1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 03:17:36.38 ID:fEIBU5XO0
君は誰だ?
それが、起き上がったプロデューサーさんに言われた最初のことば。
何を言っているのかわからなかった。
ミキが車に轢かれそうになったから、怒っていじわるをしているのかと思った。
でも、プロデューサーさんは不思議そうな顔でミキの顔を見つめるだけ……
近くにいた先生は、ミキを病室の外で待っているように言ったの。
可笑しいよね、ケガは大したことないって言ったのに。
2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 03:29:48.39 ID:fEIBU5XO0
病室から出てきた先生は、マジメな顔でミキに言ったの。
どうやら彼は記憶喪失みたいだ……
事故の時のショックが原因かもしれない、そう付け加えて。
きおくそうしつ?
それって、昔のことが思い出せなくなるあれ?
じゃあ、プロデューサーさんはミキのことわからなくなっちゃたの?
プロデューサーさんの中からミキがいなくなっちゃったの?
4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 03:44:32.64 ID:fEIBU5XO0
病院の先生に、今日はもう帰りなさいって言われたけど帰れるわけないの。
記憶喪失って、どういうこと?
どうすれば、治るの?
ここが病院だなんてことを気にしないで先生に詰め寄った。
どうしたんですか、先生?
騒ぎが気になったのか、病室からプロデューサーさんが出てきた。
その時の、プロデューサーさんのミキを見る目は
ミキの知っている、いつもミキを見ているプロデューサーさんの目じゃなかった……
8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 04:00:14.94 ID:fEIBU5XO0
朝……昨日のことが夢だと思いたかった。
というか、多分夢……ううん、絶対にそうに決まっているの!
プロデューサーさんが、ミキのことを忘れるはずがないし。
それなら、ミキが気にすることなんて何もないの。
だって、事務所の扉を開ければ……
ほら、プロデューサーさんがいるの!
もし、昨日のことが夢じゃなかったらまだ病院のはずだもん。
それで、いつもみたいにミキが挨拶したら、『おはよう、美希』って言うの。
美希「プロデューサーさん、おはようなの!」
P「えっ……あっ、君は昨日の女の子」
11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 04:27:34.57 ID:fEIBU5XO0
目の前の女の子が、驚いた顔をしている。
おかしいな。金髪で目立つから、間違えるはずがないんだが……
・
・
・
この芸能プロダクション、765プロの場所は財布に入ってた名刺に書いてあった住所を見てやってきた。
プロダクションの社長、高木さんは俺を見るなり、『昨日のことは聞いているよ、大変だったね』と言った。
病院の方で、連絡がいっていたようだ。
社長「とりあえず、自分のことがわからないのは不便だろう。少し待っていてくれ、君の履歴書を持ってくる」
履歴書ということは、俺はここで働いているということなのだろう。
自分がここで、どんな仕事をしていたのか気になって改めて名刺を見てみた。
765プロダクション所属プロデューサー:P
担当アイドル:星井美希
13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 04:44:59.07 ID:fEIBU5XO0
俺の職業は、プロデューサーのようだ。
プロデューサーって、何をする仕事なんだ?
マネージャーとは違うのか?
それに……
俺の担当アイドルの星井美希って誰だ?
美希「プロデューサーさん、おはようなの!」
P「えっ……」
考え事をしていると、声をかけられた。
声をかけてきた子は、可愛い女の子だ。
この顔、何処かで見たような……
「あっ」
そうだ、思い出した。
P「君は昨日の女の子」
15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 04:59:09.81 ID:fEIBU5XO0
昨日の女の子?
P「俺のこと、『プロデューサーさん』って呼んだけど、もしかして、君は星井美希さん?」
ねぇ、どうして、そんな他人みたいな言い方するの?
美希「うん……そうだよ」
P「そ、そっか。良かった、間違えたらどうしようかと思ったよ」
ミキもプロデューサーさんのことをそこの人って言ってた時もあったけど、今は違うよ?
P「俺、記憶喪失みたいなんだけど……君のことをプロデュースしてたみたいだね」
ねぇ、お願い……プロデューサーさん。
P「記憶をなくして、色々と迷惑をかけちゃうかもしれないけど改めてよろしくね」
P「星井さん」
ミキのこと、いつもみたいに美希ってちゃんと名前で呼んで。
16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 05:14:44.15 ID:fEIBU5XO0
俺が星井さんのプロデュースを再開……というより初めてから1週間が過ぎた。
初めの頃は、うまくいかずに謝罪することが多かった。
だけど3日経った辺りから、それなりにこなせるようになっていた。
まるで、それが当たり前だったようにだ。
そう言えば、病院の先生が記憶には2つあると言っていた。
1つは、思い出などの一般的に呼ばれる記憶。
もう1つは、作業に関する記憶。
これがあるから記憶を失っても、俺はケータイも車も扱えるそうだ。
ということは、プロデューサーの仕事もこの記憶の一部になっているのだろう。
記憶を失う前の俺は、相当働いていたのかもしれない。
17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 05:27:25.44 ID:fEIBU5XO0
記憶を失う前の俺のおかげで、星井さんのプロデュース自体は順調だ。
今日の撮影だって、バッチリだ。
でも、当の星井さんはどうも顔が暗い。
何かあったのかい?と聞いても『ううん、なんでもないの』っと返されてしまう。
俺は、星井さんが車に轢かれそうになった所を飛び出して助けたらしい。
星井さんは、責任を感じているのかもしれない。
だから、俺に心配をかけないようにそう言っているか?
……。
もっと、頼ってほしいよ。
18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 05:38:37.60 ID:fEIBU5XO0
プロデューサーさん、カメラマンさんに言ってくれなかった。
いつもだったら、カメラマンさんに、『美希を、動きながらドンドン撮ってもらえませんか』って言ってくれるのに。
やっぱり、プロデューサーさんはミキのことを忘れちゃっているんだね。
ううん、わかってるの……それはわがままだって。
だって、プロデューサーさんがミキのことを忘れちゃったのはミキ自身のせいだもん。
だから、これ以上はプロデューサーさんに迷惑はかけれない。
今のミキは、プロデューサーさんと一緒にいるだけで十分なの。
……。
ミキ……ウソツキなの。
22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 06:02:04.31 ID:fEIBU5XO0
お仕事が終わって、プロデューサーさんとご飯。
前は気にならなかったのに……今はとっても気が重い。
ハンバーガーのセット……ポテトも味がよくわからなくて美味しくないの。
美希「うーん……」
P「どうしたの、星井さん?」
美希「食欲なくて……プロデューサーさん、フライドポテト捨ててきてもいい?」
P「あぁ、別にいいよ。でも、鴨のいるお堀には、投げ捨てないでくれよ」
美希「はーい」
そんなこと、わかってるよ。前に同じこと注意されたし。
大体、あれは捨てているんじゃなくて、先生にエサをあげて
えっ……プロデューサーさん?
24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 06:19:12.29 ID:fEIBU5XO0
美希「プロデューサーさんっ!」
P「うおっ! ほ、星井さん?」
さっきまでダルそうな顔をしていた星井さんが、突然顔を近づけてくる。
記憶を失った夜に、先生に詰め寄っている星井さんの姿と重なった。
いったいどうしたっていうんだ?
美希「今、何て言った?」
何を言っていた? さっきの自分の言葉を思い返してみる。
P「フライドポテトを捨ててきていいよって」
美希「そうじゃなくて、その後!」
P「その後って……鴨のいるお堀には、投げ捨てないでくれよとしか」
……あれ?
なんで、俺こんなこと言っているんだ?
25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 06:38:24.77 ID:fEIBU5XO0
鴨のいるお堀って何処だよ?
何で俺、そんな場所を知っているんだ?
P「!?」
美希「プロデューサーさん!」
頭が痛い……
美希「プロデューサーさん、大丈夫!?」
P「星井さん……俺は」
美希「うん、大丈夫。ゆっくりでいいよ……」
星井さんは、急かすことなく待ってくれている。
ゆっくりと頭に浮かび上がってくるものを星井さんに伝える。
P「俺……知ってるよ。星井さんが、鴨に向かってフライドポテトを投げているの……」
サイズだって覚えている、Lだ。
美希「うん、そうだよ。ミキとプロデューサーさんは、そのお堀に来たことがあるの」
美希「今から行ってみる?」
P「あぁ……」
27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 07:06:27.28 ID:fEIBU5XO0
プロデューサーさん、お堀をじっと見ているの。
ねぇ、何を考えているの?
P「可笑しいよね。『俺』がここに来たのは、初めてのはずなのにさ」
P「ここは……すごく懐かしいよ」
美希「そうなんだ。あっ、先生!」
P「先生って鴨のことかい?」
美希「うん、ミキは先生みたいにプカプカういて何にもしないで、楽にトップにいきたいの」
P「そんなこと言っちゃだめだよ。きっとあの鴨だって、最初からうまく浮けたわけじゃないさ」
美希「あっ……」
あの時と同じ言葉……
美希「よかった……」
まだ、ミキはプロデューサーさんから消えていないんだね。
それに……
やっぱりプロデューサーさんは、プロデューサーさんなんだね。
28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 07:22:57.31 ID:fEIBU5XO0
プロデューサーさんは、まだ昔のミキのことを覚えてる。
じゃあ、もっとプロデューサーさんとの思い出の場所にいけば、
プロデューサーさんはミキのことを思い出してくれる?
前みたいに、ミキのことを名前で呼んでくれる?
前みたいに、二人で笑いあえる?
もし、そうだとしたならミキは……
美希「ねぇ、プロデューサーさん」
P「うん……なんだい?」
美希「ミキと一緒に思い出のかけらを集めよう」
プロデューサーさんとの、思い出のかけら……
ミキ一人しか持っていないなんて、そんなのいやだもん。
32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 08:01:52.29 ID:gKmJQuEt0
美希「ミキと一緒に思い出のかけらを集めよう」
そう言って、星井さんはソッと手を差し伸べた。
星井さんは、俺の失った記憶を探してくれるみたいだ。
でも俺自身は、失った記憶を取り戻したいかと聞かれたらあまりハッキリとしたことを言えない。
取り戻せるならそれもいい、でも別に無くても困らない。
どうでもいい、それが自分の中にある答えだった。
いや……違う。
俺は、星井さんが求めている「記憶を失う前の俺」に嫉妬してる。
星井さんに頼られていたであろう、彼女を笑顔にできたであろう……その「男」に嫉妬している。
35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 08:20:09.80 ID:gKmJQuEt0
でも、俺に星井さんの手を振り払うことは出来ない。
だって、これは星井さんから言ってきたことだから。
星井さんをプロデュースしている間、星井さんは俺のやり方に対して文句一つ言わなかった。
俺のやり方に「うん、わかった」と頷くだけだった。
その星井さんが、俺を求めてくれている。俺と俺の失った記憶を探してと頼んでいる。
だから俺は……
P「俺の思い出のかけら……一緒に探してくれるかい?」
星井さんの求めに応えよう。
差し伸べられた白い手に、自分の手を重ねる。
美希「うん! よろしくね、プロデューサーさん!」
星井さんの笑顔を見たのは初めてだった……
39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 09:06:34.63 ID:gKmJQuEt0
今日は、ミキのお仕事はなし。
だから、プロデューサーさんのケータイに電話をかけてみたの。
でも、プロデューサーさんはいくら鳴らしても出なくて……もしかしたらと思って事務所に行ったの。
そしたら、やっぱり机に向かってお仕事していたの!
P「ごめん、仕事が残っていてね」
残っているなんて、ウソ……そんなのバレバレなの。
ミキ、ホントは知ってるよ。
プロデューサーさんが、次のライブやイベントの企画をお休みの日にまでやっているの。
ミキのために、一生懸命なの知ってるよ。
67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 12:59:08.20 ID:gKmJQuEt0
美希「プロデューサーさん、今日はもうお仕事やめにしよ」
P「えっ、でも……」
次のファンイベントの企画がまだ途中のままだ。
正直言って、このまま一気に終わらせたいのだけど。
美希「むぅ……お仕事とアイドルのお願い、どっちが大事?」
少し怒った顔をして、そっぽを向く星井さん。
こういう表情も珍しい。
美希「思い出のかけら、集めよ。約束したよね」
自分で手伝ってくれと言ってしまったから、それを出されると流石に弱い。
まぁ、企画はまだ先の話だし、家でやればいいか。
P「わかったよ。それじゃあ、行こうか」
美希「うん……行こ、プロデューサーさん」
こうして、俺と星井さんの俺の思い出のかけら集めが始まった。
とは行っても、俺は俺のことをよく知らないから星井さんについていくだけだけど。
70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 13:22:33.43 ID:gKmJQuEt0
美希「プロデューサーさん、ここがどこだかわかる?」
P「どこって、ただの自然公園じゃないかな」
プロデューサーさんは、首を傾げる……やっぱり覚えてないよね。
美希「そうだけど、少し違うの」
P「少し違う? 言っていることがいまいちわからないんだけど」
美希「ここはね、ミキのPVをとった公園なの」
面倒くさくて、けっこうテキトーにやったのは内緒の話。
P「あぁ……どうりで」
美希「えっ、覚えてるの!」
プロデューサーさん、もしかして……
P「資料室でみた星井さんのPV、そこに映っていたね」
なんだ……残念なの
71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 13:33:37.79 ID:gKmJQuEt0
P「ごめんね……」
美希「ううん、気にしないでいいよ。すぐに全部思い出せるはずがないし」
星井さんの落胆の表情が胸に刺さる。
都合よく思い出せない自分がなんだか情けなく思える。
P「ねぇ、星井さん」
それでも、微かに思い出したことがあった。
P「星井さんって、のんびり屋……というかめんどくさがり屋?」
星井さんが『えっ?』といった顔になる。
あっ、目がよった
73 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 13:46:32.28 ID:gKmJQuEt0
美希「プロデューサーさん、どうしてそんなこと聞くの?」
P「いや、星井さんあの時は凄くかったるそうな顔をしてたから」
口元に手をやって、「あふぅ」なんて欠伸をしていたし……
他にも俺の言うことを面倒くさそうに聞いている星井さんの顔が浮かぶ。
俺がプロデュースしている時には、絶対に見られなかった星井さんだ。
……。
星井さんって、本来はもの凄く手の掛かる女の子だったんじゃないか?
79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 14:30:06.63 ID:fEIBU5XO0
美希「そうだよ……ミキね、プロデューサーさんの言う通り、面倒なこととか嫌いだったの」
P「だった?」
美希「うん……初めはね」
美希「でも、少しずつ人気が出て、ファンも増えてきて、もうちょっと頑張ってみようって思ったの」
でも、頑張ろうって一番思ったのは……
側で見てくれる人が喜んでくれるから
ミキ……プロデューサーのためなら、頑張れるよ
81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 14:52:12.32 ID:fEIBU5XO0
P「ねぇ……星井さん」
美希「どうしたの、プロデューサーさん?」
P「もっと、そういう星井さんらしさを俺に見せていいんだよ?」
美希「えっ?」
事故が原因で、俺に対して何処か余所よそしかった星井さん。
そのせいで、星井さんは自分を押し殺している部分はあった。
悔しかった、目の前にいる星井さんを引き出せていない自分が。
P「俺は……星井さんのことを忘れてしまっている。星井さんがどういう人物だったのかわからない」
P「でも、いま俺の目の前にいる星井さんは本当の星井さんじゃないと思う」
P「俺は、本当の星井さんを知りたいんだ」
美希「うん……そっか……」
84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 15:02:29.34 ID:fEIBU5XO0
P「でも、いま俺の目の前にいる星井さんは本当の星井さんじゃないと思う」
プロデューサーさん、分かってたんだ。
他の人には、気づかれないようにうまくやっていたのに。
ミキのことを、しっかり見ていてくれてるんだね。
P「俺は、本当の星井さんを知りたいんだ」
美希「うん……そっか……」
本当のミキ?
それって、前みたいにわがままを言ったりしてもいいってこと?
疲れた時は、プロデューサーさんが優しく起こしてくれるまで寝ていいの?
ミキ、プロデューサーさんに迷惑をかけていいの?
87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 15:26:44.57 ID:fEIBU5XO0
美希「プロデューサーさん、ミキ、いい子じゃなくていいの?」
P「構わないよ……」
俺は星井美希をプロデューサーだ。
だから、ありのままの星井さんをプロデュースしたい。
美希「ミキ、たぶんプロデューサーさんにいっぱい迷惑をかけちゃうよ?」
P「望むところさ」
記憶を失う前の俺が出来たんだ、出来ないはずがない。
美希「じゃあ……あの、プロデューサーさん」
P「おっ、早速かい?」
美希「うん……ミキ、お腹すいちゃったの。だから、おにぎり買ってきてくれないかな?」
……まぁ、これも星井さんの一面なんだろう。
そう自分を納得させて、コンビニに向かって走った。
息を切らせて、公園に戻った時、
待っていた星井さんは、俺の顔を見て楽しそうに笑った。
手の掛かる女の子なんだな……
88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 15:40:36.99 ID:fEIBU5XO0
その日を境に、俺と星井さんとの間で何かが変わった。
上手くは説明できないけど、前より気安い関係にはなれたと思う。
美希「あふぅ……」
P「星井さん、起きて! ロケバス、もう現地についたから! 関係者の人に挨拶しにいかないと!」
美希「う~ん、キャラメル……マキアート……」
P「後で、買ってあげるから、だから起きてくれーっ!」
その分、色々と問題は起きるようになったけど……
92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 16:17:25.54 ID:fEIBU5XO0
P「星井さん、レコーディングの調子は?」
美希「う~ん、まあまあかな」
P「随分とおとなしいね。前は嫌がって、スタジオ飛び出したのに」
美希「それは言わないでほしいの」
星井さんと一緒に仕事をしていくうちに、俺の思い出のかけらが……記憶が少しずつ戻ってきた。
まぁ、ほとんど職場で同じ時間をすごしているわけだから、当然と言えば当然なのかもしれない。
スタジオを飛び出して、ペットショップにいる星井さんを連れ戻したことが
ラジオでうっかりな発言をしてしまった星井さんをフォローしたり
そういった思い出のかけらが集まって、俺が昔の俺に戻ってきている実感がなんとなく湧いていた。
記憶を失う前の自分に、嫉妬していた自分が少し恥ずかしく思えた。
俺は、もう星井さんに頼られる立派なプロデューサー、そう自信を持って言える。
でも、どうしてだろう……
俺は、何か大事なことを思い出していないままな気がする。
94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 16:35:04.50 ID:fEIBU5XO0
プロデューサーさんにわがまま言う。
プロデューサーさんは一瞬困った顔をするんだけど、
『しょうがないな』って笑ってミキのわがままに付き合ってくれる。
ミキがいけないことをする。
プロデューサーさんは、ミキに怒るんだけど
その後に、いっぱい優しくしてくれる。
オーディションに合格する。
プロデューサーさんは、ミキより嬉しそうにはしゃいで、なんだか可愛いの。
お仕事で疲れちゃったから、事務所のソファーで寝る。
そうすると、プロデューサーさんはミキを置いて先に帰ったりなんかしないで、
近くの机でお仕事して、ミキが起きるまでずっと待ってくれている。
そして、おはようって言ってくれる。
96 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 16:45:28.26 ID:fEIBU5XO0
プロデューサーさん……ミキ、プロデューサーさんにいっぱい本当のミキを見せてるよ。
とっても嬉しいの、前みたいに戻れて。
プロデューサーさんと、ミキが笑顔でいて、そうやって毎日が優しくすぎていくの。
でも、プロデューサーさん……
どうして、ミキはまだ『星井さん』なの?
どうして、ミキは『美希』じゃないの?
100 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 17:13:05.98 ID:fEIBU5XO0
夜……いつものようにお仕事を終えて、事務所に戻る。
今日のお仕事も2本もあって疲れたの。
でも、平気……だって、プロデューサーさんがいるから。
P「お疲れ様」
いつもみたいに優しい声でミキのこと
P「星井さん」
……名前で呼んでくれないの。
101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 17:24:36.81 ID:fEIBU5XO0
美希「ねぇ、プロデューサーさん」
P「んっ……星井さん?」
星井さんが急に立ち止まって、話しかけてくる。
どうしたんだろう?
もしかして、疲れて眠いからおぶってとでも言うのだろうか?
星井さんならいいかねない。
美希「プロデューサーさん、どうしてプロデューサーさんはミキのことを星井さんって呼ぶの?」
なんで、そんな当たり前のことを聞くんだ?
それが星井さんの言葉を聞いた直後に思ったことだ。
だって、そうだろ。
星井さんは、星井さんなんだから星井さんって呼ぶのは当たり前じゃないか。
106 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 17:43:18.89 ID:fEIBU5XO0
P「星井さんは、星井さんだろ?」
違うの……
P「だから、星井さんって呼ぶのが当たり前じゃないか」
そうじゃないの、プロデューサーさん……
ミキが聞きたいのは、そういうことじゃないの。
P「ほら早く事務所に帰ろうよ、星」
美希「違う!」
P「……!?」
美希「違う、違うよ! そうじゃないの!」
美希「どうして、プロデューサーさんはミキのこと、『美希』ってちゃんと名前で呼んでくれないの!?」
美希「星井さんなんて……何か変だよ」
107 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 17:55:33.07 ID:fEIBU5XO0
P「変って言われても、俺にとっては星井さんって呼び方が普通だよ」
それが星井美希をさす呼び方なんだから、何も問題はないと思うんだけど……
P「呼び方なんて、こだわる必要ないんじゃないかな」
お互いが、お互いのことをわかることができれば
美希「……」
美希「プロデューサーさんのバカッ!」
P「えっ、あっ……待ってくれ、星井さん!」
あっという間に星井さんは駆けていく。
慌てて俺も追う。
だって、そっちは……
109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 18:10:50.18 ID:fEIBU5XO0
P「呼び方なんて、こだわる必要ないんじゃないかな」
ひどいよ……プロデューサーさん。
ミキは、プロデューサーさんに美希って呼んでほしいの。
呼び方一つでもミキにとっては大事なんだよ。
美希って呼んでくれるだけで、それはミキの特別になるんだよ。
それなのに、どうしてわかってくれないの?
プロデューサーさんのバカッ!
胸が苦しくて、居てもたってもいられなくてそこから逃げ出した。
後ろからプロデューサーさんが追いかけてきているけど、走り続けた。
そしたら急に、パッとスポットライトみたいにミキの体に光があたったの。
気になって、その光の来る方向を見てみたら、
大きな音を立てて、車が走ってきたの……
111 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 18:26:12.00 ID:fEIBU5XO0
車道に飛び出した星井さんを、必死で追いかける。
星井さんって、足が速いんだね。
追いかけるだけで精いっぱいだ。
俺、実は足の速さは少しだけ自信あったんだよ。
伊達に毎日、営業で駆けずり回ったわけじゃないからさ。
俺は、君を失いたくない。
俺はどうなっても構わないから、
あの時と一緒で、また君を守ってみせるよ。
だから、頼む……間に合ってくれ!
P「美希――っ!」
118 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 18:42:57.75 ID:fEIBU5XO0
あれ……ミキ、どうしてここに
だって、いまミキは車に轢かれそうになって……
あれ、車止まってる。ブレーキが間に合ったのかな?
でも、もしそうなら、どうしてミキは歩道にいるの?
「おいっ! しっかりしてくれよ!」
何処かから声が聞こえるの。
あれ、この声知ってる。
いつもミキのことを呼んでくれる、優しい声。
スーツに、ネクタイ、それに、
「美希! 美希! しっかりしてくれよ、美希!?」
その顔と……『美希』っていう呼び方。
P「いつまでも寝ぼけてないで、起きてくれ美希!」
プロデューサーさん……
122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 19:06:03.94 ID:fEIBU5XO0
P「無事か、美希?」
美希「うん、平気だよ。プロデューサーさんは?」
P「俺も、平気だよ……ギリギリ間に合ったみたいだ」
美希「そうなんだ。ミキ、またプロデューサーさんに助けてもらったんだね」
P「美希……」
プロデューサーさんが、マジメな顔してる。
あっ、きっとミキ怒られるの。
2回目だから、叩かれるくらいされちゃうかも。
でも、それくらいなら我慢するの。だって、プロデューサーに怪我がなかったんだもん。
ミキ的には、それで十分すぎるの。
ギュッと目を閉じて、頬に来る痛みを待ち構える。
でも、いつまでたってもプロデューサーさんははたいてこなかった。
プロデューサーさんは、何も言わずにミキを抱きしめてきたの。
125 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 19:19:18.74 ID:fEIBU5XO0
美希「えっ……ぷ、プロデューサーさん?」
P「よかった。美希が無事でよかった……」
P「美希……俺の大切なアイドル」
プロデューサー、ブルブルって震えている。
泣いているの?
P「美希が、俺の前から消えてしまうって感じた時、すごく怖くなった」
うん……それ、わかるよ。
ミキもプロデューサーさんの中から、消えちゃうって考えた時とっても怖かったから。
P「同じ時間も、喜びも悲しみも分かち合ったもう一人の俺」
ミキが、もう一人のプロデューサーさん?
そっか、そういう考え方もあるよね。
127 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 19:33:54.25 ID:fEIBU5XO0
美希「ねぇ、プロデューサーさん」
P「どうした、美希」
腕の中にいる美希が顔をあげる。
美希「ミキは、もう一人のプロデューサーさんなんだよね」
P「あぁ……そうだよ」
美希「じゃあ、プロデューサーさんはもう一人のミキなんだね」
P「そうだな……そういう考えもあるな。」
男の俺が、もう一人の美希と言われても気持ち悪い気もするが案外悪くない。
美希にそう思われるほどに、俺は美希との記憶を、思い出のかけらを共有できたということだろう。
プロデューサーとして、こんなに誇らしいことはない。
美希「じゃあ、ミキとプロデューサーさんは一緒ってこと?」
P「そうなるな。お互いに……なくてはならない存在だ」
俺自身、もう美希のいない生活を想像できないくらいだ。
美希「ミキとプロデューサーさん、二人で一人なんだね」
133 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 19:58:37.89 ID:fEIBU5XO0
美希「あっ、そうだ……プロデューサーさん。記憶、戻ってるのはわかったけど……いままでの記憶は消えてないの?」
P「いや、消えてないよ。だから、ついさっきまでの記憶まで全部あるよ」
P「『俺』が色々と迷惑かけたな」
美希「ううん……楽しかったよ」
P「それは本当かい、星井さん?」
美希「う~ん、やっぱり美希ってよんでくれた方が好きかな」
P「そっか……そう言ってもらえると嬉しいよ」
美希「嬉しいだけ? 他にはなにもしてくれないの?」
P「えっ?」
美希「ミキとプロデューサーさんは、二人で一人なの。もう絶対に離れられないの!」
P「うわっ、美希!? そんな抱きしめるなよ」
美希「えへへ~、プロデューサーさんが最初にやってきたの!」
137 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/08/29(水) 20:19:09.73 ID:fEIBU5XO0
美希「ねぇ、プロデューサーさん。ミキね、思い出のかけら集め、まだしたいの」
P「どうしてだよ。もう俺の記憶は戻っただろ、今更するなんて」
美希「ううん、今までしたのは昔の思い出のかけら集め。それで、これからは将来の思い出のかけら集めなの」
P「言っている意味がわからないんだが……」
美希「わからないの? 要するに、これからいっぱい思い出をつくろうねってことなの!」
P「なるほどな……」
美希「ダメかな?」
P「いや、最高にいい考えだ。ぜひ、付き合わせてくれないか」
美希「うん、わかったの。それじゃあ、プロデューサーさん、行動開始なの!」
P「おいおい、まずは社長の所に行って今日の報告をだな」
美希「そんなのより、二人の時間の方がずっと大切なの! ほら、プロデューサーさん早くはやく!」
P「おっと、手を引っ張るなよ……」
美希「さぁ、プロデューサーさん! 二人の思い出のかけらを集めに行こうなの!」
fin
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