―――


第五学区、『新入生』本拠地から数キロ離れた『無法区域』内。
全力疾走中の浜面仕上を追うのは、種類豊富の駆動鎧。総勢十数体以上。
帝国軍のイチ中小隊に相当する布陣がターゲットとしているのは、どこにでも
転がっていそうなチンピラ約一名。

いくら内情有りとはいえ、流石に不条理且つシュールな絵図だ。

そんな喜劇の台本にでもありそうな状況だが、当人たちは至って大真面目である。
特に、直撃すれば即死必至の銃火器から放たれる砲撃が先程から横を通過しまく
っている浜面の方は顔も動きも必死さが表れすぎていて、茶化す気分にもなれな
いであろう。

実際、生きるか死ぬかの絶賛修羅場中だから無理もないのだが……。


「ぃひぃい!? う、うそだろぉオイ!! 弾の無駄、ってか……兵力の無駄な
 浪費って言葉知んねえのかテメエらぁ!!? こっちは凡人どころか、地位的に
 は落ちこぼれの部類に入ってんだぞ!!? いくら何でも勢ぞろいし過ぎっ!!
 “多勢に無勢”にも限度ってモンがあんだろーーー!!?」


涙まじりの訴えにも武装集団は耳を傾けてくれない。
ウサギを狩るにも一切気は抜かずに全力を尽くす獅子。まさにそんな構図だった。
的を絞らせないために直線を走るのは基本だが、ジグザグに走るのも楽ではない。
既に莫大なスタミナが浜面の体内から消費している。
早い話、そろそろ限界が近づいていた。




669: ◆jPpg5.obl6 2012/02/24(金) 01:25:01.20 ID:LZIt7T/Q0


「はぁ……っはぁ……! ちっ…きしょお!!」


腿が張ってきている。故に段々と足を動かすのが辛くなり、追手との距離も徐々に
狭まっていた。
唯一の対抗手段だった『能力物』もとっくに素が尽きており、使い物にはならない。


(やべぇ……逃げ切れる気がしねぇ! あんな数のセンサーじゃ、きっと何処に隠
 れたって見つかる……! かと言って、このまま追いかけっこしてたんじゃ間違い
 なく召される!!)


小道を見つけ、すかさず駆け込む。無駄な足掻きでしかないかもしれないが、広い
道を逃げるよりは何倍もマシなはずだ。幸いなのは追手全員が搭乗型駆動鎧である
事だった。人が乗る構造上、ある程度は巨体躯なのがお決まりだ。狭い場所へ誘導
すれば、僅かながらも足軽の方が有利なのは否めない。


「……撒くのは無理でも、インターバルの時間くらいは稼げるか……?」


ひとまず壁と壁の狭間に身を潜め、息を殺す。
乱れた心拍を落ち着けてから消耗したスタミナの回復に努めようと計画を練る。

が、やはりそう都合良く運ばせてくれるほど敵も甘くはなかった。

670: ◆jPpg5.obl6 2012/02/24(金) 01:26:10.77 ID:LZIt7T/Q0


「――うぎぃ!?」


背面の壁がガラガラと破壊され、浜面の身体が後ろへ転倒しかける。
素っ頓狂な声を発しながら、傾く身体のバランスを立て直して顔を上げた浜面の目
に映った光景は、


「……あはは、やっぱねー。逃がす気なんてサラサラありません、ってか? ハッ、
 まるで凶悪指名手配犯並の扱いだな」


おどけたコメントに返事をくれる者などいなかった。
転びそうな体勢で壁から出てきた浜面を「待ってました」とでも言いたげに各武器
を構えているのは十数体近い駆動鎧集団。

ここから逃げようと指の一本でも動かした瞬間、蜂の巣にされる運命なのは浜面で
すら理解できる。
逃走劇の終幕は案外呆気なかった。


(お手上げ、か……)


強運もどうやらここまでらしい。浜面がそう悟った時だった。


『――――ぐぎッ!?』

『――――ッッ!!?』

671: ◆jPpg5.obl6 2012/02/24(金) 01:27:40.97 ID:LZIt7T/Q0


悲鳴は弱者の方ではなく、武装した敵の方から上がった。
急展開に浜面が唖然とする中、次々と駆動鎧の腹部から“光の線”が生える。
そして、派手な轟音と一緒に怪光線が貫通した駆動鎧は爆発し、その場で無力化
したまま動かなくなった。


「んな……、えっ!? な、何だよ……どうしたってんだ……???」


浜面があたふたしている間に作業的な駆逐は完遂され、目の前の敵部隊は十秒も
経たない内に全滅の末路を辿った。

こうして、またも奇跡的に生き残った規格外無能力者の浜面。
そんな彼の耳に聞き馴染んだ声が届く。


「やーっと見つけたと思ったら……、何また勝手に絶体絶命ゴッコしてんのよ?
 つくづくアンタって追い詰められる様が定着してるわねぇ。ここまで来ると属性
 ついてんじゃないかって疑うくらいだわ」

「はぁ……助かったよ、ありがとう……って素直に感謝したい所だがなぁ麦野!
 ヤラレ属性だけは流石に寛容できねーぞ!? ってぇか、好きで死の淵に立つ様
 な異常快楽者がいるんだとしたら、そいつは精神病棟行き決定だ!!」


プスプスと煙を噴かす駆動鎧の残骸を踏みならして浜面に歩み寄って来たのは、
頼れる姐御肌な雰囲気を醸した麦野沈利だった。

とりあえず、浜面は売り言葉に買い言葉で反論する。
その幼稚ぶりに呆れる麦野だったが、それ以上の口論には応じずに近況報告を
要求した。

672: ◆jPpg5.obl6 2012/02/24(金) 01:29:01.19 ID:LZIt7T/Q0


「はいはい、アンタが望むなら後で精神病棟にでも何処にでも送ってやるから、
 さっさと“あの後”の経緯を話しなさい。場所も場所だし、あんま無駄話して
 ても仕方ないでしょ?」

「あっ……! そうだ思い出した!! お前さっきはよくも俺を敵地内で一人
 ぼっちにしやがったな!? 第一位にしろお前にしろ……自由ってか自分勝手
 過ぎるんだよ! さらっと“あの後”とか言っちゃってるけどねぇ麦野さん?
 俺がどれほど死ぬ思いしたか……! “一歩踏み違えるだけでサヨナラ現世”
 レベルだったんですよ!?」

「あー……、まぁアンタなら死にゃしないだろーって思ってたし……実際今も
 そうやって五体満足で生きてんだから、問題ないでしょ?」

「…………何故そこで俺を“うわー、コイツ面倒臭え”的な目で見る?」

「過ぎたことをグチグチ言うヤツは面倒臭い。異論ある?」

「いやいや、命に関わってんですけど!? “過ぎたこと”で済ませて良い
 問題じゃ……」

「あぁもう、うっせえなぁ。文句あるってのかよ? あぁん? 大体、この
 私や第一位が雑魚の囮役をわざわざ買ってやったのよ? 普通そういうのは
 下っ端の役目だってのが無条件で確定してるのを、捻じ曲げてまで引き受け
 たっていうのに、感謝されるならまだしも不満漏らされるってのはどういう
 事だよ? なぁ、浜面ぁ? それでもまだつべこべ言う気かコラ」

「…………すみませんでした。不満なんてとんでもない。寧ろ大感謝ですよ
 わっはっは」


673: ◆jPpg5.obl6 2012/02/24(金) 01:30:58.45 ID:LZIt7T/Q0


雲行きが怪しくなる前に危険を感知し、退く。
これまでの死線で磨きに磨いたチキンスキルは今回も絶好調のようだ。


「っていうか麦野、第一位と一緒じゃなかったのか?」

「途中からは別行動よ。一通り片付けた後に新手が合流しちゃってねぇ……。
 能力の使用時間が限られてる第一位をたかが遣い回しにぶつけるのは得策じゃ
 ない……。そんな訳で先に行かせたから、てっきりアンタと合流してんのかと
 思ってたわ」

「う……」

「で、浜面。アンタは今までなーに道草食ってたわけ? 目的地周辺の制圧
 は無理でもさ、スムーズに乗り込めるようにせめて入り口付近は掃除しとけ
 っつったわよね? 少なくともそこに留まってれば第一位と合流できた筈よ?
 ……さて問題。ここは一体何処? 目的の場所から何キロ離れてる?」

「いやー、そのデスネ? これには色々と複雑な事情があって……って麦野
 の方こそ何でここに!?」

「適当に暴れ回ってたら流れ着いてたのよ。んで、敵も殲滅し終えたから私
 もその工場跡だっけ? とにかくそこを目指してたら偶々四面楚歌のアンタ
 を発見したってワケ」

「……それについてはホントウに助かりマシタ。感謝のコトバもございません」

「はぐらかそうとしてんじゃないわよ。……んで? 結局アンタは何の成果
 も上げられなかったってか? それでも私の正規部下かよ? あー、こりゃ
 元通りの下っ端に降格すべきかしらねぇ」

674: ◆jPpg5.obl6 2012/02/24(金) 01:32:24.71 ID:LZIt7T/Q0


「へ!? いや、ちょっと麦野さぁぁん!!?」

「パシリ人生に逆戻り、おめでとう♪」

「っつか、肩書きだけで実質何も変わってねえだろうが!!」


浜面の“キレ”が最高潮に達しかける中、麦野が話を戻す。


「もういいから、早く第一位と連絡取りなさいよ。もしかしたらアッチも
 終わってるかもしんないし」

「……クソッ、弄るだけ弄ってシメやがって。その自由奔放ぶりはマジで
 どうにかなんねえのかよ……」


ボソッと低く呟いたが、こういう時の対象は決まって地獄耳だ。


「聞こえてんだよ。テメェ、首から下ぁレンコン模様にされてぇのかぁ?
 腹に幾つ風穴開けられてぇんだ? ああ? ゴルァ!!」

「ひいぃゴメンナサイ発光しないで下さい光った手ぇコッチに向けないで
 下さい折角生きて帰れそうな俺の希望を圧し折らないで下さいぃぃ!!!
 ちょ、ま、待て落ち着け麦野!! 謝る! 全力で謝るから次の駆除標的
 を俺に指定するなウギャアアアあああああああ!!」

675: ◆jPpg5.obl6 2012/02/24(金) 01:33:01.47 ID:LZIt7T/Q0


―――


「ハァ……ハァ……っクソ、しつけーんだよっ……!」


五分前の浜面仕上とほぼ同じ状況の人物がここにもいた。

追われる立場には割りと慣れている彼だったが、そこいらのチンピラから
逃げるのとは緊迫感も危険度も違う。捕まると同時に死を迎えても不思議
はない。
走り続ける上条当麻の数十メートル背後で群れを成して迫ってくる武装集団
(駆動鎧付き)からは、“穏やかな話し合いで済ませよう”という平和的な
思想が感じられなかった。

その証拠に、上条の肩や腰、脚等の僅か隣を何度も即死クラスの飛び道具が
通過している。直撃しないのは向こうが威嚇程度に撃っているからか、追い
ながらの発砲では上手く照準が定まらないのか、或いは上条がごく稀に発揮
する“不幸中の幸い”(悪運)か。

どの要素が当てはまろうが駆け足は止められないし、追手も諦める気配ゼロ
のようだ。
そして、この状況が延々と続けば右手の力以外は平均的な上条の体力が保た
ない。というか既に相当キツそうだ。浜面と別れてから休む暇なく逃げ続け
ている男子高校生の活力源は今や気力と根性が大半を占めていた。


「ヤバイ……ま、マジで……ヤベェ……!!」

677: ◆jPpg5.obl6 2012/02/24(金) 01:34:00.33 ID:LZIt7T/Q0


本気でこの世の終わりを意識し始めた頃には、脚の感覚も麻痺していた。
急激な疾走の影響で痛む肺を手で押さえ、それでも捕まるものかと足掻いて
はみるものの、嗅覚に優れている上に機動力や数も普段相手にしている不良
とは格が違う。


(これまでかよ……ちくしょう!)


遂に限界が訪れてしまった。
力の入らない脚は上半身を支える事すら敵わず、地面に崩れる。逃走不能と
なった上条に、もう為す術などないと判断した集団が威嚇射撃を止めて歩み
寄ってくる。


(ははっ……俺、この後どうなるんだろうな……。やっぱ、消されちまうの
 かな……。あいつの方は大丈夫かな? ちゃんと逃げ切れたのか……?)


こんな絶体絶命の状況でも他人(浜面)を気にかける面が上条らしかった。
倒れた上条を取り囲む駆動鎧集団。その中の一体が力尽きた上条の身体へと
アームを伸ばす。上条は虚ろな目で自身へ近づいてくる手を見つめるだけで、
微動だにしない。正確には体力が底を尽いているために動けない。


「くそった……れ」


ボツリと最後にそう呟き、意識を手放しかけた時だった。

678: ◆jPpg5.obl6 2012/02/24(金) 01:37:06.77 ID:LZIt7T/Q0


「――――?」


あと寸での所で自分を捕える筈だった機械手が、“蒼白く光って焼けた”。


「……っ!?」


その光景を間近で捉えた上条の瞼がカッと開かれる。
半ば諦めと自棄に染まりかけていた心が仰天に変わった。

アームを貫通した“稲妻のような光”は駆動鎧の全身をくまなく走り、間も
なく機能停止にまで追いやった。
この雷鳴のような轟音、そして雷撃のような輝き。どれも記憶にあった。


「――――捜したわよ、この馬鹿。苦労させやがってさ……。しかも、何気
      に生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされてんじゃないわよ」


この声も、上条の記憶に真新しかった。
上条は信じられないといった口調で何故だか怒り心頭で語気を荒げている声
の主の名を呼んだ。


「私の見てない所で、勝手に正念場迎えてんじゃないっつってんのよ!!」

「御……坂……?」


679: ◆jPpg5.obl6 2012/02/24(金) 01:40:09.61 ID:LZIt7T/Q0


「――――わたくしもおりますのよ」


「は!?」


前髪に電流をバチバチ走らせながら仁王立ちする御坂美琴の後ろからヒョイ
と姿を見せた白井黒子。彼女もまた上条に呆れたような視線を送っていたが、
どこか安堵している風にも感じられた。


「ずいぶん心配掛けやがりましたわね? 上条さん。その上、やっと見つけ
たかと思いきや、この状況……。心臓に悪すぎもいいとこですわ」

「御坂……って白井も!? お前ら、何でここに……!?」


ようやく思考が通常通りに働いてきた。
何故この場に彼女たちが居るのか? 皆目見当もつかない上条は素直に伺う
が、彼を取り囲んでいた駆動鎧集団が常盤台少女二名の前に立ちはだかる。

仲間の一体を撃破したのが彼女らなのは明確な上、相手が能力者である事も
分かっている。だとしたら、たかが女子中学生だと高を括ってはいけない。
プロの彼等に油断は無かった。無駄の無い流れで各々の銃機が美琴と黒子に
向けられる。
それを見て、上条が全力で叫んだ。


「お、おい馬鹿! やめろぉ! そいつらは……ッ!!」


一見、か弱くいたいけな女学生が危険に曝されているようなシーンに思える
だろう。

680: ◆jPpg5.obl6 2012/02/24(金) 01:41:44.23 ID:LZIt7T/Q0


「ええい、邪魔ですのよっ!!」

「ってか、何だってのよアンタらはああああっ!!」


夥しい雷撃の雨と無数の金属矢の究極コンボで駆動鎧部隊は何の抵抗もでき
ずに撃沈した。
すぐ傍にいた上条は青ざめた顔で、


「……あーあ、だから“やめろ”って言ったのに……」


『大能力者』と『超能力者』相手に敵意を向けるのは愚行である。
そう伝えようとしたのだが、どうやら間に合わなかったようだ。
ガラクタと成り果てた雑兵にはもう目もくれず、美琴たちは上条に詰め寄る。


「――で? 今度はどんな事情が隠されてる訳?」

「何つったらいいのか……。ってか、俺も全容を知ってる訳じゃねえし……」

「貴方、事の重大さが分かってますの? 既に学区内全域を巻き込んでいます
 のよ? 適当に誤魔化そうとするのだけは止めて頂けませんこと?」

「そうよ。ここまで来たら、私らには無関係だなんて言わせないからね?」

「……うーん、つってもなぁ……」

681: ◆jPpg5.obl6 2012/02/24(金) 01:42:32.34 ID:LZIt7T/Q0


騒乱の元凶として一方通行の名を出すのは流石にためらってしまう。
とはいえ、他の上手い言い逃れ方がすぐ思いつくはずもない。
どう説明すべきか悩んだ末、


「……今言った通りだよ。本当にただ巻き込まれただけなんだって。裏に真実
 が隠されてるなら、俺の方が知りたいぐらいさ」


こう答えるしかなかった。

白井黒子は『絶対能力者進化実験』の内容、及び今回の中心核である一方通行
と御坂美琴の間にある深い因縁について何も知らされていない。
そんな彼女の前で“一方通行”の名を出してしまっては、美琴の心中としては
さぞかし複雑な筈である。最悪、話を聞いた際に美琴が表情を激変させ、それ
に気づいた黒子が追求してしまう可能性もある。そうなっては美琴をより苦し
める展開にもなりかねないのだ。

上条にしては偉く頭の回転が速いこの決断に、少女達は……、


「……じゃあ、テロの詳細とかも知らないのね……。何ていうか、残念な反面
 安心したわ。またアンタが深く関わってるんじゃないかって……、けど今回は
 違ったのね」

「ホッ……。では、貴方が狙われている訳ではないんですのね……。杞憂なら
 それに越したことはありませんわ」

(ふぅ……、とりあえずは納得してくれたみたいだな……)


682: ◆jPpg5.obl6 2012/02/24(金) 01:44:43.58 ID:LZIt7T/Q0


嘘は気が引けるが、これも彼女達を想っての行為だと自己正当化させる。
さて、問題はここからの流れだが……。


「じゃ、俺はもう行くから、お前らも気をつk」

「なにサラッとお別れ発言してくれちゃってんのよ! こんな危険地帯で単独
 行動とか、アンタ正気!?」

「いや……何がどうしてこうなったのか、俺も調べたいし……」

「それなら尚更私達も一緒の方が良いに決まってんでしょ!!」

「お姉様に同じですの! というか、ここで別々になる意味が分かりませんわ!」

(しまった……! そうだよな、コイツらなら絶対そう言うよなぁ……。うわ、
 どうしよ……。このまま一方通行と合流でもしてみろ。折角の機転も全部無駄
 に終わっちまうぞ!)


冴えているようで、実際は穴だらけ。後先を考えずとは正にこの事である。
美琴たちが一緒だと、一方通行がいるであろう敵地の中心へ赴くのは非常に拙い。
下手に嘘を吐いてしまったおかげで余計に拙い。


「俺なら大丈夫だって! ほら、こういう状況慣れてるし、お前らまで危険な目
 に遭う必要なんかねえよ! 俺もしばらくしたら大人しく避難するからさ、お前
 らは先に……」

「はい却下! たった今さっき目の前で死にかけたばっかりの癖に、気なんて遣
 ってんじゃないわよ馬鹿!! 大体、避難しようにも地下シェルターへの入り口
 なんてとっくに塞がれてるっつーの!!」

「……あれ? お前ら、地下シェルターに避難してなかったのかよ? 確か警報
 (アナウンス)流れてたよな?」

「避難してたら今ここにいませんの! ……こんな時にじっとしてられないのは
 この街に住む学生として当然の心理ですのよ」

「だからって避難警報ガン無視とか……、お前らも大概無茶するよなぁ……」


「「アンタ(貴方)が言うな!!!」」


693: ◆jPpg5.obl6 2012/03/04(日) 23:32:23.26 ID:EhEcTyxP0


―――


「さァて……、ンじゃ行くとすっか」


華奢な肉体をユラリと動かし、普段みたく億劫そうに歩き出す一方通行。
次の目的地は決まった。黒夜は意外にも素直に応じてくれた。

迷う時間も休む暇も破棄し、一方通行はそのまま更地を後にしようとする。


「!」


「――――なーんだ、結局一人で片付けちゃったか……。ミサカの出る幕
      もなかったね」


そんな彼の正面に、一人の少女が待ち構えるように佇んでいた。
自然と一方通行は歩みを止め、その少女を見遣る。


「……オマエ、まだここに居たのか? ガキ共を頼むっつっただろォがよ」

694: ◆jPpg5.obl6 2012/03/04(日) 23:33:05.31 ID:EhEcTyxP0


あからさまに不機嫌な声で話しかけるも、彼女の真剣な眼差しは揺らがない。
何か大切な事でも確認したそうな……そんな雰囲気を放っていた。

少女、番外個体は腕を組んだまま目を細め、会話の流れを無視して訊ねる。


「何処へ行くの?」

「……野暮用だ」

「誤魔化せると思ってる?」

「嘘は言ってねェ……」


番外個体は一方通行の正面から動こうとしない。
まるで一方通行の道を阻むように、行かせまいと必死で食い下がっている
ようにも見える。
現に、一方通行の一挙一動を注意深く見つめている。
一瞬も目を離さないのは、一方通行をこのまま行かせないという強い意思
表示なのだろうか。

真意は彼女の本心だけが知っている。

そして、一方通行も番外個体の本音に感づいていた。
その所為なのか、接し方にどこかぎこちなさが表れている。

695: ◆jPpg5.obl6 2012/03/04(日) 23:33:53.99 ID:EhEcTyxP0


「もう終わったんでしょ? ……なら、早く帰ろう? ミサカ達の家へ……
 一緒に帰ろうよ」

「……まだ、駄目だ」

「……どうして?」

「一番重要な仕事が片付いてねェンだよ。……俺は、まだ帰れねェ」

「…………」


気まずい沈黙。
重苦しい空気。

一方通行も番外個体も、強固な意志の元で動いている。
譲歩など、最初から期待する方が間違いだった。

このまま平行線を辿っていても意味がない。
ならば……と、番外個体は提案する。


「……ミサカも、一緒に行く」

「!」

「あなたと一緒に……それなら、この場はミサカが折れてもいいよ」

「オマエ……全部聞いてたンだろ? 俺がこれから何処へ行こォとしてン
 のか……」


696: ◆jPpg5.obl6 2012/03/04(日) 23:36:48.94 ID:EhEcTyxP0


「もちろん、わかって……るよ」

「……なら、尚更オマエを連れてく訳にはいかねェな。来ても邪魔にしか
 ならねェ」

「…………」


「――――念のために、もう一度忠告してやるがな……」


そこで第三者の声が割り込んできた。
一方通行の後ろで“両腕の無い”少女、黒夜海鳥は地面に寝そべったまま
先程一方通行に告げた内容をもう一度語る。番外個体の耳にもしっかりと
入るように。


「“あそこ”は能力開発部門のトップチームや、統括理事会メンバー……
 そういったVIP共が蔓延る地区だ。そんな場所に堂々と城を構えられる
 ようなヤツらに直接殴り込みを掛けるなんて、馬鹿げすぎてて欠伸が出る
 話だ。……アンタがどうしても行くってんなら止めてやる義理なんざねぇ
 が、生き永らえたいんなら行くべきじゃねぇ。たかが“最優秀賞の実験鼠”
 如きが粋がれる領域じゃないんだよ。……てか、アンタだってそれくらい
 は常識として頭に入ってんだろ?」


「…………まァな」


「はっきり言ってやるよ。とても正気の沙汰とは思えない。まさか生きて
 帰れるなんて淡く儚い希望抱いてんじゃないよねぇ? どう見ても自殺し
 に行くようなモンじゃん。折角延びた寿命を自ら縮めるなんて……マジで
 頭のネジでも外れてんじゃないの?」

697: ◆jPpg5.obl6 2012/03/04(日) 23:37:37.30 ID:EhEcTyxP0


「もォいい、黙ってろ……。それ以上喋れなくされてェか?」


鋭い目つきで振り向き、背後の黒夜を睨みつけた。


「……私としてはアンタが死に腐ってくれりゃ万々歳だから、好きにすりゃ
 いいけどな」


面白くなさそうにソッポを向いてしまった黒夜を視中から外し、再び正面に
首を戻した一方通行に番外個体は震える声で確認した。


「あなた……その子の言う通り、死にに行くつもり……なの?」

「そォじゃねェ。“元を絶ちに”行くだけだ」

「……どうしても?」

「またこンな大事に巻き込まれてェのか? 裏で糸を操った連中を野放しに
 してる限り、同じ事の繰り返しになっちまう……。それじゃ駄目だろォが」

「相手が悪い、って分かってても?」

「オマエ達……オマエのためなら、最高権力者相手だろォが生かしちゃおか
 ねェよ。人を玩具として扱うほど偉いヤツなンてのは、神でもねェ限り存在
 しねェ。もっとも、たとえそいつがマジモンの神だったとしても許しはしねェ
 がなァ」


698: ◆jPpg5.obl6 2012/03/04(日) 23:38:47.83 ID:EhEcTyxP0


正面きっての反逆は、一方通行にとって最終手段だった。
そして、今がその時なのだと一方通行は決意していた。

以前、統括理事会のトップ相手に全能力をぶつけた経験がある。
だが、通称“窓の無いビル”は結局倒壊どころか、ヒビのひとつも入れられ
なかった。

一国の軍とも渡り合える能力を保持していながら、一方通行はその時に改め
て思い知らされたのだ。

“所詮、自分は高い権力を持つ大人にとってただのモルモットでしかない”
と……。

ゲームの中のキャラクターがどんなに強くても、操作主(プレイヤー)の
意思次第で簡単に消せるのと同様に……。


「ヤツらが俺を消したがってるンなら、どっち道ケリをつける必要がある。
 逃れられねェのも充分に分かってる。……だからこそ、今叩いておかなきゃ
 駄目なンだ……。俺の全てを懸けてでも、これ以上ヤツらに甘い汁を吸わせ
 る訳にはいかねェンだよ」

「…………ミサカが、知りたいのは……あなたがちゃんと帰って来てくれ
 るのか、ってこと……」

「……俺が信用できねェか?」

「信じてない訳じゃない……けど」

「“けど”、何だよ?」

699: ◆jPpg5.obl6 2012/03/04(日) 23:39:55.70 ID:EhEcTyxP0


「…………恐い」

「………」

「ミサカは、恐いよ……。何ていうか……上手く言えないけど、あなたが
 どっか遠くに行っちゃって……二度と帰ってこないような気がして……」

「はっ……。なァに言い出すかと思ったら……、ンな心配してたンかよ?
 俺がもォ帰って来ねェだァ?」

「もちろん、気のせいだって信じてるよ? ……なのに、なんでかなあ……。
 胸騒ぎってか……胸の辺りがチクチクするの。まるで何か悪い事が起きる
 予兆みたいな……。もし、ミサカの予感が当たってるんだとしたら……」

「………?」


「……あなたをここで止めるしか、なくなる……」


『最悪、戦闘に移行してでも』。番外個体の真っ直ぐな瞳(め)はそう
告げており、彼女のちょっとやそっとで動かない頑固な意志は一方通行
にも充分すぎる程に伝わっていた。

一方通行はそれまで保っていた無表情を崩し、困ったように薄く笑う。


「そォ来たか……。はっ、そりゃ参ったねェ。オマエが本気で俺を止め
 よォと体張ってきたンじゃあ、コッチは大人しく両手を上げるしかねェ
 よなァ。……だが、今回ばっかりはそこで曲げる訳にゃいかねェンだよ。
 理解しろとは言わねェ。許してくれとも言わねェ。……こいつは、完全
 な俺の我が儘……みてェなモンだ」

700: ◆jPpg5.obl6 2012/03/04(日) 23:41:53.12 ID:EhEcTyxP0


「…………いや、だ」


「ゴメンな……番外個体」


「やめてよ……。なんで……そんな、『元気でな』みたいな顔するの……?」


「――――オマエの面ァ見たら……、よォやく吹っ切れたわ」


「――――ッッ!!?」


次の瞬間、番外個体は目を見開いた。
一方通行が心残りの無い笑みを浮かべた直後、彼の背中から神秘的な輝き
が発現する。
輝きは巨大な扇状の形へと具現化され、徐々に白く展開されていく。

やがて、背中から生えた白い光は“翼”へと形を変えた。
汚れ一つ無い純白の翼を生やした一方通行の頭上には、いつの間にか薄い
“輪っか”が浮き上がっている。

その姿は、まさに更地へ舞い降りた“天使”―――。

又、彼の表情は今の姿に相応しいほどの清々しさと優しさに満ちており、
嘗ての狂気など微塵も感じられなかった。
おそらく、これこそ一方通行が時折垣間見せた本来の素顔であり―――、

701: ◆jPpg5.obl6 2012/03/04(日) 23:43:18.78 ID:EhEcTyxP0





―――ずっと心の奥底に封印してきた純粋な一面なのだろう。



702: ◆jPpg5.obl6 2012/03/04(日) 23:44:37.67 ID:EhEcTyxP0


番外個体は一方通行の目を見た。
そこにはためらいも迷いも邪心も無い、ただ大切なものを守りたい強き
心と、自身の運命を甘受する穏やかな意思が残されていた。


『番外個体……』


言葉が出ない番外個体に、天使姿の一方通行が囁きかける。
まるで別人なくらいに優しい声で―――。


『――――最後にオマエに会えて、良かった……』


「――――!!」


聞き取るのが困難なほどに小さな声だったが、番外個体の耳には確かに
届いた。


『……ごめンな』


本当の最後の呟きが、“それ”だった。
番外個体が何か言おうとする前に、突風が視界を妨げる。
腕で目を覆いながらも、必死で正面に向かって叫ぶ。

703: ◆jPpg5.obl6 2012/03/04(日) 23:45:23.79 ID:EhEcTyxP0


「って……待って…………待ってよ!! どういうこと!? “最後”
 って何だよ!!? わかんないよ!! あなたが何を言ってるのか……、
 ミサカには全然わかんないっ!!!」


すでに、一方通行の両脚は地を離れていた。
自分の声が届いているのか、番外個体には確認できない。
ただそれでも、彼女は風圧に逆らい、視界が不安定な中で懸命に手を伸ばした。

そこにはもういないと分かっていても、届かないと分かっていても。


「アクセラ――!!」


ようやく目を開けた時には、何もかもが手遅れだった。
背中から生えた純白で巨大な翼が、すでに小さくなっていた。


「……っ!!」


見送る事しかできない番外個体は静かに地面へ崩れ落ち、堅いアスファルトを
思い切り殴りつける。


「ばか……やろう……」


誰も聞き取れない声量で彼女は震えながら呟いた。
おそらく濡れているであろう両目は、長い前髪に隠れて見えなかった。


704: ◆jPpg5.obl6 2012/03/04(日) 23:46:59.88 ID:EhEcTyxP0


―――


街の上空を鳥のように飛翔する一方通行。
彼の顔には一切の迷いも感じられなかった。
前だけを見据え、終息に向かって翼をはためかせる。


「…………」


黒夜から仕入れた情報が正しければ、今目に映している遥か前方の一際目立つ
高層ビルが終着駅だ。
あそこに全ての根源が集結している筈だ。

学生という身分では近づくことさえまず叶わない、謂わば皇居のような聖域。

しかし、一方通行は躊躇しない。
どんなに巨大で強大な壁が立ち阻もうとも、街や国そのものを敵に回そうとも、
彼は止まらない。

その理由は極めて単純。

『自分の大切なモノ(存在)に危険が迫ったから』。

そして、その危険性を完全に消滅させるための条件が今、一箇所に集まっている。
こんな好機を見逃す手はなかった。


705: ◆jPpg5.obl6 2012/03/04(日) 23:47:50.86 ID:EhEcTyxP0


行政学区(第一学区)の末端に聳える幾つかの高層ビルを中心とした“そこ”は
第三学区に隣接しており、各国の権力者や政治家、都市機能の中枢を握る有力者
が来訪し、集う場所として有名だった。

一般人には踏み込めない“そこ”は、俗に『聖域』と呼ばれている。
実は一方通行も目を付けていた場所だったが、確証の材料が何も無いままに踏み
込むのはただの自滅に繋がる事ぐらい弁えていた。

だが、今は違う。

少なくとも、『新入生』を仕向けた張本人達が“あそこ”にいるのは間違いない。
黒夜の情報が嘘ではないと、何故だか知らないが自信を持って言えた。


 終わりにしよう これですべてを 

 あいつらと一緒に生きられなくてもいい 

 ただ これからもあいつらが平和に生きていってくれるなら……

 


 ――― 俺はそこにいなくてもいい ――― 





706: ◆jPpg5.obl6 2012/03/04(日) 23:48:44.13 ID:EhEcTyxP0


ひとつの想いが固まり、そして爆発したかのように。

両翼は突如火がついたように激しく起動する。
急加速した一方通行の身体は、何十階はあろうかという高層ビルの最上階一点
に向かって移動する。

まるで、テロリストが放ったミサイルが国家重要機関に直撃する映画のシーン
を再現しているかのようだった。

勢いは止まらず、自身の体を最大限に加速させた状態でビルの一角に到達した。


その直後だった。


凄まじい轟音。

爆風。

砕け散り、飛び散り、豪雨のように周囲へ降り注がれる窓ガラス。

炎上する高層ビルに、まるで貴族でも住んでいそうな皇居地域は一瞬で大混乱
に陥る。

思わず耳を塞ぎたくなるような悲鳴の嵐。

鼓膜が破れてしまいそうな破壊と破滅の音。

707: ◆jPpg5.obl6 2012/03/04(日) 23:49:56.12 ID:EhEcTyxP0


それらが導いた結末は、気品の漂う『聖域』を見る影も無くさせるほどの―――



――――大惨事。




後に、この出来事は今回起きたテロ事件の『集大成』として語られる事となる。

真実を知る者はごく少数。大戦後に起きた『学園都市の内乱』は、最後に天使
姿の少年が投下した“空爆”により締め括りを迎えた。

『一方通行』という、能力開発部門最高傑作の犠牲と共に――――。

719: ◆jPpg5.obl6 2012/03/14(水) 22:12:23.80 ID:BMRQcH7P0


―― 二ヶ月後 ――


◆ ◆ ◆


「―――で? どっちと付き合うかはもう決まったのかい?」


第七学区のとある高校から、どこにでもいそうな学生三人組が
仲良さげに下校してきた。
青髪と金髪の少年が黒髪の少年を挟む形で歩いている。
ちなみに尋ねたのは金髪の方だ。


「いや、正直まだ実感ないし……どうすりゃいいのかサッパリ
 見えてこねえんだよ。っていうより未だに信じられねーってか
 素直に現実が受けきれないってか……」

「贅沢やなぁ。その贅沢な悩みは貴族も腰抜かすでカミやん!
 せめてどっちのコの方がタイプとか、でもコッチも捨て難いと
 か、それ以前で悩んでどーすんねん!? まさかとは思うけど、
 両方フるつもりやあらへんよね?」

「何度も言うが、相手はまだ中学生だぞ? 受け入れる前提で
 考えるのは色々とマズイだろやっぱ……」

720: ◆jPpg5.obl6 2012/03/14(水) 22:13:46.92 ID:BMRQcH7P0


「高校生と中学生のカップルなんて、今時珍しくもないぜい?」

「そーかもしんねえけど……できればもうちょっと考える時間
 が欲しいかな」

「カミやん……。ようやっと不幸な日常にピリオドを打つべく
 幸福の女神が微笑みかけてるんやで? 何でそれに気づかへん
 かなぁ? 折角応援したろ思てんのに、これじゃコッチの肩が
 下がるわぁ」

「………」


確かに、こういう状況なら鉄拳の嵐に見舞われそうなものだが、
クラスメートの反応は意外にも穏やかだった。
それどころか、青髪ピアスも土御門元春も上条当麻に訪れた突然
の春に祝福の言葉という、何とも友達らしい対応をしてくれた。

殴られるリスクなど顧みないほど気持ちに余裕が無くなっていた
上条は、唖然とした後に寒気を感じたらしい。


「御坂はともかく、白井まで……。俺、何かしたっけかなぁ……」


本気でそうぼやく上条。


721: ◆jPpg5.obl6 2012/03/14(水) 22:16:31.43 ID:BMRQcH7P0


自分を想い慕っていた二人のお嬢様。
この事実に直面し、頭の中で疑問は尽きなかった。

無能力者で、総合的に落ちこぼれの部類に入る自分なんかに。
何故彼女たちは……。

打算的に動けない人間には考えても解かるはずがなかった。


「……、………」


だが、このまま自然の流れに任せるわけにはいかない。
それだけは解かっている。
もう知ってしまったのだ。
彼女たちは、その胸に秘めていた思いの丈を自分に向かって
吐き出してくれた。
嘘偽りなき真っ直ぐな眼で。

答えを出さなければならない。
自分自身で考え抜いた答えを。


「…………」


土御門、青髪と別れて帰路に着く上条。


722: ◆jPpg5.obl6 2012/03/14(水) 22:17:21.66 ID:BMRQcH7P0


そんな彼を待ち侘びていたと言わんばかりに佇む二つの影。
栗色ショートヘアの少女とツインテールの小柄な少女。

今から自分が彼女たちの運命を選択しなければならないのだ。
そう思うと足がやや竦む。
しかし、上条は逃げずに向かい合った。
二人とも昨日の今日で緊張しているのか、どこか俯きがちだ。
普段の強気が嘘のようなしおらしさ。どこから見ても恋する
乙女そのものだった。

御坂美琴、白井黒子。

おそらく彼女らの間でもう話はついているのだろう。
でなければ同時に告白なんてしてこないはずだ。
あとは、上条の返事次第といったところか。

上条が選んだ道は―――?


723: ◆jPpg5.obl6 2012/03/14(水) 22:19:31.36 ID:BMRQcH7P0


◆ ◆ ◆


第七学区、病院。


「忘れ物はないか?」

「うん、大丈夫」


荷物を担ぎ、恋人に確認を取る。
様々な精密検査やリハビリを乗り越え、ついに今日退院する。
滝壺理后は世話になった病室のベッドを一瞥し、先に部屋を
出た浜面仕上に続いた。

外に出た二人を看護婦たちが見送り、入れ替わるように見慣
れた顔が出迎えてくれた。


「どうよ? 久々の娑婆は」


超能力者、“元”第四位。面倒見の良さそうなお姉さん系の
麦野沈利と、



724: ◆jPpg5.obl6 2012/03/14(水) 22:20:57.93 ID:BMRQcH7P0


「ちょっと麦野! それじゃまるで出所みたいじゃないですか!!
 滝壺さんの超退院です! 超前科持ちの浜面じゃないんです
 から……」

「ひでえ言いぐさだなオイ」


小柄で超ミニが売りの絹旗最愛である。
滝壺はいつもと変わらない二人に聖母のような笑みを送った。
そして訊いた。


「二人とも、私が寝てる間、浜面に手を出してないよね?」


「!!?」


凍りつく三人。
あまりに予想外の第一声な上、優しい笑顔の裏に隠れた恐ろ
しい念でも見えたのか。誰も言葉が紡げなかった。が、


「ふふふ、冗談だよ。心配かけて本当にごめんね」


普段ジョークをあまり口にしない人間がたまにジョークを
言うと、大抵は本気にされてしまう。
まさにそんな一面だった。


725: ◆jPpg5.obl6 2012/03/14(水) 22:21:50.01 ID:BMRQcH7P0


ははは……と苦笑交じりに新生アイテムは歩きだした。
久しぶりに全員が揃った形で。

いや、


「さて、んじゃ早いトコ“あいつ”にも報告しに行くわよ」

「ああ、久しぶりに全員で挨拶に行けるな……」

「はまづら。しばらく顔見せなかった私に、フレンダ怒って
 ないかな?」

「『超浜面のせい』って言っておきましたから、心配は要り
 ませんよ」


これから向かう場所に着いた時が本当の全員集合である。


「……にゃあ」

「お? フレメアに先越されてたみたいだな」


726: ◆jPpg5.obl6 2012/03/14(水) 22:22:34.30 ID:BMRQcH7P0


◆ ◆ ◆


滝壺が退院した二時間後、同病院にて。


「ったく……。もうメンテとか必要ねえってのに……」


あのお節介医者が! と愚痴を零しながら一人の少女が出入り
口用の自動ドアを潜った。
間接の位置を確認するように腕を鳴らし、どこかやさぐれ顔の
少女はぶつぶつ呟きながら病院を背に歩く。

そこへ、


「はぁ~い、黒夜ぅ~♪ “新しい腕”のメンテナンス、どう
 だったぁ?」

「げ……」


待ち伏せていた人物に露骨なまでの嫌悪感をぶつける。
不貞腐れ気味の顔が更に険しくなった。


727: ◆jPpg5.obl6 2012/03/14(水) 22:23:47.41 ID:BMRQcH7P0

「なんでアンタがいるんだよ……」

「あらぁ、随分な物言いじゃないのぉ? せぇ~っかく放課後
 ティータイム相手に抜擢してあげたってのにぃ……。あんまり
 冷たくすると、お姉さん泣いちゃうゾ☆」

「泣け、タコ、ボケ、ぶりっ子。私に近づくな、死ね」

「……うぇ~ん☆」


泣き真似をし出したイタイ女子中学生に罵声を浴びせるだけ浴び
せてから早足で去る。
だが、そこであっさりお別れできるほど容易い相手ではなかった。


「――ぎっ!?」


黒夜の足が止まる。いや、“強制的に止められた”。


「……おい、何のつもりだよテメェ」


静かに振り返って殺意込みの眼光を放つ。
放たれた当人は嘘泣きなどとっくに止めて小悪魔な笑みを浮かべ
ている。


728: ◆jPpg5.obl6 2012/03/14(水) 22:25:08.32 ID:BMRQcH7P0


そして質問にあっけらかんと応じた。


「暇ぁ」

「私は暇じゃねぇ。この“鬱陶しい信号”を今すぐ止めろ。頭ん
 中に念仏みたいなノイズが走っててすげえ不快なんだよ」

「やだ♪ だってそうしないと黒ちゃん逃げちゃうじゃな~い。
 操作可能範囲に制限掛かってるせいで、全身服従は免れてんだ
 からぁ、金属混じりの身体に感謝してよねぇ。本当ならアンタ、
 今頃私のペットとして尻尾振ってなきゃいけないのよぉ?」

「だぁれが“黒ちゃん”だ! ってか逃げてねぇよ!! んだぁ?
 超能力者ってのはどいつもこいつも暇人か? えぇ食蜂よぉ?」

「んふふ♪」


悪戯を楽しむ子供の顔で黒夜に近づく食蜂操祈。


「大体、アンタと私との間にはもう何の接点もねえはずだろぉ!?
 何だって気安く私の前に姿現してんだよ!?」

「そぉねぇ。私もアナタも『裏社会』とはスッパリ手を切って、
 今じゃ平和で退屈な世の中の住人。“アッチ”で得た収穫って
 言えば、鼻面に今も残る疼きくらいかしらぁ?」


やや斜めに曲がっている鼻頭を優しく撫でながら、瞳を曇らせる。


729: ◆jPpg5.obl6 2012/03/14(水) 22:26:28.94 ID:BMRQcH7P0


「……鼻骨が折れた程度で済んで良かったじゃん。私なんか両腕
 もぎ取られて半達磨にされたんだぜ」

「生身じゃなかっただけマシでしょーぉ?」

「……で、私に何の用があんだよ? 今さら私に利用価値なんざ
 あるとは思えないけど?」

「失礼なコねぇ。別に腹黒い気持ち抱えて会いに来たんじゃない
 わよぉ」

「じゃあ何――!?」


黒夜が喋り終える前に食蜂の手が伸びた。
何かを持った素早い手は黒夜の小ぶりな頭部へ。
そして、持っていた物体をこれまた素早く装着完了。


「…………へ?」


ポカン、と固まる黒夜。


「……うふふ、くく、ぷくく……」


食蜂、堪えきれずに抱腹。


730: ◆jPpg5.obl6 2012/03/14(水) 22:27:42.33 ID:BMRQcH7P0


「あーはははははは! うひひひひ……! に、似合いすぎ……!
 予想以上すぎてツボったぁ♪」

「な……何しやが――ッ!!?」

「あー、取っちゃダメぇ」


頭に付着した物を取ろうとする黒夜を食蜂は阻止した。


「っざけんなぁ!! 私をおちょくってんのか!? 早く外せ!!」

「なんでぇ? 良く似合ってるわよぉ、 ネ コ ミ ミ ☆」

「良い度胸してンじゃねェか……。喧嘩売りに来たンなら最初から
 そォ言や良いだろォがよ!!」

「ハイハイ。行動停止、行動停止♪ 駄目だゾ~☆ オイタしちゃ」

「ぐっ……テ、テメェ!」


怒りに震えながら窒素爆槍をくり出そうとするも、食蜂は涼しい顔
でリモコンを操作する。改造人間(サイボーグ)化が影響している
のか完全な洗脳には及ばないが、脳から伝達している神経を通じて
動きを制限させるくらいなら造作もないらしい。

無抵抗のまま現状の悔しさを噛み締める黒夜(ネコミミ付)。



731: ◆jPpg5.obl6 2012/03/14(水) 22:29:49.73 ID:BMRQcH7P0


「……こんなくだらねぇ事で私を待ってたんじゃねえだろうな?」

「まっさかぁ♪ いくら暇でもそんな理由じゃ私の行動力は活性化
 されないわよぉ」

「…………まぁ、そうだよな」


だが、ホッとしかけた黒夜の耳に悪夢到来の序章が告げられる。


「こんなのまだまだ序の口☆ 私の観察力が確かなら、黒ちゃんは
 コーデ次第で相当化けるとみたわぁ。ふふ、そっちも改造し甲斐が
 ありそうねぇ」

「は……???」


展開が読めずに呆然とする黒夜を気にぜず、想像を膨らませて治った
ばかりの鼻を膨らませる食蜂。


「さぁ、そうと決まったら早速『学び舎の園』へ行きましょうねぇ♪」

「おいこら待て! アンタが何考えてんのかがまるで理解できないん
 ですけど!?」

「うふふ♪ 安心して良いわよぉ。アンタもちゃ~んと私の派閥に加
 えてあげるからねぇ♪」


732: ◆jPpg5.obl6 2012/03/14(水) 22:30:47.31 ID:BMRQcH7P0


「…………そういうことかよ。だったらお断りだクソが。お嬢様とか
 私のガラじゃねえんだよ。第一、私は常盤台生じゃない」

「常盤台生じゃなきゃいけないなんていうキマリはないわぁ。“私”
 の派閥なんだからぁ、ルールは私よぉ。大丈夫、黒ちゃんは私専属
 の『ペット要員』ってコトになってるからぁ♪」

「尚更イヤじゃこの付け鼻野郎!! 何がペットだ!! 大体何で
 私がテメェの派閥に入らなきゃなンねェンだよ!! 意図が分から
 ないにも程があンだろォが!!! あと黒ちゃン言うな!!」


確かにほんの二ヶ月前までは協力関係が成立していたが、今となっ
ては本当に赤の他人である。そんな自分に執拗な食蜂の心理が心底
理解できない黒夜は、『心理掌握』による拘束から何とか脱出せん
と足掻き喚く。

だが、そんな抵抗すら可愛く映っている食蜂は冷静な口調で言う。


「汚く醜い争いはこの街じゃもう見れそうにないし、面倒な上辺
 関係も私たちには必要ない。仲良くやりましょ☆ 黒夜ちゃん」

「……だから、なんで?」

「ただの興味本位よぉ。他にあったとしても全部くだらない理由
 だしぃ」


733: ◆jPpg5.obl6 2012/03/14(水) 22:33:26.89 ID:BMRQcH7P0


「……これだけは言っとくが、アンタの下に就く気はねえからな」

「……ま、今はそれでもいいわぁ」

「ふん……」


この自由奔放な超能力者は自分を解放してくれそうにない。
そう確信したのか、黒夜は罵詈雑言を浴びせるのを止めた。


「さぁて、まずはその奇抜な服を何とかしないとねぇ。さすがに
 それじゃ『学び舎の園』を歩けないでしょう?」

「っつか、入ったことねえよ……」

「良い店知ってるのよぉ♪ ばっちりコーディネートしてあげる
 から、期待しててねん☆」

「おいちょっと待て。私を着せ替え人形代わりにして遊ぶ気か?
 アンタの玩具になるつもりもねえぞ!? 派閥に加入するよりも
 そっちの方が断然イヤだ! ってかこのふざけた耳、いい加減に
 取らせろ!! こんなん付けたまま人前に出るなんて冗談じゃねえぞ!!」

「さ、レッツごぉ~☆」

「おいっ!! 話聞いてんのかよこの……うわぁ!?」


抗議の途中で腕を引っ張られ、無理矢理連れて行かれる。


734: ◆jPpg5.obl6 2012/03/14(水) 22:35:27.51 ID:BMRQcH7P0


ここにきてようやく羞恥心が込み上げてきたのか、耳まで真っ赤に
なった黒夜は次第に年相応の駄々っ子ぶりを発揮し始めた。


「やだ!! いやだぁ!! そもそも可愛い服とか私に似合うわけ
 ねえだろぉ!! んなヒラヒラしたヤツなんて着れるか!!」

「そんなことはないと思うケドぉ? 私の着眼力は確実性に長けて
 るしぃ、構成力豊かな私のコーディネートなら大変身はほぼ間違い
 なしよぉ」

「そういう問題じゃねぇ!! 私が私じゃなくなっちゃうだろぉ!!」

「人ってのは変わらずに成長できない。これ、人生の先輩としての
 アドバイスねぇ☆ 私の寮に来る以上、どっちにしたってそれなり
 の服に着替えなきゃいけないんだからさぁ」

「り、寮!? 気品ぶりが病気みてえに溢れ返ったお嬢様の集団に
 私も混ざれってのか!? や……やっぱ止めだ止め!! 何か想像
 しただけで吐き気がしてきた!! 無し無し! さっきの全部取り
 消し!! 私やっぱ帰るっ!!」

「今さら遅いわよぉ~♪」

「やっ……、放せっ! 放……っ!」


黒夜が半泣きになっても食蜂は掴んだ手を放してくれない。


735: ◆jPpg5.obl6 2012/03/14(水) 22:43:07.15 ID:BMRQcH7P0


「放してってば!! っていうか私、部外者だぞ!? 規則が厳しい
 って評判の常盤台の寮に、そもそも入れるわけが……」

「そんなの、私の改竄力でどうにでもなるからご心配なくぅ~」


そうこう進んでいる内に人通りの多い道を猫耳装着状態で歩かされる
羽目になった。
頭の上に付けられた可愛らしい耳と、黒夜自身に若い男を中心とした
視線が突き刺さる。
恥ずかしさに縮こまりつつ何とか耐えていたが、


「あ、そうそう。折角良い耳付けてるんだしぃ、寮に着いたら尻尾も
 付けてあげるわねぇ。きっと似合うわよぉ~♪」


この一言がトドメとなった。
ついに黒夜は恥も外聞も捨てて道のド真ん中で思い切り大号泣した。


「び……びえええええええん!!! なんで私がこんな目に合わなく
 ちゃいけないんだよおおおお!!! びえええええええええええん!!!」


その姿に、かつて暗部の一組織を仕切っていた時の面影は無かった。


「うふふ、思った通りの可愛さだわ。新しいオモチャ見つけちゃった☆
 これでしばらくは退屈しなさそうねぇ」


四歳児みたいな泣き様の黒夜を引き摺りつつほくそ笑む常盤台のお嬢様。
こうして、食蜂派閥に“黒猫”が一匹加わった。


744: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 20:54:57.32 ID:E44cQvl00


◆ ◆ ◆


「―――ふーん、とうとう初恋に勝負賭けたってわけか。
     臆病姉にしては快挙じゃん」


クラシックなBGMと間もなく訪れる春の心地よい暖気。
オープンテラスのカフェにも癒し空間が芽生えつつあった。
ブレンドコーヒーを一啜りした女子高校生は相席している
女子中学生の恋愛武勇伝に無難な感想を送る。


「ま、結局保留にされちゃったけどね……。でもフラれた
 わけじゃないし、何より気持ち的にはスッキリしてるわ」

「やっと言えたから?」

「もちろんそうなんだけど……ほら、私の後輩の黒子って
 覚えてる?」

「確かおねーたまラブの恋敵だったっけ? 恋愛の感覚が
 かな~り歪んでる印象しかないね。悪いけど」


端から見ると“妹の恋愛相談を受けている姉”のようだが、
実際は逆である。


745: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 20:56:18.25 ID:E44cQvl00


この女子高生、実は世に誕生してから一年も経っていない。
つまりこの場合はスタイルで劣っている女子中学生、御坂
美琴の方が姉となるわけだ。


「で? このミサカはそんな中途半端な結末を辿った自慢
 にすらならない話を聞かされるために呼ばれたってわけ?」

「まだ結果は出てないっての! 勝手に人の恋締めてんじゃ
 ないわよ!! ……くそう、自分は既に相手がいるからって
 余裕見せつけやがって……!!」

「外面的にはそっちが劣化版みたいなモンだしね。くひひ」

「おーし、そんなら照り焼きクラスの黒い御膚をプレゼント
 してやろうか? その気になりゃ私の首位独走も可能だって
 こと、理解させてやってもいいのよコラ」

「おー、こわいこわい。短気なおねーたまを持つと気苦労が
 絶えないわこりゃ」

「そのクレバーな反応をやめろ!! まるで私がガキっぽく
 見えるじゃない!」

「そこら辺の通行人、百人ぐらい捕まえてアンケート取って
 みる? 多分おねー様が絶望してこのミサカが高らかに笑う
 素敵な未来が待ってるよ」

「ぐがぎぎ……!」


746: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 20:57:18.72 ID:E44cQvl00


彼女たちには複雑な事情がある。
そんな事情などを欠片も知らない他人に判定を委ねるなど、
禁則事項もいいところだ。
頭に血が上った美琴はそこを指摘できなかった。


「だいたいさぁ、ミサカの相手っつっても“あの人”だよ?
 それでも羨ましいの?」

「…………」


表情が僅かに曇った姉を見て呆れたような重い息を吐く。


「誰が相手とかそういうんじゃなくて……。……あーもう、
 確かにアンタの“相手”について色々思うことはあるわよ!
 けど、別に否定的な感情が全部じゃない。……アイツのして
 きた事がどれ程の罪とか誰が許す許さないとか……、そんな
 物事の図り方は間違ってる気がするのよ」

「……、ほ~う」

「今のアイツにどう接するのが正しいかは、まだ検討中なん
 だけどね……」

「いっそのこと清々しく和解しちゃって友好度上げちゃえば?」

「そこまでは割り切れないわ。……これはまだ私がガキって
 事なのかな……」

747: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 20:58:33.09 ID:E44cQvl00


「うんにゃ。少なくともついこの前よりは大人に近づいてる
 んじゃない?」

「アンタに励まされるのって、なーんか不気味……」


美琴がまた笑顔になれば、この少女もまた笑う。
かつて“負の感情”が心の全てを埋め尽くしていたのが信じ
られないほどの明るさ。

番外個体。

第三次製造計画(サードシーズン)で生み出された最新クロ
ーンで、その計画が存在したという唯一の証でもある。

あの計画に関わっていた者は、“誰一人この街にはいない”。

いや、正確には“学園都市に非人道的な闇を持ち込むような
輩”は存在しない。と言った方が正解だ。

今の学園都市はそう言い切っても文句の付けようがないほど
に平和な街である。
第三次世界大戦、そしてふた月前に起きた内戦を乗り越え、
一人一人の意識が良い方向に変わりつつあるのだろう。

最近はスキルアウトですら大人しく、都市全体の治安は少し
ずつだが良くなっている。


「いやいや、割と本気で言ってるから警戒は要らないよ」


748: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 20:59:35.42 ID:E44cQvl00


「素直にありがとうって返したいけど、アンタがこれまで私
 にしてきた仕打ちの数々がストップ掛けてるわ」

「いつまでも根に持つなんてまだまだガキだね♪」

「タチ悪いガキが更にタチ悪くなったような嫌がらせばっか
 してきといてどのクチが言うのよ!? ホントに私のDNAが
 素になってんのか、アンタほど疑問な子はいないわよ!」

「これでもだいぶ改善されてるんだよ? 製造当初のミサカ
 を見たら絶句しちゃうねこりゃ」

「……今でも充分自分の“悪”バージョンと対面してる気分
 なのに……」


どこか不満げな顔でカプチーノを飲み干し、席を立つ美琴。


「ありゃ? もうお帰り?」

「うん。そろそろ補習終わる時間だし……」


時計を見ながらそう答えた。


「約束してんの?」

「別にしてないけど、だから会いに行っちゃいけないって
 ルールはないでしょ?」


749: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:01:16.70 ID:E44cQvl00


「うーわ。それストーカーの典型的な初期思考じゃん……。
 おねーたまもとうとう犯罪に手を……」

「スト……ちょ、人聞きの悪いこと言わないでよ!」

「じー」

「も、もう行くから! それじゃあね!」


痛い視線から逃げるように去って行く美琴。
その後ろ姿が見えなくなった後で番外個体は断言した。


「……ありゃフラれた時が怖いね。うん」


“一途なお嬢様”。そんなカテゴリに含まれる姉の未来
を心配した。
そして、それから適当に時間を潰した後―――。


「―――さて、そろそろコッチも出向きますか。最強の
     “馬鹿”が心配だし……」


750: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:03:24.19 ID:E44cQvl00


◆ ◆ ◆


「どーした月詠センセ。元気ないじゃんか?」


渡り廊下をトボトボ歩く小さな背中に立派な果実を二つ
実らせたジャージ教師が声を掛けた。


「……っ。また一人、雛が私の手から巣立っていったの
 ですー……」


とても寂しそうな返事が月詠小萌の口から漏れる。
ジャージ教師こと黄泉川愛穂は一瞬顔を顰め、


「ん? もう卒業式のことで頭が一杯じゃん? 卒業生
 に思い入れのある子でもいたん?」

「違います! ……いや、それもあるのですけどー……。
 同居していた子が二月付けで出て行ったのですよー」

「あぁ、そういや去年話してたっけ。忘れてたじゃん。
 何の挨拶もなしであっさりいなくなっちまったじゃんか?」

「……その逆ですよ。『お世話になった御礼よ』って、
 苦手だった筈の手料理を先生のために振舞ってくれたり、
 最後のお風呂(銭湯)で背中流してくれたり……。お別れ
 の時は涙を堪えるのに必死だったのですー」


751: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:04:19.26 ID:E44cQvl00


(はは、ウチとは真逆だわ……)

「結標ちゃん……すごく良い顔になってました。あれ
 ならきっともう大丈夫なのですよー……。けど嬉しい
 反面、やっぱり寂しいのです」

「まぁ……、出会いと別れの繰り返しが人生っていう
 じゃん? もうすぐ今の三年生が卒業して、その次の
 次にはウチらの担当だった奴らの年代が卒業じゃんよ」

「そうですねー……。教師やってるとその言葉が一層
 身に響くのです。一度や二度じゃないのに、何度経験
 しても慣れないものですね」

「慣れちゃったら終わりな気もするけどな」


子供の成長を見届ける身分としては、この時期が最も
感慨深いのだろう。
やがて巣立っていく教え子たちに少しでも希望の光を
照らせる様、息巻く教員二名がここにいた。


「……ところで、上条は無事に卒業できるじゃんか?」

「……そこが一番の懸念要素なのですー」


752: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:06:27.31 ID:E44cQvl00


◆ ◆ ◆


「夏におでんがアリなら冬のアイスも王道に近いんじゃ
 ないかな? ってミサカはミサカは意見を述べてみる」

「寒い時期に身体の中まで冷やして何の防寒効果がある
 のでしょう? とミサカは賛同しかねます」


待合室のロビーで定期調整のために通院中の打ち止めと
学園都市残留組ミサカ妹達の一人がくだらない話に夢中
になっていた。話の内容は先も言ったが実にくだらない。


「むむ……。種族が同列でも相容れないパターンという
 ものをまさに今、ミサカはミサカは実感してみる」


趣向の共感に失敗して不機嫌な打ち止めは椅子から乱雑
な動きで離れ、表情一つ変えない下位個体の足を踏んだ。

当然、お返しを受けて悲鳴を上げる羽目になった。


「うぅ……。サイズにこれほどのハンデがあるんだから
 少しは寛容になってほしい。ってミサカはミサカは大人
 げない10032号を涙目で見上げて抗議してみたり」


753: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:07:34.77 ID:E44cQvl00


「一回は一回です。とミサカは冷徹に言い放ちます。
 それに、子供だから手加減するなどという感情をミサカ
 は持ち合わせていません。悔しかったら早く大人になる
 ことです」

「うぐぅ……」


キッと睨んで功に転じようとするが、お返しが怖いのか、
はたまた御坂妹の鋭く隙のない眼差しに尻込みしたのか、
握った拳を悔しそうに引っ込めた。


「賢明ですね。そうやって一つずつ学んで成長すれば良い
 のです。とミサカは母親の気分で上位個体の肩を押します」

「……ミサカの方が上司なのに……。ってミサカはミサカ
 は世の不条理に落胆の色を隠せなかったり」

「ところで、あの過保護な漂白剤の姿が見当たりませんが?
 とミサカは辺りを見回しながら尋ねます」

「…………あの人のこと?」


仮にも命の恩人に対して辛辣すぎる表現に流石の打ち止めも
不憫に思ったようだ。
しかし、それを咎めようとは決して思わない。

754: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:08:26.25 ID:E44cQvl00


彼は命の恩人であると同時に、罪人でもあるのだ。

自分以外の個体がそんな彼にどう接するのか。それは各個体
が己の意思で選ぶのが正しいと出会った当初から決めていた。
今もその考えに変わりはない。


「“お友達に会いに行くから”って先に帰っちゃったよ。
 ヨシカワを迎えに遣すから心配ないって」


少し寂しそうな顔でそう答えた。



◆ ◆ ◆



時刻は下校ラッシュ真っ盛り。
何処も彼処も制服だらけで、人気店なんかは絶好の稼ぎ時を
逃すまいと迅速な対応と接客に勤しんでいる。

そんな最中、客入りが比較的平凡な喫茶店の窓際席に二名の
男が来店した。


「お、ここ落ち着いてんじゃん。こんな穴場があったなんて
 知らなかったな」

755: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:09:16.70 ID:E44cQvl00


制服姿の少年、上条当麻が初来店らしい素振りで内装を見渡
し、茶髪で私服姿の少年、浜面仕上が外の“群れ”を冷静に
眺めながら考察する。


「大体みんな向こうの『Dii・Tor(ディ・トール)』に寄る
 からなぁ……。広い視野で見れば空いてて落ち着く所なんて
 いっぱいあるだろーに」

「『騒がしい風景が青春っぽくて良い』ってヤツも多分いる
 んだろうけどさ……。メニューどうする?」

「ん、揃ってからじゃなくていいのか?」

「飲み物ぐらい先に頼んじゃってもいいだろ。あ、ついでだ
 からアイツのも注文しとくか? どうせコーヒーだろ」

「冷めてると文句言わねーかな……?」

「あー、あとどんくらいで着くって?」

「『三十分後くらいに着く』ってメールが十分前に来てた」

「するってえと、あと二十分か……。先に俺らのだけ頼んじ
 まうか」


そんな調子で駄弁りながら時を過ごす二人の前に、白い影
が金属音を地面に打ちつけながら近づいてきた。


756: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:10:18.04 ID:E44cQvl00


それが杖をつく音だとすぐに気づいた上条と浜面は、話を
切り上げて目を向ける。


「お、やっと来たか。相変わらずの時間通りですねぇ大将」

「変な呼び方してンじゃねェよ」


浜面が冷やかすような口調で挨拶するが、白い少年は虫で
も払うかのような態度で冷たく返した。

続けて上条も、


「よ、久しぶり。どうだ調子の方は?」

「そこの粗大ゴミが今言った通りだ。“相変わらず”さ」


薄い笑みを浮かべ、上条の隣に着席する少年。
一方の浜面は、


「粗大ゴミって……」


何故か憤っていた。

757: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:12:00.62 ID:E44cQvl00


そんな浜面を尻目に上条が神妙な顔で伺う。


「ってことは……、やっぱり“戻って”ないのか?」

「まァな。こないだオマエらと会った時から何ら変化は
 ねェよ。多分一生“戻る”ことはねェと俺は踏ンでるが
 なァ……」

「そんな……。もう諦めてるのかよ?」

「諦めってのは少し違うな。……思えば俺が“能力”を
 有効に生かせてきたのはごく最近からだ。それまではクソ
 みてェな使い方しかしてこなかった……。反吐が出そォな
 実験や常軌を逸したクソ計画も、俺が“力”を持たなきゃ
 生まれることはなかったはずだ……」

「“一方通行”……」

「もォその名で呼ばれる資格も、本来ならねェンだが……。
 他に呼び名なンてのァねェし、本名も記憶から消去しち
 まった。昔の名残ってことで、そこだけは妥協するしか
 なさそォだな」


笑いながら語る少年。
しかし、本当にそれでいいのか? 上条と浜面はそう言い
たげだった。

この白い少年、一方通行は自身の象徴と呼んでもいい能力
を失ってしまったのだから――――。


758: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:14:07.68 ID:E44cQvl00


そう。彼の能力『一方通行』はあの日に“死んだ”。

二ヶ月前の内部テロ騒動。その背景を知っている数少ない
人間からしてみれば、やりきれない気持ちがあるのも無理
はない。けれども一方通行は「後悔はない」と言い切った。
まるで長年こびり付いていた楔が解けたかのような、晴れ
晴れとした表情で―――。

演算式をいくら組み立てても、ベクトルを変えられない。
そんな状況に陥ったにも拘わらず、何故彼は笑っていられ
るのか。それもただ気丈に振舞っているようにも見受けら
れないのだから不思議である。

彼は今、『学園都市最強の超能力者』という肩書きを所持
していない。

ここにいる上条当麻や浜面仕上と何も変わらない、ただの
無能力者となったのだ。


「いいのかよ……。それじゃ今までお前が築き上げてきた
 ものが、全て無駄になっちまうんじゃねえのか?」

「頭ァ撃ち抜かれて脳に傷負って、中途半端に制限が掛か
 っちまってた時に比べりゃまだスッキリすンぜ。いちいち
 タイムリミットを気にする必要が無くなったわけだからなァ」


やはり虚勢や嘘は感じられなかった。


759: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:15:03.32 ID:E44cQvl00


「それに、無駄になるとは思ってねェンだ……。オマエら
 に理解できる話かは分かンねェが、無くなったら無くなった
 で、却ってサッパリするモンなンだよ。この先、能力が必要
 になる時が来るとは思えねェ。そのために、危険因子を全て
 削除したンだからよ」

「けど、また同じようなヤツらが出てこないとも限らねえ
 だろ?」

「そン時は、この手であいつらを危険から守ってやるさ。
 今度こそ“自分の力”でな……。能力なンざ使えなくても、
 意志さえ捨てなきゃどンな強大な相手だろォが戦える……。
 そいつを俺に教えてくれたのは、他でもねェオマエだろォが」


真っ直ぐ、上条の目を見て一方通行は言った。
そのまま浜面へと視線をずらし、


「特別な力が無くても、“誰かを守りたい”。その想い
 があれば何も恐れるに値しねェ……。オマエからもそれを
 教わった」

「一方通行……」

「オマエらにできて、俺にできねェなンて事がある筈ねェ。
 言ってみりゃ、よォやくオマエ達と同じ土俵に上がれたン
 だよ。そォなったらもォ現実から目なンて背けるわけには
 いかねェだろ?」


760: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:16:34.43 ID:E44cQvl00


一方通行の強い意志は死んでいない。二人はそう確信した。
“能力”という殺人兵器にもなるチカラを失い、彼はまた
強くなったようにも感じた。
これまで当たり前のように使用してきた能力が無くなり、
今後は前途多難な人生を送ることとなるだろう。
しかし、彼は常に前を見続ける事を止めない。

人並外れた力などなくても、意識次第で強くなれるし弱く
もなる。それが人間だ。“能力”なんてものは、それらを
補うための備品でしかない。
人間が本当の意味で強くなるのに、必ずしも必要とは限ら
ないのだ。

その境地に到ったからこそ、一方通行は今を前向きに生き
ている。
この先に待っている難関や試練から逃げる事は、おそらく
ないであろう。


「何処ぞのクソ野郎が打ち止めや番外個体、妹達を何らか
 の実験に利用しよォと企ンでも、そいつは俺が許さねェよ。
 ……もっとも、今の俺には利用価値なンざ欠片もねェから、
 平穏が崩れる可能性は低いンだがな。何も起きないに越した
 こたァねェが、気ィ抜くつもりはねェさ……。だから、ンな
 腫れ物にさわるよォな態度を取る必要はない」


同情はお門違いだ。一方通行の紅い瞳はそう訴えているよう
に見えた。

761: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:18:25.30 ID:E44cQvl00


「…………これから大変だぞ? 能力が使えなくなったお前を、
 スキルアウトの連中が狙ってくるかもしれねぇ。いくら最近は
 目立たなくなったっつっても、以前にお前が叩いた奴らが報復
 に来ないとも限らねぇし……。俺の顔が通じるトコは心配いら
 ねえけどさぁ……」

「ハッ、面白れェじゃねェか。見かけたら『いつでも来やがれ』
 っつっとけ。『これで少しはオマエ達に軍配が上がる可能性も
 増えた』とでも知らせときゃ、ちったァ退屈しねェかもなァ」


浜面の忠告にも余裕の笑みで返す。


「なんでそんな強気なんだよ!? 今までみたいに『ハイハイ
 反射反射~』ってわけにいかねえんだぞ!!」

「だからどォした? 生憎、そンな程度で臆するよォな死線は
 潜ってねェよ。それに、能力が無くても俺の“ここ”は健在だ。
 元々の頭の出来が違うンだってことを分からせてやるまでよ」


自分のこめかみにトン、トン、と指を当てて口端を歪める一方
通行に、浜面は軽く卒倒しそうになる。
「分かってねぇ……。分かってねぇよ」などとぶつぶつ呟きな
がら頭を抱える浜面と、まるで気にも留めずにコーヒーを啜る
一方通行の図に、上条は何故だか顔が綻んでしまった。


「ははは。……けど、そうかもしんねえな。結局一番頼れるの
 がここ(心)だってのは、上条さんも賛成ですよ」


762: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:20:59.25 ID:E44cQvl00

「とうとうオマエの熱血バカが本格的にうつっちまったみてェ
 だな……」

「お前なら大丈夫だよ、きっと……。お前の本当の強さを知っ
 てる俺が保障する」

「……! ……ふン」


「オマエには負けねェ」と一瞬言いかけ、咄嗟に口を噤む一方
通行。
今、紛れもなく対等な立場にいる上条に対し、内にずっと秘め
ていたライバル心を露呈してしまいそうになったからだ。


(アホか。何をクチ走ろォとしてンだか……。ンな台詞でも吐
 いた日にゃあ完全に何処ぞの青臭せェスポ根ドラマじゃねェか。
 冗談じゃねェっつの……)


素直な熱血男にはまだまだ届いていないらしい。

と、一方通行が爽やかに笑う上条から露骨に視線を逸らした直後―――。


「―――こんなトコにいやがったかこんちきしょう!! 探した
     じゃないのよこの馬鹿!!」


763: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:21:46.68 ID:E44cQvl00


「いぃ!?」

「はへ……?」

「あァ?」


突如響き渡った女声に三人は首を動かし、各々の反応を示した。
腕を組んで仁王立ちしている少女は前髪の辺りからバチバチと
小規模の稲妻を走らせている。

そんな光景に上条は動転し、浜面は記憶から掘り返すように首を
捻らせ、一方通行は呆然とした。

そんな反応を他所に御坂美琴は真っ先にテーブルの下へ隠れよう
とする上条の首根っこを踏ん捕まえた。


「いつもの帰り道を避けたのは私と顔を合わせたくない意思表示
 と受け取っていいのかしらぁ? ええぇゴルァ!!」


捕まえるや否や怒号を飛ばす電撃姫に上条はたじろぐしかない。
上条が対処に暗中模索している最中も美琴の青筋は深みを増した。


「コッチはアンタのことずーっと待ってたってのに……、優雅に
 ティータイムですか。貧しい苦学生主張してた割には随分華やか
 な放課後送ってんじゃないのよ。んん?」

「いや、ってか……待ち合わせなんてした憶え自体皆無なんです
 けど……」

「メール」

「ギク……」

764: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:22:52.73 ID:E44cQvl00


「電話も(勇気だして)した。なのにアンタときたら何の返事も
 ない。……また何かのトラブルに巻き込まれてるんじゃないかって
 街中血相変えて疾走した私の気持ちがわかる?」

「う……」(やべ……そういやすっかり忘れてた……)


上条の目が右へ左へ斜めへと泳ぐ。
そのあからさまな動揺を勘の鋭い美琴は見逃さなかった。


「ア・ン・タ・はぁぁぁ~~~~!!!」

「ご、ごめんなさいわたくしが悪かったです何なりと致します
 からリアルレントゲンの刑は勘弁してくだしや!?!?」


上条の饒舌な口の動きは右フック一発で止まった。


「あててて……。あれ? いつもみたいにビリビリしないの?
 もしかして上条さん、救われた?」

「流石に店の中でそんな事しないわよ! ……ま、確かに約束
 してたわけじゃなかったからこれで大目に見てあげる」

「おぉ……」


彼女がまだ常識的な物理攻撃の制裁で済ませてくれた事に上条
は殴られた頬を摩りながら軽く感動した。

765: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:23:55.75 ID:E44cQvl00


そして、美琴の中でこの話は始末がついたのか、目線は同席者
へと移る。


「久しぶりね……。一方通行。そっちの人は知らないけど」

「…………」


テロ事件の時に浜面は美琴を見かけているが、基本的に記憶力
のない浜面は無論覚えていない。
それでも彼女が常盤台のエースと呼ばれている第三位の超能力
者だということはご存知だった。

が、この場面で出現するのが想定外な上、上条とのやりとりを
ずっと傍観している内に圧巻されてしまったらしく、何となく
麦野に近い印象を抱いたようだ。

萎縮気味に会釈しただけなのは多分そのせいである。

そして一方通行の眉間には一気に皺が寄せられ、居心地の悪さ
が全面的に表れているのが一目で読み取れた。

美琴はそんな空気などお構いなしに話しかける。


「あの子に聞いたわよ。……アンタ、能力が使えなくなっちゃ
 ったんだってね?」

766: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:24:47.85 ID:E44cQvl00


「……まァな」

「ふぅん。て事は、アンタはもう最強じゃなくなったワケか……」

「あァ。次の身体検査(システムスキャン)で序列から外れる
 だろォよ。……今の俺にはオマエの電撃を防げねェどころか、
 そこの熱血野郎に叩き込んだ拳撃すらも入るぜ」

「………へぇ」

「オマエが俺を殺したいほど憎ンでるのは重々分かってる……。
 絶好のチャンスじゃねェか。こそこそ逃げたり隠れたりする
 つもりはねェ。……好きなだけ恨みを晴らしゃ良い」

「……っ!」


場の空気が凍りつく。
上条や浜面だけでなく、固唾を呑んで傍観していた周囲の人間
までもが途轍もなく不穏な気配を感知していた。
美琴は真意が読めない表情を保ったまま一方通行を見つめ、


「場所、変えよォか。そりゃこンな公の場じゃ殺ろォにも殺れ
 ねェわな……。悪りィ悪りィ、気が利かなくてよ」


一方通行は察したようにそう付け加え、静かに椅子から立った。
そのまま伝票を手に、会計を済ませようと歩く。
美琴の横をすれ違い、首を軽く横へ捻った。「人気のない場所
まで行くからついてこい」という意味を込めたのだろう。

767: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:26:22.80 ID:E44cQvl00


上条、浜面も席を立とうとするが、一方通行はそれを鋭い眼光
で制す。その目が「ついてくるな」と叫んでいるのは、誰から
見ても解かる。
そして美琴にだけついて来るよう促し、再び足を動かし出口へ
向かう一方通行。

しかし、美琴はそんな背中に声を投げる。


「そうやって過去を清算しようとして、悦に浸りたいトコ悪い
 んだけどさぁ……」


一方通行の杖先が宙で止まった。


「私はそういうのに付き合う気、一切ないからね」

「……オマエの“血縁者”を、俺は一万人以上もブチ殺した。
 オマエには俺を煮るなり焼くなり、好きにする権利がある……。
 無能力者にまで成り下がった俺を思う存分見下して、じわじわ
 と弄り殺しにだってできるンだぜ? みすみすその機会を逃そ
 うってのか?」


不思議そうな目で美琴を見る。彼の瞳には既に“どんな罰も
受け入れる覚悟”のようなものが秘められていたが、美琴は
そんな彼に呆れたかのように長い溜め息を吐く。


768: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:27:04.73 ID:E44cQvl00


「……アンタってさぁ、つくづく救いようのない馬鹿ね……。
 私がアンタを裏路地でボコボコにして、10031回分謝罪でも
 させれば気が済むの? 私がそれで『あー、スッキリした』
 って言うとでも思うわけ?」

「……?」

「見縊ってんじゃないわよ馬鹿! ……こいつもアンタも、
 “私”っていう人間を小さく見やがって! 自分さえ気が
 晴れれば私の気も釣られて晴れるとか思ってんの!?」


一瞬睨まれた上条は、訳も解からない癖にバツの悪い表情を
作る。


「一方通行……。私が木原って研究者に捕まった時、アンタ
 の実験後の軌跡を知ったこと……言ったわよね?」

「あァ……憶えてる」

「その時からずっと考えてた……。狂ったように笑いながら
 あの子たちを殺し続けてきたアンタが、今ではあの子たちを
 守る側に立ってる……。受け入れる以前に、何がどうなって
 そうなったのかが受け止められなかった。……最初はね」

「…………」

「けど、今生きている“あの子たち”と接している内に……
 私なりの答えがようやく見つかった」


769: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:28:34.05 ID:E44cQvl00


「……!」


「一応、私はあの子たちの『姉』ってことになってるの。
 ……そして、妹たち……打ち止めも番外個体も、あなたを
 必要としてる」


「だから、姉として言わせてもらうわ――――」



「―――――あの子たちの事……これからもよろしくね」



「………!!」


その瞬間、美琴にふっと笑顔が零れた。
まるで胸に痞えていたものが取れ、綺麗さっぱり無くなった
ような……そんな晴れやかな顔で一方通行と向かい合った。


770: ◆jPpg5.obl6 2012/03/22(木) 21:30:47.67 ID:E44cQvl00


対する一方通行は終始鳩が豆鉄砲でも喰らったみたいな顔で
美琴を凝視していたが……やがて言葉の意味が伝わったのか、


「…………あァ。言われるまでもねェことだ」 


はっきりとそう答えた。


殺伐とした空気は既に消え失せ、上条や事情が分からず置い
てきぼりだった浜面が過ぎ去った修羅場にホッと息を吐いた
直後―――。


「―――なーんだ。てっきり闘り合ってんのかと思って来て
     みたら……。平和的に済んじゃいましたってか?
     最近ミサカが望むような面白い展開がことごとく
     空を切ってる感じがするよ」

「……私とコイツが闘うのって、アンタからすればK-1の試合
を観戦するのと大差ないみたいね」

「ふふん。けどまあ流石にスタンドで野次飛ばしたりとかは
 しないけどね。あーあ、つまんねー。あなたがおねーたまに
 ボコられてる前提で急いだってのにぃ……。無駄に疲れちゃ
 ったから、とりあえず何か甘いもの奢れ」

「勝手に余計な心配してンじゃねェよ。クソったれが……」


やや退屈そうなテンションで現れた番外個体に、一方通行は
むず痒そうな口調で悪態を吐いた。


784: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 20:30:39.92 ID:+6rdzYeF0


◆ ◆ ◆


「―――良かったね。オリジナルと和解できて」


帰り道、隣を歩く番外個体が不意にそう囁いてきた。


「……和解したワケじゃねェよ。そォいう話じゃ……
 ねェンだ。ただ、超電磁砲はあのクソガキと同じ答え
 を見出しただけに過ぎねェ」


前を向いたまま、どこか遠くを見つめるような目で曖昧
に笑う少年。
そして、独り言みたいに呟く。


「さすが、あのクソガキの素体なだけの事はあるぜ……。
 一番俺に憎しみを抱いてる筈なのによ……。お人好し
 なンてモンじゃねェな」

「人間を許すのと罪を赦すのって、意味が違うんだよ?」
 
「……何だそりゃあ?」

785: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 20:31:39.94 ID:+6rdzYeF0


「現在(いま)のあなたを許しても過去にした事は永遠
 に変わらない……。だから最終信号は“過去”と“現在”
 を結ばないであなたと接しようって、決めたんだと思う」

「…………」

「はは、良く分かんないかな? ていうかミサカもあん
 まり上手く説明できてないね……」

「いや。……あのクソガキも俺と初めて会った時、似た
 よォな事言ってやがった。そいつを思い出してたンだ」

「……ミサカはもうネットワークから剥離しちゃってる
 けど……負の感情で脳内を埋め尽くされてた時の記憶は
 まだ残ってる」

「打ち止めや妹達の俺に対する本音はそン時に取得した
 ってのか? 俺への負の感情だけが起動源だったンじゃ
 ねェのかよ?」

「優先的に集まるってだけで、他の感情がネットワーク
 から阻害されるワケじゃないよ。確かに印象には残るに
 はかなり薄いけど、それでも色んなミサカたちの声が頭
 に聞こえてきた……。特に、最終信号のあなたに対する
 想いは今のミサカにとっちゃ嫉妬以外の何物でもないね」

「まァ、あのガキのこったから大体想像つくけどよォ……」

「ありゃりゃ? もしかして良い方向に考えちゃってない?
 『どォせ俺が好きなンだろ』とか自惚レータ降臨しちゃって
 ますう?」

786: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 20:33:35.82 ID:+6rdzYeF0


番外個体がニヤニヤしながら一方通行の顔を覗き込んでくる。


「そォは言ってねェ!! っつーか、オマエ今自分で『嫉妬』
 っつったじゃねェか!!」

「へ~え。つまりあなたはこのミサカもあなたが好きで好きで
 仕方がないって設定しちゃってるワケかあ……くきき」

「ッ!?!?」


動揺のせいか珍しく言葉の選択をミスり、更なる墓穴を掘って
しまう一方通行。
こうなると番外個体の勢いと鬱陶しさは止まらない。
彼はそれを良く知っていたからこそ焦った。


「あなた、自意識過剰って言葉ぐらい知ってるよねえ?
 ミサカは『あなたが大好き。愛してる』なんて台詞を一度も
 クチにした憶えがないんだけど? ひひゃ♪ なのにミサカ
 はあなたが好き前提って、自分に酔ってなきゃ思わないよ」

「……わかったから少し黙ろォか。それとも物理的に黙らされ
 てェか?」

「ふふ、何ならミサカの煩いクチをあなたのクチで塞いでみる?」


787: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 20:35:32.80 ID:+6rdzYeF0


「……っ」


卑怯だ。反則だ。
一方通行は心中でそう叫びながら目を明後日の方へ向けた。
日が落ちて周囲が暗く、表情の変化を見られなかったのは最大
の救いである。
もっとも、一方通行がどんな反応をしたのかぐらい彼女には分
かっているが……。


「……くだらねェ事言ってねェで、早く帰るぞ」

「お? 早歩きは照れ隠しの代表的な行動のひとつだってこと、
 ミサカも知ってるよ。いつになったらあなたは素直になるのやら」

「オマエの悪態こそ、いつになったら消えてくれるンだろォな」

「性格ってのは簡単に矯正できるモンじゃないからねえ」

「ならそいつは俺にも当て嵌まるってこったろォよ」


こんな風に他愛無く言葉を交わしながら並んで歩く。
番外個体はそれで充分嬉しかったし、一方通行も表に出さないだけ
で本当は……やめておこう。


今から二ヶ月前。
“学園都市側”が一方通行に対し、とうとう最後の武力行使を決行
した日。


788: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 20:37:10.08 ID:+6rdzYeF0


彼は番外個体の制止の声をも振り切り、最後まで“反発の意”を貫
き通した。

真っ向から特攻し、背中に純白の翼と頭に輪っかを浮かせた彼の姿
は、まさしく“使者”として上層部の目に映っただろう。

誰かのために振るう『最後の力』として、徹底的に根源を葬る必要
があった。
該当する権力者には一人も余さず罪への導きを示し、その穢れた心
を浄化させた。
薄汚れた大人を象徴させる立派な建造物も、まるでそこまで行き着
いた過程を裁いてやるかの如く破壊してやった。

暴れた。

ただひたすら、彼は膨大な数と強大な力を持つ敵と戦い続けた。

自分の狂気を鎮めるためではない。

ただ奴らが気に入らないだけの理由ではない。

そう、全ては―――――。




いつもの見慣れた病室で目が覚めた時には驚いた。
てっきり、自分は死んだものと思っていたからだ。


789: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 20:39:50.87 ID:+6rdzYeF0

事実、指の一本も動かせなくなるまで大天使クラスの力を放出して
いたのだ。隣接する学区に伸びる影響を抑えるためにも相当の体力
を消費していた。
最後の一人は惨めなブタ野郎で、浄化される寸前まで様々な交渉を
持ちかけて命乞いをしていた。それも実に見苦しく。

あんな連中が偉くなれる世の中にもっと早く疑問を抱くべきだった。

何故、こんな奴らが“彼女たち”をどうこうする権利がある?
自分と違って何の罪もない人間を、欲望のために犠牲にできる?


そこまで考えたところで“頭の中の何か”がブチンと切れた。


最後の一人(肥えたブタ野郎)だけは天使としてのチカラや能力を
しまい、顔の原型がなくなるまで己の手で殴った。殴り続けた。
そうすることで今までのことに清算などつかないのは分かっている。
負債を返したことにならないのも分かっている。

しかし、それでも振り下ろす手は止まらなかった。
拳の皮が摺り剥けて、真っ赤な血に染まって感覚が無くなろうとも。
子供たちの悲痛な声を大人向かってに訴えているかのように、彼は
何度も汚い大人の顔面を絶叫しながら殴り続けた。

意識はそこで途絶えている。

あんな燃え盛る皇居の中心にいたのだ。
脱出など頭の片隅にも描いていなかったし、むしろそこを死に場所
とさえ決めていた。


790: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 20:40:55.74 ID:+6rdzYeF0


だが、あれだけの事をやらかした自分が何故だか生きている。
こんな自分に、まだ利用価値でもあると踏んでいるのか? この街
はどこまで腐ってやがんだ……。

目覚めて当初はそんなことばかり思っていたが、自分が生きている
のはどうやら“学園都市側”の仕業ではないらしい。
病室を訪ねてきた土御門元春がその全貌を語ってくれた。

“元暗部の少しばかり早い同窓会”。土御門はそう形容していたが、
まさかあの時に自分の知らないところで彼ら“元『グループ』”や
他のチームが“学園都市側”を相手に奮闘していたとは……。

流石に驚愕の色が隠せなかった。
まるで学校の近況報告みたいに軽く話している土御門は、『いつか
上を出し抜く』と確かに言っていた。……いや、土御門だけでなく、
上層部に巣食う汚い連中に一泡吹かせんと闇に身を置く人間も決し
て少なくはなかっただろう。

そんな大事な勝負の瞬間を、彼らは一方通行に委ねたのだ。


“聖域”中心部で倒れている一方通行を救出したのは、“元グループ”
の回収班である。御役御免となった彼らもまた、同窓会に参加した
馬鹿のクチだ。


そういう訳で一命は取り留めた一方通行だったが、体に異変を感じ
るのに時間は掛からなかった。


―――『能力』が、発動しない。

791: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 20:46:34.85 ID:+6rdzYeF0


演算式を組み立てるための脳は、損傷を負った時のまま。
演算能力が欠如しているわけでもない。

なのに能力が使えなくなっていた。

しかし、一方通行は特に驚きを見せなかった。
ある意味、『自分のことは自分が良く知っている』だらだ。

『自分だけの現実』。考え得る原因はこれ以外にない。
ずっと抱えていた深層心理が、ようやく形となって表に現れた。
“能力”を持つ意味をこれ以上は見出せないと判断し、まるで
役目を終えたかのように深い眠りについた。一方通行自身の闇
と、決別するかのように……。

事実、『自分だけの現実』が崩れてしまえば超能力も消える。
そして取り戻すには多大な時間と労力を消費して『自分だけの
現実』を再構築する必要がある。

そこまで知っている時点で一方通行の決意は既に固まっていた。

退院する直前に発注してもらった新しいチョーカーのスイッチ
は、『入』と『切』の一段階しかなかった。
以前のような『能力使用モード』へ移るスイッチがなくなり、
思わず感慨耽ったのを覚えている。
長年連れ添った相棒のようなものだ。
いくらもう不要になったとは言え、それなりに思う事もある。

退院して最初の日ぐらいは感傷に浸ろう。

そう意識しても彼の周囲は騒がしい連中ばかりで、結局それ
どころではなかったのが現実だが……。


792: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 20:48:31.01 ID:+6rdzYeF0


「―――どうしたの? ぼんやりしちゃって……」

「ンあ?」


番外個体は一方通行が能力を失おうがずっと変わらない。
時折減らず口を叩いて噛み付いたり、そうかと思えば猫撫で
声で誘惑してきたり、掴み所がなくて疲れない女だった。

彼女が何も言及してこないのは正直ありがたかった。

能力がなくなったと説明しても「あっ、そう」の一言で片が
ついてしまったし、同情的な態度でも取られるのは最も嫌だ
っただけに杞憂に終わって安堵した。


「今はミサカに守られてる能無し君なんだから、そんな風に
 隙だらけだと不安なんだけど。あなた目つき悪いからただで
 さえ絡まれやすい上に、ミサカっていう美少女まで連れてる
 んだもん。いつ背後から奇襲掛けられるか分かったモンじゃ
 ないよ」

「……そりゃ悪ゥござンしたねェ」


その代わりにネタとして弄られる事がしょっちゅうだが、同情
されるよりは遥かにマシだった。



番外個体には隠し事ができない。
一方通行の言動と態度の裏を見抜く技術と勘に関しては、多分
打ち止め以上に優れている。
そんな彼女が抱えている悩みに、一方通行は気づいていた。


793: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 20:50:06.93 ID:+6rdzYeF0


“自分(妹達)の存在が原因で能力を失った”。


彼女にそう思わせないように、物事を前向きに捉えたと言って
も過言ではない。
本当は不安がないと言えば、嘘になる。

暗部の世界で身に付いた術は“能力に頼らずに人を殺す方法”
ぐらいだ。
今後、そういった経験すらも不要な時代になっていくだろう。
そのために払った代償が“最強の超能力”である。
皮肉めいた話だが、楽観的に受け入れられるものではない。

いざという時に発揮できる切り札がないのだ。

もしかしたら今の無能な自分を恨み、呪い、激しい自責の渦
に溺れる未来が待ち構えている可能性もある。
本音を言うとそれが一番恐かった。


『能力を失ったせいで守れなかったら……?』


表には全く出さず、胸の内で一時も漏らさず抱えている巨大
な不安感を番外個体は即座に見抜いていた。
だからこそ、彼女はいつもと何ら変わらない姿で一方通行に
接しているのだろう。

不安を取り除こうなんて考えは持っていない。
一方通行の選んだ道を否定する気もない。

ただ一つ。
彼の中の不安が、現実になってしまわないように願った。
そうならないためにも、“守られるだけの人間”には決して
ならないと誓った。

“彼と共に歩んでいく”というのは、そういう事だ。


794: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 20:51:39.19 ID:+6rdzYeF0


“あの日”から二日後の夜、昏睡状態に陥り、病院のベッド
で安らかな寝息を立てている一方通行に番外個体はその旨を
伝えた。
泣き疲れて寝てしまった打ち止めをそっと隣のベッドに寝か
せ、子供に絵本でも読んであげているような優しい口調で。

『もう、ミサカ達のために頑張らなくていい。無理しなくて
 いい。ミサカ達は充分あなたに救われたから』

最後は消え入りそうな声で、震える肩を自らの両腕で押さえ
つけた。
彼に昔痛めつけられた右腕が、疼いた。

その翌日、彼は奇跡的に目を覚ましてくれた。
一方通行が『一方通行』から解放され、新しく生まれた瞬間
である。


「……なァ、番外個体」

「なあに? アクセラレータ」


夕食、入浴を終え、いつもの二人だけの時間。
言葉には出さないが、二人ともこの時が何よりも至福だった。


「そろそろ、呼び方変えねェか? 俺はもォ『一方通行』でも
 何でもねェンだしよ」


795: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 20:53:03.29 ID:+6rdzYeF0


「へえ、あなたでもそんな事気にするんだ?」

「別に……そォいう訳じゃねェ。ただオマエはその……なンだ」

「んー?」


洗い物中の番外個体が振り返る。
そのまま歯切れが悪い彼に向けて怪訝と好奇の視線を注いだ。


「……オマエにぐらいは……名前で呼ばせても良いンじゃねェか
 なって思っただけだ。い、一応言っとくが深い意味はねェからな?」

「ぶっひゃ」

「笑うよォなことでもねェだろ!? 何つーか……一方通行でも
 ねェのに呼ばれンのは引っかかるってだけだ!」

「……。ヒーローさんや浜面サンたちには呼ばせてるじゃん。
 もしかして、『オマエだけは特別に俺の名前を呼ンで欲しい』
 とか、ドン引きのキザ男くんばりの台詞垂れ流すつもりじゃ
 ないよね? そしたらリアルに腹筋壊れるからやめ……?」

「…………」

「………え、ちょ、嘘、マジで?」

「ちっ……、もォいい何でもねェよさっさと忘れろクソが。
 ったく、ガラにもねェこと言うモンじゃなかったぜ……」


796: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 20:59:35.67 ID:+6rdzYeF0


最後の言葉だけは何故か小声だったが、番外個体にはしっかり
聞こえていたらしい。
それもそのはず。いつの間にか一方通行のすぐ目の前まで近づ
いていたのだから。

それに気づいた一方通行は驚いた顔で離れようとする。


「な、なンだよ? 馬鹿笑いしてェンならすりゃイイだろォが!」

「……えて」

「あン……?」

「名前、教えて?」

「……なンでだよ?」


馬鹿笑いどころか真顔で尋ねてきたから不思議だ。
そう言いたそうな顔で数回瞬きし、一方通行は問い返した。


「あなたの名前を知ってる人、他にいないんでしょ? なら……
 このミサカだけに教えて欲しいな。……いい?」

「…………ちっ、ンだよ。調子狂わせてンじゃねェぞ」


普段はこっちが照れ隠しするとここぞとばかりに付け込む癖に、
規格外にも素直な意見を述べるとこれだ……。

女心というものは実に理解し難い。
同棲してずいぶん経つが、未だに課題が山積みの現実に直面した
一方通行は内心で舌打ちする。

797: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 21:00:39.68 ID:+6rdzYeF0


「たまにはミサカだって欲望に忠実でいたいもん。あなたの名前、
 知りたい。……そんで、あなたとミサカしかいない時は名前で
 呼びたい。……わがまま、かな?」

「……そンなこと、ねェ……」


やがて、意を決したように息を吸った一方通行が最終確認を取る。


「一度しか言わねェからな?」

「やっぱり、本名忘れたってのは嘘だったんだね?」

「二度と……名乗ることはねェと思ってたからなァ……。ンじゃ、
 言うぞ?」

「……、うん」


『一方通行』という能力が開花し、その実用性を初めて“人”に
ぶつけたあの日から、名前を持つことをやめた。
こんな化け物に人間らしい名前なんざ必要ない。そう悟った上で
の決断だった。

だが、チカラを全て失ってただの人間に戻った今なら、
自分という人間を誰よりも知ってくれている彼女の前でなら、
もう一度だけ――――。



「――、―――」



人間らしく甘えたり、安らぎや温もりを貪欲に求めてみるのも
悪くないかもしれない。

少なくとも彼女や周囲の人間は、“学園都市最強の怪物”以外
の目で自分を見てくれているから。


798: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 21:01:31.80 ID:+6rdzYeF0


◆ ◆ ◆



就寝前、御坂美琴との約束事を番外個体が話題に出してきた。

帰り際、一方通行の広くない背中に向かって彼女は大声を張り
上げた。
上条当麻と何やら揉め合っている隙を突いて抜けたつもりだっ
たから、一方通行は少し驚きを見せて振り返る。

彼女は、少しの迷いも雑念もない真っ直ぐな瞳をこちらにぶつ
けてこんな約束を押し付けてきた。


~~~


『私は“姉”として妹達と向き合っていくって決めた!
 だからアンタも約束しなさい! 何があってもその子を……
 その子たちを守り抜くって! 加害者でもある私にはそんな
 こと頼む義理なんて確かにないわ……。だけど、“姉”とし
 て、妹達の“長女”として、改めてお願いしたいの!』

『……本気で、俺なンかを信用しちまう気かよ? オマエは
 俺を信じられねェ、信じちゃいけねェ最後の砦みてェなモン
 じゃねェか。……それでも、本当にオマエは……』

『残された妹達をアンタは救ってくれた。その間、平和ボケ
 しまくってた私が今のアンタを否定できると思う?
 妹達の意思より自分勝手な願望を尊重するような狭量じゃ、
 とてもこんな事言おうなんて思わない、でしょ?』


799: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 21:02:58.28 ID:+6rdzYeF0


『…………やっぱオマエ、あいつらの素(もと)なだけあるわ。
 “筋金入りの物好き”ってのを初めて垣間見たぜ』

『……ええそうね。我ながら心境の変化ぶりに愕然としてるわ。
 よりにもよって、アンタにこんなお願いできる日が来るなんて
 ね……。―――けど』

『……?』

『アンタたちを見てたら、悪くないかもなぁって思えちゃった
 のよ。私じゃなくて妹達の意思を優先させただけのつもりだった
 けど……やっぱり私の意思もあるみたい。ちょっとだけ、ね』

『……ますます理解できねェ話だ。オマエの深層心理やら心境
 の変化は俺じゃとても共感できそォもねェ。……だがな―――』



『―――その“願い”だけは、確かに聞き入れたぜ。もォ片時も
     忘れてやらねェから、後で心変わりしましたっつわれて
     も手遅れだからな?』


『言ったわね? ……約束よ』



~~~



800: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 21:04:27.39 ID:+6rdzYeF0


この言葉に心から満足したような笑みを残したまま、美琴は踵を返
して上条の所へ戻っていった。去り際に背中を向けたままの彼女が
軽く手を振ったのが印象的だった。


「……ミサカが啖呵切るまでもなかったね。今思うと」

「俺以上に意思が固そォなオリジナルがあそこまで抜かしたンだ。
 おそらく、何日も何日も考えてよォやく出せた結論なンだろォよ」

「…………」


ひとつしかないベッドはお世辞にも広いとは言えない。
そんな空間に寄り添う形で、少年と少女は思い出話でもするように
語り合う。

一方通行に約束事を申し付ける少し前、番外個体が喫茶店にやって
来た直後の話だ。


~~~


『―――ちょっと、番外個体!』

『なあに? おねーたまん☆』

『相変わらずおどけた態度取ってくれちゃってるけど、アンタは結局
 何しに来たわけ?』

『言った通りだよ。凡人以下になった今のこの人ならおねーたまでも
 容易く葬れるっしょ? ところがどっこいそうはいかのすけ、っヤツかな』


801: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 21:05:45.78 ID:+6rdzYeF0


『……こいつを援護しに来た? この私を相手にそんなこと本気で言
 ってんの?』

『とーぜん』

『私より、アンタはこいつを取るわけだ? 私じゃなくて一方通行の
 味方につく、ねぇ……』

『……それって性悪女が良くクチにする言葉じゃない?』

『…………』


この時が真新しい記憶の中で最もピリピリした雰囲気を醸していた。
今にも喧嘩に勃発するのではないかとばかりの睨み合い。
火花の代わりに青白い稲妻が両者の間を飛んでいた。

上条は本能的に右手をいつでも振るえるように備え、
浜面はそんな便利な盾にさりげなく身を寄せ、
一方通行は毅然とした面持ちで成り行きを見守っていた。

“下手に女同士の争いに割って入ると碌な事にならない”。
既に三人とも痛いほど学んでいる共通事項だった。

と、ここで美琴が不意に眉のチカラを抜いた。


『ふふっ……、なんてね♪ ごめん。ちょっとからかい過ぎたわ』

『ミサカがビビんなくて残念だったねえ、おねーたまん☆』


802: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 21:07:37.69 ID:+6rdzYeF0


『いや、っていうかちょっとは怯めよ。これでもアンタの五倍は
 放電できんのよ?』

『優しい優しいおねーたまが、可愛い妹に向かって感電死レベル
 の電流放つワケないじゃん。ミサカでもそんぐらい分かるっての』

『むぅ、何よホント可愛くねぇぇ……! 人の優しさ逆手に取る
 なんてとんでもない馬鹿妹め……!! アンタのその性格、マジ
 で矯正してやりたいわ』

『あり? もしかして忘れた? ミサカは元々悪意の塊みたいな
 存在なのだよ♪ 色々あってだいぶ緩和されたけど』

『緩くなってる分タチが悪いのよっ! 子供レベルの悪意って、
 下手に武力行使できないから余計苛々が募るわ……。いっそマジ
 切れさせて欲しいって度々思うし……!』


なんだかんだ言っても姉妹である。
その場にいた誰もがそう落ち着いて肩のチカラを抜いた。

その後もしばらく続いた会話がようやく終わった時、美琴が再び
真剣な目で妹(中身だけ)に問う。


『―――ねぇ……、最後に訊くけど』

『……なにかな? おねーたま』


803: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 21:08:38.17 ID:+6rdzYeF0


『もし私と一方通行がここで戦争始めると仮定したら、やっぱり
 アンタは私と敵対するの? ……一方通行の能力が健在であると
 も仮定した上で、アンタの本音を聞かせて頂戴』

『……、んなこと聞いてどうしたいの?』

『ただの最終確認よ。真面目に答えて』

『…………』


しばし間が空き、番外個体は口角を上げた。


『そりゃ確かにおねーたまも大切なお姉さまだし、いざって時は
 顔を立ててやりたい気持ちもあるよ……』

『………』

『―――けどね』


からかうような笑みがそこで消え、射抜くような目で美琴を見る。


『この人を傷つけようとする人は、誰だろうと許さないよ。ミサカ
 の命に代えても守ってやるし、徹底的に立ち向かう。例えその相手
 がミサカ達の“お姉様”であっても……、ね』



『………………そう』



美琴の中で一つの蟠りが完全に消えた瞬間だった。
この言葉こそが、“残された妹達を一方通行と共に支えていこう”
という答えに行き着く決定打となったのかもしれない。

少なくとも、彼を心の底から信頼している妹の存在を否定しよう
とは思わなかった。


804: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 21:09:55.32 ID:+6rdzYeF0


~~~


「……ホント、都合の良い話にも程があンだろ。善行を幾ら繰り
 返したって過去の悪行はいつまでも消えやしねェ……。ましてや
 その悪行によって最も深い傷を受けちまったヤツのクチから……。
 ハッ、こりゃいよいよ逃げ場なンざねェってワケだ」


ま、逃げなンて選択肢はハナっからねェが……。と、付け加えて
笑う『元第一位』。


「意外と懐が深くて安心したよ。流石ミサカ達のオリジナルって
 だけあるね」


『元第一位』の腕を枕にし、身内同士の戦争を回避できた安堵感
に黄昏れる『ミサカ妹達』の末っ子。


静かな夜が、ゆっくりと更けていく。


「ねえ……。――、―――」

「あァ? ……つか、何でフルネームだよ? 上でも下でも好き
 に呼びゃイイだろォが」

「ぬふふ♪ 改めて呼んでみると、似合わない名前だね。まるで
 女の子みたい」


805: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 21:10:44.29 ID:+6rdzYeF0


「ほっとけ……。本名ってのはどォ足掻こォが、テメェの意思で
 決められるモンじゃねェンだ。……そォいう意味じゃ、オマエら
 は俺たちに比べて幸せなンだよ。なンたって生まれてから好きな
 名前を作れるンだからなァ」

「それでも、ミサカは気に入ってるよ? なんたって“あなたの
 名前”だもん」

「……言ってて恥ずかしくならねェか? っつーか、今さらだが
 俺は少し後悔してきた。自らネタにされそォな弱み暴露しちまった
 みてェな気分だわ……」

「よかったねえ。ミサカネットワークに配信されなくて」

「しよォにもできねェだろォが。だから教えたンだよ……。つか、
 そもそも他の誰かに教える気があンのか?」

「ううん、ないよ。最終信号にだって絶対に教えてやんないもん☆
 このミサカだけの秘密♪」

「…………」

「……ねえ」

「……なンだ?」


「ありがとう、ね……」


806: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 21:12:47.33 ID:+6rdzYeF0



「……は? オイ、今なンつった? 小声すぎて全然聞き取れ
 なかったぞ」

「んや、なんでもないよ」

「変なヤツだな……。もォ寝ろ」

「眠い?」

「オマエの体温のおかげで丁度適温だからなァ。眠気も進むって
 モンだ」

「ミサカもかな……。あなたの体、あったかい……」

「……そォかい」

「……能力ないと、これから色々不便だね」

「かもな」

「とりあえず体鍛えろよ」

「……あァ、考えとくわ――――」


「――――」


「――――」


807: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 21:13:34.22 ID:+6rdzYeF0


「…………」


「…………」



やがて、静かになり、何も聞こえなくなる。

なのに不思議と、ベッドの中から寝息は聞こえてこない。

いつからか、二つの身体は一つに重なり、

小さな小さな囁き声だけが、

布団の中という狭い空間に響く。

それは、唯一、

全ての衣を脱ぎ捨てて互いを見つめられる“聖域”のようなもの。

憎まれ口も、罵詈雑言も、

何の穢れもない純粋な少年少女の憩いの場。

その中で、少女は何度も聞いた答えを今一度求める――――。


  ずっとミサカの傍にいてくれる?



808: ◆jPpg5.obl6 2012/03/29(木) 21:14:30.94 ID:+6rdzYeF0


少年は迷い無く、何度も、何度でも答える。


  当たり前だろォがよ


そして、彼女が最も喜んでくれる言葉を述べた。



  俺が一生、オマエの面倒見てやる



少女は満足そうに微笑み、



   …………うんっ!



少年の腕の中で、今日も安らかな眠りについた。



~ Fin  ~


引用元: 一方通行「俺が一生オマエの面倒見てやる」番外個体「……うん」2