少年は求めた

       何者にも届かない無敵のチカラを


           少年は欲した

       失いたくない存在を護れるだけのチカラを

               
           少年は恐れた

       蹂躙や破滅の運命によって希望の炎が消えてしまうことを


           少年は抗った

       愛すべき者の未来 ただそれだけのために       





           少年は手に入れた


       それは何よりもかけがえの無い 比喩し難いほどに大切な――――――




5: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:00:41.14 ID:H8ixk1I90


           少女は嘲笑った

       彼の自己犠牲はただの自己満足手法に過ぎないと忌みながら

           
           少女は牙を剥いた

       初めから定められた運命(さだめ)に逆らう手段を知らないまま

        
           少女は戸惑った

       憎悪の終着駅であるはずの存在の 蓋の中身に


           少女は失い 取り戻した

       こびりついて離れなかった感情と頭に眠る替えの利かないアルバムを

       

           少女は微笑んだ


       それは曇りの欠片も感じさせないほどに安らかで悪戯な笑顔だった――――――


6: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:01:20.48 ID:H8ixk1I90


       ―――――少女は 少年のすぐ傍でまた笑った
            限られた短い時間(とき)を 悔いなく過ごすために―――――







 ◆ ◆ ◆  


             

       季節は秋から冬へ移り変わる



====================================================


7: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:02:57.26 ID:H8ixk1I90
====================================================



短期終息した第三次世界大戦の余韻も薄れ、学園都市の平均気温は日が重なるごとに低下するこの時期。

勉学に励む学生を含めた住民達は皆来たるべく寒冷期に備え、冬籠りに勤しむ風情を演出する。

そういった最中、雪でも降れば景色との一体化も宛ら不可能ではない白髪白貌且つ華奢な少年は微かに
冷却された吐息を空へと吹いた。

傍らに存在する少女はそんな彼の尻を叩くように視線を傾け、少しだけ歩くペースを速める。

その手は杖を持っていない少年の腕を掴んだまま―――――。


「オイ、だから引っ張るなって言ってンだろ! そンなに急ぎてェなら腕離して先行け。落ち着かねェン
 ならガキみてェにそこら辺走り回ってろ」

「いや、ダルそうに溜息吐くのは勝手だけどさあ、仮にも女の子を横に侍らせておいてそれってどうなの?
 ハァァ、いつになったらエスコート作法が身についてくれるのやら」

「はァ? 何ワケの分かンねェ勘違いしてンだ? ただ寒くなってきたから息吐いただけだろォがよ」

「なに? 寒いの? まぁ無理もないか。あなたって見るからに耐性低そうだし」

「っせェな……、余計なお世話だっつの」

8: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:04:04.46 ID:H8ixk1I90

「ふふ♪ ………歓喜的な提案が今浮かびましたー☆ そんじゃあもっと寄り添ってあげるね。定番の口説き
 文句って言われても否定できないけど、こうやってくっついてれば寒くないよ。ってヤツ?」

「俺としちゃあ逆に離れて欲しいっつか離れろ。外でベタベタくっつくのは好かねェし、優越感なンて概念も
 生憎持ち合わせちゃいねェンだ」

「あれえ? まさか腕組むより手ぇ握られる方が好き? まあ何事も初心が大事なのは大いに結構だけどねえ」


――――白が全体的なイメージの少年、一方通行が吐いた溜息を聞き逃さなかった少女、番外個体は口調に少々
     の嫌味を淀ませた。


「そォいう問題じゃねェ。このまンまじゃ歩き辛くて仕方ねェンだよ」

正当な主張を振りかざそうにも、生憎それが通じるほど彼女は大人ではない。
寧ろ精神的には肉体以上に幼くて当然なのだ。


「あっそう。それ聞いてますます離したくなくなっちゃったわ。っつーことで、このままレッツラゴー♪」


ほんの先刻までの不穏さを無効とばかりに吹き飛ばした番外個体の笑顔は、小悪魔的な意味も含まれ
ていた。この体勢のままずっと歩き続けた果てに待つ展開を予想、危惧した一方通行は白い顔を青く
強張らせた。


「オイ、待てよコラ。“このまま”の状態で黄泉川に出迎えられるのだけは意地でも認めらンねェぞ!?」

9: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:05:59.40 ID:H8ixk1I90

だがしかし、この抗議をものともしない笑顔が立ちはだかる。

「きっとあたたか~い目とお祝いみたいなお言葉がとんでくること請け合いだね。で、あなたはムキに
 なって意味不明な弁明を始めると。いやあ、照れちゃうね」

「オマエの未来設計周到ぶりには両手を上げるしかねェのがよく分かった。オーケェ、分かった。もォ
 しばらくは“このまま”で百歩譲ってやるとしてだ」

一方通行の瞳が濁みを増す。
遠くをじっと見つめているような哀愁と虚脱感が何とも印象的だ。


「ファミリーサイドに着いたらこの腕は問答無用で解かせてもらう。俺の全威信と名声にかけてもなァ」


たった今、そう決心した。断じて生半可な意志ではないことを雰囲気も織り交ぜつつで伝えるが、しかし。


「やってみれば? ミサカだって意地でも離してやんないから」


番外個体も退く姿勢を全く見せてくれそうになかった。
忘れてはならないのが、性格そのものは温和になったわけではないという事だ。
強気には強気で返すし、悪態も好きなだけ吐く。基本的な設定自体は初期仕様と大した相違がない。

更に大まかに言うと醜い憎悪がすっぽり抜け落ち、ドス黒い感情が幾らか和らいだ程度にすぎないのだ。

10: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:06:54.90 ID:H8ixk1I90

「……………」


そのまま無言で睨み合う両者。空気に混じっているため肉眼での確認は不可能だが、互いに譲れない
ものがそこには存在していた。

道の往来で腕を結んだまま近距離で見つめ合う二人に殺到する視線は、その殆どが下卑た部類のもの
であって、そこに野次馬的感覚以外のものは存在しない。

今、彼等には目的がある。決して暇を持て余すべく悠々と散歩をしている訳ではない。
だが、くだらない意地の張り合いでそれを忘れているのか、二人の足はそこから約ニ分程進行しなかった。


番外個体が学園都市に帰還してからちょうど一週間が経過した。


番外個体は本来なら他の妹達四人と同様、病院での調整生活を送る予定だったと後で知らされる。
だが、一方通行は咎める気を起こさなかった。

何故なのかは言わぬが華とやら。全ては番外個体本人の頑強な意志の末である。
ロシアで番外個体を引き取った一般家庭夫婦の所へ彼女を迎えに行ったのは妹達の一人だった。

その時の番外個体が世話になった二人へ送った言葉はネットワークを介し、打ち止めへと伝い、余も無く
一方通行の耳にさえ入ってしまっていた。これが彼女の嘘を容認した最大の要素と言える。

ふと、記憶を取り戻した番外個体の脳を去来する新たな記憶。
それは一月という短い間だったが、番外個体にとっては大切な存在である滞在先の夫婦との温かい日々。

11: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:09:08.52 ID:H8ixk1I90

夫婦は両人ともにごく平凡な一般人だが、彼女を担当していた研究者と繋がりがあった。番外個体に外
の家庭の温かさを経験させようという粋な計らいである。

担当研究者の思惑通り、養子扱いで家庭の敷居を跨いだ番外個体を夫婦はまるで本当の娘のように愛して
くれた。たとえ僅かな時間だったとしても、彼女達の間には固い絆が確かに生まれていた。


いつだったか、一方通行にも話した。
自分に対し、とても親切にしてくれた夫婦のことを――――。



~~~


――学園都市へ旅立つ直前、ロシアにて――


『――――短い間だったけど、今までお世話になりました』


『――――本当に行ってしまうのかい……。寂しくなるねぇ』


『ごめんね……。けど、ミサカはどうしても行かなきゃならないの』

『おや? もしかして、学園都市に好きな人がいるのかい?』

12: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:10:20.29 ID:H8ixk1I90

『……………うん』


『そう、それならさぞ逢いに行きたいでしょうね…』

『………ごめんなさい。ここがイヤって訳じゃないんだ……。でも、ミサカはあの人に逢いたい。やっぱり
   ミサカはあの人の傍に居たい』

『気にすることは無いよ。君が来てくれたおかげで私達も楽しかった。またロシアへ寄る機会があったら、
 いつでも遊びにおいで。ここはもう君の家でもあるんだから』


『…………うんっ、ありがとう!』


『良い笑顔だ。よっぽどその彼の事が好きなんだね』

『あ…、いや別にそれはなんつーかぁ、その……///』

『はっはっは♪ 母さんも君ぐらいの年の頃はそんな風に初々しかったんだがねぇ』

『あら貴方? それどういう意味かしら…』

『……たはっ♪』


その後も夫婦との惚気染みた会話がこんな具合で暫く続くのだが、打ち止めの口から語られるこのエピソード
を一方通行は最後まで聞けなかった。
理由は単純、途中で寒気と恥心が全身に充満した以外に他ない。

13: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:11:17.38 ID:H8ixk1I90

~~~


脱線したが、話を戻そう。
今、一方通行と番外個体は黄泉川愛穂の自宅へ向かう旅路の途中だ。
ゼロ距離でいつまでも睨み合ったままでは話が進まない。


「………もォ何でも良いから早く行くぞ。黄泉川やクソガキが待ちくたびれてる」

「………ふん」


ひとまず停戦にし、二人はまた肩を合わせたまま歩を進めた。
こんな風にくだらない小競り合いで時間を費やすのはもう何度目か。数えるのも馬鹿馬鹿しかった。


この日は番外個体を初めて黄泉川愛穂、芳川桔梗と対面させる予定になっている。
その背景にはさして重い事情がある訳でもなく、単に彼女達が“一方通行の保護者”として在った
過去もある以上、好奇心が芽生えない筈もないというだけの根底だった。そして現在も打ち止めの
世話役を任せている立場の一方通行は彼女達の誘い(強制)を断りきれなかった。

嗚呼、本当は嫌だった。だが世の中は汚く展開するものだ。打ち止めは「連れて来てーー!!」の
一点張り。番外個体も「あなたの保護者なら一度挨拶しとかなきゃ。お世話になってる身だしね」
と、もう彼の意向とは一切関係なしに話は展開してしまった。
ここでごねた所で見苦しい様を延長させるだけだ。一方通行もそのぐらいは理解できていた。

家を出た辺りで黄泉川に電話したところ、『今日はご馳走だから楽しみにしてるじゃんよ』との事。

14: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:12:37.12 ID:H8ixk1I90

(今頃炊飯器の稼働率がとンでもねェことになってるだろォな…)


抵抗を諦めた脳は酷く暢気だった。ある意味では一種の現実逃避に近いかもしれない。


こういう経緯によって一方通行は久方ぶり、番外個体は初めて訪れるここファミリーサイド。



「………………」



訪れて早々に到着した黄泉川の住むマンションの前で番外個体はまず絶句した。


「………ねえ。あなたの保護者の黄泉川って何やってる人だっけ?」

「あン? 言わなかったか? 警備員で体育教師だとよ」

「……ふーん、けど公務員が住むにしてはちょーっと贅沢すぎる気がしない?」


典型的な高級マンションを訝しげに眺める番外個体。
設備的にも設計的にも一方通行と現在同棲している住居とは比較にならない。

15: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:14:48.31 ID:H8ixk1I90

「確か家賃の何割かは援助されてるっつってたな」

「へえ……、それは景気に希望が持てる話だね。国自体は不況だって聞いてるけど」

「こンな場所で経済の話か? 興味ねェっつの」


「う~ん、ミサカでもオートロックの解除は難しいかも…」

「オイオイ、やめろ。インターホンの意味ねェだろォが」


オートロックに手を翳して何やら苦闘している番外個体を窘める。
上機嫌な黄泉川の応答と共にドアは開錠されるが、番外個体の興味心は更に加速した。


「ほ~~~……へ~~~………うわぁぁ…」

「あンまキョロキョロすンな、みっともねェ。まるで田舎から上京して初日みてェじゃねェか」


子供と接するのに心得がある一方通行は冷静に直喩を用いて対処する。初めて二人がデートした時
も番外個体は最先端技術の公開ショーにやたら目を輝かせていた。どうやら予めインプットされた
知識と実際に目視した時の違和感が感激の素となるらしい。ミサカネットワークから切り離された
番外個体に妹達から新しい情報収集が送られるのはもう実質不可能なのだ。よって、今の彼女には
“負の感情”は勿論の事、個体同士の新たな記憶や通信映像、感覚認識共有機能も断絶されている。

皮肉な事情の果てかもしれないが、別の言い方をすれば番外個体は『確立された個体』として今を
生きているのだ。

16: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:16:34.80 ID:H8ixk1I90

軍用クローンとして生成された身でも、そういった意味なら彼女は普通の少女と何ら分け隔てない
存在である。『大能力(レベル4)の電撃使いで御坂美琴にソックリ』という肩書きを除けばだが。

従って、ある程度の成長を終えた肉体を所有する番外個体がこうして思春期も迎えていない少女の
ように振舞うのは無理もないことなのだと一方通行は諦めた。

おそらくは、これが“負の感情”の欠落した彼女本来の姿なのかもしれない。
残念ながら憎まれ口や減らず口は相も変わらず、だが。


「―――――よっ、遅かったじゃーん。待ってたよ」


いつもと何ら変わらない軽口で一方通行たちを出迎える黄泉川。
だが彼女の顔からは久しぶりの再会による嬉しさが僅かながらも滲み出ていた。

「よォ、ソッチは相変わらずだな」

一方通行もそんな黄泉川に口元を緩める。
黄泉川の自分への接し方に感じていた刺々しい感情も、以前よりだいぶ和らいだらしい。

「君が番外個体か……。当たり前かもしれないが、あの子にソックリじゃんね」

「こ、こんにちは」

視線を移した黄泉川にぎこちない挨拶を返す番外個体。

17: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:18:24.05 ID:H8ixk1I90

一方通行は怪訝な顔を隣りに向ける。この少女が人見知りだと認識した覚えはないからだ。

「何緊張してンだオマエ……」

「う、うるさいなあ! 別に緊張とかしてないし!」

この僅かな二人のやりとりだけで黄泉川は確信できた。「何の心配も要らなそうだ」と。
彼等若者同士の間を纏っている空気が何とも微笑ましい。

「まぁまぁ、とにかく二人とも上がりな。もうすぐ夕飯できるから奥であいつらの相手してて
 くれると助かるよ」

「はァ……?」

「おっ、お邪魔しまーす」

露骨に顔を顰める一方通行とやはり未だ遠慮が消えない番外個体の二人は黄泉川に連れられて
リビングへ。相変わらずといった部屋の見取りに一方通行の表情が感慨耽る。
が、そこでは小規模な戦争が勃発していた。さっき抱いたばかりの疑問が早くも解消される。


「――――このっ! このっ! ってミサカはミサカはとっておきのコンボネーションで起死
     回生を狙ってみたり!」


ふと、一方通行は中央に座り込む二つの見知った頭に着目する。
同時に和やかさを秘めていた心は一気に愕然へと近づく。


「――――ふふ、甘いわね。そこからの切り替えしは既に構築できているのよ」

18: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:19:25.77 ID:H8ixk1I90

テレビ画面を凝視しながらコントローラーを操作する芳川桔梗と打ち止めがそこにいた。


「…………何やってンだオマエら?」


一方通行の呼びかけに彼女達は反応しない。


「最近こいつらすっかり嵌ってるじゃんよ。番外個体、悪いけどコッチ手伝ってくれる?」


「あ、うん」


後ろを向くと黄泉川が手招きで番外個体を呼んでいた。反発心など初来訪した家の主に抱く
わけもなく、一方通行も滅多に聞かない素直な返事が耳に障る。

「早速客人を働かせてンじゃねェよ……っつゥか」

番外個体だけ連れてキッチンへ戻った黄泉川に一方通行は小さく毒吐き、再びリビングで今
も激戦を繰り広げる大人と子供に目線を戻す。。


「こいつらどンだけ熱中してンだよ。クソガキはともかく芳川まで……」


「面倒見の良さが発揮されすぎて止めようがない状況じゃんよー」

キッチンの方から黄泉川の相槌が返ってくる。

19: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:20:46.90 ID:H8ixk1I90

一方通行は何となく声が掛け辛いこの状況に完全な手持ち無沙汰となっていた。
仕方なく一心不乱な二人の戦いに決着がつくまで黙って静観する事にした。


「あーくっそぉー! また負けたぁぁ!」

「惜しかったけど、まだまだね」


「はァ……だから何してンだオマエらはよォ」


「――――!?」


彼女らの集中が切れた所を見計らって今度こそと声をぶつける。
ようやくそこで二人は来客の存在を認識した。


「あぁーっ!? あ、アナタいつの間に……っ! ってミサカはミサカは予期せぬアナタの登場
 に動揺してみたり……」


「あら、もう来てたのね。声くらい掛けてくれればいいのに」


芳川に至ってはさほど表情に変化はなかったが、打ち止めは隠していたものを親に見つけられた
ように慌て出した。

20: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:21:30.62 ID:H8ixk1I90

「み……見た? ってミサカはミサカは一応確認してみたり」

「あァ、良い負けっぷりだったなァ」

悪戯心はこういう所で表れるものだ。途端に打ち止めは顔を真っ赤なリンゴの如く変色させる。

「こっ、これは違うのーっ! 手が滑ったというか本調子じゃないっていうか……」

どうやらテレビゲームとは言え一方通行の前で無様な敗北を曝したのがたまらなく恥ずかしいようだ。
まさか来ていたことに気づかなかったのも取り乱す要点としては当てはまる。

「っていうかヨシカワ大人気ないよ! 子供相手に全力出すなんて! ってミサカはミサカはぁぁ!」

「あら、手加減したら怒るって言ったのは貴女よ最終信号。それに、悪いけどまだ本気ではないわ」

「ミサカだってまだ本気じゃないよ!! ミサカの真骨頂はこれからなんだから! ってミサカは
 ミサカは再戦を要求してみたり!」

ビシッと宣戦するも、大人の芳川は軽くあしらう。
実際負けたとしてもこの毅然とした態度が維持できるのかは疑わしいものだが。

「いいわよ。何度やっても同じだと思うけど。何なら次は片手で相手してあげようかしら。丁度良い
 ハンデになりそうね」

「ミサカを甘くみてると後悔するんだからーっ!!」

ムキィーッ、と奮起する打ち止めに柔らかくも冷酷な芳川。自分が出て行ってからこの家庭はいつも
こんな感じなのだろうかと考えると軽く眩暈がした。

21: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:22:06.83 ID:H8ixk1I90


「ったくよォ……たかが格闘ゲームでオマエら熱入りすぎだろ。ってか、まだ続くワケ? これ」


答えが返ってくるまでもなくセカンドラウンドが始まりを告げた。


22: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:24:06.09 ID:H8ixk1I90

―――


場面変わってキッチンでは、黄泉川と番外個体が肩を並べて調理作業に没頭していた。

「それで、あいつとの生活はどうなんじゃんよ~?」

リビングから少し離れたキッチンで盛り付け中の番外個体にニヤケながら黄泉川が尋ねる。

「えっ? あ、あぁ……///」

思わず手が滑るが、そのまま料理を引っくり返すというベタな顛末までには至らなかった。

「おっとゴメン。いやぁ、あいつ……見ての通りじゃん? 短期間とは言え保護してた立場から
 すると色々胸中複雑じゃんよ」

下劣な心を殺して追記する黄泉川。

「何ていうか、あんたに苦労掛けてんじゃないかなーってさ……。あいつが悪い子じゃないのは
 勿論承知してるけど、一人で問題抱えたら絶対に他を寄せ付けようとしないヤツだし……ここ
 から出て行ったのも、きっとそういう理由だったんだって分かってはいるんだけどさ」

「…………」

「やっぱ、心配じゃん? そういう子ほど私達大人は放っといちゃいけない。お節介って言われ
 ちゃそこまでだけどね」

いつの間にか、黄泉川の目は優しく子供を見守る教師が放つようなそれへと変移していた。
まるで全てを包み込んでくれるような、そんな温かい印象を抱かせる。

23: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:24:48.43 ID:H8ixk1I90

「ま、実際私があいつの保護者面するのはおこがましいかもしれないが、それでも言わせて欲しい。
 一方通行を宜しく。……じゃん」

黄泉川の言いたい事が何となく理解できた。
思い当たるというか、正にその通りだからだ。自然と番外個体の口が開く。

「アイツ……あなた達が大切っていうか、失いたくないっていうのは本当だと思う」

「………そうだと嬉しいんだがね」

「多分、あなたみたいに真っ直ぐぶつかってくる人の存在が……嬉しくて仕方ないんだよ」

「………」

「だからこそ、自分のせいで巻き込みたくない。傷つけたくない……」

番外個体の静かな主張に黄泉川は黙って聞き入る。


「けど、ミサカだけじゃきっと止まらない。だからミサカからもお願いします――――」

24: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:26:31.37 ID:H8ixk1I90




「――――アイツを……アクセラレータをこれからもよろしく」



真っ直ぐ黄泉川の目を見つめて番外個体は告げた。
とても幸せそうな笑顔で。


「おーっと……。こいつはまさかの反射じゃん」

「にひゃっ」


敵わないといった調子で頭を掻く黄泉川に番外個体は舌を軽く出した。


そして、心温まる光景はその後もとめどなく続く。

25: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:27:37.16 ID:H8ixk1I90

食事のセッティングを終えてリビングに戻った黄泉川と番外個体の目に映ったのは打ち止めや芳川、と
渋々ながらもテレビゲームに付き合わされている一方通行の頭を掻く姿だった。
顛末としては、やっぱり芳川の牙城を打ち崩せなかった打ち止めが観戦していた一方通行に半べそを
掻きながら仇討ちを依頼した流れである。

全力で画面に食い入りながら一方通行の操るキャラの応援をする打ち止め。
打ち止めの時よりは間違いなく本気な芳川。
興味ないし面倒臭い、とか言いたそうな顔をしながらも打ち止めの仇を取る律儀な一方通行。

その光景に黄泉川と番外個体の顔が思わず綻んでしまう。


「っさ、飯にするぞー! 今日は炊飯器全稼動のフルコースじゃん!」


可能なら、ずっとこのままでいたい。そう思わせるほどの幸せなひと時がそこには流れていた。


―――


夕食中は一言で表現すると、良い意味でも悪い意味でも賑やかだった。
黄泉川愛穂、芳川桔梗、打ち止め、そして一方通行と番外個体。
こうして食卓を囲んでいるとまるで本当の家族みたいだな、黄泉川はそんな事を思っていた。


「あんたらもさぁ、いっそここに一緒に住んだらどうよ?」

26: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:28:39.45 ID:H8ixk1I90

ポロリとこういった本音が零れてしまう。
番外個体が少しだけ困惑の表情を見せる中、一方通行は返答した。

「ただでさえガキの面倒押し付けてンのに、これ以上甘えられねェよ。コッチはコッチで何とか
 なってっから、心配すンな。………まァ、気持ちだけ受け取っておくわ。たまにこォしてメシ
 とかに呼ンでくれる分には何の不都合もねェよ」

「……そ。残念じゃーん」

わかっていたとは言え、残念なのは事実だった。
あの時はこういう心境を味わう暇すら許さずに出て行かれたが、これもこれでまた寂しいものだ。

「いよいよあんたも本格的に自立か……」

「ミサカはまたアナタと一緒に住みたいんだけどなー。ってミサカはミサカはちゃっかり自身の
 願望を吐露してみる」

寂しいと感じているのはこの幼い個体も同様である。芳川は一瞬自分も、と言いたげな顔を覗かせ
たが、一方通行に母性満ちた眼差しを向けるだけに留めた。

なんだかんだ言ってもこんなに人から愛されてる一方通行を番外個体は嬉しく思った。
内心は複雑なのが正直な所だが、やはり素直に嬉しい気持ちが勝っていた。

「ま、気が向いたらいつでも来い。待ってるじゃん」

「気ィ向くことがあればなァ」

「ははっ」

27: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:30:43.42 ID:H8ixk1I90

やっぱりな、という顔で黄泉川はカップへコーヒーを注ぎ、そのまま一方通行の手前に置いた。が、



「おォ、悪いな」



次の瞬間、たったこの一言だけでそれまでの空気が大きく変化する。


「ッ!?」

「ちょーっとさあ! 今の何気ない流れで申し訳ないんだけど、ミサカが淹れてもあなたってば
 いつも『ン』とか『あァ』しか言わないよね? 対応に明らかな差が生まれてないかしらーん!?」

普通に礼を告げたら何故か横から絡まれた。どうやら今のやりとりが番外個体の中で差別規定に
見事引っ掛かったらしい。

「貴方………、そこまで大人になったの?」

目を丸くした元研究者が訳の分からない問答を掛けてきた。少々の出来事ではあまり動じない性格
の彼女にここまで驚かれてはどう返すのが正解か、パッと思い浮かばない。

「オトナ!? あなたの最終理想はやっぱりオトナなの!? このミサカにはもう希望は残されて
 いないのかーっ!? ってミサカはミサカは絶望のあまり突っ伏してみたりぃぃ!!」

対面のちんまりした保護対象はカウンター席で酔っ払ったサラリーマンのようにテーブルへ頭を伏せ、
挙句には芳川の前言以上に意味不明なことを喚き散らしている。

28: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:33:31.84 ID:H8ixk1I90

「………なに? 俺、何か変なことでも言ったのか?」


疑問が本気の苛立ちへ進化する前に黄泉川を頼るも、彼女は失笑しながらこう言った。


「いやいや、成長ってのは本人が気づかない所でするから成長って言うじゃんよ」


「???」


結局疑惑は晴れなかったが、妙に腹立たしい気持ちだけが胸に残った。
何だかよく分からないが、極めて心外なのは確かである。


―――


それは別名、『食後の小さな悲劇』。
食べ終えた食器を黄泉川が片付けている最中の出来事だった。


「番外個体って、オリジナルに比べても発育が著しいのね」


芳川が何気なく口にしたこの一言が発端である。

29: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:34:51.49 ID:H8ixk1I90


「……えっと、そういうんじゃなくて……促進剤そのものが違うんだよね。形態は多分『絶対能力
  進化計画』とは別物だから」

「『第三次製造計画』か……。それにしても、機関の神経も大概ズレてるわね。バージョンアップ
 にサイズアップも含めるだなんて…」

そんなどうでもいい評価をしながらも商品を見定めるような目で番外個体を眺める芳川。
かつて自身も関わっていた計画の延長線にとても興味深いようだが、明らかに研究者的視点以外の
意図が感じられる。

「ミサカみたいに即急問答無用で放り出されたんならこの目線の高さが定義であるはずなのにィィ!!
 って、ミサカはミサカは悔しさのあまりハンカチを噛みしめてみたり!」

テレビアニメを鑑賞していた筈の打ち止めが話に加わってきた。関わらずにはいられなかった話題
のようだ。

「だから、肢体の成長に投与された薬品が別品なんだって。つまり、成長がそれまでの個体と違って
 うーんと早まるワケだから、下手するとヨボヨボに老けた状態で戦線投入させられてたかもね。あ、
 つっても老化して機動力ないんじゃ実戦は無理か」

何とも恐ろしいことを他人事のように語る番外個体。
番外個体、御坂美琴、打ち止め、この三人を並べたらよく保健の教科書に記載されている人体成長図が
リアルに実写で拝める……などとやはりどこかがズレた思考の芳川に今度は番外個体が振った。

「あなたは着衣やら肌の様子から見るとあんまり拘ってなさそうに見えるけど? 素材が良いのに勿体
 ないんじゃない?」

30: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:36:06.08 ID:H8ixk1I90

「まぁ、貴女達みたいな若輩者の真似はさすがに……ね」

「ミサカは拘るどころか究めるつもりだよ! ってミサカはミサカは拳を堅く握って力説してみたり!」

「貴女は若輩すぎよ。無理な背伸びは返って成長の妨げになりかねないって立証されているわ」

「でもぉ……そこの●●●●が“やーいやーい、早く追いついてみろー”ってあからさまな挑発を繰り
 返してる気がして止まないんだけど! ってミサカはミサカは今に見てろこんにゃろうと対抗心を燃や
 してみたり!」

メラメラと激しく燃える瞳は番外個体の二つの膨らみを直視していた。
芳川はそんなライバル心剥き出しの打ち止めを宥めようと椅子から立ち上がるのだが、その時に何かを
懐からボトリと落とした。



「???」



当然ながら、全員がその落下物に注目する。



「…………………………」



31: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:37:14.03 ID:H8ixk1I90


「……何これ? ってミサカはミサカは………ま、まさか!?」


ベルト型で体に巻きつけるタイプのそれは、以前健康グッズとして紹介されていたのをテレビで見た事
があった。確か、紹介者はバストアップ効果があるとか連呼しまくっていた。

そう、確認するまでもなくこれはその時の豊胸マシンだ。


「あ、いやこれはあれよ。元同僚が効果は保障するから試してみなとか言って無理矢理押し付けてきた
 だけなのよ。で、捨てるのも何だか勿体無いし、別にそこまで過度な期待は望んでないっていうか」


「なーるほど、外面より普段隠せる部分を育ませてたってわけか。“あたし、脱ぐと凄いのよ”的な?
 背伸びが成長の妨げになるって話、もしかして実体験だったりする?」


急に饒舌スペックが落ちた芳川を番外個体が冷静に視察する。
対して打ち止めは全身を震撼させている。子供が知らなくていい大人の事情が世の中には腐るほどある
のが実情だ。
その断片に触れた者としては至って通常の反応なのかもしれない。
しかし、それも束の間であった。


「あっ!?」


32: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:39:09.36 ID:H8ixk1I90

散々身体を震わせた後、打ち止めは目にも止まらぬスピードで床に落ちていた豊胸マシンを拾い上げ、
速やかな逃亡を計った。


「今こそミサカの機動力を最大限に発揮する時だ! ってミサカはミサカは人生一番の大勝負っ!!」


勢い絶やさぬままに両足を躍動させる。
バトンを受け取ったリレー選手のように完璧なスタートを切った。あとは捕まるもんかとばかりに退散
するだけ。


「これでミサカも進化できる! これさえあれば………!!」そんなバレバレの下心と共に打ち止めは
超速で姿を眩ましてしまった。


呆然と見送る中、硬直から解放された芳川がいち早く動く。


「ま、待ちなさい最終信号!! 今の貴女にとってそれは危険物以外の何物でもないわ!!」


打ち止めを追い、リビングを飛び出して行く芳川。彼女もまたインテリを思わせない鮮やかな走り出し
だった。

ちなみに打ち止めは国外へ逃亡遂行の最中、キッチンで洗い物を終えた黄泉川にあっさりと捕獲された。
ついでに豊胸マシンも没収されてしまった。
しかし、今回の打ち止めは一味違う。
何とかして奪い返そうと果敢に強大な母へ挑む。が、そんな覚悟を嘲笑うかのように豊胸マシンは煙を
噴いた。渡してはいけない人間の手に渡ってしまったのがこの商品にとって運の尽きだったようだ。

33: ◆jPpg5.obl6 2011/03/19(土) 19:39:51.62 ID:H8ixk1I90

こうして打ち止めの壮大なプロジェクトは、序章を告げる間もなく儚い夢となって消えた。


「……………」


不自然すぎる流れで二人きりになったリビング。
キッチンの方から三人の騒然とした声が響く中、番外個体は現在唯一同じ空間にいる一方通行に尋ねた。


「あなたでも、やっぱりああいうの(胸の大きさ)とかに拘ったりするの?」


「………少なくとも、自然の成長に黙って身を委ねられねェやつには全く以って魅力を感じねェ」


一連の騒動の中、ずっとソファーで寛いでいた一方通行は面倒臭そうに答えた。

49: ◆jPpg5.obl6 2011/03/21(月) 20:34:15.23 ID:po2DgXaE0


◆ ◆ ◆



黄泉川宅を後にしたのは夜の九時近く。

色々あって結構長居してしまった。いずれにせよ、近い内また遊びに行くハメになりそうな未来が
予測でき、一方通行は憂鬱そうな表情を浮かべている。

「寒くなってきたねえ」

そう口にしながら一方通行の腕に寄り添う番外個体。側頭部は杖をついて歩く一方通行の肩にもたれ、
密着度も行きの時と何ら変わっていない。

「日も落ちてっからなァ。そりゃそォだろ」

やはり歩きづらいとは思うが、嫌悪感は全くと言っていいほどに湧き出てこない。
これは反面、嬉しいと感じている自分がいるのだろうか。
狂喜以外の喜びを素直に表現するのが苦手な一方通行は、番外個体の方を直視できずに目を明後日の
方向へやり続けるしかない。返事する時すら逸らしたままだ。

「あなたに足りないのはまずガッチリしてて温かい体型だね。枯れ木にでも縋ってるみたい…」

「文句あンなら離せばイイ。っつかよォ、最近オマエ……アピールが露骨ってか、くっつきすぎなン
 じゃねェのか?」

改めて指摘する。

50: ◆jPpg5.obl6 2011/03/21(月) 20:36:42.61 ID:po2DgXaE0

だが所詮、無意味な抵抗に終わる。

「仕方ないじゃん。寒いんだもん」

もちろん嘘だ。くっついていたい口実だ。一方通行は敢えて愚鈍な自分を演じているだけで、本当は
全てわかっている。
だからそんな彼女を可愛いやつだと思うし憎たらしいやつだとも思う。


だが、しかし―――――――肝心な応え方が今ひとつ掴めないでいるのだ。


理由はそれこそ挙げたらキリが無いが、強いて二つ。
自身の性格と経験に乏しいことだ。

誰にでも得手不得手ありとは本当に良く云ったものである。

「………ケッ」

せめてできる事は、番外個体が絡められるために腕と身体との間隔を無言で空けてやるくらいだ。
それでもだいぶ照れ臭いのには変わりない。精一杯妥協してこれである。
学園都市が切り札として要する怪物はそこにいなかった。いたのは粗忽で不器用で純朴なただ顔つき
の悪い少年と、その少年の腕にピッタリと絡み付いて離れずにいる幸せそうな顔の少女だった。



黄泉川宅から自宅までの帰り道、二人は道中のコンビニへ足を運んだ。
目的は缶コーヒーの補充である。
帰宅途中はこうして頻繁にここを利用する。少し戻ればスーパーもあるのだが、そちらは主に食材の
買出し用に立ち寄っている。目的がコーヒーだけならここで充分だと一方通行は思ったのだ。

51: ◆jPpg5.obl6 2011/03/21(月) 20:39:19.12 ID:po2DgXaE0

「………」

コンビニの入り口より十メートル離れた横で、地域の学生達がたむろっている。
これもすっかり日常風景の仲間入りを遂げていた。

「どォした?」

何日前からかは忘れたが、番外個体はそんな学生達を物欲しそうな顔で眺めている事が頻繁にあった。
それらに分類はなく、ただ学生服を身に纏う人を羨望にも似た眼差しで見つめているだけだ。
彼女はその時に一体何を考えているのか、最近の一方通行が抱えていた疑問のひとつでもある。

「オイ、さっさと行くぞ。……ここは学園都市だ。学生がいても不思議に思う要素なンて、何ひとつ
 ねェだろォが」

「へっ…? べ、別に~、そういうんじゃないし」

「なら一体何なンだよ?」

「人間ウォッチングだよ! ミサカの趣味なの! 悪い?」

「……、 あっそォ」

大体こんな流れで打ち切られる。過度に詮索すると機嫌も悪くなり後々面倒になるのだ。
色々と気難しい彼女の心情を理解するのは一方通行でも無理というもの。

「……、…」

まだチラチラと学生集団に目をやる番外個体の腕を引いて入店する。もう気にしない事にした。

52: ◆jPpg5.obl6 2011/03/21(月) 20:44:21.96 ID:po2DgXaE0

いつも通りに補充している途中、番外個体が顔を覗かせてきた。

「あれ? また銘柄変えるの?」

缶で満たされていくカゴを観察しながら番外個体は尋ねる。

「まァな。コッチはもォ飽きちまった」

適当な口振りだが、補充する手だけは偉く活動的に見えた。
せっせと急ぐようにコーヒー缶をカゴへ収めていく一方通行の姿は何度か目にしたが、やはり
滑稽にしか見えない。吹き出しそうになり、表情が崩れてくる。

多分、知っている人間にはあまり見られたいものではなかったのだろう。
一方通行が忙しない挙動なのはそのせいに違いない、と番外個体は密かに確定付けた。


「ついでにお菓子買ってっていい?」


込み上げてくる笑いに堪え切れなくなった時はこう言ってその場を離れるのが彼女の戦法である。
予測できていた一方通行は「好きにしろ」とだけ答え、一種類の缶コーヒーを大量に買い占めた。

これも何気ない習慣でかたづけてしまえるほど、今の二人の距離は近い。


コンビニを出た後は、一方通行にとってはある意味の試練が待っている。
右は杖、左は番外個体、そこに大量の缶コーヒー入りのビニール袋。

53: ◆jPpg5.obl6 2011/03/21(月) 20:48:25.18 ID:po2DgXaE0

左手で袋を携えると隣りでベッタリくっついてくる番外個体が猫なで声で唸り出す。
大抵の男にとってそれは悩殺級だが、一方通行にとっては鬱陶しい以外の感想が出てこない。
仕方なしに袋は右手首に掛けて歩くのだが、これがすこぶるキツイ。
歩き難さも勿論手伝っているのは言うまでもない。

一週間前はこのせいで筋肉痛になった。


(……ッ、重てェな。やっぱもォ少し量減らしときゃ良かったか)


買ってから後悔した所まで当時と全くと言っていいほど同じだった。
番外個体は何ひとつ変わることなく一方通行の左腕に寄り添っている。

何となくこの状態で文句は言いたくなかった。その理由には一方通行の小さくて醜い意地が
当て嵌まるのだが、それでも腕がプルプルと小刻みに震えていてはバレバレであるという事
に彼はまだ気づいていない。なけなしのプライドを守ることに必死なため、自然と視野が狭
まれているのだろう。

そんな中、

「……重そうだねえ。袋、持って欲しい?」

「!」

そう、これを訊かれるのが嫌だったのだ。ここで甘えては平然を保つ最大の理由が意味を持た
なくなってしまう。
つまり、答えは最初から決まっていた。

「いや、いい。別に重くねェし」

54: ◆jPpg5.obl6 2011/03/21(月) 20:50:12.67 ID:po2DgXaE0

しかし、前にも言った通り世の中は一方通行の思うがままに動いてくれるとは限らない。

「ひゃひゃひゃ、ミサカに離れろって言わないのはそういうこと? とんだ意地っぱりだね
 こりゃあまあ」

「ッ!?」

所詮そんなチッポケな見栄など彼女にはお見通しだった事実がこの時に判明する。
何て事のない、いつも通りの平凡な道で一方通行はやや吊り上がりがちな目を鋭くした。

「知っててからかいやがったのかこのアマ……」

口端がピキピキと引き攣り出す。しかし番外個体は怯みなど一切垣間見せず軽快な調子を崩さない。

「そーいう男の意地みたいなの、ミサカにとっちゃ本能くすぐられるだけなんだよね。ざーんねん、
 世の中はあなたの思い通りに動いてくれないよん」

絡みついた腕は勿論離してくれなかった。
結局、家に着くまで一方通行は右腕の痺れと戦い続けるしか選択肢が残されていなかった。

逆らいたいが、逆らえない。偉くもどかしかった。この場でできる反抗表示と言えば舌打ちぐらいだ。

55: ◆jPpg5.obl6 2011/03/21(月) 20:55:19.27 ID:po2DgXaE0

最終的にこの立位置が変わることはなかった。
もう何もかもが手遅れのようだ。番外個体と同棲して一番身についたのは“無駄な抵抗の見極め方”
だった。


「――――あの人があなたの“仮親”か……。いい人たちじゃん」


家に到着し、痺れた腕を軽く揉んでほぐしている最中、番外個体がそんな言葉を吹っ掛けてきた。
ちなみに家というのはかつて暗部組織『グループ』が拠点の一つとして利用していた木造アパートで、
現在は一方通行と番外個体の“愛の巣”(?)の事である。
質素よりも多少は広めの八畳部屋が一室と、ダイニングにバルコニーが付いた何て事のない一室。
黄泉川の所有するマンションとは比較にならない程の劣った環境だが、一方通行は不満どころか結構
気に入っていた。
番外個体も初日以降は特に何の不満も口言せず、今ではこの部屋が自分の家だという認識の下で学園
都市生活を満喫していた。

「仮親って表現が正しいのかは疑問だがな。実際あそこで過ごした日なンてほンの僅かな間だけだ」

そんな番外個体の何気ない話題にも、一方通行は首を向けずに言葉だけ返す。初めての彼女を親に紹介
した時のような、何となくそれに近い心境で照れ臭さがあるせいか、一方通行の対応はどこか塞ぎこみ
がちに思えた。

「……何であんないい人たちから離れちゃったの、って訊くのは野暮かな?」

「………あァ、今更だな。だが強いて答えるとしたら、“だからこそ”だ」

「…………そっか」

やっぱり…、と言いたげに目を伏せる番外個体。あそこで皆一緒に住んだら案外楽しいのではないか。
そう思うとちょっとだけだが寂しく感じた。

56: ◆jPpg5.obl6 2011/03/21(月) 20:57:18.89 ID:po2DgXaE0

腕を揉み終えた一方通行はふと座椅子から立ち上がった。

「さて、風呂でも沸かすか」

ソファーにゴロンと寝そべる番外個体を横目にリビングを離れる。彼女はテレビを再び眺めながらも
何か思い耽っているような、そんな面持ちだった。


「――――オイ、先に風呂入るか?」


しばらくして声が掛かり、番外個体はそこで現実世界へ戻る。
何をぼんやり感慨耽っていたのか、この時点で忘却してしまった。一方通行が居間を離れてどれだけの時が
過ぎたのかも認識できないでいた。

「え……あ、あぁ。風呂ね」

咄嗟にこういう場面で上手く取り繕えない自分を軽く呪う。当然の事ながら、一方通行が彼女のそういった
微妙な変化を見逃すはずはない。

「……ナニ呆けてンだ? 目ェ虚ろなまま転寝でもしてたのかよ?」

「な、何でもないってば。じゃあお言葉に甘えて先に入らせてもらいます、っと」

適当に誤魔化し、立ち上がって浴室へ向かおうと足を動かす番外個体の手を、一方通行がギュッと掴む。

「待てよ」

57: ◆jPpg5.obl6 2011/03/21(月) 20:59:18.23 ID:po2DgXaE0

「…ん?」

「逃げるよォに締め括ってンじゃねェ」と、心を抉る言葉が強制停止中の耳へ届く。
早々に切り上げて入浴と共にリフレッシュさせようと目論む番外個体だが、一方通行はそれを許さなかった。

「……どうしたの? 一緒に入りたいとか言う前フリ?」

「甘くみやがって……、誤魔化せるとでも思ってンのか?」

虚勢から生まれた笑みに向けられたのは悪魔の羽でも生やしていそうな笑みだった。

「は? 誤魔化すって何がさ?」

「まだシラ切ンのかよ。黄泉川ンとこ出てから、明らかに変じゃねェかオマエ」

「ッ…!」

「どォした? 黄泉川に何か言われたのか? ガキ共がゲームに熱中してる間、オマエらに何があった?」

この口振りからすると、一方通行は食卓を囲んだ時点からすでに番外個体の中で何かが変わりつつあることに
薄々だが勘付いていたのだろう。最近で幾度とない心境の変化を経験したからこそ、人の心変わりには異常に
敏感なのかもしれない。

真っ直ぐ、心の奥まで見透かされるかのような眼差しに番外個体は観念せざるを得なかった。


「た、大したことじゃないってば。ただ、“あなたをよろしく”って言われただけ……」


気がつけば自白してしまっていた。

58: ◆jPpg5.obl6 2011/03/21(月) 21:00:56.85 ID:po2DgXaE0

「……ホントにそれだけか?」


今日の彼はいつもより少し疑り深いようだ。


「それ以外にないでしょ?」

「だったら何で俺の目を見ねェ? オマエが隠し事してるのなンざバレバレなンだよ」

「……何も隠してなんか」

「………ふゥン、まァいい。引き止めて悪かったな」


そこでやっと掴まれていた手が解放された。


「……うん。それじゃ、お先」


番外個体は特に何も無かったように平然を装い、浴室にその身を消した。

残された一方通行は気まずそうに頭を一掻きし、やがて先ほどまで番外個体が占領していたソファーに
ゴロリと寝転がる。


「………」

59: ◆jPpg5.obl6 2011/03/21(月) 21:04:04.45 ID:po2DgXaE0

今考えると、別にわざわざ問い詰める事もなかったのではないか。こんなのでいちいち不安になってどう
するんだ。天井を見上げながらそういった自責に没頭する一方通行。
しかし、抑え切れなかった。それに今となっては後の祭りだ。
いやな自分の一面を知ってしまった気分である。

後悔するくらいなら最初から詮索しなければいい、という単純な結論では解決しなかった。

独占欲を働かせる場面でもない。彼女の全てを知る必要がどこにある。縛り付けるような尋問が彼女への
ためになるわけでもない。ここまでわかっていても気になってしまったのだ。彼女の変化には人一倍敏感
な一方通行だからこそ。

とは言え、

「我ながら気持ち悪い真似しちまったなァ……」

後にこう思うことを繰り返してしまう不器用な自分に少なからず嫌気もさす。
考えればそれだけ滅入っていたたまれなくなるだけだと判決を下した一方通行は目を閉じ、そのまま無心
状態へと移った。



「………やっぱりねえ」


やがて浴室から戻った番外個体は、まず軽く溜息を吐いた。
予想を裏切る事なくソファーに寝転がったまま寝息を立てている一方通行の姿を見ながら。

60: ◆jPpg5.obl6 2011/03/21(月) 21:05:48.83 ID:po2DgXaE0

「何回言っても聞かないんだから……」

時期が時期だけに体調を崩してしまいかねないこの行為を番外個体は何度か咎めたのだが、寝そべると
浅い睡眠に陥ってしまうのはもはや性(さが)なのだろうか。

「風邪引きたいのかな、このアンポンタンは…」

しかし、今日に限っては何故かそんな彼を起こそうという気にはなれなかった。
彼の背景を自身の目で垣間見た影響なのか。それとも日頃から求めていた欲が沸点まで届いたのか。
どちらなのか判別できなかった。

それどころか、自分でも正体の良くわからない感情が膨れ上がってくる。悪戯心に近からず遠からずと
言ったところか。

「…………」

次の瞬間には物音を立てずに一方通行の眠るソファーまで接近していた。
殆ど無意識に。本能に従うままに。


「…………」


番外個体がすぐ傍まで来ても、一方通行の閉じられた瞼は開く気配を見せない。

おそらく、今目を開けたら彼はこの距離にビックリしてしまうだろう。
ついでに番外個体の格好は大き目のワイシャツ一枚と言ったこれまたお約束。縞模様のショーツは少し
下からだと簡単に覗けてしまう程度の長さしかない。

61: ◆jPpg5.obl6 2011/03/21(月) 21:07:54.53 ID:po2DgXaE0

おまけに湯上りという事でいつも以上に色っぽさが表れている。

自覚も持った上での行動か否かは不明だが、番外個体は何かを考えるような目で一方通行の傍で屈み、
その綺麗で白い寝顔を凝視した。


(……浅いからすぐ起きるかと思いきや、今日は中々起きないね)


探究心と好奇心、そしてそれらを飲み込む程の悪戯心が全身を刺激する。
ついでに一方通行の寝顔の可愛さに多少の母性本能もピンク色に刺激される。


(どうしよ……。とりあえず、頬っぺた抓まんでみよっかな)


そう思った直後にもう手が伸びていた。
まるで意思より身体が先走ってしまったかのように、手は少女が予測したよりも早く彼の美肌へ到達
した。


(うわ、スベスベ……なんてモンじゃないね。女の立場からしたら殺意モンだわこれ)


予想以上の好感触に憤りが生まれてくる。
中世的な顔立ちとは言え、男の肌がここまで綺麗だと女としての何かが暴落しそうだ。


(……考えたら、こうやって肌に触れるのって……初めてじゃん)

62: ◆jPpg5.obl6 2011/03/21(月) 21:11:57.34 ID:po2DgXaE0

一方通行の顔に初めて触れた、そう意識するだけで番外個体の顔が上気する。


(もしかしてミサカ……今、とんでもなく恥ずかしい事やってたりする!?)


普段の大胆さは鳴りを潜め、羞恥心と平行して生まれた背徳感に番外個体は静かに嘆息する。
急に何とも言えない虚しさが襲ってきた。


(……何やってんだか。やめやめ、さっさと起こそう。お風呂入らないまま寝るなんて不潔だし)


トントン、と起こすつもりで一方通行の肩を叩こうとして、番外個体の手が止まった。
彼女の心が、再び言い表せない躊躇いを見出していた。

勿体無いし折角だからもう少しだけ……。本能がまたそう語りかけているようだった。
冷めかけた心が、再び熱を持つ。落ち着いてきたはずの鼓動が、また―――。


(やっぱ……起こす前に、もっと近くで……)


そして挙句にはそんな事を考えながら、顔をそーっと近づけていた。
上気した顔は収まりを見せず、体温も更に急上昇していく。
何かのリミッターが外れそうになっていた。

 

64:   ◆jPpg5.obl6 2011/03/21(月) 21:16:04.11 ID:po2DgXaE0


(あ………)


一方通行の顔との距離が、気づけばもの凄く近くなっていた。少なくとも吐息が顔にかかるぐらいには。

しかし、離れようという選択は既に忘却の彼方へと葬り去られていた。それどころか更に顔と顔の距離
が縮まっていく。
心臓が更に鼓動を高める。呼吸が無意識の内に荒くなる。

自制心を完全に失った番外個体は虚ろだった目をスッと閉じ、一方通行の無防備な唇へ向けて――――




―――― 自身の唇を伸ばしていた。

65:   ◆jPpg5.obl6 2011/03/21(月) 21:17:33.13 ID:po2DgXaE0





「………なァ、こいつは起きたらダメなパターンか?」





「!!!!???」

66:   ◆jPpg5.obl6 2011/03/21(月) 21:20:10.30 ID:po2DgXaE0

番外個体の自我世界は、たったその一声で終焉を迎えた。
同時に彼女の中で流れていた時間が全て停止する。


「オイ……、あー……ダメかこりゃあ」


目をカッと見開いたまま硬直中の番外個体に一方通行はボリボリと頭を掻く。

「っと…」

そしてそのまま起き上がり、フリーズした番外個体の頭を軽く小突いてやる。

「イテッ!?」

「寝込みを襲うたァ、なかなかやるよォになったじゃねェかよ。弁明ってのがあるンだったら一応聞いて
 やっても良いぜェ?」

「う……うぅー……///」

これ以上のバツの悪さはないであろう。番外個体は小突かれた頭を押さえたまま何も発せなくなってしま
っていた。
普段では決して有り得ないしおらしさが迸っているが、それを可愛いと素直に表現する一方通行ではない。


「言うまでもねェ、ってか? ならコッチから訊ねさせてもらうが、オマエは今俺に一体何をしよォとし
 てたワケよ?」

67: ◆jPpg5.obl6 2011/03/21(月) 21:21:43.67 ID:po2DgXaE0

鬼だ。Sだ。鬼畜だ……。素直に番外個体はそう思った。おずおずと一方通行の顔を見る。今の彼はすごく
意地悪そうな顔をしていた。


「………いつから起きてたのさ?」

籠もった声しか出なかった。これほど最高の気まずさが漂っているのでは致し方ない。
もっとも、一方通行はそんな彼女を弄り甲斐がありそうだと断定したのか、ニヤニヤと楽しそうな表情を
浮かべている。

「さァなァ。だが、オマエが音も気配も出さずにコッチへ来てたのは分かってたぜ」

「だったらどうして起きなかったのさ……?」

「そっちの方が面白そォだったから」

キッパリと断言された。
結局は一方通行に踊らされたに等しい、そう考えると今度は頭に血が昇ってきた。

「………ッ、この…っ」

「あン?」

顔を伏せたままプルプルと震え、拳を堅く握る番外個体に一方通行は悪寒を感じた。


「変 悪趣味野郎がァァあああああああああッッッ!!!!!」


もうどうなろうと知ったことではなくなった。

68: ◆jPpg5.obl6 2011/03/21(月) 21:23:57.21 ID:po2DgXaE0


「げぶッッ!!!?」


とりあえず手元にあったクッションを掲げ、一方通行の頭へ向けて力いっぱいに振り下ろした。

その後、怒りに身を任せたまま暴れ狂う番外個体を宥めるのに三十分、更には機嫌を直させるのに二時間も
費やす一方通行であった。
流石にこれには猛省が必要だという意見が殺到しそうだ。

80: ◆jPpg5.obl6 2011/03/24(木) 19:29:12.57 ID:5d+QSx4c0

―――

(疲れた……。何か知ンねェがとにかく疲れた)


一方通行による本気の謝罪の果て、ようやく機嫌を直してくれた番外個体。
とは言ってもまだ頬は軽くだが膨れている。

ひと悶着、というか一方的な呵責の図により疲弊しきった一方通行はふと時計に目をやる。
針は午前0時を指していた。時間の流れる感覚を取り戻してみると結構過ぎていたようだ。

にしても、まだ床に就くには些か早い。


「なァ、オマエは昼間とかどォしてンだ?」


なので、適当に話題を振って時間を潰そうと一方通行は計った。

「えっ? あなたが出かけてから? ……そうだねぇ、暇だからその辺ブラついてるのが多いかな~」

番外個体は人差し指を意味もなく下から顎に当て、考えるような素振りで答えた。
不機嫌な面は取り敢えず鎮まったらしい。

「あぁ、そうそう! それであなたに相談があったの忘れてた!」

突如、思い出したと言わんばかりにポンと手を叩く。

「相談? 俺にか?」

81: ◆jPpg5.obl6 2011/03/24(木) 19:31:21.65 ID:5d+QSx4c0


「あなた以外に誰がいんの? ……まあいいや。でね」


どうでもいい事を除いては脱線が嫌いで単刀直入が売りの番外個体。
彼女の瞳は隣のソファーで疲れを癒す一方通行の目を真っ直ぐに見据えた。

そしてこう頼む。


「ミサカのIDっての? あれ、できるだけ早急に発行してもらえる?」


「……は? 何に使うンだよそンなの。っつかオマエ」


間髪入れずに訊ねようとするが、番外個体がそれを拒否するように遮った。


「あとあと! ついでにもう一つお願いなんだけど―――」


「?????」


一気に畳み掛ける戦法はどうやら有効だったみたいだ。
これにより、一方通行は完全に話の腰を折るタイミングを失ってしまう。

82: ◆jPpg5.obl6 2011/03/24(木) 19:32:39.39 ID:5d+QSx4c0

―――


そしてそこからしばし時は進み、時間は悠に深夜帯へ突入していた。
丑三つ時を迎える頃、ようやく二人は就寝の準備に入る。


「~~~♪」


番外個体が上機嫌に見えるのは決して気のせいなんかではない。ちゃんとした理由が実はあった
りする。

「……昨日も訊いた気がするが、何でンな嬉しそうなンだよオマエ」

「ん? そりゃあなたのワイシャツ………って、やっぱなんでもなーい☆」

「………乙女ってのはよくわかンねェわ。そンなに俺のお古が気に入ったのかァ?」

「あなたのサイズだとミサカでも大きすぎないし、着やすいんだよね♪ あ、でもやっぱり男の
 服借りた時って、ダボーッてなっててガバガバしてた方が正直理想的かな」

そこでジーッと細い目を向けられても対応に困る。

「悪かったな細くてよォ………。どォせ俺には包容力もオマエを抱擁しきれるサイズの服も残念
 ながら持ち合わせてねェよ」

83: ◆jPpg5.obl6 2011/03/24(木) 19:35:16.01 ID:5d+QSx4c0


自嘲的に吐く一方通行に一応のフォローが与えられる。

「まあまあ、そう悲観しないでさ、少しは身体鍛えるなりして筋肉つけよう、肩幅も広げて腕も
 太くしよう、って心境には至らないワケ? ビルドアップされすぎるのもイヤだけど、今の時代
 はだんぜん細マッチョでしょ。細すぎるあなたはまずそこを目指すべきだとミサカは思ってみた
 りするんだけどさあ、これを機にしてみてはいかが?」


「……文句あるンだったら着なくてイイぞ?」


寝る前は本当によく喋る女だ。
しかしそれに付き合うのもやっぱり悪くない。それどころかこうでなければ彼女じゃない気がして
逆に自分が落ち着かなくなってしまうくらいだ。
何とも言い難い複雑な気分だったが、そいつもすっかり慣れてしまった。
今では全てが当たり前に輪廻している。

身近なところにこそ幸せは溢れている。一方通行に限ったことではないが、それを忘れてしまえば
いざ失った時の自失は計り知れないものとなる。
だから、一方通行はこの何の変哲もない普段通りの時間が結構好きだったりする。

夜のピロートークと表記するにはほど遠いが。


「ミサカの裸体(ストリップショー)でも見たいの? 意外だねえ、こんなムッツリさんが現代に
 もまだ残留してたとはさぁ。男だったらハッキリ『脱げよ』の一言だけで決めてみな? そうす
 りゃミサカのドス黒いハートも多少はグラつくかもよ?」

84: ◆jPpg5.obl6 2011/03/24(木) 19:37:38.38 ID:5d+QSx4c0



「色々とツッコミてェ部分はあるが、俺が買ってやった寝巻きあンだろォが。あれは着ねェのかよ?」


そこでどうしてか「有り得ない!」って顔をされた。


「ぶっひゃあ、馬鹿言わないでよ! 誰があァんなだっっっせェェェの着るかっての!」

「……強調しすぎじゃねェの?」


心底嫌なのが声のトーンで分かる。ジェスチャーも一層拍車が掛かっていた。
番外個体用に自分が選んだパジャマは何故か大が付くほどの不評だった。何でも模様がもうすでに
イケてないらしい。
一方通行にはちっともそうは思えなかったどころか、むしろ自分も同タイプの物まで欲しいとか思
ってしまった(メンズ用)ただけに、これには少々ショックを受けた。確かに人によって趣味趣向
は異なるのかもしれないが、“何もそこまで否定しなくてもいいのでは?”と一方通行は嘆いた。

初めて自身のセンスに自信がなくなってしまうくらいはボロクソに言われたと解釈していい。

 
「………何が気にくわねえっつーンだか」


「自分が今着てるシャツにでも相談してみれば?」


そんなことで納得ができる筈もなかったし、己の趣向を改めて検討するつもりもなかった。

85: ◆jPpg5.obl6 2011/03/24(木) 19:42:01.13 ID:5d+QSx4c0

腑に落ちないまま定位置のソファーで横になり、毛布を被る。
このソファーがすっかり彼の寝具と化していた。一つしか配置していないベッドは番外個体に謙譲…
いや、仕方がないから譲ってやっているという事にしておく。
別段、紳士など気取ろうとも思わないが、彼女のための自己犠牲を厭わなくなった今では大した苦の
内にも入らなかった。

ちなみに、彼には一つだけどうしても気に掛かっている事柄がある。


「……………」


その事柄とは、消灯した後に番外個体がスヤスヤと眠るベッドを見れば明白だった。


(……まただ。やっぱ不自然だよなァ、これ…)


この日もどうやらそうだったみたいだ。




(なァァンでこのアマはいっつもベッドを半分空けてやがるンだァ!?)




わからない、と言えば嘘だ。
可能性などすぐに想像がつく。だが確証はない。

86: ◆jPpg5.obl6 2011/03/24(木) 19:43:34.27 ID:5d+QSx4c0

(やっぱそォか? それはつまりそォいう意味なのか? “さっさと入ってこいよこの意気地なし”って
 俺に対して向けてるメッセージか何かかァ???)


このベッドはダブルではなくシングルだ。普通に彼女が寝ればベッド全域は確実に埋まっている。


……筈なのだ。


(………アホらし。仮に百万歩譲ってそォだとしても、俺にどォ応えろってンだ…)


根性なし、腰抜け、就寝中の番外個体の背中は一方通行にそんな事を言っている気がした。

一度起こした体を再び寝かし、さっさと意識を闇に落としてしまおうと一方通行は目を瞑る。
体の向きも、敢えて番外個体とは逆方向なのがどこか憎めない。



「……………」



どうする? どうアクションを起こす?
このままでは時間だけが無駄に過ぎていくだけだ。

87: ◆jPpg5.obl6 2011/03/24(木) 19:46:15.98 ID:5d+QSx4c0

選択肢は二つ。

確信の持てない誘いに乗ってみるか、昨日と全く同じ要領で目を閉じ、意識を落とすか。

しかしながら、頭の中が悶々としたまま今日も安眠できるかと問われれば自信が持てない。


「…………」


一度だけ、生唾をゴクリと飲み込んだ一方通行は、



「……邪魔、すンぞ」



遂に壁を超え、最初の第一歩を踏み出した。
今夜はいつもよりほんの少しだけ長くなりそうだ。


「………寝ちまってンのか」


向こうを向いたまま安らかで規則正しい呼吸音を立てる番外個体。
現在、彼女との距離は数十センチもない。

88: ◆jPpg5.obl6 2011/03/24(木) 19:53:13.82 ID:5d+QSx4c0


(我ながら情けねェ話だな。これじゃあ誘惑の餌に釣られてるも同然じゃねェか)

(こいつがそンなつもりでスペースを空けてたっつう確証なンざ、どこにもねェってのに……)

(朝こいつが目覚めた時の反応が、おっかねェなこりゃ)


背中を流し目で見ながら危惧するが、こうなったらもうこのままここで寝てやると決めた。
目が覚めた途端に罵倒される覚悟も決めた。後戻りするつもりはない。


「寝るか……」


天井に目を戻し、一言呟いて瞼を閉じる。そうだ、今の日常を自身の手で狂わす意味がどこに
ある? 何もなくて何が悪い?
欺瞞と捉えられても文句は言えなかった。
外野ども、何とでも思えばいい。俺は寝る。とばかりに一方通行はまどろみ始める。

が、


「……ッ」


視界が暗くなってようやく、一方通行は鼻腔をくすぐる甘い匂いに気づかされた

89: ◆jPpg5.obl6 2011/03/24(木) 19:54:32.09 ID:5d+QSx4c0

その正体は、番外個体の髪から漂うシャンプーの香り。
更に今まで特に意識した事も無かった女の子特有の優しい香りとブレンドされ、何とも魅惑的な
空気が彼の周りには漂っていた。

目を開けていない分、鼻は特に敏感なのが酷く恨めしい。

一方通行は嫌でも気持ちの高ぶりを抑え切れなかった。理解不能な感情が胸中を渦巻き、意識は
薄れるどころか更に活性化されていく。


そして、匂いが一層強まったかと思った矢先、すぐ横で何かがモゾッと動く音を聞いた。



「遅いよ……」



次に聞こえたのは、囁き声。吐息が掛かる程に近い耳元で、細く小さな甘い声。
声の主など問うまでもなかった。

無意識に身体がピクリと反応してしまう。


「……ンだよ、起きてやがったのか」


開いた目の焦点を、真横の少女へと合わせる。

90: ◆jPpg5.obl6 2011/03/24(木) 19:56:12.88 ID:5d+QSx4c0


ようやくそこで二人は向かい合った。
艶やかさを纏う番外個体の顔が瞳に映る。

「今日もコッチ来ないかと思ったけど……たまには夜更かしも悪くないね」

「回りくどい野郎だ。一緒に寝て欲しいンなら最初っからそォ言えっての」

「言葉よりは分かりやすい合図だったと思うけど?」

「……ンなの、分かるわきゃねェだろォが」

小さな会話がひとつのベッド上で繰り返される。
消灯後の静寂な空間で二人の声が交互に木霊する。


「…………」


しかしそれがふと止んだ時、気まずい空気が突如として発生する。
二人に置かれている今の状況ではどう足掻いても自然と意識してしまう。
耐え難い時間というものは何故こんなにもゆったりと流れるのだろう?
今の二人には到底答えられないテーマだ。



「………ね、もう少し……そっち寄っても…………いい?」


91: ◆jPpg5.obl6 2011/03/24(木) 19:57:56.26 ID:5d+QSx4c0


沈黙を嫌うように進言した番外個体の顔は、暗闇で見づらいものの確かに赤らんでいるのが分かる。
赤裸々な申し出に、一方通行は短い返事で応えた。


「………おォ」


「ん……しょ」


その直後、無音空間にズリッ、と布を擦るような音。より明瞭に伝わってくる生温かい吐息。
平静を装う一方通行だが、内心の胸の高鳴りだけはどうにも抑えきれない。操作範囲外のベクトル
が、今こうして自身を苛んでいる。

殺戮と破壊に慣れた身体も、妙な緊張のせいで全く動かせなかった。

互いに卑 な表現に対して免疫はあった筈なのに、男女として一つの寝具で向き合った途端この様
である。番外個体も一方通行もこんな大事な場面で碌に頭が働かない自分を軽く呪う。

「ねえ、なんか喋ってよ……」

でないと不安になる、と言いたそうな表情。

「さっさと寝ろ。……絵本でも読ンでやらなきゃダメか?」

吐いた後で自らを殴り飛ばしたい衝動に駆られる。もっと言い方ってもんがあるだろ……! と、
脳内で頭を抱える。

92: ◆jPpg5.obl6 2011/03/24(木) 19:59:37.55 ID:5d+QSx4c0

しかし、番外個体は挑発的なセリフに応じなかった。

「確かにミサカは末っ子ってか、一番子供なのかもしんないけどさ……。それでもミサカのことを
 ちゃんと意識してるんだよね…?」

「なに……?」

意味が理解できず、番外個体へ逸らした顔をもう一度向けた。
自責の念に溺れている暇などなさそうだ。


「だって、あなたちょっと震えてるよ?」


照れたような顔でそんなことを言われてしまった。


「!?」


「あははっ……参ったな。こっちから誘っといて悪いけど、ミサカったら柄にも無くガチガチでさ。
 どう対処してやったらいいか全然わかんないや」

「………オマエ」

「でもでも、せっかくこうして一緒の布団で包まっちゃってるワケだしさ………このまま寝るって
 のはさすがに無いんじゃない?」

93: ◆jPpg5.obl6 2011/03/24(木) 20:01:52.17 ID:5d+QSx4c0


吹っ切れた表情と言葉が一方通行を崖際まであっという間に追い込んでいく。
先に気分を割り切らせ、開き直れた方が勝ちだったこの一戦に一方通行は完全に気後れした。




「だから…ね、こういう時はその……お、男のあなたがミサカを上手くリード……してよ?」




「――――!!?」



ナニヲイッテイルンダコノオンナハ?

94: ◆jPpg5.obl6 2011/03/24(木) 20:05:07.84 ID:5d+QSx4c0


一瞬、現実が現実でなくなるような錯覚を受けたが、すぐさま頭の内部で状況整理が展開される。

いや、もうそんな必要もない……のか?

吃りながらだが、ハッキリと明言されてしまったというのに?

ここまで言われてしまって引けというのか? 仮にも自分は男ではなかったのか!?
いやしかし、このまま流される形で自制を捨ててしまうのが果たして本当の男であるべき姿なのか?


一方通行はこれまで以上の混沌を味わっていた。


勝負の時は今しかない。いや、男を証明するには今しかない!
どこからかそんな声が聞こえてきそうだった。

しつこいようだが、一方通行はこういったピンク一色の行事がまだ未経験である。
だからこそ慎重に、確実に発生源を予知して上手く回避してきた。
そもそも番外個体とはそんな間柄で一緒に暮らしているわけではなかったはずである。
しかし、ある日を境にその信念が薄らいでいってる自分もいた。
彼は番外個体をどう思っているのか。どんな関係を築いていきたいのか。それ以前に今、彼女とは
一体どういう関係なのか。
端からだと恋人にしか見えないだろう。共同生活時間が長くなるにつれ、カップルというのは各々の
異なるオーラのような風格が出現する。喩えるなら愛し合う者同士は常に一緒が当たり前。故に二人
で一つという外観的イメージがその“風格”と一致する。
実際この二人も、“風格”が既に出来上がっているのだ。

ただ、明確な言葉に出していないというだけのことだ。

95: ◆jPpg5.obl6 2011/03/24(木) 20:07:08.33 ID:5d+QSx4c0

しかし、一方通行には躊躇う理由がもう一つだけあった。それも決定的で致命的且つ、番外個体には
絶対に知られてはならない理由が――――。


むしろ、番外個体との夜の営みに踏み出せない根源と言ってもいい。
そしてこれは完全に彼の中だけの問題であった。番外個体に非は一切ないし、相談したとしても彼女を
困らせてしまうだけだ。
たとえ魅惑的な誘惑を受けたとしても、この問題が自分の中で解決できない限りは流されてしまうわけ
にいかない。


「……! ……!」


結果だけをザッと報告すると、この日は一方通行の完全な敗北に終わった。
だが、これで終わりなど誰よりも一方通行自身が認めようとしないだろう。
ともあれ、いずれ早い内にキッチリと決着はつけねばなるまい。いつまでも番外個体の誘惑から逃げ続け
られるとは思っていない。そろそろ限界か、と一方通行は内心で悟った。


彼女の気持ちにハッキリと応えて、本当の意味で安心させてやらなければならない。


何にせよ、次の日の延長線(予定)に期待である。

108: ◆jPpg5.obl6 2011/03/27(日) 19:08:11.85 ID:iXOBvddM0


◆ ◆ ◆


朝、一方通行と番外個体が仲良く(?)暮らす新居から話は続く。


夜が明け、いつもと変わり映えのない今日が始まりを告げる。
外から射しこむ陽射しが、目覚まし時計の代わりを務めた。

眠い目を擦りつつ、一方通行は隣りで眠り続ける番外個体を起こさないように気を払いつつベッドの
上からフローリング式の床へ足を着ける。

いつもはダラダラと寝て過ごすのが習慣なのだが、この日は時間的に早めの仕事が入っているため、
午前九時の段階で起床しておく必要があるのだが……。
気だるさや二度寝したい衝動との戦いはやっぱり辛い。人間が持つ複数の『欲求』の中で、彼が最も
欲して止まないのは睡眠欲だ。

ふと、後ろを向く。そこには何とも憎たらしい番外個体の寝顔だけが映っていた。
彼女を見て、昨夜の最悪な悲劇を思い出す。
封印できたらどんなにいいか、とか考えても所詮無意味にすぎない。

気分を切り替え、着替えやら洗顔やらに移る。別に過ぎたことを悔やんでいるわけではないが、この
ままでは調子が戻りそうにない。今一方通行に求められているのは、早期適応力だ。
振り回されるのが嫌なら性分にも逆らえる順応性を身につけなくてはならない。


「…………」


まだ自分を捨てるのはちょっと難しいみたいだ。

109: ◆jPpg5.obl6 2011/03/27(日) 19:09:01.61 ID:iXOBvddM0


結局昨日は据え膳だった訳だが、あと一歩のところで彼は正気に戻ってしまった。
良く言えば誘惑に打ち勝つ強靭な精神、悪く言えばヘタレ。

しかし、既存の事実だが理由はある。例えて挙げるなら、睦事にまで至るにはそれなりのタイミング
またはムードというものが存在するのだ。
今日みたいな午前中からの活動予定を翌日に控えていては気持ち的に微妙である。
まるで性生活不充実の夫婦の旦那のような言い訳だが、彼としても本能に流されたまま一線を越えて
しまいたくはない。相手が番外個体なら特に。
こういう時だけは己の成長バランス不具合に感謝もできる。男性ホルモン健全なそこいらの人間なら
今頃すっきりテカテカ、精を存分に吐き出しましたという顔で朝を迎えている筈である。

性ホルモンが狂った一方通行だからこそ、番外個体の誘惑に流される形には至らなかったのだ。
勿体無い気がしないことも無いが、やはり昨日はやめておいて正解だと思い知った。初夜が女側から
のアプローチとうのは何か癪に障る。



それに――――――実際のところ、些細な材料を何個挙げても相比にならない事情だって持っている。



と、まあこんな風に出かける支度をしながらも弁解を止めない一方通行。ちなみに、彼のように特殊
な境遇でなくても女の子と同じ屋根の下で二人きりなのに一線を越えずにいられている英雄が知人の
中に約一名実在するが、一方通行は彼のそんな情報までは知らなかった。

一見すると一方通行の勝ちに思えるこの始末、実はしっかりと裏が用意されていた。

番外個体のフェロモンにより発生したなけなしの煩悩を振り払えたはいいが、その代償は決して小さく
はなかった。と言えば伝わってくれるだろうか?

110: ◆jPpg5.obl6 2011/03/27(日) 19:11:47.02 ID:iXOBvddM0



「………馬鹿ヅラ垂らしてそのまま寝てろ。クソったれの小悪魔が」


身支度をひっそりと済ませ、捨てゼリフのように言い残してから部屋を出る。


(眠ィ……っつか、やっぱこの時間帯は寒いなァ。仕事なンかしたくねェ、ってヤツの言い分も今なら
 少しだけわかる気がすンぜ…)


ぼんやりとそんなことを思いながら一方通行は通学する学生集団の波を掻き分ける。杖の音が鳴る度に
周りの人口も自然と増えていった。
面倒事を抱えた時に出る癖が無意識に表れている。

陽射しを嫌う吸血鬼みたいに目を片手で覆いながら、一方通行は朝の雑踏へと消えていった。



―――



学校だらけの学園都市、その中でも上位の部類に入る名門校の一つに常盤台中学の名がある。
一言で述べればお嬢様だらけの女子校で纏まるが、世間のイメージと現実の違いは優しくもあり、時に
残酷でもあった。

何を隠そう、それを立証できる一番の存在がこの学校の『エース』なのだから。

111: ◆jPpg5.obl6 2011/03/27(日) 19:14:13.75 ID:iXOBvddM0


時を遡ること一月半ばかし前、この学校は普段とは全く違う、望まれぬ形で世間からの注目を浴びている。


『常盤台が誇るエース・御坂美琴の失踪事件』


校則、寮則の厳しい常盤台の生徒が何の連絡もなしで数日間行方知れずになるのは中々の大事だった。
ましてやそれが学園都市第三位の超能力者ともあれば余計に事は膨れるのも仕方が無い。

だが、少し前にそんな事件があったとは思えないほど今の常盤台中学は通常授業だった。

様々な事情が見え隠れしているが、無事に復学を果たした美琴の精神を汲もうという結果に結局は収まった
らしい。今日も彼女は慕ってくれている後輩や級友なんかと登校し、授業を受け、充実した学校生活を送る。

その通学途中にツンツン頭の高校生が視界に入るのも、今や日常の一部である。
もっとも流石に以前みたいな“電撃ビリビリおはようございますおんどりゃあ!”みたいな展開にまで及ば
ない。節度と耐性は時間の経過と共についてくる。朝の二人の日常風景がそれを証明しているようだった。


「お、おはよう」


「ん? あー、御坂か。おはよ」


至極普通にこれと言って全く当たり障りのない挨拶から始まるのも、こうして思えばかなり時間が掛かった
気がしなくもない。上条当麻は相変わらずダルそうに通学しているし、御坂美琴は相変わらず後輩の夜  
に悩まされていた。普段と特別変わりない景色もちゃんとそこに実在している。

112: ◆jPpg5.obl6 2011/03/27(日) 19:17:01.73 ID:iXOBvddM0


「あれ? 今日は白井と一緒じゃないのか?」

その後輩がいつもと違って不在なことから上条は話題を振る。

「黒子なら今日日直だからって先に飛んでったわよ」

「ふーん………。あ! 昨日メール返せなくて悪かったな。つい寝ちまってた」

「あぁ、まー良いわ。そんなこったろうとは思ってたし。ってかアンタ、寝るの早くない? 前から言おう
 とは思ってたんだけどさ…」

「昨日も色々あってさ、帰りが遅くなって疲れてたんだよ」

「また人助け? はぁ……いい加減学習しなさいよね~」

「…………」

「無言ってことは……当たってた?」

「そんな大したアレじゃねえんだけどな、スーパーの帰りにちょっと女の子が――――」


ブラブラと喋りながら歩く二人。
いつの間にか習慣のような自然空間がそこには生まれていた。

やがて、そんな和やかムードも分岐点に到達してしまう。
美琴が少しだけ残念そうな表情を見せたのが印象深い。

113: ◆jPpg5.obl6 2011/03/27(日) 19:22:16.74 ID:iXOBvddM0


「―――じゃ、またな」

「……えぇ、またメールするからちゃんと返事しなさいよ?」


最後は大体こんな別れ方だ。こうして二人は各々の学習の場へと足を進める。
後輩の白井黒子がいる時よりはゆっくり話せた。それだけで美琴は終始ご機嫌な態度で授業に臨めた。
対するツンツン頭の高校生、上条当麻は予鈴の前に健康オタクでもある吹寄制理の逆鱗に触れ、額と額が
鳴らす鈍い鐘の音を聞いた。


やはり、いつもと変わらない平穏な日常が一番である。
今日もこのまま、何事もなく一日が過ぎていく。別々の通学路を歩く二人はそう信じていた。
同時に、“そうあって欲しい”と願っていた。



―――



一方通行が外出して三十分後に起床した番外個体は病院にやって来ていた。
起きても一方通行が居なかったことに対しては事前に聞いていたから特に何とも思わない。
終わり次第に連絡をくれるらしいので、その後は合流するつもりでいた。

しかし、その前にしておかなければならない事がある。

定期調整が必要なクローン個体に今や例外なし。無理な成長促進と知識導入により短命な肉体を補うために
番外個体も今こうして通院を余儀なくされている。
自意スペックが低下していた時とはもう違うのだ。ただ電気信号の傍受不可によって脳の負担が失効したため、
調整自体は他の妹達より楽になったと言える。

114: ◆jPpg5.obl6 2011/03/27(日) 19:23:54.22 ID:iXOBvddM0


病院の待ち合いロビーを素通りし、真っ直ぐに目指すは特殊患者専用の病棟だ。彼女ら妹達の担当医である
カエル顔の医者は大抵そこにいる。

一般患者で賑わう領域から一転して静けさ漂う中、番外個体はわき目も振らずに目標地点へと足を運ばせた。


「やあ、来たね」

「やっほう。また世話掛けるけどよろしくね」

「うん、準備は整っているよ。開始前の確認が終わるまで少し待っていてくれ」

入室した番外個体にそう言いながら冥土帰しは機器の再確認を済ます。
彼の隣りには同軍用クローンであり、姉の立場でもある妹達の一人が佇んでいた。

「番外個体……、こんにちは。とミサカは最低限の礼儀で挨拶します」

「時間的にはまだ“おはよう”でいいんじゃないかな? えーと……あなたは何番?」


「ミサカの検体番号は19090号です……とミサカは控えめに自己紹介します」


おどおどしていて落ち着きを感じさせない個体なのは一目で判る。
そして、番外個体はこの個体に会うのが初めてという訳ではない。ただネットワークから隔離されたから
検体番号の分別ができなかっただけの話だ。

115: ◆jPpg5.obl6 2011/03/27(日) 19:26:32.35 ID:iXOBvddM0


「あー、スリムちゃんか。雰囲気からそんな感じしてたけど一応確認しただけだから気ぃ悪くしないでね」

「いえ……気にしてません。と、ミサカは首を横に振ります。あと、このミサカは少し痩せているという
 だけで別段“スリム”ってわけでは……」

だんだん語尾が小さくなるのもこの個体の特徴である。彼女は番外個体に対してあまり良い印象を持って
いないのは何となく窺える。言い換えれば“苦手なタイプ”なのだろう。一万近くいる個体も今現在では
趣味や性格などがそれぞれによって異なっている。要するに個性がついているのだ。

「あなたも今日が調整日?」

「は、はい……とミサカは肯定します」

「奇遇だね。ミサカもだよ」

「そ……そうなんですか。とミサカは偶然を軽く呪います……」

「うーわ、相変わらず暗いね~。まぁーた他のミサカに虐められたの?」

「いえ……、ミサカはダイエットのコツとかをしつこく追求されているだけで、決してイジメなどは…。
 でも最近は辟易しているのも事実ではあります。とミサカはストレスの増加を素直に告白してみます」

ため息一つでも彼女の疲労困憊ぶりが予想できる。
番外個体も僅かな憐れみの視線を送ったが、ここは無難な言葉を選ぶ事にした。


「妹達同士、仲良くしないとね。同じ顔の喧嘩とか争いとか想像したら中々不気味な絵になるし。ミサカ
 が言うのも変だけどさ」


116: ◆jPpg5.obl6 2011/03/27(日) 19:27:19.91 ID:iXOBvddM0


番外個体は妹達の伸びた個性についてあまり気にしない。何しろ彼女みたいな引っ込み思案タイプは一々
言及するだけ疲れるのだ。
適当に割り切って接すれば何の問題も生じないし、苛々も溜まりはしない。
ネットワークに頼れない以上、こういった観察力と人を見極める勘を鍛えなければ妹達とのコミュニケー
ションは難儀してしまう。なので、少なくとも妹達の中での彼女は“接しやすい”イメージが広まりつつ
あった(それでも言動や性格の面から19090号は彼女が苦手らしい)。

ちなみに、打ち止めは見た目などのハンデを考慮した上で対象外と言う事にしておく。


「じゃあ、しばらく一緒だね。よろしくっ☆」

「い、いえ。こちらこそ……とミサカは…」 


よろしくと言っても調整中は会話できないし、たまたま同時期だっただけのことだ。が、19090号の性格
では披瀝するまでに至らなかった。
それから何回かの言葉を交わした後、冥土帰しが彼女達に声を掛ける。


「確認したところ、特に問題はなさそうだね。ではそろそろ始めようか」


この瞬間から、番外個体と19090号の二人は少しの間だけ自由を失う。


―――

117: ◆jPpg5.obl6 2011/03/27(日) 19:29:24.73 ID:iXOBvddM0


―――


一方通行は第○○学区の演説会場にいた。
勿論私事ではない、仕事だ。
今からここで公演する予定の人物に暗殺予告が届いていたのだ。一方通行の任務は暗殺者の捕縛である。
ちなみにその人物とは行政関係の長に就いているらしい。興味のない一方通行は餌(おとり)について
そんな程度の情報しか知らなかった。
これまでの方針から逸脱した仕事内容に思えるが、実は標的とされている人物が都市内でも重要な位に
就いていることもあって、暗部としてはこれ以上ない人材を派遣するのが自然だった。
……いや、暗部という表現は最近まで用いられたが、正しく言うと今は違う。
撤回するが、そもそも“これまでの方針”という言い回しすら今となっては不適合なものでしかないの
かもしれない。

一方通行は闇に現在もこうして身を置いているが、実質暗部という立ち位置で動いているのは一方通行
を例外とした“鎖なき人種”。要は学園都市に弱みを握られていない人々を意味する。
それ以外の訳あり境遇者は闇からの撤退を通告された。そしてこれを仕向けたのも一方通行だ。

現に彼が所属していた『グループ』も四日前に解散した。

もう一方通行以外の面子には闇で戦う理由がなくなった。少なくとも一方通行はそう思っていた。

一方通行は自分だけ闇に残って戦い続ける旨を結局最後まで彼等に語らなかった。話していたらきっと
あいつらは自分を許さないだろう、そう確信できた。仕事に対しては冷徹でも、根が悪い人種でない事
はとっくに知っている。一方通行一人だけ闇の犠牲になるような展開を彼等は絶対に喜ばないどころか、
下手をすれば統括理事に殴りこみすらかけかねない。それらも総合的に考慮した結案だった。

もっとも、やたらと物知りすぎる“約一名”にはお見通しなのかもしれないが、わざわざ確認などする
必要も無い。実際同僚と言う関係ですらなくなった彼がどのような行動を起こそうが、一方通行は干渉
しようと思わない。今の自分にとって有害となる立場に回った時は躊躇せずに排除する覚悟も既に決め
ていた。

118: ◆jPpg5.obl6 2011/03/27(日) 19:31:47.39 ID:iXOBvddM0


動く時は専ら単独のせいか、大胆な方法も多少は目を瞑れるようになった。寧ろ以前よりも仕事に支障
が派生しない。
それもそうだ、やはりこういうのは一人の方が向いている。ましてやまだこんな事を続けている理由の
大半が私情である以上、他人の介入はあまり認めたくない。

が、このまま堕ちるところまで堕ちるつもりもなかった。
すべての吐き気の元凶をこの手で根っこから毟り取り、護りたい少女達の未来が確約したと判断できた
その時こそ、自分は闇から本当の意味で抜け出せるんだ。一方通行はそう信じていた。
そう。いつか、きっと。


無言で表情を引き締め、気持ちを入れ替える。
今は仕事の最中だ。未来を夢見て思い浸っていい時ではない。
遠くからの狙撃が定番だろう、と一方通行は大衆に紛れつつ周囲に目を配った。

(果たして、今回はスカかヒットか……)

学園都市の中で如何わしい計画を企てているチーム関連ならヒット、私怨などによる単独犯ならスカだ。

(どっちかは判らねェが、見せしめが目的なら今が絶好の機会だ。これだけ聴衆がいりゃ紛れて逃げる
 のにも適している)

いつでも最強の能力を得られるよう、チョーカーのスイッチに右手を添える。
警戒心もゆっくりと強まっていく。
一般人が多いこの場所ではあまり無茶はできないが、そこら辺はどうにかするつもりだ。

狙われている説者の方は若干汗ばんでいる。力の籠もった演説で体温が上がっただけではない。それは
説者本人と一方通行しか知らないことだ。

119: ◆jPpg5.obl6 2011/03/27(日) 19:35:39.35 ID:iXOBvddM0


そして、“その瞬間”は余もなく訪れる。


「――――ッ!?」


公演も終盤に差し掛かり、このまま滞りなく終了するかと思った矢先に事件は起きた。

パァン! と乾いた銃声らしき音が聞こえたと同時に演説が止まる。


「……!!」


悲鳴があちこちから響く中、演説者は血の流れる胸を押さえたままその場に崩れ落ちた。

一方通行はチョーカーのスイッチを能力使用に切り替え、突然の出来事にざわつく人々の包囲から縫う
ように抜け出す。音がした方向から空気の流れを原則に狙撃ポイントを割り出さなくては、逃走を成功
させてしまう。迅速な行動が求められていた。

しかしながら。

内容はあくまで暗殺実行犯の捕獲。暗殺阻止が目的ではないが、眼前で撃たれた人間を見殺しにするの
も後味が悪い。
移動しながら救急車の手配だけは済ます。あとは生き残るも死ぬも本人の気力次第だ。
取り出した携帯電話を乱暴にしまい、再び神経を集中させる。
風や気圧の乱れた発生地を精密に辿った末、幾つか並んだビルの一つまで絞れた。

距離的にも手頃といえば否定できない位置だ。

120: ◆jPpg5.obl6 2011/03/27(日) 19:37:41.47 ID:iXOBvddM0


まあ大体そんなところか……。と、一方通行は鼻息を短く吹いた。


「思ったよりか離れてねェな」


口元をニヤリと吊り上げ、狙撃地点と思われるビルの屋上へと一直線に跳躍する。
一般人の目線は撃たれた演説者に集中しているのを利用した大胆な算段に狙撃手は虚を突かれた。


「!?」


銃身の長いライフルをしまおうとした所で狙撃手は硬直した。
いきなり下から飛び出し、楽々と同じフィールドに着地されては無理もない。


「さァてと、あとは結果発表待ちみてェなモンか? しっかし骨がねェ。近頃はこンなンばっかで
 本当うンざりしちまうぜ」


ハァ、と頭を掻き乱しながらの気だるそうなため息。
能力発動の絶対条件であるチョーカーのスイッチを通常モードに戻し、隠し持っていた拳銃を取り出す。
もう超能力などこの段階では不要だ。
そして呆然自失状態の暗殺犯へぶっきらぼうに滲み寄る。
思っていた以上にあっさりと片付きそうな事には違和感が残るものの、その後も難なく遂行できそうだ。


ちょっと、いや正直かなり拍子抜けである。

121: ◆jPpg5.obl6 2011/03/27(日) 19:39:10.23 ID:iXOBvddM0


―――


授業時間は何の滞りもなく過ぎ、時計は下校時刻に差し掛かっていた。
帰宅する学生が続々と増える中、プラプラと鞄を肩に掛けたままスローペースで歩く上条当麻。

欠席期間が長かった彼には補習でも補えきれない程の課題が付録つきで押し寄せてきたが、本日は
久々の定時下校を許可された。

また明日からは通常通りの放課後補習生活だと考えるといつにも増してやる気が起きない。もう慣
れてしまったとはいえ。

(休み明けが一番辛いんだよなぁ……。今日は早く帰って課題やんねえと)

家でもやらなければならないプリントも存在する。これも一つの鬱を生み出していた。
平和も平和で色々厄介にサイクルしているのが上条の顔色からも頷ける。

自業自得で済ますには理不尽に聞こえるかもしれないが、学校側に非がある訳でもない。
強いて言うなら上条のトラブルに巻き込まれる性質が全ての元凶だろう。
ロシアで神の右席を殴り飛ばし、学園都市の極秘組織相手に一戦交える。こう並べると日常と非
日常の区別も難しくなるほどの修羅場を乗り越えた形跡が残るが、実際それが学生生活でプラス
になるかと問われると首を捻ってしまう。寧ろ出席日数的にはマイナスにしかならないのが現状
だった。

ここ最近は学業で頭を使いすぎたからか、あまり身体を動かしたくない。
頭も身体もクタクタにするのはとても望ましくない。

122: ◆jPpg5.obl6 2011/03/27(日) 19:40:13.36 ID:iXOBvddM0


(飯はどうすっかなー……。昨日と同じ塩焼きソバで済ますか、それとも少し捻りを加えて味噌
 焼きソバという新種メニューを投入してみるか……)

どちらなら居候中のシスターは文句を言わないだろうか。いや、軽いリスクで済むだろうか。
本心はそこだった。
教育課程を荒療治的手段で詰め込まれた上条の今の脳はとてもデリケートだ。
外部からの刺激など以ての外である。そんなことをしては詰められた内容もろとも風船のように
膨張し、挙句の末に破裂してしまう。大げさでも冗談でもなく割りと本気で。


「――――あら? 今日は補習休みなのね」


鬱な脳は余計な声をインプットしない。
朝の健やかな調子はどこへやら、授業でスッカラカンとなった上条は何のリアクションも見せる
ことなく歩き続けた。歩行ペースも一定を保っており、言ってみれば完全シカトだ。

「………何ていうか満身創痍じゃないの、アンタ」

この対応にも慣れた事実に嫌気も覚えるが、めげることを知らない御坂美琴は上条の横に並んで
同情にも似た視線を送る。

「御坂……、何かもう上条さんは今の教育制度についていける気がしませんの事よ」

「不健康さが滲み出すぎよ。朝とは別人じゃない……。そんなに大変なの?」

「いや、内容よりも量が問題だ……。まるで一週間白米のみの生活を強いられているような……
 そんなレベルかな。お前に言ったところで分かってもらえるとは思ってないが」

123: ◆jPpg5.obl6 2011/03/27(日) 19:42:34.10 ID:iXOBvddM0

「何よそれ……。せめて水もつけなさいよ」

「前者に不満かよ! あまり口にはしたくない皮肉が思わず咄嗟に零れてしまったというのに!?」

くだらない内容でも律儀に応じてくれる美琴の存在はやはり大きい。上条は改めてそう実感したが、
会う頻度が極端に増えている議題にはやっぱり無頓着である。

案外気づいた時にはもう横にいた、で通用するかもしれない。
何も突っ込まれない美琴がこんな淡い希望に行き着くのも自然な流れなのか。

敢えて言葉にせずとも、こうして一緒に居られるだけで幸せなのかも……とまで考えた所で上条が
唐突な話題を提供した。


「なぁ御坂。“塩焼きソバ二日連続”と“未知数溢れる味噌焼きソバ”……お前ならどっち選ぶ?」


他愛無い時間はまだ終わっていなかった。今は本当にこれで充分幸せなのだろう、と美琴は柄にも
無く素直な心境を胸の内だけで語る。



―――


「……ミ、ミサカはできることなら戦略的逃亡を計りたいのですが………逃がしてはくれませんか?」


「ダーメ☆ あの人が仕事終わるまでミサカは暇なの。良い機会だし、ミサカ同士交流を深めようぜ」

124: ◆jPpg5.obl6 2011/03/27(日) 19:44:16.96 ID:iXOBvddM0


番外個体は調整終了後、嫌がる19090号の手を引っ張って病院近くの商店街に来ていた。
互いにお小遣いを所持しているということで、ショッピングでもしながら友好を深めようという建前だが
本音は単なる暇つぶしだった。

「……19090号ってお姉さま(オリジナル)以上に子供っぽかったりする?」

カエルのマスコットより更に年齢対象が低そうな子供アニメキャラクター人形に目移りしている19090号に
引き気味な目で尋ねた。

「みっ、ミサカは年相応な趣向に乗った上でこの人形を眺めていただけで、決して欲しいとか可愛いとか
 持って帰って飾りたいとかいう願望しかないワケでは………うぅ」

自己フォローというか事故フォローだった。

「五歳児が好みそうだね、これ……“カナミン”? あひゃっ、さすがにこりゃあ無いっしょ」

「ミサカよりは年上では……? とミサカは…おそるおそる指摘します」

「世間の目的にはアウトだよ! 周りから見たらこのミサカは高校生、あなたは中学生なの!」

「うぅぅ~……」

「自分にソックリな顔がナヨってんのを見ると悲愴なんて言葉じゃとても語りきれねぇぇ……。せめてさ、
 もーちょっとハキハキ喋れない? 言うだけ無駄なのは分かってるけどぉ!」

「そ……そんなこと言われてもぉ………グスッ」

19090号が泣きそうだ。

125: ◆jPpg5.obl6 2011/03/27(日) 19:46:13.36 ID:iXOBvddM0


「いちいち泣くなよおお! 女々しいミサカなんて見たくねえーし!」

「汚い言葉遣いで雄々しいミサカもどうかと……」

「ああん!? 何か言った!?」

弱々しいもののしっかり反論は返ってくる。意外にこの個体、自分とタメを張るほど実は腹黒いのでは?
と、番外個体は軽い眩暈を覚えた。

「うぅ、怖いぃ……。だから番外個体は苦手なんですよう……。とミサカは半泣きで訴えます……」

「……あー、わかったわかったよう。ミサカが悪ぅござんしたー」


「むっ、心が籠もってない……と、ミサカは」


「やっぱオマエさァ、ホントは逞しく生きてんだろ!? 根はすっげえ強靭なんだろ!? 今すぐ正体
 見せろォォおおおおおおお!!」


「ひっ!? みっ、ミサカは危機的状況に従い逃亡を……い、いやあああああああ!!!」


大して広くない店内で騒ぐパッと見姉妹にしか見えない二人は他の客にとってすごく迷惑だった。

126: ◆jPpg5.obl6 2011/03/27(日) 19:50:48.76 ID:iXOBvddM0
キリが見えないので半端ですがここまでで
あれからの各々の日常風景(?)といった感じです
次回も引き続きで更新したいと思います
もはや原作の原形を留めていない点につきましては、心よりお詫び申し上げます

軽くですが予告シーンを導入します

127: ◆jPpg5.obl6 2011/03/27(日) 19:54:44.59 ID:iXOBvddM0

打ち止め「でね、ミサカは遊園地とジャンボパフェのイベントがただで入手確定されているのに、一体その日は
      いつやってくるのかなぁ!? ってミサカはミサカは更に愚痴を零してみたり!」



黒子「日頃のストレスと格闘中なのはよぉぉく分かりましたから、どうか落ち着いてくださいな」



―――――――――



番外個体「………あっれえ? 出ないなー。オリジナルって何か部活動とかやってたっけ?」



19090号「その情報はリークされていませんが……? とミサカは即座に否定します」




―――――――――






一方通行「ッ!?………おいおい、いくら何でも早すぎねェか? 昨日の今日だぞ……。ンなすぐできるモン
      なのかよ?」

139: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 20:33:17.53 ID:lsEBpjWb0

―――


白井黒子と隣りには意外な人物がいた。


「でね、ミサカは遊園地とジャンボパフェのイベントがただで入手確定されているのに、一体その日は
 いつやってくるのかなぁ!? ってミサカはミサカは更に愚痴を零してみたり!」


「日頃のストレスと格闘中なのはよく分かりましたから、どうか落ち着いてくださいな」


二人が並んで歩くはファミリーサイドと風紀委員第百七十七支部の丁度中間に位置する雑踏。
下校中の学生が往来する最中、打ち止めはたまたま遭遇した黒子に対し、さっきからこの調子である。
酔っ払いに絡まれるよりは遥かにマシどころか、崇拝の域に属する御坂美琴の遺伝子を受け持つ少女の
愚痴には何の苦も感じない。
だが、何事にも限度やら境界線やらが実在する。それが特殊な 癖を抱える白井黒子であったとしても。

会ってから十分間、止まることを知らない愚痴マシンガンの嵐に黒子は疲れを意識しつつあった。
だが勿論、無下な扱いまでは至らない。この幼い身体にしてはあまりに膨大な不満を抱えている打ち止め
の実態に少々気後れしてしまっただけだ。

内容の理解はマシンガンの一発一発観察する並に困難を極めた。要するに速すぎて殆ど拾いきれなかった。
そんなうららかな午後を彼女らは共有していた。


「打ち止めさん……? 落ち着きましたの?」


愚痴が一時止んだのを不審に思った矢先、

140: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 20:34:23.08 ID:lsEBpjWb0




「何で昨日来た時に催促するの忘れちゃうんだよおおお!! ミサカのばかあああああああああああ!!!」





141: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 20:35:28.36 ID:lsEBpjWb0


子供らしい大号泣が黒子の精神を大幅に揺さぶった。


「わわわ、ど……どうしたら……えーと」


対応と処理にとてもすごく困った。
正直言って、尊敬の位置に不動しているお姉様と激似なこの少女に身悶えている場合ではなかった。




「―――あれ? 白井さんにアホ毛ちゃんじゃないですか~」

「うわ、珍しいツーショット……。白井さぁん? いくら御坂さんに似てるからってさすがに誘拐するのは
 マズイでしょ…」


そういう間の悪い時に友人の初春飾利と佐天涙子に遭遇してしまうのは幸か不幸か。答えは言うまでもなく
前者だ。
二人とも黒子の性分を知っているせいか、怪訝な眼差しなのが少々痛い。


「ち、違いますの! 誘拐ではありませんの! 外回り中に偶然会っただけですのよォォ!!」


両手と首を全力で振る黒子の背後から、いつの間にか泣き止んでいた打ち止めがちゃっかりと助け舟を
出す。

142: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 20:38:27.31 ID:lsEBpjWb0

「えへへ、実はマンションのオートロックに追い出されちゃって……困ってたらこのお姉さんに拾われ
 ちゃったのだ! ってミサカはミサカは胸を張って状況説明してみたり!」

「いや……胸張るトコ? 今の」

佐天は隣りの初春に向かって首を傾げるが、当のお守り経験者は肩を竦めて首を横に振るだけだった。

「白井さんも知らない所で苦労してますねぇ……」

次に向けられた瞳には憐れみが込められているように感じた。
まことに心外な事この上ないが、取り敢えず折角出会えた友に黒子は助けを求めてみる。

「ひとまず支部で保護しようと思ったのですが、丁度良いですわ。お二方も御時間ございましたら是非
 協力してくださいませ」

極力素直に申し出た筈なのだが、どういうわけか返ってきた反応は黒子にとって実に不可解だった。


「……え? てっきりアホ毛ちゃんと二人っきりがご所望かと思ったのに……」


「白井さんにしてはすっごく意外……なの?」


ピキッ。
額の筋が初春の一言で不快な音を立てた。

143: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 20:39:35.10 ID:lsEBpjWb0


「貴女方がわたくしをどういう目で見ていたのかよく分かりましたわ。つきましては初春、後でたっぷり
 とお話がございますので今の内に辞世の句でも考えておきなさい」




この宣告を聞いて当然のごとく取り乱した初春に、佐天はただ無言で両手を合わせる。
祈る佐天の横で初春は「な、何で私だけぇぇ!?」とか叫んだが、肝心の黒子はもう聞く耳を持ってくれ
なかった。
三人寄れば何とやら。ひとまず全員でこの締め出しを喰らってしまった少女を保護することにした。
激昂する打ち止めの勢いは鬼気迫るものが感じられたとは言え、白井黒子一人の手では負えなかったのが
全く以って意外である。


144: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 20:40:50.65 ID:lsEBpjWb0

―――


第十五学区、繁華街の裏手は光を嫌う人間にとって恰好の活動スポットである。
少し歩けば大勢の通行人に程なくして紛れる事が可能にも関わらず、まるでそこだけは別世界のような
不気味にも似た静けさが流れている。
外(表通り)を歩く彼等は皆この場所の存在を理解しているのだ。同時にそこへは近づかない方が賢明
だということも。

幾つか点在する通称“裏世界”に白髪の少年はいた。
彼は今、正面に佇む黒覆面と何やら話し込んでいる。


「こいつはただの使いパシリに違いねェな。鍵ィ握ってるにしちゃあ肝が小さすぎる。駒にもならねェ
 捨て犬同然だ」


脇に抱えていた物体を前へ投げ捨てる。その物体とは先ほど行政人暗殺を実行しようとした襲撃犯の成れ
果てた姿だった。

覆面を被った長身の人物(多分男性)は地面に転がった“それ”を無言で拾い、一方通行に一言だけ、
「ご苦労、次の連絡を待て」と告げて姿を消した。今日の任務はこれで終了を意味する。


(こンな腰抜けを回すよォじゃ、仕向けた野郎の素性も関心を持つに値しねェな)


ここからは上の仕事になるだろう。
一方通行の使命はあくまで力技、強引をここぞとばかりに要する場面で生かされる。

145: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 20:43:54.84 ID:lsEBpjWb0


(ちっ、やっぱ今回も“ハズレ”か……。まァ、ンなすぐに事が進むとは思っちゃいねェ。気長に構える
 気にはなれねェが、そォかと言って焦ったところで何の意味もねェだろォからな)


裏通りから表通りに身を現し、人の生む流れに一方通行も入り紛れ込む。

ふと公演の柱時計が目に留まる。いつの間にやら結構な時間が過ぎていた。

もう番外個体の調整も終わっている頃だろう。検査自体は延長の心配もないと告げられている。
徐に携帯電話を取り出し、通話履歴から彼女の番号を探り出して掛けた。

が、


「………出ねェな。調整が長引いてンのか……?」


十数回ほどのコール音の後、ゆっくりと携帯電話を耳から離して呟く。
この後は番外個体との合流予定しか頭になかったため、どうしようか一瞬悩む。


(……仕方ねェ。ガキにでも電話してみるか。それでも分かンねェよォなら直接病院へ行くしかねェ。
 ついでに昨日頼ンだ“例の物”が、あとどンくらいで手に入るか聞いておくのもいい)


そこまで思慮し、再び携帯電話を操作し始める。
まずは打ち止めの番号へ掛けてみようと、メモリ表示画面で通話ボタンを押す。

146: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 20:44:42.46 ID:lsEBpjWb0


数回ほどのコールで呼び出しを促す機械音は天真爛漫な声に切り替わった。


『もしもーし♪ ってミサカはミサカはアナタからの熱烈ラブコールに応えてみたり!』


「……あァ? オマエ今外にいンのか?」


とりあえず馬鹿な挨拶応答は無視し、第一に抱いた感想を言葉にして尋ねた。
周囲がやけに騒がしい。特に女子中学生みたいな若々しい声が駄々漏れである。聴こえている長さと
距離を察するに、外野の声がただの通行人のものとは断定し難かった。
もしかして黄泉川達以外の誰かと一緒なのか、と一方通行は疑心を抱く。

『うん、そうだよ! ちょっとゴタゴタしてるけどね。ってミサカはミサカは目を泳がせてみたり』

「……今、一人か?」

『ううん、お姉さまのお友達と一緒だよ。ってミサカはミサカはこれには深い訳があるんだけど…』

「ああそォ………ならいい。ちっと訊きてェンだが、第七学区の病院には確か妹達が何人かいたよな?」

判別不明だった外野の正体も即座に明らかとなった。
打ち止めの現状にはこれといって問題なさそうだ、と早期に判断した一方通行は早速本題を振る。
通話口の向こうで「エッ?」と尋ね返してきた打ち止めにもう一度分かりやすく問いただす。

「だから、あの医者が勤めてる病院に今妹達はいるかって訊いてンだ。いるンならそいつらに確認してェ
 事がある」

147: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 20:46:32.56 ID:lsEBpjWb0


『…? どうして? ってミサカはミサカは素朴な疑問を投げかけてみたり』

「番外個体がまだ病院にいるかどォかを調べてェンだよ。あいつ、携帯に出やがらねェからな」

剣呑な口調で事情を説明する一方通行だが、返ってきたのは何とも意外な答えだった。



『うーん、ミサカの情報網の結果によると……どうやら他のミサカと一緒にいるみたいだね。定期調整も
 とっくに終了してる模様。ってミサカはミサカは報告してみる』



―――



そのままの流れで二人はとりあえずお茶することにした。
オープンテラスのカフェに向かい合って着席している上条当麻と御坂美琴。
美琴にしては上出来の進展と言っても差し支えないだろう。やはり“あの事件”がきっかけでこの少年との
関係にも除々に変化が起きているのか。終始デレデレな美琴はそこまで考える余裕が無かった。

もっとも今は赤く火照った顔も元の色に落ち着き、上条の言葉にも冷静な対応ができるまでに慣れたはいい
のだが相変わらず目は見れない。下向きがちに泳ぐ瞳があからさまな純情心を露呈していた。

「そういや、もうすぐまた身体検査(システムスキャン)だっけ? 上条さんには特に身構える意味のない
 イベントだけど、お前は少なくても現状維持が必須だろ? 大丈夫そうか?」

カフェラテを啜りながら上条が世間話感覚で伺ってきた。

148: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 20:49:49.85 ID:lsEBpjWb0


「最低でもそこは維持しないと…。けど少しでも伸ばしたいのが本音よ。同じ記録ってなーんかスッキリし
 ないのよねー」

ストローを銜えてチューチューしながら鬱そうに喋る美琴の顔は不安が表れていた。
情緒不安定な状態から回復したとは言え、日も浅い。以前の成績をキープできるのかがプレッシャーである。
だが、上条にそれを悟られるのだけは許さない。

「まあ、私は多分平気。それよりアンタさー」

「?」

「こ………」

「こ? ……何だよ、どうした?」

この後どうする? 何か予定あんの? あ、そういやまだアンタん家行ったことなかったわねー。ちょっと、
暇なら案内しなさいよ。
そう言おうとして咄嗟に制止が入る。待て待て待て、と心の自分がストップサインを発し続けている。

(なにサラッととんでもないこと口走りかけてんのよ!? 危ない危ない……。落ち着け落ち着くの落ち着き
 なさい本来の私。こいつの家に行きたい本心はとりあえず置いておくとして色々順序をすっ飛ばすのは私の
 沽券に関わるっていうか……)


「……御坂さーん?」


辛うじて保ち続けてこれた平常心が、早くも崩壊の危機を迎えていた。

149: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 20:51:00.51 ID:lsEBpjWb0


自分の世界へ寄り道している彼女を不審に思いつつも気遣うが、当人はそれどころではなかった。
嫌な予兆を感じた上条は無意識に右手を美琴の頭にポンと乗せる。こうする事で彼女による電撃被害は無償に
抑えられるのだ。まさにゴム手袋並の便利さである。

と、そこへタイミングよく愉快なメロディが流れ出す。
音の発生地点は美琴の鞄の中からだった。

「おーい、携帯なってるぞー?」

顔の前で左手を振るが、美琴がそれに反応して我を取り戻すまでに消費した時間は過大だった。
ちなみに右手の方はずっと彼女の頭に置いたままである。


「あっ、アンタちょ……いつまで人様の頭に手ぇ乗っけてんのよ!!」


ヒステリックに喚く電撃姫を宥めるような口調で喩す。

「ほら、ケータイケータイ。早く出た方がいいんじゃねえか?」

「う、うっさいわね! わかってるっつーの、今出るわよああ出てやるわよこん畜生が」

「なに怒ってらっしゃるんだか、意味がわかりかねます事よ……」

知り合ってもう結構な時が経つが、彼女のこういった感情の起伏については未だに良く理解できない上条。
彼にとっては遺憾なのかもしれないが、やはりここは鈍感の一言で片付けてしまうに限る。

150: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 20:51:48.22 ID:lsEBpjWb0


疑念を渦巻かせる上条を他所にブツクサ嘆息しながら携帯を取り出したはいいが、何故か着信には応じず
に表示を見たまま挙動が止まる美琴。
この様子がふと気になった上条は美琴からは死角の位置に体を移動させ、ひょいと背後から覗き込む行為
に至った。




着信表示されていた文字は『番外個体』。




一番最近で登録した番号だ。
意外な相手からの唐突な連絡に少々の動揺と戸惑いが生まれるが、無視するわけにもいかなかった。

151: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 20:53:13.58 ID:lsEBpjWb0

―――


「………あっれえ? 出ないなー。オリジナルって何か部活動とかやってたっけ?」


携帯電話を耳に当てたまますぐ後ろの19090号へ振った。
歩幅が小さいのか歩くスピードが控えめなのかは不明だが、彼女は番外個体と並んで歩こうとはしない。

「その情報はリークされていませんが……? とミサカは即座に否定します」

彼女ほど口調とセリフがマッチされていないのは珍しいだろう。
文字だけなら即座にキッパリと否定しているように取れるが、実際の声はもう少しボリュームを下げたら
聞き取れないほどに小さく、今にも壊れてしまいそうな印象だった。

「おっかしいなあ。………ん?」

諦めて切ろうかと思った寸での所でやっと応答があった。


『……もしもし? 番外個体?』


「おっ、出た出た。もしもし小柄なおねえさま~ん? 調子どうよ」

『なに? イタ電? 悪意だけを理由にアンタは仮にも生みの親である私を貶めようと? そういう魂胆な
 ワケですか?』

不機嫌な美琴の声色も計算の内だと番外個体はほくそ笑む。
何故か19090号の方はオロオロビクビクと気が気でない様子だ。どうやら、争いはするのも見るのも大嫌いな
典型的平和主義者らしい。

152: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 20:55:20.09 ID:lsEBpjWb0


「ごめんごめん。悪意ありなのは素直に認めるけど、何もそれだけがミサカの全てじゃないよ?」

『アンタの口振りからは悪意と雑念しか読み取れないのよ!! ちょっと身体が成長してるからってDNAマップ
 提供者を見下してんじゃねええええ!!!』

怒号の理由こそが醜い事に美琴は気づかない。
所詮は発育が自分より優れた同性への妬みだが、番外個体も直情的な美琴の相手をするのが面白いらしく、こう
してからかう間柄になったのだ。
この性格同士が同学年で更にクラスまで一緒になった日には間違いなく『二人は犬猿の仲』と称されるだろう。

もっとも彼女等の場合は切っても切れない縁にあるので馬が合わないという理由だけでは疎遠になったりなど
しない。寧ろじゃれあいの延長感覚で楽しんでるように見えなくもなかった。

「どうどう、あんまり激昂すると血管切れちゃうよん」

『ええいうるさい今すぐ黙れっ!! ………で、何の用なのよ?』

「いやあ、これといってないんだけど暇だったからさ。良かったらオリジナルで遊ぼうかなあと」


『私“で”!? 私“と”じゃなくて“で”だぁぁ!?』


「そうそう、そこ重要!」


気づけばいつの間にか楽しげな会話になっている………のか?
不安そうに窺う19090号はまだ断定できかねていた。ちなみに言うと彼女は電話の向こうで自分と限りなく近い
心境にいる少年の存在を知らない。

153: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 20:58:24.69 ID:lsEBpjWb0


御坂美琴と番外個体に接点が生まれたのはほんの一週間近く前のこと。


たまたま上条と出掛けたセブンスミストの試着室でバッタリ遭遇したのがきっかけだった。

美琴は一見してまず、御坂妹に出くわしたのかと思った。しかし幸いなのか災いなのか、出会った場所は試着室。
それも番外個体が着替え中なのに気づかず個室へ入ろうとしたのが拙かったのだ。尚、これに関しては鍵を掛け
忘れていた番外個体にも落ち度がある。
ここで御坂妹説はあっさりと覆される。彼女の自分には無い豊満な体つきが美琴の視線を釘付けにした。

信じたくなかった。そして信じられなかった。

本家の自分を差し置いてこのプロポーションは何事か。考えたくなかった悪夢が現実として目の前に現れた時の
美琴の驚愕ぶりは想像を絶するだろう。

結局、お互い連れがいることもあってこの日は連絡先の交換だけをした後すぐ別れたのだが、翌日に詳しい事情
を聞こうと彼女を呼び出したのが失敗だった。

美琴は自分はかなりの頑固で強固な人間だと自負しているつもりだ。ところがこの番外個体の自身とは似ても似
つかない言動、物言いには流石に愕然とせざるを得なかった。

何なんだこの女は? 本当に私の遺伝子から作られたのか? ある程度話して美琴が抱いた感想はこんな所だ。

第三次製造計画についてもざっと聞かされ、現在は一方通行と甘~い同棲生活を送っていると知らされた辺りで
美琴はギブアップした。同時に聞かなければ良かったと一瞬後悔もしかけた。

一方通行に対してはまだ気持ちの整理も手付かずだし、ここまで粗暴な自分の将来像をまざまざと見せつけられ
ては仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。おまけに自分よりもグラマラスだ。実はそこが一番許せなかっ
たりもする。


真っ直ぐで裏表も悪心もない御坂美琴は、平たく言えば番外個体にとってこの上ない絶好のオモチャだった。

154: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 21:01:48.22 ID:lsEBpjWb0


後は今こんな風に電話で話しているような調子である。番外個体が正義感はあっても素直になれない美琴を
揶揄し、美琴の方は定義を沿うように反論、応戦する。ひとつの姉妹としての図式が一応ながらも成り立っ
ていた。
但し、姉と妹の立場は完全に逆転してしまっているが…。

こうして予期せぬ対面をめでたく果たした二人は仲が良いのか悪いのか分からない姉妹関係を樹立したので
ある。


ここで話を現状へ戻すが、番外個体は19090号と街を適当に散策している。
美琴は上条とカフェでお茶している。
番外個体が美琴に電話を掛ける真意は?


『今19090号と一緒なんだけどさ、暇だしゲーセンでも行こっかなあって思ってたんだ。お姉さまんもご一緒
 にどうよ?』

「馬鹿にした呼び方しやがってぇぇ。……えっ? アンタ妹達と一緒にいんの!?」

『うん、たまたま定期調整カブっちゃってね。それよりどうすんの? ………あ! もしかして例のヒーロー
 サマとよろしくでもしてたかにゃーん?』

「はあっ!? ばばばばば、ばっ…、何言ってんのよっ!!? よよよ、よ……よろ……っ///!!!??」


周囲の学生客と上条が引き気味な視線を送る。
ここがカフェであるという事項を脳外へ取っ払った美琴は素っ頓狂な悲鳴を上げそうになる。

155: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 21:05:31.09 ID:lsEBpjWb0


『おやおや、図星でしたか? そりゃ失敬。にゃはっ』


どこまでも軽く見繕った彼女の語調に歯噛みしつつ、美琴は姉の立場として平静を保とうと意識した。


コホン、と咳払いを一つ。
冷静に冷静に。ムキになるな。相手の思う壺だ。中身なら間違いなくこちらが大人で在るはずなのだ。

ただひたすらそう念じ、電話に戻るため声を発しかけたその時である。


『あーららら、やっぱビンゴかよ。へいお姉さまん☆ ここ、ここ。ミサカはここにいるよ』


「……えっ?」


咄嗟に辺りをキョロキョロと見回す。すると、


「やっほーう! お二人さん」


一番あって欲しくない光景がそこに広がっていた。
脳の内部全体がこの瞬間、真っ白に染まる。

156: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 21:07:04.77 ID:lsEBpjWb0


十メートル程度先にある歩道橋の上から番外個体がコチラに向かって手を振っていた。
ついでにその背後には、どうしたら良いか分からずにただオロオロするだけの19090号も付属されて
いた。が、やがて開き直る事にしたのか、19090号も番外個体の隣りに立って手を振ってくる。
あははは、と誤魔化し笑いをはっきりと浮かべながら。


「……………」


携帯電話を耳に当てたまま美琴は呆然と見上げるリアクションしか取れなかった。
上条も美琴の視線を追ってようやく招かれざる客の来訪に気づく。


「んん? あの子は………妹達……? え? いや、待てよ。何か変っつーか」


すぐに状況を受け入れるのはやはり難しかったようだ。


―――



番外個体と一緒にいるはずである個体の居場所を一方通行へ伝達し終え、打ち止めは可愛いデザインの
携帯電話をポケットへしまった。

「あッ!! また催促するの忘れてた!! いったい何時になったら口約は果たされるのー!? って
 ミサカはミサカは自分の間抜けぶりに呆れてみたり」

157: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 21:08:03.97 ID:lsEBpjWb0


思い出したように驚嘆する打ち止めを背後の三人少女は凝視する。

「………アホ毛ちゃん? 今の電話って…」

好奇心に負けた初春飾利が側まで寄って伺う。
白井黒子、佐天涙子の両名も『気になる』と顔に書いてあった。

「ミサカの大事な人だよ。ってミサカはミサカはありのままを伝えてみたり」


「へ……?」


この発言に一際強い衝撃を受けたのは無論黒子だ。

電話の感じからはどういった関係なのかまでは推察できないが、少なくとも相手が黄泉川でないのは
分かる。とすると断片的にしか知らないが、かつてこの少女を闇から救った真の保護者の存在が最も
有力候補になるわけだが……。

「打ち止めちゃんがよく“あの人”って言ってる人でしょ。どんな感じの人なの?」

憤る黒子を他所に佐天が核心をついた。
初春も「ああ、そっか」と思いついたかのように手をポンと打つ。

「うーん……。一言で言うと、強くて弱くて厳しくて怖くて臆病で素直じゃなくて…」

「一言じゃないよね。っていうかどんだけレパートリー豊富な人間!? 人物像がさっぱり浮かんで
 こないんですけど」

158: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 21:10:33.95 ID:lsEBpjWb0

我慢できずに途中でツッコミを入れてしまう佐天。

「それでね………すごく優しいの。ってミサカはミサカは照れながらレポートしてみたり」


「くぁああっ!!??」


可愛いその仕草に約一名がノックアウトされた。名は敢えて挙げるまでもないだろう。



ちょうどその頃、打ち止めとの通話を切った一方通行は女子達の話題の的にされているなど露知らず
ひとり途方に暮れていた。
病院からさほど離れていない大通りの一角に番外個体はどうやらいるらしい。
更に妹達の一人が同行しているとも聞いた。大方暇そうな妹でも見つけて遊びに繰り出したのだろう。

遊びに熱中しているなら迎えはしばらく後でもいいか…。という適当な結論に至ったわけだが、そう
なるとここから先の行動に迷走してしまう。

(しばらく適当に時間潰してェトコだが………さてどォすっかな)

付近のカフェでも利用するか。そう思った矢先、またポケットにしまったはずの携帯電話が震動した。

「……」

表示は病院からだった。
緊急を要する可能性もゼロではないので、とりあえず応答してみる。

最初からこっちに掛ければよかったのでは? と今頃になって気づいた。

159: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 21:13:46.23 ID:lsEBpjWb0

(どォもあいつが絡むと頭が働かねェっつか……色々抜け落ちちまう。天然さンじゃあるまいしよォ)

そんな彼の心理など知ったことではないような挨拶がスピーカー越しに流れる。


『やあ、元気にしてるかね?』


やっぱりこいつか……。
聞き慣れた声に少しだけ警戒心を緩める。穏やかな声色から緊急事態の疑いはあっさりと消えた。

「何の用だ?」

そっけなく問い返すが、後に医者が吐いた言葉は迷える一方通行にとって次の道筋となる。

医者は『例の、というか昨日頼まれたものが出来たんだが、取りにくるかい? それとも速達で便送
した方がいいかね?』と訊いてきた。

「ッ!?………おいおい、いくら何でも早すぎねェか? 昨日の今日だぞ……。ンなすぐできるモン
 なのかよ?」

素直に驚きを表す一方通行。

実は昨日、番外個体に“ある頼み事”を承ったのだが、特に反対する理由もなく一方通行自身として
は寧ろ賛同すらできたので、引き受けた直後にすぐ電話で詳細を伝えて申請しておいたのだ。
『出来次第連絡する』とは言われていたが、まさか翌日に完成するとは思わなかった。
つくづくこの医者の手回しの早さには脱帽する他無い。

『こう見えても世渡りと人脈にはそこそこの自信を持っているよ。とは言っても、不具合が全くなか
 った訳じゃないんだがね。けど安心していいよ。そこら辺は僕が上手くまとめておいた』

160: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 21:14:32.55 ID:lsEBpjWb0


失笑気味に語る医者だけれども、今のセリフだけで追求要素が飽和していた。
一方通行が咎められる立場なのか、と返されてしまえばそれまでだが。

「………そォか、わかった。なら今すぐ行く。三十分以内にゃ着くが、時間は取れるか?」

『平気だよ。僕の方も昨日聞けなかったことが幾つかあるしね』

それだけの会話で通話を切り、一方通行は方向転換した。
向かう場所は確認するまでもない。
脚の動きが自然と速まっていた。


特に問題なく病院に到着した一方通行は、寄り道を一切せずに冥土帰しの診察室を訪問した。
カエルの顔みたいな医者だが、これでも冥土帰しと云う中々に響きのいい異名を持つ。
なんだかんだ言いつつもこの医者は一方通行にとって信頼できる人物の一人だった。


「――――はい、頼まれていた『番外個体のID』だ」


渡されたのは免許証にも似た一枚のカード。
それはこの街に住む学生なら誰もが所持している大事な身分証明書だ。これを持っていないと不法
滞在とみなされて拘束、拘留されてしまう。
もっともそれはあくまでテロリスト対策で、実際は国境警備隊のような仕組みである。
学園都市に他所から出入りするには例外が無い限り、本来このIDカードの提示が義務付けられて
いるのだ。

161: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 21:15:16.91 ID:lsEBpjWb0

いくら妹達とは立場が違うと言っても、特殊な地位のおかげで見事に例外となれた今の番外個体に
果たして今更これは必要なものなのか? という疑問は残るだろう。

しかし、その点は問題ない。明確な理由はちゃんとあるし、一方通行もそれについては昨日本人の
口から聞いたばかりである。
番外個体の喜ぶ顔が頭に浮かび、一方通行は自然と口角を上げる。

「世話ァ掛けたな。っつーかよォ、アイツさっきまでここに来てたンだろ? そン時にでも渡して
 やりゃ良かったじゃねェか」

「依頼者は君だからね。僕が君を通さないで勝手な判断をすると思うかい?」

「……それもそォか」

愚問だった。と一方通行は独白し、話を先に進めようとした。
ここからの流れが言わば本題だ。
冥土帰しも診察椅子に腰を下ろし、一方通行にも着座を勧める。


「で、よォ……。昨日話した続きなンだが――――――」


一体何の事情があるというのか、残念だがこの時点ではまだ明かされない。

163: ◆jPpg5.obl6 2011/03/30(水) 21:18:41.61 ID:lsEBpjWb0


上条「て事は、お前も妹達……なんだよな?」


番外個体「うん。つっても『第三次製造計画』だからそこいらの妹達とは根本的に違うんだけどね」



―――――――



打ち止め「わーい♪ やっと捕まえた! ってミサカはミサカは狙い通りのエンカウントにほくそ笑み
      つつアナタに飛びついてみたりぃ!」


一方通行「うォわ!? っと………オマエ、こンなところで何してやがる?」




―――――――





美琴「アンタ何こいつのあらぬ姿想像して鼻の下伸ばしてんのよおおおおおお!!!!!」

185: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:10:24.50 ID:4SEpmCJp0


―――



「えーっと……。御坂妹と、そちらの方は今度こそ正真正銘のお姉様?」


有無を言わさず同席してきた二人の似顔に上条はとりあえずそうコメントした。
美琴の方はもうなんか現実逃避していて、触れることにすら恐怖を抱かせた。上条はそんなうわ言
を虚空へ呟いている美琴をひとまず放置するのだが、やはり多少の混乱は免れそうにない。


「いえ、ミサカの検体番号は19090号です……。とミサカは慎みつつ10032号ではありませんと否定
 します……うぅ」


右を見ても左を見ても正面を見てもほぼ同一の顔。うーん、何とも頭が痛くなりそうな光景に違い
ない。詳しく説明すると左に追いやられたのは美琴で、強引な手法で向かい合う形にさせられたの
は番外個体。で、空いていた右席を残り物に縋るように19090号が「お……お邪魔します」と控えめ
ながらも陣取った経緯なわけだが、上条はこの状況を素直に楽しむべきなのか本気で迷っていた。
巷でソックリと評判の三姉妹と現在仲良くお茶してます、と無理矢理設定を押し通せばイケるか?

上条は誰もいない空間に確認を取ったが、当然答えなど返ってくるはずもなかった。


「ついでに言うとこのミサカも違うよ? はじめまして、だね。ミサカ達のヒーローさん♪」


番外個体の声でハッと我に返る。

186: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:12:44.67 ID:4SEpmCJp0


上条は初対面を名乗るこの少女に対し、まずは無難な確認を取った。

「て事は、お前も妹達……なんだよな?」

「うん。つっても『第三次製造計画』だからそこいらの妹達とは根本的に違うんだけどね」

「だいさんじ……??? なんだそりゃ?」

質問をしたのはコッチなのにも関わらず、理解不能な事柄が余計に増えただけだった。
『絶対能力進化計画』は以前上条が止めるのに一役買ったのだが、頓挫した後は全くと言っていいほど
関していない。従って『第三次製造計画』については無知なのも仕方ないのだ。

「……説明すんの面倒臭いなあ」

露骨に嫌そうな顔をする番外個体。
その面構えは妹達を思わせないほどに明確とした感情が表れている。
少なくとも御坂妹や他の妹達のような暗澹とした印象はさっぱり受けられなかった。
ついでに性格も妹達特有の事務的口調とは正反対なくらいに溌剌としていた。

これに関しては打ち止めと共通している面が感じられる。
もしかしたら打ち止めみたいな存在の更なる延長に立った存在なのかもしれない、と上条は適当な仮説
を立ててみた。

「ようは、クローンの製造そのものはまだ続いてるんだな?」

製造計画が文字通り“打ち止め(ラストオーダー)”で打ち止めなのは上条でも知っている。目の前に
いる少女がそれ以降に誕生したのなら、当然こういう考えを引き起こすだろう。

187: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:14:53.32 ID:4SEpmCJp0


「いやあ、そういうわけでもないんだけどさ………あー、19090号、パス。あとよろしく」

推測と勘次第では、てんで的外れな解釈を生みそうな展開になってしまう。
細かい気の配りが求められる説明役を嫌った番外個体は、責任を隣りの個体へと押し付けた。

「ちょっ!? え!? ななな……! と、ミサカは唐突なキラーパスに思わず心臓が止まりかけます……」

託された19090号は大きく動揺した。というか、先ほどから妙にそわそわしっ放しな気がする。
原因は言うまでもなく上条の存在のせいなのだが、上条当人はそんな彼女を「気難しい妹もいるんだな」程度
にしか認識していなかった。

面倒事を姉個体に回した番外個体は注文したコーヒーを啜り、完全にお寛ぎモードへ突入していた。
美琴は俯いたまま何かブツブツ呟いていて正直怖い。
普段に輪をかけて弱々しく細々とした声が第三次製造計画について説明してくれている。聞き取れなくて半分
も理解できない。挙句の果てに赤面されて電撃が飛んできた。だが所詮欠陥電気。美琴ほどの威力は到底無い。


じーっと注目していたのがどうにも悪かったみたいだが、そんなこと知るか! というのが上条のもっともな
言い分だ。ついでに彼はこうも語る。「電圧の問題ではない!」と……。

最後まで上条は計画の詳細をキッチリ掌握できなかったが、特にこだわらない。
経緯はどうであれ、今ここに彼女は生きている。そしてこれからも生きていける。
上条にとっては元々それだけで充分だったのだ。こと難しい闇の真相までは知識に入れたいと思わなかった。

「……まあ、見た目的には打ち止めと相反したようなモンだし、特に気にする必要もないのか……? ってか、
  御坂さん? だんだん貴女の未来形やら過去形やらが綿密に露呈されてきましたよ? 昔のアルバム公開
  とは比べ物にならないくらいに」

188: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:16:21.52 ID:4SEpmCJp0

ここではないどこかへ放浪していて良いのか? と上条は暗に告げてみる。
すると、虚空を見つめていた美琴の瞳に光が戻った。

現実帰還を無事果たした美琴センセーに拍手を――――。


「アンタはぁぁぁ………」


「へ? ん……お、おい御坂? 瞳孔戻した途端に何故コッチを睨んで、あまつさえ拳を震わせているのでs」




「アンタ何こいつのあらぬ姿想像して鼻の下伸ばしてんのよおおおおおお!!!!!」




「んなにいいいいいいいいいィィィ!!??」




――――贈る前に純粋な拳をプレゼントされた。一体彼女は空想世界で何を見てきたのだろう。その答えは
強烈な右ストレートが爽快に教えてくれた。

189: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:18:07.28 ID:4SEpmCJp0


ともあれ完全な言い掛かりだが弁解の余地も何も与えられず、ただ理不尽に上条の身体は抉り飛ばされた。

椅子からガタンと崩れ落ち、床に背中などを強打して悶え苦しむ上条。
生還と共に高調した美琴は、手応えの響いた拳を握り締めて息を切らす。


「…………」


19090号は当然、さすがの番外個体もこれには言葉が出なかった。
とりあえず、上条が不憫だということだけはいやでも納得できる。


「ふー……ふー…………あれ?」


しばらく経過して、幻想と現実の区別がつかなかった美琴の脳はゆっくりと元通りの働きを取り戻す。
続いて目に入った上条の無惨な姿を目に収め、

「うっそ……まさか……え? うそでしょ? ねえ」

気が動転し出す。
うそじゃねえよ。お前がやったんだよ。と番外個体及び19090号は冷淡な目で美琴を見つめた。

「ちょっと! しっかりしてってば、ねえ!」

190: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:19:42.24 ID:4SEpmCJp0


駆け寄って抱き起こす模様を眺めている内に意地悪な気持ちが芽生えた。

「あーあー、暴力的な姉をもって、ミサカは悲しいよ。ねえ19090号?」

「えっと、その……あまりこういうことは言いたくないですが………暴力はよくないと思います……。
 とミサカは残念ですが今回ばかりは番外個体に賛同せざるを得ません………ひゃっ、ごめんなさい」

二人の妹は庇う気ゼロ。
美琴は上条を抱きかかえたまま反論する。

「な、なによ!! 大体アンタらが不意打ちで現れたりするからこんな事になんでしょうがっ!!」

周囲からの注目もお構いなしに絶叫する美琴。

「なんじゃそれ? ミサカ達が来たのとお姉さまが勝手にトリップした事と何の関係があるってのさ?」

「アンタはこいつとは初対面だろっつってんのよ!! ちっとは私の立場になって物事を考えろ!!」

「はあ? ごめんさっぱりわかんないや」

「ミサカもわかりかねます……とミサカはお姉さまの肩が持てない自分を恨めしく思います」

番外個体の背後からまるで大人に怯える子供のように隠れつつも援護射撃に回る19090号。
美琴は唇を噛みしめながらコバンザメと化した妹へ矛先を向ける。

191: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:21:45.29 ID:4SEpmCJp0


「アンタはこいつの手先か何かなの!? 悪いことは言わないわ、今すぐコッチ側につきなさい。近い
 将来間違いなく後悔するわよ?」

可愛い妹を悪の道に染める訳にはいかないと手招きするが、しかし。

「今回は総合的に見てオリジナルに非があります。とミサカは強固な姿勢を……ひっ、ご……ごめん
 なさい………あぅぅ」

どこが強固なのか疑わしくなる姿勢だが、勧誘は拒否されてしまったらしい。
毒気を抜かれた美琴はひとまず退却しようと上条の襟首を掴んで揺さぶる。

「っていうかアンタはアンタでいつまでのびてんのよ! さっさと起きろっつーの! ほら行くわよ。
 早く立ってほら立ちなさい!」

「むにゃあ……」

脱力しきった上条の身体がマリオネットのように無理矢理引き起こされる。
意識が虚ろなまま連行されてしまった上条に番外個体と19090号は合掌する。美琴の背中はまるで
「覚えてろ」とでも伝えているかのようだった。

「あー面白い。お姉さまって本当にピュアってか清純ってか、からかい甲斐あっていいわ」

「仮にもミサカ達が誕生する発端となった方をそこまで貶めるのはどうかと……とミサカは申し出
 ます……」

ほとんど同罪のくせに今更どっちつかずの19090号だが、この優柔不断さもまた彼女の個性という
ことで尊重してやりたいところだ。

192: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:22:41.45 ID:4SEpmCJp0


「そりゃ感謝はしてるよ。けどこのミサカは基本捻くれた設定だからさあ……。あれもひとつの
 “お姉さまに対する愛情表現”ってことで寛容できないかね?」

「あうぅ……」

個性がここでも邪魔でもしているのか、はっきりと言葉に出せない19090号。

「ま、今日の所はこの辺にしといてやるか。これ以上逢引の邪魔したら本気で恨まれちゃうし」

既に相当悪役を買っているのでは? とも言い出せない内気な19090号を引き連れ、番外個体は
ウィンドウショッピングの続きをしゃれ込もうとするが、ちょうど後方から妨害が入る。

「お客様、お会計がまだですが?」

「………」

振り返ると引き攣りスマイルの店員さんが仁王立ちしていた。
19090号は先の買い物で無一文。つまり、この場合は上条と美琴の分も番外個体が支払うハメ
になるのだが。


「………きひひ、お姉さまと次に会うのが早くも楽しみだねこりゃあ」


悪意を込めて笑う。
19090号はそんな彼女に戦慄を覚え、「ひぃっ」と小さく声を漏らした。

193: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:24:10.56 ID:4SEpmCJp0


―――


用事を済ませ、病院を後にした一方通行は先ほど打ち止めに指定してもらった表通りを探索
していた。

「チッ、さすがにもォいねェかもしンねェなァ……」

杖の音をアスファルトに刻みながら周囲に注意を配る。見知った顔はまだ発見できずにいた。
確かこの辺りのはずだが、やはり来るのが遅かったのだろうか。

「ックソ……!」

連絡してみようにも携帯電話の電池がもう無い。チョーカーのついでに充電する習慣が身に
ついていたためか、電極バッテリーが保つ日は稀に忘れてしまうことがある。
今日がその稀な日だった。

「先に家へ戻るか……。ンで、充電してからまた掛ければ……」

そう思案しながら歩行する彼の背後に、小さな影が接近していた。
やがてその影は無防備な腰に纏わりつく。




「わーい♪ やっと捕まえた! ってミサカはミサカは狙い通りのエンカウントにほくそ笑み
 つつアナタに飛びついてみたりぃ!」

194: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:27:03.28 ID:4SEpmCJp0


やけに覚えのある感触が腰から伝わってきた。そしてこの声。誰なのかは一発でわかる。


「うォわ!? っと………オマエ、こンなところで何してやがる?」


腰に巻かれた鬱陶しい腕をあっさりと解き、振り返って問う。
予兆無しで突然現れた打ち止めは、テヘへと舌を出して顰め面の一方通行を見上げた。そして、
次には不思議そうな顔を浮かべる。

「あれっ? 番外個体と一緒じゃないの? ってミサカはミサカは予想とは少し違った展開に
 あらぬ想像をしてみたり」

「その“あらぬ想像”ってのは不正解だボケ。っつか質問に答えろ。何でオマエがこンな場所
 で一人でいるのか訊いてンだよコッチは」

「うーんとぉ……それには海より深い事情がありまして、何と説明したらよいやら……。って
 ミサカはミサカは会見っぽく答えてみる」

「ははァ、また締め出されたのか。オマエも大概学習しねェな」

「な、何故バレたー!? ってミサカはミサカは衝撃のあまり身体を震わせてみたり…!」

打ち止めの顔が抽象画のように歪む。
首の関節をコキコキ鳴らしながら謎を自力で解いた一方通行は、番外個体を見つける前に飛び
込んできた厄介事に不快な気分を露にした。

「あンまり一人でブラついてンじゃねェよ。携帯持ってンなら誰かしらにすぐ連絡しやがれ」

195: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:28:06.35 ID:4SEpmCJp0


「正確にはミサカは今一人じゃないから心配無用なのだーっ! ってミサカはミサカは明言し
 てみる」


「あァン……?」


ちょうどその時だった。



「――――あ、いたいた! 初春、白井さん! こっち~!」


「――――どどど、どこですのおお!? 」

 
「――――ま、待ってくださ~い……はぁ、はぁ」



何やら煩そうで面倒臭そうな女子中学生たちがコチラへ向かって走ってくる。


「あ! おーい! ってミサカはミサカはお姉さん達に手を振って呼びかけてみる!」

196: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:30:13.91 ID:4SEpmCJp0


「何だァ…?」


やがて合流を果たした少女たちは勝手に再会を分かち合い始めた。

「急にいなくなるから心配しましたのよ!」と、やたらオーバーな白井黒子。

「はぁ……はぁ…」と、急激な運動で息が切れ、未だ整う兆し無しの初春飾利。

「……ねぇ、後ろの人って……だれ?」明らかに怪訝な視線を打ち止めの背後へ注がせるのは
 佐天涙子。


一方通行は雲行きが怪しくなる予感を覚えずにはいられなかった。まずい、何かがまずい。
脳が命令を送信する前にその予感は早くも的中してしまう。

「……ほぉ、もしかして誘拐ですのね? そうですのね! 運の悪いお方ですこと。わたくし
 は風紀委員(ジャッジメント)ですの!! 誘拐未遂の容疑で貴方を拘束させてもらいます!」

怪訝、どころではない完全な敵意が一方通行へ向けられた。
確かに状況だけ取ってみればそう見えるかもしれないが、ここまで人の話を聞かずにいきなり
拘束とは……。

「こンなのが風紀委員だァ? ……学園都市もいよいよ末期だなオイ」

そう零すしかなかった。
これをしかと耳に入れた黒子が気を荒立てるのは決して不自然ではない。

197: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:32:38.84 ID:4SEpmCJp0


「大人しくお縄につきなさい!! この性犯罪者!!」

完璧に喧嘩上等チンピラよろしくスタイルで戦に赴くツインテール少女。
職務真っ当10パーセント、私情が90パーセントと言ったところか。どちらにせよ厄介極まりないこと
に変わりはない。

「し、白井さんっ! 加勢します!」

「やっば……今バット持ってないや。けど、勝てそう! なんかこいつひょろいし、もしかしたら私
 一人でイケるかも!!」

呼吸が整った花少女とこれと言って特徴なさげな少女も好き勝手ほざきながらコチラへ敵意を向けて
いる。いっそぶっ殺して黙らせようかとも思ったが、そういうわけにもいかない。
迂闊に一般の、しかも女子中学生に殺気混じりの眼光を返す気にはなれない。
あくまで彼女達は勘違いしているだけなのだ。悪人とも思えない。ここはこちらが大人の対応を見せ
ておくのが妥当であろう。


「待てっつか、まず話ぐれェ聞こうって気にはならねェのかよ? オイ打ち止め。オマエもこの勘違い
 しまくってる馬鹿中坊どもに説明してやれ」


「う、うん! お姉さんたち待ってーってミサカはミサカは――――」


この判断はどうやら功を奏したらしい。
それから数分後、打ち止めの証言のおかげで何とか誤解はとけた。

198: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:34:40.87 ID:4SEpmCJp0


ほんの少し前までの殺伐さはどこへやら、和解に近い雰囲気が生まれていた。


「――まさかお知り合いだとは思いませんでしたわ。軽率に犯罪者扱いしたことについては心からお詫び
    申し上げます」

「すいませんでした~。早とちりしちゃいましたね…」

さっきまでの凄まじい覇気もすっかり沈下した黒子は深々と頭を下げる。
初春と佐天も嫌疑感を内だけに秘めて黒子に続き謝罪の言葉を送った。

「……わかりゃあ良い。でェ? オマエらはこのガキのダチか何かか? っつゥかオマエ、俺の知らねェ
 所でずいぶン愉快な交易広めてたンだなァ」

言葉の途中で打ち止めの方を振り向く。わけがわからないまま暴動に巻き込まれかけた立場としては元凶
をとっちめなければ収まりもつかない。

「途方に暮れていたミサカに救いの手を差し伸べてくれた親切なお姉さん達だよ。ってミサカはミサカは
 紹介も兼ねて説明してみたり」

「ふーン……まァ何だろォが構わねェが、こいつが苦労掛けちまったみてェだな。あとは俺が引き受ける
 から、オマエ達はもォ行け」

「………っ」

追い払うような言い方に三人の少女は顔を顰める。実際追い払いたいのは棚に上げたとしてもだ。
いくらこっち側に非があるとは言え、低姿勢を保つには少々受け流せない言い回しである。

199: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:37:31.02 ID:4SEpmCJp0


「……、失礼を承知で伺わせていただきますが、貴方はこの少女とどういったご関係ですの?」

「あァ?」

質問には少々の棘が含まれていた。考えてみれば不自然に感じるかもしれない。身元不明なガラも目つき
も良いとは言えない男と幼い無垢な少女との接点は、通常なら簡単に結びつきにくいだろう。
となると、新たな可能性も発覚してくる。この男が少女を誑かしているという、単純且つ明快な可能性を。

「関係だァ? ンなの、逆に俺がオマエらに問いてェよ」

「あわわ、この人はミサカの保護者代理っていうか……」

先ほどとは微妙に異なっているものの、やはり穏やかではないこの流れを感知した打ち止めが慌てて割り
込みを試みるが、

「えっ? 保護してる人って警備員の黄泉川先生じゃなかったっけ?」

佐天に指摘され、ギクリと動揺した。冷たい汗をだらだら流して思慮に明け暮れても適切な誤魔化し手段
は浮かんでこない。
しばし、気まずい空気が漂い続ける。

すると、この不穏な空気に痺れを切らせた一方通行はついに禁忌に触れそうな少女達の前で雰囲気を変貌
させた。


突如、それに呼応するかのように場の空気まで禍々しく変化する。

200: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:38:16.71 ID:4SEpmCJp0




「オイ……、こいつとどォ馴れ合おうが口出しする気はねェ。だがな、余計な詮索は決してタメになると
 も限らねェ。……これは警告だ。踏み込ンじゃいけねェ領域ってのを見極められねェよォなら、いつか
 そのツケをもろに頭から被るハメになっちまうぞ。知らねェ方が幸せな事実なンざ、この世にはいくら
 でも転がってンだぜ?」




201: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:41:18.72 ID:4SEpmCJp0


低く、重く、調子のガラリと変わった凍てつく声が少年の口から発せられ、三人の心臓をドクンと揺らした。
ほぼ同時に寒気がゾクリと全身を走り、凍りついた表情で一方通行を見つめる少女たち。

彼女たちはまだ知らない。

この半端ではない威圧感を演出している少年の正体を。
崇拝してやまない御坂美琴より、更に高い位置に君臨している事実を。

現時点で分かっているのは、この紅い瞳に白髪の少年は只者ではないという事のみだ。
“関わったらヤバイ”彼女達の本能が無意識にそう警告した。


「………手間を取らせたのは詫びる。別に脅したりどォこォするつもりはねェンだ。すまなかったな。
  ただ、こンなガキでも良かったら、これからも是非仲良くしてやってくれるとコッチとしても助かる」


得体の知れない不気味なオーラを解除した一方通行は、穏やかな空気を再び戻して述べた。


「行くぞ、打ち止め」


打ち止めに一声だけ呼びかけて、その場から去っていく一方通行。


「あ、待ってよぉ! じゃあ、またねお姉さんたち! ってミサカはミサカはお別れの挨拶と共に手を
 振ってみたり!」

202: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:43:29.04 ID:4SEpmCJp0


先を歩く一方通行にすぐさま追いついた打ち止め。
未だ動く気が起きずにいる黒子、初春、佐天を残して不審な少年と幼い少女は人込みに消えてしまった。


「……なんていうかさ、怖かったね」


最初に発言したのは佐天。顔色が少し悪くなっていた。


「わたくしも……何と言いますか、硬直してしまって言葉も発せませんでしたわ。あの殿方の目………
 おそらくわたくし達では想像もつかないほどの修羅場を体験しているような……そんな感じですの」


果敢な性質の黒子ですら身動きできず、一方通行が一瞬放った眼光を思い出すだけで震えが尚も止まら
ない状態らしい。


「うぅ、鳥肌がまだ……。けど……あの人、どこかで……」


初春はさっきから何かに迷走しているみたいだ。しかしいくら記憶を遡っても、とうとう思い出すまで
には至らなかった。


三人はこの日、言いようの無い恐怖を経験した。
それは不明確で実体すら掴めない程度でしかないが、確かに全身へと行き届いていて、今も離れない。

203: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:44:24.04 ID:4SEpmCJp0


一方通行は、特に大したことをしたつもりはない。
ただ、興味やら下卑な考えで境界線を越えてしまいそうになった少女達に導きを示してやっただけだ。
知ってしまえばそれだけ危険も無意味に加算されるという事を、己が一番よく分かっていたから。

「ねーねー、番外個体と一緒じゃないのはどうして? ってミサカはミサカは思い出したように尋ねて
 みたり」

すぐ隣りでベタベタと寄り添ってくる打ち止めだが、番外個体で慣れてしまったのが痛い。
鬱陶しさの軽減された感覚に「うぜェから離れろこのボケ!」とは怒鳴れずにいた。

「ちょうど捜してたトコだよクソが……。ってェかさ、オマエなら居場所わかるンじゃねェのかよ?」

「あッ!?」

一方通行の見解は的を射抜いたようだ。
打ち止めはまたまた思い出したとばかりに仰天する。

「ったく、これだもンなァ……。お叱りはナシにしてやっからとっととあいつの居所を吐きやがれ」

「はーい。ってミサカはミサカはネットワーク接続モードとっつにゅ~♪」

しばらく彼女のために立ち止まって待機するしかない。
その辺の電柱に寄り掛かった一方通行はひとつ大きな息をはく。
どこかでのんびりコーヒーでも飲みながら休みたい気分だ。冷気が頬と耳の神経を凍らせているのが
外にいつまでもいる厳しさを語っているようである。

そして、


204: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:45:25.84 ID:4SEpmCJp0


「19090号はっけ~ん! ってミサカはミサカはアナタに吉報を伝えてみたり」

「よし、でかした。……で、あいつはどこにいる?」

要点だけを正確に伝達するよう暗に諭す。
途端、打ち止めの表情は何故か曇り、言いにくそうに追加した。

「……けど、ちょっと遠いかも。ってミサカはミサカは残念なお知らせを残してみたり」


「はァァ? マジかよくそォ………。更に面倒っつか、事態が余計に悪化しただけじゃねェか」


電柱に寄り掛かったまま一層深いため息を零す。
一体いつになったら番外個体に会えるのやら。一方通行は不吉な未来を予知せずにはいられなかった。


206: ◆jPpg5.obl6 2011/04/03(日) 20:52:11.68 ID:4SEpmCJp0



美琴「なに……? まさか、猫プレイ中ですか?」


上条「え? なに? 待って、マジで把握できないんですけど!?」



―――――――


打ち止め「ねえってば! ミサカの存在はもう忘却の彼方!? ってミサカはミサカは空気と一体化しそう
      な局面を恐れてみたり!」


一方通行「腐った生ゴミの匂いがプンプンするぜェ。こいつを見逃すって案は即却下だなァ」



―――――――




禁書目録「ほえぇぇ……。ああ、また日本特有の伝承魔法が私を安眠世界へ誘おうとしているんだよぉ~」

222: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 20:29:05.19 ID:EpQqUMcy0


―――


上条当麻が居を構えるごく一般的な学生寮。ここには一人の少女が住みついている。

その少女こと禁書目録は上条当麻管轄のもと、学園都市に在住するシスターである。
以前に神の右席の一人である右方のフィアンマが、『自動書記』の遠隔制御霊装を強奪の果てに使用
したことで意識不明に陥り、更には自動書記状態に覚醒したりと未曾有の大事態を引き起こしたりも
したが、現在は上条と共に平和な毎日を送っていた。


そんな世界を揺るがしかけた『禁書目録』を司る少女は今、こたつで丸くなっていた。
おまけに追加すると、彼女が以前に拾った三毛猫とは領土獲得権の問題で絶賛敵対中だ。



「ほえぇぇ……。ああ、また日本特有の伝承魔法が私を安眠世界へ誘おうとしているんだよぉ~」



朦朧とした目でうわ言を漏らす禁書目録。おそらく彼女をここから出すのに物理的手段は通じない
だろう。そう思わせるほどに一体化した彼女は自分の領地へ侵入しようとゴロゴロ蠢く獣に注意を
促した。

「あ! スフィンクス駄目なんだよ! 領土を巡って結ばれた和平条約を早くも破るつもりなの!?」

禁書目録の警告も猫の脳には伝わらない。
同じ場所で丸くなるのに飽きた三毛猫はさりげなく禁書目録の私有地へと侵入を試みた。

223: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 20:30:41.88 ID:EpQqUMcy0


「ふぁ……だ、だから駄目だってばぁ。スフィンクスぅぅ……くすぐったいかも……あぁ…」

そのままあらぬ場所まで三毛猫は容赦なく進行した。そこは表現するならまさに秘境。
こたつで火照った頬が別の意味で朱色に染まっていく。

「いや、う、動いたら……っ!」

もぞもぞと死角で行われる再度の領土争い。しかし実際の戦場は血生臭さに溢れたものとはかけ離れ
すぎていた。

「ううう、いくら拡大を要求されてもこの場所から立ち退くのだけはいやだぁぁ……!」

放送禁止な部点を縦横無尽に弄られ、身悶える禁書目録。
それでも屈しない、降伏するわけにはいかない……!! と何故か無駄に意固地なのは今居座る場所
こそがベストスポットだったからだ。
が、口ほどにもなく限界点が見えてくる。

「あっ、そ……そこは一番まずいかもぉ。やめてスフィンクス! 実力行使なんて卑怯且つ横暴なん
 だよ!! そこまでして“楽園”を独り占めしたいのかな!?」

視界で確認不可能な所にいる三毛猫相手に禁書目録は本気で声を飛ばした。
でも残念。猫は答える代わりにもぞもぞするから、性質の悪い結果しか訪れてくれない。
仕方なく所有地をいったん放棄し、修道服に潜り込んだままの猫を除去する作業に取り掛かる。
仰向けのまま自身の身体をまさぐり猫を掴もうと孤軍奮闘する。
たまに敏感な場所に自ら触れて変な気分を起こすが、全て錯覚だと言い聞かせた。

224: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 20:33:32.30 ID:EpQqUMcy0


そうしている内にだんだん苛々も募ってきていた。
何故こたつで丸くなっていただけでこんな事態を迎えたのか、ある少年ではないが「不幸だ」と叫び
たい衝動に駆られ始めた。

そしてある少年の受け売りなどではないが、不運というのは嫌なタイミングで重なることも長い人生
の中ではしばしばあったりする。
禁書目録にとって今がそれだと強く実感するのは、自室のドアがこんな最悪の時にガチャリと開放さ
れてしまってからすぐの時だ。



「――――たっだいま~、インデック……ス?」


「――――お、おじゃ………ま…?」



“します”まで言えなかったのは本当に自分は今邪魔だったんじゃないか? と疑心したからに他
なかった。
上条当麻と奇しくもこれが初来訪となった御坂美琴は、入室後に二人揃って固まった。
そんな真っ最中、美琴がうっかり口走る。



「なに……? まさか、猫プレイ中ですか?」

225: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 20:36:58.77 ID:EpQqUMcy0


「…………ッッ!!」


ボフン! と頭に爆発音が響き、同時に煙が発生する。
赤面で済ますには些か生易しいリアクションだ。
猫に侵食されたから足掻いていたなどと馬鹿正直な言い訳ができる精神状態ではない禁書目録は、
とにかくまず拳を震わせてから上条をロックオンする。


「え? なに? 待って、マジで把握できないんですけど!?」


「―――――とうまァァァああああああああああっっ!!!」


気合一閃で三毛猫を修道服洞窟から追い出し、最大の武器である前牙を最大限に唸らせる。
彼女の感情を昂ぶらせた時は大体いつもこのパターンだ。
すぐさま上条は交渉しようと悪足掻きに打って出るが、遅かった。


「待てインデックス! 穏便に、どうか切に穏便な対処を所望しッ――――んぎゃあああああ!!!!」


希望に縋るも、虚しく咀嚼される上条。
美琴もなんだかんだ口実を駆使してやっと上条宅にお呼ばれまで進展したというのに、感動する暇
すら与えられなかったことに不満が隠せない。上条の悲鳴と美琴のため息が平行して綺麗なハーモニー
を奏でた。

この時点で、様々な意味で先が思いやられそうだ。と美琴は心中で呟かざるを得ない。

226: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 20:39:21.22 ID:EpQqUMcy0


―――


「………ン?」


そんな騒動など我知らず、打ち止めと並んで街路樹を歩いていた一方通行は不審な気配を感知した。


「どうしたの? ってミサカはミサカはアナタの異変にいち早く気づいてみたり」


少し前で同じく立ち止まり、振り返る打ち止めの声を無視した一方通行は違和感を生み出している
原因の車道に目を向けた。

(あァン? ………おいおい。白昼堂々って時間でもねェが、よりによって目の前通過させるとか
 何考えてやがる? ただの馬鹿かそれとも確信犯か…)

車道の路肩に停車している一台のバス。特にこれといった特徴はないように思える。
だが、暗部駆逐のため暗部に身を構えている一方通行の肥えた目は誤魔化せなかった。

「確認しておく必要性大だな」

歩く方向を車道側へ向けた一方通行に当然の制止が降ってくる。

「ねえってば! ミサカの存在はもう忘却の彼方!? ってミサカはミサカは空気と一体化しそう
 な局面を恐れてみたり!」

227: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 20:42:43.16 ID:EpQqUMcy0


「黙ってろ、そしてそこにいろ。絶対について来ンな」


言葉だけ粗末に返し、打ち止めをそこに置いたままガードレールを踏み越えて不審車両に接近する。
あれこれ文句が背後から聴こえてくるが、言われた通りついてこないので特に気に止めない。

用心のため、いつでも最強の椅子に降臨できるよう右手を首元へ構える。
そして、左手は懐の拳銃を抜き取れるよう備えておく。


が、しかし。


謎のバスまでの距離推定約四メートル地点、それは唐突な出来事だった。





「―――!!?」





突如、おもむろに開く降り口のドア。その中から姿を見せたのは、人間の原形とはほど遠い姿。
それが何なのかを確かめる前に、中にいた正体不明の何かは無駄のない動作で先攻に移った。

228: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 20:45:04.94 ID:EpQqUMcy0


「ッッ!?」


咄嗟に構えた右手を高速で動かし、スィッチを切る。と同時に右腕部分から放たれた戦車装備
クラスの砲撃が肉体を直撃する。
更に無駄の一切ない翻しで砲撃手はバスの中に戻る。バスはその直後にドアの閉まる音と共に
急発進した。


後に残るは砲撃で舞い上がった大量の砂埃。
中心にいるはずの少年の安否は煙で確認が取れない。人だかりが瞬時に集まる中、打ち止めは
ショックのあまり卒倒しそうになるが、人込みを小さい体を駆使して何とか掻き分け進む。
この場で最も爆発に巻き込まれた人物の身を案じている彼女は「どいてっ!! お願いだから
通してよぉ!!!」とムキになって叫び続ける。


やがて煙が少しづつ、晴れていく。

中央に彼は―――――いた。

まず、首を一回ゴキリと鳴らす音。続いて周囲のどよめく声が辺りに反響した。


「さァて、こいつは果たしてどォ始末をつけたらイイか―――――訊くまでもねェか」


久しぶりに表れる狂笑。
いきなり殺傷手段に打ってきた。これ以上にわかりやすいものはない。

229: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 20:46:05.97 ID:EpQqUMcy0





「―――――腐った生ゴミの匂いがプンプンするぜェ。こいつを見逃すって案は即却下だなァ」




230: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 20:47:27.49 ID:EpQqUMcy0


ギョロリ、とバスの逃げた方向を見据える。

そして直後、轟音と共に一方通行の姿がその場所から消えた。
瞬時に爆発的な速度を生み出し、目標物の追跡を開始したのだ。


それから一方通行は確信する。

あの車両は紛れもなく『暗部』絡みの異物だと。

穏やかな景観とは似気ない、相応しくない存在だと。

犠牲や巻き添えもお構いなしで発砲した砲撃主はおそらく―――――駆動鎧(パワードスーツ)。
一瞬しか姿を捉えられなかったが、今まで見たタイプとは形状が異なっているのは確かだ。
あの奇怪な形、人が身を包む仕様にできていないのは明白である。中に空洞でも設けていれば話
はまた別なので、まだ断定はしきれない。とりあえずは無人型の可能性が最も高かった。

そうして思考を凝らしている間もバスに見立てた不審車両はグングンと加速を増し、一方通行と
の距離をどうにか広げようと苦闘している様子が窺える。


(あのタイプは見た事がねェ。……どォやら極秘で造られていた最新鋭らしいが、ここで一体何
 をしてやがった? どンな目的で? ………って、ソイツも直接訊いた方が手っ取り早ェか)


どちらにせよ、ここで見逃すわけにはいかない。何の前兆か定かではないが、自分にとってあれ
が後に障害とならない確証はどこにもない。不安要素は全て排除しておく必要があるのだ。

231: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 20:48:51.80 ID:EpQqUMcy0


(話なンて流暢に聞き出せる状況じゃなさそォだが……まずは停止させなきゃ話になンねェ)


弾丸と化した一方通行の身体は逃亡したバスの全影を瞬く間に通過した。
街のど真ん中の一般道で高速道路並の速度をあっさりと追い抜いた一方通行は遥か前方に着地し、
標的の到着を待つ。


(バスに偽装した工作車両か。……あンなモンがまだ出回ってたとは知らなかったぜ。俺の目ェ
 一つじゃ行き届かねェのは承知してたが、思ってたより早く尻尾が掴めそォだ)


視界に捉えたバス。いや、工作車両が猛スピードでコチラへ突っ込んでくる。
道路の中央で一方通行は進路を阻害し、その時を待った。


やがて―――――



「……ッ!?」




――――偽装されたバスは一方通行の張った膜にあえなく弾かれ、強烈な爆発音を轟かせてから
     木っ端微塵に吹き飛んだ。

232: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 20:51:13.99 ID:EpQqUMcy0


「ッ…クソ……、調査するには不都合すぎるなこりゃ。ちっとぐれェスピード落としやがれっつの…」


炎上したバスを前に「こりゃマズイな…」と頭を掻き毟る一方通行。
減速するどころか加速したまま突っ込んで来るとは予想していなかったのだ。
防衛のためとは言え、反射はやはり得策ではなかったと少し後悔した。

後でこの出来事については上の連中に確認しようかとも思ったが、そこで引っ掛かる。


(待てよ……、俺の目に触れさせたくない件が絡ンでるとしたら、どォ尋ねてもはぐらかされるだけに
 終わりそォだ。ここは自力で根源を突き止めた方が無難か?)


とりあえずバスを覆う邪魔な炎は風で鎮火させ、焦げ臭さの漂う残骸へと近づいてみることにした。
さっきの駆動鎧もこれではひとたまりもないだろう、と一方通行は高を括る。

それがまずかった。


「!!?」


ゴトリ…! と瓦礫に埋もれた残骸が動いたかと思った矢先の事だった。

駆動鎧が瓦礫を力任せに薙ぎ払い、再び一方通行の前に姿を現す。
ただ、見るからにボロボロで動きに軋みが生じているのが遠巻きからでも確認できた。
もうスクラップ寸前、といったところか。

233: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 20:53:33.29 ID:EpQqUMcy0


『ぐ……!』


駆逐鎧の中から声が聞こえた。中の人物もどうやら相当の重傷らしい。
人の原形を留めていなかったから無人タイプだと推測していた一方通行は、苦虫を噛み潰したよう
な顔で接近する。
だがそれと同時に、生存していた事実に多少ながら安堵もした。


「まだ息がある内にオマエの知ってる事を全部ブチまけろ。そォすりゃ後の事は請け負ってやる」


とりあえず、こいつは病院送り決定だ。と一方通行は心中で吐く。

けれども、敵として認知している人間の発した戯言を真に受けるのは中々にして難しい。
当然だが、この言葉に耳を貸すはずがなかった。
向けられた銃口から、不条理にも消したばかりの炎が再出される。火炎放射器だと認知した時には
辺りが火の海の化していた。
逃亡も戦闘も不能に追い込まれた組織の人間が取る典型的手段。


それは、“全てを焼き尽くして何も残させないこと”だ。
その“全て”には無論、自分自身も含まれる。


「チッ」と舌打ち後、一方通行は自身に降り掛かる炎と周りの炎網壁を一緒に吹き飛ばす。
ありとあらゆる能力に恵まれた学園都市が誇る最強の力は伊達ではない。

234: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 20:56:31.33 ID:EpQqUMcy0


「クソが!」


触れた大気のベクトルを通じて更に遠くを流れる大気をも操る。
これで離れた位置にいる物体ですら思いのままに翻弄できるのだ。
それ以前に自分の手中範囲である気圧を全力で弾き飛ばしてしまえば、重機程度なら無力化させる
くらい造作もない。


外壁に激突させ、意識を刈り取った駆動鎧に一方通行は歩み寄る。
こうしてよく見ると何とも奇妙なデザインで、昆虫を思わせる形状をしていた。

すっかり焼失してしまい、元の原型もわからず真っ黒焦げになった工作車両を一瞥した一方通行は、
機能停止した鎧を引っぺがそうと企む。

まだ息があるか、一応のチェックだ。もし希望が残ってそうなら応急処置も施す必要がある。
結局手荒い方法になってしまったが、彼等の立場を考えればそれも仕方が無いのかもしれない。
頑丈な装甲にひびが入り、直に面が割れそうになる。あと一呼吸の間に鎧の素顔を拝見するくらい
わけもなかった。



が、その寸前に新たな邪魔が入る。



「……あァン?」


235: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 20:59:09.00 ID:EpQqUMcy0


キキーッ! と急停車する音が唐突に聴こえ、思わずそちらの方に注意を向けた。
すると同タイプの駆動鎧が戦艦から飛び出す魚雷のように続々と大型バスから降り次いで来る。

何体いるか、なんて愚鈍な考えはこの時点でもはや起きない。


「………なるほど、こいつはよっぽどの件らしいな……。最新鋭が知らねェ間に大量生産されて
 ました、ってか」


我関せずで引き返すには既に手遅れの段階まで来たらしいが、それがどうした。と、一方通行は
鼻で嗤った。


「だったら、尚更見逃す手はねェよな?」


連中はもはや警備員だとか公機的な妨害など気にも留めていないようだ。
ならこっちも図に乗らせてもらうだけ。
まずはどちらに軍配が上がるのかを丁寧に指し示してやる。あくまで彼流のスタイルで。


「悪い事ァ言わねェ、オマエ達が腹に据えてる情報を恙無く吐きさらせ。そっちに交戦意思が無ェ
 ってンなら、俺もこの場を血の池にするつもりはねェよ」

『それは忠告のつもりか? いつから平和主義者に目覚めたのか、是非お尋ね願いたいな』

236: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 21:01:02.30 ID:EpQqUMcy0


向こうから返ってきた答えはこんなものだ。まぁ、ある程度の予想はできていた。


「ふン、“平和主義”ねェ……」


学園都市は今、戦後モードの平穏カムバック状態だ。
木原数多の一件も終結してからは青い空と笑顔の続く日が絶えない。
そんな街で血混じりの喧騒など、できるなら起こしたくはないのが本意なのだが………この輩は
どうやら違うらしい。


『恨むのなら、“見つけてはならない穴”を見つけてしまった己自身を恨むんだな』

「穴だと……?」

『これ以上は無意味な会話だ』


それ以降、彼等が言葉を発することはなかった。代わりに一方通行へ突きつけられた大量の銃器
が今後の工程をもの語ってくれた。


「……手間ァ取らせねェからとっとと地獄へ堕ちろってか? 安い問禅よりかはまだストレート
 で好感が持てるけどな、生憎そいつは乗れねェ相談だ。黙って渡せるほど安い命じゃねェンでよ」


言い終わりを見計られたように、ライフル弾が一発頬の横を通過した。


………交渉の余地すら残っていないようだ。

237: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 21:02:53.44 ID:EpQqUMcy0


「チッ、見た目にそぐわねェほどにヤンチャなやつらだ。何もそォ行き急ぐ事ァねェだろォに」


自分自身の命を脅かされても、相手の命を悪戯に奪ってやろうとは思わない。
とは言っても、向こうは完全にやる気だ。こうなっては無抵抗というわけにもいかない。
できることなら穏便に事を運びたかったのが本音だが、もはや贅沢は言ってられなさそうだ。


(全員を無傷で片付けるのは正直確約できねェが……なるべくそれに近くなるよォ、一応は努力して
 やるか。ったく……。けどまァ、闇世界に居座り続けてりゃこォいうワケの分からねェやつらにも、
 いずれは付け狙われる運命にあったンだろォし、今更文句垂れた所で状況は何も変わりゃしねェ……)


やはり、ここは腹を据えてやるしかない。
彼等全員を無力化させるだけなら幾らでもやりようはある。


「ハイハイわっかりましたよォ。あとは好きに行動すりゃいいさ。ただし、一方的なお仕置きタイム
 になっちまうのはもォこの段階で既に見え見えだがなァ」


両手をヒラヒラと上げたまま、余裕を崩さない素振りで戦況を計る。
だが直後、一方通行の目つきが変わるのを確認した駆動鎧は一切の油断を感じさせない臨場感を生じ
らせる。構え直された銃の鳴らす鉄音だけが、付近を不気味に占領した。



しかし、このまま戦闘が開始されると思われていたまさにその直前。

238: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 21:03:54.37 ID:EpQqUMcy0




「はぁ、はぁぁ……やっと追いついたよぉぉ。ってミサカはミサカはもうへとへと……って、あれ?」





239: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 21:05:33.23 ID:EpQqUMcy0


一方通行が神経を一層尖らせた―――――――ちょうどそれにピッタリと重なる瞬間だった。



「なッ!!!?」



この場でもっとも不釣合いな声明に、一方通行はただただ驚愕するしかなかった。


「うわっ、なにこの凄惨な光景……。ってミサカはミサカはちんぷんかんぷん……。あっ! おーい!」


一方通行の姿を確認するや否や、状況が掴めていない打ち止めがこちらへ走り寄ってきた。
頭を抱えたいが、残念ながらそんな場合ではない。一方通行はすぐさま叫び声を上げる。


「馬鹿!! コッチへ来るなクソガキ!!! あっち行ってろォォ!!!!」


全部隊の目線が、呆然と立ち止まった少女へ向けられる。
まずい……!! ただならぬ前兆に肝を冷やした一方通行は、俊足で打ち止めの元へと繰り出す。

そしてその不吉な予感が今、現実のものとなって降り注ごうとする。



(クソっ……たれがァァあああああああ!!!!!)

240: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 21:07:22.00 ID:EpQqUMcy0


不条理に放たれるガトリング・ガン。
小さな的には多大すぎる物量が今や遅しと迫り来る。


だが、




「―――――うァァああああああああああああああああ!!!!!」




させるか!! とばかりに中間点へ降り立った一方通行が数知れない弾丸を全て弾き飛ばす。

一発たりとも通してなるものか! 無我夢中な彼の脳は唯一そう叫んでいた。


しばらくの間、響き渡る火器重機による激しい轟音。



やがて、撃ち方が止み、巻き起こった粉塵が霧晴れのように薄らいでいく。
そこにいたのは、全弾を防ぐのに成功した鬼の形相の一方通行とすぐ後ろで腰が抜けた打ち止めのみ。
どうやら打ち止めに実害はないようだ。
しかし、もはやそういった次元では収まりのつかない事態が発生していることに、果たして敵側の方
は気づいているのだろうか。

241: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 21:09:30.96 ID:EpQqUMcy0


そう、例えば血相を変えて銃弾の嵐に割り込んだ“最強超能力者の逆鱗に触れてしまった”事とか。


今の一方通行を一言で表すなら、爆発寸前である。


眉はピクピクと小刻みに揺れ、顔面は今にも崩壊しそうなほどに歪んでいた。
そんな状態とは不相応な声で背後の打ち止めに語りかける。



「打ち止め……、今から俺が言うことをよく聞け」



「あ……あ……」


萎縮した細声がボルテージを増加させる。一体誰がこの小さな少女をここまで怯えさせた?
こいつらの、目の前で戦闘態勢を維持し続けるこのイカレたクソ野郎どもの仕業だ。
感情が、“怒り”と“憎しみ”で埋められていく。

だが、臨界点を超えてしまう前に成すべき使命が残っていた。
この恐怖で震えている少女を――――ここから無事に逃がすこと。

242: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 21:10:40.66 ID:EpQqUMcy0


「いいか。百八十度転回した後は全速力で走れ。絶対に立ち止まるな。振り返るな。息が続く限り、
 とにかくひたすら走り続けろ。わかったな?」


胸の内とは真逆に思えるほどの静かな命令には、嵐の前の前兆のようなものが籠められていた。
打ち止めは大きく首を頷かせるが、その目からは不安感が読み取れる。


「あなたはどうするの……? ってミサカはミサカは……」


「俺の心配は要らねェ。オマエは自分のことだけを考えろ。人の多い場所へ移動したら誰かにでも
 助けを求めるンだ。……なァに、すぐ迎えに行ってやる。シケたツラしてンじゃねェよ」


一瞬、一方通行の口端が妙な形に歪んだのを打ち止めは見逃さなかった。
同時に戦慄が走る。
やばい、何かがやばい。このままではこの人が壊れてしまいそうでとても恐い。
漠然だが咄嗟にそう思えた。
しかし、自分では止めるどころか更に現状が悪化してしまうとも感じてしまう。
ここは一方通行に従ってこの場から退き、できる限り迅速に助けを呼んだ方が良さそうである。

打ち止めはそんな心中と不安感を隠しつつ、上辺の返事を述べた。


「うん……。って、ミサカはミサカは素直に従ってみたり。必ず来てね? ってミサカはミサカは
 念押ししてみる」



「おォ。――――よし、走れ!!!」

243: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 21:12:51.30 ID:EpQqUMcy0


すぐさま後方へ振り返り、ダッシュで駆け出す打ち止め。
だが、“利用材料を逃がすものか”と、走る打ち止めに躊躇いなく兵器を向ける駆動鎧集団。

だが、瞬きをする間もなく一方通行が往生し、それを阻む。
そして語り出す。



「やべェな、オイ。オマエら………不運なンて言葉じゃ取り返しつかねェことしちまったなァァ」



顔は、ただ不気味に笑っていた。

果たして、この笑顔の裏に隠れた心の正体は?


喜び?
楽しい?
面白い?


いや、残念だがいずれも該当しない。

答えはただ一つ、“狂気”。
破壊を好んでいた彼がかつて露にし、表面で剥き出しにしていた彼本来の素顔。
久しく失われていた、熱く滾る懐かしい何かが、彼の内で静かに目を覚ます。

全てを放棄し感情のままに暴れ狂い、そして滅亡させる。

244: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 21:14:36.95 ID:EpQqUMcy0

堪忍袋の緒というものが二本存在するとしたら、一本目と一緒に二本目も切れてしまったような――――。

決して一方通行の沸点が低いのではない。
ただ彼にとって打ち止めや妹達、番外個体は今やそれほどの存在なのだ。
危険の隣りに身を置かせる事すら断じて許し難いほどの―――――。


「あァ、何かもォ………色々と段取り踏ンでやる気分じゃなくなったわ」


思考回路が“抑止”という単語を忘れた。
ついでに容赦や慈悲といった心も取り払ってしまった。
しかし、もう手遅れだ。
彼等は侵してはならない領域にまで侵入したのだ。駆逐するのにこちらが躊躇する理由など、もうどこにも
存在しない。





「殺す」






245: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 21:16:14.47 ID:EpQqUMcy0


それだけで充分だ。初めからそうすれば簡単に事が進んでいたのだ。
無意味な警告などはもう要らなかった。いや、最初から要らなかったのだろう。
そもそも話し合いで片付ける前提でいた自分が今では滑稽にすら思える。



「せめて覚悟くらいは決めさせてやるよ。―――――――――このクソったれ共がァァァ!!!」



絶叫と共にあふれ出す獰猛な殺気。
打ち止めは逃がした。ひとまず矛先を向けられているのは自分だけだ。これ以上に好都合な状況
はない。
あとはどう転ぼうが、知ったことか。完全にブチ切れてしまった。
自分も敵も、もうこれで後には退けない。
ただ一つ、“殺る”か“殺られる”か―――――。


一昨日前までは片鱗すら見せず、深い底へ沈ませていた黒い影。
暗部に留まりながらも、少なからず平穏な暮らしの影響により眠っていた闇。
かつて自らを象徴していた狂乱な一面、そして虐げることに快感を持つ腐りきった性質。



この時、それらは全て惜しみなく最前面へと押し出されていた。

246: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 21:17:21.71 ID:EpQqUMcy0
一方さんブチ切れた辺りで切らせて頂きます
では次回をチラリ

247: ◆jPpg5.obl6 2011/04/06(水) 21:20:15.74 ID:EpQqUMcy0



芳川「ところで、貴女がいるということは彼も一緒なのかしら?」


番外個体「うんにゃ。あいつはミサカを放っぽって暗闇の迷子さんを演じてるんじゃないかなあ」



―――――――





一方通行「ぎゃはは!! ぎゃはっ、 ぎゃはははははっっ!!」



262: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 21:57:00.46 ID:d9kfNYEk0


―――


番外個体とミサカ19090号は大量の買い物袋を手に提げ、大型デパートの中から出てきた。
一方通行に支給された小遣いはこれで全部使い果たしてしまったが、後悔していない。
我慢や忍耐など、持っていたところで無駄に吹き溜まりを増やすだけだ。

貯金設計の有意義さを理解しようとしない番外個体の表情は至って晴れやかだった。

並行、ではなく二歩分後ろを尾く19090号は荷物持ちに巻き込まれ、不平不満な心情を露出させる。
しかし彼女の性質は引っ込み思案の内気お嬢様タイプ。
前方を歩く上機嫌の“見た目は姉、設定は妹”な人物に向かって堂々と文句を飛ばすなど、できる
はずもない。


(はぁ……。まるでミサカはこの個体の腰巾着みたいです。と、ミサカは諦めがちに呟きます。
 立場的にはミサカの方が姉のはずなのに………クスン)


仕方ない。あのミサカはこのミサカより全てにおいて高性能なのだ。
身体(スタイル)も、能力も、とてもじゃないがガチで挑んで勝てる気がしない。
弱者は強者に仕える法則の定義がここに成り立っていた。



「―――まあ、貴女たち。外で鉢合うなんて珍しいわね」


263: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 21:59:34.77 ID:d9kfNYEk0


そんな関係が破綻しないまま、二人は自分達と由々しい人物に遭遇した。
番外個体はその人物を見てすぐにハッとする。

「あ、あなた……昨日の」

「芳川桔梗よ。改めてよろしくね、番外個体」

前日に黄泉川宅で卓を囲んだ芳川の登場に番外個体は僅かな動揺を露にする。
当然彼女のことは“事前情報”で知ってはいるが、逆に言うと表状の上でしか知らない。
今のところの印象は“いい年こいてまだ悪あがきして身体レベルアップに精を出す行き遅れ”
といった感じだ。

芳川はそんな己へのイメージなど知る由もなく、あることに疑念を抱いていた。それは、先ほど
から自分に対し、しきりに救いの女神的な眼差しを放っている19090号の存在だった。

「……妹達? 番外個体、この子は……?」

「ミサカのおもちゃ♪」

「みっ、ミサカの検体番号は19090号ですっ! とミサカは挨拶を意識しつつ番外個体の前言を
 速攻否定し…………」

人が往来する道のど真ん中で語尾を荒げた自分が恥ずかしくなったのか、どんどん小さくなって
いく19090号。この個体から明確に感じ取れる“照”や“恥辱”といった意思に、芳川はくすりと
微笑みを浮かべた。

264: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 22:00:54.67 ID:d9kfNYEk0


「ふふ。少し見ない間に、だいぶ感情表現が豊かになったわね。これは喜んでいい事かしら?」

「さあ、ミサカに訊かれてもねえ……」
 
肩を竦めて何故か申し訳なさげな心理を表象する19090号を尻目に芳川は話を進めた。

「ところで、貴女がいるということは彼も一緒なのかしら?」

「うんにゃ。あいつはミサカを放っぽって暗闇の迷子さんを演じてるんじゃないかなあ」

「?」

答えの意味がよく理解できなかったが、どうやら一方通行は一緒じゃないらしい。
それだけでもわかった芳川はあまり深く追求しないように振舞った。

「まあいいわ。………あ、そうそう。ちょうど貴女に渡したいものがあったのよ」

今思い出したかのように告げる芳川。
まさか胡散臭い矯正ものやら健康グッズやらの世界にミサカを巻き込むつもりではあるまいな…?
と、あからさまな不信感を募らせる。


「はい。着る物に困ってるかは知らないけど、あって損はないでしょ?」


そう言われて渡されたのは服一式程度なら入りそうなサイズの紙袋。
よく見ると何やら“懸賞”の文字が書かれた紙が付着している。

265: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 22:03:22.90 ID:d9kfNYEk0


「え…? これは……」

「福引で当たったのよ。豪華温泉旅行ペアチケットほど上等なものじゃないけど、良かったら
 もらってくれない?」

「はぁ……この感触から察するに、もしかしなくても服?」

ホッチキスで閉じられているため、中は確認できない。袋の外側から物色した番外個体は適当
に推測してみた。それ以前に渡す時、“着る物”発言されているのでほぼ確定である。

「サイズが合いそうにないのよ。丈やらウェストやら私とは異なるサイズが組み重なっちゃっ
 てねぇ……。あ、でもバスト周りはあなたにピッタシのはずよ?」

どう考えても不要物を単に押し付けた感が否めないが、タダでくれるのなら一応はもらって
おくことにした。隙間から僅かに見える独特なデザインは胡散臭さも湧き立たせていた。


「『アオザイ』って言うベトナムの民族衣装よ。主に正装用みたいだけど、土産物としても
 流出しているわ。チャイナドレスのようなものね」


中身について懇切丁寧に解説する芳川。

「ふうん……。じゃ、ありがたく貰っておくね」

見慣れないものに興味が持てないわけではない。帰ったらとりあえず試着決定だ。
そう腹に据えた番外個体は芳川に礼を言い、雑談もそこそこにその場で別れた。

266: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 22:04:49.24 ID:d9kfNYEk0


「はい19090号、荷物追加ね。ミサカ(と一方通行)の家に着くまで落としたらデコピンだよん」


「うぅ……悪魔ぁ。……というか、あなたの家までミサカも同行決定なのですか!? とミサカは
 気が遠くなりつつも確認を取ります……」


「愚問は受け付けないよ? ってか、ミサカだって重いし。可愛い妹個体にあなたの持ってる手
 荷物全部抱えて一人帰れだなんて、薄情とか思わない? あーあ、重いよーう。これ全部持って
 歩くなんてミサカ無理ぃー。でも姉が手伝ってくんないなら仕方ないか……よよよよ」


見るからに態度が急変した番外個体に戸惑う19090号。今度は同情を誘う算段のようだ。
逆に親切心を疼かされ、命令されるよりも拒絶し難い空気が瞬時に出来上がっていた。


「……わかりましたよぅ。と、ミサカは降参のポーズをとって承諾します」


そう言うしかない。
ええい、こうなりゃとことん付き合ってやりますよ。可愛い(?)妹のためですもん。
と、19090号は懐の容量を最大限にまで拡張させた。


(くくく、同姓からのお涙頂戴作戦に乗ってくれるなんて、全ミサカシリーズを統計してもこの子
 ぐらいのモンだね。まあ、さすがに悪いから夕飯くらいは後でご馳走してやりますか、っと)

267: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 22:06:28.72 ID:d9kfNYEk0


善意と悪意が入り混じったセリフを心中で呟きながら、番外個体は移動を開始しようと踵を返し――――


「ん?」


――――かけたところで急停止した。

向こうの車道を挟んだ反対側の歩道を、見たことのある顔が疾走している。
その顔は今にも感情を爆発させそうなほどの緊迫感に包まれていた。
ネットワーク共有不可の番外個体では事情がちっとも呑み込めないが、とりあえず反対歩道へ向けて
大きな声を飛ばした。


「―――最終信号ああっっ!!」


想像し得ない高音が彼女の口から放たれ、走行中の打ち止めの耳を正確に捉えた。


「ッ!?」


驚きを連れてコチラを向いた少女の全身は小刻みに震え、額は汗だくだった。
番外個体、そして19090号の存在に気づいた打ち止めは縋るような表情で車道を越え、迫って来る。
勢いのままに打ち止めは言った。


「お願い! あの人を止めて!」と―――――。

268: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 22:10:56.79 ID:d9kfNYEk0


―――


人影も少ないとある区域では不気味な気配が流れ続けていた。

殺伐とした空気のなか、軍事用施設から引っ張り出されたような機体が少年、一方通行を中心に
覆い囲んでいる。

四方八方を奇形な駆動鎧が依然立ち塞がる。
一方通行は完全に包囲されているのも厭わず壊れかけの微笑を絶やさない。
筋の入ったこめかみはピクピクと攣りっ放しだ。



「――――!!」



一方通行が行動を起こす前に、数にして十体近くの駆動鎧は中央へ向けて各々の腕に取り付けられた
銃器から爆炎を噴射した。

瞬時に周囲を埋め尽くす強烈な爆撃音。そして無尽に覆い狂う炎。

まさに集中砲火。

一方通行の身体があっという間に硝煙と炎渦で覆われて消える。
その間も攻撃は延々と続いた。

269: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 22:14:41.77 ID:d9kfNYEk0


一人の生身相手にここまでやるのかと外野は懸念するかもしれない。

だが、相手は特異中の特異。
学園都市の中でも屈指の怪物として闇からも恐れられている人物だ。
寧ろこの程度で本当に陥落できるのかが逆に怪しい。


そして、一斉砲撃は隊長と思しき駆動鎧が合図を翳すことで終了する。
次いで彼等の一部は銃器の装填に取り掛かり、残りは近接用の槍天をアームにセットして身構える。
誰もがこれで彼が死んでいるなどとは思っていないのが窺えた。あとは固唾を呑んでその時を待つ
ばかりだ。


やがて煙は晴れ、視界が良好となる。

ところが、その場にいた駆動鎧は全員面食らってしまう。


「ッ!!??」

「んな……!?」


いるはずの人間が、視界に映らない。
言い換えるなら、そこには誰もいない。
まさか砲撃をまともに浴びて跡形も残らない結果が訪れたとでもいうのか。それはあまりにも信じ
難かった。

270: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 22:18:18.85 ID:d9kfNYEk0


「やつはどこだ!!??」


隊長らしき駆動鎧が叫び声を上げる。

後に砲火地点をよく観察してみると、おかしな現象が起きているのがわかった。


「まさか……」


地面のアスファルトの一部が、大きく捲れている。
まるで大型ドリルで抉り掘ったかのような場所は、人一人なら身籠りできそうな幅が造形されていた。


「まさか、地中を――――ッ!?」


背筋を凍らせた瞬間だった。




「――――あはァ」


不気味さしか感じられない、笑うような声が地の底から聴こえた。そう思った直後の事だ。
地盤が軋んだと思う間もなく地面のコンクリートから二本の手が芽のように生え、すぐ真上にいた装甲の
脚部をがっしりと掴まえた。

271: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 22:20:43.81 ID:d9kfNYEk0


瞬間、凄まじい力で地盤は割れ、脚部を拘束された一体の駆動鎧は地層へと引きずり込まれる。
コンクリートと鎧が激しい摩擦音を轟かせ、地面下で生き埋め状態となった装甲に代わり、一人の悪魔が
姿を現した。


「っはは、ぎはっ」


今の彼は、面白い遊びを思いついた少年の顔に近かった。

大地の地層は手に触れれば鉄筋コンクリート越しだろうと何だろうと意のままに操れる。
コンクリートを抉り、下の有機物と無機物の混合された全物質を圧縮させ、自然の流れとは真逆の働き
を活性させることで即席地下道を作り上げるなど容易い所業だった。
所詮は化合物。構成元の法則云々以前に自然物質だ。
障害役にパッと思いつきそうな土砂や砂利なども当然の然り。

既知しているベクトル操作で生成を促したり退化させるなど、方法は幾らでもあった。

あとは成分限定の反射膜を張りさえすれば、土やら砂埃やらが被着する問題点もあっさり解消される。
よって衣類や身体には一切汚れが付着しておらず、地面に潜ったというのがまるで嘘のようだった。


「物騒なオモチャあ向けるンなら俺だけにしとけば良かったのになァ。ああかわいそうに。これで先の
 永い寿命がぜェンぶおしゃかになっちまうなンてさァ。ホントに不幸だよオマエら。なァ? 最後に
 訊くケド、オマエらが手に持ってるそいつはナニ? そンな一撃殺傷可能な代物を誰に向けて構えた
 か分かってるか? あァ?」


酷く静かな言い回しにはハッキリとした怒りが備わっていた。
一方通行が一言一言発する度に禍々しい憎悪と劣情が辺りを埋め尽くしている。

272: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 22:24:31.77 ID:d9kfNYEk0


「最も許しちゃならねェ項目にオマエ達ァ触れた。なら相応の罰はとォぜン受けてもらわなくちゃなァ?」


「ひ……ひっ!!」


恐怖に蝕まれた一端が引き金を弾く。
が、しかし。


「ナニ? せめて自ら発砲した銃弾でひと思いに殺られたいってか? はっ、残念だな。ンな生易しい
 末路は用意してねェンだよ」


弾丸を気にも留めず、狙撃した駆動鎧目がけて一息の内に肉迫する。そして告げる。


「もォ一度言ってやる。“誰に危害を加えようとしたのか”を、良ォくその胸に刻ンでみろよ。なァ?」


おぞましい殺気に満ちた、冷淡な声。
すぐさま一方通行の腕が駆動鎧の頭部へと伸ばされる。



「――――がぁっ!?」

273: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 22:27:12.35 ID:d9kfNYEk0


頭を五指で鷲掴みにされた駆動鎧は、直に引力に抗うように脚が地面を離れた。
一方通行の片手だけで宙に浮く駆動鎧を目に映した全員が、この光景にぎょっとした。


「ははっ!」


一笑した一方通行は腕を軽々と回し、振り子のように駆動鎧を翻弄してから力任せにブン投げる。
投げ飛ばされた重装機体は、凄まじい勢いを保持しながら呆然と立ち尽くす別の駆動鎧と激突した。
勿論これは一方通行策略の元による結果である。

轟音を散乱させ、二体のスクラップが瞬く間に完成する。
無力化し、沈黙した彼等の成れ様を眺め、一方通行はタガの外れた高笑いを響かせた。


「ぎゃはは!! ぎゃはっ、 ぎゃはははははっっ!!」


神経が昂ぶっていくのが判る。
ずいぶん味わっていなかったような、爽快な気分だった。


「さァァ、お次は誰がガラクタ送りにされてェンだァ? オマエか? それともオマエかなァ?」


狂っていた。
足が竦む恐怖だけがこの場を支配していた。
たった一人の化け物の手によって。

274: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 22:30:31.86 ID:d9kfNYEk0

品定めをするように、戦闘可能な駆体を順番に見回す一方通行。
複数の獲物を物色する肉食動物の如く、その眼は飢えていた。


「なンだよオイ。もしかして興ざめさせよォとかって腹積もりか? ま、どっちでも好きにすりゃ
 イイが、生憎だな。俺はもォ乗っちまった。オマエらが仕掛けたくだらねェ計略に付き合ってやる
 って言ってンだ。まさか今さら後に退けるだなンて思っちゃあいねェェよなァァァ? あァァ!!?」


煽劫と同時に地面を力強く踏み、真下の地盤を揺るがす。
これにより小規模な震動が発生し、戦意を削がれた武装隊に追い討ちを掛ける。
立つことさえままならなくなった駆動鎧集団は傾き、倒れ、引っくり返る。
連携どころか体勢さえ継続不能に追い込まれた。

無論、これで区切りがつく道理はなかった。

重い駆体が災いしたのか、倒れてから立ち上がりのタイムラグがあまりにも大きい。
一方通行でなくてもこの隙を見逃しはしないだろう。


「今日は最高のゴミ収集日和だ。なァ、オマエもそォは思わねェか!?」



「―――――ひィィいいいいいいいっ!!!!?」



275: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 22:33:45.27 ID:d9kfNYEk0


ぶれた世界に歪む笑顔。

そこから先はまさに阿鼻叫喚の地獄絵巻。


無慈悲。
容赦無用。
徹底的な暴力。

誰もが目を背けたくなる光景が次々と広がっていった。

響くのは顕著な破壊と昂ぶりを抑えようとすらしない甲高い笑い声。

装甲の腹を抉り、回路線を引き千切り、もげた四股をゴミでも捨てるように放り、僅かな抵抗力
すら完膚なきまでに奪い去っていく。



結果的に、たった数分程度で全ての駆動鎧小隊は全滅した。


現場の様子を言語表現するなら、“凄惨”。
文字通り、車通りが殆ど無い閑散としたハイウェイは見事な“スクラップ場”へと変形した。

278: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 23:25:20.80 ID:d9kfNYEk0



「あーあ、つまンねェ……。終わってみたらやっぱ味気ねェモンだ。俺も丸くなった証拠だな」


惨状を見渡しながら、一方通行は喋れる程度に留めておいた一人に歩み寄る。
もっとも、動かせるのはおそらく口だけで身体自体はもう使い物にならないだろう。


「なァ、訊くがこいつはある種の集団自殺かよ? それともこォなる結果すら予想できねェ馬鹿
 のかたまりか?」


起立不能の駆動鎧目前でしゃがみ込み、尋ねる。


「イヤまさかなァ。さすがにそこまで愚者って事ァねェだろォ? ンじゃなに? やっぱただの
 死にたがりなワケ? 自殺方法も千差万別、ってか?」


何も答えないくたばり損ないに、一方通行は執拗なまでの会話を求める。

やはり黙秘か?
だが、この者の意識が失われている可能性も否定できない。

仕方ねェな、と一口吐いた一方通行は、手に持っていた装甲の破片をだらしなく伸ばされた太股
へ、ひと思いに突き刺した。

279: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 23:29:25.65 ID:d9kfNYEk0


「っぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」



瞬間、無言を貫いていた駆動鎧のソプラノが最大音量(マックス)で放出される。


「お? 何だ、起きてンじゃン。良かったねェ、死ンじまってたらどォしよォーってなァ。ンじゃ
 色々手順省いちまうけど、オマエらの指揮者はどこのどなたァ? 明確な目的はナニよ? ほら
 ほらァ、早く答えないと傷口が握り拳サイズにまで拡大しちまうぞォォ?」


明るげな調子で言いながらも、手は破片を握ったままグリグリと傷を抉り続ける。
苦しみと痛みを最高潮に演じて呻き、首を横に振ることでそれを表徴する憐れな駆動鎧の姿が在った。


「この期に及ンで黙秘権が通用すると思ってンのか? 今ならどンな残酷な逝かせ方だって際限は
 ねェンだぜ? さっさと一つずつ、ゆーっくりゲロぶち撒けてみろよ。オマエが少しでも楽になり
 たいンだったらな」


こうして生きていることすら奇跡だと思わせる言い回しも含んだ尋問。
あまりに膨大な苦痛が伴っているのは一目瞭然。
いっそのこと、このまま殺して欲しいぐらいだ。しかし一方通行は無慈悲に傷口を広げるだけ。
この地獄を、あとどれくらい味わえば彼の怒りは鎮まる? 自分と悪魔しか残されていない空間に
問い掛けても答えが返ってくるはずはなかった。

280: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 23:30:25.51 ID:d9kfNYEk0


そんな血飛沫塗れる時間の最中、どこからか声域の高めな声が乱入した。
この声は女? 朦朧な意識が微かに反応を示す。







「おやおやまあまあ、こりゃまたずいぶん楽しそうな遊戯に嵌っちゃってること」





281: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 23:32:16.30 ID:d9kfNYEk0



「―――――ッッ!!!??」



駆動鎧がいっそ兜を脱いでしまおうかという明暗の淵に立った矢先、新たな人物がそこに登場した。
道路の中央線に沿いながら近づいてくるのは、ひとりの少女。


「に……しても、つくづく災難ばっか降ってくるねえ。あなたって野郎はさ」


少女の呼び名は『番外個体』。
現在では一方通行の“ストッパー”という位置に立つ、数少ない存在だった。


「………オマエ、何でここに?」


「いつになく血気盛んなあなたの姿を拝みに」


間も無いまま、答えは返ってきた。
それも普段と何ら変わらない風格で。

282: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 23:34:30.47 ID:d9kfNYEk0


「その事じゃねェ! 俺が訊いてンのは“理由”だ! たまたま通りかかったとか言うンじゃねェぞ!」


真面目な質問に軽口で返されては、相手がたとえ番外個体だろうと語調も荒くなる。
いや、実を言うとそれだけではない。

今の自分の残酷無比な様を、最も見て欲しくない人物に見られてしまったことから生まれた動揺にも
直結していた。

後ろめたいとか、そんな奇麗事ではない。
ただ、“見られたくなかった”のだ。
彼女の前では、できることなら闇の仮面をずっと外していたかったのだ。

そのささやかで淡い願望も、この時点で呆気ないお終いである。
逃げ出したい衝動すら起きたが、それだけは耐えなければならない。逃げたところでどうにもなりは
しないことぐらい判っていた。

しかし、起こってしまった事象は何をどうしても決して覆ったりはしない。
向き合っていかなければ、前に進めないのだ。

一方通行は、密かな覚悟を胸に秘めた。

醜悪とは呼べないまでに清浄されてしまった番外個体は、今の自分に一体どんな印象を抱くだろう?
その答えは、目前まで迫ってきていた。
こんな騒動に巻き込まれる寸前までは早く合流したい気持ちで一杯だったのに、不遇にも程がある。


「あ、理由ね。泣きべそ掻きながらマラソン中の最終信号が偶然視界に入ったからとっ捕まえただけ。
 別にやましい事情なんか、何処にもないよ」

283: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 23:35:47.68 ID:d9kfNYEk0


「……打ち止めが?」


声色は普段と何ら変化が見られない。演技なのか、それとも素で何とも思っていないのか。
一方通行には判別し難かった。
が、今はそんな場合ではなかったことを瞬時に思い出す。

「ッ、そォだ! 打ち止めは!? あいつは今どこに――――」

気が穏やかでない様子の一方通行を安心させようと、番外個体が口を挟んだ。

「大丈夫よん。そっちは“ツレ”に任せてきたから何の心配も要らないって。ひとまず落ち着きな?
 とりあえずは深呼吸でもしたらいいんじゃない?」

どっちかというと手の掛かる子供に呆れたような顔だ。
だが、一方通行は否定できなかった。

確かにそうだ。ガキみたいな憂さ晴らしとは事情が違うものの、やり過ぎの範疇を超えているのは
この惨状を見ればわかる。ここまで徹底的にやって何か得があるというのか?

だんだん熱が冷め、思考回路が部分的に欠落している自分に気づく。
番外個体に「打ち止めは!?」などと喚くように問うこと自体がそもそもおかしい。
事前に“番外個体が妹達の一人と一緒にいる”という情報を聞いていたにも関わらず、馬鹿みたい
に必死な声で自分は何を叫んでいたのか。
推理するまでもない事にすら気づけなかった。裏を返せばそれさえも忘れてしまうほど自分はトチ
狂っていたことに繋がる。

何とも情けなく、笑えない話だ。

284: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 23:37:01.86 ID:d9kfNYEk0


「………すまねェ。俺、ブッ飛ンじまってた」


自嘲気味に白状するしかできない。番外個体は今の自分に呆れているだろう。
何故か、それが何よりも恐い。この少女に見限られたら? とか考えるだけでゾッとしてしまう。
それだけ今の一方通行は彼女に心を許し、そして依存している。


(最悪だ………クソ)


奥歯がギリギリと軋る。
様々な感情が複雑な胸中をざわつかせている。


打ち止めも番外個体もどっちも大切な存在なのは言うまでもない。
比較対照にする時点で間違いだというのもまた然り。

だが、打ち止めに危害を及ぼそうとした連中相手に決起して暴れ狂い、番外個体にそんな自分の
断面を覗かれて恐れを抱く。一体何なのだろうか。こうして自身を客観視してみると、空回りや
不器用といったレベルを軽く超越してしまっているのがわかる。


(馬鹿野郎……。全てテメェの自業自得だろォがよ!! アホみてェにラリって、思考すら放棄
 しちまって、挙句その姿をこいつに見られて気ィ落としてる、だとォ!?)


(ふざけンじゃねェよ、この大馬鹿野郎が……!!)

285: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 23:38:08.30 ID:d9kfNYEk0


振り返れば振り返るほど自分への怒りが湧き上がってくる。
自責で顔を歪め中の一方通行だが、番外個体はお構いなしで声を掛けてきた。

「……とりあえず、虫の息にしか見えないこの珍妙なガラクタは何なの? ミサカにも説明してよ」

「………俺にも分からねェ。ただ碌な連中じゃねェことだけは確かだ」

「ふうん。つまり、またあなたのよく知らない何かが忍び寄ってるってわけか」

単純にまとめるとそうなるが、今回の件は十中八九自分絡みである。番外個体の性格上、首を突っ
込まない確率はほぼ皆無だ。
どうすべきか悩む一方通行とは別の意味でガッカリし出す番外個体。

「折角あなたの窮地を救ってやろうと気合入れてきたってのに、時既に遅しか……あーあ」

先端の尖った釘を数本懐からチラつかせて露骨にテンションを下げる彼女に対し、一方通行は面食
らったような顔を向ける。

「次はちゃんとミサカの分も残してよねー。あなたばっかり先走るなんてずるいじゃん」

「……何楽しそォにしてンだよ。また厄介事が降り掛かってくるかもしンねェンだぞ? わくわく
 ウキウキするよォな場面じゃねェだろォが」

真剣な眼差しで尋ねてくる一方通行が可笑しいとでも言いたいのか、番外個体はまるでお笑い番組
でも見ているかのように吹き出した。

「ぶふっ……、マジ顔で的外れな見当つけないでくれる? ミサカが平和をこよなく愛する良家の
 お嬢様にでも見えたのかにゃーん?」

「はァ…?」

286: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 23:39:28.28 ID:d9kfNYEk0


「このミサカの生存本能は本来なら血生臭い戦場を求めてるんだよ。けど、あなたと一緒の世界に
 いられるなら平穏も悪くないって思った。ところがあなたときたら、そんなミサカを差し置いて
 勝手におもしろイベントに参入しようとしてる」

「……オマエ…」

「つまらないことばっか気にしてるようだけど、残念ながらそいつは全部杞憂ってヤツだね。いつ
 からミサカはあなたの中で勝手に美化されてたワケよ?」


言われて否定できないのがもどかしい。
確かに驕りがあったかもしれない。元来彼女は戦闘要員として一方通行の前に現れたのだ。
変わったのはあくまでも“一方通行に対する憎悪が愛嬌になっただけ”だということもいつからか
失念していた。
悪戯レベルの悪態が止まないとは言え、それほどまでに眩しい笑顔をこの少女は魅せてくれた。
彼女と共に過ごす毎日、打ち止めやお節介な保護者に包まれた平穏が何より幸せだったのだ。

それだけは、どんなに自制を失おうとも決して忘れてはならない。


「独り占めなんて許さない。ミサカにもちゃんと分けて。ミサカを生かしたのはあなたなんだから、
 当然その権利はあるはずだよね?」


木原数多を消滅させた後、全ての記憶を一時的に蘇生させた番外個体と正面から向き合った時の事
を思い出す。
あの時から、一方通行はこの少女の人生の支え役を自分が引き受けると決心したのだ。
今現在彼が抱く信念の大半がそこから始まっていたのかもしれない。

287: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 23:41:15.98 ID:d9kfNYEk0


「危険を冒そうってんなら、ミサカは迷わずあなたについていく。言ったよね? どんな時でも絶対
 離れてやんないって……。あなたがミサカより先に死ぬのは許さない。……でも、ミサカもあなた
 を残して死にたくはない」


「……支離滅裂だろォがよ」


「まあね。けどミサカ達は死ぬまで―――――ううん、死んでからもずっと一緒。あなただけが危な
 い橋を渡るつもりなら、ミサカはどんな手を使っても喰らい付いていく」


その瞬間だけ、番外個体は慈愛に満ちた天使のような微笑みを浮かべた。
一方通行が抱えている不浄な概念も拘りも、全部吹き飛ばしてくれるには充分だった。
色々悩み込んでいた自分がただの馬鹿だと、また知らされる。つくづく彼女には敵わない。
たかが愛する女ができただけでここまで弱く脆くなってしまうのが不思議でならないが、それもまた
人間の本質と言うべき点である。


「……ったく、愛の告白すンなら時と場所を選びやがれ」


プイ、と顔を背けるが、頬が紅潮しているのを見抜いた番外個体は瞬時に悪意を込めて接近する。
というか彼の性格を知ってさえいれば、これが照れ隠しなのはもはや自明の理だ。


「あらあらあら? なあに必死で目ぇ背けてんのかなああん? コッチ見てよーん、ねえねえ。あ、
 まさか照れちゃった?」

288: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 23:43:46.14 ID:d9kfNYEk0


「あなたの挙動パターンとか全部お見通しだし。大げさにソッポ向く時は大体照れ隠しだって事もね。
 きゃひゃひゃひゃひゃひゃ♪ かっわい~」

「黙れこのアマ! 指さして笑ってンじゃねェよ!!」


気がつけば、すっかりいつもの二人に戻っていた。
これまでの間ずっと放置された駆動鎧は、こんな二人を見て何を思い立ったのか。咳払いひとつ
だけ発してから彼等に呼びかける。



『………あー、お前達。少し独り言を喋りたくなったんだが、良ければ聞いていくか?』



「……あァ?」

「あれ? まだ生きてたんだコイツ」


酷い発言も出たが、スクラップ寸前の駆動鎧は気にせず続ける。


「……耳を傾けるか傾けないかはそっちの自由だ」


「…………………」

289: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 23:45:57.41 ID:d9kfNYEk0


「……絆されでもしたのかァ? どォいう風の吹き回しなンだか……」

「まあ、いいじゃないの。詳しい経緯はあとであなたの口からちゃーんと聞かせてね」

「あァ? クソガキから聞いてねェのかよ?」

「話聞くのはぶっちゃけ後でもできんじゃん。それよりも現場急行の方が優先なの」

「…あっそォ」


『―――――学園都市第一位と暗部改変の発端となった計画の遺産の共存か……』


突然、機能を失った駆動鎧は遮るようにうわ言を漏らす。

「……おかしいか?」

『いや、あまりに仲睦まじい姿に少々口が緩んでね……』

「ってかさ、まずあなた達は一体何なの? 狙いはミサカ? この人? それとも最終信号?
 バックはやっぱそれ相応な大手さんでも絡んでんのかな?」

捲くし立てる番外個体を一方通行は窘める。

「まァ待てよ。ここは大人しく聞き手に回ろォぜ」

290: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 23:47:58.59 ID:d9kfNYEk0


そして、目線を下へ遣る。


「オイ、続けろ。俺達はオマエの独り言ってヤツにちょくちょく腰ィ折らせてもらうが、それ
 でも構わねェな?」


『………ああ、どうせ長く持たない命だ。どんな形であれ何かは残したい。嘘の情報を漏らす
 つもりはないさ』


「そォか……、その意思は汲み取ってやる。話せ」


一方通行の促しを合図に、駆動鎧は懺悔を開始する。
自ずと緊張感に満ちた空気が突如として流れ出した。


『私は所詮いち小部隊の隊長にすぎない。故に全ての全貌を知らされている訳ではない。…が、
 少なくともこれだけは確定している――――』



『――――学園都市最強の超能力者、“一方通行は総資産として存命する”と……』



「………は?」

291: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 23:57:43.38 ID:d9kfNYEk0


意味が読み取れない顔の二人は、意外な名前を耳にした。


『木原数多、お前達はヤツの目的について何か聞かされてなかったか?』


ダメ押しとばかりに出される木原の名前。ますます確信めいた展開になってきた。
動悸が自然と荒ぶっていく。

一方の番外個体は、話がまるで理解できていませんとばかりに首を傾げるだけだった。


「………俺の『脳』が狙いか? 確かそンな事仄めかしてやがったよなァ」


『やはり知っていたか……。なら理解が早いな』


駆動鎧は嫌味を言うように呟いた。
どうやら一方通行が考えている通りの詳細らしい。


『未元物質(ダークマター)』


「……!」


唐突に出されたその単語。これで九分九厘といったところだ。
やはり、というかもっと早くに気づいていても良かったはずである。
穏やかで眩しい陽射しを浴びる生活に嗅覚が薄れてしまったのだろう、と一方通行は自嘲気味に
苦笑した。

292: ◆jPpg5.obl6 2011/04/11(月) 23:59:25.83 ID:d9kfNYEk0


「……よォやくハッキリしたぜ。オマエ達が俺をどォしたいのかがな」


何もかも悟ったような面構えに、駆動鎧は満足そうな雰囲気を発した。
もやもやとしていた霧が晴れ、実体の掴めなかった影の全体が、今やっと捉えられた気がする。


『“元”この学園都市の学生。そして貴様に次いで強大な超能力を司る有力者。彼の現状は承知
 しているな?』

「あァ。たしか俺にスクラップにされた後、脳を三分割されて見るも堪えない姿に成り下がった
 挙句、能力だけは今もしっかりと活用され続けてる憐れな野郎だってのは知ってるぜ」

『最終的には、貴様にもその末路を辿ってもらうのが主な工程らしい』

「………ケッ」


「ちょっと? それってさあ、この人自身の人格は消去(ダスト)して、最強の能力だけは温存
 させようって魂胆なワケ? それってもはや非人道なんて騒ぎじゃなくね?」


蚊帳の外になりかけていた番外個体がそこで口を挟んできた。
これがどういう事に繋がるのか、彼女も理解できてしまったのだ。黙っていられるはずがない。
しかし一方通行は、


「いィや、今更何も驚きゃしねェよ。ヤツらがどれだけ腐ってンのかは計測不能の域に達してる」

293: ◆jPpg5.obl6 2011/04/12(火) 00:00:51.43 ID:7MmK4SJe0


思想はさほど問題ではない。
元々配下として媚びを売っていたわけでもなければ、方針に忠実だったわけでもない。
計画の趣向に合わないのなら、いっそ駆逐する手法の方が一方通行からしてみればまだ清々しい。
だが、彼が内蔵する“超能力”は学園都市としても手放し難いものであるだろう。

ならば、どう手を打つ?

利用価値は最大クラスだが躾に手間が掛かる猫がいるとしたら、一体どうするのがこちらにとって
良い結果となるのか。

学園都市はひとつの答えを導き出したのだ。
それは番外個体が指摘した通り、あまりに人道から逸脱した選択だった。


『感傷に浸っているところ悪いが、話を進めても構わんか?』


「……あァ。好きにしろ」


今はできる限り、ひとつでも沢山聞いておくのが優先される。
この駆動鎧の意識も僅かずつだが薄れ始めているだろう。仕入れられる内に仕入れておきたい。

『首謀者の存在だが……それは我々にも知らされていない。指揮は全て統括使用式の極秘回線を
 通じて指令が下っていた。少なくとも、理事会関係の人間であることは間違いない』

294: ◆jPpg5.obl6 2011/04/12(火) 00:02:09.76 ID:7MmK4SJe0


「……俺の記憶が確かなら、そォいった不定な派閥は木原の施設を潰した後で一斉摘発された筈
 だが? その辺の事情は一体どォなってやがる?」

『ふっ…』

表情は窺えないが、駆動鎧に包まれた顔が微笑したのは判った。

『ああ、その通り。確かに当時の計画に絡んでいた輩は一切の漏れなく検挙されたよ。ただし―――』


『――――あくまで、“当初”のだがな……』


「…………」


つまり、あの事件以降に新しく設立された組織が主な敵の全体像となるわけだ。
その存在を、駆動鎧はこう総称した。





『新入生』と――――――。







295: ◆jPpg5.obl6 2011/04/12(火) 00:04:11.02 ID:7MmK4SJe0


結局、そこまで話した直後に彼の意識は失われてしまう。

放置する訳にもいかず救急車を呼んだ後、一方通行と番外個体はその場から静かに立ち去った。


路頭を歩く二人。
空気が、若干の重苦しさを放っていた。


結局、現段階ではそれ以上に行動の起こしようがない。
わかったのは敵の明確な存在だけ。あとはその目的くらいか。
平和な時間など、やはりそう永くは続いてくれなかったのだ。
彼等の特殊な立場が、それを許してくれそうになかった。

一方通行はそのことを悟っていた。だから暗部の世界に残ったのだ。
自分の身柄と力を交渉材料に持ち出し、他の縛られし人間を呪縛から解放させる。
そして、彼女と彼女達の平穏を保障させる。

そのためなら自己犠牲など、何の苦にもならない。みっともなく我武者羅にもがいて無条件に手に
した平和など、程なく打ち砕かれるものだ。

だから一方通行は“大人”としての用法を駆使したのだ。
忌み嫌う学園都市に。金と権威に溺れた醜い連中相手に。

真っ向から立ち向かうだけじゃ護れないと悟った。


だが、結果はこれだ。

296: ◆jPpg5.obl6 2011/04/12(火) 00:06:21.60 ID:7MmK4SJe0


思っていた以上に反吐の出そうな裏が、しっかりと用意されていた。
所詮、自分は闇の底を計り違えていたのだ。自分が今佇む闇よりももっと深い世界が、今現在も
拡大され続けている。
どれだけ底へ潜っても、いっこうに到達できない。まさに“深海”と一緒だ。

まだ人生経験豊富とは言えない一方通行が知るには、早すぎたのかも知れない。
大人の汚い内面を知ってしまうのが、そもそも早すぎた。

そして、正解な足掻き方すらもわからない現状。
歯痒さ、なんてものではない。舌さえ噛み千切ってやりたいくらいだ。

しかし、隣りを共に歩いてくれるこの少女。

番外個体。

無言で俯いているが、手はしっかりと一方通行の杖を持たない手を掴んでいた。
いつもみたいに腕を組むのとは明らかに違う意図が、確かに感じられた。

不安、心配、恐怖、一体どれが正しい感情なのだろうか。

敵に怯えるのとは違う。一方通行に迫りつつある死への恐怖。
近からずも、遠からず……か。


やがて人の賑わう場所まで来た二人。
そこを見計らったかのように、番外個体が明るい声を発した。


「ねえ、暗部活動はしばらく廃業ってことでいいんだよね?」

297: ◆jPpg5.obl6 2011/04/12(火) 00:07:40.12 ID:7MmK4SJe0


「あ? 何だ急に……。……まァそォなるだろォな。知られなくていいことを知っちまった俺に
 あいつらが仕事を回してくるとは思えねェ。……謹慎処分みてェなモンか」


すると、それまでの空気を打破する案が番外個体の口から告げられる。


「んじゃさ、明日は思いっきり遊んじゃお☆」


手繋ぎ状態から腕組み状態へ移行された。
まるでおねだりモードだ。だが、特に抵抗の意思表示は見せない一方通行。
少しの間、空虚を見上げてからこう答えた。


「あァ、いいンじゃねェの?」


「え…?」


これに驚いたのは番外個体。鳩が豆鉄砲を喰らった顔とはこの事だろう。


「誘った当人が何驚いてやがる?」

「いや、意外とあっさりってか……」

298: ◆jPpg5.obl6 2011/04/12(火) 00:09:29.65 ID:7MmK4SJe0



「たまには悪くねェと思っただけだ。別に深い意味なンざねェよ」


少し照れたように目を逸らされた。
どこまでも素直になれない彼だが、それから番外個体の機嫌がずっと最高潮だったのはもはや言う
までもない。

「最終信号も連れて遊園地、なんてどう?」

「……そォだな。そォ言やァ前にそンな約束してたっけ……」

「けってーい♪ そうと決まったら早速最終信号と合流しなきゃね。19090号と一緒のはずだから」

「お、おォ…」

振り返ってみると、打ち止めの様子が気に掛かって仕方なくなってきた。必ず迎えに行くとも言った
し、口約を果たす機会もできた以上、一刻も早く駆けつけてやりたい。

しかし何より、恐い目に合わせてしまったから心配だというのが一番大きかった。

まずは居場所を突きとめなければ。と、番外個体から携帯電話を借りる。

299: ◆jPpg5.obl6 2011/04/12(火) 00:10:18.70 ID:7MmK4SJe0


―――


一方その頃、番外個体が一方通行の元へ向かってしまったせいで優遇的に御守りを任された19090号と
打ち止めは、すぐ近くにある公園へと立ち入っていた。
ベンチに座り、ジュース缶を握り締めた打ち止めはどこか俯きがちで浮かない顔をしている。
19090号はその様子をただ心配そうに見つめるだけだったが、しばらく考えて声を掛ける事にした。

「……大丈夫ですか? とミサカは20001号(上位個体)を気遣いつつ声を掛けてみます」

「………うん」

声にもいつものような元気は感じられない。
詳しい経緯を知らない19090号はどう接してやるのが正解なのかが掴めずにいた。

「……………」

それからまた沈黙が訪れる。
居心地悪そうに貧乏ゆすりを始めた19090号の方を見ないまま、打ち止めが重たげな口を開く。

「……あの人、大丈夫かなあ。ってミサカはミサカは呟いてみたり…」

「一方通行のことはひとまず番外個体に任せるのが賢明だと思いますが……」

「そっちの意味とは少し違うんだよね。ってミサカはミサカは否定してみる」

「?」

ではどういう意味なのか。と表情で尋ねる19090号に、ようやく顔を上げた打ち止めは少し声の
トーンを高くして言った。

300: ◆jPpg5.obl6 2011/04/12(火) 00:12:03.05 ID:7MmK4SJe0


「ミサカはあの人に“来るな”って言われたのに、追いかけちゃった……。だって、心配だった
 んだもん。折角また平和になったのに……あの人はもう辛い思いなんかしなくていいのに……。
 どうして? ってミサカはミサカはやりきれない心中を吐露してみたり」

苦痛に歪む打ち止めの顔を、19090号はただ直視していた。
ネットワーク経由で大まかな事情を知っているだけに、言葉の選択が難しいようだ。

前に一方通行が木原数多に監禁されてしまい、音信不通となってしまった時、打ち止めは誰よりも
一方通行の身を案じていた。それ故に一方通行が事件に巻き込まれるのをただ黙って見ているなど、
できる筈もなかった。
来るなと言われたところで、足は本能に従い動いてしまっていたのだ。ほぼ無意識の内、と言って
も過言ではない。
打ち止めを救うため血みどろになり、番外個体を救うためボロボロになった一方通行。

『もう良い。もう彼にも、いい加減に安息が訪れたって良いじゃないか。彼が辛い目に遭ったり、
 彼が危険に足を踏み入れなきゃならない理由なんて、もうどこにもないだろう?』
打ち止めの強い本心がそう叫んでいた。


「何でみんなあの人を放っておいてくれないの? 学園都市第一位だから? 最強の能力者だから?
 わかんないよ……。強い力を持ってるってだけで、何でみんなしてあの人を虐めるの? ミサカ達
 はただ平和に生きていたいだけなのに……。このままじゃ、あの人………本当に壊れちゃうよ」


最後は消え入りそうな声だった。涙ながらに心の内を吐き曝す打ち止めの姿は、とても痛々しく儚げ
で目を逸らしたくなる。
しかし、19090号は打ち止めの肩にそっと手を置き、辛辣ながらも言葉を綴った。

301: ◆jPpg5.obl6 2011/04/12(火) 00:13:27.84 ID:7MmK4SJe0


「心配なのはよく知っています……。ですが、堪えるしかありません。それが彼の選んだ道なのです
 から、ミサカは愚か、あなたでも立ち入ることは敵わないでしょう……。ミサカ達が一方通行に抱く
 感情は上位個体や番外個体に比べて軽いものでしかありませんが、それでも願おうと思います。この
 ミサカでもできる唯一のこと……」

「願……う……」

「祈りましょう。いつか一方通行も含めた皆が、一切の汚れや乱れた秩序のない場所で、笑いながら
 過ごしていける日を。………それが、このミサカも好意を持つ“あの方”の願いでもあるのですから」

遠い目で虚空を見ながら、優しい唄でも歌うように語り続ける下位個体。
打ち止めの表情も、幾分落ち着きが戻っていた。

「……あの人、言う事聞かなかったミサカのこと……怒ってるよね。ってミサカはミサカは自嘲気味に
 笑ってみたり」

「謝るしかないですね……。間違いや失敗や正しくない判断は全ての人間に付き纏うものです。だから
 世には“謝罪”という言葉があるのでしょう。と、ミサカは悟ったように呟きます」

普段とはずいぶん違う様子で子供をあやす19090号。番外個体が見たらきっと面食らうだろう。

「それにミサカの勘が正しければ、一方通行は上位個体に対してもう怒りは感じていないかと思います。
 と、ミサカは何となくですがそう推測します」

「そう……かなぁ?」

それでもやっぱり不安そうな打ち止め。
するとそこへ―――――。

302: ◆jPpg5.obl6 2011/04/12(火) 00:14:03.77 ID:7MmK4SJe0


「っ! ミサカのケータイだ!」


―――――ピリリリリ、と電子音が鳴り始めた。表示は『番外個体』。



「も、もしもし!? ってミサカはミサカは――――――」



打ち止めは躊躇うことなく電話に応じる。
そんな中で先の展開も予測できているのか、19090号は慌て口調な打ち止めの隣りで薄い笑みを零した。

317: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:09:56.27 ID:LvToF1A+0


◆ ◆ ◆



その日の夜。
疲れが溜まっていたのもあったせいか、ソファーにごろ寝したまま動こうとしない一方通行の上に
番外個体がピョンと飛び乗ってきた。


「ぐほォ……!」


「よう、カバさん。そのまま夢の世界へ旅立つってんなら全力で阻止させてもらうけど?」


「………重てェから退け」


脱力状態のまま忠告する。
が、無論却下だ。

「せめてベッドの上にしときなよ。風邪でも引かれたら面倒臭いじゃん。看病とか看病とか、あと
 看病とか」

「わかったから連呼すンな。しかも耳元で……。っつか、何だァその珍妙な格好は?」

いつの間にやら着替えていたらしいが、彼女の服装の奇抜さには刮目せずにいられなかった。
こんな民族舞踊に使われそうな服なんて買ってたっけか? と首を傾げる。

318: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:11:47.93 ID:LvToF1A+0

「ああ、これね。昨日黄泉川の家にいた芳川って人とたまたま会ってさ、そん時にもらったの」

「どう? 結構似合ってない?」と付け加えてくる番外個体。似合ってないこともないが……。


「何処の民族衣装だっつの……。相変わらず芳川のセンスはぶっ飛ンでやがる」

「福引で当てた景品らしいよ。確かベトナムで流行ってるとか言ってたっけ……」

通称『アオザイ』と呼ばれる衣装を着た番外個体は、うーんと考える仕草で上を見たままだ。
その姿をちょっと可愛いと思ってしまったのは是非内緒にしたい。

しばらく気づかれないように見とれていると、


「―――あ!」


自由気ままな番外個体がそこで何かを思い出したような動作を見せる。
一方通行は番外個体の下敷きになったまま何事かと思い、眉を顰めた。


「あのカエルからIDもらったんだよね? ちょーだい♪」


にんまりとしながら解読不能な事を言い出した。

319: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:15:38.67 ID:LvToF1A+0


これと並行して生まれてくる複数の疑問点を一方通行は容赦なく突いていく。

「……何でそれ知ってンだよ?」

「検査の時に本人から『もう出来てる』って聞いたからだよ」


「じゃあ何でそン時受け取っとかなかった?」

「あなたから渡されたかったの。カエルには『一方通行に渡して』っつっといた。ご苦労さまです♪」


超簡潔な回答だった。やっつけ仕事とも取れる早口なのがいかにも彼女らしい。
しかし、可愛子ぶりっ子全開で許しを乞われても駄目である。
つまりは単なる我が儘。それも自分が何も知らない内に勝手な茶番に付き合わされたようなものだ。

怒りは別にそこまで感じないが、このまま何の体裁もなしで済ませられるほどの軽罪でもない。
少なくとも一方通行にとっては。


「―――!」


と、いうわけで攻守交替。自分に馬乗りの番外個体からスルッと抜け出す。まるでタコ壺から外出する
タコのように滑らかな動きを披露され、番外個体は呆気なく脱出を許してしまう。

320: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:16:47.63 ID:LvToF1A+0


「あっ!?」

「ご苦労さまです、じゃねェンだよコラ。要するに俺はただの無駄足だったンじゃねェか!」

反逆の火蓋はここで切って落とされた。
これ以上ないほど的確に隙をついてやった。

一瞬何が起きたかも判らないまま、一方通行がさっきまで寝そべっていたソファーに成す術なく押し
倒される番外個体。
その絵面は寸分前とは綺麗なくらいに真逆だった。
身体の位置が入れ替わった事実を遅れながらも把握できた番外個体はひとまず口を動かす。

「ちょっ……」

何か言おうとするが、それは叶わなかった。出かけた声が強制的にストップされたとも言う。
自分の真上で少年は、意地悪を思いついた子供に類似した笑顔を曝け出していたからだ。
背筋が一瞬凍ってしまう錯覚を味わった。

「!!??」

咄嗟の、しかも予兆すらない完璧な不意打ち。おまけに不気味さ溢れる彼の笑み。
心が大きく乱れてしまうのも何ら不思議ではなかった。

「ククク……、ちっとばかし躾してやンねェとなァ。この俺を上手く尻に敷いてるつもりだったらしい
 が、そォは問屋が卸さねェンだよ」


「………ふーん」

321: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:18:36.82 ID:LvToF1A+0


読めた。というか非常にわかりやすかった。
つまり簡単に説明すると、この男はコキ使われて大変ご立腹なのだ。しかしながら怒りを全面に押し出
すのも今いち格好がつかず、こうしてささやかな反撃に転じ、こちらの恥辱心を刺激してやろうという
魂胆なのだろう。

まさに悔し紛れの一本背負いである。

主導権をたまには握りたい願望も混ざっているのだろうが、どっちにしろ底が知れていた。
可愛い子供がよく行う手段を不気味な笑顔で実行する一方通行の姿。
これをからかいのネタにしない手はない。
魔性の囁きが番外個体の目をキラリと光らせてしまったことに気づかず、優勢に立てた喜びを雰囲気で
表現する一方通行。

嗚呼、実に誠に愚かなことよ。
というか程度が低い。


「………いいよ」


「あァ?」


可憐さをポイントに放つのが一つの鍵だ。
未経験の域を軽く超えた番外個体の反撃が始まる。


「あなたの躾だったら、ミサカは喜んで受けるよ? だから……」

322: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:19:27.43 ID:LvToF1A+0


「オイ、オマエ急に何言い始めt――――」



「ミサカの身体、あなたの好きにしていいよ。何なら痛くても……///」


323: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:21:01.63 ID:LvToF1A+0


とどめはモジモジと身を捩じらせるこのアクション。
成果のほどは報告するまでもない。


「…は……いや、待て………なに?」


言っては悪いかもしれないが、間抜けな最強の図がここに誕生した。
今しがたまでの勢いは瞬速で低落し、青ざめた一方通行は自身の突発的な行動を振り返り、酷く後悔
した。この反応が返ってくるなど予想しているはずもないのは、彼の顔がしかと教えてくれている。

“ただ少しお仕置きするだけのつもりだったのに、何で世の中はこうも思い通りにいかなすぎるのか?”

彼が今思っていることなど、大方この辺りが関の山であろう。
所詮、どんなに強いからといって必ずしも全てを制圧できるとは限らないのだ。
喩えるなら『愛着の深いパートナー』やら、『大切が故にめっきり頭の上がらない同居人』やら。
挙げるとそれこそ収拾がつかないだろう。が、そのおかげで世界は安定して廻っているのかもしれない。


「ぶふふっ、なーに? ミサカに爪痕を刻むんじゃなかったの? 早速怖気づいた?」


「……………」


あれ? と番外個体はそこで不審に思う。
空気がそれまでと一変したのが判ったからだ。

324: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:22:33.34 ID:LvToF1A+0


あまり弄りすぎて暴走でもされたら本末転倒だと早々にネタを暗示しているのに、一方通行の様子が
どこかおかしい。

見上げるとすぐ側にある顔は青ざめてもなく、かといって怒りも感じられない。何か深い悩みがよう
やく解決したような、そんな顔をしていた。


「………どうしたの?」


からかうのを止め、尋ねてみる。
すぐに返事はきた。



「―――ッ!?」



ただし、それは言葉ではなかった。

すぐに番外個体の脳神経が激しく波を打つ。


起こされていた身体を倒したかと思う間もなく、番外個体の身は一方通行の華奢な両腕によって
包まれていた。そっと優しく、そして力強く。

325: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:24:42.44 ID:LvToF1A+0


まさか突然覆い被さってくるとまでは思ってもいなかった。
思考が突然の不意打ちでショートしそうになる。


「ア……アクセラレータ……?」


ふいに呼んでしまう。冷静に努めようにも、心臓がドックンドックンと騒がしくて気が気ではない。
こんな展開は今までの記憶になかった。

何故、彼は今、仰向けになった彼女の身体を覆い、抱きしめている?

今一番知りたい事は明確なのに、答えはなかなか返って来てくれない。


「ねえ……、アクセラレータってば」


密着状態の彼へ再度声を掛けるが、依然として反応はなかった。
代わりに腕の力が強く込められたのを感じる。

どうすればいい? ここはされるがまま?

番外個体は何が何だかわからなくなっていた。

いつもは自分からちょっかいをかけ、彼が反抗しようと調子に乗り、こっちが最終的に激昂して
向こうも減らず口で応戦して―――――こういったサイクルではなかったか?

326: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:26:20.87 ID:LvToF1A+0


段階を無視したこの進展に正しい返し方なんてすぐには出てこない。
耳年増なのは何も一方通行だけではないのだ。

よく卑 な表現が好きな人間の中には、実際にその状況が一切の洒落抜きで訪れたら化けの皮が
即剥がれてしまい、遂にはガチガチになってしまうタイプもいる。

今の番外個体の姿はまさにそれと比例していた。


だが、一方通行の意図は未だ不明瞭である。
一体彼の中でどんな深層心理が働いたのか。


やがて、そこからの長い沈黙の後、ようやく一方通行の声が耳に入った。



「………すまねェ」


「……?」


この謝罪の意味は果たして何だというのか。
わからない様子で瞬きをする番外個体の顔を、ゆっくりと見下ろした一方通行。
そのままの体勢でこう言った。

327: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:30:21.97 ID:LvToF1A+0


「また面倒な難関が足音をたてて、こっちに近づいて来てやがる……。何となくわかるンだ」

「それで…?」

「その時、オマエを隣りに居させるわけにはいかねェ。………だから――――」


「――――それ以上っ!!」


ほとんど無意識で、条件反射みたいに紡がれようとしていた口文を寸断した。


「その先を一言でも口に出したら……! 顎、叩き割るよ?」


一方通行が何を言おうとしていたのか、咄嗟に本能で察知できたからだ。

あの場に運良く立ち会えたからとか、そういう前項があろうが無かろうが関係ない。
きっと彼の判断は他人から見たら正しい選択なのかもしれない。

だが、そんな苦渋の選択の先に安泰が待っていてくれる定義などもない。

だったら、死ぬまで。

朽ち果ててしまう時が来ようとも、最期までこの人と一緒に居る。


番外個体の答えなど、最初からずっと決まっていた。

328: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:33:08.37 ID:LvToF1A+0


しかし、一方通行はそれでも恐かった。
あの駆動鎧が言っていた『新入生』の未知な影。
木原数多が残した危険因子とも取れる彼等の存在が、今後どのような悪影響を及ぼしてくる
のか、この時点では何もわからない。調べる術もない。暗部の世界では電話一本が繋ぎだった
のだ。その回線も秘匿モードへ設定されていたのをさっき確認した。

おそらく、自分が知らない所で悪循環が働きを促進させているのだろう。

所在を知られているのか、そうでないのかも不明。
数分後に襲撃されるか、それとも明日の朝に寝首を掻かれるか、それも不明。

あまりにも情報不足すぎて、不安しか生まれてこなかった。
知っているのは、その『存在』と『目的』だけ。

幸いなのは連中の目標が自分(一方通行)に集中していることだ。
番外個体や打ち止めが直接理由に関与しているわけではない。つまり、言ってしまえば自分が
首さえ差し出せば、敵は彼女たちにまで害を及ぼしたりしないはずである。

しかし、このまま彼女をここに置いておけば、“利用材料”として手に掛けられてしまうのも
時間の問題。
もしそうなってしまったら……。考えるのも恐ろしいことだった。

だからせめて、自分の側から番外個体を離れさせよう。

一方通行の思考は、こういう苦肉な方向へ進んでしまったという訳だ。


だから番外個体は、即答で彼の思案を前提から否定した。
“ふざけんな”という全身全霊の想いを込めて。

329: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:34:50.56 ID:LvToF1A+0



「ミサカはあなたと一緒だよ。あなたが先に死ぬのは許さないし、ミサカが先に死んだら
 あなたが苦しむから、ミサカも先に死んでやらない……」


一方通行の細い身体に両腕を回し、はっきりと宣言する。


「死ぬときが来るんだとしたら、そのときは二人一緒以外じゃなきゃ嫌。何が起きたって、
 絶対にあなたから離れないもん」


「……馬鹿野郎が。たまには俺の言う事に耳を貸せってンだよ……。あのガキだってそォだ。
 どいつもこいつも、好き勝手に俺の周りに寄って来やがって……」


「最終信号も、このミサカも、きっとそれが幸せだって信じてる」


「馬鹿が……。悩ンでた俺も馬鹿だクソったれ……。ホントにいいのかよ? 俺はオマエ達
 を……」


“守り切れないかもしれない”、と言いかけて止める。
その言葉だけは、口にしてはならなかった。

330: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:36:45.18 ID:LvToF1A+0


番外個体は一方通行のそういった心理を全部見透かしたような微笑みを浮かべ、包む両腕に
更なる力を込めた。


「ミサカ達は、いつまでも守られきゃ生きていられない存在なんかじゃないよ。……ううん、
 今度はあなたを守る側に回らなくちゃね」


「…………」


番外個体の胸に頭を押し付けたまま、一方通行は安心したように瞼を薄っすらと閉じる。
気分が心地よく、和らいでいく。
薄汚い神経や醜い情感が、隅々まで浄化されるような感覚をしばし堪能する。


そして――――。




「……悪い、今さっきの事なンだが……綺麗さっぱり忘れてくれ。我ながらくだらねェ思慮
 に囚われちまった」


「あなたも偶にはナーバスにくらいなったっていいじゃん。同棲してるんならそういう所も
 寛容しないとね☆ 今日みたいに情緒不安定な時は、ミサカの胸で良かったらいつでも貸
 してやるよ」

331: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:37:41.28 ID:LvToF1A+0


「…………」


弱い自分を見られるのはどうにも居心地が悪い。
背中に背負った十字架をたまには下ろしてもいいんじゃない? と言うこの少女も例外では
ないのだが、まだ気分は軽かった。
それは同棲人として、心を許している存在として、自分が彼女を特別な目で見ているから。
………なのだと思う。

ともあれ、番外個体の柔らかな身体に包まれているうちにモヤモヤしていた心もかなり和ら
いでいた。そろそろ密着した肢体を分離させないと、番外個体の胸で窒息死してしまう。

ところが、手をソファーにつけてゆっくり身体を離そうと起き上がった時――――。




「――――――ッッ!?!?」





332: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:38:57.30 ID:LvToF1A+0


それは起きてしまった。

何気なく番外個体の顔をふと覗き込んだのが最大の元凶である。
番外個体は一方通行の動きが自分の顔を覗くために停止した事を把握する前に自らも身を
起こそうとした。

中途半端に番外個体を真下に見下ろす形で急停止する一方通行。
一方通行が起き上がるのを神経で察知し、自分も起きようと頭を上げる番外個体。

これら二つの事例が組み合わさった結果、どういう事に結びついてしまうのかはおそらく
もう理解できた人も多いだろう。



「………………………………」



かつてないほどに長い静寂が二人を包んでいた。

唇と唇。
心と心。

違った人間同士の愛情表現は、これらの呼称を一体化させるのが一般的と言われている。

言うならば“合体”。

前例は物理的に。そして後の例は心理的に。
もっとも具体的に挙げやすい例のひとつが今、ここで実遂された。

333: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:41:01.75 ID:LvToF1A+0


接吻、キス、口付け、など様々な呼び方を持っているこの行為。そこに至るまでの過程や
種類も大変豊富である。

一方通行と番外個体。
彼等の現状を検察すると、この場合は“サプライズタイプ”もしくは“無作為タイプ”に
該当する。

まあ結局のところ、所謂“事故キス”というやつだ。

そんな出来事を何気ないタイミングで体験してしまった二人。だが、除々に双方から変化
が見え始める。どっちも驚いて唇を離そうとしなかったのは奇跡というべきか。


「……ん…」


時間が経つにつれ思考が働きを取り戻したのか、それとも元々この展開を胸の内で望んで
いたのか、どちらか定かではない番外個体が丸くしていた目をそっと閉じる。


「………!」


続けてゆっくりと身を預ける。離れるどころか更に密着を求める番外個体の大胆な所業に
一方通行はただ固まるしかない。
言葉を発するのも不可能だった。その口を塞がれてしまっているのだから。しかも言葉を
投げたい相手本人の口で。

334: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:42:10.88 ID:LvToF1A+0


どうしたらいいのか、わからない。
思考がおかしい。脳がまともに機能しない。
離れるタイミングも、拒むタイミングも完全に逃してしまった。そもそもどうしてこんな
展開が急に訪れたのかがまず難儀である。


(どォな…ってンだよ……。なンで……)


密着された身体を分離させる気にも、押し付けられる柔らかい唇からの感触から逃れる気
にもなれなかった。


そこで更に疑問が湧く。


自分は拒みたいのか? 本気で拒絶したいだなんて思っているのか?
本当は愛しい彼女とこんな行為に浸りたかったのではないのか?

そうだろう?
あの時、番外個体がロシアへ帰ってしまった時から気付いていたのだろう?
彼女に対する、この“想い”の正体に。

だったら後はどうする?

簡単だ。告げればいい。

一方通行が心の奥に隠している番外個体への気持ちを、自身の本音を、一言一句漏らす
ことなく伝えてやればいい。

335: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:43:44.76 ID:LvToF1A+0


いいかげん、自分に正直になってみろよ―――――と、葛藤は激しさを増すばかりだが。



(待てよ……。待て!! このまま流されちまうのは……!)



「――――ぶは…っ! 番外個体! 待て、ストップだ!」



(………ダメなンだ……。まだ――――)


(―――――まだ、俺自身の問題が消えてねェ。それに………)



紅潮した頬で甘い時間を嗜んでいる番外個体の両肩を掴み、押す。
そうして引き離したことでようやく重なり合った唇は解れ、顔が向き合う形になった。
薄っすらと開いた番外個体の目には名残惜しさが浮かんでいたが、一方通行は真剣な顔
で伝えようとした。――――が、

336: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:46:08.99 ID:LvToF1A+0


「すまねェ……。けど、まだ――――ッ!?」


「……っ!」


離した唇が、一方通行の話を待たずに襲い掛かった。
接近し、もう一度重なる少女の顔と少年の顔。

再び訪れた甘い空間。
彼等の居内が蕩けそうな色彩に染まっていく。


今度は番外個体の方から口を離して開く。


「もう……、待ってらんないよ。あなたの罪の意識が晴れるまで、ミサカは一体どれだけ
 待てばいいの?」


積極的に一方通行を求め始めたその真意を、切なげな目で露にした。


「……ッ」

337: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:47:21.17 ID:LvToF1A+0


胸が痛かった。
チクリと針で刺されたような、それも至る箇所を断続的に突かれるような。
そんな痛みが一気に押し寄せてきた。

番外個体の目は、潤んでいたから。
彼女が何を言いたいのかも、想像できてしまっていたから。

だからこそ、一方通行の心は余計に痛みを感じていた。


「あなたがミサカに何もしてこない理由なんて、とっくに知ってる……。このミサカが
 何のために作られたのか、あなただって良く知ってるでしょ?」


潜んでいた真意が、深海から水面へ浮上するように晒されてしまう。
彼女が気づいていることさえ、本当は気づいていた。
結局、ここでも自分は甘えていたのだ。

それに気づいていないフリで貫き通そうと―――――。


そう、全て自己欺瞞だ。
とっくに自覚していた。しかし、認めることに対して恐れを抱いていた。


「ミサカの気持ちはもうあなたに云った。……一生あなたの傍にいたい。ずっと、死ぬ
 まで一緒にいたい。……あなたは?」

338: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:48:13.93 ID:LvToF1A+0


まだ、彼の口から直接伝えていなかった言葉。
そしてこれを言ってしまえば、おそらくもう―――――。


「……言っただろォが。オマエが一人でも生きていけるよォになるまで、俺がずっと―――」


「それじゃあいつかは別れが来るってことでしょ? ……それがあなたの答えなら、もっと
 ストレートに告げて」


引き下がる姿勢? そんなものはどこかへ綺麗サッパリ放り投げてしまいましたという表情
で促される一方通行。
ここまで来ると、下手な言い逃れや抗弁では手の施しようがない。
番外個体の頑固さは、これまでの共同生活のおかげで否応にも知り尽くしている。

潮時、か。

これ以上引き延ばしにはできないのが、空気からも伝わってきている。


「………番外個体」


ちゃんと言葉に出して伝えて欲しい。証が欲しい。番外個体の瞳がそう訴えていた。
一方通行が、ゆっくりと静かに紡ぎ始める。

339: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:49:29.94 ID:LvToF1A+0


「上手い言い方なンざ知らねェ。オマエの期待に添える自信もねェ。我ながら情けねェかも
 しれねェが、俺もまだ手探り状態なンだよ」



「けど、俺の意志……オマエへの気持ちだけは、はっきりしてる。俺もずっとオマエと一緒
 にいたい。嘘や偽りはどこにもない。俺の心からの願いだ」



これを聞いた瞬間、番外個体の表情は驚きと嬉々が入り混じったものへと変化する。
やっと、言ってくれた……。
悶々としていた感情に、満足感が姿を見せ始める。

一方通行の詠いはまだ続く。



「オマエの見通しに間違いはねェよ……。オマエの想いに身体で応えてやるのは、もォ少し
 時間が掛かっちまいそォだ」


「すまねェな。こンな臆病者でよォ……。けど、必ず応える。待っててくれなンて言わねェ。
 ただ、俺を信じ続けて欲しい。………駄目か?」



番外個体は一つ一つの言葉を胸に刻み、頭に残し、その上で微笑みを見せた。
僅かに首を頷かせ、濡れた目元を拭い、いつもと変わらない笑顔を再臨させる。
ようやく心の声を聞かせてくれたことに対する確かな喜びが、彼女の顔色から感じられた。

340: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:51:03.74 ID:LvToF1A+0


そして、この短くこそばゆい物語は佳境へ突入する。

最後に一方通行は、そっと彼女の肩から首に手を回した。


「ありがと……な。オマエを大切にしたい。だからこそ今は時間を掛けて、少しずつ進ンで
 行きてェンだよ」


少しずつ、顔と顔の距離が縮まっていく。
反射的に目を瞑る番外個体。
彼女が真っ暗な視界の中で聞いた声は、こうだ。





「―――――今は、これが俺の精一杯だ」





一方通行の澄んだ声。その直後、唇に当たる愛しい感触。
そう、彼は初めて自らの意思で―――――、



341: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:52:29.94 ID:LvToF1A+0


「あ……んっ、んん………っ」




―――――― 番外個体と口付けを交わした。



       言葉以上の熱い気持ちが込められた、優しい唇から漏れる吐息。


       二人の世界、二人だけの世界。

       
       完成したばかりの園で、彼等は互いを求め合う。


       ついばみ、触れあい、囁きあう。


       それ以上はまだ進めないが、今二人にできるのは現時点でそこまでだが。



       今はこれだけで、充分幸せだった―――――。

342: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:54:03.37 ID:LvToF1A+0


 「今日はもう寝よう? 明日も早いしね」


 「あァ、そォだな……。寝るか」


今日のスイートタイムは、ひとまずここまで。
抱き合った姿勢のまま、意識はゆっくりと落ちていく。



 「明日はあなたも少しくらいハメ外してね。いつも肩肘張ってばっかじゃ、疲れちゃうよ」



眠りに落ちる直前、横で眠る番外個体がそんなことを言ってきた。
既に朦朧としていた一方通行は、一度だけ頷くように首を下げ、隣りの番外個体を優しく包み込んだ。

そして、嬉しそうに目を細める番外個体。瞼を完全に閉じ、その身を包む本体へ遠慮なしに委ねる。


少しだけの進展と共に、今日は明日へと移り変わっていく――――。

343: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:56:24.15 ID:LvToF1A+0
はい、A入りましたー!ってことでここまでです
ぬるくてごめんなさい。何か最後っぽい感じになったな…
次回も少し間が空いちゃいますが、気長に待っててくれたら嬉しいです

では一部公開(後悔)

344: ◆jPpg5.obl6 2011/04/15(金) 20:59:00.44 ID:LvToF1A+0



一方通行「やっと入れたか……。っつか、どこもかしこも人だらけだなァオイ」


番外個体「うわあ……噂には聞いてたけど、想像以上に胸躍りそうだねこりゃ」


打ち止め「はやくはやく! ミサカが乗りたいヤツ混んじゃうよー! ってミサカはミサカは急かしてみたり!」




――――――――――




美琴「あっれー、どうしたのよ黒子? まさか私が気づいてないとでも思ってたワケ?」


黒子「お、お、お姉様………?」

358: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 20:57:59.08 ID:2ugeZ1TB0


◆ ◆ ◆


  
第六学区は、レジャー施設がこれでもかとばかりに密集した区域である。

遊園地、動物園は勿論のこと水族館や映画館といったあらゆるアミューズメント、テーマパークが一通り
揃っている。
外部から来た観光客や都市内に住む学生など客層も幅広く、休日は最も人の多く集まる学区としても有名
なスポットだ。

そんなメルヘンチック溢れる場所に、彼等は来ていた。


「うーわ……、思ってた以上の列だねこれは」と、入場口の混み具合を評議する番外個体。


「あァ……考えてみりゃあ今日祝日だったか」と、全身でやる気の無さをアピールしながら吐く一方通行。


そして、


「おおー! さすがミサカ念願の聖地だけあって人気ですなぁ~! ってミサカはミサカは前方がよく見え
 ないのでピョンピョン飛び跳ねてみたり!」と、昨日の出来事を匂わせない太陽のような眩しい顔を辺り
に振り撒く打ち止め。

359: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 20:58:43.47 ID:2ugeZ1TB0


「人の密集した所でポンポン跳ねてンじゃねェぞ、クソガキ!」


「だってだってー! ミサカはずーっとここに来たかったんだもん! ローテンションで臨む方が無理って
 ものだよ少年。ってミサカはミサカはワクワクとドキドキが今にも破裂しそう!」


ちなみに現在は人の波に挟まれて思うように進めない状態だったりする。
杖つきの一方通行には相当辛い状況なのだが、そこは番外個体が絶妙にカバーしていた。


「ほら、進むから気をつけて! 最終信号も離れちゃダメだよ?」


一方通行の腕を持ち、身体を支えながらゆっくり前進する列に従う。
打ち止めもサポートしてるのかただじゃれつきたいだけなのかは知らないが、一方通行の腰にしがみ付いて
離さなかった。

「歩き辛ェ、帰りてェ」などとは間違っても言えなかった。

入場する前から軽い疲労感に早くも襲われている。
番外個体の胸が腕に当たるのも妙に意識してしまうし、一方通行の身体によじ登って前方を眺めようと目論む
打ち止めを制さなければいけなかったりと、とにかく入る前から色々忙しかった。

ようやく列の最前にたどり着き、チケットを購入して入園を果たした頃にはとりあえず一服することしか頭に
残っていない。だが無論、この申し出は却下された。

360: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 20:59:52.22 ID:2ugeZ1TB0


「やっと入れたか……。っつか、どこもかしこも人だらけだなァオイ」

「うわあ……噂には聞いてたけど、想像以上に胸躍りそうだねこりゃ」

「はやくはやく! ミサカが乗りたいヤツ混んじゃうよー! ってミサカはミサカは急かしてみたり!」


三者三様の感想が漏れる中、移動を開始する。
入場した時に貰ったマップ兼パンフレットを見ながら、一方通行が打ち止めに尋ねた。


「おい、オマエが乗りたいって騒いでたヤツ……もしかしなくてもコレか?」


一方通行が打ち止めに提示したのは、





『リバース必死!! 夢遊病ルート確定!! 絶叫上等!! 学園都市が誇る最大のスリル!! 
 ようこそ音速の世界へ。命知らずなあなたは是非一度体感あれ!!』





などという馬鹿げたキャッチフレーズを売りにした超音速ジェットコースターの案内ページ。

361: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:01:02.78 ID:2ugeZ1TB0


「それそれ! ってミサカはミサカは長年の夢が叶う瞬間を今や遅しと待ち焦がれてみたりー!」

「超音速ぅ? げ……、あの恐怖は一般公開していい次元じゃないと思うけどな……」

「技術チームの連中が考える事ァつくづく理解できねェな……」


大げさか否か判別しかねる広告に言い様のない不安が押し寄せてくる。
打ち止めは相変わらず無邪気にはしゃいで一方通行、番外個体の手を引く。

そこで番外個体がある事に気が付いた。


(…! ちょ、ちょっと……? これって………)


気になったのは自分達の位置関係。
一方通行、番外個体、そして間に打ち止めを挟んだこの光景を客観視してみる。


「……………」


頬が熱を帯びてきた。どうしようか、このまま何も気づいていないフリを演じていようか番外個体
は迷う。

すると、

362: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:01:44.75 ID:2ugeZ1TB0



「こうしてると、何だかミサカ達って本物の家族みたいだね♪ ってミサカはミサカは疑似体験に
 まんざらでもなさそうな表情を浮かべてみたり」




363: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:02:37.94 ID:2ugeZ1TB0


「!?」


おいいいい!! と番外個体は心中で叫ぶ。そんなハッキリ口にしたら横のこいつまで変に意識し
出すだろうがああああ!! と絶叫しようにも、大勢の人が周りにいる中ではそれも躊躇う。
一方通行も、極力なら目立つ行為は避けたいはずである。

そんな意図を汲み込んだ番外個体は、開き直る選択を取った。


「ふーん、確かにねえ。ミサカがお母さんで、あなたがお父さんで、最終信号がミサカ達のこ…っ///」


言わなければ良かった、と早くも後悔した。拷問並の羞恥が喉を詰まらせる。


「…………さっさと行くぞ」


明後日の方を向きながら一方通行が足を速めた。勿論照れ隠しなのは訊くまでもない。
年齢的に無理があるとは言っても、番外個体と酷似顔の打ち止めは母似の娘なんだと外野が捉えても
不思議ではなかったりする。
周囲の目線が気になるわけではないが、これも気持ちの問題だった。


こういった経緯の中、憩いに満ちたパーク内をいそいそと移動する三人。
やがて、打ち止め希望の乗り物が視界に入ってきた。
早速地上から車体がレールを滑走する様を拝見してみる。

364: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:03:45.48 ID:2ugeZ1TB0


「……………………」



速い。とにかく速い。もはや何人乗っているのかも識別不能であった。
あんなスピードであんな蛇みたいなクネクネしたコースを走行する上に、おまけに一回転まで付くのか……。

初見で意気消沈も珍しくないこのインパクト。にも関わらず、既にゲート前は長蛇の列ができていた。
無論入場する時ほどではないにしても、わけのわからない人気がここにはあるらしい。恐いもの見たさ
に似たような心理が、ここでは活性化されているみたいだ。


「……なァ。オマエ、あれ本当に乗ンのか?」


「も……もっちろん♪ ってミサカはミサカは即答してみたり」


あれを見て尚臆さないとは、どんな神経の持ち主なのか。一瞬声がくぐもったのは見逃しておくにしても、
この少女の肝っ玉にはあらゆる意味で呆れる。
隣りの番外個体にふと視線を向けてみると―――。


「うおおお!! 何アレ!? すっげえ面白そうじゃん!! こりゃ並んででも乗る価値ありそう☆」


「………………マジか?」


365: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:04:50.25 ID:2ugeZ1TB0


さっきまで『音速』にトラウマでもあるような怖気を見せていたのが嘘みたいである。
打ち止め同様、あの“速く走る電車みたいな何か”の魅力に憑りつかれてしまった番外個体。


ここからノーカットで一方通行による一人脳内葛藤の時間が再来する。


(冗談だろマジであれ大丈夫なのかよ? 娯楽とかアミューズメントの域軽く超えてンだろォがオイ……
 リバースどころの騒ぎで済むのかがまず疑問じゃねェか? っつか、俺もあれに乗るの決定か?)

(イヤ、別に恐いわけじゃねェ。そもそもたかが遊園地のアトラクション如きで恐れを抱くなンて有り
 得ねェだろ。っつーかアレ、音速の域に達してねェじゃねェか。ハッ、お決まりの宣伝文句ってヤツ
 かよ。ちっと大げさに宣伝する事で客集めようって魂胆かァ。汚ったねェやり方だなァオイ。そンな
 子供騙しに何でこの俺が付き添ってやらなきゃならねェンだっつの。まァ、大した事ァなさそォだな。
 音速にすら届いてねェスピードってンじゃどォせたかが知れて―――)



「何やってんの! 早く並ぶよ! ってミサカはミサカは棒立ちしたままブツブツ何か言ってるアナタ
 の腕を強く引っ張ってみたり」


「うォお!? ちょ、ちょっと待ッ―――!」


チーン、強制終了。又は時間切れとも言う。

366: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:06:22.80 ID:2ugeZ1TB0


「っしゃあ! んじゃ、カッ飛びに逝きますか! いっちょ風になってやるぜ!」


番外個体にまで協力されたのでは、勝てる見込みは絶たれたも同然。
考える時間を所望する一方通行の声も虚しく、三人は列に並んでその時を待った。
やたらワクワクしている二人の少女に歯向かう術など、最初から無かったに等しい。

そこから大した時間も要さないまま人列はスムーズに流れ、彼等はとうとうゲート内に入ってしまった。

もう逃げられない。退路が完全に絶たれたわけではないが、ルート中こまめにセッティングされている
通称『ギブアップルート』に足を踏み出す度胸など、一方通行にあるはずもなし。
今か今かと胸を躍らせている番外個体や打ち止めに感づかれないよう、ただ横目でチラチラと窺うのが
彼の限界だった。表面上では「くっだらねェ……、何でこンなガキ染みた所にこの俺が」とでもぼやき、
いかにも興味なさげな感じで取り繕ってはいるものの、内心では言いようの無い不安が高まっている。
これが俗に言う、ポーカーフェイスである。

そうしている間にも列はじわじわと、焦らすようにだが着実に前へと流れていく。
あとはチケットを提示し、乗り口まで一直線だ。

割りと長く続いている通路を断続的に進んでいる最中、番外個体が唐突に尋ねてきた。


「アクセラレータ……まさか、怖いの?」

「……はァ? ナニ愉快な寝言こいてンだ? テンション上げすぎて着眼点おかしくなったンじゃねェのか?」

367: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:08:07.15 ID:2ugeZ1TB0


「いやあ、さっきから身体が小刻みに震えてるから、まさかなーって思ったんだけど……」

「はははっ、それはないよ番外個体。この人がジェットコースター如きでビビっちゃうなんて、世紀末
 どころの騒ぎじゃないし。ってミサカはミサカはそう言いつつミサカも緊張が高鳴ってきている事実
 に目を瞑ってみたり」


「……ケッ、くだらねェ。くっだらねェな。こンなモンに俺が付き合わなきゃならねェ事に対する苛立ち
 から無意識に身体が震えてたンだ。天地が引っくり返っても有り得ねェ憶測を飛ばしてンじゃねェよ」


「だよねえー(ってミサカはミサカはー)」


何とか誤魔化すのに成功したらしい。
「実は不安です」などとは身体が裂けたとしても口にできない。少なくとも彼の性格では。
たとえ生身状態で臨むからという理由があったとしてもだ。その姿勢は単なる捻くれ者と大差なかった。

再び彼から目を離して通路上に見える景色を少女二人が観賞している中、一方通行の葛藤も密かに再度
幕を開けた。


(もォすぐか……ッ! どォする!? 間違ってもこいつらの前でみっともなく悲鳴を上げるワケには
 いかねェぞ! けどこンな事で一々能力使用に切り替えるなンてどォ考えても馬鹿げてやがるし……かと
 言ってこのままだと……!)

368: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:10:29.94 ID:2ugeZ1TB0


どうする? どうするよ最強? 誰かがそう囁いているような錯覚に陥った。


通常モードのままで臨んだら一体どうなってしまうのか、彼は知っている。経験はなくても大方の想像
は容易い。だって自分自身の体なんだから。
こんな場所を訪れた過去は今までないが、無能力状態であれに耐えられるとは流石に思わなかった。

パラシュートを装着して上空四千メートルから落下するのと、裸で何の施しもなくビルの屋上から転落
するのとでは比較にならない。

安泰な手段を選ぶなら能力使用モードに切り替えればいい。そうすればあの程度の速さなど、自分でも
簡単に繰り出せる。風の抵抗や空間の高速移動なんかも、能力に充てられる演算ができれば何の障壁も
なくこなせてしまう。

しかし、残念なことにプライドが邪魔をしていた。最強の力をこのような娯楽の場で頼ってしまうなど、
一方通行にとっては非常に許し難いことだ。別の言い方をするなら“男の意地”である。

だが、一日フリーパスチケットを提示しなければならない所までもう差し掛かっている。あそこを超え
たらいよいよどちらかを選択しなければならなくなる。


(プライドを捨ててテメェの表面を守るか、それとも意地ィ張り続けてこのまま挑ンで無様に喚くか…)


二者択一。

くだらない事に見えるが、少なくともこの男にとっては深刻な問題だった。今後の自分に関わるから、
というのもあるので仕方無いのかもしれないが。

369: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:11:31.77 ID:2ugeZ1TB0

(冗談じゃねェ! こンなふざけた場面で間抜けな絶叫なンて出来っかボケが! そンな恥ィさらして
 生きるぐれェなら死ンだ方がまだマシだっつーの! プライドォ? ンなの知った事か!)


一方通行はプライドを捨てた。能力を使おう。迷わず使おう。これは有意の選択だ。
もし仮に逆の道を選んで男らしく華々と散る決意を表明したとしても、現実はおそらく残酷な末路しか
用意してくれないだろう。
彼女達の間でネタにされ続ける程度ならまだ易しい。が、打ち止めの事だから黄泉川や芳川に知られる
のは勿論、下手をすればネットワーク経由で一万人近い人間の脳内で自分の断末魔が晒されてしまう。
考えるだけでゾッとするような、恐ろしい未来だった。


(そンなモン持ってたトコで有効活用できなきゃ意味がねェンだ。乗ってる時間は数分もねェンだし、
 それくらいなら何の支障もねェはず―――――)

370: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:12:30.23 ID:2ugeZ1TB0




「あ、乗車中は能力の使用厳禁みたい。ま、そりゃそうだよね」




371: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:17:00.20 ID:2ugeZ1TB0

(なン………だと?)


おそるおそる確認してみる。
すると、確かに注意版にはそう書かれていた。『乗車中の飲食、喫煙は禁止!』と表記されている下に、
何とも学園都市らしく、ご丁寧に。


「……………」


神は、何の前ぶれもなく死に絶えたようだ。
まるで、あと一歩でクリア目前だったテレビゲームが突然バグを起こした時のような虚しさが一方通行
をそっと包む。

注意看板に表記された事項を番外個体に読み上げられ、一方通行は凍りついていた。
唯一の活路はこうして赤子の手を捻るように淡々と打ち崩されてしまったわけだが、ここで一つ、ある
事に気がつく。


「オイ、そォいや身長制限とかねェのか? ここ」


「え……?」


キョトン、と滑稽な体勢で立ち止まる打ち止め。と、そこへこれまた絶妙なタイミングで係員が声を
掛けてきた。

372: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:18:51.53 ID:2ugeZ1TB0


「誠に申し訳ございませんが、そちらのお客様のご乗車はちょっと……」


「…………………」


規制マニュアルのようなものを片手に携えながら打ち止めと身長基準表を交互に見遣る係員。
今度は打ち止めに悲劇が襲い掛かった。


「やだやだー!! ミサカはミサカはすごく楽しみにしてたんだよ!!」

「我が儘言ってンじゃねェクソガキ! ルールなンだから仕方ねェだろォが!」

「ま、確かにお子さまにはちょーっち早すぎるかもねん♪」


当然打ち止めは駄々をこね、一方通行がそれを叱り、番外個体は楽しげな第三者側に回る。
一旦列から外れた位置でこの図式は数分ほど滞在した。


「とにかく、乗れねェンならここに居たってどォしようもねェな。他ァ行くぞ」


と言いつつ一方通行は出口へ足を向けた。新たな活路が開けた瞬間だ。まさしく好都合である。
打ち止めには可哀相かもしれないが、規則なら仕方がない。規則なら。
今の一方通行の顔を良く見てあげて欲しい。とても晴れやかだ。

373: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:20:27.24 ID:2ugeZ1TB0


関門を越えたことによる安堵を隠しながら引き返し始める一方通行。と、そこへ背後から予想外
の言動が飛んできた。


「うーん、しょうがないな……。今回はミサカは我慢する! ってミサカはミサカは涙を呑みながら
 非情な現実を受け入れてみたり。しょうがない、今回は若い御二人に譲ってやるぜ! ミサカの事は
 気にしないで、仲良く楽しんできなさい」


「……は?」


何を馬鹿な事を言っているのかこいつは。一方通行は本気でそう思った。
折角三人で来ているのだ。打ち止めを一人待たせて楽しむなど、論外中の論外である。
その旨を伝えようとするが、


「ううん、いいの! ミサカにはまだ早すぎたみたいだし、もっと大きくなったら今度こそ絶対乗ってやる
 んだから! ってミサカはミサカは新たに闘志を燃やしつつ颯爽と退場してみる~」


「入場口の近くにあったベンチで待ってるからね~!」と告げながらトテトテと去ってしまった打ち止め。


「……っと……つまり、どォなっちまうンだ? この場合は」


素で尋ねていた。

374: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:21:24.46 ID:2ugeZ1TB0


「最終信号の分まで堪能しなきゃならんに決まってんじゃん! さあー行こうぜ♪ 科学の高みへ」


「―――いィ!?」


腕をホールドされ、行列の先端へ見事に復帰する二つの身体。
フリーパスも提示され、そのまま乗り口目前まで到達してからようやく一方通行は覚悟を決めた。


(クソったれが……。もォ、どォにでもなりやがれ!!)


打ち止めの退場により、一万人近い個体に醜態を晒す事態は最悪でも回避できそうだが、結局は同じ事だ。
四六時中、共に過ごしている少女の前では今更格好のつけ様がない。


「では、逝ってらっしゃーい♪」


係員の慣れた送り出し。それから一分後の事。


375: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:22:18.81 ID:2ugeZ1TB0



「――――ぎゃああああひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっひゃ♪ ナニこれすげえ最高マジ快感!!
      やべえこれ超面白れええええええええええええええ☆☆☆☆☆」





「――――うォ、あ、あ、ンぎゃァァァァァァァああああああああああああああああああああああ!!!!!
       うおわァァァァァァああああああああああああああああ!!!!!」







学園都市最強の超能力者の大絶叫と、狂喜に憑りつかれたクローン少女の大爆笑が走行コース上に延々と
木霊する。もう、そこには意地もへったくれも存在しなかった。

376: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:23:08.25 ID:2ugeZ1TB0


―――


白さと悪戯が売りにして特徴の男女が音速モドキの絶叫マシーンを体験している頃、常盤台中学女子寮の
一室では事件……と言うほどでもない、ささやかな騒動が起きていた。
部屋の番号は寮監も目を光らせていることで有名なニ〇八号室。

となると、騒動の中心人物はもう決まっている。


「だから、違うって言ってんでしょ!! 昨日はその……ま、マンガ喫茶で一気読みしてたら、つい時間
 忘れちゃってんだってば!」


「いーえ! お姉様が昨夜上条さんと一緒だった事実は上がってますのよ! 誤魔化そうとしないでくだ
 さいまし!」


女子中学生同士の二人部屋では結構ありがちな何気ない口論だと普通は思うであろう。
しかし、彼女達を知ってる者から見ればこれは非常に珍しい光景だった。

白井黒子が御坂美琴に真正面から応論する時点で只事ではないのが判る。


「う……な、なんで……」


怯みを見せた美琴に黒子は畳み掛ける。

377: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:23:46.24 ID:2ugeZ1TB0


「お二人が喫茶店で合席していたと」


「ぐ……」


針で突かれたように胸を押さえる美琴。


「わたくしの知人が居合わせておりましたのよ。何でも相当暴れて目立ったそうですわね」


「あうううう……!」


今度は頭を押さえて聞こえないフリをするが、所詮子供の足掻き方だった。


「お姉様!!」


「ひ……っ」


声を荒げる黒子にビクッと跳ねた。どうやらここは素直に謝罪した方が賢明のようだ。

378: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:25:01.19 ID:2ugeZ1TB0


昨日、上条宅へ初めて訪問した美琴。
禁書目録もそこに居たが、そんなことはどうでもいいと思えてしまうほどに嬉しかった。
上条の携帯番号とアドレスを入手した時と同じぐらいに。

予定では門限に間に合う様、早くお暇するつもりだった。
しかし、

『あともう少しだけ……もうちょっとだけ』

そうこうしている内に至福の時は過ぎ去り、結局上条宅で夕飯までご馳走になり、帰宅
する頃には門限も余裕でアウト。黒子からのメール&着信履歴の嵐に身体を震わせたの
は語らずとも然り。

昨夜は帰宅時と消灯時間か重なってしまったために言及は翌日、つまり今この時に持ち
越しとなったのだが……。

「上条さんと一体どこで何をしていたんですの!? ……はっ! まさか、わたくしの
 知らない間に……っ! お姉様っ!! 白状なさいな!!」


「…………」


やはり、どうもおかしかった。
寮則を破った事についてはあまり触れてこない。いや、“そんなものはどうでもいい”
とさえ言っているようにも思える。


美琴には心当たりが無いわけではなかった。

379: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:25:42.01 ID:2ugeZ1TB0


「黒子……。アンタ、私とあいつが一緒に居るのがそんなにイヤだったっけ?」


「何を仰いますの!? 当然ですわ! お姉様は常盤台のエースですのよ? 上条さん
 以外にも立派な殿方は幾らでもいらっしゃる筈ですのに……」


最後ら辺は独り言のように、まるで心で思った事をそのまま喉から出したように呟く黒子。
美琴には無論丸聞こえだった。違和感が確信へと繋がっていく。
前々から出さないように努めていたが、どうやら解禁する時が来たらしい。

美琴は勇ましく吊り橋を走るのと正に似たような心境で切り出した。


「………やっぱ、変っつかさ。アンタ……もしかして気づいてないの?」


「な、何を……ですの?」



「アンタ、あいつの事『類人猿』って呼ばなくなったわよね?」



「――――ッ!!?」

380: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:26:30.86 ID:2ugeZ1TB0


白井黒子という少女の心臓が、その一言で氷の彫刻のように固まった。
思った以上の効果に美琴も一瞬驚きを見せるが、口を閉じるつもりはない。
いつの間にやら立場が完全に逆転していた。


「あっれー、どうしたのよ黒子? まさか私が気づいてないとでも思ってたワケ?」


「お、お、お姉様………?」


今度は滝のような汗を流し始めた後輩を更に追い込む。
ちょうど良い機会だから、もうここで白黒つけてやろう。白井黒子なだけに。

いつかは迎えなければならない試練。そう、避けては通れないイベントである。



「もうこの際だから、はっきり言うわよ。黒子……アンタ、あいつに惚れてるでしょ?」



「ッッッ……!!!」



「もういいのよ。隠さなくったって……」

381: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:28:19.11 ID:2ugeZ1TB0


「お姉様……黒子は、黒子は決してそんなつもりでは……その……」


美琴が自分の封印したはずの心理に気づいていたのは黒子にとって正に誤算だった。
しかし、黒子本人も無意識の内に表してしまっていたのだ。

上条当麻に抱く、仄かで淡い心を。

これまでは御坂美琴一筋で生きてきた少女。今もその想いは変わらない。
だが新しく生まれたこの未知の感情は一体何なのか。手に余る思いを当初は味わっていた。

だんだん明確になってくるに連れ、抵抗も強くなってしまうのは必然だった。
何しろ、気持ちの正体は紛れも無い“恋心”なのだから……。

それもよりによって美琴が好意を持つ唯一の男、上条当麻相手に。

皮肉、と言ってしまえばそれまでだ。

美琴が行方不明となってから、利害の一致で一時的な同盟を結んだ時から、それは始まって
いたのだろう。
上条と近い場所に長く居れば、こうなってしまうと何故予測できなかったのか。
相手が女子とのフラグを建築する、美琴にとって有害な存在であると判っていたのに、何故。

好きになってしまった今となっては、そんな御託ももう後の祭りだ。何もかもが既に手遅れ
の段階へ来てしまっている。

現在では美琴のために上条を忘れようとしているのがかえって逆効果となり、余計に意識を
強めてしまっている事実に黒子はまだ気づいていない。

少なくとも美琴にあっさりと見透かされて真っ白となった頭では適切な判断能力すら危うい
のはおいておこう。

382: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:29:30.61 ID:2ugeZ1TB0


「だから、もういいんだって。……これでもアンタの事は良く見てるのよ? 隠したままだ
 と、アンタも辛いでしょ? 私に気を遣うのは……もうやめて欲しい」

「………ッ…ッ」

言葉が上手く繋げなかった。
どう答えるのが的確なのか判別できず、黒子はただ吃るしかない。

「わ、わたくしは………」

目を必死に泳がせる後輩を見て少し後悔する美琴。
やはり唐突すぎたか? 早計だったのか?
そんな思いが胸中で渦巻くが、もう遅かった。


「黒子……。私が木原数多に捕まって監禁されてた時、あいつと一緒に私の事……捜して
 くれてたのよね?」


「……はい」


「だったら、私がとやかく言う筋合いじゃないし、そうでなくてもアンタの心はアンタの
 ものよ。誰が何を言う権利もないわ……。―――――けど」

383: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:30:56.81 ID:2ugeZ1TB0


「……!」


瞳を真っ直ぐ黒子へと委ね、美琴は堂々と宣言する。




「私の心も私のものよ。……私はアイツが、上条当麻が好き! たとえアンタでも……
 これだけは絶対に譲れないから。……悪いけど」



384: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:31:45.55 ID:2ugeZ1TB0


「ッ……!」


「それだけは、覚えておいて……」


行き先を告げずにそう残し、美琴は部屋を出て行ってしまった。コンビニに立ち読みしにでも
行くのか、それとも上条に逢いに行くのか。
いずれにせよ、黒子は追いかける気になれなかった。



「…………はぁぁぁ」



後に残ったのは、気味の悪い静寂のみ。
緊張の糸が切れたのか、黒子は床にぺタリと座り込んでしまう。

表情は放心状態、と言った所か。
考え事が色々増えすぎて頭がパンクしてしまいそうだ。
それ以前に、まずは気持ちを整えなければならない。


全ての機能回復には、まだ少し時間が掛かりそうだった。

386: ◆jPpg5.obl6 2011/04/20(水) 21:35:44.96 ID:2ugeZ1TB0



一方通行「ンだよ、その目はァ? おかしかったら笑うなり何なり好きにしろよ」


番外個体「いや……何ていうか」


打ち止め「……ごめんなさい。ってミサカはミサカは軽率だった自分を呪ってみたり」



――――――――





???「―――――すっかり平和ボケしてます。ってか?」



???「―――――とうとう見つけたぞ……。第一位」