前回 一方通行「俺が一生オマエの面倒見てやる」番外個体「……うん」 その1

396: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 19:48:52.13 ID:6fU7aQkz0


――― 



「ありゃりゃ、なんだか足下がおぼつかない様子に見えるけど?」


降り口の階段でニヤニヤしながら伺ってくる番外個体が厚かましく感じた。
しかしそれを言葉にした瞬間、この弱った体に更なるダメージが付加される未来は予知能力者で
なくとも予知できる。


「っきしょうがァ……頭がぐわンぐわンしやがる。殺人マシーンの一種かよありゃあ。死者が出
 てもおかしくねェぞ」

「自身の貧弱さから目を逸らすなって。っつか免疫なさすぎ! しょっぱなからそのザマじゃあ、
 先が思いやられるね」

「ほざけ。誰だって初見には泡吹かされるモンだろォが」

「このパターンは単にあなたが脆いだけじゃん」


腕に絡みつく番外個体の腕。肩を借りるような形で支えられているのは苦肉にも幸いだった。
一方通行が能力に頼りきった道程の代価は、上条当麻が実験を阻止した段階で既に立証されている。
能力に頼れない境地に立ってからは暗部生活で自衛技術を少しは磨いたと言っても、やはり簡単に
肉体は強化されてくれなかったようだ。




397: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 19:49:40.33 ID:6fU7aQkz0

番外個体の前でもこういう情けない姿は見られたくない。
当然の心理かもしれないが、彼女はそんな一方通行が面白くて楽しくて仕方がないように見える。


出口のゲートを潜った辺りで小さな影が揚々と駆け寄ってくる。


「おかえりー! ってミサカはミサカは出迎えてみたり。……あれ? アナタの顔色が悪くなって
 る気が……?」



「き、気のせいだ気のせい! 大した事ねェンだよこンなモンはァ! ケッ、乗らなくて正解だな。
 所詮ガキの娯楽産物に過ぎ……ゥッ…!?」



番外個体の横で虚勢を張る一方通行。しかしそれも途中で不自然に止まる。
口元を押さえる彼の様子は吐き気を必死に堪えているようにしか見えなかった。
どうやら急に大声を出したのがまずかったようだ。


「ちょっ!? だ、大丈夫……? わりとマジで」


茶化しモードから心配モードへ切り替わる番外個体だが、一方通行には応じる余裕がなかった。
打ち止めも心配そうに駆け寄る。

398: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 19:50:38.71 ID:6fU7aQkz0


「もしかして酔っちゃったの? ってミサカはミサカは驚愕の事実を目の当たりにしてみたり! し、
 しっかりして! ってミサカはミサカはとりあえず前屈みになったアナタの背中をさすってみる!」

「うっ……おェ………ち、近くに手洗い場は……」

ちょっと、いやかなり洒落にならない状況らしい。

「あ、あっちにあるよ! 歩ける? もうちょっと我慢できる? ってかここでブチ撒けんのは流石
 にナシだよ!?」

「うぷ……やべェ。気持ちわる……っぷ」

「うわああああ!! 急いで急いで!! ってミサカもミサカも救助活動に参加しつつ頑張れーって
 励ましのエールを送ってみたり!」

「おォォ……あンま……揺らすンじゃ………」

よろよろと二人の女子に身体を支えられながら吐き気と戦う一方通行。
結局、番外個体と打ち止めが付近に運良く設けられていた公衆トイレに一方通行をぶち込む事で最悪
の事態はひとまず去り、騒然としかけたシーンは収まりつつあった。

初めてのジェットコースターの思い出は、最低の形でたった今、脳に刻まれた。
できることならデリートしたい。いっそ全て無かったことにしたい。

そんな思いを噛みしめながらも、一方通行はトイレでリバースした。最大限の屈辱を引き連れて……。

399: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 19:52:21.29 ID:6fU7aQkz0

―――ピンポンパンポーン♪―――


※一方通行ただ今おもどし中。 しばらくお待ちください

400: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 19:54:41.59 ID:6fU7aQkz0


―――



数分後、いつものニ割り増しでゲッソリした一方通行がトイレから出てきた時は、事の発端となった
打ち止めも流石に心を痛めたみたいだ。番外個体も一方通行の小顔が更に小さくなった様子を冷やか
してやろうとは思わなかった。代わりに憐れみを込めた眼差しが送られる。

「ンだよ、その目はァ? おかしかったら笑うなり何なり好きにしろよ」

「いや……何ていうか」

「……ごめんなさい。ってミサカはミサカは軽率だった自分を呪ってみたり」


「謝ンな! こっちが惨めになっちまうだろォがよ!」


「今度はアナタでも乗れそうなヤツをチョイスしよっか」

「別に何だろォが構わねェよ。っつか、あれ乗り越えりゃあ大概は問題ねェだろ」

乗り越えられてねえだろ! 思いっきりもどしてんじゃねえか! とツッコミたくてしょうがない
少女達。が、ここは我慢して呑みこんだ。これ以上追い詰める意味など何処にもないから。


「アナタの気分を癒す意味で、次は観覧車を推奨してみる」

401: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 19:55:44.61 ID:6fU7aQkz0


「観覧車ァ? ……そォいうのは一番最後に乗るモンじゃねェのかよ?」

「ま、いいじゃん♪ あなたの顔色を考慮した結論ってことで。最後にもまた乗りゃいいしね」

「ここの観覧車って最高の眺めなんだよー! ってミサカはミサカはテレビで仕入れた情報を活用
 してみたり」


そんな訳で一同は観覧車へ。
学園都市を一望できる限られた名所の一つとして挙げられるこの巨大観覧車。乗車時間は何と奮発
の三十分。


「うわぁぁ……。ってミサカはミサカは大絶景に言葉を失ってみたり」

「たっけー……。見てみろよアクセラレータ。人がゴミのようだ」

ゴンドラが最頂部へ差し掛かり、当然の如く目を輝かせる二人。
一方通行は黙って景色を眺め、感慨深げな顔を覗かせた。

「こォして見ると、結構馬鹿デケェ街なンだな……学園都市っつーのは」

「展望台から見るのとはまた違った感じだね」


「あァ……」

402: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:00:42.55 ID:6fU7aQkz0


(ホント、穢れた闇が渦巻いてるのもまるで嘘みてェに思えちまう……)


下降中も興奮が冷めず、ゴンドラ内ではしゃぐ打ち止め。
揺れるゴンドラで面白がる番外個体。
まるで親の立場であるかのように、それを咎める一方通行。


終始続く、この平和でまったりとした時間。
だが彼等はまだ知らない。
既に暗い世界から発現した魔手が、人知れぬ内に伸ばされていたことに――――。



観覧車に名残惜しくも別れを告げ、三人は広大な園内を堪能し続ける。

そうしている内に時計も正午を過ぎていた。


「ったく、元気に走り回りやがって。迷子になっても知らねェぞ?」

「だって生まれて初めての遊園地だよ!? ミサカのテンションは上昇する一方なのだー!
 ………けど、お腹空いちゃったかも。ってミサカはミサカは三大欲求の一つには敵わな
 かったり」

「もういい時間じゃん。ミサカも腹減った~。ってことで、どっかで補給しよーぜ」

403: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:02:04.52 ID:6fU7aQkz0


「ハイハイ。真っ直ぐ行きゃフードショップがあるから、そこで構わねェな?」


うん! といい返事の番外個体に、イエーイ! と飛び跳ねる打ち止め。
素直な感情表現に一方通行の口元も緩む。
この男、案外子供の世話には向いているのかもしれない。非常に今更だが。


「う…っ」


その道中、打ち止めの身体が一瞬ブルッと震えた。

「突然なんですが……。ってミサカはミサカは申告してみたり……てへへ」

「あぁ、小便?」

何の疑いもなく察し、これまた堂々と発言してくれる番外個体。

「なっ…! み、番外個体! 言葉の選択には注意して欲しいな! ってミサカはミサカは…」

恥ずかしそうに憤慨する打ち止め。一方通行は後ろでじゃれあう二人に首だけ振った。

「わかったから早く行って来い。番外個体、頼ンでいいか? 俺は先に行って席取ってる」

「ったく、しょーがねえなあ」

404: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:04:43.44 ID:6fU7aQkz0


渋々頷いた番外個体。道から逸れて少し歩いた先にお手洗いの看板がある。
モゾモゾする打ち止めの手を引き、一旦一方通行と別れた番外個体は案内板に従う。

「漏らすなよ、最終信号」

「ミサカはそこまで子供じゃないもん! ってミサカはミサカは背筋をピーンと伸ばしてみる!」

二人の楽しげな声を背にし、一方通行は少し先に見える園内レストランへと足を近づけた。


「………………」

騒がしく賑やかな二人から離れ、一人になるとどうも妙な感じだ。
周囲は相応に人が混み合っているのに、何故か静かに思えてしまう。
不思議な感覚を体験しつつ、一方通行は屋外タイプの客席の一角を陣取るために移動を続けた。

昼食時のピークともあってか空席を見つけるのに少々手間取ったものの、何とか三人掛けの席に
腰を落ち着けることができた。天気は快晴で屋外にはもってこいな上、パラソルもキッチリ設け
られているため、陽射しが嫌いな一方通行でも快適な気分で女子二人を待てる。
気温も適度で、油断するとうたた寝してしまいそうだ。

(注文は中まで行かなきゃいけねェのか……。なら、あいつらが来るまで待ってりゃいいか)

そんなことを思いながらぼんやりと時を過ごす。
仲睦まじげなカップル。
小さな子供の面倒に手を焼きつつも幸せそうな家族。
勉学という名の拘束から解放され、これでもかというくらいに休日を満喫している学生のグループ。

405: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:06:02.93 ID:6fU7aQkz0


視界に映る人々の顔は、どれも今この時をとても楽しんでいるように感じた。

同時に、こんな空間の中心に自分も混じっているのが何とも不思議な気分だ。

喧騒、暴挙、殺害、生々しい断末魔。

そういった日常が板に付いていた彼にとって、この光景は羨ましくもあり眩しくもあった。

ずっと眺めていたらおかしくなってしまいそうなほどに……。


(平和か……。できるなら、これが束の間じゃねェことを祈りてェな)


そうはいかないとわかっていつつも、彼は願ってしまう。
隣りに居てくれる大切な彼女が、いつも笑っていられるように。
小さい身体からは想像できない程に気丈な彼女が、無事に成長していけるように。

叶うなら、そんな彼女達と共に歩んでいきたい。

だがそれは、今の自分にとって贅沢な望みなのかもしれない。

自分の幸せをあれこれ考える前に、すべき事は山積みとなっているのだから。
まずはそいつを片付けてからだ。


406: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:08:26.02 ID:6fU7aQkz0


(しっかし遅ェなあいつら。このままだとひと眠りしちまいそォだ……)


まどろみ始めた視界。
心地よい気候に混じった少しの肌寒さが睡魔を誘っていた。

十二月にしては実に快適で、過ごしやすい気温である。
だが、流石にこんな場所で寝てしまっては迷惑行為に繋がるだろう。一応の良識は兼ね揃えて
いる一方通行は頬杖つきながらも眠気と格闘した。

その真っ最中だった。
少女と思わしき声が、無防備な鼓膜に届いたのは。





「―――――すっかり平和ボケしてます。ってか?」





「……!?」


閉じかけていた目を開かせ、声がした方へと首を傾ける。
いつの間にか正面に座っていたのは打ち止めでも番外個体でもなかった。

407: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:10:26.07 ID:6fU7aQkz0


「場違いにも程があるんじゃない? 仮にも怪物の最高峰にランクされてる分際で、一般大衆の
 真っ只中に溶け込もうなんてさぁ」

「……誰だ? オマエ」

「あぁ、名前? そんなの聞いたって無意味だと思うけど」

唐突に会話を仕掛けてきたのは見覚えのない少女。年齢は十代前半に見えるが、その物腰は成人
を匂わせるほどの冷静さを醸し出していた。無理して背伸びしているとも、一概には言えない。
自分は常にこう振舞って育ってきた。と、彼女の瞳は語っていたからだ。

まどろんでいた意識を現世に戻した一方通行は、この不審な少女に警戒心を抱く。

女の顔に馴染みはないが、まとっている雰囲気だけは異常な親近感を覚えた。

この感覚、雰囲気は……。


「暗部の人間か?」


「嗅覚は健在みたいだね。つっても、最近のアンタは路上のゴミ掃除レベルの仕事しかやらせて
 もらってないだろう?」


シンプルな質問にも物怖じせずに返してきた。顔色の一つも変えない部分から察するに、相当
『闇社会』に慣れ親しんでいるようだ。

408: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:12:32.06 ID:6fU7aQkz0


「こンな大っぴらな場所にまで侵攻してくるその無鉄砲ぶり……。そォか、オマエが『新入生』
 ってヤツかよ」

「場所や状況に頓着するのが薄いだけだよ。……ま、言ってる事に間違いは無いけどさ」

髪を掻き上げ、億劫そうに右上の方を眺める少女はいつ注文したのか不明な紅茶を一口啜った。
そして苦笑混じりに零す。

「んー……、やっぱこういうトコに設けられた店に、味なんて期待するだけ損みたい」

「……俺がオマエ達の存在を知っていた。そいつに驚きは感じねェのか?」

「あぁ、昨日とうとう知っちゃったんだっけ? 寧ろ知るのが遅すぎなくらいだけど、仕方ないか。
 大半が卒業しちゃった中、一人心身を削ってるアンタに通達したところで、何の意味もないしね」

「目的は割れてる。茶ァ濁すのはやめとけ」

「それも知ってる。けど存在を知らしめたからって結果は変わらない。単に無意味で面倒だった
 から、って理由が正解なのは本当さ」

剣呑な眼差しの中に含まれた侮蔑。
まるで現在の一方通行そのものを、根底から否定しているようだった。


「ずいぶン余裕だな。標的(ターゲット)の脅威度を熟知した上でそこまで平静を装えるってン
 なら、オマエは大したタマだ」

409: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:15:16.63 ID:6fU7aQkz0


「誤解してるんなら教えてやってもいいけど」

遮る勢いで言葉が割り込まれてきた。
一方通行の言動に、何か間違いでもあったように指摘する。

「私達は何も、“暗部構造”の格差をつい最近知ったわけじゃない」

「改まって言われるまでもねェな。そンなモンは初見でわかる。“匂い”には俺も多少敏感でね」

「“学校”に喩えるともっとわかりやすいかもね。『中学校に入る前は小学校に通っていた』……。
 といった感じに」

「それまで居た世界、更に小規模だった『闇』から這い上がってきたのがオマエ達か……」

「そう、だから『新入生』。そしてそんな私達にとって、アンタは『留年生』。はっきり言って
 良い環境ではないだろうね。アンタの立場的に想像すると……私なら耐え難いかな」

一見心無さげに見えるが、しっかりと棘を含んだ物言いである。
眉をピクッと一度動かした一方通行に少女は質問攻めを浴びせてくる。

「わざわざ“残留”の道を選んでどんな気分? 優越感? それとも自身が犠牲になった事で大勢
 の人が救われたとか、自己心酔の域にまで達してたりする?」

「オマエにどォ思われよォと知ったこっちゃねェよ。それに、俺はテメェの身を差し出したりした
 つもりもねェ」

「じゃあなに? 格好でもつけてるつもりかよ?」

410: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:16:16.28 ID:6fU7aQkz0


「人の話はよく聞いておくンだな。どォいうつもりだろォが、オマエに理解できるよォな本論じゃ
 ねェンだよ。俺自身だけが意識できてりゃあそれで充分事は足りる」

「……聴こえのいい言葉ではぐらかしてくれんじゃないの。『留年生』が」

少女の顔つきが、少しずつだが険しくなっていく。
優雅なティータイムとは不相応な気まずさも並行して生まれてきた。

「俺からしてみりゃ、オマエら(新入生)こそ何様なンだか……。まァ、そこは置いておいてだ。
 オマエは弱みを握られて『闇社会』に飛び込ンだクチか?」

「……、今そいつを訊いてどうしようと?」

「重要な事だ。できたら本音で答えてくれねェか?」

僅かに間が空いた。
やがて考えをまとめた少女はニヤリと微笑し、断言する。



「ここに居るのは私自身の意思だ。何の後ろめたさもないね。だって、ここ(闇)が私の居場所。
 平穏なんてクソ喰らえさ」



「…………」


411: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:17:52.70 ID:6fU7aQkz0


一方通行は無表情でこれを聞き入れる。どのような感想を心中に抱いているのかは、残念ながら
窺えそうになかった。

「第三次世界大戦が思ったより早期に終結した時は残念だったよ。そん時は色々と面倒な規制が
 邪魔だったせいで、ついには一滴の血も見る事なく終わっちまったんだから」

まるで嫌な思い出のように語る少女。
一方通行はここで目を閉じ、また開く。それがこの正面に向かい合う彼女の本質を見極めた合図
であった。

「なるほど……、よォくわかった。どォやら、俺の通告が根本から堂々と破られたわけじゃねェ
 らしいな」

「ああ、その件か」

思考の回転も速い少女は即座に応じてみせた。

「通達は私自身に来なかったからね。けど、借金抱えたせいで泣く泣く『雑派』へ編入させられた
 憐れな野郎。親戚の命を闇商人に握られて仕方なく偵察部隊で働かされた不憫なヤツ。そういった
 知り合い連中は、手を叩いて歓喜してやがったよ。『これで光の世界でまっとうに生きる事ができ
 るんだ!』ってね……。私はそいつらとは違う。現に、私には何の“鎖”も掛けられちゃいない」

「なら安心だ。オマエが自分の信念に従った上で行動してるンなら、コッチがためらう理由も存在
 しなくなる。“末路を受け取る覚悟もある”と看做して問題ねェな?」
 
「責任と自覚は基本中の基本。いちいち確認を取る必要があると思う?」

「ケッ……」

412: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:19:06.54 ID:6fU7aQkz0


どこまでも調子に乱れがない辺り、どうやら本心のようだ。

そう判断した一方通行だが、そこでふと壁の時計に目を遣る。
そろそろ話合いに区切りを打たなければ、不利になるのは自分だ。
こちらの不安材料を除去しておくためにも、これ以上の探り合いは不要だった。


「………場所を変えるぞ」


そう言いながら席を立つ一方通行に、少女は可笑しげな態度を示す。

「“ツレ”を巻き込みたくない?」

「好きに解釈すりゃあいい」

しかし一方通行の意志とは相反し、少女はいっこうに席を立とうとしない。
代わりにこう発言する。

「さっき言ったよねえ? 私達『新入生』は面倒な配慮や境界線なんて無頓着だってさぁ」

「……あ?」

そこからそう繋がるのか先読みできず、一方通行は着席したままの少女を反射的に振り返る
しかなかった。袖に腕も通していない、頭にフードを被っただけの白のコートが妖しく揺れ、
少女の眼光が変わった。

413: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:20:11.66 ID:6fU7aQkz0




「なんせ、ようやく直々に勅令が下りたんだ………。“見物も無しだなンてつまンねェだろォ?”」




414: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:22:11.78 ID:6fU7aQkz0


「――――!?」


途中から口調も豹変した。直後にカップの中の紅茶がいきなり宙を舞い、一方通行に向かって
伸びる。咄嗟に首の重心を側面へずらすことで液体は回避した。

が、すかさず後続が入る。

今度はカップ本体が意思でもあるかの如く、一方通行の顔面へと一直線に特攻した。

この僅かなタイムラグを利用した一方通行は、すかさず電極のスイッチをオンに切り替える。
こういったように、わざわざ手動でスイッチを弄らなければ最強の能力者へと移り変われない
のは弱点の一つだが、ジャミングの対策にも手を講じている以上、スイッチの切り替えにさえ
成功してしまえばこちらのものだ。

現に、彼の鼻っ柱に損傷を負わせるため飛ばされたガラス製のカップ。
こいつはもはや避ける必要もない。


「!」


案の定だ。
眼前で粉々に粉砕されるカップ。当たり前だが周囲の目はいっせいにこちらへと注がれた。

盛大に舌打ちをする一方通行。暗部らしからぬ無謙虚な彼女のこのやり方、想像以上に厄介で
あると嫌でも実感せざるを得なかった。

415: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:23:29.11 ID:6fU7aQkz0


このままいけば騒ぎになるのは必須。そしてこの女はそんな中で雑踏に紛れ、何事も無かった
様に姿を眩ます算段なのだろう。
目立つ行動を冒すのは逆に動きやすい。それがこの少女の暗部としてのスタイルみたいなもの
なのか。

その辺りはまだ確定しないが、どちらにしても手を焼きそうだ。


「馬鹿が。アンタを相手にタイマン張った所で、どォなるかは目に見えてンだよ!」


しかし、そのことよりも気に掛かっている事があった。


「『暗部の掟』だか『規則』だか、そンな陳腐な建前にとらわれてる場合かよ? 第一位」


「………ッ!」


「あ? ンだァその面? ……あー、そォいうことね。ふン、よォやく気づいたのか? ま、
 当然だよなァ。自分に関する事象に敏感なのが、アンタのウリみてェなモンだし」


この瞬間、一方通行の中でひとつの答えが生まれた。
少女の様変わりした喋り方。そしてカップに触れた時の奇妙な感覚。
気づかないわけがなかった。そう、これは紛れも無く……。

416: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:24:40.84 ID:6fU7aQkz0




「オマエ、―――――『暗闇の五月計画』の被験者か」




417: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:26:37.72 ID:6fU7aQkz0


『暗闇の五月計画』。

『置き去り』を使い実験開発を行っていたチームの一つであり、同時に計画名そのもの。
学園都市最強の超能力者である一方通行の演算パターンを参考に、 各能力者の自分だけの現実
(パーソナルリアリティ)を最適化、能力者の性能を向上させるためのプロジェクトのことだ。
一方通行の精神性、演算方法の一部を意図的に植え付けるという、 個人の人格を他者の都合で
蹂躙する何とも非人道的な計画である。


まさかこの計画の元被験者にこんな形で巡り会うとは全くの想定外だったが、一方通行にとって
この少女、『黒夜海鳥』はそこまでの脅威に値しない。


「オマエみてェな小悪党が俺を仕留める計画の前線に居ンのかよ? シラケさせるにはまあまあ
 の与太話だわな」


「だから言ったじゃねェか。アンタと真っ正面からぶつかる程、こっちも馬鹿じゃないンだよ」


全く同系の言葉遣いで対峙する黒夜。
只ならぬ空気に野次馬が増え始めていたが、彼女はそれを気にも留めない。
それどころか、好都合とばかりに悪意の込もった眼光で一方通行を睨む。

「さァ、せっかくこォして会えたンだ。アンタの平和ボケ具合がどれほど重症なのか、いっちょ
 ここで確かめてやろォか?」

418: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:28:59.84 ID:6fU7aQkz0


「何だと……?」

「“こンだけ人が集まるよォに私が仕向けた”。つったら、もォ理解できてるンじゃない?」


「―――!!」


一方通行の眼球が急速に広がると同時、黒夜は付け足すように続けた。


「アンタに会ったらどォしても言っておきたい事があったンだ。ずいぶン長引いたせいで忘れ
 ちまうトコだったが……その胸糞悪いツラ見てたら思いだしたから、言わせてもらうわ」


一瞬伏せた表面を、もう一度さらす。
まるで別人のような形相を浮かばせた黒夜は、捨てゼリフのように吐いた。




「――――“世の中全ての人間が、仲良しこよしになりてェとか思ってンじゃねェぞ”」




この言葉が放たれてから三秒経つ間もなく、オープン席全域に爆音が響いた。

419: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:30:29.90 ID:6fU7aQkz0


テーブルや椅子は斧で切られたかのように裂け、一般客の悲鳴が疎らになると同時に黒夜は
一方通行に一枚の写真を提示した。

「さァて。話は変わるけど、第一位」

切り刻まれた跡が鮮明に残るテーブルの上に写真が落ちた。

「ッ……!?」

そこに映っていた人物を目に入れた一方通行は、驚愕を浮き彫りにする。


「こいつがアンタの足枷。つまり、こっちの勝算。………ねェ、賭けてみる?」


「………何をしでかそうってンだ? このガキ……!」


「簡単さ。こいつの末路だよ。大人しく首を出せば賭けは無効にしてやってもいい。いやなら――――」


ボロボロのテーブルの上に置かれた写真に、勢い良くフォークがつき立てられた。
三本の先端部分は、写真の中の番外個体の胸部を正確に貫いている。



「――――こォなる方に私は賭けちゃうケド?」

420: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:31:47.55 ID:6fU7aQkz0


悪魔のような笑みが零された。


「……俺はその逆の未来に賭けろ、って事か」

「そォせざるを得ないだろ? アンタの場合は、さ」

「…………ッ」


この時点で、彼女達も新入生の標的に加えられてしまった事実が遠まわしに発覚する。
ダイスを振ったら最悪の目が出てしまったような気分に陥るが、生憎そんな暇すらなさそうだ。


(クソったれが……。とにかく、ここに居たら直にあいつらが来ちまう。まずは場所を変えねェと)


焦り気味の思考が交錯する中、状況は更に収まりのつかない事態へと進んだ。






「―――――とうとう見つけたぞ……。第一位」

421: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:34:58.72 ID:6fU7aQkz0
半端ですが、ここで無理矢理区切ります
今更補足しますと、ここでは原作と時期が微妙にずれてます。一ヶ月ちょいくらいかな…

ではまた一部公開入ります

422: ◆jPpg5.obl6 2011/04/23(土) 20:39:06.09 ID:6fU7aQkz0



一方通行「……何でオマエがここに?」


???「よくも抜け抜けとほざけるよなぁ。こっちは一日も早くテメェに会いたかったんだぜ?」




―――――――



打ち止め「み、番外個体……」




―――――――



番外個体「大気操作系の能力者……!?」


黒夜「あァー、半分正解かなァ。別に大気そのものを直接操れるってワケじゃねェンだ」

436: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 21:34:46.67 ID:twZfxaNF0




「―――――とうとう見つけたぞ……。第一位」



「!?」


ふと、どこかで聞いた事のある声があさっての方角から耳に届いた。
これにより、一方通行は黒夜から視線を咄嗟に逸らしてしまう。


その行為と隙が結果的に失敗を生んだ。



「な……ッ!!?」



ニヤリと口元を歪ませた黒夜を視界に戻した時、既に遅し。
軽やかな動作で身を翻した黒夜は足下のビニール製イルカ人形を素早く拾い上げ、そのまま
迷い無く走り出した。


「クソ……! 待ちやがれ!!」

437: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 21:36:19.68 ID:twZfxaNF0


叫びと同時、逃走する小柄な身体を追おうと前進するが、彼の行く手を先ほどの声の主が
割り込むような形で塞いだ。


「おっと、どこに行こうってんだよ? あ?」


「この野郎…! 退……ッ!?」


行く手を阻まれ、一方通行は無意識に激昂しようとした。
だが、退け! と叫ぶ前に、正面に立ちはだかる男の顔をくっきりと見つめてから一方通行
の思考は再び迷走状態へ陥る。

立ちはだかった人物が、彼の見知った顔だったからだ。


「オマエは……」


「へぇ……。てっきり忘れられたのかと思ったぜ」


学園都市で一度、更にはロシアでもこの男とは面識があった。
忘れることなど、まず有り得ない。

438: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 21:37:27.59 ID:twZfxaNF0


学園都市にとって、まさしく“規格外”の人間であり、一方通行と対を成す『反乱因子』。

上条当麻とはまたタイプの異なった、この“無能力者”の顔を――――。


「……何でオマエがここに?」


「よくも抜け抜けとほざけるよなぁ。こっちは一日も早くテメェに会いたかったんだぜ?」



『浜面仕上』。



かつてスキルアウトを駒場利徳の代わりに束ねていた経歴もあり、暗部組織『アイテム』の
下っ端要員として身を置いていた男だ。過去に遭遇した時から妙に因縁めいたものを感じて
いたものの、何故このタイミングでこの男が現れるのか、一方通行は本気で理解に苦しんだ。

しかも、浜面の態度がどこか普通ではない。事情を聞かずとも目を見れば明らかである。
この目が物語っているのは、一直線すぎるほどの『敵意』と『憎悪』。
彼がこんな顔で人を見ること自体、既に不可解だった。

一度目は勘違いによる激昂。二度目は予想外の登場による吃驚。過去に彼が自分をどんな顔
で見ていたのかと問われればこんなものだ。

439: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 21:38:53.09 ID:twZfxaNF0


ロシアで功績を上げた者同士が、何の因果かこうして再度顔を合わせている。

浜面の声にはドスが掛かっており、一方通行の疑念を深めるばかりだった。
唐突に向けられたあからさまな敵意。相手側の事情がまず知れなかった。
しかし、今は浜面を相手にしている場合ではないことを瞬時に思い出す。

黒夜を取り逃がした。これがどういう事に繋がるのか。

一方通行の中で導き出される答えは、既に一点へと絞られていた。
おそらく、さっき自分で言っていた“賭け”を実行するつもりだろう。


「悪りィが、こっちは取り込み中だ。オマエに付き合ってる暇はねェ……っ!!」


そう残し、一刻も早く黒夜の追跡に復行しようとするが、浜面は退く姿勢を見せるどころか
語調を荒げた。


「待てよ! 勝手に後回しにしてんじゃねえ!!」


吼えながら取り出し、構えた拳銃。
こんな公の場で凶器を惜しげなく晒す彼の神経は、もはや正気の沙汰とは言い難い。
しかしながら、彼の瞳には尋常ならざる覚悟が秘められてもいた。

440: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 21:40:45.57 ID:twZfxaNF0


「……おい、そりゃ一体何の真似だ?」

「今、テメェを逃がすわけにはいかねえんだ。コッチも意地を通させてもらうぜ」

「そンなモンで俺が止められると本気で思ってンのか? 何があったか知らねェが、錯乱
 してるにも程があンだろ」


「ああ……、本気だよ」


今度は怒りを通り越したような冷静口調で語る。この間も銃口は一方通行に向けたままだ。


「どんな小汚え手を使ってでも、テメェには付き合ってもらわなくちゃならねえんだ……。
 こちとらとっくに腹は括ってんだよ。どうしても行くってんなら、俺をこの場で殺してみな」

「意味がさっぱり分かンねェよ。狙いは何だ? 俺に何の用があるっつンだ?」



「――――黙って俺と一緒に来てもらう。拒否は認めねぇ」



銃を握る手に力を込め、浜面は眉間に皺を寄せた。虚勢でもハッタリでもない。
彼は本気で一方通行を止めるつもりなのだろう。一方通行の恐ろしさを知っているにも関わらず、
それでも退こうとしない強固な意志。一体何が彼を突き動かしているのか、一方通行には未だ見当
もつかなかった。

441: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 21:42:53.82 ID:twZfxaNF0


わからないのではどうしようもない。どんな言葉を投げれば効果的なのかも、この段階では不明瞭
である。

些か厄介な状況だが、いつまでも足止めを喰らっていられない。ここは強行に及んででも突破する
必要がありそうだった。事情を洗いざらい聞こうにも、生憎そんな時間の余裕はなさそうである。
こうしている間にも、闇の魔の手が何の罪もない番外個体や打ち止めに近づいているのだ。
一刻も早くこの場を抜け、黒夜の目論みを阻止しなければ……!

逸る気持ちを抑えるのに精一杯な中、浜面が話しかけてきた。


「……今、どんな気分だよ? 第一位」


「あァ……?」


「そのツラだと、本当に何も知らないんだな……。だがな、知らなけりゃ全てが無効になるんなら、
 戦争なんて最初から起こらねぇ。……いや。無自覚だからこそ、アンタが余計に許せねぇ!!」


「“俺が許せねェ”……だと?」


話がまるで見えてこなかった。
どうやらこの男に逆鱗に触れる事を自分が犯してしまったらしいが、当然ながら全くと言っていい
ほど身に覚えがない。

442: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 21:44:26.42 ID:twZfxaNF0


「ワケわかんねえか? 何で俺が突然目の前に現れて、何でテメェの足を止めようとこうやって命
 張ってんのかが……。呑気なモンだよなぁ、第一位よぉ」

「オマエが何の血気に駆られてるかは知らねェがなァ……、言ったはずだ。今、俺にはどォしても
 外せねェ用事があンだよ。詳しい話は後でいくらでも聞いてやるから、とりあえずそこを退け」

「悪いが、今のアンタを信用することはできねぇ。いやでも俺に付き合ってもらう」


「………今のは最終通告だ。こっから先は、洒落や冗談じゃ済まねェぞ?」


「好きに選択しろよ。言っただろ? ……俺の覚悟はとっくに決まってんだ。後に退くつもりは
 これっぽっちもねえよ」


「チッ、馬鹿が……」


もはや、これ以上の話し合いは不毛のようだ。
浜面は元より、とうとう一方通行もその空気を察知してしまう。

彼に構わず無視し、能力の行使によりこの現状を打破しようとも考えていた。が、もうその
気も失せてしまった。

何より、浜面が放つ鬼気迫った威圧感がそれを許さなかった。仮にそちらを選んだとしても、
今の浜面なら、無関係な一般人を利用してでも一方通行の進行を妨げようとするだろう。
浜面の真剣な瞳からはそんな覚悟さえも感じられた。こうなっては、迂闊な強行に及ぶわけ
にもいかない。

443: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 21:45:35.68 ID:twZfxaNF0


一方通行は再度舌打ちをして、正面に佇む浜面を見据えた。

単純な話だ。
相手が力で阻もうとしてくるのなら、こっちも力ずくでこじ開けてやればいい。

慈悲の心を解除した一方通行と、依然変わらずに闘志剥き出し状態の浜面仕上。

奇妙な形で再会した両名は、互いの信念を胸に宿したまま睨み合った―――――。




444: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 21:47:36.34 ID:twZfxaNF0


―――



番外個体は打ち止めを両腕に抱えたまま、広い園内を疾走していた。


「ハッ……ハッ……!」


目撃してしまった。
一方通行と謎の少女が対峙しているのを。
打ち止めと一緒にお手洗い場から一方通行が待っているであろうフードショップを目指していた。
そんな彼女の目に映ったのは一点に注目する人の群れ。何か事件でもあったのだろうかと思わせる
その光景に番外個体は興味本位で接近する。元々この先に待ち人がいるはずなのだ。
嫌な予感を即座に感じ取ったのも手伝い、極力足早に見通しのいい位置から様子を窺った。
人巻きを掻き分けるよりも次の動きに移りやすいためだったのだが、この判断が見事に功を奏した。

人々の視線の的となっている中心人物の一人は、予感通り一方通行だった。

一方通行と見知らぬ少女。状況的には、正に一触即発の一歩手前のように見える。

相手の少女の只ならぬ雰囲気も遠距離から伝わってきた。まともな生活で生きているようにはとても
思えない。おそらく、一方通行と相対している少女は暗部の人間と捉えて間題ないだろう。

445: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 21:49:35.24 ID:twZfxaNF0


昨日の出来事が番外個体の頭の中でフラッシュバックする。

束の間の休息で一時忘れかけていた一方通行の現状。そうなると、あの少女の狙いも絞れてくる。


最初は一方通行に加勢しよう。そう意気込んだが、隣りの不安そうな表情の打ち止めがふと目に付き、
番外個体の袖を引いた。

拙い。自分ひとりならまだしも、打ち止めが一緒では行動範囲が自然と限られてしまう。
敵の標的はあくまで一方通行。しかし、番外個体は一方通行の心臓の一部のような存在。打ち止めも
一方通行の支点として重要な位置に属している。
もし敵の手が打ち止めにまで向けられてしまったら、それで今度こそ取り返しのつかない事態を呼び
起こしてしまったら……最悪の未来しか待っていないだろう。
打ち止めを連れたまま、のこのこと得体の知れない敵の前に姿を見せるのは論外だ。
となれば、道はただ一つ。

走る。ただひたすら距離を置く。
自分達がいる。それだけで彼の足枷にもなりかねない。

一方通行なら絶対に切り抜けてくれると今は信じ、できるだけ遠くへと離れる。

これは逃げではない。寧ろ逆だ。
打ち止めを少しでも危険から遠ざけることが一方通行の本懐でもある。

ならば、今の番外個体にはその使命を全うする責任がある。一方通行の代わりに、ここは番外個体が
打ち止めを守り抜かなくてはならない。
一方通行が戦いに専念できるように、気が削がれないように。一方通行を安心させるために。

446: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 21:51:58.15 ID:twZfxaNF0


「番外個体……、どこまで行くの? ってミサカはミサカは尋ねてみる……!」


「悪いけど少し黙ってて。アクセラレータとは一旦別行動を取るから、我が儘は聞かないよ!」


走りながらも余裕の少ない喝を唱える番外個体。この一転した慌しい展開を、打ち止めは一体どう捉え
ているのだろうか。さっきまでの楽しかった時間が嘘のような浮かない顔からでは、判別が難しい。


(甘かった……! ミサカ達の考えが甘かった!)

(まさか昨日の今日でもう手を回してくるなんて……、思ってた以上に深刻な問題みたい)

(とりあえず、あの場でミサカ達にやれることはない。このミサカならともかく、最終信号も一緒の
 時点で分が悪すぎる!)

(だったら、ミサカにできることは一つ………)



(――――この子を………最終信号を、少しでも危険地帯から引き離すこと!)



決意を胸に、番外個体は真っ直ぐ走り続けた。打ち止めは言われた通りに沈黙を保ち続けた。
番外個体の胸元辺りの服端をギュッと掴みながら、暗雲立ち込める未来に露骨な不安感を剥き出しに
している。

447: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 21:54:42.33 ID:twZfxaNF0


昨日の件がもし無かったとしたら、番外個体の腕から抜け出してすぐにでも一方通行の所へと戻って
いたのだろう。

だが、今の打ち止めがその横行に踏み出すことはなかった。同じ轍を踏んで、また一方通行を困惑さ
せるのが今度こそ目に見えていたから。

ここは悔しいが番外個体の言う通り、大人しく現場から離れた方が良さそうだ。ある程度の時が過ぎ、
落ち着いたら携帯電話で連絡を取ればいい。

打ち止めの脳内がこの結論に至ったとほぼ同時刻、番外個体が足を止めた。


「ふうっ………あれ? ここ、どの辺だっけ?」


行き着く場所も不明なまま走っている内に、いつの間にか閑散とした場所へ来てしまった。観光客
どころか、周囲には人っ子一人見えない。

「遊園地の外へ出ちゃったの? ってミサカはミサカは現在地を確認してみたり」

「改札口みたいなバーは跳び越えた気がするけど、もしかしてあれが出口だったのかなあ……?」

「た、多分それだよ! ど……どうしよう。再入場って普通にできるのかな……。ってミサカはミサカ
 は心配性になってみたり」

「う……。か、金は流石に取らないっしょ?」

初来園で勝手がわからず、アホ染みた論争を交わす二人。

448: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 21:56:40.36 ID:twZfxaNF0


「っていうかさ……、じゃあここは一体どこなの……?」

周りにはもう使われていないような工場が密集しているが、やはり人影は見えない。
どの学区内にも必ずと言っていいほど存在する『空白の無法地帯』に足を踏み入れてしまったのか。
もしそうだとしたら少々都合が悪い。

「がむしゃらに走ったはいいけど……こんな誰も来ないようなトコまで来たら、かえって危険区域に
 飛び込んだだけだったりしてね」

あまり笑えない冗談を苦笑混じりで飛ばす。この発言のせいで、打ち止めの表情はより一層緊張感を
増した。

「や……やめてよ。ってか、それより早く人の多い場所まで行こう? ってミサカはミサカは促して
 みたり」

「……そうだね。出ちゃったモンはしょうがないし、どっかの店で落ち着いてからアクセラレータに
 連絡を取ってみるか」


二人の間でそう決定し、打ち止めを降ろした番外個体が先を歩こうとした――――その時だった。




『――――悪いが、そう上手くはいかない』




449: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 21:58:35.27 ID:twZfxaNF0


「ッ!?」


機械を通したような怪しい声がどこからか反響し、二人の足をピタリと止めた。
同時に番外個体と打ち止めの警戒心が最大にまで跳ね上がる。


「――――最終信号っっ!!」


不吉を瞬時に予測した番外個体が打ち止めへと駆け寄り、脇に抱えて跳ねる。
それから一秒後、打ち止めのちょうど立っていた地面付近で、爆竹みたいな乾いた音が発生する。
死角から発砲されたらしい。あと少しでも反応が遅かったら、蜂の巣にされていたかもしれない。

着地した番外個体は、発砲してきたと予測される方向へ鋭い視線を送りつけた。


「コソコソしてないで出てきたら!? 女相手に情けないと思わないの!?」


怒りを露にした口調で怒鳴りかける。
すると、早速相手側からの反応があった。


「……!!」


450: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 22:01:17.36 ID:twZfxaNF0


廃工場と思しき内部から姿を現す武装した謎の集団。数はざっと三十人あまりか。
まるで、彼女達を最初から待ち構えていましたと言わんばかりのこの光景に、番外個体は喉を
唸らせた。


「くはー……、相手側にとっちゃあ想定内どころか思う壺だったってワケか。いんやあこりゃ
 一本取られた気分だわ。いやホント」


『――――番外個体、最終信号、両名を確認。場所は―――――』


番外個体が感心している間に、武装兵の一人が通信機越しで何者かに報告業務を済ましていた。
どうやらこちらの話は、最初から聞く意思などないらしい。


「……ふん。まあそれならコッチもやる事が自然と限られてくるから、別に構わないんだけどね」


番外個体がより鋭く目つきを変えたのに合わせるよう、武装兵たちが銃器を向けた。
背後で戦慄を覚えている打ち止めが小さく声を漏らした。


「み、番外個体……」

「お願いだから、最終信号はその場所から絶対に一歩も動かないでね」

451: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 22:03:20.78 ID:twZfxaNF0


「え……?」

「あなたに怪我負わせるわけにはいかないの。……どんな事があっても、絶対に」

「番外個体……」


正面を見据えたまま胸の内を零す番外個体に、打ち止めは感銘のようなものを受けた。
一方通行が命を賭してでも救おうとした小さな命。
それをこんな所で散らせるなど、決して許せるものか。
番外個体の強い意志が、打ち止めにも何となく伝わっていたのかもしれない。


「……………わかった。ってミサカはミサカは力強く頷いてみる!」


「ん、いい子だね☆」


一瞬だけ微笑んだ番外個体。しかし次の瞬間、般若のような形相で青白いスパークを
発生させ、身体の周りの空間を無造作に走らせた。


『……!!』


武装兵たちにも緊張が走る。
番外個体の能力は『電撃使い』。大能力者レベルの実力を誇る。
決して侮っていい相手ではない。

452: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 22:07:06.85 ID:twZfxaNF0


「あなた達に一つ教えておくけど」


電流を帯びた番外個体が静かに語り出す。



「このミサカは平和主義者なんかじゃない。血生臭いのは寧ろ大好物さ。……ソイツを
 よーく覚えておきな」



肝の据わりようも伊達ではない。
このぐらいの境地など、窮地にすら感じていなかったようだ。

ただならぬ雰囲気にプレッシャーを感じたのか、何人かの兵が先走って銃弾を放つ。
無論、そんな事で倒れるような彼女ではなかった。


「ふん」


『―――ッ!?』


不敵に鼻で嗤いながら、何かを横薙ぎに放る。投げられた物体は分散された電子のように
拡散し、瞬速で迫る複数の弾丸と相殺した。

453: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 22:08:32.64 ID:twZfxaNF0


次の一手は、番外個体が掴み取る。


「ほら、まだだよ」


再び弾丸を相殺させた金属物をばら撒く。が、物体はまるで意思でも備わっているか
のように軌道を自由に修正させ、武装兵の身体を片っ端から貫通していった。
貫かれてから、彼等は番外個体が投げているのは何の変哲もないただの釘で、磁力を
応用させて操作している事に気づく。


『……小娘がッ!!』


憤りを露出しながら武兵は応戦に転じようと息を巻くが、少女の余裕の笑みを打ち消す
までに至らなかった。

電気釘に打たれ、次々と無力化されていく武装兵。
気づけば半分以上がやられてしまっていた。

残された戦力にも“怯え”や“惑い”が生まれ始める。


「あっれえ? なーんか張り合いねぇーなー……。もっと血湧き肉躍るモンだと思って
 たのに、もしかしてミサカが勝手に期待しちゃってただけ?」

454: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 22:09:30.15 ID:twZfxaNF0

返答する余裕も、兵の中にはいなかった。

しかし、別の方角から電流を纏った彼女に答えが下される。







「―――――そう言うなよ。コッチの資金なんてたかが知れてんだから、コストダウン
       は避けて通れない道ってヤツさ」

455: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 22:11:40.71 ID:twZfxaNF0


「!」


新手か? と声のした方へ眼光を向ける。
視線の先に悠然と佇む少女。だが、よく見ると……。


「あなた、さっきアクセラレータと……!」


「っ! 一緒にいた人だ! ってミサカはミサカは指さしてみたり。……けど、何でここに?」


そう。一方通行と対峙していたはずの少女が、何故この場に?
番外個体と打ち止めの面相が疑惑の心を表示しているが、当の本人である黒夜海鳥は
ぶっきらぼうに告げた。


「あーあ、ずいぶん派手に暴れちゃってまあ……指揮とってた立場としては心が痛むわ」


あまりそうは見えないが、とりあえず疑問点を追及してみる。


「……アクセラレータはどうしたの?」

456: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 22:13:22.88 ID:twZfxaNF0


「あぁ? んなの後回しに決まってんだろ。“コッチ”を先にした方が手っ取り早い
 上に楽ときたモンだ。敵の弱点をつくのなんざ、スポーツの世界でも定石だろうがよ」


「弱点……?」


ピクリ、と眉が細かく振動した。
聞き捨てならない発言を耳にしたせいか、表情も自然と強張っていく。


「足止め、ご苦労さん。アンタ等はもう下がってな」


その一声で残りの武装兵はいっせいに退却し、黒夜だけがその場に残った。


「さて、番外個体(ミサカワースト)に打ち止め(ラストオーダー)。アンタ達が第一位
 の支柱だって事はとっくに調べがついてんだ。アンタら自体に恨みなんてないけど、計画
 のために利用させてもらう。憎むんなら不甲斐ない第一位と、生まされた事を憎みな」


突如、周りの空気が変化した。いや、正確には黒夜の近辺を流れる空圧が前兆も無しに向き
を変えた。


「ッ……!!?」

457: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 22:15:15.16 ID:twZfxaNF0


黒夜は特に大きな挙動を取ったわけではない。ただ両手を左右に広げただけにすぎなかった。
なのに、たったそれだけで、どういう仕組みか異空間に取り込まれたような痛覚がよぎる。

そう。まるで、ここだけ生命維持環境が狂っているみたいに。


(これは……!)


火災現場にでもいるような息苦しさに口元を手で覆いながら、番外個体は一つの仮説を立てた。


「大気操作系の能力者……!?」


「あァー、半分正解かなァ。別に大気そのものを直接操れるってワケじゃねェンだ」



「――――ッッ!!?」



聞き親しんだ口調が突発的に耳を貫き、番外個体は仰天する。
疑いたくもなって当然だ。一体この少女は何者なのか。興味は尽きるどころか更に深まっていく。

「……その言葉遣いは……」

458: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 22:17:06.34 ID:twZfxaNF0

「あ、説明がまだだったか。つっても、アンタじゃ一から十まで理解させるのは困難な話かもなァ。
 けどまァ、私の場合は―――――」



「『暗闇の五月計画』か……」



黒夜の口弁が番外個体の一言で遮断される。


「“くらやみ”……? 番外個体、それって……?」


流れに置いてけぼり状態の打ち止めがおずおずと尋ねた。

「……最終信号は知らなくていい事だよ」

「?」マークを頭上に表示している打ち止めに振り向かないまま、一言で切った。
今、打ち止めに詳細を口授したところで何も意味を成さないからだ。

一方の黒夜は呆気に取られていた。
まさか、自身とほぼ無縁のこの計画を知っていることは完全に予想外だったらしい。

「………へェ、知ってたンだ。こいつァちょっと意外だったねェ」

459: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 22:20:25.58 ID:twZfxaNF0


「話には聞いた事があった。もっとも、実際に被験者本人を直接拝める機会が来るとまでは……
 さすがに思ってなかったけどね」

「そりゃあ良かったじゃン。ならついでに、アンタが今抱えてるであろォ問題についても解答を
 くれてやる」

「ほう」

こちらの状態を観察するように目玉をギョロつかせる黒夜。
どうやら全てはこの女の手の内通りに展開しているみたいだ。

「ここら一帯の空気がなーンかおかしく感じるだろォ? さて、ソイツは何でだと思う?」

クイズでも仕掛けている風な言い回しだった。

「さっき惜しいトコにまで着けたンだ。ならもォ分かってるよなァ? 正解は―――――」


「―――――“窒素”さ」


更に彼女の独白は続く。


「こいつが私の『窒素爆槍(ボンバーランス)』」

460: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 22:23:00.11 ID:twZfxaNF0


宣告と一緒に、広げられた両手から膨大な量の気体が噴出される。
先刻から何かが噴き出ている音は聴こえていたが、今ようやくその謎が解けた。
微弱で目にも見えない窒素を放出させることで、空気中物質の割合を崩していたのだ。
番外個体が息苦しさを感じていた原因はこれによるものだった。

「……要は、手から気体を発するだけのチカラでしょ? ミサカの相手になるとは到底思え
 ないけど?」

「未知のチカラを前にして先入観を捨てない……か。所詮は副産物、いい具合に期待を裏切
 ってくれてるねェ」

「ミサカが副産物……?」

「おやァ? 自覚がないってかァ? アハハハ! こりゃあ傑作だ! 一時期障害を患った
 ってのは、どォやらデマじゃなかったみてェだな」

馬鹿にした風な少女の態度に番外個体の不機嫌指数も上昇していく。
ムッとした人相で話を先に進めようと振り出した。

「………もういい。ってかさ、いい加減に“その喋り方”やめてくんない? すっげえ癪に
  障るんだよ。乙女ボイス再生だと特にさ」

「残念ながら、そいつは無理な相談だね。何せ思考パターンの一部を植えつけられた関係上、
 能力使用時は実験当時の一方通行の思考や言動に人格も引き摺られちまうンだからさ。言わば
 デフォルトと化してンだよ。わかるか? 物真似とかそォいったレベルじゃねェ。これは“実験
 の結晶版”だ」

461: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 22:25:16.83 ID:twZfxaNF0


「あっそう、だったら即急に能力使えなくした方が良さそうだね。このまんまじゃいらない
 ストレスが溜まっちゃいそう」

身構える番外個体を前に、黒夜はまだリラックス体勢を解かない。余裕の表れか、それとも
単にナメ腐っているのかは断定しきれないが、不愉快なのに変わりはなかった。

だが、この局地で番外個体も黒夜と似た類の薄ら笑いを見せる。

「何笑ってンだよ? いっちょ前に恐怖でも通り越した?」

「いやあ、ただね……」

胸の内を自白するように、番外個体は妖しく輝かせた瞳を一点に絞った。
そこへ向かって、言葉を投げつける。

「判りやすいぐらいにあなたも根が腐ってるようで安心したんだよ。どうやら躊躇ってやる
 必要性は皆無みたいだし」

「ふン、量産から突起した程度の造形品に言われる筋合いはねェよ」

「ホント、残念だわ。あなたとは是非とも違う形でお会いしたかった。そしたら、きっと
 このミサカとは良いお友達になれただろうね」

「ははっ、それについては同感だな。アンタとは色ンな意味で話が合いそォだわ。けどな、
 私は自分が“科学の犠牲者”だと意識した事はねェ。私の居場所なンてハナっから“ここ”
 しかねェのよ。アンタと違って、平和に浮かれて堕落するよォな人生は真っ平なのさ!」

462: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 22:27:02.63 ID:twZfxaNF0


「……!」


黒夜が両手から発していた窒素の槍が拉げたみたいに広がっていく。
番外個体や背後の打ち止めも今気づいたが、黒夜の足下にあったイルカのビニール人形は、
いつからか彼女の背中にピッタリと張り付いていた。
能力助長の役割でも買っているのか、番外個体側からは解析不能である。

それよりも不可解な点。
黒夜の感情が異常なまでに昂ぶっている事だ。
何が可笑しいのか、黒夜は歪めた顔を更に歪めて馬鹿笑いを繰り返している。


「アハハハハハ!! やっとこの時が来た!! 根気よく待ってた甲斐があるってモンだ!」


何やら芳しくない状況が起きているかのようだ。
番外個体も黒夜の起伏の激しさを垣間見ては、流石に怪訝に思ってしまう。


「ついに“接点”も生まれた! これで上層部は正式に『殺害許可令』を出さざるを得なく
 なる!! 下準備は完全に整ったァァ!! ……ククッ、今日は良い記念日になりそォだ」


「?」


言葉の大半が理解できなかった。

463: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 22:28:11.06 ID:twZfxaNF0

空を仰いで叫んでいる黒夜の様子は、その時だけ我を忘れてしまう程に歓喜を焙らせた雰囲気
に思えた。それまで押し殺していた感情が、能力の解放と共に前面へと押し出されてしまった
ものと仮定できる。

そして、嘲笑は今もまだ止まない。


「あとはアンタらをあっさりと片付けて、浜面仕上と一方通行との間に生まれた“接点”を
 切れないよォに仕向けさせりゃあ全て完璧よ」


ギロリ、と殺気が束ねられた。
黒夜が視点を向けたのは番外個体ではなく、その後ろで呆然と立ち尽くしている打ち止め。


「ち……ッ!!」


この事象に不穏を感じた番外個体は、瞬時に対応しようと雷撃を纏わせた複数の釘を黒夜
へと飛ばした。

―――――が、



「駄目だよねェ、そンなンじゃ。もォアンタには何も止められる力がない事に、いい加減
 気づけよ」

464: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 22:29:55.00 ID:twZfxaNF0


この言葉の直後、放たれた複数の釘は紫電を失くし、冷たい地面に次々と落下していった。
カラン、カラン、と無機な音が地を鳴らす。

番外個体の眉が大きく吊り上がる。
一体何が起きたのか、皆目見当がつかなかった。


「は……?」


「アンタが『電撃使い』なのを知ってて、手を打たないとでも思った? 二酸化窒素でも
 発生させられちゃあコッチとしても困るンだよ」

「気づかなかっただろォけど、手の先から微量ずつ窒素を流出させてたのさ。ちょうど私
 とアンタの間に壁を作るよォ調節して酸素濃度を低くさせれば、対電撃用の戦法は樹立
 する。大気中の気体の割合を一方的な窒素で狂わせ、電流の空気抵抗を促進させたって
 ワケだ」

「とは言っても、こンだけじゃあ流石に今みてェな威嚇レベルの低電圧を防ぐのが限界だ
 ろォな。大能力者級のアンタを相手にするには若干まだ心許ない。が―――――」



「―――――私の手札も、当然これだけには終わらねェ」


465: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 22:31:44.76 ID:twZfxaNF0


得意気に語る黒夜の目線は再び打ち止めへと移される。
唖然としている場合ではない。わかってはいても、惑いを抱えていては動作もやはり鈍い。


「さァーて。ほンじゃまずは、手頃な方から機能停止に追いやってみるか」


凶器同然の掌が、幼い少女へと照準を合わせた。


「……! 最終信号ッッ!!」


次いで「逃げろ!!」と叫ぶため、首を大きく後ろへと振った。
敵から思いっきり目を逸らしてしまう行為なのも厭わないほどに、頭の中は混乱していた。


しかしこの後、事態は番外個体の予測を遥かに超えた展開を見せる。



「え……っ?」



思わず振り返った後に間抜けな声を漏らす番外個体。
背後に居た打ち止めが、何の前ぶれもなく唐突に、

466: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 22:33:10.48 ID:twZfxaNF0




目の前から、忽然と姿を消してしまった。





467: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 22:35:22.73 ID:twZfxaNF0


「な……に?」

今度は何が起きたというのか。番外個体は必死に頭を働かせる。

「ち……空間移動系の能力者か」

忌々しそうに吐き捨てるのは黒夜。
再度、黒夜へと首を戻した番外個体は複雑な心象に駆られた。

(あいつの仕業じゃない……? けど、安否不明じゃあ胸を撫で下ろすのはまだ早計か……)

窮地を脱したとはいえ、依然として安心できる状況とは限らなかった。
黒夜の言う通り、空間移動系の能力者による所業だとしたら、短時間で遠くまでの輸送は
至難の筈である。打ち止めを消したのが黒夜とは別の刺客者である可能性も捨てられない
以上、心置きなく勝負に臨んでいられる心境ではない。

ここは速攻で畳み掛ける必要がある。
そして、それは黒夜にとっても同じ事だった。


「何がどうなってんのかサッパリだけど、あなたにはとりあえず退場してもらおうか」


「同感だよ、クソったれが……! まァ仕方ねェな。こォなりゃアンタから手早く沈めて
 やる!」


電撃と窒素。
二つの異なる物質同士が、彼女達の背景を禍々しく覆う。

行方不明となった打ち止めへたどり着くのは果たしてどちらが先か。

事態は一刻を争っていた。

468: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 22:37:25.57 ID:twZfxaNF0
ちょっと量多かったかな…
区切りがつけにくかったぜ

とりあえずはここまでです
では一部解禁

469: ◆jPpg5.obl6 2011/04/28(木) 22:39:43.43 ID:twZfxaNF0


浜面「何やってんだよ……! さっさと殺せばいいだろ!! 情けのつもりかよ、ふざけやがって……!」


一方通行「ッチ……ピーピーうるせェ野郎だ。そンなに自殺してェンなら、他の方法でも考えてろ」



―――――――




???「まったく……。私達を出し抜こうなんて、超浅はかでしたね」


???「ホントよ、勝手な行動は謹んでもらいたいわね」



488: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:06:47.96 ID:qaC60ibF0


―――



こちらの現状をパッと整理してみよう。
標的を番外個体達に変更し、逃走した黒夜海鳥。彼女の行動は不可解だった。
彼女達を利用目的で狙うのなら、わざわざ自分の前に姿を現す必要性が本当にあったのか。
疑問は深まるばかりで、少しも解決へと結びつかなかった。

だが、“彼”が現れたのは果たして偶然か。または他者による策略、陰謀か。
この着眼点に基づいた方向で思考を凝らせば、ごく自然にひとつの答えが浮き出てくる。

黒夜の行動の真意。そして、これが真相だとすれば、自分はまんまと策にはまってしまった
事になる。


「……ちくしょう、……っ!」


新たに掴めそうな事実に顔を強張らせる一方通行の真下で、悔しげな声を発するのは浜面仕上。

勝負は一瞬でついた。

浜面が引き金を弾く前に至近距離まで接し、無防備な体へ強烈な打撃をお見舞いしただけだ。
あとは足を引っ掛ける事でよろめく体を地へと払い倒し、立ち上がる前に上から圧し掛かって
組み伏せれば制圧は完了する。

感情の荒ぶりで一方通行の戦法を見誤っていた浜面の完敗だった。

489: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:08:50.94 ID:qaC60ibF0


身動きひとつ取れずに押さえつけられた体勢のまま、浜面は自暴自棄に叫び出す。


「何やってんだよ……! さっさと殺せばいいだろ!! 情けのつもりかよ、ふざけやがって……!」

「ッチ……ピーピーうるせェ野郎だ。そンなに自殺してェンなら、他の方法でも考えてろ」

「それがイヤなら、黙ってここで待機してるンだな。さっきも言ったが、コッチも色々と立て込ンで
 ンだ。いつまでもここで燻ってるワケにいかねェンだよ。……ったく、事態を更にややこしくして
 くれやがって……」

「勝手な事ほざいてんじゃねえよ!!」


尚も戦意を薄めるどころか喚き散らし、一方通行の拘束から逃れようと錯誤する浜面。
次第にこうして気を遣うのも馬鹿らしくなってきた一方通行は、手っ取り早く浜面の獰猛な意識を
いっそ刈り取ってしまおうかとも目論んだ。

しかし、その前に一つ興味を示す物品が残っていた。

組み倒すために胸倉を掴んだ際、浜面が落とした拳銃である。
見た事もないデザインで、まるで特撮で使用される小道具のような形だ。
こんな意味のわからないもので一方通行を制するつもりだったのか、最初は正気の沙汰ではないと
結論付けていたが、そうでもなさそうな気がした。


「おい……、こいつはどこで手に入れた?」

「……は?」
 

491: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:15:29.49 ID:qaC60ibF0


一瞬、何を問われているのか解らないような顔を見せた浜面だが、論点をずらす程のものでもない
と即判決した。


「関係ねえだろ。今はそんなこと……」

「何度も言わせる気か? 急いでンだよ俺は。オマエは今、額に銃口を突きつけられてるのと変わ
 らねェ。そンな事もわからねェのか?」

「んな事は承知してんだよ!! 俺も覚悟は決めてるっつったろうが!! だから殺すんなら早く
 そうすりゃいいだろ!!」


駄目だ……このままではただの時間浪費にしかならない。一方通行は心底そう思った。
とても話になりそうにない。やはり意識を断ち切らせるか、と決案しかけたが、その直前――――。




「はーい、そこまで。ウチの大事な構成員にそれ以上乱暴しないでくれる?」




――――浜面に救いの手が差し伸べられた

492: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:18:28.51 ID:qaC60ibF0



「……ったく、今度は何だ?」


うんざり顔で声がした方を向く。
そこには二人の女性が凛々しく佇んでいた。

一人は小柄で外見から判断するに十ニ~三歳。黒夜海鳥と同年代くらいに見えた。
ニットのセーターが素材のワンピース姿だが、丈が短いのは意図的か。サービスショット寸前まで
露出された太股が何とも眩しかった。もっとも、一方通行はそんな事で目を眩まされたりはしない。

もう片方はそれに比べて立派な大人にすら見える。まだどこか幼げな面影があるのを考慮するに、
十代後半といったところか。端麗で整った顔立ちが、大人びた雰囲気を演出していた。
丈の長いコートから覗く生足が艶やかで魅力だが、今はそこに着目する場面ではない。

大人チックなコートを靡かせた女性がもう一度だけ忠告した。


「そいつを解放してくんない? 第一位。ただの下っ端や使い捨てならいくらでも切り捨ててやる
 けど、一応はそんな馬鹿でもウチの正規構成員なんだからさぁ」


「む、麦野……? 絹旗まで……!? お前等、どうして……っ!」


地に寝かされたまま、瞳を横へ傾けた浜面は愕然とした。


493: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:21:02.46 ID:qaC60ibF0


麦野沈利、絹旗最愛。

浜面の窮地に颯爽と現れたこの顔ぶれに、一方通行は眉を顰める。


「………『原子崩し(メルトダウナー)』か?」


「あらあら。格下の事をいちいち覚えてくれてるなんて、正直意外ね。まぁ一応自己紹介ぐらい
 しておこうか。初めまして第一位、麦野沈利よ。以前“こいつ”が何度か世話を掛けたみたいね」


一方通行の真下にいる浜面を顎でしゃくり、簡潔な挨拶を済ませる。
麦野の隣りに立っていた絹旗も、無様な格好の浜面へ辛辣なコメントを送った。

「まったく……。私達を出し抜こうなんて、超浅はかでしたね」

「ホントよ、勝手な行動は謹んでもらいたいわね」

麦野も呆れた風な溜め息を漏らす。
すると浜面はよほどの気まずさを覚えたのか、組み伏せられたままガタガタと震えだした。

「こ、これは……その」

「?」

494: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:23:36.27 ID:qaC60ibF0


勇猛果敢ぶりはここで一旦奥へと引っ込んでしまったようだ。
この様子だけでも浜面が普段、彼女達とどういった間柄を築いているのかが掌握できる。
一言でまとめるなら、至極わかりやすいほど尻に敷かれているらしい。

「ち、違うんだ! 別にお前らを出し抜こうとした訳じゃ……」

「言い訳なんて超見苦しいですよ。一人で第一位に特攻を仕掛けるだなんて……浜面の癖して
 超生意気です!」

「お前の沸点はそこ!? 微妙にズレてる気がするけど……、とにかく、お前らは引っ込んで
 てくれ。これは俺の――――」

「あら、なぁーに? アンタだけの問題、だとでも言いたいのかしらーん?」

「うっ……」

麦野が放つ眼力の凄みに浜面は思わず怯む。

(何がどォなってやがる? 何故この局面で第四位が……。クソ、状況が読めねェ)

減速知らずの急展開についていけない一方通行。

「ま、アンタに訓戒を与えるのは後にしておくとしようか。それより――――」

周囲を眺めながら麦野は面倒臭そうなニュアンスで述べる。
野次馬達がまるでドラマの撮影現場を見物しているような取り巻きと化し、物事を進めるには
非常に不効率な状態と言えた。

495: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:25:43.18 ID:qaC60ibF0


「――――まずは移動しましょ。話はそれからでいいわね?」


目線は地面に伏している浜面へ。

「いいわね? 浜面」

「っ…………あぁ」

苦虫を噛み潰した顔で了承する浜面。無念さが全身から表れていた。

しかし、この提案に一方通行がすんなりと従えるわけがない。
何度も述べたが、今の彼には何よりも率先しなければならない事が残っているのだ。

「こいつにはもォ言ったが、今はオマエらに付き合ってる場合じゃねェンだ。話なら後にさせ
 てもらうぜ」

そう吐き捨てて浜面からあっさりと身を離した一方通行は今度こそその場から消えようと背中
を向けるが、冷静な麦野は遠ざかる背中に衝撃の宣告を飛ばした。


「あぁ、アンタの連れなら心配要らないわよ。とりあえずは、ね」


「………何だと?」

496: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:29:00.74 ID:qaC60ibF0


「おい、第四位……。今オマエ何て言った?」


これを聞いて足が止まらない筈はなかった。


「ふふ、第一位のそんな顔が見れるとはねぇ……。よっぽど大事な存在なのかにゃーん?」

「オマエには関係ねェだろ。それより今のはどォいう意味だ? 何でオマエがあいつらの―――」

「ハイハイ取り乱さないの。あとで存分に説明してあげるから、いったん血圧下げよっか」

「ッ……」


第四位のペースに乗せられる第一位というのも珍妙な光景である。
するとここで沈黙を保っていた絹旗最愛が口を開いた。


「第一位」


「……何だ?」


「心中穏やかでないのは承知しています。ですが、ここは超黙って私達についてきてください。
 ……これ以上話をややこしくするのは互いにデメリットしかありません。……どうかお願いします」

497: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:31:47.18 ID:qaC60ibF0


一方通行からしてみれば信用できないであろう立場を察したのか、極めて下手且つ丁重に申し出る
絹旗の姿勢。これには麦野も浜面も驚かされたらしい。

だが、この行為が一方通行の急く心に僅かな落ち着きを与えたのもまた事実だった。


「………」


絹旗からそれ以上の言動はなかった。
再び沈黙の仮面を装着した彼女の表情は“無”。まるでそうする事で激情を強制的に封じ込めている
ように見受けられた。

「……あいつらと俺との関係は、既に把握できてるってことか?」

「そういうこと♪ あと捕捉しておくけど、今あのガキを追いかけても敵側の思う壺だってのは理解
 できてる?」

「たとえそォだとしても、俺には……」

「逸る気持ちはわからなくもないけど、そこを曲げて信用してもらえないかしら? 私らは少なくと
 もアンタと敵対するつもりはない。約一名の馬鹿はどうだか知らないけどね」

「……ずいぶンと勝手な言い分じゃねェか。俺が簡単に信用すると、何故確信できる?」

「無理にとは言わないわ。どうせアンタを武力で止めるなんて不可能なんだから。後悔したいんなら
 好きにすればいい。信用を得れなくたって私としては別に構わないのよ。……でも、これだけは胸に
 留めておいて」

「………?」

498: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:33:34.40 ID:qaC60ibF0



「もし私らがアンタの敵なら、罠へ飛び込んでいくアンタをこうしてわざわざ止めたりはしない。
 浜面の解放だけ済んだら、あとはとっとと傍観者側へ回ってるわ。当然、身の安全を確保した上で……ね」





499: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:35:37.15 ID:qaC60ibF0


「………………」


「いきなりで信じられないでしょうけど、……それでもここは折れてくんない?」


最後は麦野の明るげな懇望。
緊迫感があるのか無いのか、微妙なラインである。


「………ッ」


突然出てこられて信用できるほどの間柄でもない学園都市の第一位と第四位。
しかし、一方通行はこの普段から馴染みの無い彼女たちを猜疑しきれずにいた。
浜面が己に剥ける牙の真意も気に掛かる。

既に麦野が手を打っているという言葉。一方通行はこれに賭ける選択を取った。

だが、あくまで信用したのはこの言葉だけであって、麦野自身を完全に信用した訳ではない。
そこら辺はこれから移動した先で話を交えた上で判断するつもりだ。


「…………わかったよ。さっさと行くぞ」


一方通行の決断に微笑を浮かべて引率するように歩き出す麦野と、不貞腐れた調子でついてくる
浜面。隣りを歩く絹旗に至っては完璧な無表情を徹底したままで一方通行の顔を見ようともして
こない。浜面が自分に委ねてくる嫌悪感と何か関係性がありそうだ。

園外へと出た一同は浜面が運転する車に乗り込み、新生『アイテム』が所有する隠れ家へ向けて
出発した。

500: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:36:40.36 ID:qaC60ibF0


―――



(………まずった)


番外個体は心中で呟く。
苦悶の表情で。


「アハハハハ! どォした? 『欠陥電気の強化版』な割りには大した事ねェなァ!」


黒夜海鳥の嘲弄が更に勢いづく。
両手から噴出された『窒素爆槍』の力。何らかの方法で強化でも施されているのか、その威力
は大能力者の際限を悠に超越していた。

質量からして既に最初から勝負にならなかった。
劣勢ならまだ良かったのかもしれない。


「ははっ。けどまァ、お人形さンにしちゃあ頑張った方か。“取替え”無しじゃ危ないトコだ
 ったかもしれねェし……。っつか、アンタの王子様はどこで何やってンだか。私の予定じゃ
 とっくに姿現しててもおかしくないってのに」

501: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:38:23.40 ID:qaC60ibF0


腑に落ちない様子で首を捻る黒夜だが、彼女は一方通行が浜面を引き連れたか、或いは単身で
ここに登場すると目測していたようだ。そうなった場合、たった今叩き伏せたこの少女を利用
して一方通行の動きを封じ、一気に優勢となるチャンスが生まれていたのだが、現実は違う方
へと進行していた。

「ちっ、まァいい……。ならこの女を生け捕りにして交渉材料に利用するまでよ」

舌を艶かしく這わせ、下唇を濡らした黒夜が廃工場の屋根からストンと飛び降りる。
そのまま歩み、地面を這っている番外個体へ接近した。

「ふふふ。もう一匹の交渉材料(最終信号)は取り逃がしたが、ひとまず良しとしよォか」

すっかり勝ち誇り、横柄な態度の黒夜。


だが彼女は気づいていなかった。

俯いて見えない標的の顔が、笑っていたことに―――――。


「―――――ッッ!!?」


突如、口角の歪みを合図に走る閃光。
それが番外個体の発生させたプラズマだと認識する前に、黒夜の視界はふさがれた。


「うァあ!! め……目が……ッ!!」

502: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:39:53.59 ID:qaC60ibF0

顔を手で押さえて蹲る少女に嘲笑の眼差しを向けながら、番外個体は静かに立ち上がる。
そして形勢は一瞬で逆転する。


「テメェ……ッ! 古典的な戦法とりやがって……!!」


至近距離で電磁波を応用させたレーザーのように光子密度の全体が大きくなるよう調整した
スパークを浴びせられ、一時的に視力を失った黒夜の忌々しげな声が飛ぶ。


「暗部の新時代を担うとか豪語してた割には、ずいぶんと不注意が目立ってるじゃん。あぁ、
 やっぱりアレ? “新入生”の特権でもある間抜けぶりをアピールしたかったの?」

「クッ……ソがァァ……ッ!」

「ふふ、あなたの能力は大体わかったよ。どうやら手の先から噴射するしか能がないみたい
 だね。他に秘策を用意してるってワケでもなさそうだし、さっさと終わらせてあげる」


宣言し、番外個体は蹲ったままの黒夜へ向けて右掌を翳した。
死なない程度の電気ショックを与え、意識を断ち切る。
それでこの恐ろしい力を所持した少女との抗争に決着がつく。



ところが。




503: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:40:41.99 ID:qaC60ibF0




「そォだね。ンじゃあこれで終わりだ」





504: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:44:29.12 ID:qaC60ibF0


それは、さっきとまるで真逆の光景。

今度は黒夜が顔の手を退け、邪悪な笑顔を覗かせたのだ。

あれほどの強烈な光を網膜に取り入れ、こんなに早く視力が回復するなど有り得ない。

番外個体が仰天した顔でそれを指摘する前に、黒夜の『窒素爆槍』が襲い掛かってきた。


「さっき“不注意が目立つ”っつったよなァ? そっくりそのままアンタに返すよ」


完全に不意をつかれた番外個体は対応しきれず、暴れ乱れる轟風に成す術なく体を切り
刻まれる。
洗濯機の中で回っているかのように回転しながら、その身の節々に次々と切創が加算
されていく。


「あァァああああああ!!!」


痛々しい姿で弾き飛ばされ、工場の壁に衝突した番外個体。
そのまま力無く壁に寄り掛かる形で倒れ、呻き声を上げた。


「あうう……っ!」

505: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:47:35.39 ID:qaC60ibF0


すかさず黒夜がトドメの攻撃を加えようと手を開き、脱力しきった番外個体へ照準を
絞った。喩えるなら一撃で命を奪う凶器を突きつけたようなものである。

まさに勝負が決した瞬間だった。


「甘いのはどうやらソッチだったみたいだな。平和に浮かれたガラクタ如きに、この私
 が後れを取るとでも思った?」


今度こそ勝利を確信した黒夜は、不気味に口周りを引き攣らせる。
対する番外個体は壁に頭を打ちつけた衝撃のせいで、意識が朦朧としていた。
何が起こったのか理解できない。


「目ェ“替え”といて正解だったよ。強化されてなかったらあと十数秒は動きが取れ
 なかっただろォねェ。実に惜しかったけど残念、こいつでチェックメイトだ」


「………っ」


無慈悲に放たれる『窒素爆槍』。
思考が定まらないままの番外個体に、逃れられない残酷な結末が訪れようとしていた。


が、しかし――――。

506: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:51:46.99 ID:qaC60ibF0



「なン……っ!!?」



ここで、またしても黒夜は顔を歪ませる。
それもそのはず。打ち止めの時と全く同様、番外個体もその場からフッと姿を消して
しまったのだ。

『窒素爆槍』が工場の壁ごと彼女の身体を抉りとる、まさにその寸前で。


「……ッ!!」


目標を失った窒素の槍が、工場跡の外壁を無意味に破壊する。


「クソっ……!! どこのどいつだ!? いちいち癪に障りやがって!!!」


二度に渡る外部からの妨害。
頭に血を昇らせた黒夜はすぐさま空中へ飛び上がり、消えた少女の行方を追おうとする。


「ちっ!」


だが、結局発見には至らなかった。おそらくはもう安全な場所まで移送されているのだろう。

507: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:52:53.15 ID:qaC60ibF0


「あァァ、やべェわこりゃ。ムカつきが収まらねェ!! あと一歩で完璧だったのに………。
 ―――――こン畜生がァァあああ!!!」


元の工場跡に着地した黒夜は、周りのガラクタへ向かって八つ当たりの如く猛威を振るった。
次々と原形を崩し、倒壊していく廃工場。

しばらくそうやって暴れているうちに気が落ち着いたのか、息を深く吐きながら崩壊する建造物
をバックにして呟く。


「ハァ……ハァ………ッッ!!」


「これで難を逃れたと思うなよ……。こっちには時間も保険もあるんだ。じわじわと、少しずつ、
 じっくりと居場所を失くしてやるよ。なぁあ、第一位?」


囁くような笑い声は、工場の倒壊音に掻き消された。


508: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:55:07.61 ID:qaC60ibF0
今回はここまでです
ようやく新章的な何かに突入した感じです
ゆっくりダラダラですがお許しください

では次回の一部公開

509: ◆jPpg5.obl6 2011/05/04(水) 22:58:47.25 ID:qaC60ibF0


番外個体「えっと……寒くないの?」


???「え? いや、今日はそうでもないでしょ。……っていうか、最初につっこむトコがそこなの?」



―――――――



麦野「打ち拉がれた顔を見せるなんて、ホントに予想外ね……。イメージぶち壊しなんてモン
    じゃないわよ?」


一方通行「……俺の知らねェ所でそンな事が起きてたとはな。確かに『知りませンでした』で済ま
      されるよォな話じゃねェ」

521: ◆jPpg5.obl6 2011/05/11(水) 22:33:20.16 ID:bnE8ajSE0


―――



「あれっ……?」


気がついたら見覚えのない場所にいた。
風景は薄暗く、そこが路地裏だということは一目で認識できた。どうして自分はここにいるのか?

わけもわからないまま、番外個体は自問自答を開始する。


「ミサカは確か窒素を使う能力者のガキと……!」


意外とすんなり思い出した。
黒夜の反撃と自分の詰めの甘さが戦況を絶望に追いやり、トドメが刺されようとした辺りで記憶は
途切れている。

と、いうことは?


「ミサカは……死んだの?」


誰に尋ねているのかさえ曖昧な声がポツリ。

522: ◆jPpg5.obl6 2011/05/11(水) 22:35:04.73 ID:bnE8ajSE0


少なくとも、こんな閑静で気味の悪い場所が天国だとは思えなかった。

では、やはりここは地獄なのだろうか?

そんな事を思いながら立ち上がろうとする彼女の背後で、先ほどの独り言に対した返事が聞こえた。



「――――残念だけど、生きてるわね」


「!?」


予期せぬ応答に驚き、慌てて振り返る。
そこにいたのは自分と同年代くらいの少女。路地に幾つも並んでいるビールケースの一角に腰掛け、
番外個体を半身体勢で見つめていた。
十二月だというのにヘソ出しな上、惜しげなく露出した脚。さらにはピンクのサラシを胸に巻いた
だけで上からセーターと学生服らしき上着を羽織っただけの独特な格好は嫌でも番外個体の視線を
釘付けにする。


「えっと……寒くないの?」

「え? いや、今日はそうでもないでしょ。……っていうか、最初につっこむトコがそこなの?」


素直に本音が出た番外個体に呆れる少女。

523: ◆jPpg5.obl6 2011/05/11(水) 22:39:34.85 ID:bnE8ajSE0


「いやあ、だってこのミサカでも奇抜に見える辺り、あなた相当だよ?」

「……何の話かしら?」

「あなたの服装以外にある? 街中歩いてても同じ格好の人にはまずお目に掛かれないだろうね」


番外個体の頭には、“暴漢にあって身ぐるみ剥がされた可哀相な少女が警察に保護された際に上着を
着せてもらった図”が完成していた。
ただし、あくまで格好から連想できる図式なだけで、当人は弱々しい印象など微塵も感じさせずに凛
としている。

そして、今はそんな事について深く討論している場合でもなかった。


「はぁ……。まさかこの状況でそんな反応が来るとは思わなかったわ。貴女って、けっこう能天気?」

「そっちこそ、初対面の相手に向かっていきなり失礼なこと言うね」

「普通は場面の転換に思考が集中するものでしょ! ……あと、失礼なのはお互い様よ」

「そう言われればそうかもね。んじゃあ状況をサクッと整理すると……あなたがミサカを助けてくれた
 って事でオーケー?」

「改まって言葉に出されると何だかくすぐったいわね……」


女性は丈の短いスカートから伸びる両脚を組み直し、プイと目を逸らした。

524: ◆jPpg5.obl6 2011/05/11(水) 22:40:49.38 ID:bnE8ajSE0


「ま、そういう事になるのかしら。これでも空間移動系の能力者だから、方法には困らない」

「へえ~、空間移動系の人に会ったのは初めてだよ。想像してたよりずっと便利そうな能力だね」


「……そりゃどうも」


(初めて、じゃないんだけどね……)と声には出さず、心の中だけで付け足す少女。


「まあ、ミサカを助けてくれた事に関しては素直に感謝するよ。……で、ここはどこ? ってか何で
 こんな薄気味悪いトコに転移されてんの?」

「仕方ないじゃない。咄嗟に身を隠せる場所なんて限られてるんだから」

「ふーん……、まぁいいけど。それじゃあもう幾つか訊いてもいいかな?」

「えぇ、答えられる範囲で良かったらどうぞ」


自分を窮地から救ったこの謎の女。
質問は腐るほどあった。相手もそれを判っているらしく、黙って番外個体の二の句を待つ。


「あなたは何なの? 暗部の関係者?」

525: ◆jPpg5.obl6 2011/05/11(水) 22:43:44.30 ID:bnE8ajSE0


遠慮のない番外個体の言動にも、少女は態度を変えることなく応じる。


「正確には『元』よ。さらに細かく言うなら……そうね、『卒業生』ってのが妥当かしら?」

「……。ってことは、あなたも上層部に弱みを握られてたクチ?」

「それについて詳しい話は伏せたいけど………まぁ、そういう解釈で問題ないわね」

「ふむ……。じゃあ次、最終信号を消したのもあなただよね? あの子はどこにいるの?」


問われた方は少し意外そうな表情を見せた。
てっきりこちらの素性ばかり探ってくると予測していたのだろう。


「………。ひとまず身柄は安全な場所で保護してるから、心配は無用よ。驚かせちゃった
 みたいで、ごめんなさいね」

「気にしなくていいよ。結果的には助かったワケだし。むしろコッチが感謝する立場じゃん」

「そう言ってくれるとコッチとしてもありがたいけど……」


打ち止めの無事も聞けたせいか微妙に弛んだ空気が漂う。
そんな中、少女は軽やかに立ち上がって番外個体を先導した。

526: ◆jPpg5.obl6 2011/05/11(水) 22:46:15.12 ID:bnE8ajSE0


「とりあえず、移動しましょうか。この先に仲間の車が待機してるわ。ひとまず安全な場所
 があるから、そこまで行ったらゆっくり話しましょ」


そう告げて歩き出した少女。番外個体も後に続きつつ、先を歩く背中に話し掛けた。


「ねえ。あなたの名前、問題無かったら教えてもらってもいい?」


僅かな間を置いた後、少女は振り向かないまま返答した。




「―――――結標淡希よ。ここは“よろしく”って言った方がいい場面かしら? 番外個体」



くすっ、と鼻で笑うついでの自己紹介。
全体的にミステリアスで妖しい雰囲気をまとっているものの、番外個体には不思議と警戒心が生まれて
こなかった。

527: ◆jPpg5.obl6 2011/05/11(水) 22:49:18.97 ID:bnE8ajSE0


―――



新生アイテムの隠れ家は、第十九学区と第二十学区の境にひっそりと点在していた。

間取りは中々に広く、いい具合にさっぱりとしていて散乱物も少ない。
ビリヤード台やダーツ、更には壊れたアーケード台が幾つか設置されている所を見ると、ここ
は閉業された遊技場らしい。
今は暗部の隠れ拠点の方がしっくりくる程度には寂れていたが、そこいらに洒落たインテリア
が施されているのは彼女達の遊び心なのだろう。


「寂れた地域にしてはずいぶンと贅沢な環境だなァ。ただの身隠し場所にここまで手ェ加えて
 どォしようってンだか……」


一方通行は案内されるままに足を踏み入れ、周りを見渡しながら適切な感想を述べた。


「最近見つけたのよ。無監視な上にスペースも申し分なかったしね。こういった有効活用は元来なら
 “ウチラ”の基本でしょ?」


そう言葉を返しつつも、麦野は他所から持ち込んだとしか思えないソファーで既にリラックスモード
へ突入していた。
この様子に若干呆けながらも、しっかり拾いどころは外さない一方通行。

528: ◆jPpg5.obl6 2011/05/11(水) 22:53:17.55 ID:bnE8ajSE0


「“ウチラ”、ねェ……。オマエらは暗部に未練でもあンのかよ? 俺みてェな立場でもねェヤツに
 はとっくに通達がいった筈だ。もォ泥ン中で縛られて生きる必要はねェンだぞ?」

「その言い様だと、やっぱりアンタが発端か……。まだちょっと半信半疑だったけど、どうやらこれ
 で確定みたいね。知ってる? アンタ、今や『卒業生』の英雄みたいなモンよ?」

「はぐらかそォとしても無意味だってのが分からねェか? ……通達は行き届いてなかったのかって
 訊いてンだよコッチは」


少し苛つき気味になる一方通行だが、麦野は物怖じせずに平然と言った。


「通達なんて来るワケないじゃないの。別に今は、正式な暗部活動に取り組んでないんだから」


「何……?」


最初こそは事情が掴めなかったものの、話を聞くに連れて自然と納得できてくる。
現在、『新生アイテム』は暗部組織の枠内に入っていないとの事だ。
つまり、一方通行が仕向けさせた『鎖の切断』の対象に含まれてもいないのだ。

ロシアから帰国して以降、浜面たち側の状況など全く把握していなかった一方通行からしてみれば
おかしな話である。
彼女らは、自分が通告を流す以前から既に“卒業”していた事になるのだから。


530: ◆jPpg5.obl6 2011/05/11(水) 22:57:01.45 ID:bnE8ajSE0


しかし、これだけでは数多い疑問点のほんの一部が解明されただけにすぎない。

とりあえず、今解ったのは彼女らの現在の立ち位置である。
麦野たちの動向や趣旨も気にはなるが、それらは後に回して最優先の質問を投げ掛けた。


「オマエ達の近況は大体把握できた……。話を変えさせてもらうが、番外個体と打ち止めの方は
 本当に大丈夫なンだろォな?」


「ふふふ、心配性ね。ちょーっと待ってなさい。今確認してきてやるから」


大人の余裕にも似た不敵な笑みを残し、麦野はいったん席を外した。
携帯電話を片手に持っていたのを見る限り、“そちらの担当者”へ連絡を取りに行ったのだろう。
彼女達が集合所兼隠れ家として利用しているこの空き施設は地下に位置する。電話使用の際は上まで
出向かなければならないのが面倒だが、その点さえ妥協すれば身を隠す場所としては悪くなかった。
わざわざ内密にしている部分が若干気に入らないが、出すぎた詮索で下手に敵を増やす必要はどこに
もない。この時はまだそう考えていた。

仕方なく自分も椅子に腰を下ろし、荒れていた心を落ち着ける作業に掛かった。

ふと、そこで感じる重苦しい視線。


「……………」


右奥のカウンター席に座る絹旗最愛が、こちらへ冷たい目線を送っていた。

531: ◆jPpg5.obl6 2011/05/11(水) 22:59:24.11 ID:bnE8ajSE0


(何だ……? あのガキ)


その目は、この場に一方通行が存在していることを不快に感じているように思えた。

一方、左側の方角。

壁にもたれ掛かったまま煙草をフカシていた浜面仕上は一方通行の方を見ようともしない。
不貞腐れたチンピラ風な見た目そのまんまの雰囲気が良く出ていた。


「……………」


空気がとてつもなく重かった。

絹旗はともかく、浜面が一方通行に抱いている嫌悪感は誰の目にも明らかである。
この原因、そして詳しい事情を突きとめなければ謝罪も弁解もできない。
いたたまれない空気を打破するため、一方通行は浜面に話し掛けようと唇を動かした。
まずは、ずっと引っ掛かっていた部分から触れてみる。


「おい、そォいやずっと気になってたンだが……『滝壺』とかいう女はどォした? そいつも
 確かオマエらの仲間だったンじゃねェのか?」


この言葉がある種の引き金というやつだ。
途端、浜面の目つきは一層鋭さを増し、絹旗は憤りを必死で隠そうと身を震わせている。
一方通行はこの反応に呆然とするしかない。

532: ◆jPpg5.obl6 2011/05/11(水) 23:01:25.24 ID:bnE8ajSE0


「あァ……? 何だよ。どォしたってンだ?」


二人を交互に見ながら深く追求しようとする一方通行。
そんな中、浜面が人相とは裏腹の冷ややかな声を発する。


「アンタ……、よく堂々とあいつの名前が出せるよな。マジで何にも知らないのかよ?」

「だから訊いてンだろォが。俺には何がどォなってンのかがサッパリなンだよ。オマエが俺を
 許せないって言った事と、何か関係があるのか?」

「っ……何でだよ」

「……!?」


浜面が悔しさを噛みしめる様子に嫌な予感が走った。
思えば初めて出会った時もロシアで遭遇した時も、この男は一人の少女のために奮闘していた
記憶がある。無能力な自分を必死に奮い立たせ、大切なもののために勇敢な姿勢を貫く。
それが浜面仕上という人間だ。

彼の動力源と言っても過言ではない存在のはずの少女、『滝壺理后』。

何故彼女が不在なのか、それがずっと気に留まっていた。
そして、そのことが浜面の怒りの直結となっているのは何となくで予測できるが、肝心の過程
が一切解らないのでは罪の意識にとらわれる事もできない。

たとえ逆効果になるとしても、彼等との関係が悪化するとしても、一方通行は真実を追究した
いと心から願った。

533: ◆jPpg5.obl6 2011/05/11(水) 23:04:21.87 ID:bnE8ajSE0


「いい加減に教えろ! オマエ達に一体何があった? オマエが守ろォとしたあの女は、今どこに
 居る!?」


直球を投げる。回りくどく求めるよりかはこの方がまだマシのはずだ。
一方通行の真剣な眼差しに浜面は言葉を紡げず、顔を俯かせてしまう。
その時の浜面は、脳内で酷い葛藤と戦っているかのように見えた。


と、そこへ―――――。











「滝壺なら入院中よ」



いつの間にか戻って来ていた麦野が、言葉を噤む浜面の代わりに返答した。

534: ◆jPpg5.obl6 2011/05/11(水) 23:07:51.75 ID:bnE8ajSE0


「何だと……?」


発せられた言葉に愕然とする。が、当の麦野はそれから飄々と話題を変えた。


「あぁ。アンタの連れね、今確認したけど何とか無事だそうよ。良かったじゃないの」

「……ッ、そォか……。あァ、すまねェな」


これに関しては素直に良かったと息をつく。
しかし、全力の手放しで喜べる気分でもなかった。
麦野が戻って第一声に放った言葉の詳細をとにかく早く知りたい。


「………で、その滝壺とやらのことなンだが……詳しく話してもらえねェか? 一体どォ
 いう経緯なのかがまるで解らねェ」


珍しいくらいの低姿勢で頼む一方通行だが、それほど今回は謎が多い。
多少は捻じ曲げてやるくらいでないと、真相へはたどり着けないと悟っているのだろう。

“木原数多が復讐と共に授かった条件”を『新入生』が引き継いだこと。

これと新生アイテムに何の因果が眠っているのか。まずはそこをハッキリさせなくては。

と、そんな一方通行へ意外な方向から声が掛かる。

535: ◆jPpg5.obl6 2011/05/11(水) 23:10:15.61 ID:bnE8ajSE0


「第一位……」


そう、均衡を破ったのは意外にもこれまで無言を貫いていた絹旗だった。


「浜面が貴方を敵視しているのは……超無理もない事なんです。本音を言えば私も、そして
 麦野も………できるのなら貴方へ引導を渡してやりたいところです」


普段とは別人格のような冷笑を付け足して瞼を閉じた絹旗は、一呼吸置いて話を続ける。


「ですが、貴方には知り得るはずもない。それどころか罪の意識さえ感じていない……。
 これを容認できるほど、私も大人ではありません。特に浜面は……」


絹旗が喋り出した事により、麦野は静観する立場に回らざるを得なかった。
浜面は肩を震わせながら壁に寄り掛かったまま乱暴な動作で床に座り込む。

目を開き、しっかりと一方通行を見据えた絹旗は、声のトーンを一段階上げて断言した。




「結論を言います。滝壺さんが入院したのは貴方のせいです。幸い命には別状がなかった
 ものの、場合によっては死んでいてもおかしくなかった」





536: ◆jPpg5.obl6 2011/05/11(水) 23:16:10.59 ID:bnE8ajSE0


「……!!」


室内の温度が上昇した気がした。
態度こそ冷静だが、彼女の瞳は一方通行に対してぶつけようのない怒りを表している。


「……第一位が直接の原因ではないにしろ、根底を辿れば……っ!」


「絹旗、もういいわ……」


麦野が見切りをつけた。変に強がって平常心を保とうと必死な絹旗を見ているのは、
やはり辛いものがある。後を引き継ぐように言葉を繋ぐ。


「逆恨み……って言っちゃえばそれまでかもね、第一位。……けど許してあげて……。
 こいつらは暗部失格レベルの仲間想いなのよ。今は私も人のこと言えないけど」


「……そォか。って事ァ、やっぱりオマエらにも………」


「えぇ、暗部時代の連絡網経由で指令が来たわ。“新入生と共にアンタの抹殺部隊へ
 加入しろ”ってね……」



「……………」

537: ◆jPpg5.obl6 2011/05/11(水) 23:18:49.07 ID:bnE8ajSE0


「当然蹴ってやった。私らは暗部に復帰するつもりなんてなかったし、アンタが何を
 やらかそうと興味はないから。……でも、この話に統括理事が絡んでないと知った
 時には、既に遅かった……」

「相手の素性はわからないけど、新入生を束ねるだけの力と権利を持っている者……。
 理事会に何らかの形で精通している派閥と捉えて間違いないでしょうね」

「ヤツらが強行手段に打って出たのも指令を蹴ってからすぐ後のことよ。何しろ相手は
 危険度もトップクラスの第一位(アンタ)。自惚れじゃないけど、超能力者第四位でも
 ある私の力に連中が固執するのも頷ける。……前の隠れ家は襲撃を受けて壊滅したわ」

「刺客は何とか撃退できた……。けど、その時の戦闘で滝壺……ウチらの仲間が一人、
 大怪我を負わされた」

「私らもそっから頭に血が昇っちゃってよく覚えてないけど、そいつらは『恨むのなら
 第一位を恨め』と、まるで催眠でも掛けられているかのように連呼していたわ」

「何の事かはその時全然わからなかった。何せ仲間が重傷でそれどころじゃなかったしね。
 けれど、時期が落ち着いて調べている内に“ある事件”が絡んでいる事が判明したのよ――――」



「―――――二ヶ月近く前に起きた『超電磁砲の失踪事件』」



ピクリと、一方通行の眉が大きく反応した。

538: ◆jPpg5.obl6 2011/05/11(水) 23:20:47.04 ID:bnE8ajSE0


「私たちがアンタを快く思わない理由、これで納得した? まぁさっきも言ったけど、
 アンタが直接危害を与えたわけでもないし、アンタに怒りをぶつけたところでどうにも
 ならないのは良くわかってるわ。……でも、だからって簡単に割り切れないヤツはいる。
 たとえばそこで滝壺を守れなかった事をずっと悔いている馬鹿とか」


「……………」


浜面へ視線を配る麦野だが、彼女とて同じ思いを噛みしめているはずだ。
大切な仲間を危険に曝した本元を目の前にして、麦野はどんな気持ちなのだろう。
本当は浜面のように殺意を剥き出しにしたいのかもしれない。平気な雰囲気で話している
だけで、本当は絹旗のように必死で私情を押し殺し、我慢しているのかもしれない。

そう思うとやりきれず、さっきとは違う意味で掛ける言葉が見つからなかった。


「打ち拉がれた顔を見せるなんて、ホントに予想外ね……。イメージぶち壊しなんてモン
 じゃないわよ?」

「……俺の知らねェ所でそンな事が起きてたとはな。確かに『知りませンでした』で済ま
 されるよォな話じゃねェ」

「あら、優しいじゃない。いつからそんなに慈悲深くなったのかにゃーん? 残虐非道性
 ナンバーワンの名が泣いてるよ」

「コッチにも色々あった、って事で納得してくれ」

「ふん……」


どこまでも大人な気質を崩さない麦野は鼻で軽く一笑し、諭した。




「さ、今度はアンタが知ってる事を恙無く語りなさい。そこで初めて次の段階へ進めるわ」

539: ◆jPpg5.obl6 2011/05/11(水) 23:23:27.38 ID:bnE8ajSE0
今回はここまでです

弁解という名の言い訳:滝壺さん嫌いじゃないむしろ大好き早く登場させたいだから滝壺好きな方々刀をしまってくだsあbbbbbbbbbbbb


どぇは次回の一部

540: ◆jPpg5.obl6 2011/05/11(水) 23:24:59.16 ID:bnE8ajSE0



打ち止め「放して! ミサカは行かなくちゃいけないの! お願いだからミサカを解放してーっ!!
      ってミサカはミサカは脱獄を諦めなかったり!」


???「だっ、脱獄って何なのですかぁー!? 先生の部屋は鑑別所ではないのですよーっ!!
     っていうか暴れないでくださぁーい!」


557: ◆jPpg5.obl6 2011/05/18(水) 20:21:57.20 ID:3usc0sm90


―――



時は少し流れ、昼過ぎに差し掛かった頃。
ボロっちい構造で、お世辞にも綺麗とは言えない一件のボロアパート。
このアパートの二階に位置する一室で、二人の幼い少女が口論を繰り広げていた。



「放して! ミサカは行かなくちゃいけないの! お願いだからミサカを解放してーっ!!
 ってミサカはミサカは脱獄を諦めなかったり!」



「だっ、脱獄って何なのですかぁー!? 先生の部屋は鑑別所ではないのですよーっ!!
 っていうか暴れないでくださぁーい!」



手足をバタつかせる打ち止めを全身で食い止めているのは月詠小萌。
打ち止めより一つか二つぐらい年上にしか見えないが、これでも立派な教職者である。

そんな彼女のレッテルは『ロリ教師』。ちなみに都市伝説の一部にもさりげなく関与していたりする。

祝日による休日を満喫していた彼女の元に突然帰宅した結標。
能力を使って部屋に上がった事を咎める前に、唖然としたままの打ち止めをいきなり押し
付けられたのだ。

558: ◆jPpg5.obl6 2011/05/18(水) 20:25:50.97 ID:3usc0sm90


自分が戻るまでは絶対に部屋から出さないよう言い残し、コッチの弁論する時間も与えられ
ないまま結標は行ってしまった。
あとに残った打ち止めから事情を聞こうにも、錯乱に近い状態の彼女では言動の意味が殆ど
理解できない。
わかっているのは今この少女を外へ出すのが危険行為だという事だけだ。

こういう流れで急な子守を受けさせられてしまったが、ここは結標の言う通りに従い面倒
を見ようと決断する辺り、流石である。
だが、預かって面倒を見るとは言っても、現状は彼女をこの部屋に留まらせるのが精一杯
だったりする。
結標が出てからというもの、打ち止めもしきりに外へ飛び出そうとする一方で全く話にも
ならないのだ。
元気でパワフルな打ち止めを止めるのに全神経を使っているため、何を喚いているのかも
正しく認識できていない。

この拉致が明かない状態は小萌が偶然甦らせた記憶によって収まりをつけた。


「……あっ!? あなたは、確か黄泉川先生の家でお世話になってる……」


「?」


まるでコントのように全ての運動を止めた打ち止めが首を傾げた。

559: ◆jPpg5.obl6 2011/05/18(水) 20:27:26.56 ID:3usc0sm90


「ほら、私ですよ! 覚えてないのですか!? 去年の夏ごろに一度だけ会ってますよーっ!」


「あ……あぁーーっ!!」


思い出した、と言わんばかりに指をさした。


「ヨミカワの家に初めて行く前、そう……あの人とミサカが退院した日に会った――――」

「うんうん」


その調子、と期待に満ちた眼差しを送る小萌だったが……。



「――――生まれたときからずーっと実験三昧で成長がストップした可哀相な“自称”先生……。
      ってミサカはミサカはさめざめと思い出し泣きしてみる……」



「そうそう………って、ちっがああああああああああああう!!!!!」



大人気ない小萌の絶叫は、ただでさえ長くないアパートの寿命をさらに縮めた。
この時のリアクションはプロの芸人ですら絶賛する域にまで達していたのは言うまでもない。

560: ◆jPpg5.obl6 2011/05/18(水) 20:28:39.68 ID:3usc0sm90


それから数分が経過した頃には、小萌と打ち止めの親交もずいぶんと深まっていた。
決め手はやはり、日頃から互いが抱えている悩み等の共通点が多い事だろう。

始まりは打ち止めがジェットコースターに搭乗できなかったエピソードを聞いた時、
小萌が常人以上の共感を示した箇所からである。


「身長制限撲滅運動を実施しようか検討してみるのですー」

「大賛成!! ってミサカはミサカは会員番号1番に立候補してみる!!」

「……ちなみに、年齢制限の方は善処できませんよ?」

「なん……だと……? ってミサカはミサカは絶句してみたり……」


内容自体はくだらないの一言に尽きるが、こういった問題は当人からしてみれば結構
深刻だったりする。
というか、悠長に家主と会話を弾ませているが、打ち止めはさっきまで己を急かして
いた原因をもう忘れてしまったのだろうか。
彼女にとってもかなり大事なことのはずなのだが……。


「って、こんなトコで油売ってる場合じゃないんだよミサカはぁぁ!! ってミサカ
 はミサカは修羅場の最中である立場を忘れてた自分を恨みつつお邪魔しましたーーー!!」

561: ◆jPpg5.obl6 2011/05/18(水) 20:30:22.68 ID:3usc0sm90


「いや、だから待ってくださいってばぁぁ!! 結標ちゃんに頼まれてる先生の立場
 も考えてくださいですぅーーー!!」


ここで振り出しに戻る。

が、そこから先はさっきと異なった変化が生じてくる。

談笑に至る前とほぼ同じ構図を二人が演じている途中、古びた扉がガチャリと開かれた。
小萌も打ち止めも暴れ押さえの挙動を停止し、ドアの方に目を向ける。



「――――ただいま」



小萌にとっては、すっかり慣れ親しんだいつもの掛け声である。



「――――どうも、お邪魔するね」



そして、すぐに打ち止めの目標人物も背後からひょっこりと元気な姿を見せた。

562: ◆jPpg5.obl6 2011/05/18(水) 20:31:51.99 ID:3usc0sm90


~~~



ここで三十分ほど時間を巻き戻してみる。
場面は移動中のワゴン車内。後部の広めな座席で番外個体と結標淡希はお喋りに熱中していた。


「アハハハ! あのアホは組織の中にいても協調性ないんだね」


番外個体の笑い声が運転席まで良く響く。
結標も気づけばクラスの友達と駄弁っているようなペースで対話に応じていた。


「確かに、私たちは仲良し集団なんかじゃない。……けど、孤高を貫いた結果失敗したんじゃ元
 も子もないと思うでしょ?」

「あいつにゃ無理だ。ウン」

「うーわ、断言した……」

「『俺に命令してンじゃねェよ(キリッ)』って周りを省みず、単独で解決しちゃうタイプでしょ?」

「さすがにそこまで酷くないわよ。なんだかんだで上手くやってた……と、思う。っていうか似て
 るわね……」


話題に上がっているのは明記するまでもなく一方通行だ。

563: ◆jPpg5.obl6 2011/05/18(水) 20:34:03.46 ID:3usc0sm90


結標と番外個体。彼女たちには特に接点などないが、結標は一度だけ入院室で昏睡中の番外個体を
お目に掛かっている。
一方通行と記憶障害を負った番外個体が、ロシア以来の再会を迎えた瞬間にちゃっかり立ち会って
いたのだ。ちなみに『グループ』での召集扱いだったため、土御門元春、海原光貴もその場にいた。
海原に至っては、番外個体の護衛指令を横取りしようとした前科もある。


「けど、まさかアクセラレータの同僚にこんな綺麗ドコロさんがいたとはねえ……」

「死語を使ってまで表現しなくても……。それに、正確には“元”同僚よ」

「ミサカに会う前のあいつ……どうだった?」

「私に訊くの? 貴女と違って親しい間柄ってわけでもないし、大した収穫は期待しない方がいい
 気がするけど……」

「あいつ、自分の話なんて殆どしないし。だからこうして貴重な知人からちょっとずつ収集してく
 のがやっぱ一番かなーって」

「ぷふっ……貴女も結構言うわね」

「『何でオマエがそンなこと知ってンだァ!?(アタフタ)』とか言いながら慌てふためくヤツの顔を
 想像してみ?」

「や、やめてよ……クスッ、ふふ……あははははは!! 無理! 貴女たちの私生活をモニターで
 監視なんかした日には耐えられる自信ないかも……っ」


ついに腹を抱えて笑い出した結標。

564: ◆jPpg5.obl6 2011/05/18(水) 20:38:01.31 ID:3usc0sm90


「だろ? マジでツボに嵌るっしょ? うーん、何から聞こうかなあ……。……!」


思いついたように手を打った番外個体。
無難な所から入ってみよう感覚で肩が落ち着いた結標へ尋ねる。


「アクセラレータと初めて会った時の事とか、良かったら是非聞かせて欲しいな」

「えっ……?」


思わぬ展開に一瞬結標が腑抜けた声を上げた。


「出会った当時の印象とか、どういう経緯(いきさつ)だったとか、……そういうのって地味に
 気になるんだよね」

「……貴女、ひょっとしてもの凄く嫉妬深かったりする?」

「んにゃ、ただの探究心だよ。好奇心とも言うかな?」

「どっちもどっちよ。………初対面時ねぇ……。言ってもいいのかしら……」

「うん?」

565: ◆jPpg5.obl6 2011/05/18(水) 20:38:58.05 ID:3usc0sm90


考え込む仕草に詮索意欲が一層強まった。
ある意味、番外個体は押してはならないスイッチを押してしまったのかもしれない。

結標淡希は基本的に面倒見の良さそうなお姉さんのイメージが強い。

だが、忘れてはならない。
どんな表面のしっかりした端麗美人にも悪戯心は存在する。小悪魔な一面だってちゃんとあるのだ。


「……そんなに聞きたい?」

「ム……。勿体つける必要があるってことは、ちょっとエグイ内容も入ってたり?」

「あなたがどう受け取るかも興味深いし、それによっては楽しい結末になりそうね……。いいわ、
 話してあげる。一応忠告するけど全部事実だから、そこら辺は頭に残して聞いて」


喋った。喋りやがったよ。結標淡希。
しかも自分が完璧な被害者だと思わせるように脚色を加える所も流石である。


「……それ、本当に本当?」

「ええ、嘘偽りは一切ないわ」


「…………」

566: ◆jPpg5.obl6 2011/05/18(水) 20:41:31.42 ID:3usc0sm90


番外個体が言葉を失くしている。
自分の息子の過去に犯した悪事を知ってしまった母の心境に近いのだろうか。


「……ミサカが謝るのは筋違いだろうけど………、ごめんね」

「別に今更気にしてなんかないわよ。ただ、貴女が望んだから教えてあげただけ」

「………鼻、大丈夫だった?」

「えぇ。腕の良いお医者さんが治してくれたから」

「そう………。けどさあ、まさかそこまで腐ったヤツだとは知らなかったな。どこまで殺戮を
 窮めたとしても、“超えちゃいけない境界線”くらい判断できると思ってたよ」

「そ、そうは言っても過去の話よ? あなたがそこまで怒る必要はないんじゃない?」


予想以上に肩を震わせている番外個体に結標は少しびびった。
てっきり「サイテーだね! よし、ならミサカがあなたの恨みも込めて思いっきりブン殴っとい
てやんよ」程度で片付くはずだったのだが……。
ちょっと洒落やギャグを織り交ぜていい場面ではなくなっている。これは少々誤算だった。


「あなたみたいに泣き寝入りできない性質なの。このミサカはね。他人事だったとしても同じ。
 見て見ぬフリなんてできるワケないでしょ? ましてアイツ(一方通行)絡みなら特に」

「いや、何もそこまで……」

567: ◆jPpg5.obl6 2011/05/18(水) 20:44:10.28 ID:3usc0sm90


「割り切るのはミサカも得意な方だけどさあ、それでも見過ごしちゃいけない例もあるんだよ?」


現在の一方通行と番外個体の関係を承知している結標は、(やっぱりマズかったかな……)と
頭を掻いた。
どうやら、思っていた以上に同情を買ってしまったらしい。
番外個体も女の子である以上、女子の顔面に全力で拳を叩き込む行為を許容できなかった。
ただそれだけの事だ。
そして、番外個体には正義感の強い御坂美琴の遺伝子が組み込まれている事実も計算外要因の
一つであった。


「結標淡希って言ったっけ? あなたの仇は、このミサカが討っておくから安心して」


怒りの込められた声でそう宣告された時、結標の些細な悪戯心は後悔に変わる。
一度決めた事にはとことん頑固な番外個体相手にフォローなどは無駄でしかないのは言うまでも
なかった。

このことから急速に親密レベルを底上げした結標淡希と番外個体。

月詠と打ち止めが騒ぎ立てるボロアパートに到着する頃には、互いの連絡先を交換するほどの仲
にまで発展していた。



(喋ったのは失敗だったわね……。私が原因で喧嘩にでもなったら責任感じそう。やっぱ言わな
 きゃ良かった)

568: ◆jPpg5.obl6 2011/05/18(水) 20:45:37.38 ID:3usc0sm90


~~~



ここで時は合流を果たす。

敢えて説明する必要もないが、結標淡希は月詠小萌宅で居候中の身である。
実質、暗部組織『グループ』の構成員でもなくなった結標に後ろ盾などある筈もなく、こうして
下宿先を緊急避難所に利用してしまう始末だ。しかし、それも仕方の無いこと。

元同僚の土御門元春や海原光貴とは連絡の取りようもなく、一方通行に借りを残したまま普通の
生活に戻るのも気が進まない。とは言え、あの二人も何らかの形で動いているのは間違いないと
確信が持てる。特に情報力に関しては、自分など足下にも及ばない程の土御門がこの現状を掌握
していないとは考え難かった。

単身で色々嗅ぎ回っている中で偶然知り合った『新生アイテム』の面々も、あくまで“手を結んだ
だけの同盟関係”だ。決して加入したわけではない。

車内で『新生アイテム』のリーダーである麦野沈利と連絡を取り合い、何とか『新入生』の企みを
未然に防ぐのに成功した事が確認できた。

今のところはこれでいい。
『卒業生』として、このまま『新入生』に一方通行を譲渡してやるつもりなど微塵も無い。
むしろ全力を以って阻止してやりたいぐらいだ。

いけ好かなかった麦野沈利と協定を結んだのもそのためである。

とにかく、今は“一方通行の精神を繋ぎ止める鍵”であるこの二人の身の安全が第一。

な、はずなのだが……。

569: ◆jPpg5.obl6 2011/05/18(水) 20:46:12.56 ID:3usc0sm90




「…………何してるの? 貴女たち」




570: ◆jPpg5.obl6 2011/05/18(水) 20:47:03.57 ID:3usc0sm90


いつの間にやらくんずほぐれつ状態の滑稽な児童(片方は大人)に溜息を吐くしかなかった。
この空間で緊張感など生まれてたまるか。


「む、結標ちゃん!? おかえりなさいです、ってか、まず助けてくださいですー!」

「むうううう!! ミサカの進行を妨げるなぁぁ!! ってミサカはミサ……!?」


打ち止めが番外個体に気づいた。


「はは、大丈夫どころか元気ありあまってそうで安心したよ」


「番外個体っ!」


月詠の腕からスルリと抜け出し、番外個体の胸に飛びつく打ち止め。


「心配したんだよぉぉ。ってミサカはミサカは涙声を漏らしてみたり」

「はいはい、そっちも無事で何よりだね」

571: ◆jPpg5.obl6 2011/05/18(水) 20:48:19.48 ID:3usc0sm90


ポンポンと打ち止めの頭を撫で、安堵の息を吐く番外個体。
あとは、一方通行と合流すれば取り敢えず落ち着ける。


「それじゃ、ミサカ達はもう行くよ。長居しても悪いし……。そこのあなたも、迷惑掛け
 てごめんね」


上半身を起こしたまま流れに乗り遅れている月詠にそう告げ、番外個体は打ち止めの手を
引いて月詠宅を後にしようとするが、


「ち、ちょっと待つのですよー!」


呼び止めた月詠は番外個体の前に立って進路を塞ぎ、こう言った。


「実は、先生この後学校に用事があって……出掛けなきゃならないのです」


「へ……?」


急な言動に唖然とする一同を意に介さず、更に続ける。

572: ◆jPpg5.obl6 2011/05/18(水) 20:49:15.91 ID:3usc0sm90


「それで、もしかしたら帰るのが遅くなるかもしれないのですよー。結標ちゃんのお友達
 でしたら気にせずに居てもらって構わないです。狭い部屋で良かったら遠慮なく寛いでいって
 くださいですよー」


「…………」


これが月詠なりの配慮だった。
番外個体と打ち止めをすぐ外に出すのは危険。それだけわかっていれば充分だ。
そして、あからさまに引き止めるよりもこう言った方が相手に気を遣わせ辛いのを知っている。
子供の立場から考察した、何とも教師らしい言い回しである。


「では結標ちゃん達、お留守番よろしくですー。怪しい人が訪ねて来ても、出てはいけませんよ」


「ちょっ……あ……」


結標が声を掛ける間もなく、小萌は自室を出て行ってしまった。
気を遣わせてしまったのは勿論三人とも理解できている。口実をわざわざ作ってまで番外個体たち
を匿ってくれる優しさに、残された方はこう口にするしかない。


「……なんか、申し訳ない気分だね」

「ミサカ達、お邪魔してていいのかな? ってミサカはミサカは謙虚な面持ちで伺ってみたり」

573: ◆jPpg5.obl6 2011/05/18(水) 20:51:03.33 ID:3usc0sm90


「………いいと思うわよ? このまますぐ部屋を出て敵と遭遇しちゃったら折角の厚意を踏み躙る
 だけに終わっちゃうし」

「……じゃあ、お言葉と厚意に甘えさせてもらうかなっと」


そう決定し、座布団に腰を下ろす番外個体。打ち止めもチョコンと座って寛ぎモードになった。
結標はそんな彼女等に微笑みながらキッチンへ向かう。


「今お茶淹れるわ。それと、良かったら何か食べてかない?」

「あなたが作るの?」

「あら、他に誰が作るのかしら?」

「ミサカ、お腹空いちゃった。ってミサカはミサカは腹の虫をグーグー鳴らしてみる」

「ふふふ、いいわよ。すぐ作るから待ってて」

「料理得意なんだ?」

「これでも最近は自信ついてきたのよ。期待してくれて結構」


目をキラリと光らせる結標だが、この自信がフラグを立てている事に気づかない。
そして番外個体と打ち止めも、この端麗で秀逸なオーラを放つ結標がそんなお約束展開を厳守する
など夢にも思わないだろう。

その幻想は、一口目を食べた辺りでぶち壊された。


ちなみに、この時結標が最初に放った言い訳はこうである。
『あれ? これ塩だとばかり思ってたけど……、よく見たら砂糖じゃないのよ!』

574: ◆jPpg5.obl6 2011/05/18(水) 20:52:38.37 ID:3usc0sm90
ここまでです
番外個体は元気です
あわきんは俺の嫁です

では次回の一部をどうぞ

575: ◆jPpg5.obl6 2011/05/18(水) 20:55:30.94 ID:3usc0sm90


麦野「アンタの身柄を手中に入れられたとして、その後はどうなんのかしら?」


一方通行「ハッ、ンなの決まってンじゃねェか。“兵器”を自由に扱えるよォになったヤツの成れの果ては―――――」



―――――――



???「あっれー? 何だか優等生の匂いがすると思ったら、通称常盤台のエースさまじゃーありませんか」


美琴「げっ……」

587: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 20:32:24.04 ID:Q5J8VsfX0


―――



番外個体と打ち止めが結標渾身の手料理に悶絶している頃、『新生アイテム』の所有地である
地下室では大まかな情報交換が終了しかけていた。


一方通行と『新生アイテム』メンバーの麦野沈利、絹旗最愛、浜面仕上。
この奇妙な組み合わせもだいぶ目に馴染めてきたが、浜面や絹旗はやはり一方通行に何かしら
のわだかまりを抱いたままだ。
その理由は入院中のために不在であるもう一人のメンバー、滝壺理后が関係している。
そして、一方通行もまたこの事実を既知していた。

たった今、一方通行が麦野たちに話したのは番外個体と自分を死の直前まで追いやった『木原
数多』との一件である。
同時に一方通行の口から直接明かされる『超電磁砲、御坂美琴失踪事件』の全貌。
三人とも流石に驚きが隠せなかったのか、ゴクリと生唾を飲む音が静寂な空間を揺らした。


「超電磁砲が行方不明になった事件はもちろん知ってたけど……まさかそんな真実が隠れてた
 なんて……」

「本当だとしたら、確かに超表沙汰にはできないでしょうね……」


彼女たちの反応にとらわれる事なく、一方通行は冷静に語り続ける。
この一派が欲するであろう情報を余すことなく。

588: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 20:34:25.03 ID:Q5J8VsfX0


「オマエらみてェな学園都市に鎖を巻かれた暗部組織は数知れねェ。そいつらと番外個体に
 何の違いもねェ。……だから俺は決心したンだよ。『縛り付けて闇に浸からせている連中を
 全員解放しろ』ってな……。エゴな話に聞こえるかもしれねェが、もォクソガキや妹達……
 番外個体みてェな“科学の街に翻弄される”人間を増やしたくなかった」


瞳からは、一切の嘘も感じさせなかった。
それから語られる、自身の『暗部残留』の意図。


「俺はあの事件で根が完全に絶たれたと思っちゃいねェ。だから俺は“見張る”立場に回った。
 暗部との距離を離さないことで、迅速な処置が施せるよォになァ」

「『第三次製造計画』みたいな馬鹿げた計画が発案される前の段階で、確実に叩き潰せるよォに……」

「もォ起きちゃいけねェ。起こさせちゃいけねェンだ。何の罪もない人間を、何の感慨もなく玩具
 にしよォとする学園都市のやり方に、俺は心底我慢ならねェ……っ」


「だがな……」


「どォやらそいつは向こうにとっても同じらしい……。“もォ『俺』は実験動物として扱うに値しない”
 ンだとよ。仮に俺がその立場だったとしたら、排除以外の選択を取らねェとも言い切れねェ……ククッ」


自らの運命を受け入れるかのような乾いた笑み。まさしく自嘲というやつだ。

589: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 20:37:26.57 ID:Q5J8VsfX0


いや、どちらかと言うと一種の悟りであると表現するべきか。
一方通行がどこまで覚悟を決めているのかなど、訊くだけ野暮な話だろう。
少なくとも黙って耳を傾けている三人の若人にはそれぐらいわかる。

この話の中で、麦野は真っ先に一つの結論へと行き着いた。


「それじゃあ、やっぱり……」


と言うより、頭に浮かべていた様々な憶測の内の一つが当てはまったに等しい。
麦野は一瞬言葉を噤んだものの、少し間を置いてからはっきりと核心に触れた。


「第二位、未元物質の垣根帝督……。アンタもそいつと同じ運命を辿らされるってこと?」


一方通行は、この見解を肯定した。浜面も絹旗も声こそ出さなかったが、激しい動揺が顔色から窺える。
息を呑む様子が立証していた。


「あァ、それ以外に辻褄の合わせよォがねェだろ。連中にとって必要不可欠なのは『一方通行』であって、
 『俺』じゃねェ……。いや、むしろ俺の人格、意思は不要どころか脅威になっててもおかしくねェだろォな。
 現に連中はこれ以上俺を野放しにする事を恐れてやがる。“新入生”ってのは、そンな性根の腐った権力者
 の道具だと認識すりゃあいい」

「強引なんて言葉じゃ済ませられないわね……。いくら何でも、そんなこと上層部が許すはずないんじゃ……」

590: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 20:38:45.34 ID:Q5J8VsfX0


「だからこそ、暗部情勢が不安定な内にケリをつける必要があンだろ。バックの力がそれほどの脅威でもねェ
 “新入生”が前線に出て来てンのも、これなら頷ける」

「アンタの身柄を手中に入れられたとして、その後はどうなんのかしら?」

「ハッ、ンなの決まってンじゃねェか。仮にテメェが自由に兵器を使える権利を得たとしたらどォする? そこ
 から辿り着く先は―――――」




「―――――戦争、ね……」




麦野の逸早い見当に、一方通行は目を伏せることで同意を示した。
第二位、そして第一位。学園都市が誇る超能力開発のトップとも謳われる存在。
全ての再現が不可能だとしても、強大な兵器には何ら変わりない。現に麦野や浜面がロシアで対偶した『未元物質』
を劣化させたような謎の尽きない兵士。

どの程度元祖に近づいた形で具現されるかは定かでないが、『一方通行』の能力を量産させられる未来がすぐ近く
まで迫っているとしたら。

一方通行の意思とは無関係に能力を生み、『暗闇の五月計画』とは比にならない数の被験者がテストマッチを受け
させられる未来が、もし確定されているとしたら。


「………まったく、ふざけた話だ」

591: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 20:41:48.49 ID:Q5J8VsfX0


「今回ばかりは同感、と言わざるを得ないわね」


そう、何としてでも成就させてはならない。
『暗闇の五月計画』の被験者である絹旗最愛に仲間意識のある麦野からしてみれば、これほど頭にくる未来はない
であろう。


「なめ腐ったヤツらの思い通りになんて、絶対にさせない……。これは私個人の意志みたいなモンだから、そこら
 辺は勘違いしないでおきなさい。決してアンタに同情したとか、そんなんじゃないわよ?」

「……いちいち忠告されなくてもわかってンだよ。ンな事ァ」

「ふふ、なら成立ってことで問題ないかしら?」


「“成立”だァ?」


「おいおい、のみ込みが悪いねぇ。互いの敵は同じなんだ。ここはいっちょ、協定を結ぼうじゃないか。気づいて
 たとは思うが、実は最初からそのつもりだったんだけどね……。アンタにとって、悪い申し出でもないでしょう?」


「…………」


さも当然のように言い放たれるが、一方通行の顔はここにきて渋みを増した。

592: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 20:43:38.68 ID:Q5J8VsfX0


「……背中を預けろ、って事か?」

「信用してついて来たんだろ?」

「当初はな……。だが、話を聞いた今となっちゃあ色々事情が違ってくンだろ?」


そうだ。まだ最大の気掛かりが彼の中に残っていた。互いの持ち得る情報を晒した以上、それを追究しない手は
存在しない。
このタイミングで綺麗さっぱり晴らそうと決意し、伺い立てる。


「そう、ならいいけど。アンタの話を聞いたコッチの結論としては、やっぱり手を組むのが妥当な流れだと思わ
 ない? アンタだってこのまま大人しく捕まるつもりはないんでしょ? だったら強力な味方を増やして損だ
 なんて事は、まず有り得ないだろうし」

「……正論だがな、その前に一つ訊いておきたい事がある」

「あら、何かしら?」


どうしても解せなかった論点をついに吐き出す。



「何でオマエは俺を迎え入れよォとする? いや、これじゃ訊き方が悪りィな……。何で俺みてェな野郎を受け
 入れられるほどの器が持てる?」

593: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 20:46:57.39 ID:Q5J8VsfX0


「………?」


「おかしいと思ったのはさっき、オマエが“負傷した仲間”の話をした時からだ。そこの無能力者も、チビの女
 も……俺を嫌悪する理由がその話に関連してたのは良くわかった。オマエは違うってンなら、わざわざ疑問を
 抱くこともなかったがな……」

「オマエ(第四位)が身内に執着しねェよォなヤツだったら、“割り切れてる”って結論で済ンだだろォ。けど
 残念ながらそいつは考えられねェ。オマエがこいつらに向けてる“目”を見りゃそンな事ぐれェ判る。そこの女
 もさっき断言した通り、オマエも俺に嫌悪感を露にすンのが自然な流れじゃねェのか?」

「そう、オマエはそいつら同様、……いや、下手すりゃそいつら以上に俺の存在が憎いはずだ。……なのにオマエ
 はその感情を隠し通そォとしてやがる。本音を隠したままのヤツとつるむのは、現状じゃ危険以外の何物でもねェ
 だろォがよ」

「深すぎるトコまで詮索するつもりはねェがな。味方側に立つってンなら、無駄な争いにもならなくて済むしよ……。
 でも本当にオマエはそれで納得できンのか? オマエの仲間が負傷する原因を作った張本人が、こォして目の前
 にいるってのに……。挙句に“仲良くしましょう”だなンて言われても、信憑性に欠けると思わねェか?」


「…………」


麦野は黙り込んでしまうが、ここまで言及した以上は一方通行としても引き返せなかった。
どの道、麦野の心理を正しく解明させなくては手など結べるはずもない。ましてや背中など預けられるわけがない。

しつこいと呆れられても仕方が無い。自分でも馬鹿げた詮索だと自覚している。
しかし、それでも憎んでいるのなら憎んでいると正直に告げて欲しかった。
浜面や、絹旗のように。

594: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 20:49:21.54 ID:Q5J8VsfX0


酷く言えば、この件を機に麦野が派閥へ参入する決断を下して一方通行の敵側へ移ったとしても不自然ではなかった。

実際こうして対面するまでに浜面たちが一方通行の意図を見誤っていたという点を考慮した場合でも、やはりこれは
腑に落ちない。そんな簡単に転換させていい惨状ではなかったはずである。
麦野に他の狙いがあるようにも見えない。では何故、彼女は自から一方通行が罠へ飛び込むのを制止したのか。
あまつさえ敵のやり方が気に入らないとは言え、元凶の一方通行を自分達の新アジトへ招き、手を結ぼうと提案した
のか。

確かに滝壺に手を下したのは一方通行の意思と何の関わりもない。
しかし、種を蒔いたのは紛れも無く一方通行自身である。そういう覚悟も負った上で暗部情勢を変えたのだから。


戦場から離れた彼等の日常を奪うきっかけとなったのが、自分の存在である事に変わりはないのだから。


一方通行のできる限界の予想では、滝壺に怪我を負わせた派閥、集団に報復を終えた後で矛先を自身へ向けてくる
のが精々だった。少なくとも、今の彼女達が一方通行を庇い立てする理由は何も見つかっていない。

だが、そんな疑心に囚われている一方通行に残念そうな顔で麦野は苦言する。


「はぁ……、すいぶんと見縊られたモンだわ。まぁ、確かに私らの立場的には恨みのぶつけ所も炙りきれなくて、
 はっきり言っちゃえば逆恨みだけど、やりきれない気持ちがアンタに向けられちゃうのも仕方ないでしょうね」

「いや、そいつは違う……。全部事実だ。オマエらが俺に抱く気持ちは正当だよ。どォ影響していくか、しっかり
 把握しきれなかった俺の責任だ。結果、平穏に戻れたオマエらの日常を、俺自身が悪化させちまった」

「………そこまで思い詰められても、今更よ。もう私らだって引き返せないトコまで来てるんだから」

595: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 20:52:23.38 ID:Q5J8VsfX0


「……今なら俺の首を毟り取って、連中に差し出すって手もあるンだぜ? 俺が知りたいのは、何故オマエがその
 強行策に乗り出そォとしねェのか、だ。この間までに機会なンざ腐るほどあったはずだ」

「言ったでしょ? こっちにはアンタを殺る理由が無いから蹴ったって」

「だが、“今”はどォだ?」

「………っ」


そう、理由など後からいくらでも付け足せるのと同じように次々と生まれてくるものだ。
現在では明確な理由が存在している。

『仲間に傷をつけた』。仇討ちを名目に、彼女が一方通行と敵対しても不思議はない。


「第四位。オマエ、聞いてたより悪人でもねェよな? そンな仲間想いなオマエが、仲間に更なる危険を及ぼし
 かねない俺を引き入れてどォしようってンだ? 途中で後ろ首を掻こうって作戦なら、今すぐにしろ。その方
 が面倒な手順を踏まなくて済むだろ?」

「アンタには言わなくても分かるでしょ? いちいち私情を挟んでたら暗部の世界じゃ生きていけないんだよ」

「オマエは……いや、オマエらはもォ暗部の人間じゃねェ。もしまだそンな境遇で生活してる奴等がいるンなら、
 徹底的に洗浄してやる。闇で生きる人間として許されるのは、“その世界が好き”なのかどォかだ。それ以外
 はこの俺が認めねェ。自分を忘れて闇に身を沈めるのも同様だ。あとでそいつが泣きを見ンのは分かりきって
 るからなァ」

「………なに? さっきから回りくでえ言い方してくれちゃって……。私を怒らせたいの?」

596: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 20:54:52.75 ID:Q5J8VsfX0


流石に麦野の表情が険しくなるが、一方通行に動揺は表れなかった。


「事実確認が不充分って言ってるだけだ。別に喧嘩ふっかけてるワケじゃねェよ」

「だったらもういいじゃないの! 私らと組むか組まないか、ただそれだけの話よ! 嫌なら無理強いはしない
 とも言ったよねえ?」

「嫌なンじゃねェ。ただ背中を預ける以上、そいつの本心を全て吐き出させてやりてェだけだ」

「私の本音……だぁ?」

「あァ。そこの二人と違って、明らかにオマエだけ気が張ってンじゃねェか。表情に出してなくても、そォいう
 のは敏感なンだよ。このまま溜め込ンだまま俺と契約結ンでも、その内オマエ自身が破綻するのは目に見えてる。
 だったら今この場で、俺の目の前で曝してみろよ」


「………………」


麦野の心、その奥底まで見抜いているかのような一方通行の瞳。
俯いた顔を上げ、目を逸らさずに睨み返した麦野は静かな沈黙の仮面を一気に破り捨てた。



「ちっ………。あぁ、そうだよ。テメェの言う事に何ひとつ間違いはねえよ」



一方通行自らの望んだ答えが、それまでの清楚さが嘘のような汚い言葉遣いとなって返ってきた。

597: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 20:58:50.10 ID:Q5J8VsfX0


「確かにもう暗部とは無縁の日常で生きてみたいとも思ったよ。……けど、やっぱ無理だった。結局、
 私も長く浸かりすぎてたんだ……」

「もう血に塗れた光景なんて見なくてもいい……。そんな風に考えてた自分が、今じゃ情けなくすら思えて
 くるわ……!」

「ホントはすぐにでもブチ殺してやりてえさ。……首謀者もテメェも、私からしてみりゃ皆同罪なんだよ!!」


悔しそうに顔を歪め、胸の内を叫ぶ。
そして、苦痛の嗚咽と共に後悔の句を小さく呟いた。


「私がもっとしっかりしてりゃ……滝壺があんな目にあうことも――――」


「――――麦野! ……それは違う。滝壺に怪我させたのは俺が……」


咄嗟に口を割った浜面の顔からは、痛々しくてやりきれない気持ちが強く出ていた。
しかし、麦野の懺悔は止まらなかった。浜面以上の沈痛な面持ちで嘆きを再開する。


「……ねえ、第一位? アンタに分かる? 理不尽に仲間を傷つけられ、自責しきれずに他人を恨むしかない
 この歯痒さ……。浜面だってアンタに怒りをぶつけるのは筋違いだって分かってるんだ。……けど、そうし
 なきゃ自我を保てないんだよ。影の見えない、尻尾も満足に捕らえられないような敵を生み出したアンタを、
 見当違いと理解してても快く思えないコイツの気持ち、私にはよく分かる」

598: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 21:00:26.12 ID:Q5J8VsfX0


「麦野……」

「私はアンタを無罪だなんて思いたくない。……でも、それでも私は、これ以上こいつ等を、……危険な目に
 あわせたくないの。断腸の思いとは違うけど、アンタと組む事でその可能性を減らせるなら……、私は迷わ
 ずにアンタを受け入れてやる」

「……大切なモノを守るためなら、建前や手法は選ばねェ……って事か」

「そうね。前はそんな風に考えた事もなかった……。けど今は違う。何がなんでも今の仲間を大事にしたい。
 ははっ、甘い戯言だって笑いたくなるでしょ?」

「……………」


普段ならそこで一笑でもしているだろう。けれども一方通行は笑わなかった。
そんな彼の心理を射抜いているのか、麦野は立て続けに告白する。





「私は、かつての仲間をこの手で殺した」





「―――!!」

599: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 21:01:57.48 ID:Q5J8VsfX0


一方通行だけでなく、絹旗や浜面も表情を変えた。
誰しもが予想できなかった衝撃の自白には、深く、そして重い彼女の闇が現れているようだ。


「理由は今となっちゃ話す意味もないほど軽いものだった。けれど、いくら悔やんだって奪った命はもう二度と
 帰って来ない。……だから、その子の墓の前で私は誓ったんだよ。“どんなことがあっても今の仲間を大切にする”
 ってね……。罪滅ぼしにもならないのは承知してるさ。それでも、私がそうしたいって決めたんだ。この決意が
 崩壊するぐらいなら、アンタに頭下げるのだって躊躇しないよ」

「そうさ……。後悔したって何も始まらないんだ……。フレンダがたとえ私を許してくれなくても、こんな私に
 ついてきてくれる馬鹿を、もう傷つけたくない………」


遠い目で虚空を見つめる麦野。
一方通行はこの様子を達観しながら、心の中で難解なパズルが完成していくような感覚に浸る。




(そォか……。こいつも、俺と同じ―――――)




脳裏で再生される妹達の残虐シーン。
あの日、実験を上条当麻に阻止され、それから打ち止めという護りたい存在ができてからの道程。

600: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 21:04:35.46 ID:Q5J8VsfX0


自分は何のためにこれまでを過ごしてきた?
 

彼自身が惨殺したクローンたち。調整を受けながらも少しずつ人間として歩み成長していくクローンたち。
そして打ち止め、番外個体。

彼女たちに対し、かつて抱き続けていた想い。
償いきれない過ちを犯した自分と向き合い、強固されゆく意志。それは罪の意識とはまた別次元である。


一方通行と麦野沈利。


異なる過程を経てきた二人の超能力者。
だが、その信念には共通する何かが感じられる。


(テメェが殺した妹達に、俺はどォしたら償えるのか。ずっと追い求めてきた……。けど、そンな方法なンて
 存在しねェ。何をどォしよォと、過去に犯した事実は絶対に消えちゃくれねェンだ。こいつも、今それを必死
 になって追求している。昔に殺した仲間ってヤツへの償いのために、傍にいる仲間を大切にする信念。それが
 俺の気になっていたモヤモヤの正体だったのか……。この女は、憎むべき相手であるはずの俺と協力する事に
 なってでも仲間を守りたいと………。なるほどな)


もう、充分だった。
要らぬ詮索をしてしまったことに、今では心が痛むくらいだ。

601: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 21:07:36.79 ID:Q5J8VsfX0


「麦野、もう……」


見かねた浜面が口を出そうとしたが、その前に一方通行の謝罪が響いた。


「すまなかった……。もォ疑ったりはしねェ。互いの目的が同じなら、いがみ合う理由はねェからな。つい慎重
 になっちまうのは癖みてェなモンだ。悪く思わないでくれ」

「え……?」


意外だったのか、その場にいた一方通行以外の人間は面食らったような顔を見せた。
特に喋り中だった浜面の仰天ぶりが何とも印象的である。


「……そう、なら同盟成立でいいのね?」

「あァ。“新入生とその裏に立つ連中”の思惑通りにはさせたくねェのは同じだ。利害は充分一致してる」



「ふふっ、じゃあ改めて――――よろしく。第一位」



互いに出した手を固く握り合う両者。
学園都市屈指の能力者。その中の一位と四位が晴れて同盟を組んだ瞬間だった。

602: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 21:10:40.84 ID:Q5J8VsfX0


「新しく入手した情報はできるだけ早急に伝えるわ。そん代わり、ひとりで先走るなんてのは今後控えてね。
 アンタが脳を奪われてヤツらが高笑いだなんて結末は願い下げよ」

「心配には及ばねェよ。ノコノコと首を獲られるよォな間抜けに見えるか?」


軽口を叩き合いつつ、組まれた手を離した超能力者二人。


「あ、そォいやもォひとつ訊きたい事があったのを忘れてたぜ」

「ん?」

「何で俺の居所がわかった? 俺が予め第六学区に来るだなンて、まず予想がつけられるとは思えねェな。
 さっき言ってた協力者ってヤツの情報か?」

「あー、それね……。実はさ――――」


「――――“文書”だよ」


麦野の解説を上塗りする声の主は、浜面だった。
ここまでで幾度に渡り麦野の説明を遮断してきた彼だが、今回に至ってはそのまま引っ込まずに麦野とバトン
タッチする。

603: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 21:16:20.16 ID:Q5J8VsfX0


「今朝、俺の部屋に差出人不明の文書が届いたんだ……。中身にはアンタの行き先が記されてた」

「……差出人不明だと? 誰の情報かも知らねェで、オマエは内容を信じて出向いたってのか?」


「それは………」


「ホント、呆れて物も言えねえよ……。私らが部屋に押し掛けた時には既に蛻の空。GPSが無かったらと思うと
 ゾッとするわ」

「なるほど……。そいつがヤツラ(新入生)の仕組ンだ罠だとすると、一応の辻褄は合うな……」


僅かずつだが、一つ一つの謎が明らかになっていく展開に一方通行は頬を緩める。
つまり、敵の作戦は『新生アイテム』のアジトを襲撃した時からすでに始まっていた事になる。
暗示を掛けるように彼女たちの恨み対象を一方通行へと移させ、結果的に拒否された指令を遂行へと導かせよう
としていたのだ。

少年少女たちの意思など気にも留めない、むしろ心理につけ込んだ最悪の手法と言える。


「“新入生”も、ずいぶんと悪知恵が働くみたいね。あいつらの計算じゃ、私たちは今頃殺し合いにでもなって
 るってトコロかしら?」

「さァ……そればかりはさっぱり分かンねェが、第一位と第四位が手を組ンだ事はさすがに想定外のはずだ」

604: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 21:18:23.20 ID:Q5J8VsfX0


「……どうして言い切れる?」


浜面が何気なく尋ねてくる。
気づけば第三者といった傍観的立場から、議論に参加する方へと回っていた。
一方通行はこの事に敢えて触れずに説明する。


「敵が相手側の戦力強化を計算してると思うか? 第四位の見解で多分間違いはねェだろ。少なくとも一泡吹か
 せるチャンスは巡ってきたってワケだ」

「…………」

「それより話を戻すが、どォしてオマエは明らかに怪しいと分かる文書を信じた? 罠かもしれねェとは思わな
 かったのかよ?」

「……思ったさ。当たり前だろ」


力ませた拳を握り締め、浜面は当時の心中を暴露する。


「けど、もしこいつが全く嘘の情報で、単に俺を貶めるための罠だったとしても! 俺は飛び込むしかなかった!
 そうだろ!? 内容が事実でもそうじゃなくても、滝壺を酷い目にあわせた原因のどっちかは確実に来るって
 思ったから……」

「差出側の目星はつけてたンだな?」

「ああ……。じっとしてなんかいられなかった。麦野たちにも教えるべきだって分かってたのに、体が先走って
 収まらなかったんだ……。すまねえな。麦野、絹旗」

605: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 21:19:55.60 ID:Q5J8VsfX0


「おいおい、今更謝んのかよ? ……まぁ、気持ちはわかんなくもないけどさ。コッチの心境ってのも考えなさ
 いよね」

「うん、絹旗も……ごめん」

「別にもう気にしてませんよ。もし私だったら、きっと同じ行動をとっていたかもしれませんしね……。浜面と
 同意だなんて超遺憾ですが」

「こらこら、一言余計だろ」


勝手に身内同士の和解が済んだようだ。
ここら辺は部外である自分が干渉するだけ野暮というもの。しばし彼等のやりとりを黙って眺める事にした。



―――



「あっれー? 何だか優等生の匂いがすると思ったら、通称常盤台のエースさまじゃーありませんか」


上条当麻に会いに行こうか、でも先に事前連絡を送るべきか、それとも今日は遠慮して普通に立ち読みだけして
帰ろうか。御坂美琴が歩道を進みながらも、これらの選択肢をいずれにするかで決めあぐねていた矢先の出来事。

唐突だった。振り返ってみれば、彼女が事件に巻き込まれたり普段の日常からほんの少し足を踏み外してしまう
のは予兆なしの唐突が多い気がする。

606: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 21:21:59.73 ID:Q5J8VsfX0


「げっ……」


もっとも、今回のケースはそれほど大げさな事象ではない。ただ苦手としている人物に遭遇してしまった。ただ
それだけの事だ。


「ごきげんよーう。今から御習い事ですか?」


言葉だけ取ればごく丁寧なのに、ニュアンス的にはどう聴いても嫌味みたいなものが含まれている気がしてやま
なかった。相手の見えない角度で美琴は顰めた顔をさらす。
そしてその後にすぐ戻し、表面を一瞬で繕った。


「冗談。暇だったから適当にぶらついてただけよ」


手を軽く振るジェスチャーを混ぜながら愛想笑いを浮かべる。
しかし、やはりと言うべきか表情には若干無理が表れていた。
まるで嫌いな食べ物を嫌いと思わせないように食しているかのような、そんな様子だ。


「あーら、そうなんですか。……あれからお体の方はどうですの? 詳しい事情は知りませんが、しっかり療養
 なさってくださいな。最近までは顔色も特に優れませんでしたし」

「あぁ、うん。……ありがと。気にしなくて平気だから」

608: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 21:24:59.90 ID:Q5J8VsfX0


「いえいえ、なんと言っても常盤台中学で唯一この私の上に立つ存在ですもの。気にするな、なんて無理無理」


お嬢様語とギャル語を見事に混合させた人物は、突然目の色を変えた。
心の中まで見透かしてしまいそうな真っ黒な瞳。たちまちこれが美琴の動揺を誘った。
この人物が何をしようとしていたのか、無論知っていたからだ。


「ちょっ!? や……やめてよ! 別に嘘なんて吐いてないわよ!?」

「ふふふ、取り乱さなくても大丈夫。人の外面しか見えない生活なんて遠い昔に捨ててますわ。どれほど特殊な
 環境であろうとも、人間というのは順応性に優れた生き物。どんな能力に恵まれようと、習慣が新鮮な心を奪い
 去る様に世界は成り立ってますの。貴女の底なんて、今更知ったぐらいでどうも感じません」

「意味わかんない表現で煙に巻こうとしてんじゃないわよっ!! っつかホントに性質悪い能力よねそれ!」

「お互い様です。そういう貴女も漏電してますよ? 雷の鎧も私からしてみれば充分羨ましい能力ですわ」

「………ああ分かってるわ。アンタの前でいくらポーカーフェイス作ったって無駄な事だってのは。本質を見破る
 とか誤魔化しにくいとかってレベルじゃないぐらいにねぇえ!!」

「ずいぶん嫌われているようで、寂しいですわ。………まぁあまりからかっても得があるわけではありませんし、
 貴女の堪忍袋の緒を切ってしまう前に退散するとしますか」


ヒートアップする美琴とは正反対の涼しい顔で女は背を向ける。
だが、意外にも美琴は呼び止めた。一つ確認し忘れた事があったからだ。

609: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 21:27:13.98 ID:Q5J8VsfX0


「ち、ちょっと! 待ちなさいよ! アンタ……そうやって平然としちゃってるけど、どうせもう私の心は読め
 てるんでしょ? だったら……」

「………ふふっ。貴女も、見えないトコで相当苦労なさっていたのね」

「……っ!」


この言い方から察するに、やはり彼女は全ての事情を“掌握”しているようだ。
これこそが、彼女の扱う能力そのものである。少なくともこの女の前で嘘を突き通せる人間を美琴は知らない。

同じ常盤台中学の生徒でも、最も関わり合いにはなりたくない人物である理由がそこにあった。


「……………」


「緊張の糸を解きなさいな。全身に力が入りすぎているばかりか、心が不安定に揺れ動いてますわよ? 安心なさい。
 私には一切興味の無い事情ですわ。他人事に一々好奇心を抱いていては、この力を所有する器を持てませんから」

「さっきと言ってる事が矛盾してるじゃない……」

「あら、そうでしたっけ? 私、気紛れですからあまり物事を考えずに喋ってしまうんですよ」

「相変わらずそうやって自分だけ本心を曖昧にしやがって……ッ。まさか、ここで私と会ったのも単なる偶然だって
 言うつもりじゃないでしょうねぇ?」

610: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 21:28:18.50 ID:Q5J8VsfX0


「お暇でしたから、お散歩と洒落込んでいただけです。私という人間を中途半端に知っている貴女なら無理もない
 でしょうが、少し考えすぎじゃなくって?」

「………っ」


下手に言葉を模索すればするほど自分が不利に追い込まれていく。この女と接する機会があると大抵こうなるのだ。
だから苦手でもあったし、いけ好かないとも思った。

ただでさえ能力総合レベルの高い学校で突起した立場の自分と対等と表現するに近い人間だというのに、会えば会う
ほど嫌悪感は増すばかりである。


「本当……、アンタとだけは分かり合える気がしないわ。『心理掌握《メンタルアウト》』」

「うふふ。そうやって最初から本音を表に出していれば、世の中の理とも多少はマシに向き合っていけるでしょうね。
 面倒な成り行きから人生を学んでいくのも否定しませんが、せめて少しは器用な生き方を覚えることをお勧めしますわ。
 ねぇ? 『超電磁砲《レールガン》』」

「……どういう意味よ?」

「私たちのように特別な位置づけの怪物でも、まともに恋愛する権限ぐらいはある、という事ですわ。うふふ、精々
 良い御奮闘をお祈りしています」

「ッ……!!」


本当に、どこまでもいけ好かない女だ。
手を振って去り行く背中を見つめながら、心からそう思った。
この憤りも相手には全て見透かされている。それがわかっている分尚更だった。

612: ◆jPpg5.obl6 2011/05/24(火) 21:36:40.07 ID:Q5J8VsfX0




一方通行「いい度胸だ。俺に脅迫もどきの言動浴びせるたァな」


浜面「拒否して俺を殺すのも、テメェが選んだ答えなら好きにすりゃいいさ」





―――――――





結標「――――久しぶりね」

627: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 19:23:44.21 ID:/aftsAzx0


―――


新『アイテム』隠れ家。

話は纏まる方向へと進んでいた。

麦野から聞かされたままを素直に受け止めれば、一方通行にとって都合の悪い事など何一つない。
色々と不可解だった点も解決した現状となっては拒否する理由も思い浮かばなかった。

改めて、彼女達は信用するに値する。最終的に一方通行はそう判断したのだった。


「要望って言うのは変かもしれねェが、コッチからの異論はねェ。ただ協力関係にゃ不慣れだ。オマエの構想通り
 になるとは断言できねェが、それでも構わねェな?」

「ん、上等よ。敵の本命、されど第一位。これ以上の収穫はないわ」


満足そうに微笑む麦野だが、絹旗はやはり最後まで表情を変えなかった。
彼女にも何か事情がありそうだが、そこまで追求する必要はないだろう。少なくとも、今はまだ。

浜面は何か言いたそうにこちらの挙動を窺っているが、一方通行には長居している余裕があまりなかった。
したがって、今日の所はこの辺りでお暇させてもらおうと席を立つ。


「帰るの?」

628: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 19:27:55.53 ID:/aftsAzx0


立ち上がった一方通行に麦野は尋ねる。
一方通行は軽く首を鳴らしながら答えた。


「あァ。ツレと合流してェンだが、場所を教えてくれると助かる」

「それだったら、この番号に連絡すれば大丈夫よ」


そう言われて手渡されたのは携帯番号だけ書かれた一枚の紙。
一方通行は目を通しながら確認した。


「さっき言ってた“協力者”ってヤツの番号か?」

「えぇ、まあね。この付近は見ての通り人気も薄い地区だから安全だとは思うけど、一応外に出たら用心し
 ときな」

「ハッ。いくら最強から引退したっつっても、そこまで間抜けじゃねェさ」


軽い微笑を浮かべて生命維持装置の役割を負っている首筋のチョーカーを指でなぞり、一方通行は麦野たち
に別れを告げた。

一人薄暗い階段を上りながら、これまでの経緯を振り返る。


(“新入生”……。とうとう本格的に動き出してきやがったか。また厄介な事になっちまったなァ)

629: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 19:30:46.21 ID:/aftsAzx0


やはり、避けては通れそうにないだろう。
こちらもいよいよ腹を括らなければならない。あの日、消滅した木原数多の残した“置き土産”との決着を
つけないことには平和な暮らしに戻れないのだ。
今は自分一人の命ではない分、辛い未来が待っているかもしれない。しかし、これも全て己が決めて進んだ
道である。後悔などはないし、自分にとって大切なものを守るためならどこまで堕ちてしまおうと厭わない。

そう、脳内で鮮明に残る番外個体の憎たらしい笑顔。打ち止めの無邪気にはしゃぐ姿。

これらを失ってしまうこと。それは死ぬ以上に耐え難い。そして失わないためには戦うしかない。
決意を新たに一方通行は地上をめざした。


「――――待ってくれ。第一位」


「?」


背後から自分を呼ぶ声。
振り向いた一方通行の視線の先にいたのは、先ほどまで強烈な敵意を剥き出しにしていた浜面仕上だった。

思えば、ついさっきまで彼は一方通行に何かを伝えたそうな雰囲気を発していた気がする。
こうしてわざわざ追いかけてきたということは、やはり何かあるのだろう。


そんな中で浜面が口にしたのは、意外なセリフだった。

630: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 19:38:26.77 ID:/aftsAzx0


「悪かっ……た」


「……!」


謝罪。詫びの言葉。

表情から何となく察してはいたものの、どうにも腑に落ちなかった。浜面の行いは逆恨みだと誰かが言って
しまえばそれまでかもしれないが、一方通行は正当な怒りだと受け入れていた。自分が暗部の体制を変えて
さえいなければ、浜面の大切な存在である滝壺理后は傷つかずに済んだ。これは曲げようのない事実である。


「何でオマエが……。謝っても許されない事をしたのは俺の方だろォがよ」

「いや、違う……。本当は気づいてんだよ。筋違いなのは俺の方だってことも、滝壺を守れなかったのは
 単に俺が不甲斐ないだけだったことも」

「俺の引き寄せた因果にオマエらは巻き込まれただけだ。……被害者には変わりねェよ」

「………それでも、俺がアンタを憎むのは………やっぱり違う」


「おい、オマエらを襲撃したヤツらの具体的な特徴が知りたい。良かったら聞かせてくれねェか?」


「え……?」


強引に話をすり替えた。こうでもしないと間がもちそうになかったのだ。

631: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 19:42:04.60 ID:/aftsAzx0


もっとも、彼等を襲った実行犯を視野に入れておきたいのは本当だから特に問題もない。
“新入生”と一括りにしても、全体像はまだ薄いのだ。実際に判明しているのは黒夜海鳥のみ。しかも自身との
因縁も深い相手である。他の戦力もできるだけ頭に残しておいて損はないだろう。


「直接指揮を取ってたリーダー格みたいなヤツは、麦野が討ち取ったよ。ほとんど暴走に近い状態だったけどな。
 確か、『シルバークロース』って呼ばれてた。……だが、そいつも別の誰かからの指示で動いてるようだった。
 こっちも情報が足りてねぇ。黒幕の正体自体はまだ掴めてねえんだ……」

「黒幕か……」

「何か知ってるのか? ……そう言えば、アンタあの時誰かと一緒だったよな? 確か黒い服着た女の子と……」

「………ありゃ無関係な一般人だ」


ここで黒夜海鳥の正体を伏せたのは、己が片付けなければならない問題だと考えたからである。
実際彼女と因縁があるのは自分だけだし、主犯者が黒夜だったとしてもこれを他に譲るつもりはなかった。

だが、ここまでの内容を整理するからに、浜面を仕向けたのは黒夜本人で間違い無さそうだ。

一体何のために?
彼等を巻き込んで何か得でもあるのか?

これ以上は思考を凝らしても解らなかった。
アイテム勢をぶつけさせて自分を追い込もうという計画かとも思ったが、ならば浜面ではなく麦野を仕向けさせる
のが得策のはずだ。敵の意図は未だ計り知れない。

632: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 19:44:08.62 ID:/aftsAzx0


「とにかく、俺の知ってる情報は第四位にも話した通りだ。女の敵討ちに必要な材料は、生憎持ってねェ……」

「そうか……。わかった」

「……俺が言えた義理じゃねェが、女の傍になるべく居てやれ。これ以上傷モノにしちまわねェよォに、オマエが
 しっかり守ってやりな」

「…………」


それだけ告げて去ろうとする一方通行。
が、浜面は話題をコロッと替える調子でそれを制止した。


「あ! ちょっと待て第一位! ………ついでにもう一つ頼まれて欲しいんだ」

「……何だ?」


足を止める一方通行の側まで近づいた浜面は、携帯電話を取り出して一枚の画像を提示した。



「―――――この写真に見覚えあるか?」



この浜面の言葉が耳に入る前に一方通行の目は驚きの色に染まった。

633: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 19:45:55.37 ID:/aftsAzx0


「―――!! ………こいつは……」

「忘れてねえだろ? アンタが殺したスキルアウトのリーダー、駒場利徳さんだ。……俺達の、リーダーだった
 男だよ」

「………!」


一瞬、浜面の目がまた鋭くなったような気がした。
知らない所で恨みを買っている事に慣れている一方通行は、冷静に話を引き出させる。


「……あァ、覚えてるが? そいつの墓の前で土下座でもしろってか?」

「それも悪くないけどな……。ここで最も注目して欲しいのは、隣の子の方だ」

「――――?」


駒場利徳の腕に寄り添う幼い少女を浜面は指した。
見た限り、打ち止めと同い年ぐらいの金髪少女。この子供がどう関係しているのか、一方通行は眉をひそめて浜面
の言葉を待つ。


「この子を救出するのに協力して欲しい」


躊躇なく要望を述べる浜面。

634: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 19:48:19.86 ID:/aftsAzx0


「……どォいう事だ? 順を追って説明しろ」

「この子の名前は『フレメア=セイヴェルン』。……アイテムの構成員だったヤツの妹で、駒場さんが命を張って
 でも守りたかった人間だ。話すと長くなるから簡単に説明するが、フレメアはスキルアウト時代の仲間が保護して
 くれてた。……けど、一ヶ月くらい前から行方が分からない。仲間から事情を聞いたが、“見た事のない形をした
 駆動鎧”に攫われちまったらしい」

「“見た事のない駆動鎧”、だと……?」

「あぁ、多分最新型だろうな。……仲間はフレメアを守ろうと抵抗してくれたが……入院した。俺も連絡を受けて
 急いで現場へ走ったんだが、間に合わなかった……。それ以来、足取りが全く掴めないでいる」

「…………」

(昨日のヤツらと断定するには早ェが、関連性は高い。って事は、ここでもやっぱり“新入生”が絡ンでるのか?
 しかしそォなると目的がわからねェ……。俺とは全く無関係のガキを攫って何の収益がある?)


壁に背をもたれつつ優秀な頭を働かせてみるも、なにぶん情報が不足している。これでは何の線も見えてこない。
そんな一方通行の心情を窺いつつも、浜面は話を続ける。


「こいつを見てくれ……。今朝、部屋の窓に括りついてあった文書だ」


ズボンのポケットから乱雑に取り出された黒夜が差し出したらしき文書。これを受け取った一方通行は無言で拝見
する。その中のある一文が目に止まった。

『フレメア=セイヴェルンの命がどうなっても構わないのなら、この情報は無視しても良い』と。

635: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 19:51:18.07 ID:/aftsAzx0


この文章から解った事が一つだけあった。


「……オマエが動いた最大の原因はこいつか」

「あぁ……、麦野たちには話してない」

「何故話さねェ? あいつらじゃ力にならないってことか?」

「アンタが俺ならそうしたか? ……あいつらは関係ねぇ。俺の私情みたいなモンに左右させられるかよ」

「…………」


自分が彼の立場なら。その視点で考えると妙に納得できてしまうのが憎い。
やはりこの男もあのツンツン頭の少年同様、自分とどこか共通している面がある。育ち、環境は違えど人間として
の一種の芯のようなものが酷似しているのだろうか。


「……事情は大体わかった。で、あの二人には言えねェ相談を俺に持ちかけた理由は何だ?」

「俺と不良仲間(スキルアウト)だけじゃフレメアを救い出せる保障がない。けど第一位のアンタが協力してくれ
 れば……あるいは」

「このガキがまだ生きているとも限らねェンじゃねェか?」

「確かにそれはわからねえが、だからって殺されてるとも限らねえだろ?」

「つまり、ほとンど賭けみたいなモンか……。生死を計る手掛かりがこの紙切れ一枚、しかも確証は無しとはな……。
 雲まで人間が飛べるかどォかってレベルだ」

636: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 19:53:22.58 ID:/aftsAzx0


「そうだな。だがどの道、アンタには協力してもらう義務がある。フレメアは駒場のリーダーにとって大切な人だ
 ったんだ。そのリーダーの役目を断ち切ってしまったアンタが目を背けるのを、俺は許さねぇ。駒場のリーダーが
 何のために『闇』と戦ったのか知っているはずのテメェがこの問題に見て見ぬフリしようだなんて、そんなの俺は
 絶対に認めねぇ!」


「…………」


「アンタには、フレメアのために戦う理由があるんだよ」


仮にも最高位の存在であるはずの自分に、臆することなく言い切れるこの覚悟。
おそらく、彼も知らない内に一方通行に勝るとも劣らないほどの修羅場を経験してきたのだろう。
この場で即ミンチにされるかもしれない危険性などに浜面は怯まなかった。

エリザリーナ独立国で出会った時とは一皮も二皮も剥けた浜面の物腰に、一方通行は素直に感心した。


「いい度胸だ。俺に脅迫もどきの言動浴びせるたァな」


「拒否して俺を殺すのも、テメェが選んだ答えなら好きにすりゃいいさ」


「………頭に留めておく」


最後にそう残し、今度こそ一方通行は階段を昇りきってしまった。
浜面も、もう呼び止めようとは思わなかった。一方通行がどんな決断に至るか、無意識ながら心のどこかで感じ取って
いたのかもしれない。

637: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 19:54:30.11 ID:/aftsAzx0


一方通行の姿を消した階段の出口を踊り場でしばらく眺めていた浜面だが、やがてクルリと身を翻して地下へと戻って
行った。



―――



第七学区の中央部でタクシーから降車した一方通行は、携帯電話を片手に指定通りの道順を辿った。
時間はすでに完全下校時刻を越えており、通学路として活用されているアスファルトの歩道も静けさに包まれていた。
たむろしているスキルアウトらしき集団には目もくれず、目的地に到着した一方通行は電話の女性声が案内した一件
のアパート前で待機する。

そして、一分後。






「――――久しぶりね」

638: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 19:57:02.25 ID:/aftsAzx0


声と共に姿を現した少女に、一方通行は露骨なまでの呆れ顔と冷めた視線をプレゼントした。


「どっかで聞いた声だとは思ってたが、やっぱりオマエだったか……。結標」

「ふふふ、そういう貴方は相変わらずそうね。幸せ太りぐらいはしてるかと思ったけど」

「……からかってンのか?」


サシで会えば大体こんな風に険悪気味な空気になる。とは言っても主に一方通行がぶっきらぼうなだけと言ってしま
えばそれまでだが。


「いやね。そんな殺気を込めた目で見ないでくれるかしら? こっちは貴方の核を守ってあげてたっていうのに……」

「誰が頼ンだ?」


結標の方は一方通行の性格を把握していた。まさに予想通りの反応だったのか、それとも接し方を心得ているのか、
特に平静を乱すこともないまま妖しく微笑む。
それが癪に障るのも勿論だが、冷たい目で睨む理由は他にもあった。


「どォいうつもりか、一応は聞いてやる。はぐらかさずに答えろ。第四位の一派と何処で繋がりを持った?」

639: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 20:00:37.76 ID:/aftsAzx0


逃れる選択を許さない迫り口調にも怯まずに応じる。


「企業秘密よ。貴方に説明する必要がどこにあるのかしら?」


「………わかった。なら質問を変える」


やや間をおいてからの発言後、結標の懐へ潜り込むように接近した一方通行は彼女の羽織っていた学生服の襟首を
乱暴に掴み、強く引き寄せた。


「……っ!」

「ナニ企ンでやがる? 返答次第じゃ、今すぐこの場でその顎をブチ砕くぞ?」

「……何って、別に貴方が想像してるような裏事情なんか……!」

「仮にもしそォだとしても、困るンだよ。暗部でもないオマエが余計な首突っ込ンでくるのはなァ!」


一方通行の紅い瞳がギラリと光り、獰猛な獣が放つ気迫をまとっているようだった。
彼にとって、この結標淡希という少女は何の関係もない一般人なのだ。一般人には一般人らしい振る舞いと立ち位置
が存在している以上、その境を踏み越えて来る事を一方通行は容認できなかった。
最悪、力ずくでも彼女を元の居場所へ送り戻してやる。

640: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 20:04:22.85 ID:/aftsAzx0


ところが、掴まれた当初こそ表情を歪めたものの、やがてすぐに普段の冷静な口調で結標は言葉を返してきた。


「ご挨拶ね、コッチは曲りなりにも貴方に恩を感じてるのよ? 勿論、“勝手な真似しやがって”とも思ってるけどね」

「黙れ。オマエがどォ感じてよォが、俺の知ったこっちゃねェンだよ。命が惜しけりゃ、二度と暗部には関わってくる
 ンじゃねェ。次はこンな生易しい警告じゃあ済まさねェぞ?」

「そんなに一人でカッコつけたいんなら、学園都市の外でやんなさいよ。私もこの街に腰を置いてる以上、他人事で流
 せる事態じゃないでしょう? 『原子崩し《メルトダウナー》』から大体のいきさつは聞いたはずよ」


「そこにオマエが絡ンでいいかどォかはまるっきり別の話だろォが!!」


「強がってられる身分かどうかも分からないの!? ふざけないで!! あんたのエゴに黙って従ってやるほど腐って
 ないのよ!!」



「………っ!!」



最後の応酬には互いの感情が交差するように飛び、しばしの沈黙と詰まるような息が残る。

やがて仕切りなおしのように落ち着きを取り戻した両人。
まずは一方通行が静かに囁いた。

641: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 20:05:52.52 ID:/aftsAzx0


「………まさか、海原や土御門のヤツまで関わってンじゃねェだろォな?」

「さあ? あいつらの動向なんて、それこそ知った事じゃないわ。これはあくまで私個人の干渉よ。貴方のおかげで
 自由になったから、それに従って自由に動かせてもらっただけ……。余計な真似だなんて言われる筋合いはないわね」

「なら話は簡単だ。オマエはこれ以上一切関わってくるな。こいつは俺自身の問題だ」

「お断りよ。なんで貴方の言う事を、私が聞かなきゃならないワケ?」

「……ッ!」


この即答に、再度こめかみの辺りをピクつかせなければならない。


「鼻血の一滴でも垂らしてみなきゃ分からねェか?」


襟首を掴んだままの右手に力が込められるが、結標の答えが変わる気配はなかった。
それどころか、ふふんと鼻で笑い始める。


「どうぞ。暴挙に出るのなら、好きにしたら? ただし、あとで後悔するのは間違いなくそっちよ?」

「あァン? ……おい、そりゃどォいう意味だ?」

「言った通りよ。あとで好きなだけ実感すればいいわ」

642: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 20:07:18.70 ID:/aftsAzx0


ハッタリかと思ったが、どうも違う気がした。というか妙な寒気が全身に走った。
とりあえず、自分にとってかなり都合の悪い末路が用意されているのは何となくだが読み取れた。
しかし、ここで退くわけにはいかない。こちらにも譲れない信念がある。少なくともこの問題に彼女を関わらせるわけには
いかなかった。


「………どォしても、退く意思はないってか?」

「残念ながら……ね。もう手遅れよ。貴方に死なれでもしたら、後味が悪いなんてモンじゃないから」

「そォか………」


やはり、話し合いでは解決しそうにない。
ならば、と一方通行は首筋のスイッチに空いていた手を伸ばす。


「手荒な手段はできるだけ避けたかったンだが……そォいうことなら仕方ねェよなァァ」


最終手段。

『記憶神経操作』という禁断の方法を選ぶしかなさそうだ。

これを行うことで、結標の脳に何がしらの後遺症は残ってしまうやもしれない。
言葉にした通り、できるなら避けたかったが、強情な彼女の意思を無理矢理変えるにはもうこれしかなかった。
すべては、この闇から救われた少女の明るい未来のため。
どこまで弄れるか、どこまで忘去させられるかは直接触れてみなければ分からない。いや、そもそも上手く消去できる
のかどうかすら分からない。何しろ前例がないからだ。

643: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 20:09:46.58 ID:/aftsAzx0


しかし、それでもこうするのが一番だと一方通行は己に言い聞かせた。

以前、記憶に障害を負った番外個体にもこの荒業を試そうとはしなかった一方通行だが、今回は流石に状況が違う。
ここでのためらいが最悪の結果を生むかもしれないとわかっている今、彼に迷いの余地はなかった。

これが、万が一など許さない彼のやり方。
どれほど低い可能性でも徹底して未然に防ぎたいという彼の想い。
闇の犠牲者を少しでも減らせるなら、躊躇する必要などない。

そう信じて疑わなかった一方通行の魔手が、スッと結標の側頭部に添えられようとしていた―――――。



――――だが、その寸前。天使は一方通行に微笑みをくれなかった。






「なーにやってんのかにゃーん? お二人さん」

644: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 20:10:55.76 ID:/aftsAzx0


「!!!??」



たった今、この世で唯一彼の築き上げてきた理念を崩壊させることのできる人物が降臨した。
その人物はボロアパートの二階から野次馬のようにこちらを凝視しながら、


「やっほう。もしかして、ミサカはお邪魔だったかな?」


薄っすらと、青筋を立てていた。
見下ろしている身体がバチバチと発光しているように見えるのは、きっと気のせいではないだろう。


「あーあ……」


凍りついた一方通行の耳を通過する結標の呆れたような声。


「だから言ったじゃない。“あとで後悔する”ってさ……。知ーらないっと」


スルリ、とあっさり掴まれた手を解いて抜け出した結標だが、一方通行はマネキンのように固まっていて
全くの無反応だった。


「ねーえ、アクセラレータあ?」

645: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 20:13:47.82 ID:/aftsAzx0


鬼嫁が放つオーラに近いものを纏った番外個体が不気味な声色で尋ねてきた。
恐い。素直にそう直感した。
彼女の呼び声が、まるで呪念のように脳を浸透した。


「今、何しようとしてたの? ミサカにもわかるように説明してくれるかなあ?」

「あ……いや、こいつは……」


先ほどとは別人としか思えないほどの素っ頓狂な声が口から漏れていた。
そして、そんな彼に更なる追い討ちが掛かる。




「激写ーーーー!! ってミサカはミサカはパパラッチの気分で飛び出つつ浮気現場をカメラに収めてみたり!」



「ンなァァァ!?」



番外個体の背後のドアが開いたと同時に颯爽と登場した打ち止め。
ついでに響くパシャパシャと耳障りなシャッター音。

646: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 20:16:26.91 ID:/aftsAzx0


いつの間に購入したのか、彼女は一眼レフを首からぶら下げて手に携えていた。その姿はまさしく子供カメラマンだ。
ただし、完璧なまでの似非ぶりだが。


「こいつは明日の全面確定だね! ってミサカはミサカは仕入れに成功した特ダネに満足してみたり」

「………さっぱり意味がわからねェが……、おいクソガキ。何も言わずに大人しくその趣味の悪いカメラをこっちに
 よこしやがれ」

「だが断る! ってミサカはミサカは即答してみる」

「あァ!? ナメたクチ利いてンじゃねェぞこのクソガ――――」


「なーに子供に凄みきかせて誤魔化そうとしてんの?」


ギロリ。
より一層と番外個体の迫力が増した。
こんな所で金縛りを体験するとは、夢にも思ってなかった一方通行。


「お、おい待て。オマエが何を想像してるか知らねェが、疚しいことは何もねェぞ?」

「ふーん、けどさ。その感じだとやっぱりその子とはただならぬ関係だったみたいね」

「はァ? ……どンな関係だっつーの。別にこいつとは――――」

647: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 20:17:29.72 ID:/aftsAzx0




「“身体でぶつかりあった関係”、でしょ? 全部聞いたよ。あなたがこの子を慰み者にした過去も、全部……ね」




648: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 20:21:06.62 ID:/aftsAzx0


「………………………なに?」


生返事。
世界がどう動いているのか、一瞬忘れかけた一方通行。


「ちょーっと待て。流れに全然ついていけねェ。まず何なンだよその慰み者っつーのは? っつか結標……!?」


目を戻した先には、誰もいなかった。


「…………あの野郎っ!!」


逃げやがった。
とんでもない置き土産を残し、さっさと退散してくれた結標の調理法を検討する一方通行だが、そんな彼に非情な
現実が襲い来る。


「ちょいとー? ミサカを無視してくれてんじゃないよコラ」

「――――い!?」


いつの間にやら、眼前まで番外個体が接近していた事に心臓が止まりかけた。

649: ◆jPpg5.obl6 2011/06/05(日) 20:24:35.34 ID:/aftsAzx0


どす黒いオーラと紫電を纏う番外個体から逃げる術はこの時点で絶たれた。


「………見損なったよ。あなたがまさかスケコマシさんだったとは……さすがに気づかなかったわ。クールな
 表面に、完全に騙されたよ」


「落ち着け! っつか話を聞け! あの女に何を吹き込まれたか知ンねェが全部ごか――――!?」





「―――――――うるさい死ねェェええええ!!! あなたを殺した後でミサカも死んでやるゥゥうううううううう!!!!!」





ものの喩えとかそういうのではなく、実際に雷が落ちた。
動揺した精神状態で演算が働くわけもない一方通行が辿った先は、言わずもがな。

激しい修羅場に怯えて出るに出られない月詠小萌の隣りで、打ち止めはとりあえず合掌した。



664: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 20:40:51.93 ID:YC+vQ2a70


―――



第七学区で大規模な停電が起きたほぼ同時期、とある場所のビル裏では密会が行われていた。

一人は暗黒の背景がこの上なく似合う少女、黒夜海鳥。
彼女は二メートル近くあるブロック塀の上に腰掛け、薄暗い風景に溶け込んでいた。

そして、彼女の視線の先には――――。



「………また貴女ですか。まあ心の声が聴こえた時点で分かってはいましたが」



常盤台中学の制服に身を包んだ外見以上に大人びている女学生だった。

彼女の能力名は、『心理掌握《メンタルアウト》』。

学園都市に七人しか存在しない超能力者のうちの第五位に君臨する怪物を相手に、黒夜は獲物を見据えるような
獣の目で相対していた。


「夜の散歩が日課なアンタにも非はあるんじゃないか? 碌でもない組織から勧誘されるくらいなら、ウチら(新入生)
 の傘下に加入した方が遥かに得だと思うけど」

665: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 20:44:08.16 ID:YC+vQ2a70


「そういった輩のあしらい方なら手馴れてますの。残念でしたわね」


心理掌握の薄い笑顔もどこか妖しさが漂っている。
少なくとも黒夜の余裕に満ちた笑みが崩される程度には。


「チッ……、超能力者ってのはどいつもとっつきにくいヤツばかりだな。こっちもわざわざ時間作ってやってる
 ってのによ」

「お暇ではないのでしたら、もう私に関わるのはお止しになったら? はっきり申し上げますが、時間の無駄かと」

「時間を無駄にしても惜しくないほどの力を持っているヤツが言ってくれるじゃねえのよ」

「……どうしても諦めるつもりはありませんの? でしたらこちらもそろそろ本腰を入れなくてはなりません。
 存じているとは思いますが、貴女をこの場で自害させる事ぐらい朝飯前ですのよ? こうして私と対峙し続ける
 事に恐怖は感じませんの?」


脅しとも本気ともとれる心理掌握の言い回し。口論で片づかないのなら武力行使に出るしかないのは黒夜としても
望ましい展開だが、流石に相手が悪い。ここは両手を上に掲げて交戦する意思がないことを示す。


「まあ落ち着けって。そこまでして引き入れる気はないよ。私はあくまでおいしい話を持って来てるだけさ」

「ならばせめて、私の興味をそそる材料を用意してみせなさい。無いのなら、大人しく諦めて第三位でも勧誘すれ
 ば良いでしょう」

666: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 20:47:04.70 ID:YC+vQ2a70


「第三位は駄目だ。能力自体の汎用性は優れちゃいるが、暗部に最も適さない人格者ときてやがる……話を持ちか
 けでもしたら、協力どころか真っ先に敵対するだろうよ。それに今回必要としているのはどっちかっつったらアンタ
 の能力(チカラ)の方だ」

「あらあら、ずいぶんと買われているようで……。悪い気はしませんわね」

「アンタが“新入生”に加われば達成にグンと近づくんだ。暗部にいたワケでもないのにそれほど大きな闇を感じさ
 せるアンタなら、きっと楽しめるはずさ。……どうだい? 今なら特典は私の直属だぜ? シルバークロース以上の
 働きをしてくれそうなアンタが来れば、私的にはすごく助かるんだがねぇ……」

「………答えは先日申し上げた通りですわ。第一位の首に興味などはありませんし、何より貴女のようなガキの下に
 つけと? ふふっ、冗談も休み休み仰いなさい。私にもプライドがありますのよ」


ふん、と鼻で笑い飛ばす心理掌握。
これにカチンと来ない黒夜ではなかった。


「……私を見下してんのか? 今の言葉は聞き捨てならないねぇ」

「おや、気に障りましたか?」

「あぁ、不愉快極まりないよ。これだからお嬢様は好かないんだ」

「私は貴女みたいなタイプ、嫌いではありませんがね。心から陰湿を好む性質の貴女にとっては暗部社会がオアシス
 みたいなものかしら?」

667: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 20:48:07.14 ID:YC+vQ2a70


「…………」

「ですが貴女には貴女の居場所、私には私の居場所がございます。第一、上層部に漏れでもしたら叩き潰されるのは
 どう考えても貴女方ですわよ? リスクの大きい派閥に加わるほど私も馬鹿ではありません。この街で私の置かれて
 いる立場ぐらいは当然把握していますよね?」

「まぁね……、そんなのは承知の上さ。危ない橋のひとつでも渡らなきゃ、第一位の首は取れない」

「ですが、“接点”はすでに持たせた……。上層部が危険因子を駆害したがるための……。これで貴女がたも堂々と
 活動を行えるのでしょう? 折角樹を熟させたというのに、私を招き入れる違反行為に及んで大丈夫なのかしら?」

「説明の手間も掛からないのが一層魅力だわ。……まぁその点は問題ないだろう。第一位が事の真為に感づいてると
 は考えられない。浜面仕上と接触させることが狙いだったコッチとしては好都合さ。同盟でも結んでてくれれば言う
 こと無しだね」

「因子同士が合間見えたとなっては、上層部もゴーサインを出さざるを得ない……」


統括理事長のプランを大きく狂わせた浜面仕上と一方通行。
この二人に接点が生まれる事を理事会は危惧している。黒夜からしてみればこれを利用しない手はなかった。
ただでさえ“新入生”は正当派閥(統括理事会幹部中心)にとって非合法な組織だ。いつまでも水面下で活動していては
目標の達成にはいっこうに近づけないだろう。だったらどうすればいいか?

簡単である。
非合法な組織でも利用せざるを得ない状況を作り出してやればいい。

前述の通り、一方通行と浜面仕上が接触してしまった段階で上層部は冷静な判断能力を失っている。
『“誰でもいい”からヤツらを引き剥がせ。最悪の場合は殺害に至ってもやむを得ない』と言ったところか。

668: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 20:52:23.81 ID:YC+vQ2a70


あとは、上層部の目論みを自分たち“新入生”が引き受ければ摘発される心配が無くなる。

ここまでは順調にきているのだ。失敗の要因を作らないためには心理掌握の協力が是非とも欲しい。


「第一位に危害を加えてもお咎めが来ない状況が作れたのなら、私の出番など無いんじゃないかしら?」

「咎めはなくても、支援(バックアップ)してくれるワケじゃない。第一位を相手にするには戦力が足りないんだよ」

「……私が加わったところで、戦況が変化するとでも? 第一位との序列差は確かに片手の指分ほどですが、私と彼との
 力の差は、はっきり言って天と地ほどありますわ。第一位側の勢力が如何ほどかは知りませんが、仮に直接戦闘になった
 としたら……、私ではとても役になど立てないでしょうね」

「いや、今の第一位には重要な欠陥がある。そこに付け込んでやればいくらでも活路が見出せてくるさ」

「……例の“脳障害”ですか?」


心理掌握が食いついてきた。
黒夜は街灯に照らされた顔をニヤッと綻ばせて告げた。


「いや、もっと致命的なヤツさ」


意味深な面の内部思考を読み取る心理掌握。
こういうタイプは大抵この手で答えをもぎ取る。その方が不快感も少ない上に手っ取り早いからだ。

669: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 20:54:13.67 ID:YC+vQ2a70


「………なるほど、所謂“色恋沙汰”というものですか」


掌握してから納得した。しかし仮にも学園都市最強の化け物である彼が……。
心理掌握は正直に意外そうな顔を見せる。同時に僅かずつながら興味心も確実に燻られているようだ。


「にわかには信じ難いですが、それでは自分の能力を否定することになりますわね……」

「アンタに嘘はつけないから正直に話してやるが、女の方もこれまた特殊な存在なんだ。つまりは計画の邪魔で
 しかねえんだよ。っつか、ヤツの延命装置的役割を担っている“妹達”自体がすでに厄介な敵みてえなモンかもな」

「何せ一万近い個体相手では、第一位の演算補助を断ち切らせるのも至難でしょうね」

「ヤツはただでさえ“妹達”に特別な想いを馳せている。ならその中でヤツと最も近縁な個体をうちらの手に収めて
 やれば、どうなると思う?」

「………最悪、“精神の崩壊”も避けられない事態と想定しておくべきでしょう。でも、貴女がたにとってプラスに
 働くとは限りませんわよ? 下手な言い方をすれば、『核爆弾のスイッチを押す行為』に比例するやもしれません……」


起きて欲しくない未来を想像しながら軽く身震いする。


「そうなったらそうなったで面白いかもな……。だが、それだけじゃねぇ。一万近い個体を束ねている“司令塔”が
 第一位の核として存在している。最悪、こいつの息の根さえ止めてしまえば第一位の首は取れたも同然よ。脳の回収
 も問題なく行える」

「……相応に危険を伴うでしょうけど、ね」

670: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 20:55:31.75 ID:YC+vQ2a70


「なあに、暗部の世界はいつだって危険と隣り合わせさ。『新入生』だって例外じゃないよ」


ふわりとブロック塀から飛び降りた黒夜は、路地の奥へと歩き出す。


「………傘下に入るのは、もう少し考えさせていただきますわ」


「ん、上等。前回と違う答えが聞けてよかった。けど、あまりのんびりもしてられねぇ。できるだけ早めに頼むよ。
 いい返事を期待してるからな」


そう言い捨て、闇夜へと姿を消していった彼女に心理掌握はボソリと呟く。


「大戦も終わって日も浅いというのに、今度は国………いえ、街中での内乱ですか……。ふふ、たまには近くで成り行きを
 見物するのも、悪くないのかもしれませんね」


参戦か傍観か、それともこれまで通り無関心でいるか。
少女は珍しく迷っていた。


671: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 20:56:33.93 ID:YC+vQ2a70


―――



場面変わってここは一方通行と番外個体が居を構えるアパート。
自室の中は軽いとも重いとも言えない、何とも微妙な空気だった。


「おい」


「…………なにさ?」


頬の膨れた面がこちらを向く。
部屋の隅で三角座りしながら不貞腐れていた番外個体に、一方通行は勇気を出して声を掛けたのだ。


「……いつまでそォしてンだよ? 散々説明しただろォが。オマエの想像は全部的外れだってわかったろ? いい加減
 に機嫌直せよ」

「“ぜんぶ”? 殴ったのは本当なんでしょ? 女の子の鼻面に向けて思いっきりグーかますようなヤツ相手に、どう
 やって愛想振りまけばいいのかな?」

「はァ………、またそれか」


頭を面倒臭そうに掻きながらゲンナリする。もはや弁解するのにも疲れた模様だ。

672: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 20:57:44.41 ID:YC+vQ2a70


一時的に仮避難所と化したボロアパートでの騒動(帯電状態番外個体の激昂)以降、ずっと彼女はこの有様である。
打ち止めを黄泉川宅まで送り届け、帰路に着くまでの雰囲気は微妙な居心地の悪さを引き出していた。


「あン時はあン時で色々あったンだ。もォ蒸し返すンじゃねェ。っつかよォ、なンでオマエがそこまで気分悪くする必要
 がある? ……俺のクチからはあまり言いたくねェが、妹達には………もっと残酷な事もやってたンだぜ?」

「残酷レベルの話なんかしてないよ! もっとこう、モラル的な問題でしょ」

「………その辺がよく分かンねェンだよなァ。……っつか、もォいいだろ? 触れられたくねェ過去ぐれェ、誰しも必ず
 持ってるモンだ。あとは察しろ」

「あなたには触れられたくない過去しかないんじゃない?」

「………返す言葉が見つからねェよ」


必死になって機嫌取りに努めていた自分が馬鹿らしくなってきたのか、ソファーに寝転がってソッポを向いてしまう。
そんな一方通行を他所にキラキラした目で手に持ったものを眺める番外個体。


「いよいよ明日からミサカも正式な学園都市住民かぁー……ふひひ」

「不気味な笑い方しやがって。っつーか胸躍らせてるトコ悪いンだがよ、やっぱやめといた方がいいンじゃねェか?」

「なーに今更なこと言ってんのさ。冗談っ! 最近はこれだけがミサカの活力の源だったんだよ? それを奪い取ろう
 って言うの? あなた鬼の化身か何か?」

「そンなつもりはねェ。………ただ、危険性を少しでも下げてやりてェだけだ。今、どォいう境遇なのかは理解できて
 ンだろ? いつ、どこで襲撃が始まるかも分からねェ……。そンな矢先にオマエと離れる時間を増やすのは……」

「ご心配どうも、って言いたいトコだけどね。もう後戻りはできないよ? 手続きだって済んでるんだしさ」

「……やっぱ、無理か」

673: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 20:58:25.52 ID:YC+vQ2a70




「とーぜん♪ 明日は記念すべきミサカの女子高生デビューだよん☆ 今になって延期とかシラけるどころじゃ済まさ
 れないっつーの!」





674: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 20:59:21.41 ID:YC+vQ2a70


「………に、してもタイミング悪すぎンだろォが」



明日が来る。それだけで気分はウキウキ状態の番外個体。
冥土帰しによる計らいで学園都市の住民証明機能を果たすIDを特別に入手したのはこのためだった。

『せっかく他のミサカ同様に肉体年齢設定があるんだし、年相応の生活がしてみたい』。全てはこういったメタな発言
から始まった。ある日唐突に切り出された我が儘。しかし実際は結構前から抱いていた願望だったらしい。

もちろん、一方通行は反対した。最初だけは。

だが、一度口から出してしまった胸の募りはもう抑えられなかったようだ。
番外個体の畳み掛け(拝み倒しとも言う)は生半可なものではなかった。
最終的に、「どうしても駄目だって言うんならもう一生クチ利いてやんないから!!」の一言が決め手となってしまった。
普段ならこんな茶番染みた我が儘を聞き入れるどころか、付き合おうとすらしなかったはずの自分を一方通行は光を失った
目で振り返ったらしい。
“人とは絶えず、大なれ小なれ変化する”。この格言が頭の中でエンドレスリピートしていた。
けれども嬉しそうな番外個体を眺めている内に、「まァ、悪くないか」とも思ってしまった。これもまた事実。

打ち止めにも当てはまる事だが、この時に一方通行は気づいた。

『ああ、そうだ。なんだかんだ言って彼女(達)の喜ぶ顔が何よりも見たい。その気持ちが強くなってしまったから自分は
 こんなにも甘くなってしまったのだ』と……。

嬉しくもあり、悲しくもあった。

675: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 21:01:31.75 ID:YC+vQ2a70


そんな番外個体の門出を控えていた矢先での一大事。一方通行はどうすべきか悩んでいた。

打ち止めは“妹達”との意識共有ができる限り、ひとまずは安全と言えるだろう。
しかし、クローン個体でありながら全てのツールが孤立している番外個体には自分がついていた方がまだ安心できる。
狙われているのが自分だと判明した時、番外個体と早急に一時的な別居体制を取るべきだった。
今更こんな風に思っても手遅れだが……。
すでに番外個体も“標的対象”に追加されているのは明らかだ。目を離すのは非常に危険な現状である。
『新入生』の刺客が番外個体に奇襲を仕掛けてきたら……。そう思うと暢気に学校など行かせる気にはなれない。

しかし、一方通行の親身な忠告にも番外個体は耳を貸さなかった。


「大丈夫だよん☆ そりゃあんまり有名な高校だとさすがにマズイかもだけど、黄泉川の学校って所謂“底辺校”でしょ?
 ならミサカ一人転入したって問題ないって♪」

「そのことを心配してンじゃねェ! ……たしかに容姿が『超電磁砲』と瓜二つなのは一つの問題でもあったが、そこン
 ところは黄泉川を信じるしかねェだろォが。それより、俺はオマエが狙われる可能性の方を危惧してンだ。ヤツらがどこ
 まで掴ンでンのかは不明だが、もしオマエが出歩いてるトコを目撃でもされたら……」

「ああ、そっち? だったら尚のこと平気だよ。ミサカを甘く見ないでよね」


強気な態度を装う番外個体だが、一方通行にとってはそれこそが一番の不安でもあった。


「根拠がねェ自信ほど信用できねェモンはねェな。っつか、そこまで学生に憧れてたのか? ……そォいや、コンビニ前
 で溜まってた学生の集団をやけに凝視してたよなァ?」

676: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 21:02:59.80 ID:YC+vQ2a70


「まあね。ああいう輪の中に自分もいたら楽しいだろうなーってさ……。ずっと思ってた」

「ふゥン……、俺には共感できねェな」

「成長に相応の知識は学習装置から受けてるけど、やっぱり友達とかと学校帰りに買い食いとかしたいじゃん。ミサカ、
 『悪友』っての? ぜひ作ってみたいな♪」

「そォかいそォかい。まァ、意志も固ェらしいからこれ以上オマエの学校生活に口出しする気は起きねェが、ヤンチャ
 するンなら程々にしとけよ? 派手に目立つ行動だけは絶対に取るンじゃねェぞ。わかったな?」

「ふふん、このミサカを少しは信用したまえよ。っつーか親じゃないんだから、そんなにクチ酸っぱくされても違和感
 しか生まれてこないよ?」

「真面目に忠告してやってンだ。茶化さずに聞くことをちっとは覚えろ」

「取り越し苦労だよ。目立つような制服でもないし、普通に楽しく過ごせるんならそれだけで充分♪」

「………ならいいンだが、な」


(何もなく過ぎるンならそれに越した事はねェが……、どォーも嫌な予感がするぜ……)


この不吉な予感が思わぬ形で的中してしまう事を一方通行はまだ知らなかった。

677: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 21:05:18.52 ID:YC+vQ2a70


◆ ◆ ◆



一方通行と新生『アイテム』が同盟を結んだ翌日。
この日も普段と何も変わらない、至っていつも通りの日常風景が溢れていた。
学生は群れをなして学校へと出向く。特に休日明けともあって多少の慌しさと気だるさが流れているくらいのものだ。
それ以外は本当にいつも通りの朝だった。

第七学区に位置する、ごく一般的な高校。

これと言った特徴もなく、通っている生徒の能力レベルも比較的低い。というか無能力者が大半を占めているような学校である。
ただ、教師や生徒は個性的な人間がわりかし集まってはいたりする。

例えば、どこからどう観察しても十代前半にしか見えない女教師や、警備員に属する「~じゃん」が口癖の体育教師など。


生徒に至ってはもっとひどかったりする。

そう、朝のHR前に自席で大あくびをかますツンツン頭のぱっと見だけはごく普通の男子学生、上条当麻とか。
そして、そんな上条に「また寝不足かにゃー? カミやん」と気さくに話しかけてくる金髪サングラス少年、土御門元春とか。
朝から異性属性がどうとか意味不明な持論を振り翳してくる青い髪の長身、青髪ピアス(本名不詳)とか。

他にも挙げるとキリがないので、この辺にしておく。

678: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 21:06:20.85 ID:YC+vQ2a70


とりあえず、今は上条たちの会話に視点を置いてみよう。


「いや、寝不足っつーか……。ほれ、昨日また停電しただろ? そのせいで暖房つけられなくてさ。寒くてあんま寝られなかっ
 たんだよ。お前んトコは平気だったのか?」


何気なく訊き返す上条に、土御門は得意げな顔で答える。


「俺っちはもう寝てたからにゃー。朝に舞夏から言われて初めて知ったぜよ」

「ラッキーなヤツめ。……ってか寝るの早くない!? たしか停電したのって夜の七時ぐらいだぞ!?」

「やだなあカミやん。休日は生活習慣が狂って当然なんだぜい。もっとも家にはストーブやら湯たんぽやらあるし、防寒対策は
 万全だったがな。カミやん家にもストーブはあっただろ?」

「ありますよ。でも灯油が切れてたんですっ!」

「不幸だにゃー」

「…………」


時期的にもそろそろバスタブで寝るのは生命の危機に関わってくるんじゃないかと上条が本気で懸念している所に、横からハスキー
な関西弁が割り込んできた。

679: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 21:07:21.66 ID:YC+vQ2a70


「カミやんには温めてくれる子がおるだけまだマシやんかー。僕ぁどんだけ部屋を暖めても心は冷たいままなんやで」

「お前が考えてるような温暖事情は残念ながら無いぞ?」

「またまたぁ、冗談きついわ。あの修道服着た天使みたいな子を毛布代わりにしてるんちゃうの?」

「………は?」


上条の目が黒ゴマみたいに丸くなった。


「なに? 今なんて? っていうか、なんで当たり前のようにさらっと口走っちゃってるんでせう?」

「え? だって一緒に住んでんねやろ? だったら互いに温め合いながら寝るのがこの極寒を乗り越える秘訣なんちゃうの?」

「だああああ!! やめろ! 頼むからクチに出すな! 意識しないように毎晩必死なんだぞコッチは!! その涙ぐましい
 上条さんの努力を全部フイにする気ですかぁあ!?」

「待てカミやん! 女の子だと意識するからいけないんだぜい! 青ピも言っただろう? “毛布代わり”だと。……そうだ、
 いっそ毛布だと思えばいいんだにゃー! 暖房器具なんだと思え! そうすりゃ煩悩も振り払えてなおかつ快適な冬を過ごせ
 るはずだにゃぶしっ!?」


最後まで言い切られる前に上条の右フックが土御門の頬に突き刺さった。

680: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 21:08:28.90 ID:YC+vQ2a70


「アホか! 抱き枕ならともかく生身の人間、それも本物の女体だぞ!? 一度足を踏み入れたら最後、どんなにしたって欲望
 なんか振り払えるワケねーだろうが!! こちとら絶賛第二次性長期だっつーの!!」

「暑苦しい夏を乗り越えたんや! 寒い時くらい身を寄せ合って何が悪いねん!」

「テメェは何を期待に満ちたニュアンスで主張してんだ!?」

「据え膳食わずは敵を増やすだけだって事だぜ? カミやん」

「今すぐ黙らないと今度はマジでグラサン叩き割るぞ?」

「独り寂しく冬眠して過ごさなきゃならん男の苦しみと切なさがカミやんにわかるっちゅーんか!?」

「そんなに言うなら生殺しの気分を一度味わってみろ! 逆に地獄だぞ!?」

「それすら……それすら味わえんから僕はぁぁ……」

「カミやん、嫌味も大概にしとけよー? そろそろ俺の腕も殴打に走りそうだにゃー」


いつもと同じ馬鹿騒ぎの最中、チャイムと同時にクラスの担任を請け負っている月詠小萌が入室する。


「みなさーん! もう予鈴は鳴ってますよー! 早く席についてくださぁーい!」


声と仕草だけで世界を平和にしそうな訴えに逆らう生徒はクラスにいなかった。

681: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 21:09:56.07 ID:YC+vQ2a70


くだらない激論を瞬時にストップさせ、土御門も青髪も自分の席へ速やかに戻る。
上条は頬杖をついて眠そうに欠伸しながら教壇に立つ小さな担任をぼんやり眺めた。

全員が静かになった所で小萌が唐突に切り出す。


「えー、突然ですが、今日から皆さんと一緒にお勉強する転入生を紹介します。なんと女の子ですよ! おめでとう
 野郎ども!」


「!?」


本当に突然のニュースだった。
クラス全体がざわつく中、小萌は教室入り口に向かって呼びかけた。


「では、入って来てくださーい」


直後にガラガラとドアが開き、少し緊張している面持ちの女子が姿を現した。
特に興味も湧かないのか、上条は薄っすらと前に顔を向けつつ今にも鼾を掻きそうなほどにぼーっとしていた。
実際に寝不足なのだから仕方が無い。

転入生が教壇へ立ったらしい。男子の歓声が耳を障る。どうやら相当の上玉みたいだが、上条はそれよりも眠かった。
見ているようで、見ていなかったというやつだ。

しかし、

682: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 21:10:31.06 ID:YC+vQ2a70




「――――は、はじめましてっ!」




683: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 21:11:30.71 ID:YC+vQ2a70


……初めまして?

おいおい、転入挨拶で普通そんな言葉使わないだろ。声からも察しはつくが、どんだけ緊張してんだよ。
などと心中でぼやく上条だが、途中で何かが引っ掛かった。


(ん……ってか待てよ。今の声……あれ、どっかで………?)


たちまち意識が覚醒してきた。
そして、上条の目がはっきりと転入生を捉える前に自己紹介が始まる。


「御坂 奏(みさか かなで)って言います! こんなミサカだけど、みなさんどうかよろしくっ☆」


しっかりした挨拶のすぐ後に、ゴンッ! と良い音がした。
上条の頬に当てた手がズルッと顔を滑り、そのまま机に勢い良く額をぶつけた音だ。

クラス全員の視線を浴びながら、上条はオデコの痛みを堪えつつ口の中だけで呟く。


(………なに? なんなの? どういうコト? さっぱり状況が飲み込めない。っていうか意味がわからない。誰か上条さん
 にもわかるように説明してください)


個性豊かな面々が揃うクラスに、こうして新たな色が加わった。
上条の眠気が完全に覚めたのは追記するまでもないだろう。

684: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 21:12:57.31 ID:YC+vQ2a70


「……上条ちゃん?」


教師(小萌)の怪訝な視線にムクリと顔を上げる上条。
これにより、ごく自然に番外個体と目が合ってしまう。
するとどうだろう。あからさまに緊張していた番外個体の表情が急速に和らいでいく。
見知らぬ場所で独りだった時に知人を見つけたような彼女の変化は実にわかりやすかった。

上条当麻の災難はこの時からもう始まっている。

不吉な予感を覚える前に、番外個体は上条へ向けて可愛らしいウィンクを飛ばした。
この行為から何が生まれてくるかは、もう察しがつくだろう。

番外個体の美貌に一目惚れした男子は少なくなかった。大げさでなく彼女が女神に見えた生徒もいたであろう。
ところが、そんな彼等には何のチャンスすら与えられないまま女神が微笑んだのは、数多くのフラグを築き上げてはフイに
することで有名な上条さんである。

結果、男子全員の目に殺気が宿る。
そしてその殺気は当然彼に向くというわけだった。


「はは……、何がなんだか全然わからんが、とりあえず不幸だ……」


脱力しながらそう吐くしかなかった。

今の上条が土御門の意味ありげなニヤリ顔に気づくはずもない。

685: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 21:14:04.62 ID:YC+vQ2a70


結局、番外個体の席は上条の真後ろに決まった。
クラス全員(主に男子)の呪念溢れる視線を浴びる上条は休み時間が訪れるのを恐れる。
これが初めてなのではない。だから恐れているのだ。

休日明けの朝一番からテンションだだ落ちの始まりを迎えてしまったわけだが、HRから一時限目開始までの僅かな時間中に
トントンと背中を指で叩かれた。


「………ハイ、何でショウカ?」


機械のように完璧な動作で振り返る上条に、番外個体は吹き出しつつも話し始めた。


「ふひひ、まーさかあなたと一緒の学校、しかも同じクラス、とどめにいつでも監視できる配置にくるとはね~♪ これも
 何かの運命かな? ヒーローさん」

「………もしかしなくてもこの前会った妹達、だよな?」

「イエース☆ ……って、ここじゃその呼び名は封印してね! ミサカは御坂美琴の親戚で成績の悪い御坂奏なんだから!
 ちなみに前は言い忘れてたけど、ミサカの個体名は番外個体《ミサカワースト》だよ」

「……個体名からしてすでにマイナスなイメージが強いのは俺の気のせいか?」

「まあ、作られた目的が目的だけにね……。いつか機会があったらそこんトコも詳しく教えてやるよ。あなたの心の中だけに
 留めておいて。一応禁則事項ってことになってるからさ。さっきのミサカの設定、くれぐれも忘れちゃダメだよ?」

686: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 21:16:39.24 ID:YC+vQ2a70


「自己紹介の後に先生が説明してたヤツか? よくもまぁ捏造したモンだなぁ……。まさか御坂妹とかもどっかの学校に通い
 始めてたりするのか?」

「いんやあ、さすがにそれはないっしょ? ミサカならこの成長した体のおかげで誤魔化しは利くだろうけど、他の妹達だと
 明らかに無理が生じちゃうよね。まあ、このミサカは厳密に言うと妹達の枠内から外れた存在だから、その辺の事情に詳しい
 ワケじゃないけどさ」


あまり公の場で話していい内容では無いのでヒソヒソと小声気味に喋る二人。
それが火に油を注ぐ結果を生んでしまう。
転入して数分も経たない内から密談する彼等の様子は周囲に誤解しか招かなかった。
そして、上条がこの事実に気づいた時には何もかもが遅かった。

おかげでその後の授業など頭に入るはずもなかった。


で、恐怖の休み時間。


案の定、嫉妬に狂ったクラス仲間から正義の鉄槌(フルボッコとも言う)を下される上条。
資料(もちろん偽造)では帰国子女扱いとなっている番外個体に興味津々で群がる取り巻きからは、天国と地獄を連想させる境界線
しか見えなかったと言う。

何はともあれ、賑やかに過ぎていったのは確かなようだ。

番外個体の方は転入生同士という事もあってか、姫神秋沙との会話がかなり弾んでいる。
上条当麻との関係をまず追及されたが、適当に話を作ってやり過ごした。

687: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 21:17:30.99 ID:YC+vQ2a70


「上条くんとはいつから知り合いなの?」

「あはは、こないだたまたましつこくナンパされてた所を助けてもらっちゃってさあ」

「……また?」

「へ?」


ジーッ、とボロ雑巾と化した上条を蔑んだ目で見下ろす姫神。
誤魔化すためにでっち上げた口実が、偶然にもリアリティのある内容だった事に番外個体は気づかない。
上条ならやりかねない、とあっさり納得した姫神に今度は番外個体が尋ねた。


「……まさかとは思うけどさ、あなたも彼に助けられたりしたクチ?」

「うん」


何の迷いもない答えが返ってきた。


「…………」

688: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 21:18:36.59 ID:YC+vQ2a70


「彼には気をつけた方がいい。でないと。多分近い将来泣かされるハメになるから」

「……ご忠告どうも」

「あなたとはウマが合いそうな気がする」

「うん、心なしかミサカもそんな気がしてきたよ」


結局、最後まで「ごめん、実は嘘です」と言う気にはなれなかった。
バレない嘘は嘘ではないと自己欺瞞するも、罪悪感は薄れてくれそうもない。
番外個体が純粋な人間にまた一歩近づいた辺りで、一日の全授業は終わりを迎えたのだった。

689: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 21:22:13.03 ID:YC+vQ2a70
今回はここまでです
番外個体の偽名はさして重要ではないのであまり気にしないでください。あくまで私の趣味です
一応説明しますが、由来は『天使』です。知らない方は“奏、天使”をキーワードにググってください

では次回の一部公開に入ります

690: ◆jPpg5.obl6 2011/06/11(土) 21:25:48.24 ID:YC+vQ2a70


一方通行「……ったく、何だって俺はこンなトコにまで出張ってンだか………我ながら泣けてくるぜ」



――――――――



番外個体「あれ? あなたこんなトコで何してんの?」



――――――――





黒子「どうせなら部屋の中央に置いた方が良いに決まってるんですの。っていうか、貴女の能力でどうにかなるのでは?」


初春「うーん、自身をヒート状態にでもできれば言う事なしなんですけどねぇ……。あ、でもこれからの時期には便利ですよ。
    肉まんとか鯛焼きとか、常に温かい状態で食べれますし♪」

703: ◆jPpg5.obl6 2011/06/21(火) 22:15:24.06 ID:iQdgg21g0


―――



下校時間。
時計が差す短針は三時と四時のほぼ中間。

様々なタイプの学制服を着た若者たちが鞄を手にぶら提げて帰途に着く時間帯である。
上条当麻や番外個体が滞在している高校でも、現在進行形で生徒が疎らに校門を潜り始めている。
部活動で残る生徒以外は、全日程を終えた事による解放感が大体この時間帯に集中するのだ。
特に、レベルの高いエリート校とは対極の立場である高校の学生ほどハメを外す輩は多い。
上条当麻が通う学校もその類に含まれており、大半は風紀委員などに目を付けられる傾向がある。

そういった経歴のせいか、行動範囲も今や厳粛に規制されている有様らしい。
なので最近は知恵を揮う生徒も増えている。如何にして規制の目を欺き、網を潜り抜けるかが重要と考えている
者が現在では大多数を占めているのだ。公の場で暴れたり、表立った不祥事を起こす時代は僅かづつだが終わり
を迎えつつあるようだ。未だに堂々と恐喝や暴行に明け暮れているスキルアウトでも、いずれはこの時代の波に
呑まれてしまう日が来るのだろうか。まさに時の流れの残酷さが垣間見える例の一つと言えよう。

現に、校門を抜けるまでは教師陣の目に止まってしまう様な行為を慎むのが学生の一般常識として捉われている。
それは当然この高校だけに限らない。

だがしかし、学校という拘束から解き放たれた生徒達の足取りが全体的に軽やかに弾んでいるように見える事実
は否めないだろう。さながら“浮かれ気分”というヤツだ。この現象は昔から自由をこよなく愛する人類を象徴
しているようで、実に面白い。

下校してしまえば、その後の予定は各自異なってくる。
改めて説明するのも馬鹿らしいほど当たり前の事だ。

704: ◆jPpg5.obl6 2011/06/21(火) 22:17:01.15 ID:iQdgg21g0


そんな中には友人と待ち合わせている他校生も普通に校門前にいたりするのだが、今日はそうでもなさそうだ……。


……否。


前言を撤回させて頂こう。

誰かを待っていると思しき人物は校門前にいた。
女みたいな体型だが、目つきの悪さはチンピラ以上である。

それも一際目立つ外見だったため、校門を抜ける生徒が必ず一度は目を移らせている。
アルビノがそんなにもの珍しいのかは良く知らなかったが、興味本位の視線を浴びるのはいい加減に慣れていた。
それでも決して気分が良いとは言えなかった。

いちいちガンを放つのも面倒なのか、彼はあさっての方を見上げながらウザそうに舌打ちした。



「……ったく、何だって俺はこンなトコにまで出張ってンだか………我ながら泣けてくるぜ」



ボソリと乾いた風に向かって呟く杖をついた白髪の少年。校門を通る学生の中に彼が学園都市の最上能力者だと気づく
者はいなかった。
というか、まさかこんな中の下レベルの高校の壁に第一位の超能力者が寄り掛かってるだなんて誰が思うだろうか。

705: ◆jPpg5.obl6 2011/06/21(火) 22:20:20.49 ID:iQdgg21g0


彼が道行く学生に注目を受けるのは、良い意味でも悪い意味でも人並み外れた容姿のせいである。

白く綺麗な肌、そして髪。華奢で線の細い体。紅く輝く鋭い獣のような目。
人の視線を浴びる材料としては申し分なかった。
はっきり言ってしまえば、完全に場違いである。

何故、彼がこんな何処にでもありそうな一般高校へ足を運ばせているのか。その理由は一つしかない。


(まだかよあのアマ……。とっくに下校時間じゃねェか。何トロトロしてやがる。早く出て来いっつーの)


少しずつ苛立ちが顔に表れてきている。
性格上、あまりのんびりと物事を待って過ごすのは好きではない。惰眠を貪る行為はあくまで別としても。

考えついた事はどちらかといえばすぐに実行したい派の一方通行は、意味もなく杖を地面にコツコツと鳴らし始めた。

徐々に鳴らす音は大きくなり、リズムも速くなる。
心理状態を表すのに、これほど分かりやすい例はないだろう。


(チッ、やっぱ来るンじゃなかったか……。いや、今の境遇を考慮するとそォも言ってられねェな。にしても遅せェ……。
 まだかァ? まだ出て来ねェのかよ? 来る時間をもォ少し遅くしておくべきだったか……?)


五分、十分と時間が経つにつれて苛々が更に加速する。

706: ◆jPpg5.obl6 2011/06/21(火) 22:24:58.97 ID:iQdgg21g0


何度も昇降口方面を窺っては壁にもたれ掛かる動作を繰り返している。

足が棒になってきたのでそろそろ座り込んでしまおうかと思ったその時、何人かの男女グループが昇降口から出てきた。
その中に見慣れた顔を発見する。

が、




「………………はァ?」




見覚えのある顔は一つじゃなかった。これは予想だにしない事態だ。
まず、番外個体はあのグループの中に間違いなくいた。普通なら、「へェ、編入初日からもォ友達作るとはなァ。こいつ
は正直意外だったぜ」程度の感想で済んでいただろう。

ところが、しかし。


(おいおいおいィィィ!?)

(どォいう事だァァ……!? 一体ィィ……ッ!!)


思わず壁に隠れて奥歯をギリッと噛んだ。
ドッキリを仕掛けられた芸人以上のリアクションを正門の隅で披露している。

707: ◆jPpg5.obl6 2011/06/21(火) 22:26:40.80 ID:iQdgg21g0




(な・ン・で・ 土御門がァァ!? ……それに、俺の視力が正常なら、番外個体の隣りにいる野郎は間違いなく――――ッ!!)





708: ◆jPpg5.obl6 2011/06/21(火) 22:28:37.04 ID:iQdgg21g0


全てが夢であって欲しいと一瞬本気で思った。


(くそっ、落ち着け。とにかく落ち着け……! ここは確か黄泉川が教師として勤めている学校のはずだ!)


頭を抱えるポーズ。加えて学校の正門前。
他人の視線はいかにも不審者を目撃していますと言わんばかりに加熱するが、生憎それを気にしている余裕はない。
とりあえず考えるべき事は、ここからどう動くかだった。

できたばかりの友人を連れて下校して来るのは何となく予想できていたが、同行者の中に見知った人物がいることまでは
一方通行の視野の範疇外だった。


(っつーかよ………)


多少はクールに落ち着いた瞳でもう一度、番外個体交じりの集団を目視する。


(あいつが通う学校……ここだったのか。チッ、何の運命が悪戯しやがったのか……。ただの偶然なンだろォが、これじゃ
 堂々と出迎えるわけにもいかねェぞ)


どうする? 何食わぬ顔で出迎えるか?
それともこの場での合流は避け、番外個体が友人と別れるまで尾行するか?

目線を下へ向け、迷いに迷い抜いた末―――――。


709: ◆jPpg5.obl6 2011/06/21(火) 22:29:17.88 ID:iQdgg21g0




「――――――あれ? あなたこんなトコで何してんの?」




710: ◆jPpg5.obl6 2011/06/21(火) 22:31:29.81 ID:iQdgg21g0


「ぶっ!!?」


シリアスに決めていた顔が台無しに崩れた。
考え事をしている間に番外個体たちは校門外まで出て来ていたのだ。しかしこれは動揺しすぎていた一方通行の珍しい不注意
が招いた結果である。

番外個体のすぐ後ろで新しい仲間連中が驚きの目を彼に向けていた。

約一名、土御門元春だけは今にも爆笑しそうにニヤついていた。ぶっとばしたい衝動に駆られるが、今は見逃しておく。
それよりも―――――。


「………一方……通行、だよな? えーと、何つーか………久しぶり」


上条の引き攣った表情が実に印象深かった。
突然のエンカウントに思考が追いついていない様子がこちらからでもまるわかりだ。

このおかげで、何故か逆に一方通行の方が冷静になれてくる。


「……よォ、また会ったな」


挨拶代わりに一言落としてそれらしい雰囲気を放つ。
滑稽な姿など、彼の前では死んでも晒したくなかった。

とにかく、見つかってしまった。
こうなってしまっては仕方が無い。もう後は野となれ山となれだ。

711: ◆jPpg5.obl6 2011/06/21(火) 22:33:56.15 ID:iQdgg21g0


「上条当麻、この人……知り合い?」


一緒に並んで歩いてきた中の一人が上条に声を掛けた。
見るからにこちらを警戒しているようだが、無理もないだろう。
突然こんな凶悪な顔つきの人間が登場した場合、彼女のような反応が最も一般的である。
一方通行も不本意ながら自覚していた。


「ま、まあ……なんていうか」


彼が学園都市の最上能力者である事を知っている上条は返答に困る。
しかし、そんな不甲斐ない上条の代わりに土御門が助け船を出してくれた。


「まーな、俺らの友達だ。これからミサカちゃんの歓迎会も兼ねて遊ぶ予定なんだが、良かったらお前も来るか?」


「えっ? そうなん? 僕は初対面やけど……」と反応する青髪は放置され、話は勝手に進む。
上条や一方通行はこの突発な提案に唖然とするしかない。

相変わらず、土御門の真意は計り辛かった。


「っていうか、ミサカさんも知ってる人なの?」


横で番外個体にも質疑するのは先ほど上条にも同じことを伺った女学生、吹寄制理。
クラス委員長のような雰囲気を身に纏っているが、実際は違ってたりする。どちらかと言えば暴力賛成派だ。
クラス内では“エモノ”として名高いオデコがキラリと光った。

712: ◆jPpg5.obl6 2011/06/21(火) 22:35:41.54 ID:iQdgg21g0


「いやいや。知ってるもなにも、ミサカの家でやっかいになってる同居人だよ。まだ話してなかったっけ?」

「………えええ!?」


女同士の間に激しい温度差が生じるが、たまらず一方通行が訂正にかかる。


「おい、虚説を堂々と垂れ流してンじゃねェぞ。やっかいになってる身分なのはオマエの方だろォが!」


「い……、一緒に住んでるのは事実なのッ!?」


「えっ? ……ちょっと待て。上条さんの耳が不具合を起こしたんでないのなら、つまりそれって………」


「う、うそやろミサカちゃん!? なんてことや……。ミサカちゃんにはもう将来の相手がおったんかいな……。
 早い! 早すぎるで! 僕の淡い初恋がぁぁ……」


「ミサカさん、大胆……」


それぞれの個性的な対応。
この中でも土御門は一歩引いた目線で客観視し、仕方なくまとめ役に回る覚悟を決めた。



「………やれやれ、収拾がつかなくなりそうだにゃー。ここで立ち話もアレだし、ひとまず移動するぜよ」

713: ◆jPpg5.obl6 2011/06/21(火) 22:39:23.81 ID:iQdgg21g0


―――



「ですから、冬場は寒いからストッキング常備が良いと思うんですよ。そうしたら佐天さんによる悪質な嫌がらせも
 減少するんじゃないかなーって」

「初春と佐天さんがどうじゃれ合おうと、わたくしの知った事ではありません」

「むー……」


風紀委員第一七七支部。
ニヶ月近く前に諸事情で活動停止を喰らい、一ヶ月位前から復帰した白井黒子は初春飾利の戯言を軽くいなした。


「そろそろこの支部にもストーブが欲しいですよね~」


今度は寒い季節序盤で定番の話題。


「暖房があれば充分ですの。ってか、無駄な贅沢をぼやく暇があったらさっさと書類まとめなさいな」

「エコが流行ってるからあんまり暖房に頼れないじゃないですか。私寒いの苦手なの知ってますよね?」

「………だいたい、置き場がありませんわ」

714: ◆jPpg5.obl6 2011/06/21(火) 22:44:35.60 ID:iQdgg21g0


「私のデスクの横なら空いてますよ♪」

「それでは貴女しか温まれないでしょう? 自己中心的な考えはやめなさいな」

「だって白井さんは平気なんでしょ~?」

「どうせなら部屋の中央に置いた方が良いに決まってるんですの。まぁ、中央はご覧の有様で不可能でしょうけど……。
 っていうか、貴女の能力でどうにかなるのでは?」

「うーん、自身をヒート状態にでもできれば言う事なしなんですけどねぇ……。あ、でもこれからの時期には便利ですよ。
 肉まんとか鯛焼きとか、常に温かい状態で食べれますし♪」

「………」


上機嫌で語る初春の方を黒子は見ない。
正直言ってどうでも良い内容なせいもあるが、心ここにあらずになる理由が他にもあったからだ。


「……白井さん?」

「………はぁ」

「白井さん!」

「――――ホヒッ!? な、なんですの?」


声のボリュームに驚き、意味不明な奇声が思わず飛び出てしまった。

715: ◆jPpg5.obl6 2011/06/21(火) 22:47:41.80 ID:iQdgg21g0


「なんですの、じゃないですよぉ。何か悩み事ですか? さっきから溜め息の数多いですよ?」

「べ、別になんでも………」


ジーッ……と、言い逃れるには厳しい視線が向けられる。
初春の真っ直ぐ見透かすような目に、黒子の目が泳ぎ出す。付き合いが長くなると、隠し通すのも難しくなる良い例だった。


「な……何をジロジロ見てますの? わたくしは悩み事など抱えてませんわ」

「ふぅ~ん、へぇ~」

「………小突きたくなる返し方ですわねぇ……」

「そこまであからさまに出しておいて、まーだ隠そうとするんですもん。そりゃ呆れもしますよぉ」

「…………」


初春には自分の複雑に絡まった心情が筒抜けであったことに、ここでようやく気づかされた。


「そ、そんなに顔に出てました……の?」

「固法先輩も心配してたぐらいですしねぇ……。なんだったら相談してくださいよ~。本気で白井さんが悩みを抱えてる
 んなら、本気で力になりますから」

「貴女が“本気”とかクチにすると、言い様のない恐怖を覚えるのは何故でしょうか……」

716: ◆jPpg5.obl6 2011/06/21(火) 22:56:57.94 ID:iQdgg21g0


「恐怖だなんてヒドイですよ~! 私が裏でとんでもないことしてるみたいじゃないですか!」

「…………」


二ヶ月ほど前に発生した『御坂美琴失踪事件』。この解決に最も貢献した人物が、実は初春だったりする。
そんな事例があったせいか、初春の情報処理能力の凄さを改めて知ったのだが、逆に敵に回したらと思うと時折寒気
が走ってしまう。

結局少し惑った末、黒子は遠回しな表現で打ち明けることにした。


「……………もしも、もしもですわよ?」

「親しい間柄の方と、偶然同じ異性を恋慕してしまったら……貴女ならどうなさいますか?」

「た、たまたま知人にそういう境遇の方がいまして! 相談されて困ってましたのよ! ですから決してわたくしが
 そうだという事ではなくて……」


無意味に左右のひとさし指をくっつけたり離したりするちょっと可愛らしい仕草。
これこそが躊躇と葛藤の果てにやむなく意見を問う人間の姿の見本と言えよう。

しかし、残念ながらこのいかにも『自分は違う。これは自分の話ではない』的な主張は無効に終わる。


「…………! あぁぁ。ふーん、そういう事ですかぁ」

717: ◆jPpg5.obl6 2011/06/21(火) 23:00:36.66 ID:iQdgg21g0


閃き、何もかも悟ったような声に黒子は追求せざるを得なかった。


「な、何を一人で納得してますの?」


「親しい人ってのが御坂さんで、恋した人が上条さんなんですよね?」


「!?」


あっさり見抜かれていた。
だが初春にとっては見抜くほどの関門でも何でもない。ある程度の観察力と洞察力さえ持っていれば、簡単に割り出せる
方式だった。


「う、初春ッ!? ですからこれはわたくしとは無関係で――――」


この期に及んで抵抗を止めない白井黒子。
だが残念。初春には何の効果も齎さない。動揺混じりの否定は肯定と同一されるのが世の法則である。


「でも、上条さんですかぁ……。御坂さんと下手したら戦争になっちゃいますよ? 私としてはあまり見たくないなぁ……」

「くぉらぁあ!! 話を聞けェェえええええ!!! だから違いますのよおっ!! わたくしが上条さんに想いをよよよ、
 寄せるなど……///」


この弁明に初春は、「見苦しいですよ? 白井さん」とでも言いたげな目をした。

718: ◆jPpg5.obl6 2011/06/21(火) 23:01:58.39 ID:iQdgg21g0


「えー? だから悩んでたんでしょ? “上条さんが気になる。でも御坂さんが上条さんの事を好きなのを知ってる。ああ
 わたくしはどうすればいいんですの?”………だいたいこんな所じゃないんですか?」


「ぐぼ……」


鬱陶しい声真似付きでお送りされたが、「違うのか?」と問われても今度は断言できなかった。
まさに心の中をそのまま読み上げられた気分だったからだ。
どんなに違うと意識していても、奥底の本音を射抜かれて気が動転しない人種は少ない。

口も舌も一定時間上手く回らなくなってしまった黒子に、初春は更なる追撃を仕掛ける。



「佐天さんも多分気づいてますよ。『白井さんと上条さんと御坂さん、いったいどうなるんだろうねぇ~♪』って良く話題
 振ってきてましたから」




「なん……ですと……?」




知りたくないこともついでに知ってしまう。
暫くの間、得体の知れない絶望感に彼女は苛まれた。

720: ◆jPpg5.obl6 2011/06/21(火) 23:11:06.28 ID:iQdgg21g0



美琴「………で、アンタは何であんなトコうろうろしてたわけよ? あんまり人通りの多い場所を目的なしでブラつかれると、
    多大な迷惑を蒙る人間がここにいるんですけど?」


19090号「うう、み、ミサカはただどうしても欲しいものがあっただけで……お、オリジナルに迷惑をかけるつもりは……」




――――――――




土御門「あー、腹減ったぜよ。肉だ肉♪」


上条「あ、あー……。お二人さん。喧嘩はよろしくありませんよー? ほら、スマイルスマイル。わたくしの真似して
    笑ってごらん。あはは」


番外個体「おっ! この砂肝ってヤツ美味そう♪ ねえねえ、秋沙はホルモン系好き?」


姫神「……好き。こりこりした食感が絶妙だと思う」


吹寄「肌の色素や瞳の変色は専門外だから置いておくとしても、うーん……、やっぱり線の細さが異常ね。日々の生活
    リズムを見直す必要がありそう……」


一方通行「将来は栄養士でも目指してンのか? それともただ単にからかってやがンのか、オマエ」

731: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 21:42:47.61 ID:8ghSJ8cR0


―――



「ああもうっ! だから別に深い意味とかないんだってば! 単なる気まぐれよ! き・ま・ぐ・れ!」


学校帰りに喫茶店を利用する学生は多い。
特に女子中高生は好みの店に足を伸ばし、スイーツタイムやらティータイムと言った嗜好品を飲食する行為を日課のように
楽しむものだ。
よって、下校時間になるのをそういった意味で楽しみにしている女学生も珍しくはない。

そんな数多い店舗の内の一角。さらに数ある席の中での一端。
甘いスイーツも勿論好きだし、子供が好むようなキャラクターに目を輝かせる一見まともな女子中学生、御坂美琴は相席して
いた瓜二つの同顔にいきり立っていた。


「ジー……。とミサカは疑いの眼差しを向けます。ミサカ10032号からの情報から考慮するに、お姉様が妹達を友好的にお茶に
 誘うなどとは少々考え難いのでは……」

「ええい、何度も言わせんなッ!! 自分と同じ顔で同じ格好の人間が堂々と街中徘徊してるのを目撃しといて見て見ぬフリ
 できるワケないでしょーが!!」


客席から店内に響く甲高い声。


「ご、ごめんなさい……。とミサカは肩を萎縮させて謝罪の言葉を述べます……」

732: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 21:44:21.45 ID:8ghSJ8cR0


御坂美琴のクローン、通称『妹達』。そしてこの弱腰な個体の検体番号は19090号。
街を悠々と散策していた所を学校帰りのDNA提供者に発見され、今に至る。
弱気な割りに好奇心が強い子、と御坂美琴本人は認識している。


「……あー……こほん」


思わず大声を発してしまった事にバツの悪さを感じたのか、軽く咳払いする美琴。
19090号はモジモジしながら相手の顔色を窺う姿勢へ移行してしまったようだ。


「………で、アンタは何であんなトコうろうろしてたわけよ? あんまり人通りの多い場所を目的なしでブラつかれると、
 甚大な迷惑を蒙る人間がここにいるんですけど?」

「うう、み、ミサカはただどうしても欲しいものがあっただけで……お、オリジナルに迷惑をかけるつもりは……」

「欲しいものって何よ?」

「……言いたくありません。とミサカは口を噤みます……」

「えぇー? 何それ。……気になるじゃない。別に笑ったりからかったりしないから教えなさいよ」

「…………」

733: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 21:46:37.32 ID:8ghSJ8cR0


絡み口調の美琴に首を横へ振る事で拒否を示す19090号。
実際、クローンというだけあって容姿は自身と見分けをつけるのが難しい。そんな彼女が不審な行動を目立つ場所で取る
のを寛容できないのは当たり前の事象である。

要は、“この子の目的が達成できるように力添えをしてやろう”ということだ。
決して悪意があるから追求しているわけではない。『妹達』のためにもなるし、自分のためにもなる。むしろ一石二鳥だ。

そういう意図を持った上で美琴は19090号の目当ての品を聞き出そうと試行するのだが、結局19090号は口を割らなかった。


「………わかった。そんなに大事なものなら、これ以上詮索しないわ」


流石のオリジナルも頑なに黙秘を貫かれては折れるしかなかった。
それにしても19090号は一体何を求めてこんな人の多く集まる地域を訪れたのだろうか。
当人から聞くのは諦めたが、やっぱりまだ気になっていた。

この近くに何がある? 美琴は安心してパフェを頬張り始めた19090号に感づかれないように思考を働かせた。


(セブンスミスト……? は無いか。病院から来たんだとしたらこんなトコ通らないし……。何かショッピング用の店
 なんてこの辺にあったっけ?)

(あるとしたら、健康グッズみたいな胡散臭そうなモノばかり売ってる店しか……。でも、まさかねぇ……)

(うーん、やっぱわかんないなぁ~……。他の子だったらここまで気にならないんだろうけど、この子たちとなったら
 話は別よね! 一応私のデータが元なんだし。趣味とかそういうのだって、私の立場的にはすごい気になるっつーの!)

734: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 21:48:34.78 ID:8ghSJ8cR0


最後の心の声はどこか自己正当化する罪人みたいだったが、まあ自分のクローンがどう変革していくのかを気にするな
というのは少々酷な事かもしれない。
なんだかんだ思っても、最終的に来るのは“親心”みたいなものである。
特に美琴の場合はその感情が人一倍強いのだろう。


ちなみに19090号がごく最近美容に興味を持ち、現在ではそれにすっかりハマっている事実を美琴は知らない。
そんな彼女に19090号の目的が見破れるはずはなかった。


「………あの、お姉様?」

「えっ?」


現実へ引き戻すような19090号の声が耳から脳へ浸透した。
顔を戻すと、19090号が怪訝な眼差しをこちらへ送っている。いつの間にかパフェも食べ終わっていたようだ。


「申し上げにくいのですが、ミサカはここの会計分を持ち合わせていません……」


本当に申し訳なさそうな口振りと仕草。このおかげで美琴の方が心を痛める始末である。


「あ、あぁ。気にしないで。ここは私が出すから。連れ込……誘ったのはコッチだしね!」

735: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 21:50:59.45 ID:8ghSJ8cR0


「ありがとうございます。ご馳走になります。とミサカはお辞儀します」

「や、やめてってば! コッチこそごめんね。目的あったのに邪魔しちゃって……」

「いいえ、おかげさまで美味しいスイーツを堪能できました。感謝するのはミサカの方です」

「うっ……」


何だか自分が凄く嫌なヤツに思えてくるような、眩しい笑顔だった。
謙虚な姿勢が実は美琴にとって一番有効だったりもする。


「時間、大丈夫なの?」

「はい。急がなければならないというわけではありませんから……。とミサカはドリンクメニューに目線を落としながら
 何を注文しようか考えます」

「あ、私ももう一杯頼もっかな~」

「では、ミサカはこれを」

「じゃあ私も! それ美味しいのよねー♪」


気づけば本当の姉妹みたいな仲へと移り変わっていた。

736: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 21:53:35.09 ID:8ghSJ8cR0


笑み零れる美琴と19090号。そこには殺伐とした空気など存在しない。


そんなこんなであっという間に時間は過ぎ、放課後の楽しいひとときにも終息が訪れる。


別れ際。


「たまには妹とお茶するのも悪くないわね」

「ミサカの方こそ……。ところでお姉様。体の調子はどうですか? とミサカは心配そうに尋ねます」

「えっ? ……あぁ、もう大丈夫。すっかり本調子よ! あれから結構日にちも経ってるし」

「お姉様がご無事で帰ってきたのが、何よりも嬉しかったです。すでに10032号が伝えたとは思いますが、一応……」

「うん、聞いた……。アンタらにも心配かけちゃったね。ごめん」

「謝らないでください。お姉様は被害者です。元気でいてくれているのならそれが一番だと……。ミサカはそう思います」

「ありがと……。けどアンタたちも元気に育ってるみたいで、なんていうか……安心したわ」

「他のミサカにもお姉様がそう言っていたと伝えておきます。きっと喜びますよ。とミサカは微笑みます」

「うん、よろしく。……ねぇ、良かったらさ。またお茶とかご一緒しない? 今度は他の妹(こ)も連れてさ」

「え……? ですが、あまり複数のミサカが公共の場に姿を現してはお姉様に迷惑が……」

737: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 21:59:10.21 ID:8ghSJ8cR0


「なーんか、アンタの顔見てたらそんな建前どうでも良くなっちゃった♪ 駅前とか人が沢山いるトコは無理でも、こう
 いう感じの店ぐらいなら問題ないでしょ」

「………ありがとう、ございます。とミサカは感激のあまり、上手く言葉が紡げません」

「どうせなら番外個体も呼んでみちゃう?」

「…………それは少し考えさせてください。とミサカは正直ちょっと遠慮したいと暗に告げます」

「あっはは♪ アンタ、あの子みたいなタイプ苦手そうよね? 私も最初喋った時はアッタマきたわ」

「彼女は、きっと天邪鬼なのでしょう……」


苦手な部分は否定しないまま、19090号は美琴に別れを告げて去っていった。
途中まで背中を見送った美琴だが、19090号がさっき話題に出した“胡散臭い健康グッズが売っている店”に真っ直ぐ駆け
込んで行くのを目撃した辺りで踵を返し、「見なかったことにしよう……」と呟いて帰路に着いた。



―――



姉妹の絆が僅かに深まった頃、とある男女グループが学校帰りの服装のまま焼き肉屋へと入店した。
ひとしきりゲームセンターやらカラオケやらで遊んだ後、夕食を済ますために飲食店を訪れる学生の団体はこれといって
珍しい光景でもない。
現に彼等も例と同じ、若者らしくゲームセンターで遊戯に浸ってからこの店へやって来た。

738: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 22:03:36.53 ID:8ghSJ8cR0


奇抜な面々なのが幸いか災いか、すれ違う通行人から必ず一度は注目を受けた経歴があったが、その場面は割愛させてもらう。

それ以外は本当にどこにでもいる仲良しグループにしか見えないだろう。あくまで事情を知らない他者から見ればの話だが。

席に案内されて腰を下ろした際、堂々のトップで人の視線を集めていた本人が深いため息を零した。


「ハァ……。なンでこの俺が……。おかしいだろどォ考えてもよォ」


露骨に不機嫌な顔で愚痴るが、他の面子はどうやらここに来るまでに慣れてしまったらしい。特に反応する者は誰一人として
いなかった。
むしろ、誰も聞いていなかったように流れは変化しない。


「あー、腹減ったぜよ。肉だ肉♪」


土御門の暢気な声が癪に障るが、学園都市第一位はそれなりに場を弁えている。
ここは我慢だ。我慢。


(この野郎は相変わらず飄々としてやがるし……。っつか、完全に場違いだろ俺……)


ここまで気が滅入っていても、彼にはこの場から立ち去れない決定的な理由がある。

それは――――。

739: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 22:10:26.68 ID:8ghSJ8cR0


「―――――おっ! この砂肝ってヤツ美味そう♪ ねえねえ、秋沙はホルモン系好き?」

「……好き。こりこりした食感が絶妙だと思う」

「栄養面も優れてるのよねぇ。内臓ってだけで毛嫌いしてる子も多いのが残念でならないわ」


楽しげにメニュー表を眺めながら会話する女子たちの中に在った。
食欲に目をキラキラと輝かせている番外個体の存在が、一方通行を留まらせているたった一つの元凶だ。
そうでなければ群れるのを好まない自分がノコノコとここまで同行するなど有り得ないだろう。天と地がひっくり
返ったとしても。

こういう浮かれた地に足を着けている気分ではないというのに、実に不快だ。
やはり自分にこの場所は合っていないのだろう、と強く認識させられる。時間が延びれば延びるほどに強く。

しかし、彼女の楽しそうな顔が袖を掴む。
この雰囲気をぶち壊すのを躊躇させてしまう。

入店する結構前の段階から流れに逆らう気が失せていた。
されど、素直に楽しもうというのはやはりどう割り切っても不可能のようだ。


「…………」


隣りにふと目をやる。
青い髪の関西弁を話す少年は温和な顔で談笑する女子群を眺めており、更に隣りの暗部で見慣れた金髪グラサンは
相変わらず学生モードでワケの分からない薀蓄を垂れ流している。そして自分の真横に座っている上条に至っては
金髪のアホ話を聞き流しつつもメニュー表の値段に頭を悩ませている。

741: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 22:18:12.30 ID:8ghSJ8cR0


何故にこんな連中と自分が同じ空間を共有しているのか。
自問自答しても無駄な行為に過ぎなかった。もはや観念するしかないのだろう。暗に誰かがそう告げているような
気がした。

もう何も考えず、腹にモノを詰め込む行為に没頭しよう。
そう決めてメニューに目を通し始めたところで正面から声が掛けられる。


「ねえ、きさ……じゃなくて貴方。失礼なこと訊くけど、普段どういう生活してるの?」

「あァ?」


上条と土御門の会話がピタリと止む。
一方通行に向かって貴様呼ばわりしかけた吹寄の命運に全神経が傾いてしまい、雑談どころではなくなった。


「貴方の体つき……不健康なんてものじゃないわね。一体どんな食生活してるのかしら? 病弱ってわけじゃない
 みたいだし」


一方通行を観察しながら問診を続ける吹寄制理。さっきまでの委員長みたいな風格は一変し、目の前の特異体質の
健康状態を気に止める看護士のような目線を送っていた。
そこに冷やかしや嘲弄は込められていないとは言え、いちいち干渉されるのは不快に違いない。
眼光でそれを示してやるが……。


「肌の色素や瞳の変色は専門外だから置いておくとしても、うーん……、やっぱり線の細さが異常ね。日々の生活
 リズムを見直す必要がありそう」

742: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 22:21:49.84 ID:8ghSJ8cR0


一方通行の全身の隅から隅までを分析するように語り始めた吹寄に対し、かつてない居心地の悪さを覚えた。
実験体として扱われる事に慣れすぎている分、余計に。


「将来は栄養士でも目指してンのか? それともからかってやがンのか、オマエ」


もちろん吹寄に悪意はない。というより、悪癖が発動したようなものだ。
あきらかに不健全そうな一方通行の外見が初見から気になってきて、ついに看過できない領域まで達してしまった
だけだった。

が、露骨に顔を強張らせる一方通行の心境を察し、慌てて我に帰る。


「あ……気分を害したのならごめんなさい。不健康そうな人を見てると何だかほっとけなくて……」

「やっぱからかってンだな? コラ」

「だ、だから違うってば! もし改善できる余地があれば今からでも遅くないと思っただけよ。こう見えてもソッチ
 (通販の健康グッズ)方面なら多少目が利くのよ。だから色々とアドバイスできるかなって……。ごめんなさい。言葉を
 間違えたわ……」

「………悪気がねェのは分かったから落ち着け。大体、今更そンなモンに頼ったところでどォにもならねェよ。こりゃ
 体質っつーか、生まれつきみてェなモンだ」

「そ、そう……? なら、なおさら余計なお世話だったかしら……」

「まァ、気持ちだけはありがたく受け取っておくがな……」

743: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 22:25:49.01 ID:8ghSJ8cR0


失言だったが、もう過ぎた事だ。
これ以上咎める必要もなかったので、反省を顔に表している吹寄に寛大な心を見せた。

すると、何故だか番外個体が不機嫌になる。


「あなたが不健全な生活してんのは事実でしょ? おすすめの通販サイトでも教えてもらえばいいじゃん」

「あァン!? オマエも人のこと言えねェだろが! っつか、何でそこでオマエが絡ンでくンだよ!?」

「ミサカの友達に失礼な態度取るからだよ! 言わなきゃわかんないの? やっぱ生活習慣見直したら?」

「なァァにィ……ッ!」

「お?」


額がくっつきそうな距離まで身を乗り出し、睨み合う両者。
誰がこの修羅場を止めるのか。瞬速で行われたアイコンタクトの結果、めでたく上条当麻が抜擢された。

本人以外の満場一致で。


「あ、あー……。お二人さん。喧嘩はよろしくありませんよー? ほら、スマイルスマイル。わたくしの真似して
 笑ってごらん。あはは」


この発言から三秒後。
憐れにも仲介に入った上条の身体は綺麗すぎるほど水平にかっ飛び、ノーバウンドで頭からインテリアの屏風へと
突き刺さっていった。
誰の仕業かは言うまでもない。

744: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 22:30:52.74 ID:8ghSJ8cR0


そんな一悶着もあったりしたが、以降は普通の仲良し同士が集まる宴会ムードとさして変わりなかった。
一方通行と番外個体も一応は仲直り(?)したらしく、店内の器物破損でしぼられたばかり(得意の平謝りで何とか
許してもらえた)の上条と土御門はホッと胸を撫で下ろす。

一部では肉をめぐって戦争も勃発したが、一同が充分に焼き肉を堪能した頃に一方通行がふと立ち上がった。
その際、上条にしか分からないように目配せする。


「…………!」


合図を受け取った上条は無言で頷いた。
無論、他者には悟られないように。


一方通行がお手洗いに立ったと皆は思い込む。番外個体でさえも。

やがてしばらく経ち、上条も立ち上がる。


「悪い。ちょっと手洗いに行ってくる」


上条は一応告げてから席を立った。
座敷から離れ、靴を履いた彼が向かう先は勿論手洗い場ではない。

外に見えた白い影の元へ、上条は若干の緊張を漂わせながら歩を進めた。

745: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 22:34:27.33 ID:8ghSJ8cR0


そして遂に―――――。





――――――彼等は正面から向かい合った。

746: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 22:36:31.25 ID:8ghSJ8cR0


そして遂に―――――。





――――――彼等は正面から向かい合った。

747: あれ? またミス…? 本当ごめんなさい ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 22:41:00.86 ID:8ghSJ8cR0


こうして顔を合わせるのは、あの事件以来だったか……。

いずれにせよ、一方通行が上条と二人になれる機会を望んだのは間違いない。

上条もこれに異存はなかった。こちらも聞きたい事があったから、むしろ好都合だ。


店を出てすぐ先にある巨大な歩道橋の上。
かつて幾度か衝突し、強大な敵を相手に大暴れした最強と最弱は再び巡り会った。これは偶然なのか、それとも
予め運命によって決められていたのか……。一方通行にも上条にも分からないことだった。

杖を地面につけたまま、夜景の光に白髪を照らされた最強が最初に沈黙を破る。


「―――――よォ、まさかこンな形でまた会うハメになるとはなァ……」


「―――――あぁ……、正直俺も驚いてるよ。まぁさっきも言ったけど、久しぶりだな。元気にしてるみたいで
       良かったよ」


下を走る車の音が少しうるさかったが、確かに互いの言葉は伝わっていた。

予想外のアクシデントでも、こうやって彼と再会できたのは果たして運が良かったのか悪かったのか。一方通行
は分からなくなっていた。

今の自分達の境遇を彼に話すか?
話したところでどうなる?
彼にまた助けを求めるというのか?

748: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 22:50:40.30 ID:8ghSJ8cR0


冗談ではない。
ふざけているにも程がある。
そこまで彼に委託するくらいなら、いっそ殺されてしまった方がまだ清々しい。


だが、学校へ通い始めた番外個体と同じ学校で同じクラス。
この条件だけでも上条が感づいてしまうのは時間の問題かもしれない。厄介事に巻き込まれる実績に
定評がありすぎる彼なら……。たまたま番外個体と一緒に居る時に襲撃されるのがオチのようにさえ
思えてきた。

それに、ある程度の事情を予め彼に伝えておけば、番外個体の学校生活が少しは安全に近づくのでは
ないか?

だとしたら、一体どの程度話せばいい?
どこまで教えれば、彼が出張らないよう仕向けられる?

番外個体(達)と合流してから、一方通行の頭はこの葛藤で埋め尽くされていた。
今ここに上条とサシで相対しているのは、その答えが決まった事を意味している。


「打ち止めも元気にしてるか?」

「あァ、うるさくてクチをテープで塞いでやりたいくらいだ……。オマエの方は変わりなさそォだな」

「はは、まあな……。つっても、今日でだいぶ変わったけど。“転入生”辺りから……」

「“その事”についてなンだがよォ……」

749: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 22:56:48.17 ID:8ghSJ8cR0


再会の挨拶も程々に済ませ、本題を切り出す。


「まァ、知ってるとは思うが……。あいつは今までの『妹達』とは根本的に違う存在だ。オマエが『妹』だとか
 呼ンでたヤツ以上にひでェ目的で作られた。……オマエはあいつからどこまで聞いてる?」

「“作られた目的”ってのは聞いてないな……。けど、それ以外なら大体は知ってる。御坂関連で、前にも一度
 会ったことがあるからな」

「そォか。それじゃあ、イチから説明してやる必要はねェな……」


ニヤリと口の端を上げる。
番外個体と同じクラスになってしまった以上、これからは彼も全くの無関係者ではなくなる。

幸なのか、あるいは不幸なのか。

一方通行なら、おそらくは後者を選択するだろう。



「俺もあいつも今は厄介な連中に目を付けられちまってる……。俺がいない間、つまり学校にいる間だけあいつを
 ――――――番外個体をオマエに頼みたい」




「―――! え……?」



750: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 23:04:34.79 ID:8ghSJ8cR0


唐突に頭を下げられ、上条は戸惑う。

そしてこの頼みが何を意味しているのか、理解できずにいた。

一方通行が上条に対し、ここまで低身になったのは二度目だ。

一度目は、木原数多によって閉じ込められた牢獄で彼に救いを求めた時。

彼は今、どんな思いで格下であるはずの上条に頭を下げているのだろう。

少なくとも、断腸とはまたどこか違うような雰囲気を目の前の悪魔は匂わせている。
彼の姿勢には一切の迷いが感じられなかったからだ。


「……どういう事なんだ?」


上条は静かに問う。

これを聞き入れた一方通行は僅かに眉を顰める
ヤマが当たったものの、やはり皮肉を感じずにはいられない。
予想通りだった。わかっていた。

中途半端に真実を濁せば、上条のことだ。こんな風に全貌を求めて足を踏み入れようとするであろう。
ここは慎重に言葉を選ばなければならない場面だ。
下からの目線に不慣れな分、尚更に。

751: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 23:12:00.03 ID:8ghSJ8cR0


「ちっと訳ありでな。……だがオマエが心配するほどの問題じゃねェ。俺だけで事足りるレベルだが、番外個体
 が学校にいる間ばっかりは流石に目が届かねェ……。そこで、俺の代わりにあいつの面倒を見てやって欲しい。
 こいつはオマエにしか頼めねェンだ」

「………狙ってるヤツってのは誰なんだ? 前の事件が関係してるのか?」

「そこまではわからねェ……。俺ひとりならどォにでもなる相手には違いねェが、オマエも知ってる通り、俺は
 今あいつと一緒に住ンでいる。一応、俺はあいつの保護者代わりみてェなモンだ」

「……打ち止めは?」

「頻繁に会っちゃいるが、今は一緒に住ンでるワケじゃねェ」


「そうか……。ようやくわかったよ。お前はあのとき――――――」


木原のアジトで交わした言葉の内容が頭を去来し、ピースがはまっていく。記憶の隅に置かれていた謎が解けて
いくような感覚を味わう。
一方通行が肉体をボロボロにしてまで護りたかったものの実体が、ここに来てようやく掴めたような気がした。
少なくとも彼が番外個体を何よりも大事に想っていることだけは、理解できた。

だが上条の言葉が紡がれるのを制すように、少々強引ながらも一方通行は話を戻す。


「どォ受け取ろォがオマエの勝手だが、論点をずらしてる余裕はねェンだよ。イエスかノーなのか、今俺が知りたい
 のはそれだけだ」

753: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 23:20:05.57 ID:8ghSJ8cR0


「頼むって言われても……具体的に何をしたらいいんだよ?」

「基本は普通に接してりゃいい。だが、もし怪しい人物が番外個体に接触してきたら……、すぐ俺に知らせろ。少し
 でも不穏な空気を感じたら、できるだけ早い段階で俺に連絡するのが最良だ。それを頭に留めておけ」


そう言って、一方通行は携帯電話を取り出した。
つられて上条もポケットから弄り出し、二人は三歩接近して互いの連絡先を交換する。
これで、ようやく彼らは確かな接点を繋げた。終わってみれば案外呆気ないものだ。

新規登録されたメモリを眺めつつ、上条は不思議な感覚にとらわれる。


(………なんつーか、学園都市でも数少ない超能力者の番号を二人も控えてるって……、改めて考えるとすごいな)


今後、日常の不幸で携帯電話を失くしたり壊したりしたらと想像するとゾッとしなかった。


「………用件は以上だ。時間取らせて悪かったな。他の連中に怪しまれないうちにさっさと戻るぞ」


素っ気無い口調で促した一方通行。しかし、店の方角からこちらへとやって来る人物を視界に収めた瞬間、二人の
足は止まった。
立ち止まったのとほぼ同時に陽気な声が飛ぶ。




「―――――よーう、二人してなにをコソコソ内緒話してんのかにゃー?」

 

755: ◆jPpg5.obl6 2011/06/27(月) 23:29:30.02 ID:8ghSJ8cR0




???「連れションなら誘ってくれよ。水臭いヤツらだにゃー」




―――――――――




一方通行「………何の冗談だ? 場合によっちゃあ、その首を薄汚ねェツラごと地面に叩き落とすぞ」




―――――――――




上条「え……何? 二人とも、知り合いなの?」