一方通行「俺が一生オマエの面倒見てやる」番外個体「……うん」 その1
一方通行「俺が一生オマエの面倒見てやる」番外個体「……うん」 その2
一方通行「俺が一生オマエの面倒見てやる」番外個体「……うん」 その3
3: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:33:59.69 ID:Zk4zZ5Rv0
―――
病院をバックに走る浜面仕上。
滝壺の綺麗で安らかな寝顔を頭の中に残したまま、彼は仲間のスキルアウトが待機している地点を目指して疾走していた。
新たな情報、それもこれまでで一番の有力な情報を掴んだのだ。
『フレメア=セイヴェルンが脱走した』という情報を。
連絡を受けた時、耳を疑った。
詳しい話は合流時に聞く予定だが、何でも『新入生』と思しき謎のグループの人間同士が会話している所を仲間が偶然聞いて
しまったらしい。会話の内容は『フレメアという少女』、『今朝未明に見張りの隙をついて逃亡した』、『現在行方を捜索中』
とのことだ。
天の恵みのようなこの連絡に浜面は血相を変えた。
ついに、均衡を保っていた状況が転化する。否が応にもそう予感してしまう。
感情を昂ぶらせたまま、浜面は連絡をくれた仲間の乗っている車が路上に停車しているのを見つけ、勢い任せに飛び乗った。
事実を確認する。
フレメアはこの街のどこかを今も逃げ回っている。
4: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:36:05.04 ID:Zk4zZ5Rv0
過失による逃亡のため、『新入生』側も全力で彼女を追っている。
付近の学区内にいる可能性が高い。
仕入れた情報はたったこれだけだが、浜面にとってはこれだけでも大収穫だった。
「こいつはチャンスだ……。俺達にもやっと運が向いて来やがった……。絶対に、ヤツらより先にフレメアを見つけて保護するぞ!」
闘志を漲らせる浜面に、郭や半蔵を中心としたスキルアウト時代の同胞たちの士気も上がる。
突然に訪れた正念場をものにできるか。全てはフレメアの動向に懸かっていた。
―――
風紀委員第百七十七支部所属の証である腕章を巻いた常盤台中学一年、白井黒子。
時間帯が夕刻間近ともあり、犯罪発生率は比較的高い。中でも特に危険指定区域に定められているコースを彼女のような敏腕風紀委員
が巡回することで、多くのトラブルは未然に防げるのだ。
そう、例えばカラオケボックス周辺やらゲームセンター入り口前やら、目を光らせるべき所はキリがないほどにある。
だがこの日、いつも回っているはずのゲームセンター入り口前で何故か彼女は立ち止まっていた。
その目線はセンター内でアーケードゲームに熱中している少年一点に集中している。
5: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:37:09.75 ID:Zk4zZ5Rv0
少年が外から凝視している黒子に気づいて入り口前まで出てきてくれるまで、黒子はその場に佇んでいた。
彼はどうやら複数の学友と一緒らしく、何となく黒子の方から近づくのは躊躇われる状況だったのだ。
五分。いや、十分は経ったかもしれない。
とにかく少年が気づいてくれるまで見つめ続けていた。我ながら少々異常だったと、一応後で反省したらしい。
「よっ、白井! お前もゲーセンとか来るんだなぁ……」
何やら勘違いをしているようなので、腕章を誇示してから否定する。
「警邏中ですの。貴方がたのような学生がハメを外しすぎないよう、風紀委員も警戒運動を実施してますのよ」
「そーなのか、大変だな」
「ですから、くれぐれも問題は起こさないでくださいね。上条さん」
ありきたりな返事をする少年、上条当麻に警告をぶつける黒子。
この少年が事件に巻き込まれやすい体質なのは既に承知済みだ。だからこそ、念を押すような言い方にもなる。
「ははは、なるべくなら上条さんも平和に生きていきたいですよ……。なるべくならね」
「人生を諦めたように笑わないでくださいな。そんなことでは幸せが逃げる一方ですわよ?」
6: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:39:38.55 ID:Zk4zZ5Rv0
「正論なだけに言葉の返しようがないな。ところで、警戒運動実施って言ってたけど何かあったのか?」
「あまり話したくはありませんが……、不審事件が最近この地域を基点に相次いでますの。詳細はわたくしも知らされていませんわ。
ただ治安が芳しくないとしか……」
「漠然としてるな……。スキルアウト関連とか?」
「それだけなら伝達が入るはずですの……。まぁ、上層部からの指示で警戒を強化している以上、怠惰は許されませんわ。上条さんも
充分に気をつけてくださいまし」
「あぁ、サンキューな。……っと、やべっ。悪い白井、俺そろそろ戻るわ」
「えぇ。こちらこそ、遊戯中お邪魔して申し訳ありませんの」
「ははっ、大丈夫さ。仕事はいいけど、お前もあんま無理はすんなよ。そんじゃまたな」
ふと上条の目線を辿ってみると、店内から様々な感情のこもった顔ぶれがこちらを凝視していた。おそらく上条の連れだろう。
気まずそうに仲間のもとへ帰っていく上条の姿を眺めて微笑し、黒子も警邏へ戻った。
その道中、上条の連れと思しき男女の中に見覚えのある顔が混じっていたことに気づく。
(やけにお姉様とそっくりな顔の女性がいたような……? それに、その女性の隣りにいた白髪で杖をついた男………)
以前、迷子の打ち止めを引き取っていった凶悪人相と一致した。
あの目立つ外見と強烈な威圧感は、忘れようと思っても中々忘れられるものではない。
7: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:40:44.08 ID:Zk4zZ5Rv0
(…………見なかったことにしておきますか)
今もあの男については謎のままだが、何故だか知ってしまってはいけないような気がする。
顔つきは悪印象だが、風紀委員として看過できない事件でもやらかさない限りは近づくのを極力避けたい。
君子危うきに近寄らずという言葉を頭の中で唱えた黒子は支部までの帰路を辿り始めた。
特に何事もなく今日が終わりそうだ。そう信じつつあった黒子だが、真横のビルとビルの隙間で蠢いた“何か”を目撃して足を
止める。
(ん……?)
黒い布を被ったような、得体の知れないものが薄暗い路地裏へカサカサと移動している。
犬や猫が布を被っているにしては少々大きい。
(何ですの? あれは……)
好奇心に駆られ、その物体へと近づく。しかし不規則に蠢く“黒い布”は更に奥へと進行を開始した。
黒子も自然と後を追う。捕まえようかとも思ったが、あまりにも不気味だったために黙って尾行することにした。
一直線の道を一定の距離を保ったまま進んでいく両者。すでに表通りからの光は届かない。
そして、道は壁によって阻まれる。
8: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:41:36.43 ID:Zk4zZ5Rv0
「もし、そこの貴方!」
意を決し、黒子は行き止まりで往生している“黒い布”に声を掛けた。
「わたくし、風紀委員ですの。失礼ですが職務質問させてもら……」
「――――――にゃあ」
台詞が途中で止まってしまったのは、布の中から遮るような声が聞こえてきたから。
一瞬猫かと思ったが、すぐに否定する。いくら何でも、人間の声による鳴き真似と本物の猫声ぐらいは聞き分けられる。
「……誤魔化してるつもりですの? まずはその布をとって、顔を見せなさい」
冷静に、強気に警告するが相手側からの反応はない。
何やらモゾモゾしている辺り、どうすればいいか判らずにうろたえているようだ。
やがて、痺れを切らせた黒子は自ら動くことにした。
「ああもう! 世話を焼かさないでくださいな! さっさと顔を――――――」
9: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:42:06.00 ID:Zk4zZ5Rv0
布を掴み、一息で引っ張る。
簡単に布は地面を離れ、隠されていた中身が露となった。
「――――――って、あら………?」
その中身の意外さに、黒子はまたも素っ頓狂な声を上塗らせた。
「にゃあ」
布の中身、もとい透き通るような金髪が特徴の幼い少女はさっきと同じ声質の鳴き真似を発する。
「……?」
風紀委員活動に真面目な白井黒子と、小汚い布を纏って人目を避けるように蠢いていたフレメア=セイヴェルンは互いの顔を
見合わせたまま硬直し、もう一度フレメアが「にゃあ」と鳴くまでその沈黙は終わらなかった。
10: ◆jPpg5.obl6 2011/08/21(日) 18:42:39.88 ID:Zk4zZ5Rv0
・フレメア=セイヴェルン……旧アイテムメンバー、フレンダの実妹。
浜面仕上が崇拝していたスキルアウトのリーダー、駒場利徳に可愛がられていた。
浜面たちが襲撃を受けた同日、保護されていたスキルアウトの巣窟が新入生に襲撃
され、自身は誘拐されてしまう。
だが、隙をついてとうとう脱出に成功した日――――――。
「にゃあ」
「………にゃあ、ですの?」
――――――そこから、物語は大きく動き出す。
22: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 20:40:05.06 ID:4kSFMwbZ0
―――
できるだけ多くの仲間に声を掛け、フレメア=セイヴェルンの捜索に没頭する浜面仕上。
日も落ちて焦りも生まれていた。せめて警備員等が先に保護でもしていてくれればまだ幸いだが、治安の悪さに定評のある
学園都市内で幼い少女、それも現在進行形で追われている身では悠長に構えてなどいられない。
そして、手掛かりを掴むのにもはや手段を検討するほどの心の余裕もなかった。
(………やっぱり、また捕まっちまったのか……。………いや、まだわからねぇ。人の目の届かない場所に身を隠している
だけかもしれねぇ。……だとしたら、闇雲に捜し回ってても簡単にはいかない、か……)
完全下校時刻も過ぎ、イルミネーションが点灯され始めた街路地で息を切らせる浜面。
後ろから彼同様に疲弊した様子の半蔵や郭が合流してきた。
隠密行動に優れた彼らでも、広範囲内で人間一人を目撃情報無しで捕捉するのは困難らしい。
「くそ……何処にいるんだ……。まさかとは思うが、やっぱりガセだったんじゃねえのか?」
「は、半蔵様!? それじゃ私達は無駄骨を折らされたってことですかぁー!?」
郭が愕然とする中、冷静に額の汗を拭った半蔵は浜面の意見も求める。
23: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 20:41:39.36 ID:4kSFMwbZ0
「………俺は、もう少し捜す。たとえガセだったとしても、連れ戻されたんだとしても……こんな気分のままじゃ帰れねえよ。
お前らはどうする?」
「……だと思ったぜ。んじゃ、もうちっとだけ頑張ってみるか」
「やれやれ。ココ最近の浜面氏は真っ直ぐと言いますか……情報収集はあまり得意じゃないんですが、そこまで魅せられたら
こっちにも伝染しそうですね」
浜面らしい答えに二人は心を打たれ、浜面も二人の気持ちに純粋な感謝の意思を示した。
「……ありがとう」
「もちろん、今も嗅ぎ回ってくれてる奴等も同意見だってよ」
「…………」
心の中の鬼が消えた今になって思う。
自分が彼らにどれだけ甘えていたのかを。そして、そんな自分にすら気づけなかった事に対する愚かさを。
後悔しても、し足りない。半蔵たちにどう詫びたら良いのかも思い浮かばない。
だが、今自分は何をするべきなのかだけは何となく見えている。
賠償や苦言は後で好きなだけ償うなり漏らすなりすればいい。
今はただ、前も足下も見据えて自分が決めた事を実行するまでだ。
24: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 20:45:59.76 ID:4kSFMwbZ0
そのためならどんな苦労でも厭わないし、誰に頭を下げても構わない。
憎むべき相手を、もう間違えたりはしない。
再び捜索に消えた半蔵と郭を見送った後、浜面はスッと携帯電話を取り出した。
できるなら掛けたくはなかった番号を、メモリの中から検索する。
一呼吸置き、その番号へ掛けた。
「………っ」
緊張のコール音が続く中、ついに求めていた音声が耳に届く。
『――――ちっ……。オイ、何の用だ?』
物凄く不機嫌そうな声色だったが、どうやら本人のようだ。
声の感じからするに、あまり良ろしくないタイミングに電話してしまったのだろうか。
やっぱり掛けるべきではなかったか。と浜面は僅かだけ後悔したが、もう遅い。
『どォした? 用があって掛けてきたンじゃねェのか? 返事しろ』
電話の相手が焦れた声で喋りかけてくるので、浜面は肝を据える。
そして用件を伝えた。
25: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 20:47:04.14 ID:4kSFMwbZ0
「………一方通行か? 昨日話した子、フレメアが脱走した。今俺達で懸命に捜してるところだ。……急で悪いんだが、
手を貸して欲しい」
『なンだと……!? そりゃ―――――ちょ!? オマ、やめ……っ!』
「……!? おい、どうした!?」
『はァァ!? 豪快な勘違いしてンじゃねェ!! 大体電話相手イコール女だなンて法則、聞いたことねェぞ!!』
何やら向こうで言い争いが起きているようだ。
『ミサカってモンがありながらまた他の女に連絡取ってるの!? あなたがそんなタラシだとは知らなかったよ!!』と
いう若い女の罵声が聞こえ、それに対し一方通行が『だから女じゃねェって言ってンだろォが!! 酔っ払いは大人しく
寝てろ!!』と負けずに言い返している。結構声量が大きく、浜面はその場にいないにも関わらず何だかその光景が想像
できてしまい、耳を塞いだ。自分の電話がきっかけで勃発した言い争いは激しさを増し、とても話ができる状況ではなく
なっていた。
どうやら非常に悪いタイミングで掛けてしまったらしい。
後で掛け直そう、と気を利かせた浜面は通話を切った。
「………………お?」
それから待つこと一分、今度は相手側の方から折り返しが来た。
こんな短時間で目処がついたのだろうか。疑問が残るまま着信に応じる。
『――――よォ、悪りィな。ちっばかしと取り込ンでた。で、続きだが……』
26: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 20:51:17.99 ID:4kSFMwbZ0
「あぁ……ってか、良いのか? かなりヤバイっつーか、相当な修羅場迎えてたみたいだけど……」
『オマエが気にする必要はねェ。いいからさっさと概要を話せ』
あっさりした口調でそう切り捨てられた。どうやら、『さっきの事は忘れろ』。と暗に告げているらしい。
ここは一方通行の言う通り、気にするのはやめて現在までの経緯を簡単に説明することにした。
そして一通り話した後、
『そォか……、大体は呑み込めた。で、オマエは今どこにいる?』
「第二十二学区だ。五十五号線沿いで、第七学区との丁度境にいる」
『わかった。すぐに行く。オマエはそこで待ってろ。俺が着くまで絶対に動くンじゃねェぞ? わかったな』
「え……?」
問い返す前に通話は切られてしまった。
自分から掛けておいて何だが、やけにスムーズすぎる流れのせいで緊張の糸が切れてしまいそうだ。
「……………」
27: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 20:52:06.21 ID:4kSFMwbZ0
とりあえず、言われた通りに待機するしかない。
こうしてじっと留まっている時間すらも正直惜しい所だが、これ以上ない強力な助っ人には代えられなかった。
大人しくガードレールに腰を下ろして寒気と星の蔓延した空を見上げても、今後の流れに不安を感じずにはいられない。
どう転ぶかは、もうすぐここに来るであろう少年に懸かっていると言っても過言ではない。
そして、何分かが経過した頃。
浜面の胸中に期待の色が表れ始めた時、待ち望んでいた人物は颯爽と姿を見せた。
「―――――よォ、待たせたな。ンじゃあ、とっととガキの捜索に移るとしよォか」
白髪と紅い瞳が街灯によって鮮明に照らされていた。
杖の音を定期的に響かせながら、一方通行は首の骨をゴキリと鳴らし、期待の眼差しに満ちた浜面と共に夜の都心へと
くり出す。まさかの超能力者、それも学園都市最強の登場に本格的な希望を抱く仲間が殆どだった。
28: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 20:53:12.58 ID:4kSFMwbZ0
―――
浜面と合流するほんの少し前。
一方通行は土御門元春、海原光貴との間に出来た溝が思っていたよりも深くなかった事に戸惑いを隠せぬまま、酔っ払って
足下のおぼつかない同居人、番外個体を背負ったまま帰宅していた。
編入初日からこれでは、正直言って先が思いやられる……。一方通行は玄関先で重い溜め息を吐きながら、そんな事を考え
ていた。
「ハァ……。呑気に寝入りやがって……。良い御身分だな、クソったれがよォ」
グチグチ言いながらもソファーに優しく下ろして毛布をそっと掛けてやる辺り、迫力は微塵も感じられなかった。
憎まれ口を叩くだけならタダとは良く言ったものである。
その後、軽くシャワーを浴び、電極の充電も済ませておく。
今日はもうこのまま寝るだけなので、自然と心も落ち着いていた。
しかし、その過程で目を醒ますと踏んでいた番外個体はソファーで横になったまま気持ち良さそうな寝息を立てるばかりで、
いっこうに起きる気配がない。
もしかしたら、もう朝まで起きないのではないか? と彼女を眺めながら憂慮している最中、ある些細な事に気づく。
「待てよ……。制服着たままってのは拙いンじゃねェか……? 予備なンざ、まだもらってねェし……皺くちゃになった服で
学校行くンじゃ、コイツの事だからきっとごねて煩ェンだろォし……。っつか、気ィ利かせてアイロンでもかけなきゃなン
ねェのか? この俺が?」
29: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 20:55:07.34 ID:4kSFMwbZ0
首を捻り、どうすべきか悩む一方通行。着替えさせるべきか、このまま放置しておくか……。
ただ、どっちを選んだとしても面倒な事態を迎える危険性は充分にあった。
どちらがよりリスクが少ないか。たかが服を着替えさせるか否かの問題で頭を必要以上に使っている不器用な超能力者がここ
にいた。
初めての事ばかりで色々と手探りな部分を考慮しても、その光景はやはりシュールとしか言えなかった。
仕事で才能を発揮し、高い地位に上り詰めた青年でも家事になるとからっきし駄目。ここではまさにそんな隠喩がピッタリだ。
「けどなァ……。流石に、勝手に脱がすのも……。下手に起こしてまだ酔いが残ってたら面倒極まりねェし……」
大人になっても、絶対に番外個体と酒の席は設けない。これはついさっき誓った家訓のようなものだ。
はっきり言って、手に負えない。これ(御坂美琴)系列のアルコール耐性は自分の最も苦手とする方向にしか傾かないのだ。
もとより、酒臭い女に好印象など覚えない。
体内に流れるアルコールを分泌、分解させて酔いを無くさせるという荒業もあったが、そんなくだらない場面で能力を使い
たくもない。
「さて……っつゥか、マジでどォすンだよ。これ……。このまンま放置して風邪でも引かれたら恨み節程度じゃ済みそォに
ねェぞ……」
そろそろ本気で決断しなければならないようだ。番外個体は依然として目を醒まさないが、もしも脱がしている真っ最中に
起きられでもしたら……?
「……ッ」
考えるのも嫌なビジョンが浮かび上がった。
ある意味、不安定な吊り橋を援助一切無しで渡るに等しい。
30: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 20:57:50.19 ID:4kSFMwbZ0
(おいおい、冗談じゃねェぞ。こンなアホらしい事でいつまでも立ち竦んでらンねェっつの。……大丈夫だ。ンな漫画みてェ
に都合良く目覚めるなンて、そォそォあるわけがねェ……よな?)
まるで、そうであると信じたい。と必死に言い聞かせているようだ。
少しずつ、物音を極力立てず、一方通行は眠り姫へ接近した。
(起きンなよォ……。いいか絶対に起きるンじゃねェぞ! っつか、もし起きて騒がれでもしたら……、俺は犯罪者か?)
何故だか緊張感が走り、思考もおかしな方向へ進んでいた。
番外個体に限って有り得ないと判っていても、時として状況は“絶対大丈夫”という言葉の信憑性を根こそぎ奪う。
要するに、リスクが大きいせいで万一という不安感が膨大に募っていくという簡単な心理である。
そして、それらはまた時に“虫の知らせ”とも言う。現に接近中も一方通行は不吉な胸騒ぎを覚えていたのだから、これは
もう決定的だ。
「……………」
案の定だった。
やっとのことですぐ傍まで到達したが、いざとなったらやはり躊躇する間が生まれてしまう。
彼女へ伸ばすはずの手が途中で空を泳ぐ。
そして、手が彼女の身体に触れそうになった瞬間、それを見計らったかのようにゆっくりと瞼は開いてしまうのだった。
「ふぁ……?」
31: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 21:07:54.31 ID:4kSFMwbZ0
寝ぼけ眼だが、しっかりと一方通行を直視していた。
(あァ、やっぱりなァ……。何となくそンな予感はしてたわ。別に驚きゃしねェよ……。それより重要なのはこの後だ。
何て言葉を繋げれば、こいつとの一戦を避けられる? って、やっぱ無理だよなァ。そンな都合の良い展開用意して
くれる神がいるンだとしたら、ここでこいつを起こしたりしねェよなァ……。詰ンだなこりゃ……。あーあ、もォどォ
にでもなりやがれ。何もかも面倒臭ェよ畜生が)
遠くを見つめるような目は、ある種の現実逃避。
お約束なタイミングで目覚めてくれた番外個体の酒気は、まだ抜けていない。表情と顔色と声のトーンがそれを教えて
くれた。
一方通行にとっては最悪の結果である。
「なぁに………してんのよおおおおおおおっっ!!!」
「おぶわ!?」
寝起きとは思えないほどの機敏な動作で跳ね起き、餌に飛びつく獣の如く襲い掛かってきた眠り姫。
為す術もなく巻き込まれるしかない憐れな最強能力者。
刑事ドラマでよく見る“犯人を取り押さえる図”に近い状態が生まれた。勿論番外個体が圧し掛かっている側である。
単純な腕力だけなら一方通行に勝機なし。
本人も承知している事柄なため、下手に抵抗の意思は見せずに穏便な話し合いでの解決を試みる。
今の番外個体相手では無駄だと思うが、それでも希望は捨てられなかった。
「一応言っておくがなァ………、下心とかそォいうのは一切無ェからな? マジで信じろ」
「ミサカに欲 したんでしょお? だからさっきからオドオドと手ぇ踊らせてたんだ? 薄目でバッチリ見てたよーん☆」
「常識か非常識かの範囲内で悩ンでただけだ! そンな邪な感情なンざハナから持ち合わせてねェよ!」
32: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 21:10:01.52 ID:4kSFMwbZ0
「どーして素直になれないかなあ? あなたってヤツはいつもそうやって体温低く装うよねえ」
「…………なァ。オマエ、まだ酔ってンだろ? 絶対そォだろ? 話の流れがおかしい方向に傾いてンじゃねェか!!」
「うーん、そうかも。なんか頭がフワフワする~☆」
「着替えて寝ろ。そのままの格好で寝るのは、衛生的に良くねェぞ?」
「うっは、心配されちゃってるよ♪ やっさし~い」
「ッオイ!? 馬鹿オマ、顔近づけてくンじゃねェ―――――ッ!?」
酔った女性の恐ろしさが発揮されそうになった所を救うように、床に落ちていた携帯電話が鳴り響いた。
不機嫌そうに顔を戻した番外個体は、その喧しい音源を断ち切ろうと携帯電話へ手を伸ばす。
「ちょ!? オマエ何してンだ!? 人のケータイ勝手に触るンじゃねェ!!」
「……はあ? おいおい、これぐらいでなにムキになってんの? ……怪しいなあ」
番外個体の手の中で、携帯電話は鳴り続けている。
誰からの着信かはまだ確定してないが、ディスプレイを開かれては流石の一方通行も取り乱せずにいられない。
「がァああ!! このアル中がァ!! いい加減にしろォ!! さっさと携帯よこしやがれェェ!!」
33: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 21:12:28.71 ID:4kSFMwbZ0
「ひゃっ!?」
番外個体の手が空いていた隙を突き、上半身を勢い良く起こし、携帯電話を奪い返す。
引っくり返った番外個体だが、怪我も無さそうなので放置しておく。
頭を揺らしたせいで酔いが回ったのか唸り声を上げている番外個体と距離を空けた一方通行は、着信者を確認して首を傾げた。
「ハァ……ハァ……。ったく、手こずらせやがって……。マジでこいつに酒は厳禁だな。……ン? あいつか……。こンな時間
に何なンだっつーの……」
のっそりと起き上がる番外個体が視界の隅に映った。
正直このままだと電話どころではないような流れだが、それでも用件が気になるので出ておく。
理想としては手短に終わって欲しいところだ。
「ちっ……。オイ、何の用だ?」
電話の後に番外個体との一悶着は避けられないと悟り、自然と無愛想な声が出てしまう。
また更に苛立ちを覚えたのは、相手からの返事が聞こえてこなかったからだ。
「どォした? 用があって掛けてきたンじゃねェのか? 返事しろ」
少し声を大きくして再度呼び掛けた。着信をよこしたのは向こうからなのに、無言とはどういう事か?
この面倒な時に、しょうもない用件だったら叩き潰してやろうかと一方通行が内心呟いた直後、唐突に相手から用件が告げられた。
『……一方通行か? 昨日話した子、フレメアが脱走した。今俺達で懸命に捜してるところだ。……手を貸して欲しい』
34: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 21:17:33.50 ID:4kSFMwbZ0
「!」
電話先の浜面が昨日話していた内容を瞬時に思い出す。
昨日の今日でまさかの進展。これには一方通行も驚きが隠せない。既に後ろの番外個体に気を配ることなど忘れていた。
「なンだと……!? そりゃ―――――」
しかし、詳細を求めようとする彼に魔の手はいつの間にか寸前にまで迫っていた。
ゆらゆらとゾンビのような艶かしい動きで背後から接近した番外個体は、遠慮なく電話中の一方通行の首に噛み付く。
「カプッ♪」
「ちょ……ッ!?」
くすぐったさともどこか違う、背筋がぶるっと凍るような悪寒が走った。
不思議な感覚に苛まれた一方通行は全身の力を失い、手にしていた携帯電話を落とす。
「オマ……やめ……ッコラ! 何しやがンだ!? 離れろォ!!」
「なに堂々と浮気してんのさー? ミサカが寂しくってウズウズしてるっていうのに、他の女と電話? あはひゃは! 超
良い度胸ー☆」
「ワケの分かンねェ事を口走ってンじゃねェ!!」
35: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 21:24:42.12 ID:4kSFMwbZ0
「いくら心の広ーいミサカでもお………流石に許容はできないかなあ」
「話聞け!! そして早く退けェ!!」
番外個体の瞳が笑っていない。とてつもなく嫌な予感しかしない。
因みにさっきとは違い、今度はガッチリ体重を掛けられている。従って身動きはとれない。
言い様のない恐怖心を隠すべく、一方通行は吼えた。
「あなたは一途だって、ミサカ一筋だって信じてたのに……っ! 電話の女の住所教えて! ミサカが天誅下してやる!」
「はァ!? 豪快な勘違いしてンじゃねェ!! 大体、“電話相手イコール女”だなンて法則、聞いたことねェぞ!!」
声を必要以上に荒げたのは逆効果でしかなかった。
火に油をが注がれたように、一方通行の怒声に触発された番外個体も負けじと吼え返す。
「ミサカってモンがありながら、また他の女に連絡取ってるの!? あなたがそんなタラシだとは知らなかったよ!!」
「あァ!? 俺の発言全面的に無視かコラ!!だから女じゃねェって言ってンだろォが!! 酔っ払いは大人しく寝てろ!!
コッチは今大事な話の最中なンだよ!! 勘違いも大概にしとかねェと、頭に水ブッ掛けンぞ!!」
「………もういいっ!! 勝手にやってろ!! この大馬鹿で脆弱の美白魔人っ!!!」
「――――な……! お、おい!?」
素早く飛び退き、喚きながら自室へ駆け去ってしまった番外個体。
完全に動揺した一方通行がすぐに後を追うものの、タッチの差で鍵を掛けられた。
「おい、開けろ!! だから俺の話を聞けって言ってンだろォが!! 誤解してンだよオマエはァ!!」
36: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 21:28:34.47 ID:4kSFMwbZ0
ドアを叩きながら必死に説得するが、「史上最低人類の話なんて聞きたくない!!」というヒステリックな叫び声以外は返って
こなかった。
今は酔っている状態なせいか、いつも以上にこちらの意見は通ってくれないらしい。
流石にこうも一点張りでは、おそらく今は何を言っても無駄な努力にしかならないだろう。
「………どォしろってンだよ……。クソったれが」
こういう立場に回るのは慣れていない。つまり、正しい処理の仕方など知っているわけがなかった。
そして彼の性格上、この現状に面倒臭さや煩わしさ以外の概念が発生することは到底有り得ない。
強引に押してこじ開けるよりも向こうの気分が落ち着くまで放置するのが賢明だと判断し、リビングへ戻って落とした携帯電話
を拾い上げる。通話は既に切れていたので、仕方なく折り返した。
この時点で精神的にどっと疲れていたが、電話の内容次第では急遽出向かなければならない可能性もある。
番外個体には申し訳ないが、その辺りは了承してもらうしかない。
ただの痴話喧嘩で蔑ろにしていいような問題ではないのだから。
――――――――。
浜面との通話を終え、携帯電話を耳から遠ざける。
案の定、これからすぐに出掛ける事となった。電話より直接会って色々と話す必要がある。それほどの大事な用件だ。
充電は有る程度完了しているし、今は正直家に居づらいというのもある。彼女を置いて家を空けるのは若干気が引けるが、どうせ
何も取り合ってもらえない状態だ。お互いの熱を冷ますための期間としては、寧ろ丁度良いのかもしれない。
37: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 21:30:51.50 ID:4kSFMwbZ0
(メールくらいは入れて行くか……)
声を掛けても返事が来ないのは学んでいる。
もう寝入ってしまったかもしれないが、一応言伝を残してから出掛ける辺り律儀である。
当然返信は無かったので、構わずに家を出た。後に回すには少々面倒な問題を残した気がするが、こっちの方を今は優先すべきだ。
能力使用制限時間はMAX状態の三十分。
その中の貴重な三十秒を、目的地までの移動手段に利用した。余計な時間を短縮させるにはそれが一番だからだ。
目当ての男を早々に視界に捉え、スイッチを通常に戻してから接触する。
これから長い夜になるのかどうかは今後の動き方と多少の運次第だ。
「―――――よォ、待たせたな。ンじゃあ、とっととガキの捜索に移るとしよォか」
38: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 21:31:41.35 ID:4kSFMwbZ0
―――
「はぁぁ…………」
白井黒子は盛大に溜め息を吐いた。
お腹を空かせた迷子さんの買い食いに付き合っていたらもうこんな時間だ。しかも代金は自分の負担。
まあそれは別に構わないのだが、遅くなってしまったことで先輩にしぼられるのはほぼ確定的だ。それが溜め息の八割を占めて
いた。
夜の学園都市は学生にとってあまり教育に相応しくない。
俗に言う不良が最も活発的に悪事を働く時間帯だし、それなりに大人達も目を光らせている。
だがそれでも目の届く範囲は限られてしまうのが現実である。圧倒的に未熟な若人が多いこの街では、至る所で軽犯罪が多発し
ているのだ。
そういった些細な事件すら手に余らせている警備員を筆頭とした大人達では、底の深い裏社会活動を防止するなど到底夢物語だ。
あくまで表立った事件しか取り扱えない立場なのも不憫だが、彼等も所詮は“保護者”という枠に囲まれた巨大な組織の指令に
従って動く“駒”のようなものでしかない。
権力次第でどうとでもなってしまう彼等では、入り込める場所の範囲も自然と狭まれるのだ。
実際は夜遅くまで遊び歩く普通の学生も珍しくない。大人からすれば嘆かわしい事象なのだろうが、現実とはそんなものである。
風紀委員の活動時間は完全下校時刻と共に終わりを迎える。何故なら風紀委員も学生の一端だからに他ならない。
よって風紀委員の腕章があるからといっても、日が暮れてから一刻以上経過している現在、一介の女子中学生である白井黒子が
街中を行歩するのは隣りにいる少女、フレメアと奇跡的な確率で出会ってしまったからだ。
今後、この一風変わった少女をどうするかは支部に戻ってから考えれば良い。
見るからに迷子の幼い少女を黒子が放っておかないのは、彼女の性質を思えば自明の理である。
道端を極力目立たないように歩きながら、黒子はフレメアから他愛無い会話を建前とした事情聴取を行っていた。
相手が自分よりもずっと年下なだけに、扱い方にも気を配ることを忘れない。
が……。
39: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 21:33:34.67 ID:4kSFMwbZ0
「………一ヶ月近く前に知らない人たちに攫われて、ようやく逃げ出すチャンスを見つけた。ところが追手は厳しく、見つから
ないよう必死で隠れていたら、わたくしに見つかってしまった。………要点をまとめると、こんなところですの?」
「うん、そう。大体それで合ってる」
「うーん………」
無口、というよりは無感性と表現した方がいいのか。
この見た目小学校中学年の少女の言葉にはリアリティが全くと言っていいほど感じられなかった。
ただ淡々とこれまでの軌跡を語るフレメアに黒子はどう決断すべきか決めかねていた。
因みに言うと、最初に吐いた溜め息の意味の残る二割がこれだった。
だが無論、こんな子供を夜の街で放置して帰宅したのでは己の沽券に関わるし、それ以前に自身が所持する正義感が許さない。
その証が『風紀委員』という現在の自分の地位と直結しているのだから。
「それで、あなたはこの近辺に住んでいますの? 保護者の名前でも知っていれば伺いたいのですけれど……」
当然、これくらいの年頃で一人暮らしなど考えられない。
どこかの施設か。あるいは誰かの保護観察の元で生活していると断定するのが自然だ。
もしかしたら『置き去り(チャイルドエラー)』の可能性もあるので、発言には注意しなければならない。
「道も考えないで走り続けたから、そもそもここが何処だかわからない。景色に見覚えもないし……」
「そうですの……。それは失礼致しましたわ」
40: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 21:34:58.54 ID:4kSFMwbZ0
「保護者って、面倒を見てもらいたい人の名前を言えってこと?」
「え……? うん……まぁそんなところですわね」
微妙に違うと黒子は思ったが、敢えて指摘するほどでもないと判断した。
「だったら、浜面って人が私の保護者になるのかな?」
「はまづら……。それが名前ですの?」
「にゃあ」
あっさり頷いたフレメア。
更に詳しく追求したい黒子は、相手の年齢に合わせたソフトな口調で尋ねる。
「その浜面という方は学生ですか?」
「学校行ってる所を見たことはない」
「………大人の方ですの?」
「ううん。どっちかと言えば子供の部類に属するかも」
「……その方とはどういった繋がりで?」
41: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 21:37:10.03 ID:4kSFMwbZ0
「私を世話をしてくれてた人と良く一緒にいたのを見た」
「…………直接会ったことはありますわよね?」
「無いわけじゃないけど……、浜面は私の名前知ってるのかなあ?」
「……………」
聞けば聞くほど頭が痛くなる衝動を、正に黒子は味わっていた。
「それって、もう保護者とは呼べないんじゃないですか? っていうかその浜面って人……相当駄目な人間では? 話の限り
ではスキルアウトに限りなく近いイメージですわね」
「あとは忍者の末裔とかが大体面倒見てくれてたけど……なんて名前かは忘れちゃった」
「はぁ……忍者、ですの……?」
もう尋問はこのくらいにして、後は支部へ送り届けてから先輩に任ればいいかと本気で思った直後、それまでずっと黒子と並行して
歩いていたフレメアの足がピタリと止まった。
「……あ」
「ん……? 何か落としましたか?」
42: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 21:38:41.44 ID:4kSFMwbZ0
そう問い掛けながら後ろを振り向いた黒子は、何やら不穏な空気を察知した。
フレメアがここまで決して崩さなかった鉄壁の無表情が、異常なまでの戦慄に包まれていたからだ。
「あの人たちだ……! 私を無理矢理攫ったの………」
「!?」
表情を凍りつかせながら前方を指差したフレメア。咄嗟に正面を向き直した黒子の目に飛び込んできたのは、見るからに怪しげな
黒づくめの集団。中には駆動鎧の軽量型を装着している者もいた。
彼等はまだこちらに気づいていないらしい。
咄嗟に黒子はこの場からの迅速な離脱を図った。
フレメアの手を掴み、彼等の死角となる手頃な位置まで一瞬で移動する。フレメアの手は僅かながら震えている。
これで先ほどの話しに信憑性が増した。
(と、なると……あの連中は何者ですの? というか、そもそもこの子は一体何なんですの? 何故あんな物騒な輩に付け狙われ
る必要が……?)
現時点では解らないことだらけだ。
とりあえず、この子を連れて自らの所属する風紀委員支部へ無事に戻るのが最優先である。
そのためにも、あの正体不明な集団に見つかる事態は回避したい。
遠くから様子を窺ってみる。
明らかに誰かを捜しているような挙動だった。
43: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 21:44:08.99 ID:4kSFMwbZ0
(どうやら本当にこの子を捜しているようですわね……。本来なら職質確定ですが、ここは安全ルートで行った方が良さそうですの)
あの集団が目標としている少女を脇に抱えていては、迂闊な行動にも移れない。
彼女の実力ならついでの検挙も成功に終わってしまいそうだが、元々この時間は風紀委員の範囲外だ。下手すれば、上(警備員)から
の厳重注意にも発展しかねない。なのでここは大人しく煙に巻くのが無難である。
最後に、フレメアに最終確認を取る。
「あの輩に間違いございませんのね?」
「あいつらかはわからないけど、大体あんな格好だった……。多分私を連れ戻そうとしてるんだと思う……」
不安そうに話すフレメアを元気づけるため、黒子は断言する。
「大丈夫ですわ。詳しい事情はまだ把握できておりませんが、あなたの身の安全はわたくしが保障します」
フレメアの頭を優しく一撫でし、黒子は上を見た。
ビルの屋上を経由して一気に空から行くか。どの道追手が今目に映っているだけとは限らない。
いくら空間移動があるといっても、地上を移動していては見つかる危険性は変わらないだろう。
ならば、人目に付きにくい空中を移動した方がまだ安全といえる。
「さ、では参りますわよ。わたくしにしっかり掴まってなさいな」
震えのとれない小さな手を、そっと優しく包むように握る。
怯えたフレメアを見ている内に、黒子の中で妙な感情が芽生えていた。
とにかく、この少女だけは何があっても絶対に守り通してやりたい。今の彼女は何故だかそんな気分だった。
44: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 21:46:58.20 ID:4kSFMwbZ0
今回はここまでです
久々に主役の二人出たと思ったらいきなり喧嘩です
シリアス中にこういうの入れたくなる書き手って自分だけかな……?
では次回の一部
久々に主役の二人出たと思ったらいきなり喧嘩です
シリアス中にこういうの入れたくなる書き手って自分だけかな……?
では次回の一部
45: ◆jPpg5.obl6 2011/08/29(月) 21:49:24.35 ID:4kSFMwbZ0
浜面「しょうがねえだろ! 他に心当たりなんてねえんだから……。けど逃亡者の心理を考えると、まず人が多い場所に行くのは避ける
よなぁ。追手の数が多いと、それだけ見つかる危険も多いし」
一方通行「逆なンじゃねェのか? “木を隠すには森の中”だろ普通……」
――――――――
黒子「荒っぽくなって申し訳ないですの。怖かったでしょう?」
フレメア「大体平気。……意外と楽しかった」
56: ◆jPpg5.obl6 2011/09/04(日) 21:26:00.59 ID:TqQ7nnu/0
―――
一方通行と浜面仕上。
この珍妙な顔ぶれが目指す先は第七学区の変電所だった。
「――――で、そこにガキがいるって根拠は?」
「確証はねえけど、身を隠すって意味じゃ一番適してるだろ? 近くに廃工場だってあるし……」
「そンだけかよ……」
「しょうがねえだろ! 他に心当たりなんてねえんだから……。けど逃亡者の心理を考えると、まず人が多い場所に行くのは避ける
よなぁ。追手の数が多いと、それだけ見つかる危険も多いし」
「逆なンじゃねェのか? “木を隠すには森の中”だろ普通……」
「そりゃ少数に追われてる場合だと思うぜ? どこから追手が迫るかもわからないのに、余計な目眩ましは不要だろ。カモフラージュ
は何も自分にだけ有効とは限らねえさ」
「どっちにしろプラマイゼロじゃねェか。返り討ちにできるだけの力があるンならまだ人目に振れねェ場所を選ぶンだろォが、ガキが
好き好ンで物音一つしねェ心霊スポット紛いの建物を身の隠し場所に選ぶとは、普通なら考えつかねェな」
「………まぁ、それも一理あるよな」
どちらの論理が正しかろうが、所詮は予測の範疇でしかない。
57: ◆jPpg5.obl6 2011/09/04(日) 21:27:31.84 ID:TqQ7nnu/0
「―――――ところでよォ……」
一方通行が訝しげに声を漏らす。
視線の向こうに、あからさまな不信感を募らせながら続けて呟いた。
「あいつら、怪しくねェか? 人捜ししてるよォにしか見えねェンだが?」
黒いスーツ姿の男、数は六人ほど。
蜘蛛の子のように散らばり、近くの通行人に聞き込みを行っている彼等を不審な目で見遣る。
「まさか……」
「そのまさかの可能性も否定できねェな。ま、あンな地味な捜索方法とってる辺り、どォせ下っ端だろォが……。危険要素は草一本
でも排除しとくに越したことはねェだろォぜ」
そう言いながら、一方通行はタイミング良く一箇所に集合してくれた彼等の方へ悠々と歩き出す。
十秒ほど経った辺りから、浜面はせめてあの下っ端たちが安らかに眠ってくれるよう、黙して合掌した。
58: ◆jPpg5.obl6 2011/09/04(日) 21:28:55.45 ID:TqQ7nnu/0
「運が悪かったんだな。あいつらは……」
「御神籤で言うなら間違いなく『大凶』ってトコか」
ボロ雑巾のように転がった複数の黒い塊を背に言葉を交わす浜面と一方通行。
この程度では安心とは到底言い難いが、少しでも障害となり得る要因は取り除いておくに限る。
「ン……?」
再び移動を開始してから僅か五分。一方通行がまた何かを発見したようだ。
今度は首ごと上を向いたまま、目を凝らしている。
「どうした? 上に何かあるのか?」
浜面も釣られて空を見上げるが、特に何も目に入らない。
だが、一方通行は一言ポツリと吐いた。
「一瞬で良く判らなかったが、確かに“誰か”がいた。しかも“小さい何か”を抱えてるよォに見えた。目の錯覚じゃねェと
したら、探る価値は有りそォだ」
59: ◆jPpg5.obl6 2011/09/04(日) 21:31:04.62 ID:TqQ7nnu/0
「……どうする?」
自分の目で直接確認できていない浜面はそう訊くしかなかった。
「俺ひとりで事足りる。オマエは先に変電所周辺を調べてろ。後で連絡すりゃ、問題は残らねェだろ」
それだけ答え、一方通行は勢い良く地面を蹴った。
引力を無視した爆発的な跳躍により、一方通行の身体はあっという間に空高く舞い上がる。
怪しい影を捕捉した大体の高さにまで上昇し、遠くまで目を見張らせる。
そして――――。
「やっぱり勘違いじゃなかったか」
確信めいた言葉を呟く。
遠くで確かに人らしき物体が、一定の間隔で消えては現れを繰り返している。
脇には子供と思しき物を抱えているのも確認できた。
あの正体について考え得る可能性は一択。
「空間移動系能力者……。結標か?」
『座標移動』には欠陥がある事を知っている一方通行は、あれだけ定期的に自身を移動させている者の正体が結標である事
に違和感を覚えた。
ここからでは遠すぎて“誰か”までは特定できない。やはり追うしかなさそうだと決断し、一方通行は空気の壁を力任せに
蹴って水平に高速で滑走した。
60: ◆jPpg5.obl6 2011/09/04(日) 21:32:18.17 ID:TqQ7nnu/0
―――
「ッ……。そろそろ降りなければ……っ!」
万一にも追手側の目に映らないよう、安全に迂回してきたツケが頭痛という形で表れていた。
連続の空間移動とは少なからず脳に負担を与える諸刃の剣だ。その性能は優秀されど僅かな精神の乱れが取り返しのつかない
結果を生むこともある。
上空を飛び回るため、絶えず精密な演算を続けていた脳がそろそろ休息を訴えていた。
(けど流石にここまで離れれば……、とりあえずは安心ですわね)
この考えを甘いとは欠片も疑わず、白井黒子は地上へと降り立った。
両腕でしっかりフレメアを抱えたまま適当な道端へ足を着け、一息入れる。
「荒っぽくなって申し訳ないですの。怖かったでしょう?」
フレメアを丁寧に降ろし、言葉を掛ける。
だが不思議なことにフレメアの震えは完全に止まっており、その表情も出会った当初と同じような落ち着きが戻っていた。
61: ◆jPpg5.obl6 2011/09/04(日) 21:41:07.90 ID:TqQ7nnu/0
「大体平気。……意外と楽しかった」
「なら幸いですわ。あなたもなかなか肝が据わってますわね」
「怖い思いならもう大体慣れた」
どうやら難は無事に逃れたらしい。
ここからは徒歩で移動しても問題なさそうだ。
上空移動は細かい位置指定が遮蔽物の多い地上より幾分楽だが、そうなると今度は落下しないよう維持しながらの連続移動
技術が求められる。どちらにしろ、負担は軽くない。脳を休ませるためにも、なるべくなら歩いて移動するのが望ましい。
「………一応、この件については一報入れた方がよろしいですわね」
そう呟き、手持ちの緊急用無線を弄る。
この操作により、警備員への通報が簡易に済むのだ。声を出せない状態で助けを求めたい場合などに重宝される代物だが、
黒子は口頭での適当な説明方法が思い浮かばないため、これを使用した。
もう大丈夫だとは思うが、念のためだ。
「……さて、もう少し歩けますかしら? ええと、フレメアさん」
「にゃあ」
62: ◆jPpg5.obl6 2011/09/04(日) 21:44:07.92 ID:TqQ7nnu/0
通報を終えて胸を撫で下ろし、支部までの一本道を辿り始める黒子と、その後ろをちょこちょことついていくフレメア。
だが、黒子は自身の圧倒的な情報不足をこの時点で未だ認識していなかった。
この幼い女の子を奪還すべく、学園都市中に散らばっている暗部の新参達。
彼ら全体の力量を完全に見誤っていた。まさか、今の自分達に安全な場所はもう何処にもないなどと夢にも思っていなかった。
この意識が仇となるのは正にこの直後。
「――――ッ!?」
あっという間に何人もの厳ついガタイの男性が彼女らの進行ルートを防いだ。この突然の展開に頭がパニックを起こしかけたが、
彼女とて伊達に場数をこなしてはいない。少々の不測の事態で乱れる精神ではなかった。
「こっちですの!!」
フレメアの手を掴み、真逆方向への逃亡を計るが、後ろにも同系の服を着た軍団が配備されていた。
両側から迫る壁のように、じりじりと、黒子とフレメアは追い込まれていった。
総勢二十人余り。
こんな何の罪もなさそうな女の子を捕まえるにしては、いくら何でも大掛かりすぎる。
莫大な背景を感じずにはいられない黒子は、思うがままに叫んだ。
63: ◆jPpg5.obl6 2011/09/04(日) 21:46:51.18 ID:TqQ7nnu/0
「貴方がたは一体何なんですの!? わたくしを風紀委員と知っての狼ぜ…………と、とにかくっ!! こんな事をして、ただ
で済むと思ってますの!?」
あまり好意を持っていない、寧ろその逆の人物と同じ台詞を吐きそうになった黒子だが、誰一人として言葉を返してこない。
まるで感情のこもっていない、冷徹な殺人マシーンのような眼差しを注がしてくるだけだった。
話は通じないみたいだ。ならば武力をもってこの危機を乗り越えるしかない。
黒子の瞳に覚悟の炎が宿る。
「………聞く耳持たず、ですか……。なら仕方ありませんわね! 全員、誘拐及び監禁の容疑で拘束させてもらいます!!
両手を上に挙げて、大人しく地面に伏せなさい!! 抵抗は罪を重くするだけですわよ!!」
しかし、それでも投降の意思を見せる者はいない。
絞り出した糾弾も、どうやら無意味に終わったらしい。
「ちっ……!」
舌打ちした黒子は、太腿に隠し持っていた金属の矢へ手を伸ばした。
どう考えても矢の数は足りないが、牽制で何人か拘束できればそのまま流れを掴める。そう目論んでいた。
「――――!」
ところが、そのささやかな希望さえも呆気なく断ち切られてしまう。
次の瞬間、黒子は全ての挙動を停止せざるを得なくなった。
64: ◆jPpg5.obl6 2011/09/04(日) 21:48:07.28 ID:TqQ7nnu/0
フレメアへ向けられた、トカレフと思われる拳銃。
感情を捨てた瞳を持った追手。その内の一人が何の躊躇いもなく弱者側からの制圧に打って出たのだ。
こうなってしまっては、黒子の方が両手を挙げる立場に回るしかない。
彼らには何の情もない。それに気づくのが遅かった。黒子はただ悔しさを噛みしめるしかなかった。
やがて、自分にも同系統の銃が向けられた。
こんな時に限って人通りはない。向こうもそれを把握しているのだろう。
遠慮なしに重そうな銃機をこちらへ向けてくる。
空間移動という脱出に最適な能力を持ってしても、この状況ではフレメアを連れての打破は望めなかった。
一人で逃げるなんて選択は勿論却下だ。
「くっ、卑劣な……!!」
しかし、彼等に精神論をぶつけても何の効果も得られないだろう。一人一人の顔を見ればそれぐらい判別できる。
この者たちは所詮“使い捨ての駒”。正気の沙汰でこんな悪事に及んでいるわけではない。
暗部の世界なら、自制を捨てて上の命令にただ従うだけの人形と化す人間も少なくはなかった。
汚い水に浸かっていた彼等の良心は、とっくに崩壊されているか。あるいは外部からの人為的所業によって精神を断絶
されているか……。
黒子たちに向けて武器を構え、今にも発砲に移らんばかりの空気を醸している男達の表情はそのどちらかだろう。
短い均衡状態。その中で黒子は平静を保ちながらも必死に打開策を見出していた。
「…………!」
だが、途中で脳が妙な違和感を放った。
瞬間―――――。
65: ◆jPpg5.obl6 2011/09/04(日) 21:49:20.87 ID:TqQ7nnu/0
「ッッッ!!!?」
正面から豪快な破裂音が轟いた。何が起きたのかは男の集団に遮られ、目では確認できない。
そして、不審音の直後。
「―――――!!??」
前方を塞いでいた集団がボーリングのピンのように四方八方へ弾き飛んだ。
台風にでも飛ばされたみたいに背後から強烈な圧力を掛けられたのか、彼等は踏ん張る暇もなく空中を各々で泳ぎ、各々の
末路を辿った。
この立て続けに起きた出来事に、思考が追いつかない。
やがて、正体不明の圧力は重い衝撃波と化して黒子の視界さえも塞いだ。
背後にいた残りの一団はこれをまともに喰らったのか、遥か後方まで吹き飛んでいく。
瞬きをする間もなく、全ての敵が一掃された。
怪しい力はどうやら黒子とフレメアを避けてくれたらしい。衝撃は黒子達を飛ばす前に収まった。
状況が理解できないまま、黒子はおそるおそる両目を開ける。
目に映ったのは黒い集団の消えたいつもの知っている道路。
その道路の中央に、誰かが立っていた。
「……?」
66: ◆jPpg5.obl6 2011/09/04(日) 21:55:39.03 ID:TqQ7nnu/0
真っ白な長めの髪を街の灯りに照らした少年は、杖を片手にこちらへ近づいて来ていた。
その最中、黒子は少年の顔を直視してから愕然とした。どうやら、既に思い出すのが簡単な人物にまでランクアップ
していたようだ。
「ああああっ!!? あ、貴方は……!!」
「………あン? 何ヒトの顔見るや否や、ひょうきンな面ァ咲かせてンだ? っつか、誰だオマエ? てっきり結標
の野郎がまた余計な真似してンのかと思って来てみりゃあ………。ンだァ? 今の明らか使いっパシリのゴミみてェ
な連中は? 何がどォなってンのか、とりあえず説明が欲しいモンだ」
黒子の過剰とも言えるリアクションに、一方通行は怪訝な顔で対応した。
「………っつーか、待てよ。オマエ確か………」
彼女の制服姿を目に付け、一方通行も記憶を探り始めた。どこかに思い当たる節があったのだろう。
やがて、すぐに答えが明らかとなった。
「! ……おォ。そォだ、思い出した。オマエ、あン時クソガキと一緒にいた野郎か」
「……あ、はい。その節はどうも。ってそうじゃなくて!! 仮にも淑女に対して“野郎”とは、失礼にも程がありますの!!」
思わず怒鳴りつけてしまったが、一瞬で頭に血を昇らせた黒子はそんな事についてもはや気にしない。
67: ◆jPpg5.obl6 2011/09/04(日) 21:59:16.14 ID:TqQ7nnu/0
「淑女だァ? 淑女だっつーンなら、みっともなくギャアギャア喚いてンじゃねェよ。ただのうるせェ小蝿じゃねェか」
「んなっ……!?」
黒子の顔が青くなった、と思ったらみるみる内にトマトみたいに赤く染まって顔色とは不相応の好戦的な笑みを零した。
「わたくしを、よりにもよって蝿呼ばわり……!! ぐふっ、ぐふふ………。―――――良い度胸ですわねェェェ!!」
既に一方通行に抱いていた敬遠心は消え失せていた。それよりも受け入れ難い何かプライドのようなものが彼女にあって、
一方通行は運悪くその領域を侵したらしい。
「キエェェエエエエエリャアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」
意味不明な奇声を撒き散らしながら跳躍した黒子は、そのまま一方通行目掛けて足から滑降する。
チラ上等のドロップキックだったが、そんなものに興味を一切感じない一方通行は正に鬱陶しい蝿でも払うかのように
平然と弾き返す。
そして簡単に弾き飛ばされ、地面に間抜けな格好で着陸した黒子への非情な言葉。
「悪いが遊ンでる暇はねェ。何でオマエがこンな時間にこンな場所でこのガキと一緒なのか、一言一句漏らさず説明しろ」
「ぐ……お、お、おのれぇぇぇ……ッ!! っていうか、何が起きましたの? 今……」
68: ◆jPpg5.obl6 2011/09/04(日) 22:03:25.05 ID:TqQ7nnu/0
立ち上がった黒子からはまだ反抗的な光が消えていないようだ。
「ちっ」
舌打ちした一方通行はその後一瞬で間を詰め、黒子の胸倉をムンズと掴み上げて凄まじい眼光を放つ。
そして苛立ちのこもった低い声で脅迫する。
「ひぎゅ!?」
「同じセリフ二度も言わせンなよ? あ? さっさと経緯を話すか、尾骨と鎖骨の位置交換するか、それとも体毛の成長速度
促して、原人の仲間入りにされる方がイイか? オマエの道くらいはオマエに選ばせてやるよ」
「わ、わかりました! 話します! 話しますから下ろして。苦しい……ですの……ごふ」
番外個体と喧嘩中で、一方通行の機嫌がすこぶる最悪だとは知らなかった黒子。
恐怖のままに服従の道を選んだのは、誰の目から見ても賢明な判断だった。
「にゃあ」
「ン?」
経緯説明終了後、ずっと黙っていたフレメアが一方通行の袖を掴んで話しかけてきた。
69: ◆jPpg5.obl6 2011/09/04(日) 22:06:53.20 ID:TqQ7nnu/0
「あなたは私を助けてくれる、良い人なの?」
わかりやすい事この上ない、至極真っ当な質問に一方通行は素っ気無く答える。
「良い人、ねェ……。仮にそォだったら、こンな面倒な事にはなってねェだろォな……」
「でも、私を監禁していた人たちとは違う気がする……」
「そりゃ大した観察力だ。今後のオマエの人生のために、精々今の内から磨きをかけるンだな」
「……やっぱり正義の味方なんだ。大体当たってる?」
「オマエのヒーローは、少なくとも俺じゃねェよ」
この年頃の女はやりにくいと改めて実感した一方通行。
先ほどまで一方通行の剣幕に押され放題だった黒子だが、その光景を見ていると何だか頬を緩ませずにはいられなかった。
黒子としても一方通行に訊きたい事は半分も消化されていないので、とりあえず会話を試みる。
「………ところで、先ほどは貴方が助けてくれたんですのよね?」
「だったら何だ?」
70: ◆jPpg5.obl6 2011/09/04(日) 22:16:43.93 ID:TqQ7nnu/0
「一瞬だったので、何が起きたのかさっぱりでしたわ……。大気操作系の能力者ですの?」
「生憎だが、オマエにコッチの事情を教えるつもりはねェ。自由に想像してろ」
「えぇ!? いや、ちょっと……それはいくら何でも酷ではないですか!? わたくしにも一応立場というものがござ
いますのよ!?」
「吼えるな。オマエのために言ってやってンだ。もォいいから、オマエはこのまま真っ直ぐ家に帰れ。面倒に巻き込ンで
悪かったな。そのガキのことなら後は俺に任せろ」
一方通行の表情は「っつか、まだいたのか? オマエ」とでも言いたげだった。
突き放すような姿勢を崩さない一方通行に対して抱いていた恐怖のイメージが再び急変し、熱を帯び始める。
“粗略な扱いによる怒り”と言う名の熱を。
どの道、黒子の立場としてもここで「ハイ、わかりました」と答えるわけにはいかなかった。
「………そんな要望が通るとでも?」
「通る通らないは俺の知った事じゃねェ。っつか、イチイチそこまで考えてられるか。オマエが俺の言う通りにしたくねェ
ンなら、好きなよォに跋扈してりゃイイさ」
「ぐぬぬ……。そ、そんなんじゃ納得できませんの!!」
何もこの男の言う事に反抗したいわけではない。ただ、中傷するような言い方が純粋に気に入らないのだ。
まるで自分が常に上の立ち位置にいるのが当たり前だと言わんばかりの態度。こうして考えてみると実に遺憾だった。
もっとも、この男こそ自分自身が憧れている御坂美琴よりも記録上では格上の存在、一方通行だとはこの段階でまだ知らさ
れていないのだから無理もない話かもしれないが……。
そんなわけで、黒子は退くどころか更に突っ掛かる道を選んだ。
71: ◆jPpg5.obl6 2011/09/04(日) 22:18:59.51 ID:TqQ7nnu/0
「大体、貴方は何サマなんですの!? ちんまりしたお姉様とお知り合いだったり……。そう言えば、さっきあの殿方とも
一緒でしたわよね?」
「あの殿方……? 誰のこと言ってンだ?」
「上条さんですわよ! ツンツン頭の高校生ですわ! ゲームセンターで一緒に居たのをわたくし、この目で見ましたの!」
「……オマエ、あいつとも面識あンのか?」
「ですから、それはコッチが訊きたい事ですの! 打ち止めさんとの関係、上条さんとの繋がり、そしてこの状況……。全て
納得のいく説明をしていただかないと、帰るに帰れませんわ! そもそも、わたくしが貴方に服従しなければならない理由
がありませんの!」
断固、譲歩できない事情が彼女にもあると感じた一方通行は、どう対処すべきか悩む。ある程度言葉を交わす内に免疫がついた
のか、少々の威圧では退いてくれないらしい。
そして手荒な手段がかえって逆効果なのは、彼女の上腕に付いている風紀委員の腕章が教えていた。
(………これはこれでまた面倒臭ェな……。さっさとこのガキを浜面の所まで引き渡しに行かなきゃならねェってのに……)
どうやって思い通りに動かすか思慮する一方通行に、黒子は凛とした顔で宣告する。
「いざとなったら風紀委員の権限を駆使し、貴方を支部まで連行させてもらいます」
この一言で、一方通行の涼しい顔が崩れた。
72: ◆jPpg5.obl6 2011/09/04(日) 22:21:00.17 ID:TqQ7nnu/0
「はァ!? オイちょっと待てコラ! 何の権限だそりゃあ!? ただの職権濫用じゃねェか!」
「事情聴取ですの。こうして現場に立ち会ってしまった以上、適当な誤魔化しは通用しませんわよ?」
「………っ」
いつの間にか冗談では済まない展開に転びつつある。何か手を打たなければ……。
このままこの女と支部へ同行、なんて結末だけは何としてでも回避したい。面倒だとか、そういった次元を超えてしまう。
公共機関だけは下手に扱うべきじゃない、という基本的な形式を今頃になって思い出した。
煙に巻こうと無駄に抵抗していると、警備員まで登場しかねない。本来、この時間帯に街の治安維持を担っているのは風紀委員
ではなく警備員なのだ。
そして不運かな、警備員には更なる面倒事に輪を掛けてくるであろう人物が一人いた。
「………わかった。とりあえず、この場は退いてくれ。今は時間が惜しいンだよ。詳しい話は後日に回すってことで、勘弁して
もらえねェか?」
「……その言葉をどうやって信じろと?」
「連絡先を教える。それで文句ねェな?」
この交渉、後々の自分のためにも失敗は許されない。
自主的に携帯電話を取り出し、彼女に番号を伝える。
73: ◆jPpg5.obl6 2011/09/04(日) 22:25:05.17 ID:TqQ7nnu/0
黒子はその番号が偽りではないか確認するため、一回着信を入れる。
番号が本物だと確認でき、ようやく黒子の顔から剣呑な雰囲気が消えた。
「……わかりました。では後にこちらから連絡させてもらいますから、ご了承を。言っておきますが、今回は特例ですわよ?
活動時間外とは言え、警備員に引き継ぎを要請することも可能だったのですから……、感謝して欲しいですわ」
「あー、ハイハイ。そりゃどォもありがとォよ」
「ム……、何か馬鹿にされてる気分ですの。やはり警備員にお願いした方がよろしいかしら?」
「………オマエ、良い性格じゃねェな?」
「ホホホ♪ 良く言われますわ」
機嫌が直ったのか小悪魔みたいに微笑む黒子だが、どうせ教えた携帯番号は“こんな時用”に所有していたダミーの番号である。
後はおめでたい黒子からフレメアを引き取り、浜面と合流すれば任務完了といったところか……。
「ハァ……。もォ気は済んだろ? ならさっさと帰れ」
「だから、何なんですの!? その上から目線は!? ………見ず知らずの淑女に対する扱いとしては最低ランクですわね」
「名前を知らないのはお互い様だろォがよ……」
早くこの小うるさい風紀委員から解放されたい一心なのに、黒子は一方通行の接し方が気に食わないのか、思惑通りに動かない。
74: ◆jPpg5.obl6 2011/09/04(日) 22:25:57.23 ID:TqQ7nnu/0
「あら、それは失礼致しましたの。わたくし、常盤台中学一年、白井黒子と申します。風紀委員第百七十七支部に勤めており
ますの。………で、貴方は?」
「オマエに名乗ってやる義理はねェ」
「おいィィ!? ちょっと待てや!! その流れには流石に異議を唱えさせてもらいますの!! ここはお互い自己紹介して
握手の一つでも交わす展開だろォォ!!?」
「うるせェな、耳元でピーピー喚くンじゃねェよ。唾飛ンでるっつの……」
「にゃあ……」
フレメアも引き身になる剣幕で一方通行に詰め寄る黒子。
「ずるいですの!! わたくしはちゃんと名乗ったんですから、貴方も殿方らしくすっぱりと身分を明かしたらどうですの!?」
「誰も名乗り合おォなンて言ってねェだろ? 先入観にとらわれたオマエが勝手にプロフィール明かしただけだ。俺が便乗する
理由はねェな」
「ふざけんなあああ!! 何ですのその『してやったり』みたいな顔!? うわ、腹立つ!! ここ最近で一番腹立たしい気分
ですわ!! やっぱり今すぐ拘束してやりますの!! 大人しくお縄につけおんどりゃああああ!!!!!」
(こいつ、奮起したら感情のままに暴走するタイプかよ……。品も何もあったモンじゃねェな。これだからお嬢様なンて肩書き
は信用ならねェ……)
この年代の女に関わると本当に碌な事がない……。
一方通行が心の内でそう思っていた矢先、招かれざる客がどこからともなく忍び寄っていた。
76: ◆jPpg5.obl6 2011/09/04(日) 22:33:02.09 ID:TqQ7nnu/0
打ち止め「………あの人とケンカでもした? ってミサカはミサカはズバリ推測してみたり」
番外個体「お願いだから、しばらくあの馬鹿ヤローの話題は謹んでもらえる?」
―――――――
黒子「えっと………あのぉ……」モジモジ
一方通行「急に人の顔色を窺い出すンじゃねェ!! 今まで通りに接しやがれ!!」プンスカ
91: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 22:44:57.38 ID:dnbMocsZ0
―――
ネオンのおかげで夜特有の暗闇とは一切無縁のとある路上。
「おおー、こうやって夜の街を散策してると何だか不良になったみたい♪ ってミサカはミサカはちょっとだけオトナの気分を
味わってみたり」
「ひゃひゃ♪ 何事も初めてってのは浮かれ気味になるもんだよ。っていうかミサカが誘っといて何だけどさ、良く黄泉川が許可
したね。意外とミサカって信用されてる?」
「……は? 黙って出てきたに決まってるじゃーん。ヨミカワの立場を考えてみてよ。OKが出る確率は間違いなくゼロだと思う。
ってミサカはミサカは悪の一面を覗かせてみたり」
「…………え? それって、何気にヤバくね?」
一見、同じ系統の顔が綺麗に大と小の組み合わせ。大の方はともかく、小の方は初めての夜遊びで多少の叱咤は覚悟済みのようだ。
普段は厳しい家主のせいで最後の一歩がどうしても踏み出せなかったが、番外個体と一緒なら恐くない。
打ち止めのそんな思いとは裏腹に、番外個体は一人焦りだす。
「うげ、マジかよ……。あの野郎のせいで煮え切った心の憂さを晴らそうと思い切って遊び尽くすつもりだったのに、今頃黄泉川
が最終信号を躍起になって捜してるって思うととてもそんな気分になれない……。ここ最近で磨かれたミサカの良心へのダメージ
比率がマッハな速度で倍化されていくゥゥゥ………」
92: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 22:45:55.38 ID:dnbMocsZ0
打ち止めに声を掛けた理由は単純。他に道連れとなる相手が見つからなかったから以外にない。
番外個体は打ち止めが個人で所持している携帯電話にではなく、黄泉川宅の電話に掛けるべきだったと後悔した。
当然、こんな問題を抱えたまま遊び呆けられるはずもないので、黄泉川に電話して簡単に事情を説明し、あまり遅くならない内に
帰す事を条件に了承してもらった。
「あれ? そう言えば番外個体、学校通い始めたんだよね? ……いいの? ってミサカはミサカは確認を取ってみる」
「ああ。いーのいーの☆ ちょっと寝たらスッキリしたし、何より今は無性に暴れ回りたい気分なんだ。っつーワケで、ミサカの
ストレス発散に付き合ってちょーだいね」
「………あの人とケンカでもした? ってミサカはミサカはズバリ推測してみたり」
「お願いだから、しばらくあの馬鹿ヤローの話題は謹んでもらえる?」
(やっぱりそうなんだ……。ってミサカはミサカは図星だと確信する)
(いや、そりゃあミサカも酔ってて滅茶苦茶言ったかもしんないけどさ……。何もミサカを置いて出てっちゃう事ないじゃん……。
どうせあいつもどっかに憂さ晴らしに行ったんだ! そうだ、そうに違いない! こうなったら、ミサカも勝手に楽しくやらせて
もらうんだから!)
「番外個体……? 拳に凄い力篭もってるけど……。ってミサカはミサカはちょっと痛いって訴えてみる」
「ん? ああゴメンゴメン。んじゃ、夜遊びの続きといこうぜ。今夜だけはミサカが許すから、たまには上位個体サマも良い子の
皮とっちゃえよ。っさー、遊ぶぞコンチクショー!!」
一人勝手な結論を導き出し、一人決起する番外個体に打ち止めは聖母のような温かい視線を送った。
決して二人の破局を望むなどと、疚しい願望を胸に秘めているわけではない。打ち止めの威信にかけてもそれだけは断言しておく。
93: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 22:47:09.27 ID:dnbMocsZ0
―――
状況は一転。
一方通行が白井黒子と紆余曲折ありながらも何とか話をつけ、フレメアの後世話を引き受ける事でまとまった直後であった。
不気味な気配が新たに二人分追加されている事に気づいたのは……。
「おーおー、脱走したって聞いたからどこへ行ったのかと思えば……こんなトコで最終標的に出くわすとはねぇ」
「うっそぉ~。逃げたネズミの足取り辿って来てみれば偶然第一位さまぁ? チョット出来すぎな展開じゃなぁい?」
若い女の声が二つ、闇の奥から聴こえた。
驚いた様子でそちらに目を向ける黒子、フレメア、そして一方通行。
「……!!」
二つのシルエットが街灯に照らされ、その実体を明らかにする。
一方通行、フレメアは小柄で黒服を着た方の少女に着目し、黒子はもう一人の自分と同じ常盤台の制服を着た少女に対して
驚愕の目を向けた。
黒夜海鳥、食蜂操折。この規格外な組み合わせが揃って現れたのは、果たして偶然か必然か。
94: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 22:48:20.97 ID:dnbMocsZ0
「まさか第一位が先に発見しちまうとはなぁ……。まぁいいさ。ぶっちゃけ、そのガキは事実上用済みだからな。連れてく
分には構わないが、“私ら”について知りすぎてる以上、生きたまま野放しってのは勘弁願いたいね」
「こんな小さな子を拉致監禁してたなんて事実が上層部に知れたら、こっちの立場が危うくなるってワケ。つまりは口封じ♪」
隠すことなく物騒な目的を明かす黒夜と食蜂に怯え、一方通行の足に縋りつくフレメア。
それを見た黒夜が茶化し始める。
「なんだよ、十代にも満たないガキに良く好かれてんじゃないか。それってイメージ的にどうよ?」
「………このガキを殺しに来たってンなら、運が悪かったな。俺がこの場に立ち会ってなきゃ楽に終わるミッションだった
ンだろォが、現実は厳しいモンだ。更に、オマエらは無用心にもこの俺の前に姿を現しちまった。これがどォいう事に繋がる
か、もォ分かってるンだろォな?」
安い挑発文句に乗らず、戦意を高めていく一方通行。禍々しい空気がその場一帯に張り詰め、呼吸すら満足に吸えないような
感覚を味わいながらも、黒子は黒夜たちの発言内で気になった単語をぼそっと呟いた。
「第……一位…………?」
空耳ではない。確かにあのカラスみたいな格好をした小柄の娘はさっきまで自分と論争していた男に対して『第一位』と言って
いた。
95: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 22:49:50.35 ID:dnbMocsZ0
「まさか………いや、嘘……。そんなことが………」
一人頭を唸らせ、葛藤する黒子。
黒子の思念を読み取った食蜂は、面白がるような口振りで解答をくれた。
「あらぁ、一緒に居たクセして知らなかったのぉ? その人こそ学園都市最強の超能力者、『一方通行』御本人サマよぉ?」
「…………え、えええええええええええええええええええええええっっっ!!!???」
(ちっ……。結局こォなンのかよ。やっぱ力ずくでも早く帰しておくべきだった……。折角の気遣いもこれで全部水の泡か……)
白井黒子と超電磁砲に繋がりがあるのは『打ち止め』との掛け合いからも把握できる。
そんな人間に自分のことを知られるのは望ましくなかったし、部外者にこれ以上立ち入らせるのは阻止したかったが、こうなって
しまっては致し方ない。
一方通行と食蜂を交互に見ながら口をぱくつかせて仰天している黒子。この段階で、彼女も踏み込んではいけない領域へ足を踏み
入れてしまっている。そして、その原因は少なからず自分にある。ならば、彼女の今後の安全も自分が保障しなければならない。
これ以上無関係な他人を巻き込むのだけは避けたかった。
「えっと………あのぉ…………」
狼に遭遇した子羊みたいに萎縮した黒子。先ほどまでの威勢が嘘のようだった。
こういう反応には慣れている一方通行だが、ほんのニ~三分前まで対等に言い返していた彼女の突然な変化は何故だか癪に障る。
気づけばそんな彼女に自然と声を荒げていた。
96: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 22:51:34.53 ID:dnbMocsZ0
「急に人の顔色を窺い出すンじゃねェ!! 今まで通りに接しやがれ!!」
「っ……!?」
この一喝で我を取り戻したのか、ビクリと反応した後に目をパチクリさせて咳払いを一つ。
「……コホン。し、失礼しましたわ。あまりの衝撃でつい………。で、確認させてもらいますが………今のは事実ですの?」
「チッ……だったらどォした?」
曖昧にしておくのも後々厄介なので、あっさりと肯定しておく。
すると、何故か黒子のこちらを見つめる目が落胆の色に染まったのがわかった。
「……オイ、何だその幻滅したよォな眼差しは? 言いたいことでもあンのか?」
「いえ……、何て言いますの? 話に聞いていた印象とは似ても似つかない御方でしたので……。まさか、貴方がわたくしの
崇拝する御坂美琴お姉様をも凌駕する二人の超能力者の内の一人だったとは………。ハァ……」
「なンでそこで溜め息吐いてやがる? っつーかよォ………。オマエは俺に一体どンなイメージ膨らませてたンだ?」
「だって………ねぇ?」
「マイナス下降なのは分かったから、もォいっそはっきり言え! 苛々させやがる……!」
97: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 22:52:56.24 ID:dnbMocsZ0
「第一位、つまりこの学園都市が誇る“最強にして最悪の怪物”。……そのキャッチフレーズに貴方が適しているだなんて……。
信じられないというよりは信じたくありませんわね」
「なら、身体に直接植え付けてやろォか? 俺への恐怖心が軽減されて、物足り無さでも感じてやがるンなら別に構わねェン
だぜ? 今すぐイメージ通りの烙印押させてもよォ」
「………わたくし、これでも人を見る目は確かですの。貴方がそのような蛮行を実行できる人間だとは思えませんわ」
「あァ?」
心から慕っている御坂美琴よりも更に上の位に立つ存在は、もはや黒子にとって雲の位置にいる者と考えられる。
良い噂こそ聞かないが、純粋に能力開発に磨きをかけて大能力者に到達した黒子としては、そんな神のような存在に対して多少
ながらも憧れの気持ちは抱いていた。
ところが、いざ現実を目の当たりにすればこんなものである。
芸能人のファンが実際に本人と接する機会を得た後、その人間の本質に幻滅してファンを辞退してしまうのと同じような心理が
黒子に働いていた。
どんな怪物なのだろう……。一方通行を知らない一般人は各々の想像を自分勝手に膨らませている。
黒子もまた例外でなく、実際の一方通行を目の前にして自分が勝手に抱いた幻想、理想像が音を立てて崩壊したらしい。
ガッカリした眼差しの理由は大体そんなところである。
最初は確かに凄まじい威圧感に怖気づきはしたが、言葉を交える内に一方通行の本質が漠然とだが掴めてきたのだろう。
女性の勘は侮れないとは良く言ったもので、彼女は打ち止めとの出会いや番外個体との同棲生活の影響により、性格が緩和した
一方通行から残虐さや非道さは全く感じなかったのだ。
少なくとも、噂通りの極悪人だとは到底思えない。風紀委員として培われた観察力がそう判決を下していた。
98: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 22:55:08.97 ID:dnbMocsZ0
(“こいつ”もかよ………クソ。打ち止めと出会ってから、おめでてェ馬鹿に出会う比率が増してンのは一体どォいう理屈だ?)
自問したところで答えは出ない。
「………貴方があの第一位だとは、正直まだ受け入れられませんが……まぁいいでしょう。それより、そこの貴女!」
黒子の瞳には食蜂の姿が映っていた。
そう。戸惑っている猶予など、残念ながら設けられていなかった。
すぐ目の前に敵がいる。この事実を忘れてはならない。
まずはフレメアを奪還しに現れた刺客二人を迎撃するのが先決である。
「何がどうなっているのか分かりませんが、貴女がここにいる理由を是非お聞かせ願いたいですわね! 食蜂操折!」
ビシッ! と決めた指の先には妖しく微笑む食蜂の顔。
黒夜もようやく自分達に矛先が向いたのを嬉々するように、退屈そうな表情を不気味に歪めた。
「学校外で会うのは初めてかしら。第三位の腰巾着さん? こんな遅くまで、お勤めご苦労さまぁー」
「…………質問に答えてくれませんかしら? 何故、貴女がこの場に居ますの? 完全下校時刻はとうに過ぎてますわよ?
風紀委員でもない一般学生の貴女がこの時間に外を出歩くのは、見過ごすわけに行きませんわね」
99: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 22:56:28.38 ID:dnbMocsZ0
「あらぁ、風紀委員って言っても所詮は暇な学生の集まりでしょう? アンタは良くて私はダメだなんて、差別じゃない?」
「………」
嘲笑うような態度で反論する食蜂。
黒子の眉間が一気に険しさを増した。しかし、食蜂は気にせず続ける。
「ねぇ。今からでも遅くないわよぉ? あんな子供趣味で統率力もない孤高女に付き添ってるより、私の派閥に加わんなさいよ。
アンタの能力レベルなら利便性もそこそこ高いし、案外重宝するかもよぉ?」
「お断り致します!」
「………はっ、でしょうねぇ。わかってるわかってる、ちょっと言ってみただけよぉ。いざとなったらわざわざ口頭で勧誘する
必要なんざ、無いんだしね」
「お姉様が貴女をいけ好かない理由、わたくしも良く知ってますわ……」
食蜂にとって、そもそもコミュニケーションを図る行為自体が無意味なのだ。
相手の心境や感情を瞬時に読み取れる以上、結果など分かりきっている。にも関わらず小馬鹿にした調子で無駄な誘い文句を
ベラベラと口に出す。予測の範疇を超えた的確な方法で相手の意思、思考を土足で覗き、必要あらば改竄にまで及ぶ。
この時点で、食蜂が対等に接するのかが如何に馬鹿馬鹿しいと考えているのかが判る。
黒子もまた、この常に上から物事を愉しむ性癖の食蜂には好感が持てなかった。
100: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 23:00:35.39 ID:dnbMocsZ0
「理由? そいつは興味深いわぁ。良い機会だし、是非聞いておきたいなぁ」
「本当は自覚できている癖に、そうやってくだらない遊びに精を出す所ですの。馬鹿にされているようにしか思えませんわね……。
ついでに明かしますが、わたくしが何故貴女よりもお姉様に信頼を寄せているのか……。それは貴女などと違い、お姉様は常に
向上心を忘れず、一度決めたら絶対に曲げない、固い芯を持っていますの! 人の心を自分の思い通りに動かして生きるような
曲がった生き方と違い、御坂美琴はいつも真っ直ぐに生きてますのよ! ……わたくしはそんなお姉様だからこそ、一緒に居て
楽しいですし、どこまでもついて行こうと思えますの。……貴女の能力を持ってしても、こればかりは理解できないでしょうね……」
「アンタがあいつにどんな感情を抱いてるかなんてお見通しだけど、共感はできそうにないわねぇ。っつか、そんな熱く語られた
って私の改竄力で思いのままなのは理解できてる?」
「………やはり、貴女には何も分からないようですわね。そんな人為的なもので、人の感情を百パーセント支配したとは限らない
んですのよ? たとえ物理的に人を思いのままに操れても、心の奥までは干渉できませんの。決して……」
「ふぅん、この私に精神関連の教えを吹っかけてくるなんて良い度胸してんじゃないの。ちょーっとだけ見直したけど、やっぱり
そういう根拠無しの精神論を語られても、専門家としては鼻で嗤い飛ばすしか無いのよねぇ」
「…………もう貴女に伝える事など、一つもございませんわ。――――――さて……」
平等では無い関係を築いて学校生活をエンジョイしている彼女には普段なら興味すら湧かないが、この場合は話が別だ。
秩序の乱れには敏感に対応しなければならない立場の風紀委員として、まして自分と同じ学校に通う生徒が如何わしい事件に
関与している可能性が少しでもあるのなら、目を逸らすわけにはいかない。
「これ以上の無駄話に付き合う気はありません。まだ何の説明も受けていないので、推測でしか語れませんが……貴女がたも
フレメアさんの誘拐に関わっていたと捉えて問題なさそうですわね。経緯や動機、その他もろもろ……。全部詰め所で吐いて
もらいますわ!」
101: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 23:05:37.74 ID:dnbMocsZ0
「おーっと、腕章してるからまさかとは思ったが、やっぱりこいつ風紀委員かよ。こりゃ穏便には行きそうにねえなぁ……」
おどけて両手を挙げる黒夜。黒子でなくとも嘗められているのが理解できる。
「参ったわねぇ。今捕まったら色々と拙いしぃ、どぉすんの? 黒夜ぅ」
「そうだな……。ま、今日のところはコッチが引き下がってやるしかないみたいだね」
「逃がすと御思いで? 二人とも、両手を頭の上に乗せなさい。動いたら余計な怪我を負うハメになりますわよ?」
黒子の手には既に何本かの金属矢が握られていた。
あとは何秒もかからない内に捕縛可能だが、そんな状況にもまるで動じていない食蜂、そして黒夜。
「ひゃははは! アンタ如きが私を拘束できるとか、本気で思っちゃってるワケぇ? お笑い種だわホント。身の程くらいは
弁えてるかと思ってたけど、なんかガッカリねぇ」
「……僅かでも能力を使う素振りを見せましたら、容赦なく拘束致しますわ。知ってますのよ? 貴女が“精神操作”の類を
行う際は、その鞄にしまってある『リモコン』に手を伸ばす必要がある……。どっちが速いかは語らずとも分かりますわね?」
「おやおや、派閥に入ってないアンタがそんな事前情報入手してるってコトはぁ……もしかしなくても第三位の入れ知恵ぇ?
まったくイヤになるわ。序列は自分の方が上な癖に、姑息ってか陰湿ってか……」
「お姉様も貴女には心底言われたくないでしょうね。それに、わたくしが知っていたのは……、貴女の理不尽な洗脳からわたくし
を救うための助言ですの。お姉様の陰口を叩く者は、誰であろうと許すわけに参りません!」
102: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 23:07:05.25 ID:dnbMocsZ0
「チッ……、面倒臭ぇなぁ。おい食蜂。この図に乗り始めてる偽善者野郎、そろそろ私が黙らせてやるが、何か問題あるか?」
「わざわざ私に許可を求めるのぉ? 意外と律儀ねぇ、黒夜ちゃん♪」
「一応お前の知人みたいだからな。私はなるべくクチを出したくなかったんだが……あー、ダメだ。限界だわ。生粋の『表住民』
が振り撒く“奇麗事”が耳障りすぎてよぉ………さっきから吐き気が止まらないんだわ」
「あっはは、同感ー♪」
「……っ」
まるで緊張感を持たない二人に黒子の苛立ちが最高潮へと達しかけた時、成り行きに身を任せっ放しのフレメアを庇うように
じっと傍観していた一方通行が口を挟んできた。
「オイ、小娘」
「……?」
顔は黒子へ向けられている。怪訝な顔で振り返った黒子に、一方通行は残酷な命令を下した。
「そっから先は俺が引き受けた。オマエは今すぐ自分の居場所へ帰れ」
「――――!?」
103: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 23:10:39.56 ID:dnbMocsZ0
この言い方では噛み付かれるのも承知。だが外野同士の間にどんな事情が絡んでいようと、メインターゲットが自分である事実
は変わらない。故に、始末をつける責任は己自身が請け負わなければいけないのだ。
常盤台の組織構図や『暗闇の五月計画』の因縁など、一方通行の知ったことではなかった。
「………貴方、空気も読めないんですの? わたくしをどこまで無下に扱えば気が済むんですの!? ………貴方に対し、悪印象
は感じないと断言しましたが、撤回させてもらいますわ……!」
「好きに思え。オマエの勝手だ……。だが、ここから先への介入は俺が許さねェ。部外者にいつまでも目の前飛び回られンのは、
邪魔以外の何物でもねェンだよ。オマエはとっとと自分の在るべき場所に帰れ。……ここは、オマエみてェな善人が出しゃ張って
良いよォな場所じゃねェンだ。……それでも首を突っ込みたいンなら、今の自分を全部捨てる覚悟を決めろ」
「何を……勝手な暴論を……!」
「大げさに聞こえるかもしンねェが、実際は違う。オマエが思ってる以上にこの街は今、杜撰で腐りきってる……。一度深みまで
踏み込ンじまったら、もォ元には戻れねェ……。こいつは冗談なンかじゃねェぞ? 今ならまだ、オマエが泥沼に堕ちる前に俺が
救ってやれる段階だ。手遅れになっちまう前に引き返せっつってンだよ」
「………この女を見逃せ、と?」
「ヤツらの狙いは俺だ。オマエは偶然居合わせただけだろォが。たまたまそこのガキと出会って、成り行きだけで今この場に居る。
それだけにすぎねェ」
「事情がさっぱり呑み込めません……。どういう事なんですの!? わたくしが納得できるように、説明してくださいませ!!」
「それよりも優先しなきゃならねェのは、オマエらが安全に今後の生活を送るための権利を確保することだ。オマエが馬鹿じゃ
ねェなら、俺の言葉の意味する事が理解できるはずだ。……わかったら早く――――」
「ふざけないでくださいまし!!」
105: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 23:15:07.01 ID:dnbMocsZ0
退場の督促を今までに無い声量で遮った黒子。
怒りと悲愴の形相で一方通行を睨み、己の強い意識を剥き出しにする。
「わたくしは馬鹿ではありませんが、貴方の言葉を鵜呑みにするような機械染みた思考回路ではありませんのよ!! 犯罪の匂い
を察知し、あまつさえ重要参考人を目の前にして敵前逃亡など、風紀委員の名折れもいいトコですわ!! 大体、さっきから言って
ますが、貴方はいったい何様のつもりなんですの!? 仮に学園都市最強の能力者だろうと、常盤台屈指のエリートである第三位の
超能力者だろうと、上層部公認の治安維持活動団体である『風紀委員』の務めを妨害する権限はございませんのよ!!」
背景に荒波でも迫っているかのような迫力で豪語する黒子に一方通行は、
「救いよォのねェ馬鹿か? オマエは……」
「貴方に救ってもらう必要などありません。自分の身ぐらい、自分でどうにか致しますわ。他人に媚びて生きるような人間とは
違いますのよ」
もう好きにさせておこうか、と一瞬諦めかけた。
この女、どうやらあの頑固さに定評のある御坂美琴の信念そのものに強大な影響を受けているらしい。
現に、ここに居たのがもし美琴であったとしても、黒子と同じで言う事を聞かなかっただろう。
正義感の強い人間はこれだから扱いにくく、接しにくく、面倒で始末に負えない……。一方通行が盛大に呆れ返っている途中で
『新入生』二人が動きを見せた。
「いきり立ってるトコ悪いんだけどさぁ、今日はもうお開きにしない? ねぇ、黒夜。もともと今ここでドンパチする気は無い
んでしょう?」
「あァ……?」
106: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 23:16:55.14 ID:dnbMocsZ0
「あぁ。……できるならすぐにでもアンタ(一方通行)の首を切り落として土産袋にでも入れたいトコロなんだがな……。分が
悪いのは残念ながらコッチの方だ。それに、“時間切れ”みたいだし……」
その言葉の後、ふと耳を澄ますと遠くからサイレンの音が近づいてくるのが分かった。
黒子が呼んだ警備員がこちらに向かっているらしい。
公共機関を相手にするのは避けたい。それは彼女等も同様みたいだが、一つ解せない事がある。一方通行がストレートに尋ねた。
「このガキは取り返さなくて良いのかよ? ……っつか、さっきと言ってることが矛盾してねェか? こいつを野放しにしてちゃ
都合が悪いみてェな事ぬかしてたよなァ?」
「構わないよ。実を言うと、そのガキはもう用済みなんだ。捜索してたのは、単に動向の先が気になっただけさ。引き取るんな
ら、好きにしな。さっきのは私流のジョークってヤツよ。これでもお茶目な年頃でね……」
あっさりフレメアを譲った黒夜に、少々意外そうな顔をする一方通行と黒子。
危険因子である浜面仕上と一方通行の間に“接点”を生ませる業務が完了となった今、フレメアを浜面の元へ返還できない理由
なんてどこにもない。
言ってしまえば、フレメアの脱走は寧ろ良い機会だった。血眼になって捜す理由も存在しなければ、わざわざ危険を負ってまで
奪還する意味もないのだ。
そして、警備員が余もなく到着するような状況で無理に戦闘へ移行したくないのは一方通行も同意。
ここは後日に仕切り直すのが妥当である。
「まぁ。“収穫ならそれなりにあった”しぃ、警備員に目ぇつけられるのは流石に御免だしねぇ。っつー事だから、ごきげんよぉ~♪」
「―――――オイ、ちょっと待てよ。そこのオマエ……」
107: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 23:18:30.72 ID:dnbMocsZ0
上機嫌で帰ろうとした食蜂の背中に声を掛ける。
「ん? 私に何か用?」
「あァ、まだ警備員がここに着くまで時間がある。少しオマエとも話がしてェ」
「ほぉ~……。ま、いいよ。ちょっとだけなら付き合っても」
「………私は先に帰るぞ。“野暮用”があるからな」
「はいはい、どうぞご勝手にぃ。またね~」
闇へと消えていく黒夜に軽く手を振ってから、改めて一方通行たちと向かい合う食蜂。
話も何もないまま別れようとしていた二人の超能力者が、ここに来てようやく互いの顔を見合わせた。
嫌な緊張感が周囲を包む。黒子はこの貴重な光景を改めて実感しているのか、固唾を呑んで事の成り行きを見守るしかなかった。
本来なら同じ常盤台生である自分が積極的に話を伺いたいのだが、『超能力者同士の対峙』に易々と介入できるかどうかの弁えぐらい
は持っている。フレメアと一緒に退き手に回らざるを得なかった。
「さっき、そこの小娘との会話で既にピンと来ていたが……オマエが噂の“常盤台が誇るもう一人”の超能力者で間違いねェンだな?
序列は………確か、第五位だったか? 胡散臭ェ能力の最高峰だってのは聞いたことあるぜ」
「ふふっ……、そういや碌に挨拶もしてなかったね。こりゃ失敬☆ じゃ、改めてよろしく第一位サマ。私の名前は食蜂操折……。
能力名(?)は『心理掌握』。以後お見知りおきを」
「うぜェキャラ作ってンじゃねェよ。胸糞悪りィ……。俺を欺きたいなら、もっと完成度を高めてからにしやがれ」
108: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 23:20:06.00 ID:dnbMocsZ0
「最近、『お嬢様モード』にハマってんのよ♪ どぉ? お嬢様っぽかった? ねぇねぇ」
「…………根本的に『意見』ってのを聞き入れない性質か? オマエ」
「ちぇ、流石学園都市一の優秀な頭脳だけあって、遊びが通用しないのねぇ~。あーあ、つまんない。お堅いオッサンよりずっと
感じ悪いわぁ。ぶーぶー」
「………………」
この女とは一生相容れることは無いだろう……。一方通行は軽い眩暈を覚えつつもそう直感した。
素がこうなのか、それともまだ演技は続いているのか。どちらなのかを絞る気すらも起きなかった。
超能力者という者はつくづくまともな神経を持っていないようだ。自分を除いて。
「はい待った。異議アリ。……アンタ、なにさりげなく『自分はまともな部類だ』とかほざいちゃってるワケ? どう考えても
アンタの方が異常者じゃん」
「………勝手にヒトの本心を覗くのは感心しねェな」
「ふふふ、………けど精神の入り口に“壁”が張られて無い様子を見ると、能力が弱体化したって噂はどうやら本当みたいねぇ。
確か、最大で三十分だけだったっけ? 私の放つAIMを完全に阻害できるのって? いやぁ、お気の毒さまぁ♪ ねぇ、最強の
椅子から転落した気分はどーお? 是非本人のクチから感想を聞きたいモンねぇ」
「不自由な条件ばっかでウンザリなのは認めるが、この環境にも大分慣れてきたところだ。確かに俺自身、失ったモンはデケェ。
……だがな、得たモノも決して少なくねェとだけは言っておく。俺の弱体化がオマエにとって有利になったって希望抱いてンなら、
今すぐに考えを改めた方がイイぜ?」
109: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 23:21:00.82 ID:dnbMocsZ0
「なぁんだ。別にそこまで失意に堕ちてるワケじゃないのね……。私だったら精神力保ってられるか不安だわ。目が醒めたら演算
能力も言語能力も失ってて、挙句にゃ本来テメェに殺されてるはずだった実験動物たちの援助で最低限の生活保障………。げぇ、
考えただけでおぞましくない? ってか、そんな恥もへったくれもない身分で良く堂々と生きてられるねアンタ。その神経こそ、
私にゃ到底理解できそうにないわ」
「どォ思われよォと、俺の知った事じゃねェな……。それに俺から言わせれば、オマエがどォいう経緯で“小者側”についてンの
かが考えつかねェよ。何だオマエ、俺の命に興味なンてあったのか? オマエも“トップの椅子”ってヤツに何時かは座れるよォ、
虎視眈々と昇格を狙ってるクチか?」
「まさか。ただしつこく勧誘されたから、暇つぶしに参加してやっただけ♪ 良い退屈しのぎになりそうだし、人生色々経験した
方が将来役立つってヤツよぉ。……ま、戦争もあっさり終結しちゃったし、これからまた暇すぎて堕落しそうな日々がエンドレス
に続いていくのかって思うと、危ない橋も勢いで渡ってみたくなっちゃうモンよ。それに、アンタの『自分だけの現実』ってヤツ
にチョットだけでも直面できれば、新たな応用力が身につくかもしんないしねぇ」
本心なのか、それとも小芝居なのか……。判断が難しい。流石に“人間の心理”に関しては専門なだけあって、易々と感情を読ま
せてはくれないようだ。一方通行ほどの洞察力を持ってしても、食蜂の“本気度”が計れなかった。
とりあえず、彼女が気まぐれで暗部の一員となったのだけは分かった。
ならば、彼女の中には少なからずも自分と共通する心理が存在するのではないか?
もしそうだとすれば、今からの“引き返し”も間に合うのではないか?
しかし、一方通行はそれを言葉に出せなかった。
仮に食蜂が『新入生』を裏切って“こちら側”についたとしても、信用に値する材料が何ひとつ存在しない。
麦野率いる『新生アイテム』も、信用して問題ないと判断したのは腹を割って話し合ったからだ。
こちらの内部事情を探らせて、新たな策略でも生み出された日には本末転倒である。そんな危険性充分の彼女に心を許すほど、
一方通行は甘くない。
110: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 23:22:22.70 ID:dnbMocsZ0
「………そォか。つまり、オマエは俺を敵に回すことで、退屈な日常に終止符を打つ道を選ンだわけか……。ククッ、身の程
ってモンが分かってねェらしいな。そして、オマエに目をつけたヤツら(新入生)も、大概アタマが弱ェぜ。第五位が加算
された所で、それが何の足しになる? 結局、何の活路も見出せてねェことに気づいてすらいねェ……。……ハッ、おめでた
すぎて、心から憐れンじまうわ」
「………」
「所詮オマエは格下、俺にとっちゃただの雑魚でしかねェ。そンなヤツを何匹引き入れた所で、結果は変わらねェさ。“オマエ
達が俺に潰される”って結果はな……。『心理掌握』、第五位のオマエが第一位の俺相手に一体何ができるってンだ? 笑わせ
やがるぜ……。今ここで断言してやる。あンな連中とツルンでも、オマエの将来に一切役立たないってな。そもそも、俺を相手
にする時点で、折角の人生が棒に振るわれてる事実に気づかねェンなら、オマエもただの馬鹿って事になる。……わかるよなァ?
こいつは足し算引き算以前の問題だって事が……。わからねェなら、もォ一度“数の数え方”から勉強し直してこいよ」
「べらべらと良く喋るじゃん。意外だねぇ……。パッと見、寡黙そうなイメージなのに………。けど残念。アンタは幾つか重要な
勘違いをしてるみたい」
「あァ? 何だそりゃ?」
憐れむような目を向けたのは食蜂の方だった。これにより、一方通行の表情は疑念に包まれる。
「まず、アンタは私を“ただの一般人”だと認識してるみたいだけど……それは大きな間違い。これでも“色々”と経験済みよ。
……まぁ、流石にアンタや第四位ほど深く関わっていたワケじゃないけどね」
「そりゃ悪かったな。………勘違いってのは、まさかそれだけかよ? だったら――――」
「ううん、もちろん本命はこの後よ。アンタは『絶対』の領域に辿り着けなかった。つまり、“欠陥だらけ”ってコトよ。意味、
わかる?」
111: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 23:23:54.72 ID:dnbMocsZ0
「生憎だが、さっぱりだ。まるで俺が隙でもみせるって予言してるみたいだなァ。……で、何? そいつが俺を破る策にでも
繋がるってのか? だとしたら、期待外れどころの騒ぎじゃねェな」
「私の総合力をデータでしか調べられないアンタじゃ楽勝すぎて面白味もなくなっちゃうから、特別に少しだけ教えてあげる。
私が操るこの能力、何に一番優れていると思う?」
「……?」
「二つあるんだけど、その内の一つは『情報収集力』。……まぁ、私の能力を知ってれば予想できるわよねぇ。“隠された真実”
だって、何の苦もなく暴け出せちゃうんだから」
「…………」
「もう一つは、『統率力』。これでも最大派閥を率いてますからぁ、人脈は半端なく広いのよぉ。しかも、私の意思で自由に操作
できるってのがミソよねぇ♪ 人手が要りそうな状況も、難なく解決♪ もうぶっちゃけちゃうケドぉ、さっきアンタが蹴散ら
した下っ端共も実は既に私の虜でしたぁ~、ってね☆」
「そォかい……。っつーかよォ、さっきから何ひとつ的を射てねェぞ。結局オマエは何を俺に言いたいンだ?」
一方通行の方が明らかに焦れている。
相手の心理を探ることに優れている食蜂は、言葉巧みに相手の苛立ちや余裕を奪う仕事には長けていた。
会話の始まりは言い換えれば『心理戦』。つまり、彼女の土俵。
この時点で、一方通行は食蜂のペースに乗せられている。それは本人さえも気づかないほどに精妙で、些細な事象なのだ。
しかし、この微妙な主導権の傾きこそが手玉に取るための布石には欠かせない、重要な役割を果たしている。食蜂は既に一方通行
という人間を分析し始めていた。
牙城を崩すための下準備は、もう彼女の中で開始されている。
112: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 23:25:31.19 ID:dnbMocsZ0
「………なぁに、大した事じゃない。『最強』よりも更に脆い地位に成り下がったアンタなら、危険を覚悟せずとも安泰、って
具合かしらね」
「そりゃちょっと見縊りすぎじゃねェのか? オマエも超能力者なら、基礎知識は頭に入ってるはずだ。俺とオマエには―――」
「―――――『絶対に超えられない壁』……でしょ? ははっ、それくらい無能力者でも知ってる超一般常識じゃん。第一位、
そして第ニ位……。学園都市に住む者なら必ずしも頭に植え付けられている、その圧倒的な存在。……確かに
それが世間の一般論であり、実情。何者にも決して届かない領域に君臨する怪物……。まぁ、私に言わせれば
手を出して欲しくないから垂れ流した“虚勢文句”みたいなモンだけどね」
「…………!」
「けどさぁ、“超えられない壁”って表現……何だか曖昧だと思わなぁい? 要するに、高くて乗り越えること叶わないって
意味でしょう? でも、それって変よね? 何も壁自体が絶対不落って言い表してるワケじゃない。そもそも、“壁”は必ず
しも超えなきゃならないとは限らないしねぇ」
「……どォいうことだ?」
「簡単よ。“超えられない”壁なら、いっそブッ壊しちゃえば良いのさ。それが出来ないんなら、穴でも空けてそっから潜れば
良い。その危険性を恐れたから、アンタは『最強』よりも『無敵』の称号を欲しがった。違うかしらぁ?」
「何だと……。黙って聞いてりゃ、ずいぶンとくだらねェ憶測立ててくれるじゃねェか……」
「憶測……。ふふっ、どうかなぁ。けど無理にそういう概念を頭にこびりつかせるコトで、実験の内容に関する“不本意な感情
を殺していた”って言う点では当たってるんじゃないのぉ?」
「………ッ」
113: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 23:26:39.92 ID:dnbMocsZ0
「まぁ、どんな説を立てても所詮は過去の産物……。私の関心度をくすぐる程のモンじゃないんだけどねぇ。大事なのはアンタ
の的外れな認識がどう崩れ去るか……。自分より劣る人間がどれだけ集まろうが、恐れるに値しないっていうその愚かな先入観。
私に今すぐ攻撃を仕掛けないのは、アンタの中に慢心が有るから……。最強の自分が格下に遅れを取るわけがない。確かに道理
だけどさぁ、いつまでも紳士気取ってると取り返しのつかない結末が不意に近づくコトだって、もしかしたら有り得るかもね」
114: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 23:27:48.71 ID:dnbMocsZ0
「………」
「『最強』と『完璧』じゃ意味が違うのよ。どんなに力の差が開いていようと、それはあくまで正攻法での話。やり方次第じゃ
いくらでも穴は見つけられるし、歴然なんて表現を無意味に変えることだって出来るの。近い内にソイツを証明してあげるから、
精々今から首でも洗ってるのねぇ。うふふふ……」
「……………」
「じゃ、警備員の世話になるのはマジ勘弁だから今日はこの辺でぇ~。また縁があったら会いましょ、最強さぁん☆」
それ以上、彼女の口から語られることはなかった。結局、最後まで飄々とした態度のまま食蜂は去っていく。
一方通行は彼女の言動から何か思うことでもあったのか、しばしの間、俯きがちだった。
気づけばサイレンの音もすぐ側まで迫っている。ここに長居するのは不要な面倒を招くだけだ。
気持ちを切り替え、食蜂の消えた方角から黒子とフレメアに目を戻し、告げる。
「……ひとまず移動するぞ。警備員に見つからねェよォに………あー……っつか、面倒だな。オラ、じたばたすンじゃねェぞ。
一応言っておくが、もし大声を上げてみろ。コンクリートと全身でキスするハメになるぜ」
「え? ちょっ―――――!?」
「にゃああ―――――!?」
115: ◆jPpg5.obl6 2011/09/10(土) 23:29:34.79 ID:dnbMocsZ0
能力ONと同時に二人を両脇に抱えて、一方通行はどこぞの怪盗の如く鮮やかに飛び去った。
突然の空中散歩により生じるであろう黒子の悲鳴は見つかる要因になりかねないので、予め脅しておくことは忘れない。
しかし、一方通行は気づいていなかった。
飛び上がって空を舞う自分たちを見上げる二つの熱視線に。しかも、黒夜たちと鉢合わせた段階から存在していた事に。
そして最大のミスは、黒子の属する支部からあまり離れないように気を配ってしまった事。
実際には反対の大通りまで跳躍移動しただけにすぎなかったのだ。この不穏な影の正体は直に判明するので心配は要らない。
131: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 21:42:23.84 ID:T5YbN1U10
難なく路上に着地した一方通行は、両手に抱えた黒子とフレメアを降ろしてから一息入れる。
「―――――ふゥ……。ま、ここまで来りゃ充分だろ」
「い、いきなり乱暴しないでくださいな! 寿命が縮みましたの……!」
「ふにゃー……。しばらく空を飛ぶのは遠慮したいかな」
「ガタガタ文句言ってンじゃねェよ。あのまま警備員にしょっぴかれちまえってか? 冗談じゃねェ」
「だとしても、ですのよ!! ……まったく、なんて野蛮な殿方ですの……。流石は悪名高い第一位なだけありますわね……」
「周りが何て評価しよォが関心はねェがな、本人の前でクチにするのはどォかと思うぜ? なンならもォ一回、空中メリーゴーランド
と洒落込ンで見るかァ? ただし今度は何かの誤作動で落下するかもしンねェけどよォ」
「お、脅さないでくださいまし! ……けど、警備員には事情さえ話せばそれほど面倒にはならなかったと思いますが?」
「馬鹿が、その事情が厄介なンだよ。下手に漏らしたところで、どっかで隠蔽工作が働くだけだ」
「………もしかして、機密事項が含まれていたりしますの?」
「そこまで分かってるンなら、俺の言いたいことも分かるな? もォこの件に関わろォとすンじゃねェ。今回は俺が居合わせたから何と
かなったが、次もオマエが生きていられる保障はねェぞ?」
「ですが……食蜂操折が絡んでいるとしたら、やはり目を瞑るわけには参りませんの。確かにわたくし自身と面識は少ないですが、同じ
常盤台の生徒として……」
132: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 21:45:18.70 ID:T5YbN1U10
「あァ、そォいやオマエ風紀委員だったな。ったく……大した正義感だよ。あンだけ脅しても一切揺らがねェその信念……。少し前の俺
なら嘲笑ってただろォな」
「………今は違いますの?」
「さァねェ。……ただ、“そォいうのも案外悪くねェかもしれねェ”ぐらいには昇格してるはずだ」
過去の感傷にでも浸っているような顔で言う一方通行に、黒子はキョトンとするしかなかった。
ひとまず、危機は去ったと言って良いのだろうか? この悪人面の最高位能力者によって命を救われたのだという実感が、僅かずつだが
湧いてきた。そして、黒子がその事について口を開くのを妨げるように一方通行は宣告した。
顔を一瞬の内にぐいっと近づけ、一言一句を彼女の心に余すことなく浴びせかけるように。
「とにかく、だ。オマエが今後、どォ行動しよォが俺に口出しする権利はねェ。……だが、“この件”の起因は俺の存在によるものだ。
そこにオマエみたいな無関係者を立ち入らせるワケにはいかねェ。この次はこの前やさっきみてェな甘い警告じゃ済まないって事だけを
よォく頭に叩き込ンでおけ」
「…………」
黒子は何も答えなかった。
ただ、己の信念に基づいてのみ行動していた彼女だったが、漠然とした巨大な背景を垣間見て腰が引け始めている。決定的となったのは、
彼が『学園都市第一位』だと知った時だ。彼が脳にダメージを受けて能力が弱体した事実を知らない黒子は、純粋な恐怖を感じていた。
“最強であるはずのこの男が危惧する程の敵”という存在に。
133: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 21:46:40.38 ID:T5YbN1U10
当然、憧れの存在である御坂美琴ですら霞んでしまうほどの強大な陣営を想像しても何ら不思議ではない。
しかし、悪すぎる相手に喧嘩を売る経験ならこの前したばかりだ。
学園都市が『最重要機構』として扱う極秘組織の要塞へ乗り込み、ひとしきり暴れてやった。
様々な紆余曲折もあったが念願も無事に叶い、見事凱旋も果たしたのだ。
それだけではない。
これまでも多くの事件を取り扱い、同士達との協力で解決まで突き進んだのだ。その経験は決して無駄ではなく、確かに黒子の成長の糧
となっていた。
彼女の願いも、至極純粋なものだった。
『誰もが平和で、笑っていられる世界(主に美琴が)』。
その世界を護るためなら、どんな壁や障害でも臆することなく向かっていくし、いくら学園都市最強の異名を誇る者からの忠告を受けよう
とも、その信念を曲げるつもりはない。
しかし悔しいが、確かに今の自分の立ち位置は“巻き込まれた部外者”である。
事の詳細も何も知らない、文字通りのエキストラ……。それが現在の自分だ。
この男は、親切にも『これ以上関わりを持つな』と忠告してくれている。だったら彼の前で“知るための行動”に移ろうとしても、襟首を
掴まれて終了だ。
だから、黒子は『はい』とも『いいえ』とも言わなかった。
立て続けに起きた騒動で混乱した頭では、碌な結論も出てこない。今はとにかく整理するための時間が必要だったからだ。
やがて、一方通行は静かに近づけた顔を離した。
134: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 21:47:55.68 ID:T5YbN1U10
「………まァ、後は勝手にしな。俺に出来るのは“俺のせいでオマエの人生が狂っちまわねェ様にする”トコまでだ。そっから先まで尻拭い
してやるほど、俺はお人好しじゃねェンでな」
そう語った後、フレメアの方を向く。
「おい、行くぞ」
「……行く? どこへ?」
「オマエの本当のヒーローの元へ、だ……。オマエが本来在るべき場所まで、俺が責任を持って送ってやる」
「―――!! は、浜面のトコまで連れてってくれるの!?」
突如、フレメアの表情がライトアップされたように輝いた。
「………連れてくも何も、多分すぐそこら辺に―――――」
そう言いかけた一方通行だったが、前方を向いた瞬間に行動停止(フリーズ)した。
見知った顔が二つ、見間違いでも何でもなく確かにそこにあったからだ。
135: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 21:48:56.47 ID:T5YbN1U10
「ちょっと待てよ。この後は何処へ繰り出そうってんだ? え? このハーレム野郎が」
「………見損なった。流石にこれはないよ……。ってミサカはミサカは軽蔑の目でアナタを睨んでみる」
………………………………?
136: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 21:53:13.37 ID:T5YbN1U10
何が起きた? 今、自分の目の前には一体何が映っている?
そう、一方通行の受難はここからが本当の始まりだった。
そして、本人がようやくそれを自覚した時にはもう何もかもが手遅れとなっていた。
―――
またここで時間は少し遡る。
番外個体、打ち止め。
現在進行形で夜遊び中の悪ガキ共は、手始めに夜のゲームセンターを目指して悠然と進行していた。
途中、何人かの同業者(不良)に声を掛けられたりもしたが、そんな程度の障害は番外個体が軽く振り払ってやった。
「あー、クソッ! 噂通りっつか何つーか………ホント夜の都心部って治安がなってないんだね。ミサカだけならともかく最終信号
までターゲットの範囲内とか、都民の教育制度を疑うわ」
「うーん……あの人が『夜の街は危険だらけだから迂闊に外へ出るな』って言ってたのも納得かも……。ってミサカはミサカは苦笑
してみたり」
「まあ、この時間帯に遊び歩く時点で、どーせ落ちこぼれの集まりばっかだろうからミサカの敵じゃあないんだけどさ……」
自分達の現状は棚に上げて好き勝手な悪態をつく。彼女達に限らず、人間には誰しもそういった一面がある。
御坂美琴ほど若すぎず、御坂美鈴ほど成熟していない、美の全盛期としては最も近いポジションを陣取る番外個体を眼中に入れない
男こそ、寧ろ珍しい。だが、番外個体はそういう他者目線をあまり意識しない性格なため、『単に下衆な男が多い区域』程度にしか
思わなかった。
137: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 21:55:17.45 ID:T5YbN1U10
「あっ! ねぇ番外個体、アレアレ!」
「ん……?」
指差された方を追ってみると、何やら近代都市にそぐわない下町通りで営業していそうな屋台が陸橋の奥に見えた。
赤い布の暖簾に書かれた『おでん』の文字が、古風を匂わせている。
ついでにここまで届いた煮物の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、打ち止め以上の好奇心を露にした。
「うほおぉ……良いニオイ……。おでんかぁ……、そういや食ったことないな」
「ね、ね、寄っていこうよ! ってミサカはミサカは袖をグイグイ引っ張ってみたり! やっぱこの季節はおでん一択で決まりっしょ♪」
「だね! よっしゃ、そうと決まれば突撃あるのみ☆」
空腹とはまた別の誘惑に身を任すまま駆け出す二人。
屋台独特の雰囲気も彼女たちにとっては新鮮で、この場に一方通行がいない事実が少し残念にも思える。
番外個体も打ち止めも、『次はアイツ(あの人)と一緒に来たいなぁ』と内心呟いた。この時点で当初の目的は頭から離れてしまって
いる。
「――――ふ~、食った食った☆ 『屋台』っつーの? ああいう感じの店も、案外良いモンだね」
「――――その意見には文句ナシで賛同致す。ってミサカはミサカは古人を気取ってみたり」
屋台から出てきた二人の顔はとても晴れやかだった。
138: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 21:57:14.54 ID:T5YbN1U10
満足感からか、気分も七割り増し上々である。
「ぎゃひゃひゃ、どんな似非武士よ? それ」
「あのおでん屋さんの雰囲気に洗脳されたぞよ♪ ってミサカはミサカはお殿様気分♪」
「確かに、近未来感溢れる景色ばっかりの中でああいうボロ屋台って何だかシュールだよね。味は最高だったけどさ。ダシの作り方とか
教わっとけば良かったかな?」
「あの人に作ってあげるの? ってミサカはミサカは訊いてみる」
「ふひひ、きっと涙流してミサカに感謝するよ。……って、流石にそれはないだろうけど」
「でも、あそこのおでんだったらあの人も絶対好きになると思う! ってミサカはミサカは一押ししてみる!」
「あれを不味いとか言ったら、もう舌が狂ってるとしか思えないよ。そのまま病院直行させてやるぜ」
上機嫌で会話しながら遊歩道を散歩している内に、また車通りの比較的多い大通りへ出たようだ。
あとは道を沿って進めば駅が見えてくる。お目当ての遊戯施設はその駅前に存在するのだが……。
「やっぱり、さっきみたいなガラの悪い人たちしかいないのかなあ? ってミサカはミサカはちょっとだけ不安になってみたり……」
「どうだろ? 少なくとも健全な学生さんはとっくにおウチで宿題に勤しんでるか夕飯食べてる時間だし、やっぱそうなんのかな」
139: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 22:00:41.93 ID:T5YbN1U10
「もし事件に巻き込まれたりしたら、あの人に迷惑掛けちゃうかな……」
「そうだねえ……。あなたに何かあったらミサカの責任重くなっちゃうし、やっぱちょっとだけ覗いたら帰ろっか? ヤバそうな
集団に近づかなけりゃ平気だと思うし」
「うん! ってミサカはミサカは賛同してみたり」
荒んでいた心も夜風にあたっている内に結構落ち着いていた。冷静になって考えると、やはりこんな小さい子供連れで低俗民の蠢く
街中を徘徊するのは少々無鉄砲だったかもしれない。劣悪な感情を自動収集できない番外個体に、次第と反省の概念が膨張していた。
思いとどまる気持ちが勝ち、打ち止めを自分の我が儘に付き合わせたことによる罪悪感を自覚した今、この後は安全に帰宅しようと
いう結案が為されたわけだが、少しだけ観覧予定だった場所を覗く程度なら問題はないだろう。折角ここまで遠出してきたのだから、
それぐらいなら……。
そんなちょっと味見するだけと似たような心理状態に駆られたまま大通りを移動していた途中――――。
「―――――!?」
反対側の路上にふと目を奪われる。正確には路地裏へと繋がる狭い小道の奥。
そこは丁度番外個体の位置からでなければ見通しの利かない、旧駐車場を匂わせる空地だった。そのスペース内に、何人かの人影が
会合している様子が窺えた。
打ち止めが足を急に止めた番外個体に不思議そうな目線を送っている間も、番外個体は遠くに微かだがはっきりと見える人影を凝視
していた。
普通なら、あんな場所でいくら怪しい他人同士のいざこざを目撃しようと大して興味心など湧かない。
だが、“全体的に白が特徴”の若者を瞳に映した時点でスルーしようという選択肢は削除された。
140: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 22:02:55.88 ID:T5YbN1U10
目を凝らして、よーく注視してみよう。
ついさっき口論を起こし、互いに胸が焼ける想いを残したっきり会っていない。
その当事者の一人が、あんな所で一体何をしているのかを。
「ねえってば! どうしたの、さっきから変だよ? ってミサカはミサカは――――」
「………ッ!」
ここからでは何が行われているのか全く確認できない。反対側の歩道へ移動しよう。
そう決意した直後にダッシュする番外個体。未だ理解に遅れている打ち止めは流されるままに後を追うしかなかった。
やがて、人相がはっきりと確認できる地点までの接近に成功。完全死角の位置からこっそりと様子を探る二人。
どうやらあっちは全く気づいていないようだ。
可能ならば会話も聞き取れる距離にまで接近したいが、生憎これ以上先には身を隠せるほどの適当な雑壁はない。
何故こそこそと隠密に行動しなければならないのか。強いて言うなら、直感だ。
物陰の向こうにいる彼がこんな逢引にでも使われそうな場所で一体何をしているのかを見届けたいという願望が、反射的に
働いたのだろう。
「あ! あの人……何やってるんだろ? こんな不良が溜まってそうな私有地で……。ってミサカはミサカはとんでもない
シーンを目撃してしまっているんじゃないかってワタワタしてみる……!」
打ち止めの焦りが尋常ではなくなっている。
141: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 22:06:19.76 ID:T5YbN1U10
「やっぱ見間違いじゃない、か……。ってか、何なの? あの選り取りみどりな風景は? なんであのフニャ 野郎以外
の面子は全員異性なワケさ? 何かの陰謀だよね絶対そうだよねイヤそうに違いねぇそうとしか考えられねぇ……」
勿論、見つからないように会話は小声ですることを忘れない。
打ち止めは前言通りにオロオロしっ放しだし、番外個体は良からぬ妄想が一瞬脳裏に過ぎってからコメカミを震わせている。
会話は聞こえないものの、人物像は街灯の位置と角度が良かったおかげで二人の距離からでも鮮明に映っていた。オリジナル
(御坂美琴)と同じ制服を着た小柄でツインテールの少女、奥の方で相対している二人は光が届いていないせいか顔まで特定
できないが、おそらく女性。しかも片方はツインテール少女に負けないくらいの小柄で、もう片方はツインテール少女と同じ
制服姿。
その三人のトライアングル中心部にヤツはいた。何食わぬ顔で、平然と佇んでいる。
おまけにそいつの足には金髪で何ひとつ穢れを知らなそうな打ち止めクラスの少女がへばりついていた。
「なに? あのハーレムな光景は……。いかにも修羅場ってる感じだけど、“自分以外は全員女の子です”だなんて……、
やっぱりそういう内容? それとも奇跡的な偶然だとでも言うつもり……!?」
顔が引き攣ったままうわ言のように呟く番外個体。だが打ち止めはそんなことより何より、自称定位置を無断で占拠している
金髪少女へ怨念を飛ばすので精一杯だった。
更に気に入らないのは、足に縋りついている少女を振り払うどころか煩わしそうな素振りさえ見せていないことだった。
自分が擦り寄っても突進しても避けられてしまうのに、何故あの西洋人形みたいな少女は陣取りに成功している!?
打ち止めの脳内では既に緊急軍事会議が行われていた。
そして、あの金髪少女の存在こそが番外個体の解釈に多大な誤解を生む直接の原因となっていた。
142: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 22:10:50.61 ID:T5YbN1U10
一方通行の身に危険が迫っている事は勿論承知しているし、今も襲撃を受けているのではないかと容易に想像できただろう。
しかし、フレメアの緊張感皆無な表情がその可能性を否定しているように見えたのだ。
当然それだけではなかった。実は他の面子を見比べている内に、ある『共通点』を見つけてしまった。
「しかも、全員年下……ガキばっかじゃねえか……! くっ、ミサカに対する当てつけのつもりかよ……ッ!!」
「ミサカの……ミサカの領土を良くも……っっ!! ブロンドヘアか!? 海外特有のオープンスタイルにミサカの牙城は
崩されたというのかッッ!?!? ってミサカはミサカは国際的不利に直面し、何か打開策は無いのかと検討してみる!!!」
妄想が暴走に変わりつつあった。ここら辺はオリジナルの面影が強く表れている。
その後の展開次第では殴りこむ気満々だった二人のクローン個体だが、意外にも奥の顔までは判別できなかった少女二人が
あっさり闇へ退場し、どこからかサイレンの音が近づいて来るのがわかった。
「っと、ヤッベ! こっち来んじゃん!? このままじゃ補導されちまう……!! ええい、ちくしょう。隠れるよッ! 最終信号!」
「あわわ……!」
『警備員』に職務質問なんてされた日には様々な意味でアウトだ。
一方通行達から目を離すのは口惜しいが、止むを得ず物陰に身を潜めて息を押し殺す。
何故、自分等がこんな脱獄犯のような心境を体験しなければいけないのか甚だ遺憾である。全てあの白髪美白少年のせいだ……。
打ち止めと共に隠れながら愚痴を零す番外個体。もはや八つ当たりの段階だが、それを指摘する人間は誰もいなかった。
143: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 22:12:44.28 ID:T5YbN1U10
やがて、警備員を象徴するステッカーが付着されたジープが何台か大通りから通り過ぎたのが確認できた。
警邏中にしてはやけに台数も多く、サイレンも鳴っているところを見ると、付近で誰かが通報でもしたのだろう。
ともあれ難は去った。胸を撫で下ろしながら再度一方通行達が往生しているはずの空地へ目を戻す。
が、そこにはもう人っ子一人存在しない寂れた景色だけが残っていた。
「あ、あれ……?」
消えた一方通行とその他の行方に全思考を奪われた番外個体に、打ち止めが右斜め上を見ながら小声で叫んだ。
「あそこあそこ! ってミサカはミサカは指さしてみたり」
「!?」
信じられないものを目に収めてしまった。
月をバックに夜空を舞う人型の何か。地上からの高度で計算すると、二十メートル程だろうか。
さほど離れてもいないせいか、あれが『人』であることも『両脇に少女二名を抱えたまま空を駆け巡る一方通行』であることも
肉眼で充分に断定できる。
何故、彼があのような行為に至ったか。考え得る可能性は一つ。
それは『警備員に発見されるのを恐れて逃避した』以外に見当たらなかった。
144: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 22:15:00.22 ID:T5YbN1U10
つまり、何か疚しい密会を行っていたという自覚は確かにあるという結論が嫌でも見えてくる。
でなければわざわざ空中ルートを用いてまで移動する必要なんて無いはずだから。
番外個体が抱いていた妄想が、いよいよ現実味を帯び始めてきた。同時にかつてない動揺と不安感が身を包む。
「うそだろ……。信じないよ。ミサカは信じない。あなたがミサカを裏切るなんて、そんな悪夢みたいなことが……ははっ」
「番外個体………」
自嘲、というよりは現実を否定するような乾ききった笑顔と声。
嘘だ、嘘だと呟き続ける番外個体に打ち止めは掛ける言葉を失いかけた。
だが、それでも懸命に希望を唱える。
「だ、大丈夫だよ! あの人にもきっと……何かワケ有りなんだよ。番外個体が嫌いになったから他の女の子に乗り換えるだなんて、
あの人に限って絶対有り得ないから! ってミサカはミサカは擁護してみる」
「……そう、だよね……。まさかね………そうだよ、有り得ないって」
一方通行の本質、人間性をもう一度良く見直してみる。
145: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 22:18:27.94 ID:T5YbN1U10
確かに打ち止めの言う通り、彼はそんなチャラチャラした最低男の代名詞から最も疎遠なタイプだ。寧ろどちらかと言えば恋愛方面
には奥手で硬派なイメージである。
同じ屋根の下で生活する番外個体がその根底を今になって思い出したのは様々な相違が重なったからに他無いが、先日の結標淡希の
件からさして期間も空いていないのに再びこういった状況に遭遇してしまっている事も大きな要因の一つとなっている。
一概に言えば、何とも間が悪いというか……一方通行の運勢が下落気味というか……。
そんなわけで、一方通行を最後まで信じるという結論に至った番外個体及び打ち止めは真実を追及するため追跡へ移る。
幸い飛行時間や距離は非常に短く、表現的には“大ジャンプ”の方が適切だった。
風紀委員第百七十七支部地である学校を跳び越えた一方通行を、アサシンのような身のこなしで追いかける『W電撃使い』。
他など一切振れず、電流をバックに躍進した末―――――。
―――――最後の希望は、面白いほど残酷に崩壊の末路を迎えた。
「…………………………………………」
何も考えられなかったし、何の言葉も発せなかった。
番外個体だけでなく、打ち止めの顔にも顕然とした絶望の色が浮き出ていた。
負の感情とは無縁の暮らしを手に入れたはずの番外個体の瞳に、確実な憎悪が復活しつつある。
口から伝えられる根拠の無い理屈や言い訳よりも、基本的に己の目で見たものを率先して信じる性質の彼女達にとって、もはや
これ以上の説明は不要だった。
146: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 22:21:08.91 ID:T5YbN1U10
この悲劇の最大理由はたった一つ。“目撃した時の角度”があまりにも悪すぎた。
まず、視界が捉えたのはいつもの見慣れた少年の背中。正確にはそれよる若干斜め。
続けて少年こと一方通行のすぐ正面に注目。
一方通行に抱えられていた常盤台制服姿のツインテールが、一方通行の突き出された顔と綺麗に重なっていた。
そう、番外個体と打ち止めにはそれが『キスシーン』にしか見えなかったのである。
“角度が悪すぎる”とは、その事を表していた。
もちろん完全な誤解だが、強烈なショックを受けて冷静な判断力を失っている二人のミサカに期待するのは難儀だった。
以上が事の顛末、及び悲劇の全貌である。
147: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 22:24:35.10 ID:T5YbN1U10
さて、ここでようやく現在に追いついた訳だが……。
「―――――――で、オマエら………俺に何か言うことがあるンじゃねェのか?」
「ごめんなさい。ホントマジで、今なら土下座してやっても良いんじゃないかってぐらい反省してます。恥ずかしすぎて、穴が
あったら入りたいです……」
「………ミサカも、アナタを疑ってしまった自分が憎くて憎くて仕方ないです。アナタが女の子取っ替え引っ替えするなんて事
ありえ、アウッ!! 夢にも思ってしまったミサカを粛清したいです。だからお願いもうチョップしないで……いたい。って
ミサカはミサカは猛省してます……」
クローン二名、正座中。一方通行は不機嫌な表情ぶら下げて仁王立ち。黒子とフレメアは唖然としている内に口を挟むタイミング
を逃してしまい、流れに身を任せるのみ。
何ともシュールで意外な展開だった。
「……………」
「あの~、まだ怒ってます……? ここまで謝ったんだから、流石にもう許してくれても……」
「シッ、駄目だよ番外個体! この顔は絶対まだ怒ってるよ……。ってミサカはミサカは確信めいてみたり」
「げっ……マジ……? まだミサカ達を許してくれないの……。足が痺れてきたんだけど…………。ねえ、こんなに反省してるん
だし、いい加減に気を鎮めて…………くれるわけないか。やっぱ……」
おそるおそる、人の顔色を窺うような謙虚姿勢で尋ねる番外個体。因みに彼女がここまで下手なのは過去を振り返っても稀中の稀。
しかし、当然だが一方通行の怒りは収まってなどいない。
148: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 22:27:01.52 ID:T5YbN1U10
「当たり前だこの馬鹿共がァァ!!」
「うびッ!?」
「あぎゃ!?」
ビシ! ズビシ! とキレの良い音がほぼ同時に二つ、少女達の脳天で鈍く鳴った。
「うう……ミサカの頭が馬鹿になっちゃうよお……」
「ミサカはもう手遅れの段階入ってるかも……ってミサカはミサカは涙ぐんで同情を誘ってみたり。児童虐待だ」
「虐待じゃねェ! こいつは立派な教育だ!」
これで保護者の自覚がないと主張しても、おそらく誰も聞き入れてはくれないだろう。
どこからどう見ても悪い子を叱る親と化している一方通行。ただし迫力が一般とは段違いなせいもあり、逆らえない雰囲気も充分に
滲み出ている。非も自分にあると認めている番外個体が後手に回るのは当然の摂理だった。
「おいコラ悪ガキ。俺が前に言ったこと、まさか忘れちまったとか抜かさねェよな? 今何時だと思ってやがる? 黄泉川には何て
誤魔化して出てきた?」
「えーと、あはは……」
この期に及んで笑って誤魔化そうとする打ち止めの頭頂部に粛清のチョップが決まる。
149: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 22:30:09.19 ID:T5YbN1U10
「あはは、じゃねェンだよ」
「イテッ!? ……うぅぅ………。み、ミサカは番外個体の憂さ晴らしに付き合わされただけなのにぃぃ……。ってミサカはミサカは
本気で泣きそう……」
「あっ、最終信号テメェ! 余計なこと言うんじゃ……!」
「ふーン……」
「ひっ……!」
蛇に睨まれた蛙の如く凍りつく番外個体。一方通行が本気で怒りを露にすれば大抵こうなるのだ。
「どンな事情があったにせよ、夜遊びは厳禁だ。特に今はな……。今回限りはここまでにしておいてやるが、次はねェと思え」
「「ラジャー!!」」
「ハァ………何か起きる前に発覚したのは幸いだったが、俺も気が緩みすぎてたのは事実か……。くだらねェ誤解をこいつらに
抱かせたのも、そいつが原因の一つだと捉えて間違いねェな」
頭を掻き毟りながらぼやく一方通行の目が逸れているのを良いことに、二人は足を崩してリラックス体勢に入る。
そこに空気の緩和を感じたのか、蚊帳の外だった黒子が改めて番外個体の全身に刮目する。
150: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 22:32:33.36 ID:T5YbN1U10
「お姉様……ですの? いや、正確には未来のお姉様……?」
「あっ、風紀委員のお姉さんもいたんだ。ってミサカはミサカは今更気づいてみる」
「反省タイムも終了したワケだし、今度はあなたがその子たちについて詳しく説明する番だよ」
「………こいつらはただ運悪く巻き込まれた不幸な一般人だって話しただろォがよ。っつか、オマエらまだ誤解してンのか?」
「だって! あなたがその子と………キスしてるように見えたんだもん……」
「どォ見えたかは知らねェが、全部オマエらの勘違いだ。有り得ねェ妄想に花ァ咲かせるのも大概にしろ」
「うぅ……」
この後、黄泉川とじっくり話し合う予定の一方通行はこのイレギュラーも早々に切り上げ、当初の目的遂行へ再始動を開始しようと
地面にだらしなく座っているクローン少女たちに起立を求めた。
連絡は一応済ませてあるので、間もなく向こうからやって来るだろう。ひとまずはそれを待つことにする。
その余暇を利用して、番外個体と初対面の黒子が大小ミサカの鑑定及び分析に移った。その光景はグラビアアイドルを撮影する時の
カメラマンみたいだったとか……。鬱陶しかったので、一方通行が仲介がてら適度にマトメておいた。
「んまぁ、御親類ですの? それは初耳でしたわ……」
「超電磁砲にはくれぐれも余計な詮索かけるンじゃねェぞ? オマエが本当に大切だと思ってる人間なら、踏み込ンじゃいけねェ
領域の境も当然把握できるよな?」
151: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 22:35:16.23 ID:T5YbN1U10
「当然ですわ! わたくし、こう見えても口の堅さには自信がございますし、お姉様から語られない史実はわたくしの知る権限の
ない事情と受け取っておりますの。どのような経緯かは存じませんが、何時かお姉様の口から直接聞けることを願ってますわ……」
これを聞いた一方通行は黒子への印象を少しだけ見直した。どうやら思っていたよりも良く出来た後輩らしい。性癖はどうであれ……。
ともあれ、口封じ任務は無事完了。あとはフレメアの処遇を残すのみとなったが、遠くから近づいてくる駆け足の音が解決へ導いて
くれそうだ。
「ハァ……ハァ……お、おーーーーーーーい!!!」
息を切らせながら叫び声を上げたのは無能力者の浜面仕上。血相を変えてこちらに向かってくる。
彼のそんな様子を見た一方通行は「遅っせェンだよクソが……」とだけ呟いた。
浜面の姿が鮮明になった束の間、黒子の近くで黄昏れていたフレメアが浜面の接近に気づいて瞳を輝かせる。
そのまま身を翻し、走っている浜面の胸元へ勢い任せに飛び込んだ。
「――――ぶぉわ!?」
お互いに勢いが余ってしまったからか、飛び込んできたフレメアを受け止めたはいいが体勢を崩し、仰向けに地面へ転倒した浜面。
背中を強打して息が止まるも、気合一閃で身体を起こしてフレメアと向き合う。
「……ってぇぇ……。ハッ!? フ、フレメア……!? 本人か……?」
「浜面、会いたかった……。ずっと会いたかった……」
152: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 22:37:37.12 ID:T5YbN1U10
ギリギリで無表情を保っているフレメアだが、あと少しでも揺さぶれば感情が爆発するのは誰の目から見ても明らかだった。
彼女も彼女でこれまでに耐え難い想いを味合わされていたのだろう。すぐにでも半蔵たちの元へ帰してやるのが最善だが、フレメアは
「浜面と一緒がいい」と言い張った。
仕方が無いので、まだ捜索に付き合ってくれているであろう半蔵や郭たちには『フレメアの保護完了』と『しばらく俺が面倒見るから
心配すんな』とだけメールで報告した。
「ところでさ……この状況は何? もしかして取り込み中?」
「……俺の落ち度が招いた結果だ。オマエが気を遣う必要はねェ」
頭数が増えた事柄についてようやく振れた浜面だが、やはり第一位は頑なに口を閉ざす。
顛末を一から説明するのは真っ平だった。
「えっと……何がどうなってんのかサッパリ分からんが、とりあえず喜ぶべき? この子、連れて帰っていいんだよな?」
「ふにゃー……」
小動物みたいに目を細めてされるがままのフレメアの頭をポンポン撫でながら確認を取る浜面。
「元々はオマエが持ち掛けた話だ。そのガキも懐いてるみてェだし、それで何の問題もねェよ。まァ殆ど運を味方につけたよォな
モンだがな……」
153: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 22:40:33.04 ID:T5YbN1U10
「……ありがとう。第一位」
「礼ならそこの常盤台の小娘に言え。このガキを最初に発見して保護したのはコイツだからよ」
「はじめまして常盤台のお嬢さん。わたくし浜面と申します。この子を助けていただいて何とお礼を言ったら良いか……」
「は、はぁ……? いえ、そんな仰々しくされなくても……大した事ではございませんので……」
「………何のお見合い風景だ? これ」
その後、結局フレメアは浜面が引き取る形で話はまとまった。
「……ねえ、ミサカ達は何で放置xxx受けてんの?」
「悪いのは番外個体なのにぃ……ミサカは誑かされただけなのにぃぃ……ってミサカはミサカは世の不条理に肩を落としてみる。
っていうか、なんでミサカまで悪者扱いなのかな?」
「う~ん、まあ連帯責任ってヤツ?」
「納得いかねぇぇーーーーーーーーー!!」
打ち止めの盛大な叫びは夜空へと吸い込まれ、やがて反響した。
154: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 22:43:49.36 ID:T5YbN1U10
今回はここまでです
やっとここまで終わった……長かった
では次回のワンシーン
やっとここまで終わった……長かった
では次回のワンシーン
155: ◆jPpg5.obl6 2011/09/15(木) 22:45:14.81 ID:T5YbN1U10
黒夜「―――――ははっ! やっぱ“仲間のため”かァ? 予定通りだぜ絹旗ちゃあン? 自分以外に情が移った時点で、オマエは死ンだ
も同然なンだよォ! 今からソイツを身体で教えてやるから、全身全霊かけて足掻いてみるンだなァ!!」
絹旗「―――――よくまァ自信満々で語れますね。たかが掌から噴出させるしか芸を持たねェ失敗作風情が、私と本気で闘り合えるとでも
思ってるンですか?」
165: ◆jPpg5.obl6 2011/09/20(火) 20:44:29.63 ID:fTf12LCb0
―――
某オフィスビルの屋上。
闇夜独特の静けさに包まれたこの不気味な空間に佇む少女。
全身黒い衣類で身を包んでいるからか、背景と異様にマッチしている。
手元には片時も離さず持ち歩いているイルカのビニール人形。
黒夜海鳥は音楽でも楽しんでいるかのようなリラックスムードでもうすぐここに来るはずの
人物を待ち呆けていた。
「―――――本当にいましたか……。ブラフだったのかと超疑いましたよ」
夜景を眺めるのを止め、声がした方へゆっくりと体を向ける。
待ち望んでいた人物は感情を胸の奥底にでも隠したような物腰でこちらへ歩いてきた。
「来たか……。それはコッチが言いたいね。馬鹿正直に釣られてくるとはさぁ……ククッ」
「私が来ないと思いますか? 私はずっとあなたの行方を追っていた……。知らなかった
とは言わせませんよ?」
166: ◆jPpg5.obl6 2011/09/20(火) 20:46:25.26 ID:fTf12LCb0
「もう少し慎重に物事を考えるべきだぜ、絹旗ちゃん? この時期にアンタをわざわざ呼び
出した理由くらい、どうせ見当はついてるんだろう?」
空調機器に凭れ掛けていた背中を離し、改めて正面から見据える。
険悪な雰囲気に相応しくないニヤつき顔のまま、黒夜は宣言した。
「付き纏われるのも、いい加減ウンザリしてんだよ。だから、今日はアンタとケリを付ける
ために呼んだのさ。仲間に遺言は残して来たんだろうなぁ? あぁ? 恐怖に駆られてん
なら心配は要らないよ。なるべく楽に逝ける様、尽力してやるからさぁ」
そう、これは処刑宣告。
簡明な敵意。しかし、絹旗にとっては願ってもない展開だった。
姿の見えない敵を追い続けるよりは、その方が遥かに有り難いからだ。
「ふん、馬鹿も休み休み言ってください。恐怖? 寧ろ逆です。この時をどれだけ待ったと
思ってるんですか? 雲隠れなんて、味な真似してくれて………。この積もりに積もった
フラストレーション……さて、こっからどう発散してやりましょうか……」
絹旗最愛の無表情が、徐々に歪を見せた。
これまで抑えていた憤りが、解放の道を辿り始めていた。
167: ◆jPpg5.obl6 2011/09/20(火) 20:48:26.71 ID:fTf12LCb0
こうして向かい合うのはあの日以来。そう、新たな生活に甚大な亀裂が生じた日。
あの時はまだ、降りかかる未来を軽く見積もっていた。
「今回の件は、完全に私の落ち度が生んだ災厄です。あなたを“あの時”放置してしまった
私の超過失……」
「……」
「やっぱりあの時点であなたを行動不能にしておくべきだったんです……。はは、何やって
んですかねぇ、私……。超甘かったです。何度悔やんでも悔やみきれませんよ。もし“あの
時こうしていたら”とか、本当は考えるのも無駄だって超分かってるんですけどね……」
絹旗の言葉の一つ一つに、重い覚悟と自嘲が感じられる。
「分かってますよ。あなたをブチ殺してやったところで、滝壺さんの意識が戻ってくれる保障
は何処にもありません。……けど、そんな奇麗事だけじゃ世の中は渡りきれないんだって事を、
今猛烈に実感してます………」
「ふぅん……。けどそれって、結局はアンタらのとった選択がただ単に失敗だったってだけの
事なんじゃねえの?」
「ええ、その通りです。……ちょっと道を間違えすぎたみたいです……。だから、今から少し
ずつでも取り戻さなくちゃいけません。………でもそのためには、まずあなたをここで超抑
える必要がある! 私にはその責任が超あります!」
168: ◆jPpg5.obl6 2011/09/20(火) 20:52:52.79 ID:fTf12LCb0
「………ひひっ、まぁ事情が何であれ、のこのこ誘いに二度も乗ってくれた件については感謝
しなくちゃねぇ――――――」
「あなたは、私の警告を無視して“大切な人たち”を傷つけた……。相応の償いは受けてもら
います。今から、ここで……。わざわざソッチから姿を見せてくれて、超感謝していますよ。
この先、あなたが何を企んでいるかは知りませんが………それも全部、ここで超終わらせて
やりますから――――――」
二人の間に流れる空気がゾワリ、と豹変した。
ざわめくビルの屋上で、少女達が『もう一つの姿』へと入れ替わる。
「―――――ははっ! やっぱ“仲間のため”かァ? 予定通りだぜ絹旗ちゃあン? 自分以外
に情が移った時点で、オマエは死ンだも同然なンだよォ! 今からソイツを身体で教えてやるから、
全身全霊かけて足掻いてみるンだなァ!!」
「―――――よくまァ自信満々で語れますね。たかが掌から噴出させるしか芸を持たねェ失敗作
風情が、私と本気で闘り合えるとでも思ってるンですか?」
169: ◆jPpg5.obl6 2011/09/20(火) 20:54:48.01 ID:fTf12LCb0
ほぼ一緒のタイミングで、少女達は変貌を遂げた。
変化したのは何も口調だけではない。既に周囲の気体は人為的に法則を曲げられ、彼女達が発現
する物質が渦を巻きながら占領していた。
そして、『暗闇の五月計画』被験者同士は荒れ狂う空間の中で戦闘態勢へ移行する。
「ヒトの事を中傷できるほど優秀な性能じゃねェのはお互い様だろォ? アンタには『射程範囲』
っつゥ概念すら存在しねェ。その鎧は遠距離相手じゃ十分の一も発揮できねェってことぐれェ、
予備知識がなくても分かってンだぜ!?」
「何も分かってねェのはソッチです。……あなたは接近される事だけを警戒してるンでしょうが、
生憎馬鹿の一つ覚えみてェな突撃だけが私の本領じゃないンですよォ!!」
咆哮と同時に地面へ拳を振り下ろす。
『窒素装甲』を纏った一撃でコンクリートはドリルでも突き立てられたかのように抉れ、付近一帯
を割れたコンクリートの破片が無造作に飛び散る。
その中でも一際鋭利に見える破片を素手で捕らえ、唖然としている黒夜に向けた。
「コッチも“飛び道具”を補った場合、軍配が上がるのは私とあなたのどっちでしょうねェ? 防衛
にイチイチ気を回さなきゃならないあなたが、果たして有利だと言えるでしょうか?」
「ふふっ………さァて、どォかな」
絹旗の行動を読み取った黒夜に、余裕が戻る。
170: ◆jPpg5.obl6 2011/09/20(火) 20:56:37.27 ID:fTf12LCb0
「………その気に喰わねェ薄ら笑いを、今から苦痛に歪ませてやります」
「御託はイイからとっとと仕掛けて来いよ。“超”余裕であしらってやっからさァ」
「……ッ!!」
それから一秒後、コンクリートの破片は既に絹旗の手の中から飛び立っていた。
『窒素』というブーストを得て放たれた破片の行き着く先は、黒夜の喉元。
「―――――!?」
暗部組織の一員として戦火に身を置いていた頃ですらこれほどの殺気を放ったことはなかった。
今の絹旗は完全に心が鬼と化し、人懐っこかった面影を消している。
あの日、滝壺を昏睡状態に陥らせた時から自らに課していた責務。それを果たす機会がようやく訪れた。
僅かばかりの甘さもない、殺傷能力抜群の攻撃手段をためらわず実行するのも頷ける。
だが、黒夜はそんな絹旗の心情も全て見通している。
相手に情けなど不要なのは彼女とて同じ。全力で防ぎ、全力で叩き潰す。
そして、黒夜にとって最も有能な防御方法は――――――圧倒的な質量で攻め続けること。
「………!」
171: ◆jPpg5.obl6 2011/09/20(火) 20:58:47.92 ID:fTf12LCb0
たかがコンクリートの破片ごとき、砕けないわけがない。
喉に突き刺さる前に粉々にしてやれば良いだけだ。
「アンタの応用力ってその程度かよ? 絹旗ちゃーン? こンな色気もねェ固形物じゃ挨拶代わりにも
なンねェぞ?」
「……ふン、吼えてりゃイイです。精々能書き垂れてる途中で息の根ェ止めらンねェよォ、注意を払うン
ですね」
互いに体勢を整え、仕切り直す。
黒夜はその能力性から鑑みれば『攻め』に転じるのが定石だ。
しかし、絹旗も防護性に優れた『窒素装甲』を盾として纏い、侵攻する。
「でなきゃ、私の拳の方が先に届いちゃいますよォ? せめて、あなたの陳腐な攻撃が私にどこまで通用
するか、全力で試してみたらいかがです?」
接近を許せば不利なのは黒夜が最も自覚している。
絹旗の言葉に誘われるまま、両手を水平に伸ばす。
その手先から―――――。
「陳腐かどォかは貫かれてから吐くンだな」
172: ◆jPpg5.obl6 2011/09/20(火) 21:01:50.80 ID:fTf12LCb0
――――液体窒素の爆発にも似た衝撃が発生する。
黒夜が『窒素爆槍』を展開させたのだ。
数メートル程に伸びた窒素の列。槍というよりは鞭に近い撓り具合で距離を詰めようとする絹旗を阻害する。
そして、『窒素爆槍』の先端が絹旗の胸部に刺さった。
これで勝者は決定したはずだ。但し、普通の相手だったなら。
「ふひっ、あは、あはははははははッッ!!!」
甲高い笑い声を響かせたのは、『窒素爆槍』を胸に刺したままの絹旗だった。
そして絹旗の目測では、この一撃で勝敗の行方は自分へと傾いた事になる。
「所詮、どちらの力が秀でてるかってだけの話でしたねェ? あなたの『攻撃性』と私の『防護性』。比べ方は
至ってシンプル、あなたの攻撃に私が耐えるか、息絶えるか……。そして結果は早くも出てしまいましたよォ。
私の心臓は止まることなく、それどころか見ての通り何のダメージもありませン。………これがどォいうコト
だか理解できてますかァ? 超憐れな黒夜さァン?」
「……………」
何も答えが返ってこないのを良いことに、更なる罵声が絹旗の口から飛ばされる。
173: ◆jPpg5.obl6 2011/09/20(火) 21:04:06.60 ID:fTf12LCb0
「一度やって無駄なら、何度やっても無駄ってコトですよ。あなたの攻撃は私に一切届きませンが、私の攻撃は
あなたに何れ必ず届く。これからあなたに出来るのは、私があなたを粉砕してやるまでの時間内に超見苦しく
抵抗するコトだけです。せめてあなたの寿命がほンの少しでも延びるよォに、死に物狂いで悪足掻きするしか
ないンですよ」
「ふン……」
「死ぬのがイヤなら、地面に両手両足、ついでに額も擦り付けて超必死に命乞いでもしたらどォですか? 当然
無償で許すワケにゃ行きませンけど……ねェ!!」
直後、凄まじい殺気を漂わせたのも束の間に足を踏み出し、一直線に黒夜へ飛び掛かった。
給水タンクに飛び移った黒夜を逃がすまいと、自らも大きく跳躍し、頭上から自動車をもペシャンコにしてしまう
破壊拳を惜しみなく振るう。
「……ッ!!」
噴射した『窒素爆槍』を活用し、ジェットブーストの要領で自身の身体を退かせて着弾点からずらす。
絹旗の渾身の一発は給水タンクに深々と刺さり、爆発煙のように噴出した大量の水を浴びる結果となる。
しかし、絹旗の妖しく輝く瞳は一点しか捉えていない。
「あなたの利点である『攻撃』が無意味となった今、あなたはもォ私の敵でも何でもねェ。そろそろ震えだしても、
誰も責めたりしませンよ? ……もっとも、それも超今更ですがね」
174: ◆jPpg5.obl6 2011/09/20(火) 21:09:07.62 ID:fTf12LCb0
破裂し、形状が大きく歪んでしまった給水タンクから飛び降りた絹旗が恐ろしいセリフを吐く。
敬語なのが不自然なほどに荒々しい口調だが、これも『暗闇の五月計画』時に受け継いだ“傷痕”のようなものだ。
「………くくっ、“震える”だァ?」
“既に勝ちを確信している間抜けな絹旗の目を、そろそろ醒まさせてやろうか”。
黒夜の目はそう語っているみたいに見えた。
一瞬で絹旗の顔が怪訝に染まる。
「………まだ強がる余裕が残ってたンですか? それとも、窮地に立たされて思考が狂いましたか?」
「……アンタはまだ“見落とし”に気づいていないンだねェ」
「はァ? いきなり何を……」
「“能力で勝れば結果も然り”とか、まァだそンな古臭い概念に囚われてるワケ? 甘いねェ、甘い。全ッ然甘いよ!
ンじゃひとつ訊くが、『勝負の根源』ってそもそもなンだ? ………単純さ。ただ目の前に立ってる敵をブッ倒せば
良い。その法則に際限なンざ無ェし、ましてや能力に優れた方が勝つなンて規則はねェンだぜ? たまたまアンタの
防壁が『想定していたよりも堅かった』。私からすりゃその程度の誤差でしかねェのさ」
「意味の分かンねェ持論振り翳してないで、反撃の一つでも打ってみたらどォですか? 無駄だと分かってても、何も
しないでスクラップにされるよりはまだ格好がつくかもしれませンよ?」
黒夜に逆転の手段が残されているとは思っていないためか、絹旗は自分の優勢を信じて疑わない。
しかし、黒夜はそんな絹旗に対し、もはや憐れみすら感じていた。
175: ◆jPpg5.obl6 2011/09/20(火) 21:11:18.26 ID:fTf12LCb0
「そォだな。こォいうのは実際に体感させてやらなきゃ分からねェよなァ……。なら望み通り種を明かしてやろォか?
――――――つまりは、こォいうコトよ!!」
突如、黒夜が手すりの近くに置いていたイルカの人形が、
「………!!」
けたたましい音を上げて爆裂した。
予想だにしなかった出来事に注意を削がれた絹旗を、黒夜は同情の目で見下ろす。
「アンタは無頓着すぎたンだよ、絹旗ちゃン。能力の向上だけが高みに上る手段だと決め付けてやがる……。けどな、
それじゃあ駄目だ。そンなのはただ視野が狭いか、頭が硬いかのどっちかにすぎねェ。……私は違うンだよ。自分の
抱える欠点を一概に補うだけじゃねェ。寧ろ問題点や弱点を方法次第でプラスに変えちまうのさ! 今からモノ凄く
分かりやすい実例を見せてやる」
「へェ……、そりゃあ楽しみですね。なら勿体つけてないで、とっとと見せてくださいよォ。このまま終わンのも、
なンっつーか……超呆気ねェし」
「――――っつゥか、もォ眼前まで迫ってるンだがな」
176: ◆jPpg5.obl6 2011/09/20(火) 21:14:29.85 ID:fTf12LCb0
「ッ!!?」
言われて周囲を見回す。
忍び寄るように背後で蠢いていた『物体』を視野に入れ、吐き気が催される。
「なン……ですか、これ………。気持ち悪い……。ずいぶン悪趣味なモノを持ってるンですね」
蠢く物の正体は、歪な形状をした人間の『腕』。
それも一本や二本ではない。良く観察すると、先ほど爆ぜたイルカの人形から煙のような糸が流出し、『腕』と直結
しているのが判る。
この『腕』は一体……?
「私の『窒素爆槍』は、少々多段に欠ける特徴があってなァ……。アンタがさっき言った通り、私には掌から質量調整
を施した『窒素』を噴出させるしか芸が無い。現に絹旗ちゃンも、“私にはそれしかできない”と踏ンでいるから、
今もそォやって強腰でいられるワケだが―――――それこそが最も大きな“見落とし”よ」
「なン……」
「人間の“掌”は常識で考えれば二つしかねェ。つまり、噴射口もたったの二つ……。確かにこンだけじゃ、大して
脅威を感じねェのも納得だわな。………だが、もし“腕を増やせる”としたらどォよ? 今までの根底が一気に覆る
と思わねェか?」
「………ッ!!?」
177: ◆jPpg5.obl6 2011/09/20(火) 21:19:26.08 ID:fTf12LCb0
絹旗の全身を嫌な予感が襲った。
「そォ、この“ザワザワ這いずってるモノ全部”が私の『腕』の代わりを担う。で、この後は粗方予想できるよなァ?
“私の腕”ってコトは、当然『窒素爆槍』も使える。理解して早々で悪いが、もォ消えてもらう時間だよ。絹旗ちゃン」
「―――――!!!」
直後、地面を艶かしく這っていた十本近くの『腕』が、黒夜の意思と共鳴しているかのように収束される。
黒夜本人に付いている右腕を中心に集まった歪な『腕』は、磁石みたいに黒夜の体に付着し、結合していく。
接続を終えた全ての『腕』が、一斉のタイミングで掌を絹旗へ向けた。
そして、
開かれた五指から発生した複数の『窒素爆槍』が混合し、巨大な竜巻となって絹旗の周りを覆う。
「………何……な、ンですかァ……ッ? その、超意味不明な複製品はァァ……ッ!!?」
認識の限度を超えた衝撃波、荒れ狂う窒素の暴風雨。
自動防御設定が無ければ、この時点で絹旗の体は夜空へ投げ出されていただろう。
とは言え、足が地から離れないよう懸命に堪えるのに全神経を注いでいるため、迂闊に動く事すら儘ならない。
そんな絹旗の様子を涼しい顔で眺めながら、黒夜が言った。
178: ◆jPpg5.obl6 2011/09/20(火) 21:20:40.29 ID:fTf12LCb0
「複製品、か……。あながち間違っちゃいねェが、ちょっと違うンだよなァ。ポピュラーな呼称で表現するなら、
『改造強化人間《サイボーグ》』ってトコか? 第一位と形ばかりの同盟組ンでンなら、片鱗ぐらいは耳に入れ
てるはずなンだがな。知らねェか? 一定の水準を越えさえすりゃ、駆動鎧にわざわざ乗る必要のない優れモン
さ。どの程度かは、今正にアンタが体感してる通りよ。だが驚くにはまだ早ェ。これほどの偉業でさえ、早くも
“旧世代”に降ろされてンだぜェ? 目覚ましい進歩に乗り遅れたアンタじゃ、“この先”を見せるまでもねェ」
「う、ッ……。あ、あなたが何を言っているのか……見当もつきませンが………まずはその気色悪りィ造形物から
除去する必要がありそうですね!!」
荒波に抗う勇敢な姿勢と評すべし前進も、
「だから、無駄なンだよ。アンタはそれ以上私には近づけない。膾切りにでもされたいンなら、どォぞご自由に」
黒夜のサジ加減ひとつで自在に翻弄できてしまう。
突然、無数の『腕』が放つ透明な窒素の集合体が、その『質』を激変させた。
「うっ……ぐ……!!」
いや、正確には“ようやくまともな攻撃を仕掛けられた”と言った方が正しい。
規格外の量で生み出された『窒素爆槍』は、絹旗自身を蹂躙していない。絹旗が足を石のように固めていたのは、
その余波で発生した竜巻に飛ばされないためだ。
179: ◆jPpg5.obl6 2011/09/20(火) 21:22:10.07 ID:fTf12LCb0
そう、たかが『窒素爆槍』が通過する事で生ずる“余波”でさえ、踏み留まるのがやっとなのだ。
『直撃』という言葉の恐ろしさを、服の袖に切れ目が入った直後に知らされた。
(み、身動きが……!! ………ッッ!!?)
気づかぬ内に、絹旗は非常口のドアと繋がっているレンガ状の壁に背中を密着させていた。
そして、脱出しようともがく絹旗の手、足、腹、胸、各部位を精巧な動きで打ち抜いていく。
『窒素装甲』の防護機能が追いつかない。いや、正確には働かない程に洗練された『質と威力』、そして『速度』。
張り付きに近い形で拘束され、自由の利かなくなった肉体。
そこに鋭利な刃物を彷彿とさせる斬激が幾度も走り、絹旗の『窒素装甲』も意に介さずに貫通していった。
「うああああああァァァ!! あああ……ァァァアアアアアアアアアアア……ッッッ!!!!」
闇夜に少女の痛々しい悲鳴が木霊する。
絹旗の肢体に、次々と無惨な裂傷が追加されていく。
180: ◆jPpg5.obl6 2011/09/20(火) 21:24:12.48 ID:fTf12LCb0
この段階でもう勝敗は決したが、黒夜は決して慢心しない。
「なァ、苦痛に悶えてるトコ悪いンだけどよォ、アンタは第一位からどこまでの情報を仕入れた?」
突然、噴出量を低減させて尋問に移る黒夜。
既に両手、両足を血で真っ赤に染めた絹旗は、呻き声を零しながらもその問い掛けに反応した。
「ぎィぃ……うぅ……ッ………ハァ……ンッッ………情……報……ッ……? ………何を……言って」
「『木原数多』に関する情報だよ。少しぐらいは何か聞かされてるはずだ。あの一匹狼がアンタらに肩入れ
してるからには、当然お互いにそれなりの対価を払い合ってンだろォ?」
「何故……あなたが第一位と、私達の……事情を……」
知っているのか? と問い返す前に黒夜が答えを述べる。
「『有能な新人』が加わったのさ。私がアンタや第一位の身辺を把握してるのも、そいつの功績による賜物よ。
………って、そンな事ァ今はどォでもいい。アンタ、やけに“この現象”に驚嘆してたが、本当に何も知らさ
れてねェのか? ……だとしたら、可愛そォすぎるぜ。『無知は罪』って言うが、それを踏まえたとしてもな……」
181: ◆jPpg5.obl6 2011/09/20(火) 21:25:20.72 ID:fTf12LCb0
「何の……話…を……」
体中の節々から激痛を感じ、意識が朦朧としている絹旗から聞き出せることはもう無い。
冷酷にそう判断した黒夜は、珊瑚礁のように漂う『腕達』を切り離し、服の間から取り出した『萎んだイルカ
のビニール人形』を一秒程度で膨らませてから元通り歪となった『腕達』を仕舞った。
無風に近い状態に戻ったオフィスビルの屋上。元通りの静寂が辺りを覆うと同時に絹旗はズルズルと壁伝いに
崩れる。
乱れた呼吸音だけが、生存の証だった。
黒夜は、そんな戦闘不能状態の絹旗へ一歩、また一歩と近づく。
そして、話の続きへと移る。
「ついこの前までは、“これ”が限界点だと見切りつけてたんだが……さっきチラッと仄めかした通り、まだ
まだ『底』が隠れてるんだよ。アンタ相手には流石にそこまで曝す必要は無かったみたいだがな。もっとも、
そいつは『対一方通行』用の切り札みたいなモンさ……。アンタ如きにゃ、これで充分ってなぁ!」
「うァ……あああああああ……ッッ!!」
ヒールの尖った靴底を太腿の傷口へ思い切り刺し込み、グリグリと抉るようにこねくり回す。
噴出す血と柔らかい肉の潰れる音、そして声にならない悲鳴と呻き。これらが黒夜の笑みに拍車を掛けた。
「はん、もう睨み返す気力も残ってねえか? そりゃ結構だ。さっき『アンタには消えてもらう』って思わず
言っちまったがよぉ、まだアンタには最後の仕事がある。命拾いできて、良かったなぁ? 絹旗ちゃーん?」
182: ◆jPpg5.obl6 2011/09/20(火) 21:26:52.22 ID:fTf12LCb0
「ッぐ……しごと……? 言っておきますが、……ッア、あなたみたいなクソ野郎どもに協力するくらいなら
………今すぐに舌ぁ噛み切って、死んだ方が……超マシです」
痛みを痩せ我慢しているのが丸分かりで吹き出しそうになる黒夜だったが、粗暴さを感じさせない冷静な口調
で言葉を返す。
「協力とか、そんな類じゃねえから安心しろよ。……なあに、ただの“伝達係”さ。アンタは第一位に、これ
から話す内容のありのままを伝えてくれればいい。無様に生き残るのがイヤなら、役目を終えた後でもう一度
楯突けばいいさ。その時こそ、キッチリ始末をつけてやるよ。アンタにまだ“覚悟”があれば、な……」
「……………ッッ………」
この苛つきを誘うニヤリ笑顔を、ぐしゃぐしゃに歪ませてやりたい。しかし失血の影響からか、脳が発する命令
に身体が従ってくれない。悔しさと歯痒さが絹旗の心中を埋め尽くしていた。
「―――――じゃあな。あのガキ同様、もうアンタはウチらの眼中にねぇ。第一位には正確に伝えといてくれよ?
でないとアンタらに残された僅かばかりの希望さえ、フイになっちまうからね」
言伝を残した黒夜が目の前から去った後も虚脱感は一向に拭えず、早急な治療が必要なはずの身体は動いてくれ
なかった。ただ壁に凭れかかったまま憔悴し、己の無力さに絶望するしかなかった。
嗚咽だけがしばらくその場に流れ続ける。それはまるで、少女の肉声が奏でる悲痛な旋律のように聞こえた。
190: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 19:13:15.96 ID:XXV3OZmI0
―――
常盤台中学在籍者が居住する女子寮。
疲弊しきった面持ちで自室へ帰宅した白井黒子を、ルームメイトの御坂美琴が出迎えた。
「ただいまー……ですの」
「おかえりー、黒子。……って、うわっ……。治安維持強化運動週間だっけ? そんなに大変な行事なの?」
黒子の顔を見るなり仰天する美琴。この時、黒子にはまだその理由の見当がついていない。
「はい? ……通常よりも学生同士やスキルアウト内でのいざこざに敏感な程度で、別段忙しいという訳では
ございませんが? ……それがどうかなさいましたの?」
「どうしたのかはコッチが聞きたいわ! ……アンタ、鏡でちょっと自分の顔見てきなさいよ。やつれ具合が
尋常じゃないわよ?」
「ッ!? ……か、顔を洗って出直してきますの!」
あらぬ所を指摘され、バタバタと洗面所へ駆け込む黒子に美琴は「言葉の使いどころも変ね……何かあったの
かな……」と、先輩らしいコメントを呟く。
191: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 19:15:04.78 ID:XXV3OZmI0
美琴の前では滅多にこういった露骨なマイナス感情を曝さない黒子。やはり先程までの騒動で心身共に参って
いたのだろう。何と言っても学園都市の頂点との関連を持ってしまったのだから、当然と言えば当然かもしれ
ない。下手に勘ぐられない様、念入りに顔を整えておく。
洗顔中である黒子の脳内に、白髪の“頂点”が囁きかける。
『余計な詮索はするンじゃねェぞ。命が要らないってンなら、話は別だがな……ククク』
「ひっ……」
脳に棲み付いた悪魔の言葉が微妙にズレた方向へ膨らんでいた。
ブンブンと頭を振り払い、虚像を無理矢理に消去した黒子。その足が向かう先は愛すべきお姉様の元。
恐怖体験の後に求めるものは、安らぎと温もり。
そして、彼女にその両方を与えられる人物がもしこの場に居るとしたら、それは一人しかいない。
「おっ姉ええ様ああああああああああん!!!」
「え? うわっ!? ちょ――――!!」
192: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 19:21:24.85 ID:XXV3OZmI0
寛いでいた美琴は完全に不意を突かれ、防衛本能の従うままに放電してしまう。
美琴の身体に着陸予定だった黒子の全身は骨まで焦がされ、反対側のベッドまで押し戻された。
「ハッ……! し、しまった……!」
つい力の調整を誤ってしまった。美琴が思わず漏らした言葉はこれを意味している。
「ご、ごめん黒子。生きてる……? 咄嗟だったから、つい……」
「ぐみゅー……」
「ほっ……」
どうやら息はあるようだ。
美琴はホッと胸を撫でるが、割りと早く復活した黒子がこんな事を言った。
「んんん、いつもより強烈でしたわ♪ お、ね、え、さ、まん☆ わたくし、新たな開拓地を発見した気分です
のよん♪」
「………………」
やっぱり大丈夫じゃなかった、と美琴は確信した。
193: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 19:25:16.55 ID:XXV3OZmI0
まるで徹夜明けのようなハイテンションぶりで☆マークを飛ばす黒子に、純粋な嫌悪感を覚える。
このネジが吹き飛んだ後輩をどう処置すべきか思考を働かせるが……。
「ささ、もっと刺激的な夜はこれからですの♪ わたくしに全身を委ねるつもりで、安心していいですのよ」
「うわこらやめ……っ! あ、アンタそこまで深みに嵌ったら、もう私の手に負えなくなっちゃうじゃないの!!
アンタの制限解除(リミットオフ)モードは底なしか!? ってか、その手つきとかリードの仕方とか……、
明らかに手馴れすぎてて、何かもう何処までがアンタの理性なのか分かんなくなってるんですけど!?」
「研究の成果が問われますのね……。ですが、いざ実戦となると……流石のわたくしも些か興奮――――」
「――――しなくていい!! あと、研究って何よ!? アンタ私の目の届かない範囲内で一体どれだけの修練
積んでたってのよ!?」
「ですからぁ、今すぐに披露すると申しているではないですかぁーん♪」
「おい馬鹿やめろ! 当然のように次のステップへ移るな!! だからアンタとはそういう関係を望んでないん
だって、何百何千何万回伝えれば良いのよ!? っつーか、今のアンタは夢と現実の区別がつかなくなってる
だけなんだから、本気で私とそうなる形を願うんだったらまずは正気に戻れえええええ!!」
「それ以上はダメよ!! 戻ってこい黒子!!」と、懸命に後輩へ声を投げる美琴の健闘も虚しく、黒子はただ
ひたすら温もりを求め続けた。そこに彼女の明確な意思は存在していたのか。全ては本人だけにしか分からない
事だ。
どちらにせよ、このままでは本格的に貞操の危機だ。いつものように鮮やかな大技(プロレス系統)でも炸裂さ
せれば良いのだが、理性の無い、それも本能に従うままの野獣同然の相手では如何せん躊躇してしまう。
194: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 19:28:54.82 ID:XXV3OZmI0
もう一度同じ出力の電撃浴びせたら正気に戻るかな……。などと恐ろしい案も一瞬浮かんだが、実行に移す勇気
は流石に起きなかった。
どうすれば互いの被害を最小限にまとめられるか考えている間も、狂った後輩の行動はどんどんとエスカレート
していく。
「おおい! いい加減に離れろっ!! 駄目! 無理! そっから先は本当マジで無理むりムリィィいいい!!」
「あらん、わたくしはいつでもお姉様に従事しております故、ご心配には及びませ――――」
「だああ、とりあえずタコみたいに手足絡ませるの止めえええい!!」
思考回路がリアルな意味でショートした黒子との媾い。
言動も所々おかしく、目の焦点も定まっていない後輩に感じるのは恐怖だけだった。
だが、今の美琴にとって救いの女神(?)となる人物の登場は目前まで迫っていた。
乱れ、絡まり合いながらギャーギャー騒いでいる208号室前で佇み、戦闘準備を始めている寮の主の存在に二人は
気づいていなかった。
因みに黒子が翌日の朝に目を醒ました時、この情事の記憶は恙無く消去されていたらしい。
その時には前日の疲労感もすっかり回復していたようなので、美琴はとりあえず安心することにした。
危うく一線を越えてしまいそうになった事実は、美琴の心の中だけに仕舞われた。
195: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 19:32:16.97 ID:XXV3OZmI0
―――
「とうま! 帰りが遅いから心配していたっていうのに、どういうつもりなの!? っていうか、とうま………
何かお酒臭いかも!!」
クラスの仲間と別れ、帰宅した上条を待ち構えていたのは同居人のシスター、禁書目録。
玄関とリビングを繋ぐ廊下に仁王立ちした彼女は真っ先に詰問した。一方、上条は気まずそうに苦笑いしつつも
簡単な釈明を開始する。
「いや、これは違うんだよインデックス。確かに酒の席に立ち会っていたのは認めよう。けど、上条さんは潔白
を主張する! 一滴も飲んでないし、法に反するような事は何も犯していません! 神に、誓って、断言します!」
「………とうま。その調子だと将来は一升瓶片手に「ウ~イ♪ 今帰ったぞ~♪」とか典型的ダメオヤジ口調で
帰宅するサマが板につきそうかも。飲んで、呑んで、呑んだくれて潰れるとうまのビジョンが鮮明に見えるんだよ」
「だから俺は飲んでないって! 信じてくれよ! しかもそれ、完全に人生失敗してんじゃねえか!?」
「私、そんなとうまだけは見たくないかも……」
「いやいや。なっても見せねえし、そもそもそんな未来は迎えないから安心しろ」
「……ふーん。で、誰と一緒だったのかな? 一番肝心なのはそこかも」
196: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 19:35:17.18 ID:XXV3OZmI0
禁書目録の追及はまだ終わっていないらしい。
突き刺すような彼女の視線が少しだけ痛かった。
「……クラスの友達、だけど……?」
「私、仲間外れにされたんだね……」
ボソッと寂しげに言われ、上条は慌てた様子でフォローに回る。
「ち、違うぞインデックス! 決してお前だけ除け者にしようとかそんなつもりじゃなくてだな……その、何て
言うか………」
「………私は一人寂しくとうまの帰りをずっと待ってたのに、とうまは宴会に出席して美味しいモノをたらふく
食べて、お酒の匂いが体から消えないぐらい楽しい思いをしてたんだね……」
「う……だ、だから……」
ズキン、と心が痛んだ。そして、非常にマズイ展開だった。この流れの行き着く先を上条は知っている。それ
こそ頭が割れるほどに。
どうにかしてこの不穏な流れを変えられないか上条が懸命に模索する中、禁書目録は顔を俯かせたまま嘆く。
「私、お腹空かせて待ってたのに……。とうまが『夜は危ないから一人で出掛けちゃ駄目』って言ったから、私
はその言いつけ通りに、とうまを捜しに行くのも我慢して……」
「い、インデックス……さん?」
197: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 19:36:06.99 ID:XXV3OZmI0
「また事件に巻き込まれたんじゃないかって、心配して……それでもとうまとの約束を守って、不安だけど我慢
して………ずっと待ってたのに……っっ!!」
「――――!!?」
198: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 19:38:54.21 ID:XXV3OZmI0
俯いていた顔をやっと上げた禁書目録。彼女の目には涙が溜まっていた。
上条の顔面が一気に蒼白する。加えてとてつもない罪悪感が、上条の胸中を渦巻いた。
「……ごめんな……。けど偉いぞ、インデックス。俺との約束、ちゃんと守ってくれたんだな……」
「……………」
また目線を下へ向けた禁書目録は、何も答えない。
「今回は全面的に俺が悪かったよ。心配させて、本当にごめん。…………けどな、ひとつ言わせてくれ」
「なに、かな……?」
「冷蔵庫に昨日の残り物が大量にあったはずなんだが……。俺、『腹減ったらそれ食ってていい』って、確か
朝に言ったよね?」
「あれだけじゃ、お昼ごはんで全部無くなっちゃうんだよ?」
「嘘だ! どう見ても軽く四食分はあっただろうが! ってか、お前少しは『分けて食う』って事を覚えろよ!
何故一食で大量消費する!? それはまだ良いとしても、なんでその後も普通以上に食える!?」
「とうま……。質問が今更すぎて答える気がしないかも。……もしかして、『私にも罪がある』って暗に諭して、
自分への罰を少しでも軽減させようって魂胆かな?」
「―――ギクッ」
199: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 19:42:13.64 ID:XXV3OZmI0
的確すぎる指摘がモロに炸裂し、上条の歯切れは更に悪くなる一方。
「そ、そんな事ねえよ! っつか、待て。この流れ、おかしくねえか? なんでまた軌道修正されてんの?
俺ちゃんと謝ったよね?」
「それとこれとは別なんだよ。どっちにしろ、私がひもじい思いしてたのに自分だけ美味しいモノ食べに
行ったとうまを許す気なんて、最初からないかも」
「なぬィ……!?」
この恐ろしい宣告後、上条の全身を冷たい汗が滴る。
更に駄目押しとばかりに禁書目録の攻勢は続く。目尻の涙が乾いた代わりに、瞳孔が何故か不気味に開か
れているのが判った。
「大体、とうま。遅くなるなら遅くなるで、どうして私に連絡の一つもくれなかったのかな? 一言残し
てくれれば、私だって鬼じゃないんだよ?」
「い、いや。だってお前ケータイ持ってねえし………」
「ふうん、じゃあ部屋に置いてあるあの電話は飾りなの!? まさか私が「もしもし、上条です」も言え
ないようなダメダメシスターだとでも思ったのかな!? ねぇ、どうなの!? とうま!!」
「…………………」
200: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 19:44:30.28 ID:XXV3OZmI0
反論しようにも、言葉の残弾は既にこの時点でゼロ。
いよいよ言い逃れの聞かない状況に、上条は諦めたような口調で呟いた。
「………そうか、家に掛ければ良かったんだ。そいつぁー盲点だったなー、アハハ」
「馬鹿なのかな!? 馬鹿なんだね!? ようし、わかった!! その空っぽの頭を私が今から緊急治療
してやるんだよ!!」
「―――うォ!? あっ、危ねぇ……!!」
どこぞの潜口竜も真っ青の大口を曝し、上条の小さめな頭部を呑み込む勢いで迫る禁書目録。
しかし、辛うじてこれを躱すのに成功した上条。その後も本能が送る危険信号に従うままに回避体勢を維持
する。
「ムッ!? 避けるなんてズルイんだよとうま!!」
「ふざけんな!! 何だその桁外れな速度は!? もはや“噛み殺す”なんて次元じゃねえだろ!? 海で
サメにでも襲われた方がまだ生存確率高いぞ!!」
「ごちゃごちゃうるさいんだよ!! 潔く制裁を受けるのが、贖罪の正しき姿勢かも!!」
「“制裁”と“殺害”じゃ意味がちが……どあぁ!!?」
202: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 19:50:44.97 ID:XXV3OZmI0
問答無用の二発目も何とか紙一重で逃れた。確かに通常よりも気持ち速めだし、威力自体も『咀嚼』が更に
もう一段階進化したような風に感じた。
(じ、冗談じゃねぇ……。こんなの喰らったら確実に死ぬ。死因が『女の子に噛まれたから』なんて絶対に
成仏できねえパターンだろ!!)
いつになく必死に逃げる上条。思えば、禁書目録に対してここまで抗ったのは初めてではないだろうか?
獲物を捕捉した獰猛な獣の目をした禁書目録が往生際の悪い上条に告げる。
「観念したらどうかな? 私をこれ以上怒らせると、取り返しのつかない事故が起きちゃうかもしれない
んだよ?」
「オーケー! 一旦落ち着こう。な? インデックス。ここは物理的な解決より、言葉によるコミュニケ
ーションで手を打とうぜ? 話し合えばほら、きっと分かり合え――――」
精一杯の笑顔で平和的解決を求める上条に苛立ちを感じたのか、禁書目録が突如、頭脳勝負に打って出た。
と言っても、概要は至って単純。
まず、上条の足下に適当な雑貨(今回の場合はコンパス)を放る。
一瞬だが、それだけで上条の目はそちらを向く。あとはその隙をついて突撃するのみ。
今までは単細胞な肉食獣のように喰らい掛かるのみだった禁書目録が、初めて知恵を使った戦法を見せ
た瞬間だった。
203: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 19:53:02.87 ID:XXV3OZmI0
当然、上条がこれを予想できるはずもなく、禁書目録の狙い通りにまんまと注意を削がれてしまう。
キラリ、と目を光らせた禁書目録(肉食)が上条(草食)に襲い掛かる。
禁書目録の広大な口内を視中に収めた上条が「し、しまった!!」と叫んだ時には全て手遅れだった。
無駄な抵抗は余計な怪我を齎す。
それを証明するような悲劇がこのすぐ後に起きた。
禁書目録に頭を食されて転倒した上条の尻にどういう原理か、先ほど禁書目録が放ったコンパスの針
がブスリと突き刺さった。これにより、上条は二重の地獄をほぼ同時に堪能するという貴重な結末を
迎える。
禁書目録の“狩り方法”は、こうして日夜進化を遂げている。
204: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 19:54:17.73 ID:XXV3OZmI0
―――
海原光貴という人間の姿をしたアステカの魔術師、エツァリ。
彼は現在、様々な訳アリにより祖国へ帰還できない立場である。
その“様々”な理由の一つは、今まさに彼の目の前にいる少女の存在だった。
「面会時間ギリギリですが、何とか間に合ったようですね……。ショチトル? どこか気分が優れないの
ですか? 表情が外並に暗いですが……」
「遅い……。今日はもう来ないのかと思ったぞ」
不貞腐れた顔でこちらを睨んでくる少女の名はショチトルと言う。
彼女もまたアステカの魔術結社に属しており、海原の姿に扮したエツァリの正体を知る人間の一人である。
入院中の身ではあるが、着用しているのがオカルトチックな装束なのは、単に繊維上の問題らしい。化学
繊維が体に合わないだとか、そういった理由だ。
ショチトルは二つあるベッドの一つに上半身を起こした状態のまま拗ねた目を向けていたが、次第に自分
の言動に幼稚さを感じたのか、首をプイッと反らしながら素っ気無い態度を取り始める。
「まぁ、別に来なければ来ないで大いに結構なんだがな。ただこうも高い頻度で顔を見せられると、今日
も来るだろうという期待感が生まれるのは自然なことであって、来て欲しいとかいう願望を秘めている
わけではない。……時に訊くが、何故今日は来るのが遅かった?」
205: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 19:55:43.54 ID:XXV3OZmI0
「申し訳ないですね。待ちくたびれさせてしまって……」
「む……お前、私の言ったことを理解してないな? 誰も“待っていた”などとは……」
否定しようと喋っている途中で、もう一つのベッドを占領していた少女が悪戯っぽい口振りで割ってくる。
「突き放すような言動で気を惹かせるなんて古いぞ? ショチトル。今の男は、やはり素直な感情を吐露
してもらった方が効果テキメンってヤツだ。なーあ、エツァリ?」
この第三者的立ち位置を心から楽しんでいる少女はトチトリと言い、ショチトルの同僚であり良き理解者
である。大部屋とは違うタイプの個室空間に二人一緒なのは、そういった配慮もあってのことだ。
トチトリはショチトルの味方であると同時にエツァリの味方でもある、中立な立場をキープしたがる。
故に、ショチトルが困った反応をした後はエツァリに標的を移す。
「で? 遅くなった理由は? 時間に正確なタイプのお前にしては珍しいな。『裏の仕事』が長引きでも
したのか?」
「………そっち方面の理由で遅刻するといった事は、おそらく今後無いでしょう」
「え? それってどういう……」
ショチトルが詳しい説明を求めた。
206: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 19:59:40.64 ID:XXV3OZmI0
「これからは、『表』の世界で共に生きていきましょう。貴女たちさえ、良ければですが……。もし面会
時間に間に合わなかったとしても、それだけは伝えたかった。……今すぐ応えろとは言いません。ただ
その前提で……、視野にでも入れておいてください」
「暗部……やめるのか? っていうか、それ大丈夫なのか? ちゃんと組織の一員としての筋は通したん
だろうな!?」
「通すも何も、既に自分がいた組織は形成を失っています。……少々早すぎる時代の流れ、とでも言えば
良いのでしょうか……。今後はキチンと時間通りに、しかもこれまで以上に長い時間、貴女たちと一緒
の時を過ごせそうです」
「―――!!」
これを聞いた途端、ショチトルの表情が人生最大の輝きと喜びに包まれた。
その僅かな一瞬を見逃さなかったトチトリの心に、またささやかな加虐心が芽生えてしまう。
「ですが、“後始末”がまだ終わっていませんので、暫くは先の話になるでしょうけど……」
「ふーん……だそうだ、ショチトル。良かったなぁ。愛しのお兄ちゃんとの時間が増えるなんて、思わぬ
朗報だ。待ちぼうけていた甲斐があったというものだな」
「黙れ、お前は黙っていろ! 私が良いと言うまでは口を開くな!」
褐色な肌が赤みを帯び、声のボリュームも無意識に上がっていた。
そんな微笑ましいショチトルの心境に気を良くしたのか、エツァリも顔を綻ばせている。
207: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 20:01:24.99 ID:XXV3OZmI0
しばらくはこの仲の良い二人の姉妹みたいな掛け合いが続くのだろう。そんな海原ことエツァリの想定を
あっさり裏切るような凄まじい視線が彼を射抜いた。
「…………おい、何をニヤニヤしている? エツァリ」
「は? いえ、別に……」
「そ、そうだ! トチトリ! お前の見解には誤りがある! エツァリは“貴女たち”と言ってただろう?
つまり、それにはお前も含まれているという事だ! 私一人の感情を弄ぶのはおかしいんじゃないか?」
急に閃き、エツァリを睨んでいた顔が再びトチトリへと移る。
「っ! だ……だとしたら、関係図は一体どうなるんだ?」
「……はい?」
何だか良くない方向へと話が進みそうな気がしてやまないエツァリ。
そしてその予感はすぐに的中する。
208: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 20:03:48.15 ID:XXV3OZmI0
「か、関係って……何を言っているんだお前は?」
「いや、現時点で最も重要視されるべき問題だ。なぁ? エツァリ」
「そ、そこで自分に振られても……。これまで通りで差し支えないのでは?」
「そうはいかないだろう!? 私たちだって、何時までもここに居るわけじゃないんだからな……」
トチトリは速攻でエツァリの意見を却下し、少し考え込む素振りを見せてからポンと手を打つ。
「ショチトルが妹役に名乗りを上げる以上……やはり正妻は私しかいないことになるか。ふぅむ……」
「せ、正妻……??? お、オイ待て! 聞き捨てならない単語が耳に入ったぞ今!」
「ん? 何か変なことでも言ったか? 日本語の使い方に間違いは無かったはずだが……」
「間違ってるのは日本語ではないっ!! お前の頭が構成しているシミュレーションの方だ!!」
「……? どこがおかしいんだ? だってお前はエツァリを『お兄ちゃん』として見ているんだろう?
なら、正妻ポジションは必然的に私が譲り受ける形になるのではないか」
「その理屈がそもそもおかしいっ!! 大体お前、エツァリにそんな気があったのか!? 私は聞いて
ないぞ!?」
209: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 20:05:33.12 ID:XXV3OZmI0
「いや、他に適当な役振りが無かっただけなんだけど………何だ? お前もしかして、妬いてるのか?」
「なッ―――!?」
ガンッ! と、一際大きな音がした。
動揺して仰け反ったショチトルが、ベッドの手摺りに肘を強打したのだ。
その後二分、痛みに悶えながら肘を押さえるショチトルを心配しつつ茶化すのを止めないトチトリに対し、
エツァリは微妙な居心地の悪さを覚えた。
もちろん顔は愛想笑いを貫き、表には出さない様に努めることを忘れない。
やがて、痛みを乗り越えたショチトルがほぼ八つ当たりに近い雰囲気を撒き散らしながらエツァリへ標的
を移し、またまた言及を始めた。
「………ところでエツァリ。お前だったらどう思う? この女を嫁に迎える架空設定を最大限にイメージ
して、その上での率直な感想を述べてみろ」
「ええと………」
普通に困惑するしかなかった。
シチュエーション的にも彼の苦手分野である事は明白だが、火の点いた少女たちにはそういう建前がまず
通用しない。
「イヤか、イヤなんだなそうかイヤか。残念だったな、トチトリ。縁談は不成立だ。本人の承諾無しでは
お前のこれまでの発言全てが戯言でしかなくなる。まぁそんなに気を落とすな。こればかりはエツァリの
気持ちの問題だから、仕方の無い話だ。うん、うん」
210: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 20:07:58.99 ID:XXV3OZmI0
「……………」
ショチトルが勝ち誇ったように笑い、トチトリは何故か寂しそうにエツァリを見つめる。彼女の瞳からは
捨てられた小動物みたいな悲愴感が滲んでいた。
エツァリの良心はこれだけで揺らぎ、勝者の余韻に浸るショチトルに同調できなくなった。
萎れた花みたいになっているトチトリに優しい笑顔を向けて、言う。
「じ、自分は別段イヤと言うわけではありません……。むしろ光栄にすら思いますよ」
「え……?」
「なんだと!? お前っ!! それは一体どういう事だ!? 私とトチトリ、どっちかを嫁にするとしたら、
お前はトチトリを選ぶって意味か!? どうなんだエツァリ!! 返答次第じゃお前、一生ここで生活を
送るハメになるぞ!」
ギリリ、と奥歯を強く噛むショチトル。天国から一瞬で地獄に落とされたような変わりぶりだった。
その代価とでもいうように調子が戻ったトチトリ。
「おいおいショチトル。ここで死体増やすようなマネだけは遠慮しておけよ? 仮にも病院で……」
「死体処理なら私の専門分野だ。何の問題がある?」
「……自分が死体になる前提で話を進められるのも、何だか妙な気分ですね……」
211: ◆jPpg5.obl6 2011/09/22(木) 20:08:48.10 ID:XXV3OZmI0
「なら先の質問にハッキリとした解答を述べろ。私とトチトリ、嫁にするならどっちがいい? お前の中
での私は何だ? 妹か? それ以上か? 丁度良い、この機会に是非聞いておこうじゃないか」
「…………」
二つの期待溢れる視線。既に心に決めた人物がいるエツァリにとって、この立場はかなりの苦痛と言わざる
を得なかった。
やがて、彼はさり気なく腕の時計に目を移し、
「おやおや大変です。もう面会終了の時間が来たみたいですので自分はこれで失礼しま――――グフッ!?」
「逃げるなっ!! この優柔不断の偽善仮面野郎っっ!!」
憤慨したショチトルの投げた目覚まし時計が、退散を計ったエツァリの後頭部にクリーンヒットした。
227: ◆jPpg5.obl6 2011/09/28(水) 20:09:51.14 ID:tKAWnnq00
◆ ◆ ◆
学校帰りに飲酒した番外個体と一悶着起こしたり逃亡中の小さな金髪少女とツインテール風紀委員に遭遇
したり第五位と会ったり、そんなバタバタしっ放しだった日から一夜明けた朝。
一方通行は番外個体を送り届けてすぐに病院へと向かっていた。
病院入り口付近、タクシーから降りた一方通行を出迎える形で待っていたのは浜面仕上。
横にはフレメアも付き添っていた。というより、浜面に憑り付いた子供の霊みたいにベッタリくっついて
おり、他者から見れば随分と滑稽な光景だった。さながら『平均以上に仲の良い兄妹』と言ったところか。
しかし、今はそれについて指摘している場合ではない。
「よう、第一位。昨日は……」
「そンな挨拶はどォでもいい。さっさと病室まで案内しろ」
「お、おう」
無駄な会話をする余地もなく病院の入り口を通過し、足早に目的の病室を目指す一方通行と浜面。
長い渡り廊下を移動中、簡潔な事情説明を浜面に求めた。
228: ◆jPpg5.obl6 2011/09/28(水) 20:11:12.31 ID:tKAWnnq00
「一体何があった? 昨日別れてから何も聞いてねェのか?」
「……俺もさっき駆けつけたばかりなんだ。詳しい話はまだ聞けてない……」
「意識は?」
「俺が来るちょっと前に戻ったらしい……。けど、様子が少し変だった。目が覚めて、自分が病院にいる
って知った直後、『第一位を今すぐここに呼んでください!』って、俺と麦野に言ったんだよ……」
「俺を……? 何故だ?」
「俺もワケ分かんなくて訊いたんだけど、『第一位が来てからまとめて話します。だから超急いで連れて
来てください!』だそうだ……」
予感が働かず、顔を顰める一方通行。この様子だと、一方通行に思い当たる節は無さそうだ。
浜面は内心でそう思った。
「怪我の具合はどォだ? 意識がハッキリしてるンなら、もォ心配は要らないって事で良いンだな?」
「いや……。搬送されてすぐに直行した麦野曰く、相当の重傷だったみたいだぜ。まぁ、それも全部あの
“医者”のおかげで助かったんだけどな。本来なら絶対安静なのを、無理に許可させたらしい……」
「そこまでして、俺に何を伝えよォとしてンだ……あの小娘は……」
「俺たちも立ち会うから、一緒に聞こう」
一般病棟と隔離された個室エリア。その一角に到着した。
229: ◆jPpg5.obl6 2011/09/28(水) 20:13:46.74 ID:tKAWnnq00
扉を開けた浜面に続き、一方通行も入室する。
まず視界に映ったのは、患者用ベッドで腕全体と他幾つかの箇所に包帯やガーゼを付けた絹旗最愛の
痛々しい姿。その横で剥いたリンゴを絹旗に食べさせている麦野沈利の、まるで母親みたいな優しい
表情は、浜面は勿論一方通行の心にも強烈な印象を与えた。
「麦野……。またお前の新たな一面を見ちまった気がする。なんていうか、今のお前……白衣の天使
姿でも受け入れられそう……」
「あぁ? 野郎二人してジロジロ見てくんじゃねえよ! 私が看病染みた真似するのがそんなにおか
しいかコラ!」
「うわ。クチ開いた瞬間全てが台無し……」
「なんだと浜面テメェ!!」
「どうどう、麦野。とりあえず超落ち着きましょう」
頬を紅潮させて威嚇を放つ麦野を子供でもあやすように宥めたのは、怪我人の絹旗最愛。
一方通行がそんな絹旗へ声を掛けた。
「……よォ。思ってたより元気そォで、とりあえずは安心したぜ」
「………ピンピンしてます、とは言えませんけどね……。運ばれた病院が違ってたら、まだ意識は
超闇の中だったでしょうよ」
複雑そうに笑う絹旗に、早速本題を振る。
230: ◆jPpg5.obl6 2011/09/28(水) 20:16:39.39 ID:tKAWnnq00
「……一体何があった? 俺を呼ンだってことは、『新入生』絡みの話なンだろォけどよ……まず
聞きてェのは、“誰がオマエをやった”かだ」
「あらぁ第一位。まずは絹旗の報復が最優先? いつから御株上げなんて企むキャラになったのさ?
まぁ、それなら勿論私も参戦するけど」
「茶化すンじゃねェ第四位。俺とオマエらの関係は何だ? 馴れ合いに興味があるワケじゃねェが、
『新入生』は俺達の接触を知ってやがった……。つまり、こいつを狙ったのは必然的に『新入生』
の誰かって事になる」
「……ほう、向こうもただの馬鹿集団じゃないってわけね」
麦野が軽く舌なめずりをしつつ高揚感を募らせる中、絹旗が切り出す。
「第一位! 今から私が話す内容を超しっかり聞いてください! ……私と昨日、相対したクソ女
からの伝言を……預かっています……」
「『番外個体・最終信号……。両個体を救いたければ、所定した場所まで出頭しろ』………と」
「――――――!!!???」
浜面、麦野、そして一方通行の目が大きく見開いた。
231: ◆jPpg5.obl6 2011/09/28(水) 20:18:32.96 ID:tKAWnnq00
「誰だ!? 昨日オマエと闘ったのはどこのクソ野郎だァ!?」
そう叫び散らしながら絹旗に掴み掛かりたい衝動に駆られるが、拳を堅く握り締めることで何とか
堪える。
だが、背中に張り付いたざわざわとしたドス黒い感情は、確実に平常心を乱しに掛かっていた。
重く、低い声を腹の底から絞り出す。
「…………で、そいつが所定したのは何処だ?」
恐ろしい程に冷静な声だったが、その場にいた全員が噴火寸前な彼の心境を悟っている。
絹旗は淡々とした口調で明確な場所を告げた。
「『第七学区と第五学区の境に位置する三十七号線沿い、旧柊工場』です」
「……わかった。伝言ご苦労ォ」
黒夜からのメッセージを漏らさず伝聴した一方通行は、絹旗にそれだけ言い残して背を向けた。
何処に行けば良いのかは把握した。ご親切にも敵側からの指定である。
ならば、これから為すべき事は一つ。
「――――ちょっと待てよ第一位。まさか正面からのこのこと出向く気じゃあないでしょうね?」
「……!」
232: ◆jPpg5.obl6 2011/09/28(水) 20:28:09.90 ID:tKAWnnq00
足を踏み出そうとする一方通行の背中に、麦野がストップを掛けた。
何処から見ても怪しい話だが、一方通行は何も考えてないような素振りで出向こうとしている。
彼女でなくとも思わず制止したくなるだろう。
「……当たり前の事をわざわざ確認するとは、どォいう気まぐれだ? 第四位」
「アンタ、頭が正常に動いてないらしいから教えてあげるけど……これ、どう考えても罠よ?」
「……俺もそう思う。でなけりゃわざわざ場所を指定する意味がねえよ」
浜面と麦野は客観的に見た率直な意見をストレートにぶつけた。確かに、どんな馬鹿でもそう
決め付けるのが普通だが、一方通行は……
「ンな事ァ言われるまでもねェ。けど、だから何だって言うンだ?」
「危険な上に間抜けだっつってんだよ。アンタがいくら正々堂々と真っ向から臨んだって、敵
に有利な条件を与える結果になるだけ。そんなことが分からないアンタじゃねえだろ?」
「もォ一度言わなきゃ駄目か? “だから、何なンだよ”? ヤツらがどンな策略練ってるか
なンて知らねェし、知ったこっちゃねェ。俺がやらなきゃならねェ事は最初から決まってン
だよ。番外個体と打ち止めを迎えに行く。それ以外の事は後で考えりゃイイ」
「それが浅はかなんだよ! アンタの精神を乱して、基本的な思考能力を低下させるのもヤツ
らの作戦だっつってんの! アンタがそいつに乗っかってどうすんだよ!?」
麦野の語気が荒々しさを増すのも無理はなかった。
冷静に振舞っているつもりらしいが、一方通行の心中は凄まじい怒りに満ちている。
麦野だけでなく、浜面や絹旗にも感じ取れるほどに……。
233: ◆jPpg5.obl6 2011/09/28(水) 20:30:33.99 ID:tKAWnnq00
「………俺は冷静だ。見て分からねェのか?」
「悪いが、とてもそうは見えねえなぁ。『爆発寸前です』って、顔に書いてあんだよ。そんな
眼力入った状態じゃ、説得力がねぇ」
気が急いている一方通行の心情を理解した上で、それでも敢えて麦野は粘り強く制止の言葉を
投げ続ける。一方通行も心の底では彼女の言う事が正論なのは分かっている。
浜面も麦野の意見に賛同しているらしいが、番外個体たちが危険に曝されている中でこの沸騰
した頭を冷やすのも、やはり簡単にはいかないのだろうか。
「第一位……。やっぱ、馬鹿正直に行くのは無謀だって。大体、そこにお前の“大事な人達”
が本当に捕まってるって確証も、まだ掴めてないんだろ?」
「……!!」
この浜面の言葉に、一方通行はふと我に返った。
何事も、まずは確認から入る。基本中の基本だった。しかも、一方通行が任務等に移る際には
徹底していたはずの掟。それすらもブッ飛んでしまうほど、心はざわついていた。
浜面に救われた形になる点については遺憾だが、確かに彼の言う通り、まずは現状をキチンと
頭に叩き入れておくべきだ。
「……そォだな、とりあえず確認を取るのが先だ」
少しだけ、熱が冷えたようだ。
234: ◆jPpg5.obl6 2011/09/28(水) 20:32:03.85 ID:tKAWnnq00
ここでは携帯電話が使用できないため、どの道病室を出なければ何も進まない。
ふらりと出入り口の方へ歩き出す一方通行。
その際、絹旗が俯きがちに注目を集める発言をした。
「あの、私……皆さんに、超謝らなければいけない事が……」
モゾモゾと身じろぎしながら濁すように喋っている様は、普段の絹旗と大きくかけ離れたイメージ
を感じた。ずっと自分の中だけに隠していた真実を、これから暴露でもするかのような……。
そんな雰囲気を察したのか、一方通行が遮るように語り出す。
「止めとけ、今は懺悔の時じゃねェだろ。……仮にオマエがここで全部吐き尽くしたトコで、何が
どォなるってワケでもねェ。そォいうのは終わった後にでもオマエらだけでやってるンだな……。
俺には関係のねェ話だ」
「え? ……で、でも」
「だから言ってンだろォがよ。俺が動く理由は、“あいつらを無事に救出する”事だけなンだっつの。
オマエら内輪での事情や経緯、ましてや誰と誰の間にどンな因縁があるかなンて、興味の範疇外だ」
「………あなたに関係ある話でも……ですか?」
「当然だ。オマエ、まさか俺が何も気づいてねェとか思ってねェよな?」
「……ッッ!?」
驚愕の表情を浮かべた絹旗に、一方通行はいつも通りの仏頂面で説く。
235: ◆jPpg5.obl6 2011/09/28(水) 20:34:04.26 ID:tKAWnnq00
「個人同士の私怨争いに首を突っ込む気はねェが……こいつはヤツらからの、最っ高に分かりやすい
『宣戦布告』だ。どォあっても避けれねェ以上、受けるしかねェンだよ。オマエが仲間の前で自供
を始めよォが、俺はのンびり聞いてやるつもりはねェ。……っつーか、オマエだけだと思ってンじゃ
ねェぞ? 俺は勿論、そこの無能力者は第四位だって言えることだが、誰にでも他人には知って欲し
くねェ秘密の一つや二つ、抱えてるモンだろォがよ」
「…………」
「オマエが本当に全てブチ撒けてすっきりしたいってンなら、何もかもが片付いた時でも別に遅くは
ねェはずだ。そォだろ?」
「……はい」
黒夜海鳥との因果関係。これまで彼女を追って単独行動していた日々。事件発生直前に彼女と会合し、
放逐したばっかりにあんな事態を引き起こしてしまったこと。
昨日、全てを終わらせるつもりで臨んだ勝負も、結局自身の底が浅かったせいで惨敗という始末。
今、それを仲間の前で語ったとして、一体その後に何を望むというのだろう。
断罪? それとも赦免?
絹旗の中で明確になっていない答えを、一方通行は導いてくれた。
彼らしく、ぶっきらぼうなやり方でだが……。
236: ◆jPpg5.obl6 2011/09/28(水) 20:36:56.31 ID:tKAWnnq00
だから、絹旗は一方通行がそのまま病室を去る際にこう言ってやった。
「後を、お願いします……」と。
最強はこれに対し、
「俺が後を引き継いだ以上、もォ何の心配もねェ。オマエは枕でも高くしながら安心して休ンでろ」
背中から届いた彼の言葉。
不思議と絹旗の顔に自然な笑みが零れた。
華奢で、お世辞にも強靭とは呼べないはずの背中なのに、何故か絹旗の目には誰よりも頼もしく見えた。
「浜面……麦野……」
ゆっくりと、目線をずっと静観していた二人へ向ける。
「そういうわけです。一件落着したら、話しますね……。ずっと言えなかった事を……」
「いや、別に無理して喋る必要なんかないのよ? まあ、アンタが聞いて欲しいんなら聞いてやるけど……」
と、ここで空気に呑まれたのか、浜面も便乗するように胸の内を吐く。
237: ◆jPpg5.obl6 2011/09/28(水) 20:44:26.02 ID:tKAWnnq00
「っていうか、実は俺もお前らに隠してた事……あったりして」
「はぁ!? 何だそりゃあ!? 浜面ぁ! テメェ私らに隠し事だぁ!? いつからそんな器用に生きる術
身につけたんだコラァ!! 後で全部吐いてもらうぞぉ!!」
「えぇ!? ちょ、俺だけ扱い酷いのは仕様ですかぁ!? まぁ覚悟はしてたけどさ!」
「超当たり前です! 浜面の分際で私たちに隠し事なんて……生意気すぎて超吐き気がします!」
「ナースコール押すぞ! しまいにゃ白衣の天使に助けを求めるぞ俺はぁ!! 不遇な扱いで悄然とした心
を全力で癒してもらっちゃうぞ!?」
「うっわ、超・超・超キモイです!!」
「っつか、んなくだらねえ言い合いしてる場合じゃねえだろうが! 第一位、呆れて先に行っちゃったわよ!」
浜面が目を戻すと、そこに居たはずの一方通行は既に消えていた。廊下の方から杖の遠ざかる音だけが聞こ
える。
「……何か釈然としないけど、ぐずぐずしてられねえな……。フレメア」
「にゃあ?」
浜面の脚部で、ずっと装身具みたいにくっ付いていた少女、フレメア=セイヴェルンを優しく引き剥がし、
絹旗に預ける。
「お前は、ここで絹旗お姉さんと留守番だ。絹旗、フレメアを頼んでいいよな?」
「……そう言えば、ずっと気になってたんですが……その子は誰なんですか?」
238: ◆jPpg5.obl6 2011/09/28(水) 20:46:30.72 ID:tKAWnnq00
「私も、訊こうと思ってタイミング逃しちゃってたわ。……あれ? ってかこの子、どこかで……」
「……さっき言った、俺の“隠し事”に関連してるんだ。後で、片がついたら話すよ。お前らにもいずれ話す
つもりだったしな……」
「………ま、色々と気になるけど、今は優先事項を間違えてる場合じゃないわ。―――浜面、行くよ!」
「ああ! ……フレメア、そんな心配そうに見つめてくるなって。大丈夫、すぐに帰ってくるよ。だから絹旗
お姉さんに迷惑掛けるような事するなよ? わかったな?」
「うん、大体わかった……」
「浜面、親父みたいで超キモイ……」
「うるっさいのよお前は!! ……って、麦野もういねえし!? 置いてかれちまったじゃねえかクソ!」
「超タラタラしてるからですよ。早く行ってください。シッシッ」
「うぅ……じゃあ行ってきますよトホホ……」
「――――浜面」
「ん……?」
「第一位を……麦野を、お願いします」
239: ◆jPpg5.obl6 2011/09/28(水) 20:48:54.21 ID:tKAWnnq00
「……超能力者を無能力者に託すって、何かおかしくない?」
「それもそうですね……。やっぱり今のナシです。超忘れてください。……あと、死ぬのも超許しませんよ?
滝壺さんが超悲しみますからね!」
「お、おう! それぐらいなら何とか守ってみせるさ! ――――じゃあな!」
慌しく出て行った浜面を見送った後の病室は、一転して静寂な空間と化した。
「ふにゃー……大体朝早かったから、眠い。寝る。おやすみ」
「痛っ!? ちょ、痛いですっ!! 急に圧し掛かってこないでくだ―――!! あァァああああ!!! 傷が!
傷口が超開いたァァああああああ!!!!!」
ガチャリ。
「………隔離病棟とは言え、もう少し静かにして欲しいね?」
―――
病院から外へ出た直後、すぐに浜面と麦野が追いついてきた。
どうやら同行するつもりらしいが、それについて振れる前にまずは確認を済ませるのが先だ。
携帯電話を取り出し、昨日交換したばかりの番号へ着信を送る。
授業中で出ないかと思われたが、意外と待たされることなく連絡先へ繋がった。
240: ◆jPpg5.obl6 2011/09/28(水) 20:51:20.77 ID:tKAWnnq00
『――――もしもし!? 一方通行か!? 良かった……。俺も今丁度お前に電話しようと……』
通話口から届いた上条当麻の声は、どこか切迫している様に感じられた。
この時点で、受け入れたくない疑惑が確証に変わりつつある。
「………今、どこにいンだ? 学校は?」
『その学校から今抜け出してきたんだ! ……後が恐いけど、それどころじゃねえ! 番外個体が来てない
んだよ!』
(……やっぱりか)
『最初、お前が休ませたのかなって思ったけど……友達が昇降口で番外個体を見たって……』
「そりゃそォだ。学校前まで俺が送ったからな。……教室へ着く前に『新入生』が連れ去った……。チッ、
どォやら確定らしいな……」
『なっ……! そ、それ本当か!? 『新入生』の連中、学校内にまで……』
「俺の責任だ。俺が甘すぎた……ヤツらの底を見誤ってたンだよ。……オマエ、もォ学校から離れてンのか?」
『いや……まだ近くにいるかもしれねえと思って、周囲を散策してる。お前は何か知ってるのか? ってか、
お前さっきからやけに落ち着いてねえか?』
「説明は後でする。オマエが学校を抜け出してまでアイツの事を気に掛けてくれた件については、すまねェ
としか言えねェ……」
241: ◆jPpg5.obl6 2011/09/28(水) 20:54:06.57 ID:tKAWnnq00
『んなの気にしてる場合かよ! ………で、俺はこれからどうすればいい? どうせ今日はもう学校に戻れ
ねえし、こんな時に授業受ける気分でもねえし……』
何故この男の声を聴くと、こんなにも頼もしい気分になれるのか……一方通行は未だに不思議だった。
以前、美琴が行方不明になった事件でもそうだった。
自身の環境が悪化してしまおうと、他人との義理を尊重するのが彼だ。
……いや、義理とは全く異なる原動力が、上条をただ動かしているのかもしれない。
予想以上の行動をとった上条の意思を、無駄にはしたくないと一方通行は思う。
助長に対する抵抗や意地など、もう拘ってはいられない状況だ。
「『新入生』は決着を所望してる。俺は当然乗ってやるつもりだ。ヤツらを完膚なきまでに叩きのめして、
番外個体も救い出す。……必ずな」
『一方通行………』
「手ェ……貸してくれるか?」
『当たり前だろ!!』
「よし……俺は今、病院から出たところだ。オマエの現在地を教えろ。すぐに迎えに行く」
どうやら合流する気の一方通行。
242: ◆jPpg5.obl6 2011/09/28(水) 20:57:17.41 ID:tKAWnnq00
上条の現在地を聞き出し、頭にインプットさせてすぐに会話を切り終える。
と、そこでようやく後ろの二人に意識を向かせた。
「……どォした? まだ何か用事があるンなら手短に済ませろ。見ての通り、急いでるンでなァ」
「何言ってんの? 非常事態にアタマでもやられたのかにゃーん? 第一位さん」
「“お前の大切なモノ”を取り戻しに行くんだろ? 俺らも付き合うぜ」
「………来たところで、オマエ達にメリットがあるとは思えねェ。……それでもか?」
「馬鹿野郎が。損得の話をここで持ち出すとか、どんだけ空気読めてないのよ、アンタは……」
「?」
「アンタと“私ら”は同盟関係。つまり、仲間みたいなモンでしょうが。手伝う理由が他に要ると思う?」
「……仲間意識、ねェ……。どォも慣れねェ響きだな」
「そうでなくても、アンタには“ロシアで浜面達が世話になった件”での借りがあんのよ。戦力が増えて何か
不都合でも?」
「……ねェ。正直、助かる」
昨日に食蜂が言っていたことを鵜呑みにするわけではないが、事実欠陥が多い今の自分一人では、危ういのも
確かだ。
味方が一人でも多いに越したことはないし、自分と同じ超能力者が協力してくれるのは損どころか寧ろ大きな
活力になる。
243: ◆jPpg5.obl6 2011/09/28(水) 20:59:18.53 ID:tKAWnnq00
そして、浜面も……。
「今度は俺がアンタに手を貸す番だな。……まぁ、麦野と違ってただの無能力者にできることは知れてっけど、
このまま指咥えて見てるわけにもいかねえよ。……それに――――」
「――――このまんまヤツらをのさばらせてたんじゃ、滝壺が安心して目ぇ醒ませないでしょ? 忘れて欲し
くないけど、『新入生』はアンタだけの獲物じゃない。……絹旗にも関連してるとしたら、尚更……ね」
「……好きにしろ」
二人の真っ直ぐな眼を観察し、一方通行は同行を許した。
最優先は番外個体及び打ち止めの救出だが、もう一つチェックすべき事項が残っている。
「………芳川か? 俺だ」
再び電話を掛けた先は、打ち止めの居住兼教育を任せている黄泉川愛穂の自宅だった。
当然家主は学校に勤めているため不在だが、代わりに同居人の元研究者、芳川桔梗が対応している。
『君から掛けてくるなんて珍しいわね。何かあったの? もうすぐ朝ドラ始まっちゃうから、用件は手短にね』
「相変わらずのダメ人間っぷりだな。……まァいい。打ち止めは居るか?」
『あぁ、最終信号ならさっき、お友達と遊びに行っちゃったわよ』
「……その、“友達”ってのは……?」
嫌な予感に手の震えが止まらない。
244: ◆jPpg5.obl6 2011/09/28(水) 21:00:50.70 ID:tKAWnnq00
『あら? 君も知らないの? ……おかしいわねぇ。最終信号が、“一方通行とミサカの友達”って、自分で
言ってたのに……』
「打ち止めが……? ―――ッ! オイ、そいつの特徴は? 姿とかは見てねェのか?」
『エントランスのモニターでしか見なかったけど、確か“常盤台中学の制服”を着てたわね。だから“超電磁砲
《オリジナル》”繋がりで知り合ったものだと……違ったかしら?』
「………もォいい」(クソッ……!)
乱暴に通話を切る。
やはり敵のメッセージはこけ脅しなどではなかった。現にこうやって実行段階に突入している辺り、本気で決着
をつけるつもりなのが窺える。
そして、この所業をこうも完璧にこなせる人物に一人だけ心当たりがあった。
(……テメェの無能っぷりに反吐が出そォだ。昨日忠告を受けたばっかりじゃねェかよ……。なのに、何だァ
このザマはァ……。まンまとあいつらの手中に収めさせちまうとは……ッッ!!)
ギリギリ……と歯を軋ませ、眉間に皺を寄せる。
露骨すぎるほどの焦燥に、麦野と浜面の憂色も濃くなっていく。
245: ◆jPpg5.obl6 2011/09/28(水) 21:07:12.98 ID:tKAWnnq00
確かに、一方通行の心には少なからずの慢心があった。
それが過信へと繋がり、この結果を生んだのかもしれない。
だが、『してやられた』と下を見ながら悔やむより、前をしっかり見据えて気を引き締める方が重要だ。
一方通行は決して暗愚ではない。
しかし、それでも今回は『彼の心の隙間』を的確に突いた『新入生』が一枚上手だったのだ。
「……上等じゃねェか。あいつら、いよいよこの俺相手に挑戦状叩きつけて来やがった……。最高だよ。
最高に面白れェ連中だよ……やってくれるぜ……」
「お、おい。第一位……大丈夫か?」
「あァ、心配すンな。……ちっとばかしヤツらの“料理法”を考えてただけさ。ンじゃあ、行くとすっかァ。
まずは“とある三下”を迎えに、なァ。ククク……」
浜面や麦野でなくても判る。今、一方通行は相当に“キテる”と言う事が。引き攣った笑顔が魔物のように
おぞましく、狂気を帯びていた。
向こうに一体どんな作戦があるのかは知らないが、こうなると敵の方を軽く同情してしまいそうだ。
この最強最悪の悪魔を、とうとう本格的に怒らせてしまったのだから――――。
247: ◆jPpg5.obl6 2011/09/28(水) 21:13:59.24 ID:tKAWnnq00
黒夜「おそらく、向こうも『勢力』を惜しみなく使ってくるだろう。……そうなると、超能力者を二人も
敵に回す事になるが……」
食蜂「第四位ねぇ……。まぁ、どうって事ぁないでしょ。序列なんて、あくまで『能力値』考慮でついた
順位だもん。そこに『状況』と『戦術性』は含まれてない。『樹形者の設計図《ツリーダイアグラム》』
の演算結果も、良く見ると案外欠陥だらけなのよねぇ……。科学の限界って言っちゃえばそれまでだけど」
―――――――
浜面「ちょ、俺“穴”かよ!? 確かにキミ達と比べたら目が霞んじまうほどチッポケだよ俺は! けど、
ゴミにはゴミなりの戦法やら足掻き方があるんだぜ!? 麦野も何度か目撃してるだろ!?」
麦野「目撃者としてコメントするけど、今もアンタがこうして生きてるのって、奇跡以外に無いわよね?」
―――――――
一方通行「わざわざアッチから出向いてくれたンだ。せめて全力で歓迎してやらなきゃなァ」
261: ◆jPpg5.obl6 2011/10/04(火) 20:27:52.07 ID:yDOYgkoS0
―――
第七学区と第五学区のほぼ境に位置する工場跡は、無人の倉庫が幾つにも組み分けられていた。
廃場してからは、スキルアウトの根城として主に利用されていたこの跡地。現在は『新入生』の隠れ所と
して機能している。
一部のスペースは兵器用の駆動鎧格納庫や密輸武器の管理場として活用され、全兵力が武装と搭乗を終え
たところだ。
雑兵の顔色は緊張に包まれ、どこか強張っているようにも見受けられる。それもそのはず。
これから『学園都市最強』の超能力者と一戦交えるのだ。相手の脅威度も認知しているからこそ、彼等
にもある種の覚悟が備わっていた。
いくら“勝算”ありの戦いとは言ってもだ。
新たな“マリオネット”を引き連れた食蜂操祈は、相変わらず軽薄に微笑んでいるばかりで緊張の面影
は一切見られない。ただの“楽観的”と表現できなくもないが、そこは『常盤台の第五位』として相応
の貫禄があると言っておこう。
そして、『新入生』を束ねる黒夜海鳥もまた待ち遠しそうに最奥の座椅子で寛いでいる。
「機は熟したな……。あとはヤツが出向くのを待つだけか。第一部隊はそろそろ挨拶を仕掛ける準備に
取り掛かれ。派手にやっちまって結構だ。平和ボケしきってる愚民どもに恐怖を植え付けてやるのも
ウチらの存在意義の一環だからな」
武装し、待機中の小隊に指令を下す。
262: ◆jPpg5.obl6 2011/10/04(火) 20:31:46.61 ID:yDOYgkoS0
重い足音を響かせた駆動鎧が次々と外へ繰り出していく。
歓迎の態勢は万全、と言った具合か。
「ご苦労だったな、流石『心理掌握』。アンタが手際良く且つ迅速に働いてくれたおかげで、予想より
もずっと面白いショーが見れそうだよ」
「まぁーね♪ けどこんな見え透いた罠に、あの第一位さまが本当に乗ってくるのかしらぁ? 仮にも
この町のトップよぉ? アタマの回転力なら人間離れしてるハズだしぃ、昨日親切に忠告してやった
ばっかりだしぃ……」
得意げな様子の食蜂に、黒夜は素直な称賛の言葉を送った。
そんな褒め言葉に鼻を高くしつつも、食蜂は至極もっともな意見を軽口で叩く。
「アンタはまだ半信半疑だろうけどな、あの男の“ソイツら”に対する執着心は尋常じゃねぇ。たとえ
罠だと知ってても、十中八九ここにやって来るさ。絶対にな」
座椅子の隣りにある柱に寄り掛かる食蜂が従えている“マリオネット”を見つめながら囁く黒夜。
その口振りからは妙な自信が溢れていた。
「……だが」
黒夜の意気軒昂な表情が変化する。
大戦を控えているせいなのか、普段よりも少々神経質な面が見られる。
「おそらく、向こうも『勢力』を惜しみなく使ってくるだろう。……そうなると、超能力者を二人も敵
に回す事になるが……」
263: ◆jPpg5.obl6 2011/10/04(火) 20:32:58.47 ID:yDOYgkoS0
「第四位ねぇ……。まぁ、どうって事ぁないでしょ。序列なんて、あくまで『能力値』考慮でついた
順位だもん。そこに『状況』と『戦術性』は含まれてない。『樹形図の設計者《ツリーダイアグラム》』
の演算結果も、良く見ると案外欠陥だらけなのよねぇ……。科学の限界って言っちゃえばそれまでだけど」
書庫上のデータはあくまで参考の一部にすぎない。
確かに敵は『学園都市最強の能力者』に違いないが、食蜂は特に脅威を感じていなかった。
結局のところ、彼女にとって優位に立つ基準はそこではないのだ。
事前の情報をどこまで有効活用でき、尚且つ正確に相手の弱点を突けるか。
その点さえ怠慢しなければ、敵が同じ人間である以上いくらでも活路が見出せる。
たとえ、そこに『絶対的な壁』が聳え立っていたとしてもだ。
「“対策”にも抜かりはねえからな。本来の標的はあくまでも第一位だが、この際まとめて椅子から
叩き落とすのも一興だねぇ。いよいよ現実味を帯びてきたってワケだ……」
「対策って、あの“リサイクル男”のこと? っつか、大丈夫なのアイツ……。確か第四位にこっぴ
どくやられて、廃人みたいになってんでしょ? あんな人間放棄したヤツなんか、さっさと焼却処分
にでもしてやれば良かったのに……。その方がまだ慈愛に満ちてるんじゃない?」
「ステージを再提供してやったのは、私の情けみたいなモンさ。それに、“あれ”を乗りこなすには、
下手な感情が寧ろ邪魔にさえなり得る。精神疾患者には正に“うってつけ”なんだよ」
「へーぇ……。まぁ、第一位以外ならそいつだけで何とかなりそうだしねぇ。ただの無能力者じゃ、
どう足掻いても標準の駆動鎧一体にさえ劣るだろうし……」
「で、肝心の第一位はもうじき四面楚歌に陥る……か。いいねぇ、完璧じゃないか。ヤツの反応が今
から楽しみで仕方ねえよ。間近で見たら、腹ぁ抱えて笑っちまうかもなぁ」
264: ◆jPpg5.obl6 2011/10/04(火) 20:34:43.63 ID:yDOYgkoS0
子供らしい無邪気なものとは程遠い人相で期待に胸を膨らませる黒夜。
そして重い腰をゆっくりと椅子から離し、身体中の関節をポキポキと鳴らして“改造部位”の点検を
済ませた。
(もし『心理掌握』が不首尾に終わったとしても、“例のデータ”の搾取は完了済みだ。今の私なら
第一位を確実に仕留められる。ヤツらがどう足掻こうと、勝負の帰趨は決定したも同然よ。クク……)
準備は整っている。あとは、結成当初から立ち上げられていた計画(プラン)を成功に導くのみ。
泣こうが喚こうが、もう後戻りなどできない。
「……さて、んじゃあ私らもボチボチ動くか。あっちがどう出るか、まずはそいつをじっくりと拝見
したいからね」
「了ぉー解っ♪ 楽しい祭りになるといいわねぇ。こういうイベントって、あまり中心にいた経験が
ないから、何だかドキドキしちゃう」
「……おい、遊びじゃねえんだからな。一応言っとくが」
「はぁ~いはいはい、わかってるってばぁ」
ハメを外しすぎないよう、釘を刺しておく。が、彼女に口上での注意を聞かせたところで実際に効果
はあるのだろうか。超能力者はどいつもこいつも非常に我が強いのだ。果たしてどこまで思い通りに
動いてくれるか……。そこの部分が唯一の不安要素だった。
「しっかし……“同じ顔”があんだけ揃ってるのを実際目の当たりにすると……私が言うのも変だが、
妙にカオスだな……。話に聞くのと目で見るのとでは違う、ってか?」
食蜂の後にゾロゾロと続く『僕(しもべ)』を眺めながら、黒夜は一人呟いた。
265: ◆jPpg5.obl6 2011/10/04(火) 20:37:17.18 ID:yDOYgkoS0
―――
麦野沈利、浜面仕上が協力を申し出てくれたのは、結果的に救いだった。
移動手段が楽に入手できる上に、客観的な意見も最適な動き方の参考になる。
何より、暴走気味だった自身のブレーキ役として早速活躍してくれている。
焦りは最悪の事態を引き起こしかねない。頭では理解できていても感情は誤魔化しが利かないのだ。
そんな時に誰かが傍にいてくれるのは、非常に心強かった。
公道を走る車内の後部で、一方通行は昂ぶる想いを落ち着かせながら運転席と助手席に座る二人に
ひっそりと感謝の意を示していた。
「で、アンタの知人をまずは拾えばいいんだったな。どの辺りにいるんだ?」
「このまま第七学区の中央部を抜けろ。『木の葉通り』の路傍に一旦待機させてる。学生服姿だろォ
から、多分すぐ目に付くハズだ……」
「……何者なんだよ? そいつ」
『怪物』と称されている一方通行が一目置くほどの人物に、浜面は純粋な好奇心を抱く。
麦野も興味があるらしく、さりげなく話題に耳を傾かせていた。
「ちっとばっかし特殊な部類に入っちゃいるが、それ以外はどこにでも転がってそォな“ただの不幸
な高校生”だ」
266: ◆jPpg5.obl6 2011/10/04(火) 20:38:40.92 ID:yDOYgkoS0
「……いまいちピンと来ないわね。無駄に頭数を増やすだけなら、ハッキリ言って不要だと思うわよ?
ただでさえ浜面っていう“穴”抱えてんだからコッチは」
「ちょ、俺“穴”かよ!? 確かにキミ達と比べたら目が霞んじまうほどチッポケだよ俺は! けど、
ゴミにはゴミなりの戦法やら足掻き方があるんだぜ!? 麦野も何度か目撃してるだろ!?」
「目撃者としてコメントするけど、今もアンタがこうして生きてるのって、奇跡以外に無いわよね?」
「奇跡だろうが悪運だろうが何だって味方に付けるのが無能力者にとって『生きるための秘訣』なん
だよ! 確かに俺が今も空気吸えてんのは奇跡だって認めるけど、それも全部引っくるめて『実力』
って事にしてくれ。でないとお前らみたいなチカラを持たない俺の“生き残った理由”が成立しねぇ」
運転しながら過去を振り返る浜面。
確かに、一般から飛び抜けた能力を何も持たない彼にしてはあまりに壮絶な道程である。
にも関わらず彼がまだ現世に留まり続けていられるのは麦野の考察通り、やはり神の所業なのだろうか?
明確な答えは明かされないまま、刺客の手が背後から忍び寄っていた。
悪辣な気配には人一倍敏感な一方通行が逸早く危険が迫っている現状を感知し、運転席で緊迫感を欠如
させている浜面へ声を掛けた。
「………オイ、無能力者」
不穏な空気を漂わせる一方通行の低音な声に呼ばれた浜面は、一瞬肩を萎縮させてから反応を示した。
「……何だ? 第一位」
267: ◆jPpg5.obl6 2011/10/04(火) 20:40:52.97 ID:yDOYgkoS0
「俺が途中下車しても、オマエは構わずに走り続けろ。この方角で『木の葉通り』を走行してりゃあ、
その内“学生服を着たツンツン頭の黒髪”に出くわす。そいつを拾ったら、先にヤツらのアジトまで
“なるべく停車せずに真っ直ぐ”向かえ。俺も必ず追いつく……」
「お前……急に何言って…………っ!!?」
後ろをチラ見した浜面も、どうやらやっと気づいたようだ。
麦野は背後に顧慮せずに一方通行へ軽い調子で申告した。
「あんだけ馬鹿デカい『軍用車』を差し向けたからには、相当“具沢山”なんだろうね……。アンタ
だけじゃ最悪の場合、時間切れも有り得るんじゃない?」
「数が多い分、自滅も誘いやすい。それに挨拶如きでぶつける兵力なンて、精々たかが知れてるって
モンだろ」
「だとしても、ここで“貴重な時間”を費やすのは得策じゃないでしょお? 温存できるなら、それ
に越したことはない。……違う?」
「……さっきから何が言いてェ?」
「暴れるつもりなら私も混ぜろ、ってコトよ♪ アンタ一人じゃ五分掛かる作業でも、私が加算され
れば最低でも倍近くは縮められると思うケドぉ?」
麦野の妖艶な顔がこちらを向いた。
その瞳に隠された『戦闘狂』としての素顔に、一方通行はニヤリと口端を歪ませる。
「なら、最初っからそォ言いやがれ。別にケチるつもりはねェぜ? 俺にとっても悪い話じゃねェし、
オマエがひと暴れしてェンなら俺がそれを止めてやる義理もねェしな」
268: ◆jPpg5.obl6 2011/10/04(火) 20:44:10.73 ID:yDOYgkoS0
「話が早いわね。……うふっ♪」
「俺に付き合ったのも、結局はオマエらの勝手な判断だ。なら、自己責任ぐれェは承知しててもらわ
なきゃ困る」
「バーカ。“足枷”になるって分かってたんなら、最初から協力なんか申し出るワケねえっつーの」
「それもそォだな……。もっともな言い分だ。無駄口叩いちまったな」
『超能力者』同士の意見が一致した瞬間だった。
二人は一瞬の内にアイコンタクトを取り、揃って悪戯心満載の笑顔を作る。
不穏な空気を感知した浜面の心拍数上昇など知ったことか、とばかりに一方通行が開戦の合図を出す。
「わざわざアッチから出向いてくれたンだ。せめて全力で歓迎してやらなきゃなァ」
「……今更だけど気づいたわ。アンタとは、どうやらかなり気が合うみたいね」
「へっ? あのー、お二方……? 俺達追われてる立場だよね? なのにその高揚感溢れる雰囲気は
一体何を意味しているのでしょう? 俺頭悪りいからお前らの考えてる事がサッパリなんだけど!?
いや、何となく想像はつくんだけどできればそれは待って欲しいっていうか早まるなっていうか……」
先が読めてきたのか、肌をサーッと青ざめながら露骨に動揺する浜面。そんな彼の主張など、二人の
耳に届きはしない。
269: ◆jPpg5.obl6 2011/10/04(火) 20:45:56.27 ID:yDOYgkoS0
そして直後、浜面の反対も虚しく助手席と後部座席右のドアが同時に開かれた。
減速していない状態のために開けられたドアが風圧で捻られ、ミシミシと軋み音を上げる中―――、
「浜面ぁ!! 私らが追いつくまでに、せめて入り口前の雑魚掃除ぐらいは終わらせとけよ!!」
「……うおおおお!!? やっぱり!? ってか待て、待って、待てってば!! 何も二人して行っ
ちゃう事なくない!? 俺運転中だし、もし仮に運転してなかったとしてもそんな芸当なんて俺には
到底できっこねえのを知った上で置き去りかぁオイ!!?」
―――浜面が喋り終わる前に一方通行と麦野は、ほぼ一緒のタイミングで車外へ飛び出した。
一方通行はいつからか能力使用モードに切り替えており、伸縮自在の杖を収納してアスファルト
のすぐ低空を鮮やかに飛翔する。
麦野も紫と青と白の入り混じった発光体を両手から夥しく放射し、並行して生じた衝撃を緻密な
計算の元で上手く活用しながら地に降り立つ。
この事態に一人で滑稽な雄叫びを上げた浜面は、ハンドルを握って生身のまま投下された二人の
超人をチラチラと窺いつつ、この後己が取るべき行動について模索する。
(どうすんだよこれ……!? 俺も停まって加勢しに行った方がいいのか!?)
しかし、一方通行は『止まらずに進め』と言っていた。麦野も便乗するような脅迫を残して飛び
立ってしまった。
270: ◆jPpg5.obl6 2011/10/04(火) 20:46:51.45 ID:yDOYgkoS0
(……いや。あの“最悪コンビ”に混ざったんじゃ、却って足引っ張るのがオチだろうな……。
それだけならまだラッキーだが、最悪“敵もろとも”撃破されても何らおかしくねぇぞ……。
特に麦野の攻撃被弾確率が圧倒的に高い気がする。……よし、ここは言われた通り“強者”に
任そう! そうと決まればとっとと離脱だ離脱ッ!! 早く離れねえと『ダイハード』みてえ
なシーンがすぐ真後ろで再現されちまう!)
ブレーキを踏みかけた足に歯止めを掛け、ドアが開いたままの車は更に加速しだす。
あの二人が塞き止めを買った以上、自分にできるのはとにかく急ぐ事。
まずは上条当麻という男子高校生と合流しなければならない。
それに、懸念もあった。
第二の追手にもし襲撃を受けた場合、戦況は一気に暗転してしまう。
超能力者二人が一緒だった時に感じていた心強さなど、もうとっくに消し飛んでしまっている。
喩えるなら、頑丈で安心だと信じていた鎧があっさり破壊されて丸裸になったようなものだ。
「瞬く間に独走タイム突入かよクッソ……急展開すぎんだろ! あの二人は心配ねえだろうけど……
俺が知る限りであれ以上悪夢を連想させる組み合わせは存在しねえだろうし………って、良く考え
なくても一番危ねえのは俺じゃねえのかオイオイオイィィ!? しかも、もしかしなくてもまた俺
の行動が鍵になるとかって流れかよこの状況はぁあ!?」
アクセル最大限、ハンドルを目一杯切り、急カーブを鮮やかに曲がりつつ思い切り驚嘆する浜面。
既に遥か後方から、凄まじい爆発音が立て続けに耳を貫いている。
とりあえず最優先すべきは、巻き添えによって自身が没さない様、少しでも速く“射程圏外”へと
逃れることだ。冷たい汗の滲んだ手でハンドルを捌きながら、浜面は正面だけを見据えてただひた
すら前進した。
271: ◆jPpg5.obl6 2011/10/04(火) 20:51:10.23 ID:yDOYgkoS0
――― 12月17日 AM9:34
一方通行勢 『一方通行』・『原子崩し』、新入生軍勢『駆動鎧特攻部隊』、戦闘開始 ―――
272: ◆jPpg5.obl6 2011/10/04(火) 20:52:24.50 ID:yDOYgkoS0
―――
第一位と第四位。
『一方通行』と『原子崩し』。
単体でも軍事組織の一つぐらいなら簡単に壊滅できてしまうであろう。そんな化物が公道の中央で肩を並べ、
立ち尽くしている。
二人の正体を知る者なら腰を抜かし、地面を無様に這ってでも逃げ延びようと躍起になるであろう。
そう、二人とも世間一般では『化け物』の地位に属する人間だ。
思わず恐怖に駆られ、先走った攻撃を繰り出してしまう者がいたとしても何ら不思議な現象ではない。
出撃命令の有無さえ頭から除外させた何体かの駆動鎧は、怪物たちが地に降りるのも待たずに先攻を取った。
トラックの後部に取り付けられた長いコンテナから飛び出した特攻隊が、不充分な照準のまま砲撃に移る。
便乗した他の戦闘員も、孵化した幼虫のように続々と湧き、躍り、彼等のターンなど回してなるものか!
とばかりに猛攻撃を浴びせ尽くす。
一瞬、本当にたったの一瞬で平和な街が崩壊の序章を迎えた。
悲鳴を上げ、逃げ惑う一般人。
凄惨の一言に尽きる弾幕の嵐。
付近の住民及び通行人には緊急避難勧告が下されるが、天災同様に突然すぎたため、殆どがパニック状態に
陥っている。
273: ◆jPpg5.obl6 2011/10/04(火) 20:53:33.31 ID:yDOYgkoS0
終戦後で平和一色ムードの生活を送っていた住民たちにとっては、“前触れ無しに訪れた突然の悪夢”以外
の何物でもなかっただろう。
しかし、周囲の人間が避難してくれたのは“彼ら”にとっても都合が良かった。
“人”に対して放つにはあまりに過剰な攻撃。
銃口は何度も火を噴き、煙を散らせ、光とけたたましい爆音を轟かせている。
この地獄のような光景が、大凡一分程続いた頃――――。
―――― 付近一帯は、襲撃前の面影すら消えていた。
空襲でも受けた後のように、抉れ、崩れ、壊れ、焼け焦げた公道跡。
道路沿いの近くにあった建物も襲撃に巻き込まれ、見るも無惨な形状に成り果てていた。
第七学区で起きたこのテロを彷彿とさせる事件は、後に語られることもなく葬り去られていくのだろうか。
これだけの惨状にも拘わらず、“犠牲者がゼロ”という奇跡の事件として――――。
誰の所業によって起きた奇跡かは、敢えて問うまでもない。
現時点でその実状を把握しているのは、粉塵の中心に立つ“二人の怪物”だけなのだから。
「ほォ……」
“怪物”の一人が視界不良の中で口を開く。
274: ◆jPpg5.obl6 2011/10/04(火) 20:55:21.73 ID:yDOYgkoS0
「――――『先手必勝』……。まァ、無難な出方だが……所詮、捨て駒じゃそこまでが限度ってかァ?」
「――――埃まみれにしてくれやがってよぉ……大した洗礼じゃないか。その勇気だけは認めてやるよ」
………ッ!?
未だ晴れない土煙の奥から確かに聞こえた声明。
次いで薄っすらと浮かぶ二つの人影。
普通なら肉片すら残らないほど粉々に砕け散っている筈の猛攻。しかし―――――、
「ンじゃ、もォいいか? 余計な時間を費やしてる暇はねェ。……二分で終わらせてやる!」
「甘めぇよ第一位。時間はもっと有効に使わないとね……、一分で片付けるわよ!」
彼らは、学園都市が生み出した『怪物』そのものである。
僅かな可能性を信じて身を震わせていたのは、実は攻撃している側だったのだ。
そして結果は案の定、『無駄』。
あとは精神を薬物投与により増強させ、一切の『恐怖概念』を取り除かせた上での――――、
『――――――!!!!!』
文字通りの、“特攻手段”しか道は残されていない。
そう、所詮捨て石には捨て石なりの末路しか用意されていないのだ。
『挨拶の代用』という、残酷な役目しか――――。
275: ◆jPpg5.obl6 2011/10/04(火) 20:56:15.28 ID:yDOYgkoS0
「――――ゴミ掃除だ。覚悟はイイな? クソ野郎共」
「――――んじゃあ、まずは派手な挨拶のお礼から始めてやろうか」
生きる核爆弾に等しい二人が始動する。
全身を発光させ、魅惑と殺戮を混濁させたような形相の『原子崩し』こと麦野沈利。
狂気を目に光らせたシタリ顔で、毅然と立ちはだかる『一方通行』。
この者たちが先に動けば、何の抵抗すら敵わないままに蹂躙されるだけの運命。
これは、この場に留まる全ての雑兵が満場一致で出した結論だった。
背に腹は代えられない。
たとえこの後の一方的な展開が予測できたとしても、“逃亡”など許されない。
ならばせめて、身体の中で暴れてどうしようもない“恐怖”という感情をいっそのこと消して
しまおう。
これも、駆動鎧部隊全員がほぼ一丸となって行き着いた決断だった。
『向精神剤』。いや、“効き目が異常なまでに高い興奮剤”と敬称すべきか。
目は充血し、飢えた獣の如く怪物に挑む彼らにとって、もはや相手の強度やレベルなどは頭の
中から消し飛んでいた。
276: ◆jPpg5.obl6 2011/10/04(火) 20:57:35.76 ID:yDOYgkoS0
『―――― 殺られる前に殺る。殺らなければ殺られるだけだ ――――』
頭にエンドレスでリピートされる文章は、たったこれだけ。
至極単純明快で、思考能力の欠如した雑兵達にも呑み込める“魔法”の言葉。言わば御呪い。
再び実行に移された駆動鎧部隊による無慈悲の一斉攻撃。
だが、それでも桁違いの強さを誇る一方通行及び麦野の顔色を変えるまでには到らない。
第七学区のとある区画で発生したこの大規模な抗争。
だが、これでもまだ事変の起こる前兆程度に過ぎなかった。
278: ◆jPpg5.obl6 2011/10/04(火) 21:04:43.90 ID:yDOYgkoS0
黒子「たとえ暗部同士の抗争だとしても、限度というものがありますの! 速攻で制圧に取り組むべき
ですわ!」
固法「私たちだけで勝手に決断できないの! ……子供みたいに喚かないで」
初春「……白井さん、ちょっとおかしいですよ……」
―――――――
一方通行「主犯が“ある程度の権力”を握ってるって考えるのが妥当だろォが。おそらく『新入生』を
裏から動かしている人間が、上層部を通して圧力を掛けてンのかもしれねェ……」
麦野「『新入生』に……? でもそれって変じゃない? そんな強力なバックアップが付いてんなら、
今の今までアンタや私らを泳がせておいた事に何の意味があるってのよ?」
288: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 18:34:41.39 ID:srCGggoo0
―――
第七学区近辺に点在する『風紀委員』の各支部では今朝、同区内で突如発生した駆動鎧の
集団によるテロ騒動の件で緊急招集が下されていた。
とは言え、風紀委員も学生の身分である
この召集中に置ける際、本来受けるべく授業自体は統括理事会の計らいで一切免除となる。
つまりは忌引き扱いと似たようなものだ。
もっとも、過去にこういった前例がない。それこそ街そのものを脅かすような天災が起き
たのだとすれば、また話は変わってくるが……。
理事会の真為など知る由もなく、召集された風紀委員たちは授業中の急な呼び出しに付け
加え、各支部での待機命令を課せられて不満げな様子だ。
老獪な上層部の意図的な算段だとは夢にも思わず―――。
「―――ふざけないでくださいな!!」
第百七十七支部で伝令書をくしゃくしゃにしながら憤慨しているのは白井黒子。
激しい怒りを全面に表しながら、黒子はモニター画面に向かって啖呵を切った。
「何が“待機”ですの!? 上層部の考えてる事が、もはや理解できません!! 事件は
現在進行形で発生してますのよ!? すぐにでも総動員で出動し、鎮圧に努めるべきでは
ないのですか!?!?」
正当な主張が同僚たちの耳を劈く。
289: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 18:35:42.39 ID:srCGggoo0
この支部の仕切り任を承っているムサシノ牛乳好きの女子高生、固法美偉は神経を逆撫で
しない程度の語気で定型文句を口にする。
「白井さん。気持ちは分かるわ……。けど、仕方が無いのよ。『上』が決めた規則外では
風紀委員の活動が認められないの、貴女だって知ってるでしょ?」
「こんな事態に何を悠長な……! 衛星中継が見えませんの!? 正に今、助けを求めて
いる何の罪も無い住民たちを見放す気ですの!? なのに……救助活動の許可も下りない
とは一体どういうことですか!?」
「貴女だけじゃないのよ! 風紀委員全員、気持ちは貴女と一緒……」
「たとえ暗部同士の抗争だとしても、限度というものがありますの! 速攻で制圧に取り
組むべきですわ!」
「私たちだけで勝手に決断できないの! ……子供みたいに喚かないで」
「……ッ! 初春!」
「はっ、はい!?」
先輩にここまで噛み付く友人の姿を初めて見たせいか、呆気にとられている初春に意見を
仰いだ。
「わたくし、何か間違った事を仰いまして?」
「……白井さん、ちょっとおかしいですよ……」
290: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 18:36:37.89 ID:srCGggoo0
「なん……ですと……?」
予想外の返答に耳を疑った。
「いつもはこういう時ほど冷静なはずの白井さんらしくないと思います。……何か、理由
があるんじゃないですか?」
「!?」
友人の考察は的確だった。
もっとも、改めて自覚できたのは今の言葉を聞いた瞬間なのだが……。
そう。昨日の一件からずっと、黒子は不吉な予兆を感じていた。遂にそれが形となって街
を混乱に陥れている今、常日頃から持ち得ている一般良識や自制心はどこかへ吹き飛んで
しまっていた。
昨日の一件と今も終息しない謎の抗争が無関係だとは、到底考えられなかった。
そして、中心人物として“あの男”が絡んでいるのだとしたら、見逃した自分にも責任が
ある。そう思い込む内に、居ても立ってもいられなくなったのだ。
他の者が大人しく指令通りに従うのは自由だが、彼女はすぐにでも現場へ急行するつもり
だった。
しかし、それを固法や初春が賛同する筈もない。寧ろ逆に、暴走寸前の黒子を止めようと
する側に立つだろう。
(そうですわ……。確かに今のわたくしは私情に駆られてますの。でなければ、ここまで
取り乱す必要もない……。では、わたくしは結局どうしたいんですの? 風紀委員を仮に
現地へ赴かせたところで、できる事と言えば避難民の安全確保及び救助。駆動鎧が中心と
なっている集団の鎮圧は、警備員の管轄……。こんなこと、考えなくても『知識』として
頭に入っているはず………。では、何故わたくしはこんなにも必死に食い下がっているん
でしょう……。一体、“何のため”に……)
291: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 18:37:37.78 ID:srCGggoo0
――― 首を突っ込みたいンなら、今の自分を全部捨てる覚悟を決めろ ―――
292: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 18:38:58.51 ID:srCGggoo0
(……わたくしには、その“覚悟”が果たして本当にあるんですの……?)
思考を巡らせる中、答えを導いてくれるかのような『最強』の言葉がリプレイされる。
――― オマエが思ってる以上にこの街は今、杜撰で腐りきってる…… ―――
(ええ、全くその通りですの……。ですが、今のわたくしに何ができますの? 何の権力
も無い、ただの学生でしかないわたくしに、何が………)
――― 一度深みまで踏み込ンじまったら、もォ元には戻れねェ…… ―――
(日常を失ってまで拘るか……大人しく見て見ぬ振りをし、『上』の言うがままに流され
るか………)
――― 救いよォのねェ馬鹿か? オマエは ―――
「ふふっ。……えぇ、確かにそうかもしれませんわね……」
「……?」
「白井さん……?」
293: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 18:48:01.23 ID:srCGggoo0
深刻な面持ちで考え耽っていたかと思えば急に嘆息し、自らを嘲るように呟く黒子。
初春と固法はそんな彼女を奇怪な目で見つめている。
(どこかの誰かさんに、すっかり影響されてしまいましたか……。ふふ、開き直ってみれば
案外単純な話でしたわね。『自己を削ってでも譲りたくない信念』……。本当、馬鹿げた空論
ですの。……けれど、自覚してしまえばどうって事はない。寧ろ、それこそが人間の本来在る
べき衝動……なのかもしれませんわ)
思い悩む事さえ、馬鹿馬鹿しく感じられる。
打算も見返りもない、ただ直感に従うがままに行動する。
そんな“彼”の姿に知らず知らずの内に惹かれ、いつしか自分もそう在りたいという願望を
抱いていたのだ。
もし、“彼”が今の自分と同じ立場だったとしたら――――どうする?
(そんなの、決まってる……。あの方なら、きっと――――)
答えは簡単に導き出せた。
己の願望を実行に移すのに、他人からの諮詢など不要である。
「固法先輩……」
低く、はっきりした声で新人時代から世話になりっぱなしの先輩を呼ぶ。
失敗の尻拭いを何度させられたか数え切れず、恩義が尽きない。
今から自分の取る行為は、それら全てを裏切ってしまう事になるだろう。
「申し訳……ありませんの」
294: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 18:49:55.83 ID:srCGggoo0
しかし、たとえそうなっても一度固定した決意は揺らがない。
後のことは後で考える。そう決めた黒子は今、自分のしたい通りに突っ走る覚悟で謝罪した。
「白井さん……貴女、まさかっ!?」
黒子の心境を読み取った固法が血相を変える。
……が、一歩遅かった。
「わたくしの処分についてですが……本部には、こう言っておいてくださいまし――――」
「――――“好きにしやがれ”と……」
この言葉だけを残し、黒子は空間移動で自らを転移させた。
固法が止めに入る隙すらも与えないまま……。
「……馬鹿……ッ! 今度こそ、本当に私なんかじゃ庇いきれなくなるじゃないの………。
白井さんの……馬鹿っ……」
やりきれない気持ちを抑えようともせず、全身をわなわなと震わせる固法。
「白井さん……」
初春もまさか本当に命令を無視して行ってしまうとは思っていなかったが、正直言ってあまり
意外な気はしなかった。
(何だか、最近で一番白井さんらしい瞬間を垣間見た感じです……)
それどころか、妙に心がすっきりと晴れるような感覚を受けた。
296: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 18:56:14.79 ID:srCGggoo0
初春の知っている『白井黒子』は、義務や形式よりも先に正義感の方が優先される。
彼女のそういう部分には尊敬していたし、昔から憧れていた。自分には無い、自分では実行
できない強さをそこに感じていたから。
消える直前の黒子は、まさにそんな“眼”をしていた。
何となく昔に戻ったような錯覚を感じ、初春は未だ止められなかった自分を責め続けている
固法の横で、好きな音楽でも聴いている最中のように頬を緩ませていた。
とは言え、このまま放っておくわけにはいかないのも事実。
「早く何とかしないと……このままじゃ白井さんが危険すぎるわ! と、とりあえず警備員
に連絡……!」
固法の懸念は決して間違っていない。中継で見た限りでしか分からないが、あんな激戦区へ
飛び込むのはどう考えても自殺行為でしかないからだ。
初春は慌てふためいて手際の悪い固法に強めの口調で言った。
「……っ! 私が連絡します!」
「……お願いするわ。初春さん……。もう、一体どうしたら……」
すぐにでも黒子を追いたい心境が、熱烈に浮き出ている。しかし、固法美偉は大人の女性に
近い理性を兼ね揃えていた。衝動のままに突き進むようなタイプではないのである。まるで
壁に直面したキャリアウーマンのように頭を抱えるしかなかった。
かく言う初春もそれに近いが、彼女にはアテがあった。
警備員よりも頼りにできる人物を、初春は知っている。
もし黒子を安心して任せるのなら、ここはやはり“彼女”以外に思い浮かばない。
携帯電話を耳に当て、通信が繋がったと同時に初春は叫んだ。
「―――――もしもし! 御坂さんですか!? 大変です! 白井さんが……!」
297: 二重投降サーセン ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 18:58:47.05 ID:srCGggoo0
―――
戦前の面影が綺麗さっぱり無くなり、廃墟と化した第七学区のとある一角。
電子機器はバチバチと音を鳴らして漏電し、所々陥没したアスファルトからは地下水が湧き水
のように噴出していた。
周りにはただの鉄の塊同然に転がっている駆動鎧部隊の無惨な姿だけで、付近を通行していた
無関係な人々はとうに避難済みである。
そんな静けさに包まれたこの地に立っているのは、一人の華奢な少年と一人の魅惑が漂う少女
のみだった。
景色の一部に変わってしまった駆動鎧の残骸などには目もくれない。
「………うーん、『二分半』か。思ったより時間喰ったわねぇー……。けどま、撃墜数はほぼ
同等だっただけ良しとしましょうか」
その口振りからは、まるでゲームでもクリアした後のように諧謔な心中が浮き出ていた。
乱れた髪を手櫛で整えながら嘆息する『原子崩し』、麦野沈利。
発光したままの粒子を分解し、元の空気中へ散らせるだけで彼女を覆っていた禍々しい殺気は
失せる。
通常の女性に戻った麦野だが、まだまだ物足りなさそうに付近を眺めつつも隣りの少年、一方
通行に首を向けて話を振った。
「そう言や、アンタの本格的な戦闘って初めて拝見したんだけどさ……何よ、アレ。アクロバ
ットな回転蹴りからカマイタチみたいな真空波まで披露してたわよね? アンタ、どんだけ技
のレパートリー豊富なんだよ? もはや固定された能力の限度も超越して何でも有りってヤツ?」
298: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 19:00:16.40 ID:srCGggoo0
「俺の“能力”が何なのかは知ってンだろ? ……白々しい感想をぶつけて来ンじゃねェよ」
麦野が全身の至る箇所から『原子崩し《メルトダウナー》』を放出し、駆動鎧を容易く打ち抜
いて無力化させている最中、一方通行は麦野の供述通りに幅広い攻撃法を用いて駆動鎧を撃破
していった。が、この過程に麦野は少々不満らしい。
本心を推察すると、『自分と同等以上の強者と肩を並べての戦闘』は初体験だったのが関係し
てそうだが、真相は麦野本人にしか分からない。
少なくとも、一方通行が麦野の気持ちを汲み取る確率は極端に少ないだろう。そういう事象に
疎い彼なら、納得せざるを得ないのが悔しいところだが……。
だが次に麦野が口を開いた時には、もう不満そうな態度は欠片も表れていなかった。
こういった切り替えの速さは称賛に値する。
「しっかし酷い有り様ねぇ。ま、超能力者が二人揃って思い切り暴れてやったんだから無理も
ないわ。どうせ五日ほどで復旧するだろうし……」
「……おい、オマエは妙だと思わねェのか?」
圧倒的な戦力を見せつけて敵部隊を殲滅したのに拘わらず、一方通行の顔には何故だか疑惑の
念が浮き出ている。
「……っ! そう言えば、こんだけ派手にカマした割には随分静かね……。警備員の影も形も
見えないってのは、どういうワケかしらーん?」
「俺も気にはなっていたが……もし理由があるとしたら、一個だけ見当が付く」
「……職務怠惰?」
「イヤ、気分で見逃していいレベルを軽く超えてンだろ。どォ見ても……」
299: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 19:01:11.65 ID:srCGggoo0
「冗談通じない野郎ね。そんなんじゃ純潔を捧げる日は一体いつになることやら」
くだらない雑談に興じるつもりはない一方通行が、無視して結論を述べる。
「主犯が“ある程度の権力”を握ってるって考えるのが妥当だろォが。おそらく『新入生』を
裏から動かしている人間が、上層部を通して圧力を掛けてンのかもしれねェ……」
「『新入生』に……? でも変じゃない? そんな強力なバックアップが付いてんなら、今の
今までアンタや私らを泳がせておいた事に何の意味があるってのよ?」
「……俺の推測でしかねェが、ヤツらがそいつらからの支援を受けれるよォになったのはつい
最近なンじゃねェかと思う。でなけりゃオマエの疑問通り、色々と辻褄も合わなくなってくる
からな」
「……どういう事よ?」
「学園都市の統括理事会が、何を方針としてるか……考えてみりゃ分かンだろ? 俺やオマエ
は、あいつらにとっての何だ?」
「………有能な駒、もしくは実験動物?」
「そォだ。言わば『模範生』ってトコだろォが、ンじゃあ『新入生』を仕向けた『反政派閥』の
目的は何だったか、覚えてるか?」
「―――!! あー……なるほどね、そういう按配か……」
疑問点が解消され、眉を顰めて薄ら笑う麦野。
一方通行より劣るとは言え、彼女もまた自他共に認める優秀な脳を保持しているのだ。
十まで説明する手間など不必要であった。
300: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 19:02:40.74 ID:srCGggoo0
「……ん? ちょっと待って、それじゃつまり………統括理事会そのものが『反政派閥』に吸収
されたって事?」
「そこまでは分からねェ……分からねェが、理事会が俺への抹殺行為を容認したのだけは確かだ」
「なんでよ……。仮にもこの街で一番の研究成果だろアンタは!? 上層部のクソ野郎共、一体
どういうつもりで……」
「計画(プラン)通りに従わねェ俺を、これ以上看過できねェと踏ンだンだろォよ……多分な」
忌々しそうに話す一方通行だが、少し捏造が含まれている。
危険因子として認定されている一方通行だが、もう一人の功績者である浜面仕上までもがその枠
に収められている事実を未だ知らずにいたのだ。
そして一方通行と違い、ただの落ちこぼれ枠に留まっている浜面が今日まで無事に過ごせている
理由は、ロシアで入手して以来ずっと所持し続けている『素養格付(パラメータリスト)』の存在
が大きく関わっていた。
最悪の場合、それを交渉材料として利用するという手が残されていたのだが、『新入生』を援護
する側に上層部が絡んでいるのだとしたら――――既に交渉の材料して使用できなくなっている
可能性が高い。
(まァ、どっちにしろ俺のやる事に変更はねェ………。たとえ統括理事会を丸々敵に回そォが、
あのガキと番外個体は必ず救い出す。そして、今度という今度は草の根一本たりとも残さねェ
様、確実に危険要因を削除してやる……!)
決意を改めて顔を上げた一方通行。その紅い瞳には、どういう訳か哀愁にも似たような覚悟が
宿っていた。まるで、自らの死を予期し、受け入れて、それでも後ろを振り向かずに戦火へと
赴く兵士のような……。
(……それで、あいつらの生活が二度と脅かされなくなるのなら………俺は―――――)
301: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 19:03:52.89 ID:srCGggoo0
――――と、その時、突然横から麦野が現実的な指摘を入れてきた。
「ねぇ、とりあえず浜面に追いつかない事には始まんなくない?」
「ン……? あァ、そォだな。暢気に駄弁ってる場合じゃねェ……。行くぞ、『原子崩し』」
「だからさぁ……“どうやって”行くつもりなワケ? “アシ”がねえんじゃ追いかけようが
ないでしょーが」
「…………」
タクシーでも拾って行く予定だった一方通行はそこでようやく周囲の惨状を見渡した。
道路だった場所は、道路としての役割を失っている。タクシーどころか人影の一つも確認でき
ない。近くの至る所で小規模な火災も発生しており、正に“戦争跡地”だった。
「……何、気の抜けたツラぁぶら下げてんだよ? 大丈夫か、アンタ……。とにかく、歩いた
ままじゃ到着する前に日が暮れちまうし、適当な“アシ”が確保できるトコまでアンタの能力
で移動するっきゃないわね……。それ以外に良い方法でもあるんなら、一応聞いておくけど?」
麦野がじーっとこちらを猜疑の目で見つめてくる。
良い方法も何も、麦野の提案以外にあるとしたら一方通行の方が知りたいぐらいだ。
その線で行動に移る他に選択肢はなかった。
「…………チッ」
どうやら、もう数分ばかり貴重な時間を費やさなければならないらしい。
OFFにした電極のスイッチを再びONにしつつ、一方通行は小さく舌打ちした。
302: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 19:05:12.63 ID:srCGggoo0
―――
電気を纏った少女が猛スピードで駆け抜けていく姿は、通りすがる人々の注目を集めた。
耳に付けたイヤホンから流れてくる“友人”のナビゲートに従い、電撃少女こと御坂美琴は
爆走を続けながら大切な後輩の身を案じて唇を噛んだ。
授業開始前に鳴り出した携帯電話。幸いにも担当の教師がまだ教室に来ていなかったため、
美琴は平然と表示を確認する。着信者の名前は『初春飾利』。
第七学区近辺の風紀委員は緊急招集に呼ばれ、その際の授業時間は免除となっている。
何でも“テロ”が発生したとかクラスの女子が話していたのを思い出す美琴。
そんな最中に自分へ電話? 当然、美琴は不思議に思った。
同時に悪い予感が胸中を渦巻き始める。
このまま無視するわけにもいかないので、通話ボタンを押して耳に近づける。
だが、美琴が声を発するより先に初春が焦眉の様子で救いを求めてきた。
『暴走した白井黒子が通達を無視して事件現場へ急行してしまった。風紀委員は待機命令が
解除されないために動きが取れない上に、警備員に報告した処で間に合わない可能性が高い。
自分達の代わりに彼女を迎えに行って欲しい』
初春の要求を簡単に纏めるとこうだ。
美琴の頭に『拒否』の文字は無かった。
流石にこっそりと学校を抜け出す訳にもいかず、担当の教諭に体調不良を訴えて早退の許可
をもらった。
勝手に学校を抜けられなかったのは、以前木原数多に拉致・監禁された時みたいにまた心配
を掛けてしまうのを避けたかったからだ。
早退届けなどを書いて提出したりと少々のタイムロスは否めないが、学校側が大騒ぎになる
事態を防げるのならまだ安いものである。
303: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 19:06:25.53 ID:srCGggoo0
しかし、時間に余裕がなくなったのもまた事実。全力疾走を維持し続けているのはそういう
わけだ。
女子中学生の平均を大きく上回る速度で黒子の足跡を追いながら、美琴は歯痒い思いを表情
に浮かべる。
何故、昨日の時点で気づいてやれなかった?
帰宅した時の様子からして、何かが起きていたのは明白だった。にも拘わらず何も聞き出せ
なかった。
自らを叱咤。そして悔やみきれない胸中が周囲の空気中に電流となって、留まる事なく放逐
される。
もし話が聞けていたら、黒子が暴走する事もなかったのか。と、問われたところで正解は闇
の中だ。
黒子が昨日、どんな体験をしたのかは今も不明のままである。
だが、何らかの関係があるのは直感ですぐに判った。
詳細は掴めていないが、彼女が現在危険に曝されている。
動く理由はこれだけで充分だった。
『大通りに出たら、そこを右に曲がってください! そうしたら二つ目の信号を左に―――』
カエルのストラップ付き携帯電話に繋がれたイヤホンのスピーカーから初春の指示が飛ぶ。
案内に二つ返事で従いつつ、美琴は黒子との距離を確実に縮めていた。
空間移動の連続使用で現場へ向かっている黒子に追いつくには、普通に走っていても無駄だ。
黒子の座標地を電気信号でキャッチするまで、初春の口頭による道標だけが頼りである。
そして、更に追跡を継続させること、二分――――。
304: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 19:08:25.73 ID:srCGggoo0
「……捉えた……!!」
神経を集中させながら探索した甲斐あり。遂にレーダーが黒子と思しき波長をキャッチした。
あとはこの電気信号を見失わない様に追跡するのみ。
美琴はここまで誘導してくれた初春に心から礼を言い、通信を切って黒子がいる方角を鋭く
見張る。
距離は、凡そ八百メートル。
一秒に約八十メートルの感覚で転移している後輩の後姿を視中に収めるのに、大した時間は
要さなかった。
「――――黒子ォォおおおおおおおおおおおっっっ!!!」
腹の底から喉を伝う渾身の叫び。
その声が耳に届いたのか、黒子は立て続けに繰り返していた転移を突如中断させ、ゆっくり
と振り返った。
瞬間、黒子の顔は驚きの一点に染まる。
「………お……お姉……様……???」
何故ここにいる? 目がそう尋ねているように見えた。
まるで幻でも見ているかのような呆けた黒子の傍まで、美琴は一気に肉薄する。
やがて、やっとお互いの表情が鮮明に窺える地点まで到達した。
「…………」
「黒子……アンタ……ッ!!」
305: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 19:09:21.63 ID:srCGggoo0
気まずい雰囲気を醸して俯く黒子。まるで悪戯がバレた子供のような仕草にホッとしたのも
束の間、悶々とした気持ちが美琴の胸を浸していく。程なくしてその感情は“怒り”へと形
を変えた。
まず、美琴は一人暴走した黒子に譴責の言葉をぶつける。
「アンタ……何やってんのよッ!! 皆がどれだけアンタを心配したのか、分かってんの!?
どうしてこんな………私に何も言わないで、一体どういうつもりなのよ!! 黒子ッ!!」
「……ッ!」
激しい怒りのこもった叱責に黒子はビクリと身体を怯ませ、次いで悲しそうな顔で美琴を見る。
だが、美琴の表情はその何倍も悲痛に歪んでいた。一番彼女のことを心配していたのは、他の
誰でもない美琴自身なのだから。
「お姉様………」
美琴の気持ちが理解できない黒子ではなかった。
二ヶ月前の忌わしい事件が、脳内でフラッシュバックする。
あの時、美琴も今の自分と同じ心境だったのだろうか。こんな風に周囲の人間を不安に陥らせ、
悲しい想いを抱えていたのだろうか……。
そう考えると、美琴の悲痛な叫びに自分は何て言葉を返せば良いのか……。ただ、申し訳なさ
そうに目を伏せることしかできなかった。
気まずい沈黙が場を支配する中、美琴が追及を続ける。
「緊急招集なんて今までで初めてじゃない……。だから、私も『黒子は大丈夫かな……』って
もう気が気じゃなかった……。偶然会った湾内さんたちも、アンタのこと気にかけてたのよ?
『第七学区でテロ事件が発生した』って聞いただけで、はっきりした詳細も不明なままだし……、
アンタは呼び出し受けて行っちゃうし……こんなバタバタした状態で授業なんて頭に入るのかな
って考えてた時、初春さんから電話が来たわ」
306: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 19:11:26.17 ID:srCGggoo0
「初春が……。お姉様、それで学校を抜け出して来たんですの?」
「流石にそんなことできないわよ……。私が勝手にいなくなったりしたらどうなるのかは、嫌
ってほど思い知ったからね。『体調不良』ってコトで早退してきた」
「よく許可が下りましたわね……。都内部の組織間で起こった抗争か、外部関連のテロリスト
集団による暴動かも判明していませんのに……」
「そこは私の演技が光ったのよ。……まぁ、おかげでだいぶ時間とらされたけどね」
「わたくしを……連れ戻しに来たんですの?」
黒子が伏せていた顔を上げ、美琴と向き合った。
その瞳からは依然として強固な意志が秘められている。この時の黒子は自分の信念に基づいた
上で行動を起こし、あらゆる危険をも厭わないことは美琴も良く知っている。
「そうだって言ったら……?」
「……申し訳ありませんが、今回ばかりはお姉様の御言葉でも従えませんわ。既に風紀委員と
しての規約に違背した身……。組織の一員として、わたくしは犯してはならない過ちを犯して
しまいましたの。もう今更、後には退けません」
「………っ」
案の定だ。
予想通りの回答に、美琴の目が遠くを見る時のように細められる。
何故、彼女がここまでの覚悟を背負う羽目になったのか。考えたところで解るわけもないが、
一度こうなった後輩はいくら言い聞かせても無駄だということは承知していた。
307: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 19:13:12.26 ID:srCGggoo0
“力ずく”……。そんな言葉が頭を過ぎった。そんな選択を取ったとしたら、目の前の少女は
どう対応してくるだろう?
答えなど聞かなくても明らかだ。
きっと、黒子は相手が自分であろうと全力で抗戦してくる。確信をもって断言できる。
たとえ『親愛なるお姉様』を敵に回そうとも、彼女の信念は揺らがないだろう。
「…………」
だから、美琴は“安心”した。
それでこそ、自分が大好きな『白井黒子』という一つの生命体。
小さく頼りない外面からは想像もつかないような強い“芯”を持ち、他人に左右される事なく
生きる少女。自分にとってかけがえのない『最高のパートナー』。
「そっか……。わかったわ」
「……?」
剣呑な雰囲気を消した美琴を訝しげに見つめる黒子。
やがて美琴は表情を一転、明るくさせてからこう告げた。
「初春さんには『引き摺ってでも連れ戻せ』って言われてたんだけどねぇ……しょーがない!
アンタの決意がそこまで固いなら、もう引き止めはしないわよ」
「お、お姉様……!」
「その代わり―――――私もアンタに付き合わさせてもらうから!」
308: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 19:14:38.34 ID:srCGggoo0
「!?」
意外、というほどでもない展開に黒子の視界が白く染まった。
てっきり愛想を尽かされた、もしくは見放されたとばかり思っていた少女の顔が、ほんの僅か
だが希望に華やぐ。
けれども……。
「いえ……しかし、これはわたくしが独断で決意した上での行動ですの。お姉様を巻き込んで
しまうわけには……」
曇らせた顔で遠慮気味に話す黒子。美琴はこの当たり前の意見を一蹴する。
「今更水臭いセリフ吐いてんじゃないわよ。私がこのままアンタ一人を危険地帯に行かせると
思う?」
「お姉様……でも……」
「アンタ、“自分の意思で動いてる”って言ったわよね? ……なら、私だって同じ。先の事
は自分で決めさせてもらうわ。“私はアンタを引き止めない”けど、最後までアンタの面倒を
見る……。止めたって無駄よ? もう決めたんだから」
「…………」
「いつも私に『一般人の私が事件に飛び込むな』って諫言してるけど、今のアンタじゃ説得力
無いわ。残念ながら、ね……」
美琴らしい選択に、言葉が出てこなかった。
黒子と美琴が互いに認識し合っている最大の共通点は、『一度こうと決めたら絶対に曲げない』
という固き思想。
309: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 19:16:39.39 ID:srCGggoo0
こうなると、黒子がいくら食い下がろうと拮抗した状態が永続するだけで進展は望めなくなる。
美琴の眼は、『何を言っても無駄』と語っていた。
「…………」
「アンタがどんな事情を抱えているのか、今は追究しない……。もしいつか話せる時が来たら、
ゆっくりお茶でも飲みながら聞かせてね」
そこにいるのは、いつもの優しいお姉様。理想の先輩としての彼女の姿。
先ほどまでの厳然とした雰囲気は露の空にでも消えてしまったかのように。
「アンタだけを危ない目になんて、絶対に遭わせたくない。だから、私もチカラにならせてよ。
……それぐらいは良いでしょ? 黒子」
「………はい、ですの……っ」
震える声で、そう頷くしかなかった。
「あー、もう泣かないでってば。……アンタの中じゃ、私ってその程度の存在だったワケ?」
「違います……断じて違いますのぉぉ……。ぐすっ、ぐすっ、……お、お、お―――――」
「……はっ!?」
瞬時に不吉な予感を覚えた美琴だったが、ワンテンポ遅れた。
「―――――お姉様ぁぁああああああああ!!!」
310: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 19:18:55.84 ID:srCGggoo0
感情を全身で表しながらトチ狂った黒子が今、ここに復活を遂げる。
どんなに心身が鍛えられていたとしても、所詮は十二~三歳の乙女。
信頼者の前でいつまでも虚勢を張れるわけがなかったのだ。が、しかし。
「うおお!? ちょ……調子に乗るなッッ!!」
某怪盗も真っ青の直滑降を驚くほど冷静に見切った美琴。
唇をみっともなく突き出してアタックする黒子の腕を簡単にロック。そして、
「ぐべェ……ッ!!??」
お手本のように見事で完璧なアルゼンチン・バックブリーカーが決まり、辺り一面にカエル
でも潰れた風な野太い悲鳴が木霊する。
こうして御坂美琴は白井黒子を連れ戻すのを諦め、その代わりに同行を決意したのだった。
―――
レーシングゲームさながらの運転技術で大通りを突き進む浜面仕上。
そろそろ一方通行が言っていた目的地周辺に差し掛かる頃合だ。
若干走行速度を落とし、本格的に探索へと移る。
「そろそろ見つけても良いトコまで来たな……。今のところ追手はまだ見えねえが、まだ
気は抜けねぇ。早い内に例の“助っ人”とやらを回収しねえと……」
311: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 19:20:30.88 ID:srCGggoo0
いつ、どこから『新入生』の手先が強襲してくるかわからないこの現状。
緊張の糸を解くのがまだ早計なのは、無能力者の浜面も重々承知している。
……だが、
見逃したりしない様、前方確認を疎かにしない範囲で辺りに気を配っていたその時――――、
「――――うォおおお!?!?」
すぐ正面の道路に飛び出す形で現れた人影に驚く浜面。
絶叫しながらハンドルを回し、全力で緊急回避に集中する。
四つのタイヤが急旋回による摩擦の影響で、キキーッ!! と高音を鳴らす。
「あ、危ねぇぇ……!!」
激しい動悸に胸を手で押さえながら深い息を一つ吐く。何とか撥ねずに避けきれたようだ。
危うく人身事故を起こしそうになり、心臓がバクバクと速いリズムを刻んでいる。
とりあえず高鳴った気持ちを落ち着け、呼吸も整えてから後方をミラーで確認する。
そこには、道路中央で立ち竦んだままになっている二人の女学生が映っていた。
(あれって……常盤台のお嬢様学校の制服だよな、確か……。何でこんな時間にあんな場所を
うろついてんだ? エリート校の生徒がサボリ……? それともただの遅刻か?)
既に距離が随分と遠くなっていたが、特徴的な制服だけは離れた位置からでも特定できた。
浜面が疑問を抱えたまま再び正面に目を戻した矢先、
312: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 19:21:53.36 ID:srCGggoo0
「……っ! あ、あれか!?」
捜していた見ず知らずの少年らしき人物が道路脇で挙動不審に周辺を目配せしていた。
良く見ると、あの少年も誰かを待っている様に思える。どうやら間違いはなさそうだ。
すぐ横に停車してとっとと乗せてしまおうと、浜面の運転する乗用車はツンツンと逆立った髪型
の少年に急接近していく。
少年の方もこちらの接近に気づいたらしく、車へと一直線に走り寄ってきた。
そして―――――過去に対立した経緯を持つ二人の『無能力者』が遂に再会を果たす。
『無能力者』でありながらこれまでに幾多の死線を潜った者同士が今、合流した。
「あ……?」
「っ!? お、お前は……え? うそ? 何で……???」
ドアを開けた浜面仕上と、車に乗り込もうとした上条当麻が互いの顔をはっきり見合わせた瞬間
の出来事だった。
二人とも思考が停止し、長く車を停めているのは危険だということを思い出した浜面が一足早く
我に返り、上条を助手席に乗せて車を走らせた。話は走りながらでも充分できる。
ちなみに麦野と一方通行が開けたまま放置したドアはとっくに閉扉済みである。
314: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 19:27:48.03 ID:srCGggoo0
上条「……勝算は?」
浜面「んなモンは無ぇよ! 連中に、無能力者を甘く見たら火傷じゃ済まねえってことを教えてやる!」
―――――――
美琴「黒子はアイツの『事件(の)渦中(に身を置く)率』を甘く見てるのよ! それともこんな非日常
の最中に、偶然アイツの元へ別件が転がって来たとでも思うわけ!?」
黒子「………うーん、そう言われると少し自信が無くなってきましたわ。それならまだ関連性を疑った方
が賢明な気がしますの……」
316: イカ娘「そこの白いの、待つでゲソ!」一方通行「あァ?」 ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 19:31:23.79 ID:srCGggoo0
一方通行(ンだァ? この奇抜な格好したガキは……)
イカ娘「お主を呼び止めたのは他でもない。お主が手に持ってるソレ……一体何
でゲソ?」
一方通行「………」(経験上、この手に関わると碌な事が無さそォだ。無視無視、
っと……)カツ カツ
イカ娘「ム! ……な、なんて無礼な人間でゲソぉ……。ってコラ! 何まるで
何も無かったかのように歩き出すんでゲソ!? 質問に答えなイカ!」プンスカ
一方通行「…………」カツ カツ
イカ娘「あ……あくまで無視する気でゲソか……?」テクテク
一方通行「…………」カツ カツ
イカ娘「待てって言ってるのが聞こえなイのカ!? いい加減にしないと、怒る
でゲソよ!!」ムキー
一方通行「……」ピタ
イカ娘「おっ」(止まったでゲソ……。ふっ、ようやく私の威厳に気づいたよう
でゲソね♪)
一方通行「」クルリ
イカ娘(こっち向いた……。ふふ、人間の分際でこの私を眼中に入れないなんて
笑止千万も良いトコでゲソ。さぁ、無様に地面へ両手をつけて、私を
敬いながら謝罪の言葉を並べるがイイ)ワクワク
317: ◆jPpg5.obl6 2011/10/09(日) 19:32:27.71 ID:srCGggoo0
一方通行「オイ」
イカ娘「私の恐ろしさが分かったようでゲソね。お主、思ったより見込みあるん
じゃなイカ? その賢さに免じて下僕一号にしてやるでゲソ! 有り
難く思うでゲソ! ……ところでその手にm」
一方通行「さっきからギャアギャアうるっせェンだよ、ガキ。俺に一体何の用が
あるっつンだ? っつーか、何さりげなく後尾けてンだよ? あァ?」ギロリ
イカ娘「ひっ……!」(こ、恐いでゲソ……)ブルッ
一方通行「……お飯事してェンなら家帰ってやれ」クルッ カツン カツン
イカ娘「………」(ちょっと漏らしそうになったでゲソ……やっぱり人間って恐い
でゲソよ……)ポツーン
一方通行(チッ……ガキ相手に凄ンじまうたァ、どォかしてやがる……。どォして
俺の周囲にはあァいう人畜無害ばかり寄ってきやがるンだか……)カツン カツン ポリポリ
この出会いはどこにでもあるただの偶然で、二度と交差する事もないありふれた
情景のほんの些細な部分にすぎない。
少なくとも少年の方はそう信じていたし、この小さな出会いをすぐに忘れるつも
りだった。
まさか、こんなくだらない日常のワンシーンがこの後に『発展』していくなどと
は夢にも思っていなかった。
イカ娘(けど、あの“格好いい棒”はやっぱり諦めきれないでゲソ!! 追いか
けて、一体何処で入手できるのか教えてもらうでゲソぉぉ!!)タタタタ…
『とある最強(笑)と侵略者(笑)』一部より抜粋―――
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