1: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 20:52:14.14 ID:PLZ7dh1j0

――出会い――


それは、俺が大学3年の時……



男「今年もサークルの新歓の季節がやってきたか」

男「どれどれ、今年の新人はどんなもんかな?」キョロキョロ




2: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 20:56:10.58 ID:PLZ7dh1j0

モブ女A「ねえ昨日のアレ見た? あれ私すっごく好きなんだよねー」

女「あはは、そうなんですか、それ私もすごく好きなんですよ~」

モブ女B「きゃはは! あ、女ちゃんお酒ないよ、なに飲む?」



男「おー、今年はレベル高いな。特にあそこの女の子、すっげー可愛いぞ」

男「まあいいや、いきなり新人に手を出すのもアレだし、とりあえず今日は大人しくしてるか」



3: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 21:00:05.41 ID:PLZ7dh1j0

モブ女A「女ちゃんすごーい、もうグラス空いてるよ。お酒強いんだー」

女「そんなことないですよ~、お酒飲むの今日が初めてですぅ~」

モブ女B「ほんとに? 見えなーい。ねえこれおいしそーだよ、次はこれ飲もーよ」

女「いいですね~、店員さ~ん、次はこれお願いしまぁす」



ガヤガヤ ガヤガヤ――



4: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 21:04:27.19 ID:PLZ7dh1j0

男「はー、新歓も無事に終わったなー」

モブ女A「あ、あのー、せんぱーい……」

男「ん? 君たちは新人の……。どうしたの?」

モブ女B「あのですね、私達女ちゃんと一緒に飲んでたんですけど、女ちゃんが……」

女「きゃははは! ろーしたんれすか? なにしてんぇすか? きゃははは!」

モブ女B「ちょっと飲みすぎちゃったみたいで……。どうしましょう?」



5: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 21:08:12.95 ID:PLZ7dh1j0

男「あー……。だれかが送って行かないとダメっぽいね。彼女の家、知ってる?」

モブ女A「確か一人暮らしだって。ここから3駅くらい離れたところらしいです」

男「結構遠いなあ……。住所とか分かる?」

モブ女A「さすがにそこまでは……」

男「そりゃそうだよね。うーん、タクシー乗せようにも住所が分からないとな……」



6: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 21:11:43.66 ID:PLZ7dh1j0

男「ちょっと気が引けるけど、財布の中を見て免許証とかみるしかないかなあ」

モブ女B「でも、免許はまだ持ってないって言ってましたよ」

男「あちゃ。まあ、住所がわかっても本人がこれじゃあ、ちゃんと部屋までたどり着けるか分からないし……」

男「しょうがない、君達で、この辺の近くに下宿してる人いる?」

モブ女A「あ、私このすぐ近くです」

男「じゃあごめん、今日は君のうちに泊めてくれるかな?」

モブ女A「あ、はい……、んー、しょうがないかぁ」

男「そっちの君も、もしよかったら今日は彼女と一緒にいてあげてほしいんだけど」

モブ女B「は~い、わかりましたぁ」



7: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 21:16:55.24 ID:PLZ7dh1j0

男「それじゃ行くよ、ええと、女ちゃん、だったかな?」

女「は~い! 女れ~す! なんれすか? ろこいくんれすか?」

男「君、すごく酔っちゃったみたいだから、今日は友達の家に泊めてもらおうね」

モブ女A「ほら行こ、女ちゃん」

女「え~? わらしよってないれすよ~、でんでんへいきれすよ~」

モブ女B「女ちゃん酔ってるよ~、大丈夫?」

女「らいじょぶれ~す! ねえねえつぎはなにのむの? なにのむの? きゃははは!」

男「はいはい。それじゃ案内お願いね、とりあえず、君の家の前までは付き添うから」

モブ女A「女ちゃんしっかり歩いて~、行くよ~」

女「きゃははは!! なんらかたのしいれすね~! すっごくたのしいれす~」

モブ女B「もう、フラフラしないの。すいません先輩、そっちの腕支えてもらっていいですか?」

男「了解。しっかし、この子ほんとに大丈夫かな?」



9: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 21:20:30.36 ID:PLZ7dh1j0

可愛くて明るくて、だけどちょっと手のかかる女の子。
この子を一人にしても大丈夫かなと、思わず心配してしまう。
それが、『女』への、俺の第一印象だった。


女「きゃはは! らいじょぶれす、ぜんぜんらいじょぶれすよ~、わたしはよってないれすよ~!」

モブ女A「もう~、しょうがないんだから~」

モブ女B「なんか、放っておけないって感じだよね~」

男「やれやれ」

 

11: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 21:23:54.51 ID:PLZ7dh1j0

『女』に最初に抱いた印象。
これが、守ってあげたいという単純な庇護欲から来るのか、
簡単に落とせそうだという下卑た 欲から来るのか、
おそらくは、その両方だったと俺は思う。

そして、その欲望が、『彼女は俺が守らなくちゃいけない』という決意に変わるのに
そう時間はかからなかった。



13: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 21:27:32.90 ID:PLZ7dh1j0

――告白――


あれから数ヶ月。
同じサークルの先輩後輩として、俺たちは仲を深めていった。
そして、幾度か二人きりでの食事や飲み会を重ねた後……、


女「おじゃましまーす」

男「いらっしゃい。狭いけど、まあ楽にしてって」

女「はーい、ありがとうございます」

男「今日は良い酒が手に入ったから、汚い部屋で悪いけど、俺の家でゆっくりと飲もう」

女「ふふ、楽しみです♪」



14: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 21:30:12.14 ID:PLZ7dh1j0

男「かんぱーい」

女「かんぱーい」

男「とりあえず、つまみは適当に作っておいたから」

女「わあ、先輩お料理上手なんですね」

男「一人暮らししてるとね、自然と出来るようになるよ」

女「ほんとですか? 私、全然できないですよ」

男「普段はどんなもの食べてるの?」



15: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 21:32:53.45 ID:PLZ7dh1j0

女「えっと、パスタとか、パスタとか、パスタとか♪」

男「へー、パスタ料理が好きなんだ」

女「好きっていうか、スパゲッティ茹でて温めたソースかけるだけで、簡単なので」

男「え……、ソースってレトルト?」

女「はい」キョトン

男「なんか、栄養偏りそうだね」

女「大丈夫ですよ、大学の学食でちゃんと食べてますから」

男「そうかもしれないけど、うーん……」



16: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 21:35:42.00 ID:PLZ7dh1j0

女「冬は煮物がおいしいですね。特にこの大根が好きです♪」

男「ああそれ、なんか、向かいの家の奥さんからもらったんだ、お裾わけですって」

女「え、先輩、そんな近所づきあいしてるんですか」

男「うん、洗濯とかゴミ出しとか真面目にしますねって感じで会話して、それから仲良くなった」

女「へー、すごいですね」

男「女ちゃんは、ちゃんと洗濯とかしてる?」

女「してますよ、いくら私だってそのくらいは」



18: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 21:38:31.30 ID:PLZ7dh1j0

男「ちゃんと畳んでる? 取り込んだ洗濯もの」

女「それは……、別にすぐに着るんですから、畳まなくてもいいじゃないですか」

男「えー、じゃあどうしてんの?」

女「んと、ベットの上に、山もり、です……」

男「女の子として、それはちょっとどうなの? しょうがない子だなあ」

女「うう……」シュン



20: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 21:41:01.35 ID:PLZ7dh1j0

男「うーん、やっぱり、女ちゃんは一人にしとくと、なんか心配だな」

女「私がですか? 私、そんなダメな子じゃないですよ」

男「ダメじゃないかもしれないけど、でも、やっぱりなんか心配」

女「なんでですか?」

男「だって、サークルで仲が良いからって、男の部屋に一人で来ちゃうとかさ。ちょっと危ないよ」

女「そうですか? 別に気にしませんよ」

男「そんな感じで、他の男子の部屋にも一人で行っちゃったりしてない? 大丈夫?」

女「さすがにそんなことはしませんよ。一人で行くのは、先輩の家だけです」

男「そっか……」



21: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 21:43:19.16 ID:PLZ7dh1j0

男「ねえ、女ちゃん」

女「はい、なんですか?」

男「俺、君のことが好きだ」

女「…………、はい?」

男「えっと、だから、あー、いざとなると、結構緊張するな」

女「んと、えと……」

男「はー、はー、よし。あのね、君と最初に話した日のこと、覚えてる?」

女「えっと……、新歓のときでしたっけ、私がすごく酔っ払った時の……」

男「そう。それでね、その時、君を一人にすると大変なことになりそうだなって思ったんだ」

女「うう……」




23: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 21:45:49.34 ID:PLZ7dh1j0

男「でね、それからの君を見ていて、今日の家事の話とか聞いてても、やっぱり、君のことを誰かが守ってあげなくちゃって思ってさ」

女「はい……」

男「だから、君のことは、俺が守りたいなって。だから、告白しようって思った。だから、その、俺は、女ちゃんが、好きです……」

女「あ……」

男「……」

女「…………」

男「どう、かな?」



24: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 21:48:01.81 ID:PLZ7dh1j0

女「……、あの、ですね」

男「うん」

女「私、今まで告白とかされたことなくて、誰とも、付き合ったことなくて……」

女「だから、あの、まだちょっと良く分からないんですけど、でも……」

男「でも?」

女「あの……、嬉しい、です」///

男「そっか、ありがと」



27: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 21:50:14.37 ID:PLZ7dh1j0

女「すいません、あの、返事とかは、もうちょっと考えてからに、させてください」

男「ん、わかった、いいよそれで」

女「すいません、ありがとうございます」

男「別に女ちゃんが謝らなくてもいいよ。君は悪くないんだから」

女「でも、なんか、私がすぐに決められないから……」

男「いいよいいよ、気にしないで、ね」

女「はい……」



28: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 21:53:01.60 ID:PLZ7dh1j0

男「それで、今日はどうする? もう結構遅い時間だけど」

女「あ、もう終電ないですね……」

男「じゃあ今日は、家に泊まっていく?」

女「うーん、それはなんか悪いので、お金かかるけどタクシー使います」

男「いや、それはもったいないよ。だから、ね?」ギュッ

女「あの、先輩?」



31: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 21:56:20.45 ID:PLZ7dh1j0

男「女ちゃんの手、柔らかいね」

女「や、あの、私達、まだ付き合ってるわけじゃ……」

男「うん、返事はまだ先でいいよ。でも、女ちゃんは告白されて嬉しいって言ってくれたしさ」

女「でも……」

男「ね、言ったでしょ、男の部屋に一人でくると危ないよって」

女「あ、そんな……、ん、」



33: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 21:58:57.26 ID:PLZ7dh1j0

男「ん……、ッハ……」

女「……あ、ん……」

男「……、プハ、……、ファーストキスだった?」

女「はい……、でも、まだ付き合ってないのに……」

男「もうここまで来たら、さ。君もちょっとは覚悟してたんじゃない?」

女「そんな……、私は……、ん……、ん、んっ」


そうしてその日、俺と彼女は初めての を交わした。
数日後、大学の構内で彼女に呼び出され、その場で告白のOKをもらった。
まだ付き合ってもいないのに、強引に事に及んだことを彼女は怒っていたが、
でも、私を大事に思ってくれているところは嬉しかったと、少しうつむきながら
『女』は『男』に、そっと告げた。



37: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:03:41.58 ID:PLZ7dh1j0

――発覚――


そして1年が経ち、『男』の卒業まであと半年、という頃……



男「おーい、女、そろそろ出かけるぞー」

女「男ちゃん、ちょっと待っててー。トイレ行ったらすぐ行くからー」

男「はいはい、じゃあ、外で待ってるからなー」

女「はーい」



38: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:06:28.83 ID:PLZ7dh1j0

男「今日はどこ行こうかな、原宿はこの間行ったばかりだし」

男「久しぶりに映画でも見に行くかな」

男「…………、遅いな何やってんだ?」

男「おーい、女? どうした?」

女「ごめん待ってー、今、手を洗ってるのー」

男「おーう、早くしろよー」

男「なんだ、大きい方でもしてたのかな?」



39: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:09:35.16 ID:PLZ7dh1j0

男「……」

男「…………」

男「………………」

男「遅いな、もう30分は経ってるぞ?」

男「なんだ? 化粧でも直してるのか?」

男「おい、女! なにやってんだよ、遅いぞ!」

女「うん、待って、もうちょっとで終わるから」

男「なんだよ、化粧でもなおしてんのか?」

女「違うよ、でも、もう少しだから!」

男「ん、分かったよ! 早くしろよ!」

男「ったく、なんなんだよ……」



40: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:13:05.45 ID:PLZ7dh1j0

男「………………」

男「……、で、さらに15分は経過してるんですが」

男「あいつ、行く気ねーならそう言えっつの」

男「おい、女!!」



ジャージャー バシャバシャ

女「……」グスッグスッ

男「……、どうしたんだよ、何やってんの?」

女「手、洗ってるの」グスグス

男「なんで? またトイレ行ったの?」

女「違うの、ずっと洗ってるの」




42: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:16:07.99 ID:PLZ7dh1j0

男「ずっと?」

女「止まんないの、止まらないの、ずっと手を洗っちゃうの」

男「お、おい、女?」

女「最近そうなの、ずっとそうなの、手が汚い気がして、洗っても洗ってもきれいにならなくて」

女「ねえ、私変なのかな? おかしいのかな?」

男「おい、どうしたんだよ、なあ」

女「ねえ、私変じゃないよね? おかしくないよね? でも、手を洗うのが止まらないの、止まらないの!」

男「女、落ち着けって、な、ほら」

女「ねえ止めて! 手を洗うのを止めて、お願い! 洗いたくないのに洗いたいの、ねえ!! 止めて、止めてよ!」



43: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:16:48.87 ID:PLZ7dh1j0

「お願い、止めて!!!」



46: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:20:08.47 ID:PLZ7dh1j0

男「お、女!」ガバッ

女「うう、ひっく、ひっく」

男「大丈夫、大丈夫だからな、もう、洗わなくていいから、きれいだから」

女「ほんと? もうきれい? 手を洗わなくても、もうきれいになってる?」

男「大丈夫、きれいだよ、汚くないよ」

女「汚いの? ねえ、私の手汚いの?」

男「大丈夫、大丈夫だから!」

女「汚いなら洗わなきゃ! ねえ、洗わなきゃ、洗わなきゃ!!」



48: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:22:28.18 ID:PLZ7dh1j0

男「大丈夫、大丈夫だ! きれいだよ、きれい!!」

女「洗わなきゃ! ねえ、洗わなくていいの?! 洗わなくてもきれいなの?!!」

男「大丈夫、平気だよ、きれいだよ、きれいだから、な、ほら、触っても大丈夫、きれいだろ」

女「うん、男ちゃんが触ってもきれいだね、じゃあ平気なんだ、洗わなくてもいいんだ」

男「うん、大丈夫、大丈夫だから」

女「洗わなくてもいいんだよね、洗わなくても平気なんだよね」

男「大丈夫、平気だよ、平気」

女「うん、ごめんね男ちゃん、ごめんね、ごめんね」グスッ

男「大丈夫だよ、女、そばにいるから、そばにいるからな」

女「ありがとう、ごめんね、ごめんね、ごめんね……」グスッ ヒック



49: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:24:41.09 ID:PLZ7dh1j0

蛇口から水が流れ出たままの化粧台の前で、俺は、泣きじゃくる女を抱きしめ続けた。
手を洗うのを止められない。突然起きたその奇行に、彼女は自分が恐いと言った。
俺も、わけがわからなかった。いったいなぜ、こんなことが起きたのか。

なぜ、こんなことになったのか。


インターネットで検索すると、原因は一発で分かった。
「強迫性障害」
列記とした精神疾患で、なにかをしなければならないという理不尽な強迫観念が
発症者の頭の中を支配するというものだ。
近場の心療内科を調べ、すぐに受診をする。医者からも、間違いないと太鼓判をもらった。



51: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:26:59.28 ID:PLZ7dh1j0

精神病。その未知の事態に直面し、俺たちは驚愕していた。
身近にそんな病気にかかった人はおらず、何をどうすればよいのか全く分からなかった。
そして、俺たちは――


女「私、病気だったんだね」

男「うん、何が起こったかってビックリしたけど、すぐに原因がわかってよかったよ」

女「ね、なんだか安心した」



52: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:29:19.65 ID:PLZ7dh1j0

男「結構、この病気にかかってる人も多いみたいだしね」

女「私だけじゃないんだって思うと、ホッとするね。本当によかった」

男「薬を飲めば収まるってお医者さんも言ってたし、気楽に治していこうか」

女「うん♪ ありがとうね、男ちゃん」


俺たちは、安心していた。
別に珍しくもない病気、誰しもがかかる可能性のある病気、きちんと治る病気。
医者からの説明を受けて、俺たちは胸をなでおろした。
つかの間の平和が、『男』と『女』に訪れた。



53: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:31:51.93 ID:PLZ7dh1j0

――妊娠――


『女』の病気が分かってから、3年が経った。
この3年間、二人を取り巻く環境は、風の無い海のように静かだった。

『女』は、相変わらず心療内科に通い、薬を飲んでいた。
その甲斐もあってか、手を洗う頻度や時間は、だんだんと少なくなっているようだった。



54: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:35:01.11 ID:PLZ7dh1j0

大学を卒業して、新社会人となった『女』。
女の卒業を機に、『男』と『女』はそれぞれの両親に挨拶をし、
結婚を前提とした同棲を始めていた。

季節はまだ4月。第一志望の企業に就職でき、希望に胸膨らませた春のある日……


女「ねえ……」

男「ん? どうした?」

女「あのね……」

男「うん」

女「…………、生理が、こないの」



57: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:37:35.24 ID:PLZ7dh1j0

男「ちょっと待て。なぜそんなに深刻そうに言うんだお前は」

女「てへ♪ ちょっと男ちゃんを驚かせたかったんだ」

男「まったく……。確か去年も似た様なことあったよな」

女「うん、あの時焦ったよね。まだ私大学生なのに、妊娠しちゃったかと思って」

男「慌てて産婦人科いったら、『きれいな子宮ですね』とか言われてたよな。思わず笑っちゃったよ」

女「ね。生理が1月飛ばされたみたいだってお医者さん言ってたけど、そんなことあるんだってビックリしちゃった」

男「ま、今回も多分同じだろうし、わざわざ産婦人科行くこともないだろ。とりあえず、妊娠検査キットでも買ってきたら?」

女「うん、そうするー」



58: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:40:03.57 ID:PLZ7dh1j0

女「妊娠検査キット買ってきたー」

男「早いな、おい」

女「これ、どうやって使うの?」

男「箱に書いてあるだろ。えーと、この先っぽのところに、おしっこかければいいんだよ」

女「なるほど。男ちゃん、私がおしっこしているところ、見る?」

男「バカ言ってないでさっさとやってこい」

女「はーい」



59: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:42:26.96 ID:PLZ7dh1j0

男「さーてと、今日の夕飯は何にするかなー」

女「…………」

男「お、終わったのか。どうだった、陰性だったろ?」

女「……、ねえ、このマークの時って、どっち?」

男「え? 『+』マーク? …………、え?」

女「ねえ、どっち? これ、どっちなの?」

男「いや、ちょっとまて、箱にはなんて書いてある?」

女「『+』は、陽性だって。妊娠の可能性がありますって……」

男「まじかよ……」



60: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:45:03.48 ID:PLZ7dh1j0

女「ねえどうしよう、私就職したばかりなのに、妊娠なんてどうすればいいの?」

男「いや……」

女「ねえどうするの? どうすればいいの?! ねえ!!」

男「落ち着けって! 怒鳴ったってしょうがないだろ!」

女「怒鳴ってるのは男ちゃんでしょ! ねえ! どうすればいいのよ!!」

男「だから待てって。えっと……、ほら箱を読んでみろよ、正しく測れない場合もありますって書いてあるだろ」

女「うん……」

男「な、きっと間違いだよ。そのキットが不良なだけだって」

女「そうかな……、ならいいんだけど」

男「これ、2本セットのやつだから、もう一回試してみたら? 今度は多分陰性になるだろ」

女「わかった……。やってみる……」



61: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:47:30.31 ID:PLZ7dh1j0

女「……」

男「……、どうだった?」

女「…………、陽性、だった」

男「そっか……」

女「……どうするの?」

男「…………、とりあえず明日、産婦人科行ってみようか」

女「うん……」

男「……、ごめんな……」

女「…………」



62: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:49:53.23 ID:PLZ7dh1j0

その後、産婦人科に行った俺たちは、妊娠5週目に入っていることを医者から告げられた。
感慨は何もなかった。ただただ、脱力していた。頭は、考えることを放棄していた。
そして……


女「どうしよう」

男「どうしようたって……、俺たちが責任を持てるかどうかって話だろ」

女「そうだけど、私、就職したばかりなんだよ。辞めなきゃいけないの?」

男「別に、妊娠したって仕事はできるだろ。産休だって取ればいいんだし」

女「でも、新人が産休とっても辞めさせられるって聞いたよ、ねえ、私辞めたくないよ」



63: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:52:16.31 ID:PLZ7dh1j0

男「じゃあどうすんだよ! 堕ろすのかよ! そっちの方が可哀そうだろ!」

女「やだ! 堕ろすのなってやだよ! 絶対イヤだよ!」

男「でも、お前ちゃんと育てられるのかよ! 仕事辞めたくないんだろ? だけど堕ろしたくないって、どうすんだよ?!」

女「分かんないよ! でも、堕ろしたくないよ! 赤ちゃん殺したくないよ! 仕事も辞めたくないよ!」

男「訳わかんねーよ! どーすりゃいいんだよ、どうすりゃいいんだよ……」

女「やだ、泣かないでよ、私頑張るから、ね? 頑張って赤ちゃん育てるから、だから泣かないでお願い……」

男「く……」



66: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:54:36.88 ID:PLZ7dh1j0

正直な話、この時の俺は最低だった。
子供を堕ろすのは不道徳だ、と言いながら、一方で、堕ろした方が楽になる、とも思っていた。
女も、望んで就いた仕事だから辞めたくない、でも、子供は産みたいから上司に話してみると
言っていたが、結局は仕事を辞めることになった。

望まれた子供ではなかった。無計画、自業自得と言われ、何も言い返すことはできないが、
到底、望むべくもない子供だった。
しかし、俺たちの子供であるのは、間違いない事実だった。
『男』と『女』は、二人の子供を産むことを、決意した。



67: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:56:57.70 ID:PLZ7dh1j0

――不信――

妊娠が分かり、俺たちは双方の両親への報告と、入籍を行った。
結納は同棲をする条件としてすでに交わしていたため、入籍まで何も問題は無かった。
もちろん、嫁方の両親からは苦言を呈され、夫方の両親からは怒鳴られ呆れられたが、
結納が済んでいることもあり、特に追及はされなかった。

それから8カ月。臨月も間近となった、12月の雪が降り積もる日のこと……


男「ずいぶん腹がでかくなったよな。子供ができるって、やっぱすごいことだよな」

女「どうしたの男ちゃん。急にそんなこと言って」

男「いや、最初はどうしようって不安だったけどさ、やっぱり子供ができるのって嬉しいなって」

女「うん、そうだね……」

男「こう、お前の腹を見てるとさ、産まれてくるのが楽しみだなって思うようになったよ」

女「うん……」



68: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 22:59:28.39 ID:PLZ7dh1j0

男「どうしたんだよ、お前だって嬉しいだろ」

女「うん、でもね……」

男「ん?」

女「でも、私、やっぱり仕事辞めたくなかったな」

男「はあ?」

女「だって、この子がもし居なかったら、私はまだ仕事続けてたんだし。なんか、ヤだなって……」



69: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:02:32.24 ID:PLZ7dh1j0

男「どういう意味だよそれ、やっぱり子供は堕ろしてた方が良かったってことかよ」

女「違うよ! 赤ちゃんは殺したくないよ! でも、仕事は辞めたくなかったの!」

男「仕事辞めたくないって、だってしょうがないじゃん、子供産むなら辞めなきゃならなかったんだし」

女「でも、辞めたくなかったの! 私はあの仕事がやりたかったの!」

男「じゃあ何なんだよ、やっぱり子供はいらないってことじゃねーかよ!」

女「違うよ! 子供は可愛いよ、絶対産みたいよ! でも、辞めたくなかったの!」

男「意味分からねーよ! 何なんだよお前! お前は子供が大事じゃねーのかよ!」

女「大事だよ! 子供可愛いよ! 男ちゃんこそ怒鳴らないでよ! お腹の中でも赤ちゃんは聞こえてるんだよ!」



71: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:05:40.25 ID:PLZ7dh1j0

男「お前こそなんなんだよ! 子供が居なければ仕事を辞めなくても良かったって、母親として最悪じゃねえか!!」

女「なんでそんなこと言うの! 私頑張ってるのに、なんでそんなこと言うのよ!!」

男「だってそうだろ! 子供が居なければよかったとか、マジ最悪じゃねーか! お前母親失格だよ!」

女「なんで?! だって、子供ができたのって男ちゃんのせいじゃない! 私悪くないもん!!」

男「俺のせいってなんだよ! 俺も悪かったけど、お前だって子供ができた責任はあんだぞ! 俺のせいにすんじゃねーよ!」

女「私悪くないもん! 子供は欲しいけど、あの時は欲しくなかったんだもん! 私悪くないもん!」

男「欲しくなかったってお前、なんだよその言葉! 子供がかわいそうじゃねーのかよ、お前人間として最低だよ!」

女「最低じゃないもん! 私悪くないもん! 私悪くない!!!」

男「うるせー! だまれ! お前母親としての自覚がねーのかよ、意味わかんねーよ!」

女「私悪くないもん! 私悪くないもん! 私は悪くない!!」ダッ

男「あ、お前ちょっと待て!!」



73: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:08:42.67 ID:PLZ7dh1j0

女は、家を飛び出していった。
勢いよくアパートのドアを開け、靴もはかずに、裸足で真っ暗な外へ走り出した。

この言い争いをしていた時は、夜遅く、すでに日付が変わろうかという時間だった。
俺たちはすでに寝巻に着替えていて、女は、妊婦用の薄いゆったりとしたネグリジェの様なものを着ていただけだった。
この地方では珍しく、12月にして積雪が観測されている寒い日。
『女』は、防寒具を一つもつけずに、暗闇の中へと飛び出していった。


男「お前、ちょっと待て!」

女「ヤダ! もう男ちゃんと一緒に居たくない!」

男「だからって、そんな薄着で外に行く奴があるか! 子供のことを考えろ!」ガシッ

女「きゃっ!」



74: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:11:00.42 ID:PLZ7dh1j0

男「どこに行くつもりだったんだよお前、こんな時間にどうするつもりだったんだよ!」

女「もうお家帰る! もうお家帰る!」

男「お前の家はここだろ! どこに帰るんだよ!」

女「実家に帰る! もう男ちゃんと居たくない!」

男「だからって、こんな寒い日にそんなかっこで外に出てどうすんだよ! 腹が冷えて子供が死んだらどうすんだよ!」

女「え?! 子供死んじゃうの?! 赤ちゃん死んじゃうの?!」



78: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:14:16.99 ID:PLZ7dh1j0

男「良いから戻るぞ! このまま体冷やしたら、マジでヤバいから!」

女「ねえ! 赤ちゃん死んじゃうの?! ヤダ!! 赤ちゃん死んじゃヤダ!!」

男「うるせーよ! 近所迷惑だろ! ほらもう帰るぞ、こい!」

女「ヤダ! 赤ちゃん死んじゃうのヤダ! ねえ、大丈夫だよね、大丈夫だよね!!」

男「いいから来いって、行くぞ!!」

女「ヤーダーアアアアア」


泣きわめく女を引きづり、俺は部屋へと戻って行った。
信じられなかった。
子供が腹に居るというのに、寝巻1枚で雪の中へ飛び出していく女が、俺には信じられなかった。



80: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:17:17.64 ID:PLZ7dh1j0

母親というのは、子供が一番大事なんじゃないのか?
俺も言葉が過ぎたと反省はするが、だからといって、それで外に飛び出すなんて妊婦としてあり得ないんじゃないか?
もう、この『女』に子供を任せることはできない。
『子供』は俺が守らなければならない。


『男』の意識から、『女』を守るという使命が消えた瞬間だった。



81: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:20:39.57 ID:PLZ7dh1j0

――終局――

薄着で真冬の深夜に家の外へと飛び出していった一件以来、『女』の病状は深刻に悪化していった。

女は、強迫性障害のための薬を服用していたが、妊娠を機に、胎児への影響を避けるため、
医者から薬の服用を止められていた。
そのため、妊娠初期を過ぎたあたりから明らかな情緒不安定となっていた。

そして、今回の一件が起きた。
女の病状悪化は明らかだった。
しかし、子供のため、薬の服用を再開させることはできない。

『男』は、ただひたすら、子供が無事に生まれることを望んだ。



82: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:23:32.24 ID:PLZ7dh1j0

その後も、夜遅くに家を飛び出す、お腹が家具に当たることを厭わずに暴れるなどの、
お腹の子供を顧みない女の振る舞いに対し、
時になだめ、時に怒り、時に泣きつきながら、子供の命を守り続けた。

やがて年が明け、春が訪れる。
女は無事に子供を出産し、男と、たどたどしいながらも子育てを始めていた。
そして――

男「おーい、ミルク飲み終わったぞ」

女「ん」

男「ゲップでたし、ベッドに寝かせておくからな。哺乳瓶洗うから見ててくれよ」

女「ん」



83: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:26:40.30 ID:PLZ7dh1j0

娘「ぎゃーん、ぎゃーん」

男「おい! 泣いてるぞ、何があったんだ」

女「別に、何もしてないよ」

男「何もしてないって……、よしよし、どうしましたか~」

娘「うぎゃーん、あーん」

男「あー、オムツかな。ちょっと失礼……、やっぱりそうだ」

女「くさい……」

男「くさいじゃねーよ。オムツ替えるから、ぬれティッシュと替えのオムツとって」

女「ん……、はい」



85: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:29:49.31 ID:PLZ7dh1j0

男「おーよしよし、はい、おわりましたよぉ、それじゃあ、ちょっとおねんねしててくださいね~」

娘「だうだう」

女「…………」

男「うし。これで、しばらくしたらお昼寝してるだろ。今のうちに洗い物をっと」

女「……、ねえ」

男「あ? なんだよ」

女「大事な話なんだけど」

男「今、忙しいから後にしてくれ」

女「今がいい」

男「だから――」

女「今じゃなきゃダメ」

男「……、わかったよ、聞くよ」



88: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:32:51.62 ID:PLZ7dh1j0

女「…………」

男「で? 何の話だよ」

女「ねえ、私の実家に引っ越そう」

男「はあ?」

女「私の実家、田舎にあるし、ここより静かだから娘ちゃんも安心して育てられるし」

男「ちょっと待てよ、俺の仕事はどうなんだよ、転職しろっていうのか?」

女「私のお父さん、会社の経営者だから、そこで雇ってもらえば大丈夫だよ」

男「だからって、俺は今の仕事辞める気はねーよ。だいたい、ここだって街中だけど静かな方だし、子育てするには十分じゃねーか」

女「だって、私のお母さんが近くに居れば、寂しくないし……。男ちゃんが仕事行ってる間、私一人で寂しいから……」

男「寂しいからじゃねーよ。いつもお前がそういうから、うちの親に無理言って平日の昼間はここに来てもらってるじゃねーか」

女「でも……」

男「なんだよ、家の親が嫌だっていうのか?」

女「そんなことないけどさ……」



89: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:35:31.39 ID:PLZ7dh1j0

男「それに、親から聞いてるぞ。お前、家の親が来ている間、娘の世話全然しないんだってな」

女「それは……、男ちゃんのお義母さんがすぐに怒るから……」

男「だいたい、俺が仕事から帰ってきても飯一つ作ってないし。いっつもいっつもスーパーの惣菜を俺が買ってきてさ。お前、昼の間何やってんの?」

女「私だって、お掃除とかお洗濯とか、それ以外の家事はちゃんとやってるよ?」

男「どうだか。ちゃんと家事やってるっていうなら、仕事から疲れて帰ってくる夫に、簡単でもいいから飯くらい作れよ」

女「別にいいじゃんお惣菜で。私はスーパーのお惣菜好きだし」

男「お前が良くても俺が嫌なんだよ。たまには手料理くらい食わせてくれよ、なんのために結婚したんだよ俺達」

女「だから、別にいいでしょ? 私、料理するの好きじゃないし、他にも色々と忙しいんだから」

男「はあ? 忙しい? 休日は休日で育児はほとんど俺がやってて、お前はいったい何が忙しいんだよ、俺はいったいいつ休めばいいんだよ」

女「やめてよ! 私を責めるのはやめて! もうやだ! 私、実家に帰る!」



90: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:38:11.15 ID:PLZ7dh1j0

男「それが本音なんだろ? 結局、何も家事をやりたくないから、甘えられる実家に戻りたいんだろ」

女「そんなことないもん! 私だって、ちゃんと娘ちゃんのお世話してるもん!」

男「信用できねーよ。今だって全然やってないのに、いったいいつやるんだよ」

女「毎日やってるもん! ちゃんと抱っこして話しかけたりしてるもん! オムツだって、ちゃんと替えてるもん!」

男「じゃあ、離乳食が始まったらどうすんだよ、俺の飯も作れないのに、子供の飯がちゃんと作れるのかよ」

女「作るもん! ちゃんとやるもん、娘ちゃんのご飯はちゃんと作るもん!」

娘「うぎゃーん、うぎゃーん」

男「あーもう、静かにしろよ、娘が起きちゃっただろ」

女「なんで私のせいなの? 男ちゃんが私を責めるからでしょ?!」

男「だからうるせーよ、静かにしろって。はいはいよしよし、ごめんねー、ママちゃん怖かったねー」

娘「わーん、わーん」



93: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:40:42.08 ID:PLZ7dh1j0

女「なんで、なんで……」

男「よしよし、大丈夫だからね。お父さんがそばにいるからねー」

娘「だう~、あう~」

女「……、ねえ、男ちゃん、私のこと好き?」

男「よしよし~。いいこいいこ~」

娘「あうあう、ったった」

女「ねえ、もう私のこと好きじゃないんでしょ、もう私のこと嫌いなんでしょ」

男「はいはい、バカなこと言ってないで、その辺で大人しくしててください。よしよし、娘ちゃんはかわいいねー」

娘「ったっしたった」



95: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:43:22.21 ID:PLZ7dh1j0

女「ねえ、どうして?! 男ちゃん、昔はあんなに優しかったのに、今は全然優しくない!」

男「はあ? 十分今だって優しいだろ。お前のために育児も家事も仕事も頑張ってんじゃねーか」

女「優しくない! 私のこと全然見てないもん、全然優しくしてくれないもん!」

男「はいはい、いいから静かにしてくれな。娘もいるんだし」

娘「んだあ、たしったしっ」

女「ねえ! 優しくしてよ! 私もうイヤだよ! もう男ちゃんと居たくない!」

男「うるせーなあ。じゃあどうすればいいんだよ。どうすればお前は満足するんだよ」




97: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:45:24.45 ID:PLZ7dh1j0

女「実家に帰るの! ねえ、実家に帰ろうよ、もうこっちにいるのイヤだよ」

男「だから、俺には仕事もあるんだから無理だっつってんだろ。そんなに帰りたけりゃ、お前だけ帰れよもう」

女「ヤだ! 男ちゃんも一緒に帰るの! 男ちゃんと離れたくない!」

男「別にいいだろ、一人で帰れば。俺は優しくないんだろ? じゃあもう一緒にいなくたっていいじゃん」

女「それでもイヤなの! 一緒にいたい!」

男「もう意味わかんねーよ。とりあえず静かにしててくれ、娘を寝かせてくるから」

娘「んだあ、んだあ、ったった」

女「………………」



98: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:47:32.58 ID:PLZ7dh1j0

男「よしよし、大人しく寝ててくれそうだな」スタスタ

女「…………」

男「なんだよ、まだ不貞腐れてんのか? いい加減にしとけよ、そうやってダラダラしてんの」

女「ねえ」

男「俺だって仕事で疲れてんのに休みもこうやって家のこと手伝ってんだから、お前も少しは動いてくれよ」

女「ねえ」

男「……、なんだよ、そんな不気味な声出して。言いたいことあんなら言ってみろよ」

女「私に実家に帰れって言ったよね」

男「言ったよ」

女「その時、娘ちゃんは当然私がつれて帰るんだよね」



100: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:49:34.04 ID:PLZ7dh1j0

男「はあ? お前が一人で帰るに決まってんだろ」

女「はああ?! 何言ってんの? 娘ちゃんは私と帰るにきまってるでしょ?!」

男「お前こそ何言ってんだよ。普段ちゃんと家事も育児も出来ないくせに、娘の世話をお前に任せられるわけないだろ」

女「はああ? 私ちゃんとやってるし。娘ちゃんのお世話ちゃんとできてるし」

男「できてねーだろ。俺の親の前でやらない、俺が家にいる時もやらない、飯も作らねーし文句ばっかり言うし」

女「な、な」

男「もううんざりだよ、お前の言うとおり、もうお前のこと好きじゃねーよ、愛してねーよ、もういいから出てけよ」

女「な、な、な、



101: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:50:42.20 ID:PLZ7dh1j0

うぎゃあああああああああああああああ
ああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああ



102: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:52:52.73 ID:PLZ7dh1j0

男「わ! おいなんだよ、静かにしろよ娘が起きるだろ!」

女「ぎゃああああわあああああうぎゃあああああぁぁぁああああああああ」

男「静かにしろって! おい! いい加減にしろ!!」

女「もうやだあああ! もういやだあああああ! ぎゃああああああ」

男「黙れよ! 黙れ!! 娘もいるんだし、近所にも迷惑だろ! 黙れっ!!!」



104: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:54:58.79 ID:PLZ7dh1j0

女「もういやだ! もう帰る! 実家に帰る!」

男「だから帰れって言ってんだろ! もう帰れよ! 俺の前からいなくなってくれよ!」

女「帰る! 娘ちゃん連れて実家に帰る!」

男「だからバカなこと言ってんじゃねってんだよ! お前に娘は育てられねっつの!」

女「じゃあいい、一人で帰る! もう帰る! 帰るからね!」

男「帰れよ! 勝手にしろよ! もういいよ、もう勘弁してくれよ……」

女「じゃあ出ていくからね、出ていくからね! もう帰ってこないからね!」

男「帰ってこなくていいよ、早く出ていけ。もう静かにしてくれ……」

女「わあああああぎゃあああああああ!!!」アアアアアァァァ

バタバタバタ バタンッ

男「………………」



106: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:57:02.50 ID:PLZ7dh1j0

男「よしよし、娘ちゃんげんきですか~?」

娘「あだっあだっあだ」

男「ママちゃん遅いですね~、どこまで行ったんですかね~」

娘「うだうだうぅ」

男「ったく、もう風呂入れる時間だってのに……。さすがに俺一人じゃ風呂に入れられないぞ」

ピンポーン

男「お、帰ってきたか? はーい、どちらさまー?」

「すいません、こちらは女さんのお宅でよろしいですか?」

男「は、え? は、はい、そうですけど」

「ちょっとここを開けてください、女さんの件でお話があります」

男「え、え? あの、どちらさまですか?」



107: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:57:40.24 ID:PLZ7dh1j0

「警察です」

男「」



109: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/01(土) 23:59:48.17 ID:PLZ7dh1j0

ガチャッ

警官「夜分遅くにすいません、こちらは女さんのお宅でよろしいですね」

男「は、はい、そうですが」

警官「あなたは女さんの旦那さんですか?」

男「はい……」

警官「名前は?」

男「男、です……」

警官「男と。ちなみに、あなたが抱いているのは、あなたの娘さん?」

男「そうです……」

警官「一応、お名前を伺ってもよろしいですか?」

男「娘、といいます」

警官「娘さんね。はいはい」



111: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/02(日) 00:01:53.85 ID:fVqAOWyx0

警官「えー手短に申し上げます。あなたの奥さんを保護しました。すいませんが、男さんには今から我々と同行してもらいます」

男「えっと……、引き取りに行くんですか?」

警官「いえ、女さんを保護する際、女さんは激しい抵抗と支離滅裂な言動が認められたため、指定病院に搬送しました」

男「病院?」

警官「はい。これから、医師と面談がありますので、男さんにはそちらに立ち会っていただきます」

男「それで、女はどうなるんですか?」

警官「医師との面談の結果、必要と判断されれば女さんは措置入院となります。そちらの説明は病院で詳しく話しますので、まずは同行をお願いします」

男「はい……」

警官「ではこちらへ」



112: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/02(日) 00:03:54.93 ID:fVqAOWyx0

その後、『男』は警官に同行し、警察の指定病院へ向かった。
医師と女の面談に立会い、その後、病院の医師から、女は措置入院になる可能性が高いと告げられた。

病名は、「境界性パーソナリティ障害」
簡単に言うと、人格が破たんし社会に適合していない度合いが、常識の範囲を超えて一般的な人間より大きい状態である。

数日後、女の措置入院が正式に決定した。
女は、指定病院から別の病院へと移送された。

そして、『男』は――



113: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/02(日) 00:05:58.82 ID:fVqAOWyx0

男「よしよし、よしよし」

娘「だうだう、だあう」

男「娘ちゃんは元気だね、いつもと変わらず」

娘「あうぅ、ったった」

男「……、昔は、お母さんもちゃんとした人だったんだけど」

男「はあ、なんでこうなったのかな。何が悪かったんだろうなあ……」

娘「うぅぅあう~」

男「よしよし、娘ちゃんは良い子だね。よしよし」



『男』は――



115: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/02(日) 00:06:38.88 ID:PLZ7dh1j0

男「メンヘラとデキ婚した」女「男ちゃん愛してる♪」

Endless




118: ◆fwyAz5UIUo :2012/09/02(日) 00:08:49.06 ID:fVqAOWyx0

稚拙な文章を読了いただき、ありがとうございました。
予想されてる方もいると思いますが、実際の出来事を元にしたフィクションです。

ちなみに、『男』=作者です。