―――



「よーう、こんなトコで二人して何をコソコソ内緒話してんのかにゃー? 俺も混ぜてくんない?」


「土御門……!」


上条が驚きの声を漏らし、一方通行の目つきが一層鋭さを増す。
颯爽と登場した土御門が歩くスピードを緩めずに合流する事で、初めての組み合わせが誕生した。


「連れションなら誘ってくれよ。水臭いヤツらだにゃー」


腹立たしさがマックスに達するには充分すぎるニヤケ面。
しかし、ここまで冷静に事を運んできた一方通行だ。簡単に激情するような展開にはならない。

その代わりに、肉食獣すら慄くほどの殺気を放った。


「………………」


(クソったれ……、最悪のタイミングで登場してくれやがって……! どこまで俺の予定を狂わせりゃ気が済むンだ
 このクソボケ野郎が……! ちっ、上条の前で迂闊にこいつと接触するのはやっぱ拙いな……。土御門もその辺は
 弁えてるはず……。けど、だったら何故この場にのこのこと現れる!? 本当にどこまでも底が読めねェ……)


上条の前で土御門と対話していいものか躊躇する。




768: ◆jPpg5.obl6 2011/07/06(水) 21:21:55.38 ID:AL7aSOPE0


ところが、そんな一方通行の心境を見破ったのか、何と土御門の方から気さくに仕掛けてきた。


「よう、一方通行。久しぶりだってのに随分ツレない態度じゃん? ……っと、仏頂面なのは前からだったか」


「!!」


あまりにもごく自然に接してきた。上条の存在などまるでお構いなしに。


(こ……、この馬鹿! なに堂々と……ッ!)


この元同僚が何を考えているのか、もはや永遠に理解できる気がしなかった。
胆を冷やしている一方通行と土御門を交互に見遣る上条は、唖然としながら尋ねる。


「え……何? 二人とも、知り合いなの?」


以前に土御門から一方通行の情報を聞いた機会はあったが、顔見知り同士だとまでは知らされていなかった上条。
当たり前のように尋ねたら、土御門は何の迷いもなく明る気に応えた。


「そーそー、俺達はマブダチだにゃー♪ 幾度とない死線をくぐった仲なんだぜい。な? 一方通行」

769: ◆jPpg5.obl6 2011/07/06(水) 21:23:11.49 ID:AL7aSOPE0


「マジで!? ………そりゃ初耳ですよ」


(――――――土御門ォォおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!)


三者の温度差は面白いほどにバラバラであった。


「………………おい」


荒ぶる気持ちを抑え、一方通行は海の底から響いてきそうな声を出した。
矛先は当然ひとりしかいない。


「何しに出てきやがった? コッチはオマエと話す事なンかねェぞ。つーか、そろそろ戻るつもりだったからなァ」


上条の手前、穏便に終わらせようと努めている様が完全に裏目に出ているようだ。どす黒いオーラが全身から迸って
いるせいで逆に恐怖を演出していた。


「あいつらか? それなら心配はいらない。手は打ってきたからにゃー♪ 時間はたっぷりあるぜよ」


「“手は打って”って……?」

770: ◆jPpg5.obl6 2011/07/06(水) 21:25:23.02 ID:AL7aSOPE0


「座敷の個室タイプが有効に生きたな。少々眠らせたぐらいじゃ、店員にも見つかったりしないだろう」


上条の何気ない疑問に対し、とんでもない答えがさらっと返ってきた。


「お、おい土御門!? お前何を……」

「こンの野郎……ッ!!」


上条は展開についていくのがやっとのようだ。
中で待っている友人を、こうして密談するだけの目的で―――――。そう、これが彼のやり方だ。
多少は手荒になっても、効率性を優先させる土御門元春の。

その中には無論、番外個体も入っている。この事実だけで怒りのボルテージは上昇する。


「………何の冗談だ? 場合によっちゃあ、その首を薄汚ねェツラごと地面に叩き落とすぞ」


声こそ低いが、それが余計に恐ろしい。
もはや元同僚に向けるような眼ではなかった。元々この男への印象は良好ではなかったどころか、むしろ警戒すら
していたのだ。
暗部組織から除名されている今、土御門がどんな行動に出るか的を絞るのは一方通行でも困難なことだ。

最悪、敵の位置に立たれる可能性さえ起こり得るだろう。

771: ◆jPpg5.obl6 2011/07/06(水) 21:26:27.40 ID:AL7aSOPE0


当の本人はのほほんとしたままなのがまた不気味だった。
彼なら一方通行サイドの状況を既知していてもおかしくはない。様々な顔を持つこの男の情報収集力は一方通行から
しても相当の脅威である。

敵か、それとも味方か……。判断するにはまだ早かった。


「ま、冗談はこのぐらいにしておくか。お前の不手際を修正する時間も惜しくなるしな」


急に表情を変えたかと思った途端にそう告がれた。
ビルの明かりでサングラスは照らされて目線は探れないが、間違いなく彼の目は一方通行を捉えているのが確認できる。


「修正だァ? ………いきなり何を寝ぼけた発言してやがる?」

「呆けてんのはお前の方だ。まったく……カミやんもカミやんだぜーい? あんな説明だけで、本当に全部納得でき
 たのか?」


やれやれ、と肩をすくめた土御門に上条は戸惑う。確かに一部始終を聞かされたわけではないが、一方通行からあれ
以上語られる事はおそらく無いだろうと諦めに近い結論を下していた。

一方通行の顔面が歪む。
その意味は紛れも無い驚愕と怒り。
土御門がこれから何を喋ろうとしているのか、本能で感じ取ってしまった。

772: ◆jPpg5.obl6 2011/07/06(水) 21:28:35.49 ID:AL7aSOPE0


「――――おい!! 土御門ォ!!」


ガラスが割れそうな勢いで放たれた喝。
それでも対象は冷笑し、熱のない声で問い詰めてくる。


「なんだ? 今、何が起こっているのかを親友にも教えてやろうとしただけなのに……随分と躍起になっているな?
 まさか肝心な部分は伏せて、都合良く活用させてもらおうとか思ってるんなら、いつものお前らしくてまだ理解でき
 なくも無いが……、俺を見縊るな。お前の安くて甘っちょろい思想は、残念だがお見通しだ」

「黙れ! ……余計な事を口走る前にここから消え失せろ。……さもなきゃ、本当にブチ殺すぞ!!」

「………??? お、おい……。なんか良くわかんねーけど二人ともやめろって! ってか土御門? お前、まさか……」

「ああ、大体の事情は知ってる。……なぁ一方通行。こいつはカミやんにも知っていてもらった方がいい。お前の境遇
 を考慮した上で、俺はそれが賢明だと思う」

「黙れっつってンだろォォ!! オマエには関係ねェだろォが!! 無闇に他人の――――――」




「――――悪いが、そうも言ってられないんだ。詮索するなと豪語できる段階なんざ、とっくに超えちまってるんだからな」





773: ◆jPpg5.obl6 2011/07/06(水) 21:29:55.72 ID:AL7aSOPE0


叫びが感情の籠もっていない機械みたいな声で遮られた。一方通行の喚きに近い抗弁が、一瞬で詰まらされた。

その理由は、土御門の冷ややかな言葉だけではない。セリフと並行して行われた挙動のせいでもあった。

チャキ……。金属の擦れたような音が微かに聞こえた。

一方通行は、この音の正体を知っていた。

そう、これは―――――。




「!!???」





撃鉄が起こされ、コッキング(射撃体勢)状態になった拳銃が鳴らす独特の―――――。

774: ◆jPpg5.obl6 2011/07/06(水) 21:31:07.78 ID:AL7aSOPE0



「………おい、念のために訊くが………正気の沙汰なンだろォな?」



銃口が一方通行を真っ直ぐ見つめていた。
無表情で狙いを固定させている土御門。今にも引き金を弾き、一方通行の心臓を貫いてしまいそうな雰囲気。
只事ではない展開に、上条も言葉を詰まらせる。


「つ……ちみかど……? お前、何を………」


完全に置いてけぼりの上条をスルーし、一方通行は銃口を向けたまま静止している土御門に正面から向き合った。
まずは、この男の意図を解明してみよう。その後どうするかは、まだ保留にしておく。

もっとも、流れ次第では―――――――。


「そいつで俺を撃ち抜けると思ってンのか? または脅しか、警告の意思表示か? まァ、どっちでもいいが……
 言い分ぐれェは聞いておこォか」


こちらも邪悪な笑みを浮かべて余裕の心境を見せつける。今この元同僚に隙を見せるのは、非常に危険だ。

今の土御門は上条の級友として振舞っている時の彼ではない。お得意の憎たらしい暗喩を使って話をはぐらかせる、
ペテンまがいな言動を発する気配も窺えない。

775: ◆jPpg5.obl6 2011/07/06(水) 21:33:05.07 ID:AL7aSOPE0


上条から見た限り、対魔術師と共闘している時の彼とも雰囲気が違っているように感じた。
それよりも、もっと刃物みたいに鋭くて氷を思わせるほどに冷徹な……。

上条当麻の知っている土御門元春は、そこにはもう居なかった。

それもそのはず。土御門が上条に『暗部』の顔を見せるのは、これが初めてなのだ。

威圧感。

非情。

一切の隙を与えない物腰。

見たことのない親友の姿に、上条は呼吸さえも忘れそうになる。

まるで、一方通行が放っている不気味で独特な空気と同種。

硬直している上条など、もはや居ない者と捉えたような前提で二人は睨み合っている。
というより、上条に神経を傾けている状況ではないのだろう。両方にとっては。
銃を片手で構え、一方通行への照準をずらさない土御門。
土御門の人差し指次第であの世へ直行しかねないにも関わらず、平然と佇む一方通行。電極のスイッチは通常モード
のままだ。能力での対応は封じられているに等しい。
スイッチを切り替えるのと銃弾を受けるのとではどちらが先かなど、考えるまでもなく判る。

今、頼りにできるのは『言葉』だけだ。

776: ◆jPpg5.obl6 2011/07/06(水) 21:36:01.42 ID:AL7aSOPE0


この後の言葉の交わし合いのみが運命を左右する。
一方通行からは既に投げた。あとは土御門からの返事を待つしかない。

しばしの沈黙後、微笑を浮かべてすぐに土御門は声を発した。


「勘違いするなよ? 俺は“アッチ側の駒”として動いているわけではない。……中立の立場、つまり第三者側の
 立場で考えたら―――――――こうするのが一番手っ取り早い、最善の策だと踏んでいるだけさ」

「…………」

「ここまで教えれば、お前にも理解できるだろう?」

「………………“俺ひとりが犠牲になれば全て丸く収められる”、か……。確かにそォだよなァ。オマエの選択は
  何も間違っちゃいねェよ。あァ正論だ。少なくともそれで街が荒れ果てちまうよォな未来だけは回避できるだろォ
  からな。……クク」


薄く、笑う。


「下手をすれば学園都市の暗部勢力が総動員で動く事態すら起こり得る。………お前は今やそこまでの脅威として
 伸し上がっている。そうすればいずれどうなるか………。想像力に乏しくないお前なら、もう見えているはずだ」

「ククッ、あァ。まァ当然っちゃ当然だわな。現時点で残っている“学園都市の裏住民全員”が、俺の首欲しさに
 群がってくるってワケだ」

「………もしそうなってしまったら、『第三次世界大戦』以上の打撃は免れないだろうな。全てが手遅れになって
  しまう前に、ここで元凶を絶っておく必要がある」

777: ◆jPpg5.obl6 2011/07/06(水) 21:39:36.98 ID:AL7aSOPE0


「だから俺を今ここで殺す、ってか?」

「そういうことだ。流石に頭の回転が速いお前相手だと説明が楽で助かる。なあに、今のうちに楽になった方が遥かに
 マシなはずさ。俺にとっても、お前にとっても……」


月夜に輝くサングラス。
妖しい光の奥に宿る土御門の瞳は、学園都市の未来を真剣に見据えていた。

土御門の突発的な行動の意味はわかった。

だが、一方通行は依然として狂ったような笑みを浮かべている。
死を受け入れるような笑みとは全く別の―――――。

と、そこへ。



「――――――おい、さっきから何言ってんだよ。テメェ……」



ずっと無言を貫いていた上条が横ヤリを入れ始める。
表情は険しく、土御門を睨む黒い瞳は薄っすらと怒気が表れていた。

778: ◆jPpg5.obl6 2011/07/06(水) 21:42:21.26 ID:AL7aSOPE0


「……………」


何も答えず、銃口を一方通行へ構えたまま佇んでいる土御門。
両者の間に上条がゆっくりと割り込んだ。


「……ッ!」


「カミやん……、そこを退け」


一方通行が叫ぶ前に、土御門の静かな警告が響いた。
しかし上条はそこから動こうとせず、一方通行に背を向ける形で立ち塞がる。


「……その銃をしまえよ。土御門」


反発の意味を込めた警告のお返し。


「カミやん。お前にはまだ詳しい事情を説明していないが、こいつが只事じゃないってのは何となく解ってるんだろう?」

「ああ、本当に何となくだけどな……。けど、それが何だってんだ? ふざけてるにも程があんだろ……。こいつが死な
 なきゃならない理由なんて、どこにもねえじゃねえか! こんなの……絶対間違ってる」

779: ◆jPpg5.obl6 2011/07/06(水) 21:45:08.24 ID:AL7aSOPE0


「いや、これが正しい末路だ。それに理由ならあるぜい。そいつが今ここで死ねば、余計な被害者がこれ以上増えなくて済む」

「それが納得できねえんだよ!! 何だよそれ!!  何なんだよ!? まるでこいつが厄災みたいな言い方しやがって……!
 どいつもこいつも、テメェらの私利で物を計ってんじゃねえよ!! 他人の命だからってどうでもいいような決断かまして、
 何が余計な被害だ!! そんなモン、俺が認めると思ってんのか!? 許すとでも思ってんのかよ!! 土御門!!」


一気に声を荒げ、捲くし立てる上条。
だが、所詮はただの感情論。そんな事で精神を左右される土御門ではない。

土御門は反論する意思もないのか、ただ冷徹にこう告げるだけだった。


「………もう一度だけ言うぞ? そこを退くんだ」


「いやだね。撃てるもんなら……、撃ってみろよ」


双方譲らず。以降、膠着した状態が続く。

会話の内容が突拍子すぎて、殆ど話しについていけなかった上条。だが、それでも理解できている事があった。

“土御門は学園都市の調律維持のために一方通行を犠牲にするつもりらしい”。

上条はこの手段に賛成できなかった。
誰かが犠牲になって得られる平和など何の意味も成さない。この考え方は今もずっと変わっていない。

780: ◆jPpg5.obl6 2011/07/06(水) 21:46:51.17 ID:AL7aSOPE0


目の前で聞いてしまった以上、黙って静観などできない上条の性格を土御門は知っているはずだ。
にも関わらず、こうなる事を予測していなかったというのか?
この謎は、一方通行の行動によって解き明かされる。


「―――――邪魔だ」


「―――――ッッ!!!?」


背中に電流が走ったような衝撃を受けた上条。
一方通行の手が、上条の肩にポンと置かれた瞬間の出来事だった。


「……ぎ………ッ!!」


全身の糸が切れたみたいに地面へ崩れた上条は、身じろぎ一つできなくなっていた。
何が起こったのか分からないといった表情で一方通行を見上げる。

しかし、起き上がれない。
それどころか、右手以外の各部位が機能停止でもしているのか全く動かせなかった。


「お…………ぐ………」

781: ◆jPpg5.obl6 2011/07/06(水) 21:48:31.29 ID:AL7aSOPE0


この現象から推察するに、一方通行は上条の生体電流を能力によって操作したのだろう。
右手の感覚だけ残っているのがその証拠である。だが、右手首より先の神経が働いていただけではどうしようもない。
ただ虚しく指を乱立させるしかなかった。

本当に右手以外の全神経が麻痺状態にさせられたのか、声を発する事さえ叶わなかった。


「ったく……、何でもかンでもでしゃばりゃ良いってモンじゃねェだろォがよ。……いいからオマエは引っ込ンでやがれ」


一方通行からしてみれば、まさに御株を奪われた気分だ。
彼には確かに恩のようなものを感じてはいるが、それとこれとはまるで別の話。心底余計な真似である。


「守られる立場は流石に御免か……。予想していた通り、そこまで腐っちゃいなかったようだな」

「まァな。そンな役に回されるくらいなら、オマエにこの場で撃ち殺された方がよっぽどマシだ」


不敵に囁く土御門。これも彼のシナリオだった。
一方通行も全てを見透かした目で土御門を捉え、口元を歪める。


「さて、じゃあ改めて……、覚悟は出来たな?」

「あァ、いつでも来いよ。防壁(能力)は解除してある。文字通り丸腰だ」

782: ◆jPpg5.obl6 2011/07/06(水) 21:49:59.51 ID:AL7aSOPE0


両手を広げ、悪人の笑顔で挑発する一方通行。
土御門も再び狙いを定めた。後は指を弾くだけだ。


「……め………ろ」


右手首を上げて声にならない声を絞り出す上条だったが、もはや二人の眼中に入っていない。
現に何の阻害にもなっていなかったからだ。


そして、その時は余も無く訪れた。



「――――― 殺れ」



促した直後、土御門はニッと微笑んでから引き金を―――――――――弾いた。




「――――――!!!!!」

783: ◆jPpg5.obl6 2011/07/06(水) 21:50:55.32 ID:AL7aSOPE0


 ……………………。



 …………………………………。



 ……………………………………………………。



784: ◆jPpg5.obl6 2011/07/06(水) 21:52:39.74 ID:AL7aSOPE0


長い静寂。


辺り一帯に響く。といったほどではないが、確かに発砲音は聞こえた。
銃口から煙も噴き上がった。


だが、



「……………」


一方通行の胸に、あるはずの風穴が空いていなかった。
それどころか血の一滴すらも垂らしていない。
全くの無傷。そして、一方通行のまた無表情のままだった。

対する土御門も、悪戯好きの子供みたいな薄ら笑いを浮かべている。

上条は、またしてもこの状況に置いてけぼりを喰らう。
何が起きているのか分からない。そんな中、土御門がネタばらしでもするかのような調子で喋った。




「――――――と、まぁ……俺がどっちにも肩付かずの立場だったとしたら、間違いなくこうしてただろうな」

785: ◆jPpg5.obl6 2011/07/06(水) 21:54:04.97 ID:AL7aSOPE0


「チッ……、ふざけた小芝居が好きな野郎だ。いい加減ウンザリしてきたぜ」



ポリポリと頭を掻き乱し、冷めた視線を送る一方通行。
そして、彼の目が映す先には上条が良く知っている悪ノリの大好きな土御門がいた。


「あー、カミやん? 聞こえてるかは知らんが、こいつは空砲♪ ………ん~? 無反応だな。おい、一方通行。
 まさか思考回路まで断ち切っちゃった?」

「アホが。イジったのは運動神経だけだ。思考は正常のままに決まってンだろォ。ただ単に、オマエのくだらねェ
 サル芝居にまンまと乗せられただけなンじゃねェのか?」


どうやら一方通行の見解が正解のようだ。
段々と状況が理解できてきた上条の顔が、複雑な感情で引き攣っていく。


「あー……もしかしたらカミやんも見抜いてると思ったんだがなぁ」

「そりゃねェだろ。こンだけ真っ直ぐに生きてるヤツに限って……」

「いや、カミやんは俺が予め“嘘付き”だって教えてあるはずなんだが……」

「わかっていよォが何度も騙されるから“善人”っつーンだ。捻じ曲がった生き方を知らねェこいつに見抜けるワケ
 ねェだろォーがよォ」

786: ◆jPpg5.obl6 2011/07/06(水) 21:56:44.35 ID:AL7aSOPE0


やれやれ、と肩をすくめる一方通行と頬を人差し指で軽く掻いている土御門を視界に収めている内に、純粋な怒りが
上条を支配した。




( テ メ ェ らぁぁぁぁ…………ッッ!!) 




「とりあえず、元に戻してやったらどうだ? 人通りがいくら少ないと言っても、ずっと地面に這い蹲らせたままは
 キツイだろ。絵的にも」

「果てしなく危険な匂いがすンだがなァ……ま、いつまでもこのままってワケにいかねェし、仕方ねェな」


麻痺拘束から解放された瞬間、上条は右手の拳を堅く堅く握り締め、狼の如く二人に飛び掛かった。
相手が親友だろうが学園都市最強だろうが、そんな事はどうでも良くなっていた。
そして彼にしては珍しく、一発ぶん殴っただけでは気が晴れなかったようだ。

788: ◆jPpg5.obl6 2011/07/06(水) 22:05:32.78 ID:AL7aSOPE0


一方通行「あァ……? 久々に顔見せたと思ったら、いきなり何ぬかしてやがる?」


??「何って……。貴方が余計な事をしてくれたおかげで、自分の生活設計に大きな狂いが生じたと言っているんです」




―――――――





吹寄「まったく! 男って皆そうなのよね! 女はただ帰りを待つだけの生き物だって履き違えやがって! 聞いてんの!?
    上条当麻ぁ!!」


上条「き、聞いてまふ! 聞いてまふから額擦り付けないで!! 摩擦でヒリヒリするぅぅう!! ……ってか何で俺???」


青髪「ぐへへへ、足三本かいな。どう攻めたら………むにゅ」

796: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 22:13:46.35 ID:YN04+dKh0


歩道橋上での一悶着後。



「―――――まったく……。いくら心の広い上条さんでも、悪ふざけが過ぎるのは感心しませんのことよ」


「いやぁ、すまんすまん。ははは」

「全面的にこの馬鹿の責任じゃねェか。何で俺までとばっちり受けなきゃならねェンだっつの………」

「見破った上で乗ったヤツが今更何を言うんだ?」

「確証は得てなかったがなァ……。まァここぞって時の勘は外れた試しがねェから、俺としちゃあ大した難題
 でもねェよ」

「じゃあもし俺が本気でお前の殺害を企てていたとしたら、どうするつもりだったんだ?」

「ケッ、そン時はそン時だ」


殺伐としたムードはすっかり消え去り、三人とも肩の力を抜いて小喋りする。
すでに暗部組織リストから除名扱いとなっている土御門に一方通行抹殺の通達など来ているはずがない。
にも関わらず事情を把握している彼を、一方通行は心底不気味に思った。

一体どこから情報を仕入れているのやら。

797: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 22:15:19.59 ID:YN04+dKh0


「んで、結局どういう事なんだよ? ……俺にはサッパリ呑み込めないんですけど?」


上条が請う。
しかし一方通行は言葉に迷った。自分の口から語るにはやはりまだ抵抗が強いのだろう。
ここは土御門に責任を取ってもらう意味でも頼るしかなさそうだ。


「まぁ落ち着けカミやん。簡単に現状を話すと、一方通行は裏住民の標的にされてるんだにゃー。だから同棲中の
 番外個体にもそいつらの手が伸びてしまう事を恐れている。カミやんにわざわざ念押しの意味で頭を下げたのも、
 おそらくそれが一番の理由だろう。な? 一方通行」

「ペラペラと余計な事まで喋りくさってンじゃねェぞ。………まァ八割方は事実だけどよ」

「残る二割は意地ってヤツかい?」

「黙れ。声帯を喉仏ごと潰されてェのか?」

「へいへい」


陽気に降参のポーズを取っている土御門から上条に目線を移す。


798: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 22:17:32.26 ID:YN04+dKh0


「今の、やっぱり本当なのか……?」

「まァ、そォいうワケだ。今更隠しても意味はねェから言わせてもらうが、俺の“ココ”をヤツらは欲しがってる。
 そのためにどンな薄汚ェ手使ってくるかはわからねェ」


自身のこめかみの部分を指でトントンと指し、簡単に話す。
案の定、上条の表情が重くなった。


「………俺に、何かやれる事は無いのか?」

「さっき俺が頼ンだ事項を徹底してくれりゃ、それでいい。下手に関わろォとするのだけは……絶対にやめろ」

「なんで……ッ!?」


一方通行の口調からは一種の拒絶に近いものが含まれていた。
この突き放すような物言いに、上条は歯痒い感情を覚える。


「相手がどれだけいるかも判ってないんだろ!? ……だったら、味方は少しでも増やすべきじゃねえのか? 俺
 にだって何かの役には立てるかもしれない」

「だとしても、駄目だ。今度ばかりは俺に全ての原因がある。これ以上他人を巻き込むつもりはねェ。オマエも例外
 じゃねェぞ?」

「“これ以上”って……」

799: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 22:20:16.50 ID:YN04+dKh0


麦野たちの存在を暗に仄めかすような言い方をしてしまい、軽く後悔する一方通行。


「……とにかく、オマエは番外個体の学校生活を護ってくれ。もし学校が襲撃を受けたとしても、絶対に手は出すな。
 番外個体を連れて逃げるか、警備員もしくは教師に任せろ。そしてすぐに俺へ連絡をよこせ。間違っても応戦しよォ
 なンて考えるンじゃねェぞ。勇敢とか正義感とかで解決できる規模の問題じゃねェンだ」

「…………わかった。……けど、今言われた事を全部守れるかは約束できねえぞ? もしもの時は、俺の判断で動く
 からな? それでもいいんなら任せとけ」

「あァ……、あとはオマエを信じるしかねェからな。……頼ンだ」


「そっちの話は終わったか? そろそろ俺の方も進めたいんだが……」


二人の短いやりとりをしばし観覧していた土御門だったが、ここで口を挟んできた。
更に間髪入れずに付け足す。


「あー、あとカミやん。悪いんだが一方通行と二人にしてくれるか?」

「え……何で? 俺が居たらマズイ話でもするのかよ?」

「うーん、否定はできないが、多分カミやんには殆ど理解できない内容だからな。それにコイツとは色々積もる話もある。
 身内話みたいなモンだから、また置いてけぼりを喰らうだけだぜ?」

800: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 22:22:54.86 ID:YN04+dKh0


「わ、わかったよ。そういうことなら……。んじゃあ先に戻ってるぞ」

「おーう」


仏頂面で級友たちのいる店の方へと戻って行く上条。土御門はそれを軽く手を振り見送った。
一方通行は離れて行った上条から視線を土御門へ移し、遠慮なしに問う。


「さァ。そンじゃあ自白タイムといくか。一体どォいうつもりであンなふざけた演出を挟みやがった?」


“演出”とは、先の小芝居の事を差している。
正直言うと、完全に土御門の演技を見破っていたわけではない。ただ何となくそんな気がしただけ。要するに“勘”だ。
根拠や確信が掴めない場合は結局そいつをアテにするしかない。

大して複雑に考える必要性など、最初から無かったのだ。


「その質問は、俺がお前にぶつけるべきなのを自覚した上で訊いているのか? ん?」

「………!」


土御門の吊り上がっていた口が、並行になる。
これはつまり、笑顔ではなくなったという事だ。
意外な反応だったのか、一方通行は言葉を一瞬詰まらせてしまう。

801: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 22:24:40.51 ID:YN04+dKh0


土御門はその隙を突くように畳み掛けた。


「“どういうつもりか”……だと? 本来ならそれはコッチが使うセリフなんだが………生憎、お前の意図はもう
 見通せている。しかし……理由はどうあれ、勝手に“暗部改変”に踏み出したのはやはり頂けなかったな。一応俺
 にも“立場”ってのがあるんだぜ?」

「そンな前のことを、ずーっと根に持ってたのか? 意外と器が小せェじゃねェか。土御門くンよォ」

「気にしていたわけじゃない。“俺”はな……お前も存知の通り、俺には幾らでも拠り所がある。暗部組織の構成員
 でなくなったところで、特に困惑はしないさ」

「……………」


意味深な口調に表情が強張る。
この後に土御門が語った内容は、一方通行の理想概念を根底から覆す現実を意味していた。


「お前の作為によって確かに暗部情勢は大幅に改編された。端から見れば良い兆候にしか見えないだろうな……。
 ―――――ただし、“外部側や一般的な目線で見れば”だが」

「……………」


一方通行からの返答はない。


「言葉に詰まるって事は、もう気づいていると受け取っていいな?」

802: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 22:28:36.10 ID:YN04+dKh0


「…………………続けろ」


自身が行った『暗部改変』。正確には暗部社会に身を置かざるを得ない学生達の足枷を外す行為。
まだ日は浅いものの、確かに一方通行の通告の効果で殆どの“人質”は闇から解放された。目の前の対話相手である
土御門元春もその一人だ。

だが、それによって前線へ進出を果たした“新入生”。麦野沈利たちの一件。
善い結果ばかり生まれないのは当然だと覚悟はしていたが、現実はやはり甘くはなかった。

そして、ここに来て更なる駄目押しの実例が挙げられる。


「そうだな……。『海原光貴』についてはどこまで知っている?」

「………そこでそいつの名前を出す、か……。さァな。つか同じ組織にいたオマエなら良ォく知ってンだろ。個人情報
 には基本的に無関心な連中の集まりだったじゃねェか。詳しい事情なンていちいち把握してねェよ」

「“その後”は?」

「ツラも見てねェな。“借り物の顔”とやらを捨てて、本来の居場所にでも戻ったンじゃねェのか?」

「本来の居場所……か」


と、その時。

803: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 22:30:00.32 ID:YN04+dKh0




「―――――――ははっ、戻れるなら是非とも戻りたい所ですがねぇ……。生憎自分には“帰る場所”が無いんですよ」




804: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 22:33:07.90 ID:YN04+dKh0


「!」


ふと声がした方を向く。
すると、まさに今話題に出ていた海原光貴が反対側の通路から足音もなく歩み寄って来ていた。


「オマエ……何でここに? いつから居やがった?」

「ククッ……」


土御門は海原の接近を予想していたかあるいは知っていたのか、首を擡げようともせずにほくそ笑んだままだ。
やがて、土御門の真横にピタリと立った海原は、一方通行に対し呆れたような顔を見せる。


「まったく……、貴方という人はどこまでも身勝手なんですねぇ。まさか自分達の居場所までも奪ってしまうとは……。
 もはや蛮行としか表現できませんよ」

「あァ……? 久々に顔見せたと思ったら、いきなり何ぬかしてやがる?」

「何って……。貴方が余計な事をしてくれたおかげで、自分の生活設計に大きな狂いが生じたと言っているんです」

「なンだと……?」

805: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 22:39:25.44 ID:YN04+dKh0


海原が自分にこれほど強い意見をぶつけてきたのは、おそらくこれが初めてなのではないか?
そのせいか、一方通行は二の句が繋げなくなってしまう。
普段なら腕っぷしで制してしまう所だが、どうもそういう雰囲気ではない様に思えた。

仮に今そういった暴挙に出れば、間違いなく彼は全力で応戦してくるだろう。それには本能も同意している。
それ自体は別に慄くほどの事ではないのだが、なるべく無意味な争い事は避けたかった。

海原の次の出方を窺っている間、見かねた土御門が横から代弁するように語り出す。


「海原はこの街の住人じゃない、ってのは知っていたか?」

「………どォでもいいし、興味もねェ」

「これまではそれで通っていたが、状況も変わっている。単刀直入に言うぞ? お前は取り返しの付かない事をしで
 かしてしまった」

「何だそりゃ?」


さっぱり呑み込めなかった。
海原光貴の正体になど口述した通り興味すら湧いていなかったし、グループが解散した後の動向なんてそれこそ知った
事ではなかった。どこで何をしようが基本的に自由。それで何か問題があったのだろうか。

引き続き、土御門がこの疑問を明かしていく。

806: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 22:42:40.36 ID:YN04+dKh0


「さっき“海原は学園都市の住人じゃない”って言っただろ? “暗部”という居場所が無くなった今、海原はもうここで
 は不法侵入者扱いだ」

「はァ……!?」

「当然の処置ですね。自分は正式な手続きを経てこの警備が厳重な街に入ったんじゃないんですから……」

「………!」


そうだった。
何で今までそんな簡単な事を見落としていたのか。
そもそも正規ルートで学園都市に来たのなら、わざわざ仮の姿で自分を偽る必要などないのだ。


「その顔を見ると……、ようやく何もかもが理解できた様子ですね。にしても今頃着眼するとは、貴方らしくない。よほど
 心に余裕がないのでしょうか?」

「まぁ、こいつの今の環境を考慮すれば無理もないことだ。精神的にも相当参ってるようだしな」

「ッ……!」


見下されているような言動に、一瞬頭が沸騰しそうになる。

807: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 22:49:23.63 ID:YN04+dKh0


「………ちっ」


が、ここで喚いたとしても状況が好転するわけではない。
立場的にも怒れる身分ではない。と、大人びた(?)思考で無理矢理に怒りを鎮めた。


「少しは目が覚めたか? 海原がここにいる時点で俺が何を伝えたいのかは分かっただろう」

「……、やっぱり最初からオマエが仕組ンでやがったのか……」

「そいつは誤解だな。発案したのは俺じゃなくて海原だ。共犯なのは認めるが」

「どっちだろォが関係ねェンだよ! くっだらねェ茶番設けやがって……」

「逆ギレはやめてくださいよ。本来、罵声をぶつけるのは自分なんですから」


海原の呆れ顔が深みを増すが、一方通行の気分はいっこうに晴れない。
回りくどい方法で事実を突きつけられたのが何よりも気に入らないのだろう。


「やれやれ……でも、確かに薬が少し強すぎたかもしれませんね。そこの所はお詫びします。……ですが、コチラの心境も
 察してください。何せ自分は祖国から迫害を受けている身、学園都市に滞在できなくなったといって帰るわけにもいかない
 のですから」

「迫害だァ?」

808: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 22:51:32.80 ID:YN04+dKh0


「いろいろと事情があるんですよ……。つまらない理由です」

「そういうわけだ、一方通行。お前のせいで海原は路頭を彷徨わなければならなくなった。海原だけでなく、他にも暗部組織
 除名された事で不遇となった者も少なからず存在するはずだ。そいつらにはどうやって落とし前つける気だ?」

「余計な恨みを買ったってか……。別に構やしねェよ。俺は俺のやりたいよォにしただけだ。その結果、不具合が生まれたン
 なら文句言うなり襲うなり好きにすりゃいいさ。いくらでも受けてやる。……海原、オマエの主張もな」

「それは良い心構えですね。………まぁ、安心してください。自分にも一応の拠り所はありますから、とりあえずは何とかな
 っています。余計な心配を掛けたようですね」

「そォかい、そいつは良かったな。………オマエにも意地悪な一面があったって分かっただけでも、大収穫だ」

「貴方に現実を知らしめてやりたかったのですが、悪戯の範囲を超えていましたね……。いっそ、何も仕込まずに堂々と殴り
 掛かった方がまだ良かったと後悔してますよ」

「あァ、どこぞの馬鹿みてェに正面立って直接言ってくる方がまだマシだな。もっとも、その後の末路はどォなるか知らねェ
 けどよ」

「おぉ、こわいこわい……」

「ケッ」


このセリフが果たして一方通行流ジョークなのか、それとも本気なのか。一方通行の不気味に歪んだ顔を見た海原は、後者だ
と確信する。
同時に愚行に乗り出さなかった自分自身をひっそり褒め称えた。

809: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 23:02:44.34 ID:YN04+dKh0


そんな海原に釣られたのか、土御門も少し控えめな声で言う。


「俺も少し悪ノリしすぎたみたいだな……ちょっと反省するぜよ」

「人を欺くのに慣れてるオマエが『反省』っつっても、説得力ねェな」


ふん、と鼻で嘲笑ってやる。すると土御門は「そりゃ心外だにゃー。俺だって清く正しく勤勉に励む青春真っ盛りな男子高校生
なんだぜーい!」などとアホ染みた抗弁を返してきた。
海原もこんな掛け合いにどこか懐かしさを感じているのか、いつの間にやら楽しげな表情に移っていた。

僅かの間だが、彼らの周囲が和やかな雰囲気に包まれる。


「――――ンで、結局海原はそれだけのためにわざわざ来たのかよ? 俺に文句を言いたかったらもっと他に機会あっただろ……。
     よりによってこの馬鹿のクソ演出後に登場しやがって」

「まぁまぁ。少し時期の早い、小規模な『同窓会』ってことでいいんじゃないかにゃー」

「一人、足りませんけどね」

「同窓会ねェ……。そンな間柄だったっけか?」


欠席者と最近会ったばかりの一方通行は、海原の呟きを無視した。
あまり思い出したくない出来事があったからなのは言うまでもない。

810: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 23:11:50.09 ID:YN04+dKh0


そんなこんなでピリピリしていた空気も緩和された中、土御門がやや強引ながら本題に触れた。


「俺も海原も、お前の現状を深刻に思っている。………お前、これからどうするつもりだ?」

「さっき言った通りだ。ヤツらの動向にこの俺が怯えるとでも思ったか? 逆だよ。見えないトコでこそこそやってるのは
 好かねェが、表立って挑戦しようってンなら乗ってやるつもりだ。来るなら来やがれってなァ」

「貴方だけならそれで済むんでしょうけど……、では“彼女”の方はどうなるんです?」

「当然守り抜くさ……。俺の脳よりも最優先でなァ」

「命以上の存在、か……。そう言うと思ったぜよ。番外個体はカミやんと俺に任せておけ。授業時間中の心配は要らないさ」

「悪りィな……。何も起こらないのが本当なら一番だが、『新入生』が番外個体の存在を無視するとは思えねェ。番外個体
 の安全を確保するには、どォやらオマエの協力も必要みてェだ。……っつーことで、是非ともよろしく頼むわ」


捻くれ要素控えめで一方通行にしては見違えるほど素直だったが、もう海原も土御門も驚かなかった。
しばらく顔を合わせてなかったものの、一方通行の心境の変化に気づけない二人ではない。意思の疎通が図れるほどではない
にしろ、これまでの付き合いはそういう意味で無駄ではなかったと言える。

現に一方通行の直感は、『彼らは敵ではない』と告げていた。
だから安心して頼めたのだ。
上条や土御門が同校だったのは、ある意味ラッキーだったのかもしれない。

811: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 23:19:54.78 ID:YN04+dKh0


「ところで、結標にはあれから会ったか? 折角だからアイツも混ぜてやろうと思ったんだが……連絡先が変わってて行方
 知れずなんだ」


偶然に感謝しかけた所で唐突に掘り返され、一方通行の思考が止まる。
いや、それ以前に今彼は何と言った? 行方知れず?


「はァ? オマエら……結標とは通じてねェのか?」

「いいえ、『グループ』解散前の仕事以来、見かけてませんよ」

「アイツも謎多き女ってヤツだからにゃー……。何も知らずに学生復帰してるのかどうかすらも分からん。今頃どこで何
 してるのやら……」

「…………」


嘘を吐いている風には見えなかった。


(本気で言ってンのかコイツら……? だが、確かに結標も『コイツらとは繋がってない』っつってたし……。嘘じゃな
 かったって事か……。本当は裏で繋がってンじゃねェかと思ってた俺の思い過ごしかよクソ)


新生『アイテム』とのいざこざを知っていて、そこに結標が関わっている事実を知らないのは正直違和感しか残らない。
情報の手違いか、又は結標自身が上手く計ったのか……。現段階では不明だった。

812: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 23:24:44.45 ID:YN04+dKh0


結局、結標と接触した件については伏せておいた。
話した所で別段問題はないが、結標は結標で意志を持って動いているのだ。
水を差してしまう結果を生むのは極力避けてやるべきだろう。

というのは建前。本当は話すのがイヤなだけだ。


「ま、面白そうな事件の匂いでも嗅ぎ付けて、いずれ姿を現すかもしれん。結標の事はとりあえず今は置いておこう」

「そうですね」

「………っつーか、土御門。流石にそろそろ戻らねェとマズイだろ。長くなる話はまた後日にでも改めよォじゃねェか」

「あー……そうだな。カミやん一人に任せるには荷が重いだろうし、ぼちぼち戻るか。伝え残しがあったらまた後々連絡
 ってことで」

「何でもいいからさっさと行くぞ」

「では、自分もここで失礼させて頂きます。何かお力添えになれるような事があったら、その時はどうかよろしく」


一方通行と土御門は表通りの方角へ、海原はその逆方向へと足を踏み出し、小さな同窓会はこれにて一旦終結した。

813: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 23:26:41.85 ID:YN04+dKh0


「――――――ぎゃはははははははっ!! 遅かったじゃんかよー、アクセラれーた~☆▲○~」


「!?!?」


店へ入るなり、やたら騒いでるヤツがいるなと思ったら自分の連れだったというまさかのオチ。


「野郎二人して駆け落ちですかぁ~? ミサカを置いて旅立っちゃおってんですかぁぁ~~!! ふざっけんなよゴルァ!!
 ミサカより可愛い子とかだったらまだ分からなくもないよ?! けどよりによって男にとられるって………このミサカ
 にあるまじき失態ィ~~!! ねえねえ! ミサカの何がいけないのかなあ!? 秋沙!」

「言葉が乱暴。……とても良くない。だがそれが良い。グビグビ」

「どっちさ?」


「まったく! 男って皆そうなのよね! 女はただ帰りを待つだけの生き物だって履き違えやがって! 聞いてんの!?
 上条当麻ぁ!!」


女子面子は三人とも良い具合に壊れていた。


「き、聞いてまふ! 聞いてまふから額擦り付けないで!! 摩擦でヒリヒリするぅぅう!! ……ってか何で俺???」

814: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 23:35:12.28 ID:YN04+dKh0


「ごくごく……ッ!」

「ふ、吹寄サン? もうそれ飲まない方が……どう見ても未成年に適さない代物ですよ? ってか飲みすぎだろオイ!!」

「ぶはーっ! ……飲みすぎたのは貴様のせいよッ!!」

「何故!!??」


「ぐへへへ、足三本かいな。どう攻めたら………むにゅ」


男陣は色んな意味で終わっていた。

青髪ピアスはテーブルにだらしなく突っ伏したまま夢の世界へ旅立っており、先に戻らせていた上条当麻は異様な状態の
女子たち(主に吹寄)の餌食となっている。
一方通行たちの帰還に気づくと同時に、縋るような眼差しを向けてくる。要するにこちらへ助けを求めているようだ。


「お、お前ら遅いっ!! 早く何とかしてくれ! ってか土御門! お前こいつらに何を飲ませた!? この座敷全体に
 広がる匂いと酔っ払いが放つ独特の酒気がもう正解を教えてるようなモンだけど、敢えて聞かせてもらう!」

「あちゃー……ははは」

「ははは、―――――じゃねえっっ!!! テヘ♪ みたいな顔して誤魔化そうとすんなぁぁ!! お前確か『眠らせて
 る』っつってたよなぁ!? なんだこれ!? なんなんですかこの始末!? 戻って来たら全くアベコベの状況じゃねーかっ!!」

「酔い潰れてる頃かな~と思ったんだにゃ。どうやら皆思ってた以上の酒豪だったみたいだぜい。約一名(青髪)以外は」


テーブルの上に散乱した酒瓶が凄惨な光景を物語っていた。

815: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 23:40:59.76 ID:YN04+dKh0


「助けに回ってくれる要員が潰れてんじゃ意味ねーだろ!! ああもう、吹寄さんだからくっつかないで胸が……! 上条
 さんの腕にあらぬ部位が密着を許してますの事よ!? っつーか、見てないで助けてくれ! 今店員にでも見つかったら完璧
 アウトどころか、下手すりゃ停学になっちまう!!」

「カミやんを殴り飛ばして救出してもいいんだが……、しかしここでカミやんを助けるのは果たして吉か……う~ん」


そうこうしてる間にも酔っ払い特有の絡みは執拗に上条の精神を削っていく。
姫神秋沙はほんのりと赤みを帯びた肌が色香を演出していたが、暴走中の吹寄を仲裁できるほどの力は兼ね揃えていない。
吹寄の絡み酒ぶりに歓声を上げていた番外個体は、自身のターゲットを見つけて一気に上機嫌となった。

そのターゲットとは一体誰のことを指すのか? 


(『君子危うきに近寄らず』ってのは良く言ったモンだぜ)コソーリ、コソーリ。


ターゲット? そんなのはもちろん一人しかいない。


「おいテメー。なにコソコソ逃げようとしてんの? どうせ『面倒臭い状況』だとか思ってんでしょコルァ」

「う、うるせェ! つか酒臭ェンだよ! 纏わり付くンじゃねェェ!!」


無謀な離脱を試みるものの、所詮は無駄な足掻きでしかなかった。
酔った番外個体の絡みっぷりは凄まじい。一方通行は皮肉にもそれを知っていた。
なにせ以前に彼女たちのDNA源、御坂美琴の母親に似たような絡み酒の被害を受けた憶えがあるのだ。

こういう局面で、“あの女”の遺伝子がしっかりと引き継がれている事を実感させられる。彼にとっては迷惑でしかないが。

816: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 23:42:28.51 ID:YN04+dKh0


とりあえず、絡みついて離れない番外個体はそのまま放置して元凶の土御門を睨みつけた。
如何せん迫力に欠けるのは、背中にタコのようにしがみついた番外個体のせいである。


「よりによってコイツに与えちゃならねェモン与えやがって……。遺書は書けてンだろォなァ土御門ォォ!!」

「あはは、いやー計画ってのは必ずしもどこかに穴が空くから面白い。とりあえず店員呼ぶか?」


この一室はカラオケボックスなどで見られる個室のような扱いの座敷だ。
こちらから呼び出さなければ店員はまず来ない仕様である。今回はこれが災いの元種となったのだが、今となってはその
システムが救いだった。


「ふざけてンのかァ!? ンなことしたら更に面倒な――――」

「おーいアクセラれーた~☆ ミサカもう眠くなっちゃった~。寝ていーい?」

「うお、背中に圧し掛かったまま急に脱力すン……く………重……ッ!!」


不意に体重を預けられ、支えきれなくなった一方通行は抗議も虚しく座布団の上に崩れ落ちた。
その様子を見て土御門が笑いを堪える。姫神は一方通行の虚弱さに失望したかのような目を投げ、吹寄は興味を示す仕草
すら出さずに上条を捕食し続けている。
そして青髪は相変わらず爆睡こいたままだ。

817: ◆jPpg5.obl6 2011/07/09(土) 23:44:37.80 ID:YN04+dKh0


「おい、退け……ッ…コラ……!」

「ぐがー……」

「って、ホントに寝てンじゃねェ! ………クソ。おい、上条―――――」


「こら上条っ!! だいたい貴様というやつはいつもいつも(以下説教)」

「ひぃぃ………不幸だぁぁ」(これならインデックスに噛み付かれた方がまだマシだ)


「―――――は……アテにならねェか………。はァ、何つーか今まで真面目に色々と考えてたのが、いっぺンにアホらしく
    なってきたわ………」


鼾を立てる番外個体の下敷きになりながら、一方通行は本日を締め括るような深いため息を吐いた。
同時にこんな悠長な気分でいて本当に大丈夫なのだろうか……。と、少し不安にもなった。

828: ◆jPpg5.obl6 2011/07/18(月) 22:39:57.01 ID:opLHq8YV0


―――



普通に晩飯を外で摂るだけのつもりが、酒入りの小宴会になってしまった番外個体編入初日。
同日、とある病院に彼はいた。


「……………」


茶髪にほぼ同色のジャージ、下はジーンズを着用した一見ただの不良にしか見えない少年は絶賛不幸中といった湿っぽい
面持ちで待合室の椅子に腰掛けていた。
彼、浜面仕上の全身からはまるで受験結果発表直前みたいな、妙な緊張感が走っている。
だがその反面、やはりどこか湿々とした印象も混合していた。

手を合わせて、顔の前で意味もなく何かを祈り続けているその仕草に、側を通る入院患者などの同情の視線を彼に向けて
いた。場所が場所だけに、この少年が今どんな状況でどんな心境なのかが何となく察知できているのだろう。

決して森閑としたエリアではなく、そこいらで話し声やらアナウンスやらは鳴っている。
が、浜面にはそんな音など耳に入ってこない。
今の彼にとって、ここは寂れた無音地帯と何ら変わりないのだ。

それほどに、心ここにあらずだった。
一人の少女のこと。あの日に起こったこと。
全てが今でも鮮明に脳内でリプレイされる。

830: ◆jPpg5.obl6 2011/07/18(月) 22:43:27.03 ID:opLHq8YV0


(滝……壺………)


潤いを全く感じさせない枯れたような声が、心の中でまた繰り返される。
もう何度この名前を呟いたか。何度叫んだか。

何度、呼びかけたか。


(ごめんな……俺のせいで………ほんとに………ごめんな…………)


何度、謝ったか。

そうしてまた、少年は自責の念に溺れていく。

同道巡りし続ける記憶回路。
病院の待合席で独り、こんな風に過去にとらわれるのが習慣のようになりつつあった。

知っていた。
こんなことは無意味でしかない、と。
何の慰みにもならない、と。

しかし、他にできる事が思い浮かばない。
こうして毎日見舞いに訪れるしか、できる事がない。


彼女の意識が戻ってくれるまで、少しでも近い場所で願い続けるしか―――――――。

831: ◆jPpg5.obl6 2011/07/18(月) 22:44:54.72 ID:opLHq8YV0
※以下、回想

832: ◆jPpg5.obl6 2011/07/18(月) 22:48:05.63 ID:opLHq8YV0


~~~



約一ヶ月ほど前の夕刻。

その日は、普段と同じように終わるはずだった。
明日、明後日になれば、ついさっき食べた夕食のメニューも思い出せなくなるだろう。
いつしかそんな風に“今日”すらも忘れていく。浜面仕上は本気でそう思っていた。

まさか忘れられない日になるとは夢にも思っていなかった。少なくとも、この時はまだ。


「おい浜面ぁ! 氷は五つ以上入れんなっつったろーが!! 溶けて味落ちちまうじゃねえか!」


いつものファミレスに、いつも通りの怒声。
今となってはこれすらも幸せな日常の一部だった。


「まったくこれだから超浜面は……」


絹旗最愛の蔑むような目も。

833: ◆jPpg5.obl6 2011/07/18(月) 22:51:19.37 ID:opLHq8YV0


「大丈夫? はまづら」


不思議系兼癒し系少女、滝壺理后の心配しているのかしていないのか判別しきれないこの気遣いすらも。

何もかも鮮明に憶えていた。

あの数時間後の未来を、可能ならば伝えてやりたい。

当時、元通りの平穏に慣れ浸っていた自分達に―――――。



時は更に少し巻き戻り、正午過ぎ。

かつて、アイテムが所有していた数ある隠れ家の中の一角。現在では新生アイテムの正式なアジトとなっていた。
アジトとは言っても至って普通の一般宅だが。
ここではリーダー格の麦野沈利を筆頭に、絹旗最愛、滝壺理后、浜面仕上が生活を共有し、有意義な時を過ごしていた。

戦争が終結し、平和で穏やかな景観溢れる学園都市。

彼女達は一度入った亀裂を修繕しようと、新たなスタート地点に立ったのだ。
すでに暗部組織という枠内から逸脱している異端な少年少女達。されどその能力は上層部も軽視できない程に高い。

834: ◆jPpg5.obl6 2011/07/18(月) 22:54:21.50 ID:opLHq8YV0


以前と変わった部分。
それは統括理事直属の指令が彼女等に下りなくなった事。
だが、別段と不自由に感じた者はいなかった。元々好き勝手に振舞う面々だったせいもあってか、彼女達は特に後ろめたい
感情を表そうともせずに、それぞれ自由に行動していた。

ここは、そんな彼女達の帰る場所という役割を負っていた。

少しずつではあるものの、また前のような関係になれつつある。
あの時、ロシアという異国の地で麦野を説き伏せた浜面はそう信じていた。そしてその日も決して遠くはないと。


帰国した浜面に、もう一つだけ変化があった。

ロシアでずっと行動を共にした少女、滝壺理后との関係である。

帰国してそう経たない内に、彼女は浜面へ想いを打ち明けてきた。
いつもと同じ口調なのに、瞳からは並ならぬ決心と意志が強く表れていた。滝壺なりに、真剣なんだというのが一目で
判った。

そして、浜面もまた彼女と同じ気持ちだった。

気に食わない点としては、女の方から先に言わせてしまったことぐらいだ。
だからこそ想いを告げられた時、せめて不器用な返事を口で述べる前に行動で応えようと、彼女を優しく抱きしめた。

そこから麦野たちとの関係も微妙に変わったような気がする。

835: ◆jPpg5.obl6 2011/07/18(月) 22:58:33.29 ID:opLHq8YV0


麦野はこれまで見せなかった切なげな顔を、良く彼の前で見せるようになった。いや、正確には浜面と滝壺が揃っている
場面でと言った方が正しい。
まるでどこか物憂げそうな、寂しそうな……。
だが、浜面か滝壺がその様子に気づく前に麦野はいつもの調子を取り戻している。何かを押し隠すみたいな、悟られたく
ないような、そんな心情が浮き彫りになっていた。

絹旗に至ってはもっと酷い仕打ちが予想されたが意外にも反応は大人しく、ネタにして浜面を貶すような真似はしなかった。
これは浜面にとっても滝壺にとっても少し予想外だったらしい。

二人がくっつく前はバニー服やら何やらで浜面を挑発(面白がって)していたあの絹旗が、くっついたらくっついたで
何か思う節でもあったのだろうか。特に冷やかしが無い分、拍子抜けした記憶がある。(別に期待していた訳ではない! 断じて)

下手に“暗黙の了解”で仲間との距離を伸ばすよりも、しっかり報告した方が吉だと踏んだ彼らの判断が間違っていた
のかどうかは誰にもわからない。だが、決して彼女達の間の溝が深まったわけでもない。
今はそれで良いだろう……。
何日か前、滝壺とベッドの上でそう結論を下したところだ。

幸福は高望みをすると逃げていく。
だから、せめて今現在の幸せを満喫しよう。
もうあんな恐ろしい目に合う事も、震える足を奮い立たせて戦地へ赴く必要もないのだから――――。

836: ◆jPpg5.obl6 2011/07/18(月) 23:00:16.83 ID:opLHq8YV0


「――――――ちっ……」


「どうした? 麦野」


リビングで何かの通達書に目を通している麦野を見つけた。
浜面はそんな彼女にさりげない感じで声を掛ける。


「あぁ、浜面か……」


声色からは不機嫌さが露骨に表れていた。


「何見てんだ? ……もしかして、また『例のヤツ』か?」

「まあね……。ったく、しつこくて参っちゃうわ。なーんでウチらをそっとしておこうって気になんないのかしら……」


学園都市最高戦力の一員な上に、暗部の世界でもめざましく活躍していた彼女を上層部が放し飼いにしておくとは思え
なかった。勿論そんな事は麦野本人も承知しているのだが、平穏を取り戻して過去を清算するまさにこれからという時
ではぼやきたくなっても仕方が無いのかもしれない。だから浜面は敢えて指摘しなかった。
もっとも、したらしたで後が恐ろしいというのが本音なのだが。

837: ◆jPpg5.obl6 2011/07/18(月) 23:12:16.66 ID:opLHq8YV0


「『第一位の抹殺……但し頭部の原形は留めよ』、か……。いよいよ本格的に街を敵にしやがったらしいな」


通達書の内容のメインを覗き込んでそんな感想を吐く浜面に、麦野は問う。


「あいつも同時期にロシアまで来てたとはね……。それにしても、第一位は何をやらかしたのかしら?」

「ロシアの件がきっかけにしては、随分と時期が遅いぜ? 帰国した後に事を起こしたって考えるのが自然だろ」


麦野も浜面も現時点でまだ一方通行が暗部情勢をガラリと変えてしまった事実を突き止めてはいない。
そのため、指令内容の裏を探ろうにも未知の謎だらけでさっぱり真相が見えてこない。

仮に調査に本腰を入れたところで、これまで頼りにしていた情報提供人も御役御免となっている。
コネやアテが無ければまさに暗中模索である。難事件が迷宮入りしてしまうのと同様、真実に辿り着ける可能性は極め
て低いだろう。

向こうも詳細を伝える気はないらしく、ただ言われた通りに動いてもらうだけの記述しかされていなかった。

元々こんな条件で働くことを麦野は好かない。まして第一位が生きようが死のうがあまり興味も持てない。
何よりあの“悪魔”と相対する以上、こちらもそれ相応の覚悟が必要だ。今はそんな生死を賭けるような覚悟を決める
気分でもなかった。


「仮にもこの街でトップの脳髄なんだし、希少価値はとんでもないんだろうけどさぁ……。何か腑に落ちねえんだよな。
 えげつねえ実験やら研究やらで成り立ってる街なだけに、陰謀の匂いがプンプンしてやがる。恐ろしい事の“前兆”みたい
 な感じがするな……」

838: ◆jPpg5.obl6 2011/07/18(月) 23:15:29.88 ID:opLHq8YV0


「ま、どうでもいいけどね。どっちにしたって私らには関係ないことよ」


上層部に掛け合ったところで、指令が口頭に変わるだけだろうと判断した麦野は通達書をクシャクシャに丸め、ゴミ箱
へ向けてポイと放り投げた。


「んなことより、滝壺と絹旗はどっか行ったの? さっきから姿が見えないけど」

「ああ、滝壺ならもう検査に行ったぜ。俺も行くっつったんだけど、一人で平気だってさ……」


ロシアでは『体晶』の影響でまともに歩くのもままならなかった滝壺だが、学園都市に帰還してからは体調もすっかり元に
戻っている。今日はその確認検査のようなものだ。言い換えればただの健康診断である。

一緒の同行をやんわりと拒否されてしまい、どこか寂しそうな浜面を麦野は茶化した。


「おーおー、お熱いこって。愛想つかされるきっかけになんなきゃいいわね。あまり心配しすぎたり過保護に扱ったり
 すると女は重荷に感じちゃうモンだから、精々気をつけな」

「そ、そんなつもりはねえよ。……たぶん」

「もうちっと男らしくビシッと断言できねえのかよ? ……ったく、滝壺もこんな馬鹿のどこに惹かれたんだか……。
 こいつは永遠の謎だわ」

839: リア充爆散しろ ◆jPpg5.obl6 2011/07/18(月) 23:18:50.70 ID:opLHq8YV0

「悪かったな。どうせ人生初彼女ですよ。経験豊富な麦野さまに比べたら俺なんてさぞヒヨッ子ちゃんなんでしょうねぇ」

「いや、誰もそこまで……っつか経験豊富って誰が……?」


不貞腐れた様子の浜面に麦野の調子が狂う。


「そ、そう言やさ! 絹旗はどこ行ったのかなーん」


さりげないつもりで話題を変えた。
浜面は一瞬白い目をしたが、あまりノリすぎると恐い展開になりかねないので黙っておく。
そして麦野の質問に眉を寄せて答えた。


「さあ? あいつが何も言わないで出かけるなんていつものことだし……。またマイナー映画でも観に行ったんじゃねえのか?」


840: ◆jPpg5.obl6 2011/07/18(月) 23:22:30.66 ID:opLHq8YV0


―――


「………………」


今の状況を強いて表現するなら、一触即発。


他に人が誰も居ないビルの屋上で睨み合っているのは齢十五にも満たない少女同士。
片やニットのワンピースに背の小さい小柄な少女。もう片方はパンク系統の洋服に黒のパンツルック、更に手には大事そうに
抱えたビーチやプールなどでお馴染みのイルカのビニール人形。

一見対称的な二人だが、実は彼女達にはある重要な共通点が存在している。


「……おいおい、テメェから呼んでおいて出方を探るってのはちょっと卑怯なんじゃねえのか? 絹旗ちゃんよぉ」


先に黒で統一された少女、黒夜海鳥が沈黙に焦れた。


「っつーかよぉ……良く私の連絡先が分かったよな?」

「これでも“元”暗部の人間です。心当たりさえ超はっきりしてれば、行き着く方法なんていくらでもあるんですよ」

「んで? わざわざこんな風情のねぇ場所まで選んで何の用よ? 懐かしの級友同士、思い出話でもしようってか? 突然
 ワケの分からねえ行動に打って出る面は変わってねえらしいな。絹旗ちゃーん?」

841: ◆jPpg5.obl6 2011/07/18(月) 23:30:33.81 ID:opLHq8YV0


「そっちこそ、相変わらず超粗暴な口ですね。……白々しい」

「あぁん?」


空気が一瞬で凍りつく。
不愉快な心情を形相で語る黒夜に対し、絹旗はペースを崩すことなく切り出す。


「今朝、ウチらの元に上層部直々の通達書……いえ、指令書が届きました」

「ふーん。……え? っつか何? いきなりそんな話されて私はどうリアクション取ればいいわけ?」

「少し前なら特に珍しくもないんですがね。けど、ここ最近で暗部組織『アイテム』の体制は大きく変わりました。今の私達に
 直属の指令が届くなんてのは、超有り得ないんですよ」

「…………」


無関係な人間からすれば何が何やらさっぱりだが、絹旗は確信を持って喋っている。
まるで、黒夜の懺悔を待っているかのように。


「つまり、何が言いたいわけさ?」

「まだ自分から白状する気にはなりませんか? ……ならいいでしょう。超断言します―――――――」

842: ◆jPpg5.obl6 2011/07/18(月) 23:32:10.93 ID:opLHq8YV0



「――――――この指令書を私達の元へ送ったのは、あなたですね?」




843: ◆jPpg5.obl6 2011/07/18(月) 23:35:57.80 ID:opLHq8YV0


一呼吸間を空けた後、絹旗は黒夜を真っ直ぐ見つめて言った。


「そして、この計画の中心……いえ、前線で動員されている内の一人があなた……違いますか?」


「ぶふっ」


冗談抜きの真顔に思わず吹き出してしまう黒夜。


「探偵ゴッコにでも嵌ってんのか、絹旗ちゃーん? なかなか滑稽だったからもう一回見せてくんねえか?」

「私が今言った事がでたらめだったなら、確かに滑稽でしょうね……。でも私の目は超欺けませんよ? あなたが絡んでいる
 のは超間違いないんですから」

「……何の根拠がある?」

「この指令書をあなたが作った時点で、何故私にバレないと思ったのか……逆にコッチが伺いたいです。あなたの工作癖なん
 て、“あの時”から身体で嫌というほど憶えてしまっているこの私に……」

「…………」

「筆跡だけを隠したところで、大した意味はなかったようですね。所詮あなたは“あの時”から何にも成長してないんですよ」


次第に無口になっていく黒夜に容赦のない言葉が刺さる。

844: ◆jPpg5.obl6 2011/07/18(月) 23:40:41.96 ID:opLHq8YV0


「本題はこれからです。――――――私達をこの件に巻き込むのは、やめてください。私達はもう暗部の人間ではありません。
 あなた方の指図に従う義理もないんですよ」

「…………」

「あなた方がどこで何をしてようと、私の超知ったことではありません。第一位の首にも執着する気はありません。やるんなら
 どうぞご勝手に。……二度とこんなふざけた通達を送らないでください。はっきり言って超迷惑です!」


とどめに通達書(コピー)を黒夜の目の前でビリビリと破り捨てた。


「今のはウチらのリーダーの代弁、そして私からの超警告です。これ以上はコッチも超黙ってませんからそのつもりで。……用件
 は以上です」


そう言い残し、立ち去る。
しかしそのまま大人しく帰す黒夜ではない。
つんとした背中に威嚇の眼光を放ち、敵意剥き出しで呼び止める。


「おい! 待てよ絹旗ちゃん。一方的に言いたいだけ言ってサヨナラーってか? そりゃちょっと都合良すぎなーい?」

「………話すことはもうありませんから」


振り返らずに冷たく伝えるが、黒夜の腹の虫は収まってくれないらしい。

845: ◆jPpg5.obl6 2011/07/18(月) 23:44:57.17 ID:opLHq8YV0


「そんな寂しいこと言わずにさぁ……。久しぶりにこうやって再会したんだ。もっと互いの近況について語り合おうぜ?」

「…………」


絹旗は無視を決め込んだ。付き合うのも無駄だと言わんばかりにスタスタと非常階段口の方へ歩き、黒夜から離れていく。
このとりつく島もない状況に痺れを切らした黒夜は、少々強引な手段に切り替えた。


「……そーかいそーかい。あくまで私達の計画に協力する気が無いってんなら、別にそれでも良いさ。――――――だがな」


「―――――!」


途端、周囲を流れる風向き。いや、大気そのものの循環が異変を見せた。
その直後、異常を感じた絹旗が足を止める前に、すぐ真横を棒化した気体が凄まじい速度で通過して行った。


「………………何の真似ですか?」


さして驚いた様子もなく、背後の黒夜へ問い掛ける。
今しがた横を通った異物の正体は絹旗も充分に分かっていた。

そう、彼女自身の能力の素材とも言える物質、『窒素』である。

846: ◆jPpg5.obl6 2011/07/18(月) 23:48:18.59 ID:opLHq8YV0


「人の話は最後まで聞けよ。アンタだって第一位の存在は疎ましく感じてンだろォ? なら消しちまおうって発想には
 至らねェのか? あァ?」


ガラリと豹変した口調に、自然と絹旗の表情が引き締まった。


「ふん、生憎ですね。私はあなたとは超違いますから。陰険で狡猾で根っこまで腐っているあなたなんかとは……」


薄ら笑みを浮かべ、嘲弄する。


「同じ穴のムジナ……って知ってるか? どォ奇麗事並べよォが、私らは“あのクソ忌々しい計画”の被験者同士。この
 事実は変えらンねェのさ。そォ突き放そォとしないで、仲良くやろォじゃないの」

「超反吐が出ます」

「なンなら今ここで“お遊び”と洒落込ンでも良いけど、どォする絹旗ちゃーン? 反撃体勢は取らないのかにゃーン?」

「超安っぽい挑発ですね……。そうまでして私の気を引かせたいですか? くだらない。悪いですが、そんな鼬ごっこには
 超付き合ってられません」

「……………………あァ、っそ」


ここまで誘っても絹旗は闘志を見せなかった。これ以上は本格的なバトルに突入しかねない。そうなっては手駒に加える
算段も確定的に絶たれるどころか、今後の予定に支障も出てしまいそうだ。結局脅し作戦も失敗に終わったわけだ。

847: ◆jPpg5.obl6 2011/07/18(月) 23:53:20.65 ID:opLHq8YV0


退き際を誤っては本末転倒である。
黒夜は全身を渦巻く『能力』を解くと共に脱力し、残念そうな顔で吐いた。


「ちっ、ノリ悪くなったなぁ絹旗ちゃんよぉ。少しぐらい熱を上げてくれてもいいのにさ……。あーあ、なんかシラケた」

「……………」


やはりこちらの冷静さを奪い、まずは感情を昂ぶらせるのが目的だったようだ。そんなことだとは思っていた。
話し合いに持ち込ませずに一方的な意見だけをぶつけて去ろうとすれば、大体はその方法を選ぶしかなくなってくる。
絹旗は全て見透かしていた。最後まで心を揺らさず、挑発にも一切応じないのがこの場合最も有効な対処法だ。

元の調子に戻った黒夜にはもう目も振れず、絹旗は再び足を動かす。


「あー、最後の忠告だ。今夜は“荒れ”そうだから、戸締りはしっかりしておきな」


「…………?」


最後に意味深なセリフに一瞬引っ掛かったが、また気を引かせるための方便だろう。
構わずにそのまま屋上を下りて行った。

独りビルの屋上に残った黒夜は、通信機と携帯電話の中間みたいな機器を胸元から取り出すと、スピーカーに向かって
喋り出した。

848: ◆jPpg5.obl6 2011/07/18(月) 23:54:59.67 ID:opLHq8YV0


「私だ、シルバークロース」

『早かったな。答えは聞けたのか?』

「あぁ……、やっぱり結託には至らなかった。交渉はあっさり決裂さ。まぁ、予定通りだがな」

『では、やはり今夜に決行という流れで変更は無いな?』

「変更する理由も無いしな。そっちに何か不備不具合はあるか? シルバークロース」

『動員数も申し分ない。第四位が少々厄介だが、対処法は既に構築済みだ。特に問題ないだろう』

「もう“衣装”も決めたんだな?」

『抜かりはない』

「……オーケー、それじゃ後の指揮はアンタに任せる。牙の抜けたOG共に地獄を見せてやりな」

『つまり、場合によっては殺害も許容すると?』

「構うこたァねぇ。浜面仕上以外は好きに“殺”っちまえ」

『わかった。……ところで、黒夜は来ないのか?』

「私は“ガキ”の情報収集に回る。もうちょっとで回収できそうなんでな」

『そうか……。では仕方ないな。ヤツらの断末魔くらいは録音して、後で聞かせてやろう』

「ふふ、そりゃあ楽しみだ……。良い報告を期待してる」


通信を切り、醜悪な笑みを浮かべる。
そして囁いた。


「折角のご忠告、悪いが棒に振らせてもらうぜ。絹旗ちゃんよぉ……。ククク」

861: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 22:13:43.03 ID:rc/cGNyJ0


―――


間もなく完全下校時刻に差し掛かろうという頃。

麦野たちが寝床としている家宅周辺は街灯も少なく、警備員による巡回も比較的少ない位置に在している。
よって、闇ルートの密輸売買などが近辺で頻繁に行われていたりもする。
もっとも彼女らには全くと言っていいほど関係のない事象であり、もし仮にその類にちょっかいを掛けられたとしても
返り討ちにするのは容易い。

したがって、絹旗の帰りが遅くなろうが麦野はそれほど心配していなかった。


「――――じゃ、そろそろ俺は帰るよ。絹旗が帰ったらよろしく言っといてくれ」


麦野たちの玩具にされ、心身共にズタボロとなった浜面が立ち上がって告げた。
女だらけの家では落ち着かないのを理由に一人だけ以前から住んでいるアパートで寝をとっている浜面に、少し前に帰宅してきた
滝壺が申し出る。


「ねぇ、はまづら。私も行っていい?」

「へ?」

「はまづらの部屋、行きたい」


この突然舞い降りたイベントに浜面は戸惑った。

862: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 22:15:18.92 ID:rc/cGNyJ0


「……。いや、今日散らかってるしさ。とても女の子を上げられる状態じゃ……」

「むぅ……。昨日もそう言って逃げた。はまづらは私と一緒に居るの、嫌?」


赤面したまま曖昧に断ろうとする浜面に滝壺の頬がむくれる。
麦野は「紅茶でも入れよっかな」と、まるでこのピンク色の空間を拒むようにキッチンの方へと行ってしまった。

二人きりにされたせいか、滝壺が更に大胆に迫る。


「そろそろ……はまづらの部屋に行きたい。……まだ駄目なの?」

「駄目とかじゃねえよ。……ただ、物事には順序ってのがあるだろ? いきなり部屋ってのは流石になぁ……。だいたい、滝壺
 が好きそうなものとか、何も置いてないぞ?」

「はまづらが居ればいい」

「っ……」


ぐらついた。たった一言で心が大きく震動してしまった
正直言ってこの言葉はきつい。付き合い始めて日が浅い内は色々と段階を考えてしまうのが当然という趣向の浜面。
その信念を根元から圧し折ってしまう滝壺の言葉と眼差し。

普段はこんなに自分の意見を主張する性格ではない事を知っているだけにこれは応える。

舞い上がりそうになるのをグッと堪えるのが精一杯だった。
今の彼の半ニヤケ顔を麦野が見たら間違いなく惨事になっていたはずだ。運が良いのか悪いのかよく分からない男、浜面
仕上はそれでも自制心と格闘し続けるしかない。

863: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 22:17:09.33 ID:rc/cGNyJ0


(おいおい、ここまで言わせて恥ずかしくねえのかよ浜面仕上! 男ならこの純粋な願いに応えてやるべきじゃねえか!?)

(いやだがしかし待て! 部屋に男と女、それも付き合いたてホヤホヤのカップル同士……。どうなるかは火を見るより
 明らかだぜ!? まだ早すぎるんじゃねえのか!? そもそも何の準備もしてねぇ……。避妊具やら部屋の消臭やら
 ベッドメイキングやら……。踏み込むんならそういうトコしっかり準備しねえでどうするよ!?)

(けど……、滝壺の準備さえオーケーならそれほどこだわる必要も………うーん……しかし、うーん………)


「…………はまづら?」


脳内で会議中の浜面を不思議そうに見つめている滝壺。
あほらしい、勝手にやってろ。とキッチンの方から誰かの不愉快そうな声がした、ような気がした。


「………………よし!」


どうやら一応の答えが出たようだ。
というかわざわざ自分会議してまで導き出すほどの内容か?

勇ましげな鼻息をふんと鳴らし、浜面は滝壺と正面から向かい合った。
そして真っ直ぐ目を見つめ、言葉を紡ごうとした――――――瞬間だった。

864: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 22:18:03.84 ID:rc/cGNyJ0



「―――――!!?」




865: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 22:22:26.41 ID:rc/cGNyJ0


外から尋常ではないレベルの爆音が轟いた。
すぐ近くに雷でも落ちたような、あるいは猛スピードで走行する自動車同士が衝突したような、そんな衝撃音。
浜面も滝壺も何が起きたのか予測できず、音の発生した方を反射的に向く。
キッチンからすぐに麦野が姿を見せ、浜面の傍に駆け寄ってきた。


「――――ちょっと!? なによ今の……?」


音の正体は今三人が向いている方の壁の亀裂が教えてくれた。
どうやら、住居の外壁に“何か”が突っ込んできたらしい。

やがて壁のひびは大きく広がり、数秒もしない内に呆気なく破壊された。

再度響く轟音。そして硝煙。

浜面たちは咄嗟に腕で顔を覆い、室内で突如発生した爆風を凌いだ。

舞い散る粉塵と壁に空いた大きな穴。
その穴から姿を現したのは、人間よりも一回り巨大な搭乗型の駆動鎧。


「……ッ……なんだよ、こいつ……!!」


完全に意表を突かれたせいか、この急展開に頭が追いついていかない。

866: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 22:23:59.57 ID:rc/cGNyJ0


「見たことのないタイプね……」


麦野は思わずそう呟いた。

これまで長い期間、暗部世界で生きてきた。
学園都市が所持する強力な兵器の類は大凡頭に残っている。駆動鎧もその例外ではない。
だが、目の前に悠然と佇む駆動鎧は装甲のデザインや形状もかつて見たものとは大きく相違している。


『第四位、原子崩し(メルトダウナー)・麦野沈利、窒素装甲(オフェンスアーマー)・絹旗最愛、能力追跡(AIMストーカー)
  ・滝壺理后―――――』


頭部から野太い音声が漏れ出す。
その巨体躯は身構える目標を上から見渡し、原稿を読み上げるような口調で話す。


『―――――及び、浜面仕上。通達を無視したお前たちを反逆者と看做し、これより制裁を加える。窒素装甲は不在の
       ようだが、特に支障もなさそうだ』


鉄同士が擦れるような、鈍い音がしたと思った矢先。
右上腕に取り付けられたアーム砲を彼女たちへ向けて構えた。

867: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 22:33:29.77 ID:rc/cGNyJ0


だんだんと状況が掴めてきた。どうやら自分達は今、襲撃を受けているらしい。
浜面は咄嗟に滝壺を庇う形で前へ躍り出る。
しかしそれを更に遮るように立ちはだかったのはリーダーを務める麦野。
その佇む姿は勇ましく、超能力者の名に恥じない威圧感を走らせていた。そして言葉を返す。


「通達って、あのふざけた手紙のことか? あんなの鵜呑みにするワケないでしょ。ちょっと街から離れてる間に馬鹿
 が増えたみたいね……。交渉術の基礎から学んできたら?」

『……原子崩しか。正しい手順は踏んだつもりだが?』

「ハッ、どこが? どっちから名乗るのが礼儀かも把握してねえ上に、得体の知れなさ過ぎる組織ときたモンだ。普通
 なら蹴って当然だろうがよ」

『どうしようが自由だ。従うのなら歓迎するし、否なら駆逐するまで。それ以外に何かあるのか?』

「………あー、駄目だわこりゃ……。あの第一位を相手にしようなんて、どんな度胸据わってる連中かと思ったら……」


麦野は呆れた仕草で長い髪をかき上げ、はっきりと口に出した。


「馬鹿以下のクズ共かよ。やっぱシカトして正解だったわね」

「同感だな……」


浜面も麦野に同調した。

868: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 22:34:50.58 ID:rc/cGNyJ0


駆動鎧はそれに激昂する素振りも見せず、あくまで涼しい態度を保つ。


『お前達の意見に興味は無い。従い、これ以上の話し合いは不毛でしかない。――――――恨むのなら、第一位を恨むんだな』


この発言後、相手の雰囲気が一変する。――――――相手は完全にやる気のようだ。というより初めからそのつもりでここに
来たのだから、話し合いが通じないのも道理である。

今から一秒もしない内に敵が攻撃に移る。浜面の勘がそう囁いた。

護身していた拳銃を素早く掲げ、その巨体へ向け発砲しようとする。

が、



「浜面ぁぁぁ!!」



麦野の雄叫びを至近距離で受けてよろめいた。
怯んだ浜面の代わりに先制を仕掛けたのは麦野。

一直線に光線を掌から放出し、駆動鎧の頑丈そうな腹部に直撃させる。


869: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 22:37:19.47 ID:rc/cGNyJ0


『――――!』


さして間合いも無い位置からまともに『原子崩し』を受けた巨体駆は、無抵抗で壁の奥へと押し戻されていった。
どうやらこの衝撃は駆動鎧を外まで追いやったみたいだ。
すぐさま麦野は大きく空いた穴から吹き飛んだ獲物を追う。その際、浜面に嘱した。


「滝壺を頼んだよ。私がひと仕事終えるまでの間、しっかり守り抜かないと承知しねえぞ!」と。


870: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 22:42:34.33 ID:rc/cGNyJ0


―――



外壁を突き破り、轟音と共に外の荒地へと着地した駆動鎧。
アジトからは数十メートル以上離れた地点でようやく余波からも解放されたようだ。

しかし、これといったダメージを負っている風には見られなかった。


「――――――牽制のつもりで撃ったとは言え、全くの無傷かよ。大した性能だねぇ」


破損した壁穴から姿を現した麦野は、軽く舌打ちをかます。
全部位が装甲で覆われているものの、あの駆動鎧が一般的(オーソドックス)なのは一目で見当がつく。
どの程度の強度かは知らないが、今の一発で効果なしだとすれば……。


「久しぶりに思う存分“やれる”、ってわけか……。ん、上等じゃないの」


そう言いつつ腕を鳴らす。
本来の性質が眠りから醒めたように全身を通り、充満していく。
しばらくの間封印していた闘争本能が目覚めたとも言う。

『体晶』による影響で不安定だった力も、すっかり本調子に戻っているようだ。

871: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 22:49:04.19 ID:rc/cGNyJ0


学園都市に七人きりの超能力者。中でも四番目の兵力。
その猛威ある力を如何なく振るう精神状態へとシフトされていた。

ゆっくりと接近し、愉快そうに微笑み言い放つ。


「“制裁を加える”っつったよなぁ? マゾヒストがどっちなのか、体に教えてやんよ。テメェの方こそ、精々良い声で
 鳴くんだね」


サディスト感溢れる麦野の迫力に、駆動鎧は戦慄でも覚えたのか制止したままだった。
いや、だが実は勘違いである。
フルフェイスの下の素顔はそんな麦野を前にして笑っていた。まるで袋のネズミに追い込んだかのように。

この敵が最初に狙っていたのは、戦力の分断。

それもなるべくなら第四位を孤立させるのが最も望ましい。

麦野が向こうから単独でこちらまで寄って来てくれたのは、有り難い結果だった。


『そうか……。予想はしていたが、あくまで刃向かう意思のようだな。……なら、それも良いだろう』

872: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 22:51:49.44 ID:rc/cGNyJ0


「……ケッ」

『それにしても、自ら前線に赴くとはな……、世の中は案外思い通りに動くものだ』

「はぁ?」


顔を顰める麦野を嘲笑う駆動鎧。
自分の方が明らかな強者だと疑わない麦野にとって、この堂々とした佇まいは遺憾でしかなかった。


『こちらから動く手間が省けたということだ……。礼を言うぞ』

「何ワケ分かんねえ虚勢張ってるワケ? どう見ても絶体絶命なのはテメェの方だろうが」

『どうやら、お前にはまだ状況が理解できていないらしいな――――』

「――――!?」


その直後。
後方の隠れ家からけたたましい騒音が麦野の耳を劈く。
振り返ると、何やら怪しい色合いのスーツを着用した武装兵たちが半壊した隠れ家へ次々と進入して
いる様子が窺えた。

中にはまだ滝壺と浜面が残っている。


「………!!」

873: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 22:53:39.79 ID:rc/cGNyJ0


敵の狙いが読めてしまった。
この男は初めから自分だけを誘い込み、手薄となった隠れ家へ部下を送り、残った仲間を――――。


『眼前の敵から目を背けていいのか? 原子崩し』

「テメェ……!!」


正面へ顔を戻す。焦る内心を零さないよう、気を引き締めた麦野は天使とも悪魔とも似つかぬ笑みを
燈す。
そして、こう吐いた。


「ふん、馬鹿が……。あいつらが“アナ”だとでも言いてえのか? そりゃ完全にそっちの作戦ミスだな」

『ほう……』


吊り上がった唇の両端。駆動鎧は次の言動を待つ。


「よっぽどウチらを過小評価してるみたいじゃない? あいつらもそれなりに死線は潜ってきてんだ。どこぞの馬の骨
 にまんまとやられちまうほど脆くはねえぞ?」


「それに―――――」

874: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 22:58:42.89 ID:rc/cGNyJ0


麦野の片目と片腕が高鳴る感情に呼応しているかの如く発光しだす。
不安定な形状のまま溢れ出した粒子が、彼女の全身をオーラのように包んだ。


「――――テメェを速攻で瞬殺すりゃあ、そもそも何の心配も要らねえってことよ!!!!!」


高らかな叫びと共に『原子崩し』が拡散し、周囲を暴れ回る。
全精力をぶつけ、一気に終わらせる。
先ほどの牽制や威嚇とは比較にならない威力の白い直線が八方から駆動鎧の硬い装甲を打ち抜いた。


「……な…!!?」


しかし、この後に面食らったのは麦野の方だった。
装甲に風穴を空けるどころか、傷と呼べるものは何一つ無かったからだ。


『過小評価していたのはそちらも同じらしい』


『原子崩し』をものともしなかった躯体の頭部から忌々しげな声が発せられる。
だが、そんな挑発に耳を傾けている場合ではない。歯噛みしながら隠れ家方面を気に掛けている。

875: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 23:02:43.45 ID:rc/cGNyJ0


(チ……。そう簡単にはいかない、か……。グズグズしてらんないってのによぉ……ッ!!)


見たままのイメージ通り、この駆動鎧の装甲は『原子崩し』でも一筋縄ではいかないらしい。
放射能や高熱線に耐性のある駆動鎧とどことなく似ている造りから察しはついていたが、どうやら予想以上の防御力を
持っているようだ。

加えて両腕の肘から固定式で備え付けられているバズーカ砲。

浜面たちを援護しようと背中を見せた途端、おそらく“それ”は火を噴き麦野の身体を跡形もなく吹き飛ばすだろう。
油断したら命取りになりかねない、と麦野は悟った。


(やっぱりこいつを何とかしてからじゃないと、助けには戻れそうにないわね……)


この最新鋭の化け物一体に、神経を集中する。
なんだかんだ言いつつもやはり浜面や滝壺の状況が気にはなるが、ここは諦めて彼らの力量を信用するしかなかった。

と、駆動鎧の中身がそこで唐突に口を開く。


『さきほどだったか、“自分から名乗らないのは失礼”と言っていたな?』


麦野への手向けのつもりか、はたまた礼儀を尊重する性質なだけか。男の声は呆気に取られた麦野に構わず自らの名を
告げる。

876: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 23:04:31.35 ID:rc/cGNyJ0


『――――――シルバークロース。これから死に行くお前が憶えておく必要はないが、一応の義理だ。せめて足掻くのを
       諦め、潔く散る事を勧めておく』


重火器を携えた両腕を麦野へ向けて突き出した。
暗く底が見えない砲口が瞬く間に白く輝き、熱線となって麦野に迫る。


「ッ!?」


砲口が光ったと同時に機転を利かせ、自らの迎撃の『原子崩し』をシルバークロース目掛けて発射した。
二人の中心で巨大な力同士は激しく衝突し、その衝撃に耐えられなかった麦野は後方へと大きく飛ばされる。
頑丈な構造の駆動鎧に搭乗しているシルバークロースも、相殺によって生まれた爆圧に躯体を退かされてしまう。

荒れ果てた地形だったのが幸いしたか、栄えた街方面に影響は出なかった。


だが、学園都市の天候や気候状態の管理を司る最新の人工衛星がこの莫大な力の発足を観測していないはずがなかった―――――。

877: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 23:06:37.38 ID:rc/cGNyJ0


―――



浜面仕上と滝壺理后は麦野がシルバークロースの後を追うため外へ出て行った後にまずリビングを離れた。
広間は何もここだけではない。
この隠れ家は元々小規模なスーパーマーケットとして使われていた施設を改良、再利用した場所だ。
あまりに人気のない地域のため閉鎖したらしいが、暗部などの組織からすればかなり好条件の拠点となる。
ちなみに彼女達『新生アイテム』が生活空間として活用していたのは、売り場コーナーから直結している元経営者の別宅であった。
個人名義で経営する店舗ほど有り難いものはない、と言ったところか。

晩を越した経験が無いとは言え、浜面もこの隠れ家については詳しい。従って充分に立ち回れる。
地下には割りとスペースの有る駐車場が存在する。主に運転手を務める浜面専用の場所となっているが、ひとまずそこへ向かおう。

全ては滝壺の発言が元となっていた。


「………囲まれてる」


麦野の姿が見えなくなって一分ほど経過し、不意に滝壺がそう漏らしたのだ。


「囲まれてるって……、あいつの仲間か?」

「多分そうだと思う。……正確な数はわからないけど、結構多い……」

「マジかよ……」

878: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 23:09:16.59 ID:rc/cGNyJ0


何故そこまで滝壺に分かるのか疑問だったが、今はそれについて追究している場合ではない。それぐらいは浜面でも分かる。


(またとんでもない事になってきたな……。麦野も帰ってきて折角また楽しくやれると思った途端にこれかよ。クソ……!!)


歯噛みしている内に、入り口の方から乱雑な音が耳に届いた。どうやら扉を破壊されたらしい。
それから聞こえてくるのは、ドカドカと近づいてくる複数の足音。完全に突入を許してしまった。
このままここに留まるのは自殺行為に繋がる。


「グズグズしてたらやべえな……。とりあえず、ここから離れるぞ。滝壺」

「うん……」


滝壺の手を取り、急いで広間を脱出する。
廊下の奥から近づく足音から少しでも距離を開かなければ。早まって対峙などしようものなら、おそらく飛び道具の嵐により一瞬でゲーム
オーバーだ。

緊張で波打つ鼓動を無理矢理に抑えた浜面は、滝壺の手を引いたまま足早に移動し続けた。勿論、滝壺の歩幅等を考慮した上で。


(間に合うかわからねえが、いちおう警備員に通報しておくか……)


早歩きしつつ携帯電話を取り出す、が……。

879: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 23:14:15.51 ID:rc/cGNyJ0


「――! クソッ……!」


画面右上に表示されている『圏外』の文字。
苦虫を噛み潰したような顔で携帯電話の画面を睨む。


「どうしたの?」

「携帯が使えないみたいだ。これじゃ助けも呼べそうにねぇ……」

「そう……。もしかしたら磁場が狂っているのかも……」

「電波障害ってヤツか……。これもヤツらの仕業だとしたら、抜かりねえな。準備万端かよ畜生……!」


依然、無数の足音が後ろからプレッシャーを掛けてくる。
苦言を吐くよりも、まずはこの状況を打破しなければ。だが、立ち止まって考察するわけにもいかない。
瞬時の的確な判断が生死を分けると言っても過言ではなかった。


「はまづら………」


滝壺が心配そうにコッチを見ていた。
一体どう動けばこの窮地を乗り切れるのか、無い知恵を必死に絞って頭を悩ませる。

880: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 23:16:07.66 ID:rc/cGNyJ0


「!」


そこで思いついたのが駐車場だった。
あそこには自分がこれまでに盗んだ車が幾つかストックされている。元々盗難車だったものを再活用したため、どれも
愛着はない。重ねてこの事態である。多少は派手にやってしまっても問題はないだろう。

手元にある拳銃の弾倉を軽くチェックした浜面は、すぐに決意を固めた。


「コッチだ!」


滝壺を連れ、地下駐車場までの階段を駆け下りる。
流石にコチラの足音も響いているはずなので、追手はそれを頼りに地下まで下りてくることだろう。

それが狙いだった。


「滝壺、お前は先に出口まで行ってるんだ!」


駐車場に着き、即座に車用出口の上り坂を指し示した。当然滝壺はこう尋ねる。


「車を出すんじゃないの?」

「このまま車で逃げても、蜂の巣にされるのがオチだからな……。追手はここで足止めを喰わせるしかねぇ」

881: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 23:20:23.65 ID:rc/cGNyJ0


「………どうするの?」

「大丈夫、俺に考えがある。ただかなり危険だから、滝壺は先に地上を目指しててくれ。なぁに、すぐに追いつくさ」

「……………わかった」


浜面の強気な目を見て、滝壺は頷いた。
そしてその場に留まる浜面を残し、一人で出口まで向かい始める。
その際、一度だけ振り返った。


「……けど、絶対に無理はしないで。はまづら」

「ああ、わかってるって」


心配すんな! と頼もしく言う浜面に笑顔を返した滝壺の身体は、徐々に離れていった。


「――――――さぁて……」


後は野となれ山となれ。
追手が来る前にやっておかなければならない事をまずは迅速に済ませておく必要がある。
何かを探すように周囲全体を見回す浜面。やがて、目的の物はすぐ視界に収まった。

882: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 23:22:00.04 ID:rc/cGNyJ0


駐車場の隅に、非常用のガソリンが汲まれている一斗缶が消火器と並んで置かれていた。

浜面は迷うことなく一斗缶を手にする。
中身を覗き、ガソリン入りである事を確認した。これで準備は整った。


「………! ……来やがったな」


複数の人間が階段を下りる音が聞こえてきた。

緊張の汗が頬を伝うが、ここまで来たら腹を括るのみ。

そして、タイミングを重ね―――――――手に持っていた一斗缶を前方へ勢いよくブン回し、中身のガソリンを撒き
散らした。

ガソリンが底を尽きたとほぼ同時に、階段口から追手の武装兵が姿を現す。

ドンピシャだ……! 浜面は拳を握った。

すかさず、腰元から拳銃を取り出して構える。




「悪いな……、そっから先は通行止めだ!!」

883: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 23:23:55.09 ID:rc/cGNyJ0


宣言と発砲。
地面のコンクリートに染み渡った液体が、瞬時に豪火と化して燃え広がる。
いきなりの出火に階段口で立ち往生する追手たち。既に彼らと浜面の間は炎の壁で遮断されていた。

成功に口元を緩める浜面だが、このままここに居たら自分も丸焼きになってしまう。

それどころか、直に起こるであろう車の爆発にも巻き込まれかねない。
と、なれば長居は無用。浜面は燃えさかる炎上網に背を向け、先に行ったはずの滝壺を追う。


「もうすぐここは跡形も無くぶっ飛ぶぞ!! 命が惜しかったらモタモタしてねえで、とっととズラかるんだな!!」


最後に炎の向こう側でパニック状態の追手たちにそう叫びかけ、浜面は走り出した。
まずは外に出て麦野と合流し、遠くへ避難しなければならない。

幸い、上層部は自分達に直接の危害は加えられないはずだ。
ということは、襲撃側は正規に認められた組織ではない可能性が高い。上手くいけば警備員によって一網打尽にできる
かもしれない。

希望を捨てずに走り続け、滝壺の背中を一直線に目指す。



「―――ッ!?」


884: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 23:26:09.40 ID:rc/cGNyJ0


しかし、この希望は淡く潰えてしまう。

地上へ出た彼らを出迎えたのは外で隠れ待機していた戦闘要員の集団だった。

出口手前で銃器を突きつけられ、両手を上げたまま身動きの取れない滝壺を発見した。

すぐに浜面も取り囲まれ、全ての挙動を封じられてしまう。


『動くなよ。手間を取らせやがって……』


頭部を含む全身を覆い隠すようなスーツを着た一隊の一人が鬱陶しげに吐く。
滝壺に目を配らせながら思考を凝らすも、四方から凶器を突きつけられているこの状況は絶望的とも言える。

建物の反対側から激しい爆音が轟いてくるが、おそらく麦野が暴れているのだろう。
この分では彼女による助けも期待できそうになかった。


(一難去ってまた一難かよ……!)


追い詰められ、まさに絶体絶命の危機。
滝壺だけでも何とか逃がそう。浜面はまた一か八かのギャンブルに身を投じる覚悟を決めるしかなかった。


(全員の注意を俺ひとりに向けさせるしかなさそうだな……)

885: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 23:29:21.66 ID:rc/cGNyJ0


浜面を取り囲んでいるのは五人、滝壺を取り囲んでいるのもほぼ同数。
したがって、約十人余りの注目を一気に集める必要がある。

そのために思いついた策は、一つだけだった。


(やっぱ……、こいつを派手に撃ちかますっきゃねえか)


腰に差してある拳銃を、適当に乱射するのが一番手っ取り早そうだ。
浜面が必死に抵抗している間に滝壺が逃げられる保障はないが、このまま大人しく殺されるよりかはマシな選択だろう。
滝壺が麦野の所まで上手く逃げてくれれば、それこそ言う事なしだ。

どちらにせよ、浜面が生き長らえる確率は限りなくゼロに近いが……。


(どうせあと十秒後には穴だらけになる……! 無抵抗で終わるくらいなら、精一杯足掻いてやろうじゃねえか!!)


背水の陣。
金縛り状態の手を、ピクリと動かす。僅かに震えているのが分かった。
だが、それも当たり前だ。死を意識して恐怖が掠めない人間などまずいない。
今の心境は、さしずめ処刑用ロープに自ら首を通している場面といったところか。

886: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 23:33:04.02 ID:rc/cGNyJ0


(はまづら……!?)


浜面の異常に気づいた滝壺の顔色が青冷める。何か、とてつもなく重いものを背負っているような……。鬼気迫る印象に背筋が凍った。
言葉ではとても言い表せないような不安感が一気に襲ってくる。
すぐにでも浜面を止めなければならない。頭ではそう思っているのに、口と身体は動いてくれなかった。

やがて隊長らしき兵士が一言、『殺れ』と指示を出した。


「……っ!」


カチ…、カチ…、と連鎖するように鳴る金属音。
射殺の準備を目の当たりにし、いよいよ浜面も覚悟を決める。
心臓の鼓動が騒がしい。脈拍が異常な速度でビートを刻んでいる。

そこへ隊長格のような男が、言い忘れたようにこう告げ落とした。


『恨むなら、第一位を恨め』


(またそれかよ……くそっ、何だってんだ一体……!? ……さっぱり分からねえが、こうなったらとにかくもうヤルしかねぇ!!)


『今度ばかりは死ぬかもしれない』。浜面が辞世の句を読み上げるように悟り、敵の発砲前に手を動かしかけた――――――。

887: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 23:39:07.85 ID:rc/cGNyJ0


まさにその瞬間だった。



「――――――――な……っ!!?」



驚嘆の声が喉から出た。
浜面を囲んでいた刺客全員が轟音と共に吹き飛んだのだ。

ついでに、その時に発生した風圧で浜面も地面を転がされるハメになった。

何が起きたのかを確認すべく、身体をむくりと起こす浜面が見たのは歩道を突き抜けて横転している一台の軽自動車。
どうやらこれが突然彼らの間を割った正体のようだ。
俄かには信じ難いが、誰かが自分たちの窮地を救うべく軽自動車を敵兵目掛けてブン投げたらしい。

そして、そんな芸当ができる人物は限られている。何より咄嗟にこんな荒業を選択するのは“あいつ”ぐらいのものだ。
道路の中央に見える人影に向かって浜面は叫んだ。


「いつつ……。 ……おい! もうちょっとスマートにやってくれよ! 死ぬかと思ったじゃねえか!」


返事はすぐに返ってきた。

888: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 23:40:21.94 ID:rc/cGNyJ0


「そこは超感謝する所でしょう? 助けられた身分で文句言うなんて……人として超終わってますね」

「ったく………っつかお前、今までどこに行ってたんだよ?」

「………超私用です。それよりも―――――」


薄暗い道の奥から姿を見せた絹旗最愛は浜面の苦情にも憮然とした態度だった。
すぐさま滝壺を包囲していた残党が絹旗に銃口を向ける。

しかし、絹旗の能力を持ってすれば銃などは脅威の内に入らない。
「―――――とりあえず、まずは掃除からですね」と一言呟き、演算を再開する。

ためらいもなく放たれた銃弾に怯むこともなく、一気に接近戦へと持ち込んだ。

動揺を隠せない敵兵の内の一人の懐まで難なく詰め寄り、横っ面に拳をぶち込む。
ぶっ飛ばされてビルのガラスを突き破った雑兵になどはもう目もくれず、絹旗は次の獲物に飛び掛かった。

「ひっ……!」と悲鳴を上げる雑兵の頭を鷲掴みにし、パニックに陥ったのか無駄にも関わらず銃を乱射し続けるもう一人
の方へ勢いよく投げ飛ばした。

仲良く激突した雑兵同士は、そのまま二人揃って路上駐車されている中型トラックまで低空飛行した。

トラックからの物凄い破壊音を絹旗はもう見ていない。
最後に残った一人をどう掃除しようか、じりじりと歩み寄りながら思案する。
すると、

889: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 23:42:03.26 ID:rc/cGNyJ0


「……ありゃ?」


歯をガチガチと鳴らしていたと思ったら、突然地面へと伏し、動かなくなってしまった。
どうやら絶望のあまり失神したらしい。この結末に絹旗は少々呆れたが、それ以上の危害を加える気にもなれず浜面たちの
元へ駆けた。


「とりあえずは終わったか……。サンキューな、絹旗」

「ありがとう」

「超嫌な予感がしたので、慌てて走って来たんですが………良かったです、間に合って……。それにしても一体何があった
 んですか? 家の壁とか超エライ事になってますけど……」


胸を撫で下ろしつつ、詳しい事情を求める絹旗。
そして滝壺と浜面から経緯を聞いた途端、黒夜が最後に仄めかした言葉を思い出す。



―――『今夜は荒れそうだ。戸締りはしっかりやっておきな』―――



(そういう事ですか。……………よく分かりました。“これ”があなた達の答えなら………)


「絹旗……?」

890: ◆jPpg5.obl6 2011/07/26(火) 23:43:22.38 ID:rc/cGNyJ0


怒りに肩を震わせている模様の絹旗を不思議そうに見つめる両人。
やがて一度深い息を吐いた絹旗は吹っ切れたように目を見開いた。その目は滝壺と浜面をしっかりと捉え、


「……私はこのまま麦野の援護に向かいます。二人は逃走用のアシ(車)を確保してから来てください」

「お、おい絹旗……っ!?」


浜面の返事も聞かずに背を向けて走り出した絹旗。その切迫したような表情は何か裏を感じさせていた。


「……どうしたんだ? あいつ……」

「さあ……。どうする? はまづら」


顔を見合わせて固まる二人だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
とりあえず絹旗の言う通りに行動するのが無難だ。

幸い、ここいらは時間帯によってはほぼ無法地帯に近くなる。何故なら警備員の巡回ルートから都合よく外れた区域だからだ。
乗り捨てられた車はちょっと裏通りに入ればさほど苦労せず入手できる。もっとも、それも浜面のピッキング技術があっての
賜物だが。


「……よし! んじゃ早いトコ車かっぱらって麦野たちと合流するか。行こう滝壺」

「うん……」

「滝壺……? 大丈夫か? 顔色悪いぞ……」

「大丈夫………行こう」


おそらく急な展開で疲弊したのだろう。早くここから逃亡して休ませた方が良さそうだ。浜面はこの時そう考えていた。
しかし、滝壺の体調が優れない原因はもっと別にあった。すぐにそれを知らされる事になる。

902: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 20:41:59.80 ID:mUKwWCaA0


―――



「………っちきしょォ……。一体何なんだよ、テメェ……」


憎々しげに漏らす麦野。
全身の至る箇所に傷を負い、着ているベージュのワンピースは土や埃で酷く汚れ、何ともみすぼらしい姿に変わり果てていた。
右の頬にも痣ができている。文字通り満身創痍だった。

しかしそんな苦戦を強いられても、眼光からは未だ闘志が尽きていないのが確認できる。
活路さえ見出せれば、自分のターンにさえ持ち込めれば、この闘志は爆発的な猛威へと変化することだろう。
麦野とは対称的に無傷の駆動鎧に身を包んだ刺客、シルバークロースはゆっくりと次の攻撃体勢へ移行しだす。


『お前の受けているその苦痛も、全ては第一位が根源だ。死んだ後も呪い続けるがいい』

「くっ……、ワケの分かんねえ偏屈ばかり並べてんじゃねえぞォォ!!!」


威勢良く立ち上がり『原子崩し』を再度発現させる。直線上に打ち抜くのはやめ、死角からの奇襲戦法へ切り替えた。
だが、それでも―――――。

903: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 20:47:23.65 ID:mUKwWCaA0

「………っ!」


上下左右からの光線も全く以って効果は見られない。
せいぜいよろめかせるのがやっとだった。擦り傷ひとつ付けられない戦況に、麦野の心は焦りを増すばかり。


(マジでここまでやってノーダメージかよクソッ……! 一体どんな構造で成り立ってんだあの“着ぐるみ”はよォォ!!)


片目、片腕が閃光の如く輝きを増す。まるで今の心境を強く表しているかのように見える。
それは『自身の力で捻じ伏せられない現実に対する憤り』以外の何物でもなかった。

砲撃自体は『原子崩し』での相殺が可能である。
だが、それでは“凌ぐのが精一杯”だと言っているに等しい。
つまり、圧倒的に劣勢だと断言されても反論の余地は無かった。

ここいらで流れを変えなければ、このまま敗北してしまう結末も有り得る。何としてでも避けなければならない結末だ。
超能力者としてのプライド云々より、自分がもし敗れでもしたら残された仲間は果たしてどうなってしまう?

様々な可能性が想像できるが、どれも最悪の未来には違いなかった。


(まずい……。甘く見すぎてた………。まさかここまで厄介な武装で仕掛けて来るたァ思いもよらなかったよ……)

904: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 20:55:27.92 ID:mUKwWCaA0


次第に身体が竦んでくる。
これまでとは比較にならない未知の怪物に翻弄され、心が恐怖に囚われている。
ようやく実感してきた。敵の恐ろしさもそうだが、伊達にあの第一位をターゲットに活動している訳ではないのだと
言うことを……。


だが、しかし。


(このままだと確実に死ぬ……。ならコッチも最大限の力を出して臨んでやる! ………一切の隙も見逃せねぇ)


額の汗を拭い、神経を研ぎ澄ませた。ここからは一つのミスがそのまま死に直結すると考えて間違いはない。

敵の評価を修正する。己の全てを脅かす最大の障害として認めざるを得なかった。
もはや麦野に油断はない。持ち得る演算能力を余すことなく駆使しなければ、おそらくこの壁を打ち破れない。

とは言え、何の考えもなく力任せにぶつかっては分が悪すぎる。悔しいがそれも認めるしかなかった。

攻め一点ではなく、あらゆる方向から観測してみる。


(何か、あの装甲の弱点……いや、少しでもコッチの有利に働くような条件があれば……!)


じりじりと迫るシルバークロース。
微動だにしない麦野を見て諦めたと判断したのか、右腕の砲口を静かに構えた。

そして、静かに語り掛ける。

905: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 20:58:58.51 ID:mUKwWCaA0


『言い残すことはあるか?』

「…………」


どうやら思っていた通りらしい。
この男は麦野沈利という女の底を見誤っている。
大方『超能力者』は自分の“力”に絶対の自信を持ち、その“力”が完膚なきまでに打ち崩されたら脆弱に為り下がって
しまう人種だと認識していたのだろう。

確かにそれは完全に否定できない。

現に『超能力』という武器がなくなれば、彼女は只の“少女”でしかない。
絶対の防御策を講じて臨んだシルバークロースが勝ちを疑わないのは、そういう事だった。
麦野の信頼して止まない『原子崩し』という名の凶器。
これに耐えるだけの防御力と、息の根を止める手段さえ用意できれば超能力者など恐るるに足らず。最終目標となっている
一方通行も結局はそうする事で苦労せずとも討ち取れる。

この“第四位である麦野沈利”との一戦は、言わば前哨戦だ。

数ある駆動鎧のコレクションから最も防御性に優れたものを選んだのだ。それも最新の技術を駆使し造られた中の一体。
失敗など許されようものか。
熱線だろうが超電磁砲だろうが、この装甲の前では無力と化す。ここまでの過程で充分すぎるほど誇張された。

906: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 21:06:34.30 ID:mUKwWCaA0


(なめやがって……! その余裕に満ちた汚え鉄仮面引っぺがして、私を見縊ったことを後悔させてやらなきゃ
 収まりつきそうにないわ。……見てやがれ。アンタのその油断を有効に生かしてやるよ)


超能力者(レベル5)第四位を圧倒している現実。
ここまで滞りない状況では、“驕り”が生まれても不思議ではない。


『…………無いのなら、終わらせてもらうぞ』


あくまで麦野が勝手に推測しているだけだが、勘は決して鈍い方ではないと自負している。
相手の精神観測、それも憶測。
確率で言えば低い数字かもしれないが、このまま訳の分からない新型に打ちのめされるくらいなら賭けも悪くない。

麦野はそう決心し、細めていた目を見開いた。
更に輝きを失っていた片腕と片目が再度強烈な閃光を見舞う。
まるで、劣勢の麦野自身を鼓舞するかのように。


『……っ! まだ余力を残していたか』


鬱陶しそうな口調で吐き捨てる。
当然ながら閃光で目が眩むなどという事はない。
よって、光でコチラの視力を封じ、その隙に一先ず退却すると言った方法は通用しないのだ。

907: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 21:14:42.14 ID:mUKwWCaA0


しかし、麦野は逃げる素振りを見せない。
夜の闇に反映するまばゆい光の中、麦野は静かに逆転の糸口を探す。

あの装甲は、自分の力を持ってしても壊せない。
ならどうする? 威力をこれ以上増加させる手立てもない今、依然詰んでいる状況に変わりはない。

せめて、自分の攻撃の通る部位が針の穴ほどでもあれば………。


「――――!」


違う角度から考えてみると案外すぐに道が開けたのはよくある話だが、まさか今ここでそれを実感するとは思いもしなかった。


(ったく………馬鹿か私はよぉ……。“根本的な本質”ってのを今の今まですっかり忘れてたわ……)


頭を抱えて己を罵倒したい所だったが、とりあえず後に回しておこう。
何にせよ、成功するかどうかはやってみなければ何とも言えない。。


『ふん。足掻くだけ無駄なのが分からないのなら、分からないまま死ねば良い』


麦野の胸の内など知る由もないシルバークロースは、あくまで使命を全うすべく発光した麦野に照準を定める。
あとはこのまま撃つだけだ。それで最大の難所は突破した形になる。
リーダーを片付けた後の組織など、はっきり言ってどうにでもなるのだ。

908: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 21:20:16.29 ID:mUKwWCaA0


だが、とどめが何故だか寸断された。
麦野の様子が奇妙に見えたからだ。とてもこれから死ぬ人間の顔とは思えなかった。
希望に輝く彼女の瞳はシルバークロースに一瞬だけ疑念を持たせた。そして、その一瞬こそが勝負の合図となった。


『ッ……!?』


異変を感知したシルバークロース。だがもう遅かった。
麦野は悪魔のように顔を歪め、纏っていた光を分散させた。
綿密に操作された発光物質は飛行機雲みたいに線を残し、シルバークロースの周辺を飛び回る。

やがて――――。


「くたばれこのガラクタ野郎ッッ!!!」


麦野の叫びが合図とばかりに発光物質が牙を剥いた。
散り散りとなっていた光がいっせいに目に見えない速さで滑空し、駆動鎧を集中砲火する。

これだけなら先に試行済みだったため、普通ならシルバークロースのように『また無駄なことを……』と思うだろう。
が、麦野には明確な考えがあった。

元々彼女の『原子崩し』は慎重な照準設定を要求される繊細な力だ。絶大な力を扱うからこそ、これを疎かにすれば能力者
自身もただでは済まない。そのリスクの程度は以前、麦野本人も直に味わっている。

909: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 21:22:51.83 ID:mUKwWCaA0


即ち、“狙う位置”は撃つ前から必ず定められている事になる。

“何処が弱点なのか”が断定出来ていれば、勝率は嘘みたいに跳ね上がるのだ。

そう、麦野は気づいた。

シルバークロースが乗る駆動鎧の弱点部位に――――。


『…………ッ!!?』


全ての光線を装甲で弾き、辺りがまた闇に包まれた瞬間。
そこで自らの非常事態にようやく気づいた。


『何を……した?』


奮起しそうになるのをギリギリで堪えているかのような問い掛けだった。
麦野はさっきまでとは打って変わった笑顔で親切に答える。


「テメェで考えな」

910: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 21:25:44.31 ID:mUKwWCaA0


天使のような愛嬌と悪魔のような残酷さが込められた回答の直後に放たれた追撃の光線を浴び、シルバークロースの操縦する
駆動鎧は無抵抗に宙を舞った。

十数メートル後方に背中から着地し、それから起き上がる様子は見られない。

すっきりしたように微笑んだ麦野は機動しなくなった駆動鎧へとにじり寄る。
今の攻撃は戦況を完全に引っくり返すきっかけの意味であり、決して息の根を止めるつもりで撃ったわけではない。
麦野の計算通り、シルバークロースは絶命していなかった。仰向けに倒れた駆動鎧から降りる事もできずに呻き声を上げている。
その声が今の麦野には何とも心地の良い旋律だった。やっぱり借りは熨斗をつけて返すに限る。


「さぁーて」


テクテクと暢気に傍までやって来た麦野が楽しげに話す。


「どう盛り付けてやろうかしら? ずいぶん手間ァ取らせてくれちゃったしねぇ……。よし。とりあえず、アンタらのボスについて
 洗いざらい喋ってもらおうかにゃーん」

『…………』


意識を失っていないのは分かっている。つまり彼が何も発さないのは只の黙秘だ。
もちろんそんな選択を麦野が許すはずもない。


「おい、聞こえてんだろう? 状況認識能力まで吹っ飛ばした覚えはねえぞ? さっさと吐いた方がアンタのためだと思うけど?」

911: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 21:30:49.37 ID:mUKwWCaA0


少し声が荒々しくなる。大抵の男ならその迫力に慄き、思わず口を割ってもおかしくはないのだが、シルバークロースは首を逸らした
だけだった。

そして、逆に質問を返した。


『……何故……だ……?』

「ぷっ、おいおい。まだ気づいてねえのかよ? テメェが扱う兵器の欠点ぐらい、熟知しとくのが普通だろうが」

『………欠点だと? ………まさか……ッ!』

「お、ようやくわかったみたいね……。基本、駆動鎧ってのは非力な人間のパラメーターを補うための代物。中で操るヤツが強化され
 たワケじゃない……。つまり、脅威なのはその“衣”だけさ。そいつの機能さえ止めちまえば、ガラクタ処理場送りは避けられないのよ」

「どれだけ全身の防衛機能が高性能だろうが、駆動鎧に限らず絶対に“脆い箇所”ってのが存在する。どこかはもう気づいてんだろ?」

『………ッ』


そう、麦野が目を付けたのは駆動鎧の『搭乗口』。
複数のレーザーはあくまでカモフラージュ用で、狙い澄ませていたのはそこだけだった。


「下手に他の部位と同等の頑丈設計にしちまえば、緊急脱出みたいな乗降時に不具合が生じる。ましてそこだけは重要な回路が密集
 しまくってるから、迂闊に耐久度を変更させるわけにもいかない……。改善がまだだったみたいで、コッチは命拾いしたけどね」

912: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 21:34:52.59 ID:mUKwWCaA0


本当に賭けだった。
麦野の知識はあくまでも今の旧型に属する駆動鎧も含む兵器関連のものでしかない。最新式を操る彼相手にこの知識が通用するかは
正直言って怪しかったのだ。

それだけに内心かなりヒヤヒヤしたが、どうやら運は麦野の味方をしてくれたらしい。
やはりこの欠陥を改善するだけの技術を学園都市はまだ持っていなかったようだ。


「駆動鎧の搭乗箇所は種別関係なく統一されてるはずだから、カモフラージュ塗料も無意味だったって事。納得できたかにゃーん?」

『…………ッ…』


シルバークロースは何も答えない。
己の乗る駆動鎧は完璧だと信じていた。その自信は、超能力者とも正面から相対できる程に大きかった。
故に、覆された時の喪失感も尋常ではない。

所詮、完璧な武器や兵器などは存在し得ないのだ。
“人が作ったものには、必ずどこかに欠陥が発生する”。これは正にその一例である。


「さ、種明かしはこれでお終い。今度はそっちが自供する番よ。まぁ、拒否するってんなら楽しい拷問タイムに移行するまでだけど」


麦野が嬉しそうに指の骨をニ~三度鳴らしたその時だった。


「…………ん?」

913: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 21:37:43.65 ID:mUKwWCaA0


複数の異様な気配を感じて振り返ると、どこか腰の引けたように見える男が六~七人ほど麦野に銃を向けて立っていた。
おそらく、たった今討ち負かしたばかりであるこの男の部下だろう。

適当に推測し、明らかに雑魚同然の彼らを威圧した。
一目で彼らの自分に対する“恐怖”の度合いが識別できた以上、わざわざ手を下してやる必要もない。

事実、麦野が少し威嚇しただけで部下は全員小さな悲鳴を漏らし、本能で後退していく。
絶対の脅威に己を奮い立たせるその姿勢は立派だったが、内心の怯えまではやはり隠せないようだ。
何だか憐れにも思えてきたせいか、彼らまで殺そうという気にはなれなかった。

口を割らないシルバークロースは一旦後に回し、この恐怖に引き攣った残存兵共からまずは聴取に入ろうと思いつく。

殺気を解除し、穏やかな振る舞いで彼らに声を掛けようとした瞬間―――――。


「―――――麦野っっ!!!」


聞きなれた声が残兵のすぐ後ろから響いてきた。
当然、全員がその方向へ首を向ける。


「そこにいると超危険ですから、何とか自分で超避けてください!!」


その次に彼らの視界に映ったのは、斜め上空からこちらに放物線を描いて飛んでくる三トントラックだった。


「んなあああっっ!!!!?」

914: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 21:41:00.65 ID:mUKwWCaA0


トラックは容赦なく残兵達の居た地点を抉るように着地した。
この衝撃に残兵全員が事故による被害検証の実験などに使用される人形のように弾け飛び、巻き添えを逃れた麦野も土煙をもろに
浴びる。
誰がこんな豪快な真似をしたのか確認するまでもなく麦野は絶叫する。


「き、絹旗ぁあああ!!! いきなり何してくれてんだぁあ!? 危ねえだろうがこのボケ!!」


怒鳴った先にはまだあどけなさの残る少女の姿があった。
少女こと絹旗最愛はご立腹の麦野に慌てた口調で取り繕う。


「ち、超失礼しました……。麦野のピンチかと早とちりしちゃって、つい……」

「こんな雑魚相手にこの私が追い詰められるワケねーっつの。っつか、危うく私まで巻き添え喰うトコだったんですけど?」

「ごめんなさい。てへへ……。だ、だから超警告したじゃないですか!」

「遅すぎんだよ! フツー投げる前に言うモンだろ! ったく……」


こういったハプニングは不本意ながら慣れているせいか怒りはすぐに収まり、懈怠な笑みを浮かべて絹旗と向かい合う麦野。


「その調子だと超大丈夫そうですね。わざわざ私が加勢するまでも無かったですか……。あー、超残念」

915: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 21:43:29.43 ID:mUKwWCaA0


「当然よ。私を誰だと思ってんの? こんな使い回しに苦戦するワケないでしょーが」

「……服、超汚れてますけど?」

「ゆ、油断したのよ! ほんのちょろーっとだけね! ……それより、浜面たちは見なかった? あいつらのトコにも追手が
 行ったのを見たのよ。無事だと良いけど……」

「それなら超心配要りません。直にコッチへ来ると思いますよ。アシの確保もちゃーんと頼んでおきましたから」

「さっすが♪ ……じゃあ、合流したら早いトコ移動しましょ。増援とか来たら面倒だし」


浜面と滝壺の無事を知り、ひとまず麦野は安堵の息を吐いた。
あとは浜面が入手した車が見えるまで待機するだけだが、目立つ場所にいて残党に見つかり、応援でも呼ばれたら厄介だ。
そのため、もう少し落ち着ける場所までとりあえずは歩くことにした。

その間に互いの情報を軽く世間話でもするように交換するが、結局絹旗はここでも事実を伝えられなかった。
黒夜の件に関しては自分の手で解決しなければならない問題だと気負っていたからだ。

どちらにせよ、長い話は安全な場所に着いてからでないとできそうにない。
現在地から最も離れた地区に所在するアイテム専用隠れ家まで移動するにも、浜面と滝壺が来ないことには始まらないのだ。

しかし、荒地を出た次の瞬間――――。


『逃がすか……!』


「――――!?」

916: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 21:47:19.06 ID:mUKwWCaA0


―――



逃走用の車は問題なく入手できた。
燃料は少し心許ないが、この際贅沢は言っていられない。
乗り捨てられた軽ワゴン車の運転席に乗り込んだ浜面は、すぐさま麦野や絹旗との合流を果たそうと車を動かした。
助手席に座っている滝壺の横顔をチラ見する。


「大丈夫か? 滝壺……」


明らかに顔色が悪い。以前の『体晶』による悪影響ほどではないが、相当辛そうだ。
額に汗を滲ませた滝壺は、それでも気丈に答える。


「平気……。少し疲れただけだから……」


無理をしているのが一目で判った。一体どうして滝壺がここまで苦しんでいるのか、浜面は考えたくない可能性を挙げる。


「……まさか、何らかの副作用が今もまだ働いてるのか? それとも、まだ完全には……」


治っていなかったのか? と、浜面は繋げようとするが、滝壺がそれを遮るように声を発した。

917: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 21:51:30.66 ID:mUKwWCaA0


「ううん、ちがう……。多分」

「じゃあ何で……」

「わからない……。けど、変だと感じたのは、大勢の信号を感知した辺りから……だったと思う」

「感知って……。お前の能力でか?」

「うん……。おかしいとは思った………。AIM拡散力場が人数分観測できるのは不思議じゃない。………だけど、それに
 しては平等すぎる……」

「平等……?」

「磁場の大きさや………強度は………普通は一人一人、違うもの………」


息苦しそうに途切れ気味で話す滝壺の姿は、まるでうわ言を喋っているかのようだった。顔色もさっきより蒼白に近づいており、
症状も回復どころか寧ろ時間が経つにつれて悪化してきている。
あまり無理に喋らせるのはまずい。


「滝壺、もういい! 無理させて悪かった……! 麦野たちを乗せたらすぐ病院に連れてくから、それまで安静にしてろ……」


次第に呼吸も荒くなってきた滝壺に不安を感じた浜面は強制ストップを掛け、車の速度を上げる。
滝壺の話していた内容と体調不良に陥った原因が気に掛かるが、そんなこと今は後回しだ。
急いで麦野と絹旗を回収しなければならない理由がすぐ隣りにあった。

918: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 21:54:06.00 ID:mUKwWCaA0


「―――――いた!」


麦野と絹旗。馴染みのある後姿が約四十メートル先に映った。


「………ん?」


だが、あちらも何やら妙な雰囲気だ。ここからでははっきりと分からないが、まだ交戦中なのだろうか。
やや遠い位置に車を停めた浜面は、そこから降りて確認しに行こうと決意する。
もちろん、こんな状態の滝壺は連れていけない。


「ちょっとあいつら迎えに行ってくる。すぐに戻るから、ここで待っててくれな」


安心させる口調でそう伝え、車を降りた。滝壺からの返事はなかったが、代わりに虚ろな目で浜面を見上げてきた。
そんな彼女に、「大丈夫だ。無茶はしねえから、絶対そこから動くなよ?」と言い残し、ドアを閉めて駆け出す。

距離が近づくにつれて彼女達の現状が見えてきた。麦野、絹旗の正面に対峙していたのは紛れもなく家の壁を破って
特攻してきた強力そうな駆動鎧だ。しかし、麦野にやられたのか強固に見える装甲は鍍金が剥がれており、頭部には
痛々しい損傷が入っている。はっきり言って、まだ動くのかが疑わしい印象だった。

懐から拳銃を取り出し、安全装置を解除し、浜面は足を速めた。

919: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 21:58:25.35 ID:mUKwWCaA0


―――



「ちっ、テメェ……。まだ動けたのかよ」


振り向いた先にいたくたばり損ないを恨めしそうに睨む麦野。絹旗も怪訝な顔を浮かべ、ガラクタ同然の鎧を纏った
シルバークロースを凝視する。


『生憎、旧世代とは造りが違うのだ。……回路を絶たれても、最低限の動作機能は保障できる』


そう言いながら重そうな上腕を掲げてみせるが、俊敏性度は期待できそうにない動きだ。
この有り様でも尚、彼女らの障害物として振舞おうとしているこの男はよっぽどの負けず嫌いか上への忠誠心が強いか
のどちらかだろう。


「はん、要は動くのがやっとってトコでしょ? そんなザマでまだ立ち向かってくるとはいい度胸ねぇ。そんじゃ遠慮
 なくトドメ刺してやるわ」


麦野の目が再び戦闘色に染まっていく。
絹旗も臨戦態勢を取るが、麦野の迫力を目の当たりにして『自分の出る幕はなさそうだ』と悟った。

しかし、シルバークロースもただ楽になるために彼女らを引き止めたわけではない。
鎧の下に隠した不気味な薄ら笑いに、二人が気づくことはなかった。

やむなく訪れる地獄の挽歌を想像し、シルバークロースはほくそ笑む。

920: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 22:00:43.82 ID:mUKwWCaA0


確かに直接装着していた銃火器は使い物にならなくなってしまった。
だが、実装されていない他の武器なら使用可能だ。ただ引き金を弾くだけで済むのだから。
隠し場所は使用不能になったアーム砲口の中。相手は丸腰だと信じきっている所に隙がある。
銃撃の通用しない絹旗が後手に回るのも、計算通りだった。

ゆっくりと戦鬼と化した麦野がにじり寄ってくる。両者の距離は僅か七メートル。
あと一歩でも近づいてくれれば、絶好の立ち位置だ。不意も突ける上、まず回避は不可能なはずである。

勝負の瞬間を逃しはしない。そう意気込むシルバークロースは、浮いた麦野の右足が地を踏むのを待った。

今が好機――――。


『―――ッ!!』


油断しきった麦野に引導を渡すべく、シルバークロースが左腕を右腕のアーム砲口へ伸ばした。
あとは躊躇せずに抜き取ったライフル銃で良い位置に立ってくれている第四位を撃ち抜くだけだ。

が、形勢逆転を確信したのも束の間――――。


『がァ……ッ!!?』


どこからか飛んできた弾丸に取り出したライフル銃が命中し、駆動鎧の手を離れて回転しながら宙を彷徨っていった。
数メートル後ろでガラン! と銃の落下した音が響く。

この突然の出来事にシルバークロースはもちろん、麦野も絹旗も目を丸くした。

921: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 22:05:17.44 ID:mUKwWCaA0


「うおお、すげえ……。咄嗟に撃っちまったけどちゃんと当たった……」


彼女たちの背後にまで接近していた救世主、浜面本人も驚いていた。
すぐさま身体を反転させた麦野が喚き散らす。


「浜面ぁぁ!! テメェ人の獲物に手ぇ出すとはどういう了見だコラ!!」

「えええ!? そう来た!? ひでぇ……。無我夢中だったのに……。まぁ、確かに『キャー、浜面様! かっこいい!
 助けてくれてありがとー♪』ってなるのを期待した俺も心底どうかと思うけどさ……」


予想通りの対応とは言え、やはりショックだったのか肩を落とす。
そしてそんな浜面にかまけることなく計画の狂ったシルバークロースへ鉄槌を振り下ろした。

渾身の『原子崩し』という鉄槌を――――。





「――――あぁん? 滝壺の様子がおかしい、だぁ?」

「そうなんだ。結構ヤバそうだし、すぐ病院に連れて行かないと……」

「第七学区の病院まで距離ありますよ。……いったん近場の医療所まで行きますか」


浜面は絹旗と麦野に経緯を説明し、これからの行き先について論議していた。ちなみに十数メートル先には煙を噴かした駆動鎧
が横たわっているが、動く気配はもう見られなかった。

922: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 22:08:48.81 ID:mUKwWCaA0


「……あんまり立ち話もしてらんねえな。すぐに移動しよう。滝壺も心配だし、増援が来るかもしれねぇ」

「そうね。……っつーか、何急に仕切ってんだよ浜面」

「そうですよ。いくら非常事態だからって格好つけすぎです。超キモイ」

「すいませんさっきはホント調子に乗りすぎました。だからもうそろそろ許してくれてもいいんじゃないですかねぇ?」


三人が足を車の方角へ向けた時、スクラップと化した駆動鎧の眼がギロリと光った。その眼は立ち去る寸前の少年と少女の姿を
しっかりと捉えていた。が、流石に破損が酷く、立ち上がることすら適いそうもない。
それでも微かだが、腕の機能はまだ動作可能だった。更にすぐ傍には、先ほど弾かれたライフル銃が運命の悪戯とばかりに都合
良く落ちている。

メキメキと軋む上腕を動かし、銃を拾う。

当然、この軋み音に気づいた三人は愕然とした顔でこちらを向いた。


「ホント、しぶてえ野郎だな……。こりゃあ流石に呆れるしかないわね」

「超同感です……。見苦しいにも程がありますね」


『原子崩し』を悉く受けても尚、全機能を失っていない。これには麦野も敵の防御性能を認めるしかなかった。
だが、同時にうんざりもする。もう二度と起き上がってこないように、最後の一撃を見舞ってやろうと手を翳す。

しかし。

923: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 22:11:21.95 ID:mUKwWCaA0


「―――ッ!? ………やば……」


その翳した手は、自らの額へと伸ばされた。そのまま痛みの走る頭を押さえて蹲る。


「え……? 麦野!?」


慌てて駆け寄る浜面と絹旗。
能力酷使による反動か。急激な演算を多用したために、とうとう彼女の脳が悲鳴を上げたらしい。

突然の頭痛により眩暈を起こし、シルバークロースに最後の一撃を放てなくなった麦野。
未だ治まる気配を見せない激痛に、呻き苦しむ。


「ぐううう……!! 今頃……かよ、ちきしょおおお………ッッ!!」


『……………はは』


生き残るために神様が授けてくれた、最大の隙。
思わぬ所で起死回生の場面に遭遇し、シルバークロースは声高らかに爆笑した。


『ふは……ふはは………! はぁーーーはっはっはっはっはっははははははははは!!! 詰めが甘かったな原子崩しァァ!!』

924: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 22:12:34.26 ID:mUKwWCaA0


彼の恐ろしい形相は鋼鉄の面に隠れていて直視できないが、その狂喜に満ちた心は離れた位置からでも確認できた。
そして、ためらう事なくライフル銃は頭を押さえたままの麦野へ向けられる。


「くそっ……たれが……ァァああ!!」


額に汗を浮かべながら敵の挙動を見据える事しかできない麦野は、奥歯を強く噛み締めた。
演算どころではなく、激しい頭痛が治まらない内には回避行動もとれない。認めたくはないが、万事休すだ。

だが、霞んで映っていたスクラップ寸前の駆動鎧が大きな背中によって塞がれた。


「―――――!?」


『浜面仕上……』


屈んだままの麦野を庇う形で立ち、駆動鎧と正面から向き合う男、浜面仕上。
シルバークロースはこの展開に一瞬だけ動揺したが、襲撃直前に交わした黒夜との通信を再度思い返す。

925: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 22:13:55.07 ID:mUKwWCaA0


~~~


『浜面仕上だけを生かすというのは、逆に厳しい条件だな……』

「そこんトコを上手くやるのがアンタの仕事だ。シルバークロース」

『まとめて一掃できればもっと簡単に済むんだが……。それならわざわざ戦闘に入らずとも爆弾一つで足りるぞ』

「文句言うな。……上層部に第一位の抹殺を黙認させるには浜面仕上が必要なんだよ」

『頭の堅い派閥か……。しかし黒夜。それでは第四位を殺すのも認められないのではないか?』

「バレなきゃ問題ないさ。アンタら実行部隊が証拠さえ残さなければ、な」

『そんなヘマはしないさ……』

「まぁ、いずれはウチらの存在も上から規制が掛かるだろうな。……だがその前に何とかして私が“接点”を作る。
 馬鹿なゴミ集団から“ガキ”も回収できたしなぁ。下準備は完成ってワケよ」

『そうか……。さて、そろそろ任務遂行の時間だ。これで―――――』


「あ、おい待て。……ひとつ重要な事を伝えておくよ」

『……なんだ? 黒夜』





「もし余裕があったら、あるいは追い込まれるような事があった時は……………浜面仕上を狙え」

926: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 22:16:38.58 ID:mUKwWCaA0


『……。 どういう意味だ? 先ほどはしきりに“殺すな”と言っていたな?』

「もちろん殺さないように急所だけは外すんだ。できるよな?」

『容易い。が、意図が見えん……』

「全部話すには時間が足りない。そうだな……、敢えて言うなら“第一位への憎悪をより深くさせるための隠し
 スパイス”ってトコか」

『…………?』



~~~



今の今まで失念していた。
目の前で麦野沈利を庇うように勇ましく立ち塞がる浜面。
ここで彼を撃てば何かが変わるのか。シルバークロースが追究する前に通信は遮断されたのだった。

ただの悪あがきにしかならない行為から生まれた絶好の好機。
自身の存亡のためにも、この機会は是が非にも生かしたい。

そして、そのためには恰好の的となっている少年を絶命させるわけにもいかない。
シルバークロースは迷った。
それは本当に一瞬の時間だったが、彼にとっては長い葛藤の末に残った忠義心である。

927: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 22:18:18.89 ID:mUKwWCaA0


ライフルの引き金を握る指に、機械混じりの力が込められる。

照準を二つの目でしっかりと定める。


「―――! ―――!」


前衛に立つ浜面の背後で、少女たちが喚いている。
その口から発せられる言葉はやれ『何してんだ』だの『馬鹿』だの『危険だから退け』だの……。

しかし浜面の表情は何とも不思議なもので、今すぐにでも逃げ出してしまいそうなほど引き攣っているというのに、
自然と退く意思が全く感じられないのだ。
まるで、臆病な自分を必死で奮い立たせているような……そんな印象に近い。

けれども彼は逃げない。何故かそう確信できる雰囲気を感じた。

幸いにも浜面はそこから動こうとしない。
それもそうだ。麦野が真後ろにいる以上、庇う立場の浜面が動けないのは何らおかしくない。
慎重な狙撃が要求されるシルバークロースとしては好都合でしかなかった。

すでに照準も合わせた。あとは引き金を弾けばいい。

鉄仮面に隠された口まわりがニヤリと歪み、彼は詳細不明の最終段階任務を実行する。

928: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 22:20:23.56 ID:mUKwWCaA0


パァン! と、ライフル銃から乾いた唸りが聞こえた。

浜面はその時、本当に死を覚悟していたのだ。

仲間の盾でもいい。この命が何かの役に立つなら、大切な仲間のために活きるのなら。

震える体に根性を据え、この場に立った。

後悔は、なかった――――――。



―――――――――はずなのに………。





「!!!!!!!」





どうしてこんなことになってしまったのだろう。
どうしてこんな結末が用意されていたのだろう。

日が経つにつれて、その気持ちは破裂してしまうほどに膨らみを増していった。

929: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 22:22:53.73 ID:mUKwWCaA0


「ごほっ………はま……づら………っっ」


気づいた時には、そんな掠れ声が耳に入っていた。

自分はまだ生きているどころか、何の痛みもない。
そう感じる前に、起きてしまった現実を直視した浜面の頭は、文字通り真っ白になった。
目に映ったもの全てが信じられなかった。


「う……そ………だろ……」


もはや喋ったというより、食べ物をうっかり零してしまうのと同様でただ声を漏らしただけだった。
彼の頭は、もうこの時すでに働きを失っていたのだから。


「こんのクソ野郎がァァあああああああああああああああああっっっ!!!!!!」


現実を受け入れられない浜面の背後から聞こえた甲高い怒声。
頭痛など忘却の彼方へと葬り去った麦野が猛り狂った声を上げながら、正面の駆動鎧へ突撃していく。
凄まじい殺意と怒りだけが横を通過した後に空気となり、自失状態の浜面をゆっくりと正気に戻していった。


「……ッッ…」


更に背後で一連を目の当たりにした絹旗は、この非情な結末に言葉を失っていた。

930: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 22:27:03.40 ID:mUKwWCaA0


「――――――ゥゥゥううああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」



自分と駆動鎧の間……いや、浜面のすぐ前に立っていた少女、滝壺理后。
振り返った彼女はニコッと微笑んだ。まるで、浜面の命が失われずに済んだのを喜ぶように……。

腹部が赤く染まっていた。
その染みは、憎いことにみるみる拡大していく。

傷口からは、砂漠で稀に出現する湧き水のような勢いで出血しているのが分かった。
滝壺の顔が、色を無くしていく――――――。

最後まで笑顔を貫き、滝壺はその場に力なく倒れ伏した――――――。

そんな現実を必死で拒絶するように、浜面は倒れた滝壺の身体を抱き締め、ただ絶叫した――――――。





――――――彼の叫びは、もう彼女の耳に届いてくれなかった。

931: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 22:29:32.91 ID:mUKwWCaA0
ここまでです
次からまた時間軸は回帰します
その一部は下記になります

932: ◆jPpg5.obl6 2011/08/02(火) 22:37:08.89 ID:mUKwWCaA0


??「……今日もらしくねえ面してんな。不本意だが、見慣れちまったよ」


浜面「………すまねぇ」




―――――――




絹旗「あの超クソ女には怪我をした仲間の前で千回土下座させます。床に頭を擦らせて泣きながら贖罪させます。額が磨り減って
    骨が見えるまで許してやるつもりはありません」

942: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 21:54:44.60 ID:rSukkoHc0


~~~~~



目の前で、本当にすぐ目の前で大切な人間が鮮血に塗れていった。
手を伸ばせばすぐに届く距離だったのに………何故、彼女を護れなかった?



―――――――。



視界が、世界が、その瞬間からまるでここまで築いてきた人生を否定するかのように光を失った。
目を背けたいのに、できない。脳に深く焼き付いていて離れない。
偽りや幻想であることを強く望んでも、運命は許してくれない。

943: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 21:56:26.27 ID:rSukkoHc0



そこから先はよく覚えていなかった。記憶の一部が欠け落ちてしまったかのような感覚を味わいながら、か細い呼吸を
繰り返している滝壺の身体を抱きしめて、何度も何度も叫んでいたらしい。
必死に止血を試みたが、それを嘲笑うかのように血の流れは激しく、ただ彼女の意識を繋ぎ止めるべく呼び掛けること
しかできなかった。

前方で凄まじい轟音が鳴り響いた。完全にブチ切れた麦野の罵声も一緒に。
しかし、そちらに気を向けている余裕は無かった。

絹旗がいち早く冷静に応急処置を施した後、とにかく夢中で車を飛ばした。救急車が間に合うとは到底思えなかった。

一刻を争う事態なのは誰しもが理解できる。悠長に救急車の到着を待っている猶予すら厳しい状態の滝壺を乗せた車は
夜の学園都市を爆走した。後部座席で横たわる滝壺の血色は死人に近く、刻一刻と命を削られているのが判る。
そんな危険な状態の滝壺を、迅速に暴れ終えた麦野と絹旗が懸命に看護してくれている。
チラチラとその様子を確認しつつ、浜面はただ『間に合ってくれ!』とだけ願い続けた。
ハンドルを握る手に力がこもる。小刻みな震えが治まらない。思考回路が正常に働いていない。
悪条件ばかりが重なる中、アクセルを強く踏み続けながら、浜面は彼女の息が途絶えてしまわないよう祈った。


助けを求めた先は、唯一道順を知っている過去に何度か世話にもなったあの『冥土帰し』の勤めている病院。
今も時折思うが、あんな精神状態で良くまともに辿り着けたものだ。火事場の馬鹿力というのはつくづく凄い。

手術自体は、無事に成功した。
腹部に受けた傷も冥土帰しが綺麗に塞いでくれた。輸血も支障なく施され、彼女の身体に残っていた弾も摘出され、
何とか峠は越えたとのことだ。
手放しで喜んだのを憶えている。頑張ってこの世に留まり続けてくれた彼女に胸を撫で下ろしながら、ひたすら労いの
言葉を送った。

944: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 21:57:47.60 ID:rSukkoHc0


だが、次に外科医から告げられた言葉が束の間の喜びであることを諭してくれた。


『経過を見ないと何とも言えないが、いつ目を覚ましてもおかしくない』


最初はそれを聞いて呑気に安堵したものだ。
早く意識を戻した彼女とお喋りがしたい。あの無関心そうな顔と声で、名前を呼ばれたい。
そんな願望を胸に抱えながら日々を過ごす内に、安心感がじわじわと薄れ始めていった。


『滝壺は……いつになったら目覚めるんですか!?』


我慢しきれず、医者にそう詰め寄るのも無理はなかった。二日、三日過ぎても―――――彼女は目を開けてくれない
のだから。

すぐにでも起きてきそうなほど安らかな寝顔。
浜面もよく知っているいつもの寝顔。

肌の色も点滴のおかげで明るみが戻っている。閉じられた瞼がいつ開いても確かにおかしくはないはずなのに……。

麦野も絹旗も、浜面同様に剣呑な面持ちで医者の答えを待っていた。

そして、浜面は聞かなければまだ楽だったのかもしれないと後悔した。

945: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:00:02.07 ID:rSukkoHc0


『………原因はまだ確定ではないが、脳波が異様に乱れたままだ。おそらく出血性ショックによる影響かもしれない』


言葉を失った。
病院側は原因を追究するため、彼女を検査すると約束した。
しかし、不安定な脳波以外は全て正常。しかも意識不明に陥るほどの症状ではないという診断結果。

失望のあまり、顔を俯かせて床を見つめていた浜面たちに冥土帰しは『希望を捨ててはいけない』と言ってくれた。
後に、それはただの気休めの言葉なんだということに気づいた。


(滝壺………)


それから間もなくして、新たな問題が発生していた事を知った。
かつての仲間、フレンダの忘れ形見とも言える存在。

フレメア=セイヴェルン。

事件の何日か前に浜面の前に現れた少女。
麦野たちに話すには少し時間が必要だと判断した浜面は、彼女の面倒をスキルアウト時代の仲間に託した。

その彼女が、事件のあった日に何者かが連れ去られた。

病院に入り浸りだった浜面を見つけた仲間、服部半蔵から伝えられた衝撃の事実。
犯人について詳しい事情を聞き、浜面は驚愕した。

946: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:01:19.42 ID:rSukkoHc0



『見たことのないモデルの駆動鎧を何体も引き連れた小柄の女だった』




947: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:05:19.44 ID:rSukkoHc0


同一の組織だと浜面は確信する。
その時に浜面たちを襲撃した駆動鎧も、確か見たことのない駆動鎧を装備していたのだから。
すぐに浜面は昔の仲間たちと共に調査に加わった。もしかしたら、滝壺を撃った連中の親玉の正体が掴めるかもしれない。
タイミングを考慮するに、フレメアを攫った犯人と隠れ家を襲撃してきた連中に繋がりがないとはとても思えなかった。

ただ貪欲に追い求めた。
全てを知るために。そして、彼女の仇を討つために。

異常なまでに執着する浜面の姿勢に仲間連中は心配した。
表面ではフレメアの身を案じているように思える。実際、浜面もフレメア救出を目的にあちこちを飛び回っていた。

しかし、彼の心はすでにドス黒い感情に覆われていた。
いくら表面上でいつもの彼らしい建前を並べても、『怨念』や『復讐心』という醜い感情の芽生えを抑えることができな
かったのだ。

仲間はそんな浜面に対して協力こそ惜しまないが、どういう言葉を掛けてやれば彼は憎悪の呪縛から解放されるのか、何
をしてあげれば普段の“正義感溢れる軟弱者”が売りの浜面が帰ってくるのかが解らなかった。
最も近い立場である半蔵でさえ、浜面の死に物狂いな様子に何も言えなかった。

解決法といえば敵の尻尾を掴み、復讐に憑りつかれた浜面の望みを実現させることぐらいしか思いつかない。
だが、所詮スキルアウトの彼らが暗部社会の極秘事項に辿り着けるはずはない。
どれほど足掻いたところで足が掴めるはずもないのだ。

仲間が失意に堕ちていく中、浜面は追い続けるのを止めなかった。
時には強引に、時には狡猾に、元暗部の人間を絞り出して片っ端から口を割らせる。もしかしたら秘密を握っている人物に
遭遇できるかもしれない。

948: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:08:05.14 ID:rSukkoHc0


病院を出た後の彼は、刑事も驚きの暗躍者へと変貌する。

結果など考えなかった。ただ、彼は休むことなく動き続けた。
まるで、そうすることで荒みきった心から目を背け、向き合うのを拒んでいるかのように。


独りになると、考えていることがどんどん黒く淀んでいってしまう。
初めはその変化に一応ながらの抵抗も試みてはいたが、当時すでに精神的にも相当参っていた浜面の心に、負の感情が蓄積
されるのも時間は掛からなかった。
憎しみの矛先を向ける特定の人物像が掴めない。それも心が荒んでいく要因となった。

誰があの襲撃のきっかけになった?
誰が存在したからあんな事になった?

とうとう、彼は敵が狙っていた境地にまで到達してしまった。
事件を思い返す内に浜面の脳で囁かれる呪いの一言。


『恨むのなら、第一位を恨め―――――』

『うらむのなら、だいいちいをうらめ―――――』

『ウラムノナラ、ダイイチイヲウラメ―――――』




『怨むのなら、第一位を怨め――――――』



949: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:10:25.27 ID:rSukkoHc0


(第……一………位…………)


次に脳が描いたのは、今まで彼が直に見てきた学園都市最強の能力者の姿。
凶悪で誰しもが慄くという一般的な噂はあながち間違いでもない、と当初は感嘆したものだ。
もしかしたら、彼は噂通りの悪党ではないのかもしれないという幻想すら抱いていた。
むしろ、世間の一般常識として成り立っている第一位へのイメージそのものが、みみっちく感じてしまった程だ。
悪人としての度量が根本的に違っていた。

しかし、ただでさえ彼に対しては蟠りがある。
自分の尊敬していた人間の命を奪った張本人もまた、彼なのだ。
いくら頭では割り切ったつもりでも、悪循環の中で在籍している偽りの利かない思念は調味料のようにブレンドされ、
醜い感情の餌と化す。

一種の洗脳か、或いは催眠効果か。浜面は進展しない現状に苛立ちを通り越し、おかしくなっていたのかもしれない。
少なくとも、第一位が本当に牙を向けなければならない相手なのか、考え直せなくなるくらいには……。

やる事がまた一つ増えた。
それは言わずもがな、第一位の捜索だ。
偶然でも何でもいいから、とにかくもう一度だけ巡り会わせて欲しい。神にそう祈りつつ、浜面は第七学区中心に街
を彷徨い尽くした。当然それこそ手掛かりが簡単に掴める次元ではない。意図的に捜し出すのは最も困難だと知って
いる。が、すでに頭の一部が狂い始めていた浜面にそんな常識は通用しなかった。

捜した。ひたすら捜した。

会えないと分かっていても滝壺の見舞いは欠かさない。
アテもなく第一位を捜しに街を徘徊する。
気づけばそんな日々だけがずっと続いていた。

950: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:14:57.09 ID:rSukkoHc0


詳細も分からない組織と違い、第一位なら顔も覚えている。運が良ければ遭遇できるかもしれない。
情報が入手できないなら、地道に外を歩くしかない。
周囲から見れば明らかにイカレた考え方だ。効率性も何もない、ただの極論に従って動いているだけとも捉えられる。

だが、浜面は本気だった。

麦野も絹旗も最初こそはそんな狂った思想の彼を心配してくれていたが、最近はめっきり自由行動状態だ。
二人がどこで何をしているかなど、いちいち把握していない。
大体あの二人は自分なんかより遥かに強いのだ。こんな彼女ひとり守れない無能力者に心配されるようなタマではない。


滝壺が入院して三週間も過ぎた頃には、彼の頭の中で第一位の存在が何よりも許せない程にまで成長していた。

『第一位(あいつ)さえいなければ、平和に暮らし始めた俺達に脅迫は掛からなかった』

『俺達がワケのわからない輩に襲撃されることもなかった』

『滝壺が――――――』

『こんな目に合うことも――――――――』



『―――――――――なかったんだ………』



もはや、彼が常時持ち得る良識さえ―――――悪魔の囁きによって酷く歪まされていた。

951: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:16:04.48 ID:rSukkoHc0




少しずつ、着実に積もり積もって育てられた憎しみの芽が―――――――立派な花を咲かせていた。




952: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:18:04.85 ID:rSukkoHc0


―――



前日、遂に念願が叶った。
捜しに捜し求めていた第一位と再会したのだ。
誰かが仕組んでいたというのは流石にわかったが、そんな事はどうでも良かった。罠だろうが知った事ではない。

迷うことなく、その足で直接現場まで向かった。悪戯だったとしても構わない。少しでも可能性があるなら……と、
希望を胸に抱いた。

一応初めは穏便に話し合うつもりだ。無論、本当に会えたらの話だが。


第六学区のテーマパーク施設を徘徊している内に、見覚えのある顔が視界に入った。間違いない。あの特徴のある
中世的な見た目。心が一気に昂ぶったのを憶えている。
とうとう、この日が来た……。

とうとう……………この日が……………。



『怨むなら――――――第一位を怨め』



制御の役割を果たしていたネジが彼の顔を見た瞬間に頭を抜け出して、どこかへと吹っ飛んでしまった。
唯一残っていた人としての心さえも……。

953: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:19:44.82 ID:rSukkoHc0


「とうとう……見つけたぞ」


「あァ……?」


(こいつが、全ての元凶――――)

(こいつさえいなければ、滝壺は今も俺の隣りで――――)


悪魔の囁きが、浜面の思考を完全に狂わせてしまっていた。



そんな昨日の出来事を浜面は振り返り、肩をしずめてから嘆いた。


(逆恨みもいいトコだよな……。情けねえ、どうしようもねえクズ野郎じゃねえか………)


途中から麦野と絹旗の介入もあり、何とかどん底に堕ちる結末は避けられたものの、結局は彼女たちに尻拭いをさせるという
最悪の始末だった。正直、あの時の自分を思い出すだけで恥ずかしさが込み上げてくる。
我を失っていた、なんて言葉はただの言い訳にしかならない。自分の弱さをここまで痛感したのは初めてだった。

954: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:21:06.45 ID:rSukkoHc0


(これじゃあ、滝壺に合わせる顔がねえよ………)


集中治療室から個室に移され、今日になりやっと面会ができるというのに……。何とも複雑な心中だ。


「――――よう」

「……!」


すぐ真横から声を掛けられ、伏せていた顔をふっと上げる。
そこに立っていたのは、見飽きた人物だった。


「半蔵……。いつからいたんだ?」

「今来たばっかだ」


軽く返し、浜面の隣りに座る少年の名は服部半蔵。
浜面に負けず劣らずのガラの悪さからも分かる通り、スキルアウト繋がりの仲間だ。もっとも、向こうはまだ現役だが。
一言で彼を語るなら、正に『良き理解者』という言葉が適切だろう。

現にこうして浜面の様子をわざわざ見に来るぐらいなのだから。

955: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:22:53.13 ID:rSukkoHc0


「に、しても……今日もらしくねえ面してんな。不本意だが、見慣れちまったよ」

「………すまねぇ。今……ちょっとな」


歯切れの悪い返しに半蔵は内心気を落とした。表面以外も重症だと確信したからである。
こんな浜面と一緒の空間は、正直言って居心地が悪い。
何の話を切り出すべきか思索するのに時間を要したせいで、空気も微妙になってくる。
浜面とは結構な付き合いになるが、気まずい沈黙というのは初めてだった。


「………何か、変わったことはあったか?」


そして、この沈黙を先に破ったのは意外にも浜面。


「いや、相変わらず何も掴めてねぇ。目ぼしい場所は粗方調べつくしちまったし……こりゃ最悪、もう学園都市外に出ち
 まってる可能性もいよいよ視野に入れなきゃなんねえかもな」


溜息混じりの返事に浜面の士気も低迷する。
今日に至るまで、フレメア=セイヴェルンの居所に関する手掛かりはゼロ。かつて駒場利徳が牛耳っていたスキルアウト
を総動員させて執り行なってきたにも関わらず、何の収穫もないという非情な現実。仲間の大半は諦めムードだ。無論、浜面の前でそんな類の言葉は禁句だが。

956: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:24:42.14 ID:rSukkoHc0


「なぁ、浜面」


湿気を払うような調子で話し掛けてくる半蔵に、浜面はふと顔を上げた。
半蔵は何故か笑顔を作っていた。


「今日からやっと面会できるんだろ? 良かったじゃねえか」

「………まあ、な」

「あれ? あんまり嬉しそうじゃねえんだな……」

「いや、悪い……。もちろん嬉しいさ。集中治療室からただの個室に移るってことは、順調に回復してるってことだ。
 わかってるんだけど……さ」

「だったら何でそんなシケたツラしてんだ? もっと喜べよ」

「…………どんな顔して会えばいいんだか、わかんねえんだよ……」


強張った表情から漏れた、微かな声。
まるで恥を晒しているかのような声色と台詞に半蔵も顔を顰める。


「はぁ? ……何だそれ? お前何言ってんだ?」

「………なぁ、半蔵。正直に答えてくれよ」

957: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:26:23.83 ID:rSukkoHc0


首を傾げている半蔵を横目で窺ったと思ったら、急に尋問口調である。


「……何だ?」

「今までの俺………まともに見えたか?」

「いんや」


即行で首を横に振られた。真面目に答えているか怪しいものが感じられたが、今度は半蔵がそのまま言葉を紡げる。


「鬼気迫る……なんて表現がピッタリなぐらいだったぜ。命懸けてるような……捨ててるような……、ここんとこのお前と
 きたら正にそれだよ。っつか、今頃になって自覚できたのか?」

「情けねえことにな………」

「ははっ、そうか。………で、そっちの目標は果たせたのか?」

「ああ……。第一位に会えたよ」

「………収穫は? 何がわかった?」

「強いて挙げるなら、自分のクズっぷり……かな」

958: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:27:43.98 ID:rSukkoHc0


ふっ……と、乾いた笑いが零れた。
昨日の出来事を大雑把ながらも半蔵に話す。反応は――――――何とも曖昧だった。


「つまり、第一位はやっぱり何も知らなかったってワケか……。これは良かったって言えばいいのか?」

「俺は良かったってことにしてる……。おかげで、悪夢から醒めたような気分になったからな」

「そっか……」

「けど……、これまでの俺を思うと最悪な気分だよ。考えれば考えるほど自分がどれだけ最低だったか……っ」

「……それで、そんな塞ぎ込んだ顔してたのか」

「とんでもねえ思い違いをしてただけならまだ救いようはあったんだ……。でも、俺は滝壺の意識が戻らない事を言い訳に
 して………!」


浜面の肩、そして声が震えだす。
許しを請う、というよりは罪滅ぼしを求めているに近い告白を、半蔵は黙って聞いた。


「第一位は悪くねぇ……。わかってたんだ。頭の中じゃわかってたんだ……!! けど抑えられなかった……。そうしなきゃ、
 誰かを憎まなきゃ………壊れちまいそうだった」

「………滝壺があんな目に合ったのは俺のせいだってのに……そいつを棚に上げて………」

「どうしようもねえクズだろ? 最低だろ? ………他人に矛先向けて自分の逃げ場作るなんてよ………。滝壺のためだとか
 何とか言って、結局自分が一番可愛かっただけじゃねえか……。まさか、俺がこんな弱虫だったなんて……」

「……滝壺と向き合う資格なんて、今の俺には………」

959: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:28:50.37 ID:rSukkoHc0


氷解したところに苛むのは、並ならぬ後悔と自責。
滝壺の損失でぽっかりと空いた心につけこむようにして現れた仮想の悪魔。その悪魔に精神を呆気なく乗っ取られてしまった。
浜面自身がそんな自分を許せないのだろう。その気持ちは半蔵も少なからず共感できた。

だが、彼は敢えて浜面に厳しい視線を送った。


「―――――で、もう気は済んだか?」


聞くのに飽きた、とでも言いたそうに伺ってくる半蔵。
思わず浜面は声を呑む。


「ったく……、ちっとはマシになったかと思ったら、まだまだ全然じゃねえか。過去を振り返ってクヨクヨなんて、お前の
 キャラじゃねえだろ? お前の持ち味が何なのか、いい加減に思い出せよ」

「…………」

「お前の気持ちなんてさっぱり分からない、とは言わねえさ。モテない人生に終止符を打ってくれた可愛い~い初カノさん
 だもんな。そんな大きな存在を突然傷つけられて、まともな精神を保てなくなるのは仕方ねえよ」


半蔵の声の調子が豹変したが、浜面は何故か全く言葉を挟む気になれなかった。
こんな彼は、今までに見た事がなかったからだ。


「けどさ、そろそろ前を向けよ。間違ってた自分に気づいたんなら、二度と間違わないようにどんな事にでも全力でぶつか
 っていけよ。………いつまでもそんなんじゃ、目醒めた時彼女に悲しまれるぞ? せめて、彼女に対して逃げ腰になるの
 だけはやめた方がいいぜ」

960: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:30:42.13 ID:rSukkoHc0


「………どのツラ下げて会ったら良いのか、わかんねえんだ」

「ま、そのツラじゃいけねえのは確実だな」


半蔵はさっきまでの剣呑な装いを一瞬で解き、今度は導くような優しい目で促す。


「誰もお前を責めねえさ……。だからお前が自分を許しちまえば、それで全部オッケーよ。……まぁ何が言いたいかっつ
 -とだな、いつまでもガラじゃねえ真似してんなってことよ! 気の迷いから犯す過ちなんて、誰だって経験するモン
 だろうが。自分が無能力者だからとか、そんな格差は関係ねえんだって! “怪物”だろうと“凡人”だろうと、皮膚
 の下は皆同じなんだからよ」


説教臭くなった空気に照れでも感じたらしく、浜面の背中をバシバシ叩きながら励ます半蔵。
浜面は物珍しそうに半蔵の方を見ていたが、やがて苦笑いを浮かべた。


「過ぎたことを悔やんでたってしょうがねえだろ? それよりこれからどうするかだ。………ちなみに、俺たちは諦める
 つもりはないぜ。どれだけ時間掛けようが、どんな卑劣な手ぇ用いろうが、あの子を取り戻してやる」

「半蔵……」

「あの子は、駒場のリーダーが命よりも大切にしてた子だ……。リーダーがもういない今、俺たちが助けないで誰が助け
 るんだよ? もちろん、そのためなら第一位の協力だって惜しまねえさ。むしろ願ったり叶ったりだ」


そう言って半蔵は徐に席を立ち、背中を向けたまま追記する。

961: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:32:28.09 ID:rSukkoHc0


「だから、さ……。一人で暴走するのは今回限りにしとけ。こいつはお前だけの問題じゃねえんだしよ」

「ああ……。肝に銘じとく」


浜面の返事を聞いて満足したのか、半蔵はそれから何も語らずに去っていった。
本当に彼は何しに来たのだろう? 結局そこは最後まで不明だったが、浜面にとっては大きな意味があったに違いない。
心中でボソリとだが、感謝の言葉を述べる。さっきと別人みたいにすっきりした顔で。



―――



ちょうどその頃、病院の屋上には少女が一人佇んでいた。
強風を受けた短い丈が頻繁に危険信号を送ってくるが、彼女は全く気にも留めずに遠くの空をただボーっと眺めていた。
彼女もまた、昨日までの過程を振り返っていたのだ。



~~~



「殺す! 超殺す! 炙り出して徹底的に殺す! どこに隠れようと、絶対に見つけ出して顔面のパーツというパーツを
 福笑いみたいにバラバラに切り刻んでやる!!」


物騒な台詞を撒き散らしながら夜の街を駆ける少女、絹旗最愛。
滝壺が腹部に重傷を負い、病院へ搬入された翌日の午後だった。

962: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:33:40.93 ID:rSukkoHc0


荒れた心を抑制しきれずに、絹旗は滝壺の容態を聞くや否や病院を飛び出した。
いや、“荒れた”というのは適切ではない。彼女は完璧にキレていた。

麦野たちと離れて一人になった途端、絹旗は般若のような恐ろしい形相を瞬時に作り出して携帯電話を乱暴に操作した。


「…………ちィィ……ッ!!」


耳に入ったのは『お客様がお掛けになった番号は現在使われておりません』といったお決まりの機械音声。
予測していたとは言え、やはり腹立たしさは拭えない。

今頃あいつは自分の知らない場所で薄ら笑いを浮かべているのか、そう考えるだけでハラワタが煮えくり返る。

となると、次に行かなければならないのは必然的に“あそこ”しかなくなってくる。

気は進まないし、行ったとしても手掛かりが得られる可能性は限りなく低い。

しかし、それでも今は縋るしかない。このまま泣き寝入りするのだけは死んでも御免だった。

歯噛みしつつも進路を変更し、絹旗は全力で目的の場所まで走った。


やがて、辿り着いたのは郊外にある古びた研究施設。
ここは自分と黒夜海鳥について、良く知っている研究者が勤めている。
平たく言えば、古い知人である。

963: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:35:14.02 ID:rSukkoHc0


そして、共通の知人ということは――――――そう、『暗闇の五月計画』の関係者だ。

こうして訪ねるのは二年ぶりか。一瞬だけ緊張の面持ちが交錯したが、今は懐かしんでいるような気分ではない。
表情を引き締め、施設内部へと進入する。


二年以上前と言っても過去に何度か訪れたことがある。目当ての人物が大体どこにいるのかはおぼろげに憶えていた。

見覚えのある通路を記憶頼りに進んでいくと、


「―――――ねぇ、もしかして絹旗ちゃん?」


背後から突然名前を呼ばれた。
驚いて振り向く絹旗を訝しむように眺めていたのは、二十代半ばぐらいの白衣を着た女性である。


「………超お久しぶりです」

「え? うわ、ホント? マジで絹旗ちゃん!? うっそーどうしたのよ! ちょ、ホントに久しぶりじゃない!」


二年ぶりの再会。
この研究者はあの計画に関わっていた人間の中でも浮いた存在であり、当時まだ幼かった自分や黒夜が気を許した貴重な
人物だった。幼い子供なんて道具程度にしか思わない研究者が殆どだっただけに、この少々変わり者の女性は心の拠り所
として大きな存在だった。元々彼女は研究者としての能力こそ優れてはいたが、その情に厚い人柄のせいか計画の全貌を
知らされていなかったし、計画の頓挫後も、自分の口から明かしてやろうとは思わなかった。
純粋に子供を大切に想ってくれている彼女の思想を壊す気にはなれなかったのだ。

964: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:37:59.94 ID:rSukkoHc0


それは黒夜にとっても同じだったのだろう。
現に他の研究者は一寸の慈悲も無く惨殺したが、この女性だけは殺そうとしなかった。凶暴化し、理性が吹っ飛んでいた
のにも関わらずだ。もっとも、深くは携わっていなかったために除名しても問題はないだろうと決議され、『研究者は全
員皆殺しにあった』として表明されたのだが………当事者たちしか知らない隠された真実というヤツだ。

そう、“共通で繋がっている人物”はこの女性研究者だけである。言わば、唯一の希望だ。


「何年? 二年だっけ? うわー、背ぇ伸びたわねぇー。突然来るだなんて本当ビックリだわ。元気でやってるの? 今
 もう中学生かしら? サプライズ過ぎて何にも用意してないわよー! ねぇ、どこの学校通ってるの? 有名なトコ?」

「………」


二年ぶりだというのに、この人は全く変わってないな。と、絹旗は胸中で嘆いた。ちょっと口の煩い母親みたいだ。
だが、こうやって人の事ばかり気に掛けている彼女だからこそ嫌いになれなかった。

また一瞬だけ懐かしさにトリップしていたが、すぐさま本懐に意識を戻す。


「あ、あの! 超早速本題なんですが、黒夜海鳥と最近連絡を取りましたか?」

「ほへ? 黒夜ちゃん……?」


思いがけぬ名前を聞き入れ、女性研究者は余計に顔を綻ばせた。

965: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:39:49.45 ID:rSukkoHc0


「黒夜ちゃんかぁー。懐かしいわね……。あの子も元気でやってんのかしら……」

「………今、黒夜がどこにいるか超知りたいんですが……、その様子だと知らないみたいですね」


肩を落とすが、冷静になって考えてみればそれも当然だった。
本懐を終えた黒夜が雲隠れに移るなら、手掛かりと為り得るような接触は避けるのが普通だ。
何と言ってもこの女性研究者は共通の知人なのだ。黒夜もそこら辺は抜からないだろう。


(……私としたことが、超浅慮すぎです。超無駄足じゃないですか……)


熱の入っていた頭の温度は急速に著しく低下し、そのまま重い溜め息となって体外へ流れた。


「もういいです……。突然押し掛けて超すみません。私、もう帰りますね」


意気消沈した足取りで離れていく絹旗に、一人で思い出を膨らませていた女性研究者は慌てて声を投げた。


「え!? ちょちょちょ、ちょっとぉ!? もう帰っちゃうの!? 久々に会ったっていうのに冷たいじゃないのよー!
 折角なんだしお茶淹れるから、もうちょっとゆっくりしていってよ!」

「……超申し訳ないんですが、思い出話に花を咲かせるのはまたの機会にしましょう」

966: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:41:57.14 ID:rSukkoHc0


「そんなぁぁ……。まさか貴女もとうとう反抗期に突入しちゃったのぉぉ!?」


ガーン! と、シュールな反響音が女性の背後から鳴った気がしたが、この女性の扱い方をまだ忘れていない絹旗は軽く
流すように告げるだけだった。


「そんな気分じゃないんです。落ち着いたら、その内また顔を出しますから……。今日はこれで失礼します」

「うぅ……。仕方ないわねぇ。…………ところでさ。最後に一つ訊いてもいいかしら?」

「……何ですか?」

「黒夜ちゃんと絹旗ちゃんって、確か相当仲が悪かったわよね? 彼女に用があるってことは、もしかしてお友達になれ
 たのかしら?」


そんな笑い話にもならない逸話に有り得ないオプションが付属され、臭い物でも嗅がされたように鼻を曲げた絹旗。
首を半分だけ反らしてから、腹の内を初めて他人にブチ撒ける。


「冗談にしても看過できない架空設定ですね。超胸糞悪いです!」

「あら……。そこんトコの事情も変わってなかったのね」

「超最悪に悪化してますよ。………今すぐ、この手で引導を渡してやりたいぐらいに……!!」

967: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:43:47.75 ID:rSukkoHc0


「………」


絹旗の言動と鋭く尖った顔つきから明確に伝わってきた殺意に、女性は戦慄に近いものを感じて口を噤んでしまう。
一度吐き出したら止まらない、と誇示するかのような愚直の言葉を思いっ切り叩きつけ、その勢いのまま駆け出した。


「あの超クソ女には怪我をした仲間の前で千回土下座させます。床に頭を擦らせて泣きながら贖罪させます。額が磨り減って
 骨が見えるまで許してやるつもりはありません……!! ………超失礼します」


離れていく背中を見送る女性の目には、驚きと少々の悲哀が入り混じっていた。
お気楽で心配性な彼女では、絹旗を止める術が思い浮かばなかったようだ。


「なんかもう……、単に仲が良い悪いの次元じゃなくなってるみたいねぇ……」

969: ◆jPpg5.obl6 2011/08/16(火) 22:49:55.94 ID:rSukkoHc0


絹旗「いきなり何を言い出すんですか!! 第一位を仲間に引き入れようだなんて……、本気でそんなことができると思って
    ないでしょうね!? 超無理に決まってます! 超論外です!!」


麦野「まぁ話だけでも聞いてってば。決め付けるのはその後でもいいでしょ?」



―――――――



結標「はぁ!? だだだ、誰があんな虚弱人間に恩なんて感じてるって!? 愉快な発想すぎて欠伸が出そうだわ!」

978: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 17:55:45.70 ID:Zk4zZ5Rv0


~~~



「超反対です!!」


新居住へ移ってから麦野も浜面も単独で動く機会が増えた。それぞれが何かの考えをもっての行動と受け取っていた絹旗は、
少なくとも目処が立つまで詮索しないことにしていた。そして、これは逆も然り。互いを信じ合っているからこそ成り立つ
暗黙の了解というやつだ。

そんな中、麦野が持ちかけてきた内容がとんでもないというか……考えもしない提案だったのだ。
あっさり首を縦に振るには突然すぎて頭の中は大きく混乱してしまい、思わず叫んでしまう絹旗。


「いきなり何を言い出すんですか!! 第一位を仲間に引き入れようだなんて……、本気でそんなことができると思って
 ないでしょうね!? 超無理に決まってます! 超論外です!!」


頑なな拒絶反応を示してしまうのも無理はないのだが、麦野は平然と話を進める。
ちなみに浜面はこの日も朝から不在だった。


「まぁ話だけでも聞いてよ。決め付けるのはその後でもいいでしょ?」

「………どういう事なんですか?」

「あいつら、やたら第一位の事を連呼してたじゃん? それが気になって、一人で色々と調べてたんだけどさ、……どうも謎が
 多いのよ。ここ最近、暗部情勢が大きく改変したってニュースは知ってる?」

「ええ……、その件に第一位が一枚噛んだって話ですよね?」

「なーんだ、知ってたか……。ま、私らはもう暗部組織の枠内からはみ出したクチだから、そういう話は自然と舞い込んでくる
 わけじゃないし、真相に辿り着くのも今じゃ一苦労よ」

979: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 17:58:04.45 ID:Zk4zZ5Rv0


「殆どの組組が解散してるのが現状らしいですけど、どこまでが本当なのかはまだわかりませんね……」

「私もまだまだ調査の余地が腐るほど残ってる段階なんだけど、道中で思いがけない出会いをしてね……。少しそいつと話し合
 ったんだけど、どうせならアンタも一緒の方が良いんじゃないかって判断したのよ。これから来る予定になってるわ」

「………はいい!?」


驚嘆のあまり、声が上ずってしまった。正にこれこそ寝耳に水だ。
麦野もいきなりで驚きと戸惑いを隠せない絹旗の心情がきっちり計れているのか、どこか控えめな声のトーンだった。


「いやいやいや……、今から来るって……また超急ですね」

「悪いヤツじゃないわよ。だから安心していいわ」

「その根拠だけでも教えてくれません?」

「私に見る目があるのはアンタも知ってるでしょ?」

「……いや、だからこそ超不安なんですけど」

「んん? なんだって?」

「いえゴメンなさい超何でもないです」


麦野の目つきが鋭くなったので、これ以上の失言は避けよう。
そう内に秘めた絹旗だが、やはり誰が来るのかは気になるようだ。情報を握っている、つまりそれなりに危険要素のある
人間だというのはこの時点で確定的みたいなものだが……。

980: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 17:59:10.91 ID:Zk4zZ5Rv0



「―――――へ~え、ここが『アイテム』の新居? 仮設住宅っぽいのを想像してたけど、随分とまともな所ね」



981: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:02:26.10 ID:Zk4zZ5Rv0


「…………えっ!?」


「お、来た来た。早かったわね」


ソワソワする間もなく登場した訪問者に、絹旗は跳び上がりそうになるのを辛うじて耐えた。
麦野の方はヘラヘラとしながらまるで友達が遊びに来たかのような対応を見せる。


「………これはまた……、超珍客ですね」

「その言い方、何だか貶されてるように聞こえるわね……」

「あはは、こういうヤツなのよ。まぁそこら辺適当に座んなさい」

「……ええ、そうさせてもらうわ」


釈然としない雰囲気を発したままの来訪者は傍にあったソファーの手掛けに腰を乗せた。
それから絹旗に目線を移して妖艶な笑みを見せる。
麦野とは違ったタイプだが、どこか大人びた余裕を持つその少女の姿勢に絹旗は金縛りにでもあったのか、自分から声を
掛ける気になれなかった。というか、この少女の正体は一目でピンと来ていた。

来訪者の少女が絹旗を目で捉えたまま、表情を変えずに自己紹介を始める。


「こんにちは、『窒素装甲』。私は結標淡希。『座標地点』って能力名はご存知かしら?」

「そりゃまぁ……。『超能力者候補』とまで謳われてるぐらいですからね」

982: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:04:58.30 ID:Zk4zZ5Rv0


「ふふっ、光栄ね。でも残念。色々と欠陥があるのよ……。私のことはどこまで知ってる?」

「………“暗部でのイメージ”以上は知りません。あとは、『案内人』ってことくらいでしょうか」

「そう……。私も貴女の話は聞いてるわよ。『暗闇の五月計画』の被験者だったんですってね?」

「――――!? 何であなたがそれを……?」


底が知れない相手に警戒心が強まる。
絹旗の眉が大きく吊り上がったのを見届けた結標は、それ以上深くは探求しなかった。


「あー……そんなに警戒しなくても大丈夫よ。スパイ目的とかじゃないから」

「…………」

「貴女は私の事を『案内人』って呼称で既知してるんでしょう? それと同じようなモンよ。上辺でしか把握していないわ。
 だからその“物騒な空気”を鎮めてくれないかしら? 念のために言っておくけど、私は交戦するつもりなんて無いから」


一瞬だけ黒夜との関連性を疑ってしまい、無意識に能力が漏出してしまっていたらしい。
感情を一旦落ち着けた絹旗を結標は微笑ましく見つめ、優しい口調で話を再開する。


「まず、そうねぇ………。何から話そうかしら? っていうか、貴女たちは何が知りたいのかしら?」

「アンタは実際どこまで知ってるワケさ? 私らのここまでの経緯は教えたろ? その上での意見と、情報提供が望ましい
 と思うけど?」


既に寛ぎモードの麦野が欠伸しながら、結標の根本的な疑問に倍の質問を付属させて返した。
と、この麦野の発言に絹旗が大きく反応を示す。

983: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:07:08.88 ID:Zk4zZ5Rv0


「えっ!? ちょ麦野……! 話したって……?」

「襲撃者の全貌が知りたいんだから、当然でしょ? この女は第一位の身近にいた数少ない情報人よ。包み隠さず教え合う
 相手として申し分ないじゃん」

「本人の前で堂々と言える貴女って、噂以上の大物よね……」


呆れた顔の結標と、軌道修正を図る絹旗。


「……腰を折って超すみませんでした。是非話を聞かせてください」

「ええ、いいわよ。私の知ってる限りでいいなら―――――」



~~~



「……………暗部改変の発端が第一位……。ガセじゃなかったんですね……」


一部の噂程度でしかなかった情報も、語り手が語り手だけに一段と真実味を帯びてくる。
この時聞いた内容はあくまで暗部組織の大規模な解散にまつわる裏話。
一方通行と番外個体の二名を中心とした大事件については何も聞かされなかったし、話に振れられることもなかった。

どうやら、暗部情勢がごく最近で一変した件には彼女達が想像もつかないような事情が隠されているらしい。
顛末を語った結標の顔色は、どこか複雑そうに見えた。

984: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:10:30.22 ID:Zk4zZ5Rv0

「大体、こんなところかしら? 一応知っているだけの真実は話したつもりよ……」

「まさかねぇ……あの第一位が……。一概には受け入れ難い話ね」


麦野と絹旗の反応は結標の予想とほぼ一緒。
表上での印象しか知らない人間からすればこれが一般的反応に違いなかった。
更に結標は愚痴るように付け加える。


「ホント、あの  コン野郎はまた突拍子もない事をしでかしてくれたわ。おかげで私も御役御免になっちゃったしね」

「どういうことですか……?」

「さっき、私のことを『案内人』って言ったでしょう? 正確には『元案内人』よ。もう統括理事会の言うままに従う
 必要はなくなったの。今の私は、『統括理事長(アレイスター)の正確な座標を知っている空間移動能力者』に過ぎないわ」

「……!!」

「そういうこと……。謎がひとつ解けたわ」


愕然とするしかない絹旗とは対称的に、麦野は胸のつっかえが取れたような発言を零す。


「アンタも前ぶれ無しで自由を手に入れた身分よね? だったら詳細をそこまで知ってるのはちょーっと不自然かなーって
 思ってたのよ。……一応訊くけど、情報源は誰?」

「統括理事長本人よ」

「はぁ!? ……ちょ、それって超やばくないですか……?」

「堂々と聞けたわけじゃないんでしょ?」

985: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:13:14.73 ID:Zk4zZ5Rv0


「そりゃそうよ。私の役職じゃアレイスターから直接聞き出すなんてのは不可能だもん。いきなり呼び出しが入ったと思った
 ら、あっさりお払い箱。いくら無頓着なタイプの人種でも、突き止めようとするのが自然じゃない?」

「まあ……当然だわな」

「だから私は自身の能力を有効活用しただけ……。隠された書類を見つけ出すくらい、どうってことない作業だしね」

「………!!」


ようやく話が呑み込めてきた絹旗の背筋に冷たい汗が滴る。冷静でいられる麦野と結標を見る目が「信じられない……」と
でも言いたげだ。
だが、結標は何でもないような顔で心配要素を否定した。


「大丈夫よ。あの時点で既に私の足枷は外されていたんだから。………けどその代わり、あいつにでっかい借りが出来ちゃ
 ったぐらいかしら」


最後ら辺の語調だけ、少しばかりの悔しみが籠められているように聞こえたのはおそらく気のせいではないだろう。
何て表現すべきなのかを見失っている絹旗の心情を、麦野が代弁した。


「ま、どんな理由あっての行動かは知らないけどさ……。はっきり言って余計な真似よね。裏世界のヒーローにでもなった
 つもりかよ……」

「………確かに、そう捉えるのが普通でしょうね。でも私は正直………悔しい」

「?」

「ううん……。悔しいって言うか、腹立たしいわ……。貴女の今言った通り、“余計な真似”以外の何物でもないのよ……ッ!」

986: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:15:44.53 ID:Zk4zZ5Rv0


「ちょ……お、落ち着いてください!」


肩を震わせて奥歯を噛む結標を絹旗が宥める。
心の中だけで抑えていた感情が何かの拍子で外に漏れてしまったようだ。


「………あいつは何様のつもりなの? 何の心境の変化だか知らないけど、『自己犠牲』で全て解決させるなんて……! 確かに
 私にも目的はあった……。目的さえ果たせれば、いつかは表の世界に戻れるかもしれないって淡い夢を見ていた事もあった……!
 それがこんな形で実現されて、納得が行くと思う? 冗談じゃないわよ………。ふざけやがって……ッ!!」

「む、結標さん……。目が超血走ってますよ? し、深呼吸しましょう! ほら、心を鎮めて……」

「やめときな、絹旗……。そいつの気持ち………何となくだけど、分かるよ」

「麦野……!?」


腕を組んで静観していた麦野に遮られ、絹旗は目を泳がせる。
そうこうしている内に平静を取り戻した結標は、詫びの言葉を述べた。


「ごめんなさい……。ちょっと取り乱しちゃったわ」

「いいさ。もし私がアンタの立場だったら、迷わず第一位をとっちめてやるだろうね……」


確かにそういう借りを作るのを麦野は一番嫌うだろうからなぁ……。と、内心思った絹旗が重くなった空気の入れ替えを試みる。


「つ、つまりアレですね? 結標さんは第一位に恩返しがしたいから、ウチらも第一位勢力に加算して欲しいって解釈で良いん
 ですよね?」

987: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:17:31.38 ID:Zk4zZ5Rv0


「はぁ!? だだだ、誰があんな虚弱人間に恩なんて感じてるって!? 愉快な発想すぎて欠伸が出そうだわ!」


(うわぁ……)

(意外と……っていうか超わかりやすいですね)

(こういった方面は脆いのね。このコ……)


「……な、何よその哀れむような眼差しは!?」


麦野ですら何て返してやれば正しいかの判断に困ったようだ。
心外だとばかりに顔を背けてしまった結標が平常心を取り戻すのに、かなりの無駄な時間を費やした。


「…………でさぁ、結局アンタはこれからどうしたいのよ?」


落ち着いた所で麦野に核心を突かれた結標は、俯きがちに答える。


「………まだ、わかんない。まさかこんなに早く解放されるなんて、夢にも思ってなかったもの……。これからの事なんて、
 まだ何も……」

「上層部がアンタを動かすために抑えていた“人質”はどうしたの?」

「……解放されてるわ。……そう、もう何も気負う必要が無くなった………。だからどうしたら良いのかが、わかんないのよ。
 貴女たちだってそうでしょう? 長く汚い裏世界に漬かっていた人間が、いきなり表に放り出されたって………」

988: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:18:51.58 ID:Zk4zZ5Rv0


困惑気味に暴露した心中の嘆きに、麦野も絹旗も少なからず共感した。
環境が突然良い方向へ変わってしまうのも、案外複雑だったりする。張り詰めた糸が切れ、目的を失い、これから何を目指して
進めば良いのかという、生きていくためにある意味最も重要な『身近な目標』が消滅してしまうのだ。
掴めた幸福をすんなりと受け入れられない神経質な人種は大抵このパターンに陥る。結標もまた慣れ浸った暗部社会から唐突に
脱却され、今後の行き場所を決めあぐねているのだろう。


「ま、事情は人それぞれか………。けど残念、私にとっちゃ好都合よ。要するにアンタ、毎日クソ暇なんでしょ?」

「………大きなお世話よ。だったらなに?」


「そうむくれるなって。なぁ結標、良かったら私らと一緒に“暇潰し”しない?」


「――――!?」

「え……、麦野? 超何言ってるかわかんないんですけど……」


麦野にまるで友人を遊びに誘っているかのような軽口で問われ、結標はもちろん絹旗さえ呆けてしまう。


「だから、私らと組もうって言ってんのよ。……実はさ、私らは“ある組織”をぶっ潰してやりたいんだけど……情報が全然
 集まんないんだこれがまた……。アンタの能力、色々と役立つだろうし」

「………『アイテム』に、この私を勧誘しようってわけ?」

「だめ?」

「何で上目遣いなのよ……。標的の性別間違えてない?」

(うわー……。なんか男に超媚びてそうな色香出し始めた……。こりゃ下手にクチ挟めないですね)


絹旗が心と身体を全力で退きに回す中、交渉(?)は続く。

989: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:20:32.15 ID:Zk4zZ5Rv0


「………私が元『グループ』の構成員なのを知ってる上で誘ってるのかしら?」

「なら尚更よ。あの第一位とは、元同僚の関係なんでしょ?」

「貴女……、何企んでるの? 言っておくけど、あいつの連絡先とか住所なんて一切知らないし、知ってたとしてもまず教え
 たりしない………。意図を説明して」

「そんな身構えなくてもいいじゃない。別にそこまで教えろとか言わない。……ただ、協力して欲しいだけよ」

「何の協力?」

「仲間を傷つけられたから、その復讐。シンプル且つ純粋だと思わない?」

「……………………加入はお断りするわ。私は貴女たちを信用しきった訳じゃない……。ここへ来たのも、私の中でモヤモヤ
 していた何かが、少しは変化するかもしれないと思ったからよ。情報提供も別に貴女たちを想っての事じゃないわ」


結標の瞳は真っ直ぐ麦野を射抜き、決意の固さを露にしていた。
だが、答えはやはりノーかと絹旗が確信しかけた時、結標は急に眼の鋭さを和らげてこう繋げた。


「………でも、貴女たちに協力するだけっていうなら、特に断る理由も思い浮かばないわね」

「!」


普段の穏やかさと余裕に満ちた、普段の結標淡希がそこにいた。
この僅かな間で、彼女なりの結論を導き出せたのだろう。迷いの感じられない二つの眼がそれを立証していた。


「いいわよ、手を貸してあげる。できる範囲でなら……ね」

「オーケー、んじゃ成立ってことでいいわね? 絹旗」

990: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:21:53.79 ID:Zk4zZ5Rv0


「……まぁ、敵に回られるよりは断然マシですけど……」

「ふふ、よろしく」


いつの間にやら絹旗のすぐ前に立った結標が、スッと手を差し出していた。一瞬戸惑った絹旗は、その手をおずおずとだが
握り返した。


(むぅ……、麦野とはまた違う大人の魅力を感じますね……。超妬ましい)


この時の正直な本音だった。


「んで? 契約成立したはいいけど、私に一体何をして欲しいの?」

「その時が来たらコッチから連絡するから、それまでは自由にしててちょうだい。アンタの能力は影で活かすのにもってこい
 だし、多分色々と頼んじゃうだろうからよろしく」



~~~



今になって考えてみると、全てが計算通りに仕組まれたような気がする。
絹旗最愛は病院の屋上でそんな感慨に耽っていた。

前日、第一位と第六学区のテーマパーク施設で対面してから状況が動きつつある。
もしも黒夜海鳥がこの事を把握しているとしたら、確実に何らかの行動を起こすはずだ。彼女本来の狙いは第一位なのだから。

991: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:23:34.49 ID:Zk4zZ5Rv0


(結果的にはまだ何とも言えませんが、あのクソ野郎に辿り着くのも時間の問題………。第一位に接触される前にカタをつけたい
 ところですね……)


麦野たちには未だ明かしていない、黒夜との因縁に瞳の奥が燃える。


(そうですよ……。あんなヤツが束ね役の時点で、それほど恐れるような組織じゃない。第一位の力なんか借りるまでもないんです!
 だいたい、最初から私は反対だった……。これは私達『アイテム』の問題です! 第一位や座標地点なんざ、お呼びじゃないんですよ!)


手すりに力が込められ、めりっ……という鈍い音と同時に手を乗せていた部分がへこんだ。


(麦野が何を考えてるかは超知りませんけど、この件は私が一人で片付けてみせます! 誰かの助けなんて……いらない)


物憂げな表情を浮かべながら屋上を去る絹旗。
風はそんな彼女を後押しするように強く流れ続けていた。



―――



「まさか昨日の今日とはねぇ……。まぁ、誘ったのも私だし? 返事が早い分には有り難いんだけどさぁ……」

「あら? 何かご不満かしら? こう見えても決断は早い方ですのよ」


小洒落た喫茶店に常盤台中学の制服を着た少女と、イルカのビニール人形を持参したパンク系少女という少々異様な組み合わせ。
パンク系もとい黒夜海鳥は紅茶を啜りつつ訝しげな顔で相席者を見つめた。

992: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:24:31.20 ID:Zk4zZ5Rv0


「………念のために訊いておくが、妙な企みとか持ち込んでねえだろぉな……」

「そのつもりなら、私の能力(チカラ)次第でどうとでも動かせます。疑うのでしたら、白紙にしても構いませんが……」

「っと、冗談だよ。気ぃ悪くしたんなら謝るわ」


黒夜にしては珍しいこの言動。それほどまでにこの相席者の力を買っているということだ。
常盤台中学が誇るもう一人の超能力者、『心理掌握』こと食蜂操祈。


「契約書みたいなものは御必要かしら? 構成員の御紹介とかも私はできれば御遠慮したいですわ」


長い金髪を靡かせた彼女は気品にエスプレッソを嗜んでいる。その手つきも正に良家の子息といった表現が似合う。

しかし、黒夜にはその一挙一挙の全てが煩わしく見えた。
そして遂にその不満が限界を超えたのか、はっきりと指摘する。


「……なぁ、どうでも良いんだけどよ。アンタ、そのキャラはどうにかなんないワケ? お嬢様モードってヤツ? 私、
 そういうの駄目なんだよ。見てて悪寒が走るし、虫唾も走るんだ。私の前でくらい、普段通りでお願いできないか?」

「……………普段の私……で、よろしいのでしょうか………。」

「ああ。はっきり言って、作ってる感がバリバリだ。無理してるようにしか見えない」

「…………そうですか………。…………わかりました。……では――――――」


次の瞬間、それまでの上品な雰囲気が幻想の彼方に葬られた。
背もたれに寄り掛かり、組んでいた足を崩し、開口一番は、

993: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:27:06.46 ID:Zk4zZ5Rv0


「――――――あぁ~~~、疲れたぁ。お堅い女キャラってのも楽じゃないわよねぇ。ケドまぁお嬢様学校だしぃ、少し
     ぐらいはそれらしく振舞いたかったってかさぁ。わっかんないかなぁ? そういう心理」


「……………」


黒夜、絶句。
まさかここまでとは思っていなかったらしい。百八十度どころかK点を軽く越えていた。
食蜂は長い髪を指でクルクル巻きながらエスプレッソを一気に飲み干し、すぐに別のお代わりを注文した。


「こんな苦いのも飲めるようになんなきゃお嬢様じゃないってんなら、願い下げよねぇ。四六時中ずっとやってられる
 子なんていんのかしら? 私は無理ね。忍耐力もたないし、持続力にも自信ないのよぉ」

(やべぇ……。これじゃさっきの方が全然マシだわ。どうしよう……)


一分も経たない内に疲労感を覚えたが、やっぱりお嬢様モードに戻せとも言えず、蓄積する疲労に耐えるしかなかった。


「んー、やっぱコッチの方が落ち着くってか、私らしいって気がするわ♪ 演技力は充分磨かれただろぉし、おしとやか
 お嬢様はこれにて封印♪」

(いや、悪いが才能の欠片もねぇよ。ってか、作ってんのバレバレって言ったじゃねえか……)


何故か満足げな食蜂と、ポーカーフェイスを維持するのに必死な黒夜。
だがしかし、


「……ふーん。酷評ありがとう♪ 可愛い顔して、結構エゲツないコト思ってくれてんじゃないのぉ。くすくす……」

「!!?」


ギャップの変化に惑わされたのか、食蜂に嘘は無意味という基本中の基本設定を失念していた黒夜。
獲物を捕捉したハンターみたいに目を光らせる食蜂を前に蒼白し、必死に否定の言葉を並べた。

994: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:28:08.45 ID:Zk4zZ5Rv0


「ちっ、違う! こ、これはだから違くって……いや、別に本心じゃなくてだな!? ああとにかくちが――――」

「あはは、そんなにテンパらなくていいよぉ。大丈夫、もう慣れっこだしね♪」

「………ごめんなさい」


『こういうのに慣れている』という台詞から彼女の今日までの境遇を何となく察した黒夜は素直に謝ることにした。
このシュンとした表情だけを見ると、まだ年相応のあどけなさが感じられる。
そして食蜂も黒夜より年上な分、寛大な笑顔でウィンクした。


「気にしないで。私の包容力は常盤台でも群を抜いてるって評判なんだから。心の声にいちいち気分を害してちゃ、
 三分もしない内に発狂しちゃうわ」

「…………」


今度はリアルな説得力に言葉が出なかった。
すっかり食蜂にペースを握られてしまっている。だが、それに気づくほどの余裕すらない。
少しだけ、ほんの少しだけ誘ったのを後悔した。計画成功の暁にはとっとと縁を切り、二度と関わるまいと固く決意
したのは言うまでもない。


「んでぇ? 結局のトコさぁ、私に何しろっての? まさか第一位を引っ捕らえろとか無理難題押し付ける気じゃない
 でしょーねぇ」

「………それじゃ協力の意味がないだろう? ただの縋りになっちまう……。なぁーに、もっと簡単な仕事さ。アンタ
 にとっては、だがな……」

「なによ? 地味ーなのとか、コツコツ系なヤツとかは苦手だからパスね」

「…………」


本当にこの女は組織の人間としての概念を持ち合わせているのだろうか……。
黒夜は眩暈を感じ、任務の詳細を説明する前に紅茶をもう一杯注文した。

引用元: 一方通行「俺が一生オマエの面倒見てやる」番外個体「……うん」