フィアンマ「暗闇の世界から」アウレオルス「当然、救い出す」
上条「俺は、美琴が好きなんだ」フィアンマ「……」 前編
548: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/19(金) 20:15:17.81 ID:KY9TP2QU0
生まれ変わったら、普通の子供に産まれたい。
望んでも良いのなら、一方通行と、あの人に出会いたい。
また三人で笑い合って、下らない話をしたい。
楽しくて和やかな時間を過ごして、一日を終えたい。
そこに黄泉川や芳川もいたら、きっと多少のことでは落ち込めない程幸福だ。
『お願いだから、…アンタの力で! アイツの夢を守ってあげて!』
『いくらでも生産出来る? だから何だよ。お前は、世界にたった一人しかいねえだろうが』
思い出される人の善意は、打ち止めに向けられたものではない。
一方通行は自分を救おうとしてくれたし、あの人は自分を救ってくれた。
今家に居るであろう黄泉川と芳川も、もちろん、大切な家族だ。
でも。
それは、味方であるという保証にはならない。
自分は誰にも守ってもらえないまま死にゆくのだろうな、と打ち止めは思った。
一方通行の一番はフィアンマ。
フィアンマの一番はヒーロー。
ヒーローの一番はお姉様。
お姉様の一番はヒーロー。
打ち止めは、誰の一番でもない。
それはとても哀しいことだった。
一番でも二番でもいられないことは。
そんなこと思える時点で。
打ち止めはもう、完全に人間と呼んで差し支えないだろう。
550: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/19(金) 20:15:45.73 ID:KY9TP2QU0
びちゃびちゃ。
そんな音では済まない、真紅の濁流。
アスファルトに広がっていくのは、大量の血液。
急所にこそ刺さっていないものの、硬質な翼は、少女の体に突き刺さっていた。
ナイフで刺されたかの様に、或いは、それ以上に惨たらしく。
血だまりは延々と広がり、留まるところを知らなかった。
赤さは徐々に酸素と混じって黒く色を変えていく。
けれど。
その翼を受けたのは、打ち止めではなかった。
打ち止めと垣根の間に割入った、第三者のものだった。
正確に言うならば。
それは、フィアンマの体から溢れている血液だった。
貫通した翼が引き抜かれ、穴の空いた肺から、妙な呼気が漏れ出していく。
「……え…?」
打ち止めは、いつまでたっても襲いかかってこない痛みと、恐怖と。
それから、鼻につく鮮血の鉄臭さに、困惑していた。
現実へ徐々に認識能力が適応されていき、打ち止めは、はたと気がついた。
自分が今、誰に抱きしめられているのかを。
「……どう、して、って。ミサカは、ミサカは、疑問に、思って、みる」
「ん……? どうして、だろうな。…まあ、お前に罪はない訳だしなぁ…」
じわじわと目に涙を溜める打ち止めを抱きしめ。
垣根の暴力から守り抜いたフィアンマは、打ち止めの頭を優しく撫でた。
血液を唇から溢し、呼吸に異常が発生しているにも関わらず、いつも通りの口調で、言葉で、態度で、優しく。
しゅるり、と片手でループタイを引き抜き、飾りを外し、リボン部分で打ち止めの目元を覆う。
血まみれの世界を見るのは、もっと大きくなってからでいい。
552: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/19(金) 20:16:12.12 ID:KY9TP2QU0
「このまま、真っ直ぐ走ってくれ」
「でも、」
「良いから、……行け」
真っ直ぐに進めば、警備員が何人も居る控え室のようなものがある。
そこまで逃げ込んでしまえば、後は身の保障がなされるはずなのだ。
何も見えず、首を傾げる打ち止めの髪を撫で、振り向かせ。
フィアンマはその細く小さな背中をそっと押すことで、この戦地から逃げさせた。
本当は。
見捨てようかと、思っていた。
自分はあの歳の頃誰にも守ってもらえなかった。
そして、そんな大人達が憎く思えた。
幼い子供は守られて然るべきだ、とフィアンマは考えている。
何よりも。
『お姉様がごめんなさい、って。ミサカはミサカは、代理謝罪してみたり』
彼女の背中を押したのは、打ち止めの一言だった。
打ち止めはあくまで打ち止めだということを、再認識した。
美琴のことは憎いと思わないでもないが、それはこの少女とは関係のないこと。
「………テメェは。……第一位の女か」
「そういう訳でも、ないのだがね」
肺が一つダメになっている。
息が苦しいが、無理矢理に垣根と相対した。
相手の力量は未知数だ。が、恐らく『聖なる右』の敵ではないだろう。
554: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/19(金) 20:16:54.14 ID:KY9TP2QU0
垣根帝督は、困惑していた。
突然現れた少女を傷つけたことを悔いている自分に。
最終信号を殺しそびれた事などどうでもよくなるほど。
彼女を傷つけてしまった自分を、罵倒したい気持ちで満たされていた。
それは、痛みに辛さを感じている彼女の能力によるものだ。
良心を刺激され、垣根は後ずさる。
「ッ、」
目を閉じ、自分の謎の感情を振り払う為に、能力を行使した。
未元物質によって構成された槍が、フィアンマへ向けて放たれる。
そのどれもが急所を外したものだったが、垣根は気がついていない。
彼女の能力は、『強制善意』。
相手の善意と良心を刺激し、自分に慈悲を向けさせ、愛を抱かせるチカラ。
相手に良心がなければ無理矢理に植え付け、自分を傷つけられないように仕向ける力。
「ぐ、」
数本は避けたが、やはり全ては無理だったらしい。
何本かが腹部に刺さり、フィアンマは惨めにも膝をついた。
出血が止まらない。急所にあたっておらずとも、人は失血で死ぬ。
「……ふ」
これまでか、と思う。
それでもいい、と思う。
これで死ねるなら、それでいい。
だって、自分は誰の一番でもないのだから―――
557: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/19(金) 20:18:21.23 ID:KY9TP2QU0
少年の声だった。
倒れたはずのアスファルトは、何故だか、優しい受け止め方をした。
目を凝らしてみれば、それはコンクリートで固められた地面ではない。
「………こ、……すけ……?」
「ふざけやがって、チンピラ野郎が」
ぼんやり滲んで見える赤い瞳が、怒りを湛えていた。
自分を支える細すぎる腕は、彼のものだ。
紛れもなく、自分を抱きとめてくれたのは、一方通行だった。
「ぁ………」
運命は冷酷で。
人々は残酷で。
人生は不条理で。
現実は理不尽で。
自分が願ったことは、いつでも誰かを不幸にして。
本当にほしいと願うものは、いつだって手に入らないのに。
それなのに。
何で。どうして。
宝物を扱うように、彼は抱きとめてくれるのだろう。
まるでたった一人、かけがえのない人間であるかのように、扱ってくれるんだろう。
559: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/19(金) 20:18:54.01 ID:KY9TP2QU0
「は、はははは! そうこなっくっちゃなあ、ヒーロー気取り!!」
垣根が、狂笑する。
一気に距離を取り、その翼を爆発的に広げた。
空気中の未元物質が、彼を守るようにピシピシと嫌な音を立てる。
一方通行は、どうするか迷った。
彼女と打ち止めを連れて逃げる。
浮かんだ。
だが、垣根を無力化しなければ、今後の安全は保障出来ない。
「………ブチ、殺す」
今度こそ。
言い訳の出来ない殺人をしてみせる、と一方通行は思った。
実験でも何でもなく、必要だから、純粋に人を殺そう。
彼女や打ち止めを傷つけたあんなクソ野郎なら、躊躇せずに殺せるはずだ。
あのヒーローじゃない。
オリジナルでもない。
何の負い目もない、純粋な、敵。
「…すぐ終わる」
言って、一方通行はフィアンマを壁に寄りかからせる。
血だまりの中、奇妙な呼吸を繰り返すフィアンマは、意識朦朧とする中、一方通行を見上げる。
次の瞬間、白い悪魔は地面を蹴って跳んでいた。
561: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/19(金) 20:19:19.13 ID:KY9TP2QU0
学園都市第一位、第二位。
この二人は、他の超能力者に対して圧倒的な差があるという。
どのような手段を用いても越えられない壁。
そう称される程に、両者は強かった。
能力の特異さだけではない。
頭の良さだけでもない。
お互い這いずってきた地獄にふさわしいだけの応用力こそが、その本幹。
血と泥に塗れる屈辱的な生活によって培われてしまった化けもの。
実験とはいえ、少女を一万三十一回殺した一方通行。
暗部の仕事、過去の実験で老若男女問わず五千以上は殺してきた垣根帝督。
両者はどちらも罪深く、その罪に見合っただけの強さがある。
ただ一つ違いがあるとするならば。
今の一方通行には誰かを守り救うための"力"があって。
今の垣根帝督には誰かを傷つける"暴力"しかない。
その性質の差が、勝敗を決定付ける。
563: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/19(金) 20:20:19.62 ID:KY9TP2QU0
垣根はアスファルト上に広がる赤黒いシミに、ぼんやりとした表情を浮かべていた。
死闘を繰り広げた結果、どうやら未元物質を解析された上、敗北したらしい。
このまま放り置かれたとして、恐らく死ぬことは避けられない。
(反撃、は。できねえ、か……)
身体の芯が失われているかのようだ。
立ち上がるだけの馬力が、身体の中に存在していない。
呼吸が苦しいし、息を吸う度に血液が口に入る。
自分の血液を啜ること程気持ちの悪いこともない。
「ぐ……」
視線を向ける。
血液が入り込んだのか、耳が遠い。
けれど、その言葉のやり取りは聞こえた。
どうやら自分の前に立っているのは、正義感たっぷりの警備員らしい。
『殺す必要なんて、ないじゃんよ。どんな理由があったって、殺人なんてのは間違ってるじゃん』
一緒に帰ろう。
手を差し伸べる女。
自分と同じか、それ以上の畜生である一方通行は。
女警備員の言葉を聞き、自分を殺そうとする手を、引っ込めようとする。
敗者は勝者の手によって殺害されるべきだ。それが、殺人者の世界というものだ。
だから。
酷く、腹が立った。
565: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/19(金) 20:20:51.32 ID:KY9TP2QU0
少しの間、気を喪っていたらしい。
目を開けると、先程より血だまりが広がっていた。
自分だけの血ではない、とフィアンマは気がつく。
視線を前へ。
警備員と思わしき装備の、それでも武器を持たぬ女性が、倒れていた。
一方通行はあっけにとられた表情で、女性を見つめている。
対して、打ち止めを殺そうとした少年は、笑っていた。
笑う。嗤う。彼は、一方通行を嘲笑していた。
と、同時に。
その笑顔は、どこまでも孤独なものだった。
何か、一つでも大切なものを持つ人間は、あんな顔はしない。
「ゥ、」
一方通行の悪意が、怒りが、爆発的に膨らんだ。
それは精神状態の変調に留まらず、黒い翼となって彼の背中から顕れた。
"魔術"という数値は、フィアンマの行使を観測したことで入力されている。
一方通行自身、自分が今どのような力を振るおうとしているのか、わかっていないだろう。
ゆらり、と彼の身体が動いた。
獣のような咆哮。細い体は憎悪の翼を噴出したまま、垣根へと歩み進む。
一方。
垣根帝督の方も、一方通行の翼を見、飛躍的な進化を手にしていた。
彼の翼はキロメートル単位で広がり、彼は全能感に満たされていた。
「は、ははは、ははははははは!!!!」
笑い声。
垣根の翼と、一方通行の翼がぶつかりあった。
567: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/19(金) 20:21:19.00 ID:KY9TP2QU0
ゴキャリ、という音が聞こえた気がする。
垣根はアスファルトに身を押し付けられ、血液と胃液の混じったものを吐きだした。
「な、に?」
一方通行の翼を見て、未元物質を理解した。
そんな自分は、もはや誰にも負けないと思っていた。
視線をのろのろと動かす。右肘から向こうの感覚がない。
血液がだくだくと溢れ、吐き気がした。
右腕が、肘の先から無くなっていた。
「あ、ぁ、」
声が、掠れる。
ざり、という足音が近づく度、死を覚悟した。
もうすぐ、寿命(カウントダウン)は終わる。
悔しさでも悲しさでも恐怖でも。
何の感情を代価にしたところで、垣根の体は、もう指先一本だって動かせない。
「ォォォぉおおおおおおおおああああああ!!!」
絶叫。
黒き翼が、振り下ろされる。
もはやここまでか、と垣根は笑った。
569: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/19(金) 20:22:20.99 ID:KY9TP2QU0
翼が、止まった。
空中で止まり、震えながら、それでも、それ以上は振り下ろされない。
「……」
垣根と一方通行の間に、少女が立っていた。
血まみれで、傷だらけで、呼吸が不規則で。
咄嗟に飛び込む為の転移術式の影響で、身体の内外をボロボロにしながら。
しかし、一方通行に人を殺させまいと。
ふらつく脚を精神論で無理やり地面に縫い止め。
両手を広げ、敵意も何もなく、フィアンマは一方通行を見据える。
一方通行は瞳に傷まみれの彼女の姿を捉え、いっそう翼を凶悪な形へ飛躍させる。
その表情は醜悪なまでに怒りと絶望で歪んでいたが、そこにはメッセージ性があった。
『退け』
一言凛と放たれるより余程凶悪な伝達方法。
フィアンマは、ゆるく首を振った。
「ダメだ」
「ぐ……」
「……俺様は、信じている。言葉や人の善意や神の奇跡で、暴力は覆せると」
暴力を振るい、一方通行を沈黙させるのは簡単だ。
多少体を痛めつけても死ねないことを知っているフィアンマは、『聖なる右』を行使すれば良いだけ。
だが、そうはしない。決めたのだ。
上条に別れを告げられ、美琴に暴力を振るったあの日。
もう二度と、安易な、感情論だけの暴力は振るわないと。
「お前は、あの女や、俺様のことを想って怒れる人間だ」
だから、殺人なんてさせたくない。
手を汚さなくて済むのなら、汚さないでいてほしい。
彼女はその時、一番世界で強かった。
能力効果もさることながら、その態度が、だ。
人の善意や神の奇跡に頼る。
それは、行動の積み重ねによって悲劇を創造する悪とは対照的な、善の道。
一方通行は、沈黙し。
やがて、黒い翼は空気に溶けて、消えた。
571: 次回予告 ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/19(金) 20:23:18.37 ID:KY9TP2QU0
「…………オマエに、言おうと思ってた事がある」
学園都市第一位――― 一方通行
「……あの女を寝盗って第一位の出方を見るか」
学園都市第二位―――垣根帝督
「い、いぎででよがっだあ、っでみしゃ、みしゃか、うあああああん!!」
ミサカネットワークの最終個体―――打ち止め
「――――――お前のそれは、勘違いだよ」
『強制善意』―――フィアンマ
577: 小ネタ:ところで ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/20(土) 17:21:50.17 ID:4Rquwv6/0
《書きためはあるのですが投下が日付変わってからかもです》
打ち止め「ところであなた」
一方「なンだ」
打ち止め「あの人にはいつ告白するつもりなのってミサカはミサカは野次馬根じあ痛ぁ!?
急に脳天チョップだめぜったい、ってミサカはミサカは涙目になってみる」
一方「オマエにゃ関係ねェだろクソガキ」
打ち止め「少なくともこのミサカには関係あるもん、ってミサカはミサカはむくれてみる」
一方「……似合わねェだろ」
打ち止め「?」
一方「…見合わねェし」
打ち止め「じゃあ今度顔が近い時に物理的に背中押してあげるね、ってミサカはミサカはあ痛たた!」
一方「」ペチンペチン
打ち止め「ところであなた」
一方「なンだ」
打ち止め「あの人にはいつ告白するつもりなのってミサカはミサカは野次馬根じあ痛ぁ!?
急に脳天チョップだめぜったい、ってミサカはミサカは涙目になってみる」
一方「オマエにゃ関係ねェだろクソガキ」
打ち止め「少なくともこのミサカには関係あるもん、ってミサカはミサカはむくれてみる」
一方「……似合わねェだろ」
打ち止め「?」
一方「…見合わねェし」
打ち止め「じゃあ今度顔が近い時に物理的に背中押してあげるね、ってミサカはミサカはあ痛たた!」
一方「」ペチンペチン
580: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/20(土) 22:19:25.15 ID:JbjuncH80
バタバタと慌ただしく治療を受け。
フィアンマは現在、冥土帰しにちょっぴり叱られていた。
「外出中に大怪我、というのはやめてほしいね?」
せめて退院してからにしてくれ、と彼は溜息でも吐き出しそうな様子だった。
すみません、と謝り、フィアンマは再び病室へ。
せっかく点滴も終わりそうだったというのに、輸血と点滴生活に逆戻りだ。
「……」
病室へ入る。
待っていたのだろう、フィアンマのベッドで、打ち止めは軽くうたた寝していた。
静かに開けたつもりだったが、ドアの音に敏感に反応し、少女は目を覚ます。
ガバッ、と勢いよく起き上がると、次いでフィアンマへ走り寄る。
何かを言おうとして、言葉が出てこなくて、彼女は愛らしい顔を歪める。
大きな瞳がみるみる内に潤んでいく。止める術はない。
そして、そんな様子を目撃出来る程、フィアンマは今、まっすぐと打ち止めを見ていた。
「い、いぎででよがっだあ、っでみしゃ、みしゃか、うあああああん!!」
「っ、」
勢いよく抱きつかれる。
ふらつき、点滴と共に転びかけ、フィアンマは一歩後ろに引くことで堪えた。
わあああん、と子供らしく泣きじゃくり、打ち止めはフィアンマに精一杯抱きつく。
そんな少女の小さな頭を撫で、痛む傷口に苦く笑い、まずは座れ、と勧める彼女だった。
582: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/20(土) 22:19:54.80 ID:JbjuncH80
しばらくは絶対安静、手洗い場へ行く時以外基本的にベッドから出るな。
それが病院側からのお達しだった。
人助けの代償とは、いつだって高くついてしまうものである。
打ち止めは泣き疲れたのか、フィアンマに頭を撫でられながら、ベッドに上体を横たわらせる。
ちょうど、授業を受けている学生が眠るような体勢だ。
腰を痛めてしまわないだろうかとふと心配が浮かんだフィアンマだったが、彼女を起こすのは気が引ける。
そんな訳で、フィアンマはベッドに座ったまま窓の外を眺め、打ち止めの髪をなでていた。
優しく頭を撫でられ、時々むにゃむにゃと呟いて微笑む少女は、きっと素敵な夢を見ているだろう。
コンコン
性格を表すかの如く、やや乱暴なノック。
返事をすれば、予想通り、白い少年が入ってきた。
「…よォ」
「打ち止めを迎えに来たのか?」
「…まァな」
一方通行は適当にパイプ椅子を出し、座る。
脚を組み、彼は黙っていた。
打ち止めは、まだまだ眠り続けている。
584: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/20(土) 22:20:26.30 ID:JbjuncH80
「………フィアンマ」
「んー?」
名前を呼ぶとは珍しい、と彼女は首を傾げる。
病室は静かで、点滴がぽたぽたと落ちる音さえ聞こえてくるかのようだ。
静謐に包まれた白い部屋で、白い少年は暫し言いよどむ。
大切なことを言おうとしているようだ。言葉が詰まっているらしい。
「……?」
「…………オマエに、言おうと思ってた事がある」
ずっと。
彼は、そう言った。
フィアンマは、思わず身構える。
悪い想像がいくつも頭の中を駆け巡り。
そうしてから、ふと、彼の様子のおかしさに気がつく。
彼が緊張しているというのは、珍しい。
だから、先回りして、気がついた。
きっと、彼は。
自分へ、好意を伝えようとしてくれている。
悪意に慣れた彼は、悪意ならよどみなく言い放つはずだから。
故に、先手を打った。
586: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/20(土) 22:21:03.45 ID:JbjuncH80
「――――――お前のそれは、勘違いだよ」
「………、」
「俺様を好いてくれていることは嬉しいが。
だが、それはまやかしだ。俺様の能力によるものだ」
「能力……?」
善意を押し付け、好意を抱かせる能力。
『強制善意』と能力の対象や範囲を説明し、フィアンマはやるせなく笑った。
唯一能力が通用しない、していないと思われる上条には、捨てられた。
自分に本当の意味で愛される才能などない。
性格、見目、言動、行動。
その全てを総合したとしても。
どんなに健気に尽くしても、想いは届かなかった。叶わなかった。
誰かに好かれているとしたら、それは能力によるものだ。
フィアンマはもう、そうとしか思えない。それ程までに、現実を諦めている。
「……違ェよ」
否定する。
確かに、最初に声をかけてしまったのは、能力に感化されたからかもしれない。
だが、彼女を好きになったのは、彼女と話して、肯定されて、許されてからだ。
笑いかけてもらって、手を握られて、話して、それで、好きになったのだ。
能力の影響を受けて即座に好きになった訳ではない。
でも。
たとえどんなに言葉を尽くしても、今の彼女は信じてくれないだろう。
あのヒーローが、きっと、この少女にとっては世界だったのだろうから。
588: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/20(土) 22:21:45.15 ID:JbjuncH80
一方。
右手の義手慣らしに病院の中を歩いていた垣根帝督は、そんな二人のやりとりを耳にした。
ドア越しの声はくぐもっていたが、何となしにその流れはわかった。
そして、彼女の返答と、一方通行が沈黙の内に落ち込んでいることも。
「……」
無言のまま、垣根はゆっくりと歩く。
病室の番号は既に頭の中へ叩き込んである。
それにしても、加害者と被害者を同じ病院に入れるとは、あの医者は何を考えているんだろう。
或いは、万が一の事態が起きても必ず救えるという自信があるのか。
はたまた、あの医者でなければ、自分もフィアンマも治療が間に合わなかったのか。
「……あの女を寝盗って第一位の出方を見るか」
殺すことは諦めた。
だが、復讐はしてやりたい。
少なくとも、喪った右腕に釣り合う位には。
それには、あの女を取ってしまうのが手っ取り早いだろう。
それで今度こそ殺されたとしても、第一位に吠え面をかかせられれば成功だ。
それ以上に。
「………」
女警備員と同じように立ち塞がったはずなのに。
ムカつくどころか好意さえ抱かせたあの女が、非常に気になる。
「……ま、第一位に嫌がらせするためだ」
そう、自分に"言い聞かせた"。
590: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/20(土) 22:22:09.00 ID:JbjuncH80
「信じないとしても構わねェ」
元々、自分のような犯罪者が彼女と結ばれて良い理由などない。
想いを伝えてもどうしようとは考えていなかった。
どちらにせよ友人でいてくれればそれで良い。それが良いに決まっている。
これ以上の関係を望むなど間違っているし、きっとうまくいかない。
でも、これだけは伝えておこうと思った。
これだけは伝えておかないと、後悔すると思ったから。
「だが、俺にとっては。…オマエは、一番の人間だ」
「………、…こう、」
「何を差し置いてもオマエを助けに行かなきゃならねェと焦る位には。
俺が死ぬよりオマエが死ぬことに恐怖を感じる位には、一番だ」
「…………」
「……ンじゃ、ガキは連れて帰る」
告げて、一方通行は打ち止めを抱きかかえる。
お姫様だっこをされた打ち止めは、依然としてすやすやと眠っていた。
一方通行はフィアンマに背を向け、外へ出る。
打ち止めを、一度家へ送り届ける為に。
592: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/20(土) 22:22:36.91 ID:JbjuncH80
夕方を過ぎた。
外は暗くなり始めている。
消灯時間ではないものの、個室に関しては自由だ。
昼間から消灯しても問題はない。夜に点けるのは少々問題だが、ドアを閉めれば問題なし。
「……、」
フィアンマは、膝をかかえる。
手の甲に突き刺さった点滴用の固定針を見つめ。
それから手を伸ばし、ベッドサイドを探った。
携帯電話を手にし、カチカチと操作する。
上条の名義で登録しているものだ。
解約しに行かなければならないだろう。
「………」
アドレス帳を開く。
一番に登録されているのは、上条当麻のもの。
『だが、俺にとっては。…オマエは、一番の人間だ』
嘘かもしれない。自分の能力に言わされたものかもしれない。
そうと思っても、それでも、嬉しかった。
きっと自分は、あの一言で、生きていける。
上条の連絡先を消そうとした瞬間。
狙いすましたかのように、電話着信。
画面が切り替わり、発信者の番号と名前を示す画面へと変化する。
かけてきた相手は。
上条、当麻。
600: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/21(日) 19:36:59.84 ID:KeRb6z/a0
電話に出ず、問答無用で通話終了ボタンを押すという選択肢もあった。
だが、それをしたら一生後悔する羽目になるような気が、した。
単調で古風な着信メロディーが鳴り響く。
ジリリリリン、という音は、興味を向かせる為だろう、不愉快な音階だった。
「………、」
恐る恐る、通話ボタンを押す。
左手で膝を抱えたまま、右手で持った携帯を耳に当てた。
『…もしもし。フィアンマ、だよな』
「……」
『……その。ろくに、話出来なかったから、さ』
ぎこちない様子だった。
一人で部屋に居るらしく、しん、としている。
上条の声は決して大きな声ではなかったけれど、よく通っていた。
フィアンマは膝を抱えたまま、俯く。
そして、無理やりな笑みを浮かべて、言葉を口に出した。
602: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/21(日) 19:37:26.16 ID:KeRb6z/a0
「当麻は、あの少女が好きなのか」
『……』
少しの沈黙の後。
諦めたように、困ったように、観念したように、上条は答える。
『ああ。…俺は、美琴が好きなんだ』
「……そうか」
不思議と、もう何も思うことはなかった。
勿論哀しいけれど、涙は出てこない。
散々泣いて、暴力を振るったからかもしれない。
「なら、話すこともないだろう」
『…フィアンマ』
「掃除はさせてもらったが、俺様の関わっていない部分は手をつけていない、安心しろ」
『……俺、お前の事、』
「今更言ってくれるなよ」
くすりと笑い、フィアンマは目を閉じる。
思い出すのは楽しい日々、幸福だった過去。
それら全ては、もう過ぎ去ったことだ。終わったこと。
「情が移っているのだろうが、それは恋人に失礼だ」
『………、…ごめん』
「何を謝っているんだ」
『俺、お前のこと、』
「俺様とお前は恋人でも何でもない、ただの幼馴染兼同居人だった。
たったそれだけの話だろう。俺様にとって、お前は俺様を救い出したヒーローに過ぎん。
それだけだよ。複雑な話も、特別な関係でもなかったんだろう。あっさり捨てられる位には」
『あっさりなんて、』
「……お前は、俺様を見捨てて、その少女を選んだんだ。
この事実は、この先何十年経過しても消えない。……だから」
別に、プライドなどさほどないけれど。
みっともなく縋ったところで、誰も幸せになれないのなら。
「俺様を踏み台にした分――――当麻は、御坂美琴と幸福になってくれ」
―――この先、二人が出会う事は一生無い。
604: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/21(日) 19:38:03.55 ID:KeRb6z/a0
電話を切った。
操作し、上条の番号を着信拒否に設定する。
その上で、アドレス帳からデータを削除した。
バックアップも、上条の分だけ削除する。
病院の場所は教えていないし、これから住む場所が決まっても知らせることはない。
だから、彼と自分が会うことは、この先無いだろう。
学校も変えたが、行くつもりもない。
「………幸福になってくれ、か」
思ってもいないことを、とフィアンマは自嘲して。
携帯電話を枕元に放置すると、窓の外を見た。
どうやら夜空は曇っているらしい。
星は見えなかった。つまらなそうに、視線を戻す。
白い毛布を見つめ、卑劣だとは知りつつも願った。
「あの少女が、幸福を味わい切る前に死んでいまいますように」
酷い祈り文句だった。
幸福の絶頂の直前で死んでしまえ、と念じた。
これでも最大限に優しい譲歩をした方だ。
ドア越しに。
フィアンマのそんな言葉を聞いた一方通行は、入ろうかどうか、迷った。
本来は、入って、慰めて、抱きしめるのが順当なのかもしれない。
だが、そんなことをしても彼女が自分を見る訳ではない。
余計なことをしてはいけないな、と彼は思った。
静かに引き返す白い少年を、誰も、止めない。
606: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/21(日) 19:38:29.36 ID:KeRb6z/a0
翌朝。
絶対安静のフィアンマは、それでも必要に駆られて廊下へ出た。
具体的に言うと、洗濯をしなければならなかったのである。
「……っつ、」
かがむと、腹部が痛む。
呼吸の調子が正常に戻っているのはありがたいものの、内臓ダメージがあるようだ。
だが、御坂妹や打ち止めに頼むつもりはない。頼んだらやってくれそうな分、尚更。
かといって一方通行に預け任せる程恥じらいが無い訳でもない。
「……ぐ」
気分が悪い。
胃液がこみ上げそうになり、思わずしゃがみこんだ。
と。
目の前に、男のものと思われる手。
そろそろと掴みつつ、見上げてみる。
垣根帝督であった。
普通の少女であれば、きゃあ、とでも叫んで逃げ出していただろう。
しかし、フィアンマはそういったことはしなかった。する気力もなかった。
「……お前も洗濯か?」
「まあ、そうだな。……その、悪かった」
「それは退けという意味か?」
「いや、怪我させた方って意味だ」
「ほう」
本気の謝罪とは程遠い、と鼻で笑ってやろうかと思ったフィアンマだったが、やめる。
神の子は言った。敵を愛せよ、自らのように愛せ、と。
608: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/21(日) 19:38:58.97 ID:KeRb6z/a0
垣根とフィアンマは、病院内のカフェテラスへとやって来た。
元々は入院患者と見舞い客が話す為の場所だが、患者同士でも問題はない。
紙コップ式の自動販売機で購入したココアを啜り、フィアンマはぼーっとしていた。
ちなみにここへ来ようと誘ったのは垣根である。
理由としては、洗濯が終わるまで時間がかかるから、と。
「…聞かねえんだな」
「ん? 何をだ」
「俺が最終信号に手をかけようとした理由」
「聞いたところでやったことは変わらんしな」
「……後、普通は俺を忌避するモンだと思うが」
「今のお前に殺意や敵意を感じないからな。
そもそもこれは俺様が途中介入したが故の怪我だ」
打ち止めに会うことを止めるのならともかく、逆恨みはしない。
そう言い切る彼女は非常にさっぱりとしていて、垣根の興味を惹いた。
「まあ、何だ。だが、贖いと言っちゃ何だが、何か困り事はねえのか?」
「特にないな。あったとしても、人生における試練とは基本的に自分で乗り越えるべきものだよ」
取り付くシマのない解答である。
彼女はココアを飲み、点滴を揺らす。
だんだんと残りが少なくなってきた。
「ああ、連絡先の交換くらいはしておこうか」
「メアドか」
このまま拒絶されるかと思っていた垣根はきょとんとしながらも携帯電話を取り出す。
カチカチと操作をして、彼女の携帯電話と連絡先を交換した。
610: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/21(日) 19:39:36.65 ID:KeRb6z/a0
両者共内臓を痛めているので食事は出来ない。
そんな訳で、垣根とフィアンマは一旦別れた。
病室に戻ると、そこには一方通行が居た。
彼女を捜して行き違いになることを考え、パイプ椅子に腰掛けていたのだった。
「…よォ」
「すまないな、洗濯をしに行っていたんだ」
証拠に、彼女の手にはカゴ。
一人分の洗濯物が入っているだけなので、さほど重くはない。
客人の前で洗濯物を畳む作業というのは無礼だし、皺になって困るものはない。
フィアンマは一小さめのカゴをクローゼットに入れ、ベッドへ入り込み、座った。
体調不良というのはそれだけで体力を削っていくもので。
短時間の、必要最低限な生活努力のみで体力がかなり削り取られた。
疲れた、と口には出さず、フィアンマは欠伸を噛み殺す。
別に疲れたといっても身体的なもので、眠気はない。
絶対安静とは暇なもので、一方通行が来てくれることはとても嬉しい。
退屈は猫をも殺す。フィアンマの精神とて、例外ではない。
「それは構わねェが。…っつゥか絶対安静の身の上で何してやがる」
「わかってはいても任せる相手が居なかったんだ」
「…一○○三二号辺りなら喜ンでやっただろ、オマエの世話なら」
「実質あれは幼児のようなものだろう。幼いものに労働を押し付けて喜ぶ趣味は無い」
自立というかそれでは孤立だ、と一方通行は思う。
自分ではないのだから、もっと色んな人に頼れば良いのに。
はたまた、力になってくれることがわかっているからこそ、頼りたくないのだろうか。
「ン、見舞品」
思い出したように、一方通行は傍らにあった紙袋を差し出した。
「わざわざすまないな」
受け取り、フィアンマは中を見てみる。
彼女の体調を考えてだろう、飲食物ではなかった。
「……熊?」
入っていたのは、小さなテディベアだった。
アルビノの。
621: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/22(月) 21:05:58.20 ID:nYUIMVyt0
ちょこん、と。
手の平サイズの白いテディベア。
取り出して右手のひらの上へ乗せ、フィアンマは首を傾げた。
対して、一方通行は肩を竦めつつ言う。
「オマエ、前にそォいうのが欲しいって言ってただろォが」
「前に?」
言っただろうか、とフィアンマは指先を顎にあてて考える。
うーんうーん、としばらく考えていると、メールの文章を思い出した。
まだ上条と住んでいた頃の、一方通行との下らない雑談の中での、メール。
『何か好きなものとかねぇのか?』
『くまのぬいぐるみ。大きいものでなくて良い』
問われ、そう返した気がする。
よくよく見てみると、アルビノちび熊の腹部には時計が縫い付けられていた。
現在時刻を指し示す双つの針が、ちく、たく、とゆっくり進んでいる。
首元には赤いリボンが巻かれていた。とても可愛らしい、一般的なテディベアだ。
そんな可爱いものをくれたこと以上に、自分が『欲しい』と言ったことを覚えてくれていたことが、彼女は嬉しかった。
素直に笑顔を浮かべて、熊の頭を指先で撫でながら一方通行を見る。
「…ありがとう。高くなかったか?」
「超能力者の財布と無能力者の財布比較してンじゃねェよ」
ふい、と彼は視線を適当な方向へ逸らす。
フィアンマはやんわりと笑んで、ぬいぐるみを枕元に置いた。
623: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/22(月) 21:06:35.18 ID:nYUIMVyt0
十月十八日。
だいぶ内臓ダメージは減ってきた。もう痛みはない。
点滴は無事外れたので、煩わしさもない。
一方通行は今日は打ち止めの買い物で忙しいらしい。
午前中は打ち止めからもらったメモ帳の血液除去に時間を割いていたが、それも終わった。
退屈だなあ、と思っていると、コンコンコン、と三回のノック音。
三回音を鳴らすのは、垣根帝督の癖だった。
『あー、入って良いか?』
「構わんが」
入ってきた垣根は、患者服ではなく、洋服を身にまとっていた。
あの日のようなチンピラ染みた派手なジャケットではない。
同じ高級ジャケットだが、落ち着いた茶色だ。
インナーは黒いワイシャツを合わせている。
服装で人の評価というのは二転三転するものだ。
だからといって惚れはしないものの、フィアンマは垣根を見つめた。
それから、総合的に情報を統括して判断した。
「退院か」
「ああ、本日付けで。それで、なんだが」
「ん?」
言いにくそうに、垣根は誘った。
そのぎこちない緊張の演技を見抜いた上で、フィアンマは乗った。
625: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/22(月) 21:07:03.97 ID:nYUIMVyt0
(さて、どう切り崩すか)
一方通行についての悪評を吹き込んでみようか。
自分を善人ということにすれば、この女は多少反応するかもしれない。
上等な第二位の頭を下等な嫌がらせへ費やし、垣根は彼女と共に歩く。
意外にも、数時間の短い外出ならば即日でも許可が出るようだ。
最も、止めて逃亡されても面倒だから、ということかもしれない。
「そういや、あー…名前。名前は?」
「フィアンマ=ミラコローザ」
直訳にして、『奇跡の聖なる炎』。
偽名か本名か通称か、垣根には判別がつかない。
実際問題、これが偽名なのか本名なのか通称なのか、フィアンマでさえもうわかっていないのだ。
学園都市の書類上はそういう名前なので、ここでは本名と捉えて差し支えないのだろうが。
二人はファミレスへ入り。
垣根は適当なハンバーグプレートを。
フィアンマはミルクグラタンを注文した。
料理が来るまで暇なため、水を飲む。
ファミレスはがやがやとしていて、内緒話には最適だ。
長年暗部に居た垣根は、どんな場所なら秘密話出来るかをよく知っていた。
「一方通行について、何を知ってる?」
「大体は」
フィアンマは水を飲み、肩をすくめた。
垣根は、緩やかに話し始めた。
一方通行の悪行を。自分がやろうとしたことを善行として交えながら。
627: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/22(月) 21:07:41.64 ID:nYUIMVyt0
絶対能力者進化実験。
その内容と裏事情、全貌。
一方通行がいかにして人を殺したか。
自分は彼よりも第一位に相応しい。
垣根は軍人が武器を自慢するかのように、そうつらつらと話した。
対してフィアンマは運ばれてきた料理を口にしつつ、静かに聞く。
時々相槌を打ってやりながら、彼の表情をじっと観察していた。
「……って訳だ。…あれ? 幻滅しねえの?」
「知っていたことだしな。まあ、殺し方が凄惨だったという話は今さっき聞いたばかりだが」
よく火の通った甘い人参を、かじる。
ふぅ、と息を吹きかけ、ほどよく冷ました。
「だからといってどうとも思わん」
「自分の友達が人殺しだってのに?」
「だからどうした」
何を思うでもなく、彼女は言葉を口にする。
「今、ヤツは死ぬ気で贖おうとしている。
それで充分だろう。第三者に糾弾する権利はない」
「………」
「お前のやろうとしたことは、十字教的に言えば善行だろうな。
悪竜を打倒し、英雄となり、この街をよりよくしようと考えているのだから」
「……、」
かちゃ、というフォークの硬質な音。
「…だが、その為に弱者を踏みにじる必要はない」
本当の、幼い、自分では何も出来ない子供は、関係ない。
打ち止めや妹達を巻き込むことは間違っている、と彼女は言った。
垣根の行動も、一方通行のことも否定はせず、肯定はしたままに。
それでもお前は巻き込む相手を考えるべきだった、と叱った。
629: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/22(月) 21:08:09.12 ID:nYUIMVyt0
そうして。
フィアンマは手を伸ばし、彼の頭に触れた。
そのまま、子供を褒めるかの様に撫でる。
一見して馬鹿にしているかのような行動。
表情が笑顔であることも相まって。
「……馬鹿にしてんのか」
言いつつも、垣根は彼女の手を振り払わなかった。
撫でられるのは、ともすれば屈辱のはずなのに、嫌じゃなかった。
相手が悪意を持ってしているからではないと、わかるからかもしれない。
「していないさ」
否定して。
「……お前はよく頑張った」
だから、誰かが讃えて、労って、認めるべきだ。
少なくとも、俺様はお前の努力を認めるよ。
ほどよく和らいだ柔らかな微笑は、見る者を安堵させる。
垣根帝督は、初めて誰かに認めてもらう心地よさを知った。
闇に君臨する人間が憧れてはならないものだと、わかっている。
わかっていても、欲しいと思った。失いたくない、と。
垣根少年の頭の中にはもう、彼女を ってやるだの何だのという邪念はなかった。
(……第一位の野郎が血眼になってやがったのは、"これ"か)
「……髪型崩れるだろうが」
「顔立ちが良ければ問題ないだろう」
「……口説いてんの?」
「男を口説く趣味は無いな」
女は口説くのかよ、と違う方向に思った垣根であった。
631: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/22(月) 21:08:37.87 ID:nYUIMVyt0
十月二○日。
すっかりと内臓ダメージを克服したフィアンマは、退屈を持て余していた。
病院内を散歩するとはいっても、限界というものがある。
入ってはいけない場所以外には行ってしまったので、暇だった。
「んー……」
かといって外出することは考えていない。
適当な学校へ転校したは良いものの、その学校は空洞化している。
研究施設の隠れ蓑の役割しかない。行くつもりもなかった。
彼女の能力は研究価値がない。故に、無能力者扱いだし、研究所へ身を預けねばならない訳でもない。
という訳で、彼女は自力で次の住処を探さねばならない訳なのだが。
一般住宅を探すのとは訳が違う、なかなか見つかるはずもない。
「相談してみるか…?」
ふと、一方通行の顔が浮かぶ。
彼は学園都市第一位の超能力者だ。
学園都市の全てについて知っていそうな感じさえする。
少なくとも、住めそうな物件は見つけてくれるかもしれない。
しかし、そこまで頼っても良いものか、とも思う。
……自分は、そうして頼って甘えて、捨てられたのだから。
暗い考えを、首を横に振って振り払う。
こんこん、と丁寧にドアを叩かれた。
これは御坂妹――― 一○○三二号だろうか、とフィアンマは音の感じで判断する。
「どうぞ」
633: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/22(月) 21:09:37.05 ID:nYUIMVyt0
促してみた。
入ってきたのは、数人の妹達だった。
打ち止めもいるようである。
各々、その手にはタッパらしきものがあった。
打ち止めを除く三人の妹達は、ミサカ10032号・ミサカ13577号・ミサカ19090号の三名。
学園都市に残った妹達である。
「……見舞いにしては多すぎないか?」
見舞い客の人数に限りはない。
とはいえ、四人いっぺんに来るとは何事だろう、とフィアンマは思う。
13577号、19090号とは初対面だが、ミサカネットワークについて知っているので、改まった挨拶はしない。
妹達の一人とさえ会っていれば、他の個体にも情報は行き渡っているのだから。
「見舞いではありません、と」
「ミサカはこのタッパーを見せ」
「これは第一回愛娘決定戦なのですと」
「ミサカはミサカはあなたにご飯を食べて欲しかったり」
「………食事?」
時刻は正午を三分程過ぎたばかり。
食事にはちょうど良い時間帯とはいえ。
「……まさか、その中身を全てか?」
「うん、ってミサカはミサカは頷いてみる」
何でも、料理を一番褒めてもらえた個体が彼女の愛娘ということらしい。
確かに打ち止めは娘のようなものだという結論にはなったが、まさかこんなことになるとは。
タッパーの中身はどうやら様々な料理の詰められたお弁当のようである。
胃袋保つかな。
ふと不安に思うフィアンマであった。
635: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/22(月) 21:10:16.73 ID:nYUIMVyt0
全員を平等に褒めるには、全員の弁当を平等に食べきる必要があった。
胃袋の容積が無い割にはよく頑張った方だと思う、とフィアンマは自画自賛する。
まったく平等に褒められた妹達は納得がいかないといった様子で先程出て行った。
もうこんな謎の大会は一度きりにして欲しい、と彼女はうなだれた。
現在はベッドに座ったまま、膨らんだ腹部を摩っていた。
横になると嘔吐してしまいそうだったし、立つと倒れてしまいそうだった。
「……」
やっぱり無理をする食事は楽しくない。
思うも、これは誰も傷つけない為の必要な犠牲だったのだ。仕方がない。
「んー……」
消化が間に合わない。
腹が膨らんでいるのは、一時的なものである。
コンコンコン。
音が鳴った。
腹を摩りつつ、やや苦しいと感じながらも促すべく声を出す。
「ん、邪魔する…ぜ…」
入ってきた垣根は、フィアンマを見た。
調子よく挨拶をしていた口が、言葉を飲み込む。
(何……だと…?)
彼女はベッドに腰掛け、膨らんだ下腹部を摩っていた。
(苦しいから)慎重に、(垣根の偏見で)愛おしそうに。
垣根帝督の体中を、びっしょりと冷や汗が覆った。
(う、嘘だろ…? いつ、いつだ?)
一方通行とフィアンマが出会ったのは、確か六月頃。
仮に六月二○日と仮定して、今日で四ヶ月ジャスト。
まだ腹が目立つような時期ではないはずだ。妊娠ならば。
確か、この少女はかの幻想破壊(イマジンブレイカー)とも関係を持っていたと聞く。
そちらと 関係があったと思考する方がまだしも自然というもの。
しかしながら、幻想破壊は第三位とくっついたという情報も得ている。
(考えろ……)
最適な判断をしよう、と垣根の脳細胞が隅々まで稼働する。
一方通行はこのことを知らないはずだ。知っていれば多少は意気消沈するはず。
637: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/22(月) 21:10:59.12 ID:nYUIMVyt0
垣根は彼女に近づく。
そして、パイプ椅子を取り出すでもなく、彼女の傍らへ片膝をついた。
まるで異国の王子様が姫へ求婚するかのように、真面目な表情を浮かべた。
満腹故にやや苦しげな表情を浮かべている彼女の手を取り。
そっと両手で彼女の右手を握ると、金色の瞳を見上げた。
「俺は手を汚しまくったクソ野郎だが、金はある」
「……ん?」
「まあ、何だ。その……一方通行と違って贖罪云々のしがらみもねえ」
「……そうか」
何の話をしているかわからないフィアンマは、不可解そうに首を傾げる。
対して垣根は、笑みすら浮かべて言った。
「俺が、その子の父親に―――」
ガラガラガラ。
問答無用で病室のドアが開いた。
垣根は気づかなかったが、フィアンマの腹部は元の真っ平らへほぼ戻っていた。
が、彼女自身はまだまだ続く呼吸の苦しさに息を詰めていた。
なので、入ってきた超能力者――― 一方通行には、こう映る。
あのチンピラ野郎が彼女の手を握り締め、痛みを与えている。
彼女は振り払えずに、ベッドの上で苦しんでいる。
事実はどうあれ、そう捉えた一方通行がやることは簡単だった。
歪んだ笑みを浮かべ、彼は言う。
「よォ、チンピラ。右の毒手か、左の苦手か。好きな方を選べ、クソ野郎」
639: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/22(月) 21:15:16.30 ID:nYUIMVyt0
―――かつてリーダーとして据えていた少女の近況を調べ。
緑髪の男は、不味いワインを口にした。
黄色い修道服の女は、彼の方をちらりと見る。
その目には苛立ちのようなものが垣間見えた。
「…で? どうするワケ?」
暗闇の中。
女の声が鋭く問うた。
男はのんびりとした口調で、答える。
「私が出向きましょう。隠密性には優れているつもりですしねー」
「…そ」
「安心してくださって結構ですよ」
ワインを飲み終え。
ボトルを置くと、男は石段から立ち上がる。
その表情は優しかったが、瞳の奥底はいたく冷えていた。
「―――彼女は、我々にとっての命のパンであり、ローマ正教の財産です。
あの少年が彼女を愛するあまり連れ去ったのであればともかく、これは見逃せません」
彼の手には、書類が握られていた。
ローマ教皇直々のサインが刻まれた書類だった。
暗殺命令。
対象者は、上条当麻。
ローマ正教の魔術師を幾人も打倒し、フィアンマを連れ去り―――捨てた、学園都市の少年。
ギリ。
男は、歯を噛み締める。
だから、家畜にも劣る異教の猿は嫌いなのだ。
641: 次回予告 ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/22(月) 21:16:30.08 ID:nYUIMVyt0
「こっちも仕事だからさぁ、悪く思うなよアクセラちゃん?」
学園都市最悪<さいこう>の研究者―――木原数多
「何、何なのよあいつ…っ」
学園都市第三位の超能力者―――御坂美琴
「貴男が"あの子"と結ばれたのならば、それで良しと出来たのですがねー」
ローマ正教最暗部『神の右席』―――左方のテッラ
「……美琴は、関係ねえだろうが。やるなら俺を殺れよ、魔術師」
暗部から抜け出したヒーロー―――上条当麻
「テメェはクローンのガキ、俺が彼女担当。オーケー?」
学園都市第二位の超能力者―――垣根帝督
「………俺様が奪われれば、それで全て済む話じゃないのか…?」
聖女には決してなれないヒロイン―――フィアンマ
「あの女の願いも、このガキの命も、踏みにじられてイイ理由になンざ、ならねェだろォが!!」
学園都市第一位の超能力者――― 一方通行
660: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/25(木) 20:41:37.11 ID:qSuqg5Cm0
結局、垣根と一方通行の喧嘩はフィアンマの仲裁で終わった。
元より、彼女には危害を加えられない両者である。
彼女が間に立ってしまうと、相手を睨みつけるのみで終わるのであった。
「……少し悩んでいることがある」
退院が迫っていることを受け、フィアンマはそう言葉をこぼした。
垣根は首を傾げ、一方通行は脚を組む。
「困り事ってなンだよ」
「…もしかしてあれか? 住む場所か?」
「よくわかったな」
「まあな」
垣根は暗部組織に居た(現在進行形で『スクール』だが)ため、色々と知っている。
上条当麻―――幻想破壊から、彼女が一緒に住んでいたことから、本当に色々と。
一方通行は少し黙り、考え込んだ。
気軽に誘えれば良かったのだが、生憎今住んでいる家は自分の持ち物とは言い難い。
んー、と垣根はのんびりとした声を漏らし、提案する。
「俺の暮らしてる寮…………の隣の部屋なら空いてるし、安全だけど、どうだ?」
暮らしてる寮においで、と言いかけるも、一方通行の睨みに視線を逸らしつつ提案内容を変更する垣根。
フィアンマは少しだけ考え込み、こくりと頷く。
「すまないが、紹介してもらえるか?」
663: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/25(木) 20:42:51.96 ID:qSuqg5Cm0
十月二十五日。
フィアンマは無事退院し、垣根の隣室に居を移した。
元々移動させる家具や思い出の品の類はない。
上条の家から自分の痕跡を消したあの日、手紙なども捨てたから。
持っているものといえば、最低限の衣服一式と、時計付きぬいぐるみ程度のもの。
「って訳で、あれだ。あれ買いに行こうぜ」
「あれ?」
「携帯電話」
前のは解約したんだろ、と垣根は首を傾げる。
確かに、上条名義のフィアンマの携帯電話を使用するつもりはもう無い。
使用していなければ、その内上条が勝手に解約してくれることだろう。
契約をした本人でなければ解約出来ないというのだから、面倒この上ない。
「問題は金が足りんことだな」
「あん? 退院祝いに買ってやるよ」
「そこまでしてもらう義理がないのだが」
「じゃあ飯作ってくれよ。コーヒー煮込みナントカ。一方通行にも作ったんだろ?」
「それで代価になるのか…?」
携帯電話の代金とはかなり高いものではないのか、とフィアンマは首を傾げる。
対して、お金を出すことで彼氏気分な垣根はふと、今は亡き同僚の言葉を思いだし。
(それなりの地位にいる男の人ってね、気がついたら家庭を壊したりする人が多いの。
だから私はお金と引換に話し相手をしているって訳。相手はお金を渡すことで、自力で人間関係を構築している気になれる)
「……そんなんじゃねえよクソボケ」
「?」
ぼそ、と呟く垣根に、フィアンマは無言で首を傾げた。
665: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/25(木) 20:43:21.28 ID:qSuqg5Cm0
外は曇っていた。
天気予報では、雨は降らないとのことだった。
「…の割には暗いが、まあ大丈夫だろ」
「そうだな」
垣根とフィアンマは、ゆっくりと携帯ショップへと向かう。
かつての加害者と被害者のようには、とても見えない。
それは、一方通行と打ち止めの関係性にも似たものかもしれない。
少なくとも、垣根は今後、暴力を振るうことはないだろう。
守りたいと思ったものために使う力なら、それは暴力とは呼ばれないから。
「涼しいな」
「残暑厳しいからな」
携帯ショップの中は、とても涼しかった。
機械を置いてあることもあり、冷房がしっかりと利いている。
文明の利器が生み出した心地よさは、肌を冷やしていく。
「……ペアキャンペーン、ねえ」
「利点がよく読めんが」
「月々の支払いが安くなるとかじゃねえの……あ。一緒に写メ撮ろうぜ」
「ん? 何故だ?」
「だから、キャンペーンだよ。お前は無能力者なんだし、安いに越したことはねえだろ?」
会話の流れを誘導していく垣根。
やや納得いかなそうな彼女を見つつ、自分の携帯を取り出した。
ペア契約をすれば安くなる他、契約をした携帯電話間での通話が無料になるようだ。
これを利用すれば電話をたくさん出来る口実が出来上がる、と画策する垣根。
「ん、こう…カメラ入るか。笑顔笑顔」
「ん、……」
垣根に抱き寄せられ、フィアンマはカメラを見上げる。
携帯画面には、いかにもカップルのように、二人の姿が映っていた。
これで二人が笑顔を浮かべていれば、仲良しのカップルにしか見えない。
催促され、笑顔を浮かべようかと思うフィアンマだったが。
「どどーん! ってミサカはミサカは突撃してみたりーっ!!」
お子様アタックにより、垣根帝督の陰謀はぶち壊されたのだった。
667: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/25(木) 20:43:52.77 ID:qSuqg5Cm0
「っ、…打ち止めか。危ないだろう、唐突に突撃してきては」
「えへへ、ごめんなさいってミサカはミサカは作戦成功」
「このガキ……んん。…この前は本当に悪かったな、お嬢さん」
「お母さんが許したからミサカも許すよ、ってミサカはミサカは頷いてみたり」
「おかあ…さん…だと?」
「急に走ってンじゃねェよクソガキ」
動揺する垣根。
苦笑いするフィアンマ。
照れ笑いと黒笑いを交互にする打ち止め。
打ち止めは、近づいてきた気だるげな少年に振り返る。
「そんなことより、ってミサカはミサカはあのポスターを指差してみる」
彼女が指差すのは、先程垣根も見ていたペアキャンペーンについての告知ポスター。
それがどうした、と言わんばかりに一方通行は眉を潜める。
「撮ってあげるから並んで並んで、ってミサカはミサカはぐいぐい押してみたり!」
「押すンじゃ、」
「おい打ち止め、」
垣根の妨害が入る前に、と打ち止めは二人をくっつける。
流石に打ち止めを止める程子供にはなれない垣根。
パシャリ。
わざとらしいシャッター音だった。
フィアンマと密着したことで一方通行はやや顔を赤くしていた。
フィアンマは一方通行とくっついたことで所在なさげな表情を浮かべている。
どこからどう見ても、初々しいカップルに見えた。
「これで完璧ね、ってミサカはミサカは携帯電話契約にこれを使ってください、とあなたとお母さんを押し込んでみる」
669: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/25(木) 20:44:32.59 ID:qSuqg5Cm0
当初の予定である垣根ではなく、一方通行の奢りで。
且つ、一方通行とのペア契約で。
やや長かった携帯電話の契約を終えたフィアンマは。
数時間待たされ、退屈に退屈を重ねた打ち止めは、彼女の手を引いて走り出した。
「ふふふふー今からはミサカの時間なのだーってミサカはミサカはダッシューっ!」
「だから待てと、…また後で連絡する!」
打ち止めに付き合わされつつ、フィアンマは垣根と一方通行へそう言った。
残された超能力者二人は、地下街で眉を寄せる。
「……よりによってオマエと残されるとはなァ。反吐が出そォだ」
「そうかい。腹殴って楽に吐かせてやろうか?」
「はっはァ、…殺すぞ」
「テメェこそ死ぬか? あ?」
喧嘩腰な二人だったが、頭の中に自分を止める少女が浮かんだので、やめることにする。
ここで殺しあったところで、彼女は自分を好きになるどころか嫌いになる恐れが高いだけだ。
「……飯食うか」
「……そうだな」
同じ一人の女を好きになるということは、感性が似ているということでもある。
671: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/25(木) 20:45:43.48 ID:qSuqg5Cm0
「手、繋ぐって存外恥ずかしいわよね」
「そうか?」
「そ、そうよ!」
美琴と上条は手を繋ぎ、街を歩いていた。
雨はまだ降らないが、そろそろ降りだしそうである。
フィアンマと電話をし、正式に別れを告げたあの日から。
上条は,美琴とホテルへ行かなくなった。
正確には、彼女を抱かなくなった。
八つ当たりをするべきストレスの元凶がなくなったからかもしれない。
或いは。
『俺様を踏み台にした分――――当麻は、御坂美琴と幸福になってくれ』
笑いながら、泣き出しそうに震えた声を思い出すと。
欲など、とてもではないが保てる訳もなかった。
ぽた。
水滴が、二人の手を濡らした。
ぽたぽたぽた、と水滴が落ち始める。
「げっ」
「ふっ、降り出した!?」
二人は手を離し、学生鞄を頭の上へ。
付け焼刃程度の傘の役割しか持たない。
すぐに雨宿りをする場所を探そうとして。
上条は、動きを止めた。
673: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/25(木) 20:46:10.99 ID:qSuqg5Cm0
そこに立っていたのは、細身の小柄な男だった。
緑は髪、纏う服も緑の修道服。
襟は少々特殊なもので、男の首周りをがちりと覆っている。
十年近く前の記憶が、上条の脳内を埋め尽くす。
『…困りますねー。これ以上逃亡されては』
『少し大目に見たのが間違いでしたか。異教徒のクソ猿に触れられては穢れますよ。
さて、戻りましょうか』
金属を擦ったような、不愉快な男の声。
この男が居たからこそ、幼い頃、自分はフィアンマを連れ出すことが出来なかった。
降りしきる雨の中、水一滴すら修道服に受けていない男は、うっすらと微笑む。
聖職者らしい、慈愛に満ちた笑み。それでいて、瞳には悪意が漲っている。
「お久しぶりですねー、幻想殺し」
優しげな表情で、吐き捨てるように。
「テメェ、は。……、何で、」
「貴男が"あの子"と結ばれたのならば、それで良しと出来たのですがねー」
彼は、右手を広げた。
ゆるりと広げたその手には、白い粉。
それは単なる小麦粉に過ぎなかったが、魔術で補強すれば恐ろしい武器だ。
「そこの少女との肉欲に溺れた結果が、これですか。見下げたものですねー」
675: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/25(木) 20:46:42.58 ID:qSuqg5Cm0
学園都市への侵入者。
それへ対応するために、必要なコード。
それは『ANGEL』というウイルスコードだった。
どういった内容がプログラミングされているのか、彼は知らない。
特に興味も湧かないし、調べようとも思わない。
彼の名は、木原数多。
かの木原一族の出身者であり。
学園都市第一位を開発した、学園都市最高の科学者。
故に、彼にとって一方通行は敵にあらず。
彼に与えられた仕事は、たった一つ。
妹達の最終ロット、最終信号の回収。
最終信号へのウイルスコード注入。
そのためのありとあらゆる敵対因子の殺害。
第一位でさえ例外でないというのだから、驚きだ、と彼は思う。
だが、モルモットなんて、正直に言っていくらでも代わりはいるのだ。
もちろん時間はかかるが、その気になれば一方通行を再び作り出すことは可能だろう。
「さて、と」
ロケットランチャーを担ぎ。
部下に指示を出した研究者は、のんびりと欠伸を漏らす。
「こっちも仕事だからさぁ、悪く思うなよアクセラちゃん?」
かつて手塩にかけた実験動物を思い浮かべ、彼は獰猛に笑った。
677: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/25(木) 20:47:15.76 ID:qSuqg5Cm0
「何、何なのよあいつ…っ」
上条と共に走って逃げながら。
美琴は、ぜぇぜぇと息切れをして、立ち止まる。
彼女の電撃はことごとく『素手で』はじかれた。
特別な対策をしているようには見えない。
駆動鎧(パワードスーツ)じゃあるまいし、と彼女は懸命に思考を働かせる。
だが、そもそも前提からして彼女は魔術というものを知らない。
そして、理解するつもりもないだろう。故に、わからないまま。
「―――優先する」
「っあ、」
ぐらり。
美琴の体が、揺れた。
頭がガクガクと揺さぶられたかのように、まともに立っていられない。
上条は咄嗟に彼女の体を抱きとめる。
神の子の肉、神の恵み―――小麦で出来た白い霧の向こう、男が立っている。
上条は、ギリ、と歯を食いしばる。
「……美琴は、関係ねえだろうが。やるなら俺を殺れよ、魔術師」
「おや。てっきりその少女が全ての元凶だと思っていたのですがねー」
「責任は全部俺にある。…誰のせいにするつもりもねえよ。
誘惑に乗ったのも、フィアンマを裏切ったのも、俺だけの責任だ」
「そうですか。では改めてやらせてもらいましょうか。
少なくとも、あの子が受けた痛み程度は受けていただきませんとねー?」
白い殺意が、降りかかる。
679: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/25(木) 20:47:41.62 ID:qSuqg5Cm0
打ち止めとはぐれてしまった。
先程まで一緒に居たはずなのに。
気がつけば、さらわれたかのように姿を消していた。
人ごみを歩いていた訳ではないのだから、気づかない訳がないのに。
「………」
不穏な予感がする。
フィアンマは携帯電話を取り出し、一方通行へ電話をかけた。
返答は、存外早かった。
『どォした』
「打ち止めが行方不明だ」
『何?』
「ずっと一緒に居たのだが、まるで気配が掴めん」
連れ去られた恐れがある、と彼女は不安を堪えて言った。
わかった、と一方通行は返答して、電話を切った。
一方。
垣根は一方通行の向かい側で同じく電話をしていた。
電話の相手は、かつてよく利用した下部組織の一人。
侵入者がいる、とのことだった。
「テメェはクローンのガキ、俺が彼女担当。オーケー?」
「そォだな。…余計な事してみやがれ、今度は左手飛ばしてやる」
「何もしねえよ。"彼女が嫌がる"ことは」
学園都市の双璧は、そうして別れた。
681: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/25(木) 20:48:10.04 ID:qSuqg5Cm0
気がついたら、手が離れていた。
迷子になるような人ごみなんてなかったはずなのに。
精神操作系の能力者による干渉結果だということすら気づかずに。
ぼんやりとした表情で、打ち止めは男の腕に抱えられていた。
黒い防護服のようなものを身にまとっているのは、暗部組織『猟犬部隊』の一人。
何か支障があれば、リーダーである木原数多によって死ぬより辛い目に遭わされる。
今頃どこぞの研究所で切り売りされていそうな元同僚を見ているから、知っている。
だからこそ、彼は走っていた。
打ち止めを木原に引渡し、自らに降りかかる難から逃れる為に。
「よ、よし、もう少しで、」
そのために、ごくごく個人的に下部組織を雇い入れたのだ。
精神系能力者を使い、こうして少女を確保した。
手柄さえ立てれば、危険に晒されることはない。
暗部組織の中にいながら、彼は保身のことしか考えていなかった。
「遅かったじゃねえか…お」
「ひっ! き、きちんとガキは連れてきまし、」
男は、木原数多へ打ち止めを受け渡そうとして。
突如、腹部を何かが突き抜けた。
それは装備を軽々と貫き、腹部を貫通し、内臓を纏って地面に落ちる。
それは、ただの石ころだった。
路傍の石とはいえ、速度によっては銃弾よりも凶悪な武器となる。
そして、たかが石ころをそこまでの威力に引き上げられる能力者など、限られていた。
「ぶっ殺すぜェ、木原くゥン!!」
怒号。
飛び込んでくる少年に笑って、木原は打ち止めの華奢で小柄な体を部下に投げた。
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、銀のグローブのようなものをはめた右手の調子を確かめる。
そして、ロケットのように飛び込んできた一方通行の顔面を。
・・・・・・・・・
素手で殴り飛ばした。
683: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/25(木) 20:48:34.44 ID:qSuqg5Cm0
上条に突き飛ばされ。
逃げてくれ、と大きな声で言われ。
何度残ろうとしても、大丈夫だからの一点張りで。
美琴は泣きそうになりながら、走っていた。
お前が死んだら、俺はどのみち死ぬんだ。
お前が生きていなきゃ、帰る場所がない。
そう言っていた。
だから、自分は生き延びなければならない。
後ろで、肉が潰れる嫌な音がした。
大雨の中、美琴は一人ぼっちだった。
迫り来る悪意に対抗する術は無かった。
一瞬だけ、誰かに頼ることも考えた。
だが、そもそもここまでの大事にも関わらず警備員が気づかない時点でおかしいのだ。
先程すれ違った人は倒れていた。
一応救急車を呼ぼうと専用コールをしてみたが、繋がらなかった。
「被害者とはいえ、あなたも間接的にあの子を傷つけた人間ではありますしねー」
気がつけば。
声は、すぐ後ろだった。
振り返り、一気に距離を取る。
そこには、修道服を僅かに血で汚した緑の男。
笑みは優しげでいて、それでいて、恐ろしかった。
685: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/25(木) 20:49:02.22 ID:qSuqg5Cm0
(当麻、の)
血、だろう。
男の服を見て、美琴はそう判断する。
電撃は通用しない。砂鉄の剣も。雷も。
超電磁砲を跳ばしてみるか。
しかし、美琴は迷う。
超電磁砲は必殺の一撃。
文字通りの必殺技は、下手をすれば相手が死ぬ恐れがある。
だから基本的には射程から相手を僅かに外すか、物を壊すように使用してきた。
「当麻を、どうしたの」
「殺してはいませんよ。一応、まだ彼女が諦めていない可能性も考慮しましたから」
「そう」
ならば、やはりこの男を殺す訳にはいかない。
だが、上条を傷つけられてこのまま引き下がる訳にはいかない。
手元に武器はないが、手当たり次第に物をぶつければ何かがヒットするかもしれない。
どのような対策をしているのかは不明だが、電撃対策が万能に効くとは思えない。
「―――美徳の一において優先する」
「っ、」
周囲の鉄骨を組み合わせ、武器を作ろうと電撃を飛ばす美琴だったが。
優先する、と男が言う度に、ぐらぐらと意識が揺れ、演算が出来なくなる。
演算の式をかき乱され、その場に膝をつく以外の選択肢がなくなる。
徐々に薄れゆく意識に、壁へ手をつき、歯を食いしばり、こらえる。
意識を下位に、肉体を上位に。
たったこれだけで、人は意識不明状態へと陥る。
美琴が耐えられているのは、彼女自身に生体電気を操る能力があること。
また、テッラの術式が昔よりもマシとはいえ、まだ未完成であることが関係していた。
だが、耐えるのが精一杯で、反撃には転じられない。
仮に出来たとしても、人体を電撃より上位に設定されてしまえば防御されるだけ。
七つの美徳という点に着目して研究をした彼の術式―――『光の処刑』。
七つまで、物事の優先順位を変更出来る術式だ。
人体を壁よりも上位に置けば、壁をすり抜けることが出来る。
上位のものは、下位に対して絶対的な優位性を誇る。
かつては一つしか設定出来ないこと、距離が限られ過ぎていること、再設定が何度も必要なことでデメリットが多かった。
幾度もの『調整』、研究を重ねた結果、飛躍した性能。
とはいえ、デメリットはまだまだある。七つしか出来ないことや、彼自身が理解しているものしか設定出来ないことだ。
687: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/25(木) 20:49:35.26 ID:qSuqg5Cm0
徹底的な暴力に打ちのめされた。
どういうカラクリかは、知らない。
気を喪う直前、木原はベクトルを逆にして攻撃していると言っていた気がする。
自分を開発した張本人であるあの男は、自分の演算パターンを網羅している。
それこそ、自分の思考回路を植えつけられたかの実験体達よりも、余程。
「ク、ソッタレ、が……」
地面に手をついて立ち上がる。
時間はまださほど経過していない。
遠くに見えた光。あれは何だろうと思ったが、悠長に確かめている暇などない。
「は、ァ」
捕獲されたということは、すぐ殺されはしないだろう。
一方通行は、出血している頭を手で押さえながら思考する。
こちらの思考が読める相手の思考なら、読めない道理はないだろう。
打ち止めは妹達の司令塔。つまり、狙いはミサカネットワークだろう。
ミサカネットワークへ外部的に干渉するための近道は、打ち止めの頭にウイルスを打ち込むこと。
研究所を借りているとは思えない。あの男はそういうお堅く一箇所に留まる研究者ではなかった。
なので、車の中に見えたあの黒い機材は、恐らく『学習装置(テスタメント)』だろう。
あれさえあれば、ウイルスコードを直に入力出来る。少々時間はかかるが。
自分なら落ち着いて作業をするために、どこを選ぶだろうか。
この非常事態ならどこでも廃屋のようなものだが。
「……」
視線を上へ。
一方通行の視界には、多くのビルがあった。
彼の能力は、ベクトル操作。及び、この世界に存在するありとあらゆるベクトルの観測。
ベクトルとはすなわち、『空間における、大きさと向きを持った量』のことだ。
生きている人間がいれば、一方通行はその熱量や呼吸による空気状態の変化から測定出来る。
相手は複数人で、そのどれもが成人。作業内容から考慮して、各人共動きが少ないはず。
条件さえ、設定してしまえば。
世界最高のスーパーコンピュータとやり合える程に優秀な彼の頭脳は、一つのビルを特定出来た。
689: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/25(木) 20:50:05.95 ID:qSuqg5Cm0
「これ、っなら、」
ぐらぐらと煮立った思考回路で、演算する。
鉄骨と砂鉄をまとめた塊が、テッラへ向かって襲いかかった。
彼は悠々と優先順位を設定し、美琴は歩み寄ってくる。
男は、こう言っていた。
『御坂美琴が居なくなれば、あの子は報われる』。
男が言う『あの子』が誰なのかは知らない。
だが、上条は理解していたようだった。
もしかすると、自分に暴力を振るったあの赤い髪の少女なのかもしれない。
仮にあの少女の指示なのだとしたら、本当に卑怯だ、と思う。
あの少女が上条の恋人だったのかどうかは知らない。
もし上条がそのようなことを言ったのなら、教えてくれたなら、このような関係にはならなかった。
詳しいことはよくわからないが、こんな卑怯な手段は良くないことだ。
あの少女本人に暴力を振るわれた時は、何となしに納得出来た。
自分だって、上条への好意を自覚した後、彼に自分以外の恋人が出来れば、あの様に振舞ったかもしれない。
でも、赤の他人は関係ないはずだ。
「げほ、っげほ」
「終わりにしましょうか」
あの日のように。
助けてと乞うてみたところで、ヒーローは来ない。
美琴のヒーローは冷たい雨に打たれながら、意識朦朧と地面に倒れ伏しているのだから。
元は小麦粉なのだろうが、白い斧が降りかかってくるように見えた。
雨の中でも刃の形を保っている時点で、ただの小麦粉ではない。
「………」
その時。
美琴は、笑っていたかもしれない。
上条が言ってくれた、『妹達を生み出したことだけは誇って良い』という言葉と。
自らが今でも抱え持っている『一万人の妹達を殺した殺人者』という思考が混ざって。
ああ、このまま死ねば。
上条は悲しむし、生き延びるという約束は果たせないけれど。
少なくとも、あの子達に面と向かって謝ることは出来るかもしれない、と。
「……めんね」
ごめんね。
その謝罪は。
後輩に、上条に、生きている妹達に、死んでしまった妹達に、友人に、告げたものだったかもしれない。
彼女自身、もう何が何だかよくわからなかった。
せめて死の瞬間からは目を背けまいと、彼女は決して目を閉じない。
死んでいった妹達は目を開けていただろうから。死の恐怖から、目を背けてはいけない。
その時、その瞬間。
彼女がもし十字教に与していたのなら、聖女と呼ばれたことだろう。
彼女の覚悟はあった。
テッラの殺意があった。
だが、彼女が傷つけられることは、無かった。
691: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/25(木) 20:51:41.30 ID:qSuqg5Cm0
ビルの中に辿り着く。
目の前どよめく邪魔な雑魚共を、文字通り払った。
窓ガラスを突き抜けて落ちていった人間は、恐らく生きていることだろう。
衝撃緩和用のスーツを着用していたのだ、死ぬ方がおかしい。
敵の生死を先に考える時点で、一方通行は自分自身に苦笑する。
彼女の願いを意地でも叶えようとしている自分が、馬鹿に見えた。
お前に手を汚して欲しくない。
彼女があの日、自分の前に立ち塞がって言ってくれた言葉。
それを守りたかった。これ以上手を汚さず、贖いだけを続けることで人生を終えたかった。
だが、そうもいかないようだ。この目の前のクソ野郎だけは、殺さなくてはならないだろう。
ごめン。
口の中で呟いて、一方通行は拳銃を拾い上げる。
能力が通用しないというのならば、後はこうしたもので殺すだけだ。
銃弾を当てる自身など、無い。だから、一度自分に撃って、操作をして確実に当てる。
打ち止めは熱病に浮かされたような様子で、荒い息を繰り返している。
「ハッ。カッコイー、惚れちゃいそうだぜぇ、一方通行ぁ?
すっかりヒーローヅラしちまって。ゴミ処理場にぶち込んでやりてえ男前っぷりだ。
一万人を殺した殺人者とはとてもとても思えねえなあ。ああ、ありゃクローンだから人形か?
このちっこい人形もその一部だったか」
ゲラゲラと笑う男。
その笑い声に神経を逆撫でされながら。
一方通行は打ち止めを見やり、拳銃を握り締める。
彼が守りたいのは、自分自身などではない。
打ち止めと。
そして、彼女が。
二人で普通に、笑顔で話している、その風景だ。
願わくば、そこには黄泉川愛穂や芳川桔梗も居る。
自分なんてどうでもいい。
こんな手は、いくらでも汚してみせる。
だが、あの風景だけは、壊したくない。壊させたくない。
「確かに、俺はオマエ同様、或いはそれ以上のクソ野郎だ。
こォいう闇の世界では弱者から真っ先に餌食になって藻屑扱いで終わりになる。常識だ」
自殺でもするように、彼は頭に拳銃を突きつける。
一見して頭が狂ったようにしか見えないその行動は、確実な勝利のために。
「だが、それは。そンなくだらねェモンは。くだらねェ人間達の、くだらねェ事情は。
あの女の願いも、このガキの命も、踏みにじられてイイ理由になンざ、ならねェだろォが!!」
怒号。
発砲。
肉がぐちゃりと潰れる、嫌な音がした。
693: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/25(木) 20:52:13.11 ID:qSuqg5Cm0
血液が、飛び散る。
雨と混ざった鉄臭い赤は、コンクリートの上を流れていった。
美琴とテッラの間には、一人の少女が立っていた。
魔術を使った反動で、彼女は既に血を流している。
「……」
「おや。これはこれは」
男が言葉の続きを言う前に、彼女は右手を振った。
正体不明の閃光と共に、テッラの身体が吹っ飛ばされる。
かなりの距離を飛ばしたことを確認後、フィアンマは美琴の方へ振り返る。
額や腕を血だらけにしている彼女に、美琴はびくりとする。
「な、によ。…アイツは、アンタが、指示したん、じゃ…?」
「流石にそこまでは落ちぶれていないつもりだが」
彼女の右手が、美琴の頭に触れる。
そっと、その優しい動きだけで、美琴の体調不良の全てが回復した。
はっきりとした視界、美琴の瞳に、血液を口から零す苦悶の少女が見える。
「ちょ、ちょっと!?」
美琴は慌てて立ち上がり、フィアンマの背中を摩ろうとする。
彼女は左手でそれを制し、地面にチョークで何らかの模様を描いた。
「待ちなさいってば。何してるのか知らないけど、まずはアンタの怪我の治療の方が先、っ」
「大丈夫だ」
言って、描いたのは魔法陣のようなもの。
飛ばす先は、冥土帰しの居る病院だ。
あの場所は安全圏だ、とフィアンマは思う。
少なくとも。
この戦場での優先順位は、自分の方が美琴よりも上だ。
「当麻が、お前を選んだ理由が、わかったきがする」
呟いて。
彼女は小さく苦々しい笑みを浮かべ、美琴の手を引っ張った。
魔法陣の中に立たせ、一呼吸つく。
対して、美琴は混乱しながらも目の前のフィアンマを気遣っていた。
元々、怪我人を見れば悪人相手でない限り心配してしまう性質だ。
だからこそ多くの後輩に慕われる。彼女は、そんな少女だった。
「大丈夫じゃないわよ、どう見ても」
「慣れているんだ、この程度なら。
問題ないさ。あの男に負ける程弱くはないはずだしな」
だから、当麻を頼んだ。
言って、彼女は美琴を転移させる。
彼女の姿が消失したところで、魔法陣は雨に流され、かき消された。
695: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/25(木) 20:52:40.47 ID:qSuqg5Cm0
「あの少女が憎いのだとばかり思っていたのですがねー」
「否定はしないが、間違っているよ。俺様も心の整理位はつけるさ」
余計なことをしてくれた、と言わんばかりの少女の視線に。
聖職者は笑って、優しく優しく微笑みかけた。
その笑顔に一切の悪意も、敵意も見えない。
だが、確実に凶器は握っているし、射程範囲を探っている。
「そうですか。では、戻りましょう」
「……何?」
「お伽噺のような時間は終わったでしょう?」
あなたは姫じゃない、と男は言った。
「そろそろ、貴方は帰るべきですねー。
このような穢れた養豚場では、あなたが傷つけられていくばかりです」
「……、…」
「あの少年に未練がないというのなら、それこそ残る必要などありません」
それは、冷たくも事実だった。
上条に連れられ、上条と共に居ることを夢見て、ローマ正教から逃げ出した。
上条に見捨てられ、別れ、一人になった今、彼女が学園都市に残らねばならない理由は存在しない。
「我々の叡智さえあれば、あなたを元の体に戻す事も出来ます。
勿論、あなたが今後、もう二度とこのような想いをしないよう―――感情も消しましょう」
ゾッとする一言は、恐らく確定事項なのだ。
魔術的な手段を用いて、自分の感情を消去するつもりなのだろう。
才能を鑑みて、程よいマイナス感情程度なら残してくれるかもしれない。
だが、それはもはや人間とは呼べない。
情緒も無く、笑顔を浮かべられないものなど、人形にすら劣る。
左方のテッラは、ローマ正教を愛し、心から篤く信じている。
勿論、フィアンマのことを大切に思っている。
だからこそ、決めてしまったのだろう。
それは人間の尊厳を踏みにじる行為だが、そもそも『神の右席』に人間の尊厳など必要ない。
人間の限界を超越し、原罪を極限以上にまで薄め、神上へ至ることが目的なのだから。
「………」
彼女は、無言で考える。
思い返す。上条とさよならをしてからの、この短い期間を。
697: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/25(木) 20:53:09.53 ID:qSuqg5Cm0
『信じないとしても構わねェ』
『だが、俺にとっては。…オマエは、一番の人間だ』
『オマエ、前にそォいうのが欲しいって言ってただろォが』
『見舞いではありません、と』
『ミサカはこのタッパーを見せ』
『これは第一回愛娘決定戦なのですと』
『ミサカはミサカはあなたにご飯を食べて欲しかったり』
『俺の暮らしてる寮…………の隣の部屋なら空いてるし、安全だけど、どうだ?』
『あん? 退院祝いに買ってやるよ』
『じゃあ飯作ってくれよ。コーヒー煮込みナントカ。一方通行にも作ったんだろ?』
自分を一番だと言ってくれた少年がいた。
自分に笑いかけてくれた少年が居た。
自分を慕い、懐いてくれた少女達が居た。
感情を消すついでに、恐らく記憶も消されるだろう。
ローマ正教がよりよく利用しようと思うなら、自分はそういう処置を受けるはずだ。
たとえ記憶は残ったとしても、感情を消されれば、こうした思い出の価値もなくなる。
「……仮に、俺様が拒否をしたら?」
「学園都市を制圧します」
にこやかな声。
数の暴力には、もしかすると、学園都市も屈するかもしれない。
そうでなくとも、ローマ正教の誇る『聖霊十式』の中には、『使徒十字(クローチェディピエトロ)』などがある。
物理的に制圧はしなくとも、傘下に加える方法はあるのだ。
「………」
あの少年達が。
あの少女達が。
自分のワガママのせいで、傷つけられる。
それは良くないことだ、とフィアンマは思った。
「そうか」
体中、ボロボロだ。
魔術を使った弊害で出血は止まらない。
こんな弱さでは、彼らを救うことは、守ることは、到底出来ないだろう。
だから。
彼女は、頷こうとした。
盲目の頃、怠惰に、他者の敷いたレールの上、不幸へ向かって歩み続けてきたように。
699: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/25(木) 20:53:38.91 ID:qSuqg5Cm0
轟!! と。
風が吹き荒れた。
テッラは思わず顔を手で覆う。
風よりも自身を上位に設定しても、防ぎきれない。
突風に耐え切れず、細い男の体が宙を舞った。
「…………、…」
「よお。遅くなって悪かったな」
フィアンマの前には、少年が立っていた。
右手に義手を嵌めている、明るい髪色の少年。
彼は、垣根帝督。
『未元物質』を操る、学園都市第二位の超能力者。
「なん、…どうし、」
「どうしても何もねえだろ。ガラじゃねえ自覚はあるが、守りに来たって訳だ」
「………何の、ため、に」
「俺の為かな」
垣根は素っ気なく言った。
「……、…ヤツは、俺様の奪回を目的としている」
「へえ」
「だ、から」
無意識下で、安心してしまったからだろう。
体に、うまく力が入らない。
今にもへたりこんでしまいそうだった。
「………俺様が奪われれば、それで全て済む話じゃないのか…?」
感情も。
自由も。
喜びも。
希望も。
友人も。
或いは、視力ですら。
「んー。多分、それが一番簡単で手っ取り早い解決方法なんだろうけどよ」
自他共に認める悪人は、肩を竦めた。
ヒーローになるつもりも、王子様になるつもりも、騎士様になるつもりもない。
彼女一人に認められていれば、後は人様に評価されるような善行などクソ喰らえ、だ。
彼はただ私利私欲のために、フィアンマを守ると決めている。
そのために、邪魔なものは力でひねり潰す。悪とはそういうものだ。
「それを認めたくねえから――――俺も、あの野郎も、こうして立ってんじゃねえのかな」
709: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/27(土) 00:02:01.55 ID:mI67vck40
気がつけば、病院の入口に立っていた。
体調不良はすっかり消えていた。
頭の中には、あの血まみれの少女の姿が残っていた。
だが。
『だから、当麻を頼んだ』
頼まれているのだ。
美琴は一度だけ深呼吸をすると、上条を迎えに行く。
雨に打たれ、ぼんやりとした表情の彼は、血だらけの傷まみれだった。
意識が朦朧としている彼の体は重かったが、どうにか病院まで連れて来られた。
テッラと交戦をしつつ逃げていた美琴は、病院寄りの上条の倒れていた位置からすっかり離れていたのだ。
あの少女の空間転移は助かった、と美琴はひっそりと思う。
そして、それと同時に。
あの少女は本当に大丈夫なのか、と不安になる。
だが、向かおうとまでは思えなかった。上条が心配だった。
こんな時、同時に二つのことが出来ればいいのに。
美琴は、そんな神様のような技能を欲しいと、願った。
711: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/27(土) 00:02:31.76 ID:mI67vck40
木原数多は、死んでいない。
一方通行が手を汚すことを止めたのは、一方通行自身だった。
一方通行が木原へ当てた弾丸は、正確に男の両手足を撃ち抜いている。
弾丸は小さめだったため、放っておいても死ぬことはないだろう。
暗部組織の一人なのだから、回収や何かがあるはずだ。
「………チッ」
最後の最後、殺せなかった自分に反吐が出る。
一方通行が殺しを出来なかったのは、彼女の姿が浮かんだからだ。
きっと、何百人殺したって。
その全てに理由と言えそうな理由があれば、彼女は笑いかけてくれるだろう。
だけれど、既に一万三十一の血に汚れた手を。
これ以上穢しては、彼女に触れられない、と思った。
心臓や脳に来ると予想して銃弾を防いでいた木原数多は、激痛による絶叫で自ら喉を潰していた。
一方通行の思考パターン全てを予測出来ると豪語していた彼は、一方通行の善性と意思の強さを見誤ったのだった。
虫のように地べたをみっともなく蠢く研究者を冷徹冷酷に見下ろして。
一方通行は打ち止めに取り付けられた学習装置を操作し、ウイルスデータを消去した。
莫大な、窓の外から射していた光が、潰える。
「…ま、どっかには拾われンだろ。どォ転がっても"木原"だしな」
言って。
一方通行は、そっと打ち止めを抱え上げた。
汗でべっとりと張り付いた彼女の明るい前髪を、手で退けてやる。
一度も振り返ることなく、彼はドアを後ろ足で蹴り閉めた。
713: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/27(土) 00:03:09.20 ID:mI67vck40
「この、風、は…? ッ。――――優先する!」
「まあ、そんな訳だ。俺を止められんのは俺しかいねえ」
小麦粉が雨で塊となり、斧の形となって振り下ろされる。
対して、垣根は指先一つ動かすことなく。
あくびでも漏らさんばかりの怠惰な態度でいた。
斧を抱きとめるかのように、両腕さえ広げて。
とある超能力者を除き、誰しもが理解出来ない攻撃。
空中で小麦粉の塊は圧縮され、ゴロリと地面へ転がる。
それどころか、垣根の意のままに動くようになった。
未元物質によって変質させられた物質は、もはや小麦粉とは呼べない。
ついでに言うならば、未元物質の影響を受けて完全変質した物質は垣根の手の内にある。
「見たところ、『一方通行』よりは対応しやすいな。
どういう原理かは知らねえが、台詞と雨を弾く様子からして―――優先順位の設定ってところか?」
「ぐ、」
テッラは、指揮をするように手を動かす。
だが、垣根の干渉を受け、支配下に置かれた小麦粉は、もう動かなかった。
テッラの手元へ戻ることもなく、ただただ、雨と同じ様に排水口へ流れていく。
垣根はにやにやと笑い、実に実に悪党らしく小首を傾げた。
「それで、手品はそれでおしまいか? だとしたら残念だ。宴会の一発芸じゃあるまいし」
「何、だ。その能力は……?」
「何だと思う? 少なくとも、テメェにゃ理解出来ねえだろうな。
上位のものが下位に絶対的優位。下位のものは上位に干渉出来ない。
――――俺の未元物質に、その常識は通用しねえ」
さて、と。
垣根は背後の彼女に何を見られようが気にしない様子で、言葉を放つ。
一方通行と違い、彼は悪党として生きる道を既に選択している。
言い訳の出来ない殺人に対し、既に真理を得ている。
「それじゃあ、殺すけど……良いよな?
命乞いをするのは勝手だが、俺は悪人なモンでな。
相手が改心しようが何だろうが、殺す時は殺す。
ましてや、………この女が嫌がってることをしようとした野郎だから、確実に」
突如、左方のテッラの狭量ではとても防ぎきれぬ白き槍が、ありとあらゆる場所から飛び出した。
715: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/27(土) 00:03:33.41 ID:mI67vck40
病院へ辿りついた。
打ち止めをカエル顔の医者に任せた一方通行は、待合室の椅子へ腰掛けた。
体中が疲れているが、治療が必要な程の怪我はしていない。
殴られはしたが、骨折もしていないだろう。意識を飛ばす為の暴力とはそんなものだ。
「………」
疲れきった体は、思うように動かない。
打ち止めが気にかかるが、彼女のことも気にかかる。
だが、自分に何発も食らわせたあの第二位なら、という思いもあり。
(…クソッタレ。甘えた考え持ってンじゃねェよ)
この世界に、本当の意味でヒーローなど居ない。
だから、どんなに場違いでも、間違っていても。
守りたいと、救いたいと思った人間が行動しなければならないのだ。
垣根に任せていれば全て解決するという保証はどこにもない。
「…ぐ、」
だが、一度座ってしまった以上、体に力が入らない。
気力だけで無理に動いていたからなのだろう。
元より、痛みへの耐性も体力もない方だ。
こんなことなら体を鍛えておけば良かった、と思う。
「……侵入者に渡したら、容赦しねェぞあの野郎…」
時計を見つめる。
夜が、更けていった。
717: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/27(土) 00:04:07.57 ID:mI67vck40
「……殺しそびれたか」
手応えが足りない。
血が雨で洗い流されていくアスファルト。
白い小麦の霧が晴れた時、そこに男の死体は無かった。
どのような方法を使用したのかは知らないが、逃げる後ろ姿すら見当たらない。
槍は何本か刺さったようだが、出血量から見て致命傷ではないだろう。
垣根は面倒そうに、チッ、と舌打ちをする。
追撃をしても良いが、逃げたと思われるルートが多すぎて特定出来ない。
どしゃり。
水溜りの中に、何かある程度の重みが落ちた音だった。
立っているのが限界だったのか、フィアンマが座り込んでいた。
慌てつつ、垣根はしゃがみこんで彼女と視線を合わせる。
「お、おい、」
「………疲れた」
ぽつりと呟き。
フィアンマは手を伸ばし、垣根のジャケットを軽く掴んだ。
出血故か、意識朦朧としているようである。
垣根は一旦地面へ片膝をつき、彼女の体を抱え上げる。
息が浅い。あまりにも出血量が多すぎる。
加えて、この雨だ。体が冷え切っている。
どこが傷ついてこの出血なのかも不明なため、体をさすることさえ出来ない。
垣根に出来ることは、彼女の体をなるべく刺激しないように病院へと運ぶことだった。
719: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/27(土) 00:04:33.50 ID:mI67vck40
「こ、れは。痛手、でしたねー……」
光の処刑で何とかなると思っていた。
だが、そもそも相手の手札を理解出来なかった。
喩えるならば、ババ抜き中、相手の手札が実はタロットだったと知ったような気分。
そもそも規格からして違うし、短時間で理解出来るようなものではなかった。
「一度、戻り、ましょうか……」
先程、バチカンの方へは連絡を入れた。
みっともない敗走だ、とヴェントに嘲られたことを覚えている。
彼の脇腹や脚は槍による傷がつき、出血していた。
ふらふらとしているが、後もう少し。
別働隊が設置してある術式で繋がれたゲートへ入ってしまえば、すぐそこに聖ピエトロ大聖堂があるのだ。
「……な、に?」
そうして。
左方のテッラは、立ち尽くした。
別働隊の部下達、皆が皆力なく倒れている。
ゲートの役割を果たしていた空間移動用の陣は、的確にかき消されていた。
素人の消し方ではない。
たとえるならば、プログラミングコードの文頭にセミコロンを入力するように。
魔術記号だけが崩されていた。素人が適当に崩せば別の術式が発動してしまうからだ。
「左方のテッラ、で合っているかな。まあ、まず間違いはないだろう」
倒れている部下達の中心に。
一人の青年が立っている。
現在進行形で世界を敵に回している、とある魔術師だった。
「安心してくれて良い。痛みを与えない殺し方は得意なんだ」
左方のテッラは、一歩後ずさる。
この相手には勝てない、と直感が告げていた。
垣根帝督以上に、理解の出来ないものだった。
「貴、様。何故―――」
「理由は簡単だよ。自分で言うのも何だが、私は博愛主義の人間だ。
……だが、彼女だけは特別なんだ。そして、特別なものを傷つけられれば報復する。当然のことだろう」
光の処刑が発動するまでもなく。
一語すらそれ以上を紡がせず。
魔術師が行使した"説明の出来ない力"が、左方のテッラの体を、潰し消した。
721: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/27(土) 00:05:24.89 ID:mI67vck40
術後。
目を覚ました上条は、美琴がいることに気がついた。
目覚めを待ちくたびれたのか、彼女はうとついている。
上条は、そっと自分の毛布を彼女の膝にもかけた。
その柔らかな触感がかえって刺激だったのか、彼女は目を覚ました。
「…目、覚ました、のね。…よかった…」
ぐし、と目元をこすっているのは、眠気覚ましと、浮かんだ涙を消すためだろう。
上条はゆっくりと呼吸をしつつ、美琴を見上げた。
「無事、みたい、だな…」
「ズタボロだったけどね。助けがあったから」
「…助け…?」
「…この間、私達を攻撃してきた赤髪のヤツが治療してくれた。
血まみれだったんだけど、大丈夫だの一点張りで。…死んできゃ、…良いんだけどね」
目を伏せる美琴。
上条は手を精一杯伸ばし、気に病むことはない、と彼女の髪を撫でた。
自分を心配する気持ちとフィアンマへ再度助力しに行くか、きっと迷ったのだろうと予測して。
(……フィアンマ、美琴のこと、助けてくれたのか)
上条は、その事実に目を閉じた。
彼女はもう、美琴に怒りを向けていないのだろう。
彼女が今何を考えているのか、わからない。
一度、面と向かって冷静に話すべきだろうか。
思うも、連絡は既に取れなくなっていた。
723: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/27(土) 00:05:50.35 ID:mI67vck40
もう、病院を終の棲家とした方が良いかもしれない。
ベッドの上、輸血パックを視界に入れつつ。
目を覚ましたフィアンマはぐったり憂鬱にそう思いながら。
起き上がる体力も気力もなく、天井を見つめていた。
コンコンコン
ノック音。
促すと、予想に違わず訪問者は垣根だった。
一方通行を伴っている。
「……ン。怪我は」
「ああ。調子は悪くない。単純に鎮痛剤が効果を発しているのかもしれんが」
「とりあえず大事なくて良かったな」
「そうだな」
「………」
「さて。それじゃ、聞きたい事があるんだけど、良いか?」
「何だ?」
一方通行と垣根は、拳二つ分の距離を空けて見舞い客用の椅子へ腰掛ける。
四つの瞳が自分へ向いていることにほんの僅かな緊張を覚え、フィアンマは首を傾げた。
疲れた様子の一方通行に代わって、といった様子で、垣根は言う。
「あの男の素性とか、お前の元居た立場の話。話せる限り教えてくれ」
「…………」
フィアンマは、暫し沈黙する。
毛布を軽く握り、彼らから顔を逸らした。
窓の外の方を見つめながら。
ぽつりぽつり、消え入りそうな声量で、話し始める。
725: 次回予告 ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/27(土) 00:06:36.21 ID:mI67vck40
「………………幻滅したか?」
『神の右席』を降りることを決めた少女―――フィアンマ
「ああ、幻滅した」
暗部を仕切る冷酷な超能力者―――垣根帝督
「………ローマ正教、ねェ」
学園都市最強を譲らぬ超能力者――― 一方通行
「さて、到着ー……っと」
とある戦闘狂の魔術師―――雷神トール
735: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/27(土) 21:55:52.01 ID:92XHKdL10
左方のテッラからの連絡がない。
彼自身が戻ってくることもなかった。
ヴェントは不信に思いつつ、部下に調べさせることにした。
数時間の後、届けられた報告は、左方のテッラの行方不明。
ただし、部下達全てが昏倒させられていた時点で、何者かの妨害があったようだ。
フィアンマではない、と彼らは報告していた。
金髪碧眼の、一見して人の良さそうな青年だったとのこと。
前方のヴェントは、そういった見目の魔術師に心当たりがある。
ローマ正教どころか、世界ごと敵に回しているフリーの魔術師だ。
魔神になることが出来ず、術式を無闇に振るい、かつてフィアンマと戦ったことがあるはずだ。
「………」
だとすれば。
此度のローマ正教―――ひいては左方のテッラの行動が気に入らなかったのかもしれない。
六年前の戦闘を経てフィアンマを気に入ったのであれば。
あの男が左方のテッラを殺害してもおかしくはないと、思う。
そして、行方不明ということは死体の見つからない殺し方をされたということだろう。
「如何いたしましょうか」
「調べは終了…っつか、中止。行方不明じゃなく死亡だろうしね」
「畏まりました」
男が頭を下げ、闇へ姿を消す。
ヴェントは学園都市に向かいたい気持ちでいっぱいだったが、あの男には勝てないと判断する。
「……フィアンマが無事なら良いケド」
過去に死んだ弟の代理として。
彼女は、フィアンマを大切に思っていた。
左方のテッラの様な歪んだ思いではなく、純粋に、姉として。
今回のテッラの誘いを断ったということは、バチカンにフィアンマは戻る意思がない。
そういうことなのだろう、とヴェントは少しだけ寂しくなって。
我慢し、ゆっくりと息を吸い込んだ。
737: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/27(土) 21:56:27.17 ID:92XHKdL10
ローマ正教。
右方のフィアンマ。
先天性の盲目。
上条当麻。
魔術。
才能。
されそうになったこと。
自分の人生における構成要素。
一切の事情を話したフィアンマは、やがて言葉を締め、黙った。
直接手を汚したことはないが、人に指示をして小さな国を滅ぼしたこともある。
それは政治的な判断で、決して個人的な事情などなかったとしても。
これは、軽蔑されるべき立派な理由になるだろう、とフィアンマは思った。
「………………幻滅したか?」
たとえ、右方のフィアンマをやめることで世界を敵に回す覚悟が持てなかったとしても。
上条が来てくれなければ、自らの力で運命を打破出来ぬ程にひ弱な精神しか持っていなくても。
盲目のままに魔術を教え込まれ、背中を突き飛ばされる形で最暗部の長へ君臨せざるを得なかったとしても。
だからといってそんなものは、どこかの誰かを貶めて良い理由になるはずがない。
彼女が選択をしなければ、両方の国が滅んでしまったのだとしても。
机上で導き出された数よりもずっとずっと多くの人が死んでしまうのだったとしても。
それでも、彼女が宗教組織の頂点、最暗部で遠まわしに人を殺す選択をしたことは変わりない。
能力が発動してしまうことを懸念して。
フィアンマは、何も考えないことにした。
マイナス感情を抱けば、二人は同情してしまう。
「ああ、幻滅した」
垣根の声音は、少し怒っているようにも聞こえた。
それも当然のことだろう、とフィアンマは小さく笑う。
頭に拳銃を突きつけられようが、他人を殺す選択肢を選ばない聖人はこの世に何人もいる。
自分がそうなれなかったことは、糾弾されて然るべきだ。
「………ローマ正教、ねェ」
ぽつり、と一方通行が復唱する。
その声もまた、何かを責めるような意味合いが感じ取れた。
739: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/27(土) 21:56:54.28 ID:92XHKdL10
「なら、俺達に"助けて"って言えよ」
「……、」
「結果的にあの野郎は取り逃がしちまった。
けど、俺や一方通行に電話して、助けてって言うことは出来ただろ。
そうしたら、多少到着すんのは早まっただろうが」
「……、…」
「誰もオマエを責めやしねェよ。責める必要がねェンだから。
生まれつき奴隷として育てられたガキは奴隷になるしかねェ。
オマエのそれも同じだろ。責められねェのは罪がないからだ。
俺やこのチンピラみてェなのとは違う」
幻滅、というのは。
呆れた、という意味ではなく。
そもそも、彼女に対してではなく。
ローマ正教という組織に対して、だ。
世界的に有名な宗教組織なのだ、二人も名前位は知っている。
科学の街に居る以上無縁だが、それでも宗教は人を救うためのものだと思っていた。
だが、実情はこれだ。
どれだけの力があるにせよ、痛みを堪え、血まみれで誰かを庇う為、敵の前へ立てる少女に。
重責を押し付け。
血を浴びせかけ。
罪を背負わせて。
そんなことをする組織に、二人は幻滅し、憤慨していた。
能力が発動していなくたって、二人は彼女を否定しない。罵倒しない。
否定するべき要素がないのだから。そして、肯定してあげたいから。
741: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/27(土) 21:57:30.69 ID:92XHKdL10
ぽふぽふ。
二本の手が、彼女の頭を撫でた。
そのまま、優しく撫でた。
人殺しの笑みは、それでいて優しいものだった。
彼らは罪人だ。
罪人にこそ救いが必要だと、かつて『神の子』は言った。
彼らはフィアンマの肯定によって、救われた。
『神の子』に救われた人間達が、使徒として仕えたように。
彼らは、フィアンマのことを守ってあげたかった。
「オマエは連れていかせねェ。これ以上何も奪わせねェよ」
「幻想破壊については仕方ねえが、それ以外の平穏は守ってやる」
二本の手が引く。
フィアンマはふと、二人の顔が歪んでいることに気がついた。
というよりも、空間全体が歪んでいる。
じわじわと侵食する歪みは、水の中の光景に酷似していた。
「…ふ…………ぇ」
彼女は、決して聖女にはなれない。ヒーローにだってなれない。
保有している力に対して、その心はあまりにも弱すぎて、勇気に欠ける。
だからこそ、もっと頼ればいい、と二人の少年は思う。
彼女が普通の女の子の様に、怖い時、辛い時、助けて欲しいと手を伸ばすのは、悪いことではないのだから。
743: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/27(土) 21:58:14.86 ID:92XHKdL10
「さて、到着ー……っと」
暗闇に、一人の少年の影があった。
ともすれば少女の如き容姿でもある。
長い金髪に、透き通った青の瞳。
手足は細く、纏っている服はストールなど、中性的なものだ。
肌はとても白く、睫毛もやや長い。
彼は、のんびりと伸びをする。
ひとまず、学園都市には忍び込めた。
その達成感に少しだけ酔いしれ、欠伸を噛み殺す。
路地裏に座り込むと、一匹の野良猫が寄ってきた。
「おーおー、人懐っこいなお前」
よしよし、と指先で頭を撫で。
更にじゃれつかれ、完璧になつかれそうになったところで。
彼は何の前触れもなしに、指先から紫電を放った。
空中に向けて放たれた紫電に、野良猫は驚き逃げ去っていく。
彼は、『グレムリン』と呼ばれる魔術結社の一人。
学園都市に恨みを持っていて、リーダーに見初められれば誰でも加入出来る魔術結社の。
名は雷神トール。
勿論、本名ではない。
加えて言えば、学園都市に対して恨みは持っていない。
ただ、面白そうな戦闘を出来そうな情報集めの為に入ったに過ぎない。
そして彼はとある情報を聞くなり、潜入情報収集役を買って出たのだった。
「『敵に対して最適な出力を捻出する術式』―――か。
…少しばかり"味見"しちまっても、オティヌスの野郎、怒らねえよな?」
『グレムリン』は、右方のフィアンマ―――現在は学園都市の一生徒を欲しがっていた。
世界を歪めるために、必要な人材だったから。
雷神トールは、そんな大きな目的などどうでも良かった。
ただ、彼は自らが強くなれそうな、経験値を積めそうな素晴らしい敵と戦いたいだけだ。
745: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/27(土) 21:58:46.15 ID:92XHKdL10
十月二十八日。
二十五日に退院した患者が全て退院した日、その翌日。
上条当麻は、ゆるゆると目を開けた。
のろのろと起き上がり、台所でいそいそと調理をする。
それなりに手の込んだ朝食は、かつてとある少女が幸せそうに食べていたものだ。
上条と同じ食卓で、にこにこと、幸福そうに。彼の心を満たしながら。
「フィアンマ、これの味付―――そっか」
聞こうとして。
彼女はもう居ないのだった、と気がつく。
「……、…」
美琴のことは、好きだ。愛している。
恋人として、これからも大切に関係を続けていきたい。
それでも、どうしても、彼女の痕跡が、自分の中から消えない。
良い思い出になってくれないし、今すぐ会いたい。
これは浮気に入るのか否か、上条には判断つきかねる。
作りすぎてしまった二人分の朝食。
食べてくれる人は、居ない。
このご飯のために早起きするのはとても楽しいと言ってくれた少女は居ない。
「……」
上条の心は、ぽっかりと穴を空けていた。
自業自得だからこそ、今更取り戻せないものだ。
747: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/27(土) 21:59:19.34 ID:92XHKdL10
一方。
同じく朝食を作りすぎてしまったフィアンマはというと。
「……もしもし」
『ん? んー…!! フィアンマか。
何だよ、何かトラブルか?』
「いや、…言いにくいのだが、朝食を作りすぎてしまってな」
『朝飯?』
「一緒に食べてもらえると、ありがたいのだが」
『おお、すぐ行く』
お隣さんである垣根は、すぐにやって来た。
フィアンマは迎え入れ、作りすぎてしまった朝食を二つの皿へ分ける。
席についた垣根の前に配膳し、自分も着席した。
祈り文句を済ませてパンを口に含み、フィアンマは首を傾げる。
「……何だ?」
「……いや、警戒心ねえなあ、と」
「襲うのは勝手だが、痛い目に遭って血を見るのはお前だ」
もぎゅ、とパンを口に含み、フィアンマは事も無げにそう言った。
垣根はちょっぴり眉尻を下げ、スクランブルエッグを食べた。
(お前の貞操が脅かされるってだけで俺は嫌なんだけど)
749: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/27(土) 21:59:55.65 ID:92XHKdL10
一方通行は、買い出しに出ていた。
頼まれたのではなく、自主的なものだ。
黄泉川愛穂の家へ住んでいる彼だが、基本的に自由だ。
というよりも、反射をされてしまうと誰も彼を止められない。
コツ、コツ。
靴音を鳴らして歩く。
ふと、自分が買おうと思っていた缶コーヒーが飛んできた。
中身入り、無開封だと判断し、何の気無しにキャッチする。
たとえそれが偽装された爆発物だったとして。
自分の『反射』の前では、何の意味もなさないのだから。
缶コーヒーを投げてきたのは。
数日前に戦闘したばかりの人でなしだった。
「よお、一方通行」
「どのツラ下げて俺の前に現れてやがる」
「人の顔は一個しか基本ねえんだが、そんな常識も空の彼方か。
痴呆にはまだ早いんじゃ…ああそうか、テメェはもう年寄りだったか! ぎゃはは!」
「うっぜェ……」
改心したんだか何だかは知らないが、好意的(??)になった木原数多だった。
765: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/28(日) 23:16:14.15 ID:pOE6uZSe0
お腹いっぱい。
そんな訳で、フィアンマは垣根と共に外出していた。
病院でだらだらとしていた彼女には、体力作りの散歩が必要だった。
「だいぶ涼しくなったな」
「だな。俺としては嬉しい限りだ」
「秋冬の方が好きなのか?」
「お洒落出来るからな」
「……もう少し好青年然とした服装を勧めるが」
「い、いいだろうが別に。大体、人の良さそうな顔してる野郎程何やらかすか分からないモンだ」
そんなことを言い、垣根はてくてくと歩く。
そんなものだろうか、とフィアンマは首を傾げる。
「そういえば、行ってみたい場所があるのだが」
「あん? 何処だよ」
「ゲームセンター、という場所だ」
「付き合うぜ。もう開いてるだろうしな」
治安が悪い場所には露払いと一緒が一番だ。
そこまでは考えていないものの、適度に垣根を頼ってみるフィアンマだった。
767: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/28(日) 23:16:34.61 ID:pOE6uZSe0
……何やってンだ…俺…。
一方通行は、久しぶりにそんなことを考えていた。
原因としては、目の前で肉塊<ハンバーグ>を食べているあからさまにガラの悪いおっさんのせいである。
一方通行もチーズ掛けのハンバーグを食しているはずだが、あまり美味しくない。
誰かと一緒に食べるごはんは美味しい、と打ち止めは言っていたが。
それも相手によるものだ、と一方通行はぼんやりと思う。
「…っつゥか何しに来たンだよ」
「暇つぶしだ、暇つぶし」
「暇つぶしねェ」
木原は一方通行を憎んでいなかった。
一方通行も、特段木原を憎んではいない。
何も思わない、というのが正直なところだ。
腐れ縁にも近い感覚かもしれない。
言うなれば、牛乳のようなものだ。
水のように飲まなくてはいけないものだし、毎日飲めば飽きる。
だが、自分の成長のために多少なりとも摂取すべきもの。
とはいえ、人生においては無くともまったく問題はない。
その程度の存在、関係性だ。
「俺の読みは当たっていた。だが、お前は撃つ場所を変更した。
それも、最後の最後、発砲直前の土壇場で、だ」
「……だったらどうした」
「そこまで変わった理由に興味が湧いた訳だ。かつてお前を開発していた研究者としては?」
「ふゥン」
本当に暇つぶしか、と一方通行はつまらなそうに呆れる。
そんな彼が水を飲んだところで、男からこのような指摘が入った。
「やっぱあの女か」
「ぶっ」
769: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/28(日) 23:16:58.45 ID:pOE6uZSe0
「んー……」
「こっちじゃねえの?」
「ああ、これか」
垣根とフィアンマの二人は、クイズゲームに精を出していた。
科学や物理学ジャンルは垣根。
文系や宗教学ジャンルはフィアンマ。
と、担当こそ決めているものの、協力して百点を目指しつつ。
パズル問題に頭を悩ませる彼女をサポートしつつ、垣根はふと気になったことを尋ねた。
「特に悪い意味はねえんだが」
「んー?」
「お前、何で一人称が『俺様』なの?」
一般的に、女子の一人称は『私』『あたし』などが多い。
勿論それは一般論の話で、本来一人称は私的な場において自由なものだ。
『僕』や『俺』と名乗る女性だっていても良いだろう。
だが、『俺様』というのは珍しい一人称である。
自分の名前にちゃん付けをして可愛こぶる女子の派生系だろうか、と垣根は首を傾げた。
彼自身は、彼女がどのような一人称を使用していようがどうでも良いと考えている。
自分だって、私的、公的、気分、目的で一人称を変更するのだから。
「偉そうにしようと思ったんだ」
「偉そう?」
「幼い頃、既に俺様の未来は決められていた。
だから、人の上に立つに相応しい口調にしようと思った訳だ。
当時は年端もいかん幼い子供だったからな。偉そうイコール偉いと考えていたんだよ」
実際には、偉そうにしていなくても偉い人間は偉い。
しかし、その当時、フィアンマにとっては偉い人は偉そう、逆に言えば偉そうな人は偉いというイメージがあったのだ。
それは偏見だったが、今となってはこの口調は染み付いている。
今更変えようと思っても、なかなかうまくいかない。変える必要性も感じられない、と彼女は言う。
「なるほどな」
科学記号を適切に選択し、ハイスコアを叩き出しながら、垣根は相槌を打つ。
楽しい時間は、ほどほどに早く過ぎ去っていった。
771: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/28(日) 23:17:39.13 ID:pOE6uZSe0
女なんざ体さえモノにしちまえば簡単簡単。
父親面半分にそんなことを言った木原数多の言葉を思いだし、一方通行は舌打ちする。
ハンバーグを食べ終え、会計を終えた後、あの男とは別れた。
応援なのか揶揄なのか、恐らく後者なのだろうが、余計なことを言ってくれやがったものだ。
「……そンなンじゃねェし」
一人の帰り道、一方通行は缶コーヒーの入ったコンビニ袋片手に呟いた。
彼女のことはとても大事に思っている。
だが、恋愛対象として見ることはいけない、と彼は思う。
微笑みかけてくれているだけで良いのだ。彼女は言うなれば天使のようなものだ。
手を伸ばしてはいけない。友人としての距離を保つべきだ。
どのみち。
彼女の心の中には、一生涯あのヒーローが居るのだろうから。
それを塗り替える自信など、ないのだから。
大罪人である自分が、彼女を幸福に出来る道理もない。
「おー、一方通行ー」
声をかけられる。
振り返り見やれば、本日は警備員非番らしい黄泉川の姿。
「これから帰るところなんだけど、乗っていくじゃん?」
「……ン」
笑顔で提示された善意に、一方通行は乗ってみることにする。
773: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/28(日) 23:18:05.04 ID:pOE6uZSe0
「じゃあ俺はちょっと用事があるから。気をつけて帰れよ」
「ああ。朝から巻き込んでしまってすまなかったな」
「俺も楽しかったし問題はねえよ」
垣根と別れ。
フィアンマは少しだけ迷った結果、一方通行の家へお邪魔することにした。
打ち止めも既に退院しているはずだし、会っておくのは悪いことではないだろう。
ゲームセンターからそう遠い場所でもなかったため、徒歩三十分程で到着する。
アポイント無しで訪問してしまって良かっただろうか、とフィアンマはふと思い。
仕事相手や何かではないのだから、と自分に言い聞かせ、インターフォンを鳴らした。
ぴんぽーん
鳴らした。
しばらくの沈黙に、彼女の心臓はドキドキと高鳴る。
『はいはーい、ってミサカはミサカは応対してみたり!』
「ああ、打ち止めか。遊びに来たのだが、入っても問題ないか?」
『うん、ってミサカはミサカは頷いてみる。ちょっと待っててね!』
元気いっぱいな声が止み、数秒後に開かれたドア。
にこにこと天真爛漫に愛らしい笑みを浮かべる少女が出迎えた。
「今から一方通行とヨミカワが帰ってるくるの、ってミサカはミサカはお留守番をしていたことをアピールしてみる」
「そうか、一人で留守番をしていたのは偉いな」
よしよし、と頭を撫でて褒めてやる。
一応の礼儀として持ってきたお菓子(500円程度)をテーブルに置き。
打ち止めが振舞ってくれた麦茶を飲みつつ、フィアンマは家の中を見回してみる。
特に変哲の無い家だ。そのことに、彼女は何となく安堵した。
「あっ、帰ってきたってミサカはミサカはダッシュしてみたり」
幼い少女が駆けていく。
帰宅したのは、一人の女性と一人の少年だった。
775: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/28(日) 23:18:38.23 ID:pOE6uZSe0
世間話をしている内に時間は過ぎていき、夕方へ。
良ければ夕飯を、と勧められ、最初こそ断ったものの。
一人暮らしなら良いだろうと再度勧められ、フィアンマは頷いた。
なので、今宵の晩御飯は黄泉川家でいただくことになる。
(この子、上条のところの……)
思うも、言わないでおく。
それが優しさだ、と黄泉川は思ったから。
二人の関係性はよく知らないが、上条もかつて『恋人じゃない』と言っていた。
突然学校を転校していったことは不可解だったが、それも今は聞かないでおこうと、思う。
「…幸之助、手伝ってもらえるか?」
「あン?」
黄泉川に頼まれ、野菜を切っている彼女だったが。
少し手が疲れたのか、一方通行にじゃがいもの皮むきを頼んでいる。
一方通行は基本的に家事はしないし、嫌なことがあればデフォルト反射を設定して沈黙する。
それは打ち止めに対してさえもそうだ。家事をする位なら出来合いの飯を買う、と言いきった程に。
いつものパターンで素っ気なく断るだろうか、と思う黄泉川だったが。
「…剥けばイイのか?」
「ああ。剥いたら手渡してくれ」
素直に彼女の頼みを聞き、皮むき器を手に悪戦苦闘を開始する。
フィアンマは礼を言いつつ、身体が冷えたらしく、手洗い場へ消えた。
「一方通行、もしかして」
「…ンだよ」
「あの子のことが好きじゃん?」
「………違ェよ。どいつもこいつも、テメェの偏見を押し付けてンじゃねェ」
不機嫌そうに言う一方通行。
が、フィアンマが戻ってきた途端、表情を改める。
打ち止めが他愛ない話をしてきている時か、それ以上に表情が柔らかくなる。
もっと素直になれないものか、と黄泉川は微笑ましそうに首を傾げた。
777: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/28(日) 23:19:27.34 ID:pOE6uZSe0
夕飯を終えて。
まだそんなに暗くないから、と送るという提案を断って。
フィアンマは一人、帰り道をゆっくりと歩いていた。
夕方の空は赤く朱く、夕陽は地平線へと沈みゆく。
「…ふ、」
あくびが漏れた。
家に帰ったら洗濯だけして寝た方が良いかもしれない。
概ね、もう彼女に人生において心配すべきことはなかった。
左方のテッラの提案を跳ね除けたのだ、ローマ正教だって諦めてくれるだろう。
二○億人もの数があるのだから、神の如き者の適性をもった人間だって居るはずだ。
「………、…」
ふと。
彼女は、完全下校時刻のチャイムに、足を止めた。
この時間、完全下校時刻ということで、学生が多少は居るはずだ。
チャイムに焦って走る学生が数人は居なくてはおかしい。
あまりにも人が居ない。
その状況を作り出すには、いくつかの方法がある。
そして今回のケースは、彼女のにとって身近なパターンだった。
振り返る。
そこには、少女的なシルエットの少年が立っていた。
「よお。あんたが右方のフィアンマであってるか?」
「…………お前は?」
「雷神トール」
北欧神話の神名をそのまま名乗り、彼は笑みを浮かべた。
軽く首を傾げ、明るく、あっけらかんと言った。
「―――俺が強くなって、高みに登る為。勝負してくれよ、ローマ正教二○億の頂点さん」
790: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/29(月) 21:05:59.29 ID:c39lyfSe0
フィアンマは、冷静に目の前の少年を観察する。
その身に纏っているのは、雷神トールの構成要素を模した霊装だ。
メギンギョルズを模した力帯まである。
物理的にも、通常の物理法則を捻じ曲げた腕力を発揮するだろう。
「……」
少しだけ考える。
話して通じる相手だろうか。
戦意満々の相手の戦意を喪失させるのは骨が折れる。
見たところ、暗殺に来たといった様子ではないようだが。
「…高みに登るとはどういう意味だ」
「言葉通りだよ。あんたと良い戦いをして経験値を積みたい」
「ほう」
彼女にとって、戦闘とは右手を出せばすぐに終わるものだ。
だが、『聖なる右』を行使するには、天使の力の呼び水程度、自分の魔力が必要になる。
魔力を精製した時点で、血まみれになることは避けられないし、痛い。
これが誰かや何かを守るための戦いならばともかく、そういう訳でもない。
「ならば、先に言っておこうか。まず、お前は俺様には勝てない」
「随分と自信があるんだな。流石だといったところか」
「俺様が右手を出した次の瞬間、お前は地面に倒れ伏す以外の選択肢を喪う。
だから、よく考えろ。二分程目を閉じて作戦を練れ。その程度の努力なら許してやるさ」
「作戦タイムなんざいらねえよ」
「思考も含めて全身全霊で戦った方が、得られる経験値は負けたとして、大きいと思うがね」
「……一理あるか」
不意打ちをされても死なない自信があるのだろう。
雷神トールは、目を閉じた。作戦を練り始める。
792: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/29(月) 21:06:23.31 ID:c39lyfSe0
しん、とした空間で。
二分間きっちりと考えた雷神トールは、静かに目を開ける。
整った顔立ち、その青く透き通った瞳が、何も無い空間を捉えた。
何も無い空間を。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
何も無い空間を視界いっぱいに捉えた。
「…………は?」
トールは呆然として。
暫しの思考時間の後、一つの真実に辿り着く。
「に、逃げやがった!?」
794: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/29(月) 21:06:56.41 ID:c39lyfSe0
「っは、はぁっ、」
フィアンマは夜の街を駆けていた。
路地裏を走り、追撃を避ける為に妙なルートを通る。
どこまで行けば撒いた事になるかはわからない。
もしかするとあちらはサーチ魔術を使ってくるかもしれない。
正々堂々と勝負を申し込んできた時点で、砲撃術式はないだろうと予測出来るが。
「……どうするか」
困った。
こういったトラブル回避には自信がない。
誰かに助けを求める程の事案とも思えない。
血まみれ傷だらけを覚悟して一度だけ攻撃するべきだろうか。
「おい、逃げんなよ。卑怯過ぎんだろ」
気がつけば、追いつかれていた。
フィアンマは後ずさり、床と壁に視線をやる。
爪が傷むのを覚悟で傷をつければ、術式が発動した。
自分の魔力は一切使用していない。故に、傷つくことはない。
この術式は魔力を通してある霊装に過剰な地脈の力を注ぎ込み、使用不能にさせるもの。
その霊装に魔力を通した当人が勝手に魔術を使う羽目になる。
「な、っ」
「……お前に話が通じるかは不明だが、…先程のはハッタリだ。
やれん訳ではないが、正直に言って現在の俺様はまともな魔術師とは呼べん。
学園都市の能力開発の影響で、単純な術式でも命に関わる」
「なるほど」
納得し、攻撃姿勢をやめたトールはがっくりと項垂れる。
「条件がフェアじゃねえなら戦う意味もねえ。…残念だ。っつか先に言ってくれよ」
「本当に、純粋に勝負をしに来ただけなのか?」
「"俺は"な」
「……お前の所属している魔術結社は」
「ん? ああ、そういやその辺りは名乗ってなかったか。俺は『グレムリン』」
機械に悪戯をする妖精の名だった。
796: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/29(月) 21:07:24.25 ID:c39lyfSe0
彼は先程までの素らしい態度ではなく。
一介の魔術師としてある種冷酷な態度になって彼女を見た。
「『グレムリン』の狙いはアンタだ」
「……俺様か。魔術が使えん体だというのに」
「その体質」
言われ、彼女は黙り込む。
彼女は"神様から愛されている"人間だ。
聖人とはまた違う特殊パターン。
特別な右手。
祈りの確実な成就。
類まれなる強運、幸運。
魔術師であれば欲しいと思う要素が、生まれつき彼女には備わっていた。
他の魔術師が奇跡の間借りをするのとは違い、彼女は自身の持ちうる奇跡を加工して捻出する。
彼女の傍に居るだけで、他の人間は幸運に恵まれる。
言うなれば、生けるラッキーアイテムと言ってしまっても問題はないだろう。
「……それを、ウチのリーダーが欲しがってる」
「お前は斥候か」
「一応な。別に命令が無い限りアンタに危害を加えるつもりはねえよ。
最も、命令があっても従うかどうかは別だけどな」
「実に魔術師らしいな」
「まあな」
霊装が壊れていないかチェックしつつ、トールはゆっくりと息を吐きだした。
「害意はねえよ。信じるかどうかは別として、一応言っておく」
「そうか」
信じる訳がない、と彼女はぼんやりと思う。
798: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/29(月) 21:08:15.28 ID:c39lyfSe0
オティヌス。
そう普段名乗っている魔術師は、少女の見目をしていた。
実際にはそれなりの年齢なのだが、容姿は偽装している。
鍔広の帽子を被り、物々しい眼帯が隻眼を覆っていて。
「……」
彼女は、空を見上げる。
彼女は、右方のフィアンマ―――フィアンマ=ミラコローザという少女を保護する為に、ここまでやってきた。
勿論学園都市にはちょっとした不快感もあるし、世界を歪めたいとは思っている。
現在の、争いばかりでどうしようもない世界を適度に歪めて。
多くの混乱とふるい分けの後、心が美しい人間だけを残そうと思っているのだ。
ローマ正教に虐げられてきた少女が、もう二度と泣かないで済むように。
「……ん」
彼女は、魔神―――ではない。
かつて一度その座についたものの、奪われた。
その男がフィアンマを攫う前に、彼女を連れ去らねばならない。
学園都市は、彼女に何の得ももたらさない。拒絶はしないだろう。
「…元気だろうか」
気性の荒いオティヌスにしては珍しく。
懐かしむように、愛おしむように、彼女は呟いた。
800: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/29(月) 21:08:54.25 ID:c39lyfSe0
後にオティヌスと名乗る少女は、劣等感に苛まれていた。
幼い頃から兄弟と比較され、学校に入れば同年代と比較され。
たった一度の成功体験すらなく、何を思うでもなく過ごしていた。
誰かに手を差し伸べたことも、差し伸べられたことも、そのような機会にも恵まれず。
『……む…』
そんな時に、幼い女の子と出会った。
盲目だった彼女は、目の前に落とした小さな石一つ拾えずにいた。
周囲には人がおらず、彼女を助ける人はいなくて。
『……これか』
『あ、…かんしゃする』
石を拾って渡すと、彼女は嬉しそうにはにかんだ。
その笑顔は愛らしくて、人に安堵を与えるものだった。
息が荒く、その頬は赤かった。照れではない。
『…飲み物が必要か』
『えあ、』
缶ジュースを開封して、手渡す。
きょとんとした後、幼い少女はちびりと飲み始めた。
初めて飲んだ、と嬉しそうにまた笑ってみせて。
それから、近づいてきた聖職者らしき男に手を引かれていった。
最後に見えたその表情には、怯えと絶望しか見えなかった。
助けたい、と。
救いたい、と。
守ってあげたい、と思った。
産まれて初めて、誰かを助けることを教えてくれた、あの子を。
802: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/29(月) 21:09:19.73 ID:c39lyfSe0
雷神トールは去り。
フィアンマはゆっくりと自宅へ向かう。
走っていたからか、汗で張り付いた服が冷える。
ぶるりと小さく体を震わせ、彼女は歩いた。
一人で帰って良かった。誰かを巻き込まずに済んだ。
「…『グレムリン』か」
少なくとも、そのネーミングからして学園都市のことは嫌悪していそうだ。
自分の体質を何に活用するのかは知らないが、物騒なことであることは間違い無い。
「……」
空を見上げる。
雲で覆い隠された月は、どうしても見えなかった。
「………っくしゅ、」
肌寒い。
早く帰ろう、とフィアンマは足を早める。
811: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/30(火) 22:00:59.76 ID:jUvKZndP0
「偵察終了。軽く接触したが、五体満足で無事っぽいぜ」
雷神トールが戻ってきた。
『グレムリン』の潜伏する廃ビルは沈黙していた。
正規メンバーしか、ここには居ない。
非正規を入れることも考えたが、使い捨てる予定がなかったのだ。
「おー。お疲れ」
だるそうに労ったのは夜ふかし中のウートガルザロキだった。
軽薄そうな青年は、見目通りに軽い口調、明るい態度で喋る。
トールは肩を竦め、欠伸を噛み殺しながら首を傾げた。
「あん? オティヌスは?」
「月でも見てんじゃねえの?」
満月だし、などといい。
彼は再び暇つぶしの手遊びに戻ったようだ。
術式開発なのだろうが、日頃の行いの影響で真面目に見えない。
一応、報告だけは済ませておこう。
思い、雷神トールは屋上へと上がった。
そこには十三、四歳程度の少女が、転落防止用の柵へ腰掛けている。
ふわふわとしたブロンドを揺らし、ちらりとだけ彼女はトールを見やった。
失墜した魔神。雷神を冠する戦闘狂ですら倒せぬ魔術師。
「ご苦労」
「無事だ。傷一つねえように見えた」
「そうか。下がって良い」
淡々とした返事。
へいへい、と軽く返したトールに、オティヌスは思い出したように告げた。
「……決行は、明後日の夜だ」
「ん、了解」
813: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/30(火) 22:01:28.54 ID:jUvKZndP0
家についた。
ゆっくりとシャワーを浴びると、身体が温まる。
湯船に浸かるべきかと考えたものの、恐らくのぼせるだけ。
わざわざ苦しい思いをする必要もなし、と彼女は断じて。
風呂上りに冷たい水を飲んだ後、フィアンマは時計と冷凍庫を交互に見る。
「……」
冷凍庫の中には、アイスクリームが入っているのだった。
だが、時刻は23時26分。
もうすぐ眠るだけだというのに、食べて良いものか。
まだ歯磨きはしていないので、食べるなら今の内だ。
「………」
ぺた。
彼女は無言で自分の腹部に触れてみる。
当然のことながら、基本的に少食な彼女に余計な肉はついていない。
悲しくも胸元を含めて、まったくといって良い程に。
肋骨が浮き出す程、ではないものの、余計な脂肪分はない。
「……」
少しくらい。
思い、ピタリと空中で手を止める。
ぶんぶんと首を横に振り、洗面台へ向かう。
腹に肉がつかなくても顔につくかもしれない。
そのような強迫観念が浮かんだ時点で、彼女は平凡な女学生の道を歩みつつあるのかもしれない。
815: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/30(火) 22:01:53.53 ID:jUvKZndP0
魔神の座を奪われた。
その事実が人生に強く食い込み、絶え間無い絶望を遺していた。
別に、魔神になったところでやりたいことなどなかったはずだ。
精々が自分の気に入らない人間を消す程度、それ位。
だから気にしなくても良いはずだったのに、予想以上に、その出来事は響いた。
呆然とする道中に。
立ち塞がるローマ正教の騎士団が、酷く邪魔なものに思えた。
俺の人生はただ一度たりとも、成功が許されなかった。
幼い頃から貴族の家の次男(スペア)として育てられ、ぞんざいな扱いを受け。
生みの親にさえまともに愛されたこともないまま、魔術の道に進んだ。
魔神になれば、魔術の道では成功したことになる。そう思っていた。
だというのに、唐突に湧き出てきた女に攫われた。
『……邪魔だ』
八つ当たりだという自覚はあった。
普段ならば、関係のあるなしに関わらずストレスを他者へぶつけたりはしない。
だが、どうしても我慢ならなかった。
どいつもこいつも。
全員が全員、俺の人生を阻害する。
当人達にその意思はなくとも、結果的にそういう行動をしている。
何を考えるでもなく、ただ持っている力を乱暴に振るった。
倒れていく人間の姿に昏い快楽を覚えなかったといえば嘘になる。
が。
『……とまれ』
その少女を、障害物と認定することが、出来なかった。
817: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/30(火) 22:02:26.46 ID:jUvKZndP0
倒れている、ローマ正教が誇る騎士団の男達。
まだ息の根のある彼らに最期を与えようとする俺の前で、その小さな少女は両腕を広げていた。
まるで、その騎士団達の上司か何かでもあるかのように。
そこまで、考えて、俺は彼女が何者であるかという可能性に辿りついた。
『…右方のフィアンマ、か』
『……』
『そこをどいてくれないか。先に攻撃してきたのはそちらだろう。
魔神になり損なった私を捕縛する目的だったのだろうし、反撃も自由なはずだが?』
『だめだ。……こちらのひれいはわびよう。ここはひきさがってくれないか』
彼女の瞳は、焦点が合っていなかった。
弱視か、或いは盲目か。
薬物を使用している様子は見られないし、音で判断していることから恐らく後者だろう。
籠の鳥。
彼女のイメージは、そんなものだった。
ローマ正教二○億が秘匿する奥底の最終兵器。
どこかの大聖堂に隠されていると言われていた箱入りの令嬢。
年齢にして十歳程度、といったところか。
そんなにも幼い少女が正体であったことにやや驚きつつも。
俺の正体を恐らく理解していながらも騎士達を守るために立ち塞がる彼女が、眩しく見えた。
819: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/30(火) 22:03:14.38 ID:jUvKZndP0
『…まじんになれなかったことは、……どうじょうする。
だが、それはぼうりょくをふるっていいりゆうにはならん』
幼い、鈴を転がした、或いは砂糖をまぶしたような声。
十歳程年齢が離れているはずなのに、彼女と俺はその時対等だった。
彼女の瞳には敵意がなく、むしろ、思いやりのようなものが感じられた。
『……まじんになれるほどのどりょくをしたおまえなら、』
安易な暴力を振るわずとも。
その知性でもって、この場は許してくれないだろうか。
丁寧で、僅かに傲慢な嘆願。
それは彼女自身のためでなく、背後に倒れ、傷ついた人間達のために。
恐らくここで俺が暴力を振るっても、彼女は逃げない
目を細め、少しだけ"北欧王座"を行使する。
盲目なりに術式感知の霊装の類でも使用しているのか、彼女は右手を振った。
不可思議な現象同士がぶつかり合い、巨大な腕のようなもののビジョンが僅かに歪む。
と、同時に彼女もやや痛そうな顔をして。それでも、絶対に退かないという意思を感じた。
それは強さであり、優しさでもあり、自己犠牲でもあり。
俺がかつて憧れた、心優しさの象徴にも思えた。
――――欲しい。
率直に、そう感じた。
この少女を手に入れたい、と思った。
守ってもらっている男達が羨ましい、とも。
一目惚れに近い感情だったかもしれない。
ただ、彼女を手に入れられれば、魔神の座など霞む程の成功だと思った。
彼女の笑顔が見たい。
彼女の泣く顔が見たい。
湧き上がる感情は執着と呼ぶに相応しいものだった。
……またの名を、恋心とも。
『……わかった。ここは引き下がろう』
『…そうか』
良かった、とはにかんで、彼女は手探りで倒れた騎士の体を掴もうとする。
移動してしまうのだろう、と察し、咄嗟に俺は言った。
『もし、魔神の座を取り戻せば、君は俺とまた会って…いや。
………俺のものになってくれないか?』
『………、……ん。おまえが、せかいをてきにまわし、おれさまをさらうかくごがあるのなら』
ほんの少し寂しそうな表情を浮かべ。
何かを思い浮かべた後に、彼女はそう応えた。
もしかしたら、同じような約束を誰かとしていたのだろうか。
821: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/30(火) 22:03:58.71 ID:jUvKZndP0
「……だから、世界を敵に回したし、魔神の座も取り返したよ」
あれから十年もの月日が経過した。
時間にして、43800時間。
現在の彼女の現状を掴むまでに、だいぶ時間がかかってしまった。
学園都市へ連れ出したのは、どうやら幻想殺しという少年らしい。
全てを打ち消す異能の力。なるほど、彼女を守るには最適の力だっただろう。
「……」
だが、彼女は見捨てられた。
幻想殺しを宿す少年は、彼女ではない少女を選び、愛した。
今はとある学区のマンションで一人暮らしをしていると聞いている。
能力開発を受けた影響で、まともに魔術を使用することも出来ないと。
かといって、学園都市製の能力開発で大きな成果を儲けた訳でもなく。
心配だった。
今はもう、彼女の泣き顔を見たいとは思わない。
彼女には幸せでいてほしい。笑っていて欲しい。
そのためには、俺と一緒に来た方が。
俺と結ばれて、ずっと一緒にいた方が良いに決まっている。
純粋な魔神になった今、力の総量では誰にも負けない自信がある。
可能性が負に傾けば自分が傷つく羽目になるが、そんなことは些細なことだ。
一刻も早く、彼女を学園都市から連れ出したい、と思う。
「…明晩……に、しようか」
一人、呟く。
彼女はどんな美人に育っているのだろうか。
今でも、暴力から誰かを守るために立ち塞がるような人格性の持ち主なのか。
その答えを既に知っているからこそ、俺は彼女を迎えに行ける。
823: 次回予告 ◆2/3UkhVg4u1D 2013/07/30(火) 22:05:34.70 ID:jUvKZndP0
「……魔神、ねェ」
学園都市第一位――― 一方通行
「その『グレムリン』ってのをぶっ潰せば良い訳か」
学園都市第二位―――垣根帝督
「やあ、フィアンマ。迎えに来たよ」
純粋な魔神―――オッレルス
「久しいな、フィアンマ。助けに来たぞ」
転落した『元』魔神―――オティヌス
「………どういう、ことだ」
学園都市の学生―――フィアンマ
834: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/03(土) 17:14:26.06 ID:q2pJs+DH0
翌日は、酷い雨だった。
十月二十九日。
それが、本日の日付。
「……」
フィアンマは、ベッドで携帯電話をいじっていた。
一方通行からのメールだった。
『大事な話がある』
「…大事な話、か」
何だろう、と彼女は首を傾げる。
何か、能力に関わることだろうか。
いつも以上に素っ気ない文章は、彼にしては珍しかった。
普段はもう少しばかり気さくな文体なのだが。
だが、学園都市第一位である彼が誰かに携帯を奪われたとは考え難い。
こんな雨の中会いたいというのは少々奇特だが、不愉快ではなかった。
『オマエは連れていかせねェ。これ以上何も奪わせねェよ』
自分勝手で、一途とは程遠い。何て身勝手なんだろう。
思いながらも、フィアンマにとって、一方通行はかつての上条のような存在へなりつつあった。
自分を一番大切だと言ってくれた、たった一人の少年。
「……行くか」
待ち合わせ時刻は正午半。
今からゆっくり着替えて身支度すればちょうど良いだろう、と思う。
836: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/03(土) 17:14:55.44 ID:q2pJs+DH0
「イイ加減返せっつのクソガキ、」
「はい、ってミサカはミサカはお返ししつつメール送信済画面を見せつけてみる」
「勝手に送ンじゃ……オイ」
「というわけでお昼からあなたはあの人とデートね、ってミサカはミサカは勝手に予定を決めてみたり」
本日、黄泉川は出勤、芳川は大学の特別講義へ出席中。
そのため、打ち止めと一方通行しか黄泉川家にはいなかった。
一方通行が寝ぼけている間に打ち止めが彼の携帯を勝手に使い、フィアンマにメールを送信した。
その結果が『大事な話がある』というあまりにも簡素で素っ気ない文章だったという訳だ。
ご丁寧にも送信履歴、その内容を吟味した上で彼らしい文章を構築した打ち止めである。
「…チッ」
先程のは打ち止めが勝手に打った、とはかけなかった。
そんなことを記すのは何だか言い訳がましいし、何となしにみっともない。
一方通行は舌打ちし、携帯電話をポケットへ突っ込んだ。
デフォルト反射を設定しながら刺々しく言う。
「…っつゥか、大事な話なンざねェだろォが。嘘書きやがって」
「ないの? ってミサカはミサカは首を傾げてみる」
「ねェよ」
「……」
本当に? とばかりの視線。
煙たがるように、一方通行は顔を逸らす。
打ち止めは特に邪気を持つことなく言った。
「あなたはあの人が好きなんでしょう? って、ミサカはミサカは一切のからかい無しに指摘してみたり」
838: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/03(土) 17:15:22.95 ID:q2pJs+DH0
外に出てみる。
待ち合わせにはまだまだ早いが、どこかで昼食を軽く摂って行くのも悪くない。
雨の中わざわざ遊びに行くような酔狂な人間は少なく、街は静まり返っている。
彼女が外に出たタイミングで、豪雨はしとしととした雨に変化していた。
これもまた自らの保有する幸運の効果か、とフィアンマはぼんやりと思う。
「……ん」
水溜りに足を突っ込みかけ、危うく立ち止まる。
しとしとと降り続ける雨が、傘を打っていた。
その音は心地良く、目を閉じると眠りそうになる。
だが、目が見えることがどれだけ幸福かを身を持って知る彼女は、目を閉じない。
起きている間は、瞬き以外においては常に目を開けていたい。
素敵なものを沢山見せてくれた少年は、もう、隣りにはいないけれど。
「っ、」
つんのめる。
考え事をしていたからだろう、バランスを崩した。
あわや、水溜りへ手をつきそうになる彼女の体が、抱きとめられる。
思わず傘を放棄し、フィアンマは慌てて体を起こした。
「…すまない」
感謝の言葉を続けて口に出し、顔を上げる。
視線の先には、涼やかな金髪の青年が立っていた。
彼女の体をしっかりと支えつつ、彼は笑みすら浮かべて告げる。
「やあ、フィアンマ。迎えに来たよ」
840: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/03(土) 17:16:05.84 ID:q2pJs+DH0
「あなたはあの人が好きなんでしょう? って、ミサカはミサカは一切のからかい無しに指摘してみたり」
打ち止めの発言を、一方通行は否定出来なかった。
"あってはならないこと"と"そうでないこと"は別問題だ。
彼は、彼女を好きになる人間にしては珍しく、能力に惑わされた好意ではなかった。
笑顔が好きだった。
手を汚して欲しくないと言い切ってくれたことが嬉しかった。
華奢な手足が好きだった。
整った顔立ちが好きだった。
臆病な本心が愛おしかった。
打ち止めを救えなかった自分を救ってくれたことに感謝していた。
産まれて初めて、自分のためだけに、利害なく料理を振舞ってくれた少女だ。
初めて『ありがとう』と言ってくれた少女だ。
好きに決まっていた。
好きに決まっている。
愛してしまっても仕方がないだろう。
だけれど。
「……だったらどォした」
打ち止め相手だからこそ、彼は認めた。
黄泉川や芳川、他の他者が居れば淡々と否定したのだろうが。
「…ミサカ達は。妹達はあなたを許さない、ってミサカはミサカは言ってみる。
けど、それはあなたとお母さんの幸せを阻害することじゃない、ってミサカはミサカは考えを伝えてみたり」
「…………」
続けて、打ち止めはぽつりと呟いた。
懺悔をするかのように、小さな声で。
「……あの人とヒーローさんを別れさせちゃった原因はミサカ達にあるから、って。
ミサカはミサカは、あなただけに言ってみる」
842: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/03(土) 17:16:38.41 ID:q2pJs+DH0
妹達が居なければ、一方通行は妹達を殺さなかった。
一方通行が妹達を殺さなければ、美琴は阻止しようとしなかった。
美琴が阻止しようとしなければ、悩むことはなかった。
美琴が悩まなければ、上条が介入することはなかった。
上条が介入しなければ、美琴が恩返しとの名目で彼と関係を深めることもなかった。
美琴と上条が関係を深めなければ、フィアンマは上条とさよならしないで済んだ。
かもしれない。
そう締めくくった打ち止めの表情は、常の明るさはどこへやら、すっかり暗かった。
それはあまりにも論理が破綻しているし、何より、原因があるとしたならそれは自分のせいだ。
一方通行はすぐさま結論を叩き出し、沈黙する。
「………だから、あなたとあの人がくっついて幸福になれたらな、って"このミサカは"思うの」
打ち止め個人の意見らしい。
妹達の総意とはまた別なのだろうか。
何にせよ、打ち止めの言葉でますます強まったことがある。
「…なら、尚更。……尚更、俺にはアイツに告白する資格すらねェよ」
844: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/03(土) 17:17:05.40 ID:q2pJs+DH0
人の良さそうな。
穏やか雰囲気に、ほどよく整った顔立ち。
整っているとはいっても、フィアンマのような怜悧なイメージを与えるものではない。
真顔でいて尚、優しげな様子に見える。
「……私のことを、覚えているかい?」
男の声に、フィアンマはひとまず自力で体勢を立て直し。
それから、傘を拾い上げて改めて差し、じっと男を見上げた。
青年は傘を差していないが、その服は不思議と濡れていない。
年齢からして能力者ではないだろう、と彼女は予測する。
この態度から見て、自分が何かをやらかした訳でもないようだ。
となると、過去の知り合いだと考えた方が真っ当。
……とはいえ、盲目時代の知り合いなどうろ覚えだ。
長い間一緒にいた神の右席や、つい最近まで一緒にいた上条であればともかく。
何年も前に一度会ったきりの青年のことなど、たとえ最初から目が見えていてもわからないものだろう。
首を傾げ、フィアンマはじーっと彼を見つめた後、その顔をぺたりと触ってみる。
触って覚える程の間柄ではなかったようだ。感触に馴染みがない。
彼は苦々しく笑って、彼女を見つめ返した。
「……オッレルスだよ」
「……ああ、お前か」
魔神のなり損ない。
世界を敵に回した魔術師。
幾つもの魔術結社を根絶やしにした怪物。
二つ名のようなものは沢山あるが、フィアンマの価値観としては一つ目が適切だ。
「何をしに学園都市へ?」
濡れた前髪を指先でどかし、彼女は問いかける。
オッレルスは肩を竦め、言葉を返した。
「そうだね。しいて言えば、君を守りに来たということかな」
「『グレムリン』からか?」
「ああ」
純粋な魔神はうっすらと笑んで、様々な案を画策していた。
846: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/03(土) 17:17:43.79 ID:q2pJs+DH0
黙ってしまった打ち止めを尻目に、一方通行は家を出た。
大事な話とは何だ、と聞かれるだろうが、適当に誤魔化しておこう。
何はともあれ、勝手にされた約束といっても彼女を待たせるのは忍びない。
「おい、第一位」
「…あン?」
視線を向ける。
そこには予想通りというべきか、第二位が立っていた。
彼は所謂ジト目というやつで一方通行を見つめている。
或いは、睨んでいるともいう。
「何処行くつもりだ」
「何処だってイイだろォが」
「彼女とデートか?」
「オマエにゃ関係ねェ」
「あるに決まってんだろ」
むす、とご立腹マター。
面倒臭い、と一方通行はひっそり思う。
どのみちついてきそうなので、彼を連れて行ってやることにする。
桃太郎かよ、と一方通行は自らへ肩を落としたのだった。
848: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/03(土) 17:18:18.85 ID:q2pJs+DH0
二人の少年が少女の下へたどり着いた時。
彼女はというと、金髪の青年と話していた。
それもナンパといった様子ではなく、旧知の仲という感じで。
第一位、第二位は共に沈黙する。
白髪の少年は、邪魔をしない方が良いのでは、という卑屈な感情に囚われ。
茶髪の少年は、あいつ誰だよぶっ殺す、という感情を持ち。
立ち尽くす二人の少年は色んな意味で目立った。
故に、フィアンマは二人を見、近づいて声をかける。
「時間まで余裕があったのも手伝って無駄話をしていた。
帝督も居たのか」
「…あいつ誰なの?」
垣根に問われ、フィアンマは少しだけ悩む。
魔術の話はしたが、明かしてしまって良いものか。
金髪の青年は少し考える素振りを見せた後、三人へと近づく。
そして、自らの名前と身分を明かした。
・・・・・・・・・・・・・・・
魔神のなり損ないという嘘の身分を。
「……魔神、ねェ」
フィアンマの補足説明を受け、一方通行はぽつりと呟いた。
「……ンで、オマエは何しに来たンだ」
科学と魔術は本来相容れない。
そのため、基本的に魔術師は学園都市になど来ない。
(……相討ちにさせれば邪魔な者は全て排除出来るかな)
そう考えた魔神は、目的を話すついでに、『グレムリン』の強襲予定を口にした。
彼はあくまで本来の目的を口にしない。
ただ、フィアンマを魔術結社の魔の手から守る、そのためだけに来たのだと、そう主張する。
850: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/03(土) 17:18:44.05 ID:q2pJs+DH0
「フィアンマの体質目当て、替えは利かない、ねェ…」
「問題解決には、その『グレムリン』ってのをぶっ潰せば良い訳か」
「そうなる。…一歩間違えば魔術と科学の戦争になるところだが、そこは私が隠蔽しておこう」
トントン拍子に話が進んでいく。
フィアンマは慌ててその会話を止めた。
「オッレルスはともかく、お前達を巻き込む訳にはいかんだろう」
魔術サイドの問題は魔術サイドで解決するべきだ。
それは常識の問題でもあったし、何よりも。
フィアンマは、自分の友人に進んで傷ついて欲しいような人間ではなかった。
垣根と一方通行はというと、彼女を見据えて苦笑い気味にこう言った。
「…助けを求めろって言っただろうが」
彼女には笑っていて欲しい。平和な世界にいて欲しい。
――――三者三様の同一の願いは、悲劇を生むことになる。
「それで、大事な話とは何だったんだ」
「今度でイイ」
852: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/03(土) 17:19:10.58 ID:q2pJs+DH0
「ねえ、ちょっと」
美琴に話しかけられ、上条はハッとする。
現在、彼は美琴と共にお洒落なカフェに居た。
美琴曰く『学舎の園』には劣るらしいが、それでも割とお洒落な内装の場所。
上条はコーヒーを、美琴は紅茶とメロンケーキを食べていた。
美琴が楽しげに話し、上条は、相槌を打つ。
それがいつものデートのお決まりだった。xxxxの絡まぬ最近は。
上条は、外を見ていた。
雨が降っている中、フィアンマを連れ出して逃げた日を思い出していた。
追撃を右手で打ち消し、左手で彼女の手を掴んだまま、逃げたことを。
『これ以上の危険を冒してまで俺様を連れ出さずとも、』
『決めたんだ。今度こそ、お前を連れ出してやるって。
もう二度と一人にしないって、決めたんだよ。だから、大丈夫だ』
俺にはこの右手があるから、大丈夫だよ。
そう言い切って、息切れして尚走り続けた。
泣きそうな顔で、ありがとう、と彼女は言っていた。
「何さっきから上の空な訳? …ひょっとして、話の内容つまらなかったとか?」
「そんなことねえよ」
別に、美琴の話がつまらなかった訳ではない。
友人と遊園地に行った、という思い出話は、むしろ楽しかった。
ただ、彼自身が吹っ切れていないために、思考の海へ沈んだだけ。
(遊園地、一緒に行けば良かったな)
携帯電話のアドレス帳には、まだ彼女のデータが残っている。
もう繋がらないとわかっているのに、消せなかった。
「………当麻」
「何だよ?」
「……私とのデート、楽しくない?」
「そんなことないって。ちょっと疲れが残ってるだけで」
「……そ」
「……あっ、…あー。そういや、美琴って電撃マッサージとか出来んの?」
「出来るけどしたことはないわね」
「そ、そっか。あ、今度クッキー作ってくれよ。この前くれたやつ美味かった」
「ほんと? えへ、……じゃ、また作ってあげる。感謝しなさいよねー」
854: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/03(土) 17:19:49.35 ID:q2pJs+DH0
翌日は、昨日よりも酷い雷雨だった。
フィアンマは外に出て、ゆっくりと歩く。
不用意に見えるが、家にいるところを攫われるよりはこちらの方が守りやすいと垣根が判断したのだ。
六つの目に監視されて移動するのも何だか気味が悪いような、とフィアンマはひっそり思う。
コツ。
ブーツの靴音。
フィアンマは足を止め、眼前の少女を見据えた。
十二から十四の間の年齢と思われる、細身の少女だった。
鍔広の帽子。
黒い衣装。
ショートブーツ。
基本的に黒で色は統一されている。
その印象は、魔女の様だった。
北欧神話における主神オーディンの別名を名乗るだけはある。
「久しいな、フィアンマ。助けに来たぞ」
「……」
フィアンマは、一歩下がる。
オッレルスから吹き込まれた情報しか知らない彼女にとって、オティヌスは敵だ。
幼い頃に会ったことなど、覚えていない。
あの時、フィアンマは五歳程度だったのだ。
対して、オティヌスは薄く笑みを浮かべる。
その笑みはどこまでも優しく、善意と愛情に満ちていた。
「あの忌々しい魔神の毒牙には、まだかかっていないようだな」
「……」
「私は魔神の座から転落した不完全だが、……お前を守る自信位はあるぞ?」
「…何?」
「ああ、先に説明しようか。出会った頃、お前はまだ幼かったからな」
オティヌスは、出会った時のこと、満たされたこと、大事に思っていることを話す。
そして、自分は魔神の座を横取りして、後々転落したこと。
オッレルスという純粋な魔神がフィアンマを攫い、何もかもを滅茶苦茶にする前に来たこと。
世界を歪めはするものの、それはフィアンマが何にも縛られない程度に留めようと考えていること。
オッレルスの方は、同じ世界を歪めるでもフィアンマ以外の人類を根絶やしにする恐れがある、とのこと。
どうも話が噛み合わない。
オティヌスによると、オッレルスの方こそが純粋な魔神で、危険だという。
「………どういう、ことだ」
勿論、騙すための虚言かもしれない。
思うも、オッレルスの発言にもそもそも裏付けがないのだ。
彼女が考え込もうとした途端。
『説明の出来ない力』が、その場へ介入した。
未元物質によって造られた槍が飛んできた。
自転のベクトルを操作した結果の人為的な地震がその場を襲った。
チッ、とオティヌスが舌打ちする。同時に、落雷があった。
その雷鳴が、戦闘開始を告げる。
862: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/04(日) 00:53:04.18 ID:7NQGR9Tl0
雷雨の最中。
オティヌスの相手は、どうやらオッレルスが買って出たらしい。
オティヌス側、つまりは『グレムリン』からは、一人。
『黒小人』―――マリアン=スリンゲナイヤー。
褐色肌、銀髪三つ編みの少女。
眼鏡をかけ、素肌の上に直接オーバーオールを着こんでいる。
「人が居ないってのは不便だね。ストック使わなきゃならないからさ」
彼女は笑い混じりにそう言って、ポケットから小さな何かを取り出した。
それを空中へ放り出すと同時、黄金製の金槌を懐から取り出して振るった。
途端、それは黄色い人間の脂肪のような、否、脂肪のシャワーを撒き散らす。
それは的確に地面へ陣を描き、オティヌスは攻撃途中で指先を触れさせた。
魔力を流された陣が適切な威力を発揮し、白い塔のようなものを作り出す。
術式として発動しきれなかったそれの役目は、爆発物。
当然、神々の武具を創造する『黒小人』の彼女としては、それを加工するつもりであり。
黄金の金槌が振るわれた。
加工された爆発物である槍が飛んでくる。
防げば爆発して身体が吹っ飛び、防がなければ刺殺は免れない。
垣根は咄嗟に未元物質の盾を展開し、衝撃ごと彼方へ追いやった。
「行け」
垣根の言葉を聞くと同時、一方通行はフィアンマの手首を掴んだ。
そのまま地面を蹴り、早めの速度で移動する。
ここはビルが多い。拓けた場所へ移動した方が良いだろう。
864: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/04(日) 00:53:50.85 ID:7NQGR9Tl0
移動する。
移動する。
しているはずなのに、同じ場所へ堂々巡りしている気がする。
はたと気がつき、一方通行は移動することをやめた。
軽く息切れしている彼女の背中を軽く撫でる。
一方通行は、全方位からのベクトルにはデフォルトの反射では対応出来ない。
それはかつて垣根帝督が彼を殺すために仕掛けた攻撃からも読み取れること。
加えて、彼が理解していない不可解なベクトルは反射しきれない。
学園都市最高の頭脳は、科学に対しては最強であれど、オカルトに対してはそうではない。
現にフィアンマの特別な右手や奇跡の力は反射出来ないのだから。
「……『人払い』の応用か。訛りがあるな」
『ま、専門じゃー…ねえからな』
男の声。
一方通行は周囲を見やり、能力でもって観測しようとする。
観測する前に、目の前に少年が現れた。
黒髪。
ツンツン頭。
学生服。
目の前にいつの間にか立っていたのは、正しく上条当麻だった。
一方通行は、僅か、後ずさりそうになる。
フィアンマは思わず彼を見つめていた。
『フィアンマ、怪我してないか?』
『上条』が喋る。
フィアンマは黙ったまま、視線を下へと下げた。
これは幻覚だと、わかっている。上条は、自分のところには来ない。
こんな風に心配なんてしてくれない。もう、他人なのだから。
けれど。
黙り、固まってしまうフィアンマ。
一方通行は改めて自分の罪と彼女の想いを考え、沈黙した。
なかなか動けないでいる彼に、衝撃が襲いかかる。
反射した先、淡い光のようなものが舞って消える。
反射しきれなかったダメージは魔術によるもの、一方通行の内臓にまで達していた。
上条が走り出し、一方通行を殴りつける。
人の体というのは不思議なもので、思い込みや錯覚がそのまま身体へ顕れる。
有名なのは、「これは熱湯だ」「今からあなたは血液を喪う」と被験者に告げながらぬるま湯を垂らした実験だろう。
被験者は錯覚によって火傷し、或いはショック死してしまった。
故に、幻覚から与えられた打撃も、衝撃さえ与えればそれは立派な一方通行への痛みとなる。
ましてや、本物の上条に対して軽い心的外傷を持つ一方通行ならば尚更。
加えて、幻術を操る側は何も気にしなくて良い。
与えた衝撃が反射によって分解されても、自分はダメージを受けないのだから。
このままダメージを蓄積すれば、彼は倒れる。
「…、」
フィアンマは一方通行を後ろへ庇い、『聖なる右』で術式の執行者ごと一薙ぎしようと考える。
だが、その前に一方通行が鋭く言葉を放った。
「っ、使うンじゃねェ!!」
魔術を使えば、絶対に彼女は傷つく。
最悪、死んでしまうかもしれない。
それを思えば、術式を使わせたくないのは当然のことだった。
これ以上。
自分のせいで、彼女が傷つくことは絶対に容認出来ない。
866: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/04(日) 00:54:19.84 ID:7NQGR9Tl0
消耗試合も良いところだ。
ストックの失せたマリアンに未元物質製の剣を投げつけ。
それを避けてバランスを崩したところを一発殴るという安直な暴力で沈静化した垣根は、息切れしていた。
体は人間の脂肪と血液にまみれているし、死体の臭いで吐き気がする。
気がつけば、音が止んでいる。
視線をやれば、あの魔女の様な少女はいなかった。
困った様子で残っていたのはオッレルスである。
彼は垣根を見やり、歩み寄ってきた。
「怪我をしているようだが、」
「あん? 問題ねえよこれ位。っつかあのガキは」
「逃げられてしまったようだ」
「チッ。……悪いが、俺は動けねえ。早く行、」
垣根の脚は、マリアンの黄金の鋸を一度だけ受けていた。
体全体を改造こそされなかったものの、奇妙にひしゃげていたのだった。
走ることは勿論、歩くことだって出来ない。
ふと。
彼は、久しい善意の仮面の裏にある悪意に気がついた。
視線を下げる。怪我の手当をしようとしているオッレルスだった。
「治癒術式は長らく使っていなかったから自信はないが…」
言って、彼は手を垣根の脚へ触れさせた。
灯された光は、フィアンマがかつて使った救いの金色でも、癒しの緑色でもない。
呪い、或いは毒物を示す深紅。
垣根の体から、力が抜ける。
どうにか立っていた少年の体が、ふらり、と倒れる。
その体は誰に支えられることもないまま、ばたりと倒れた。
ごぼ、と口から吐き出され、地面へ流れていく血液。
「が、ぐ……?」
「ああ、やはり自信がないことはするものじゃないな。
……彼女にとって、君は不要だ。俺だけが居れば良い」
淡白な声。
この男が、フィアンマを守りたいと豪語していたあの優しげな青年と同一人物だとは思えない。
ごぼごぼととこみ上げる血液を嘔吐しながら、垣根はオッレルスを睨みつけた。
今こそ魔神としての狂気を見せつける、最悪の魔術師を。
「だ、まし……が…って…」
「騙してなどいないさ」
放り置けば垣根は死ぬ。
呪術術式がきちんと執行状態にあることを確認して、オッレルスはフィアンマ達を追うべく方向転換した。
「初めに言ったはずだよ。俺は、"彼女を"守りに来たと」
フィアンマの味方ではあるが。
フィアンマの味方の味方をするつもりはない。
僅かに痛む優しさ<良心>を押さえつけ、彼はその場から姿を消した。
868: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/04(日) 00:54:49.95 ID:7NQGR9Tl0
内臓が滅茶苦茶になっているのかもしれない。
理論さえ組み立てれば体を未元物質で補えるかもしれない。
思ったが、理論を組み立て、適切な演算を行えるだけの時間はない。
今すぐ救助要請したところで、救急車は間に合わないだろう。
つまり、死ぬしかない。
そう、自分の状況を判断して。
垣根はごろりときちんと仰向けになった。
雷雨は酷く、雷が時折鳴っている。
垣根はのろのろと手を伸ばし、ズボンのポケットへと手を突っ込んだ。
冷たい機械を取り出す。この大雨でも壊れないのは、流石学園都市製といったところか。
「う、……」
体中が痛い。
時間を追うごとに痛みが増している気がする。
フィアンマの話を聞くまでは鼻で笑っていたが、案外オカルトも馬鹿に出来ないようだ。
「は、あ」
げほげほと噎せる度に、血液が散る。
死ぬ前にせめて、言えることだけは伝えなくては。
垣根はかちかちと携帯電話を弄り。
フィアンマにかけようとして―――やめた。
死ぬ間際の声なんて聞かせたくない。
下手をすれば、彼女は泣いてしまう。
そうでなくとも、断末魔など耳について離れなくなってしまうだろう。
垣根は、何があってもフィアンマの前では格好良くありたかった。
だから。
かける相手を、再設定。
870: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/04(日) 00:55:17.01 ID:7NQGR9Tl0
「んー。これ位でいいか? 殺すなって指示受けてるしな…」
制止され、フィアンマは魔術を使えなかった。
魔術が使えないフィアンマには能力しかない。
だが、彼女の能力は本当に、彼女を守るためにしか使えない。
精々の価値が命乞いの確実性だけ。
面倒くさそうに姿を現したのは、軽薄そうな青年。
金色の髪に、顔立ちは整っているが、服装はややだらしない。
スーツの色合い一つとっても、その軽薄さが窺える。
彼は重なる衝撃と痛みに壁へもたりかかって虫の息の一方通行を見やった。
それからそう軽く言って、肩を竦める。
「…っつう訳で、来てもらえるか? お姫様」
半分冗談、半分皮肉。
そんな様子で言って、彼は首を傾げた。
「……俺様がお前達に身を任せるとでも?」
「んー。思わねえな。だが、あの魔神野郎の所よりかマシだろ。
オティヌスは余計な殺しはしない予定らしいしな」
「………オティヌスは、純粋な魔神ではないのか」
「あん? 本人から聞かなかったのかよ。今は落ちぶれた、って。
…あ、これ本人には内緒な? ぶっ殺されるのは流石に勘弁」
悪びれず笑う男。
幻術を扱う彼は、虚実入り乱れていて発言の真意がわからない。
だが、魔神程の域に存在する人間でなければ、フィアンマは嘘を見抜くことが出来た。
だから、男―――ウートガルザロキの瞳を見れば真実を判断出来た。
しかし、彼の瞳を見据えることは叶わなかった。
彼の体が、数十メートル単位で吹っ飛ばされたからだ。
防御、回避、反撃。
そのどれもが不可能な程、その一撃は重いものだった。
「良かった、間に合ったみたいだね」
青年の声。
フィアンマは、ゆっくりと振り返る。
872: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/04(日) 00:55:44.38 ID:7NQGR9Tl0
彼の衣服は。
薄水色のセーターから、黒いシャツに変わっていた。
左目には眼帯をしているし、被っている帽子は鍔広のものだ。
オティヌスと同じような装いは、魔神としての力を引き出すために必要な一揃え。
ここに『主神の槍』を揃えれば、純粋な魔神特有の『無限の可能性』に囚われずに済む。
「……………、」
フィアンマは、一方通行の前へ立った。
動揺と困惑に支配された脳が、警鐘を鳴らしている。
この男は、一方通行を殺害する気だ。
「待て」
フィアンマとオッレルスの間に、少女が現れた。
いつの間に現れたのかまったくわからない辺りが、魔神の領域にいる魔術師というべきか。
オッレルスは少女、オティヌスを前に、冷めた視線を向ける。
「……彼女は私が保護をする」
「その必要はない。私が保護をすれば良いだけだ」
大きな音。
衝撃と衝撃が積み重なり、決着のつかぬ膠着状態が続く。
フィアンマはオティヌスの背後で膝をつき、一方通行の頬へ触れた。
幻覚による打撃、しかし受けたダメージは本物。
彼の頬は軽く腫れていた。魔術を使うことを拒否されている彼女は、冷たい手で優しく撫でた。
それはひりひりとする痛みを呼び起こすものだったが、心情的には多少痛みが安らぐ。
「ッ…」
彼は、何かを言おうとした。
だが、うまく言葉にならない。喉が渇ききり、声が出てこない。
874: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/04(日) 00:56:34.49 ID:7NQGR9Tl0
気がつけば、失神していたようだ。
ダメージの蓄積により、身体が強制的に意識を絶ったらしい。
そこには血痕があり、フィアンマと魔術師は姿を消していた。
身体の芯がブレている気がするのは、魔術攻撃だったからだろうか。
ベクトルを解析しようと考えてはいるものの、後何度か受けねばどうやら不可能らしい。
携帯電話が震えた。
相手も見ずに着信を取る。
『なん、かい。かけさせ、きだよ、クソ』
「……垣根か」
『オッレルス、ってやつの、方、が、魔神、だっ、た』
「……俺達は騙されたってことか。……クソッタレ」
『っ、ぐ、……ごぼ…』
「………オイ、垣根?」
思わず言葉を返す。
まるで溺れている人間の様な、苦しげな声。
電話越しの男は、小さく笑った。
『わりい、な。俺は、ここでゲームオーバー、だ』
オッレルスの正体を知っている。
つまり、攻撃を受けたのだろう。
助からないと判断して、電話をかけてきたのかもしれない。
一方通行はそう判断し、携帯電話を握り締めた。
『ま、二枚目…ってのは…死ぬって、決まりみてえなもんだし…?』
「………オマエ」
『……最初は、お前からフィアンマを ってやろうと思って、近づいた。
あの女も俺の邪魔をしたから、傷…げほっ、けて、やろう、って』
「……」
『……でも、ちがった。…あいつは、…俺のあたまを、なでて…認めて、くれたんだ』
頑張ったって。
努力をしたって。
褒めてくれた。
認めてくれたんだ。
だから。
『一緒に居たいと、思った…アイツの為に、手、汚すんなら、楽しい位だって……』
「………」
『俺……気づいたら、…すきに、なってた…。が、…言えなかった…。
幻想破壊にゃ永遠に勝てねえだろうし、…多分、フィアンマは俺よりお前の方を信頼してる』
876: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/04(日) 00:57:02.36 ID:7NQGR9Tl0
びちゃびちゃ、と粘着質な水音。
吐血をしながら通話をしているのだろうか。
呼吸音には、ぜひゅ、という息切れにも似た奇妙な音が混ざっている。
掠れ掠れ、少年の声は言う。
『俺、は。ここで、リタイア……だが』
「……」
『お前は、そうじゃ、ねえだろ。げほ、』
「……あァ。…だが、…持って行かれちまった」
『役立たず、野郎…ハッ…。……お前も、彼女が好きなんだろ』
「………」
『俺の分も、守って、やれよ。もう、なにも、奪わせないって、その口で言ったんだろうが。
もうこれ以上、フィアンマが誰かの都合に振り回されないように、してやれよ。
多分、それにはお前が一番向いてる。妹達の為だって、偽善者みてえに奔走してるテメェが』
声から、力が徐々に抜けていく。
彼女の携帯にかけなかったのは、この様子を聞かせないためだったのだろう、と一方通行は勘づいた。
格好付け野郎、と罵倒して、一方通行は視線を地面へ落とす。
壁に手をつき、無理矢理に立ち上がった。頭が痛い。
「安心して死ンどけ。……後はやってやる」
『……しくんなよ』
878: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/04(日) 00:57:38.41 ID:7NQGR9Tl0
通話を、終えた。
揺らぐ視界は酷くぼやけている。
垣根は携帯電話をポケットへしまった。
わるくない、人生だった。
ぽつりと、そう評価する。
自分の人生は、そんなに悪くなかった。
少なくとも、彼女に会えたことだけは、良いことだった。
幼い頃から『置き去り』として、モルモット扱いをする研究所に育ち。
気がつけば暗部組織のリーダーで。
暗部そのものを潰すために、統括理事長との直接交渉権が欲しくて。
「……」
その頑張りを、彼女だけは認めてくれた。
讃えて、あまつさえ微笑みかけてくれた。
自分は、彼女を傷つけたのに。
最終信号を傷つけたのに。
誰からか許されたい彼女はきっと、自分以外にも沢山の人を赦し続けた。
「……フィアン、マに」
知らず、笑みが溢れ出た。
訪れる死の予兆は、何だか温かい。
目を閉じた垣根の網膜の裏。
ゲームセンターで一緒に遊んだフィアンマの笑顔が、焼きついていた。
「すき、だって……いっとけば…良かった、なあ………」
886: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/04(日) 22:59:28.82 ID:cu7VvmEM0
未だ重いダメージの残る体を引きずって歩く。
今すぐ連絡しても、きっと彼女には繋がらない。
落ち着くための思考時間が必要だった。
垣根の最期の言葉や様子を見るに、魔術師達がフィアンマを傷つけることはないだろう。
行動の結果が彼女の精神を落ち込ませることはあったとしても。
「……クソッタレ」
一方通行は、思考しつつ、垣根の下へとやって来た。
戦闘中に場所を移動することはなかったようだ。
いくつかの壊れた建物、散らばる血痕。
敵側だったはずの少女の姿はないが、垣根が跡形もなく消したか、或いは回収されたのか。
「……」
垣根の体は、そこに横たわっていた。
手は広げられ、僅かに開いた瞳には光がない。
呼吸もなかったし、触れてみれば脈もなかった。
一方通行のベクトル操作は、ベクトルを生み出すことは出来ない。
生者の血を止めることは出来ても、死者を蘇らせることは出来ない。
「………」
一方通行にとって、垣根は恋敵であると同時、『彼女』を挟んだ友人でもあった。
彼女のために手を汚す勇気、強い覚悟は、評価に値するものだったと、思う。
決して二人きりで遊びたいと思うような相性の良さはなかったが、確かに友人ではあった。
フィアンマのことを好きでいる今となっては、純粋な友人は彼だけだった。
「……オマエの遺志は、継いでやる」
ぽつりと呟き。
一方通行は、手を伸ばした。
888: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/04(日) 23:00:00.45 ID:cu7VvmEM0
超能力者は、学園都市に莫大な利益をもたらす人間だ。
髪の毛一つ、爪の欠片一つとっても、そのDNA情報には重大な価値がある。
たとえ死体だったとして、丸々残っていればいくらだって活用出来るのだ。
普通の人間では考えもつかないような。
死者を冒涜するありとあらゆる術を、この街は持っている。
一方通行は、幼い頃に身を置いた数々の研究所でそれを知っている。
だからこそ、彼は垣根の頭へ触れた。やることは単純だ。
垣根帝督という死者が穢されないようにする。
それだけだ。
そっと、目を閉じさせる。
最期に何を考えていたかはわからないが、穏やかな死に顔だった。
薄い笑みのようなものすら窺える。
「……ッ」
ぐじゃり、と嫌な音がした。
所謂脳漿が、液体となって地面に広がった。
ここまで徹底的に脳を破壊すれば、彼の身体が利用されることはないだろう。
『反射』をしているため、一方通行の手は汚れていない。
死者の尊厳を守る。
それは、ヒーローには決してなれない一方通行にしか出来ない仕事だ。
「じゃァな、」
俺の、初めての、友達。
890: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/04(日) 23:01:00.05 ID:cu7VvmEM0
フィアンマは、痛む左腕を摩っていた。
既に治癒はされていて傷跡一つ無いが、痛かったことは痛かった。
オティヌスに勝利するためにオッレルスが選んだ行動は簡単だった。
彼女の動揺を引き出す為に、フィアンマへ攻撃を加えたのだ。
オティヌスは当然、一瞬だけ動揺することを避けられない。
その間にオッレルスは強い一撃を加えて退け、彼女を連れて逃げ出した。
サーチを攪乱する霊装を身につけた上で、フィアンマの治療を終え、現在に至る。
廃墟染みたビルで、フィアンマは膝を抱えていた。
「……勝利するために致し方なくとはいえ、ごめんね」
オッレルスが、謝罪と共に手を伸ばしてくる。
フィアンマはひょいとそれを避け、膝を抱えたまま俯いた。
自分の痛みなどどうでも良かった。自分のことなど。
ただ、オッレルスに危害を加えられた他の人間のことが気になっているだけだ。
特に、一方通行と垣根のことが。
彼らは、自分のために戦ってくれていた。
自分なんかのために、命を張ってくれた。
断りきれなかった自分は、彼らを利用したのだ。
浅ましい。
つくづく、自分が嫌になる。
「……何故、お前は俺様を捕らえた」
「人聞きが悪いな。保護をしているだけじゃないか?」
「…そんなものは必要なかった」
「『グレムリン』に預けるよりは良いと思うよ。
君は、俺の傍にいた方が確実に安全だ」
「………」
信用出来ないし、信頼出来ない。
目の前の男の真意が見えなくて、怖い。
それを態度に出すことなく、彼女は視線を落とす。
892: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/04(日) 23:01:30.53 ID:cu7VvmEM0
ひんやりとしたコンクリートの感触が、彼女の下半身を冷やしている。
膝を抱えたその体勢では僅かに下着が覗いているが、それには気づかない。
「……帝督は、どうしたんだ」
一方通行が無事であることは、知っている。
自分を連れて逃亡するのが限界だったオッレルスが追撃を喰らわせているとは思えない。
フィアンマの問いかけに、オッレルスは首を傾げて笑みを浮かべた。
その笑みは完璧で、優しげで、それ故に悪意がひた隠しにされたものだった。
「死んだよ」
「………」
予想していなかった訳じゃない。
それでも、思っていた以上にその解答が与えた衝撃は大きい。
涙が出てこないのは、ショックが大きすぎたからだろう。
彼女は沈黙し、自らのふくらはぎへと爪を立てた。
「……お前が、殺したのか」
「どう思う?」
「答えろ」
「そうだよ」
何でもないことのように、彼は言う。
フィアンマは、唇を噛み締める。
垣根が死んだ。
自分に笑いかけてくれた、友人が、死んだ。
それも、自然な死ではなく、殺された。
痛かっただろう。
辛かっただろう。
自分のせいだ。
自分さえいなければ、こんなことには。
彼女が自分を責める度、能力が発動する。
その度に、オッレルスの目に彼女は魅力的に映った。
絶対に逃したくないと、執着心を強める程。
「だって、君には―――俺だけが居れば良いじゃないか?」
894: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/04(日) 23:02:08.11 ID:cu7VvmEM0
電話をかけてみたが、当然、彼女は出なかった。
雷雨の中、一方通行は無力感に打ちひしがれていた。
何が学園都市最強だ。
何が『一方通行』だ。
何も奪わせない、と宣言してくれたことに安堵して涙を流した。
たった一人、救いたい女の子さえ守れない力の、どこが最強なんだろう。
自分の能力<チカラ>は、誰かを助けることには向いていない。わかっている。
誰かを救ったことなんてない。打ち止めだって、実際には彼女が救った。
「……」
自分は、ヒーローじゃない。
ヒーローにはなれないし、なろうとも思わない。
垣根の様に手を汚し、裏から彼女の笑顔を守る一流の悪党にだってなれない。
でも。
ここで立ち止まっていたって。
自分は人を救うのには向いていないから、なんて言い訳をしたって。
それで彼女が笑ってくれる訳じゃない。
また、彼女が自分の隣を歩いて、微笑んでくれる訳じゃない。
決めたはずだ。
たとえどれだけの暴力を振るうことになっても。
彼女と打ち止めが笑い合う、あの穏やかな風景を守ると。
才能に人生を潰され、魔術の二文字に振り回される彼女を見るのは嫌だと。
そして、垣根とも約束した。
彼女が、もう誰かの都合に振り回されないように、守ると。
「……策はねェのか」
彼は、一人の少女を見据えていた。
ふらふらとしながら、ビルにもたれかかっている魔女の様な少女だった。
オティヌス。
主神オーディンの別名―――怒れる者を自称する、落ちぶれた元魔神。
「………あることにはある、が。彼女の意思があの男側にある場合はどうにもならん」
896: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/04(日) 23:02:43.38 ID:cu7VvmEM0
「……お前は、俺様を好いている訳ではない」
フィアンマの言葉に、魔神は首を横に振った。
そんなことはない、と自信がある様子だった。
「俺は、君の為になら何でも出来る」
「……」
「愛情がなければ不可能だろう?」
「………」
能力のせいだ。
思うも、言ったところでこの男は否定するだろう。
自分は能力を制御出来ないし、相手は能力被害に遭ったことを認識出来ない。
「……」
かつて。
幼い頃、自分は見えぬ目で祈った。
『だれかのいちばんになれますように』
その頃は、自分の願いが必ず誰かを不幸にして成就するだなんて知らなかった。
言い訳になるだろうが、本当に、叶うとは思っていなかったのだ。
願いは叶った。だからこそ、この能力が与えられたのだろう。
誰かの一番に。
不特定多数の一番になれば、争いが起きると考えれば分かりそうなものなのに。
願いの取り下げは出来ない。身をもって知っている。
この状況を打開しようと何かを願えば、何かを代償に間引かれる。
それは、自分の不幸にはならない。関係のない誰かを傷つけて、自分は幸福になる。
898: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/04(日) 23:03:29.78 ID:cu7VvmEM0
「お前の愛情は、本物か」
「ああ。…嘘も打算もない」
男の手に、頭を撫でられる。
今度は、拒絶しなかった。
彼女は、自分の手で今回の件にケリをつけよう、と思った。
「……オッレルス」
「…うん?」
金色の目が、碧眼を捉える。
「お前が言う通り、俺様にはお前だけが居れば良いんだろう」
「………」
「だから、他の人類を滅ぼす必要はない」
「……、」
「学園都市に手を出さないでくれないか」
垣根は死んだ。
ならば、せめて。
自分を差し出すことで、打ち止め達や一方通行のことは、守ろう。
フィアンマは、笑みを浮かべる。綺麗な笑顔だった。
幸福の本質は奪い合い。自分が不幸になった分、誰かが幸福になる。
「お前には、俺様が居れば良いんだろう?」
戦うには、相手が強すぎる。
彼女の能力が活かされるのは、命乞いの確実性だけ。
命乞いの、確実性。
900: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/04(日) 23:04:18.61 ID:cu7VvmEM0
最近、上条が素っ気ない気がする。
別に冷たくされている訳ではないのだが。
何となく、上の空のような気がするのだ。
自分の話がつまらないのかと言えばそういう訳でもないらしく。
「……ねえ黒子」
「はい、お姉様?」
「私の話し方って不愉快になるモン?」
「いえいえ、凛々しくてはっきりした物言いですのよ。
歯に衣着せぬ、さっぱりしたお話ですの。不愉快になどなる訳がありませんわ」
何かありましたの、と首を傾げる可爱い後輩。
美琴は首を横に振り、窓を見つめる。
酷い雷雨だなあ、と思った。
「あ、呼び出しがありましたの。行ってまいりますわね」
「ん、いってらっしゃーい」
間延びした声を背に、白井は出て行った。
美琴は、上条に電話をかけることにした。
902: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/04(日) 23:04:45.98 ID:cu7VvmEM0
「…もしもーし」
『ああ、美琴か。何かあったのか?』
「ちょろっと話したくて」
余談だが、彼女達はペア契約をしている。
そのため、電話代はいくらしてもタダだった。
『話?』
「……当麻、最近上の空でしょ」
『そんなこと、』
「ある。……何か悩み事でもあるの?」
『………、…』
「…アンタは、私が困っていた時、無理やり介入して助けてくれた。
……だから、私は無理やり介入してでも、アンタが苦しんでるなら助けたい。
それは、悪いことじゃないはずよ。絶対に。……だから、教えて」
『……別に悩んでる訳じゃ、ないんだよ』
絞り出しているかの様な声だった。
苦しそうだ、と美琴は率直に思う。
『俺、美琴が好きだ』
「なっ、ななにゃ、何よ突然! 私は今アンタの悩み事を」
『でも』
「ッッ」
もしや浮気か、と彼女は思う。
固まる彼女へ、少年の声は、続けた。
『……でも、幼馴染の女の子が、いつまでも心配なままで』
「……」
『最低だよな。だけど、心配で、気になって、どうしようもなくて。
せっかく美琴がデートしてくれてるのに、その子のことを考えてる時もあって』
「………ばか」
『…ごめん』
「…馬鹿当麻。そんなの、当たり前のことじゃない」
904: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/04(日) 23:05:14.83 ID:cu7VvmEM0
美琴には、幼馴染など居ない。
だけれど、何となく察することは出来る。
幼馴染というのはきっと、親友以上に特別なものだ。
「長い付き合いなら、気になって当然」
『………』
「心配なら連絡取りなさいよ。
別にそれ位気にしないから」
『取れないんだ』
「……って、着拒か何か?」
『ああ』
その笑い混じりの声は、自嘲の響きが込められていた。
上条のそんな声は、美琴の胸を強く締め付けてくる。
「何かしちゃった訳?」
『…………思いっきり。多分、許してくれないだろうな』
「……もしかして、その幼馴染って」
『赤い髪の女の子だよ』
美琴もしっかりと覚えている。
自分に攻撃をしながら、失意にまみれていた少女のことを。
自分の治療をしながら、血まみれで微笑みかけてきた少女のことを。
「……そ、っか」
彼女はきっと、上条が好きだった。
好きであればある程、人は裏切りに憎悪を抱く。
上条と連絡を断つのも、当然と言えばそうだった。
「……でも、話をしたいならさっさとどうにかしないと。
取り返しがつかなくなる…その、前に」
美琴は、どうにかそれだけ言った。
上条の相槌を聞き、断りを入れてから通話を終える。
「……心配、か…」
自分も、あの少女とは話したいことがある。
美琴は仰向けになり、静かに目を閉じた。
914: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/05(月) 20:39:05.56 ID:aHPkyzUW0
夜になった。
一方通行は『グレムリン』に囲まれ、無表情でいた。
考えたところで、手がかりがなければ助けようがない。
利用出来るものは何でも利用する。
それがたとえ、魔術師という得体の知れないものであっても。
『グレムリン』側もそのつもりらしく、攻撃を仕掛けてくることはなかった。
尚、オッレルスの攻撃から生き延びたウートガルザロキは一方通行によって愉快なオブジェ状態である。
死んでいないというのが尚更エグさをそそる。
が、仲間と協力して治癒術式を施したらしく、ようやく彼は言葉を紡ぎ出した。
「っつつ、ひでえなオイ。倍返しどころじゃねえぞ」
「……」
ふん、とばかりに一方通行は取り合わない。
青年は肩を竦め、体を休めるべく壁にもたれかかった。
廃ビルの中、魔術師数名と超能力者一名はほそぼそと言葉を交わす。
「策ってのは何だ」
「話してわかるかどうかは不明だが、一応説明はしてやろう」
言って、少女は壁へ息を吹きかけた。
どのような仕組みかは知らないが、壁につらつらと日本語が綴られては消えていく。
一方通行はちらりと視線をやり、文字列を眺めては瞬時に記憶する。
学園都市最高の頭脳において、この程度の暗記は造作もなかった。
916: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/05(月) 20:39:38.16 ID:aHPkyzUW0
内容としては。
主神オーディンの敗北を体現すれば、オッレルスは勝手に倒れるらしい。
名前を名乗っていない通り、彼の基軸は『オッレルス』と『オーディン』の間にあるらしい。
故に、終焉の獣<フェンリル>の陣を描いたところで、倒すか退かせるのが精一杯。
純粋に『オーディン』頼りであれば死に至らしめることは可能らしいのだが。
「憎らしいが、別にヤツを殺害する必要はない」
「…フィアンマさえ取り戻せりゃ俺としては問題ねェ」
「あの少年は貴様の友人でもあったのではなかったか?」
「……復讐にこだわるような野郎でもねェよ」
垣根が、仮に生きていれば。
復讐などどうでも良いからまずは彼女を救い出せと急かしたことだろう。
もう居ない人間のことを想えば、その分だけ気持ちは落ち込む。
一方通行は唇をきつく噛み、一度だけ深呼吸をした。
「ただ、問題は」
金の長い髪を持つ少女的な印象の少年が口を挟んだ。
「彼女があっち側にいることだ」
フィアンマは莫大な幸運をその身に保有している。
神から愛され過ぎた彼女は、居るだけで不幸を振りまくことの出来る存在だ。
彼女が味方をしようと思わずとも、近くに居る人間は彼女の体質の恩恵を受ける。
加えて。
「オッレルスの野郎の場合、"強制的に"手篭めにする恐れが高い」
「……何?」
「……私も使用出来ん訳ではないが、オーディンを名乗れる者は 魔術を扱う。
主神オーディンはかつて首を吊り、多くの秘技を得た。その中に、人を手篭めにするものがある」
特に若い女性を、と彼女は付け加えた。
帽子を深めに被ったその表情は、窺えない。
神話には疎い一方通行は、彼女達の言っている内容から推測できることが少ない。
918: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/05(月) 20:40:10.99 ID:aHPkyzUW0
「主神オーディンの得た秘技の一つにはこういうものがある。
十八の魔術が一つ―――『賢い娘の心を意のままに自分に向けさせる法』。
第十七の魔術―――『さらにその娘が自分を欺くことから身を守る法』。
この二言から拡大解釈すれば拘束術式も構築出来る訳だが…もっと手っ取り早い方法があるだろ?」
洗脳、或いは精神干渉。
自分を好きにさせる、という好意発生の術式。
術式の発動キーとして条件付けるにおいて最も単純で簡単なのは 行為だろう。
魔術を抜きにした場合、男女の力量差とは決定的だ。
ましてや、フィアンマは格闘技を習っている訳ではない。
多少の護身術ならば出来るかもしれないが、それにしたって弱い。
魔術を使用しても、魔神相手に勝利することは難しい。
一言に集約されてしまえば、こうだ。
強 されてしまえば、彼女は永久に戻ってこられない。
偽りの好意に精神を支配され、二度と自分の正しい意思を持つことは叶わなくなる。
「……時間がねェ。手遅れになってる恐れがある」
一方通行は、手足の先から身体の芯まで冷えていくかのような錯覚に囚われた。
彼女が されることは、自分の腕が消し飛ばされるより嫌だと思った。
「今宵一晩はそれどころではないだろう。
サーチを応用してヤツの霊装を破壊すれば、たどり着ける。
下準備は済ませてある。……後は、彼女が助けを求めてくれれば、それで勝利出来る」
勝利条件は単純で、しかしながら難解だった。
一方通行は、何となくだが、彼女は垣根の死を知らされたような気がした。
だとすれば、もう二度と誰にも助けを求めないと考えていてもおかしくはない。
「……クソッタレ………」
数十回目の通話は、やはり繋がらない。
920: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/05(月) 20:40:48.99 ID:aHPkyzUW0
パンを差し出されたものの、食べる気にはなれなかった。
垣根の死について考えると、気分が落ち込んでいく。
だからといって考えないわけにはいかない。
自分が殺したも同じことだ。
「……」
別に、フィアンマは垣根に恋愛感情を抱いていた訳ではない。
第一印象はお互い良くなかっただろうし、むしろ悪かったはずだ。
だけれど、二人で出かける位には、友人として好ましく思っていた。
これからだってずっと、下らない日々が続いていくと信じていた。
打ち止めがいて。
一方通行がいて。
垣根帝督がいて。
自分が、一緒にいる。
それだけで、楽しかった。
上条と一緒にいられないことは、もう割り切っている。
仕方がないのだ。彼を縛り付けていい理由などどこにもない。
だから。
せめて、四人で楽しく暮らしていたかった。
朝、起きたら垣根にメールをして。
一方通行と電話をして、打ち止めとも電話をして。
そうして目を覚ましたら、適当に朝食を作って。
余りすぎてしまったそれを、垣根と一緒に食べる。
あまりにも優しい日常だった。
涙が出るくらい、大切な毎日だった。
でも、自分がかつて願った事のせいで、台無しにされてしまった。
もう戻ってこないであろう日々を祈ることは出来ないし、そんな資格はない。
「っ……」
垣根に謝りたい。
自分のせいで死なせてしまってごめんなさいと、謝りたい。
絶対に叶わない願いと自覚している。だから、神には祈らない。
922: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/05(月) 20:41:13.90 ID:aHPkyzUW0
「……フィアンマ」
優しい手つきで、男の手が頬に触れた。
思わず震えそうになる体を押さえ込む。
頭を撫でられ、膝を強く抱えて下を向いた。
逆らってはならない。
男の機嫌を損ねてはならない。
そんなことをすれば、今度は打ち止めや一方通行にも危害が及ぶ。
これ以上、自分のせいで誰かが傷つくことを許容してはいけない。
これまで沢山の人を傷つけて幸福になってきたのだから。
いい加減自分勝手にも見切りをつけて、自分が不幸になるべきだ。
「……何だ」
「……泣いても良いよ」
誰のせいで。
思うも、口には出さない。
かといって泣き出すでもなく、フィアンマは笑みを浮かべてみせる。
「…心配せずとも大丈夫だよ」
924: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/05(月) 20:41:39.88 ID:aHPkyzUW0
この男の性質は、『オッレルス』と『オーディン』を半々ずつ、と推測出来る。
どちらかの神話をなぞってもそう簡単には殺せないように、調整したのだろうか。
フィアンマでいえば、神の如き者と神の子の属性の調和だ。
魔術師は自分の中に特殊体質を発見した場合、出来る限りそれを活かそうとする。
オッレルスは『無限の可能性』というデメリット且つメリットを気にかけて、調整したのかもしれない。
殺されさえしなければ、いくらだって巻き返しを図れる。
魔術師とは自らの目的のためにどこまでも貪欲に戦い続ける生き物だ。
「……」
フィアンマは幼い頃に多くの魔道書を学ばされた。
大体はローマ正教の秘匿する術式やローマ正教訛りの術式ばかり。
だったが、北欧神話についても軽くなら触れている。
(仮に、この魔神が 魔術を扱えるとすれば)
主神オーディンの秘技位なら、彼女も覚えている。
扱えはしないが、知識だけ、といった感じだ。
行為をトリガーに相手を魅了する術式の存在も感知はしている。
「………」
嫌だ、とは思う。
好きでもない男に抱かれて嬉しい女など、よほどの酔狂者しか居ないだろう。
わがままを言える立場にないのはわかっているし、一度抱かれれば偽りの好意で支配され、この考えは消え失せるだろう。
だが、オッレルスに抱かれるのは嫌だった。愛がないからだ。
しかし、求めてくれば断り続ける訳にもいかない。機嫌を損ねないためにも。
拒否を続けたところで、恐らくねじ伏せられて されるのだろうから。
オティヌスを動揺させるために自分へ傷をつけた。
その時点で、オッレルスが自分を本当の意味では愛していないことはわかる。
能力に魅了された、実に表面的な執着、愛情。
926: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/05(月) 20:42:04.95 ID:aHPkyzUW0
「…しかたが、ないだろう」
願いの代償。
神様は自分の祈りを聞き届けた。
それがどれだけの不幸を招くものだったとしても、天恵は授かったのだ。
この能力でオッレルスに愛されているにせよ、もはやどうでも良い。
自分は、きっとこのまま。
この男の良い様に扱われ。
惨めに死んで、垣根に会いに行くべきだ。
「………」
何がいけなかったのだろう。
反省するべきことが多すぎて、判別がつかない。
誰かの一番を願ったことがいけなかったのか。
上条と出会ったことがいけなかったのか。
ローマ正教から逃げ出したことがいけなかったのか。
それとも。
エトセトラ、エトセトラ。
考えても、答えは出ない。
惨めな気持ちになるだけ。
「………」
目を閉じる。
瞼の裏に浮かんだのは、意外にも上条当麻ではなかった。
『遅かったじゃねェか。道でも混ンでたのか?』
928: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/05(月) 20:42:43.22 ID:aHPkyzUW0
霊装を破壊するまで時間がかかる。
願わくばフィアンマが当たり障りのない会話でオッレルスの気を引くことを。
オティヌスはそう告げたきり、黙りこくった。
一方通行は静かに時間を持て余し、どうしようもない焦燥感に何度目かのため息を飲み込んだ。
「…この非常事態に世間話というのも何なのだが」
「…あン?」
視線を向ける。
そこには一人の男がいた。
ずっと昔、顔を見たことがあるような気がする。
彼はベルシ。
『グレムリン』の正規メンバー。
或いは。
木原一族の生み出した異端の青年、木原加群。
「木原病理という女を知っているか」
「あァ?」
聞き返し、一方通行は少し考え込む。
ふと、垣根の言葉を思い出した。
『自分を開発した野郎を超えなきゃダメだと思って殺ったんだが、だからといってレベルアップするモンでもなかった』
『開発? …誰だよ』
『木原病理。木原一族特有のなかなか良い戦いっぷりだったけど、俺の壁にゃならなかった』
一時期、彼女を守れる程に強くなろうと意気込んだ彼は、そう話していた。
一方通行はそっくりそのまま、木原加群に打ち明ける。
彼は僅かに息を止めて衝撃を受けると、うなだれた。
「…そう、か」
「……」
眉をひそめる一方通行。
眠そうな黒小人少女が、薄く、安堵の笑みを浮かべて言った。
「…復讐、しない内に終わったみたいだね。ベルシ」
930: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/05(月) 20:43:10.52 ID:aHPkyzUW0
今回はここまで。
938: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/05(月) 21:54:47.05 ID:aHPkyzUW0
読者様がいらっしゃるだけで心の励みになります。
そろそろ次スレですね。
投下。
940: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/05(月) 21:55:32.24 ID:aHPkyzUW0
一夜明けた。
オティヌスによれば、霊装は逆算して破壊出来たとのこと。
だが、逃げられた。感づかれた、とのことだった。
無限の可能性が幸運、つまりは成功の方に傾いているからだ。
理由は言うまでもない。彼女の身柄が傍にあるからだ。
「……本気で助け出す気あンのかよ」
一方通行は、オティヌスに掴みかかりたい気持ちでいっぱいだった。
自分が力になっていないことは充分理解している。
自分は近くのサーチしかできない。
地球の裏側まで逃げられてしまえば、彼女が何をされているかなど観測出来ない。
だからこそ、魔術師の力に賭けるしかなかったのだ。
にも関わらず。
返ってくる結果は、失敗、取り逃がした、そんなものばかり。
今この瞬間彼女が強 されそうになっているのかもしれないのに。
ギリ、と歯ぎしりをする一方通行を、オティヌスは静かに見つめていた。
彼女も、精一杯努力はしている。
だが、元魔神が出来るのは現魔神にも出来ること。
魔術師同士の戦いとは知識と思考の読み合い。
同レベルの相手が逃げに徹してしまえば、距離を詰めることは難しい。
942: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/05(月) 21:56:33.96 ID:aHPkyzUW0
「…現在の居場所を推測するに、イタリア近辺だとは思うのだが」
「根拠は」
「オッレルスは思い出に拘るタイプだ。
それに、彼女と 行為に及んで術式をかけたいのなら落ち着いた状況を選択したいだろう」
魔神の心は魔神にしか理解出来ない。
オティヌスの推測は、あながち間違ってもいなかった。
「……イタリア、か」
幸いにして、学園都市の警戒レベルはオールグリーン。
『外』へ出ることはさほど難しくはない。
垣根の損壊死体は今頃発見されて処理されているだろう。
もしかすると、自分が殺したことになっているかもしれない。
それならばそれで構わない、と思う。
かつて自分は垣根を殺そうとしたし、殺しあったのだから。
「……詳しい場所…」
サーチ術式を精密にすれば迎撃される。
一方通行のサーチは近隣にしか及ばない。
何か、居場所を特定出来るもの。
一方通行は、残り電池二個の携帯電話を見つめる。
「……位置情報特定サービス…」
944: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/05(月) 21:56:58.85 ID:aHPkyzUW0
GPSによる位置特定。
それは学園都市に限らず、一般的に普及されている携帯電話のほとんどに搭載されている。
学園都市の携帯電話は、しかしながら勝手に利用出来ないようになっていた。
悪用されてしまっては学園都市の威信に関わるし、学生にはある程度のプライバシーの自由を与えねばならないからだ。
電気系能力者でない限り、使用出来る機能はこの方法のみ。
GPS利用許可メールを送ってもらう。
そのメールに記載されたURL情報を元に、相手を見つける。
それだけだ。
相手が応答してくれなければ何の意味もない。
この機能については、フィアンマも知っているはずだ。
だが、現時点でこっそりとでも送ってきていないということは、考えられる理由は二つ。
一つは、携帯電話の没収。
もう一つは、助けてもらう意思の無さ。
この二点のどちらかだ。
電話さえつながれば、或いは。
思うも、自分に説得の技術などない。
心に届く言葉なんて浮かばない。
だが、一方通行は電話をかけ始めた。
手遅れになる前に繋がると、一縷の可能性を信じて。
946: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/05(月) 21:57:20.64 ID:aHPkyzUW0
フィアンマとオッレルスは、イタリアの一住居に居た。
元は貴族のお屋敷か何かだったのか、存外広い。
「……ここは、元の俺の家だよ」
彼はつまらなそうに言った。
勧められ、フィアンマはソファーへと座る。
ふかふかのソファーはとても質の良いものだった。
「俺の兄、……長男へ譲られたんだ。
資金を回す頭がなかったんだろう、すぐに売りに出された上、一家心中だけどね」
テレビの類はない。
照明器具は全て間接照明だった。
柔らかな灯りが、室内を照らしている。
カーテンは閉めっぱなしだったが、掃除はしてあるらしい。
ホコリっぽい感じはしなかったが、落ち着きもしなかった。
「……約束を、覚えていないか?」
「……すまないが、思い出せん」
「そうか」
オッレルスは黒い帽子をテーブルへ置き。
彼女に近寄ると、指先で彼女の首筋をなぞった。
「俺のものになるという約束は、覚えていない、か」
948: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/05(月) 21:57:59.52 ID:aHPkyzUW0
吐息が頭の上にかかる。
オッレルスに抱きしめられた状態で、フィアンマは固まっていた。
約束などまったく覚えていない。
幼い頃にした約束は、上条としたものだけだ。
「……もしも、俺が魔神になったなら。魔神へなれたなら」
髪を撫でられる。
そのまま掬われ、軽く口づけられた。
入浴をしたため、お互いの体は汚くはない。
だが、それでも気分が良いものではなかった。
「俺のものになってくれ、と俺は言った。
君は少しだけ悩んだ後、こういったんだよ」
赤髪をさらさらと手で愛でながら、彼は言う。
「"お前が、世界を敵に回し、俺様を攫う覚悟があるのなら"、とね」
嘘ではないし、でまかせでもなかった。
それはかつて、上条の助けを諦めかけていたフィアンマが、確かに言った言葉だった。
この男はそれを信じ、五年間じっくりと待ち続けた。
彼に責められるべき訳はない。
垣根を殺し、良心を痛め、世界中を敵に回してでも。
たった一人、手に入れたいと思った少女の為に戦っていた魔術師を、誰が責められるだろう。
仮に責められたとして、それは見当違いというもの。魔術師とはこういう生き物なのだから。
「だから、俺は魔神になったし、世界を敵に回した。
君を攫って手中に抱く権利はあるはずだ」
壊れ物を扱う様に、彼は腕の中の少女を抱きしめる。
「……君は俺のものだ、誰にも渡さない」
抱きしめたまま、立ち上がる。
当然の流れとして、フィアンマは彼の腕に抱きかかえられた。
「好きだよ」
好意とは、ここまで恐ろしいものだっただろうか。
フィアンマは自業自得の招いた現状に、誰かに、助けてとも言えず。
豪奢なベッドへと、押し倒された。
963: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/06(火) 21:55:30.33 ID:UA5Wq/2b0
シャツのボタンに手がかかった。
身体がびくつくことだけは堪えきれなかったが、言葉は出さない。
耐えていればすぐに終わる。
フィアンマはそう自分に言い聞かせ、目を閉じる。
「……目を開けてくれ」
要求され、仕方なしに目を開けた。
能力被害による偽りの愛情に踊らされている男の顔が見えた。
哀れなものだ、とほんのわずかに思って。
それでも、垣根のことを想えば、心から同情など出来るはずがない。
「……五年前から、君のことが好きだった」
情熱的な告白だとは思う。
思うが、それは客観的な視点で感じるだけ。
仮にオッレルスが垣根を殺していなかったとして、彼女は彼を愛することはないだろう。
あったとして、それは長く時間をかけなければありえないことだ。
その積み重ねを短縮するために、彼は彼女を抱いて術式を執行しようとしている。
悪いことをしているという考えはないのだろう。正しい意味での確信犯だ。
「君が欲しかった」
「………何故、そこまで俺様に執着する」
服を乱された状態で。
諦念を湛え、彼女はそう問いかけた。
965: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/06(火) 21:56:31.20 ID:UA5Wq/2b0
「…先に話した内容からわかるように、俺は貴族の家の次男だった」
父親は長兄に家を継がせると言い。
無能な長兄は将来に確定した財産に甘え。
母親は父親の言いなりで、自分を愛してはくれなかった。
習い事を真面目にやっても褒めてくれない。
食事は一人だけ粗末なものという場合もあった。
『お前は兄の予備<スペア>なのだから、それなりに優秀で、生きていれば良い』
そう言い聞かされて育った。
勉学にしても運動にしても、兄より優っている自覚はあった。
だというのに、周囲は決して自分を褒めなかった。
唯一、使用人見習いの少女だけは、少し褒めてくれたものの。
二歳程年下であった彼女の褒め言葉はいまいち染み込まなかった。
「いつでも代用品扱いで、一人の人間として扱われているかすら怪しかった」
そして、そのことが悔しかった。
だから、自分は魔術を学ぶようになった。
多くの原典に手を出し、家を出て、魔術師となった。
一度として、人生において成功したことがない。
誰かに愛されたことも、誰かを愛したこともない。
「……好きになった人間は、君が初めてだ」
理由は、執着。
そして、初めて自分にそれを抱かせてくれた人間だから。
でも、やはりそれは能力被害の結果だな、とフィアンマは思う。
今の流れに何一つ。
自分に対しての好意要素が、一つも入っていないから。
971: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/06(火) 21:58:28.78 ID:UA5Wq/2b0
精神的ストレスが高じてか。
一時的に、フィアンマは過呼吸の症状を起こした。
そのような持病はないので、緊張状態が主な原因だろう。
「……ごめん」
服を着せ、落ち着いた彼女の背中を摩り、魔神は謝罪する。
魔術を究めても、本質的には通常の人間とさほど変わらない。
彼の本質は、本来優しすぎる程の好青年に過ぎない。
フィアンマは呼吸を落ち着かせ、オッレルスの様子を窺った。
体調不良による中断の為、機嫌を悪くしてはいないようだ。
安堵し、フィアンマはふらふらと立ち上がる。
「少し休んでも良いか」
「ああ。隣の部屋ででも」
勧められ、フィアンマは廊下へ出、隣室の、その更に隣室へ入った。
黒いカーテン。
真紅の銃弾。
白いシーツ。
ベッドに腰掛け、フィアンマは膝を抱える。
今でも、 行為の残滓が体にこびりついていた。
今すぐにでももう一度風呂に入りたいが、それでオッレルスを怒らせても困る。
機嫌をとってさえいれば、世界が危機に晒されることはない。
勿論、学園都市だって。ひいては、打ち止めや一方通行達も。
自分一人が我慢すれば、それで全部丸く収まってしまうのだから。
「……」
ワガママの代償は、そろそろ自分で引き受けるべきだ。
自分はもっと不幸になって然るべきだ、と思う。
973: ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/06(火) 21:59:11.10 ID:UA5Wq/2b0
最初の願いは、誰かの一番になること。
次の願いは、上条と再び出会えること。
三つ目の願いは、上条が不幸にならないこと。そのための必要犠牲。
四つ目の願いは、美琴の思う最高の幸福、その手前での死。
覚えていないだけで、もっと祈っていたかもしれない。
願いの取り消しは出来ない。
願いを取り消す為に願えば、何かの犠牲が出る。
自分の祈りの確実性をわかっていながら、願った。
その結果の集大成がこの不幸なら、飲み込むべきなのだ。
どんなに辛くても、痛くても、怖くても、嫌でも。
今まで多くの人に敷いてきたように、我慢して呑み込むしか。
「…ああ、そうか……」
上条と離れることになった原因は、願いにあったのだろう。
確かに、あのまま一緒に仲良く暮らしていれば、いずれにせよこの状況にはなった。
自分のことを想ったままであれば、彼は魔神と戦い、不幸になっただろう。
彼の不幸を嫌悪した結果が、自分に降ってきた。
幸福の本質とは争奪戦なのだから、当然のことだった。
携帯電話が、ふと、震えた。
フィアンマは、のろのろと手を伸ばす。
最後にほんの少しだけ、友人と話すことを許されても良いだろうか。
いずれオッレルスのことしか見えないようにされるのだから、今だけ。
たった一度だけ。
どうか。
多くの人を赦し続けた彼女は、誰よりも神様に許されたかったのかもしれない。
着信履歴は何十件もの夥しい数。
現在かけてきている相手は、その着信履歴を占めている相手。
山田幸之助。
すなわち。
学園都市最強の超能力者――― 一方通行だ。
震える指先で、通話ボタンを押した。
そっと、機械を耳にあてがう。
「もし、もし」
995: 小ネタ:ちび主要五人 ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/07(水) 21:06:10.61 ID:0D6M+Pbf0
みこと「できたー、おほしさまーっ」
ふぃあんま「……ほしがつくれるのか?」
ていとく「たぶんそらのほうじゃねえだろ」
みこと「さわる? はいっ」
ふぃあんま「……んー…」ぺたぺた
みこと「おほしさまにおねがいする?」
ふぃあんま「なにをねがうと」
みこと「ふぃあんまちゃんのめがみえますようにー、って」
こうのすけ「そォいうこというンじゃねェよ」
ていとく「ぶえんりょ」
みこと「え、あ、えう、」
とうま「おほしさまにおねがいしなくても、いつかみえるようになるよな」
ふぃあんま「…ん。とうまがそういうならそんなきがする」
997: 小ネタ:ぐれむりん ◆2/3UkhVg4u1D 2013/08/07(水) 21:23:56.76 ID:0D6M+Pbf0
《このSSのみこっちゃんの扱いは悪くないんですけどね……》
とーる「つよくなりたい」ぐっ
おてぃぬす「くまとでもたたかってこい」
とーる「かった」
おてぃぬす「」
とーる「くまってうまくないんだな」
おてぃぬす「たべたのか…」
とーる「ついでだったしよ」
おてぃぬす「……」うーん
みょるにる「」がたごと
おてぃぬす「……そうか」ぽん
とーる「ってわけでなにかあどばいすしてくれ」
しぎん「しゅぎょうあるのみ、ってところかな」
とーる「つよくなりたい」ぐっ
おてぃぬす「くまとでもたたかってこい」
とーる「かった」
おてぃぬす「」
とーる「くまってうまくないんだな」
おてぃぬす「たべたのか…」
とーる「ついでだったしよ」
おてぃぬす「……」うーん
みょるにる「」がたごと
おてぃぬす「……そうか」ぽん
とーる「ってわけでなにかあどばいすしてくれ」
しぎん「しゅぎょうあるのみ、ってところかな」
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