「なんで消滅しねえんだぁぁぁ!!!???」
予期せぬ展開の突入にうろたえ始める木原だが、そんな彼になどお構いなしで黒い世界は広がる。
日食のように光は遮断され、講堂内は一方通行の背から溢れる闇で覆い尽くされた。
(おかしいだろオイ!? どうなってやがんだ………。故障……はしてねえ……。そもそも携帯版が
んな簡単に壊れてたまっかよ!!)
(ざけんな!! 野郎の真骨頂はとっくに解析されてんだろぉが!! コイツ(AIMジャマー)はその
結晶体……。一方通行の非科学的法則に基く制御能力を封じ込めるためだけに発明された特注品……。
つまり、コイツが発動しねえってこたぁ、“アレ”はこれまで研究した『一方通行のAIM』とは全くの
別次元モノってことになっちまうぞ!?)
(有り得ねぇ……!! そんなことが起こり得るワケがねぇ!!!)
(仮に新たな『自分だけの現実』へ“上書き”してようが、構成の“元”から侵食し、AIM拡散力場を
正確に弾くコイツを無効化できるワケが………ッッ!!!)
332: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:32:51.95 ID:i45Fywk0
と、木原が体内の肝を今までにないほど冷やしている最中、一方通行に変異が生じた。
「―――――――――!!!!???」
“何故、翼は消滅しない?”という木原の疑問に解答するように、巨大な黒翼は異質な音を立て始める。
それは、ガラスなどにヒビが入る音に限りなく近かった。
(何だ……何が始まるってんだ!!??)
嫌な汗が全身を伝う。
先が全く予想できないが、恐怖に近いものを木原は覚えつつあった。
脅かされる恐怖を。
後に、それが間もなく明確な自覚へと進展する。
「ッッッ!!!??」
翼が鳴らす音の真相が、解明された。
次の瞬間、より鮮明に響いた音と共に黒い翼が変化を見せたのだ。
333: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:34:17.99 ID:i45Fywk0
亀裂。
ビシビシ!! と黒い翼に深い亀裂が生じていく。
それは次々発生して領域を増し、瞬く間に翼全体へと広がっていった。
まるで、蛹から孵る寸前の成虫を思わせるような光景である。
やがて黒い翼は白い無数の線で埋め尽くされ、激しい破滅音と共に砕け散った。
そして、次の瞬間――――。
「な……ッ………!!??」
――――悪党、木原数多の前に“天使”が姿を現した。
しばし絶句した後、木原数多の口が放心から醒めたように動いた。
「…………何だよ………おい………」
334: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:36:20.12 ID:i45Fywk0
「何だってんだよ…………」
震えた声が、最大音量で空間中に響く―――。
「―――その姿は………何なんだって訊いてんだよォォおおおおおおおおおおおっっ!!!!!!!」
335: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:37:36.91 ID:i45Fywk0
彼の目線は憎き少年の変わり映えした姿。
黒い翼が突如ガラスのように亀裂を起こし、全体にヒビを走らせた。
木原がその現象で呆気に取られている間に、黒い翼は鍍金を剥がす。
瞬間、漆黒の闇は一転して真っ白い世界に包まれた。
瘴気は同時に消失し、代わりに講堂内を包んだのは白銀のもてなす煌きだった。
薄汚いモノを一掃してしまうほどの空気。
一切の汚れさえ許さないと誇示しているような清白。
そして、暗黒から純白へと進化を遂げた背中の翼。
一方通行の白い全身に拍車を掛けるように、真っ白な両翼は悠然と靡く。
頭上には翼と同色に輝く輪が浮かんでいた。
今の姿だけで言えば、それは天使の一般的容姿に酷似している。
今まで悪魔と認識していた人物が突然の転生。木原はもう何が何だか分からないと言った表情で
一方通行をただ凝視するしかなかった。
「………洒落になってねえぞ」
口から言葉が落ちてしまった風に吐く。
336: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:39:30.37 ID:i45Fywk0
瞬きすらも忘れるほどに瞳は一点だけを見据えていた。決して魅入られたからではない。
そんな情景で木原の思想は変わらない。もっと恐ろしい何かが目を離せない理由に直結していた。
それが何かは分からない。というか、今の一方通行に起きた現象がそもそも不明だ。
『更なる進化を遂げた』という単純な解明で済ますのは科学者として、そして計画の首謀者として
許さなかった。
木原の乱れた心境とは正反対に落ち着いた顔つきで、一方通行は静かに横たわっている番外個体へ
白翼の先端をそっと伸ばす。
浅く、薄いものの、確かに鼓動はあった。まだ生きている。
そう確信した途端、翼の先端部分が彼女の傷口へと侵入した。
「んな……!?」
愕然とする木原。それも当然だ。
翼の先端部分が番外個体の身体から離れた時、銃で貫かれた傷はまるで最初から何も無かったかの
ように再生されていた。流血も止まり、いつの間にか番外個体の青白い肌はすっかり元の明るみを
取り戻している。
「…………ッ」
このまともではない未知の力に、言葉が出なかった。
木原にとっては知り得る訳もない領域に今、一方通行は存在していると言っても過言ではない。
「ぐ………ッッ」
最新式AIMジャマーがまるで効力を示さないという事は、これまでと全く異質な力が働いているか、
もしくは最新式でも干渉不可という結論に繋がる。
337: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:40:40.49 ID:i45Fywk0
どちらにしても、現段階で対策が打てる筈もない。
やがて、思考を唸らす木原の顔がハッと止まった。何かを思い出したかのように。
それから少しばかりの葛藤の末、遂に木原は諦め混じりの笑い声を上げた。
無論、悪党が浮かべる笑みのままで。
「っはは、ははははははは!!! あははははははは!!!」
「はははは………参ったぜオイ…」
「地獄へ誘う死神にしちゃあ、ちっと不適合すぎやしねえか――――?」
偏に己の末路を悟った笑いと見受けられた。
「――――それが、“テメェの正体”かよ」
それが、木原数多の口にした末期の言葉。
338: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:41:24.84 ID:i45Fywk0
答えを下すべく、白い翼が輝きを増す。染められた空間は二人の生きてきた世界とまるで正反対だった。
一方通行の脚が空に舞う風船のようにフワッ、と床を離れる。天井と床の中間まで浮上し、そこで滞空
しながら翼を広げた先に見えたのは、現世と離れた次元を連想させる“無”の異空間。
周りを囲むのは“白一色”。
神秘的な光景が、荒れた講堂内を塗り替える。
その中央に君臨する一方通行が、神々しい翼を靡かせながらその世界を演出していた。
眩しい背景に木原は顔を腕で覆う。
しかし、放出を止めない白の光は木原の全身を包む。
やがて、木原数多の肉体は光に包まれたまま静かに消滅していく。
いや、この場合は“消滅”より“浄化”と言った方が相応しい。
穢れた心を肉体ごと除去、そして彼自身が犯した過ちへの赦し(清算)。
跡形もなく、肉片の一つさえ残さず。まるで最初から存在すらしていなかったかのように―――――。
―――――――木原数多の身体は浄化されていった。
339: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:42:17.26 ID:i45Fywk0
―――
木原数多が一方通行の未知なる力の前で敗北してから僅か数分後の事。
白井黒子、佐天涙子、そして初春飾利の三人は五階エリアで苦戦を強いられていた。
二人を連れながらの連続テレポートは、テレスティーナとの戦闘などで蓄積されたダメージを抱えた身体に
対して多大な苦痛をもたらす。
ある程度は自力で移動し、テレポートでの緊急退避は極力避ける方針で少女達は外への脱出を試みる。
だが、そう簡単には向こうも進ませてくれなかった。
(―――まずいッ!! 離脱ですの!!)
敵の構成員も数が減っているとは言え、まともに戦えるのは黒子のみ。
初春は論外だし、佐天も獲物を持っているとは言っても所詮は普通の少女。
不意打ちなどで一人を片付けるのがやっとである。
そして、要となる黒子も疲労により集中力が次第に切れ始める。
ただでさえ彼女の能力は精密な演算を必須としているだけに、気の疲れは危険率を極端に上昇させる。
極度の寝不足状態で車を運転しているようなものだ。
複数転移を多用するには無理がある故、こうして地道に下を目指しているというのに、これでもし捕まれば
本末転倒である。
どの道楽な手など残されていない。覚悟は当に決まっている。自分が倒れる結果に終わっても、親友の二人
だけは必ず逃がしてみせる。
心酔しているルームメイトのお姉様ともそう誓ったのだから……。
340: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:44:06.20 ID:i45Fywk0
「ハアッ……ハアッ……ハァ……ハァ…」
これで何回目の窮地脱出だろうか? もう覚えていない。
あと何回テレポートできるだろう、と考えるのも億劫だった。
「白井さん……」
「大丈夫ですか? すごく辛そう……」
明らかに疲労困憊な彼女を心配そうに見つめる初春と佐天。
「……ふっ、この程度、何てことありませんの」
汗を一拭いし、強気な言葉で答える黒子。どう見ても痩せ我慢が明白だが、二人は白井黒子という人間を
知っているだけに何も言えなかった。
その代わり、少しでも黒子の負担を和らげる手段は何か無いものか、と考察する。
そして、一つの提案が初春の口から発言される。
初春「……!」
佐天「初春…?」
黒子「急に立ち止まってどうしましたの?」
初春「やっぱりエレベーターで下に降りましょう」
黒子「え……!?」
341: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:44:54.33 ID:i45Fywk0
佐天「で、でもさぁ……きっと入り口とか警備が厳しいよ?」
初春「けど、下りる度に遭遇してたら白井さんの身体がもちませんよ!」
黒子「初春……ですから、わたくしなら―――」
初春「無理しないでください! ……白井さん、顔色がどんどん悪くなってますよ。階段付近もワンフロア
ごとに張られているとしたら、あと何回無理したら外まで行けますか?」
黒子「それは……」
初春「だったら、エレベーター内までテレポートして行った方がまだ少なく済むと思います!」
佐天「う~ん……確かに、もう道案内してくれる端末もない以上……下りる度に逃げ回るよりは良いかも…」
初春「……ごめんなさい。私がドジしちゃって端末機落としたばっかりに…」
佐天「あ、違う違う! 初春を責めてるんじゃないからね!?」
黒子「……申し訳ありませんの。お気を遣わせて…」
佐天「あーもう! 白井さんまでらしくない雰囲気作るの止めて! それより、ここから早く出ようよ!」
黒子「………ええ、もちろんですわ」
初春「エレベーター入り口までは頑張ってサポートしますから、白井さんは少しでも回復に努めてください。
テレポートは最低二回お願いしますが……大丈夫そうですか?」
342: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:46:33.21 ID:i45Fywk0
黒子「ふん、誰に言ってますの? ここを出たらお仕置きが必要ですわね」
佐天「そうそう、やっぱ白井さんはそうでなくっちゃ!」
黒子「……淑女に対する扱いではない様な…」
佐天「気のせい気のせい♪」
初春「さ、エレベーターはそこを右に行けば後は真っ直ぐです。私たちが先の様子を窺いながら行きます
から、白井さんは少し気を休めてくださいね」
黒子「……苦労を掛けますの」
いつでも演算できるように張っていた精神を緩め、頼もしき親友二人の後ろを歩く黒子。
騒動を起こすことなくエレベーターを視界に捉えたが、やはり入り口前は構成員に張られている。
確認後、コソコソと隠れながら初春は小声で黒子に問う。
「……行けそうですか?」
「内部の構成と座標位置は掴めてますの。問題ありませんわ」
多少は回復した様子に二人とも安堵する。
「では、行きますわよ―――!!」
343: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:47:27.18 ID:i45Fywk0
神経を集中させたテレポートは、正確に三人をエレベーター内へ運んだ。
までは良かった―――。
「――――ッ!!??」
転移完了後、少女達は絶句する。
十人は軽く乗れるほど広々とした内部は転移に問題なかったが、まさか中にまで三人の構成員が張られて
いるとは予想していなかったのだ。
「っ!? お? ……ふふふ、やっぱり来たか。一応張ってて正解だったぜ」
「おっと動くなよ。お前、空間移動能力者《テレポーター》だな? 散々引っ掻き回してくれやがって……」
「まったくだぜ。ガキのくせによ……。だが、これで木原さんからの罰は免れそうだな」
彼等がギョッとしたのもほんの一瞬。いきなり現れたから軽くビックリした程度のものである。
早い切り替えで口々にコメントしながら銃を少女達へ突きつける構成員。
「ひっ……!」
「いや……!」
恐怖心を露にする初春と佐天。
344: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:48:38.17 ID:i45Fywk0
三人とも戦慄の表情を浮かべたまま立ち尽くした。
(そんな……ここまでですの……?)
黒子の胸中を渦巻く絶望の未来。
想い焦がれる御坂美琴の空像が脳裏をフラッシュバックする。
(………ッ!!)
『――――頼んだわよ、黒子……』
(お姉様……ッ!!)
だが、頭の中を走るその言葉と美琴の信頼を秘めた瞳が少女の消えかけた希望に火を点した。
(そうですわ……わたくし達は、外でお姉様と上条さんを待たなければなりませんの……!!)
(こんな所で捕まってなるもんですかッ!!!)
(たしか……この壁の向こうは外のハズ……ッ! もう迷ってる暇はありません!! やるしか―――!!)
345: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/05(日) 18:49:22.45 ID:i45Fywk0
「――――お二人とも……わたくしに掴まりなさい」
残された道はただ一つ。
白井黒子は一か八かの賭けに打って出た。
「っ!? おい、コラ!」
「チィィ……!!」
「しまった、クソッ!」
構成員が発砲した時、すでにそこにいた三人の姿は忽然と消えていた。
361: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/07(火) 19:13:11.96 ID:0kF/EUk0
―――
施設外、上空。
風が唐突に不自然な流れを起こした矢先、三人の少女がフッ、と空間を越えて現れた。
その中の一人、白井黒子は二人の身体が離れてしまわないように必死で両腕の力をキープする。
初春飾利、佐天涙子はその意図を察して移動源の少女から離れないよう重力に逆らう。
「痛……ッ!!」
脳を襲う強烈な痛み。
ここまで来るのに能力を酷使し続けた代償が情け容赦なく黒子の眉を歪ませる。
重力に従いながら額を押さえる黒子だが、まだ気を抜けない。
今自分達は九階構造にしては異様な高さを誇る施設の五階(約七十メートル)上空に身を投げた状態だ。
このまま脳の激痛を相手にしていては、地面に身体を打ちつけて圧迫死の末路しかない。
目をギュッと瞑ったまま自分にしがみ付いて離れない二人の親友を決して死なせる訳にはいかない。
(あと……もう一度……ッ!!)
己を含む転移可能距離範囲は最大で約八十メートル。
幸い、地面までは一回の移送で済みそうだ。
しかし、
(ッ……!!)
362: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/07(火) 19:15:13.72 ID:0kF/EUk0
三人同時にテレポートを行使しようとすると頭痛が邪魔に入る。
能力の過剰使用により、脳や肉体が休息を訴えている。
「うァァ……ッ!!」
これ以上落下速度を増しては演算の妨げにもなりかねない。
黒子を歯を食いしばり、無理矢理脳を働かせる。
(ォォォおおおおおおっっ!!!!)
だが、やはり全員いっぺんには厳しかった。
そこで黒子は方法を切り替える。
(……ッ、なら、先にお二人を――――!!)
それでも痛みは治まらないが、自分の転送分をマイナスしただけでも幾分マシだった。
両手で掴まえていた少女の体二つが消える。
そして次の瞬間、真下の地面に初春と佐天の身体が見えた。
上手くいったらしい。黒子の口角が僅かに上がる。
(後は、わたくしですわね。……これで、ようやく………)
虚ろになりかけた瞳。だが、これがラスト一回。
黒子の眼に活力が戻る。あとは自身を下へ転移させるだけ。
何とか無事に脱出完了となりそうだ。
363: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/07(火) 19:16:03.48 ID:0kF/EUk0
黒子がそう確信を得たすぐ後の出来事だった。
「―――――――ッッッ!!!!!???」
背後に聳えた施設の、唐突過ぎる大爆発。
364: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/07(火) 19:18:02.80 ID:0kF/EUk0
ドォォォォン!!! と、凄まじい轟音が耳に入ったと感じる間もなく、黒子の身体は爆風に乗って
大空へと舞い上がった。
何が起こったのか、もはや把握する必要もない。
施設が突然何の余地もなく爆発し、爆源地が不運にも黒子から遠くない地点だっただけのこと。
しかも、爆発はそれだけに留まらず、巨大な施設の至る場所で爆音の発生を確認できる。
その一つが、偶然にも彼女のラストテレポートを妨げたのだ。
強力な爆風に逆らえず、放物線を描いて地上へと虚脱したまま黒子の肢体は重力に従って落ちていく。
爆発の衝撃で黒子は意識を失っている。
このまま落ちれば、頭から落下する彼女を待っているのは死のみ。
初春飾利、佐天涙子はすぐ目の前に広がる地面に驚いてパッと飛び起きた。
「……あ、あれ…?」
「で……出られた……?」
外の風景に驚嘆する少女達。
修羅場が初めてではないとは言え、一般の中学生に過ぎない佐天の脱力した表情が何とも印象的だ。
けれど気がかりが残る。
「し、白井さんは…!?」
「っ!?」
365: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/07(火) 19:20:09.26 ID:0kF/EUk0
そこにいる筈の人間がいない。
二人は呆けた体に強制的な活性を戻してもう一人の少女を探す。
その最中――――。
「――――ッ……!!!??」
「な、何……!!??」
不意を突いて耳を貫いた大音量。
施設の急な爆発に二人とも思わず目を奪われた。
そして、
「ああっ!! 白井さんっ!!!?」
爆風に身を任せるように、弧を描いて宙を彷徨う親友の姿を肉眼で捉えた。
初春と佐天の目に戦慄が宿る。
「ちょ!? や……やばいよ!! 白井さんッッ!!!!!」
叫びかけるも距離が遠い。
気を失っている少女に親友達の声は届かなかった。
「―――――白井さァァァああああああああああああああん!!!!!!!」
366: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/07(火) 19:21:33.87 ID:0kF/EUk0
目を潤ませた初春の大絶叫。
と、その時だった。
「―――――!!!??」
流されるまま地へと向かっていた黒子の身体が、空中で突如消えてしまったのは。
「え……!!??」
「し……白井…さん……!?」
訳も分からず顔を見合わせる初春と佐天。
やがて、彼女達のすぐ目前の地面に横たわったまま動かない黒子の全体像がパッ、と現れた。
「白井さんっ!!?」
よく理解しきれないまま彼女達は慌てて駆け寄る。
「白井さん! 大丈夫ですか!?」
「白井さんってば!!」
367: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/07(火) 19:23:34.31 ID:0kF/EUk0
抱き起こすと、微かだが黒子は応答を見せた。
「うぅ………ん……?」
どうやら意識が戻ったようだ。
後に瞼が薄っすらと開き、黒子は自力で頭を起こした。
「初春……佐天さん……?」
「白井さん! ……うぅ、良かったぁぁ…」
「もうっ、心配したじゃないですかぁぁ!」
半泣きで見つめてくる二人。その目は純粋に友の無事を喜んでいた。
状況的には脱出の成功という形が見て取れるが、どうにも不可解な過程の結末だった。
黒子「……わたくしは……どうして…?」
初春「えっ?」
佐天「……覚えてないんですか?」
黒子「………はい」
368: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/07(火) 19:26:15.55 ID:0kF/EUk0
初春「急に建物が爆発したんですよ。それに白井さんが巻き込まれて……そのまま落ちてもう駄目かと…」
黒子「……それは、何となく分かりますの。後ろから衝撃が来て……そこからがサッパリですのよ」
佐天「え? ……でも白井さん、意識戻ってテレポートしたんじゃ…?」
黒子「っ!?」
佐天「ど、どうしたんですか……?」
黒子「……っ!!」
(――――まさか……)
初春「白井さん……?」
黒子「……いえ、何でも」スクッ
初春「ちょ、立ち上がって平気なんですか!?」
黒子「えぇ、大丈夫ですわ。それより、この爆発は一体……?」
初春「さぁ……分かりません」
佐天「ってそれより! 御坂さんと上条さんが!!」
初春「ッ!! し、白井さん! どうしましょう…?」オロオロ
369: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/07(火) 19:27:28.86 ID:0kF/EUk0
黒子「ッ……心配には及びませんわ。お姉様方がこの程度でどうにかなるとは思えませんの。わたくし達は
言われた通り、ここでお姉様方の帰りを待つんですのよ」
初春「白井さん……。そうですね!」
佐天「……うん。信じるしかないね…」
黒子(お姉様……ッ!!)ギリッ…
爆発跡から出火し、原形を少しずつ無くしていく要塞。
あと何分もしない内に火災は広がり、やがては施設全体をも燃やし尽くしてしまうだろう。
それでも彼女達は信じて待ち続ける決意を固めた。
着実に崩壊して行く建造物を見上げながら。
370: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/07(火) 19:28:13.54 ID:0kF/EUk0
―――――
そんな少女達から少し離れた雑木林。
火の手が上がっていく施設を眺める二つの影がそこにあった。
土御門「っひゅー♪ 燃えてるにゃー」
結標「……ずいぶん発火性の高い爆薬仕込んだわね」
土御門「徹底的に隠滅させる必要がある。少々派手過ぎたかもしれんが、これくらいはやっておかないと
いかんですたい」
結標「けど、中にまだ……」
土御門「あの女の子達ならお前のおかげで無事に脱出完了してるだろう」
結標「そうじゃなくて、超電磁砲や貴方のお友達は?」
土御門「ああ、アイツなら心配ない。日常が不幸な分、こういう時の悪運だけは加護でもあるんじゃないか
ってぐらい強いからにゃー。超電磁砲もヤツがついてれば問題ないと思うぜい」
結標「………にしても、少しタイミングが際どかったわね」
土御門「まあな。俺も少しヒヤッとしたが、さすが結標。お前の優秀な『座標移動』のおかげで健気な命が
救われたぜよ」
結標「ふん……別に助けるつもりはなかったんだけどね」
371: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/07(火) 19:29:29.79 ID:0kF/EUk0
土御門「その割りにはやけに手際が良かったな。本当は同系統能力を持つお嬢様が心配だったんじゃないか?」
結標「違うわよ! ……ただ危なっかしくて見ちゃいられなかっただけ…」
土御門「ふーん…」ニヤニヤ
結標「それに『無関係な人間の死傷者は出さない』って、指令にも出てたでしょ!?」
土御門「俺の指示より早く遂行するほど働き者だったっけか?」
結標「……あの炎の真っ只中まで飛ばされたいのかしら?」ピキッ
土御門「あーいや、ジョーク、ジョークだからソイツだけは勘弁――――」
海原「――――やれやれ、やっと見つけました……」
結標「あら、ちょうどいい所に来たわね」
海原「遅くなってすみません。思った以上に手間取ってしまいましたよ」
土御門「おーう、ご苦労だったにゃー」
海原「……ところで、何を揉めてたんですか?」
結標「今からこのグラサン男を瓦礫の中へ送ってやるトコだったのよ」
372: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/07(火) 19:30:59.20 ID:0kF/EUk0
土御門「んぃぃ!?」
海原「それは良いですね。火葬の手間も省けますし」
土御門「ははは、まったく二人ともブラックジョークがすぎるぜよ♪」
海原「………」
結標「………」
土御門「ん? どうした……?」
海原「まだ中に一般の方が残っているようですが、それについてはどう始末をつけるつもりでしょうか?」
土御門「あぁ、結標にも話したが大丈夫だ。ヤツらなら死ぬ心配は要らないからな。『ウチの面子』も一人
残ってることだし」
海原「………」
土御門「それに、電撃姫には俺が信頼する仲間が一緒のハズだ。あとはソイツと一方通行に任せておけば―――」
海原「そうですか。ですが貴方の思惑をもし『彼』が知ったとしたらどうするでしょう……?」
土御門「は…?」
結標「彼って……?」
375: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/07(火) 19:32:50.99 ID:0kF/EUk0
海原「『ウチの面子』じゃない方のツンツン頭です。彼ならまずきっとこうすると思いますよ。歯を思い切り
食いしばってくださいね」
土御門「え? いやちょっと待――――!!??」
それ以上の問答は無用だった。
海原はただ口約を果たしただけである。
林の中から響く強烈な殴打の音に少女達が気づくことはなかった。
―――
時は少し巻き戻り、最上階の大広間。
神秘のベールが端から端まで澄み渡っている。
広々とした空間を包む色は、闇を全否定するほどの『純白』。
中央に存在する最強と謳われた超能力者。
一方通行は二枚の翼を羽ばたかせ、地に足を着けた。
376: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/07(火) 19:34:57.84 ID:0kF/EUk0
今の彼はかつての姿、思念からほど遠い位置に君臨していた。
背中から生えた神々しく透き通る白き二枚の翼。長く巨大な両翼は広間の端ギリギリでその大きさを留めて
いた。翼から生まれるように湧き出る得体の知れない物質が広間を白い光で染めているようだった。
そして、白髪の僅か上にくっきりと違和感なく浮かび上がっている小さな輪。
それはまるで翼と共鳴するかのように輝きを連動させている。
一方通行がこの感覚に身を投じたのはこれが実質二度目。
一度目は遠い他国、ロシアで莫大な力と正面からぶつかろうと決意した時。
あの時の心境は勿論覚えている。空へ舞い上がる直前まで目に映っていた幼い打ち止めの涙で歪んだ顔。
忘れるのが無理な思い出だった。
以前は激突後、自分の中から出て行ってしまったかのように失われたこの力。
どうやら消えた訳ではなかったらしい。怒りの象徴とも言える一方通行の黒い翼。
それが進化したこの能力は一体何なのだろうか。一方通行自身、まだ分からなかった。
ただ、これだけは言える。
黒い翼が殺意と破壊、そして世界を蹂躙するための兵器だと言うのなら、この白い翼は救済と生誕、そして
『闇を消し、新たな光を生み出す』特性が備わっているのではないだろうか。
現にこの白翼は番外個体の傷を塞ぎ、木原数多と言う名の闇を痕跡さえ残さず葬り去った。
推測でしかないが、二種類の翼は色と同じで『表と裏』。
それぞれが逆の性能を持っていると考えれば話は単純に終わる。
『護る力』と『壊す力』。
378: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/07(火) 19:37:15.64 ID:0kF/EUk0
この二つの相反する力がいずれ自身にどのような影響を及ぼしていくのか、生憎現時点では釈明不能だ。
しかし、今はそこまで分かれば充分である。
一方通行は焦らず、ゆっくりと流れるままに全貌を解明していく道を選んだ。
今の彼にはそれ以上の情報など、特に何の意味も持たないから。
木原が“立っていた”方角を一瞥し、一方通行は最後に手向け代わりの言葉を投げた。
「地獄で安らかに眠りな。二度と目ェ醒ますンじゃねェぞ……」
悲哀な感情なんてものは混めていない。なのに一方通行の目はどこか哀しげだった。
そう、木原数多もまた、この『学園都市』に踊らされた犠牲者の一端でしかない。
憎い存在だったが、せめて躯もなく消えた今ぐらいは祈っても良いだろう。
断末魔も残させず地獄へ強制送還された木原数多の永遠なる眠りを――――。
そうして閉じた瞼だが、神秘と静寂に満ちた空間は突然の乱入者によって見事に壊される。
「――――うわ……!! 何だよこれ……?」
「――――え……っていうか、何なのここ……?」
「あァ……?」
391: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/09(木) 20:24:30.31 ID:sjk2zG20
―――
開眼し、一方通行は声のした方に目を向けた。
そこには一人の少年と少女が佇んでいる。
二人とも見知った顔だった。
「上条……超電磁砲……」
ここに来たのは正直意外だったが、見る限りで判断するとどうやら彼の方も上手くいったようだ。
良かった、と一方通行は心から思った。
不意に彼等の目線がコチラへ注目する。さながら信じられない生物を見たといったところか。
「おい……まさか、一方通行なのか!?」
上条が尋ね口調よりもやや強めに声を掛けてきた。
「……それ以外に見えンのかよ?」
姿は変われど、そのどこか太太しい物言いは間違いなく本人である。
上条当麻と御坂美琴はまだどこか不信感を募らせつつもコッチへ歩み寄って来た。
「ウソ……ホントに……一方通行……?」
疑わしい目線が注がれる。
392: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/09(木) 20:31:26.72 ID:sjk2zG20
美琴の方は彼が恨めしい存在だと言うよりも今はこの容姿に対する興味が勝っているようだ。
無理もないが、彼女の目は終始見開かれたままだった。
一方通行は湖に着水した白鳥のように羽を折り、正面から向き合う。
会話に充分な距離まで近づいた所で上条が問い掛ける。
上条「……片付いたのか?」
一方通行「あァ、丁度な」
上条「さっきすごい衝撃が来たけど、まさかそれもお前が……?」
一方通行「騒がせちまったか……。まァそォいうワケだ。手間は掛かったが、コッチは無事だ」
上条「そうか…」フッ
一方通行「オマエの方も、やったみてェだな。三下にしちゃあ上出来だ」チラッ
美琴「………」
上条「正直、何度も駄目かと思ったけどな」
一方通行「……そォかよ。っつゥか、何でオマエらここに…? 目的果たしたンならとっととズラかれ
ば良いだろォが」
上条「そうもいかねえよ」
一方通行「……ケッ、どこまでもお人好しな野郎だ…」
393: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/09(木) 20:32:49.63 ID:sjk2zG20
美琴「……一方通行」
上条「!?」ビクッ
一方通行「………何だ?」
上条「あ、あの~御坂さん……? 今はそんな場合じゃ…」
美琴「分かってるわよ! アンタは黙ってて! ……一方通行。これだけは言っておくけど、私は
絶対にアンタを許したりしないから」
一方通行「………だろォな」
上条「御坂……」
美琴「けど、あの子達を……妹達を助けてくれた事については、感謝してる。……正直言うとまだ
信じられない気持ちの方が強いけどね」
上条(ホッ……)
一方通行「………別に感謝される謂れはねェよ。っつゥか、何でオマエがその事を……」
美琴「アンタの“開発者”から聞いたのよ。……どうせならもっとマシな状況で知りたかったわ」
一方通行「オイ、忘れてンなら思い出させてやるがなァ、俺は気紛れで動く人間だぜ? 別に過去
を後悔した訳でもねェし、更生したつもりもねェ。ソイツを肝に銘じとけ」
美琴「…………」フッ
394: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/09(木) 20:34:31.38 ID:sjk2zG20
一方通行「……ン?」
美琴「ふふっ……打ち止めと一緒に居る内に牙が抜けたかと思ったら、気性が荒いのは相変わらず
なのね。アンタもひょっとして思ったより不器用ってヤツ?」
一方通行「あァ? まさかたァ思うが喧嘩でも売ってンのかァ? オリジナルよォ」
美琴「ふふ、進んで憎まれ役買ってるクセして良く言うわ」
一方通行「あァン?」ギロリ
美琴「そんな格好で凄んでもイマイチ迫力に欠けるわよねぇ。……ってかさぁ、その格好(ナリ)は
一体何なの? 突っ込んだ方が無難かしら?」
一方通行「……俺にもまだ分かってねェ。ただ、まともな変化だとは到底思えねェがな」
上条「……前見た時は悪魔みたいに黒かったのに、今こうして見ると天使にしか見えねえな。……頭
に付いてる輪っかも妙にリアルだし……何つーか、聖人よりも上の次元に近いんじゃねえか?」
一方通行「オマエも、そォいう存在に行き着いた事があるのか?」
上条「……さあな」
美琴「………何だか話についていけないけど、とりあえずここから出るわよ。黒子達も待ってるし…」
上条「あぁ、そうだな―――――ッッ!!??」
395: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/09(木) 20:35:19.82 ID:sjk2zG20
一方通行「―――ッ!!??」
美琴「え!? 何っ!!??」
上条の口を遮る下層からの凄まじい爆音。同時に激しく揺れる足元。
三人ともこの事態に面食らう。
「うおぉ! な、何だ!? 何が起きてんだ!?」
上条が声を出している間も床は震動を続ける。
爆発音も止むどころか至る箇所で起きているのが分かる。
「何かに引火して爆発したンだろ。オマエら、下で相当派手に暴れやがったみたいだな」
「それは否定できないけど……何で急に?」
「こンだけ精密な機器が揃った施設じゃあ、寧ろ今までこォならなかったのが不思議なンじゃねェのか?」
美琴の素朴な疑問にそう応じるが、真実は土御門の策略である。
もっとも、一方通行の言う通り起爆に繋がる装置が幾つか設置されていたのも事実だが、今はそれについて
深く追求している場合ではなかった。
「――――やべぇ!! このままじゃ直に崩れるぞ!!!」
パラパラと落ちてきた天井の破片を頭に受けつつ叫ぶ上条。
396: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/09(木) 20:36:14.95 ID:sjk2zG20
「グズグズしてたら下敷きは免れないわね!」
「チィ……とにかく急いでこっから避難すンぞ! ――――ッ!!?」
ふと、一方通行の顔色が変わった。
上条も美琴もその変化を見逃さない。
「っ! どうした一方通行!?」
「何してんの!? 早く逃げないと……」
しかし、一方通行は二人の呼びかけにも耳を貸さなかった。
重大な事実に気づいたからである。
(――――番外個体が………いねェ!?)
そう、さっきまで間違いなく横たわっていた筈の番外個体が、忽然と姿を消していたのだ。
焦りを浮かべて見渡すも、彼女は何処にも見当たらない。
(まさか……アイツ……!?)
嫌な予感がする。
このままだと直に施設は倒壊してしまうだろう。一刻も早く見つけ出さねばならない。
(………ッッ)
397: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/09(木) 20:37:30.15 ID:sjk2zG20
「おいッ! どうしたんだよ!? 一方通行ッ!!」
尋常ではなさそうな雰囲気に語調を荒くした上条の声でやっと我に返り、一旦感情を落ち着ける。
そして、低くもハッキリとした声色で、心配気に見つめてくる二人へと告げた。
「……オマエら、先に逃げてろ」
「―――!?」
この発言に当然ながら驚きの反応を示す上条と美琴。
すぐさま上条が食らいついた。
「先に…って、どういう事だ!? お前はどうすんだよ!?」
「悪いが俺は行けねェ。……まだひとつやり残した事があンだよ」
「やり残し……!?」
納得しきれない気持ちと不可解な心境が絡み合った瞳で一方通行を見る。
「それなら俺達も―――」
「駄目だ。これは俺ひとりでカタを付けなきゃ意味がねェ。オマエらにはすまねェと思うが、聞き入れろ」
「っ!!」
そこで美琴が何かに気づいたような反応を見せた。
398: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/09(木) 20:39:26.90 ID:sjk2zG20
「……アンタ、まさか…」
「え……何だよ? 何か知ってるのか?」
状況がまるで飲み込めない上条。
美琴は一方通行に託すような視線を一瞬向け、上条の腕を引いた。
「………行きましょう」
「み、御坂……けど!」
「いいから! 行くのよ!」
「お、おい…!」
頑固な姿勢で上条を引っ張っていく美琴。
「…………」
そうして離れて行く二人をどことなく優しげな仏頂面で一方通行は見送る。
すると、美琴は途中で一度だけ振り返り、一方通行に向かってこう述べた。
「……頼んだわよ!」と―――。
399: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/09(木) 20:40:38.88 ID:sjk2zG20
一方通行は僅かに頷く素振りを見せたが、すぐにまた目を逸らした。
だが、美琴にはその答えだけで充分だったようだ。
再度背を向けて歩き出す少女の顔は、まるで安心している風に取れるほどの笑顔に満ちていた。
この笑顔を、まだ背後で見送っているであろう白い少年に見せてやるつもりはない。
けれど、いずれこの表情で彼とも向き合える日が案外近い内に訪れるかもしれない、と美琴は
無意識ながら感じていた。
過去との決別はできない。どんなに時間が経とうと人が犯した過ちは決して消えることがない。
しかし、それらを踏み越えて前に進むにはいつまでもしがみついてなどいられない。
御坂美琴の中でまだ完全とは言えないまでも、ひとつの明確な答えが生まれつつあった。
「いや、だから……一体何がどうなってるんですかーー!!?」
上条の喚き声だけが何とも虚しく響いていた。
やがて少年と少女は広間から消え失せ、見送った一方通行の眼にまた魂が揺らめいて躍動する。
「……さァて」
翼が先ほど以上の勢いで講堂全域に広がる。
400: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/09(木) 20:41:50.35 ID:sjk2zG20
「ホントによォ、……どこまでも世話の焼ける姫君だ。クソったれ」
言葉とは逆の意味が込められていそうな笑みを零す。
「行くとすっかァ。いっちょ、お迎えに上がりによォ――――!」
言い放つのとほぼ同時に一方通行の身体は急浮上し、天井を衝撃波みたいな詳細不詳の力を操り
呆気なくブチ破る。
そのまま開いた天井穴の中へと、一方通行は翼を羽ばたかせて突き上がった。
「――――白馬の王子サマたァ程遠いかもしンねェが、我慢しやがれ!!」
それだけ言い残し、風貌とは不釣合いな笑顔のまま少年は上昇する。
荒れ果てた講堂は一方通行が去った途端、光を失ってただの廃墟と化した。
401: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/09(木) 20:42:44.89 ID:sjk2zG20
―――
「御坂! おい! 自分で歩けるから放せって!」
美琴に腕を引かれながら抗議し続ける上条。
広間を出てしばらく経ち、ようやく腕が離れた。
「……なぁ、どういう事かちゃんと説明してくれよ。俺には話が全然見えないんですけど?」
至極当然の質問だが美琴は、
「……後でねっ! それより今は外へ逃げるのが先よ!」
ピシャリと言い放ち、再度上条の手を掴もうとする。
と、その時下層からまた轟音が届き、建物全体が激しい震動に包まれる。
「―――きゃ!」
バランスを崩した美琴を支えながら上条が表情を引き締めて呟いた。
「……何だかよく分かんねーけど、確かにモタモタしてらんねえな」
今度は上条が美琴をリードするように手を引く。
「心配だけど、ここはアイツを信じよう。行くぞ御坂」
どうやら受け入れてくれたらしい。そんな上条に美琴は息を漏らして相槌を打つ。
402: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/09(木) 20:43:46.80 ID:sjk2zG20
「―――うん!」
崩れる前兆を見せ始めた施設内を走る二人。
美琴が上条と普通に手を繋いでいる事に関して赤面したのは外の非常階段を運良く見つけるまでの
途中段階だった。
「……///」
「おい御坂。何モジモジしてんだ?」
「ななな、何でもないわよ!///」
「? ……まぁいいけど。っつか、こんな所に階段があったとはな……」
マンションやオフィスなどに付き物である屋外階段。
この施設にもあった事実を今更知った二人だが、このまま下まで駆け下りた方が手っ取り早い。
会話もそこそこに二人は階段を激走する。
「うわっ、下の階燃えてんじゃねえか!」
「ってか火災発生地多すぎ! いくら派手にやったって言ってもちょーっと不自然じゃない!?」
「確かにそうだけど、今は逃げるのが先だ! 付近まで火の手が上がって来てるぞ!!」
素早く下りながら喚き気味に喋る上条と美琴。
403: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/09(木) 20:46:09.66 ID:sjk2zG20
この調子で脱出したかったのだが、状況は更に悪化した。
「――――!!?」
五階まで来て仰天する二人。
「うそでしょ……」
踊り場から先は既に崩れ落ち、道が無くなっていた。
これには足を止めざるを得ない。
「マジかよクソッ! ……しょうがねぇ。中まで引き返して別の道から――――」
「無理よ! もう中は火の海になってる……。ゴールまで行ける通路なんて残ってるワケないでしょ?」
「ッ……けど、このままだと二人とも丸焼けになっちまうぞ!」
引き返すよう促すが、美琴は道の無い踊り場で佇み、下を眺めて何かを計算しているようだ。
「御坂? 早くしないと……」
そして、決断したように顔を上げて上条に振り返り、宣言した。
「――――ここから飛び降りるわよ!」
404: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/09(木) 20:47:09.78 ID:sjk2zG20
「…………はぇ???」
言っている意味が理解できない風な顔の上条にまた背中を向けた美琴は、更に追加した。
「何やってんの? 早く掴まんなさいよ! 死にたいの!?」
「いや……御坂サン? 何を……」
「あぁ~もうまどろっこしいわねっ!! グズグズしてる場合じゃないでしょうがぁぁ!!」
「うわ!? お、おーい!?」
煮え切らない態度に苛立ち、上条の腕を取って自らの首に絡める。分かりやすく言えば二人三脚などで
肩を組んでいるような状態だ。
言うまでもなくリンゴのように真っ赤な顔へと変色するが、それでも構わず美琴は呆然としている上条
に忠告する。
「注意事項が二つあるから良く聞きなさい」
「………あの、拒否権はないのでしょうか? ワタクシとてつもなくイヤーな予感が身体中を渦巻いて
いるのデスガ……」
「まず一つ!」
美琴はか細い抗議を無視した。
「絶っっ対に右手で私に触れない事! いいわね!?」
405: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/09(木) 20:48:52.90 ID:sjk2zG20
「……善処するけど……本気か?」
本気でここから飛ぶ気か? 五階と言ってもかなり地面から離れてるぞ? と上条は言いたいのだが、
美琴はもうそれ以外考えていないようだ。
「当たり前でしょ!? 能力使うけど、アンタには間違っても感電させないようにコッチで微調整する
から、丸焦げになりたくなかったら騒がないでよね!」
「……マジですか…」
不幸絶頂の顔で最後の確認を取る上条。
「んで、もしかしてそれが二つ目の注意事項だったりします?」
しかし、美琴はそこで何故か首を横に振る。答えの前にスリルを味わうような笑顔を見せた。
「ノンノン、二つ目は―――――」
「―――――変なトコ触ったら殺す!! 以上っ!!!」
「―――――!!!!???」
406: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/09(木) 20:50:04.98 ID:sjk2zG20
この掛け声を合図に、二人は足場を蹴った。(主に勢いをつけて跳んだのは美琴で上条はほぼ無理矢理)
空を舞い、すかさず放電を開始する美琴。
すぐ真横でバチバチと夥しい電流を纏う少女に上条が悲鳴を上げない訳がなかった。
「うぎゃああああああああああああああああああああッッ!!!!!」
「うるっっっさい!! 騒ぐな!! 舌焼けるわよ!?」
“舌を噛む”の間違いにツッコミを入れる余裕もなかった。
高所からの落下と隣で今にも自身を黒焦げにでもしかねない高電圧の二重恐怖。
美琴が学園都市最高位の電撃使いだったのが最大の救い要素である。
(着地ポイントは――――あの鉄格子!)
壁に付いている鉄格子に電気を繋ぎ、まるでワイヤーのように巧みな操作で落下スピードを減少させる。
横でギャーギャー煩い上条はひとまず放置しておく。
ジェットコースターよりもリアルなスリルを突然味わう上条の真意を察すれば気の毒にも思えるが、似た
様な出来事が何度もあったからか、途中で失神するという面倒な事態には至らなかった。
火の届いていない壁に反応する金属物質を的確に探知し、電気のワイヤーを張る。
このような同じ法則の繰り返しで、少年と少女は地面との距離を着実に縮めていった。
407: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/09(木) 20:50:53.68 ID:sjk2zG20
「――――ふぅぅ………久々に大地を踏むのって気分良いわ♪」
久方ぶりに外の地へ足を着けた美琴の第一声がそれだった。
上条「かひぃぃぃ……お、お花畑がいつもより鮮明に見えた……。俺……まだ生きてるよな……?」
美琴「アンタ、いつまで這いつくばってんの? さっさと立ちなさいよ」
上条「あああ………生命の美しさと儚さをこの時ほど実感した事がかつて………結構あったな」ブツブツ
美琴「……ホント、大丈夫?」
上条「はっ!? あ……あぁ、何とか……。悪いな、世話掛けちまって」
美琴「い、いいわよ別に……。咄嗟だったとは言ってもちょっとばかし無茶だったのは認めるし……」
上条「心臓には良くなかったけどな。んでもまぁ、こうして下りれたんだから結果オーライだろ」
美琴「……ほ、ほら……///」スッ
上条「………ああ、サンキュー」ガシ
スクッ(←美琴の手を借りて立ち上がる上条)
美琴「………。あ、あのさ…」
408: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/09(木) 20:51:37.03 ID:sjk2zG20
上条「ん……?」
美琴「その……ありがとね。助けに来てくれて……///」
上条「なんだ、そんな事か……。気にすんなよ。っつか、白井達のおかげだろ。俺はあんま役に立って
ねーし……」
美琴「そ、そんな事ないわよ!」
上条「そうか? ……まぁ、そう言ってくれると嬉しいけどな」
美琴「また、アンタに借り……できちゃった」
上条「借りなんて作った覚えはねーぞー。俺たちがしたくてそうしたんだから、お前は何も気にする事
ねえんだよ」
美琴「う……うん……」ジワ…
上条「へ? お前……泣いてるのか?」
美琴「な、泣いてないわよ馬鹿ッ!!」ゴンッ
上条「アイテッ!? い、いきなり何すんだよ!?」
美琴「うるさい! アンタが悪いのよッ!」プイッ
上条「ワケ分かんねーっての!」
409: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/09(木) 20:52:29.77 ID:sjk2zG20
黒子「…………オッホン!」
上条美琴「――――!!??」
黒子「お二人とも。……少し気が抜けすぎではないですの?」ピクピク
初春「……何か邪魔しちゃいましたかねぇ…」
佐天「ははは~……」
美琴「あ……あ……///」
上条「よう。お前らも無事みたいだな。良かった」
黒子「ええ。やっと全員揃ったようですわね……」
美琴「…………」
佐天「さっきはドタバタしてて言えませんでしたけど、御坂さん――――」
美琴「え……?」
佐天「――――おかえりなさい」
410: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/09(木) 20:53:22.15 ID:sjk2zG20
美琴「……!!」
初春「――――おかえりなさい、御坂さん」
黒子「――――おかえりですの、お姉様」
美琴「……ッッ」
上条「――――御坂、おかえり」
美琴「……ぅぅ……みんな………ありがと……う……。心配掛けて……ホントに……ごめんね……ッ」ポロポロ
黒子「ッッ……お姉様ァァああああああああああッッ!!!」ギュッ
美琴「黒子……ぅ……ぐすっ……ごめんね……うえぇぇ」ギュッ
黒子「うああああああああああん!!! ………えぐっ……ひっく……ああああ……!!!」ポロポロ
佐天「ぐす……うぅッ……御坂さんッ!!」ギュッ
初春「わあああああ!! 御坂さああああああん!!」ギュッ
美琴「初春さぁぁん……佐天さんもぉ……ごめ………ひくっ、ぐす……ううう……」ギュッ
「――――うぅぅあああああああああんん……!!」
上条(……良かった。本当に……ッ)ジワァ
抱き合い、寄り添って再会の喜びを分かち合う。
号泣している四人を見て上条の涙腺も若干緩んだが、それは内緒だ。
しばらく少女達は抱き合ったまま気が済むまで泣き続けた。
449: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:01:24.55 ID:aLqdaN20
―――
火災報知器はとうに作動している。
すでに建物内部は火の海と化しており、中からの脱出は不可能となっていた。
倒壊もいよいよ時間の問題だろう。
そんな建造物の最上階より更に上。殺風景な屋上に少女がひとり佇んでいた。
彼女の呼び名は番外個体。
無意識に身体は動き、気づけばこの場所まで足を運んでいた。
その顔はどこかぼんやりとしており、無機質にも感じられた。今、彼女は何を思っているのか。
外面からではとても認識し難かった。瞳に光は燈っておらず、視線は遠い景色をただ漠然と眺めて
いるだけのように見えた。
「……………」
傷自体の痛みはすっかり失せている。どんな効果が作用したのかは不明だが、おそらく一方通行が
助けてくれたのは何となく理解できた。
身を挺してまで一方通行の死を防いだ番外個体。
そしてそのまま失いかけた命も、彼に救われた。
これらの過程を終えた少女の複雑な気持ち。
450: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:02:48.93 ID:aLqdaN20
「……………」
番外個体は口を開かない。
この建物がもうすぐ倒壊してしまうのは無論承知している。
なのに彼女はそこからピタリとも動こうとしない。この滅び行く施設と運命を共にしようとして
いるのではないか、と誰しもが疑う場面だ。
「――――よォ」
そんな少女の元に、天使が舞い降りる。
左右の翼をはためかせ、一方通行が顔だけ振り向かせた番外個体の数メートル後ろへ着地した。
それでも番外個体は表情を変えない。
「――――こンな場所で何やってンだ?」
至極無難な訊ね方。番外個体は前を向き、こう答えた。
「――――景色……見てたの」
口は殆ど動かず、声にも覇気はまるで込められていない。
まるで彼女らしくないその喋り方に、一方通行は少しだけしかめっ面を覗かせた。
451: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:04:03.22 ID:aLqdaN20
一方通行「チッ……勝手にうろついてンじゃねェよ。世話ァ焼かせやがって」
番外個体「…………そりゃ悪かったね」
一方通行「っつーか、オマエ……俺のこの容姿(ナリ)にそンな驚かねェンだな」
番外個体「……前も見たから…」
一方通行「! ……思い出したのか?」
番外個体「うん……。久しぶり、って言った方が良いのかな?」
一方通行「……そォだな」
(木原の脳内干渉による影響かどォかは判らねェが、良かった……)
(そォだよ、これで良いンだ。……コイツはやっと自分を取り戻せたンじゃねェか)
番外個体「ミサカ、いつ学園都市に来てたんだろ……。気づいたら、どういうワケかここにいたん
だけど、あなたは何か知ってる?」
一方通行「――! ……あァ」
(記憶を失くしてた頃の事は覚えてねェのか……?)
452: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:07:16.64 ID:aLqdaN20
番外個体「目的は、やっぱりあなたの抹殺かな?」
一方通行「……俺を殺してェか?」
番外個体「………ううん、いいや。何か、気分乗らないし」
一方通行「オマエ、妹達の電気信号にリンクできるか?」
番外個体「うーん、……できなくなってる…。ってか何で知ってるの……?」
一方通行(ネットワーク干渉は不可のまま……つまり『負の感情』は拾えねェ。“気分が乗らない”
ってのはそォいう事か。だが、一体どォいう経緯の元で成り立ってやがるンだ……?)
番外個体「ミサカに……何があったの? 学園都市行きの旅客機乗って……そうだ、確か到着前に
事故って………そこから……そこからが全然分かんないの」
一方通行「オイ……無理して思い出そォとすンな」
番外個体「けど……なーんか大切なこと忘れてるような気がする……」
一方通行「………とにかく、もォここは危険だ。早い内に離れるぞ」
番外個体「……………」
一方通行「……何してやがる? さっさと掴ま―――」
453: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:08:14.63 ID:aLqdaN20
番外個体「――――ミサカは、行かないよ……」
454: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:10:34.09 ID:aLqdaN20
一方通行「あァ!?」
番外個体「………」
一方通行「……何考えてンだオマエ…! ここにいたら命はねェンだぞ!?」
番外個体「それぐらい知ってるよ」
一方通行「……まさかよォ、……死のォとか考えてンじゃねェだろォなァ?」
番外個体「………そうだって言ったら?」
一方通行「させねェに決まってンだろ……」
番外個体「……どうして?」
一方通行「説明しなきゃ分かンねェのか? どォしてオマエが死ななきゃならねェ…」
番外個体「それこそ理由なんて決まってるじゃん。……ミサカにはもう生きる意味が無い。あなたへの
殺意がこみ上げて来なくなったんだよ? ミサカが何のために作られたか、あなたも嫌って
ほど知ってるでしょ?」
一方通行「それが何だってンだ?」
番外個体「分っかんないかなぁ? ミサカの“存在意義”はもう消えたの。この先やりたい事も無いし、
定番な言い方しちゃうけど、“生きていたってしょうがない”んだよ。ミサカには……何も
残ってない」
455: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:12:59.23 ID:aLqdaN20
一方通行「…………」
番外個体「ちょっと考えればすぐ分かるじゃん。あなたはミサカに殺されなきゃならなかった。…けど
それも全部他人に仕組まれて出来たルート……。今のミサカはあなたを抹殺しても何の感慨
すら湧きやしない。……それに、どういう訳か知らないけどミサカの“カラダ”があなたを
殺すなって言ってる……。どう頑張ってもこの意志には逆らえそうにない」
一方通行「……で、だから死ぬってか? 先のねェ未来を過ごすぐれェなら死を選ぶ、って事か?」
番外個体「ふふ、さすが第一位。理解できたんならとっとと自分だけ逃げれば? その背中の羽であなた
だけ飛べば死なずに済むよ? それとも、あなたもミサカと一緒に死んでくれたりする?」
一方通行「…………」
番外個体「ひゃはっ♪ それも面白いかもね。……けどダメだよ……あなたは生きて。あなたはここで
死んじゃいけないんだから。“あの子”もいるしね」
一方通行「……それなら取り越し苦労ってヤツだな。俺は死なねェし、そンな気も起きねェ」
番外個体「あっそう……。生への執着心が残ってるみたいで安心したわ。そんなら早く――――」
一方通行「だがな、オマエを死なせるつもりもねェ」
番外個体「――――は……?」
456: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:15:43.97 ID:aLqdaN20
一方通行「さっきから聞いてりゃあ随分と後ろ向きじゃねェかよ。……らしくねェンじゃねェのかァ?」
番外個体「……死を考えてる時なんて、誰だってこんなモンだよ」
一方通行「じゃあ逆に訊くが、何でオマエは死を考えてやがる?」
番外個体「……だから何度も言わせんなよ。ミサカには生きる理由が――――」
一方通行「それが“死ぬ理由”になるとでも思ってンのかよ? オイオイ、ふざけてンのかオマエ……」
番外個体「はぁ……?」
一方通行「くっだらねェな。全然ダメだ。そンなンで一々死なれたンじゃ学園都市どころか世界中が死体の
山で溢れ返ってンだろォよォ」
番外個体「……!?」
一方通行「っつかオマエはまだマシだろォが。最初っから“生きる目的”ってのを与えられてンだからよォ。
生まれた時から道が用意されてる人間なンざ何処にもいるハズねェってのに……」
番外個体「…………」
一方通行「話にならねェよ。ンなくだらなすぎる理由で死を考えるなンてチャンチャラ可笑しいわ」
番外個体「……挑発してんの?」
一方通行「アイツらにも反吐が出るぐれェ思ったが、オマエ達はもォちょっと死ぬ事を恐れやがれ。みっとも
ねェ姿ァ曝してでも生き足掻く術を覚えろ。生きる目的ってのは生きながらその都度見つけていく
モンだろォがよ」
457: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:18:13.18 ID:aLqdaN20
番外個体「………ッ!」
一方通行「死に急ぐヤツが生きる意味を語るンじゃねェ。オマエはやりてェ事が無いっつったが、そンなモン
これからいくらでも見つけりゃ良いじゃねェか。この先に何があるか分からねェからこそ、生きる
楽しさってのは生まれてくるンじゃねェのかよ?」
番外個体「それは………でも…ッ」
一方通行「挙句にゃ何も残ってねェだァ? 勘違いしてンなよ! 何も無いことは絶対に有り得ねェ!!」
番外個体「……何を根拠にそんな…」
一方通行「俺がいるだろォがよ!!!」
番外個体「――――ッ!!?」
一方通行「オマエに死ンで欲しくない人間が、こォして今オマエの目の前にいて『死ぬな!』って叫ンでンだ!
俺だけじゃねェ! あのクソガキも、この状況ならオマエに生きて欲しいって思うに決まってる!!
超電磁砲もそォだ! アイツは俺にオマエの事を『頼む』っつったンだぞ!? 憎くて憎くて仕方が
ねェ存在な筈の、この俺にだ!! それでもオマエは、『自分には何も無い』って言えンのかよ!?
『妹達』だってオマエが心配じゃない訳がねェ!! アイツらの前でもオマエは同じ事が言えるってかァ!?」
番外個体「……ッッ…!!」
一方通行「オマエの物語(人生)はこれから始まンだよ!! 他人によって動かされる人生じゃない! オマエ
自身が全て決めて生きろ! もォオマエは人形なンかじゃねェンだ! せっかく自由になれたっての
に……死ぬのは勿体ねェと思わねェか?」
458: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:19:50.70 ID:aLqdaN20
一方通行「不安か? 大丈夫だ。何も心配要らねェさ――――」
「――――俺がついてる。オマエが“生き甲斐”ってのを見つけるまで、俺がオマエを支えてやる」
番外個体「………っ……!!!」
一方通行「だから、オマエは普段通りにゲラゲラ笑って生きてりゃ良いンだよ」
番外個体「……ば、ば……ま、真顔で……ななな、何キザなセリフ口走っちゃってんのぉ? 馬っ鹿みたい……///」
一方通行「あァ、我ながら何とも虫唾が走っちゃいるがなァ、全部本心だ。嘘偽りはねェよ」
番外個体「ま、まだ言うかよ………ぶっ――――!」
一方通行「……?」
番外個体「――――ぶぁーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!! ひーひゃはははははははは!!!」
一方通行「…………」
番外個体「口説きの才能あるよ!! いやホント、マジで! んもー限界!! 腹いてええええ!!」
一方通行「……あァ、そォだ。オマエはそォやってアホ面さげてた方がずっと似合ってるわ。……ちっと笑いすぎ
な気がしなくもねェけどなァ」ピキ
459: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:20:52.37 ID:aLqdaN20
番外個体「ひー……ひぃぃ……あー苦し」
一方通行「……オイ、いつまでも笑ってる暇はねェぞ?」
番外個体「あー、分かってる……ったく、どうしてくれんのよ?」
一方通行「あン? 何がだよ?」
番外個体「死ぬ気、失せちゃったじゃん。責任……取ってくれんでしょーねぇ?」
一方通行「……ンなのいくらでも取ってやっから、早く掴まれ。音が近くなってきやがった……。もォここも危ねェ」
番外個体「…………うんっ!」
一方通行と番外個体。
一定の距離を保っていた二人。阻んでいた壁が崩れ落ちるように、二人の間隔が狭まっていく。
手を伸ばす番外個体。そしてその手を掴もうと一方通行も手を伸ばす。
一方通行の身体はすでに少し浮上していた。番外個体の手が届き次第、地上へと舞い戻るつもりで。
しかし、少女の手が少年の手に触れるあと一歩のところで――――。
「ッッッ!!!!!!!」
――――少女の手が、ガクンと下がった。
460: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:22:18.17 ID:aLqdaN20
「!!!!???」
瞬時に蒼白する一方通行。
手を掴む直前で足下が音を立てて崩壊し、番外個体は砕けたコンクリートと共に下層へと落下していった。
目を大きく見開き、今起こった事態に頭を瞬速でフル回転させる。
呆気に取られている場合ではなかった。
「―――――――番外個体ォォォおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」
急速に白い翼が急展開で機動を開始し、一方通行の身体は落下した番外個体を追う。
「………!!!」
下層はすっかり火の海で染まっている。
屋上以外の場所はとっくに原形を失くし、建物自体も倒壊の正に一歩手前だった。
そんな中、極端に温度の上昇した空間で、燃え盛る炎を目指している少女が肉眼に映った。
(いた―――!!!)
確認するや否や、弾丸のように接近していく。
もはや他の事など頭に入っていない。目に映る少女を死なせはしない。それだけだ。
461: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:23:15.71 ID:aLqdaN20
「―――――――ォォォおおおおおおおおッッ!!!!!」
火の海へ番外個体が飲み込まれる、まさにその寸前――――。
(――――――死なせてたまるかァァああああああああああああッッッ!!!!!!!)
白い輝きを発現させた両翼が彼女を包み込んだ。
一方通行自身も光を帯びた全身のまま、炎の中へその姿を消した。
遂に、『地獄の猟犬』のアジトにしていた研究施設が崩壊の綱を渡る。
462: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:24:14.43 ID:aLqdaN20
―――
~○○学区内道~
ゾロゾロ…
婚后「――――で、その極秘施設とやらは何処に在りますの?」
泡浮「えーと……もう少し先にございますわ」(←地図凝視)
婚后「随分と距離がありますのね……。やはりタクシーを拾うべきでしたかしら?」
湾内「この人数だとそれは少々厳しいかと……」
ゾロゾロ…ザワザワ(総勢約二十人の団体)
婚后「……ま、仕方ないですわね」
湾内「白井さん達……大丈夫でしょうか?」
泡浮「心配ですわ……」
カミジョウサマ…ドウカゴブジデ…
ミサカサマー カナラズヤスクイダシテミセマスノー
カミジョウサマガシンパイデスワ…
婚后「………ん? あれは……!!」
463: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:25:36.20 ID:aLqdaN20
全員「――――!!!?」
泡浮「た…建物が燃えてますわ!! 今にも倒壊寸前では……!!」
湾内「って、あそこが目的の施設ではありませんの!?」
婚后「な……っ!!?」
ザワザワ…ザワザワ…
湾内「し、白井さん達……まさか、まだ中にいたりしませんでしょうね……?」
婚后「……ッッ、急ぎますわよ!!」ダダッ
全員「――――はいっ」ダダダダ
婚后(白井さん……!! 御坂さん……ッ!!)
(今、この常盤台の婚后光子が駆けつけますわ!! どうか間に合って!!)
(もう少し近づいたら、わたくしの能力でまずあの炎を――――ッ!!?)
「―――――――!!!!!???」
464: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:26:48.06 ID:aLqdaN20
湾内「………あ……あ……」
泡浮「あれは……な……何ですの……?」
婚后「鳥……いえ、あんな鳥類は存じませんわ………飛行機……でもない。もしや―――――」
「―――――あれは、……人間………ですの………?」
―――
~ほぼ付近~
ブロロロ…
黄泉川「もうすぐ到着だな……。だいぶ遅くなっちまったじゃんよ」
鉄装「パトロール区域から完全に外れたルートですからね……」
黄泉川「だから、事件だって言ってんのに……上はどうも頭が固すぎるってか、何でも疑う事から
始めてるってか……」ハァ
鉄装「それは仕方ないですよ。狂言の可能性もありますし、最近悪質な悪戯も多いこのご時世では…」
黄泉川「そういう類の悪戯をするヤツとは思えんな。月詠センセの教え子じゃんよ。もしかしたら、
本当に何か重要な事件が絡んでいるかもしれないじゃん」
鉄装「……けど…」
465: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:27:55.08 ID:aLqdaN20
~~~
『―――うーんとね、あの人が○○学区にある××の建物で事件が起きてるからアンチスキルを出動
させてって言ってたよ! ってミサカはミサカは一言一句漏れのない正確な情報伝達を成功
させてみたり!』
『いや……一番気になる部分が大漏れじゃん。あの人って誰よ?』
『あ! しまった……! えーと……ミサカたちのヒーローさんだよ♪』
『だからそれはどこの誰じゃんよ!?』
~~~
黄泉川「―――もしあの子の伝言が本当なら、何かが起こっている可能性は高い。お前も夏に地下街
で起きた事件を忘れた訳じゃないだろう?」
鉄装「は……はい…」
黄泉川「あの子はどーも普通の生徒と感じが違う。言い方が悪いかもしれないが、トラブルの星の下で
育ってるような……そんな印象じゃん。いや、違うな……特別な力を持っている、って言った
方が正しいか……?」
鉄装「………」
黄泉川「それに、生徒の言う事も信じないような大人の集まりが警備員って思われるのは癪じゃん?」
鉄装「そ、そうですよね! 生徒を信用できないで、教師は務まりませんもん!」
黄泉川「まぁ、何もないに越したことはな―――――っ!?」
466: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:28:42.82 ID:aLqdaN20
鉄装「よ、黄泉川さん! あれ……!!」
黄泉川「……!!! か、火災じゃん!!」
鉄装「通報現場じゃないですか!? 一体何が…」
黄泉川「そんなん後じゃん!! もう今にも倒壊しそうだぞ! 中に人は取り残されてないよな……?」
鉄装「し、消防隊に連絡します! ………ッ!!?」
黄泉川「? ………おい、どうした鉄装。空なんか見上げて……」
鉄装「よ……よ……黄泉川…………な、何ですかアレ?」
黄泉川「ん……?」ジー
鉄装「あのぉ……私の目が正常だとしたら……あれ、翼の生えた……人間……いや……天使……?」
黄泉川「何ワケ分かんない事言ってるじゃん? ちょっと双眼鏡貸してみろ」パッ
「…………!!!!?」
鉄装「黄泉川さん…?」
黄泉川「う………うそだろ――――?」
467: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:29:41.97 ID:aLqdaN20
「――――なんで……“あいつ”が………!!??」
―――
~同時刻・燃えさかる施設から少し離れた地点~
黒子「――――ふぅ……これで全員でしょうか?」
救助された構成員及び研究員達「………」
美琴「お疲れ、黒子……アンタ大丈夫?」
黒子「まだ全開とは言えませんが、少し休んだらだいぶ回復しましたわ」
上条「もう中に人はいないよな……?」
初春「……ハイ。施設内のシステムは焼けちゃいましたが、その前にデータは採ってありますので」カタカタカタ
佐天「ホッ……よかった……あとは警備員に引き渡せば解決だね」
黒子「数々の証拠も事実上隠滅してしまいましたから、表沙汰になる可能性は限りなく低いですわね」
468: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:30:42.23 ID:aLqdaN20
上条「……………」
(無事なのか? アイツ……)
初春「上条さん? さっきからボーっとしちゃってどうしたんですか?」
佐天「上の方見てるけど、何か落としたとか?」
黒子「まさかサイフとかでは?」
上条「ッ!? い、いやいや! 違うって! ……ちょっと、気が抜けただけだよ」
美琴(馬鹿………)ハァ
佐天「にしても凄い……。もうじき崩れそうですよ」
黒子「もう少し離れた方がよさそうですわね。さ、あとは警備員の到着を待つばか―――ッ!!?」
美琴「ん? どうしたの黒子……?」
黒子「あれは……一体……?」
初春「………あ……あ……」
佐天「何……あれ何なの!?」
美琴「ちょっとー? みんなどうし………ッ…!」
(アレ………ひょっとしなくてもアイツよね……?)
469: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:32:07.40 ID:aLqdaN20
上条「………」フッ
(どうやら無駄な心配だったみたいだな……。ヒヤヒヤさせやがって)
美琴「――――!? 建物が崩れるわ!! みんな離れて!!」
『ッッッ!!!!!????』
数秒後、施設は炎に包まれながら凄まじい音を轟かせて倒壊した。
その場にいた全員が巻き添えの及ばない位置まで汗を巻きつつ走る。
だが倒壊の直前、確かに誰もが目撃した。
最上部を覆う炎の中から突き出る白い光を。
輝きを全身に纏った天使……いや、少年の姿を。
まるで発射したロケットのように純白の翼を美しく羽ばたかせて大空を舞う一方通行。
その優雅な絵に全員は一瞬見惚れた。
到着寸前だった警備員も、御坂美琴救出支援に駆けつけたお嬢様達も。
彼の同僚も、遠くへ避難した幹部の人間も。
470: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:33:08.88 ID:aLqdaN20
そして、目的を成し遂げて凱旋を果たした少年達でさえも――――。
『う……ん……?』
学園都市上空を飛翔する一方通行の腕の中には少女がひとり。
火傷もなく、綺麗な素肌が一方通行の白い顔を照らす。
やっと寝付いた子供を思わせるような邪気のない少女、番外個体の表情。
一方通行はその様子を空中旋回しながら優しく見つめた。
『あ……』
薄っすらと瞼を開ける番外個体。
寝ぼけた風な目つきで一方通行を見上げた。
そんな彼女に、彼はかつて『悪』と名乗っていたのが嘘みたいな口調で伝えた。
『終わったよ。これで、よォやく全てのシメがついた――――』
それはまるで、最愛の我が子をあやす母親のような――――。
『――――だから、オマエはもォ何も恐れなくて良いンだ。ゆっくり休め』
471: ◆8NBuQ4l6uQ 2010/12/16(木) 20:33:41.61 ID:aLqdaN20
彼の言葉に安心した顔で返事して番外個体は再びまどろみ、やがて意識をまた遠くへと飛ばした。
安らかな寝顔は、心の底から幸福に満ちたモノに近かった。
それだけこの寝床(一方通行の腕の中)は居心地が良かったのだろう。
それからしばらく遊覧した後、適当な広地へ着地した一方通行は白翼と輪を消滅させると同時に
気を失い、番外個体と折り重なるように地面へと伏した。
すべての気力を使い果たし、ようやく心休まったというところか。番外個体同様に深い眠りへと
堕ちた一方通行は、ピクリとも動く気配が見られない。
おそらく、もう指一本も動かせないほどの疲労感に襲われているのだろう。
何もない原っぱで幸せそうに眠る二人。
この場所に知人やらそうでない人やらがぞろぞろと集まって来るのは、もう少しだけ時が経って
からの事である――――。
498: ◆8NBuQ4l6uQ 2011/01/05(水) 19:51:36.35 ID:VwRipXs0
―――
~『地獄の猟犬』壊滅から二日後の正午~
生還を果たした学園都市最強の超能力者は、ふっと目を覚ます。
長い夢でも見ていたような、奇妙な感覚が脳を占拠していた。
「…………!」
目をゆっくりと開け、最初に彼が見たのはどこかで見た覚えのある天井だった。
(ここは……?)
夏の締め括りを過ごした病室で一方通行は静かに思考を働かせる。
(………………そうか)
(……何とか生き延びたらしいな。チッ、またここの世話になるたァ……)
(っつゥか、今何日だ? 俺はどンくらい寝てたンだ?)
(確認してェが……何かの薬でも投与されてンのかちっとも身体が動かせねェ……)
499: ◆8NBuQ4l6uQ 2011/01/05(水) 19:54:42.11 ID:VwRipXs0
「…………ッ」
口を開くのも億劫な程強力だが、所屑ただの鎮静剤である。
蓄積されたダメージで苦悶の表情を保ち続けているる彼を見かねた医師が投与を決断したのだ。
そのおかげで身体の痛みは現在殆ど感じないが、副作用として全神経が怠惰モードである。
要するに、寝返りをうつのも面倒なほど身体がダルくて仕方がない、と言ったところだ。
取り敢えず意識を落とす最後のシーンを振り返ってみる。
(………俺は……)
(……確か、木原を地獄に送り返して番外個体と……ッ!?)
そこまで行き着いた所で目元が震撼した。
(そォだ…! 番外個体は!? アイツはどォなった!?)
まどろみ気味の精神がはっきりと覚醒する。
しかし、彼自身の手足は脳から発する命令を無視した。
(クソ……。横になってる場合じゃねェ!)
それでも、頭の中とは正反対の身体を無理に動かそうとする一方通行。
せめて彼女の安否を確認しなければ、コチラも安心できそうにない。
500: ◆8NBuQ4l6uQ 2011/01/05(水) 19:58:15.39 ID:VwRipXs0
脳裏に浮かぶ番外個体の姿。
崩れ落ちる施設からの脱出劇は何故か朧げだった。
(俺は……アイツを護れたのか……?)
記憶の先端に残る光景が夢ではない事を一刻も早く確信したい。
なのに、身体は未だ眠りから醒めていないのか、意思に従ってはくれなかった。
それから少し経ち、誰かが来たと感知した直後ドアが開かれた。
「―――ん? おお、気がついてたか」
「!」
これまた聞き覚えのある声に一方通行は目だけを向ける。
「オマエか……」
そこでようやく喉から言葉が出る。言うまでもないが、電極の充電も完了していたようだ。
501: ◆8NBuQ4l6uQ 2011/01/05(水) 19:59:33.82 ID:VwRipXs0
冥土帰し「今は安静にしていると良い。喋るのも辛いはずだろうからね」
一方通行「そォもいかねェ……」
冥土帰し「色々聞きたそうだが、それはコッチも同じだよ。あとニ~三時間もすれば薬も効力が
薄くなるだろうから、話はその時にしよう」
一方通行「………」
冥土帰し「ああ、痛みなら大丈夫。治療は済んでいるよ。だが精神がまだ相当痛んでいる。君も
しばらくはここで療養した方が良い」
一方通行「ケ……“入院”って素直に言や良いだろォがよ。……ン? “君も”ってのァ何だ?」
冥土帰し「他にも何人か患者がいるが、今、一番安静が必要なのは“彼女のお姉さん”だ。相当
辛い経験をしたらしい」
一方通行「―――! そォだ、超電磁砲……。アイツは無事なのか?」
冥土帰し「精神的にも肉体的にも疲労困憊と言った具合だね。事情は知らないが、あの年頃は最も
デリケートだ。身体よりも心のダメージがつきやすい」
一方通行「そォか……」
(無理もねェな……)
冥土帰し「一体彼女に何があったのかねぇ……」
502: ◆8NBuQ4l6uQ 2011/01/05(水) 20:00:51.62 ID:VwRipXs0
一方通行「やめとけ。詮索が野暮なのは承知してンだろ? ンなことより……大丈夫なのか?」
冥土帰し「勿論、今は順調に回復しているよ。僕を誰だと思っている? 外傷を治せるだけで医者
は務まらないね。あと一週間もすれば普段の日常に帰れるだろう。彼女は世間で失踪報道
されていたが、そこのところも“コチラ”で上手くやるさ」
一方通行「なら良い……」
冥土帰し「それじゃ、また二時間後に来るよ。それまでゆっくり―――」
一方通行「オイ、待て。………番外個体は、アイツの容態はどォなってる?」
冥土帰し「………“それ”についても後でゆっくり話そう。今は他の患者も見なければならないからね」
一方通行「…………」
それだけ言い残し、カエル顔の医者は足早に病室を出て行った。
「…………」
一人、これまでの経緯を振り返る一方通行。
今は番外通行が気がかりだが、もう一つ引っ掛かっている事があった。
「……何コソコソしてやがる?」
503: ◆8NBuQ4l6uQ 2011/01/05(水) 20:02:30.38 ID:VwRipXs0
医者が出たドアに向かって声を投げる。
それから数秒の間の後、おそるおそると少女が入室してきた。
「よォ……いたンならさっさと入って来りゃ良いだろォが」
ちんまりとした頭部を俯かせたまま近づいてくる少女、打ち止めに一方通行は取り敢えずの挨拶を
ぶつけてみた。が、反応はない。
やがてすぐ側まで来た打ち止めに一方通行はチクリと胸を刺されるような感覚を味わう。
「―――――!!?」
やっと見えた少女の目は涙で滲んでいたからだ。
一方通行が何か言おうとする前に打ち止めの足裏は床を離れる。
弧を描いて飛び上がる小さな身体。着地点は当然一方通行だ。
「っぷぐォ!!??」
腹を打ち止めの全体重で圧迫され、何とも間抜けな声を喉から発した。
そして文句をぶつける間もなく嗚咽混じりの苦言が一方通行の心を抉った。
「ばかばかばか!! あなたの大ばか!! ってミサカはミサカはぁぁあああ!!」
胸をポカポカ叩きながらの泣き声。
本気で心配を掛けてしまったのは考えなくても理解できる。
「何しやがるこのクソガキ!」と言いかけた口を閉じ、その代わりに縋りついてくる幼い体を優しく
抱きしめてやった。
504: ◆8NBuQ4l6uQ 2011/01/05(水) 20:04:48.43 ID:VwRipXs0
それからしばらく好きなだけ自分の胸で泣かせた。非難の言葉に何も言い返さず、黙って打ち止めを
抱く腕に力を込める。
一方通行「………悪かった」
打ち止め「もう危ないことしないって言ったのに……ミサカと約束したのに……。あなたにもし何か
あったらミサカはどうしたらいいの? ってミサカはミサカは嫌な想像を膨らませてみたり…」
一方通行「…………」
打ち止め「ミサカがどれだけ心配したか、ホントに分かってるのかなぁ。ってミサカはミサカは疑い
の目で見つめてみたり」
一方通行「ンなの充分すぎる程伝わってるっつーの。だからこォして謝ってンだろォが。安心しろ。
もォどこにも行かねェよ。連絡できなくて悪かったな」
打ち止め「……ホントだよ。お姉様がいなくなったと思ったらあなたまでいなくなって……。おかげで
最近寝不足かも。ってミサカはミサカはクレームしてみる」
一方通行「ガキのうちから夜更かししてンじゃねェよ。ロクな大人になれねェぞ」
打ち止め「あなたのせいだ! ってミサカはミサカは責任を押し付けてみたり」
一方通行「はァ? 意味不明だっつの……」
505: ◆8NBuQ4l6uQ 2011/01/05(水) 20:07:31.08 ID:VwRipXs0
打ち止め「ミサカのお肌があなたのせいでカサカサになっちゃった! ってミサカはミサカは恨めしく
睨んでみたり」
一方通行「ちっとは年相応の言葉を選びやがれ」
打ち止め「むぅぅー……」プクー
一方通行「お、そンだけ丸く膨らンでりゃあと二年は保つンじゃねェか?」
打ち止め「ミサカの肌寿命はそんな短くないもん! ってミサカはミサカは否定してみる! だいたい
あと二年じゃお姉様にも追いついてないよ! ってミサカはミサカは咄嗟に矛盾を見出して
みたり!」
一方通行「あーそォですかい。そりゃ良かったなァ。っつーことは、あと四年か?」
打ち止め「だーかーらっ!! そんなに短いワケあるかーっ!! ってミサカはミサカは富士山の如く
噴火してみる!!」ウガーッ
いつも通りのやりとりがその後も続く。
打ち止めも気づけばすっかり元気な笑顔に戻っていた。
一方通行もこのどこか懐かしい雰囲気にまんざらでもなさそうな様子だ。
寂れた領域に小さな華が咲いていた。
506: ◆8NBuQ4l6uQ 2011/01/05(水) 20:09:33.20 ID:VwRipXs0
―――
「はぁ…」
そんな彼等から少し離れた個室のベッドで仰向けに横たわっているのは御坂美琴。
今回は流石の彼女も精神的に相当参っていた。まだメンタル面が不安定なのも致し方ない。
終わってみれば壮絶な事件だった。中途半端に事情を知っているというのも嫌なものである。
何から考えてみれば良いのか、正直言って分からなかった。
(けど……良かった。帰ってこれて……)
現段階ではやはりその感慨が大半を占めている。
学園都市上位の能力者と言ってもまだ齢十四。これが当たり前である。
医者の話では疲労が蓄積された心神をゆっくりと養生させてから日常へ戻る必要があるとの事。
学校側や報道部、世間への対処はその間に全て始末をつけてくれるそうだ。
美琴が心に余計な負担を受けない様、考慮された上での検討だった。
彼女が安心して元の生活を送れるように。
と、そこへ…。
「―――んんお姉様ぁぁっ!!」
507: ◆8NBuQ4l6uQ 2011/01/05(水) 20:12:07.23 ID:VwRipXs0
「―――!?」
静寂は一瞬にして転機する。
最も親しい間柄と言える後輩、白井黒子の来訪によって。
「く、黒子か……。びっくりしたー」
ベッドから上体を起こし、胸を撫でる。
そんな儚げな装いを見せる美琴を黒子は萌えポイントとして捉えた。
「お体はどうですの? どこか痛いところは? もし何でしたらわたくしがマッサージして
差し上げますわよ。もちろん全身至る所まで――――」
「手つきがやらしいっての!!」
普段より弱めの手刀を返す。
黒子がいなければ自分はこうして帰って来れなかったかもしれない。
多少の痴態も大目に見てやろうと思ったが、やっぱりそれは無理だったようだ。
だからせめて力加減はしようという僅かばかりの感謝である。
「ああん、相変わらずイケズですのぉ」
そしてこの後輩は完全にバッテリー切れ寸前の携帯電話だった。
お姉様エキス不足により変 度絶賛上昇中である。
介護を口実に貞操を奪いそうで怖い。
まあ実際そこまで及びそうものなら制圧するまでだが。
508: ◆8NBuQ4l6uQ 2011/01/05(水) 20:14:10.89 ID:VwRipXs0
黒子「差し入れ持って来ましたの。あとお着替えも」
美琴「うわ……、よくこんなに持って来れたわね」
黒子「わたくしにとっては朝飯前ですのよ」
美琴「ありがとうね、黒子」ニコッ
黒子「はうぅ!?」
美琴「え? ちょっ……黒子!?」
黒子「このお姉様の微笑み………ゴクリ」
美琴「な…」
黒子「お姉様ぁぁぁぁん!!」ピョーン
美琴「ウソッ!? 笑いかけただけで!? アンタも入院した方がいいわよ黒子!! 明らかに
それ悪化してるからぁぁぁ!!」
オネエサマーーー!!
エエイ ヤメンカァァァァァーー!!
初春「……何だか入り辛いですね」
佐天「せっかくだし、LECしとく?」
509: ◆8NBuQ4l6uQ 2011/01/05(水) 20:15:00.25 ID:VwRipXs0
―――
~また別の個室~
上条「あの、なんといいますか……」
禁書「……………」ジリジリ
コチラは説明の必要もなくある意味の修羅場を迎えていた。
禁書「また私に黙って無茶したんだね? そーなんだね?」
上条「う……いやその……」
禁書「私だって短髪のこと心配してたんだよ。なのに、のけ者ってのはどーいうことなのかな?」
上条「だ、だからさ……危ない場所だったし、お前に何かあったらマズイと思って…」
禁書「よーするに足出まといだったって言いたいんだね?」
上条「そんなことはない。けど……」
禁書「お祈りは済んだのかな?」
510: ◆8NBuQ4l6uQ 2011/01/05(水) 20:15:55.50 ID:VwRipXs0
上条「待て分かった! ちゃんと謝る! ごめんなさ――――」
禁書「―――――もう遅いんだよ!!!」
次に聴こえてきたのは肉を噛み千切るような効果音と不幸な少年の断末魔だった。
なあに、いつもの事だ。
511: ◆8NBuQ4l6uQ 2011/01/05(水) 20:17:09.75 ID:VwRipXs0
―――
「………寝たか」
隣接されたベッドでスヤスヤと眠る打ち止めに毛布を被せる。
寝不足だと豪語していたのは事実だったらしい。
「ったく、このクソガキが……」
口元を僅かに歪めて見下ろす寝顔は安堵に包まれていた。
こんな幼い少女にまで心配を掛けたのかと思うと、ややくすぐったい心境になる。
(けどよ、このガキのツラァ見てると……なンつーか、『帰って来た』感じがする)
決して悪くない心地なのはもう否定しない。
一方通行はそのまま打ち止めの寝顔を眺めていた。
やがて―――。
「――――お待たせしたね」
512: ◆8NBuQ4l6uQ 2011/01/05(水) 20:17:49.56 ID:VwRipXs0
ほぼ時間通り、カエル顔の医者が物音少なめに入室してきた。
「あまり口出しはしたくないが、こんな小さな子供を悲しませるのは感心しないよ」
まずは医者特有の皮肉から始まる。
「覗き見たァ大した趣味だな。……ンな事はオマエに心配されなくても分かってンだよ」
「そうかい。ならいいがね……」
面倒臭そうな顔で応じる一方通行。
基本的に保護者面な大人は苦手である。
“親に愛される”という感情を知らない彼ならそれも仕方がないことなのだが。
「さて、早速本題だ。番外個体は今どォしてる――――?」
それ以上の雑談は求めていない、とばかりに一方通行は切り出した。
おそらく、目覚めてから最も頭の中を支配している内容を――――。
537: ◆jPpg5.obl6 2011/01/10(月) 19:57:23.07 ID:E4TJTYnb0
―――
「……大丈夫。彼女は無事だね。今はグッスリ眠っているよ」
カエル顔の医者は一方通行の心情を読み取った上で結論から答えた。
「会えるか?」
さして驚く事もなく、しかし鋭い眼差しが緩む。多少ながらホッとしたという所だろう。
冥土帰し「…………」
一方通行「何もする気はねェ。ひと目で良いからツラが見てェンだよ」
冥土帰し「今はやめておきなさい。彼女もまた、精神に多大な疲労を抱えているからね」
一方通行「そォか……」
冥土帰し「ただ、それ以上に大きな問題がある」
一方通行「あ? 何だよ……」
冥土帰し「君が彼女を引き取る以前に話したことを覚えているかね?」
一方通行「………」
539: ◆jPpg5.obl6 2011/01/10(月) 19:58:44.93 ID:E4TJTYnb0
冥土帰し「彼女の脳波は非常に不安定な状態だった。少なくとも病院(退院)する前まではね。
だが、今の彼女は見違えるほど安定している。まだ意識は戻っていないが乱れも全く
ない、至って“正常”な脳だ。これはどういう事なんだろうね? 一週間前、君たち
が検診に来なかったのと何か関係が?」
一方通行「ソイツは……」
冥土帰し「あぁ、無理に聞こうとは思わないから安心しなさい。ただ……」
一方通行「……?」
冥土帰し「彼女、つまり番外個体の信号だけは孤立したままだ。妹達とのネットワーク回線は依然
復旧の目処が無い。記憶を司る大脳核神経にも異常は見られないのに、妙な話だがね」
一方通行(なるほど……。多分、木原が無理に番外個体の脳内信号へアクセスしたからだろォな)
冥土帰し「彼女達の体内構造なら僕も充分把握している筈なんだが……これについては未だ原因が
分かっていない。申し訳ないね……」
一方通行「要は記憶や知識云々の面なら正常に戻ったが、妹達との共有回路はできねェってンだろ?
それで何の問題がある? 皮肉な話かもしれねェが、これで番外個体は“一人立ち”した
ってことじゃねェか」
冥土帰し「彼女が“普通の身体”ならそれで良かったんだがね……」
一方通行「! どういう意味だ……?」
540: ◆jPpg5.obl6 2011/01/10(月) 20:00:02.36 ID:E4TJTYnb0
冥土帰し「忘れたかい? 彼女の脳波が乱れていた当初、記憶回路は複雑に絡み合ったコードの様な
ものだった……。それが修正されたということは―――――」
「――――このまま放っておけば、彼女は永くない」
一方通行「!!!!???」
場の空気が、その一言で絶対零度にまで低下する。
一方通行は一瞬何を言われたのか理解できないといった面持ちだったが、打ち止めが起きてしまわない
程度の声量で医師へ問う。
一方通行「待てよ……。何だよそれ………どォいう事だよ!?」
冥土帰し「…………」
一方通行「ふざけンな……。そンなの、受け入れるワケねェだろ……」
「やっと、アイツは自由になれたンじゃねェか……。アイツの人生はここからよォやく始まン
じゃねェか……!!」
541: ◆jPpg5.obl6 2011/01/10(月) 20:01:14.34 ID:E4TJTYnb0
(それに、俺は約束しちまったンだぞ………)
(番外個体の側にいるって。いつでも護るって――――)
―――――アイツが生きる希望を見出すまで俺も一緒に歩くって誓ったンだよ!!!!!
なのに………何だよそりゃ……。あンまりじゃねェかよ……
一方通行「……ッ」
冥土帰し「彼女は不安定だからこそ調整免除の状態だったんだ。下手に調整を施せば低下された脳神経に
悪影響を及ぼす危険性があったためにね……。君には嘘を言ってしまった事になるね。すまない」
一方通行「何で……だよ」
冥土帰し「そう言った方が余計な心配や気がかりを持たずに済むと思ったんだ。しかし、彼女はもう自我
を取り戻している。急激な人格生成、肉体成長、これまで生み出された妹達と今の彼女は何も
変わらない。作られた当初に戻った彼女には当然相応の処置を受けなければならなくなる」
一方通行「…………」
542: ◆jPpg5.obl6 2011/01/10(月) 20:02:55.57 ID:E4TJTYnb0
冥土帰し「今、彼女には緊急措置として10032号用の調整室を提供している。手酷く荒らされた精神を静養
させるための応急処置程度にはなるが、いずれ“彼女用”の調整が必要になるのは時間の問題
だろうね……」
一方通行「オイ……。何言ってやがる? 番外個体は学園都市で生み出されたンだろ? ならここ(都市内)
で調整できねェワケねェだろォが」
冥土帰し「君には言い難いが、彼女は『その後の使い道』が用意されていなかった。元々生きる道が与えら
れていなかった、という方が正しいか……」
一方通行「……ッ!!」
冥土帰し「……ああ、僕も同じさ。実に腹立たしいね。人を人とも思わない、汚い大人によって勝手に作ら
れたルールだ。そんなルールを翻弄させてはならない。僕は医者だ。人工的だろうが自然だろうが
命は命さ。生命に差別はできないよ」
一方通行「…………」
冥土帰し「残念ながら、今は調整できる環境が無い。ロシアの研究施設へ“任務達成”を目的に送られた物
と、他には唯一の施設が都市内にあったんだが……」
一方通行「あ……!」
(――――木原の……!!)
冥土帰し「……再びロシアの研究部へ掛け合ってはみるが、環境が整うまで彼女がもつか……」
543: ◆jPpg5.obl6 2011/01/10(月) 20:04:38.06 ID:E4TJTYnb0
一方通行「ッ……何とかならねェのかよ……!!」
冥土帰し「………ひとつ、確実な方法があるとしたら――――」
一方通行「…………」
冥土帰し「――――彼女を、もう一度ロシアへ送ることだね」
一方通行「!!」
冥土帰し「身体はある程度ここの設備で回復できるが、いずれ正規調整が必要になる。そして、それが出来る
環境が現時点ではロシアの研究施設にしかない。……それが最もな妥当策と言えるね」
一方通行「………ロシアへ……大丈夫なのか? 今あそこは……」
冥土帰し「勿論、まともな手段ではまず無理だろうね……。だがそこは僕が請け負うよ。今必要なのはあの子
の“現保護者”である君の許可さ」
一方通行「俺の許可……だァ?」
冥土帰し「すぐにとは言わないよ。少しの猶予くらいならある。今夜じっくり考えておきなさい」
544: ◆jPpg5.obl6 2011/01/10(月) 20:05:41.49 ID:E4TJTYnb0
一方通行「……………」
冥土帰し「釘を刺しておくが、君にロシア移住の許可は下りないだろう……。離れ離れになっても彼女に
生きてて欲しいか、それとも最期の時まで一緒に居たいか、君が選ぶと良い……」
「できれば明日までには決めておいて欲しい」と、それだけ告げて医者は退室した。
横で眠り続ける打ち止めを腕に抱き、一方通行は思慮に明け暮れる。
(ロシアの施設へ連れて行かなきゃ番外個体は死ぬ……。そこでしか調整できねェンなら迷う意味は何も
ねェ。……けどそれはすなわち番外個体と逢えなくなるって事なンだよな……)
(できることなら……俺もロシアへ行きたい。そこでアイツと永住することになっても、俺は構わねェ)
(だが、そしたらこのクソガキはどォする? 腐った連中の巣窟でコイツを残し、俺は向こうで番外個体と
平穏な日々を過ごしました、ってか? 話にならねェな……)
(かと言って一緒に連れて行くなンざもっと論外だ。第一抜け出したとしても、学園都市が俺を逃がすと
は思えねェ。最悪それが原因でコイツが危険に曝されちまう可能性も有り得る……)
(黄泉川や芳川を信用してねェ訳じゃねェが、いざって時に側に居れなかったなンて結末だけはどォして
も避けなきゃならねェ……)
(打ち止めと番外個体。…比べて良い様なモンじゃねェだろ。どっちが良いとか、どっちと一緒に居てェ
とかそォいう次元の話じゃねェ)
(それに、いくら番外個体との約束があるとは言え、やっぱりコイツを置いては行けねェ……。ソイツは
さっきイヤって程実感しちまった。……いや、今更か)
545: ◆jPpg5.obl6 2011/01/10(月) 20:06:52.73 ID:E4TJTYnb0
(………番外個体が生きていくにはロシアへ行かせるしかねェってンなら、答えなンざ最初っから決まっ
てンじゃねェか。どこでだって構わねェ。元気で笑って生きてられるンなら、それ以上の事はない)
(側に俺が居るか居ないか……たかがそれだけの違いじゃねェか。そンな大した問題でもねェ筈だろ……)
「………ッ……」
(ったくよォ……何真剣に考え込ンでやがンだ? もォ答えは出てンだ。早く寝ちまえよ……)
(これが正しい結論に決まってる。どォした方がアイツのためになるかなンて分かりきってるだろォが。
悩む要素が一体どこにあるってンだ?)
(そォだよ。これで良いンだ……。良いンだよ)
(もォ考えるな。寝ろ)
「……………………」
(……っくそ、何だっつーンだ?)
(何、ヤキモキしてンだよ……。ハッ、どォかしてやがるわ……)
(クソったれが……ッ)
「っ……クソが……ッ……!!」
その晩、一方通行は結局一睡もできなかった。
546: ◆jPpg5.obl6 2011/01/10(月) 20:08:18.51 ID:E4TJTYnb0
―――
~明くる日~
「御坂さーん」
「お見舞いに来ましたよ~」
「お姉様ああ~~~ん♪」
「ほーほっほっほ! 御坂さん、ご機嫌麗しゅう」
「御坂様ー、お見舞いに伺いました!」
「御坂様、これ……つまらないものですが……」
「みさかみさかー、調子はどうだー? 梨剥いてやろっかー?」
本日の御坂美琴の個室は見舞い客で賑やかだった。
殆どの人が彼女の無事な姿に喜びを表してくれた。それを見る度に美琴もまた心配してくれる事に
対して嬉しく、同時に申し訳ない気持ちにもなってくる。
表向きでは慕ってくれているお嬢様達も、腹の底では自分を妬んでいたり快く思っていないのでは
ないか、と疑心暗鬼になる時期も少なからずあったが、どうやら皆本気で自分の身を案じてくれて
いたようだ。取り越し苦労というか、それが確信できた意味でも良かったかもしれない。
547: ◆jPpg5.obl6 2011/01/10(月) 20:09:18.56 ID:E4TJTYnb0
「みんな、ありがと♪」
だからここは思いっきり笑顔で振舞うことにした。
早く元の日常に帰りたい。今の美琴が最も強く抱いている願望だった。
直に上条や禁書目録も加わり、さほど広くもない個室ではささやかなパーティーが行われた。
捜索隊の武勇伝(?)や今となっては黒子の黒歴史(?)などが主な話題である。
「―――んで、ただの学生さんを御坂さん関連だと疑って暴行。更にその後被害にあった学生が
起訴するわでもう一時はどうなるかと思ったわ」
「先輩……そのお話はもう勘弁ですの」
美琴が知らない空白の日々。その中には幾つか笑えないエピソードもあった。
「黒子……アンタねぇ…」
立場的に責めきれず、美琴は呆れ顔で後輩を睨んだ。
黒子「あまり思い出したくありませんの……」
初春「まあ、誰にでもグレる時期はありますよ~」
黒子「初春……別にグレていた訳では……」
548: ◆jPpg5.obl6 2011/01/10(月) 20:10:31.25 ID:E4TJTYnb0
佐天「あははは♪ けど今となっては良い思い出じゃないですか?」
黒子「ちっとも良くないですの! ……あぁぁ、お姉様には知られたくなかったのにぃぃ」
禁書「んぐんぐ……久しぶりのビタミンかも♪」
上条「あ! おいこらインデックス! 何見舞い品食ってんだよ!?」
美琴「ああ、私が食べて良いって言ったのよ。いっぱいあるんだからみんなで食べた方が良い
でしょ? だからアンタも普通に食べれば?」
上条「え……いいの? ……じゃあ遠慮なく♪ 隣り座って良いか?」
美琴「う……うん///」
黒子「」ピキッ
お嬢様A「御坂さんと上条さんの周囲を覆うあのピンク色のオーラは何ですの?」
湾内「さぁ……?」
お嬢様B「まさか……上条さん……!?」
泡浮「………ッ!」
549: ◆jPpg5.obl6 2011/01/10(月) 20:12:52.60 ID:E4TJTYnb0
初春「仲良いんですねー……」
佐天「あーあ、けど……相手が御坂さんだから仕方ないっか…」
黒子「お・ふ・た・か・たぁぁ。公共の場で寄り添うのは如何なものかと」
上条「へ?」
美琴「ち、違う違う! 寄り添ってなんかない! 椅子がなくて可哀そうだったから仕方なくt」
黒子「でしたら外部との通信を一切遮断するようなその甘ったる~い雰囲気に対してどうご説明を……?」
美琴「だだだ、出してないわよそんなのっ!!」
上条「お、この梨うめぇ♪」シャリシャリ
美琴「って、のんきに食ってないでアンタもちっとは弁解しろーっ!!」ペシン
上条「アテッ!? 何? 悪い、聞いてなかった」
美琴「ア……ア・ン・タはあああああ!!」
初春「やっぱり仲良いですねぇ……。いいなぁ~」
美琴「――――!!?」
佐天(たま~に初春って強烈なキラーパス出すな~……)
550: ◆jPpg5.obl6 2011/01/10(月) 20:14:13.65 ID:E4TJTYnb0
美琴「………///」モジモジ
黒子「……とりあえず、どこまでも無神経な上条さんにこの鬱憤をぶつけさせてもらいますわね」
上条「は!? 何そのとんでも展開!?」
黒子「ご安心を。ここは病院。搬送の手間も要らないどころか霊安室もすぐそこですの」
上条「ちょ、マジで訳わかんねえ! 食い物に夢中で話聞きそびれた代償がソレですか!?」
禁書「とうまを殴るなら私も混ぜて欲しいんだよ!」
上条「何便乗してんだテメェ!! オイ御坂、何とか―――?」
美琴「そんな別にコイツとは仲良いって訳じゃ……え、でもそれじゃ何なんだろ……ただのくされ縁?」ブツブツ
上条「―――ボソボソ呟いてないで助けてクベブシ!!?」
言い終わる前に頭部は禁書目録に寄生され、頭の激痛を訴える前に黒子の関節技が襲う。
看護士が静粛を促しに来るまで上条は地獄の時間を過ごした。
570: ◆jPpg5.obl6 2011/01/16(日) 19:42:33.26 ID:m49nSPOY0
―――
御坂美琴の病室が賑やかに盛り上がる一方。
「……………」
ひとり空を見上げて黄昏れるは一方通行。
一晩で気持ちの整理をつけるといったどこか女々しさを感じさせる状況に、まさか自分が
陥ることになろうとは夢にも思わなかった。
しかも、未だに胸のわだかまりが解かれていないときた。
(……人生なンて出会いと別れの繰り返しで成り立ってるよォなモンじゃねェか)
(一生涯の別れって訳でもねェってのによォ……俺は何を考えてンだ?)
(こンなンで頭ン中埋めるタイプの人間じゃなかったはずだろォ……?)
(これじゃまるで―――――)
―――――感情移入。
571: ◆jPpg5.obl6 2011/01/16(日) 19:46:15.24 ID:m49nSPOY0
「………ッは、冗談じゃねェ」
番外個体が生き続けられる。それが何よりも一番である。
だが、彼女の末を自身の目で見届ける事は叶わない。
普段ならそこでバッサリと心を据えているはずだった。たとえ目を背けたくなろうとも、
事実を受け入れるだけの度量は持ち合わせていると信じて疑わなかった。
約束に拘っているのか?
最初はそうだと決め付けていたが、一晩考えている内にそれはどうも間違いな気がした。
では、何だというのか?
だが彼自身、既にこの得体の知れない感情の正体に気づきつつある。
「やっぱ、コイツは――――」
「――――“想っちまってる”………ってことになンのかァ?」
ボソッ、と口にしただけで寒気に近い感覚が走る。
自分も生を受けた以上、いつかはそういう相手に巡り会うこともあるだろう。
特に不思議な現象ではない。が、しかし。
「よりにもよって……何でそれが“アイツ”なンだっつーの……」
572: ◆jPpg5.obl6 2011/01/16(日) 19:47:39.24 ID:m49nSPOY0
いつから彼女にこんなくすぐったい感情を抱いた?
自身の全てを崩壊させかねない存在として導入されたあの日から?
学園都市の玩具で一生を迎えないよう、共に反旗を翻そうと契約を結んだあの時から?
それとも、目の前から消えてしまった瞬間から?
(やっぱ……その後か)
記憶を失い、最終兵器という役割から一時的に解放され、ただの少女として一方通行と
再会したあの時から始まっていた。
護衛を名目に渋々ながらも始まった同居。
決して心惹かれたという訳ではない。実際、彼女を護りたいと想う理由は全く別だった。
一緒に居て、悪くなかった。
いや、今思うと眩しいくらいに輝いていたのかもしれない。
打ち止めと居る時とは、また別の――――。
「………チッ、だから……だから何だってンだ。馬鹿げてやがる」
573: ◆jPpg5.obl6 2011/01/16(日) 19:48:41.51 ID:m49nSPOY0
しかし、この真意をここであっさり認めたまま喜々する一方通行ではなかった。
一日葛藤したぐらいで全てを解決させられるほど単純な脳構造ではない。
己が成すべき事を余計な感情でふいにしてしまうなど、誰が許せても彼自身が許さない。
「いつまでもくだらねェ感傷に浸ってンじゃねェよ」
そう自らに命令する。
想いだけで人は生きていられない事ぐらいは知っている。
仮に全てをを認めたとしても、この現状と発展ではどう考えてもこの想いが叶う道理はない。
このまま胸に秘め続けるのも無益というものだ。
「………ッッ」
頭ではそう分かっていても気持ちが晴れない。割り切れない。それが人間である。
彼は決して“怪物”なんかではない。それはあくまで持ち得る力が強すぎるだけにすぎ
ないのだ。
内面は、強さと違い範囲の域が広い。様々な内面を持つ人間が存在するなか、一方通行
もその域からは断じて飛び抜けてなどいない。
(……クソガキにはこンな情けねェツラ、見せらンねェな)
昨夜、勤務を終えてから面会に現れた黄泉川におんぶされて帰った打ち止めの顔が頭に
チラリと浮かぶ。
574: ◆jPpg5.obl6 2011/01/16(日) 19:50:31.52 ID:m49nSPOY0
(ダメだよなァ、こンなンじゃあよ……。かつての“最強”も形無し、ってか?)
(能力開発の頂点がこの程度の問題で頭悩ませるたァ、……笑い話にもなンねェぞ)
(はァ、とンだクソったれに成り下がったモンだぜ……)
滅入った気分を入れ替えようと、一方通行は立ち上がって杖を手に取る。
そしてそのまま病室を出た。許可など知った事か。
―――
「おや? こんな場所で何をしているのですか? とミサカは視界に入ってしまった
ので律儀にコミュニケーションを図ってみます」
「ン……?」
病棟を適当に出歩き、中庭にでも行こうかと足を向けた辺りで声を掛けられた。
誰なのかはいちいち振り向かなくても分かるが、一応振り返る
575: ◆jPpg5.obl6 2011/01/16(日) 19:52:17.59 ID:m49nSPOY0
一方通行「………ンだァ、オマエかよ」
御坂妹「はい、ミサカの検体番号は10032号です。ちょうど実験が打ち切られた個体
であると、ミサカは嫌味を付け加えて説明します」
一方通行「……俺に何を求めてンだ?」
御坂妹「いいえ。とミサカは元被験者の一方通行に対し、取引及び要求の意思はない
実状を告げます」
一方通行「あァそォ……」
御坂妹「はい。以前衣類の贈呈を受けたので、ミサカはそれで充分です。とミサカは
多少事実とは違う点に目を瞑りつつあなたに一応の感謝を示します」ペコリ
一方通行「そォ言やそンな事もあったっけなァ……。いちいち気にしてンじゃねェよ。
ありゃあ正当な報酬ってヤツだ。イヤ、むしろそれについてはもォ忘れろ」
御坂妹「人から何かを与えてもらったのはあれが二度目です。おそらく忘却するのは
困難かと思われます。とミサカはまんざらでもない口調で否定します」
一方通行「……っつーかよォ、オマエこそここで一体何してたンだ? 暇でも持て余し
てンのか?」
御坂妹「いえ。今のミサカには寝床と言いますか、居場所が無いもので……とミサカは
やや躊躇いがちに回答します」
576: ◆jPpg5.obl6 2011/01/16(日) 19:54:05.53 ID:m49nSPOY0
一方通行「あァ? 居場所が無い、……だと?」
御坂妹「病内ホームレスと言えば分かりやすいでしょうか? とミサカは訊ねます」
一方通行「………悪い。さっぱりだわ」
御坂妹「早い話が緊急で運ばれてきた別個体に部屋を占拠されてしまったのです……。
とミサカは病院内で路頭に迷うという珍体験中の身である事をあっさり白状します」
一方通行「あ………」
御坂妹「事情は上位個体……もとい、最終信号と称される20001号経由で掌握しています。
とミサカは僅かに困り気味のあなたへ救いの手を伸ばします」
一方通行「イヤ、別に困り気味ってワケじゃねェが……。なンつーかよォ、すまねェな」
御坂妹「!! ……これは驚きました。あなたも他人に謝罪の言葉を吐けたとは……!!」
一方通行「……今回は、色々複雑なンだよ。とにかく、オマエには感謝してやる。これは
俺個人の事情だから、オマエが余計な気負いを受ける必要はねェ。部屋なら俺
が提供してやっから、好きなだけt」
御坂妹「あ、でも代え部屋があるので。とミサカは杞憂に終わったあなたの善意を心から
労わります」
一方通行「………なら先に言えってンだよクソ野郎が」
577: ◆jPpg5.obl6 2011/01/16(日) 19:56:00.96 ID:m49nSPOY0
御坂妹「一般的に考えて実際に部屋無しとまでは結びつかないものかと……。とミサカは
自分で言ったジョークを棚に上げてあなたを如何わしい目で見つめます」
一方通行「……………」
御坂妹「顔色もどこか優れないように見受けられますが……。もしかするとあまり睡眠が
取れていないのでは? とミサカはあなたの思考能力低下も含めた上で確認を取ります」
一方通行「チッ……」
御坂妹「………何か、悩み事でも抱えているのでしょうか? とミサカは再度訊ね―――」
一方通行「何でもねェよ。ただ寝不足なだけだ」
御坂妹「ミサカにはお話できない事ですか? とミサカは尚も確認します」
一方通行「……人の話聞いてンのかオマエ。何でもねェっつってンだろォが」
御坂妹「…………」
一方通行「ンだよ、その目はよォ? 何か言いたい事でもあンなら言えよ」
御坂妹「……何故、嘘をつくのでしょう……。と、ミサカはあなたの心中を図りかねます」
一方通行「あァ!? そりゃどォいう意味だ!?」
578: ◆jPpg5.obl6 2011/01/16(日) 19:57:45.96 ID:m49nSPOY0
御坂妹「そのままの意味ですが? とミサカは迷いなく答えます」
一方通行「………喧嘩でも売ってやがンのか?」
御坂妹「いつになく短気ですね。とミサカは上位個体経由であなたの“その後”の日常を
把握している上での感想を述べます」
一方通行「……人に飢えてンなら他ァ当たれ。今はオマエのくだらねェ戯言に付き合って
やる気分じゃねェンだ。っつーか、俺に気安い態度とってンじゃねェよ。俺が
誰なのか、もォ忘れちまったってンなら思い出させてやってもイインだぜ?」
御坂妹「人を寄せ付けないために敢えて虚勢を張る。……あなたの不可解な言動の実態が
ようやく理解できた気がします。とミサカは喉に詰まっていた何かが取れたような
感覚を受けます」
一方通行「…………」
御坂妹「何故、他人に打ち明けようとしないのですか? とミサカは質問を変えます」
一方通行「はァ? 頭正常かよ? 人ってのはどこの誰だろォが、他の野郎には言えねェ事
の一つくらい持ってるモンだ」
御坂妹「…………」
一方通行「つまり、“オマエには関係ねェ”ってこった。何がしてェのかは知らねェがな、
他人の心にズカズカ入り込もォとすンじゃねェ。オマエがちょっとでも長生き
してェンならな」
579: ◆jPpg5.obl6 2011/01/16(日) 20:00:25.85 ID:m49nSPOY0
御坂妹「一人で抱え込むよりは周囲の適当な人物にその感情を漏らす事で気も安まるので
はないでしょうか? とミサカは精神論を述べます」
一方通行「ソイツは相手との関係と問題の大小によって異なンだよ。まず、オマエと俺は
何だ? 仲良しこよしで積み重なった関係なンかじゃねェだろ?」
御坂妹「………」
一方通行「っつか、そもそもオマエが俺に軽々しく声を掛けてくる時点でおかしいだろォ?
あのクソガキ経由で何を知ったンだか分からねェが、今オマエの目の前に居ンのは
オマエより先任の一万三十一体全てをブチ殺した極悪非道の殺人鬼なンだぜ?」
御坂妹「……ッ」
一方通行「まァ、こないだは訳ありだったから仕方なくって事で無効にすりゃあイイとしてだ。
とにかく、俺がこの先どンな人間になろォが、過去はどォやったって絶対に消えやし
ねェ。言いたい事は分かるよな?」
御坂妹「…………」
一方通行「俺に気さくな態度をとる前に、俺がどンなヤツなのかを忘れるな。仮に俺が悩みを
抱えたとして、どォしてソイツをオマエに暴露しなきゃならねェ? こンなおかしな
話があってたまるかよ」
御坂妹「……上位個体にも、同じ事が言えますか? とミサカは切り出します」
一方通行「何でそこでクソガキが出てくンだよ?」
御坂妹「じー、とミサカは無言で回答を求めます」
580: ◆jPpg5.obl6 2011/01/16(日) 20:02:18.39 ID:m49nSPOY0
一方通行「……チッ、あのガキはもォ手遅れっつか……、ありゃ駄目だ。いくら言っても聞く耳
持たねェクチだわ」
御坂妹「ミサカも、遺憾ながら同じDNAを受け継いでいるのですが?」
一方通行「オマエはまだ認識力あンだろ? っつーかさァ、何でそンな突っかかってきやがる?
まさか俺に興味持ったとかってンじゃねェだろォなァ?」
御坂妹「自惚れんな。とミサカは一蹴します」
一方通行「……じゃあ何だよ?」
御坂妹「あなたの悩みにおおよその見当がついているからです。とミサカは断言します」
一方通行「何…ィ?」
御坂妹「カマをかけてしまった事については謝罪します。……いえ、“試した”と言った方が
正確でしょうか……」
一方通行「試しただァ?」
御坂妹「ええ。事実上、ミサカの妹と属される“番外個体”。奇しくも今のミサカはオリジナル
(お姉様)と同じ心境という訳です。と、ミサカは胸の内を吐露します」
一方通行「…………あァー、……そォいう案配かよ。クソが」
御坂妹「気分を害したでしょうか? ……ですが、妹達のいわば“末っ子”とも呼べる彼女の
運命を危惧するのはミサカにとって何ら不思議な事ではありません。とミサカはここに
主張します」
581: ◆jPpg5.obl6 2011/01/16(日) 20:03:19.94 ID:m49nSPOY0
一方通行「……要はアイツを俺に任せて大丈夫かってンだろ。……ふざけやがって」
御坂妹「ミサカは至って真剣です。もちろん他の妹達も……」
一方通行「オマエらに計られるまでもねェよ。……なンせ、俺はもォじき御役御免だからなァ」
御坂妹「……どういう意味ですか? とミサカは理解しかねます」
一方通行「さっき俺が悩む理由に見当がどォのとかほざきやがったよなァ? あれの答えなら―――」
御坂妹「離れれば、それでおしまいなのでしょうか?」
一方通行「――――ッ!?」
御坂妹「必ずしも側にいなければ、託してはならないのでしょうか?」
一方通行「………!!」
御坂妹「あの個体を安心して任せられる人物がもし存在するとしたら、……果たしてそれはあなた以外の
誰なのでしょう?」
一方通行「………」
582: ◆jPpg5.obl6 2011/01/16(日) 20:04:08.34 ID:m49nSPOY0
御坂妹「救ってください。あのミサカを……。『最終信号』の時のように」
583: ◆jPpg5.obl6 2011/01/16(日) 20:05:36.30 ID:m49nSPOY0
一方通行「―――――!!!」
御坂妹「……と、ミサカは正直な意見と、個人的願望を並べてみます」
一方通行「……………」
御坂妹「……では、ミサカはこれで失礼します」
御坂妹がその場から去った後、一方通行はしばらくそこから動こうとしなかった。
まるで、その空間だけ時の流れを忘れてしまったかのように。
―――
「“外出禁止”って言われてたのに、あの人は一体どこで何やってるのー!? ってミサカはミサカは
自棄になって叫んでみたり!!」
とある病室で周囲お構いなしに叫ぶは打ち止め。
面会許可開始時間より多少遅れながらもこうしてお見舞いに来てみれば、ベッドはもぬけの空。
仕方なしに彼女達『妹達』の元でもあるお姉様の入院する個室を訊ね、経緯をざっと話した辺りでまた
怒りが込み上げてきたらしい。美琴が寝そべるベッドの上で声を張り上げる少女の姿は約一名にとって
は眼福にしかならないだろうが、生憎まだ授業時間である。
部屋には苦笑気味の御坂美琴と打ち止めしかいなかった。
584: ◆jPpg5.obl6 2011/01/16(日) 20:06:50.76 ID:m49nSPOY0
美琴「オーケーオーケー、もう分かったからそろそろ落ち着きなさいって」
打ち止め「これが落ち着いていられますかー!! ってミサカはミサカは烈火の如く憤慨してみる!!」
美琴「っていうか、アンタも色々苦労してるのねぇ……」
打ち止め「おお! さすがお姉様! ミサカの気持ち分かってくれる!? ってミサカはミサカは目を
輝かせてみる」
美琴「なんか他人事とは思えない、って意味なら同意できるわ」
打ち止め「人の気も知らないで自由奔放っていうか自分勝手っていうか……。少しはミサカの立場にも
なって考えて欲しいなぁー。ってミサカはミサカは無駄と分かってても切望してみる」
美琴「………」
(聞けば聞くほど共感できる……。アイツもそうなのよね~。コッチの知らない所で無茶ばっかり
して……。真っ直ぐなのも良いけど、少しは心配してる人の身にもなってみろっつーの!)
打ち止め「お姉さま……?」
美琴「………えっ?」
打ち止め「今、顔が怖かったよ……。もしかして、怒ってるの? ってミサカはミサカは頭を冷やして
お姉さまの顔色を窺ってみたり」
585: ◆jPpg5.obl6 2011/01/16(日) 20:09:26.63 ID:m49nSPOY0
美琴「べ、別に……」
打ち止め「やっぱり、急に押しかけちゃって迷惑だったかなぁ……。ごめんなさい、お姉さまも安静に
してなきゃいけないのに騒いじゃって……。ってミサカはミサカは反省してみる……」
美琴「ち、違うって! そんなことないから!」
打ち止め「ほんと……?」
美琴「当たり前じゃないの。アンタも私の妹(?)なんだから、変に遠慮なんかしてんじゃないわよ」
打ち止め「……」ホッ
美琴「ほら、そんな顔してないでコッチ来なさい。一方通行が帰って来るまでここにいて良いから」
打ち止め「うんっ♪」
美琴(ホント良い子よねぇ……。アイツと一緒にいたってのが信じられなくなりそう)
美琴「―――とりあえず、一方通行には会った瞬間思いっきりグーパンしてやんなさい」
打ち止め「グーパン……? ってミサカはミサカは首を傾げてみる」
美琴「あぁ、やり方教えるわね」ムクッ
打ち止め「お、お姉さま!? 立ち上がって大丈夫!? ってミサカはミサカはオロオロ…」
美琴「平気平気。んじゃいくわよ。いい? まずは―――――」
それ以降、彼女達の周囲は空手道場などが放つそれに近い雰囲気を醸し出していた。
603: ◆jPpg5.obl6 2011/01/21(金) 18:31:12.06 ID:uVFvoK6Q0
―――
第一の保護対象が自分へ制裁を加えるための手ほどきを姉から受けている事など
知る由もなく、一方通行は通路の中央でただ立ち尽くしていた。
頭に残る御坂妹の言葉。
事もあろうに、彼女は番外個体を自分へ託すような発言をした。
かつて、彼女以前に作られた個体全部を虫けらのように虐殺していたこの自分に。
(……それがどォいうことに繋がンのか、アイツは本当に理解できてンのか……?)
勿論、そこには相手への信頼が必須事項となる。誰かに何かを任せる以上、それは
付属品のように絡みついてくる。
御坂妹がどんな気持ちで一方通行に自分の妹個体を託したのか、今の彼には分かる
はずもない。
が、
(『クソガキのよォに』……か)
思い描くは夏の終わり。
打ち止めと最初に出会い、ウィルスコードの侵食から救い、能力を失い、それからも
色々ありながら今日まで進んできた。
今考えると、『縁』、『運命』といった科学外の法則も案外馬鹿にできないものだ。
604: ◆jPpg5.obl6 2011/01/21(金) 18:32:42.29 ID:uVFvoK6Q0
「………ふっ」
仮にも科学の街でトップに立っていた自分がこんな事を考えるのがどこか滑稽だった
のか、微かに吹き出してしまう一方通行。
「……………」
やがて、何かが吹っ切れたような表情を作る。
(……まさか、アイツに教えられるとはなァ………)
それは、悩みを解決させた人間が出すものに近い、清涼な空気だった。
(どンだけ遠く離れよォと、護り続けるのは不可能じゃねェ)
(“俺が番外個体の幸せを願い続ける”ンだ。……アイツが平和に生きていける様、常に
心のどこかにアイツの存在を留めておきゃ良い)
(そォだ、たとえ番外個体がそれを望まないとしても、俺は―――――)
ヴーーーン……
マナーモードにしていた携帯電話が、突然震動したのはその時だった。
605: ◆jPpg5.obl6 2011/01/21(金) 18:33:52.66 ID:uVFvoK6Q0
「……?」
表示は非通知。とすると、心当たりはひとつ。
「丁度イイな……」
どの道確認したい事があった。
一方通行は鳴り続ける携帯電話を片手に持ちながら外へ歩いた。
院内で堂々と話すのもどうかと思ったからである。
『――――よう、元気に入院しているかにゃー?』
通話口から聴こえてきた予想通りの声にふっと落ち着き、極めて冷静に努めた返答を送る。
一方通行「……ふン、とっくにくたばっちまったかと思ったぜ。このペテン野郎が」
土御門『はて、何のことかにゃー?』
一方通行「すっとぼけてンじゃねェぞ。俺が何も気づいてない、とでも思ってたのかァ?」
606: ◆jPpg5.obl6 2011/01/21(金) 18:35:33.37 ID:uVFvoK6Q0
土御門『………冗談だ。まずは一言言わせてもらうぜよ。ご苦労さん』
一方通行「あの無能力者もオマエの差し金だったンだろ? ……素敵な嫌がらせしやがって」
土御門『ま、バレてしまった以上黙ってても仕方ないな。……正解だ。アイツは“表の俺”と
級友設定になっている』
一方通行「………裏に精通してないあの野郎が目の前に現れた時から何かあるとは思ったがな」
土御門『驚きが薄いってことは、予想範囲内だったワケか。よく俺に結びついたな』
一方通行「見くびってンじゃねェ。誰がどの程度の力量かぐらい把握できンだよ。あの状況で
仕掛け人が務まる野郎なンてのはごく一部に限られるだろォが」
土御門『ま、コッチも分かった上で連絡したからにゃー。話が進む分には不都合無しだ』
一方通行「……で? オマエの用件は何だ? 一応聞いといてやる」
土御門『任務達成の労い♪』
一方通行「………ふざけてやがンのか?」
土御門『いつも以上にジョークが通じないヤツだ。……まぁ、半分は本当なんだが』
607: ◆jPpg5.obl6 2011/01/21(金) 18:37:22.88 ID:uVFvoK6Q0
一方通行「コッチも聞きたい事がある。先にソッチの話を聞いてやろうってンだ。言う事がある
ンならさっさと言え」
土御門『俺から言う事は先の通りさ。“番外個体(機密少女)護衛任務”を無事真っ当したお前
に、上層部から感謝の言葉を伝えるようにも言われている』
一方通行「……何だと?」
土御門『おーっと、勘違いすんな。あくまでも“第三次製造計画”や木原数多の件とは無関係の
“正当派閥”だ』
一方通行「………ソイツには総括理事も含まれてンのか?」
土御門『当然♪』
一方通行「……………」
(“正当”、ねェ………)
土御門『あとは見舞い代わりの報告も兼ねて、ってトコか。任務中連絡できなかった事については
詫びておくぜよ。俺はもちろん、海原も結標も無事だ。心配したか?』
一方通行「……しねェよ。っつか、暗部(ウチラ)はそォいう集団じゃねェだろ」
土御門『忘れてなくて良かったぜい』
一方通行「…………」
608: ◆jPpg5.obl6 2011/01/21(金) 18:38:53.73 ID:uVFvoK6Q0
土御門『――――さて、俺からは以上だ。ソッチの聞きたい事ってのは何だ?』
一方通行「……それももォ察しがついてンじゃねェのか?」
土御門『………一応、な』
一方通行「おォ、なら話は早ェ。ちと世間話に付き合えよ」
「何しろコッチは“目標”一つ護り抜くので手一杯だったからなァ……。生憎“それ以降”
についてはまだ何にも把握できてねェンだわ――――」
「――――まず教えろ。オマエ達の“事後処理”ってヤツを俺も確認したい」
609: ◆jPpg5.obl6 2011/01/21(金) 18:39:57.97 ID:uVFvoK6Q0
―――
上条「……ふうん、そうか。でも、良かったじゃないか。順調に回復してるみたいだし」
美琴「まぁ、今回ばかりは流石に心配掛けすぎちゃったからね。早く学校戻って皆に会いたいわ」
上条「………ごめんな」
美琴「ッ!? な、何でアンタが謝んのよ!?」
上条「いや、もっと早く助けられたら……ってさ」
美琴「ちょっ…やめてよ! 元はと言えば私の失態なんだから、アンタがそんな顔する必要なんて……!」
上条「……けど…」
美琴「……馬鹿。充分、嬉しかったわよ。アンタが、助けに来てくれて…」ボソッ
上条「えっ……?」
美琴「な、何でもないっ! そ……それよりさ、さっき打ち止めと……」
上条「ああ、打ち止めなら来る途中そこですれ違ったな。何かすげぇ勢いで走ってったけど……」
610: ◆jPpg5.obl6 2011/01/21(金) 18:40:46.26 ID:uVFvoK6Q0
美琴「そ、そうそう。一方通行が部屋にいなかったからコッチに来てたのよ」
上条「……? あぁ、そう……」
(何でソワソワしてんだ御坂のヤツ……。トイレにでも行きたいのかな?)
美琴「………///」
(考えてみたらいつもと逆よね……。私が入院してコイツが見舞いに来るケースなんて初めて
じゃないの…)
(私の場合はなんだかんだでコイツが気になってたからお見舞いとか来てたけど、……コイツ
はどうなんだろ…?)
(っていうか現にこうして来てくれてるんだし、もしかしたらコイツも私のこと……やっぱり
……少しは……///)ニヘラニヘラ
上条(笑いだしたぞ……。大丈夫なのか? やっぱり何か後遺症でも残ってるとか? どうする?
医者呼んだ方が良いのかな……?)
心理はともかく、一見には青春のワンシーンに思えなくもないこの光景。
コチラはどうやら心配要らないようだ。
611: ◆jPpg5.obl6 2011/01/21(金) 18:41:39.11 ID:uVFvoK6Q0
禁書「むぅぅ………あの不穏な空気は何なのかな?」ジーッ
と思った矢先に騒動は起きるものである。
騒動と言っても日常通り、この後はとある少年の頭部が犠牲になるだけなので特に問題はない。
612: ◆jPpg5.obl6 2011/01/21(金) 18:42:27.71 ID:uVFvoK6Q0
―――
土御門との通話を終え、胸中穏やかな一方通行は病内へ戻っていた。
番外個体が隔離されている病棟へ、自然と足が向いていた。
会えやしないのは分かっている。
だが、それでも一方通行の足は止まらなかった。
番外個体の誕生したきっかけとなった第三次製造計画。
ロシアで一方通行が警告したにも関わらず計画を推進する“派閥”の一斉検挙。
木原数多と裏で手を結んでいた上層部の一部や計画を極秘に進めていた主要団体も同様に捕縛
され、事実上“計画は完全に凍結した”。
この吉報に一方通行はとりあえず満足する。
~~~
一方通行『――――つまり、今回の件に関わっていた連中は全員摘発された……って事でイイな?』
土御門『ああ、彼女に接触を計ろうとする輩はこれで根絶やしのはずだ』
613: ◆jPpg5.obl6 2011/01/21(金) 18:43:20.17 ID:uVFvoK6Q0
一方通行『……そォか』フッ
土御門『悪いな。結果的にお前一人を前線で泳がせてコッチが裏でコソコソしてた、って言われても
否定できんぜよ』
一方通行『イヤ、どの道今回は俺が前に出てただろォな。オマエらがどォ動こォがソッチの勝手だ。
俺は俺で好きにさせてもらったってだけの話じゃねェか』
土御門『お? 珍しく寛大だな』
一方通行『今度ばかりはな』
土御門『はは、そうか。……何はともあれ、これで“護衛”は任務上終了ってことになるにゃー。
改めてお疲れさん。良ければ感想でも伺いたいんだが』
一方通行『ったく……、今までで一番くだらねェ仕事押し付けやがって……つくづく退屈しねェな』
土御門『安息を求めるなら、“表”へ帰っても良いんだぞ?』
一方通行『っは、ふざけンな――――――』
『――――その“表”を死守するために、俺達が在るンだろォがよ』
614: ◆jPpg5.obl6 2011/01/21(金) 18:44:23.12 ID:uVFvoK6Q0
~~~
御坂妹の言葉で胸のつかえは幾分和らいだが、決意を表明するにはまだ心残りがあった。
それは、残党によって番外個体が再利用されてしまうことである。
ロシアへ帰還した彼女をこのまま推進派が放っておくとは思えない。
もしもまた魔の手が伸ばされたら、遠く離れた場所に居る自分には何もできないだろう。
しかし、土御門からの報告がその不安を解決へと導いてくれた。
勿論、これで全ての元凶が消えた訳ではない。金と欲望に溺れた汚い大人はいくらでもいる。
いつ、新たな刺客が送られて来ないとも限らないのだ。学園都市はそういう街である。
目的のために、己の私利私欲のために人道を外れる連中の巣窟。
それは頑固な油のようにこびり付き、簡単には剥がれそうにないだろう。
だが、一つの嵐が去ったことに違いはない。
(ひとまず、これで安心……ってヤツか)
あとは今後、彼女が平和に生きていけるよう願うだけだ。
そして、彼女がロシアへ旅立つ日まで、一方通行は側で見守る決心をした。
番外個体を無事に、ロシアまで―――――。
「―――――ン?」
615: ◆jPpg5.obl6 2011/01/21(金) 18:45:29.42 ID:uVFvoK6Q0
と、その時だった。
通路の反対側から小さな少女がコチラへ一目散に走ってくる様が視界に映る。
その少女が打ち止めであると認識した瞬間、一方通行の穏やかな目は一転して険しくなった。
と言っても、悪戯を犯した我が子を叱る母親の目に近いものであるが。
「あンのクソガキがァァ……」
ノンストップで駆け寄って、というか飛び込んで来る勢いの打ち止めに喝を入れようと声を
張る――――。
「オイ! 病院で縦横無尽に走り回ってンじゃ――――!?」
しかし、その途中で負けず劣らずの大声量が少女から返ってくる。
「――――今までどこフラついとんじゃこのアホンダラがぁぁぁああああああ!!! って、
ミサカはミサカは声を大にして叫んでアナタへお仕置きのグーーパァァァンチ!!!」
「!!!???」
616: ◆jPpg5.obl6 2011/01/21(金) 18:47:52.39 ID:uVFvoK6Q0
ここで、一方通行の時は停止した。
一方通行が叱り終える前に打ち止めは拳を突き出したまま身体ごと突進する。
拳が直撃した途端、不思議と鐘の鳴る音が響いた。
「ご……ォ…………ッッ!!!??」
悲しい誤算は二つあった。
一つは完膚なきまでの油断である。
そしてもう一つは打ち止めの身長が低かったことだ。
腹部を狙い済まして放ったはずの一撃は、必然的に目標より下の方へと下がる。
……あとは一方通行の痛々しい様子からも察する通りだ。
「こ……のォ………クソガキィ………いきなり……何………しやが……っ……」
最後まで言い切れずに冷たい床へ不格好のまま崩れ落ちる。
618: ◆jPpg5.obl6 2011/01/21(金) 18:52:22.68 ID:uVFvoK6Q0
「おお!? まさかの一発大成功!? ってミサカはミサカは予想外の結果に驚いてみたり!
………あれ? ……ねぇ、大丈夫? ってミサカはミサカは思った以上のダメージを抱えた
風に見えるアナタを心配してみる」
当の打ち止めは自分の拳の破壊力にでも驚いたのか、自らの手を興奮気味に見つめている。
彼女には一方通行の痛みが共有できなかった。いや、おそらく共有できる日など永遠にやって
来ないだろう。
しかし、いっこうに回復の兆しを見せない一方通行を流石に不審に思ったのか、チョロチョロと
周囲を跳ね回って様子を窺う。
「……おーい、生きてるー? ってミサカはミサカはつんつん♪」
いかに幼い少女の小さな拳と言えど、勢いがついたままの金的パンチは相当応えたようだ。
ダンゴムシのように丸くなりながら小刻みに震える一方通行と、それを不安げに見つめながら
ツンツンと突付く打ち止め。
この奇妙な光景はこのまま数分ほど続く。
641: ◆jPpg5.obl6 2011/01/27(木) 18:46:52.53 ID:p7b+IEla0
―――
「……………」
番外個体が隔離されている個室(ミサカ10032号の部屋)の扉には『面会謝絶』の札が
分かりやすく掛けられていた。
「まァ、そりゃそォだわな……」
諦めて大人しく病室へ戻れ、と脳は命令している。
だが身体は寸分たりとも動く素振りがない。
足が床に固定されたかのように、一方通行は扉の前で棒立ちとなっていた。
目線は扉に向けられたまま。
ネー モウユルシテー ッテミサカハミサカハアナタニユルシヲコウテミル
(あの医者が言うには命に別状はねェらしいが、やっぱり一度見ねェと落ち着かねェ……)
(元気な姿……じゃねェにしても、せめてアイツが生きているって事実をしっかりと確認
しておきたい)
ウワーン ゴメンナサイー ッテミサカハミサカハサンジュッカイメノシャザイヲシテミル
642: ◆jPpg5.obl6 2011/01/27(木) 18:48:06.87 ID:p7b+IEla0
(っくそ、……何だってンだよ。これじゃまるでただの我が儘小僧じゃねェか)
(どォ対処すりゃ良いンだ? この浮ついた感情とよォ……)
「うあーん! もう三十一回も謝ってるんだよ!? もういい加減に許してくれても良いん
じゃないかな!? ってミサカはミサカは痛む頭を押さえて涙目になってみる!」
「っつーかオマエ……………」
そこでやっと一方通行は少女に顔を向けた。
一方通行「……ついて来ンなっつっただろォがよ」
打ち止め「うわ、いつにも増して冷酷!? ってミサカはミサカは唖然としてみる。元はと
言えばアナタが勝手に出歩いてミサカを心配させたのが原因なんだよ! って、
ミサカはミサカは弁論してみたり」
一方通行「うっせェな。………別にさっきの事で怒ってるワケじゃねェよ」
打ち止め「十五回もミサカの頭を壊れたテレビみたいに手刀入れてまだ怒ってたらミサカは
ミサカはアナタの器の小ささに呆れ果てるよ!!」
643: ◆jPpg5.obl6 2011/01/27(木) 18:50:04.35 ID:p7b+IEla0
一方通行「ハッ、あれで許しただけ寛大だと思いやがれ」
打ち止め「ミサカは一発しか入れてないのに、十五倍返しってどうなの!? ってミサカは
ミサカは児童虐待を訴えてみる!」
一方通行「オマエには一生掛かろォが共感できねェ“特殊な事情”ってのがあンだよ」
打ち止め「何それ? ってミサカはミサカは意味がサッパリわからないんだけど……」
一方通行「今は知らなくて良い。っつか知るンじゃねェ」
打ち止め「……?」
一方通行「っつゥかよォ、あンな粗暴なやり方どこで覚えやがったンだ?」
打ち止め「うっ…」
一方通行「突っ込ンで来た時のセリフが妙に棒読み臭かったしよォ……」
打ち止め「」ギクッ
一方通行「あ? 何目ェ泳がせてンだ?」
打ち止め「な、何でもなーい。ってミサカはミサカは口笛を吹いて誤魔化してみる」フーフー
一方通行「吹けてねェじゃねェか。………もォイイ。とにかく、先に俺の部屋ァ戻ってろ。
俺もすぐに戻っからよ」
644: ◆jPpg5.obl6 2011/01/27(木) 18:51:08.85 ID:p7b+IEla0
打ち止め「えー? アナタも一緒に行こうよ。ってミサカはミサカは手を引いてみたり」
一方通行「俺はもォ少しここに居る」
打ち止め「……どうして? ってミサカはミサカは訊ねてみる」
一方通行「………さァな、俺にもよく分かンねェ」
打ち止め「……………」
一方通行「そンなツラァ見せてンじゃねェよ。何もするつもりはねェさ。コイツはただの
“我が儘”ってヤツだ」
打ち止め「わかった。……早く戻って来てね? ってミサカはミサカは聞き入れてあげる」
一方通行「おォ、なるべくな……」
打ち止めを見送った一方通行は、再び目線を正面へと戻す。
(クソったれが……。せめてクソガキの前でぐらい普段通りでいやがれっての)
(余計な不安抱かせてどォすンだよ?)
(あァー……、なンつーか、空回りしちまってるよなァ……。不器用に生きる術なンて知ら
ないってのによォ)
645: ◆jPpg5.obl6 2011/01/27(木) 18:52:03.22 ID:p7b+IEla0
クソガキの所へ戻る前に少し頭を冷やす必要がありそうだ。
そう判断した一方通行は扉の前から動こうと身体を横に向けた。
ちょうどそこへあのカエル顔の医者が視界に映る。
廊下の向こうからコチラへ歩いて来る医者に一方通行は一瞬固まった。
「おや? こんな所でどうしたのかね?」
「あ……イヤ……な、何でもねェよ」
何故か急に居づらい心境になり、彼にしては珍しく慌てた様子で対応してしまった。
やましい事など別になにもしていないのに、どういう訳か気持ちが動揺を隠せなかった。
「ふふ」
医者はそんな一方通行の心理を知ってか知らずか、思わせぶりな笑みを浮かばせた。
一方通行「オイ……オマエ何ニヤついてやがる?」
冥土帰し「いや、何でもないよ。君の若者らしさを垣間見て思わずほくそ笑んでしまった、
なんて事はないからね?」
一方通行「そりゃあどォいう意味だ?」
冥土帰し「さてね。ところで、彼女に会いに来たんだろう? 中へ入らないのかい?」
646: ◆jPpg5.obl6 2011/01/27(木) 18:53:43.23 ID:p7b+IEla0
一方通行「あァ? 俺の目が節穴か何かと勘違いしてンのか? 『面会謝絶』って書いて
あンだろォがよ」
冥土帰し「ああ、それは君や関係者以外が入らないように僕が掛けたんだよ。別に何も
問題はないね。というか、君ならこんな警告の言葉は効かない前提だったん
だが……。意外に律儀な一面を持っているようだね」
一方通行「………ッ!」ベリッ!(←札を思い切り引き剥がした)
冥土帰し「おや? 気に障ったんなら謝るね?」
一方通行「“医者の遊び心”ってヤツかよ? そもそもここは隔離病棟なンだから、一般
の人間がまずここまで来るワケねェだろォが!」
冥土帰し「まあ、それもそうだね」
一方通行「…………」
(この狸野郎……)
「……まァイイ、そォいうことなら遠慮なく入ンぞ?」
冥土帰し「ああ……」
わざわざ断りを入れる部分も一方通行が人として落ち着いた要素だと言えるだろう。
しかし、カエル顔の医者はそれを口に出さなかった。
彼も一応患者なので、あまり刺激するのは病院にとっても自分にとっても非常に良ろしく
ない、と判断したからに他ならない。
647: ◆jPpg5.obl6 2011/01/27(木) 18:55:29.43 ID:p7b+IEla0
ギィィ…
今回で初めての入室となった妹達の調整部屋。
見るからに他の個室とは造りが違っている。
「――!」
調整器よりも奥に設置された簡易ベッドに番外個体は寝かされていた。
どうやら迅速に必要だった処置はとうに施され、今は安静にさせているらしい。
「………」
一方通行は逸る気持ちを抑え、ゆっくりと彼女の側まで歩み寄った。
そして、その寝顔を真上から見下ろす。
「……スー……スー……」
規則正しい寝息が一方通行の心を落ち着かせてくれた。
(コイツが、俺に向けて放たれた最終兵器……ねェ。ホラを吹くのも大概にしとけっつの)
その安らかで無垢な寝顔を見ればおそらく誰しもが彼女の存在意義を疑うだろう。
(けど、良かった。……俺はまた、大事なものを失わずに済ンだンだな)
648: ◆jPpg5.obl6 2011/01/27(木) 18:56:50.10 ID:p7b+IEla0
(どこの神がどンな気まぐれ起こしてンのかは知らねェが――――)
(――――感謝するぜクソったれ)
「…………ん…」
「……!」
心の声でも聞こえたかのように番外個体の眉がピクリと反応する。
やがて、その瞳は薄っすらと瞼から現れて一方通行を見つめた。
「……おォ、起こしちまったか」
「…………あ………?」
徐々に覚醒する意識。番外個体は朧げな記憶を無言で探り、末に息をつかせて微笑した。
番外個体「ふふっ。寝覚めにあなたの顔って、良いキツケになるね」
一方通行「ふン、うるせェよ……。それより体は平気か?」
649: ◆jPpg5.obl6 2011/01/27(木) 18:58:07.20 ID:p7b+IEla0
番外個体「……ちょっとダルイかも。あんま考え事とかするのはまだ無理かな」
一方通行「そォか。……良い、何も考えンな。今はゆっくり休ンでろ。俺はもォ行くから―――」
番外個体「――――待って」
一方通行「ン…?」
番外個体「……いいよ、ここにいて…」
一方通行「……………」
「………ったく、仕方ねェな」
番外個体「あれ? やけに素直だね。……どうしちゃったの? 気持ち悪いよ」クスッ
一方通行「何なら子守唄でも歌ってやろォか?」
番外個体「やめて、吐き気がするから」
一方通行「……ならとっとと寝ちまえ」
番外個体「眠くないよ。むしろ寝すぎてダルイ感じ……」
一方通行「………」
650: ◆jPpg5.obl6 2011/01/27(木) 18:59:27.22 ID:p7b+IEla0
番外個体「ミサカね、夢見てた……のかな?」
一方通行「……どンな?」
番外個体「――――あなたとミサカが普通に一緒に暮らしてる夢」
一方通行「………!!」
番外個体「わだかまりもしがらみも……何も無い。まるで最初からずっと仲が良かった様な……」
一方通行「……ッ…」
番外個体「そんな、有り得ない夢……。ひゃはっ、思い出すだけで鳥肌立ちそう☆」
一方通行「…………」
651: ◆jPpg5.obl6 2011/01/27(木) 19:00:32.61 ID:p7b+IEla0
番外個体「―――でも……悪くなかった……な……」
「何ていうか、居心地良くてさ……。しかもやけに鮮明に覚えてんだよね。……こんな
使い捨てのミサカに、何でだろ……」
「あんな風にあなたと過ごす日なんて、未来永劫来るはずないってのに……ま、だから
夢なんだろうけどね」
「けど……、“アッチの世界”は……本当に楽しかったよ。できることなら、もう一度
行きたいかも。……なんてね、あはは」
一方通行「……ッッ…!」
番外個体「……? 何でそんな悲しそうなツラしてんの? ミサカの夢物語に感動でもした?」
一方通行「………そンなンじゃねェよ。馬鹿が」
番外個体「へいへい、どうせミサカは生まれたてのお馬鹿さんですよー。んなことぐらい自覚
してるっての」
一方通行「そ、そォいう意味じゃねェ!」
番外個体「…………」ジー
一方通行「……何見てンだよ?」
652: ◆jPpg5.obl6 2011/01/27(木) 19:01:50.94 ID:p7b+IEla0
番外個体「なんか……その目、似てる」
一方通行「あァ?」
番外個体「夢に出てきたあなたも、そんな目……してた気がする」
一方通行「っ………アホか。夢の話を現実に持ってくンじゃねェよ」
番外個体「………そっか……だよね……」
「全部――――ミサカの夢……か……」
一方通行「………あァ、そォだ」
(俺にとっても……あのクソ短ェ日々は―――――)
(――――最高の夢だった………)
決心は、これで完全に固まった。
653: ◆jPpg5.obl6 2011/01/27(木) 19:02:36.92 ID:p7b+IEla0
番外個体と対面し、何気ない言葉を交わす。ただそれだけで一方通行の意志は深みを増す。
(もォ、何も迷いはない。後悔なンざするワケもない)
(側にいれなくても、コイツへの想いは決して消えることはねェ)
(どこでだって構わねェ。俺はコイツに――――――)
――――― ただ、生きていて欲しい ―――――
切なく、晴れやかな選択肢を一方通行は選んだ。
(――――お別れだ。番外個体………)
654: ◆jPpg5.obl6 2011/01/27(木) 19:03:48.58 ID:p7b+IEla0
―――
ロシアは遠い。
気軽に会いに行くには余りにも距離が離れすぎているし、色々と手続きや準備がかかるだろう。
世界の情勢的に、学園都市とロシアは一部を除いて敵対関係の立場にある。
そんな国に番外個体を単体で送り出すのはやはり不安が尽きないが、あのカエル医師の人脈で
良心的な家庭に引き取られる事が決定した。ごく一般夫婦の養子として。
あとは、退院次第である。そしてその日までは大した時間も残されていない。
一方通行はそれまでの間、毎日番外個体の病室へ足を運んだ。
せめて彼女が学園都市から離れる間だけでも極力一緒の時を過ごしたい。もはや単なる願望だ。
今の番外個体ではそんな彼の行動の真相まで読み取ることなど不可能である。
夢は所詮夢。どんなに鮮明に残っていたとしても、時が経つに連れて記憶というものは薄れて
いくものだ。
「―――よォ、気分はどォだ?」
「―――んー……だいぶ頭痛はしなくなったかな」
そして今の番外個体は一方通行に対する負の感情が蓄積されなくなっている。
記憶自体は残っていても新規のマイナス要素が増えない分、一方通行へかつて抱いていた殺意
は少しずつ思い出へ変わりつつある。
現に一方通行の来訪で番外個体が顔をしかめる事は一度も無かった。まるで最初から来ること
が分かっていたかのように、彼女は一方通行を受け入れた。
時には見舞い品を持参し、それを二人で食べ合う。
また時には打ち止めも連れて来て、寂れた病室に明るい華を添える。
655: ◆jPpg5.obl6 2011/01/27(木) 19:05:03.10 ID:p7b+IEla0
やはり番外個体はあの時から何も変わっていない、と一方通行は確信した。
短い期間、二人で過ごしていた時の彼女と今現在の彼女。違いなどどこにも見つからなかった。
だから一方通行は、番外個体が記憶を失っていた時の話は一切触れないようにした。
番外個体もまた、自らの空白の時間を突きとめようとはしなかった。
「―――でね、この人はミサカが転んだりするとすぐ傷薬買ってきてくれたりするんだよー!
ってミサカはミサカは自慢げに語ってみたり」
「―――あひゃひゃひゃ♪ なにそれ~! 過保護さんなのあなた!?」
「―――オイ、今すぐそのクチ塞がれてェか? このガキ」
打ち止めが混じると何故か自分が不利な立場に回ってしまうことも痛感した。
そんな楽しかった時間も、良い思い出へと変わってしまう瞬間が近づいていた。
木原数多逆襲事件から更に十日後のある昼下がり。
ついに、番外個体退院の時が訪れた――――。
676: ◆jPpg5.obl6 2011/01/31(月) 18:36:50.54 ID:iOfsCWJD0
―――
~第二十三学区・空港施設~
「ん、ここまででいいよ」
「おォ……」
ここまででいい、と言うよりこれ以上の進入は不可能である。
並んで立つ一方通行と番外個体のすぐ目の前は搭乗ゲート。見送る立場の人間が
旅立つ人間と接する事の出来る限界にして最端の位置だった。
本日付けで無事退院し、そのまま空港まで直結で送られた番外個体。カエル顔の
医者が手配してくれた車で病院を出発した。
病院の入り口で妹達と打ち止めに見送られ、移動中も最後になるであろう学園都市
の風景を目に残した。
隣には、一方通行が居た。
想い耽るような表情の彼女に、一方通行は言葉を掛けなかった。
いや、何を話したらいいのか分からなかったと言う方が正しい。
そのせいか、車内の空気は若干の重苦しさが生まれていた。
677: ◆jPpg5.obl6 2011/01/31(月) 18:40:18.39 ID:iOfsCWJD0
本来まだ入院中の身である一方通行に外出の許可が下りたのは、医者によるせめて
もの処遇だろう。『彼女の護衛を依頼したのは元々僕だからね。最後まで頼むよ』
との事だ。
くだらない建前、と言ってしまえばそれまでだが、大人というのは表上だけでも
しっかり固めなければやっていけないのかもしれない。
我を通して生きていけるのも未成人までが限界か、と一方通行は医者の様を見て
思ったそうだ。
打ち止めも御坂妹も、番外個体の送り出しに一方通行が同行するのを賛成していた。
彼女達も心のどこかで一方通行の気持ち、心理を理解していたのかもしれない。
特に打ち止めの方は幼い容姿の割りに敏感な一面を持ち合わせている。
最も身近で最も想い入れが強い一方通行の心境の変化、葛藤に全部ではないにしろ
気づかない道理はなかった。
それと同時に新たな不安も生まれた。
もしかしたら、一方通行も番外個体と一緒に遠くへ行ってしまうのではないか、と。
どんな事情があったとしても、一方通行と逢えなくなるのは今の打ち止めにとって
一番耐え難い事は周知。
子供らしく我が儘で阻止しようかとも思っていたが、それは杞憂に終わった。
一方通行の決断を確認した時、どれだけ安心したかは計れない。
だが、平行して更にもう一つの心配事も増えた。
『一方通行は、それで幸せなのか』と。
678: ◆jPpg5.obl6 2011/01/31(月) 18:41:53.17 ID:iOfsCWJD0
いまや大切な存在となっている番外個体と離れて暮らす道を選んで本当に良かった
のか、と。
自分は一方通行と離れることがこんなにも嫌なのに、一方通行も同じ思いをしている
のだとしたら?
身なりに合わない思考もあっという間に許容量を超え、一方通行へぶつけてしまうまで
時間はそう掛からなかった。
~~~
打ち止め『――――本当に、いいの……? ってミサカはミサカは確認してみる』
一方通行『――――ったく……、最近浮かねェ顔してやがっから何考えてンのかと
思えば……。ガキがくだらねェ心配してンじゃねェっつーの』
打ち止め『だ、だってぇ……。もしアナタが無理してるんだとしたら……ミサカは
……ミサカは……』
一方通行『無理だァ? 何言ってンだオマエ……』
打ち止め『番外個体と、離れたくないんじゃないの……? 隠さなくてもいいんだよ?
ってミサカはミサカは複雑な胸中を曝してみる』
679: ◆jPpg5.obl6 2011/01/31(月) 18:44:36.85 ID:iOfsCWJD0
一方通行『…………』
打ち止め『アナタがいなくなるのは……イヤでイヤで辛いけど……アナタが辛い思い
をするくらいなら、ミサカ……っ、平気だよ? 我慢…するよ……っ』
一方通行『…………』
打ち止め『……って、ミサカはミサ…カは……アナタの背中を…お……押してみたり』
一方通行『ハァ……。オイ、よく聞けよこのクソガキ』
打ち止め『何…?』
一方通行『まず勘違いしてンじゃねェ。俺は少しも“辛い”とは思ってねェぞ。むしろ、
最高に素晴らしいことだろォが』
打ち止め『……え?』
一方通行『“番外個体が生きられる”こと以上に良い結果があンのか? 俺はアイツが
これからの未来をクソ共に利用されることなく歩ンでいけるなら、それが何
より一番だ』
打ち止め『………!』
680: ◆jPpg5.obl6 2011/01/31(月) 18:45:56.85 ID:iOfsCWJD0
一方通行『そりゃロシアは気軽に遊びには行けねェ場所だが、長い人生の内でまた訪れる
ことぐれェある。そン時に番外個体の野郎が元気なツラァ拝ませてくれりゃあ
俺は満足だよ』
『その間、俺……イヤ、俺やオマエ達がアイツの事を忘れないで、幸せに生き続
けてくれる事を常に心の片隅で構わねェ、願っていてくれれば充分だ』
『“奇麗事辞典”ってのに載ってそォな言葉だがよ、“離れてても心は繋がってる”
……ってヤツさ』
打ち止め『“離れれても”……』
一方通行『あァ。ソイツは他の離れた場所に居る妹達にも言える事だがなァ。今のオマエら
でいう“ミサカネットワーク”みてェなモンよ』
打ち止め『…………』
一方通行『感覚や記憶、体験が共有できなくなったからって、何も全てが断絶された訳じゃ
ねェ。アイツの“心”がしっかりと存在している限り、オマエらはいつでも会え
るし、いつでも繋がれるンだよ』
打ち止め『………っ』
一方通行『だから、オマエが今からそォやって背伸びする必要なンざどこにもねェンだ』
打ち止め『……う……ん……』
681: ◆jPpg5.obl6 2011/01/31(月) 18:47:49.98 ID:iOfsCWJD0
一方通行『それに、約束しただろォがよ』
打ち止め『えっ…?』
一方通行『ハァ……オイ、もォ忘れちまいやがったンですかァ? ませた割りに痴呆なガキ
だなオマエはよォ』
打ち止め『……?』
一方通行『“俺はどこにも行かねェ”っつったろ? 俺が約束破ったことあったンなら言って
みやがれっつの』
打ち止め『!!』
一方通行『思い出したかよクソガキ……ったく』ワシャワシャ
打ち止め『ぅぅ……///』
一方通行『いっちょ前に色気染みた幻想抱えてンじゃねェよ。数年早ェぞ』
打ち止め『う、うるさいなーっ!! ってミサカはミサカは暴挙に出てみる!』ムキー
一方通行『ハァイハイ、分かったから暴れンなって――――』
682: ◆jPpg5.obl6 2011/01/31(月) 18:48:41.59 ID:iOfsCWJD0
~~~
打ち止めの心理も今思えば分からなくもなかった。
だから一方通行は自分の本音を本人(打ち止め)や妹達の立ち位置も交えつつ遠まわしに
伝えたのかもしれない。
妹達と番外個体、これらの存在に違いなどは何もない。一方通行が打ち止めに言いたかった
のは結局のところそれだった。
そんなこんなで打ち止めも一方通行の意思を尊重し、彼と共に番外個体の幸せを願い続ける
選択をした。
番外個体との最後の会話の時、打ち止めは『この人を行かせられなくてゴメンね』とは言わず、
たった一言『元気でね!』と告げた。彼女らしい笑顔で。
番外個体も『第一位をよろしくね。上位個体さま』と曇りない笑顔を返し、最後には見送って
くれた妹達にも手を振って別れた。
番外個体にとっては姉と属される“妹達”。彼女達とまた直接会える日がやってくるのかは
分からない。
しかし、もし会えたその時も、番外個体はこの笑顔を絶やしていないと信じたい。
それはこの場に居た誰しものが共通する願いだった。
683: ◆jPpg5.obl6 2011/01/31(月) 18:52:41.90 ID:iOfsCWJD0
空港へ到着してからも、一方通行と番外個体の二人は会話を弾ませなかった。
こうして無言で同じ空間を過ごしたのは、ある意味初めてかもしれない。
しんみりとした様子の番外個体に何か言いたげだが口をいっこうに開けずにいる一方通行。
この二人が作り出している空気は、周囲からもどこか異様に感じられた。
そして、その空気が打破されることなく搭乗ゲート口まで二人はたどり着いてしまう。
元々今の学園都市からの航空機にロシア行き発はない。この便は番外個体限定の特別便である。
ロシアから送られて来た時と言わば全く同様、秘匿扱いなのだ。
本来ならここまで見送ることも叶わないのだが、一方通行の場合は特例となっている。
ゲート口から番外個体を迎える手筈となっているロシアの研究機関の人間が、何やらコチラを
窺っているが、彼等は若い二人が纏わせている空気を察しているのだろう。
番外個体から来るのを奥で待っているだけで、向こうから二人の別れのシーンに水を差す真似
はしなかった。
彼等に預けてしまえば、もう番外個体とは逢えなくなる。
わかっている。最初からわかっていたことだ。
一方通行は感情を一切表に出さず、横に立つ番外個体へ背中押しの言葉を掛けた。
「もォお迎え準備は完了みたいだな。……ホラ、行けよ」
「……うん」
やっと交わした言葉の内容は、これだけだ。
最後の二人の会話にしては、あまりにも味気なさすぎる。
685: ◆jPpg5.obl6 2011/01/31(月) 18:55:24.03 ID:iOfsCWJD0
ゲートの向こう側で待っている使い人達の配慮も、どうやら無駄に終わりそうだ。
押し殺した感情。最後まで張り続ける虚勢。
これもわかっている。しょせん自分も不器用にしか振舞えない人間だった。それだけのこと。
「……………」
ゆっくりと、足を前に出す番外個体。
一歩、また一歩と、二人の距離は離れていく。
突然、学園都市で再会を遂げた一方通行と番外個体。その時から始まった物語も、このまま
少女の姿が見えなくなった時点でピリオドが打たれるのだ。
声を掛けるなら、今しかない。
引き止めるなら、今しかない。
これが、最後のチャンス。
だが、
(それで、一体何がどォ変わる?)
(テメェの我が儘で、テメェが救いたかった命をフイにしろってか?)
686: ◆jPpg5.obl6 2011/01/31(月) 18:57:56.57 ID:iOfsCWJD0
(できるかよ……そンなこと……)
(―――――できるわけねェだろォが!!!)
爆発しそうな感情を、僅かに腕を震わすことで必死に堪える。
これで良い、と自分で決めた。
あとは何も言わず、黙って彼女の門出を見守るべき。それで完璧だ。
(そォさ……。元々敵同士みてェなモンだ。馴れ合ったままでサヨナラ、ってのはムシが
良すぎたンだよ)
思わぬ所から始まった“護衛任務”という名の共同生活。
それは一歩通行にとっては甘くてこそばゆく、任務を忘れてしまいそうに穏やかで輝いた
日々だった。
一緒にテレビを眺め、一緒に散歩し、一緒にクレープを頬張り、一緒に砂浜ではしゃいだ。
ごく平凡で、何て事のない日常。
しかし、打ち止めと過ごしている時間の時のような、何とも言えない幸福感が確かにそこ
には生まれていた。少なくとも闇に浸かった一方通行には、そんな当たり前でありふれた
日常がとても大切なことのように感じた。
687: ◆jPpg5.obl6 2011/01/31(月) 18:59:31.93 ID:iOfsCWJD0
番外個体も目覚めた当初は夢だと認識していたが、きっともう覚えてはいないだろう。
夢は日が経つにつれ薄くなり、やがては記憶から消え失せてしまうもの。例外などは無い。
悲しいようだが、それが現実だ。
あの時の番外個体と今の番外個体に違いはないが、この事実だけは如何に一方通行と言え
ども覆せそうにない。
仮にこの感情をぶつけた所で、今の番外個体に通じはしないのが目に見えていた。
いくつもの『思い出』を重ねることで、互いは互いを知り、惹かれ合う。
その『思い出』が“夢”と化して消去してしまった今では――――。
(この数日、番外個体とは他愛無く接してきたが……別れの言葉なンて必要ねェのかもな)
――――わかっている。だからこそ、一方通行は口数が増やせなかったのだ。
口から出してしまったら、おそらく制御できる自信がない。
醜く、女々しく、みっともない本音を曝け出すことを恐れたのだ。
本当は番外個体の隣にいつまでも居たいという、とっくに封印したはずの本音を……。
ここで『行くな! ずっと俺の側に居ろ!』と言ってしまったら、後悔の未来しかやって
来ないのは明白。ここで道を踏み外す訳にはいかなかった。
そして、それ以外の言葉もとうとう思いつかなかった。
直に彼女の姿はゲートの奥へ消えてしまうというのに、一方通行はこの期に及んで何も
叫べない。
688: ◆jPpg5.obl6 2011/01/31(月) 19:01:45.59 ID:iOfsCWJD0
今叫んだら、彼の“信念”すら崩壊してしまう気がして止まないのだ。
それだけは、絶対に許されない。
一方通行は心の中だけで決別の言葉を述べることにした。
(元気でな。番外個体―――――)
――――が、しかし。
番外個体の身体がゲートの奥へ消えて行く正にその寸前だった。
「!?」
ゲートを潜る直前で突然足を止め、クルリと振り返った番外個体が目に映った瞬間、
強がりで埋め尽くされた信念は真っ白に変わる。
番外個体の唐突な予期せぬアクションに思考が止まった一方通行。
そんな彼に構わず、番外個体は身体を一方通行へ向け、次の瞬間には張り上げた声を飛ばした。
689: ◆jPpg5.obl6 2011/01/31(月) 19:02:44.53 ID:iOfsCWJD0
「ちょっとぉ第一位!! ……ううん、『一方通行』!!」
690: ◆jPpg5.obl6 2011/01/31(月) 19:03:50.99 ID:iOfsCWJD0
「………!?」
呆気に取られる一方通行。すると、思ってもみない言葉が番外個体の口から返ってきた。
「なーに? 見舞いには毎日来ておいて、いざサヨナラってなると何ーにも言えないヘタレ
ちゃんだったの!? 男なら気の利いたセリフのひとつでも用意しとけ!!」
「そんな顔で見送られてもミサカちっとも嬉しくないんですけどー!? 何なの? ミサカ
とお別れするのがそんなに悲しかったりする?」
「あっひゃ。まるで不貞腐れたガキじゃん! 仮にもミサカ達の恩人がそれってどーなの!?」
「うわ~ダッサ! ダサすぎて何だか泣けてきちゃったよ! あーやだやだ! こんなのに
命救われたかと思うとこの先恥ずかしくて生きてけないかも!」
「せめてさ、明っかる~い笑顔で手でも振ってみろっつーの! ……あ、でもそれって逆に
気持ち悪いか。あひゃひゃひゃ☆」
「…………ッ!!」
その目は遠くからでは判別がつかないが、涙目に見えなくもない。
しかし、一方通行はそれに気づく前に頭の中が沸騰する感覚を覚えた。
そして、ついに――――
「い……」
691: ◆jPpg5.obl6 2011/01/31(月) 19:04:58.50 ID:iOfsCWJD0
「言わせておきゃ好き放題抜かしてンじゃねェぞォォ!! こンのクソアマがァァああああ!!!」
―――――潜めていた彼本来の感情が、違う形で爆発した。
692: ◆jPpg5.obl6 2011/01/31(月) 19:06:17.12 ID:iOfsCWJD0
一方通行「っつーか誰がガキだコラァ!! オマエにだけは一番言われたくねンだよォ!!」
番外個体「コーヒー飲んでりゃ大人っぽいとか勘違いしてる辺りがガキだっての!」
一方通行「ン……だとォォ!?」
番外個体「ってか、あなたの意味深なツラなんかで最後の学園都市締め括りになんてしたくないし!
雰囲気重くて息苦しいんだよ!!」
一方通行「オマエなァァ!!」
番外個体「なーに? ミサカに言いたいことでもあるのかにゃーん? ならハッキリ言いなさいってば」
一方通行「ぐゥ……」
番外個体「ホラホラァ。何照れてんのぉ?」
一方通行「照れてなンかいねェ!!」
番外個体「あ、もしかしてやっぱりミサカと離れたくなーい、って? ぶっ、乙っ女~! 似合わね~!」アヒャヒャ
一方通行「違っげェよ!! 馬鹿かオマエ!!」
番外個体「ふぅーん?」ニヤニヤ
一方通行「~~~~ッッ!!」
693: ◆jPpg5.obl6 2011/01/31(月) 19:08:47.40 ID:iOfsCWJD0
どちらから近づいたのかは定かでないが、気づけば二人はゼロ距離で汚い言葉を応酬していた。
番外個体「けけけ、可愛い~~♪」
一方通行「こ……この野郎ォォォ」
(何のつもりだよ……コイツ)
番外個体「――――ふふっ、そうそう。まだこういう方がしんみりしてるよりはマシかな」
一方通行「…………あァ!?」
番外個体「あひゃひゃひゃ♪ その顔も高得点だよ。あなたって意外と顔に出やすいんだね」
一方通行「…………オイ、待てコラ」
番外個体「はい、もうシケた場面は終わり! やめてよね~。ミサカそういうのって苦手なんだから。
映画のワンシーンじゃあるまいし、感動的な別れとか要らないっつの。確かにロシアと
学園都市じゃ遠くてそうそう会えるモンじゃないけど、何も今生の別れじゃないんだからさ。」
一方通行「べ、別に……」
694: ◆jPpg5.obl6 2011/01/31(月) 19:11:13.39 ID:iOfsCWJD0
番外個体「あー、だからほら。寂しそうな顔なんてやめよう? ミサカの気まで滅入っちゃうじゃん」
一方通行「……アホが。そォいうつもりじゃねェよ」プイ
番外個体「うん! そうやってツンツンしてる方が、やっぱあなたらしいよ。だから捨てられた子犬
みたいな目でミサカを見るのはもうやめてね。後ろ髪引かれてる感じがしちゃうからさ」
一方通行「う、うるせェ! 誰がいつ、ンな目でオマエを見たっつーンだボケ! 自惚れンのも程々に
しやがれ!」
番外個体「ハイハイ、ムキになんなよ第一位☆」
一方通行「ぐっ……この…」
番外個体「……じゃあね、第一位。言っとくけど次会った時にさっきの腑抜けた面見せたら、今度こそ
ミサカの手でブッ殺しちゃうからそのつもりでいなさいよー?」
一方通行「あァン? オイ、そりゃあ何の冗談だ?」
番外個体「あなたへの嫌悪感は収集できなくなったけど、だからって安心してんじゃないって事。あなた
がミサカの姉達にした事自体はちゃんとココ(記憶)に残ってんだからね。残されたお姉さま
達と上位個体をしっかり護ってよ。それがあなたの使命でしょ? もしあなたが無様な生き方
して使命を断念するような事があったら……そん時はミサカが承知しないからね?」
一方通行「…………」
番外個体「わかったのかにゃーん?」
695: ◆jPpg5.obl6 2011/01/31(月) 19:12:44.10 ID:iOfsCWJD0
一方通行「………ケッ、何を言うかと思えば………。ンなのオマエに言われるまでもねェンだよ」
番外個体「きっとだよ……。ミサカの言いたいことはそれだけ! ………じゃ、行くね」
一方通行「チッ、……おォ、さっさと行っちまえ」
(調子狂わせやがってこの……これじゃ真面目になってたコッチが馬鹿みてェだ)
(まァ、おかげで滅入った気分もどっかに吹き飛ンじまったがなァ)
(ホント……“こいつ等”には敵わねェわ……)
番外個体「――――ばいばい、一方通行……」ボソッ
最後の声は敢えて一方通行の耳に届かないよう呟くだけにした。
終始ポカンとしていたロシアまでの付き人も、ズカズカと先へ進んで行く番外個体を追う。
番外個体の後ろ姿が完全に見えなくなった所で、一方通行は――――。
696: ◆jPpg5.obl6 2011/01/31(月) 19:13:42.10 ID:iOfsCWJD0
「――――ふン……ありがと、よ」
と、捨てゼリフのように吐いて背を向けた。
その背には、もうさっきのような哀愁など微塵も漂ってはいなかった。
不思議なことに、彼女とはまた近い内に逢える予感がした。何故かなんて分かる術もないが、確信を
持って言える。
『俺達は、これで終わりじゃない』と。
しめやかムードとはまた少し違った二人の別れ。
番外個体の乗った航空機が学園都市を離れていく。
一方通行は車窓からその機影を視界に収め、エール代わりの言葉を送った。
「幸せに生きやがれクソったれ。でなきゃコッチこそ承知しねェからな」と―――――。
719: ◆jPpg5.obl6 2011/02/04(金) 19:00:12.79 ID:ateSVVle0
――― ロシア・学園都市共同開発研究室 ―――
極寒の地に聳える研究所の一室。調整用の機器から少女が姿を現した。
台から降りて来た少女に白衣を羽織った研究者が声を掛ける。
「よし。準備は終わった。……もう一度最後に訊くが、本当に良いのか? 後悔しても、取り返し
は付かないぞ」
そう問われた少女は躊躇う素振りもなく返す。
「後悔? あはっ、するわけないじゃん。ミサカがそう決めたんだから」
まるでお風呂上りのようなすっきりした笑みを零し、少女は断言した。
「それにミサカは元々“あそこ”で生まれたんだよ。何てことない、ただ帰る。それだけよ――――」
研究者は彼女の変わらない返答に対し、諦めたように告げた。
「そうか、わかった。あとは君の好きにするといい……」
「君の人生だ。これからの事は全て君に決める権利がある。我々に出来るのはここまでだ」
「うん……。使い捨ての予定だったミサカに生きる道を与えてくれて、本当にありがとうね。感謝してます」
少女は最期に頭を深く下げた。
720: ◆jPpg5.obl6 2011/02/04(金) 19:01:22.67 ID:ateSVVle0
―――
―――木原数多による復讐劇も一方通行達の活躍で終止符が打たれ、それに伴い御坂美琴失踪事件も
本人の復学により学園都市は再び穏やかな平穏を取り戻した―――。
その最中、ひとつの出会いと別れが繰り広げられていたのは無関連な群衆にとって知る由も無いこと。
一方通行と番外個体。
事件の中心に身を起きながら御坂美琴報道に隠れたため、彼等の関与など表舞台では無論明らかになど
されるはずがなかった。
事件解決の後、番外個体は“一部機能”を失ったままとは言え、生産後の記憶を完全に取り戻した。
学園都市へ再来する以前から木原数多の研究施設で一方通行に救われた以降の間を除いて……。
しかし、それはそれで良かったのかもしれない。と一方通行は思った。
番外個体は学園都市と協力関係にある今や数少ないロシアの研究所へ身を移さなければ生命を継続
できない立場にある。
もし、あの幸せな時間を覚えていたとしたら、番外個体はロシアへ行く選択を選ばなかったかも
しれなかったからだ。
721: ◆jPpg5.obl6 2011/02/04(金) 19:02:40.70 ID:ateSVVle0
現に“思い出”を残したままの一方通行でさえ、激しい葛藤の末と第三者からの助言のようなもので
ようやく迷いを打ち切れた。
逆に番外個体が『行きたくない。あなたと一緒にいたい』と応えていたら、一方通行はどうしただろう。
もしかしたら違う未来を迎えていた可能性も、ゼロとは言えない。
もう、今となっては本人にも分からないことだった。
番外個体が退院し、人知れず学園都市を去ってから早一ヶ月。
御坂美琴や上条当麻といった今回の一件に関わった人間達も、すっかり元の日常へ帰っていた。
まるで事件など最初から無かったかのように、彼女の周囲は彼女の帰還を受け入れていた。
美琴はそれが何より嬉しかった。
上層部の計らいだろうが何だろうが、そんなことはどうでも良い。こういった平和が結局は一番なのだ
と美琴は痛感した。自分の周りにいる人達がどれほど大切な存在であるかを。
だからこそ、それを壊そうとする人間は絶対に見過ごせないし、護るためならどんな相手でも躊躇うこと
なくぶつかっていく。
ただでさえ強い正義感は、この件を経てからより一層磨かれた。
事件後、このように心境の微妙な変化を見せたのは御坂美琴だけではない。
それは、かつて誰も届かない位置に君臨していた学園最強の超能力者――――――。
722: ◆jPpg5.obl6 2011/02/04(金) 19:03:12.56 ID:ateSVVle0
「―――――ヒャハハハハハァァァ!!! 踊れ踊れェェ!! 這い蹲るにはまだ早ェぞ三下共がァァァ!!」
723: ◆jPpg5.obl6 2011/02/04(金) 19:04:29.25 ID:ateSVVle0
能力名:一方通行《アクセラレータ》・本名不詳。
御坂美琴失踪事件の裏の当事者。この件で彼の関係を知っているのは表の住人でもほんの極一部。
木原事件により極限までのダメージを抱えた身体も今では完全に癒えていた。
彼には心に留めている事項が二つある。
一つ目、無闇に命は奪わない。どんなクソ汚い人間でも源は一緒。粛清の範囲に制限は無いが、“命と考える頭”
だけは極力残させておく。
二つ目、周囲(表)をクソったれな喧騒で荒らさせない。どんなに敵が強大で腹の立つ相手でも、それが無関係
な一般の人間を巻き込んで良い理由にはならない。
以前はこれだけの“自己ルール”を携えて暗部に身を置いていた一方通行。
彼は現在も“暗部社会”で躍進し続けていた。いや、むしろロシアへ渡る前以上の勢いで闇世界に身を投じていた。
だが、一方通行は心を完全な闇で染めてしまった訳ではない。
彼が暗部組織から足を洗う事なく戦い続けているのは、彼の中で新たに『戦う明確な理由』が出来たから―――。
724: ◆jPpg5.obl6 2011/02/04(金) 19:05:28.11 ID:ateSVVle0
―――
「………ふゥーン、それで?」
帰りの車内で一方通行は携帯電話を耳に当てて心底面倒臭そうな返事をした。
ちょうど“今日の仕事”が片付き、送迎員に送られているところである。
電話の相手は―――――
『だから! 次! いつ! 会えるのー!? ってミサカはミサカは断続的に区切ってみる』
――――これだ。周りに漏れない仕様とは言え、その抗議は一方通行の耳を劈くほどの大音量だった。
つい先ほど、人売業者を一斉摘発してきたのだが、その中には打ち止めのような幼い少女まで商品と
して監禁されていた実態を見たばかりである。耳が痛いのはそのせいもあった。
久々に頭へ血を昇らせた一方通行の前では相手に合掌するしかない。死者が出なかったのが奇跡だ。
余談だが、商売対象とされていた少年少女達はその後無事に保護された。
最近は『グループ』優先で動いていたため、コッチ(打ち止め)は放ったらかしに近い。
もっとも、こうして時折連絡を入れるだけ彼にしてはマメなのだが、できることならそれも避けたかった。
725: ◆jPpg5.obl6 2011/02/04(金) 19:06:59.08 ID:ateSVVle0
自分に関連する人間で真っ先に到達されそうなのがこの“電話相手”。無論足など着かないよう対策は講じて
いるものの、百パーセントの保障なんてものはない。
しかし、それでも少女の活発な声は薄汚れた世界から帰還した後だとある意味の“癒し”になる。
何よりこうやって元気な様子も確認できるし、今の一方通行にとって『打ち止め』という少女は自分の命以上
に大切な存在であった。
少なくとも“ただの鬱陶しいクソガキ”とはもう思っていない。せいぜい“しょうのねェクソガキ”だ。
これでも大きな進歩……なのだろうか?
「次ってよォ……。っつか、いきなりンなことで掛けて来ンじゃねェよ。メールしてくりゃイイだろォが」
『どのクチが言うのかなぁ? アナタっていっつも返事遅いし、やっと返って来たと思ったら素っ気無いし!
ってミサカはミサカは―――!』
「あァーうっせェな。とにかく、後でまた掛け直す。周囲の迷惑になっからあンま騒ぐンじゃねェぞ」
『あ! ちょっと何勝手に切ろうとしてるのかな!? ってミサ―――』
まだ何か言っていたが、一方通行は容赦なくピッ、とボタンを押して通話を切った。
「チッ……」
「――――まったく、保護者サマも大変そうだにゃー」
「――――ちょっとやめてよ。コイツが“保護者”ってツラ?」
「――――同感ですね。むしろ誘拐犯辺りが適任では?」
726: ◆jPpg5.obl6 2011/02/04(金) 19:08:25.79 ID:ateSVVle0
「………盗み聴きしてくれてンじゃねェよこのデバガメどもが。ブチ殺すぞ」
好き勝手ほざいてくれる同僚達に精一杯の殺気をプレゼントするが、この場合ではあまり効果が無い。
やはり出ないで折り返し掛ければ良かった、と一方通行は軽く後悔した。
土御門「しかし今日も……っていうか、ここんトコのお前はやけに伸びてるな」
一方通行「何さり気なく切り替えてやがる?」
土御門「いやいや事実さ。復帰してからというもの、お前にはだいぶ助けられてる気がするぜよ」
一方通行「ケッ……」
結標「言いたくないけどその通りよね。確かに貴方どこか変わったみたい……」
海原「心境の変化、というヤツですか?」
一方通行「はン、オマエらが間抜けなだけだろォが。別に俺は何も変わっちゃいねェよ」
土御門「ほーう…」ニヤニヤ
一方通行「ナニ笑ってンだ? 死にてェのか?」
727: ◆jPpg5.obl6 2011/02/04(金) 19:09:44.29 ID:ateSVVle0
土御門「んにゃ、別に」
一方通行(ッチ、こいつらにだけは妙な逆読みされちゃ敵わねェ。イヤ、だから別にどうってワケじゃねェが
何となく面倒臭ェ)
結標「……何? どうしたの?」
一方通行「何もねェ。深入りしてくンな」
海原「どうも、何かありそうですね……興味深い」ヒソヒソ
結標「やめときなさい。また埋められても知らないわよ」ヒソヒソ
海原「あれ? 自分の記憶が確かならあの時埋めたのは貴女と――――」
一方通行「……くっだらねェ」
―――
わかっている。
あの事件以来、少なからず変わってしまった自分を認めたくないのではない。
ただ、あくまで“仕事仲間”である彼等の前では以前の自分を演じるのが一番だと判断したのだ。
728: ◆jPpg5.obl6 2011/02/04(金) 19:10:54.14 ID:ateSVVle0
三週間ほど前、予定通り一方通行は無事に退院した。
そして、その時には意志も完全に固まっていた。
番外個体が去ってからの入院生活中、彼はずっとあることについて考えていた。
これから、自分は何をすればいいのか。どう生きていくべきなのかを――――。
~~~
『――――意外だったな』
退院してすぐさま組織から連絡が来た。組織とは勿論彼が構成員として所属していた暗部組織・『グループ』
のことだ。
入院を余儀なくされた一方通行は事実上“休業”扱いとされていた。
そう、連絡の用件はいわゆる“暗部への復帰”。
一方通行は電話相手にこう告げた。
『どンな小者相手でも構わねェ。俺に最優先で仕事を回せ』と。
729: ◆jPpg5.obl6 2011/02/04(金) 19:12:21.19 ID:ateSVVle0
復帰して初の仕事後、土御門に言われたのが先の言葉だった。
一方通行「――――“意外”ってのはどォいう意味だ?」
土御門「そのまんまの意味だ。正直、この展開は俺としちゃ予想外もいいところさ」
一方通行「……あン?」
更に訝しげな顔で土御門を見たが、当人は特に平静を乱すことなくいつもの飄々さを保ちながら本心を
明かす。
土御門「てっきり、お前はもう“コッチの世界”と決別する道を行くのかと思ったぜい」
一方通行「…………」
土御門「“眩しい光に照らされすぎて闇に帰りたくなくなる”。……暗部の世界じゃよくある話だにゃー」
口調こそ軽いが、サングラスの奥に隠れた真意は読み取りづらい。
一方通行はこの時点ではまだ土御門が何を言いたいのか分からなかった。
一方通行「俺が『グループ』に残ったのがそンなに意外ってか? じゃあ仮に“抜ける”っつってたら
どォした? 俺をシメにオマエ達下っ端共が駆り出される結果にでもなってたか?」
土御門「そん時はそん時だ。現にお前はここにいる。だからコッチにとって好都合だぜい。厄介事が増え
ずに済んだんだからな」
730: ◆jPpg5.obl6 2011/02/04(金) 19:15:31.16 ID:ateSVVle0
やはり、言動にはどこか注意を払ったような気遣いが感じられる。
土御門が自分の事情をどこまで知り尽くしているか不明な分、不気味で不愉快な感情が自ずと湧いてくる。
一方通行「……で、結局よォ。オマエは何が言いてェンだ? 俺が残ろォが抜けよォがどこで何してよォが、
オマエ達は一々干渉するタチじゃねェだろ?」
土御門「あー、別にそういうんじゃないんだ。ただ、『意外だった』ってだけさ」
一方通行「ホントにそンだけか? ……どォーも疑惑が尽きねェなァ」
土御門「ああ、少なくともアレイスターは驚いていたよ」
唐突に出た名前。一方通行の眉が微かに揺れるが、別段驚いた様子はなかった。
更に土御門は語る。
土御門「ヤツはお前が暗部から足を洗うことを推測していた。俺もそれを知っていたから意外に思っただけだ」
一方通行「……ハッ、計算外なマネしやがって、ってかァ? そりゃザマァねェな。そン時のツラは是非拝ンで
やりたかったぜ」
土御門「だが、お前の残留でコッチが背負うデメリットも言ってみれば皆無。いや、単に危惧が杞憂に終わった
って言えばそれまでだにゃー。最終的には『無駄な心配』だったってヤツだ」
一方通行「ふン…」
土御門「まぁ、何にせよこれで寂しくならなくて済むぜい。これからもよろしくにゃー♪」
731: ◆jPpg5.obl6 2011/02/04(金) 19:18:14.90 ID:ateSVVle0
気さくな調子を崩さない土御門を鋭い眼差しで睨みつける。
こういった表面だけ綺麗に見せる探り合いに付き合う気分ではなかった。
一方通行「“冗談も度が過ぎると笑えねェ”って知ってるか?」ギロリ
土御門「っと、相変わらずお堅いにゃー」
一方通行「それに勘違いしてるよォなら言っておくが、俺はオマエ達の下で働いてるっつー認識は元から持ち
合わせちゃいねェ。俺はいつでも俺のしてェよォにするだけだ。ソイツを改めて肝に銘じとけ」
土御門「へいへい、んなことは言われなくても分かってるにゃー」
一方通行「“今後は特に”だ。俺は決して学園都市の狗になンざ成り下がった覚えはねェ。アッチが俺を利用
しよォが構うモンか。その分コッチも利用させてもらうだけよ」
土御門「俺達もそうさ。何も従順なペットで終わらせるつもりはない。俺等(グループ)の存在意義に誓って
も良い。“表世界”を護るためなら、誰だろうが容赦しないさ」
一方通行「たとえばソイツがここ(学園都市)のトップだとしてもか?」
土御門「ふふふ、さあにゃ♪」
一方通行「……まァ、オマエ達の流儀ってのを否定する気は今のところねェよ。むしろ“この場所”は俺にとって
都合が良いからなァ」
土御門「新たな信念……というよりは強みを増して進化した理念、のためにか」
732: ◆jPpg5.obl6 2011/02/04(金) 19:21:02.12 ID:ateSVVle0
そこで一方通行は何かに失敗したような表情を見せる。
一方通行「チッ……お喋りが過ぎちまったか。とにかくそォいうこった。今後はオマエもちったァ楽になるかもな」
土御門「はは、そりゃありがたい――――」
~~~
「――――どうした? 流石に下位組織相手とは言え、連続ミッションは疲れたかにゃー?」
「……言ってろボケが。っと、着いたか」
ぼんやりと窓から遠くを見つめていた一方通行に土御門が茶化しを入れた。
ふと車が停車したのに気づき、一方通行は面倒そうに立ち上がり車外へ出た。
車はそのまま彼を残し発進して、繁華街方面へと消えていった。
一方通行は仕事後、いつもここで降ろしてもらっている。いつもと言っても退院してからごく最近の話だが。
彼が今住んでいる住居は、ここから少し離れた地域にある閑静な住宅地の中にある学生用アパートのとある
一室。家の前までの送迎は暗部の人間にとって論外である。
無論、現在の住居も元々は『グループ』が所有していた隠れ家のひとつを貸与してもらったにすぎないのだが、
この区域の治安は他に比べてさほど悪くはない。
733: ◆jPpg5.obl6 2011/02/04(金) 19:21:43.25 ID:ateSVVle0
うんざりだった襲撃もここ最近は全く受けていない。これも環境が味方しているのか、スキルアウトもこの
付近には現れない。ただ単に面白みがないだけなのかもしれないが、特に喧騒を好まない一方通行にとっては
何ら不都合の無い居住地だった。
それ以前に、こんな寂れた区域に学園都市最強が腰を置いているとはまず思われ難いだろう。
すっかり通り慣れた道を一方通行は歩く。
歩いている内にだんだんと人通りは少なくなり、賑やかに栄えた街は背景と化していく。
途中、いつも立ち寄るコンビニが見えて来た。
そろそろ缶コーヒーのストックが切れそうだったか、そんな事をぼんやりと考えながら一方通行は店内の
コーヒーを漁る。
ある程度(ほぼ全部)カゴに詰め込み、ごく普通に会計を済ませた最強能力者は店を出た後もプラプラと
帰り道を歩行する。
本当に閑静で、聴こえる音と言えば一方通行がついている杖の音ぐらいか。
そんな静寂な空間に響く規則的な打音が、突然ピタリと止んだ。
「…………………あ?」
その日は、いつもと何かが違った。
753: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 18:57:01.40 ID:cBmTNALN0
―――
二本の足と一本の杖を地に着かせた白髪灼眼の少年。
夜も遅く、辺りは街灯に照らされる程度の明るさしか保たれていなかった。
少年はその異世界にでも通じてしまいそうな道を規則的に歩くだけ。
杖を持っていない方の手には先ほど立ち寄ったコンビニの袋(大量のコーヒー入り)。
道中、少年の表情は無のまま変化を見せなかった。
月と人工灯によって映し出された白い少年、一方通行はどこか呆けた顔で一人想い出を振り返る。
そう、この道は―――――
(今ごろ、アイツはどォしてンだろォな。元気でやってンのかねェ……)
―――――彼の頭の中で現在進行出演中である少女、番外個体と何度か通った道。
以前、木原数多との再会時に自分で破壊してしまったあの『仮住居』から『新住居』までの距離、
僅か百メートルほど。
754: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 18:58:52.05 ID:cBmTNALN0
もう認めよう。
これも自分の希望だと。
最初だけは偶然を言い訳に己の気持ちにも誤魔化しを掛けていたが、今ではそんな自分に見苦しさ
を覚えるだけだった。
ならばいっそ開き直って、堂々としていた方がまだ楽と言うもの。
僅かな間とは言え、番外個体と過ごした証拠は確かにここにある。
女々しく浸っているように見えるかもしれないが、真の心は少し違う。
番外個体が居ないとは言え、この思い出の残る場所には留まっておきたい、と一方通行は思ったのだ。
暗部での戦いを終えた後にここを歩くと、どうしてか気持ちが安らぐ。
身体に付いた泥が除去されていくような、そんな錯覚が生まれる。
気づかない内に思い出してはフッ、と失笑するのももう何度目か。
ある意味、もう病気に近いのかもしれない。そんなことさえとっくに自覚していた。
755: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 18:59:53.35 ID:cBmTNALN0
『―――― あなたっていつも同じような模様の服着てるけど、それ趣味なの?』
『―――― 趣味ってほどでもねェがな。派手な柄モンや無地モンよりはしっくり来るンだよ』
『―――― いや……充分派手っしょ? もっとミサカみたいに色んなの着こなしてオシャレしてみたら?』
『―――― その点じゃ女ってのは気が知れねェな。あンな大量に服持った所で置き場に困るだけだろォが』
ああ、ちょうどそこの曲がり角付近でそんなこと喋ってたっけ。と、足は動かしたまま懐かしい目で電柱を
見た。日にちなどの問題ではない。過去は過去として懐かしむことに建前などは要らなかった。
一方通行とは違い外出好きな番外個体の『主意思』のおかげで、本来身を匿う立場にも関わらず二人は頻繁に
出掛けていた。目的もこれと言ってなかったが、ただ散歩してるだけなのも今思うと案外悪くなかったかも
しれない。外のちょっとした風景にも、番外個体は無邪気な子供のように目の色を変えて隣の気だるそうな
一方通行に話題を振る。
(不思議なモンだよなァ。あン時は面倒で仕方なかったってのに……。俺も今考えりゃただの捻くれたガキ
だったってかァ)
離れてから気づく、とはよく言ったものだ。こうして人間は大人ってヤツに近づいていくのか。一方通行は
そんな自身の変化を客観的に評価した。
ふと、何も無い原っぱと解体工事でもしている途中のような建築物が右手に見えてくる。
ここがそうだ。
756: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:01:29.02 ID:cBmTNALN0
自身に敵意や殺意を微塵も出さず、ただ『一方通行』という一人の人間を見ていてくれた時期の番外個体と
共に過ごした場所。
瓦礫には鉄骨や足場板が設けられ、まだ工事中を示す看板と『危険』だの『立ち入り禁止』だの書かれた札が
事務的に掛けられていた。
一方通行は無言のまま、歩くペースを少しも緩めずに通過しようとする。
しかし、潰れた家跡を真横に迎えた瞬間――――。
(逢いてェ)
――――純粋な欲望が胸の中を揺らした。
(あの馬鹿のくそムカつく声が、聞きてェ)
(何でも良い。くだらねェ話題だろォが何だって構わねェンだ。………アイツと、喋りてェ)
それは決して誰にも見せることはないであろう、彼の“素顔”だった。
757: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:03:09.36 ID:cBmTNALN0
(ッ、まただ……!)
(何でだよ……。こンなつもりじゃなかったってのに。最初だけだと思ってたのに)
(時間が経ちゃあ薄れてくと思ってたのによォ……。逆じゃねェか。どンどン抑えるのが辛くなってン
じゃねェかよクソ!!)
脳内で回想される過去の映像も、日が経つたび鮮明に甦る。
思わず歩くペースを速め、家跡を背にする。
一方通行は、この地点でだけ仮面を取る習慣を勝手につけた。
何も包み隠さず、全てを曝せる場所が必要だったのだ。
しかし、結果は思っていたものとは違った。
辛い。番外個体に逢えないのが。
機動源となっている重要なネジが紛失してしまったような、心を埋めていた大切な何かがすっぽりと抜けて
しまったような。そんな得体の知れない感情に一方通行は翻弄されていた。
だが、それでも……。
(もォケリはついたはずだ! 忘れろ! 明日も雑魚掃除が控えてンだぞ!? こンなンじゃアイツに高笑い
されちまうだろォが!!)
自身の脆い意思に強い思想が怒鳴りつける。
758: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:04:10.44 ID:cBmTNALN0
(そォさ、いつまでも引き摺ってて良いワケねェンだ! 俺は戦い続けるって決めたンだよ)
(もォ、二度と“悲劇”なンざ生ませないために―――――――)
番外個体と別れてから、一方通行に新たな意志が芽生えた。
今の彼を突き動かす最大の根源と言っても過言ではない。
今の彼には、ひとつの大きな目標がある。
それはとてつもなく困難でシンプルなもの。
『妹達』、『打ち止め』、そして『番外個体』。彼女達のような“科学の犠牲者”をこれ以上増やさないことだ。
何も今の彼女達が悲劇で不幸だとは思っていない。
だが、今後もしまたクローンが製作されて目の前に現れたとして、最悪の未来が回避できる保障はない。
それ以前に生まれた瞬間から捨て駒以上の存在主義も無く、科学者によって利用され、物(もの)や人形のように
扱われ死んでいく。この実態に一方通行はもはや我慢ならなかった。元々忌み嫌っていたのもあるが、今回の件で
完全に吹っ切れてしまったのだ。
759: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:05:49.82 ID:cBmTNALN0
“闇(暗部)”に残留したのも、全てはそのためだ。
学園都市でも数少ない光を護る存在である『グループ』の構成員として、それに関わる頭のイカレきったヤツ等を
完全根絶やしにする。
それはとんでもなく気の長い話かもしれない。何年もかける覚悟を持ってしても成し得るかは分からない。
だが、それでも彼は止まるのをやめないだろう。
生命とは本来、汝と汝、双方の希望の結晶体として産まれるべきもの。そこに人為的錯誤など不必要である。
研究のために作り出される命なんて、あって良い筈がないのだ――――。
「――――浮ついてンじゃねェよ馬鹿が」
決着をつけてもなお渦巻く心を一唱する。
未練がましい男に成り下がるのだけはゴメンだ。
(チッ、最近は確かに少し飛ばしすぎたかもなァ。……こンな時はとっとと帰って休むに限る)
疲れのせいにして落ち着かせ、一方通行は歩くペースを少しだけ落とし、それでもやはり早足気味で帰路
を行く。
血迷いも、布団に身を包ませて眠れば冷める。これ以上余計なことを考え耽ってしまう前にさっさと意識
を落としてしまいたかった。
760: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:06:49.55 ID:cBmTNALN0
そして、やっと彼の現在居住するアパートが目に映る。そこでようやく早歩きは治まった。
「ふゥ…」
ひとつ息を漏らし、一方通行は再び規則的な杖音を地に刻んで塒へ近づく。
付近には人っこ一人見当たらなかった。が、一方通行はそのことに驚きもしない。この時間帯ならいつも
そうだからだ。学生の街の消灯は基本的に早く、それはこの地域も例外ではない。
そう、何もかもが“いつもと同じ”。
たとえば無人の筈である彼の部屋の明かりが点灯しているのも、“いつも通―――――?
「…………………あ?」
――――り”な訳が無かった。一方通行の表情は言うまでもなく非日常を表している。
761: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:08:41.31 ID:cBmTNALN0
(何で電気点いてンだ……? 消し忘れなワケねェし……)
今、一方通行が不思議そうな顔で見上げているのは間違いなく自室。
消えている筈の電灯は、どういう事か点いていた。
ここ最近で彼は多くの組織を殲滅させた。その残党もしくは配下の回し者だろうか。
しかし、それにしては不自然に思える。
まず、自分の部屋はあのカエル医者と土御門しか知らない。
以前以上に危険と隣り合わせの立場である一方通行の住処なら襲撃も考えられなくはないが、自分が
ここに住んでいる情報がそう易々と敵に漏れるなど考えにくい。
が、もし仮に敵の組織が自分の所在をつきとめたとしてこの静けさは頂けない。
帰宅を待ち伏せするつもりなら電気を点けているのもおかしい。そもそも一方通行の寝床まで到達する
ほどの人間が些細なミスをする可能性も極めて低い。
同時に暗部関連の可能性も薄くなっていく。
となると、
(クソガキ……?)
最優先保護対象である少女、打ち止めのあどけない顔が一瞬浮かんだが、すぐ却下される。
(イヤ、そりゃねェわ。こンな時間に黄泉川が外出を許すワケがねェ。第一、クソガキもここを…)
762: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:11:15.39 ID:cBmTNALN0
そう、“知らないはず”だが、妹達の調整に携わるあの『冥土帰し』には住所を教えてある。あくまで緊急
のためなのもあるが、一方通行が全幅の信用を置く数少ない人間というのもある。
まさか、それが裏目に出たのか?
そうだとしたら「打ち止めに住所を教えるな」と口止めしなかった己にも多少の非はある。
一方通行はなるべく音を立てないよう、控えめな足取りで自室への階段を昇り始めた。
(……やっぱり間違い無く、誰かが勝手に上がりこンでやがる)
部屋の前まで来た辺りで確定した。
テレビの音が駄々漏れな上に何やら物音も聞こえてくる。
少なくとも礼儀知らずの不届き者が家主の許可無しで今も室内に留まっているのは明らかだった。
普通なら泥棒を疑うべき場面だが、泥棒はテレビを付けていかにも寛いでます的な状況を演出しないだろう。
(どこのどいつだか知らねェがイイ度胸してンぜ!)
一方通行はいつでも能力行使できるよう首筋に付いているスイッチに手を添え。ゆっくりとドアノブに手を
掛ける。
掛けたはずの鍵も開いていた。
「……?」
763: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:12:52.94 ID:cBmTNALN0
疑問に目が泳いだが、すぐにドアを開けた。中にいる人物に訊いた方が早いと判断したからだ。
ズカズカと、躊躇い一つなく一方通行は住み慣れた玄関を渡りリビングへ向かう。
半ば勢いを落とさないまま、リビングと廊下を結ぶ扉に手を伸ばし――――開けた。
「――――あ、おかえり~。ってか、こんな遅くまで何処行ってたの?」
764: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:15:09.62 ID:cBmTNALN0
リビングへ乱入した一方通行が最初に耳にした言葉が、それだった。
次いで、その目に映る人物の正体に一方通行は【ロロ】(←フリーズ)状態となる。
「へへへ、勝手に来ちゃいました~、ってね。ぎゃはは☆」
ペロッと悪戯っ子のように舌を出してはにかむが、はにかまれた対象は依然行動を見せない。
「鍵掛かってたから壊しちゃったよ。ごめんね♪」
「……………………」
まるで、彼の周りだけ時が止まってしまったかのようだった。
そこへ彼の帰りを迎えた人物が助け舟を出す。
「ちょっとー? いつまで固まってるんデスかー? いや、面白いけどさ。そこまで露骨だとミサカも―――」
ミ サ カ ………。
やはり、どうやら視覚障害の類では無いらしい。
765: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:16:26.39 ID:cBmTNALN0
「………………は?」
ようやくそこで彼は現実へと戻ってくる。
一方通行、今自分は夢を見ているのではないかと本気で疑ったのは生まれて初めての経験だった。
どこの不躾者が人の部屋で呑気にテレビなんか見てやがるんだこの野郎、と息巻いて帰宅したら、
「イヤ……。どォいう事だよ。これ……」
その人物は、さっきまで劣感情を締めていた張本人だったというオチ。
そりゃ思考も止まるし意味も理解できないだろう。
強いて言うなら、「これは幻、幻聴か。ここまで重症かよ俺は…」で纏める他に道はなかった。
が、
「オイコラ、あなたが重症なのは認めるけどさ。そこは涙流して感動する場面でしょ!? ……まぁ流石に
そこまでは望んでないけど、もーちょっとマシな反応してくんなきゃコッチも萎えちゃうじゃん♪」
「あァ、待て……分かったから取り敢えず待て。色々ワケ分かンなくて追いつかねェ。頼むから気持ちの整理
をさせろ」
一番優秀であるはずの頭を全力で抱えた。
766: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:18:16.94 ID:cBmTNALN0
「よォォし……、オーケーオーケー……」
何がオーケーなのか、イマイチ自分でも分かっていないようだ。
「ンじゃあまず訊くぞ――――」
「――――なァンでオマエがここ(学園都市)に居ンだよ番外個体ォォ!!?」
決して立派な造りとは言えないアパートがこの一声で揺れた気がした。
番外個体と呼ばれた少女は声に驚いたのか目をパチクリさせる。が、すぐに面白いものを見つけた子供を
匂わせる笑みを浮かべた。
「ありゃりゃ~? なーに必死になっちゃってんの? あー、やっぱ聞いてなかったんだね」
「質問に答えやがれ! オマエはロシアにいるンじゃなかったのかよ!?」
もっともな疑問をダイレクトにぶつける。
だが、それでも平然と番外個体は返答した。
「うん、いたよ。着いたのはついさっきだけどね♪」
767: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:19:52.33 ID:cBmTNALN0
だから何? と続きそうな言い回しに一方通行は血管を額に走らせる。
「どォいうことだァ!? オイ、はぐらかしてねェで順を追って説明s――――!?」
タイミングのすこぶる悪い所で着信が入る。
表示は、非通知。
「……チッ!」
怒鳴りつけてブッチ切ってやろうと通話ボタンを押した途端、スピーカーからさっきまで一緒に居た
男の綽々とした声が漏れた。
『――――よーう、今更だが別れの挨拶無しってのはちと酷くねーかにゃー?』
「……ッ!!」
余計に機嫌が悪くなるその軽口の主に荒声をぶつける。
一方通行「……何の用だコラ? 悪りィが今ァ雑談に付き合える心境じゃ――――」
土御門『お? その感じだと無事再会できたみたいだな。良かったぜよ』
一方通行「……………ンだと?」
768: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:21:54.50 ID:cBmTNALN0
土御門『おっといけね。ついクチが……』
いや、どう考えてもわざと漏らしただろ今のは。と突っ込む余裕は今の一方通行になかった。
土御門『んじゃ、あとはお二人さんごゆっくりー♪』
一方通行「オイ待て、切るンじゃねェ! 脳みそ溶かされてェのか!! あァ!?」
土御門『ははー、嘘だって。説明が必要そうか?』
一方通行「……ひとつ確認するぞ? 今、番外個体が部屋に居るンだが」
土御門『ああ、知ってるぜい?』
一方通行「……………」
やっぱ、そうか。オマエもグル確定か。
土御門『けど勘違いするなよ? 俺はあくまで“事情を知っているだけ”であって、何も悪巧みに参戦
してた訳じゃ―――――』
ピッ…
もうそれ以上話すことはなかった。
コイツは後で奴隷制度の盛んな国に鉄球括り付けて送還するとして、もっと重要な問題がまだ解決されて
いない。一方通行は展開にキョトンとしている番外個体を一旦放置し、病院へ電話を掛けた。
769: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:22:48.01 ID:cBmTNALN0
どうせコイツも絡んでいるに違いない。
理由は分からないが、何故かそう確信できた。
冥土帰し『――――あぁ、君かい。どうかしたのかね?』
一方通行「番外個体がウチに来たンだがよォ……」
冥土帰し『ん? それがどうかしたかい?』
一方通行「やっぱオマエも知ってやがったのか。つまりは同罪ってことでイインだなァオイ?」
冥土帰し『……何を言っているのか分からないが。……まさか、知らなかったのかい?』
一方通行「知らなかったっつーかァ、何一つ聞いてねェンだよコッチはァァあああ!!」
冥土帰し『あちゃー……彼(土御門)にはマズイと言っておいたんだがねぇ』
一方通行「医者が責任逃れしてンじゃねェよ! どォいう事なのか聞かせてもらおォか」
冥土帰し『……何を話せばいい?』
一方通行「全部に決まってンだろクソボケが!!」
770: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:24:19.80 ID:cBmTNALN0
冥土帰し『そんな難しい話じゃないよ。番外個体の調整環境がコッチで揃ったんだ。もう彼女が学園都市で
生活するに当たって支障は無いよ』
一方通行「オイ、そンな話は一ッッ言も聞いてねェぞ!? それにオマエ、確か『永住』とかほざいてなか
ったかァ?」
冥土帰し『んー、いや、それはだから土御門君がね?』
一方通行「言い訳してンじゃねェェ!! 何でンな大事な事を俺に……ッ!!」
土御門は間違いなく殺す。この医者も同罪だが、疑問点を失くすのが先だ。
自制心を何とかコントロールし、一方通行は手を震わせたまま問う。
一方通行「………ンで? 番外個体がロシアへ行く時点でそれは決定してたのか?」
冥土帰し『まぁ……言いにくいがね』
一方通行「チッ……もォイイ」
乱暴な手つきで通話を切った。
馬鹿馬鹿しくて実に腹立たしい気分が拭えない。
(俺だけ知らなかったってかァ? ふざけるにも程があンだろ! この俺を嵌める様なマネしやがって。
覚えてやがれ、あのクソ野郎共。絶対に後悔させて―――)
771: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:25:39.92 ID:cBmTNALN0
「――――あっひゃっひゃっひゃ♪ どーしたの? 鬼みたいな顔しちゃってさ」
待つのに飽きたのか、すぐ傍に少女は居た。
「ッ!!」
「ありゃ…?」
番外個体曰く鬼面を九十度回転。一方通行は真正面から能天気な少女を見つめた。
番外個体「ど…どったの?」
一方通行「どったの、じゃねェンだよ。オイ、オマエも知ってやがったのか? 最初から学園都市に
帰れるのが分かっててあンな臭ェ演技じみた真似しやがったのか? 正直に言えよ」
番外個体「あ、あはは~☆ だ…誰も『もう学園都市に帰らない』なんて言ってないじゃん」
一方通行「なァァに開き直ってンだコラ?」ギロリ
番外個体「う……」
一方通行「コッチがどンな気持ちだったと思ってやがる? こりゃちょっとやそっとじゃ許せそォに
ねェよなァァ?」
番外個体「ご……」
772: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:27:04.73 ID:cBmTNALN0
一方通行「ごォ?」
番外個体「……なさい」
一方通行「聞こえねェぞ?」
番外個体「ごめんなさいッ!! 黙ってた方が面白そうだったんだもん! しょうがなくね!?」
一方通行「なンで謝った後でオマエがキレてンだよ!? 意味わっかンねェ!」
番外個体「うっさい! だいたいいつまでも根に持つとか男らしくないし! せめて懐ぐらいでかく
なりやがれっつの!」
一方通行「“せめて”って何だよ!?」
番外個体「答え知りたいなら今すぐ鏡の前に立てば?」
一方通行「つ、つけあがりやがってこのアマァァ……!」
番外個体「あひゃひゃ♪ ばーか、ボキャ貧」
一方通行「黙れ。話がちっとも進みやしねェだろ。……っつかオマエ、ロシアの家庭に引き取られた
ンだろ? コッチに戻って平気なのかよ?」
番外個体「うわ、ホントは嬉しいくせして素直じゃないヤツ……。まあアッチのオジサンやオバサン
もミサカを快く送り出してくれたし、とりあえずは問題ないよ」
773: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:28:27.76 ID:cBmTNALN0
一方通行「ソイツらも我が儘なガキ引き取っちまって不運だよなァ。にしても、何て言って出てきた
ンだよ?」
番外個体「えっ? それはぁ……///」
一方通行「あ? 何赤くなってンだオマエ」
番外個体「ど、どうだっていいでしょそんなの!! とにかく大丈夫なの! 研究所の人も協力して
くれたんだからね」
一方通行「つまり、コッチ(学園都市)に調整環境が移せるよォになるまで、一時的にロシアへ転住
した。って解釈で良いンだな?」
番外個体「うん、だってコッチへ機材やら特殊な機具やら搬送するのに色々面倒な裏回しが要るから
どんなに早くても一ヶ月だよ。その間調整無しじゃミサカ生きてらんないし」
一方通行「ほォ、それもあの医者が絡ンでたりしたのか?」
番外個体「そりゃあね。ってか元々あの人のコネみたいなモンだし。ホント、何から何までお世話に
なりっぱなしだよ……」
一方通行「そォか。で、オマエは何でここに来た?」
番外個体「へ? だからあのカエルに住所教えてもらったんだって」
一方通行「ンなこたァ分かってンだよ。俺が訊いてンのは理由だ。ついでに訊くが、そこの隅に置か
れてるクソでかいボストンバッグは何の悪意だ?」
774: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:29:45.30 ID:cBmTNALN0
番外個体「さて、そんじゃそろそろご飯にしますか」スクッ
一方通行「オイ! 勝手に話進めてンじゃねェ!」
番外個体「あーうるさい。ホラ、ボケッとしてないであなたも手伝ってよ」
一方通行「状況ってのを読む気はねェのかオマエはァ!?」
番外個体「“ミサカとご飯作る約束”、したじゃん。忘れちゃったの?」
一方通行「――――――!!??」
『―――――今日は一緒に晩御飯作ろ?』
『―――――あァ? 俺は料理とか経験ねェぞ』
『―――――ミサカが教えてあげるから♪ 今の時代は男も料理ぐらいできなきゃ話になんないっつの』
『―――――面倒臭ェな……』
『―――――イヤなら今日はあなた夕飯抜きだよ?』
『―――――チッ……、わァーったよ。手伝や良いンだろクソが』
『―――――うんっ♪』
775: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:30:56.46 ID:cBmTNALN0
一方通行「………番外個体……オマエ……」
番外個体「……………」
一方通行「俺と一緒に住ンでた時のこと……覚えてンのか?」
番外個体「………うん」
一方通行「なンで………」
番外個体「最初は、本当に夢だと思ってた……。けど、時間が経つにつれて……どんどん鮮明に思い出して
来ちゃって……」
「あなたが右も左も分からなくなってたミサカを引き受けてくれたことも、散歩したことも、テレビ
見たことも、海行ったことも、クレープ食べたことも……」
「猫に触れるようにしてくれたことだってちゃんと覚えてるよ」
「今になって思い出すと、あなたの気遣いが滑稽だったかな? あひゃ☆」
一方通行「なンで……言わなかったンだよ……? 俺に問い詰めれば良かったじゃねェか!!」
776: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:32:36.49 ID:cBmTNALN0
番外個体「言えないよ……。だって――――」
「――――覚えてないフリでもしないと、あなたと少しでも離れるのが嫌で負けちゃいそうだった
んだから……」
一方通行「…………!!」
番外個体「……言うつもりなかったんだけど、ホントはね……。帰って来れるかも分からなかったんだ」
「ミサカの身体はあの科学者(木原)の干渉でだいぶ寿命削られちゃったようなものだったし…」
「可能性は、五十パーセントだった……。けど、ミサカはまたこうして学園都市に帰って来れた
んだよ――――」
「――――あなたの、おかげでね」
一方通行「……!?」
番外個体「あなたとの“思い出”がなかったら……ミサカ、生きたいと思わなかったかもしれない」
「“もう一度あなたに逢いたい”。その想いがあったから、今ミサカは生きてられてるんだと
思う。多分…ね」
一方通行「……それも、俺には一切言わなかったよな?」
777: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:34:42.24 ID:cBmTNALN0
番外個体「あなたに、もう苦しんで欲しくなかったから……。もし調整が失敗してミサカの命が消えちゃったら、
“そのままミサカは元気で暮らしてる”って、嘘を突き通す予定だったの」
一方通行「……ッッ!」
(そォだったのか……。だからあの医者も土御門も、俺に真実を伝えなかったのか……。くだらねェ
悪戯だとばかり思ってたのに……。クソったれが)
(結局、俺は何にも知らねェで……女々しく焦がれ、小者相手に憂さ晴らししてただけじゃねェか!)
(そンなンで何が“信念”だよ……。笑わせやがって)
(コイツがそンな目に合ってるなンて……これっぽっちでも思ったかよ!?)
(俺って野郎は……飛ンだ大馬鹿だ! 畜生……畜生ッッ!!)
「………すまねェ。俺、何も―――」
番外個体「―――はいそこまで!」
一方通行「………?」
番外個体「悪いけどさ、そんな顔なんて見たくないの! 今、ミサカは生きてる! 夢でも幻でもない現実の
ミサカがあなたの目の前にいる! それであなたの腑抜ける要素はどこにあるってのかにゃーん?」
「言ったよね? “次会った時に腑抜けたツラ見せたらぶっ飛ばす”って」
一方通行「………あ、あァ」
778: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:36:22.70 ID:cBmTNALN0
番外個体「まったく……。こんなんで一々シケた空気出さないでよね~? 折角ミサカが生き延びてられるように
なったんだから素直に喜べよ。涙流して歓喜したってバチは当たんないよ~ん?」
一方通行「…………」ピキッ
番外個体「ほ~らほ~ら。ぶひゃひゃっ♪」
一方通行「…………調子に乗ってンじゃねェよタコが」ズビシ
番外個体「いッ! いってぇぇ~~!? 何すんだよ! このガリガリのクソ白髪野郎!!」
一方通行「ケッ、下品な性分は相変わらずってかァ?」
番外個体「えー? それをあなたに言われるのは心外通り越しちゃうな~」
一方通行「あァそォかい……ったく」
番外個体「ねぇ、あなたもうご飯食べたりしてないよね?」
一方通行「あァ、まだ……ってか、それ確認する前にメシ作ろうってのはどォいう神経だよ?」
番外個体「うっさい。そこで空気読まないで“お腹減ってない”とか抜かしてたらあなた今頃シチューの具だよ?」
一方通行「意味わかンねェ……。っつか、この荷物よォ。わざわざ何のために病院から持って来たンだよ? メシ
作ンのにこンなボストンバッグなンざ必要ねェだろォが。まさか泊まっていくとか抜かす気じゃねェ
だろォなァ?」
779: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:37:38.73 ID:cBmTNALN0
番外個体「………は? 何寝言こいてんの?」
まるで正真正銘の馬鹿を見るような目で一方通行を睨む番外個体。
一方通行はこの反応に当然ポカンとするしかない。
「………あン? 何だよそのツラは? 一緒にメシ作る約束果たしに来たンだろ? だったらこンな荷物は不要
なンじゃねェのか、って訊いただけで何でンなツラされなきゃならねェ?」
「あなたって、真性の馬鹿? もしくは天然?」
番外個体の表情は更に不機嫌度を増す。
「……何なンだっつの」
不貞腐れた顔の一方通行に、番外個体は当たり前のような事実を告げた。
「ミサカも今日からここで一緒に住むに決まってんじゃん。頭大丈夫? ちゃんと回ってる?」
「………へっ?」
思わず素の声を漏らす一方通行。
780: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:38:56.04 ID:cBmTNALN0
「当たり前っしょ。ミサカはあなたのトコ以外に行き場所無いもん」
「イヤ……ちょっと待てよ。話がさっぱり見えねェンだが? っつか、病院は?」
「ミサカのスペースなんてあるワケないじゃん。また姉貴(10032号)に迷惑掛けるのもゴメンだしね」
「………マジか? マジで言ってンのか?」
「もっちろん☆ それにさ、ここってミサカ達が前住んでたトコと近いじゃん! あなたにしてはナイスだね♪」
「うぐ……」
どんどん分が悪くなっていく感が否めない。
本当に分からなかったのかあるいは分かっていて敢えてはぐらかそうとしたのか、それは彼にしか分からない事だった。
予想としては後者だろう。分かっていて分からないフリ(現実逃避)をするのは不本意ながら慣れてしまっていた。
「なにその顔? まさかミサカと一緒に住むのがイヤだなんてほざかないよねぇぇ?」
ニヤー、と妖しく微笑む番外個体。
「『オマエが本当の生き方を見つけるまでは俺が側で支えてやる!(笑)』ってのは嘘だったのかにゃーん?」
「――――!!?」
一方通行の全身から嫌な汗が流れ出した。
今思えば何てこっ恥ずかしいセリフを口走ってしまったのかと後悔し始めるが、時既に遅しだ。
781: ◆jPpg5.obl6 2011/02/08(火) 19:40:15.94 ID:cBmTNALN0
「だから、ミサカはあなたの傍に居続けるって決めたの。一生あなたから離れてやんないから。拒否権は勿論ありません♪」
「……………」
もう何かを言い返すことさえままならない一方通行に、番外個体は容赦せずトドメを刺す。
「ってなワケで―――――――」
「―――――今日からお世話になりますっっ!!」
極上の笑みと完璧すぎる三つ指付き。一方通行は急に頭が低くなった番外個体を口が半開きのまま見下ろす。
やがて―――――
「………………はァァああ!?」
――――――ようやく出せたのは、過去最高を塗り替えるほどの間抜けな声だけだった。
~~ 終 ~~
813: ◆jPpg5.obl6 2011/02/12(土) 20:36:23.66 ID:5plBKdjg0
オマケ(後日談的なモノ)
とある少年少女の同棲生活(アフターストーリー)
814: ◆jPpg5.obl6 2011/02/12(土) 20:37:17.59 ID:5plBKdjg0
―――
「ほら、起きてってば! いつまで寝てんの!? 布団干せないでしょーがこの寝ボスケ!」
「ンあ………?」
学園都市最強の超能力者、一方通行の朝は遅い。
お日様が真上に昇る頃が絶妙の起床時間である。
「………今何時だと思ってンだ?」
前日までは。
「ん? 八時だよ」
それがどうしたと言わんばかりのニュアンスで応える少女の呼び名は番外個体《ミサカワースト》。
昨夜突然部屋に転がり込んできた新同居人だ。
というか一方通行が帰宅した時にはもう居た。しかも呑気にテレビまで見て寛いでやがった。
過去にこの少女と一緒に生活を共にした経験が実はある。が、あの時は複雑な事情があった訳で
現在とは状況が同じなようで違っている。
816: ◆jPpg5.obl6 2011/02/12(土) 20:40:30.59 ID:5plBKdjg0
詳細は後に述べるが、今は一方通行の脳の活性化が優先だ。
「まだ四時間近くは寝れンじゃねェか……。ふァ~あ…」
「あなたはミサカが居ない間どんな生活してたワケ?」
「毛布返せ。俺は寝る」
「コトワル」
「俺が優しく言ってる内によこせ」
「だから、断るっつってんの。ってかもう干しちゃったし♪」
「…………」
凄く不毛な会話だと気づいた。寝起きでまだ頭が上手く回ってないせいか、一方通行の反撃はそこ
までで潰える。
「朝ご飯、作ったから食べて☆」
太陽も真っ青の笑顔に一方通行は取り敢えず目を擦る。リアルな陽射しも手伝って余計目が霞んだ。
「ふァァ……。起きりゃあ良いンだろ。ったく…」
817: ◆jPpg5.obl6 2011/02/12(土) 20:42:59.16 ID:5plBKdjg0
「あひゃひゃ、モゾモゾしちゃって。冬眠から醒めたクマさんみたい♪」
「っせェよ………」
朝からハイテンションな少女についていくのはやはりしんどい。打ち止めも似たようなものだった
ので多少慣れてはいたものの、眠いものは眠い。無論、しんどいとは思っても嫌だとは思わないが。
昨日家路に着くまではこんな展開など全く予想していなかった。
正直なところ、未だ実感が湧かない。
例えば『いつかテレビではない本物の鯨を見たい』と思って数日もしない内にそれが叶ってしまう
のと同じ心理だ。『いつか』が唐突に訪れてしまうと、人はどこか夢気分のまま客観視してしまう
傾向が少なからずあったりする。
とどのつまりは、番外個体とこうして近い位置で言葉を交わしている事や昨日の不意打ちな出来事
が実は夢なのではないか、と深層心理が未だどこかで疑っている。
もっとも、覚醒と共にそんな無駄な疑惑など無意味だと思い知らされるのだが。
「ハイ、まず顔洗ってきな」
タオルを顔にぶつけられてようやく目がまともに開く。
ちなみに一方通行がいるのはシーツの掛かったソファーの上だ。
いつも使っていた隣りのベッドは朝食の乗った食器をテーブルに並べている少女に独占させた。
番外個体は「一緒に寝る?」と冗談なんだかそうでないんだか判別不能な口調で訊ねてきたが、これ
に関しては勿論拒否した。別に紳士を気取るつもりはないが、これは世間一般で『同棲』と言うヤツ
なのだろう。なんだかんだとあって結局番外個体の入居を受け入れたとは言え、幾らなんでもその
初日から一緒のベッドで寝るのは抵抗があった。
818: ◆jPpg5.obl6 2011/02/12(土) 20:44:26.16 ID:5plBKdjg0
打ち止めの時はいい。あの身形だから別に布団が一緒でも鬱陶しいという感慨しか湧かない。
だが、彼女は違う。申し訳ないが、スタイルなら本家本元も含め全個体でもトップクラスだ。
色々とマズイ。ホルモンバランスが狂って 的欲求が不安定だとかそういう問題ではなく、マズイ。
本能が咄嗟に叫んでくれたおかげで一方通行は番外個体の誘い(?)を冷静に却下できた。
もちろん、色々考えていたせいで意識を落とすのに相当難儀したのは言うまでもない。
「ご飯冷めちゃうから早く行ってこいっての!」
尻を叩く、と言うよりは蹴る勢いで煽る番外個体。
その催促にダルそうな反応後、重そうな身体を起こす。近くに置いた杖を取った一方通行はフラ足
で洗面所へ歩く。
その光景はもう何年も一緒に暮らしているかのような雰囲気を思わせた。
念のためもう一度言っておくが、番外個体が一方通行と暮らすことになってまだ今日が二日目である。
「ねみィ………」
取り敢えず意識を完全起床させる。
「はァ、っつーかよォ……何で俺が主導権握られてるみたいな形が成り立ってンだ? 世話すンのは
コッチの方じゃねェのかよ?」
鏡に向かって盛大な疑問をぼやく。
819: ◆jPpg5.obl6 2011/02/12(土) 20:47:59.98 ID:5plBKdjg0
顔を冷水で冷やし、受け取ったタオルで顔をゴシゴシ。
こうしている間にも甲高い女声がリビングから自分を呼んでいる。
「まだー? 早くしろー。腹減ったんですけどー?」
「…………」
これ以上待たせるのもアレなのでひとまず戻る。色々と考えたい事がまだ残っているが後回しだ。
そんなこんなで朝食。
番外個体「――――いただきまーすっ♪」
一方通行「…………」スッ
番外個体「ホラ、あなたも」
一方通行「あァ……いただくわ」
番外個体「ち・が・う」ギロッ
一方通行「……………イタダキマス」
番外個体「うわ、声ちっせ~。……けどまぁ今回は許す。食べて良し」
一方通行「俺は犬じゃねェ。っつか、オマエ何時に起きてたンだよ? 朝から豪勢っつか……随分手間
掛かりそォなモンもあるじゃねェか」
820: ◆jPpg5.obl6 2011/02/12(土) 20:49:12.13 ID:5plBKdjg0
番外個体「べ、別にいいっしょ!? たまたま早く目覚めちゃったの!」
一方通行「ふーン……」パク
番外個体「ど、どう…?」ドキドキ
一方通行「……あァ、悪くねェよ」
番外個体「あはっ♪」
一方通行(イヤ、寧ろ前喰った時より美味ェ……。コイツ、ロシアでこンなスキルも上げてたのか?)モグモグ
番外個体「ねぇ」
一方通行「ン?」
番外個体「あーんして……」スッ
一方通行「ッ!? ……オマ、それは」
番外個体「あーーん……」ジー
一方通行「……~~っ………ったく」パク
番外個体「きゃは」
一方通行「………」モグモグ
821: ◆jPpg5.obl6 2011/02/12(土) 20:50:46.19 ID:5plBKdjg0
番外個体「ほーら、餌だよー」
一方通行「水族館のイルカか俺は」
番外個体「いーじゃん。餌付け餌付け♪ ハイ、あーん……」スッ
一方通行「…………チィ!」パクッ
番外個体「ひゃひゃひゃ。かっわいぃ~ヤツ」
一方通行(ちっきしょうが、こォなったらお返ししてやらァ!)
「ありがとよォ。ほら、今度は俺が食わせてやっからアーンしろよ。アー…」スッ
番外個体「んっ」パクッ
一方通行「………ッ」
番外個体「うぅん、おいしー☆」モグモグ
一方通行「オマ、ちったァ躊躇えよ! 羞恥心ってモンがねェのか!?」
番外個体「ぶひゃひゃ♪ 期待裏切ってゴメンねぇ~」
一方通行「………やろォ」
822: ◆jPpg5.obl6 2011/02/12(土) 20:52:09.72 ID:5plBKdjg0
番外個体「ね、もう一回」
一方通行「誰がやるかっつの! あー、何か身体中が痒くなってきやがった……」
端から見たら新婚を匂わせるほどの甘い空気。
だが、一方通行は「違う、何かが違う」と頑なに否定し続けた。
一方通行「ふゥ、食った……」フキフキ
番外個体「……」ジー
一方通行「…………ごっそーさン」
番外個体「あひゃっ♪」パァァ
一方通行「っつゥかよォ、たかが一言でそンなご満悦に浸れるヤツだったか? オマエ」
番外個体「うっさいなぁ。あなたには女心の勉強が必要みたいだね。最終信号もその辺しつけといて
欲しかったな~」
一方通行「何であのガキからオンナゴコロってのを教わらなきゃならねェ?」
番外個体「はぁ、これだもんねぇ……」
一方通行「一人で残念そォな結論に至ってンじゃねェぞコラ!」
823: ◆jPpg5.obl6 2011/02/12(土) 20:53:57.58 ID:5plBKdjg0
番外個体「ハイハイワカリマシター。早くお皿片付けてよ低血圧。洗い物担当はあなただよ?」
一方通行「チッ、いつの間にか勝手に役割分担まで決めやがって……」スクッ
番外個体「とか言いながらやってくれるのがあなただもんね♪」
一方通行「うるせェ! 少し黙ってろ!」
番外個体「おー怖い」アヒャヒャ
一方通行「………」ジャー カチャカチャ
前日までの血塗られた日常から一転、この懐かしいようで新鮮な感覚に一方通行はまだ順応しきれて
いない。割り切ってあっさり適応できるほど単純な脳ではない故、自分でも分かるほどのぎこちなさ
に歯痒みする。お皿を洗いながら。
(あァ、確かに俺はアイツと一緒にまた過ごしてェと思った。ソイツは認めてやるが、不意打ちにも
程があンだろォ)
嬉しくない訳などないが、彼は存知の通り狂喜を除いた喜びを全面に表す機会が酷く少ない。
嬉しいことを嬉しいと言うのに慣れていないのだ。打ち止めをロシアで救った時は苦難の末故に感極
まったが、おそらくそれ以来か。
824: ◆jPpg5.obl6 2011/02/12(土) 20:55:23.37 ID:5plBKdjg0
今回に至っては殆どドッキリと言っても過言ではなかった。更に分かりやすい言葉で“サプライズ”
という表現がある。
断食中に好物が眼前を埋めるような、正に棚から牡丹餅だ。
“いつしかまた再会できる日”が今急に訪れれば、一方通行に限らず素直に喜びきれない面も出て
何ら不思議はない、のだが――――。
「えへへー」
――――そんなゆっくり考え込む暇をトテトテと接近する少女は与えてくれそうにない。
825: ◆jPpg5.obl6 2011/02/12(土) 20:57:16.32 ID:5plBKdjg0
「ンだよ、どォした? アッチで大人しく待ってろ。もォじき洗い終わ――――!?」
「ピトッ♪」
思考が強制切断された。
背中に張り付くこの感触は、振り返ざるとも明らかである。
「……何してンだ?」
「待ちきれないから来てやったのに、そのツンツンぶりは頂けないかな~」
「………離れろ。手ェ動かせねェだろォが」
「やだ」
背中にくっつく少女は接着剤の如く離れようとしない。一方通行は当然反応に困る。
「何の嫌がらせだよオイ。イイ加減に離せっつンだ」
「ぶー、何だよツレないヤツ」
「オマエ本当に記憶戻ってンだろォな? 俺がどンな人間かちゃンと思い出せてンのか?」
「当たり前じゃん。あなたは妹達を一万人以上殺してきたクソ野郎で最終信号や残された妹達の
恩人、そしてミサカの―――――」
826: ◆jPpg5.obl6 2011/02/12(土) 20:59:06.80 ID:5plBKdjg0
その先を言われる前に、一方通行は口を挟んだ。
「そンだけ分かってて、オマエはそれでも俺の傍に居たいって思うか?」
「………うん。だって、もう“あなたへの憎悪”は収集できないし」
そう、番外個体は以前に生活を共にしていた時とは違う。
今の彼女には異常など何もない、何の障害壁も存在しない。意思をはっきり備えた上で彼女は
一方通行と一緒に居たいと断言した。
一方通行に関する記憶を失くしていたあの頃とは、違う。
今の番外個体は一方通行の過去の経緯を承知しているし、忌わしい感情に支配されていた時の
記憶だってある。
ただ、新規の“負の感情”が取り込めなくなったというだけでこんなにも変化するものなのか。
木原の件があったとは言え、一方通行はまだそれが少し信じきれずにいた。
自身の本音や感情より、こういった理論的な解析を優先してしまう彼の悪い癖が発動している。
(調子狂うぜクソったれ……)
だが、それを番外個体へ強くぶつける気になれない自分にもほとほと呆れる。
打ち止めに牙を多少なりとも削られた今の彼なら仕方無いのかもしれないが。
「――――ねぇねぇ、洗い物終わったらあなたも出掛ける準備してよ」
「あァ? 久々に散歩でもしてェのか?」
827: ◆jPpg5.obl6 2011/02/12(土) 21:00:35.24 ID:5plBKdjg0
「まぁそれもあるけどさ。ほら、生活用具で足りないもの買出しに行きたいし」
「ンなの後でもイイだろォが」
睡眠不足を補うつもりだったが、番外個体が許す訳もない。
「今行きたいの! もうミサカの“護衛”とかそんな建前は今んとこ無いんでしょ? だったら
ミサカ、賑やかな場所行きたい! 前は“何が起こるか分からないから”とか言って、一度も
駅前とか繁華街とか行ってないもん!」
「――――だからね、今日はミサカとデートしよ☆」
トドメのウィンクに一方通行はたじろぐしかなかった。
「……ダメ?」
もはやダメとは間違っても言えないだろう。
「………ったく、仕方ねェなァ」
一方通行、実はなんだかんだ言ってまともな“デート”という名目で出掛けるのは人生初だったりする。
853: ◆jPpg5.obl6 2011/02/16(水) 19:07:02.42 ID:DWDDanM+0
「――――とにかく、今日はダメだ。幸い今日の標的は雑魚中の雑魚、オマエ達だけで何とでもなる
相手だろォがよ」
携帯電話越しから文句が聴こえてくるが、一方通行は「小言なら土御門の馬鹿に言いやがれ」とだけ
告げて通話を一方的に切った。これで今日は一日じゅう彼女に付きっきりでいられる。
猫のように忽然と現れた肉体より精神が多少幼い少女、番外個体は玄関で一方通行の電話が終わるの
を今や遅しと待ち侘びていた。その証拠に一方通行が廊下から歩いて来る姿を見るなり―――。
「――――遅いっ! もーちょっと遅かったら置いてくトコだったんだから!」
言葉など参考にならないとはこの事だろう。
番外個体の輝いた表情が物語っている。
「悪りィな。今靴履くから待ってろ」
何事もなかった顔で一方通行は番外個体と一緒に自室を出た。
「――――あなたっていつからあそこに住み始めたの?」
何の変哲もない退屈な風景が広がる道中、番外個体がそんな事を訊ねてきた。
854: ◆jPpg5.obl6 2011/02/16(水) 19:09:28.93 ID:DWDDanM+0
一方通行「……退院してすぐ」
番外個体「何であんないかにも庶民染みたトコなの? あなたならもっとリッチな場所選ぶと
思ったのに」
一方通行「ここが落ち着くンだよ。何となくな……」
番外個体「仮にも第一位の超能力者がねぇ……」
一方通行「どォも都会のど真ン中ってのは汚ェ空気しか流れてねェ感じがすンだよ。醜い野郎
どもの巣窟で住む気にはならねェ。ま、それを言ったら『学園都市全部』を指す意味
になっちまうがなァ」
番外個体「ふぅーん、つまりミサカと偶然住んでた場所が気に入ったってことかにゃーん?」
一方通行「さァな。だがまァ、都会からさほど離れてる訳でもねェし、仕事には支障ねェよ」
番外個体「仕事って……暗部の?」
一方通行「……あァ」
番外個体「あのさ、ミサカが言うのもおかしな話かもしれないけど、あなたにはあんまり……」
一方通行「『そォいうことして欲しくない』ってかァ? 悪いがそォもいかねェよ。学園都市
には莫大な借金抱えてンだ。そもそも簡単に抜けられる世界じゃねェのはオマエも
良く知ってるだろ?」
855: ◆jPpg5.obl6 2011/02/16(水) 19:12:39.38 ID:DWDDanM+0
本意を伏せるのには理由があった。彼の信念、真意を了知してしまったら、彼女は自らも闇へ
一方通行と共に飛び込む恐れがある。それだけはどんな手段を用いてでも避けたかった。
もう番外個体や打ち止めを学園都市の裏事情に関わらせたくないのが彼の信念そのものだった
からだ。彼女達には日の当たる世界で元気に生きていて欲しいという願いは今や計り知れない
ほど強いものと化している。最低でも今目の前に在る少女に「オマエ達のためだ」などと言う
つもりなど、ハナから無い。
番外個体「まあね、ミサカ自体がそういう世界の一部みたいなモンだし……。でも、あなた
だってもうそろそろ平穏に生きても良いんじゃないの? そんなに難しいってん
ならミサカもあなたの組織で――――」
一方通行「余計な考えを起こすンじゃねェ! ……良いか? 何を大目に見よォと、それだけ
は絶対に容認しねェぞ。分かったな?」
番外個体「わ、分かったって。そんなムキになんなくてもぉ……」プクー
一方通行(隠しても仕方ねェと思って暗躍続行を馬鹿正直に伝えたのは失敗だったか? イヤ、
何も知らせずに首突っ込まれるよりはマシな筈だ。……チッ、後で土御門のヤツと
“今後の方針”について話し合う必要がありそォだな)
「なら良い。とにかくオマエには何があっても火の粉を飛ばさせねェよ。黙って俺を
信用しやがれ。元々オマエと出会う前から知った世界だ。ベテランたァまだ呼べねェ
かもしンねェが、最低限の回り方ぐれェはとっくに熟知できてる。何の問題もねェ」
番外個体「………そりゃ、そうかもしんないけどさ」
856: ◆jPpg5.obl6 2011/02/16(水) 19:13:53.44 ID:DWDDanM+0
一方通行「ンだよ。俺がヘマして死ぬよォな間抜けに見えるか?」
番外個体「そうじゃなくって! ……あなたが危険に身を置いてるっていうのが……その」
一方通行「へェ、心配してくれてンのか」
番外個体「そ、そんな訳ないじゃん! ふんっ、馬鹿じゃねぇーの? 殺しても死ななそうな
あなたの事なんて誰が心配するかっつーの」
一方通行「あァそォかよ……。ま、そンな訳でちょくちょく居なくなるが安心して待ってろ。必ず
帰って来る。絶対にだ」
番外個体「……そーいうセリフは死亡フラグだから、やめてほしいんだけど」
一方通行「まァ心配要らねェよ。いずれ組織は抜ける予定だからなァ。同じ場所にずっと居続ける
のはどォも慣れねェンだ」
番外個体「ミサカは……」
一方通行「あン?」
番外個体「ミサカは、ずっとあなたと同じ場所に居るから! あなたかミサカ……どっちかが死ぬ
まで……ずっと……///」
857: ◆jPpg5.obl6 2011/02/16(水) 19:15:52.57 ID:DWDDanM+0
一方通行「…………」
番外個体「ダメ……かなぁ?」
一方通行(っつーかそれ、殆どプロポーズみてェなモンじゃねェか。意味分かってて言ってンのかコイツ。
けど何故かクチに出してツッコめねェのは一体何の心理が働いてやがる?)
「ッ……す、好きにすりゃ良いだろ」
番外個体「えっ……///」
一方通行「オマエの好きにしろっつったンだよ! 言っただろォが。『オマエの人生はオマエが決めろ』
ってよォ。……一々俺に許可求めてンじゃねェぞ」
番外個体「それってつまり……///」
一方通行「にしてもよォ、こンな怪物と一緒に居てェなンてオマエもとンだ物好きだよなァ」
番外個体「あなたはミサカと居るの、イヤ?」
一方通行「……!?」
番外個体「ミサカが迷惑だってんなら、無理しないでハッキリ言って良いんだよ? ソッチの方が隠さ
れるよりよっぽどマシだし」
858: ◆jPpg5.obl6 2011/02/16(水) 19:17:37.28 ID:DWDDanM+0
一方通行「だ、誰も迷惑なンつってねェだろォが! 勝手に勘違いルート辿ってンじゃねェ!」
番外個体「じゃあ、ミサカのこと……どう思ってる?」
一方通行「ッ!!?」
(オイ待てよ……。今か!? 今すぐ言わなきゃいけない流れになってンのかァ!!??)
番外個体「あなたのミサカに対する正直な気持ち、教えて欲しいなーん☆」
一方通行「……ッ」
しおらしいムードから一転した小悪魔な笑みにゾクリと背筋が凍る。
番外個体のからかうような目に露骨な戸惑いを見せた一方通行は、何とか上手い回避術はないかと
暗中模索する。
無駄と分かっていながらも。
(待て。っつーか、俺はコイツにそもそもそンな痴情を抱いた覚えは……イヤ、だがコイツが居ねェ
日常によく分からねェ虚脱感が襲ってきた事もしばしばあったりもしたが……ソイツに関しちゃどォ
見解すりゃあ……)
考えれば考えるほど頭が混乱してきた。
859: ◆jPpg5.obl6 2011/02/16(水) 19:20:00.23 ID:DWDDanM+0
学園都市で頂点と呼ばれる頭脳があったとして、必ずしもそれが何事も器用にこなせる保障はない。
仮に学園都市が全知全能な存在を生み出せるのなら、制度を設ける意味など無くなってしまう。
いくら優秀だからと言っても万能に結びつくとは限らないのだ。
学んでもいないジャンルに丸裸で挑んでも、結局彼のように頭を痛める結果に終わってしまうのが
関の山というもの。
何が言いたいのかと言うと、『恋愛と学業は別モノ』である以上、学園都市一優秀な一方通行が
色恋沙汰に四苦八苦しようが決しておかしなことではない。何せ部類が全く違うのだから。
「ねぇってば~」
ゴロゴロと甘えてくる猫に何て言えば良いのかを考える。
特に興味が湧かない相手なら考える前に適当な言葉で突き放すのだが、自らの気持ちを曝した後の
番外個体にそれはあまりにも無下な気がする。嘘っぽく言う手もあったが、正体不明のプライドが
邪魔をしているように思える。
あれ? つまりこれって、八方ふさがり?
(冗談じゃねェ!! どこぞのホストやヒーローじゃあるめェし、キザなセリフなンて吐けっかよ!!)
すげえ今更な気もするが、それはそれだ。この住宅街の中心で愛を叫ぶ勇気が一方通行にあるかと
問われて挙手する人間は少ないだろう。
だとすれば、この場を逃れる最後の手段を強行せざるを得ない。
860: ◆jPpg5.obl6 2011/02/16(水) 19:24:06.44 ID:DWDDanM+0
「と…ところでよォ、オマエはまず何処に行きてェンだ? もォそろそろ駅に着いちまうぞ?」
俗に“話題のすり替え”。またの名を“照れ隠し”とも言う。観客が居たならブーイングの嵐が巻き
起こるのは必須。さぞ意気地なしと思うだろう。
だが、彼を責めてはいけない。
一方通行は恋愛経験等に関して無能力者同然なのだ。
普段の生活で歯の浮く奇麗事など自覚して喋るスキルは兼ね揃えていない。
「……ぷぷっ」
番外個体はそんな必死に目を逸らす一方通行を見て腹筋を捩じらせる。どうやら彼のアワを食う様子
がよほど滑稽だったらしい。
「そうだなぁ~。とりあえず大きなデパートとかに行きたい……くくっ」
文字通りお腹一杯なので、そこまでで勘弁してやろうと一方通行の“話題逸らし”に乗ってあげた。
頬筋が引き攣りそうになるのを堪えようと一応は努力した。が、やはり無理だったようだ。
「ぶひゃははははははは!!! あーひゃっひゃっひゃっひゃっ!!! も、もー無理!! 腹痛ぇぇ!!
あなた最っっっ高!! ミサカを殺す気かよぶぁーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!!!」
負の感情という支配から解き放たれようとも、彼女は彼女のままだった。
足をバタつかせて地面を転がる、までは無かったものの両腕で腹を抱え、陣痛でも起きたかのように
蹲って爆笑を垂れ流す番外個体。
861: ◆jPpg5.obl6 2011/02/16(水) 19:25:30.51 ID:DWDDanM+0
「……………………っ」
無言、無表情で笑い止まない新同居人を見下す一方通行。ゆっくりと手が自身の首筋へ伸びる。
やがて、カチリとプラスチックの擦れた効果音が爆笑に呑まれた住宅街を貫いた。
まだ“デート”は始まったばかりだ。いや、厳密に述べるとまだ始まってすらいない。
最初のイベントは取り敢えず『駅まで追いかけっこをする高位能力者同士』で確定だ。
―――
場面変わって電車内、ひとまず第十七学区方面行きの電鉄に乗った二人。
景色が都心の栄えた様子を映し出していく。
「うわー……久々に学園都市に帰って来たって実感湧くわ」
「そォいや今日は土曜日だったか。道理でなァ」
目的のデパート、セブンスミストや地下街といった遊び心盛んな場所から最寄りの駅で降りた二人は
口々に感嘆の声を漏らす。
記憶を喪失していた番外個体との共同生活中は極力人の多い所へ行くのを避けていたため、実質
こういった“科学に溢れた街”を二人で堪能するのはこれが初めてだ。
特に、番外個体にとっては――――。
862: ◆jPpg5.obl6 2011/02/16(水) 19:28:08.19 ID:DWDDanM+0
「すっげぇぇ! 何アレ!? 今の液晶技術ってあそこまで凄いの!? 実物にしか見えなくない!?」
――――何もかもが新鮮に見えたようだ。
ロシアの栄えた都市と学園都市の栄えた地域。
どちらの科学技術が発展しているかなど、比較にもならない。
今見ているのも休日限定で公開されている最新グラフィック映像の末端でしかないのだが、番外個体は
そのハイクオリティに早くも目を奪われていた。
まるで田舎から上京したばかりの人間が都心部を初めて徘徊する時同様の立ち回りぶりである。
しかし当人は周囲の微笑ましい目線など気づく素振りも見せずに隣りの男の腕を引いて同意を求める。
「ねえねえ! ミサカが留守にしてる間にこの街ってまた進化したの!?」
「してねェよっつかまず落ち着け! 何だよそのクソガキでさえ霞ンで見えるほどの浮かれっぷりはァ!?」
「イヤ、だってアレ…」
「っつか、オマエもその最先端みてェなモンだろォがよ」
「そんなの分かってるけど、実際目で見たのは初めてなんだもん!」
近代的な都市の風景を目の当たりにしハシャぐ最新式クローン。何とも不思議かつシュールな響きだが、
彼女の容姿が容姿なだけにそれはただの微笑ましい光景にしか映らなかった。
「オイ、ハシャぎ回るのは良いがコケたりすンなよ。クソガキじゃねェンだから――――!」
「――――痛っ!」
言ってる側から盛大に躓く番外個体。
863: ◆jPpg5.obl6 2011/02/16(水) 19:30:17.12 ID:DWDDanM+0
「……ったく、だから言ったろ。大丈夫か?」
「うぅ~……」
隈の消えた両目は僅かに潤み、肘の辺りを摩る番外個体に手を貸す。
立ち上がらせたは良いが、そこで一方通行は番外個体の肘に擦り傷が付いているのを発見した。
「あァー……消毒しねェとな。あそこの公園に水道あったから、傷口洗ってろ」
「えっ? ちょっと、どこ行くの?」
「近くの薬局で消毒薬買ってくるだけだ。すぐ戻る」
「い、いいよ。そこまでしなくたって…」
珍しく遠慮気味な番外個体に「洗い終わったら適当に待ってろ」とだけ言い残して足早に行って
しまった一方通行。仕方ないので言われた通りに公園まで歩き、水で傷口を洗浄する。
「ひゃっ! 冷てぇ~っつか沁みる~~……!」
白く綺麗な素肌に似つかわない傷を見て、番外個体は少しだけ反省した。
(生まれて初めてのデートだからって、ちょっとハシャぎ過ぎたかな……。いきなり迷惑掛けちゃった)
身だしなみがややズボラな番外個体だが、今日ばかりは彼女なりに気合が入っていた。
髪も顔も服装も人生初のデートということで普段以上に美しく可憐に整えた。
「………はぁ…」
864: ◆jPpg5.obl6 2011/02/16(水) 19:32:35.85 ID:DWDDanM+0
が、意気も早々に消沈気味である。
振り返るほど自分で自分がみっともなく映ってくる。
(ホント馬鹿じゃんミサカって……。アイツ、ミサカに呆れちゃったかな……?)
同時に不安感も生まれてきた。
(あー、何で時間って巻き戻しできないんだろ……。こんだけ科学は進んでるのに)
「――――うほっ♪ 可愛い天使ちゃん見っけ」
「は……?」
―――
番外個体から離れて一分も歩かない内に目当ての薬局へ到着した。
この保護心に満ちた行為は何も初めてではないので、一方通行は慣れた様子で消毒剤と絆創膏を手に
レジまで進む。
ちなみに初回の時は不機嫌ぶりを表に剥き出しにして店員を相当びびらせてしまったのだが、今回は
そんな事態もなく落ち着いた口調で訊ねた。
865: ◆jPpg5.obl6 2011/02/16(水) 19:34:37.62 ID:DWDDanM+0
「怪我した場所が腕のこの辺なンだがよォ、コイツで大丈夫か?」
「もう少し傷絆は大きい方が良いですね。肘の辺りは剥がれ易いので、コチラなど如何でしょう?」
「ン、そォか? ならソイツで良い」
乱暴さを思わせない態度のおかげで店員も接客心満載で対応できた。
「チッ、手馴れたモンだ……」
会計を済ませて店を出た所でようやく愚痴る。
服に擦れて絆創膏が剥がれないように包帯も購入してしまった自分の過保護ぶりに溜息を漏らす。
(まァ、今更何とも思わねェ。さっさと戻るか)
半ば開き直って来た道を行く。
杖の音を通常歩行よりも気持ち早いリズムで鳴らしながら。
「――――あ?」
戻ってみると、公園に人だかりができていた。
「――――ふん、フニャチン風情がミサカをナンパするなんて数十万年早いっつの。○○○洗って
出直してきなよ。ぎゃははっ!」
人込みの奥から聞き慣れた声が耳を劈く。
866: ◆jPpg5.obl6 2011/02/16(水) 19:37:03.49 ID:DWDDanM+0
人込みを掻き分けて中央を覗いてみる。そこには予想通りの光景が待ち受けていた。
勝ち誇る少女の足下に転がる焦げた男数人を見て一方通行は額を押さえた。
もう説明されるまでもなく何が起きたのかが理解できてしまったからだ。
―――
「やりすぎだクソ馬鹿」
時刻は正午前。
二人はセブンスミストへ寄る前に昼食をとろうと近場のファミレスへ入った。
席に着き、注文を終えた直後に一方通行は番外個体の頭を軽く小突く。
「いった! 何すんだよ!?」
心外な顔で抗議するが、一方通行は厳然とした面持ちを崩さない。
「ってか先に吹っかけてきたのはあいつ等じゃん! ミサカに非はなくない!?」
「目ェ離した俺にも責任はあるが、もォちっとソフトに事を運べねェのかオマエは?」
番外個体が公園で不届きな輩を黒焦げにしてしまった事については咎める気はないが、あまりに目立
っていたせいで連れ出すのにも徒労してしまった。
867: ◆jPpg5.obl6 2011/02/16(水) 19:39:03.04 ID:DWDDanM+0
「あ、もしかしてあなた……」
「ン?」
「ミサカがナンパされた事にムカついてたりする?」
とんでもないことを言い出した。いや、とんでもなくはないが…。
一方通行「――――はァ!?」
番外個体「んで、ミサカがいよいよピンチって時に颯爽と現れ的な展開にならなくてブスーッって
してるんじゃない? ひゃひゃひゃ♪ ゴメンね、出番作らなくて」
一方通行「どンだけ愉快な頭の構造してンだよ? クッソ馬鹿馬鹿しい」プイ
番外個体「すぐ目ぇ逸らすってことは~、正解?」
一方通行「もォ一発殴られてェのか?」
番外個体「オンナにすぐ手を出す男はモテないよ?」
一方通行「別にモテてェとか思ったことねェよ」
868: ◆jPpg5.obl6 2011/02/16(水) 19:40:35.02 ID:DWDDanM+0
番外個体「ミサカ以外はいらないってことだね♪」
一方通行「ッ……す、好きに解釈しやがれ」
番外個体「きゃはっ☆」
一方通行「…………」
やりにくい。何ともやりにくかった。
ここへ来て一方通行はこの違和感が何なのか気づいてしまった。
今までの番外個体への想いと、今抱いている番外個体への想いが全くの別物であると。
異国の地で出くわした『負の感情』に感圧された少女と『素(本当)の感情』が優先解放された
眼前の少女。そのギャップが思えば決め手の一つだったのかもしれない。
もはやこの一切の邪気なくデートを楽しもうとする女に、保護対象というだけでは収まらなかった。
では、何なのか? その先を考えると穴にでも入りたくなるほどの羞恥が込み上げてくる。
気まずさ、照れ臭さ、素直に感情を表に出せない己への歯痒さ。
ありとあらゆる心情がこのぎこちなさを作り出していたのだ。
番外個体はそれを知ってか知らずか、一方通行に対して向けてくる目がどことなく挑発的だった。
今は何を争ってもコチラが不利な気がする。少なくともそう思ったのは違いない。
869: ◆jPpg5.obl6 2011/02/16(水) 19:42:56.65 ID:DWDDanM+0
あからさまに露出させて番外個体につけこまれるのは面倒だ。そう至った一方通行は心の中だけで
深呼吸し、気分を入れ替える。割り切れ。これ以上面倒な事は考えずにいっそハメを外してコイツ
と遊べ、楽しめ、と自身に命令する。
所詮誤魔化しの気休めにしかならないのは承知だが、このままボロを出す前に軌道修正を図るため
なら体裁など知ったことではなかった。
番外個体「この後いよいよセブンスミストだっけ? ミサカ大きいデパートとか行ったことないから
今から楽しみ~♪」
一方通行「……ショップが多いってだけで、別にそンな大した所じゃねェぞ?」
番外個体「ちょっとー、行く前からそういうこと言ってミサカの楽しみ奪おうとすんなよ~。この
無駄に成長した身体と違って未経験だらけなんだからさぁ」
一方通行「あァ、そりゃあ悪かった。楽しいトコだとイイなァ」
番外個体「ぶっひゃ、なんじゃその気変わり!? すっげぇぇ気持ち悪っ!」
一方通行「ンがァァ!! どォしろっつンだよ!! あァン!?」ガタン
軌道修正、できるといいね。主導権、握れるといいね。どこからかそんな生暖かい声援が聞こえて
きそうだ。
一方通行はまだ知らないと思うが、『惚れた弱み』というのは何よりも性質が悪いものである。
穏やかで騒然とした午前はあっという間に過ぎ去っていった。
888: ◆jPpg5.obl6 2011/02/19(土) 20:51:30.98 ID:Qb2rzFW+0
―――
セブンスミストは学生から大人まで幅広い客層がショッピングスポットとして利用している
大型デパートである。
休日は学生カップルや女学生中心で賑わうこの施設は洋服や雑貨、CDやゲームなどが各フロア
毎に売り出されており、集客数も近辺では功を成している。
去年のいつぞやか、同施設内で能力者による爆破事件が発生したと風の噂で耳にしたが、現在
では事件の名残を感じさせないほどの復旧を遂げており、この日も大盛況のようだ。
なんだかんだで一方通行もこれまで訪れた事がなかった。こういった無条件に人が集まる地域
に興味がないのもそうだが、暗部に身を投じてからはこの平和ボケした空間を無意識に拒んで
いたというのも少なからずある。
そんな打ち止めとも来た事のない場に今、彼はいた。
「うわぁぁ……!! すごい……っ! 寄りたい店ありすぎてどっから制覇すればいいか
わかんなくなりそう!」
ひとり感動を撒き散らして瞳を輝かせる少女を連れて。
「あ! アッチにクレープ屋さんはっけーん♪ こないだ食べたのとどっちが美味しいの
かなぁ……。あぁでも向こうのアイスも捨て難いなぁぁ」
889: ◆jPpg5.obl6 2011/02/19(土) 20:52:20.81 ID:Qb2rzFW+0
「……はァ、さっき昼飯食ったばっかだろォがよォ」
館内に入ってからずっとこの調子である。一方通行はその浮かれぶりに肩をすくめ、手間の
掛かる子供を眺めるような目を向けていたが、見ている内に毒気も抜かれてしまったらしい。
先ほど街中を歩いていた時も、学園都市で生み出されたのが信じられない程の浮かれ様を曝
していた番外個体。一方通行も当初はそんな彼女に異常を感じていたが、ゆくゆく思い起こ
してみれば確かに番外個体はこの街で生み出されたが、おそらくは生産されて息吐く間も与
えられないままロシアへ送還されたのが妥当な筋である。そうだとすれば彼女自身この終戦
した学園都市で科学部門盛んな区域の実態など、あくまで予め備わった学習装置による知識
とイメージでしか計測できなかったものと定義付けて間違いは無いだろう。
確証を得るため本人に訊こうかとも一時思ったりもしたが、その必要性も特にない。
どんな経緯や状況であれ、今彼女が楽しんでいるのならそれ以上の何かなどどうでも良い。
あれこれ面倒な考え事で彼女を不安にさせるつもりは毛頭ない。
移動中のエスカレーター、周囲をキラキラした瞳で見回す番外個体を見る彼の目も、今この
時間を楽しんでいるように感じられなくもなかった。
番外個体があまりにも楽しそうに笑うから以外に理由は要らない。穏やかな目はそう語って
いるようだった。
890: ◆jPpg5.obl6 2011/02/19(土) 20:53:26.11 ID:Qb2rzFW+0
番外個体「“甘いものは別腹”って言葉も知らないの? 第一位のくせに」
一方通行「ケッ、甘いモン好きじゃねェから分っかンねェなァ」
番外個体「言っとくけど、あなたも食べるの決定だからね?」
一方通行「あ? 何抜かしてンだ。遠慮するに決まってンだろボケが」
番外個体「ミサカだけ食べても意味ないじゃん! こういう時は一緒に食べるのが定番なの!
デートってのはそういうモンでしょ?」
一方通行「はン、何が“そォいうモン”だよ? つか経験ねェだろオマエ」
番外個体「最新の学習装置《テスタメント》がそうだっつってんだからそうなのっ!!」
一方通行「知ってっかァ? そォいうのを“ムダ知識”っつーンだよ」
番外個体「きぃぃいいーーーー!!!」
一方通行「オ、オイこらっ!! エスカレーターの上で暴れンじゃねェ!! 危ねェっ……!」
番外個体「うっさい!! こっから落ちて頭打って死んじゃえクソ野郎!!」バチバチ
一方通行の首を掴んで手すりに押し付けた番外個体の身体から不穏な音が漏れ始める。
891: ◆jPpg5.obl6 2011/02/19(土) 20:54:24.36 ID:Qb2rzFW+0
「ば、馬鹿オマエ!! 電気は――――ッ!!?」
一方通行がその予知に気づいて慌てた声を発した時点で既に手遅れだった。
番外個体の身体から漏電した電流が何らかの回線に接触してしまったのか、エスカレーターは
次の瞬間完全に停止し、ただの黒い階段と化した。電動階段も電動しなければただの階段だ。
それ以上でも以下でもない。
停電でもないのに突然止まったエスカレーターに他の客もざわめく。
この上なく居たたまれない気分だけが後に残った。
「あ……あれ? あはは~……☆」
このトラブルの犯人である少女は終始唖然としていたが、状況がつかめたのか舌をペロリと
出してはにかむ。
これで誤魔化しているつもりのようだが、前後の客は番外個体に怪訝な眼差しを送る。
今の経緯を間近で見ていた彼等の前ではどう頑張っても誤魔化しようがなかった。
(あァクソったれが! あァァクソったれがァァああああ!!!)
こういったくだらない理由で目立つのが大嫌いな一方通行の脳は早くも臨界点を超えた。
尚もテヘへとかほざいている番外個体を一瞬で腕に抱え、プロの棒高跳び選手も真っ青の大
ジャンプを披露する。目指すはそのまま最上階。できればこのまま天まで昇るか穴にでも入
ってしまいたかった。
ちなみに、かなり動転した上での行動だったため何時チョーカーのスィッチを入れたのかは
もう彼の記憶に残っていない。
停止したエスカレーターの上に残された大衆は口をポカンと開けたままロケットの如く上昇
していく超能力者を見送った。
892: ◆jPpg5.obl6 2011/02/19(土) 20:55:45.38 ID:Qb2rzFW+0
敢えて一言で片付けるなら、彼は周囲の気まずい空気に耐えきれず、弾丸跳躍でこの場から
の逃亡を計った。
―――
時同じ頃、同館3Fに点在するブランド品やらキッズ用品やら一通り揃った洋品店。ここに
とある二人の男女が来店していた。
「………。御坂、お前ひょっとしてコレが欲しいの?」
疑心と確認、両方含んだ物言いで問い掛けるツンツン頭の高校生の名は上条当麻。
問われた瞬間我に返った御坂美琴は両手を顔の前で振りつつ否定した。
「ばばば、馬鹿言ってんじゃないわよ! 誰も欲しいなんて一言も……!」
「イヤ、思いっきり物欲しそーに見てたじゃねえか。どれどれ値段は………高っ!?」
少女趣味全開のパジャマに付いた値札を見て驚愕する。
「………悪いけど、もっと安上がりで済ませてくれませんかしら?」
涙目で懇願する上条。控えめな頼み方から切実な哀れみが読み取れるが、それとは別の
意味で美琴は胸を撫で下ろす。もっとも表に出すつもりはないが。
893: ◆jPpg5.obl6 2011/02/19(土) 20:57:09.40 ID:Qb2rzFW+0
「ふん、べ、別にこんなお子様用のパジャマなんか欲しくないけど、どうしてもって
言うなら今回だけは諦めてあげる」
本当は滅茶苦茶欲しかったりしたのだが、上条に少女趣味とか子供っぽいとかいう印象
を与えるのは抵抗があった。
「そんなに欲しいんなら自分で買えば?」
この言葉で彼女の努力も意地も虚しく崩れる。
上条は基本的に相手の趣味に対してどうこう思ったりは特にしない。それぐらいは美琴も
認知しているのだが、どうも気分の問題らしい。
「だからいいっつってんでしょ!! まったく……他んトコ行くわよ! ほら早く!」
「い、痛いって! おい引っ張んなよ! っていうか、今更だけど何で俺がお前の買い物
に付き合わされなくちゃならんの!?」
美琴に引き摺られる勢いで店を後にする上条はそのままの状態で訊ねた。
美琴「なによ、逆らえる立場じゃないくせに」
上条「そ…そりゃどーいう意味だよ?」
美琴「………アンタ、なに忘れ呆けてくれちゃってるワケ?」
894: ◆jPpg5.obl6 2011/02/19(土) 20:58:15.24 ID:Qb2rzFW+0
上条「あぁん? 忘れてるって何が?」
美琴「何って、これは罰ゲームよ。ば・つ・ゲ・エ・ム♪」
上条「え……はぁぁ!?」
美琴「ふふふ、思い出したかしらん?」
上条「おい待て何だそれ!? っつーかテメェ一体いつの話してんだよ!?」
美琴「あっれー、おっかしいなぁ……。『終了』した覚えないんだけどなー」
上条「なぁっ!?」
美琴「あと、『いつまでが有効期限』か言った記憶もないんですけど?」
上条「う……うそだろ? てっきりあれで終わったのかと…」
美琴「ハッ、冗談でしょ? だいたいあんなの罰とも言えないし。っていうかあれは事実上
後日延期みたいな流れじゃないの。だから改めて決行は今からよ! 当然異論は無い
わよねぇぇ?」
上条「も、もしやお前…っ! それをネタに一生上条さんをユスる気ではあるまいな!?」
美琴「ふっふ~ん、さぁどうかしら? それも今後の態度次第ね♪」
895: ◆jPpg5.obl6 2011/02/19(土) 20:59:46.43 ID:Qb2rzFW+0
上条「ひっ、ひどいっ! てっきりお前と携帯のペア契約時点で終了だと思ってたのにぃぃ!!」
美琴「馬鹿ね、終わりだなんて誰が言ったのよ? よーく思い出してみなさい」
『――――いいから黙ってついてくるの! それが“最初の”罰ゲームっ!』
『――――最初って、一個だけじゃねーのかよ!?』
上条「―――はっ……!!?」
美琴「ふふ、そーいうこと。つまりまだ続いてるのよ。残念だったわね♪」
上条「………オー、ジーザス……」orz
美琴「絶望に打ちひしがれてる暇なんてないわよ。さ、今日こそ存分に付き合ってもらうから早く
立ちなさいっての」(♪)
上条「ふふふ、そーですか、そーいうことですか…………。えぇいいですとも……。こうなったら
地獄の果てまでお供しますゼ御坂姫……」フラリ
美琴「………あの、目が怖いんだけど…」
ドン引きの視線も開き直ればなんのそのってヤツだ。
896: ◆jPpg5.obl6 2011/02/19(土) 21:01:02.04 ID:Qb2rzFW+0
―――
「で、俺に何か言う事は?」
「うん、ここは素直に謝っとくね。ゴメンなさいっす」
公共施設での放電は以後固く厳禁である。それだけ約束し、一方通行は懐の深さを見せつけた。
そんな訳で気を取り直し、再びデートは続行される。
結局、上のフロアから降りて回る事にした一方通行と番外個体は4Fのインテリアショップへ立ち
寄っていた。
番外個体「観葉植物かぁ……。あなたの部屋って置けたっけ?」
一方通行「不気味なモンじゃなけりゃ置いても構わねェぞ」
番外個体「コレ、可愛くない?」オジギソウ
一方通行「……却下。っつかソレ観葉植物かァ? 何でそンなのが置いてあンだよ…」
番外個体「えー? 可愛いじゃ~ん。………ならコレは?」ハエトリソウ
一方通行「あァー……だからオマエ……、もォちょっと見た目に合う趣味嗜好ってヤツをよォ…」
897: ◆jPpg5.obl6 2011/02/19(土) 21:02:27.50 ID:Qb2rzFW+0
番外個体「ミサカの趣味って、つまりミサカが好むようなものでしょ? だったらこういう」ラフレシア
一方通行「もォ部屋に置けるって前提無視してンだろォ!!」
番外個体「ぶー、さっきから文句ばっかり言うけどあなたはどんなのがいいの?」
一方通行「オマエがまともなの選ばねェだけだろォが。………別に俺は何でも良いンだがな。特に
花とかには興味ねェし」
番外個体「はいマイナス五! 『興味ねェ』とかもろデート中の禁止ワードだよ」
一方通行「はァ? 『マイナス五』って何だよ?」
番外個体「十点マイナスごとにぺナルティだからよろしく~♪」
一方通行「……早速もォ半分いってンじゃねェか」
番外個体「せいぜい頑張ってミサカをエスコートしてみなよ。あなたじゃ無理だろーけどさ。ぎゃは」
一方通行「」カチン
番外個体「……!」
一方通行「おンもしれェェ……。上等だこのアマが。無理かどォかはその身でじっくり味わってから―――」
番外個体「うん、女の子にそーいう発言はいただけないね。ってことだから今のでマイナス五、更にさっき
のと合わせてマイナス十ぅ。従ってぺナルティ決定~! あひゃひゃっ♪」
898: ◆jPpg5.obl6 2011/02/19(土) 21:03:28.12 ID:Qb2rzFW+0
「……………」
「―――――オイ」
すぐ横を歩く番外個体に声を掛ける一方通行。
「―――――な、なに……?///」
俯きがちでどこかしおらしく感じられる番外個体の返事は、普段の粗暴ぶりが想像し難い程だった。
「………一応訊くが、これってぺナルティの部類に入ンのか?」
「あ、あぁ当たり前っしょ! あなたの羞恥心を燻るっていうり…立派なぺナルティーだもん!」
「燻られてンの……どォ見てもオマエの方じゃねェの?」
そう言って自身の手を見つめる一方通行。その手には、しっかりと番外個体の手が繋がっていた。
「ハハハ、面白いこと言うねぇ~。たかが手ぇ繋いで歩く程度でミサカが動揺するとでも思って
たのかなアナタハ? ハハヒャ…///」
これほど説得力が無いと逆に支援すらしたくなってくる。
一方通行も内心では多少なりともドギマギしそうになったのだが、そんな事実は置いても可能なほどに
番外個体の緊張ぶりは見ていて滑稽だった。
899: ◆jPpg5.obl6 2011/02/19(土) 21:04:35.54 ID:Qb2rzFW+0
(ったく、よくよく考えてみりゃあデートっつーのは手ぐらい繋ぐモンじゃねェのかよ。誘ったのは
コイツの方だってのに、何だってガチガチになってやがンだか……)
番外個体にしては予想外なこの成り行きに一方通行は歩きながら目を細めた。
それから俯きがちで無口になってしまった彼女に胸焼けのような感覚が走るのはもう少し経ってから
である。
「ナニ急に黙り込ンでンだよ? 手ェ繋いだままじゃ歩きにくいってか? なら離すぞ」
「やだっ!」
間髪入れずに拒否する番外個体。
ようやく上げた彼女の顔は、普段では絶対に考えられないほど赤く染まっていた。
「あァ? けど杖ついてる俺に無理して合わすことは――――」
「離したくないっつってんの!! 少しは気ぃ利かせろよこの馬鹿っ!」
「っ……! わーったから近くで怒鳴ンな。耳鳴りが……」
「ふんっ……///」
その後ソファーやら寝具やらを観覧する時も、食器やカップ(お揃い)を物色する時も、階段を
伝って下へ降りる時も、二人の手が離れることは一瞬たりとも無かった。
900: ◆jPpg5.obl6 2011/02/19(土) 21:06:38.40 ID:Qb2rzFW+0
―――
(あれから一ヶ月か……。色々あったけど、御坂のヤツももうすっかり元気みたいだな…)
ぬいぐるみ売り場に置かれているお気に入りのキャラクター人形に瞳を輝かせる少女の姿を優しい
目で見守る上条。相変わらず振り回されている感はするが、たまには悪くない、と息を吐く。
「おーい、御坂ー?」
「はぁぁん、ゲコ太ぁぁ……」
意識は完全にソッチへ行ってしまっているようだ。やれやれと上条は虚ろな目を解かない美琴の
傍まで寄る。
「それだったらそんなに高くないから俺が買ってもいいぞ?」
「えっ…!?」
ようやく旋回した彼女の顔は驚きを表していた。
「で、でも……」
「なーに遠慮してんだよ。罰ゲームなんだろ? だったらほれ」
おねだりを要求する仕草を見せる上条に美琴はややどもるが、やがて吹っ切れた様子でその催促
に乗った
901: ◆jPpg5.obl6 2011/02/19(土) 21:07:42.46 ID:Qb2rzFW+0
「し…仕方ないわね! んじゃあこれ、これを私にプ……プレゼントしなさい! それで勘弁して
やるわ!」
肝心な場面で高圧な態度が取りきれない美琴に上条は一瞬吹き出しそうになるが、何とか堪えて
良家に仕える執事のような応対を見せた。
「かしこまりました、お嬢様」
「お、お、おじょ……///」
一応言っておくが頭(こうべ)を下げているため、美琴のトキめいた表情に上条が気づく気配は
皆無だった。
ましてやこれが彼女の新しい愛用及び自身の代用抱き枕の進路を辿る命運となるなど、天地が返
ったとしても知り得ないだろう。
上条「ホントにお前、それ好きなんだなー。ゲコ太……だっけ?」
美琴「ア、アンタねぇ! 自分のストラップに付いてるキャラクターの名前うろ覚えにしてんじゃ
ないわよっ!」
上条「つっても、お前が強引に付けたんじゃねえか」
美琴「んん? なによ? イヤだっての?」ビリッ
上条「いーえー、滅相もございませんですハイ」
美琴「―――あ!」
上条「ん? どうした?」
902: ◆jPpg5.obl6 2011/02/19(土) 21:10:46.87 ID:Qb2rzFW+0
美琴「ねぇ、次ここ寄っていい?」
上条「あぁ、カジュアル店ねぇ……。別に良いけど、何か欲しいヤツあんのか?」
美琴「無くてもとりあえず見てみるのが女の子ってヤツよ。それにここならメンズもあるし、今度
は私がアンタに何かプレゼントしてあげるわ」
上条「は? イヤいいよ。持ってない訳じゃないし、年下の女の子に服買ってもらうってのも―――」
美琴「プ レ ゼ ン ト し て あ げ る !」
上条「………是非宜しくお願い致します」
甘く初々しく微笑ましい空気を発したまま、上条と美琴はメンズ&レディース用カジュアル洋品店へと
入店した。
―――
「おっ、アッチに良い感じの服屋があるじゃん! 行こ行こ!」グイグイ
「ハイハイ、わァーったからイイ加減落ち着く事を覚えやがれこのジャジャ馬娘が」ハァ
番外個体と一方通行、それから遅れること五分で同店舗へ御来店。
921: ◆jPpg5.obl6 2011/02/23(水) 21:01:53.35 ID:e2HYI5g50
―――
「ふ~ん、ここの店は割りと広いんだね」
そう言いながら店内をざっと見回す番外個体に一方通行は適当な相槌を打つ。
「そォみてェだな…」
そんな彼等が今佇んでいるのはメンズ売り場とレディース売り場の丁度境である。
番外個体「まずはあなたの服に良いのないか見てかない?」
一方通行「別に俺は要らねェよ。遠慮してねェで自分の見てこい」
番外個体「ハァ……あなたってばホントに何も分かってないね」
一方通行「……何がだ?」
番外個体「自分で考えれば? ホラ、ごちゃごちゃぬかしてないで行くよ」グイ
一方通行「………さっぱり分かンねェっつの」
922: ◆jPpg5.obl6 2011/02/23(水) 21:03:25.81 ID:e2HYI5g50
~メンズショップ~
番外個体「あはっ、これなんてあなたに似合いそう♪ そういう変な模様よりシンプルな白黒の
ボーダーも悪くないんじゃない?」
一方通行「そっかァ? 地味とは言わねェが、カブる格好のヤツとか結構居そォじゃねェか?」
番外個体「へぇ~、なるほどぉ。だからあなたはそんな誰も好んで着ないような変わったシャツ
着てるんだね。参考になるわ」
一方通行「コーディネーター気取りで分析してンじゃねェよ。っつゥか特にそォいう意図があっ
て服選ンでるワケじゃねェぞ?」
番外個体「え? じゃあ単なる趣味? ……うわ、尚悪っ」
一方通行「どこまでも失礼極まりねェなオマエってヤツァ……」ピキッ
番外個体「はっひゃ、ウソウソ。何つーかもうあなたの服装見慣れちゃったから、別に変だなん
て思ってないよーん☆」
一方通行「……どォとでも思えばイイだろ。クソが」
番外個体「はいはい、しょげてないで何か目欲しいの選びなよ。折角来たんだからあなたも一着
ぐらい買わなきゃドケチだって思われるよ?」
一方通行「ドケチとか生まれて初めて言われたかもしンねェ。しかも思われたら思われたで微妙
にムカついてきやがるな。……あと、しょげてねェよ」
923: ◆jPpg5.obl6 2011/02/23(水) 21:04:40.03 ID:e2HYI5g50
番外個体「うーん、サイズはSでイケる?」
一方通行「鮮やかにスルーしてくれてどォも。……ドクロのイラストか。ありきたりな気もする
が、別段悪いとも言えねェな」
番外個体「はい、んじゃ早速試着室に入ってらっしゃーい♪」
一方通行「へいへい、ったくよォ……」カツン カツン
面倒な足取りだが、まんざらでも無さそうな表情の一方通行を試着室に送り、その間に番外個体
は一方通行に合いそうなボトムスやアウターなどを物色し続ける。
やがて番外個体コーディネートの元に一式を完成させたと同刻、一方通行が試着室のドアを公開
した。
※ちなみに試着室は鍵付きの個室タイプがここの店の主流である。
番外個体「おぉ、いいねいいねぇ。似合ってるよ! きゃはっ♪」
一方通行「そ……そォか」
番外個体「その上にこれと……下はコッチで………うん! 完璧! やっぱ線の細さが強調され
てるヤツがピッタシだわ」
924: ◆jPpg5.obl6 2011/02/23(水) 21:05:41.55 ID:e2HYI5g50
一方通行「たかが服選ぶってだけだろ。何でンな楽しそォなンだか……」
番外個体「うーん、丈がちょっと長いかなぁ…」
一方通行「聞いてねェし。…………ン?」Pirrrrr
番外個体「着信? 誰から?」
一方通行「…………」パカッ
番外個体「まさかとは思うけど、相手は女の子だったりする?」ピキピキ
一方通行「顔引き攣らせすぎだ。………妬いてンのか?」
番外個体「べべ、べっつに~♪」ヒューヒュー
一方通行「クソガキもオマエも誤魔化し下手っつか……分かりやすくて笑えるわ。ついでに口笛も」
番外個体「相手……誰なの?」
一方通行「そこで悲しげな視線送ンな。………安心しろ。そのクソガキからだよ」
番外個体「最終信号……」
925: ◆jPpg5.obl6 2011/02/23(水) 21:07:09.88 ID:e2HYI5g50
一方通行「ここじゃ騒がしくて電話にならねェな。少し待ってろ。すぐ戻る」カツン カツン
番外個体「うん…」
一方通行「――――何の用だクソガキ。言伝かァ?」ピッ
打ち止め『――――ふざけんなーーっ!! ってミサカはミサカは開口一番で怒り大爆発ー!!』プンスカ
一方通行「……はァ? 何なンだいきなりよォ」
打ち止め『昨日ずっと待ってたのに、何でアナタは電話くれなかったのかなぁ? “後で掛け直す”
って言ったよねぇ? ってミサカはミサカは謝罪と賠償を求めてみたり!』
一方通行「ッ!!!」
(いけね……。番外個体の件でドタバタしててすっかり忘れちまってた……)
打ち止め『なにかミサカに言う事があるんじゃないかな? ってミサカはミサカは怒りに震えながら
諭してみたり』
926: ◆jPpg5.obl6 2011/02/23(水) 21:08:34.63 ID:e2HYI5g50
一方通行「あァ……その、なンつーか………悪かった」
打ち止め『!? ア、アナタが素直に謝るなんて珍しいかも……。けっ、けど! ミサカの怒りは
そんな程度じゃ収まんないんだから! ってミサカはミサカは憮然としてみる!』
一方通行「実は色々立て込ンじまってよォ。……完全に忘れてたンだ」
打ち止め『言い訳なんて聞きたくないっ!! ってミサカはミサカはヒステリックになってみたり!
っていうかミサカの存在を忘れるほどの事件って一体何なの!?』
一方通行(うォ、耳が…っ! 珍しく相当怒ってやがンなコイツ……。さて、どォ機嫌直させるか……。
この様子じゃ食い物で釣れそォにもねェし…)
打ち止め『ちょっと! 聞いてるのっ!? ってミサカはミサカは血管を浮かせてみるっ!!』
一方通行「あー、まァ……とりあえず落ち着けって。な?」
打ち止め『はぁ!? どのクチがそんなこと言うの!? ミサカが昨日どんな気持ちで待ってたのか、
胸に手を当てて考えてみてよ! 本当はまたミサカから掛けようと思ったけど、アナタが
掛け直してくれるって信じてずっと待ってたのに、忘れてたなんて信じられない! 挙句
ヨミカワに「夜更かしなんて不良じゃん!」って怒られちゃったんだよ!! どうしてく
れるの!? おかげでミサカは不良のレッテルまで貼られちゃいそうになったんだよ!?』
遂に語尾まで省略するほどヒートアップした打ち止めに一方通行は本気で困った。
確かに非があるのは己の方だが、ここまで怒られるとは夢にも思っていなかったらしく、返す言葉に
ただ悩むしかなかった。下手な言い訳は火に油なのも語調の荒さから容易に窺える。
927: ◆jPpg5.obl6 2011/02/23(水) 21:09:29.37 ID:e2HYI5g50
と、そこへ―――――。
「――――あひゃひゃ、怒られてやんのー♪」
後ろから元凶の声がした。どうやら気になって尾いてきたらしい。
一方通行は振り向いて携帯電話から耳を離す。
番外個体は事情を把握しているのか、妙にニヤついていた。おそらく打ち止めの叱責も耳に入っていた
のが予想されるが、今はそれを言及する余裕がない。
928: ◆jPpg5.obl6 2011/02/23(水) 21:11:11.01 ID:e2HYI5g50
一方通行「……オマエ、勝手について来てンじゃねェよ」
番外個体「睨んでも駄目。ちっこい子供に怒られて小さくなってるあなたに怖気を感じろってのが無理だわ」
一方通行「黙れコラ。大体元はと言えば……」
番外個体「ミサカのせいにするの? うわ、サイッテー。男らしくねぇ~」
一方通行「うっ……そ、そォいうワケじゃ……」
番外個体「折角心配で助けに来てやったってのに、それじゃあちょっとな~」
一方通行「……本気か?」
打ち止め『――――ちょっと!! なにシカトしてんの!? ミサカの話聞いてる!? ってミサカは
ミサカは苛々を募らせてみたり!』
番外個体「さぁ? あなたの今後次第かにゃーん」
929: ◆jPpg5.obl6 2011/02/23(水) 21:13:16.22 ID:e2HYI5g50
一方通行「くっ………わかった。悔しいが今回ばかりは頼む。後で元はしっかり取ってやる…」スッ
番外個体「……よっぽど切羽詰まってたんだね。いいよ、これで貸し一(イチ)ね☆」パッ
威厳の欠片も失せてしまった一方通行から番外個体へ苦渋のバトンタッチ。
番外個体が受け取った携帯電話からは尚も打ち止めの怒声がスピーカー越しに伝わってきていた。
結局、番外個体の口から大まかに事情が明かされ、一方通行は後日打ち止めにジャンボパフェを奢る
こと及び遊園地へ連れて行く約束を強要された。一方通行に拒否できる権限などある訳がなかった。
怒りを鎮めた打ち止めは数分前が嘘のような明るい声音で「今度アナタと番外個体の家に遊びに行く
から後で住所送ってねー! 今度忘れたらもっと厳しい罰与えるから♪」などと見た目に合わぬ恐ろ
しい宣告をして通話を切ってしまった。
番外個体「ふぅ、良かったね。許してもらえて」
一方通行「…………」
番外個体「おやぁ~ん、顔色悪いよ? あぁ、元からだっけ。ぎゃははっ☆」
もう何も言い返す気力すら湧かなかった。
ある意味裸を見せるのと同等の恥を晒したと言っていい。
930: ◆jPpg5.obl6 2011/02/23(水) 21:14:28.94 ID:e2HYI5g50
一方通行「…………」
次に打ち止めに会うのがほんのちょっとだけ怖くなってしまった一方通行であった。
番外個体「さ、いつまでもへこんでないで買い物の続き続き♪ いやー良いモン見れたわ」
一方通行「なァ、忘れてくれ……っつっても無駄か?」
番外個体「ムダムダ♪ 諦めな」
一方通行「ちっきしょお………」
番外個体「せめて今度最終信号に会う時用にとびっきりオシャレしなきゃね。ミサカのチョイス
ならきっと好感度上がるよ」
一方通行「ふン、どォだかな……」
番外個体「あ、言ったな~! よし! こうなったら意地でもカッコよくしてやるんだから!」
一方通行「は……言ってろ」
その後もスタイリスト番外個体による“一方通行改造計画”は仲睦まじく続く。
色々文句を言いつつも先ほどの借りが効いているのか、一方通行は彼女のコーディネート作業に
極力応じる姿勢を見せた。
931: ◆jPpg5.obl6 2011/02/23(水) 21:15:29.91 ID:e2HYI5g50
~レディースショップ~
上条「なぁ御坂……。本当に良いのか? こんな高いヤツ貰っちゃって…」
美琴「しつこいわね。いいっつってんだからありがたく貰っときなさい。その代わり、私と会う
時はちゃんとそれ着てこないとダメだからね?」
上条「あ、あぁ……。ありがとうな」
美琴(プレゼントし合う仲にまで発展した、って考えていいのよね……。けど、コイツ絶対意味
分かってなさそう……)チラチラ
上条「ん、何? どうかしたか?」
美琴「なっ、何でも~! さ、さぁて。次は私のヤツ選ぼっかな~。ほら、アンタもどれが良い
のか考えてよ」
上条「えぇー……上条さんにセンスを期待するのは間違いですよ?」
美琴(馬鹿ね。アンタが選ぶってことが重要なんじゃないの……)ジロッ
上条「……?」
美琴(こんな鈍感馬鹿と発展なんてできるのかしら……。ただでさえコイツの周りはあのシスター
やら女の子で固まってる気がするし、最近はあの黒子とまで仲良くなりやがって……)ピリピリ
932: ◆jPpg5.obl6 2011/02/23(水) 21:16:44.66 ID:e2HYI5g50
上条(何だ……? 何か怒ってないかコイツ…)
美琴(私が捕まってる間に何があったのかは知らないけど、黒子が前以上に私のコイツとの接触を拒絶
してるのは一目瞭然だし……やたらコイツの事話題に出すようになったし……。やっぱりそれって
そういうことよね……。遂に身近にまでライバル出現ですか)
上条「もしもし? 御坂さん……? 上条さん何かマズイ事でも言いました?」
美琴(で、どーせそんな事実には欠片も気づいてないのよコイツったら。ホント、この先が思いやられるわ…)ハァ
上条「えっ、何故そこで溜息……?」
美琴「センスとかそんなのどうでもいいから、アンタが好きなヤツを選べばいいのよ」
上条「好きなヤツ……?」
美琴「たとえば、私がこれ着たら似合いそうだな……とか///」
上条「あぁ、そういうことか。………ならこのブラウスに、下はコイツとかイケるんじゃないか?」
美琴「あ……アンタ、こういう大人っぽい感じの方が好きなの?」
上条「好きっつーか、大人びた感じのお前も良いんじゃねーかなって思ったんだけど……。ゴメン。
やっぱなかったか…」
933: ◆jPpg5.obl6 2011/02/23(水) 21:17:53.54 ID:e2HYI5g50
美琴「貸して! 試着してくるからっ!」パッ
上条「うわ! お、おーい御坂~? ………行っちまった。なんなんだ一体」
「相変わらずっつか……よくわかんないヤツだよな。ホント……」
(ま、けど良いヤツなんだよな。あいつも復帰して色々立て込んでるのに、こうやって俺
相手に貴重な時間費やしてくれてんだから)
(超能力者とかそんなん関係なしで本当に強いよな。あいつは……。面と向かっちゃ照れ
臭くて言えねーけど、尊敬するよ)
(あんなコの彼氏になれるヤツがいるとしたら、ソイツがちょっと羨ましいぜ畜生………
……なんてな)
(家で留守番させてるインデックスには悪いけど、今日くらいは御坂とのデートを思いっ
きり楽しむことにすっか。せめて帰りに鯛焼きでも買ってってやりゃ噛みつかれはしねえ
だろ。………ん? 待てよ……。これって、デートか? ………まぁ、いっか)
「――――さて、どうするか……」
「ここで後を追ったらどんなイベントが待ち受けているのか、馬鹿な上条さんでも流石に
分かりますよっと」
「………ジュースでも買ってくっかな」スタスタ
934: ◆jPpg5.obl6 2011/02/23(水) 21:19:02.34 ID:e2HYI5g50
一方通行「――――お、コッチは女モノか……」
番外個体「あひゃひゃっ! なんだかんだ言っときながら結局全部買っちゃうあなたってやっぱり
可愛いぃ~!」
一方通行「……もォ何とでも言えクソったれが」
番外個体「あっ! これも可愛いー! ってか、ここミサカ好みの服多いし!」
一方通行「あァそォかい。ったく、散々人で遊びやがって。俺は着せ替え人形じゃねェンだっつの。
俺はアッチで休ンでっからごゆっくり物色して――――うぐォ!?」グイ
番外個体「世迷い事言ってないであなたも一緒に見るの! ミサカのために可愛い~の選んでくん
なきゃブッ飛ばしちゃうんだから☆」ズルズル
一方通行「は、離せコラ! 引き摺ンじゃねェ…ッ! ぐェ、く、首……絞まっ……!」
番外個体「――――ね、ねぇ。これ……どうかな?///」ピラッ
一方通行「あァ、悪くないンじゃねェの?」
935: ◆jPpg5.obl6 2011/02/23(水) 21:20:46.97 ID:e2HYI5g50
番外個体「………てっきと~。あのさぁ、真面目に応えてもらわないと困るんですけどー?」
一方通行「ちっと配色が多いな。チェック柄のトップスに合わせンなら無闇に派手色を重ねねェ
でモノトーンとかにしとけ。スタイルを崩したくねェンならウエスト周りはダボツキの
少ねェのがベストだが、オマエが今持ってるソイツじゃアウトだな。無難に行きたいン
なら同色で揃えるってのが定番だろォが――――」ペラペラ
番外個体「………今頃になって言わせてもらうけどさ、あなたって結構ファッションに拘り持って
たんだね……。っつか、なに急激な勢いで饒舌になっちゃってんの? 博識気取り?」
一方通行「あン? 真面目に応えろっつったのはオマエのくせして何寝言こいてやがる? オラ、
コッチならちったァマシに見えるンじゃねェのか?」
番外個体「うわ、これまたフツーってかベーシックだね……。何? あなたってこういうのが好きなの?」
一方通行「好きっつーか、キャピキャピしててうざってェ派手モンよりは落ち着いた感じの方が
オマエに似合いそォだと思っただけなンだっつの。……気に入らねェなら別のにすっか?」
番外個体「いい! それ着てくる(試着)から貸して!」パッ
一方通行「っと。……何だァ? 何怒ってンだアイツ……? ワケ分かンねェ」
レディースショップにそのまま一人で居るのが嫌な一方通行は一旦店の外にあるベンチまで行って待つ
事にした。
振り回されすぎたせいか、何とも言えない疲労感を背負っているように見えなくもなかった。
936: ◆jPpg5.obl6 2011/02/23(水) 21:22:10.59 ID:e2HYI5g50
(ったく、……クソガキとは違った意味で目が離せねェなこりゃ。これから退屈どころか一気に騒がしく
なりそォな予感がしやがる)
だが、不思議なもので幸福感も同時に住みついていたのは内緒だ。
いずれにせよ、しばらくは彼女の世話でドタバタな日々が続きそうだが、それももう悪いとは思わない。
寧ろ、こうした穏やかで刺激微量な時間が願わくば長く送れる様、彼は幼き頃からずっと夢見て来たの
かもしれない。
「デート……ねェ」
自分には無縁なものだと決めつけていた。同時に諦めてもいた。
手を血に染めた記念ずべき日以降、今更普通の学生のように青春を謳歌できるなどとはこれっぽっち
も思っていなかった。
幼い頃から特別な環境で過ごし、育ってきた自分にはそんなごく平凡で穏やかな日々など不似合いな
ものでしかないのだろう。夢や願望とは裏腹にいつしか心にそうやって言い聞かせていた。
「…………思ってたより、悪くねェモンだな」
しかし、彼は知ってしまった。
普通の環境に育った者なら誰しも当たり前に送れる日常が、とても有り難くかけがえのないもので
あるという事を。
937: ◆jPpg5.obl6 2011/02/23(水) 21:22:52.91 ID:e2HYI5g50
脳に損傷を負ってまで救った少女、かつて自身の能力開発に携わった狂人科学者が剥けた復讐の牙
から辛くも救い出せた少女。彼女達がそれを教えてくれたのだ。
こんなクソったれな自分でも、誰かのために必死になれる。
護りたい者、愛する者のために命懸けにだってなれる。
大切なもののためなら、人は神でさえ乗り越えていける。
「………フッ」
そして、大切な世界を守り抜いた少年は薄い笑みを虚空へと向ける。
全てを許す、慈悲心に満ち溢れた瞳はただ紅く煌いていた。
かつての残虐性を疑ってしまうほどに彼の目は優しく、尚且つ揺るぎない強固たる意志が見えた。
今も、そしてこれからも、彼はそうやって彼女達とその世界を見守っていくだろう。
己の命尽きる、その時まで――――。
938: ◆jPpg5.obl6 2011/02/23(水) 21:23:53.86 ID:e2HYI5g50
「………………」
一方、試着室正面では酷似した二つの顔が向かい合ったまま硬直していた。
正確には若干の肉体年齢差があるため、完全コピーの鏡対称とは言い難いのだが。
元祖(オリジナル)とその遺伝子の末端に位置する二人の少女の偶然の遭遇からまた新たな物語が
生まれようとしているのだが、それはまた別の機会にでも―――――。
~番外個体「ってなワケで、今日からお世話になります!」一方通行「……はァ?」終~
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